モンスターハンター ~碧空の証~ (鷹幸)
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Hunter Meets Hunter?
第1話 依頼


 何処とも知れぬ、渓流の奥地――。

 

 月影を受け煌々とする、総身を覆う蒼鱗(そうりん)

 強靭な四肢の先端でぎらつく、鋭利な鉤爪。

 頭から背中、尻尾までを覆う、黄土色の甲殻。

 風に(なび)く、雪のように真っ白な体毛。

 天を穿(うが)つ、尖鋭な双角――。

 

 無数に飛び回る黄金(こがね)色の(むし)を引き付け、“無双の狩人”は雷を(まと)う。

 

 背部の電殻が突き立つ――その刹那、轟音と共に青白い一閃が解き放たれ、咆哮が霊山に木霊(こだま)した。

 

 

 

       *

 

 

 

 人間が手を付けられないほどの大自然が広がる世界――。

 この世界には、圧倒的な「力」を持つ〝モンスター〟が到る所に生息しており、人間はモンスター達と共存している。

 そんな世界に、その〝モンスター〟達を〝狩る〟ことで、人類の繁栄を目指し、自然との調和を図る者――狩人(ハンター)――が存在する。

 彼らは、多様な道具(アイテム)や知恵を駆使し、強大な存在である〝モンスター〟と闘う。

 

 狩るか狩られるか、生きるか死ぬか――。

 そのような過酷(シビア)な世界にも拘わらず、狩りの魅力に囚われた者達は今日も狩猟を続ける――。

 

 

 

       *

 

 

 

 木々が青々と生い茂る山々。残暑の厳しい太陽の日差しが燦々(さんさん)と降り注ぎ、一層と緑が映えている。

 そんな山の斜面にある一本の山道を、ガタガタと言わせながら一台の荷車が駆け上っていた。

 荷車を()いているのは、【ガーグァ】というモンスターだ。別称を“丸鳥(がんちょう)”といい、その名の通り、丸っこい身体と色彩豊かな羽、飛ぶには適していない小さな翼が特徴である。

 ガーグァの背中に乗り手綱(たづな)を引くのは、獣人種(じゅうじんしゅ)と呼ばれる種族に分類される、猫に似たモンスター、【アイルー】だ。アイルーは人語を理解し、人間たちの生活に溶け込んで生活している個体も多くいるため、人々にとっては馴染みの深いモンスターとなっている。

 荷車には、一人の男と一匹のアイルーが載っていた。

 男の名は“レオン”。赤い髪で、後ろ髪をツンツンさせた髪型(この世界では“レウスレイヤー”という名の髪型)と、少し吊り上った目が特徴だ。

 燃え盛る紅焔の如く赤い防具【レウスシリーズ】を彼は身に纏っており(頭の防具は外しているが)、彼がハンターであることは、この世界の住人であれば一目瞭然だ。

 彼の傍らに居る、深い青色の瞳をした黒猫アイルーは“ナナ”という名のオトモアイルー。オトモアイルーというのは、ハンターとともに狩猟に挑むアイルーのことであり、狩りにおいては様々な活躍を見せてくれる、ハンターにとっては頼もしい存在だ。彼女はオトモ用の防具【どんぐりネコシリーズ】と、大きなブーメランを装備している。

 

「――村に着くまではあとどれぐらいかかるんだ?」

 

 レオンは、手綱を引くアイルーに尋ねた。

 アイルーは、顔を彼の方に向け、「あと……2時間ほどですかニャ」と答えた。

 

「そうか。ありがとう」

 

 レオンは礼を言うと、荷車の淵に肩をかけた。

 

「結構かかるのね。じゃ、あたしは着くまで寝るから、着いたら起こしてね」

 

 ナナはそう告げ、横になり目を瞑った。

 

「……わかったよ」

 

 レオンは渋々といったように返事をすると、傍に置いてあるバッグから一冊のノートを取り出し、パラパラとページを捲った。

 

 

 

 彼は、オトモアイルーのナナと共に旅をする流離(さすらい)のハンターである。

 彼らの目指す目的地は“ユクモ村”。

 ユクモ村は、新大陸の中央部、山岳地帯に位置する村。この村には上質な温泉があり、湯治(とうじ)目的で村へ向かう者が多くいる。また、村周辺でしか採れない良質な木もあり、林業が盛んな村でもある。

 

 

 

 荷車の振動が収まった。

 

「ハンターさん、着きましたニャ。ここが、ユクモ村ですニャ!!」

 

 アイルーが、声を張り上げる。レオンはハッとしたように顔を上げた。どうやら、いつの間にか眠っていたらしい。レオンは欠伸(あくび)をすると、膝の上に落ちているノートをバッグに詰め込んだ。

 

「おい、着いたみたいだぞ」

 

 レオンはナナの身体を揺すった。

 

「ん……みゃ……」

 

 ナナは目を擦りながら体を起こす。

 

「着いたぞ」

 

「……そう、着いたの」

 

 ナナは欠伸をしながら身体を大きく伸ばすと、すぐに荷車から飛び降りた。

 

「ほら、ボサッとしてないで、早く行きましょ」

 

 寝起きなのに元気な奴だな、とレオンは思った。

 

「ほら、荷物持ってけ」レオンは足元にある荷物全部をナナの方へ投げる。

 

「仕方ないわね」

 

 ナナは澄ました顔で言うと、少しだけ荷物を持ってユクモ村の門へと歩き始めた。

 レオンは、身の丈を超える大きな武器――大剣の【レッドウィング】を背負うと、荷車から飛び降りた。

 

「ここまでありがとう。助かったよ」

 

 レオンは500(ゼニー)をアイルーに手渡した。

 

「ニャニャッ!! 毎度ありニャ!! またのご利用お待ちしておりますニャ~」

 

 アイルーはにこやかな顔でそう言うと、手綱を引っ張り、荷車を発車させた。

 

 そして、レオンの足元には大量の荷物が残った。

 

「おい、ナナ!! もうちょっと持ってくれよ!!」

 

 門をくぐろうとするナナに向かって、レオンは怒鳴りつけた。

 

「アンタの方がよっぽど力持ちじゃない。あたしの荷物も、よろしくね」

 

 ナナは一度振り向いてレオンに物申すと、またすたすたと歩き始めた。

 

「うぐぐ……」

 

 ナナがなかなか自分に懐いてくれないことへの苛立ちを覚えながら、レオンは大量の荷物を抱えてユクモ村の門をくぐった。

 

 門をくぐると、石段があった。その中腹には、一人の男が座っている。男は鋭い眼光でレオンたちを睨みつけてくる。

 

「オイ!! お前は何者だ?」

 

 男の目の前を通ろうとしたとき、二人は呼び止められた。

 

「見たところ、ハンターのようだな? 何しに来た?」

 

 男はレオンの全身をジロジロと見まわした後、グイグイと顔を近づけた。

 

「オ、オレたちは怪しい者じゃありませんよ……?」

 

 男の迫力に、レオンはたじろいだ。

 

「ただ来ただけよ。それだけで、なんか文句あるの? てか、アンタ誰?」

 

 ナナが男を睨み上げる。

 

「……ははは、なかなか強気なオトモだな。おもしろい。オイラはユクモ村の鬼門番(自称)だ。ここに来たハンターを脅すのが楽しくてな、つい……。おっと、もちろん、かわいい女の子ハンターちゃんにはこんなことしねぇぜ?」

 

 随分と悪いご趣味をお持ちのようだ。

 

「オレたち、旅の途中でこの村に来たんですけど、泊まるところはありますか?」

 

 レオンがそう訊ねた瞬間、鬼門番(自称)の目の色が変わった。

 

「おお!! そういうことならウチの実家がやってる温泉宿にぜひ泊まってくれよ!!な!?」

 

 またも男がグイグイと顔を近づけてくる。

 

「は、はぁ……」レオンは渋々といった表情で頷いた。

 

「よしよし、それでいい。通っていいぞ!!」

 

 鬼門番(自称)から解放されたレオンたちは、そそくさと石段を登った。

 一つ目の石段を登ると、踊り場に出た。向かって左側には、小さな門があり、その先には道が続いている。その門の右隣りには、生活に欠かせないものやハンターにとって役に立つアイテムを売っている【雑貨屋】がある。店の前には大きな卵があり、上部からは湯気が立ち昇っていた。

 通路を挟んで右側には、武器や防具の購入や強化ができる【加工屋】がある。その内部では、紅蓮(ぐれん)の炎が炉を熱する前で、職人と思わしき人物が、鉄敷(かなしき)の傍に立ち真っ赤な鉄を熱心に鍛造していた。

 鉄を打つ音に耳を傾けながら、レオンは口を開いた。

 

「ユクモ村と言えば温泉って聞いたけど……。どこにあるのかな?」

 

「そんなこと、あたしが知ってるわけがないでしょ」

 

 ナナがそう冷たくあしらうと、レオンは「そうだけど……」と呟きながら、表情を曇らせた。

 

 レオンは、朝からずっと防具を着けている。身体中を覆う鎧を身に着けていれば、大量の汗を掻くのは当然のことだ。しかも、まだ夏の暑さが残る時期であり、あまり動かなくとも、汗がドッと出てくる。

 

「暑いんだよな……。あと、防具が汗臭くなって困る」

 

「……なら、普段着で来ればよかったのに。バカね」

 

「でも、移動中にモンスターに襲われる可能性だって否めないだろ?」

 

 そう言いながら、レオンは視線を上方に向ける。

 すると、六角形の屋根が段々に積まれた構造の建物から、湯けむりらしきものが立ち上っているのが、目に留まった。

 

「……もしかして、あそこに温泉があるのかな?」

 

「ん?」ナナも、つられて見上げる。「そうなんじゃない?」

 

「だよな。なら、とりあえずあそこを目指せばいいか」

 

 少し足を速め、踊り場をまっすぐ進んだ先にある短い石段を登りきると、先程より少しばかり広い踊り場に出た。

 左側には先程と同じように道があった。

 右側には小さな温泉、そして木でできた橋があり、その先にはどこかへと通じているだろう道がある。

 まっすぐ進めば長い石段があるのだが、その石段にさしかかる場所に腰掛があり、誰かが座っている。大きな傘がその人物の顔を隠しており、どのような人物なのかは分からないが、立派な着物を着ていることから、偉い人なのではないか、と想像できた。

 村において一番偉い人となれば、大抵は村長だろう。別に、挨拶などしなくともよいのだが、ハンターとして村にお邪魔する以上、面識があった方が好ましい。

 レオンは荷物を置いて、その人物の方へ近づいた。その人物は、誰かが近づいていることを察したのか、傘を少し傾けた。

 そのとき、その人物の顔が(あら)わになった。

 顔に白粉(おしろい)、頭には派手な髪飾りをつけ、先の尖った耳が特徴的な女性であった。長く尖った耳をしていることから、彼女は竜人族(りゅうじんぞく)であることが、レオンには分かった。

 

 竜人族とは、レオンたち人間とアイルーなどの獣人種以外の種族の一つであり、鍛冶や調合などにおいて高度な技巧を持ち、長寿ではあるが、人口は少ない種族である。耳が尖っているほかに、指が4本であるなどの特徴がある。

 

「こんにちは」レオンは微笑みながら声をかける。

 

「……あら、こんにちは」彼女はそういいながら軽くお辞儀をした。

 

「はじめまして、私は温泉宿の女将(おかみ)兼ユクモ村の村長をしておりますの。見たところハンターのようですわね」

 

「はい。レオン・ガーネットといいます。旅の途中でこの村へ来ました。こっちはオトモの……」

 

「ナナです」続いて、ナナもぺこりとお辞儀をした。

 

「どうも。……あら、ガーネット?」村長が首を傾げた。

 

「どうかされました?」

 

 レオンが尋ねると、村長は思い出したように目を見開いた。

 

「あぁ、もしかして、あなたのお父さんはアレックスさん、じゃなかったかしら……?」

 

 突然、父の名前が出てきてレオンは驚いた。

 

「そ、そうです」

 

 レオンがそう答えると、村長は納得したように頷いた。

 

「やっぱり。貴方、お父さんにそっくり。お父さんは元気?」

 

 どうやら、彼の父はこの村を訪れたことがあるらしい。

 

「……父は旅に出たっきりで、オレは会ってないんです」

 

「そうなのですか。あの方はおもしろい方でしたわ。腰の痛みを取るという湯治目的でここにいらしたのに、モンスターが現れたときはいの一番に名乗り出て、『オレが狩りに行く!!』とおっしゃったの。狩りの方は無事に終わらせたのですけど、腰の痛みがひどくなられたようで……。それで、少々治療の方もさせていただきましたのよ。当の本人は大丈夫だ、なんておっしゃっていましたけど、私、内心では心配しておりましたの」

 

 村長はオホホホ、と高らかに笑った。

 

「そうだったんですか……。父がご迷惑をお掛けしました」

 

「そんなたいそうなことじゃありませんのよ」

 

 村長は広い心をお持ちのようである。

 

「では、オレはこれで失礼します」

 

 そう告げたとき、「あ、少し待ってくださる?」と村長がレオンを引き留めた。

 

「なんでしょうか?」

 

「この村へお越しになって温泉に入りたいというところを申し訳ないのですけれど……。一つ、依頼を受けて頂けないかしら?」

 

「依頼……ですか?」

 

 村長直々の依頼だ。重要なものだろう。

 

「それはどういった……?」

 

「――迷子のハンターを捜してほしいんですの」

 

「迷子の……ハンター、ですか?」

 

 それは一体どういうことなのか。レオンにはよくわからなかった。

 

「ええ。この村のコなのだけれど、村人の依頼を受けて狩り場に行ったきり、帰ってこないのよ。だから、迷子になっているのではないかしら、と思って……」村長は少し俯いた。

 

「なぜ、オレに依頼されるんでしょうか……?」

 

「……そのコは初心者のハンターで、あまり狩場慣れしていないから、そのコが受けた依頼は採集なのだけれど……モンスターが現れるかもしれない危険性を考慮すると、あなたのように強いハンターに頼むしかありませんのよ」

 

「……では、今この村にオレ以外のハンターはいないということですか?」

 

「ユクモ村には専属のハンターは一応いるのですけれど、今は二人とも出払っていますのよ。だから、申し訳ないけれど、引き受けていただけないかしら?」

 

 レオンは少し黙考すると、すぐ答えを出した。

 

「……わかりました。父が迷惑をかけたようですし、その尻拭いといっては何ですが、引き受けます」

 

 その言葉を聞いて、村長は微笑んだ。レオンの足元にいるナナは、退屈なのか、眠いのかはわからないが、大きな欠伸をしている。

 

「ごめんなさいね。急にお願いをしてしまって……」

 

「いえ、気になさらないでください。それで、そのコの特徴はどういった……?」

 

「この村独自の装備をしていたはずよ。でも、【渓流】に入っているのはそのコだけのはずだから、見つけやすいとは思いますの」

 

〝渓流〟は、ユクモ村の近辺にある、ギルド管轄フィールドを指すようだ。

 

「わかりました。その渓流へ行くには、あの橋の先にある道を辿ればいいんですか?」レオンは橋の方向を指差しながら言った。

 

「はい。あの道を辿れば、渓流のベースキャンプに出ますの。地図はそこにあるはずですわ」

 

「わかりました」

 

「お荷物は、私がここで見ています。……もうすぐ夕暮れで暗くなりますし、初めての場所でわからないことだらけだとは存じますけど、どうかお気をつけて」

 

 村長は、レオンに向かって深く頭を下げる。

 

「はい」

 

 レオンは頷くと、荷物の中から必要だと思われるアイテムを選んで、ポーチに手際よく詰め込んだ。

 

「では、行ってきます。ナナ、行くぞ」

 

「仕方ないわね……」ナナはまた一つ大きな欠伸をした。

 

 村に来ていきなりの依頼。しかも村長直々だ。様々な依頼をこなしてきたが、今回のような人捜しの依頼は初めてだな。そいつはどんな奴なんだろうか。これから向かうフィールドはどんな所で、どんなモンスターが生息しているのだろう――渓流へと続く道を辿りながら、レオンの脳内では様々な考えが駆け巡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第2話 迷子の狩人

「待て――――っ!! このクソ猫――――っ!!!!」

 

 渓流のとあるエリア――。

 そこに、【メラルー】(アイルーの亜種。物を盗むのを得意とする獣人(じゅうじん)種のモンスター)を必死で追いかける一人のハンターがいた。

 メラルーは、そのハンターから奪った地図を口に(くわ)えながら素早く逃走し、ハンターからかなり離れた場所で穴を掘り地中に潜ってしまった。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……っ」

 

 息を荒げながら地面にへたり込むそのハンターの名は〝ソラ〟。ユクモ村独自の装備【ユクモノシリーズ】を装備している。

「あーもうっ!!」ソラは頭に被っている笠を掴んでとると、地面に投げつけた。彼女の黒髪が揺れた。

 その彼女の後ろから一匹のオトモアイルーがぴょんぴょん跳びながら近づいてくる。

 

「取り逃がしてしまったかニャ……」

 

 アイルーは残念そうな表情を浮かべた。オトモの名は〝タイガ〟。トラ柄の毛並みで、若葉のような緑色を基調とした体毛に、灰色で柄が入っている。彼の装備は【ユクモノネコシリーズ】で、ソラとお揃いだ。

 

「地図が無かったら帰れないよ……」へたり込んだままの体勢で、ソラが呟いた。

 

「地図があっても迷うのにニャ?」

 

「黙ってて」

 

 ソラはタイガをキッと睨みつけると、笠を拾いながら深い溜め息をついた。

 

「早めにロイヤルハニーの採集を済ませて帰ろうと思ったのになぁ……」

 

 ロイヤルハニーというのは、ユクモ村近辺に生息する蜂の女王蜂のみが口にできると言われる特別なハチミツである。美味であり、健康食品としても扱われる、価値の高いハチミツでもある。

 

「そのロイヤルハニーすら見つけられず、地図を奪われるなんて……。帰還は絶望的ニャね」

 

「タイガも方向音痴じゃなければこんなことにはならなかったのに……」

 

 もうすぐ()も落ち、暗くなる頃だ。数多(あまた)のモンスターが生息するフィールドで一晩を過ごすのは、かなりの危険が伴う。火があればモンスターを寄せ付けないようにできるが、あいにく今は、火を起こせるようなものは持ち合わせていない。

 

「はぁ。とりあえず、道がある方向に行けば……どこかに出られるかも」

 

 ソラは薄暗いフィールドをキョロキョロと見回す。幸いにも小型モンスターは一匹もいないようだ。奥に大きな切り株があり、そしてそこから少し離れた一本の木から、金色に輝く液体のようなものが滴り落ちているのが目に入った。

 

「……あれ? あれってもしかして……」

 

「ニャ……?」

 

 彼らは、その木の元へゆっくりと近づいていく。

 木の元に辿り着くと、ソラは2メートルほどの高さがある木の上方を見上げた。そこには丸い蜂の巣があり、巣の割れ目からは粘り気のある琥珀(こはく)色の蜜が(したた)っている。彼女は人差し指を粘液が垂れてくるところに構えた。そして、蜜を乗っけた指を口に咥える。

 

「とろけるような食感……このクセになる甘さ……。これはまさに……ロイヤルハニー……!!」ソラは絶頂に至ったかのような表情を浮かべている。

 

「ニャ!? そんニャに美味しいとはニャ……!! ボクも味見してみたいニャ!!」タイガは目を輝かせている。

 

「……この際、蜂の巣だけでも回収できればまだいいかなぁ」

 

「そうニャね」タイガはうんうんと頷いた。

 

「よし。じゃ、蜂の巣を採ろっか。でも、高いなぁ……どうやって採ろう?」

 

 巣がある高さは2メートル弱。ソラが背伸びすればなんとか手で触れられる高さだが、掴んで採ろうとするには高すぎる。

 

「うーん……肩車とかニャ?」

 

「タイガ、今日は無駄に()えてるね」

 

「〝無駄に〟は無駄だニャ」

 

「じゃ、タイガ、しゃがんで」

 

「な、なぜボクが下なのニャ!? 普通ならソラがボクを肩車するべきじゃないのかニャ!?」

 

「はぁ……仕方ないなぁ……」

 

「仕方なくはないハズニャ!?」

 

 ソラが渋々といったようにしゃがむと、タイガはソラの肩に飛び乗った。そしてソラが立ち上がると、蜂の巣がちょうどタイガの目の前の位置に来た。

 

「ちょうど、巣が採れるニャ」

 

 タイガは手を伸ばし、蜂の巣を掴んだ。

 

「引っ張るニャ!!」

 

 タイガは巣を力いっぱい引っ張る――と同時に、巣は簡単に木から離れた。

 

「わっ!!」

 

 タイガが力を込めた反動で、彼らは後ろへ()()り、ソラは尻もちをついた。その衝撃で少し蜜が飛び散り、ソラの頬に掛かった。タイガは勢いよく吹っ飛んだ。

 

「ったぁ……」

 

「イテテ……。だ、大丈夫かニャ? ごめんニャ……」蜂の巣を抱えたタイガが歩み寄る。

 

「ちょっとは力加減してよね……」ソラはお尻を抑えながら立ち上がる。「それで、ロイヤルハニーは無事なの?」

 

「この通り、無事なのニャ」タイガは自慢げに蜂の巣を掲げた。

 

「よかったぁ。じゃ、もっかい味見しちゃおう!!」ソラは頬についた蜜を指で(ぬぐ)った。

 

「ニャ!! 美味しそうニャ!! じゅるる……ヨダレが出てきたニャ……」

 

 タイガはロイヤルハニーの小さな塊を手に取った。

 

「でも、依頼品だからこれっきりね」

 

「わかってるニャ。それじゃ、いっただきまーす!!」

 

 タイガが甘い蜜を口に運ぼうとしたその矢先――。

 

 グオオォォォォ――という獣の()える声が、二人の背後から襲った。

 

「ニャァァァァァッ!!!!」という悲鳴を上げながらタイガは飛び上がる。

 

「っ!?」ソラはビクッと肩を上げた。

 

「な、何……?」

 

 恐る恐る振り返るソラとタイガ。その二人の視線の先には――

 

 

 赤く光る二つの眼、(とげ)のある硬い甲殻で覆われた両腕、青く染まった柔らかそうな体毛。そして、ギラリと不気味に輝く鋭く尖った爪。それらの持ち主である、熊に似た容姿の巨獣は後ろ脚で立ち、二人を睨みつけている。

 

 

『も、モンスター!!』二人の声が重なる。

 

 モンスターとの距離は約10メートル。今すぐにでも跳びかかってこられそうな距離だ。モンスターは前脚を地面について四足歩行の体勢をとると、のそのそと二人に近づいていく。

 

「に、逃げるよっ!!」震える声でソラが叫ぶ。

 

「了解ニャ!!」

 

 二人は一斉に走りだす――と同時に、モンスターも二人を追いかけるように走り出した。

 

「うわぁ!! お、追ってくる!!」

 

「ソ、ソラはハンターなんだから、武器を取って戦えばいいニャ!!」

 

 タイガは蜂の巣を持ち上げたまま走っている。

 

「…………。そ、それが簡単にできたら苦労しないよ!!」

 

 ソラはハンターという身でありながら、モンスターと真っ向から対峙(たいじ)したことがない。依頼を受けるのは、今回のような採集ばかりで、モンスターの討伐依頼などをこなしたことはなかった。そのおかげで、彼女が腰に装備している片手剣【ユクモノ鉈】はまだ一度も使用したことがなく、新品同様の輝きを放っている。また右手に装備している盾も同様に傷一つ付いていない。

 

「ニャ!! それじゃ武器なんて宝の持ち腐れニャ!!」

 

「そ、そこまで言うなら……タイガが戦ってよ!!」

 

「ニャッ!? いや、ボクは……遠慮するニャ!!」

 

「なんで!?」

 

「そ、それは怖いからニャ!!」

 

「それは私だって同じなの!! もう!! 役立たず!!」

 

「役立たずとは何ニャ!!」

 

「とりあえず……今は逃げるしかないよ!!」

 

 モンスターは速度を緩めず二人を追いかける。

 

「ほかのエリアまで逃げ切らなきゃ……!!」

 

 そう言いつつも彼女らは、同じエリアをぐるぐると回っているだけであった。

 

「地図も無いし……っ、道がわからないし……っはぁ、はぁ……っ、逃げ切れないよぉ!!」全速力で走り、息を切らしながらソラが叫ぶ。

 

「というかなんであのモンスターは僕らを追いかけてくるのニャ!?」

 

「そんなの知らないよ……!! あーーっ!! 誰か……っ、はぁ……っ、助けて!!!!」

 

 そう叫んだ瞬間、ソラは地面にあったくぼみで(つまず)いた。

 

「っ!?」

 

 ドンっという鈍い音が、彼女の身体中に響く。ソラはうつ伏せで地面に倒れていた。

 

「ニャ……!! 大丈夫かニャ!?」タイガがソラのもとへ駆け寄る。

 

「う……うぅ……」

 

 身体中が痛むが、ソラはなんとか上体だけ起こした。

 そうしているうちに、モンスターは二人に追いついていた。

 

「あ……」

 

 モンスターは地面に爪を立てて止まると、後ろ脚で立ち、グォォォォォォォと吼えた。至近距離にいるせいか、そのモンスターはさっきより大きく見えた。

 そして、モンスターは腕を大きく振りかざす。薄暗い場所であるにもかかわらず、鋭い爪がギラリと光る。

 顔から血の気がどんどん引いていくのが二人にはわかった。

 ソラを目がけて振り下ろされるモンスターの腕。

 

 刹那(せつな)、彼女は死を悟った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第3話 渓流

 渓流――。

 森や渓谷、山々が連なった起伏に富んだ山地のフィールド。

 (かすみ)がかかった岩山、石柱並ぶ鍾乳洞(しょうにゅうどう)、秋深まる時期なら鮮やかな紅色に染まった木の葉が流れる渓谷(けいこく)など、自然が織り成す美しい情景に、訪れた者は皆、嘆声を漏らすであろう。

 

 ベースキャンプ――。

 ベースキャンプというのは、ハンターが依頼を受けてクエストを行う際に拠点とする場所のことである。モンスターが入ってこない安全な場所に設置されているため、狩りの最中に休憩をとるにはもってこいの場所だ。

 ベースキャンプには基本的に、休むためのベッド、ギルドからの支給品を受け取る【支給品ボックス】(青色をしている)、依頼品やアイテムの納品を行う【納品ボックス】(赤色をしている)、食事をするための焚き火が設置されている。

 しかし、これらの設備はギルドが管轄している狩場にしか置いていないことが多く、危険地帯や未開の地はこうした設備が整っていないベースキャンプが多く存在する。

 

 レオンは【支給品ボックス】の(ふた)を開け、中を確認した。

 ギルドを介した依頼の場合、【応急薬】や【携帯食料】などの支給品がこのボックスに入っているのだが、今回は村長からの緊急の依頼であるため、そういった支給品は入っていなかった。

 底の方に、一枚の紙が置かれていた。レオンはその紙をボックスから取り出した。

 

「これは地図、だな」折りたたまれた地図を開きながら彼は言った。

 

 地図にはベースキャンプと各エリアの位置、エリアとエリアを結ぶ道が記されている。

 

「どこから捜そうか……」

 

「とりあえず、手当りしだい捜せばいいんじゃないの?」ナナが地図を覗き見ながら言った。

 

「でも、それじゃ時間がかかってしょうがないぜ」

 

「……フン、好きにすれば」ナナはそっぽを向いてしまった。

 

「言われなくてもそうするさ……」

 

 レオンは地図を折りたたみ、ポーチに仕舞った。そのとき、ベッドの隣に置いてあるタルがガタっと動いた。

 

「え? おい、今なんかタルが動かなかったか?」

 

「……気のせいよ」

 

「いや、確かに動いた気がしたんだけど……」

 

 レオンは恐る恐るタルの方へ近づいた。

 

「タル爆弾じゃないよな、これ……?」

 

 タル爆弾というのは、タルの中に爆薬を詰め込んだ危険物であり、狩りの際によく使用されるアイテムである。今レオンの傍にあるタル爆弾(?)は【大タル爆弾】と呼ばれる爆弾に近い形状をしている。ほかにも、大タル爆弾に【カクサンデメキン】と呼ばれる絶命時に拡散する魚を入れて威力を大幅に増幅させた【大タル爆弾G】、小さなタルに爆薬を詰め込んだ【小タル爆弾】、アイルーやメラルーが好む【マタタビ】を爆薬に配合させた【マタタビ爆弾】、使用すると垂直に真上に飛んでいく【打ち上げタル爆弾】など、様々な種類の爆弾がこの世界には存在している。

 

「こんな変な模様が入ったタル爆弾なんて見たことないわよ」

 

 ナナはタルの側面の上部と下部に入った模様、タルの蓋に描かれた猫の肉球の絵を指差した。

 

「それもそうだよな。じゃ、一体なんなんだこれは?」

 

 レオンはタルの蓋にポン、手を置いた。そのとき――

 

 

「ニャッハ――――ッ!!」

 

 

「おわっ!?」

 

 タルの蓋が勢いよく開き、中からメラルーが飛び出してきた。

 メラルーは閉まった蓋の上にスタッと着地する。笠を被り、右目に眼帯をつけ、口には葉のついた枝を咥え、首に大きな鈴をぶら下げ、腹にはサラシを巻いている。

 

「御用でありやすか?」

 

「え、あ、いや……」レオンは突然のことに目を丸くしている。

 

「アンタ誰?」ナナは物怖じもせずに訊く。

 

「おっと、申し遅れやした。あっしは『転がしニャン次郎』ってェ通り名でタル配便ってのをやっとりやす」

 

「タル配便?」

 

「簡単に言いやすと、このタルの中にアイテムや荷物、郵便物を入れて配達するサービスでありやすニャ」

 

 ニャン次郎は腕を組み、自信に満ち溢れた顔で言った。

 

「へぇ……。それは、なんでも配達できる?」

 

「まぁ、たいていのもんは確実にお届けに参りやす」

 

 ニャン次郎が頷くと、鈴がシャランと音を立てた。

 

「いろいろと面白いものがあるんだな……」レオンは感心したように頷く。

 

「……レオン、急がなくていいの? もう日が暮れるわよ?」

 

 ナナの言ったとおり、あと1時間もすれば陽は沈みそうだ。

 

「あ、そうだった。じゃ、また用があればそのときはよろしくお願いします、ニャン次郎さん」

 

「それじゃ、あっしはまた一眠りさせていただきやす!!」

 

 そう言い残すと、ニャン次郎はタルの中へ入った。

 

「よし、行くぞ」

 

 レオンの掛け声で、二人は走り出した。

 

 

 

 

 

 エリア1――。

 エリア1は比較的小さなエリアだ。小さな滝があり、そこから流れる水がエリアの中に広がる、水辺のフィールドになっている。見渡す限り、今は小型モンスターはいない。

 

「こんなトコにはいないよな。ベースキャンプの隣のエリアだし」

 

「ここで迷子になるなんて大バカよ」

 

「だよな……。次のエリアに行くか」

 

 レオンはポーチから地図を取り出し広げ、歩き出した。

 

「このまま進むと……エリア4に行くのか。……エリア2に行く道もあるな」

 

 レオンは地図から目を離すと、首を左に回してエリア2へ続く道を見た。

 ――と、そのとき彼は何かにぶつかった。

 

 

「クワァァァァァツ!?」

 

 

 脇の茂みから飛び出してきたガーグァだった。ガーグァは目を真ん丸にして驚き、あたふたしながら茂みの中へ去って行った。

 

「オレよりもガーグァの方が驚いてたみたいだな」

 

「臆病なモンスターなのね。あら……? 何か落としたみたいよ」

 

 ナナの指差す先に、光っているものがあった。ガーグァの落し物のようだ。

 

「ホントだ」レオンはしゃがみこみ、落し物に顔を近づける。

 

 落し物は、卵型をしていた。というよりは、卵だった。しかし、普通の卵ではなかった。

 

「……金の、卵?」

 

 金色に光り輝く卵。そんなもの、彼は今まで一度も見たことがなかった。

 

「珍しいわね」

 

「す、すげぇ……」レオンは金の卵に手を伸ばそうとする。

 

「レオン、そんなことしている暇じゃないでしょ」

 

「いや、わかってるけど、なんか、ワクワクするじゃん」

 

 レオンの瞳には金の卵しか映っていない。

 

「はぁ……オトコってよくわかんないわね。仕方ない……」

 

「持ち帰りた……イタタタタタ!!!! ナナ!! 耳、引っ張るな!! 爪!! 爪立てるな!!」

 

 ナナはレオンの左耳を掴んでレオンを引き()る。

 

「村長の依頼より自分の興味の方が大事なの?」

 

「つ、爪!! く、喰い込んでる!! わ、わかったから放してくれ!!」

 

「はいはい……」そう言うとナナは腕を離した。

 

「いってぇ……」

 

 レオンは耳を押さえる。血こそは出ていないが、赤く腫れている。

 

「なんだよ、最初の方は乗り気じゃなかったクセに」

 

「つべこべ言わない」

 

 ナナはキッとレオンを睨みつける。レオンは溜め息をついた。

 

「……ま、ナナの言うことは間違いじゃないからな……。ん……?」

 

 彼は鼻をヒクヒクさせた。

 

「何か臭うの?」

 

「獣のニオイ……。どこだろう……?」

 

 レオンは座ったまま再び地図を広げた。

 

「エリア……5?」

 

 モンスターに当てるとニオイと色で居場所が分かる【ペイントボール】など使わなくともモンスターがどこに居るかが分かるほど、レオンの嗅覚は鋭い。

 レオンはぱっと起き上がると、エリア4へ続く道へとスタスタと歩き始める。

 ナナはレオンの後姿を見ながらフッ、と笑うと、彼の後を追った。

 

 

 

 

 

 エリア4――。

 このエリアは、どこのエリアよりも広くなっており、エリアのあちこちには廃屋がある。

 小型モンスターらしき影は、このエリアも見当たらない。

 

「なんか、小型モンスターすらいないって変な気分ね」ナナが呟く。

 

「そうだな……。なんか、不吉な予感もするな」そう言いつつ、レオンは地図を確認する。「不吉な数字だもんな……5は」

 

 ある事件がきっかけで、ハンター達やギルドの中では5は不吉な数字だとされている。クエストに同時に出発できる最高人数が4人であるのも、これに起因している。

 

「ま、オレはそういうのあまり信じてないから、大丈夫だろ。夜行性のモンスターが多いのかもな」

 

 そう言うとレオンはエリア5へ向かって駆けた。ナナもすぐあとを追いかけた。

 

 

 

 

 

 エリア5――。

 木々が至る所に生えており、薄暗い。エリア中央部には大きな切り株がある。そこから少し離れた木の傍を、二つの影が駆け抜けた。その後を、青い巨体が追いかけていた――。

 

「おい、あれ……」レオンは目を細めた。

 

「誰かが、襲われてるわね……?」

 

「もしかしたら、あいつらが〝迷子のハンター〟か……?」

 

 二人が呆然と立ち尽くしていると、「誰か……助けて!!!!」という高い声が聞こえた。と、同時に、その声の主は地面にバッタリと倒れた。

 

「!!」

 

 瞬間的に、レオンは走り出していた。

 

「ちょっ、レオン、待ちなさいよ!!」ナナはレオンの後を追いかける。

 

 熊のようなモンスターは吼えると、腕を振りかざした。倒れた人影は、モンスターを見上げているようだった。

 

 なんとかして、あの二人を助けないと!! 大剣でモンスターの攻撃を受け止めるか? いや、距離が遠すぎる。どうにかして奴の気を引くか? だが、奴が必ずこちらに気を向ける保障はない。一体どうすれば――。

 

 走りながら、レオンは様々な思考を巡らせていた。

 レオンはポーチの中を探った。そのとき、あるアイテムが手に当たる感触があった。

 

 これだ!! レオンは直感的にそう感じた。

 

「目を伏せろっ!!」

 

 レオンはそう叫ぶと、そのアイテムをモンスターの目の前に向かって投げ、彼は手で目を覆った。

 

 直後、凄まじい閃光がモンスターの目を射た。

 レオンが投げたアイテムは【閃光玉】。絶命時に猛烈な閃光を発する【光蟲(ひかりむし)】と呼ばれる虫を利用した、モンスターを目眩ましさせるアイテムである。

 視界を奪われたモンスターは、一瞬怯んで呆然と立ち尽くしていた。

 その隙に、レオンはすかさず〝迷子のハンター〟と思われる人物に駆け寄る。

 

「お、おい。大丈夫か?」

 

 声を掛けるが、反応が無い。レオンはしゃがみこむと、人物が頭に被っている笠を掴み、頭の後ろに遣った。そのとき、切り揃えた前髪と肩まで伸ばした髪が揺れた。(つや)のあるきれいな黒髪だった。幼さの残る顔立ちで可愛らしかったが、瞼は閉じており、顔色が良くない。どうやら、気を失っているようだ。彼女の隣には気を失ったアイルーがいた。彼女と似たような装備をしていることから、彼女のオトモであることが窺える。

 レオンは彼女を両腕で抱え、ナナに「こっちのアイルーを頼む!!」と言うと、もと来た道へ向かって駆けた。

 エリア4に続く道に差し掛かったとき、レオンは首だけ振り返った。

 視力を取り戻したモンスターは地面に座り込み、器用に何かを掴んで食べていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第4話 少女

 渓流、エリア4――。

 

「はぁ……なんであたしがこんな荷物を持たなきゃなんないのよ……」

 

 ナナは不満げな顔で、一匹のオトモアイルーの尻尾を掴み、引き摺っている。

 

「おい、尻尾千切れるぞ」少女を両腕で抱え込んだまま歩くレオンが言った。

 

「そんなことどうでもいいのよ。めんどくさい……」

 

 ナナがブツブツ言っているが、レオンは特に気に留めなかった。

 “迷子の狩人(ハンター)”を襲っていたモンスターが追ってきている気配は無い。

 

「……にしてもこいつ、起きねぇな」

 

 レオンは腕の中で眠る少女を見た。まだ幼さの残る顔。自分より年下なのは確実だな、と彼は思った。

 

「ひっぱ叩いて起こせばいいじゃない」

 

「そんなことはできねぇよ……。とりあえず、今はこのコを村まで送り届けるのが最優先だよな……」レオンは腕に少し疲れを覚え始めていた。「そろそろ目を覚まして欲しいな……」

 

 レオンは少女を見つめた。顔には血色が少し戻ってきているように見えたが、それは夕陽に照らされているからかもしれなかった。気絶していても、潤った桜色の唇はきれいだった。そして、なにやら甘い香りが彼女から漂っていた。

 

「変なコト考えてるんじゃないでしょうね」尖った口調の言葉が背中に突き刺さる。

 

「そ、そんなわけないだろ!!」

 

 レオンがそう叫んだとき、「……んん」という声を上げながら少女が目を(かす)かに開けた。

 

「おっ、起きたな」レオンは足を止めた。

 

「ここ……どこ? 天国……?」弱々しい声だった。

 

「大丈夫か……?」

 

 レオンがそう訊くと、彼女の瞳が彼の方を向いた。

 

「あなたは……?」

 

「オレはレオン。君と同じハンターだよ。……村長に頼まれて君を捜しに来たんだ」

 

「そう……。そうだったんだ……よかったぁ」彼女は、ほっとした顔で目を瞑る。

 

「うん……。あっ。安心してるトコ悪いけど」

 

「な、なんですか?」彼女の目がぱっと開く。

 

「そろそろ降ろしていいかな?」

 

 彼女は首を動かして辺りを見回すと、今置かれている状況をすぐ把握した。

 

「……あっ。ごめんなさい。重かったですよね」

 

 レオンは何と言っていいかわからず、彼女を地面にゆっくりと降ろした。彼女はふらつきながら立ち上がると、レオンの顔を見上げた。二重瞼(ふたえまぶた)が可愛らしかった。

 

「わたしはソラです。先ほどは危ないところを助けていただいてありがとうございました」

 

 彼女は深々と頭を下げた。

 

「ま、無事で何よりだよ。怪我はしてないか?」

 

「たぶん、大丈夫です。……わたし、てっきり死んだと思っていました。本当に、ありがとうございました」ソラは再び頭を下げた。

 

 確かにあのモンスターの攻撃を受けていたら頭が吹き飛んでいたことだろう、とレオンは思った。

 

「あれ……? タイガは……?」

 

 ソラは、慌てふためきながら周囲を見回す。

 

「タイガ? もしかしてこのアイルーのことかしら?」

 

 ナナはタイガの尻尾を掴んでぶら下げている。

 

「よかった。無事だったんだ。……ありがとう」ソラは微笑んだ。

 

「なんか、ナナが引き摺ってたから真っ黒になってるけど……いいのかな?」

 

 他人様のオトモアイルーを無造作に扱ってしまったら、怒られるのが普通だろう。

 

「いえいえ。 こんな役立たず……いえ、ゴミ以下のオトモを助けていただいただけで、わたしは嬉しいです!!」

 

「……言ってることが酷いというか矛盾してるというか……。ま、気にしてないのなら、それでいいか」

 

 レオンが西の空を見ると、太陽が半分ほど山に隠れていた。

 

「もうすぐ()が落ちるな。早く帰ろう。温泉にも入りたいし」

 

「わたしのせいで……ごめんなさい」

 

「大丈夫だよ。気にするな。さ、行こうか」

 

「はいっ」

 

 ソラがそう返事をして歩き出そうとしたとき――「いっ!?」という声とともに彼女の身体が傾いた。 

 

「おいっ」

 

 レオンがとっさに彼女の身体を支え、ソラは転倒を免れた。

 

「ホントは怪我してたんじゃないのか?」

 

「そ、そうみたいです……。たぶん、躓いたときに足首を捻っちゃったんだと思います……」

 

「……なら仕方ないな。抱えて運んでやるよ」

 

 レオンがソラの背中に手をかけようとすると、「いえ、これ以上迷惑をおかけできませんから……自分で歩きます」と、ソラは首を振った。

 

「でも、そんな怪我じゃ歩けないだろ? 遠慮すんな」

 

「ん……なら、肩を貸していただけますか」

 

「あぁ」

 

「ありがとうございます」

 

 そう言うとソラはレオンの右肩に掴まろうとした――が、身長差が大きいため、肩には掴まらずに腕に掴まった。

 

「ナナ、行くぞ」

 

「こいつはどうすればいいわけ?」ナナはタイガの尻尾を掴みぶらぶらさせている。

 

「タイガはお好きにどうぞ」ソラがにこやかな顔で言う。

 

「好きにしていいのね。了解よ。モンスターの餌にでもしてこようかしらね」

 

 ナナは振り返り、エリア5へ向かおうとする。

 

「タイガの肉はあんまりおいしくなさそうだから寄ってこないかも……」

 

「ふふふ。そうね」

 

 ナナはぐるりと半回転すると、エリア1へ通じる道へ向かってスタスタと歩き始めた。レオンは呆れて何も口に出せなかった。

 

「ささ、レオンさん、行きましょう」ソラにそう促され、二人は歩き出した。

 

 

 

 

 

「ソラはハンターになってどれくらいなんだ?」

 

 少し歩いたところで、レオンがソラに訊いた。

 

「え、えぇっと……。ギルドに正式に登録してからは、まだ1ヶ月も経ってないかな……?」

 

「そうか……」

 

 まだ初心者ハンターか。なら、さっきみたいな大きなモンスターに立ち向かえないのも無理はないな――レオンはそう感じた。

 

「レオンさんは、どれぐらいハンターやってるんですか?」

 

「……3年くらいかな。14歳の時にハンターを志したんだ」

 

「じゃ、今は17歳なんですか?」

 

「あぁ」

 

「わたしより2つ上ですね。でも、防具も立派だし、歴戦のハンターって感じです!!」

 

「まだまだ未熟者だよ……」レオンはそう言いつつも、内心褒められて嬉しかった。

 

「……そういえば、なんで迷ってたんだ? 地図はあるだろ……?」

 

 レオンが訊くと、ソラは「うぅ……」と小さく呻き、少し俯いた。

 

「地図、メラルーに盗まれちゃったんです。あと、実はわたし、方向音痴で……。地図があっても迷うんですよ……」

 

「……それは大変だな」

 

「はい……そのせいで、依頼がなかなかこなせな――あっ!!」

 

 ソラは何か思い出したように顔を上げた。

 

「ロイヤルハニーが!!!!」

 

「ロイヤルハニー?」

 

「は、はい。依頼品なんですけど……置いてきちゃった……」ソラは深い溜め息をついた。

 

「……狩りもそうだけど、失敗の方が多いぜ。あまり気にしない方が良い」

 

「うぅ……。怒られちゃうかなぁ……」

 

「きちんと誠意を込めて謝れば大丈夫だよ」

 

「……ですよね。ありがとうございます」ソラは少しほっとしたような表情をしている。

 

「あまり深く考えすぎても悪い方へ考えるばっかりだしな」

 

「そうですね……。でも、わたし、ハンターに向いていないと思います……」

 

「どうしてそう思う?」

 

「だ、だって、モンスターに立ち向かっていく勇気なんか無くて、いつも逃げてばっかりで、方向音痴だし……」ソラの声はしだいに小さくなった。

 

「……なのに、どうしてハンターになろうと思ったんだ?」

 

「お父さんがハンターの仕事をしているんです。幼いころからお父さんのこと見てきて、お父さん、いつも楽しそうだったから……。それで、わたしもハンターになりたいな、って」

 

「……オレと同じだな」

 

「え、そうなんですか?」ソラが顔を上げた。

 

「あぁ。オレも父さんがハンターで、ガキの頃からずっとハンターに憧れてたんだ。父さんは今、旅に出ていて会えてないけど、オレも同じように旅をしてる」

 

「旅……ですか」

 

「なかなか楽しいぜ。行ったところで新しい出会いもあれば新しい発見もある」

 

「楽しそうですね。わたしもきちんとしたハンターになれたら旅に出てみたいなぁ……。でも、そんな日は来そうにないです……」ソラがまた俯く。

 

「誰しも最初から上手くいくわけじゃないしな……。オレだってそうだったし。……大事なのは、これからどうするかだとオレは思うぜ?」

 

「これから、どうするか……」

 

 その後は特に会話という会話もなく、彼らはエリア4を出た。

 

 

 

 

 

 エリア1――。

 

「おっ。まだあの卵、残ってたんだな」

 

 レオンが目を輝かせる。陽も落ちかけて辺りは暗くなっているが、金の卵は輝いていた。

 

「珍しいですね、金の卵なんて」

 

「持って帰りたいなぁ……」

 

「ガーグァの卵はおいしいですけど金の卵は食べたことありませんね……」

 

「惜しいけど、今回は諦めようかな。ソラを村まで送り届けるのが先だ」

 

「すみません……」ソラが俯く。

 

「いや、謝ることはないよ。貴重なものが見られただけでもオレは満足してる」

 

 金の卵、か。このコもハンターの金の卵ならいいんだけどな、とレオンは感じたのであった。

 

 

 

 

 

 ベースキャンプ――。

 一足先にここへ着いていたナナが退屈そうにしていた。彼女の隣にはゴミ(※タイガ)が置かれていた。

 

「やっと来たわね。待ちくたびれたわ」

 

「すまないな」

 

「またここから村に帰らなきゃならないのよね……。このゴミ、どうしちゃおうかしら」

 

 そう言いながら、ナナは未だに気を失っているタイガを突く。

 

「何かいい案、ないかな……」ソラは顎に手を当てて考えている。

 

「そんなの模索しなくていいから、早く帰るぞ」

 

 レオンがそう言ったとき、ナナの瞳がキラリと光った。

 

「タル配便……。どうかしら?」

 

「それは名案ね!!」ソラはうんうんと頷いた。

 

「おいおいナナ……」

 

 ナナはニャン次郎が入っているだろうタルの傍に駆け寄ると、蓋をポン、と叩いた。するとすぐに、ニャン次郎がタルの中から飛び出してきた。

 

「ニャ。あっしに御用でありやすか?」

 

「えぇ。この“ゴミ”をユクモ村まで配達願えるかしら?」

 

 ナナはタイガをニャン次郎に差し出す。

 

「承りやしたニャ」

 

 ニャン次郎はタイガを摘みあげると素早くタルの中に入れた。

 

「それじゃあ、ご免くだせぇ!!」

 

 ニャン次郎はタルを倒すとその上に乗り、タルを転がしながらユクモ村へと続く道へと走って行った。

 

「さすがね……」ナナは感心したように頷いている。

 

「タイガがかわいそうだけど、オレたちも早く帰ろうぜ」

 

「そうね。無駄な荷物もなくなったことだし、早く帰りましょうか」

 

「村に帰れる……よかったぁ」ソラは安堵の表情を浮かべている。

 

 太陽は西の地平線に隠れ、(あかね)色の空を、暗闇が呑み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第5話 お願い

 ユクモ村――。

 

「おかえりなさい。ご無事でしたのね……。本当に、良かったですわ……」

 

 村に辿りつくなり、村長が迎えてくれた。

 

「心配かけて、ごめんなさい……。あと、依頼もこなせなかった……」ソラはしょげた顔をしている。

 

「大丈夫ですのよ。あなたが無事なら。依頼された方には、後でわたくしが報告しておきます」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「それに、あなたも……本当にありがとう」

 

 村長はレオンの方を向くと、深々と頭を下げた。

 

「これ、少ないですけれど……」

 

 村長は懐から紙幣を数枚取り出し、レオンに差し出す。

 

「そ、そんな……。オレはそんなたいそうなこともしてないし、いいですよ」

 

「そんなこといわずに……」

 

「そうよ、レオン。村長が謝礼をしてくださっているのよ。受け取らない方が失礼だと思うわ」

 

 近くの岩に腰かけているナナが言った。

 

「う、うん。じゃ、遠慮なく……」そう言うとレオンは3000(ゼニー)を受け取った。

 

「あと、ソラが足首を痛めているようなので診療所に連れて行ってあげてください」

 

「わかりました」

 

 村長は近くにいた村人に声をかけると、ソラを診療所へ連れて行くように頼んだ。

 

「あの、渓流で大型モンスターを目撃したんですが……」

 

 ソラが診療所へ向かったあと、レオンは村長に小声で言った。

 

「大型モンスター……? どんなのかしら?」

 

「体毛が青い、熊のようなモンスターです」

 

「……あぁ、それは【アオアシラ】ですわね。その美しい青から、別名、“青熊獣(せいゆうじゅう)”とも呼ばれていますの」村長に、特に慌てた様子は見られない。

 

「そんなに驚かれない様子を見ると……その、アオアシラが現れるのは珍しいことではないんですね」

 

「えぇ……。アオアシラは付近ではよく見かけるモンスターですのよ」

 

「そうでしたか。……人を襲うことはあるんですか?」

 

「食料、特にハチミツを持っていたら襲われることが多いですわね。アオアシラはハチミツが大好物ですから」

 

「……そういえば、今回彼女が受けた依頼は……ロイヤルハニーというハチミツの納品、でしたよね」

 

「そうでしたわね。最近はアオアシラやほかのモンスターもほとんど出現しておりませんでしたし、比較的安全な依頼かと思われたのですが……」

 

「今回は運悪く、鉢合わせしてしまった……。そういうことですね」

 

「そういうことになりますわね。特に被害も無いようなら、討伐する必要はないと思います。そうそう、ギルドマネージャーには、今回のこととあなたのことを伝えておきますから、あなたがギルドに報告しに行く必要はありませんわ」

 

「わかりました、ありがとうございます。では、オレはゆっくり温泉でも浸かってくることにします」

 

 レオンがそう言うと、ナナは彼のもとへ駆け寄った。

 

「あなたのお荷物は温泉宿の方へ移動させていただきましたわ。宿へ行くには向こうにある道を通ってくださいね。温泉は、この石段の先にあるギルドの中にありますのよ」村長が座っていた腰掛の隣の長い階段を、彼女は指した。「では、ごゆっくり……」

 

 レオンは礼を言うと石段を上ろうとした。だが、足を止めた。

 

「いかがなされましたか?」

 

「いえ、ソラの調子が気になるので、診療所の方に行きたいな……と思って」

 

「あら……そうでしたの」村長は微笑んだ。

 

 レオンは村長から診療所の場所を聞くと、そこへ向かって歩き始めた。

 

「すぐにでも温泉に入るんじゃなかったの?」とナナが訊く。

 

「ま、いいじゃねぇか」レオンは口を濁したように言った。

 

「まったく……」ナナはやれやれといったように首を振った。

 

 

 

 診療所――。

 左足首に包帯をぐるぐる巻いたソラが、ベッドに腰掛けていた。

 

「あっ、レオンさん。どうしましたか?」

 

 レオンの姿を見るなりソラが手を振った。

 

「ちょっと心配で……。足はどう?」

 

「先生に診てもらったけど、ただの捻挫っぽいです。安静にしていれば大丈夫だ、って」

 

「そうか……ならよかった」

 

「わざわざ心配してくれて……ありがとうございます」

 

「そんなたいそうなことじゃないし。じゃ、オレは温泉に入ってくるよ」

 

 レオンがくるりと踵を返すと同時に、ソラが「あの……」と声をかけた。

 

「え?」レオンが振り返る。

 

「あ、あの、よ、良ければ……一緒に温泉……入りませんか?」

 

「――」レオンは目を丸くしていた。

 

「い、い、一緒に?」

 

「あ、この村の温泉は混浴ですから、別に変なことじゃないですけど……。嫌ですか?」

 

「いや、全然、嫌じゃ、ないよ」レオンの言葉は途切れ途切れだ。

 

「そうですか……よかった。いろいろお話もしたかったし……。じゃ、行きましょう!!」

 

 ソラはベッドから降りると、左足を庇うようにして歩き、診療所の出入り口へ向かった。

 

「ホラ、行くわよ。……レオン?」

 

 ナナがレオンを突っつく。

 

「……あっ」レオンはハッとしたように歩き始めた。

 

 ――動揺してるのね。おもしろい奴……。

 ぎこちなく歩くレオンを見ながら、ナナはフッ、と笑った。

 

 

 

 

 

 ユクモギルド――。

 ユクモ地方にあるハンターズギルドは、ユクモ村より西方に位置するロックラックの街のギルドの支部にあたる。

 ――ハンターズギルドというのは、モンスターによる人類への被害を回避させること、生態系を守りモンスターの絶滅を防ぐことなどを主な目的として設置された組織のことある。ハンターズギルドでは、ハンターに依頼を与える、狩場の調査・管理を為すなどの活動を行う。

 ハンターズギルド内には、ハンターが依頼を受けるためのクエストカウンター、狩猟に出発する前のハンター達が腹ごしらえをするための食事場が、基本的に設置されている。

 また、ハンターズギルドはハンターが多く集うため“集会所”と呼ばれるのが一般的である。だが、ユクモ村のギルドは、内部に温泉が設置されているため、“集会浴場”とも呼ばれている。

 ユクモギルド内の温泉は混浴で、老若男女誰もが利用できる、憩いの場でもある。

 

 ユクモギルドは、出入り口から入ると左側にクエストカウンターがあり、出入り口に一番近い場所のカウンター上には垂れた耳と顔中を覆う髭が特徴的な竜人族の男性が座っている。彼はギルドマネージャー(地方ギルドにおける代表者)である。また、カウンターの奥には二人の受付嬢(ギルドガール)が座っており、それぞれ紫と蒼の衣装を纏っていた。今は、二人とも暇そうにしている。カウンターの奥には、依頼書などを貼り付けるクエストボード、その隣には物品の販売を行うギルド内の雑貨屋がある。雑貨屋の手前には大きな机と長椅子が置かれており、ハンター達が食事を行ったり作戦を練ったりできるようになっている。そして、一番奥には狩猟に出発するための出口がある。

 ギルドに入って右側には温泉があり、湯けむりが立ち込めている。温泉に入るための通路の脇にある台には、番台アイルーが座っていた。また、温泉とクエストカウンターがあるフロアは柵で仕切られている。

 

「こんばんば、番台さん!!」ソラは元気な声で番台アイルーに挨拶した。

 

「ニャニャッ!! これは、これは、ソラ様」番台アイルーは扇子(せんす)を一度大きく広げると、閉じた。

 

「それと……初めてお見かけするハンター様でございますニャね」

 

「どうも・・・・・・初めまして」レオンはお辞儀をした。

 

「ニャ!! ユクモ村へ、ようこそでございますニャ。ここの温泉の泉質はほかのどの温泉にも引けをとらないほど最高級でございますニャ。効能はたくさんありすぎて私にも覚えられないほどですニャ。それではあちらの更衣室で着替えてこちらの()()みタオルをご着用の上、温泉にお入りくださいニャ」

 

 番台アイルーは横に置いてあったタオルをソラに渡した。

 

「それでは、どうぞごゆっくりニャ」

 

「レオンさん、タオルどうぞっ。ナナちゃんも」

 

「おう、ありがとう」

 

「ありがとね」

 

 タオルを受け取ったレオンは男子更衣室に入ると、背負っている大剣を外し、装備している【レウスシリーズ】を脱ぎ始めた。

 

(思えばずっと着けっぱなしだったし、臭くなってないかな)

 

 嗅覚が鋭いレオンにとって、汗臭さは強敵である。

 装備を外すと、もわっとした蒸れた空気が漏れ出してきた。

 

(案の定くせぇな・・・・・・。あとで消臭玉使うか・・・・・・)

 

【消臭玉】はハンターが使うアイテムで、悪臭を放つ液体や気体などを浴びてしまったときに使用すると、その名の通り消臭してくれるものである。

 汗臭いニオイを消すときにも使えるため、彼はかなり重宝している。

 

 

 インナーを脱ぎ湯浴みタオルを腰に巻いたレオンは、更衣室を出た。視線の先の揺れる水面(みなも)からは白い湯けむりが立っている。今、温泉には誰もいない。

 レオンが温泉の方へ向かおうとしたとき、ブラシを持ち、ハチマキを頭に着けているアイルーが飛び出してきた。

 

「ニャ!! これは失礼!!」

 

 そう言うとアイルーは床を擦り始めた。おそらく掃除アイルーなのだろう、と彼は思った。

 彼は置いてあった桶を手に取ると、温泉の縁まで移動し、湯を桶で(すく)って身体にかけた。そして、温泉に入ると、温泉の縁に掛けるようにして胸のあたりまで湯に浸かった。

 

「はぁぁぁぁ~~」

 

 思わず声が出ていた。今日一日の疲れが癒されてゆくようだった。

 レオンは右手を椀のようにして湯を掬い上げると、肩にかけた。

 外はすっかり暗くなっているので、温泉から外の景色を拝むことはできなかったが、木の葉が色付く時期になれば綺麗な景色が望めるだろう、とレオンは感じた。

 

「どうですか~?」

 

 遅ればせながらやってきたソラが、湯に浸るレオンに向かって言った。レオンは振り返ると、「最高だな」とだけ言った。

 

「そうですよねっ。じゃ、わたしも入らせてもらい――っ!?」

 

 片足を庇うような歩き方をしていたせいか、ソラは床で足を滑らせ、彼女の身体は前のめりになった。

 

「ひゃっ!?」甲高い声が響いた。

 

 レオンはとっさに身体の向きを変え、腕を伸ばしてソラの身体を支えた――とそのとき、ぷにっとした感触がレオンの顔に当たった。湯浴みタオルを隔てて、膨らんだ柔らかいソラの胸がレオンの顔に押し付けられていたのだった。

 

「――っ!?」レオンの顔は真っ赤になる。

 

「――ご、ごめんなさい!!」ソラは頬を赤らめながら慌てふためく。

 

 レオンはソラに抱きついたような状態のまま、数秒間静止していた。

 

「レ、レオンさん、降ろしてください……」

 

 その言葉を聞くと彼は何も言わずに(口がソラの胸で塞がれていて言葉を発せずにいた)、彼女を湯の中にゆっくり降ろした。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

 ソラがレオンの顔を覗き込みながら言った。

 彼は彼女から目を背けながら「あ、あぁ。だ、大丈夫……」と言った。レオンの心臓の鼓動はかなり速まっていた。

 

「な、ならいいんですけど……」

 

 気まずい空気が漂ったとき、ナナが温泉に入ってきた。オトモ用の防具を外し、頭にタオルを乗せている。

 

「あら、なんだか気まずい空気ね。何があったのかしら?」ナナがにやつく。

 

 十数秒の沈黙が続いたあと、ソラが口を開いた。

 

「あっ、レ、レオンさん。何か飲みませんか……?」

 

「の、飲み物か……。何があるんだ?」

 

「ええとですね……ここでしか飲めない温泉ドリンクと、お酒があります」

 

「温泉ドリンクか……飲んでみたいな」レオンはまだ顔が赤いままだ。

 

「……はい!! ナナちゃんもどう?」

 

「じゃ、遠慮なく」

 

「何がいいですか?」

 

「おすすめでいいよ」

 

「あたしも。なんでもいいわ」

 

「わかりました。ドリンク屋さ~ん」

 

 ソラはさっきの掃除アイルーを呼んだ。

 

「ニャニャッ!! 何をお飲みになりますかニャ?」

 

「じゃ、ユクモラムネを三つお願いしま~す」

 

「承知しましたニャ!!」

 

 そう告げるとドリンク屋アイルーは瓶を3本掴んで持ってきた。

 

「ユクモラムネですニャ」

 

「ありがとう!!」ラムネを受け取ると、ソラはレオンとナナに瓶を渡す。

 

『ありがとう』レオンとナナは同時に言った。

 

 レオンは瓶を受け取ると、瓶をまじまじと見つめた。瓶は特徴的な形をしており、ガラス玉で栓がされている。

 

「このガラス玉をこうして……」ソラはガラス玉を押し込んで瓶の上方にある小さめの空洞の中へ落とした。「これで飲めるんですよ!!」

 

「へぇ。なかなかおもしろいな!!」

 

 いつの間にか、さっきの気まずさはどこかへ飛んでいた。

 彼らは瓶を傾け、ラムネを喉に流し込んだ。泡が弾け、甘い水が喉を通り抜け、疲労した身体に沁み渡っていく。

 

「ぷは~っ」

 

「うまいっ!!」

 

「ん~。いいわね」

 

 3人はラムネを飲み干した。

 

「はぁ~。今日一日いろいろあったなぁ……」ラムネの瓶を温泉の縁の石に置きながらレオンが言った。

 

「そ、そうですね……。いろいろと……あり……ま、し……」

 

 不意にソラとレオンの目が合う。

 

『…………』

 

「なんで二人して恥ずかしそうな顔するのよ」

 

 ナナが呆れた顔をする。

 

「……あ、あの、レオンさんの出身はどちらですか?」

 

 再び気まずい空気になるのを避けるため、ソラは必死に話題を振る。

 

「オレは……火山地方出身だよ」

 

「……火山ですか? 暑そうですね……」

 

「うーん、火山地方っていうと、灼熱(しゃくねつ)地獄みたいなところって想像しがちだけど、そんなことはないよ。普通に緑もあるし。ま、火山の内部は溶岩が流れてて、灼熱地獄になってるけどな。オレは火山地方の端の方にある、火山渓谷地帯の村に住んでたんだ」

 

「へぇ……」

 

「ま、当分は帰らないだろうけど」

 

「旅、してますもんね。……寂しくなったりしないんですか? 家族が恋しい、とか」

 

「そうだな……旅を始めたときは帰りたいって強く思う時期もあったけど、慣れれば旅をしてる方が楽しいもんだよ」

 

「慣れって怖いですね」ソラがクスッと笑った。

 

「あぁ。ま、ナナもいたしそこまで寂しくはなかったかな」

 

「あたしは、元はアンタのオトモじゃないから乗り気じゃなかったけどね」ナナがぼそっと呟いた。

 

「あれ? ナナちゃんはレオンさんのオトモじゃなかったの?」

 

「えぇ、元々はね」

 

「そうだったんだ……。でも、どうして旅をしようと思ったんですか?」

 

「そうだな……。父さんに憧れて旅を始めたのもあるけど――」

 

 レオンは天を仰ぎ見た。

 

「空を流れる雲や風に揺れる木々、数多の星が(きら)めく夜空、生命(いのち)ある者たち――。この雄大で美しい世界での狩りに魅せられたから、っていうのが一番かな」

 

「魅せられた、ですか……」

 

「あぁ。それで、居ても立っても居られなくなって、旅を始めたってわけだ」

 

「旅をするうえでの夢とかってありますか?」

 

「そうだな……。様々な新天地を巡って、世界中のモンスターに出会うことかな」

 

「レオンさんなら、いつか叶えられると思いますよ!!」

 

「だといいな。……ソラは、何か夢はないのか?」

 

「わ、わたしですか? ……わたしは、お父さんみたいに立派で強いハンターになりたいです」

 

「そりゃ素晴らしい夢だ。これからがんばらないとな」

 

「は、はい……」ソラは何か言いたそうな顔をしていた。

 

 そんな彼女を尻目に、レオンは腕や肩のストレッチを始めた。

 丸太ん棒のような上腕二頭筋や引き締まった大胸筋、割れた腹筋――ソラは、彼の身体を舐めまわすように見ていた。

 

「……レオンさんの身体、(たくま)しいですね」

 

「そ、そうか? ま、ハンターは身体が資本だからな。鍛えるのは基本中の基本だな」

 

 レオンはストレッチを続けながら言った。

 

「……じゃ、わたしも鍛えなきゃダメですね。あ、この傷はどうされたんですか?」

 

 ソラは、レオンの右胸に縦に走る傷を指した。

 

「あぁ、これか……」

 

 レオンは動きを止め、溜め息をついた。

 

「あ、聞いちゃマズかったですか?」ソラはしまった、というような顔をした。

 

「いや、そんなことないぜ。……これは、オレが初めてモンスターに挑んだときに負った傷だよ」

 

「――」

 

 ソラは言葉を失い、目を見開いていた。

 

「あのときは生死の境目を彷徨(さまよ)ったもんなぁ……。こうして生きていられるのが奇跡みたいだ」

 

 ソラは黙ったまま俯いた。

 

「? どうした?」

 

「――あ、いえ、ハンターって大変な仕事なんだな、って……。そう思っただけです」

 

「オレが無茶したからだけどな。でも、ああでもしなかったら――」

 

 レオンの脳裏を過去の記憶が(よぎ)った。

 あのときのことを――。

 

「――レオンさん?」ソラの声で彼は顔を上げた。

 

「あ、あぁ。いや、なんでもないよ」

 

「……なんか、いろいろとすみません」

 

「いや、オレは気にしてない」

 

「ならいいんですけど……」

 

 二人の会話を余所(よそ)に、ナナは一人温泉の中に潜って遊んでいた。

 

「あの……」おもむろにソラが口を開けた。

 

「ん?」

 

「レオンさんは、どれくらいここに滞在するつもりですか?」

 

「あぁ、そうだな……。いろいろ見物とかもしたいし、ひと月くらいは居るかもしれないな」

 

「そうですか……」

 

 少し視線を落とすと、少ししてから彼女は顔を上げた。

 

「お、お願いが、あるんですけど……いいですか?」

 

 彼女は上目遣いでレオンの目を見つめている。

 

「……うん? と、とりあえず言ってみてよ」

 

「あ、はい。えぇと……率直に言います。わたしの――」

 

 ソラは言葉を詰まらせる。同時に、レオンは唾をゴクリと飲みこんだ。

 

「わたしの師匠になってください!!」

 

 彼女がいきなり頭を下げたので、レオンは目を白黒させていた。

 

「――し、師匠? ……ハンターのか?」

 

「はい。わたし、このままだと何も変わらない気がして……。でも、レオンさんにいろいろ教えてもらえば、変われると思うんです!!」

 

「うーん……」

 

 突然の懇願に、レオンは頭を掻いた。

 

「……ダメ、ですか? ……ダメならダメで、構いませんけど」

 

「正直、オレにソラの師匠が務まるとは思えないんだけどな……」

 

「それは、わたしがハンターに向いてなさすぎて打つ手がない、ってことですか?」

 

「違う違う。オレに自信がないってことだ。正直、人に教えられるほど実力があるわけじゃないし」

 

「そうですか……」

 

 残念そうにするソラを見て、レオンは続けた。

 

「あと……ハンターっていう職業は、最も危険な職業だといっても過言じゃない。現に、オレは死にかけたことだってあるし、命を落とすハンターだって少なくない」

 

 ソラは黙り込んでいた。

 

「――それに、この世界での女性の地位はけっして良いものとは言えない。女性のハンターが肩身の狭い思いをしているのも事実だ。それでも、相当な実力者だっているけどね」

 

「……はい」元気のない声で返事をするソラ。

 

「ソラは――そんな厳しい、過酷な世界に足を踏み入れようとしているわけだ。生半可な覚悟じゃ、身が持たない。……それでもソラは、一人前のハンターになりたいと願う?」

 

 数秒の沈黙の後、ソラはレオンに真剣な眼差しを向けながら「はい」と返事した。

 

「……そうか。よし、なら――師匠になってやってもいいぜ!!」

 

「ホ、ホントですか……!? やった!!」

 

 ソラがそう叫んだ瞬間、潜っていたナナが湯の中から飛び出した。

 

「ぷはぁっ。ん……なんか、随分長いこと話してたようだけど、何かあったのかしら?」

 

「レオンさんが、わたしの師匠になってくれたの!!」ソラは嬉しそうに言った。

 

「ふぅーん」

 

 ナナは見下すような目でレオンを見る。実際、見上げているが。

 

「こんなバカから学べるようなことは特になさそうだけど……楽しくていいんじゃない?」

 

「“バカ”とはなんだよ」

 

 バカ――もとい、レオンは唇を尖らせる。

 

「バカだからバカっつってんでしょーバーカ」

 

「はぁ……」レオンは深い溜め息をついた。

 

 その隣では、ソラがクスクス笑っていた。

 

「いつもこんな感じなんですか?」

 

「うん。こんな感じだよ」

 

「楽しそうでいいですね」彼女は白い歯を見せた。

 

「見てる方は、だろうけど」

 

「ふふふ。……あっ、レオンさん、お酒飲めますか?」

 

「別に飲めないことはないけど?」

 

「ナナちゃんは?」

 

「あたしは結構よ」

 

 二人がそう答えると、ソラはドリンク屋アイルーに酒を頼んだ。

 

「えへへ。レオンさんが師匠になってくれたお祝いです」

 

「はは。そりゃいいな。あ、別にオレが師匠でも、呼び捨てにしてくれても、タメでも全然構わないぜ。そんなに年が離れてるわけじゃないし、堅苦しいのは嫌だろ?」

 

「まぁ、わたしはそんなに気にしませんけど。あっ、お酒きました~」

 

 ソラはレオンに猪口(ちょこ)を持たせると、酌をした。その後で自分の猪口にも酒を注いだ。

 

「じゃ、乾杯しましょう!! かんぱーい」

 

「乾杯っ」

 

 二人は一杯ぐいっと呑んだ。

 

「ん~~~~~~お酒もいいねぇ」ソラはもうもう一度猪口に酒を注ぎ、呑んだ。

 

「えっへへ……。おいしい」彼女は微笑むと、また一杯呑んだ。

 

 温泉に長く浸かっているせいか、酒が回ってきたからか、ソラの頬が紅潮していた。

 

「あぁ……あたし、そろそろ出るわ。なんか、のぼせそう……」

 

 ナナは温泉から上がると、全身を震わせて水を撒き散らし、素早く更衣室へ向かった。

 

「おう。オレもそろそろ出るか……」

 

 レオンが立ち上がろうとすると、柔らかい感触を腕に感じ、彼は一瞬ビクッとした。

 

「もうちょっと……ここに……いません?」

 

 頬を真っ赤にさせたソラの手が、レオン首に回されていた。そして、柔らかく弾力のある彼女の胸が、彼の右腕に接している。

 

「な!? お、おい、酔ってるのか……?」

 

 彼の心拍数が急激に上昇する。

 

「え~? 酔ってなんかいませんよ~」甘えるような声が彼の鼓膜を震わせた。

 

 ――完全に酔っちゃってるな。どうすりゃいいんだろう……。レオンはふぅ、と一息吐いた。

 

「?」ソラがじわじわと顔を寄せる。

 

 ――? これは、どういう状況なんだ!? 漂う甘いニオイに、潤った桜色の唇がすぐそばに!? しかも柔らかいすべすべした肌がいろんなトコに当たって……?

