天地神明の真祖龍 (緋月 弥生)
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第1章 祖龍降臨
プロローグ 運命の創まり


もう一回連載してほしいというリクエストがあったので。
ただし作者のくせに元の内容を完璧に憶えているわけではないので、昔連載していたものと全く同じ内容ではありません。


 狭い、暗い、息苦しい。

 え、ちょっと待って、ここどこ?

 マジで真っ暗で何も見えないし、何かに全身が覆われていて動けないんですけど!?

 落ち着け私。

 クールになれ。

 まずは冷静にこうなる前の記憶を思い出そう。

 

 えーっと、いつも通り自分の病室でゲームしてたらいきなり胸が苦しくなったんだよね。

 だからすぐにナースコールを押そうとして……そこから先の記憶が途切れてる。もしかして、私ってば死んだ?

 マジで? 全く実感ないんだけど。

 ないわー。

 確かに幼い頃から病弱で頻繁に入院してたけど、まさか17歳で死ぬとは思わなかったなー。

 ということは両親は今頃パニックになってるのでしょうね。もちろん娘が死んで悲しいとかじゃなくて、金かけて教育した会社の跡継ぎがいなくなった的な意味で。

 

 心残りは大好きなモンハンがもう2度と出来なくなったことと、私の最愛の妹だね。

 大丈夫かな……あの娘。

 私と同じくらいメンタル強いし、私よりも度胸あるし、しっかりしてるんだけど、コミュニケーション能力がゼロだからなぁ。

 願わくば、妹の優しさを理解してくれる親友が出来ますように。

 

 ……よし、お祈りは済ませた。

 次はこれからのことを考えよう。

 

 まず私ってば死んでるのに何で意識はあるの?

 もしかして、死んだと思ってるのは私の早合点とかじゃないよね? だとしたら嬉しいけどめっちゃ恥ずかしい。

 でも何も見えないし、何かに覆われてて動けないんだよね。

 

 しかも体にすごい違和感を感じる。

 何というか、今までの私の体とはまるで違うんだよ。

 特に両手と背中と腰と口元。ほぼ全部じゃんってセルフツッコミを入れてみる。

 それにしても、このままじゃ植物人間状態と大差ない気がする。

 うわー、精神崩壊からの発狂コースじゃないのそれ。体が死んだ後はこうして意識とか魂まで滅びるとかじゃないよね?

 流石にもうちょっと救いがないと、自称オリハルコンメンタルの私でも泣くわ。

 

 私の魂はまだ生きてるぞー……って、今ガツンッて音しなかった?

 したよね? したと思う。

 確実に頭を私の全身を覆ってる何かにぶつけた感触がしたもん。

 ……これってつまり、触覚は残ってるってことよね? 死んでるのに? もしかしてギリギリ生きてる?

 あ、私ってばもしかして棺桶の中にいるとか!?

 死んだと勘違いされた可能性はあるかも。

 

 よし。何はともあれ、まずはこの謎の空間から脱出できるか試してみよう。

 違和感だらけの体を必死に動かして、全力で暴れまわること数分。今度はバキッて音がしたかと思うと、私を覆っている謎物質にヒビが入って光が差し込んだ。

 キタコレ!

 やっぱり私が今いる場所が暗かっただけで、私の視覚に問題があったわけじゃないんだ。

 やっぱり仮死状態からの棺桶ルートが正解だったのかな?

 

 私の体もまだ生きてるぞー!

 ヒビが入った箇所を狙って渾身の頭突きを放つ。

 すると再びバキバキという音が鳴り響いて、一気にヒビが広がった。強烈な光に目を閉じながら、私は最後の一撃を繰り出す。

 今までで一番大きい破壊音が鳴り響いて、私の頭がようやく外へと飛び出した。

 

 やった、脱出成功!

 私のお葬式をするのはまだ早い……ぞ…………?

 

 私の視界に飛び込んできたのはお葬式じゃなくて、それこそテレビや映画でしか見たことがないような深い森だった。

 樹海と言っても良い。

 上を見れば好き勝手に伸びた大木の枝葉が青空を遮っていて、無数の木漏れ日が森の中を照らしてる感じ。

 少し遠くには川があるらしくて、水が流れる音がここまで聞こえてきてる。

 それにしても、この森の木ってめっちゃ大きくない? 日本でこれだけ立派な大木がある場所なんて屋久島くらいでしょ。

 

 ……ないわー。

 もう風景的に間違いなく圏外だし、スマホを持ってても地図アプリとか使えそうじゃない。

 このままだと餓死しちゃう……って、ちょっと待って。

 

 思わずため息をついた時に目に入った私の両手。

 それはもう明らかに人間の手じゃなかった。だってティラノサウルスの前足のような、鋭い鉤爪がついているんだから。

 慌てて自分の体を改めてよく見直す。

 まず全身が信じられないほど綺麗な白い体毛と鱗で覆われていた。腰からは長い尻尾が伸びてて、さらに首を曲げて後ろを見ると背中に大きな翼がくっついてる。

 試しに背中に力を入れてみると、一対の翼がバサバサと動いた。

 あー、うん、これ、間違いなく私の背中から生えてるね。

 

 なるほどねー。

 ずっと体に違和感があったのは、私が人間じゃなくなってたからだ。

 そっかそっかー、ようやく理由が分かってすっきりしたよー。

 あっはっはっ。

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 

 さっき聞こえた川の音に向かって全力でダッシュ。

 もう走ってる感覚も明らかに人間じゃないけど、それを無視して綺麗な水が流れている川を覗き込む。

 日光を浴びてキラキラと輝く川面に映ったのは、純白のドラゴンだった。

 私が口を開くと川面のドラゴンも口を開けて、ズラリと並んだ鋭い牙が目に入る。

 

 明らかに地球の生態系には存在しないドラゴンの姿に、私はもの凄く見覚えがあった。

 だってこの白いドラゴンは私が一番好きな「モンスターハンター」というゲームに登場しているモンスターなんだから。

 

 ――祖龍ミラルーツ。

 その名は『運命の創まり』を意味して、全ての龍の祖、祖なるものと謳われる白き王。

 純白の鱗と体毛に全身が包まれていて、禍々しくも神々しい壮麗な翼を備え、王冠の如き4本の角を冠する伝説の存在。

 存在そのものが天災とまで言われて恐れられる古龍種の中でも頂点に位置していて、しかも“公式”によって厳戒な情報規制が行われ、あらゆるメディアからその存在を秘匿されていた『禁忌のモンスター』の一柱。

 その『禁忌』の中ですら、間違いなく最強だと言える「モンハン世界」の神。

 最新作である『ワールド』や『アイスボーン』で新しい古龍が出たけど、その中に『禁忌』クラスのモンスターはいない。

 つまり未だ最強の座から退かない、シリーズを通しての裏ボスだ。

 

 頭の中で湧き出るミラルーツの情報を整理しつつ、私はゆっくりと後ろを、つまり私がさっきまでいた場所を振り返る。

 そこには、割れたタマゴがあった。

 ついでに割れてないタマゴも2つあった。

 

 ……ふむ。

 病院のベッドの上で感じた苦痛と途切れた記憶。割れたタマゴ。ミラルーツの体になった私。とても日本とは思えない広大な大自然。

 これらの情報から推理すると。

 

 私は病気で死んでから、ミラルーツとしてモンハン世界に転生したってことだね!

 しかも今の(ミラルーツ)は生まれたばかりで、全てのモンスターの始祖であるミラルーツが生まれたばかりってことはまだ他のモンスターは存在してないから、これから私が祖龍として様々なモンスターを産み出すってことか!

 うんうん、なるほど。

 私が大好きなモンハン世界を始祖であるミラルーツになって作るってことかー。

 いやー、あはは。

 

 何その無理ゲー。

 

 慣れないミラルーツの体でテクテク歩いてタマゴの場所まで戻ると、私はもう一回タマゴの中に入った。

 きっと夢でしょ。

 寝て起きたらまた病院のベッドの上で目を覚ますよね、うん。

 

 ――そして数時間後。

 寝て起きても未だミラルーツのままだった私はこれが夢じゃなくて現実だと無理やり理解させられて、数年ぶりに涙を流した。

 シュレイド王国、竜大戦、イコールドラゴンウェポンと、古代モンハン世界の嫌なワードが頭に浮かぶ。

 

 どうせモンハン世界に転生するなら、ちゃんとゲームの時代にハンターとして生まれたかったよ。

 あと転生特典とかない?

 ないよね、うん、知ってた。




これはこの作品が昔連載していた頃に、白蛆様によって書かれた三次創作作品です。
恐らく私の原作である作品よりクオリティ高い。
↓↓
我等が真祖を、語り継げ。
https://syosetu.org/novel/152124/

できる限り早めの更新をします。


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第1話 初陣

 さて、これからどうしよう?

 私ってばミラルーツ(生後1日)なんだけど、特にこれといってやることはないんだよねー。

 そりゃあモンスターですし。

 人間と違って学校に行く必要も、勉強する必要も、働く必要もない。あれ? 意外と大自然で生きるって良いのかもしれない。

 弱肉強食の世界は厳しいかもしれないけど、ミラルーツである私は間違いなく生態系の頂点。幼体である今は慢心はダメだけど、成体になったら怖いものなしでしょ。

 ……流石にそれは言い過ぎた。

 流石に他の『禁忌モンスター』と戦うのはちょっと……いや、かなり怖い。

 

 

 それはともかく。

 最初はミラルーツの体に慣れるところから始めるかー。

 特に人間にはない翼とか尻尾はちゃんと動かせるか試さないと、いざという時に困るかもしれないからね。

 まずは尻尾から動かしてみよう。

 意識を集中して、尻尾をブンブン振り回す。

 お、おー、動くね。

 ゲームでもミラルーツの尻尾ってめっちゃ硬かったし、大人になってからこの尻尾でぶん殴れば飛竜種すら一撃で倒せるかも。

 格下のクシャルダオラが尾の一撃で飛竜種を倒せるって何かで見た気がするから、ミラルーツにも出来るでしょう。

 多分ね。

 

 両手……というか前足はどうかな。

 かなり鋭い鉤爪がついてるから、これも十分に武器として使えそうだよねー。

 子供のミラルーツの引っ掻き攻撃って、どのくらいの威力があるんだろう。……ちょっとその辺の木に攻撃してみようか。

 一番近くにある木に向かって、私は全力で鉤爪を振り下ろす。

 

 ――スパッ!

 

 そんな小気味良い音と共に、大木に深々と爪痕がついた。

 ……何これやばくない?

 え、だって、私が的にしたこの木ってかなり立派だよね? 太さだって直径2メートルくらいあってまさに大樹って感じなのに、まるで豆腐でも引っ掻いたみたいな感触だったんだけど。

 これ、もし人間相手にやったら……。

 よし、あんまり考えないようにしよう。

 さっさと次行こう。

 

 次は移動速度。

 スピードは大事だから、ちゃんと確認しとかないとね。

 まあ生まれたての時に川岸まで全力ダッシュしてたから、動くことそのものには問題ないと思う。

 あの時は二足歩行で走ったから、今回は四足歩行モードの時の移動能力を確認をしよう。

 取り敢えず、前みたいに割れたタマゴのところから川まで一気に駆け抜ける。

 よーい、ドン!

 

 うおおお!

 速い!

 私は今、風になってるぞー!

 

 蛇のように体をくねらせながら、4本の足の鉤爪でしっかりと地面を掴んで前へと進む。

 速度は明らかに人間の限界を超えてるんじゃないかな。

 川に落ちるギリギリのところで、前足の爪を強く地面に引っ掛けてブレーキをかける。

 よしよし、走るのも止まるのも問題なしっと。

 軽く100メートルは走ったのに全く疲れないし、祖龍のスペックって本当に凄いね。

 私、人間だった時はちょっと運動するとすぐに息が上がるもやしっ子だったから、思い切り体を動かせるのは感動だよー。

 せっかくなので、タマゴの場所に戻る時もダッシュ。

 移動については特に問題ないでしょう。十分に及第点だ。

 

 じゃあ最後はメインの翼の動作確認と、空を飛べるかの確認を……ん?

 ミラルーツが持つ野生の本能のようなものが何かを感知した。

 ……これ、もしかして、敵?

 前方。距離10メートル。数は1匹。

 茂みの奥に、何かいる。

 

 ……どうやら相手はやる気みたいだね。

 私としては逃げても良いと思うけど、祖龍の本能のようなものが敵を前にして逃げるという選択を嫌悪してる。

 それはきっと、ミラルーツの王としてのプライドみたいなものでしょう。本当に危険ならそれでも私は逃げるけど、気配からはそこまでの脅威を感じない。

 よし!

 弱肉強食の自然界で生きていく以上、敵との戦いは絶対に避けられないものだからね。それなら早いうちに経験しとこう。

 負けそうならその時こそ逃げれば良い。

 

 移動に長けた四足歩行モードを維持し、私は臨戦態勢に。

 “モンハン”をやり込んだ私の頭脳が、ミラルーツの攻撃パターンを知っている。モンスターの始祖である祖龍の体と本能が、外敵との戦い方を知っている。

 大丈夫、問題ない。

 慌てず冷静に、私を狙う敵を排除すればいい。

 

 向こうも私に気づかれたことを理解したのか、隠れるのをやめて茂みの中から姿を表す。

 現れたのは、地球じゃあり得ないサイズの巨大な狼だった。

 

 えぇ……。

 流石にデカ過ぎでしょ。

 体高は2メートル以上あるよね? 体長は約4メートルくらいかな。あー、でも、モンスターじゃないみたい。

 地球のハイイロオオカミを倍以上の大きさにしたらこうなるかも。

 

「――――……ッ」

 

 狼が低い唸り声を出す。

 それが威嚇なんだと私が気づいたその瞬間に、狼が地を蹴って一気に私との距離を詰めてきた。

 速い!

 10メートルはあった距離が一瞬で消える。そして目の前には大きく開かれた狼のアギトが広がっていた。

 

 回避は間に合わない。

 それなら……!

 後ろに少し下がりながら二足歩行になり、私と狼の間に尻尾を差し込んだ。狼のアギトが閉じ、牙が私の尻尾に食い込んで……。

 

「――ッ!?」

 

 狼が困惑する。

 私も困惑する。

 

 全く痛くない。

 確かに私の尻尾は狼にがっつり噛まれてるんだけど、その牙は尻尾に弾かれて全く刺さってなかった。

 いやー、うん、確かにね?

 ゲームでもミラルーツの尻尾ってめっちゃ硬かったし、だからこそ私も尻尾を盾にしたんだけどさ。

 まさかノーダメージとは思わなかった。

 先っちょ喰い千切られるくらいの覚悟はしてたんだけどなー。

 

「――――ッ!」

 

 先に次の行動に移ったのはまた狼の方だった。

 私の尻尾をどれだけ噛んでも傷は与えられないと理解した狼は無意味な行動をキャンセルすると、今度は私の首を狙って噛み付いてくる。

 ……っ、調子に乗らないでよ!

 そう簡単に何度も攻撃を受けてあげるほど私は優しくはないし、戦いを舐めてもいないんだから。

 

 左に飛んで噛みつきを避ける。

 狼の牙が虚しく何もない空間を噛み砕くガチンッという音を聞きながら、私はさっきも大活躍した尻尾で思い切り相手の頭を殴りつけた。

 尾の一撃は見事に鼻頭を捉え、狼は血を流しながら地面に叩きつけられる。それが決定打になった。

 頭部に衝撃を受けたことですぐに立ち上がれなくなった狼の首元に今度は私が噛みつき、私の牙はあっさりと狼の肉と骨を噛み砕く。

 骨が折れる嫌な音が、私の初陣の勝利を告げた。

 

 

 

 

 

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 初めての戦闘を終えた私は、血を流して動かなくなった狼を見下ろして息を吐く。

 ふぅ……何とか勝った。

 でも自己評価は間違いなく30点。欠点だよ。

 私が幼体でも高い戦闘能力を持つミラルーツだったから勝てたってだけで、そうじゃなかったら負けてた。

 特に初手が問題だなー……。

 狼の最初の噛みつきを避けられなかったのが一番ダメなポイント。私の速度なら避けれたのに、反応が遅れたせいで防御するしかなかったんだよね。

 

 それにしても、私の防御力ってどのくらいなのよ?

 一言でミラルーツって言っても、シリーズによって能力や行動パターンが変わるからなぁ。

 まぁ、今の私はゲームじゃなくて“現実の”ミラルーツだから、ゲームの設定がどのくらい参考になるのかも怪しいけど。

 私の予想だと、尻尾なら切れ味が青色くらいなら弾けるんじゃない?

 流石に白や紫は無理でしょ。

 まだ子供だし、まだそこまで硬くないと思う。

 

 まぁ、今どれだけ考えても意味ないでしょう。

 時間はいくらでもあるし、これから少しずつ自分の能力を確認していけば良いんだから。

 焦る必要はないわよね。

 

 それよりも、この狼はどうしよう?

 向こうから襲ってきたとは言え、殺しておいて放置っていうのはちょっと可愛そうな気がする。弱肉強食のルール的には食べるのが礼儀でしょうけど、まだお腹は空いてないし……。

 

 うん、まずは寝よう。

 体は全く疲れてないけど、初めての戦闘で精神的に疲れたし。

 一眠りすればお腹も減るでしょうし。

 狼くんは私の朝ごはんになってもらうってことで。

 

 お休みなさーい。




◯狼。
正式名称はファレンスウルフ。
体長は4メートルから5メートル。体高は2メートルほど。
名前の通りデカい狼。
ジンオウガを筆頭とする牙竜種の先祖……という設定。
性格は凶暴で残忍。
知能が高く群れで行動し、本来なら仲間と連携をとって敵を追い詰める。
まだモンスターが誕生していない古代のモンハン世界にいた……という設定。
他にもオリジナル動物がいくつか出る。
今回ルーツちゃんに返り討ちにあった個体は若い雄で、群れとはぐれて苛立っていた時に主人公に遭遇してしまった。
運がない。




「カルラ・イーターに憑依しました」という進撃のSSも書いてます。


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第2話 紅雷と復讐

 ふわぁ〜、よく寝た。

 森の中で寝たのは初めてだったけど、草花を積み上げた雑なベッドでも意外とよく眠れたね。

 夕方くらいに寝たからちょっと早く起きたのかな?

 時計がないから正確には分からないけど、周囲はまだ少し暗いし空気が冷たいから早朝だと思う。

 

 ぐーっと頭から尻尾まで伸ばし、次に翼を大きく広げて2度目の伸び。

 よし、体に問題なし。健康であります。

 夜は思ったより気温が下がったから風邪ひかないか心配だったけど、ルーツの体毛がかなり暖かくて助かったよ。

 ……そもそも、古龍種がちょっと気温が変化した程度で体調を崩したりする訳ないか。

 

 さて、今日は何しようか。

 まずは朝ごはんに昨日返り討ちにした狼を食べるとして、その後は……食べながら考えればいいや。

 腐ってはないけど、狼の生肉を食べるのはちょっとキツいよね。

 仮に私がミラボレアスかミラバルカンに転生してたら、炎で焼いてこんがり肉に出来たのに。

 ルーツだけ雷属性だから、お肉焼いたり出来ないのが残念。

 

 ……雷…………属性?

 そうだ、そうだよ!

 ミラルーツの代名詞と言えば、理不尽なくらいの攻撃力を誇る『紅い雷』じゃん!

 祖龍に転生したくせに1番の武器を忘れるとか、私ってば意外と冷静じゃなかった?

 うーん、記憶力には自信があっただけにちょっとショックかも。

 でも思い出せたからセーフってことにしよう。

 

 ともあれ、これで今日の目標は決まったね。

 ミラルーツなのに紅雷が使えなかったら致命的だし、朝ごはんの後は能力が発動できるか試さないと。

 そういうワケで、いただきまーす。

 狼のお肉は人間じゃ絶対に食べられない味だったけど、味覚もモンスターなお陰で何とか完食することができた。

 

 ……さて、食事も終わったし紅雷を扱う練習をしよう。

 とは言ったけど、具体的に何をどうすれば雷を落としたりブレスを発射したり出来るのかさっぱり分かんない。

 確か、大多数の古龍種は角で能力を制御してるんだっけ?

 じゃあ角を意識すれば何か分かるかな?

 

 む、むむ、むむむむ……。

 とにかく角に集中して精神統一すること数秒、大地からエネルギーのようなものが体に流れ込んでくる。

 わっ、すご!

 もしかしてこれが古龍が使う能力のエネルギー源だったり?

 じゃあこれを口元に集めてチャージ……発射!

 

 ――刹那、視界が白く染まった。

 放たれた紅の雷撃は音を置き去りにして突き進み、前方に立っていた巨木が赤の閃光に包まれる。

 そして、轟音。

 大気が震えるほどの破壊音が静かな森に響き渡り、近くで羽を休めていた小鳥達が怯えて一斉に空へ飛び立っていく。

 そして光が収束した時には、先ほどまでは確かにあった巨木が消えていた。そこに残っているのは、煙を立ち上らせる黒ずんだ残骸のみ。

 

 ……何これやばい。

 何がやばいって、これ生後2日の赤ちゃんが出して良い威力じゃないでしょう?

 しかも今のブレス、試し打ちだからかなり威力を抑えたんだけど。その気になればもっと出力を上げて打てそうだし、何より今のは普通のブレス。

 つまり、チャージブレスじゃない。

 あっはっはっ、ミラルーツやばすぎでしょー。

 

 いや、ないわー。

 

 幼体の私でも、全力でチャージブレスを撃ったりしたら間違いなく大惨事になるじゃん。

 平時は良いけど、戦闘中に焦って力加減をミスったら、それだけで地形が変わるってことでしょ? 何それ怖い。

 確かに幼体でこれだけ生物やめてるなら、そりゃあ大人のミラルーツが本気になれば世界を滅ぼすことくらい簡単に出来るよね。

 うん、確信した。

 生後2日でも、下位のリオレウスくらいなら撃墜できる。

 

 ……はぁ。

 自分が強いのは、正直嬉しい。

 弱いより良いに決まってるし、昨日みたいに凶暴な猛獣に襲われても無傷で勝てるしさ。

 だけどいきなり世界を簡単に壊せるだけの力を持っちゃったら、流石にちょっとビビるわ。

 私の妹なら「私強えええ! これなら好き放題できるぜひゃっほー!」とか言って喜びそうだけど。

 

 よし!

 次の目標はミラルーツの力を完璧に制御すること!

 命をかけた死闘の時は例外として、格下と戦う時や狩りをする時は最低限の力で相手を倒せるようにならないと。

 何も考えずに力を使ってたら、それだけで大惨事になるでしょうし。

 

 まず力加減をする時に大切なのは、謎のエネルギーの使用量だ。

 このエネルギーを大量に使うと威力は上がるし、逆に少量だと威力は下がる。

 要するに、この謎のエネルギーを制御することが能力を制御することに繋がるってこと。

 

 ……さっきからずっと思ってたけど、謎のエネルギーって無駄に長いしモンハンらしくないよね。

 何か良い名前ないかな?

 大地から流れ込んでくる古龍の力……龍脈。

 うん、これからはこの謎のエネルギーのことを龍脈って呼ぼう。

 

 まずはこの龍脈に干渉する練習からだ。

 再び意識を集中して、大地から龍脈を体内へと吸収する。

 ……よしよし、ここまでは成功。

 龍脈を血の流れに沿うように体の中で循環させて、自由自在に動かせるまでこれを毎日やろう。

 素早く大量の龍脈を吸収する、そして反対にゆっくりと戻す。次はゆっくりと龍脈を吸収して、素早く霧散させる……。

 

 その日は龍脈に干渉する練習を延々と繰り返して終わった。

 

 

 

 

 

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 やっほー、大自然。

 ミラルーツ生活も今日で3日目に突入しましたー。

 ……はぁ、話し相手がいないとちょっと暇だね。

 目が覚めると相変わらず大木と草ばかりの光景で、私は思わず息を吐く。ついでに口からバチバチと静電気が散った。

 テレビでしか見れないような大自然に最初は感動したけど、こう毎日見てると慣れてきちゃう。

 その代わりにちょっと我が家のような愛着を感じるようになったけど。

 

 それじゃあ今日も能力制御の練習、頑張りますか。

 まずは昨日の復習として龍脈の体内循環から始めて、その後に本格的な訓練に入ろう。

 今日のトレーニングメニューとしては低威力のブレスの獲得と、ゲームでミラルーツが使った攻撃パターンの再現……かな。

 4Gのルーツの切り札である全体落雷は強力すぎるから論外として、普通の落雷と電球ブレス各種は習得したい。

 余裕があったら、私オリジナルの技とか作っても良いかも。

 

 ……っ!

 早速トレーニングを始めようとした私は、こちらに接近してくる無数の敵意を感知して動きを止める。

 何これ、凄い数!

 5、10、15、20……それ以上!?

 私が咄嗟に臨戦態勢に入ったのと、茂みから次々に見たことがある巨大な狼が飛び出してきたのは同時だった。

 しかも全ての個体が前の狼より大きい。特にデカいのだと小屋みたいな巨体の奴までいる。

 

 何でいきなり私を……まさか、敵討ち!?

 もしかしてこの世界の狼も群れで行動したりするの!? 狼なら仲間を殺した相手を臭いで見つけるのも簡単ってことか……!

 マズい、流石に勝てるか怪しい。

 タイマンならまず負けないだろうけど、これだけの数が一気にきたら流石に危ないかも。

 能力の制御を優先して後回しにしてたから試したことないけど、ルーツの体を信じて飛んでみるか……?

 いや、ダメだね。

 墜落した時のリスクが大きいし、何より逃げても臭いで追跡されたらまた襲われる。

 それに私はまだこの場所から離れられない理由がある。

 

 チラリと後ろを見る。

 そこには私が出てきた割れたタマゴの他に、まだ孵化してないタマゴが2つあった。

 恐らく私の兄弟。

 私の兄弟ってだけで何のタマゴが想像できるけど、まだ孵化してないなら中にいるのがどれだけ強力なモンスターでも関係ない。壊されたら死んじゃう。

 モンスターが誕生してないこの世界では、唯一と言っていい同胞のタマゴ。2つあるけど、とにかく壊される訳にはいかないんだ。

 

 きっとこの狼たちは、私が産まれるよりずっと前からこの森を縄張りにしているのでしょうね。

 横から奪った挙句に仲間まで殺しちゃったのは申し訳ないけど、先に攻撃してきたのはあなた達だから。

 弱肉強食。

 モンハン世界における絶対のルールの下に、私は自分の命を守るため、あなた達を殺します。

 

 龍脈に干渉開始。

 大地から吸収した力を、私の体内で理不尽なまでの威力を持つ紅雷へと変換する。

 ……龍脈の充填、完了。

 

 私を囲んで逃げ場を無くしたところまでは良かったけど、いきなり攻撃せずに様子見したのが失敗だったね。

 あなた達が数の有利に慢心せず慎重に立ち回ってくれたからこそ、私は戦う覚悟を決めることができた。

 

 体内の龍脈を解き放つ。

 私の目の前にいた狼に紅雷が直撃して吹き飛び、それが開戦の合図となった。

 

「「「ウオオオオオオオオンッ!!」」」

 

 仲間をやられた怒りか、狼たちが一斉に遠吠えして襲いかかって来る。

 まずは左右から一体ずつ。

 牙を剥いて迫ってくる彼らの狙いは、それぞれ私の首と足らしい。初手で急所を捉えれば理想、それが出来なくても足に傷を与えて私の機動力を削ぐのが狙いらしい。

 ……思い通りにはさせないよ。

 まずは首を狙っている左の狼にブレスを発射、命中。最初の個体と同じく、ブレスを受けた狼は黒こげになって地面に倒れ臥す。

 

「――ッ!」

 

 その隙を突くように右側からきていた狼が背を向けた私に飛び掛かるけど、不意打ちに成功したと思ってるそいつを尻尾でぶん殴った。

 その結果は、2日目に単独で私を襲った狼と同じだ。

 

「「――ォォオオオオオオ!」」

 

 くそっ、息をつく暇もないね……!

 残りの狼達が絶対に休ませてやるもんかと言わんばかりに突っ込んできた。

 

 単発のブレスじゃ押し切られる!

 試したことないけど、こうなったらグラビームみたいになぎ払いブレスでまとめて倒すしかない!

 龍脈を単発ブレスより多めにチャージ。

 ただしいっぺんには発射せずに、息を長く吐くような感覚で!

 

「グルオオオオオオォォォッ!」

 

 お腹の底から咆哮を放つ。

 流石はミラルーツ、幼体でも多少のバインド効果はあったらしい。

 私も自分でびっくりするくらいの声量に怯んだ狼達が一瞬だけ動きを止め、そしてその一瞬が決め手となる。

 右から左へ。

 ミラルーツの長い首を思い切り振って、まるでレーザーのように真紅の電撃を放つ。

 私の前方に、真紅の真一文字が迸った。

 

 包囲してから同時攻撃を行おうとしていた5体の狼達が吹き飛ぶ。

 やばっ、思ったより射程が短い……!

 予想の半分くらいしか倒せなかった!

 

 最初から狙っていたのか、それとも偶然か。

 私がブレスを放った直後のタイミングで、特に体が大きい個体がその巨体を活かして私に体当たりした。

 いくらミラルーツでも、まだ生後4日。

 ちょっとした小屋ほどもある巨大な個体と比べるとかなり小さいから、簡単に吹っ飛ばされてしまう。

 

 ゴロゴロと地面を転がったから目が回る。

 マズい。

 早く体勢を立て直さないと追撃が……いや、うつ伏せの状態の今なら四足歩行モードで一気に駆け抜けられる!

 二足歩行の状態には戻らずに、四足歩行モードで蛇のようにのたくりながら全力疾走。

 追撃しようとしていた巨大狼の足の下を潜り抜け、その最中に単発ブレスをお腹に放つ。そのブレスは今までのように威力を絞ったものじゃなく、初めて私が放ったものと同威力を誇る。

 一瞬で大木を消し飛ばすほどの力を受けた巨大狼は5メートル以上も真上に吹き飛んで、頭から思い切り地面に激突した。骨が折れる嫌な音がして、他の狼が怯えて一歩下がる。

 

 きっと今の一番大きい狼がリーダーだったんでしょう。

 今までの連携が崩れ、狼達は半狂乱になりながらバラバラに私に攻撃しようと突っ込んでくる。

 こうなれば後は一対一を繰り返すだけ。数の差なんて関係ない。

 

 2度目のなぎ払いブレスでまとめて倒し、撃ち漏らした個体には単発ブレスを放つ。

 最初みたいに時間差をつけて波状攻撃をすれば、ブレスを撃った直後で硬直する私の隙を狙えたでしょう。

 だけど、パニックを起こして一気に飛び込めば多くの数の個体が一度のブレスに巻き込まれるだけ。

 

 残っていた十数体の狼達は私に攻撃を当てることもできず、紅雷を浴びて全滅した。




Q、文章が粗雑だぞオラァ!

A、私の文章力が低いのは間違いありませんが、この作品の文体はわざとです。基本的にはこの主人公の脳内をひたすら描写するスタイルを変えませんので、ご了承ください。


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第3話 成長期

 やっはろー。

 ミラルーツ生活5日目ですー、と。

 ……相手もいないのに挨拶するとか、なかなか私の頭もヤバいな。あー、誰でも良いから話し相手が欲しい。

 少しでも早く、残り2つのタマゴが孵化してくれるのを祈るばかりだよ。

 

 さてさて、今日はどうしようかな。

 龍脈干渉と能力制御のトレーニングは当然として、問題は私の寝床(タマゴ)の近くで山積みになってる狼達の死体。

 私の紅雷を浴びて真っ黒になった彼らを放置する訳にはいかないから、腐らないうちに食べないといけない。

 ……うぅ、気が滅入る。

 狼のお肉は食べれないことはないけど、ぶっちゃけ美味しくないんだよねー。筋肉質だから筋張って硬いし、内臓は苦いし。

 しかも私より大きいから、1体食べるだけでもお腹いっぱいになっちゃうし。20体以上も食べるとなると、何日かかるか分かったもんじゃないよ。

 絶対に私が食べ終わる前に腐っちゃうよね……。

 

 やっぱり腐る前に兄弟達が産まれてくれるのを期待するしかないか。

 それにしばらくは狩りをしなくてもご飯に困らないってことだし、悪いことばかりじゃないか。

 うん、前向きに考えよう。

 因みにこんなことをダラダラ考えている間にも、ちゃんと龍脈への干渉はやってる。

 

 しかし暇だ。

 トレーニングはしてるけど、それは別に呼吸と同じでずっと意識を集中しておく必要はないからねー。

 最初はちょっと集中しないとダメだったけど、狼の群れと戦っているうちに慣れちゃった。今はもう無意識のうちに龍脈を大地から吸い上げて体内で循環できるようになったよ。

 

 ……龍脈を持て余してるし、せっかくならオリジナル技の開発とかしてみようかな。

 まずミラルーツの基本的なブレスは全部使える。

 例外は火力が高すぎて明らかにヤバそうな全体落雷とチャージブレスで、電球ブレス系と落雷攻撃はマスターした。

 4Gの首を振りながら水平に電撃を放つ水平雷撃もやってみたら簡単に出来ちゃった。

 

 ただし滑空攻撃とか、空を飛ぶ系の技はまだやってない。

 だって空を飛ぶとかちょっと怖いし。

 別に高いところがダメってことはないけど、もしミスって落ちたらと思うとなかなかチャレンジできないよねー。

 私が今いるのはモンハンの世界。

 まだモンスターが誕生してない古代だけど、狼達みたいに地球にはいない猛獣はいるみたいだからさ。怪我してる時に襲われたりしたら流石にマズいと思う。

 動けなくてもブレスと落雷で迎撃できるけど、もし回避されて距離を詰められたら詰んじゃう。

 

 ……ん?

 ……距離を……詰められたら?

 

 そう言えば、ミラルーツって雷を使った物理攻撃ないよね。

 例えば雷を纏って体当たりとか。鉤爪とか尻尾みたいに攻撃で使う部位に帯電できたら、物理攻撃の火力が上がるんじゃない?

 確かにゲームのルーツは物理攻撃でも掠ったら即死みたいな超威力だったから必要なかったかもだけど、まだ幼体で物理攻撃が弱い今の私なら強化する価値はあるかも。

 それに大人になってからでも、他の古龍種みたいな強敵と戦う時に役に立つかもね。

 

 よし!

 それじゃあ今日からは新技開発スタート!

 

 

 

 

 

〜Now loading〜

 

 

 

 

 

 私はもしかしたら天才かもしれない。

 5日目から新技開発を続けること数日、私はオリジナル技の開発に成功した。

 しかも3つ。

 ミラルーツの今は表情作れないけど、人間だったら渾身のドヤ顔をしてるかも。

 ドヤァ!

 ……やっぱりリアクションしてくれる人がいないと寂しいな。

 

 気を取り直せ、私。

 今日は3つの新技に不備がないか確認する日なんだから。

 

 まず1つ目は、全身に雷を纏うシンプルな技。

 角、前足の鉤爪、翼、尻尾に龍脈を集中させることで帯電させて、物理攻撃に雷属性のダメージを付与することが出来るってわけ。

 ゲームで言うなら、普通の物理(無属性)ダメージにさらに雷属性の判定が入る感じ。

 つまりどれだけ防御力が高くても、雷耐性が低いと帯電状態の私の物理攻撃でキャンプ行き。

 雷属性ダメージをレジストされても物理ダメージは通るから、本当に被弾を抑えようと思ったら防御力と雷耐性の両方が高い防具が必要になるでしょうね。

 あっはっは、そんな防具はこの私ミラルーツの装備だけだー!

 これぞモンハンあるある。

 倒したいモンスターに最適な防具が、まさにそのモンスターの素材から作れる防具だったパターン!

 

 ……ゲーム的にマジレスすると、ラージャンやキリンの防具を着ていけば何とかなるんだけど。

 まぁ、どのシリーズのモンハンかによって変わるけどさ。

 てかラージャンとかキリンを狩れるって時点でそれもうG級のハンターだよね。

 そんなバケモノ絶対に相手したくないわー。

 どうやらリアルモンハン世界はゲームではなく世界観の設定に準拠しているみたいだから、この世界の古龍種はガチで天災を引き起こせる。

 クシャルダオラなら暴風で街や村をまるまる吹き飛ばせるだろうし、テオ・テスカトルなら一夜で大砂漠に匹敵する面積を焼き尽くせるでしょう。

 ……それをポンポン狩るハンターとか、それもう災害でも死なないってことじゃん。これもうどっちがモンスターか分からないね。

 

 閑話休題。

 

 次に2つ目。

 モンスターとしての本能なのか、私は殺意や敵意を持った相手が近づいてくると感覚で分かる。

 だけどこの索敵能力って、かなり範囲が狭いんだよね。

 半径15メートルくらいにまで相手が近づいてこないと分からない。流石に索敵範囲が狭すぎる。

 15メートルとか古龍ならブレスやその他の攻撃の射程範囲だし、リオレウスだって15メートル先の相手くらい火球で狙撃できるでしょうね。つまりこの索敵能力、相手が遠距離攻撃待ちだとあんまり意味ない。

 

 だから新しく索敵能力を開発した。

 仕組みとしては、私を中心に半径約100メートル内に微弱な電波を飛ばして生き物の生物電気を感知できるようにしてる。

 生き物も植物も必ず微弱な生物電気を発してるから、それをキャッチすれば相手の位置が丸わかりってこと。

 さらに半径50メートル以内なら、目視できなくてもすぐに紅雷を落として攻撃できる。

 これぞ半自動迎撃システム付き索敵能力!

 

 いやー、雷属性って汎用性高くて助かるわー。

 ミラルーツのスペックが笑っちゃうくらい高いから、思いついたことは大体実現できるし。

 

 最後の三つ目は、技というより自己改造に近い。

 私ってば頭にある4本の角で龍脈を制御したり紅雷を生成してるんだけど、これって凄い弱点なんだよね。

 角を部位破壊されたら、能力の使用に制限がかかる可能性がある。

 私の切り札である紅雷が弱体化するのは命取りだから、私は角を使わなくても能力が使えないか試したんだよ。

 

 結果、普通にできた。

 角じゃなくても前足、翼、尻尾を触媒に紅雷が生成できる。

 これは後から気付いたんだけど、よく考えたらゲームでミラルーツの頭部を破壊しても落雷もブレスも弱くならないし。

 そもそも1つ目の技で龍脈を体の各部位に蓄積してから帯電状態になれるんだから、別に角だけが龍脈制御器官って訳じゃないし。

 

 結論、3つ目の新技(?)はあまり意味がなかった。

 色々と発見があったから無駄ではないけどさ。

 

 という訳でここ数日の私の成果は、物理攻撃に雷属性の追加ダメージを乗せる『帯電状態』と半自動迎撃システム付き『電波索敵能力』の習得の2つだね。

 

 それと、私が成長してるのは能力面だけじゃない。

 山積みの狼を毎日お腹いっぱい食べて大量の栄養を摂取してるからか、ここ数日で私の体はかなり大きくなったと思う。

 もちろん大人のミラルーツと比べたらまだまだ小さいけど、それでも体が大きくなったのは嬉しいよね。

 大きさっていうのは強力な武器だ。

 百獣の王ライオンも陸上最強のアフリカゾウ相手には群れでも苦戦するし、獰猛なサメでもシロナガスクジラは簡単に倒せない。

 モンハン世界で言うなら、ラオシャンロンとかダラアマデュラが代表的かな。

 その巨体に相応しい体力を持ってるし、ラオシャンロンは歩いているだけで砦を潰せる。ダラアマデュラは動くだけで山脈が出来るバケモノだし。

 

 ミラルーツもかなり大きいモンスターだから、子供の時から成長が早いのかもね。

 そう言えば、ミラルーツのサイズってどれくらいだっけ?

 ハンターと比較してもかなり大きかったよね。

 体色も真っ白だから、大人になったから森の中だとかなり目立つかもしれない。

 残り2つのタマゴが孵化したら、引っ越しも考えてみようかな。




(ご連絡)
これから何もない限り19時に更新したいと思います。


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第4話 黒龍伝説/紅龍伝説

 やっはろー。

 毎日ずっと狼のお肉だけで飽きてきたから、試しに近くに生えてるキノコを食べたらとんでもなく不味くて悶絶したミラルーツです。

 うん、自分の食性を無視しちゃダメってことがよく分かったね。もうキノコや植物を口にするのはやめよう。

 モンハンの二次創作でよくある、食べた物の特性を獲得できる、なんて都合の良い能力は持ち合わせていなかったみたい。

 

 さてさて、実はここ数日でまた体が大きくなった。

 産まれたての頃と比べたら、今の私は一回り以上も成長したんじゃないかな。

 おかげで一度に食べられる量も増えて、山積みになっていた狼のお肉はどうにか腐る前に全部食べきれそうだね。

 正直に言うとそろそろ違うものを食べたいし、早く食べ尽くしちゃおう。

 

 それにしても、新技を開発してから何もしてないわ。

 朝起きる、お肉食べる、龍脈と紅雷で遊ぶ、お肉食べる、寝るを延々と繰り返すだけのぐうたら生活。

 今も木陰で寝そべりながら、尻尾の上に乗せたタマゴを転がして遊んでるし。

 むぅ、このままじゃニートから抜け出せない。

 かと言って別にやる事もないし……ん?

 

 尻尾の上で転がしていたタマゴが、少し揺れた。

 ま、まさか、ついに産まれるというの!?

 慌ててタマゴをそっと地面に下ろして、私は揺れているタマゴから少し距離を取る。

 あっ、もう1つの方も動き出してるじゃん!

 

 そして動き始めてから数秒で、先に揺れ始めたタマゴにヒビが入った。あっという間に亀裂はタマゴ全体に広がると、ひときわ大きく揺れてタマゴがついに割れる。

 中から飛び出してきたのは、私と同じく頭部に4本の角を備えた紅蓮の龍。

 

 あ、あれ?

 どうしてすでに赤色になってるの?

 私の予想だと、黒色だと思ったんだけど?

 

 ちょっと混乱する私を他所に、まるで溶岩のような赤い鱗と体毛に覆われたその龍はタマゴから完全に這い出した。

 シルエットは私そっくりで、違うのは色と体色くらい。大きさは孵化直後の私と同じくらいで、今の私と比べると一回り小さいね。

 間違いなく祖龍である私に匹敵する力を有するその伝説のドラゴンは私をじっと見つめると、ゆっくり近づいてくる。

 だ、大丈夫かなこれ。

 私の知識が間違ってないなら、この子はめっちゃ危険なモンスターなんだけど。いきなりガチバトルとか嫌だよ?

 

 そんなことを考えているうちに、内心でめっちゃ冷や汗をかいてる私の目の前まで紅蓮の龍がやって来た。

 そしてスンスンと鼻を鳴らして私の匂いを嗅いだと思ったら、次は軽く私の首筋を舐めながらくっついてくる。

 ……なんか子犬みたい。

 見た目はドラゴンで厳ついのに、全ての仕草がとにかく可愛い。私の庇護欲と母性が凄いくすぐられる。

 控えめに言って可愛すぎなんですけど。

 めっちゃ頭を私の胸元にこすりつけてくるし、尻尾ブンブン振ってるし、もしかしなくても甘えられてるよね?

 

 ……っていうか、あなた紅龍ミラバルカンでしょう?

 種族は古龍種、古龍目、源龍亜目、ミラボレアス科。

 その名は『運命を解き放つもの』を意味し、その怒りは大地を震わせ、天を焦がし、世の空を緋色に染め上げる。

 獄炎の大地に降り立ち、この世界に終末の時を齎す存在と謳われる『禁忌のモンスター』の一柱。

 その正体は、黒龍ミラボレアスが怒りで体を紅に染めた姿――。

 

 おかしくない?

 何で生後0秒で怒り狂ってるの?

 MH3Gで大勢のプレイヤーをフルボッコにした黒曜石のブラキディオスでも、殴られるまではキレないよ?

 怒り喰らうイビルジョーだって最初は通常個体だからね?

 

 次々と脳裏に疑問が浮かぶけど、私は思考を強制中断することになった。

 ――パキッと音を立てて。

 残る1つのタマゴにも、ついにヒビが入った。

 

 怒れる邪龍として伝説に名を残してるくせに、タマゴにヒビが入る音に震えて抱きついてくるバルカン。

 可愛いけどそれで良いの?

 ミラバルカンのカッコイイ姿に憧れてたプレイヤー達が今のあなたの姿を見たら、呆然と口を開けて崩れ落ちると思うけど。

 私は可愛いからアリだけど。

 

 私がバルカンと戯れている間にも最後のタマゴは割れていく。

 そして、数秒後。

 私と私の後ろから顔を出しているバルカンに見守られて、タマゴの中から漆黒の龍が顔を出す。

 シルエットは私とバルカンとそっくり。

 ただし体色は私と正反対の黒色で、瞳は黄金の光を放っている。

 

 ――黒龍ミラボレアス。

 古龍種、古龍目、源龍亜目、ミラボレアス科。

 その名は『運命の戦争』の他にも古語で様々な意味を持つ、古から語り継がれる伝説の黒龍。

 モンスターハンターシリーズの初代ラスボスであり、『禁忌のモンスター』の筆頭格。

 たった数日でこの世界全土を焦土に変えるほどの力を有し、伝承で最も凶悪で強大なモンスターの1つとされる。

 

 そんな伝説の龍はバルカンと同じく私をじっと見つめた後、ゆっくりと近づいてきた。

 ボレアスはまず私の匂いを嗅ぎ、次にバルカンの匂いを嗅ぎ、最後に尻尾で私の顔をペチペチと叩く。

 な、なにさ?

 私の顔を叩いても何も起きないよ?

 そう呼びかけてもボレアスは私の顔をペチペチと叩き続け、ご機嫌そうに喉を鳴らす。

 バルカンは私にひっついたままボレアスを興味深そうに眺め、互いに目が合うと同時に首を傾げた。

 

 いや、可愛いけど!

 弟みたいでほっこりするけど!

 何で! 同一存在なはずのボレアスとバルカンが別個体になってるのよ!?

 

 どうやら、何もかもモンハンの設定通りという訳ではないらしい。

 その日は暗くなるまでバルカンにひっつかれ、ボレアスにオモチャにされ、何も出来ないまま3人(3体?)密着したまま寝ることになった。

 

 

 

 

 

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 まだ3分の1くらい残ってた狼のお肉が尽きた。

 大量のご飯がどこに消えたのかというと、それはもちろんバルカンとボレアスの胃袋の中。

 やはり中身が人間のなんちゃってモンスターな私と違うのか、2人(2体?)とも凄い勢いで狼のお肉を平らげてた。

 それ、そんなに美味しいかな?

 口周りを狼の血で真っ赤にしたボレアスがもっと寄越せと尻尾で私を叩いておねだりしてくるけど、もうどこにもお肉はないよ。

 どれだけレーダーで調べても狼の反応ないから、調達は無理です。

 

「――――」

 

 同種だからなのか、一応私の意思はボレアスとバルカンに伝わるらしい。

 もうお肉が食べれないと理解したボレアスは、不服と言わんばかりに尻尾で私を叩く。

 あなたホントにそれ好きだよね。

 でもお願いだから、大きくなったら尻尾で叩くのはやめてね? 成体の黒龍に尻尾でビンタなんてされたら、いくら私がルーツでも絶対に痛いから。

 今だから可愛いで済んでるけど。

 

「――ッ!」

 

 ずっと文句を言うボレアスに苛立ったのか、私に密着して昼寝してたバルカンが牙を剥いてボレアスを威嚇した。

 するとボレアスもすぐに挑発に乗り、バルカンに飛びかかろうとする。

 はいはい、喧嘩しない。

 私はバルカンを尻尾で押さえつけて拘束し、ボレアスの首根っこを甘噛みして軽く放り投げた。

 邪魔されたボレアスが体当たりしてくるけど、体は先に産まれた私の方が大きいからね。体格差でボレアスの体当たりを受け止めて、軽く顔を舐めて機嫌を直すように宥めてあげる。

 しばらく舐めてるとようやくボレアスの機嫌が直った。代わりに嫉妬したバルカンが拗ねたけど。

 あなた達ね、私の体は1つしかないんだから。

 何でもまとめて構ってあげられる訳じゃないでしょう。

 

 はぁ、これは前途多難かも。

 今は私の方が強いからボレアスとバルカンを同時に抑えられるけど、この子らが成長した後はどうしようもない。

 いくらルーツでも、黒龍と紅龍を同時に相手にしたら勝てないよね。

 

 ……それなら、選択肢はただ1つ。

 私が圧倒的に強くなるしかない。

 成体のボレアスとバルカンを圧倒できるくらい私が強くなれば、いつでもこの子達の暴走を止められる。

 覚悟、決めないといけないかもね。

 

 まぁ、その前に、今日の夜ご飯を確保しないと。

 いくら禁忌のモンスターでもご飯がないと死んじゃうし。

 

 ……ミラルーツに転生して初めての狩り、頑張らないと。

 私と手のかかる弟達のためにもね。




明日は用事があるので、更新できない可能性があります。
申し訳ありません。


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第5話 新天地への決意

 ――狩り。

 それは大自然で生きていく上で必須なもの。

 だけど私ってば今まで襲ってきた相手を返り討ちにしてご飯にしてたから、自分から生き物を殺して食べたことがないんだよね。

 うーむ、どうしようか。

 レーダーで周囲の生体反応を軽く調べてみたけど、私達のご飯になりそうな生き物は見当たらない。索敵に引っかかるのは虫とか小動物みたいな、捕食しても満腹になりそうにない生き物が大半を占めてる。

 となると、残る選択肢は1つだけ。

 川で魚を獲るしかない。

 

 そんな訳で私は川に移動したんだけど、何故かバルカンとボレアスも一緒にくっついてきた。

 だけど、私について来た理由はそれぞれ違うらしい。

 バルカンの方は私から離れるのが寂しくて嫌って感じで、ボレアスは単に好奇心から付いてきたって感じ。

 どうやらバルカンは甘えん坊で寂しがりや、ボレアスはやんちゃで好奇心が旺盛な性格みたいだねー。

 私が川に入ると、弟達は何をするのか興味津々といった様子で見つめてくる。……うう、そんなに見られると緊張するな。

 

 気を引き締めて、私は魚がいないか目を凝らす。

 ――いた。

 大きさはコイくらいかな?

 かなり大きめの魚が何匹も流れに逆らって泳いでる。

 アオアシラにだって魚が取れるんだから、ミラルーツである私が出来ない訳がない。

 せーの、えいっ!

 一番近くを泳いでる魚に狙いをつけて前足を振り下ろしけど、魚は私の鉤爪の間を擦り抜けて遠くへ泳いで行ってしまった。

 

 ぐぬぬ、思ったより難しいなこれ。

 何度か同じように挑戦してみるけど、魚は私の爪先にも触れない。

 そのうちボレアスは興味を失って川岸に飛んでいる虫を追いかけ始め、バルカンは丸くなって寝息を立て始めた。

 

 あー!

 イライラしてきた!

 たかが魚の分際で、この私からちょこまかと逃げ回るなんて!

 クルペッコの生態ムービーではジャギィですら簡単に魚を捕まえてたのに、どうして私には出来ないのよ! 身体能力は間違いなく優れてるはずなのに!

 くそう、このままじゃ今日のご飯がなくなっちゃう。

 ……もういいや、電撃使っちゃえ。

 

 龍脈を前脚に充填……開始。

 チャージ率10パーセント!

 両前脚を水に突っ込んで、チャージしていた龍脈を電撃として解放。真紅の光が水面を駆け巡り、川の水がまとめて蒸発して大量の水蒸気が発生する。

 川岸で寝ていたバルカンが飛び起き、虫を追いかけ回していたボレアスを私の方を振り返る。驚かせちゃったかな、ごめんよ。

 巻き上げられた川の水が雨のようにザーザーと降り注ぐ中、水面に感電した魚が次々と浮かび上がってきた。

 いやっほー、大漁だね。

 初めからこうすれば良かった。

 

 私が上機嫌でぷかぷかと浮かんでいる魚を回収して戻ると、ずくにボレアスが駆け寄ってきて私を尻尾でペチペチ叩く。

 はいはい、ちゃんと魚はあげるから。

 ……ん? 違うの?

 てっきり食べ物を寄越せって言ってるんだと思ってたけど、どうもボレアスは私の紅雷の方に興味があるらしい。

 やり方を教えろってことかな?

 

「――!」

 

 私に意思が伝わったことが嬉しいのか、さらに強く尻尾を振り回すボレアス。

 分かったよ! 教えるから顔をペチペチしないの!

 ボレアスの場合だと出すのは電撃じゃなくて火炎だけどね。

 まぁ、ボレアスが火を出せるようになってくれたら凄く便利だし、外敵との戦いを考慮しても早く力を扱えるようになった方が良いか。

 そしたらこの魚も、生じゃなくて焼いてから食べられるし。

 よーし、明日からはボレアスとバルカンに龍脈の使い方を教えよう。

 

 ……でも、こんな森の中で火を使ったらやばいよね。

 念のためこの川の近くでしか使わないように強く言っておかないと。

 

 

 

 

 

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 大地から組み上げられた龍脈がボレアスの全身を駆け巡り、少しずつ口元に収束していく。

 ほんの少し、例えるならコップ一杯分。

 集めた微量の龍脈を、ボレアスが自身が司る炎の力へと変換して解放した。

 ボレアスの口から小さな火の粉が放たれ、川辺に置いた魚がこんがりと焼き上がる。

 

 はい、上手に焼けました〜♪

 

 ふわぁ、良い匂いがするね。

 人間の『私』視点では初めてまともな食べ物。無意識のうちに涎が溢れそうになっちゃう。

 めっちゃ美味しそう。

 3日かけてボレアスに龍脈の扱い方を教えた甲斐があったよ……。

 ここまで上達するまでに、かなりの数のお魚さんが跡形もなく灰にされちゃったんだけどさ。

 かなり勿体無いけど、いくら何でも灰は食べられないからなぁ。

 彼らには悪いことをした。だけどその犠牲は無駄にならなかったからね。許してください。

 

 一方で、バルカンはなかなか龍脈の扱いが上達しなかった。

 未だに莫大な量の龍脈から溶岩を生み出して周囲を火の海にしちゃうから、私が見ていない時に力を使うのは禁止してある。

 弟に負けちゃってるけど、負けるなバルカン。

 設定的な視点ではあなたの方が格上だから。ボレアスとの喧嘩にいっつも負けてるけど、あなたの方がスペックは上だから。

 そのうち勝てるようになるさ。

 

 では、そろそろ焼き魚の実食しよう。

 まずは一口、いただきます。

 ……バカな……!? ……想像の10倍は美味しい……だと……!?

 塩や醤油といった調味料は当たり前だけど一切使っておらず、ただ焼いただけなのにここまで美味しくなるなんて。

 火は偉大だ。

 私も電磁熱とかで魚やお肉を焼けないか真面目に練習しよう。それだけの価値があるよ、この焼き魚。

 はぁ、美味しすぎて涙が出る。

 産まれてから今までマズい狼肉しか食べてなかったから余計に美味しく感じるのかも。

 あぁ、違うのよバルカン。

 どっか痛くて泣いてるんじゃなくて、これはただの嬉し泣きだから。私の顔をペロペロしなくても大丈夫だから。

 

 美味しいご飯を食べてお腹もいっぱいになったけど、幸せに浸ってばかりじゃいられない。

 バルカンの大量の龍脈を集めるクセは何とかしないと。

 川が近くにあったから本当に良かったけど、毎回辺りを火の海にされると流石に困るからねー。

 私が電撃で川の水を巻き上げて消火するにも限度があるし。

 あ、別に怒ってないからね!?

 いきなり反省して落ち込んじゃったバルカンの頭を尻尾で撫でて慰める。

 

 それとボレアスもむやみに火を吐かないでね?

 あなたは龍脈の操作もかなり慣れてるから強く言わないけど、ちょっと加減をミスったら森が全焼しちゃう可能性もあるから。

 私は雷属性オンリーで水属性とか使えないから、川の近く以外だと消火手段がないのが怖いのよ。

 

 けれど、そこまでバルカンとボレアスの訓練を急ぐ必要はないでしょう。

 バルカンは能力が使えなくても身体能力の高さは申し分ないし、私とボレアスなら大抵の相手には勝てるはず。

 私が前に出て紅雷と速度で相手を撹乱して、ボレアスが後ろからブレスで援護する。これだけでもかなりの脅威でしょうね。

 私も含めてゆっくりと力の扱い方を学んでいけば良い。

 

 ……っと。

 そろそろ暗くなってきたし、弟達にもう寝るように伝えようか。

 私達のタマゴがあった大きな木の下でバルカンとボレアスと身を寄せ合い、彼らが完全に寝るのを待つ。

 そろそろ寝たかな?

 2人(2体?)が寝息を立て始めたのを見届けてから、私はこっそりと寝床を抜け出す。

 その理由は、いい加減に飛行能力を習得するためだ。

 

 この森は確かに良い場所だけど、ずっとこの森に留まるつもりはない。

 まだモンスターが私達以外に誕生してないみたいだけど、ここは私が大好きなモンハン世界なんだから。

 せっかくモンスターに転生して自由に生きれるのに、この広い世界を冒険しないなんて勿体ないでしょ。

 そして広い世界を見て回るためには飛行能力は必須。

 だけど徒歩で長距離移動するのは非効率だから、必然的に飛ぶ必要があるわけだ。

 その時に肝心の私が飛べないと意味がないからねー。

 

 よし、覚悟は決めた!

 私は飛ぶぞー!

 

 という訳でまた川岸に。

 下が水なら墜落してもある程度のクッションになるかもだし、気休めがあると精神に余裕が生まれるからね。

 今まで出番がなかった翼に意識を集中して大きく動かす。

 それなりに成長して大きくなっていた私の体が簡単に浮き上がった。

 

 ちょっ、うわ、すご!?

 反射的に足をバタバタと動かしちゃったせいでバランスが崩れかけるけど、長い尻尾で姿勢を制御して何とか態勢を整える。

 飛べてる!?

 私、飛べてるよね!?

 どんどん遠くなっていく地面を見るのは怖いけど、それよりも「空を飛ぶ」という開放感がすごい。

 最初は浮いてるだけで精一杯だったけど、体のスペックが高いこともあって思ったより早く飛び回れるようになった。

 

 上昇、下降、旋回、滑空。

 満月をバックに私は自由自在に飛び回り、何時間も連続で初めての空を満喫する。

 やばい、これやばい。信じられないくらい楽しい。

 ずっと飛んでいたいって思うくらい。

 夜風が頬を撫でる感覚、雲を突き抜ける爽快感。

 何もかもが新鮮で面白い。

 

 それにしても全く疲れないこの体が凄いわ。

 確かリオレウスやリオレイアの通常種でも何日も連続で飛べるらしいから、格上の古龍種である私はもっと長く飛べるのかな?

 それなら短い時間で遠くまでいけるから嬉しいね。

 

 そんな事を考えながら飛び回っているうちに、気づけば朝日が顔を出していた。

 空から日の出を眺めながら、私は決心する。

 ボレアスとバルカンがもう少し成長したら、この森から引っ越そう。



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第6話 成長×兄弟喧嘩×お引越し

 私が飛行練習を始めたあの日からそれなりの時間が経過した。

 どうやら私が狩場にしてる川は大きな魚が沢山いるらしく、お腹いっぱい魚を食べることができる私も弟達も順調に成長してる。

 産まれた時と比べたら、私も随分と大きくなった。

 今なら前に戦った一番大きい狼が相手でも力負けしない自信があるね。

 ゲームに登場する成体のミラルーツを100としたら、今の私は約60から70くらいかな。

 サイズ的な視点では、大人まで後一息って感じ。

 

 ボレアスとバルカンがもう少し大きくなったら、新天地へ引っ越しても良いかな。

 それまではバルカンの能力制御の練習に集中しよう。

 ボレアスの方は先に飛行訓練を始めても良いでしょう。あの子は結構センスがあるというか、天才型だから。

 私がちょっと飛び方を教えたら、すぐにマスターしそうだわ。

 バルカンはきっと努力で大器晩成する秀才タイプ。そうだと思う。多分。もうすぐ花開くでしょう。

 

 けれど戦闘能力面では私達まだまだ未熟だね。

 今の私が出来るのはゲームのミラルーツのモーションの模倣と、自分で作ったレーダーと帯電状態による物理攻撃くらいだし。

 十分に見えるかもだけど、まだまだ改良の余地はあるからね。

 もっと戦闘経験を積んで戦いに慣れたら、私だけの戦闘スタイルみたいなものが出来るかも。

 単純にゲームのミラルーツを真似するだけじゃ、祖龍のスペックは完璧に引き出せないでしょう。

 

 私が目指す第一の目標は『世界観設定のミラルーツ』だ。ゲームのルーツじゃない。

 そして最終目標は、祖龍の限界を突破してその上の力を手にすること。

 そのままでも十分強いのにその上を目指す理由は、前にも言った通り弟達が暴走した時に備えて。

 流石のミラルーツでも、黒龍と紅龍を同時に相手にしたら勝てない可能性が高い。だから私はボレアスとバルカンの『お姉ちゃん』でいるために、もっと強くなる必要があるわけだ。

 あと今は存在不明なアルバトリオンとグランミラオスね。

 もしかしたらボレアス達と違って同じ『禁忌』でも私に友好的じゃないかもだし、強くなって損はない。

 

 うーん。

 目標は遠いけど、千里の道も一歩から。

 祖龍のスペック、人間の知恵、そしてモンハンの知識を組み合わせたら、きっと届くはず。

 そう信じるのよ、私。

 

「――――……」

 

 なんて考えてたら、いつの間にか朝になってたらしい。

 相変わらず私に密着して寝ていたバルカンが、朝日を浴びて眩しそうに目を開けた。そして大きく欠伸をすると、顔を私に擦り付けてくる。

 はい、いつも通り可愛い。

 でも動くと反対側で私に密着して寝てるボレアスが起きちゃうから、今はまだ静かにね。

 

 しかし、また徹夜しちゃった。

 “古龍種は疲労状態にならない”っていう設定があるからか、精神的にはともかく肉体的には全く疲れないからね。

 考え事してたら夜が明けてた、ってことは結構あったりする。

 ずっと何か考えながら龍脈の干渉とか能力制御の練習とかもしてるから、余計に眠れないのかも。

 むむ、我ながらこれは問題だね。

 いくら体が疲労しなくても、心の方が疲れてたら戦闘や狩りの時にミスする危険がある。

 これから寝る直前は龍脈干渉をやめるべきかしら。

 

 ……ん?

 そう思って龍脈干渉を中断し、ボレアスが起きるまでちょっと寝ようとした時だった。

 密着しているバルカンの全身を巡る龍脈が、僅かにだけど感知できる。

 ……もしかして、これだけ密着してたらバルカンの体内を流れてる龍脈に干渉できたり?

 バルカンの龍脈に干渉を試みると、案外あっさりと制御することができた。

 

「――っ!」

 

 あ、ごめん、急に自分の制御下にある龍脈に干渉されたらビックリするよね。

 いきなり横から体内に流れる龍脈に干渉されて驚いたのか、大きく体を震わせたバルカンを尻尾で撫でて落ち着かせる。

 よーし、大丈夫だからね。

 横槍入れてるのはお姉ちゃんだから怖くないよー。

 ……あ。

 もしかして、今ならバルカンが能力の制御に失敗しても私が龍脈を制御して止められるかも。

 バルカン、試しに炎放射ブレス撃ってみて。

 

「――――!」

 

 私の指示に頷いたバルカンは龍脈を汲み上げ、口元に収束させる。

 それはもう、この森を纏めて焼き払うつもりかと錯覚するほど莫大な量の龍脈を。

 バルカン、ストォォォップ!

 集めすぎだよ! もう十分以上だから!

 私は慌てて横から干渉(ハッキング)して、収束していた龍脈の一部を取り除く。

 結果、バルカンのブレスの威力は大幅に減衰。

 そのままだと防御力400(MH4基準)あるハンターですらキャンプに直葬しそうな炎放射ブレスは、せいぜい火炎放射器程度の規模となった。

 

 あ、あぶねー。

 面倒くさいとか思わずちゃんと川辺でやるべきだった。

 もしも私が横から干渉するのに失敗してたら、間違いなく大惨事だったよ……。

 今回は上手くいったから良かったけど、次からは気をつけないと。

 反省。

 

 因みにバルカンのブレスは枯れ葉を伝って少しだけ燃え広がり、それを私が落雷で消したせいでボレアスが起きちゃった。

 安眠を邪魔されたボレアスにペチペチと尻尾で叩かれて、今日もまた1日が始まる。

 

 ……余談だけど、ボレアスもそれなりに成長して大きくなってるから尻尾で叩かれるとかなり痛かった。

 もうペチペチじゃなくてバチバチだった。

 

 

 

 

 

 

〜Now loading〜

 

 

 

 

 

 

「「――――ッ!!」」

 

 天空を切り裂くように飛翔しながら、お互いに牙と炎を向けて大迫力の空中戦を繰り広げるボレアスとバルカン。

 ボレアスが放った3連火球ブレスが弾丸のような速度で放たれるけど、バルカンは華麗に旋回して危なげなくそれを躱す。標的を失った火球は私の足元に着弾し、私は爆風と爆炎に煽られた。

 いやー、2人(?)とも成長したね。

 今の火球ブレスとか、地面にちょっとしたクレーターが作られるくらいの威力だし。高火力過ぎて逆に燃え広がらないとは、これ如何に。

 

 そんな高威力の火球ブレスの余波を浴びてもノーダメージな私の体。

 傷も汚れもない純白の龍鱗と体毛が、この程度の炎熱で傷つくと思うなよと主張している気がする。

 本当にスペックおかしいわ。

 恐れ入ったよ。

 

「――ッオオオオオオ!」

 

 バルカンが吠える。

 地震が発生したのかと思うくらい地面が揺れる音量と、大木が折れるくらいの衝撃波。

 高級耳栓じゃないと耐え切れないバインドボイス(大)と共に、青空を火炎が薙ぎ払う。

 バルカンのメインウェポンの1つ、炎放射ブレスだね。

 攻撃範囲が広いこのブレスを躱すのは流石に難しいと判断したのか、ボレアスは回避を諦めて自ら炎に突貫。

 防御力も火属性耐性にモノを言わせて、強引にバルカンとの距離を詰める。

 

 そして、激突。

 

 もう十分に大型モンスターだと胸を張れるくらい大きくなった真紅と漆黒の龍が、その巨体をぶつけ合う。

 そこから前脚の引っ掻き、尾を使っての殴打、角を武器とした頭突き、物理最大威力の噛み付きと、今度は肉弾戦が始まった。

 たまにゼロ距離でのブレス直撃を狙って火球とかが飛ぶけど、私はそれを落雷で狙撃して対消滅させる。私に当たるならともかく、木に当たると森が焼けるからね。

 

 ミラボレアスとミラバルカンの戦いというド級の光景を前に、私はため息をつく。

 普段の可愛い仕草はどこへやら。

 今のボレアスとバルカンは間違いなく恐ろしい伝説の龍って感じ。

 

 ……それなのに。

 今日の夜どっちが私の横で寝るかっていう可愛い理由で喧嘩してるのがなぁ。

 別に今までみたいに私の左右にそれぞれくっつけば良いじゃんって思うけど、どうやらそれはダメらしい。

 私は寝る時によく鼻先と尻尾の先で円を描くように体を丸めるから、私の左側にいると私の顔が見えないとか。

 確かに首を右に曲げるけど、そんなの誤差じゃん。

 

 何でこうなったかなー……。

 

 始まりは、新天地に引っ越すために私がボレアスとバルカンに空を飛ぶ練習を始めるよう言ったことだ。

 私も含めてみんな十分に大きくなったからね。

 まだ成体には至らないけど、もうこの森を離れても問題ないと私は判断した。

 ボレアスとバルカンの飛行能力も問題なし。

 むしろ私より飛べるようになるのが早かったくらい。

 私ってば最初はちょっと浮遊しただけで焦ってたけど、元人間の私と違って彼らは翼で空を飛ぶのに先入観とかないからね。むしろ飛べるのが彼らにとっては当たり前のことだし。

 全く苦戦せず自由自在に飛び回れるようになった弟達の姿に、私が少し悔しい思いをしたくらいだ。

 圧倒的な敗北感でした。マル。

 

 ここまでは順調だったけど、問題はこの後だ。

 ボレアスがバルカンにどっちが早く飛べるか勝負しようみたいな感じで挑発した。

 最初はバルカンに勝負する気は無かったみたいだけど、そこでボレアスが「勝った方が私の隣で寝れる権利がある」っていう賞品を提示したせいで勝負開始。

 ……今になって思い返せば、可愛い弟達に求められるという喜びで舞い上がって止めなかった私も悪いな。

 

 それはともかく、意外なことに飛行バトルはバルカンの方が有利だった。

 いや、まぁ、モンハンの設定的にバルカンの方が上だし。スペックで言ったら当然なんだけど、今までの勝負事は大体ボレアスが勝ちだったからさ。

 いきなりバルカンが有利でちょっと驚いたのよ。

 

 そして、負けそうになったボレアスは後ろからブレスでバルカンを狙撃した。

 もちろん反則行為。

 不意打ちされたバルカンが怒って、ボレアスも逆ギレ。

 そして今に至るって訳だ。

 

 あー、ヒートアップしてきたね。

 あくまで兄弟だからお互いに本気で攻撃してないけど、彼らの本質は凶悪な龍だ。戦いとなれば、例えお遊びでもそれなり以上に本気になっちゃう。

 そろそろ止めないと怪我するかもね。

 

 私は観戦をやめて翼を広げ、一気に飛翔。

 ぶつかり合うボレアスとバルカンの間に割り込んだ私は、まずはバルカンに単発の雷球ブレスを叩き込む。

 バルカンは炎よりも速度で勝る私のブレスを避け切れずに被弾。大きく怯んで動きが止まった。

 

「――――ッ!!」

 

 それをチャンスと見たのか、一気にバルカンへ突っ込むボレアスに体当たりし、前脚と尻尾でガッチリとやんちゃな弟の体を掴む。

 ――そして、放電。

 威力は最小とは言え、それでも祖龍の雷撃だ。

 ゼロ距離で受ければ冷静さを取り戻すくらいのダメージはある。

 

 はい、そこまで!

 あなた達がこれ以上やると洒落にならないからね。

 

 そしてこれ以上やるなら本気で怒るぞ、って意味を込めて威嚇すると聡明な弟達は渋々喧嘩をやめた。

 本当に良い子に育ったよ。

 私なんかの言うことを真面目に聞いてくれるとか、本当に可愛い。

 

「「――――……」」

 

 と、私はそこでボレアスとバルカンの不服そうな視線に気づく。

 そんなに決着つけたいの?

 ……うーん、でもこれ以上の喧嘩は良くないしなぁ。

 よし!

 それじゃあ、次の狩りは私じゃなくてあなた達にしてもらおう。それで狩りの成果が上だった方が勝ち。

 これでどう?

 

 私の提案に異論はないらしい。

 戦意を漲らせて、ボレアスとバルカンは睨み合う。

 

 これで一件落着っと。

 そうだ、ちょうど良いからこのまま引っ越そうか。

 本当は今日は飛行訓練だけで出発は明日か明後日のつもりだったけど、もう全員飛んでるし。

 狩りで対決と言っても、ここじゃ魚しかいないからね。

 もっと獲物が豊富な場所に行った方があなた達の戦いも盛り上がるでしょ。

 

「――!」

 

 ボレアスが歓喜で咆哮を上げた。

 あぁ、うん。

 好奇心旺盛のあなたからすれば、新しい場所に移動するのは嬉しいよね。分かったから急かさないで。

 今から出発するから焦らなくても良いでしょう。

 

 目的地は……取り敢えず、獲物が豊富で水辺の近く。

 原作のフィールドで例えるなら『渓流』のような場所かな。それと人里には近づかないよう気を付けようか。

 私は適当に方向を決めて、翼を強く大気に打ち付ける。

 まだ見ぬ新天地に胸を躍らせながら、私達は雲を吹き飛ばして青空を舞った。



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第6.5話 生態観測隊の調査

「バテュバドム樹海で異常な雷を観測しただと?」

 

 豪華な装飾が施された大広間の中心に置かれた円卓。

 そこに座るのはシュレイド王国の中でも特に強い権力を持つ上級貴族達であり、誰もが自らの財力を誇示するように豪奢な洋服に身を包んでいた。

 彼らが吐く煙草の紫煙に表情を曇らせながら、扉の前に立つ女性は報告を続ける。

 

「はい。落雷にも匹敵する電力でしたが、発生した時間帯にバテュバドム樹海の上空に雷雲は観測されておりません。また雷を観測した職員が、雷は地上から空へ(・・・・・・)落ちたというおかしな証言を残しています」

 

 まるで機械のように書類の内容を読み上げた女性の声に、円卓を囲む権力者達は嘲笑を浮かべた。

 

「バテュバドム樹海は獰猛な野獣共が蔓延る天然の迷路。人類未踏の魔境だぞ? 敵対勢力が我らの目を盗んで兵器工場を建てるとしても、あの樹海では無理だろう」

 

「ノーリッジ伯爵の仰る通りだ。ただの異常気象ではないのかね?」

 

「雷が空に落ちるなどと……。ふっ、観測者は白昼夢でも見たのでしょうな」

 

 何が面白いのか、憶測を言い合って笑い声を上げる貴族を眺めて女性は嘆息する。

 コイツらは脳まで脂肪になっているらしい。腹に大量についている脂肪だけでは満足出来なかったのだろう。

 ただの異常気象でわざわざ上位貴族を招集などする訳がない。

 権力の誇示と金稼ぎと気に入った女性を強引に妾にすることにしか興味がない彼らに対して、しかし女性は淡々と報告を続ける。

 

「さらにバテュバドム樹海の上空に新種の生物の姿を観測した、樹海の奥地で爆炎が見えた等の報告もあり、空へと落ちる雷と合わせて無視できない案件かと。どうかバデュバドム樹海に調査隊を送る許可を頂ければと」

 

「ふん、好きにしたまえ」

 

「ありがとうございます。では、失礼」

 

 投げやりに出された許可に対して律儀に頭を下げ、女性は生態観測員であることを示す緑の制服を翻して大広間を退出する。

 最後に、まるで道端の石ころでも見るような冷たい目で貴族達を一瞥して。

 

 

 

 

 

〜Now loading〜

 

 

 

 

 

 ガタガタガタッと。

 舗装されていない獣道をかなりの速度で走っているため、車輪からはそんな音が聞こえてくる。

 大きな石や太い木の根を乗り越えたのか、大きく上下に揺れる自立稼働四輪車の中で、美しい白銀の髪を靡かせる美女――キャロル・アヴァロンは溜息をついた。

 

「あー、もう、最悪でした。本当に、貴族という生き物は視界に入れるだけで不愉快になります」

 

「まぁまぁ。取り敢えず調査の許可は貰えたんですから」

 

「彼らは揃ってバテュバドム樹海に人間が踏み込むという重大性を全く理解してない馬鹿なだけですよ。許可を申請した側である私が言うのはアレですが」

 

「今の言葉、王都では絶対に言わないでくださいよ。例えキャロル隊長でも、憲兵にそんな発言を聞かれたら不敬罪になりますから」

 

 馬車とは比較にならない速度で後ろへ流れていく樹海の景色を眺めて悪態をつくキャロルを、隣に座る男の部下が苦笑しながら諫める。

 大魔境バテュバドム樹海に来ても発言を気にするとは、相変わらず生真面目な部下だ。

 まぁ、その真面目な性格を買って自分の助手にしたのはキャロル本人なのだが。

 

「……っと。キャロル隊長、もうすぐ目標地点のようです」

 

「分かりました。総員に最大限の警戒をするよう通達してください。この先は何が起きてもおかしくありません」

 

「了解しました」

 

 部下に指示を出しながら、キャロルは自分の長い銀髪を後ろで一括りにして気合を入れ直す。

 今から人類未踏とまで言われるバテュバドム樹海の調査を始めるのだ。一瞬でも気を抜けば、それが命取りになるだろう。

 あらゆる生物の生態を観測する部隊の統率者であるからこそ、キャロルはこの樹海の恐ろしさを誰よりも熟知してた。

 黒煙を上げながら樹海の中を疾走していた5台の自立稼働四輪車が停車し、乗っていた生態観測隊のメンバー達は5人1組となってキャロルの前に整列する。

 

「1班と2班は自動四輪車の元で待機、、3班は私に続きなさい」

 

「「「了解」」」

 

 キャロルの指示に従って1班と2班は唯一の移動手段である四輪車の護衛を担い、3班が最新式の銃器を手にキャロルと共に奥へと進んでいく。

 ――バテュバドム樹海。

 それが見上げるほどの巨木が立ち並ぶこの魔境の名だ。

 シュレイド王国が未だにこの魔境を開発の手を伸ばせない理由はいくつかあるが、その中でもファレンスウルフと呼ばれる巨大な狼が最大の障害とされる。

 その大きさは小屋にも匹敵するほどで、咬合力は鉄の板ですら噛み砕いてしまうほど強い。俊敏で狡猾、単体でも十分に脅威だが、大規模な群れの場合はその危険性は跳ね上がる。

 しかもこの樹海の大木は火に対する耐性が強いため燃え難く、しかも簡単には切り倒せない。

 大自然が作り出した天然の迷宮であるこの樹海に囚われたなら、縄張りを荒らされて怒り狂ったファレンスウルフに喰い殺されるまで彷徨い続けるという最悪の結末が待っているだろう。

 

 しかし。

 

「キャロル隊長、これは……」

 

「ええ、おかしいですね。これだけ深く縄張りに踏み込めば、必ずファレンスウルフの群れに襲われると覚悟していたのですが……」

 

 今も最新の装備で武装して周囲を油断なく警戒しているが、巨大な狼達の気配は全く感じない。縄張り意識が強いあのファレンスウルフが、ここまでテリトリーに入り込んだ侵入者を見逃すとは思えないのだが。

 

 強烈な嫌な予感に襲われ、キャロルは冷や汗を流す。

 今すぐにでも引き返したい気分になるが、生態観測隊の制服を纏っている以上はこの異常事態を無視するなど許されない。

 この樹海を始めとして人類が手を出せない『魔境』の生態系を調査するのが仕事だというのに、ここで無様に逃げ帰ればそれこそ元から少ない予算がさらに減るだろう。

 最悪はキャロルの首が飛ぶだけでは済まず、組織そのものが解体されてしまう可能性もある。

 前に進む以外に道はないのだ。

 

 覚悟を決めて調査を続行。

 やはり最大限の警戒をしながら先頭を進んでいたキャロルは、信じられないものを見て思わず動きを止めた。

 急に動きを止めたキャロルの姿に部下達も身を固くし、武器を構えて隊長が見ているものを探す。

 

「は……っ、あ、ぁ……?」

 

 掠れたようなその声は一体誰のものか。

 それすら分からなくなるほど、生態観測隊の面々は絶句していた。

 

 彼らの視界に飛び込んできたのは、食い荒らされたファレンスウルフの大量の死体。

 屍の数は優に20を超え、その全てが綺麗に食い尽くされている。

 

「そんな馬鹿な……!?」

 

「静かに……! ファレンスウルフを喰い殺した生物がまだ近くにいるかもしれません」

 

 呆然とする部下達を叱咤し、キャロルはゆっくりと死体の山に接近する。

 骨以外は完璧に食べ尽くされていて、パッと見ただけではどのように殺されたのかは分からない。

 樹海のこのエリアでファレンスウルフを襲って喰い殺す生物など、キャロルの知識には存在しない。

 そしてシュレイド王国で最も魔境の生物に詳しいキャロルが知らないということは、これをやったのはまだ発見されていない新種ということ。

 

 嫌な予感が止まらない。

 冷や汗を拭いながらも、調査を続けるために屍の山の間を通り抜けて進むこと数分ほど。

 突如として樹海が開け、かなり大きい川に出た。

 そこで、キャロル達は2度目の驚愕を叩き込まれる。

 川辺には炭化した魚が無数に転がっており、明らかに炎を使って魚を焼こうとした痕跡が残っていたのだ。

 キャロルの脳裏に、樹海の奥地で爆炎が観測されたという報告が浮かぶ。

 

「まさか……」

 

「キャロル隊長! これを!」

 

 キャロルの思考を遮って、部下の1人が声を上げた。

 急いでその部下の元に駆け寄ってみると、ちょうど川の底から魚の死体が引き上げられたところだった。

 

「これは、感電死している……?」

 

「そのようです。しかも1匹や2匹じゃありません」

 

 部下のそんな言葉をきっかけに、次々と川から感電死した魚が引き上げられていく。

 

「20体以上のファレンスウルフを喰い殺し、これだけの数の魚を感電死させられるほどの放電能力があり、しかも魚を焼いて食べる知識まである……」

 

 何だ、その化け物は。

 そんな生物、存在してたまるか。

 放電能力は……その威力はともかく、まだ理解できる。実際に電気で身を守る生物は発見されている。

 だが炎は?

 まさか火を吐く生き物がいるとでも?

 

「ドラゴンのような空想上の生き物が絵本から出てきたとでも……?」

 

 これまでの特徴をまとめて報告書として上に提出したら、絵空事は他所で書けと怒られてしまう。

 何なのだ、この常識という言葉に思い切り喧嘩を売っているような痕跡の数々は。

 

「キャロル隊長!」

 

「これ以上何があるって言うんですか!?」

 

 既に頭がオーバーヒートしていたキャロルは、先ほど部下に大声を出すなと叱咤したのも忘れて掠れた悲鳴を上げる。

 それでも駆け足で木々を超えて声がした方向へ向かえば、隊員の1人が木の根を指差して固まっていた。

 ――否、木の根ではない。

 正確には太い木の根の間にある、途轍もなく巨大な割れたタマゴだ。

 元々は身長165センチあるキャロルの目線にも届くほどあっただろう。

 

「こんな大きなタマゴを産む生き物、いましたか?」

 

「私の知る限りではいませんね……」

 

 タマゴでこのサイズなら、成体はどれだけ大きいというのか。ともあれ、このタマゴの中にいた存在が一連の異常事態を引き起こした犯人だろう。

 仮にその生き物がまだ産まれて間もないとしたら。

 この謎の存在は幼体の状態で群れたファレンスウルフを駆逐する戦闘能力、川を泳ぐ大きな魚をまとめて感電死させるほどの放電能力、魚を焼いて食べるほどの知恵を持つということになる。

 既に真っ青だったキャロルの顔は、青を通り越して白くなっていた。

 

「タマゴを全て回収してください。向こうで放置されていたファレンスウルフの死体も全てです」

 

「「「了解!」」」

 

 部下達によって回収されていくタマゴを眺めて、キャロルはため息をつく。

 ……何故これほど馬鹿げた痕跡を残す生物のタマゴが、1つではなく3つもあるのだろうか。

 人智を超える怪物が、1体ではなく3体も。

 下手をしたら人類という種族そのものの脅威となるかもしれない怪物の存在を想像して、キャロルは空を仰いだ。

 その隣で、隊員の1人が震えながら呟く。

 

「こんなの、もうただの動物じゃないですよ。化け物です」

 

「ええ。ですから、この新種はこう呼びましょう……怪物(モンスター)と」

 

 バテュバドム樹海南部。

 これが、人類が歴史上初めて“モンスター”の存在を認知した瞬間だった。



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第7話 禁忌VS大蛇

 太陽の光を浴びてキラキラと輝く、森に囲まれた美しい湖。

 ミラルーツの優れた視力で対岸がギリギリ見えるくらい大きなこの湖に私達が到着したのは、つい先日のことだ。

 本当はこの森から離れるつもりだったんだけど、私達がいた森はかなり大きかったみたい。

 だってかなりの速度で飛べる私達が3日間飛び続けてもまだ果てが見えないからね。ちゃんと面積を計測したらどのくらいの数字が飛び出すのか想像もつかないよ。

 流石は太古のモンハン世界。

 大自然の規模が地球とは比べ物にならないわ。

 

 ミラ種のスペックで強引に森を突破するか、この森の中で最初の場所と同じくらい暮らしやすい場所を探すか。

 必然的にそんな2択に迫られた私は、この湖を見つけて後者を選ぶことにしたって訳だ。

 飲み水が豊富なのは良いことだし、何よりこの湖の近くは色々な生物がいるからね。レーダーで生体反応を探ってみたら、凄い数が反応したし。

 獲物も飲み水も豊富なこの場所を無視するのは勿体ないってことで、ちょっとした休憩も兼ねて暫定的な目的地にしたんだけど……

 

「――キシャアアアアアアアアアアッ!」

 

 鏡のように綺麗な水面をかち割って、湖の中からソレは現れた。

 目測で全長は30メートル以上。

 成体まであと少しってところまで大きくなった私より、さらにデカい。

 その全身は紺色の見るからに堅牢そうな鱗に覆われていて、頭部には大きなエラが。

 あの巨大狼すら一口で丸呑みに出来そうな巨大なアギトを開き、長い舌を出して私達を威嚇するのは、地球上ではあり得ないサイズの大蛇だった。

 一瞬、脳裏に「ダラアマデュラ」って単語が浮かぶけど、流石に蛇王龍ほど大きくはないね。

 

 それに、こうやって冷静に相手を観察できるくらい私には余裕がある。人間の頃の私なら、一目散に逃げてた筈なのに。

 つまり祖龍(わたし)は、目の前にいるこの大蛇を脅威として見ていないらしい。本当に危険ならミラルーツの本能が警鐘を鳴らすけど、それが全くないし。

 人間の『私』はこの蛇を見て強そうだって思ったけど、祖龍として見るなら敵ですらないってことだ。

 むしろ格下。ただの獲物。

 それどころか、ミラルーツはこんな格下に舐められたことで怒りすら感じている。

 『私』は人間の理性でその怒りを抑制できるけど――

 

「「――ッグルオオオオアアアアアアア!」」

 

 私の両側で大蛇と向かい合っていたボレアスとバルカンが、同時に牙を剥いて吠え猛る。

 格下に舐められたのがよっぽど気に食わなかったのか、怒り状態の一歩手前みたいになってた。

 ううむ……。

 本当は私が落雷でサクッと倒そうと思ってたけど、それだけ殺る気満々なら任せようかな。

 ストレス発散にもなるし、そろそろボレアス達も狩りの練習をした方が良いでしょう。

 相手が弱すぎると何の経験にもならないけど、この大蛇はそこまで弱くはなさそうだし。強すぎると危険だけど、ミラ種が命の危険を感じるほどの強さはないみたいだからさ。

 引越しする前の喧嘩を「狩りの成果」で決着を付けることになってたのもあるから、ちょうど良いや。

 

 ボレアス、バルカン、戦ってみる?

 

 試しに聞いてみると、私の体毛が逆立つほどの殺意と戦意が返ってきた。今すぐにでもズタボロに引き裂いて喰い殺してやると言わんばかり。

 なるほど、これはミラ種に共通する性格らしい。

 私達は全ての龍の原点であり、あらゆる古龍種の頂点に立つ、最強たる『王の種族』。

 他のあらゆる生物に畏怖されるのが当然なのに、モンスターですらない相手に喧嘩売られたら、そりゃあ腹立つよね。王者のプライドに傷がつくようなもの……かな?

 

 姉としては弟達が戦うのは心配だけど、弱肉強食が唯一にして絶対のルールであるこの世界で甘やかすのは禁物。

 可愛い子には旅をさせろ。

 ――行っておいで。

 

 私が低く唸ってゴーサインを出すと、漆黒と紅蓮の龍は猛然と大蛇に向かって突撃した。

 ちょ、いきなり突っ込むことないでしょ!?

 いくら格下相手でも、何も考えずに無闇に接近するのは良くないって。見るからに鱗は硬そうだし、初手は安全も考慮して物理攻撃じゃなくてブレスを選択すべきじゃない?

 絡みつかれて水の中に引き摺り込まれたら、流石に命の危険が……へ?

 

 溺死という最悪の展開に備えて龍脈をチャージしていた私は、その光景を目にして硬直した。

 真っ先に大蛇の元へと辿り着いたボレアスの爪が、敵の鱗をまるで紙切れのようにあっさりと切り裂いたのだ。大蛇は絶叫して身をよじり、溢れ出た鮮血が湖を赤く染める。

 いきなり痛撃を受けた大蛇は怒りを露わにしてボレアスの首に噛み付くけど、大蛇の牙は漆黒の龍鱗に阻まれ全く通らない。逆に反撃したボレアスに首に食いつかれ、大蛇は再び大ダメージを受けて悶絶した。

 

 ええー……?

 ボレアスってばいつの間にあれだけ硬くなってたっけ?

 確かにゲームのボレアスと戦うなら斬れ味は「白」じゃないとお話にならなかったけど、今のあの子が相手なら「青」でも通ると思ってたのに。だって私が叱る時に尻尾で軽く叩いても、まだボレアスにはダメージが入るからね。

 もしかして大蛇の牙って、あれだけ大きくて鋭いのに「青」にも届いてないとか?

 だとしたら、この世界のモンスター以外の生物はかなり弱いかも。

 ワールド/アイスボーンでも、モンスターじゃない普通の生き物はハンターの脅威になってなかったなぁ。

 下位個体のリオレウスでももう少し強力な噛み付き攻撃を繰り出してくるんじゃない?

 

 まさかたった2回の攻撃でここまで傷を負うとは思っていなかったらしい。

 今さら戦力差を理解した大蛇が湖の中へ逃げようとするけど、体に食い込んだボレアスの牙から大蛇は逃れられない。

 これは勝負あったかなー。

 って、ちょっと、ボレアス!?

 まさかその大蛇を咥えて持ち上げるつもりじゃ……?

 ストップ、流石に無理だって! 重量の問題もあるけど、何よりそれだけ長い体をした相手を強引に持ち上げたらバランスが!

 

 そして私の予想通りになった。

 バランスを崩したボレアスが持ち上げるのは無理だと理解して、転倒の勢いのまま大蛇を私の目の前に叩きつける。

 あ、あぶなー。

 もうちょっと前に出てたら、私ってばボレアスに大蛇でぶん殴られてたよ……。

 

 経緯はともあれボレアスの牙から抜け出せた大蛇は必死に湖に向かうけど、残念ながらあなたが逃げられる可能性はゼロだ。

 弟にゴーサインを出した私が言うのもアレだけど、ちゃんと敵の位置と数は把握しておいた方が良いと思うのよ。

 

 ――空から降ってきた紅蓮の星が、真上から大蛇に突き刺さる。

 ボレアスが大蛇に襲いかかると同時に飛翔し、空で龍脈を練り上げながら隙を窺っていたバルカンだ。

 成長した体と落下の勢いを利用して大蛇を押さえ付け、空でチャージしていた龍脈を一気に解放。収束された龍脈エネルギーはバルカンを通したことで、紅蓮の火柱として現世に顕現する。

 それはまるで、大地から噴き出したマグマのようで。

 

 自分ごと大蛇を炎に包み込むバルカンだけど、弟の体に火傷はない。うん、流石はミラバルカンね。

 ゲームでも火属性は通らなかったし、その設定は現実でもしっかり反映されてるみたい。そもそも自分が出した炎で焼かれるなんてカッコ悪いことないでしょう。

 

 このままだと手柄を取られると思ったのか、ボレアスも躊躇なく炎に突っ込むと大蛇に攻撃を叩き込む、

 やっぱりボレアスにも火属性ダメージはゼロか。

 そもそもバルカンも本気で力を解放してる訳じゃないし。バルカンの全力の炎ならともかく、手加減した炎でボレアスがダメージを受けるわけがない。

 ボレアスが猛炎の中で爪撃を繰り出して大蛇を切り裂き、バルカンがさらに爆炎の威力を上げる。

 紅蓮の火柱はさらに天高く昇り、何故か私まで巻き込まれた。

 

 熱いって!

 ミラルーツには火属性通るからね!?

 

 あー、祖龍のスペックが高くて良かった。

 私がミラルーツだから熱いで済むけど、そうじゃなかったら大蛇と一緒に焼死してたよ……。

 もう死体蹴りのような気もするけど、きっちりトドメを刺さないと思わぬ反撃を受ける危険もあるからね。大自然では無慈悲であることが推奨される辺り、本当に自然界ってのは殺伐としてる。

 大蛇はちょっと可愛そうだけど、喧嘩を売ってきたのはあなたの方だから。

 

 程なくして大蛇は完璧に動きを止め、バルカンとボレアスが攻撃をやめる。

 あー、熱かった。

 いや、まぁ、熱いなら炎から出ろよって話だけど、みっともなく逃げたら2人に侮られるかもしれないし。

 だから痩せ我慢して炎の中から動かず、お姉ちゃんはこのくらい平気だぞーアピールをしてた訳だ。

 ボレアスもバルカンも自分より弱い姉の言うことなんて聞かないだろうし。私は絶対に舐められる訳にはいかないんだよ。

 

 そんな事を考えていたら、こんがりと焼けた大蛇のお肉をバルカンが差し出してくる。

 攻撃しながら火加減を調節してたとは、成長したねバルカン。

 昔は力加減が出来ずに魚も周囲を焼き払ってたのに……。

 ボレアスとバルカンに灰にされた魚さん達も、これなら少しは報われるよね。多分。そう思っておこう。

 

 と、それはともかく。

 せっかく自分達で初めて仕留めた獲物なんだから、私に気にせずに全部食べても良いんだよ?

