魔法少女LyrischSternA’s (青色)
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Prologue "Anfang"
序章  起動(Anfang)


Einstellungen des Übertragungsziels......Überprüfen Sie das Buch der Finsternis.

 

Einstellung abgeschlossen.....Start der Datenübertragung......

 

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Installation.........Abschluss.

 

Fehlerprufung.........Abschluss.

 

Programmausführung von "Stern die Destructor".

 

======

 

 

マテリアル-S……躯体復帰

ルシフェリオン機能回復

戦闘用全モード使用可能

出力限界、71%……戦闘可能

 

「闇の書の起動を確認しました」

「我ら、闇の書の 蒐集(しゅうしゅう)を行い、(あるじ)を守る守護騎士めでございます」

「夜天の主に集いし雲」

「ヴォルケンリッター。なんなりと命令を」

 

 ここは……。

 

 プログラムが再起動されたのはわかります。そうでなければ、私が目覚めることはないでしょう。しかし、なぜでしょうか?

 私はU-Dにより大きなダメージを受け、ディアーチェに力を託して消えたはずです。なのに私は復活したというのに、他の二人の存在を感知することが出来ない。二人が完全に消滅したとでも言うのですか? 

 そんな事は、ありえない。

 

 これはどういう事態なのでしょうか? もし復活をするとするならば、それには3人が揃っていると予想したのですが。

 王が私だけを復活させるという事は絶対に無いと言えるでしょう。それならば王が居ないことが説明できません。

 そもそも、王が敗北など、ないのですから。なのに、なぜ。なぜ二人の存在を感知することが出来ないのか? 私にはわかりません。

 

 これは状況が不審です。狭く暗い部屋。足元には魔法陣が浮かび、横には見覚えのある夜天の書の騎士達が (ひざまず)いている。表情のない顔。黒い簡素な服。ふと気づけば、私も同じような服装をしています。

 仮装大会か何かかと疑いたくなりますが……王がそのような事をするはずもないでしょう。

 

 彼女達が跪くその先を見れば、ベッドの上で目を回している……王と良く似た姿の少女。私の記憶が正しければ、それは王が参照したオリジナル、ヤガミ・ハヤテのはずです。

 なぜここに? 何をしているのでしょうか?

 

『こいつ、誰だよ?』

『ヴィータ今は止せ。主の前での無礼は許されん』

『無礼って、つうか、主は気絶しているみたいに見えるんだけど』

『え!?』

 

 何故か騎士達の思念通話(しねんつうわ)が聞こえ来ました。元々別の存在である私と騎士達の間には、プログラム的にも精神的にも繋がりが無いはず。ゆえに騎士達同士が行う思念通話が聞こえてくるはずが無いのですが……混線ですか? ありえないですね。

 

 これではまるで私も夜天の書の守護騎士プログラムとなっているみたいにみえますね。それとも、私達マテリアルは闇の書の一部ですから、夜天の書のプログラムに私達が知らない間に組み込まれたと見るべきでしょうか? 状況が読めません。判断がつかない所です。そもそも、この思念通話は伝える対象をどう設定しているのでしょうか? 疑問がつきません。

 

『それよりも、こいつの方が問題じゃねか?』

『でも主が倒れているのよ? 主を助けないわけにはいかないわ』

「だが、今は動けないだろう。シグナム」

「ああ。先にこちらの問題を片付けよう。その格好、我らと同じだが我ら守護騎士は4名で構成されていたはず。見れば魔導師のように見えるが、今まで出てきたという記憶が無い。一体、お前は何者だ?」

 

 思念通話から声を出しての会話に切り替わる。しかし、記憶に無いとは一体……。私は何度も言葉を交わしているはず。互いに死力を尽くし、戦ったと思っていたのですが。にも関わらず、まるで私を知らないような口ぶり。本当に初めて会ったかのように私を見ている。記憶領域に何か欠陥でも? 忘れ去られたのでしょうか? それはそれでおかしく感じます。

 

「忘れたのですか? 仕方がないですね」

 

 妙なことになったものです。再び挨拶をしなければならないとは。私はスカートの端を少し摘んで持ち上げると、軽く顔を伏せて挨拶をします。

 

「私の名はシュテル。シュテル・ザ・デストラクターと申します。マテリアルの理を司る者。以後、どうぞお見知りおきください」

「大仰な名前だな。殲滅者(デストラクター)って意味だろ、それ?」

「よせ、ヴィータ。とりあえずシュテルと呼ばせてもらって構わないか?」 

「はい、どうぞ。敬称も不要です。それと、申し訳ありませんが私にも状況はわかりません。ですので私に何故かと聞かれましてもお答え致しかねます」

 

 本当に私の事を覚えていないのでしょうか? どういう事でしょうか。忘れ去られるはずもありませんが……。

 

「だいたい、会った事があるみたいに言ってるけど、あたしの記憶にお前なんて居ねえし」

「私の記憶にも無いが……しかし、妙だな」

「敵意は感じないが。どうする、シグナム?」

「みんな待って。どちらにしても敵対意志は感じられないわ。この子の事はとりあえず誰かが見張って、先に主を助けた方がいいわよ」

 

 このままでは話が全く進みません。シャマルは私よりも主が目を回しているのを心配しているようでした。主の生存を優先する守護騎士ならば当然の反応です。しかし、私は会話の継続を望みます。話をここで止められるのは時間の無駄でしょう。仕方ないですね……。

 

「慌てずとも問題はありません。私達に驚いて気絶をしているだけでは? ならば、しばらくすれば目を覚ますはずです」

「で、でも。もし変な所を打っていたりしたら……」

「何処かで頭を打っているようには見えましたか? もし怪我をしているとしても、あなたの力で回復すれば良いではないですか」

「……どうして私が癒やしの力を持っている事をあなたが知っているの?」

 

 なぜ今ので不審に思われるのでしょうか? やはりおかしいです。知られているはずが無いと思っていたと? そもそも、彼女達の姿はいったい……これではまるで……まさか。

 

「ひとつ聞きたい事があるのですが?」

 

 私は少し緊張します。

 

「話せることならば。と言っても、私もこの件でわかることは無いが」

「いえ、そちらではありません。私が聞きたいのは、ひとつだけ。目の前の少女の名前を知っていますか?」 

「何を言っている? 我々は今呼び出されたばかりだ。知っているはずが無いだろう」

 

 私が思いついた可能性の一つ。それが今、証明されました。そう。彼女達は私と会ったことが無い。そもそも、彼女達はハヤテとも今の今まで会ったことが無い。私の推測は確信に変わりました。

 つまり……。

 

「なるほど。彼女は初めて闇の書を起動させたのですか」

「お前、何いってるんだよ? そんなの当たり前だろうが」

「待てヴィータ。それはどういう意味だ? まるで主の事を知っているような口ぶりに聞こえるのだが?」

「いえ。ただの確認作業です。特に深い意味はありません」

「しかし……」

 

 疑わしそうに私を見るピンクの髪をした背の高い女性。守護騎士達の将。彼女の名はシグナム。

 さて、嘘を付くつもりはありませんが……本当の事を言う義理もないです。さて、どうしたものか。

 

『なあ、シグナム。こいつ、絶対おかしいだろ? さっきから変なことばっか言ってるし、あたしはこいつが信用できねえ』

『私にもシュテルと名乗る魔導師の事はよくわからない。が、ヴィータ。我らの思念通話はシュテルにも聞こえるようだ』

 

 気づかれていましたか。やはり、守護騎士の将は侮れませんね。

 

『はい。良く聞こえています』

『はあ!?』

『うそ!』

『妙な事になったようだ。我ら守護騎士の間だけで通しているはずの思念通話が聞こえるという事は、シュテルという魔術師も守護騎士という事になるのか?』

『んなわけねーだろ!』

 

 話が妙な方向に進んでいるような気がします。私は守護騎士では無いですし、一緒にされたいとは思えませんね。ハヤテを主と崇めるのは、私には出来そうにありませんから。

 

「はい。違います。私はマテリアルの1人ですから、守護騎士ではありません」

「あたしには状況がさっぱりわかんねえ」

「どうするのだ?」

「どうするって言われても、こんな事に前例なんて無いし……まして想定された事もないわよ」

 

 私も想定などしたことがありません。闇の書に呼び出されるなど、まして時間が(さかのぼ)っての召喚など、普通は考えません。しかし、フローリアン姉妹が時間を遡っているのですから、ありえない話というわけでもない。

 

「そうだな……シュテルに心当たりは本当に無いのか?」

「私もあなた達と一緒に呼び出されたのです。知っているはずが無いではないですか」

「それはそうかもしれないが……」

 

 私への不信感が払拭(ふっしょく)されたわけではありませんが、同じくこの状況がわからないという事は同じなのですから、同じ立場だという事で煙に巻くのがベストでしょう。今後の事を考えると、その方が事はスムーズに進むでしょうから。

 どうせ私が知っている話をしても、証明することが出来ません。無駄に時間を費やすだけです。

 

「その子の事はともかく、主はどうするの?」

「気になるなら布団の中で寝かせておけばいいのではないのですか?」

「なんでお前が指示を出してんだよ! あたし達のリーダーはシグナムだぞ!」

 

 的確なアドバイスのつもりでした。余計でしたか?