 様々な思考が巡り、“司令塔()”はパニックに陥っていたが、彼の素直な“塔”は怒張し高々と聳えていた。

 彼の理性はぶっ飛びそうになるが、彼女はお構いなしに甘い吐息をレオンの首筋にかけてくる。胸元の湯浴みタオルは、はだけてきていた。

 

「――」

 

 レオンの手が無意識のうちに彼女の太腿に伸びる。そしてそのまま、肌に沿って不可侵領域へと指先を滑らせ――。

 

「……何やってんの」

 

 背後からの突き刺すような声で、口から心臓が飛び出しそうになった。レオンが振り向くと、タオルで身体を拭きながら歩いてくるナナの姿が目に入った。

 

「え……、いや、その――」

 

「出るのが遅いと思ったら……。このコ、出来上がっちゃってるみたいね」

 

 ソラはうっとりとした表情のままレオンの腕を掴んだままだった。

 

「とりあえず酔いを醒ましてあげないと……危ないわ」

 

 彼女はソラの顔を覗き込んだ後、レオンを一瞥した。彼の顔は硬直していた。

 

「そ、そうだな」

 

 ナナは居眠りを始めていたドリンク屋アイルーを揺り起こすと、一杯の水を頼んだ。飛び起きたアイルーは竹の筒に冷水を入れて、彼女に渡した。

 二人の元へ戻ってくると、冷水を二人にピシャッとかけた。

 

「っ!?」

 

「冷たっ!! おい、オレにまでかけることないだろ?」

 

「……アンタも冷まさないとダメよ。さて、酔いは醒めたかしら?」

 

「あれ……? わたし、どうしてたの……?」ソラは頭をブルブルと振り、水を飛ばした。

 

「お、覚えてない?」

 

「ちょっと飲み過ぎたかも……。えへへ」

 

 記憶が無いのは、それはそれでよかった、とレオンは感じた。

 

「オ、オレはそろそろ出るぞ」

 

 レオンが立ち上がると、「あっ、わたしも出る!!」と言ってソラも湯から上がり、3人は更衣室へ向かった。

 

 

 

 

 

 ユクモギルドを後にした彼らは、ギルドの出入り口を出た前にある石段を下っていた。

 

「レオンは……これからどうするつもりなの?」ソラが訊いた。

 

「温泉宿に泊まるつもりだけど」

 

「よかったら、ウチに泊まりません? お父さんは今いないし、たぶん帰ってくるのは随分先になると思うから」

 

「うーん……迷惑にならないか?」

 

「ううん、大丈夫。たぶん……。それに、一緒に居たらいろいろ話もできるし……」

 

「そうか。でも、今夜は温泉宿に泊まることにするよ」

 

「変なコトしちゃ困るから、ちょうどいいんじゃない?」ナナの鋭い言葉がレオンの胸を刺す。

 

「へ?」

 

 ソラが腑抜けたたような声を出すと、レオンはわざとらしく咳をした。

 

「と、とにかく……。明日からビシビシ鍛えていくから、そのつもりでな」

 

「……はい!!」

 

 ソラは元気よく返事をした。

 

「いい返事だな。……そういえば何か忘れてないか?」

 

「?」

 

「何も忘れてない気がするけど?」

 

「気のせいだよ。のぼせちゃったの?」

 

「……ま、いいか」そう言いつつも彼は腑に落ちなかった。

 

 空を仰ぐと、暗黒の海に金色の半月が浮かんでいた。

 

 

 

 

      *

 

 

 

 

 全身のあちこちが痛む。

 暗闇に包まれた視界、鼻を(つんざ)く強烈なニオイ――。

 

「こ、ここはどこニャァァァァァァ――――ッ!!」

 

 ユクモ村の農場に設置されたゴミ置き場から、悲痛な叫び声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第6話 朝

 窓から入り込んでくる陽射しを受けて、レオンは目を覚ました。

 彼がいるのは、ユクモ村の温泉宿の一室。昨晩から、彼のオトモアイルーであるナナと泊まっている。

 レオンは布団に身を包まれたまま手を頭上に伸ばし大きな欠伸をすると、掛布団を左手で払い、畳に右手を突いて上半身を起こした。

 そのとき、右手に何かが当たる感触があった。

 

「ん……?」

 

 少し寝ぼけているせいか、すぐにそれが何であるか彼には分らなかった。

 

「なんだ……。ノートか……」

 

 レオンは再び欠伸(あくび)をすると、分厚いノートを手に取り、ページを捲った。

 このノートは彼のハンターノート、言わばハンターの手帳である。

 一般的なハンターのハンターノートには、モンスターの生態やアイテムの調合法など、多岐に(わた)る情報が書き記されている。

 彼は、ハンターノートを日記帳代わりにも使用しており、旅の記録をズラズラと書き込んでいる。もちろん、昨日の出来事も(つづ)られていた。

 

 ――ユクモ村へ来ると、まず“鬼門番(自称)”という男に絡まれた。彼に解放されたあと、村長に挨拶をすると、迷子のハンターを捜してほしいという依頼を受けた。

 渓流に入ると、タル配便という配達サービスを行う“転がしニャン次郎”というメラルーに出会った。また、少し進んだところでガーグァというモンスターと遭遇、金色の卵を落とした。よく調べたかったけど、ナナに邪魔されたので断念した。

 薄暗い森のような場所で、青い毛をもつアオアシラに襲われていたソラを発見。間一髪のところで彼女を助け出して、村へ帰還した。

 村へ帰ると、ソラに誘われて温泉へ入った。ユクモラムネが美味だった。温泉を上がろうとすると、酔ったソラが抱きついてきた。あの柔らかい彼女の身体の感触は、たぶんずっと忘れな――

 

「なーに見てるの?」

 

「わあああああっ!?」

 

 レオンは飛び上がると、ノートをバタンと閉めた。

 

「な、な、な、なんだ急に!? び、びっくりした!! い、い、いつの間に!?」

 

「いつの間に、って訊かれても、今来たばかりよ。レオンより先に目が覚めたから、ちょっと外の空気を吸いに部屋から出てただけ」ナナが腕を組みながら言う。

 

「そ、そうか」

 

「それで、何でそんなに動揺してるのかしら……?」

 

「な、なんでもない……」

 

「なんでもないはずはないと、あたしは思うけど。……いいわ、なんでもないことにしてあげる」

 

 ナナの青玉色(サファイア・ブルー)の瞳が、一瞬不気味に光ったのをレオンは見逃さなかった。

 

(こいつ、オレのノートを盗み見る気だな……!!)そう彼は確信した。

 

「それと……。朝食、できてるそうよ」

 

 そう告げるとナナは踵を返し、部屋から出て行った。

 

「あ、あぁ。わかった、行こう」

 

 レオンは布団から脱出すると、ノートを素早くバッグの奥に詰め込み、ナナの後を追った。

 

 

 

 

       *

 

 

 

 

「姉ちゃん、起きて」

 

 黒髪で短髪の男の子がソラを起こそうとしているが、姉はベッドの上で寝息を立てるばかりだった。

 

「はぁ。もう知らない」

 

 そう吐き捨て、ソラの弟――リクは姉の部屋から去った。

 数分後、彼女の部屋のドアが大きな音を立てて開き、ソラの母が入ってきた。

 

「起きなさい!!」

 

 母はソラの耳元で叫んだが、彼女が起きる気配は微塵(みじん)もない。

 

「はぁ……」

 

 母は溜め息をついて手を振り上げると、娘の頬を目がけて平手打ちを繰り出した。

 

「っ!?」

 

 その一撃で、ソラは目を見開いた。

 

「起きなさい。朝食ができてるわよ」

 

「……乱暴な起こし方はやめてよ、お母さん……」

 

 ソラは左の頬をさすりながら起き上がると、ベッドから降りた。昨日の足の痛みはほとんど引いていた。

 

「まったく。昨日はよっぽど疲れてたんでしょうけど……。もう15なんだから、朝くらいちゃんと自分で起きなさい」不機嫌な口調だった。

 

「うー」ソラは唇を尖らせる。

 

「早く来なさいよ」

 

「は~い……」

 

 母が部屋から出ると、ソラも母の後に続いた。

 

 

「姉ちゃん、頬が赤いね。……叩かれたの?」リクは丁度朝食を食べ終えたところだった。

 

「う、うるさい」

 

「もっとしっかりしなよ、姉なんだから。……ごちそうさま」

 

 リクは食器を重ねると、席を立った。ソラはテーブルの前にあるイスに座り、「いただきます」と言って朝食を食べ始めた。

 

 

 

 

「――あ、そうそう」

 

【ウマイ米】のご飯を頬張りながら、ソラは台所で食器を洗う母に声をかけた。

 

「何?」

 

「わたし、師匠ができたんだ」

 

「師匠? ふぅん、それで?」母が背中で喋る。

 

「今日から特訓、かな?」ソラは【クック豆】から作られた味噌を溶いた味噌汁をすすった。

 

「がんばりなさいよ。それで、どんな人?」

 

「うん……。優しくてとっても強そうな人だったよ」

 

「いいじゃない」

 

「それで……、お願いがあるんだけど」

 

「――何?」

 

 食器を洗う手を止めて、母は振り返りソラの顔を見た。

 

「……師匠をこの家に泊めさせてあげられないかな、って」

 

「別に構わないけど」

 

「いいの!? ってそんな簡単に言っていいの!?」

 

 すんなりと許可が下りたので、ソラは心底驚いた――と同時に、以前、彼女がハンターになりたいと言ったときも、母は同じような反応を見せたということを思い出し、妙に納得した。

 

「今はお父さんいないし、当分は帰ってこないだろうから、ベッドが空くしちょうどいいんじゃないの?」

 

 考えていたことがわたしと同じ。親子なんだな。と、ソラは心の中でにやついた。

 

「そうだね。じゃ、リクは? 師匠が泊まってもいいの?」

 

 リクは部屋を出る手前で足を止めた。

 

「……僕も別に構わないよ」

 

「よかった。じゃ、そういうことで話をつけておくから」

 

 ソラは残りの米をガツガツと掻き込んだ。

 

 

 食事を終えた彼女は「ごちそうさま」と言うと、立ち上がって自室へ向かおうとした。

 

「こら、食器を持ってきなさい」

 

「はーい……」

 

 ソラは台所まで食器を運ぶと、自室へ駆け込んだ。

 彼女は帯を緩めると、黄檗(きはだ)色で襟や肩山や袖山の部分が赤で強調された、普段着である着物を脱ぎ、インナーウェア姿になった。

 壁にかかっている【ユクモノドウギ】を手に取ると、両腕を通し、右の鎖骨あたりにある紐を括った。次に【ユクモノハカマ】を穿き、腰にはポーチやナイフのついた【ユクモノオビ】を巻く。そして【ユクモノコテ】を両腕に嵌めると、【ユクモノカサ】を頭に被った。

 これが【ユクモノシリーズ】という防具である。渓流に生えているしなやかで頑丈な上質な樹木から採取できる、柔軟で頑丈な木材“ユクモの木”を使用しており、軽く、動きやすい防具となっている。

 そして片手剣である【ユクモノ(なた)】を、腰の後ろに剣、右腕に盾といったように装備した。

 ハンターの世界では、利き腕に盾を装備することが多い。これは、モンスターへ攻撃するよりもモンスターの攻撃を防ぎ、身を守るということに重しが置かれるからである。

 

「よーしっ」

 

 気合十分に、ソラは家から飛び出した。

 

 

 

 

       *

 

 

 

 

 朝食を終えたレオンは、自室に戻っていた。

 

「今日からソラの訓練をするんだったな」

 

「そうね。早く防具を装備して彼女に会わないと」ナナがいつもの口調で言った。

 

「だな」

 

 レオンは部屋の一角に固めて置いてあった【レウスシリーズ】を手に取ると、黙々と装備し始めた。

【レウスシリーズ】は、【リオレウス】というモンスターの素材からなる防具である。重量はあるが、その防御力は並大抵の防具とは比較にならないほど高い。

 リオレウスは、赤い甲殻で身を包んだ、飛竜種(ひりゅうしゅ)のモンスターである。

 飛竜種はモンスターを分類する上での名称の一つであり、現在最も多くモンスターが確認されている種である。前脚が翼になっており、飛行する能力のあるモンスターを指すが、中には飛行能力がほとんどない種も存在する。

 リオレウスの体内には“火炎袋”と呼ばれる内臓器官があり、ここで作りだされた炎の塊を吐き出して外敵を攻撃する。これが、リオレウスの別名が“火竜”たる所以(ゆえん)である。また、数多の飛竜の中でもとりわけ優れた飛行能力を持つことから“空の王者”とも呼ばれ、戦闘力や凶暴性はかなり高いことで有名だ。

 レオンはそのリオレウスを狩猟し、この装備一式を揃えた。しかし、“飛竜の王”とも謳われるほどのリオレウスを、一人で狩猟するのは困難を極める。他のハンターと協力して狩猟を行い、装備を揃えたのだった。

 また、モンスターの素材を使用する装備一式を揃えるためには、数回同じモンスターを狩猟し、素材を得る必要があることが多い。これは、一回の狩猟でモンスターから素材の剥ぎ取りを行える回数が限られており、また得られる報酬素材もそう多くないためである。

 強い防具を作ろうとすると貴重な素材が必要となる場合が多く、レア素材を獲るためにモンスターを乱獲・密猟しようとするハンターが後を絶たない。勿論、密猟は大罪であるため、密猟を行うハンターはギルドにより取り締まられる。

 しかし、素材が集まらず、複数のモンスターの装備を組み合わせていると異端とされ、好印象は持たれないのも事実である。

 よって、モンスターの素材を使用した装備一式を揃えるのはかなり難しいことであり、装備そのものがハンターの実力や経験を語っているといっても過言ではないのである。

 

「うしっ」

 

 頭以外の防具を装着し終えたレオンが頷いた。

 防具は頭、胸、腕、腰、脚の5パーツに分かれており、狩猟に向かう際には全ての部位に防具を装着するのが基本である。

 しかし、レオンのように頭の防具のみ装備しないハンターもよく見受けられる。若者の中では、代わりにピアスを着ける者もいる。着けない理由は人それぞれだが、顔全体を覆う頭の防具を着けると視界が悪くなり、即座に状況が掴めずかえって危険である、というのが主な理由である。

 レオンの場合は、蒸れて汗臭くなることと髪型が崩れてしまうことが嫌だというのが理由だ(危険度の高いモンスターに挑む場合は、仕方なく着ける)。

 

「じゃ、ナナ、行くぞ……」

 

 レオンが振り返ると、バッグを漁るナナの姿が目に飛び込んできた。

 

「って、お、おい!! 何やってんだ!!」

 

「さっきのノートを見ようと思って。でも、見当たらないわね」

 

「み、見るなよ?」

 

「なんでよ? 見られてマズいものでもあるの?」

 

「いや、人のものを許可無く覗き見るのはどうかと思うぞ?」

 

「じゃ、許可を取れば――あ、あった」

 

 バッグの奥底に眠らせてあったノートをナナは掴み取ると、ページを捲ってレオンが昨日書き込んだ部分を探した。

 

「やめろおおおおおおおおっ!!」

 

 恐ろしい形相(ぎょうそう)でレオンがナナに飛び掛かる。ナナは華麗に避けてみせると、レオンはドスッと床に堕ちた。

 

「ほうほう……なるほどね」ニヤニヤしながらノートを見つめるナナ。

 

 レオンは床にうつ伏せになったまま、何も言葉を発しなかった。

 

「つまりは――そういうことね。レオンもれっきとした男ってわけね」

 

 レオンは立ち上がると、ナナの手からノートを奪うようにして取った。

 

「う、うるせぇ。そんなことより、行くぞ。ナナも防具着けろよ」

 

「言われなくともそうするわ」

 

 淡々と防具を着けるナナを眺めながら、レオンは一つ溜め息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第7話 躊躇

「あっ、師匠!! ナナちゃん!! おはよう!!」

 

 温泉宿から出たレオンとナナを、ソラは笑顔で手を振りながら出迎えた。彼女は【ユクモノカサ】を後頭部に()り、紐を首に掛けていた。

 

「おう、おはよう」

 

「おはよ」

 

「――あの、いきなりですが報告があります。わたしの家に泊まってもいいそうです」

 

「そうか、それはよかった。ずっと温泉宿に泊まってても、金が減るばっかりだしな」

 

「案外すんなりと許可がおりて驚きました!!」

 

「そりゃすごいな。……それで、足は大丈夫なのか?」

 

「はい。もう痛みも引いていますし、大丈夫だと思います!! では、さっそくご指導お願いします!!」

 

「おう。そうだな、最初は何からすればいいかな……」

 

「ハンターの仕事をする上で重要なことをすればいいのよ」

 

「大事なこと……ねぇ」

 

 レオンは目だけでソラを見た。右腕に装着している盾に傷一つ付いていないのが目に留まる。

 

「……武器の扱い、かな。見たところ、使ってなさそうだし」

 

 レオンがそう言うと、ソラの表情が陰った。

 

「――自信ない?」

 

「う、うん……」

 

「とりあえず、実践あるのみだよ。そうそう、渓流には誰でも自由に入れるのか?」

 

「うん。村の人たちが“ユクモの木”を採りによく行ってるよ」

 

「よし。なら、今すぐ行こうか」

 

「うん」

 

 3人は渓流を目指し、走った。

 

 

 

 

 

 渓流、ベースキャンプ――。

 

「はぁ、はぁ……。レオンとナナちゃん、走るの、速い……」

 

 ソラは息を切らして、地面にへたり込んでいる。

 

「そうか……?」レオンとナナが目を見合わせる。

 

「ここまで来るので息が上がってちゃ、いろいろ大変よ」

 

「……そ、そうだよね。が、がんばらなきゃ」

 

「とりあえず息は整えとけよ」

 

「う……うん」

 

 ソラは息を深く吸って、吐いた。それを何度か繰り返す。

 

「ふ~。そろそろ大丈夫かな?」

 

「よし。じゃ、武器の扱いに慣れるために、小型モンスターを狩ってみるか」

 

「小型モンスター……」

 

「そうだな……、ガーグァあたりか?」

 

「なんでガーグァなの?」

 

「臆病なモンスターなんだろ? なら、向こうから攻撃を仕掛けてくることはないから攻撃しやすいんじゃないかと思って」

 

「なるほど……」ソラはよく分かったというように頷いた。

 

「ま、行こうか。なんだかんだ言っても、仕方ないしな」

 

 

 

 

 

 エリア1――。

 水辺のエリアにガーグァが3匹、群れている。3人の気配に気付いているようではなく、それぞれが(くちばし)で草を啄ばんでいる。だが、草を食べているようではなかった。

 

「まだ気付かれてないみたいだな」茂みに身を潜めながらレオンが言った。

 

「そ、そうだね」緊張しているせいか、ソラの声が裏返った。

 

「さて、どいつを狩ろうか……」

 

「こ、殺すの……?」

 

「あぁ。残酷な話かもしれないが、これがハンターになるための第一歩なんだ」落ち着いた声でレオンが言う。

 

「ソラなら大丈夫よ」ナナが励ます。

 

「う、うん……」

 

「よし、じゃあ、一番手前にいるあいつをターゲットにしよう」

 

 レオンが指差す先にいるガーグァは、尻を三人の方に向け、水辺で呑気(のんき)(たたず)んでいた。

 

「武器を構えて」

 

「う、うん」

 

 ソラは片手剣を腰の後ろから引き抜くと、盾を装備した右腕を前に突き出し、半身(はんみ)になって剣を構えた。

 

「よし、行ってこい」

 

 レオンに背中を押され、少しよろけながらもソラは茂みからおそるおそる飛び出した。今、ガーグァが彼女に気付いている様子は無い。

 そして、そろそろとした足取りでガーグァの方へ忍び寄る。

 

 大丈夫、大丈夫。

 自分にそう言い聞かせながら、じわじわとターゲットに近づく。

 一歩、一歩と近づくたびに、ただならぬ緊張感が全身を襲う。

 

 ガーグァとの距離1メートル――。

 

(ここで踏み込めば――)

 

 ガーグァの背中を見つめ、ソラは剣を持った左腕を振りかざすと、左足を踏み込んだ。水飛沫(しぶき)が袴を濡らした。

 そして、研ぎ澄まされた鋭い刃をガーグァの背中に――。

 

 斬りつけることはできなかった。彼女の胸中に一瞬の躊躇(ためら)いがあったからだった。

 

「クワッ?」

 

 水が撥ねる音に気が付いたガーグァは、長い首を後ろに捻った。ソラは剣を振りかざしたまま身体を動かさなかった。

 ガーグァと目が合う。嘴には虫が咥えられていた。

 

(このコには悪いけど、やらなきゃ……!!)

 

 ソラは、剣の柄を掴む左手にぎゅっと力を入れた。手汗が滲んでいるのがわかった。

 走っているわけでもないのに、息が荒くなっている。

 見つめあったまま動かないガーグァとソラ。ガーグァの潤んだ瞳は、何かを訴えかけるかのようだった。

 

(ううう……。そんな目で見つめないで!!)

 

 ソラは歯を食い縛る。

 

(剣を振り下ろさなきゃ……)

 

 そうは思っていても、身体が動かない。

 

 剣を振り下ろせば、このガーグァは傷付く。傷口からは血が溢れ、痛みが身体を支配し(もだ)え苦しむ。

 この後に待ち受けるだろう光景を想像すると、彼女の身体はますます動かなかった。

 

「う……。だ、ダメだ……。わたしには殺せない……」

 

 ソラは両腕をダラリと垂らした。手汗で柄の部分が滑り、剣を落としそうになったが、辛うじて止めた。

 レオンとナナが飛び出すと、その音と姿に気付いたガーグァ3匹は向かいの茂みに逃げていってしまった。

 

「おい……大丈夫か?」呆然と立ち尽くすソラにレオンは声を掛けた。

 

「わ、わたし……やっぱりハンターに向いてないんだ……」沈んだ声だった。

 

「やらなきゃって、わかってるのに……。できなかった……!」

 

「気にすることないのよ、ソラ」ナナがなだめる。

 

「ダメだよね……。もう」武器を納めながらソラが呟く。

 

「誰しも最初から上手くいくなんてことはないのよ」

 

「そ、それでも、わたしには――」

 

「ソラ」レオンは、最後まで言わせなかった。「……お前の覚悟はそんなに中途半端なものだったのか?」

 

 ソラは黙ったまま俯いた。

 

「お前の――昨日の言葉は嘘だったのか? 父さんみたいなハンターになりたい、って」

 

 ソラはブンブンと首を振った。

 

「……そうだろ? 立派なハンターになりたいんだろ?」

 

 ソラは頷いた。

 

「なら……そんなに簡単に諦めないことだ」

 

 レオンは腕を組むと、話を続けた。

 

「ハンターって、残酷な職業だよな。生きているモンスターを傷つけ、命を奪う……。そして、その報酬で生活をする。これ以上残酷なことはないよな。でも、生き物を殺したくない――そういう思いは大切なことだ。だから、オレたちはモンスターに感謝して、狩りをするんだ」

 

 レオンは俯いたままのソラの方へ近づく。

 

「そういう感謝のない奴は逆にダメだ。そういう奴らに限って、密猟なんかをするんだ。だから……気にすることはないさ」

 

 レオンがソラの顔を覗きこむと、彼女の頬を雫が伝っていた。

 

「う……っ、……うぅ」

 

 一粒の(しずく)が落ち、地面に染み込んだ。

 

「え?」

 

「あ~あ。レオン、泣かしちゃったぁ~」ナナが冷やかしを入れる。

 

「お、オレが泣かしたのか!?」

 

「そりゃそうに決まってるじゃない。アンタがなんとかしなさいよ」

 

「そ、そう言われても……」レオンは頭を抱え込んだ。

 

「ごめんなさい……っ、ごめんなさい……」ソラは顔を両手で覆い、(うずくま)った。

 

「謝らなくていいのよ、こんな奴に」

 

 ナナはキッ、とレオンを睨みつける。彼は、たじろいだ。

 

「あー……あのさ、慰めにはならないけど、一つ提案がある」

 

「何?」

 

「武器を変えてみるってのはどうだ? なぁ、ソラ?」

 

「……ぶ、武器……?」ソラは鼻を啜りながら言った。

 

「そう。武器だ」

 

「なるほどね。レオンにしちゃ考えたわね」

 

「片手剣は武器の中でも扱いやすいといわれるから、ハンターの間じゃよく使われるけど、実際扱いやすい武器は人それぞれだからな」

 

「……わかった」ソラは小さく頷いた。

 

「よし、一旦村へ戻ろうか」

 

 レオンが手を引いてソラを立ち上がらせると、3人はもと来た道を引き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第8話 武器

 ユクモ村――。

 

「とりあえず戻ってきたけど……どうするの?」

 

 ユクモ村と渓流に続く道とを繋ぐ橋を渡りながら、ソラがレオンに訊いた。

 

「武器の訓練ができるような、広い場所に行きたいんだけどな」

 

「うーん……。あっ、それならユクモ農場がいいかなぁ」

 

「ユクモ農場?」

 

「うん。この村の農場だよ」

 

「……そのままだな」

 

「だって、それ以上の説明ができないんだもん」ソラが頬を膨らませる。

 

「“百聞は一見に()かず”よ。聞くよりは実際に行って見たほうがいいわ」

 

「そうそう。ひゃくぶんはいっけんにしかず、だよ」

 

「それで、農場はどこにあるんだ?」

 

「説明するの、面倒くさいから、付いてきて!!」

 

 ソラが走り出したので、レオンとナナも彼女の後に続いた。

 

 

 

 

 

 ユクモ農場――。

 ユクモ村の門をくぐり、最初の石段を登ってすぐの踊り場から続く道を辿ると、ユクモ農場に行くことができる。

 (とどろ)く滝から走る激流の上で揺れる吊り橋を渡ると、そこはユクモ農場だ。

 広大な農場の半分ほどは(うね)が連なった畑で占められ、キノコを栽培する小屋が畑の一角に佇み、鉱石を採掘できる岩盤が奥に(そび)えている。また、向かいに見える大河には魚を獲るための網が設置されている。

 

「おお、広いな」吊り橋を渡り終えたレオンが呟いた。

 

「ここでは村の人たちがいろんな作物を育てたり、お魚を獲ったりしてるよ」

 

 見ると、数人の村人とアイルーたちが熱心に畑を耕していた。

 

「オレの村にはこんなに広い農場はなかったもんな……」感心したようにレオンが頷くと、「そうね」とナナも同様に頷いた。

 

「どこで特訓するの?」

 

「そうだな……」

 

 レオンは農場をゆっくり見回すと、彼らの目の前にある平坦な土地を指差した。

 

「その辺りでよさそうだな」

 

「はーい」と返事してソラは駆けだそうとする。その彼女を、レオンは肩を掴んで引き留めた。

 

「ん? どうしたの?」

 

「そのままの武器を使うつもりか?」

 

「あ……。そうだった」

 

 ペロッと舌を出すソラ。その仕種に、レオンは心を射抜かれるような刺激を感じた。

 

「と、とりあえず、武器についての説明をしないとな。長くなるけど、しっかり聞いてくれ」

 

 この世界には、モンスターを狩猟するための専用の武器が多数存在する。そのいずれも、ギルド・工房の最先端技術によって開発・生産がなされる。

 

 武器種は大きく二つに分類される。一つは近接武器、もう一つは遠距離武器である。

 近接武器は、その名の通りモンスターに接近し攻撃を与える武器であり、またその中でも≪切断系統≫と≪打撃系統≫の武器に分かれている。遠距離武器も名の通り、モンスターから離れた位置から攻撃できる武器である。

 

 また、武器工房が取り扱う武器種はギルドの管轄地域によって異なる。

 ユクモギルド管轄の工房では、近接武器である≪大剣≫、≪太刀≫、≪片手剣≫、≪双剣≫、≪ハンマー≫、≪狩猟笛≫、≪ランス≫、≪ガンランス≫、≪スラッシュアックス≫、遠距離武器の≪ライトボウガン≫、≪ヘビィボウガン≫、≪弓≫――合計12種の武器を扱う。

 

 身の丈を超える巨大な刀剣、≪大剣≫。機動力こそ低いものの、その重量とリーチを活かした重撃は、最大級の強さを誇る。また、刀身でガードも可能な、オールラウンダーな武器でもある。

 

 大剣を大幅に軽量化した≪太刀≫は、ガードはできないが、軽やかに流れるような連撃や、広範囲に渡る斬撃が可能である。

 

 小振りな剣と盾を扱う≪片手剣≫。軽快な機動力で、安定した立ち回りが可能な武器であり、初心者ハンターがよく使用する、人気の高い武器でもある。

 

 両手に刀剣を構え、守りを捨て、攻めを重視した武器である≪双剣≫は、手数が多く素早い攻撃を繰り出せるのが特徴である。

 

 近接武器の中でも重量級の打撃武器、≪ハンマー≫。機動力は低いが、その一撃がもたらす破壊力は絶大で、頭に攻撃をヒットさせればモンスターを昏倒(こんとう)させることもできる。

 

 ≪狩猟笛≫は、ハンマーから派生した打撃武器で、特殊な音色を演奏することにより、聴く者の能力を増幅させることができる。内部が空洞であるため攻撃性能は劣り、主にサポート向きである。リーチはハンマーに比べ長い。

 また、ハンマーや狩猟笛といった打撃武器は、モンスターのスタミナを奪うことが可能である。

 

 先端が鋭く尖った槍と巨大な楯を一組とする≪ランス≫は、高威力の突きを連続で放てる上に、頑丈な楯による鉄壁の守りが可能な攻防一体の武器である。槍や盾に阻まれ前転回避や横転回避は不可能であるため、ステップで回避する必要がある。

 

 ランスの堅固(けんご)さに、砲撃機構が備わった武器≪ガンランス≫。最大の特徴は、竜が吐くブレスを応用した超強力な“竜撃砲(りゅうげきほう)”が放てることである。しかし、攻撃時に凄まじい熱量を発し刀身にかなりの負担を掛けるため、連続使用は不可能である。

 

 工房の最先端技術を駆使した変形機構を搭載する≪スラッシュアックス≫。斧と剣の2形態を兼ね備えた武器であるが、機動力がかなり低いため守りは極端に薄く、扱うには相当の技術を要する。特殊な薬品を詰め込んだビンを使用した“属性解放突き”と呼ばれる必殺技は、威力絶大だ。

 

 火薬と弦を併用した射撃武器、ボウガン。機動力が高く、連射機能の高い軽量級の銃を≪ライトボウガン≫、機動力は低いが高火力の重量級の銃を≪ヘビィボウガン≫と呼ぶ。また、他の地域では中量級の≪ミドルボウガン≫と呼ばれるボウガンもある。ボウガンは、モンスターの状態異常を狙いやすいということもあり、サポートにもかなり向いている。

 

 ≪弓≫は、弦のみを用いて矢を放つ武器である。機動力は高く、薬品を詰めたビンを矢に装着することで状態異常を狙うこともできる。矢を手に取って“矢切り”という近接攻撃を行うことで、周りに寄って来る小型モンスターを払うことができるため、様々な距離からの攻撃が可能となる。

 

 また、世界にはまだ知られていない武器や新技術の確立によって開発された武器も存在するために、正確な武器数は判明していない。

 

 

「――とりあえず、こんなところかな」

 

「う、うん……」

 

「近接武器はモンスターに接近するぶん、モンスターからの攻撃に当たりやすいが、こちらの攻撃を当てるのはさほど難しくない。ま、モンスターもこっちの攻撃を避けようとするからなかなか当たらないけどな。遠距離武器はモンスターから離れているから、近づいてでも来ない限り、モンスターの攻撃が当たることはまずないが、ブレスなんかの遠距離攻撃を仕掛けてくる奴もいるから、そこは注意が必要だな」

 

「なるほど……」

 

「それで、オレとしては、ソラは遠距離武器を使うことをオススメするよ」

 

「え? なんで?」

 

「近接武器は、基本的に大きくて重い。ソラは身体が小さいから、扱うのは困難だと思う。ま、片手剣や双剣みたいに、軽量級の武器なら話は別だけどな」

 

 ソラは黙ったままうんうんと頷いた。

 

「あと、さっきソラはガーグァを“殺す”のを躊躇ったよな?」

 

「う、うん……。直に斬り込んでいくのは、ちょっと嫌だったから……」

 

「そう。近接武器は、モンスターに直に攻撃することになるから、斬ったり叩いたりした感触が手に残る。ソラはそういうのが苦手だってわかったから、遠距離武器だと……“傷付け”たり“殺し”たりする感触は軽減されると思うんだ」

 

「う……ん」ソラは小さく頷いた。

 

「……じゃ、ボウガンか弓ってことになるの?」

 

「ま、オレの個人的な意見だし、別にその通りにしなくてもいいけどな」

 

「う~ん……」

 

「実際に扱ってみないとわからないってこともあるんじゃない?」ナナが言った。

 

「それもそうだな。ソラは、それでいいか?」

 

「うん。とりあえず、レオンの言うとおり、ボウガンと弓だけ触ってみるよ」

 

「よし、じゃあ武器屋へ行って借りてくるか」

 

 レオンは(きびす)を返し、歩き出そうとする。

 

「あっ、わたしも!!」

 

「あたしはここにいるわ。農場を見て回りたいし」

 

「おう」

 

 レオンとソラは来た道を引き返していった。

 二人の姿が見えなくなると、彼女は再度、農場を見渡した。

 

(それにしても、ホントに広いわね……)

 

 ナナが以前住んでいた場所――レオンの故郷の村には、ここまで大きな農場ではなかった。

 ふと、農場の隅にあった細長い木の箱が目に留まった――というよりは、箱に入っている生ゴミの中から突き出している、棒のようなものに彼女は気が付いた。

 

(……?)

 

 ナナは箱の前まで来ると箱の縁に飛び乗り、棒を凝視した。

 

(毛が生えて、肉球がある……。これは……脚ね。あっ、もしかしたら……)

 

 ナナはそれを両手で掴むと、引っこ抜いた。足場が狭く足を踏ん張れないため、そのまま箱の縁から飛び降りた。

 

「やっぱり……アンタだったのね」引っこ抜いたものを見て彼女はそう呟いた。

 

 昨日、タル配便の転がしニャン次郎に預けた、ソラのオトモアイルーのタイガだった。全身が真っ黒に汚れ、異臭を放ち、白目を剥いて気を失っている。

 

(こいつのことを“ゴミ”と伝えたけど、本当にゴミ箱に配達するなんてあのメラルーもなかなか真面目な奴ね。……このままにしておくのもなんだし、洗っておこうかしらね)

 

 ナナは農場の側を流れる大河の岸部までタイガを引き摺って行くと、尻尾を掴んで水に浸け、じゃぶじゃぶと洗った。

 

 

 

 

 

 ユクモ村、加工屋・武器屋――。

 

「おねぇさーん」

 

 ソラは武器屋のカウンターに座っている店員の若い女性に声をかけた。

 

「あら、ソラちゃん。どうしたの?」

 

「えっと、ライトボウガンとヘビィボウガンと弓を貸して欲しいんだけど」

 

「ライトとヘビィと弓? いいけど、どうするの?」

 

「武器の特訓をするの」

 

「へぇ。武器の特訓を……」

 

「それで、この人が師匠なの」

 

 ソラはレオンを指した。

 

「あ、どうも。レオンです」

 

「レオンさんね、よろしく。武器や防具の購入、買取はウチに任せてね。隣の加工屋だと、装備の整備(メンテナンス)ができるわ」

 

「最近、防具の整備ができてなくて、いろいろガタがきてるからなぁ……。じゃ、そのときはよろしくお願いします」

 

「えぇ。それじゃあ、武器を取ってくるから、ちょっと待ってて」

 

 そう言い残し、店員は店の奥へと消えた。

 

「防具の整備、また今度、頼もうかな」

 

「うん。竜職人のじぃちゃんに任せれば良くなって帰ってくるよ」

 

「へぇ」

 

「あぅ、呼んだかい?」

 

 背の低い加工屋の竜職人が二人の隣に現れた。肩には鉄を打つための大きな(つい)を担いでいる。

 

「あっ、じぃちゃん!!」

 

「あぅ、ソラちゃんけぇ。んで、こっちの男は……なんか見覚えのある顔だなぅ」

 

「オレはレオンです。見覚えのある顔はオレの父だと思います」

 

「あぅ、そうけぇ!! この村にいる間はよろしくなぅ!!」

 

「はい、こちらこそよろしくお願いします」

 

 竜職人が工房の中へ戻っていくと、入れ替わるように店員の女性がボウガン2種と弓を抱えて帰ってきた。

 

「はいはーい。持ってきたよー」

 

「ありがとー!!」

 

「こっちがライトの【ユクモノ弩】で、こっちがヘビィの【ユクモノ重弩】。で、これが【ユクモノ弓】よ。使い方は……大丈夫かな?」

 

「うん、たぶん大丈夫!! ねっ、師匠?」ソラはレオンの顔を窺った。

 

「……オレは、武器の特性は理解してるけど、扱い方までは教えられないぜ?」

 

「あれ、そうなの? てっきり、全部の武器を扱えるものだと思ってたけど」

 

「基本的に、ハンターは一つの武器しか扱わないのが普通なのよね。扱えても、二つ、三つくらいが限界だと思うよ」店員が説明した。

 

「へぇ、そうなんだ~」

 

「すまないな」

 

「ううん。わたし、がんばってみるから」

 

「じゃ、農場へ戻るか!!」

 

「よし!! おねぇさん、ありがとう!!」

 

 レオンがボウガン二つ、ソラが弓を持つと、二人はユクモ農場へ引き返した。

 

「がんばってね~」店員は、二人の背中が見えなくなるまで手を振っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 本当に余談ですが、私がモンハンで一番使っていた武器は、太刀です。
 モンハンというゲームを始めるにあたって、友達に訊いてみたところ、太刀が扱いやすいのではないか、というアドバイスをいただいたので、太刀をよく使っていました。
 最近では、ヘビィボウガン以外の武器は大抵扱えるようになっていますかね。


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第9話 鍛錬

 ユクモ農場――。

 吊り橋を渡り終えたところに、2匹のオトモアイルーが並んで立っていた。一匹は黒猫アイルーのナナと、もう一匹は“若葉トラ”という毛並みのタイガだ。

 

「あれ? タイガじゃん!? 久し振り!!」ソラがタイガに駆け寄る。

 

「ヒドいニャ!! ボクを探しに来ないなんてニャ!!」

 

「ごめんごめん、忘れちゃってた……」

 

 ソラはしゃがみこむと、タイガの頭を優しく撫でた。

 

「忘れてたのは仕方ないニャ……。って忘れてたってどういうコトなのニャ!?」タイガは毛を逆立てる。

 

「まぁ、どうでもいいじゃん!!」

 

「どうでもよくないニャ!!」

 

「ん? ……なんかタイガ臭いよ?」

 

「ニャ?」

 

「なんか臭うと思ったら……」レオンが顔を歪ませた。

 

「生ゴミの中に埋もれてたからね」ナナが言った。

 

「ホントにゴミになっちゃったんだね、タイガは」

 

「つ、つらいニャ……」

 

「ま、タイガのことは置いといて、特訓しなきゃ」

 

「ニャ? 特訓?」

 

「うん。これから武器の特訓をするの。タイガも手伝ってね」

 

「りょ、了解ニャ!!」

 

 ユクモ農場に入って向かって右側にある、広く平坦になっているところまで移動すると、レオンとソラは抱えていた武器を降ろした。

 

「剣と盾、外しておけよ」

 

「うん。わかってる」

 

 ソラは腰と腕に装備した剣と盾をそれぞれ外すと、地面に置かれた三つの武器を一つずつまじまじと見つめた。

 

「どれ使ってみようかな……」

 

「どれから使っても同じニャ!!」

 

「ま、まぁ、そうだけど……。じゃ、これにしようっと」

 

 ソラはライトボウガンである【ユクモノ弩】を手に取った。

 

「……で、どうするのかな」

 

「ボウガンといえば、必需品は何だ?」レオンが訊いた。

 

弾丸(たま)、だよね?」

 

「そう。まずは、弾込めからじゃないかな」

 

「そっか!! でも、弾丸なんてもらってないよ?」

 

「弾丸ならあるわ」

 

 ナナはポーチから【Lv.1 通常弾】を取り出すと、ソラに手渡した。

 

「ナナちゃん、ありがとう!!」

 

「……そんな都合よく持ってるものなのか?」

 

「昨日、ベースキャンプに落ちてたのを拾ったのよ」

 

「へぇ、そうだったのか」

 

 ソラに目を遣ると、彼女は弾込めに悪戦苦闘していた。

 

「こ、ここに弾丸を込めるので大丈夫なのかな」怯えるような口調で彼女は言った。

 

「ええ、そこよ」ナナが優しく言った。

 

「ナナ、教えられそうか?」

 

「ええ、ちょっとだけなら」

 

「じゃ、頼む」

 

 ナナの指示を受けながら、ソラは慣れない手つきで弾薬をボウガンに込め始めた。レオンとタイガは立ったまま二人を見ていた。

 

「これで大丈夫ね」

 

「よしっ。……なんか撃ちたいな」

 

 ソラはそう呟くと、チラリとタイガを見た。

 

「ニャッ!? なんでボクの方を見るのニャ!?」

 

「いや、なんとなく……?」

 

「的になれっていうのかニャ!?」

 

「そんなことはさすがに言わないけど。じゃ、的になるものを持ってきてよ」

 

「そういうことなら、了解ニャ」

 

 タイガは畑の隣にある(まき)割り場まで走っていくと、長さが1メートルほどの丸太を持って帰ってきた。

 

「これなんかどうニャ!?」

 

「うん、いい感じ。じゃ、そこに置いてよ」

 

 ソラに指示され、彼女の従順なオトモアイルーは緩やかな傾斜面の前に丸太を立てると、主人の元へ駆けた。

 

「じゃ、撃ってみるよ」

 

「おう」

 

 ソラは右腕で抱え込むようにしてボウガンを支え、左手の指を引き金に添えると、照準器(スコープ)を覗き込んだ。丸太との距離は15メートルほど。丸太の中央部に照準を合わせ、一度深呼吸をしてから、恐る恐る引き金を引いた。

 

 空気を裂くような銃声が6発響いた。遅れて、空薬莢(からやっきょう)が地面に落ちた。丸太は倒れ、辺りには硝煙(しょうえん)が立ち込めている。

 ソラは状況が掴めず、尻餅をついてただ呆然としていた。タイガは頭を抱えて地面に伏せてガクガクと震えている。

 畑を耕していた村の人たちも、彼らの方を見て目を丸くしていた。

 

「ソラ!! 大丈夫か!?」

 

 レオンの声でソラはハッ、と我に返った。

 

「な、何が起こったの……?」

 

「暴発……じゃないよな。ナナ、これはどういうことだ?」

 

「……“速射”かしら?」

 

「そ、そくしゃ?」

 

「ライトボウガンの機能よ。そのライトボウガンの、速射に対応した弾薬を装填すると、数発を連続で撃ち出せることができるの。たぶん、今回のはそれね」

 

「弾丸って1発ずつしか撃てないものだと思ってたから、びっくりしちゃったよ」

 

「……ごめんなさい」

 

「ナナちゃんは悪くないよ。わたしは大丈夫だから、気にしないで?」

 

 謝るナナを労ったあと、ソラは吐息をついた。

 

「もう弓しか残ってないね」

 

「ボウガンは諦めるのか?」レオンが言った。

 

「うん。なんか、扱える気がしないもん。だから、もう弓しかないと思って」

 

「……弓なら大丈夫そうか?」

 

「うん。……たぶんだけど、ね」

 

「弓なら……なんとか教えてあげられそうだな。ちょっとだけ訓練したことだってあるし」

 

「それを先に言ってくれたら、弓にしたのに……」ソラは眉を上げた。

 

「すまん。でも、ナナに教えてもらった方がいいかもな」

 

「ナナちゃんに?」

 

「レオンじゃ頼りないものね」ナナは口角を吊り上げた。

 

「……ナナの前の主人は、いろんな武器の扱いに()けてたからな。扱い方なんかは、ナナの方がよく知ってると思う」

 

「それでも、見様見真似だから、ちょっと可笑しいところがあるかもしれないけど。それでもいいなら、あたしが教えるわ」

 

「うん、そうする!! さすがだね、ナナちゃんは。それに引き替え、タイガは……」

 

 地面に伏せたままのタイガに、三人は視点を合わせた。

 

「そこの役立たず!! 起きろ!!」ソラが叫ぶ。

 

「ニャ……!? もう大丈夫かニャ?」タイガは、怖ず怖ずと身体を起こした。

 

「ホントに役立たずなんだから……」

 

「ニャ!? ボクだって役に立つときはあるニャ!!」

 

「じゃ、後で役に立ってもらうわ」ナナは、鋭い眼光をタイガに向けた。

 

「?」

 

「とりあえず、ソラ、矢筒を着けて弓を持って。特訓開始よ」

 

「うんっ」

 

 ソラは元気よく返事をすると、地面に無造作に置かれた矢筒を手に取った。矢筒を腰に当てると、2本の紐を両脇から回して臍の前で結った。そして、弓に手を伸ばす。

 

「まず、左手で(ゆづか)を持って、固定装置(ストッパー)を外すの。そうすれば、弓が開くわ」

 

 折り畳まれた弓を開くと、ソラの背丈を超えるほどの大きな弓になった。

 

「おぉっ」彼女は思わず歓喜の声を上げた。

 

「そのまま、左腕を伸ばして。……そうね、足を開いて、身体は半身に構えた方がいいわ」

 

 ソラは、ナナの言う通りにやってみせる。

 

「こんな感じ?」

 

「そうね、だいたいそんな感じね。じゃ、矢を(つが)えてみて」

 

 ソラは矢筒から1本の矢を引き出し、矢筈(やはず)を弦にあてた。

 

「そして、そのまま矢を引き込んで……放って」

 

 矢手を引き込もうとするが、思った以上に力が必要だった。

 自分の感じる限界まで弦を引き絞ると、矢を離す。

 放たれた矢は緩やかな放物線を描き、(やじり)が大地に突き刺さった。

 ソラはふぅ、と息を吐いた。

 

「け、けっこう力が要るんだね」

 

「そうね、でも、力を付ければ大丈夫よ」

 

「う……うん」

 

「でも、初めてにしては上出来じゃないか」二人の様子を見守っていたレオンが言った。

 

「ソラにしてはいい感じだと思うニャ」

 

「ありがとう、レオン。タイガはもう一度、生ゴミに埋まる必要がありそうだね」

 

「ニャッ!? そんなの死んでもゴメンだニャ!! なんなら、ソラが埋まるといいニャ!!」

 

「なんだとーっ!?」

 

「――ソラ、こんな奴に構ってないで、特訓を続けましょ」

 

 タイガに飛び掛かろうとするソラの袴を、ナナは引っ張った。

 

「あ……。うん、そうだね」

 

「このままナナに任せておいてもよさそうだな。オレは農場でも見て回るか」

 

「じゃ、ボクも付いていくニャ」

 

「ダメよ。後でタイガには役に立ってもらうから、大人しくそこにいなさい」

 

 ナナは冷酷な眼差しでタイガを見下した。その瞬間、タイガは全身の毛が逆立つほどの悪寒(おかん)を感じた。

 

「役に立つ……ってどういうコトなのニャ?」

 

 タイガがそう呟いたとき、ソラは2本目の矢を()ぎ、放った。

 

 

 

 

 

 

「タイガ、ちょっと来なさい」

 

 ソラとナナが弓の特訓を始めてから小一時間が過ぎた頃、タイガにお呼びが掛かった。

 

「ニャ……?」

 

 タイガはナナが手招きをする方へ向かった。辺りには、さっきまでソラが放っていた無数の矢が散乱している。

 

「ここにいて、動かないで」

 

 そう脅しをかけると、ナナはタイガの頭上に【氷樹(ひょうじゅ)リンゴ】を置いた。その瞬間、彼は全てを悟った。

 

「……!? ま、まさか……!!」

 

「そう、そのまさかよ。ソラ、次は狙った場所に命中させる特訓よ」

 

「なるほど、タイガの頭の上にあるリンゴを狙うんだね!!」

 

「ご名答よ」

 

「ちょっ、ま、待つニャ!! や、やめるニャ!!」

 

「動かないで。避けたりしたらどうなるか……わかってるのよね」酷薄な声がタイガに刺さる。

 

「それから……さっき役に立てるって言ったわよね」

 

「そ、そうは言ったけどニャ……」

 

「大丈夫、タイガには当てないから」ソラは真剣な目つきでタイガを見つめた。

 

「そ、そういう問題じゃないニャ!!!! ボクの代わりにさっきの丸太を使えばいい話じゃないかニャ!!」

 

「……でも、こうでもして緊張感を高めないと、わたしの腕は上達しないと思うの。そのために、役立ってほしいのに……」

 

「で、でも――」

 

「……何? わたしが信じられないの?」ソラは眉を曇らせた。

 

「ニャ……?」

 

「わたしだってこんなことするのは嫌だよ? タイガには当てたくないし。……でも、タイガがわたしを信じてくれるのなら……わたしも自分を信じられる気がする」

 

「…………」

 

「だから……信じて、お願い」

 

「……そこまで言うなら、ボクはソラを信じるニャ」

 

「うん。ありがとう」

 

 ソラは手際よく矢を手に取って番え、弦を引き絞った。

 

 リンゴとの距離は約15メートル。五感を研ぎ澄まし、全神経を集中させる。

 

 風が止んだ。その刹那、矢を離す。

 

 風を切る矢。直後、鏃がリンゴを突き抜け、果汁を噴出しながら砕け散った。

 

「やった!!」ソラはガッツポーズをする。

 

「ニャ!!!! ソラ、すごいニャ!!」思わずタイガはソラのもとへ駆けた。

 

「よかったぁ……」

 

「……こ、怖かったニャ。でも、よかったニャ!!」

 

「……でも、1回だけじゃダメよ。まだ何回かしなきゃ」

 

「ニャッ!?」

 

 タイガの顔から笑みと血の気が消え、(またた)く間に、絶望の淵に立たされたような表情へ変貌を遂げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第10話 再挑戦

「オレがいない間に何があったんだ……?」

 

 切り傷だらけでブルブルと震えるタイガを見て、レオンは眉をひそめた。

 

「やっぱりアレはマグレだったのニャ……。散々な目に遭ったのニャ……。生きてるのが奇跡みたいだニャ……」

「大変だな、お前も」

 

 二人は目を合わせると、互いに深い溜め息をついた。

 

「それで、弓の扱いには慣れたか?」

 

「うん、まぁまぁかな。なんか、自信も付いてきたよ」

 

「そうか。よし、もう一度渓流へ向かうぞ」レオンは親指で渓流の方向を指した。

 

「え、また行くの?」

 

「あぁ。まだまだ教えることだってたくさんあるからな」

 

「そ、そっか」

 

「あ、ナナ、ちょっと」

 

「何?」

 

 レオンは腰を下ろすと、ナナにそっと耳打ちした。

 

「……そう、わかったわ」

 

 ナナは何かを承諾すると、農場の入り口に向かって走っていった。

 

「ナナちゃん、どこへ行ったの?」ソラが訊いた。

 

「ん? ま、気にするな。じゃ、ボウガンを返してから、渓流に行こう!!」

 

 レオンは、彼女の言葉を一蹴すると、駆けた。疑問符を頭に掲げながら、二人は彼の後を追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 渓流、ベースキャンプ――。

 影がほぼ真下に落ちる時間。胃袋が食べ物を乞うように唸っている。

 

「お腹空いたよ……」ソラが(てのひら)で腹部をさすった。

 

「ボクも、昨日から何にも食べてないニャ」タイガは座り込んでいる。

 

「それじゃ、次は狩り場での食料の入手方法を教えよう」

 

「うん」ソラはレオンの顔を見上げた。

 

「依頼を受けて狩りに行く前には、あの青の箱、支給品ボックスの中を確かめるのはわかってるよな?」

 

「うん。地図が入ってるから、必ず確認するよ」

 

「ソラは“採集・納品”の依頼しか受けてないと思うから知らないだろうけど、モンスターを“討伐”や“捕獲”する依頼の場合は、支給品ボックスの中に【応急薬】と、【携帯食料】が入ってるんだ。応急薬は、止血効果や治癒効果のある薬で、火傷(やけど)とか凍傷にも効果がある、万能薬だ。携帯食料は、疲労回復に効果がある野戦食。味はまずまずだけどな。……ここまでいいか?」

 

「うん」

 

「じゃ、携帯食料が無くなって、腹が減ったらどうする?」

 

「え、えーと……。何か探して食べる、かな?」

 

「そう。自生する木の実や山菜、キノコを採ったり、魚を釣って食べたりする方法がある」

 

「でも、そういうのって、毒になるってものもあるよね?」

 

「その通り。ネバネバした【ネンチャク草】とか、発火作用があって爆薬のもとになる【火薬草】とか、いろいろあるからな。間違えて火薬草を食ったら、胃の中で燃えて黒焦げになってしまうかもしれない」

 

「そ、それは怖いね……」

 

「キノコも、麻痺作用のある【マヒダケ】や、毒がある【毒テングダケ】とか、いろいろあるからな……。魚にしてもそうだ。【サシミウオ】なんかは脂が乗ってて美味いけど、背ビレが硬く鋭く尖っている【キレアジ】、死んだときに爆裂したり拡散したりする【バクレツアロワナ】や【カクサンデメキン】なんていう危険な魚もいるからな。むやみやたらに食うもんじゃない。狩猟アイテムに使用すると、高い効果や威力を発揮するものが多いけどな」

 

「ってことは、しっかりした知識が必要になる、ってことなんだね」

 

「そう、ハンターにはそういった知識が不可欠だ。……ちょっと話が脱線したな。じゃ、キノコや魚以外で何か空腹を満たせるものはないか?」

 

「……水でお腹を一杯に満たす?」

 

 予想外の反応に、レオンは目を見開いた。

 

「……その発想はなかったな。……タイガならどうする?」

 

「ボクなら、お肉が食べたいニャ」

 

「そう、肉だ。モンスターの肉を食べればいい。でも、どんなモンスターの肉でも食えばいいってものじゃないけどな。【ブルファンゴ】っていう野生のイノシシの肉は、脂が乗ってて美味いぜ。ちょっと臭いけど。そうだ、ガーグァの肉はどうなんだ?」

 

「うん、ガーグァのお肉はけっこう美味しいよ。わたしたちも、よく食べてるし」

 

「そうか……。なら、再挑戦(リベンジ)、やってみるか」

 

 その言葉を聞いて、ソラはハッとした。

 

「が、ガーグァを狩る、ってこと?」

 

「あぁ、そうだ。その弓を使って、ガーグァを狩るんだ。そして、肉を貰う」

 

「う、うん……」

 

 そう答えるソラの表情が陰った。レオンは彼女の心中を察して、口を開いた。

 

「……食べるのは大丈夫でも、殺すのには抵抗があるよな、やっぱり」

 

「……うん。何も悪いことなんてしていないのに、殺すのはやっぱり躊躇うよ。でも……」

 

 ソラはレオンを見上げた。

 

「これが、わたしのハンター人生の大きな一歩になるなら……わたしは、やる」

 

 その言葉で、レオンの口元が緩む。

 

「よし、ならやってみよう」

 

「ボクの知らない間に何があったのかニャ? なんか、全然ソラらしくないニャ」

 

「へっへーん。今までのわたしとは違うトコ、タイガに見せつけてあげる」

 

「期待しておくニャ」タイガは首を縦に振った。

 

 ソラは目を瞑った。

 

 今のわたしなら、できる。理由なんか分からないけど、できる。

 

 自身にそう言い聞かせ、深く呼吸をすると、ゆっくりと瞼を開いた。

 

「よし、行こう――」

 

 

 

 

 

 

 

 エリア1―― 。

 2匹のガーグァが、草に付いた虫を(ついば)んでいるところだった。

 茂みに身を潜める狩人は、その片方を見据えていた。

 ソラは弓を構えると、矢を矧いだ。引き絞る弦がキリキリと音を立てる。静かな動作とは裏腹に、彼女の心臓は激しく脈打っていた。

 彼女はゆっくり、深く呼吸をし、緊張を抑えようとする。

 

 標的(ガーグァ)が振り返る――と、その瞬間に矢を離す。

 直後、鏃がガーグァの胸元を貫き、鮮血が(ほとばし)った。

 

「クワァァァァァッ!?」

 

 ガーグァは悲鳴を上げた。それに驚いたのか、もう片方のガーグァは逃げ出した。

 射抜かれたガーグァは、何が起こったのか分からないように硬直していたが、襲ってくる痛みに耐えられず、苦しみ出した。

 その姿を見て、ソラは胸が締め付けられる思いだった。

 

 ごめんなさい、ごめんなさい。

 

 心の中で何度もそう呟いた。しかし、もう取り返しのつかないことになったことは分かっている。ならば、せめてすぐ楽にさせてあげたい。

 彼女はすぐ2本目の矢を取ると、番え、射た。

 放たれた矢は脳天を直撃し、ガーグァは叫び声を上げながら倒れた。

 

「ふぅ……」

 

ソラが吐息をついて弓手(ゆんで)を降ろすと、後方で様子を見守っていたレオンとタイガが彼女の元へ駆け寄った。

 

「やったな!!」

 

「ニャ。見直したニャ!!」

 

「……は、……初めて、モンスターを狩ったよ……」

 

「あぁ、これは大きな一歩だぜ」

 

「……でも、なんか罪悪感が……」

 

 彼女は胸に手を当てた。心臓の鼓動は、未だに収まる気配を見せていなかった。

 

「そのうち慣れる。気にすることなんかない」

 

「う、うん……」

 

「じゃ、モンスターを討伐した後のことを教えよう」

 

 ソラは、レオンの目を見て、ゆっくりと頷いた。

 

「討伐したモンスターに対しては、そのモンスターの素材の採取――すなわち()ぎ取りを行う。これは、倒した相手に対する最大の敬意を表す行為なんだ」

 

「……自然に感謝して素材をもらうってことなんだね」

 

「そう。でも、採れそうな素材全てを剥ぎ取ってはいけない。必要最低限の素材を剥ぎ取ったら、残りは自然に還すというのが掟になっているんだ」

 

 ソラは相槌を打った。

 

「それで、剥ぎ取りの際には、腰に装備している剥ぎ取りナイフを使う」

 

 ソラは、腰の装備に付いている剥ぎ取りナイフを手に取った。

 

「このナイフって剥ぎ取りに使うんだ。……ずっと、武器だと思ってた」

 

「まぁ、振り回して使うこともできるけど……。武器としての耐久性は低いからな、すぐ壊れるぞ」

 

「ふぅん……」

 

「ま、実際に剥ぎ取りをしてみるのが一番だ」

 

 3人は討伐したガーグァのもとへ近寄る。倒れ込んだ丸い鳥から出た血が、水辺を赤く染めていた。

 

「近くで見ると、なんか嫌だなぁ……」

 

「そんなこと言ってる場合じゃないよ」

 

「そうニャ。早くお肉が食べたいニャ」

 

「タイガは何にもしてないでしょ。あげないよー」

 

「お、応援してたニャ!!」

 

「そんなこと言わず、みんなで一緒に食べようぜ、ソラ」

 

「レオンがそう言うなら……仕方ないなぁ」

 

「よかったニャ」タイガはホッとしたような顔をする。

 

「それで、どこを剥ぎ取ればいいかな?」

 

「……太腿や胸の辺りじゃないかな」

 

「う、うん。わかった」

 

 ソラはしゃがみこむと、まず胸に刺さっている矢をゆっくり引き抜いた。そして、剥ぎ取りナイフを構えると、胸元に突き立て、抉った。肉を引き裂く不気味な感触が、彼女の腕に伝った。

 

「うぅ……。な、内臓が見えてる……」

 

「肉を取ったら、さっと洗っておくんだ。あとは、ガーグァの大腿骨(だいたいこつ)脛骨(けいこつ)を取っておくといい」

 

「……骨? 何に使うの?」

 

「それは、あとのお楽しみ。とりあえず必要な分だけ剥ぎ取ったら、ベースキャンプでナナが来るのを待とう」

 

「……わかった」

 

「ニャ!」

 

 

 

 

 

 

 

 ベースキャンプ――。

 

「そういえば、レオンはナナちゃんに何を頼んだの?」剥ぎ取ったばかりの生肉を抱えたソラが訊いた。

「すぐわかるよ」

 

 レオンが答えた直後、ガラガラと音を立てながら小型の荷車がやって来た。荷車には木製のイスや、何か大きなものが載せられている。

 

「お疲れ、ナナ」

 

「荷車を押すのは疲れるわね。怪我人ハンターを運ぶ荷車アイルーの大変さが窺えるわ」

 

 あぁ、と相槌を打つと、レオンは積み荷を探り始めた。

 

「例のアレ、忘れずに持ってきてるよな?」

 

「もちろん。それはそうと、ソラはモンスターの初狩猟に成功したようね」

 

「う、うん」

 

「ふふふ。良かったわ」

 

「ナナちゃんのお陰だよ」

 

「ソラの勇気が、実を結んだのよ」

 

「――おっ、これだ」

 

 レオンは積み荷の中から目的の物を取り出すと、地面に置いた。

 中央部が凹んだ楕円(だえん)状の石製の土台があり、その両端にはY字型の木製の棒が垂直に据え付けられている。

 

「何これ?」ソラが指差した。

 

「これは、【肉焼きセット】の“肉焼き器”だ」

 

「……あっ、これでこのお肉を焼くんだね」

 

「そう。じゃ、早速肉を焼く準備をしよう。まずは火だけど……」

 

「火ならそこにあるわね」

 

 ベースキャンプに設置されているベッドの隣にある焚き火と薪をナナは指差すと、「火は任せて」と告げ、焚き火の方へ向かっていった。

 

「この骨は何に使うのかニャ?」ガーグァの足の骨を抱えたタイガが訊いた。

 

「大腿骨や脛骨は細長い骨だから、肉を刺すのに最適だと思ったんだ」

 

「肉を刺す?」

 

「あぁ。ソラ、生肉を一つ渡してくれ」

 

 レオンはソラから生肉を受け取ると、彼の腰の装備に付いた剥ぎ取りナイフを構え、串で刺すようにナイフを肉に刺した。そしてタイガから骨を受け取ると、貫通させた穴に骨を通す。すると、骨付きの肉のようになった。

 

「こんな感じ。やってみな」

 

「よーし」

 

 ソラはタイガからもう1本の骨を受け取ると、レオンに倣い、骨付き肉を作った。

 

「こんな感じ?」

 

「うん、いい感じ」レオンがうんうんと頷くと、ソラは微笑んだ。

 

「美味そうニャ……」タイガは(よだれ)を垂らしている。

 

「じゃ、焼き方を説明しよう」

 

「はーい」

 

「まずは……」

 

 レオンは腰を下ろして、地面に置いてある金属製のクランクハンドルを取った。

 クランク部先端は半円弧状になっていて、円弧の一端にはバネが付いている。もう一端には溝があり、ここにバネを引っ掛けることで、様々な大きさの棒状の物体を保持できるようになっている。

 

「これを、骨の片端に付ける。そして、先が二手に分かれた木の棒に骨の両端を掛けて、ハンドルを回して肉を回転させながら焼くんだ」

 

「へぇ。けっこう簡単なんだね」

 

「なら、先に焼いてみるか?」

 

「え、あ、う、うん」

 

 ソラは、一瞬戸惑いながらも、ぎこちなく頷いた。 

 

「火は起こせたわ。いつでも大丈夫よ」

 

「よし。じゃ骨にハンドルを付けてみよう」レオンはクランクハンドルを手渡した。

 

「このバネで骨を掴めばいいの?」

 

「あぁ」

 

 骨にハンドルを留めるソラを見つめながら、レオンが口を開いた。

 

「それと、焼く前に一つ言っておこう」

 

「うん?」

 

「肉を焼くときに一番難しいのは、肉の焼き上がりのタイミングだ。早すぎると中まで火が通らず生焼けになるし、中まで火を通そうとして長く焼き過ぎると焦げてしまう」

 

「……じゃあ、丁度いいタイミングはどうやって見極めればいいの?」

 

「そうだな……。肉の表面の色や、(にじ)み出る肉汁なんかを見て判断するのが一般的だと思う。あとは……勘だな」

 

「か、勘なんだね。……まぁ、やってみなきゃわかんないか」

 

 ソラは肉焼き器の側に置かれたイスに腰を掛けると、2本のY字の金属棒の上に骨の両端を掛けた。

 

「このまま、回せばいいんだよね」

 

「おう、ゆっくりな」

 

 彼女はうん、と頷くと、静かにハンドルを掴んだ手を旋転させ始めた。

 

 盛る炎が桃色の肉を熱し、徐々に表面の色調が変わっていく。香ばしい匂いを持った分子が周囲に漂い、食欲を(あお)った。

 

「い、いいニオイなのニャ……!!」

 

 昨日から何も口にしていないタイガは、匂いを嗅いだだけで満腹感を味わえるようだった。

 

「焼き上がりが楽しみ……!!」

 

 初めての体験に、ソラは目を輝かせていた。

 弾けるような音とともに透明な肉汁が溢れてきたところで、彼女は肉を火から上げた。

 

「じゅるり……。美味しそうなのニャ……」

 

「こ、こんなものなのかな?」

 

 タイガとソラは、こんがりと焼き上がった肉をまじまじと見つめている。

 

「初めてにしては上出来ね」

 

「やったっ」

 

 ナナの言葉を聞いて、ソラは小躍りして喜んだ。

 

「じゃ、どんどん焼いて――」

 

「ボ、ボク、もう我慢できないニャァァァァッ!」

 

 空腹に耐えきれなかったタイガが、こんがり肉に向かって獅子の如く飛び掛かった。

 

「わっ!?」

 

「危ない!!」

 

 すかさずナナが飛び蹴りを喰らわす。

 

「ぺにょっ!?」

 

 悲鳴を上げながらタイガは頭から岩壁に激突し、壁を伝ってズルズルと墜ちた。

 

「食べたいなら自分で焼きなさい」

 

「そうだぜタイガ。自分のものは自分でしないと」

 

 タイガは痛みに耐えながら起き上がると「……ニャ、そうしますニャ……」と(うめ)きながら言った。

 

「……それじゃ、どんどん焼いていこう」

 

『おぉーっ!!』

 

 

 

 

 全員分の肉を焼き終えた彼らは、こんがりと焼けた肉をそれぞれの手に持った。その全てには、味付けのための塩と香辛料が振り掛けられている。

 

「それじゃ、食べようか!」

 

「いただくニャーッ!!」

 

 レオンの掛け声と同時に、タイガは肉にがっついた。

 弾力のある肉を噛む度に溢れだす肉汁が、口一杯に広がった。

 

「ん~~~~っ!! 美味いニャ……!!」

 

 彼は歓声を上げると、肉を(むさぼ)り食い始める。その様子を見ていたソラは目を丸くしていた。

 

「よっぽどお腹が空いてたんだね」

 

「……はれのへいで、ぼふがひょふびにありふへなはっはとおほっへるのひゃ?」

 

『?』

 

 タイガが口一杯に肉を頬張りながら喋ったため、彼が何と言っているのか、3人は理解できなかった。

 

「ほら、ソラも食べろよ?」

 

 レオンはそう促すと、彼も肉を口に運んだ。隣のナナも、静かに肉を食べている。

 

「うん。じゃ、いただきまーす!!」

 

 ソラはこんがり肉に一口、囓り付くともぐもぐと咀嚼(そしゃく)する。クセの無い淡白な味の肉だったが、旨味成分をふんだんに含んだ肉汁と調味料の辛みが、味覚を刺激した。

 

「……美味しい!!」

 

 彼女は目を大きく見開き、嘆声を漏らした。

 

「そうだろ? 自分で狩りをして獲た肉を、自分で焼いて食べる。苦労の末に手に入れた幸せだ。こういうことをできるのもハンターとしての仕事の醍醐味なんだ」

 

「うん!! この美味しさはハンターしか味わえないね!!」

 

 満面の笑みで答えるソラ。そんな彼女の顔を見て、レオンも微笑んだのだった。

 

「ゲフッ。美味しかったのニャ」

 

 タイガは既に骨だけになったものを手にしている。

 

「もう食べちゃったの? もっと味わって食べればいいのに」

 

「今のボクは味わうことよりも食べることの方が先だったのニャ。……まだ食べ足りないニャ」

 

「なんなら、あたしの食べる?」

 

 ナナが食い()しの肉を差し出すと、タイガは目を輝かせながら受け取った。

 

「ニャッ!! これはありがたいニャ!!」

 

「遠慮なく食べなさい」

 

 そう言った後、彼女が口角を吊り上げたのには、誰にも気付かなかった。

 

「ナナは優しいのニャ。いただきますニャ!!」

 

 タイガは渡された肉をガツガツと頬張る――とその直後、すべてを大地に撒き散らした。

 

「なっ、なんニャコレ!?」

 

「ちょっと、焦がしちゃったのよね。だから、食べてもらおうと思って」

 

 少し困惑した表情で、タイガは肉を持っていたが、「でもまぁ、肉に変わりはないから、おいしくいただくニャ」と言うと、真っ黒な肉にがっついた。

 その行動に3人は目を()いたが、焦げた肉を美味しそうに味わう姿を見て、彼らは思わず失笑した。

 そして、午餐(ごさん)を終えた彼らは、何処からか聞こえてくる清流のせせらぎに耳を傾けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ついに、初狩猟!! そして、上手に焼けました~♪
 いやぁ……。お肉が、食べたくなってきてしまいました。

 モンハンをし始めた頃は、肉の焼き上がりのタイミングで苦労しました。
 焦げ肉になることは少なかったですけど、焦りによって生焼けになることは多かったですかね。
 でも、生焼け肉も狂走薬の調合材料となるので、わざと作っていたこともありました。


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第11話 探索

 胃袋を満たしご満悦の様子の一行は、束の間の休息を取っていた。

 

「――さて、腹ごしらえも済んだことだし、次に移ろうか」

 

 頃合いを見計らい、レオンが切り出した。ハンターとしての基礎知識、まだまだ教えることはたくさんある。

 

「あ、うん」

 

 座り込んでいたソラは、すぐ立ち上がると、レオンを見上げた。

 

「次は……調合についてだ」

 

「調合……?」

 

「数種類の素材を組み合わせて、アイテムを生み出すことよ。例えば、【薬草】と【アオキノコ】とを調合すると、【回復薬】になるの」

 

「へぇ……。なんか難しそうだね……」ソラは眉を曇らせた。

 

「うん。調合は、俺でもよく失敗するし、難しい。知識が(とぼ)しいと、なかなか思うようにいかないことが多いしな」

 

「はわわわ……。わたしにできるかな?」

 

「それは……やってみないと分からないな」

 

「それで、何を調合するの?」

 

「そうだな……。さっきナナが言ってた回復薬でいいんじゃないか? 素材も比較的集めやすそうだし。なぁ、ナナ?」

 

「えぇ。調合も簡単で成功確率も高いし、丁度いいんじゃない?」

 

「よし、じゃあ、その回復薬を調合で作ればいいんだね」

 

 あぁ、とレオンは頷いた。

 

「薬草と……あと何を見つければいいんだっけ」

 

「アオキノコよ」

 

「そうそう、アオキノコ」

 

「薬草がどこに生えてるかは、覚えてるのか?」

 

 その質問に、ソラは黙考した。少しして、彼女が開口した。

 

「……それっぽいのが生えてた場所は、なんとなく覚えてるかな。……でも、フィールド探索のときはいつも、地図を見て現在位置を確かめるだけで精一杯だから、ホントかどうかはわかんないよ」

 

「そうか……。方向音痴って大変なんだな……」

 

「自分がどこにいるのかさっばりだもん」

 

「これから色々と大変になるかもな、治さないと」

 

「う、うん……」ソラは、俯きかける。気にしているのだろう。

 

「……でも、気にすることはないぜ。気楽に行こう」

 

「うんっ」

 

 ソラの表情がぱぁっと明るくなったのを確認して、レオンは掛け声をあげた。

 

「よし、早速行こうか」

 

「行こう!」

 

「……行くのはいいけど、これはどうするのよ?」横槍を入れるように、ナナが言った。

 

『ん?』

 

 視線を落とすと、仰向けになり、陽光を全身に浴びて昼寝をしているタイガの姿が。

 

「ここまで気持ち良さそうに寝てると、起こすのも悪い気がするな……。でも、タイガも一緒に来た方がいいよな」

 

「なら、起こすわよ」

 

 ナナはタイガの耳を摘まむと、容赦なく引っ張った。

 

「△◇×※○□!?」

 

 激痛に襲われた彼は、言葉にならない声を発して飛び上がる。

 

「せっかく気持ちよく寝てたのに、邪魔するなんてあんまりニャァ……」

 

「それじゃあ、わたしたちだけで行ってくるから、タイガは一人でここにいてね?」

 

「……えっ、それもあんまりだニャ。それなら、ボクも付いていくニャ」

 

「よーし。じゃあ行こう、レオン、ナナちゃん」

 

 4人は足並みを揃え、ベースキャンプを後にした。

 

 

 

 エリア1――。

 水辺には、数十分程前に()殺したガーグァの死体が転がっていた。仲間の死骸を恐れているのか、他のガーグァはエリア内に入り込んでいなかった。

 

「なんか、改めて見ると……罪悪感に(さいな)まれるんだよね。やっぱり殺さなきゃよかった、って」

 

 沈んだ声で、ソラが言った。

 

「で、でも、後悔はしていないよ? ガーグァのお陰で美味しいお肉も食べられたんだし」

 

 取り繕うように言うソラを見て、レオンはふっ、と笑みを(こぼ)した。

 勇気を持って一歩踏み出すだけで、人は変われるんだな――そう思ったからだ。

 

「……あれ? わたし、変なこと言った?」

 

「……いや、そんなことはないよ」

 

 彼は澄ました顔を向ける。

 

「だよね。全然おかしくないよね」

 

 ソラは、ちょっぴり困惑したような表情を浮かべた。 

 

「……あ、そうそう、一つ気になったんだけど……死骸ってずっと残ってるものなの?」

 

「ん? いや、ずっとは残らないな。……でも、それがどうした?」

 

「……いや、いつも通るときに見ちゃったらヤダなぁ……って」

 

「そりゃ、死骸だらけだったら困るよな。でも、心配は要らない。分解者がはたらいてくれるからな」

 

「ぶ、ぶんかいしゃ?」

 

「あぁ。説明すると長くなるけど――」

 

 世界には様々な生態系が存在するが、その中に生きる生物は、生産者、消費者、分解者の大きく三つに区分される。生産者、消費者、そして分解者だ。

 生産者である植物は、太陽の光を受けて光合成を行い、無機物から有機物を生成する。消費者は、生産者によって作られた有機物を直接または間接的に取り入れる動物で、植物を食べる草食モンスターやそれらを食べる肉食モンスター、また人間も消費者である。

 分解者は、有機物を無機物に分解するはたらきをもつ菌類・細菌類及び死体を食らう腐肉食(スカヴェンジャー)モンスターのことで、モンスターの死体はこれらの活動により分解される。

 この世界では、分解者のはたらきが活発であり、数時間も経てば死骸は消えてしまう。だが、全てが分解されるわけではないので、骨や腐敗した肉が残っていることも少なくない。

 

「……というわけ」

 

「へぇ……よく知ってるね」ソラは感心しているようだった。

 

「いろいろ本を読むと、知識が蓄えられていいぞ。……そんなことよりも、次はどのエリアに向かうんだ?」

 

「うーん……」

 

 ソラはポーチから地図を引っ張り出して広げた。

 

「確か、エリア4に薬草みたいな草が生えてたような気がするんだよね」

 

「なら、行こうか」

 

「うん。……おーい、行くよ」

 

 ソラは、エリアの隅で草と戯れているタイガを呼びつけた。

 

「ニャ……? 行くのかニャ?」

 

「あれ……何それ?」

 

 駆け寄ってきたタイガは、手に何かを掴んでいた。

 

「ニャ? この草、食べられるかニャと思って」

 

「あら……? それ、ちょっと見せて」

 

「ニャ?」

 

 ナナは彼の手から瑞々しい草を取ると、じっくりと観察し始めた。そして、

 

「……これは、薬草ね。間違いないわ」

 

「おっ、タイガ、やるじゃん!!」

 

 ソラは、タイガの頭をくしゃくしゃにするように撫でてやる。

 

「ニャ?」突然のことに、タイガは呆然としていた。

 

「アイルーは人間より小さいから、地面に近いところがよく分かるんだな」

 

「そうね、探索とか、そういうのはあたしたちの方が得意なのかもね」

 

「ニャ……? これは、食べられないのかニャ?」

 

「ん? そんなこともないけど……あとで使うから、それはお預けな、タイガ」

 

「むむ……残念ニャ」

 

 彼は薬草を掴んだまま、がっくりと肩を落とした。

 

「それじゃ、あとはアオキノコだけだね!!」

 

「そうだな。よし、エリア4へ向かおうか」

 

 頷くと、彼らは足を進めた。

 

 

 

「アオキノコってどんなの?」

 

 エリア1からエリア4へ続く道を辿る途中、ソラが訊いた。

 

「あれ? 知らないのか?」

 

 ソラは主に採集の依頼を受けていたということを村長から聞き、既に彼女はキノコ類の採集はしているものだ、と思い込んでいたレオンは少し虚を突かれた。

 

「うん。わたし、【特産タケノコ】とハチミツの採集依頼しか受けたことがないから、キノコのことはあまり知らなくて」

 

「そうだったんだな。てっきり、キノコ採取くらいは済ませてたものだと思ってたよ」

 

「まだ初心者だからねっ」彼女は、誇らしげに胸を張った。

 

「そこ、威張るところじゃないと思うぞ」

 

「やっぱり?」彼女は、桜色の唇の隙間から舌を覗かせる。「そんなことより、アオキノコの特徴を教えてよ」

 

「あぁ。アオキノコはその名の通り青色をしたキノコで、薬事効果を高める成分をふんだんに含んでいる。だから、様々な薬を作るときの調合材料に用いられることが多いんだ」

 

「へぇ……」

 

「アオキノコは、かなり広範囲に渡って分布してるから、たいていの場所で見つけることができるわ」ナナが補足する。

 

「じゃ、すぐ見つけられそう?」

 

「さぁ……それはわからないな」

 

「それは、食べられるのかニャ?」

 

 先刻から、タイガの頭の中は食べ物で一杯のようだ。

 

「アオキノコって食べられたっけ、ナナ?」

 

「ちょっとかじったことはあるけど、美味しくはなかったわ」

 

「それは残念ニャ……」

 

「たぶん、土でも食べてた方が美味しいわよ」

 

「じゃ、またあとでそうするニャ」

 

「……さっきから冗談が通じなくなってるわ。……強く蹴りすぎたかしら」

 

「タイガのことなんか、放っておいても大丈夫だよ」

 

「そうね」

 

「…………」

 

 

 

 

 

 エリア4──。

 短い雑草が一面に繁茂するこのエリアに進入した瞬間、獣のニオイがレオンの鼻を劈いた。エリア内では数匹の【ブルファンゴ】がたむろし、鼻を鳴らして地面を嗅いでいた。

 

「あ……ブルファンゴだ……」

 

「ニャ……!?」

 

 栗色の体毛、一対の反り返った牙が特徴の猪の姿を見て、ソラとタイガは思わず身震いをしていた。タイガは冷や汗さえもかいている。

 

「……どうした?」

 

「いや、あのモンスターとは、いろいろあって……怖くて……」

 

「……ニャ」

 

 自らの視野に入ったものに猪突猛進するブルファンゴは、村人や狩りの最中のハンターにとってかなりの脅威である。小型のモンスターといえど、その突進の威力は凄まじく、一度襲われるとトラウマになってしまう者もいるほどだ。

