黒の大輪は思うがままに (痔ーマン)
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1話 芽生え

インフィニットオルフェンズを見直していたら創作意欲が湧いたので旧作を作り直して初投稿です。
多分ある程度書き溜めてからの投稿になると思います。


多くの人にとって人生の節目となるイベントの1つに受験が挙げられるだろう。

その壁は高く、暑いほどにその後の人生に大きな影響を与えるものだ。

 

IS学園。女性しか使用できないISを専門的に学ぶ、あらゆる国家からの干渉を受けない学校。国立ならぬ世界立と言ったところか。競争相手は全世界の同世代。それがこの学園の門をより狭きものとしていた。

必然、そこを目指す者も、その家族も、否応なしに熱が入るというものだ。

何が言いたいかと言うと、俺は義姉の受験に家族そろって付き添っているというだけの話なのだが。

 

「榊…いえ、入学にあたっては元の性に戻すのでしたね。篠ノ之箒さん」

 

義姉とその横に座る俺の両親、そして俺に視線を移しながらスーツの女性は箒の本当の苗字を告げる。

箒の本当の苗字は要人保護プログラムと呼ばれる国家による最高レベルの機密事項だ。それを知っているという事はこの女性は国の人間だろうか。

 

「はい。良い機会ですし、ISに関わる以上、この名前とはいつか向き合う必要があると思いましたので…ところで…あの、千冬さん、ですよね?そんな話し方でしたか?」

 

「…保護者の方も一緒なのだから相応の話し方をします。しかし、前にあった時と比べて随分と落ち着いた雰囲気になりましたね…榊さん達のお陰だと思います。教師として、1人の友人としてお礼申し上げます」

 

そう言って女性、千冬さんは俺と両親に頭を下げた。昔からの友人、ということであれば家に来た時のように荒んだ状態の箒のことも知っているのだろう。今となっては本人も笑い話にするくらいだが、当時の箒は本当に荒んで、というよりは擦り切れつつあった。

 

「箒が持ち直した、貴女にそう思えてもらえたなら幸いです。けれどそれは私達ではなく、箒自身が向き合った結果ですよ。私達はほんの一時とはいえ、親として姉弟として出来る事をしたにすぎません」

 

母が千冬さんに向けた言葉に俺は軽く首肯する。実際、何か特別なことをしたつもりは無いのだ。俺にとっては箒はいつしか本当の姉のようになっていたし、多分、姉弟だったら当たり前のようにやっていることをする日々でしかなかったのだから。

 

「それでも、要人保護プログラムという手段しか選べなかった私にとって榊さんは恩人です。私事で恐縮ですが、私は親を知らずに育ってここまで来てしまったので、この制度に少なからず疑念を持っていたのですから」

 

「まぁ、当事者にとってはあまり良い内容ではありませんもの。親しい間柄の人がそうなれば気になってしまうのも仕方ないです」

 

実際、母が言った通りで要人保護プログラムとやらは当事者になって初めてわかるその内容は“要人”に近しい人物を隔離し、その監視と必要ならば“要人”に対する人質と取れるものだった。ついでに監視されるのは少しばかり業腹ではなかったと言えば嘘になる。

 

「けれど、私達にとっては娘が出来たようで幸せな日々でしたから。貸し借りは無し、ということで修めませんか?織斑さん?」

 

「えぇ、そうですね…」

 

そこから千冬さんが話はじめたのは基本的には入学にあたるガイダンスがほとんどだった。箒の実姉がISの母“天災”篠ノ之束であるが故に生徒だけでなく、職員にも意識してしまう者が出るであろうことを2人の友人でもある千冬さんから説明するため、彼女がこの場を設けたらしい。

 

「そして、今日を最後に榊 箒という人間は存在しなかったことになります」

 

「…はい」

 

千冬さんの言葉に箒は俯き、膝の上で両の拳をぐっと握りしめた。

最初から決まっていたことだ。要人保護プログラムの性質上、“対象がそこにいた”事実を抹消する。未成年である箒は彼女の実の両親以上にその名を変え、その度にそれまでの彼女を捨てる必要があった。

怒りか、悲しみか、あるいは無力感か、震える箒の背を母が優しく撫でる。

 

「大丈夫。榊 箒っていう女の子の情報が消えても、貴女が私達の娘で、あの子の姉であった思い出は消えないわ」

 

「…はい…はい…っ」

 

その言葉に箒の背は一層震え、母の胸に顔をうずめる。千冬さんのファンということでさっきからずっと固まっていた父はそんな2人を支えるように抱いていた。

 

そんな家族の別れを目の前にしながら俺の意識は完全に別の事に割かれていた。

何か、俺に伝わってくる。

言葉ではない。だが何者かの意志が俺に放たれている。

正確に言うならこの施設に入った時から伝わっていた。

最初は義姉との別れにナーバスになったのだろうと思ったが、時間の経過とともにその“声”、言葉ではない“声”はどんどん強くなっていく。

誰だろう。どこにいる?

そんなことを考えて、答えを求めるように半ば反射的に立ち上がる。

 

「?百太郎君でしたか、何かありましたか?」

 

千冬さんが訝し気にこちらを見る。彼女には聞こえていないらしい。

 

「“声”が、聞こえまして…」

 

俺の思考は何故か上手くまとまらず、言語化しようとしても口から出るのは曖昧な内容だけだ。

 

「百太郎?」

 

母の胸の中で泣いていた箒も不安気にこちらを見る。祝うべき門出の日にこんな顔はさせたくなかったのだが。

 

「地下?…に誰かいますか…?」

 

強くなっていく“声”。それはどうやら俺の下から聞こえてくるようだ。しかしおかしい。この部屋は施設の1階で、案内図には地下室など無かったはずだ。

 

「!…キミは…」

 

千冬さんは立ち上がると俺の手を握った。顔が近い。ファンである父さんには悪いことをした、かも知れない。

 

「何が、聞こえるんだ?」

 

「言葉じゃあ、無いです…意思?…感情?うぅん…想いがダイレクトに響くというか…」

 

「…榊さん、篠ノ之、私に付いてきてください」

 

その言葉と共に千冬さんは立ち上がり、俺の手を引いていく。“声”は依然、俺に向けられていて、体も思うように動かず、結果的に俺は千冬さんに導かれるがままに歩を進めていた。

 

「織斑さん、一体どこへ?この子、どうしちゃったんでしょう?」

 

母は俺を心配そうな目で見ながら千冬さんに問いかける。俺も気になるところだ。上手く口が動かないが。

 

「百太郎、大丈夫か?おい、私が分かるか?」

 

箒は器用に膝を曲げて猫背になりながら歩く俺の顔を見ながら頬に手を当ててくれていた。本当に器用に歩くな。膝鍛えられそう。

そんなことを考えながら、上手く言葉を口に出来ない状況をどうにかしようと内心で考えているうちに辿り着いたのは、存在しない筈の地下室だった。

 

「織斑さん、ここ地下があったんですか…?まるで研究施設のような…」

 

俺達を代表するように父が千冬さんに言葉をかける。実際、そこは用途が分からない機械がいくつも並べられ、職員と思しき人たちは皆白衣だ。

 

「!?織斑さん、彼女等は一体…?」

 

俺達が入ってきたことに気付いた職員がこちらに駆けてきたが千冬さんはそれを手で制して進んでいく。歩を進めるたびに“声”は強くなる。

 

「百太郎君、まだ声は聞こえているか?」

 

「はい、ずっと…あぁキミか」

 

“声”を発している何者か、それが分かる距離に来た時、俺の視線の先にあったのはISだった。

 

「IS?どうしてここに?」

 

「ここはIS学園が所有する施設です。ISの希少性とセキュリティの観点から公開はしていませんが、研究施設も兼ねています」

 

「しかし千冬さん、なぜ百太郎を…」

 

「今に分かる…百太郎君、ISに触れてみてくれ」

 

そう促されて歩を進める。思うように足が動かず、まるでゾンビのように足を引きずっている。俺の後ろでは父や母、箒、職員の人たちも「まさか」だとか何か言っている。一体何だというのだろう。まぁ俺自身、結構オカルトな発言をしてしまったと思うけれど。

 

「ふぅ…着いた」

 

寄りかかるように触れた瞬間、視界が光に包まれた。眩しい筈なのに、瞳は刺激を感じない、不思議な光だった。そして次の瞬間には先程まで体を、思考を覆っていた倦怠感のような重さが綺麗に無くなっていた。

 

「なんだキミ。足が痛いってそれだけでずっと叫んでたのか」

 

そして俺はこの子の“声”を正しく理解した。ずっと足が痛いけど誰も治してくれなかったらしい。まぁ、外見的にこの子が怪我してるかなんて人間には分からないだろうしね。

 

「ってアレ?みんな縮んだ?」

 

そう言えば、と箒達へ視線を向ければ何故かみんな俺を見上げるように見ていた。いや、実際に見上げていた。

何だろうと己の体にを見れば何という事でしょう。四肢には機械のような手足が付いていて、俺の視点は随分と高い場所へと移っていたようだ。

 

「痛いのは、右脚か」

 

四肢を軽く動かすと、右足を曲げようとしたときに若干の違和感とともにこの子の“声”が強くなる。

そんな俺を見て、箒は驚愕と、絶望と、歓喜を混ぜ合わせたような表情でつぶやいた。

 

「百太郎が、2人目の男性操縦者…!」

 




オリ主君の名前は“千”冬、“一”夏と共通点作るために“百”を使ってキラキラしてない名前ということで百太郎にしました。
安泰じゃ。とかは言いません。まぁISなら誰でも大抵の攻撃は安泰ですが。


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2話 終わりと始まり

ISを起動させた俺は次の瞬間には何をどうやったのか千冬さんにISから引き剥がされ、研究施設のさらに奥にある部屋へと連れていかれた。

 

「千冬さん、あの子ですけど右足、多分膝当たり痛めてるので見てあげてくださいね」

 

「あぁ分かった!よく言っておくから今は此処にいてくれ!ご両親も申し訳ないが状況が一気に変わりました、ここで待機をお願いします!」

 

千冬さんも想定外の状態に混乱しているのだろう、語気がやや荒めだ。両親も箒も何をどうするべきか分からない様子で、当事者である俺が一番冷静なのは当事者故にだろう。

あの子、ISの“声”は大人しくなった。言葉を交わしたわけではないが、言いたいことは伝わったと満足したのだろう。

 

「なぁ、百太郎。大丈夫か?」

 

「うん?あぁ何も問題ないよ箒。元気元気」

 

心配そうにこちらを見つめる箒に意味も無く腕をぐるぐると回して見せる。先日報道された箒の想い人でもある“1人目”の騒ぎを見れば自分が極めて複雑な立場に立たされていると想像するのはそう難しいことではない。まぁ“1人目”の家族である千冬さんが当事者なので最悪の状態にはならないだろう。もしヤバそうならあの子呼び出して飛んで逃げよう。

そんな事を考えながら不安そうな表情のままでいる箒をあやしていると千冬さんが部屋へと戻ってきた。

 

「…いきなりだが百太郎君。IS学園に入学する覚悟はあるか?」

 

千冬さんの表情は、実質選択の余地など無いことを問うているのだろう。毅然とした様子だがどこか辛そうなものだった。その表情だけで、彼女がこちらのことを心から案じてくれていることが伝わってくる。

 

「それがベストってことでしょう。良いですよ、義姉もいるし退屈しなさそうです」

 

それに、今や俺は世界に2体しか存在しない超希少生物なのだ。誰が密猟者に変貌したか分からない今、強固な籠が必要だ。少なくとも、俺自身が何かしらの後ろ盾を得るまでは。

 

「そうね。いい機会だし、寮生活で自分の事をやってみてもいいわね」

 

「母さん、そういう問題では…まぁ、あまり重荷に感じすぎる事も無いが」

 

両親も賛成のようだ。流石に不安そうな顔を隠しきれているわけではないが、箒というISに深くかかわらざるを得なかった人を良く知るだけにどうするのが最も安全かをもしかしたら俺以上に察しているのかもしれない。

 

「ありがとう…榊さん、ご子息のことは必ずお守りします」

 