 そう言って断ったんだけど、バルカンはどうしてもとお肉を渡してくる。

 初めて仕留めた獲物だからこそ食べて欲しいとか、本当に良い弟を持ったよ……。ちょっと泣きそう。

 私なんぞ知ったこっちゃないと大蛇の尻尾に齧り付いてるボレアスも可愛い。アレで寝る時はくっついてくるから本当に可愛い。

 いっぱい食べて大きくなりな。

 

 弟達の成長に感動しながら食べた蛇肉は美味しかった。

 地球でも食用として食べてる国が存在してるだけはある。少なくとも狼肉よりはずっと美味しい。

 あー、幸せだわー。

 

 

 

 

 

 

 ……だけど、私は気づかなかった。

 弟達と一緒に大蛇を食べるのに夢中で、空に浮かぶ気球がずっと自分達を観察していることに。



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第7.5話 生態観測隊の調査②

 ――バテュバドム樹海北部『蛇の湖』。

 ファレンスウルフが支配する森のさらに奥地にあるこの場所は、体長30メートルを超える大毒蛇――タイラントサーペントが支配する屈指の危険地帯だ。

 しかも森の中にはタイラントサーペントと双璧を成す、トカゲの王まで生息している。

 本来ならば獰猛な大蛇を刺激しないよう、生態観測隊ですら近づくことすら禁止されているのだが……

 

「副隊長! あの『蛇の湖』が見えてきましたよ!」

 

 双眼鏡を覗いて興奮した声を出すのは、生態観測隊に入隊したばかりの新人の少女だ。

 太陽の光を浴びて美しく輝く『蛇の湖』は、確かに心を奪われるほど美しい景色と言えるだろう。

 だが忘れることなかれ。その美しい湖の中には、単体で戦艦すら沈める凶暴な大蛇が無数に生息していることを。

 

「ナターリア。興奮する気持ちは分かるけど、気球の高度調整にだけは注意するのよ。不用意に高度を落としたら、湖の中から飛び出したタイラントサーペントに気球ごと喰われるわよ」

 

「分かってますよぅ。アヴァロン隊長にも出発する直前まで注意するよう言われましたし」

 

 自分に注意されたことで思い出したように気球の操作に戻るナターリアの姿を見て、新人から副隊長と呼ばれたその人物は苦笑する。

 イザベル・ハインリヒ。

 波打つ蜂蜜色の髪を風で揺らす、グラマラスな美女だ。

 隊長であるキャロルと並んで生態観測隊の二大美女と謳われ、いかにも男を手玉に取る悪女という印象を受けるが、実は恋愛経験がない乙女である。

 もちろんこれ程の美女がモテない訳がない。

 しかし、イザベル自身がイケメンより新種の動物や虫に夢中になる性格なのだ。同じ観測隊のメンバーを除けば人間よりも動物と触れ合っている方が多いくらいだ。

 まぁ、そもそも生態観測隊の女性隊員は大体そんな感じなのだが。

 危険な任務が多く殉職者も多い生態観測隊が人手不足にならないのは、キャロルやイザベルを筆頭に美女を狙って入隊する男が一定数いるから、という極めてどうでも良い情報も一応書いておく。

 

 ともあれ、魔境で発見された新種の調査任務というのはイザベルにとっては宝石の山よりも嬉しいものだった。

 例え任務地が危険な『蛇の湖』で、命の危険があろうとも、真っ先に自分を推薦するほどに。

 イザベルのような変人が多いからこそ、生態観測隊は『蛇の湖』付近で例の新種が発見されたとの報告を受けてから、僅か数日という異例の早さで調査隊を編成できたのだろう。

 まともな人間がファレンスウルフの群れ1つを皆殺しにした新種を追って、魔境最大の危険地帯に少人数で行けと言われたら、全財産を払うから辞退させてくれと言うはずだ。

 むしろ全財産を払うから調査させてくれと言うイザベルの方がおかしいのである。

 

「例の新種、本当に存在するのでしょうか? 報告書にあった情報はどれも嘘みたいなものばかりでしたし……」

 

「放電能力、発火能力、高い知能と戦闘力を持ち、タマゴですら人間大のビックサイズ。確かに信じ難いけど、発見された痕跡がどれも本当だと語っている。それに何より、痕跡を見つけたのも報告書を書いたのもキャロル隊長よ。それならどれも真実だと思って良いはずよ」

 

 自分で言って、イザベルは思わず笑う。

 本当にどんな超生物だ。

 しかもタイラントサーペントの観測員からは、雲にも届く高さを鳥とは比較にならない速度で飛んでいたとの報告もある。

 色々な生き物を見てきたイザベルでも、キャロルが報告書の著者だと知ってやっと信じたくらいなのだ。

 新米のナターリアが信じられないのも無理はないだろう。

 

「それに、今からその新種を直接見に行くのよ? 私達の目で真実を見ましょう」

 

「はい、副隊長」

 

 わざわざ無理を言って最新式の気球を借りてきた甲斐があった。数人しか乗れない代わりに速度は文句のつけようがない。

 最高速度でかっ飛ばしたので、常にタイラントサーペントを監視してる観測所から数日で『蛇の湖』の上空に辿り着けた。

 イザベルは到着と同時に慣れた手つきで地上を観測する機器を用意し、望遠鏡を覗いて『蛇の湖』の周囲を片っ端から観測していく。

 報告によれば新種はかなり巨大で、しかも3体一緒に行動しているという。それならば上空からでも見つけられる筈だ。

 

 そして調査開始から1時間ほど。

 イザベルの予想は的中する。

 

「見つけた……!」

 

 湖の岸辺に、ソレらはいた。

 王冠のようにも見える4本の角。禍々しくも神々しい一対の翼。発達した後脚と、後脚と比べると随分と小さいが鋭い鉤爪を備えた前脚。そして長くしなやかな尾。

 その姿を一言で表すのなら、ドラゴン。

 数々の御伽噺に登場する伝説の生き物が、そこにいた。

 

 戦慄が走る。呼吸ができない。額を冷や汗が伝う。

 これだけ遠距離から眺めているだけなのに、数々の猛獣を観測してきたイザベル・ハインリヒは圧倒されていた。

 生き物としての本能が警鐘を鳴らす。

 アレは、正真正銘の怪物(モンスター)だと。

 

 あまりの衝撃で思考が空白になっていたイザベルであったが、湖面を破って現れたこの領域の支配者を見て正気に戻る。

 全長30メートルを超える大蛇。タイラントサーペント。

 人類の開拓を阻む、生態系の頂点の一角。

 湖の支配者は、己の領域を侵したドラゴンに向かって怒りを露わにした。

 

「ふ、副隊長……!」

 

 隣で震えながら掠れた声を出すナターリアの背中を撫で、イザベルは無言で観測を続ける。

 ここから先は人智を超えた光景が繰り広げられるのだ。

 それを見逃すことは出来ない。

 

 大蛇は3体のドラゴンを睨みつけ、アギトを開いて威嚇する。

 それに対して、真紅と漆黒の龍が怒りを露わに咆哮した。

 龍の咆哮は遥か上空にいたイザベル達にまで届き、凄まじい爆音にイザベルは思わず耳を塞いで蹲る。

 

「何て声量なの……!?」

 

「耳が……!」

 

 鼓膜が破れそうなほどの爆音。

 仮にもう少し龍に近づいていれば鼓膜が破れていたかもしれない。

 

 30メートルを超える大蛇を目の前にしても、1番大きい純白の龍は余裕の態度を崩さなかった。

 まさか、龍にとってあの大蛇は脅威にもならないというのか。

 純白の龍は不動の姿勢のまま残る2体に何やら視線を送ると、命令を受けたのか真紅と漆黒の龍が猛然と大蛇に襲いかかる。

 

 まず最初に大蛇とぶつかったのは漆黒の龍。

 銃弾すら弾いてしまうタイラントサーペントの鱗を、まるで紙切れのようにあっさりと引き裂いたのだ。

 その攻撃力にイザベルが絶句するが、更なる驚愕が彼女を襲う。

 

 反撃したタイラントサーペントの牙が、あっさりと龍の鱗に弾かれたのだ。戦艦の底を食い破るほどの大蛇の牙を、容易く跳ね除けるその防御力。

 まさかあの龍達は、大砲の弾の直撃を受けても死なないとでも言うのか。

 大蛇の攻撃を嘲笑うかのように、漆黒の龍の牙がタイラントサーペントの肉をごっそりと食い千切る。

 その凄惨な光景に、まだ経験の浅いナターリアが悲鳴を上げるのは仕方ないだろう。ナターリアの隣にいた隊員など、胃袋の中身を空にぶち撒けてしまっている。

 

 漆黒の龍はまだ止まらない。

 タイラントサーペントの巨体をそのアギトで咥えて持ち上げて、地面に向けて投げ飛ばす。

 もはや呆然とする他ない。

 今まで特級の危険生物として畏怖していたあの大蛇が、まるで虫ケラのように一方的に叩き潰されているのだから。

 

 アレはダメだ。

 あの龍がもしも街や村を襲えば、それだけで数千人単位で人が死ぬ。

 世界最強の軍隊と謳われるシュレイド王国軍の総力を上げて、やっと殺せるかどうかの相手だ。

 

 すぐに気球を操作し、上司であるキャロルにこの事実を伝えようとイザベルは立ち上がる。

 その瞬間、凄まじい突風に煽られて気球が揺れた。

 近くの機材にしがみついて何とか大きな揺れを乗り切ったイザベルだが、目を開けた彼女が見たのはすぐ近くに滞空する真紅の龍だった。

 その絶大な威圧感は、まさに王の如く。

 紅に輝く龍の双眸が自分を捉えた時、イザベルは悲鳴を上げることすらできなかった。

 ただ純粋に。

 ――ああ、自分は死んだと。

 抵抗? 逃亡?

 そんな選択肢などない。

 ましてや戦うなど論外だ。

 

 そう、これは災害。

 人間が頑張ってどうにかなる相手ではないのだから。

 

 しかし、いつまで待っても終わりはこなかった。

 真紅の龍はしばらくイザベル達を見ていたが、やがて興味を失ったのか地上に向けて急降下したのだ。

 衝撃波が生まれるほどの速度で飛翔する龍は、紅蓮の炎を纏うと一直線に大蛇へ突貫する。

 その姿は、さながら緋色の弾丸。

 恐るべき速度のソレが大地に突き刺さると同時に、火山の噴火かと思うほどの火炎が世界を焼く。

 その火柱は天まで届き、容赦なく大蛇を飲み込んだ。

 

「……、は」

 

 イザベルの喉から乾いた笑い声が溢れた。

 あれだけの火炎の中にいて、真紅の龍は火傷1つない。それどころか漆黒の龍も炎など知ったことかと、火柱の中に自ら突っ込んで大蛇に追撃を浴びせる。

 さらに勢いを増す火柱。

 それは黙って戦いを見ていた純白の龍まで巻き込むが、その純白の龍も全く揺るがない。

 平然と、悠然と、大蛇の最期を見届ける。

 

 本当に呆気なく、湖の支配者たるタイラントサーペントは絶命した。

 

「は、早く、早くシュレイド王国に戻って軍隊を要請しないと……!」

 

 恐怖で震える部下達に指示を出して、イザベルは全速力で『蛇の湖』から離脱する。

 これが、運命の始まりとなった。

 

 真紅の龍……バルカンがイザベル達を見逃したのは、彼が敬愛する姉から「初めて見る生き物には攻撃を仕掛けないこと。そして敵対意識を感じなければ無視すること」と言われていたから。

 この指示はミラルーツに取って正解でもあり、同時に最大の失敗でもあった。

 

 ――竜大戦。

 最悪の戦争に向けて、少しずつ時は進んでいく。



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第8話 予兆

 結論から言うと、引越しは大成功だった。

 どうやら湖には初日にボレアスとバルカンが倒した大蛇がいっぱい生息しているらしく、ご飯には全く困らない。

 ちょっと湖面ギリギリを飛んで挑発すれば、怒った大蛇が自分から出てきてくれる。後は私が雷を落としても良いし、ボレアス達が炎で倒しても良い。

 小さい個体でも体長20メートルを超える大蛇は、一体倒すだけで1日分の食料になるからね。

 毎日が蛇肉パーティだったよ。

 十分以上に栄養も摂取できて、ついに体は成体と言えるサイズまで大きくなった。

 しかも、ただ大きくなった訳じゃない。

 その他にもいろいろと成長しましたとも。

 

 まずは角、両翼、両前脚、後脚、胸部、尻尾の各所に、バッテリーのような器官ができた。

 これが凄い。めっちゃ便利で有能。

 今までは能力を使うたびに龍脈を汲み上げてから体内で電撃に変換する必要だったけれど、バッテリーを使えばこれをスキップできる。

 仕組みは、あらかじめ龍脈から雷を生成してバッテリーに溜める。これだけ。

 常に電撃を蓄えておけば、予備動作なしで放電してくる初見殺しなモンスターに早変わりするって訳よ。

 しかもバッテリーの凄い機能はこれだけじゃない。

 全ての箇所のバッテリーがフルチャージされていれば、ノーモーションで最初に生み出した『帯電状態』になれる。

 ジンオウガで例えるなら、雷光虫を集めるモーションをしなくても一瞬で超帯電状態になる感じ。

 うん、ハンターからしたら最悪だよね。

 私ならゲームの電源オフにするわ。

 

 そして私はミラルーツ。

 私の『帯電状態』と、ジンオウガのソレとは威力が比較にならない。

 成体になったことで電撃の威力も上がり、帯電状態の私に近づくとそれだけでスリップダメージが入るらしいね。継続ダメージなので恐らくネコのド根性はゴミになるでしょう。

 しかも帯電状態の私に体当たりした大蛇が痙攣して動かなくなったから、麻痺判定もあるかもしれない。

 お食事スキルは雷耐性かおまけ術を選ぶことをオススメするね。

 剣士は泣いていい。

 

 でもガンナーだから有利になるってこともないかな。

 飛んでくる弾丸も、鉄製なら電気から派生した磁力とかで軌道を逸らすことくらい出来そうだし。

 それに帯電状態の出力を上げたら擬似的なバリアみたいになるから、飛んでくる弾丸は私の体に当たる前に電撃で撃ち落とされると思う。

 やっぱり雷属性の汎用性やばいわー。

 もっと繊細な制御が出来るようになったら、スマホとかパソコンの充電だってやれそうだよ。

 モンハン世界にスマホなんて無いけど。

 無いよね?

 ……凄く科学が発展してたらしい古代文明なら、それっぽいアイテムはありそうで困る。

 核兵器とかは流石にないよね? 

 核は流石に怖い。いくらミラルーツでも無事じゃ済まないかもだし。

 

 まぁ、現在の文明レベルについてはいつか調べよう。

 現代日本もびっくりなくらい発展してたら、これから勃発する竜大戦の時に大変なことになりそうだからね。

 私のせいで歴史が狂って、モンスターか人間のどちらかが全滅とかなったら全世界のモンハンプレイヤーに土下座しないといけない。

 

 それはともかく。

 成長したのは私だけじゃないよ。

 バルカンとボレアスも後1週間くらいで成体に届きそうだし、彼らも原作通りの存在じゃなくなってる。

 戦う時に使うのがゲームの攻撃モーションだけだと隙が多すぎるからね。

 ゲームのモンスター達はあくまで敵役だから、ハンターが倒せるよう意図的に隙がある行動パターンを入力されてるし。

 良いところだけ貰って、隙のある行動パターンは全て潰さないといけない。

 そこで役立つのが、私の元モンハン廃人としての知識。

 これでも全シリーズをプレイするくらいモンハンにどっぷりだったからね。ハンターがやられて嫌なことは幾らでも思いつく。

 もし弟達がリオレウスだったら、私は間違いなく地上には降りず空から永遠に火球ブレスで狙撃するよう教えてたね。

 

 だけど、何もかも順調って訳じゃない。

 かなり問題もある。

 

 まず最初に、昨日から急に大蛇が顔を見せなくなった。

 どれだけ水面ギリギリを飛行して挑発しても出てこないし、思い切って湖の中心に雷を落としてもリアクションはなし。

 どうやら完全に湖の底に引き籠ったらしい。

 いや、ないわー。

 最初はあれだけ喧嘩を仕掛けてきたのに、いきなり逃げて籠城とか困るって。

 大蛇を主食にしてたから、あなた達が隠れちゃうだけで食糧難に陥るんだよ。

 

 成長した今のボレアスとバルカンなら、ブレスとかで湖を丸ごと蒸発させることも簡単に出来るでしょう。雷属性の私でも最大出力のチャージブレスを放てば、一撃で湖を消し飛ばせるし。

 だけど、それをやるのはちょっとなー。

 自然界の一員として、それは良くないと思う。

 私達は他の生物よりずっと強い力を持ってるんだから、それを悪用して暴れるのはダメだよね。

 自然は大事に。

 

 そうなると、残る手段は1つ。

 森で暮らす生き物達の中から、ご飯になりそうな獲物を探すしかない。

 そこで私はいつもお世話になってるレーダーさんを起動して、森の中の生体反応をスキャン。

 それなりの数の生き物が私達にビビって逃げちゃう中、私はそれでも森に留まる存在を見つけた。

 

 ソレは、森の中の開けた場所で寝そべっていた。

 私はソレからかなり離れた所で身を潜めてるけど、祖龍のデタラメな視力はしっかりと相手を補足できる。

 強靭な後脚と、それに比べて随分と小さい前脚。

 頭部が極端に大きいせいか二足歩行かつ前傾姿勢だけど、尻尾でバランスを取っているらしい。

 まるでトカゲを無理やり大きくしたようなその生き物を一言で例えるのなら。

 

 ……ティラノサウルスやん?

 

 いや、うん、そりゃあね?

 ここら辺の支配者だった大蛇を簡単に捕食するような存在が3体も現れたら、弱い生き物は逃げるよね。

 それは分かる。

 だけど、このティラノサウルスもどきしか残ってないなんて……。

 本当はもうちょっと弱そうな相手を獲物にしようと思ったけど、他に選択肢はないからなぁ。

 腹を括って、あのトカゲを狩るしかない。

 味は諦めた。

 厳しい世界で生き延びたいなら、好き嫌いするべきじゃない!

 

 既にボレアスとバルカンも、ティラノサウルスを挟んで反対側の茂みで潜伏してるし。

 そう、断じてこのティラノサウルスを逃すわけにはいかない。

 私達は成長した。

 当然、必要なご飯の量は増える。

 あの大蛇がもう食べられない以上、一回の狩りでお腹を満たすためにはあれくらい大きな生き物を狩るしかないのだ。

 逃したら餓死ルートだから、確実に仕留めないと。

 

 既に私達はヤツを包囲してる。

 気づかれないようにジリジリと我慢強く包囲網を縮めた甲斐があって、私達は姿を隠したまま射程範囲まで巨大なトカゲに接近できた。

 後は私がゴーサインを出して、ボレアス達と一緒に襲撃するだけ。

 能力を使っての全力攻撃だ。

 ティラノサウルスくんには古龍種の中でも最強と名高いミラ3種の同時攻撃を受けてもらう事になるけど、許せサスケ。手加減できるほど余裕じゃないのよ。空腹的に。

 

 ――バッテリー、起動。

 胸部のバッテリーに蓄積してある電撃を口元に収束させ、雷球ブレスの準備を開始。

 バッテリーを使ってるから速射できるけど、せっかくの奇襲チャンスだし。今回は速さよりも、威力の調整に力を入れよう。

 私がブレスの用意を始めると同時に、前方の2箇所に龍脈が収束していく。

 これも私達の強みだね。

 龍脈の流れを常に意識していれば、ボレアスとバルカンがどの辺りにいるのか感知できる。

 向こうも龍脈の動きで私の感知してるから、声を出さずとも私のブレスが合図になるわけだ。

 

 準備よし。

 照準よし。

 ボレアス、バルカン、共に龍脈の収束に問題なし。

 一撃で決める。

 

 ――発射!

 

 真紅の雷球が凄まじい速度で放たれ、木々の合間を通り抜けてティラノサウルスもどきに突き刺さる。

 発射のタイミングが同時でも、雷と炎じゃ速度が違う。

 弟達のブレスと比べても、私の雷球ブレスは最速を誇るからね。

 真っ先に着弾した私のブレスは強力な電撃で獲物の動きを止め、僅かに遅れて着弾した2つの火球ブレスがトドメを刺す。

 ミラ3種による渾身の奇襲を受けたティラノサウルスもどきは、私達の攻撃に反応することも出来ずに絶命した。

 

 やった、成功!

 私もボレアス達もブレスの発射タイミングから命中精度まで文句なしの、完璧な狩りだったね。

 いやー、これで当面の食糧は大丈夫かな。

 このティラノサウルスもどきは体長こそ大蛇に負けてるけど、その分ガッシリしてるし。

 3人で分けてもそれなりの量になるはず。

 

 人間ならスキップするくらい上機嫌で私が今日のご飯に駆け寄ると、ボレアスとバルカンもやって来た。

 ほら、そんなにくっつかなくても褒めてあげるって。

 2人ともよく出来ました。

 偉いぞー!

 

 顔を擦り付けて甘えてくる弟達を尻尾で撫でながら、私は全力で褒める。

 だってこの子達の方が私より難易度高いからね。

 雷属性の私は問題ないけど、火属性であるボレアス達は周囲の木々を燃やさないように気をつけないといけない。

 離れた位置から木々の合間を縫って、正確に獲物だけを狙うのは難しかったでしょうね。

 それを見事に成功させるとは、本当に優秀だわ。

 私ってばドジだから、最初は間違いなく失敗するね。

 雷属性で良かったわ。

 

 そんなことを考えながら、爪でティラノサウルスのお肉を切り分ける。

 あ、もう食べて良いよ。

 三等分にしてる途中で、ボレアス達が涎を垂らしながらお肉と私を交互に見ていることに気づいて私は苦笑しながら許可を出す。

 私がオッケーした瞬間、凄い勢いでお肉に齧り付いた。

 うん、お腹減ってたもんね。昨日はご飯食べてないし。

 

 私もいただきまーす。

 あ、意外と美味しい。

 鶏肉みたいな味がする。

 ティラノサウルスもどき、この見た目でまさか美味しいとは。

 また見つけたら積極的に狙おう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 この時の私は、油断していたのだと思う。

 順調に成長して、狩りも成功ばかりだったから。

 だから、忘れていた。

 この世界にはまだモンスターはいないけど、私達の天敵は既に存在していることに。

 その天敵は爪も牙も持たず、力も弱い。けれど知能という極めて優れた武器を持ち、この地上を支配する生態系の頂点に立つ。

 龍と対等に渡り合える、唯一の存在。

 その名を人間。

 弱者であるからこそ知恵を使いこなし、文明の利器を用いて、大自然を蹂躙する者たち。

 

 私達と大蛇の戦いを観測していた1人の女性の要請によって、鋼鉄の兵器群がこの湖畔に向けて侵攻していた。



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第9話 鉄の試練

 祖龍の感覚機能は人間のソレとは比較にならない。

 視力は雲の高さからでも地上をはっきりと視認可能であるし、嗅覚も地球の犬やクマを遥かに上回る。味覚はそこまで必要ではないので常識の範疇だけれど、聴覚はとても優秀だ。

 だから、熟睡していても私はすぐに気付くことが出来た。

 

 ――天敵の襲撃を。

 

 ……っ!

 森の木々が焼け落ちる音と、生き物が燃える臭いを感知して私は慌てて飛び起きる。

 時刻は真夜中。

 いつもなら静寂に包まれている暗い森は、真っ赤な光を放っていた。

 

 な、なにこれ!?

 山火事!?

 だけど私は雷を落としたりしてないし、もちろんボレアスとバルカンも無罪だ。

 弟達はずっと私の側にいたから、私が知らない時に炎を使ったという可能性もない。だって同格の古龍種が近くで龍脈に大きく干渉してたら、流石に私が気付く。

 

 残る可能性は自然発火だけど、これも無いと思う。

 山火事の原因は主に落雷や火山の噴火。

 けれど最近はずっと晴天だったし、そもそもこの樹海には活火山がないからね。

 あ、でも、ごく稀に枯れ葉同士が風で擦れ合って、その摩擦で発火することもあるって何かで見たことあるかも。

 原因はこれなのかしら……?

 

 いや、違う。

 今、微かに変な音が聞こえた。

 この音は……金属音?

 まさか!?

 

 嫌な予感がする。

 すぐに翼を広げて飛び上がり、湖の上を突っ切って炎上している対岸へ向かう。そこで私が見たのは、自然を容赦なく蹂躙する鋼鉄の兵器群だった。

 戦争映画でしか見たことのない本物の戦車が。迷彩柄の服を着た人間が。そして彼らが持つ無骨な重火器が。

 熟睡していて逃げ遅れた生き物達の命を、まるで作業のように刈り取っていく。

 

 人間、それも軍隊!?

 待って、待って、落ち着け。

 パニックになるな。冷静に考えろ。必死で頭を回せ。

 

 まず、軍隊だ。

 モンハンじゃない。ハンターじゃない。近代兵器だ。

 つまり私の予想は当たっていたんでしょう。

 ここはモンスターが誕生する以前の太古のモンハン世界ということ。だから近代兵器みたいなものがある。

 昔の文明は現代よりずっと発展してたって原作も明言してる。おかしくない。

 

 次に、急にこの森に人間が現れた理由は?

 人間が森を開拓するのは別におかしくない。地球だって環境保護運動が活発になるくらい自然を切り拓いて人間は発展してきた。

 でも、それって軍隊がやること?

 詳しくないから断言出来ないけど、軍隊の職務には森の開拓なんてないでしょう。

 地球でも日本でもないこの世界の常識とか分からないけど!

 

 それじゃあ、どうして軍隊が森を焼くの?

 ……国家最大の武力を出さないと、排除できないような脅威がこの森にあるから。

 それ以外の理由は私には思い浮かばない。

 この理由が正しいと仮定した時、軍隊が顔を出すくらいの脅威ってなに? ……簡単だよ、私達だ。

 いつ?

 どこで?

 どのタイミングで人間に観測された?

 分からない。

 

 常に私を中心に半径約100メートル範囲はレーダーで索敵してた。そこに人間と思われる反応はなかった。

 望遠鏡とかを使っても、ここは深い森の中。木が邪魔でそんなに遠くから観測するのは無理なはず。

 いや、空は?

 現代のモンハンだって飛行船くらいはあった。

 太古の時代なら、飛行船以上の航空機があるんじゃ……?

 

 くっそ、油断した。

 流石に私のレーダーも上空までは索敵できない。

 上空からなら、私の索敵を掻い潜って観測できる。

 

 どうする?

 逃げる?

 

 空から見る限り、軍隊の規模はかなり大きい。

 レーダーで調べたら1000人以上の反応があったし。

 ということは……えーっと、もう、戦争モノの漫画とかもっと読めばよかった。

 軍隊の組織図とか分かんないよ!

 でも大隊規模じゃないよね。もっと上……連隊、旅団?

 連隊は……知らない。スキップ。

 旅団は確か1500から6000名?

 旅団って戦車とかの騎兵科含まれてたっけ!?

 

 あー、もう、敵の戦力とか考えるの無理だこれ。

 そもそもこの世界の軍隊の編成が地球と同じな訳ないじゃん。

 かなりテンパってるな私。

 頭の中ぐるぐるだ。

 

 とにかく戦うか逃げるか決めないと。

 ゲームでも大砲は大型モンスターに有効的だったし、出来れば戦車の砲撃は浴びたくない。

 一発や二発程度なら祖龍のスペック的にも耐えられそうだけど、何十発も連続で受けたら?

 流石に大ダメージを受けるかもしれない。

 そもそも生まれてから今まで大怪我とかしたことないから、どのくらいの威力でダメージを受けるか分からない。

 

 そして戦力的な問題以前に、私は元人間だ。

 殺人、できるの?

 いくらミラルーツに転生したからって、私は人を殺せるの!?

 

 じゃあ逃げる?

 そう考えた瞬間、私の中で『祖龍』が荒れ狂った。

 龍の本能が爆発する。

 縄張りを荒らした下等生物を、あらゆる手段を用いて殺せと本能が叫ぶ。

 それを人間の理性で無理やり心の奥底へと押しやった。

 

 現代兵器と戦うのは怖い。

 人間を殺すのも嫌だ。

 でもこの森が焼かれて生き物が虐殺されてるのは私達が原因なのに、その私が尻尾を巻いて逃げるの?

 ――『祖龍』が荒れる。

 人間(ザコ)を相手に逃げるなど、王のプライドが許さないと。

 

 ああ、もう、私は二重人格か!?

 分かったよ、逃げなきゃ良いんでしょう!?

 

 こうなったら残る選択肢は1つ。

 人間は攻撃しない。

 彼らが持ってる重火器と戦車だけを破壊して、強制的に撤退してもらおう。人間は強いけど、その強さは兵器による。

 武器を失ったら、軍隊は逃げ帰るしかないでしょう。

 

 腹を括る。

 覚悟は決まった。

 

 私は滞空するのをやめ、今まさに砲撃しようとしている戦車を狙って急降下する。

 今は壊せない。中には人がいるはず。

 それなら……!

 戦車のすぐ横に着地して、翼の風圧で近くにいた人達をまとめて吹き飛ばす。

 骨折くらいするかもだけど、命は取らないから許して!

 呆然としたまま飛んでいく軍人達に心の中で軽く謝罪して、私は戦車の砲身を牙で噛み砕く。

 うわ、脆い。

 ポ◯キーだってもうちょっと歯応えあるでしょ。

 

「――例の新種だ、捕獲しろ!」

 

 ……捕獲(・・)

 

 軍人さんの発言が少し気になったけど、聞こえてきた言葉に疑問を持つ暇もない。

 きっと軍隊の中でも偉い人なのでしょう。

 中年のおじさんが指示を出すと同時に、私に吹き飛ばされずに残っていた人達が一斉に発砲。

 無数の銃弾が私を襲うけど、それらは私に届く前に消滅する。

 

「何をしている!? 撃て、撃たんか、貴様ら!」

 

「あ、当りません! 全弾が着弾前に消滅しています!」

 

「ふざけるな! 貴様、あのバケモノがバリアでも張ってるとでも言うのか!?」

 

 それ正解。

 全バッテリーを励起させて『帯電状態』になってる私は、発砲された瞬間だけ電撃の出力を上げてバリアを張ってる。

 だからどれだけ撃っても、普通の鉄製の弾丸は私には届かないよ。

 大量の銃弾を浴びたはずなのに、全く傷を受けない私を見ておじさんが凄い声で叫んだ。

 慌てて部下の人達が発砲を続けるけど、全て私には届かない。

 そして必死に銃を撃っていた人達は私が翼を動かすと、最初と同じように遠くへと吹っ飛んでいく。

 

 よし、これなら完封勝利できる!

 近くに人がいないなら、私はさらに大胆に動ける。

 尻尾を振り回して戦車を横転させ、その中にいた人達が脱出したのを確認してから雷を落として完全に破壊。

 これで、戦車は残り半分!

 

「撃てーーーッ!」

 

 遠くから聞こえる金切り声。

 それと同時に、私から離れた場所で展開していた戦車が一斉に火を吹いた。

 ……あぐっ!?

 流石に人を殺さないようわざと出力を落とした『帯電状態』じゃ、戦車の砲撃は防げない。

 十数発の同時砲撃は、かなり効いた。

 火属性が弱点なのもあるのか、砲撃の威力に押された私は僅かに揺れる。

 

「馬鹿な、これほどの砲撃を受けて無傷だと!? タイラントサーペントすら瀕死に追い込む我が国の主力兵器だぞ!?」

 

「次弾装填急げ!」

 

「少しずつ森に後退しろ! 湖には近づくな!」

 

「砲撃しながら奴をおびき寄せろ!」

 

 お約束の作戦筒抜けお疲れ様。

 でも、どうして湖に注意するの?

 あそこにいるのは、今あなた達が捕まえようとしてる私より弱い大蛇くらいだけど?

 まぁ、いいや。

 湖に近づきたくないのなら、私が湖に案内してあげよう。

 戦いは相手が嫌がることをやる、これ基本ね。

 

 私がそう考えた、その時だった。

 

「「グルオオオオオオアアアアアアアアアッ!!」」

 

 湖面が割れるほどの爆音と衝撃波を伴う2つの咆哮。

 怒りに満ちたそれは人間達の鼓膜を破壊すると同時に、火炎を軍隊の中央に叩き込んだ。

 ボレアス、バルカン!?

 思わず空を仰げば、完全にブチ切れて全身に炎を纏う弟達の姿が。

 

 マズい、最悪の展開だ。

 私と違ってボレアスとバルカンは人間相手に手加減なんてしない。むしろ私が砲撃を受けたところを見てたっぽいから、容赦なく殺しにかかるでしょう。

 ――竜大戦。

 ――黒龍によるシュレイド王国滅亡。

 そんな嫌なワードが浮かぶ。

 人間と龍の戦争なんて、私は絶対にお断りだ。

 

 ボレアス、バルカン、人間の相手は私がやる!

 あなた達は森の消火活動をお願い!

 

 不満そうにしながらも、私が必死で懇願すると翼や尻尾で土を巻き上げて消火を始めてくれるボレアス達。

 だけど、もう手遅れだった。

 どれだけ私が見ないようにしてても、その「事実」は覆らない。

 私を守るために放たれた2つの火炎ブレスが、多くの人間達の命を奪っていたのだから。

 

「――――ッ!」

 

 その時、軍隊を指揮していた人がなんて言ったのか私は憶えていない。

 分かることはただ1つ。

 戦っても死人を出さなかった私よりも、一瞬で多くの死者を出した弟達に銃口が向くのは当たり前ということ。

 再び戦車が火を吐く。

 無数の爆弾が投げつけられる。

 その矛先は、末弟のボレアスで。

 

 ボレアスは私と違って炎に対する耐性が高い。

 だから、私でも耐えられた砲撃を受けても命に危険はない。

 そう頭は理解していたのに。

 

 不意打ちを受けて転倒したボレアスの姿を見た瞬間に、私の心から手加減という言葉が消えた。

 カチンッと、何かのスイッチが入る。

 同時に視界からは色が抜け落ちて、普段は主格となっている人間の『私』の意識が消える。

 そして私の意識を、完全に『祖龍』が支配した。

 

 

 ――我が慈悲に対してのその無礼。

 もはや容赦はせんぞ、身の程を弁えぬ下等生物風情が!!




皆様の一番好きな古龍種(禁忌モンスターを除く)を教えてください。
アンケートの回答は感想ではダメなので、お手数ですが活動報告の方でお願いします。
今後の展開の参考とします。


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第9.5話 龍の試練①

「……嫌な予感がしやがる」

 

 未処理の書類が山積みになった部屋で、上官から命令書を受け取ったその軍人は端的に呟いた。

 フーゴ・ヒルデブラント中佐。

 白髪交じりの茶髪をオールバックにした初老の男だが、その鍛え上げられた肉体は全盛期と比較しても全く劣っていない。

 数々の戦場で無数の功績を挙げた、伝説の軍人である。

 その功績を考慮すれば階級はもっと高いはずなのだが、フーゴ本人が進級を拒否して現在の地位に収まっていた。

 

 ――バテュバドム樹海へ進軍せよ。

 

 それは本来ならあり得ない命令だ。

 バテュバドム樹海とは人間の立ち入りが厳しく禁止されている『魔境』である。

 凶暴で狡猾なファレンスウルフ。戦艦を沈めた記録があるタイラントサーペント。トカゲの王である暴君竜。

 樹海の生態系の頂点に立つ彼らは、それこそ最新の兵装を用いてやっと倒せるという化け物なのだ。

 もしも本気でこの『魔境』を攻略するのなら、それこそ世界最強のシュレイド王国軍の総力が必要になるだろう。そして甚大な被害を受ける覚悟も。

 

 確かに大きな犠牲を払ってでも『魔境』を攻略する価値は、ある。

 広大な土地を領地にできるのは勿論のこと、そこに住む希少価値がある生物を捕獲して売り払えば大金が手に入る筈だ。

 それが軍隊が受ける損失と釣り合うかは別として。

 

 しかしフーゴがこの命令を素直に受諾できない理由は別にある。

 驚くべきことに、今回の『魔境』攻略をお偉いさん達に申請したのは生態観測隊らしい。

 あれだけ自然保護を叫び、国が『魔境』に踏み入ることに反対していた連中が、今になって急に掌を返した。

 それどころか、すぐに軍隊を『魔境』に派遣しろと言う始末だ。

 

「どうも胡散クセェな。上の連中、何か隠してやがるな」

 

「やはり中佐殿もそう思いますか?」

 

 葉巻を咥えたままフーゴがそう溢せば、彼の副官を務める女性が反応した。

 アレクシア・ディートリンデ中尉。

 榛色の髪を腰まで伸ばした、エメラルドグリーンの瞳を持つ美女だ。

 軍では男よりも下に見られてしまう女性でありながら、その隔絶した銃の腕でフーゴの副官にまで上り詰めた才人である。

 

「さーて、上でどんな動きがあったのかねぇ。ヤバい事にならなきゃ良いんだが」

 

「……私達『第4独立混成旅団』なら問題ありませんよ。最新式の兵装も支給されるそうですし、何より中佐がいます」

 

 そう言って羨望の眼差しを向けてくるアレクシアに背を向けて、フーゴは天井を仰ぐ。

 

「人間相手ならオレも簡単には負けねぇさ。だが、怪物狩りとなっちゃ話も変わってくる。せいぜい、お互いに生きて帰れるよう頑張ろうぜ」

 

「……はい、中佐殿」

 

 部下にはそう言いながらも、フーゴは心のどこかで確信していたのかもしれない。

 ……『魔境』から生還できるのは、そう何人もいないことに。

 

 

 

 

 

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 ――バテュバドム樹海攻略作戦決行日。

 その早朝に、今回の作戦の総指揮官であるダーヴィット少将からようやく真の目的が語られた。

 曰く、樹海で観測された『新種』と思われる3体の生物を捕獲せよと。

 

(クソジジイめ、それ(・・)が目的かよ)

 

 作戦内容の伝達もそこそこに、朝早くから樹海に向けて進軍を始めた上官の意図を察してフーゴは舌打ちする。

 新種の捕獲。

 なるほど、生態観測隊が率先してゴーサインを出す訳だ。

 とにかく奴らは珍しい生き物に目が無い。

 『魔境』に現れた新種となれば、軍隊に申請まで出して捕獲しようとするのも納得できる。

 しかも『新種』の情報も曖昧で、ダーヴィットは空飛ぶ巨大なトカゲとしか言わなかった。これでどうやってあの広い樹海の中から目当ての生物を見つけ出せというのだ。

 

(くそったれ。金でダーヴィット少将を釣りやがったな、キャロルめ)

 

 フーゴの脳裏に浮かぶのは、自然を意味する緑の制服を着た銀髪の美女。

 変人揃いの生態観測隊を統率するキャロルなら、確かに珍しい『新種』に飛びつくだろう。

 しかし、軍隊も暇ではないのだ。

 『新種』を捕獲したいから『魔境』に行ってくれと言われて、喜んで行くと言うバカなど普通はいない。

 大馬鹿にして、フーゴの上官であるダーヴィット少将を除いて。

 

 『魔境』は危険だ。

 そんなことは子供でも知っている常識で、しかも今回の任務地はあの有名な『蛇の湖』のすぐ近く。

 不用意に接近すれば、軍隊でもタイラントサーペントによって甚大な被害を受けるだろう。

 そんな危険地帯に行きたいと思う軍人など存在しないのだ。

 

 何度も言うように、ダーヴィット少将という大馬鹿を除いて。

 とにかく金の信者。

 ダーヴィットという男はこの一言で説明できる。

 金が好きで、金稼ぎが趣味で、今の地位も実力ではなく金で手に入れた男だ。

 そんな無能に本当に旅団を統率させる訳にいかないので、ダーヴィットの補佐にフーゴが就いているのだが、それはさておき。

 

 金さえ払えばダーヴィットは動く。

 キャロル・アヴァロンに「『新種』を捕獲する道中で、好きなように樹海の生物を捕獲して売り払っても良い」とでも言われたら、ダーヴィットは喜んで『魔境』に向かうだろう。

 そう、まさに今のように。

 

 

 ――この時、フーゴは大きな間違いをしていた。

 まず1つ目の間違いは、キャロルが軍隊に申請したのは捕獲ではなく「『新種』の討伐」であるということ。

 2つ目の間違いは、ダーヴィット少将という男がフーゴの想像以上に金が好きだったということ。

 そして3つ目はダーヴィットの言う『新種』に疑問を持たず、生態観測隊に『新種』の情報を自分から聞きにいかなかったことだ。

 

 

 

 しかし、ミスに気づく時間も修正する暇もない。

 既にダーヴィットの指揮によって、第4独立混成旅団は『魔境』に向けて進軍してしまったのだから。

 

「総員に告ぐ! すぐに部隊を展開せよ!」

 

 思考の海に沈んでいたフーゴは、ダーヴィットのそんな命令を聞いて現実に浮上した。

 お前は馬鹿か? 馬鹿だったな。

 喉まで上がってきたそんな言葉を飲み込んで、フーゴは得意ではない敬語で上官に具申する。

 

「少将殿、お待ち下さい。今から部隊を展開するのは良くないかと」

 

「黙っておれ、ヒルデブラント! (わし)は今回の任務を長引かせるつもりはない。ここまで進軍するだけで10日以上も貴重な時間を無駄にしたのだ」

 

「ですが真夜中に『魔境』で活動するのはあまりにも危険であります。いくら我々が屈強なるシュレイド王国軍と言えども、相手は人間ではなく凶暴な野獣なのです。相手に有利な時間帯で戦う必要などないでしょう」

 

「そのくらい分かっておるわ! だからこそ樹海を焼いて光源を確保する。そうすれば炎で野獣共もおびき出せるという寸法よ」

 

 得意げにそう言う上官の姿に、フーゴは呆れて何も言えなかった。

 樹海を焼くのは良案かもしれないが、自分達が燃やす樹海のど真ん中にいるのにやることではない。

 この広大な樹海に火を放てば、それこそ山火事のようになるだろう。

 火を放った自分達が巻き込まれて死ぬ可能性も十分にある。それどころか捕獲対象の『新種』が焼け死んだら何の意味もない。

 

(いや、確か『新種』は空を飛べるとか言ってたな。なら焼け死ぬことはないか……?)

 

 だとしても、疲弊している兵士達を休ませずに夜間活動など悪手に他ならないのだが。

 

 ダーヴィットの言う『新種』の特徴は3つ。

 体が非常に大きい。トカゲのような見た目で空を飛ぶ。そして3体一緒に行動している、だ。

 本当はキャロルとイザベルによって「火と雷を放つ能力がある」ということもダーヴィットは聞いていたが、この男はそんな生き物が存在する訳がないと決め付けて部下には伝えなかった。

 そして生態観測隊からの申請を無視して、金稼ぎのためにダーヴィットの独断で『新種』を捕獲しようとしていることも。

 

(奴らがご執心の『新種』を捕獲すれば、生態観測隊から莫大な金を受け取ることが出来るじゃろう。いや、変人達のことだ、金と一緒に体も要求すれば……)

 

 少しでも上官の補佐をしようと、必死で部隊の展開を指揮するフーゴの隣でダーヴィットは下卑た想像をする。

 生態観測隊のツートップであるキャロル・アヴァロンとイザベル・ハインリヒ。

 大金だけではなく、あの美女の体すらも『新種』の代金として得られるかもしれない、と。

 

 そして、バテュバドム樹海での『新種』捕獲作戦が開始された。

 

 まず初めに『蛇の湖』の北側に扇状に展開した歩兵隊が、火炎放射器で樹海を焼き払う。

 当然、自分達が炎に巻き込まれないように燃えやすい枯れ葉などを周囲から取り除いた後で。

 焼け落ちる木々が光源となって辺りを照らす。

 そして炎の光を頼りに、樹海の生き物の乱獲が始まる。

 

「目についた生き物に片っ端から麻酔弾を撃ち込め! 1から4大隊は眠った生き物を捕獲しろ!」

 

「出来るだけ火に近づくな! 自らの安全を最優先とし、無理のない範疇で捕獲を実行せよ!」

 

 歓喜の表情で乱獲を眺めながらダーヴィットが発した声に被せるように、フーゴもまた命令を発した。

 そしてフーゴの隣で、アレクシアが麻酔弾を命中させていく。

 その腕前はまさに百発百中。

 アレクシアから放たれた麻酔弾は動きの速い鳥種まで正確に撃ち抜き、地面に落下させる。

 

「順調ですね、中佐殿!」

 

「……今のところはな。『蛇の湖』に追い込むように樹海を焼いてるから、炎に背を向けて逃げたら大蛇の餌食。樹海に隠れてた生き物は仕方なくオレ達の方へ来るしかない」

 

「流石は中佐殿です」

 

「本当に大したことねぇよ。低学歴のオレが考えられるような作戦だぜ?」

 

 フーゴに指揮官の才覚などない。

 だからこそ進級を自分から辞退して、あまり指揮をせずに済む地位に留まろうとしてるのだ。

 彼が本領を発揮するのは武器を持って敵兵と戦う時で、指揮官として働く時ではない。

 

 ――と、その時だ。

 

「敵襲ーーーッ!!」

 

 前線にいた若い兵士が、必死の形相で叫ぶ。

 そして、空から純白の光が降臨した。

 まるで王冠のように見える4本の角。闇夜でも輝く真白の体毛と鱗。真紅に輝く双眸。神々しく壮大な翼。

 その姿は、まさしく伝説とされるドラゴン。

 

 純白の龍は、フーゴとアレクシアに驚く暇も与えなかった。

 夜空を覆うほどの巨大な翼が少し動くだけで爆風が荒れ狂い、歴戦の軍人と銃の名手を遥か遠くへと吹き飛ばす。

 

「アレクシア!」

 

 フーゴは愛用していた銃を空中で投げ捨て、代わりにアレクシアの華奢な体を抱き寄せる。

 そして自分の体を盾にして落下したことで、フーゴの意識は途絶えた。



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第9.5話 龍の試練②

第9.5話の後半です。
サブタイトルが紛らわしくて申し訳ありません。

【人気古龍種ランキングアンケート 中間結果】

1位 バルファルク

2位 シャガルマガラ

3位 キリン

特にバルファルクとシャガルマガラが多かったですね。
やったね、出番増加確定だよ!


 人類未踏の『魔境』バテュバドム樹海北方。

 特級の危険地帯とされる『蛇の湖』は、本来の主であるタイラントサーペントではなく、空から舞い降りた白龍によって支配されていた。

 

「中佐殿! 大丈夫ですか、ヒルデブラント中佐!」

 

「う……?」

 

 若い女の金切り声に鼓膜を揺さぶられ、フーゴは後頭部の痛みに呻きながらゆっくりと目を開けた。

 すると、涙を流しながらも安堵の表情を浮かべる部下の顔が目に入る。

 

「アレクシア? ……っ、オレはどのくらい気絶してた!?」

 

「ほんの数分です。申し訳ありません、私が中佐殿の足を引っ張ったせいで……」

 

「気にすんな。空から空想の怪物が降ってくることを予想できる奴はいねぇよ」

 

 庇われたことを気にかけるアレクシアの頭を軽く撫で、フーゴは墜落時の痛みに耐えながら上体を起こす。

 そこには、デキの悪い怪獣映画のような光景があった。

 ダーヴィットの命令で歩兵達が怪物に銃を乱射するが、放たれた鉛玉は全て純白の龍に届いていない。

 それに対して龍の攻撃は圧倒的だ。

 翼を軽く動かすだけで暴風が放たれ、屈強な部下達がまるで落ち葉のように吹き飛んでいく。あれだけの高さから無様に背中から墜落してよく気絶だけで済んだと、フーゴは自分の体の頑丈さに感謝しながら立ち上がった。

 

「中佐殿、急に動かれてはいけません! 後頭部と背中を強打しているのですよ!?」

 

「オレは石頭だ」

 

「そういう問題ではありませんが!? 頭部から出血していますし、まずは衛生兵と合流を……」

 

「オレより部下達の命だ。早く撤退命令を出さんと全滅しちまう。若者の未来が失われることだけは阻止しねぇとな」

 

「中佐殿、せめて止血だけでも……!」

 

 引き止めようとするアレクシアの手を振り払い、フーゴは純白の龍の元へと駆け出した。

 勝機はもはやない。

 残存戦力を全て用いても、あの龍を仕留めるのは不可能だろう。

 それどころか自分達がまだ壊滅していないのが不思議なくらいだ。優秀な指揮官ならともかく、金で成り上がったダーヴィットが何とか出来るほどあの怪物は甘くない。

 恐らく、あの龍はまだ本気でこちらに攻撃していない。

 人間を本気を出すまでもない格下だと侮っているのか、それとも初めて見る鉄の兵器を警戒しているのか。

 理由はいくつか考えられるが、とにかく龍はまだ「様子見」のレベルだ。

 龍が手加減している今こそが最大にして最後のチャンスだ。これを逃せば、撤退する機会は永遠に失われるだろう。

 

(ちくしょうが! ダーヴィットの野郎も生態観測隊の連中もクソくらえ! これでオレの部下達が全滅してみろ、龍に喰われるより先にオレが殺してやる!)

 

 フーゴが激情を押し殺しながら疾走し、ようやく戦場が近づいてきたと思ったその瞬間だった。

 純白の龍から離れていたことで無事だった戦車が、恐らくはダーヴィットの指示で一斉に砲撃する。城砦すら一撃で破壊する威力の砲撃が全て龍に命中し、あの怪物も流石に無傷では済まずに態勢を崩した。

 

「やった!?」

 

「まだだ! あの馬鹿野郎、余計なことをしやがって!」

 

 後ろを走っていたアレクシアが爆炎に包まれた龍を見て歓声を上げるが、反対にフーゴは悪態をつく。

 今の砲撃は確かにダメージを与えられたが、龍の命には届いていない。

 むしろ中途半端に傷を与えて怒らせたら、それこそ龍が本気になってしまう。

 もはや一刻の猶予もない、早く全部隊を撤退させなければ――

 

 

「「グルオオオオオオアアアアアアアアアッ!!」」

 

 

 『魔境』が、震えた。

 衝撃波でバテュバドム樹海が誇る千年大樹が小枝のように折れ、巨大な湖が割れる。

 これほどの現象がただの「咆哮」で引き起こされたものだとフーゴが理解したのは、耳を塞いで蹲っている自分に気付いた時だ。

 鼓膜がやられて無音になった世界でフーゴが顔を上げれば、そこには絶望があった。

 

 さらに、2体。

 真紅と漆黒の龍が、その全身に炎を纏って空を舞っているのだ。

 

 ――『新種』は常に3体一緒に行動している。

 

 事前に聞いていたその情報を思い出した時には、天空から紅蓮の炎が落ちていた。

 真紅と漆黒の龍のアギトから放たれた巨大な火球。

 それが展開していた部隊の中心に叩き込まれ、雲まで届くほどの火柱が生まれる。

 

「――――……」

 

 もはや言葉も出なかった。

 部下の命が、消えていく。

 彼らの命を預かっている上官の自分だけが、無様にも生き延びて。

 

 そして、フーゴ・ヒルデブラントは今日という日を永遠に後悔するのだ。

 この業火の裁きを止められなかったことではなく、その衝撃で動きを止めてしまった自分の無力さを。

 どうして足を止めてしまったのだろう。

 どうして生き残った部隊とすぐに合流しようとしなかったのだろう。

 どうしてパニックになった部下達の行動を諫めることが出来なかったのだろう。

 恐怖で錯乱した部下達が、何故か消火活動を始めた漆黒の龍の背中に砲身を向ける。

 あの純白の龍だけは、絶対に怒らせてはいけなかったのに。

 砲撃を止めることは、出来なかった。

 

 放たれる砲弾。

 不意打ちを受けて転倒する黒龍。

 そして。

 

「ざまぁみろ、化物を一体仕留めてや」

 

 戦車の横で歓声を上げたその若い軍人が、最後まで言葉を発することはなかった。

 

 

「――ぶ、――……ふ、ふ……っ!?」

 

 

 

 世界が消し飛んだ。

 フーゴの視界が真っ白に染まり、全身に伝わる浮遊感でとにかく自分がまた吹き飛ばされたことだけは理解する。

 それ以外は、何も分からなかったが。

 

 ゴミのように地面に打ち付けられ、水切りの石のように何度もバウンドしてフーゴはようやく止まった。

 全身を駆け巡る激痛。視界は真っ白なままで、聴覚は未だに機能せず無音のまま。

 前後左右どころか上下もはっきりしないまま、それでも立ち上がれたのは、フーゴという軍人が並外れて強かったからだろう。

 

「うぶっ、……は、ぁ」

 

 喉奥から込み上げた血を吐き出す。

 肋骨が折れて肺に刺さったのかもしれない。

 まともに呼吸することが出来ず、全身に力が入らない。

 手探りでまだ折れずに残っていた木を見つけて支えとし、何とか視界が回復するのを待つ。

 数十秒経って、ようやく白色以外のものが見えた。

 

 怪物(モンスター)が、いた。

 真紅の雷を全身に纏い、純白の体毛が光を発して逆立っている。

 神々しくも禍々しいその姿は見た者全てに畏怖を与え、我こそが生態系の頂点だと主張していた。

 恐れ、敬え、彼の存在こそが祖なるもの。

 後世にて全ての龍の始祖とされ、古龍種の長と謳われる王である。

 

「……お前ら」

 

 一瞬前まで最新式の戦車がズラリと並んでいた場所には、何も無かった。

 鉄の兵器も、人間も。

 底が見えないほど深いクレーターが、ただ何か凄まじい力で蹂躙されたのだと語っている。

 

「アレクシア、アレクシア!? 生きてるなら返事しろ、おい!」

 

 考えずとも本能で分かる。

 部隊は壊滅した。

 6000人で編成されていた旅団はもう存在しない。

 あそこで戦っていた部下達は消えてしまった。

 

 しかし、アレクシアは?

 フーゴと一緒に初手で遠くまで吹き飛ばされた部下達ならどうだ?

 まだ生きている可能性がある。

 この旅団で最も身体能力が高いフーゴよりも早く戦場に戻っている部下より、まだ遠くに残っている部下の方が多いはずだ。

 助けられる。まだ救いはある。

 100人、いや、10人でも構わない。

 1人でも多くこの『魔境』から助け出す。

 それが部下の命を預かっているフーゴの責任だ。

 戦場に残っている部下はもう助からない。怒れる白龍に外敵と判断された彼らは、見捨てる他ない。

 その代わりに、戦場から離れた場所で生きている部下を見つけるべくフーゴは走り出した。

 

「オオオオオオオオッ!!」

 

 そして、蹂躙が始まった。

 運良く生き残った兵士は次々と天空から降り注ぐ雷で消し飛ばされ、戦車は尾の一振りでスクラップと化す。

 残存する人間達もまだ破壊されていない僅かな兵器で反撃するが、あらゆる抵抗が無駄だ。

 岩盤すら貫く高威力のバリスタは、龍の鱗に阻まれてへし折れる。

 旧式だが強大な破壊力を秘める大砲から放たれた砲弾は、龍が纏う真紅の雷によって着弾前に迎撃される。

 小さな村なら一瞬で吹き飛ばされるほどの爆弾は、翼から放たれた爆風に阻まれて届かない。

 

 祖龍ミラルーツ。

 その存在が持つ絶大な力を抑えていた優しい『彼女』は今はいない。

 『彼女』という理性(セーフティ)が外れた以上、祖龍はただ本能のままにその力を解放する。

 『彼女』が「祖龍の限界を超える」という目的のために行っていた龍脈干渉のトレーニング。

 その成果によって、今の黒龍と紅龍では制御することも出来ない莫大な量の龍脈エネルギーが、祖龍の頭上で収束されていく。

 そこに集められた圧倒的な力は、同格の力を有するミラボレアスとミラバルカンが怯えて震えるほどに桁外れだ。

 

 祖龍が有する切り札の1つ。

 『彼女』が封印していたその力。

 MH4Gで追加された新規モーションにして、二足歩行モードの時のみに扱う大技。

 チャージブレス。

 収束された莫大な力の余波で『魔境』が真紅の光に包まれて、膨大な量の龍脈によって空間すらが捻じ曲がる。

 そして、口内で渦巻いていた雷エネルギーが解放された。

 

 それはまるで、超新星の如き光の渦。

 紅の雷が既に壊滅状態だった軍にトドメを刺すように炸裂し、湖の周囲一帯を丸ごと薙ぎ払った。

 この星に循環する全ての龍脈が祖龍に反応して活性化し、世界中の『魔境』に生きる命へ注ぎ込まれていく。

 祖龍の力はあらゆる生物に進化の可能性を与える一方で、慈悲を踏みにじった愚かな人間達に鉄槌を下した。

 『魔境』が完全に消滅しなかったのは、龍の本能と憤怒に呑み込まれてもまだ僅かに残されていた『彼女』の良心による手心か。

 

 ただ、純然たる事実は1つだけ。

 軍の英雄フーゴ・ヒルデブラントは、数人の部下を助け出した上で、祖龍の鉄槌を潜り抜けたということだ。

 

 

 

 

 

 

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 ――レポート。

 古代暦1584年。

 シュレイド王国軍第4独立混成旅団壊滅。

 生還者はフーゴ・ヒルデブラント中佐、アレクシア・ディートリンデ中尉、ダーウィット・アルマロイ少将、その他数名。



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第10話 すれ違い

 ……う、うにゅ。

 もの凄く眠たいのを我慢して目を開けると、私の視界に焦土が飛び込んできた。

 あれ?

 私ってば森の中にいたよね?

 でも地面は真っ黒でクレーターだらけだし、大木も倒れたり粉々になって煙を上げてるし。

 あ、でも湖はちゃんとある。

 ということは確かに此処はいつもの湖畔ってことになるよね。

 ううむ、おかしなことだらけだよ。

 

 何より、ボレアスとバルカンが近くにいない。

 いつもは私にくっついて離れないのに、今日は何故か私から少し離れた場所でお互いに身を寄せ合って寝てる。

 そのまましばらくじーっと弟達の寝顔を眺めてたら、私の視線に気づいたのかボレアス達が目を覚ました。そしてビクリと体を震わせると、2人揃って私からちょっと離れちゃった。

 え、どうして警戒心マックスな目で私を見るの?

 まさか反抗期とか?

 独り立ちしてくれるのは嬉しいけど、こんなに急だと私が寂しくなっちゃうじゃん。

 この複雑なお姉ちゃん心はどうしたらいいのさ。

 

 えーっと、落ち着け。

 状況を整理しよう。

 

 まず、どうして私達がいる森がまとめて吹き飛んでるの?

 確か昨日は湖から大蛇が出てこなくなったから、代わりに森の中にいた恐竜モドキを獲物にしたんだっけ。

 それからボレアス達と一緒に恐竜モドキを食べて、その後は普通に寝た。

 別に何もおかしなところは……いや、待てよ。

 

 そうだ、人間!!

 

 私ってば夜中に人間の襲撃を察知して、その迎撃をしてたんだ。

 だけど意外と戦車の一斉砲撃の威力が高くて苦戦してたら、騒ぎに気づいたボレアスとバルカンが来ちゃって……。

 不鮮明だった記憶が一気に蘇る。

 炎に包まれる森に、自然を蹂躙しながら進む鋼鉄の兵器群と人間。

 

 ――っ!

 

 一番大切なことを思い出した私は翼を広げて、少し離れた場所でチラチラと私の様子を伺ってるボレアスの元へと滑空する。

 うわ、体がめっちゃ軽い。

 まるで鎖から解き放たれたみたいに、今まで以上に体が動かせる。しかも体の中を循環する龍脈の量も上昇してるし、空っぽになってるバッテリーに雷が溜まるのも異常に早いね。

 陳腐な表現だけど、体の奥底から力が湧き上がってくる。

 いや、ホントに何これ?

 

 いや、私の事なんて後回しだ。

 今一番大切なのはボレアスなんだから。

 

 いきなり急接近した私からボレアスが逃げようとするけど、私がボレアスの尻尾を咥える方が早い。

 まだお姉ちゃんの方が体も大きいし、身体能力も上回ってるんだから。

 祖龍ミラルーツからは逃げられない。

 これテストに出るから。

 

 馬鹿なことを考えつつもボレアスを引き寄せ、可愛い弟の体に傷がないかを確認する。

 ボレアスが砲撃を受けたのは背中……良かった、特に傷はなさそう。

 私と違って火属性が弱点じゃないから大丈夫だとは思ってたけど、ゲームの大砲は強力な武器だからね。

 最強格のミラボレアスでも、怪我をする可能性は十分にあった。

 何よりボレアスはまだ産まれて数ヶ月だし。

 

 あー、心配した。

 もしもボレアスが怪我してたら、いくら人間が相手でも本気で何発か雷を落としてたかもね。

 ……そう言えば、人間達はいつ帰ったの?

 うーん……ボレアスが砲撃を受けた後の記憶がないんだよねー。思い出そうとしても、何かが邪魔をして鈍い頭痛が走る。

 ぐぬぬぬ、モヤモヤするなぁ。

 今まで物忘れとかしたことなかったから、私は記憶力が良い方だと思ってたのに。

 ちょっとショックかも。

 

 ともあれ、弟達が無事ならそれで良し。

 念のためにボレアスの背中を軽く舐めて、次にバルカンも捕まえて引き寄せる。

 よしよし、バルカンも怪我ないね。

 私が気を失った後に怪我をした可能性もあったから心配だったけど、バルカンも問題なしっと。

 

 辺りが焦土をなってるのを見るに、やっぱりあの後ボレアスとバルカンが人間を追い払ったのかな?

 それにしてもやり過ぎでしょう。

 湖は沸騰してるし、辺り一面が焼け野とか。

 ……流石に全滅はしてないと思うけど、確実にかなりの数の死人は出ちゃってるよね。

 私が翼で吹き飛ばした人達の中にも、落ちた時に打ちどころが悪くて亡くなった人がいるかもしれない。

 黙祷は捧げておこう。

 殺した側に祈られても、迷惑なだけかもしれないけどさ。

 

 それとボレアスとバルカンも気をつけてよ。

 私が攻撃されたことに怒ってくれたのは嬉しかったけど、次はいきなり人間にブレスをぶっ放したりしないでね。

 人間っていうのは少数だと弱いけど、団結したら凄い強いんだから。

 次からはなるべく不干渉を徹底すること!

 

「「………………」」

 

 ど、どうして私をそんな目で見るの?

 私は何も間違ったことは言ってないのに、ボレアスとバルカンから「お前が言うな」って意思が凄い伝わってくる。

 さらに私に対する恐怖心まで。

 お姉ちゃんは怖くないよー? 優しいよー?

 だからほら、いつもみたいに甘えても良いんだよ?

 

 全力でブラコンアピールして、弟達の首筋を優しく舐めたりすること数分。

 ようやく弟達はいつもの調子を取り戻して、ゆっくりと私に身を寄せてきた。

 タマゴから孵った直後の時みたいに恐る恐るくっついてくるバルカンと、尻尾でペチペチ顔を叩いてくるボレアス。

 大きくなっても甘え方は変わらんね、あなた達。

 まぁ、弟離れ出来てなかったのはお姉ちゃんの方だったけど。

 これからも寂しがり屋な私と一緒にいてね。

 

 さて、一段落ついたところでこれからの方針だね。

 まず今から引っ越します。

 軍隊のおじさんが「『新種』を捕獲しろ」って言ってたから、彼らの狙いは私達ってことになる。

 これからも狙われる可能性も考慮したら、すぐにでもこの場所から移動するべきでしょうね。

 そして移動先はもちろん、絶対に人がいないところ。

 何年か隠れてたら、人間達も私らのことを忘れてくれるでしょう。

 ……軍隊相手にやらかしたから、かなり時間はかかると思うけど。

 もう1つこれからやりたい事があるけど、それは引っ越しが終わってからにしようかな。

 

 そうと決まれば、突然だけど引っ越そうか。

 いくよー、ボレアス、バルカン。

 

 弟達から少し離れてから、私は大きく翼を広げて一気に飛翔する。

 うん、やっぱり体が軽いねー。

 さっきはボレアス達の安否を確認することを優先してスルーしたけど、どうして急に祖龍のスペックが上がったんだろ。

 それも怒りで覚醒するバトル漫画の主人公みたいに突然に。

 引っ越してからやる事に、今のスペックの再確認も含まないとだね。

 ……祖龍の力は本当に凄いから、ちょっと加減を間違えるだけで大惨事になるし。

 うぅ、胃が痛い。

 女子高生にこんな凄い力をポンと渡されても困るんだよ。

 

 閑話休題。

 

 さてと、どこに行こうか。

 お世話になった湖の上を通過して、かなりの速度で東に向かって飛び続けること数時間。

 弟達と空中で遊んでたら、遠くにめっちゃ大きい山が見えた。

 うわ、凄いねあの山。

 私ってば雲の高さにいるのに、それでも頂上が見えないくらいデカい。

 富士山とか比べ物にならないね、アレ。

 

 あの高さと険しさなら、山頂に人間が近づくのは無理じゃない?

 あ、でも、戦車があるなら飛行機もあるかも。

 古代文明の科学力ならあの山を攻略することも出来そうだし、万全を期すなら何か対策が必要だよね。

 もう襲撃されるのはゴメンだし。

 取り敢えず、ちょっと見てみようか。

 

 喉を鳴らして後ろを飛ぶボレアスとバルカンに合図を出し、山頂に向かって一気に急上昇。

 気分はMHXXの看板モンスターであるバルファルク。

 話題になったあのムービーさながらに全速力で上昇して、凄い高さの山頂まで一気に辿り着く。

 山頂には私達3人でも活動できるくらいの広場があった。

 広場に着地して辺りを見渡すと、雲海を見下ろすっていう絶景が。

 

 よし、レーダー起動。

 私を中心に電波がドーム状に拡散する。

 今度のレーダーは索敵範囲が広がっただけではなく、上空もしっかりと把握できるようにした。

 私は同じミスはしないのだよ。

 

 と、意外と生体反応ある。

 流石はモンハン世界。

 この険しい山に生息できる生物も一定数いるんだね。

 モンスターはいないけど、地球上の生物よりもこの世界の生物の方が強いのかも。

 大蛇とかティラノサウルスとか巨大狼とか。

 ミラ種から見たら格下だけど、あんなのが地球に現れたらかなりヤバイよね。

 祖龍視点だと、餌に困らなくて済むなーくらいの感想しか出てこないけど。

 相変わらずのチートスペック乙。

 

 ボレアスとバルカンもちゃんと広場に着地したのを確認してから、私は龍脈干渉を開始する。

 ……な、ナニコレ?

 この周囲だけじゃなくて、世界中の龍脈がめっちゃ乱れてる。川で例えるなら大氾濫ってレベルで乱れてる。

 言葉では表現することすら出来ない莫大な量の龍脈が、大気の流れや地脈に沿って世界中を循環してる。

 

 ……見なかったことにしよう。

 

 どっちにせよ、私には何も出来ないし。

 いくら祖龍のスペックがデタラメでも、この星を覆うほどの量の龍脈に干渉して制御するとか無理ゲー。

 初めてモンハンプレイする初心者に、G級のイビルジョーを裸で倒せっていうくらい無理ゲー。

 流石の私でも出来ることと出来ないことがあるのだよ。

 

 なんて考えながら、龍脈を操作してこの山頂を囲むように雷雲を発生させる。

 そのまま周囲に展開させ続けて、常時落雷が発生するようにしておく。

 こうしておけば、どれだけ凄い飛行機でもここには近づけないでしょう。無理やり侵入したら落雷で墜落するし。

 

 ふっふっふっ、私に辿り着きたければこの山を踏破するが良い!

 仮にこの大自然を乗り越えたのであれば、私達が直々に相手をしてやろう!

 自分でも驚くほど完璧に雷雲を発生させられた私は、上機嫌でラスボスのようなセリフを言ってみる。

 ……いや、ホントに人来たら逃げるけどね。

 

 ――さて、それじゃあ始めようか。

 

 全ての準備が終わったところで、私はボレアスとバルカンに向き直る。

 これから私達がやることは2つ。

 まず1つ目は、弟達に人間の言葉を教えようと思う。

 私があの軍隊の会話を理解出来たから、日本語を教えればボレアス達も人間と意思疎通が可能になるかもしれない。

 こっちが話すつもりなくても、人の言葉が分かれば便利ってのもある。

 ハンターと戦う時とかかなり有利になるでしょうね。

 相手の作戦が筒抜けになる訳だから。

 

 そして2つ目が、擬人化能力の習得。

 モンスターハンターをそれなりにプレイしている人なら、白いドレスの少女だとか赤衣の男とかを知ってると思う。

 主に古龍種や禁忌などの高難度クエストの依頼者として名前が出てくるこれらのキャラは、実はミラルーツやミラバルカンが人に化けた姿じゃないかって説がある。

 ネットではかなり有名だよね。

 

 つまり、かなりの高確率で私達は擬人化できる筈だ。

 やり方とかさっぱり分からないけど、紅雷だって感覚で扱えるようになったし。

 可能性はゼロじゃないでしょう。

 そして仮に擬人化を習得出来たら、堂々と人里に入れる。

 モンハンの古代文明を、この目でゆっくりと見られるのは大きい。

 ロマン的な意味でも、敵戦力の偵察って意味でもね。

 要するに、言語理解と擬人化能力のメリットは計り知れない。

 習得しないなんて選択肢はないでしょう。

 

 よし、じゃあ今日から姉弟仲良くトレーニングしようか!

 何故か不安そうな表情を浮かべるボレアスとバルカンに向けて、私は満面の笑みを浮かべる。

 安心しなさい、私はこれでも勉強が出来るのよ。

 幼い頃から財閥の令嬢として父親に世界各国に連れ回され、その過程で6つの言語を習得してきた私の授業を受ければ、偏差値10でも日本語が話せるようになるからね☆

 

 ――ミラルーツ視点では、美人のお姉ちゃんによる優しい個人授業。

 ――ボレアスとバルカン視点では、フィールド1つを消しとばした、怒らせると怖い 姉による、スパルタ教育が始まった。



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第10.5話 キラーズ

 縦3メートル横1メートル。

 成人男性の背丈を超える鋼鉄の立方体が、円を描くように等間隔で並べられていた。

 その中心に、1人の女が立っている。

 膝下まで伸ばした長い漆黒の髪を一房の三つ編みとし、露出の激しい黒のドレスを纏ってスレンダーな肢体を惜しげもなく晒している絶世の美女だ。

 その優れた容姿と衣装も相まって、彼女を知らない人は遊女だと間違うかもしれない。

 だが、違う。

 

「シッ――!」

 

 広い地下室に響く鋭い呼気。

 それと共に、黒の女がその手に握った身の丈ほどもある大太刀を振るった。

 刃が閃く。

 歴戦の猛者ですら、反応はおろか視認することも不可能な神速の斬撃。人類の到達点の1つ。

 無音で。

 女性を取り囲むように並べられていた巨大な鉄の塊が、まるでバターのように両断された。

 鋼の刃で、一度の斬撃で、人間より巨大な無数の鉄塊をまとめて斬り裂く。

 

 ――絶技だ。

 

 胸元と腕を露出しているのは、衣服に太刀を振る動作を邪魔されない為だ。右足だけが太腿まで露出するスリットスカートになっているドレスを選んだのは、斬撃の起点となる踏み込みを邪魔されない為だ。

 このドレスは、彼女の極まった剣術を阻害しないことを考慮して作られている。

 

「相変わらず凄まじい剣の腕前ですね。流石はシュレイド王国で最強の剣士、フランシスカ・スレイヤー」

 

「ふん。このような遊戯を見た程度で、私の実力を測ってもらっては困るな。キャロル・アヴァロン」

 

 すぐ近くで今の絶技を見ていたキャロルの素直な称賛に、しかしフランシスカと呼ばれた女は不機嫌そうに言葉を返す。

 確かに人から見れば絶技かもしれないが、フランシスカにとっては鉄塊を斬り裂くなど出来るのが当たり前のことなのだ。

 二足歩行で歩くことを褒められて喜ぶ人間はいるだろうか? 母国語で話すことを称賛されて嬉しい人間はいるだろうか?

 普通はそんな人間はいない。

 何故ならそれは誰でも出来る当たり前のことで、つまりフランシスカにとっては鉄塊の切断など、立って歩くのと同じくらいのことなのだ。

 

 価値観から他者とズレているフランシスカにキャロルは苦笑して、鉄塊の切断面を指でなぞる。

 するとキャロルの指先に大理石のようなツルツルとした感触が伝わってきた。覗き込めば鏡のようにキャロルの美貌が写るくらいだ。

 

「本当に凄いですね、これ」

 

「世辞は要らん。私とお前の仲だ、話くらいは聞いてやる。わざわざ私に何の用だ?」

 

 腰の鞘に大太刀を納めながらのフランシスカの言葉に、キャロルは再び苦笑を浮かべた。

 そして咳払いをすると、本題に入る。

 

「今から3年前。バテュバドム樹海でとある『新種』が発見されてから、次々と旧来の生物を凌駕する存在が現れました」

 

怪物(モンスター)か。暇を持て余していた軍隊サマは、遊び相手が現れてさぞかしお喜びだろう。生態観測隊のお前も給料と仕事が増えたようで何よりだ。科学が発展した今の世の中でも未だに剣で遊ぶ私には、全く縁のない話だよ」

 

 キャロルの言葉を遮って、フランシスカは皮肉に笑う。

 しかしキャロルは表情を崩さずに、そっと目を伏せて話を続けた。

 

「ずっとこの地下室に籠もっている世捨て人のあなたは知らないでしょうね。……シュレイド軍は半壊しました。現存する兵器ではモンスターの殲滅どころか、街の防衛すらままなりません」

 

「な……」

 

 泰然自若なフランシスカの表情に驚愕が浮かぶのを見たのは、長く友人関係を築いてきたキャロルも初めてのことだった。

 最強を揺るがしたことに少しだけ小気味良く感じながら、キャロルは続きを話す。

 

「モンスターの被害は甚大です。こうしている今も、多くの人が怪物達の餌食になっている。これはシュレイド王国だけではありません。その他の国全てが竜の襲撃で揺らいでいます。……既に滅びた小国から列強国に難民まで流れている」

 

 そこで一度話を区切り、キャロルは部屋の隅に置いてあった荷物の中から、棒状の包みを取り出した。

 怪訝な表情のフランシスカの目前で、キャロルが包みの布を取り払う。

 

 現れたのは、素人でも一目で分かるほどの名刀だった。

 光り輝く白金の如き刀身は、これまで数多の名刀を見てきたフランシスカですら息を呑むほどに美しい。

 フランシスカが今使っている大太刀も王国最高と名高い鍛治屋に作らせたものだが、それでもこの太刀とは比べ物にならない。

 絶剣、という表現がこれほど似合う太刀は他にないだろう。

 

「驚くのはまだ早いですよ、っと」

 

 そう言ってキャロルがおもむろに太刀を振ると、フランシスカによって両断されていた鉄塊が再び真っ二つになった。

 これにはフランシスカも呆然とし、キャロルと絶剣を凝視する。

 

「おい、一体どんな手品だ? 太刀の握り方、振り方、体捌きも全て素人同然で、しかも踏み込みすら無い棒立ちの状態からどうして鉄塊が斬れる?」

 

「タネも仕掛けもありませんよ。それだけこの太刀の切れ味が凄いってだけです。良いデモンストレーションになったでしょう?」

 

 悪戯が成功した子供のようにクスクス笑って、キャロルは絶剣をフランシスカに差し出す。

 

「この太刀は世界で最初に発見されたモンスター……そのタマゴを素材として作られたんです。信じられないでしょう? 本来は脆いはずのタマゴの殻で、これほどの武器が生産出来るんです」

 

 ――何という皮肉だろうか。

 

「たかがタマゴの殻でこれです。もしも牙や爪を素材にすれば?」

 

 ――後に祖龍ミラルーツが宿敵として何度も戦うことになる、人類最強の女フランシスカ。

 

「フランシスカ。あなたは強すぎるが故に、今まで同等に戦える相手がいなくて世捨て人になってしまった。しかし、あなたがこの地下室に籠る必要はもう無くなりました」

 

 ――彼女が握る武器が、祖龍(じぶん)の素材で作られているとは。

 

「興味はありませんか。竜の素材で作られた無数の武具、軍隊すら半壊させる強大なモンスター達。人智を超えた彼らとの、戦場に」

 

 フランシスカが。

 人類最強が、凶悪な笑みを浮かべる。

 まるで飢えた獣が、極上の獲物を見つけたように。

 

「1つ訂正ですよ、フランシスカ。あなたは先ほど私を生態観測隊と言いましたが、その組織は既に解体されました。今の私は『竜種観測隊』です。そしてモンスターの対策を国から任された私は、1つの案を出しました。モンスターを狩ることのみに特化した専門職の成立」

 

 そして、人類最古の狩人が。

 

「その名を竜を殺す者達(キラーズ)。あなたが世界初のキラーズになってくれるのであれば、私はあなたにこの太刀と戦場を差し上げましょう」

 

「……」

 

 フランシスカが、祖龍の太刀を握る。

 古代暦1587年。

 後の世界でハンターと呼ばれるようになる職業の雛形が、誕生した瞬間だった。

 

 

 

 

 

〜Now loading〜

 

 

 

 

 

 シュレイド王国東部。

 豊かな森に囲まれた静かな街があったそこは、今では凄惨な地獄と化していた。

 人々に木材などの資源を与えていた豊かなその森は、もはや侵入不可能の『魔境』の1つになっている。理由はもちろん、人の力ではどうしようもない強大な怪物達が住み着いたからだ。

 最初の頃は駐在軍がモンスターの殲滅のために森へ入っていたが、部隊は全滅。

 むしろモンスター達に人間の味を覚えさせるだけの結果となり、街は毎日モンスターの襲撃を受けるようになってしまった。

 

 当然ながら街を離れようとした人々もいたが、彼らは他の街に辿り着く前に怪物の腹に収まってしまった。

 逃げることも出来ない。戦う手段もない。

 王都に軍隊の出撃を申請しても、手一杯だと言われて助けはこない。

 どうしようもないまま、街は今日もまた竜の襲撃を受けてしまった。

 

「うあああああああああ、あ、ぎぃゃっ!?」

 

 時刻は正午。

 街の南端にある広場にいた男性の断末魔から、最悪の地獄は始まってしまう。

 平和な街に現れたのは、家よりも巨大なバケモノだ。

 翼と一体となった強靭な前脚に、ガチガチと音を鳴らす巨大なアギト。四足歩行で移動するその怪物は、巨体にも関わらず馬よりも速く走る。

 

 ――ワイバーンレックス。

 

 轟竜ティガレックスの祖先であるとされ、モンスターの中でも極めて強大な力と凶暴性を持つ竜だ。

 断末魔を上げた男性は、その鋭い牙に噛み砕かれてアギトの奥へと消えていく。

 

 目の前で繰り広げられるあまりに凄惨な光景。

 残酷極まりない弱肉強食の世界を目の当たりにして、喰い殺された男性の娘は恐怖でその場に座り込んでしまった。

 圧倒的な竜の絶望と恐怖。

 そして父親を目の前で喰い殺されるというショックに、平和に暮らしていた少女が耐えられる訳がない。

 それは仕方のないことで、ワイバーンレックスには獲物を追う手間が省けて都合が良いことだ。

 

 最初の獲物を食べ終えたワイバーンレックスは、震えて蹲る少女を次の獲物として狙いを定める。

 もう少女の命運は決まった。

 僅か16年という短い人生の終わりを悟って、少女は目を閉じてやってくる恐怖と苦痛を待つ。

 しかし、いつまで待っても終わりはこなかった。

 恐る恐る目を開けると、ワイバーンレックスは少女の目前で止まっている。

 

 ――否、止められていた。

 

「まさかこんなに早く会えるとは思ってもいなかったぞ、モンスター。最初の任務地にライラットの街を選んだのは正解だったようだ」

 

 ワイバーンレックスの尻尾の先に、戦いを知らぬ少女ですら見惚れる太刀が突き刺さっていた。

 巨大な竜を大地へ縫い止めるソレを握っているのは、黒い髪の美女だ。

 艶やかな衣装に身を包んでいるが、その女性からは色気や愛らしさといったものは一切感じない。

 ただ、絶対者としての圧倒的な威圧感と風格のみが放たれている。

 

 その光景に少女が疑問の声を出すより早く。

 竜の形をした怪物と、人の形をした怪物の決戦が始まった。

 

 自身の尻尾が斬り裂かれることにも厭わず、ワイバーンレックスは強引に女――フランシスカの拘束から逃れる。

 そしてそのまま巨体を反転させると、翼膜と一体化した強靭な前脚を使って叩きつけを繰り出した。

 大地すら砕くその一撃を、しかしフランシスカは余裕を持って回避する。

 

「返礼だ、モンスター。遠慮なく受け取ると良い」

 

 軽口を1つ。

 まるで隣人に挨拶するような気軽さで呟くと、フランシスカは躊躇なく竜の懐へ飛び込んだ。

 そして白金の太刀を振るうと、銃弾すら弾くワイバーンレックスの鱗を簡単に斬り裂く。

 ワイバーンレックスの腹から鮮血が溢れ、巨体が激痛で怯む。

 その隙が致命的だった。

 

「るるあああああッ!」

 

 獣のような雄叫びと共に、フランシスカの長い足が竜のアギトを真下から蹴り上げる。それだけで竜の巨体が後ろへのけ反り、さらに隙を晒した竜に次々と斬撃が叩き込まれた。

 前脚、尻尾、背中、後ろ足!

 神速の斬撃が次々と竜の体を削り取り、ワイバーンレックスの全身が一瞬で真っ赤に染まっていく。

 しかし、ワイバーンレックスも無抵抗では終わらない。

 

「――ッ、アアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」

 

 音が、爆発した。

 ティガレックス希少種すら凌駕するその咆哮は衝撃波を伴い、付近の建築物をまとめて破壊していく。

 そしてフランシスカと近くにいた少女にもその猛威が迫るが、狩人は余裕を崩さなかった。

 むしろ笑みすら浮かべて、太刀を鞘へ戻す。

 そして鞘に納めた太刀の柄を握り直すと、フランシスカは左半身を後ろに引いて右足を強く前へ踏み出した。

 

「あまり吠えるなよ、トカゲ」

 

 ――斬。

 

 鞘から太刀を抜く過程で刀身を加速させ、神速の一撃を放つ抜刀術。

 剣の極地へ踏み込んだフランシスカの抜刀術は、目には見えない衝撃波すらも両断してみせた。

 周囲一帯を破壊し尽くすはずだった咆哮はフランシスカの目前で霧散し、狩人の背後だけは影響を受けずに済んだ。

 

 切り札が通じなかったワイバーンレックスはすぐに撤退を開始するが、狩人はそれを許さない。

 極上の獲物を見逃す狩人などいない!

 

 右足で踏み込み、フランシスカの姿が消える。

 刹那、狩人はワイバーンレックスの前に回り込んでいた。

 そして、斬撃。

 驚愕に目を見開いたワイバーンレックスの首が大地へ落ちる。

 

「存外楽しめたが……次のモンスターは、もう少し手応えがあると良いな」

 

 見上げるほどに巨大な竜を圧倒しても呼吸すら乱さない超越者は、次の獲物を求めて彷徨い歩く。

 

 

 

 

 

 

 そして、人類の反撃が始まった。






※人類の反撃が始まる✖︎
 フランシスカの虐殺が始まる◯




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第11話 擬人化

擬人化タグ:発動。


 ――体内で循環する龍脈を一点に収束させて、大部分の力を封印することで龍としてのスケールを落としていく。

 少しずつ目線が変わり、私の体もまた変化を始めた。

 そして純白の龍だった私の体は、腰まで白い髪を伸ばした少女の姿へと変化する。

 

「やった、成功ーっ! 見てよ2人とも、私ってば完全に人間の姿になった!」

 

 弟達に見せつけるようにくるりと回転すると、私の素材から作られたらしい白のドレスワンピースがふわりと舞う。

 やばい、めっちゃテンション上がるわ。

 毎日ひたすら練習を続けた甲斐があったよ……。

 ちゃんと数えてないから正確な日数は分からないけど、私が擬人化を習得した今日までに数年は経過したんじゃないかな。

 あー、諦めなくて良かったよ。

 努力は報われるなんて言葉はただの綺麗事だと思ってたけど、本当に報われることもあるんだね。

 やっぱり祖龍に擬人化能力なんてないのかもって、1年が経過した辺りから凄い不安だったからさ。

 

 だけど大喜びする私とは反対に、バルカンはあまり嬉しそうな顔をしてくれない。

 むしろちょっと嫌な顔してる。

 まぁ、ドラゴンだからあまり顔に感情は現れないんだけどね。表情筋はないし。

 けれども私は産まれてからずっと一緒にいたお姉ちゃんだから。僅かな表情の変化からでも、弟の感情を読み取るくらい簡単なのです。

 

 ともあれ、湖畔で暮らしていた時にがっつり人間に襲撃されたことがあるし。

 バルカンが人間嫌いなのも仕方ないと思う。

 元人間の私としては、人間の中にも私達に友好的な人もきっといると信じて欲しいところだよ。

 生存競争や弱肉強食な理由で争うのはどうしようもないけど、憎悪で人と龍が争うのは嫌だよね。

 

 人と龍の関係についてはこれから考えるとして。

 

「バルカン、私の姿ってどんな感じ? 容姿とか目の色とか」

 

『姉上はどのようなお姿でも美しいので、容姿については気になさる必要はないかと。むしろこの世界の全ての存在は、姉上のお姿を美の基準点と考えるべきでしょうから。それと目の色は赤ですね』

 

 私なんかを美の基準点にしたら大惨事になっちゃうわ。

 いつものバルカンのお世辞は受け流すとして……へぇ、私の目の色って赤なんだ。

 祖龍の時も赤色だったから、体色も龍の姿が基準になるのかな。

 肌も髪も服までも白一色だし。

 ……でも9割が真っ白な中で、目の色だけ赤ってかなり不気味じゃない?

 街に潜入するために擬人化を習得したのに、人間の姿が不気味で警戒されたら意味ないし。

 ……大丈夫だと思っておこう。

 

『ルー姉。朝。から。うる。さい。眠い。』

 

 そんな感じで初めての擬人化ではしゃいでいると、すぐ後ろからボレアスが不機嫌そうな声を出した。

 そう言いながらも私から離れないところが可愛いよね。生意気な弟が愛おしいわ。

 ニマニマしながら背伸びして寝そべっているボレアスの鼻先を撫でてあげると、露骨に嫌そうな顔をするけど逃げようとはしない。

 やばいね。

 湖畔でボレアスが砲撃されてから、私のブラコンが悪化してる気がする。

 

『ボレアス、ちゃんと喋ろうと思わんのか。姉上に対してその様な言葉遣い、不敬であるぞ』

 

『バル兄。うざい。人の。言葉。とか。怠い。』

 

 そう、そうなのです。

 2年間みっちりと言葉を教えたから、2人ともちゃんと喋れるようになったんだよー。

 でもボレアスはバルカン以上に人間が嫌いだから、人の言葉で話す時は最低限のことしか言おうとしない。私の授業もやる気なさそうに受けてたけど、人の言葉を習得するのは早かった。

 俗に言う天才タイプらしいね、ボレアスは。

 クラスに1人はいるよねー。全く勉強してる様子はないのに、何故かテストで高得点を取る人って。

 ボレアスもそれに近いタイプっぽい。

 

 反対にバルカンは凄い真面目。

 嫌いな人間の言葉でもしっかり私の授業に取り組んでくれて、凄く流暢に会話ができるようになった。

 ボレアスと正反対な秀才タイプだね。

 バルカンの一人称が「我」なのはどうかと思うけど。

 どちらかと言うと「僕」ってイメージじゃない? 甘えん坊だし、昔はいつも弟のボレアスに喧嘩で負けてたし。

 最近は気が強くなって、ボレアスが相手でも食い下がれるようになったけどね。

 あと姉上じゃなくてお姉ちゃんって呼んで欲しかったんだけど、恥ずかしいから姉上で許して欲しいと懇願されて諦めた。

 残念。

 

 ともあれ、この山に引越した時の大きな目標2つは達成できたことになる。

 数年くらい人前には姿を現していないし、そろそろ『軍隊襲撃』の騒ぎも終息したでしょ。

 よし!

 そろそろ次の目標である、人間の街の中への侵入を決行しよう。

 

 え?

 ボレアスとバルカンの擬人化?

 

 ……とっくに出来てるよ。

 実は私よりも数ヶ月くらい早く、ボレアスとバルカンは擬人化を習得した。それはもう、あっさりと。

 ち、ちゃうねん。

 私は常にこの山全体を雷雲で覆っているから、必然的に2つのことを同時に行うことになっちゃったのよ。

 もしも擬人化だけに集中してたら、きっと私が1番早くに擬人化していたのだよ! きっと! 多分!

 そうだと良いな……。

 

 私が最も恐れているのはボレアスとバルカンの下克上だ。

 弱肉強食がルールの自然界で、自分より弱い相手に従う龍なんて存在する訳がない。

 ボレアスもバルカンもプライドが高いし。

 大蛇の一件でも分かるように、格下の相手に舐められた時の2人のキレ方は本当に凄いからね。

 私は絶対に「尊敬されるお姉ちゃん」でいるべきなんだ。

 

 だから、今回の擬人化のように劣っているところを露呈するのは本当にマズい。

 バルカンは勝手に「流石は姉上! 我らとは比較にならないそのお力は、姉上の技量でも人間如きのレベルに落とすのは大変なのですね!」みたいに都合よく勘違いしてくれたから良かったけど。

 これからはもっと気を引き締める必要がある。

 

 久しぶりの人間の手で軽く頬を叩いて気合を入れ直し、私は擬人化を解除して元の姿に。

 こっちが元の姿だと感じるんだから、やっぱり私はモンスターなんだよね。今さら祖龍としての生を全うすることに何の抵抗も無いから、別に何の問題もないけどさ。

 

『姉上。擬人化はもうよろしいのですか?』

 

 人間の姿でも身体能力はかなり高いけど、本来のスペックと比べるとかなり劣るからね。

 力を封印して無理やり人の姿になってるから、身体能力や紅雷を扱う出力が下がるのは当たり前だよね。

 それに当然だけど、翼も無くなるから飛行能力も失われてしまう。

 

 古龍種にはスタミナの概念が無いから、人の姿でも強引にこの山は走破できる。

 だけど流石に時間がかかるし、そんな事しなくても龍化して飛ぶ方が手取り早くて楽だからねー。

 

 なので、人里への移動は龍形態で行います。

 まずは山の周囲に展開していた雷雲を解除し、翼を広げて一瞬で晴天となった空へと上昇した。

 もう私が何も言わなくても、ボレアスとバルカンは自然について来てくれる。

 

 さてと。

 簡単に人里に行くって言ったけど、私ってばこの世界の地理なんてさっぱり知らないんだよねー。

 もちろんゲームに登場するマップは全て暗記してるけど、ここは太古のモンハン世界だし。

 ゲームの知識は今のところあんまり役に立ってない。

 反対に世界観の設定みたいな知識はめっちゃ役に立ってるけどね。ゲームの攻略本だけじゃなくて、設定資料集も読んでて良かった。

 

 ともかく、祖龍の飛行速度にモノを言わせて人里を探し回るしかない訳だ。

 目視出来なくても私には電撃能力の応用で生み出したレーダーがあるから、接近すれば人間の生体反応は感知できるしね。

 私達の飛行速度はジェット機より速いらしいから、力技で街を見つけるのはそこまで大変じゃなさそう。

 

 そんな事をダラダラと考えながら飛んでいると、レーダーが人間の反応をキャッチした。

 やった、かなり近い!

 軽く翼を動かして、左方向へと進路を変更。

 発見される危険を考慮して高度を上げ、慎重に人間の街に接近する。

 

 ラッキーなことに、私が見つけた街の周囲には森があった。

 龍の姿で接近するのは論外だけど、あの森に着地してから擬人化すれば中に入れそう。

 念には念を入れて、森の奥地に着地する。

 本当はもっと街に近い場所に降りたかったけど、龍の姿がバレたら身を隠した意味がなくなるからね。

 活動方針はいのちをだいじに。

 ……いや、隠密行動を大事にかも。

 さっき成功した感覚を思い出しながら、私は体内の龍脈を収束させて擬人化する。

 

「よし、成功っと。ボレアスとバルカンも早く」

 

『人。の。姿。嫌い。なの。に。』

 

『文句を言うな、姉上のご命令だぞ。たとえ忌々しい人間の姿でも、甘んじて受け入れるべきだ』

 

 うーん、どうしたら弟達の人間嫌いは治るのかなー。

 今日中に人間の友達を作ることって言ったらワンチャンあるかな?

 ……ダメだ、失敗する予感しかしない。

 ボレアスは間違いなく人間と馴れ合わないよね。

 バルカンは、私の指示なら内心は嫌でも従ってくれると思うけど、近くにいる人をボコボコにして無理やり「私はバルカンの友達です」って言わせそう。

 よし、この作戦はナシで!

 

 私はアレコレと人と龍仲良し大作戦を考案しているうちに、弟達の擬人化が終わった。

 まずボレアスは私よりも頭一つ背の低い少年の姿に。

 髪の色はボレアスのメインカラーである漆黒で、前髪が長くて黄金色の瞳が隠れている。

 そしてバルカンは身長180を超える赤髪の青年の姿に。

 何故かメガネをかけていて、その奥にはルビーのような鮮やかな赤色の瞳が光を放っている。

 ずっと思ってたけど、そのメガネ必要ある?