 

「あぁ……確かに厄介者だよ、あいつは」

 

「小型モンスターこそ侮るなかれ、ってことよ」

 

 狩猟経験の豊富な二人は、顔を見合わせて頷いた。

 

「奴らは嗅覚が鋭いから、オレたちがいることには、もう勘付いているかもしれないな。でも、視力は弱いから、あまり近付きさえしなければ襲われることはないよ」

 

「あ、そうなんだ。……でも、もし、こっちに向かって突進してきたらどう対処すればいいの?」

 

「ブルファンゴは、真っ直ぐにしか突進しない。なら、どうすればいいかわかるよな?」

 

「んー……あっ、真横に避ければいいんだ」

 

「そう、突進方向に対して垂直に回避すれば、攻撃を免れることができる。逆に、上手く誘導してやれば、岩壁や木に激突させて気絶させることもできるんだ」

 

「じゃあ、ずっと追いかけてきてたのって、ずっと真っ直ぐ逃げてたからかなぁ……」

 

「そうとしか考えられないニャ。お陰で酷い目に遭ったのニャ……」

 

「うん。タイガのお陰であのときは助かったよ」

 

 皆まで聞かずとも、何があったのかがレオンには分かったような気がした。

 

「でも、これで対処法はわかったよな。それじゃ、ブルファンゴの突進に気をつけながら、アオキノコを探そうか」

 

「はーい」

 

「ニャ」

 

 4人はエリア内に散り散りになって、アオキノコ探索を開始した。

 

 

 適当に時間が過ぎた頃、レオンが集合の合図をかけた。3人は、ブルファンゴになるべく接近しないよう細心の注意を払いながら、彼の元へ集まった。

 

「見つかったか?」

 

 レオンが訊くと、全員が首を横に振った。

 

「どこにもなかった……」

 

「隅々まで探したけど、見つからなかったニャ」

 

「薬草は見つけたわ。……でも、このエリアはキノコが生えるのには向いてないのかもね」

 

 皆が口々に報告するのを聞き、レオンは唸った。

 

「……確か、湿った場所にキノコは生えやすいんだよな」

 

「そうね。なら、昨日の薄暗いエリアなんかがいいんじゃないの?」

 

「あぁ、そこなら生えてそうだな。苔も生えてたようだったし」

 

「え、昨日のトコって……もしかしてあのモンスターが居たところ?」

 

「あぁ」

 

「うへぇ……」

 

 レオンが頷くと、ソラは顔を歪ませた。昨日、彼女はモンスター──アオアシラに襲われ、殺されかけたのだから、そういった反応を見せるのは自然なことだ。

 

「でも、今日は居ないと思うよ」

 

「え? ホントに?」

 

「うん、ニオイがしないからな」

 

「ニオイ?」

 

「あれ、ソラは知らなかったっけ」

 

 何も知らないといったように、彼女は首を傾げた。

 

「レオンはね、嗅覚が鋭いから、モンスターの居場所がニオイで分かるのよ」

 

「へぇぇ……すごいなぁ……」ソラは嘆声を漏らす。

 

「普通、モンスターの位置を把握するには【ペイントボール】っていう手投げ玉を使うんだ」

 

「ペイントボール?」

 

「あぁ。潰すと強力な臭気を放って、色のついた樹液を出す【ペイントの実】っていう果実と、【ネンチャク草】とを調合することで簡単に手に入るアイテムだ。狩猟対象となるモンスターにそれを当てることで色やニオイを付け、追跡することができる」

 

 ソラはうんうんと頷いた。

 

「……オレは基本的に使わないけど、ソラは使うこともあるだろうから、覚えておくといいよ」

 

「わかった」

 

「……ちょっと話が過ぎたな。早く、エリア5へ向かおう。確か、あっちの道だったよな」

 

 古びた鳥居と廃屋が埋まった小高い土の山の向こうに続く道を、レオンは指差した。

 

「えぇ、確かそうね」

 

「1回通っただけなのに、よく覚えてるね……」

 

「ソラが方向音痴なだけだ、行くぞ」

 

「うぅ……」

 

 レオンが駆け出す。その背中を見据えながら、ソラ達も走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第12話 誡

 エリア5──。

 鬱蒼(うっそう)と生い茂る樹木に囲まれたこのエリアは薄暗く、わずかな木洩れ日が、湿った地面に注ぎ込まれていた。領域(エリア)内には、2匹のガーグァがうろついているのが確認できた。

 

「うん、ここならアオキノコが生えてそうだな」

 

 広い範囲を見回しながら、レオンが言う。

 

「ほ、ホントに、昨日のモンスターは居ない……よね?」

 

「ニャ……」

 

 ソラとタイガは怯えていた。

 

「大丈夫だ。もしいたとしても、オレが守ってやるよ」

 

 頼もしさを感じる彼の言葉に、ソラは安堵(あんど)の息を()いた。

 

「あ……ありがとう、レオン」

 

「――っていうのは、今だけだ」

 

 レオンの目つきが、急に真剣なものへと変わる。

 

「えっ」

 

「これからは……モンスターに対する恐怖に打ち勝っていかなければならない」

 

「――」

 

 ソラの表情は、固まっていた。

 

「どうした?」

 

「……いや、急に深刻な話題になったから」

 

「でも、これはけっこう重要なことなんだ。モンスターに攻撃する勇気と、立ち向かっていく勇気は違うものだからな」

 

「そなの?」

 

「“躊躇”に対するものか、“恐怖”に対するものかの違いだ」

 

 ソラは、少し首を傾げた。

 

「躊躇に対してなら、一度勇気を出せば、そのあとは慣性に従って上手くいくことが多い。――でも、恐怖は違う。一度克服したとしても、そのあとずっと恐怖に打ち克てるかといえば、そうじゃない。いつでも、怖いものは怖いんだ……」

 

 ソラは、何も言わずに俯いた。

 

「――あ、ごめん。ちょっと話が暗くなりすぎたかな」

 

「レオンの話……いつも長いしおもしろくないわ」ナナが、レオンを腐した。「ま、バカだし、しょうがないわね」

 

 話し始めるとつい長くなってしまうのは、彼の悪い癖だ。だが、彼はそのことを自覚しており、簡潔に言おうとは努力をしている。が、癖というものは厄介なもので、意識して直そうとしても、なかなか直らない。

 

「……ま、いずれは大型のモンスターを狩ることになるだろうし、そのときは堂々と対峙できるようにしなよ、っていうことだよ」

 

「う、うん。わかった」ソラは顔を上げ、頷いた。

 

「そんなことより、アオキノコだな」

 

「そうね。どこかのバカのせいで、探索の時間が短くなったわね」

 

「早く探そうか」

 

 4人は先程と同様エリア内に散開し、アオキノコ探索を再開した。

 

 

 

 

 

「あっ、あった!! あったよ!!」

 

 ソラの声がエリア内に木霊する。3人は、彼女の元へと駆け寄った。彼女が居たのは、エリア5からエリア6へ続く道の、すぐ傍だった。

 

「これ、間違いないよね?」

 

 しゃがみ込んだ彼女の手には、群青(ぐんじょう)色のキノコが握られている。

 

「……綺麗な青ね。間違いなく、アオキノコよ」

 

「やったっ」

 

 ソラは小躍りして喜んだが、タイガは舌を出し、顔を(しか)めていた。

 

「し、食欲を無くす色ニャ……」

 

「アオキノコは、食用というよりは薬用だからな」

 

「青色には食欲減退効果があるから、アオキノコをそのまま食すことはなかったのかもしれないわね」

 

「よし。調合材料も揃ったことだし、回復薬を作ろうか」

 

 ソラは、笑顔で頷いた。

 

「――と、思ったけど」

 

「け、けど?」

 

 レオンは腕組みをして、上天へ目を遣る。

 

「ハチミツがあれば(なお)良いかな」

 

「……ハチミツ? 何に使うの?」

 

「それは、後々教えるよ。それで、ハチミツがどこにあるかは分からないか?」

 

「昨日、このエリアで見つけた気がするけど……」

 

 ソラは、辺りに視線を巡らせる。「確か、あのあたり……かな?」そして、大きな切り株の付近に生える細い木を、彼女は指し示した。

 

「でも、昨日採っちゃったから、無いかも」

 

 それを聞いて、タイガは肩を落としていた。

 

「……そういえば、昨日はハチミツを食べ損なったのニャ……。残念だったニャ……」

 

「いや……まだ採ってない蜂の巣が近くにありそうだし、探してみる価値はあるな」

 

 レオンのその言葉で、タイガの瞳に光が宿る。

 

「ニャ!! 早く探すニャ!! ニャァァァァァァァッ!!」

 

 ソラが示した方向へ、タイガは土煙をあげながら、駆けてゆく。

 

「……」

 

「……す、すごい執念だな」

 

「単純な奴ね……」

 

 取り残された彼らは、ただ呆然と、猛虎の如く疾走する彼の姿を見ていた。

 

「……とりあえず、探そうか」

 

 レオンとナナが歩き出す。ソラは採取したばかりのキノコをポーチに詰めると、2人に続いた。

 

 

 

「ハ!! チ!! ミ!! ツ!!」

 

 タイガは張り切って、木の上を探索している。

 

「ど、こ、ニャァァァァ――――ッ!!」

 

 ……エリア内の丸鳥(ガーグァ)が驚いて飛び上がるほどの奇声を発して。

 

「叫んでもハチミツは落ちてこないよ、タイガ」

 

「うぐぐ……ニャ」

 

 ソラがそう呼びかけると、彼は唇を噛み締めた。……噛む唇がアイルーにあるかどうかは不明だが。

 

「……でも、やっぱりどこにもないよ?」ソラは、木の上を見上げて言った。

 

「蜂の巣は、木の上にしかないと思い込んでるだろ?」

 

 レオンがにやついて言うと、『え?』と、ソラとタイガの反応が重複した。

 

「例えば……そうだな」

 

 レオンは周囲のニオイを嗅ぐ。そして彼は、ニオイの嗅ぎ取れた一本の朽木(くちき)に手を掛ける。

 

「この木だ」

 

「?」

 

「――まぁ、見てな」

 

 彼は、腰に提げた剥ぎ取りナイフを慣れた手つきで構えると、幹に刃を深く突き立て、ナイフを捻って樹皮を剥いだ。すると、中から数十匹の蜜蜂(ミツバチ)が飛び出し、六角形の部屋が無数にあるクリーム色の構造物が露わになった。

 

「あっ!!」

 

「蜂の巣ニャ!!」

 

 驚いた表情で、二人はレオンに駆け寄る。

 

「う、美味そうニャ……」

 

「こんなトコにもあったなんて……すごい」

 

 タイガは思わず舌を()めずり、ソラは呆気に取られたような表情になっていた。

 

「昨日採れなかった分、採っときなよ」

 

「うんっ」

 

 ソラは木の中に手を突っ込んで、蜂の巣を引き出す。黄金色の粘液が、ツーと糸を引いた。

 

「……これはロイヤルハニーじゃなさそうニャ」

 

 取り出された巣を見て、タイガは残念そうにした。

 

「ん? そうなのか?」

 

「あっ。そう言われてみれば……特有の輝きが無いね」

 

 ロイヤルハニーは特上のハチミツ。素人目で見ても、その輝きには天と地の差がある(と、(うた)われている)。

 

「ソラだけロイヤルハニーを食べて……ズルいニャ」

 

「あ、あれは不慮の事故だよ。モンスターが居るなんて知らなかったし……」

 

「ニャ!! それでもズルいものはズルいニャ!!」

 

「ズルくないよ!!」

 

「おいおい、喧嘩はやめてくれよ……」

 

 目で火花を散らす二人を、レオンは慰撫(いぶ)しようとする。だが、彼らの言い争いは収まりそうになかった。

 

「――ねぇ、レオン」

 

 ナナが、ハチミツのあった朽木から数メートル離れた場所に位置する立木の傍に立って、レオンを手招きしている。

 

「ん?」

 

 二人をそっちのけで彼が歩み寄ると、彼女は木の幹に目を注いでいた。

 

「ナナ、どうかしたか?」

 

「この傷、何かしらね」

 

 水分を含んだ若木の太い幹に、3本の切り傷が縦に走っているのが目に見えた。

 

「これは……昨日のアオアシラっていうモンスターの仕業か何かじゃないか?」

 

「ハチミツのある木の近くにマーキングして、後で取りに来ようという算段だったのかしらね。なかなかね……」

 

「あぁ。ということは、また戻ってくる可能性も――」

 

 そのレオンの言葉を、

 

「待て――――――――っ!!」

「待てニャ――――――ッ!!」

 

 という、ソラとタイガの怒号が遮断した。

 

「な、何だ?」

 

 レオンが振り返る――すると、その二人が、蜂の巣を掴んで素早く逃げ回る“何か”を追い掛けている光景が目に入った。よく目を凝らすと、その“何か”はメラルーだった。おそらく、口論をしている途中、泥棒猫(メラルー)に盗まれたのだろう。その情景は、“漁夫の利”という言葉がお似合いだった。

 そんなことを考えていると、

 

『ハァ……ハァ……ッ』

 

 二人は肩で息をしながら、彼の元へ戻ってきた。

 

「……と、取り逃がしたニャ……ッ!!」

 

「もうっ!! ……タ……タイガのせいだからね!!」

 

「なんニャと!? 元はといえば、ソラが悪いのニャ!!」

 

「はぁ!? 意味わかんないよ!!」

 

「お、落ち着け、お前ら――」

 

 唾を飛ばし合う二人に、レオンの声は届いておらず、喧騒(けんそう)は止まなかった。

 

「意味がわからないのは、ソラの頭が悪いからニャ!!」

 

「タイガの方がバカじゃん!? バーカバーカ!!」

 

「こんニャろ~!!」

 

「やるかっ!?」

 

 双方が飛び掛かろうとする。

 その寸前で――

 

「静かにしろっ!!」

 

 レオンが突然、声を上げた。

 3人は全身を硬直させ、瞠目した。

 

「お前らなぁ……オレ達は遊びに来てるんじゃないんだ」

 

 落ち着いた怒りの声が響く。その声の主の目は、吊り上がっていた。

 

『は、はい……』

 

 ソラ達の視線が落ちる。それを見ながら、彼は続けた。

 

「今は、危険なモンスターが居ないからいいけどな……ここは狩り場なんだぞ? お前達には、危機感ってものが無さ過ぎる。こんな些細なことで喧嘩なんかしてたら、モンスターに食われるぞ」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「ご、ごめんなさいニャ……」

 

 二人は反省した面持ちで、頭を深く下げた。

 レオンは溜め息をつくと、「……以後、気をつけるように」と口にして、3人に背を向けた。

 

「……狩人(ハンター)にとって大事なのは、困難な依頼を遂行することでも、富や名声を手に入れることでもない。狩り場から生還することだ。必ず生きて帰る――このことを、いつも肝に(めい)じておけ」

 

 驚くほど静かな口調だった。ソラは、どこか寂しげで、威圧感のある彼の背中を目にしながら、「はい」と返事するしかなかった。

 

「……あとは、瓶に水を詰めてからベースキャンプへ戻るぞ」

 

 彼は、ゆっくりとした足取りで、エリア6に続く道へ向かう。そんな彼と少し距離を置きながら、ソラ、タイガ、ナナは後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第13話 薄暮

 エリア6――。

 清らかな水流が縦断するエリア。いつもは美しいはずの清流のせせらぎが、今は気まずさを助長しているようだった。

 

 レオンの叱責(しっせき)は、ソラの心に強く響いていた。

 今まで優しく接してくれていた彼が、急に立腹したのだ。彼の豹変ぶりに、恐怖さえも感じた。だが、彼の言葉を脳内で反芻(はんすう)すると、自分の行動がいかに軽率だったのかに気付かされた。

 彼女がレオンに目を向けると、彼は、水際(みずぎわ)に居た。彼は、無言のままポーチから小さな瓶を取り出すと、清水を(すく)う。

 

「よし」

 

 彼は頷き、栓で蓋をして瓶をポーチに仕舞った。

 

「…………レ、レオンはどうしてここに川があるって分かったの? 地図も見ていなかったのに」

 

 気まずい沈黙を掻い(くぐ)って、ソラが訊いた。

 

「ん? あぁ、さっきアオキノコを採った場所に居たとき、水の流れる音が聞こえたんだ。だから、ここに川があると思って」

 

 いつもの口振りに戻っていて、ソラは少し安堵した。

 

「……そうだったんだ。流石だね」

 

「五感を研ぎ澄ませて、状況を把握することは大切なことだよ。それよりも、この瓶に水を集めてくれ」

 

 レオンが空き瓶をソラに渡す。

 

「う、うん。わかった」

 

 白けた空気から解放された彼女は、次々と瓶に水を掬い入れていった。

 

「――あとはベースキャンプに戻って、調合するだけだな」

 

 手持ちの瓶に全て水を詰め終えたのを見て、レオンが呟いた。

 

「調合するのも一苦労なんだね……」ソラがふっと一息吐く。

 

「これからが厳しいんだけどな」

 

「……調合材料を集めるより、調合する方が難しいってことだよね」

 

「そう。中には調合材料を集める方が、難度が高いなんてものもあるけど、大半は調合の方が難しい。調合方法とか、分量とかを間違えると大変だからな」

 

「そういうのって、人から教えてもらえないの?」

 

「調合技術なんかの“情報”は、重要な機密だ。そう安易に得られるものじゃない」

 

「情報の取引って難しいのよ。ある情報を求めようものなら、それ相応の対価を求められることもザラじゃないわ」と、ナナが補足した。

 

「難しい話でよく分かんない……」

 

「いずれ分かるようになるから、そこまで心配しなくてもいいと思うよ」

 

「分かるようになるのかぁ……?」

 

 ソラは、不安げな表情を浮かべている。

 

「今は、目の前のことだけをしていれば十分だ。それじゃ、戻ろう」

 

「はーい」

 

 地図を確認し、エリア2へと続く道へと彼らは歩き始める。……が、すぐに誰かが居ないことに気付いた。

 

「あれ? タイガは?」

 

 ソラが見返ると、タイガが川の(ほとり)に腰を下ろし、悄然(しょうぜん)としていた。

 

「ハチミツが採れなかったから()ねちゃってるのね」

 

「タイガ~!! 行くよ!!」

 

 ソラが大声で呼びかけると、タイガはハッとしたように振り向き、駆けて来た。

 

「どうしたの?」

 

「ハチミツ……残念だったニャと思って……」

 

 暗い表情、淀んだ声でそう答えるタイガ。そんな彼を慰めるように、ソラは微笑みかけた。

 

「また今度、採りに来よう?」

 

 間を置いて、彼は(おもて)を上げると、「ニャ!!」と、大きく頷いた。

 そして彼らは、ベースキャンプへと足を速めた。

 

 

 

 

 

 

 ベースキャンプ――。

 

「それじゃ、調合を始めようか」

 

 レオンが全員の顔を見回して言うと、皆は各々(おのおの)頷いた。そして、ソラはアオキノコを、タイガは薬草をポーチから取り出す。

 

「まず、回復薬の調合方法だけど……。本来なら、薬草とアオキノコを乾燥させて、粉末状にしたものを調合して作るべきなんだけど、今はそんな暇もないし、一番簡単な()り潰して鍋で煮込む方法をやろうと思う」

 

「わかった。それで、擂り潰すのにはどうするの?」ソラが訊いた。

 

「乳鉢と乳棒を使うんだ」

 

 そう言いながら、レオンはナナに視線を送る。

 

「えぇ、ちゃんと持ってきてるわ」

 

 ナナは荷車の方へ向かうと積載された荷物を探りだした。

 

「鍋も頼む」と、レオンは付け加えた。

 

 少ししてナナは、陶器製で黒色の乳鉢と乳棒を二組、取手が二つ付いた金属製の中型の鍋を引っ張り出してきた。

 

「ソラとタイガは、乳鉢と乳棒でその二つを擂り潰して置いてくれ。その間に、オレとナナは湯の準備をする」

 

「わかった。……で、どれくらいまで潰せばいいの?」

 

「……それはそっちの判断に任せるよ。それと、さっきの瓶を寄越してくれ」

 

「はーい」

 

 瓶をソラから受け取ると、レオンは栓を抜いて中の水を鍋に注いだ。そして、ナナが焚き火に設置した三つ足の鍋置きの上に、鍋を置いた。

 (しばら)くして、鍋の底から無数の小さな気泡が湧き上がってきた。

 

「そろそろ大丈夫よ」

 

「おう。……そっちはどうだ?」レオンはソラに言葉をかけた。

 

「こんな感じかな?」

 

 彼女は乳鉢の中身を彼に向けた。二つの調合材料は、いい具合に(ほぐ)れていた。

 

「……十分だな」

 

「よーし」

 

「ボクのも見てくださいニャ」

 

「うん、大丈夫だろう」レオンは一瞥して言った。

 

「じゃあ、それを鍋に入れて、このヘラで掻き混ぜてみて」

 

「うん、わかった」

 

 彼女は了解すると、煮えたぎる湯に青緑色の混合物を投入して、受け取ったヘラで渦を作るようにゆっくり回した。

 

「どれくらい掻き混ぜるの? やっぱりこれも、適当?」

 

「そうだな……少し粘り気がでてくるくらいまでかな」

 

 攪拌(かくはん)し始めてから数分程経つと、全体にとろみが出てきた。草独特のニオイも立ち上がっている。ソラは腕を止め、空いている手でレオンを招いた。

 

「で、できた……かな?」

 

「よし、少し冷ましてから瓶に詰めるぞ」

 

 鍋を焚き火から遠ざけ、自然冷却させる。湯気の量が少なくなった頃を見計らい、深緑色の液体を空き瓶に移した。

 

「これで、飲んでもよし、塗ってもよしの回復薬の完成だ。……完全なモノじゃないけど」

 

「おぉ~」

 

「試しに飲んでみるか?」

 

「ニャ!! 飲んでみるニャ!!」タイガが元気よく手を上げた。

 

 レオンはタイガに回復薬の入った小瓶を渡すと、彼は両手でそれを掴み、瓶を傾け一気に飲み干した。

 

「……どう?」

 

「んー……。苦くはないけど、とりわけ美味しいわけじゃない、なんとも不思議な味だったニャ」

 

「……そこで、ハチミツの出番だったのよ。甘くて栄養価の高いハチミツを混ぜれば、口どけがよくて薬剤としての効果も高い【回復薬グレート】ができるの」

 

「その回復薬グレートまで作ろうと思ったんだけどな……」

 

「ニャ……ハチミツ……残念だったニャ……」

 

 ソラは握り拳を作り、「メラルー……許すまじ!!」と、小声で言った。

 

「まぁ……メラルーにモノを盗まれることなんてよくあることだし」レオンは頭の後ろで手を組んだ。「……それでも、昨日は地図を盗まれ、今日はハチミツを盗まれたのか。散々だったな」

 

「……なんでこんなに狙われるんだろう? わたし、何か悪いことしたのかな……」

 

「偶然だと思うけどな。よし、もうすぐ日も暮れるし、今日のところはここで終わりにして、村に戻ろうか」

 

 全員が首を縦に振り、帰路についた。

 

 

 

 

 

 

 ユクモ村――。

 村と渓流への道を繋ぐ小さな橋を渡り終えると、腰掛けに村長が座っていた。彼女はレオン達の姿に気づくと、にっこりと微笑みかけてきた。

 

「あら、今日はどちらまで? 村人の依頼でもこなされていたのかしら?」

 

「今日は、レオンに指導してもらって、ハンターの修行をしてました。武器も変えて、扱えるようにもなりました!!」ソラは、声を弾ませ言った。

 

「まぁ。それはよかったですわ。それから、お父さん方から連絡があったのだけれど、やっぱり当分は帰られないそうですわよ」

 

「そっか……。でも、レオンが居るし……大丈夫だと思ってます!!」

 

「まぁ。頼りになりますわね」村長はオホホホ、と高らかに笑う。

 

「頼りにされてるわよ、レオン」

 

「……そう言われてもな」

 

 ナナからの冷たい視線を受けながら、はにかんだような笑顔をレオンは作った。

 

「それで、モンスターは狩られましたか?」

 

「ガーグァ1匹だけだよね?」

 

「そうだな。後でギルドに報告しとかないと」

 

「それなら、私が伝えておきますわ。私、ハンターの方々の狩猟報告をギルドに伝える仕事も兼ねておりますの」

 

「そうなんですか。では、よろしくお願いします」レオンは一礼した。

 

 ハンターズギルド管轄の狩り場(フィールド)に向かいモンスターを狩った場合、その個体名や狩猟した数をギルドに報告する義務がハンターには課せられる。報告書を書かされることもあり、面倒臭いと感じることが多々あるので、村長に伝えるだけで良いというのはハンターにとってかなり有難いことだ。

 

「それでは、今日はごゆっくりなさいませ」

 

「……はい、そうします」

 

「じゃ、温泉に入ったあと、わたしのウチに行こう!!」

 

 ソラはレオンの手を取って、石段に向かって駆け出した。

 

「さ、早く行こー!!」

 

「ち、ちょっ……」

 

「あらあら。仲のよろしいですこと」

 

 ソラにグイグイ引っ張られ、レオンが千鳥足になっている光景を見て、村長は微笑を浮かべた。

 

「臭いんだから、アンタも早く身体を洗うのよ。それじゃ、あたしたちも行きましょ」

 

「ニャ」

 

 そして彼らは、石段を駆け上がっていった。

 

 

 

 

 

 

 ユクモギルド、集会浴場──。

 

『はぁぁ~……』

 

 湯煙が立ち込める広々とした温泉で、4人は一息吐いた。夕暮れ時の浴場には、村人も幾人か入っている。

 疲弊した肉体を霊泉に癒されながら、ソラが(おもむろ)に口を開いた。

 

「……今日はありがとう、レオン」

 

「なんだ、急に?」

 

「武器を扱えるようにもなったし、いろいろ教えてもらったし」

 

「……でも、狩人の修行はまだまだこれからだぜ?」

 

「……まぁ、そうだけど。でも、レオンが師匠で良かったと思える1日だったよ、今日は」

 

 レオンは少し微笑むと、「ならよかった」と小さな声で呟いた。

 

「それにしても……なんであのとき怒ったの?」

 

「──あのとき?」

 

「わたしとタイガが口喧嘩してたときだよ」

 

「……あ、あぁ、あれか」

 

 レオンは一瞬、ソラから視線を逸らした。

 

「突然怒り出すから、ビックリしちゃったよ」

 

「あたしもびっくりしたわ」

 

「んニャ」

 

「……それはすまなかった。感情的になり過ぎてたな。でも、モンスター──特に、大型の危険なモンスターの狩猟中にあんな喧嘩してたら、本当に危ない。いや、危ないなんてもんじゃない、死ぬぞ」

 

「う、うん」

 

「如何なる状況に陥っても、冷静さを欠かないことが、自身を守る上で肝要なことなんだ。……ま、そう言われて簡単にできることじゃないけど、そのことを頭に置いておかないと、後悔すらできなくなるかもしれないからな」

 

「うん……」ソラの表情が強張る。

 

「……狩人(ハンター)の大変さを思い知ったような顔だな」

 

 ソラはコクリと頷いた。

 

「……正直、()めてた」

 

 やっぱり最初はそうだよな──レオンは思った。

 

「オレも……初めはハンターってものを舐めてた。ただモンスターを倒す、それだけだと思ってたんだ」

 

 一呼吸置いて、彼は続けた。

 

「……でも、現実は甘くなかった。この世界の厳しさは、飛び込んだ初日に、骨の(ずい)まで思い知らされたよ」

 

 ソラの表情が固まったままだったので、彼は訊いた。

 

「──後悔してるか?」

 

 返事は、少し間を置いてからだった。

 

「ううん、してないよ。むしろ、これからもっとがんばらなきゃ、って思ったよ」

 

「そうか……。なら、明日からは死ぬほど厳しくいこうか」

 

「えっ」

 

 丸くなった彼女の目を見て、レオンは吹き出す。

 

「くっ、あっはは……」

 

「えっ、な、何?」

 

「じょ、冗談だよ。そんな顔すんな」

 

「じ、冗談かぁ……。脅かさないでよ……」

 

「でも、がんばるのなら、少しは厳しくしないとな」

 

「うんっ。明日もよろしく、レオン」

 

「おう」

 

「じゃ、あたしは平行してタイガも(しご)いてあげようかしら」ナナが、タイガを睨み付けながら言う。

 

「ニャ!?」

 

 ガーグァの玩具(オモチャ)で遊んでいたタイガは、動きを止め彼女を見た。

 

「……アンタもオトモアイルーとしてはまだまだのようだし?」

 

「それ、いいね!」とソラ。

 

「ま、まぁ、ボクもまだまだだとは自覚しているから、別に悪いこととは思わないけどニャ」

 

「……思わない()()?」

 

「な、なんか怖いニャ」タイガは怯えるように言う。

 

「……ふーん、怖いんだ。でも、心配は要らないわ」

 

「……?」

 

「死なない程度に手加減しといてあげるから──」

 

 刹那、タイガの脳内を無惨な映像が飛び回る。

 

「ニャァァァァァ────────ッ!!」

 

 タイガが脱兎(だっと)の如く逃走し始める直前で、ナナは彼の耳を掴んだ。

 

「待ちなさい」

 

「ま、まだ死にたくないニャァァァァァッ!! は、放せ!! 放せぇっ!! 放すのニャァァァァァッ!!」

 

 断末魔のような叫びを上げ、タイガは鼻息を荒げて暴れまくる。それを見て、ナナは鼻で笑った。

 

「……冗談よ」

 

「……………………冗談キツいニャ」

 

 ペットは飼い主に性格や行動が似るとよく言うが、オトモアイルーが雇い主に似るということもあるようだ。

 

「ところで、タイガが持ってるそれ、何だ?」

 

「……これかニャ? これは、ガーグァの玩具ニャ」

 

 黄色い嘴が特徴のガーグァを模した、天然樹脂製の玩具がタイガの手に握られていた。

 

「こっちには、【クルペッコ】のもあるニャ!!」

 

 クルペッコは、別称を“彩鳥(さいちょう)”という緑黄色を基調とした極色彩の身体を持つ鳥竜種(ちょうりゅうしゅ)のモンスターだ。鳥竜種というのは、大型モンスターとしては細身の体を持ち、二足歩行をする種族である。

 クルペッコは、上嘴の先端がラッパのように広がっているのが特徴の一つで、それはこの玩具にも反映されている。

 

「ここの胸の部分を押すと……」

 

 タイガがクルペッコの胸にある赤色の鳴き袋を握りつぶすように圧迫すると、玩具は『グァ!』という、鳴き声に似た音を発した。

 

「へぇ、鳴き声がするのね。よくできてるわ」

 

「クルペッコか……。文献でしか知らないモンスターだけど、ここ周辺でも見かけるのか?」

 

 レオンがソラに顔を向けると、彼女は困ったように頭を掻いた。

 

「え、えーと……。わ、わたしはそういうの、全然分からないんだけど」

 

「……ってことは、昨日のモンスターのことも分からない?」

 

「う、うん……」

 

「そうだったんだな。ハンターには様々な知識が要求されるから……これは、勉強のし甲斐(がい)があるぞ」

 

「うへぇ……」ソラは苦いものを吐き出すような顔をした。

 

「……そういうの、苦手か?」

 

「苦手というか、面倒そうだなぁと思って」

 

「──ま、そうだよな」

 

 そう呟いたレオンの瞳に、黄昏(たそがれ)色に染まる山壑(さんがく)の姿が映った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回、レオンがソラのお家にお泊り!

 まぁ、そのような展開はございませんので、()しからず(笑)


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第14話 晩餐

 彼らはギルドを出ると、まず温泉宿に置いてある荷物を取りに行き、その(のち)ソラの自宅へ向かった。

 そして、数分後、彼らはソラの自宅の前に居た。

 

「ここが、わたしの家だよ」

 

 木造二階建て、赤色の漆喰(しっくい)の壁、茅葺(かやぶ)きの屋根が特徴的な家屋だ。家の周囲の所々で、(たきぎ)が山積みになっている。

 

「ただいまー、お母さーん」

 

「ただいまニャ!!」

 

 暖簾(のれん)を掻い潜り、敷居を跨いだソラとタイガがそう叫んだ。するとすぐ、浅葱(あさぎ)色の着物を着た一人の女性が出迎えた。

 

「おかえりなさい。あ……誰か居ないと思ったら、タイガだったのね。すっかり忘れてたわ……って、あら?」

 

 女性の目が、ソラの後ろに立つ長身で赤髪の男へ向けられる。

 

「あんたの後ろに居るのって……」

 

「うん、わたしの師匠だよ」

 

「ど、どうも。レオンです。こちらでお世話になります……」そう言って、彼はお辞儀をした。

 

「ソラの母です。こちらこそ、ウチの娘がお世話になっております」

 

 彼女は一礼して、にっこりと笑った。親子だけあって、その顔はソラとよく似ている。

 

「あの、オレのオトモアイルーもお邪魔するんですけど、大丈夫ですか?」

 

「全然構いませんよ」

 

「ありがとうございます。ほら、お前も挨拶しな」

 

「レオンのオトモアイルーのナナです。よろしくお願いします」

 

 レオンに促され、ナナもぺこりと頭を下げた。

 

「あら。しっかり挨拶ができるのね。ウチの(タイガ)とは大違いだわ……」母の黒目が一瞬、タイガを向く。

 

 その時、一人の少年がひょこっと顔を出した。ソラと同じ黒髪で、据わった目をしている。

 

「……誰か来てるの?」

 

 彼の視線が、長身のレオンに向けられる。

 

「……うわ。大きい人」

 

 少年は驚いているようだった。

 

「こいつは弟のリクだよ」と、ソラがレオンらに向けて言った。

 

「……もしかして、この人が昨日言ってた師匠?」リクが訊いた。

 

「うん、そう」

 

「……初めまして。どんくさい姉がお世話になっています」リクは一礼した。

 

「よ、余計なこと言うな!!」

 

「……いいじゃん、ホントのコトなんだし」

 

「良くない!!」

 

「おもしろい弟だな」レオンは口元を緩めて言った。

 

「お、おもしろくなんかないよ!! ウザいだけだし、ベーだ」ソラは、リクに向かって小馬鹿にするように舌を出した。

 

「あんたたち、人前で見苦しいわよ。それじゃ、私は夕食を作ってくるから、ソラはレオンさんをお父さんの部屋に案内してあげなさい」

 

「はーい」

 

「リクは外から薪を持ってきてね」

 

「……わかった」

 

「ボクも手伝うニャ」

 

「じゃ、レオンとナナちゃん上がって」ソラに手招きされ、二人は家の中へと入った。

 

「お邪魔します」

 

 玄関を抜けるとすぐ、机と椅子が置いてある居間に出る。奥には暖炉を兼用した(かまど)があり、上部には釜が嵌められていた。

 部屋の隅にある階段の昇り口の側に一つの引き戸があり、ソラはそちらへ向かった。

 

「ここが、お父さんの部屋だよ」

 

 彼女が戸を開けると、8畳程の部屋が目前に広がった。ベッド、机、アイテムや武器、防具を入れるための道具箱(アイテムボックス)などが置かれている。それらを、赤色の提灯が照らしていた。

 

「遠慮せず自由に使ってね。お父さんは多分気にしないと思うから」

 

「あぁ」レオンは、手に持った荷物を床に下ろした。

 

「じゃ、わたしは着替えてくるよ」

 

「おう、オレも防具を外しておくか」

 

「あたしも」

 

「それじゃ、また後で」

 

 そう言い残し、彼女は階段を駆け上がっていった。ソラの部屋は階上(うえ)にあるようだ。

 レオンは、大剣と全身の防具を外して床に置くと、大荷物の中から服だけを引っ張り出して、それを着た。上は長袖のTシャツ、下はカーキ色のパンツといった具合だ。

 ナナは武器と防具を外すと、床に座り込んだ。

 少しして、ソラが戻ってきた。黄檗色の着物を纏っている。

 

「レオンって普段はそんな格好なんだね」

 

「まぁ、な。ソラはその着物、似合ってるな」

 

「えへへ。ありがとう」

 

 彼女は笑顔でそう言うと、ベッドに腰掛けた。

 

「んー、夕食が出来るまで暇だねー」

 

「そうだな。……母さんの手伝いはしなくていいのか?」

 

「うん。リクがやってくれるし」

 

「……弟の方がしっかりしてるんだな」

 

 彼女がぶっきら棒に答えるので、レオンは少し呆れ気味に言った。

 

「むぅ。まぁ、そうかもしれないけど……。わたしは、ハンターで忙しいんだもーん」ソラは唇を突き出す。

 

「そうだろうけど……ん?」

 

 机の上に置かれた二つの写真立てが、ふと目が留まる。

 彼は机の方まで歩いていくと、その片方を覗き込んだ。

 頬を赤らめ、ユクモノ装備を纏ったソラが写っている。そして、彼女の隣には、同じ装備の男性が、優しい笑みを浮かべ立っていた。

 

「この写真……ソラの隣に写ってるのは、父さんか?」

 

 ソラはベッドの縁から立ち上がると、写真を覗いた。

 

「ん……? ……あ、うん、そうだよ。……これは、ハンターになりたての頃のだね」

 

「なんか、ソラは恥ずかしそうだな」

 

「う、うん……」

 

「父さんは、優しそうだな」

 

「うん、優しいよ。……いつ帰ってくるのかなぁ」

 

「そういえば、ソラの父さんはこの村の専属ハンターだったっけ。……何処(どこ)に行ってるのかは、知ってるのか?」

 

 ソラは首を傾げた。

 

「確か……“タンジアの港”って言ってたかな? ここ最近、渓流でモンスターの目撃情報とか被害が無いから、そこに行ってお仕事してるんだと思う」

 

「“タンジアの港”か……」

 

 タンジアの港は、交易の中継地で、船乗りのオアシスと呼ばれる巨大な港だ。そこはまた、多くのハンター達が行き交う活気あふれる場所でもある。

 

「あたしたちは、前にそこに居たのよね」床にごろんと転がった体勢のまま、ナナが言った。

 

「あぁ。そこでユクモ村の話を聞いたから、ここに来たんだ」

 

「へぇ、そうだったんだ」

 

「それで、専属ハンターはソラの父さんの他に、もう一人いるんだよな?」

 

「うん。わたしの幼馴染みのお父さんだよ」

 

「で、そのどちらも、今この村には居ないんだったよな」

 

「そうだよ。……だから、この村にいるハンターは、木偶坊(でくのぼう)のわたし一人だし、なんか……心細いんだよね」

 

 ソラの口元は笑っていたが、目はそうではなかった。

 

「でも、これはこれで良い機会かもしれないな」

 

「え? どういうこと?」

 

「父さんが帰ってきた時に、ハンターとして見違える程に成長したところを見せつけたら、驚かせられるんじゃないか?」

 

「おおっ!!」

 

「ま、全てはソラの努力次第だけど……な」

 

「う、うん……!! わ、わたし、お父さんを驚かせたい!!」

 

 彼女は瞳を輝かせ、少し興奮気味に言った。その様子を見て、レオンは、ソラは父さんが大好きなんだなと思った。

 

「おう。なら、そのためには──」

 

 そのとき、部屋の戸が開いて、その隙間からリクが顔を覗かせた。

 

「……ご飯。出来たよ」

 

「あっ。もう出来たんだ」

 

「うん。早く来なよ」

 

「言われなくても、わかってるって。それじゃ、食べよー!!」

 

 レオンとナナは応答して頷くと、一足先に部屋を出たソラの後に続いた。

 居間のテーブルの上には、湯気を立ち昇らせる豪勢な夕食――【紅蓮鯛】の塩焼き、【サイコロミート】のステーキ、【黄金米】のご飯、【特産キノコ】入りの味噌汁、天にも昇るほどに美味と謳われる【ヘブンブレッド】、【シモフリトマト】や【砲丸レタス】、【オニオニオン】が盛り付けられたサラダなどなど――が並んでいた。そして、それが放つ香ばしい匂いが食欲をそそり、腹の虫は喉を鳴らした。

 

「おぉ、豪華!! わたしがハンターになったとき以来だねぇ」

 

「今日は、レオンさんとナナさんの歓迎の宴よ」母が、テーブルの上にある硝子(ガラス)のコップに飲み物を注ぎながら言った。

 

「ささ、早く座って」

 

 背中をソラに押され、レオンは席に着いた。そして、ナナ、ソラが隣に座る。リクとタイガは向かい側に座った。

 

「それじゃ、皆コップを持って、乾杯しよう!」

 

 ソラの掛け声で、全員がコップを掴む。

 

「それじゃ、レオンとナナちゃんがわたしたちの師匠になってくれたことへの感謝と、二人の歓迎の意を込めて──乾杯!」

 

『カンパーイ!!』

 

 硝子の擦れ合う甲高い音が響くと、各々コップを傾け、液体を喉に流し込んだ。弾けるような刺激が喉に走る。

 

「おっ、これは昨日飲んだユクモラムネだな」

 

「うん、そうだね。んー……もう一杯、貰おうかな」

 

 ソラの手にしているコップは、既に空になっていた。

 

「甘いものばっかり飲んでると、太るわよ」という母の忠告にも耳を傾けず、ソラはラムネの瓶を傾け、なみなみと注いでいる。

 そんな彼女を一瞥すると、レオンは、サイコロステーキにフォークを刺して口へ運んだ。

 

「うん、美味い!!」

 

「ニャッニャッ、美味いニャ」

 

 タイガは、我先にと言わんばかりに、鯛の塩焼きを口に放り込んでいる。

 

「……そんなに食べて、皆の分は無くならないのかしら?」ナナは、鋭い視線を食いしん坊(タイガ)へ向けている。

 

「仕方ないニャ。ユクモ村は山間(やまあい)の村だから、海の(さち)は滅多に食べられないご馳走なのニャ。いつ死ぬかわからないんだから、食える時に食っとかないとニャ」

 

「確かに、いつ死ぬかわからないもんね」

 

「そ、そこは否定してほしいニャ……」

 

 ソラの言葉に、タイガは複雑な表情を浮かべた。

 

「そんなことよりさ、レオン、これ食べてみて」

 

 ガーグァの卵ほどの大きさの卵を、ソラは手に持っている。

 

「何だ……? 卵か?」

 

「ただの卵じゃないよ。これはね、ユクモ村名物の一つ、【ユクモ温泉たまご】。ここの温泉たまごは、村を訪れた人達の間では、とっても美味って評判なんだよ」

 

「へぇ。温泉卵は食べたことあるけど……とりあえず、いただこうか」

 

「あ、中からガーグァの雛が出てくるようなことはないから、安心してね」

 

「そんなこと言うな。逆に不安になるだろ……」

 

 まさか、雛が出てくることもあるまい……そう思いながら、レオンが卵の殻を割ると、半凝固状態の卵白が(あら)わになった。それを、スプーンで裂いてみると、今度は半熟の卵黄が姿を現した。彼は、それをスプーンで掬い、舌で吟味(ぎんみ)してみる。

 まず、とろける食感が口腔内を支配する。続いて、調味料が無くとも十分に濃い黄身の味が感覚神経を通じて脳に伝った。

 

「うんうん。(ほま)れ高い理由が分かった」

 

「でしょ?」

 

 ソラは、白い歯を見せた。

 

「そうそう、この味噌汁も、キノコが入ってて美味しいね、お母さん」

 

「それは、リクが作ってくれたのよ」

 

「あれ、そうなの?」

 

「……うん。だから、僕に感謝して食べてよね」得意気に胸を張って、リクが言う。

 

「何を、偉そうに!!」

 

「……姉ちゃんは料理できないもんね」

 

「……だ、だから何だっていうの!!」

 

「……お嫁に行けないよ」

 

「う、うるさい!!」

 

「あんたたち、さっきから見苦しいわよ……」なだめるように言うと、母はレオンの方を向いた。「ごめんなさいね……」

 

「大丈夫ですよ」彼は、顔の前で手を振って見せる。「……静かにしているよりは、楽しくていいんじゃないですか」

 

 母は、溜め息交じりに「まぁ……。それもそうね」と呟いた。

 

 その後も、晩餐は賑やかに続いた。

 

 

 

 

 

 夕食の後、レオン、ナナ、ソラの3人はソラの父の部屋に戻っていた。

 レオンはベッドに腰掛け、防具に消臭玉を(まぶ)していた。ナナも丁寧に防具の手入れをしている。

 椅子に腰かけ、机に向かって頬杖をついていたソラは、振り返りざまに「そういえば、さっき何を言いかけたの?」と、レオンに訊いた。

 

「さっき? ……あっ、そうそう」

 

 気が付いたように眉を吊り上げたレオンは、彼のバッグの中をゴソゴソと探り始めた。 

 

「一人前のハンターになるには──」

 

 大量の書物が、机の上の物の全てがひっくり返るような勢いで置かれた。

 

「たくさん勉強してもらわないとなっ!!」

 

「え……。な、何、これ? 本?」突然のことに、ソラは当惑した。

 

「レオンの荷物の大半は本なのよね……。荷物が(かさ)張って困るわ」ナナがぼそっと呟く。

 

「これは、オレの愛読書達だ。モンスターの生態に関して記述された専門書が殆どだけどな。あとは、アイテムとか薬草、調合の本なんかだ」

 

「へぇぇ……」

 

「再々言うけど、ハンターには腕っ節も必要だが、博識であることも重要だ」

 

「うん。それは、わかってるよ」

 

「そこでだ。知識を付けるには、読書をするのが一番だと、オレは思う」

 

「は、はぁ」

 

「だから、これらを貸すから、読んで勉強してみてくれ」

 

「う、うん」

 

 ソラは終始、圧倒されっぱなしのようだった。

 

「……でも、まずはこの村近辺に生息するモンスターの生態から調べる方がいいんじゃない?」とナナ。

 

「それは……そうだな。でも、オレは来たばっかりだし、調べるようなモノは持ってないし」

 

「それなら、お父さんの持ってる本が役に立つかも」

 

 ソラは椅子から立ち上がると、本棚の方へ向かった。そして、何冊かの書物を引っ張り出してくると、机上に置いた。

 

「どれどれ。……『ユクモギルド監修 モンスター生態調査書』」レオンはページをパラパラと捲る。「なるほど、役に立ちそうだな」 

 

「こっちには、『牙獣種(がじゅうしゅ)の書』って書いてあるよ」

 

「……牙獣種……か」

 

 レオンが手を顎に(あて)がい、考えるポーズを取ったので、「どうしたの?」とソラは訊いた。

 

「いや、アオアシラも牙獣種……みたいな体躯(たいく)をしていたな、と思って」

 

「アオアシラって……昨日の?」

 

「あぁ」

 

「じゃ、この本に載ってるかな?」

 

「それは、読んでみなきゃ分からないだろ」

 

「あ、そうだね。じゃ、読んでみる」

 

 ソラは紙を捲って、内容に目を通し始めた。レオンも分厚い書を手挟むと、ベッドに横たわり、表紙を開いた。

 

 

 

 

 

 暫くして、ソラは読んでいた本をパタンと閉じると、「……村長が言ってたように、明日は、村の人達の納品依頼でも受けてみようかなぁ」と、独り言のように呟いた。

 レオンは、視線を本からソラに向けた。

 

「どうした? やる気が出てきたのか?」

 

「うん。……モンスターは怖いけど、こうやって本でも読んでさ、事前に知っておいたら、動揺することも少なくなると思うんだ。あと、モンスターが潜む危険な渓流で依頼をこなすのは、ハンターであるわたしの方が良いかな、とも思って」

 

「ふふ、自信が付いてきたみたいね」

 

「なんとなく……だけど、ね」

 

 ソラは、ふぁぁぁぁと、間の抜けた声を発して、伸びをする。

 

「……今日は、そろそろ寝ようかなぁ」

 

 レオンは、懐中時計の蓋を開け、「もう、そんな時間か」と呟いた。

 

「今日は、随分お疲れだものね、ゆっくり休みましょ」

 

 ナナが誘い、二人は共に部屋から出ようとする。

 

「ん? ナナはソラの部屋で寝るのか?」

 

「えぇ。女の子同士、ちょっとだけ話でもしようと思って」

 

「おっ、いいね」ソラは、相槌を打った。

 

「それはいいけど、夜更かしはするなよ。睡眠と休養は大事だからな」

 

「大丈夫よ」

 

「……なら、いいんだ。じゃ、おやすみ」

 

「おやすみー!!」

 

 戸が閉まると、レオンは机へ向かった。そして、ペンを手に取り、ハンターノートを開いて、今日の出来事を綴っていく。

 

 ――ソラの指南役となったオレは、まず彼女に武器の扱いについて教えることにした。

 片手剣を構え、渓流で狙う獲物は、ガーグァ。しかし、彼女の優しさのためか、躊躇いもあってか、狩猟は失敗に終わってしまった。だが、その後、武器を弓に変え、再びガーグァの狩猟に挑み、見事成功した。まだ、少し後悔の念が残っていたようだが、直慣れるだろう。

 狩ったガーグァの肉を焼いて食べ終えると、回復薬の素材の探索と、簡単な調合を行った。

 村へ帰還後、温泉に入り、ソラの自宅へ向かった。彼女の家族には、熱烈な歓迎を受けた。

 ……ソラには、自信が付いてきたようだった。彼女も頑張っている。オレも、精進(しょうじん)していかないと――。

 

 そこまで書くと、彼はペンを置き、ノートを閉じた。そして、灯りを消し、床に着いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第15話 決意

 小鳥のさえずりが鼓膜を微かに震えさせ、天井の木目が次第に鮮明になる視界に映った。

 ベッド上で伸びをすると、レオンは上体を起こした。

 

(そういえば……ソラの家に泊まってたんだったな)

 

 髪を掻きむしりながら、彼は床に降り立つ。

 引き戸を開けると、ソラの母の後ろ姿が目に入った。トントン、という包丁の音がする。朝食の準備をしているのだろう。

 

「おはようございます」

 

 レオンが挨拶をすると、彼女は手を止め、振り向いた。

 

「あら、おはよう」

 

「……あの、ソラは、まだ起きてないんですか?」

 

「えぇ。いつも、起きるのが遅いのよ。だから、リクが起こしにいくの」溜め息混じりの声で、母は言う。「たまには、早起きしてほしいわね」

 

「あ、なら、起こしてきましょうか?」

 

「あら、いいの?……なら、お願いしようかしら。ソラの部屋は、階段を上がって左の部屋よ」

 

「わかりました」

 

 レオンは身を翻し、階段へ向かう。

 2階へ上がると、戸が二つあった。レオンは、小さな花が生けられている左側の戸に手を掛け、そろそろと開けた。

 6畳ほどのソラの部屋は、彼女の父の部屋と同様、ベッドと机で構成されていた。

 部屋に足を踏み入れたとき、床上で丸まっているナナの耳がピクリと動いたが、レオンは特に気に留めず、忍び足でソラの寝床へ近付いていった。

 彼は、枕元を覗く。すぅすぅと寝息を立てる彼女の寝顔が確認できたとき、彼はどきりとした。

 ……なんだろう。可愛い。

 閉じられた瞼から伸びる長い睫毛(まつげ)や淡紅色の唇を携える、いたいけな容貌――。

 彼の手は、無意識のうちに、彼女のその柔らかそうな頬へと吸い寄せられていた。

 ()い寄るように手を動かすなか、彼の鼓動は最高潮まで達していく。

 そして、侵略者が、柔肌に侵攻を開始してゆく……

 

「――何、してんの」

 

 その寸前で、背後より突き刺さる、暗殺者の声。

 

「うわぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

 レオンが慌てて見返ると、腕組みをした黒猫(ナナ)の姿があった。気配を殺して背後に立つ彼女の能力には、いつも驚かされる。

 

「……お、起きてたのか」

 

「質問の答えになってないわよ。何してたのよ」

 

「い、いや……ソ、ソラを、起こそうとしてたんだよ」

 

「ふぅーん……」ひどく狼狽(ろうばい)するレオンを、ナナは睨み上げた。「その割には、ひどく動揺してるわね」

 

「そ、それは、急に後ろから声を掛けるから……」

 

「ホントに、そんな理由かしら?……変なことでも考えてたんじゃないの?」

 

「そ──」

 

 そんなわけないだろ、という言葉を、レオンは呑み込んだ。全てを見透かされているような眼差しを注がれてしまっては、反論する気力すら失ってしまう。

 

「……確かに、そういうことをしたがるのが、オトコの(さが)だ、っていうのはあたしにもわかるわ。でも、まぁ……自分に素直になってみるってのも、ありかもしれないわね」

 

「……?」

 

 レオンが呆けた表情で立ち尽くしていると、ごそごそ、という音が背後から聞こえた。振り向くと、ソラが目を醒ましていた。

 

「あれ……。おはよう……」

 

「あ、お、起きたか。……朝飯、そろそろできるって」

 

「うん……わかった」

 

 ソラは、目を擦りながら床に足を付けると、少しおぼつかない足取りで部屋を出た。レオンとナナも彼女の後を追い、階下(した)へ移動した。

 

      *

 

 朝食を食べ終え、武器と防具を装着し家を出たレオン、ソラ、ナナ、タイガの4人は、村人の依頼を受けるべく、村長の元へ向かっていた。

 例によって、村長は派手な着物を纏い、腰掛けに座っていた。

 

「おはようございます!!」

 

 ソラが威勢のある声で挨拶をする。レオン達は、会釈をした。

 

「あらあら、朝から元気ですわね」

 

「村長、新しい依頼、来ていないですか?」やる気の窺える、弾んだ声でソラが訊いた。

 

「そうですわね……」村長は、懐から数枚の紙を取り出した。「今は、このような依頼が届いておりますの」

 

 村長が手に持っているのは、依頼書だ。依頼書には、依頼内容、依頼主、報酬などの情報が書き込まれている。

 この依頼書を通じて、引受人(ハンター)依頼主(クライアント)と契約を結び、契約金を支払うこととなる。依頼を無事達成すれば、依頼主からの報酬と、契約金の倍の金額が得られる。依頼をこなせなければ、当然のことながら、報酬は得られない。

 ソラは少し考え込んでから、依頼を選んだ。

 

「こちらは、契約金が必要ないものですわね。では、署名(サイン)をしてくださる?」

 

 村長が差し渡した依頼書に、ソラはペンを走らせた。

 

「これって、レオンも名前を書いた方がいいのかな?」

 

「ギルドの規定では、二人以上で依頼を受ける場合、同行者もサインをすることになっておりますわ」

 

「んじゃ、はい」

 

 ソラがレオンにペンを渡すと、彼は自身の名前を記した。

 

「では、お気をつけて……」

 

 村長は、深くお辞儀をした。いつもながら、彼女のその行動のひとつひとつに気品があり、高貴さを感じられる。

 

「何の依頼を受けたんだ?」

 

 レオンがソラに訊くと、彼女は依頼書に目を遣った。

 

「え、えぇと……、『黄金魚(おうごんぎょ)2匹の納品』……だね」

 

【黄金魚】は、黄金色の鱗を持ち、独特の輝きを放つ魚だ。観賞用としての需要が高いだけでなく、味も天下一品のものであり、市場では高値で取引がなされる。

 

「黄金魚を獲るなら、釣具が必要だな」

 

「……あ、そ、そうだね」

 

 戸惑ったような言い方に違和感を覚えたレオンは、訊いてみた。

 

「もしかして、釣りは初めて?」

 

 ソラは小さく頷き、

 

「小さいとき、お父さんの釣りに付いていったことがあるくらいなんだけど……」

 

「多分、大丈夫だとは思うけどな。それで、釣具はある?」

 

「うん。確か、家にあったはずだよ」ソラは踵を返して、「取ってくる!」と、自宅の方へ駆けていった。

 

 数分後、彼女は竹竿を肩に担ぎ、魚籠(びく)を腰に提げて戻ってきた。

 

「こんなもの……かな?」

 

「うん。餌は向こうで調達できそうだし、大丈夫だろう」

 

「よーし、じゃあ、行こーっ!!」

 

 威勢のいいソラの掛け声が引き金となり、彼らは渓流へ走った。

 

 

 

 

 

 

 

 渓流、ベースキャンプ──。

 

「さて……」レオンが切り出す。「まずは、黄金魚が居そうな水辺を探さないとな」

 

「なら、昨日の……あの、川が流れてるエリア。あそこがいいんじゃないかな?」

 

 ソラが提案するのは、昨日、回復薬の調合に用いる水を採取するために寄ったエリアだ。

 

「確かに、あそこなら良い釣り場がありそうだな」

 

「エリア6だったわよね」ナナがポーチから地図を取り出し、確認する。

 

「じゃ、エリア6に着いたら、魚が居そうな釣り場を探すぞ」

 

 顔を見合せ首肯すると、彼らは一斉に駆けた。

 珍しくモンスターの居なかったエリア1、ごつごつとした岩場のエリア2を通り抜け、彼らは目的の場所へと向かった。

 

 エリア6――。

 岩の屋根から流水の(すだれ)が掛かり、その落水が、美しい清流を成している。

 そして、現在(いま)は危害を加えてきそうなモンスターは居らず、鮮苔(せんたい)に覆われた岩や深い林に囲まれたこの領域内は、水の(ささや)きだけが支配していた。

 

「釣り場を見つけても、大声は出すなよ。驚いた魚が、身を隠すからな」

 

「うん、わかった」

 

「ニャ」

 

 レオンとナナは、川に沿って下流方向へと歩きながら、魚と釣り場を探す。

 ソラとタイガは、川面(かわも)から出っ張った石の上を、跳ねるように渡って対岸へ行き、捜索を開始した。――するとすぐ、苔の生えた岩場から流れる滝の真下に、小さな滝壺を見つけた。陰になっているので、魚も沢山(たくさん)集まっていそうだ。

 大声を出せないので、ソラは釣竿を振り回し、遠く離れた向かい岸のレオン達に合図を送った。合図を確認した彼らは、川を渡り、彼女達の元へ駆け寄る。

 

「ほら、ここ。いいんじゃないかな?」ソラは、澄んだ水面を指差して言った。

 

「おっ。良いトコじゃないか」

 

「それじゃ、早速……」

 

 ソラは、釣竿を振りかざそうとするが、レオンに手で制された。

 

「ん?」

 

「狩りと釣りに、焦りは禁物ってな。まずは、魚を誘き寄せる餌が必要だろう?」

 

「そ、そっか」

 

「釣りのときの餌は、主に【釣りミミズ】を使うんだ」

 

 釣りミミズは、釣り餌の一つである。畑や狩場(フィールド)など、広く生息しているため、汎用の釣り餌となっている。

 黄金魚を釣るときは、【黄金ダンゴ】という、黄金魚のみを誘い出す練り餌を用いると効率が良い。しかし、調合材料を集めるのが少なからず面倒であるため、今回は釣りミミズを使用することにした。

 

「あとは、入れ食い(フィーバー)を狙いやすい【釣りフィーバエ】とか、餌に関してはいろいろあるけどな」

 

 それを聞いて、ソラの脳内に一つの疑問が浮かんだ。

 

「……じゃあさ、餌が無いときは、全く釣ることができないの?」

 

「いや、そんなことはないよ」レオンは、続ける。「そういうときは、ルアーっていう、小魚や虫を模した疑似餌(ぎじえ)を使うんだ。でも、ルアー釣りのときは、テクニックがないと魚が食い付いてくれないことが多いから、初心者のうちは餌を使った方が確実だと思う」

 

「ふむふむ」ソラは、よく分かったというように頷いた。「それじゃ、釣りミミズを探せばいいんだね!」

 

「そういうこと。さぁ、探すぞ」

 

「おぉー!!」

 

「……でも、なんか……探してばっかりだニャ」タイガが愚痴をこぼすので、ソラは唇を尖らせ、「こら。そういうこと言わないの」と、注意した。

 

「ニャッ!? まさか、ソラにそんなこと言われるなんて、夢にも思わなかったニャ」

 

「黙らないと、髭、全部抜くよ?」ソラが髭を引っ張るような構えを取るので、タイガはひぃと悲鳴を上げ、手で頬を覆い隠した。「ざ、残忍な手口ニャ……」

 

「……なんてね」

 

 彼女は微笑んだかと思うと、目つきを真剣なものへと変えた。

 

「……わたしは、逃げないって決めたんだ。だから、きちんとやり遂げるの……ハンターっていう仕事を。それが、どんなものであったとしても」

 

 強い「決意」の感じられる真摯な眼差しは、レオンへと向けられた。

 そのとき、レオンの脳裏には、一昨日(おととい)に見た“金の卵”の姿が蘇っていた。……まだ出会って二日だが、彼女の成長ぶりには、目を見張るものがある。これからも、ハンターとして大きく躍進するのではないか──彼はそう思った。

 

 彼はうっすら笑うと、

 

「よし、なら……少し大きな『石』を探そうか。釣りミミズは、多分その下に居るだろうし」

 

「うん、わかった」

 

 目的の石は、すぐ見つかった。釣り場からそう離れていない場所にあった。20センチメートルはありそうな石だ。彼らは転がすようにして、石を退かせる。すると、石の重みで(くぼ)んでいた部分から、十数匹ほどの釣りミミズが大量に出現した。

 

「うわぁ……」

 

 光沢のある、淡紅色の紐が不規則に(うごめ)く光景に、ソラは思わず顔を(しか)めた。

 

「結構……居るわね」ナナは、口に手を当てている。

 

「じゃ、必要な分だけ捕獲しよう」

 

 レオンはしゃがみ込むと、湿った土壌の上でうねるミミズの中から、一匹を掴み取った。

 

「ほら、ソラも集めて」

 

 彼女は、ぶんぶんと首を振った。「こ、これはちょっと……」

 

「……でも、これもハンターの仕事なんだ。しっかりやらないと、な?」なんとも、悪意の(こも)った口調だった。

 

「うっ……」

 

 先刻の発言が、自身を窮地に追いやるなど想像もしていなかったソラは、しまったというような顔をする。

 

「し、仕方無い……か」彼女は小声でそうぼやくと、隣で嘲笑しているタイガに鋭い視線を送った。「もちろん、タイガも集めてくれるよね?」

 

「ニャッ!?」彼は、(さげす)む笑みから一変、虚を()かれたような表情になる。

 

「男の子だもん、こういうのは大丈夫だよね?」

 

「ニャ……」

 

 慈悲無き瞳で、タイガはじっと見つめられる。そして、

 

「ボ、ボクは、見学しておきますニャァァァァッ!!」

 

 逃走を謀る。

 

「逃がさないわ」

 

 しかし、目にも留まらぬ速さで、ナナに後ろから()()い締めにされてしまった。

 

「くっ……。ボクも……ここまでかニャ……」

 

 暴れる気力も無く、タイガはガックリと(うな)()れる。

 そのとき、ソラは、腰を下ろしてミミズ達と睨み合っていた。

 

「よし……」

 

 決心がついたのか、一度深呼吸をすると、ソラはミミズの海へ手を伸ばす。

 

「うぅ……」声も、手も震えている。

 

 そして、親指と人差し指で、ミミズを摘まみ上げる。

 

「う……感触が……変に……ブヨブヨしてるし……動きが……」彼女は口元を歪ませた。

 

 さすがにこのまま持たせておくのは可哀想だ、と思ったレオンは、ポーチから小瓶を取り出して彼女に差し出す。

 

「ほら、この中にミミズを入れて」

 

「う、うんっ」

 

 彼女は、ミミズをその中に放り込むように入れた。

 

「はぁぁ……気持ち悪ぅ……」

 

「……でも、一匹じゃ、まだまだ足りないな」

 

 ソラは、眉間に(しわ)を寄せた。もうミミズはこりごりだ、と言いいたげな表情だ。

 

「ま、これも経験だと思えば、いいんじゃないか?」

 

「い、いじわるだなぁ……レオンは」

 

 渋々といったように、ソラは収集作業を始める。

 

「ほら、アンタも」ソラを横目で軽く睨みながら、ナナは、羽交い締めにしたままのタイガに言葉を向ける。「……主人がやってるのに、やらないのかしら?」

 

 威圧感のある、脅迫するような言い方で、彼女は促す。だが、彼は無言のままだ。

 

「はぁ。仕方無いわね」

 

 なんて、度胸のない奴──心の中で毒づきながら、ナナは、タイガの手を強引にミミズの大群の中に突っ込ませる。

 途端に、陸に揚げられた魚の様に、タイガの身体がビクンビクンと跳ねた。

 

「……!! 肉球が……!! 不思議な感覚に……汚染されて……いく……ニャ……」

 

「……そんな報告は要らないわ。早く集めなさい」

 

 冷酷な、悪魔の笑みを浮かべ、彼女は、掴んだ細い腕をグリグリと(ひね)る。

 

「ニ、ニャァァァァァァッ!!」

 

 悲鳴と怒号が飛び交う中、ミミズ集めは続いた。

 

 

 

 

 ミミズもそこそこ集まったところで、彼らは釣り場へ戻った。タイガは先程の作業の影響で気絶してしまったために、ナナに尻尾を引き摺られ、やってきた。

 

「よーし、次は、釣り針に餌をつける作業だ」

 

 軽い口調でレオンが言うと、ソラはげんなりした。

 

「も、もうミミズを見るのも触るのも嫌なんだけど……」

 

「そんなことを言ってるようじゃ、この依頼は失敗だな」

 

 ソラは、「そ、それも嫌だ……」と、首を振った。

 

「――なら、やるぞ」

 

 レオンは、釣りミミズを集めた小瓶を取り出す。そして、手を差し出すようソラに指示を出すと、彼女の掌に1匹のミミズを置いた。

 そして、彼女は、白銀の釣り針を、うねる浅紅色の生物の胴体にぶっ刺した。

 弾力のあるその身体に針を突き刺すその感触は、ガーグァの肉を抉ったときの気持ち悪さを彷彿(ほうふつ)とさせた。さらに、ミミズの動きも加わり、その気持ち悪さは増幅されている。

 

「う、うわぁ……。も、物凄く気持ち悪い……」

 

 そう呟きながらも、ソラは手を動かすことに集中する。

 

「はぁ……」

 

 やっとのことで餌を付け終えたソラは、呆けた顔で一息吐いた。

 いろいろと(いじ)くりまわされたせいで、ミミズは息も絶え絶えだった。

 

「餌も、活きのいい状態が一番良いんだけどな……」はは、とレオンは薄笑いを浮かべる。「案外、不器用なんだな?」

 

「……次は、もうちょっと努力するよ」ソラは少し頬を膨らませたが、すぐに引っ込めて、「でも、やっと釣れるね!」

 

「あぁ、そうだな。早速、釣っていこう」

 

 ソラは、右手に竹竿の柄を、左手に道糸(みちいと)を掴むと、水際に立った。

 

「その辺りに、静かに落とす感じでな」

 

「うん」

 

 釣竿を少し振って、釣り針を水中に落とす。橙色のウキが着水すると、滝壺(たきつぼ)の水面に波紋が広がった。

 

「あとは、魚が食い付くのを待つだけだな」

 

 ソラは、波打つ水面(みなも)を見つめ、「黄金魚……早く来い!!」と意気込んだ。

 そして、魚が餌に食らい付くのを待つ。

 

 

 

 

 

 自身の影が次第に短くなっていくが、魚の掛かる気配は全く無かった。

 

「釣れないなぁ……」

 

 蒼空(あおぞら)を仰ぐと、綿のように白い雲が、風に煽られながら漂っていた。

 

「……なんか、こうしてると全然ハンターっぽくないね」

 

 ソラは、チラリとレオンを見る。

 

「……そうだな。今は狩人じゃなくて、釣人だもんな」

 

「でも、狩猟依頼の無いときは、こうやって過ごすのもいいものよ」

 

 それもそうだね、とソラは相槌を打った。

 

「それにしても……」レオンは頭を掻いた。「釣れないな」

 

「場所が悪いのかしらね」

 

「なら、別の釣り場を探さなきゃダメだね」

 

 諦めて、釣竿を引き上げようとしたその時――

 

「ん……!?」

 

 何かに感付いたソラの声。全員の視線が、彼女に集まる。

 

「なんか……コツコツ、って伝わってくるよ」

 

「おっ、魚信(アタリ)だな。魚が餌を(つつ)いてるんだよ。魚が食い付いたら、竿をしゃくって釣り上げるんだ」

 

「う、うん……」

 

 竿を握る手に、自然と力が入る。そして、緊迫した空気が漂う。

 

 静寂を破ったのは、ウキが沈む音だった。

 

「!!」

 

「食い付いた!!」

 

 しかし、ソラの身体は反応できない。

 

「えっと、ど、どうすればいいの!?」

 

「なんでもいい、竿を上げろ!!」

 

 釣竿を一気に立てて、牛蒡(ごぼう)抜きする。

 その瞬間、光を反射して輝く魚が、水面から湧きあがった。

 

「わっ」

 

 大きな放物線を描いた魚は、ソラの足下で跳ねていた。

 ソラは道糸を掴み、釣り上げた魚をぶら下げる。そして、魚を凝視した。

 

「ん?……これは、黄金魚?」

 

 彼女は、首を捻った。見るからに、黄金ではない魚だったからだ。

 

「いや、外道(げどう)だな」

 

「……ふぅん、【ゲドー】っていう魚なんだ」

 

「いや、魚の名前じゃなくて……。目的以外の魚のことを、外道っていうんだ」

 

「あ、てっきり、魚の名前かと……」ソラは、唇の隙間から舌をちらつかせた。「で、この魚はなんていうの?」

 

「サシミウオよ」ナナが言った。

 

「なるほど、これがサシミウオかぁ。……で、これ、どうするの?」

 

 レオンは、少し考えた。別に逃がしてもいいのだが、腹も空く頃だ。なら……

 

「焼いて、昼飯にしてもいいんじゃない?」

 

 サシミウオは、名の通り刺身にして食べるのが一番美味しい。が、焼いても十分に美味なのである。

 口に刺さった針を抜いて、サシミウオを魚籠に入れると、ソラは溜め息をついた。

 

「……またミミズを付けなきゃ、ダメなのかぁ」

 

 そう言いながらも彼女は手を差し伸べてきたので、レオンは、瓶の中から取り出した1匹のミミズを渡した。そして、ソラとミミズとの格闘が開戦する。

 少しして、ソラの手の動きが止まった。付けるのが少し早くなったようだったが、先程と変わらず、ミミズは緑色の血液を流しグチャグチャになっていた。

 

「……うん。やっぱり、なんか難しいね」

 

「でも、さっきよりは慣れたんじゃないか?」

 

「うーん……。わかんない」

 

 ソラは首を少し捻ってから、釣竿を振ってミミズを水に沈めると、水面上のウキの動向を見守った。

 

 魚信は、その直後に来た。魚が少し集まってきているのだろう。

 

「次こそは……黄金魚、かな……?」唾を呑み込んだ彼女の喉が鳴る。

 

 ウキの振幅が、徐々に大きくなっていく。魚も、徐々に警戒心を解き始めているのだろう。

 数回の振動の後、ウキが、水中に吸い込まれた。

 

「きたっ!!」

 

 瞬時に、ソラは、竿をぐいと引っ張る。すると、竿の先端が大きく(しな)った。

 

「!!……さ、さっきより引きが強い……!!」

 

「慌てず、竿を立てて」レオンが、冷静に指示を出す。

 

 ソラは、強張った表情で、「う……うんっ……」と頷いた。

 

 水中に走る道糸は暴走し、水は飛沫をあげて荒れ狂う。しっかり竿を握っていないと、持っていかれそうだ。

 

「う……ぐっ……!!」ソラは竿を強く握り締めた。「……コレ、絶対に黄金魚だよね!!」

 

「それは分からないけど、とにかくファイトだ!!」

 

 レオンに励まされ、ソラは奮闘を続ける。

 魚が右に逃げると、それに抗うように竿を左方に振るい、左に逃げると右方に振った。

 

 数十秒ほど、経っただろうか。

 突として、竿の(しな)りが小さくなった。魚が弱ってきたようだ。

 もうそろそろかな、と思ったところで、水面下に黒い魚影が映る。

 その瞬間に、ソラは思い切り竿を立て、影を引き抜いた。

 

「わっ!!」

 

 彼女の叫びと共に、煌めく1匹の魚が、勢いよく水中から飛び出した。

 

「おわっ!!」

 

 宙に大きな弧を描いた魚は、レオンの腕の中に吸い込まれるように収まった。魚がピチピチと跳ねるので、彼は腕と二の腕で、魚を挟むように持った。

 その魚は、陽光を受けきらびやかな金色の輝きを放っている。

 

「こ……これって……」ソラの胸が高鳴る。「もしかして……!!」

 

「間違いなく、黄金魚だ!!」

 

 レオンがそう言うと、ソラは、欲しかったものを手に入れたときの子どものようにはしゃぎまわった。

 

「やった、やったぁ!!」

 

流石(さすが)ね」ナナは目を細めた。「黄金魚なんて、そう簡単に釣れるものじゃないわ」

 

 レオンは、魚籠に黄金魚を入れた。「ま、この調子で、釣っていこうか」

 

「うん!」ソラは、瓶からミミズを取り出すと、釣り針につけ始めた。あまりの嬉しさに、さっきの憎悪など忘れているのだろう。彼女は笑顔で、ミミズと戯れていた。

 その光景を見ながら、レオンは腕の防具を鼻に当てた。

 

「? レオン、どうかしたの?」

 

「あ、いや。防具が魚臭いから、あとで消臭玉をまぶしておこうと思って」

 

「消臭玉?」

 

「うん。消臭玉は、悪臭を放つ液体や気体などを浴びたときに使うと、消臭してくれる便利なアイテムだよ」

 

「そういえば……」ソラが掌を鼻に当てる。「わたしも、手が臭うなぁ……帰ったら、消臭玉使おうかな」

 

 餌を付け終えた彼女は、(みぎわ)に立って、竿を振った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 今回は、「狩り」ではなく「釣り」になってしまいました……。
 いや、釣りも立派な一つの狩猟生活(ハンターライフ)なんです! 自由気ままでいいじゃないですか!