「えぇ、でも生徒としてはビシバシお願いしますね。この子、普通の勉強はともかくISに関しては素人だから」

 

「ふふ…えぇ、承知いたしました」

 

話がまとまった後、俺と両親は延々と書類にサインを書き続けた。

これがとにかく多い。怪しい書類が混ざっていたら見逃してしまうだろう。

まぁ、書類の概要は千冬さんから説明されたので内容に不安は無いが。ちなみにこれらの書類は簡単にまとめると外国だけでなく国内の組織からも干渉されないための地固めのようなものだった。

 

「皆さん、書類作成のご協力ありがとうございました。百太郎君にIS適正があったことは明日の朝に公開します。皆さんは今後1週間、IS学園が用意した宿泊施設を使用していただくことになります。ご不便をおかけしますが、セキュリティ上避けられない部分になりますのでご了承ください」

 

トントン、と机の上で書類をまとめた千冬さんは改めて俺達に頭を下げる。これからお世話になるのは俺なのだが、まぁ“1人目”の件もあるし少なからず回避できない苦労というものが待っているのだろう。

 

「あまり気にしないでくださいな織斑さん。ちょっとした旅行と思うことにしますわ。ねぇあなた?」

 

「あぁ、そうだな」

 

「ありがとうございます。百太郎君は教科書一式が2日ほどで届くので入学までに軽く目を通しておいてくれ。弟にも送った参考書も一緒に送らせておく」

 

「ありがとうございます」

 

「…あの、千冬さん。百太郎達が泊っている間私は…」

 

それまではじっと俺を見ているだけだった箒が口を開く。本来なら、今日はIS学園への入学に伴って榊から篠ノ之に戻る箒とのお別れの日だった。それが何時の間にやら俺までIS学園に入学する流れになっている。状況が落ち着くまで俺達も政府の保護下に入るのならば確かにまだ箒と一緒にいれないこともないだろうが

 

「すまないが箒、彼が男性操縦者であると公開する以上、そこに要人保護プログラムの対象者までいた。それが束の妹だ、となってしまうと収拾しきれん…予定通り、ここでお別れだ」

 

千冬さんの答えは否、だった。そう告げられた箒が今にも泣きそうな顔をしているのを見て、俺は彼女のやたら長い髪をわしゃわしゃと撫でまわす。

 

「!?百!こら止めないか!」

 

「ははははは。また会えるんだからそんな泣きそうな顔をするんじゃないよ姉上」

 

悪くない気分だと思う。

思っていた人生は、一瞬にして消え去った。

思ってもみなかった人生の道が現れた。

不安が無いと言えば嘘になる。不満が無いと言えば嘘になる。

ただ、それでも、悪くない。そう思った。

 

「っ!泣いてなどいない!」

 

「はいはいそーですねー」

 

「コラ!百!」

 

そう、こんな日々がまだ続けられるのだから。

色々大変になるだろうけど、そう思った。




メモ帳で書いているんですが思ったより文字数少ないですね。

ちなみに箒は基本的には「百太郎」と呼びますが油断したり感情が昂っている時は「百」と呼びます。

百太郎側は基本的に「箒」ですがからかい交じりに「姉上」「姉さん」など色々呼び方を変えることがあります。


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3話 新居

原作の流れは分からないのですが、特殊な立地かつ全寮制ということで初日から授業するのは荷物整理とか大変そう、と思ったので初授業パートは次話です。


体感する時間の経過は必ずしも一定では無くて、今回の場合はそれがとても早く感じた。

俺が2人目の男性操縦者であることは千冬さんの言った通り報道され、1人目である千冬さんの弟、一夏君とともに連日報道された。

何の関係も無いだろうに自分でも何をしていたか覚えていない幼少期の写真が全国、あるいは全世界に見られたのは頭を抱えざるを得なかったが。

ちなみ両親は爆笑していた。

そんな日々の中で俺がしていたのは新しい生活の準備だった。

それ以外に出来る事が無かったとも言うが箒から教わった剣術、千冬さんからもらった教本と入学後に使う教科書の中身を確認するといったことだ。当然時間は余るので暇つぶしに教科書の落丁探しと千冬さんの現役時代の試合映像を見たりもした。

窮屈さを感じなかったと言えば嘘になるが思ったよりも悪くなかった。

 

「じゃ、行くよ。2人も大変だけど頑張って」

 

「百太郎に比べたら大したことないわよ」

 

「あぁ、お前こそ気を付けろよ。…織斑さんが言うには“そういう”目的で近づいてくる奴もいるみたいだし…」

 

両親は箒の家族と同じく要人保護プログラムの対象となった。今日この日を境に別の名前で、別の仕事をして生きることになる。政府からの補償で手取りは以前よりよっぽど良いと母は笑ったが、子供の前だからこそそう見せたのだろう。

その辺りについては今日までに話し合ったし、少なくとも榊家の中ではまとまった。思い残すことはない。

 

「その時はブリュンヒルデブレードを頼るよ」

 

「…いってらっしゃい」

 

「気を付けてな」

 

「うん。夏休みとかは色々申請して会いに行くよ…いってきます」

 

家族としてするべき事は全てした。あとは前に進むのみだろう。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「(思ったより視線の圧がキツーイ)」

 

前に進むのみ、そうは言ったが入学初日に出来る事など大して無く、俺は一夏君と共に教室の一番前の席で身動き1つせず座っていた。

まさか鞄を空けるだけで周囲がざわつくとは思わなかった。本当に珍獣扱いなのだなと改めて実感しつつ、視線だけを動かして周囲を見る。

資料では呼んだが本当に最新、というか次世代の学習環境と言えるだろう。黒板はディスプレイっぽいし生徒の机も何やら色々な機能が備わっている様だ。横幅も広くて使いやすいのは好印象である。

 

「…」

 

そんな事をしていると髪の長い少女、我が義姉にして一夏君の幼馴染である箒が教室に入ってきた。俺の事を見て一瞬苦笑いした後、一夏君を見て顔を真っ赤にしている。頑張れ義姉、恋はビビったら負けだぞ。お前が持っている少女漫画にそう書いてあったぞ。

まぁ当の一夏君は俺以上に気が気で無いようで誰が入って来たかなど確認する余裕も無いようだが。

 

予鈴が鳴ると教室の扉が開き、眼鏡を掛けた女の先生が現れた。割とカジュアルな恰好の先生もいるのだな。…幼い感じだけど、職員だよな?

 

「皆さん入学おめでとうございます!私は副担任の山田真耶です」

 

あぁ良かった。良かった?まぁとにかく先生だった。ハキハキと挨拶をしてくれたが誰も何の反応も示さない。まぁ異物が2つほどいる以上、そんな余裕も無いのだろう。この状況の原因となってしまった1人として、せめて俺だけでもと拍手をする。拍手の数倍のざわめきが起きて俺の拍手は掻き消された。

その後は五十音順に簡単な自己紹介をする流れになった。流石、俺と違って狭き門を実力で潜り抜けてきた連中なだけはある、淀みなく、スムーズに進んでいたが一夏君のところで流れが止まった。うんうんと唸っていて、話す内容に悩んでいるうちに自分の順番になったことに気付かなかったのだろう。

山田先生の大きな声でようやく反応した一夏君の自己紹介は「織斑一夏です、よろしくお願いします」の一言だった。

声から緊張がありありと伝わってきて失礼ながら思わず吹き出しそうになってしまう。

いや、本当に失礼だろう我慢しよう俺。

 

「っ…んふっ…くくっ…」

 

あ、駄目だ漏れてる。

その次の瞬間、またも教室のドアが開き、入ってきたのは

 

「げぇ!?関羽!?」

 

千冬さんだ。確かに偉人の美少女化は流行っているがそれはお前の姉だし美女であっても美少女はとうに過ぎている。

 

「誰が三国志の英雄か。馬鹿者…挨拶もまともに出来んのかお前は…」

 

その言葉と共に板、紙とか上で挟めるやつが一夏君の頭に降り注ぐ。痛そう。

 

「織斑先生お疲れ様です。もう会議は終わられたんですか?」

 

「お疲れ様、山田君。挨拶を押しつけてすまなかった」

 

そうして教壇に立って教室を一望すると千冬さんが口を開いた。

 

「諸君、私が織斑千冬だ。このクラスの担任を務めることになる。この一年間で君たちをただの新人から鍛え上げるのが私の仕事だ。よろしく」

 

瞬間、クラスに怒号とも言うべき黄色い歓声が響き渡る。

 

「千冬様、本物よ!」

 

「ずっとファンでした!」

 

「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです!北九州から!」

 

ミーハーな俺の父でも会えて感激してたくらいだ、この学園に入ることを目標にしてきた彼女たちにとってはそこらの芸能人以上に会うこと自体に価値があるのだろう。

その後、ボルテージが上がる一方の教室を黙らせた千冬さんは自己紹介を再開させ、俺の番がやって来た。幸い、一夏君の尊い犠牲と千冬さんのエントリーで教室も良い感じに温まっていてタイミングとしてはベストに近い。

 

「榊 百太郎です。ISに関しては素人同然なので一日でも早く皆さんに追いつけるよう頑張ります。先生方にも初歩的な質問をさせていただくこともありますが、どうぞよろしくお願いします」

 

「はい!よろしくお願いしますね!」

 

山田先生の反応は好感触。千冬さん、織斑先生と呼ぼう。彼女も満足気に頷いてくれた。俺としても会心の出来である。

そんな感じでクラス最初のイベントは無事終了した。

チャイムが鳴ったところで同じ男だからという事もあって一夏君が俺の席にやって来た。

 

「織斑一夏だ。男同士仲良くやろうぜ」

 

そう言って手を伸ばしてくる。成程、箒が言っていた通り良い奴らしい。

 

「榊 百太郎だ。こちらこそよろしく…先生と紛らわしいから一夏君でいいか?」

 

「呼び捨てでいいよ!俺も百太郎って呼ばせてもらうからさ!」

 

そんな爽やかな青春の1ページを刻んでいる俺の視界に箒が写る。らしくもなく距離を測りかねている様子なので目力を込めて「来い」と告げる。

 

「すまない、少しいいか?」

 

なんだその決闘でも申し込むかのような声と顔は。

 

「え?あれ?…箒か!?久しぶりだなぁ!」

 

幸い一夏はそんな箒の様子よりも再開の方に意識を向けてくれたらしい。なんと初日にして屋上で2人きりというシチュエーションまで掴むことに成功した。やるな義姉。頑張れ義姉。そんな思いを込めて俺は箒に親指を立て、彼女もまたこちらに小さく親指を立てた。ご武運を…姉上。

しかし一夏が教室から出る=教室の男は俺のみ、ということでせっかくの休み時間なのに教室はシン、と静かになった。どうしよう、と悩んでいるとずいぶんと袖の長い女の子が近づいてきた。何それサイズミス?

 

「やっほ~。ねぇねぇお菓子持ってる?」

 

「残念ながら持っていないね。機会があれば仕入れておこうか?」

 

「そっか~。じゃ、ポッキーあげる」

 

持ってるんじゃあないか。…いや、会話の出だしとしてか。どうやら社交的な感じの子だし気を遣わせてしまったようだ。

 

「いただきます。…ところでその袖どうしたの?サイズミス?」

 

「違うよ~…IS学園の制服は改造OKなんだよ~。私はこれくらいが落ち着くからこうしてるだけ~」

 

「改造、制服…!なんかカッコイイな…俺も食べ物隠せるポケットとか付けようかな…」

 

「も~。この袖はそ~いうのじゃないよ~」

 

最先端の制服事情に思いを馳せていると他の生徒も周りに近付いてきた。やはり誰かしら話していると近寄りやすい空気が生まれるようで、やや壁はある感じだったが他愛もない話をして過ごし、入学初日は終了した。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「いやー。ほんと百太郎がいて良かったよ…男が俺1人なら最悪女子と相部屋になってたかもしれないし」

 

その後、ガイダンスを終えた後俺達は山田先生から部屋の鍵を貰って寮内を歩いていた。

もはや学生寮の規模を超えた大きさである。どこぞの高級ホテルでもモデルにしているんじゃあないだろうか。

 

「ははは。流石に年頃の女子と相部屋は無いだろう…おっとここか」

 

「おぉー!広いなぁ!」

 

「相部屋とはいえ学生2人につきこのサイズの部屋とは大したもんだな」

 

部屋は想像以上に広く、豪華だった。ベッドなんてクイーンサイズではないだろうか。そんな寝相悪い生徒でもいたの?と気になるくらいにはデカい。

 

「なぁ!俺窓側でもいいか?」

 

「あぁ、構わない。しかし本当に良い部屋だな。マジでどこぞのホテルを参考にしてそう」

 

と話しているとケータイにショートメッセージが届く。箒からだ。

『百太郎、ルームメイトは一夏か?』

『イエス』

『部屋番号を教えてください』

『1025』

『感謝』

と短いメッセージのやり取りをする。

 

「?百太郎、電話か?」

 

「いや、家族から上手くやってるかってチャットが来ただけ」

 

頑張れよ姉上殿。ウチに来てからの3年間、事ある毎に俺に語って聞かせた想い人をモノにする絶好の機会なのだから。




部屋番号は適当です。
(5/30 流れ確認のために動画確認したら少なくともアニメだと1025だったので修正)


それはそれとしてIS戦までが遠い…遠くない…?