 私達の視力って天体望遠鏡クラスだから、メガネとか絶対に必要ないと思うんだけど。

 

 まぁ、メガネは良い。

 だけど納得いかないのは、弟であるバルカンの方が私より身長が高いってことだ!

 私がお姉ちゃんなのに!

 年上なのに!

 どうしてバルカンの方が私より20センチも身長が高いのよ!

 うぅ、お姉ちゃんとしての威厳がまた落ちる……。

 

「あ、姉上? どうしてそのような恨めしい目で我を見るのですか?」

 

「むむむ……、私も何とかして背を伸ばせないかな。海外のスーパーモデルさんみたいに」

 

 と、その時だ。

 

「ルー姉。」

 

「――ッ!」

 

 ボレアスが端的に私の名前を呼ぶのと、茂みの奥からソレが現れるのは全くの同時だった。

 祖龍の本能が警鐘を鳴らす。

 つまり、ソレは私達ミラ種に傷を与えられるほどの存在だということ。

 

「――ッオオオオオオオオオオ!!」

 

 爆音があった。

 凄まじい咆哮は衝撃波を伴って拡散し、周囲の木々をへし折りながら私達に向かってくる。

 だけど、擬人化しても祖龍は祖龍。

 このくらいのバインドボイスなら、私達には届かない。

 

「よいっしょっ!」

 

 掛け声と共に、壁のように迫ってくる衝撃波を殴りつけた。

 直後、爆散。

 私の殴打の威力に負けた衝撃波は木っ端微塵に吹き飛んで、静かに虚空へと消えていく。

 

「姉上、コイツは……!」

 

「少し。俺達。と。同じ。匂い。」

 

 奇襲を仕掛けて来たその敵を睨んで、弟達が怪訝な表情を浮かべる。

 そして私もまた、目の前の敵対者を凝視していた。

 

 翼幕と一体化した、巨大な鉤爪が備わっている大きな前脚。大木すらも簡単に噛み砕けそうな強靭なアギトに、ズラリと並んだ鋭い牙。頭部から伸びた2本の角。

 私はソレをゲームの中で見たことは1度もない。

 けれど、私はソレを知っている。

 

 ――ワイバーンレックス。

 

 リオ種、フルフル、ナルガクルガ、ディアブロスなどの祖先にして、MH2のパッケージモンスターである轟竜ティガレックスとは特に近い系統を持つ『絶滅種』。

 太古のモンハン世界を支配する頂点捕食者の一角が、私達に牙を剥いた。



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第12話 ワイバーンレックスVS禁忌

 強靭な前脚と一体化した小さな翼と、大地を深々と抉る発達した鉤爪。全身を覆う灰色の鱗。頭部に後方へ伸びた2本の角と、周囲の木々が小さく見えるほどの巨体。

 前世で設定資料集を読んでいる時にイラストを見たことがある、古代世界の支配者。

 『絶滅種』。

 ソレが今、私の目の前に姿を現す。

 

「ワイバーンレックス!? マジで!?」

 

「――ッオオオオオオオオオオ!」

 

 私が驚愕の声を上げるのと、ワイバーンレックスが牙を剥いて襲い掛かってくるのは同時だった。

 ワイバーンレックスの強靭な前脚が振り上げられ、私は咄嗟に両腕をクロスさせて防御の姿勢に。

 直後、衝撃。

 交差させた腕の上から前脚が叩きつけられ、擬人化してて戦闘能力がダウンしている私は攻撃の威力に負けてぶっ飛んだ。

 

「姉上!?」

 

「ルー姉!」

 

 私を呼ぶ弟達の声が一瞬で遠くなり、かなりの速さで周囲の光景が前へ流れていく。

 思ったよりも痛い!

 うぅ、両腕がちょっとジンジンする……。

 単純に身体能力がダウンしているのもあるけど、今まで私を守ってくれていた鱗が無くなったのが大きいね。

 擬人化状態の柔肌じゃ、流石の祖龍でもモンスターの攻撃を完全に防ぐことは出来ないか。弱いモンスターが相手ならそれでもノーダメージだろうけど、ワイバーンレックスって普通に強敵だし。

 

「街に入りたかったのに、絶滅種に襲撃されるなんてツイてないなぁ」

 

 だけど見逃してくれる気は無さそうだし、自衛のためにも戦うしかないか。

 両手のひらから後ろに雷撃を放って勢いを殺し、近くにあった木の幹を足場にして跳躍。

 吹き飛ばされた時を超える速度で、一気にワイバーンレックスの元まで帰還する。

 

「姉上、ご無事ですか!? もちろん姉上があの程度で傷を負う訳がないとは理解していますが、今の姉上は仮初のお姿なので……!」

 

「私じゃなくて敵を見て!」

 

「心得ております、姉上」

 

 思い切り背中を向けて私の元へ駆け寄るバルカンを狙って、ワイバーンレックスが再び前脚を振り上げた。

 私が慌てて警告を飛ばすけど、バルカンは相手に背中を向けたまま右腕を掲げる。そして、振り下ろされた巨大な鉤爪をバルカンは掲げた右手で受け止めた。

 轟音が鳴り響いて、バルカンが膝上まで地面に埋まる。

 

 うわぁ、めっちゃシュールな光景なんですけど。

 1メートルはある巨大な鉤爪を、メガネを掛けた細身の青年が膝上まで地面に埋まりながらも片手で受け止めてるとか。

 事情が分からない人が見たら、ツッコミどころが多すぎてフリーズしちゃうわ。

 ワイバーンレックスも何が起きたのか分からずに混乱してるし。

 

 私達が雑魚じゃないと理解したのかワイバーンレックスはバックジャンプして距離を取る。

 そのまま撤退してくれたら楽だったけど、やっぱり引き下がるつもりはないみたいだね。

 

「ルー姉。どう。する。殺す。?」

 

「やりたくはないけど、喧嘩を売られたら無視できないよね。このまま人間の街に行ったら、ワイバーンレックスを引き連れて行くことになっちゃうし。……戦うよ。ただし元の姿になると目立つから、擬人化したまま素早く終わらせる」

 

「了解。」

 

 私がゴーサインを出した瞬間、ボレアスから膨大な殺気が放たれた。

 前髪の奥で黄金の双眸を輝かせ、獰猛な笑みを浮かべてワイバーンレックスと向かい合う。

 その隣ではバルカンも好戦的な表情で拳を握っている。

 

 ……私がやるって言えば良かったかも。

 山頂に籠もってた数年間は全く戦闘とかなかったから、ボレアスとバルカンの性格を忘れてたよ。2人とも私の前では甘えん坊の弟だけど、獲物を前にすると生来の凶悪な性格が全開になるからなー。

 でも擬人化状態での戦闘経験を積む絶好のチャンスだし、絶滅種の力を確認する良い機会でもあるよね。

 ちょっと卑怯だけど、3対1でやらせてもらおう。

 

「念押しするけど、2人とも派手なことは禁止だからね」

 

「もちろんです姉上。格下を相手にする時は、最低限の力で制圧するという教えは忘れておりません」

 

 ……慢心しろって意味に捉えてなければ良いけど。

 

 私達が臨戦態勢に入ったことにワイバーンレックスを気づいたのか、姿勢を低くして威嚇するように唸り声を上げる。

 数秒間の睨み合い。

 最初に痺れを切らしたのは、この中で恐らく最も戦闘狂なボレアスだ。

 足元にクレーターが生まれるほどの力で踏み込み、ボレアスがワイバーンレックスに真っ正面から突っ込む。

 

「死ね。」

 

 どうかと思うくらい端的な殺害予告と共に、ボレアスが敵の頭部を狙って蹴りを放った。

 速度は十分。

 威力も大木を簡単にへし折るくらい。

 今まで相手にしてきた大蛇や恐竜モドキなら、被弾すれば間違いなく大ダメージを受けるでしょう。

 だけどモンスターには……ワイバーンレックスには、この程度の攻撃は通用しない。

 

「ッアアアアアアア!」

 

 ボレアスの蹴りを頭に受けながら、ワイバーンレックスは怯むことなく反撃に出た。

 ゲームに登場する轟竜ティガレックスも使用する、その場で一回転して前脚と尻尾で全方位を薙ぎ払う技。

 しなる尻尾がカウンターを放ち、ボレアスはそれを後ろに跳んだギリギリで回避する。

 

「力。出ない。?」

 

「馬鹿者、手加減のし過ぎだ! 我らは仮初の姿なのだ、その状態でいつも通りの感覚で手加減すればそうなるわ!」

 

「この。姿。めんど。」

 

「それもあるけど、今回の敵は今までの相手とは比較にならないくらい強いからね!」

 

 慣れない人の姿にボレアスが頬を膨らませる。

 やっぱり生粋のモンスターであるボレアスとバルカンには、擬人化状態での戦闘は難しいのかも。

 私は元人間だからどっちの姿でもそれなりには動けるけどね。

 後は、2人とも「モンスターを知らない」っていうのが大きい。

 今まで私達が遭遇した敵の中で、一番強かったのは湖にいたあの大蛇だから。

 古龍種ほどじゃないとしても、飛竜種の先祖であるワイバーンレックスは『絶滅種』の中でもかなりの強敵だ。

 大木をへし折る程度の蹴りじゃ、まともなダメージは与えられない。

 

 ここは、お姉ちゃんである私がお手本を見せないとね。

 ――モンスターの、狩り方を。

 

「ボレアスとバルカンは一旦待機! 私が擬人化状態での戦い方っていうのを教えてあげるよ!」

 

 回転攻撃を終えたばかりのワイバーンレックスに、私は足元に落ちていた石ころを投げつける。

 私の腕力で投げられた石ころはメジャーリーガーも空振りする速度だけど、もちろんダメージには繋がらない。

 でも、私の狙いはダメージじゃないから問題ないよ。

 これはゲームで言うところの、タゲ取りだから。

 

「――ッ!!」

 

 私の予想通り、石ころをぶつけられたワイバーンレックスが私を睨む。

 うわ、改めて向かい合うと凄い迫力。

 普段からボレアスとバルカンを見てなかったら、普通にビビって動けなかったかもしれないレベル。

 擬人化して体が縮んでるせいでワイバーンレックスが余計に大きく見えるから、それが原因かもしれないけど。

 

 そんな事を考えている私に向かって、ワイバーンレックスが突進してきた。

 まるで地震のように大地を震わせ、最初の咆哮で倒壊した木々を踏み砕きながらワイバーンレックスが私に迫る。

 よし、女は度胸。

 行け、私!

 

 拳を握りしめて私もまたワイバーンレックスに向かって疾走する。

 私とワイバーンレックスの間にあった距離が刹那の間に潰れて、私の視界を巨大なアギトが埋め尽くす。

 このタイミング!

 ワイバーンレックスの下顎と地面の隙間に、スライディングの要領で滑り込む。

 いきなり目前にいた私が消えてワイバーンレックスは困惑し、私は狙い通りお腹の下に潜り込むことに成功した。

 

「さっきの叩きつけの、お返しだよ!」

 

 右足に雷撃を纏わせて、思い切り頭上にあるワイバーンレックスのお腹を蹴り上げた。

 竜の巨体が私の蹴りで浮かび、雷撃が追加のダメージを与える。

 

「ッアアアアアアアア!?」

 

 まさか自分よりも小さい相手が、こんなに強烈な一撃を放つなんて思わないよね。

 だけど、見た目に惑わされずに相手の実力を見抜くのは自然界で生きていくには大切な能力だからさ。

 さっきのボレアスの攻撃が良いフェイントになった。

 アレがこっちの攻撃力だと勘違いしてくれてたのかもね。

 

 しかし、このくらいじゃワイバーンレックスは倒れてくれない。

 当然だね。

 ティガレックス希少種よりも大きな図体してるんだから、スタミナも体力も膨大でしょう。

 ボレアスのように手加減してなかったとは言え、私だって弱体化してる。擬人化状態の蹴り一発で、ワイバーンレックスを倒すのは無理でしょう。

 

 攻撃を受けて激怒したワイバーンレックスの猛攻が始まる。

 叩きつけ右、左、回転攻撃、突進、ドリフトしてから2度目の突進。

 まるで暴走機関車だね。

 私が倒れるまで永遠に攻撃を繰り返してやると言わんばかりの、怒涛の連続攻撃だ。

 嵐のような破壊を小さくなった体を活かしてくぐり抜けながら、私はひたすらワイバーンレックスの行動パターンを暗記する。

 

「なるほど、体が小さいと回避がしやすいというメリットがあるのか」

 

「けど。当たる。と。痛い。」

 

 流石は最強格のモンスター。

 私の戦いを少し見ただけで、バルカンは擬人化のメリットを。ボレアスはデメリットを正確に理解した。

 やっぱり戦闘のセンスは一流だね。

 

 さて、私も行動パターンの解析に集中しよう。

 叩きつけは単発から最大で3連続。

 突進攻撃は1回で終わることが多くて、その後は高確率で回転攻撃を行う。突進の後の回転攻撃は方向転換も兼ね備えていて、連続突進の場合はこの回転攻撃でターゲットの方向を向く。

 稀に突進の後に回転攻撃じゃなくて噛み付きに派生することあり。このパターンの場合は、噛み付きの後に叩きつけが来る。

 

 これがゲームでの私のやり方。

 初見が相手の時は無理せずにタイムアップすら視野に入れて、敵の全攻撃を覚える。

 そして行動パターンを見切ってから、後は隙を突いて一方的にボコる。

 

「オオオオオオオオッ!」

 

 ……っ!

 ワイバーンレックスが新しい動きを見せる。

 チッ、まだ攻撃モーションを隠してるのか。

 

「――ッオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」

 

 爆音。

 最初の奇襲の時とは比較にならないほどの咆哮が放たれ、本能が小さいけど警鐘を鳴らすほどの衝撃波が迫ってくる。

 私は両手から電撃を放出して相殺し、ボレアスとバルカンは足元にクレーターを作って、それに入ることで回避した。

 うむ、優秀な弟達だね。

 観戦してる時にいきなり攻撃が来ても、すぐに対応できてる。

 才能だけで見たら私より上かもしれん。

 

 と、優秀な弟達の評価はともかく。

 まだ現実世界のティガレックスを見たことが無いから断言は出来ないけど、希少種や二つ名よりもワイバーンレックスの方が強いと思う。

 サイズは希少種よりも大きいし、何よりスタミナ切れしない。

 もしかして古龍種かと思うくらい、連続攻撃が途切れないんだよ。

 ゲームにこんなの出てきたらクソモンスター確定だわ。まともにやり合うのは論外だし、確実に閃光玉でハメするね。

 

 ……ん?

 閃光玉?

 光?

 

 ……いけるかも。

 龍脈を操作。

 応用すれば磁力だって発生させられたし、もしかしたら閃光玉を能力で再現出来るかも。

 手の中で真紅のスパークを生み出し、威力はゼロにして規模だけ大きくする。

 直後、強烈な光が私の手の中から放たれた。

 

「……!」

 

「ぬぅ!」

 

 それは近くにいたボレアスとバルカンが怯むくらいの光量で。

 本来なら閃光玉が効かないボレアス達にすら効果が現れるソレを至近距離で浴びたワイバーンレックスは、私を見失って全く違う方法に攻撃を始める。

 どうやら視力が麻痺したらしい。

 

「一気に畳み掛ける!」

 

 電撃を纏って全身の筋肉を刺激し、無理やり身体能力を上昇。

 これやると反動で筋肉痛になるからあんまり使いたくないんだけど、あまり長期戦をする訳にもいかないからね。

 プチ帯電状態になり、私に背中を向けているワイバーンレックスの尻尾を掴んで放り投げる。

 

「今だよ、2人とも!」

 

 私が合図を出すと、いつでも戦えるように準備していたボレアスとバルカンが龍脈を解放。

 擬人化して規模は落ちてるけど、それでも追撃ダメージとしては申し分ない威力の火球ブレスがワイバーンレックスに叩き込まれた。

 

「やはり姉上ほど上手く力を制御できんか……!」

 

「力。の。加減。むずい。」

 

 いやいや、十分だよ。

 突然の私の合図にすぐ反応して援護するとか、普通に凄いことだからね?

 やたらと自分に厳しい弟達に苦笑しつつ、私はワイバーンレックスに止めを刺すために龍脈を収束させる。

 MH4Gで追加で猛威を振るった、ミラルーツの切り札の1つ。

 

 全体落雷。

 自分は空高く飛んで天上に避難して、そこから一方的にフィールド全体へランダムの落雷と、3発の追尾式落雷を放つ最大規模の一撃。

 

 弟達に派手なことするなと言った通り、本当にこの技を使うのは論外。

 めっちゃ目立つし。

 そもそも今は擬人化してて力が制限されてるから、本気の全体落雷は使えない。

 だから私は落雷を1発に限定する代わりに、ホーミング機能を追加して必中かつ高威力にしたオリジナル技。

 

「……天雷!」

 

 特に技名は考えてなかったらその場のノリで命名して、私は収束していた龍脈を解き放つ。

 私の手から莫大な電力が解放され、一条の落雷となってワイバーンレックスに突き刺さった。

 その一撃は大きなクレーターを作り、ボレアスとバルカンの攻撃で消耗していたワイバーンレックスを骨も残さずに消滅させる。

 本当は死体を残して食べた方が良いんだけど、これから街に侵入しないといけないからね。

 火葬の意味を込めて、私は吹き飛ばすことを選択した。

 

「お見事です、姉上。人の姿となって力を制限されてもこの威力、感服いたしました」

 

「俺。トドメ。さした。かった。のに。」

 

 バルカンが私をべた褒めしてくれて、ボレアスは少し不満そうに頬を膨らませる。

 ショタコンのお姉ちゃんなら1発なくらい可愛いけど、私はブラコンなので関係ない。既にボレアスにはメロメロだし。

 なんやかんやで私のスカートの裾を握ってるあたり、ボレアスは可愛い。

 

「はい、ぎゅーっ 」

 

「や。やめ。やめろ。」

 

 そんな可愛い弟を抱きしめると、ボレアスが顔を真っ赤にしてバタバタと暴れる。

 

「......ボレアス、不敬だぞ。すぐに離れろ、今すぐ離れろ、速やかに離れろ」

 

「嫉妬しないの。バルカンもよく出来ました」

 

「いえ、その、姉上 自分はそういった意味で言ったのでは...... 」

 

 私からボレアスを引き離そうとするバルカンの苦笑しつつ、私は背伸びしてバルカンの頭を撫でてあげる。

 うーん、やっぱりこの身長差はやだなぁ。

 私がお姉ちゃんなのに、年上のお兄ちゃんを慰めてる妹みたいに見える気がするし。

 さて、何はともあれこれで邪魔者はいなくなった。

 いざ人間の街へ!



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第13話 禁忌とキラーズ

 結論から言うと、私はモンハン世界の古代文明をちょっと舐めてた。

 ナンバリングに登場する「古塔」とか、フロンティアの「天廊」を基準に想像してたから、所詮は中世ヨーロッパの文明よりちょっと凄いくらいかなーって。

 そう思ってた訳ですよ。

 

「いや、ホント、何これすっご……」

 

 まずは街全体を囲っているらしい、高さ20メートルはある巨大な塀。材質は恐らく石で、例えるなら進◯の巨人の『壁』を少し小さくした感じ。

 その塀の上にはズラリと大砲とかバリスタが備わっているのは、普通にモンハンらしい。だけどそれらと一緒に、当たり前のようにガトリングガンなどの近代兵器が並んでいる。

 戦車が存在してる時点で予想してたけど、完全に現代の地球に匹敵するレベルだよね……。

 どこまでモンスター……特に古龍種に通用するかは分からないけどさ。

 

 そして塀の後ろには、高層ビルも顔負けなデカい建物がズラリ。

 うん、完全に大都会やね。

 日本にあるどっかの地方都市ですって言われてこの街の写真見せられたら、普通に納得しそうだわ。でもコンクリートはないらしいから、全部石造りなのが凄い違和感ある。

 地震とか来たらあの巨大な石のビルは全部倒壊しちゃうんだろうなぁ。

 耐震工事とかやって無さそうだし。

 あーでも、日本ほど頻繁に地震なんて起きないか。地球でも日本はかなり地震が多い国だしね。

 超大型モンスターが近くを歩いたら、それだけで地震が発生するけど。その辺りの対策はしてないのかな?

 

 で、だ。

 私は茂みの中に隠れて塀の外から街を観察してるんだけど、そろそろ中に入って街並みを見たい。

 その為には門の前にいる2人の兵隊さんを何とかしないと。

 

「うーん、普通に入れるのかな? 通行証みたいなのが必要ならアウトだよね」

 

「姉上、先ほどからどうして奴らの巣に入らないので? あの見張りが邪魔であるなら、我が殺してきますが」

 

「俺。も。殺す。」

 

「殺しちゃダメ。あの人達に気づかれないように入ろうとしてるから」

 

「であれば、普通に跳躍して塀を越えては?」

 

「あの高さの塀から人が飛び降りてきたらパニックだよ。飛び降り自殺かと思われるし。人間は20メートルの高さから落ちたら普通に死ぬんだよ」

 

「なんと脆弱な。所詮は下等生物ですな」

 

 そう言ってバルカンが小馬鹿にしたように鼻で笑うけど、生き物としては確実に古龍種の方がぶっ飛んでるからね。

 それに、天空山の高所から飛び降りても平気なハンターいうバケモノも存在するから。

 あれ?

 ハンター基準で考えたら、20メートルの高さから落下しても無傷なんて普通だったりする?

 ……この世界の人間ってちょっとおかしいわ。

 

 うーん、古代人の身体能力の基準が分からない。

 文明はかなり発達してるから、平均的な身体能力はそこまで高くない可能性はある。むしろ文明が後退してる現代モンハン世界の方が、人間は屈強かもしれないよね。

 でも私が最初にいた森には「大蛇」とか「巨大狼」がいたし、絶滅種だっているし。自然だって負けてないから、地球の先進国の人達よりは平均的な身体能力は高いかも……って。

 ダメだ、すぐに思考が変な方向に逸れるのは私の悪いクセだよ。

 

 とにかく、少しでも穏便にあの門を潜り抜ける。

 その方法は……

 

「暗殺だね!」

 

「やはり殺すのですね! 行くぞボレアス、マンハントの時間だ!」

 

「殺す。」

 

「ストーップ! 今のはお姉ちゃんの言い方が悪かった! 殺さないから待ってぇ!」

 

 もの凄く嬉しそうな顔で飛び出そうとするボレアスとバルカンを慌てて制止して、ここで待ってるように指示して私1人で門に向かう。

 その時に弟達はオモチャを取り上げられた子供のような顔をしていたけど、流石に攻撃してきた訳でもない相手に殺人許可は出せないよね。

 ノリで暗殺とか言わなきゃ良かったよ。

 まぁ、今からやるのは殺さないけど似たようなコトだけど。

 

 よし、ゴー!

 一気に茂みから飛び出して、私は必死の表情で門に向かって走り出す。

 もちろん兵隊さん達はすぐに気付いて、手に持った武器を構えながら叫んだ。

 

「そこのお前、止まれ!」

 

「お願いします助けてください! 森の中で見たこともない怪物に襲われて、私……っ!」

 

 切羽詰まった声を出しながら、私は嘘泣きして右側の兵隊さんにすがりつく。

 気分はホラー映画のヒロインだ。

 もちろん、恐怖で震える演技も忘れない。

 

「なに!? またモンスターか!?」

 

「もう大丈夫だお嬢さん。ちょうどこの街には凄腕のキラーズが来ている! すぐにモンスターは討伐される!」

 

 ……キラーズ?

 ハンターとかじゃなくて?

 初めて聞くワードに反応しそうになるけど、すぐに不安そうな表情を作って演技を再開する。

 

「ほ、本当ですか……?」

 

「勿論だとも! それで、その怪物はどこに?」

 

「あなたの目の前に」

 

「は……ぁ!?」

 

 密着状態からゼロ距離で電撃を浴びた兵隊さんが崩れ落ちる。

 意識消失(スタンガン)

 接触した状態で弱い電流を流すことで、短時間だけ相手を気絶させられる技だよ。

 みねうちでござる。

 

「な――」

 

「ごめんね」

 

 相方が急に気絶して硬直するもう1人にも素早く接近して、軽く首筋に触れて電流を流す。

 こっちもすぐに気絶して、その場に倒れ込んだ。

 

 よーし、我ながら完璧。

 今の出来栄えならB級のスパイ映画にも出られるな!

 

 そんなバカなことを考えながら、私は兵隊さん達の持ち物を漁る。

 うわ、色々と持ってるね。

 これは……もしかしてトランシーバー? 電源を入れてみないと分からないけど、見た目は完全に通信機じゃん。

 こんな物まであるんだ。

 他には兵士である証明書とか、大型ナイフ、これは笛? 警報用かな?

 

 そうだ、もしかしてもう1人も通信機(仮)を持ってるかも。

 うーんと……あ、あった。

 思ったよりも優しかった兵隊さん達には悪いけど、性能調査のサンプルとして通信機は盗ませて貰います。

 紛失して弁償とかなったらごめんよ。

 

「ボレアス、バルカン、もう出てきても良いよー」

 

 持ち物検査も終わったので、私は茂みの中で待機していた弟達に合図を出して呼び寄せた。

 すぐに駆け寄ってきたボレアスにトランシーバーを手渡す。

 

「何。これ。」

 

「戦利品。後でそれ使うから、大切に持っといて。後バルカンはメガネ貸して」

 

「もちろん構いませんが……」

 

 不思議そうにしながらもバルカンはメガネを渡してくれ……は?

 

「バルカン、メガネ外したら更にイケメンとか漫画の世界じゃないんだからさぁ」

 

「は、え?」

 

「ないわー。メガネを付けたら理知的なクールイケメンで、外したら爽やか系イケメンとか。少女漫画かよー」

 

 この子絶対にモテるわ。

 街を歩いてたらバルカンだけ逆ナンパされそうなんですけど。

 人間の女の子に集られて嫌そうな顔をするバルカンが目に浮かぶわー。

 

 美形な弟に八つ当たりしながら、バルカンのメガネをかけて髪型をポニーテールに変える。

 兵隊さん達はすぐに目を覚さないだろうし、起きても記憶が混濁してるから問題ないとは思うけど、万が一の為の簡単な変装だね。

 それでもヤバそうならバルカンの赤ローブで顔も隠そう。

 

「よし、2人とも行くよー」

 

「仰せの通りに」

 

「ん。」

 

 ようやく本来の目的通り、私達は門を潜って塀の内側へ!

 意気揚々と街の中に侵入して、細い一本道を通り抜けて大通りに抜けたその瞬間に。

 綺麗に舗装された石畳の上を、もの凄い量の排気ガスをばら撒いて車が横切った。

 大量の排気ガスに私は思わず咳き込んでしまう。

 

「……いや、車とかないわー」

 

「何だ今のは! 姉上に汚らわしいガスを浴びせた挙句に、一礼もせずに御前を横断するとは! ひっ捕らえて喰い殺してくれる!」

 

「バルカン落ち着いて、大丈夫だから。それと今のは生き物じゃないから食べられないから。お腹壊すよ」

 

「……? あのような速さで動く植物などあり得ませんし、生き物の類では?」

 

 ああ、うん。

 そりゃあ今まで人里に接近しなかったし、戦車を見た時も説明しなかったもんね。機械とか分からないか。

 でもバルカンのせいで車にツッコミを入れるタイミングを見失っちゃったでしょうが。

 不機嫌な表情ながらも、興味深そうに再び目の前を横切る車を観察するバルカン。意外と人間が作った物には興味あるのかな?

 

 それはともかく。

 車だ。

 現代で使われている車とはビジュアルが大きく違うけど、間違いなく自動で動く四輪車だ。

 屋根がなくて全体的にゴツくて、無数の鉄パイプからガスを排出してるけどね。他に呼び方がないから、正式名称が分かるまでの仮称は車で問題ないでしょう。

 地球であんなの乗り回したら環境問題的に1発アウトなのは間違いない。

 

 道を走る車の数はかなり少ないけど、明らかに車道と歩道に分かれているから、それなりの台数はあるのでしょうね。

 まだあまり普及してなくて、お金持ちの人しか持ってないのかも。

 市民の服装は女性がワンピースで、男の人はマ◯オみたいなオーバーオールを着ている人が多い。

 やっぱり私達ってば浮いてるわー。

 あまり目立ちたくないんだけど。

 

「チッ、下等生物共め。先ほどからチラチラと我を見て煩わしい……!」

 

 やっぱりモテてるじゃないかこの野郎。

 普通の男の子は女の子が赤い顔して自分を見てたら喜ぶじゃん。ほらバンザイして喜びなさいよ。

 だけどお姉ちゃんが許可した女の子以外とのお付き合いはダメだからね。可愛い弟をどこぞの馬の骨に渡せるもんか。

 バルカンが欲しければ、私を倒してからにしてもらおう。

 いや、でも、バルカン視点だと完全に異種属か。

 猿にモテて喜ぶ人間がいないのと同じ感じなのかもしれない。

 

「ルー姉。ここ。臭い。うざい。」

 

 それは私もちょっと思ってた。

 道脇には普通にゴミが落ちてるし、車のせいで空気が悪い。

 衛生観念とかどうなってるんだろう。

 ……普通に道端に排泄物を捨ててた地球の中世文明よりはマシだから、この文明はこれでも凄い方だと思う。

 それでも鼻が良い私達からしたら辛いよね。

 嗅覚の出力を下げて我慢するしかない。

 

 それにしても、凄いな。

 近代都市と中世文明が中途半端に融合したら、こんな感じになるかもね。

 公共施設らしい建物もかなり見つかるし、娯楽も発展してる。さっき映画館みたいなのもあった。

 門番をしてた兵隊さんと同じ服装の人が巡回してるから、治安もかなり良いのかも。

 もちろん、兵隊さんが接近してきたら離れてる。

 

 ――結論。

 古代文明マジヤバい。

 未だに科学力の底が見えないわ。

 

「姉上、思案中に失礼いたします」

 

「ん? どうしたのバルカン」

 

「どうやら人間達が1つの方向に向かっているようで」

 

 バルカンが指差す方向に目を向けると、確かに多くの人が集まってる。

 ちょっと覗いてみようか。

 ボレアスとバルカンの手を引いて、私は無駄にヒラヒラする白いドレスに苦戦しながらも喧騒が聞こえてくる方向へ。

 

「やはり煩わしい。下等生物のオス共め、チラチラと姉上を見て……!」

 

「バル兄。殺す?」

 

「すぐにでも始末したいが、姉上の許可なく狩りをするのは許されん。今は耐え、向こうから手を出すのを待つのだ」

 

「2人とも何か言った? 喧騒が凄くて良く聞こえないんだけど」

 

「「何も」」

 

 ……?

 お姉ちゃんだけ仲間外れにされてないよね?

 もしそうなら泣くよ?

 

 龍の腕力でちょっと強引に人混みを掻き分けながら、何とか騒ぎの中心地に。

 どうやら、一番大きな車道を使ってパレードみたいなことをしてるらしい。

 交通規制でもしてるのか車モドキは全く走っていなくて、代わりに巨大な武器を背負った人達が堂々と道を歩いてる。

 彼らに共通しているのは、体のどこかに必ず「龍の上で剣と槍が交差しているシンボル」を身につけていること。

 いや、あの龍のマーク私達じゃない?

 完全にミラ種だよね?

 というか、あの人達って絶対にハンターじゃん。

 古代文明にハンターって存在してたの?

 

 ダメだ、情報量が多すぎて整理できない。

 とにかく明らかに私達モンスターと敵対していそうな、あのハンターモドキから調べよう。

 えーっと、近くに(私の肉体年齢と)同い年くらいの女の子を発見。

 あの子に聞いてみよう。

 

「ね、ちょっと良い?」

 

「あっ、はい、何でしょうか?」

 

 社長令嬢時代にひたすら鏡の前で練習した渾身の笑顔で、出来るだけ好意的に話しかける。

 向こうも人見知りじゃなかったみたいで、微笑を浮かべて応じてくれた。

 

「いきなりで悪いんだけど、あの武器を持った人達って何か教えてくれない?」

 

「え?」

 

 マズい、質問をミスったかも。

 凄く驚いたような顔で、その女の子は首を傾げた。

 

「あの、あの方々はキラーズですよ? 悪いモンスター達を退治する専門職って聞いたことありませんか? 最近ではかなり有名ですけど」

 

「そうなんだ。私ってあまり家から出ないから、全く知らなかったよ」

 

「あぁ……なるほど」

 

 ん?

 なるほどって何が?

 私を改めて見てから急に納得したような表情をされたら、それはそれで怖いんですけど。

 引きこもりニートとか思われたのかな。

 数年間ずっと山頂に隠れてたから、引きこもりってのはあながち間違いじゃないんだけどさ。

 

「実はこの街の近くにも、モンスターが現れるようになったんです。四輪車が襲われて交易が滞っているので、ノーリッジ伯爵様がキラーズに依頼を出したんですよ」

 

「へー。あ、まだ自己紹介してなかったね。私はアンセス。よろしく」

 

「はい! 私はアーデルハイトって言います。アデルって呼んでください! えーっと、そちらの方々はアンセスさんのお連れですか?」

 

「そうだよー。2人とも私の弟。背の高いこの子がバルカンで、こっちが末弟のボレアス」

 

「わ、可愛い!」

 

 バルカンに会釈した後、ボレアスを見たアデルはパッと笑顔を浮かべて軽く頭を撫でた。

 苦手な人間にいきなり頭を撫でられたボレアスが一気に不機嫌になるけど、アデルはそれに気づかずに撫で回し続ける。

 うわぁ……。

 恐らくこれから先も含めて、ボレアスの頭を笑顔で撫でた人間はアデルだけでしょうね。

 悲報! 伝説の黒龍、街の少女に愛でられる。

 ようやく解放されたボレアスはこれ以上は我慢できないと私の後ろに隠れるが、その行動は余計にアデルを興奮させるだけだった。

 耐え抜いたボレアスには後で何かご褒美をあげよう。

 

「あ! アンセスさん、あそこを見てください。キラーズ最強と言われている剣士、フランシスカ様ですよ!」

 

 私達の天敵となるキラーズの最強。

 そんなアデルの言葉に惹かれて、私は彼女が指差す方向へと視線を向けた。

 

 艶やかな黒髪を一房の三つ編みにし、薄手の生地で作られた露出の強い衣装を完璧に着こなす美女だ。

 スリットスカートを穿いて片足を露出しているのは、恐らく軸足の動きを衣服に阻害されない為でしょう。

 そして腰には、何故か私と似た力を纏う太刀を装備している。

 

 ――その瞬間。

 退屈そうに歩いていたフランシスカさんと、私の視線が交差する。

 

「「――――ッ!!」」

 

 祖龍の本能が今までで最大級の警鐘を鳴らした。

 他のキラーズと、明らかに格が違う。

 さっき空気が悪いという理由で嗅覚の出力を下げたのに、それでもはっきりと分かるほど濃密な死と血の臭いがする。

 ……強い。

 私が全力を出しても、勝率は五分五分くらいだ。

 本気を出しても勝てないと心の底から思ったのは、祖龍になってから初めてだった。

 

 そして、私を見たフランシスカさんの黒い瞳も大きく見開かれる。

 退屈そうだった黒い狩人は一瞬だけ微笑を浮かべると、私から視線を外して歩いていく。

 

 

 

 

 

 ――後に『竜大戦』の勝敗を分ける、祖龍とフランシスカ。

 彼女達の初めての邂逅は一瞬であったが、龍の最強と人の最強はお互いを確実に認識した。

 コイツは間違いなく自分を殺せる存在だ、と。



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第14話 キラーズの脅威

 一通りキラーズのパレードを見終わった私は、アデルに別れを告げて路地裏へ移動していた。

 メガネをバルカンに返して髪を解き、ボレアスから通信機(仮)を受け取ってため息をつく。

 いや、ないわー。

 何あれ?

 さっきのフランシスカって人、本当に人間なの? 実は擬人化した古龍種とかじゃなくて?

 全ての龍の頂点であるこの私が、本気で命の危険を感じるとかどれだけよ。確かに私は成体になってから数年しか経ってなくて、まだまだ未熟なところがある。

 それにしてもアレはない。

 

 もしも今すぐ戦ったとしたら、勝敗は五分五分だね。

 この予想もあくまでスペックだけを見ての判断だから、戦闘経験とかで負けてたら敗色濃厚。

 でも逃げに徹すれば戦いは回避できそうだし、こっちにはボレアスとバルカンっていう心強い味方がいる。

 3対1なら、流石にあの人にも勝てるでしょう。

 ……お姉ちゃん的な視点では、弟達をあんな危険な人の前に出すのはナシだけど。

 

 ともあれ、あの人を無視するのはマズい。

 確実に古龍種すら瞬殺出来るほどの力を持ってるから、フランシスカさん1人が暴れるだけでモンスターの個体数が激減する可能性もある。

 下手したら絶滅危惧種まで発生するかも。

 いや、今現在この世界に生きているモンスターは古龍種を除けば全部『絶滅種』なんだけど。

 よし!

 今からキラーズ達はこの街の近くで『狩猟』するみたいだし、かなり危険だけど見学させてもらおうかな。

 

「姉上。先ほどの人間は如何なさいますか? 下等生物を相手に屈辱的ですが、アレは我らの命を脅かす可能性があります」

 

「かなり。危険。殺す?」

 

「まだ手は出さないよ。向こうが殺しに来るなら別だけど、ご飯を手に入れる以外の目的で「狩り」はしないって決めてるからね」

 

 ぶっちゃけ私達は強い。

 古龍種の頂点である『禁忌』なんだから当たり前だけどね。

 他の生き物と比べて圧倒的に強いから、基本的にはルールにも縛られない。暴力って手段を用いれば、それだけで大抵のことは解決できるからさ。

 だからこそ無闇に力に頼るのはダメだし、この力に溺れて好き勝手やったらアウトでしょうよ。

 誰にも縛られずに自由だからこそ、自分で決めたルールは絶対。

 自分自身すら裏切ったら終わりだし。

 

 ……私の『妹』なら、自分の力なんだから好きに使えって言うんだろうけどね。

 でも、自分のさじ加減1つで世界を滅ぼせるって怖いよ。

 私が少し祖龍の力を制御に失敗するだけで、次の瞬間には何もかもが消えて無くなってるかもしれないのに。

 

 あー、また思考が逸れた。

 フランシスカさんを見てから、どうも調子が出ないな。

 何でだろうね。

 私ってば楽観主義の不真面目人間のくせに、いざって時には保身的な手段しか選べないんだからなー。

 

「うん、ウジウジするの終わり! ボレアスとバルカンは北側の門から街の外に出て、人気のないところで擬人化を解除した後は上空で待機ね」

 

「姉上は?」

 

「さっきの人が戦うみたいだから、少しだけ覗いてくる。万が一戦闘になったらすぐに離脱するから、援護はしなくて良いよ」

 

「仰せの通りに。行くぞボレアス! 姉上に我らの力を見せる時だ!」

 

「何。も。命令。され。て。ない。だろ。」

 

 やけに張り切ったバルカンがボレアスを強引に引っ張って行くのを見送ってから、私はキラーズ達が向かった南側の門へ向かった。

 

 

 

 

 

〜Now loading〜

 

 

 

 

 

 

 この街全体を囲む高い塀の上を疾走しながら、私は人と竜の戦場となった森を観察する。

 ……酷い。

 心のどこかで原作ゲームの「狩り」を想像していたけど、森で行われているのはただの虐殺だった。

 キラーズ達はまず森に火を放ち、炎でモンスターを炙り出す。そして姿を見せたモンスターを、5人1組のグループで討伐する。

 これが基本的な戦法らしいね。

 

 フランシスカさんの姿はまだ見えない。

 多くのキラーズは森には踏み込まず、焼き払って焦土にしてから前に進むことを徹底している。

 だけど塀の上を走り回って焦土になった場所を全て確認してもいなかったから、多分あの人は単独で森の奥に突っ込んだんじゃないかな。

 まぁ、うん。

 一目で祖龍が命の危険を感じるくらいの強さがあるなら、小細工する必要はないよね。

 あの人にとって仲間の協力なんて不要だし、むしろ邪魔になるでしょ。

 本当にフランシスカさんだけ世界観おかしくない?

 

 ぶっちゃけ関わりたくないけど、それは絶対に無理。

 キラーズの目的がその名の通りモンスターの殲滅なら、必ず彼らは私に辿り着く。

 ――竜大戦。

 もしかしたら、モンハン史上で最悪のソレはもう始まっているのかもしれない。

 

 唯一の救いは、今のところフランシスカさんほど人間をやめてるキラーズはいないことかな。

 普通に5メートルくらいジャンプしてたり、鉄塊のような大剣を振り回してる時点で地球人からしたらヤバいけど、この世界の人なら納得できる範囲だし。それくらい出来ないとモンスターを殺すとか無理だしね。

 それにキラーズが圧倒的に優勢って訳でもない。

 ワイバーンレックスみたいに強いモンスターも何体か見たけど、彼らは逆にキラーズを殺してたし。

 私の感覚もかなり麻痺してきたかも。

 人間がモンスターに喰い殺されるところなんて見たら、普通はトラウマになるでしょうに。

 不快感はあるけど、それよりも「自然の摂理」って思いの方が強い。

 

 ……うん。

 そろそろ森の中に入ろうかな。

 キラーズの平均的な実力は確認したし、そろそろ大本命の所に行かないとね。

 

 高さ20メートルの塀から躊躇なく飛び降りる。

 戦場になっている焦土は回避して、なるべく木の枝の上を走って進むようにしよう。

 着地と同時に跳躍し、数百メートルを一歩で進む。

 もう走るというより飛んでるような感じだけど、祖龍のスペックに毎回ツッコミを入れてたらキリがないし。

 

 森の中に入ると、そこら中にモンスターの死骸が転がっていた。

 討伐された後にそのまま放置された死体もあれば、素材を剥ぎ取られて無残な姿になってしまっているものもある。

 そして、親の死体の近くで粉々にされてしまった無数のタマゴも。

 ……手当たり次第って感じだね。

 キラーズ達は、本気でこの森に住むモンスターを皆殺しにするつもりなんだ。

 少しだけ心の奥が疼く。

 人を襲ったモンスターならともかく、ただ森の中で静かに生きている子まで殺さなくても良いのに。

 

 確かに彼らはキラーズだ。

 断じてハンターじゃない。

 ハンターがモンスターを狩るのはあくまで自然の調和を保つため。それに対してキラーズはモンスターを殺す、ただそれだけ。

 殺して、殺して、殺し尽くして、モンスターを絶滅させる。

 

 ……嫌だな。

 

 もちろん人間側の主張も分かる。

 私だって元人間なんだから、モンスターなんて危険な存在は消えて欲しいって気持ちは理解できるよ。

 だけど、何て言えば良いのかな。

 この世界が大好きなモンハンファンとしては、やっぱり人間とモンスターは共存して欲しい。

 何が正しいかは、私にも分からないけど。

 

「それにしても、何でこの広い森にいるモンスターの多くがこんなに浅い所に……?」

 

 思考を切り替えるためにわざと独り言を発する。

 モンスターの死体の数が、明らかに元から森の浅い所で暮らしていた数よりも多いよね。

 そもそも、狭いエリアに複数体のワイバーンレックスがいるのがおかしい。

 縄張り争いをする時を除けば、大型モンスターは基本的に近くにいないのが当たり前だ。

 捕食者側の最大の敵は同じ捕食者なんだから。

 ちょっとした怪我が命の危険になる可能性があるから、強いモンスターでも基本的に同格との戦いを避ける。

 だから縄張りが重なって、獲物の取り合いとかが発生しないようにするんだけど……。

 あ、イビルジョーみたいなのは例外ね。

 

 という私の疑問は、しばらく森の中を走っていると解決した。

 森の少し開けた場所に、小さな山ができるくらいの大量の生肉が設置されている。

 試しに少しだけ食べてみると、毒が盛られているのが分かった。

 これは……麻痺毒かな?

 こっちは普通にダメージが入るタイプの毒で、うわ、眠り薬まで仕込まれてるし。

 なるほどね。

 これでモンスターをおびき寄せて、しかも毒で弱らせてるんだ。

 

 確かに褒められた行為じゃないけど、殺し合いに卑怯も何もないからね。

 知恵は人間の最大の武器でもあるから、それについて否定するつもりはないよ。

 感情論的には、そう簡単に割り切れないけれど。

 転生前の私はそこまで自然保護に関心があった訳じゃないから、きっとこのモヤモヤした怒りはミラルーツのモノでしょうね。

 

 と、その時だ。

 

 ――ッッオオオオオオオオオオオオオオ!!

 

 周囲が揺れるほどの咆哮と共に、私の前方で火柱が上がる。

 一瞬だけ弟達かと思ったけど、流石に古龍種のブレスほどの威力はないね。というか、今のボレアスやバルカンがブレスを撃ったらこの森が丸ごと消えるし。

 だけど、かなり強いモンスターが戦っているらしい。

 ここ森の中でもかなり深い所だから、浅い所で戦う事を意識している普通のキラーズはいない。

 となると、答えは1つ。

 

 限界まで気配を消して、私は火柱の方向へ進んでいく。

 そして火柱まで残り後100メートルまで接近してから、茂みに隠れて様子を伺う。

 

 ――いた。

 

 白金に輝く太刀を片手に、次々と放たれる火球ブレスを舞うように回避する黒の狩人。フランシスカさん。

 それはまるで演舞のようで、戦力調査に来た私が見惚れるくらい美しかった。

 フランシスカさんと戦っているモンスターは初めて見たけど、私の知識はそのモンスターを知っている。

 茶褐色の甲殻に身を包み、頭部には長い角を有し、全身を鋭い棘で武装した四足歩行の竜。

 クシャルダオラに似た骨格で、前脚にはかなり発達した翼がある。

 シェルレウス。

 『絶滅種』であり、ワイバーンレックスに匹敵する捕食者だ。

 

 前脚の叩きつけから二連続の叩きつけ。

 そこから三連火球ブレスに派生して、さらに予備動作なしの突進。

 リオレウスとティガレックスを足して2で割ったような行動パターンと攻撃を、フランシスカさんは退屈そうな表情で避け続ける。

 私から見てもシェルレウスにはいくつか隙があるけど、何故かフランシスカさんは反撃しない。

 あの人ほどの実力者が隙を見逃すことなんて考えられないから、恐らくわざと見逃しているんでしょうね。

 ……え、何で?

 

 疑問で首を傾げる私の前で、フランシスカさんはひたすら回避を続ける。

 ダンスを踊るように、優雅に。

 着弾した火球ブレスは周囲一帯を焼き払い、100メートルは離れた場所にいる私にまで熱が届く。

 だけど至近距離で熱を浴びたはずのフランシスカさんは、何事もなかったかのように炎の海を踏破した。

 最小限の動作で、シェルレウスの攻撃を紙一重で回避する。

 

 そしてついに、一方的に攻撃していたシェルレウスの方がスタミナ切れで動きを止めてしまう。

 大きなアギトから涎を垂らして息を荒げるシェルレウスを見て、フランシスカさんはつまらなさそうに言い放った。

 

「……何だ、貴様もこの程度か」

 

 私の並外れた聴覚が遠距離から彼女の呟き声を聞いたのと、音もなく斬撃が走ったのは同時だった。

 シェルレウスの正面にいた筈のフランシスカさんの姿がブレたかと思うと、次の瞬間には竜の後ろに現れる。

 ……速すぎでしょう。

 私の、祖龍の動体視力でも残像を捉えるのが精一杯。

 擬人化してスペックがダウンしているとは言え、祖龍に転生してから敵を目で追い切れなかったのはこれが初めてだ。

 私の額から冷や汗が流れる。

 それが地面に落ちると同時に、シェルレウスが真っ二つになった。

 まさに一刀両断。

 中心で綺麗に左右に分かれたシェルレウスが、体の中身をぶち撒けながら倒れていく。

 

 あんまりな光景に呆然としていると、凄まじい殺気が私に向かって膨れ上がった。

 咄嗟に上体を後ろに倒すと、一瞬前まで私の首があった場所に斬撃が走る。

 少しだけ回避が遅れたせいで、私の前髪が数本ほど宙に舞う。

 

「この距離で!?」

 

「――ッ!」

 

 私みたいにレーダーを展開してるわけでもないのに、約100メートル以上も離れた場所で気配まで消してた私を見つけるとか。

 冗談にもならないんだけど!?

 初撃を外したフランシスカさんが鋭く息を吐き、大きく右足を踏み込んだ。だけど今度は私の方が速い。

 龍脈を解放すると同時に私の全身が紅雷に包まれて、限界を超えた速度でその場から移動する。

 刹那の間に今度は200メートルの距離を取って離れ、木陰に隠れて能力を解除。

 

 し、死んだかと思った……!

 念のために観戦してる時から龍脈を収束してて本当に良かった。

 斬撃の速度が頭おかしい。

 だって音が遅れてきたんだよ?

 あの人、平然と音速の壁を突破してるんですけど。

 

 そんなデタラメな斬撃を避けられたのは、私の擬人化時の切り札の1つである『鳴動』のおかげ。

 名前はまたノリで付けた。

 全身に雷を纏って一体化することで、短時間だけ文字通りの雷速で動けるようになる絶対回避技。

 それを使って、何とか回避出来たってわけ。

 だけど……。

 

「何者だ?」

 

 木々を両断しながら、フランシスカさんがゆっくりとこっちに向かって歩いてくる。

 私の考えうる限りで、最悪の展開になってしまった。




次回、祖龍VSフランシスカ。


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第15話 祖龍とフランシスカ

「……何者だ?」

 

 抜き身の太刀を片手に、フランシスカさんがゆっくりと私の方へと歩いてくる。

 その全身からは凄まじい殺気とプレッシャーが放たれていて、普通の人ならこの威圧感だけで心臓麻痺しそう。

 あーはー、マジで笑えない。

 冷静に考えたらこの状況ってば絶対におかしいよこれ。

 だってモンスターは私だよ?

 何で凶悪なドラゴンの方が怯えながら隠れていて、反対に人間の女性が殺気バリバリで向かってくるのさ。

 逆でしょうこれ。

 

 マジでどうしよう。

 本来の姿ならともかく、力が制限される擬人化状態じゃ勝ち目はない。

 ……このまま戦闘を始めるより、時間稼ぎと情報収集を兼ねて対話を試みる方が良いかな。

 覚悟は決まった。

 私は両手を上げて、フランシスカさんの前へ姿を現す。

 

「て、敵じゃないですよ? 私はこの森で迷ってて、凄い音が聞こえたからこっちの方に……」

 

「──面白い。人のカタチをした怪物か」

 

「……っ」

 

「まさか本当にただの迷い人で通るとでも思っていたのか、モンスター? この私の太刀を2度も避けた貴様が、そこらの町娘な訳ないだろう。人間の町娘に化けるつもりなら、そのような衣装はやめておけ。その容姿ではまるで高貴な家系の令嬢だ。多数の竜が巣食う森で彷徨うような人物ではないな」

 

 マジかー、頭も回るタイプかー。

 ド正論すぎて何も反論できねー。

 擬人化してるからワンチャンいけると思ったんだけど、まさか一瞬でバレるとはね。

 見た目に騙されてくれるなら、奇襲で怯ませてから逃げようと思ったのに。全く隙がないんだもん。

 小細工は通じそうにないし……仕方ないか。

 

 ――龍脈収束。

 地面から一気に龍脈を汲み上げて、いつでも戦えるように力を漲らせていく。

 私が臨戦態勢になったことに気付いたフランシスカさんが凶悪な笑みを浮かべた。

 

「貴様もやる気になったようで何よりだ。今すぐにでも殺し合おう……と言いたいところなのだが、その前に1つ聞きたいことがある。今まで人語を解するモンスターとは会ったことがなくてな。竜と話せる機会は貴重だろう?」

 

「敵の質問に親切に答えてあげると思う?」

 

「答えたくなければ無視しろ。貴様、少し前から私の戦いを見ていただろう? 私が先ほど殺した竜はモンスターの中でも強い方か? それとも弱い方か?」

 

 ……?

 てっきりモンスターの生態とか弱点とかを聞くと思ってたのに、予想外の質問が飛んできたね。

 うーん。

 答えた方が良いのか。それともスルーした方が良いのか。

 この人に情報を渡しても何のメリットもないけど、別に絶対に答える訳にはいかないって質問ではないし。

 というか、私が嘘をつく可能性とか考えてるのかな?

 もしかしてこの人……。

 私も仕掛けてみようか。

 

「じゃあ、交換条件ってのはどう? 私の質問に答えてくれたら、私もあなたの質問に答えてあげる」

 

「構わん、言ってみろ」

 

 即答ですか。

 あっさりと取り引きが成立しちゃったけど、これは私にも好都合だね。

 キラーズの情報が手に入るし。

 

「私にキラーズの総数を教えて欲しいな。それと、あなたと同じくらいの強さのキラーズが存在するのかも」

 

「キラーズの総数なんぞは私にも分からんが、キャロルの奴が世界中の国々から集めると言っていた。それなりの数はいるだろうな。そして次の質問だが、私に匹敵するほどのキラーズは1人しか知らん。むしろ私と同格の力があるキラーズなど、こっちが教えて欲しいくらいだよ。だが私には届かんが、なかなか見所がある奴らは数人ほどいるぞ?」

 

 うわぁ……。

 フランシスカさんと同格が1人と、この人が見所があるって言うほどの実力者が数人とか。

 あなた達から一斉に襲撃を受けたら、弟達と協力しても勝敗は五分五分になっちゃうじゃん。

 キラーズ怖い。

 やっぱりモンスターの最大の敵は人間ってことか。

 いよいよモンスターハンターらしくなってきたね……。ハンターじゃなくてキラーズが敵だけど。

 

「さて、私は質問に答えたぞ? 次は貴様の番だな」

 

「……そうだね、確かにさっきのモンスターは強い方だよ。この森の生態系の頂点の一種じゃないかな。だけど最強格じゃない」

 

「ほう、ではアレより上は存在しているのだな? 貴様のような強者が」

 

「もちろん。他のモンスターとは一線を画す力を持った、古龍種がね」

 

「モンスターの限界はこの程度ではないということか。……素晴らしい、まだ退屈せずに済みそうだ」

 

 そう呟くフランシスカさんの表情は狂喜。

 圧倒的な殺意とプレッシャーの中で、いっそ見惚れるほどの微笑を浮かべる彼女は凄く歪だ。

 私の中で、とある予想がいよいよ確信に変わっていく。

 

「交換条件を提示した私が言うのもアレだけど、敵にキラーズのことを話して良かったの?」

 

「口を滑らせたのはお互い様だろう? そもそも私は他のキラーズ達に仲間意識など抱いておらんのでな。雑魚共が死のうがどうでも良い。私が興味を抱くのは、私を殺せるほどの強者だけだよ」

 

「見所がある人はいるのに?」

 

「だが私とぶつかる前にそこらのモンスターに殺されたのなら、所詮はその程度だ。有象無象と変わらんな」

 

 うん、確信した。

 この人はバーサーカーだ。

 ただ自分に匹敵する力を持つ相手と戦うことにしか興味がない。

 

「では、そろそろお楽しみの時間といこうか」

 

「私はこのままお開きでも良いけど?」

 

「ほざけ」

 

 この会話を最後に、私達はお喋りをやめた。

 フランシスカさんは言葉の代わりに太刀を構えて、私は人間の姿を捨てて龍の姿へと戻る。

 大地が抉れるほどの踏み込みと共に、白金の太刀が下から上へ振るわれた。狙いは私の首。その威力は言わずもがな、いくら祖龍の龍鱗でも無傷とはいかないでしょう。

 

 バッテリーを励起させ、紅雷を纏わせた尻尾で太刀を迎え撃つ。

 真上から尻尾を叩きつけられたフランシスカさんが吹き飛び、私の尻尾から少量の血が飛び散った。

 この程度の傷なら問題ない。龍脈で細胞を活性化させて再生力を高めれば、ほんの数秒で完治する。

 私は力負けしたフランシスカさんが吹っ飛んだ方向に向けて、雷球ブレスを3連続でぶっ放す。雷球ブレスは着弾と同時に周辺にスパークを撒き散らして爆発し、着弾地点には巨大なクレーターが空いた。

 手応え、ない。

 

 ……上か!

 

 レーダーが凄まじい速度で移動する生体反応を感知する。

 私は視界を上に向けることもせず、即座に“鳴動”を発動して最高速度でその場から離脱した。

 直後、私がいた空間が真っ二つに斬り裂かれる。

 斬撃のあまりの威力に大地が割れ、フランシスカさんの足元に谷が生まれた。

 雷球ブレスが着弾するより早く、周囲の木の枝を足場に私の頭上まで一気に移動したの?

 ホント、身体能力どうなってんのよ!

 

 舌打ちしながら、フランシスカさんが着地した瞬間を狙って雷を落とす。

 だけど人間離れした超反応で、黒の狩人は真上から迫る私の紅雷を両断した。

 サラッと雷を斬るな!

 今の私の落雷は、あの大蛇がいた湖に撃てば丸ごと蒸発するくらいの威力があるんですけど!?

 

 もちろん擬人化を解除した私の言葉は届かない。

 雷を両断した勢いのまま、前傾姿勢になったフランシスカさんが再び大地を踏む。

 そして疾走。

 残像すらも残らない速度で、私の左側へと回り込んだ。

 だけど、甘い!

 

「――ッオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 咆哮。

 普通のモンスターがすればただの威嚇だけど、私が全力で咆哮すれば立派な攻撃となる。

 ワイバーンレックスのソレを上回る威力の衝撃波が突き抜け、私の左翼を斬り落とそうとしていたフランシスカさんを迎撃した。

 迫る爆音と衝撃波に、超人は一瞬で攻撃から防御へと切り替える。 

 

「――ッ!」

 

 裂帛の気合いと共に太刀が振り下ろされ、不可視の衝撃波があっさりと切断される。

 残された爆音と衝撃波が周囲の木々をへし折り、大地を抉って遥か遠くまで突き抜けたけど、フランシスカさんがいた場所だけ何の変化もない。

 平然と跳躍して、私の左翼を斬り落とそうと太刀を振る。

 今度は真一文字に振るわれた斬撃を、私は体を捻ってギリギリで回避。翼のバッテリーを励起させて放電し、カウンターでフランシスカさんを吹き飛ばした。

 流石に翼から放電するとは思わないよね。

 それでも咄嗟に鞘を盾にして直撃を避けたのは流石だけど。

 

 だけど、また距離が生まれた。

 フランシスカさんの攻撃手段は恐らく太刀による斬撃だけ、遠距離ならば私が有利だ。

 龍脈、展開!

 大量の龍脈を汲み上げて放出し、この森全体を覆うほどの雷雲を作り出す。そして大量のランダム落雷をフェイントに、フランシスカさんを狙ったホーミング落雷を放つ。

 紅の光が次々と地面を穿ち、雷が落ちた場所には底が見えない大穴が出来上がる。

 フランシスカさんも(多分)人間だ。

 どれだけ身体能力が突き抜けていても、この落雷を1つでも直撃すれば即死は免れない。

 

 だけど。

 

「ふ、はーっはははははははッ! 良いぞモンスター! そうだ、このくらい派手でなければ面白くない!」

 

 心底楽しそうに笑いながら、フランシスカさんが狂気で瞳を輝かせて落雷の雨を駆け抜ける。

 第六感でも働いているのか、落雷を一瞬だけ早く察知しては紙一重の回避を繰り返す。

 しかもこれはランダム落雷の方で、正確にターゲットを狙うホーミング落雷を走りながら斬り裂いて潜り抜けた。

 本当に規格外だよ。

 

 だからこそ、私も手加減なしでいく。

 全バッテリー励起。

 最大出力(オーバーフロー)

 私の全身を紅雷が包み、私は帯電状態へと移行した。

 これでフランシスカさんが私に接近すれば、たとえ攻撃に成功してもスパークを浴びて必ず被弾する。

 体力の削り合いなら、モンスターである私の方に天秤は傾くでしょう。

 

「……!」

 

 フランシスカさんも私の狙いに気づいたのか、凄絶に笑う。

 これで怯むあなたじゃないよね。

 落雷の雨を走破するのも、帯電状態を見ても怯まないのも予想済みよ。

 この2つは次の大技を放つ為の時間稼ぎが役目なんだから、通用しなくても問題はない。

 ……チャージブレス、充填完了。

 MH4Gで追加された完全新規モーションで、二足歩行の時の私の切り札。私もその破壊力を考慮して今まで使わなかったけど、フランシスカさん相手に手加減する余裕なんてない。

 

 

 ──本人こそ気づいていないが、このブレスは今よりも未熟だった3年前に『蛇の湖』とシュレイド王国軍約六千を纏めて吹き飛ばした実績を持つ、正真正銘の大技だ。

 

 

 体内を循環する全ての龍脈が、私の胸元から口内へと収束。

 そして純粋なエネルギーである龍脈は祖龍の力によって雷撃に変換されて、チャージブレスの準備が整う。

 さぁ、躱せるかなフランシスカさん。

 2種類の落雷を回避しながら、祖龍ミラルーツの切り札を!

 

「来い! 貴様の一撃、真正面から斬り伏せてくれる!」

 

 大地を消し飛ばす落雷の雨の中、フランシスカさんの全身から最大級の殺気が膨れ上がる。

 しっかりと太刀を握り直し、私の正面で構えた。

 濃密な『死』の予感が私に迫ってくる。

 このブレスを放てば、もうお互いに様子見は終わる。ここから先は、本気で殺し合いになるでしょうね。

 腹を括って、私はブレスのモーションに入った。

 

 そして、互いに渾身の一撃を繰り出し――

 

「撃てぇっ!!」

 

 ここで、知らない第三者の声が響く。

 咄嗟にブレスのモーションをキャンセルして、私は身体を捻りながらその場を離脱した。

 どこからか飛来した砲弾が私が立っていた地面を吹き飛ばすのを見ながら、私は落雷の雨をストップして一瞬で晴天となった空へと飛び上がる。

 最後にもう一度だけフランシスカさんと視線を合わせて、雲の上まで一気に飛翔した。

 

 は、は、はぁ……。

 助かった。

 生きてる? 私本当に生きてる?

 どこの誰かは知らないけど、最高のタイミングで横槍を入れてくれてありがとう!

 あーめっちゃ怖かった。

 ぶっちゃけ涙目よ。

 

 最後に見たフランシスカさんの殺気を思い出してブルブル震えていると、私の元にボレアスとバルカンがすっ飛んできた。

 まぁ、アレだけ派手にやれば気づくよね。

 

『姉上、ご無事ですか!? 何やら凄まじい勢いで龍脈が動いたかと思えば、我らですら怖気を感じるほどの殺気が放たれたので……』

 

 ギリギリ無事だよ。

 あのまま全力で攻撃し合ってたら、間違いなく無事じゃ済まなかった。

 たとえ勝ったとしても大ダメージは免れないだろうし、最悪の場合は私の命が消えてたでしょうね。

 私もフランシスカさんもまだ様子見だったから、ダメージは尻尾がちょっと斬れただけで済んだけどさ。

 

 それにしても、私に大砲を撃った人やばくない?

 私の落雷の雨を潜り抜けたってことだよね?

 落雷系の最大技である『全体落雷』ほどじゃないにしても、被弾すれば即死の攻撃を乱打する大技なんだけど。

 もしかして、フランシスカさんの言ってた「見所のある」キラーズがいたとか?

 何それやっば。

 砲撃でフランシスカさんの気が逸れた瞬間を狙って離脱して成功だったわ。

 

 ……このままじゃダメだ。

 フランシスカさんを筆頭に強力なキラーズ数人と、まだ姿を見せない残りの『禁忌』モンスター。

 これらの強敵を相手に、私はまだ確実には勝てない。

 もっと、強くならないと。

 

 ボレアスとバルカンを率いてこの場から離れながら、私は決意を新たにした。



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第15.5話 人類最強と魔境還り

あの人が再登場。


 ――フランシスカ・スレイヤーは天才だ。

 挑戦して失敗したことなど1つもなく、目標に届かずに挫折したことも無い。

 これだけ聞けば、大抵の人々はあらゆる才能に恵まれたフランシスカを羨むだろう。全ての物事で成功する彼女に嫉妬するだろう。

 だが、人間とは失敗を乗り越えることで成長する生き物だ。苦しみに耐え、不安に立ち向かい、後悔しながら前に進む。

 

 では、たった1度の失敗も挫折もない人生はどうだろうか?

 RPGゲームで例えるなら、プレイ開始と同時に全てのステータスとレベルがカンストしているようなものだ。

 あらゆるボスキャラが『ひのきのぼう』の通常攻撃で即死し、まるで作業のようにボタンを連打し続けるだけ。

 モンハンで例えるならば、あらゆるモンスターがキック1発で討伐できるといったところか。相手の行動パターンを覚える必要も、有効な武器を担ぐ必要も、どのアイテムを持ち込むか悩む必要もない。

 

 そんな人生(ゲーム)、楽しいだろうか?

 これではもう生きている(プレイしている)とは言えない、ただ生命活動を維持するだけの作業だ。

 勉学に始まり、美術、音楽、運動……その全てがあまりに簡単すぎる。その分野の頂点のプロなど、フランシスカならば数日で追い抜ける。

 それだけフランシスカは隔絶していた。

 生きることに楽しみを見出せず、全てに絶望した彼女は7歳の時点で自殺すら考えるようになってしまう。

 

 ……とある少年がそんなフランシスカの命を繋ぎ止めたのだが、それはまた別の話だ。

 

 そして、3年前を境にフランシスカの人生に『希望』の光が灯った。

 その『希望』こそがモンスター。

 人智を超えた力を有し、一瞬でそれまでの生態系を打ち崩した怪物達だ。

 

 世捨て人になって剣術に没頭していたフランシスカの前に、自分を殺せる力を持った相手が現れたのは奇跡とすら言える。

 そしてただ強敵を求めて、彼女はキラーズになったのだ。

 ここで敵であるモンスター側よりも、一応は味方であるキラーズ側の方が強者が多いという誤算もあったのだが。

 残念なことに、キラーズ同士の殺し合いは禁止である。

 別に法律や世間体など気にしないので、犯罪覚悟で喧嘩をふっかけようともしたが、相手が応じてくれないのでは意味がない。

 

 ――紅雷を纏う純白の龍と出会ったのは、そんな時だった。

 

 最初は人の姿に化けていたが、街で視線が合った瞬間に『怪物』だと確信した。今まで見た有象無象とは格の違う、正真正銘のモンスター。

 常勝不敗のフランシスカ・スレイヤーが視線を合わせただけで『死』を感じるほどの相手。

 向こうも自分に興味を持ち、自分を追って森の中までやって来たと分かった時の喜び!

 この程度では死ぬなよという期待を込めて奇襲すれば、フランシスカの斬撃を2度も躱す! 真正面から向かい合って、よーいドンで攻撃した訳ではない。

 このフランシスカの不意打ちを、無傷で回避したのだ。

 まだお互いに様子見で本気では無かったが、それでもフランシスカを1度も接近させない戦闘能力。

 最後にあの龍が放とうとしていたブレスには、初めて『恐怖』を抱いたほど。

 今まで生きていた中で最高の時間だった。

 初めてこの世界に産まれたことを感謝したほどの至福だった。

 

 それなのに。

 

「この私の戦いを邪魔したのだ、楽に死ねると思うなよ……!」

 

 殺気が爆発した。

 フランシスカの黒瞳に本気の殺意が宿り、横槍を入れた乱入者を睨み付ける。

 常人であれば、それだけでフランシスカの迫力に負けてショック死しただろう。

 今の彼女からは、それほど膨大な殺気が迸っている。

 

「邪魔をしたとは心外だな、むしろ感謝して欲しいくらいだぜ」

 

 龍すら怯えるフランシスカの殺気を、その男は真正面から受け止めた。

 恐怖で心臓麻痺を引き起こすどころか、葉巻をくゆらせながらニヒルな笑いすら浮かべる。

 オールバックにした白髪交じりの茶髪に、極限まで鍛え上げられた肉体。大小様々な傷痕で埋め尽くされた丸太のような両腕。

 頬には大きな火傷跡を持つ、眼帯を付けた隻眼の男。

 

 その姿を視界に入れたフランシスカは、躊躇なく白金の太刀を向けた。

 

「感謝だと? 笑わせてくれる、貴様にくれてやるのは「惨殺」のみだ。今度は帰れぬよう、本当に地獄へ送ってやろう――『魔境還り』!」

 

 フランシスカの右足が大地を踏み、直撃すれば祖龍の命すら刈り取る必殺の斬撃が繰り出される。

 

 ――直前に。

 

 隻眼の男の背後から、フランシスカの額を狙って銃弾が放たれた。正確無比なその狙撃に、流石のフランシスカも攻撃を中断して防御を行う。

 フランシスカは飛来する弾丸の軌道に刃を合わせることで、弾丸を容易く両断した。

 その絶技に隻眼の男は冷や汗を流しながら苦笑して、黒の狩人は舌打ちして苛立ちを露わにする。

 

「相変わらず化け物だな。あの白龍を相手に正面から戦えるのはやはりお前だけだろう」

 

「……待て。まさか貴様、今のモンスターを知っているのか?」

 

「ええ、勿論よ。だって3年前に『蛇の湖』で第4独立混成旅団を壊滅させ、私と中佐殿を『魔境』に堕としたのはあの龍だもの」

 

 隻眼の男に代わり、フランシスカの問いに答えを返したのは榛色の髪を腰まで伸ばした美女だ。

 身の丈ほどもある巨大なライフルを肩に担いだその美女は、隻眼の男の後ろに立つ。まるでその場所こそが、自分の定位置であると示すように。

 

「オレに聞きたいことが色々と出て来ただろ、人類最強?」

 

 かつて『蛇の湖』で祖龍ミラルーツの怒りを潜り抜け、生存した少数の部下を守り抜いて1年前に王都へ帰還した軍隊の大英雄。

 祖龍の力によって次々とモンスターが現れ始めた地獄のような『魔境』を約2年間も彷徨い、そして踏破して祖龍の情報を持ち帰った男。

 その偉業から『魔境還り』の異名を与えられたフーゴ・ヒルデブラントが、ようやく怒りを収めた人類最強にそう問いかけた。

 

 

 

 

 

 

〜Now loading〜

 

 

 

 

 

 

 

「さて、早速あの龍について話してもらおうか? 自分とその女の命が惜しければ包み隠さず知っていること全てを話せ」

 

「分かってるよ。言わなきゃ今度こそ首を刎ねられそうだしな」

 

 王都に戻る自動四輪車の隣に座るフランシスカに睨まれて、フーゴはズボンのポケットから紙切れを取り出す。

 それは1年前に『魔境』を踏破して王都に帰還した時に、竜種観測隊のキャロルに提出した報告書のコピーだ。

 

「先に釘を刺しておくが、キャロルには俺が喋ったって言うなよ」

 

「おい、キャロルもあの龍のことを知っていたのか?」

 

「当然だろ。この世界でアイツよりモンスターに詳しい奴はいねぇよ。初めてあの龍を発見したのもキャロルの嬢ちゃんだし、その後『蛇の湖』にいる龍の討伐を軍隊に依頼したのもキャロルの嬢ちゃんだ」

 

「アイツ、私に隠していたな……!」

 

「そりゃあ隠すだろうよ。アンタにあの龍のことを教えれば、任務も何も放り出して探しに行くだろ。それで人類最大の戦力を失ったら終わりだ」

 

「私1人が死んだくらいで終わる貴様らが脆弱なのだろう。前置きはもう十分だ。早くあの龍のことを話せ」

 

 その気になれば自分の首などあっさりと斬り落とす女だと分かってはいるが、白龍を思い浮かべて頬を紅潮させる今のフランシスカはまるで恋する乙女だ。

 初めて見る人類最強のそんな姿に笑みを溢しつつ、フーゴは口を開く。

 

「アレの名は祖龍ミラルーツ。今から3年前にバテュバドム樹海で観測された、あらゆる竜の始祖とされるモンスターだ」

 

「祖龍……ミラルーツ……」

 

「ああ。実際に小競り合いしたお前も知ってる通り、ヤツの能力は紅の雷だ」

 

 そこでフーゴは一度言葉を切り、3年前の地獄を思い浮かべる。

 『魔境還り』。

 その異名の通り、フーゴは「危険な場所を踏破する」スペシャリストだ。この一点に於いてはフランシスカにも引けを取らないとフーゴは自負している。

 だからこそ祖龍の「落雷の雨」を潜り抜けて、祖龍とフランシスカの超常の戦いに割り込めたのだ。

 実際に邪魔をしたのはフーゴの指示で砲撃したアレクシアだが。

 彼女もまた『魔境』を踏破して竜との戦闘経験を積んだことで、キラーズの中でも上位の実力者となっている。

 

「ここからが本題だ。お前に感謝しろと言った理由だな」

 

「ただの戯言では無かったのか?」

 

「人類最強を戯言で挑発する訳ないだろ。下手したら首が飛ぶっつーのに」

 

 平気なフリをしていたが、フランシスカの殺気を正面から浴びた時はかなりヤバかった。

 『魔境』を踏破する前なら失禁して気絶していた自信がある。

 因みにフーゴの後ろで待機していたアレクシアも殺気の余波を浴びたのだが、どうなったのかは彼女だけの秘密だ。

 墓場まで持っていくつもりだが、1つ言えるのは着替えを用意していて良かったということだけである。

 これ以上の詮索はない。

 

「フランシスカ、お前の望みは強敵と戦うことだろう?」

 

「そうだ。この私を殺せるほどの相手と全力で戦うこと。それだけが私の生きる意味だ」

 

「シャルロットの坊主がまた泣くな。……それはともかく、その望みを本当に叶えたいなら祖龍と戦うのはまだやめておけ」

 

 

「……どういう意味だ?」

 

「約3年前にオレは祖龍を見たと言っただろ。その時ヤツは仲間を攻撃された怒りで暴れ回った。『蛇の湖』の周囲一帯を丸ごと消し飛ばすほどな」

 

「仲間だと?」

 

「そっちは後だ。ここで注目するべきなのは、3年前に見た時よりヤツの体がデカくなってたことだ」

 

「――ッ!」

 

 ゾワリッと。

 フランシスカが狂喜の表情を浮かべ、その全身から凄まじい戦意が放たれた。

 

「アレはまだ成長途中だぜ。祖龍はこれから更に強くなる。本当にお前が強敵と戦うつもりなら、分かるよな?」

 

「……ふっ、今回の愚行は見逃してやる。それとキャロルにも伝えておけ。もう少しだけ雑魚狩りに付き合ってやるとな」

 

「そこは今回みたいな無茶はしねぇと言って欲しかったがな」

 

 そう言い返し、フーゴは安堵する。

 ここでフランシスカの暴走を許せば、彼女は本当に祖龍と死ぬまで殺し合うことしか興味を示さなくなるだろう。

 それはダメなのだ。

 対古龍(・・)兵器であるイコールドラゴンウェポンの製作には、竜の素材がまだまだ不足しているのだから。

 フランシスカが竜狩りをやめるだけで、素材の回収作業は大幅に遅れてしまう。

 

(全く、嫌な仕事ばかり回ってきやがる)

 

 自分にフランシスカの監視を任せたキャロルに舌打ちし、フーゴは視線を車の外へ向ける。

 祖龍の「落雷の雨」でズタボロになった広大な森。

 フランシスカ曰く「様子見」だったらしいが、それだけで地形をここまで破壊してしまうなど、やはり祖龍は規格外だ。

 

(祖龍が完全に覚醒する前に、イコールドラゴンウェポンとやらが完成すれば良いんだがな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――少しずつ、竜大戦の幕開けが近づいてくる。



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第16話 禁忌の1と禁忌の4

 ……はぁ、やっと落ち着けたね。

 フランシスカさんの隙をついて何とか戦線離脱した私は、弟達と一緒に孤島に降り立った。

 孤島と言っても、原作ゲームに出てくる島じゃなさそうだけどね。空から島を見下ろしても、暗記してあるマップとは全く一致しなかったし。

 この島の中央には活火山があって、その他はジャングルに覆われてる。ざっと見て回ったけど、強いモンスターはいなかったから堂々と私達で占領した。

 今は活火山の一角にある崖の上で、精神的に休憩中。

 ボレアスとバルカンは寝ちゃったから、私は1人で龍脈に干渉しながら特訓してる。

 

 うーん、眠れない。

 フランシスカさんと戦った後から何故か落ち着かない。

 こう首筋がチリチリするというか、どうも嫌な感じがするんだよねー。でもレーダーには敵対反応はないし、龍の本能も警鐘を鳴らしてない。

 あー、モヤモヤする!

 本当にもう鬱陶しいな、ストーカーするくらいならさっさと喧嘩売ってこいよ!

 

 ……?

 

 今、私はどうして誰かにストーカーされてると思った?

 敵を感知するレーダーには、何の反応もないのに?

 

 私が自分自身の思考に疑問を抱いたその瞬間、空の彼方で膨大な量の龍脈が渦巻く。

 ゾッッッ、と。

 まるで背中に冷水を浴びせられたみたいに、極大な悪寒がした。

 咄嗟にすぐ後ろで爆睡してるボレアスとバルカンを引っ掴み、鳴動を発動してその場から移動する。

 次の瞬間、私達がいた活火山が丸ごと凍りついた。

 

 は、はあああああ!?

 

 信じられない光景に思わず絶句する私の前で、追い討ちするように落雷と火球が飛来する。

 咄嗟に旋回して落雷と火球を躱せば、着弾した地面がゴッソリと吹き飛んだ。

 刹那の間に孤島の地形が変化して、凍った活火山が蒼い(・・)落雷に撃たれて木っ端微塵と化す。ジャングルは火の海に包まれ、空は暗雲に覆われる。

 平和だった孤島が地獄へ変貌する様子を呆然と眺めていると、いつの間にか目を覚ましていたバルカンが叫んだ。

 

『姉上、左です!』

 

 そこに現れたのは、漆黒の天馬だった。

 ソレは私達と同格に位置する『禁忌』の一角にして、公式が唯一最強と呼称したモンスター。

 漆黒の太陽、闇夜を照らす幽冥の星、暗黒の王、黒き光を放つ神など、無数の異名を持つ“神をも恐れさせる最強の古龍”。

 その体は触れるもの全てを引き裂く「逆鱗」で覆われており、その逆鱗が重なり合って形成される「逆殻」は受けた衝撃を跳ね返す不可視の鎧。

 頭部には無数の角が束ねられて作られた1本の角が天を貫くように伸び、背部に備わった巨大な翼が空を覆う。

 容易く大地を穿つ鋭い爪を携えた四肢を持ち、逆立つ鱗と棘を有する尻尾がゆらりと揺れる。

 

 煌黒龍アルバトリオン。

 

 空欄だった『禁忌』の4番目が、私の目の前に降臨した。

 

『おのれ、不敬な真似を!』

 

『殺す。』

 

 奇襲を察知出来ず私に庇われたことに気付いたボレアスとバルカンが激怒し、アルバトリオンに向かって牙を剥いた。

 2人とも下がって!

 アレの狙いは私だよ、あなた達は高度を上げて暗雲の上で待機していなさい。

 

『しかし……いえ、姉上がそう仰るのなら。行くぞボレアス!』

 

『ルー姉。負け。たら。ゆる。さない。』

 

 バルカンはしばらく私とアルバトリオンを交互に見た後、私に一礼して上昇していく。

 ボレアスの激励に尻尾を振って応えてから、私は改めてアルバトリオンと対面する。

 ぶっちゃけ3対1の方が勝機はあった。

 さっき言った通りアルバトリオンの敵意が私だけに向けられていることから、相手の狙いはやっぱり私だけみたいだね。

 ご丁寧に奇襲を仕掛けてきた相手の要望を叶えてあげる必要はないけれど、下手して3人纏めて負けるのは論外。

 ボレアスとバルカンまで脱落したら、フランシスカさんを止める戦力が完全に潰えるからさ。

 私達の全滅はそのままモンスターの絶滅に繋がっちゃう。

 まだまだやる事は残っているのに、ここで終わるなんて絶対にできない。

 

 何より、私はもっと強くならないといけない。

 他の『禁忌』に余裕を持って勝てるくらいに、あのフランシスカさんに勝てるくらいに。

 アルバトリオンは間違いなく強敵だ。

 だけど、この程度で止まるわけにはいかない。

 

 負けるつもりはない、必ず勝つ。

 龍脈を循環させて全てのバッテリーを励起。意識を切り替え、極限まで集中して戦闘態勢になる。

 何かに縛られて生きるのは前世だけで十分だ。

 今度こそ自由に生きて、私は自分がやりたいことをやり遂げる。

 大好きなモンスターハンターの、人と竜が共存するあの世界を築き上げたい。

 それが私の願いだ。

 

 覚悟は決まった。

 さぁ――やろうか、アルバトリオン。

 私は全ての龍の王にして始祖。起源にして頂点。

 祖龍ミラルーツ。

 この私に牙を剥くことは、王に対する叛逆と知れ。

 

「「――ッッグルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」」

 

 私とアルバトリオンが同時に咆哮し、衝突した爆音と衝撃波が拡散して孤島を吹き飛ばす。

 海が荒れ狂い、空を覆う暗雲に穴が空き、世界に私とアルバトリオンだけが取り残された。

 互いの視線が交差し、共に牙を剥き、翼を羽ばたかせて飛翔する。

 一瞬でトップスピードに乗り、同じく全力で加速したアルバトリオンと正面から激突……衝撃。

 全身に凄まじい負荷が掛かり、骨格が悲鳴を上げる。

 それでも全力で龍脈を循環させて身体能力をドーピングし、力比べに挑む。

 

 アルバトリオンの逆鱗は触れるだけで私の体を切り裂く。

 純白の体が赤く染まり、鋭い痛みが全身を駆け抜けて私の意識を鈍らせる。

 だけど、ダメージを受けているのは私だけじゃない。

 「帯電状態」と化した私の紅雷を浴び、アルバトリオンの逆鱗が焼け焦げる。

 

 力比べは互角。

 必然的に膠着状態になるけど、私はこのまま我慢比べをするつもりはない。

 尻尾を伸ばしてアルバトリオンの首に巻き付け、翼を動かして体を左にズラす。拮抗状態が崩れたアルバトリオンが前に倒れ、その勢いを利用して私は尾に力を入れて振り回した。

 アルバトリオンも全力で翼を広げて抵抗していたけど、遂にその姿勢が崩れる。

 

 ……ここ、だっ!

 

 中空で体を横回転させ、遠心力も乗せて尻尾を振り抜いてアルバトリオンをぶん投げた。

 一直線にアルバトリオンが飛び、孤島へと落下する。

 ――激震があった。

 煌黒龍の巨大が叩きつけられた大地が揺れ、大量の土砂が巻き上げられて孤島にクレーターが生まれる。

 だけど、このくらいで倒れるアルバトリオンじゃない。

 翼を動かして砂塵を吹き散らすと、クレーターの中心から上空の私に向けて火球ブレスを放つ。

 それを旋回して回避し、反撃の3連雷球ブレス。

 即座にアルバトリオンは身を翻してこれを避けるけど、私の雷球ブレスは着弾地点にしばらく電撃を滞留させる。

 直撃こそ避けたアルバトリオンだったけど、大地を駆け抜けた電撃を浴びて苦悶の声を上げた。

 

 アルバトリオンは2つの形態を持っている。

 1つ目は火属性と龍属性を司る火龍モード。

 2つ目は氷属性と雷属性を司る氷雷モード。

 今のアルバトリオンは逆鱗の合間から赤黒い光を放ち、口からは少量の火炎を発している状態。

 つまり火龍モードだ。

 この状態のアルバトリオンには雷属性はほぼ通らない。

 通らないけど――

 

「――ッ!」

 

 紅雷を浴びたアルバトリオンは次の攻撃に移れず大きく怯む。

 雷属性は通らない?

 それはあくまでハンターが扱う武器の話であって、この私の紅雷には関係ない。

 龍の始祖である私が雷属性しか有していないのは、これ1つで全ての外敵を打ち倒せるからだ!

 

 龍脈を解放して、強力な雷撃を浴びたダメージと痺れで動きの鈍い煌黒龍に次々と雷を落とす。

 アルバトリオンは周囲に火柱を生み出して迎撃し、雷と炎がそれぞれ拡散してジャングルが完全に焦土と化した。

 完全に平地となった孤島へ向かって急降下し、前回転してアルバトリオンの真上から尻尾を叩きつける。

 頭部を強打されたアルバトリオンの巨体が傾き、しかし完全に転倒する前に至近距離で爆発ブレスを放った。

 咄嗟に体を捻って避けると、私の背後が爆炎で包まれた。

 

 ……っ!

 

 直撃こそ避けたけど凄まじい熱に煽られて、軽い火傷をしたようにジリジリとした痛みに襲われる。

 流石はアルバトリオン。

 全属性を備えているけど、決して器用貧乏じゃない。

 完璧なオールラウンダーだ。

 火属性に特化してるボレアスやバルカンにも匹敵する火球ブレスもだけど、何より能力の出が速い。

 私と同じくほぼノーモーションで能力を発動させてる。

 そこにいるだけで無数の天災を発生させ、他の生き物が住めない煉獄を作り出す力は本物だ。

 

 龍脈の出力を一段階上げる。

 同時にアルバトリオンに収束する龍脈の量も増大した。

 私の全身を真紅のスパークが包み、アルバトリオンが赤黒いスパークと炎を纏う。

 

 ――ぶっ倒す!

 

 鳴動を発動させ、今の私が出せる最大速度で移動する。

 私の巨体が音を遥かに置き去りにする雷速で移動したことで衝撃波が発生し、周囲が纏めて吹き飛んだ。

 だけど、大地が抉れるほどの被害も所詮は副次的なもの。

 本命は背後に回り込んでから放つ、紅雷を纏った爪撃だ。しかしアルバトリオンが逆鱗と棘で武装された尻尾で受け止める。

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 アルバトリオンが咆哮した。

 衝撃波がドーム状に発生して、孤島の地表が半球状に抉れる。

 だけど、今さらアルバトリオンがただの咆哮で私にダメージを与えられるとは思っていないでしょう。

 大都市を消滅させる威力を秘める煌黒龍の咆哮も、帯電状態の私のスパークで相殺されてお終いだからね。

 アルバトリオンは奇襲のつもりの攻撃なんだろうけど、私には通じない。

 元モンハンプレイヤーである私は、この後に起きる攻撃を知っている。

 

 鳴動をもう1度使用。

 私が即座にアルバトリオンから離れた瞬間に、煌黒龍の周囲に3つの火柱が発生した。

 赤黒の本流が荒れ狂い、火柱から岩すら沸騰する熱波が放たれる。

 その熱波を翼を動かした風圧で相殺したけど、私の足元がまるで溶岩のように沸騰し始めた。

 うわ、あっつい。

 これもうマグマの中に立ってるようなものじゃん。

 

 原作をプレイした経験から、アルバトリオンの咆哮後にはランダムで火柱が3つ発生するのは知ってたよ。

 フレーム回避が使えるゲームなら避けるのは余裕だけど、現実でフレーム回避は使えない。だから大袈裟に距離を取ったのは正解だったけど、熱波だけでこれだけの威力があるとは予想外だったね。

 咄嗟に翼で風圧を生み出して相殺したのは我ながら良い判断だった。

 

 マグマと化した大地を蹴って、私は再び空へ舞い戻る。

 アルバトリオンも私を追って飛翔し、私達は最初と同じように空中で睨み合う。

 挨拶代わりの第1ラウンドはこれで終了。

 お互いに相手の実力は把握した。

 

 ここから先は、本気で潰し合う第2ラウンドだ。




現段階の孤島の被害。
・活火山凍結及び粉砕
・ジャングル全焼
・地表が全て焦土となった後にクレーター化
・大地が沸騰してマグマに

祖龍「挨拶は終わった! こっから本番だ!」
孤島「他所でやれ!」
前回の森「クレーターだけで済んでマジで良かった」


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第17話 激闘決着

お気に入り登録1000人突破した記念!
今日は2話更新です。


 アルバトリオンが赤黒のスパークを纏いながら、物凄い速度での突進を繰り出す。

 龍属性を纏ったその攻撃は被弾すれば大ダメージは免れないけど、その動きは単調だから鳴動を使えば避けるのは難しくない。

 紅雷と一体化し、私は左へ移動して余裕を持って回避する。

 

「――ッッ!!」

 

 直後、アルバトリオンが私を追っていきなり方向転換した。

 まるで私が避ける先を予想していたのか、回避直後の私を狙って一気に加速する。

 

 フェイント!? しまっ……ッ!?

 

 相手の策に嵌ってしまった事に気付くけど、もう鳴動を使っても回避するのは間に合わない。

 アルバトリオンの角が私の胴体に突き刺さり、凄まじい激痛に視界が揺れて意識が明滅する。

 気を失わなかったのは、この体がミラルーツだったからだ。そんな簡単に気を失うのは許さないと、ミラルーツが私を引き戻す。

 口から血が溢れるのを無視して、私はアルバトリオンの首に食らいついた。

 アルバトリオンの逆鱗を噛み砕きながら、右前脚にあるバッテリーを励起。

 右前脚が真紅のスパークに覆われるのを確認して、私は思い切りアルバトリオンの翼に爪撃を放つ。

 

「ガァァァァッ!?」

 

 片翼を破壊された激痛にアルバトリオンが怯み、私に突き刺さっていた角が少しだけ抜ける。

 その隙を見逃さずに今度は左の前脚でアルバトリオンの頭部を殴り、大きく仰け反らせた。

 さらに尻尾で殴打して吹き飛ばし、一度距離を置いて私とアルバトリオンが再び向かい合う。

 

 くっそ、刺されたところがめっちゃ痛い……!

 私の損傷は、全身の浅い切り傷と左の胴体に空いた穴。

 このままだと出血多量に陥って死んじゃうから、長期戦は無理っぽい。

 アルバトリオンって多数のエネルギーを宿す代償としてその管理が不安定だから、そのうちエネルギーを扱いきれなくなって自爆すると思ってたんだけどなぁ。

 さっきの突進で受けた傷の深さから、相手のエネルギーが限界を迎えるより私が倒れる方が早そう。

 

 対してアルバトリオンの損傷は最初に受けた雷球ブレスによるダメージと、頭部及び片翼の部位破壊。

 確かに私より損傷箇所が多いけど、そのどれもが浅くてそこまでのダメージにはなってない。私みたいに致命傷は与えられていないね。

  やっぱり、ここは一気に決めるしかないか。

 私の体が限界を迎えるより早く、全力でアルバトリオンを倒す。

 

 体内に存在するバッテリーをフル励起、龍脈エネルギーを供給。

 莫大な紅雷バッテリーに注ぎ込まれていき、そして飽和する。私の全身から真紅のスパークが弾けて、空に無数の紅雷が発生し始めた。

 全身の体毛が逆立ち、角、牙、爪、翼、尻尾、前脚、後脚、全ての部位が紅の光を纏う。

 

 私が本気になったことを悟ったのか、アルバトリオンも咆哮する。

 全身の色が赤黒から蒼白へと変化し、全身に青白いスパークを纏い始めた。

 ……ようやくミスしたな、煌黒龍!

 この私に向かって雷属性で勝負を仕掛けるなんて、流石に悪手でしょう。

 確かに全属性を自在に操れるのは凄いよ。

 だけど出来ることが多いからこそ、それぞれの属性単体で見た時の熟練度は甘い。

 あなたの強みはどんな相手にでも有利属性の攻撃を繰り出せること。

 そして次々と属性を切り替えることで、他のモンスターとは比較にならないほど多種多様な攻撃を繰り出せることだ。

 有利属性を使うならともかく、同じ雷属性でこの私に勝てるとでも?

 あまり祖龍(わたし)を舐めるなよ。

 

 アルバトリオンが大きく翼を広げて、全身から蒼白のスパークを放出しながら突っ込んでくる。

 それに対して、私は頭を軽く右から左へ振った。

 ――雷閃。

 MH4Gで追加されたモーションの1つで、相手がいる空間に横一文字に紅雷を発生させる攻撃だ。

 前触れなく横から雷撃に襲われたアルバトリオンは体勢を崩し、錐揉み回転しながら地面に墜落する。

 本来のあなたならともかく、片翼が破壊された今は滞空し続けるのは難しいよね。

 空中戦では私が有利だ。

 

 地上のアルバトリオンに向けて雷を落とし、私自身も雷球ブレスをひたすら連射する。

 もはや一切の手加減はしない。

 フランシスカさん相手に使った様子見の「落雷の雨」とは違う、ミラルーツ渾身の落雷とブレスだ。

 

 アルバトリオンも自分の周囲に氷塊を発生させて紅雷を防御するけど、その程度で渾身の連撃を防がれてたまるか。

 私の紅雷はあっさりと氷塊を砕き、真紅の光がアルバトリオンを貫く。

 『禁忌』であるアルバトリオンは消滅こそ免れているけど、孤島の方は耐え切れない。

 煌黒龍の足元が遂に消滅し、孤島に大穴が空いた。

 

「グルアアアアアアアアッ!?」

 

 雷撃を浴びたアルバトリオンが激痛で咆哮し、一気に龍脈を解放する。

 孤島よりも巨大な氷塊が一瞬で生成され、それを盾にアルバトリオンは私の攻撃範囲から離脱した。

 ……逃げられたか。

 だけど、次はもう逃がさないよ。今度は防御する余裕も生まれないほど高密度の落雷で押し切ってあげるわ。

 

 アルバトリオンが蒼白の光を纏って飛翔し、私も鳴動を発動させて煌黒龍の後を追う。

 お互いに一瞬で音の壁を突き破り、空中に蒼白と真紅の軌跡を残しながら何度も激突した。

 古龍の巨体が音速以上の速度でぶつかる度に衝撃波が発生し、世界そのものが怯えるように震える。

 

 ぐ、ぶつかる度に傷が……!