 

「いや、それでいい。主は布団の中に運んで差し上げよう。シャマルは周囲に結界を頼む。終わったら主の元に戻ってくれ。ザフィーラはこの建物周囲の監視を。ヴィータは部屋の入り口を見張ってくれ」

「わかったわ」

「了解した」

「わかったけど、こいつはどうすんだ?」

 

 赤い髪の騎士は鉄槌の騎士ヴィータと言いましたか。盾の守護獣ザフィーラと比べると面倒な相手ですね。最初っから私の事を胡散臭そうに見ており、発言も攻撃的です。容姿とは異なり疑い深い性格なのかもしれません。しかし彼女の信用が欲しいわけではありませんが、不信に思われたままでは今後の障害になる可能性もあります。なるべく注意を払う事にしましょう。

 

「シュテルは私と別の部屋に来てもらう」

「私も信用がありませんね。いいでしょう。私が従うのは我が王のみですが、今回は状況が状況です。あなたの指示に従いましょう」

「ああ、頼む。ちなみに、お前の王というのは?」

 

 私の言葉に疑問を覚えたのだろう。闇の書に王は居ないのだから当然の事。これだけでも不審感を募らせる事になるでしょうが、私はこの件に関してだけは隠す気は微塵(みじん)もありません。そもそも、事実を確認するすべを、彼女達は持ち合わせていないのですから、問題にはならないと判断します。

 

闇統(やみす)べる王。ロード・ディアーチェです」

「我らというのは?」

「我らとは、私とレヴィです」

「知らない名だな。聞いた記憶もないが。つまり、お前は本当に守護騎士では無いのだな?」

「はい。私は守護騎士ではありません。ただし、闇の書と関係がないわけでもありません。私達もまた、闇の書の一部なのですから」

「闇の書の一部……か」

 

 腑に落ちないといった感じでしょうか。今の彼女達の記憶には無いのは当たり前です。なぜなら、私達は闇の書の最深部に封印されてから、一度もその存在を表に出した事など無いのですから。

 そう。私達は表に出たことが無いのです。防衛プログラムである"闇の書の闇"が破壊されるまでは。

 

 私達は彼女達とは違います。彼女達は闇の書の騎士です。

 闇の書の本来の名は夜天の書ですが、今の段階では彼女達は知りません。その夜天の書の本来の目的は主と共に各地を旅し、魔術師の技術を蒐集(しゅうしゅう)解析する事です。

 もっとも、歴代の主が夜天の書を改変した結果、リンカーコアを蒐集し蓄積後、防御プログラムである闇の書の闇が暴走して破壊をまき散らした後に転生する、そんな危険物に変わり果てたのが今の闇の書というわけです。

 

 その闇の書の最深部といえる場所に封印されているのが私達、無限連環"エターナルリング"のマテリアル、"システム構築体"であり、砕け得ぬ闇と私達はよんでいる永遠結晶"エグザミア"の核であるU-D、ユーリ・エーベルヴァインというわけです。

 

 私達は闇の書を乗っ取る為のプログラムとして作られた存在ですので、はっきりいえば騎士達とは敵対関係なのですが……まあ、その事には興味がありません。

 私達の目的はあくまでも、砕け得ぬ闇であるユーリ・エーベルヴァインを手に入れて紫天の書を完成させ、自由になる事なのですから。

 

 私達マテリアルはユーリを制御するプログラム。そして、ユーリはエグザミアを核とした動力炉。全てが揃って初めて主を必要としない独立した存在になれるのです。闇の書の主を守るヴォルケンリッターとは存在の根本から異なります。

 

 

 シグナムに連れられて別の部屋に移動する間、私は今後の当面取るべき行動について考えました。

 私の目的はある程度は定まってはいます。簡単に言えば闇の書の防御プログラムが破壊されるその時を待つ。ただそれだけで良いのです。

 それまでの間は行く当てもありませんので、ここでご厄介になるのが一番効率がいいと思われます。あのヤガミ・ハヤテの事ですから、私を追い出したりはしないでしょう。

 騎士達が少々厄介ですが、今は考えても仕方ない事です。その都度対処すべきでしょう。

 

 問題があるとすれば、闇の書の防御プログラムが破壊されるまでの間、私が問題なく存在できるかどうかでしょうか。

 こればかりは、なんの保証もありません。現在のところ私が消える気配はありませんが、闇の書の管制人格(かんせいじんかく)には警戒が必要でしょう。もっとも管制人格が王達を見つける事が出来るとは思えませんが。

 

 それにしても、なぜ過去に戻っているのでしょうか? 考えたからといって、どうにかなるような性質のものでは無いでしょうが、何かしら理由があるはずです。ですが今の所、思い当たる理由などありません。特に変えたい過去などありませんから。

 

 過去に戻る方法については心当たりがあるので驚いていません。フローリアン姉妹の例があるので可能なのでしょう。

 しかし、私にはそのような力は私にはありません。闇の書の転生機能にもありませんから、過去を遡る方法がわかりません。

 それはつまり、元の時間軸に戻る方法もわからないという事です。もしかしたら外部の何者かによる干渉によって引き起こされた現象であるとも考えられます。

 

 そもそも、ここは本当に私達の過去の世界なのでしょうか? どうも今ひとつ、納得がいきません。もし私の過去であるならば、私が元々先に存在していたことになるのですが……。

 

「考えすぎでしょうか」

「ん、どうかしたのか?」

「いえ、何も」

 

 私としたことが疑問が口を出てしまいシグナムに聞こえてしまいました。下手な事は言わないように気をつけなければなりませんね。私を警戒していますから、常に聞かれていると用心しておくべきです。

 

 さて、とりあえずといったところですが、今は静観するのが吉でしょう。まずは問題を起こさないためにも、シグナムと話をしておく必要はありそうです。少なくとも、敵ではないと言う事だけは理解してもらわなければなりません。今後の関係を円滑に進める為にも、なるべく不審感を削いでおく方が良いでしょう。

 

 

 翌日、闇の書の主は目を覚ましました。シャマルによって呼び出された私達は再びハヤテの元に集合します。そこで、ハヤテにシグナムが闇の書と守護騎士について説明をしました。当然ながら、私についても話します。すると驚いた事に彼女は目の前の突然の出来事にも動じることもなく言いました。

 

「わかった事が1つある。闇の書の主として、守護騎士みんなの衣食住、きっちり面倒見なあかん言う事や」

 

 どうやら、これで食事や根城を心配する必要は無さそうです。守護騎士の中に私も入っていればですが。

 

「あ。でも、シュテルは違うんやったな。うーん、でも闇の書から出てきたんは同じやし。4人が5人になっても私は困らんから、ええやろ」

「よろしいのですか、主? 今のところ敵意は無いようですが」

「ええよええよ。まあ、今は疑ってもしょうが無いし」

 

 なんだかあっさりですね。言い訳を考えていたのですが、無駄になりそうです。

 

「主はやてがそうお決めになるのでしたら、我らも従いましょう。もし仮に主に仇なす時は、私のこの手で必ず止めてみせます」

 

 シグナムが私を見ながらはっきりと言いました。ここで争う事は得策ではありません。

 

「ご納得いただけて幸いです。滅ぼされないよう、私も身を慎みましょう」

「なーんかウソっぽいよな。本当にそう思ってんのかよ?」

「ヴィータちゃん!」

「みんな仲良くせなあかんよ。さて、それよりもや」

 

 ハヤテが手を叩いて注目を集める。

 

「みんなのお洋服買うてくるからサイズ測らしてな」

 

 ハヤテの言葉に私を除く全員が驚きました。

 

 

 こうして、私のヤガミ家での生活が幕を上げました。思えば、二人と離れての生活はこれが初めてです。いつも私が2人の面倒を見ていましたが、今は面倒を見てもらう側です。良くは知らないうえに敵であった者達との生活に対して、まったく不安が無いといえば嘘になりますが、それでも1人で彷徨うよりはマシでしょう。これから2人が復活するその時まで、私はゆっくりと待つ事とします。

 

 それに、これは千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスかもしれません。U-Dとの戦いに向けての準備をする期間を得られたのですから。あの時は我々の力不足によりナノハ達の力を当てにせざるを得なかったのですが、私が強くなればそれは不要になるかもしれません。

 

 私は王の道を(ひら)く炎。炎が大きくなればなるほど、道もまた大きく長く拓かれる。再び来る戦いの時までに、私は今よりももっと強く激しく燃えなければならない。

 全ては我らの王の為に。

 3人で自由を手に入れる為に、時が来るまでに私は更なる高みを目指しましょう。




あらためて、宜しくお願い致します。


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Das Erste Kapitel "Frieden"
1話 修練 6月


「灼熱の炎、我もとに集え。導きにより、炎熱の(つぶて)と成れ」

 

 リンカーコアから魔力が引き出される。掌へと集まった魔力は、すぐに赤く燃える球体へと変化した。

 私が手に入れた私の魔法。元はナノハのアクセルシューターだった物に炎熱変換の特性を付加し、炎弾と化しています。その為か、ややスピードでは劣るものの破壊力と追尾性能は元となったナノハの魔法以上であると自負しています。

 

 生まれた球体を掌に留めたまま、左手に持つゴミ箱から拾った空き缶を上へと投げる。高く垂直に打ち上げた空き缶を狙い、そして手を振った。

 

「パイロシューター。シュート!」

 