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4話 授業と出会いと

ごめんねモッピー。義姉ポジションなんだけど今回は出番が無いんだ。


翌日からは本格的に授業が始まった。

ISの歴史、といってもそれ程長いものではないので触り程度からPIC、ハイパーセンサー、シールドーバリアーetcの基本機能についての話がほとんどだ。

 

「はい、今の段階で分からない人はどれくらいいますか?」

 

その言葉には誰も反応しない。ある意味当然だろう。ISに関わる学校への進学を志す者にとっては初歩中の初歩で、素人の俺でさえ予習できた範囲なのだから彼女達が分からない筈がない、が。

 

「せ、先生!全然分かりませんっ!」

 

残念ながらもう1人の初心者は分からなかったらしい。あれ?お前の姉上、ブリュンヒルデじゃありませんでしたっけ?

 

「…織斑。参考書を入学前に送っておいた筈だ。それは読んでいないのか?」

 

「いや、電話帳と間違えて捨てました…」

 

と言い終わる前に出席簿が一夏の頭に振り下ろされる。今日日、電話帳を置いている家庭があるとは驚いた。…捨てるなら何故そもそも電話帳を家に置いていたのだろう…更新する必要があるほど沢山かけるのだろうか…?

 

「はぁ…まったく…。榊、お前は問題ないか」

 

「はい。時間は有ったので一応教科書は一通り目を通しています。この辺りでは特に疑問はありません」

 

実際、一夏だって間違って捨てるという前時代的なボケをしなければこの程度は分かっただろう。

 

「よろしい。…織斑。再発行してやるから一週間後までに覚えておけ」

 

「いや、一週間であの厚さは…」

 

「この辺りの知識が無いと置いていかれる一方だぞ。やれ」

 

「はい…」

 

実の姉が担任教師と言う状態でこんな空気になるのは中々キツそうだ。織斑先生も公私を分けているつもりだが実弟というだけあって一夏には手が出たり他よりも厳しい印象がある。まぁ友人として出来る事はしてやろう。俺も教えられるほど知識があるわけではないが。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「PICってのはISの基本的なシステムだ。これがあるからISは空に受けるし自由に加速、減速ができる」

 

「おぉ…成程…」

 

「…ちなみに一夏。PICは何の略だ?」

 

「えっ!?…ぱっしぶ…い…?」

 

「パッシブ・イナーシャル・キャンセラー。略称だけで覚えるなー。あやふやな覚え方しても頭に残らんぞー」

 

「うぅ…すまん…」

 

休み時間、とりあえず初歩的な部分から一夏に教える事にした。俺自身、改めて気付く部分もあるだろうし復習という意味もある。

 

「でも百太郎はすげーな。俺と同じで素人だったのに…」

 

「俺は適正分かってから1ヶ月以上、保護目的でホテルに缶詰めだったからな。時間だけはあったんだよ」

 

「お勉強中申し訳ありませんが、少しよろしくて?」

 

そんな事を話していると後ろから声を掛けられた。「よろしくて?」初めて聴きましたわそんなお嬢様言葉。振り返ると金髪の女子、確か名前は

 

「オルコットさん、だったかな?」

 

「えぇその通り」

 

見事なブロンドの髪をファサっと撫でるオルコットさん。様になってるな。練習したのだろうか。

 

「百太郎知り合いか?えっと…悪いなオルコットさん?俺まだクラスメイトの名前覚えきれてなくて…」

 

一夏は申し訳なさそうに頭を掻くが当のオルコットさんは信じられないモノを見るように一夏を睨め付ける。多分彼女、俺達を除けば新入生で一番有名だと思うんだけど。

 

「一夏。オルコットさんはイギリスの代表候補生だよ」

 

俺の紹介に気を良くしたのかオルコットさんはまたも髪をファサっとやる。何なの。機嫌が良いとやる動作なのソレ。

 

「代表候補生って何?」

 

瞬間、俺もオルコットさんも、俺達を遠目に見ていたクラスメイトの全てが凍り付く。マジか。マジですか一夏さん。ここまでぶっ飛んでるといっそ清々しいぜ…!

 

「一夏。リピートアフターミー。代表候補生」

 

「代表候補生」

 

「読んで字のごとくだよ。国家代表のIS操縦者、その候補生だよ。むしろ他の意味に取れたら教えてくれよ…」

 

「その通り!そちらのかたは多少、物を知っているようですわね!そう、貴方方はイギリス代表候補生にして本年度入試主席の私セシリア・オルコットのような選ばれた人間と同じクラスになった!」

 

あれ?もしかしなくてもオルコットさんも別方向に面倒くさい感じの人だぞ。自己顕示欲つよつよウーマンか?

 

「あー、その、すまん。それがどうかしたか?」

 

一夏は一夏で理想的な火に油を注ぐムーブをこなしている。この状況マジで面倒くさい。誰か変わって、とこちらを見ている相川さんを見つめるが視線を逸らされた。

 

「っ…私は入試で唯一教官を倒したエリート中のエリート、ですのよ」

 

「え?俺も倒したけど」

 

「なんですって!?」

 

おぉそれは驚きだ。俺は一発当て…掠らせるだけしかできなかったんだが。

 

「そ、そんな…私だけと…聞きましたが」

 

まぁ俺と一夏の試験はかなり特殊な物だっただろうし、その時点では、ということだったのだろう。

 

「女子限定ではってことだったんじゃないか?百太郎はどうだったんだよ?」

 

俺に話を振るな。オルコットさんが顔真っ赤にしてこっち睨んでるじゃあないか。

 

「負けたよ。織斑先生、どこぞのボスキャラみたいに『10分、私は攻撃しない。当ててみろ』とか言われて剣先ちょっと掠らせるだけで限界」

 

「えっ!?百太郎、千冬姉と戦ったのか!?」

 

「お、織斑先生と…」

 

「ま、相手も違えばお互い得意分野も違うだろうしソコはあんまり気にすることじゃあないでしょ。っていうか代表候補生なんだからオルコットさんが俺達より強いのは自明の理だよ」

 

もうこれ以上この状況を引き延ばしたくないので俺は多少強引に感じながらも話をまとめようとする。っていうかオルコットさん何で急に俺達に絡みに来たんだよ…。

 

「なんでだ?どっちが強いかなんて戦ってみなきゃ分からないだろ?」

 

一夏くーーーーーーん。空気を読んで下さーーーーーい。正直この状況どっちが強いとか賢いとかそう言うのはもうどうでもいいでーーーーす。俺を解放しろ。

 

「なっ…!あ、アナタ…ッ!」

 

ほらぁ。オルコットさんの顔色が更に赤くなってる。毛細血管切れてそう。

 

「い、一夏。OK分かりやすく例えよう。スポーツを初めて数時間なのが俺達で、その競技を10年間、国で最高レベルの訓練を受けていたのがオルコットさんだ。どっちが上手いかは明白だろう?」

 

「確かにオルコットさんの方が有利だろうけどさ。勝負はやってみなきゃ分からないだろ」

 

瞬間、救いの鐘が鳴る。一夏はまた何か余計なことを言いだしていたような気がしないことも無かったが俺の耳に入るのはこの鐘の音だけだ。

 

「ほーら皆ー!授業が始まるよー!席についてー!一夏もオルコットさんも!授業!授業!」

 

「いや、百太郎、まだ話は」

 

「授業!授業!」

 

「そうですわ私の実力をですね」

 

「授業!!授業!!」

 

その時の俺は思考を放棄すると同時に、1つの決意をしていた。次の休み時間はギリギリまでトイレにいよう。もう勝手にやってくれ。

 

「皆さん、席について…榊君!?どうしたんですか!?」

 

「授業!!!授業!!!授業!!!」

 

「…大丈夫か榊…?」

 

あぁ授業は楽しいなぁ。

 




しかし一夏君、突っ込んできたのを交わしただけのほぼ事故試合をよく自分の勝利扱いに出来ますね…。いや結果的には勝ちなんですけど他人には言いにくいタイプの勝ち方じゃないですかアレ。
まぁそれを言い出すと他国の一般生徒にイキり散らしちゃう代表候補生のメンタリティも突っ込まなきゃいけないんでスルーです。


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オリ主の簡単な設定。あとモッピー

現時点でのオリ主君情報です。
まだ専用ISも無いのでほんとに最低限の無いようで、ほぼ私のメモです。


●榊 百太郎

 

身長:177cm

体重:66kg

血液型:A型

 

2人目の男性操縦者。

元神職の家の長男であり、実家の繋がりから中学3年間、榊(篠ノ之)箒を義理の姉として持つ。(神職としての家業は2代前が体調を崩した際に辞めている)

 

当初はぎこちない関係であったが彼とその両親の持つ性格から自然と打ち解けていき、同い年ではあるが互いを姉、弟として認識している。

箒のIS学園受験に付き添った際、ISの“声”を聴ける特異体質であることが分かり、それによるアクシデントから触れたISを起動させたことで彼自身もIS学園に入学することになる。

学力は高めでIS学園に入学しなかったら進学校に推薦入学する予定だった。

 

箒から篠ノ之流の手ほどきを受けており、IS戦でも剣術を主体とした接近戦を得意とする。

イケメンと言うよりは美人な男。割と筋肉質。

基本的にマイペースで他人が自分をどう言おうと気にしない性格。たまに超然とした雰囲気をまとうことがあり、箒はその様子にどこか実姉である束に近しいモノを感じており、出来る限りそうあって欲しくないと願っている。

 

同い年である箒とは互いに呼び捨てたがからかい交じりに「姉」と呼ぶこともある。ちなみに姉、弟というのは彼が箒より1ヶ月ほど遅生まれであるため。

一夏を廻る女の戦いでは姉の援軍、なのだが彼を前にすると思いもよらない行動ばかり起こす彼女に頭を悩ませている。

 

IS適正はA。

 

 

 

●篠ノ之 箒

 

概ね原作通り(原作良く知らないけど)だが、中学3年間を榊家で過ごす中で荒んでいた部分が落ち着き、性格は原作よりもかなり落ち着いている。

少なくともいきなり木刀で他人を殴ったりはしない程度には常識がある。

百太郎を弟と認めてからは篠ノ之流を教えたり彼女にとっての姉らしいムーブをしながら想い人である一夏のことを聞かせていた。

自然体でありながらほとんど手のかからない子供であった百太郎が最も近くにいた男子であったため、所謂“しっかりとした男”に対するハードルがやたら高くなっている。

 

一方で、実姉である束に対する感情は整理できておらず、たまに彼女に似た雰囲気になる百太郎を心配している。

 

一夏を廻る女の戦いにおいては弟という援軍を得たにも関わらず次々とライバルを増やす有様。暴力こそ振るわないものの、初恋を拗らせた少女は色々と面倒くさいらしく、百太郎は「鍵空けてやるから既成事実作っちゃいなYO!」と半ば投げやりになることもある。

 

 

 

●簡単な相関図(?)