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第16話 疾駆

 釣果(ちょうか)は、黄金魚2匹とサシミウオ3匹だった。2匹目の黄金魚を釣るまでに、サシミウオが2匹釣れたのだ。

 そして、依頼品である黄金魚を納品するために、彼らはエリア6から拠点(ベースキャンプ)へ戻っている。釣りを終えてもなお気絶していたタイガは、ナナに尻尾を掴まれて、引き摺られていた。

 

 

 

 

 

 ベースキャンプ――。

 タル配便サービスを運営する、転がしニャン次郎の姿が、そこにあった。

 

「おっ、ニャン次郎さん!」と、ソラが声を掛ける。

 

「ニャ! お疲れ様でありやす!」ニャン次郎は、喉元の鈴を鳴らした。「今回は、あっしが魚を受け取らせていただきやすニャ」

 

「……あれ? 納品ボックスに入れなくていいの?」ソラが、ベッドの隣にある赤色の箱を指差しながら言った。

 

 赤い箱、すなわち納品ボックスとは、探索などの依頼の際に、ハンターが依頼物を納品するための箱のことである。ボックスに納品されたものは、ギルドの職員によって回収され、依頼人に渡されたり、ギルドが買収したりする。ここユクモ村では、ニャン次郎が運搬の役目を請け負っている。

 

「今回の依頼物は鮮魚ということで、あっしの“クール配達”を適用させていただきやす」

 

 聞くところによると、“クール配達”というのは、【ベリオロス】の【氷結袋(ひょうけつぶくろ)】を利用したものだという。

 ベリオロスとは、別称を“氷牙竜(ひょうがりゅう)”という、新大陸極北の凍土地方に生息するモンスターだ。氷結袋はベリオロスの内臓器官であり、その内部には超低温の液体が溜めこまれている。その氷結袋の中にある液体を利用し魚を凍結させることで、鮮度を保ったままの運搬を可能にしているらしい。

 

「へぇ……」レオンは、腕を組んで頷く。「そんなサービスがあったんだな」

 

「最近、始まったサービスでありやす。ここのところ、新鮮なままの魚の需要が高まってやすから、そのニーズにお応えするために考案されたようでありやすニャ」

 

「じゃ、よろしくお願いしまーす」

 

 ソラが黄金魚を2匹、ニャン次郎に手渡すと、彼はそれらを素早くタルに詰め込み、「それじゃあ、ご免くだせぇ!!」と口にしてから、タルの上に乗って、タルを発進させた。

 

「流石、仕事が早いわね、アイツ……」ナナは、引き摺られてボロボロになったタイガに目を遣った。「あ。ついでに、タイガも連れていってもらうの、忘れてたわ」

 

「あちゃー。すっかり忘れてたね」とソラ。

 

「またゴミ箱に入る絶好の機会だったのに……残念だわ」

 

 レオンは、呆れて何も言えなかった。

 

「そんなことより、お腹空いたよ」ソラは、掌で腹部をさする。

 

「じゃ、釣りたてのサシミウオ、食べるか」

 

「うん!」

 

 レオンは、魚籠からサシミウオを3匹取り出すと、水辺のエリア1へ向かった。まず、魚を水洗いすると、剥ぎ取りナイフで体側面を擦り、鱗を取る。そして、腹を切り開き、(はらわた)を取り出す。その一連の流れを二度、繰り返すと、拠点(ベースキャンプ)へ戻り、レオンは処理を施した魚をソラとナナに渡した。そして、魚に串を刺して、焚き火の側に立てる。

 暫くすると、脂が弾ける音と共に、良い匂いが漂った。

 

「美味しそう!」

 

「そろそろいいかな」

 

 レオンは串を取って魚に塩を振り掛け、串を二人に渡した。

 

「ありがとう!」

 

「ありがと」

 

「それじゃ、いただきまーす!」

 

 ソラが、こんがりと焼き上がった魚を口に運ぼうとした、そのときだ。

 倒れているタイガがピクリと動いたかと思うと、彼の瞼がパッチリと開いた。

 

「ニャ……!?」

 

 タイガは、パッと、立ち上がる。彼の視線は、ソラの持つ焼き魚に定まっていた。そして、口角から涎を垂らしながら、ゆっくりとした足取りで、ソラへ歩み寄る。

 

「う、美味そうニャ……!!」

 

「……まったく、食い意地だけは強いのね」ナナは呆れ顔で、お手上げのポーズを取る。「心配しないで、アンタの分は無いわ」

 

「ニャ!!」タイガは、一瞬、安堵の息を吐く。「……んだと……!?」だが、それは間もなく、落胆の吐息へと変貌した。前半部だけ聞いて安心し、すぐに矛盾に気付いたようである。

 

「仕方ないよ」ソラが魚を頬張りながら言った。「タイガ、さっきは居なかったようなもんだし」

 

「……最近、まともにご飯にありつけないことが多くて残念ニャ……」

 

 タイガは、指を咥えて3人を見ているしかなかった。

 

 

 

 

 

「まだ、日が暮れるまで時間もあるし……もう一つくらい、依頼を受けてみるか?」村に帰還する途中、レオンがソラに訊いた。

 

「うーん……」ソラは考える。「……そうだね、受けてみるよ」

 

「よし」

 

 レオンは、軽く頷くと、僅かに足を速めた。遅れまいと、ソラ達も速度を大きくした。

 彼らはユクモ村に戻ると、新たな依頼を受け、再びベースキャンプへ戻った。

 

 彼らが受けた依頼は、“ガーグァの卵2個の納品”だ。

 まず、彼らはエリア1に向かったが、そこにガーグァの姿は無かった。

 

「そういえば……」ソラが口を開く。「今日は、ここでガーグァを見かけてないね」

 

「そう言われてみれば……そうだな」レオンは腕を組んだ。「ま、適当にうろついてたら、見つかるだろう。近くにいたら、匂いもするだろうし」

 

「じゃ、探しに行こー!」

 

 十数分後、彼らはエリア7にいた。エリア7は、清流が流れ込む水辺のエリアだ。域内の大半は、身の丈を超える草で覆われている。

 そのエリアで彼らは、3匹のガーグァを視界に捉えた。ガーグァ達は、草に付いた虫たちを啄んでいる。

 

「よし……」ソラは、顔をレオンの方へ向けた。「じゃ、驚かせて……卵を貰ってくるよ」

 

「あぁ」レオンは小さく頷いた。「行ってこい」

 

「ほら、アンタも……」ナナが、タイガの背中を押す。「行きなさい」

 

「……ニャ、まぁ、驚かすくらいなら、ボクにもできそうニャ」そう言うと彼は、ソラの狙うガーグァとは別のガーグァを標的に定め、近寄って行った。

 

 ソラは、気配を殺して一匹のガーグァに忍び寄っていた。標的との距離が縮まるごとに、狩りの際とは異なった緊張感が全身を(ほとばし)る。

 距離は次第に縮まっていくが、まだ気配に気付く様子もなく、ガーグァは呑気に虫を啄んでいた。

 彼女は掌を胸の前に構えると、えいっ、という掛け声とともに、その両手をガーグァの尻に突き出した。

 

「クワァァァァァ――――ッ⁉」

 

 金切り声が虚空(こくう)に響く。と同時に、ガーグァは、30センチメートルはありそうな大きな卵を産み落とした。

 そして、ほぼ同時刻に、同様の叫びが響いた。先程の叫喚に驚いて、タイガの標的であるガーグァが上げた叫びだった。

 直後、「ギャァァァァァァッ!!!!」というタイガの叫び声も耳に入ってきた。

 ソラは、その声に反応して、悲鳴が聞こえてきた方向に顔を向けた。すると、狂ったように走り回るタイガの姿が目に飛び込んできた。「……ん?」

 

「ど、どうしたんだ……?」

 

「さぁ……?」

 

 3人は、タイガの方へ駆け寄る。その頃には、ガーグァの姿はエリアから完全に消え去っていた。

 

「あ、あいつ……! (フン)を落としていったニャ……! うげぇぇぇぇぇぇ」

 

「うわぁ……。タイガ、手に茶色いのが付いてるよ!」とソラ。

 

「ご、誤解ニャ! こ、これはただの泥ニャ!」

 

「……タイガ、すごく臭ってくるから、近付かないでくれるか?」とレオン。

 

「ふ、風評被害ニャッ!!」

 

「あら……ゴミ箱の次は、肥溜めに埋もれたいのね」とナナ。

 

「も、もう嫌ニャァァァァァァ――――――――――ッ!!!!!!!!!!」

 

 悲痛の叫びをあげながら、タイガは水際まで疾走する。3人が彼の進行方向に目を遣ったときには、既に水面が()ぜていた。

 数秒して、ずぶ濡れのタイガが、口に含んだ水を吐き出しながら陸に上がってきた。

 

「……こ、これで文句無いニャ⁉」

 

「それじゃ、卵をベースキャンプまで運ぼう」レオンの華麗なスルー。

 

「無視かニャ⁉」

 

「あ……、タイガは、もう一回ガーグァを驚かせて、卵を採ってから帰ってこいよ」

 

「も、もう嫌ニャ……」タイガは、憔悴しきったようにがっくりと項垂れた。

 

「さすがに一人でやれ、ってのも可哀想だから……」レオンは、視線をナナに向けた。

「ナナ、タイガに付いてやってくれ」

 

 ナナは小さな溜め息をつくと、わかったわ、とだけ言い、タイガを引き連れてエリアを移動していった。

 

「それじゃ、卵を運ぼうか」レオンが言うと、ソラは返事をして、地面にぽつんと佇む卵に駆け寄った。そして、腰を下ろして、卵を持ち上げる。

 

「う……」ずっしりとした感触が腕に食い込む。「け、結構重いなぁ……」

「なら、上体を反らせて腹に乗せるようにすればいいよ」

 

 ソラは、レオンに言われた通りにする。

 

「んー……、気持ち、軽くなったかな。……でも、腕が疲れそうだし、途中落とさないか心配だなぁ」

 

「あ、そうだ……、長時間の運搬は身体に負担をかけるから、最短の運搬ルートの確認をしておこう」レオンは、ポーチから地図を引き出して広げた。「ベースキャンプへの最短ルートは……、エリア4を通って、エリア1、ベースキャンプか」

 

 確認を終えると、彼は落とした視線を上げて、ポーチに地図を仕舞った。「じゃ、行こう」

 

 ソラは頷くと、慎重に歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

 エリア4――。

 短い雑草に覆われたフィールドの所々で、ブルファンゴがたむろしていた。

 

「あっ……」ソラは思わず、声を漏らした。

 

「これは……厄介なことになりそうだ」レオンは目を細めた。「なるべく、ブルファンゴの視界に入らないように移動しないと」

 

 ブルファンゴの突進の威力は凄まじい。正面から攻撃を受けた場合、肋骨を何本か持っていかれることもある。最悪、死に至ることもある。また、大きな卵を抱えているソラにとって、ブルファンゴの突進を回避するのは極めて困難なことだ。

 これらの危険性(リスク)を踏まえると、迂回するという方法が考えられる。だが、重量のあるものを持って長距離を移動するのは非効率的だ。そして何より、運搬者本人への負担が大きい。疲れ切って卵を落としてしまっては、元も子も無い。

 したがって、ブルファンゴの視界に入らないようにしてこのエリアを移動することが、もっとも良い方法なのだ。

 彼らは、ブルファンゴに接近しないよう留意しながら、危険な領域を進む。

 周囲に目を配り、警戒を絶やさない。

 自然と呼吸は浅くなり、心音が全身に響き渡る。

 手に汗が滲み、持っている卵を滑らせそうになるが、指先に力を入れてなんとか持ちこたえようとする。

 時折、睨まれているような視線を感じたが、それは恐怖からきているものかもしれなかった。

 

 幸い、どのブルファンゴにも気付かれることもなく、彼らはエリア1へ続く道へと差し掛かろうとする。

 

「はぁ……」ソラの口から安堵の息が漏れる。「……ドキドキだね」

 

「あぁ」レオンは頷く。「あと少しだ……」頑張ろう、と言いかけた瞬間――

 

 土を撫ぜる音が、彼らの背後から襲いかかる。

 振り返ると、彼らは目を大きく見開いた。

 なぜなら、1匹のブルファンゴが大地を蹴って驀進(ばくしん)してきていたからだ。

 

「え⁉」

 

「気付かれた!!」

 

 猪突猛進。まさに、その通りの光景が、目の前にある。

 回避は無理だ――直感でそう感じ取ったレオンは、背負った大剣の柄に手を伸ばす。

 そのまま大剣を引き抜くと、身体の前に刀身を構え、その突進に抗った。

 

「ぐっ!」

 

 鈍い金属音と感触が、腕と、食い縛った歯を伝い、脳に響く。足を踏ん張っていなければ、確実に吹っ飛ばされていただろう。

 鋼の刀身に頭をぶつけた(ブルファンゴ)は少しふらついたが、まだ意識はあるようだった。

 レオンは、柄を握りしめて大剣を(なぎ)ぎ払う。そして、猪と少し距離を置くと、獣の頭部に剣の腹を殴りつけた。

 少量の鮮血が飛び散る。

 重量のある武器から繰り出されたその一撃は、ブルファンゴを一瞬で失神させるのに十分な威力であった。

 

「危機一髪……だな」引っくり返った猪の姿を見下げながら、レオンはゆっくりと大剣を納めた。

 

「レ、レオン……大丈夫?」ソラは、心配そうな顔をしている。

 

「うん、問題ないよ」レオンは、右腕をぷらぷらと振ってみせた。「ちょっと腕が痺れてるくらいかな」

 

「そっか……」ソラは、口元を緩ませた。「よかった」

 

「でも、気絶させておいただけだし」レオンは、歩き始める。「早く行こう」

 

「うん。でも……」ソラは視線を落として、再び上げた。「最後まで気を抜いちゃダメだってこと、よく分かったよ」

 

 

 

 

 

 エリア1――。

 小型のモンスターの群れが、水辺のエリア内を彷徨(うろつ)いている。

 そのモンスターは、黒を基調とする体毛に覆われたネコのような体躯に、首に巻いたスカーフが特徴の獣人種――メラルーだった。手には、ネコの肉球をかたどったハンマーを持っている。

 

「これは……」レオンは目を細めた。「まずいな」

 

「え……、なんでこんなにいるの……?」ソラは、眉間に皺を寄せている。

 

「さぁ……、それはわからないけど……」レオンは腕を組んだ。「マタタビでもあれば、それを囮にして、メラルーに邪魔されずに運べるんだけどな……」

 

【マタタビ】は、(つる)性植物の一種だ。アイルーやメラルー達の大好物であり、マタタビを吸うと、彼らは酒に酔ったようになる。

 マタタビを所持していれば、彼らの狙いは自ずとそれに向く。だが、そうでない場合、泥棒猫(メラルー)達はハンターからモノを盗み去っていってしまう。普段からマタタビを持ち歩いているハンターはいないので、メラルーの盗みに遭ってしまったときは、取っ捕まえて奪い返すしかない。

 

「ど、どうしたらいいの?」と、ソラの怯えるような口調。

 

 レオンは少し考えた。彼の考えは、すぐにまとまった。

 

「うん……、ソラは、ただ運ぶだけでいい。それも、なるべく早くだね。邪魔なメラルーはオレが倒すから、その間に……」

 

 そこまで言ったとき、メラルー達は二人の存在に気が付いたらしく、彼らに向かって一斉に駆け出した。

 

「来るぞ! 走れ!」

 

「うんっ!」

 

 卵を落とさないよう細心の注意を払いながら、ソラは早足で進む。

 

(お願いだから、こっちに来ないで!)

 

 だが、彼女の願望も虚しく、メラルー達は可愛らしい雄叫(おたけ)びを上げながら彼女に群がっていく。

 彼らの狙いは、ソラの持っている卵なのだろう。すべての瞳が、彼女の持っている卵に照準を合わせていた。

 彼らはこれを盗んで、どうするつもりなんだろう。いや、今はそんなことを考えている暇はないし、……卵焼き?……違う、今は……目玉焼きかな? そんなことどうでもいい。

 無駄な思考を巡らせていると、正面から1匹のメラルーが飛び掛かってきた。

 メラルーの跳躍力は凄いもので、数メートル先の目標にも軽々と飛び掛かることができる。これが、モノを盗む上で特化したものなのか、生き残るために必要な進化だったのかは判らない。

 

「っ!」

 

 ソラの身体は、突然の襲撃に応えることができず、(すく)んでしまった。

 黒い弾丸が被弾する――

 その寸前で、レオンがソラの正面に立ち回り、メラルーに強烈な拳を喰らわせた。初速の大きな一撃を受けた黒い盗人は、悲鳴を上げて宙を舞った。

 だが、1匹を討伐したところで状況は変わらない。盗賊団は次々と飛び掛かってくる。

 

(らち)があかない……!)

 

 レオンは、大剣の柄に右手を伸ばしかけて、やめた。

 すぐ後ろにはソラがいる。この状態で大剣を振り回せば、彼女に当たってしまい危険だ。また、無駄な殺生(せっしょう)をしてはならないという(おきて)もある。だから、ここは、殴る蹴るで(しの)ぐべきだ――そう判断したからである。

 

「ソラ、早く行くんだ!」レオンはソラを一瞥(いちべつ)して叫んだ。

 

「わ、わかってるよ!」

 

 口ではそう言いながらも、脳と身体は理解していなかった。

 この群れの中をどう掻い潜っていくべきか。その疑問だけが、思考回路を支配しているのに、結論が出ない。

 たじろいでいるうちに、別のメラルーがソラの左方向から飛び掛かってきた。

 その存在に気が付いたレオンは、足を開いて身体を半時計回りに捻り、遠心力を利用して重い一撃をそのメラルーの腹に喰らわせた。

 そのとき、多数のメラルーが、ソラの背後から飛び掛かろうとしているのが確認できた。

 

「後ろからも来るぞ!」

 

 レオンの声で、ソラはハッとする。

 そうだ、この忌々(いまいま)しいメラルーの群れから逃げ出さないと。

 彼女は一歩、踏み出した。水飛沫が袴に掛かる。そんなことは気にせず、彼女は水面を蹴って走りだした。重い卵を持っているため、走るという動作には見えないが、今の彼女にとっては全速力にも等しい走りだった。

 緩い傾斜の坂に差し掛かる。卵の重量が身体にもたれかかった。

 後ろから、にゃあ、という声が(いく)つも重なって聞こえる。盗賊団はしつこく追跡してきているらしい。また、鈍い音も聞こえる。レオンが、メラルーたちに攻撃を加えているのだろう。

 腕には痺れが走っている。掌にはかなりの量の汗。もちろん、全身の皮膚にも汗が滲んでいる。もう、限界が近い。

 しかし、卵を降ろすわけにもいかないし、今はこのまま突っ走るしかなかった。

 傾斜も終わりかけの頃――、

 突然の、膝への衝撃。

 

「わっ!?」

 

 ソラの身体が、後方に傾く。

 まずい、倒れる……! 倒れた衝撃で、卵か割れるかもしれない……。それは、全力で阻止しないと!

 彼女は足を踏ん張る。が、結局、重力に抗うことはできなかった。

 

「うっ!」

 

 尻からどすっと着地する……ことはなかった。

 柔らかい感触が伝う。同時に、尻が「フギャッ!?」という声を上げた。

 

「え……?」

 

 見ると、メラルーが彼女の尻に押し潰されていた。メラルーは、白目を剥いている。

 抱えた卵に目を遣る。ヒビは入っていない。どうやら、このメラルーがクッションとなり、衝撃が和らいだようだ。

 忌々しいメラルーのお陰で助かるなんて、なんだか腑に落ちなかったが、今はそんなことどうでもよかった。

 ソラは、すぐに立ち上がる。

 

「大丈夫か!?」レオンが彼女の背後で叫んでいる。

 

 ソラは首を捻って顔だけ後ろを向く。レオンは、メラルーを石ころのように蹴飛ばしているところだった。

 

「うん、卵は大丈夫っ!」

 

「あ……、お、おう」レオンは、言葉を詰まらせている。

 

 あれ? もしかして、わたしの心配をしていてくれたのかな?

 

「あっ、わ、わたしは大丈夫だからっ! じゃ、お先に!」

 

 ソラは向き直ると、ベースキャンプへの道を辿っていった。

 

 少し進んだところで、レオンはソラに追いついた。

 

「あらかた片付けておいたよ。たぶん、追ってこないと思う」

 

「お疲れ様……、あと」ソラは、レオンに微笑みかけた。「ありがとう!」

 

 レオンは、少し照れくさそうにして頷いた。「……あとは、ベースキャンプまで一走りだな」

 

 かくして、彼らはやっとのことで盗人まみれの空間を脱出したのだった。

 

 

 

 

 

 

 ベースキャンプ――。

 ソラは、赤の納品ボックスの中に卵をゆっくりと下ろした。その直後、彼女の身体を耐え難い疲労感が襲った。

 その場に崩れ落ちそうになったが、レオンに支えられ、事なきを得た。

 

「お疲れ様」

 

「う、うん……」

 

 急に、心臓の鼓動が速くなってきた。いや、先程まではそう感じていなかっただけで、ずっとそうだったのかもしれない。息は荒く、汗がどっと吹き出てきている。

 

「……卵の運搬だけでも……、一苦労、だね」

 

「世の中、苦労ばかりだよ」レオンは、ソラの身体をゆっくりと地に降ろした。「でも、そのお陰で達成感は得られるだろう?」

 

 ソラは、確かに、と心の中で頷いた。

 苦労があるからこそ、喜びが得られる。それは、ここ最近で学んだことの一つでもある。

 

「ま……、タイガとナナが帰ってくるまで、ゆっくりしておこう」そう言うと、レオンはソラの隣に腰を下ろした。

 

 

 

 タイガとナナが戻ってきたのは、それから半時間後のことだった。

 タイガは、頭の上に卵を掲げ、全身で息をしている。

 

「おっ。おかえりーっ」ソラは、明るい声で彼らを迎える。

 

「し、死ぬかと思ったニャ……!!」(やつ)れた顔でタイガは言うと、納品ボックスに卵を納めた。

 

「随分と時間がかかったんだな」とレオン。

 

「えぇ」頷くナナも、疲れきった表情だ。「ガーグァの卵はあのあと簡単に手に入ったんだけど、運搬の途中、ブルファンゴに追われてばかりで時間がかかったのよ。……なんとか逃げ切れたから良かったわ」

 

「ブルファンゴは……こわかっただろうね」ソラは苦笑を浮かべた。「でも、メラルーの群れもこわかったなぁ……。ねぇ、レオン?」

 

「あいつらは数で勝負だからな……」レオンは、座ったまま腕を組む。「でも、ブルファンゴの方が脅威だから、これからはそっちに気を付けた方がいいかもしれない」

 

「もう、ブルファンゴには遭遇したくないニャ……」地面に仰向けに倒れた姿勢のままのタイガが呟く。

 

「そう思うのが普通だろうね。……よし、依頼は達成できたから」レオンは立ち上がった。「村へ戻ろうか」

 

「うんっ!」威勢よく、ソラも立ち上がる。

 

 倒れていたタイガも、ふらつきながら身体を起こした。

 そして、一行は渓流に背を向け、歩き始めた。

 

 

 

 

 

 

「そういえば、思ったんだけど」

 

 村とベースキャンプとを繋ぐ道の3分の1ほど来たところで、レオンが口を開いた。

 

「ソラは、体力的な問題があるよな」

 

「え、あ……」ソラは、少し俯く。「まぁ……、そうなのかな?」

 

「最初、ガーグァを討伐するときにここに走って来ただろ?」

 

「うん」

 

「そのときも、息が上がってたよな」

 

「あー……」ソラは視線を上方に遣り、思い出しているフリをする。「そうだったかな」

 

「それで、提案があるんだ」

 

「え、何?」

 

「走り込んだらどうかな、って」

 

 レオンは、ソラに顔を向けてから、そう口にした。

 走ることで、心肺機能を強化したり、スタミナを増幅させたりするのが目的だ。

 

「うーん……、どうしようかな?」

 

「ハンターは身体が資本だ、って前に言ったよな?」

 

 レオンが言うと、ソラは間髪を入れずに頷く。

 

「なら、鍛えないと」

 

 少し間をおいて、「じゃ、明日から頑張るよ!」とソラは言った。

 

「――いや、今からだ」レオンは、彼女の言葉を即否定する。「思い立ったときから物事を始めることが、大切なんだ」そこまで言うと、彼は唐突に走り出した。

 

「え、ち、ちょっ」ソラは、困惑した様子で、足を止めた。だが、すぐに彼女も駆け出した。「ま、待ってよ!!」

 

「……ニャ? これは、ボクらも走らないといけない感じかニャ?」

 

「そのようね」

 

 そんな会話を交わし、タイガとナナも走り出す。

 

 山の陰に隠れようとする太陽を追うように、彼らは走った。

 

 

 

 

 

 

 走りながら、レオンは様々な考えを()せていた。

 

 まだ出会って3日だが、ソラは 、ハンターとしてかなり成長してきたように思う。まだまだ伸び代もある。たくさんの経験を積んで、立派になって欲しい。

 ……いや、考えてみれば、自分もまだまだ未熟だ。経験も、知識も浅く、乏しい。だからこそ、これまで以上に知識を蓄え、たくさんの経験をしなければいけない。ハンターとして生き残るために、これは肝心なことだ。

 

 立ち止まらず、絶えず一直線に走り続けることで、日々精進することができる。目標を見失うことなく、限りなく自分を高めることができる。

 

 でも。

 

 彼は、ふと立ち止まり、振り返る。必死に自分を追うソラ、タイガ、ナナの姿が目に映った。皆、良い表情をしている。

 

 たまには立ち止まって、走ってきた道を見つめ直してみてもいいのではないか。初心に帰ってみるのもいいのではないか。

 そうすることで、自分が目指すべき道、駆けてゆく道を、改めて確かめることができる。

 

 彼は向き直り、また駆け出す。顔を撫ぜる風が、妙に心地良い。

 

 新たな出会いは、新たな物語を(つむ)いでいく。

 そう、オレ達の狩猟生活(ハンターライフ)は、まだ始まったばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回、狩猟解禁!!


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Let's Go Hunting!
第17話 恐怖の予兆


 物陰に隠れた狩人は、鋭い眼光を獲物に向けていた。

 狩人は一度息を吐くと、ゆっくりとした動作で弓に矢を番える。

 標的――ブルファンゴに狙いを定め、狩人は弦を引き絞る。キリキリという音が緊張を(あお)るが、長く、静かに息を吐いて、脈打つ鼓動を落ち着かせる。

 緊張の糸が切れる寸前、矢筈を放す。

 刹那、一閃が放たれる。

 

 風を切る音。

 

 直後、標的の(からだ)を矢が貫いた。

 思わぬ狙撃を受けたブルファンゴはよろめき、短い雑草の繁茂する大地に倒れる。

 標的の動きが停止したのを確認すると、ソラは大きく息を吐いて、緊張感を緩ませた。

 

「やったわね」黒猫アイルーのナナが、彼女の隣で賞賛の拍手を送る。

 

「えへへっ」

 

 誇らしげに胸を張ったソラは、弓――ユクモノ弓――を折り畳んで納めると、討伐したばかりのブルファンゴに駆け寄った。彼女は、ユクモノシリーズの装備を身に着けている。

 

 横たわる獣の躰には、血塗られた(やじり)と竹の矢が貫通していた。ソラは矢をゆっくり引き抜くと、黙祷を捧げた。

 そののち、腰に()いた剥ぎ取りナイフを手に構えると、栗色の毛皮に尖鋭な刃を突き立てた。

 

 

 ここ最近、ユクモ村近郊の狩り場である渓流において、ブルファンゴの個体数が増加していた。ブルファンゴは、視界に捉えた者に対し突進する習性を有するため、数が増えるということは、村人に危害を及ぶ可能性も高くなるということだ。

 そのため、ユクモ村のハンターズギルドは、ブルファンゴ討伐の命を出した。そして、脅威を排除すべく狩人であるソラがこうして討伐しているのだった。

 

 

「これで、4体、狩り終えたね」

 

 剥ぎ取りを終えたソラは立ち上がった。

 そうね、とナナは相槌を打つ。

 

 

 ギルドの命では、ブルファンゴを8体討伐するようになっている。これでは、彼女は半分しか狩っていないことになる。しかし、彼女の任務はこれで遂行された。残りの半分は、大剣使いのレオンが討伐する手筈になっているからである。

 また、ナナはレオンのオトモアイルーである。だが、方向音痴のソラの手助けをするため、彼女に付いていっている。ちなみに、ソラのオトモアイルーであるタイガは、レオンと行動を共にしている。

 

 

「……じゃ、レオンと合流しよっか」

 

 ソラはナナの方を向いて言った。だが、ナナは何も言葉を発せず、真剣な面持ちでいた。

 

「……ナナちゃん?」

 

 ソラが心配そうに訊くと、ナナは片方の耳をピクリと動かした。

 

「何かがいるわ。隠れて」

 

 ナナは、近くにあった大きな切り株の陰へソラを押し遣ると、自分も隠れた。

 

「えっ? な、何がいるの……?」

 

 ソラは動揺を隠せないでいる。

 

 彼女らは、切り株からわずかに顔を出し、〝何か〟を覗き見ようとする。すると、深い森の奥から、青い体毛を纏った牙獣がやって来るのが確認できた。

 

「あ、あれって……」

 

「以前、ソラたちを襲ったモンスター……」ナナは、落ち着いた声で言う。「アオアシラね」

 

 

 アオアシラ――。

 その名前を聞いた瞬間に、ソラの背筋を()てつく稲妻が走った。

 

 数週間前、わたしを襲ったモンスター……。レオンが助けに来ていなかったら、間違いなくわたしは死んでいただろう……。

 

 彼女の躰は、無意識のうちに硬直していた。

 

「……最近見かけなかったのに、また現れたのね」ナナは、切り株の陰からアオアシラを再び垣間見る。「でも、ただ彷徨(うろつ)いているだけのようね」

 

 冷静な分析を終え、視線をソラに戻すと、彼女は表情を強張らせていた。

 ナナは「大丈夫?」と訊いたが、ソラは答えない。ずっと、地面の一点に焦点を合わせているだけだった。

 

「ねぇ、ソラ?」先程よりも大きい声でナナは言った。

 

「え?」ソラは、我に返ったような顔をする。「あ……、ご、ごめん」

 

「大丈夫?」優しい口調で、再び訊く。

 

「う、うん……」ソラは、ぎこちなく頷いた。「たぶん」

 

「……怖いのね?」

 

 ナナがソラの心中を察して言うと、ソラはこくりと頷いた。

 

「じゃあ、気付かれないように素早く逃げましょう。こちらが何もしなければ、向こうから襲ってくることはないはずよ」

 

 ナナは、ソラの耳元でそう囁くと、前脚を地面に付けた。

 

「着いてきて」

 

 ナナの先導に従い、ソラは姿勢を低くして付いていく。

 

 加速する心拍。

 上昇する体温。

 

 額を伝う冷や汗を感じながら、ソラはナナの後に続く。

 自分がどこにいて、どこに向かっているのかなんて、全く判らない。

 振り向けば、すぐそこにアオアシラがいるかもしれない――そういった恐怖心が、肉体を、精神を(むしば)んでいることだけは理解できた。

 

 

 

 

 

 

 数分後、アオアシラのいるフィールドを切り抜けた彼女らは、エリア6に着いた。

 エリア6では、レオンがちょうど剥ぎ取りを終えていたところだった。赤色のレウス装備を纏った彼の側には、ソラのオトモアイルーであるタイガがいる。

 ソラは、レオンの名前を呼びながら彼の元へ駆け寄った。

 

「ん? どうした?」レオンは、何食わぬ顔で訊いた。

 

「あ、アオアシラが……」ソラの声は、(かす)かに震えている。「アオアシラがいたから、逃げてきたんだ……」

 

 レオンは、冷静な顔つきで反応した。「やっぱり、そうだったか……」

 

 やっぱり? とソラは訊き返す。だが、それがどういうことを意味するのか、彼女にはすぐ理解できた。

 

「あ、匂いで分かったってことだね」

 

「あぁ」レオンは頷いた。

 

 レオンの嗅覚が鋭いことは、ソラも知っている。

 

「前に嗅いだことのある匂いだったし、アオアシラじゃないか、って推測はしてたんだ」

 

「なら、すぐに助けに来なさいよ」ナナが、言葉を尖らせる。「ソラ、怯えてたんだから……」

 

「でも」レオンはすぐ反論する。「ナナが一緒だから大丈夫だろうって、オレは判断したんだ」

 

「へぇ……」ソラは、ナナとレオンを交互に見た。「レオンは、ナナちゃんのこと、すごく信頼してるんだね」

 

「まぁ、な」鼻を鳴らして、レオンは視線を上に遣る。「信頼関係が無きゃ、ハンターとオトモアイルーは務まらないよ」

 

「……今回の件で、その信用も地に堕ちたと思うことね」

 

 不機嫌そうに口を歪ませるナナを差し置いて、レオンは視線をソラに戻す。

 

「で、ブルファンゴは討伐できた?」

 

「あ……うん、バッチリ!」

 

「よし……。じゃ、早急に村へ戻ろう。アオアシラ発見の報告もしておく必要があるし」

 

 全員が顔を見合わせ頷くと、彼らは村へ向かって疾走した。

 

 

 

 

 

 

 渓流とユクモ村を繋ぐ橋を渡り終えると、腰掛に座った村長が、彼らに向かって手を振っているのが見えた。彼らは村長の元へ駆け寄った。

 

「おかえりなさいませ」

 

 村長は深くお辞儀をすると、ソラの顔を見つめた。おそらく、いつもと様子が少し違うことに気が付いたようだ。

 

「……どうかなされましたの?」

 

 少し間を置いてから、ソラは口を開いた。

 

「……あ、アオアシラが、ま、また現れたんです」

 

「……まぁ。また、あの子が現れましたのね」

 

 とくに、村長に動揺する様子は見られない。こういった何事にも動じない姿勢は、村長という役職に相応しいものだろう。

 

「アオアシラは、徘徊しているだけのようでした」とナナ。

 

「そうでしたの。それでは、(わたくし)の方から、ギルドに連絡を入れておきますわ」

 

「ありがとうございます、よろしくお願いします」

 

 礼を言ってレオンたちが身を翻したとき、村長が呟いた。「……もしかしたら、討伐令が下るかもしれませんわ」

 

『えっ?』レオンたちは、声を重複させ振り返る。

 

 村長は、重たそうな口を開いた。

 

「もしもの話ですけど……、アオアシラの出現で、村人たちに危害が及ぶようでしたら、そういうことがあるかもしれないということですの……。それを踏まえた上で、身構えをしていただいた方がよろしいのかもしれません」

 

「そうですか……」レオンは、低い声で呟くように言う。「わかりました」

 

「そのときは、よろしくお願いしますわ」村長は、上半身を傾ける。

 

 レオンはソラを一瞥(いちべつ)すると、「じゃ、ユクモ農場に行くぞ」と言って歩き始めた。

 ソラは村長に一礼をすると、彼の後を追った。ナナ、タイガもその後に続いた。

 

 

 

 

 

 数分後、レオン、ソラ、ナナ、タイガの四人(二人と二匹という表現の方が正しいのかもしれないが)は、ユクモ農場に着いていた。

 ユクモ農場は、畑での作物の栽培、鉱石の採掘、網を使った漁などが行える、ユクモ村の人々の生活の基盤だと言っても過言ではないほどの、重要な場所だ。

 

「えっと……」ソラは、レオンに話しかける。「なんで、ここに来たの?」

 

「あぁ……。アオアシラ戦に備えて、アイテムの整理とか、武器の整備をしておこうと思ってな。備えあれば憂いなし、だよ」

 

「……どういうこと?」

 

「事前に準備しておけば、心配事はないってこと」

 

「へぇ……、そんな難しい言葉、聞いたことないや。レオンは物知りだねっ」

 

「まぁ、な……」

 

 母からの受け売りだ、とも言えないまま、レオンは農場の広場まで歩いていく。適当な場所で、彼は背負った大剣──レッドウィングの柄を掴み、そのまま引き抜いた。そして、大きさが手のひらほどある灰色の石をポーチから取り出すと、刃に宛がった。

 

「これは?」ソラは、その石を指差して訊く。

 

「これは、砥石。主に斬撃武器……そう、大剣とか、太刀の刃を研ぐときに使うんだ」

 

 近接武器は、攻撃時の刀身への負荷で刃こぼれを起こすことや、血脂の付着により斬れ味が低下することが多々ある。そのため、狩猟の前後や合間に、砥石を使って刃を研磨する必要があるのだ。

 

「最近はモンスターと対峙することが少なかったからな……、研ぐのは久し振りかな」

 

「そうなんだ。……で、わたしは何かすることないの?」

 

「うーん」レオンは砥石を刃に擦り合わせながら軽く唸る。「弓は……、何かすることあったっけ、ナナ?」

 

「そうね、弦の張り具合を確認して……。あとは、矢の手入れくらいね」

 

「うん、わかった」ソラは頷くと、弓に手をかけた。

 

「じゃ、あたしたちは、狩りの援護の準備をしなくちゃね」

 

 ナナがタイガの方を振り向くと、タイガは首を大きく縦に振った。

 

 

 

 アオアシラ討伐の令が下ったのは、その翌日のことだった。

 村人が渓流で木を伐採している最中、アオアシラに襲われるという事件が発生したからだ。

 命に別状は無いものの、村人は大怪我を負ってしまった。事態を重くみたギルドは、被害の拡大を防ぐべく、早急に令を下したのだ。

 

「……ということですから、よろしくお願いいたしますわ」

 

 村長はトーンを落とした声で言うと、毎度のように深々とお辞儀をした。

 レオンとソラは返事をすると、標的の狩猟を行うべく、渓流へと足を進めた。もちろん、ナナとタイガもお供している。

 

「ついに……あのモンスターと対峙するときが来たか」

 

 渓流へ向かう道中、レオンが呟いた。レオンは頭に鎧を被っているので声は少しくぐもっていたが、なんだか狩猟を楽しみにしているような声だった。

 

「そ、そうだね……」

 

 ソラの声は、微かに震えている。

 それが、緊張からか、これから訪れるかもしれない恐怖から来ているものかは判らない。しかし、恐怖によるものが大きいと、彼女は思った。

 なぜなら、彼女にとって、大型モンスターに挑むのは今回が初めて。しかも、その標的は、彼女を襲ったことのあるモンスターなのだ。これには、恐怖感を抱かずにはいられない。

 

「遠距離武器なら、攻撃を受ける危険性は低いから、そこまで恐怖を感じることはないよ」と、レオンの優しい声。

 

「う、うん……」俯き気味でソラは応える。

 

「でも、万が一ってこともあるから、気は抜かないこと。あとは、身の危険を感じたら、すぐ逃げたほうが良い。別に、逃げたって、誰も責めたりなんかしないからな」

 

 ソラが「うん」と応じると、レオンは彼女を見て微笑んだ。

 

「……なんか、躰全体に力が入ってるな。もう少し、リラックスしたほうが良いよ」

 

(ホントだ……)

 

 ソラは、ふーっと息を吐いてみる。重苦しい何かが、吐息と一緒に出ていくような気がした。

 

「それと、無理な話かもしれないけど、少しくらい、楽しむ気持ちを持ってみるのもいいかな」

 

「楽しむ……? じゃ、レオンは、いつも狩りを楽しんでるの?」

 

「ま、常に楽しんでるわけじゃないけど……、恐怖心を紛らわせるために、反射的にそういう心情が出てくるだけなのかもしれない。だから、少しでも楽しむ気持ちがあれば、気が楽になると思うよ」

 

「楽しむ……かぁ」

 

 これから相対するのは、わたしを殺そうとしたモンスター。そんなのを相手にして、果たして楽しむ気持ちなんか持てるのだろうか?

 ソラは、そう自分に問いつつ振り返ってみる。タイガの強張った表情が、そこにあった。

 

 

 

 

 

 

 渓流、ベースキャンプ。

 ナナが一番に駆けだし、青に塗られた木箱、支給品ボックスの元へ向かった。

 

「はい、これ」

 

 ナナは支給品ボックスから取り出したアイテムをレオンとソラに等分して渡す。

 

「応急薬三つ、携帯食料二つ……、と携帯砥石二つだな」

 

 レオンは数量を確認すると、それらをポーチに詰め込んだ。

 

「ソラも、数量は確認しておきなよ」

 

「うん」返事をすると、ソラも支給品の数を数え始める。「うん、たぶん、だいじょうぶ」

 

「前々から思ってたんニャけど、ボクたちの分は支給されないのかニャ?」タイガが心配そうにきく。

 

「オトモアイルーの分は基本的に支給されないわ」ナナが答える。

 

「だから、自分たちでなんとかしなきゃダメなの」

 

「そうニャんだ」

 

「でも、実力のあるオトモアイルーには、支給されることもあるらしいわ」

 

「ナナちゃんも十分、実力があると思うんだけどなぁ……」

 

 ソラが言うと、ナナは首を振った。

 

「あたしなんかまだまだ。それに、実績が無いからダメね。本当に実力のあるオトモアイルーは、一人で強力なモンスターを倒しちゃうもの」

 

「へぇ、それはすごいなぁ」ソラは一度目を開いてみせると、目を細めた。「わたしなんか目じゃないね」

 

「ま、あたしは……こんなハンターに付いていってるようじゃ、実績は残せないと思ってるけどね」

 

 ナナは、冷やかな視線をレオンに刺している。

 

「オレは、そんな実績を残したくてハンターやってるんじゃないからな」

 

 レオンがそう答えると、ナナは小さく溜め息をついた。

 

「ま、そうね。あたしもそれを分かってて、付いていってあげてるから」

 

「あと、支給品は必ずしもあるものじゃないんだ」

 

 レオンが言うと、ソラはまた驚いたように目を開いた。

 

「え? そうなの?」

 

「あぁ、危険なモンスターの狩猟依頼だったり、辺境での狩猟だと、支給品が届かないことが多い。支給品は絶対じゃないからな。だから、支給品ばかりに頼るんじゃなくて、きちんと準備をしておくことが重要なんだよ」

 

「うん、覚えておくよ」

 

「よし」レオンは、ぱん、と手を叩く。「それじゃ、行くか」

 

「アオアシラはどこにいるの?」とナナ。

 

「そうそう、まずはそれだな」

 

 レオンは目を瞑り、ゆっくり息を吐く。そして、嗅覚神経を研ぎ澄ます。

 風に乗ってやって来る、獲物の微かな匂いを探る。

 

「判った」

 

 そう呟くと、レオンは振り向いた。

 

「エリア6だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回、アオアシラと対峙!


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第18話 青熊獣

 渓流を徘徊(はいかい)するアオアシラの討伐に向かう、レオン、ソラ、ナナ、タイガの四人。
 ソラにとって初めての大型モンスターの狩猟が、今、始まろうとしていた……。


 渓流のエリア6の岩陰に、レオン、ソラ、ナナ、タイガは身を潜めていた。

 岩の向こうには、青い体毛を持ったモンスター――アオアシラがいる。それ以外の小型モンスターは認められない。これは、それほど珍しい現象ではない。自然の摂理に従っているといえる。

 

「あぁ……、なんか、緊張してきた……」

 

 不安が声に絡んでいる。ソラは今にも泣きだしそうな表情だった。

 

「さっきまで大丈夫だったのに……。おかしいなぁ」

 

「初めて大型モンスターの狩猟に挑むんなら、そうなるのが普通だし、気にすることないよ」

 

 レオンがやわらかく言うと、ソラは軽く頷いて、笑顔を取り戻した。

 

「それで、アオアシラは今、どうしてる?」

 

「えっと……」

 

 岩陰から顔を覗かせ、ソラは標的の様子を確認しようとする。

 川のほとり――彼らの場所から15メートルほど離れた位置で、アオアシラは彼らに背を向けていた。

 

「うん……、なんか、川の中を覗いてるみたい」

 

「川の中ね……。魚でも取ろうとしてるのかしら」とナナ。

 

「アオアシラがいる方が風上だから、オレたちにはまだ気付いていないはず」レオンは鼻をひくひくさせた。「ここは、見つからないように寄っていって、攻撃を仕掛けるのがセオリーかな」

 

 相手は、大きさが人間の数倍以上もあるモンスターだ。むやみやたらに突っ込んでいっているようでは、到底勝てない。力の差も歴然であり、下手をすれば死の危険さえある。

 狩猟とは、命のやりとり。一方が死ぬということは、もう一方は生き残るということだ。そして、必ずしも人が狩人(ハンター)であるとは限らない。

 

「それで……」ソラは視線をレオンに向けた。「どうするの?」

 

「うん」レオンは腕を組んで頷いた。「そうだな、まずは、オレがアオアシラの背後に忍び寄る。オレが合図をしたら、ソラは矢を射る。そうすると、アシラは注意はソラの方へ向き、その隙に、オレが背後から奇襲を仕掛ける。こうすれば、多大なダメージを与えることができる」

 

 ソラは頷いたが、すぐに首を傾げた。

 

「でも、レオンが先に見つかっちゃったら……それって成功しないんじゃ?」

 

「そうだな。でも、そのときはソラにとって攻撃の機会になる。そうなったら、奴の脳天を射抜いてやればいい」

 

「あっ、どっちにしても攻撃の機会は舞い込んでくる、ってことなんだね」

 

「ま、そんな感じ。そのあとは、弓で援護してくれ」

 

 ソラが「了解」と言って頷くと、今度はタイガが口を開いた。

 

「ボクはどうすればいいかニャ?」

 

「そうだな……。タイガは攻撃しなくてもいいから、奴の周りをちょこまかと移動してくれ」

 

「……ニャ? そんな簡単なことでいいのかニャ?」

 

「簡単かどうかは、身を持って体感してくれよな!」

 

「その言い回し、なんか不吉な予感がするニャ……。でも、ホントに動くだけでいいのかニャ?」

 

「あぁ、奴を挑発させるのが目的だからな」

 

「……挑発なんかしたら危ないんじゃないのかニャ?」

 

「普通はそう考えるところだろうけど……。ほら、逆上したときって、攻撃の威力は上がるけど、単調になりやすいだろ? だから、相手の動きが読みやすくなって、こちらは攻撃しやすくなる、というわけなんだ」

 

「ニャるほど……」

 

「だから、重要な役目なんだぞ?」

 

「が、がんばるニャ」

 

 タイガの言葉に、レオンは微笑んだ。

 

(ま、ホントは、タイガをオトリに使って攻撃の機会を見計らうためだなんて、口が裂けても言えないけどな)

 

 どうも最近、タイガを虐めたいという欲が芽生えてきている。ソラと一緒にいることが、その原因なのかもしれない……。

 

「じゃ、ナナは――」

 

「あたしは、ブーメランで応戦するわ」

 

 ナナは、装備していたブーメランを手に構えた。ブーメランの先端は砥がれていて、鋭利な刃物のようになっている。

 

「……それじゃ、行ってくる。ソラは、いつでも矢が放てるようにしておいてくれよな」

 

 レオンはフェイスマスクを下ろして、(からだ)中を鎧で覆った。そして体勢を低くすると、アオアシラの方へ近づいていく。

 彼の姿を見据えながら、ソラは矢筒から矢を1本引き抜いた。

 

 

 

 ――幸いにも、こちらは風下。しかも足音は流水の音で掻き消されている。こんな好条件で獲物に接近できるのは滅多にないことだ。しかし、一見してこちらが有利な状況においても、常に緊張の糸は保っておかなければならない。なぜなら、相手は強大な力を持つモンスターだからだ。

 レオンは、暗殺者のように音を殺して歩く。だが、防具の金属部が擦れる音までは完全に消せない。完全に音を消そうと思えば、裸で挑まなければならない。しかし、そんなことは狩猟の世界では外道。防具も着けずに狩猟に挑むのは、命を捨てるも同然の行為であり、「生きて帰る」が鉄則のこの世界では、()法度(はっと)なのである。

 レオンは、アオアシラの背後に回った。まだ気付かれている様子はない。ここまで順調だ。

 

(よし……)

 

 レオンは大剣の柄を右手で握り、合図を送るために左手を挙げようとする。

 

(――いや、待てよ? これは順調過ぎやしないか?……野生のモンスターの勘がこんなに鈍いわけがない。いつもなら、すぐに見つかって、臨戦態勢に入るのに……)

 

 違和感を覚えながらも、手を振って合図を送ろうとしたとき――

 アオアシラが振り返り、視線が衝突した。

 

(――っ!)

 

 咄嗟(とっさ)の判断で、地面を蹴り、後方へ跳んで距離をとる。すかさず柄を引き抜き、剣先をアオアシラの額につけた。

 目の前にいる青い熊の瞳には敵意が感じられる。

 

(寸前で気付くとは……)

 

 睨み合いが続く。フェイスマスクのスリットからの視界は悪い。

 

(……いや、コイツ、既にオレたちの存在に気付いていたんじゃないか?)

 

 まだ、動く気配はない。(てのひら)に汗が滲む。

 

(ということは、誘われていた……だとすれば)

 

 かなり手強い。そう感じたとき、

 アオアシラの頭上すれすれを、一本の筋が通り抜けていった。

 (アオアシラ)の注意が逸れた。

 その瞬間、レオンは大剣を横に小さく振りかぶり、前に一歩踏み込んだ。

 

 

 

 

 

「あっ、外しちゃった……」

 

 ソラが残念そうに呟く。先ほど彼女が放った矢は、狙いを外れて獲物の頭上を掠めていった。

 弓を持つ左手が震えている。それだけでなく、さっき矢を離した右手も震えていた。

 

(やっぱり、緊張……してたのかな)

 

 額に冷や汗が伝う感覚がある。息も少し荒い。

 

(違う。緊張なんかじゃない。これは、あのときと同じ……)

 

 恐怖。

 恐怖に、肉体と精神が支配されている。

 目の前にモンスターがいる恐怖。

 自分の行動への恐怖。

 死への恐怖。

 思い出す。死を悟ったあの瞬間を……。

 すべてはそこから来ている。

 この恐怖の始点はあれだった。

 そして、その恐怖の直線上にいる。

 終点の無い直線上にいる。

 進んでも引き返しても恐怖……。

 逃れることはできない。

 

 

「……大丈夫?」

 

 その声にソラはハッとする。声の方へ向くと、ナナが心配そうな顔で見上げてきている。

 

「顔が真っ青になってるわよ?」

 

「あ……、う、ううん、なんでもないよ」

 

「……まぁ、そういう時もあるから、気にすることなんてないわ。まだ、狩りは始まったばかりなの。――これからよ」

 

 そう言うと、ナナはタイガを小突いた。タイガは緊張を顔に張り巡らせている。いや、もしかしたら恐怖で顔が引き()っているのかもしれない。

 

「行くわよ!」

 

 掛け声をあげて、ナナは駆けだす。腕を引っ張られて、タイガも走っていく(というよりは、引きずられている)。

 少しの間、呆然と立ち尽くしていたソラだったが、ぶんぶんと首を振った。

 

(これから……。そうだ、これからなんだ……)

 

 まだ、狩りは始まったばかり。

 恐怖の呪縛に狼狽(うろた)えている場合じゃない。

 ……わたしは、狩人(ハンター)

 狩りに生きる者。

 決めたんだ。逃げないって。

 全身全霊を込めて、挑もう。

 ソラは、2本目の矢を矢筒から引き抜いた。

 

(狩りって、躰だけじゃなくて、心の駆け引きもある……)

 

 彼女の口元から、ごく自然に笑みがこぼれた。

 

(これって、ちょっと楽しいかも)

 

 彼女は鋭い視線を獲物に向けると、ゆっくりと矢を(つが)えた。

 

 

 

 

 

 刃は虚空(こくう)を切り裂いた。

 アオアシラは後ろ脚で立ち上がって、レオンの攻撃を躱していた。人間の何倍もある体長に、圧倒される。だが、怖気づいている場合ではない。

 レオンは、大剣の重量に振られた躰を支えるように、全身の筋肉に踏ん張りをきかせて体勢を立て直す。大剣は、その重量を活かした攻撃が可能だが、その反面、重量のために動きが鈍り、攻撃の合間に隙ができやすい。大きな刀身で防御することもできるが、いつも成功するとは限らないので、なるべく隙を作らない方法で攻撃することが求められる。

 今、アオアシラとは正対している。ここから攻撃してこられたならば、左右どちらかに避けることになるだろう。こちらから仕掛けていく手もあるが、大剣の性質上、この状況でそれは好ましくない。

 そして、アオアシラはソラの存在にも気が付いている。

 

(ここは、手の内を見てから動こう)

 

 先手必勝という言葉がある。意味は文字通りだが、相手をよく知ってからでなければ、その行動はただの危険な行為に成り下がる。

 

 

 アオアシラ。

 ()(じゅう)種に属し、主に、ユクモ村近辺の山地に生息する。

 別称を(せい)(ゆう)(じゅう)といい、熊のような容姿と美しい青い体毛が、その別称の所以(ゆえん)だ。

 まず、脅威となりうるのは分厚い甲殻に覆われた腕。腕には鋭い突起物がいくつもついており、金棒のようである。振り回すだけで、強力な攻撃が可能となる、おそろしい武器だ。そして、指先には大きく鋭利な爪。不気味に光を反射するその爪は、人間の躰など、いとも簡単に引き裂いてしまうだろう。腕力も相当強靭で、掴まれて投げ飛ばされるということもあるようだ。頭部を狙われれば、もちろん首は飛ぶだろう。

 頭や背中は硬い甲殻に覆われているが、腹と下半身は体毛で覆われているだけで、肉質は柔らかい。狙うならここだ。

 また、雑食で、人を襲って食うこともあるという。大好物はハチミツ。あまりに旺盛な食欲のため、狩猟の最中にも何かを食べることもあるらしく、とても食いしん坊な性格なのだ。

 

 

 アオアシラが、万歳するように両腕を上げた。

 レオンの腕に自然と力が入る。

 

「グオォォォォ――――ッ!」

 

 吼える。威嚇の咆哮だ。飛竜種のモンスターに比べれば小さいものだが、それでも、与えてくる威圧感は大きい。

 青い熊は、両腕を上げた状態から、その巨体を少し仰け反らせた。

 

(何か来る――!)レオンは右斜め前に転げた。

 

 直後、アオアシラは躰を前方へ滑らせながら、腕を交差するように振り下ろした。

 間一髪で攻撃を回避したレオンは、すぐさま起き上がり、大剣を構え直す。久々の前転回避で、躰のあちこちが少し痛んだ。防具が(きし)む音も感じられた。

 

(危ねぇ……)

 

 予備動作はあるものの、腕が振り下ろされる速度は大きい。まともに喰らえば、防具ごと躰を上下に分断されてしまうほどの威力がありそうだった。しかし、攻撃が外れた後の隙が大きい。上手くいけば、回避から攻撃に繋げることができる。

 レオンに背を向けていたアオアシラは、ゆっくりとした動作で振り返る。そして、前脚を、地面に叩きつけるようにして下ろした。レオンの背後は川だった。

 

 両者は、再び睨み合いの態勢に入る。

 この時間は、とても長く感じられる。

 この沈黙がいつ破られるか分からない。

 数秒先のことさえも予測不可能な時間。

 未来はどうなるか分からない。

 この時間は、たまらないほどの緊張と恐怖を煽る――。

 

 アオアシラの後脚がわずかに動き、躰が前へのめり出でた。

 金棒のような腕が、狭い視界で膨張する。

 レオンは、刃先を下に向けて刀身を左手で支え、目の前を大剣で覆う。

 防御の構え。

 狩人に飛び掛かる熊の爪が、鋼刃に触れる。

 刹那(せつな)、二重の衝撃音が空気を伝った。

 弾けるような音。

 金属を引っ掻く、高い音。

 

「ぐぅ……っ!」

 

 歯を食い縛り、反動に耐える。だが、質量のあるモンスターの方が、持っている運動量は大きい。レオンは後方へ弾き飛ばされ、川で尻餅をついた。同時に、アオアシラもドスンと音を立てて地面に落ちた。熊は、うつ伏せのまま「グルルルッ……」と唸った。

 川は浅く、膝下20センチメートルほどが浸かっているだけだった。レオンは左手をついて躰を起こす。水の重量が加算されて動きが鈍ったが、躰は何ともない。

 立ち上がりながら右方を(うかが)うと、ソラがガッツポーズを決めているのが見えた。視点を移すと、倒れ込んだアオアシラの左腕には、新しい傷がついている。

 どうやら、彼女の放った矢がアオアシラの左腕に命中したらしい。その結果、飛び掛かってくる軌道にズレが生じ、衝突のエネルギーが少し殺がれたようだった。

 

(奴の攻撃をまともに受けていたら、それはそれで危なかったけど……)

 

 レオンは大剣を構え直し、まだ倒れたままのアオアシラとの距離を縮める。

 

(ギリギリを狙ってくるなんて……)

 

 大剣を大きく振りかぶり、

 

(ソラも危なっかしい奴だな!)

 

 頭を目掛けて、思いっ切り振り下ろす。

 だが、攻撃は外れた。アオアシラは既に直立の姿勢だった。

 

(動きが速い……)軽く舌打ち。

 

 大剣は地面に打ち付けられている。刀身を起こして構え直すまでの時間、こちらに大きな隙ができる。

 アオアシラは、腕を振り上げた。

 

(やば――)

 

 レオンの躰が硬直する。マズい、殺られる――そう思ったとき、

 

「ニ、ニャニャッ! お前の相手はボクニャ!」

 

 一瞬、アオアシラの動きが止まった。その隙にレオンは体勢を立て直し、相手と距離をとる。

 

「タイガ!」レオンは叫んだ。

 

「ニャニャッ! ボク、参上ニャ!」

 

 タイガが得意げに胸を張ると同時に、アオアシラの視線が彼に注がれた。すぐに、タイガは走ってアオアシラの背後に回る。

 

「ボクはこっちニャー!」

 

 そのとき、アオアシラは右腕を大きく振りかざした状態から、反時計回りに躰を大きく捻った。

 

「ニ、ニャァッ!?」

 

 尖爪がタイガの頭上を(かす)めた。まさに、危機一髪。タイガがもう少し上に跳んでいれば、首が吹き飛んでいただろう。

 

「ニャヘッ!? こ、こんな真後ろにまで……!?」

 

 タイガの顔は引き攣っている。攻撃されるとは思っていなかっただろうから、当然の反応といえる。

 

 アオアシラがタイガに気を取られているその間、腹はガラ空きだった。

 レオンは、この機会(チャンス)を見逃さない。

 足を踏み込み、軸足を中心にして、躰を回転させる。腕に踏ん張りをきかせないと、大剣にかかる遠心力で腕が千切れそうになる。

 

「うらぁっ!」

 

 鈍い音が耳に届き、肉を切り裂く感触が腕に伝う。

 

「グォォォォッ!?」周波数の低い悲鳴が轟く。

 

 レオンの躰は大剣に振られ、よろめいた。体勢を戻しつつ、怯んで仰け反ったアオアシラの腹部を一瞥(いちべつ)する。緋色の霧が噴き出し、青い体毛が赤に染まっていた。かなり深く抉れたようだ。

 

(……よし!)

 

 この一撃は大きい。だが、油断は禁物。

 レオンはすぐに、大剣を構え直す。タイガはレオンの後ろに隠れた。いつの間にか、ナナも傍にいた。

 

「グルルルルルルッ……」

 

 再び向かい合う。

 熊の口からは少量の(よだれ)が垂れ、腹部には赤いシミが広がっている。

 お互いに踏み出せない。

 膠着(こうちゃく)状態が続く。

 だが、程なくして、アオアシラは前脚を下ろすと、彼らに背を向けて走り出した。

 

「ニャ……?」タイガは、レオンの陰から恐る恐る顔を出す。「に、逃げたニャ……?」

 

「そのようね」ナナは持っていたブーメランを背中に掛ける。

 

 レオンは何も言わず、刀背(とうはい)を肩にかけた。そして、荒くなった呼吸を整える。

 少しして、ソラが三人の元へ駆けてきた。

 

「逃げちゃったの?」

 

「逃げたのかどうかは判らないな」レオンは小さく溜め息をついた。

 

「……レオン、躰は大丈夫? さっき、吹っ飛ばされてたよね?」

 

「あぁ、それなら、とくに何ともないよ。それよりも、回避したときの方が痛かった」

 

「そ、そっか」

 

「……にしても、ソラには助けられたな。タイガにもだけど」

 

「ん……? わたし、何かしたっけ?」

 

「2本目の矢。奴の腕に当たったやつだよ」

 

「さっきの?」

 

「そう。あれのおかげで、正面衝突は避けられた」

 

「早く奴を追わなくていいの?」とナナ。

 

「あぁ……そうだな。その前に、刃を研がせてくれ」

 

 レオンは、肩にかけた大剣を下ろすと、まず付着した血液を拭った。次に、砥石を使って刃を研磨する。それが終わると、彼は大剣を納めた。

 

「よし、追おう」

 

 そして四人は、獲物の落とした血の跡を追った。

 

 

 

 

 

 

 アオアシラが向かった先はエリア5だった。そのエリアは、周囲を木に囲まれ、少し薄暗くなっている。そして、ソラの恐怖の元凶を作り出した、とも言える場所である。

 数週間前、ソラはそこでアオアシラと遭遇した。危うく殺されそうになったところを、レオンが助けたのだった。それ以来、ソラはレオンを師に仰ぎ、様々な修行を積んだ。

 そして、この日を迎えた――。

 

 

 彼らがエリア5に到着したとき、アオアシラは一本の木の前に立っていた。

 四人が呆けたようにその様子を見ていると、突然、アオアシラは金棒の腕を振って木に殴りつけた。乾いた音と共に、木が砕け散り、無数の破片が空中に舞い上がった。

 

「……な、何をやってるんだろう?」ソラは目を開く。

 

「そういえば……」ナナは上を見た。「前に、このエリアで、気になった箇所があったこと……」彼女はレオンの方を向く。「レオン、覚えてる?」

 

「あぁ、覚えてるよ。あれだろ?」

 

「え? 何? 何の話?」ソラが首を突っ込んでくる。

 

「オレが、ソラとタイガを怒鳴った話」

 

「あう……」

 

 ソラは俯いてしまった。タイガも同様の動きをとる。どうやら、あのときのことを思い出したらしい。

 

「嘘だよ」

 

 レオンが言うと、ソラは顔を上げた。頬を少しだけ膨らませている。

 

「ちょっとレオン! 狩り場では危機感を持ってなきゃダメだって言ったのは誰なの! レオンでしょ!? その本人が、こんなときに嘘をつくなんてどういうことなの!?」

 

「あ……、ご、ごめん。でも、そのときにあった話には違いないんだ」

 

「…………っていうと?」

 

「このエリアの木に、傷がついてたのよ。獣が引っ掻いたような、ね」ナナが言った。「でも、これで分かったわね」

 

「あぁ。あの傷は、アオアシラのつけたものだったんだ」レオンは腕を組んだ。「アイツはハチミツが大好物。そして、ハチミツが作られる蜂の巣は、このエリアの木にある。だから、アイツは、ハチミツのありそうな木や、その近くの木にマーキングをしておいたんだ。後でハチミツを採りに来たときのための目印として」

 

「ふぅん。じゃ、アオアシラは今、ハチミツを採ろうとしてるんだね!」ソラは納得したように頷いたが、すぐに表情を曇らせた。「あれ?……でも、ハチミツって、ここ最近で採れるだけ採っちゃったよね?」

 

「そ、そういえば……、そうだったな」レオンの言葉の語尾が小さくなる。

 

「食べ物の恨みは怖いのニャ……」タイガがぼそっと呟く。

 

「ってことは……」

 

 アオアシラは、木を何本か破壊し終えていた。だが、大好物のハチミツは全く見つからなかったようだ。

 

「グルルルルルルルルルッ…………」

 

 怒りに満ち溢れた視線が、狩人たちへ向けられる。

 

「グオアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ――――――――――ッ!!」

 

 けたたましい咆哮。鼓膜が張り裂けそうなほど強烈だった。食べ物の恨みは、本当に洒落にならないようだ。

 憤怒の叫びをあげたアオアシラは、ブルファンゴにも匹敵する速度で、四人に向かって突進を始めていた。

 

「奴が来るぞ! 避けろ!」レオンが叫ぶ。

 

 彼らは難なく突進を躱した。だが、走り抜けたときの風圧でよろめいた。

 アオアシラは地面に爪を立てて滑って停止すると、すぐに立ち上がり、振り返る。

 熊の口からは、白くて荒い息が洩れている。血走った両眼からは、殺気が感じられた。

 

「ガルルルッ!」

 

 唸りながら、アオアシラは腰を捻る。まるで力を溜めるように。

 

「?」ソラは呆然とその様子を見ていた。

 

 次の瞬間――彼女は衝撃を感じた。

 

「――?」

 

 気付けば、彼女は尻餅をついていた。隣を見ると、レオンがうつ伏せで倒れている。

 

「間一髪……危なかった」レオンは素早く立ち上がった。「もう少し遅かったら、切り裂かれて死んでたぞ」

 

 その言葉で、ソラは、自分はレオンに突き飛ばされて助かったのだと分かった。

 

「あ……、ありがと」

 

「礼はいいから、早く立て!」レオンはソラの腕を引いて立たせる。「奴から離れるぞ!」

 

 四人は、激昂(げっこう)状態の牙獣に背を向けて走りだした。

 

「グルァァアアァァアァッ!」

 

 アオアシラは狂ったような雄叫びをあげると、左右の腕で交互に引っ掻きを繰り返しながら、彼らに迫った。

 

(っ!)

 

 ギリギリで避ける状態が断続的に続いた。

 人間と大型モンスターでは体長の差は歴然。移動速度やリーチは、モンスターの方が圧倒的に大きい。

 対して人間であるハンターは、重い防具や武器を身に付けていることが多いため、普段の状態よりは動きが鈍ってしまう。訓練すればなんてことはないが、狩猟が長引いてくれば、そのぶん身体的負荷は大きくなり、結果として動きは遅くなる。

 それを補うには、頭を使って、こちらに有利な立ち回りを考えるしかない。レオンは走りながら、これについて考えを()せた。とくに、ソラは接近戦には慣れていないため、彼女を安全な場所に置くことについて思案する必要があった。

 レオンの考えはすぐにまとまった。

 

「……ソラは、あの大きな切り株まで走るんだ」

 

 レオンは、エリアのほぼ中央に位置する切り株を指差した。この切り株は大きく、十数人は上に乗ることができるほどの面積を有する。

 ソラは「え?」と聞き返した。

 

「切り株のところまで行ったら、その上に登るんだ。そこなら少しは安全だし、そこから矢で援護してくれ」

 

「う……、うんっ、……わかった!」

 

 息を詰まらせながら応じると、ソラはわずかに速度を上げて駆けていった。

 

「オレたち三人は……、ここで応戦だ。危なくなったら、自分で判断して逃げろ。いいな?」

 

「分かったわ」

 

「り、了解ニャ」

 

 三人は立ち止まった。

 振り向きざま、レオンは大剣の柄に手をかけ、ナナはブーメランを構えた。タイガは尻尾を立てて威嚇の体勢をとった。

 アオアシラが、約10メートル先から、二足歩行で、のそりのそりと近づいてくる。

 

「うおおおっ!」

 

 レオンは地面を蹴り、正面から突っ込む。

 絶好の間合いで抜刀、腹を目掛けて振る。

 

「……っらぁ!」

 

 だが、鈍い音と共に、刀身は青熊獣の堅牢な右腕に受け止められ、そのまま弾き返された。

 

「ちぃっ……」

 

 電流が走るような感覚が腕を襲う。

 

(くそっ……強い!)

 

 アオアシラが左腕を振るのが見えた。

 

(引っ掻きか……!)

 

 レオンは痺れる腕に力を入れて、大剣で身を覆う。

 だが、攻撃は来なかった。

 

「グォァッ」

 

 短い悲鳴をあげて熊は怯んでいた。その隙を見て、レオンは二、三歩退く。

 熊の左腕の付け根の数ヶ所に、出血が認められた。おそらく、ナナのブーメランによる創傷だろう。

 

「ブーメランの刃に神経毒を塗っておいたから、じきに動けなくなるわ」ナナがレオンの背後で得意気に言った。

「よし、じゃ、動けなくなるまで時間稼ぎといくか」レオンは肩に大剣をかける。

 

 アオアシラは、両腕をだらりと垂らした状態で、狩人たちを睨みつけていた。口から洩れる憤激の吐息は、さらに勢いを増しているようだった。

 

「タイガも、早く距離をとるんだ」

 

 レオンは、突っ立っているタイガに呼びかける。だが、彼は応じない。彼の躰は、氷像のように固まっていた。

 

「おい、タイガ――」

 

 レオンが歩み寄ろうとしたそのときだった。

 

 

「グオォオアァアァッ!!!!」

 

 

 牙獣の後脚が地面を抉り、巨体が跳んだ。

 それは、一瞬の出来事だった。

 次の瞬間には、タイガは、アオアシラの掌中に収まってしまっていた。

 

「――タ、タイガ!?」

 

「ニャッ!? ニャァァァァッ!!」

 

「グルァァァァアァァッ」

 

 アオアシラは、タイガを捕捉したまま、腕を四方八方に振り回す。幼い子どもが駄々をこねるときの仕草のように。

 悲痛な叫声が辺り一帯を支配する。

 

(くっ……)眉間に皺を寄せ、レオンは大剣を構えた。

 

 タイガが捕まってしまった。

 アオアシラは暴れている。迂闊に近づくのは危険だ。

 攻撃はできないこともない。だが、タイガに当たる可能性も否めない。

 

(どうすれば……)

 

 レオンが思考を巡らせていると、何かがアオアシラの腹部に突き刺さった。矢だった。

 

「グォッ!?」

 

 突然の狙撃に驚き、熊はタイガを手放した。

 

「ニャァァァァァァ――――――――――――ッ!!」

 

 タイガは宙に放物線を描き、グシャッという音を立てて地面に落下した。

 レオンは呆然としていたが、すぐに我に返って叫んだ。

 

「ナナ! タイガを回収して撤退しろ!」

 

「もうっ、あのバカ!」

 

 ナナはそう吐き捨てると、持っていたブーメランを納めてタイガの元へ駆けていき、彼を拾って拠点(ベースキャンプ)へ戻っていった。

 レオンが向き直ると、アオアシラは腹に刺さった矢を腕で払い、折った。

 そのとき、突として、アオアシラの足がガクッと折れ、地面に伏すように倒れた。やっと毒が回ってきたようだ。

 

(よし!)

 

 まだスタミナも体力も十分残っている今のうちに倒してしまった方がいい。

 

(一気に決めてやる!)

 

 レオンは大剣を肩に担ぐようにして、力を溜める。

 〝()()り〟だ。普通に斬るよりも大きな攻撃力を持つこの技だが、隙が大きく、頻繁に使える技ではない。しかし、相手が動けないときに使えば、絶大な威力を発揮できる。

 力の発散が最大になるタイミングで、彼はアオアシラの頭を目掛けて大剣を振り下ろす。

 鈍重な音が響いた。

 刃は、頭部ではなく左腕の甲殻を粉砕していた。アオアシラは力を振り絞り、頭を少し傾けていたのだ。

 

「ちぃっ」

 

 モンスターも、生きるために必死だ。

 だが、ハンターも生きていくために狩りをする。

 これだけでは終わらせない――。

 レオンは下肢に力をかけて大剣を横に振り、刀身で頭部を殴打する。

 アオアシラの口から血の混じった唾液が飛び出す。気絶はしていないようだった。

 

(今度こそ、頭に当てる――)

 

 レオンは躰を大きく捻りながら、力を溜める。

 躰を捻ることで、溜め斬りよりも強力な斬撃が可能となる〝強溜め斬り〟。全武器中で最大級の威力を誇り、放たれる渾身の一撃は、大地をも揺るがす。

 しかし、その一撃が放たれるという寸前で、アオアシラが腕を振るわせながらも起き上がってしまった。

 

(くそ……)

 

 〝強溜め斬り〟が外れたら、その後に大きな隙ができてしまい、身が危ない。

 レオンは〝強溜め斬り〟を繰り出すのを諦め、大剣を薙ぎ払って対応しようとした。だが、その必要は無かった。

 ソラの放った矢がアオアシラの喉元に刺さり、怯んだからだ。

 ソラは、良いタイミングで矢を射てくれる。攻撃よりも、サポートに回っているような、そんな射ち。彼女の攻撃は、「殺す」ためのものでなく、「守る」ためのもの――レオンはそんな印象を受けた。

 

 レオンは剣先を獲物に向ける。

 熊の躰中の傷からは血が滲み出ている。ダメージはかなり蓄積されている筈だ。

 追い詰めたと言っても過言ではない。

 あとは止めを刺すのみ、といった有利な状況ではある。

 だが、ここからが危険領域なのだ。

 追い詰められた獲物は、何をするか分からない――。

 

 

「グルゥゥアアァァオアッ!」

 

 

 狂乱した咆哮を繰り出す。

 アオアシラが右腕を振る、次は左腕。

 毒の後遺症か、動きは鈍い。レオンは攻撃の一つ一つを見極めて避ける。

 

「グルゥガァァッ」

 

 アオアシラが両腕を広げた。この動きは、爪を交差(クロス)して引っ掻いてくる攻撃の予備動作。最初に見た攻撃だ。どうすればいいかは解っている。

 レオンは、斜め前に前転回避して、アオアシラの攻撃を(かわ)した。少し躰が痛んだが、今は気にしない。

 素早く躰を起こし、剣を薙ぎ払おうとする。肉質の柔らかい尻の部分に斬撃を叩き込めば、あとは一気に決めるだけだ。

 だが、アオアシラの動作がおかしい。

 腰を大きく捻っている。

 

「――え?」

 

 そして、襲い来る尖鋭(せんえい)な爪。

 

「――!」

 

 レオンは既に攻撃の体勢。ここから防御に転ずるのは非常に困難だった。

 躰を仰け反らせて、凶刃をなんとか躱そうとする。

 だが――

 

(ダメだ、避けられない――)

 

 そう悟った瞬間(とき)には、もう遅かった。

 

 狩人の頭顱(あたま)が、宙を舞った。……鮮血を散らせて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回、アオアシラ戦……決着!


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第19話 生と死

 アオアシラの一撃を受けてしまったレオン。
 ソラはどうするのか?
 そして、彼らの運命は……?



 ソラは、大きな切り株の上で弓を構え、次に矢を射る機会を(うかが)いつつ、レオンを見守っていた。

 

(今はレオンとわたしだけ……)

 

 アオアシラの拘束から解放されたタイガをナナが連れていってしまい、現在、このエリアには二人しかいない。

 ソラは少し不安になった。

 彼女はある程度離れた場所から弓矢で援護をしているだけで、戦況は、レオンとアオアシラの一騎討ちに近い。

 獲物は、痛手は負っているものの、激昂(げっこう)状態。

 何が起こるかは予測不可能。

 最悪の事態も有り得る――。

 

 しかし、その心配は無用だったのかもしれない。

 レオンは、アオアシラの引っ掻きを見切り、的確に避けている。

 アオアシラが両腕を振り上げたその瞬間に、レオンは前転回避した。

 そして、起き上がりざまに大剣を()ぐ。

 

(よし! これで決まる!)

 

 ソラは心の中で叫んだ。

 そのときだった。

 アオアシラが躰を大きく()じり――

 

「えっ?」

 

 鋭く伸びた爪が、彼の首を切り裂いた。

 肢体から分断された頭部は大きく舞い上がる。

 レオンの躰が崩れると同時に、頭部はガシャッと音を立てて地に落ちた。

 ソラは、一瞬、自分の目を疑った。

 

(嘘――)

 

 信じられない、いや、信じたくない光景だった。

 レオンが……死……?

 そんなはずは……ない。

 これは、きっと、見間違い。

 いや、これは、夢、なんだ。

 

 思考を歪曲(わいきょく)させ、事象を否定する。しかし、すぐに現実に塗り潰されてしまう。

 

 鼓動が速まる。

 呼吸が乱れる。

 冷汗が垂れる。

 視界が霞む。

 恐怖の再燃。

 呪縛の再発。

 怖い、怖い、怖い、怖い、怖い……。

 

 青熊獣が、のそりのそりと迫ってくる。距離が一歩一歩と縮まるたび、心拍が加速度的に速まっていくような気がした。 

 襲い来る恐怖の中、いつか聞いた言葉が、彼女の脳裏を過った。

 

 ――どんな状況に陥っても、冷静さを欠くな――

 

(そ、そうだ……冷静にならなきゃ)

 

 恐怖を絡ませて、唾を呑み込んだ。

 

(で、でも、どうしよう……)

 

 狩りの前、レオンは言っていた。危なくなったら逃げろ、と。

 でも、わたしは心に誓った。決して逃げない、と。

 どちらを選択するべきか……?

 逃げても、逃げ切れる保証は無い。

 立ち向かっても、倒せる自信は無い。

 

(あぁー、もう! どうすればいいんだろう!)

 

 混乱と困惑が、彼女の心を蝕む。

 その間にも、アオアシラは迫り来る。

 

(だめだめ、常に、冷静に……)

 

 そう言い聞かせ、暴走した心を鎮める。

 

(大丈夫、レオンは生きてる……絶対に……)

 

 そう考えないと、また恐怖に()し潰されてしまいそうだった。

 

(……逃げるべき? でも、方向音痴だし……無事に逃げ切れたとしても、そのあとにまた面倒なことになったらそれこそ大変だし……。なら、弓矢で応戦するしかない……)

 

 ソラは矢筒から1本の矢を抜き、(つが)える。

 

(矢はまだある……。でも、早めに仕留めないと……)

 

 (やじり)を獲物の頭部に向け、矢筈(やはず)を放した。

 だが、放たれた矢はアオアシラの顔を(かす)めただけだった。

 

(っ……。だめ……、まだ手が震えてる……)

 

 2本目の矢を引き出す。

 獲物との距離、約10メートル。

 矢を()ぎ、しっかりと狙いを定める。

 目標は頭。

 ここなら一撃。

 まだ残る緊張と恐怖を、吐息に混ぜて排出する。

 動く小さな的に、全神経を集中させ――

 

(いけっ!)