 龍脈を傷口に集めて再生を続けているけど、まだ出血は止まらない。

 このままだと本当に失血死しちゃう!

 

 焦燥に駆られる私の前でアルバトリオンが翼を閉じ、一気に急降下しながら大気に氷の息を吹きかけた。

 空中の水分が瞬時に凍結し、生成された無数の氷塊が私に放たれる。

 大質量の攻撃は確かに脅威だけど、私の命には届かない。

 

 翼に龍脈を収束させ、咆哮。

 私を中心にドーム状に真紅のスパークが展開されて、無数の氷塊をまとめて破壊した。

 真紅のドームは迎撃だけでは留まらず、さらに拡大してアルバトリオンを襲う。

 対して、アルバトリオンも周囲に蒼白のスパークを生成して相殺。

 その程度の電撃で私に対抗するとは、笑い話にもならないよ。

 

 文字通り、格の違いってヤツを見せてやる!

 

 私とアルバトリオンは同時に龍脈を収束させ、空に向かって咆哮する。

 今から繰り出す技は共に同じ。

 原作ゲームでも数え切れないほどのハンターを打ち砕いてきた、敵対するもの全てを蹂躙する破壊の雨。

 

 ――全体落雷!

 

 今までで最大威力の落雷が発生し、真紅と蒼白が互いを討ち滅ぼさんと暴れ狂った。

 蒼白のスパークが天を貫き、真紅のスパークが大地を穿ち、凄まじい電撃で海が蒸発する。

 無数に発生する落雷の1つずつが、国1つを跡形も無く破壊する大災害だ。だけど蒼白と真紅の光が乱舞するその光景は、御伽噺の1シーンのような美しさがあった。

 しかし、永遠に続くように思われたその美しい光景はすぐに終末を迎える。

 紅雷に撃ち抜かれたアルバトリオンは小さな岩場と化した元孤島へと落下し、私もそれを追随して急降下。

 そして完全に墜落したアルバトリオンを抑えつけると、抵抗する気を失ったのかアルバトリオンが目を閉じる。

 

 ……はぁ、はぁ。

 初めて、限界近くまで、力を……使った……よ。

 視界はぼやけて霞むし、身体は弱々しく震えて力が入らない。

 帯電状態を持続させる龍脈すらも身体に残ってなくて、私の意思に関係なく帯電状態が解除された。

 全身が痛いし、未だに流血も止まらない。

 けど、私は。

 

 ――勝った。

 

 その勝利をボレアスとバルカンに伝えるように空へ向かって咆哮し、私はゆっくりと倒れる。

 だけど完全に倒れこむ前に、今までで最高速度じゃないかと思うくらいの速さで降りてきたボレアスとバルカンが私を支えてくれた。

 転生してから初めて経験する同格との戦いを制した私は、弟達に体を預けて目を閉じる。

 

 はは、これでやっと休めるね……。



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第18話 禁忌の宴

お気に入り登録1000人突破記念!
今日の2話更新の2話目です。
前話を読んでいない方は、1つ戻ってからお読みください。


 ……ん、眩しい。

 うっすらと目を開けると、明るい光が差し込んできて私はもう一度目を閉じる。全身が痛いし、血を流し過ぎたのか頭がグラグラする。

 このままずっと寝ていたい気分だよ。

 ……あれ?

 何だか体に違和感が……。

 頑張って重たい瞼を持ち上げて確認すると、擬人化した自分の体が視界に入った。

 私を支えてくれてたボレアスとバルカンも擬人化状態になってる。どうやら私は2人の膝の上で寝てたっぽい。

 おおう、これまた珍しいシチュエーション。

 こういうのって普通は主人公の男の子が激闘の末に倒れて、ヒロインの膝の上で目覚めるパターンじゃない?

 それなのに女である私が膝枕された挙句、その相手が弟とか。

 

 寝ぼけている挙句に血の足りない頭でバカなことを考えつつ、痛みに耐えて上体を起こす。

 うわぁ、角で刺された脇腹がヤバい。

 出血こそ止まっているけど穴が空いたままで痛々しいし、かなりグロテスクだわ。

 真っ白だった肌も傷だらけで、純白のドレスワンピースも血が滲んで赤色に染まってる。

 うん、よく生きてるな私。

 人間だったら確実に死んでるレベルの大怪我だよね。

 

 擬人化は私の体が勝手にやってくれたんでしょう。

 擬人化能力が持つメリットの1つに、体力の消耗を抑えるっていう効果があるからね。

 休息して傷を癒すなら、この姿の方が実は適してるんだよ。

 

「姉上、お体は大丈夫でしょうか?」

 

「それ。痛い?」

 

「めっちゃ痛いけど、出血は止まってるから一応は大丈夫かな」

 

 心配そうに私の傷口を見る弟達を安心させるために笑顔を作って、空元気を出す。

 あぁ……痛い。

 転生してからここまで『死』に近付いたのは初めてだけど、やっぱり怖いね。

 戦闘中は龍の本能が恐怖心とかをセーブしてくれるけど、意識のスイッチが戦闘から通常に戻ると恐怖心が一気に湧き出してくる。

 やっぱり出来るだけ戦いは避けたい……いやいや、強くなるって決めたのに弱気になってどうするよ。

 邪魔する敵は全てぶっ潰すくらいの気持ちでいないと。

 

「はぁ、辛いけど頑張らないとねー。立てるかな……?」

 

「姉上、あまり無理をされては……我が支えます」

 

 バルカンに肩を貸してもらい、何とか立ち上がる。

 うへー、孤島が消えてる。

 私達が今いる場所はちょっと大きい岩場で、ここにあった孤島はこの岩場を残して吹き飛んでた。

 うん、まぁ、そうだよね。

 古龍種の頂点格である『禁忌』同士で喧嘩したら、こうなるよね。

 むしろここが絶海の孤島じゃなかったら、それこそ被害はもっと大きかっただろうし。

 最後の同時“全体落雷”とか、地球でやったら大変なことになるでしょう。

 

「アルバトリオンは?」

 

「先程の不敬者であれば、あそこで倒れておりますが」

 

 バルカンが指差した場所を見ると、岩場の端っこにアルバトリオンが倒れていた。

 めっちゃ波を被ってるけど、傷だらけの状態であれだけ海水を浴びて大丈夫かな? 私なら激痛で飛び起きる自信があるけど。

 

 と、その時アルバトリオンの体が光を放った。

 まさか、まだやる気じゃないよね?

 これ以上の戦闘はもう本当に嫌だけど、どちらかが死ぬまでやるつもりなら私も容赦しない。

 今度こそ首を喰い千切って……あれ?

 擬人化を解除しようと龍脈に干渉しかけた私は、急激にアルバトリオンに収束していた龍脈が霧散したのを感知して動きを止める。

 う、嘘でしょう?

 ソレ(・・)が出来るのは、この世界で私と弟達だけの筈なのに。

 

 愕然とする私の前でアルバトリオンはさらに強く光を放ち、クシャルダオラの2倍はある巨体が少しずつ小さくなっていく。

 やがて、光の中から人影が現れた。

 編み込みにされた長い黒髪は、不思議なことに見る角度によって色合いが変化する。白黒のゴスロリに身を包み、無数の赤と青のアクセサリーで飾った派手な少女だ。

 肌の露出は少ないけれど、見えている部分は私と同じく傷だらけで痛々しい。

 立っているのも辛いでしょうに、それでもゴスロリ少女は私の前へゆっくりと歩いてくる。

 

「素晴らしいお力です。流石はわたくしのお姉様……これまで多くの敵と戦いましたが、完敗したのはこれが初めてですわ」

 

 そう言うと、ゴスロリ少女はスカートの裾を摘んで優雅に一礼した。

 

「この度の不敬、誠に申し訳ありませんでした。そのお力を確かめるためとは言え、姉上に牙を剥いたのは大罪に他なりません。罰は何なりと」

 

 え?

 ……え!?

 

 待って、ストップ、落ち着け私。

 いきなりの急展開を前に諦めるな、頑張って現実と向き合おう。

 まず、擬人化したよね!?

 それが使えるのは私、ボレアス、バルカンだけの筈なのに!?

 ゲームのクエスト依頼者の中に、アルバトリオンの化身と思われるキャラって存在してないよね?

 確かに同じ『禁忌』カテゴリーなら可能性はあるでしょうけど、かなり信じ難い。

 私はそれ習得するのに3年必要だったんだけど……。

 

 それにさっきまで本気で潰し合ってた相手に何で敬われてるの?

 しかもお姉様って何なの。

 私の『妹』は日本に置いてきちゃったあの子だけで、他に存在しませんけど。

 

 とにかく意味不明で大混乱していると、ボレアスとバルカンは何故か納得したように頷いた。

 何で?

 どうやったら今までの情報で理解出来るのよ……?

 

「ふむ、そういう事か。気持ちは分かるが、あまりにも不敬が過ぎるぞ」

 

「殺され。ても。文句。言え。ない。」

 

「おーい、お姉ちゃんを置いて行かないでぇ」

 

 ここまでお互いにズタボロにしたのに、どういう理論なら即和解の空気になるんだろう。

 今までパターン的にバルカン達がブチ切れて、ゴスロリ少女に襲い掛かると思ってたんだけど。私に喧嘩を売った相手には、いつも私が反応するより早く殺そうとするのにさ。

 

 はてなマークを浮かべていると、横からバルカンが解説を入れてくれた。

 

「既に気付いておられるでしょうが、この龍は間違いなく我らの系譜に連なる者です。我らと合流したまでは良かったのですが、どうやら姉上のお力を見抜け無かったようですな」

 

「つまり、私がどのくらい強いか気になったから喧嘩売ったってこと? マジで?」

 

 ジト目でゴスロリ少女ことアルバトリオンを睨むと、戦犯は頬を紅潮させて俯いた。

 

「今から約1095日ほど前にお姉様のお力を感じてタマゴから出たのですが、近くにお姉様の姿はなく……。何とか生き延びながらお姉様を探して飛び回り続け、先日ようやく人間の街で人の姿となったお姉様を見つけたのです」

 

 お、おう?

 1095日ってことは、約3年くらい前か。

 もしかして、この子は産まれてからずっと私を探してたの? 3年間?

 

 その重さに私がドン引きしたことも気にせず、ガバッと顔を上げると猛烈な勢いで話し始める。

 

「なぜ人の姿なのか、なぜ下等生物に混じっているのかはわたくしでは想像もつきませんでしたが、とにかくお姉様にお会いするには人の姿にならなければと近くの森で練習しておりまして。そこで擬人化に手間取っていますとヤケに血の匂いを纏った下郎がお姉様に刃を向けるではありませんか。あまりの不敬にこの大陸ごと消し飛ばしてやろうかと思いましたが、お姉様の実力を知る機会であることも事実。なので傍観を続けましたのに、もはや人と言うのも憚られる猿がお姉様の邪魔を。しかしその猿どもをわたくしが殺そうとすると、お姉様がどこかへと飛び去ってしまいまして。慌てて後を追う途中で偶然妹とも出会ったのでどちらがお姉様と戦うかで言い争いになり、なんやかんやでわたくしがお姉様の相手を務めることになりました」

 

「ごめん早口過ぎて何を言ってるのか全く分からない!」

 

 既に情報過多で頭がオーバーヒートしてるのに、さらに大量の情報を乗せて倍プッシュしてきたゴスロリ少女の話を途中で遮る。

 取り敢えず、もう私と敵対するつもりはないらしい。

 いきなり喧嘩を売ってきたのは私の実力を確認する為で、私に負けたことに不満はなくむしろ満足だと。

 うん、もしかしてこの子なドMかな?

 和解に至った理由がまだ分からないわ。

 

「えーっと。まずあなた、名前は?」

 

「ありません。ですのでお姉様の好きなようにお呼びください」

 

 あ、そっか。

 てっきりアルバトリオンって名乗ると思ってたけど、それはあくまで人間が勝手に付けた名前だもんね。

 ライオンに名前を聞いても、ライオンって答える訳がないのと同じだ。

 

「それじゃ、あなたの名前はアルバトリオンね。長いから愛称はアルンで」

 

「はい! ああ、お姉様から名前を貰えるとは至上の喜びですわぁ」

 

 何がそんなに嬉しいのか、うっとりした顔で息を荒げるアルン。

 めっちゃ興奮しているらしく、飛び跳ねる度に傷口が開いて血が出てるし。

 もう止める元気もないからアルンが勝手に落ち着くまで放置して、数十秒してようやく冷静になった頃に会話を再開する。

 

「それじゃあ今からアルンに色々と質問するけど、良いかな?」

 

「はい、何なりと」

 

 聞き分けが良すぎて逆に怖い。

 確かに憎悪メラメラで殺しにくるよりずっと良いけど、ほぼ殺し合った相手にどうしたらここまでフレンドリーになれるのか。

 ボレアスとバルカンは特にノーリアクションだから、モンスターにとっては別に普通のこと……なのかな?

 どれだけ殺し合った相手でも、結果として生きてればオッケーなのかもしれない。

 何その修羅みたいな考え。

 怖すぎるでしょ。

 

 ……と、思考が逸れた。

 

「まずは最初の質問。どうして人間の言葉を喋れるの?」

 

「ここ最近はもう嫌になるほど人間に襲撃されていまして。返り討ちにしている間に、自然と覚えてしまいました。おかげでお姉様と円滑にコミュニケーションが取れていますので、結果オーライですわ」

 

 ……アルバトリオンにまで?

 今戦ったから嫌ってくらい理解してるけど、アルンは強い。

 私が本気を出して、ようやく辛勝できるくらいだ。

 フランシスカさんならともかく、3年前に見た軍隊程度じゃアルンには到底敵わないでしょうね。

 アルンが生きて私の前にいる以上、人間側は惨敗したってことになる。

 それなのに何度も攻撃を続けた……?

 人間達は何を考えているんだろう。

 

 ……この疑問は放置しよう。

 今どれだけ考えても答えは出ないだろうし、他にも聞きたいことは山ほどあるしね。

 

「次の質問ね。私はあなたのお姉ちゃんなの?」

 

「……? 当然ですわ。お姉様の龍脈を浴びて、私は産まれましたので」

 

 それだとお母さんになるんじゃない?

 そう思って詳しく聞くと、なんでもアルンはタマゴのまま2年も孵化しなかったらしい。

 そのまま孵化出来ずにタマゴのままになってたら、私が放った龍脈に刺激されて孵化出来たって訳だ。なんで私の龍脈を浴びたら孵化出来たのかは分かんないけどね。

 でもタマゴを産んだのは私じゃないから、私はお姉ちゃんらしい。

 

「じゃあ3つ目ね。もっかい聞くけど、何で攻撃してきたのさ」

 

「わたくしは産まれてから一度も負けた事がありませんでした。それ故にお姉様が本当にわたくしが従うのに相応しいか存在か、不敬と理解していても試さずには要られませんでした。本当に申し訳ありませんでしたわ」

 

 つまり「自分より弱い相手に従うつもりはねぇ! お前の全力、見せてもらうぜ!」って感じだったのかな。

 何て傍迷惑な……。

 だけどここまで聞いて、ようやく理解出来たよ。

 

 私も自分より弱い相手に従うなんて絶対に嫌だし、信用できない。

 人としての「私」は 誰かに縛られる事に拒絶反応を起こすし、祖龍としての『私』は弱者に従うなんてプライドの傷つく事はごめんだ。

 ボレアスとバルカンは産まれた時から私といたから、私の方が実力が上って理解してたんだねー。

 

 取り敢えず、聞かなきゃいけないのはこのくらいかな?

 他は気になった時に聞けば良いし、これ以上戦わないで済むならそれより良いことはないよね。

 そう結論付けて傷の回復に徹するために寝ようとしたら、アルンが思い出したとばかりに声を上げた。

 

「そう言えば完全に忘れていましたわ。お姉様、最後の妹をご紹介致します」

 

 そう言ってもう学校の体育館くらいのサイズしかない岩場の陰から、小さな人影を引っ張り出す。

 アルンに手を引かれて現れたのは、黒いショートヘアに前髪の一房だけが赤色の幼女。

 身長145センチくらいのボレアスよりも、さらに背が低い。

 赤い瞳を不安で揺らしながらテクテクと私の近くまで歩いてきたその子は、私を見上げて小声で話しかけてきた。

 

「お姉ちゃん……?」

 

「そうだよ私があなたのお姉ちゃんだよ!」

 

 傷?

 はっ、この子の存在と比べたら致命傷でも問題ないね。

 謎の幼女を抱っこして、サラサラの黒髪をやさしく撫でる。

 

「んふー」

 

 撫でられるのが気持ち良いのか、幼女は満足そうな声を出してぎゅっと抱きついてくる。

 何この可愛い生き物。

 ずっと抱っこしてたい。

 

「我らと扱いが違わんか……?」

 

「不満。」

 

「わたくしの時とは態度が全く違いますわね」

 

 後ろでバルカン、ボレアス、アルンがぶつぶつと何か言ってるけど、シスコン全開の私には届かない。

 あー、お姉ちゃん欲が満たされる。

 甘えん坊な妹に頼られるとか、お姉ちゃんとしてこれほど幸せなことはないよね。

 生きてて良かった。

 

 一通り幼女を可愛がって満足した私は、ロリっ子と手を繋いで皆のところへ戻る。

 

「アルン。それでこの子は?」

 

「ええと、わたくし達の末妹ですわね。わたくしと同じで名前はないと思いますわ」

 

「……ない。お姉ちゃん、私も名前欲しい」

 

「任せて!」

 

 やっばい可愛い。

 鼻血出そう。

 これくらいテンションが爆上がりしたのは、初めて焼き魚を食べた時以来かも。

 私の龍生、弟妹と焼き魚くらいしか癒しがないってヤバくない?

 ゼロよりはマシだけど。

 

 ともあれ、名前だよね。

 私にはネーミングセンスが無いから、結局のところロリっ子の種族名をそのまま名前にするんだけど。

 愛称はそこから考えるし。

 そんな訳でロリっ子に擬人化を解除するように頼んで、私達はロリっ子から距離を取る。

 岩場を端っこギリギリに立って、ロリっ子は封じていた龍脈を解除した。

 

 ザッパアアアアアアアアアアン!

 

「「きゃあああああああ!? 傷口に海水があああああああああああ!!」」

 

 ロリっ子の正体はよほど巨大なモンスターだったのか、擬人化を解除して海に着地すると莫大な量の海水が巻き上げられた。

 それをモロに被った私とアルンは、姉妹揃って激痛に悲鳴を上げて転げ回る。

 痛い! めっちゃ痛い! まるで傷口に塩を塗られたみたいに痛い!

 ……あ、塗られたんだった。

 全く面白くない1人漫才を脳内でしつつ、涙目でロリっ子の真体を確認する。

 ソレは、本当にあの可愛くて小さいロリっ子かと疑うほど巨大だった。

 

 私達と同じ『禁忌』の一角。

 その巨躯はボレアスと同じく漆黒で、その全身には溶岩が流れている。

 世界を滅ぼす悪魔とも、大地を創る巨人とも伝えられる伝説の龍。

 煉獄の王、大地の化身、獄炎の巨神、偉大なる破壊と創造などの異名を持つ超大型モンスター。

 その名を、煉黒龍グランミラオス。

 

「ちょっ、戻って! カムバーーーック!」

 

 私が慌てて叫ぶと、グランミラオスは再び龍脈を収束させて可愛いロリっ子の姿に変わる。

 ちょっと考えればバカでも分かるのに、どうして気付かなかったのよ私……。

 テンション上がると知能指数が下がる体質なのどうにかしないとね。

 

 私を筆頭に『禁忌』が勢揃いしてる中で、アルンが末妹として連れてきた子も『禁忌』に決まってるのに。

 そして空欄なのは5番目のグランミラオスだけなんだから、擬人化解除しなくても正体は分かったじゃん。

 私って、ホントにバカ。

 

 傷口の痛みに耐えながら猛省してると、グランミラオスがまた私の所まで駆け寄ってきた。

 そして私の裾を握る。

 

「お姉ちゃん……名前……」

 

 そうだったね。

 えーっと、グランミラオス……ね……。

 男の子ならそのままグランで良かったけど、女の子にこの名前はないよね。せっかくならもっと可愛い愛称を付けてあげたい。

 しばらく熟考して、私はようやくロリっ子の名前を捻り出す。

 

「よし、あなたの名前はグランミラオス。愛称はララね」

 

「ん……!」

 

 どうやら私がつけた名前は気に入ってくれたらしい。

 嬉しそうに笑うララを抱きしめてから、私はようやく全員集結した『禁忌』の面々に向き直った。

 ボレアスとバルカンにはそろそろ話そうと思っていたことがある。

 ずっと言い出す機会を探ってたけど、弟妹が全員集まったこの瞬間より良いタイミングなんて無いよね。

 

「お姉ちゃんね、少し前からやりたい事があるんだ。でもそれは私1人の力でやり遂げるのは出来ないくらい難しいの」

 

 地平線から太陽が顔を出し、夜空が消えて新しい朝がやってくる。

 それはまるで、今日から新しい「何か」が始まることを暗示しているようで。

 海にポツンと浮かんだ岩場に、日が差し込む。

 

「私は、この星に住む全てのモンスターと人間が共存する世界を作りたい。皆はきっと人間が嫌いだろうけど、全ての人間が敵って訳じゃない。きっと私達と仲良くしてくれる人がいると思う」

 

 この願いを叶えるのは、想像も出来ないくらい難しいと思う。

 竜は人を襲う。

 人は竜を狩る。

 その関係は絶対だし、殺し合う中で憎しみや怒りといった負の感情が生まれるのは避けられない。

 それでも、私はモンスターハンターが大好きなんだ。

 あの素晴らしい『現代』へと繋がるために、私はこの『古代』で頑張りたい。

 

「皆の力を貸して欲しい。自然の摂理の外側……ただ憎しみだけで、竜と人が殺し合うのは見たくないから。……そんな私のワガママな夢を、手伝って欲しい」

 

「姉上の願いは我の願い。姉上が決めたことであるなら、我に異論など有りません」

 

「ルー姉。が。そう言う。なら。まぁ。手伝って。やる。」

 

「お姉様の力に屈した瞬間より、わたくしの力と心はお姉様のもの。どうぞ、好きにお使いくださいませ」

 

「……お姉ちゃんのお手伝い……したい」

 

 身勝手でワガママな話だ。

 元人間の私と違って、弟妹達はモンスターだというのに。

 それでも、間髪入れずに私の頼みを受け入れてくれた。

 

 ――ああ、本当に私は恵まれている。

 ここまでお膳立てされて、引き下がれる訳がない。

 

 何がなんでもハッピーエンドを引き寄せる。

 歴史に語られる凄惨な竜大戦なんて、絶対に阻止してやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 龍は人との共存と平和を願い。

 人は龍種の絶滅と戦争を願う。

 根底の部分で噛み合わない、どこまでも続く平行線のようなすれ違い。

 それでも、祖龍の少女はハッピーエンドを宣言した。



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第18.5話 イコールドラゴンウェポン

次は感想100超えorお気に入り登録1500超えor評価80超えした辺りで3話くらい一気に更新します。


 シュレイド王国・王都。

 その中央にコの字を描いて並び建つ3つの巨大な建物は、そのどれもが僅か数年前に建てられたばかりである。

 まず中央にあるのが『キラーズギルド本部』。

 世界中に散らばっているキラーズの管理や任務の発令などを担い、対竜戦線の総司令部としても機能する人類最後の砦だ。

 

 その左側が『対竜種兵器開発研究所』。

 名前の通りキラーズが討伐した竜の素材から武具を生産したり、竜種に有効なアイテムや兵器を開発している。

 当初は新兵器開発に苦戦していたが、1年前にテオス・ウェルトーと名乗る老人が所長に就任した直後から、次々と成果を挙げているらしい。

 事実、キラーズに支給される武具の性能は飛躍的に上昇していた。

 

 そしてキラーズギルドの右側、兵器研究所の対面にあるのが『竜種観測隊本部』。

 生態観測隊が再編成されて生まれた組織であり、あらゆる手段でモンスターの情報を収集するのが主な業務だ。

 また竜種の弱点や習性を解析し、有効な情報をキラーズギルドや兵器研究所に提供するという非常に重要な任務も担っている。

 

 人類がモンスターを絶滅させる為に築き上げた3つの牙城。

 その背後に悠然と聳え立つシュレイド城の回廊を、2人の女性が歩いていた。

 

「古龍種……? フランシスカ、どこからその情報を得たのですか?」

 

「ノースタウン近郊の森で遭遇したモンスターから聞いた。奴の言葉の真偽を確かめる為に貴様に聞いたのだが……ふん、どうやらあの龍は正直者だったらしいな」

 

「な……!?」

 

 “古龍種”。

 それは天災に匹敵する力を持ち、単体で国を1つ滅ぼしてしまうほどの力を持つ真なる怪物達の総称だ。

 その力に反比例して個体数は非常に少ないので、古龍の調査に全霊を注いでいる竜種観測隊ですら目撃情報が入るのは稀である。

 もちろん古龍種の存在を公に公表すれば、国民達は恐怖で混乱するだろう。最悪の場合は大パニックが起きてしまう。

 だからこそ古龍種の情報は極秘にされており、キャロルを筆頭に少数の人間しか知らない存在なのだ。

 

 そんな極秘情報を入手しているだけでも驚愕に値するのに、フランシスカが平然と「モンスターから聞いた」などと言い放ったのを聞いてキャロルは卒倒しそうになった。

 それを何とか堪えて、キャロルは勢いよくフランシスカの肩を掴む。

 

「念のために確認しますが、それはモンスターと会話したということですか? 冗談や嘘ではなく、本当に!?」

 

「私は嘘はつかん。というか、貴様は人の姿に化けられるモンスターを知らなかったのか? 私の言葉を理解して、普通に返事したぞ」

 

 あまりの情報にキャロルは思わず壁に手をついた。

 モンスターが人の言葉を理解して、さらに会話に応じたと? 

 つまりそれは、人間の最大の武器である「知恵」を有するモンスターが存在するということになってしまう。

 しかも人間の姿に擬態できるなら、容易に街の中に侵入が可能になる。

 そのモンスターがもしも街の中で元の姿に戻って暴れたら、それだけで街が1つ壊滅するだろう。

 いや、竜種と戦う為に必須な施設が全て揃っているこの王都でやられたら……?

 それだけでシュレイド王国は……人類は敗北するのではないか?

 

「貴女、そのモンスターの姿は憶えていますか!? 出来るだけ詳細に教えて下さい!!」

 

「う、うむ。分かったからそう大声を出すな」

 

 いつもの冷静で物静かなキャロルからは想像も出来ない剣幕に、流石のフランシスカも気圧されてしまう。

 肩を掴んで揺さぶってくるキャロルから距離を取ってから、漆黒の剣士は改めて口を開いた。

 

「まず人に化けた時は少女の姿だった。髪色は白で、服装はまるで花嫁衣装のような純白のドレスだな。全体的に真っ白だったが、瞳の色だけは血のような真紅だ」

 

 脳裏に焼き付いた宿敵の姿を思い浮かべ、フランシスカは順に特徴を伝えていく。

 

 

「本来の姿は巨大な白龍で、凄まじい威力の落雷を無限に生み出す能力を持っている。名前は祖龍ミラルーツ……おっと、これは秘密だったか」

 

「祖龍……ッ!?」

 

 本日2度目の驚愕に見舞われて、キャロルの顔が真っ青になった。

 ソレは竜種観測隊の中でも最大の機密だ。

 その存在を知っているのは、キャロルを除けば僅か数人しか存在しない。

 『蛇の湖』で観測に成功したイザベル副隊長とその観測任務に同行した少数の隊員、そして壊滅した軍の生き残りであるフーゴとその部下数名のみである。

 

 ――祖龍ミラルーツ。

 世界で初めて観測された原初のモンスター。

 全ての竜の始祖である可能性が高く、その説を裏付ける痕跡がいくつか発見されたことから『祖龍』の名を冠された王。

 フーゴ・ヒルデブラントが持ち帰った情報から、人類では対処不可能な脅威として『禁忌』指定された存在。

 3年前にイザベルが観測してから、1度も姿を見せなかった幻の龍。

 当然だ、人に擬態しているなど考えつくものか。

 

「フランシスカ、祖龍の名は誰から?」

 

「その情報を聞き出した時の条件が匿名希望だ。私の口からは言えんが、貴様ならすぐに分かるだろう。その反応を見るに、祖龍の存在を知る人間は少ないようだからな」

 

「私としては、貴女がその匿名希望の方のように口が軽くないことを祈るばかりですが」

 

「まさか。祖龍は私の獲物だ、その存在が隠されている方が横取りされる心配が無くて都合が良い。……尤も、この私以外にアレを殺せる存在などいないと思うがな」

 

 ――1人だけ。

 フランシスカと互角の力を持つキラーズがいるが、彼女と祖龍では恐らく相性が合わない。削り合いで押し負けるだろう。

 『魔境還り』もあの有能な狙撃手の部下と共闘すれば、多少は戦える可能性はある。しかし、最後は純然たる実力差で祖龍が勝つ。

 祖龍の命に手が届くのは、フランシスカ・スレイヤーただ1人だ。

 

「キャロル。もし祖龍の討伐任務(クエスト)を出す場合は、必ず私に依頼しろ」

 

「それが口止め料ですか?」

 

「ああ、そういうことにしておけ」

 

「……分かりました」

 

 竜種観測隊の機密情報を握ったのだから、それこそ地位も大金も要求出来るというのに。

 フランシスカが望むのは、強敵と殺し合う権利のみ。

 相変わらず“壊れている”友人にキャロルは溜息をついて、意識を祖龍から次のことに切り替えた。

 

「それにしても……フランシスカ、もう少し服装に気を配るべきですよ。これから王侯貴族の前に出るというのに、いつもの戦闘服じゃないですか」

 

「放っておけ、私はこれが気に入っているんだ。それに私ほどの美人になれば、何を着ても格好がつく」

 

 そう言って胸を張るフランシスカは、戦っている時とは違い艶やかで色香があった。

 服装も髪型もいつも通りなのに、少し所作を変えるだけでこれだ。

 普段は自分の容姿に頓着しないキャロルですら、彼女の隣に立つと何故か気後れしてしまう。

 

「あー、あー、良いですねぇ。自分の容姿に自信がある人は」

 

「私には敵わないが、貴様も大概に美人だぞ? 確か観測隊の中で貴様に想いを寄せている男がいたな。確か名前はガ……」

 

「わー!? 今ガイルは関係ないでしょう!? 私のことは良いんですよ!」

 

「今年で26になるというのに、まるで生娘のような反応をするな貴様は」

 

「同い年で独身かつ恋愛経験がないのはお互い様でしょう!」

 

 少し皮肉を言っただけなのに、凄まじいカウンターを食らったキャロルが顔を真っ赤にして叫ぶ。

 それから慌てて咳払いして持ち直すと、今度はキャロルが反撃に出た。

 

「そういう貴女はどうなんですか? シャルロットくんとは随分と仲が良かったですが」

 

「うむ、アレはなかなか見所があるぞ。そのうち『魔境還り』を追い越すかもしれん」

 

 次の手合わせが楽しみだと頷くフランシスカに、思わずキャロルは転びそうになった。

 

「今の流れからどうして戦闘力の話になるんですか!? そこは恋愛的な視点で返答するところでしょう……」

 

「ああ……? 恋愛……?」

 

「本当にもう貴女は……!」

 

 人の色恋には機敏なくせに、自分のことになると亀より鈍くなる人類最強な友人にキャロルは頭を抱えた。

 これ以上はキャロルの方が一方的に火傷するだけなので、話を最初に戻す。

 

「とにかく、ドレスコードを指摘されても知りませんからね」

 

「むしろ追い出された方が喜ばしいくらいだ。……随分とつまらん用件で私を呼び戻したな」

 

「キラーズに入ってからは、退屈だから任務を寄越せとずっと言っていたじゃありませんか。これも任務の1つですよ」

 

 ──イコールドラゴンウェポン。

 通称を竜機兵。

 キラーズ……というよりフランシスカが怒涛の勢いで竜を殺したことで必要量の素材が集まり、ソレは予定よりも早く完成したらしい。

 フランシスカは竜機兵がどんなモノか知らないし興味もないのだが、製作に大きく貢献した1人として、完成品の発表会に呼ばれたのだ。

 もちろんキャロルも協力者の1人であり、揃って出席するように言われている。

 

「オモチャの発表会に付き合わされるくらいなら、雑魚モンスターと戯れる方がまだマシだな」

 

「それ、開発者の前では絶対に言わないで下さいね」

 

 愚痴を零しつつ招待状を提示して会場に入ると、目が眩むような豪華な装飾が目に入った。

 天井には黄金のシャンデリア。壁には億の値がつく絵画がいくつも飾られていて、並べられた円卓の上には庶民が見たこともない豪華な料理が山積みにされている。

 会場内で談笑しているのは、政治に興味を示さないキャロルやフランシスカでも顔と名前を知っているほどの上位貴族達だ。

 自らの権力と財力を示すかのように自慢の一張羅を羽織り、宝石で己を飾り立てている。

 かなり酒が入っているのか、アルコールで赤ら顔になっている男達が獣欲に漲った視線をキャロルとフランシスカに向けた。

 

「おっと、間違って新車の発表パーティに来てしまったようだ」

 

「私を置いて逃げたら一生恨みますよ」

 

 いきなり帰ろうとしたフランシスカの後ろに回り込み、キャロルは人類最強を盾として使う。

 貴族達に気に入られて権力で無理やり愛人にされるのだけはごめんだ。

 

「……裏切ったのは私を盾にした貴様ではないか?」

 

「貴女なら暴力でいくらでも厄介事を解決出来るじゃないですか」

 

 事実である。

 圧倒的な暴力の前では権力も財力も役に立たない。

 フランシスカならシュレイド王国を丸ごと相手にしても勝つだろう。

 本当に危険なのは3年間大人しくしていた祖龍よりも、生粋の戦闘狂であるフランシスカの方かもしれない。

 

「ははっ、凄え光景だな。世界中を見渡しても、人類最強をそこまで雑に扱えるのはお前だけだろうな」

 

「中佐殿、お願いですから離れないで……っ」

 

 会場の端で男達の視線を避けていたフランシスカ達に声をかけたのは、屈強な隻眼の男。

 その大きな背中には、会場内の雰囲気に呑まれた榛色の髪の美女がくっついてる。

 『魔境還り』の異名を持つ軍の英雄フーゴと、その英雄を補佐する異次元の狙撃手アレクシアだ。

 

「何だ、貴様も呼ばれていたのか?」

 

「お前さんほどじゃねぇが、オレもそれなりの数のモンスターを討伐したんでね」

 

 そう言って懐から招待状を出したフーゴを見て、フランシスカは眉を寄せる。

 

「まさか上位のキラーズは全員呼ばれているのか?」

 

「それこそまさかだな。オレら上位陣がまとめて戦場から抜けたら、街の防衛はガタガタになっちまう。今はシエルの嬢ちゃんがオレらの代わりに戦場へ出てるだろうよ」

 

「……まぁ、この私の代理が出来るのはシエルくらいか」

 

「ご歓談のところ申し訳ありませんが!」

 

 今までずっとフランシスカの後ろにいたキャロルはいきなり会話に割り込むと、フーゴの胸ぐらを思い切り掴んだ。

 

「おいおい、急にどうしたんだよ」

 

「フランシスカに祖龍のことをバラしたのは貴方ですね……!」

 

「げぇっ!? フランシスカ、お前!」

 

「私は約束通り貴様の名前は出さなかったぞ。匿名希望から聞いたと言っただけだ」

 

 そう言ってフランシスカはそっぽを向き、フーゴの視線から逃れた。

 いつもはフーゴの味方になるアレクシアも今は会場内の雰囲気に呑まれていて援護は見込めず、孤立無援となったフーゴは冷や汗を流す。

 

「アレはフランシスカと祖龍の戦闘を止める為に仕方なくで! オレが横槍を入れてなかったら、それこそノースタウンが地図から消えてた可能性もあるんだぞ!」

 

 ギギギギギ……ッ、と。

 今度はキャロルの視線がフランシスカに向いた。

 

「フランシスカ……? 私、貴女が祖龍と戦ったなんて報告は受けていませんが……?」

 

「チィッ……! 『魔境還り』め、余計なことを!」

 

「先に約束を破ったのはお前さんだろ!」

 

「2人とも、コレが終わったら私の執務室でそれぞれ詳しく話を聞かせて貰いますからね!」

 

 いよいよ三つ巴が激しくなり、人類最強と軍の英雄が責任の押し付け合いを始めようとした時だった。

 会場内が一気に暗くなり、舞台の上に立つ老人だけが照らし出された。

 全く着飾らず白衣を着ているのを見るに貴族ではないことは分かるが、フランシスカが知っている顔ではない。

 

「おいキャロル、あの老いぼれは何者だ?」

 

「テオス・ウェルトー様です。イコールドラゴンウェポンの開発者で、その他にも竜に有効なアイテムや兵器を次々と生み出している方ですよ」

 

「最近は国中で名前が報道されてるぜ、マジで知らねえのか?」

 

「ほう、アレがか……」

 

 少しだけ興味を示したフランシスカが目を細め、会場にいる全ての人間が舞台上に立つテオス・ウェルトーへ視線を向けた。

 

『定刻になりましたので、これよりテオス・ウェルトー様による新兵器「イコールドラゴンウェポン」の発表を始めさせて頂きます!』

 

 拡声器で増幅された司会者の大声が会場内に響き渡り、テオスの背後にある真紅の幕が上がる。

 ライトに照らされて姿を現したのは、薄緑色の液体で満たされた巨大な水槽だ。その水槽は屋敷と呼べる規模の建物すらあっさりと収まってしまうほどに大きい。

 そしてその中に入っているのは、無数の管に繋がれた真紅のドラゴン。

 

 ――竜機兵。

 対龍用決戦兵器・人造竜イコールドラゴンウェポン。

 

 ラオシャンロンに匹敵するその巨躯は黒い竜鱗で覆われており、その上から更に鋼鉄の鎧を纏っている。頭部にはナバルデウスのような湾曲した巨大な角。ゴグマジオスの如く爪が備わった翼脚に、胴体と同じくらい長い尻尾。そして背中には鋸のような刃が並んでいる。

 これこそが成体の竜の素材30体分から作り上げられた、龍を殺す為の決戦兵器。

 

 竜機兵の迫力に会場からは大歓声が上がるが、その中でキャロルとキラーズの面々だけは静かだった。

 生命を冒涜する悍ましい兵器にキャロルは口元を押さえ、フランシスカとフーゴは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。アレクシアに至ってはすぐに視線を逸らしてフーゴの背中に顔を埋めた。

 

「随分と気持ちの悪いモノを作ったな。本当に生きているぞ、アレは」

 

「あァ、マジで竜の死骸から生命を創造しやがった……」

 

 多種多様な、それこそ30種類以上の竜の血肉から生まれた歪な命。

 間違いなく生物でありながら兵器でもあり、人の支配下から離れると自力での生命維持も出来ずに死んでしまう。

 そんな、生物に必須の機能すら奪われた存在。

 人工生命体。

 竜機兵の機能を朗々と解説するテオス・ウェルトーと、人類の勝利を確信して熱狂する権力者達。

 彼らは気付かない。

 生命を冒涜するこの禁断の行為こそが、大自然を本気で怒らせることに。

 

 その光景を眺めながら、崩れ落ちそうになるキャロルを支えてフランシスカは確信する。

 これで今までのような小競り合いは終わり、種の存亡をかけての戦争に発展するなと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──平和を願う1人の少女を嘲笑うように。

 本当にあっさりと、史上最悪の血塗られた戦争が幕を開けた。





※次回からインフレの第1波が来ます。
主人公最強タグの活躍を期待している皆様、お待たせしました。
こっから先は強キャラがひたすら暴れ回り、その更に上の次元で主人公とフランシスカが暴れます。


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第19話 竜大戦/開戦

 『禁忌』が全員集結してから7日が経過した。

 その間に私が何をやっていたかと言うと、岩場となった孤島の上でただ怪我の回復に努めているだけだった。

 いや、うん。

 アレだけ格好をつけて宣言したのに、我ながら酷いなぁとは思うけど。

 だけど私とアルンはお互いに傷だらけだったし、下手に動いて人間側を刺激する訳にもいかなかったし。

 別にフランシスカさんが怖かった訳じゃない。怪我した状態であの人と遭遇したくないなー、とか考えてたりしてない。

 ないったら、ない。

 

 だけど、この7日間にも収穫はあったよ。

 まず私はこの休養期間を存分に利用して、私は本格的に自分を鍛え始めた。そのおかげで、7日という短い時間で私の能力は飛躍的に向上してる。

 特に細かいことが出来るようになったかな。

 水を電気分解したり、生物の体内の電気信号に干渉したり、電気で原子に干渉してメルトダウンを起こしたり。

 最後のはちょっとヤバかったけど、これからの結果から1つ分かったことがある。

 祖龍の能力の本質は「電撃を発生させる」ことじゃなく「電気が関係するあらゆる事象を司る」ことらしい。

 うん、ぶっ壊れ(チート)性能だわこれ。

 ゲームで見てるブレスや落雷なんて、祖龍の力のほんの一端に過ぎなかったってことだからね。

 理系ならこの事実がどれだけ頭おかしいか一瞬で分かると思う。

 汎用性が高すぎてほぼ無限大だし、今のペースだと私が自分のことを完全に理解するのは100年後になりそう。

 だけど限界はまだ先ってことは分かったから、努力する甲斐があるけどね。

 

 それと、私に関してもう1つ。

 どうやら古龍種……というか、モンスターは瀕死の状態から回復すると力が増すらしい。

 私の場合だと全身の龍鱗の厚さが増して防御力が上がったし、バッテリーの容量も増えた。しかも日が経つごとに傷の再生が早くなったし。

 命の危険を感じた本能と肉体が「もっと強くなる必要がある」と判断するのか、怪我をする前とは比較にならないほどスペックが上がる。

 これは私の予想だけど、こうして戦闘を繰り返して強くなった個体がゲームで言うところの『G級個体』になるんでしょう。

 

 ……2つ目は私だけの話じゃなくて、モンスター全体が頭おかしいよね。

 この世界の生物のスペックが全体的に高すぎる件。

 何なの瀕死の状態から蘇ったら強くなるって。

 どこの野菜星の戦闘民族ですかー?

 

 閑話休題。

 

 次に弟妹達。

 まずアルンは私と一緒にこの岩場でずっと休憩。

 ボレアスとバルカンは大きな街の空を飛び回って、人里に近づくモンスターを減らしてもらってる。

 軽く威嚇しながら周囲を飛び回って縄張りだとアピールすれば、大抵のモンスターは本能で実力差を悟って近寄らないからね。

 2人とも夜には帰ってくるけど、今までずっと一緒にいたあの子達と長時間別行動するっていうのはまだ違和感があるね。

 ララは飛べないから、海底を移動してとある島国の船を襲うモンスターを追い払ってる。

 

 とにかくモンスターを人里から遠ざけて、キラーズと竜の戦いを減らすことが当面の目標。

 今のところは順調らしく、弟妹達の報告によるとキラーズが狩りに出る頻度は減少してるらしい。

 ……だけど、ちょっと変な感じがする。

 少し前までキラーズはモンスターを絶滅させようと躍起になってたし、アルンに無謀な戦いを何度も挑んだりしてた。

 それなのに、モンスターを人里から遠ざけたくらいで各地の戦闘が落ち着くのかな?

 

 考えられる可能性は……3つ。

 1つ目は、私の理想通りモンスターの襲撃が減ったから絶滅まで攻撃する必要はないって判断になった。

 2つ目は、どこかで古龍のような強大なモンスターから甚大な被害を受けて、龍に手を出すのは危険だと考えた。

 3つ目は、何かしらの目標を達成して、モンスターへの攻撃を一時中断している。

 

 ぶっちゃけ1つ目と2つ目の可能性は低い。

 1つ目だと予想するのは流石に楽観的だし、禁忌クラスのモンスターに何度も攻撃していることから2つ目もないかな。

 そうなると3つ目だよねー。

 フランシスカさんと戦ったあの森の中で、私は素材が剥ぎ取られて解体されたモンスターの死体をいくつも見ている。

 もしかしたら、キラーズは竜の素材が欲しくて乱獲してたのかも。

 だって原作ゲームでも分かる通り、モンスターの素材で生産した武具は鉄製のモノより圧倒的に性能が上だからさ。

 まずはキラーズ全員に高水準の武器を支給して、本格的な攻撃を仕掛ける準備をしていたのかもしれない。

 

 だとしたら、人間が総攻撃を仕掛けるのは時間の問題で――……

 

「「「――――ッ!!」」」

 

 擬人化状態で仰向けに寝転がり、夜空を眺めていた私が真っ先に反応した。

 僅かに遅れて同じく擬人化状態で寝ていた弟妹達が起き上がり、夜空を翔けるソレ(・・)を凝視する。

 

「何ですの、アレは……!?」

 

「人間共め、どこまでも我らをコケにするか……ッ!」

 

 アルンが嫌悪と驚愕の声を出し、その右横でバルカンが怒りを露わにして拳を握った。

 私は声も出せずに、呆然と飛んでいくソレ(・・)を見送る。

 

 夜の闇に紛れるようなドス黒い竜鱗。

 星の光を浴びて鈍い光を放つ鉄の鎧。

 真体化した私達を上回るほどの巨体。

 

 私はソレ(・・)を知っている。

 竜大戦が残した悍ましい兵器。

 公式設定によると成体の竜30体分の素材から、古龍を殺すために作られた人造の命。

 イコール・ドラゴン・ウェポン。

 

 私達の頭上で3機1組となった12体の竜機兵が、別々の方向へ飛んでいく。

 

「ボレアス、バルカン、アルン、今すぐ擬人化を解除してそれぞれアレを追いかけるよ! ララはシュレイド王国へ、アレが他にいないか確認して!」

 

 反射的に弟妹達に指示を飛ばし、私は擬人化を解除して全速力で竜機兵を追う。

 続いてボレアス達も龍脈を解き放って真体化し、私が追っている3機とは別の竜機兵の追跡を開始した。

 私は南、ボレアスは西、バルカンが東、アルンが北へと向かい、ララは海底に潜る。

 よし、これでひとまず人間側の動きはマークできるな。

 

 それにしてもマズい、本当にマズい。

 まさか既にアレが完成してるなんて、本当に予想外だった。

 恐らくキラーズが素材を集めていたのは、アレを大量に生産する為だ。そして私の予想通り、ひとまず必要量の素材が集まって生産が安定したから各地の戦闘が落ち着いたってことか。

 3つ目の予想が大当たりとか最悪だね。

 アレが本当にイコール・ドラゴン・ウェポンなら、古龍に匹敵するほどの力を有していることになる。

 1機でも十分に脅威なのに、私が確認しただけで12機も完成してるなんて。

 単純計算で約360体の竜の素材が、あんな姿に……!

 

 心の奥底から湧き上がる嫌悪感を押し殺し、私はレーダーで捉えた竜機兵の生体反応を分析する。

 ……っ。

 なに、コレ?

 見た目こそ整えられてるけど、中身はグチャグチャになってる。

 何種類のモンスターをミキサーにかけて混ぜたものを纏めて、無理やり1つにしてるのは分かってた。

 だけど、これは……!

 

 恐らくモンスターから剥ぎ取った内臓を詰め込み、機械とかで補強して無理やり生命維持に使ってるんでしょう。

 神経も全て人工物だし、本来は脳が体に命令を出す時に使う生体電気はどこか遠くの場所から送られてきてる。

 なるほど、分かってきたよ。

 恐らく竜機兵の脳は受信機のような役目を持っている。

 それで人間からの命令を受信してから、人工神経を使って体を動かしているんだ。

 

 でも、飛行速度は大したことない。

 私の約300メートル先を飛ぶ竜機兵の速度は、恐らくマッハ7くらいかな。

 最速の戦闘機と同じか、ちょっと速いくらいだね。

 ラオシャンロン級の巨体が音速の7倍で飛ぶのは確かに大迫力だけど、これが全速力なら私基準だと遅いくらいだ。

 鳴動を使う必要もなく追い抜けるし。

 

 でも、他の古龍種からしたら厳しい速度でもある。

 飛行速度に特化したバルファルクなら勝てるだろうけど、飛ぶのがそこまで速くない古龍にはキツイでしょう。

 飛ぶのが得意な種で、しかもG級個体なら流石に勝てると思う。

 下位個体で竜機兵を追い抜けるのは、それこそバルファルクくらいだよね。

 ……まぁ、私はまだ『禁忌』以外の古龍種を見たことがないから断言するのは無理だけど。

 

 他のスペックも気になるけど……どうしよう。

 念のために300メートル離れてるけど、アイツらが私に気付いている様子はない。

 索敵能力はないのかな?

 奇襲は出来そうだけど、竜機兵の目的も気になるしあと少しだけ様子見した方が良いかも。

 

 と、そんな事を考えていると竜機兵が高度を落とす。

 すぐに私も翼を動かして追いかけると、鉄の竜はかなり広大なジャングルの前に着地した。

 ……何するつもり?

 空から竜機兵を観察してるけど、何故か着地してから数分経っても全く動かない。

 そろそろ私の方が動こうかと悩んでいると、中央に立っている機体が鋼鉄のアギトをおもむろに開いた。

 

 ――直後、爆炎。

 

 巨大な火球ブレスがマンシンガンのような速度で連射され、竜機兵の前方にあったジャングルが吹き飛んだ。

 MHXに登場した新フィールドの古代林を想起させるジャングルが一瞬で炎に包まれ、私がいる高さにまで黒煙が上がる。

 半分機械だからスタミナが存在しないのか、1発で街が灰になるほどの威力の火球を延々と連射し続けた。

 

 そして炎から逃げてジャングルから飛び出してきたモンスターを、待機していた残りの2機がその巨体と鉄の爪牙で惨殺していく。

 圧倒的だ。

 統一性のない巨大な牙は飛竜の体をあっさり喰い破り、反対に鋼鉄の鎧と黒の竜鱗は敵の攻撃を通さない。

 竜機兵の巨体が動くだけで、モンスター達の命が10も20もまとめて消える。

 それだけの命を奪っておきながら、竜機兵はモンスターの死体を捕食する気配はなかった。それどころか竜機兵の後ろから現れた人間達が、竜の死体を回収している。

 

 …………最悪、だ。

 ここまでやられたら、もうモンスター側だって黙っていない。

 確かに竜は人間より知能で劣るけど、だからって馬鹿じゃない。

 転生者である私と違って生粋のモンスターである弟妹達は人の言葉を短期間で理解できるほど頭が良いし、原作ゲームのモンスターにだって知能が高い種族は存在する。

 代表的なモンスターはアトラル・カとかね。

 古龍種になればさらに知能は上がる。

 つまり、こんなことを世界各地でやれば確実に古龍種は人間を自然界の害悪だと認識しちゃう。

 

 その先は、竜大戦だ。

 

 ……ううん、もう竜大戦は始まった。

 止められなかった。

 もう、全員が幸せになるハッピーエンドの道はない。

 だって人間達が、何の脈絡もなく突然に、総攻撃を始めてしまったんだから。

 

 怒りがふつふつと沸き上がる。

 モンスターが怖いのは分かるよ。

 もしも身内がモンスターに襲われて殺されたら、私だって絶対に許せない。憎悪の感情だって抱く。

 でもその感情は直接手を出した相手に向けられるべきで、モンスター全体に向けるものじゃない。

 ましてや何もしてないモンスターを一方的に殺すなんて、どんな理由があっても許される訳がない。

 

 私の脳裏に、2つの選択肢が浮かぶ。

 竜機兵の攻撃を止めるか、止めないか。

 数年かけて人前から姿を消して、出来る限り関わらないようにした。殺すのも殺されるのも嫌だったから。

 それを台無しにしてでも、私は人前に姿を見せるの?

 下手に姿を見せたら対策を立てられる可能性や、フランシスカさんが殺しに来る可能性もある。

 だけど。

 竜機兵だけは、イコールドラゴンウェポンだけはダメだ。

 アレ自体はもちろん、その製造方法だって絶対に後世には残せない。

 竜機兵の製造に関わった研究者はもちろん、研究データも全て抹消しないと。

 人を、殺す。

 殺人。

 その言葉に体が震える。拒絶反応が起きる。

 

 ボレアスやバルカンに、研究者の抹殺を任せることは出来るでしょう。

 でも、それは最低だ。

 私だけ手を汚さず、弟妹達に嫌な役目を押し付け、その上で綺麗事を言うことは許されない。

 戦争の阻止は出来なかった。

 人間側の攻撃がこれほど早く始まることを予想できなかった、私の失敗だ。

 その上で私に出来ることは、被害を最低限に抑えて終戦を迎えることだけ。

 他に道は、ない。

 

 翼を閉じ、私は一気に急降下した。

 未だに火球ブレスを連射する機体の前に着地して、雷球ブレスで迎え撃つ。放たれた紅雷は炎を蹴散らし、竜機兵に直撃してその巨体を吹き飛ばした。

 

『――――ギギザザザザザザザザザザザザガガガガガッ!』

 

 残る2機が耳障りな金属音のような咆哮を発すると、虐殺する手を止めて私を睨む。

 そして鉄のアギトを開いてあの連続火球ブレスを放とうとするけど、空から真紅の雷が降り注ぐ方が速かった。

 落雷に貫かれた2機の竜機兵が煙を上げてダウンし、ピーピーという電子音が響き渡る。

 だけど、竜機兵は1撃では倒れなかった。

 体の各所から煙を吐き出しながらも、全ての機体が起き上がる。

 

 頑丈だけど、関係ない。

 ぶっ壊れるまで、一方的に蹂躙してや――

 

「――――ッ!」

 

 何よりも速く。

 本能に従って、私は二足歩行から四足歩行へと切り替える。

 まるであの時のように。

 私の首があった場所に、神速の斬撃が駆け抜けた。

 

「……よもや。これほど早く再会出来るとは思わなかったぞ、祖龍!!」

 

 殺意と狂喜に濡れた凶相を浮かべ、私と竜機兵の前に漆黒の剣士が現れる。

 は、はは、今年の私の運は「大凶」だね。

 最悪の上に最悪を重ねるような展開に乾いた笑いが込み上げてくるのを感じながら、私は白衣を纏った人間達に向けて全力で咆哮した。

 

 殺気を全開にしているところ悪いけど、フランシスカさんと戦うつもりはない。

 竜機兵だけを破壊して、ここから離脱させてもらう!

 

 

 

 

 

 ――純白の龍が紅雷を纏って牙を剥き、漆黒の剣士が哄笑して太刀を抜く。

 そして2つの最強が発する絶大な戦意に反応して、3機の竜機兵が金属音のような咆哮を上げた。

 同刻。

 世界各地で黒龍が、紅龍が、煌黒龍が、生命を冒涜した人間と竜機兵に怒りを向ける。

 

 竜大戦が、幕を上げた。




【戦況レポート】

・祖龍VS竜機兵VSフランシスカ

・黒龍VS竜機兵&???

・紅龍&???VS竜機兵&???

・煌黒龍VS竜機兵&???

フランシスカのところだけ三つ巴になっているのがミソだと作者は思ってます。
次回は人間視点です。


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第19.5話 竜大戦/開戦(裏)

祝!
二次日間ランキング1位!
総合日間ランキング3位!
本当に、本当に、ありがとうございます!

近いうちに1日数話更新すると思います。
評価、お気に入り登録、感想をつけて下さった皆様に心から感謝を。


 シュレイド地方・南部。

 そこに広がるのは人類未踏の『魔境』の1つ、サーネル樹海。

 元から凶暴な猛獣が多数生息していたジャングルだが、モンスターの出現によりその危険度はさらに跳ね上がり、バテュバドム樹海にも匹敵する危険地帯になっていた。

 そんな『魔境』の中を、自動四輪車が大量の排気ガスを垂れ流しながら爆走する。

 木の根や穴ぼこだらけの獣道を最高速度で駆け抜けているので、自動四輪車の揺れは凄まじい。

 それはもう、自動四輪車での移動に慣れているキャロルが顔が真っ青になるほどに。

 基本的に傍若無人で他人など顧みないフランシスカも、数少ない友人の1人がこれでは流石に心配してしまう。

 

「おい、大丈夫か貴様。今にも朝食を全て戻しそうになっているが」

 

「分かっているならあまり話しかけないでください! というか、貴女はどうして平然としているんですか……っ」

 

「自分の足より遅い乗り物で酔うわけないだろう」

 

 フランシスカの全速力はあの祖龍に匹敵する。

 体幹と動体視力も音速を遥かに凌駕する世界に適応しており、自動四輪車のスピードと揺れなど問題にならない。

 余談だが、危険地帯である『魔境』をこれほど音を立てて派手に移動しているのにモンスターに襲撃されないのもフランシスカの影響である。

 竜の方が怯えて逃げるフランシスカを乗せていなければ、この『魔境』を車1台で横断するなど不可能だ。

 

「それで、私をこの『魔境』に連れてきた理由は何だ?」

 

「今回の貴女の任務は、イコールドラゴンウェポンの起動実験のセーフティです。アレは兵器ですが、同時に生物でもありますから。万が一トラブルが発生して暴走した時は、貴女が無力化してください」

 

「あの気持ちの悪いガラクタの管理など全くもって不本意だ。オモチャ作りに精を出すくらいなら、刀を鍛える方がマシだな」

 

「武器1つだけで戦えるキラーズなんて、貴女を含めても10人未満ですからね? ……うぅ」

 

 それだけ言うといよいよ限界なのか口元を抑え始めた友人を尻目に、フランシスカは欠伸を噛み殺す。

 はっきり言って、フランシスカは竜機兵に興味はなかった。

 竜の上位種である『古龍』をも殺すという触れ込みらしいが、肝心の古龍種をフランシスカはまだ見たことがないのだ。

 しかし、あの祖龍が強いと断言しているのだから古龍種は強いだろう。それ程の存在を、たかが鉄屑のオモチャが殺せるとは思えない。

 

(まぁ、竜機兵の性能が本物ならばそれで良し。私の遊び相手くらいにはなるだろう。ガラクタであったとしても、アレは間違いなく龍の怒りに触れるもの……運が良ければまた祖龍と会えるかもしれん)

 

 そう結論付けて、フランシスカはキャロルから渡された実験資料に目を通す。

 今回の実験では3機1組とした計12機の竜機兵を王都から4箇所の戦場に飛ばすらしい。

 南のサーネル樹海、北のノウス凍土、西のデボン平原、東のイード火山。この4つの『魔境』を壊滅させることで、今回の実験は成功となる。

 だが竜機兵はあくまで生体兵器。

 受信機としての機能を持つ脳に遠隔で命令を出すらしいが、その時に色々とややこしいコトが起きるそうだ。

 全く興味が湧かなかったので、フランシスカはそこから読むのをやめた。

 

「ん、車が急に止まったようだが?」

 

「ここが……今回の実験地点、ですよ……」

 

「話しかけた私が悪かった、貴様はもう喋るな。担いでやるから大人しくしていろ」

 

「うぅ……」

 

 まず自動四輪車の鉄のドアを長い足で蹴破り、キャロルを抱えて車を降りる。

 車が止まった場所は、樹海の中に作られた巨大な穴の前だった。

 

「フランシスカ、車のドアをむやみに壊さないでください……」

 

「知らん。それより目的地はこの穴の中か? 飛び降りるぞ?」

 

「絶対にやめてください! 下に降りるためのロープが、って、ちょっと待っ、きゃあああああああああ!?」

 

 話の途中でいきなりフランシスカが飛び降り、キャロルが絶叫する。

 穴の深さは10メートル近く、常人ならば大怪我は免れない高さだ。最悪の場合は死に至るだろう。

 しかしフランシスカにとっては10メートルも1センチも大差なく、自分と同じ身長のキャロルを抱えたまま悠々と着地する。

 

「どうだ、この方が早いだろう?」

 

「…………、……………………」

 

「おい、吐くなら私の服にかけるなよ」

 

「吐き……ません……っ!」

 

「無駄なところで根性を見せるな、貴様は」

 

 渾身の力でフランシスカに抱きつきながら、キャロルは苦しみに耐え抜いて嘔吐感に打ち勝った。

 ギリギリで女性の尊厳を守ったキャロルの根性を称えながら、友人の背中を撫でてフランシスカは穴の中を見渡す。

 穴の中心には様々な機械が並べられ、カラフルなコードが地面を埋め尽くしていた。そしてその機械群の間を白衣を着た人物達が慌ただしく走り回っている。

 これではまるで野外研究所だ。

 雨が降れば大惨事になりそうだが、今回限りの臨時拠点なのでそこまで考慮する必要は無かったのだろう。

 

「そろそろ歩けるか?」

 

「ええ。ご迷惑を……いえ、半分は貴女のせいでしたね」

 

「抱えてやったのに随分だな」

 

「飛び降りのダメージが上回っているので」

 

 軽口を言い合いながら穴の中心に向かい、責任者と思われる男性の方へ。

 

「竜種観測隊所属キャロル・アヴァロン、着任しました」

 

「お待ちしておりました、アヴァロン様! 竜種生態学の権威と名高いあなたにお会い出来るとは、光栄ですな。私が本実験の責任者を務めております、オリバー・ルドローです。……して、そちらの方は?」

 

「こちらはフランシスカ・スレイヤー。竜機兵が暴走した際のセーフティを担います」

 

 キャロルの時は笑顔だったルドローだったが、一転してフランシスカの紹介に嘲笑を浮かべた。

 

「ああ、あのキラーズとかいう野蛮人の。人類最強だとか太刀1つで千の竜を殺したとか、随分と面白い冗談(・・)を言いふらしているそうで。まさか本当に、人類最高の兵器である竜機兵を太刀1つで止められるとでも……」

 

「ええと! 早速ですが、今回の実験の詳細な内容をお聞きしたいのですが!」

 

 ルドローが落としたいきなりの爆弾発言を、またも顔を真っ青にしたキャロルが大声で上書きする。

 するとルドローは得意げに竜機兵について語り出して、フランシスカは興味がなさそうに太刀の手入れを始めた。

 最悪の事態にならなかったことに安堵して、キャロルは大量の冷や汗を流しながらため息をつく。

 『研究所』の所員や軍隊の中にはキラーズを“野蛮人”と罵り軽蔑している人間が一定数いるとは知っていたが、そのキラーズを設立したキャロルの面前でこのような態度を取るとは思わなかった。

 

 もしもフランシスカが今の挑発に乗せられていたら、次の瞬間には人間の屍で小山が生まれていただろう。

 キラーズは竜を殺すために武器などの所持が認められているのに、その武器で人殺しなど不祥事だ。

 そうなれば、キラーズを立案したキャロルの首が飛ぶだけでは済まない。

 

「……では、12機の竜機兵は既に王都を発進したと?」

 

「はい、昨夜の23時時00分頃に。もうすぐここに到着すると思います」

 

 ルドローの話を聞き流しながら相槌を打っていたキャロルだったが、研究者の口から気になる言葉が出て眉を顰める。

 腕時計を確認すると、現在時刻は5時58分。早朝だ。

 

「もうすぐ……? 王都とサーネル樹海の間にはかなりの距離がありますし、約7時間では……」

 

 王都は大陸の西端にある。

 そこから大陸の南端にあるこのサーネルの樹海までは、3万4000キロメートルの距離があるのだ。

 地球一周が4万キロメートルだと言えば、どれだけ離れているか伝わるだろうか。

 シュレイド王国が有する最新鋭の航空機でも最高速度は900キロ。途中の燃料補給も考慮すれば、とても7時間では移動出来ない。

 キャロルもフランシスカだって3日かけて王都からこの樹海まで来たのだ。

 ……フランシスカが走れば、1日で移動出来たとか言ってはいけない。

 今は常識の範疇の話をしているのであって、常識に唾を吐いた挙句に踏みつけている怪物達の話はしていないのである。

 

「素晴らしい飛行速度でしょう? 全長69メートルのあの巨体が、マッハ7という想像も出来ない速度で飛ぶのです! 圧巻だとは思いませんか!?」

 

「な……っ!?」

 

 音速を超えた世界の話にキャロルが絶句したその瞬間、凄まじい爆音が鳴り響く。

 真っ先にフランシスカが反応し、太刀を掴んで上を向いた。

 耳障りな金属音と共に大地が大きく揺れて、転倒しそうになったキャロルをフランシスカが支える。

 

「この揺れは……!?」

 

「どうやら竜機兵が到着したようですな! アヴァロン様、あれで地上の様子をご覧ください!」

 

 そう言ってルドローが指し示したのは、潜水艦が海中から水上の様子を観察する時に使う潜望鏡のようなものだった。穴の中からでも地上の様子が分かるらしい。

 駆け寄って覗くと、山のような巨体を持つ鋼の竜の姿が見える。

 

「本当にあの巨体で音速を……」

 

「なるほど、大したオモチャだな。1機作るのにどれほどの金が溶けたのやら」

 

 世界最大の領土と国力を持つシュレイド王国でも、この短期間で12機もの竜機兵を作るのは難しいだろう。

 恐らく周辺諸国が金や竜の素材を援助している。

 契約内容は……まぁ、造竜技術の提供だろうか。

 確かに、竜機兵はあらゆる兵器の中でも飛び抜けて強力だ。フランシスカですら「ガラクタ」から「オモチャ」に言葉を変えるほどに。

 

 ――人と人との戦争でも、主力兵器として活躍出来るほど。

 

 イコールドラゴンウェポンをシュレイドだけが独占するなど、他の列強国は絶対に許さない。

 あらゆる方法で、この造竜技術を得ようとしたはずだ。

 

(ふん。竜すら殺せぬ雑魚共が、一人前に龍との戦いの後を見ている訳か。実に間抜けよな。この戦争の後には、人の方が絶滅している可能性もあるというのに)

 

 恐らく龍どころか竜の脅威も知らない王侯貴族達の最期を想像して、最強の狩人は嘲笑した。

 その隣で、ルドローが興奮に満ちた声を張り上げる。

 

「素晴らしい……! お前達、すぐに実験を開始しろ! 愚かにも人間様に牙を剥いたモンスター共に、鉄と文明の裁きをくれてやれ!」

 

 ルドローの煽り文句に歓声が上がり、研究者達は一斉に機械の操作を始めた。

 そして、人工生命を宿す鉄の竜がそのアギトを開く。

 

 ――そして、爆炎。

 

 直径10メートルはある火球ブレスが乱射され、サーネルの樹海が灼熱の炎に包まれた。

 着弾の衝撃で木々と地面が消し飛び、続く業火が自然の命を焼き尽くす。

 空は黒煙で覆われ、凄まじい熱風が吹き荒れ、木と肉が焼ける臭いが充満する。

 わざわざ深い穴を掘って、そこに拠点を設置した理由がこれだ。

 竜機兵の圧倒的なまでの力は、その場の全てを破壊して焦土を作り出してしまう。

 

 『魔境』と恐れられたサーネル樹海は火の海に沈み、樹海から逃げ出そうとしたモンスターを残る2機が鉄の牙と爪で惨殺する。

 血と内臓で鉄の鎧を赤く染めながら、人間の命令に従って作業のように竜を殺す。

 繁殖を防ぐために幼体も殺し、タマゴを割り、子孫を守ろうとした親も殺す。

 

「う……っ!」

 

「辛いなら見るのをやめろ。無理をしても得をするような光景が見れるとは思えん」

 

「私はアレを作るのに協力してしまった1人です! この惨劇と向き合う義務がある……!」

 

「本当につまらんところで強情な女だな」

 

 自分の天職にするほど生き物が好きなクセに、その自然が徹底的に破壊される光景から目を逸らさないキャロルにフランシスカは呆れて首を振る。

 そして歓喜の表情で地上に向かい、竜の素材を回収しようとする研究者達を眺めてゆっくりと太刀を抜いた。

 

 ――事故を装って壊すか。

 

 フランシスカの心情的にも竜機兵は気に入らない。

 そして友人もアレが作られたことを嫌悪している。

 ならば何も問題はない。

 あのような気持ちの悪い兵器など、全てぶっ壊せば良いのだ。

 

 その、時だった。

 

「――ッ!」

 

 フランシスカの表情が、狂喜と殺意に彩られる。

 クレーターが生まれるほどの脚力で大地を蹴り飛ばし、深さ10メートルの穴から一度の跳躍で飛び出した。

 黒の狩人が地上に出るのと同時に、天空より純白の龍が降臨する。

 

 『禁忌』の一。

 全ての龍の祖、白き王、祖なるもの。

 生態系の頂点に立つ、モンスターの創造主。

 

 祖龍ミラルーツが、生命を冒涜する悍ましい兵器に牙を剥く。

 真紅の光が祖龍のアギトに収束し、巨大な雷球ブレスが容易く竜機兵の火球を呑み込んだ。

 紅雷が竜機兵を貫いて、約70メートルの巨体がゴミのように吹き飛ぶ。

 残る2機も反撃すら許されずに落雷に撃たれ、煙を上げて地に伏せた。

 

 圧倒的。

 

 竜の贋作とはモノが違うと。

 これこそが真の龍の力であると示すように、龍の始祖は天に向けて咆哮した。

 それだけで大地だけではなく世界そのものが震え、周囲に真紅のスパークが迸る。

 

 祖龍の圧倒的な存在感と威圧に呑まれて、この場の誰もが動けない。

 出来ることは恐怖に震えながら、祖龍の注意を引かないように息を殺して蹲るだけだ。

 ――ただ1人、フランシスカを除いて。

 

「……よもや。これほど早く再会出来るとは思わなかったぞ、祖龍!!」

 

 フランシスカが歓喜に叫ぶ。

 永劫の宿敵との再会。

 そして、気に入らない鉄屑のオモチャを纏めて破壊できる絶好のチャンス。

 

 超常の戦いに心を昂らせた人類最強が、怒りに燃えた龍の始祖が、ただ冷徹に敵を撃滅する人造の竜が。

 脆弱な人間を置き去りにして、生物の皮を被った本物の怪物達が、トップスピードで激突する。




Q、1つの大陸の西端から南端までが3万キロっておかしくない?

A、私はモンハン世界がある星は地球の何倍も大きいと仮定しています。
その理由は単純で、生物的にスペックがおかしいモンスターが地球サイズの星では暮らせないからと思ったからですね。

大型モンスターが1日に必要な食事量を考慮すれば、かなり広大な縄張りが必要となります。その大型モンスターも(主にリオレウス)など世界各地で討伐クエストが出される(人里に接近する個体でも多い)ほど個体数が多いので、それぞれが広大な縄張りを持てるくらい多いのかなぁと。

まだまだ人類未踏のフィールドがありそうなことや、超大型モンスターの存在も考慮すれば、やっぱりモンハン世界の星はめっちゃ大きいだろうなという結論に至りました。


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第20話 再戦

 私と、竜機兵と、フランシスカさん。

 最初に動いたのは、予想通り狂喜の表情を浮かべた漆黒の剣士だった。

 腰の鞘から白金の輝きを放つ太刀を抜き放つと、大地を踏み砕いて私に突っ込んで来る。

 私は両翼のバッテリーを励起させ、風圧と共にスパークを前方一帯を埋め尽くすように放出した。真紅の光と土煙が視界を遮り、しかしフランシスカさんは太刀を一閃して全てを斬り払う。

 

「……ッ!?」

 

 息を呑んだのは、フランシスカさんだった。

 すぐに私の行動に気付いて振り返るけど、もう遅いよ。私は既にフランシスカさんの後ろ、つまり竜機兵の目前に移動しているんだから。

 トリックはとても簡単。

 私はスパークと土煙で視界を遮った直後に、鳴動を使って自分からスパークと土煙に突っ込んだ。

 本当にそれだけ。

 私とフランシスカさんは土煙の中ですれ違い、お互いのいる場所が入れ替わったということ。

 

 私の速度に反応する事が出来ず、リアクションが遅れた竜機兵の首に尻尾を巻きつけて振り回す。竜機兵は私よりもずっと大きいけど、祖龍の筋力の前に体格差なんて関係ない。

 私は約70メートルの巨体を何度も地面に叩きつけてから、鈍器のように使って他の2機を殴打し、最後はフランシスカさん目掛けて投げ飛ばした。

 簡単に避けられるだろうけど、時間稼ぎにはなるでしょう。

 その間に残りの竜騎兵もぶ……

 

「――邪魔だ、この鉄屑がッッ!!」

 

 は?

 

 私に投げられて高速で吹き飛ぶ竜機兵の巨体を、最強の狩人は刀の峰でホームランした。

 何の比喩でもなく、本当に。

 太刀を両手で握ってフルスイングして、70メートルの竜機兵を天高く打ち上げる。

 もちろん竜機兵は何も出来ずに、頭から地面に激突して沈黙した。

 

 い、いやいやいや。

 何をどうしたら、あの細腕で鉄を纏った70メートルのドラゴンをあの高さまで飛ばせるのよ。

 意味が分からない。

 絶対におかしいって。

 

 驚愕の光景を目の当たりにして絶句する私に、今度こそフランシスカさんが突っ込んで来た。

 人の形をした怪物が、私の首を撥ねようと刃を振るう。

 私の動体視力でも刀身がブレて見えるほどの速度で放たれた必殺の一撃を、バックジャンプして紙一重で躱す。

 あ、っぶない……ッ。

 首元に迫る「死」に喉が干上がるのを感じながら、私は反撃のブレスを用意して、慌ててキャンセル。バックジャンプの勢いを殺さずに利用して、さらに後ろへと下がる。

 

『ギュガアアアアアアアアアアアアッ!』

 

 その直後、まだ無事だった2機の竜機兵から火球ブレスが乱射された。

 ……マズい。

 竜機兵のブレスを相殺したら、フランシスカさんの追撃に対応できない。でも竜機兵のブレスも、直撃を受けると火属性が弱点の私はそれなりのダメージを受けてしまう。

 そして、火球ブレスに被弾している間にフランシスカに攻撃されたら終わる。あの人に隙を見せたら、一撃で首を落とされる。

 

 ……ッ。

 

 一瞬の迷いの後、私が選んだのは回避でも防御でも無かった。

 全バッテリーを最大励起。

 バッテリーの許容量を超えた龍脈が流れ込み、飽和した紅雷が私の全身を覆う。

 アルンとの戦いで、私のバッテリーは大幅に強化された。

 バッテリーが強化されるということは、切り札の1つである『帯電状態』の性能が上昇するということ。

 従来の帯電状態を飛ばし、その先へ。

 

 ――真・帯電状態!

 

 角、翼、牙、爪、尾が特に高出力な紅雷を纏い、純白の体毛が逆立つ。

 形態変化が完了すると同時に、私は飽和している紅雷をドーム状に放出した。初撃のスパークとは比較にならない破壊力を秘めた真紅の光は、竜機兵の火球ブレスを一瞬で消滅させて拡散していく。

 もちろん、膨れ上がるドームの先にはフランシスカさんと竜機兵が。

 

 さぁ、今度はあなた達が選ぶ番だ。

 回避か、防御か。

 どちらを選ぶにしても、アクションした瞬間に生まれる隙を狙って私の追撃が飛ぶ。

 私の攻撃パターンをある程度知っているフランシスカさんならそれでも対応するだろうけど、竜機兵には難しいでしょう。

 そもそも、今まであなた達が散々見せた火球ブレスの威力じゃ相殺することも出来ないよ。

 

「…………、は」

 

 私自身が放っている紅雷の爆音と、ドームに破壊されていく大地の音で何も聞こえないはずだった。

 それなのに、私の聴覚は確かにその音を拾い上げる。

 思わず溢れてしまったような、殺意に濡れた女の吐息の音を。

 

「……流石だ、それでこそ私の宿敵に相応しい! 良いぞ祖龍、もっと私を楽しませてくれッ!」

 

 フランシスカさんの黒瞳から理性の光が消え、代わりに凶悪な殺意が宿る。そして、黒の狩人が今まで秘めていた獰猛さを剥き出しにした。

 人類最強の本気が、来る。

 

「ふ、はは、ははははははははははははッ!!」

 

 タガが外れたような狂笑と共にフランシスカさんは跳躍すると、太刀を納刀して一番近くにいた竜機兵の尻尾を両手で掴む。

 ……まさか、意趣返しするつもり!?

 私の予想を肯定するようにフランシスカさんが笑い、太刀を手放した代わりに竜機兵を持ち上げる。

 そして私がしたように、私に向かって思い切り竜機兵を投げつけた。

 投擲された竜機兵は真紅のドームに直撃し、高出力の紅雷を浴びて炭化する。

 フランシスカさんがほくそ笑むのと、紅雷を浴びて完全に破壊された竜機兵の体内から、凄まじい光が溢れるのは同時だった。

 

 まず初めに、私が目眩しに使用したスパークの光量とは比較にならないほどの閃光が全てを白く染め上げる。普通の人間なら目が焼かれて失明するほどの閃光だけど、この程度なら私は目を閉じる必要もない。

 だからこそ、私にはよく見えた。

 凄まじい閃光をさらに塗り潰すようにして、ボレアスとバルカンの火炎竜巻ブレスにも匹敵する爆炎とキノコ雲が生まれる瞬間が。

 

 くっそ、壊れたら爆発とか昭和のロボットアニメみたいなことを……!

 しかもボレアスの技に匹敵する火力とか、大タル爆弾G数百個分に匹敵する破壊力じゃない。

 あのドーム放電は確かに大技だけど、所詮は『真・帯電状態』に移行する時に発生するおまけの攻撃だから。

 アレだけの火力をぶつけられると、相殺されてしまうのは仕方ない。

 だけど竜機兵を1つ完全破壊したんだから、ドーム放電を使った意味は十分にあっ――

 

「おい、いつまで花火を鑑賞しているつもりだ? 今のがそんなに気に入ったのなら、後2つはプレゼントしてやれるぞ?」

 

 ――ッッッ!!?

 

 もう何も考えずに首を振った。

 それだけで雷閃が発動し、首の軌道に合わせて真紅の光が横一文字に迸る。敵がいる空間を正確に射抜く雷閃に、手応えはない。

 回避も迎撃も遅れていた。

 私の喉元に僅かな痛みが走り、かなり浅いが確かな傷がつく。

 

 ……やったな。

 傷を与えられたことで祖龍(ほんのう)が怒りに震えて、命の危険に「私」の方もスイッチが入った。

 このままだと、竜機兵を破壊する前に私が死ぬ。

 まずは邪魔者を排除するために、ターゲットを竜機兵からフランシスカさんへ切り替える。

 だけど無理して決着を付ける必要はない。

 どれだけフランシスカさんの身体能力が高くても、体力と耐久力は無限じゃないでしょう。

 消耗戦なら、スタミナ無限で生命力も膨大な私が有利だ。

 まずはフランシスカさんのスタミナを削って、その後に全力のチャージブレスで竜機兵を一撃で破壊してやる。

 

 

 

 

 

 

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(気配が変わった……!)

 

 祖龍の全身から放たれる威圧感がようやく自分に向いたことに気付いて、フランシスカは凶悪に嗤う。

 そして仕切り直すように祖龍から一度距離を取り、改めて太刀を構え直す。

 

 今までの攻防で確信した。

 前回戦った時よりも、祖龍は強くなっている。

 全身に紅雷を纏うあの形態は前にも見たが、紅雷の威力が桁違いだ。もしも不用意に接近すれば、フランシスカですら即死するだろう。

 先程の首を狙った斬撃も、祖龍が纏っている紅雷が邪魔でまともに踏み込めなかったので、浅い傷を与えるだけで終わってしまったのだ。

 それにどういう理屈か分からないが、帯電状態になると祖龍の防御力は増すらしい。

 

(無策で攻撃するのは無理だな。勢いに任せて最初から飛ばしすぎた、流石に反省せねばならんか)

 

 両腕から伝わる軽い痛みは、祖龍が投げた竜機兵を強引に打ち返した挙句、意趣返しとして竜機兵を投げ返したことが原因だ。

 どうしても祖龍の注意を自分に向けたくて、己の存在をアピールするために無理をしたのだが、それが完全に裏目に出ている。

 ようやく相手がやる気になってくれたというのに、自分のコンディションが万全ではないとは。これでは本末転倒ではないか。

 

 しかし、今さら引く気はない。

 どのような経緯があれど、全力で戦った上で祖龍に殺されるのならば悔いはない。

 人生で初めて出会った「挑むべき壁」に、持てる力を全て使ってぶつかるのみだ。

 

 心の奥底から湧き上がる戦意を乗せて、フランシスカは大地を蹴った。

 音すら遥かに置き去りにする速度で疾走し、まずは祖龍の機動力を奪うために左翼の切断を狙う。

 しかし、本気になった祖龍はこれまでのように簡単に隙を見せない。

 すぐにフランシスカの動きに反応すると、全身から放電しながら雷球ブレスを発射した。

 視界を埋め尽くす紅雷の嵐を、フランシスカは斬撃で迎え撃つ。

 真っ先に迫ってきた真紅のスパークを身を捻って回避し、4方向から同時に迫る紅雷をまとめて斬り払う。

 

「るるああああああッ!」

 

 獣のような雄叫びを上げ、最後に迫る雷球ブレスを渾身の両断。

 祖龍の猛攻を前に勢いを落とさずに、トップスピードを維持したまま大地を駆け抜けて20メートル以上も跳躍する。

 狙いは変わらず左翼。

 常に纏っている紅雷の威力が僅かに緩んだ隙を突いて、太刀を振り下ろした。

 

「――オオオオオオッ!」

 

 今度は祖龍が猛る。

 フランシスカの斬撃を祖龍は前脚の爪で受け止めると、赤いスパークを放つ尻尾でカウンターを繰り出した。

 咄嗟に鞘で防御したが、足場のない空中での被弾。

 当然ながら踏ん張ることなど出来ずに、祖龍の力に負けて吹き飛んだ。地面に叩きつけられる直前に受け身をとったが、かなりの勢いで落ちたせいで着地点にクレーターが生まれた。

 

 背中を強打したことで息が詰まり、激痛で視界が明滅する。

 だが、このままのんびり寝ている暇などない。

 即座に跳ね起きて、追撃として空から落ちてきた雷を斬り払う。しかし落雷は1度で終わらず、フランシスカを正確に狙って何度も落ちてきた。

 駆け抜け、跳躍し、避け切れないものは相殺する。

 一体どれほどの破壊力を秘めているのか、真紅の雷が落ちた場所には次々と底が見えない穴が開いた。

 

 「死」の感覚がジリジリと肌を焼く。

 フランシスカが求めていたものは、これだ。

 祖龍と殺し合いをしている時だけが、自分が生きていることを実感出来るのだ。

 

 天空から降り注ぐ落雷の間を潜り抜け、1発で地図から街を消滅させる威力を誇るブレスを斬撃で相殺する。

 何度も何度も何度も何度も。

 飽きるほどそれを繰り返した果てに、ようやく祖龍へ攻撃を与えるチャンスが巡ってくる。

 祖龍の目前まで戻ってきたフランシスカは、相手の心臓を狙って刺突を繰り出した。空間すら貫く、フランシスカの珠玉の一撃。

 その刺突を、祖龍は容易く回避する。

 

「――は、はは。アーーッハッハッハッハッ! 良いぞ、良いぞ祖龍! 私の斬撃をここまで避けられるのは、この世界で貴様だけだよ!」

 

 渾身の一撃を避けられたフランシスカの心から湧き上がった感情は、喜びだった。

 全力を出しても、届かないというこの感覚!

 何かに挑むという興奮!

 それらの感情がフランシスカの闘志を加速させ、彼女を限界の先に導いていく。

 太刀を振るう速度が増す。斬撃が更に鋭く研ぎ澄まされる。

 祖龍と攻防を繰り返すたびに、フランシスカの力は際限なく極まっていく。

 初めてライバルを得たことで、頭打ちになっていた力の上限が解放されたのだ。

 

 しかし、祖龍もまた下がらない。

 戦いが長引くほど動きのキレは良くなり、紅雷を操る練度が高まっていく。

 

 その戦いを邪魔したのは、残っていた2機の竜機兵だった。

 祖龍が『真・帯電状態』となった時に放たれた凄まじい電撃により、電波で人間から指示を受けていた彼らは一時的に行動不能になっていたのだ。

 しかし、竜機兵のシステムは正常に回復した。

 改めて祖龍という敵を見据えて、恐怖を感じない兵器は最強と最強の戦闘に突っ込んでいく。

 

 戦いは、まだ終わらない。




活動報告を更新しました。
余裕のある方はご確認ください。


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第21話 横槍

 ――災害があった。

 視界を赤い光で塗り潰してしまうほどの密度で放たれる祖龍の紅雷は、その全てが尋常でない威力を孕んだ破壊の一撃だ。

 大地を砕き、天を貫き、あらゆる敵対者を消し飛ばす。

 ソレはまるで、龍の始祖に歯向かう愚者を断罪する王の剣の如く。

 竜はおろかその上位種である『古龍』ですらも、1発でも被弾すれば大ダメージは免れないだろう。

 

「るるおおおおおおッ!」

 

 その破壊の嵐の中を、フランシスカは躊躇なく駆け抜ける。

 真上から降り注ぐ落雷をその純粋な速度で回避し、正面から飛来するブレスとスパークを太刀で斬り払う。

 これほど祖龍が力を発揮しているのに、未だキャロルと研究者達が生きているのはフランシスカのおかげだった。

 地面に着弾すれば半径数キロメートルを抹消するブレスを、回避せずに全て相殺しているのだ。

 落雷攻撃も強力ではあるが、破壊力が真下のみに向くので周囲にまで被害は及ばない。せいぜい直径2メートルほどの、底の見えない穴を作り出す程度の被害で止まる。

 ……その穴の深さは、想像もしたくないが。

 

「ひっ、ひぃ……っ!」

 

「いつまで泣いてるつもりですか! 大の男が失禁までしてみっともない! そんな暇があるのなら、この場にいる全ての部下を避難させなさい!」

 

「は、はひぃ!」

 

 アレほど竜を見下していたくせに、祖龍の怒気を浴びてからは恐怖で震えることしか出来ないルドローを叱咤し、キャロルは足手纏いになっている悔しさに唇を噛んだ。

 祖龍とフランシスカの戦闘は音速を遥かに超えた領域で繰り広げられる。

 どれほど知力に優れていようとも、戦闘能力ではそこらの一般人と大差ないキャロルでは残像すら捉えきれない。真紅の光の中で無数の衝撃波が爆ぜて、この世界を破壊しているようにしか見えないのだ。

 つまり祖龍とフランシスカの戦いは、一般人からはそれが戦闘だということも分からない。大災害にしか見えないのだ。

 

 しかし、自分がフランシスカの邪魔になっていることは分かる。

 彼女は傍若無人のバーサーカーであるが、極少数の……友人と認めた相手にだけは少しだけ気配りするのだ。

 恐らくキャロルにまで被害が及ぶ攻撃があれば、フランシスカは回避せずに相殺しているだろう。祖龍の攻撃範囲はデタラメに広い、いくつか「流れ弾」があってもおかしくない。

 もしも、深さ10メートルの巨大な穴の中に隠れているキャロル達に祖龍が配慮しているのなら話は別だが。

 

(フランシスカは自分では止まらないでしょう。どれだけ自分が不利であっても、彼女は自分か祖龍が死ぬまで戦い続ける。誰にも止められません。ですが……)

 

 キャロルは『魔境還り』から聞いた「前の戦い」を思い出す。

 ノースタウン近郊の森で発生した、祖龍とフランシスカの初戦闘。その時はフーゴがアレクシアに命じて、横槍を入れることで中断したという。

 そう、フランシスカは自分の戦いが邪魔されることを許さない。

 何かしらの外因で祖龍がダメージを受ければ、フランシスカは「また邪魔が入った」と判断して引き上げる可能性がある。

 

(そもそも祖龍がここに現れたのは、間違いなく竜機兵の破壊が目的。ならばここにある3機の竜機兵が全て壊れたら、祖龍も撤退するはず……!)

 

 ルドローを筆頭に必死で逃げ出す研究者達。

 彼らが大穴の中に残した、イコールドラゴンウェポンに関わるだろういくつもの機械群に向けて、キャロルは全力で駆け出した。

 理由は分からないが、残っている2機の竜機兵は動きを止めている。

 だが再起動して祖龍に攻撃するように命令が出せれば、あの災害そのものである戦いを妨害できるかもしれない。

 

 山積みにされている資料を掴むと、キャロルは凄まじい早さで読み進める。

 キャロル・アヴァロンに戦闘の才能はない。

 しかし彼女には、あのフランシスカが認めるほどの知力があるのだ。

 

(竜機兵の起動コマンド…………あった!! 複雑な命令を入力する必要はありません。ただ再起動させれば、初期入力されている「モンスターを殺す」という命令に従って竜機兵は祖龍に襲い掛かる!)

 

 祖龍が放つ紅雷の余波を浴びたのか、ほぼ壊れかけている機械を強引に操作する。

 表示されているいくつものメーターが狂い、数値が変動し、モニターが明滅するが、キャロルはお構いなしに竜機兵の起動コマンドだけを何度も入力した。

 

(早く……早く……!)

 

 地上から聞こえてくる戦闘音は激しさを増していく。

 あの戦いを視認出来ないキャロルには、どちらが優勢なのか分からない。互角なのか? それとも祖龍が有利なのか? フランシスカに勝機はあるのか?

 ただ1秒後には、フランシスカが死んでいる可能性がある。

 

(ここで貴女を失ったら、人類全体の損失に……!)

 

 そこまで考えて、キャロルはふと手を止める。

 フーゴは祖龍はまだ成長途中だと言っていた。

 既にあれほどの力を備えているのに、祖龍にはまだ進化する余地が残っているのだ。

 ならば、今がチャンスなのではないか?

 キラーズの中で祖龍を殺せる可能性があるのは、フランシスカと後1人だけだ。

 ここで祖龍を逃して今よりも強くなってしまえば、もうフランシスカですら倒せなくなるのではないか?

 横槍を入れず、フランシスカがここで祖龍を殺せることを信じることが正解なのでは……?

 

(もしもフランシスカが負けても、傷を負って弱っている祖龍なら残っている2機の竜機兵で仕留められるかもしれない)

 

 そう考えて。

 キャロルは思い切り自分の顔を殴りつけた。

 

そんなことはどうでもいい(・・・・・・・・・・・・)! 私はただ、フランシスカに死んで欲しくない!)

 

 フランシスカが祖龍との戦いを何よりの幸せだと思っていることは知っている。祖龍との戦いで死んだとしても、今の彼女にとってはそれが最良の最期になることも。

 キャロルとフランシスカは6歳の頃からの付き合いなのだ。

 人類最強の看板を背負う彼女が、その裏でどれほど自分の才能に苦しんでいたのかも知っている。

 自分の全力を発揮できる機会を渇望していることも知っている。

 

 それでも。

 

 キャロルは自分のワガママを突き通した。

 大切な友人に死んで欲しくないという、ワガママを。

 

(私は、五分五分の戦いに友達を送り出したりしない! あらゆる手段で、あらゆる策略で! フランシスカが必ず祖龍に勝てる舞台を用意する! 彼女がそれを望まなくても!)

 

 イコールドラゴンウェポンが起動する。

 横槍を入れたキャロルを、フランシスカはもう友人だと思わないだろう。祖龍を見逃したことで、多くの死人が出るだろう。

 それでも、キャロルの行動はある意味で正しいかもしれない。

 フランシスカという人類最大の武器を、最高の形で利用しようとしているとも言えるのだから。

 それは人類にとって利益となる。

 フランシスカが生き残り、祖龍が死ねば、人と龍の戦いは一気にこちら側が有利となるだろう。

 その代わりに多くの一般人が死ぬかもしれないが、一般人が1万人いるよりフランシスカ1人いる方が戦力になる。人類にとってはプラスだ。

 

 しかしキャロルにそんな打算は無かった。

 キャロルがこの戦いを止めようとしたのは、フランシスカが祖龍に勝てる舞台を用意するというのが第一目標ではなく。

 ただ友人の命を救いたかったという気持ちの方が強かったのだ。

 

 だからこそ、キャロル・アヴァロンは確実な勝利のために他の犠牲者を切り捨てた冷酷な指揮官ではなく。

 1を救うために100を殺した犯罪者なのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

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『ギギガガガギギザザザザザザザザザザザザザッ!!』

 

 くそっ、遂に動き出したね……っ!

 雷球ブレスの連射と連続落雷でフランシスカさんが接近出来ないように牽制していた私は、周囲に轟いた金属音のような咆哮に舌打ちする。

 何故かずっと大人しかったのに、この局面で動くなんて。

 本当に最悪だね。

 

 私とフランシスカさんの戦いは、完全に互角だった。

 ダメージを受けた回数は私の方が多いけど、私の帯電状態の上から接近攻撃で大きな傷を与えるのはフランシスカさんでも難しかったらしい。

 傷の数は多くてもそのどれもが軽傷。

 私の再生力なら、ほんの数秒ほどで完全に回復出来るね。

 

 それに対して、私がフランシスカさんに攻撃を当てれたのはほんの数回。

 その代わり私の攻撃はどれも威力がバカみたいに高いから、あくまで人間である彼女にはそれなりのダメージになってると思う。

 ……私のタックルと尻尾での殴打を受けて、普通に走り回れてる時点でもうおかしいけどさ。

 いちいちツッコミを入れてたらキリがないし。

 

 お互いになかなか決め手になる大ダメージを与えられずに、膠着状態となってた時にイコールドラゴンウェポンの再起動。

 スタミナ無限だから体の疲れはないけど、いい加減に精神的に疲労が溜まってヤバいのに。

 ここでフランシスカさんに竜機兵まで加わると、流石に厳しいよ。

 ……だけど、竜機兵を野放しにして逃げるのは論外だ。

 絶対に、あの最悪の兵器だけは破壊しないと。

 

 ――閃光!