 

百太郎→箒

一緒にいて楽しい、尊敬できる姉。

折角再開できたんだからとっとと一夏をモノにしてしまえ。

 

箒→百太郎

よく出来た弟。たまに姉に似るのが心配。

好きな人が出来たらお姉ちゃんに言うんだぞ。お前に相応しいか確かめてやる。

百「自分の恋すら一向に進まない姉には心配されたくないですねぇ~?まぁ今のところ恋愛には興味無いですけど」



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第5話 火種

その日の休み時間、俺は常にトイレへと駆けた。

織斑一夏とセシリア・オルコットは正に火と油であり、その傍にいるという事は正に飛んで火にいる夏の虫そのものだ。申し訳ないが虫の役目は誰かに譲らせてもらう。

火と油であることは仕方ないのでせめて2人が水と油でないことを祈りつつ、授業が終わる度にこうしているとどうしても時間が余るので校内の地図を見て暇を潰しているのだが。

 

「ねぇ…あの子…」

 

「うん…2人目の…」

 

「アンタ話しかけてみなよ…」

 

背中にビシビシと視線が刺さり、明らかに俺を指す囁き声が聞こえて非常に居づらい。もういっその事誰でもいいから話しかけてきてくれた方が気が楽なのだが。

とはいえ俺から動くのもまた別の問題が起きそうな気がする。ナンパとか思われたら嫌だし。

ということで俺は声と視線を無視してじっと案内図を見つめていた。

 

「(シュミレータ―ルーム、図書室、アリーナ…色々あるな…というかやっぱり広いなココ)」

 

島1つを学園としたようなものである以上、その広大さは当然ではあるのだが改めてこの学園に世界最高峰の環境が備えられていることを実感する。残念ながら今のところ俺の心労はその環境に救われていないが。

 

「あれぇ?さっきーだ」

 

と世の無常さを感じていると声を掛けられた。掛けられたと思う。聞き覚えのある声だったのでつい反応してしまった視線の先にはクラスメイトの女子、確か名前は

 

「やぁ、布仏さん」

 

そう、改造制服のクールガール布仏さんだ。今日も武器が隠れてそうな袖をひらひらと振っている。

なお俺の改造制服案は未だまとまっていない。

 

「なにしてるの~?迷子?」

 

「違うよ。今教室では火と油がタップダンスをしてるから避難してるの。ところでさっきーって俺?」

 

「そうだよ~榊君だからさっきー」

 

出会った翌日に渾名を付けられるとは予想外。距離感近めな子なんだろうか…でもこういうタイプはある程度以上は絶対踏み込んでこない気がする。なんとなく。

 

「そっかぁ。じゃあ布仏さん、このさっきーと一緒に教室に戻ろうか」

 

「いいよー。っていうか私の事は本音でいいよ~」

 

「なら俺も百太郎で良いよ」

 

「え、急に男の子と名前呼び合うのはちょっと緊張するかな」

 

「名前で呼んでいいって言いだしたの本音じゃん?」

 

「でも折角さっきーって渾名考えたしさ~」

 

「いやまぁ呼びやすい方でいいや。あ、一夏とオルコットさんがバチバチやってたら隠れさせてね。袖に」

 

「袖に!?」

 

そんな下らない話をしながら俺は本音と教室へと戻っていく。本音のようにこうして男女とか関係無くふざけ合える感じの人は貴重だ。だからこそ注意が必要しなければならない。小中とそういう関係だと思っていた相手からいきになり告白されて軽く落ち込んだことを思い出せ。本音とは男女間の情欲を超越したベストフレンドになるのだ。

 

「ところでさっきー。しののんとは仲良いの~?」

 

「しののん…箒?」

 

「そーそー。今も名前で呼んでるし」

 

「……中学の友達」

 

「ふーん。そっかー」

 

まぁ実際は要人保護プログラムの一環で3年間家族してたんだがそこまで話すと箒の方も色々面倒になるだろうし伏せておこう。話す必要があれば箒と相談して決めればいいし。

 

「そういえば本音、練習機の手続きとかって分かる?」

 

「うん。でも数が無いからねー、結構先まで予約埋まってるよー」

 

 

「だよね。どうしようかな。入試試験と検査で数時間触った程度だから本格的に授業始まる前に少しでも慣れたいんだけど」

 

「だったらシュミレーター使うといいよー。かなり実機に近い感じで練習できるから」

 

「あぁシュミレーターってやっぱりISのなんだ。ありがと、放課後でも寄ってみるよ」

 

「どういたしましてー。気になったことあったら聞いてねー」

 

「おぉ、制服の改造だけでなく情報通でもあったか。やりますな本音」

 

「ふふふ敬え敬えー。まぁお姉ちゃんがここ通ってるから少し詳しいくらいだけど」

 

和気藹々、あるいはキャッキャウフフと話していると後ろからカツン!と鋭い足音が響く。

 

「榊、布仏、廊下でイチャイチャと楽しそうだな。すぐホームルームだぞ」

 

「榊君…入学2日目でもう…!?」

 

山田先生は中々想像力が豊かな様子。俺はそんなに手が早そうに見えるのだろうか。

 

「失礼な。弟君とエリート候補生の無意味な争いを避けつつ新たな友との親睦を深めていたのですよ」

 

「そうなのですよー」

 

「…それについては原因の一端が弟にある以上私も強く言えんな…まぁ私達より先に教室にいればセーフだ。行くぞ」

 

「はぁい。…ところで織斑先生、せめて一夏の手綱引いてくれません?」

 

「私がアレをどうこうしてもオルコットが引き下がらんだろう。…安心しろ。この問題を解消する方法をホームルームで話してやる」

 

「嫌な予感もすんですけど。ま、今の状況が変わるならいっか」

 

「そだねー。あんまりギスギスしてると私も肩こっちゃうしー」

 

「…あの、織斑先生、榊君、布仏さん。話しながら歩いてるせいか少々時間が…」

 

「おっと、教師が遅刻では面目が立たんな。榊、布仏。少し速度を上げろ」

 

「「はーい」」

 

こうしていると少々厳しい印象があった織斑先生も結構話せる人だと気付く。世界最強やらブリュンヒルデやらネームバリューが先行し過ぎているせいで生徒は必要以上の畏敬を、先生はそのイメージを崩さないために注意を払っているせいで第一印象が厳しい先生、となるのかも知れない。

とにかく先生がこう言っている以上、俺はその判断を信じるだけだ。

 

 

「これより、再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決める。クラス代表者とは対抗戦だけでなく生徒会の会議や委員会への出席など、クラスの代表と考えてもらっていい。自薦他薦は問わない。誰かいないか?」

 

そんな話をした直後のホームルームでこれである。先生ェ…多分これまた一悶着あるやつでしょ。雨降って地固まれば良いけど俺的にはもう既に土砂降りの気分なので今から追加で雨降られても困るんですけど。

 

「はい!織斑君を推薦します!」

 

「はい!私は榊君を推薦します!」

 

止めて欲しい。

 

「お、俺!?」

 

ほら、一夏もびっくりしてる。

え?っていうか誰もオルコットさん推薦しないの?今年の首席で代表候補生なのに?

 

「他にはいないのか?」

 

「はい、オルコットさんを推薦します」

 

本人は自薦するつもりがないのかやたら良い姿勢で座って微動だにしないのでこの際推薦しておく。めちゃめちゃプライド高いみたいだし多分、自分が選ばれると根拠無く確信でもしているんだろう。

 

「…他にはいないようだな。では織斑、オルコット、榊の3名で来週代表選抜戦を行う」

 

「お待ちください先生!クラス代表の候補に男が選ばれること自体、私は納得がいきませんわ!」

 

またやたら喧嘩腰にオルコットさんが意見する。彼女、単純に男性不信なんだろうか。そのままやれIS学園の歴史やら極東の国がどうやら言っていると売り言葉に買い言葉。一夏も世界で一番食事の不味い国がどうのこうのと騒ぎ始めた。時間の無駄な事この上ない。

 

「うるさいな」

 

愚痴っぽく呟いた。特に誰に向けたわけでもない俺の声は一夏とオルコットさんの呼吸のタイミングに嵌ったのか、やたら教室に響いてしまった。

 

「で、でもよ百太郎…!」

 

こうなっては仕方がない。柄じゃないし正直2人揃って教室の外でやってくれという気持ちしかないが口出しさせてもらおう。

 

「でも、じゃないよ一夏。オルコットさんも。高校生にもなってそんな幼稚な喧嘩でクラス全体の時間を無駄使いさせないでくれ」

 

「幼稚ですって…!?」

 

「オルコットさん。俺と一夏は世界で2人しかいない男性操縦者だ。推薦されなくてもデータ取りのために試合はするだろうし、そもそも首席ということは操縦技術はキミが1番だろう。エリートを自称するなら格下が挑んでくることくらい受け入れる器を見せてくれてもいいんじゃないか」

 

「い、一理ありますがそもそも男がISを」

 

「その話は長くなりそうなので却下だ。少なくとも俺と一夏は動かせた。“ISは女性しか動かせない”というこれまでの前提は既に崩れている。俺達がバグなのか、これから更に男性操縦者が増えるのかは本当の意味でISを知る篠ノ之博士の公式回答待ちだがね。OK、落ち着いてくれたようだね」

 

こちらを睨みながらもオルコットさんは口を閉ざしてくれた。この手のタイプは客観的事実、のように感じられる情報で黙らせるに限る。

とりあえずこの場はまとまるかな、と思ったところで一夏が再び口を開いた。

 

「それはそうと日本を馬鹿にしたことを謝れよ!」

 

「うるさいぞ一夏。お前も向こうを侮辱しただろう」

 

「それは!アイツが先に言ってきたから!」

 

「やられたらやり返す、それを否定はしないがお互いに国を持ち出すな。IS学園には世界中から生徒が集まるんだろう。お前たちの発言を他のイギリス人、日本人が聞いたらどう思う?…一夏、少なくとも俺はお前の今の発言は非常に不快だ。オルコットさんも、正直俺が言うべき事じゃあ無いが国家代表候補生の取るべき言動とは思えないな」

 

俺がそこまでまくし立てた時、織斑先生が教卓をカツンと叩く。生徒の自主性を重んじてくださってるのか身内が当事者だから慎重になったのか知りませんけど正直もう少し早めに助け舟が欲しかったですね、とそんな思いを込めながら先生を見つめるとウィンクして返された。かっこいいじゃん。

 

「榊の言う通りだ。織斑もオルコットも、相手が気に入らないのは分かるが差別的発言は一個人としてもIS学園としても許容できるものではない。分かったか?」

 

「はい…」

 

「申し訳ありません…」

 

「よろしい。では、先程伝えたように来週、3名の総当たりによる代表選抜戦を行う。詳しい時間は追って伝えるが、今の内に聞いておきたいことはあるか?」

 

「はい。練習機はかなり先まで予約が埋まっているようですが当日の機体は今から決めておけますか?」

 

「いや、練習機を使う必要はない。織斑と榊には専用機が与えられる」

 

織斑先生の言葉にそれまで静まり返っていたクラスに喧騒が戻る。

総数が500にも満たないISの内の1つを専用機とすることは国家代表候補、もしくは新技術のテストパイロットくらいにしか任せられない大任だ。練習機の内1つをデータ取りに使うと思っていたので俺としても驚いた。

 

「質問は以上か。…では、解散」

 

 

 

「百太郎、その…さっきは悪かったな…」

 

ホームルーム後、荷物をまとめていると一夏が話しかけてきた。口から出た言葉は戻すことは出来ないが、少なくとも反省はしているようだ。

 

「謝るなら俺にじゃないだろ。…悪いけど俺少し用事があるから行くぞ」

 

「え?あ、待ってくれ!折角だし一緒に特訓しないか?」

 

「魅力的な申し出だが辞退するよ。総当たりなんだからお前とも戦うことになる。折角なら手の内はギリギリまで伏せておきたい」

 

「そっか!じゃ、お互い頑張ろうぜ!」

 

そう言って一夏と拳を軽く合わせて教室を出る際、教室ではやたら物静かに過ごしている箒と視線が合った。

特訓と言えば、一夏と箒は一緒に剣術を習っていたことを思い出し、素早くチャットを送信する。

 

『一夏は訓練がしたいみたいだ』

『?そうか』

『特訓に誘えば?』

『人に教えるほど私も詳しくはないぞ』

『剣でも何でもいいから誘えよ。2人きりになるチャンスだぜ』

 

そこまで送ると箒はガタリと勢いよく立ち上がって一夏の方へとズンズン進んでいく。何しようとしてるか知ってる俺は気にならないがアレだと一夏の方は怖がりそうだな、と思いながらすれ違いざまにお互い一瞬視線を合わせる。

 

「頑張れよ姉上」

 

「あぁ、任せろ…!」

 

いや任せるも何もアンタの恋路だろうに。

ややズレた気合の入れ方をしてそうな姉の背を一瞬見て、俺は教室を後にした。

学内サイトを確認したところ放課後の練習機使用は数ヶ月先まで埋まっていたので当初の予定通りシュミレータ―での訓練になりそうだと考えながら歩いていると廊下の真ん中にオルコットさんが立ち塞がる。もう少し左右どっちかに寄りません?