 

 解き放った矢は、額へと吸い込まれていく。

 

(やった!)

 

 そう思ったのも束の間、熊は丈夫な右腕で矢を弾き返した。

 

「なっ」

 

 攻撃が見切られていた?

 何、こいつ……、強い……!

 

 次の矢を番える隙を与えず、咆哮。

 至近距離からの音の攻撃が耳を(つんざ)く。瞼が重い。

 

(……っ)

 

 瞼を開くと、青熊獣が両腕を振り上げる光景が映った。爪の先端が、妖気を(まと)ったような光を反射している。

 

 ダメだ、もう死ぬんだ……。

 

 死を覚悟した、そのときだ。

 

 必ず生きて帰れ――そんな言葉が、どこからか聞こえた気がした。

 

(誰の声……?)

 

 聞き覚えのある声。さっきまで聞いていた声。レオンの声だ。

 

(いつの言葉……?)

 

 あぁ、そうだ。あのときのだ。よく覚えている。印象的だった。

 

(なんで今……?)

 

 死ぬ寸前だから?

 

 その言葉は、脳内で反響し、次第に大きくなる。

 生きろ、生きろ、生きろ、生きろ、生きろ――!

 

(そうだ、生きて帰らなきゃ――絶対に!)

 

 脳を駆けた思考が、神経を伝って全身に伝播(でんぱ)する。 

 右手で矢を掴み、切り株を足で蹴る。

 躰が跳ね上がった。

 自分でも信じられないほどの高さ。

 青熊獣の攻撃は、彼女の(はる)か下で空を切る。

 獣の顔面が、目前に迫った。

 

「うああああああああっ!!!!」

 

 大きく振りかざした右腕に、

 持てる力すべてを込め、

 獣の頭を目掛けて、

 一気に振り下ろす!

 

 

 生血が()ぜた。

 青熊獣が静止する。

 地面に落下したソラは、仁王立ちの熊を見上げた。

 鏃が脳天を突き抜け、顎から飛び出ている。

 獣の双眸(そうぼう)から光が失せ、巨体が後ろに傾く。そして、震動。

 

「……はぁっ……はぁっ……っ」

 

 目の前の獣はピクリとも動かない。彼女の渾身の一撃で、息絶えたようだ。

 

「……や、やった……」

 

 ソラは背中から倒れ込んだ。少し湿った地面は冷たく、火照った躰を冷やしてくれた。

 大きく息を吐く。全身の力が抜けていく。躰の奥底から達成感が湧き上がってくるのを感じた。だが、時を同じくして、もう一つの感覚が襲ってくる。

 

 ……これは何だろう?

 中身を失い、空っぽになったような……、そう、虚無感。

 

「あっ……、そ、そうだ、レオンが――」

 

 慌てて上体を起こすと、腰に痛みが走った。

 

「ったぁ……」

 

 思わず顔が歪む。地面に落ちたときに打ち付けたせいだろうか。痛みを堪え、なんとか立ち上がった。

 被った笠を後頭部にやる。頭に手を当てると、熱が(こも)っていた。でも、とくに頭がぼうっとしているわけではない。

 レオンの元へ向かうため、ソラは一歩踏み出そうとする。

 だが、できない。

 

 怖い。

 人の死を認めるのが怖い。

 振り返って、帰ってもいい。

 だって、生きて帰らなきゃいけないから。

 

 彼女は振り向こうとした。だが、それもできない。

 引き返しても、恐怖がまとわりつくからだ。

 逃れられないのなら、逃げることなんて意味がない。

 彼女は覚悟を決めた。

 すべてを受け入れる覚悟を。

 そして、前へ進む。しかし、一つ一つの動作が重たい。

 

 どれだけ歩いたのかは分からなかった。

 気がつけば、足元に頭部の防具が転がっていた。レオンのものだ。元々赤い防具が、(のり)のように張り付いた血で、さらに赤みを増している。

 ソラはおそるおそる手を伸ばし、それを拾い上げる。

 唾を一つ呑み込んで、中を覗く――が、空だった。

 

「あ、あれ? じゃ、じゃあ……」

 

 彼女は、仰向けで倒れている肢体に視線を向けた。この位置からでは、首から上の状態は見えない。

 手に防具を抱えたまま駆ける。

 

 レオンは、五体満足の姿で仰向けに倒れていた。左のこめかみの辺りが裂け、出血で顔面が赤に染まっている。

 ソラは、レオンの肩の近くで膝をつき、名前を叫んだ。

 何回か連呼したところで、レオンの目が微かに開いた。

 

「あ……」

 

 安堵が込み上げ、ソラの目に涙が溢れる。

 

「レオンっ!」

 

 彼女はレオンを抱きついた。途端に、レオンが咳き込む。彼女は慌てて、腕を離した。

 

「あっ、ご、ごめん……」

 

 レオンの(うつ)ろな目が彼女を捉えた。そして、彼は弱々しい声で、「ソラ……?」と呟いた。

 

「だ、大丈夫?」

 

「…………あぁ……オレ……生きてるんだな……。てっきり……死んだかと……」

 

「わ、わたしも……、し、死んじゃったのかと思っちゃったよ……」

 

 涙声になっているのが彼女には分かった。

 

「そうだ……アオアシラは……どうなった……?」

 

「あ……、わ、わたしが……倒したよ」

 

「へぇ……やったな……」レオンは唇の片側を上げた。それは微々たる動きだった。

 

「そんなことより……、顔が血(まみ)れだよ……? 早く手当てしないと……」

 

 ソラはポーチの中から、応急薬の入った小瓶を取り出して、蓋を開ける。

 

「こういうときは……飲むの?」

 

「……布……ポーチ……あるから……応急薬……付……て……傷口……当て……くれ……」

 

「う、うん。わかった」

 

 ソラは言われた通りに事を進める。包帯もあったので、応急薬を染み込ませた布を傷口に固定できるように、額に包帯を巻いた。

 

「……ごめん、迷惑を……かける」先程より少しはっきりした言葉で、レオンは言った。

 

「ううん……、大丈夫だよ。心配しないで。ほかにすることはない?」

 

「あぁ……たぶん、大丈夫……だ」

 

 レオンは頷くと、片腕を突いて、上体だけ起こした。

 

「ってて……」

 

 ソラは反射的に、レオンの背中を支えた。

 

「まだ動かない方が……」

 

「いや……、帰るまでが狩りなんだ……いつまでもこうしちゃいられない」彼はわずかな微笑を浮かべた。「それに、剥ぎ取りが……まだだろ?」

 

「あ、うん」

 

 ソラはレオンの手を引いて立ち上がらせた。

 

「まだ、生きてるのが不思議に思えて……仕方ないなぁ」レオンはそろそろと大剣を拾い上げる。「運よく防具が外れてくれて……よかった」

 

 彼はソラから防具を受け取ると、それを腰に(くく)りつけた。

 

「……防具の整備をし忘れたのが原因だな。……帰ったら、加工屋の爺さんに頼んでおかないと」

 

「でも、ホントによかったよ。レオンが生きてて」ソラの言葉の語尾が震える。「……ものすごく……怖かった」

 

「……ごめん」

 

 レオンはそう答えるしかなかった。ほかに気の利いた言葉が思いつかなかったからだ。

 

「……こんなに怖かったのは、は、初めてだよ。もう……なんか……おかしくなっちゃいそうだった……」ソラは鼻を啜り、「ホントに……ホントに……よかった……」ついには、(せき)を切ったように泣き出してしまった。

 

 レオンは困惑した。そして、間の悪いことに、ナナが現れる。

 

「あら、また泣かしちゃったの?」

 

「え、あ、いや、そんなんじゃなくて……」

 

「アンタはいっつも最低なことしかしないんだから」ナナはうんざりした顔を見せつけると、ソラに寄り添った。「ソラ、レオンが何を言ったのかは知らないけど、気にすることなんて無いのよ」

 

 ナナが優しく言うと、ソラは小さく首を振った。

 

「……レオンは……何も……言って……ないよ……」ソラはごしごしと目を擦り、「わたしは……だ、大丈夫だから……っ、早く……剥ぎ取りを済ませて………帰ろ?」無理矢理作ったような笑顔を見せた。

 

「ホントに何も言ってないの?」ナナはレオンを睨みつける。

 

「あぁ」

 

「……そ、ならいいわ」ナナは吐き捨てるように言う。「で、レオン、躰は大丈夫なの?」

 

「それを先に聞けよ!」レオンは思わず口走った。

 

「……元気そうじゃない。ヤバそうなら救助アイルーを呼ぼうと思ったけど。じゃ、早く剥ぎ取りを済ませて帰還しましょ。レオンは剥ぎ取り素材の運搬ね」

 

「ちょっとは(いたわ)れよ! オレは怪我人だぞ!」

 

 と、レオンは怒鳴りたかったが、閉じかけている傷口が開きそうだったのでやめた。それに、怒鳴ったところで、また冷たくあしらわれるだけだ。これは賢明な判断と言えよう。

 

 三人は、熊の屍の元へ向かった。鉄の匂いが鼻をつく。

 仰向けで倒れ、滲み出た血で赤熊獣(アカアシラ)になった亡骸(なきがら)の頭部を見て、レオンは驚愕した。

 

「こ、これ……」

 

 頭頂部から顎にかけて、一本の矢が貫通している。

 

「ど……、どういうことだ? まさか、空を飛んで矢を射たんじゃないよな?」

 

「……そんなこと、できるわけないよ。翼があれば、話は別だけど」

 

「それで、どうやったんだ?」

 

「うん……。切り株の上から跳んで、矢を刺したんだ」

 

「……なんでそんなことができたんだ?」

 

「声が聞こえたの」

 

「……声?」

 

「うん、声。レオンの声だった」

 

「……オレ、気絶してたから、声なんか出せないはずだけどなぁ……?」

 

「聞こえた……っていうよりは、思い出したって感じかな? とにかく、声が聞こえたんだよ」

 

「どんな声?」

 

 ソラは少し唸ってから答えた。

 

「〝必ず生きて帰れ〟……って。ほら、あのとき、言ったやつだよ」

 

「あぁ、あのとき、な」

 

 いつか、このエリアで採集をしているとき、レオンが言った言葉だ。

 

「で、その言葉に突き動かされたんだよ……たぶん」

 

「それだけ心に響いてた、ってことだな」

 

「うん。だから、もしあのときタイガと口喧嘩して、レオンに怒鳴られてなくて、その言葉を聞いてなかったら、死んでたかも……」

 

「まさに、怪我の功名ね」とナナ。

 

「え? けがのこうみょう?」ソラは首を傾げた。

 

「過失だと思ったことが、偶然良い結果をもたらすことよ。この場合でいう過失は口喧嘩して怒られたこと、結果は生き延びることができたことね」

 

「なるほど! じゃ、これからどんどん口喧嘩すればいいのかな?」

 

「それはやめてくれ……」レオンは首を振った。「オレだって怒鳴りたくて怒鳴ったわけじゃなかったんだからさ。それに、キレてほしくなんかないだろ?」

 

「うん。ちょっと怖かったし」

 

「うん、分かってるならいいんだ。……それよりも、初狩猟おめでとう」

 

「あ……、ありがとう。……でも、わたし、とくに何にもしてない気がするんだけど」

 

「そんなことない」レオンの口元が緩んだ。「恐怖に打ち()って、モンスターに立ち向かえただろ? それだけでも大きな飛躍だよ」

 

 ソラは、その言葉を聞いて、沈んでしまっていた達成感が泡のように湧き上がってくるのを感じた。

 

(わたし……やったんだ)

 

 この達成感が、狩猟の楽しみなのかもしれない。

 恐怖に立ちすくむ自分を打ち破り、強大な相手に挑む。

 そして、その先にある、昨日まで掴みとれなかったものを、手に入れる。

 過去の自分では越えられなかった一線を跨ぎ、新たな世界を感じる。

 この楽しみのために、生き、狩りをしているのではないだろうか。

 彼女には、そう思えた。

 

「よし。早いとところ切り上げよう。コイツの死体を狙って、肉食の小型モンスターが寄ってくるかもしれないからな」

 

「うんっ」

 

 ソラはアオアシラの隣で膝をつくと、腰につけた剥ぎ取りナイフを手に構えた。

 

(わたし……、やっとハンターらしくなってきた!)

 

 既に冷たくなった獣の躰に、静かに刃を突き立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 剥ぎ取りを終えた彼らが拠点に戻ると、

 

「ニャニャッ! お帰りニャー!」

 

 躰のあちこちに包帯を巻いたタイガが、手を振って出迎えた。

 

「おっ、タイガ、元気そうだね?」ソラは彼に駆け寄る。

 

「ベッドで眠ったら全快ニャ!」

 

「よかった! これで、これからも(いじ)め続けられるねっ!」

 

「そうニャッ!! ――ってちょっと待つニャ!? そういうことを笑顔でさらっと言わないでほしいニャ!!」

 

「えー……。タイガを虐めることが生きがいなのに……」

 

「ボクは死んでおくべきだったニャ――――ッ!!」

 

 頭を抱えて嘆くタイガ。そんな彼の頭に、ソラは優しく手を置いた。

 

「タイガ――」

 

「ニャ?」タイガは少し顔を上げる。

 

「死んだ方がよかっただなんて、そんなこと言っちゃ駄目。生きてなきゃ、楽しいことも嬉しいことも味わえないんだよ?」

 

「そ、そうニャね……。ごめんなさいニャ」

 

「それでいいの。それに……」

 

「ニャ……?」

 

「タイガがいなくなっちゃったら、わたしはタイガを虐められなくなっちゃうんだよ!?」

 

「ボクは生きていても苦しみと痛みしか味わえないじゃないかニャッ!!!! もう焼くなり煮るなりモンスターのエサにするなり、好きにしてくれニャッ!!!!!! というか、前にもこんなこと無かったかニャ!?」

 

「……え? 気のせいだよ。もしかして、頭を打って記憶が混乱してるんじゃない?」

 

「ムム……、そうかもしれないニャ」

 

「そうそう!」ソラはにっこり笑って、立ち上がる。「それじゃあ、村に戻ろっか」

 

 全員が頷き、彼らは帰路に就いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ユクモ村に辿りつくと、村長はいつものように長椅子に座っていた。村長は、帰ってきた四人の顔を見るなり、ほっとした表情を浮かべた。

 

「皆さんご無事で……良かったですわ」

 

「えぇ」レオンは答えた。

 

「でも、頭のお怪我は大丈夫ですの?」

 

「あ、え、えぇ。躰は丈夫な方なので」

 

 村長はクスッと笑った。

 

「あの方の息子さんですものね」

 

「あ、そ、そうですね……」やっぱり親子って似るんだなぁ、とレオンは思った。

 

「村長! わたし、頑張りましたよ!」ソラは元気よく手を上げた。

 

「ニャニャッ! ボクもボクなりに頑張ったニャ!」タイガも手を上げた。

 

「えぇ。全身汚れだらけですもの。その頑張りはよく分かりますわよ」

 

「ふふ」

 

「ニャハハ」

 

「これでまた、村人が安全に渓流へ行くことができます。ありがとうございました」

 

 村長は、普段よりも深々と礼をした。

 

「いえいえ、これがハンターの仕事ですから」

 

「そうそう! 村長、またモンスターが現れたら、わたしがやっつけてやりますよ!」

 

「まぁ。以前のあなたからは聞けない台詞ですわね」

 

 村長の言うとおりだ、とレオンは思った。

 アオアシラとの闘いの中、いや、今までの狩猟や鍛練の全てを通じて、ソラは成長した。自信も(みなぎ)ってきて、すっかりらしくなった。

 

「それでは、ギルドへの報告は私が行っておきますから、あとはごゆっくり……」

 

「はい。お願いします」

 

 村長に一礼して、彼らはソラの家に向かう。

 

「はぁ……」深い溜め息をついて、レオンは頭の後ろで腕を組んだ。「やっと終わったって感じだなぁ」

 

「そうだね……」ソラは無機質な声で答える。

 

「防具の整備は明日でいいか……」

 

「そうだね……」

 

「……どうした? ソラ」

 

「そうだね……」

 

 異変を感じたレオンは、ソラの頭をぽん、と叩いてやる。

 

「……はっ。わ、わたしどうかしてた?」

 

「うん、なんか、ボーっとしてたな。どうしたんだ?」

 

「疲れてるのよ」ナナが言った。「極度の緊張状態から解放されたら、誰だってそうなるわよ」

 

「まぁ、そうか。そうだよな」

 

「急に眠くなってきちゃった……」

 

 ふぁぁ、とソラは大きな欠伸をする。

 

「帰ったら寝てればいいよ」

 

「うん……、そうする」

 

「で、タイガもふらふらしてるけど、大丈夫か?」

 

「……お腹空いたニャ」

 

「アンタはいつもそうね……」

 

 溜め息が一つ、宙を舞った。

 

 

 

 

 

 

 

 家に着くと、彼らは普段着に着替えて、夕食ができるまで眠っていた。ソラに関しては、ベッドに倒れ込んだ瞬間、寝息を立てて眠ってしまったほどだ。

 夕食を終えた彼らは、温泉へ入るために、ユクモギルドへ向かっていた。

 

「よく寝た気がするけど、疲れはまだ残ってる気がするなぁ……」

 

 ギルドへ通ずる石段を上る途中、ソラが呟いた。

 

「オレもだ。今になって、躰中が痛みだしてきたよ」

 

「ボクもニャ……。早く温泉に浸かりたいニャ!」

 

 ユクモギルドに足を踏み入れた彼らは、番頭アイルーから湯浴(ゆあ)みタオルを受け取ると、男女に分かれて更衣室へ向かった。そこで服を脱いでタオルを纏うと、浴場に出る。

 湯けむりが水面から立ち上っている様子は、(かすみ)がかかったように見える。

 桶で(すく)った湯を躰にかけてから、彼らは湯に浸かった。

 ふぅ、という吐息に混じって、疲労が躰から抜け出していく。この瞬間がこの上無く気持ちいい。

 

「いつもながら、良い湯だなぁ……」レオンは目を(つむ)った。「それに、今日は一段と癒される気がする……」

 

「飲み物、頼もうか?」ソラが訊いた。

 

「……そうだな、じゃ、いつものやつを」

 

「ナナちゃんとタイガは?」

 

「あたしもいつものでいいわ」

 

「ボクもニャ!」

 

 ソラはドリンク屋を呼んで、いつものドリンクを四つ注文した。ドリンク屋は手際よくドリンクを用意すると、彼女に4本の瓶を渡した。

 

「やっぱりコレだよな」

 

 レオンはユクモラムネの瓶をソラから受けとると、飲み口のビー玉を落とし、ぐいっと飲む。

 甘さが口いっぱいに広がり、冷たい弾ける刺激が喉を()ぜる。温泉の心地よさもプラスされて、極上の感覚が味わえる。

 ソラ、ナナ、タイガも瓶を傾け、ラムネを堪能している。

 

「しゅわしゅわが美味しいのニャ!」

 

 タイガは既に飲み終えてしまっていた。早食いのみならず、早飲みも得意なようである。

 

「……そういえば」レオンが(おもむろ)に口を開く。「ソラはあのとき、逃げようとは思わなかったのか?」

 

「え?」ソラはラムネを飲むのを中断して、レオンを見た。

 

「オレが倒れたときだよ。……アオアシラから逃げようとは思わなかったのか? 生きて帰らなきゃいけなんなら、逃げた方が良かったんじゃ?」

 

「うん……、それは思ったんだけど……。わたし、方向音痴だから、迷っちゃったりしたら、そっちの方が大変かなぁ……と思って」

 

「まぁ……、それはあるな」

 

「……でも、それよりも、逃げちゃったら……もう二度とレオンに会えない気がした、っていうのが一番大きいと思う」

 

「――だから、逃げなかった、というよりは、逃げられなかったんだな」

 

 ソラは小さく頷く。

 

「だったら、倒しちゃえ、って。そう思ったんだよ」

 

「それがあの、奇跡的な跳躍力を生んだのか」

 

 レオンは上を向いて、長く息を吐いた。

 

「ま、今回は上手くいったから良かったけど、下手したら命を落としていたかもしれないからな。これからは、冷静に判断して、逃げるか逃げないか決めた方がいい。常に、危険性(リスク)の低い行動をとれば、安全なおかつ円滑に闘えるんだ」

 

「説得力が無いわね」ナナが言う。「レオン、あの熊にやられちゃったんでしょ?」

 

「そうだな……説得力が無いな」レオンは溜め息をついた。「でも、よく分かっただろ? オレたち狩人(ハンター)は、死と隣り合わせの世界で生きてるってことが」

 

 ソラは頷いた。同時に、レオンと出会った日に聞いた〝狩人は最も危険な職業〟という言葉の意味を、彼女は改めて知った気がしていた。

 

「身を持って体感したよ」

 

「うん……、狩人は、生と死の狭間に住まう者……って言ってもいいかもな」

 

「生と、死……?」

 

「そう、生と死。生と死は、懸け離れているようで、すぐ近くにある。しかも、切っても切り離せない関係、表裏一体の関係にある。光があれば必ず影ができるように、生命(いのち)ある者は、必ず死ぬ。でも、いつ死ぬかなんて、誰にも予測はできやしない。だから、生きるのは難しい」

 

 レオンは一度小さく息を吐いてから、続けた。

 

「死ぬことの方が簡単で、いずれやってくるものなのに、なぜ人は死を恐れるんだろうな?」

 

 その問いに、ソラは黙考する。数秒して、彼女は答えを出した。

 

「……生きているから?」

 

「それもある。でも、オレは、覚悟の問題だと思ってる。〝生きること〟に生半可な覚悟で挑むから、死が恐いんだ」

 

「生きることに……?」

 

「うん。だから、死ぬ覚悟は要らない。生きる覚悟を持て」

 

「生きる覚悟、かぁ……」

 

 ソラは、言葉を繰り返す。少しして、真剣な眼差しをレオンに向けた。

 

「ねぇ、レオン」

 

 何かを感じ取ったような眼差し。

 

「この世界で生き抜くためには、どんなことからも逃げずに、立ち向かわなきゃだよね?」

 

 レオンは含みのある笑みを浮かべると、ラムネの瓶を傾けた。

 

 

       *

 

 

 ≪レオンの日記≫

 

 村長からの依頼を受け、ソラ、ナナ、タイガとともにアオアシラの討伐へ向かった。

 奴はかなり手強かった。そして、最後までしぶとかった。

 止めはソラが刺した。それも、弓で矢を飛ばすのではなく、矢を握りしめたまま跳んで、奴の頭を貫いたというから驚きだ。

 ……彼女は確実に成長し、心も躰も強くなっていると感じた。

 本人もそれを実感しているようで、自信に繋がっている。

 対してオレは、まだまだだと感じることが多い。

 生きる覚悟――これが足りなかったのだと痛感している。

 このことは深く反省し、同じ(あやま)ちを繰り返さないようにしなければならない。

 

 そして最後に……

 食べ物の恨みは、ホントに怖い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 対アオアシラ編、これにて落着!

 


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第20話 大量発生の謎

 家を出たレオンは、大きく伸びをした。秋の匂いを(はら)んだ、ひんやりした風が、全身に当たる。遠くの山々は白い霧に覆われていて、色づき始めた紅葉を見ることはできなかった。これは、ユクモ村が山間に位置しており、秋の朝方は霧が発生しやすいからだ。

 ここ最近、渓流においての大型モンスターの目撃情報は無く、小型モンスターが増えすぎて困っているという報告も聞かない。いわば、ハンターにとってみれば稼ぎ時ではない。

 レオンにとっても、ここ数日は退屈な日々だった。

 

(ま、平和といえば平和でいいんだけどな……)

 

 新しいモノや発見を追い求める身としては、「暇」の一言でしかない。採取依頼のとき、この地域でしかお目にかかれないような代物を目撃することはあるが、それもごく少量の発見であり、興奮には値しないことが多い。やはり、狩猟こそが新鮮な感覚を養ってくれるのである。……かといって、モンスターとばかり戯れるのも、本意ではない。

 レオンは赤い髪を掻くと、身を翻し、家の中へ戻っていった。

 彼は、ソラの家に居候させてもらっている。ソラは、この村の専属ハンターの娘。だが、彼女の父が村を出払っているため、家の部屋が一つ空き、レオンはそこに住まわせてもらっている。

 ソラと彼女の家族、二匹のオトモアイルーと共に朝食を済ませると、レオンは部屋で、レウスシリーズを装備し始めた。途中、ナナが入ってきてどんぐりネコシリーズと大型のブーメランを装備し始める。

 

「よし」

 

 頭以外の防具を着け終えたレオンは、ぱん、と胸を叩いた。そして、大剣――レッドウィングを掴んで背中に掛ける。

 部屋を出ようとすると、ユクモノシリーズを纏った格好のソラが、開いた戸の縁に肩をかけていた。

 

「最近、狩猟依頼が少ないし、なんだか……ハンターっぽい感じがしないね」

 

 およそ一週間前のアオアシラの狩猟で、ソラはかなり自信をつけ、ここ最近はモンスターを狩りたくてウズウズしていたようだ。彼女もまた、レオンと同様、退屈な日々を過ごしているのだろう。

 

「とくにモンスターも現れないし、個体数も正常」レオンは溜め息を漏らす。「至って平和だな」

 

「……じゃあ、今日も採取依頼をこなすだけ、かぁ」ソラは残念そうな顔をした。

 

「毎日のように大型モンスターが出現するよりはマシだろ?」

 

「それは……そうだけど」

 

「毎日のようにご馳走が食べられるならいいニャ」とタイガ。

 

「アンタはそろそろ食べ物から離れなさい」とナナ。

 

 そんな会話を交わして、依頼を受諾するため彼らは村長の元へ向かう。村長はにっこり微笑み、彼らを迎えた。いつもの場所、いつもの動作だ。

 いつも同じ場所にいて退屈しないのだろうか、とレオンは思うことがある。

 しかし、その山のように動かぬその不動の姿勢は、村長としてあるべき姿なのかもしれない。何事にも動じぬその冷静さ。自分を崩さないその強い心。まさに、敬服すべき対象である。

 

(この村長が焦るとしたら、どんなことで焦るんだろう……)

 

 村長の焦る姿を少し見てみたい気もしたが、それは野暮なことなのかもそれないと、レオンは心の中で首を振った。

 

「村長、今日はどんな依頼がありますか?」ソラが訊いた。

 

「依頼はあるのですけれど……」ゆっくり、はっきりとした声で村長は話し始める。

「それよりも、ギルドからの連絡がありますわ」

 

「えっ? それは……?」ソラの目が輝いた。

 

「〝ジャギィの個体数が増加傾向にある。調査されたし〟というものですわ」

 

「……ジャギィ?」

 

 ジャギィと言えば、渓流でもたまに目撃される、小型の鳥竜種(ちょうりゅうしゅ)である。薄い水色と橙色の(からだ)を持ち、尾の横側には小さな黒い(とげ)が生え、頭部に襟巻(エリマキ)のようなヒレを有しているのが特徴的な肉食モンスターだ。

 

「急なことで申し訳ありませんが、よろしくお願い致します」村長は深々と頭を下げた。

 

「わかりました! それじゃ、みんな行こう!」

 

 ソラが張り切って言うと、四人は橋を渡って、渓流へと続く道を辿り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「……でも、調査なんて、パッとしないなぁ」

 

 道中、ソラが道端の小石を蹴りながら言った。

 

「ま、これも立派な仕事だよ」レオンはソラに目を向けた。「それに、〝ハンターという仕事をきちんとやり遂げるんだ〟みたいなことを言ってたじゃないか」

 

「そういえば、そうだったね」ソラは舌を小さく出して片目を瞑った。「あぶないあぶない」

 

「でも、これくらいの調査なら、ギルドの方で出来るはずなんだけどな」

 

「うーん、これって、お父さんの代役みたいな感じかなぁ」

 

 ソラはもう一度小石を蹴った。

 

「でも、これが良い経験になるんだったら、それはそれでいいかも」

 

 蹴られた小石は、道を逸れてどこかへ消えた。

 

 

 

 十分ほどして、彼らはベースキャンプに到着したが、調査が目的で支給品は無いため、ベースキャンプを通り過ぎて、エリア1へ向かった。

 エリア1には、ガーグァが3匹だけいた。何の変哲もない、いつも通りの風景が広がっているだけだった。草を這う虫を(ついば)んでいるガーグァを横目に、彼らはエリア4へ向かった。

 

 エリア4に差し掛かる手前、甲高い鳴き声のざわめきが聞こえた。

 彼らは物陰に隠れて、フィールドの様子を確認する。

 ジャギィの群れ。十数匹はいるだろうか。(せわ)しなく動き回るものもいれば、その場にじっと居座っているものもいる。

 ジャギィは、単体なら雑魚でしかないが、群れでいるとなるとかなりの脅威となる。仲間同士の意思疎通による俊敏な連携攻撃に翻弄されるハンターも少なくない。

 

「か、かなり多いね……」

 

「確かに多いな。しかも、ジャギィノスもいる」

 

 ジャギィノスは、雌のジャギィで、灰色と橙色の躰に、垂れ下がった耳が特徴だ。雄のジャギィよりも大きいため、俊敏性は欠けるものの、突進や体当たりの攻撃力はジャギィよりも高い。

 普段、ジャギィノスはあまり見かけないが、今回ばかりは、同じエリアに4、5匹ほど確認できた。

 

「こんなに集まって……祭りでも始めるつもりなのか?」

 

「あのモンスターたちも踊ったりするのかなぁ」

 

 冗談を飛ばせるのは余裕がある証拠だが、目の前に広がる光景には余裕など無かった。ジャギィに占拠されているのだから。その光景は、「増加傾向にある」というより、「大量発生」といった方がしっくりくるものだった。

 

「ジャギィは群れで行動しているモンスターだから、多いのは普通だけど……」

 

「ここまで多いのは……何かあるわね?」ナナが言った。

 

「結果には必ず原因がある……これも表裏一体、か」レオンがぼそりと呟いた。「……でも、これだけの群れを率いるとなると、統率するリーダーの存在が必要不可欠になってくるんだよな」

 

「あ、それって、ドスジャギィ?」

 

 ドスジャギィ――別称を【狗竜(くりゅう)】という鳥竜種のモンスターで、ジャギィやジャギィノスの群れを束ねるリーダーである。

 

「あぁ。だから、奴が近辺にいる可能性は極めて高い」

 

 そんな話をしているうちに、〝奴〟は姿を現した。噂をすれば何とやら、だ。

 薄紫と橙の躰に、頭の周りの大きな襟巻。姿はジャギィを大きくしただけのようだが、強靭な四肢、鋭い鉤爪、威圧の眼光は、見る者を圧倒するほどの存在感を(かも)し出している。

 

「あれが……ドスジャギィ」

 

 いつか聞いた、〝百聞は一見に()かず〟という言葉を、ソラは思い出していた。文献にあった絵や写真でドスジャギィの容姿や大きさは把握していたが、実物を見るとそれがよく分かる。そして、写真で見るよりも遙かに大きい。

 

「よし」

 

 レオンは軽く頷くと、(きびす)を返して、エリア1に戻ろうとする。

 

「えっ? もう帰っちゃうの?」

 

「あぁ」レオンは顔だけ振り向いた。「原因が判明したからな。ドスジャギィが群れを率いてやってきた――これさえ分かれば、問題ない。それに、これ以上進んだら、あの群れに襲われるだろ?」

 

「あ、あぁ……。確かにそうだね」

 

 あの群れに突入していくのは自殺行為だ。また、群れを避けて探索を続けたとしても、どこかで遭遇する可能性も否めない。無事に帰り、報告する義務があるのだから、この判断は至極(しごく)真っ当なものであるといえる。

 彼らは、狗竜の軍団に背を向けると、足を進めた。

 

 村へとんぼ返りしたレオンたちは、ドスジャギィの出現を村長に報告した。村長の返答は、ギルドに伝えておきます、ということだった。

 しかし、ドスジャギィ討伐の命が下りそうな予感がレオンにはあった。

 ジャギィやジャギィノス、ドスジャギィたちは、縄張り意識が非常に高い。ゆえに、村人が誤って彼らのテリトリーに侵入してしまった場合、ジャギィたちに襲われ、命を落とす危険がある。人命は最も優先される事項であるため、ギルドが討伐の命を下す可能性は十分に考えられる。

 

「よし、今からユクモ農場へ行こう」レオンは提案した。

 

「へ? ユクモ農場?」ソラは呆気(あっけ)に取られたような表情になる。

 

「少しやることができたんだ」そう言って、レオンはナナに耳打ちした。

 

「……そう、わかったわ」何かを了承すると、ナナは駆けていく。

 

 ソラがキョトンとしていると、レオンは彼女の背中を押した。

 

「さぁ、早く行こう」

 

 

 

 

 

 

 

 ユクモ農場は、いつもと変わらない姿を見せてくれた。変化がある部分を挙げるとすれば、農作物が成長している点だろう。

 彼らは農場の平坦な場所へ向かい、腰を下ろした。

 

「ここで何するの?」

 

 ソラが訊くと、レオンはすぐ答えた。

 

「ドスジャギィと、奴が率いる群れの掃討作戦を練る」

 

「え? どういうこと?」

 

 ソラの頭上に、たくさんの疑問符が載っかっている。レオンには、彼女の言いたいことが分かっていた。「討伐命令も出ていないのに、なぜそんなことをしなくてはいけないのか」ということだ。

 

 レオンは、先ほど考えていた、ジャギィの群れの危険性について述べた。ソラは、それを聞いて理解できたようだった。

 

「……確かに、あれだけの数がいれば、村の人たちはユクモの木も採りにいけないもんね」ソラはうんうんと頷く。

 

「まだ討伐令は出てないけど、先に作戦を練っておいても問題はないからな」

 

「うん」

 

「そこで、道具(アイテム)の説明と確認をしておこうと思う」

 

「そういえば……、アオアシラを狩ったときには、道具なんて使わなかったね」

 

「そう、身一つで掛かっていっただけだった」

 

 そのとき、ナナが大きな道具袋(ポーチ)を抱えてやってきたので、レオンは「すまないな」と言って彼女からポーチを受け取った。

 

「でも、今回は、狩猟対象が1体じゃなくて複数だ。正面からぶつかっていくだけの戦闘は危険性(リスク)を伴う。というわけで、道具(アイテム)の分類と種類、用途について簡単に説明しよう――」

 

 

 ハンターが使用する狩猟に関してのアイテムは、おおまかに、自分自身に使用するもの、モンスターに対し使用するものの、武器で使用するものに分かれる。

 

 自分自身に使用するものには、治癒回復系、能力増幅系がある。

 治癒回復系には、怪我の治癒や止血効果のある【薬草】・【回復薬】・【応急薬】、スタミナをつけることのできる【携帯食料】や【こんがり肉】、毒や火傷などの状態異常を回復するものがある。

 能力増幅系には、滋養強壮に効果のある【栄養剤】、スタミナの消費を抑えることができる【強走薬】、筋肉の働きを最大まで増強し攻撃力を高める【鬼人薬】、皮膚を硬化させ防御力を高める【硬化薬】、発汗機能を高め体温の上昇を防ぐ【クーラードリンク】、保温作用を高め体温の低下を防ぐ【ホットドリンク】、感覚器官を極限まで洗練しモンスターの位置を把握する【千里眼の薬】などがある。そのほかにも、似たような効果を持つアイテムは多数存在する。

 

 モンスターに対し使用するものには、投擲系、罠系、爆弾系がある。

 投擲系は、主に投げつけることで使用するもの。強烈な匂いと色を付着させモンスターの位置を把握する【ペイントボール】、凄まじい光量を有する【閃光玉】、モンスターの嫌う臭いを発する【こやし玉】、衰弱して罠に掛かったモンスターに投げつけることで麻酔効果を発揮する【捕獲用麻酔玉】などがある。

 生肉に毒や麻痺効果のある素材を練り込んだ【毒生肉】や【麻痺生肉】、強力な電撃で筋肉を痙攣させモンスターの動きを止める【シビレ罠】、穴に落としてモンスターを拘束する【落とし穴】などが罠系アイテムだ。

 爆弾系は、名前の通り爆弾であり、タル爆弾が主である。小さなタル爆弾から大きなタル爆弾、そして飛ぶ爆弾など……種類は豊富。

 

 武器で使用するものには、ボウガンの弾、弓矢のビン、砥石などがある。

 ボウガンの弾には属性(火、水、雷、氷、龍など)がついていたり、状態異常(毒、麻痺、睡眠など)を狙える効果のある薬品が詰まっていたりする。

 弓に装着し、矢に特殊効果を付与するビンには、状態異常を狙えるビンなどが存在する。

 

 また、調合材料としてのキノコ、魚、虫、鉱石なども、活用できるアイテムだ。

 

 

「――狩猟のときには、これらのアイテムを駆使して、強大な存在であるモンスターよりも優位に立たなければならない」

 

 ソラがうんうんと頷いているのを見ながら、レオンは続ける。

 

「ほかにも、自分で調合して作ったオリジナルのアイテムなんかもある」

 

「えっ? 何々?」

 

「例えば……」

 

 レオンは、ポーチから土の塊のようなものを取り出した。

 

「この、【泥ダンゴ】とか」

 

「ドロダンゴ……ってこれ、普通の泥ダンゴだよね?」

 

「うん、【肥沃(ひよく)な泥】と【素材玉】を組み合わせてみたんだ。これをモンスターの目に当てれば、視界を奪うことができる。しかも、粘度は普通の泥ダンゴよりも高いから、効果はかなり長く続く」

 

「それって、けっこう使えるんじゃ?」

 

「いや、難点があって……。確実に目に命中(ヒット)しないと効果が無いんだよ。目に当らなきゃ、だだの泥汚れになるだけ。これは、失敗作だった」

 

「うーん、ペイントボールみたいに色とニオイをつけてもいいんじゃないかなぁ? そしたら、目に当らなくても、モンスターにマーキングはできるよね?」

 

「あぁ……そうすればいいのか!……なるほどな、オレは基本的にペイントボールを使わないから、その発想は無かった……。作れば売れるな」

 

「ほかには無いの?」

 

「うーん、そうだな……、【捕獲用麻酔ビン】かな? 【捕獲用麻酔玉】や【捕獲用麻酔弾】はあるのに、なんで弓用の捕獲用麻酔ビンは無いんだ、と思って作ってみようとしたんだ」

 

「それで、どうなったの?」

 

「【空きビン】に【捕獲用麻酔薬】を入れただけなんだけど、普通にできたよ。でも、オレは剣士だし、使うことは無いからお蔵入りになった」

 

「わたしは弓だし、使えるよ?」

 

「そうだな。また気が向いたときに作っておく」

 

「それで、作戦はどうなるのよ」ナナが言葉を尖らせ言った。

 

「あ、そうだった。作戦を立てないとな」レオンは腕を組んだ。「……まず厄介なのは、大量のジャギィたちだ。あいつらをどうすればいいか、考えてみよう」

 

「そうだなぁ……」

 

 ソラは唇に指を当てて唸る。

 

「うーん、群れを散り散りにさせて、数匹ずつ倒していくのはどうかな?」

 

「どうやって群れを分散させるんだ?」

 

「タイガに生肉を持たせて、オトリに……」

 

「ちょ、ちょっと待つニャ!」

 

 タイガは慌てたように飛び上がった。

 

「なんでボクはいつもそういう役になるのニャ!?」

 

「え? だってタイガ、まえに『焼くなり煮るなりモンスターのエサにするなりなんなりしてほしいニャー』なんてこと言ってなかったけ?」

 

「『してほしい』なんて一言も言ってないニャ!? 『好きにして』と言ったのニャ!!」

 

「じゃあ、別に問題ないってことだよね」

 

 ソラの言葉で、タイガは黙りこくってしまった。沈黙は金。これ以上傷口を広げない方が得策だ。いや、墓穴を掘ったとも言えるが、既に墓穴は掘ってしまっている。

 

「……でも、それだと、全員が生肉を持って、一人が数匹を相手にするようにしないと。絶対に分散できるとは限らないからな」レオンが反論する。「だけど、引き寄せるっていう発想は悪くない」

 

「むぅ。それじゃ、どうするの?」

 

「生肉で、ジャギィたちを(おび)き寄せる」

 

「それだと、わたしの考えと一緒じゃん……」

 

「生肉に細工を施しておくんだ。【ネムリ草】を【生肉】と調合すると、【眠り生肉】が出来上がる。奴らがそれを食えば、瞬く間に夢の中だ」レオンは人差し指を立てる。「そして、大タル爆弾で一掃。そっちの方が、武器で攻撃するより無駄に労力を使わなくて済む」

 

「おぉ……!」ソラは掌を合わせた。「アイテムを駆使してるんだね!」

 

「でも……」ナナが話し始める。「それって、ドスジャギィがその場にいないと仮定しての話でしょう? いたらどうするのよ」

 

「あれだけの群れだと、ドスジャギィが完全に統率できているとは考えにくい。群れが大きくなれば大きくなるほど、統率力は失われる傾向にある。だから、ジャギィたちをドスジャギィから引き離すことは、そこまで難しいことじゃないと思う」

 

「……ふぅん、なるほどね」

 

 ナナは、納得したようだ。

 

「じゃ、ドスジャギィがいる場合は?」

 

「閃光玉を使ってジャギィを気絶させて、その隙にジャギィを倒す。時間的制約があるのが問題だけどな」

 

「閃光玉を続けて使えばいいんじゃ?」ソラが訊く。

 

「うーん……、それでもいいんだけど、効果が薄れるからな」

 

「効果? 薄れるの?」

 

「……まぁ、慣れっていうのかな。人間だってそうだろう? 慣れてくると、以前までは辛いと思っていたことが、辛くなくなる。普通の状態になるんだ。それと一緒」

 

「あ、あぁ、そういうことかぁ」

 

「でも、全く効かなくなるわけじゃないし、最悪、それでいこう」

 

「あとはドスジャギィだけだね。どうするの?」

 

「……ドスジャギィは、罠に()めて、集中的に攻撃するんだ」

 

「罠はどう使うの?」

 

「普通に設置するだけで大丈夫だ。ただし、落とし穴は、シビレ罠より時間がかかる」

 

「じゃ、シビレ罠を使った方がいいんだね?」

 

「うん。でも、シビレ罠が効かないモンスターもいる」

 

「モンスターによって使い分けなきゃいけない、ってことかぁ……」

 

「そういうこと」

 

 レオンは、ぱん、と手を叩く。

 

「よし、作戦の確認はこれまでだ。何が起こるかは予測できないから、詳しいことはそのときの判断に任せるしかない」

 

 そう言って、彼は腰を上げた。

 

「あとは、武器の手入れと、アイテムの準備をしよう」

 

「〝備えあれば憂いなし〟だよね?」

 

「あぁ」レオンは表情を綻ばせた。「〝転ばぬ先の杖〟とも言うな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 次回、狗竜軍団討伐作戦決行!


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第21話 群れを総べる者

 突如、渓流にジャギィが大量発生した。ギルドの命を受け、その原因の調査に向かったレオンたち。渓流で彼らが見たのは、群れを統べる者――ドスジャギィの姿だった。




 翌日、ギルドより、ジャギィの群れおよびドスジャギィの討伐令が下された。

 村長からギルドの命を聞いたレオンたちは、一旦ユクモ農場へ向かった。農場に置いてある準備物を取りにいくためだ。

 

「思った通り、討伐令が出たな」

 

 レオンが誇らしげに言うと、ソラは頷いた。

 

「だね。準備はもうできてるし、あとは狩るだけ!」彼女は張り切っている。

 

「それじゃ、ナナ、タイガ、よろしくな」

 

「えぇ」

 

「ニャ」

 

 レオンが2匹に頼んだのは、【大タル爆弾】を荷車に積み、渓流の拠点(ベースキャンプ)まで運ぶ仕事だ。タル爆弾は、衝撃を与えると大爆発を起こすとんでもない代物であるため、爆弾の扱いに長けているアイルー族に運搬を任せた方が無難なのである。拠点からは、爆弾を手で運ぶ。

 アイテムの最終確認を終えたレオンとソラは、渓流へ赴いた。

 拠点に到着すると、二人はギルドからの支給品を受け取り、すぐにエリア1へ向かう。

 そこでガーグァを2、3羽仕留めると、すぐに拠点に戻り、雑貨屋で購入したネムリ草と調達した生肉を調合して(といってもネムリ草を練り込むだけだが)、眠り生肉を複数個作った。

 

「じゃ、ジャギィの群れの位置を調べるとするか」

 

 レオンは目を閉じ、鼻で風を吸う。

 草木や土の匂いに混じる、獣の匂い……。

 近い。

 レオンは、ぱっと目を開く。

 

「分かった?」ソラが訊く。

 

「あぁ」レオンは応じながら、ポーチから地図を引き出す。「匂いの強さと方向から、エリア2に群れがある」彼は、地図上のエリア2辺りを指差した。「あとは、ちらほらモンスターがいるくらい」

 

「エリア2かぁ……案外近いね」

 

「これなら、爆弾を運ぶのもさほど苦労しないな」

 

「ドスジャギィはいたの?」

 

「たぶん……そこにはいないかな。だから、早めに作戦に移ろう」

 

 そこへ、ナナとタイガが荷車を押してやってきた。荷車には、大タル爆弾四つと、そのほかのアイテムが積まれている。

 

「ちょうど、だな」レオンは片手にタル爆弾を、もう片方の手に落とし穴を作る装置を持った。「爆弾は、一人一つずつ運搬だ。眠り生肉、忘れるなよ」そして、歩き出す。「さあ、行こう」

 

 

 

 

 

 

 岩陰に隠れた彼らは、エリア2でジャギィの集団を視界に捉えた。所々にジャギィノスがいるが、すべて眠っている。

 

「ドスジャギィの姿はないな……」レオンは呟くと、持っていたタル爆弾をその場に置いた。「よし。睡眠爆弾作戦決行だ」

 

 レオンは、ソラから眠り生肉を数個受け取ると、ジャギィの群れの中心部にそれらを放り込んだ。

 疑う様子もなく、ジャギィたちは睡眠薬を仕込んだ生肉を(ついば)み始める。どうやら、かなり腹を空かせているらしい。

 ドスジャギィの統率する群れでは、捉えた獲物を食う順番がドスジャギィ、ジャギィノス、ジャギィであるため、ジャギィが腹を空かせているのも納得できる。

 もしかしたら生肉を食わないかもしれない、という一抹(いちまつ)の不安がレオンにあったのだが、その心配も無用に終わった。あとは、ジャギィたちが眠ったところに爆弾を設置、起爆するのみだ。

 1分も経たないうちに、静寂が訪れた。すべてのジャギィは眠りこけ、死んだように動かなくなった。

 レオンが頷くと、総員、爆弾を手に持って静かに移動を開始した。

 生肉に群がるようにして眠るジャギィたちの側に、爆弾を二つ置く。ジャギィノスは数匹が離れて位置しているので、確実に仕留められるかは分からないが、爆風である程度のダメージを与えられる距離に爆弾を置いた。

 その作業を終えると、レオンはエリアの中心辺りに走っていき、落とし穴を作るための筒状の装置を立てる。上部の(ふた)(ひね)ると、地面が穿(うが)たれ、丈夫な網がバッと広がり、落とし穴が完成した。

 落とし穴は、ある重量以上のものが上に乗らないと発動しない仕組みになっており、ハンターや小型モンスターには反応しない。これなら、仮にジャギィたちが目を覚まして落とし穴の上に乗っかったとしても、穴に落ちることは無く、落とし穴が無駄にはならない(数匹が乗っかり発動してしまう可能性は、少なからず存在する)。

 レオンは、既に避難が完了したソラたちの元へと、なるべく音を立てないよう駆けた。

 

「よし。あとは起爆して、ジャギィたちに最高の目覚めをプレゼントしてやろう」

 

「レオン、涼しい顔してけっこうえげつないこと言ってるよね」

 

 レオンは足元に落ちていた石ころを拾い上げる。

 

「みんな伏せてろよ」

 

 全員が(うつぶ)せになったのを確認したレオンは、爆弾目掛けて全速力の直球を投擲(とうてき)するやいなや、即座に体勢を低くした。

 直後、意思を持たぬ石が、タル爆弾を貫く。

 連鎖する爆音、遅れて爆風。

 舞い上がった爆煙と(すな)(ぼこり)が、熱風に乗って彼らを襲った。

 

「……っ」

 

「うわ……っ」

 

 数秒後、風が収まり、彼らは目を開ける。エリアのあちこちから黒煙が上がっていた。

 

「火薬の量、多過ぎたかな……」レオンは困ったような顔をする。

 

「でも、ドスジャギィと闘いやすくなったんなら、いいんじゃない?」

 

 ソラが言うと、レオンは静かに頷いた。

 

「とりあえず、落とし穴の前まで行こう」

 

 ジャギィの固まりがあった場所には、黒焦げになった肉の塊が散乱し、岩肌や地面には、血糊がべっとり張り付いていた。そして、あちらこちらに倒れているジャギィノスは、既に虫の息。事実上、ジャギィとジャギィノスの群れは全滅した。残りは、(かしら)のドスジャギィのみだ。

 火薬の残滓(ざんし)の匂いが立ち込めるエリアを歩き、四人は落とし穴の前までやって来た。

 

「あとは……この落とし穴にドスジャギィを落として、攻撃を仕掛けるだけだな」

 

 レオンが言うと、ソラは「そうだね」と相槌を打った。

 

「それで……、奴が落とし穴に()まったら、あとはオレに任せてくれ」

 

「ん? なんで?」

 

「落とし穴に落とせば、モンスターの動きを拘束できる。そういうとき、大剣は一番相性がいいんだ」

 

「なるほど」ソラは、うんうんと頷く。「そういうことなら、レオンに任せるよ」

 

「よし」

 

 ドスジャギィは、すぐにやって来た。爆発音に感付いて戻ってきたのかどうかは不明であるが、部下を失った怒りからか、縄張りに侵入した者たちへの威嚇なのか、その眼光は突き刺すように鋭い。大きなエリマキは、昨日見たものよりも大きく感じた。

 そして、威嚇の咆哮。

 

「来るぞ……」レオンが呟く。

 

 後脚を蹴り、狗竜は低い軌道で侵入者を襲う。

 だが、侵入者たちは動かない。

 狗竜は感じ取った。何かある、と。

 だが、気付いたときにはもう遅かった。

 

「ギャオウ!?」

 

 狗竜の躰が地面に沈んだ。

 

「落ちた!」ソラが叫ぶ。

 

「よし!」

 

 レオンは駆けていくと、大剣を担ぐようにして、腕に、腰に、力を入れた。

 その間、ドスジャギィは落とし穴から抜け出そうと必死にもがいていた。だが、ネットが脚に絡まっているのか、なかなか抜け出せそうにない。ずっと、睨むような視線がレオンの方へ向けられている。

 

(お前も生きるために必死だろうが、狩人(オレたち)も生きるために必死なんだ……)

 

 力は十分に溜まった。

 

「らぁっ!」

 

 雄叫びとともに、蓄積されたエネルギーを解き放ち、大地をも揺るがす重撃が振り下ろされる。

 ズシン、という重たい音が反響し、獣の唸る声が瞬時にして消えた。

 その一撃は、地面に埋まった狗竜の、頭と胴体を分断していた。

 不気味な音を立てて、頭部が刃からずり落ちる。

 レオンは、ふぅっ、と息を吐いた。そして、地面に刺さった大剣を引き抜く。血に彩られた大剣の刃先には、緋色の液体が伝っていた。

 

「うわぁ……」駆けてきたソラが、ドスジャギィの首を見て目を細める。「く、首が……」

 

「まぁ、仕方ない……。人とモンスターが共存するためには、狩りは必要なことだからな」レオンは呟いて、腰の剥ぎ取りナイフに手を掛ける。「素材を剥ぎ取って、村に帰ろうぜ」

 

 レオンが剥ぎ取りナイフを構えて、ドスジャギィの躰に刃を突き立てようとしたそのとき、

 甲高い鳴き声が、彼らの背後を襲った。

 

「え!?」

 

 驚いて振り返る。すると、ジャギィの群れが向かってきているのが見えた。

 

「な!?」

 

 咄嗟(とっさ)に動けなかった四人は、瞬く間にジャギィの軍団に取り囲まれてしまった。

 

「え!? ど、どういうこと!? さ、さっきのジャギィの亡霊!?」

 

「いや、本物ね……。さっきの爆発で倒し損ねた奴らかしら?」

 

「それは分からないな……」

 

 じりじり、とジャギィたちは迫り来る。

 

「ど、どうするの?」ソラは、弓に手を掛けている。「た、闘うの?」

 

「いや……」レオンは、視線をあちこちに巡らせていた。「オレが合図したら、走るぞ」

 

「え?……あ、うん」

 

「遅れずに付いてこいよ」

 

 レオンはポーチから何かを素早く抜き取ると、それを地面に叩きつけた。瞬間、煙幕が広がり、辺り一帯が白に包まれる。

 

「こっちだ……!」

 

「あ……、う、うんっ」

 

 当惑しながらも、白煙の中から聞こえる声の方向に躰を向け、ソラは駆けだす。ナナとタイガも同様だ。

 

「ギャ!?」「ギャオウ!?」という戸惑う鳴き声の渦の中を、四人は走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らはエリア4に逃げてきた。軍団が追ってくる様子はない。

 

「……さっきの煙、何?」息を整えてから、ソラが訊いた。

 

「あれは、【けむり玉】」レオンが答える。「地面に叩きつけると、白煙で視界を遮ることができるアイテムだよ。……ポーチに滑り込ませておいてよかった」

 

 昨日の朝、霧で遠くの山々の景色を見ることができなかったことがヒントになったのである。

 

「で、さっきジャギィは……?」

 

「あぁ……」レオンは鼻息を漏らした。「ジャギィの群れは、二つ、あったんだ」

 

「……二つ?」

 

「うん。ドスジャギィは渓流に2体いた、ってことにもなる」

 

「2体!?」ソラは目を見開いた。「そ、それじゃあ、もう1体いるってこと!?」

 

「……それしか考えられない」

 

「ど、どうするの!?」

 

「待て」今にも突っ掛かってきそうなソラを、レオンは手で制する。「慌てるな。言ったろ? 狩りは、いつも上手くいくとは限らない、って」

 

「う……、うん……。そりゃ、そうだけど……」ソラは俯く。「……ごめんなさい、あまりに唐突なことで、混乱しちゃった」

 

「別に気にすることはないよ」レオンは微笑みかけた。「とりあえず、これからのことを考えよう」

 

「もう1体いるはずのドスジャギィは、討伐するのよね?」ナナが訊いた。

 

「あぁ、そのつもりだ。たぶん、ギルドもそう判断するだろうしな」

 

「でも、それだと……」ソラは唇に指を当てた。「あのジャギィの群れを相手しなきゃダメだよね」

 

「もちろん、そうなる」

 

「爆弾は使いきっちゃったし……、どうするの?」

 

「昨日言ってた、もう一つの作戦……」レオンは、腰のポーチに手を入れると、あるアイテムを取り出した。「閃光玉を使う」

 

 ソラは眉を吊り上げて、「そうだったね」と頷いた。

 

「閃光玉は、オレとナナで投げる」レオンは、もう一つ閃光玉を取り出すと、ナナに手渡した。「投げる時は言うから、合図したら、目を瞑れ。直視したら、数十秒は見えなくなるからな。……そのあとは、矢でジャギィたちを倒してくれればいい。ドスジャギィは、オレがやる」

 

「うん、わかった」

 

「ねぇ……」ナナが口を開く。「さっきから空気になってるけど、アンタ、どうしたの?」彼女の視線は、タイガに向けられた。

 

「そういえば、タイガはさっきから何にも喋ってないね」ソラは少し困ったような顔をする。「どうしちゃったの?」

 

 ソラが訊いても、タイガは答えず、ただ地面を見つめているだけだった。

 

「……拠点(ベースキャンプ)に来るまでは元気そうだったのになぁ」ソラは溜め息をつく。

 

「前の……、アオアシラと闘ったときのことがトラウマになってるんじゃないのか?」レオンが言う。「ここに来たことで、あの出来事を思い出したんだろう?」

 

 あの出来事とは、タイガがアオアシラに拘束され、怪我を負わされたことだ。

 

「そうなの?」

 

 ソラが言うと、タイガは微かに頷いた。

 

「も、モンスターが……怖いニャ……」

 

「うーん……」レオンは、顎に手を当てて唸った。「次は総力戦になるから、タイガにも頑張ってもらわないといけないんだけどなぁ……」

 

「相変わらずヘタレなのね」言葉の節々を尖らせ、ナナが言う。「アンタは、ハンターのお供をする、オトモアイルーなのよ。つまりは、アンタもハンターなの。やるときにやってもらわなきゃ困るのよ。……ちょっとは良いとこ見せようと思わないの?」

 

 タイガは、再び黙り込んだ。それを見て、ナナは溜め息を漏らす。

 

「……まぁ、アンタの気持ちも分からなくはないわ」ナナは軽く瞼を閉じた。「そう、誰しも、最初から強かったわけじゃない。あたしもそうだったし……、ソラだってそうだったでしょう? でも、恐怖に打ち()って、勇気を出してモンスターに立ち向かっていったことで、自信をつけることができたのよ」ナナは一度、言葉を切った。「……小さな勇気が、大きな行動を起こすことができる。いつまでも逃げ回ってるようじゃ、ずっとヘタレでいることになるわ」

 

 ナナは、タイガの顔を覗き込んだ。

 

「そんなヘタレのままでいいの? 勇気を振り絞ることもできず、何も行動を起こせないままで、アンタは満足? そんな、つまらない人生を送りたいワケ?」

 

 数秒の沈黙が流れる。

 

「ぐぅ……っ!」タイガは小さな牙を剥き出した。「……そ、そこまで言うのなら……、やってやるニャァァァァ――――ッ!」

 

 彼の瞳に火がついた。いや、実際に燃え上がったわけではない。そんなことになれば、彼は瞬く間に炭と化してしまうだろう。

 

「ふふ、その意気よ」ナナは目を細めた。「……そうね、アンタのことだから、ジャギィたちを食事だと思って掛かっていけばいいわ」

 

(メシ)! 飯ニャね!! よっしゃあ!! あいつら全部平らげてやるニャァァァァッ!」

 

 腕を大きく広げて、タイガは叫ぶ。彼の場合、大声を出すことで気合いが入るのだろう。そのあと、タイガは、背中に掛けた無傷の木刀を振り回し、準備運動のような行動をとり始めた。

 

「……よし、作戦はここまでだ」レオンは口元に笑みを浮かばせて言った。「あとは、そのときになってみなきゃ分からない。臨機応変に対応するように」

 

 ソラはゆっくりと頷く。「がんばるよ」

 

「閃光玉は、ジャギィ(ども)が十分に集まってから使う。ドスジャギィも来れば上等だな」レオンは手に持った閃光玉をいじくり回していたが、急に、その動きを止めた。「……そろそろ、奴らがやってくる頃かな」

 

「え?」

 

 ソラが声を出すのとほぼ同時刻に、十数匹のジャギィが四方八方から現れた。軍団は、あっという間に侵入者たちを取り囲む。どの方向にも、等間隔にジャギィが配置されており、逃げようとすれば、たちまち餌食(えじき)になってしまうだろう。

 その中に交じって、一際(ひときわ)大きなジャギィ――(いな)、ドスジャギィがこちらを見て唸っていた。

 

「わっ」ソラは咄嗟に、弓に手を掛けた。「ドスジャギィ! 来たよ!」

 

「飛んで火に入る夏の虫……」レオンが呟く。「いや、虫はオレたちの方か……」

 

 狗竜の軍隊は、じりじりと寄ってくる。ジャギィの輪の直径は小さくなり、伴って、円の面積も急速に減少していく。

 ナナはブーメランを構え、タイガは木刀を構えた。

 このとき、レオンは迷っていた。

 

(この陣形を取られたら、閃光玉を投げる場所が無い……)

 

 閃光玉は、(ひかり)(むし)という虫と、手投げ玉の元となる素材玉とを調合させたものである。光蟲は、絶命時または衝撃を受けた際に強烈に発光する虫で、閃光玉は、その性質を利用している。閃光玉を投げることで慣性力を与え、その衝撃で、閃光玉内部の光蟲が強い光を発するのである。また、衝撃を受けてから発光するまでに若干のタイムラグが存在するため、投擲(とうてき)後、閃光玉はすぐに発動しない。

 それらを踏まえ、現在の状況を考える。

 現在、レオンたちは、ジャギィたちが作る輪の重心位置、すなわち円の中心にいる。ここから閃光玉を投げると、閃光玉の炸裂する場所は、輪の外になる可能性が高い。仮に、閃光玉がその場所で炸裂した場合、効果があるのは、炸裂地点を向いているジャギィのみだ。簡単に言えば、閃光玉を投げた方向にいるジャギィたちは、目が(くら)まない。これでは、群れ全体の行動を制限することは難しく、今後の情勢に悪影響を及ぼしかねない。

 

(どうすれば……)レオンは、思考を張り巡らせる。

 

 適当な方向に投げて、半数か、半数以下のジャギィの動きを束縛し、自由に動けるジャギィを先に倒すか。しかし、それは効率的でない。

 ならば、ドスジャギィの目に、確実に閃光が当たるような方向に投げるか。そうすれば、奴だけは確実に狙える。だが、ジャギィの攻撃を受ける覚悟で行かなければならない。それだと、自分のみならず、ソラたちも危険な目に合わせることになる。

 現状を打破する案がなかなか浮かばない。

 ちらりと空を見る。太陽が高々と昇っていた。

 その瞬間、何かが脳天を突き抜ける感覚が、彼を襲う。

 

(……いや、方法が一つあった!)

 

 レオンは閃光玉をぐっと握りしめる。

 

「全員、目を閉じて伏せろ!」

 

 指示を出すと、他の三人は言われた通りにする。

 僅かな時間を置いて、強烈な閃光が辺りを覆った。

 それは、瞼を強く閉じていても眩しく感じるほどの光だった。

 ジャギィの悲鳴が聞こえる。

 彼らが目を開けると、すべてのジャギィが盲目状態となり、混乱していた。

 

「よし!!」レオンは大剣の柄に手を当てる。「それじゃやるぞ!!」

 

「うん!!」ソラは矢を番え、ジャギィに狙いを定める。

 

「飯ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」タイガは木刀を振り(かざ)し、ジャギィの方向へ。

 ナナは無言のまま、痺れ薬を塗ったブーメランを投げた。

 

 ――レオンが閃光玉を投げた方向は、真上であった。

 真上に投げ上げることで、炸裂した光が、全てのジャギィとドスジャギィの目を刺したのである。

 この発想の起点は、〝太陽〟にあった。正確には、恒星と惑星の関係だ。

 惑星は、光り輝く恒星を中心として(精確には中心ではないが)、その周囲を回る(これを、公転という)。そして、恒星の光は、公転するすべての惑星に行き渡る。

 彼は、この事象から想を得た。

 自分が円の中心にいるのであれば、その地点からの発光で、中心を向いているジャギィたちの目を眩ませることができる。中心位置で炸裂すれば、どこであろうと効果はあるので(遥か上空や、地中では効果は認められないが)、彼は鉛直上方向に閃光玉を投げたのである。

 

 

 

 

 ソラが放った矢を喉元に受けたジャギィは、(うめ)く間も無く倒れた。その反対側では、ナナがブーメランで斬り、タイガは木刀を振り回している。

 その様子を一瞥してから、レオンは、一時的に視力を失った狗竜に攻撃を仕掛けていた。

 だが、ドスジャギィは、気配を察知し、半歩後ろに退いた。瞬間、鋼鉄の刃が目元を掠める。

 

(やるな……)レオンは目を細める。

 

 さすがは群れのリーダー。伊達(だて)に大きいだけではない。

 だが、こちらに分があることに変わりはない。見えているか見えていないかの違いは、かなり大きい。

 視力が失われている隙に仕留めたいが、それは無理だろう。しかし、致命傷を与えることなら可能だ。

 レオンは足を踏み出すと、躰を捻り、大剣を()ぐ。円弧を描く剣先が、喉を掻き斬った。

 

「ギャンッ!」

 

 悲鳴を上げて、狗竜が(ひる)む。

 レオンが体勢を立て直したとき、狗竜は、躰を半回転させた。長い尻尾が(むち)のようにしなやかに振るわれ、レオンに襲いかかる。

 彼は、大きな刀身を盾にして、その攻撃を防いだ。

 

(攻撃が重い……)

 

 少し距離を置いて防御の姿勢を解きながら、彼は思う。その間、ドスジャギィは再度、同じ方向に半回転した。

 

(長い尻尾を活かした、広範囲に渡る攻撃か……)

 

 同時に、厄介だな、とも思う。尻尾の薙ぎ払いに当たれば、肋骨を何本か持っていかれそうだ。体勢を低くとれば攻撃に当らない気もするが、体勢を低くして近づくのは、大剣では困難である。

 ドスジャギィはまだ視力が回復していないらしく、レオンの目の前で回転を繰り返していた。これでは、近寄れない。

 その場で(たたず)んでいると、いち早く視力を取り戻したジャギィたちが、彼の方へ近寄ってきた。

 彼は大剣で、数匹のジャギィを払う。こういうとき、リーチの長い大剣は役に立つ。吹っ飛んだジャギィは、地面の上で苦しそうにもがいていた。

 そうこうしているうちに、ドスジャギィは視力を取り戻したらしく、その場で足踏みをして、威嚇の鳴き声を上げた。

 その瞬間に、レオンは大剣を振り、斬り上げる。

 しかし、狗竜は大きくバックステップして、それを回避した。

 

「……くっ」

 

 後方に打ち付けた大剣を持ち直そうとしたとき、狗竜が口を開けて飛び掛かってきた。

 足に踏ん張りをきかせ、レオンは大きく大剣を薙ぎ払う。

 刃はエリマキを切り裂いた。狗竜は少し怯んだが、ものともせず突進してくる。

 

「ちっ」

 

 レオンは、その攻撃を前転して避けた。そして、起き上がりざまに大剣を払う。

 だが、刀身は狗竜を捉えなかった。距離が離れすぎていたのだ。

 レオンが体勢を元に戻そうとするとき、ドスジャギィは躰の側面をレオンの方に向け、腰を大きく落としていた。

 次の瞬間、巨体が目の前に迫った。

 

 

 

       *

 

 

 

 十数匹のジャギィに囲まれた状況で、ソラは、ジャギィを一匹ずつ、矢で的確に仕留めていく。

 事実、以前よりも、彼女の命中の精度は上がっていた。日々の努力の積み重ねが、今の彼女を創り上げている。

 しかし……。

 

(数が多すぎる……)

 

 素早く矢を引き抜き、番え、射る。この所作の連続。

 既に視力を取り戻し、四方から飛んでくるジャギィたちを(さば)ききるのは、困難を極めた。

 ナナやタイガも奮闘しているが、それでも、ジャギィの数は一向に減らない。むしろ、増えているのではないかと思うくらいだ。

 しかし、実際に数は増えていない。ジャギィが縦横無尽に動き回るせいで、あたかも数が増えているかのような錯覚に陥るのである。

 思った以上に、この戦闘は辛い。

 先ほどの爆弾を使った作戦が、いかに有効な策であったかが窺える。

 ソラの放った矢が、ジャギィの躰を掠めた。

 

(……集中が……続かない)

 

 獲物を精確に射抜くのには、かなりの集中力を要する。

 数が多いと、集中すべき対象が増える。矢で獲物を狙いつつ、周囲にいるジャギィの位置を把握しなければならない。目が三つも四つもあれば少しは容易になるのだろうが、あいにく目は二つだ。視覚だけに頼るのではなく、聴覚など、他の全ての感覚を研ぎ澄ます必要がある。

 しかし、その集中力も、長くは続かない。とくに、現在の状況なら尚更だ。

 矢で射止めきれなかったジャギィが飛び掛かってくる。

 ソラは矢筒から矢を引き抜き、それをジャギィの頭部に突き刺した。

 

「……っ」

 

 だが、彼女は、背後から迫るもう一匹のジャギィに気付いていなかった。

 

「ソラ!! 後ろ!!」ナナの叫ぶ声。

 

 だが、振り返ったときにはもう遅かった。反応できず、彼女の躰は固まる。

 小型モンスターとは言っても、全長ならば、人間を軽く凌駕(りょうが)するジャギィだ。飛び掛かってこられれば、小柄なソラは大怪我を負う可能性がある。

 彼女は強く目を瞑り、躰を縮こまらせた。

 その刹那――

 

「ニャァァァァァァァッ!!!!」

 

 タイガの小さな牙が、ジャギィの喉元を捉えた。

 

「飯ィィィィィィィィィィッ!!!!」

 

 そして、タイガは皮を噛み千切る。かなり深く抉ったらしく、ジャギィの頸動脈から血が噴き出した。

 

「タイガ!」

 

「マズい!!」着地したあと、タイガは口に含んだ肉塊を吐き出す。

 

「助けてくれたの?」

 

「ニャ。飯が飛び掛かっていってたから、ソラに取られてはまずいと思ったのニャ」

 

「うん、言ってることはよく分かんないけど、とにかくありがとね!」

 

「ニャんの。ボクだって、やるときゃやりますニャ!!」

 

 タイガの力強い言葉に、ソラはふふ、と笑みを溢す。

 

「よぉーし! ジャギィたちを、ぜーんぶ倒しちゃおう!!!!」

 

「了解ニャ!!!!」

 

「それじゃ、二回目の閃光玉、行くわよ!」ナナの声が響いた。

 

 

 

       *

 

 

 

 眩しい光が、視界の隅で膨張した。

 レオンは反射的に瞼を閉じ、すぐに開いた。

 彼に向かってサイドタックルを仕掛けようとした狗竜は、閃光を喰らい、彼の目の前で静止している。

 

(……好機(チャンス)!)

 

 レオンは大剣を大きく振り翳し、

 

「っらぁ!!」

 

 ガラ空きの体側部に、鋼刃を振り下ろした。

 肉を断裂する感触が、手に伝う。深紅の液体が宙を舞い、狗竜の躰が地面に崩れ落ちた。

 

(やった……!)

 

 レオンは息を吐くと同時に、全身の緊張を弛緩(しかん)させる。

 だが、それがいけなかった。

 

「ギャウッ!!」

 

 背後からの声に驚いて、レオンは首だけ振り返る。

 一匹のジャギィが、飛び掛かってきていた。

 

「っ!」

 

 慌てて回避を行おうとするが、重みを感じる躰は、言うことを聞かなかった。

 

「あぶないっ!」

 

 ソラの声がした瞬間、風を(まと)った一閃がジャギィの目を貫いた。矢を受けたジャギィは、水平回転運動をしながら地面に叩きつけられる。

 

「レオン!」ソラが叫んでいる。「大丈夫!?」

 

「あ、あぁ……!!」大剣の刀背を肩に掛け、レオンはソラの元へ駆け寄った。「助かったよ……ありがとう」

 

「ううん、無事ならよかった。それで、ドスジャギィは……?」

 

「たぶん、倒せた」レオンは、近寄ってきたジャギィの顔面に蹴りをかました。周囲に目をやると、狗竜軍団の数は残り数匹、というところだった。「リーダーがやられたというのに、逃げ出そうとしないんだな」

 

「そうみたいだね……」

 

「逃げるんなら、追って殺すような真似はしないけど、向かってくるのなら倒さないとな」

 

「うんっ」

 

 彼らは、残ったジャギィを討伐しにかかった。

 そして、1分も経たず、二つ目の群れも全滅を迎えた。

 

「ふぃ~っ」ソラは弓を納め、周囲を見回す。

 

 エリアには多数の死体が転がり、血溜まりもできていた。血生臭い匂いが鼻につく。

 

「けっこうな数がいたんだね……」

 

「そうだな……」レオンは大剣を納めながら言う。「一度の狩猟でこの数のモンスターを討伐したのは……初めてだよ」

 

「アイテムを使って闘うのと、そうでないのとでは、けっこうな差があるんだね。これからもどんどんアイテムを使っていかなきゃ」

 

「でも……今回使ったアイテムは、一例に過ぎない。アイテムはたくさんあるし、組み合わせも無限にある。そのときそのときに応じたアイテムを使って、強大なモンスターを相手に上手く立ち回ることが必要になってくるんだよ」

 

「そのためには、勉強しなきゃダメ?」

 

「もちろん。基礎があってこその応用だからな」

 

「やっぱり?」ソラは舌を出す。

 

「……タイガも、今回は活躍できたようだな」

 

「ニャ。新しい世界が開けた気がするニャ」タイガは拳を作った。

 

「踏み出してみるまでは、何があるかも、何が起こるかも予測できないからな……」レオンは腕を組んで頷いた。「一度力を与えてやれば滑り続ける氷上の物体のように、あとは惰性(だせい)でなんとかなる」

 

「ボクも強くなれるのかニャァ……」

 

「あぁ」レオンは微笑むと、手を叩いた。「よし、ジャギィたちとドスジャギィの素材の剥ぎ取りをして、村に戻ろう!」

 

 おぉ、という狩人たちの声が、エリア内に響いた。

 

 

 

 

 同じ頃……。

 一つの大きな影が、渓流に降り立った……。

 

 

 

       *

 

 

 

 

 ≪レオンの日記≫

 

 今日は、ドスジャギィとその群れの討伐に向かった。

 眠り生肉でジャギィたちを眠らせ爆弾で討伐する作戦を取り、見事に成功。

 群れの(かしら)も、落とし穴に落としてから、一撃で倒した。

 だが、そのあとで予想外の事態が起こる。

 なんと、もう一つ、ジャギィの群れが出現したのだ。

 オレたちは、ドスジャギィ率いる軍団と再び一戦交えることになった。

 そして、とくに誰も怪我をすることなく、狩猟は成功した。

 また、今回は、タイガがなかなかの活躍を見せてくれた。

 彼の今後に期待だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 対ドスジャギィ編、落着!

 そして、影の正体とは……?


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第22話 師匠の師匠

 ここにきて、ついに新キャラが登場!