 

 擬人化状態でワイバーンレックスと戦った時にも使った、セルフ閃光玉。

 強烈な光に照らされて視界が真っ白に染まるけど、私は視力が使えなくても嗅覚で敵の位置が分かる。

 鳴動を発動してトップスピードに乗り、フランシスカさんの隙を突いて竜機兵のうちの1機に飛びかかった。

 紅雷を纏った前脚の鉤爪で竜機兵の眼球を抉り、視力を完全に奪った後で首元に喰らいつく。

 

 ……不味い!

 前世を含めて今まで食べてきた中で一番不味い!!

 

 腐ったお肉をホルマリン漬けにしてから、他の動物の肉と混ぜてもここまで不味くはならない。

 口の中に広がった想像を絶する不味さにダメージを受けながらも、祖龍の力にモノを言わせて竜機兵を持ち上げ、地面に叩きつけた。その過程で帯電状態の私が放つ電撃を浴びせ続け、竜機兵の体が灰と化していく。

 トドメにゼロ距離で雷球ブレスをぶっ放し、竜機兵の頭を消滅させた。

 私のここまでの一連の行動は、僅か1秒の間に行われている。

 

 よし、これで後1機!

 

 牙を剥いてもう1機の方へ振り向くと、そこいたはずの竜機兵は姿を消していた。

 ううん、これは正しい表現じゃないね。

 さっきまで確かにそこに立っていた竜機兵は、私が片方の機体を倒している間に四肢を切断されて他に伏せていた。

 そして、竜機兵の血で濡れた太刀を振るうフランシスカさんの姿が。

 やたら簡単にフランシスカさんの隙を突けたと思ったら、私の横で竜機兵に攻撃してたってことか……。

 

 って、あれ!?

 な、仲間割れ!?

 なんだかよく分からないけど、とにかく好都合だ。

 これで目標は達成出来たし、フランシスカさんの注意が竜機兵に向いている間にさっさと逃げよう。

 そう思って翼を広げた瞬間、フランシスカさんの全身から殺気が爆発した。

 

「鉄屑のオモチャ風情が、この私の戦いを邪魔するか! 身の程を知れ、竜の贋作風情めが!」

 

 斬撃の嵐が起きた。

 一呼吸の間に放たれた数千の斬撃が、山のような竜機兵の巨体を徹底的に破壊する。

 竜機兵が粉々の肉片となって飛び散り、文字通り周囲に血の雨が降り注いだ。運良く(?)私は帯電状態だったから纏っている紅雷で血は全て蒸発したけど、私以外の全てが真っ赤に染まる。

 あ、いや、フランシスカさんも太刀で降りかかる血の雨を全て斬り払ってたわ。

 

 ああ、最悪だ。

 今の一瞬が逃げるチャンスだったのに、思わず動きを止めちゃった。

 このままだと、本当にどちらかが死ぬまでここで戦うことになっちゃう。もうこうなったら、弟妹達を呼び寄せて援護を――

 

 そう思った瞬間だった。

 

 ピー、ピーッと。

 私の足元から、謎の電子音が聞こえて来る。

 

 ……ヤバい、忘れてた。

 冷や汗を流しながら私がさっき倒した竜機兵を見下ろすと、頭を失った体から光が溢れている。

 

「チィッ、阿呆が! 自爆機能を忘れていたな貴様! 私のように粉々にせんからだ!」

 

 あなたの存在が怖かったから、なるべく速攻でカタをつけようと急所だけの破壊にしたんだよ!

 ああ、不味い。

 フランシスカさんが利用した最初の大爆発は、私の紅雷ドームと対消滅したからそこまで被害は拡散しなかった。

 だけど今回はそれがない。

 ボレアスの火炎竜巻ブレスに匹敵する、超火力の大爆発が起きる。

 

 

 

 

 ……どうしよう、これ。




Q、いや祖龍なら耐えられるやん

A、なんやかんや甘いので、まだ近くにいる他の人間のこと気にしてます


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黒1話 デボン平原での戦い

アンケート結果(6月25日18時20分)

ボレアス100票
バルカン53票
アルン98票

ボレアス→アルン→バルカンの順にお話が進みます。


 ――大陸・西方・デボン平原。

 その上空をマッハ7という超速で飛行するのは、鉄の鎧に身を包んだ3機のイコールドラゴンウェポンだ。生命を冒涜した人間の罪の象徴にして、この世界に生きる全てのモンスターを殺す決戦兵器。

 そしてソレを追跡するのは、祖龍ミラルーツに連なる『禁忌』の一角。

 黒龍ミラボレアス。

 

(――遅い。な。)

 

 自身の目前を飛ぶ竜機兵を睨み、ボレアスは端的な感想を抱いた。

 確かにシェルレウスのような「竜」とは比較にならない速度だが、上位種である古龍から見れば少し速いと感じる程度。あらゆる「龍」の頂点に立つ『禁忌』から見れば、鈍足ですらある。

 ボレアスにとっては大した脅威ではない。

 そのボレアスすら凌駕する姉からすれば、鉄屑の竜など雑魚も同然だろう。

 

(でも。あの。ルー姉。が。警戒。して。た。)

 

 嫌悪するのは分かる。

 怒りの感情を抱くのも分かる。

 古龍種の支配下にある竜を勝手に乱獲し、その死体から新しい命を作るなど許されざる蛮行だ。

 生命を創造する権利を持つのは、この星ではただ1人。ボレアスが敬愛する姉、ミラルーツだけだ。

 人間のような下等生物が手を出して良い領域ではない。

 その『悪行』に抱く怒りにはボレアスも同感だ。

 

 しかし、警戒するほどか?

 ボレアスと竜機兵は約100メートル離れて飛んでいるが、この距離でも鉄の竜がこちらの接近に気付いた様子はなさそうだ。

 今この瞬間にもボレアスがブレスを放てば、竜機兵達はあっさりと灰と化すだろう。

 雑魚。

 格下。

 ボレアスですら底が見えない圧倒的な力を有するルーツならば、100機を同時に相手しても殲滅できるはずだ。

 

(まだ。ルー姉。の。本気。見たこと。ない。から。断言は。無理。だけど。な。)

 

 そう考えて、ボレアスは心の中で少し笑う。

 怖い話だ。

 この世界に生まれた時からずっと一緒にいる姉なのに、彼女の本気は未だに見たことがないとは。

 理由こそ分からないが、ルーツはずっと自分の力を封じている。

 最近合流したアルバトリオンとの戦いでも、ボレアスは姉が24パーセント程度の力しか使っていないと予想していた。

 それだけ手加減して大ダメージを受けたのだから、流石に『禁忌(かぞく)』の1人であるアルバトリオンを侮っていたようにしか思えないが。

 

(アル姉。も。本気。じゃ。なかった。から。お互い様。だな。)

 

 まぁ、アルバトリオンの方は早々に本気を出しても勝てないと気が付いたのでそれ以上戦うのを止めて降伏したのだが。

 賢明な判断だ、とボレアスは思う。

 『禁忌』の中では最も血の気が多く戦うのが好きなボレアスだが、本気になったルーツとの戦いは少し怖い。

 強敵との戦いと、何も出来ずにフルボッコにされるのは違うのだから。それで喜ぶのはドMだけだ。

 

 思考を切り替える。

 ともかく、それほど突き抜けた力を持つルーツが異様に警戒したのだ。

 見るからに雑魚同然の相手だが、それなりに本気で狩りをした方が良いのだろう。

 そう判断して、ボレアスは心の中から慢心を消す。

 『あの形態』は命の危険を感じた時にしか使うなと姉に言われているので、あくまで通常形態の本気だが。

 

(……ん? 動き。が。変わった。降りる。のか?)

 

 ボレアスの予想通り、竜機兵が首を下に向ける。

 そして広大な平原の中心部に空いている大穴に近くへ、一気に急降下を始めた。

 マッハ7という速度が衝撃波を生み出して雲を蹴散らすが、ボレアスはその衝撃波を浴びても平然としたまま追随する。

 

(どう。する。もう。壊す。か? ……いや。)

 

 ボレアスの心情的には、あのような忌々しいガラクタはさっさと壊したい。

 だが慢心せずに狩ると決めたのなら、襲う前にもう少し様子を見た方が良いだろう。

 万が一。

 ほぼあり得ない話だが、1機取り逃したら大目玉だ。

 ルーツに失望されるだけでも悔しいのに、他の兄弟姉妹に煽られたら屈辱だけでは済まない。

 その時は史上最強の兄弟姉妹喧嘩が発生し、この星が滅びるだろう。

 

 それは流石に冗談だが、失敗が許されないのは事実だ。

 もうこの平原ごと全て燃やせば話が早いのだが、ルーツと交わした「約束」の中に「必要以上に環境を破壊してはいけない」というものがある。

 平原ごと抹消するのはダメだろう。

 また「獲物と定めた相手以外の命は奪わない」という「約束」もあるので、人間を殺すのもダメだ。

 今回のルーツが獲物として定めたのは竜機兵のみ。人間は含まれていない。

 

(ルー姉。甘い。人間。なんて。早く。皆殺しに。すれば。良い。のに。)

 

 ボレアスには何故ルーツがあれだけ人間に甘いのか分からない。

 人間は間違いなくこの星にとって害悪だ。

 竜機兵なんてモノを作っているのに、それは違うなんて絶対に言わせない。古龍種の眷属である竜を大量に殺しているのも許せない。

 生きるために必要な「食べ物」とするのならともかく、竜機兵なんて最悪なモノを作るために狩りをするなど言語道断である。

 

 ボレアスがそう思った矢先のことだ。

 3機の竜機兵が一斉に歪な形のアギトを開くと、巨大な火球ブレスを乱射し始めた。

 予想以上の威力と連射速度を発揮するブレスに少しだけ驚きながら、上空から竜機兵の攻撃対象を確認する。

 狙われているのは子連れのワイバーンレックスのようだ。

 咄嗟に親が子供を庇うが、対古龍種を想定した竜機兵のブレスには意味がない。

 子供と共に、親まで焼き尽くされる。

 そしてワイバーンレックスの死骸に人間達が駆け寄り、焼け残っていた鱗や牙を回収し始めた。

 あの素材もまた、次の竜機兵を作る材料となるのだろう。

 

(……殺す。か。)

 

 一連のその光景は、ボレアスを怒らせるには十分だった。

 狩りをするのは勝手だ。

 しかし竜機兵を使って自分の手を汚さず、安全な場所から他者の生命を奪うその行為。

 それは狩りという行為そのものを侮辱している。

 

 気流と共に世界を循環する龍脈に干渉し、収束させ、己のエネルギーとして変換していく。

 姉であるミラルーツほど美しく龍脈を操ることは難しいが、鉄屑の竜を焼き尽くすくらいは造作もない。

 その気になれば、ボレアスは数日で地球より遥かに巨大なこの星の全土を焼き払えるのだから。

 

 翼を畳んで滑空し、横並びになっていた竜機兵の右端の機体に突貫する。

 ミラボレアスの大技、滑空攻撃だ。

 原作ゲームである初代における攻撃値は脅威の230。

 同シリーズに登場するアカムトルムのソニックブラストの180すらも上回る、問答無用の大技である。

 現実世界で行われるボレアスの滑空攻撃もまた、原作の設定に恥じない超威力を誇る。

 竜機兵のトップスピードであるマッハ7など比較にすらならない。

 雷速に迫る速度にまで加速し、衝撃波だけで残りの2機を数キロ先まで吹き飛ばす。

 滑空攻撃を受けた機体など言うに及ばずだ。

 ボレアスとの衝突でその巨体がバラバラになり、肉片と鉄屑が地平線の彼方まで拡散していく。

 余波で大地が抉れ、暴風が吹き荒れ、臨時実験施設のある「大穴」から外に出ていた人間が挽肉となった。

 

 ボレアスはミラルーツほど甘くない。

 「約束」があるので積極的に人間を襲ったりしないが、竜機兵を破壊する時まで配慮などしない。

 近くにいるのならむしろ好都合であると。

 竜機兵と共に、その天災すらも凌駕する猛攻の巻き添えにする。

 

(まず。は。1匹。勝手。に。吹き。飛んだ。残り。は。ブレス。で。始末。する――……)

 

 上空で収束しておいた龍脈エネルギーを解放。

 古龍種の体内にある「龍脈エネルギーを属性に変換する機能」を持つ龍脈変換神経を通して、ボレアスが誇る炎を生み出した。

 竜機兵のソレとは規模が違う。

 黒龍の火球ブレスは、最大出力ならば1発で大陸全土を焦土に変える。

 

(これで。終わり。)

 

 「約束」を守って必要以上の破壊を行わないよう威力を低下させて、代わりに射程距離を伸ばしたブレスで数キロ離れた場所にいる残りの竜機兵を狙う。

 

 ――その、発射直前に。

 

(――ッ!)

 

 実は『禁忌』の中で最も勘が鋭く、危険を察知する能力が高いボレアスだからこそ反応出来た。意外と不意打ちに弱いルーツなら、高確率で被弾していただろう。

 火球ブレスのモーションをキャンセルし、大地を蹴っての這いずりで一瞬でその場から掻き消える。

 直後に、ボレアスがいた場所に無数の斬撃が走った。

 

(……! 速い!)

 

 空間を引き裂く、怒涛の連撃。

 ボレアスの動体視力ですら、100を超える斬撃が同時に放たれたようにしか見えなかった。

 絶対強者であるはずのボレアスが命の危険を感じるほどの乱入者。その姿を注視すべく、ボレアスは油断なく新手に視線を向ける。

 

「そこまでです、モンスター」

 

 平原を吹き抜ける涼しげな一陣の風と共に、鈴の音色のように凛とした女性の声が響く。

 大空を溶かしたような美しい青の髪に、揺るぎない正義の光を湛えた濃紺の瞳。透き通る肌は雪のように真白で、華奢な体を覆うのは生地の薄い水色のドレス。

 そしてその手には、ボレアスが姉から教わった「人間の武器」のどれとも一致しない風変わりな武器が握られている。

 無理やり例えるのなら、両端に刃が備わっている薙刀。原作ゲームであれば操虫棍が一番似ている。

 ただし蟲を操ってはおらず、何よりも柄の部分が異様に長い。

 両端に備わっている鋼の刃渡りは50センチほど。それだけで合わせて1メートルに達するというのに、柄の部分が2メートルはある。

 明らかに設計ミスだ。

 女の身長は150センチほどしかなく、武器は女の2倍だ。

 

(でも。見えない。ほど。速い!)

 

 そこで、姉の言葉を思い出す。

 姉とバルカンと一緒に初めて侵入した人間の街で見た、凄まじい威圧と殺意をばら撒いていた黒い剣士。

 その剣士は、姉に言ったらしい。

 キラーズの中には、自分に匹敵するほどの強者が1人いると。

 

(間違い。ない。コイツ。だ。この。人間。だ。)

 

 あの祖龍が命の危険を感じるほどの剣士と、同格の相手。

 それはつまり、ボレアスであっても油断すれば簡単に殺されるほどの強敵ということだ。

 ボレアスの中に眠る、生来の獰猛さと凶悪な性格が爆発する。

 

 この青い女は、ボレアスが竜機兵を破壊することを邪魔するのだろう。

 ならば「約束」を破ることにはならない。

 何より、自分の命が危険に晒された時は本気を出しても良いと祖龍から許可を得ているのだ。

 ボレアスは黄金の瞳に戦意を漲らせ、牙を剥いて青の女を睨む。

 

(もしも。本当。に。この女。が。ルー姉の。言ってた。『天秤』の。1人。なら。)

 

 

 

 ――至上の戦いを、愉しめるだろう。

 

 

 

 未来で伝説として謳われる黒龍が、凶悪な咆哮を放つ。

 応じるように青の女は不釣り合いなほど巨大な武器を握り直し、残る竜機兵も雄叫びを上げた。

 殺意に満ちた邪悪な黒龍と、正義を秘めた青のキラーズが交差する。




※以下シリアス破壊の舞台裏。閲覧注意













>殺意に満ちた邪悪な黒龍と、正義を秘めた青のキラーズが交差する。

ルーツ「どっちが味方だっけなこれ?」
フランシスカ「貴様ら揃ってラスボスキャラだろう。何も間違ってないな」
ルーツ「ボレアスもっと可愛いから」





バルカン「それよりどうして最初期からいる我がアンケート最下位なのだ! ボレアスはともかく、ぽっと出のアルンにまで負けるのは納得いかんぞ!」

アルン「おーほっほっほ! やはり時代はゴスロリお嬢様な妹なのですわぁ! 貴方は初期のように甘えん坊キャラでいれば良かったのです」

バルカン「やかましい! 噛ませ犬のような登場をしたくせにこの駄馬め……! そもそも今回のは人気投票ではない!」

アルン「負け犬の遠吠えが気持ちいいですわー! ねぇ今どんな気持ち? ぽっと出のわたくしに負けてどんな気持ちー!?」

バルカン「ぶっころ」






ボレアス「( ^∀^)」←勝者の余裕

ルーツ「結局は全員に出番がくるのにね」←初手アンケート1位+ファンアート獲得者の余裕

フランシスカ「全くだ」←初手ファンアート獲得者の余裕



アンケート投票ありがとうございました!


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黒2話 龍と王女

 地平線まで続く新緑の大地と、吸い込まれそうな青空。

 美しいその景色とは裏腹に、迷い込んだ多くの人間の命を奪ってきた『魔境』の1つであるデボン平原。

 そこで、邪悪な黒龍と青の麗人がトップスピードで激突した。

 

「はぁぁぁぁぁぁッ!」

 

 裂帛の気合いと共に、青の女が3メートルにも及ぶ武器を振るう。

 青の麗人の手の中で「不思議な武器」が高速で回転し、長い柄の両端に備え付けられた2つの刃が、超高速の連続攻撃を繰り出した。

 まさに疾風迅雷、正確無比。

 ボレアスの動体視力ですらその速度に追いつけず、本当は順番に放たれているはずの斬撃は全て同時に迫ってくるようにしか見えない。

 

(全部。躱す。の。無理。)

 

 回避は不可能。

 即座にそう判断したボレアスは、その全身から鋼鉄すら溶かす熱波を放った。

 不可視である熱波は平原を焼き尽くしながらドーム状に拡散し、迫り来る青の女を迎え撃つ。

 

 しかし、

 

「――ッ!」

 

 一体どれほどの速さなのか。

 刹那の間に放たれた無数の斬撃が、大気ごと熱波を食い破った。

 女が立っている場所とその後方だけが熱波の影響を受けず、今まで通りに緑が残っている。

 

(あれ。素材。何だ?)

 

 だが女の連撃よりも、ボレアスが注目したのはその人間が持つ武器だ。

 ボレアスが放つ熱波を切り裂いて僅かな損傷すらも起こさないその性能。どれほどの素材を元に作れば、あれだけの刃が作れるのか。

 まず考えられるのは『禁忌』の素材。

 ボレアス、バルカン、アルン、ララの龍鱗を素材にすれば、どれほどの高熱にも耐えられる武具が作れるだろう。ルーツの素材は火耐性がダメなので意味がない。

 しかし、今まで兄弟姉妹の中でも人間にして相手に傷を受けたのは黒の剣士と戦った祖龍のみ。他の4体の素材が人間の手に渡るような機会はなかった。

 

(アル姉。か。ララが。合流。する前。に?)

 

 そう考えて、しかしボレアスはその可能性をすぐに否定する。

 自分達が傷を受けるほどの強さを持つ人間と遭遇していたのなら、間違いなくルーツに話しているはずだ。

 しかしアルンとララがそのような事を言っていた記憶はない。

 ただ純粋に、あの女の技量が武器の性能すら問題にならないほど突き抜けているのか?

 それとも――……

 

『ギギザザガガガガガガガガガガガッ!!』

 

 平原に響き渡る耳障りな金属音。

 ボレアスが思考を中断して音源の方へと思考を向ければ、歪なアギトから炎の赤色を煌めかせる竜機兵の姿が。

 火球ブレス。その予備モーション。

 ワイバーンレックスですら一瞬で焼死させた、竜機兵のブレスを前に。

 

(無意味。だ。)

 

「くっ……!」

 

 ボレアスは、一切の防御も回避も行わなかった。

 代わりに苦い表情を浮かべた青のキラーズが、ボレアスへの攻撃を中断してその場から掻き消える。

 そして、飛来した無数の火球ブレスがボレアスに直撃した。

 爆炎がボレアスの全身を包むが、その炎は黒龍が双翼を軽く動かすだけで霧散する。

 ボレアスの体にダメージはない。

 完全に無傷だ。

 

「イザベルさん、竜機兵のブレスを止めて! あの龍に炎の攻撃は――!」

 

 キラーズが言い終えるより早く。

 ボレアスは収束していた龍脈を炎へ変換し、これが真の火球ブレスだと見せつけるように発射した。

 2つの火球がキラーズと竜機兵を襲い、贋作のソレとは比較にならない獄炎と爆発を撒き散らす。2機のうち片方の機体が回避に失敗し、山のような巨体がボレアスの炎に包まれて焼き尽くされた。それを横目で確認しつつ、悠々と回避したキラーズをボレアスは睨む。

 全力のブレスでは無かったが、それでも簡単に避けられた。

 

(何か。考え。ないと。絶対に。当たらない。な。)

 

 これまでの攻防から、ボレアスも火球ブレスのみでこのキラーズに勝てるとは思っていない。だがこれ以上の大技を解禁すると、この平原は丸ごと焼け野原になるだろう。

 それに加えて。

 

(あの女。が。『天秤』なら。今は。まだ。殺せ。ない)

 

 火球ブレスと物理攻撃モーション以外も使うか。

 思い悩むボレアスに、先ほどの火球ブレスを躱した青の麗人が超スピードで向かってくる。

 再び放たれる、全方位から同時に放たれる連続攻撃。

 ボレアスはバックジャンプと共に双翼で風圧を起こして回避を試みるが、風圧すらキラーズの連撃に切り刻まれて役に立たない。一瞬で距離を詰められて、ボレアスの全身に斬撃が走った。

 

(――ッ。)

 

 1撃の威力は高くない。

 優れた防御力を発揮するボレアスの鱗にダメージを与えている時点で並の竜なら即死の攻撃力であるが、それでも『禁忌』にその名を連なる黒龍の命には届かない。

 しかしそれは1撃だけを見た評価であり、軽傷でもそれが重なれば大きな傷となる。

 青のキラーズの本領は、1撃の弱さをフォローする連続攻撃にあるのだ。

 

 放たれる斬撃の速度はまるで光の如く。

 あまりの速さに刀身すら見えず、斬撃の鈍い輝きだけがボレアスの視界を白に染め上げた。

 腹部に、前脚に、翼に。

 小さな傷の上に新しい傷が重なって、ボレアスの全身から多量の血が流れ出す。

 

(――けど。このくらい。なら。……余裕で耐えられる)

 

「……っ!」

 

 ボレアスの全身から凄まじい熱波が放たれるのと同時に、キラーズの麗人は息を呑んで攻撃を中断。華奢な右足で大地を踏むと、全速力でその場から離脱した。

 瞬間移動のような速さで50メートル前方にまで移動したキラーズを狙い、ボレアスは二足歩行時の大技の1つを繰り出す。

 MH4で追加された新規モーションの1つ。

 ――粉塵爆発。

 赤い鱗粉が周囲にばら撒かれ、火薬の臭いが充満する。

 同時にボレアスは予備動作である後ろへ大きく身を引くモーションを行い、龍脈の解放と共に咆哮して火炎熱風を拡散。

 

 ――そして、世界が爆ぜた。

 

 巻き起こるは連鎖爆発。

 大地を揺らすほどの激震と共に爆風が暴れ狂い、僅かに遅れて灼熱の業火が世界を焼く。

 大タル爆弾Gを数千個ほど一斉に起爆しても、これほどの爆発は起きないだろう。地球に生きる人間ならばいっそ核兵器すら想起させる威力だった。

 大きな街を丸ごと地図から消せるほどの破壊が、火炎に触れた赤い鱗粉によって次々と引き起こされる。

 その光景はまさに世界の終焉だ。

 人間はもちろん、強い火属性耐性を持ったシェルレウスですら瞬きの間に焼け死ぬ炎の地獄。

 

 これが古龍種。

 これが『禁忌』。

 モンスターハンターの世界において、創造主より世界を滅ぼせるとまで明言された王の力。

 大噴火など比較にならない破壊を容易く行える、超越的な存在。

 全力を出さずとも、1つの地形を書き換えるくらい造作もない。この世界における本当の強者とは、星を破壊できることなど最低限の条件なのだ。

 

 だから、試した。

 自分に傷を与えたこのキラーズは、本当に強者なのかを。

 この爆発を生き延びたのであれば『天秤』に相応しい、だがこれで死ねばその程度の存在だったと割り切るつもりで、粉塵爆発を解禁した。

 その結果を見届けて、ボレアスは黄金の瞳を輝かせる。

 

(やっぱり、間違いない。コイツは……!)

 

 普段は、嫌いな人間の言葉を使うことなど気に入らないからと。

 敬愛する祖龍ミラルーツと話す時すらその独特の口調を変えないというのに、ボレアスは心中で人間の言葉を話していた。

 それはつまり、ボレアスが認めたということだ。

 黒龍ミラボレアスが誇る粉塵爆発。

 超広範囲をまとめて吹き飛ばす、天災も上回る大破壊を切り抜けてみせた、この青い瞳のキラーズを。

 

「は……、っ、は、は、ぁ」

 

 体の各所に火傷を負い、肩を上下させて息を荒げているが、生きている。

 それどころか両端に刃が備わった長大な武器を握り直し、青の瞳でボレアスを睨みつけてまだ戦えると言外に示している。

 

(……あの鉄屑を盾に使ったのか)

 

 キラーズの前には灰燼へと帰した竜機兵があった。

 ラオシャンロンに匹敵する巨体を持つ竜機兵ならば、確かに盾として使えるだろう。

 だがそれだけではボレアスの粉塵爆発は防げない。

 青のキラーズは、竜機兵を盾にしても貫通してくる爆風と炎をあの連続攻撃で相殺したのだ。

 

(この俺の攻撃を初見で対応した。しかも、ただ粉塵爆発から生き延びただけじゃない)

 

 キラーズの後ろには、人間達が隠れ家にしていた大穴があった。

 つまり青の麗人は自分の命だけではなく、その大穴の中にいた有象無象の命まで守り抜いたということだ。

 ボレアスを相手にしているのに、他者を庇う余裕すらある……!

 

「ふ――ッ!」

 

 粉塵爆発により焦土と化した大地を蹴り飛ばし、狩人が竜機兵の残骸を超えてボレアスに攻撃を仕掛けてくる。

 もう何度も目にした、しかし未だに捉えきれない2つの刃による連続攻撃。それを躱し、避けきれないものは爪で受け止め、それでも双刃による猛攻は捌き切れない。

 次々と浅いが確かな傷がボレアスの体に刻まれ、漆黒の鱗が赤く濡れる。

 それでもボレアスの余裕は崩れない。

 この程度のダメージなら、龍脈を細胞に注いで再生力を高めれば一瞬で回復出来るのだ。

 

(悪いなルー姉、1つだけ「約束」を破ることを許してくれ)

 

 心の中で謝罪し、ボレアスが黄金の瞳を輝かせる。

 膨大な量の龍脈エネルギーが黒龍を中心に渦巻いて、しかしそれらは決して解放されない。むしろボレアスの体の中に封印され、同時に黒龍の体がその姿を変える。

 角が、翼が、爪が、尻尾が、牙が。

 龍の象徴であるそれらの部位が消えて、竜機兵ほどではないが十分に巨大な龍の体が縮む。

 

「な、ぁ!?」

 

「仕返しだ、この野郎」

 

 身長140センチほどの少年へと姿を変えたボレアスは、驚愕で攻撃の手を止めたキラーズに笑みを向けて殴り飛ばした。

 咄嗟に武器の柄でガードしたキラーズだったが、小さくなっても腕力は龍だ。

 その圧倒的なパワーに押し負けて、キラーズの体が砲弾のように吹き飛んでいく。

 

「――――ッッ!!」

 

 そして殴り飛ばしたキラーズを、ボレアスは火球ブレスで追撃する。

 擬人化してその威力はダウンしたものの、それでも竜機兵を大きく上回る熱を有した激しい炎。

 青のキラーズは吹き飛ばされながらも空中で火球を切り刻むが、ボレアスの擬人化を見たショックはまだ残っているらしい。

 その動きは今までよりもかなり遅くなっている。

 

 だが、ボレアスはそれ以上の追撃は行わなかった。

 100メートルほど先まで吹き飛んだキラーズに向けて、獰猛な笑みを向けたまま手招きする。

 それはまるで挑発のようだが、前髪の奥から覗く黄金の瞳にはもう殺意も戦意もない。キラーズに対しての純粋な好意だけがあった。

 

「……キミは、先ほどまで私と戦っていた龍ですか?」

 

「ああ、すぐに理解が出来るようにこの姿でもブレスを撃ってやっただろう?」

 

 ボレアスとは反対に戦意は消さず、武器を構えたままゆっくりと歩み寄ったキラーズの問いかけ。

 それに、ボレアスは不敵に笑いながら答えた。

 だがキラーズは答えを返されたのに、さらに顔を青くする。

 

「まさか龍が人の姿に変化し、言葉まで……」

 

「そんな事はどうでも良い。本当はもっとオマエと戦っていたかったが、もう竜機兵は全て壊れた。ルー姉の命令が竜機兵の破壊である以上、もうオマエと戦える口実はなくなった。既に約束も破ってるから、これ以上のワガママは怒られる」

 

「ルー姉、命令……? ちょっと待って! それはキミに命令することが出来るほどの存在が……」

 

「どうせすぐ分かる。それより俺はオマエを『天秤』と認めた。名前を言え」

 

「…………、……」

 

 かなり混乱しているのだろう。

 自分の言葉に被せるようにして放たれたボレアスの言葉に、キラーズはすぐには答えられず沈黙する。

 だが数秒後に、キラーズは覚悟を決めたように口を開いた。

 

「――シエル。私の名前はシエル・アーマゲドンです」

 

「…………シエル、憶えた」

 

 間違いなく自分の宿敵になるだろう人間の名前を呟き、ボレアスは嗤う。

 きっとこのやり取りをミラルーツが見ていたら、いきなり人間にデレたボレアスを見て大騒ぎをしただろう。

 間違いなく「私的には良い感じの原作崩壊キター!」とか叫んでいる。

 もちろん心の中で。

 

 それからボレアスはシエルの瞳に自分の視線を合わせると、絶大な威圧と共に口を開いた。

 いきなり『禁忌』モンスターの全力の威圧を浴びたシエルが大量の冷や汗を流すのを眺めて、ボレアスもまた自分の名を告げる。

 

「偉大なる姉から与えられた俺の真名は、ミラボレアス。じゃあなシエル。今度はお互いに本気で殺し合おう」

 

「待っ……」

 

 シエルの声をかき消すように、ボレアスの体が炎に包まれた。

 天を貫くような火柱の中で擬人化を解除して本来の姿に戻ったボレアスは、翼を広げて飛翔する。

 『運命の戦争』を意味する己の真名を、シエルの胸に残して。

 

 

 

 

 

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 青空へと姿を消したミラボレアスを見送って、シエル・アーマゲドンは握り締めていた双刃剣を手放した。

 ガランという音を立てて焦土に落ちた武器と共に、シエルもまた地面に崩れ落ちる。

 

「ご無事ですか、シエル様!?」

 

「……ええ。少し火傷を負ったけど、命に関わる傷は受けてないわ」

 

 シエルの安否を確認して安堵するのは、竜種観測隊の副隊長を務める美女。祖龍ミラルーツを初めて観測したイザベル・ハインリヒ。

 イザベルもまた、竜機兵の開発に関わった1人としてこの起動実験に参加していたのである。

 そしてシエルの役目は、フランシスカと同じく竜機兵が暴走した時のセーフティだ。

 

「無礼を承知で言わせて頂きます。シエル様はもう少し御身を大事にして下さい。もしも何かあれば……」

 

「イザベル、今の私は数多いるキラーズの1人。それ以上でもそれ以下でもない。敬語も敬称も必要ないわよ」

 

「たとえそうであっても、王家にその名を連ねるシエル様を呼び捨てなど出来ませんよ」

 

 もっとフレンドリーに接して欲しいのに、というシエルの呟きを聞いてイザベルは心の中で叫んだ。

 王女様を相手に平民生まれの自分がフレンドリーに話しかけられる訳がないでしょう! と。

 

 シエル・アーマゲドン。

 フルネームを、シエル・シンセサリア・アーマゲドン・シュレイド。

 現シュレイド国王の血を引く、王位継承権を持つ王女である。

 もちろん王女であるのにキラーズとして戦場に出ているのには、複雑な理由があるのだが。

 

「イザベル。私のことよりも、亡くなってしまった方々の埋葬です。……私が守り切れなかった民の……」

 

「…………」

 

 掠れ声で発された最後の言葉を聞いて、イザベルは首を振る。

 守り切れなかった?

 あの祖龍に連なる存在である黒龍ミラボレアスを相手に、自分達を庇いながら戦って撃退したのだ。

 これは誇るべき戦果であって、シエルに落ち度など何もない。

 

(それでも、シエル様は納得しないのでしょうね)

 

 ミラボレアス襲来の恐怖で気絶していた研究者を優しく起こし、怪我人を自ら手当てし、泥まみれになりながら亡くなった人間の埋葬まで行う。

 これほど王女らしくない王女など他にいないだろう。

 誰よりも優しく、誰よりも気高く、誰よりも勇敢で、誰よりも強い正義感を持つ。

 彼女ほどの善人をイザベルは他に知らない。

 

 だが偶然にもシエルが何故これほどの「善人」になってしまったのかを知っているイザベルは、優しすぎる王女様を見て思うのだ。

 誰でも良いから、シエルを救ってくれと。




※注釈※
悪いドラゴンに連れ去られるのではなく、むしろ自分で討伐しちゃう系お姫様のシエルについては、後々に名前回がやってきて色々と分かるので、今はただ「善人」ということだけ分かっていれば大丈夫です。
『運命の戦争』に気に入られてしまったお姫様の明日はどっちだ!?

次回はアルンが主人公。

Q、ララは?

A、ララは別枠で主人公回が確定しています。


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煌1話 ノウス凍土での戦い

 ――大陸・北方・ノウス凍土。

 そこは氷に覆われた大地と決して止むことのない吹雪が人類の侵入を拒む、絶対零度の『魔境』。

 この星には多くの『魔境』が存在しているが、その中でもこのノウス凍土は屈指の危険地帯として有名だ。恐らくバテュバドム樹海の『蛇の湖』よりも危ない場所だろう。

 何せその環境は地球で言うところの北極や南極と変わりないので、まともな装備を整えないと短時間で凍死する。

 

 しかしノウス凍土の真の恐ろしさは環境ではなく、極寒の世界に適応した竜だ。

 ベルクマンの法則をご存知だろうか。

 これは「恒温動物においては、同じ種でも寒冷な地域に生息するものほど体重が大きく、近縁な種間では大型の種ほど寒冷な地域に生息する」というものである。

 そう、大陸の北端に位置するノウス凍土のモンスターはとにかくデカい。原作ゲームで表現するのなら、出現する全ての個体が最大金冠サイズとなる。

 

 そして体が大きくなれば、必要となる餌の量も増加する。体温を維持する為にも食料は必須だ。

 しかしノウス凍土には獲物となる草食獣が少ない。

 そうなれば必然的に捕食者同士の戦いが頻発して、より強い個体だけが相手を喰って生き残ることになる。

 もう分かるだろう。

 ノウス凍土とは巨大な竜が獲物を求めて常に徘徊する、修羅の世界だったのだ(・・・・・)

 

『ギギザザザガガガガガガガガガガガッ!!』

 

 耳障りで不愉快極まりない金属音のような咆哮。

 竜種の死骸から人間の手によって誕生した生体兵器が、ノウス凍土で生きるモンスターを虐殺する。

 確かにノウス凍土のモンスターは強い。軒並み上位個体だ。

 しかし古龍種を殺すために作られた竜機兵の前には、他の『魔境』で生きるモンスターと大差ない。

 最大金冠サイズだとしても、ラオシャンロンに匹敵する巨体を持つ竜機兵には敵わない。

 鉄と文明の暴力が、自然を容赦なく蹂躙した。

 人工のアギトから巨大な火球ブレスが乱射されて、氷の大地が溶けていく。吹雪の代わりに爆風が吹き荒び、雪の代わりに炎がモンスターを襲う。

 

(これは……思った以上に害悪ですわね……)

 

 その光景を睥睨していたアルンは、竜機兵の暴虐に不快感を露わにする。

 人間によって竜の死骸から作られた生体兵器という時点で許し難いというのに、その竜機兵を使用してさらに殺戮を続けるなど言語道断だ。

 

(お姉様が警戒していたので慎重に様子見していましたが、これは時間の無駄でしたね。……マズいわ、もしかしたらボレアスとバルカンはとっくに鉄屑を破壊してお姉様の所へ戻っているかもしれません)

 

 様子見などせずにすぐに破壊すれば良かったと後悔しつつ、アルンは龍脈を収束する。

 下位個体の飛竜であれば数秒で凍りつく空間を、音速の7倍という超速で飛翔した竜機兵。その体の半分は人工物であるくせに、寒さには強いらしい。

 だが、それだけだ。

 『禁忌』にその名を連ねる煌黒龍アルバトリオンの敵ではない。

 敬愛する姉の命令に従い、その鉄屑の竜を追跡していたアルンは心中で端的にそう評価した。

 

 そうなると、問題は「竜機兵を全て破壊出来るか」から「他の兄弟姉妹よりも活躍できるか」にシフトする。

 要するに、アルンは他の誰よりも姉のミラルーツに褒めて欲しかった。

 シスコンとブラコンを極限まで拗らせている祖龍も大概だが、アルンも負けないくらいアレ(・・)だったのである。

 後世であらゆる天災の化身にして、あらゆる生命を奪うとまで謳われる煌黒龍の実態がコレだ。彼女の討伐を目標とし、腕を磨いていた未来のハンター達が知れば泣くだろう。

 

(爆炎ブレスか全体落雷を使うのが一番楽ですが、竜機兵の近くで竜の死骸を回収している人間が邪魔ですわね。

 お姉様に合流する前ならばむしろ好都合とまとめて引き裂いて差し上げましたが、今は「獲物と定めた相手以外の命は奪わない」という「約束」がありますし……)

 

 面倒ではあるが、近接してから物理攻撃で仕留めるしかないだろう。

 それでも戦闘に巻き込まれた人間が何人か死ぬだろうが、その程度ならば姉も許してくれるはずだ。

 そう判断して、アルンは暴虐の限りを尽くす竜機兵の前へとゆっくりと降り立った。

 本当ならば一気に急降下したかったが、人間とは脆弱な生き物だ。アルンが少しスピードを出すと発生する衝撃波を浴びただけで、バラバラになって死んでしまう。

 

『ギギザザザガガガガガガガガガガガッ!!』

 

 目の前に現れたモンスターは全て殺せと「命令」されていたのか。

 アルンを視認した竜機兵が金属音にも似た咆哮を響かせて、全く怯むことなく襲い掛かってきた。

 3機の竜機兵のうち2機は後方からブレスを放ち、残る1機が巨体を活かして突進してくる。

 

(彼我の実力差も分からないとは……所詮はわたくし達の下位互換である竜の贋作。欠陥品ですわね)

 

 アルンを中心に膨大な量の龍脈が渦巻いた。

 ボレアスのような漆黒の体色から、バルカンに近い赤黒色へと変化する。

 ――火龍モード。

 全ての属性を保有するアルバトリオンだからこそ可能な、大幅な属性形態の変更だ。

 火属性に対する強力な耐性を獲得したアルンにはブレスは通用せず、爆炎の中から無傷で飛び出したアルンは突進してくる竜機兵を迎え撃つ。

 火龍モード限定のモーションの1つ、龍雷を纏った爪撃だ。

 ゲームプレイヤーからはネタでドラゴンクローと呼ばれる攻撃だが、威力はネタでは済まない。空間ごと捻じ切るような速度で、龍属性を纏ったアルンの前脚が振り抜かれる。

 

 ゴッソリと。

 竜機兵の前脚の肉が抉られて、四肢の1つが完全にその機能を喪失する。突貫した人造の竜は、アルンに届く前に転倒した。

 約70メートルの巨体が大地に倒れ、地震のように世界が震える。

 ダウンを取ったアルンはその隙を逃さずに、火龍モードで使えるモーションの中でも、屈指の威力を誇る大技――バックジャンプ爆炎ブレスを繰り出した。

 黒龍や紅龍の火球ブレスすら大幅に上回る熱量が放たれ、着弾と同時に巨大な炎の竜巻が竜機兵を焼き尽くす。

 

 その余波だけで氷の大地が蒸発し、アルンの周囲だけ吹雪が止む。

 大穴に逃げ込むのが遅れて熱波を浴びてしまった憐れな研究者達は、骨すら残らずにこの世から消滅してしまった。

 これが煌黒龍アルバトリオン。

 そこに存在しているだけで無数の天災を巻き起こし、己以外の生物は棲むことが出来ない『神域』を作り出す。

 ノウス凍土の過酷な環境など、アルンが引き起こす災害の比較にもならないのだ。

 

(……おや?)

 

 消し炭となる竜機兵から視線を外し、残りの2機も破壊しようとしたアルンは思わず動きを止める。

 ……龍脈が異常なほど激しく循環しているのだ。

 これほど龍脈に大幅に干渉出来るのは、G級の古龍種か他の『禁忌』くらいだろう。

 しかし姉……ミラルーツではない。

 祖龍がこれほど派手に龍脈を収束させれば、アルンがいるノウス凍土からでも世界を打ち砕く紅雷が見えるはずだ。これだけ膨大な龍脈を使うということは、間違いなく切り札であるチャージブレスを使っているだろうから。

 というかチャージブレスを放つ以外で、これほどの龍脈を使うことは基本的にあり得ない。

 

(ということは、ボレアスかバルカンかしらぁ? ララの可能性もゼロではありませんが……。ともあれ、最上位に近い古龍種がそれなり以上の力を出すほどの相手が――)

 

 そこまで考えを巡らせた瞬間に、何かがアルンの眼球を正確に狙って飛来した。

 咄嗟に首を曲げて回避するも、僅かに間に合わず攻撃が頬に掠る。それだけで、鉄壁の防御を誇る逆鱗に守られたアルンが出血した。

 自分がダメージを受けたことに少しだけ驚きながらも、アルンは攻撃が飛んで来た方向へと視線を飛ばす。

 火炎の竜巻が巻き起こした黒煙が晴れ、再び視界を覆う吹雪の奥で。

 身の丈ほどもある巨大なヘヴィボウガンを構えた、深緑の瞳を持つ美女がいた。

 

(人……間……?)

 

 人の言語を操るミラルーツに合わせるために、アルンは長期間に渡って人間を観察していた。軍隊とも何度も戦った経験がある。

 だから「銃」の存在と威力は知っていた。

 知っていたからこそ驚愕する。

 

(たかが小粒の鉄を音速よりも速く射出しただけで、わたくしに傷を与えられる訳が……)

 

 そこでアルンはさらに戦慄する。

 そうだ、前提からおかしい。

 たとえ最新式のスナイパーライフルによる狙撃でも、発射される弾丸の速度は秒速900メートル程度。

 アルンの動体視力ならば容易に視認可能で、反応が遅れても余裕で避けられる。しかし先ほどの弾丸の速度はその程度ではなかった。

 そして何より300メートルも離れた場所から、吹雪という悪天候の中でアルンの急所を正確に狙うその腕前。

 まさに神技。

 

「――ッ!」

 

 アルンの体内で使用される龍脈変換神経が切り替わった。

 火属性と龍属性が沈黙し、その代わり氷属性と雷属性が起動する。

 氷雷モード。

 赤黒色だったアルンの体はノウス凍土の景色に溶け込むような蒼白色へ変化し、炎と龍雷の代わりに冷気とスパークを纏う。

 その大幅な形態変化に謎の狙撃手がスコープを覗いていた目を見開き、危険を感じたのか咄嗟に移動しようとする。

 ……だが、もう遅い。

 

(返礼、ですわぁ!)

 

 空中戦に特化した氷雷モードとなったアルンは翼を広げて滞空。

 そして溶岩をも凍てつかせる超低温の吹雪ブレスで、狙撃手がいる前方一帯を薙ぎ払う。

 手応えは、あった。

 あの女は狙撃能力こそ隔絶していたが、身体能力はそこまで高く無かった。回避を始めるタイミングも遅れていた。

 確実に、命中した。

 

 ――その筈なのに。

 

(な、ぁ――ッ!?)

 

 アルンが放つ吹雪ブレスとすれ違うように、再び吹雪を貫いて弾丸が飛ぶ。恐ろしいほど正確にアルンの左目が撃ち抜かれ、視界が半分ブラックアウトした。

 咄嗟に龍脈を回して左目を再生しながら、アルンは残った右目で吹雪ブレスの着弾地点を睨む。

 

「相変わらず見事な腕前だぜ、アレクシア」

 

「お褒めに預かり光栄です、ヒルデブラント中佐」

 

 巨大なランスと大楯を構えて仁王立ちする隻眼の男と、その背後で射撃体勢を取る狙撃手の女。

 そして隻眼の男が持つ大楯は凍り付いていた。

 

(まさかわたくしのブレスを、あの人間は正面から受け止めたとでも言いますの……!?)

 

「無理やり『魔境』に引き摺り出されたかと思えば、あの祖龍にも匹敵するほどのモンスターと出会うことになるとはな。ったく、ツイてねぇぜ」

 

 そう言うと、隻眼の英雄――フーゴ・ヒルデブラントは不敵に笑った。



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煌2話 魔境還りと神域の支配者

 吐息すら凍りつく氷の大地と、視界を遮る猛烈な吹雪。

 その過酷な環境であらゆる生命を凍死させる絶対零度の『魔境』――ノウス凍土。

 大陸の最果にて“神をも恐れさせる最強の古龍”と向かい合うのは、隻眼の英雄フーゴ・ヒルデブラントと異次元の狙撃手アレクシア・ディートリンデ。

 生態系の頂点。『禁忌』の龍。

 煌黒龍アルバトリオンの左目を奪うという戦果を挙げた2人だったが、追い詰められているのは彼らの方だった。

 

 ……対龍特攻弾。

 キラーズが討伐した竜種の中でも特に強力な個体の素材を利用して作られた、龍属性の弾丸だ。

 原作ゲームに登場する滅龍弾の原型と言えば分かるだろうか。

 上位個体クラスの飛竜すら1発で絶命させる威力を誇るソレは、当然ながら希少であり数は非常に少ない。

 アレクシアの手元にある対龍特攻弾は、残り3発。

 

 そしてアレクシアの使う銃もまた、他のキラーズの武器とは一線を画する力を持つ。

 バテュバドム樹海でキャロルによって回収された祖龍、黒龍、紅龍のタマゴのカケラ。それらから作られた3種の武器の1つがアレクシアの手の中にある銃だ。

 余談だが、残りの2つはフランシスカの太刀とシエルの双刃刀である。

 

 最高の銃と希少な弾丸。

 そしてアレクシアの隔絶した狙撃技術が合わさり、ようやく煌黒龍の左目に届いたのだ。

 いや、左目しか潰せなかったと言うべきか。

 

「竜機兵を囮にして、吹雪に紛れて気配を隠し、油断している状態を狙って、それでも初弾を躱されるなんて……」

 

「ははっ。あの一撃で仕留めるつもりだったとは言わねぇが、逃げるくらいのダメージは期待してたんだがな」

 

 冷や汗を流し、それでもアレクシアの前でランスと盾を構えるフーゴ。

 アルンの吹雪ブレスを真正面から受け止めてみせた隻眼の英雄だが、その代償は大きい。

 盾を持つ左腕の骨はヒビでも入ったのか鈍い痛みを発しており、盾もまた今のガードでかなりガタガタになっていた。

 

(片腕捨てるつもりで、何とか後2回はガード可能ってぇところか。嫌になるぜ。奴さんからすれば戯れの一撃が、オレにとっちゃ大災害だっつーの)

 

(残り3発。もう1発も外せない、中佐殿もこれ以上は私を守れない。失敗は許されないわよ、私……!)

 

 ――『魔境還り』

 その異名は主にフーゴを指すが、その実態はアレクシアとペアを組むことで本領を発揮するキラーズだ。

 あらゆる攻撃を防ぐフーゴという盾と、龍すら撃ち抜くアレクシア。

 最強の矛と盾が合わさって初めて、どんな地獄からでも生還する『魔境還り』となる。

 

 

 

 

 

 

 

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(……なるほど、ですわぁ)

 

 部位破壊された左目を完全に再生したアルンは、治ったばかりの目でフーゴとアレクシアを観察する。

 アレクシアの握る銃から、僅かに『禁忌(かぞく)』の気配があった。

 どこから手に入れたのか分からないが、どうやら本当に龍の素材を使用して生産された武具らしい。

 なるほど、それなら鉄で作られた銃とは比較にならない速度で弾丸を放てるだろう。

 

 竜機兵に意識を向けていた。慢心があった。油断していた。龍属性に弱い氷雷モードだった。吹雪ブレスが正面から防がれるとは思わなかった。そもそも狙いは狙撃手で、防御に特化しているらしい、ランサーの存在には気付いていなかった。

 左目を破壊された理由はいくつもある。

 しかし、そんなものは関係ない。

 あの狙撃手とランサーは運良くそれらの要因に味方されたのではなく、この場の全てを利用してアルンの隙を突いたのだ。

 

 なるほど、素晴らしい。

 あの人間達はアルンがこの場に現れることを知らなかった。

 それなのにアルンが最初の竜機兵を破壊している僅かな間にショックから立ち直り、観察し、狙撃するチャンスを作ったのだろう。

 それも初弾を外した時のフォローからカウンターまでの、サブプランまで用意していたのだ。

 

 『禁忌』やフランシスカのように、デタラメに強い訳ではない。

 ランサーの方はG級個体の古龍種が相手でも勝てそうだが、その上の存在にまでは届かないだろう。ガード能力は素晴らしいが、攻撃力が足りていない。

 狙撃手の方はさらに能力が偏っている。その狙撃能力はまさに異次元の領域にあるが、反面その他の能力は非常に低い。単独では下位個体の古龍種にも勝てない程度だ。

 

(でもペアを組むことでお互いの欠点をカバーしていますのね。なるほど、単体で完成しているわたくし達とはまた違う種類の強さ。力を合わせるという人間らしい強さ。……試してみる価値は、ありますわ)

 

 アルンの心から傲りが消える。

 今まで他の有象無象と同じ扱いだったランサーと狙撃手が、彼女の中で明確な『敵』として認識された。

 今の煌黒龍には油断も隙もない。

 ただの『雑魚』に向けた戯れの攻撃ではなく、敵を排除するための攻撃が放たれる。

 

 相手もアルンが「その気」になったことを悟ったのだろう。

 戦意と共に僅かな恐怖を滲ませながらも、格上の存在に対して逃げることなく武器を構える。

 

 そして、戦いが始まった。

 

「ッグルオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

 最初に動いたのは、アルンの方だ。

 アギトから冷気を発生させると、9メートルにも達する巨大な氷塊を同時に3つ生成。正面に立つランサーを狙って、ガード出来るのならやってみろと射出する。

 弾丸を上回る速度で飛来する氷塊に対し、ランサーは盾ではなく槍を構えた。

 

「う、お、お、ああああああああっ!」

 

 雄叫びと共にランスを突き出し、最初の氷塊を真正面から打ち砕く。2つ目の氷塊は盾でカチ上げて軌道を逸らし、3つ目は槍をフルスイングしてホームランする。

 弾かれた2、3番目の氷塊があらぬ方向へと飛び、着弾した氷の大地に大穴を空けた。

 

(範囲攻撃ならば!)

 

 初撃を凌いだランサーに向けて、アルンは2度目の吹雪ブレスをぶっ放す。それも前のように戯れのブレスではなく、触れたもの全てを瞬時に凍てつかせる真の攻撃だ。

 それをただ一直線に撃つのではなく、右から左へと動かして横殴りの形で攻撃する。

 

「飛べ、アレクシア!」

 

 対して、ランサーは自分の盾に乗せて真上に放り投げるという暴挙に出た。盾を足場にアレクシアが10メートル以上も垂直跳びし、吹雪ブレスは地上に残るランサーのみに襲い掛かる。

 だが、絶対零度のブレスがランサーを凍死させるよりも早く。

 

「墜ちろッ!!」

 

(……ッ!)

 

 そんな叫び声と共に、狙撃手は空中で未だ吹雪ブレスを撃ち続けているアルンの翼を狙って弾丸を放った。

 重苦しい射撃音が響き渡り、音速の壁を突き破って弾丸が飛ぶ。

 咄嗟に攻撃を中断したアルンが身を翻して回避すれば、アルンの背後にあった氷山に弾丸が着弾。

 ……しかし、そこに先ほどまでの威力はない。

 

(私に傷を与えた弾丸と種類が違う、ダミーですの!?)

 

 1発目と2発目の狙撃で警戒心を与え、相棒を踏み台に空へと逃れた狙撃手が空中で撃つという大袈裟な演出からの、フェイント。

 狙撃のタイミングは見事だった。

 『禁忌』クラスのモンスターでなければ、間違いなく翼を撃ち抜かれて墜落していただろう。

 アルンですらそう思ったから回避したのだが――

 

(今の狙撃の目的はあくまでわたくしの攻撃をキャンセルさせること。その為にわざわざ絶好の狙撃タイミングを囮にするとは……!)

 

 見事に騙されたことに気がついて、アルンは思わず苦笑する。

 格下の相手に2度も踊らされた。

 その事実に対して、アルン自身でも意外なことに怒りの感情はなかった。それどころか可愛い悪戯をされたような気分になって、苦笑してしまう。

 

(やる気になったわたくしすら欺いたのは称賛に値するでしょう。ですが、今ので分かりましたわ。……わたくしにダメージを与えられるあの弾丸の数が、残り少ないことに)

 

 あの特別な弾丸に余裕があるのなら、今の狙撃はダミーである必要がない。むしろ当たる確率の方が高かったのだから、その特別な弾を撃つべきだったのだ。

 だが、撃ったのは威力の低いただの弾丸。

 アルンとて馬鹿ではないのだから、そこから特別な弾の数が少ないことくらい予想できる。

 

(何より、その特別な弾ですら1発ではわたくしの命には届かない。たとえ急所を撃ち抜かれても、ほんの数秒あれば再生可能ですわ)

 

 これ以上は相手に戦いの主導権は与えない。

 狙撃手が着地するタイミングを正確に狙って、アルンは姉も得意とする雷球ブレスを放つ。紅雷ではなく蒼白の雷であるが、その威力は祖龍のものに勝るとも劣らない。

 準古龍級生物ですら即死する高電圧の一撃だ。

 

「中佐殿!」

 

「任せろ!」

 

 防ぐのではなく、逸らす。

 飛来する雷球ブレスを斜めに傾けた盾で受け止めると、そこから上方向へと力を逃したのだ。ランサーの盾の上を滑るようにして、雷球ブレスの軌道が変化する。

 その結果、蒼雷は未だに吹雪を生み出し続ける分厚い雲を撃ち抜いて終わった。

 雷球ブレスを凌いだランサーの背後で、再び狙撃手が弾丸を撃つ。

 

(今度は……!)

 

 本物か、ダミーか。

 アルンの動体視力ならば『禁忌』の素材から生産された銃による狙撃でも、視認することは出来る。しかし普通の弾丸と特別な弾丸を見分けるのは不可能だ。

 どちらもビジュアルに差はない。

 

(どちらでも構いません、全て回避すれば問題な――)

 

 そこで。

 狙撃手の放った弾丸に気を取られていたことで生まれた隙を突いて、今まで防御に徹していたランサーが突っ込んで来ていることに気づいた。

 2度目のフェイント。

 先ほどのフェイントで本物の弾丸がダミーかに注意を向けた上で、これまでの攻防で完全に防御専門だと思わせていたランサーによる攻撃。

 弾丸を回避するために、滞空していたアルンは既に旋回のモーションに入っている。今から迎撃するのは不可能ではないが、そうすると狙撃は避けられない。

 このままではちょうど背中を向けたタイミングで、あのランサーが自分の元に辿り着く。

 

(もう、次の弾を)

 

 迫る弾丸。駆けるランサー。

 その背後で、狙撃手はもう次弾の狙撃準備を整えていた。

 チェックメイトだ。

 何をどうしても必ずどれかの攻撃は受けてしまう。全ての攻撃を完全に躱す手段はない。

 その事実を理解して、アルンは目を閉じた。

 

(――お姉様の言う通り、人間にも可能性があるかもしれませんわ)

 

 そう認めた上で。

 

「グルオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

 

 咆哮が炸裂した。

 超威力の衝撃波がドーム状に拡散し、氷の大地を隆起させながら弾丸と共にランサーを吹き飛ばす。

 そして、隆起した氷の大地の下から火柱が上がった。

 祖龍との戦いの時も使った、アルンの噴火咆哮。

 狙撃手とランサーの足元でピンポイントに噴火が発生し、2人まとめて打ち上げられる。

 そして滞空する自分の元まで吹き飛んだ2人を、冷気とスパークを纏わせた尻尾で殴打した。

 ランサーが咄嗟に盾でガードしたが、龍の力でその防御を強引に突破。狙撃手もろとも大地へ叩き落とす。

 

「が、はぁ……っ!?」

 

 背中から大地に叩き落とされたランサーが呻きながら血を吐き、同じく地面に叩きつけられた狙撃手は意識を失って凍土の上に転がる。

 完全決着。ゲームで言うなら3乙だろうか。

 ダウンは2人とも初めてなので正しくは2乙だが、まぁクエスト失敗の事実に変わりない。

 

 必然の結果だ。

 ランサーのガード能力も、狙撃手の射撃技術も申し分のない練度だった。

 実際にこの2人は『禁忌』の4、煌黒龍アルバトリオンと渡り合えるほどの強者だ。

 だが悲しいかな、致命的にスピードと力が足りない。

 どれほど見事なフェイントをしても、そんな小細工がどうでも良くなるほどの破壊力があればご覧の通りだ。

 綿密な作戦も、完璧な連携も、世界を滅ぼせるほどの力の前には何の意味もない。

 とんでもない理不尽だ。

 だがその理不尽という名の厄災の権化こそが古龍種であり、そして『禁忌』モンスターなのだ。

 

 しかし、アルンは思うのだ。

 もしも仮にこのランサーと狙撃手に、自分を殺せるほどの攻撃力があれば。もしくは雷速を超えた領域に踏み込めるスピードがあれば。

 負けていたのは、自分の方だったのではないかと。

 実際に天と地ほどの実力差があるというのに、全ての攻撃が手加減していた状態では回避不能なところまで追い込まれている。

 もしもアレほど見事なフェイントと連携を、自分に匹敵する存在が行ったのなら。

 戦闘能力とはまた違う。

 アルンとは戦いの「経験値」が桁違いなのだ。

 

 祖龍よりも、他のどの『禁忌』よりも、フランシスカよりも、シエルよりも。

 このフーゴ・ヒルデブラントとアレクシア・ディートリンデは、戦いの流れを掴むことに長けている。

 

(認めましょう。瞬間的な作戦立案能力に関しては、敬愛するお姉様よりも上だということを)

 

 それはアルンから人間に送られる最大の賛辞だった。

 流石に口に出して伝えるのは癪だったので、あくまで心の中でのみに留めたが。

 

 このままランサーと狙撃手を放置すると凍死するので、アルンは擬人化してゴスロリ少女へと姿を変える。

 そして無造作に敵対していたキラーズに接近すると、足元の氷を砕いて火をつけた。

 何も間違っていない。誤字でもない。

 氷に、火を点けたのだ。

 まるで枯れ木で焚き火を作るような感覚で。

 地球の科学者が見れば発狂するような光景だった。因みにシュレイド王国の研究者は発狂した。

 この世界の全ての属性を持つアルンだからこそ出来る、デタラメなコトだった。

 

「ほら、起きなさいな。寝るのはわたくしの問いに答えてからですわ」

 

「な、に……?」

 

「お前達を『天秤』と認めましょう。名乗りなさい。そうすれば大人しく撤退してあげますわ」

 

 仰向けに寝転んだまま、虚な目でアルンを見つめるランサー。

 数秒間ずっとアルンがランサーの目を見続けていると、やがて口から血と共に声を絞り出した。

 

「……フーゴ、ヒルデブラント」

 

「そちらの狙撃手は?」

 

「……レ…………アレクシア……ディートリンデ」

 

「フーゴにアレクシアですわね。確かに覚えましたわ」

 

 ランサーと狙撃手……いや、フーゴとアレクシアの名前を聞き出したアルンは頷くと上機嫌で背中を向けた。

 そして10メートルほど離れてから、龍の本性を剥き出しにした凶悪な笑みを浮かべて振り返る。

 

「偉大なるお姉様より賜った我が真名はアルバトリオン。ご機嫌よう、フーゴにアレクシア」

 

 そう言い残すと、優雅にターンして再び巨大な龍の姿へと姿を変えた。

 翼を広げて大地を踏み砕き、荒れ狂う吹雪の空へと飛翔する。

 

(おっと、本来の仕事を忘れるところでしたわ)

 

 と、そこで上昇を中断。

 空中で旋回すると、1機目の竜機兵を焼き尽くした爆炎ブレスの余波を浴びてダウンしていた残りの機体に向けて雷を落とした。

 凄まじい轟音と共に世界が揺れ、竜機兵がいた場所に巨大なクレーターが出来上がる。

 完全に竜機兵を消滅させたアルンは満足げに喉を鳴らすと、今度こそ吹雪の空へと姿を消した。

 

 『魔境還り』の異名を持つキラーズ達に、現代モンハン世界で最大の『魔境』である神域の支配者の名を残して。

 まるで、神域という名の『魔境』から生還してみせろと言わんばかりに。




「現段階」での強さ早見表。

祖龍(本能全開状態)=フランシスカ>禁忌、シエル>祖龍(劣化?)>>>(超えられない壁)>>>フーゴ>アレクシア

あくまで単純な戦闘能力での値であり、総合値や条件によって変動します。
本能全開状態は『蛇の湖』で軍隊に奇襲されて、ブチ切れた時のルーツ。


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紅1話 イード火山での戦い

遅くなりました。
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こちらが1話目です。


 ――大陸・東方・イード火山。

 シュレイド地方で最大の活火山が聳え立つその場所は、灼熱の地獄が人類の開拓を阻む『魔境』の1つだ。

 火耐性のないモンスターなら死に至る熱の風が常に吹き荒れており、植物の類は一切存在しない。常人を凌ぐ肉体を持つキラーズであっても、特殊な装備かアイテムがなければ活動不能となる領域である。

 それも当然だろう。

 大地に生まれた亀裂の間を、まるで川のようにマグマが流れているのだから。

 

(……鉄屑のくせに火耐性はあるようだな)

 

 噴煙に覆われた空を飛翔しながら、バルカンは自分の前を行く竜機兵を観察して牙を剥いた。

 気に食わない。

 竜機兵の全てが不愉快だった。

 古龍種の眷属である竜を虐殺したことも、竜の屍から人の手で命を作ったことも、その竜機兵がまともな生き物とは程遠い傀儡であることも。

 

(姉上は異常にあの鉄屑を警戒しておられたが……やはり、下等生物が作った贋作だな。大した脅威ではない)

 

 敬愛する姉からの命令ということで慎重に今回の獲物である竜機兵を観察していたが、イード火山の麓に着陸してモンスターを殺し始めた人造の竜を格下と判断した。

 火球ブレスの威力もボレアスやバルカンと比べれば線香花火のようなレベルだ。それどころか、火属性に特化している訳でもないアルンにも劣るだろう。

 それなりの数がいれば少しは脅威になるだろうが、僅か3機ならば上位個体の古龍種にも届かない。

 龍の王であるバルカンは、敵として見ることすら不愉快だった。アレはただの獲物だ。

 

 あのような鉄屑に時間を割くことすら忌々しい。

 油断なく、慢心なく、加減なく。

 紅龍ミラバルカンが有する力を存分に振るい、あの巨大な鉄屑を焼き尽くしてやるのだ。

 

(しかし、その為には近くにいる人間共が邪魔だ……)

 

 現在、竜機兵はイード火山の麓にいる。

 そこは『魔境』の入り口に近くマグマも流れていないので、人間達が大穴を掘ってその中に活動拠点を作ってしまっていた。

 竜機兵と人間の距離が近いので、バルカンのブレスでは威力が高すぎてどうしても巻き込んでしまう。

 そして、問題はそれだけではない。

 イード火山は恐ろしい『魔境』なのだが、その近辺には多数の温泉が湧き出ているのだ。

 その温泉を目当てに人間が集まっており、イード火山の付近にはいくつもの人間の街がある。温泉街というヤツだ。

 バルカン達が侵入したノースタウンとも比較的近い。

 

(あの大穴の中にいる人間共が死ぬのは構わんが、巣の中で大人しくしている人間まで殺すと姉上に叱られるかもしれん。……チィッ、どうせならばもっと火口の近くに移動すれば良いものを!)

 

 それならば火山ごと地図から消せるのに、と続けて思考したバルカンは怒りでアギトから炎を溢す。

 そして首を振って昂りを沈め、冷静に地形の分析を始めた。

 『魔境』の入り口に作られた大穴から、一番近い街までの距離は数キロほど。

 麓はマグマが流れ込んでいないが、よくもまぁ危険地帯の近くに(まち)を作ったものである。モンスター出現後の今ではあり得ない近さだ。

 温泉とはそれほど魅力的なものなのだろうか。

 

 とにかく数キロなどバルカンにとってはゼロ距離だ。

 特にボレアスと比べてバルカンは広範囲の攻撃に優れているので、少し能力を解放するだけで巻き込んでしまうだろう。

 火炎竜巻ブレスはもちろん、得意技であるメテオも封印だろう。

 特に大技のモーションが多い、四足歩行そのものが使用できない可能性まである。

 咆哮によるマグマ召喚もアウトか。

 

(そうなれば能力の60%近くが削がれてしまうが、あの鉄屑を始末する程度ならば何とでもなる。むしろ贋作如きに苦戦などすれば、姉上どころか他の弟妹にまで我が笑われる……!)

 

 忘れもしない幼少期の記憶。

 まだバテュバドム樹海で暮らしていた時は、それはもう弟のボレアスに馬鹿にされた。

 気が弱かったので勝負事にはずっと負けていたし、ボレアスに泣かされたことも1度や2度ではない。姉が獲ってくれた魚の半分近くを奪われたこともある。

 ボレアスもルーツにぴったりだったくせに、バルカンが姉にくっつくと笑うのだ。

 

(くっ、思い出すと今でも腹立たしい。ボレアスめ……!)

 

 閑話休題。

 

 失敗は許されない以上、慢心も油断もあり得ない。

 全力で竜機兵を破壊する。

 他の弟妹の誰よりも早くあのガラクタを破壊して、1番に姉の元へと帰還するのだ。

 

 思考を終えたバルカンは翼を広げ、大穴から最も離れている機体を狙って滑空する。

 口では色々と言っているが、やはりボレアスの兄弟か。初手に選んだ技は、偶然にもボレアスと同じ滑空攻撃だ。

 無印時代からMH2まで230という脅威のダメージ値で数多のハンターをキャンプ送りにした大技が、現実世界でも猛威を振るう。

 竜機兵のトップスピードであるマッハ7すら容易く追い越し、雷速に迫る速さまで加速した。

 破壊的な衝撃波が荒れ狂い、大地が隆起し、遠くで流れていたマグマすらもが天高く巻き上げられていく。

 

 そして、竜機兵の巨体がゴミ屑のように吹っ飛んだ。

 水切りの石のように何度も地面とマグマの上をバウンドしながら、数十キロ離れたイード火山に激突して――爆破機能が作動。大爆発が発生し、火山の一部が崩落する。

 その光景に、鎮静化していたバルカンの怒りが再熱した。

 

(よもや自分達が生み出した命に、爆破機能を付けるとは………! どこまでも命を冒涜するか!)

 

 それが自然に背く形であっても、自分の手で生み出した命を道具として扱うその所業。それは己の子供に爆弾を抱えて特攻しろと言っているのに等しい。

 改めて竜機兵とそれを作った人間の悪辣さに憤怒を宿し、バルカンが残りの2機へと紅の瞳を向ける。

 衝撃波を浴びてダウンしているが、かなり距離が離れていたので大ダメージにはなっていないようだ。

 流石にその図体に見合ったタフネスはあるということか。衝撃波を浴びた程度では壊れていない。

 

 竜機兵達がダウンから回復するのを待ってやる義理などない。

 今度は爆破機能ごと消滅させるために二足歩行で使える最高火力のブレスを選択し、龍脈を収束させていく。

 竜機兵は飛行速度こそ音速を超えるが、地上では巨体が仇となってそこまでの移動速度はない。ましてやダウンしている状態では、回避しようが無いだろう。

 これにて結着。

 自分の勝利を確信して、バルカンがそのアギトから紅蓮の奔流を――

 

「ヒ、ヒ、ヒャーーァハハハハハハハハハッ!」

 

 ……最初は、バルカンの威圧に屈した人間が恐怖で狂ったのだと思った。

 だがその直後に殺意が膨れ上がり、何かが凄まじい剛力でバルカンの下顎を殴打する。無理やりアギトを閉じられたことでブレスは不発し、バルカンが大きくのけ反った。

 

(何が……!?)

 

 頭に浮かぶ疑問に答えが出るよりも早く。

 2度めのインパクトがバルカンの胸部を叩き、その体が後ろへと運ばれた。咄嗟に後脚で大地を踏んでブレーキをかけ、バルカンは自分を吹き飛ばした相手を見る。

 そこにいたのは、狂人だった。

 火山地帯だというのに下着以外は何も着用せず、異常なまでに発達した筋肉に覆われた肉体を晒す男。その体は傷で覆われており、何故か白目を剥いて恍惚の表情を浮かべている。

 そしてその手にはグチャグチャになったヘヴィボウガンが握られていた。

 

(な、ん……?)

 

 相手の姿を確認したのに、今度こそバルカンは混乱した。

 どうして人間が耐熱装備もナシで平然と火山地帯で活動している? もはやスクラップ同然で使えない銃を持っている理由は? 恍惚の表情を浮かべている原因は? そもそも『禁忌』の一角であるバルカンをどうやって吹き飛ばした?

 脳裏に浮かぶ無数の疑問。

 答えは出ないが、そこからバルカンが狂人に抱いた感想は「気持ち悪い」というシンプルかものだった。

 人間は例外なく嫌いだが、コイツだけは特に近寄りたくない。というか視界に入れるだけで気分が悪い。

 竜機兵の方がまだ幾分かマシだった。

 

「あ、アー、最ッ高ォ〜! いいぜ、滾るぜ、テンション上がってキタぁ……!」

 

 口から涎を垂らしたまま、狂人はひしゃげて使い物にならない銃を担ぎ直す。

 その口調にいよいよテンションが下がったバルカンだが、そこで自分がどうして吹き飛ばされたのかを理解した。

 狂人が、銃でバルカンをぶん殴ったのだ。

 

(あの人間、銃の扱い方すら分からんのか? どうやら竜の素材から生産された銃のようだが、性能はそこまで高くないだろう。あの程度の武器で我を退けるとは……)

 

「5年ぶりの娑婆の空気はうめぇなァ……! 薬も効いてきたし、ノッてきたぜェ! ハッ、ハァァァッ!」

 

 人間離れした怪力に少し驚くバルカンへ向けて、狂人は正面から踏み込んだ。

 銃を握りしめる両腕の筋肉に血管が浮かび、哄笑を響かせて狂人が灼熱の地を駆け抜ける。

 

(愚か者が)

 

 防御も回避も考えない捨て身の特攻を罵り、バルカンは容赦なく前脚を横に一閃する。粉塵が舞い上がり、イード火山に吹く熱風に反応して連鎖爆発を引き起こした。

 粉塵爆発。

 竜すら吹き飛ぶ爆発の連続に、無抵抗のまま狂人は呑み込まれていく。

 ――しかし。

 

「ハッ、ハハハハハハハハハ、ハア!」

 

 全身に大火傷を負い、大量の血を流しながら、痛みなど感じないとばかりに狂人は爆発の中を潜り抜けた。

 瀕死の状態であるのに、狂人の動きは鈍るどころか加速する。

 

「――ッ!」

 

「イィィヤッホォーーーッ!!」

 

 絶句するバルカンに狂人が既にスクラップと化している銃を叩きつけた。1撃だけでは終わらず、高笑いしながら何度も。

 銃が砕け、バルカンの龍鱗にもヒビが入り、狂人の全身から血が流れ出た。どれだけの力で殴っているのか、攻撃している方の骨も鈍い音を立てる。

 それでも狂人は止まらない。

 殴打、殴打、殴打、殴打、殴打、殴打!

 狂ったように笑い続け、バルカンを後ろへ押し込みながらひたすらに銃を振り下ろす。

 

『ギギザザザザガガガガガガガガガガガッ!!』

 

(ぬ、う……!?)

 

 そこで竜機兵がダウンから復帰し、巨大な火球ブレスをバルカンに向けて乱射した。狂人に気を取られていたバルカンは回避が遅れ、火球ブレスをまともに受けてしまう。

 バルカンの巨体が再び後ろへ吹き飛ぶが、紅龍は火属性の頂点なのだ。どれだけ炎を浴びても、その体がダメージを受けることはない。

 むしろ近くにいた狂人の方が炎の中に消えた。

 

 ――しかし。

 

「きゃああああああああああっ!?」「おい逃げろ、怪物だ!」「やめて押さないで、娘がまだ!」「うるせぇ退きやがれ! 通れねえだろうが!」

 

(しまっ――……、)

 

 狂人の最初の2連撃とその後のラッシュでかなり後退させられていたバルカンだったが、竜機兵のブレスをまともに被弾したことで人間の街まで吹き飛ばされたのだ。

 突如として街を囲む外壁を破壊して現れたバルカンの姿に、平和な日常の中にいた人々が一斉にパニックになる。

 押さない、走らない、喋らない。

 日本では避難する時の基本として幼い頃から教えられるが、この世界の住民にそんな概念など浸透していない。

 お互いに押し合い、罵り合い、足を引っ張り合いながら、我先にとバルカンから離れようとする。

 観光名所だった温泉街は、一瞬で阿鼻叫喚の地獄絵図に変わった。

 

 すぐに飛翔して街から離れようとしたが、バルカンを追って2機の竜機兵が街へと突っ込んでくる。

 

(鉄屑め、創造主である人間ごと巻き込むつもりか……!?)

 

 竜機兵の全長は70メートルにも達するのだ。

 それほどの巨体を持つ鉄の竜が、2機も同時に街の中にいるバルカンへ突撃すればどうなるのか。

 そんなことは考える必要すらない。世界から都市が1つあっさりと消えるだろう。

 

(いや、むしろ好都合だ。我が率先して関係のない人間を殺すのは「約束」に抵触するが、あの鉄屑が人を巻き込むのは問題なかろう。人間が自分達の生み出したあの鉄屑に殺されるのを見るのも、また一興か――)

 

 バルカンの脳裏に、邪龍に相応しい凶悪な考えが浮かぶ。

 ルーツや弟妹の前ではどれほどポンコツになろうが、その正体は怒りの炎を纏う凶悪なモンスターなのだ。

 大地を揺らしながら迫る竜機兵をわざと引きつけ、自然とこの街が戦場になるようにバルカンは誘導する。

 これで「偶然」にも巻き込まれた街が消滅するという「事故」が起きるだろう。

 邪悪に嗤い、紅蓮の龍は虫ケラのように逃げ惑う人間達を睥睨して。

 

「皆さん、落ち着いて! 子供とお年寄りを優先して避難させてください! あと誰かこの子のご両親を知りませんか!?」

 

 パニックになる人混みの中。

 泣き喚く子供を抱えながら、必死にそう叫ぶ1人の少女が目に入る。まるで光のような金色の髪を伸ばした、小柄な少女だ。

 全ての人間が狂乱して逃げ惑っている中で、彼女だけが他者を優先して逃げ遅れている。

 普段のバルカンは、人間の1個体になど意識を向けたりしない。

 だがその少女だけは絶対に無視出来なかった。

 

(あの娘、姉上の「友人」の!?)

 

 人間の街に侵入した時、擬人化したルーツと会話していた人物。恐れ知らずにもボレアスの頭を撫でていた人間。

 アーデルハイト……愛称をアデル。

 ルーツとアデルが共に笑い合って、またどこかで会おうと「約束」していたのを思い出す。

 

 有象無象の人間ですら気遣うバルカンの姉。

 ならば、顔も名前も知っている人間が死ねばどれだけ心に傷を受ける? そしてアデルの死因がバルカンと竜機兵の戦闘だと分かれば、嫌われてしまうのではないか?

 ゾッ、と。

 バルカンの背筋に冷たいものが走る。

 

(マズい。このタイミングで竜機兵とぶつかれば、あの人間は簡単に死ぬ……!)

 

 後悔してももう遅い。

 人間の街を破壊するために、バルカンはわざと竜機兵を引き付けてしまった。

 今ブレスで迎撃すれば、バルカンが放った炎の余波で街が灰燼に帰す。

 

 

 

 

 ――予想外の要因で、バルカンは絶体絶命の窮地に立たされた。



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紅2話 紅、狂、友

遅くなりました。
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これは2話目なので、前話を見ていない方は1つ戻ってからお読みください。


 地響きを立てて迫りくる2機の竜機兵と、背後でパニックになる人々の中にいるアーデルハイト。

 このままでは、竜機兵とバルカンが激突することで発生する衝撃波で全てが消し飛ぶだろう。

 しかしブレスで迎撃しても、わざと引きつけたせいでもはや竜機兵との距離が近すぎる。バルカンが生み出した炎の余波がアデルを焼き殺してしまう。

 ならば街から離れるか?

 バルカンの全長は40メートル近い。竜機兵には劣るが十分に巨体なのだ。音速以上の速度で動けば周囲の被害は甚大となる。

 

(チィッ、まさかこの姿に頼ることになるとはな……!)

 

 姉に指示されるのではなく、正体を隠すためでもなく、見下している相手の姿と力を自ら使うというその屈辱。

 この上なく龍の頂点としてのプライドが傷つくが、姉を悲しませないことが最優先事項だろう。

 体内を巡る龍脈を封印し、バルカンは擬人化を発動する。

 紅蓮の龍から赤衣の青年へと姿を変え、逃げ遅れていたアデルの元へ一瞬で移動した。残像すら残さない高速移動だが、人間サイズまでスケールを落とせば衝撃波でアデルが死ぬことはない。

 

「え、あ、誰……きゃあっ!?」

 

 いきなり目の前に人が現れたことに驚きつつも、咄嗟に腕の中にいる子供を庇うようにして後ろへ下がるアデル。

 その腕をバルカンが掴み、子供と共に抱き寄せた。

 

「ひ……っ!」

 

「貴様を獲って喰うつもりはない! それよりもその幼子と自分の口をしっかり閉じておけ!」

 

 擬人化したバルカンの身長は180センチだ。

 いきなり男に抱かれて身を竦めるアデルを、バルカンが宥めながら忠告する。しかしその会話は地味に噛み合ってない。

 アデルは性的に襲われる事を恐れているが、バルカンはアデルがそのままの意味で喰い殺される事を恐れていると思っているのだ。

 このパニックに乗じた性犯罪者だと思われているなんて露知らず、バルカンは膝を曲げて一気に跳躍した。

 

「いやああああああああああ!?」

「ああああああああああああ!!」

 

「至近距離で騒ぐな、喧しい! 口を閉じろと言ったのが聞こえなかったのか!?」

 

 ロケットさながらの勢いで50メートル近く飛び上がったのだから、一般人であるアデルと幼い子供が悲鳴を上げるのも仕方ない。というか当然だ。

 アデルは一瞬で遠くなった地面を見て顔を青くし、次に街に向かって突進する竜機兵を見て気絶しそうになる。

 それでもギリギリ意識を保ったのは、自分が抱きしめている幼子を守るためか。

 因みに子供は気絶した。

 

「何が起きて……というか、あなた誰ですか!?」

 

「ふん、知恵を武器とする人間のくせに記憶力が乏しいようだな。僅か十数日ほど前に見た相手をもう忘れているとは」

 

「え、あ、もしか――……」

 

 バルカンの言葉に改めて自分を抱く青年の顔を確認し、アデルはイースターランでの出来事を思い出す。

 そして記憶に残る赤衣の青年の名前を口に出そうとしたが、その途中で事態が動いた。

 竜機兵はバルカンが擬人化したことで標的を見失ったが、止まることなく街の前まで迫っていたのだ。

 

「平伏せ、下郎が!」

 

 足の裏で爆炎を生み出し、それを推進力に飛翔したバルカンが竜機兵の鼻先に蹴りを叩き込む。擬人化して力が足りない分は、足裏で爆炎を生み出してブーストする。

 ドッ、ゴッ、という凄まじい轟音があった。

 バルカンの蹴りで竜機兵の巨体が崩れ、隣にいた機体と共に横倒しになる。膨大な量の土砂が巻き上がり、砂塵が街へと降り注ぐが、竜機兵はギリギリ街の前で停止した。

 一連の攻防で発生した土砂や衝撃波からアデルと幼子を庇いながら、バルカンは再び炎を生み出して着地の威力を殺す。

 

「バルカンさん、キラーズだったんですか!? あれ? でもイースターランではキラーズのこと知らないって、確かお姉さんのアンセスさんが……。というか、今手から炎を出しませんでしたか!? 魔法みたいに!」

 

「ええい、質問が多いぞ貴様! まず我をキラーズなどと……」

 

 ――敵意。

 

 続く言葉を飲み込んで、バルカンは高速で振り返った。

 未だに残る砂塵を突き抜け、全身の肌が焼け焦げて無残な姿となったあの狂人が飛び出してくる。

 龍形態の時は人間などみんな小さく見えていたが、いざ擬人化すると狂人の体格に驚かされた。

 少なくとも2メートル30センチはあるだろう。

 

「見ィつけたぜェェエエ、モンスターァァァァッ!!」

 

 涎を撒き散らし、血の涙を流しながら、それでも哄笑を上げて狂人が迫る。

 その姿にバルカンですら気圧されて後退り、ゾンビ同然の姿にアデルが悲鳴を上げた。

 使い物にならなくなったと判断したのか、狂人の手にあのヘヴィボウガンはない。代わりに鉄塊同然の巨大なハンマーが握られている。

 

「貴様、なぜ擬人化した我の正体を!?」

 

「目の前であのデケェ鉄のバケモンを蹴り飛ばしといて、人間のフリなんぞ出来るわけねェだろォ!?」

 

 擬人化とは一種の擬態だ。

 カメレオンが体色を操作して風景に溶け込むように、ルーツ達『禁忌』は人の姿に化けて相手を欺く。

 しかしソレも、人外のような動きを見られていれば意味がない。

 狂っているくせに意外と観察眼のあるキラーズ(?)に舌打ちしながら、紅蓮の龍の化身は振り下ろされる鉄塊を受け止める。

 

「ぐ……!?」

 

「オラオラオラ、どうしたァ!? やっぱり小さくなると弱くなるのか、アァ!?」

 

 ハンマーを受け止めたバルカンが膝上まで地に埋まり、戦力差が縮まったことに気づいた狂人が勢いを増す。

 バルカンも両腕でガードするが、擬人化した状態では身を守る龍鱗はない。防御力が低下したことで、僅かにだがダメージが入った。

 知人が目の前で鉄塊で乱打されるという凄惨な光景に、アデルは言葉も出せずに震え上がる。

 

「どうせ人に化けるならよォ! 地味メガネより、色気のある美女にでもなってくれや! 男より女をぶっ叩いた方が楽しいだろ、なァ!?」

 

「あまり調子に乗るなよ、下等生物が!」

 

「お、ぶ……ッ!?」

 

 ハンマーによる連撃の隙を突き、反撃に出たバルカンの拳が狂人の腹部を殴打する。肋骨がまとめてへし折れる音が響き、狂人の口から吐瀉物と共に赤色の液体が撒き散らされた。

 2メートル超えの大男が吹き飛び、50メートル先にある家屋に激突して姿が消える。

 手応えあり。

 敵対者の排除を確信し、バルカンは背後にいたアデルへと視線を移す。

 

「……おい、いつまで蹲っている。一応は姉上に友人だと認められているのに、その無様な姿はなんだ」

 

 そう声をかけながら立たせようと伸ばしたバルカンの腕を、アデルば震える手で握った。

 

「逃げてください! 今の人、あの程度じゃ……!」

 

「なにを……」

 

「バルカンさんが倒した今の人はキラーズじゃありません! 5年前に王都で100人以上の女性と、自分を逮捕するために派遣された憲兵を全滅させた『不死身』の連続殺人犯――ヴァルフラム・ベッカーです!」

 

「不死身……だと……?」

 

 アデルの言葉に、バルカンが眉を顰めた瞬間。

 背後から、バルカンの頭部にあの鉄塊のようなハンマーが振り下ろされた。防御力が大幅に下がっている擬人化で不意打ちを受けたバルカンの視界がブレて、軽度のスタン状態となってしまう。

 膝をついたバルカンを見下ろすのは、既に死に至るほどのダメージを受けているはずの狂人だ。

 

「イ〜い拳だったぜ。アァ、タマンねぇな……!」

 

「…………、……」

 

 『禁忌』の龍が、言葉を失った。

 筋肉に覆われたその腹部に先ほどのバルカンの打撃の後をしっかりと残しているが、やはり狂人に揺らぎはない。

 改めて焼け爛れた狂人の体を観察して、バルカンは目を見開いた。

 

「まさか貴様、あの時わざと竜機兵のブレスを受けたのか? 我の粉塵爆発で負った傷を、焼いて止血するために……!」

 

「あ、アー? モンスターのクセに頭イイじゃねェか。大・正・解ッ!」

 

 笑顔で、狂人がハンマーを真横に振り抜いた。

 バルカンは咄嗟に腕を立ててガードするが、膝をついた状態のせいで踏ん張りが利かずに吹き飛ばされる。

 すぐに地面に手をついてブレーキをかけ、追撃に備えるために顔を上げて。

 

「お、ォ、なかなかキレイな顔した女がいるじゃねェか。獄中じゃ禁欲生活だったからなァ」

 

「ひっ」

 

 こちらを無視して、獣欲で濁った目でアデルを見る狂人の姿があった。

 バルカンの額に青筋が浮かぶ。

 生態系の頂点。絶対強者。この星に生きる全ての生命に畏怖されるべき、龍の王。

 『禁忌』の一角。

 紅龍ミラバルカンを前に、獣欲に釣られるほどの余裕がある?

 それは、バルカンの怒り状態を誘発するのに十分すぎるほどの挑発となった。

 

「随分と侮ってくれたな、ニンゲン」

 

 紅玉の瞳に光が宿る。

 封印されていた龍脈の一部分が解放され、擬人化が崩れてバルカンの頬に龍の鱗が浮かび上がった。

 犬歯が伸びて牙となり、そのアギトから炎が生まれる。

 

「あ? 急にキレやがって。もしかしてテメェ、バケモンのクセして人間の女に惚れ」

 

 ――直後、炎を纏ったバルカンのアッパーカットが狂人ヴァルフラムの顔面を打ち抜いた。

 加減なし。

 古龍すらも屠る、紅龍の一撃が炸裂する。

 

「ぼ、はぁ、お お、ごおおおおぉぉッッ――……!?」

 

 獣のような絶叫が響き渡り、狂人が天高く打ち上げられる。

 それを追って跳躍したバルカンは空中で擬人化を解除し、狂人に向けて尻尾を一閃。

 狂人の右足と右腕があらぬ方向へと捻じ曲がり、ばきんゴキンッ、という致命的な音が木霊する。

 そして『不死身』の異名に相応しい生命力を見せた狂人は、地平線の彼方へと姿を消した。

 

 ――その代わり、擬人化を解除したバルカンに反応する敵が目を覚ます。

 

『ギ、ギ、ザザザザザザザザザザッ!』

 

(ふん、コイツらには擬人化が有効だったな)

 

 沈黙していた竜機兵が再起動したのを見て、バルカンは苛立ちを露わに龍脈を収束させる。

 竜機兵は単体ではそれほど強くないが、中途半端に倒すと爆破機能が作動して辺り一帯が消し飛んでしまう。それを防ぐためには木っ端微塵にするか消滅させるしかないのだが……。

 街の方へと視線を移せば、未だに呆然と座り込んでいるアデルが目に入る。これほど手間をかけたのに、アデルが死ねば意味がない。

 

 先手必勝。

 竜機兵が完全に起き上がる前に、その背中を後脚でガッシリと掴む。そしてもう1機の首元にも喰らい付き、渾身の力で翼を動かす。

 ――山が、浮いた。

 70メートルの巨体を誇る竜機兵を2機同時に拘束し、バルカンは飛翔する。

 爆破を防ぐには、もはやこれしかない。

 

(お、おお、おおおおおおおおおおッ!)

 

 全身に紅蓮の炎を纏いながら少しずつ加速して、暴れる竜機兵を押さえ込みながら雲の上にまで到達した。

 

「グルオオオオオオオオアアアアアアアアアッ!!」

 

 まずは咆哮と共に火球ブレスを放ち、咥えていた竜機兵をブレスの威力で吹き飛ばす。そして空中でバク転し、先に吹き飛ばした竜機兵を狙って次の機体をぶん投げた。

 空中で70メートルの巨体同士が衝突。

 肉と肉、鉄と鉄がぶつかる凄絶な音を聞き届けて、バルカンは全力で龍脈を解き放つ。

 ――チャージブレス。

 真紅の光が空を染め、太陽を想起させる超高熱が陽炎のように空間を歪ませる。

 そして、紅蓮の炎が空を焼き尽くした。

 

 

 

 

 

 

〜Now loading〜

 

 

 

 

 

 

「綺麗……」

 

 真紅の龍。

 ミラバルカンが放つ最大の一撃は、地上から見上げると突如として空に現れた赤い星のようだった。

 自然の理に背いた人類の罪を浄化する、裁きの炎。

 それは。

 結果的に紅龍によって狂人から救われた少女の赤色の瞳に、決して消えない光として焼き付いた。




【竜大戦/初戦/戦況レポート】

・祖龍VS竜機兵VSフランシスカ

・黒龍VS竜機兵&シエル・アーマゲドン

・煌黒龍VS竜機兵&フーゴ・ヒルデブラント&アレクシア・ディートリンデ

・紅龍&アーデルハイトVS竜機兵&ヴァルフラム・ベッカー






※お知らせ
どうしても3話目だけ今日の19時に間に合わないので、22〜23時頃に更新になると思います。
ご容赦を。

3話目はようやく主人公視点に戻ります。


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第22話 古龍

間に合った!!


 ピー、ピー、と。

 私のブレスを浴びて頭部を失った竜機兵が、規則正しいリズムで電子音を鳴らす。

 無機質なその音は、周囲一帯を吹き飛ばす大爆発までのカウントダウンでもあった。

 正面にフランシスカさん、足元には大爆発寸前の竜機兵が。

 

 ……やばい、どうしよう。

 

 ぶっちゃけ、私は竜機兵の爆発は耐えられる。

 フランシスカさんとの戦闘でかなりのダメージは受けてるけど、傷はどれも浅くて深手はないからね。

 だけど問題は、竜機兵の自爆は火属性だということ。

 そう、ロボットのお約束みたいな自爆機能のくせに爆破属性じゃない。

 原作のボレアスの粉塵爆発じゃん……。アレも爆発って言ってるくせに実は火属性だし。

 

 とにかく、不利属性の攻撃はあまり受けたくない。

 目の前にフランシスカさんがいるのに、苦手属性の攻撃を受けたら一気に不利になるし。隙を晒すことに繋がるし。

 

 だけど爆発を阻止しないと、周囲一帯が吹き飛ぶ。

 無事で済むのは私とフランシスカさんくらいで、他の人は間違いなく死ぬでしょう。

 大穴の中に戻ってくれたら助かるかもだけど、あの人達は我先にと前に侵入した街でも見た「車モドキ」に乗って逃げて行くし。

 

 たとえイコールドラゴンウェポンなんて最悪な物を作った人達でも、私は見殺しに出来るほど非情にはなれない。

 龍と人。

 未だにどっち付かずで、中途半端。

 我ながら優柔不断で情けないけど、前世は平和な日本で暮らしてた女子高生なんだよ。

 弱肉強食のルールの下に狩りをするならともかく、それ以外の理由で人間を虐殺出来るような神経は持ってない。

 

 どうすれば…………ん?