 詠唱を完成させ熱を抑えた炎弾を解き放ち、空き缶へと向かわせる。すぐに追いついた炎弾は空へと舞い上がった空き缶が弾く。すぐに弧を描いて戻り、再び缶に当てる。2、3、4。この訓練はナノハがやっていた訓練の模倣です。魔法の発動と管制を補助してくれるデバイスを持たず、己の力のみで魔法を操るシュートコントロール。

 

「アクセル」

 

 ナノハを真似てスピードを上げ、空き缶をさらに頭上高くに打ち上げていく。38、39、40、41。なかなか順調と言えるでしょう。デバイスが無いので誘導管制をすべて自分自身で行っていますから負担は大きいですが、この程度ならばまだ。まだ行けます。

 

 さらにスピードを上げてみる。少し当たるタイミングが遅れる。曲がる時に軌道が大きくなり、当たるタイミングがズレていく。修正を。71、72。そういえば、ナノハはデバイスが数を数えてくれていましたが、私のデバイスは喋ることが出来ませんので、私が数えるしかありません。ですが、これはこれで良しとします。こうして思考しながら魔法を行使するのも訓練になるでしょうから。

 ズレてきました。修正を。

 

「98、99、100。決めます」

 

 100回目に大きく空き缶を上空に打ち上げると、最後におもいっきり缶を狙って当てる。が、缶は弾かれること無く下へと落ちてしまった。これは……ああ、なるほど。

 

「最後に魔力の制御を失敗しましたか」

 

 落ちた空き缶は中央に穴を開け、かろうじて上下が繋がっているような状態でした。私とした事が、つい力を入れすぎてしまったようです。

 

「何が不満なのだ?」

 

 少し離れた場所にはザフィーラが犬……では無く、狼の姿で地面に伏せた格好で私を見ていました。無論、私を監視しているのです。私は守護騎士からは信用されていませんから。

 

「いいえ。大した事ではありません。最後にゴミ箱に打ち込みたかっただけです」

「そうか。しかし、大したものだ。デバイスの補助も無しにそれだけのコントロールをするとはな」

「ありがとうございます」

 

 褒めてもらえるのは嬉しいですが、ナノハは私の上を行きます。自分自身よりもさらに強い相手を知っていると、素直に喜ぶことができません。きっと今もナノハは修行をしている事でしょう。私の方が今のナノハよりも先を歩いているはずですが、努力を(おこた)れば、きっとすぐに追い抜かれるのは間違いありません。

 

「ですが、まだまだ、私の求める強さではありません」

 

 ナノハが失敗していたゴミ箱に空き缶を入れるのを成功させたかったですが、仕方ありません。炎熱変換は威力を抑えるのが難しいのです。威力のコントロールは私の課題かもしれませんね。

 

「何かおかしいところはありませんか?」

 

 ふと、ザフィーラに情報収集がてら聞いてみる。

 

「俺は射撃は得意ではないが……。強いて言えば、二回目に速度を上げた時に軌道が不安定になったところだろうか? その後も少し苦労していたように見えたが」

「そうですね。弾速を上げると起動制御の演算がついていかないのです」

「そういう事に関しては俺よりもヴィータに聞いた方が良い。だが、そこまでのコントロールは出来ないだろうな」

「そうですか。ご意見に感謝いたします」

 

 守護騎士達の使うベルカ式魔法というのは近接戦闘に特化しているはず。ですから、私のようなミッドチルダ式に比べると射撃や砲撃は不得意の分野なのでしょう。そう考えますと、やはり自分で練習しなければならないのです。ただ、問題は練習のレパートリーが少なく、ほとんど自分で考えなければならない事です。

 

 私のオリジナルであるナノハには師匠であるユーノが居ましたから、教えを()いながら魔法の練習が出来ました。その記憶は一部が私に引き継がれているとは言え、それはとても曖昧なものです。また、場所も限られていますから、派手な攻撃魔法の練習は出来ません。

 次元管理局の施設を使えるナノハとは環境が悪すぎます。魔法の練習をするならば、何か対策を考えなければなりません。

 

 ゴミ箱の横にある長椅子に座って魔力をひたすら練りながら、今後の練習方法について検討していると、ザフィーラが動く気配がしました。

 

「そろそろ時間だ。戻るぞ」

「はい。少々物足りませんが、仕方ありません」

 

 仕方がありません。練習を許された時間は夕食前までですから。

 

 山を降りて神社に向かう。山道を歩きながら今日の練習を思い浮かべると、内容にも不満が出てきます。本当は模擬戦というのもしてみたところですが、それは出来ません。何故ならば戦闘行為は一切禁止されているからです。

 

 

 ここでの生活も二週間程が経ちますが、闇の書が起動して以降、蒐集も行われず、事件も起きず、まさしく平和の日々。食事も寝る場所にも困らず、不自由を感じることはありません。

 不満があるとすれば、少し暇を持て余しているくらいでしょうか。二人がいれば、これほど暇を感じるような事はなかったでしょう。

 

 時間を浪費するわけにはまいりません。そこで私は、自己鍛錬や自己啓発に時間を費やすことにしました。自己啓発については、この世界の本を読む事にしましたが、自己鍛錬については蒐集したナノハの断片的な知識以上のものはありません。結果、今はナノハがやっていた練習を真似る程度です。

 

 しかし、ナノハは教えを請う相手が師匠を含め沢山居ましたが、私には居ません。

 別に守護騎士達との関係が悪いから教えてもらえないという意味ではありません。守護騎士達との関係は良いとは言えませんが、聞けば教えてくれる程度の事はしてくれます。現にザフィーラは答えてくれますから。ですが、残念ながら彼らのベルカ式は私のミッドチルダ式とは違うのです。魔法の根幹が異なる為、あまり参考になるとは思えません。

 

 ならば実践訓練をしたい所ですが、これも上手くいきませんでした。主の願いは静かな日常であり、理由もなく戦闘をする事は無いという理由で戦闘行為は禁止されています。

 やや頭の硬いシグナムは、他の守護騎士達にも戦闘を禁じてしまいましたので、他の騎士達も相手をしてくれません。そもそも、頼んでも無理でしょう。私は信用されて居ませんから。

 

 

 自己鍛錬は少し不満ではありましたが、自己啓発の方は問題ない状況でした。図書館という施設に行けば好きなだけ本を読む事が出来るからです。ただ、借りるには図書カードが必要ですので、この世界の一員では無い私には借りる為に必要な個人データが不足しています。

 まあ、それもハヤテのカードを借りる事で一時的には解決しましたが、今後のことを考えたならば、戸籍なるものをなんとかして手に入れなければならないでしょう。

 

 ハヤテはよく図書館には行くようですが、私は一緒に出かけた事はありません。一緒に行く必要が無いという理由もありますが、守護騎士達が私をハヤテにあまり近づけさせたくないという考えも理由です。

 会話の時も間に必ず誰かが居ます。まったく信用されていませんが、しかたのない事です。よって、信用出来ない私には必ず誰かの監視が付いていました。主にザフィーラが見張っていることが多いですね。今日も、魔法の練習のために赴く、少し遠くにある誰も来ない寂れた神社の裏山まで見張る為について来ています。

 

 マテリアルである私と守護騎士達の関係を考えれば、仕方が無いとしか言えませんが。しかし、このまま互いに牽制しあっていても利は無いかもしれません。

 

 もっとも、私は心から信用して欲しいと思っているわけではありません。ただ、過度な警戒心が望ましくないだけです。

 四六時中見張られている間は下手なことは出来ないでしょう。する気もありませんが、かと言って自由に活動できないのは緊急時に不便を生じるかもしれません。状況を教えてもらえないこともあるでしょう。気づけば危機的状況に陥る可能性もあります。そう考えると、今の状況は良いとは言えないかもしれません。

 

 さて、これからどうしたものでしょうか? レヴィなら、間違いなく気にしないでしょうね。そして、いつの間にか警戒心は溶けているでしょう。それはあの子の性格ですから、私には出来ない事です。

 私は努力をしなければならない。

 

「どうかしたか?」

「いいえ。なんでもありません」

 

 とりあえず、帰ってから考えましょうか。まだ焦るほどの状況ではありませんから。しかし、それは良いのですが……。

 

「あなたが居ると、ネコが来ませんね」

「む?」

 

 さっきからチラチラと姿を見せるネコ達も、ザフィーラの姿を見ると逃げていくのです。どうせなら神社に着いたら猫をかまってみたいのですが、これでは出来そうにありません。

 

「せめて子犬くらいの大きさになってもらえないものでしょうか」

「何の話だ?」

「いいえ。別になんでもありません。気にしないでください。ただの独り言です」

 

 見張りはこの際は我慢しますから、せめてシャマルあたりに代わってもらえないものでしょうか。魔力の消費量を抑える意味とハヤテに喜ばれるからという理由で犬形態……ではなく、狼形態で常にいられるのは困ります。そもそも、かなり目立つのです。リードもつけずに歩いていますから。

 

 どうしたものでしょうか……。いっそ、交代を要請してみましょうか? しかし、ヴィータがついてくると面倒ですね。なぜか練習を些細なことで邪魔をされる気がします。

 

 

 

 八神家に戻ると、夕食を待つ間に洗濯物を畳んでおきます。衣食住を提供して頂いていますので、何かをして貢献しなければ恩知らずというものです。それでは私の仁義が通りません。私は受けた恩や好意は返さなければ気が済みませんので。