 脳内の幻想から、意識が引き離される。

 急速に開けた視界は、焦点が定まるまでに時を要した。

 

(何か……夢を見てたみたいだけど、……思い出せない)

 

 (からだ)を起こしながら、レオンは思った。

 すっきりしない目覚めだ。しかし、夢を鮮明に覚えていられる方が珍しいので、彼は気にしないことにした。

 ベッドの縁から足を下ろして、大きく伸びをする。

 部屋の中の気温は、少し肌寒いほどだった。ついこのまえまでは、緑に茂る木々が残暑の厳しい陽射しを照り返して暑かったのに、最近では、ひんやりした風が、赤や橙に彩られ始めた木の葉を揺らしている。

 四季が明瞭で、季節の移り変わりを感じられる地域は限られている。ユクモ村はそのうちの一つであった。

 また、泉質の良い温泉が湧き出ているこの村では、紅葉の映え具合に比例して、観光客が増える傾向にあった。ゆったりと湯に浸かりながら眺める自然の色彩は、人のこころを癒すのだ。

 

 レオンは、ベッドから立ち上がると、部屋から出た。そして、ソラたちと朝食を済ませると、再びその部屋に戻ってくる。そのときは、黒猫アイルーのナナも一緒だった。

 彼は、床に整頓して置かれているレウスシリーズに手を掛け、それを装備し始める。彼は、頭の防具を装着しない。視界が狭まり、周囲の様子が観察しにくくなるというのが主な理由だ。だが、危険度の高いモンスターを狩猟するときは例外である。

 最後に、身の丈を超える大きな武器、大剣を装備する。隣ではナナが、オトモ専用の防具を着け終えたところだった。

 彼は今日も、ソラたちと共に渓流へ向かう。最近は、主に採集の依頼を受けていた。素材剥ぎ取りのために小型モンスターを狩猟することはあるものの、目立った個体数変化や大型モンスターの襲来もないので、本格的に狩りをすることはない。しかし、そろそろ何かがありそうな予感が、レオンにはあった。それは、ハンターとしての勘である。

 レオンとナナは部屋から出ると、ソラと共に、家を後にした。

 今日、タイガはいない。彼は、薪割りの手伝いをするそうだ。武器(木刀)を扱うための訓練だ、と彼は言っていた。確かに、素振りをするよりは力がつきそうだ、とレオンは思った。

 

「うーん……」道を辿って村の広場まで向かう途中、ソラが唸った。

 

「どうした?」レオンが訊く。

 

「うん、最近、大型モンスターを見かけないな、って思って」

 

「まえも、そんなこと言ってたな」

 

「あれ、そうだったっけ?」ソラは首を斜めにした。

 

「うん。そんなことを言ってたら、ドスジャギィが現れたんだよ」

 

「あー……。そういえば、そうだったかも」ソラは前髪を指で弾く。「わたしがそう言ったら、モンスターが現れるのかなぁ?」

 

「ある種の勘、かな……」

 

 レオンがそう呟いたとき、

 

「――レオン」

 

「ん?」

 

 呼び止められた気がして、彼は振り返った。だが、誰もいない。

 何だったんだ、という疑問を拭えないまま躰の向きを直すと、目と鼻の先(実際、それくらいの距離)に、女性の顔があった。

 

「わぁぁぁぁぁっ!?」

 

 驚きの声をあげ、レオンは尻餅をつく。彼が尻餅をつくのは、アオアシラ戦以来の出来事である。

 

「……そんなに驚かなくてもいいのに」レオンの目の前にいた女性は、むっとして呟いた。

 

 振り返った瞬間、目の前に顔があれば、誰しも驚くだろう、とレオンは思う。もちろん、それが見知った顔であっても、だ 。

 

「みゃーっ!」ナナが、いつにない満面の笑みを浮かべて、その女性に駆け寄った。「久し振りみゃー!」

 

「あら、ナナ」女性は腰を下ろして、黒猫の頭を()でてやる。「久し振りね!」

 

「ん……? この人、ナナちゃんのお知り合い?」ソラは少し目を大きくさせていた。

 

「あら失礼、紹介が遅れたわね」そう言って、女性は腰を上げる。高い身長に、ソラは女性の顔を見上げた。

 

 その女性は、赤い髪をケルビテール(後頭部の高い位置で髪の毛を一つにまとめ、垂らした髪型)にしていた。目尻が少しつりあがっていて、瞳が大きい。

 

「私は、リザ・ガーネット。……そこに倒れている愚弟の姉よ」

 

「えっ!?」ソラは、さらに大きく目を見開いた。「レオンが愚弟!?」

 

「驚くところはそこなのか!?」レオンが立ち上がりざまに言う。

 

「レオン、お姉さんがいたの!?」ソラは、レオンの方に顔を向けた。

 

「……あぁ」レオンは答える。「そして、ナナの前の(あるじ)でもある」

 

「さらに私は、レオンの、ハンターとしての師匠でもあるの」リザは誇らしげに言った。「レオンは私が育てた、と言っても過言ではないわね」

 

「師匠の師匠……!」ソラの瞳が、煌々と輝いた。「会えて光栄です! わたし、ソラって言います!」

 

「ソラさんね、よろしく」リザは右手を伸ばす。

 

「あ、ソラでいいです」ソラも手を伸ばし、二人は握手を交わした。

 

「私が、師匠の師匠……っていうと、ソラは、レオンにいろいろ教えてもらってるのかしら?」

 

「そうです! いつも助かってます!」

 

「そう……、レオンが……ねぇ」リザは、弟の顔を横目で窺った。

 

「……なんだよ」レオンは眉を(ひそ)める。

 

「いえ、何もないのよ」リザは、刺すような視線を(かわ)した。「それはそうと、ソラ、レオンに何かされてない? 大丈夫?」

 

「ほぇ?」

 

「我が弟は危ないのよね、いろんな意味で好奇心が旺盛だから。ま、何もないのならいいわ。優秀なオトモもいることだし、心配ないわね。ごめんなさい、今の質問は忘れて?」

 

「あ……、はい」ソラは少し腑に落ちない表情だったが、すぐ笑顔に戻った。「それで、リザさんもハンターなんですよね」

 

「そうよ」

 

「うーん……」ソラは、リザの全身を見回した。彼女は、(ほのお)のように赤い装備を身に纏っている。どこかで見たことのあるような装備だ。ソラは、レオンの方をチラリと見た。そこで、彼女は気づく。「あっ! レオンと装備が似てるんだ!」

 

「そう、レウスシリーズね。レオンと同じ」

 

 しかし、同じシリーズといっても、装備は男女で異なっている。一般的に、女性の装備は露出が多い。

 

「あの、その武器は……何なんですか?」ソラは、リザが背中に掛けている、長い棒状の武器を指差した。この地方では見かけない武器である。

 

「あぁ、これね」リザは、武器を左手に構えた。その武器は、片側に刃のついた長棒で、反対側に棍棒のような膨らみがある。「これは、操虫棍(そうちゅうこん)よ」

 

「そうちゅうこん?」ソラは首を傾げる。

 

「聞いたことのない武器だなぁ」レオンは顎に手を当てて言った。

 

「実は、虫も一緒にいるのだけれど……」そう言って彼女は、操虫棍を華麗に振り回す。すると、虫の羽音に似た周波数の高い音が奏でられた。

 

「むし?」ソラが言葉を発するのと同時に、どこからともなく、虫の羽音が聞こえた。

「帰ってきたわ」

 

 

 大きな羽を持った、蝶のような虫が、リザの右肩に止まった。

 

「わ。で、でかい!」ソラは一歩、後ろに下がる。

 

「これは、〝猟虫(りょうちゅう)〟っていうの」リザは、操虫棍を背中に戻す。

 

「……その虫が、狩りをするのか?」レオンが訊く。

 

「主に、狩りのサポートだけどね。猟虫は、モンスターから体液を搾取して、特殊なエキスに変換することができるの」

 

「エキス……?」

 

「そう、エキス。筋肉増強作用とか回復作用のあるものよ」

 

「へぇ……。虫を使うなんて、発想がすごいなぁ」レオンは感心したように、うんうんと頷いた。「で、その……ソウチュウコンっていう武器を振り回して、虫を操るんだな?」

 

「えぇ、そう。虫を操る棍だから、操虫棍なの」

 

「なるほど……」レオンは、リザの背後に回り、操虫棍をじろじろと見つめる。

 

「この武器については、追々説明してあげる」リザは、片目を瞑った。

 

「それで……、姉貴は何しに来たんだ?」

 

 レオンが訊くと、リザは片方の眉を吊り上げた。

 

「我が弟がこの村にお邪魔していると聞いたから、顔を見にやってきたのよ。それで、さっきまで、レオンを探してたってわけ」

 

「ふぅん……それだけの理由で、ここまで?」レオンは怪訝(けげん)な顔をする。「姉貴らしくない」

 

「うーん、そうね、それだけと言われれば、それだけじゃないわ。父からユクモ村のことを聞いてから、ずっとここに来たかったから、っていうのが大きいかしら。それに、ここの温泉は有名だし。一度は来ておくべきだと判断したの」

 

「……あ。そういえば、親父は?」

 

「まえに会ったときは、元気にしてたわよ。今はどこにいるか知らないけどね」

 

「そうか……」

 

「伝言。『どこかで会えるのを楽しみにしているぞ』だって」

 

「はっ」レオンは笑みを溢した。「親父らしいな」

 

「あの、リザさんも旅をされているんですか?」とソラ。

 

「えぇ、世界各地を巡っているわ」

 

「わぁ……。姉弟(きょうだい)二人とも、旅をしてるんだ……」

 

「自分の知らない世界をこの目で見るのは、いいものよ」リザは軽く目を閉じる。「また、旅の話でもしてあげましょうか?」

 

「ぜひ、お願いします!」

 

「オレにも頼むよ」

 

「分かったわ。それで……」リザは、二人の顔を交互に見た。「レオンとソラは、これからどうするつもりなの? 狩りに行くの?」

 

「今、村長のところへ向かってるところなんだ」

 

「あぁ、村長さんのところ……」

 

「で、依頼を受けて、渓流に向かう」

 

「なら、私も同行していいかしら? いろいろ見て回りたいから」

 

「オレは構わないけど……」レオンは、ソラを見る。「どうする?」

 

「全然、問題ないです!」

 

 ソラが言うと、リザは微笑んだ。

 

「それじゃ、よろしくね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼らが受けた依頼は、ケルビの角3個の納品だった。

 ケルビとは、班模様のある緑がかった体色が特徴的な、温暖な気候の地域に生息する小型の草食獣である。雄と雌で見た目が少し異なっており、雄は色合いが明るく、若干大きい。雌は暗い色で、耳が垂れている。また、雄は細い角を持っていて、雌にも角はあるものの、雄ほど発達していない。

 ケルビの角は、万病に効く薬の材料となることで有名である。ゆえに、取引価格も高い。

 

「ケルビの角の納品、ね……」渓流へ向かう途中で、リザは少し残念そうな顔をして呟いた。「操虫棍の腕前の披露は、お預けね」

 

「まぁ、いつでもいいよ」彼女と並んで歩いているレオンが言った。

 

「2週間くらい滞在する予定だから、その間には見せてあげたいわ」

 

「そうだ、他の武器は持ってきてないのか?」

 

「片手剣と双剣、ライトボウガンくらい。その他の武器は、大きくて重たいから、持ってきてないわ」

 

「しかしまぁ、よくもそんなに武器を扱えるよな……」

 

 リザは、ほぼ全ての武器種を扱えるハンターである。ハンターは基本的に、一つの武器を専門として扱うので(二つや三つを扱う者もいるが)、彼女のように多種の武器を扱える者は極めて稀なのだ。

 

「武器って、いろんな長所や短所があっておもしろいじゃない。あんなの、すぐ扱えるようになるわよ」

 

「そんなもの……なのか?」

 

「武器特有の癖を見極めれば、あとはなんとかなる。人間、慣れればどうってことないもの」

 

「うん……、ま、それもそうか……」

 

 そこで一旦、二人の会話は途切れた。

 後ろを歩いていたソラとナナは、楽しそうに会話をしていた。

 

「……へぇ、それで、ナナちゃんはリザさんのオトモになったんだね」

 

「そうみゃ。あの頃から変わらず、リザはかっこいいみゃあ」

 

「たしかに、リザさん、かっこいいよね。立ち姿も綺麗だし、落ち着きがあって……」

 

「でも、活発な人みゃ」

 

「そうそう……さっきから気になってたんだけど、ナナちゃん、喋り方もいつもと違うね?」

 

「うん。あたし、元々こういう喋り方みゃあ」

 

「そうなんだ。……でも、そっちの方が可愛くていいかも」

 

「ナナが可愛い、かぁ」レオンは、空に浮いた雲に視線を合わせた。「そんなこと、思ったことないな」

 

「レオンは、ナナに振り回されてるのね」リザがクスッと笑う。

 

「厄介なところだけ、姉貴に似てきて困る」

 

「あら、私、厄介者かしら?」リザはわざと、とぼけた顔を作った。

 

「昔よりはマシ」レオンはぶっきらぼうに答える。

 

「ふふ、可愛い奴」

 

 リザは、レオンの頭に手を乗せると、ぐしゃぐしゃにするように撫でた。

 

「ほらほら……、そういうの要らないからさぁ」乱れた髪を直しながら、レオンは姉を睨みつける。

 

「あら、怖ぁい……」

 

 誰かの溜め息が、風に乗ってどこかへ飛んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 渓流のベースキャンプに到着すると、レオンは、設置されている青の支給品ボックスの中を覗き見た。しかし、空っぽだったのですぐに蓋を閉じる。

 

「ふふ……、なんだか、ワクワクするわね」

 

 リザにとって、渓流は初めてのフィールド。誰しも、初めての場所に向かうときには、緊張したり、興奮を覚えたりするものだ。

 

「でも、こういうワクワクって、同じ場所に何度も来てると感じなくなっちゃうのよね。……こういうとき、慣れって厄介」

 

 リザの言葉を聞いて、レオンは「確かに」と思った。

 彼が初めてここにやってきたのが、二ヶ月ほどまえのことだ。そのときは、見るもの感じるもの全てが新鮮に映えていて、驚きや興奮が絶えなかった。

 だが、今はどうだろう。

 毎日毎日、機械的に渓流を訪れる日々。

 最初に抱いた感情は、擦りきれてしまっている。

 退屈こそ感じないものの、少し物寂しい気分だ。

 こういうとき、人は刺激を求めるのだろう。狩人にとっての刺激といえば、“狩猟”である。

 そう考えると、家を出たときにソラが呟いた言葉は、狩人としての心情を鮮明に反映しているのかもしれない。

 

「だからこそ、旅はいい刺激になるんですね?」ソラが訊いた。

 

「そうね」リザは目を細める。「風の違いを感じたり、いろんな人に出会って話したりできるもの。刺激にならないはずがないわ」

 

「わたしも……旅、してみたいなぁ」

 

「なら、私についてきたらどう?」

 

「え、いいんですか?」

 

「いいわよ。旅は道連れって言うし、仲間といた方が、楽しさは数倍にも数十倍にも膨れ上がるもの」

 

「あ……、でも、旅に出るのは、お父さんが帰ってきてからになるかなぁ……」

 

「お父さん? 今はどちらにいらっしゃるの?」

 

「タンジアの港、っていうところらしいです」

 

「ここから、そう遠くはないわね」リザは少し頷く。「それで、お父さんとご相談なさるの?」

 

「うーんと、そういうんじゃなくて……、お父さんに、私の頑張りを見せてから、旅に出たいなぁ、って……」

 

「おぉ」リザは、眉をつり上げた。「それ、いいじゃない。うんうん、いいわぁ……」

 

「でも、いつになるか分からないし……一緒には行けないかもしれないですね」

 

「ううん、気にしなくていいのよ。明確な夢があるなら、それに向かって一所懸命に走るのがいいわ。旅なんて、いつでも出来るんだから」

 

「はいっ」

 

 元気に返事をするソラを見て、リザは微笑んだ。そして彼女は、弟の方を向く。

 

「……さて、行きましょうか、レオン」

 

 だが、彼は、その声に気づいていないようだった。

 

「レオン?」右頬を突っついてやる。そこでようやく、彼は気づいた。

 

「ん……?」

 

「行くわよ」

 

「あ……、あぁ」

 

「どうしたの?」

 

「いや、何も」

 

「何か考えごと?」

 

「でもない」

 

「気になるわね……」

 

「……何か」低い声で呟く。「何かが、いる気がする」

 

「渓流に?」

 

「あぁ。そんな匂いがする」

 

「匂い……ね」リザは、鼻で深呼吸をしてみる。「うーん……私には何も分からないわ。ま、その正体も探りながら、依頼を遂行しましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベースキャンプを発った彼らは、岩場のエリア2に向かった。そこで、数匹のケルビがたむろしているのを確認した。

 

「ここは、わたしが」

 

 ソラは弓を構え、矢筒から矢を引き抜いた。

 鏃を獲物に向け、獲物との距離を測りながら、引き絞る。弦がキリキリと音を立てた。

 矢筈を離す。

 直線を描いて、矢はケルビの喉元を貫通した。

 悲鳴で驚いた他のケルビたちが、蜘蛛(くも)の子を散らすように逃げていった。

 

「お見事」リザは手を叩く。「でも、3匹を同時に仕留めることもできるはずよ」

 

「えっ? そんなことができるんですか?」

 

「できるわ。〝曲射(きょくしゃ)〟を使えばね」

 

「きょくしゃ?」

 

「確か、この地方の弓なら、対応してるはず……」

 

「それって、どうするんですか?」

 

「簡単に言うと、空に向かって矢を放つの。そのときに使う矢は、空中で弾けるような特別なものよ。でも、曲射は通常の攻撃と違って、攻撃が当たるまでに時間を要するから、高度な技ではあるわ」

 

「うーん……、簡単そうだけど、難しそう……」

 

「慣れれば大丈夫よ。それに、曲射ができるようになれば、曲射のタイプで異なるけど、広範囲への攻撃、集中的な攻撃が可能になるの。その弓は、たぶん放散型に対応してるはずだから、広範囲への攻撃ができるわね」

 

「そうなんだ……」ソラは、弓を見つめる。

 

「知って損はないわ。また教えてあげる」

 

「ありがとうございます」

 

 ソラは弓を納めると、倒れたケルビの元へ駆け寄った。レオンたちも彼女に続く。

 

「そういえば……」ソラがケルビの角にナイフの刃を当てたとき、リザが口を開いた。「ケルビの角って、生きたままの状態で剥ぎ取った方が、薬として使うとき効能が良くなるらしいわね」

 

「仕留めない方がいいんですね?」

 

「そう。気絶させれば大丈夫」

 

 ソラとリザの二人は、レオンに視線を向けた。

 

「なぜそこでオレを見るんだ」

 

「この三人の中で、一番打撃に向いている武器といえば……大剣でしょう?」とリザ。

 

「でも、動きの(のろ)い大剣じゃ、近づいても逃げられるんじゃないか?」レオンは反論する。

 

「じゃあ、弓で?」

 

「角を狙え、っていうことですか? そんな高度なこと、わたしにできるかなぁ」

 

「……と、ここで、私の出番かしらね」リザは鼻を鳴らす。

 

 レオンとソラは、顔を見合わせた。

 

「その武器を使うのか?」

 

「……あ。もしかして、虫を使うんですか?」

 

「正解よ、ソラ」リザが微笑みかけると、ソラもつられて笑顔になった。「この猟虫は、打撃攻撃ができるの。これでケルビの頭部を狙えば、一発よ」

 

「へぇ……。虫も侮れない存在だな」

 

「ホント、虫を使おうなんて、一体誰が考えたのかしらね」

 

「姉貴も、何か武器を作ってみれば?」

 

「一度、オリジナルの武器を作ろうとしたことはあるけれど……ダメね、全然ダメだったわ」

 

「難しいんだな、武器を作るのも」

 

「そう。専門的な知識がないと、まるっきりダメね。あとは、非凡な発想力と、高い技術力。それを考えると、職人さんって、ホントにすごいわぁ……」リザは目を閉じる。「そうそう、スラッシュアックスは超絶技巧の宝庫ね。あの変形機構は格別だし、ほかにも、摺動(しゅうどう)部に摩耗しにくい素材を使っていたり、攻撃時に重撃を与えられる構造になっていたり……いろいろ考えられていて、とっても魅力的」

 

「リザさん、武器が大好きなんですね」ソラが言う。

 

「まぁね」リザは目を開いて、ソラを見る。「好きこそものの上手なれ、ってね」

 

「どういう意味ですか?」

 

「好きなことには、(おの)ずと熱が入るから、早く上達するってこと」

 

「なるほど……」

 

「自分のやりたいこと、好きなことはとことんやればいいのよ。自分に嘘をつかず、正直になって、ね」リザは軽くウインクをした。「さて、ケルビを探しましょうか」

 

「えっと、どっちに行きます? あっち?」ソラは、向かいの道を指差す。

 

「あっちは、エリア6……か」レオンは片目を細める。

 

「あら、そこに何かいる、って言いたげな顔ね」

 

「あぁ……、そこに『何か』はいる」

 

「それなら、行ってみましょうか?」

 

 リザが言うと、レオンは顎に手を当てて数秒唸った。

 

「……そうだな。さきに正体を知っておいた方が、今後の行動を考えやすい」

 

「なら、行きましょう」

 

 そして彼らは、歩きだす。

 

「何がいるのかしら……楽しみね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 数分後、エリア6。

 

 滝から落ちる無数の雫が、清らかな川に注ぎ込まれている。

 その川面(かわも)のあちらこちらに、色づいた葉が浮かんでいた。

 そして、そのエリアに、「何か」はいた。

 黄緑色を基調とした極色彩(ごくしきさい)の躰、

 大きな(くちばし)

 赤の鳴き袋……。

 そのサイケデリックな風貌に、彼らの視線は釘付けになった。

 

「あれは……」

 

 誰かの口から、その者の名前が洩れる。

 

「クルペッコ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 強力なモンスターが……!? と思ったら、クルペッコかよw
 と、心の中で突っ込まれた方、ごめんなさい。


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第23話 極色彩の鳥

 突としてレオンたちの前に現れた女性、リザ。
 彼女は、レオンの姉であり〝ハンター〟としての師匠でもあった。

 その後、「ケルビの角」納品の依頼を受け、渓流へ向かったリザ、レオン、ソラ、ナナの四人。
 そこでレオンは、渓流に「何か」がいることに感付く。
 彼らは、依頼を進めるとともにその正体を突き止めようとする。
 そしてついに、彼らはその姿を目撃する……。


「あれは……クルペッコ……」

 

 そう呟いたのは、リザだった。

 

 クルペッコ――別称、〝彩鳥(さいちょう)〟。鳥のような骨格の躰に、黄緑を基調とし赤や黄で彩られた体色、特徴的な形をした(くちばし)をもつ、鳥竜種のモンスターである。

 

「あれが、クルペッコ……」ソラは名前を反芻(はんすう)する。

 

 視線の先にいる渓流を闊歩(かっぽ)する極色彩の鳥は、緑から赤への美しいグラデーションをもつ周囲の景色に溶け込んでいるようでもあった。

 

「けっこう、色彩豊かなんだ」とレオン。

 

「クルペッコは……」リザが話し始める。「そこまで危険度の高いモンスターではないけれど、動きがトリッキーで、翼についた火打石を使って繰り出される(ほのお)の攻撃は危ないわ」

 

「……姉貴は、闘ったことがあるのか?」

 

 レオンが訊くと、リザは首を振った。

 

「闘ったことはないけれど、見かけたことは何度かあるわ」

 

「それにしても、なかなか可愛らしいモンスターだね」ソラが言う。

 

「なんでそう思う?」レオンが訊いた。

 

「見た目っていうか、動きっていうか……、とにかく、可愛らしさがあるなぁ、って」

 

「温泉のクルペッコのオモチャも、なかなか可愛らしかったみゃ?」ナナが横から言う。

 

「確かに、何かと愛嬌(あいきょう)のあるモンスターではあるわね。……でも、悠長に構えている暇はないわ」リザは、元来た道の方をチラリと見る。「早めに依頼を済ませて、村長とギルドに判断を仰ぎましょう」

 

 彼らは身を翻すと、エリア2にとんぼ返りした。その後、他のエリアを回り、ケルビの角を入手した彼らは、拠点へと戻る。そして、ケルビの角を納品すると、ユクモ村への帰路を辿った。

 その後、ユクモ村に着いた彼らは、村長に報告しようとした。だが、いつもの場所に村長の姿がない。いつもの場所とは、紅葉(もみじ)の木の元にある腰掛けのことである。

 

「……あれ? 村長、どこだろう?」

 

「定位置にいないなんて……珍しいな」

 

 ソラとレオンが顔を見合わせて首を傾げていると、リザが後ろから声をかけた。

 

「なら、ギルドにでもいるんじゃないかしら?」

 

「あ。そっか」

 

 

 

 

 

 

 

 数分後、ユクモギルド。

 村長は、集会浴場のクエストカウンター前に立っていた。彼女はリザたちの姿に気がつくと、微笑んでお辞儀をした。

 

「あら、おかえりなさいませ」

 

「村長……」リザが前に出る。「報告することがあります」

 

「……なんでしょう?」

 

「クルペッコ1体を、渓流で確認しました」

 

「あら」村長の表情に変化はない。「珍しい子ですわね」

 

「……どうしましょうか?」リザが訊く。

 

「ギルドマネージャー、どういたします?」

 

 村長にギルドマネージャーと呼ばれたのは、垂れた耳と、顔を覆うほどの髭が特徴的な竜人族の男性。彼は、カウンターの上に座ったまま、酒を片手に話し始める。

 

「……うんにゃ、捕獲でもしてもらおうかねぇ。そこまで凶悪なモンスターでもあるまいし……、チミらの実力なら、問題ないだろう」そこまで言って、彼は酒を飲んだ。

 

「捕獲、ですか……。承知しました」リザは軽く頭を下げて、他の三人に目配せをした。「それじゃ、準備しましょうか」

 

 各々が返事をして、ギルドから出ていこうとするリザについていく。

 ギルドを出た彼らは、ギルドの前の長い石段を下って、踊り場に出た。

 

「レオン、捕獲に必要なアイテムはあるの?」そこで、リザが訊いた。

 

「それなら、ソラの家に置いてある。……あ、そういえば、ソラはモンスターの捕獲をするのは初めてだったよな」

 

「うん」ソラは頷いた。「初めてだよ。だから、どうしたらいいのか……よくわかんない」

 

「モンスターの捕獲は、討伐よりも難易度が高いわ」リザが言う。「でも、そのぶん、得られる報酬が良いというメリットもあるの」

 

「捕獲って、ただ捕まえるだけじゃない、ってことですね?」

 

「えぇ。例えば、この、レオンというモンスターを捕獲することにしてみましょう。そして、捕獲に用いるのは網よ。さて、ここからどうしたらいいかしら?」

 

「うーん……、網で捕まえて、動けなくすればいいんですよね?」

 

「そうね。でも、レオンが元気すぎると、網を突き破って飛び出してくるかもしれないわ。そして、安心しきっているソラは、レオンの餌食(えじき)になっちゃうの」

 

「うわぁ……、レオンに食べられちゃう……」ソラはレオンを窺いながら、少しオーバーに反応してみせた。

 

「本当に食べられないように注意してね。それで、そういうことにならないようにするには、どうすればいいかしら?」

 

「網を頑丈なものにすればいいんじゃないですか?」

 

「あ……そういう考え方もできるわね。確かに、そうだわ……、それが一番簡単な方法ね……」リザは唇に手を当てた。「でも、網は強化できないものだとしたら、どうする?」

 

「網は、そのまま……」ソラは少し考え込む。

 

「相対的に考えるといいわ。モンスターに対して網が強ければいいんだから、逆に言えば、網に対して……」

 

「あ。モンスターが弱ければいい、つまり、弱らせればいいんだ!」

 

「そうそう。レオンをボコボコにしちゃえば、いっそう捕獲しやすくなるわ」

 

「……でも、倒しちゃったら……意味が無いですよね?」

 

「そう、捕獲の最大のポイントはそこ、捕獲するタイミングにあるの。体力が残ったままだと捕獲はできないし、かといって体力を削り過ぎると、捕獲するまえに力尽きてしまう……。だから、タイミングを見極めるには、モンスターの動きをよく観察することが重要なの。そして、そのタイミングを見極めるには、モンスターの動きをよく観察することが重要よ。動きが極端に鈍くなったり、自分から逃げ出そうとしたりしたときが、捕獲できるタイミング」

 

 ソラがうんうんと頷くのを見ながら、リザは話を続ける。

 

「じゃ、捕獲の大まかな流れが分かったところで、実際の捕獲方法について説明するわ。まず、捕獲に必要不可欠なのは、〝罠〟と〝捕獲用麻酔薬〟。麻酔薬は単体で使うことはできないから、素材玉と調合して〝捕獲用麻酔玉〟にしたり、〝捕獲用麻酔弾〟にしたりして使うの。そして、モンスターを十分に弱らせたら、罠にかける。そのあと、捕獲用麻酔玉を投げつけて眠らせる。それで、捕獲は完了よ。……これでわかったかしら?」

 

「はい。よく分かりました。弱らせて、罠を仕掛けて、眠らせるんですね」

 

 ソラの言葉を聞いて、リザは頬を緩める。

 

「ふふ、大丈夫そうね」

 

「じゃ、オレは必要なものを取りに行ってくるよ」レオンは駆けだす。

 

「あ、わたしも行くよ!」と、ソラも彼の後について走っていった。

 

 肩を並べて駆けていく二人の後ろ姿を、リザは目で追っていた。

 

「……あの二人、仲がいいのね」

 

「みゃ。でも、それ以上の関係はないみゃ」

 

「あそこまで仲が良さそうだと……ねぇ。なんだか、ぶっ壊してやりたくなっちゃうわぁ……」

 

「リザ(ねぇ)、それ嫉妬みゃ?」

 

「嫉妬? さぁ、どうかしらね……。レオンは私のもの、なんだから……。誰にも、邪魔させないわ」

 

「リザ姉……なんだか怖いみゃあ」

 

 ナナが困ったような顔で見上げてきたので、リザは思わず吹き出しそうになった。

 

「ふふ……なんてね。冗談、冗談よ」

 

「みゃ……リザ姉は、いつからそんな冗談を言う人になっちゃったのかみゃ?」

 

「それは、昔からよ」

 

 リザはにっこりと笑った。

 

 

 

 

 

 それから五分ほどして、レオンとソラが戻ってきた。

 

「とりあえず、シビレ罠と、捕獲用麻酔ビンを持ってきた」レオンは、ポーチを軽く叩く。

 

「捕獲用麻酔ビン?」リザは訊き返した。「空きビンに捕獲用麻酔薬でも入れたのかしら?」

 

「あぁ、その通り」

 

「レオンは、新しいアイテムを作ってるの?」

 

「まぁ……、たまにだけど。そうそう、ペイントボールの改良版なんてものは考えたな」

 

「あ。それ、まえにわたしが言ったやつだ」ソラが横から言う。

 

「そうそう」

 

「へぇ……、どんなのかしら?」

 

「〝()(よく)な泥〟と〝素材玉〟を調合させた粘度の高い泥ダンゴに、ペイントの実をすり潰して混ぜてみるとできる、持続効果の高いペイントボールだよ」

 

「ふぅん……、粘着性が高くなるから、モンスターの躰から剥がれ落ちにくい、ってことね。……まぁ、悪くないとは思うわ」

 

「だろ? 売り出せば儲かるんじゃないかな」

 

「それは……どうでしょうかね。もしかしたら、既に誰かが発案してるかも」

 

「うぅん……、そうかもしれないなぁ」

 

「ま、そんなことよりも、早く行きましょう」

 

 そう言って、リザは渓流へ向かって歩き出す。その歩調は、少し浮き足立っているようだった。

 

「何か楽しそうだな、姉貴」レオンは彼女の背中に声を掛けた。「どうしたんだ?」

 

 リザは歩みを止めて、振り返った。

 

「狩人としての運命が、私を駆り立てているのよ」

 

 

 

 

 

 

 

 渓流、ベースキャンプ。

 

「さて、クルペッコはどこにいるのかしら?」

 

 リザはレオンに、期待交じりの眼差しを送った。

 

「分かってる」

 

 レオンは岸壁の縁に立つと、瞼を閉じた。

 そして、静かに息を吐き、大きく風を吸う。

 入り混じった匂いの中から、ついさっき嗅いだ匂いと、記憶の中の匂いをシンクロさせる。

 匂いの強さと風向きから、目標のいる方向と距離を測る。

 その座標を、既に脳内にインプットされた地図の上に、描く。

 ……目標は、そこにいる。

 

 レオンは目を開けた。すると、リザが彼の顔を覗き込んで訊く。「どこにいるか、わかった?」

 

「うん……」唸るような声を出して、レオンは頷いた。「クルペッコは、ほとんど移動してない。まだ、エリア6にいると思う」

 

「ふーむぅ……、じっとしているのが好きなのかしら?」

 

「それなら、わざわざこの渓流まで来ないんじゃないかな」

 

「じゃあ、紅葉でも見ているのかしらね? そうだとすれば、なかなか粋な子じゃない? お友だちになりたいくらい……」

 

「……もしそうなら、の話だけどな」

 

 レオンが不愛想に返すと、リザは肩を(すく)めるような仕草をした。

 

「もう……。レオンは、現実を見過ぎてる感じがあるわ。もっと、発想を柔軟にしなくちゃ」

 

「……んじゃあさ、お友だちになりたい相手と闘うっての?」

 

「ほら、言うじゃない……男は拳を交えて友情を育む、って。もしかしたら、人とモンスターも、そういう関係になれるかも」

 

「お(とぎ)(ばなし)の世界じゃ、そういうのはよくあるけどさ……」

 

「でも、もしかしたら、事実を元にしたものがあるかもしれないわ。そう考えると、可能性として無くはないのよ」

 

 まったく、姉の思考にはついていけないな、とレオンは思った。しかし、姉のそういう考えも嫌いではないし、むしろ面白味が感じられるので、こういう話を聞くのは昔から好きだった。

 

「さて、長々とお話をするのもなんだし、早く行きましょう」

 

 リザは身を翻して、エリア1に向かおうとする。レオン、ソラ、ナナも彼女の後に続いた。

 二十歩ほど歩いたところで、リザは立ち止まり、顔だけを振り返らせた。そして、彼女は微笑む。

 

「もうすぐ、操虫棍の腕前を披露できるわね」

 

 

 

 

 

 

 十分ほど経ったのち。川のせせらぎが囁くエリア6で、狩人たちは陰に身を潜めていた。

 リザは顔を乗り出して、エリアの様子を窺う。そしてすぐに顔を引っ込め、レオンたちの方を向いた。

 

「……たしかにいるわね、クルペッコ」

 

「それで、具体的にはどうするんですか?」ソラが訊いた。

 

「そうね、どうしましょう?」リザはレオンを一瞥する。

 

「姉貴が先陣を切ってくればいいんじゃないか? さっきまで、楽しそうにしてたし」

 

「私がやっちゃって、いいのかしら?」

 

「問題ないよな、ソラ?」

 

「うん、全然」

 

「よぉし。なら、張り切っていきましょうか」

 

「怪我すんなよ」

 

「あらぁ……私を誰だと思ってるのかしら?」つんとした口調でリザが言う。

 

「オレの姉貴」

 

 レオンが言うと、リザは少し不機嫌そうに鼻を鳴らした。それがなぜなのか、レオンには分からない。それもそのはず、人間の心理は複雑で、表情や行動だけですべてが読み取れるわけではない。

 

「……まぁ、いいわ。それよりも、レオンの方こそ危なっかしいんだから、気をつけるのよ」

 

「まえに死にかけたから、大丈夫。無茶はしないよ」

 

 その言葉に、リザは目を細める。

 

「死にかけたの?……また?」

 

「ま、大きな怪我をした、ってわけじゃないんだが……。そのことは、いつか話すよ」

 

「そう、分かったわ。でも、今回は私に任せてくれてもいいのよ。あなたは、小型モンスターが寄ってきたら追い払ってくれればいいの」

 

「じゃ、一歩退いたところで姉貴を見学させてもらうよ」

 

「えぇ。じゃあ、最後の重要な部分……麻酔薬を打ち込むところは、ソラ、あなたに頼むわね」

 

「了解です!」

 

「それじゃ、行ってきます」リザは片目を瞑ると、髪を靡かせて躰を半回転させる。「操虫棍の……、とっておきの技も披露できるかもしれないわね」

 

 そう言い残して、彼女は彩鳥の方へ向かっていった。

 

「とっておき? 何だろう……?」ソラはレオンの顔を見た。

 

「それは、見てれば分かるはず」そう言ってレオンは、目を細めた。

 

 標的に向かって走りながら、リザは操虫棍を振り回した。虫笛が奏でる高周波音に合わせて、彼女の右腕に掴まっていた蝶が(はね)を広げてクルペッコの方へ飛んでいった。

 その音に気づいたクルペッコが、細長い首を捻って彼女の方を向く。

 その瞬間――

 

「グェッ!?」

 

 硬く、重たい衝撃が彩鳥の頭を揺らした。猟虫がクルペッコの頭部に打撃を与えたのだ。

 猟虫が攻撃と同時に体液を採取したのを確認すると、リザは操虫棍を振って虫を呼び戻した。

 迅速に戻ってきた猟虫は、赤い液体を保持していた。彼女はそれを口に含むと、ごくりと飲み込む。

 その瞬間、噴火直前のマグマのように、躰の奥底から熱いものが湧き上がってきた。そして瞬く間に、力が漲ってくるような感覚が全身を包んだ。これは、猟虫のエキスによる効果だ。

 

 猟虫が生成する特殊なエキスには、種類が四つある。

 一つ目は、赤色をした攻撃力強化エキス。これには、筋力を増幅させる効果があり、素早く、重い攻撃を与えることが可能になる。

 二つ目は、白色の防御力強化エキス。これは、皮膚を硬質化させて攻撃のダメージを軽減させる効果がある。

 三つ目は、橙の移動速度強化エキス。筋肉の疲労を遅らせる効果のあるエキスで、これにより、スタミナを保存し素早く移動することができる。

 そして最後に、緑色の回復エキス。これは、言うまでもなく治癒効果のあるエキスである。

 これらのエキスは効果の持続時間が短く、連続した効果を得ようとすれば、一定時間置きにエキスを取らなければならない。また、2種類以上のエキスを同時に摂取することで、身体能力の大幅な増幅が可能となる。

 

 今、リザが摂取したエキスは、攻撃力強化のエキスである。

 全身の血が躍動しているのを感じながら、リザは速力を上げて地面を蹴った。

 

「やぁっ!!」

 

 低い軌道を跳びながら、彼女は左手に掴んだ棍を振る。

 美しい曲線を描く切っ先が、クルペッコの胸を掠めた。

 着地と同時に彼女は振り返り、もう一撃を加える。

 

「ぐぇぇ」

 

 クルペッコはよろめきかけるが、翼を大きく振って、上空に舞い上がった。

 

「……っ」

 

 その風圧で、リザはわずかに後ろへ下がる。

 クルペッコは滑空すると、リザから十メートルほど離れた位置に着陸した。

 少し距離を詰めると、彼女は棍を振って、再び猟虫を送り出す。

 風を切りながら向かってくる虫を、クルペッコは躰を振って避けた。虫が脅威であることを先程の一撃で学習したようだ。

 狙いを外した猟虫は、そのまま飛んでいく。

 リザは音を奏でて、虫を呼び戻す。

 その瞬間を見計らってか、クルペッコは翼を少し上げて、リザを目掛けて疾走し始めた。

 

「……!」

 

 だが、避けきれない速度ではない。

 リザはギリギリまで引き付けると、突進方向と垂直に回避し、通り過ぎようとする彩鳥の体側面に刃を斬りつけた。

 刹那、裂かれた柔らかな肉の間から鮮やかな緋が飛ぶ。

 そして、彩鳥が声を上げる間も無く、二度、三度と旋風(つむじかぜ)が舞った。

 

 

 

 

「はや……」無意識のうちに、ソラはそう呟いていた。

 

 俊敏な動きに、正確無比な斬撃。あれを見て、嘆声を洩らさずにいられるだろうか。

 

「あの様子だと、姉貴一人でやっちゃいそうだなぁ……」レオンは少し肩を竦めて言った。「オレたちの出る幕が無くなりそうな勢いだよ」

 

「うん。でも、わたしには最後の重要な役があるよ」

 

「あぁ……。麻酔系は、きちんと当てないと逃げられるからな、がんばれよ」

 

「う……」ソラは苦い顔をする。レオンの言葉が思いのほか効いたようだ。「ち、ちょっとだけ緊張してきたなぁ……」

 

「大丈夫。いつも通りでいいみゃ」

 

 ナナが笑みを投げかけると、ソラはぐっと拳をつくって、「うん……、がんばる」と改めて意気込みを入れた。「あ、そういえば、とっておきの技、まだ見てないよね」

 

「そうだな……。まぁ、とっておきっていうくらいなんだから、ここぞというときに使うんだろうな」

 

 そう言って、レオンは再び目を細めた。

 

 

 

 

 リザは、攻撃のあと、遠い間合いでクルペッコと相対していた。クルペッコの躰には創傷が刻まれ、ところどころが赤く染まっている。しかし、致命的な傷ではない。

 彩鳥の口から、荒い息が洩れている。怒りの絶対量は、指数関数的に増してきているに違いなかった。

 

「クルワァーッ!!」

 

 クルペッコは吼えると、両翼の先を数回、小刻みに突き合わせる。そのとき、橙の火花が散った。

 そして、彩鳥は狩人のいる方向に大きく跳躍すると、爪を勢いよく衝突させた。

 瞬間、熱風がリザの躰を、爆音が彼女の耳を貫く。

 

「……っ!」

 

 火打石を用いた、爆発攻撃。おそらくこれが、クルペッコの攻撃の中で最も危険なものだ。

 直撃はしなかったが、離れていても十分にその威力が感じられた。大タル爆弾ほどではないが、直撃すれば威力はそれ以上だろう。

 薄れゆく黒煙の中、リザが崩れた体勢を立て直そうとした、そのとき――

 

「……!」

 

 彼女の瞳の奥が、炸裂する(ひいろ)で染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第24話 七色の声

 クルペッコを捕獲するため、渓流へ赴いたレオンたち。
 リザは、華麗な操虫棍(さば)きで、クルペッコを圧倒する。だが……



「あっ!?」

 

 二度目の爆発の直後、ソラは叫んでいた。

 先刻までリザの姿があった場所が、爆炎に包まれてしまったからだ。

 

「り、リザさんが……!?」

 

「いや、上だ!」レオンが叫ぶ。

 

 視線を上に移すと、動きの止まったクルペッコの頭上で、リザが宙に舞っていた。

 彼女は宙に浮いているように見えた。実際、浮いているわけではなかったが、鉛直方向の速度がゼロであったために、そう見えたのかもしれない。

 そのあと重力に従って落下運動をしようとするリザは、操虫棍を素早く振った。

 その刹那、彩鳥の翼を鋼鉄の一閃が貫く。

 

「ギェッ!?」

 

 回転力の加わった落体の一撃は、硬質の翼を穿(うが)つには十分なエネルギーを保持していた。

 軽やかに着地したリザは、振り返りざまに華麗に棍を振ってみせる。

 

 ――正直なところ、レオンたちには、何が起こったのか分からなかった。いや、爆発が起こったかと思えば、リザが空中を舞い、クルペッコが攻撃を食らった……ということは分かっている。なぜなら、見たままの光景だからだ。

 しかし、これら一連の流れが、何によって行われたのか?……それが分からない。

 

「もしかして、あれが……」レオンが呟く。「あれが、とっておき?」

 

「え?」

 

「跳ぶ……? それが、操虫棍のとっておきの技……?」

 

 リザは、爆発の起こる寸前で跳躍し、危険を回避した。それなら、観察された事象を説明することができる。

 

「いや……でも、そんなことは……うん、できるか……」

 

「……どうしたの?」ソラはレオンの顔を覗いた。

 

「いや……、いまいち、自分の考察に確証が持てなくて」

 

 しかし、彼の考えは間違っていない。彼女は、操虫棍を使って跳躍し、爆発の直前にそれを回避したのだ。

〝跳躍〟――それこそが、〝操虫〟以外の、操虫棍のもう一つの大きな特徴だった。

 

「でも……よかったよ、爆発に巻き込まれたのかと思ったから」ソラは安堵(あんど)の表情を見せた。

 

「あぁ……」レオンはゆっくり頷く。「でも、あれくらいの攻撃……姉貴なら問題ないよ」

 

「そうなの?」

 

「だって、リザ(ねぇ)だもの」ナナが言うと、彼女は微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

「クルルッ……」

 

 片翼を(えぐ)られたクルペッコは、リザを睨みつけていた。しかし、その眼光にもはや精気は感じられない。

 

(あと、少し……)

 

 あとは、ギリギリまで体力を削ってやるだけ。殺さぬよう細心の注意を払わなければならないところが、捕獲の最たる難しさである。

 リザが、棍を掴んだ手に力を入れた、そのときだった。

 突然、彩鳥は左、右へとステップすると、赤い泣き袋を何倍にも膨張させた。

 

「っ!」

 

 来る――。

 リザの全身に緊張が走った、そのときだった。

 

「ニャッハ――――!!!!」

 

 ネコのような鳴き声が、辺りに木霊(こだま)した。

 咆哮が来るのかと思い、耳を塞ごうとしていたリザは、面(くら)った。

 

「そういえば……」リザは小さく息を吐いて、わずかに緊張を解いた。「厄介な習性があったわね……、このモンスターには」

 

 

 

 

 

 

「――ん?」違和感を覚えたように、ソラは少し目を大きくさせた。「何、この鳴き声……?」

 

「クルペッコが鳴いた声だよ」レオンは即答する。

 

「えっ? ネコみたいな鳴き声だったよ?」

 

「……クルペッコは、ほかのモンスターの鳴き真似が得意なんだ。その鳴き声があまりにも似ているものだから、仲間がいると思ったモンスターたちが集まってくるらしい。だから、狩るときには用心しなくてはならない……って、読んだ本には書いてあった」

 

「……ってことは?」

 

「うん。アイルー……いや、メラルーの群れが来るはずだよ」

 

「えぇぇ……」

 

 ソラは口元を歪ませた。それもそのはず、彼女は過去、メラルーにいろいろとお世話になったことがある(もちろん悪い意味で)。そのため、彼女にとってメラルーは大敵なのだ。

 

「群れを呼んで、その隙に逃げようって魂胆かな。まぁ、いずれにせよ、状況が変わる。……よし、オレは行く。ソラとナナにはここで待機してもらって、合図をしたら、捕獲にとりかかろう」

 

「うん、わかった」

 

「みゃ」

 

 二人が頷いたのを確認して、レオンは陰から飛び出した。

 

 

 

 

 盗人軍団が来るのに、時間は掛からなかった。

 どこにいたんだ、と言わんばかりに、四方八方からメラルーが現れる。瞬きをするたびに増えていっているのではないか、と思うくらいだった。これがアイルーならいいものを、とレオンは思ったが、世の常、上手くいかないことがほとんどだ。

 

「姉貴!」声を上げながら、レオンはリザに駆け寄った。「どうするんだ?」

 

「メラルーの大群が押し寄せようが、イビルジョーが現れようが問題ではないわ。レオンは雑魚どもを蹴散らせて頂戴(ちょうだい)ね」

 

「あぁ……わかった」近づいてきたメラルーを、レオンは蹴飛ばした。「それで、そろそろ捕獲はできるのか?」

 

「そうね……」飛び掛かってくるメラルーの顔面に、リザは殴打を噛ました。「元気はなくなってきたみたいだし、そろそろ捕獲の準備、してもらおうかしら?」

 

「了解っ」

 

 二人が会話を交わしている間、クルペッコは再び鳴き袋を膨らませて、鳴いていた。その鳴き声は、優しさに包まれて癒されるような、心地よい音色だった。

 数秒間鳴き続けたかと思えば、クルペッコは急に激しく動きだした。

 

「クルックルッ、クワァ――――ッ!」

 

 クルペッコが、さきほどまでの疲弊などをまったく感じさせないように激しく動く。むしろ、より元気になっているのではないかと思うくらいの動きだった。

 

「なんだ……!?」レオンは、背後から襲ってくるメラルーに裏拳を入れた。「さっきまでとは、様子が……?」

 

「治癒効果のある音色……」リザは呟くように言った。「そう、狩猟笛で奏でる音色にも、そんな効果を発揮できるものがあったわ。……彼、そんなこともできるのね」

 

「彼?」

 

「あのクルペッコのことよ」

 

「あぁ……」

 

「お友達になって、一緒に狩りに行けば、あの音色で私たちをサポートしてくれるかもしれないわね。オトモクルペッコ……素敵じゃない?」

 

「そんなこと言ってる場合か? あいつ、躰の傷を癒して、さっきより動きが活発になってるぞ?」

 

「えぇ。だから、まだ捕獲はできないわね……また体力を削らなきゃ」リザはやれやれといったように肩を(すく)めた。しかし、口元は笑っている。「うん、捕獲できそうになったら、声を掛けるわ。それまで護衛よろしく」

 

「わかってる」

 

 よし、と呟いて、リザはクルペッコのいる方へと走る。

 クルペッコは再び鳴いていた。次は、どこか堅さのある旋律を奏でている。

 

「……ふふ、いい音色ね」

 

 鳴き声に耳を傾けながら駆けていたリザは、地面を蹴り、棍を振りかざして彩鳥の懐へと飛び掛かる。

 演奏が終わったとき、空を走る刃はクルペッコの喉元にあった。

 

(その歌声が聴けなくなるのは残念だけど、仕方がないの……許してね)

 

 鋼刃の切っ先が鋭い直線を描く――が、その攻撃は弾かれてしまった。

 

「……!」

 

 左腕が、びりっ、と痺れる。

 

(これは……硬化!!)

 

 リザは瞬時に悟った。さきほどの旋律は、硬化のためのものだったのだ。

 

(音が、ここまで強力な武器になるなんて……ね)

 

 受け身の体勢を取って着地し、すぐ起き上がる。

 

(でも……効果がずっと続くことはないはず……)

 

 ならば、効果が切れるまで時間を稼げばいい。無理に攻撃しようとしても、こちらの体力が削られるだけだし、最悪、武器が壊れてしまうだろう。

 リザはクルペッコと距離をおいた。

 そのときを待っていたかのように、クルペッコは鳴き声を膨らませる。そして、鳴いた。

 

 

 

 

「……っ!」

 

 大剣を()いで、泥棒猫たちを吹っ飛ばしたとき、レオンはハッとした。

 

(今の鳴き声……)

 

 クルペッコが出したのは、聞き覚えのある声だった。そして、とても特徴的な鳴き声……そう、ドスジャギィのものと似ている。ということは……。

 

「姉貴!」レオンはリザの方を見ずに叫んだ。

 

「えぇ、分かってるわ!」

 

 リザも気付いたらしい。クルペッコが呼んだのが、ジャギィの群れだということに。

 まえに、ドスジャギィが大量のジャギィを率いて渓流にやってきたのをレオンは思い出した。

 そして、ドスジャギィが2体いたということも、同時に思い出す。

 何故2体もいたのか、当時はよく分からなかった。今考えてみると、もしかしたら、あの2体はこのクルペッコが呼び寄せたのかもしれない。そんな考えが頭に浮かんだ。しかし、そうであるとしても、二つの群れが、干渉するほど近づくだろうか?

 そこまで考えて、彼は思考の焦点を現在に戻した。今は、目の前のことに集中すべきだ。

 

「ジャギィの群れか……」

 

 厄介だ。メラルーの群れでさえ、対応は困難を極めるというのに、ジャギィの群れが来るとなると……(たま)ったものではない。

 一旦、退くべきだろうか、とも考えるが、それは、ジャギィが来てからでも問題はないと彼は思った。

 

(でも……最近ジャギィを見てないし、まして、群れが来るとも思えない)

 

 来るか、来ないか――たったそれだけで、今後の戦況はまったく違うものとなる。

 出来ることなら、これ以上相手が増えることなく狩猟を終えたい。

 彼は、心の中でそう強く願った。

 

 

 

 

 

 

 クルペッコは、狩人を嘲笑うかのように、左右へステップを踏んだ。そして、両翼の火打石をカチカチと突き合わせると、狩人に向かって跳んだ。

 瞬間、緋が()ぜる。

 リザは、それを難なく避けた。一度見ている攻撃なら、回避するのは造作もないことだ。しかし、爆発は、威力を増しているようだった。

 

「……お怒りかしら?」

 

 リザが呟いたとき、二度目の攻撃が迫ってきた。

 彼女は強く大地を蹴って爆発を回避し、クルペッコの体側面に回り込む。だが、それを予測していたのか、クルペッコは躰をひらりと半回転させた。

 硬化した鋼の翼が、リザを襲う。彼女は棍を振って、翼に刃を振るった。だが、重い金属音がして、弾き返されてしまう。

 

(まだ硬い……わね)

 

 風圧で崩された体勢を、彼女は元に戻す。そして、わずかな間だけ辺りを見回した。

 

(メラルーはいるけれど……、ジャギィは……来てないようね)

 

 もしかしたら、どこかに潜伏しているのかもしれないが、姿を見せないということは、こちらが不利になる可能性は十分に低くなったといえる。

 

「……クルルルッ」

 

 クルペッコも、ジャギィが来ないことに疑問を感じたのか、少し首を傾げた。その仕草が、少し可愛らしかった。しかし、心中が穏やかでないことは察しがつく。

 加勢を呼んで、逃げるか、再び傷を癒そうとしたのかもしれないが、その作戦は失敗に終わったのだ。

 暫し、沈黙。

 盗賊団(メラルー)は、すべて伸びきっていた。

 

「雑魚どもは殲滅(せんめつ)させたよ」リザの元へ来たレオンが、耳元で言った。

 

「えぇ。あとは〝彼〟だけ」

 

 二つの視線は、彩鳥に定まった。

 

「クルルルルッ」

 

 クルペッコは翼を大きく広げると、口から何かを吐き出した。それは、二人に目掛けて飛んでいく。

 

「!」

 

 二人はそれを避ける。直後、粘度のある緑色の液体が広範囲に着弾した。そこから、音を立てて湯気のようなものが立ち上がる。

 

「ん? これは……酸、か?」

 

「そのようね……防具に掛かっていたら、耐久性に問題が出てたわ」

 

 リザがふぅ、と息を吐いたとき、クルペッコは再び粘液を繰り出した。

 

「まったく、吐くなんてお行儀が悪いわ……」攻撃を回避しながら、リザは疾走する。「お仕置きが必要ね」

 

 クルペッコが応対しようとするまえに、彼女は赤い鳴き袋に刃を振るった。

 

「グェェ!?」

 

 表皮がぱっくりと割け、そこから鮮やかな赤が(こぼ)れる。

 

(……よし!)

 

 硬化の効果は切れた。今が、攻め込むチャンスだ。

 彩鳥が怯んだのを皮切りに、リザは棍を振って斬撃を打ち込んでいく。

 瞬く間に、風が舞い、彩鳥の躰が刻まれる。

 その軽快で俊敏な、無駄のない動作に、レオンは驚かざるを得なかった。

 

「レオン! そろそろ……」

 

 リザが叫んでいる。彼女の動きに見とれていたレオンは、ハッとした。

 

「あぁ……、わかった!」

 

 罠を仕掛けろという合図を送るため、レオンはソラのいる方へ目を向けた。そして、陰から身を乗り出しているソラに、合図を送った。

 彼女は頷くと、手元を動かしていた。捕獲用麻酔ビンを装着しているのだろう。そして、彼女の脇から、黒猫(ナナ)が飛び出してくる。彼女は、シビレ罠を持っていた。

 ナナはレオンの元へ駆けてくると、地面にシビレ罠を設置し、付属のピンを抜いた。火花が散って、小さな稲妻が半径1メートルほどの円を作った。これで、シビレ罠が完成した。

 

「姉貴! こっちだ!」

 

「えぇ!」

 

 棍を納めて、リザは罠の方へ突っ走る。

 

「さぁ、こっちよ!」

 

 自らの思い通りに事が運ばず、怒りで我を忘れているクルペッコは、構わず彼女の後を追った。

 

「クワ――――ッ!」

 

 途中、爆発攻撃も仕掛けてくる。だが、そのすべては、ただ怒りを発散させているようにしか見えなかった。

 リザがシビレ罠の上を通過して数秒後、そのときはやってきた。

 

「ギエェッ!?」

 

 クルペッコがシビレ罠にかかった。強い電流で筋肉が硬直し、もはや自分の意思では動くことができない。

 

「ソラ! 今だ!」

 

 レオンが掛け声を上げると、麻酔薬を塗った二本の矢が、ほぼ間髪を入れずに彩鳥の胴に刺さった。

 

「ク……クルルッ……」クルペッコの動きが、次第に弱くなる。「……ッ…………」

 

 最後は、ゆっくりと倒れ、〝彼〟は深い眠りについた。

 

「よっしゃあ!」

「捕獲……、完了ね!」

 

 レオンとリザは、右手を高く挙げて、お互いの掌を叩いた。

 そこへ、ソラが満面の笑みを浮かべて駆けてくる。

 

「やりましたね!」

 

「えぇ。ソラも……、最後の射撃、見事だったわ」

 

「えへへ……ありがとうございます! でも……、わたしも、一緒に活躍できればよかったのになぁ……」

 

「ちょっと私、独り占めしすぎたかしら?」リザはレオンの顔を窺った。

 

「まぁ……そうかもしれないな。でも、姉貴の華麗な武器捌きには、ビックリしたよ」

 

「褒めてくれて、嬉しいわ」

 

 そう言って、姉は弟の頭に手をやる。が、弟はそれをすかさず振り払った。

 

「撫でなくていいって! ボディタッチが激しすぎるんだよ、姉貴は!」

 

「えー……、そう怒らなくてもいいじゃない……」

 

「ったくぅ……」

 

「それで……」ソラが口を開く。「このあと、どうするんですか?」

 

「えぇ、とりあえず、捕獲の任務は完了したから、あとの処理はギルドがやってくれるわ」

 

「そうなんですか」

 

「でも、それは各地のギルドによって違うでしょうけどね。……そうね、一応、クルペッコを運ぶための荷車が来るまで待ちましょう」

 

 武器を外して、各々が地べたに腰を下ろした。少し湿っていて、冷たい。

 

「あ、そうそう」レオンが切り出す。「その操虫棍、どういう仕組みで跳ぶんだ?」

 

「跳ぶ?」ソラはレオンの顔を見る。「あのときのあれ、やっぱり、跳んだんだ?」

 

「あぁ。人間にあそこまでの跳躍力はないし、その武器を使ったんだろ?」

 

「その通り」リザは、傍らに置いた棍を持った。「操虫棍という武器には、二つの最大の特徴があって、一つが〝操虫〟、もう一つが〝跳躍〟。それで、この跳躍を可能にしているのは、この細い柄の中に入っているスプリング」

 

「すぷりんぐ?」ソラが訊く。

 

「こちらの言葉では……そう、〝バネ〟ね。この操虫棍は、バネの復元力、つまり、バネが元の状態に戻ろうとする力を利用しているの。その強力なスプリングの作用で、跳躍できるのよ。あと、武器自体の剛性が高いから、細いけどけっこうな衝撃にも耐えられるの」

 

「なるほど……」

 

「よくわかんないなぁ……」

 

 レオンはうんうんと頷いているが、ソラは終始、首を傾げているだけだった。

 

「……まぁ、この武器を使えば高く跳べるということだけが分かれば、それでいいのよ。でも、それだけじゃないってことも、覚えておいてね」そこまで言って、リザは片目を瞑った。

 

「まだ、何かあるのか?」

 

「それは……またいつかお目にかかれると思うわ。お楽しみは、あとに取っておかなくちゃ、ね?」

 

「うん、確かに」

 

 レオンが頷くと、リザは背中から地面に倒れ込んだ。

 

「んー……疲れたわ……、寝ようかしら?」

 

「でも、もうすぐ荷車が来るんじゃないかな」

 

「荷車の上で、〝彼〟と一緒に眠りたいわね」

 

「それは、ご自由にどうぞ?」

 

「そうしようかしら、本当に」

 

「〝彼〟って誰です?」ソラが訊いた。

 

「〝彼〟っていうのは……、クルペッコよ」

 

 リザの返答に、ソラの表情が一瞬固まる。それは、まさに「ケチャワチャにつままれたような顔」だ、とリザは思った。

 

「……な、なるほど、クルペッコと、一緒に……」

 

「ソラもご一緒にどう?」

 

 そう言って、リザは笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから二十分ほど経った頃、アイルーが荷車を押してやってきた。それは大きな荷車で、人間なら軽く5人くらいは同時に運べそうなものだった。無論、この荷車はモンスターの運搬専用である。

 彼らは、昏睡状態のクルペッコをなんとか持ち上げると、荷車に積んだ。そして、ロープで躰を固定する。その作業には、十分ほどかかった。

 

「ふぅ……」前髪を払いながら、ソラは息を()く。

 

「お疲れ様」リザは笑みを投げかけた。「あとは、村に帰るだけよ」

 

「帰ったら、まず温泉だな」レオンは腕をぷらぷらと振った。

 

「すごく動いたから、すごく気持ちいいんでしょうね……」リザは、うっとりした表情を浮かべている。彼女はまだ温泉に入っていないのだ。

 

「すっごく気持ちいいと思いますよ!」

 

「リザ姉ならきっと喜ぶみゃ!」

 

「ふふ……そんなこと言われたら、早く入りたくなってきたわね」

 

「なら、早く帰ろう」

 

 レオンが歩き出すと、他のメンバーもその後を追い始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユクモ村に帰還した彼らは、ギルドへと続く石段を上っていた。石段の隅には、朽葉がまばらに落ちている。秋は、確実に深まりつつある。

 

「あの建物から立ち上がる湯けむりを見るだけで、なんだかワクワクしちゃうわね」リザは上を見ている。

 

「ワクワク……ね」

 

 確かに、初めて温泉に入るのであれば、そういった感情が生まれるのは自然なのかもしれない。レオンはそう思った。

 ユクモ村のハンターズギルドを兼ねている集会浴場に入ると、村長の姿がすぐそこにあった。彼女は、ギルドマネージャーと立ち話をしている。

 

「あら……」レオンたちの存在に気付いた村長は、彼らの方に躰を向け、にっこりと微笑んだ。「おかえりなさいませ。無事に捕獲していただけたようですね」そして、深々と頭を垂れた。「ありがとうございました」

 

「わたし、今回はあまり活躍しなかったけど、リザさんがスゴかったんですよ!」ソラは興奮気味に言う。「動きが速くって正確で……憧れちゃいます!」

 

「そんな大それたものじゃないけれどね……」リザは目を細めて言う。彼女は少し照れているようだった。

 

「あらあら……やはり、お強いのですね」村長の視線がリザを捉える。「では、あとは温泉に浸かって、ごゆっくりしてらしてくださいね」

 

「はい。そうします」

 

「さ、リザさん、行きましょう!」

 

 ソラはリザの手を引いて、集会浴場の入り口へ向かう。ナナとレオンも二人を追った。

 番台アイルーから湯浴みタオル受け取ると、女性陣は、布で仕切られた女性用の脱衣所へと消えた。

 レオンは男性用の脱衣所に入ると、防具を脱ぎ始める。インナーも脱ぎ、腰にタオルを巻くと、浴場に出た。湯には、村人が数人浸かっている。

 彼は石畳の床を歩いて温泉の縁まで行くと、置いてあった桶で湯を掬い、躰に掛けた。熱くも(ぬる)くもない、ちょうどいい温度である。

 彼は湯に浸かった。湯の効能か浮力か、躰が軽くなったように感じる。あまり疲れているわけではなかったが、

 

「……あれ? レオンさん?」

 

 湯けむりの中から声がして、その声の主はレオンの元へ移動してきた。

 

「おっ」

 

 彼に寄ってきたのは、レオンのよく知る人物、リクだった。彼はソラの弟で、据わった目が特徴的な子だ。ソラの家で、レオンはリクとよく話をしたり遊んだりしているので、彼とはけっこう仲がいい。

 

「リクも、温泉に入ってたんだな」

 

 リクは、こっくりと頷いた。

 

「……今日は何か狩ったの?」

 

「おう。クルペッコを捕獲したよ」

 

「……クルペッコって、こんなやつ?」リクは、湯に浮かんでいたクルペッコの玩具(おもちゃ)を摘まんだ。

 

「そうそう、そんなやつ」

 

「……強かった?」

 

「うーん……、今日はオレが闘ったわけじゃないからな……。よくわからないかな」

 

「……そっか」

 

「そういえば、タイガは?」

 

 レオンが訊いたとき、湯の中から勢いよく何かが飛び出した。

 

「ニャ! ボクならここにいるニャ!」

 

「お、やっぱりいたんだな」

 

「薪割りで疲れたニャ」

 

「それは……お疲れ様。次の狩りのときは期待してるよ」レオンは不敵な笑みを浮かべる。しかし、タイガは動じなかった。

 

「まえのボクと違うところ、見せつけてやるニャ!!」

 

「お、言ったな」

 

 タイガは、ふふん、と笑って胸を張った。

 そのとき、脱衣所からソラ、ナナ、リザが出てくるのが見えた。

 

「床が滑りやすくなってるので、気をつけてくださいね」

 

「滑っても、レオンに受け止めてもらうから大丈夫よ」冗談なのかどうかよく分からないことを言っているリザは、髪を下ろしている。

 

 彼女らは、レオンがしたように、桶で湯を掬って躰に掛けると、泉の中へ足を進めた。

 ふぅ、という息がリザの口から洩れた。

 

「いいわね……。なんていうのかしら、こう、躰から〝疲れ〟というものを押し出してくれている感じがするわ」リザはゆっくり、目を閉じる。「ずっと入っていられそうなくらい、居心地がいいわね……」

 

「のぼせるなよ」

 

「それは心配要らないわ」

 

「あれ? レオンの隣にいるのって……」ソラは目を凝らす。「あ。リクだな!」

 

「リク……? 誰かしら?」

 

「わたしの弟です」

 

「弟がいるの……、私と同じね」リザはクスリと笑った。

 

「リク、挨拶して。この人は、レオンのお姉さんで、リザさん」

 

「……はじめまして。……リクです」

 

「はじめまして。あら、可愛い子ね」

 

 リザがにっこり笑うと、リクは、レオンの背中に隠れた。

 

「ん? どうした」

 

「……綺麗な人」

 

「あぁ……」

 

 あまり意識したことはなかったが、改めて見ると、端正な顔立ちでかなりの美人だ、とレオンは思う。リクが照れてしまうのも無理はないことなのかもしれなかった。

 

「どうしたの? 私、何かいけないこと言ったかしら」

 

「あぁ……姉貴が鬼みたいな顔してるからだぜ」

 

「なら、鬼の弟であるあなたも鬼ね」

 

 いつもながら、言葉の切り返しが早い。レオンは観念して、肩を竦めた。

 

「それはそうと、リザさんって、すらりとしてていいですよね~」ソラは、話題の転換を図る。「足が長くて、格好いいし……」

 

「……そう? でも、胸はソラの方が大きそうねぇ」リザの瞳が、少女の胸に向く。

 

「え、えぇ? そ、そんなことないと思いますけど……」

 

 慌てて胸を隠そうとするソラに、リザの魔の手が忍び寄る。

 

「ひぅっ!?」ソラの躰がビクン、と跳ねた。「り……リザ……さん?」

 

「ふむふむ……」リザは、二つの柔らかい丘を手で弄んでいた。「これは……」

 

「ちょっ……と……ぅ……」ソラの顔が、みるみる赤くなる。それは、熱湯で茹でられたヤマツカミのようだった(実際、茹でられて赤くなるのかどうかは不明だ)。

 

「……何が起こってるの?」リクがひょいと顔を出そうとする。

 

「見ちゃダメだ!」レオンは慌てて、手でリクの視界を遮る。自分も見ないようにした。

 

「タイガも!」ナナはタイガの両目を潰す。

 

「ふんぎゃあああああああっ!」タイガは湯に沈んだ。もう会うことはないだろう。

 

「……あっ、ごめんなさいね」一頻(ひとしき)り堪能すると、リザは手を引っ込めた。「つい、揉んじゃったわ」

 

「つ……つい、で揉んじゃうものなんですか……?」ソラは、少し(はだ)()た湯浴みタオルを直す。

 

「ふふ……五感で感じなさい、ってね」リザは口元を少し上げた。その顔は、いたずらを企む子どものものとよく似ている。

 

「そ、それは狩りのときだけにしてくださいよぉ……っ」ささやかな抵抗の声を上げたソラの顔は、まだ赤く染まっていた。

 

「これからまだまだ成長しそうね、いろいろと」リザお得意の、意味深長な言い回しが出る。「それはそうとレオン、宿はどうしてるの? けっこうここにいるんでしょう?」

 

「それなら問題ないよ。ソラの家にいさせてもらってるからな」

 

「ふぅん、居候(いそうろう)してるのね……」リザは意味ありげな眼差しをレオンに向けた。「どれくらいまえから?」

 

「そうだなぁ……(ふた)(つき)くらい?」

 

「けっこうここにいるのね」

 

「姉貴は? ここにどれくらい留まるつもりなんだ?」

 

「そうね……」リザは人差し指を唇に当てた。「ちゃんと考えてはいないけれど、数週間くらいかしら?」

 

「そうか」

 

「レオンも、長いことお邪魔してたら迷惑になるわよ?」

 

「あ、それなら心配要らないですよ!」ソラは、既に落ち着きを取り戻していた。「お父さんが出払ってるから、部屋も一つ空いてるし、ちょうどいいんです。わたしも、いろんなこと聞けるし、全然迷惑なんかじゃないですよ」

 

「そう……。じゃ、ソラのお父さんが帰ってきたら、旅を再開するというわけね?」

 

「そう、なるかな……」

 

 レオンは何気なく、ソラの表情を窺った。彼女は少し寂しげな面持ちになっていたが、彼に見られていたのに気付くと、慌てて笑顔を作った。

 

「あ、ドリンク要ります?」ソラはリザに訊く。

 

「ドリンクがあるの……なら、オススメをいただけるかしら?」

 

「オススメって言うと……あれだな」とレオン。

 

 周りにいる全員も、うんうんと頷いた。

 

「じゃあ、みんなそれでいいんだね」確認すると、ソラはドリンク屋アイルーを呼びつけて、ドリンクを注文する。

 

 みんな大好きユクモラムネは、すぐに出てきた。ドリンク屋も、常連客の頼むのものは記憶しているようだ。

 

「はい、どうぞ」ソラは、ラムネの瓶をリザに手渡した。

 

「ありがとう」

 

 各々が開栓して、ラムネを喉へ流し込む。

 

「ん~、喉にくるわね、これ……。でも、この刺激が甘さで中和されて、いい感じ……」リザは瓶を揺らしながら言う。「でも、狩りの途中には向かないかもしれないわね」

 

「そうだ、姉貴」レオンは、既にラムネを飲み終えていた。「旅の話、聞かせてくれよ」

 

「うーん、そうね……それじゃ、バルバレっていう〝移動する〟街の話でもしてあげようかしら?」

 

 その後、彼らはリザの話に熱心に耳を傾けていた。

 

 もちろん、渓流で動き出す大きな影には、誰も気付かぬまま……。

 

 

 

 

 

 

 ≪レオンの日記≫

 

 今日、久々にリザに会った。とくに変わりはないみたいだった。

 そのあと、彼女を連れて渓流へ行った。

 そのとき、色彩豊かな鳥・クルペッコを発見する。

 村長とギルドに指示を仰ぐと、捕獲してほしいと言われた。

 そして、再び渓流へ向かい、彩鳥と対峙する。

 ほとんどは姉貴がやってくれた、オレはメラルーの掃討に回った。

 無事に捕獲を終え、帰還。

 しかし……、操虫棍という武器、あれには驚いた。

 虫を操って、強化エキスを採取することができる上に、大きく跳躍することもできるからだ。

 姉貴が言うことには、まだまだ隠された技があるらしい。

 温泉で聞いた、旅の話も興味深く、おもしろかった。

 今、改めて、思う。

 世界は、未知に溢れている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 タイガは完全にとばっちりのような気がします。
 ドンマイ……。

 リザはいろいろと面倒な人だったようです。


 さぁ、お次はどのようなモンスターが登場するのか……。


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第25話 舞い降りた竜

 大きく背伸びをした空を、澄んだ風が突き抜ける。

 豊かな色彩は揺られ、秋の音を奏でていた。

 こんなにもいい日なのに、心が穏やかでないのは何故だろう。

 そう、これはすべて、奴のせいなのだ。

 奴さえいなければ……。

 しかし、今さらどうしようもない。

 私は、私の為すべきことを、為す。

 残酷な、この世界で……。

 

 

 

       *

 

 

 

「飛竜?」レオンは、動かしていた手を止めてリザを見た。彼はちょうど、ユクモ農場で大剣の手入れをしているところだった。

 

「えぇ、村人が話していたのを小耳に挟んだの。飛竜が飛んでいるのを見たってね」

 

「そりゃあ、飛竜なんだから、飛ぶに決まってるだろ」

 

「でも、この地域では珍しいって。それに、かなり低空飛行していたみたいなのよ」

 

「それじゃ、そいつは……」

 

 レオンが言いかけたとき、側にいたソラが口を開いた。

 

「飛竜って、すごく強力なモンスターなんですよね?」

 

「そう。生態系でも上位に位置する種族ね」

 

「そんなのが渓流に居座ってるとしたら、村は軽くパニックになるな……」

 

「この村は周囲を岩壁に囲まれているし、そう簡単に襲撃されるような場所ではないでしょうけど、その飛竜に襲われる危険性があるのなら、村人も簡単には渓流へ足を運べないでしょうね」

 

「ギルドの方も調査に動き出すよな」

 

「もちろん、そうでしょうね。飛竜なんてめったに現れるものじゃないし。それにしても、どんな飛竜かしら……」

 

「あ、そうそう。古い本によれば、昔、渓流には飛竜の……ナルなんとか……が来たことはあるらしいです」

 

迅竜(じんりゅう)、【ナルガクルガ】ね」

 

「あ、そうそう、それです!」

 

「でも、ナルガクルガって翼が小さいから、飛ぶのはあまり得意じゃないんじゃなかったっけ」

 

「そうね。だとすれば、飛ぶことは少ないから、飛んでいるのを目撃される可能性は極めて低いと言えるわ」

 

「じゃあ、ほかの飛竜ってことになるんですね」

 

轟竜(ごうりゅう)【ティガレックス】、一角竜(いっかくりゅう)【モノブロス、双角竜(そうかくりゅう)【ディアブロス】、鎧竜(よろいりゅう)【グラビモス】、岩竜(がんりゅう)【バサルモス】、白影(はくえい)【フルフル】、毒怪竜(どくかいりゅう)【ギギネブラ】、氷牙竜(ひょうがりゅう)【ベリオロス】……」レオンは視線を上に向けて言う。「今思いつくのはこれくらいかな? ほかにも、いろいろいたと思うけど」

 

「レオン、代表的なモンスターを忘れているわ」リザは片目を細めた。「もしかして、意図的に言わなかったの?」

 

「あぁ」レオンは少し目を開く。「リオレイアとリオレウスも、だったな」

 

「レオンの防具も、そうだよね」とソラ。

 

「あぁ、レウス装備だ」

 

「私のも、ね」とリザは付け加えた。

 

「でも、よくよく考えてみたら、レウス装備のレオンも、リオレウス……を狩れるほどの実力があるってことだよね。なんか、改めて尊敬できるかも」

 

「うーん……一人で狩ったわけじゃないし、そこまでの実力があるとは思えないけどな」

 

「でも、立ち向かっていく勇気があるだけでもスゴいなぁ……」

 

「リオレウス……か。懐かしいな……」そう呟くレオンの表情は、少し悲しそうに見えた。

 

「初めて狩った飛竜」リザが言う。「いろいろあったわね」

 

「あぁ……」レオンはふぅ、と小さく息を吐いた。「いろいろ、あったよ……」

 

「どうしたの……?」ソラは心配になって訊く。レオンの思い詰めたような表情を見るのは初めてだからだ。

 

「いや……、うん。何でもないんだ」

 

「……もしかして、胸の傷と何か関係が?」

 

 ソラの言葉に、レオンは黙り込む。彼は、じっと地面を見つめたまま瞳を動かさなかった。

 

「あ……ご、ごめん……なさい」

 

「謝ることなんてないわ」俯くソラの肩を、リザが叩いた。「たぶん、いろいろと考えてるんでしょう。昔から、だんまりすることはよくあるから」

 

「……そう、ですか……」

 

「そんな顔しないで。笑っていなくちゃ、いいことが逃げちゃう」

 

「そうだぞ、ソラ」レオンは顔を上げた。その表情は、さっきまでの重いものではなくなっていた。「すまない、さっきまでいろいろと考えてたんだ。その飛竜のことについて」

 

「正体がわかったの?」

 

「いや、推測してみた。まず、村人が目撃したのは飛竜でなかった可能性がある」

 

「飛竜じゃない?」

 

「うん。村人は飛竜を見たことがないかもしれないから、大きな鳥を飛竜だと勘違いしたっていう可能性がある。で、目撃したのが飛竜であるとするならば、考えられるのは……そう、リオレウスかリオレイアだ。もしくは、その両方が渓流にいる」

 

「レウス、レイアね……」リザは腕を組んで頷く。「相手としては申し分ないけれど、あまり闘いたいと思えるような相手じゃないわ」

 

「だから、見間違いであってほしい……っていうのが正直なところ。現に、この村に来る観光客だって次第に増えてるし、騒ぎなんか起こってほしくないだろう」

 

「そうだね……」そう呟くソラは前髪を(いじ)っている。

 

「でも……」

 

「でも?」

 

「……いや、何でもない」

 

 上手く事が運ぶことはほとんどない、とレオンは言おうとしたが、口に出すと、本当にそうなってしまいそうな気がしたので、言葉を呑み込んだ。

 

「とりあえず……今日はゆっくりしよう。たまには休養も必要さ」

 

 

 

      *

 

 

 

「奴」のことを考えるときがある。

 普段は姿など滅多に見せないのに……、何故今になって現れるのだ。

 しかし、ここに近づいてきている気配は感じ取れない。ひとまず、安心だ。

 だが、その安心も長くは続かないとこは分かりきっている。

 さらなる厄災が、私を襲うだろう。

 逃れられるかどうかは、予測できない。

 それは、確実に、私に迫ってくる。

 そのとき、私は行動を起こせるだろうか……?