 龍脈の流れが大きく乱れた。

 かなり離れた場所だけど、誰かが凄い量の龍脈を一気に収束している。

 何故か無表情で動く気配のないフランシスカさんに注意を払いつつも、龍脈が乱れている方角へと視線を動かす。

 祖龍の視力は天体望遠鏡にも匹敵するからね。

 どれだけ離れていても、遮蔽物さえ無ければ視認することが出来る。

 

 ……って、バルカン!?

 信じられないことに、ラオシャンロンにも負けない巨体の竜機兵を2機同時に拘束して飛翔してる。

 え、ええー?

 流石に私達『禁忌』でもそれは難しい……あ、そうか、あの炎で推進力を確保してるんだ。ロケットと同じ原理かな。

 確かにそれなら重い物を持っていても、ハイスピードを保ったまま飛ぶことが…………それだ!

 

 足元に横たわっている竜機兵を後脚で掴み、バルカンを真似て一気に上昇する。

 フランシスカさんの妨害があるかもと思って迎撃の用意してたけど、何故かあっさりと離陸に成功した。

 あの人ちょっと様子がおかしかったけど、何かあったのかな?

 

 いや、今は竜機兵に集中しよう。

 フランシスカさんから受けた傷から出血し、空中に赤い軌跡を残すのも無視して加速する。

 お願い、まだ爆発しないでよ……!

 鳴動まで使ったので竜機兵を抱えた状態でも音速の壁を突き破り、かなりの短時間で雲の上まで辿り着いた。

 

 よし、これで地上にまで爆発は届かない。

 後はどうにかして、私自身もこの竜機兵から離れることが出来ればオッケーだ。

 ……どうにか、して?

 このまま竜機兵を放したら、落下して地上がドカンだ。

 チャージブレスでの破壊は……ダメだ、時間がかかる。間に合わないかも。でも一応は準備しとこう。

 

 後どれくらいで爆発するか分からないから困る。

 1秒後? 10秒後? 100秒後!?

 もう爆発時間が間近なことに賭けて、思い切りぶん投げてみる? もう他にこの竜機兵をどこか遠くに飛ばす方法は思いつかないし。

 いや、待てよ。

 アルンとの戦いで強化された今の私なら、磁力の操作を使えば何とかなるかもしれない!

 念のためにチャージブレスの用意もしつつ、レーダーを最大範囲まで拡大する。

 サーチするのは、私がいる天空よりもさらに上。

 宇宙空間だ。

 

 普通のヤツじゃダメだ。

 この星に近くて、しかも多量の鉄を含んでいるモノ……あった! 鉄隕石!

 最大出力で磁力を放出。

 ご都合主義展開もびっくりなほど早く見つかった鉄隕石をS極に、竜機兵が纏う鉄の鎧をN極に!

 龍脈解放、磁力最大!

 

 いっ、けえええええええええっ!

 

 空中でバク転し、後脚で掴んでいた竜機兵を放り投げた。

 私から離れた竜機兵は鉄隕石が放つ磁力に引き寄せられて、凄い速さで宇宙空間へ吹っ飛ぶ。

 成層圏を突き抜けて、竜機兵と鉄隕石の距離が半分ほどになった頃。

 

 起爆。

 

 空の彼方がオレンジ色に光り、粉々になった竜機兵が流れ星のように落ちて行く。

 あ、あっぶなー。

 自爆まで本当に秒読み状態だったっぽい。

 ちょうど今になってチャージブレスの用意が整ったから、こっちの方法だと間に合わなかったよ。

 本来ならバッテリーに蓄積された紅雷を使って予備動作が無しで撃てるけど、フランシスカさんとの戦闘で切り札の『真・帯電状態』を解放してバッテリーが空っぽだったからねー。

 それと、運良くこの星の近くを漂っていた鉄隕石に敬礼だよ。

 普通の隕石だと祖龍が放つ磁力でも、S極の役割を果たしてくれなかったし。

 

 とにかく、これで竜機兵は倒した。

 北、西、南方向からも弟妹達が私の所に戻ってくる気配があるし、他の竜機兵も全て倒せたらしいね。

 ……はぁ、ここまで長かった。

 いきなり竜機兵が出現した時はどうしようかと思ったけど、弟妹達のおかげで何とか生体兵器は殲滅出来た。

 もうぶっちゃけ休みたい。

 精神的にも、肉体的にもぐったりだよー。

 今ならゴツゴツした地面の上でもぐっすり眠れそう。祖龍に転生してからは心労がヤバいわ。

 でも、残念なことに休んでいる暇はない。

 

 竜大戦が、始まった。

 

 この事実だけは覆らないからね。

 竜機兵は早い段階で全て壊すことが出来たけど、人間達は他にも色々な兵器を有している可能性がある。原作知識にある古代文明はこの程度じゃないし。

 その辺りはララが対応してくれると思うから、他の兵器の情報入手はあの子に任せよう。

 

 とにかく、今は弟妹達と自分を褒めよう。

 頑張った! 偉い!

 後は悪化する竜機兵に向けて『天秤』になるキラーズの捜索と、私達『禁忌』以外にも龍側の戦力が欲しいよね。

 まぁ、とにかく竜機兵は止めたんだ。

 私達に1日で破壊されたんだから、人間達もモンスターに効果は薄いと判断してこれ以上は竜機兵を作らないだろうし。

 

 この猶予時間の間に、出来るだけ準備を。

 

 そう考えて下を見た私は、自分がどれだけ甘かったのかを思い知ることになった。

 たとえ祖龍の体と力があっても、私は所詮は平和な日本で生きてきた女子高生なのだと。

 頭が良いとか悪いとか、メンタルが強いとか弱いとか。そんなことは関係ない。ただ純粋に理解が足りていなかった。

 『戦争』というものがどれだけ残酷で、悲惨で、絶望的なのかを分かっていなかった。

 モンハン史上で最悪の戦争――『竜大戦』が始まった。その意味を本当に理解することが出来ていなかったんだ。

 

 雲より上の高さを飛んでいた私。

 その2000メートルほど下の空域を、数えるのが嫌になるほどの竜機兵が埋め尽くす。

 100や200じゃない。

 数千単位の竜機兵がシュレイド王国だけでなく、世界中の国々からその姿を現した。

 

 火球ブレスが森を、川を、平原を、山脈を、自然を焼き払い、大陸が火の海に沈んでいく。

 竜機兵による空襲。

 それは、どうしようもない蹂躙だった。

 G級個体のシェルレウスやワイバーンレックスのような飛竜でも、あれだけの数の竜機兵が相手だと何も出来なくて当然だ。

 『禁忌』にとっては雑魚でも、天災に匹敵する古龍種に食い下がれるほどの性能があるのだから。それが蟻のように群れて、数の暴力で攻めてくるんだ。

 抵抗することすら出来ないに決まってる。

 

 世界が焼け落ちる。

 戦争だ。

 天変地異とまで言われた、竜大戦だ。

 

 ……ダメだったのかな。

 『私』は、祖龍の器に相応しくなかったのかもしれない。

 原作の祖龍を追い越せるくらい強くなろうと、毎日努力した。自分の可能性と向かい合って、沢山の技も開発した。弟妹達に失望されないように私なりに頑張った。

 でも、全部が甘かった。

 これだけの竜機兵が作られていることにも気づかず、たった12機だけ破壊して危機を乗り越えた気になっていた。

 

 それで、このザマだ。

 私なんて間抜けが祖龍として生まれたせいで、数え切れないくらいの生命が奪われていく。

 それ以前に、何万体の竜が虐殺されて竜機兵の素材にされた?

 私のせいだ。

 龍にも人にも振り切れず、中途半端で、目の前にあることしか見てなかった。

 何が人とモンスターが共存する世界を作りたいだ。

 弟妹達の前で大見栄を張ったのに、あれからたった7日で世界は炎に包まれた。

 

 それでも、私なら。

 祖龍の力を本気で発揮すれば、この竜機兵の群れを殲滅できる。

 だけどこれだけの数を破壊するには1日や2日じゃ足りない。その間にどれだけの命が奪われる?

 広範囲を破壊する技を使えば短時間で殲滅できるけど、私自身がこの星を滅ぼしてしまう。

 これだけの数の竜機兵の製造を許した時点で、私の負けだった。

 

『『ギギガガガガガガガガガガガガガガガッ!!』』

 

 耳障りな金属音が響き渡る。

 私の存在に気付いた3体の竜機兵が上昇してくるのが見えたけど、迎撃する気力も湧いてこなかった。

 それでも外敵を察知した本能がゆっくりと雷球ブレスの予備モーションに入って。

 

「―――――――――ッ!!」

 

 大気を震わせる、鋭い咆哮があった。

 「ソレ」は空の彼方から姿を現すと、竜機兵のマッハ7を上回るほどの速さで飛翔する。

 一直線に。

 恐れることなく。

 それはまるで彗星のように、竜機兵の巨体へと突撃した。

 

『――ザザザザザザザザ!?』

 

 ノイズのような断末魔。

 信じられない光景があった。

 頑強な竜鱗の上からさらに鉄の鎧を纏い、高い防御力を誇る竜機兵。

 ――その巨体に、風穴が空いた。

 その速度から生まれる破壊力で、容易く竜機兵の体を「貫いた」その彗星。

 

 私は「ソレ」を、知っている!

 

 銀色に輝く鱗に覆われた流線型の体躯と、極めて特異な進化を遂げた巨大な翼脚。

 天空を駆け抜けるその()のシルエットは戦闘機の如く。

 翼の先端から放たれる真紅の光は、強大な龍属性を宿すこのモンスター固有のエネルギー。

 『龍気』だ。

 

 決して抗えぬ運命の証、大地を絶望に染め上げる凶兆、絶望と災厄の化身と恐れられるが、その最大の異名こそは『銀翼の凶星』!

 さぁ、最速の古龍種の名を叫べ。

 人はその彗星を、天彗龍バルファルクと呼ぶ。

 

「―――――――――ッ!!」

 

 銀翼の凶星が空を舞う。

 翼から放たれる膨大な『龍気』が赤い尾を引き、彗星のように再び竜機兵へと突撃する。

 そして、貫通。

 竜機兵の体に穴を空けて旋回するバルファルクのアギトには、脈動する心臓のようなモノが咥えられていた。

 

 すっご……!

 あの貫通、デタラメにやってるんじゃない。

 正確に、竜機兵の内臓を抉り取っているんだ。

 

 転生してから初めて見る本物の古龍種の迫力に見惚れていると、銀翼の凶星は私に向かって自慢げに笑った。

 やっばい、めっちゃカッコいい。

 これは惚れるわ。

 

 だけど、これで終わりじゃなかった。

 

 私の眼下で、今度は紫色の光が爆発する。

 私とはまた違う色合いの光を放つ純白色の外殻と、身体を覆い隠すほどの巨大な翼が特徴的なその龍。

 紫色の光を浴びた竜機兵はいきなりアギトから泡を吹き、不気味なオーラを放って暴れ狂う。

 仲間であるはずの他の竜機兵に襲いかかり、次から次へと、まるでゾンビのように紫色のオーラが伝搬していく。

 “天を廻りて戻り来よ”。

 数多のモンスターを狂わせる、天空山の神。

 天廻龍シャガルマガラが、その猛威を存分に振るう。

 

 続いて雲が空を覆い、私でも気を抜くとバランスを崩すほどの暴風が発生した。一瞬で巨大な竜巻が無数に発生し、竜機兵を引き裂いて大地へ落とす。

 鋼龍クシャルダオラ。

 鉄とは比較にならないほど美しい黒銀色の外殻と、強靭な四肢を持つ古龍種の代表格だ。

 

 その背後から、クシャルダオラと同じく暴風を従える龍が現れる。

 霊峰に棲む“天の神”。あるいは“暴風と竜巻を従える龍”。

 舞うは嵐、奏でるは災禍の調べ。

 嵐龍アマツマガツチが激流ブレスを放ち、竜機兵を2機まとめて両断した。

 

 終わらない。

 大自然の反撃は、まだ終わらない。

 

 陽炎龍、煉獄の主、炎帝。

 様々な異名を持つ炎王龍テオ・テスカトルが、王妃であるナナ・テスカトリを伴って現れる。

 竜機兵を焼くのは、紅蓮と蒼白の炎。

 MHWでも多くのハンターを魅了した美しい連携攻撃が、生体兵器に鉄槌を下した。

 

 大海原を割って、大海龍ナバルデウスが。

 山脈の合間から、蛇王龍ダラアマデュラが。

 砂漠の彼方から、峯山龍ジエン・モーランが。

 樹海の奥地から、幻獣キリンが。

 

 原作ゲームで私がハンターとして激闘を繰り広げてきたあの古龍達が、次々と竜機兵を叩き落としていく。

 今まで姿を見せなかったのは、この時のために力を温存していたと言わんばかりに。

 多種多様な古龍が、竜機兵へと牙を剥く。

 

 あ、え、ええ!?

 凄い、凄いけど、どうしてこのタイミングで、示し合わせたみたいに!?

 

 竜機兵と古龍の激闘を眺めていて分かったけど、古龍種同士では絶対に争いが発生していない。

 MHWでも、古龍種は縄張り争いをしていたのに。

 あり得ない光景だった。

 だけど、そのあり得ない光景を作り出した龍がいた。

 

『聞け、この星に生きる全ての龍よ! 本来は互いに命をかけて争う敵同士であっても、今は我らが始祖のためにその力を振るうが良い!』

 

 『禁忌』の5番目。

 竜機兵の他に兵器がないか確認するために、シュレイド王国へ向かっていた私の末妹。

 煉黒龍が、ナバルデウスの隣から海を割って現れた。

 

『偉大なる姉上より与えられた我が名はグランミラオス。忌まわしい竜の贋作を滅ぼす、王の1人である!』

 

 元孤島・現岩場で見せたあの大人しいララからは想像もできない凛々しい言葉(人にはただ咆哮しているようにしか聞こえない)に、私はついに驚ける限界を超えた。

 呆然とララを見ていると、私に気付いたララは擬人化して、ナバルデウスの頭に着地。

 そして私に向けて、渾身のドヤ顔と共にピースサインをしてみせた。

 

 あ、あはは……。

 嘘みたいでしょ?

 ナバルデウスの頭の上でドヤ顔ダブルピース決めてるあの幼女が、この古龍達を呼び寄せたグランミラオスなんだよ?

 ボレアスもバルカンもアルンも、本気になった時は『禁忌』の威厳みたいなのが発揮されてたけど……。

 ララも例外じゃなかったってことかな。

 

 まだ、終わってない。

 私にはまだボレアスが、バルカンが、アルンが、ララが、そして共に戦ってくれる古龍種達がいる。

 これなら、竜機兵は殲滅出来る。

 

 ――次は、古龍(私達)が反撃する番だ。






これにて第1章が終わりました。
次回から第2章です。


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第2章 真なる覚醒
第23話 反撃開始


 空を覆い隠すほどの竜機兵。

 数千にも及ぶ悍ましい生体兵器を、世界各地からその姿を現した古龍達が、それぞれが司る天災の力を存分に発揮して、大地へと叩き落とす。

 “竜大戦”

 歴史上最悪の戦争の1シーンにも関わらず、その光景は思わず息を呑むほど幻想的で美しかった。

 

 まだ、何も終わってない。

 ララの呼びかけに応じて集まってくれた古龍種の数は、空を覆い隠すほどの竜機兵と比べれば確かに少ない。

 だけど、個々の力はこちら側が圧倒的に上だ。

 そして地上なら自然破壊を考慮して力が出せない私達『禁忌』も、戦場が大空ならその心配はないよね。

 ――全力で、やれる。

 

 龍脈を再収束。

 各所バッテリーに再び紅雷を蓄積開始。

 普段は理性で封じている“龍の本能”を全開にして、意識を戦闘へと切り替えろ。

 ララと古龍達が作ってくれた反撃の機会を絶対に無駄にするな。

 今度こそ、全ての竜機兵を叩き潰す!

 

 私は翼を動かして加速し、1番近くにいた竜機兵を真上から襲撃する。

 紅雷を纏った鉤爪を一閃して首を落とし、残った胴体に装備されている鉄の鎧に磁力で干渉。浮遊する竜機兵の上に着地した。

 よし、これで即席の足場は完成っと。

 別に飛び回って戦うのも良いけど、せっかくの共闘だからね。私は邪魔しない方が良いと思うんだよ。

 

 『銀翼の凶星』の、ワールドツアーを。

 

「――――――――ッ!!」

 

 翼の先端から龍気を放出し、赤い尾を引く彗星と化したバルファルクが咆哮する。

 次の瞬間、私に攻撃しようと火球ブレスのモーションに入った2機の竜機兵が纏めて『凶星』に貫かれた。

 何が凄いって、バルファルクは戦闘が始まってから1度も止まってない。突進攻撃の後は減速して旋回するけど、その後はすぐ再加速して攻撃態勢に入るし。

 単純なスピードなら“鳴動”を使った時の私が勝つけど、ターンの精度が異常だ。あの独特の形の翼を変形させて、龍脈を前方に放つことで旋回してる。

 まるで戦闘機だね。

 

『ギュガアアアアアアアアアアアッ!』

 

 加速している時のバルファルクには手を出さないと理解したのか、減速するタイミングを狙って竜機兵がブレスを放った。

 学習機能まで備わっているのは凄いけど、甘い。

 この私の存在を忘れてるでしょ。

 バルファルクを狙って放たれた火球を落雷で消滅させ、雷球ブレスで反撃。火球ブレスを放った機体が跡形もなく消し飛んだ。

 

 今の落雷と雷球に反応して3機が私に向かって来たので、私は足場にしていた竜機兵を投擲。

 3、2、1……起爆。

 私が投げた竜機兵の自爆機能が作動し、私をターゲットしていた機体が爆発に巻き込まれてバラバラになる。

 実は宇宙まで竜機兵を飛ばした時に、壊れてから何分で竜機兵が自爆するのかカウントしてた。

 これでもう破壊した竜機兵は時限爆弾同然だね。

 

 遠くの竜機兵は雷球ブレスと落雷で撃墜し、接近してくる機体は物理攻撃で破壊する。

 中には味方を盾にして強引に攻撃しようとする竜機兵もいるけど、私の周囲を高速で飛翔しているバルファルクに貫かれて全て不発に終わった。

 

 よし、この辺りの竜機兵はかなり減ってきたね。

 だけど他のフィールドにはまだまだ竜機兵が残っているから、そろそろ移動した方が……ん?

 この付近にいた最後の竜機兵を倒したバルファルクが、私の前で軽く唸る。

 流石に同種じゃないモンスターの言葉までは分からないけど……もしかして、ついて来いってことかな?

 

「――――!」

 

 どうやら正解だったみたい。

 モンスターは表情の変化が乏しいから分かりにくいけれど、バルファルクがニヤリと笑った気がした。

 直後に、バルファルクが一気に加速する。

 い、いきなり!?

 

 慌てて私も加速して、流石のスピードで飛ぶ銀翼を追随する。

 うわぁ、普通にめっちゃ速い。

 祖龍だから何とか離されずについて行けるけど、これ他の古龍だと追いつくのは絶対に無理でしょ。

 この子ってば絶対にG級個体だよね?

 下位や上位でこの速度はあり得ないと思うし。

 

 ここまでの思考時間は僅か3秒ほど。

 一瞬で今までいた樹海の空から飛び出した私達は、広い平原の上にいた。そこには当然、平原を火球ブレスによる空襲で焼き払う竜機兵姿もある。

 なるほど、次の戦場に案内してくれたんだ。

 

「――――!」

 

 私の予想を肯定するようにバルファルクは猛り、竜機兵の大軍へと躊躇なく飛び込んでいく。

 オーケー、それならナビはあなたに任せたよ。

 私は竜機兵の破壊に集中しよう。

 

 銀翼の凶星を追いかけて、私もまた竜機兵の群れへ突っ込む。

 最初のターゲットは群れの最後尾にいる機体だ。

 上から下へ。

 リオレイアの得意技であるサマーソルトとは真反対に、空中で前転して尻尾を振り下ろす。私に殴打された竜機兵の背中が窪み、その巨体が隕石のような勢いで落下。大地に作ったクレーターの中で機能を停止した。

 

『『『ギュガガガガガガガガガガガガッ!!』』』

 

 周囲にいた機体が一斉に金属音のような咆哮を上げて、濁った眼球を私に向ける。

 うへぇ、改めて見ると気味が悪いね。

 イコールドラゴンウェポン。

 偽りの命でも確かに生きているはずなのに、その瞳には一切の生気がない。まるでガラス玉のみたいだ。

 

 纏めて距離を詰めてくる竜機兵の一群。

 雷球ブレスじゃ、流石にあれだけの数を纏めて倒すのは難しいか。

 それなら、さらに高威力のブレスを使うまで。

 2種類存在するチャージブレスの内、私が選択したのはMH4で追加された新規の方だ。

 

 膨大な量の龍脈が私の体内で渦巻き、空間を歪めるほどの威力を秘めた紅雷として世界に顕現する。

 超破壊の予兆として周囲が赤く染まり、同時にスパークが火花を散らした。

 不可視のエネルギーが私のアギトへ収束し――解放。

 

 空に、星が生まれた。

 

 そう錯覚するほど膨張した紅雷は、超新星の如き爆発を引き起こして100機以上の竜機兵が纏めて消滅した。

 余剰分のエネルギーが天空に大穴を作り、星の海にまで到達する。

 「嵐」や「竜巻」といった災害を司る古龍の一撃に匹敵する暴風が吹き荒れて、ギリギリ範囲外にいた竜機兵にも確かなダメージを刻んだ。

 

 ふ、ぅ……。

 チャージブレスの使用は体力を消費するけど、この平原の上空にいる竜機兵はこれでかなり減って……

 

「――ッ!」

 

 警告するように。

 私のチャージブレスを察知して距離を取っていた天彗龍が、鋭く声を放つ。

 チャージブレス使用時に強制停止するレーダーを咄嗟に再展開すれば、大量の竜機兵がこちらに接近していることが分かった。

 その数は50機オーバー。

 あー、もう……。

 頭では理解してたけど、実際に殲滅を始めると嫌になる数だよ。

 

 というか、バルファルクって凄いね。

 私でもレーダーを展開しないと増援の存在に気付かなかったのに、私よりも早く感知するなんて。

 MHXXのテキストに、バルファルクが索敵能力に優れているなんて情報はあったっけ?

 

 私が浮かび上がった疑問に首を傾げるのと、レーダーが捉えていた竜機兵の反応が纏めて消えるのは同時だった。

 増援がいた方角の空が赤く染まり、凄まじい熱波がここまで届く。

 その火力は、龍属性以外が苦手なバルファルクが私を盾にするほど高熱だ。

 

 いや、何サラッと私の後ろに隠れているのさ!

 私だって火属性は苦手だからね?

 体力が50〜20%の間は常時硬化状態になって斬打弾の各属性を90%、火氷龍は90%、水雷を95%カット出来るけど。

 今の私ってばそこまでダメージ受けてないし。

 

『援護。来た。ぞ。』

 

 余計なことを考える私の前に姿を現したのは、アギトから高熱の炎を漏らす漆黒の邪龍。

 弟のボレアスと、その後ろに付き従うテオ・テスカトルとナナ・テスカトリ夫婦だった。

 

 なるほどね、バルファルクはボレアスに反応したんだ。

 ラオシャンロンもかなり遠距離からミラボレアスの存在を感知出来たみたいだし、『禁忌』の存在に古龍はかなり敏感なのかも。

 まぁ、今みたいに共闘してなかったら普通に天敵だよね。

 

『考え事。してる。案外。余裕?』

 

 まさか。

 ここはボレアスと……あなた達に頼んで良いかな?

 

 視線で問いかけると、炎王龍と炎妃龍が同時に吠えた。

 それぞれ真紅と蒼白の炎を纏うと竜機兵に猛然と突撃し、赤と青の塵粉が空を覆う。

 それはMHWで披露し、多くのハンターの感動を呼んだ連携技。

 無意識のうちに息を呑んだ私の視線の先で、ナナ・テスカトリが最大の大技であるヘルフレアをぶっ放した。呼応するようにテオ・テスカトルも牙を打ち鳴らし、スーパーノヴァが放たれる。

 そして、大空と共に竜機兵が爆ぜた。

 

『ここ。は。任され。た。ルー姉。次。行け。』

 

 ボレアスに加えて炎王龍と炎妃龍までいるなら、この辺りの竜機兵を任せても問題なさそうだね。

 むしろ火力過剰なくらいだよ。

 火属性のスペシャリストであるこの3体の古龍種の共闘は凄く見たいけど、戦力は少しでも分散する必要がある。

 

 ボレアス、改めて後は頼んだ。

 

『了解。』

 

 私の指示に頷くと、ボレアスもまた竜機兵へと突っ込んでいく。

 ……ちょっとテンション高めな気がしたけど、私と離れている間に何かあったのかな?

 そんなことを考えながら、私は炎龍夫婦とミラボレアスの夢の共演から目を離す。

 

 それじゃあ、次に行こう。

 

「――――ッ!」

 

 私が目線でその意思を伝えると、バルファルクが再び私の先導を始めてくれた。

 『銀翼の凶星』と連なって、私は次の戦場へと向かう。







古龍オンパレード。
皆様の好きな古龍種はもう出てきましたか?


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第24話 嵐の前の静けさ

 幾千にも及ぶ鉄の竜を、荒ぶる古龍達が撃ち落とす。

 永遠に続くんじゃないかと錯覚するほどの激戦は、骸龍が放った瘴龍ブレスによって終わりを迎えた。

 そのモーション値は何と250。

 ガード強化スキルをぶち抜く上に、ブレイブスタイルのイナシすらも貫通という、ラスボスに相応しい威力を秘めたぶっ壊れブレス。

 あかね色に染まる空を引き裂く龍属性の極光が、最後の竜機兵を破壊した。

 

 ――双頭の骸、あるいは奈落の妖星。

 その異名に相応しい大破壊を見せつけたオストガロアは、墜落した竜機兵を次々と捕食する。

 うわぁ……。

 流石はイビルジョーにも負けない捕食欲求の持ち主だね、私はどれだけ空腹でも竜機兵を食べるのは無理だわ。

 

 終わった、ね。

 念のためにレーダーを最大範囲で展開するけど、数えるのも億劫になるほどあった竜機兵の存在はどこにもない。

 今度こそ、竜機兵の脅威は去ったと思う。

 

 終わってみれば大勝利だったけど、私達モンスター側も無傷じゃ済まなかった。

 まぁ、うん。

 数千機の竜機兵に対して、こっちは『禁忌』を含めても総数は30には届かないからね。

 不利な状況から短期決戦を挑んで、完全勝利とか無理に決まってる。

 むしろ集まってくれた古龍種が全員生還してるってだけでも、十分に奇跡的でしょう。

 

 それに、自然もかなりのダメージを受けた。

 炎に包まれる森、干上がった川や湖、割れた大地、焦土になった平原。どの場所も、元通りになるまで長い時間が必要になる。

 かなりの被害だけど、空を覆い隠すほどの竜機兵に襲撃されて再生する余地が残っているだけマシだと思いたい。

 

 疲れ果てた私は滞空する気力も失せて、ほぼ自由落下の勢いで着地する。その隣に、私と同じく力を使い果たした『銀翼の凶星』が落ちた。

 100を超える竜機兵を破壊したバルファルクの全身は傷だらけで、美しい銀色は赤く汚れてしまっている。

 ……本当に、助けてくれてありがとう。

 私と共に転戦を繰り返したあなたが、1番辛かったよね。

 感謝の想いと共に龍脈を流し込み、少しでも早く完治するように再生力を高めてあげる。

 

『ご無事ですか、姉上!』

 

『お怪我はありませんか!?』

 

 バルファルクを治療していると、私が驚くほどの勢いでバルカンとアルンが戻ってきた。

 2人の後ろから共に戦っていたらしいクシャルダオラ、シャガルマガラ、アマツマガツチまでが私が今いる焦土に降臨する。

 流石に『禁忌』の2人には目立った傷はないけど、その後ろにいる古龍達はみんなボロボロだった。

 

『ただいま。』

 

『戻ったよ、お姉ちゃん』

 

 少し遅れてボレアスが空から、ララが大地の中から姿を現す。

 その後ろからはテオ・テスカトル、ナナ・テスカトリ、ヤマツカミ、キリン、オオナズチまで焦土に現れた。

 何この壮絶な光景。

 流石に超大型モンスターまではいないけど、優秀な私のレーダーは近い所で待機する超大型古龍種の反応をいくつも捉えてる。

 要するに、全員集合だった。

 

 ……いや、どうして全員で来たの!?

 ひとまず竜機兵の脅威は去ったから、もうみんな帰って休んで良いのに。『禁忌』はともかく、あなた達はかなり辛いでしょう。

 

『お姉ちゃん、まだ終わってないよ。すぐに人間は攻撃してくる』

 

 という私の「お疲れ様でしたモード」は、ララの一言で完璧に破壊された。

 ち、ちょい待ち。

 まだ続くってどういうこと?

 あれだけの数の竜機兵が破壊された直後に、次の攻勢をノンストップで仕掛けられる余力があるとは思えない。

 時間的に考えても、あれだけの竜機兵を製造している裏で他の兵器を用意するのは不可能なはず。

 現状で人間側の戦力はキラーズだけ。

 そのキラーズの中でも、今のところ大きな戦力になるのはフランシスカさんくらいで……

 

『お姉ちゃんの命令通りに、シュレイド王国の王都に侵入した』

 

 ……え?

 確かに最初の12機の他に竜機兵がいないか確認してとは頼んだけど、王都にまで入ったの!?

 

『うん。それからシャルロットお兄ちゃんに助けてもらって、対モンスターの兵器開発研究所に入った』

 

 ……ん、んん?

 待って。

 私がフランシスカさんと3機の竜機兵を相手にしてる間に、サラッと凄いことしてない?

 よく1人で世界最大の人間の街に入れたね?

 あとシャルロットお兄ちゃんって誰?

 もうこれ以上は他に禁忌モンスターもいないし、王都で会ったならその子は人間だよね?

 

『そこには偽物の竜だけじゃなくて、色々な兵器があった。まだ量産はされて無いと思うけど、どの兵器も1号機は完成してたから素材さえ集まれば量産可能になると思う』

 

 そう言うとララは擬人化して、スカートのポケットから紙束を取り出した。

 祖龍のままだと受け取れないので、私も擬人化してララが差し出してくる紙束を見る。

 そこには開発された兵器のリストがあった。

 

 な、に、……これ?

 嘘でしょう、どうして人間が古龍みたいなことが出来るの!?

 いや、今は開発された経緯とかはどうでも良い。

 もしもこのリストにある兵器群が大量に生産されたら、竜大戦が終結する以前にこの星が砕けてしまう。

 

「……ララ、これどこから盗んできたの?」

 

「シャルロットお兄ちゃんにお願いした。王都の中心で龍が暴れるのは嫌だよね? って聞いたら、大急ぎで取りに行ってくれたよ?」

 

「マイシスター。それはお願いじゃなくて脅迫って言うのよ」

 

「……?」

 

 紅の瞳をキラキラさせて、言外に「お姉ちゃん褒めて」アピールしてくるララの頭を優しく撫でる。

 

「えへー、お姉ちゃんもっと」

 

「はいはい」

 

 うん、やり方はともかくお手柄だった。

 可愛いロリっ子の姿をしたグランミラオスに脅迫された謎のシャルロットお兄ちゃんにはいつか謝ろう。

 というか「シャルロット」って女性名だよね? なのにお兄ちゃん呼び? 凄くボーイッシュな女の子だったのかな?

 もしくはオカマとか。

 

「姉上。ところでララが入手したその紙には、どのような兵器が書かれているのですか?」

 

「わ、わたくしも気になりますわ!」

 

「俺。も。見る。」

 

「ちょっと一斉にくっつかないで、おしくらまんじゅうになってるから!」

 

 いつの間にか擬人化していた他の3人が互いを押し合いながら兵器リストを見ようとするので、喧嘩にならないように紙束をバラバラにして3人に配る。

 もう、子供みたいなことしないでよ。

 一応は古龍種の頂点なのに、集まってくれた古龍達の前で威厳のない姿を見せて良いのかしら。

 

「これは……!?」

 

「あのサル共、本当にこんなモノを使ってますの!?」

 

「やっぱり。人間。クズ。」

 

 私の背後で、兵器リストに目を通した弟妹達が絶句する。

 いきなり嫌悪と殺意を滾らせた『禁忌』の迫力に、周囲の古龍達が怯えて後ろに下がった。

 あのリストを見れば、そういうリアクションになるよね。

 私も反射的にリストを破りそうになったし。

 

「姉上、これが事実ならばもはや猶予はありません。一刻も早く人間共を絶滅させるべきです」

 

「竜機兵を含めて兵器は全て潰す。その製造方法も絶対に後世には残さない。だけど絶滅はナシだよ。この世界に、人間は必要だから」

 

「しかし……」

 

 納得がいかないのか、不満そうな表情になるバルカン。

 確かにこの兵器はある意味では竜機兵よりも酷いけど、悪いのはこの兵器を開発した馬鹿共だ。

 私も口が悪くなるのも仕方ないと思う。

 

 だって、このリストにある兵器は全て龍脈をエネルギーにして起動するんだから。

 

 古龍種もブレスや能力の使用に龍脈を使うけど、古龍種が使った龍脈は自然に還元される。

 だから何の問題もないけど、この兵器には龍脈を自然に還元する機能なんてものは付いてない。

 つまり、リストにある兵器を使うとこの星の龍脈は凄い早さで減る。その先にあるのは龍脈が枯渇して星が砕ける未来だ。

 

 繰り返すけど、この兵器を考案・開発した奴は馬鹿だ。

 これだと敵であるモンスターを倒すどころか、自分達も一緒に死ぬことになるのに。

 

「……やられる前に、こっちから攻撃しよう」

 

 パチンッと指を鳴らして、私はこの場にいる全ての龍の視線を自分に集める。

 

「まずはシュレイド王国の力を奪おう。どれだけの大国でも、あれだけの数の竜機兵は作れない。間違いなく周辺の列強国もグルだ。だからまずはシュレイド王国に手を貸してる、周りの国を狙う」

 

「お姉様、なぜシュレイド王国を後回しに? わたくし達とこの場に集った龍の力で一斉攻撃すれば、今日にも勝てますわ」

 

「それだと死人が多すぎるよ。私達が攻撃するのは各国の首脳陣、キラーズ、そして兵器開発に関わった連中だけ。一般人は絶対に巻き込まない」

 

「それは……」

 

「確かに遠回りだけど、被害を最低限に抑えるにはこれしかない。人間が持つあらゆる戦力を粉砕して、降伏させよう」

 

 理想論はこうだ。

 まずは全ての国に共存の提案をして、和平条約に応じなかった国を攻撃対象とする。

 同時には攻めない。

 1つずつ順番に国家の首脳陣と兵器に関係する施設だけを襲撃し、国の頭を潰すことで政治上の滅亡とする。

 そうすれば国を失った人々が難民として他の国家へ流れ込み、その対応で国力が奪われるでしょう。

 これを繰り返し、ジワジワと人類全体を締め上げる。

 最後にシュレイド王国の首脳陣が降参すれば、一般人への被害は最低で収まる……と思う。

 私は戦争のプロじゃないし、そもそもモンハン世界だからね。セオリーとか分からないよ。

 

「とにかく攻撃の優先順位はこう!

1位、兵器。

2位、和平を受け入れない首脳陣。

3位、キラーズ」

 

 これが私が今の段階で思いつく『理想論』。

 全て思い通りにはならないだろうけど、悪くない戦略でしょう。

 

「姉上。その作戦なら、やはりシュレイド王国が最優先では? 最大の国家を潰す方が見せしめになりますし、多くの難民が出ます」

 

「潰す前に、シュレイド王国で調べたいことがあってね」

 

「……姉上がそう仰るなら」

 

 よし、決まり!

 それじゃあ早速――

 

「お姉ちゃん、待って」

 

「どうしたのララ、何か分からないことあった?」

 

「ララ達はともかく、他のみんなは?」

 

 ……あ。

 そうか、忘れてた。

 いくら祖龍でも、同種じゃない他の古龍との会話はできない。

 今も思い切り人間の言葉で話してたから、周りの子は私が何を言っていたのか理解してないじゃん。

 

「……古龍達も人間の言葉を憶えることは出来るかな? このままだと意思疎通が大変じゃない?」

 

「確かに。大雑把な命令を出すには問題なさそうですが、詳細なやり取りには支障が出ますな。分かりました、我らで今回の戦いに参加した龍に言葉を教えましょう」

 

「おっけー。じゃあボレアス、バルカン、アルンに任せたよ」

 

「「「は?」」」

 

 全く同タイミングでポカンとした表情になる3人に苦笑しつつ、私はララを抱っこする。

 

「私はララに案内してもらってシュレイド王国の王都に侵入してくるよ。なるべく早く帰るから、よろしくね」

 

 そう言い残して擬人化を解除し、ララを頭に乗せる。

 『禁忌』の中でララだけが空を飛べないから、こうして私に乗せて飛ばないと移動が手間だからね。

 

 ――それじゃあ、シュレイド王国へ行こうか!

 

 

 

 

 

 

〜Now loading〜

 

 

 

 

 

 

 

「……バル兄。恨む。から。な。」

 

「せっかくお姉様と合流出来たのに、また別行動なんて……。バルカン、覚悟は出来ているのでしょうね?」

 

「わ、我は何もしてないではないかッ!?」

 

 理不尽に責められたバルカンが逃げ出し、アルンとボレアスが火球ブレスで狙撃する。

 自分達を率いる王達の酷い姿に、古龍達は呆れた視線を向けた。

 このアホみたいなやり取りが嵐の前の静けさだと、全ての龍が本能で感じながら。






毎週水曜日だけ、更新時間が遅れる可能性が出ました。
ご容赦ください……。


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第25話 王都侵入作戦

お久しぶりです。


 ララを背中に乗せた私は古龍が大集合したあの平原から僅か数分で、目的地である王都の上空まで来ていた。

 擬人化していてもグランミラオスだからねー。

 普通の人を背中に乗せてる状態で音速を超えたら大惨事だけど、ララなら私も遠慮なくスピードが出せる。

 そのおかげで、あっという間に到着する事が出来た。

 

 フランシスカさんの気配は……うん、王都には滞在していないかな。

 あの人には私が擬人化した姿がバレてるし、そうでなくても接近すると感知されそうで怖い。

 短期間に何度も命のやり取りとか普通に嫌だわ。

 だけど王都はキラーズの本拠地だから、少なからず強い人間が滞在しているでしょう。

 油断は厳禁、だね。

 

 それにしても警備が厳しい。

 王都の周囲は平原だけど綺麗に道路(?)が整備されているし、かなりの数のキラーズや兵隊が巡回してる。

 擬人化しても王都に入り込むのは難しいかも。

 

『ねぇ、ララはどうやって王都に入ったの?』

 

「擬人化して巣の周りを警備してる人間に話しかけたら、フツーに入れたよ?」

 

 あー、なるほど。

 擬人化したララは完全に幼女だから、私よりも警戒されないのか。

 まさか最強クラスの古龍種がロリっ子に化けてるなんて誰も考えないだろうし。

 幼女が1人で外から王都に来るのは少し怪しいけど、今はモンスターの襲撃で街が壊滅した事例もかなりありそうだからね。親を亡くした可哀想な難民の幼女だと思われて、保護されたのかも。

 

 そうなると、ララと同じ方法を試すのはダメっぽいね。

 警備している兵隊の中にララの顔を覚えている人がいる可能性もあるから、結構リスクが高そう。

 うーむ、どうしたものかな。

 

「お姉ちゃん、ここから飛び降りたら簡単に入れるよ?」

 

 マイシスターよ、私達がいるのは高度約1万メートルの上空だから。

 この高さから紐なしバンジーしたら、擬人化状態だったとしても着地の時に周囲に凄い被害が出るからね?

 空から少女だけじゃなくて幼女まで降ってきたら、空に浮かぶお城がメインの某映画の主人公もパニックでしょうに。

 

 ……いや、待てよ。

 裏を返せば着地さえ何とかすれば、紐なしバンジー作戦はアリじゃない?

 

「あの、フワフワ浮かぶ力は?」

 

 鉄製品があれば磁力を応用して浮力を得られるけれど、擬人化した時に自動で出現するドレスワンピースには鉄がないし……。

 

「じゃあ翼だけ残して擬人化すれば良いと思う」

 

 ……。

 あー、あー、うん。

 思いついてたよ?

 もちろんお姉ちゃんもその方法を考えたけど、念のためプランBも用意しておこうかなーって。

 でもずっと考えているのも時間の無駄だから、今の方法でさっさと王都に侵入しよっか!

 

 私は翼だけ残して擬人化を行い、ララをお姫様抱っこして落下開始。

 生身でのスカイダイビングを楽しみつつ、私は高い視力を活かして王都の中で人がいない場所を探る。

 

「ララ、兵器リストがあった場所は?」

 

「あそこ……お城の前にある大きい建物」

 

 アレか。

 原作ゲームでは黒龍ミラボレアスの専用ステージとして登場したシュレイド城。

 ララが指差したのは、城の前にコの字を描いて建ち並ぶ施設の1つ。

 対モンスターの決戦兵器を開発しているんだから、警備はかなり厳重でしょうね。それに開発施設(仮称)の隣の建物は、恐らくキラーズの本部だ。

 全力で気配を殺せば大丈夫だと思うけど、キラーズ本部にフランシスカさんに匹敵する実力者がいたらバレる。

 目視なら私も相手の力量を見抜けるけど、レーダーだと敵の強さまでは測定出来ないからねー。

 

「お姉ちゃん、あの建物に侵入してどうするの?」

 

「中にある兵器を全部ぶっ壊して、ついでに開発データも消すよ。そうすれば人間の戦力は激減するだろうし」

 

「作った人間はいいの? どれだけ壊しても、作る人間がいたら意味ないよ?」

 

「……あの兵器を考案・開発したバカは絶対に許さない。龍の始祖である祖龍(わたし)が責任を持って殺す。だけど協力しただけの人は、まだ良いかな。正式に宣戦布告した後に対処する」

 

「……ん」

 

 いよいよ地面が迫ってきたので会話を1度区切り、私は翼を広げて着地の準備に入る。

 着地場所は、兵器開発施設の屋根の上。

 最初は路地裏とかに降りることを考えていたけど、もうダイレクトに侵入するのが早いでしょう。

 施設はかなり大きいから、屋根の上に着地すれば人目につかないはず。

 

 3、2、1、着地。

 自由落下の勢いで屋根に激突する前に翼を軽く動かして静かに着地した。

 

「お姉ちゃん、どうやって入る?」

 

「天窓は……ないか。よし、使えそうな入り口はないから作ろう」

 

 翼を消す代わりに右腕の擬人化を解除し、前脚の鉤爪で屋根を一閃。頑丈な屋根を正方形にくり抜いて、私がギリギリ通れるくらいの侵入口を強引に作り出す。

 

「ララ、下に人は?」

 

「気配、ない。大丈夫そう」

 

「おっけー、行こうか」

 

 完全に擬人化して、私は作ったばかりの侵入口から入り込む。

 中に入ると、そこは床も壁も白い廊下だった。

 ララの言う通り近くに人の気配はなく、長い廊下は静寂に包まれてる。

 

「バイオ◯ザードに出てくるウイルスの研究施設じゃん。確かに会社は同じかもだけど、もうちょっとモンハン要素が欲しいなー」

 

「バイオ……?」

 

「ただの冗談だよ。だけど油断したらレーザーでサイコロステーキにされるかもだから、気をつけてね」

 

「……? 分かった、とにかく気をつける」

 

 まぁ、レーザーカッター程度じゃ私達には1ダメージも与えられないけどね。

 今回は一応スパイみたいな隠密行動するつもりだから、警備システムには注意が必要だけど。

 宣戦布告する前は派手に攻撃するつもりはないし。

 

 ララと一緒に長い廊下を駆け抜けながら、私はレーダーを展開して頭の中に施設のマップを作る。

 ……うーわ、めっちゃ複雑だ。

 侵入者の対策の1つとしてわざと複雑にしてるんだろうけど、これだと職員も迷うでしょうに。

 この研究所の所長は間違いなく用心深い性格だ。

 

「お姉ちゃん、正面にドア」

 

「うん、見えてる。……電子ロックとか世界観が壊れるからやめて欲しいなぁ」

 

 排気ガスばら撒きながら車が走っている時点でモンハンらしくないけどさ。

 私は『モンスターハンター』の自然と人間が共存してるあの風景が好きだから、ここまでバリバリに科学だと少し悲しい。

 いや、文明が発展するのは素晴らしいよ。うん。

 

「このドアどうする? これも壊す?」

 

「うーん……まぁ、騒ぎになる前に全て終わらせたら良いか」

 

 分厚い自動ドア(?)の隙間に指を入れて、龍の腕力で無理やりこじ開ける。

 

「あれ? アラートも何もない? てっきり無理やり開けたらお約束みたいに廊下の電気が赤くなって、アラートが鳴り響くと思ったんだけど……」

 

「お姉ちゃん!」

 

 ララの声に反応して、私は妹を抱えて咄嗟に跳躍。

 貫手で高い天井を貫いてぶら下がるのと、遠くからバタバタと足跡が聞こえてくるのは同時だった。

 うーわ、そういうことか。

 大音量でアラートを鳴らせば侵入者も自分がバレたことがすぐ分かるけど、何も起きないと大丈夫だと思い込む。そしてまだバレてないと油断している侵入者のところへ、警備隊を送り込むって訳だ。

 レーダーは施設のマップ形成に注力してたから、ララの注意が無かったら接敵に気づくのがワンテンポ遅れてたね。

 

『おい、誰もいないぞ!?』

 

『そんな訳ないだろ! 近くを探せ、絶対に誰かいるはずだ!』

 

 そんな会話をしながら、手にゴツい銃器を持った男達が私の下を走り抜けて行く。

 セーフ。

 

「ララ、今の人間達が戻ってくる前に進もう」

 

「道、分かった?」

 

「もちろん。マップは完成したよ」

 

 天井から手を引き抜いて廊下に降り、ドアを抜けて再び施設内を駆け抜ける。

 侵入者がいることがバレたので遠慮なく行手を塞ぐドアを遠慮なく破り、警備隊はマップの作成が完了して本来の性能を取り戻したレーダーで悠々と躱す。

 途中で監視カメラみたいな物も見つけたけど、私は全てのモンスターの中でトップの雷属性の持ち主。お馴染みの紅雷でショートさせて完封。

 

 屋根を破壊して侵入した関係で最上階からのスタートになったけど、十数分で兵器が保管されてるらしい地下1階にまできた。

 順調だけど、警備隊が接近する度に隠れるのが怠い。

 オオナヅチみたいに透明化の能力があれば簡単だけど、ミラルーツにそんな便利な力はないからねー。

 というか、生態系の頂点に立つ存在に姿を隠す必要とかないし。

 

 おっと、また人間が近づいてきた。

 

「えっと、どこに隠れようかな……」

 

「ん!」

 

 私のドレスワンピースの裾を引っ張って、ララが近くにある部屋を指差す。レーダーで確認すると、物置部屋らしい。

 ララが本当に有能な件について。

 妹の対応力に驚愕しつつ、物置部屋のドアを開けて音を立てずに中へ入る。

 

 うわ、埃っぽい。

 ザッと高校の教室くらいの大きさの物置部屋を見渡すと、ジャンク品や鉄屑が山積みにされていた。

 兵器開発の過程で発生したゴミをこの部屋に放置してるのかな。

 この部屋を調べたら何か収穫がありそうだけど、人間が近くにいる時に音を立てる行動は論外だ。

 淀んだ空気に耐えながら、ララと一緒に部屋の中で人間が通り過ぎるのをじっと待つ。

 

 あー、早く通り過ぎて欲しい……ん?

 何ということでしょう、通り過ぎるどころか物置部屋の前で立ち止まるじゃありませんか。

 レーダーがバグってないなら、誰かこの部屋に入ろうとしてる。

 今日は厄日かもしれない。

 まさかこのタイミングで埃まみれの物置部屋に用がある人とエンカウントするなんて。

 

 私とララが慌てて鉄屑の後ろに隠れた瞬間、扉が開いて薄暗い物置部屋に光が差し込む。

 入って来たのは、汚い物置部屋が最も似合わないような人物だった。

 まるで、絵本の世界のお姫様。

 差し込む光を浴びて輝く美しい青の髪に、強い意志の光が宿るサファイアの双眸。

 水色のドレスに身を包む、びっくりするほど可愛い人。

 

 だからこそ、彼女が持つ3メートル超えの巨大な武器は異色だった。

 双刃刀。

 もしくはツーブレーデッドソード。

 漫画やアニメではたまに見るけれど、現実的な視点では実用性が乏しく架空の域を出ない武器なので、私が弟妹達には教えなかったロマンウェポン。

 

 キラーズ……?

 

「この中に隠れているのは分かっているわ。大人しく出て来なさい、モンスター」

 

 え、えぇ!?

 何でここに隠れていることだけじゃなくて、私達の正体までバレてるの!?

 思わずララと顔を見合わせるけど、スーパー有能な私の妹もバレた理由が分からず首を傾げる。

 私達の擬人化を見破れる人なんて、明らかに人間の限界を超えているフランシスカさんくらいで…………あ。

 

『私に匹敵するほどのキラーズは1人しか知らん。むしろ私と同格の力があるキラーズなど、こっちが教えて欲しいくらいだよ』

 

 反射的に思い出す、あの人の言葉。

 まさか。

 

「……ララ、ちょっと試すよ(・・・)

 

「ん!」

 

 ララと一緒に目を閉じて、ゆっくりと目を開く。

 それだけで私とララの全身から凄まじい殺気が放たれて、私達と同じ地下の1階にいた人が次々と失神する。

 一般人なら気絶。

 上位クラスのキラーズでも恐怖で心がへし折れるレベルの威圧。

 

「…………、……」

 

 けれど、青の美少女は微塵も揺らがない。

 それどころか今の威圧でこちらの力量と居場所を悟ったのか、私達が隠れている場所を狙って双刃刀を一振り。

 ……いや、正しくは一振りに見えただけだった。

 擬人化した私の動体視力では、刹那の間に放たれた無数の斬撃を視認することも出来なかった。

 

 2つの刃から繰り出された斬撃が、この空間を埋め尽くす。

 大量にあったジャンク品や鉄屑が一瞬で粉々になり、私とララが隠れていた屑鉄の山が跡形もなく消え去った。

 

 は、速すぎる。

 1撃の威力こそ低いけど、速度はあのフランシスカさんすら上回ってる。

 間違いない。

 この青のキラーズこそ、人類最強のキラーズが認めた『同格』の存在。

 

「……ララ、下がって」

 

 私より体の小さいララを部屋の奥に隠し、反対に私だけ姿を見せた。

 すると青のキラーズはサファイアのような瞳を見開き、驚愕の表情で唇を震わせる。

 

「人の形をした、モンスター……!? 人間に化ける能力と、今の圧倒的な威圧。まさか貴女が、黒龍ミラボレアスの『姉』ですか!?」

 

「………………!?」

 

 おかしい、絶対におかしい!!

 ボレアスの存在と名前どころか、どうして初対面の私の素性までバレてるのよ!?

 え、なに、実はずっと監視されてたの?

 森の中で軍隊に襲撃されてからはずっとレーダーを展開してたのに、それすら掻い潜って!?

 

 お、落ち着け私。

 クールになれ!

 

 相手のペースに巻き込まれたら終わりだよ。

 たとえ情報戦で負けていても、絶対に余裕の態度を崩してはいけない。

 私は祖龍ミラルーツ。

 誰が相手でも、威風堂々と振る舞うべきだ。

 

 ちょっと意味不明な速度で振るわれる双刃刀も注意し、私は微笑を浮かべてキラーズの前に立つ。

 

「初対面の相手に素性を尋ねる時は、まず自分から名乗るべきじゃない? あなたが希望するなら、私が礼儀を教えてあげても良いよ?」

 

「……結構です、こう見えても礼儀作法は一通り理解していますから」

 

 挑発的な私の言葉に、しかしキラーズは表情を変えずに武器を構える。そして臨戦態勢のまま、名乗りを上げた。

 

「シュレイド王国の第4王女、シエル・アーマゲドン。……王族でありながらシュレイドの姓を名乗らないのは、私が現国王と妾の間に生まれた隠し子だからです。偽名ではないので、悪しからず」

 

 マジで、本物のお姫様やん。

 しかも訳ありで。















低評価爆撃+リアルの事情でボロボロになってたメンタルが少し回復したので、今日から少しずつ更新再開したいと思います。
待っててくれた皆様、ありがとうございます。
感想、お気に入り登録、高評価がモチベーションになりました。


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第26話 祖龍VSシエル

皆様から身に余る声援を頂いたので、頑張って何とか1週間に1度は更新したい。
応援メッセージを送って下さった皆様、本当にありがとうございます。


 ……マズいことになった。

 目的である対古龍種兵器を目前にして、シュレイド王国のお姫様と遭遇しちゃうなんて。

 しかもお姫様は訳ありで、キラーズで、実力は最強格のフランシスカさんに匹敵すると。

 あっはー、笑えねー。

 

 さて、どうしようかな。

 これから激化する竜大戦を考慮すると、ここでシエルと戦って大ダメージを受けるのは避けたい。

 だから私が取るべき選択は「逃げ」の一択なんだけど、わざわざ王都に侵入して収穫ゼロってのもなぁ……。研究データの削除までは無理でも、既に製造されている兵器の1号機くらいは破壊したいよね。

 まぁ、本当にフランシスカさんと同格なら逃げられるかも怪しいけど。

 

 一瞬だけ、背後に視線を動かす。

 シエルは私の存在に気を取られて、まだ部屋の奥にララが隠れていることに気がついてない。

 状況は2対1。

 さっきの双刃刀による超連撃は確かに脅威だけど、数で勝る私達の方が有利だ。それでも擬人化状態だと苦戦するだろうし、何より私達クラスの実力者が戦闘すると王都が吹っ飛ぶ。

 人類最大の国を潰して大量の死者を出したら、それこそ人と龍が共存する未来は完全に途絶えるでしょう。

 

 必死で思考を巡らせる私の前で、シエルが口を開く。

 

「私は自己紹介しました。次はあなたの番ですよね、黒龍のお姉さん(・・・・)?」

 

「今はアンセスって呼んで欲しいな、お姫様?」

 

 かなり焦っていることを隠すために作り笑いを浮かべ、余裕の態度を演出して言葉を返す。

 相対する私とシエルの距離は2メートルほど。

 既にお互いの間合いの内側、きっかけ1つで殺し合いが始まる。

 

「まだ私の問いかけに全て答えていませんよ、アンセス。私はあなたが黒龍の言う『ルー姉』なのかと質問しましたが?」

 

 黒龍の言う、ルー姉……?

 私をルー姉と呼ぶのは、弟妹達の中でもボレアスだけだ。

 つまりシエルはボレアス自身から、私の存在を聞き出したってことになる。……いや、もしかしてボレアスが自分から話した?

 それにシエルが擬人化能力も知っていたのは、ボレアスが擬人化するところを見ていたからじゃないの?

 

 そこまで推測した私は、無意識のうちに心からの笑みを浮かべていた。

 

 ボレアスは人間嫌いだ。

 私と会話する時も「人間の言葉」は最低限しか発しないし、普通なら絶対に人間と会話しようとしない。

 基本的にボレアスもバルカンもアルンも、人間を下等な生き物だと見下しているから。自然を破壊して、星の命を蝕む害悪とすら思っている。

 

 だけど――、

 

「……シエル、1つだけ確認させて。あなたはボレアスと会話したの?」

 

「ええ、そうです。ルー姉という存在は黒龍自身の口から聞きましたし、人に擬態する能力も彼が見せたものです」

 

「そっか」

 

 言い逃れはさせないと厳しい表情を作るシエルを見て、私は安堵から大きく息を吐いた。

 本当に……、良かった。

 ボレアスは見つけることが出来たんだ。自ら会話したいと思える「人間」を。

 希望はある。

 ボレアスが人間に価値を見出してくれたのなら、共存の道は明るくなる。『天秤』が1つ完成した。

 

「…………!」

 

 フッ、と全身から力を抜いた私を見てシエルが驚愕に目を見開く。

 まさか敵対している人間の前で、完全に戦闘態勢を解除するとは思わないよね。

 

「どういうつもりですか?」

 

「シエルと戦うのはやめようと思ってさ。そっちがやる気なら仕方ないけど、お姫様ならここで私と戦うのは無理だよね。ボレアスを見たなら、姉である私の力は想像できるでしょう? ここで私とやったら、王族が守るべき国民がみんな死んじゃうし」

 

「……穏便に済むのなら、私としても喜ばしいです」

 

 そう言うと、シエルも双刃刀を下ろした。

 ちょっと意地悪だったかも。

 表面だけ見ると私はとても平和的な提案をしてるけど、裏を返すとそっちが攻撃したら国民を皆殺しにすると脅迫してるからね。もちろん本当に皆殺しにするつもりはないから、ハッタリなんだけど。

 フランシスカさんには人質とか意味ないけど、シエルは一目で分かるほど善人だ。

 王都で暮らす国民を人質にされたら、戦うのは無理だよね。

 ちゃんとボレアスのお姉ちゃんってことは認めたから、それでチャラにして欲しい。

 

「賢明な判断をしてくれて嬉しいよ」

 

「抗戦の選択肢を奪った張本人がよく言いますね。それで、何が目的ですか?」

 

 戦闘態勢こそ解除したシエルだけど、私を睨む青の双眸には警戒と敵意の光がしっかりと残っている。

 うわぁ……変なこと言ったら、次の瞬間には首落とされそう。

 こっそり龍脈を収束させて急所部分の擬人化を解除し、龍鱗で防御を固めながら私は口を開いた。

 

「イコールドラゴンウェポン、もしくは竜機兵」

 

「……!」

 

「知りませんとは言わせないよ。もちろんシエルが考案・開発した張本人だとは思ってないけど、王族のあなたにも責任はあるよね?」

 

 そう言って私が睨むと、シエルは一瞬だけ目を伏せた。

 

「……竜機兵が龍の怒りを買ったことは承知しています。しかし人類は外道に落ちなければ、龍に勝てない」

 

「あんなものを作ったりしなければ、そもそも戦争は起きなかったよ。私達は人類を滅ぼすつもりなんて無かったのに」

 

「数え切れない人達が、モンスターの犠牲になりました。モンスターは強大で、今までの兵器では時間稼ぎにもなりません。打開策が必要だったんです」

 

「シエル自身が人類の剣でしょ? あなたとフランシスカさんがいれば、龍が相手でも勝てると思うけど?」

 

 称賛混じりの私の言葉に対して、シエルが浮かべたのは自嘲の表情だった。

 

「王侯貴族達や軍人は、キラーズを良く思っていませんよ。科学が発展した現代で、旧時代の武器1つで戦うんですから。陰では『原人』だとか『野蛮人』とか……色々と罵られることも多い」

 

「実力も成果も出してるのに?」

 

「上に立っている人ほど、龍との戦いに詳しくありませんから。彼らは報告書でしか戦場を知らない。刀剣や大槌を持った生身の人間より、鋼鉄の兵器の方が信用出来るのも分からなくはありません」

 

 ……確かに、シエルの言う通りだ。

 偉い人ほど安全な場所にいるからモンスターの被害とは無縁だろうし、竜の力を正しく理解してないでしょうね。

 私も『原作』ハンターの知識やフランシスカさんと戦闘経験が無かったら、生身の人間がギャグみたいな戦闘力を持ってるとか信じられないし。

 だって……ねぇ?

 どう考えても、雷速に迫る速度で走ったりする人間とかおかしいでしょう。

 モンハン世界の人類がいくら地球の人類よりも身体能力が優れているとしても、限度があるし。

 やっぱりあの人おかしいわ。

 

「少し話が逸れましたね。それで、龍の始祖である貴女がどうしてここに?」

 

「あー、えーっと……」

 

 少し考える。

 嬉しいことにシエルはフランシスカさんと違って会話が成立するし、極端にモンスターを憎悪している訳でもなさそう。

 シエルがキラーズとして戦ってるのは、あくまで王族の1人として竜から国民を守るためって感じだし。

 もしかしたら、もうちょい交渉出来るかも。

 

「ねぇ、シエル。取り引きしない?」

 

「……内容を聞かないと何とも言えませんが」

 

「私の目的はこの施設の地下にある兵器の破壊と、竜機兵を作り出したクソ野郎が誰か調べること。協力してくれたら、今日は何もせずに大人しく帰る」

 

「話になりませんね、こちらが不利過ぎます」

 

 まぁ、そうだよね。

 これからの主力になる兵器の破壊と、対古龍兵器を生産できる人物を失うのは人類にとって大きなデメリットだ。

 今ここで新兵器とその開発者の2つを失えば、その後に人類が受ける被害は王都の国民全員よりも増える。

 何より、私が本当に暴れないと言う証拠もない。

 ……流石に無理かなー。

 

「これからの戦争で、私が一般人と投降した人は殺さずに見逃すって約束を追加してもダメ? 私だけじゃなくて、私の弟妹達を含めても良いよ」

 

 言外に『禁忌』の力が齎す被害は分かってるでしょ? 少しでも減らしたいよね? って伝えるけど、シエルは首を縦に振らない。

 証拠ないもんねー。

 まぁ、シエルが取り引きに応じなくても一般人や投降した人は見逃すんだけど。

 

 ララが持ち帰った「リスト」にある新兵器を使用すると、この星が滅びるってことを説明すれば協力してくれる可能性はある。

 でもその為には龍脈エネルギーのことから説明する必要があるし、何もかも説明する時間は流石にない。私の侵入はもうバレてるから、そのうち増援が来ちゃう。

 

 やばい、焦ってきた。

 もうララにシエルの足止めを頼んで、私は強引に兵器を破壊するべきか?

 もしくは――

 

「シエルが死んで欲しくない人には、手を出さないとか?」

 

「――っ」

 

 反応があった。

 普通なら気づかないほど小さな反応だけど、私はシエルが僅かに動揺したのを見逃さなかった。

 間違いない、シエルには大切な人がいる。

 それが恋人なのか、友達なのか、家族なのか分からないけど、シエルには自分の命よりも大事な人がいるんだ。

 

 少し間を空けて、シエルが掠れた声を出す。

 

「私は、この国の王女です。私情で人類全体が不利になるような行いは出来ない」

 

 ……ダメか。

 ここまで言って無理なら仕方ない、交渉は決裂だね。

 ボレアスに悪いから戦うつもりは無かったけど、会話で決着が付かないなら仕方ない。

 

 私は全身に真紅のスパークを纏い、応じるようにシエルも双刃刀を構える。

 

「シエルには悪いけど、押し通る」

 

「この身に流れる王族の血に誓って、私はあなたの目的を阻止します。……たとえ共倒れになったとしても、私1人の命で敵将を討ち取れるのなら御の字よ!」

 

 直後、施設の床が爆ぜた。

 私とシエルの踏み込みで瓦礫や鉄屑が舞い上がり、落下する前に空中で静止する。

 時間が止まった訳じゃない。

 私とシエルの意識が通常状態から戦闘へ切り替わったことで、体感時間が数段上の次元へとシフトしただけ。

 容易く音速を超える私達は、1秒間で何十日分もの行動が出来る。

 

 私とシエル以外が停滞した世界で、紅雷と双刃が交差した。

 

 ――神速。

 双刃刀から繰り出される連続攻撃は速すぎて、全方位から斬撃が同時に襲ってくるようにしか見えない。

 視神経の電気信号を加速させて動体視力を強化し、私は紙一重でシエルの連撃を回避していく。

 跳躍し、宙空で身を捻り、視界を埋め尽くす斬撃の間の小さな隙間を通り抜けて、シエルの側頭部を狙って蹴りを叩き込む。

 着弾。

 足の甲から伝わる命中の感覚、しかしそれは人体の感触じゃない。

 

「チッ……!」

 

「…………ふッ!」

 

 鋭い呼気。

 ギリギリで私の蹴りを双刃刀で受け止めていたシエルが、カウンターの斬撃を繰り出す。

 私はまだ空中で回避は無理。

 だから私は、横一閃に振るわれるソレを口で受け止めた。

 

「な――、ぁ!?」

 

 ガキンッという鈍い音と共に、私の牙に挟まれた双刃刀が止まる。

 擬人化してても、私は祖龍ミラルーツだ。

 捕食者の強力な武器である牙と咬合力は、擬人化状態でも十分に発揮されるんだから。

 

 シエルが私の想定外の動きに動揺して生まれた隙を突いて、私は咥えている双刃刀を思い切り引き寄せた。双刃刀と共に近づいたシエルの腹部に、私は拳を放つ。

 だけど青の狩人は空いている左腕でガードすると、反撃の膝蹴りで私の腹部を狙う。バックジャンプで膝を躱し、私は擬人化したまま強引に雷球ブレスを撃った。

 真紅の雷光が薄暗い物置部屋を照らして、荒れ狂う紅雷がシエルに迫る。

 擬人化で威力は低下してるけど、それでもG級の飛竜を一撃で倒せるほどの威力だ。被弾すれば大ダメージは免れない。でも回避すればこの研究所が崩壊するでしょう。

 シエルに残された手段は、1つ。

 

「はああああああああッ!」

 

 凛々しい叫びと共に、シエルが手の中で双刃刀を回転させる。

 それはまるで、斬撃の結界。

 刹那の時に放たれる無限の連撃が、私のブレスを跡形もなく消滅させた。

 真紅のスパークがバチバチと空間に迸り、停滞した時間が今になってやっと動き出す。

 最初の踏み込みで浮き上がった瓦礫や鉄屑が落下し、私とシエルの攻防で発生した余波で物置部屋が吹き飛んだ。

 シエルの斬撃が壁や床に無数の亀裂を刻み、周囲の物が木っ端微塵に砕け散る。

 常人や弱いモンスターなら、この場所に立っているだけでバラバラになって死んでいたでしょう。

 それだけの破壊の嵐の中で、無傷の私とシエルが睨み合う。

 

 ――ここまで、1秒未満。

 僅かな攻防で、私もシエルも互いの実力を確認した。

 

 他の人や建物に被害を出さないように注意しながら戦うのは、かなり難しいね。

 出来るだけ周囲に戦いの余波が出ないように気をつけてもこれだけの被害が出ちゃうし。

 戦いにくい状況だけど、これはチャンスだ。

 シエルは私が周囲に配慮するとは思ってないだろうから、私が放つブレスや紅雷を回避せずに相殺しようとするはず。王族の責任感と正義感が強いシエルなら、私以上に周りの被害を気にするでしょう。

 それを考慮すれば、有利なのは私だ。

 擬人化して低下しているスペックも、この状況ならカバー出来る。

 

 問題は、本来の目的の達成だね。

 シエルとの戦いは、お互いに手加減する必要があるからどうしても長引く。

 時間稼ぎされると不利なのは私だけと、私には隠し札であるララがいる。

 レーダーは私とシエルが戦闘開始すると共に物置部屋の壁をぶち破って兵器が保管されている倉庫へ向かうララの反応をしっかり捉えていた。

 

 元からシエルを殺すつもりはない。

 ララが兵器を破壊するまでの間、シエルを足止めすれば目的は半分達成だね。

 

 思考を終え、私は再び意識を戦闘へ切り替える。

 そして再び世界が静止して、私とシエルは同時に相手に向けて踏み込んだ。



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第27話 時間稼ぎ

 最初の攻防でボロボロになった、薄暗い物置部屋。

 その中央でシエルと距離を空けて睨み合いながら、私は不敵に笑った。

 

「流石はあのフランシスカさんが同格って言うだけあるね。……完全に回避するのは無理だったよ」

 

 言うと同時に頬が浅く裂けて、流れ出た少量の血を舌で舐め取る。

 フランシスカさんと初対面した時、私は不意打ち気味に放たれた斬撃すらも避け切った。だけどシエルの高速攻撃を完全に回避するのはやっぱり無理だわ。

 うん、この人マジですごい。

 

「流石、はこちらのセリフですよ。ミラボレアスとの戦闘経験やフランシスカの情報から貴女の実力を推測していたのですが……正直、予想以上です。本音を言うと、その姿の貴女なら簡単に制圧出来ると思いました」

 

「この姿でも、案外動けるんだよ?」

 

 冗談交じりにそう言って余裕なフリしてるけど、一刻も早く擬人化を解除しないと本当にヤバい。

 このままだとララが兵器を破壊するより、私の頭が体とお別れする方が先だ。

 そこで問題なのは、擬人化を解除する時どうしても隙を見せてしまうこと。1秒未満の僅かな隙だけど、シエルの速さならその一瞬で私を殺せる。

 

 そもそも、私が今いるのは地下なんだよねー。

 ここで元の姿に戻ると生き埋めになっちゃうし、強引に地下から脱出すると建物ごと中にいる人が吹っ飛ぶ。

 最大の目標として人と竜の共生を掲げてるのに、その私が虐殺行為とか論外でしょ。

 

 擬人化状態での勝機はゼロ。

 でも真体には戻れない。

 

 ……上等。

 

「貴女には悪いですが、このまま完封します。祖龍の姿に戻る猶予は与えない」

 

 そう言うと、シエルが懐から何かを取り出した。

 ミラルーツの視力にものを合わせてシエルの手元を拡大すると、白い錠剤が見える。

 まさか、この時代にも“アイテム”があるの!?

 私の予想は的中したらしく、錠剤を飲んだ瞬間シエルの身体能力が一気に上昇した。

 

「……ドーピングとかズルい」

 

「知性から生み出したアイテムを使うのは人間の特権ですので」

 

 汚い。人間汚い。

 モンスターは基本的に自然治癒に任せるしかないのに、ハンターは回復薬や秘薬でいくらでも傷を癒せるよね。

 人と竜のスペック差を考慮したら当然のハンデだと思うけど、そのスペックで古龍の頂点に匹敵するシエルがそれをやるのはないわー。

 

「大いなる龍の始祖、その命、貰い受けます!」

 

「出来るものならやってみろ!」

 

 同時に床を踏み砕き、再び間合いを潰して交差する。

 圧縮される体感時間。静止する世界。

 1秒がどこまでも拡張されるその空間で、しかしシエルは凄まじい速度を発揮した。

 青の狩人の手の中で双刃刀が鈍色の軌跡を描く。

 私が回避行動を取るより早く、逃げ道を塞ぐようにして全身に斬撃が叩き込まれた。

 体中から鮮血が吹き出し、私のドレスに赤色が滲む。

 

 ぐ……っ、アイテム使用とかやってくれるね。

 元から速さではシエルが有利だったけど、ドーピングのせいで一気に差が開いた。

 鳴動で加速すれば追いつけるけど、一瞬だけ速くなっても意味がない。

 

 それなら……!

 

 脳から各神経系へ命令を伝える電気信号に干渉し、その速度を大幅に上昇。さらに電撃で筋肉を刺激して、擬人化形態の限界を超えた身体能力を無理やり引き出す。

 思考速度上昇、演算速度上昇、各種身体機能上昇。

 

許容上限突破(オーバースペック)!」

 

 全身に雷光を纏い、私も加速。

 再び神速の斬撃を繰り出そうとするシエルの後ろへ回り込み、その背中にミドルキック。超速で反応したシエルが背中に双刃刀を回して受け止めるけど、その不安定な体勢で私の蹴りを防げると思ったなら大間違いだ。

 

「く――ッ!?」

 

 ガードの上から強引に蹴り飛ばし、吹き飛んだシエルが部屋の壁を突き破って廊下に転がり出る。

 態勢を立て直す暇なんて与えない。

 私は磁力を放出して周囲の鉄屑を浮遊させ、レールガンの要領で射出した。それをシエルは真横にダイブして回避して、標的を失ったレールガンは対面の壁に大穴を開けて消滅する。

 ……あー、今のは悪手だったかも。

 レールガンの速度って、確か音速の3倍くらいってどこかのライトノベルで読んだ気がする。その程度のスピードじゃ、速度特化してるシエルに当たるのは無理だよね。

 

 反省している間にシエルが立ち上がり、一歩で間合いを詰めて下から上へと刃を振るう。

 それを後ろに下がって紙一重で避け、シエルの柔なお腹に膝蹴り。くの字に折れたシエルの背中に肘打ちし、膝と肘で挟んでそのまま意識を奪う――……

 

「……ッ!」

 

 気絶するギリギリでシエルが双刃刀を一閃し、持ち手の部分で私の足元を払う。私はバランスを崩して拘束を緩めてしまい、その隙にシエルに髪の毛を掴まれて放り投げられた。

 今度は私が壁を突き破り、別の廊下へと強制エリア移動させられる。

 

「ごほっ、けふ……っ、今のは危なかったです。なかなか容赦のない攻撃をしますね」

 

「髪の毛を掴んでぶん投げた人には言われたくないなー。女の命に触れた罪は重いよ?」

 

「女性の腹部に膝蹴りするのもどうかと思いますが」

 

「平然としてたくせに……」

 

 格闘技経験者でも、肝臓に痛撃を受けたら悶絶するそうだ。

 めっちゃ強いから苦戦の経験が少なくて、しかもお姫様だから苦痛に弱いと思ったんだけど、そんなこと無かったね。

 

 ここまでの戦闘では、やっぱりシエル有利かな。

 ダメージも私の方が多いし……まぁ、この程度の傷ならもうすぐ完治すると思うけど。

 擬人化形態としては善戦してる方だけど、やっぱり勝機は無いね。

 全体落雷やチャージブレスみたいな大技は擬人化してると使えないから、どうしても決め手に欠ける。

 持久戦も擬人化の防御力じゃ不安だよね。真体なら耐久戦法で勝てるでしょうけど。

 お姫様は案外タフで、まだ息切れもしてない。

 

 うーん、どうしようかな…………あ。

 ミラルーツの並外れた聴覚が、遠くから迫ってくる人間の足音を聞き取る。

 少し遅れてシエルも増援がやって来た気配を感知したようで、分かりやすいほど焦燥を露わにした。

 普通、増援が来れば仲間の方が喜んで敵が焦るのに。

 まぁ、シエルからは人質にされる足手纏いがやって来たようにしか見えないし。仕方ないな。

 

「お姫様の仲間は優秀だね、想像以上に早く助けに来てくれたじゃん」

 

「…………ッ!」

 

 私の声を聞いたシエルが双刃刀を振るうけど、その攻撃は今までよりも大きく劣る。精彩を欠いた連撃を余裕を持って回避し、私は自ら増援の方向へと駆け出した。

 慌ててシエルが追いかけて来るけど、もう遅い。

 効果時間は一瞬だけど、刹那の間だけはこの世界の全てを置き去りに出来る鳴動を発動。

 超加速してシエルを突き放し、T字路へと飛び出す。

 

「な……!?」

 

「誰だコイツ!?」

 

 驚愕の声を出したのは、増援としてやって来たキラーズの人達だ。

 ごめんね、男性諸君。

 曲がり角で出会うのは食パンを咥えた美少女じゃなく、人間に化けた血塗れのドラゴンです。

 アホなことを考えながらも、人質になってもらうために先頭にいた銀髪の青年へ手を伸ばした。

 私の速度に銀髪くんは反応出来ず、呆気なく掴ま――

 

「お願いします、ジークを殺さないで!!」

 

 その。

 身を裂かれるようなシエルさんの涙交じりの絶叫に、私は思わず動きを止めてしまった。

 直後、ジークと呼ばれた銀髪の青年が背負っていた大剣を上から下へ豪快に振り下ろす。

 ――重撃。

 私やシエルさんの領域にこそ達していないけど、大剣の一撃は下位の古龍種にダメージを与えられるほどの威力があった。

 咄嗟に後ろへ跳躍して躱した私の前を、大剣の切っ先が烈風すら伴って通過。空振りに終わった刃が床を捉えると、蜘蛛の巣状にヒビが広がった。

 

 いや、強くね?

 まだ人間やめてるレベルじゃないけど、今まで見てきたキラーズ達の中でもトップクラスの実力がある。

 もちろんフランシスカさんやシエルといった例外を除いて、だけど。

 

 改めてジークくんを観察する。

 サラサラとした綺麗な銀髪に、少女漫画のキャラクターみたいなイケメン顔。

 一見すると華奢だけど、よく見ると服の上からでもかなり体を鍛えているのが分かる。

 ……は?

 イケメンで細マッチョで高身長とか最強か?

 バルカンと同じくらい背丈あるよね?

 

 美形が放つビジュアルの暴力に少しフリーズしていると、追いついたシエルが私とジークくんの間に割り込んだ。

 

「シエル、ご無事ですか!?」

 

「それはこっちのセリフよ! 怪我はない!?」

 

「ええ、自分は問題ありません」

 

 だって私ってば何もしてないからね。

 ジークくんの無事を無事を確認したシエルが安堵の息を吐いて、視線を私に戻す。

 私の前でイチャつくとかイイ度胸してるな。

 謝れ!

 年齢=彼氏がいない歴の私と、ジークくんの後ろで何も出来ずに突っ立ってるモブキラーズ達に謝れ!

 いや別に彼氏いらんけど。

 私ってば祖龍だし、恋愛感情とか多分ないし。

 

「どうして、ですか?」

 

「……何が?」

 

「貴女なら間違いなくジークを人質に出来ていたのに、どうして途中で止めたのですか?」

 

「いや、だって、シエルが凄い声出すから……」

 

 そこまで言いかけて、私は「答え」に辿り着いた。

 パチンッと指を鳴らして、私はドヤ顔で言い放つ。

 

「シエルが自分の命より大切に思ってる人ってさ、そこのジークくんだよね?」

 

「…………」

 

 返事は無かった。

 その代わりに、シエルの頬が僅かに赤く染まる。

 

 あー、あー、ないわー。

 そういうことね。

 シエルに勝てないからその想い人を人質にするとか。

 私ってば完全に悪役だわ。元からモンスター側が敵で、祖龍はラスボスだけど。

 

「シエル、どういう状況なのか自分にはさっぱり……」

 

「あの白いドレスの少女が、祖龍ミラルーツよ」

 

「な……ッ!?」

 

 シエルの言葉にジークくんが絶句して、その後ろにいるキラーズからは困惑した声が上がる。

 ……?

 どうしてそこで反応が分かれるの?

 

「……それはともかく。これで形勢逆転だね、シエル?」

 

「……っ!」

 

 ジークくんの登場で少し寄り道してたけど、私の言葉で不利な現状を再確認したシエルが唇を噛む。

 ここで私とシエルがぶつかれば、戦いの余波で周囲の人々は全員死ぬからね。

 飛び抜けた実力を持つジークくんは生き残れる可能性があるけど、平均的な力しかない他のキラーズは絶対に耐えられない。

 

 焦燥するシエル。

 困惑するジークくんとその他のキラーズ達。

 そして動かない私。

 

 1分ほどの膠着状態が続いた、その時だった。

 

「――お姉ちゃん、終わったよ」

 

 地面が吹っ飛んだ。

 私とシエル達の間にあった床に大穴が開き、その中からララが飛び出す。

 呆然とするシエル達の前でパンパンと服を叩いて土埃を払うと、優秀な幼女は私にダプルピースした。

 

「待ってたよララ、成果は?」

 

「下の階にあった兵器は全部壊したよ。ついでに建物内の機械? も全部潰しといた。えっへん」

 

「わーお……」

 

 これで、この兵器開発施設は完全に機能停止したことになる。

 頼んだのは兵器の破壊だけなのに、相変わらずそれ以上の成果をあっさりと叩き出すよね。

 ララがいなかったら、私はもっと劣勢だったかも。

 

「どういうことですか!? 貴女の弟妹はミラボレアス、ミラバルカン、アルバトリオンの3体では……!?」

 

 私が答えるより早く、ララが驚愕するシエルの方へ振り返る。

 そして両手を腰に当てて胸を張ると、不敵な笑みを浮かべて堂々と名乗りを上げた。

 

「偉大なる姉より賜った私の名は、煉黒龍グランミラオスである!」



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第28話 禁忌咆哮

「煉黒龍……グランミラオス!?」

 

 堂々としたララの名乗りにシエルとジークくんが驚愕に目を見開き、その後ろで他のキラーズ達が困惑する。

 これで完全に形成逆転だね。

 いくら相手がシエルで私たちが擬人化状態でも、2対1なら負けない。しかもシエルの周りには足手纏いが一杯の状態だし。

 

「……っ」

 

 私と同じ考えに至ったのか、シエルが苦い表情で双刃刀を握り直す。

 うーん……シエルの性格から考えると、自分の命と引き換えにしても周りの人とジークくんは守るって感じかな。

 まぁ、善性の具現化みたいなお姫様だし。

 酷い言い方だけど、ジークくん含めた周りの人達よりもシエル1人が生き残った方が戦力的には理想だ。有象無象が1万人集まっても、シエル1人の力にも届かない。

 だから、シエルは周囲のキラーズを身代わりにしてでも逃げるべきなんだけど……。

 

「ジーク、早く他の方と一緒に避難して!」

 

「笑えない冗談はやめてください! 自分に貴女を見殺しにしろと言うのですか!?」

 

 やっぱり、最善の選択を選べないよね。

 その蕩けそうなほど甘い思考が私と似ているから、少し親近感を抱くのかもしれない。

 良く言えば高潔な自己犠牲の精神。悪く言えば盤面全体を見れない馬鹿。

 それじゃあ、最善の選択を理解していながら目を背ける私は大馬鹿以下だな。

 

 竜大戦を最速で終わらせる道筋は見えているのに、私は自分の手を汚すのが怖くて選べないのだから。

 

「シエル様もジーク殿もなぜ奴らを捕獲しないのですか!? 貴殿らに戦えぬ理由があるのなら、我らが侵入者を捕らえましょうぞ!」

 

「待って、戦わないで!」

 

 膠着状態に痺れを切らしたのか、シエルとジークくんの後ろにいる戦斧を装備した大柄な男性が声を上げた。

 身長2メートルを超える筋肉の塊みたいなその男が戦斧を振り上げてこちらに突貫し、その後に他のキラーズ達も続く。

 シエルが制止するけど、完全に戦闘態勢に入った彼らは止まらない。

 あー、うん。

 すぐ頭に血が上る人が多いなら、確かに野蛮人と言われても仕方ないかも。

 

「お姉ちゃん、獲物の方からご飯になりに来たよ?」

 

「いや、食べちゃダメだからね?」

 

「人間、美味しくない?」

 

「そういう問題じゃないけどさ……多分、美味しくないと思うよ」

 

「ん、じゃあ食べない」

 

 少しガッカリして拳を構えたララに苦笑しながら、私もまた拳を握る。

 

「お姉ちゃん、私が合わせるね」

 

「オッケー、ララ。いくよ!」

 

 頼りになる末妹と一緒に走り出し、襲ってくる数十人のキラーズを真正面から迎え撃つ。

 最初に私の元に辿り着いたのは、戦斧の大男。

 雄叫びを上げて巨大な戦斧を振り下ろすけど、その速度はシエルと比較するとナメクジ以下だ。スローモーションどころか完全に止まって見える。

 回避は簡単だし、ノーガードの状態で受けてもダメージにはならないなこれ。

 

「ほいっと」

 

「な……っ!?」

 

 人差し指で受け止め、デコピンで戦斧をバラバラに粉砕する。

 コミックみたいな光景に呆然とする大男の腹にララが拳を叩き込むと、2メートルを超える巨体がボールみたいに吹き飛んだ。

 大男は後続のキラーズたちの頭上を飛び越え、遠くの壁に激突して意識を失う。

 

「お姉ちゃん、のっくあうとさせた!」

 

「まだまだ一杯いるから、全部ノックアウトしようね」

 

「うん!」

 

 無邪気な笑顔を浮かべたララが右腕をぐるぐる回すと、先陣を切った仲間と同じ末路を想像して残りのキラーズが後ろへ下がる。

 さっきまでの威勢はどこへやら。

 屈強な大男たちが雁首並べてたった1人の幼女に震えるその光景は、控えめに言っても異常だった。

 大丈夫、大丈夫、命までは取らないから。

 兵器破壊の目的も達成したし、キラーズが減ると人間が竜の襲撃を防げなくなるし。

 

「いっきまーす」

 

「と、止めろォォォォォォッ!」

 

 ララの間延びした声とキラーズの絶叫が交差し、一瞬だけ停滞した戦線が動き出す。

 広い廊下を埋め尽くすようにキラーズが殺到するけど、お話にならない。

 最低でも音より速く動けないと、モンハン世界における最上位の戦闘を見ることも出来ないからね。

 G級になってから出直しなさいな。

 

 ララと背中合わせになりながら、同格が相手なら絶対に当たらない大振りの攻撃を繰り出す。私の拳がガードした大剣ごと鎧を突き破り、ララの蹴りが飛来する銃弾を薙ぎ払った。

 次々と打撃音が響き渡り、ガチガチに装備を固めた狩人たちがギャグのように吹っ飛んでいく。

 

 前からずっと思ってたけど、この時代の狩人って強さの幅が大きすぎるよね。フランシスカさんとシエルの2人が飛び抜けて強いだけかもしれないけど。

 まぁ、私が知らないだけで他にも強い人がいる可能性もあるか。

 

 嫌な可能性を推測して少し精神にダメージを受けながらも、肉体的にはノーダメージで何とか私とララを止めようとするキラーズを蹴散らしていく。

 紅雷を使う必要もない。

 適当に手足を振り回すだけで、仮にも王都の重要施設を護衛するキラーズが何も出来ずに戦闘不能になった。

 

「何だコイツら……!?」

 

「ひ、人の皮を被ったバケモ……」

 

 思い切り正解を言おうとしたハンマー使いの人が、ララに下顎を殴打されて首から上が天井にめり込む。

 うわ、今の人死んでないよね?

 咄嗟に微弱な電波を放って生命反応の確認。

 ……良かった、生きてるよ。流石はキラーズ、一般人とは比較にならないほど頑丈だわ。

 普通の人なら死んでるって。

 

「駄目だ、誰も相手にならねぇ!」

 

「ギルドからありったけの増援を呼べ! 近くの戦場に『魔境還り』がいたはずだ、あの2人が来るまで時間稼ぎに徹しろ!」

 

「無茶言うな! 誰が止められるんだよアレ!?」

 

「もう半数はやられたぞ!?」

 

「とにかくシエル様とジークの野郎だけでも逃す! 何も出来ないならせめて肉壁になれ!」

 

「攻撃やめてガードに専念するんだ!」

 

 うわぁ、どんどん大事になってきた。

 というかハイペースで倒してるのに何故か数が減らないと思ってたら、ギルド本部に増援を要請してたのか。

 百人組手やってる気分だよ。

 

「お姉ちゃん、これ以上は時間の無駄……かも……」

 

「だねー、正規ルートでの脱出は諦めよう。ララ、天井」

 

「がってんしょうち!」

 

「ねぇ、本当にどこで人間の言葉を勉強したの!?」

 

 私の問いを華麗にスルーしてララが跳躍し、その小さな拳からは想像出来ないパワーで天井を殴りつける。

 まるで地震のように施設全体が振動し、天井に穴が空いた。

 正規ルートで逃げられないなら、自分で新しいルートを作ってショートカットすれば良い。

 

「う、上の階の奴らに連絡しろ! 逃げられる!」

 

「駄目だ、間に合わねえ!」

 

 ランサーや片手剣使いなど盾を持った人を先頭に防御を固めていたキラーズたちが慌てて向かってくるけど、もう手遅れだ。

 そもそも私と彼らではスピードが違いすぎるから、先手を奪われることは絶対にない。

 

 ――ただ1人、シエルという例外を除いての話だけど。

 

 鈍足な増援の間を潜り抜け、体感時間を圧縮したシエルが神速で迫る。即座に上体を逸らした瞬間、私の首があった空間を双刃刀が両断した。

 

「……っと、ここで私と戦うつもり? ジークくんや他の人を巻き込んでも良いんだ?」

 

「あまり私を馬鹿にしないで下さい。今までの戦闘から、貴女も何かしらの理由でキラーズを殺さないことは分かりました。お互いに本気が出せないのなら、勝機は――!」

 

「お姉ちゃんを傷つけるのは、許さないから」

 

「――ッ!?」

 

 踏み込み、私に追撃しようとしたシエルの背後をララが襲う。

 敵意に反応したシエルが瞬時に振り返ってララの蹴りをガードするけど、今度は私を忘れてもらっちゃ困る。

 ガラ空きになったシエルの背中に、高圧電流を放つ。

 悪いけど、しばらく寝てて……

 

「させません!」

 

 私とシエルの間に、銀髪の青年が割り込んだ。

 身の丈ほどもある大剣を盾にして、ジークくんが電撃を受け止める。

 くそっ、やっぱりジークくんは地味に戦闘力が高い。

 大体のキラーズなら防御しても気絶するくらいの威力は込めたのに、真正面から防がれたね。

 

 シエルとジークくんが背中合わせに武器を構え、その前後を私とララが挟む。

 2対2。

 普通の状況ならジークくんは戦力外だけど、誰も本気を出せない今なら十分な脅威になる。

 いや、ジークくん1人ならそれでも制圧可能だ。

 ただシエルが間違いなくフォローするから、簡単に戦闘不能にするのは無理かな。

 

「真体に戻れば、一瞬なのに……」

 

 視線でララが擬人化の解除許可を求めてくるけど、私は無言で首を振る。

 シエルの相手はボレアスと決まっている。他ならぬ私の弟が自分の意思でそう決めたのだから、私とララが横取りするのは筋違いだ。

 いくら兄弟姉妹でも、獲物の横取りは許されることじゃない。

 

「情けないけど、これはもうチェックメイトかな」

 

「大人しく首を差し出す気になりましたか?」

 

 私の弱気な呟きに、シエルの青の瞳が力を取り戻す。

 戦意を高める青の狩人に、しかし私は笑みを浮かべた。

 

「悪いけど、ここから先は遠慮なくやらせてもらう」

 

 宣言すると同時に、私は真横の壁に向かって雷球ブレスをぶっ放す。

 今までのように手加減したブレスじゃない、擬人化状態で使える最高出力の紅雷だ。

 放たれた真紅の雷は壁を突き破り、余剰の威力で地中にリオレウスでも通れそうな道を強引に作る。

 それを見たシエルが顔を真っ青にした。

 

「まさか、地中を無理やり進んで王都から脱出するつもりですか!?」

 

「大正解! 行くよ、ララ!」

 

「おけまる!」

 

 ララに変な言葉を教えてるの本当に誰なの?

 他の弟妹は謎ワードは使わないから、犯人は自然と人間ってことになる。

 ……いや、こんな時に考えることじゃないか。

 今はこの王都から脱出するために、地中を全力で走破するのみ。

 

「それじゃあね、シエル」

 

「逃すとでも……!」

 

 自慢のスピードで追跡しようとするシエルに、私はひらひらと手を振る。

 これ以上の戦闘はただの蛇足だよ。

 地中に大通路を作ると地盤が緩んで惨事になりそうだから最後の手段にしてたけど、逆に言えばこれは絶対に逃げ切れる方法ってことだ。

 

 私がパチンと指を鳴らすと、ララが龍脈を収束させる。

 グランミラオスは大地の化身。

 その権能の1つには地形の大規模操作が存在し、ララがその力を発動すれば地図なんて一瞬で書き変わる。

 ララがその身に宿した龍脈を解放すると、大型飛竜でも通れる通路の入り口が完全に塞がった。

 

 ……地盤をいじくり回したせいで災害が発生しないことを祈ろう。

 

 

 

 

 

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「な、何とか逃げ切った……」

 

「あの人、しつこい……」

 

 龍脈によるバックアップでスタミナの概念がない古龍のはずなのに、私とララは肩で息をしながら他の弟妹が待つあの平原を歩いていた。

 双刃刀の連続攻撃で穴掘りして追いかけてくるなんて、流石に予想外だったよ……。

 あのお姫様、見た目によらずめっちゃ執念深い。

 

 足を引きずるようにして平原を進むと、遠くに弟妹の姿が見えた。

 その周囲にはイコールドラゴンウェポン掃討戦に参加してくれた、無数の古龍もいる。

 うん、ちゃんと人間の言葉を勉強してるみたいだね。

 古龍ってかなり知能が高いから、数十日あれば言語をマスター出来るでしょう。

 ……あれ? 普通に人間よりスペック高くない?

 

 と、そこで古龍達が私とララの帰還に気づいた。

 真っ先にアルンが駆け出し、その後ろにボレアスとバルカンが続く。

 ちょっと待って!?

 私ってばまだ擬人化してるから、真体状態のあなた達にタックルされたら普通にバラバラになるって!

 

 慌てて擬人化を解除し、元の姿に戻って可愛い弟妹たちの可愛くない凶悪なタックルを受け止める。

 もの凄い衝撃で吹っ飛び、4人揃って平原を転がる。

 いや、禁忌モンスター3体の同時突進攻撃を受け止めるとか普通に無理だから。

 子犬みたいにじゃれ合う祖龍、黒龍、紅龍、煌黒龍とか、モンハンファンが見たら頭がおかしくなる光景だわ。

 因みにララは巻き込まれないように回避した後、離れた場所で擬人化を解除していた。

 久しぶりに真体に戻ってご満悦なのか、大きく欠伸をして平原に寝そべるグランミラオス。

 

 何だこのカオスな状況。

 

『お帰りをお待ちしておりましたわ、お姉様ぁ! もうわたくし一日千秋の思いで……』

 

『アルン、姉上と我を踏んでいる! 我はともかく姉上を足蹴にするなど不敬にも程があるぞ!』

 

『そう。言ってる。バル兄。も。オレと。ルー姉。の。尻尾。踏んでる』

 

 平常運転で安心したけど、取り敢えずみんなどいてね。

 アルンの首を甘噛みして放り投げ、前脚でバルカンを押し除け、ボレアスの体に私の尻尾を巻いて横へズラす。

 うわぁ、これ懐かしい。

 まだ幼体だった時、私から離れようとしないボレアスとバルカンをこうして引き剥がしてたなー。

 今はアルンも追加されたけど。

 末妹であるララが一番しっかりしてる件について。

 

『何はともあれ、戻ったよ』

 

『はい、姉上。遠征の首尾は如何でしたか?』

 

『遠征ってそんな大袈裟な……。留守にしてたのは1日だけだよ?』

 

『我ら一同、一日千秋の思いでしたので』

 

 体感時間圧縮してたの?