 

「榊さん…その、先程は私も大人気ありませんでしたわ…」

 

「一夏にも同じこと言ったけど、謝る相手は俺じゃないでしょ…理由は知らないし聞かないけど、オルコットさん男苦手みたいだし、無理に仲良しこよしする必要はないよ」

 

「そ、それは…」

 

「とにかく、俺が言えるのは1つ。…素人なりに全力でやらせてもらうから、当日はよろしく」

 

「あ…えぇ…こちらこそ」

 

今からだとシュミレータ―は使えても3時間くらいだろうか。無駄に時間を割かれた教室での諍いも青春の1ページ、と考えれば悪いことではないが今後こういったイベントは試験後とか余裕のある時にして欲しいものだ、などと考えながら気持ち早めに俺はシュミレータ―ルームへと向かった

 

 

IS学園シュミレータ―ルーム。

生徒数と比べて学園での保有数が絶対的に不足している状態を少しでも解消するために学園が用意した施設であり、可能な限りIS実機に近い操作を体験できるよう、日々改良が繰り返されている装置が並べられた一室だ。

学生証をスキャンすることで使用出来るため無用な干渉を防げるのは俺としては非常にありがたい。

一通りマニュアルと練習起動を終えた後、データベースという項目が目についたので内容を確認すると、各国の最新型IS、国家代表、代表候補生の公開試合データがずらりと並んでいる。当然、セシリア・オルコットの物も。

 

「(しばらくはここに通い詰めになるな)」

 

ちなみに試しに動かしてみると思った以上の臨場感に没頭してしまい、閉館時間ギリギリまで籠っていた結果、夕食は流し込むように食べることになってしまった。




いきなり1日サボってしまった…。
コンスタントに投稿できる人ほんと凄いですね。

ちなみに今回はワンサマーとセシ公をボロクソに言う事になりますが別に2人のアンチではないです。オリ主使う以上、ここはこう言う感じにならざるを得ない…。


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第6話 目覚め

ようやくタイトルの理由になる専用IS到着です。


クラス代表選抜戦の布告の翌日以降も当然授業は行われている。

織斑先生の言葉が効いたのか、一夏もオルコットさんも普通に授業を受けていた。

 

「IS。インフィニット・ストラトスは操縦者の全身を特殊なエネルギーバリアで包んでいます」

 

山田先生の説明はは分かりやすいので素人同然の俺にとっては非常にありがたい。

入学前の勉強で漏れていた部分をノートに書き足しつつモニターに視線を向ける。

 

「ISには意識に似たような物があってお互いの対話、つまり一緒に過ごした時間で分かり合うと言うか、操縦時間に比例してIS側も操縦者の特性を理解しようとします。ISは道具ではなく、あくまでパートナーとして認識してください」

 

ISの意識。その言葉につい手に持っていたペンを落としそうになる。

あの日、俺が初めてISを動かした日に聞こえた“声”。アレがISの意識だったのは間違いないだろう。実際、俺があの子から聞いた通りあのISの右足部分にはフレーム破損の原因となる負荷がかかりつつあった。

しかし教科書も、参考書もネットの情報も見たがISの“声”に関する情報は存在しなかった。この“声”はISに乗れば誰もが無意識下で処理するもので、俺はそれが聞き取りやすい体質なだけなのか、それともこの“声”が聞こえるのが異常なのか。その場にいた織斑先生は「周囲に言いふらす必要は無い」と言っていたが、それは当たり前のことだからなのか、それとも知られては不味いのか。

 

「しつもーん!パートナーって、彼氏彼女のような感じですか?」

 

クラスメイトの声ではっと意識を切り替える。気にならないと言えば嘘になるが、今俺が最優先すべきはISの知識に関してクラスメイトとの差を埋める事だ。

 

「そ、それはその…どうでしょう…?私には経験が無いので分かりませんが…」

 

正直意外な山田先生の恋愛経験ゼロという情報は頭の外に追い出しつつ、その日の授業も何事も無く進んでいった。

 

 

唐突だが、IS学園の学食は素晴らしい。

世界中から生徒が集まる故、レパートリーも豊富でオルコットさんのように良いとこのご令嬢っぽい人も少なくないので質も高い。食堂自体も長机と椅子が並べられた質素なものではなく、女性人気も狙っていそうなお洒落なデザインだ。まぁ個人的にデザインはどうでもいいが1人1人のスペースが広めに取れることは有りがたい。

 

「なぁ、箒」

 

「何だ」

 

そして今日、俺は一夏と箒の3人で昼食を取っていた。

最初は姉を2人きりにしてやろうと思ったが全学年、全方位から浴びる視線というのは想像以上に居心地が悪かったのと「折角ならも百太郎も」という一夏の言葉に甘えた形だ。

ちなみに俺と箒の関係は「その時が来たら伝える」と箒が言っていたので俺から伝える事はない。

 

「ISの事、教えてくれないか?このままじゃ何もできずにセシリアに負けそうだ…」

 

まだ誘ってなかったのか、と箒をじろりと見る。エビ天、美味。

 

「下らない挑発に乗るからだ。…もも…榊まで巻き込んで」

 

俺の視線を無視しつつ一夏の頼みを切って捨てるが、姉上はその下らない挑発に乗った想い人を釣り上げる立場でしょうに。鉄火丼、美味。

 

「そこを何とか、頼む!」

 

パンと一夏が手を合わせて拝む。今一瞬顔が緩んだな。折角頼ってきているんだから面倒を見てやればいいのに。味噌汁、美味。

 

「ねぇ、キミ達って噂の子でしょ」

 

と、いきなり見知らぬ女子生徒が声をかけてきた。まぁ見知った女子生徒はまだクラスにしかいないが。

 

「代表候補生の子と勝負するって聞いたけど、でもキミ達、素人だよね?私が教えてあげよっか?ISについて」

 

ほら、もたもたしてるからこう言う事になる。っていうか他のクラスにまで広まっているのか。

 

「結構です。私が教える事になっていますので」

 

初耳な情報をさも当然のようにお出しする姉。最初からそうしておけばいいのに。

 

「え!?」

 

「…アナタも1年でしょ?私3年生。私の方が上手く教えられると思うな」

 

そう言ってその女子生徒は得意げに首元のリボンを引っ張った。先輩だったのか。というか昨日の今日で他学年にまで広まっているのは勘弁して欲しい。

 

「…私は、篠ノ之束の妹ですから」

 

「うっ!?」

 

その言葉に先輩は言葉を詰まらせる。あれだけ毛嫌いしている実姉の名を使うとは、なりふり構わずといったところか。まぁ博士の名はこの学園では正しくジョーカーだ。

 

「そ、そう…それなら仕方ないわね…」

 

実際、その名を聞いた先輩はそれ以上喰いついてくることは無く去っていく。まぁ態度を見る限り男性操縦者に接近するのが目的だった感じだからどの道上手くはいかなかっただろうが。

 

「教えて、くれるのか…?」

 

「ご馳走様でした。…話はまとまって、厄介な先輩も消えたようだし俺は先に行くよ。一夏、頑張れよ」

 

「あ…おう!」

 

無事2人きりなる口実を取った箒を見届けて俺はクールに去る。

 

「ご馳走様でした。明日の味噌汁の具って分かったりします?」

 

「明日は大根だよ」

 

成程、明日も味噌汁は頼もう。

 

――――――――――――――――――――――

 

そしてその日がやって来た。

俺と一夏のISは試合で使用する機体なのに当日納品というスケジュールだと聞かされた時は試合の延期を申し出たかったが元々がイレギュラーな試合なので仕方がないと割り切った。

結局、今日までやったのはひたすらにシュミレーションとオルコットさんの過去データを徹底的に頭に叩き込むことだった。

実機を伴わない訓練だけでどの程度やれるか不安が無いと言えば嘘になるが、あとはやれることをやるだけだろう。

 

「あれがアイツの専用機か…」

 

控室でモニターに映るオルコットさんとそのIS、ブルー・ティアーズを見て一夏が呟く。この1週間、俺としては嫌になるほど見た機体だ。

 

「イギリス第3世代IS、ブルー・ティアーズ。BT兵器運用を想定した中、遠距離戦型のISだ」

 

「百太郎知ってるのか?」

 

「ISのデータは公開することが義務付けられてるからな、ネットで調べれば出てくるぞ」

 

その時俺の耳に“声”が届いた。どうやら専用機が届いたらしい。

 

「織斑、榊、お前たちの専用機だ。私と山田先生で初期設定を行うから装着しろ」

 

言われるがままに俺達はISを起動する。形状こそ異なるがどちらも武骨な殆ど灰色の機体だった。

 

「織斑のISは日本の試作機を改修した“白式”そして榊のはIS学園が保有するコアを使用した“黒牡丹”だ。2人とも違和感は無いか?」

 

「大丈夫だよ千冬姉…織斑先生」

 

「こちらも、問題ありません」

 

目を閉じて“声”に集中する。この子はこの子で新しい体に慣れている途中といったところか。

 

「…榊の方は最適化が早いな…済まない榊、織斑のISはまだ最適化に時間がかかる。先に試合を始められるか」

 

織斑先生の言葉を聞いて俺はこの子、“黒牡丹”に意識を向ける。俺は行ける。お前はどうだ、と。

返ってきた“声”から伝わってきたのは、肯定。

 

「…はい。俺も“黒牡丹”も問題ありません」

 

「よし。山田先生、オルコットと会場に試合予定の変更を伝えてください。試合開始は5分後です」

 

「分かりました!…榊君、頑張ってね!」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「百!しっかりな!」

 

「頑張れよ!百太郎!」

 

「応」

 

箒は俺を心配して余裕が無いのか愛称で呼んでしまったいるが同じく緊張している様子の一夏は気付かなかったので良しとする。特に箒なんて試合に出る俺より緊張してそうな顔を見せるのでこちらの緊張が吸い取られるようだ。

 

「それでは榊、会場に発進だ。試合開始前になったらカウントダウン、カウント0で開始だ、いいな」

 

「はい」

 

「相手は代表候補生だが、気負い過ぎるな。やれる事をやれ」

 

「はい、その準備はしてきたつもりです」

 

「そうか…よし、山田先生、発進シークエンスを」

 

「分かりました。…出撃カタパルト、角度良し。出撃口周辺に障害物無し。試合会場バリアフィールド正常に稼働中。IS脚部、ロック完了。…榊君、発進どうぞ!」

 

「…榊 百太郎と“黒牡丹”、出ます!」

 

体にかかるGがPICによって瞬時に軽減され、次の瞬間俺の視界に入ったのは一点の曇りもない青空だった。

 

「…本当に、ISを動かせるのですね」

 

視線を降ろすと、深い海のように青いIS、ブルー・ティアーズとオルコットさんの姿がある。データでは何度も見たけど、こうして目の前にすると迫力が違うね。

 

「実は動かせませんでした、を期待した?」

 

「いいえ、IS学園がそんなミスをする筈はありませんもの…実際目にすると改めて驚いたというだけです」

 

「そうかい」

 

「…」

 

「何か?」

 

「悪いことは言いませんわ。今の内に降伏なさい。…データ収集なら他にいくらでも機会があります」

 

「ははは。心配してくれてるのはありがたいけど、お断りだ。ここまで来て降参なんかしたらオーディエンスをがっかりさせてしまうだろ。…それに」

 

「それに?」

 

「他人に言われるがままの男は、キミが一番嫌いそうなタイプだと思ってるんだけど、違ったかな?」

 

「ッ!…いいでしょう…お望み通り、徹底的に落として差し上げます!」

 

『カウントダウン開始!10…9…』

 

宣戦布告は済んだ。後は俺達が出来る事をする。そうだろう“黒牡丹”?