 それに、借りはなるべく返しておきたいのです。それはもちろん、最後の瞬間には裏切るからですが。

 

 洗濯物が畳み終えた頃、リビングのテーブルに食事が並び始めました。そろそろ食事の支度も終えたようです。今日はトンカツのようですね。マカロニが入ったキャベツやトマトのサラダとご飯が並んでいました。ハヤテは家事が得意なようで、料理もかなりの腕前です。かなりのレベルだと言えるでしょう。我が王も料理をすればハヤテくらいには出来るかもしれません。

 

 そろそろ配膳も終わる頃、私は配膳を手伝っているシャマルの元に自分の分を受け取りに行きます。

 

「私の分を頂けますか?」

「シュテルちゃんのはこっちにあるわよ。でも、いいの?」

「はい。問題ありません」

「でも……」

 

 シャマルが続けて何か言おうとしましたが、私はそれを無視して自分の食事が乗ったトレイを受け取りました。テーブルの上に用意されているのは4人分の食事。ザフィーラは床で食事を取るので下に犬用のペットフードボールに入れて床に置いています。

 何故、ザフィーラはペットフードボールで食べるのかは知りませんが、完全に犬扱いのような気がします……それでいいのですかと言いたくなりますが、本人が納得しているようでした。

 犬形態では人が使う皿は食べにくいのかもしれませんね。

 

 狼形態でした。

 

 トレイを受け取ると二階へと上がります。ここで食べるのは4人と1匹のみです。つまり、私は別の場所で食べています。別にシグナムやハヤテに別の場所で食べるように言われたわけではありません。自発的に別の場所で食べるようにしているだけです。理由を問われれば他人から見ればちっぽけな理由かもしれません。これは私の心の問題なのですから。

 

 それに、将来的に私は彼女達を裏切る予定です。後ろめたい気持ちが無いといえば嘘になるでしょう。だから、あまり仲良くしたいとは思えませんでした。

 ですが、あまり良いことでもないのはわかっています。適度に距離を保つべきです。そもそも、別れて食べることに利が無いわけではありません。この時だけは監視がありませんから。

 

 こんな時、王が居ればこれほど悩むことはなかったでしょう。答えは簡単に導き出されますから。王の判断に任せます。もしくはレヴィが居れば、やはり簡単に解決するように思われます。あの子ならば深く考えることなく思うがままに行動してくれるでしょう。

 

 結局、私達は3人で紫天の書のシステム構築体(マテリアル)なのです。2人が居るからこそ、私は理のマテリアルとして行動できるのでしょう。今は1人ですから、ディアーチェやレヴィの分まで役割をこなさなければなりません。

 面倒なものです。

 

「そんな奴、放っておけばいいじゃん。自分で出て行くって行っているんだから、かまう必要なんて無いよ」

「でも、なんだか追い出しているみたいで、あまり気分は良くないわ」

「本人が望んでの事なのだから、我らが口を挟むことではないだろう」

 

 騎士達の私への接し方は個々別々。ただ、共通するのは好意的なものが無いということです。私は不審者ですからね……当然でしょう。

 

「申し訳ありません。ですが、私は問題ありませんので、どうかお気になさらずに」

 

 受け取ったトレイを持って2階へと向かおうとしましたが、すぐに私は歩みを止めました。進路を塞ぐ車椅子が見えた為です。夜天の主ハヤテ。王に似た姿で車椅子に座り、こちらを見ていました。

 

「何かようですか?」

「シュテルは1人で寂しくないんか?」

 

 私を心配しているのでしょう。表情が曇っています。困りましたね。何故か彼女を見ると、王の姿がちらつきます。嘘をつきたくない気分にさせられてしまう。

 

 ですが、王ではありません。

 

「そうですね……それほどでも無いですよ」

「そうか? でもな、1人よりみんなで食べた方が楽しいんよ?」

「知っています。ですが、お気遣いは無用でお願いします。ハヤテが憂いる必要はありません。では私は行きますので、これにて失礼致します」

 

 これ以上の問答は、この場の雰囲気をさらに悪くしそうです。私は頭を少し下げて礼をすると、ハヤテを避けて歩き、自分の部屋がある2階へと上がりました。我ながら、少し意地悪な言い方が過ぎたかとも思いますが、無理に夜天の主と騎士達の晩餐に入り込む気にもなりません。

 

 さて、今日も本を読みながらご飯を食べましょう。二階にもテレビが欲しいとこですね……。

 

 

 しばらくすると足元からは笑い声が聞こえてくる。明るく笑う声はハヤテですか? うるさく笑うのはヴィータですね。控えめに笑うのはシャマル。笑い声を出さないシグナム。静かなザフィーラ。家族の団欒(だんらん)とは、こうも笑い声がするものなのでしょうか?

 

 1人で寝起きするにはスペースの余った広い寝室。私の音しかしない空間。レヴィが居れば、私の音など聞こえないほどの騒音を(かな)でるでしょう。

 

「ここは、少し広すぎますね」

 

 この領土は1人では広すぎます。

 