 いや、きっと起こす。

 そういう風に、できているのだから……。

 

 

 

      *

 

 

 

 不安そうな表情で空を見つめているのは、ここユクモ村の村長だった。彼女は腰掛けに座り、澄んだ空を見上げているのだ。

 妙な胸騒ぎがするのは、初めてではなかった。

 それを感じ取ったのは数ヶ月まえからだ。

 最初はとくに気にも留めなかった。しかし、それは日を跨ぐにつれて大きくなるような気がしていた。

 これは、竜人族であるが故の予感なのかもしれない。何かが、この村に起ころうとしている。

 不安。それだけが、彼女の精神に絡み付いていた。

 しかし、村長という立場である以上、村人に不安を伝染させてはならない。

 内部では激しく動乱しながらも、表面上は冷静を装う必要がある。

 これは、使命。

 守るべきものは、目の前にある。

 

 

 

      *

 

 

 

「何でしょうか、村長」

 

 ()の沈む頃、集会浴場に、ソラたちは集められていた。

 

「あなたたちにお話がありますの」

 

 ゆっくりと瞬きをして、村長はソラ、レオン、リザを順々に見つめる。

 

「これは、あなたたちにしか話さないことです」

 

 わたしたちにしか話さない――ということは、それは重要な案件であり、他言は無用だ、ということなんだろう。ソラは、瞬時にそれを理解できた。

 

「実は、渓流にとある飛竜が出現しましたの」

 

 それは、予想していた話だった。問題は、その正体は何なのか、ということである。

 

「その飛竜は……、リオレイア」

 

「やっぱり、か」

 

 レオンの呟きに、村長の目が開かれる。

 

「ご存知でしたの?」

 

「いえ、村人の目撃情報を元に推測しただけです。たぶん、リオレイアかリオレウスだろう、って」

 

「そうですか……。それで、渓流とその近辺を、リオレイアが移動したり、飛んだりしているのをギルドの方で確認致しましたの」

 

「つまり、わたしたちに狩ってほしいということですね?」ソラは自信に満ちた口調で言った。

 

「いえ、これは、ユクモ村専属ハンターの娘さんという立場を考えて、このお話をさせていただいているだけです」

 

「えっ!?」ソラの眉がつり上がる。「い……、依頼じゃないんですか?」

 

「えぇ。これは、あなたにとっては危険すぎますわ。この通達には、あなたを危険に遭わせないためという目的もあります。依頼は、別のハンターか、あるいはレオンさんとリザさん姉弟にお願いすることになるでしょう……」

 

「確かに、リオレイアは上級飛竜。命だって落としかねない……」レオンが言う。「まして、ソラはまだまだ未熟だ」

 

「そんな……! レオン、わたしと一緒にたくさん狩りをしてきたじゃない! 忘れちゃったの?」

 

「……それでも、飛竜を倒したことはないだろ?」

 

「そりゃ……そうだけど!」

 

「だったらやめとけ。正直なところ、オレも狩りに行きたいとは思わない。無茶は禁物だ」

 

「……わ、わたしが、そんなことで簡単に引き下がると思ってるの? わたし、けっこう成長したなぁ、って自分でも思ってるよ?」

 

「あぁ、確かに成長はしてるさ。でも、オレの胸の傷を見ても、飛竜を狩りに行きたいって思うのか?」

 

「それは……」ソラは(うつむ)きかける。

 

「言っただろ? 生きて帰ることが、狩りにおける最優先事項だって」

 

「それは聞いたよ! でも……」

 

「でも……? 未熟なまま、のこのこ出て行って死にたいのか?」

 

「そんなこと、誰も言ってないじゃん! それに、わたしは大丈夫だから!」

 

「いや、止めた方がいい。死んでからじゃ後悔も何もできないんだぞ!?」

 

「なんで……!」ソラは歯を(きし)ませる。「リオレイアを放っておいたら、村の人たちが襲われて危ないかもしれないんでしょ! だったら、わたしがやっつけなきゃいけないの!」

 

「……駄目だ」

 

「わたしだって……力になりたいの!」

 

「ダメだ!」

 

「わたしの言うこと聞いてよ!」

 

 ソラが叫んだ瞬間、掌が左頬を捉える。

 乾いた音と、熱い衝撃。

 

「……っ」

 

 

 レオンは、左頬に痛みを感じていた。リザがビンタを食らわせたのだ。

 

「レオン、あなたは……彼女から、守るべきものを守ろうとする強い意志を感じないの?」睨み付けるリザの眼光は、万物を切り裂いてしまうような鋭さを持っていた。「彼女の目を見た? 真っ直ぐにあなたを見つめていたわ……。それに気付けなかったのかしら?」

 

「……」レオンは左頬を指で撫でる。

 

「あなたの狭い了見だけで、物事を判断しないことね」

 

「……何かを掴み取ろうとすれば、目の前に立ち塞がる壁に立ち向かっていかなきゃいけないってことは解ったよ。それは、モンスターに対しての恐怖かもしれないし、死への恐怖かもしれない。でも……」ソラは、ぎゅっと拳に力を入れる。「自分は何もできないんじゃないか。何もできず、何の成果も得られないままにすべてが終わっていくんじゃないかっていう恐怖に、わたしは……立ち向かっていきたい」

 

「…………」レオンはただ口を(つぐ)んでいた。

 

「村長……」ソラは向き直る。「いいですよね?」

 

「……えぇ。あなたの強い思い、受け取りましたわ」村長は目を閉じ、ゆっくりと頷いた。「では、正式に、リオレイア討伐令を下します。可能なら、捕獲でも構いません。でも、くれぐれも怪我はなさいませんよう……。こちらも万全を尽くしますが、危なくなったらすぐに引き返すなど、対処してください」

 

「はいっ」

 

「出発するときは、一声かけてくださいね」

 

「はい、了解しました!」

 

 威勢のいい声を上げると、ソラは身を翻して歩きだす。レオンとリザは一礼すると、彼女の背中を追った。

 集会浴場を出て石段を下る途中、レオンが(おもむろ)に口を開いた。

 

「ごめん……」重い声だった。「さっきは、言い過ぎたよ」

 

「ううん、気にしてないよ」ソラはレオンの顔を見る。彼の顔もまた、重々しいものだった。「だって、わたしの身を案じて言ってくれてたんでしょ? だったら、何も文句はないよ」

 

「……あぁ。でも、ソラの気持ちに気付いてやれなくて、すまなかった」

 

「終わったことにグチグチ言ったって仕方ないよ。ほら、次のことを考えよ?」

 

「……レオンも、何を弱腰になってるのよ?」リザは腕を組んで言う。

 

「そうだよ。なんだか、らしくないよ?」

 

「……怖がってる自分がいるんだ」レオンは一度目を瞑ると、長めの吐息をつく。「何が怖いのか、自分でもよく分からない。……だからかな」

 

「嫌な予感がするの?」

 

「それとは違う……はず」

 

「レオンに分からないんだったら、私たちにも分かるはずがないわ。そうでしょ? なら、この話はおしまい」

 

 リザの言葉に、レオンの目付きが変わる。

 

「あぁ。今考えるべきは、レイアのことだ。相手は飛竜……準備は、今まで以上に入念にしておかないと」

 

「心の準備も、ね」リザは胸に手を置いた。

 

「何か、特別に必要なものはあるの?」ソラが訊く。

 

「リオレイアの尾には毒があるから、解毒剤が要る。解毒薬、あるいは漢方薬が効果的だ」そこまで言うと、レオンは鼻を鳴らした。「でも……、尾に当たりさえしなければ問題ないけどな」

 

「毒……」

 

「あぁ。全身に回れば、死に至る可能性もある毒だ。でも、ソラは弓だし、毒を浴びることはほぼ無いかな」

 

「そ、そっか」

 

「でも、厄介なものが一つ」レオンは人差し指の先を空に向けた。

 

「厄介なもの……?」

 

「火球ブレス、だ」

 

「火球……?」

 

「リオレイアは、別名を雌火竜(めすかりゅう)という。火の竜というくらいだから、(ほのお)を用いた攻撃を仕掛けてくるんだ。レイアは、体内の【火炎袋】っていう器官で生成された焔を、口から出す。火球ブレスは、その焔を球状の高エネルギー体にして飛ばしてくる攻撃だ。直撃すれば、火傷じゃ済まない……。下手すりゃ、躰の一部を持っていかれるかもな」

 

「え、えぇぇ……」ソラの顔が引き()る。「あ、あんなこと言っちゃったけど……あはは……、やめておこうかなぁ……」

 

「おいおい……あれだけの(たん)()を切っておいて、そりゃないぜ」

 

「レオンが必要以上に脅し過ぎなのよ」リザは肩を竦めた。「大丈夫。いざとなったらレオンを盾に使えばいいわ」

 

「うん……、大剣の刀身で防げないこともないだろうけど……」

 

「大丈夫だよ。わたし一人で、なんとかしてみせるから!」

 

「あらぁ……頼もしいわね」リザは意味ありげに、レオンの肩を叩いた。「それにひきかえレオンときたら……」と言いたいのだろう。

 

「あぁ……確かに、すごく頼もしくなった気がする」

 

 へっへーん、とソラは胸を張った。「リザさんに弓の技術をたくさん教えてもらったし! わたしは大丈夫! レオンは自分のことに気をつけていればいいよ!」

 

 レオンは、目を閉じて深く息を吐いた。「……そうだな。そうする」

 

「なんだか、しんみりしちゃったわね……」

 

「うん……、とりあえず、準備しよう。必要なものは家で揃えるとして、あとはユクモ農場で躰を動かしておく。これでいいかな?」

 

「ねぇ、ナナちゃんとタイガはどうするの?」ソラが訊く。「一緒に行くの?」

 

「あぁ。オトモだしな……、もちろん、狩りには一緒にいくよ」

 

「それでレオン、決行はいつ?」今度はリザが訊いた。

 

 レオンは天を仰ぐ。茜は、群青に侵されつつあった。何かを暗示しているような、そんな色合いが微睡(まどろ)んでいる。

 一日は、夜に移りつつあった。

 そして彼は、答える。

 

「決行は……、明日の昼だ」

 

 

 

      *

 

 

 

 今日も、夜が更けていく。

 大地は眠りにつき、小さな寝息が、静寂に響く。

 暗い闇は、何もかもを呑み込んでいる……。

 そこに、一つの光が射し込んだ。

 一部を失くした月の灯りが、暗闇を灯す。

 あの月が満ちる頃、私はどうしているだろうか……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第26話 彼女の息吹

 柔らかな朝の陽射しが、目覚めを呼び起こす。

 眠りから解き放たれた、生命(いのち)ある者たち。

 動き始める朝は、一日の始まり。

 すべてが仕組まれたこと。

 抗えない真理。

 そう、すべては、仕組まれたこと……。

 

      *

 

「それでは、村長――行ってきます」

 

「お気をつけて……」

 

 太陽が高度を増した頃、ソラ、レオン、リザ、ナナ、タイガはユクモ村を発った。渓流に居座るリオレイアを狩猟するためである。

 そして――ソラにとっては、これが初めての飛竜の狩猟となる。

 歩きながらソラは、拳をつくって強く握った。緊張の表れである。この緊張は、アオアシラ戦以来のものではないか……、彼女はそう思った。

 緊張しているのは、レオンやリザも同じだった。

 いつもなら何か話を始めようとするリザも、今は口を真一文字に閉じていて、それが開かれる様子はない。レオンの目つきは普段よりも鋭くなり、時折洩れる溜め息のような吐息は、精神の落ち着きの無さを表しているようだった。

 ナナとタイガも、一言も口をきかず、静寂のまま彼らは進んだ。

 

 ベースキャンプに到着すると、レオンは青の支給品ボックスまで寄って、それを開いた。中には、いつもより多めの応急薬と携帯食料、さらに解毒薬が入っていた。

 

「うん、解毒薬も入ってるな」

 

 濃いブルーの薬品の入った瓶を取り出しながら、レオンは呟く。

 

「なんだか、毒々しい色してるね。解毒する薬なのに」ソラは、ボックスの側に並べて置かれた小瓶に目を注ぐ。

 

「解毒草をすりつぶすとこんな色になるんだ。あと、アオキノコも入ってるから、なおさら青くなる。まぁ、回復薬と間違えることがなくなるからいいんじゃないか」

 

「たしかに……、それはそうかも」

 

「でも、なるべく使う機会がないようにするのがベスト。つまり、毒には要注意……いや、厳重警戒ってわけだ」

 

「『彼女』の毒、けっこう強力なのよね」リザが口をきいた。「彼女」というのは、リオレイアのことである。「とりあえず、尾には要注意。とくにレオンはね」

 

「あぁ……、そうだな」レオンは、何かを噛み締めるようにゆっくりと頷いた。「どうなるかわからないからな」

 

「別に、レオンは無理に参加しなくてもいいのよ?」

 

「でも、さすがに二人はキツいだろ?」

 

「人数が多いに越したことはないけどね」リザは少し微笑む。「それでもやっぱり、大事なのは命よ。危ないと思ったらすぐに退きなさい。レオンは無茶ばかりするから」

 

「そうだよレオン。リザさんの言う通りだよ」ソラが口を挟む。

 

「ま、オレもオレなりにやるさ。オレに気を掛け過ぎて、自分をおろそかにするなよな」

 

「もちろんよ」

 

「あの、作戦はどうするんですか?」ソラが言う。

 

「そうね……」リザは腕を組んだ。「やはり、奇襲をかけるのが一番かしら。人間もモンスターも、不意討ちには弱いわ」

 

「具体的にはどうする? 閃光玉で目を眩ませるか?」とレオン。

 

「それがセオリーね」リザはうんうんと頷いた。

 

「目を眩ませたあとは?」

 

「まず、頭部を狙って集中攻撃。横に回って翼や脚を攻撃してもいいけれど、猛毒の尾に当る可能性があるから、ここは安全策でいきましょう。でも、突進されることも考えられなくはないから、頭部の斜め前あたりで攻撃すべきね」

 

「わたしは、どうすればいいですか?」ソラが訊いた。

 

「ソラは、まえに私が教えた〝曲射〟で応戦してもらうわ。でも、曲射の型が放散型だから、レオンに当てないように注意してね」

 

「え? なんでオレだけなんだよ?」

 

「私は避けてみせるもの。だから、レオンにだけ当てないようにしておけばいいのよ」

 

「器用だな……」

 

「私の高い回避能力は知ってるでしょう?」リザはレオンを見て、歯を見せる。

 

「まぁ、それはそうだけど、飛んでくる無数の矢を避けるのはホントに器用だと思うぞ?」

 

「大丈夫。リザさんにもレオンにも当てませんから!」ソラは胸の前で拳を作り、意気込みを見せた。

 

「なるべく、翼を狙うといいわ。飛べなくすれば、こちらがいくらか有利になるわよ」

 

「了解です!」

 

「ボクたちはどうするニャ?」

 

「そうね……タイガとナナは、主にサポート。必要に応じて、アイテムを持ってきてもらうわ。あと、捕獲するかどうかはわからないけれど、合図したら、罠の準備と設置をお願いね」

 

「了解したニャ」

 

 言いつつ、ほっとした顔を浮かべるタイガである。理由は一つ、モンスターと対峙しなくていいからだ。

 

「アンタ、ほっとしてるわね?」ナナが訊いた。

 

「うぐっ!? バレたニャ!?」

 

「普通に、顔にそう書いてあるわよ……。まぁ、無駄に怪我して足を引っ張られるよりは幾分かマシね」

 

「小型モンスターくらいなら、飯だと思ってかぶりついていくニャ? 大型モンスターはちょっと……ニャ」

 

「今は、与えられた仕事だけこなせばいいのよ」

 

「あら、今のナナは、私の言い方にそっくりね」少し屈んだ体勢で、リザはナナの顔を見て言う。

 

「みゃ。リザ姉リスペクトみゃ!」

 

「ふふ、私がもう一人いるみたい」リザは微笑んだあと、レオンに視線を向けた。「それじゃ、レオン、探知お願いね」

 

「おう」

 

 レオンは、瞼を閉じた。

 そして、昔嗅いだ、飛竜のニオイを思い出しながら……、

 風に乗ってやってくる様々な香りから……、

 目標の位置を割り出していく。

 来た。

 方向、距離は……。

 微かに、血生臭いニオイが漂ってくる。

 捕食でもしているのだろうか?

 しかし、確かにそこにいるはずだ。

 レオンは、ゆっくりと視界を開かせた。

 

「どこかしら?」リザが微笑を浮かべてレオンに訊く。「エリア4?」

 

「あ、あぁ……。そこにいるはず」

 

「あら、当たったのね」

 

「リザさんすごい!」ソラは手を叩いた。

 

「ふふ……長年の勘ってやつかしらね? でも、そんなに長くハンターをやってるわけじゃないから、今のはマグレかもしれないわ……、残念……」

 

 自分で言って、悲しくなっているリザである。しかし、立ち直りは早い。

 

「さぁ……、『彼女』に会いに行きましょう!」

 

 リザが駆けだしたので、ソラたちも後を追った。

 

 

      *

 

 

 迫りくる気配……。

 厄災の予兆……。

 とうとう、闘うときが来た。

 私への試練、受けて立とう。

 邪魔する者は、許さない……。

 

 

      *

 

 

 エリア4に、「彼女」はいた。

 

「で、でかい……」

 

 それが、「彼女」に対してソラの抱いた第一印象だった。

 

「彼女」の名――雌火竜リオレイア。

 身を包む緑の甲殻、

 大きな翼、

 鋭い眼光。

 飛竜の代表格とも呼ばれる彼女の風貌は、大きさによるものだけではない〝何か〟を放っている。

 見た瞬間にわかる、「彼女」の強さ……。

 

(やっぱり、想像と現実は違う……)

 

 岩陰に隠れて「彼女」の様子を窺うソラは、恐怖を感じていた。でも、村を守らなければならないという使命感が、それを押し倒す。

 彼女は、リオレイアを観察する。

 今、こちらの動きに気付いている様子はない。そして、「彼女」の辺りには、無惨な姿のブルファンゴが横たわっている。食事の最中かな? とソラは思う。

 

「やっぱり、捕食の最中だったか」レオンが口を開く。

 

「ご飯に気を取られているから、奇襲は成功しやすいんじゃないかな?」

 

「うん、確率は上がるだろう」

 

「それじゃ、早速行きましょうか。ナナ、閃光玉をよろしくね」

 

「了解みゃ」

 

 リザが目で合図をすると、レオンはレウスヘルムの鉄製フェイスマスクをカシャッと下ろし、大剣の柄に手を掛けた。ソラも、弓を静かに開いて、矢を引き抜く。

 姿勢を低くすると、リザ、レオン、ナナの3人は、リオレイアのいる方へと近づいていこうとする。

 幸いにも、レイアは反対側を向いている。エリア4は割と開けた場所なので、向こうを向いていることは好都合だった。

 距離を縮めていくと、肉を引きちぎる音が微かだが聞こえてきた。咀(そ)嚼(しゃく)音もする。「彼女」は、食事に夢中のようだ。

 リオレイアまであと15メートルというとき、リザが、ガサッという大きな音を立てた。

 

「!」

 

 音に気付いたリオレイアが、首を曲げて3人の方を向く。

 その瞬間を狙い、ナナは閃光玉を投げた。

 強烈な閃光が、「彼女」の目を刺す。

 

『!!』

 

 声を上げて、「彼女」は怯んだ。

 闘いの幕が、切って落とされる――。

 

 

      *

 

 

 ――来た。

 だけど、手出しはさせない……。

 

 

      *

 

 

 二つの瞬影が、「彼女」の頭部を目掛けて飛んでいく。

 片方は大きな剣、もう片方は細長い棍。

 その二つが同時に振り切られる――だが、鋼鉄の刃は「彼女」の身を捉えない。

 

「っ! 飛んだぞ!」

「飛んだわね……」

 

 彼女は、翼を大きくはためかせて、後方に飛び下がっていた。風圧が二人の躰を押すが、彼らは耐える。

 

「でも、それも想定のうちよ……!」

 

 リザは棍を振って、地面を叩く。押し縮められた棍は、弾性力で彼女の躰を押し上げた。

 高く宙に舞った彼女は、棍を大きく振りかざす。

 目の前に、リオレイアの顔面が迫った。

 高度は充分にある。このまま振り抜けば、大ダメージは期待できる――。

 だが、「彼女」も負けてはいなかった。

 気配を感じたのか、わずかに退がると、口から火の粉を綻ばせる。

 

「――!」

 

 まずい、爆炎攻撃か――。

 空中では、思うような身動きは取れない。

 不意を突いた攻撃のはずが、逆に不利な状況へと陥ってしまった。

 リザは軽く舌打ちする。

 次の瞬間には、業炎が彼女の姿を包み込んでいた。

 そして、爆音。

 

「姉貴っ!」レオンは叫ぶ。

 

 黒煙に覆われて、どうなったのかを垣間見ることはできない。

 

「…………」

 

 たぶん……大丈夫だ。

 思いながら、レオンは唾を呑み込む。

 数秒後、薄れゆく煙の向こうに、リザの姿を捉えた。

 彼女は、リオレイアの首にしがみついている。

 

「……はぁ」レオンは安堵の息を吐いた。

「私は大丈夫よ!」

 

 リザはそう叫ぶと、腕の力を利用して、レイアの背中に乗った。

 

『!!』

 

 途端に、レイアは暴れだす。

 リザが乗り移ったことで躰のバランスが崩れ、ホバリングができなくなっていた。

 

「!」

 

 リザは「彼女」にしがみつく。

 体勢を持ち直せずに地面に落ちた「彼女」は、リザを振り払うために激しく動く。

 

「あ……姉貴!」

 

 レオンは一歩踏み出した。

 

「レオンはそこで待ってなさい! 危ないわよ!」

 

 レイアは躰を自暴自棄に振り回している。振り回される尾に当れば、毒を食らうどころの話ではない。

 

「あ……あぁ」

 

 ここは、リザに一任するべきだ――レオンはそう判断した。

 

(でも……あの状況からどうやって抜け出す?)

 

 飛び降りようとも、着地に失敗すれば怪我をしてしまう。リザに限ってそんなことはないだろうが、彼女の置かれた状況からの脱出には、少なからず危険が伴う。

 レオンが固唾を飲んで見守るなか、レイアは左回転、右回転、また左回転……と、背中に乗る邪魔者を振り払おうとしていた。

 しかし、リザはしっかりと掴まっていたので振り落とされることはなく、逆に、乗りこなしているようにも見えた。

 途中、疲れたのか、「彼女」の動きが少し鈍る。

 その瞬間。

 見計らっていたかのように、リザは腰の剥ぎ取りナイフを素早く構えて、深緑の背中に銀刃を突き刺した。

 

『!!』

 

 レイアは声を上げて怯む。

 その間にも、繰り出される斬撃。

 文字通り、血が宙を舞う。

 リザは、暴れるレイアに無慈悲の刃を振るう。

 そして――「彼女」の躰は崩れ落ちた。

 

「今よ!」

 

 背中から飛び降りざま、リザが叫んだ。

 その声を起爆剤に、レオンは地面を蹴って突っ走る。

 狙うは、頭。ここ一点。

 前方約2メートルに目標を定めると、大地に根を張るかのように、レオンは下半身に力を込めた。

 溜め斬りの構えに入る。

 レオンが力を溜めているあいだ、リザは操虫棍を振って虫を繰り出した。

 刀身が、虫が、「彼女」の頭部を捉える寸前――

 鼓膜を突き刺す咆哮が。

 

「……!」

「っ!」

 

 二人は咄嗟に耳を押さえる。その行為で、二つの攻撃は封じられてしまった。

「彼女」はもう一度吼えると、先ほどまでに受けた傷などまるで感じていないかのように大きく羽ばたいて、空を飛んでいった。

 

「……逃がしたか」

「えぇ」

 

 呆然と立ち尽くすレオンとリザのもとへ、ソラが駆けてきた。ナナ、タイガも一緒だ。

 

「逃げちゃったの?」

 

 ソラが訊くと、レオンは「あぁ」と頷いた。「でも、エリア移動をしただけみたいだ」

 

「どこへ行ったの?」

 

「方向としては……エリア6か、8だな。もしかしたら、別の方向かもしれない」

 

「そっか……」

 

「そうね……」リザが口を開く。

 

「ん?」

 

「生への執着……というか、何か、切羽詰まったものを『彼女』から感じたわ」リザは澄んだ空を見上げている。「……何か、強い思いがあるのかしらね」

 

「強い、思い……?」

 

「そう。たぶんだけど、そういった感情を感じたわ」リザは言うと、咆哮で吹っ飛ばされていた猟虫を呼び戻し、操虫棍を収めた。

 

 ――「彼女」の強い思いとは、何なのだろうか……。

 ソラは考える。

 なんとしても生きたいのだろうか?

 なぜ生きたいのだろう?

 自分のため?

 誰かのため?

 それとも……

 何かを……、

 誰かを……、

 

「守るため?」

 

 

 

 

 

 



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第27話 狩人の意味

 守るべきもの。

 それは、大切なもの。

 形のあるものも、ないものもある。

 そして、それには特別な想いがある。

 だから、守ることができる。

 いや、守ろうとする。

 

 

       *

 

 

 エリア8。

 エリア6の滝の裏にある、たくさんの石柱が不規則に並ぶ鍾乳洞(しょうにゅうどう)の洞窟エリア。薄暗く、小型モンスターの巣窟にもなりやすい環境だ。少しひんやりしていて、湿っぽく、独特の空気が対流している。

 

「うひゃ……、びしょびしょ……」

 

 濡れた(はかま)の裾を持ち上げて、ソラは言う。

 

「滝の真裏に入り口があるから、それは仕方のないことね」

 

 さきにエリア8に入っていたリザが腕を組んで言う。

 

「鳴き声……が聞こえるぞ」レオンが呟く。

 

「なら、ここにいるのは間違いないわね」

 

「あぁ。匂いも近い」

 

 彼らは、ゆっくりと足を進める。

 広い鍾乳洞には、流水の音が反響していて、彼らの足音は響かなかった。

 

「隠れて」

 

 突然、リザがレオンとソラの(からだ)を突いて、大きな石柱の陰に押しやった。後をついてきていたタイガ、ナナも三人の足元に身を隠す。

 

「……いるわ」

 

 リザが静かに呟いたので、ソラは柱から恐る恐る顔を出す。

 

 いた――。

 リオレイアだ。

 地に降り立った「彼女」は、翼をたたんで座り込んでいた。

 そして、「彼女」の周りには、ミニチュアサイズの飛竜が数匹確認できた。

 ある者はおとなしく。ある者は騒がしく。ある者はじゃれあっている。

 

「……あ、あれは?」

 

「あぁ……」リザは、目を細めて声を洩らす。「そういうこと、だったのね……」

 

「リザさん。あれって、もしかして?」

 

 ソラが(ささや)くように訊くと、リザは彼女を見て大きく(うなず)いた。

 

「……そう。リオレイアの幼体――つまり、子どもね」

 

「あれが、子ども……」

 

 ソラは、再びリオレイアたちに視線を戻す。

 よく見ると、「彼ら」の周囲には、ブルファンゴやガーグァの死骸らしきものが散乱していた。あれを食べて育ったのだろう。

 

「……それでも、割と成長してるみたいだな」レオンが言う。「生まれたばかりじゃなさそうだ」

 

「えぇ、そうね。おそらく、随分まえからここで子育てをしていたのでしょう」

 

「でも、そんな報告はなかったけどな」

 

 レオンがソラの顔を見ると、彼女はうんうんと頷いた。

 

「そう……。なら、うまく隠れていたのかしらね。いくら飛竜といえども、子どもはまだまだ未熟だし、外敵に狙われるかもしれないから……」

 

「それで……どうするんだ? リオレイアを討伐して、子どもは捕獲しておくか?」

 

 レオンが訊くが、リザは固く口を結んでいる。

 

「姉貴?……どうしたんだ?」

 

 弟の言葉に、姉は反応しない。彼女は、虚空に焦点を合わせていた。

 二十秒して、

 

「……ふぅ」

 

 リザは目を閉じると、溜まったものを吐き出すように息をついた。

 

「どうしたんだよ」

 

「いえ……、何でもないわ」

 

「何でもないわけないだろ?」

 

「それじゃ……。あとは、私に任せてほしいの」

 

「姉貴に?」

 

「えぇ。……だめかしら?」

 

「何か、策があるんだな?」

 

「ま、そんなところね」

 

「姉貴が好きなようにすればいい。それで、オレたちは何もしなくていいんだな?」

 

「そう。何もしなくていいわ」

 

「リザさん……気を付けてください」「リザ姉、気をつけてみゃ……」

 

 ソラ、ナナは心配そうな目で彼女を見つめる。

 

「えぇ」

 

 リザは残された狩人たちに微笑みを投げかけると、石柱から飛び出した。

 そして、物怖(ものお)じせず、「彼ら」の方へ向かっていく。

 狩人の気配を察知したリオレイアは、すぐさま子どもたちを呼んで自分の背後に寄せ、翼を広げて威嚇の体勢を取った。

 口からは橙の火の粉が洩れている。

 敵を焼き殺す準備はできている、ということだ。

 何を考えているのか、リザは武器も構えず、ただゆっくりと歩いていく。

 レイアが火球ブレスを吐いた。

 高温の火の玉が、周囲の空気を焦がしながら(ばく)(しん)する。

 リザは避けない。

 それは、彼女すれすれを通り、向かいの石柱を焼いた。

 爆音が、鍾乳洞全体を震わす。

 リザは足を止めない。

 彼女と「彼女」の距離が、時間の経過とともに減少する。

 

(姉貴……いったいどうするつもりなんだ)

 

 レオンは、リザの背中を見つめるしかない。その背中の面積も、次第に小さくなっていく。

 彼は隣を見る。ソラたちは真剣な眼差しで、ことの行く末を見守っている。

 

(何にせよ、上手く切り抜けられればいいんだけどな……)

 

 リザは、レイアの前方5メートルまで差し掛かった。

 レイアは小さく一歩下がり、大きく口を開ける。

 ――瞬間的に、爆炎が周囲に立ち上り、彼女は暖色の炎に包まれた。

 数秒して、収束を見せる紅蓮(ぐれん)の中から、影が現れる。

 彼女は無事だった。

 ……しかし、背中に武器がない。

 操虫棍は、彼女の後方2メートルの位置に落ちていた。

 リオレイアは、状況が呑み込めないのか、まだ警戒しているのか、まったく動かない。

 

「私たちは、あなたに危害を加えるつもりなんてないわ」

 

 リザは、唐突にそう叫んだ。

 モンスター相手に言葉が通じるわけでもないのに、だ。

 レイアは、狩人を睨む。

「彼女」の後ろで、幼子がギャアと鳴いた。

 

「――あなたに、子どもがいたなんて思いもしなかった」

 

 リザは続ける。

 

「そんなことも知らずに、さっきはあなたを攻撃してしまったの」

 

 リオレイアに動きはない。

 

「あなたがそこまで必死だったのは、子どもたちを守りたい……そう思っているからでしょう?」

 

 リオレイアの視線に、少し揺らぎがあった。

 

「だから……、あなたたちを守りたい――そう思う」

 

 強い言葉。

 そして、彼女と「彼女」は、見つめあう。

 数秒、数十秒……と、どれくらいの時間が経ったのかはわからない。

 水の音だけが支配する空間で、二人は視線を交えている。

 そして――リザが大きく、意味のあるように頷いた。

 それから彼女は、(きびす)を返すと、リオレイアに背中を向けてゆっくりと歩き始めた。

 途中、操虫棍を拾って、呆然と立ち尽くすレオンたちの脇を通り過ぎていく。

 

「さぁ、帰るわよ」

 

 ――そのあと、「彼女」が攻撃してくることも、追ってくることもなかった。

 

 

       *

 

 

 種族が違っても、言葉が通じなくとも、強い想いは伝わる――。

 ……何だか、今日の空みたいに清々しい。

 まだ、終わったわけではないけれど、

 すぅっと……、重たいものは抜けた気がした。

 

 

       *

 

 

「でも……こんなことでよかったのか?」

 

 村に帰る途中、レオンが言った。

 

「無駄な(せっ)(しょう)をしてはいけない」リザが答える。「ハンターなら、これくらいわかるでしょ?」

 

「そりゃそうだけど……、ギルドに何か言われるんじゃ?」

 

「じゃあレオン、あそこで、リオレイアやその子どもたち共々を殺したり捕まえたりしたとしましょう。どうなるかしら?」

 

「どうなる……って、普通に依頼達成ってことじゃないのか。子どもは想定外だったけど」

 

「ソラはどう思う?」

 

「わたしは――」ソラは少し言葉を切った。「……かわいそう、だと思います」

 

「どうしてかわいそう?」

 

「だって……、お母さんが殺されて、子どもたちは何もしていないのに捕まえられて……。もし、わたし自身がそうなったら、悲しいよ」

 

「だそうよ、レオン」

 

「そうかもしれないけど、このまま放っておけば、村になんらかの被害や影響が出るかもしれないんだ」

 

「でも実際、こちらが被害を受けたわけでもないわ」

 

 リザはふっと短く息を吐くと、話を続ける。

 

「モンスターだって、悪さをするために人の活動領域に入ってきているわけじゃないのよ。むしろ、私たち人間が、彼らの領域を侵していることだってあるの。私たちは、自分たちの都合や勝手な考えで行動しているけれど、彼らはそうじゃない。ただ、生きているだけ。その生きているという行為自体は、尊重されなければいけない。

 でも、それだけではうまくいかない。生きている者は必ず、どこかで衝突することになるわ。ここでは、人間とモンスターの衝突。そして、その二つのあいだに入り、仲介し、調和を図る者、それが狩人。狩人とは、決して(さつ)(りく)者ではないの。狩ったあとは感謝の意を表して、剥ぎ取りをする。そして、残りはきちんと自然に還す。

『狩り』をすることで、均衡を保ち、衝突を回避する……。それが、『狩人の意味』。でも、『狩る』ことに意味があるのなら、『狩らない』ことにも、必ず意味があるわ。『狩り』だけが、すべてじゃない――これを、狩人たちは再認識すべきね」

 

 言い終えてからリザは、唇に軽く手を当てた。

 

「あら? ちょっと話が長くなっちゃったかしら?」

 

「いや……、全然」レオンは首を振る。

 

「双方が歩み寄ることも大事なの。どちらか一方が他方を圧倒し続けるようじゃ、いずれは双方共に自然に呑み込まれて……やがて消滅するわ」

 

「人とモンスターの共存……、自然に対する立ち位置……。それを、今一度考えないといけないってわけか」

 

「最初は注意するけれど、慣れてくると、それを忘れてしまう。そういうとき、目的は何だったのか、初めはどんな心を持っていたのか……。それを、振り返ってみないと、過ちしか繰り返さなくなるのよ」

 

「……」レオンは少しうつむいた。「『意味』の再認識……」

 

 そもそも、オレがハンターをやっている意味は何なのだろう? なぜ、旅をしているのだろう……。

 レオンは考える。

 モンスターを狩るため? 功績を上げるため?

 違う。

 すべてに触れたい――そう思ったからだ。

 もちろん、世界のすべてを掌握することなんて不可能に近いけれど、

 新しい世界に、今まで見たことも感じたこともなかったものに出会うことはできる。

 それが、オレにとっての意味なんだ……。

 

「何か感じ取れたのかしら?」リザはレオンの肩に手を置いた。

 

「あぁ……。少なくとも、オレがまだまだ未熟だってことはわかった」

 

「ねぇ、リザさん」ソラが口を開く。

 

「何かしら?」

 

「最後、リオレイアに向かって大きく頷いていましたよね? あれ、なんだったんですか?」

 

「声が聞こえたの」

 

「声……?」

 

「えぇ。『彼女』は、この子たちが育ったらすぐにここを出て行きます、って言ったの」

 

 

       *

 

 

 数十分後、ユクモ村のユクモギルド。

 村に帰還したリザたちは、村長とギルドマネージャと相対していた。

 

「――と、いうことなのです。村長、ギルドマネージャ殿」

 

 リザは、これまでの経緯を、整理して簡単に伝える。

 

「……」

「……」

 

 村長とギルドマネージャは、顔を見合わせたまま、何も言わない。

 リザは涼しい顔をしているが、レオンやソラは緊張した面持ちのままでいた。

 リオレイアを狩猟しなかったことは、依頼が『失敗に終わった』ということを意味する。別に、採集や小型モンスターの間引きなどの簡単な以来であれば失敗くらいなんともないのだが、今回の依頼は急を要するものであり、重大性も高いため、『失敗』という言葉の重みは何倍にも跳ね上がる。

 そんな中で、勝手な判断で依頼を遂行せず、帰還したというのはあまり好ましい状況ではない。

 

「……んまぁ」ギルドマネージャが口を開く。「チミらが無事に帰ってきたのはいいとしようかねぇ。今回は、相手が相手だったし」

 

「リオレイアが子育てをしていたというのは、意外でしたわ」村長が言う。

 

「でも、任務に背くようにして帰ってくるのは、いけないねぇ」

 

「……『彼ら』にも、生きる権利はあります」リザが反論する。「たしかに、これから被害が出る可能性も(いな)めませんが、『彼ら』に限ってそんなことはありません」

 

「……ほぅ」

 

「『彼ら』は、生きるためにこの地に降り、活動していました。そして私たちも、生きるために、自然からこの地を借りて生活をしています。ですから、ここは、この世界は、誰のものでもなく、人間が己のわがままによって占拠してはいけないのです。つまり、こちらから干渉しなければ、『彼ら』もこちらに害を及ぼさないはずです」

 

「……たしかに、チミの言いたいことはよぉくわかる。しかし、明日にでも、奴らが村人や村に危害を及ぼさないという保証はないんだよ」

 

「声が聞こえました」

 

「……声?」ギルドマネージャは訊き返す。

 

「はい。『彼女』……いえ、リオレイアは、子どもたちが十分に成長すれば、すぐにここを離れると言っていました」

 

「……チミ、それは幻聴というやつだよ。ワシも、たまぁに酒を飲みすぎると、聞こえてくることがあるんだなぁ」

 

「いえ。幻聴などではありません。たしかに、『彼女』はそう言いました」

 

 ギルドマネージャは腕を組んだ。

 

「……じゃ、もし奴らが攻めて来たらどうするつもりだね?」

 

「もしもそのときが来れば、私は全力でこの村を守ります。処分はそのあとに受けます。ハンターライセンスの永久剥奪でもいいですし、(さら)し首にしていただいても構いません」

 

 そう言ってリザは、強い視線をギルドマネージャに送った。

 そして、沈黙。

 空気の対流も、時間さえも止まってしまったようだった。

 秒針が一回りしたころ、

 

「……チミがそこまで言うのなら、信じなくもないけどねぇ」ギルドマネージャは髭を撫でる。「わかった。なら、チミらには今後の経過観察を命じよう。村長は、村人が渓流に入らないように勧告し、やむを得ず渓流に進入する場合は、リオレイアを刺激しないようにすることを通達しておいてくれ」

 

「承知しました」村長は軽く頷く。

 

「ありがとうございます」リザは深く頭を下げた。

 

「何か動きがあれば、その都度、ワシか村長に報告しに来なさい」

 

 リザは「はい」と返事すると、身を(ひるがえ)した。そして、レオン、ソラ、ナナ、タイガを引き連れてギルドを後にする。

 

「経過観察……ね」集会浴場を出てすぐ、リザが呟いた。「それが終わったら、私は、この村を出るわ」

 

「あれ、もう()っちゃうんですか?」ソラは思わずリザの顔を見た。

 

「えぇ」

 

「もう少ししたら、お祭りなんかもあるんですよ?」

 

「あら……、それは楽しそう。でも、私は今回の件で一区切りをつけたいの。ごめんなさいね?」

 

「そうですか……」ソラの表情が少し陰りを見せる。しかし、すぐに笑顔になった。「ううん、リザさんがそう言うのなら、私は無理に引き止めたりしません」

 

「ありがとね」

 

 リザは、満面の笑みを返した。

 

 

       *

 

 

 その後、数日かけて、リザたちはリオレイアとその子どもたちの動向を(うかが)っていた。

 リオレイアはリザに気を許しているらしく、リザが姿を見せると近づいてくるようになった。

 そしてリザは、彼女がレイアに負わせてしまった傷の手当てをしたり、子どもたちにガーグァの肉を与えたりしていた。

 傍から見れば、それは友達のようで……。

 人とモンスターが心を通わせている、貴重な瞬間でもあった。

 日が過ぎると、子どもたちは自力で飛べるまでに成長し、ついに、旅立ちの日がやってきた。

 子どもたちが翼を忙しなくはためかせ、宙へと舞い上がる。

 それを、リオレイアは地上から見守る。

 子どもたちが十分な高度まで達したことを確認すると、「彼女」はリザを見た。

 軽く吼えると、翼を大きく広げ、空気をはたく。

 上昇していくリオレイアを、リザ、レオン、ソラ、ナナ、タイガは目で追っていく。

 そして――

 

『ありがとう』

 

 そう言い残すかのように上空を何度か旋回すると、リオレイアとその子どもたちは、広い青空へと飛び去って行った。

 

 

       *

 

 

 リオレイアが渓流を発った翌日。

 秋晴れの爽快な風が通り抜けるなか、ユクモ村の門の前で、リザは荷車に荷物を積んでいた。荷車は、ガーグァが引っ張るものだ。

 

「……よし、大丈夫ね」

 

 全部積んだことを確認して、リザは躰を半回転させ、レオンたちの方を向いた。

 

「じゃ、私は出発します」

 

「おう、元気でな」

 

「レオンの方こそ、怪我しちゃだめよ。もし躰の傷をこれ以上増やしてごらんなさい、私が全身の傷を舐めまわしてあげるんだから」

 

「げぇ……」レオンは顔をしかめる。

 

「ふふ、冗談に決まってるわよ。誰が、レオンのキタナイ躰なんて舐めるの?」

 

 冗談に聞こえないところが、リザの恐ろしいところである。レオンは、これから一層注意して狩りをしなければならないな、と思った。

 

「ソラ、タイガも、元気でね」

 

「はい! また会ったときは、ご指導よろしくお願いします!」

 

「えぇ。そのときは、私よりも強くなってることを期待してるわ」

 

「頑張ります!」

 

「ニャ!」

 

 ソラとタイガは、威勢よく右腕を上げた。

 

「ナナも、これから頑張ってね」

 

「みゃ!」ナナは精一杯の笑顔を返す。

 

「それと……」

 

 リザは屈んで、ナナの耳元に手を添えた。

 

(引き続き……レオンの監視、お願いね)

 

(了解みゃ)

 

 そして二人はウィンクする。

 リザは立ち上がると、軽快な動作で荷車に乗った。

 

「それじゃ……、また、会いましょう!」

 

 荷車がギィと音を立てて、車輪が回転を始めた。

 回転数は次第に上がり、土煙を上げながら走っていく。

 荷車に乗って走り去るリザが、振り返って手を振ってきた。

 ソラたちは、その姿が見えなくなるまで、大きく手を振り返していた。

 

「あぁ、行っちゃった……」

 

 手を止めて、ソラは残念そうに呟く。

 

「……また、リザさんに会えるかなぁ?」

 

「必ず会えるよ」

 

 レオンは(まぶた)を閉じて、口元に笑みを浮かべた。

 

「世界がどれだけ広くても、人と人との繋がりは、決して途切れることなんてないから」

 

「……そうだね」

 

 彼らは、顔を上げた。

 そこに広がっているのは、(へだ)たりなんてない、どこまでも続く、……青い空。

 

 

 

 

 

 

 



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第28話 無双の狩人

 全てを呑み込む、渓流の闇の中、

 切れた雲の隙間から、望月(もちづき)が覗く。

 闇に浮かび上がる、巨大な影。

 月影を受けて煌く、総身の(そう)(りん)

 強靭な四肢の先端で輝く、鋭利な(かぎ)(つめ)

 頭頂部から尾まで続く、黄土色の甲殻。

 突き抜ける風に(なび)く、雪の如く純白の体毛。

 遥かなる天を穿(うが)つ、尖鋭な双角。

 無数に飛び回る黄金の(むし)を引き付け、

「無双の狩人」は(いかづち)(まと)う。

 背電殻が突き立つ刹那(せつな)

 解き放たれるは、蒼き一閃。

 月下に轟くは――(つよ)き雷鳴。

 

 

 

      *

 

 

 

 紅葉が見頃を迎えた頃……、ユクモ村は、観光客で溢れかえっていた。

 良質な温泉が湧き出るこの村では、紅葉の時期に、観光客のピークを迎える。そして、もうすぐ祭りが開催されようとしていた。

 村が賑わう中、ユクモ村のハンターズギルドを兼ねた集会浴場では、物々しい雰囲気が漂っていた。

 

「この村に、かつてない危機が訪れようとしております」村長は、対面するソラとレオンに向かって言う。

 

「かつてない……危機?」ソラが訊き返した。

 

「えぇ……。調査員の報告によりますと、渓流に【ジンオウガ】が現れた、と……」

 

「……ジンオウガ?」

 

「えぇ。普段は、渓流の奥深く……いえ、ここから遠く離れた場所に住んでいるモンスターです。過去にもユクモ村近辺に出没したことはありますが、それも一瞬の出来事で……」

 

「でも、今回は違う、ってことですか?」

 

 村長は、こっくりと頷く。

 

「そうですの。実は、かなり長い間、渓流近辺に滞在していたものと思われます」

 

「どんなモンスターなんですか?」

 

「それは、言葉で聴くよりも文献を見た方が早いでしょう……」村長は、着物の裾から数枚の文書を取り出した。「こちらです」

 

 一枚目には、概要を説明したと思われる文が記されていた。

 

 

 

   ジンオウガ――

   別称、「(らい)(ろう)(りゅう)」。

   またの名、「()(そう)狩人(かりゅうど)」。

   蒼い鱗と堅牢(けんろう)な甲殻を持ち、

   特殊な雷光虫を引き付け、雷を操る。

   強靭な四肢を持ち、

   尖爪の一閃は、

   掠めただけで意識を刈り取る。

 

 

 

 そして二枚目には、絵が描かれていた。天に向かって生えた角、鋭い鉤爪、大きな尾が特徴的に描かれている。

 

「ジンオウガは、とても強力なモンスターなのです」

 

「あ、そうか……」レオンは(あご)に手を当てた。

 

「えっ、何なに?」ソラはレオンの顔を(うかが)う。

 

「その……ジンオウガが現れたから、モンスターが立て続けに現れたんじゃないか……、と思って」

 

「えぇ。ギルドの方でも、そういった見解で落ち着いておりますの」

 

「アオアシラ、ドスジャギィ、クルペッコ、リオレイア……」ソラは指を折って数えている。「みんな、ジンオウガに追われるようにして渓流にやって来た、ってこと……?」

 

「そう。つまり、この地域で生態系の頂点に立つ者、ってわけ」

 

「王様?」

 

「うん、そういう解釈でいいと思う。王が現れたから、皆、慌てたんだろう」

 

「それで……」村長は声のトーンを少し落として言った。「本題は、ここからです」

 

 彼女の言葉に、ソラたちの背筋がぴんと伸びる。何を言われるかはわかってはいても、改められると、やはり緊張感は出てくるものである。

 村長は、ゆっくりと口を開いた。

 

「あなた方に、ジンオウガを討伐していただきたいのです――」

 

 予想通りの言葉だった。しかし、その重みはいつも以上に大きく、濃厚に感じられた。

 

「お分かりのように、村にはたくさんの方がいらしています。皆様に混乱を招かぬよう、早急に討伐していただきたいのです」

 

「そういうことなら……」

 

 ソラは、強い眼差しで村長の目を見る。

 

「任せてください。わたしたちが、必ず、討伐します」

 

「本当に、頼もしくなりましたね……」村長は笑みを浮かべた。「あなたのお父様がいらっしゃったなら、さぞ喜ばれることでしょう……」

 

「あ、そういえば……。最近、お父さんからの便りがないんですけど、村長、何か耳にされてないですか?」

 

「お怪我をなさったという報告もありませんし、お仕事が立て込んでおられるのでしょう。近いうちに戻られますよ」

 

「そうですか……」

 

 最近、ソラは、早く父親に会いたいと思うようになっていた。

 寂しさもあるが、一番大きいのは、以前とは違う自分を、成長した自分を見てもらいたい、ということだった。

 

(ジンオウガ討伐……)

 

 危険な仕事だ、とソラは思う。同時に、この狩猟を達成できれば、自分の成長ぶりをさらにアピールする材料にすることができるとも考えた。

 しかし、そればかりでないのも事実。

 村長は、『かつてない危機』と言った。それは、ジンオウガが、アオアシラよりも、ドスジャギィよりも、クルペッコよりも、リオレイアよりも強力で……、危険な存在であることを示す。

 今までは、何となく狩猟依頼を達成してきたという感じもある(とくに、最近はリザの活躍でまともに大型モンスターとやりあっていない)けれど、今回はそうはいかない……。

 

(ちょっと怖くなってきたかも……)

 

 緊張と恐怖。経験したことのない事態に直面したとき、たいてい、この二つの感情が表層化する。

 最近は緊張こそしなくなってきたものの、恐怖というものは、時を経ても慣れが来るものではない。

 

「それで……」村長が口をきく。「緊急は要しますが、今は落ち着いている模様です。狩りに行かれる時間も、早い方が好ましいですが、しっかりとした準備も必要かと思われますので、明日以降でどうでしょうか?」

 

「そう、ですね……」ソラは少し考える。「今日、ジンオウガを見に行くだけ行ってもいいですか?」

 

「えぇ、構いませんわ。くれぐれも、お気をつけて……」

 

「じゃあ行こっか、レオン」

 

「あぁ……そうだな」

 

 ソラが先陣を切るように歩き出したので、レオンは彼女の背を追う。アトモアイルーのナナとタイガも同行している。

 

(少し、たくましくなったか……)

 

 ソラの後ろ姿を見つめながら、レオンは思った。

 

(本人に『たくましいな』なんて言ったら怒られそうだけど)

 

 ユクモギルドを出たところの石段を下り、彼らは渓流へと続く小道へ入る。ここから渓流のベースキャンプまでは十数分だ。

 

「さすがに、下見はしておかないとまずいよな」歩いて向かう途中、レオンが言った。

 

「――彼を知り、己を知れば……、百戦すともあやうからず、だよね?」ソラは首を捻って、レオンの方に顔だけを向ける。

 

「おっ。難しい言葉知ってるな」

 

「ちょっとは勉強してるんだもーん」

 

 胸を張るソラを横目に、レオンは微笑んだ。

 

「……それにしても、タイミング悪いな。姉貴がまだいてくれてたら、まえみたいにラクにいくかもしれないのに」

 

 前回のリオレイア戦は、レオンの姉、リザの活躍によって、飛竜相手に何の損害も出さずに狩猟を終えたのだ。それも、討伐をすることなく、お伽噺(とぎばなし)のような展開で幕を閉じたのである。

 

「うん……、もしかしたら、わかってて行っちゃったのかもしれないね。わたしのために、この狩りを置いてくれてたとか」

 

「そうだとすれば、随分と厄介な置き土産だな……」レオンは鼻息を洩らす。

 

「でも、わたし、頑張るよ」

 

「ソラ、いつになく気合い入ってるよな」

 

「うーん、最近、サボり気味だからかな……」えへへ、とソラは子どもっぽい笑顔を作ってみせる。

 

「たしかに、それは(いな)めない」

 

「アンタもよね?」レオンたちの後をついていくナナは、横にいるタイガに少しにやついた顔を向けた。

 

「ま、薪割りは上手くなったニャ?」

 

 腰に手を当て、威張るようなポーズを取るタイガに、ナナは「ふーん」と白けた表情を繰り出す。

 

「……な、何ニャ?」

 

「別に。ま……、狩りのときはがんばりなさいよ」

 

「言われなくとも、やってやるニャ!」

 

 そんな会話を展開して、彼らは渓流のベースキャンプに到着した。

 瞬間、(からだ)を取り巻く空気が変わった気がした。

 

「……」

 

 レオンは口を少し開けて、辺りをキョロキョロと見回す。

 ソラも、何かを感じ取ったのか、落ち着かない様子だった。それは、ナナやタイガも同様である。

 

「な……」タイガが口を開く。「なんか、いつもと雰囲気が違う感じがするニャ?」

 

「あぁ、そうだな。確かに、その通りだ……」レオンは、聴覚や嗅覚を少しだけ研ぎ澄ます。

 

 そう遠くはない場所から聴こえる流水の音、風に乗ってやってくる多様な香り……。

 そのどれもが、わずかだが、普段と違っている。

 

(先入観か?)

 

 ジンオウガというモンスターがいると聞かされていたので、そのせいで、いつもとは異なる印象を受けたのかもしれなかった。

 しかし、その違和感は、そこにいる全員が感じ取っている。

 

(つまり、この空気は……)

 

 レオンは(まぶた)を閉じ、体内に溜まっていた気体を口から吐き出す。

 

「……行く前から、すごくおもたぁい感じがするね」ソラが呟く。

 

「そんな気がする、だけで済んだらいいんだけどな……」

 

 悪い勘や予感は、ほとんどの場合において当たる。当たっているというよりは、そう感じることによって、無意識のうちに行動の方向性を決めているのかもしれない。だから、悪い方へことが運ぶのだ。

 

「とにかく、そいつの姿を見てみるまでは何もわからないな」

 

「百聞は一見に()かずだよね?」

 

「その通り」

 

「どこにいるの?」

 

「たぶん……、あのエリアだ。ソラにとって不吉な場所」

 

 レオンのその言葉に、ソラの表情が止まり、背筋がぴんと伸びる。

 

「――」

 

 彼女が唾をごくりと飲み込む音が聞こえた。

 

「…………こわくなってきた」微かな呟き。

 

「ん? 何か言ったか?」

 

「ううん、なんでもない」ソラは首を振った。そして、ぐっと拳を作った手を勢いよく上げる。「それじゃ、ジンオウガの(ツラ)を拝みにいこう!」

 

「……おう」

 

 レオンは、下げたままのソラの手が震えているのに気付いた。

 

(……まぁ、怖いよな、普通は……)

 

 でも、行動や言葉で、その恐怖に打ち克とうとしている。たいした奴だな……、とレオンは思う。

 ほんの数か月前まで、臆病なガーグァみたいだったのに、今は、前しか向いていないブルファンゴみたいだ。

 

(ブルファンゴじゃ悪いかな)

 

 ――そして彼らは、【渓流】に足を踏み入れた。

 

 

 

       *

 

 

 

 渓流、エリア5。

 草陰に身を包んだ狩人たちは、鬱蒼(うっそう)と生い茂る深緑の中に、その姿を捉えた。

 無双の狩人――ジンオウガ。

 四足歩行する、蒼鱗の躰。その巨体が歩くたび、微かな振動が伝わってくる。

 

「――」

 

 あまりの巨大さと、言葉では言い表せない奇妙なオーラに圧倒されて、ソラは言葉が出せない。

 

「どうりで、ほかのモンスターが逃げるわけだ……」レオンは声を潜めて言う。

 

 ベースキャンプ到着時に彼らが感じた違和感――それは、モンスターの気配がまるで感じられないことだった。

 もちろん、ここまでの道中で、モンスターには一匹も会っていない。わずかな変化に敏感な野生のモンスターは、ジンオウガの存在に感づいて、既に逃げてしまっているか、身を潜めているのだろう。

 それだけ、ジンオウガが強力なモンスターであることを示している。

 

「……たしかに、こんなのが渓流にうろついてたら、村の人たちだけじゃなくて、ユクモに来てる皆にも被害が出そうだね……」

 

「ま、ジンオウガのほうも、悪さをしようとして来てるわけじゃないんだろうけど」レオンは、姉の言葉を思い出しながら言う。「被害を抑えるなら撃退するだけでも十分だが、今回ばかりは討伐するしかないよな……」

 

「うん……」ソラは、唇を結んだまま頷いた。

 

「そろそろ帰るか?」

 

「ううん……」ソラは首を振ると、真剣な眼差しをジンオウガに向けた。「もうちょっと、観察してくよ」

 

 数分ほどして、彼女は小さく息を吐いた。

 

「何かわかったか?」レオンが訊く。

 

「あ、え……と、大きさはわかったよ」

 

「ま……それくらいだよな。実際、闘ってみないとわからないことも多い」

 

「あと、特別な雷光虫を引き寄せる……って文書に書いてあったから見てたんだけど、そんな雷光虫なんて見えなかった」

 

「そういえばそうだったな」

 

「雷光虫……って、シビレ罠の材料だったよね」

 

「そうだな。衝撃が加わると放電する性質がある虫」

 

「そんなものを引き付けて、どうするつもりなんだろう……?」

 

「闘えばわかる。そうじゃないか?」

 

 ソラがゆっくりと頷くのを確認して、レオンはエリア5から去ろうとする。その彼に、皆が続いていく。

 雷狼竜にその眼光を向けられていることなど、つゆ知らず……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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第29話 疾き風、靱やかな雷

 渓流に姿を現した〝無双の狩人〟――ジンオウガ。
 村長からの討伐依頼を受け、その下見としてジンオウガを観察しに渓流へ向かったソラたちだったが……?


『アォォォォ――――――ン!!!!』

 

「!?」

 

 ソラたちが振り返ると、目と鼻の先に、雷狼竜(らいろうりゅう)ジンオウガがいた。

 近いせいか、その巨大な(からだ)はさらに大きく見える。

 

「き、気付いて追ってきたの!?」

 

「まずい! 走るぞ!」

 

 レオンが叫び、そこにいる全員が走り出す。

 すぐには追ってこなかったが、20メートル離れたところで、ジンオウガは急に走り始めた。

 走るスピードは、もちろん、人間の比ではない。踏み出す足の間隔が違うのだ。

 

「お、追いつかれる!」

 

「大丈夫よ!」

 

 ナナが立ち止まって、ポーチから閃光玉を取り出した。

 そして、躰を捻り、ジンオウガの目の前に向かって投げる。

 光が炸裂し、急速に膨張する。

 しかし、ジンオウガの速度は衰えない。閃光玉が効かなかったのだ。

 

「――!」

 

 ナナはすぐに振り返り、走り始める。

 だが……既に遅かった。

 飛び掛かってくるジンオウガの前脚の爪が、彼女の背中を引き裂いた。

 

「……ぁ」

 

 彼女の躰が、大量の鮮血と共に宙を舞い踊る。背中の半分は、深く(えぐ)れていた。

 

「な、ナナちゃん!」

 

 ソラは足を止め、落下したナナに駆け寄ろうとする。

 

「ソラ! 行くな!」

 

 レオンの忠告も聞かず、彼女は走った。

 そして、致命傷を負ったナナを抱え込む。彼女は血でぐっしょり濡れていた。

 

(ナナちゃんを置いていくことなんてできない……!)

 

 急いで向き直り、ジンオウガからの逃亡を図る。

 ソラは思いっきり地面を蹴った。

 躰が大きく跳ね上がる。

 

(やった……! 逃げ切れる……)

 

 だが、次の瞬間、躰がガクンと沈み、地面に叩きつけられる。

 足。彼女の足が、ジンオウガの前脚に押さえつけられていた。

 

「……っ、あ゛ぁ……」

 

 口からどす黒い血が出る。

 

(ごめんなさい。わたし、ここで終わっちゃう……。お母さん……、お父さん……、ごめんなさい……)

 

 振り上げられる雷狼竜の前脚。

 

「ソラ! ナナ!」

 

 レオンの叫びが虚しく響き……、

 鈍い音がして、彼女らのいた場所は一瞬で血溜まりになった。

 

 

 

 

       *

 

 

 

 

「……!」

 

 はっ、と目を開く。

 躰が痛い。

 それもそうだ。なぜなら、ベッドから躰がずり落ち、変な体勢になっているからだ。

 

「てて……」

 

 起き上がりざま、ソラは目をこすった。

 

(夢……だったんだ)

 

 恐ろしい夢だった。

 

(何かの、暗示……?)

 

 いいや、そんなことはない。彼女は首を振る。きっと、考えすぎのせいだ。

 何を考えていたかといえば、十中八九が、今日の狩りのこと。狩猟対象、ジンオウガのこと。

 

(考えすぎはよくないよね……。ま、感じるままにいってみよ)

 

 寝起きで働かない思考を少しだけ回転させて、ソラは思いっきり伸びをする。肩の関節がポキポキと鳴った。

 一つ息をつくと、彼女は部屋から出て、階段を下る。

 一階では、彼女の母が朝食を作っており、彼女の家に居候(いそうろう)しているレオンが、テーブルの前の椅子に腰かけていた。ナナ、タイガも隣に座っている。

 

「おはよぉ」

 

 ソラがあいさつすると、レオンたちも「あぁ、おはよう」「おはよう」「おはようニャ」と返した。

 

「あれ、めずらしくリクがいないね……」ソラは、テーブルを挟んでレオンと反対側の椅子に座る。

 

「農場の方に行ってるんだ」レオンが答える。

 

「あー、そうなんだ……」

 

「……どうした? 少し顔色が優れないような気がするけど」

 

「ちょっと、その……変な夢を見ちゃって」

 

「そうか……。ま、あまり気にしない方がいいよ」

 

「うん……そうだよね」

 

 それから、彼らは朝食を食べ終えると、武器と防具を装備するため、自室に戻った。

 ソラは、ユクモノシリーズ一式にユクモノ弓を。レオンはレウスシリーズに大剣レッドウィングを。タイガはユクモノネコシリーズと木刀、ナナはどんぐりネコシリーズとブーメランを装備した。

 必要なものをポーチに詰め込み、準備はできた。

 

「――それじゃあ、みんな、気をつけてね」

 

 ソラの母が、玄関先で四人の顔を順番に見ながら言った。

 

「わかってるよ、お母さん」

 

「わかってるニャ!」

 

「では……、行ってきます」

 

「行ってきます」

 

 母に背を向け、四人は足を進める。

 村の小さい方の踊り場に出たとき、

 

「……お姉ちゃん!」

 

 ソラの弟、リクが駆けてきた。足元に泥がついている。さきほどまで農作業をしていたのだろう。

 

「……これ、持って行ってよ」

 

 青い実が数粒、ソラの手のひらに渡される。

 

「え……? あ、うん」

 

「……じゃ、狩り、がんばってね。気をつけて」

 

 口元にほのかな笑みを浮かべ、リクは家へ帰って行った。

 

「ふふ、なんかもらっちゃった」ソラは、実をポーチへ詰め込む。「じゃ、行こっか」

 

「おう」

 

 彼らは再び、歩き始める。

 天候は、穏やかな晴れ。

 絶好の狩猟日和(びより)である――。

 

 

 

 

       *

 

 

 

 

 約20分後、彼らは渓流のエリア4にいた。もちろん、ベースキャンプで応急薬や携帯食料などの支給品も取得してある。

 そして、この先のエリア5に、昨日と変わらずジンオウガが潜伏している。

 

「準備はいいな?」

 

 レオンの言葉に、ほかの三人は頷くアクションを見せる。

 

「とりあえず、俺にとっても未知のモンスターだし、最初は様子見のつもりでいく。どんな攻撃をしてくるのか見ておきたいからな」レオンは腕の装備を調整しながら言う。「それでもって、やばそうなら、構わず逃げること。それ以外は、できるだけ相互にサポートをして、安全に狩りを遂行するよう努めること。いいな?」

 

「うん」

 

「ソラは、いつかのアオアシラ戦みたいに切り株の上から攻撃するか?」

 

「ううん、今回は、定位置からだけじゃなくて、移動しながらにするよ。曲射も覚えたし」

 

「よし。タイガとナナはどうするか」

 

「あたしはブーメランで応戦するわ」

 

「じゃ、タイガは回復サポートと罠だな」

 

「ニャ。回復笛とシビレ罠はばっちり持ってるニャ」

 

「……よし。あとは、各々(おのおの)が考えて動くようにしてくれ。作戦を立てても、()(たん)しそうだからな」

 

「了解!」

 

「……絶対、生きて帰るぞ」

 

 生きて帰る――。

 その台詞で、ソラはあることを思い出す。

 そう、あれは、アオアシラ戦のときのこと。

 アオアシラと一対一になったとき、

 そして、死を悟ったときのこと。

 生きて帰る――その言葉が、山に木霊する声のように反響したんだ。

 そのお陰で、生き延びることができた……。

 

(今日も必ず、無事に帰る。でも……)

 

 不意に、今朝の夢を思い出す。

 夢で見た状況は、目の前で起きていた出来事かのように、鮮明に覚えている。

 その映像が、頭から離れない。

 嫌な予感がする。

 黒い気流がこころの中で渦を巻き、不安を絡めて大きくなっていく……。

 

「ソラ――」声がした。

 

「え……?」

 

 顔を上げると、にかっと笑うレオンの顔があった。

 

「深刻な顔し過ぎ。もっと笑顔で……、リラックスするんだ」

 

「あ、うん……」

 

 ソラは口元を綻ばせて、肩の力を抜く。

 

「ふぅ。……ありがと」

 

「よし」レオンは頷く。「じゃ――行くぞ!」

 

 掛け声と共に、全員が拳を天に突き刺した。

 

 

 

 

       *

 

 

 

 

 静まり返った森林。

 木の葉の擦れる音だけが、森の(ささや)きのように聞こえる。

 深い緑の中を悠然と歩く、無双の狩人。

 その姿は、我が物顔で城下を歩く王。

 まさに、全てを統べんとする者の姿だった。

 一歩進むたびに伝わってくる微かな震動は、心拍をも震撼させる。

 レオンたちは体勢を低くして、エリア5の湿った草原の上を進んでいた。なるべく気配は消してあるが、向こうが感づくのも時間の問題だ。

 

(まずは不意討ちを狙うか……)

 

 レオンは、大剣の柄に手を掛け、先刻よりも体勢をわずかに高くして、ジンオウガの背後から接近していく。

 

(狙うなら尻尾だ)

 

 上手くいけば、尻尾を切断することができる。弾き返されたとしても、攻撃を受けた部分は脆くなるだろう。どちらにせよ、ダメージを与えられることに変わりはない。

 距離約3メートルまで近づいた。

 

『!』

 

 ジンオウガが首を捻り、レオンに顔を向けた。

 その瞬間、尾を目掛けて大剣を降り下ろす。

 だが、そのまえにジンオウガは大きく前方に跳び、刀身は空気を斬っただけだった。

 レオンは軽く舌打ちする。

 

(躰の大きさの割には、けっこう……すばしっこいんだな)

 

 レオンは地面にめり込んだ大剣を引っこ抜くと、その刀背を肩に掛けた。

 ジンオウガは、ゆっくりとした動きでレオンとの距離を縮める。その歩き方からは、余裕の一言しか感じられない。

 ジンオウガの体側面から、矢が飛んできた。

 だがそれは、硬い甲殻に当たり、弾かれる。

 矢が放たれた方向に、ジンオウガはゆっくりと顔を向けた。

 視線の先に、狩人(ハンター)――ソラの姿を捕捉する。

 だが、駆けだすような真似はしない。

 向こうも、こちらの出方を窺っているようだ。

 

(圧倒的に……今までのモンスターとは何かが違う)

 

 それが、狩猟時の雰囲気か、静かすぎるこの状況なのかはわからない。

 最大級の警戒が必要だ、とレオンは思った。

 正面で対峙する、(あか)の狩人、(あお)の狩人。

 張り詰める空気。

 さきに動いたのはレオンだった。

 大剣を横に構え、真正面に突進する。

 力のまま、()ぎ払う。

 しかし、当たらない。ジンオウガは、大きくバックステップをしていた。

 

(……素早い!)

 

 足に踏ん張りをきかせ、崩れかける体勢をレオンは直す。

 そのとき、飛び掛かるように駆けてきたジンオウガが、レオンの目の前で右前脚を上げた。

 踏みつぶされる直前で、レオンは前転回避する。

 だが、ジンオウガは続けざま、左前脚を上げて彼を狙う。

 

(――っ!)

 

 着地座標と反対側に、レオンは回避。

 しかし、まだ終わりではなかった。

 再び振り上げられる右前脚。

 

(またか!)

 

 次は避けられるか――!?

 三回目があるとは微塵にも思っていなかったレオンの躰は、(すく)む。

 そのとき、どこからともなくブーメランが飛んできて、ジンオウガの片目の側を(かす)めた。

 

『ギャウ!』

 

 怯んで仰け反る雷狼竜。

 その隙にレオンは攻撃範囲から抜け出し、ジンオウガと十分な距離を取った。

 

「ナナ、ありがとな」足元にいるナナに、礼を言う。

 

「ふん……」ナナは、戻ってきたブーメランをパシッと受け取った。「ぼさっとしないの!」

 

「……あぁ」

 

 雷狼竜が、さきほどより速度を上げて歩いてくる。怒りを覚えたのかどうかはわからないが、踏み出すたびに起こる震動音は、大きくなっていた。

 

「レオン! ナナちゃん! 離れて!」

 

 ソラの声がした。指示通り、二人はジンオウガから下がる。

 ジンオウガは立ち止まった。

 直後、空から落ちてくる(つぶて)が、巨体の躰に次々突き刺さった。

 曲射、である。矢を上空に放ち、落下するエネルギーを加算させた攻撃が可能となる、弓による攻撃だ。矢には細工が施されており、最上点に達したとき、その細工の種類によって異なる形態に変化する。ソラの弓矢は「拡散型」であり、上空で分散した矢が無数の礫となり広範囲に落下する。一つ一つの威力は小さいが、標的が大きいときは多くの部位に攻撃を当てることができ、ダメージも期待できる。

 

『……!!』

 

 攻撃は、かなり効いているらしい。それもそのはず。躰中で痛みが発生するのだから、(たま)ったものではないだろう。

 ジンオウガがその場で(もだ)えている間、レオンは躰の側面に回った。そして、後脚を狙い、大剣を振り下ろす――

 

『ガウォォォォォォ!』

 

 その矢先、鼓膜を刺す咆哮。

 躰の奥底まで響いてくる震動。

 

「レオン! ガード!」叫び声。

「――え!?」

 

 言われるがまま、彼は刀身を躰の前で構え、防御の姿勢をとる。

 次に聞こえてきたのは、ギリィィッ、という金属音。

 気付いた時には、彼の躰は後方2メートルまで吹っ飛ばされていた。

 

「……ってぇ」

 

 腕、そして躰全体が痛む。かなりの衝撃だった。

 続けて、ドンッという震動。

 

「……は?」

 

 前方の視界の上から、ジンオウガが落ちてきたのだ。レオンは呆気にとられるが、すぐに立ち上がり、大剣を肩に乗せた。

 

「今のは!?」

 

 レオンが訊くと、ナナが答えた。

 

「ジンオウガが……跳んだの」

 

「跳んだ?」

 

「えぇ……。躰を捻ってから、尻尾を振り回して、真上に、ね……」

 

 恐るべき身体能力の高さだ。あの巨体を、自力で数メートルも跳ばすことができるのは……、並のモンスターには不可能だ。

 

「なんてやつだ……」

 

 驚愕の一言でしかない。あの咄嗟のガードで無傷だったのが奇跡だと思えた。

 そのとき、

 

『アオォォォォ――――ン!』

 

 ジンオウガが叫び声を上げた。だが、それだけではない。数回に渡る叫びと共に、黄金色――いや、青白く光る虫が、甲殻に覆われた背中に引き寄せられている。

 

「……なんだ?」

 

 次から次へと起こるアクションに、レオンの頭は混乱寸前。

 

(いや、とにかく今は、冷静に……)

 

 大剣の柄を握る彼の手には、滲んだ汗がこびりついていた。

 

 

 

 混乱しているのは、木の陰に隠れているソラも同じだった。

 

(次から次へと……何なの?)

 

 また、不安に煽られる。

 呼吸も、心拍も速くなっている。

 しかし、弓矢を持つ手に、震えは認められなかった。

 躰は、今は正常に動いている。でも、精神が掻き乱されているこの状況、いつ不調が現れてもおかしくない。

 

「ニャ……、あのモンスター、強すぎるニャ……」

 

 ソラの足元で、タイガがユクモノネコカサを押さえながら呟いた。

 

「……タイガ、罠持ってたよね?」ソラは、ジンオウガに定めた目線を逸らさずに言った。

 

「持ってるニャ」

 

「その罠で、あいつの動きを止められないかな……。そうすれば、一気に攻撃をたたみかけることだってできると思うんだけど……」

 

「それは名案ニャ!」

 

「それじゃ……頼んだよ」

 

「り、了解……ニャ!」

 

 タイガが飛び出していく。その背中を見ながら、ソラは矢筒から矢を抜き出した。

 

 

 

 

「罠を仕掛けるニャ!」

 

 走りながら、タイガが大声を出す。

 

「罠……そうか、罠で動きを封じれば楽になるな」レオンは呟くように言うと、「タイガ! 頼んだぞ!」と声を上げながらジンオウガの方へ駆けていった。

 

 タイガは、ジンオウガの左前方10メートルの地点に、罠を設置した。あとは、罠を踏ませるだけだ。

 

「や、やーい! こ、こっちに来るニャー!」

 

 大げさな動きで、ジンオウガの目を引く。挑発に乗ったのか、ジンオウガが彼目掛けて突進を始めた。

 

「ヒィ! ニャ!!」

 

 引き寄せることに成功すると、タイガは、全速力で逃走する。追いつかれることは、死を表すのだ。

 幸いにも、罠を飛び越えることはなく、ジンオウガはシビレ罠にかかった。

 

「よし!」

 

 レオンは、痺れて動けないジンオウガの側面で、大剣を振り下ろす。

 甲殻で弾き返されそうな感触は若干あったが、重量のある刃はジンオウガの躰を裂いた。

 続けて、大剣を横に薙ぎ払う。飛び散った血が、レオンの防具に付着した。

 数十秒ののち、罠の効果が切れた。

 

『グォウ!』

 

 ジンオウガは軽く吼えると、レオンから逃げるように走っていく。そして十分に離れたところで振り返り、再び小さく吼えた。

 

「……ん?」

 

 そのとき、レオンは何かに気付く。

 

(さっきより、背中が青白くなってるような……?)

 

 虫を引き付けたのか? いや、罠にかかっている途中、そんなことはなかったはずだが……。

 

(待てよ?)

 

 虫――雷光虫を引き付けている、ということは、雷光虫の放つ電力を受け取っている、ということになる。そして、さっき仕掛けたのは、シビレ罠……。シビレ罠の材料は……

 

「まさか――?」

 

 

『アオォォォォォォォゥゥ――――ン!!』

 

 

 ジンオウガが叫び、再度、虫を引き寄せ始める。

 時間の経過と共に、雷狼竜は輝きを増していく。

 そして――

 

 

『グゥオオオオオオオオオッ!!!!!!』

 

 

 けたたましい咆哮と(まばゆ)い光が、全てを包み込んだ。

 

 

 

 

       *

 

 

 

 

 ひらひらと落ちてゆく紅葉(もみじ)

 それは、腰かけに座った村長の手のひらに、吸い込まれるように落ちた。

 

「あら……?」

 

 彼女は、何かに気付く。

 そのとき、少し強い風が吹いて、宙を舞い落ちた紅葉が小川の水面(みなも)に波紋を広げた。

 

 

 

 

       *

 

 

 

 

 思わず瞑った目を開けると、そこには――

 

「な……、なんだ、あれ……」

 

 背中に棘のようなものが突き立ち、全身に青白い光を(まと)うジンオウガの姿があった。

 時折放たれる小さな雷は、弾ける音を奏でている。

 

『グルルル……』

 

 唸り声を撒きながら、レオンのいる方向へと雷狼竜が詰め寄ってくる。

 距離10メートルになったとき、ジンオウガがいきなり速度を上げた。

 バチバチと音を立てながら右前脚を上げると、目にも留まらぬ速さで振り下ろす。

 

「っ!」

 

 横に回避。

 次は左脚で来るだろう……。

 彼がジンオウガの動きを確認しようとしたとき、

 

「なっ」

 

 もう既に、左脚が振り下ろされようとしていた。

 

「――」

 

 回避は間に合わない……、なら!