 

『7…6…5…』

 

「…」

 

カウントダウンに合わせてオルコットさんが銃を握りなおす。彼女の試合前のルーティンだ。彼女が多くの場合選択する挙動を頭の中で再現していると、“黒牡丹”から“声”が届く。成程、面白い。

 

「なっ!?」

 

耳に届いたのはオルコットさんの声だけだが、恐らく会場の多くの人も驚いてくれただろう。

 

『4』

 

俺と“黒牡丹”は腕を天に伸ばして腕を伸ばす。

 

「“声”が聞こえる理由も、ISを動かせた意味も理由も興味は無い」

 

『3』

 

指を3本突き立てる。そう、カウントダウンだ。

 

「俺はやりたいようにやる。これまでも、これからも」

 

『2』

 

ゴクリ。と鍔を飲む音が聞こえた。果たしてそれは誰のものか。俺か、オルコットさんか、もしくはハイパーセンサーが拾った会場の誰かのものか。

 

「ただそこに今日から“黒牡丹”が一緒になる、というだけのことだ」

 

『1』

 

さぁ、いよいよだ“黒牡丹”。せいぜい楽しくやろうじゃないか。

 

「さぁ」

 

『0』

 

瞬間、会場に強烈なだけどどこか優し気な光が満ちる。

 

「行こうか」

 

 




次回、ようやく初戦闘です。


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第7話 友情

その日、私、セシリア・オルコットの目の前に現れたのは黒く輝くISでした。

先程まで目の前にいた飾り気のないISは、つまり一次移行前の姿だったということでしょう。素人同然であるにも関わらず、一次移行すら済ませていないISで立ち向かおうとしたことに対する怒りは不思議と感じませんでした。

思えば、試合開始前のカウントダウン。彼が自らの手でもそれを行ったのは単純に、自分のISも同じタイミングで一次移行を済ませるからやった、言うならば観客を楽しませるためのパフォーマンスだったのでしょう。えぇ、全くもってふざけています。

けれど、やはり、私の胸に怒りは沸き上がりませんでした。

 

それはきっと、彼の、榊 百太郎さんと彼のISの姿がただ純粋に美しい。そう感じたからに違いありません。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

光が収まるとともにオルコットさんはその場で射撃を開始した。

 

「行くよ、黒牡丹」

 

余裕を持って回避したことが意外だったのか、オルコットさんは一瞬顔を顰めて直ぐに射撃を再開する。

 

「(ここ1年の傾向通り)」

 

俺が彼女の攻撃を避けられたのは、実は俺が天才操縦者だったから、ではない。単純に彼女は自称した通りエリートで、彼女のISは国家の威信を賭けた次世代型で、つまりデータはこれでもかと言う程あった。それだけの話だ。

 

「(ブルー・ティアーズの初撃が試合開始地点からの射撃である確率は約60%…)」

 

俺はこの一週間で調べ上げたオルコットさんの戦闘パターンを思い出しながら黒牡丹がハイパーセンサーを通じて与えてくる情報を確認し、続く射撃も回避する。

 

「(相手が格下である場合、その確率は約90%…そして)」

 

3射目を回避すると同時に一気にオルコットさんへ迫り、純白の太刀『久遠』を展開し、斬りかかる。

 

「(初撃を回避された場合、直撃を取るか反撃を受けるまで同じ射撃を繰り返す!)」

 

剣を振る時の踏み込みをイメージすればシュミレータ―での練習通り、いや、それ以上にスムーズに瞬時加速が起動し『久遠』がブルー・ティアーズの右肩に直撃する。

 

「瞬時加速を!?…ですが!」

 

欲張って放った返す太刀での追撃は残念ながら躱されオルコットさんは大きく距離を取る。一撃当てられたことで本来の冷静さを取り戻しつつあるのだろう。ここから先はデータで見た“対格下”のオルコットさんでは無い。

 

「行きなさいっ!ティアーズ!」

 

ブルー・ティアーズ最大の特徴であり、機体そのものの名ともなっているBT兵器が4機、複雑な機動を描いて俺と黒牡丹の周りを囲うように迫ってくる。

 

「(ブルー・ティアーズは全部で6機。定石通り2機は本体に携行させての迎撃用か)」

 

黒牡丹がハイパーセンサーで射撃方向、回避パターンを算出するが、間の抜けたことにそれを実行する俺の動きがそこで1手遅れてしまう。シュミレータ―と実機の違い。それもあるが

 

「ぐっ…!(データより速い!)」

 

試験機である以上、調整、改良は常に続けられているだろう。その点については考慮の上で試合に臨んだがそれ以上に俺を驚かせたのは彼女、セシリア・オルコット自身の力量だった。

 

「その動き!どうやら私の試合データを確認されたようですが、それだけで対応できるほど代表候補の名は軽くありませんわよ!」

 

俺の回避パターンから自分の動きを知っている者だと判断されたのだろう。オルコットさんの攻撃は一層苛烈さを増す。いや、自分の対策を考えてくる相手に対する攻撃パターンに変更したと言った方が正しいか。つまりはメタに対するメタだ。相手に手を知られていないからこそ優位に進めてこられた前提が崩される。

 

「本気になってくれたようで光栄だね…っ」

 

この状態ではとてもではないが反撃は難しい。軽口を叩きながら黒牡丹の持つもふ一つの武装を確認する。近接武装『久遠』以外の武器、使い勝手が分からない以上ギャンブルは避けたかったがこうなっては仕方がない。中距離武装『空犬』の起動を黒牡丹に告げる。

瞬間、黒牡丹の左腕の装甲が変形し、手の甲を中心に数多の砲口を備えた花のような盾を形成した。

 

「!盾…!?」

 

それまで見せなかった新しい武器にティアーズの攻勢が一瞬止まる。BT兵器の性質上、操縦者の思考に空白が生まれればマニュアル操作をしている対象は当然行動を中断する。常に機動を更新できる強みがここでは欠点となったわけだ。

その一瞬を見逃すわけが無く、俺は黒牡丹から流れてくる『空犬』の機能を確認し、左腕を大きく前に掲げた。実に理想的な武器だよ、相棒。

 

「消し飛ばせ」

 

瞬間、左腕から放たれた数多の光線がティアーズを撃墜する。

黒牡丹の左腕に搭載された『空犬』。多連装レーザー砲とでも言うのだろうか、まるで光の幕のようにその射線一帯を薙ぎ払った。

 

「ティアーズを…ならばっ!」

 

ただの対空砲ではない、本体への攻撃も考慮に入れた武装だと看破したのだろう。オルコットさんは即座に『空犬』の射線から離脱する。離脱先も一度見ただけの剣と瞬時加速を合わせた初撃の間合いを外すあたりの対応力は流石に専用機を任せられるだけのことはあると言うべきか。

互いに動きこそ止めないが、戦いの状況は明らかに膠着しつつあった。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

その一撃を受けた時、私が感じたのは驚愕でも困惑でもなく、怒り。

彼への?いいえ、私自身への怒り。

素人相手に負けるはずがない、それは私に限らずあらゆる分野において相応の結果と経歴を持つ者であれば当然抱く感情です。それは一種の矜持であり、それまで積み重ねてきた事を背景とした自信。それ自体は悪い物ではありません。プロがアマチュア相手に本気になる姿なんて、見てる方が興ざめでしょう。

私が犯したミス、そして私が怒る己の行いは、その自信、矜持を自ら慢心へと貶めたこと。

普段の私なら、第2射を躱された時点で気付いた筈でした。「この相手は私の対策を練ってきている」と。それに気付かなかった、いいえ、気付こうとしなかった私の慢心。

私は己の不甲斐なさを恥じました。

そして、その隙を逃すはずなどあるわけがない、と彼は私の知る誰よりも鮮麗に、まるで一陣の風のように、ひらり、と私の懐に入り込んで来ました。

瞬時加速、そう気付いた時、彼の剣は既に私を切り裂いた後でした。大きく減少するシールドエネルギー、まるで首元に刃物を突き付けられたような寒気とともに感じる敗北の重圧、それを感じて私はようやく反撃の手を打ちました。

ブルー・ティアーズ、イギリスが開発したBT兵器にしてこのISの名ともなっている象徴的武装。レーザータイプ4機を相手に、ミサイルタイプは本体に、私の定石の一つ。

えぇ、ようやくです。

この段階になって私はようやく相手を、彼を見て、戦う意志を持ったのです。

彼が先日私に告げたように、私は男が嫌いです。

最も私の近くにいたあの人は、到底尊敬など出来る人では無かったから。

その先入観に曇ったこの眼は、今まさに晴れました。

相手が誰であろうと関係ない、私はセシリア・オルコットとして、強敵と認めた相手を全霊を持って打ち砕くのみ。

故にこのティアーズは私の最新最高。誘いの攻撃に乗らず、直撃を狙う攻撃を避けるのは流石と言ったところですがそれも想定内。元より全て当てるつもりの攻撃ではありません。本命が躱されても予備が、それが躱されても更に予備がある。それがBT兵器の恐ろしさの1つ。

数多の攻撃を躱され、その数分の1が彼に当たって、恐らく私が彼から与えられたのと同等のダメージを与えた筈、そう思い、意識を引き締めなおした時でした。

彼の左腕が大きく姿形を変えたのは。

その左腕を見て最初に感じたのは、大輪。まるで他には何もない大地にただ1つ咲き誇るような。大きな大きな黒い花。

見惚れていたのでしょう。その姿に。故に次の瞬間起こった事に対して私が取れた選択は、逃げの一手でした。

花が、輝いた。次の瞬間には彼を包囲していたティアーズは1つ残らず焼け落ちたのです。

優位に進みつつあった戦局は互角の状況に引き戻され、私も彼も細かく間合いを調整しながら互いに睨み会いになります。

初撃の瞬時加速を用いた剣撃。間合いに入られれば私の剣技では迎え撃つのは難しいでしょう。故に、その間合いの1歩外、それを維持しつつスターライトmkⅢを握り直します。

この戦い、恐らく次の一撃で決着がつくでしょう。

彼もそう考えている筈。だからこそ、この膠着状態を良しとしている。

故に私が選ぶ決着の一撃はカウンター。彼の剣を躱し、その隙を撃ち抜くこと。

外せば彼は確実に次射までの間に私を切り裂くでしょうから。きっと彼も私に撃たせたいのでしょうがそうは行きません。

まさか入学早々こんな大勝負があるとは思いませんでしたが、このセシリア・オルコットが今放てる最高の一撃をお見せすることで、彼等への無礼に対する謝罪とします。

 

――――――――――――――――――――――――――――――――

 

オルコットさんがライフルを構えた次の瞬間、残されていた2機のティアーズが放たれ、俺を半包囲するようにミサイルを射出する。しかしミサイルの誘導性は先程までの4機が放つレーザーの雨に比べれば躱すことは難しくない、故に、これは俺を釣るための攻撃なのだろう。

お互いシールドの残量はそう多くない。恐らくこの攻防でオルコットさんも決着を付けるつもりで、彼女も俺と同じように後の先を取りたがった。そしてそのための布石がこれだ。ティアーズは1機が俺とオルコットさんの間に、1機が俺の右側面を抑えるように動かされている。無理に正面から突っ込めば恐らくティアーズ自体をぶつけてでも一瞬足を奪うつもりだろう。そして右側に配置されたティアーズは初撃の袈裟切りを警戒しての配置のはずだ。俺に残された侵攻ルートは上か、左か、下か。