 

~~~~~~

 

 

『どうだった、ザフィーラ?』

『いつもどおりだ。特に報告するようなことは何もない。相変わらず誘導弾の制御練習や魔力を練る基礎訓練を続けているようだ』

『そうか。どこかに連絡を取る様子もないのか?』

『少なくとも念話通信をしている様子はなかった』

 

 確か、シュテルには仲間が居るのだったな。今の所、出てくる様子はないが。

 

『わかった。一人に押し付けるようで悪いが、今後もシュテルの監視を頼む。特に通信をしていないか気をつけてほしい』

『了解した』

 

 家に帰り食事を終え、主とシャマルとヴィータが風呂に向かった後でシグナムと思念通信をして報告を終える。とはいっても、この所は特に報告することが無い。神社までの長い階段を登り、さらに裏に回って山を登る。山頂近くの休憩する為と思われる広場で魔法の練習をし、終われば来た道を帰る。その繰り返しだ。

 

 

 妙なことになったものだ。我等と共に闇の書から生まれた、我等とは違うプログラムの魔術師。使う魔法も我々と異なり、仕える主も異なるという異質な存在。闇の書が生まれた時から我等は存在するが、今までに出てきた記憶はなかった。

 

 我等ヴォルケンリッター以外の存在が闇の書に存在したとは考えられなかったが、実際に今ここに居る。この事に我等は動揺はしたが、主が受け入れると決めた事で動揺は一応の終息を見たものの、やはり疑惑は尽きない。

 

 我等は主の騎士であり、主の意志は我等の意志。主の願いは我等の願い。主がそう願い、主がそう決めるならば、我らは黙って従うだけだ。

 

 しかし、だからといって放置はできない。ゆえにシグナムの命を受け、こうして監視しているのだが……やはり、この少女が何を考えてここにいるのかはわからない。シグナムにそれとなく探ってくれと言われたが、今だに知る機会は得られていない。

 

 闇の書の起動からずっと見張ってきたが、シュテルと名乗った少女がした事といえば、こうして1人で魔法の練習をするか、猫と戯れるか、本を読むかだ。我等を無視するのかと思えば掃除や洗濯をするなど、家事には積極的に参加している。これまでのところ、主に害をなすような様子はない。むしろ、家事の手伝いをして助けられているだろう。ただ気になるといえば、我等と距離を置こうとしているところくらいか。

 

 いったいシュテルとは何者なのか?

 

 主の敵なのか、味方なのか。そこが見えてこない。

 

 判断はシグナムがする事だが……。

 

「ところで、ザフィーラ。たまには人の形態に戻ったらどうだ? その姿では不便もあるだろう」

「いや、いい。このままの方が居心地がいいのだ。それに、主の魔力消費を抑える意味もある」

 

 雑談に戻り、普通に会話を再開する。そういえば、闇の書が起動した後に服を主より賜った事があったな。

 今の狼の姿の方が本来の姿であって楽なのだが、シグナム達も主も、そうは思っていないようだ。そもそも主も今の姿を喜んでくれる。夢だったと……ゆえに、人の姿を取る事は戦闘でもない限りは無いだろう。

 

「そうか。ザフィーラがそう言うならば、無理にとは言わないが」

「ああ、そうだ。シグナム。一つ聞きたい事がある」

「ん。どうかしたか?」

 

 形態の話で思い出した。聞いておくべきだろう。

 

「子犬の方が良いのか?」

「ザフィーラ……お前……いや、すまない。私には意味がわからん」

 

 シグナムではわからないか。ならば、シャマルに今度聞いてみるとしよう。 もしかしたら、あのシュテルが事だ。何か理由があるのかもしれない。もし主に益がある事ならば、検討するのも悪くはないだろう。



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2話 童話 6月

 外は早朝から鳥達の鳴き声が響き、カーテンの外の騒々しさが目に浮かびます。外の明るい光も相まってか、1人で起きる薄暗い部屋は、少し物淋しく見えるものです。

 2人が居ないだけで、こうも空虚で虚しく、そしてこれほど時間が長く感じるものだとは思いもよりませんでした。

 いいえ、そうではないです。正確には、1人とはこうも寂しさを感じるものかと、少し戸惑ってしまいます。あの頃は、3人で(かしま)しくしていたものですから。

 

 守護騎士達は相変わらず一緒にテレビを見たり、家事の手伝いをしたり、図書館通いや買い物に付き合ったり、病院の付き添いをしたりという生活をしています。

 ハヤテと騎士達の間は、最初こそ戸惑いが見られましたが、今では本当に家族のように見えます。

 実に平和です。

 

 ちなみに、守護騎士達はハヤテに必ず誰かが付いています。騎士として主を守っているのでしょう。お風呂も最低二名で入っているようです。無論、ザフィーラは別ですが。

 そこまで一緒に居なくても良いのではないかと思いますが、足の動かないハヤテを心配してのことでしょう。もっとも、妙に楽しそうな声が聞こえますから、それだけが目的ではないかもしれません。

 

 私はといえば、庭を眺めるか、やってきた猫の相手をするか、魔法の練習をするか、本を読んでいるかです。

 最近は、魔法の練習の後に図書館に寄り、本を数冊借りる事が多いです。今後の事を考え、多くの知識を私は手に入れなければなりませんので、多くの本を読む事は重要でしょう。それに、本を読むのは1人でも出来ますので。ちなみに、本を借りる間は1人になります。ペット不可ですから。

 

 私とハヤテや守護騎士達の間は、さほど縮まっては居ません。騎士甲冑というのを作るという話の時も、私は1人断りました。シグナムが言うには騎士は主に甲冑を賜らねばならないとの話ですが、私はすでに殲滅服を持っています。今更甲冑を貰う必要はありませんし、賜る気もありません。私はハヤテを主にした覚えもありませんから。

 我が王は今生でただ1人です。はっきりとそう伝えましたが、この事もあまり良くは思われていないのかもしれません。

 

 結局、私以外の守護騎士達はハヤテの"みんなを戦わせたりせえへんから服で"という提案を受け入れ、"といざるす"という子供の遊具を売っているお店などで服の形をイメージする材料を仕入れ、それを元にハヤテが考えた騎士服を貰うことになりました。

 騎士服も出来たのですから、ちょっと戦ってもらいたいものです。試しにシグナムに手合わせを頼んでみましたが、素気無く断られてしまいました。仕方ありません。

 

 ですから、今日もリビングのソファーで1人本を読んでいます。先の事を考えて政治や経済、軍事や農業などの知識が必要です。この世界の知識は可もなく不可もなく、十分に使える知識です。

 

 

 静かに本を読んでいると、ハヤテの部屋の扉が開く音がしました。続いて車椅子の車輪が動く音がする。ハヤテの部屋はリビングに続くダイニングキッチンのすぐ横です。

 

「シュテル、おる?」

「はい。お呼びでしょうか? ハヤテ」

 

 ページを(めく)ろうとした時に呼ばれたので顔を上げると、今日は珍しくハヤテが1人で車椅子を動かしながらこちらに向かって来ていました。普段は私にハヤテが近づく時は誰かが後ろに付いているものですが。そういえば、今日はザフィーラを除いた3人はハヤテの代わりに買い物に出かけたのでしたか。残っているザフィーラは窓の近くで眠っていますね。

 

「横ええかな? 私もソファーに座って、この前借りてきた本を読もうかと思うて」

「はあ。別に構いませんよ」

「ありがとうな、シュテル。それじゃ悪いんやけど、ちょう車椅子から降りるの手伝ってもらってもええかな?」

「はい。わかりました。しばしお待ちください」

「ごめ、え? ちょっと、わっ!?」

 

 車椅子から降りようとするハヤテを私は抱きかかえると、私が座っていた横にハヤテを座らせてあげました。驚いた顔をするハヤテを見るのは、少し気分が良いです。

 

「シュテルは力持ちさんなんやね。私と背丈もかわらんのに、人は見かけによらんなぁ」

「誤解されているようですが、これは純粋な腕力だけではありませんよ。魔力も込められていますから」

「へー、そうなん? 魔力って、なんか便利なんやね。私も使えたら歩けるようになったりするんかな?」

「そうですね。使えるようになれば、きっと歩けるようになるでしょう」

「せやったらええな」

 

 はい。そうですよ。あなたが魔法を使うのは、闇の書が完成した時ですから。その事が幸せかどうかは別の話ですが、その後も二本足で立っていましたよ。羽も生えますし。王はハヤテの事を子鴉と呼んでいましたね。

 

「シュテルも図書館で借りたんよね。なんて本を読むん?」

 

 私の横に座ったハヤテは自分が持ってきた本を開く事もなく、話しかけてきました。

 

「私ですか? 今は"世界大戦と戦争理論 上巻"という本を読んでいます」

「な、なんか難しそうやな」

「そうでもないですよ。過去にこの世界で起きた戦争の背景と経過、戦略的な要素と使われた戦術に立てられた作戦が書かれているだけです」

「う~ん、やっぱり私には難しそうや」

「そうですか。別に私が読むのですから、ハヤテがわからなくても問題は無いのでは?」

「あー、まあ、そうなんやけどね」

 

 少し困った顔をしたハヤテは今度こそ自分が持ってきた本を手に取りました。これでやっと私も読書に戻れます。

 

「私はこれを読んどるんよ」

 

 自分の本を読むのかと思えば、その手に取った本を私に見せてきました。読もうとした本の上に載せるようにしていて私の本を読めません。何のつもりでしょうか? 本自体は厚めですが表紙は少し可愛らしい絵が書かれています。どうも私が読むような本では無さそうに感じます。

 

「これは、なんという本ですか?」

「これはな、童話っていうんよ。昔の童話も好きやけど、この本は最近売り出し中の童話作家さんでな、私はこの人の童話がめっちゃ好きなんよ」

「はあ。そうですか」

 

 紹介が終わったので私の本から退けてくれるかと思いきや、いつまでたって退ける様子がありまあせん。手に取って読んでみろという事でしょうか? ハヤテの顔を見ると微笑みを浮かべたまま。何やら促されている気分になります。

 仕方なく私は読んでいた本を横に置くと、ハヤテの持っていた童話を手に取ってみました。本を開いてみると、やはり可愛らしい絵が書かれていましたが、文字が少ないです。1ページに100文字も書かれていません。試しに数ページほど流し読みをしてみます。どうやらこの本は1話ごとの話が短いようです。それが何話か載っている感じでしょうか。

 しかし、これはどうも私が読むような話ではないようですね。5話ほど読んで、読み飽きました。

 

「面白かった?」

「いえ、それ程には。正直に言うと、私にはどこが面白いのかわからないのですが」

「えー! おもしろいやんか。ほら、このキツネの婿入りとか」

 

 これは……オスの狐が婿入りをして、婿入り先で頭が上がらず苦労する話では? このメガネを掛けたオスの狐は、嫁の狐に働かされ、舅と姑に遠慮し、嫁の弟にお金をタカられる。むしろかわいそうな話なのではないかと……。

 

「婿入りしたオスの狐が哀れなだけなのですが?」

「なんでやー。それじゃあ、これは? これは面白かったやろ?」

 

 次のはメガネを掛けたイタチが、ネズミやクマに虐められ、タヌキに泣きついてアイテムを貸してもらい、報復する話です。しかも、報復した後にアイテムを奪われてやり返されるという。

 

「これはイタチが情けないうえに間抜けなだけでは?」

「違う違う。シュテル、それは間違うとるで? そうやないんよ。これはな、すんっごく深くて良い話なんよ?」

「は?」

 

 わかりません。私には何もわかりません。どこをどう読めば、この話から深くて良い話になるのでしょうか?

 

「ええか、この狐の婿入りはな、本当は婿入りや無いんよ。住んでるとこがお嫁さんの家ってだけや。優しくて腰が低いからそう見えるだけなんやで? それでな、家族の暖かさ、家族はすばらしいってわかるお話なんよ」

「……すみません。私の理解力ではついて行けないのですが、どの辺りがでしょうか?」

「ほら、確かに苦労してるように見えるけど、それでも家族の輪の中にいる安心感を文章と絵から感じるやろ? 子供にも恵まれ、周囲の家族と毎日楽しく過ごしとる。そこから幸せを感じとるんよ」

 

 安心感? 確か絵では苦笑いを浮かべているようにも見えますが……。

 

「それに、次のイタチの話はな、報復は自分の為にはならないって教えてくれてるんよ。他人の力で手に入れたものは自分のものやないって言う教訓も入っとるし、安易に力を貸したらあかんとも教えてくれとるんやで」

「……確かに、言われてみればそうとも受け取れますが、これは児童書というものでは? そこまでの事を語っているようには見えないのですが」

「はぁ。シュテルには難しすぎたかもしれへんな」

 

 どういう意味でしょうか。私の理解力が低いとでも? それは私への挑戦と受け取ってもよろしいのでしょうか? 

 この程度の本でため息をつかれるとは思いもよりませんでした。

 なぜか私が間違っているような気がしてきます。

 

「ええか、これはな、裏を読まんとあかんのやで?」

「裏……ですか?」

「そうや。表面だけ見たら可愛そうなキツネさんと間抜けなイタチさんに見えるかもしれへん。でもな、それは表面だけの話や。作家さんが本当に伝えたいのは別のことなんよ? それがわかったら面白くなるんよ」

 

 そう……なのでしょうか? いえ、なるほど……そう言われてみると、たしか童話というのは教訓などが入っているもの。なぜか深い意味があるように思えてきます。

 確かに、表面だけ見ると可愛そうなキツネも、そのキツネの事情を考え、周囲の状況を見れば、自ずと話から受ける物も変わってくるように思います。

 

「あまいで。シュテルはまだまだやな」

 

 これは挑発されているのでしょうか? なぜ急に? 今そのようなことをして、ハヤテにどんな利益が……ああ、なるほど。表ではなく裏を読め、ですか。

 一見、ハヤテは私を童話についての理解力の無さを指摘して、挑発しているように見えます。こんな事もわからないのかと。

 しかし、これは誘いです。

 私をわざと怒らそうとしている、わけではありません。私に童話へ興味を持たせようとしている。話のきっかけにしようとしている。私との間に共通の話題を作ろうとしている。

 その理由は明白です。これで私を釣るつもりですか。

 

 伸るか反るか。 

 

 決断は早く出ました。

 

「ハヤテ。お願いがあります」

「うん?」

「この本、私にも読ませてください」

「ええよ。でも、私も読みたいから一緒に読もうか?」

「いいのですか? ハヤテが読んだ後でもかまいませんが」

「全然ええよ。シュテルも(うち)の子なんやから、少し位わがままを言うても大丈夫やよ?」

「……はい。ありがとうございます」

 

 なぜか王を思い出しました。こういうところは王と良く似ています。王は少し偉そうな喋り方ではありますが、臣下にはむしろ甘いほど優しい方でしたから。

 

 

 今日は図書館に向かう日。

 ハヤテ達を待たせるわけにも行きませんので、急いで支度をしています。いつものシャツとスカートから"よそ行き用"という服に着替えます。といっても、さして変わらないのですが。

 準備を終えると下へと降ります。すでに玄関では外出の準備を終えたハヤテが守護騎士達と話しながら待っていました。

 

「シュテル、そろそろ行くでー」

「お待たせしました。準備は完了しています」

 

 私が着いた頃には、すでにハヤテと騎士達が全員玄関に集合していました。まさか、全員で出かけるつもりでしょうか? それにしても、これだけ集まると、広い玄関も狭くなりますね。

 

「はやてちゃん。返す本はこれでいいですか?」

「あ。はやて―。あたしも一緒にいく!」

 

 ヴィータがバタバタと駆け寄ってくる。

 

「それでええよ。それじゃ、ヴィータも一緒に行こか」

「今日は私は家で留守番をしています」

「自分も残ろう」

 

 留守番はシグナムとザフィーラ。少々珍しい組み合わせです。

 

「そうか? ほんなら家の事はお願いな」

「主はやて。家の事は私達に任せ、ゆっくりしてきてください」

「お前、早く来いよ。置いてくぞ?」

「そんなに急がなくとも、図書館は移動しませんよ」

「あのな、そういう意味じゃねーんだよ」

「こら! 二人共、喧嘩はあかんよ」

 

 ハヤテに怒られてヴィータは静になる。ヴィータはハヤテの言うことには従順ですが、これは他の騎士達も同じです。

 ちなみに、私の言うことは聞いてくれません。

 

「シャマル。主はやての事、頼んだぞ」

「任せてシグナム。それと、買い物もしてくるから、ちょっと遅くなるわよ」

「ああ。大丈夫だ。私はテレビでも見て待っていよう」

「いつものも忘れずに頼む」

「ササミね? ちゃんと買ってくるから心配しないで」

 

 図書館に行った後に買い物をするだけだというのに、なんと騒がしいことでしょうか。放っておくと、いつまでも会話で出発できないのではと思うほどです。

 スリッパから靴に履き替えながら少し心配になってきましたが、ようやく出発しそうです。

 

「早く行こうよ。はやてー」

「そやね。ほんならそろそろ行こか」

「はい、はやてちゃんの車椅子は私が押しますね」

「いってらっしゃい、主」

「頼んだぞ、シャマル。それと、シュテル。シャマルが忘れていたら教えてやってくれ」

「わかりました。必ず使命は果たしましょう」

「もう。大げさね。そこまでの事じゃ無いと思うのだけど」

 

 監視役であるザフィーラへの点数稼ぎも忘れません。私達は車いすに乗るハヤテを先頭に出発しました。

 後ろに車椅子を押すシャマル。左にはヴィータ。数歩後ろを歩く私が最後尾です。太陽の光はそれなりに強く、そろそろ外に出るには暑くなりそうです。

 

「シュテルは、どんな本を借りるん?」

「私ですか?」

 

 突然話を振られ、少し戸惑います。私の借りる本を聞いてどうするのでしょうか?

 まあいいのですが、今日借りる本ですか……。ふと、ハヤテに読ませて頂いた童話が頭をよぎりました。

 

「そうですね……私はこの世界の経済に関する本と……童話についての本も借りてみようかと」

「ふーん。お前もはやてと同じ本を読むのかよ」

「ハヤテに紹介されて興味を持ちました」

「童話やったら、私がいい本を紹介するよ? こう見えても童話は少し五月蝿(うるさ)いんやで?」

「はい。私はよくわかりませんので、良い童話を教えて下さい」

「ええよ。そうやな……グリム童話は上級者向けやからシュテルにはまだ早いやろな。とりあえず私の好きな作家さん辺りから行ってみよか?」

「その辺りのことはよくわかりませんので、それでお願いします」

 

 その後、ハヤテの好きな作家の本についての話が始まり、気づくと私はいつの間にかハヤテの右側で歩いていました。守護騎士2人も気にする様子もなく会話に加わっています。主と騎士達の輪の中に、私も居ました。

 不思議な感じがします。後ろの猫達も、今日はおとなしいです。いつもは私の足にまとわり付いてくるものですが。

 

 

 たまには、こういうのも良いものです。むろん2人を忘れるわけではありませんが、居ないのですから仕方がありません。

 私は少し考えを修正しようと思います。今後の事で不確定要素は排除したい気持ちもありましたし、その後に裏切ることに対しては、少し罪悪感もありました。しかし、やはりハヤテ達とは友好的な関係を築くべきです。その方が理に適い、効率的だと思われます。

 こちらからも歩み寄りましょう。家に帰ったら、まずは監視役であるザフィーラの毛を櫛で解いてあげましょうか?

 

 