 レオンは大剣を斜めに構え、攻撃を受ける体勢をとる。

 

(大剣が壊れなきゃいいけど……!)

 

 急に、重力が強くなったようだった。

 全身が押し潰されるような感覚と同時に、腕、そして躰全体へ電流が走る。

 

「ぐっ!?」

 

 手の力が抜け、圧倒されそうになった。このままでは、武器もろとも折れてしまいそうだ。

 膠着していたとき、風を切って飛んできた矢が、ジンオウガの大きな角に命中した。

 角が破壊されることはなかったが、ジンオウガは水平方向に一回転し、後方に退く。そして『ガウッ』と吼えた。

 

「……っはぁ、はぁ……」

 

 レオンは、思うように躰を動かせなかった。

 

(雷が……躰の中を突き抜けてるみたいだ……)

 

 ジンオウガの攻撃を受け止めたとき、纏っていた雷で躰が痺れたようだ。

 

「大丈夫なの?」いち早く駆け寄ってきたナナが訊いてくる。

 

「……あぁ、なんとか……。だけど、まともに動けそうにない……」

 

「なら、早く退く! ここはあたしたちに任せて」

 

「おう……頼んだぜ」

 

 力を振り絞るようにして、レオンは一戦を退き、切り株の陰に一時的に身を潜めた。

 

(それにしても……、あの状態は一体……)

 

 雷を纏ったジンオウガは、スピードが一段と早く、そしてパワーも強大になっていた。普通のモンスターで当てはめるなら、「怒り状態」と呼ぶのに相応しいが、とくに激昂しているようにも見えなかった。

 

(あれは……一種の形態か)

 

 虫を利用してパワーアップする。こんなモンスターは、そういないだろう。

 

 レオンは、操虫棍を思い出した。あれも、虫を操ることで、不思議な立ち回りを可能にしている。

 

(虫が厄介者だな……)

 

 早めになんとかするか、時を見計らって退いておかないと、あとが辛くなる。今はなんとか(しの)げているが、圧倒的にこちらが不利だ……。

 恐怖と不安の混じった汗が、彼の額を伝った。

 

 ――ナナは、神経毒を塗ったブーメランでジンオウガと応戦していた。

 ジンオウガは連続前脚攻撃やサイドタックル、バック転を繰り出してくるが、素早く動く彼女には通用していない。

 

(攻撃を見切れば、避けるのも容易(たやす)いけど……、避けてるだけじゃ、攻撃できない……!)

 

 事実、その素早い動きには、付いていくのが精一杯。時折飛んでくる矢に動きを止めることはあっても、ほぼ一瞬であり、攻撃に転じるのは難しい。

 

(でも、あたしだって負けないんだから! アイルーだからってなめんな――!)

 

 雷電を纏った尾を旋風の如く渦巻かせ、ジンオウガが宙を舞う。

 

(今!)

 

 腕を振り切り、遠心力でブーメランを射出する。

 高い回転数を持った刃物は、大きな弧を描いて標的に向かっていく。

 だが……それは、掠りもしなかった。

 

(だめね……)

 

 着地と同時に、バック転、前転宙返りとアグレッシヴな動き見せたあと、背中から雷の球が弾き出される。

 

(……な、何アレ!)

 

 ナナの躰は竦んで動かない。

 数瞬後、それは彼女に直撃した。

 軽い放物線を描いて、地面に叩き付けられる。

 

「う……」

 

 今度は、全身が痺れて動けない……。

 霞む視界の先に、迫りくる無双の狩人の影を捉える。

 

(はぁ……、生きるのって難しいわ……)

 

 彼女は、瞼を閉じた。

 

「ナナちゃん!」

 

 名前を呼ぶ声に目を開くと、ソラが矢を番えながら駆け寄ってくるのが見えた。放たれた矢はジンオウガの腕の付け根に当たり、怯ませる。

 

「ソラ……!?」ナナは驚いて目を開く。「危ないわ……! あたしのことはいいから、早く……」

 

「わたしは大丈夫だから!」

 

 ソラは強引にナナを抱え込むと、ジンオウガに背を向けて走り始める。

 振り返るなんてことはしない。

 

(あれ……。これって、今朝の夢と似てる……)

 

 足を踏み出すごとに、あの映像が目の前に映る。

 いや……、そんなことにはならない、させない。

 もう飛び出したんだ、

 あとには引けないんだ、

 だから……怖くなんかない。

 今は、突っ走るだけ!

 

「ソラ! 後ろ!」レオンの叫ぶ声がする。

 

「えっ――」

 

 ハッとして、彼女は振り向いた。

 ジンオウガが、跳び掛かってくる。

 

「――」

 

 彼女は(とっ)()に屈んだ。

 ジンオウガは彼女らの頭上すれすれを通過して、前方に着地すると、爪を立てて減速し後脚を滑らせて体を半回転させる。

 前脚の先端の鋭い爪が、不気味にぎらついた。

 

「ソラ! ナナ!」

 

 レオンの叫び声も虚しく……、

 尖鋭な黒爪が、 全てを切り裂く――その刹那、目の前が緋色で染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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最終話 広がるは、碧き空

 ジンオウガを討伐しに渓流へ向かった、レオン、ソラ、ナナ、タイガ。
 強大なジンオウガを前に、彼らは苦戦を強いられる。

 レオンが攻撃を受けて戦線から退いているあいだ、オトモのナナが雷狼竜ジンオウガと応戦していた。
 彼女の攻撃がジンオウガに当たることはなく、逆に、雷を纏った攻撃を正面から食らってしまう。
 そのとき、ソラが飛び出してナナを助け、ジンオウガから離れようとする。
 だが、ジンオウガは彼女らの前に立ちふさがり、鋭い爪を振るう――




「……え?」

 

 ソラを襲おうとしていたジンオウガは、その寸前で動きを止めた。

 いや、違う……。

 止められたのだ。

 よく見ると、ジンオウガの躰のあちこちに散弾が撃ち込まれ、血が霧となって噴出している。

 

(いったい誰が――?)

 

 破裂音がして、またジンオウガの躰から血が(ほとばし)った。

 そして、その巨体が痙攣(けいれん)を始める。

 

「ソラ!」

 

 名を叫ぶ声がした。それはどこか懐かしい声で……。

 声の方向に目を向けると、二つの人影が見えた。

 その影はこちらに近づいてきており、次第に鮮明になってゆく。

 

「え――お、お父さん!?」

 

「久しぶりだね」

 

 ソラの父の姿が、そこにあった。彼は、身長の倍はある太刀を握っている。装備はユクモのシリーズ一式で、ソラと同じだ。

 

「……帰ってきてたの!?」

 

「あぁ」父は頷いた。「ついさっき、ね」

 

「そうだったんだ……。それで、さっきの散弾は、おじさんが?」

 

 ソラは、父の隣にいた髭面(ひげづら)が特徴的なハンターの方を向く。彼は、ユクモ村専属ハンターの一人だ。彼もユクモノ装備で、手にはボウガンを持っていた。

 

「あぁ、俺だよ。……間に合ってよかった」

 

「そうだったんだ……」

 

「いろいろと話がしたいところだろうけど、それはあとにしよう」父は、太刀を(さや)に納めながら言う。「今はとにかく、逃げるんだ。早くしないと、麻痺弾の効き目が切れる」

 

「うん……、あ、ちょっと待って」ソラは、切り株の側にいたレオンを見据えて叫ぶ。「レオン! 一旦退避するよ!」

 

 声を聞きつけたレオンは頷くと、小走りで駆けてくる。

 

「逃げるよ」

 

「あぁ、早く行こう」

 

 ――ジンオウガが躰の自由を取り戻した頃には、そこに狩人たちの姿はなかった。

 

 

 

 

 

 ハンターたちは、エリア4へ避難していた。

 

「ナナちゃん、大丈夫?」ソラは、ナナを地面にゆっくりと降ろす。

 

「えぇ……、なんとか。まだちょっとおかしいけど」

 

「あ……そうだ! この実、使えないかな」

 

 ソラはポーチから、青い実を取り出す。ここに来るまえ、リクから受け取ったものだ。

 

「おっ。それは【ウチケシの実】だね」ソラの父が言う。

 

「ウチケシの実?」

 

「うん、属性やられを打ち消すことができるんだ。この子は今、雷やられを引き起こしているから、それを食べさせてあげるといい」

 

「わかった」

 

 ソラがウチケシの実をナナに渡すと、彼女はそれを口に放り込んだ。

 

「それ、オレにもくれないかな」レオンが催促する。「まだちょっと、躰に変な感じが残ってる気がするんだ」

 

「うん。まだまだあるから大丈夫だよ、はい」

 

「ありがとう」

 

 レオンはウチケシの実を口に入れた。外皮を突き抜けるとほのかな甘みがあり、あと味も悪くない。

 

「君が……レオンくんか」

 

「あ。はい」

 

 不意に、ソラの父に声を掛けられ、レオンの背筋が伸びる。

 

「娘がお世話になったそうだね」

 

「いえ、オレの方こそ、お邪魔させてもらって……お世話になってます」

 

「息子……リクが迷惑をかけなかったかな」

 

「逆に、毎日楽しませてもらってます」

 

「そうか」父は微笑む。「おっと、自己紹介が遅れたかな。私はユウキ。知っていると思うが、ユクモ村専属ハンターをやっているよ」

 

「俺はレイ。同じくユクモ村専属ハンターだ」髭面のハンターが言う。「いつもはハンマーを使ってるんだが、ボウガンも扱えるんだ」

 

「レオンです。よろしくお願いします」

 

 レオンは、ユウキ、レイと握手を交わす。

 

「あの、ユウキさん、ジンオウガと闘ったことはありますか?」

 

「そうだね……、闘ったことはないかな」

 

「俺もだ」レイが隣で腕を組んだ。「でも、見たことならあるぜ。ずっと昔だけどな」

 

「じゃあ、さっきみたいな……全身に雷を纏った状態については?」

 

「あれは、超帯電状態っていうらしいな」

 

「チョウタイデンジョウタイ……ですか?」

 

「あぁ。引き寄せた雷光虫に自身の電力を分け与えて活性化させ、その活性化した雷光虫……通称【超電雷光虫(ちょうでんらいこうちゅう)】を纏うことにより、雷のエネルギーを限界以上まで増幅させることができるんだとよ」

 

「つまり、パワーアップした状態ってことですね」

 

「あぁ。本気になると、もっと強い光と雷を放つそうだ。そうなると、もう手に負えない」

 

「超帯電状態を解除することはできないんですか?」

 

「いや、攻撃を加え続ければ、電力を消耗していずれは解かれるらしいぜ」

 

「それか、背中の虫を四散させてやればいいんだ」ユウキが言う。「虫が超帯電状態を作っているから、虫さえ追っ払えば元の状態に戻る」

 

「虫……かぁ」ソラが、唇に指を当てた。彼女が考えているときのポーズだ。「ねぇ……、わたしに考えがあるんだけど……いい?」

 

「え――?」

 

 それから、ソラは作戦を話し始める。彼女が一通り説明し終えると、男三人は唸った。

 

「なるほど、そんなことが……」

 

「たしかに……、危険だけど、それが一番手取り早いかもしれないな」

 

「それでね……?」ソラが、胸に手のひらを添えた。「それは、わたしに任せてほしいの」

 

「えっ」レオンは思わず声を出した。「下手をすれば命だって落としかねないんだぞ? やめたほうがいい」

 

「そうだぞ、ソラ」ユウキが低い声で言う。「レオンくんの言う通り、お前には危ない。何も、無理をすることはないんだよ」

 

「お父さん――」

 

 ソラは、睨みつけるような強い視線を父親に突きつけた。

 

「わたし、ハンターなんだよ。だから、危険が伴うのは当たり前。みんな同じ条件なんだから、わたしがやっても問題ないでしょ?」

 

「だがな……」

 

「大丈夫。ちゃんとほかにも考えがあるんだから」

 

「ユウキ」レイがユウキの肩に手を置く。「娘を案じる気持ちもわかるがな、ソラちゃんがこんなに真剣に言ってるんだ。親なら、子の強い思いは受け止めるべきだと思わないか?」

 

「それはわかっている。わかってはいるが……」

 

 ユウキはソラを見る。

 今までに、彼女のこんな真剣な表情を見たことがあるだろうか。

 その眼差しは、瞳の奥で紅蓮の焔が燃え盛っているような錯覚を起こす。

 

「ふっ……」ユウキは吹き出した。「いつの間にか、こんなに大きく成長してたんだな……」

 

「えへへー」ソラはつられて笑顔になる。

 

「よし……わかった、ソラに任せよう。でも、無茶だけはするな。取り返しがつかなくなってからでは遅いんだ」

 

「もっちろん! だから、お父さんもあまり心配しすぎないでね。自分の命も大切なんだから、(おろそ)かにしちゃダメだよ」

 

「はは……、逆に説教されるなんてな」

 

「じゃあ、時を見計らってその作戦を決行しましょうか」レオンが話し出す。「成功したら……、いえ、成功させて、一気に畳み掛けましょう」

 

 そこにいる全員が頷いた。

 そして一同は、ジンオウガを迎え討つ態勢を整え始める。

 

「ナナ」座り込んだオトモに、レオンは声を掛けた。「動けるか?」

 

「うん……、ちょっと微妙ね。足を引っ張ると申し訳ないから、あたしは遠くで見守ってるわ」

 

「……そうか」レオンは隣のタイガに目を向ける。「じゃあタイガ、ナナと一緒にいてやってくれるか」

 

「了解したニャ」

 

「……ゆっくり休んでおけよ」

 

 タイガの肩を借りながら、ナナは安全な場所へ退避を始めた。

 ジンオウガは、今まで以上に強大な相手。そんなのを相手に、ナナ、タイガもよくやってくれた(タイガは罠を仕掛けただけだが、今までに比べればそれだけでも十分な働きだ)。

 ここで、アイルーのハンターが二匹退き、人間のハンターが二人入る。数は変わらないが、一層の連携は期待できるだろう。

 

「さて……と」

 

 レオンは砥石を取り出して、大剣を研ぎ始める。鋼の刃には大量の傷がついていた。歯(こぼ)れも起こしていて、摩耗が激しい。

 

(あの攻撃か……)

 

 迅雷の一閃とも呼べる前脚の重撃。あれを受けても、大剣レッドウィングに大きな損傷は見られない。

 

(思えば、こいつも長いこと使ってるけど、壊れないよなぁ……)

 

 レオンが撫でるようにして愛剣を研いでいると、彼の鼻がピクリと動いた。

 

「ん……?」

 

 ジンオウガが移動している……?

 こちらに近付いて……?

 

「――ジンオウガ! 来ました!」

 

 彼が叫んだ途端、場の空気が一変した。四人は身構える。

 ――狩人を見下ろしながら闊歩(かっぽ)してくる、無双の狩人。

 王としての威厳を見せつけるかのような「静」の動作。

 その一つ一つが、洗練されたように滑らかで淀みない。

 絶縁を破って放たれる雷は、何者をも寄せ付けない妖気を発しているようでもある。

 

 数秒の沈黙ののち、ユウキが駆け出した。

 ジンオウガは動かない。

 太刀を鞘から引き抜く。その所作に迷いはない。

 風を切る音がして、切っ先が喉元を掻っ切る――寸前で、ジンオウガは後脚で立ち、その攻撃を躱した。

 

(こちらの攻撃は当たらない、か……)

 

 立ち上がった体勢から、ジンオウガは飛び掛かりに転じる。だがそれは、放たれた銃弾と矢で封じられた。

 怯んだジンオウガの懐へ、太刀が斬り込まれる。

 突き、斬り上げ、斬り下がり――。

 比較的軟質な部位が鋼刃に刻まれ、(ひいろ)が飛散した。

 

(まだ少し、攻撃が足りないか)

 

 作戦を決行するには、もう少しだけ電力を消費させる必要がある。

 ここは、近接攻撃よりも弾丸を撃ち込んだ方が、効率がいいかもしれない。

 

「レイ! 榴弾(りゅうだん)を撃て!」ユウキが叫ぶ。

 

 レイは既に準備をしていたらしく、「あいよ」と気前のいい返事をする。「よーし、全員離れろ!」

 退避が完了すると、(てっ)(こう)榴弾が撃ち込まれた。

 時間差で、爆発が起こる。

 その衝撃で、超電雷光虫が少しずつ、ジンオウガから離れていくのが確認できた。

 

「……よし! 今だ!」

 

「うんっ!」

 

 レオンの合図で、ソラは疾走を始めた。

 彼女の見据える先は、ジンオウガ――ではなく、レオンである。

 

「さぁ来い!」

 

「やぁっ!」

 

 ソラは、大地を、大きく蹴り飛ばす。

 躰が空中を駆けるように跳んだ。

 彼女の前方で、レオンが大剣を躰の前で構える――

 

「うぁぁぁぁっ!」

 

 ソラは、刃に片足を掛け、それを勢いよく蹴る。

 その反動で、彼女は天高く飛び上がった。

 

 

 

       *

 

 

 

「――飛び乗る?」

 

「そう。ジンオウガの背中に飛び乗って、背中を攻撃するの。まえに、リザさんが操虫棍でリオレイアに飛び乗って攻撃してたでしょ? あれと同じことをすれば背中を攻撃できるから、一番効率よく超帯電状態を解除できるんじゃないかな?」

 

「でも……そんなこと、どうやって?」

 

「レオンの大剣を使うんだよ」

 

「……オレの?」

 

「うん。レオンに大剣を構えてもらって、それを踏み台にして高く飛ぶ。そうすれば、ジンオウガの背中に飛び移ることだってできるんじゃないかな――」

 

 

 

       *

 

 

 

 宙を舞ったソラは、ジンオウガの背中に飛び乗った。

 刹那、暴れだす雷狼竜、乱れ散る雷光。

 

(……っ)

 

 背電殻を掴んだ腕が、火傷するように熱い。焦げてしまいそうだ。

 躰中に電流が走る。でも、その対策は大丈夫。ウチケシの実を食べ続けていれば、やられる心配はない!

 ……ここで振り飛ばされたら意味がない。

 なんとしても、成功させるんだ!

 ジンオウガの動きが止まる――その瞬間を見計らって、彼女は剥ぎ取りナイフを構え、背中にそれを突き立てた。

 

『ギャゥ!』

 

 ジンオウガは短い悲鳴を上げた。

 再び暴れ出して揺れるが、彼女はしっかり掴まって攻撃を加え続ける。

 

 ――剥ぎ取りナイフが音を立てて壊れた。破片が舞い散る刹那、ジンオウガが首を反らせて怯み、蒼白い光が全て消滅する。

 

「やった!」

 

 ジンオウガが崩れ落ちる瞬間、ソラは巨体から飛び降りた。

 

「よし!」

 

「いくぞ!」

 

 王への報復が、始まる。

 狂いなき太刀筋は靱尾を断絶し、

 雑念なき鉛玉は胸を貫通し、

 慈悲なき重斬撃は尖角を粉砕する。

 しかし、無双の狩人もまた、負けてはいない。

 満身(まんしん)創痍(そうい)になりながらもその巨体を振り回し、狩人を散開させる。

 

『ゥォオォォオォォオアッ!』

 

 狂ったような雄叫び――

 雷狼竜は、疾風の如く駆け始める。

 血走る眼が見据えるは、ぽつんと佇む一人の狩人。

 狩人――ソラは弓に矢を(つが)え、尖鋭な眼差しを暴走する雷狼竜へと刺していた。

 確固たる意志を張り巡らせた(やじり)は、真っ直ぐに、雷狼竜を向いている。

 

(この一撃に全てを賭ける――!)

 

 急速に縮まる距離。

 感覚を最大限にまで研ぎ澄まし、機会を計る。

 途切れなき吐息が、全神経の集中を一気に加速させる。

 雷狼竜の躰が離陸した。

 

(今!!)

 

 ()(はず)を離す。

 それは、一筋の光のように。

 それは、飛翔する龍のように。

 放たれた矢は、雷狼竜の頭部へと吸い込まれ、脳天を弾けさせた。

 爆ぜる、緋。

 止まる、躰。

 揺れる、大地。

 そして……、

 彼女の目の前に落ちた雷狼竜ジンオウガが、二度と起き上がることはなかった。

 

「や、やった……?」

 

 それは、微かに震えた声だった。

 

「わ、わたし……」

 

 奥底から湧き上がる感情。やがてそれは、確信に変わる。

 

「やったんだ!」

 

 狩人の歓声が、辺り一面に響いた――。

 

 

 

 

「やったな!」

 

「うんっ!」

 

 ソラは、駆けてきたレオンとハイタッチした。双方とも、満面の笑みを浮かべている。

 

「ソラ……」ユウキは手を叩いた。「よくやったな」

 

「うん!」

 

「あの作戦が功を奏したわけだなぁ……」レイが腕を組んで頷いている。「いや、ホントすげぇぜ……」

 

「あぁ、本当にな……」ユウキが噛みしめるように頷く。「ソラ、お前の成長ぶりはきちんと見受けたぞ」

 

「えへへ……」ソラは、目を細めて悦に入った。

 

「それに、レオンくんも……ありがとう。娘をここまで育ててくれて」

 

「いえ……オレがやったわけじゃないですよ。成長したのは、彼女自身です」

 

「それでも、君が関わってくれていたことに変わりはない。改めて礼を言うよ。ありがとう……」

 

 ユウキは、深く頭を下げた。

 

「レオン、ありがとね」

 

 にっこり微笑むと、ソラも頭を下げる。

 

「あ……うん、こちらこそ」レオンは少し照れていた。「あ、剥ぎ取りをしないとな」

 

「んっ、そうだね」

 

 ハンターたちは、倒れて動かないジンオウガを見下ろした。

 息絶えてもなお、その巨体は見る者を圧倒している。

 

「ほんとに……やったんだね……」

 

 ソラは呟きながら屈みこんで、腰に手を当てた。しかし、あるものがない。

 

「あっ。わたしの剥ぎ取りナイフ、さっきので壊れちゃったんだ……」

 

 剥ぎ取り用ナイフの耐久性が低いのは承知の上だったが、惜しいことをしたな、と少し後悔の念が渦巻く。

 

「オレの使っていいよ」レオンがナイフを渡してくる。

 

「ありがとう!」

 

 ソラは、ジンオウガの躰にナイフを突き立てた。

 ほかの面々も剥ぎ取りを進める中、ソラが「あっ」と声を洩らした。

 

「どうした?」レオンが訊く。

 

「これ……なんだろう?」

 

 彼女の手のひらにあったのは、光り輝く鱗。何とも形容しがたい、特別な雰囲気を漂わせる不思議な鱗だった。

 

「もしかして……、それ、逆鱗(げきりん)じゃないか?」

 

「げきりん?」

 

「うん。剥ぎ取りで取れるのが珍しい素材だよ」

 

「へぇ……、そうなんだ……。すごく綺麗……」

 

 ソラは、天に向かって逆鱗を掲げた。

 それは、柔らかな陽射(ひざ)しを受けて美しく煌く。

 そして――

 その向こうに見える、どこまでも続く(あお)い空は、今日も広い世界を包み込んでいた。

 

 

 

       *

 

 

 

 村中が喧騒に包まれる。

 人の声、太鼓の音、笛の音――。

 紅葉が全盛を迎えるこの時期、ここユクモ村で祭りが始まった。

 村のあちこちには様々な屋台が並び、踊り場には高い矢倉が組まれ、その周りを人が取り囲んでいる。

 一大イベントとも言えるこの祭りの時期には、大量の観光客が訪れる。美しい紅葉と盛大な祭り、夜空を彩る花火を楽しみにやってくるのだ。

 ソラとレオンは着物を着て、二人並んで村を散策していた。ソラの足元には、レオンのオトモアイルー、黒猫のナナがいる。

 

「ジンオウガが討伐できてよかったなぁ……」ソラが呟く。「そうじゃなかったら、このお祭りが中止になってたかもしれないからね」

 

「もしかして、この祭りに参加したいから、頑張ってジンオウガを討伐しようと思ったのか?」

 

「うーん、それもあるかも」

 

 ソラが唇の隙間から舌を覗かせたとき、タイガが登場してきた。

 

「ニャニャッ! お待たせニャ!」

 

 彼は、たくさんの食べ物を抱えている。屋台で購入してきたものだろう。

 

氷樹(ひょうじゅ)リンゴアメ、サシミウオ焼き、ガーグァ肉のから揚げ、ウマイ餅、モスポークバーガー、ヤングポテトの猛牛バター焼き、大王イカ焼き、特大七味ソーセージ焼き、ユクモ温泉卵……。好きなのを食べていいニャ!」

 

「すげぇなタイガ……、どうやって持ってきたんだよ」レオンは目を丸くさせている。

 

「食べないニャら、ボクが全部いただくニャ!」

 

「人の話を聞けよ!……ホント、タイガは食い物に目がないな」

 

 彼らは木製の長椅子に腰を掛けると、タイガの持ってきたものをつまみ始める。そのどれもが美味で、空腹だった彼らを満たした。

 

「んー、おいしー!」

 

 ソラがから揚げを頬張っていると、隣に座るレオンが黙りこくっているのに気付いた。

 

「レオン、どしたの?」

 

「……オレ、この祭りが終わったら、この村を発つよ」

 

「え?」ソラは、から揚げを落としそうになったが、なんとか死守した。「行っちゃうの?」

 

「あぁ。旅を続けないといけないからな」

 

「そ、そっか……。もうちょっと一緒にいたかったけどなぁ……」

 

「すまないな。でも、いずれはこの村を出る予定だったし、それに、いつまでもソラの家にお邪魔するわけにはいかない」

 

「そう、だよね……」ソラはうつむく。

 

「花火が打ちあがるニャ!」

 

 タイガが叫んだので、全員、顔を上げた。

 

 数秒後、大輪が夜空に(はな)開いた。

 

「綺麗だな……」

 

「そうね……」

 

「おいしそうニャ……」

 

 三人はそんなことを口ずさんでいたが、ソラは口を(つぐ)んで、花火を見上げている。

 

(旅……かぁ)

 

 咲き誇る花火の明かりが、闇の中に彼女の真剣な表情を映し出した。

 

 

 

       *

 

 

 

 祭りが終わった翌日の朝。

 ユクモ村の門の前で、レオンとナナは荷車に荷物を積んでいた。

 

「よし。荷物は全部だな」

 

「そのようね」

 

 レオンが荷車に乗り込もうとしたとき――

 

「レオン! 待って!」

 

「ん?」

 

 振り返ると、息を少しだけ切らせているソラがいた。

 

「どうした?」

 

「わ……、わたしも行くよ」

 

 彼女のその言葉に、レオンは少し眉を吊り上げた。

 

「旅に? ついてくるのか?」

 

「うん……。余計な荷物を増やしちゃうから、ダメかな?」

 

「オレたちは全然構わないよ。なぁ、ナナ?」

 

「そうよ。味気ないレオンとの旅に終止符が打たれるのなら、あたしは大歓迎」

 

「そっか……、よかった」

 

「それで、そのことは親父さんたちには話したのか?」

 

「うん。きちんと話して、許可がもらえたよ。広い世界を見ておくのも悪くないだろう、って」

 

「そうか……」

 

「レオンもいるし、不安はあまりないよ」

 

「あたしはむしろ、不安だらけだけど」ナナが澄ました顔で言う。

 

「何だよ。今まで一緒に旅してきたじゃんか」レオンが抗議した。

 

「危なっかしいというか……、放っておいたら、どこまでも行っちゃうじゃない? だから、不安なのよ。バカをやらかさないか、ね」

 

「あぁ……、心配してくれてるんだな」

 

「そんなわけないでしょ。面倒なことが嫌なだけ」

 

「でも、それなら、オレについてきてなんかいないだろ」

 

「これは、あたしの責任を果たしてるだけなの」

 

「何の話か分からないけど……まぁいいや」レオンはナナから視線を逸らす。「それはそうとソラ、荷物とかは準備できてるのか?」

 

「あっ! 家に忘れてきちゃった。と、取ってくる!」

 

 慌てて走っていく彼女の背中を見つめながら、レオンは軽くため息をついた。

 

「この村とも、お別れか……」

 

「なーに黄昏(たそがれ)てるの」

 

「いや……、いろいろあったなぁ、と」

 

「そうね……」

 

「ちょっと寄るだけのつもりだったのにな……」

 

「でも、よかったんじゃない?」

 

「ま、そうかな……」

 

 未来がどうなるかなんて、わかるはずがない。だからこそ、おもしろい。旅だって、どうなるかわからないからこそ、面白みが生まれるんじゃないか――レオンはそう思った。

 二人が荷台に乗り込んで待っていると、数分後、ソラが荷物を抱えて戻ってきた。

 

「ふぅ……、ごめんね。待たせちゃって」

 

「問題ないよ。じゃ、乗って」

 

「うんっ」

 

 レオンが手を差し伸べると、ソラはそれに掴まって荷台に乗り込んだ。

 

「あ。タイガは?」レオンが訊く。

 

「タイガは、お父さんのオトモとして、村に残って頑張るみたい」

 

「そうか。あいつも、自分の居場所を見つけたみたいだな……」

 

「ソラ、みんなは来ないの?」今度はナナが訊いた。

 

「うん。さっき、お父さんやお母さん、リクとタイガ、それに、村長にも挨拶してきたから。あと、見送られるのもなんだか……しんみりしちゃいそうだし、見送りはしなくていいよ、って言ってきたんだ」

 

「ずっとお別れ、ってわけでもないしな」

 

「うん。どこにいても、繋がりが途切れるわけじゃないからね!」

 

「よし……」レオンは頷く。「じゃ、行くか!」

 

「んっ、しゅっぱーつ!」

 

 掛け声が木霊して、荷車はゆっくりと動き出した。

 

 

 

      *

 

 

 

 長いあいだお世話になった村が、次第に遠くなっていく。

 思えば、長かったようで、短かった。

 初めて来たときは、こんなに長期間滞在するとは思っていなかったが、

 今思い返してみれば、それはあっという間の出来事だった。

 ありがとう、ユクモ村……。

 名残惜しさを噛みしめながら、振り返る。

 連なる山の向こうに、澄み切った空と宝石のように輝く海の境界線が見える。

 美しい碧と蒼。

 その向こうには、どんな世界が広がっているんだろう……。

 考えるだけで、込み上げてくるものがある。

 それに、新しい仲間も増えた。

 さあ……新たな旅立ちの、始まりだ。

 

 

 

       *

 

 

 

 碧い空を突き抜ける、

 いつもより透明な風を受けて、

 わたしたちは進んでいる。

 旅立とうとしている。

 スタートからは遠ざかっているけれど、

 それは、ゴールに近づいているということ。

 でも、これからの旅に終着点があるなんていうのも、

 少しおかしいのかもしれない。

 終わりなんてない。

 ううん、終わらせない。

 不安はある。恐怖もある。

 だから、その一歩を踏み出すことをためらってしまう。

 でも、その一歩が、無駄になることはない。

 そして、踏み出さないわけにはいかない。

 だって……、

 世界は、まだまだ広いんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

     モンスターハンター ~碧空の証~ 了




 ご愛読ありがとうございました!
 これにて完結でございます。

 約1年……かなりゆっくりとしたペースではありましたが、完結させることができて本当に嬉しく思っています。ここまでこられたことに感謝します。

 まだ語りきれていない部分もありますが、それは、短編という形で挿入投稿できればなぁ……と思っています。いつになるかはわかりませんが、そのときはよろしくお願いします。

 では、また。

                                   2015.3.11


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Character Introduction
【紹介】 キャラクター紹介


 主要登場人物の紹介(設定)です!
 ネタバレ等を含む場合もございますので、閲覧にはご注意ください。


       *

 

 

Leon Garnet(レオン・ガーネット)

 

 年齢:17歳

 身長:182㎝

 体重:72kg

 

 ハンター歴:3年

 防具:レウスシリーズ(危険な狩猟以外、頭の防具は外している)

 武器:大剣(レッドウィング)

 

 父の背中を追い、世界を旅しようとするハンター。出身は新大陸火山地方、火山峡谷地帯の村。

 髪の毛は赤色で、髪型はレウスレイヤー(後ろ髪をリオレウスのように尖らせたもの)。やや吊り目で、瞳は黒。

 ペイントボールを使用しなくてもモンスターの位置を把握できるほど、嗅覚が鋭い。その一方で、臭い匂いには滅法(めっぽう)弱い。

 過去の狩猟で、右胸の辺りに大きな傷を負っている。傷を負った際、生死の境目をさまよったという。

 普段は冷静沈着な性格。たまに怒ることがある。また、話が長いことが多い。

 好奇心旺盛で、読書が好き。また、旅の記録を「ハンターノート」に(つづ)っている。彼のノートには、モンスターの情報以外の情報も多数書き留められている。

 

 

       *

 

 

Sora Amatsuki(ソラ・アマツキ)

 

 年齢:15歳

 身長:155㎝

 体重:【都合により公開できません】

 

 防具:ユクモノシリーズ

 武器:片手剣(ユクモノ(なた))→ 弓(ユクモノ弓)

 

 駆け出しの新米ハンター。ユクモ村出身。

 髪の色は黒。肩に掛かるくらいの長さで、前髪は切り揃えてられている。幼さの残る顔立ちで、二重瞼が特徴。

 ハンターになりたての頃は、採集の依頼ばかりを受けており、武器(片手剣)は一度も使ったことがなかった。レオンと出会ってから、武器を弓に改める。

 性格は臆病気味。レオンと出会う以前は、小型モンスターさえも避けていた。しかし、あるときはブルファンゴに追われ、またあるときはケルビに襲われることも……。

 方向音痴で、地図があっても迷うことがしばしばある。泥棒猫(メラルー)に地図を盗まれたときは、絶体絶命。

 父は、ユクモ村の専属のハンターの一人。彼に憧れて、ソラはハンターになった。現在、父は、もう一人の専属ハンターと共に村を出払っている。成長した姿を父に見てもらうことを目標に掲げ、ソラは、日々ハンターとしての腕を磨いている。

 母に叩き起こされることが多い。

 弟のリクがいる。彼(いわ)く、ソラは「しっかりしてない姉」である。

 

 

       *

 

 

Nana (ナナ)

 レオンのオトモアイルー。毛並みは黒。瞳は青玉色(サファイア・ブルー)をしている。

 防具はどんぐりネコシリーズ、武器はブーメラン。

 普段、強気な口調でいることが多い。彼女の言葉や態度で、レオンが困惑させられることもしばしば。

 また、レオンは彼女にとって二人目の主で、前の主は、様々な武器種の扱いに長けていたハンターである。

 

 

       *

 

 

Taiga(タイガ)

 ソラのオトモアイルー。毛並みは若葉トラ。

 防具はユクモノネコシリーズ。武器はユクモノネコ木刀であるが、ソラ同様、それを使ったことがなく、無傷。

 やや臆病な性格で、食いしん坊。

 とにかく、ソラに振り回されることが多い。とくに、ナナとの出会いのあと、彼女らに虐められることが多くなった。

 おそらく、主要登場人物の中で最も生命力が高い。

 

 

       *

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 以下、22話以降を未読の方は読まれることをおすすめしません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Liza Garnet(リザ・ガーネット)

 

 年齢:22歳 

 身長:178㎝ 

 体重:58kg 

 

 ハンター6年

 防具:レウスシリーズ

 武器:不定

 

 

 世界のあちこちを駆け回るさすらいのハンターで、レオンの姉でもある。

 容姿はレオンに似ており、赤髪のケルビテール。目はやや吊り目、瞳は黒。 

 多様な武器の扱いが得意で、ユクモ村到着時点での使用武器は、操虫棍である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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Side Story
【短編】 声


 このお話は、本編の文章を改変して、短編に仕立て上げたものです。
 なので、本編と関連性のない、独立した物語になっています。

 本編第7話、ソラたちがガーグァ討伐に向かうシーンから始まります。
 では、どうぞ。


 渓流、エリア1。

 水辺のエリアにガーグァが3匹、群れている。ソラ、レオン、ナナの存在に気付いているようではなく、それぞれが(くちばし)で草を(つい)ばんでいる。だが、草を食べているようではなかった。

 

「まだ気付かれてないみたいだな」茂みに身を潜めながらレオンが言った。

 

「そ、そうだね」緊張しているせいか、ソラの声が裏返った。

 

「さて、どいつを狩ろうか……」

 

「こ、殺すの……?」

 

「あぁ。残酷な話かもしれないが、これが、ハンターになるための第一歩なんだ」落ち着いた声でレオンが言う。

 

「ソラなら大丈夫よ」ナナが励ます。

 

「う、うん……」

 

「よし、じゃあ、一番手前にいるあいつをターゲットにしよう」

 

 レオンが指差す先にいるガーグァは、尻を三人の方に向け、水辺で呑気に佇んでいた。

 

「じゃ、武器を構えて」

 

「う、うん」

 

 ソラは片手剣を腰の後ろから引き抜くと、盾を装備した右腕を前に突き出し、半身(はんみ)になって剣を構えた。

 

「よし、行ってこい」

 

 レオンに背中を押され、少しよろけながらもソラは茂みからおそるおそる飛び出した。今、ガーグァが彼女に気付いている様子は無い。

 そして、ゆっくりと、ガーグァの方へ忍び寄る。

 

 ――大丈夫、大丈夫。

 

 自分にそう言い聞かせながら、じわじわとターゲットに近づいてく。

 一歩、一歩と近づくたびに、ただならぬ緊張感が全身を襲う。

 ガーグァとの距離、1メートル。

 

(ここで踏み込めば――)

 

 ガーグァの背中を見つめ、ソラは剣を持った左腕を振りかざすと、左足を踏み込んだ。飛び散った水飛沫(しぶき)が袴を濡らす。

 そして、研ぎ澄まされた鋭い刃をガーグァの背中に――斬りつけることはできなかった。彼女の胸中に一瞬の躊躇いがあったからだった。

 

「クワッ?」

 

 水の()ねる音に気が付いたガーグァは、長い首を後ろに捻った。ソラは、剣を振りかざしたまま(からだ)を動かさなかった。

 ガーグァと目が合う。嘴には虫が咥えられていた。

 

(このコには悪いけど、やらなきゃ……!!)

 

 ソラは、剣の柄を掴む左手にぎゅっと力を入れた。手汗が滲んでいる。

 走っているわけでもないのに、息が荒くなっていた。

 見つめあったまま動かないガーグァとソラ。潤んだように見えるガーグァの瞳は、何かを訴えかけているかのようだ。

 

(ううう……。そんな目で見つめないで!!)

 

 ソラは歯を食い縛る。

 

(剣を振り下ろさなきゃ……)

 

 そうは思っていても、躰が動かない。

 ――剣を振り下ろせば、このガーグァは傷つく。傷口からは血が溢れ、痛みが躰を支配し、悶え苦しむ。

 このあとに待ち受けるだろう光景を想像すると、彼女の躰はますます動かなかった。

 

(う……。ダメだ……)

 

 彼女が目を閉じて、諦めかけたそのときだった。

 

(あなた……私を殺すのね)

 

 そんな声が聞こえた。

 

「……え?」

 

 目を開ける。

 

(……いいのよ……殺しても)

 

 また声。

 それが、目の前にいるガーグァのものだと気付くのに、一拍を要した。どうしてモンスターの声が分かるのかなど、考える余裕はなかった。ただ、今の状況を受け入れるしかなかった。

 

躊躇(ためら)うことなく……、一思いに、私を殺しなさい)ガーグァは言う。

 

「なんで……? 死ぬのが怖くないの?」ソラは問う。

 

(……生き物は、いつかは死ぬものなのよ。その瞬間が、早く訪れただけ。そう、運命なの……。だから、死ぬのは怖くないわ)

 

「でも……わたしに、あなたは、殺せない」

 

(どうして? あなた、ハンターなのでしょう?)

 

「そ、それは……そうだけど」

 

(ハンターというのは、〝狩る〟者なのよ。狩るのは……、運命なの)

 

 運命。それが何だというのか。

 

「でも……そんなの、おかしいよ。運命だからって、あなたを殺す理由にはならない」

 

(何もおかしくなんかない。あなたが狩人という()()を選んだのだから、あなたは私を殺すしかないの。狩りを生業(なりわい)としている者が、私を殺すことを躊躇っていては駄目)

 

 ソラは黙り込む。後悔の念が、脳裏を過ったからだ。

 ハンターなんか、目指すべきじゃなかった。

 進むべき道を誤った。

 

(――でも、あなたたち狩人がいるおかげで、私たちは守ってもらったり、人間の役に立てたりしているの。だから、私たちは感謝しているわ)

 

 感謝? ソラは訊き返す。

 

(そう、感謝。感謝を忘れてはいけない。どんな運命であっても、感謝することが大事よ。この大いなる自然に、多様な運命を孕んだこの世界に……)

 

 声は続く。

 

(そして、私を殺す――いえ、狩ることで、あなたが狩人としての一歩を踏み出すことができるのなら、私は役に立って死んでいくことができる。これは、感謝すべきこと。そういう運命に、私は感謝するの)

 

「…………」

 

(さぁ、私の心の準備はできているわ)

 

 ガーグァは、しっかりとソラを見つめる。

 

(運命には、抗えないもの……)

 

 決意の強さを感じ取ったソラは、苦虫を噛みつぶしたような顔になりながらも、左手に持った剣をガーグァの喉元に突き刺した。

 温かさを含んだ血が、少し零れる。

 

(それで……いいの)そんな声が、聴こえる。(……ありがとう)

 

 ソラは瞼を強く閉じて、腕を横に払い、首を掻っ切る。

 何かが飛び散る音、血に倒れ込む音。

 目を開けると、ガーグァは血の海の上に倒れ、動かなくなっていた。

 

「ごめん……なさい」思わず言葉が洩れる。

 

 死んでしまったものは生き返らないし、生き返らせることはできない。これは、生を受けたものとしての運命……。

 そう、これは運命なのだ。

 運命には、抗えない。

 しかし、どうなろうとも、感謝を忘れてはいけない。

 生きていることに、自然の中に生かされているということに……。

 狩人として大切なことを、このガーグァから学べたのかもしれない。

 ならば、わたしはこう言うしかない。

 

「…………ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 ご閲覧、ありがとうございました。


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そうして、あたしは…… (1)

 短編です。
 本編にも関係しています。

 では、どうぞ。


 あたしはアイルー。名前は、まだない。でも、毛並みが黒だから、「黒い奴」なんて呼ばれることはよくある。

 新大陸・火山地方で生まれたあたしは、あるときからアイルーのグループに所属していた。

 そのグループでは、火山で鉱石の採取なんかをしている。主に採取している鉱石は【ルミナライト鉱石】で、それは人間たちが高値で買い取ってくれる。買い取ってくれるといっても、アイルーなんかが人間のお金を持っていてもしょうがないから、食料だとか、いろんな物資と交換する。

 ちなみに、ルミナライト鉱石は、精錬すると超軽量で高強度の金属が得られる、希少価値の高い鉱石。それらは、火山の入り組んだ場所に鉱石が分布しているから、アイルーにしか採れない(人間にも採取ができないことはないけれど、(からだ)の小さなアイルーの方が、採取には向いている)。

 あたしは、そのルミナライト鉱石の運搬を担当していた。籠にいっぱいの鉱石を詰め込んで、火山内部から麓まで運ぶだけの簡単な仕事だけど、上手くいかないこともよくある。なぜなら、途中、小型モンスターに遭遇することも少なくないから――。

 

 

 

 ……あるとき、あたしは、赤灰色のルミナライト鉱石が詰まった籠を持って下山していた。

 

(ひ、一人は怖いみゃ……)

 

 慎重な足取りで、あたしは足を進める。道中では、ウロコトルやフロギィの群れなどに出くわしたり、運が悪いとウラガンキンやアグナコトル、リオレウスにまで遭遇したりすることがよくある。そうなれば一巻の終わり。

 アイルーの速力で逃げ切れないことはないけれど、荷物を捨てないと全力は出せない。でも、捨ててしまえばあたしが怒られるし、あとで回収しなきゃいけなくなって面倒。

 だから、なるべくモンスターに見つからないように……運搬しなきゃいけない。

 でも、そのときは運が悪かった。

 灼熱の火山内部から出ようとしたとき――

 

「ギュオアッ!」

「ギィァッ!」

 

 そんな鳴き声が、周囲から聞こえた。

 

「みゃ……!?」

 

 気づいたときには、あっという間に、フロギィたちに囲まれてしまっていた。

 あたしの毛並みは黒いから、隠密行動に向いていると自負していたけれど、そうでもなかったみたいだった。野生のモンスターの勘は、アイルーよりも鋭い。

 

(ど……どうしよう)

 

 フロギィの吐き出す毒霧に呑まれれば、命の保障はない……。

 逃げたくても、背負った希少鉱石を置いていくわけにはいかない……。

 こんなときに……!

 

「……」

 

 あたしがその場で立ち止っていると、

 

「伏せて!」

 

 突として、声がした。

 緊張状態だったあたしは、その言葉に従った――と、その刹那、

 無数の(あられ)が、落ちてくる。

 そして、悲鳴、赤い霧……。

 頭を抱えて震えていると、何かが着地した音がして、

 

「もう大丈夫よ。顔を上げて」

 

 という声が聞こえた。

 あたしが顔を上げると――

 

「……」

 

 にっこりと微笑んで手を差し伸べる、人間の姿があった。

 

「大丈夫? 立てるかしら?」

 

 その人間が訊いてくる。あたしは、声も発さず、視線だけを動かして人間を見回した。長い髪の毛と高い声から判断するに、この人間は女。そして彼女は、躰中に、硬そうな赤い鎧を身につけていた。肩には、よくわからない武器? みたいなものをかけていた。

 

(……ハンターってやつかみゃ?)

 

 モンスターを狩猟することを生業(なりわい)とする人間を、ハンターと呼んでいるのは知っていた。実際に、ハンターがモンスターと闘っているところを見たことはないけれど。それどころか、あたしは人間さえあまりまともに見たことがない。だからなのか、人間に対して憎悪や恐怖を感じているわけではないけど、やはり身構えてしまう。

 

「……警戒してるのかしら?」

 

 ハンターは口元を綻ばせた。そして、長い髪を掻き上げる。

 

「ふふ……、ま、見ず知らずの人間が現れても戸惑うだけよね……。大丈夫よ、あなたを食べようってわけじゃないんだから。安心して?」

 

 ここまで言っている人間を疑うわけにはいかなかったから、あたしは、差し出された手に腕を伸ばした。

 

「あ……危ないところを、ありがとうございましたみゃ」

 

 腕を引かれるがままに立ち上がってから、あたしは礼を言う。

 

「ふふ、無事でよかったわ。じゃあね、アイルーさん♡」

 

 ハンターは身を翻すと、颯爽と火山の奥へ向かっていく。あたしは、次第に小さくなる彼女の背中をずっと見つめていた。

 あとには、立ち尽くす黒いアイルーと動かなくなったフロギィだけが残った。

 

(……。こうしている暇はないみゃ。早く鉱石を運ばないと……)

 

 そのあと、モンスターというモンスターに出くわすことはなく、あたしは無事、拠点に帰ることができた。

 あのハンターのおかげだ、とあたしは思った。人間にはいろいろな奴がいるって聞いたけど、とても親切な人間で助かった。もしあの人間が近くにいなかったなら、あたしは今ここにはいない……(かもしれない)。

 拠点に帰るとまず、運搬してきた鉱石を、グループのボスアイルーに引き渡す。渡した鉱石は、ボスが人間のところへ行って物資と交換してくる。そして、それはグループのために使われたり、みんなに配られたりする。でも、それは決して均等じゃない。あたしは下っ端的存在だから、不遇なことだってたくさんあった。

 ……正直に言って、あたしは、この仕事を続けていきたいとは思わない。楽しくなんかないし。でも、そうしない。それは、グループを抜け出せないからじゃない。グループから抜け出すのは自由だけど、それからあと、どうやって生きていくべきかという問題があるから。何もかもを自分の力だけでやって、生き延びていかなきゃならない。でも、あたしにそんなことをできる自信がないから、このグループの中で暮らしていくしか、生きる術がない……。理由は、そんなところ。

 つまり、平穏無事に暮らせれば、楽しみなんてなくとも、今の待遇に不満があったとしても、別にどうでもよかったの。別に、どうでも……。

 そんなことを思いながら、あたしは生活していた。

 

 

 

 

 

 




 (2)に続く……


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そうして、あたしは…… (2)

 ハンターに助けられてから数日が経った頃。

 あたしは、相も変わらず火山へ向かっていた。もちろん、鉱石の運搬のため。

 これが、あたしの生きる意味でしかないように……、日常は繰り返される。もう飽き飽き。

 

 ―ー火山内部へ進入する。

 目前に広がる、流れ出た溶岩の海。何もかもを焼きつくしてしまいそうなその紅蓮からは、見ているだけで熱を感じる。

 躰中が毛に覆われたアイルーにとっては酷な環境だけれど、慣れればどうってことはない。でも……、暑いことに変わりはない。

 火山の山頂付近で採掘をしている仲間たちの元へ辿り着くと、採れた鉱石を受け取って籠に入れる。そして、元来た道を引き返す。モンスターなんかに出くわさないことを願って。

 でも、現実は、願望とは逆のことが起こるもの……。

 灼熱のエリアから脱出して、一息ついたときのことだった。

 

「……!!」

 

 あたしは、危機に直面してしまった。

 目の前に、赤い甲殻を纏った飛竜、火竜・リオレウスが現れて……。

 

「空の王者」とも形容されるそのモンスターに遭遇したが最後、あたしになす術はない。

 逃げようにも、足がすくんで動かない。

 恐怖だけが、躰を束縛している。

 熱気が立ち込めているはずなのに、あたしの躰はとても冷たく感じられた。

 冷静にはなれなかった。考える頭も持ち合わせていなかったし、何より、あたしはとても臆病で、何かあるとすぐにパニックになってしまうから……。

 リオレウスは、その鋭い眼光をあたしに向けた。

 もう、これで終わりなんだ……と思ったそのときだった。

 目の前に、2体目のリオレウスが……。

 と思ったら、違った。それは、リオレウスの甲殻をふんだんに使った装備を纏った……

 

「あなた、このまえのアイルーさんね?」

 

「みゃ……!?」

 

 このまえのハンターだった。大きなハンマーを持っている。

 

「最近、よく会うわね。……といっても、まだ2回目かしら」

 

 彼女は首を捻って顔だけをあたしに向けていた。

 

「とにかく、早く行きなさい。私があの邪魔者を片しておいてあげるから」

 

 あたしは、その言葉を信じて、走った。ただ逃げることだけを考えて、走った。

 どれくらい走ったのかは覚えてないけど、息も切れ切れになってきたところで、あたしは足を止めた。そして、草の上にへたり込む。

 

(あ……、危なかったみゃ! ほ、ほんとうに危なかった……)

 

 一瞬、死さえも覚悟したほど。あたしは、本当に臆病でひ弱なアイルーだった。

 目を閉じて息を整えていると、足音が聞こえてきた。動く気力も体力も削がれていたから、あたしはそのままの体勢でその場にいた。

 

「アイルーさん」

 

 声がした。瞼を開いて顔を上げると、そこに、さっきのハンターがいた。

 

「大丈夫かしら? 随分お疲れのようだけど……」

 

「……みゃ。だ、大丈夫みゃ」

 

「そう」ハンターは女神のように微笑む。「ならいいの」

 

「あ、あの……、二度も助けてくれて、ありがとうございましたみゃ……」

 

「いいのいいの。たまたまよ、たまたま……」

 

 ハンターは顔の前で手を振ってみせた。

 

「散歩してたら、リオレウスを見つけちゃってね。レウスと遊ぼうかしら、なんて思ってたら、あなたがいて……。危ない状況かも、と思ったから中に割って入ったの」

 

「……そうだったんだみゃ」

 

「それで、あなたはここに来て何をしているのかしら?」

 

「……こ、鉱石の……、採取した鉱石を運んでるみゃ」

 

「ん、これね」

 

 ハンターは、あたしの持っていた籠から、鉱石を一つ摘(つま)み出す。

 

「あぁ……、ルミナライト鉱石。高値で取引されている鉱石だわ……」

 

 ハンターは、鉱石に見入っていた。

 もしかして、このハンターに脅されて鉱石を盗られてしまうのではないか――?

 そう思ってしまったあたしは、無意識のうちにハンターの手から鉱石を奪うようにして取った。

 

「……」

 

 ハンターは目を丸くしていたが、すぐに穏やかな表情に戻す。

 

「……私は盗らないわ。あなたの大事な商品でしょう?」

 

「みゃ……。ご、ごめんなさいみゃ……」

 

「ふふ、気にしなくていいのよ。大事なものは、盗られたくないものよ」

 

 大事なものだから、っていう理由は不適切だと、そのときに思った。本当は、「鉱石を運べなかったら、あたしが怒られる」から……。でも、そんなことは言わなかった。

 

「そうそう。あなた、お名前は?」

 

「みゃ?」

 

「名前。名前はないの?」

 

 あたしは、黙り込む。あたしに名前なんてないから。

 

「……名前はないみゃ。仲間からは、『黒いやつ』とか呼ばれてるだけみゃ」

 

「あら、名前はないのね。そう……なら、私がつけてあげましょうか」

 

「……みゃ?」

 

 あたしは、思わずハンターの顔を見た。少し真剣な面持ちをしている。

 

「あなた、女の子よね?」

 

 訊かれたので、あたしは頷く。

 

「じゃあ……『ナナ』、なんてどうかしらね?」

 

「ナ……ナ、みゃ?」

 

「そう、ナナ。アイルーさんには発音しにくいかしらね?」

 

「ううん、大丈夫みゃ。でも、どうして、ナナっていう名前なのみゃ?」

 

「可愛い名前でしょう? 女の子らしくって」

 

 可愛いかどうかは分からなかったけど、『名前』を生まれて初めてもらえたことが、あたしにはうれしかった。ハンターが微笑んだので、あたしもつられて笑顔になる。

 

「ふふ。それじゃ、これからあなたのことはナナって呼ばせてもらうわ。よろしくね?」

 

「よ、よろしく……みゃ」

 

 嬉しくも少し戸惑いつつ、あたしは返事をした。

 

「……あ。私の名前、教えていなかったわね」

 

 そう言うと、ハンターは胸に手を当てた。

 

「私はエリザベス。呼ぶときはリザでいいわよ」

 

「リザ……みゃ?」

 

「そう」リザは、ゆっくりと頷く。「それじゃ、改めて。ナナ、よろしくね!」

 

「よろしくみゃ。……リザさん」

 

 そうして、あたしはリザと知り合った。

 

 

 

 

 

 

 




 (3)へ続く


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そうして、あたしは…… (3)

「……リザさん、さっきのリオレウスはどうしたのみゃ?」

 

 リザと肩を並べて(実際は並んでないけど)拠点の方に向かって歩いているとき、あたしはそう訊いた。

 

「さっきのリオレウスはね……、私が、ハンマーで殴って気絶させておいたわ」

 

「みゃ……」

 

 すごい、とあたしは思った。

 何がすごいかっていうと、あの恐ろしいリオレウスに立ち向かえる、ってところ。あたしにはそんな真似できない。逃げることすらままならないのに、闘え、っていうのは到底できない。

 同時に、何か別の感情も覚えた。あたしの中に込み上げてくる何か……。

 それは、『あこがれ』だった。

 自分にはないものを持った者に、あこがれを抱く。

『ハンター』というのは、臆病なあたしにとってみれば超人だ。

 

「……ハンターって、すごいみゃ」

 

 あたしがつぶやくと、リザは

 

「そうかしらね?」

 

 と、とぼけたように言った。

 

「だって、自分よりも大きな相手に、物怖じもしないで掛かっていくのみゃ? すごくないわけがないみゃ!」

 

「……まぁ、それはあるかもしれないわね」

 

「臆病なあたしには、絶対ムリなことみゃ……」

 

「そうかしら?」

 

 今度は、リザが強い口調でそう言った。

 

「絶対ムリなんてことはないわよ。私だって、けっこう臆病だもの」

 

「……みゃ?」

 

 あたしがリザを一瞥すると、彼女は瞼を閉じて頷いた。

 

「本当は、怖いわ。モンスターと闘うなんて、怖い怖い……」

 

「……じゃ、なんでハンターなんて続けていられるのみゃ?」

 

「それはね、楽しいからよ」

 

「たの……しい? みゃ?」

 

「えぇ。狩りを達成できたら楽しい。できなかったことができるようになったら楽しい。そんな楽しみを、喜びを得るために、私はハンターをしているの」

 

 恐怖を楽しさに変える……、そんなことができるんだ、とあたしは不思議に思った。

 

「臆病な人でも、一度楽しいことだと認識してしまえば、恐怖なんか忘れて、どんなことでもできるようになるわ。きっと、ね」

 

「あ、あたしにもできるかみゃ……?」

 

「ん? もしかしてナナは、ハンターに興味があるのかしら?」

 

「みゃ……。さっき、かっこいいなぁ、なんて思ったみゃ」

 

「あこがれを抱いたのね。そうそう、アイルーのハンターもけっこういるわよ」

 

「そ、そうなのみゃ?」

 

 それは初耳だった。アイルーにも、いろんな奴がいるんだ……。

 

「えぇ。アイルーたちだけで狩猟団を結成しているものもあれば、『オトモアイルー』として、人間のハンターと共に狩りをする、なんてアイルーもいるの」

 

「オトモ、アイルー……」

 

「ふふ。狩りに生きてみるのも、いいかもしれないわよ」

 

 そんな会話を交わしていると、あたしの所属するグループの拠点の前に到着した。拠点といっても、岩の洞窟をそのまま利用したものだけど。

 

「それじゃ、私はアルバ村に戻るから」

 

「ありがとうございましたみゃ」

 

 リザに向かって、あたしは深く一礼をした。

 

「じゃあね、ナナ。また会えるのを楽しみにしているわ」

 

「みゃ!」

 

 リザは手を振りながら、道を歩いていく。あたしは、その背中が見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。

 

(さて、と)

 

 あたしは躰の向きを変えて、洞窟へ入る。あとは、ボスに鉱石を渡すだけ。これで今日の仕事は終わり。

 

 

 

 ――その日の夜、横になって目をつむったまま、あたしは考え事をしていた。リザの言っていた言葉が気にかかっていたから。

 

 今のような生活をずっと続けるべきなのか。

 それとも、脱却を図るべきなのか……。

 でも、このままでもいいんじゃないか。

 無理に自分を変えようとしないほうがいいんじゃないか……。

 あぁ、やっぱり臆病な自分は、何もできない。

 違う。

 何もしようとしていないだけ。

 やる気がないだけ……。

 なら、気持ちさえあれば何でもできるの?

 自分自身を変えようという気持ちさえあれば、本当に何でもできるの……?

 わからない。

 わからないから、こわい。

 だから、何もできない。

 ……あたしは、このままでいいんだろうか。

 考えれば考えるほどに、わからなくなってくる。

 頭が痛い。そういえば、今までこんなに悩んだことはなかった。

 いつも、逃げていればよかったから、悩まなかったんだ。

 ということは……。

 今回は、一歩を踏み出そうとしているのかもしれない。

 一線を越えて、新しい自分を見つけ出そうとしているのかもしれない。

 なら、悩んでもいいんだ……

 

 いつの間にか、あたしは眠りについていた。

 

 

 

 

 

 

 

 




 (4)へ続く


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そうして、あたしは…… (4)

 それから数日経ったのち。

 あたしは、ある村に来ていた。

 その村は、峡谷地帯に切り拓かれた村で、村の後ろには崖のような山がそびえていた。

 村の大通りを中心に、石造りやレンガ造りの家が軒を連ねていて、脇道もたくさんある。

 あたりまえだけど、村は人間でいっぱい。たまにアイルーもいるけど、見知った顔じゃなかった。

 ……この村に来たのは、リザに会うためだった。

 どこにいるのかはわからないけど、きっとこの村にいるはず。

 ま、散策してたら、いつかは会えるかな……。そう思って、あたしは村をぶらぶらすることにした。

 ……それにしても、本当にたくさんの人間がいる。男の人、女の人、おとな、こども、おじいさんやおばあさん。こどもでさえ、あたしたちアイルーと身長はそんなに変わらないから、自分以外のすべてが大きく見えた。だから、ちょっと怖い。

 でも、あたしに目をくれる人間なんていないから、大丈夫かな。と、そんなことを思っていたときだった。

 すぅ、とあたしの影が大きくなった。

 

「……?」

 

「ナナじゃない、久しぶりね」

 

 振り返ると、そこにリザの姿があった。

 

「……リザさん!」

 

「どうしたのかしら? こんなところで」

 

「みゃ、ちょうどよかったみゃ。リザさんに、お話があるみゃ」

 

「お話……?」

 

 あたしは、姿勢を正して、リザの顔を見上げた。

 

「あ、あたしを……、り、リザさんのオトモアイルーにしてくれませんかみゃ?」

 

「……オトモに?」

 

「みゃ。このあいだからずっと考えてたのみゃ。今のままがいいのか、違う道に進んだ方がいいのか。それで、あたしなりに考えた結果、オトモアイルーとして生きていくのもいいかなと思って、あのグループを抜けさせてもらったみゃ。……リザさんなら、あたしをオトモアイルーにしてくれるかな、って……そう思って、お願いしにきたのみゃ」

 

「そう……」

 

「――だ、ダメかみゃ?」

 

「そう、ね……」

 

 リザは、あごに人差し指を当てて考えるポーズをとった。数秒して、彼女は小さく息を吐く。

 

「……ナナ、ハンターの世界ってとっても過酷よ。恐怖は感じずにはいられないし、何より、大けがを負うことだって、命を落としてしまうことだってある。それでも、あなたは私についてくる?」

 

「みゃ……?」

 

 ここで厳しい言葉。

 命を落とすことだってある……。それはわかってたけど、改めて言われると、すごく怖い。

 リザは、あたしを死なせたくないから、そんなことを言っているのだろうか?

 ハンターなんて馬鹿げたことを考えないで、さっさと帰って鉱石運搬でもしてろ、と言いたいのだろうか?

 ……いや、違う。

 あたしの、覚悟を見ようとしているんだ。

 揺るがぬ意志を。

 壊れることのない、確固たる決心を……。

 もう、逃げない。

 あたしは、まっすぐ突き進まなきゃ――

 

「……、ついていきますみゃ。どこまでも……!」

 

 あたしが力強くそう言うと、リザは表情を和らげた。

 

「ふふ……。あなたの覚悟のほど、お見受けしました。それじゃ、ナナ。今日からあなたは私のオトモアイルーとして生きてもらうわ」

 

「……! あ、ありがとうございますみゃ!」

 

「でも、本番はこれからよ。私の指導は厳しいから、ちゃんとついてきなさい?」

 

「みゃ!!」

 

「いい返事ね。弟に聞かせてやりたいくらいだわ」

 

「リザさん、よろしくお願いしますみゃ!」

 

「んー、別に『さん』づけしなくてもいいのよ。呼び捨てでも大丈夫」

 

「……みゃ」

 

「それはちょっと気が引ける? なら、何でも呼びたいように呼んでね」

 

 呼びたいように……。

 何がいいだろう……?

 そういえば、さっき、『弟』がいるって言ってたから……

 

「リザ(ねぇ)?」

 

「ん?」

 

「リザ姉って呼んでもいいみゃ?」

 

「えぇ、何でもいいわよ。じゃ、それでいきましょうか」

 

「リザ姉、よろしくお願いしますみゃ!」

 

「それじゃさっそく、オトモアイルーとしての心得から、学んでいきましょうか」

 

「みゃ!」

 

 そうして……、あたしはリザのオトモになった。

 

 

 

 

 

 

 




 (5)に続く。


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そうして、あたしは…… (5)

「ほら! 走って走って!」

 

「……っ、……」

 

 リザにオトモアイルーとして迎えられたあたしは、走り込みをさせられていた。場所は、リザの住んでいる村の平坦なところ。

 

「ハンターも、オトモも、躰が資本なのに変わりはないわ! まずは躰作り!」

 

 リザがそう叫んでいる。想像以上に、リザの指導は厳しい。でも……

 

(なんだか……楽しいみゃ)

 

 新鮮な気持ちで、心地がよかった。役に立てるかどうかとか、不安はまだまだ山積み。でも、こうやって一緒にいられる瞬間がとても楽しかった。

 

 突然、視界が真っ暗になった。

 頭が痛い。転げてしまったみたいだった。

 

「……大丈夫?」

 

 わずかに笑い声を含ませたリザの声が聞こえた。

 

「みゃ……」

 

 あたしは起き上がると、顔をごしごしとこする。

 

「問題ないみゃ!」

 

「怪我だけはしないようにね。無理は禁物よ」

 

 リザは、あたしの目の前で一本指を立てた。

 

「わ、わかったみゃ」

 

「……そうね、走ってばかりも退屈だから、武器の扱いなんかも教えましょうか」

 

「武器!」

 

 背筋がすっと伸びるのをあたしは感じた。

 

「まず、オトモ用の武器には、近接武器、爆弾、それからブーメランがあるわ。別にこれだけに限定してるわけじゃないけど、主なものはこの三つ。オトモはこれを使って、狩りのサポートをするの」

 

 あたしは相槌を打ちながら、その話に耳を傾ける。

 

「近接武器が一番扱いやすいけど、モンスターに近づく分、どうしても危険性が伴うわ。爆弾は威力が高いけれど、扱いが少し難しい。でも、アイルーは一般的には爆弾の扱いに長けているから、問題はないかもしれないわね。あと、ブーメランは威力こそ低いけど、遠距離攻撃だから安全に狩りができるわ」

 

「ふむふむ……みゃ」

 

「どれがいいかしら?」

 

「みゃ……、迷うみゃ」

 

「ずっとその武器じゃいけない、なんてことはないのよ。だから、気楽に選べばいいわ」

 

「じゃあ……、ブーメランでやってみるみゃ」

 

「持ってくるから待っててね」

 

 と言い残して、リザはどこかへ行ってしまった。そしてすぐ、戻ってくる。

 

「お待たせ。ごめんね?」

 

 ……全然待ってないけど、まぁ、いいかな。

 

「はい、これ。ブーメラン」

 

 リザは、あたしに自分の躰の半分はある銀色のブーメランを渡してきた。でも、案外軽い。

 

「軽いでしょ? 超軽量のルミナライト鋼を使ってるから、軽くて頑丈なの。でも、当たるとけっこう痛いわ」

 

 ルミナライト鋼……。あたしの運んでた赤灰色のルミナライト鉱石は、きれいな銀色(でもちょっと白がかってる)になってるんだ……。

 

「ブーメランは、使い方わかるでしょ?」

 

「みゃ。投げたら帰ってくるっていうのは知ってるみゃ」

 

「なら、投げてみなさい」

 

 あたしは、右手のブーメランを力いっぱいに投げ飛ばす。でもそれは、まっすぐ地面に突き刺さってしまった。

 

「……あれ? おかしいみゃ」

 

「ただ投げるだけじゃダメなのよね。角度とか、速さが重要になってくるの……」

 

 リザはそのあと、投げ方を説明してくれた。指導通りにことをすすめると、なんとなくコツを掴めてきた気がした。

 

「うん……、随分と慣れてきたようね」

 

「慣れてきたみゃ」

 

「今度は、狙った部位にブーメランを当てる訓練をしましょうか」

 

 リザは、腰に提げたポーチからリンゴを一つ、取り出した。

 

「リンゴ……みゃ?」

 

「そう。これを……」

 

 リザはあたりを見回してから、すぐ近くにあった木の杭の上にそれを置いた。

 

「ここに置いておくから、狙ってみて?」

 

 なあんだ、簡単簡単。あたしはそう思った。だけど……

 

 ブーメランを投げる。空振り。ブーメランが戻ってくる。

 ブーメランを投げる。空振り。ブーメランが戻ってくる。

 ブーメランを投げる。空振り。ブーメランが戻ってくる。

 ブーメランを投げる。空振り。ブーメランが戻ってくる。

 ブーメランを投げる。空振り。ブーメランが戻ってくる。

 ブーメランを投げる。空振り。ブーメランが戻ってくる……。

 

「当たらないみゃ……!」

 

「最初からうまくいくなんて少ないけど、これはどうも、うまくいってないわね」

 

 リザは腕を組んでちょっと唸っていたけど、「こうするしかないわね」とつぶやくと、杭の上のリンゴを回収した。

 

「も、もう終わりみゃ?」

 

「ううん、こうするのよ」

 

 リザは、リンゴを頭の上に置いた。

 あたしの目が一瞬、点になる。

 

「さぁ、狙ってきなさい」

 

「え、ええぇ?」

 

 確かに、こういう訓練は緊張感が出ていいかもしれないけど……。

 

「どうしたの? 私は気にしなくていいのよ? 動いたりしないから」

 

 気にするな、と言われても……。

 外す分には問題ないけど、リザの躰にブーメランが当たってしまったら大変だ。顔なんかに当たったら、一生ものの傷を作ってしまうかもしれない……。

 でも、鋭くこちらを睨んでいる。これは、投げないと怒られる。

 集中して、確実に、頭の上のリンゴだけを……。

 

(いけっ!)

 

 狙う――!

 そして、弧を描きながら宙を走るブーメランは……

 リンゴだけを捉え、果汁を爆ぜさせた。

 

「……、できるじゃない」

 

「で、できた……みゃ」

 

「本当に危なかったら避けようと思ったけど、その必要はなかったようね。集中力さえあれば問題ないみたい。だから、数撃てば当たる、じゃなくて、しっかりと集中力を高めて投げればいいわ」

 

 そこまで言うと、リザは長い赤髪を掻いた。

 

「うん……。あとは訓練すればなんとかなる。がんばりましょ?」

 

「みゃ!」

 

 そのあとも訓練は続いた。

 

 

 

 

 そして、あたしがリザと出会って二年が過ぎたころ。

 そのころには、あたしも一人のオトモアイルーとして、リザと共に幾多の狩りに出かけるようになっていた。

 そんなときだった。

 

「ナナ、あなたに仕事を任せるわ」

 

「みゃ?」

 

 突然、リザに告げられた言葉。

 

「実は私、旅に出ることにしたの」

 

「旅みゃ?」

 

「えぇ。それで、ナナ。あなたには、弟・レオンのオトモアイルーをしてほしいの」

 

「レオン……?」

 

 あの男か。ちょっと頼りなさそうな奴……。

 

「そう。レオンは危なっかしい子だから。私が旅に出ているあいだ、お願いできないかしら?」

 

「うん……リザ姉の頼みなら……、断れないみゃ」

 

「ごめんね? 面倒な仕事を押し付けちゃって」

 

「ううん、大丈夫みゃ」

 

「それじゃ、()()()()()に、お願いね?」

 

「みゃ」

 

 

 

 それから数日後、リザは発ってしまった。

 これからは、リザの代わりとして、あたしはあの男の監視をしなきゃいけない。

 ま、オトモくらいなら別に大丈夫かな……。

 

「――あ、えっと……よろしく、ナナ」

 

 図体の割には、少しなよなよしてるのが、この男、レオン。

 リザ姉の言いつけどおり、ハンターとしてもまだまだ未熟なこの男を、あたしは見守る義務がある。

 あたしは腕を組んで、()()()()()()、言い放った。

 

「えぇ。よろしく、レオン――」

 

 ……そうして、あたしはレオンのオトモアイルーになったのだった。

 

 

 

 

 

 

 




 以上、短編『そうして、あたしは……』でした。

 ナナとリザの出会いですね。
 このお話は、本編22話の、



    後ろを歩いていたソラとナナは、楽しそうに会話をしていた。

   「……へぇ、それで、ナナちゃんはリザさんのオトモになったんだね」

   「そうみゃ。あの頃から変わらず、リザはかっこいいみゃあ」



 この部分に通じています。
 いまいち全貌が書けていないような気もしますが、これはこれで置いておきます。
 あとはご想像におまかせします……!(これはひどい)

 一つ言えることは、本編でナナの口調がリザっぽかったのは、ナナが〝リザのように振る舞う〟ことを意識していたからですね。
 あれ……? 本編に同じことを書いたかな?(まぁいいや)



 ……あと、ここだけの話ですけど、この話には、(時間と気力があれば)書くかもしれない続編のネタも少し含んでいます。


 私事ですが、今日また一つ歳をとりました。


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特別編 Go Next Hunting...

 ユクモ村を発ってちょっと経ったあとの、レオンたちの様子です。






 ガタガタと揺れる荷車は、緩い下り坂を走っていた。

 荷台には、さきほどユクモ村を発ったばかりのレオン、ソラ、ナナと彼らの荷物が乗っている。

 荷車を()いているのはガーグァだ。そして、手綱(たづな)を引いているのはアイルーである。

 

 

「ねぇ、どこに行くの?」と、ソラが訊いた。

 

「そうだな……、とくに決まってはないんだけど」レオンはそう答える。

 

「え! 決まってなかったの?」

 

 ソラは少し目を丸くさせた。目的地は決まっているものだと、彼女は思い込んでいたからだ。

 

「まぁ、成り行きでなんとかなるかな、っていうのがあるな」

 

「うーん、そっかぁ……」ソラは、少しだけ残念そうな顔をする。

 

「レオンは、いつもそうだから」ソラの隣に座るナナが言う。「行き当たりばったりな旅なのよ」

 

「でも、先が見えないってのも、ある意味ではドキドキだよね」

 

「うん。でも、今回は行き先を考えてみようかな」

 

「そうだね」ソラはうなずいた。「でも、わたし、地理なんて全然詳しくないよ?」

 

「方向音痴だもんな」

 

「それは、ちょっと改善されつつあるよ! 渓流で迷子になることもなくなったし!」

 

「でも、初めての場所だと右も左もわからないだろう?」

 

「……」ソラはうつむいた。「はい、そうです……」

 

「でも、たぶん大丈夫だと思う」

 

「え?」レオンの言葉に、ソラは顔を上げる。

 

「大丈夫だよ。マシにはなってるはず」

 

「じゃあ、問題ないね!」ソラは、右手に握り拳をつくった。

 

「だけど……、注意はしないとな」

 

「はぁい」ソラは、唇の隙間から舌をちょろっと出す。

 

「それで?」ナナが、わずかに鋭い口調で切り出した。「どこに向かうの?」

 

「っと、そうだった。うん、そうだな……」レオンは唸る。「ここから一番近い場所っていうと……」

 

「っていうと……?」

 

 五秒ほど黙り込んでから、レオンは、ぽんと手を叩いた。

 

「そうそう、あそこがあった」

 

「どこどこー?」

 

「たぶん、ソラも聞いたことはあるはずだよ」

 

「え? うーん……、どこだろう」

 

「ヒント。ソラは、それをお父さんから聞いているはず」

 

「うぅん……」

 

 今度は、ソラが顎に人差し指を当てて唸った。

 三秒して、彼女は、ぱっと表情を明るくさせる。

 

「――あっ! わかった!……かもだけど」

 

「わかっただろ?」

 

「うん。えーと、ちょっとまえまでお父さんがいたところ、だよね?」

 

「あぁ、そうだ」レオンはゆっくりとうなずいた。「次の目的地は、――」

 

 そして、彼は、二つの青の境界線を指差した。

 

 

 




 そして、続編の第1話に続きます。

 
 
 


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