彼女が切り札であるティアーズを、ここに来て使い捨ての盾代わりにしようと言うのだ。俺の調べた限りでは彼女がここまでなりふり構わない攻撃をした記録は無いが、それはきっと俺を少なからず認めてくれたということだろう。

ならばこちらも隠し事は無しだ。

練習での成功率はまだ四割、だが今の俺には他に勝ち筋が無い以上、やってみせる他無い。

さぁ行こう、黒牡丹。折角の初陣だ。勝って気持ち良く終わろうじゃないか。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

瞬間、彼はティアーズが配置されていない上へと瞬時加速を用いて大きくで飛び立ちました。ティアーズのある方向へ行くならティアーズをぶつけての足止めで、他の方向に行けばその分私にたどり着くまでに必要な手数が1つ増える。互いに刺し違えるこの状況で彼に余分な一手を強い、その一手を私が射貫く。それこそが私の狙いで、彼の剣は一手私に届かない。

その筈でした。

 

「!?」

 

彼の機動に合わせて上に向けた標準の先に、彼がいない。日光では無い、逆光を利用する相手などこれまでにも数多くいた故に、ブルー・ティアーズはデータとして、私は戦闘経験の結果として半ば反射的に日光に対する視覚処理を行っている。故に彼の姿を見失ったのはただ単純に私の予想を超えた速度で次の手を打ったということ。

それはつまり―――

 

「二重加速、ですか…お見事です」

 

私が読み違えた。それだけのことでした。

 

「320戦1勝…多分次やったら俺が負けるよ」

 

慢心、油断、驚愕…そして最後は実力で私の読みは越えられた。

なのに何故でしょう。今の私は、どこか清々しい気持ちでいるのです。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――

 

切り札、そう言うには不安定に過ぎる二重加速は黒牡丹のアシストもあって成功し、最後の攻防とこの試合の勝利を俺にもたらした。

シン、と静まり返った会場と、澄み渡る空気が心地良い。剣を収め、オルコットさんへと向き直る。

 

「二重加速、ですか…お見事です」

 

その表情には試合前に感じた敵愾心は無く、どこか清々しい表情をしていて、彼女本来の表情はきっとこちらなのだろうなと、俺は何の根拠も無く確信していた。

 

「320戦1勝…多分次やったら俺が負けるよ」

 

そう言うと彼女はクスリと笑って「そうでしょうね」と呟きながら立ち上がって手を差し伸べた。俺も自然とそれに応え、黒牡丹とブルー・ティアーズを通じて初めて触れ合った俺と彼女はこの時ようやく級友となった。

 

『…だ、第1試合…勝者、榊 百太郎君!』

 

俺達が握手したのを見てか、織斑先生に小突かれたは分からないが、ようやく山田先生の声が会場に響くと、それに連鎖するように会場にいた生徒たちの歓声が響き渡る。

 

「俺は一休みだ。連戦になるけど、頑張って」

 

「あら?織斑さんの応援をしなくてよろしいのですか?」

 

「試合開始前ならそうだったかもね…でも今は、俺にとってはどっちも友達だからさ」

 

そう、今の俺が望むのは、2人が後悔の無い戦いをすること。そして出来れば、2人の関係が改善されることだった。

 

「ふふっ…そうですか。では、貴方の友人として恥じない戦いをお見せすることを誓いますわ…百太郎さん」

 

「…あぁ、勉強させてもらうよ、セシリア」

 

改めて握手を交わして俺とセシリアはそれぞれ試合会場を後にする。

始まりこそとんでもなかったが悪くない。

成程、雨降って地固まる。その雨が苛烈であればあるほど、固まった大地もまた強固。確信を持って友情を感じられたこの日、俺はこの学園でも楽しくやっていけそうだと、心の底からそう思えた。

 

 

 




試しに他の人の視点も入れてみる事にしました。
色々参考にしつつ読みやすいものにしていきたいですね


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第8話 異変の兆候

一人称視点に早くも限界を感じたので三人称視点にします。
これまでのは…どうしよう。その内修正するかもです。


セシリアとの試合を制し、ピットに戻った百太郎を彼らは四者四様に迎え入れた。

山田真耶は感極まってか身振り手振りを大きくしながら教師とは思えぬ語彙の貧弱さで褒めたたえ、織斑千冬はただただ簡潔に、けれども口元を緩ませて賞賛し、次戦の準備で身動きの取れない織斑一夏は自分も続こうと決意を新たにし

 

「よくやった。流石だ、百」

 

「ん。次やったら負けるけどね」

 

義姉弟は言葉少なく軽く拳を合わせた。それだけで十分お互いの言いたいことは伝わると彼らの表情は語っていた。

 

「榊。すまんが次の試合が終わればまた出番だ。すぐに機体チェックを開始しろ。傷んでいる箇所次第では延期も考える」

 

「はい先生。…でも俺も黒牡丹もどこも傷めてませんから、延期は考えなくてもいいと思いますよ」

 

そのまま百太郎は真耶のナビゲートを受けながら機体を固定させる。ちょうど並ぶ形になった一夏に向けて軽くサムズアップすると一夏もそれに応えた。

 

「悪いね、一夏。次のセシリアはもっと強いよ」

 

「?どういうことだよ?」

 

「うーんそうだなぁ…。正直俺が勝てた理由の5…7割くらいはセシリアの油断があってのことだからね。多分次の試合は最初から本気モードだから…一瞬で潰されないよう注意しろよってこと」

 

セシリアの心境の変化、それについては教師2名は当然、長年剣術を嗜んできた箒も肌で感じていた。仮に一夏が試合データを細かく分析し、そのデータを読み解ける立場ならば彼も試合中盤から後半にかけてセシリアの戦闘機動はより鋭いものになっていたことを客観的事実として認識できただろう。結果的に敗北したといってもその動きを可能とした心境のまま次の試合に臨んでくるというのはそれに挑戦する立場からすれば脅威他ならない。

 

「そっか…でも、そっちの方が俺もやりがいがあるさ!」

 

そう言って得意げに笑う一夏の脇腹に千冬が振るった出席簿が見事に食い込む。

 

「意気込みは大したものだが、オルコットの中、遠距離戦の技能は1年、いや学園全体で見ても指折りの物だ。お前はあくまで未熟な挑戦者、それを忘れるなよ、織斑」

 

「いってて…分かってるよ千冬ね「学園では先生と呼べ。敬語を使え馬鹿者」…すいません織斑先生」

 

「…はい、はい…。織斑先生、オルコットさんの機体チェック、補給完了したとのことです。織斑君、落ち着いてね」

 

「ありがとうございます、山田先生…それでは織斑、発進準備を開始しろ」

 

「…はい!」

 

「男を見せろよ、一夏!」

 

「任せとけって」

 

そんな様子を見ながら百太郎は機器に固定された黒牡丹をまるで大切なペットにするような手つきで撫でていた。コロコロと表情を変えながら、まるで話しているかのように。

 

「百太郎」

 

「ん?」

 

「いや…一夏の試合が始まる。お前も何か声をかけてやってくれ」

 

箒の言葉に黒牡丹を撫でていた手を止めて、反対の手を軽く顎に乗せて何か思案するような仕草を見せた次の瞬間には一夏に言葉をかけた。

その視線は、彼のISに向けながら。

 

「楽しむと良い。その子、白式もお前と一緒に戦えるのが嬉しいようだから」

 

「お?おう!じゃあ、織斑 一夏、白式、行きます!」

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

一夏が試合会場に飛び立つと、先程の試合と同じようにセシリアが空中に静止し彼を見下ろしていた。しかし、その表情にあったのは相手を卑下する様な不遜なものは一切無い、ただ挑戦者を迎え撃つ、そんな先達としての覇気だった。

 

「始める前に」

 

一夏と視線を合わせると、セシリアはポツリ、と口を開く。

 

「始める前に貴方にもお伝えしておきます。…先日の無礼な発言、そして男性と言うだけで貴方を見下したこと、心よりお詫びいたしますわ」

 

「え…?あ、いや…俺の方こそ、言い過ぎた。ゴメン」

 

まさか頭を下げらると思わなかったのか、一夏もセシリアに続くように頭を下げる。

 

「だからこそ、この戦い、私は全力で貴方を迎え撃つことを誓います。それが私、セシリア・オルコットが貴方に向けられる最大の礼儀であり、代表候補生として挑戦者に向けるべき礼儀であると信じるが故に!」

 

「なら俺は、今の俺に出来る全力でお前に挑む!」

 

その宣誓の終わりを合図にしたかのようにカウントダウンが始まり、試合開始の声と共に一夏は挑戦者として駆け、セシリアは迎え撃つ。

 

白式に装備された武器はただ1つ、刀型の近接武装『雪片弐型』のみである。

それを知った一夏の胸中には、困惑と喜びの2つに分かれていた。

困惑は当然、武器が1つしかないことである。先に戦った百太郎のISにも剣と射撃武器があったのだから、自分にも最低2つはあるのだろうと根拠も無く思っていたのと、まさか剣1本しか武器が無いことなどそもそも想定していなかったのである。

喜びは、自分がこの1週間に重ねてきた努力をどうやら活かせそうだと思えたからだ。一夏が今日までにしたのは箒との剣の修行である。中学時代、少しでも家計の役に立ちたいと伝手を頼ったバイトの中で衰えていった剣の腕を少しでも向上させる。それが箒の考案した修行だった。他に出来る事があるのではないか、とも考えたがこうしてISを改めて使ったからこそ分かる。結果論かも知れないが、箒の修行は間違っていなかった、と。

手に持つ『雪片弐型』を握りしめる。自分ではない、ISの手で握っても、実際に剣を手にした時と寸分変わらぬ感覚が手に伝わってくる。

 

「うおおおおおおっ!」

 

果敢に攻め立てる一夏を、セシリアは紙一重に躱すと勢いを殺し切れず方向転換のために一瞬足を止めた一夏を正確に撃ち抜いた。

 

「速度は大したものですが、少々雑さが目立ちますわよ!」

 

「ぐあっ!…クッソ!」

 

一夏の機動力は確かに高い。恐らく代表候補生、あるいはそれに肉薄する実力を持つ一部の生徒を除けば初見で完璧に対応するのは難しいだろう。

しかし、相手はイギリス代表候補生、セシリア・オルコットであり、加えて彼女は今相対している一夏以上の機動力を持つ相手に土を付けられた直後である。

 

「これなら、どうだぁ!!」

 

「(!瞬時加速)ですが!」

 

半ば直感的に発動させた瞬時加速に対しても驚きこそすれ的確に対応する。彼女を良く知る人であれば今の彼女の仕上がりはこれまでの試合の中でも有数の物であると評したであろう。偏見に曇った心を晴らしたセシリアの力は、今やこの戦いの最中により高みへと登ろうとしていた。

 

「くそっ…!また躱された…!」

 

対する一夏は試合開始から一撃も攻撃を当てられない己に不甲斐なさを覚えていた。セシリアは確かに強く、自分は素人同然であることは彼も理解した上で。

そんな一夏の脳裏に浮かぶのは先の試合でセシリアとの死闘を制したもう1人の男性操縦者、百太郎のことだった。

 

「(アイツの剣はすごかった…動いた、と思ったら次の瞬間にはオルコットを斬ってて…速さだけじゃない、きっとタイミングとか間合いとか色々考えてるんだろうな…でも今の俺は…!)」

 

武道における「静」と「動」。百太郎のIS戦における戦闘機動を見て一夏が感じたのは正にそれであった。一夏は百太郎がどれ程の間剣を握ってきたかも知らない、IS戦と言う特殊な場面での剣のみしか見ていないため、同じ流派であることも知らない。だが、彼にとっては千冬、箒を除いて明確に自分より上だと認められる剣の使い手、それが百太郎だった。

 

「(俺もアイツみたいに…アイツにも負けたくねぇ…!力を貸してくれ、白式!)」

 

その想いに白式が応えたのか、それとも丁度そのタイミングが来ただけなのかは分からない。だが、次の瞬間、白式が大きく輝くとともに一夏の手には光輝く剣が握られていた。

 

「…まさか、単一固有能力!?」

 