~~~~~~

 

 

 怪しい奴だとは思ったが、そこまで警戒する必要はなかったかもしれないな。

 あたしとはやてを挟んで歩くシュテルは最初こそ怪しかったが、今はそうでもないように感じる。まあ、妙な奴だとは今も思うが、方向が違う。

 あの時、はっきりとあたし達とは違うと宣言した時の警戒心は、今は薄い。気を抜きはないが、はやてにやり込まれている辺り、悪い奴じゃないんだろう。

 

 実はシュテルが居ない時に、はやてとあたし達は家族会議というのを開いた。議題は孤立しがちなシュテルをどうするかというものだ。

 シグナムは本人の望んでいる事ですから難しいと言っていたが、はやてはそんな理由で放っておくのは駄目だと言ったんだ。同じ闇の書から生まれた家族だからって。なんか、そう言われると主だからとか関係なく拒否出来なくなる。あたしにとって、家族って言葉は特別だから。

 

 1人は寂しい。それは、あたしにもわかる。いや、本当はわからないかもしれない。いつもシグナムやシャマルやザフィーラが居たから。だから、本当の孤独なんて知らない。でも、理解されない辛さはわかる。今までの主がそんな感じだったから。

 

 それに、あいつは他の仲間は出てきてないって言ってた。それは、きっと寂しいに決まってる。ああして1人でご飯を食べて、1人で魔法の練習をして、1人で掃除したりするのは、きっと辛い。あたしはそう思う。だから、はやての提案にあたしは反対しなかった。

 

 だから先日、わざとあたし達は出かけて家を留守にした。護衛が居ないのは危険だからザフィーラだけは残していた。その後の事はザフィーラに聞いたけど、はやてって凄えって思ったよ。あたしには出来ないな。

 

 そして今日、あのシュテルが、はやてやあたし達と一緒に外出してる。今までになかった変化だと思った。こいつはあまり笑わないし、感情が全然表に出ないからつまらないと思ったが、よく見ているとたまに表情が変わっている。それに気づくと、少し面白くなった。

 

「ヴィータは何を借りるんや? やっぱり漫画か?」

「え、あたし? まあ、そんな感じ」

「お子様ですね」

「童話を借りるお前にだけは言われたくねえよ!」

「いいえ。これは立派な兵法書です」

「いや、絶対に違うぞ、それ……」

 

 やっぱ、こいつはどこかずれてる。

 まさか、ポンコツなんじゃ……バグってないか?