 

『とにかく王都に行った甲斐はあったね。リストにあった新兵器のプロトタイプと、その開発施設も無力化出来た。これで決戦まで格段に時間が稼げる』

 

『相手の内側から攻撃し、戦力を大幅に奪った今こそが総攻撃するチャンスなのでは?』

 

『そうなんだけど、最後の戦いの前にもう一度だけ和解のチャンスが欲しい。……その提案すら跳ね除けられた時は』

 

 一度言葉を区切り、私は自分に言い聞かせるように宣言した。

 

『人間を、全力で攻撃する。もう龍と戦う余力すら残らないくらい、徹底的に文明を潰す』

 

 私の戦意が本気だと伝わったのだろう。

 ボレアス、バルカン、アルンも瞳に戦意を宿し、遠くでくつろいでいたララも巨体を起こす。

 その緊張感は他の古龍達にも伝わり、平原全体の空気が張り詰めた。

 

『これから宣戦布告と共に猶予期間の提示をする……けど、その前に』

 

 私は視線をボレアスの方へと向ける。

 

『ボレアス、あなたシエルの前でわざと擬人化を解除したでしょ』

 

 ビクリッと。

 全ての龍の中で最も凶悪で残忍と恐れられる伝説の黒龍が、私の声に体を震わせた。

 

『それだけじゃなく、シエルと会話して「天秤」って認めたよね?』

 

『………………つい、勢いで』

 

 観念したように自白したボレアスを、隣にいたバルカンが睨みつけた。

 

『ボレアス、自ら人間の前で擬人化するなど……! 姉上との約束を忘れたのか?』

 

『そんな訳ない。ただ。互角の。敵。見つけて。つい』

 

『つい、ではないわ! おいアルン、貴様もこの愚弟に何か言ってやれ!』

 

 バルカンがアルンに同調を求めるけど、珍しいことにアルンは話に乗ってこなかった。

 それどころかアルンまで私から視線を背けて、

 

『勢いなら、仕方ありませんわね。ボレアスも悪意があった訳ではないのですし』

 

『…………貴様』

 

『…………アルン』

 

 私とバルカンが同時にジト目になり、アルンがびくびくと大きな翼を震わせる。

 これは、同罪かな?

 

『アルンも人間の前でわざと擬人化して、堂々と名乗ったでしょ』

 

『…………勢いで、ですわ』

 

 間違いなく手分けしてイコールドラゴンウェポンを追跡した時だね。

 ボレアスだけじゃなくアルンまで「天秤」を見つけていたとは思わなかったよ。

 フランシスカさんとシエルだけでも大変なのに、禁忌に匹敵するキラーズがまだ存在してるなんてね。

 人間側の戦力もやっぱり侮れない。

 油断したら、簡単に首を獲られる。

 

 アルンとボレアスからは後で詳しい話を聞くとして。

 

『そう言えばバルカンも身バレしてたけど?』

 

『わ、我ですか!? 確かに我も人間との戦闘時に止むを得ず擬人化しましたが、真名を名乗ったりは…………あ』

 

 自分は違うと否定しかけて、バルカンが膠着する。

 あなたも思い当たる節があったの……。

 今まで責められていたボレアスとアルンが一転してバルカンを睨み、怒れる邪龍が冷や汗を流す。

 

『その、ですね。贋作の竜との戦闘時、近くに姉上の友人である人間がおりまして……』

 

 私と友達の人間?

 

『……アデルと会ったの!?』

 

『偶然ですが……』

 

 これは……バルカンからも詳しい話を聞く必要がありそうだ。

 3人とのO・HA・NA・SHIの予定も決まったところで、そろそろ本題に戻ろうか。

 息を吸い、私は全身から威圧を放って空気を変えた。

 

『今から人間達に宣戦布告する! 自然を穢した奴らに、龍の恐怖を思い出せてあげなさい』

 

『『『仰せの通りに』』』

 

 

 

 

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「おい、何だアレ……!?」

 

「どうして王都にモンスターが!?」

 

 シュレイド王国・王都。

 祖龍ミラルーツと煉黒龍グランミラオスの出現で混乱していた人類の本拠地は、更なる混乱に襲われる。

 上空に現れたのは、漆黒の龍。

 存在するだけで全ての生命に絶対の「死」を予感させる黒龍が地上を一瞥すれば、黄金の瞳に睨まれた人間は声も出せずに崩れ落ちた。

 大翼を広げ、シュレイド城の塔に巻き付くソレはまさにモンスター。

 

 大混乱になる人間を睥睨して、ミラボレアスがアギトを開く。

 

『『『この星に生きる全ての人間よ。今すぐ兵器を放棄し、竜に対する敵対行動を停止せよ』』』

 

 

 

 広大な大海原に浮かぶ、小さな島。

 年中陽気な雰囲気なのが有名なその南国は、今や静まり返っていた。

 全ての人々の視線は、この国の王が住む宮殿の屋根の上。

 正しくはその屋根に佇む、真紅の龍。その姿はあらゆる生き物に平等に恐怖を叩き込み、敵対するという考えそのものすら奪ってしまう。

 恐怖のあまり動くことすら出来ない人間達に、紅龍……ミラバルカンがアギトを開く。

 

『『『我々は人間の行う同胞への虐殺、および自然の破壊を黙認していた。しかし、貴様らは限度を超えた』』』

 

 

 

 永久凍土に閉ざされた、北の帝国。

 豪快な英傑が多く、モンスターすら鉈で討伐してしまう屈強な軍隊がいる国は、初めてモンスターの脅威に屈していた。

 吹雪の中、神々しくも禍々しい威圧を放って君臨するのは漆黒の天馬。

 その姿を目にしたある者は神として崇め跪き、ある者は悪魔と恐怖して助けを乞う。

 そんな人々を冷たく見下ろして、漆黒の天馬......煌黒龍アルバトリオンはアギトを開く。

 

『『『我らを自然の一員と見ず、私欲で生き物を殺すその強欲と傲慢さ。いつまでも許されると思うたか?』』』

 

 

 

 盛んな漁業と、発達した船であらゆる国と貿易する海洋国家。

 豊かな海と活気溢れる港が有名な国の周辺海域はマグマのように煮えたぎり、港は静寂に覆われていた。

 海から現れたのは、その巨体で国を覆い隠すのは大地の化身。

 終末の体現と表現して過言でないその姿を見た者たちは自然と死を悟り、諦めたかのようにヘタリ込む。

 せめて愛する者だけは......そう最後の祈りを捧げる人々を見下ろして、煉獄龍グランミラオスはアギトを開いた。

 

『『『今より猶予期間を与える。戦いを望まぬ者は投降せよ。戦意の無い者に、我らは牙を剥かぬ』』』

 

 

 

 そしてバデュバドム樹海の上空。

 世界の中心で、あらゆる龍の始祖にして頂点である祖龍ミラルーツが日輪を背にアギトを開く。

 

『『『猶予期間が終わり次第、我らは人間に対して総攻撃を行う。覚悟せよ、貴様らが自然と竜に働いた罪、その身をもって贖ってもらう』』』

 

 

 

 これまで人類優勢だった竜大戦は、たった5体の龍が牙を剥いたことで一変する。



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第29話 アーデルハイトという少女

遅れて申し訳ありません。
レポートという強敵を討伐していました。
来週あたりから更新速度が速くなりますので、ご容赦を。


 全人類に対しての、宣戦布告。

 それは総攻撃を予告するものであると同時に、人と龍の共存を提案するものでもある。

 ……これで戦争が終わる確率は、本当に低いけどね。

 モンスターに恨みを抱いている人も少なくないだろうし、古龍達の怒りも本物だ。

 というか、祖龍が『私』じゃなかったらもう既に決戦は始まってるでしょう。私がモンスター側を止めてるから、まだギリギリ猶予期間があるだけ。

 この世界は、もうそのくらい崖っぷちだ。

 

 そして、その猶予期間も1ヶ月。

 1ヶ月が経過する前にシュレイド王国を筆頭に列強国が共存の道を選ばないと、竜大戦は最終決戦に突入する。

 個人的にはもうちょっと期間を伸ばしたかったけれど、これ以上は古龍が許容してくれない。

 竜機兵を生み出した時点でアウトなのに、大量の竜機兵で無差別攻撃されたからね。

 古龍が怒るのも当たり前でしょう。私の弟妹達も人間に対する嫌悪感はマックスになってるし。

 

 最終決戦は、恐らく避けられない。

 国会とかを見てるとよく分かるけど、お偉いさん同士の会議は無駄に時間がかかるのよ。

 誰も責任を被ってお金と権力を失いたく無いからさ。

 戦争するにしても共存を選ぶにしても、ゴーサイン出して失敗した時が怖いから責任の押し付け合いが絶対に発生する。

 1ヶ月で意見が纏まるかどうかは、かなり怪しいかな。

 

 だけど、責任者がハッキリしてる独裁国家の決断は早いでしょう。

 確かバルカンが担当した南の島国が独裁国家だったから、最初に大きな動きを見せるなら南国のはず。

 今はララがその国を監視してるから、動きがあれば報告が来る。

 人間側が動くまでは、こっちも色々な事態に備えて準備をしないとね。

 

 何をするにしてもまずは調査からと言うことで、私は今イースターランの街に潜入している。

 そう、私が初めてフランシスカさんと出会った場所なのです。

 私の宣戦布告に対してシュレイド王国の国民がどのように思っているのか、それを視察してる訳だ。

 王侯貴族の意思はそのうち嫌でも分かるから今は無視で。

 

「相変わらず空気の汚れた場所ですな、姉上」

 

「車が走っている以上は、どうしても排気ガスが出ちゃうからねー」

 

 赤髪の青年に姿を変えたバルカンが隣で車モドキを睨み付けるのを見て、私は思わず苦笑した。

 本当は私1人で視察する予定だったんだけど、バルカンがどうしても一緒に行くって言い張ったから、姉弟2人で街の中を歩くことになってる。

 誰が私のお供をするかで小競り合いが発生したのは割愛だね。

 今頃、ボレアスとアルンが頬を膨らませて古龍達の指揮をしているでしょう。

 ……後で吹っ飛んだ山脈をララに修復して貰わないと。

 

「……どうやら、姉上のご意向に賛同する者もいるようですな。人間にしては賢い部類でしょう」

 

「まぁ、戦争反対を掲げている大多数は龍の脅しに屈した人だろうね。本心から龍と仲良くしたいって思ってる人はゼロに近いかな……」

 

 キラーズギルド・イースターラン支部。

 立派なその建物の壁には「戦争反対」とか「武器を捨てろ」とか「龍を怒らせるな」とか、そんな文字が所狭しと書かれている。

 ギルドに石を投げつける過激な人もいるらしく、全ての窓が割られていた。

 

 ここは地方都市だけど、規模は大きいからモンスターの襲撃がそこまで酷くなかったのでしょう。

 小型・中型のモンスターでは傷つけることすら出来ない頑丈な外壁。駐在する多くのキラーズ。周囲は森に囲まれているけど、大型の竜が縄張りにしてるのは最奥だけで、浅いところの危険性は低い。

 ……まぁ、大型の飛竜や古龍の恐ろしさなんて知らんよね。

 

「だからこそ、世界で最も安全と言われていたシュレイドの王都にボレアスが現れたショックは大きかった」

 

「巣の中でも我らに喰い殺される危険性があると、やっと理解したのでしょうな」

 

「要因はともかく、シュレイドの人が戦争反対を主張してくれているのは嬉しいよ。王侯貴族の中にも反対派が生まれる可能性がある」

 

「確かに、下僕の意を取り入れるのも上に立つ者の役目でしょうが……。竜の贋作を創造するような奴らが、今さら竜狩りをやめますか?」

 

「それは……」

 

「…………アンセス、さん?」

 

 私の言葉に被せるように、背後から聞き覚えのある声が響く。

 振り返った先に立っているのは、腰まで伸ばした綺麗な金色の髪と空色の瞳を持つ清楚な美少女。

 

「アデル!?」

 

「やっぱり、アンセスさんだ!」

 

 思わずお互いに駆け寄って、手を繋いで飛び跳ねる。

 久しぶりの再会に2人一緒にきゃーきゃーと騒いでから、アデルはバルカンの方へ視線を向けた。私もバルカンに視線を向けると、何故か苦虫を噛み潰したような表情でアデルから目を逸らす。

 あー、そう言えばバルカンはイコールドラゴンウェポンとの戦闘時にアデルと会ってたね。

 その時の話はザッと聞いたけど…………あ。

 

 無表情となった私に、バルカンが深々と頭を下げる。

 ……アデルに私とバルカンの正体がモンスターってこと完全にバレてるやん。

 ブワっと嫌な汗が背中を伝う。

 しかも私達が今いる場所はキラーズギルドのすぐ近くだ。ここでアデルに私の正体をバラされたら、トラブルは避けられない。

 既に王都で顔バレしてるから、キラーズ全体に私の姿が伝達されてる可能性もある。

 髪型をポニーテールにして、メガネを付けて、服も白のドレスワンピからシャツ+ミニスカに変えてるけど、私と会ったことのある人なら一瞬で見抜けるレベルだ。

 実際にアデルにもバレたし。

 余談だけど、服装は擬人化の回数を重ねて練度が増せば変えれるようになった。

 

『姉上、逃げますか?』

 

『慌てて逃げたら余計にマズいって!』

 

 視線だけで会話しながら、私は全力で思考を回す。

 共存を呼びかけてる時に、人間の街に侵入してトラブル起こすとか問答無用でアウトだ。

 間抜けなミスにパニックになる私とバルカン。

 シリアスともギャグとも言えない微妙な空気を壊したのは、アデルだった。

 

「バルカンさん、あの時は助けてくれてありがとうございます」

 

「……我に礼を言うことを特に許す。存分に感謝せよ」

 

 竜大戦の影響で荒んだ心が浄化されるほどの笑顔と共に繰り出されたお礼の言葉に、ヤケクソになったバルカンが何故か偉そうに答える。

 ……取り敢えず、私達が正体がモンスターだと知っても普通に接してくれたアデルに感謝すべきだと思う。

 

 

 

 

 

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 微妙な空気の中、私達はゆっくりと話をするために近くのカフェ店に移動していた。

 当然のように私の分までドリンクを奢ってくれたアデルには頭が上がらない。後で必ずお礼をしないと。

 というか、戦争中なのに敵国のカフェ店でお茶してる私とバルカンもかなり頭が悪いよね。

 

 そして現在、私はアデルからバルカンと竜機兵の激戦を詳細に説明されていた。

 その中でも気になったのは、竜機兵と戦闘中のバルカンを奇襲したヴァルフラム・ベッカーという連続殺人鬼だ。

 

「不死身の狂人?」

 

「はい、王都でそう呼ばれている有名な犯罪者です。あくまで噂ですけど、銃で頭を撃たれても死ななかったとか」

 

 何それ怖い。

 モンスターハンターの世界は不思議なことが沢山あるけど、不死身の存在はプレイヤーハンターくらいだ。

 まさか、そのヴァルフラムって人がプレイヤーの先祖とかじゃないよね?

 考えられる可能性はアイテムの「いにしえの秘薬」や、お食事スキルの「ネコのド根性」とか……?

 

「その時、バルカンさんが魔法みたいに拳から炎を出してヴァルフラムさんを殴ったんです! そしたら……」

 

「おい小娘、もうその辺で……」

 

「いいえ、バルカンさんが凄いのはこの後なんですよ! 空まで飛んでいったヴァルフラムを追いかけてバルカンさんがジャンプして、大きな龍の姿に戻って!」

 

「これは、その、確実にトドメを刺すために真体化して……」

 

「山のような大きな鉄の竜をバルカンさんが咥えて、一瞬で雲の上まで飛んで! まるで太陽が2つに増えたみたいでした。あの時の炎の煌めきが、ずっと心に残っているんです」

 

 空色の瞳をキラキラと輝かせて熱弁するアデルと、反応に困ってテーブルに突っ伏すバルカン。

 バルカンの視点だと知り合いの少女が、実の姉に、自分の武勇伝をそれはもう笑顔で語っていることになる。

 何それ普通に恥ずかしいな。

 私は弟が人間(アデル)を助けたと分かってニコニコだけど。

 

「話してくれてありがとね、アデル。バルカンってば報告書みたいに重要なところしか話さないから、色々と知れて面白かったよ」

 

 私が熱弁を終えたアデルにお礼を言うと、純真な少女は花が咲いたように笑う。

 幸せになって欲しい人ランキング断トツで1位だわ。

 

「おのれ小娘、よくもやってくれたな……!」

 

 アデルの笑顔に癒されていると、羞恥心で顔を赤くしたバルカンが地の底から響くような声を出す。

 それに対してアデルのリアクションは、

 

「えっと……バルカンさんが『我に礼を言うことを特に許す』って言ってくれたから話したんですけど、ダメでしたか?」

 

「………………」

 

 悪気のないアデルに揚げ足を取られて絶句するバルカンを見て、私は涙を流すほど爆笑した。

 

 

 

 

 

 

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「この我が……人間の小娘如きに、口論で完敗した……だと……?」

 

「はー、はー、笑いすぎてお腹痛い」

 

 最終決戦前の緊張がいい感じに解けたよ。

 視察する街をイースターランにしたのは本当に大正解だったね。

 呼吸を整えながら涙を拭いて、私は場の空気を戻すためにパチンと手を叩いた。

 

「ごめんね、急に笑い出しちゃって。本当はもうちょっと真面目な話をしようと思ってたんだけどさ」

 

「真面目な話、ですか?」

 

「うん。アデルはさ、私とバルカンが人間じゃないことに気づいてるよね?」

 

 今までの穏やかな会話を断ち切るその言葉に、呆然としていたバルカンも意識をアデルへ向ける。

 しばらくして、アデルは静かに頷いた。

 

「私達が人間に宣戦布告したのも、もちろん知ってるよね?」

 

「……知っています。今は国中がその話題で持ち切りですから」

 

「それじゃあ、どうして私に話しかけてくれたの? 近くにはキラーズギルドがあったのに、どうして駆け込まなかったの?」

 

「だって、友達じゃないですか」

 

 間髪入れずに放たれたその言葉に、私は思わず目を見開いた。

 友達。

 確かにそうだ。

 だけどそれは、アデルが私の正体を知る前の話で。

 悲しいことだけど、友情は時としてあっさりと崩れる。そして竜大戦の最中で、私の正体を知るということは友情が崩れる理由としては十分なはずだ。

 だって私は、もうすぐ大勢の人間を殺す邪悪な龍なのだから。

 

「アデルはモンスターが怖くないの?」

 

「……もちろん怖いですよ。知り合いが竜に殺されたこともあります。でも、私はアンセスさんに何もされていません。それに、バルカンさんは命の恩人です」

 

 一呼吸置いて。

 

「私はアンセスさんもバルカンさんも、大好きですよ?」

 

 きっとアデルは分からないだろう。

 ――その優しい言葉に、私がどれだけ救われたのか。

 

「アデル、今日から7日間のうちに予定ある?」

 

「……え? えーっと、特に大事な用事とかはありませんけど」

 

「それは良かった、じゃあ今から旅行に行こうか!」

 

「姉上!?」

 

「へ!?」

 

 驚いて硬直するアデルをお姫様抱っこして、私は街の外に向かってダッシュする。

 猶予期間は1ヶ月。

 私には他にもやるべきことがあるけど、7日だけならアデルに時間を割いても大丈夫なはずだ。

 列強国に動きがあれば、この星の何処にいても必ずララが教えてくれる。

 

「ちょっと待ってください! アンセスさん、旅行ってどこに行くつもりですか!?」

 

 ぐるぐる目になって私の腕の中で叫ぶアデルに、私は満面の笑顔を向けた。

 

「旅行先は1000年後の未来でライダー(・・・・)の隠れ里になる、ハクム村だよ!」

 

「何処ですかそれぇ!?」

 

 もちろん私も場所とか知らない。

 厳密に言うと私が行きたい場所はハクム村じゃなくて、人と竜の絆を結ぶ不思議なアイテム――絆石が眠る場所だ。

 タイムリミットは7日。

 それまでに世界中を飛び回って、必ず絆石を見つけ出す!




宣戦布告して人間を大パニックに陥れてながら、自分は友達と旅行に行く祖龍ちゃん。
これは炎上案件です。
もちろん遊びではなく、真面目な理由があるのですが。
そして恐らく7日間はカットされる模様。


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第30話 絆石を探す旅――前編

祝・主人公回30話突破!


 ――闘技場。

 原作ゲームで登場したフィールドの1つで、クエスト、闘技大会、訓練所と訪れる機会はそれなりに多かった場所だね。

 ビジュアルは円形ドーム、またはコロッセオ。

 観客席は1万人の見物客で埋め尽くされ、大歓声と熱気が闘技場を包み込んでいる。

 そして大勢の視線を独り占めするのは、この地下闘技場の中心に立つ……私。

 

「イイ声で鳴けよ、小娘ー!」

 

「派手に喰われろ!」

 

「死ぬのは3分耐えてからにしろよ! 俺の賭け金を無駄にしたら許さねぇぞ!」

 

 四方八方から野次を飛ばす観客達。

 その中に不機嫌な表情で腕を組むバルカンと、不安げな表情で私を見つめるアデルを見つけて私はひらひらと手を振った。

 竜大戦。

 人と竜が種の存亡をかけて殺し合う、史上最悪の戦争。

 今は確かに猶予期間だけど、それでも敗戦すれば絶滅の危機すらある大戦争の真っ最中なのに。

 ……それでも地下闘技場で違法なギャンブルを開催するなんて、犯罪者っていうのは本当に強かな生き物だよね。

 

 アデルと一緒に『絆石』を探す旅に出た私が、どうして闘技場にいるのか。

 全ては、数時間前に遡る――。

 

 

 

 

 ――大陸・西部・海洋国家ローライン。

 その王都であるオセアンに到着したのは、アデルと一緒にイースターランの街を出発してから5日後だった。

 

「バルカンさん凄いです、私達オセアンにいますよ!?」

 

 白で統一された美しい街の景観。

 どこかギリシャのサントリーニ島を想起させるそれは、私も思わず息を呑むほど美しかった。

 いや、何これマジでモンハンの世界?

 竜大戦の真っ最中だから至る所にフル装備のキラーズがいるけど、むしろ狩人がいなかったら絵本の世界と間違うレベルじゃん。

 シュレイド王国の王都も凄かったけど、ローライン王国もヤバいわー。

 

「バルカンさんが飛ぶ速さ、本当に凄いんですね! たった1時間で大陸の北端から西端まで移動しました!」

 

「ええい、喧しいぞ小娘……ではなくアデル! 先ほどのが我の全力だと思うなよ、貴様を背中に乗せていなければこの程度の距離など数秒で移動できたのだ!」

 

「はい、気遣ってくれてありがとうございます!」

 

「ぐ、ぬぅ……」

 

 満面の笑みから放たれるアデルの純真な感謝の言葉に、バルカンが唸り声を上げて黙り込む。

 うわ、バルカンってばめっちゃ悔しそうな顔してる。

 龍は無駄にプライドが高くて負けず嫌いだから、どんなことでも自分より弱い相手に負けるのは悔しいよねー。

 特にバルカンは兄弟姉妹の中でも特にプライド高いし。

 まぁ、バルカンが勝手に負けた気でいるだけで何の勝負もしてないけど。

 

 『絆石』を探し求めて早5日。

 極寒の北国サザンドゥーラの帝都キャメロンの貧民街で、私達はついに『絆石』に繋がる情報を手に入れた。

 貧民街の情報通曰く、貿易が盛んな海洋国家ローラインで様々な宝石を扱っているキャラバンが訪れたらしい。

 まだモンスターライダーという概念が生まれていないこの時代では、誰も『絆石』の真の価値は分からないはず。ただ見た目が綺麗なだけの宝石として売られている可能性は十分にある訳だ。

 後はそのキャラバンに接触し、売り物の中に『絆石』がないか探すだけ。

 

 ……その予定だったんだけど、大問題が発生した。

 

「どうやって宝石が買えるだけのお金を稼ごう……?」

 

「ごめんなさい、流石に宝石を買えるほどのお金は持ってなくて……」

 

「悪いのは一文無しの私だからね? アデルが引目を感じる必要とか全くないからさ」

 

 私の声を聞いたアデルが笑顔から一転して暗い表情になるけど、我がままを言っているのは私だ。

 アデルにライダーとしての天賦の才能がある。人と竜を繋ぐ希望となる。

 だからこそ私はアデルに『絆石』を与えようとしているだけで、アデル自身が「ライダーになりたい」と思ってる訳じゃないからね。

 『絆石』の入手に必要な費用は、全て私が負担するべきでしょう。

 

 因みに、この5日間の旅行費はゼロだ。

 食糧は私とバルカンが狩りをすれば手に入るし、音より速く飛べるから移動費もゼロ。野宿だから宿代も要らないし、水浴びすれば衛生面も問題ない。

 高身長で目つきの悪いバルカンが恫喝すれば大抵の相手からは情報を聞き出せる。それでも喋らなかったら、私が脳波に干渉して無理やり頭の中を覗けるし。

 だけど、宝石はお金がないと手に入らない。

 

「うーん、まさか龍である私が金欠に苦しむことになるとは思わなかったなー」

 

「何を悩む必要があるのですか、姉上? 『絆石』を持っている人間から強引に奪えば良いのでは?」

 

「それ普通に強盗で犯罪だからね?」

 

 確かに弱肉強食が絶対のルールである自然界なら強奪はアリだけど、人間の世界で弱肉強食を実行するのは色々とアウトだ。私達は誇り高き古龍種であり、理性なき竜ではないのだから。

 しかも、今は私達が人間に終戦しようと呼びかけている真っ最中。

 トラブルはダメ、絶対。

 

「合法的に、手早く、大金を稼ぐ方法……」

 

 パッと思いつくのはギャンブルかな。

 例えばスロットとかなら、祖龍の動体視力を悪用して「目押し」することで無限に荒稼ぎ出来る。

 パチンコの玉も金属だから、私が磁力でイカサマすれば出玉は無限大だ。

 でも文明が異常発達している古代とはいえ、モンハンの世界にカジノとか存在するの……?

 そもそも、この国ってばカジノ合法?

 

「アデルは何か思いつかない?」

 

「え!? えーっと、頑張って働くとか……?」

 

 ダメだ、心が綺麗なアデルじゃ役に立たない。

 だけどバルカンは過激な案しか出さないだろうし、こうなったらもう最後の手段を使うしかないね。

 

「体を……売るしか……」

 

「姉上!?」

 

「アンセスさん!?」

 

 私の苦渋の決断を聞いたアデルとバルカンが顔を真っ青にして、怖いくらいの勢いで飛びかかってくる。

 

「姉上の決断と言えども、そのお考えに賛同することだけは出来ません! どうか考え直して頂きたい!」

 

「バルカンさんの言う通りですよ! いくらアンセスさんがその、アレでも、女の子なんですからもっと自分を大切にするべきです!」

 

「ちょっと待ってストップ! 絶対にすれ違ってるよこれ!」

 

 私を翻意させるために土下座しそうな勢いのバルカンを宥め、涙目で抱きついてくるアデルを引き剥がす。

 そして早とちりした2人の手を引いて、私は周囲の視線から逃げるように路地裏へと移動した。

 

「2人とも、体を売るってそういう意味じゃないから! 鱗とか角の欠片とか、素材を売却するって意味だから!」

 

 原作ゲームでも新しい装備を生産するお金が足りない時は、不要な素材を売却してお金を工面してたからね。

 誰も娼館で働くとか言ってないってば。

 私の解説を聞いてバルカンは安堵し、アデルは早計に顔を赤くした。

 

「アンセスさんが、その、凄く辛そうな顔で言うので……てっきり……」

 

「私の言い方も悪かったから、そんなに気にすることないって」

 

「しかし、姉上、我らの爪牙を人間に売るのも問題があるのでは? 人間共に強力な武具を作る材料を与えることになってしまいます」

 

「だから最終手段だってば。他に手早く大金を手に入れる方法があれば……」

 

 そこまで言いかけた時、路地裏の奥から男が現れた。

 少し前から常時展開しているレーダーで接近に気付いていた私はすぐに口を閉じ、人間の気配を察知したバルカンも同じく会話をやめて警戒態勢となる。

 私とバルカンの視線を受けて、しかし謎の男は作り笑いを浮かべた。

 

「どうも、お嬢さん方! 大通りにいる時から目立ってたぜ。察するに、旅行の最中に金欠に陥ったんだろ? 僅か1日で大金が手に入るオイシイ話があるんだけど、ちょっと話しない?」

 

「明らかに胡散臭い、姉上、無視しましょう」

 

「バルカンさんの言う通りです。アンセスさん、怪しすぎます」

 

「まぁ、完全にアウトだねこれ」

 

 悪事への勧誘にしても下手くそすぎるって。

 3人同時にフラれた犯罪者(仮)の男は口元を震わせるけど、すぐに復活した。

 

「本当に怪しいことじゃないからさ! この街で凄い有名な闘技場で、今ちょうど大会がやってるんだよ。俺がその大会のスタッフの1人ってワケ。そんで、ちょーっとだけ出場選手が足りなくてスカウトしてんの」

 

 ……ん?

 闘技場?

 

「そのお話が本当だとしても、私達は格闘家でもスポーツ選手でもありません! 他をあたって……」

 

「アデル、ストップ」

 

 強い口調できっぱりと断ろうとしたアデルを止めて、私は下手くそな勧誘を必死で続ける男の前に立つ。

 こう見えても、私の前世は財閥のご令嬢。

 腹芸なら、下手くそなスカウトよりも自信がある。

 

「お兄さん、私達ってばお金が無くて困ってるの。その大会のお話……もうちょっと詳しく聞かせて欲しいなー?」

 

 本当はさっさと躱すつもりだったけど、戦うことでお金が入るのなら話は別だ。

 この世界で祖龍(わたし)に勝てる可能性がある人間は、人類最強の異名を冠するフランシスカさんとシエルの2人だけ。

 「戦い」というジャンルなら、古龍の独壇場となる。

 合法でも犯罪でも……いや、むしろ善人を食い物にしている違法の大会の方が都合が良い。

 合法なら問題ない、ただ実力で勝ち抜いて賞金を手にする。

 だけど違法であるのなら……犯罪組織が相手なら、何も遠慮は要らないよね。悪いことして貯め込んだお金、全て力づくて奪い取ろう。

 

 スカウトした相手が悪かったね、お兄さん。

 あなたが声をかけたのは慣れない異国で困っているただの旅行客じゃなくて、人の姿に擬態した古龍だよ。

 

 

 

 

 

〜Now loading〜

 

 

 

 

 

 結論から言うと、私達の予想通り普通に違法(アウト)だった。

 私達に声をかけたのは、海洋国家ローラインの裏社会を支配する『犯罪組織アウグス』の下っ端の男。

 もちろん私が今いる地下闘技場は有名でも何でも無く、アウグスが管理する存在そのものがアウトな場所だね。

 アウグスの手口は単純。

 ローラインに慣れていない旅行客やスラムに住むような貧乏人を勧誘し、この大会に出場させる。莫大なファイトマネーで釣る訳だ。

 私も勝利すれば1000万て言われたし。

 

 そして私の対戦相手は――

 

『皆様、ご注目ください! 勇敢なチャレンジャーが戦う今回の敵は世界三大魔境に数えられるバデュバドム樹海の最奥『蛇の湖』を支配する怪物! タイラントサーペントだァァァッ!!』

 

 私が通った入場口の向かいから現れたのは、全身を鋼鉄の鎖で拘束された大蛇――タイラントサーペント。

 

 ……え?

 

 あの時の蛇じゃん!

 私らがまだ幼体の時に2番目の縄張りとした大きな湖、そこで主な獲物として食べまくったあの蛇だよね?

 体は大きいのに弱くて、しかも美味しいから獲物としては最高だったよ。だけど1週間くらい経った頃から、私を見るとすぐに湖の底に隠れるようになったんだよねー。

 そのせいで食糧不足に陥って、樹海の奥地にいた巨大なティラノサウルスもどきを襲ったんだっけ?

 うわー、懐かしいなぁ。

 今では龍脈で生命維持は出来るから、狩りの頻度は凄く減っちゃったけど。

 

「おい、出場を取り消すなら今のうちだぜ? その代わり契約違反として、友達と一緒に一生娼館で働いて貰うことになるけどなぁ?」

 

 思い出に浸っていると、安全な柵の向こうから私を勧誘したあの男が下卑た笑みを浮かべて何か言ってくる。

 そう、こういう手口って訳だ。

 お金持ちの観戦客に残虐なショーを見せて楽しませる。ついでに挑戦者が魔境の怪物を相手に何分耐えられるかというギャンブルもやる。

 入場料やらギャンブルやらでお金持ちの客から儲けて、出場者が女の場合はこうして身売りするように脅迫する。

 試合が中止になると客の機嫌を損ねるから、そこは私を性欲の捌け口として提供することで、チャラにする予定だったのかな。

 

 まー、出場取り消しとかしないけどね。

 

「はいはい、分かってるって。契約書の下の箇所に小さい文字で書いてたの知ってるし。ちゃんと戦うよ」

 

「は?」

 

 付け加えるなら、エントリー用紙としてサインさせられた契約書に「相手は人間ですよ」と書いていないことにも気付いてたし。

 やり方がありきたりで古典的すぎる。

 現代の地球でやったら誰も引っかからないよね、これ。

 ローラインの法律や憲法を知らないから断言は出来ないけど、よく今までバレずにやってこれたよね。モンスターの発生や竜大戦のパニックに乗じたのかな?

 

 きっと私がリタイアすると確信していたのでしょう。

 予想を裏切られて間抜けな顔をするスカウト男に背中を向けて、私はボロボロの両刃剣を片手に前へ進む。

 ぶっちゃけ武器とか要らないけど、素手でこの蛇を倒したら騒ぎになるかもだからね。もちろん紅雷も封印してる。

 

『何ということでしょうかッ!? アンセス選手まさかのリタイア無し、挑戦を宣言しましたァァッ!』

 

 実況者のノリがウザい。

 それはともかく、本当に主催者側がお金を用意しているのか怪しいのが問題だよねー。

 対戦相手にキラーズならともかく一般人だと絶対に勝てないバケモノを用意してるし、1000万を払うつもりとか無いのでしょう。

 ……あれ、出場する意味なくね?

 それなら犯罪組織のボスを締め上げて、電気で頭の中を覗いて、売上金の場所を見つけ出した方が……。

 うあー、失敗した。

 ショックだわ。

 

『おっと、タイラントサーペントを前にしたアンセス選手の顔色が悪くなりました! 流石に怯えたかー!?』

 

 誰が子供の時に食べてた蛇にビビるねん。

 実況者が煽り、私が及び腰になったと勘違いした観客が一斉にブーイングを飛ばしてくる。

 ノリが長い。

 さっさとスタートしてくれないかなぁ……。

 

 それ以降は実況の声を完全にシャットアウトし、無心でスタートを待つ。

 そして数分後、ようやく試合前の煽りが終わったのか、タイラントサーペントの体に巻きついていた鉄鎖が解かれ始めた。

 長時間拘束されていた大蛇が自由を取り戻し、溜まった鬱憤を目の前に立つ私へと向けてくる。

 一軒家すら丸呑み出来そうな巨大なアギトから、大量の唾液が溢れ出た。

 

「……拘束されて、餌も満足に貰えなくて、しかも人間の見せ物にされるとか。あなたも不憫だね」

 

 タイラントサーペントに言葉は通じない。

 ただ鬱憤と飢餓を解消するために、大蛇がその巨大な体をのたくらせた。

 尾の一閃。

 長大なリーチを利用し、しなりと遠心力を加え、常人が直撃を受ければ確実に肉片となるほどの強力な一撃。

 だけどそれは、ワイバーンレックスの突進にも劣る速度と威力だ。

 

 地面を踏み砕いて数メートル近く跳躍し、大蛇の攻撃を私は悠々と回避する。

 ジャンプした先は、もちろん蛇の頭がある場所。

 私の速度に反応が出来ず、自分の攻撃が避けられたことにも気づいていない蛇の頭部を錆びた剣で強打する。

 鈍の剣が砕ける音と共に、大蛇の頭部が地面に叩きつけられた。




次回でアデルとの旅行編は終わりです。
宣言通り9月からは毎日更新に戻れそうです。


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第31話 絆石を探す旅――中編

いや本当にごめんなさい。
前編と後編だけでは終わらなかったです。


 『魔境』の怪物、タイラントサーペント。

 キラーズのような例外を除けば、人間が生身で勝つことは不可能に等しいとされるバケモノ。

 事実、祖龍によってモンスターが誕生するまでは生態系の頂点に君臨していた存在だ。

 この大蛇の討伐・捕獲は軍隊であっても難しい。

 何せこの大蛇は、かつて戦艦すら湖の底へと沈めた記録すら持っているのだ。

 

 だからこそ、海洋国家ローラインの裏社会を支配する『犯罪組織アウグス』の面々は予想もしていなかった。

 アンセスと名乗った華奢な少女が、錆びた剣を一閃しただけで『魔境』の大蛇を打ち倒してしまうなんてことは。

 

『いっ、い……、いちっ、げぇーーきっ!? アンセスと名乗る華奢な少女が、剣の一振りでタイラントサーペントを倒したぁ!? この女、キラーズなのか!?』

 

 歓声と共に動揺が観客席を駆け巡り、大型のモニターに表示されていたオッズが大きく変動する。

 実況を務める男が信じられない光景に絶叫し、アウグスの構成員は大混乱に陥った。

 アンセスが推測した通り、アウグスは挑戦者に勝たせるつもりなどなく賞金も用意していない。大蛇を一撃で倒した女にそんなことを言えば、一体どれほどの被害が出るのか……。

 アンセスをスカウトした男は、近づいてくる上司の足音に震えて顔を真っ青にしていた。

 

 盛大な番狂わせに盛り上がる客席で、アデルもまた歓声を上げてバルカンに抱きつく。

 

「バルカンさん、アンセスさんがタイラントサーペントに勝ちましたよ! 私、アンセスさんが何をしたのか、全く見えませんでした! 凄かったです!」

 

「ええい、龍の始祖たる姉上がただの蛇に負ける訳なかろうが! 当たり前の結果に大げさに喜ぶな! 姉上の友であるなら、余裕のある態度で姉上の活躍を讃えろ!」

 

「そう言うバルカンさんもニヤニヤしてますよ?」

 

「ぐ、ぬぅ……っ」

 

 無意識のうちに口角が上がっていたことを指摘されて、バルカンが一気に渋面となった。

 たとえ禁忌の龍から見れば外敵ですらない格下が相手とは言え、敬愛する姉が勝つのは嬉しいのである。というか姉の活躍で人間が右往左往するのが単純に愉悦でもあるのだが。

 シスコンだろうがアデルに完敗してようが、正体は獄炎と憤怒を司る真紅の邪龍ミラバルカンなのだ。内に秘める凶悪で残忍な性質は変わらない。

 祖龍というストッパーが無ければ、バルカンはとっくに大陸の1つを炎の海に沈めているだろう。人間を、可能な限り巻き込んで。

 

「これで絆石を買うお金が手に入りますね!」

 

「――どうやら、そう簡単にはいかんようだ」

 

 満面の笑顔を浮かべるアデルとは反対に、突然バルカンが紅玉の瞳に殺意の光を灯す。

 周囲を人工物で封じられているせいで龍脈の流れが悪いが、バルカンはそれでも並の古龍とは比較にならない力で強引にエネルギーを収束させる。

 

「アデル、我から離れるな」

 

「え、ちょっ、バルカンさん!?」

 

 力強くアデルを抱き寄せ、バルカンが静かに臨戦態勢となる。

 いきなり抱きしめられて頬を赤く染めるアデルに、この世界で最強の存在として名を連ねる紅龍は言い放った。

 

「烏合の衆だと侮った。随分と厄介なものが紛れ込んでいる」

 

「――…………ッ!」

 

 紅龍が臨戦態勢に入ると同時に、闘技場に立つアンセスもまた外敵の気配を察知していた。

 そもそも龍脈とは、惑星にとっての生命の源――血液のようなものだ。故に人工物には龍脈が宿らず、反対に自然には莫大な量の龍脈が流れる。

 アンセスが今いるのは地下の闘技場。

 周囲は人工物で遮られており、龍脈の流れは悪い。下位の古龍種では満足に力を振るうことが出来ないだろう。

 しかし、人工物を強引に突破して莫大な量の龍脈が流れ込んでいる。

 即ち、愛する弟バルカンの元に。

 

(あー、ないわー。やっぱり私の勘違いじゃないかー)

 

 最悪の展開だ。

 紅龍ミラバルカンが本気で警戒するほどの相手、それはつまり擬人化状態では逆立ちしても勝てない敵いうことになる。

 甘く見てもシエル・アーマゲドンと同等クラス。最悪はあの『人類最強』を冠するフランシスカ・スレイヤーにも届くかもしれない。

 

 予想は、出来たはずだ。

 軍隊ですら討伐・捕獲が難しいタイラントサーペントをどうして犯罪組織が使役しているのか。どのような方法で捕獲したのか。

 アンセスは「アウグス」という組織の規模を知らない。力を知らない。その実態を何も知らない。

 それを考慮した上で、踏みつぶせると判断した。

 しかしその見積もりが誤りだと、タイラントサーペントが出現した時点で気付くべきだったのだ。『魔境』の怪物を容易く捕獲出来る存在……キラーズが、この犯罪組織に加担していることに。

 

 キラーズは聖人君子の集まりではないのだ。

 その中に、己の欲望を満たすために犯罪に加担する人間が存在してもおかしいことではない。

 だからこそ「現代」にはギルドナイトという職業が存在する。

 

 びしゃあぁ……っと。

 アンセスの視線の先――鉄製の柵で遮られた安全地帯で、スカウトの男が血塗れになって倒れ伏す。

 両断。

 腹部の辺りで、上半身と下半身が見事に切断されていた。

 撒き散らされる臓物と赤黒い液体に、観客席から悲鳴と歓声が木霊する。元から残虐ショーを観に来ていたような者たちだ。死体1つでパニックが起きることはない。

 この場で顔を顰めたのは、アンセスとアデルの2人だけだ。

 

「随分とナメた真似をしてくれたな、小娘。大枚をはたいて捕獲したタイラントサーペントを殺しよって……!」

 

 選手入場口から現れたのは、醜く肥え太った小男だ。

 高価な衣装に身を包み、豪奢な装飾品で着飾ったその男は、額に青筋を浮かべてアンセスを睨みつける。

 わざわざ聞くまでもない。

 その身なりとセリフから、この男の素性は予想できる。

 

ボス(・・)だよね。一番上なのかは知らないけど、貴方がこの闘技場の支配人……かな?」

 

「舐めてんじゃねぇぞクソガキがぁ! 裏社会っつーのはなぁ、余所にナメられたら終わりなんだよ! 小娘1人にシノギ潰されたなんて知られたら、ウチのメンツ丸潰れだろうが!」

 

 醜悪な顔をさらに醜く歪め、唾を撒き散らしながら顔を赤くしたボスが叫び散らす。

 その小さな目に宿る怒りと憎悪の光は、本気でアンセスを殺すつもりだと告げていた。

 弱肉強食が絶対のルールである自然界で生き延びた経験があるからこそ、相手が本気で自分の命を狙っているのかは簡単に判断できる。

 その上で。

 ボスの殺気を受け流し、アンセスは飄々と笑う。

 

「私は貴方たちが提示したルールに従って、正々堂々と敵を倒しただけだよ? それなのに賞金を渡さないどころか逆ギレとか、大人として恥ずかしくないの?」

 

 ――プツン、と。

 アンセスの放った安易な挑発に、ボスの頭の中で何かがキレる音がした。

 

「野郎ども! ブッ殺せええぇ!」

 

 思考を放棄したボスの絶叫。

 それと同時に鉄の柵を乗り越えて次々と黒服の男たちがアンセスに殺到し、手に持った凶器で少女の命を奪いにかかる。

 

「儂をナメるなよ小娘ッ! もはやこの際だ、たとえ客の前だろうが知ったことか! 儂を侮ったらどうなるか、その身体に嫌というほど叩き込んで思い知らせてやる! 飽きるほど嬲った後、犯しながら殺して――」

 

 直後、観客席から歓声が上がった。

 純白のスカートがひらりと揺れると同時に、アンセスの長い足が数十人の男をまとめて吹き飛ばしたのだ。

 華奢な少女が、屈強な男たちを薙ぎ倒す。

 まるで御伽話のような光景に、観客は総立ちになって歓声を上げた。

 

『何がどうなってんのか分からねぇが、この小娘とにかく強えぞぉ!? 逆ギレしたスタッフ数十人を、蹴り1発で吹き飛ばしやがった! マジで何者だあああ!?』

 

 実況担当の男が声を張り上げて観客を煽り、客席のボルテージがピークに達する。

 

(あれ? 意外に客と主催者側って結びついてない? もう自分たちが楽しいなら、他はどうでもいいやって感じだったり?)

 

 アンセスは「アウグス」と観客はもっと癒着していると予想していたのだが、どうやらそうでもないらしい。

 それともこの闘技場は「アウグス」の一端に過ぎず、ここを潰されても「アウグス」全体から見れば些事だということか。

 しかし、人間サイドのゴタゴタなど龍であるアンセスには関係ないことだ。

 

(とにかくあのボスの脳波に干渉して、稼いだお金の保管場所を見つけ出す。そして通路の奥でヤバい気配を出してる誰か(・・)が動く前に、お金を持って逃げる!)

 

 そう考えて、アンセスが指先から微弱な電波を放とうとした瞬間。

 憎悪の眼光を湛えたボスが、ポツリと呟いた。

 

「殺せ――アーサー」

 

「――ッ!!」

 

 闘技場が、吹き飛んだ。

 ボスとアンセスの間にあった高さ30メートル以上の鉄の柵が粉々となり、鉄柵を破壊した「ナニカ」はそれでも満足せずにアンセスを襲った。

 咄嗟に上体を反らし、飛来する「ナニカ」をアンセスが躱す。

 

 そして、爆音。

 

 アンセスの背後にある鉄柵を吹き飛び、その奥にある壁に破壊が刻まれた。それは横幅10メートルはある、巨大な斬撃の跡。

 もしも直撃すれば、たとえアンセスでもノーダメージでは済まないだろう。擬人化で防御力がダウンしている今なら尚更に。

 

「……よォカエルム。随分とオレサマを呼ぶのが遅かったじゃねェか」

 

 ボス――カエルムの背後から、その青年は現れた。

 肩まで伸びた髪は灰色だが、ララのように前髪の一部分だけが紺色に染まっている。猛獣を想起させる鋭い瞳は、研ぎ澄まされた刃のような鈍色。

 白と蒼の涼しげな装束から露出した胸筋や双腕は、その青年が極限まで肉体を鍛えていることを示唆している。

 アーサー。

 そう呼ばれた青年を一言で表すのならば、剣だ。

 敵対するもの全てを慈悲ななく両断してしまう、無情の刃。

 

『う、嘘だろ!? まさか、あのアーサー・オーケアノスかァ!?』

 

 闘技場に現れた剣の青年の姿を見て、実況担当する男が驚愕の声を発した。

 ――否、この闘技場に集まっていた全ての観客が信じられないとばかりに目を見開いている。

 全ての視線を一身に浴びて、アーサーは凶悪に笑う。

 

『間違いねぇ……! サザンドゥーラ帝国のキュレネー・スカディ、エルドバッド国のベネディクト・カーライル、そしてシュレイド王国のフランシスカ・スレイヤーに並ぶ海洋国家ローラインの必勝兵器! “滅龍剣”だ!』

 

 実況を担う男が、ローラインで最強と謳われるキラーズの異名を叫んだ。

 

 

 

 

 

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 ……うん、私ってば死ぬかも。

 だって目の前に立つキラーズ――アーサーくんから放たれる殺気と威圧感は、あのフランシスカさんにも匹敵する。

 間違いなく、人類最強クラス。

 フランシスカさんがシュレイド王国で最強の狩人なら、アーサーくんはこのローライン国で最強の狩人って感じだろうね。

 実況の人もそれっぽいこと言ってたし。

 というか、他にも後2人くらいこのレベルのキラーズがいるみたいなことを言ってなかった?

 流石にフランシスカさんと同格のキラーズが何人もいるとは思えないけど……。

 

「おい……確かアンセスだっけか? このオレサマを前に考え事とは余裕だなァ?」

 

 言葉と共に放たれる、突き刺すような殺気。

 一般人ならこの殺気を浴びるだけで呼吸困難を起こして死ぬかもしれない。

 

「余裕とか微塵もないって。むしろ戦ったら殺されそうだから、どうにかして逃げる方法を考えてたの」

 

「ほう? だがテメェのツレはオレサマと殺る気マンマンみたいだぜ?」

 

 そう言うと、アーサーくんは顎で観客席にいるバルカンを指す。

 アーサーくんとバルカンの視線が交差し、互いの殺気がぶつかり合って周囲に威圧がばら撒かれた。

 自国最強のキラーズの登場に盛り上がっていた観客席が静寂に包まれ、威圧に負けて失神する人が続出する。

 

「あくまで自衛だって。アーサーくんの攻撃をノーガードで受けたら、命の危険があるでしょ? ――ね?」

 

「――ッ!?」

 

 私もまた言葉と共に威圧を放つと、アーサーくんの視線が一瞬で私に向く。

 悪いけど、私の前で大切な弟と友達に殺意を向けることは許さない。その時は龍の始祖ではなく、アンセスとして牙を剥くことになるからさ。

 

「ハッ、それだけの威圧をぶっ放してヤる気ありませんはねェだろ!?」

 

 ザワリとアーサーくんの髪が逆立ち、再び研ぎ澄まされた刃のような殺気が満ちる。

 そして、アーサーくんが背負っていた大剣を引き抜いた。

 その大剣を見て、私は思わず絶句した。

 黒色を帯びた剣全体に貼り付けられた龍の鱗。緑と橙のグラデーションを魅せる刀身。

 『私』は、その大剣を知っている!

 

「封龍剣【滅一門】……!?」

 

 無印での性能値は攻撃力912、龍属性値43、斬れ味ゲージが長い緑と非常に優秀。

 伝説の龍殺しの大剣とまで謳われ、MH4シリーズでは発掘武器として登場したモノ。

 ゲームでの数値よりも「世界観」でスペックが決まるこの世界では、恐らく最強格の大剣となるでしょう。

 私達の……古龍の、天敵のような武器だ。

 

「テメェ……どこでこの大剣の()を聞いた?」

 

「……こう見えても、物知りな方なんだよ?」

 

 愛用している大剣の名前を私が知っていたことが予想外だったのか、驚愕の表情となるアーサーくん。

 だけど私が質問の答えを誤魔化すと、すぐに凶悪な表情を浮かべる。

 

「そォかい、それなら無理やり聞き出してやるよ」

 

 

 世界が、裂けた。

 

 

 身の丈ほどもある封龍剣【滅一門】をアーサーくんが握り直したと思ったその瞬間に、世界が上下に裂けた。

 そう錯覚するほどの、一撃。

 私の腹部を狙って放たれた横一文字の斬撃を、反射的に後ろへ跳ぶことで回避する。それでも避け切れずに、私のお腹から僅かに血が飛び散る。純白の服が赤く染まった。

 鋭い痛みに、思わず奥歯を噛み締める。

 龍属性だ。

 古龍を殺す、龍の力。

 アーサーくんの斬撃に乗せられた属性ダメージが、腹部の傷を余計に蝕む。

 

「こ、の……ッ!」

 

 追撃するために大剣を後ろに引き、真正面から突っ込んでくるアーサーくんの側頭部を狙って蹴りを放つ。

 だけどそれは身を屈めたアーサーくんに簡単に回避されて、凄絶な斬り上げ攻撃が返ってきた。

 

 ガードは不可能。

 速度はフランシスカさんよりも遅いけど、一撃の重さと攻撃力が桁違いだ。シエルとは完全に逆のタイプ。

 避けることは擬人化した今でも問題ない。その代わり、1度でも被弾したら死ぬけどね。

 

「オォラァ――ッ!」

 

 烈風すら伴う斬り上げ攻撃をバックステップで避けて、大振りな攻撃で隙を見せたアーサーくんに突貫。

 次の一撃が来るより早く、私の拳がアーサーくんのお腹を撃ち抜いた。

 

「お、ぐぅ、っ……!?」

 

 命中と同時に拳を捻り、全力で殴り飛ばす。

 アーサーくんが苦しげな呻き声を上げた瞬間、彼の体が高速で吹っ飛んだ。地面にバウンドしながら転がり、壁に衝突してようやく止まる。

 

『は、はぁ!? あのアーサーが吹き飛ばされたあああ!? どっちも速すぎて何にも見えねえ! だから何でアーサーが吹っ飛んだのかも分からねぇが、とにかく何者だアンセスぅ!?』

 

「「「――――――――――――ッッ!!」」」

 

 うわぁ、びっくりした!?

 今まで静寂に支配されていた闘技場が、実況の声に触発されて再び歓声に包まれた。

 見せ物じゃないんですけど。私ってば命がけで戦ってるのに……って、それはタイラントサーペント戦の時と同じだったね。

 実況の人も大概だけど、観客もメンタル凄いわ。

 巻き込まれたら一瞬でミンチにされちゃう戦いを見て、まだギャラリー気分でいられるとか。

 アーサーくんがもうちょっと本気になったら、それだけでこの闘技場が消し飛ぶのに。比喩じゃなくて物理的に。

 

「おォ、ペッ、痛え。まさか素手の女に殴られて、こんなに痛い思いをするとはな」

 

 ギンッと、アーサーくんの双眸が光を放つ。

 

「――俄然、お前に興味が湧いたぜ」

 

「それは、私のセリフかな。それだけの実力があるのに、どうして犯罪組織の傭兵みたいなことしてるのかなって。ただキラーズとして活動するだけで、富も名声も手に入るでしょう?」

 

「そう言うテメェはどうなんだ? 愛剣を担いだオレサマとやり合えるだけの実力があるクセに、何でこんな場所にいやがる? 随分とキレイな身なりじゃねェか。金に困ってるようには見えねーな?」

 

「いやいや、本当にお金に困ってるだけだよ。無一文だしね。犯罪組織が相手なら、バトルマネーを踏み倒されても奪い取れば良いやって思ってたんだけど……」

 

 大きく息を吸い、拳を構えて臨戦態勢に。

 

「……誰かのせいで、台無しにされてね?」

 

「クハハッ、ソイツは悪りぃことしたな。だがオレサマも仕事でな」

 

 応じるように、アーサーくんも大剣を上段に構えた。

 相手が何をしようと関係ない。小細工ごと斬り伏せる。そう宣言するような、攻撃特化の構えだ。

 

「――オレサマに勝てたら、金でも何でもくれてやるよ」

 

「割に合わないね。どんな報酬よりも、貴方を倒す労力の方が大きそうだし」

 

「よく分かってるじゃねぇか」

 

 お互い凶悪に嗤い、殺意を乗せた大剣と拳が交差した。




次回で絶対に終わります。
というか、終わらせます。

9月からは出来るだけ更新速度を戻しますので、よろしくお願いします。
更新時間は19時00分で固定です。


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第32話 絆石を探す旅――後編

久しぶりの連続更新です。


 純白の少女の拳足と、剣の青年が振るう巨大な刃が幾度も交差する。

 共に極限まで集中力を高めることで数段上の時間軸へとシフトし、刹那の間に何百との攻防を繰り返していた。

 一般人の目には何も映らず、ただ闘技場の各所で衝撃波が拡散していることしか分からないだろう。

 しかし大地に刻まれる谷のような斬撃の後が。壁に大穴を空ける突風が。鼓膜が破れるほどの轟音が。

 全てが、常識を超えた戦いが行われていることを伝えていた。

 撒き散らされる破壊の余波で観客に死傷者が出ないのは、戦っている2人の配慮だ。

 

 その戦いを、唯一この場で『見て』いる者が1人。

 憤怒と獄炎の支配者である紅龍ミラバルカンは、観客席から姉とキラーズの戦いを見下ろして舌打ちした。

 隣でそれを聞いたアデルは、表情を曇らせてバルカンに問う。

 

「バルカンさん……アンセスさん、勝ちますよね?」

 

「……っ、このままでは無理だ。姉上に勝機はない」

 

「そんな……!」

 

 流血するほど強く拳を握り、バルカンが声を絞り出す。

 バルカンにとって祖龍ミラルーツは敬愛する姉であり、この世界で最強の龍であると胸を張って断言できる存在だ。

 5日という短い期間だが、共に旅をしたアデルには紅龍がどれほど姉の力を信じているか分かっている。

 そのバルカンが屈辱に耐えながら言うのだから、それは真実なのだろう。

 ……このままでは、アンセスに勝機はない。

 

「バルカンさんが手伝っても駄目なんですか!?」

 

「そういう問題ではない……! 姉上が全力を出すことが出来れば、我が加勢せずとも勝機はある。しかし今は派手に人間と争うことが出来んのだ! 姉上の象徴である雷も我の炎も使えぬ。挙句に大幅に力が制限されるヒトの姿で戦うなど、力の1割も出せない!」

 

 さらに付け加えるのなら、周囲が人工物で覆われていて龍脈の循環にも悪影響が出ている。

 そんな状態で、人類最強クラスのキラーズを倒すことはまず不可能だ。たとえバルカンが参戦したところで、劇的な変化は現れないだろう。

 

「……姉上の命が最優先だ。もはや猶予期間であることなど関係ない、我が炎で全てを――……」

 

 擬人化の解除を試みていたバルカンは、そこまで言って唐突に動きを止めた。

 紅玉の瞳が、隣に立つアデルへと向けられる。

 

「ど、どうしたんですか?」

 

「姉上から指示が入った。……アデル、貴様ならば姉上を勝利に導くことが出来るかもしれん」

 

 

 

 

 

〜Now loading〜

 

 

 

 

 

 どうやら、上手くバルカンに指示が出せたみたいだね。

 アデルと共に観客席から姿を消した弟を見送って、私は深く息を吐いて――……

 

「このオレサマとヤってる時に他所を気にするとは、随分と余裕じゃねェの?」

 

「――ッ」

 

 私の集中力が僅かに揺らいだ隙を突いて、アーサーくんが豪快に封龍剣を振り下ろす。

 その破壊力は、超大型モンスターの一撃に勝るとも劣らない。本当に人間とは思えないほどの膂力で、巨大な刃が眼前の全てを薙ぎ払う。

 ほ、本当に攻撃力がデタラメだね!?

 祖龍(わたし)の紅雷もちょっとおかしい威力してるけど、ただの筋力で龍と同等の破壊を生むとは笑えない。

 というか、封龍剣【滅一門】の生産にラオシャンロンの素材とか使わなかったっけ?

 もしかして、古龍種の討伐すら達成してるとか?

 

 嫌な想像に冷や汗が流れるも、もう集中力を乱して隙を見せたりはしない。

 首筋を狙った薙ぎ払いを紙一重で回避しながら、狩人の懐に潜り込んで掌底を放つ。胸部を圧迫するように渾身の力を込め、アーサーくんの体を吹き飛ばそうとして。

 

「そんな手加減した攻撃が、何度も通用すると思ってンのか?」

 

「く……っ!?」

 

 私の掌底に対抗して、アーサーくんの筋肉が膨張する。

 鍛え上げられた肉体は強靭な鎧と化し、私の攻撃を完全に受け止めてしまった。

 残るのは、敵の正面で隙を晒す間抜けな私だけ。

 ヤバい。

 擬人化での弱体化に加え龍脈の循環が不安定なせいで、身体能力がここまで低下して……!?

 龍の本能が、頭の中でうるさいほどの警鐘を鳴らす。

 

 ――直後に、視界が爆ぜた。

 

「が、はっ、あ、あああああああっ!?」

 

 フルスイングだった。

 大剣の腹で腹部を殴打され、私はボロ雑巾のように地面を転がりながら闘技場の端まで吹き飛ばされる。

 肺から酸素が絞り出され、大ダメージ受けたことで視界が揺れて定まらない。

 くっそ、マジで攻撃力が狂ってるよ……!

 原作ゲームでの数値で換算したら間違いなく1800は超えてるわ。下手したら2000オーバーかもね。

 そこに龍属性のダメージまで入るから、古龍種の私からすると洒落にならない。

 龍属性とか、思い切り弱点属性だっての。

 

 やっぱり量の少ない龍脈を収束させて、何とかダメージを回復する。

 だけど、そのスピードはめっちゃ遅い。

 受けたダメージの1パーセントすら回復しないうちに、アーサーくんが膝をついている私の前まで歩いてきた。

 

「テメェがこれっぽちも本気を出さねェから、オレサマも優しく封龍剣の腹で殴ってやったが……」

 

 研ぎ澄まされた剣のような威圧感。

 肌を突き刺すようなソレを放ちながら、鈍色の光を宿すアーサーくんの双眸が私を睨む。

 

「何で本気を出さねェ? まさかオレサマを相手に手加減して勝てると思ってンじゃねェよな?」

 

 言外に次は斬ると宣言して、アーサーくんが大剣を上段に構えた。

 

「ごほっ、けほ……っ! だから手加減とかしてないよ。ちゃんと本気でやってる」

 

「テメェ……!」

 

「嘘じゃないって。本当に、今出せる(・・・・)全力で戦ってるよ」

 

 私の言葉に、アーサーくんの表情が僅かに曇る。

 海洋国家ローライン最強と謳われるキラーズはしばらく無言で動きを止め、私はその間に立ち上がって体勢を立て直した。

 バルカンとアデルなら、きっとすぐに戻ってくるはず。

 それまで耐え切れば勝機が見える、この弱体化した状態でどれだけ時間稼ぎが出来るかで勝敗は決まる。

 

「そう言えば、さっきの私の質問に答えてないよね? どうしてローラインで最強とまで称えられている貴方が犯罪組織の傭兵をやってるの?」

 

「テメェには関係ねェ話だ」

 

「私には答えさせたのに、自分だけ黙秘するのはズルいと思うけど?」

 

「……まさか、テメェ、マジで金が無くてコレに参加したのか?」

 

「だからそう言ってるじゃん。無一文だって」

 

 私が笑顔でそう言い切ると、封龍剣【滅一門】の担い手は呆れたような表情を作った。

 

「馬鹿だろ、他にいくらでも金を稼ぐ方法があっただろ。綺麗な顔してンだから水商売でも稼げるし、このオレサマに匹敵するだけの力があるならキラーズとしても活躍が……」

 

 そこまで言って、アーサーくんが目を見開いた。

 あー、これはちょっとマズい。

 トップクラスのキラーズが相手だと正体がバレる可能性があることくらい、シュレイドで嫌というほど経験したのに。

 むしろ、今まで気付かれなかった方が奇跡なのかもね。

 

「そういうコトか……!?」

 

「しーっ! お願い、本当に、それをバラされたら終わるから!」

 

 どうやらシュレイド王国のキラーズギルド本部から、『禁忌』の龍は擬人化能力を有していることは伝わっていなかったらしい。

 前例を知っていれば、シエルみたいに気配だけで気付くでしょうし。

 キラーズギルド同士で情報の共有が出来ていないことが分かったのは大きな収穫だけど、それが台無しになるほどのデメリットを受けた。

 いや、でも、アーサーくんがいきなり私を指差して古龍だって言っても誰も信じない可能性はある。

 シュレイドの王都に侵入した時も、シエルの援護に来たキラーズは私が祖龍だって言われても動揺してたし。

 

「今のところ竜大戦は『猶予期間』だ。共存を提示してるテメェらは、人間の街の中で派手に暴れることが出来ねェって訳か」

 

「バレたのなら仕方ないね。……まぁ、その通りだよ」

 

 周囲の観客には聞こえないように小声で発した私の言葉に、アーサーくんの表情に陰が生まれる。

 

「チッ……! シュレイドの野郎共め、これだけ重大な情報を隠してやがったのか……!?」

 

 直後、自分が無数の刃に貫かれて死ぬ光景を幻視するほどの殺気が放たれた。

 観客席でも悲鳴が上がり、精神の弱い人が顔を青くして倒れてしまう。

 

「悪りぃがテメェは絶対に逃さねェ。持ってる情報、全部まとめて喋ってもらうぞ」

 

「お喋りがしたいなら喜んで付き合うよ? ……だけど、今回はもう時間だけどね?」

 

「――ッ!?」

 

 一転して不敵な笑みを浮かべる私に、何かを察したアーサーくんが観客席の方へと視線を向けた。

 その先にいるのは、炎を体現したかのような真紅の青年と純真な少女。

 

「アンセスさん! 絆石、手に入れました!!」

 

 息を切らしながら、アデルは手に握った小さな白い石を掲げる。

 ――絆石。

 それは人と龍の心を繋ぐ、不思議なアイテム。

 竜と共存する未来を選択したモンスターライダーのみが扱うことの出来る、絆の証。

 このアイテムが持つ力は無数にあるけど、その中で最も代表的な力は……!

 

「アデル、お願い!」

 

「はい! ……アンセスさん、負けるな!」

 

 言葉と同時、アデルの手の中の絆石が凄まじい光を発した。

 共鳴するように私の全身が白い光で包まれ、全てのダメージが一気に回復する。

 いや、それだけじゃない。

 龍脈とはまた別種の力が流れ込み、私の弱体化が大幅に改善されていく。

 

 モンスターライダーとは、竜を育てる存在。

 その本質は絆を結んだモンスター……オトモンの力を、限界以上に引き出すことだ。

 ライダーであるアデルが、私を友達だと認めてくれるのなら。

 モンスターである私は、どこまでも強くなれる。

 

 これが私の考えた打開策。

 アーサーくん以外に正体を隠したまま、擬人化した状態で格上を倒す唯一の方法だ。

 だからこそ私は、戦闘中に微弱な電波を放ってまるで電話のようにバルカンに指示を出した。

 私とアーサーくんの戦闘にこの場の全員が注目している隙を突いて『犯罪組織アウグス』のお金を盗み出し、それを使って絆石を手に入れて欲しいと。

 私が同行しなくても、ライダーとして突き抜けた才能を持つアデルなら宝石の中から絆石を見つけ出せると信じて。

 

「アーサーくん、貴方は本当に強いよ。この勝負は完全に貴方の勝ち」

 

「あァ……? 何が言いたいんだテメェ」

 

「だけど、まだ私は人間に負ける訳にはいかないからさ。……アデルから借りた力で、今から貴方を倒すね」

 

 その先に、もう会話はなかった。

 アーサーくんが今まで通り封龍剣【滅一門】を上段に構え、人間離れした膂力で振り下ろす。

 単純な動作だけど、その凄まじい破壊力はきっと古龍ですら一撃で屠ることが出来たでしょう。

 ただ、その攻撃力と反比例したアーサーくんの速度では。

 絆石で大幅にドーピングされた私の速度に、反応することも出来なかったというだけの話で。

 擬人化状態での限界どころか、龍形態での全速力に迫る速度で放たれた私の拳は。

 私の全力を知らなかったキラーズの不意を突いて、その意識を奪うのに十分な威力を発揮した。
















〜おまけ〜

アーサー「初登場した時くらいもっと活躍させろや」

アンセス「今回はアデル覚醒回だったから、ドンマイ!」

シエル「因みに速度特化の私なら最後の攻撃を避けることができます(ドヤァ)」

バルカン「攻撃力に極振りとか頭悪いことするからこうなるのだ」

※アーサーは本当にフランシスカやシエルに匹敵する実力者です。
ただ、アデルが持つモンスタードーピングパワーが頭おかしかっただけです。しかもドーピングした対象が祖龍なのが悪かった。



ー追記ー
次回の更新は9月4日の予定です。


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第33話 巨龍

19時更新を大幅に遅刻してしまい、誠に申し訳ありませんでした。


 ――懐かしい、夢を見た。

 生意気で、世話好きで、口うるさい、幼馴染みとの約束を……

 

『アーサーは男のくせに弱っちいなぁ!』

 

 うるせえ。

 テメェくらいすぐに追い抜いてやるからな。

 

『アタシの夢はね、全部の『魔境』を攻略することっ! アーサーがもう少し強くなったら、その時は一緒に連れて行ってあげる!』

 

 余計なお世話だ。

 そのうちテメェの方が助けてくれって言うようになるぜ。

 

『国の偉い人からキラーズのスカウトが来たの! 人類の守護者になれるんだよ!』

 

 そうかよ。

 誰かを守るために戦うなんぞ下らねえ。

 オレサマが武器を握るのは、ただテメェに勝つ為だ。

 

『大変だアーサー、ライラが龍の毒に……! このままでは1年も保たないと――……』

 

 ……あ?

 

『治療法はありません。解毒薬の作成には、ライラさんを襲った龍の血が必要です。それだけではなく、高価な薬品や売買が違法とされる薬草も……』

 

 オレサマが何とかする。

 どんな手段(・・・・・)を使っても、必ず。

 

『痛くて、苦しくて、辛いの。もう誰にも迷惑をかけたくないよ。このまま、死んでしまいたい……!』

 

 ふざけるな。

 2人で全ての『魔境』を攻略するって言っただろ。

 あと少しだけ待ってろよ。

 絶対に、助けてやる。

 それで元気になったら、一緒に世界中を旅しよう。

 

 ――病み上がりのテメェの代わりに、オレサマが全ての『魔境』を攻略してやるから。

 

『約束だよ? 全ての『魔境』を攻略できる、世界最強のキラーズになっててね?』

 

 

 

 ――あァ、約束だ。

 

 

 

 

「――くそっ、たれ……!」

 

 完敗だった。

 アンセスと名乗る謎の少女が放った最後の一撃、それは反応すら許されない神速の拳打。

 それまでの戦闘でアンセスが全力を出していないことは分かっていたのだ。だからこそアーサーは自分が優勢でも慢心せず、常に“全力”を警戒していた。

 それなのに。

 目を閉じれば、鮮明に思い出せる。

 大地を踏み砕き、音を彼方に置き去りとし、衝撃波すら伴って放たれた純白の少女の“全力”。

 

 『世界最強』に敗北は許されないというのに、何万人もの観客が見ている闘技場で負けた。

 このままでは終われない。

 まだ解毒薬の生産に必要な素材も、治療と手術を続けるための金も不足しているのだから。

 

「次はオレサマも慢心しねェ……本気でテメェを殺すぞ、アンセスゥゥ――ッ!!」

 

 地下闘技場。

 そのフィールドに空いた底無しの大穴に向けて、『世界最強』の称号を渇望する青年は絶叫する。

 アンセス。

 真名も知らぬ白の龍。

 ソレを、絶対に乗り越えるべき『最大の強敵』であると見定めて。

 

 

 

 

 

 

〜Now loading〜

 

 

 

 

 

 

 結論から言うと、アデルが持つライダーとしての才能は私の予想の100倍は凄かった。

 原作である『モンスターハンターストーリーズ』でも、ライダーによる育成の効果は凄い。

 オトモンは種族の限界を超えて強くなるからね。極論、アプトノスでもレベルを上げればリオレウスを倒せるようになる。

 “絆石”のドーピング力にはかなり期待ができた。

 けれども、この現実世界では『ストーリーズ』の設定がどこまで反映されているかは分からない。

 期待値を下回る可能性もある。

 だから、私はアーサーくんを絶対に一撃で仕留めるために全力でぶん殴った訳だけど……

 

「し、死んじゃうかと思いました……」

 

「まさか紐なしバンジーをすることになるとは思わなかったよ……」

 

 簡潔に言うと、やり過ぎた。

 確かに“絆石”のドーピングには期待してたけど、まさか龍形態の時と同等以上にまで身体能力が上昇するとはね。

 さて、ここで問題です。

 それほどドーピングされた状態で、祖龍である私が全力で攻撃すると何が起きるしょう?

 答え、地形クラッシュ。

 要するに祖龍が持つ物理攻撃モーションの中でも最大のダメージを叩き出す「滑空」と同等の威力が出た訳だ。

 

 ……まぁ、余波で周りは吹っ飛ぶよね。

 しかも運が悪いことに賭博闘技場の下には洞窟のような広い空間があって、擬人化モードの私は無様に落下。

 私を追いかけてきたバルカンとアデルと一緒に、3人で紐なしバンジー体験をすることになった。

 結果、私たちは謎の大洞窟を探検してる。

 

「あの、アンセスさん」

 

「もう一時間くらい歩いてますけど……その、出口までどのくらいですか?」

 

 あー、うん。

 出口ね。

 

「……もうちょっと歩いたらきっと出れると思う」

 

「きっと!? 思う!? もしかして私たち迷子ですか!?」

 

「私のレーダーもここまで地中深くだと役に立たないの! 土で電波が遮断されるから!」

 

「迷子なら早く言ってくださいよ!?」

 

「だって聞かれなかったもん!」

 

「平然と歩き出すからアンセスさんは道を知ってると思ってたの!」

 

「知ってる訳ないじゃん! モンスターが地図見ると思う!?」

 

「本能とかで出口が分からないんですか!?」

 

「それが出来るならやってるし!」

 

 そもそも私は方向音痴だ。

 祖龍に転生した後は迷子になることは無かったけれど、それは天体望遠鏡クラスの視力とレーダーがあったから。

 あれ?

 それ以前に、目的地を定めて移動することが少なかった気がする。

 ……思い返すと、私ってばずっと行き当たりばったりで生きてきたわ。

 

「バルカンさんも何か言ってください!」

 

「姉上に間違いなどないわ。黙って歩くが良い。それでも出れぬ時は地上まで大穴を開けてくれる」

 

「絶対にやめて下さいよ!? もう、どうして2人とも平然としてるんですか……? このままだと餓死する可能性もあるんですよ?」

 

「「龍脈で生命維持できるからね(な)」」

 

「何でもアリじゃないですか……」

 

 確かに古龍のスペックは万能すぎてヤバい。

 もしも地球に古龍種が出現したら、それこそアメリカでも数日で滅びるよね。だって古龍種の出現=大災害と同じだもん。

 超大型の台風や大地震や火山の噴火に襲われるのと一緒だよね。

 ……? じゃあ、それを武器1つで討伐するキラーズやハンターって何なの?

 よし、思考停止。

 これ以上はストレスで胃が痛くなる。

 

「ともあれ、ずっとこの大洞窟を彷徨うのはアデルが大変だからね。脱出方法を考えないと」

 

「姉上、出口が見つかるまで走るのが最善では? 我らの速さならば数秒で出口を発見できます」

 

「却下よ」

 

「何故ですか姉上ぇ!?」

 

 私たち、擬人化状態でも普通に音速を超えるからね?

 こんな地下でソニックブームを発生させながら走り回ったら、地上にどんな影響が出るか分からないでしょう。

 大地震とか発生したらどうするのさ。

 

「とにかく…………ん?」

 

 力技はダメと言いかけて、私は足を止めた。

 同時にバルカンも龍脈の流れが変化したことに気づいて、暗闇に包まれた洞窟の先をじっと睨む。

 古龍種の気配だ。

 もしかしてこの大洞窟、古龍種が作ったモノとか?

 ……この仮説が当たっているのなら、大洞窟の創造主は間違いなく超大型のモンスターだ。

 少なくとも、龍形態の私やバルカンよりも大きい。

 

「あの、2人とも、どうしたんですか?」

 

 急に無言になった私とバルカンを見て困惑するアデルを抱き寄せ、私は静かに龍脈を収束させる。

 闘技場の時と同じく地下だけど、周囲に人工物はゼロ。

 これなら身体能力が低下する心配はない。

 

 そして数秒後、大洞窟の主が姿を見せた。

 

『偉大なりしや我らが始祖よ。紅き雷霆を振るう真祖よ。大いなる命の母よ。そのお姿を拝謁出来るとは、この身に余る幸福でございます』

 

 大地が震える。

 世界が震える。

 地中を流れる膨大な量の龍脈を、この龍はただ闊歩するだけで循環させている。

 

 そして姿を見せたのは、巨大な龍だ。

 棘だらけの甲殻、長大な首と尾、鼻先に生えた一本の角、そして6960センチに達する巨体。

 『歩く天災』との異名を持ち、ある時には『動く霊峰』と謳われる大地の化身。

 MHシリーズにおける、初代大型モンスター。

 

「老山龍……ラオシャンロン……!」

 

『母上よ。こうして言の葉を交わす機会を得られたこと、誠に喜ばしい限りでございます』

 

「母上!? アンセスさん、こんなに大きな子供がいたんですか!?」

 

「おいアデル、人間の尺度で判断するなよ。この星に棲む全ての龍は姉上の力で生まれている。つまり、全ての龍にとって姉上は命の母となるのだ」

 

「な、なるほど……?」

 

 バルカン、解説ナイス。

 無表情で受け流してたけど、私もどうして初対面で母上呼びされたのか分かって無かったし。

 バルカン達が私のことをお姉ちゃんと呼ぶのと似たような理屈かな?

 ポーカーフェイスをキープしたまま強引に理解していると、ラオシャンロンの視線が私の後ろに立つバルカンへと向けられた。

 

『おお……憤怒の体現者たる真紅の王よ、真祖様の供ですかな?』

 

「うむ、任を終えて帰還するところだ。良い機会だ、輩よ、我らが始祖を地上まで案内せよ」

 

『それは大任ですな、喜んでお受けしましょう』

 

 ラオシャンロンの重低音な声が響くと同時に、巨大な頭部が私の眼前に差し出される。

 うわぁ、凄い迫力!

 イコールドラゴンウェポンと同サイズなだけあって、確かに動く霊峰の異名に相応しいよ。

 頭だけでも小山だもん。

 

『母上よ、どうぞ背にお乗り下され』

 

「えっと、良いの?」

 

『勿論です。親孝行をして損はありませんからな』

 

 おおう、彼氏よりも先に子供が出来たよ。

 まだ転生してから数年しか経ってないのに、気づいたらお母さんになってるとか。

 私の龍生マジで意味わからないね。

 

 少しだけ遠い目になりながら、ラオシャンロンの迫力に負けて目をぐるぐるしてるアデルと一緒にジャンプ。

 巨大な角の先端に着地すると同時にラオシャンロンが首を持ち上げて、視界が一気に上がる。

 

「す、凄いです、高いですよ、アンセスさん!」

 

「うん、流石は初代大型モンスター! これはちょっとテンション上がるかも!」

 

 ラオシャンロンに乗って散歩とか、全無印プレイヤーが羨望の視線を向けてくること間違い無しだよ。

 乗り攻撃システムが実装されたMH4には登場してないし。

 これは凄いレアな体験じゃない?

 

『親孝行の甲斐があって何よりです。……ところで母上よ、その人間は?』

 

「そう言えばまだ紹介してなかったね。この子はアデル、私の大事な友達だから食べちゃダメだよ?」

 

『何と……! 母上の友ともお会いできるとは、光栄ですな』

 

「あ、その、私も光栄ですけど、ラオシャンロンさんも喋れるんですね!」

 

 ……確かに。

 凄いナチュラルにバルカンと会話するから違和感もなかったけど、私と弟妹の他に言葉を理解して話すモンスターって初めて見たかも。

 

『これでも真祖の系譜を除けばもっとも古い龍でしてな。人間とは何度も接触しておりましたし、黒龍様にも嫌というほど教え込まれたので……』

 

「黒龍様? もしかして、ボレアスくんですか?」

 

 ビクッと。

 アデルの口からボレアスの名前が出た瞬間に、山のような巨体が僅かに揺れた。

 

『黒龍様をそのように……確かに、母上の友に相応しい胆力の持ち主のようです』

 

「……?」

 

 はてなマークを浮かべるアデルの隣で、私は思わず苦笑した。

 そう言えば、ラオシャンロンには「黒龍に怯え、逃げるように歩き去った」みたいな逸話があったね。

 その設定もちゃんと反映されてるらしいけど……

 

「ラオシャンロン、ボレアスと会ったことあるの?」

 

『えぇ……煉黒龍様の呼びかけに応じて、人間が生み出した鉄の竜の掃討に参加したのですが……』

 

 そこで一度言葉を区切ると、巨大な古龍は声を低くして続けた。

 

『この図体ですので歩く速度が鈍く、その後の合流に少し遅れまして。合流した時には、黒龍様と煌黒龍様による恐ろしい「人間の言葉学習会」が始まっていたのです。遅刻したわたしは色々と罰を受けて……』

 

 何それ聞いてない。

 確かに古龍たちに人間の言葉を教えてとは頼んだけど……ジロリと、私は隣に立つバルカンに視線を向ける。

 

「バルカン。私とララが王都に行った後、何か変なことしてないよね?」

 

「………………はい、姉上」

 

「バルカン、あの平原に戻ったら2回目の家族会議だから」

 

「違います姉上、9割ほどはボレアスとアルンの仕業でして!」

 

 本当に何したの!?

 これは平原に集まってくれている古龍たちにも話を聞く必要がありそうかも。

 あぅ、また仕事が増えた……。

 最近はちょっと体調が悪いから休みたいのに、また厄介なことになったよ。

 少し憂鬱な気分になってため息をつく。

 

 ラオシャンロンが私の核心を突いたのは、その直後のことだった。

 

『どうやら「暴」の側面がかなり強くなっているようですな。……偉大なる真祖よ。あなた様の自我が限界を迎えるまで、後どれほどの猶予があるのですか?』

 

 その言葉を耳にした瞬間、ズキンッと胸が疼く。

 私の心の奥底で、祖龍ミラルーツが目覚めの気配を察して獰猛に牙を剥いた。








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第34話 決戦準備

 ――『私』という人格が不安定になる前兆は、以前から少しずつ感じるようになっていた。

 そもそも『私』は戦うことが苦手だ。

 もちろん自分の命が危険に晒されることは怖いけれど、それと同じくらい誰かを傷つけるという行為を受け入れることが出来ない。

 

 でも、運命は残酷だった。

 私が転生したのはモンスターハンターの世界、弱肉強食が唯一にして絶対のルールである厳しい大自然。

 しかも、私はモンスターとして命を授かった。

 生きるためには他の生き物を殺すしかない、自分と大切な弟達を守るためには外敵を殺すしかない。

 今世でも私はお姉ちゃんだから。

 弟妹たちを守るため、そして龍の始祖である祖龍としての責務を果たすため。私は、竜大戦という最悪の殺し合いから逃げることは許されない。

 

 だから弱い『私』は、強い「私」に頼った。

 最強の龍ミラルーツの力と戦闘センスは、中身が軟弱な女子高生でも問題なく敵を排除できる。

 龍としての本能に心を委ねれば、命懸けの殺し合いでも平静を保てる。

 今の私はもう人間じゃない。

 眷属である竜種が繁栄するためなら、障害となる存在を一切の慈悲なく撃滅する龍の始祖なのだから。

 私の性根は、凶暴で残忍な龍だ。

 それを人間だった時の記憶と理性で、強引に抑えているだけ。

 

 そして、心の奥底から湧き出る古龍種の本能に抗うのも限界が近い。

 今では戦闘に入ると自動的にスイッチが入り、生き物を殺すことに躊躇いというものが無くなってしまう。

 『私』という人格が後どのくらい保つことが出来るのか私にも分からないけど、猶予期間が終わる頃にはギリギリでしょうね。

 それでも根性で押さえ込むけどな!

 竜大戦が終わる前に祖龍が持つ『凶暴性』や『残忍さ』が剥き出しになると、人類も古龍も凄い被害が出るし。

 だって、戦闘狂が指揮官なんて出来るわけないじゃん。

 理性を失った私が出せる命令なんて、それこそ「命ある限り人間を殺せ!」とかになる。

 

「まぁ、別に『私』が消えるわけじゃないからね? ただ性格と考え方が大幅に変わるだけだし。だから、えっと、大丈夫だから!」

 

「だってぇ……っ!」

 

 涙で可愛い顔を台無しにしちゃってるアデルの背中を撫でながら、私は必死で慰める。

 事実、私の『人間性』が限界を迎えたところで『私』は消えない。

 むしろ祖龍ミラルーツとしての在り方は、封じている『本能』が表出した後の方が正しいと思う。

 もしかしたら、弟妹たちのように『理性』と『本能』を完全に共同させることが出来るかもしれない。というか、それが理想だけどね。

 

「ラオシャンロンさん、バルカンさん、何か方法はないんですか!?」

 

「そんなもの我が知りたいわ! ……昔から姉上は優しすぎたのだ。龍の本能を押さえ付けてまで、全てを守ろうとした。その反動が間もなく訪れる、それをどうにか出来るのは姉上しかおらん」

 

『何より『本能』の覚醒は必須。……母よ、お気づきですか? 御身が『本能』と共に力の大部分を封じてしまっていることに』

 

「まぁ、ね……」

 

 ずっと違和感はあったからね。

 確かに、世界観の設定では祖龍ミラルーツは最強の古龍だよ。

 だけど、祖龍と同じ『禁忌』にカテゴライズされているバルカンやボレアスも祖龍に匹敵する力を持っていると思ってた。

 アルンと戦った時も、勝てたのは奇跡だと思えるくらいの接戦だったし。

 その時の私は同じ『禁忌』クラスのモンスターだから、力が互角なのは当然だと考えて疑問すら抱かなかった。

 

 だけど、ここで1つの疑問が浮かび上がる。

 本当に『禁忌』のモンスターの力が同等なら、どうして私は弟妹たちから異常に尊敬されているの?

 古龍種の上下関係は簡単に決まる。強い方が上になる。それだけ。

 全ての龍の始祖だからっていうのも理由の1つだろうけど、弱肉強食の前にそんなものはあまり関係ない。

 もしも本当に祖龍と他4体の力が互角なら、弟妹たちの性格的に本気で頂点の座を奪おうとするはずでしょ?

 私の前ではただの可愛い弟妹だけど、本当はそれぞれの異名に相応しい凶暴性を秘めた龍であることは知ってる。

 バルカンやアルンはプライドの塊だし。

 祖龍(わたし)以外には、絶対に頭を下げたりしないもんね。

 

 それじゃあ、どうして祖龍が頂点であることに誰も文句を言わないのか。全ての龍が私に忠実に従うのか。

 答えは単純。

 本当の祖龍の実力は、他の『禁忌』と比較しても遥かに上回るほど隔絶したものだから。

 私が今のところ弟妹たちと同レベルの力しか出せないのは、無意識のうちに自分で自分の力を封印していたからだ。祖龍の『凶暴性』と一緒にね。

 

「そういう訳だから、いつまでも今のままじゃダメなんだよ」

 

「そんな……私が“絆石”を使ってもダメなんですか!? さっきのキラーズさんを倒した時みたいに!」

 

「アデルの力を借りると、龍の中で不満が生まれる可能性があるからさ。自分たちの指揮官が敵の力を借りてたら、そりゃあ良い顔しないって」

 

「姉上の仰る通りだ。龍の中には血の気が多い種も無数に存在している。確かネルギガンテと名付けられた龍がそうだったか……」

 

 それに、今の私だとキラーズに勝てない。

 フランシスカさん、アーサーくん、シエル、少し考えただけで古龍種すらも倒せる実力者は3人も出てくる。

 私が知らない強敵だって、まだ何人もいる可能性だってある。

 1対1なら大抵の相手に勝てるけど、これから始まるのは史上最悪の竜大戦だ。

 モンスター側の指揮官である私は、最前線で戦う必要があるでしょう。万全の状態でフランシスカさんと戦える保証もない。

 何より、私の敗北は全モンスターの敗北になる。

 

 祖龍ミラルーツに、敗北は許されない。

 

「――だけど」

 

 無限に続くかと思えた大洞窟な終わりを迎え、前方から太陽の光が差し込む出口が見え始めた。

 久しぶりの陽射しを背に、私は頼れる長男に『もしも』を託す。

 

「私に何かあったら……その時はお願いね、バルカン」

 

「姉上の威光が陰ることはあり得ません。しかし、ご命令とあらば」

 

 弟妹たちには出来る限り弱いところは見せたくない。

 力こそを至上とする私の古龍種(けんぞく)に無様な姿を見せれば、それは威厳と信用の失墜に繋がるから。

 だけど、どこかで私がダメになってしまった時は。

 弟妹たちに人と、龍と、この星の未来を託すしかない。

 

 地下洞窟から脱出した私たちはラオシャンロンに別れを告げた後、アデルをイースターランの街に送り届けた。

 アデルはずっと泣いていたけど、別れ際には必ず人と竜が共存する場所を作ると宣言してくれた。

 “絆石”を手にした彼女は、立派なモンスターライダーだ。

 もう私が手を貸さなくても、ライダーとして順調に力をつけていくと思う。そのうち古龍種までオトモンにしたりして。

 

「姉上……その、洞窟でのお話なのですが……」

 

「問題ないよ、バルカン。決戦時には必ず始祖としての力を見せるから」

 

「――――……」

 

 虚勢を張った私に、バルカンは何て言ったのか。

 弟に決して弱みは見せないと無理していたその時の私には、そんなことを考える余裕もなかった。

 

 

 

 

 

 

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 アデルとの旅を終えた後は、かなり大忙しとなった。

 各地に離散していた古龍種から人間の国の情報を受け取り、それを元に戦略を組み立てていく。

 主な脅威は2つ。

 古龍種すら単独で討伐するトップクラスのキラーズと、龍脈エネルギーを使用した対龍兵器だ。

 対龍兵器のスペックは詳しく分からないけど、初号機を破壊してくれたララの推測では上位の古龍と同等の戦闘力があるらしい。

 うん、ぶっ壊れ性能だね。

 竜だと絶対に勝ち目はないから、古龍種の大部分はこの対龍兵器と戦うことになるかな。

 

 そして最大の問題であるトップキラーズたち。

 彼らの相手を出来るのは、古龍種の中でも最強格である私たち『禁忌』の龍だけだ。

 フランシスカさんは間違いなく私を狙ってくるでしょうね。

 流石にフランシスカさんと他のキラーズを同時に相手にするのは無理だから、そこは弟妹たちに頼る必要がある。

 

 言い方は悪いけど、残りの弱いキラーズは竜による物量作戦で対処しよう。

 戦争で「数」は強力な武器だからね。

 恐らく全世界のキラーズの総数よりも、モンスターの数の方が圧倒的に多いだろうし。

 これだけ「数の差」があるのに、未だ人類が平然と生存しているのは、フランシスカさんやシエルのような規格外のキラーズが戦線を支えているからだ。

 ……いや、僅か数人で人類を守れるとか何それ英霊(サーヴァント)

 

 余談だけど、あの平原に集結してくれた全ての古龍種は「ボレアスとアルンの、スパルタ言語教室」で全員が言葉を操れるようになっていた。

 その授業内容は、うん、普通にアウトだったね。

 ラオシャンロンがボレアスに本気でビビるのも納得だよ、死者が出なかったのが奇跡だってあれ。

 特にボレアスが酷い。

 あの子ってば天才型だから、他者に何かを教えるのが凄い下手くそなのよね。基本的に感覚で何でも出来ちゃうから。

 出来ない(ヒト)の気持ちが分からないって感じ。

 王は人の心が分からない……とは、ちょっとニュアンスが違うかも。

 

 閑話休題。

 

 そんな感じで決戦に備えた準備をしているうちに、人類に与えた猶予期間も残り半分を切った。

 各地で「戦争反対」を掲げる人も少しだけ生まれているようで、戦う意思が無い人々を保護する作戦も展開中。

 恐らく決戦場となるでしょうシュレイド地方から、遠く離れた場所へ移す方法を思案してるところだね。

 

 そして、現在。

 

「あぁ、姉上と2人きりのデートが出来るなんて。今日を全世界共通の祝日にしてやりたい気分ですわぁ!!」

 

「うん、お願いだから暴走しないでよ?」

 

 私の腕に抱きついて目をハートにしてるアルンから視線を外して、私は前方に見える『新大陸』を静かに睨む。

 そう、モンスターハンターワールドの舞台だ。

 もちろん今は『新大陸』とは呼ばれてないし、そもそも人類は発見すらしてないけどね。

 私が『新大陸』に向かう理由はあの地域だけに生息する古龍を仲間に加えるため。

 対龍兵器やイコールドラゴンウェポンのことを考えると、大きな戦力となる古龍種は少しでも多く仲間に欲しい。

 

「アルン。念のために言っとくけど、戦闘は最終手段だからね?」

 

「もちろん理解していますわぁ! つまり姉上に従わないクズなら殺しても良いということですわよね?」

 

 ダメだこれ。

 『新大陸』の古龍種が私に非友好的だった場合に備えてアルンを呼んだけど、連れてくる弟妹を間違えたよ。

 これ絶対に逆効果になるって。

 『古龍種の王』とまで謳われるムフェト・ジーヴァや、古龍を襲うことで有名なネルギガンテ、歌で竜を狂わせるアン・イシュワルダより、暴走したアルンの方が100倍危険かもしれない。

 仲間割れとか絶対にして欲しくないのに……。

 

 嫌な予感に冷や汗を流しながらも、私はアルンと共に『新大陸』に上陸した。



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第34.5話 対龍会議①

長らくお待たせしました。


 ――シュレイド王国・王都・キラーズギルド本部。

 世界各地でモンスターの被害から人類を守るキラーズの総本山は、凄まじい緊張感に包まれていた。普段のギルド本部はロビーを行き交う職員やキラーズで賑わうが、今はその活気がどこにもない。

 一般人ならば滝のように冷や汗を流して失神してしまうほどの威圧、それが心臓が鼓動する音すら聞こえるほどの静寂を呼んでいる。

 そして、その威圧はギルドの最奥――『大会議室』から放たれていた。

 

 『大会議室』の中央に置かれた円卓の一席。

 会議の主催者としてそこに座るキャロル・アヴァロンは、この空間に集結したキラーズを眺めて戦慄する。

 強大なモンスターの監視を務める竜種観測隊の統率者にして、『人類最強』と名高いフランシスカを友に持つ彼女は、一般人よりも「常識外の怪物」に耐性があると言えるだろう。

 だが、そのキャロルですらも入室した瞬間に意識を失いかけた。

 今の『大会議室』には、それほどに重いプレッシャーが渦巻いているのだ。

 

 当然だ。

 何故なら、今この場所に集っているのは――……

 

(この方たちが、大陸各方面に位置する列強国で『最強』の称号を冠するキラーズ……!)