その様子を見ていたセシリアは驚きと共に警戒レベルを更に引き上げた。通常、ISが持つ単一固有能力は第二次移行に至ることが出来て初めてその発現の可能性を期待されるものだ。一次移行を終えたばかりの一夏の白式が起こしているのは紛れもなく、例外中の例外であった。

 

「これは…千冬姉の剣…!」

 

それを見て誰よりも驚いたのは、その剣を手に持つ一夏本人だったかも知れない。

彼の姉、千冬が世界を制し、ブリュンヒルデの名で呼ばれるようになるに至った無双の剣。

銘を『零落白夜』。

シールドバリアーを無力化し、直接シールドエネルギーにダメージを与える防御不能の刃である。

 

「行けるっ!これならっ!」

 

その剣をしっかりと握り直し、一夏が再び仕掛ける。

この攻撃はセシリアにとって2つのイレギュラーを発生させた。

まず1つは瞬時加速による移動が先程までに比べて大幅に上昇していたこと。瞬時加速はエネルギーを貯め込む時間によって加速力に差を付ける事は可能だが、試合で使う場合は個々人が微調整を繰り返した結果到達するいくつかのパターン化されたものに落ち着くのが自然だが、そもそも瞬時加速を半ば直感的に使用している今の一夏のソレは発動毎に大きなムラがあり、結果的にセシリアはその速度を見誤るという状況に陥ったこと。

そしてもう1つは『零落白夜』によって延長された刀身のリーチである。無論、相手の武器に起きた変化も、それによって発生する有効範囲の変化もハイパーセンサーは彼女に伝えている。

しかし、いかに優れたセンサーをISが搭載しているとはいえ判断するのは生身の人間である以上、ミスは起こり得る。今回の場合、2試合続けて日本刀型の近接武装を扱う相手と相対した結果、セシリアの中で武器のリーチに対する判断の速度を少しでも早くするため試合の中で蓄積した直感に委ねていたことが災いした。

 

「きゃああああっ!!」

 

『零落白夜』の想定を超える威力に大きく体制を崩しながらもセシリアは即座に次の判断を下す。

想定外、予想外の事態などこれまで何度も直面したではないかとその心を滾らせて。

 

「…行きなさいっ!ティアーズ!」

 

くるり、と立て直してすぐさまティアーズを射出する。その数は3。先の試合で見せたのとは別パターンでの攻撃であある。攻撃の度にその位置を調整するティアーズはまるで雨のように一夏への攻撃を続けているが、ここでもセシリアにとって予想外の結果が生まれていた。

 

「(あの剣…光学兵器を切り裂きますのね…!)」

 

2機のミサイル式BT兵器を除けば全ての武装が光学兵器であるブルー・ティアーズにとって、白式の持つ『零落白夜』は考える限り最悪の相手であった。セシリアの脳裏に彼女が日頃から申請していた実弾兵装の登録をつっぱねていた担当者の顔が思い浮かび、内心そら見たことか、と頭の隅で考えつつもセシリアは次の一手を導き出していた。

 

「!もう1機来たか!」

 

その答えは単純明快。奇しくも先の試合と同じ4機のティアーズによる包囲攻撃である。

防御をあの剣に頼っている以上、白式に射撃武器は搭載されていないと判断したセシリアは先の試合では失敗した包囲攻撃こそ、この場で取れる最善手の判断した。

 

「ぐっ!…くそっ!」

 

一方でその攻撃に晒されながらも一夏は相手の弱点に気付いていた。

 

「(やっぱりアイツ、この武器を使っている時は自分も身動きが取れなくなるんだ…!)」

 

このままでは追い詰められる、否、自分に残されたシールドエネルギーを考えれば恐らく仕掛けられるのはこれが最後だと判断するや否や、一夏はまず自分を包囲するティアーズへとその剣を向ける。複雑な機動ではあるが、IS本体に比べれば出力に劣るBT兵器に第三世代機である白式が追いつけない道理は無い。残り少ないシールドエネルギーを更に犠牲にしながらも一夏は素早くティアーズを切り落とし、その勢いのままセシリアへと最後の突撃を慣行せんとする。

 

「お見事です。…が、そこまで想定内ですわ」

 

セシリアはそれすら予想していた。否、そこに辿り着くと信じた。

ISを動かして間もない初心者が己に肉薄することを信じた故に、彼女は一夏の取るであろう戦術の全てを見抜くに至ったのだ。

ティアーズが撃破された次の瞬間には既に残された2機からミサイルを射出し、それさえも突破してくるであろうとすでにライフルを構え、一夏に狙いを定めている。それに気付いた一夏は歯噛みしながらもそれに一矢報いんと更に加速する。両者最後の攻防が交差する、と誰もが固唾を呑んだ次の瞬間だった。

 

「「!?」」

 

白式の動きが止まり、ブルー・ティアーズの武装にロックが掛けられる。

セシリアが目にしたのは『非攻撃対象』を意味するエラーコードであり、一夏が目にしたのは『シールドエネルギー残量0』のメッセージであった。

 

「まったく、締まらんオチだな」

 

ピットで試合を見守っていた千冬の一言と共に、試合終了の宣言が会場に響き渡った。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

ピットに戻った一夏にまず声をかけたのは箒だった。

 

「一夏!最後のアレはなんだ!?」

 

「それは俺の方が知りてぇよ…千冬姉、これ千冬姉と同じ剣だろ?どうなってるんだ?」

 

一夏の言葉とともに視線を向けてきた箒を見て千冬は大きくため息をつく。

 

「織斑先生、だ」

 

まったく、と呆れた様子を見せながらも千冬は淡々と語っていく。

要約すると、白式が持つ『零落白夜』はISのシールドバリアーを無効化し、シールドエネルギーに直接ダメージを与えられる極めて強力な単一固有能力である反面、その強力さ故に使用中は常に自身のシールドエネルギーを消耗することになるデメリットを抱えているという事だった。

 

「シールドエネルギーの減少は表示されていただろう。IS戦においてシールドエネルギーの管理は最優先事項の1つだ、今後は注意しろ」

 

「で、でもそもそも一次移行のISが単一固有能力に目覚めること自体イレギュラーです…」

 

真耶は白式のメンテナンスを開始しつつ、よく意味が分かっていない様子の一夏に説明を続けて行く。

 

「一部のISは単一固有能力、読んで字のごとくそのISだけしか持たない特殊な能力に目覚めることがあります。ただ、今までに確認されてきた単一固有能力はいずれも第二次移行を終えたISに限られてきましたから、織斑君のIS、白式に起きたのはイレギュラーそのものなんです」

 

「えぇっと…つまり」

 

「つまりですね。織斑先生が言った通り、扱いの難しい機能ではありますが一次移行の段階でそれを使えるというのは他のISに対するアドバンテージになるわけです。今後も使いこなせるよう練習を怠らなければ、きっと織斑君の武器になりますから頑張ってくださいね!」

 

その言葉に一夏は「成程」と理解したのかしていないのか判別できない様子で頷きながらも、自分の手に入れた力に対してある種の達成感、充足感を得たように白式に視線を向けた。

 

「それでは、最終戦の準備に入る。榊は反対側のピットへ移動だ。私も同行するが…待機形態には出来るか?」

 

「こうかな?…あっできた。っていうか移動くらい1人でできますよ?」

 

パッと一瞬光ったと思えば次の瞬間には黒牡丹は黒いブレスレットとなって彼の腕に巻かれていた。千冬はその様子に頷くとともに教員証をブラリと見せる。

 

「ピット間での移動は教員もしくは審判の動向が必須だ。今回のようなクラス内での行事はともかく、進路を左右する様な試合での不正行為を避けるためにもな」

 

「成程。では、行きましょう…一夏、また後でな」

 

「おう!」

 

ヒラヒラと一夏に向けて手を振りながら、百太郎は千冬と共にピットを後にした。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「ところで榊、黒牡丹の使っていた…『空犬』と言ったか」

 

「あぁ、俺もビックリしましたよ。こいつ『中距離武装』としか表示してくれなかったから銃みたいなのかなと思って使ってみたら左腕がガシャガシャ変形するんですもん」

 

「……そうか」

 

何か考え込む様子の千冬を見て百太郎は何だろうと小さく首を傾げる。彼としては『空犬』を使用したタイミングも使い方も初戦としては悪くない内容だったと思っていたが、元世界最強である千冬からしたら下策だったのだろうかと思い至り少しバツが悪そうに口を開く。

 

「もしかして、使い方悪かったですかね…?」

 

「ん?…あぁいや、そうではない。変わった武装だったのでな、個人的に少し気になっただけだ…使い方も悪くはなかったと思うぞ。今後も精進は必要だがな」

 

「ありがとうございます。射程もあるし攻撃に使っていけるようにしたいですねー」

 

セシリアに教えてもらおうかなー、と電気を反射して妖しい輝きを放つ黒牡丹を眺める百太郎と同じく、千冬も黒牡丹を睨むように見つめていた。

 

「(あの武装…展開装甲を使用したものだった…いや、そもそも黒牡丹に剣以外の武装があるという報告は無かった…)」

 

試合当日に搬入となったが用意されたISに関するデータは千冬が確認していた。主に政府や企業等が不正にデータを入手するための機器などを仕込んでいないかのチェックが目的ではあったが、武装についても目を通していたが、黒牡丹も白式と同様、近接武装のみのISの筈だった。しかし、他ならぬ千冬自身が黒牡丹の2つ目の武装を目撃している。

 

「(私では見つけられない手口で武装を仕込んだとするなら束か…?いや、アイツが榊の機体に手を加える理由が無い…データ取り?それこそその気になれば未登録の武装などという分かりやすい疑いなど用意せずに調べ上げられる力がアイツにはある)」

 

隠されていた異質な武装から友人を思い浮かべるもその可能性を千冬はすぐに否定する。

“天災”篠ノ之束。ISの生みの親にして千冬の友人である彼女は、分かりやすく表現するなら人嫌いの極致だ。自分が認めた、あるいは心を許した相手以外は徹底的に拒絶し、見下し、否定する。血の繋がった両親ですら彼女は拒絶したのだ。そんな彼女が、結果的に関係こそ良好であったとはいえ政府の都合で数年共に生活しただけの男を特別扱いするはずがない。

であるならば一体誰が、どのような手段で、と千冬の頭の中で次々と疑問の連鎖が生まれていく。

 

「?先生、IDカードを見せてくれって表示が出ましたけど」

 

「…あ、あぁ。そうだな。…よし、開いたぞ」

 

生徒の言葉に反応出来ない程思考に没頭していた千冬は軽く頭を振るうと百太郎を伴ってピットへと入室する。中では既に今日の試合を終えたセシリアが機体のチェックを行っていた。

 

「あら、百太郎さん、織斑先生」

 

「邪魔するぞ、オルコット。…調子はどうだ」

 

「ブルー・ティアーズの方は問題ありませんわ。ただ、ISに乗って間もない百太郎さんに負けたのは堪えていますが」

 

「ふふ。その割にはいい顔をしているぞ」

 

「そうですね…確かに不思議と気分は晴れやかですわ…それはそれとして次は勝ちますわよ?百太郎さん?」

 

「いや、次やったら普通に負けるから」

 

お手上げだ、と両手を上げる百太郎をクスクスと笑いながら話始めるセシリアを見て、千冬は今回の事は荒療治ではあったが良い結果にまとまってくれて助かったと内心ホッとする。彼女にとってブリュンヒルデ、元世界最強という称号は一教師としてはいささか派手過ぎるものであり、積み重ねてきた経験と、積み上げられたイメージは必ずしも彼女にとって理想的な教師としての働きを助けるものでは無かったのだ。

とはいえ彼女が教師になって分かったこともある。思った以上に子は知らぬ間に育つ、ということだ。教師としてそれを知る結果になったのは彼女にとってはあまり望ましくないことではあったが。

 

「織斑の機体チェックが完了し次第試合を開始する。…オルコット、準備の手伝いを頼む。榊はいつでも出られるようにしておけ」

 

「承知いたしましたわ」

 

「了解です」

 

まぁ少なくとも、今年の新入生は悪くない。そう思う千冬であった。

 



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