一部文章追加及び改変


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3話 七夕 7月

 ここは……。

 

 目を覚ませば周囲は暗い闇の中。ベッドで眠っていたはずが、今は立っている。どこかで見た光景。そう、これは……。

 

 

『闇の書の中ですか』

『お前もそう呼ぶか……いや。その通りだ。異質なる存在よ』

 

 声がして顔を上げる。そこに声の主が居た。闇の書の意志。管制人格。

 

『闇の書の管制プログラム。名は……まだ無いのでしたね。お初にお目にかかります……と言うも妙なことです。いや、これも主観的な物言いですね』

『お前は誰だ?』

 

 私を知らない……というのも今の段階では当然でしょうか。私達は管理人格からは独立した存在ですから。

 

『私の名前はシュテル・ザ・デストラクターと申します。マテリアルの理を司らせて頂いています』

『そのような物は闇の書の中には存在しない』

『いいえ。存在しますよ。貴女の手の届かない所に』

『いいや。存在しない。存在するはずもない。ならば、お前は何なのだ?』

『しつこいですね。私はマテリアルの理を』

『存在しないのだ。そのようなシステムは』

 

 これ以上、会話を続けても意味がありそうにありませんね。彼女では私達の存在も"紫天の書"の存在も"砕け得ぬ闇"も見つからないでしょう。そう出来ているのですから。もし、私達の存在を知ることが出来るとすれば、それは"闇の書の闇"だけです。

 

『お前は何だ?』

『もうお帰りください。貴女にはわかりません』

『私にはわからない、か。確かに私にはわからない。他の騎士達と違い、私にはお前が見えない。だが、こうして夢を介して会うことは出来る。何故だ?』

『さあ、何故でしょう? 申し訳ありませんが、その事についてはわかりかねます』

『私にはわからない。私のアクセスを拒否できるお前の存在が』

『お帰りください。これ以上の会話は不毛です』

 

 これ以上の会話を拒否して目を瞑る。会話は止まり、やがて闇の書の管制人格が離れていくのを感じた。

 

 どんなに探しても、見つかる事は無いでしょう。私達は闇の奥底に封印されたプログラムなのですから。

 