 

 人類が生存圏を確立している最大の大陸。

 東、北、南それぞれに、西方の頂点シュレイド王国にも匹敵する列強国が存在している。

 北のサザンドゥーラ帝国。

 南のエルドバッド王国。

 東の海洋国家ローライン。

 イコールドラゴンウェポン製造のために、シュレイドに力を貸したのがこの3国である。

 

 繰り返そう。

 キャロルの目前、この部屋の円卓にはサザンドゥーラ、エルドバッド、ローラインでそれぞれのトップに君臨するキラーズが座しているのだ。

 『禁忌』に勝るとも劣らない、人類側の怪物たち。

 そんな超越者たちが集結し、互いに殺気を飛ばして相手を牽制しているのだから、一般人が失神するほどの重圧が発生するのは当然だろう。

 

 十数分にも及ぶ静寂。

 それを破ったのは、キラーズギルドサザンドゥーラ支部の代表としてこの会議に出席している1人の少女だ。

 つまり、北方で『最強』と謳われるキラーズ。

 オーロラの如く美しい白銀の髪に、輝くダイヤモンドを想起させる瞳。

 重圧の中でも無表情を貫く人形めいた美貌には、どこか年相応のあどけなさを残す可憐なる龍殺し。

 他国と比較してキラーズの戦闘能力平均値がズバ抜けて高いサザンドゥーラ帝国で、弱冠14歳で頂点へ到達した天才児。

 その名を、キュレネー・スカディ。

 平均身長が180センチに達するサザンドゥーラ出身でありながら、150センチしかない華奢な体に銀のドレスを纏った白雪の乙女が、囁くように声を発した。

 

「……ねぇ、まだ会議は始まらないのかしら?」

 

 冷たい視線と共に無感情に紡がれた言葉を向けられて、キャロルの喉が一瞬で干上がる。

 別に殺意や敵意を向けられた訳ではない。

 飛竜種が接近するだけで草食獣が怯えるように、圧倒的上位者に対してキャロルの本能が勝手に反応しただけだ。

 フランシスカとは長い付き合いなので信頼関係があり、遠慮なく接することが出来るが、初対面の超越者が相手ではキャロルでもプレッシャーを感じてしまう。

 それでも何とか平静を装い、キャロルも口を開く。

 

「まだ出席者が揃っていませんし、定刻まで時間があります。多忙であることは承知していますが、もう少しお待ち……」

 

「うるせえなァ、もうちっとで眠れそうってトコで喚きやがって」

 

 キャロルの声を遮り、円卓に突っ伏していた1人の男がしゃがれた声を出した。2メートルを超す巨大を起こし、その男は濁った眼光をキュレネーへと向ける。

 まるでミイラのように全身に包帯を巻いた、獰猛な野獣の如き荒々しい雰囲気を纏う半裸の巨人。

 イード火山での「イコールドラゴンウェポン起動実験」の際には、紅龍ミラバルカンと激闘を繰り広げた凶悪なる大量殺人鬼。

 『不死身』の異名を持つ、ヴァルフラム・ベッカーだ。

 

「黙ってることも出来ねぇ小娘(ガキ)が、何でこの場所にいやがる?」

 

「……そこにいるアヴァロン隊長に呼ばれたから」

 

 挑発的なヴァルフラムの嘲りに、しかし北方最強の少女は無表情を崩すことなく端的に言葉を返した。

 そして無作法にも円卓に足を乗せるヴァルフラムに視線を向けると、無機質な声で言葉を続ける。

 

「あと、私は人の睡眠を妨げるほどの大声を出してない。つまり貴方は適当な理由をつけて、私を挑発しているだけ。……大人なのに、随分と感情的な言動をするのね」

 

「ハッ、つまんねぇな。機械人形と喋ってる気分だぜ」

 

 紅龍ミラバルカンとの戦闘で屈辱的な敗北。

 全身に負った大火傷とダメージは9割ほど回復したが、まだ疲労が残っている状態での強制的な招集。

 しかも、招集理由は性に合わない会議への出席。

 直近の出来事は何もかもがヴァルフラムを苛立たせるものであり、戦闘狂の殺人鬼がストレスを解消するために殺し合いを望むのは至極当然と言えるだろう。

 だからこその挑発。

 しかし僅かな会話で全て見抜かれた挙句、キュレネーを挑発に乗せることに失敗したヴァルフラムは白雪の乙女に対する興味を失った。

 

 不死身の狂人と白雪の乙女。

 2人の会話を固唾を呑んで見ていたキャロルは、戦闘に発展しなかったことに安堵する。

 どちらも古龍種すら上回る戦闘能力の持ち主なのだ。

 ただの喧嘩も怪物たちが行うと戦争や天災レベルの破壊を撒き散らす。王都が受ける被害を想像するだけで気分が悪くなった。

 尤も、本当に戦闘が起きるとキャロルは余波で即死するので事後処理など関係ないのだが。

 

(キュレネー・スカディ、彼女が好戦的な性格でなくて本当に良かった……)

 

 しかし、安堵したのも束の間。

 確かにキュレネーは好戦的な性格ではなかったが、この部屋にはまだ何人ものキラーズがいる。

 そして他の超越者も非好戦的であるとは限らない。

 

「これじゃあァ、どっちがガキがわかンねェな? 大男、ケンカがしたけりゃオレサマが相手してやろうか?」

 

 肩まで伸びた髪は灰色だが、前髪の一房だけが緋色。

 研ぎ澄まされた刃のよう鈍色の双眸は、獲物を前にした竜のように獰猛な光を湛えている。

 涼しげな青と白の装束の上からでも分かるほど極限まで鍛え上げられた肉体。

 海洋国家ローライン最強のキラーズ。

 アーサー・オーケアノス。

 『世界最強』の座を渇望する剣の青年が、ヴァルフラムという上等なエサに狙いをつけた。

 

「――あァ?」

 

 アーサーから発せられた、剣のような鋭い威圧。

 己に向けられたソレを感知したヴァルフラムが、殺意が宿る悍ましい視線をアーサーへと移す。

 殺人鬼の意識が自分に向いたことを確認し、アーサーは口元を吊り上げた。

 

「このオレサマがケンカの相手になってやるつってンだよ、デカブツ。それとも、テメェの半分以下の背丈の子供が相手じゃねェと強気になれねェのか?」

 

「ハッ、テメェもそこの機械人形も大差ねぇって話だ。女? 男? ガキ? 大人? 俺からすりゃあ総じてただのザコ。ただ――」

 

 そこで一度言葉を区切り、巨人もまた挑発に応じるように嗤う。

 

「――今ここにいるザコの中なら、そこの機械人形が1番マシな気がしたんでな」

 

 嘲笑と共に放たれたその言葉は、とある少女と交わした約束から『世界最強』に固執するアーサーに対し、最大の挑発となった。

 アーサーの鈍色の双眸が殺意を帯び、額に青筋が浮かぶ。

 

「つまり、テメェはオレサマよりそこの人形(ガキ)の方が上だって言ってンのか?」

 

「そうだと言ったら、どうすんだ?」

 

「立てやデカブツ、小さく刻んでモンスターの餌にしてやるよ」

 

 椅子を蹴り倒してアーサーが立ち上がり、円卓を挟んで真反対に座っていた殺人鬼もまた応じるように拳を握った。

 まさに一触即発。

 両者から放たれる威圧が増し、キャロルは会議室の空間そのものが捻じ曲がる錯覚に襲われる。

 

 ――直後、起爆。

 

 キャロルが制止の言葉を発するよりも早く、アーサーとヴァルフラムが円卓の上を疾駆する。

 意外にも先手を取ったのは、その巨体とは裏腹に獣のような敏捷性を発揮した殺人鬼だ。アーサーの速度も十分に人間離れしているが、一撃の威力に特化しているため能力に偏りのないヴァルフラムに劣ってしまうのだ。

 音を遥か彼方に置き去りとし、ヴァルフラムが大木の幹ほどある剛腕が豪風を伴って振り下ろす。

 岩盤すら打ち砕くヴァルフラムの拳撃。

 それを大剣の斬り上げで正面からアーサーが迎え撃とうとしたその瞬間、2人の間に人影が割り込んだ。

 

 音速を遥かに超えた領域での戦闘。

 鈍足な言葉は超越者たちの耳には届かないが、常人であるキャロルの耳には確かに聞こえた。

 腹の奥まで響くような、重低音の老人の声が。

 

「失礼する」

 

 アーサーとヴァルフラムの間に現れた人影が、紳士的な前置きと共に強く床を踏み込む。

 それだけの動作で、剣の青年と不死身の殺人鬼が足場にしていた円卓が粉々になった。

 否、それだけでは終わらない。

 乱入者の動作は衝撃波すら引き起こし、激突寸前だった青年と巨人が同時に仰け反る。

 

 室内に吹き荒れる破壊と衝撃波。

 それらに対して反射的に目を瞑っていたキャロルが瞼を持ち上げると、その時点で全てが終わっていた。

 

「「――ッ」」

 

 喉奥から声を出すのはアーサーとヴァルフラム。

 そして2人の喉元に、鋭い剣の切っ先を突きつけている老人の姿があった。

 オールバックにした白髪と長い顎髭、そしてタキシードに覆われた老人とは思えないほど筋骨隆々の肉体。深い皴と無数の古傷が刻まれた貌。

 一体どれほどの鍛錬を積めば、老齢に達した後でもこれほどの肉体を維持できるのだろうか。

 キャロルに分かることはただ1つ。

 この老人こそが、南方の列強エルドバッド国で活動するキラーズたちの頂点に立つ人物であるということ。

 名を、ベネディクト・カーライル。

 これまで一言を発することなく沈黙を保っていた老人が、黄金に輝く双眸を細めて剣の青年と巨人を睨む。

 

「まず、貴殿らの立ち合いを邪魔したことを謝罪しよう。しかし、ここは刃ではなく言葉を交わす場。個人的な感情による私闘は、後ほど人気のない場所で行って頂きたい。……間もなく龍による総攻撃が行われるという時に、人間同士で争うのはあまり歓迎できませんがな」

 

 アーサーとヴァルフラムを牽制しながらベネディクトは言葉を紡ぎ、そして最後に背後にいるキャロルを一瞥する。

 

「この場には非力な女性もおられる。女を傷つけることは無論、言語道断。しかもこのアヴァロン殿は優秀な頭脳とモンスターに対する豊富な知識を持つと聞く。何か大事があれば人類にとって大きな損失となるでしょう。もしもの時は、謝罪程度では済みませんぞ」

 

「チッ……」

 

 舌打ちし、先に矛先を下げたのはアーサーだった。

 急所に剣先を突きつけられた状態では、大人しく大剣を鞘に納める以外に出来ることはない。

 特にアーサーは他の超越者と比較して速さで劣るため、この状態から老齢の双剣使いに無傷で反撃するのは不可能だろう。

 ……仮に実戦であるのなら、この『詰んだ』状況からでも相打ちにまで持ち込むことも出来るが。

 

「実力を隠してやがったな。オオナヅチに化かされた気分だぜ」

 

「悪戯に力を誇示する者はただの愚者。真なる強者は刃を隠すものです」

 

「まァ、人の考え方なんぞ千差万別だがよ。オレサマにとっての『最強』ってのは全てから畏れられるヤツを指す。人から、魔境のバケモンから、そして……龍からもな」

 

「慢心は『最強』の弱点。貫かれ、撃ち落とされることの無きよう。……ええ、まさに今のように」

 

「どれだけ慢心しても無敗、無敵、圧倒的。それが『最強』ってモンだ。油断した程度でザコに負けるなら、ソイツは『最強』じゃねェ」

 

「ふ……実に、若く青い。若者らしい意見ですな。嫌いではありませんが」

 

 まるで正反対なアーサーとベネディクトの『最強論』。

 互いの意見を真っ向からぶつけ合い、しかし互いに相手の言い分を受け入れて決着とした。

 アーサーの最大の目的は、己を一撃で打ち倒した『白の少女』に勝つこと。あの怪物と戦う前に、大きな傷を負うことは望ましくない。

 ここで素直に引き下がるのは理性的な判断と言える。

 ベネディクトを倒すのは、最大の目的を達成した後でも構わない。この老人ならば、必ず竜大戦を生き抜くだろうから。

 

 しかし、狂気に侵された殺人鬼に理性的な判断は不可能だ。

 臨戦態勢を解除したアーサーから、戦いを妨害した老人に殺意を向ける。

 

「随分と冷める真似をしてくれたな、ジジイ。殺されても、文句を言えんほどのコトだぜ……!」

 

 ヴァルフラムの剛腕の筋肉が膨張した。

 もしも人体に被弾すればそれこそ言葉で表現することも出来ないほど悲惨な末路を辿ることになるであろう、究極破壊の一撃。

 即座にベネディクトは剣を一閃して殺人鬼の喉元を斬り裂くが、

 

「ハ、ハ、ハハハハハハハハハッッ!!」

 

「……ッ!?」

 

 哄笑を響かせ、頸動脈を斬られたことなどお構いなしにヴァルフラムが拳を振り抜いた。

 咄嗟に両腕を交差させて防御した老齢の狩人だが、巨人の一撃はガードの上から強引にベネディクトを殴り飛ばす。

 ベネディクトは咄嗟に中空で体を回し、壁に着地することで体勢を立て直すが、鮮血を撒き散らしながら殺人鬼が再び拳を振り上げる。

 『不死身』の狂人。

 その異名を体現するように、一度スイッチが入ったヴァルフラムはどれほどの傷を受けても戦うことをやめない。

 

「何と面妖な……!」

 

 そのデタラメな光景に、ベネディクトすらも驚愕に目を見開く。

 首を掻き切られたのなら、人間離れした戦闘能力を持つキラーズでも即死する。

 ベネディクトも、アーサーも、キュレネーも、シエル、そしてフランシスカですらも例外ではない。

 どれだけ強くても、首に重傷を負えば人は死ぬのだ。

 

「ハ、ハ、ハ、ハ、ハーーッ!」

 

 しかし、ヴァルフラムはその当たり前を覆す。

 哄笑を響かせ、床を踏み砕き、その巨大な双腕で大破壊を撒き散らす姿は、まるで暴力という言葉を形にしたかのよう。

 このままヴァルフラムが本気で暴走すると、1秒未満で地図から王都が消えるだろう。

 

 ――止めるには、殺すしかない。

 

 この空間に集う3人の超越者たちが、同時に同じ答えを出した。

 ベネディクトが双剣を、アーサーが大剣を、そして静観していたキュレネーも片手剣を構える。

 

 その直後。

 

「ほう、定刻通りに来たはずなのだがな。どうやら愉快なイベントに遅れてしまったらしい」

 

 大会議室の扉が、爆ぜた。

 まるで大量の火薬で爆破でもされたかのように、超高速で粉々となった扉がヴァルフラムに襲い掛かる。

 ただの木片といえど、音速以上の速度で飛散すればそれはもう散弾銃による銃撃と大差ない。狂った巨人の浅黒い肌が真っ赤に染まり、しかしヴァルフラムは怯むことなく己を攻撃した相手に直進する。

 

「おいキャロル、部屋の中にデカい獣を連れ込むな。……躾が面倒だろう?」

 

 全身を血で赤く染めた大男が、哄笑をあげて突進してくるという悪夢の如き光景。

 しかし、大会議室に入ってきたそのキラーズは微笑すら浮かべたままキャロルに苦言を呈した。

 

 そして、世界がズレる(・・・)

 

 キャロルだけではなく、この場にいた超越者たちまでもがそう錯覚した。

 天地神明を一刀両断する、人智を超えたその斬撃。

 振るわれた太刀は納刀されていたというのに、殺人鬼の胴体に深々と傷が刻まれる。

 そして2メートルを超える巨体がゴミのように吹き飛び、壁を突き破って瓦礫の山の下に消えた。

 

 キュレネー・スカディが、アーサー・オーケアノスが、ベネディクト・カーライルが絶句する。

 ただ1人、その女のデタラメな行動に慣れているキャロルだけが苦笑混じりに口を開いた。

 

「大人ならば定刻の5分前には集合を完了させて下さい。……待ってましたよ、フランシスカ」

 

「遅刻はしていないのだから許せ。それよりも早く始めてもらおうか――『対龍会議』とやらをな」

 

 西方・シュレイド王国。

 キラーズの数が最も多いその大国で、不動の頂点に君臨する『人類最強』の女。

 フランシスカ・スレイヤーが凶悪に嗤うと共に、彼女の背後から3人と人影が現れる。

 シエル・アーマゲドン、フーゴ・ヒルデブラント、アレクシア・ディートリンデ。

 シュレイド最大戦力である4人が参加したことで、遂に『禁忌』に対抗する人類サイドの切り札が集結した。





※しばらく人類サイドのお話が続きます。


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第34.5話 対龍会議②

 ヴァルフラムの暴走で会議室が大破したことで、一同は被害を免れた隣の部屋へ移動していた。

 『大会議室』より規模は劣るが、この人数ならば十分な広さがあると言えるだろう。

 超越者たちが改めて円卓に着席するが、フランシスカは指定された自分の席ではなく先の戦闘で生まれた瓦礫の山に向かって歩いていく。

 

「いつまでそこで寝たフリをしている? 『不死者』とまで謳われる貴様が、あの程度のダメージでダウンする訳がないだろう」

 

 そんな言葉と共に、黒の狩人はその長い足で瓦礫を蹴り上げる。

 無数の巨大な瓦礫が石ころのように吹っ飛び、舞い上がる風塵の中から巨大な腕が飛び出した。視界が悪い状況を狙った、不意打ちのお手本のような拳。

 しかし、フランシスカは奇襲を予測していたように手首を掴んで受け止める。

 

「お遊びの時間は終わりだよ。……殺人鬼、続きは古龍を斃した後でやろう。それとも、今やらねば不満か?」

 

「……いいや」

 

 龍すら捻じ伏せる己の拳撃。

 それを正面から受け止めたフランシスカに、狸寝入りをやめたヴァルフラムは笑みを返す。

 その巨体に刻まれた傷は全て血が止まっており、高速で回復が始まっていた。

 人間という種の限界を超えた治癒能力。確かにそれは『不死』の異名に相応しい。

 実際、各国で最強の称号を冠する人並外れた超越者たちもヴァルフラムの回復力に瞠目した。

 

「噂に聞いてたぜ。『人類最強』の女がいるってな。実物を見るまではザコの1人だと思ってたが……悪くねえ」

 

 嗤う。

 己が『最強』であると疑わない殺人鬼が、強敵との邂逅に。

 

「納刀状態だったとはいえ、この私の斬撃をまともに受けて斃れぬその『不死』の能力、面白い」

 

 嗤う。

 己が『最強』であると疑わない狩人が、強敵との邂逅に。

 

「――お前とは至上の殺し合いが出来るだろうぜ」

「――貴様とは愉快な立ち合いが出来そうだ」

 

 極上のエサはとっておく。

 楽しみは、最後に回した方が良いのだから。

 つまみ喰い(・・・・・)は、我慢した方が良い。

 だから、戦闘狂である2人の捕食者は今だけその拳と刃を納めるのだ。

 ――決着の瞬間を、夢想して。

 

 小競り合いを終え、ようやく席に着いたフランシスカとヴァルフラムにキャロルは大きく溜息をついた。

 そして出席者が揃ったことを改めて確認し、キャロルは立ち上がって全員の視線を集めてから口を開く。

 

「定刻を2分オーバーしましたが……出席者が揃いましたので、これより『対龍会議』を始めます!」

 

 

 

 

 

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 『対龍会議』の開始をキャロルが宣言した後、真っ先に発言したのは、海洋国家ローラインの代表であるアーサーだった。

 意外と律儀なことに挙手して発言権を得てから、青年は事前配布された資料を指差して、

 

「まずは情報のすり合わせがしてェ。ここに書いてやがる『禁忌の龍』についてだ」

 

 『禁忌』というワードが出た瞬間、この場にいる全員の表情が変化する。

 人類にとって間違いなく最大の脅威。

 単独でこの世界を滅ぼすことも出来る古龍種。その頂点に立つ5体の怪物。龍の王たち。

 『禁忌』の打倒なくして、竜大戦の勝利はありえない。

 人類の未来を賭けた最後の決戦を前に行われるこの会議で、真っ先に『禁忌』の話題が上がるのは当然と言える。

 

「シュレイドが掴んでる『禁忌』の情報は、この配布資料に書いてることで全部か? ……まだ他に隠してることはねェだろうな?」

 

 問いかけるアーサーの脳裏に蘇るのは犯罪組織アウグスが擁する闘技場での戦い。アンセス――人の姿に擬態した祖龍ミラルーツに敗れるという、屈辱の記憶だ。

 この資料には『禁忌』が有する擬人化能力について詳細に記載されているが、情報伝達は完全に手遅れだろう。

 海洋国家ローラインは「猶予期間」の間に、擬人化した『禁忌』に侵入されていたのだから。

 結果的に被害を受けたのは犯罪組織アウグスのみだが、ローラインが大被害を受けていた可能性は十分にある。

 もっと早く……この会議が行われるよりもずっと前に、シュレイドが擬人化能力について公表していたら。

 あるいは、ローライン国の首都に祖龍が侵入することを防げたかもしれない。

 

 だからこその問いかけ。

 これ以上の情報秘匿は許さないという牽制も含む質問。

 それに対して、キャロルは動揺することなくアーサーに視線をぶつけて答えを返す。

 

「『禁忌』に関する情報の一部を秘匿し、早期に公開しなかったことは謝罪します。しかし、龍が人に擬態することを世間に発表すればパニックになる可能性もありました。正しい判断だったと私は思っています。そして質問の答えですが、これ以上の情報の秘匿はありません」

 

「オレサマの祖国が、祖龍によって更地にされてた可能性があったとしてもか? 王侯貴族の連中を介さず、ギルド同士でコッソリと情報伝達するって方法もあったと思うが?」

 

「キラーズギルドは軍の管轄下の組織。情報を伝達する時には必ず検閲が入るでしょう。……恥ずかしい話ですが、我が国ではキラーズは政府に信用されていませんので」

 

「そォかよ。オレサマの質問は以上だ。ま、終わったコトに今さら文句言っても意味ねェしな。次の話に進んでくれや」

 

 アーサーが視線を背けて会話の終わりを告げ、キャロルは咳払いして全員の意識を改めて自分に向けさせる。

 

「それでは『対龍会議』の主旨を簡潔に言います。――このまま龍と真正面から戦えば、人類は必ず負けてしまう。策が必要です」

 

 人類の敗北。

 そう断言するキャロルに、己の力量に絶対の自信を誇る超越者たちの視線が険しくなった。

 しかし、キャロルもまた怯むことなく言葉を続ける。

 

「皆様。まず、我ら人類にとって最悪の展開が分かりますか?」

 

「古龍による無差別攻撃。特に大規模な天災や超上空からの一方的な地上への攻撃が行われたら終わりでしょう」

 

 キャロルの問いに瞬時に答えたのは、青の狩人シエル・アーマゲドンだ。

 彼女の回答にキャロルは頷いて肯定を示し、王女の言葉を引き継ぐ。

 

「古龍の力は絶大です。彼らがその力を全力で解放すれば、世界中があらゆる天災に見舞われます。地震、津波、嵐、火山噴火、吹雪、落雷、大雨、神話のような天変地異が多発する。超人的な戦闘力を持つ皆様なら生き延びることも出来るかもしれませんが、人類の9割はこれで死ぬでしょう。少数が運良く生存しても、文明が崩壊した状態では生き残れない。こうなれば人類は絶滅です」

 

 つまり、人類は既に終わっているのだ。

 チェスで例えるのなら、完璧なまでのチェックメイト。

 

 だから――、

 

「この状態から人類が勝つには、もう盤面をひっくり返すしかありません」

 

 まず人類とモンスターでは勝利条件が違う。

 人類の勝利条件はもちろん、モンスターの絶滅。

 全ての竜と龍を駆逐することで、人類にとっての天敵をこの星から消してしまうのだ。

 

 それに対して、モンスターの勝利条件は人類との共存。

 要するに、古龍種たちは人類が絶滅するような大規模で無差別の攻撃を行うことはできない。

 モンスターは人類の継戦力を徹底的に削ぎ落とし、降参させる必要があるのだ。

 

「勝利の難易度がこれほど違うから、人と龍は戦えています。もしも勝利条件が同じだったのなら、既に人類はこの世界から消えているでしょう。龍の……祖龍の温情によって、私たちは生かされていると言っても良い」

 

 全ては祖龍ミラルーツの気分で決まる。

 ずっと祖龍が人類に寛大であれば問題ないが、龍の温情が永遠に続く保証はどこにもない。

 そんな不安定な平和と安寧に、人類全員の未来を託すことなど出来るわけもない。

 

「人類が繁栄する未来を勝ち取るには、全ての龍を斃すしかありません。策略で、知略で、科学で、そしてキラーズの力で。勝たなければ、生き残れない」

 

 もしもこの先、祖龍よりも強いモンスターが現れたら?

 そしてその新しい最強のモンスターが、祖龍とは違って人類の絶滅を望むような個体なら?

 今しかない。

 甘っちょろい理想を夢見ている『あの祖龍』が頂点である今しか、人類に勝機はないのだ。

 

「前置きは十分だキャロル。そろそろ本題に入れ。我らは貴様の演説を聞きにきた訳ではない。そうだろう?」

 

「……ええ」

 

 圧倒的な劣勢。

 その現実を突きつけられても、フランシスカはただ不敵に笑う。

 一度の敗北もない常勝の狩人は、視線だけで対等の友人と認めたキャロルに問いかけるのだ。

 もう、龍に勝つ策略を考えているのだろう? ――と。

 

 そしてキャロルも、親友の信頼に知略で応える。

 

「皆様、2つ目の質問です。龍との最終決戦において、最大の敵とは何でしょうか?」

 

「ああ? 『禁忌』とかいうモンスターじゃねぇのか?」

 

「いや、ソイツは違う」

 

 何度も分かりきったことを言うなと、会議に飽きていたヴァルフラムが不機嫌な声で答える。

 しかし、その答えを『魔境還り』の片割れを担うフーゴが否定した。

 

「――古龍だろ」

 

「正解です。流石は3体の『禁忌』が巣食う魔境から生還した大英雄ですね」

 

「お世辞はやめろ。鳥肌が立つ」

 

 キャロルの称賛を舌打ちして跳ね除けるフーゴの隣で、その大英雄を補佐するアレクシアが挙手した。

 

「ちょっと待ってください。どうして『禁忌』よりもその他の古龍が脅威になるのですか!?」

 

「冷静になって考えろよアレクシア。ここにいるメンツを見てみろ。オレたち以外はモンスター以上のバケモンばっかだ。この会議に出てるキラーズなら『禁忌』が相手でも単独で勝ちにいける。オレたちのように2人で組めば、その勝率は7割以上だろうな」

 

「確かに……! 流石は中佐殿です!」

 

「フランシスカやそこの……あー、アーサーだっけか。それとヴァルフラムはプライドの塊だから死んでも共闘とか受け入れねえだろうが、その他の奴らはそこまで『最強』にこだわりがないだろ。そっちの爺さんや嬢ちゃんは勝つためなら手段は選ばないタイプと見た」

 

「……初対面なのに凄いわね。少なくとも、私に関しては当たっているわ」

 

 最初にフーゴの性格診断に反応したのはキュレネーだ。

 無表情なのは変わらないが、その声には少しだけ驚きの感情が含まれている。

 

「お見事ですな、ヒルデブラント殿。確かに、私は祖国に勝利をもたらすためなら手段は問いません」

 

「やめてくれ。ただ少しばかり人事管理の仕事をした経験があるだけだ」

 

 キュレネーに続いてベネディクトも称賛の言葉を送ると、やはりフーゴは苦笑して褒め言葉を跳ね除ける。

 

「オイ、話がそれてンぞ」

 

「ああ、雑談なら後回しにしろ。キャロルもさっさと続きを話せ」

 

 少し脱線した会議をアーサーとフランシスカが指摘し、キャロルも手を叩いてまた全員の視線を自分へと向ける。

 

「話を戻しますが、我々の最大の敵は古龍です。フーゴが言った通り『禁忌』はこの場の戦力で対応できます。大陸各地で行なった『イコールドラゴンウェポン起動実験』と直近の『対竜種兵器開発研究所襲撃事件』で、シュレイドは5体の『禁忌』と接触しています。その時のデータから、私は1つの結論に至りました」

 

 そこで一度言葉を区切り、キャロルは確信を込めて言う。

 

「『禁忌』はプライドが高く戦闘狂です。フランシスカに似たタイプですね。そして、祖龍はフランシスカを筆頭に最上位のキラーズを危険視している。これらの材料から『禁忌』はフランシスカたちの迎撃を行うでしょう。その他の戦線には、少なくともあなた方との戦いが決着するまでは顔を出さない」

 

 要約すればこうだ。

 最終決戦では、まず超越者と『禁忌』がぶつかり合う。

 フランシスカは開戦と同時に祖龍を目指して突き進むだろうし、モンスターを蹴散らしながら戦場を駆け回る黒の狩人を祖龍は無視できない。

 『禁忌』が妨害しなければ、フランシスカ1人で戦線を1つ勝利に導けるのだから。

 そして、それは他も同じ。

 シエル、ヴァルフラム、キュレネー、ベネディクト、アーサー、フーゴ、アレクシアと、この会議に出席しているキラーズは他とは一線を画する戦闘能力がある。

 『禁忌』はこの場のメンバーを絶対に倒しに来る。

 

 そうなれば、トップ争いをしている横でその他の戦力がぶつかり合うことになるだろう。

 そこで問題となるのが古龍種だ。

 

「そして、今の観測結果から古龍種にカテゴライズされるモンスターは同種でも力に個体差があると分かりました」

 

「確かに。ギルドで発注してるクエストにも、ターゲットは同じモンスターなのに難易度が違うモンがあった」

 

「例えば同じクシャルダオラでも、個体によって強さが違います。まだ若い個体は弱く、反対に長寿の個体は強力です。弱いものを『下位個体』と、そして強いものを『上位個体』と呼んでいます」

 

「それで、オレサマたちが『禁忌』と戦ってる間に『上位個体』の古龍が襲来するとやべェってことか?」

 

「ある程度はイコールドラゴンウェポンや『対龍兵器』で対応できると思いますが、問題は『G級個体』の古龍種。つまり『禁忌』一歩手前の力を持つ個体が存在していることです」

 

「私、知ってるわ。サザンドゥーラの周辺に生息しているモンスターは、他の地域の個体と比べてとても強いもの。きっとそれが上位個体……もしくは、G級のモンスターなのね」

 

 キュレネーの言葉をキャロルは頷いて肯定する。

 

「G級のモンスターはあなた方でも短時間で討伐するのは難しいでしょう。竜のG級個体でも、並のキラーズならば10人以上必要となります。そして古龍種ともなれば、並のキラーズやイコールドラゴンウェポンでは束になっても勝てない」

 

 それに頼みの綱である『対龍兵器』は、2週間ほど前にグランミラオスと名乗る幼女に9割近く破壊されてしまっている。

 もちろん猶予期間を利用して復旧しているが、G級個体の古龍種を多数相手にして勝てるほどの数は用意できないだろう。

 

「そして、祖龍もただ黙って決戦の時を待っている訳がありません。猶予期間を使い、人類に勝つ準備をしているはずです。擬人化してローラインに潜入していたのも、何かの策略の用意でしょう」

 

 ルビーを想起させる赤い瞳を細め、キャロルは断言した。

 

「祖龍ミラルーツは怪物です。それは単純に戦力的な意味だけなく、策略家としても。10……いえ、100手先を予測して策を練らなければ勝機はありません」

 

 想像するのはチェスのボード。

 襲来する竜と古龍に対し、どのようにキラーズや『対龍兵器』を配置するか。

 どうやって超越者2人と『禁忌』1体という有利な構図を作るか。

 策を練るのはキャロルの役割だ。

 キャロルが策略で祖龍を上回ることが出来なかった場合は、本来の戦略差で人類は負ける。

 

(祖龍……貴女は、今どこで何をしているのですか……)

 

 かつて見た純白の龍を想い、キャロルは模索する。

 人類が勝利するための、必勝の策を。




最上位のキラーズが『禁忌』だけに集中してたら、その間に古龍種がキラーズぶっ飛ばすよってお話です。
古龍とイコールドラゴンウェポンの力関係はこんな感じ。

下位個体<竜機兵<上位個体<G級=対龍兵器<禁忌

G級個体の古龍は喋れます。
喋れる古龍の戦闘力はレベル200のギルドクエストに出てくる古龍くらい強いと思ってて下さい。
要するにぶっ壊れです。

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第34.5話 対龍会議 終

「――一度、情報を整理しましょう」

 

 キャロルは手を叩いて超越者たちの視線を己に集めると、ここまでの内容を簡潔にまとめ始めた。

 

「まず最大の敵勢力は5体の『禁忌』。しかし我々が真に警戒するべきは、この場の皆様が『禁忌』と相対している間に行われる古龍種の総攻撃です」

 

 『禁忌』の攻撃は食い止めることができる。

 この『対龍会議』に集うトップクラスのキラーズたちであれば、勝機は十分にあるだろう。

 考慮すべきなのは、G級個体に至った古龍の対処法だ。

 古龍の数と比較すると、G級の称号が与えられるほどのキラーズは非常に少ない。

 大抵のキラーズは「竜」を倒すことが限界で、格上の「龍」には届かないのだ。

 圧倒的な人手不足。

 数の差を埋めるはずのイコールドラゴンウェポンも先の大規模戦闘でかなりの数が破壊されてしまっている。

 また奥の手でもあった『対龍兵器』は、グランミラオスにより初号機が破壊されたことで量産が安定していない。

 

「残された手段は1つ。遅滞戦闘で時間を稼ぎ、即応戦力で『禁忌』を各個撃破。その後、この場の皆様の力で古龍を駆逐してもらいます」

 

 キャロルがそう言い放つと同時、彼女の背後にある黒板に竜種観測隊の隊員が詳細な作戦内容を書き記す。

 それを一瞥したフランシスカが即座に立ち上がった。

 

「キャロル! 貴様、この私と祖龍の一騎討ちを認めないつもりか!?」

 

「……貴女なら絶対に文句を言うと思いました。なので、妥協案を用意してあります」

 

 古龍すら怯えて逃げ出しそうなフランシスカの視線に、キャロルは額を抑えてため息をつく。

 本来、キャロルが理想としていた作戦はこうだ。

 祖龍、黒龍、紅龍、煌黒龍、煉黒龍にそれぞれ2人以上の超越者をぶつけ、遅滞戦闘を行う。そして即応戦力であるフランシスカが順にそれぞれの援護を行い、『禁忌』を各個撃破するのだ。

 『禁忌』を一体撃破するごとに遅滞戦闘を行なっていた超越者も次の戦場の支援に移れるので、後半ほど早く安全に『禁忌』を倒せるという利点もある。

 『禁忌』を撃破した後は、超越者が古龍種を駆逐するだけだ。

 しかし、フランシスカは絶対にこの作戦を認めない。

 人類滅亡の危機でも、絶対に祖龍との一騎討ちを望むだろう。

 今まさに面倒な友人から抗議を受けていることも、全てキャロルの予想通りである。

 

「本来ならばフランシスカが即応戦力となることが望ましいのですが……不満があるようなので、貴女には祖龍との遅滞戦闘をお願いします」

 

「断る。祖龍との決着は私が自分の手でつける。手出しは無用だ」

 

「お断りします。貴女のワガママを全て聞き入れることは出来ません。私には人類を勝利に導く義務がありますので」

 

「貴様――」

 

 フランシスカから殺気が溢れ、キャロルはまるで室内の温度が大幅に下がったかのような錯覚すら覚える。

 “人類最強”の暴走を予感したキュレネーとベネディクトがそれぞれ自分の武器に手を伸ばし、フーゴは右隣に座るアレクシアを庇うように盾を構えた。

 同時にシエルがフランシスカの肩を掴み、背後を取ることで次の行動を牽制する。

 ヴァルフラムは分厚い唇を吊り上げて傍観。アーサーは無言で作戦が書かれた黒板を睨み視線を外さない。

 

 一触即発の空気の中、キャロルはフランシスカの黒瞳を覗き込む。

 フランシスカの意思は絶対に揺らがないだろう。

 幼い頃からフランシスカの苦悩を知っているからこそ、キャロルは理解している。……このワガママな人類最強を納得させる方法を。

 

「それでは、タイムリミットを設けましょう。即応部隊は煌黒龍、煉黒龍、紅龍、黒龍の順序で大連続狩猟を行い、祖龍の討伐は最後とします。どうしても祖龍と一騎討ちで決着をつけたいのなら、即応部隊が到着する前に勝つことですね」

 

「……ふむ、横槍を入れられたくなければ早く倒せと」

 

「はい」

 

「邪魔をされたら、時間制限をオーバーした私が悪いということか」

 

「ええ、その通りです」

 

 もっとも――、と前置きして。

 

「もしもフランシスカが腕に自信がないから(・・・・・・・・)もう少し時間をくれと言うのなら、私はまた別の作戦を立てるしかないですけれどね?」

 

「ふ、は、はははははは! なるほど、流石だ。この私をここまで見事に使えるのは、世界中を見渡しても貴様だけだよ」

 

 片目を閉じて挑発するキャロルに、フランシスカは殺気を霧散させて笑い声を上げる。

 これで1つ目の問題はクリアだ。

 好調な滑り出しにまずは安堵し、次にキャロルは視線をアーサーの方へと移す。

 

「オーケアノス様、何かご不満が?」

 

「まァな。――オレサマも祖龍との一騎討ちを希望するぜ。まさか、ソイツのワガママだけが通るのか?」

 

 ビシィ……ッと。

 弛緩していた空気が再び張り詰め、キャロルは目を閉じる。

 密かな自慢である白銀の髪がストレスで白くなりそうだ。

 これが人類の命運を決める重要な会議でなければ、子供みたいにワガママを言うなファ●ク! と叫びたい気分である。

 今の状況と自分の立場、そして淑女であることを考慮して決して口に出すことはないが。

 

 深呼吸してクールダウンし、キャロルは口を開く。

 

「ローライン国でのオーケアノス様と祖龍の戦闘のお話は聞いています。『祖龍の擬人化状態での爆発的な戦闘能力の増強』という貴重な情報も頂きました。オーケアノス様の意見を蔑ろにするつもりはありません」

 

「へェ、それは嬉しいね」

 

 軽薄に笑い、アーサーは鋭い視線で続きを促す。

 別方向から先ほどの話を覆すなよ、というフランシスカからの視線もあり鬱陶しいことこの上ない。

 

「しかし祖龍と一騎討ちできるのは1人だけですし、何よりフランシスカ以外に即応戦力として期待できるのはオーケアノス様だけなのです」

 

 微笑を作り、キャロルは脳内で情報を整理する。

 この会議が始まる前に、出席者のプロフィールは全て暗記してある。名前、年齢、身長、体重、戦績、使用武器はもちろん、趣味や性格に至るまで全てだ。

 アーサー・オーケアノスは特にプライドが高い。

 そして思考形態はフランシスカと近く、とにかく自分の実力をアピールすることを強く意識している。

 

 つまり……

 

「即応戦力に必要とされるのは飛び抜けて高い『攻撃力』です。目の前の敵に注力している『禁忌』を、不意の一撃で仕留める圧倒的な火力――短期決戦を実現できるそれが無ければ、即応戦力は務まらないのです」

 

 即応戦力=強者のポジションということを意識させろ。

 無理やりに命令してやらせるのでは、アーサーの持つ力を最大限まで引き出すことはできない。

 敗北は許されない最後の決戦。

 この場にいるトップキラーズたちには、全力でそれぞれの役割を担って貰う必要があるのだ。

 

「そして、即応部隊は全ての『禁忌』と戦う機会がある。フランシスカが時間をオーバーした時は祖龍と戦う機会もある。名を馳せるには最高の立ち位置かと思いますが」

 

 そして、キャロル・アヴァロンは不敵に笑う。

 

「オーケアノス様に全ての『禁忌』と連戦するだけの実力が無いと仰るのであれば、私は自分が知っている最大戦力であるフランシスカに改めてお願いする必要がありますが、どうでしょうか?」

 

「――チッ、オレサマの負けだ。そこまで言われたら、今さら引き下がることもできねェしな。テメェの思うように使われてやるよ」

 

「ご協力、感謝します」

 

 プライドの高いアーサーなら、絶対に「自信がない」と言わないだろう。

 キャロルのその予想は的中しており、親友であるフランシスカと似ているためその気にさせるのも簡単だった。

 1つ懸念があるとすれば、アーサーと同じく自分が最強であることに絶対の自信を持っているヴァルフラムか。

 対抗心を燃やして即応部隊に立候補する可能性もあったが、キャロルはそれも予測してヴァルフラムの担当を紅龍に設定してある。

 リベンジの機会を与えれば、あの凶暴な殺人鬼も文句は言わないだろうという考えは正解だったようだ。

 実際、超火力を誇るミラバルカンを相手にして遅滞戦闘を行うのなら、不死に喩えられるほどの再生力と継戦力を持つヴァルフラムが最適だろう。

 

 全て、計算通り。

 

「他に異論がある方は……いないようですね。それでは、これで『対龍会議』は終了とします。お疲れ様でした」

 

 

 

 

 

〜Now loading〜

 

竜大戦 最終決戦

 

祖龍ミラルーツ  担当 フランシスカ・スレイヤー

 

黒龍ミラボレアス 担当 シエル・アーマゲドン

 

紅龍ミラバルカン 担当 ヴァルフラム・ベッカー

 

煌黒龍アルバトリオン 担当 フーゴ・ヒルデブラント、アレクシア・ディートリンデ、ベネディクト・カーライル

 

煉黒龍グランミラオス 担当 キュレネー・スカディ

 

即応部隊 アーサー・オーケアノス

 

〜Now loading〜

 

 

 

 

 自分の担当を確認し、キュレネーはウェーブのかかった自分の横髪に触れる。

 討伐対象は、煉黒龍グランミラオス。

 キャロル・アヴァロンから渡された煉黒龍の情報は他の4体と比べても非常に少なかった。

 シュレイド王国の王都では擬人化状態の姿しか確認できず、本来の姿を観測できたのはイコールドラゴンウェポンによる大規模な攻勢が行われた時だけ。

 そのデータも破壊された竜機兵から回収した、僅か数秒の映像記録のみ。

 

(情報不足、ね……)

 

 煉黒龍の正確なサイズはもちろん、攻撃パターンすら分からない。

 何の属性を使用し、どのような天災を引き起こし、どの攻撃に強く、どの武器に弱いのか。

 決戦までに観測隊が少しでも情報を入手してくれると助かるのだが、古龍種が不活性化している猶予期間の今は難しいだろう。

 『禁忌』に接近するだけで大きなリスクが伴うのだから、仕方のないことでもある。

 

 しかし、問題ない。

 情報が無いなら戦闘中に入手するだけだし、キュレネーに求められているのは遅滞戦闘だ。

 作戦が問題なく機能すれば、アルバトリオンを担当する3人に加えてアーサーも加勢に来る。

 討伐のタイミングも2番目と早い。

 勝機は十分以上――

 

「失礼、スカディ嬢」

 

 そこまで思考したところで、背後から声をかけられた。

 振り返った先に立っていたのは、鍛え上げられた肉体をタキシードで隠した老齢の狩人。

 ベネディクト・カーライル。

 キュレネーの祖国である北方のサザンドゥーラ帝国で、ベネディクトの名を知らぬ者などいないだろう。

 かつてサザンドゥーラと南のエルドバッドの仲は険悪であり、常に戦争状態にあった。

 戦況はサザンドゥーラの有利。

 商業・貿易に力を入れているエルドバッド国に対して、サザンドゥーラは軍事国家なのだ。正面から戦えば負ける道理などなく、優勢であるのも当然だった。

 その戦況を、1人で覆した男がいた。

 

「南国の英傑――『剣雄』のベネディクト……様……」

 

「申し訳ありませんが、その名で呼ばれていたのは昔のこと。今はただの狩人です」

 

「こちらこそ、ご無礼を。サザンドゥーラとエルドバッドの不和は過去の話。今はただ、貴方の実力に敬意を込めて」

 

 ドレスの裾を持ち上げ、足を交差させて膝を折る。

 サザンドゥーラにおける相手に最大の敬意を示す礼に、ベネディクトもまた頭を下げて応じた。

 

「私に何か御用ですか?」

 

「……噂を、聞いておりました。サザンドゥーラで最強のキラーズはまだ幼い少女であると。その少女は古龍すらも貫く絶技の使い手であると」

 

 ベネディクトの赤い瞳が光を灯す。

 その鋭い視線に伴う剣気に応じて、キュレネーもまた無表情を崩して微笑を作った。

 まるで人形のように感情を出さなかったキュレネーの変化に、会議を終えて退出しようとしていた他の超越者も足を止める。

 高まる緊張感。

 しかしフランシスカやヴァルフラムが暴走した時のような危険は感じられず、むしろ戦場に身を置く者なら安心感すら覚えるもの。

 すなわち、手合わせの申し込み。

 

 キュレネーの剣気を浴び、ベネディクトが目を開いた。

 赤い瞳の奥にあるのは驚愕、動揺、興奮、歓喜、そして……?

 ベネディクトの真意を推し量ろうとするキュレネーに、老剣士は穏やかな声で言う。

 その、鋭い剣気とは正反対の声音で。

 

「そして――その少女剣士は私の好敵手であり、最愛の人だったアヴローラ・スカディの孫娘であると」

 

「……は、」

 

 息が、詰まるかと思った。

 アヴローラ・スカディ。

 キュレネーの祖母であり、元サザンドゥーラ帝国最強の女剣士。歴史の教本にもその名が記載され、学校の授業でも名が出る偉人。

 そして、ベネディクト・カーライルの宿敵。

 サザンドゥーラ帝国とエルドバッド国ではアヴローラとベネディクトの戦いは絵本になるほど有名で、2人は祖国を守るため戦った永遠の敵なのだ。

 

 それが、最愛の――?

 

 困惑するキュレネーに、歴戦の老剣士は告げる。

 その重低音の声に、凄まじいまでの覚悟を宿して。

 

「貴女がその美しい容姿とは裏腹に、間違いなく最高位のキラーズに相応しい実力を持つことは理解しております。しかし、それでも私に――俺に貴女の命を守ることを許して頂きたい」

 

「――貴方、は」

 

 キュレネーが言葉を紡ぐより早く。

 シュレイド王国を……否、この世界が震えるほどの凄まじい咆哮が響き渡った。

 その音量にキャロルが耳を押さえて倒れ込み、超越者たちすら動きを止められる。

 バインドボイス。

 大型の竜が使う、外敵を追い払うための威嚇行為。

 しかし所詮は威嚇行為であり、この場の超越者たちに通じるようなものではない。

 バインドボイスを発した存在が、最強の古龍種でもない限り。

 

 フランシスカ・スレイヤーが、凄絶に嗤う。

 漆黒の瞳を殺意に濡らし、恋する乙女のように頬を紅潮させ、確信を込めて窓の外を睨む。

 

「ようやく起きたか、祖龍……ッ!!」

 

 フランシスカの声に反応するように、空に紅の雷が閃いた。




次回はようやく主人公視点です。


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第35話 鮮烈な歓迎

お待たせしました。
新大陸編スタートです。


 絆石を巡る旅を終えた私は、久しぶりに本来の龍の姿に戻って大空を飛んでいた。

 大気に翼を打ち付け、音の壁を突き破って一気に加速する。

 やっほー!

 雲を吹き散らしながら上昇、下降、旋回と、好き放題に飛び回る。

 恐ろしいことに、私の体は未だに成長しているらしい。少し前までよりも飛行能力が上昇してる。

 もしかして祖龍って死ぬまで成長期だったりする?

 ……何それ怖い。

 ともかく、ここ最近はずっと擬人化してたから思い切り空を飛ぶのは久しぶりだねー。

 旅の道中はバルカンの背中に乗って移動してたから、私が擬人化を解除する機会は無かったし。

 うん、これはちょっとテンション上がる。

 

 ……まぁ、私の10倍以上はハイテンションな子が後ろにいるのだけれど。

 

『お姉様とデートお姉様とデートお姉様とデートお姉様とデートお姉様とデートお姉様とデートお姉様とデートお姉様とデートお姉様とデートお姉様とデートお姉様とデートお姉様とデートお姉様とわたくしだけでうふふふふふふふふふはははははは!!!』

 

 私が『新大陸』の探索に同行して欲しいとお願いした時から、アルンが完全にハイになってる件について。

 龍脈の循環まで乱れてるせいでさっきからアルンの周りが大変なことになってるし。

 具体的に言うと、天災同時多発中。

 竜巻、豪雪、爆炎、落雷とまるで災害のバーゲンセールみたいになってる。改めて『禁忌』の力がぶっ壊れてることが分かるよね……。

 今は高度1万メートルの上空にいるから被害は出てないけど、これが地上だったら確実に大惨事でしょう。

 

 このまま『新大陸』に着陸したら、そこに生息している古龍たちと協力するどころか縄張り争いになっちゃう。

 本末転倒にもほどがあるって。

 祖龍のスペックにモノを言わせてアルンの龍脈に干渉して強引に暴走をストップ。

 体内の龍脈に無理やり触れられたショックで、アルンのクールダウンにも成功した。

 

 アルン、そろそろ目を覚ましてね?

 もう目的地が見えてきたからさ。

 

『え、あ、もう到着ですか?』

 

 正気に戻ったアルンが少しだけスピードを落として私の横に並ぶ。

 確かに今まで私たちがいた旧大陸から『新大陸』まではかなりの距離があるけど、音速を余裕で超えるスピードで飛んでるからね。

 体感時間の圧縮でもしてないと、移動なんて本当に一瞬で終わる。

 

『残念ですわぁ。お姉様との初デートですし、目的地までの道のりをもっと堪能したかったのですが……』

 

 楽しみにしてくれてたのは嬉しいけど、遊びじゃないからね。

 決戦までの猶予期間もあまり残ってないから、少しでも早く『新大陸』の古龍と協力関係を築く必要がある。

 

『それについては問題ないのでは? お姉様のお姿を拝謁し、忠誠を誓わない龍など存在しません』

 

 そこまで祖龍(わたし)にカリスマがあるとは思えない件。

 しかも『新大陸』の生態系は独自のもので、その頂点に立つのは“古龍の王たらん者”と謳われるゼノ・ジーヴァ。そしてその完全体である、赤龍ムフェト・ジーヴァだ。

 私と同じく龍の王という称号を冠する以上、簡単に私に従ってくれるとは思えない。

 むしろ、玉座を狙ってくる可能性もあるでしょう。

 ムフェトの方はともかく、幼体のゼノは凶暴性が高くて目に入った外敵は全て排除しようとするし。

 

『お姉様、ご安心を! 仮にわたくし達に牙を剥くような無礼者がいれば、わたくしが悉く薙ぎ払って屈服させますわ!』

 

 それホントに最終手段だからね!?

 出来れば友好的でありたいし、力で無理やり従わせるのは好きじゃない。

 今は非常事態だから手段を選んでる場合じゃないけど、それでも力で脅すのは最後の手段にしたい。

 ……こういう甘い思考が私の駄目なところで、自分の中の『祖龍』を完全に受け入れられない原因なのかな。

 

 閑話休題。

 

 今は『新大陸』のことだけを考えよう。

 さっきも考えた通り、最大の懸念はゼノとムフェト。

 次に古龍を捕食対象にしてるネルギガンテだね。格上のゾラ・マグダラオスに喧嘩を売るほど凶暴だし。

 一応、最悪の場合でも全属性持ちでオールラウンダーなアルンがいるから、大抵のことは対処できるはず。

 

『あ、お姉様! もしかしてあそこが目的地でしょうか?』

 

 と、そこでアルンの声を聞いて思考を止める。

 視線を少しだけ下に向ければ、天体望遠鏡にも匹敵する祖龍の視力が巨大な大陸を捉えた。

 やっぱり“ワールド”の時代とは地形がかなり違うけど、座標は合ってるね。

 海、空、大地を循環する周囲の龍脈エネルギーが、全てあの大陸の中心……正しくはその地下に集まってる。

 なるほど、確かに多くの古龍がこの場所を目指すのか分かるよ。

 私も竜大戦を生き延びれたら『新大陸』に住みたいって思うくらい、ここの龍脈は豊富だ。

 まさに古龍の楽園って感じ。

 歴戦の個体が生まれるのも理解できるわ。

 これだけ龍脈エネルギーが豊富なら、古龍種はもちろん竜の成長にだって影響するよね。

 

『さっそく降りますか?』

 

 そうしようか。

 でも急に縄張りに入るのは争いの火種になるから、警戒されないよう浜辺に降りよう。

 

 大きく旋回してから、雲海を突き抜けて急降下する。

 そして地面に激突する寸前で上体を持ち上げ、翼を強く動かすことで一気に減速。大量に砂塵を巻き上げながら、浜辺に降り立つ。

 一拍遅れて、すぐ隣にアルンが着地した。

 

『本当に龍脈が豊富ですわね。意識をしなくとも、龍脈の方から入ってくるようにすら感じます』

 

 その分、ここに生息している古龍は強いから注意ね。

 『禁忌』ほど突き抜けている種はいないけど、油断してても勝てるほど弱い古龍もいない。

 “歴戦王”個体ともなれば間違いなく苦戦する。

 

『はい、お姉様。油断なく、慈悲なく、容赦なく、外敵を破壊しますわ』

 

 だから戦いに来た訳じゃないからね!?

 大量の龍脈エネルギーを得て気分が高揚したのか、戦意を漲らせる妹に再び釘を刺しておく。

 

 よし、まずは目の前の森林から探索しよう。

 まずは古龍を発見しないと始まらないし。

 もうすでに従ってくれている旧大陸の古龍たちと違い、ここの龍には人間の言語は通じない。

 それでも、龍の始祖である私ならある程度の意思疎通は可能だ。

 全力で戦意がないことを伝えれば、邂逅と共に戦闘開始になる可能性はまずない。……と思いたい。

 

 まずは電磁波レーダーを展開。

 森の中の生命反応を探知……わ、すっごい数。

 モンスターだけじゃなくて虫や普通の動物も探知するから、大量の生命反応のうちどのくらいが竜または龍なのかは分からないけどね。

 

 それじゃあ…………ん?

 

『これは――――ッ!?』

 

 森の中に入ろうとしたその瞬間、電磁波レーダーが高速で接近してくる生命反応を捉える。

 同時、総毛立つほどの敵意が向けられた。

 私は咄嗟に鳴動の高速移動でその場から離脱し、アルンは自分の周囲に氷塊を生成することで防御姿勢に。

 直後、私が立っていた場所と氷塊に大量の棘が突き刺さった。

 

「――ッルアアアアアアアアアアッッッ!!」

 

 空気が震えるほどの咆哮。

 それはまるで、放たれた弾丸のように私とアルンの前に現れた。

 自身も古龍の一種でありながら、同種全てを捕食対象と認識する“渇望の黒創”。

 

 

 ――その名を、滅尽龍ネルギガンテ。

 

 

『お姉様!』

 

 制圧する!

 貴重な戦力を私たちが潰すのは論外だよ!

 

 アルンに指示を飛ばしながら、即座に龍脈を充填。

 バックジャンプで距離を取って海に飛び込み、滅尽龍を観察する。

 ……強いな。

 間違いなく上位かG級個体。歴戦王個体かどうかは今のところ判断不能。

 いきなり襲ってくる理由も不明。

 運悪くこの浜辺がネルギガンテの縄張りだった、古龍種をすぐに捕食する必要があるほど飢えていた、もしくは……?

 可能性はいくつか思い浮かぶけど、これもはっきりとした理由は分からないね。

 

 それにしてもフラグ回収が早すぎるって。

 僅か数分前にネルギガンテの襲撃が怖いなーって思ってたら、ホントに着陸直後に襲われちゃったし。

 何はともあれ、まずはこのネルギガンテを迎撃しないと。

 

 一瞬で思考をまとめ、私は臨戦態勢に入る。

 同じくアルンも臨戦態勢となり、私たちの戦意を受けてネルギカンテが殺意を一段と高めた。

 状況はこちらが有利。

 ネルギガンテは強力な古龍だけど、私とアルンを同時に相手にして勝てるほどの力はない。

 大丈夫、やれる。

 

 角、翼、牙、爪、尻尾のバッテリーを起動。

 真・帯電状態へと移行し、バッテリーの蓄積量を超えて飽和した紅雷をドーム状に拡散する。

 それは竜機兵すら一瞬で消滅させるほどの威力を秘めた真紅の光だ。

 スパークが海を蒸発させながら突き進み、ネルギガンテに襲いかかる。

 同時にアルンも攻撃範囲に入っちゃってるけど、雷耐性の高いアルンなら簡単に防御できるでしょう。

 そもそも、この“広範囲放電”だと威力不足でアルンにはダメージが通らないし。

 雷属性でアルンを倒そうと思うなら、それこそ最大威力のチャージブレスか全体落雷が必要になる。

 

 一方で、ネルギガンテは雷属性が弱点。

 広範囲放電に被弾すれば大ダメージは免れないけど、どう対処する?

 

「――――――ッ!!」

 

 ネルギガンテが咆哮する。

 私の初撃に対して、滅尽龍が選択した行動はシンプルだった。

 その強靭な四肢で大地を蹴り、回転しながら飛翔する。そして一切の躊躇なく、紅雷のドームへ突貫した。

 

 ちょっと、冗談でしょう!?

 高電圧を浴びてネルギガンテの龍鱗が砕け、少なくない量の血が流れ、流れた血が紅雷の熱で蒸発するのも厭わずに、ただ私に向けて突き進んでくる。

 そのあまりに強引な行動に私が思わず硬直してしまった瞬間、ネルギガンテがドームを突き抜けた。

 かなりのダメージを受けたのにも関わらず、勢いを失うことなく滅尽龍が前脚を振り上げる。

 強前脚叩き付け。

 公式名称は滅尽掌。

 プレイヤーからはダイナミックお手とも呼ばれるそれを、私は紅雷を纏う尾で迎撃する。

 

 直後、衝撃。

 滅尽掌と尾撃が激突した余波で衝撃波が生まれ、周囲の海水が大量に巻き上がる。

 刹那の力比べの後、押し勝ったのは私だ。

 全力で尻尾を振り抜いて、尾のバッテリーからスパークを放出しながらネルギガンテを吹き飛ばす。

 

 ネルギガンテが砂浜に激突するけど、すぐに体勢を立て直した。

 身体能力の高さがやばい。

 流石は古龍としてのスペックを身体能力に特化させてるだけのことはあるよ。

 

 真・帯電状態をキープしたまま、翼を広げて飛び上がる。

 ネルギガンテのパワーは凄いけど、棘を射出する以外に遠距離攻撃の手段がないのは大きな弱点だ。

 私ってばスピードにはちょっと自信がある。

 機動力で距離を空けながら、ブレスで一方的に攻撃するのが最適解でしょうね。

 

 そして、私には頼りになる味方がいる。

 今のところアルンは静観してるけど、私が合図を出せばすぐに援護できるように準備してくれてる。

 まずはネルギガンテの注意を完全に私に向けよう。

 その後、アルンに指示を出してネルギガンテを奇襲してもらう。

 どれだけネルギガンテのパワーが高くても『禁忌』2体のパワーには到底敵わない。

 押さえつけることは簡単だ。

 

 龍脈をチャージ。

 雷球ブレスの用意。

 次にネルギガンテが動いた瞬間に、脚部か両翼を狙ってブレスを叩き込む。

 そして――…………あれ?

 

『な、ぁ……!?』

 

 私とアルンが同時に硬直する。

 

 ガクッ、と。

 私の元に収束していた龍脈エネルギーの流れが止まり、真・帯電状態が解除されてしまった。

 まさかと思ってアルンに視線を向けると、妹も首を振る。

 

 ……龍脈エネルギーの、封印。

 

 龍封力!?

 いや、待って、あり得ない。

 確かにそれは古龍の能力を一時的に抑制するものだけど、ネルギガンテが持っているものじゃない。

 というか、アルバトリオンに龍封力は通じない。

 原作でもそうだった。

 

 絶対におかしい。

 どうして…………!?

 

 混乱する私とアルンの眼前で、ネルギガンテが再び咆哮する。

 さっきの攻防で受けたネルギガンテの傷が凄いスピードで回復し、全身の棘が黒く染まっていく。

 ネルギガンテを象徴する能力の1つ、超再生だ。

 

『お姉様、また龍脈が!』

 

 アルンが叫ぶと同時に、今度は『新大陸』に集まる膨大な龍脈が大きく流れを変える。

 川で例えるのなら、それは大氾濫だ。

 『新大陸』の各所に異常なまで龍脈が流れ込み、さっきまで正常だった龍脈の循環が大きく乱れる。

 その果てに起きるのは、震度5を超える地震だ。

 『新大陸』が大きく揺れ、森から小鳥たちが一斉に飛び立っていく。

 さらに海までが大きく荒れ始め、龍脈の循環が加速的に乱れ始めた。

 

 何これどうなってるの!?

 自然災害が発生するほど龍脈が乱れるとか、それこそ『禁忌』クラスの古龍が全力で戦う時くらいだよ!?

 でも、私も弟妹たちもそこまでの力は使ってない。

 というか、弟妹がそこまで本気になったら龍脈が乱れる前に私が分かる。

 

 本当にもう訳が分からない。

 私とアルンが大混乱に陥る最中、一番初めに動いたのはネルギガンテだ。

 

 咄嗟に身構えるけど、ネルギガンテは私とアルンから視線を外す。

 そして不愉快そうに牙を打ち鳴らすと、私たちに背を向けて『新大陸』の中央に向けて飛び去ってしまった。

 

『…………追撃しますか?』

 

 ううん、大丈夫。

 だけど話が一気にややこしくなった。

 ただ『新大陸』の古龍と交渉して協力関係を築くだけの予定だったけど、この異常事態をスルーは出来ない。

 それに、龍封力を持ったあのネルギガンテも気になるしね。

 

 よし、決めた。

 私はこのままさっきのネルギガンテを追いかけるから、アルンは龍脈が暴走してる原因を探ってくれる?

 

『了解ですわ! 必ずや原因を突き止め、仮に元凶が存在するのなら首を落としてお姉様に献上致します!』

 

 殺す前にちゃんと報告してね!?

 意気揚々と飛び去っていくアルンに念押ししたけど、あの子ってばスイッチが入ると何するか分からないからなぁ。

 頼りにはなるんだけどさ。

 

 アルンを見送ってから、私もネルギガンテが飛び去った方向に向けて移動を開始する。

 猶予期間が終わる前に、旧大陸に戻れるかな……?

 

 

 

 

 積み重なる問題にため息をつきながら、私は『新大陸』の空を飛翔した。



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第36話 龍の宴

あけましておめでとうございます(遅い)


 新大陸の“龍脈暴走”の原因を探るアルンと別れた私は、かなり距離を空けて『龍封力』を持つネルギガンテの追跡を行っていた。

 300メートルも距離を取れば気取られることはないと思うけど、あのネルギガンテってば未知数だからなー。

 間違いなく特殊個体だしね。

 『龍封力』を持ってることはもちろん異常だけど、素の身体能力もめっちゃ高い。少しだけとはいえ私と正面から殴り合えている時点でG級個体なのはほぼ確定でしょう。

 後は、私もびっくりな治癒能力。

 負傷したのが比較的すぐに再生される棘の部分だったとはいえ、あの速さは凄い。

 

 戦った感覚からネルギガンテの戦力分析をしていると、私の前方を飛翔するネルギガンテのスピードが落ちる。

 目的地が近いのかな?

 私もまた十分な距離をキープしつつ、翼を広げて減速。

 ついでに1000メートルほど上昇して、斜め上の角度から祖龍の超視力でネルギカンテを見下ろす。

 うーん、何かを警戒してるっぽい?

 かなり大きい渓谷の上空で、ネルギガンテはぐるぐると旋回してる。

 

 動かんね。

 ネルギガンテは旋回し続けるだけだし、新大陸の龍脈は乱れたままだし。あ、ちょうどネルギガンテがいる渓谷の龍脈が暴走しt

 

 ――直後、蒼白の光がネルギガンテにぶち当たった。

 

 大地から、天空へ。

 その極光は世界を引き裂くように顕現し、旋回していたネルギガンテを光の中に呑み込んでいく。

 極光が放つ熱量で大気が歪む。

 その威力は、ダラアマデュラのブレスにも匹敵するほど凄まじい。

 

 何より私が驚いたのは、光が龍脈エネルギーそのものだったこと。

 古龍種は星から体内に流れ込む龍脈を何かしらの属性に変換し、自然現象として放出している。

 ボレアスとバルカンなら火属性。

 私なら雷属性。

 だけど、ネルギガンテを撃ち抜いた蒼白の極光は違う。龍脈そのものだ。

 本来は不可視である龍脈を目に見えるくらい収束させ、純粋なエネルギーとして放出してる。

 

 ちょっと待って、何あれ!?

 ネルギガンテは!?

 大急ぎで光の中にネルギガンテの影を探す。

 並大抵の古龍なら即死してもおかしくない威力のブレスだけど、生命力の高いネルギガンテなら生きている可能性はある。

 目を凝らして探すこと数秒、極光に変化があった。

 天を貫く光の柱が内側から弾け飛び、光の粒子となって四散する。

 そして、ブレスの中からほぼ無傷のネルギガンテが姿を見せた。

 

 ………………。

 

 さて、どこからツッコミを入れようかな。

 かなり高いところを旋回していたネルギガンテを精密に狙い撃ちできるほど命中率が高いとか。祖龍にも匹敵する龍脈の量をそのまま発射できていることか。

 その馬鹿みたいなブレスが直撃してノーダメージなのもおかしい。

 

 まさか、龍封力?

 私やアルンのように属性に変換された攻撃は防げなくても、今みたいな純粋な龍脈の放出攻撃なら遮断できるってこと?

 この仮説なら、今の攻撃を受けたネルギガンテが無傷なのも頷けるよね。

 ピーキーな能力だけど、あのブレスを撃った相手に対してはぶっ刺さってるじゃん。

 

 さて、どうしよう。

 新大陸の龍脈はずっと暴走中。

 ネルギガンテも特に動かず滞空したままで、謎のブレス攻撃も止まった。

 追撃しないのは、意味がないって悟ったのかも。

 

 そうやって思索に耽っているうちに、いよいよ新大陸の龍脈がヤバいことになってくる。

 龍脈の暴走。

 それは無数の自然災害を引き起こす。

 少し離れた場所にある火山から煙が上がり始め、森から小鳥が一切に逃げていく。砂浜に押し寄せる波が高くなり、大木が折れるほど強い風が吹き始めた。

 

 これは本格的にマズい。

 このまま自然災害が発生し続けると、間違いなく生態系が大規模に変化する。つまり、現在この大陸に生きているモンスターの大部分が死に至る。

 祖龍ミラルーツとして、これは見過ごせない。

 これがただの自然現象なら世界の摂理として傍観するけど、この龍脈暴走は違う。わざと発生させている犯人がいる。

 その犯人は、龍脈を暴走させることで自分に都合が良い生態系を作ろうとしている。

 他のモンスターのことを考慮しない、自分だけの楽園を作ることが犯人の目的だ。

 

 今の龍脈暴走ですべて分かった。

 この“新大陸”で起きている異変と、ネルギガンテの行動も。

 

 蒼白のブレスが放たれた大渓谷。

 そこから再び蒼白の光が溢れ、巨大な龍が姿を現す。

 ネルギガンテがずっと動かなかったのは、大渓谷の底にいたこの龍が現れるのを待っていたんだ。

 ネルギガンテは強大な戦闘力を誇るけど、遠距離攻撃の手段が乏しいという弱点があるからね。接近戦となる機会をずっと伺っていたのでしょう。

 そして、今、ついにネルギカンテの敵は痺れを切らして姿を現した。

 

 ドス古龍すら上回る屈強な四肢。

 その巨体を覆うほどに発達した、一対の雄大な翼。

 橙に輝く眼は殺意を宿した視線をネルギカンテを捉えて離さず、頭部には目のようにも見える6つの紋様。

 体長は目測で約45メートル。私よりも大きい。

 綺麗な半透明な体は蒼白の光を纏い、幻想的な雰囲気を感じる。

 

 名を、冥灯龍ゼノ・ジーヴァ。

 “古龍の王たらん者”とも称される、新大陸の支配者だ。

 

 空中でゼノ・ジーヴァとネルギカンテが向かい合う。

 2体が放つ強烈な殺意で周囲の空気が張り詰め、付近のモンスターが我先にと逃げ始める。

 どちらも極めて凶暴性の高い古龍。

 それも私が新大陸を訪れる以前から、敵対を続けていたと思われるまさに因縁の相手。

 次の瞬間に何が起きるのか、誰でも分かるよ。

 

 ネルギガンテの『龍封力』は、ゼノ・ジーヴァとの戦いで獲得した能力だと思われる。強大な天敵を斃すために、ネルギガンテの体が変異したんだ。

 歴戦個体は豊富な龍脈の影響を受けた結果だし、大量の龍脈を操る冥灯龍とずっと戦い続けていたのなら特殊個体になってもおかしくない。

 モンスターは環境の変化で生態や能力が大きく変異するからさ。

 亜種や希少種が良い例でしょ。

 

 まだネルギガンテとゼノ・ジーヴァは動いてない。

 お互いに隙を探っているのか、彼らが持つ凶暴性からは考えられないほど慎重だ。

 おそらく既に何度か縄張り争いして、引き分けているのが原因だと思う。

 痛い思いをした経験があり、相手の実力を知っているからこその様子見。でもそれは長く続かない。

 凶暴な古龍が外敵を前にして何分も我慢することなんて不可能だから。

 

 そして、私の予想は的中する。

 睨み合いを続けること1分、先に動いたのは全身の棘を漆黒に染めた滅尽龍だ。

 極まった運動性能を最大限に発揮し、トップスピードでゼノ・ジーヴァとの距離を詰める。一瞬で間合いを潰したネルギガンテは身を捻ると、前脚で渾身の叩きつけ攻撃を行う。

 大地すら打ち砕くネルギガンテの一撃。

 それをゼノ・ジーヴァは巨体からは想像できない俊敏な動きで回避し、反撃に長い尾を振り回す。

 大気を切り裂く尾の攻撃は、直撃すれば飛竜でも即死は免れない威力を持つでしょう。

 それに、ネルギガンテはショルダータックルで正面から激突した。

 

 轟音と衝撃。

 1000メートル離れた私にまで届くほどの轟音を伴う激突の果て、両者は同時に後ろは吹き飛んだ。

 少なくない量の鮮血と折れた棘が飛散する。

 ネルギガンテの黒棘はゼノ・ジーヴァの尾を傷つけたけど、その代償として右翼の棘は全てへし折れていた。

 

「――――――ッ!」

 

 ネルギガンテが唸る。

 同時に、やっぱり凄いスピードで棘が修復された。

 新しく生えてきた棘は黒色で、比較的柔らかい白い棘はまだどの部位にも無いね。

 だけどネルギガンテもノーダメージじゃない。

 傷はすぐに再生できても、その体力は確実に削られる。それでも斃れる直前までネルギガンテは傷の影響を受けずに戦える。

 ゼノ・ジーヴァの生命力も膨大。龍脈を吸収して回復も可能だし、そう簡単に斃れない。

 どちらも決め手に欠ける以上、長期戦だね。

 今まで決着が付かなかったのも両者の生命力が優れてたのが要因でしょう。

 

 観察を続ける私の視線の先で、2体の戦いは苛烈になる。

 ゼノ・ジーヴァがブレス攻撃を軸に次々と龍脈を放出し、ネルギガンテがそれを龍封力で防ぎながら隙を突いて接近しては殴りかかる。

 一進一退の攻防。

 空中を自在に飛び回りながらぶつかり合う2体の古龍は、ゲームの画面越しとは比べ物にならないほど大迫力だ。

 

 ……それで、私はどうしようか。

 下手に手を出したら彼らを同時に敵に回しそうで怖い。地球の自然界でも、決闘しているライオンが戦いの邪魔をしてくる個体を協力して排除することがあるくらいだし。

 本気で戦えばそれでも勝てると思うけど、人類との戦争が近いのに大きな傷を負うのは避けたいところ。

 それに本来の目的は新大陸の古龍種を仲間にすること。仲間にしたい相手を敵に回したら意味ないって。

 

 心情的には、ネルギガンテを助けたいけど。

 ゼノ・ジーヴァが周囲の生態系を変化させて自分だけが住みやすい環境を作ろうとしているのに対して、ネギの方は現在の生態系を守ろうとしている。

 勝手に生態系を変えられたら、ネルギガンテが餌にする古龍種が減っちゃう可能性もあるからね。

 ネギとゼノ、どちらかの味方をするならネギだ。

 

 あ、ゼノの体当たりが直撃した。

 超大型モンスターの巨体に押し負けたネルギガンテが、勢いよく大地に墜落する。

 それでもネギはすぐに立ち上がったけど、今度はゼノが上空から一方的に龍脈のブレスを乱射。その破壊力に地面が吹き飛ぶ最中、ネギは絨毯爆撃のような攻撃を紙一重ですり抜けていく。

 一方的な展開になってきた……と思った瞬間、龍封力を発動したネギが龍脈ブレスを弾きながら一気に飛翔。

 発達した前脚でゼノの頭部を殴りつけ、次はゼノが大地に落ちる。

 

 やっぱり龍封力がゼノに対して有効的すぎるね。

 観測した限り連続使用や長時間の発動は無理っぽいけど、そのデメリットを考慮してもチートでしょ。

 ゼノの龍脈ブレスも十分にチートの威力してるけど。

 

 地面にクレーターを作るほどの勢いで落下したゼノに、今度はネギが空から攻撃を仕掛ける。

 原作ゲームでも多くのハンターを屠ったその一撃。

 公式に与えられた正式名称は“滞空滅尽掌”。

 全段ガードしたランスの体力ですら5割近く奪う破壊力を秘めた一撃が、ゼノ・ジーヴァに直撃す――

 

「――――――ッ!!」

 

 蒼白の極光が放たれる。

 私が最初に目撃した、天をも貫く特大のブレス。

 ただしそれは大地に落ちたゼノ・ジーヴァが放ったものではなく、空からネギを撃ち抜いた。

 いいや。

 ネルギガンテだけでなく、ゼノ・ジーヴァまでもブレスに呑まれて吹き飛ぶ。

 

 遥か上空から観戦していた私には、何が起きたのか全て見えていた。

 

 ゼノは確かに大地に叩きつけられて、ネギは急降下して渾身の一撃でゼノを仕留めようとしていた。

 その瞬間、私の視界に現れたのは2体目の(・・・・)冥灯龍。

 最初のゼノとネギが消耗するのを待っていたかのように、いきなりソイツは姿を現した。

 というか、実際に狙っていたのでしょう。

 1体目のゼノとネルギカンテが消耗し、弱体化した2体を同時に攻撃できる絶好のチャンスを。

 

 ……甘かった。

 私はゼノ・ジーヴァを見た瞬間に、新大陸に起きている龍脈暴走は全部最初の個体が原因だと思い込んだ。

 だけど、違う。

 新大陸全土で自然災害が発生するほどの龍脈暴走なんて流石の冥灯龍でも不可能だ。

 複数体、存在しない限りは。

 

 そもそも最初のゼノが龍脈暴走の原因なら、異常事態の原因を追っているアルンが絶対にここへ現れるはずなのに。

 私の全身を覆う純白の体毛が総毛立つ。

 仮に擬人化していたら、私は絶対に大量の冷や汗を流していたと思う。

 

 新大陸の各地から、次々と強力な生命反応が集まるのを私が常時展開している電磁波レーダーが捉える。

 その数は3つ。

 そしてレーダーから伝わる3つの生命反応はどれも同じパターン。

 

 龍脈ブレスの直撃を受けたネルギガンテが起き上がる。

 彼は目の前に立ち塞がる最初のゼノを睨み付けた後で、次は頭上で死闘を繰り広げる4体のゼノ・ジーヴァを捕捉した。

 つまり、こういうことだ。

 新大陸の異変の原因は計5体のゼノ・ジーヴァが互いに自分の縄張りを拡大しようと龍脈をぶつけ合っていたことが原因で、ネルギガンテは5体のゼノ・ジーヴァの争いで発生する環境破壊を止めようとしていた。

 私との戦闘中にいきなり飛び出したのは、拮抗していたゼノ・ジーヴァたちの縄張り争いが激化したから。

 そして拮抗を崩したのが、ネルギガンテが襲撃した最初の個体だった。

 

 まるで陣取りゲームのように自分の龍脈で新大陸を侵食していたゼノたちは、このままでは決着が付かないことを悟っていたのでしょう。

 だからこそネルギガンテの襲撃を切っ掛けに、直接対決に踏み切った。

 

 どうする?

 流石の私もゼノ・ジーヴァを5体同時に相手にするのは無理ゲーすぎるって。

 龍脈の循環を阻害するネルギカンテにまで妨害されたら私でも確実に死ぬ。

 モンハン初心者が初期装備縛りで無印時代のリオレイアに挑むくらい絶望的だ。

 だけど、止めないと新大陸の環境と生態系が崩壊する。

 

 

 どうする、私。

 

 

 想像を絶する最悪の事態に硬直する私の眼下で、6体の古龍種が同時に咆哮を放った。

 

 

 

 

 

〜Now loading〜

 

 

 

 

 

 新大陸、最奥。

 後の世界で“幽境の谷”と呼ばれるその場所。

 暗闇に覆われた深い谷底で、2体の古龍が静かに互いを観察する。

 

 片方は祖龍ミラルーツに連なる『禁忌』の一柱。

 暗黒の王、闇夜に輝く幽冥の星、黒き光を放つ神とまで謳われる、神をも恐れさせる最強の古龍。

 あらゆる生命を奪う破壊の象徴、合切を破壊する者。

 煌黒龍アルバトリオン。

 

 対するは、煌黒龍を凌ぐほどの巨体を持つ赤き龍。

 完全なる者、幽衣より解き放たれし王などの異名を持つこの古龍こそ、新大陸の生態系の頂点。

 創造を繰り返す者。

 赤龍ムフェト・ジーヴァ。

 

 強大な力を持つ煌黒龍と赤龍が、同時に牙を剥く。




今年も19時更新です。


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第37話 合切を破壊する者、創造を繰り返す者

アルバトリオン視点


 赤龍ムフェト・ジーヴァ。

 愚かにもわたくしに牙を剥くこの古龍の名は、新大陸を訪れる以前にお姉様から聞いていました。

 この大地における、生態系の頂点であると。

 確かに体内で循環させている龍脈の量は、古龍の中でも間違いなく上位に入るでしょう。

 業腹ですが、わたくしでも苦戦は避けられません。

 

 ……お姉様への献上品としては完璧、ですわぁ。

 人間共との戦いに備えて戦力拡大が必要な今、この龍の力は確実にお姉様の役に立つでしょう。

 ついでに龍脈暴走の原因解明と異変解決の功績までもが手に入り、わたくしの評価は他の兄妹と一線を画する。

 美味しすぎる獲物ですわよ、これは。

 

 どうやら赤龍も、縄張りに踏み入ったわたくしの排除を試みている様子。

 お姉様は力で屈服させて従えることをあまり良い方法と思っていませんが、先に攻撃されてしまっては、戦うしかありません。

 ええ、残念です。

 わたくしは穏便に済ませたかったのですが。

 

 暴走して周囲の環境を蝕んでいた龍脈が、一斉に赤龍へ流れ込む。可視化に至るほど莫大な龍脈が熱量すら伴って顕現した。

 あぁ、とても心地よい殺意です。

 最近は強敵と戦う機会がありませんでしたので、これはわたくしも昂ってしまいますわぁ!!

 高揚に身を任せ、わたくしもまた龍脈を収束させる。

 

 形態(スタイル)選択(セット)、氷活性状態。

 わたくしの体に宿る無数の属性エネルギーの中から、氷、雷、水、龍を軸とします。

 それに伴い、わたくしの逆鱗、逆殻、天角から蒼の光が放たれました。

 膨大な龍脈を扱うムフェト・ジーヴァにも上回る量の力が、周囲の極寒へと変化させていく。

 気温は下がり、大地は凍てつき、吹雪が荒ぶ。

 生命力の弱い竜なら、存在するだけで凍死する地獄。

 

「―――――――ッ!!」

 

 大型の竜種すら刹那のうちに氷結させる冷気を、しかし赤龍は咆哮の衝撃波で粉砕しました。

 次の瞬間、返礼と言わんばかりに赤龍がブレスを放つ。

 溜めの動作がほぼ無い、ノーモーションによるブレスの速射。巨大な光弾が秘めた熱量で氷を溶かしながら、高速でわたくしに飛来する。

 なかなかの威力ですが、わたくしには届きません。

 収束させた力を冷気に変換、大気中の水分を凍結させて巨大な氷塊を生成し、それを超速で発射。

 赤龍の光弾とわたくしの氷塊が宙空で衝突し、轟音と共に周囲に破壊の嵐が吹き荒れます。

 

 直後。

 衝突の余波を引き裂いて極太の光線が放たれました。

 眩い光線はわたくしから溢れる冷気が作り出した極寒の地獄を焼き尽くし、純粋なエネルギーとして迫り来る。

 被弾するのは、流石にマズいですわね。

 四肢で大地を蹴って横へ飛び、ギリギリで光線を回避。ブレスを放った直後の赤龍を狙い、わたくしは吹雪ブレスを放ちました。

 溶岩すら凍結させる、超低温のブレス。

 青の光は再び周囲を凍りつかせながら赤龍へ迫り、後ろに回避するのが少し遅れた赤龍の前脚に当たります。

 

 チッ、掠って終わりですか。

 あれだけの図体のくせに、わたくしに勝るとも劣らない速さとは。あの俊敏性は厄介ですわぁ。

 体格で劣る以上、接近戦は好ましくありません。

 しかし、このままブレスの撃ち合いを続けても長期戦は免れないでしょう。スタミナで負ける気はありませんが、時間をかけるとお姉様に迷惑をかけてしまいます。

 

 そうなると、相手に反撃する余地を与えない連続攻撃で一気に勝負を決めるのが最適解。

 狙うは短期決戦ね。

 まずは攻撃を当てるために赤龍の機動力を奪いましょうか。

 

 ――流水、生成。

 わたくしが天に向かって咆哮すると同時、極寒の地獄でも氷結しない大量の水が溢れ出る。

 水流のブレスでは赤龍に回避されます。

 だからこそ、わたくし達がいる谷底すべてを押し流すほどの大津波ですわぁ!!

 そして、頭上には大量の氷塊と雷撃。

 

 大地は波濤、空は氷塊と雷。

 天地どちらも当たればダメージ不可避の地獄にて、正面はわたくしが塞ぎます。

 後ろに逃げたところで意味はなし。

 逃げ場はありませんわよ!

 

「――ッ!」

 

 わたくしの大規模攻撃を前に、赤龍は不動を選びました。

 その強靭な後脚で立ち上がりつつ、莫大な龍脈を口内へ蓄積させていく。

 それがあなたの判断ですか。

 回避が不可能ならば正面から相殺すると。

 ええ……本当に、本当に、わたくし好みの展開です! 実に結構! それでは力比べといきましょう!

 

 龍脈を収束。

 お姉様直伝、渾身のチャージブレスですわ!!

 わたくしのアギトから青のスパークが散り、周囲が青色に染まっていく。

 強敵と戦うお姉様が二足歩行の時に使う切り札の1つ、それがこのチャージブレス。

 かつて忌々しい竜機兵を100機以上まとめて破壊するという凄まじい威力を見せつけた、祖なる龍の一撃。

 完全再現は不可能ですが、8割程度ならばわたくしにも模倣できますのよ。

 

 チャージ、完了。

 それでは力比べ、ですわ!

 

 ムフェト・ジーヴァが極大のチャージブレスを放つ。

 圧縮光線は大地を吹き飛ばしながら大津波を蒸発させ、正面からわたくしへ襲いかかる。

 仮に山脈に直撃すれば、跡形もなく消し飛ぶでしょうその威力。

 力比べの相手として申し分なし!

 

 限界まで蓄積させた雷撃を解き放つ。

 空間が歪むほどの衝撃波と共に蒼雷が空間を駆け抜け、赤龍のチャージブレスと衝突。

 

 そして、世界から光と音が消える。

 

 谷底全体を揺るがすほどの大爆発。

 超新星爆発を想起させる蒼雷が周囲一帯を吹き飛ばし、赤龍のブレスが通過した大地が一拍遅れて超規模の大爆発を巻き起こす。

 吹き飛ばされないように四肢で掴んでいた地盤が崩れ、わたくしと赤龍が同時に落下。

 数十メートル以上の落下の果てに着地。その後数秒ほど間を置いて、やっと音が戻ってきました。

 

 ガクリ、と。

 思わず四肢から力が抜けて倒れ込みそうになりますが、わたくしはギリギリでダウンに耐えます。

 し、洒落にならない威力でしたわぁ……。

 部位破壊こそ免れましたが、普通に全身が血塗れです。深手はありませんので数分で完治しますが、これだけの傷を受けたのは久しぶりね。

 見事、ムフェト・ジーヴァ。

 正真正銘の強敵でした。

 

 大破壊の余韻が消え、視界を覆っていた砂塵がようやく消えます。

 そしてわたくし以上のダメージを受けて大地に横たわる赤龍の姿が現れました。

 わたくしのブレスは赤龍の命には届きませんでしたが、戦闘を継続するのは困難なダメージでしょう。

 勝負アリ、ですわ。

 普通ならば後は捕食して終わりなのですが、今回は赤龍をお姉様に服従させる必要があります。

 ……流石に赤龍も命が惜しいですし、従いますわよね?

 徹底抗戦された場合のことは何も考えていませんし……あら?

 

 思案するわたくしの前で、赤龍が身を起こす。

 どう見ても傷は深く、戦い続けるのは困難であると思うのですが。

 やはり意識を奪ってお姉様の元まで運ぶしか、な、え、あ、これはどういう……?

 ゾッと。

 嫌な予感のようなものが、わたくしの背中に駆け抜けます。

 

 龍脈が、蠢く。

 わたくし達が立つ大地を循環していた龍脈が片っ端から赤龍へ流れ込み、凄まじい速度で傷が癒えていく。

 それは先ほどお姉様と交戦していたネルギガンテすらも凌駕する異常なまでの再生力。

 まさか、まさか!?

 この赤龍は龍脈を生命力に変換するという工程を省いて、龍脈をそのまま傷の再生に使うことが出来ますの!?

 だとしたら、その生命力は不死と言っても過言ではない領域に在るということ。

 龍脈が尽きない限り、無限に傷の超速再生が出来るということなのですから。

 

 先の攻防で受けた傷を完治させた赤龍が立ち上がる。

 その体内には、上層で戦っていた時よりも膨大な龍脈が循環している。

 

 これはもう、戦いを愉しむ余裕はありませんわね。

 ……認めましょう。

 赤龍ムフェト・ジーヴァ、あなたはわたくしの宿敵であると。

 戯れはここまで。

 この先は全身全霊であなたを叩き潰し、お姉様の元へと無理やりにでも謁見させましょう。

 

 形態(スタイル)選択(セット)、龍活性状態。

 全属性、フルバースト。

 逆鱗、逆殻、天角から漏れ出る光の色が紺碧から紫洸へ変化し、天角が赤黒の雷を纏います。

 生半可な攻撃は意味がありません。

 わたくしが宿す全属性エネルギーを用いた攻撃で、強引にその継戦能力を奪いましょう。

 

「「――――――――――――ッ!!」」

 

 わたくしと赤龍が同時に咆哮する。

 それだけで大地から無数の噴火が発生し、流れ出た溶岩を龍脈エネルギーが吹き飛ばす。

 わたくしはエネルギー攻撃を避け、赤龍が噴火を回避する。

 そうして互いの攻撃を回避しながら、互いにブレスなどで追撃を行います。

 

 赤龍が大地を駆け抜け、接近戦を仕掛けようと間合いを潰しに来る。

 そう簡単に近づいて差し上げると思って?

 今まで温存していた翼を広げて低空飛行モードになり、落雷と火球ブレスで牽制しながら間合いを保つ。

 落雷が大地を穿ち、火球が大気を焼く。

 それでも赤龍はブレスで相殺しながら、多少のダメージを覚悟で突っ込んできました。

 

 ああ、もう!

 すぐに傷を癒せるという自負ですか。

 ダメージを覚悟で距離を詰められると、牽制のために放った攻撃では足止めにもなりませんわ。

 良いでしょう。

 そこまで接近戦がしたいのなら、付き合ってあげます。

 

 限界まで赤龍を引きつけた後、一気に上昇して急旋回。

 一瞬で赤龍の頭上を取ったわたくしは、真上から龍属性ブレスを赤龍の両翼に叩きつけます。

 赤黒のスパークが赤龍の翼を傷つけましたが、ダメージは微妙。

 それどころか攻撃を耐え抜いた赤龍が、急速にエネルギーを解放しました。

 

 ちょっと、これ、は!?

 視界が白く染まる。

 凄まじい量の龍脈エネルギーが赤龍の全身を覆った直後に、大爆発が引き起こされます。

 その数、実に4回。

 まるでバルカンが好んで使う粉塵爆発……いいえ、威力はそれを上回るでしょう。

 わたくしはあらゆる属性に耐性を持ちますが、赤龍の力は無属性とでも形容すべきもの。

 純粋なエネルギーの攻撃では、わたくしの耐性も意味がありません。

 

 4回もの大爆発に被弾してしまい、吹き飛ばされる。

 衝撃と光で視界が明滅するけれども、ギリギリで態勢を立て直すことに成功しました。

 四肢で大地を削り取りながら正面を見れば、赤龍の周囲がごっそりと消滅しています。

 わたくし、よく今の攻撃を耐えられたものね。

 あの爆発、チャージブレス一歩手前くらいの威力があった気がします。

 

 内側から込み上げてくる血を吐き捨て、傷を確認。

 今の爆発攻撃でかなりのダメージを受けました。

 四肢や翼を動かすとギリギリとした痛みがあり、出血も深刻と。……何も問題ありません。

 まだまだ十分以上に戦えますわぁ。

 

 龍脈エネルギーを用いて回復するのが、あなた専門の技とでも思いまして?

 確かにあなたよりも時間は必要ですが……龍脈を生命力に変換することくらい、わたくしにも可能でしてよ。

 一番最初。

 上層で受けた傷が塞がっていく。

 

「――――――……」

 

 おや、ようやく焦りを見せましたわね?

 もしかして、ですが。

 このわたくしを前にして、今まで自分の方が強いとでも思っていたのですか?

 舐めるなよ、赤の龍。

 

 ――形態(スタイル)選択(セット)、炎活性状態。

 

 わたくしの本気を感じ取ったのか、赤龍もまた、これまでの戦いで最大の力を解き放ちました。

 周囲の龍脈が一斉にわたくしと赤龍に流れ込み、先ほどのチャージブレスの衝突時とは比較にならないほど谷底が揺れる。

 否。

 新大陸そのものが、これから起きる戦いをを恐れるかのように振動する。

 

 そして、地獄が作られた。

 

 わたくしと赤龍が、同時に翼を広げて飛翔。

 赤龍ムフェト・ジーヴァから放たれた莫大なエネルギーが蒼白の炎と化して世界を焼き払い、わたくしからは岩盤が融解し流動するほどの熱気が放たれる。

 刹那、赤龍のアギトから周囲が闇に包まれるほど眩しく輝く超極小粒の蒼白い光球が生まれた。

 後に、お姉様が『王の雫』と呼んだそれ。

 美しくも凶悪なエネルギーを秘めた“王の雫”は、まるで夜空に輝く星のようにゆっくりと落下し。

 同時に、わたくしが蓄積した属性エネルギーをすべて放出する。

 

 拝謁しろ、赤の龍。

 その強大な力に敬意を表し、わたくしの切り札をここに解放する。

 

 ―― エスカトンジャッジメント。

 

 世界から音が消える。

 光が消える。

 大地が消える。

 空が消える。

 

 龍脈エネルギーの結晶である『王の雫』。

 属性エネルギーの極地である『エスカトンジャッジメント』。

 

 対極の力でありながら、共通して絶大な破壊を齎す2つの力が、正面から激突した。



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