 

~~~~~~

 

 

 日が高く登り、陽の光は明るく部屋の中を照らしている。掃除をする私は少し汗ばんできましたが、まだ暑いというほどでは無いでしょう。

 今日は朝から掃除をしていましたから、ちょっとした運動のようなものです。もっとも、私の担当エリアはすでに終了し、今はヴィータの手伝いをしていますが。どうも、彼女は掃除や洗濯といった家事が苦手な様子。掃いた後にもゴミが残る始末です。困ったものですね。

 

「もういいじゃん。もう綺麗になったって」

「いえ、まだ残ってますよ。掃除をするならば、塵は残してはいけません」

「いや、そうかもしれないけどよ。そんな端っこの隙間なんて誰も見ないだろ?」

「駄目です」

「お前って、変なところでこだわるよな?」

「そうでしょうか?」

 

 呆れたように私を見るヴィータですが、手を止めていないのは感心できます。もっとも、掃除をしているというより、掃き散らしていますが。

 

「ここで終了です」

「やっとかよ。部屋1つ掃除するのに昼までかかるってどうなんだ?」

「誰かが掃き散らしたからでは?」

「あ、あたしのせいだって言うのかよ!」

「さあ?」

「シュテル、ヴィータ。終わったかー?」

 

 抗議の声をあげようとしたヴィータを止めるように、下からハヤテの声が聞こえました。どうやら昼食の準備が終わったようです。

 

「はい。こちらの掃除は終了しましたよ。ハヤテ」

「はやて~。こっちは終わったー」

 

 部屋を出て階段まで進んで返事をすると、階下にハヤテの姿が見えました。ハヤテは足が動かせないので、階段を登ることが出来ません。なるべく上に声が通るように階段の際まで来ているのでしょう。

 そういえば、階段を登ることの出来る車椅子があるそうです。今度、構造を調べてみましょうか。

 

「二人共ご苦労様。ご飯も出来たから、降りておいでー」

「やったー! やっとご飯だ!」

「ご飯好きですね?」

「おう! はやてのご飯はギガウマだしな!」

 

 嬉しそうな顔をするヴィータは食欲魔神と化しています。

 

「確かにハヤテの作る食事は一介の主婦のレベルを超えつつ有ります」

「そうか? 良くわかんねえけど、とにかく早く行こうぜ」

「はい。参りましょう」

 

 降りて食堂に向かう。食堂にはすでに他のメンバーが揃っていました。食卓の上にはガラスのボール。中身はうどんのようです。サラダもあります。そして、食卓の周りには椅子が5脚。

 

 ハヤテと童話を読むようになると、守護騎士達の態度が軟化していきました。それは、私の態度が変化した事も大きく影響しているでしょう。いつの間にか共に過ごす時間が増えました。

 やがて、食事も一緒の方が効率がいいとハヤテが言うと、私の為にシグナムが椅子を買って来てくれたのです。反論は出来ませんでした。ここで断るのは今後の活動を円滑にこなせない可能性がありますから。

 それに、悪くはないと、そう思いましたので。

 

「シュテル、早く座れって」

「慌てずともご飯は逃げたりしませんよ」

「いいから早く座れってば」

「ほんじゃ食べようか? 二人共ちゃんと手を合わせなあかんよ」

 

 ヴィータに催促され椅子に座るとハヤテに促されて手を合わせる。この国の独特な風習。守護騎士達も律儀に手を合わせ、いただきますの合図と共に食事が始まりました。

 

 食事を取りはじめると、会話が花を咲かせる。最初の頃の守護騎士達とは違い、自然な笑顔を作って雰囲気も明るいです。少し前までは私が居ると固かった表情も取れている様子。これが彼女達の本当の姿なのでしょうか。

 

「そうそう。今日は何の日か知っとる?」

 

 唐突にハヤテが質問をしました。守護騎士達は互いに顔を見合わせると、首を振っています。どうやら知らないようですね。しかし、私は知っています。今日は7月7日ですから。ただ、口に出しては言わずにおきます。

 

「みんな知らんのやね。あんな、今日は七夕なんよ?」

 

 ハヤテの言葉に騎士たちが考え込む。

 

「七夕、ですか? ベルカでは聞いたことがありません」

「はやて、それってなんかのイベント?」

「ええと。以前、はやてちゃんから聞いたことがあるような……たしか、願い事をする日ですよね?」

 

 シャマルの答えを聞いてハヤテが、さも得意そうな顔をした。

 

「シャマルの答えでは及第点や。正確には、今日は笹に色んな飾りをつけて、願い事を書いた短冊をつけるんよ」

 

 それを聞いたヴィータは椅子から立ち上がる。

 

「願い事?……はやて! それってあたしも書いていいのか?」

「当然や。みんなで書くんよ」

 

 ハヤテの返事にヴィータが嬉しそうな顔で笑う。そんなにも嬉しいのでしょうか?

 

「ところで短冊って何? なあ、シュテル。短冊ってなにか知ってるか?」

「短歌や俳句を書く細長い厚めの紙ですよ」

「シュテルのも正解やけど、七夕で使うのはそんな大げさなものや無いんよ」

「そうなのですか?」

 

 聞けば、短冊とは折り紙を切って作るそうです。おかしいですね、私の知識とは違っています。

 

「そういうわけで、今日は笹が欲しいんやけど」

 

 今日は訓練をするつもりでしたから、山に行きます。山には笹もあるでしょうから、ついでに取ってくれば効率がいいですね。ここは私が行く事にしましょう。

 

「ああ、それならば私が取ってきますよ。ちょうど散歩に行くつもりですから、ついでに山にでも行って取ってきましょう」

「ならば俺も行こう。手伝いが必要だろうからな」

 

 ザフィーラは手伝いというよりも、いつもの様に監視の為についてくるのでしょう。

 

「それじゃ2人に笹はお願いするな。ただし、山でも勝手に取ったらあかんよ? ちゃんと地主さんとかに言うてからな」

「わかりました。神社に行きますので神主さんに頼んでみます」

「なんだか楽しみだなー」

「買い物もしなくちゃ。折り紙とか必要よね?」

「主はやて。私も何か手伝えることはありませんか?」

「そうやな。シグナムは……」

 

 七夕で盛り上がる面々。穏やかに流れる時間。平穏な日常です。しかし、私は知っています。それは束の間の平和であり、短い幸せの時間であると。いづれ訪れる戦いまでの休息でしかない。それまでは、今しばらくの間だけ平和な日常に埋もれているのも良いでしょう。無論、備えは怠りませんが。

 

 

 

 午後からは動きやすい服装に着替え、笹の確保と練習の為に何時もの道を神社に向けて歩いていました。いつもの様に後ろには監視の為にザフィーラが付いてきています。ただ……。

 

「すみません。もう少し早く歩けませんか?」

「すまん。どうも歩幅が違って速度が出ない。すまないが、慣れるまで我慢してくれ」

「はあ、まあ……かまいませんが」

 

 ザフィーラが子犬の姿で付いてきます。いえ、子狼ですか。もうどっちでも良いです。しかし、何故急に姿を変えたのでしょうか?

 

「今日はいつもの姿とは違うのですね?」

「ああ。この方が目立たないと聞いただけだ」

「なるほど。確かにそうですね。私も助かります」

「やはり迷惑だったか?」

「少しですが」

 

 確かに今までの姿はどう考えても目立っていました。あんな大きな動物をつれていれば、誰でも警戒します。しかも、首輪がついていませんし。

 それに、今日は後ろからは猫が数匹付いてきています。ザフィーラの姿を見ても警戒せず、むしろ自分から近づくような素振りすら見えます。やはり、以前はザフィーラが怖かったのでしょう。ザフィーラが小さくなったからか、このままついてくる様子です。いづれ飽きてどこか行くでしょうが、今までとは違って猫達が近づいてくるのは嬉しいものです。

 

「しかし、姿を小さくしただけで、こうも沢山の猫に付いてこられるとはな。まとわりつかれて歩きづらいのだが。シュテル、何とか出来ないか?」

「我慢して下さい」

 

 ザフィーラは迷惑というよりも困っている様子ですが、そこは邪険にせずに頑張って欲しいものです。私も歩くスピードを落としますから。

 

 

 神社の裏山にある私の使う訓練場所は、今日も誰も居ません。ザフィーラに探知防壁を張って貰いながら、いつものメニューをこなしました。走ったり、魔力を練ったりです。本当はアウトレンジやロングレンジの練習もしたい所ですが、結界を張らなければ砲撃の練習が出来ないので、最近ではクロスレンジでの戦闘訓練も思案中です。

 

 元々、私はロングレンジでの戦闘を得意とする砲撃手です。それは、元となったナノハの特性でも有ります。しかし私はクロスレンジも不得意とはしていません。ただ、やはり本職の方と比べると見劣りがするのは仕方がないかもしれませんが。

 どちらにしても、飛び込まれた時の事を考えますと、レヴィが居ない今は自分で対応しなければなりません。ある程度は戦える程度にはなりたいものです。

 

「やはり、シールドで弾く位が妥当でしょうか。反撃で炎の爪を当てるにも、私の身体能力では難しいかもしれません。しかし、それでは防御一辺倒になりますね……」

 

 メニューをこなした後、少し練習をと考えましたが、あまり良い案が浮かびません。過去の記憶を遡れば、格闘に秀でた人物が幾人か居ますが、とても真似ができるとは思えませんでした。なにせ、記憶にある人物たちは人間とは思えない人達でしたから。

 

「何を悩んでいる?」

 

 杖を振ってみたり、プロテクションを張ってみたりしていると、少し離れた木の下で猫にかまっていたザフィーラの声がしました。私を見ていてわかったのでしょうか?

 

「実はクロスレンジでの対応方法を考えていました」

「なぜ近接戦闘なのだ? 見たところ、シュテルはミドルからロングレンジ向けなのだろう?」

「まあ、そうなのですが。ただ、飛び込まれた時の事を考えますと反撃手段が必要です。その方法の一つとして、近接戦闘も幾つかパターンを作りたいのです」

「なるほどな」

 

 しかし、なるほどと言う割には、どこか納得していません。ザフィーラは近接格闘タイプ。私にはわからない何かがわかっているのでしょう。

 

「しかし無理に不利な距離で戦う事を考えるよりは、距離を離す戦い方を磨いたほうが良いのではないか? たとえば、俺がロングレンジの訓練をしてもシュテルに勝てるとは思えん。そうではないか?」

「確かに、言われてみればそうですね……しかし、相手の意表を突けるなどの効果もあるのでは?」

「むしろ変な癖がついて、実際の戦闘で致命的なミスを犯す可能性の方が高いと思うがな。接近戦とは一つのミスが勝敗を分けるものだ。下手な反撃は付け入られる隙になる。それでも必要と言うならば、手数よりも一撃を入れる事だけを考えた方がいいと思うが」

 

 なるほど。ザフィーラの意見は私にも正しいと思います。やはり経験者から見れば、私の考えは素人の物なのでしょう。ですが、ナノハとの戦いも考えると、鍛えても損にはならないと思います。

 

 やはり近接戦闘を実際にしたい。そうなると……やはり、現状では練習が出来ません。相手が居ないのですから、距離を離す練習も駆け引きも防御も反撃も出来ませんから。訓練に付き合ってくれる相手が欲しいです。それに、今の訓練方法では物足りません。

 

「訓練メニューを変えたいところですね。練習相手が欲しいです」

「1人では確かに限界があるな。帰ってシグナムに相談してみるのもいいだろう」

「そうですね」

 

 あのシグナムが相談を受け付けてくれるのでしょうか? 少し疑問です。

 

「それはともかく、今日は少し早いがそろそろ帰らないか? 笹を貰う交渉もしなければならないだろう」

「はい。そうですね。今日はここで終わりに致します」

 

 どちらにしても、今のままでは不完全燃焼です。もっと何かしておきたい。王とレヴィを迎える時の為に。もっと強く。あの時の力の差を覆すだけの力を、私は欲しい。

 

「ところで」

「はい?」

「この猫達をどうにかしてくれ」

「我慢して下さい」

 

 再び移動を開始した私達についてくるように、猫達も行進を始めました。ザフィーラは動きにくそうですが、頑張ってください。

 

 

 山を降りた後、笹を分けてもらうために、神社へと向かいました。神主の方は人の良さそうな年を取った人で、突然のお願いにもかかわらず、笹を1つ分けていただきました。時々私が来ているのも知っている様子で、次に来たら家に上がって行きなさいと言われましたので、次はお礼も含めて何か手土産を持ってきましょう。

 

 家に帰ると、買い物も終わっており、全員集合となりました。とりあえず私が持ってきた笹を庭に固定すると、次は全員で飾りを作ります。願い事を作る短冊は、ハヤテが折り紙を切って作りました。なるほど、ただの紙を使うよりも見た目が綺麗であり、実に経済的ですね。

 

 みんな、ハヤテに聞きながら好きなように飾りを作っています。シグナムは……どうやら、笹の飾り付け担当のようですね。それほど忙しいわけでは無さそうです。ならば、今から相談をしてみましょう。

 

『シグナム。相談したいことがあるのですが、今いいですか?』

『ん? なんだシュテル?』

『実は訓練についてなんですが』

 

 ザフィーラと話した事を伝えるてみましたが、表情には何も出さずにしばらく沈黙が続きます。そして、ハヤテから飾りを笑顔で受け取った時、こちらをちらりと見ました。

 

『一つだけ聞きたい事がある』

『なんでしょうか?』

『なぜ、強さを求める?』

 

 シグナムはこちらを見ず、しかし私を探っている。私が何を望むのか。何をするのか。それが主に仇なすかどうか。シグナムは主に忠誠を誓う騎士の名に恥じない人物です。下手な答えは、きっと私を認めない。ならば。私も正直に話しましょう。

 

『私達の自由を手に入れるため』

『私達の自由? それは、以前言っていた王と仲間のためにか?』

『はい。ですが、それはハヤテにも貴方達にも不利益を与えるものではありません』

『その答えが真実かどうかを知るすべを、私は持たないな』

 

 駄目、ですか……。少し共に過ごした事で、多少の信用を勝ち得たとは思っていたのですが。

 

『だが、私はお前を信じよう』

 

 次に聞こえた念話は、諦めようとした私には信じられない言葉でした。

 

『私を信じるのですか?』

『ああ、信じよう。シュテルは今まで一度も嘘をついた事がない。今まで主に危害を加えず、むしろ助けて貰っている。そもそも、同じ闇の書から生まれた者同士。その点は疑う必要はないと、私は思っている。だから、シュテルが主に不利益が無いと言うならば、そうなのだろ?』

『その点は、お約束します。少しご迷惑をかけることになるかもしれませんが』

『ならば良いだろう。ただし、訓練は主はやてが病院に行く日だけだ。その日ならば幾人か居なくとも主はおかしくは思わないだろう』

 

 なるほど。一理あります。突然人数の半分が出かければ、ハヤテも不安がるかもしれません。

 

『ところで、他に隠している理由は無いのか?』

 

 折り紙を折る手を止めずシグナムを見ると、なぜか少し微笑していました。やはり、ヴォルケンリッターの将。私の心もお見通しですか。それとも、闇の書を通じてわかるのでしょうか?

 

『もうひとつ、理由があります』

『シュテルは嘘はつかないが、隠し事は多そうだな』

『申し訳ありません』

『いや、いい。私も隠し事はあるからな。それで、その理由とは?』

『はい。私には勝ちたい相手がいるのです』

 

 瞼の裏に映るその姿。思い起こすだけで心の底に眠る炎が目覚めようと滾るのです。しかしそれは、黒い炎ではなく赤い真紅の炎。倒すべき相手ではなく、超えるべき壁。尊敬すべき敵。目標である友。思い出される交わした約束。

 

『ほう。シュテルが勝ちたい相手が誰か気になるな。今の世にいる人物なのか?』

『それは……秘密です』

『そうか。まあ、無理に聞く事はしない。話は以上か?』

『はい。ありがとうございました。シグナム』

 

 念話を切って再び折り紙折りに集中します。とりあえず、これで約束は取り交わしました。次のハヤテの通院日はいつでしたか……。後でシャマルに聞いてみましょう。

 

「ところで、シュテルは何を作っとるん?」

「鶴ですが、おかしいですか?」

「いいや、おかしくはないよ。別にそういうのもありやろ。そうか、鶴か……。で、何羽作る予定なんや?」

「千羽ですが、何か?」

「やっぱり、そうやと思ったわ!」

 

 まだ93羽しか折れていません。まだまだ先は長いというのに、止められると困ります。ん? なぜ折り紙を奪うのですか、ハヤテ?

 

 

~~~~~~

 

 

『どうしたの、シグナム?』

『いや、少しシュテルと話をしただけだ』

『シュテルちゃんと?』

『訓練の話だ』

『そう。それで、許したのね?』

『ああ。まあな』

『シュテルちゃんはいい子だものね』

『そうだな。シュテルは悪い人物では無いのだろうな』

 

 事前にザフィーラから聞いていた。シュテルが練習相手を欲しがっている事を。すでに話し合いは終わっており、シュテルに聞かれる前から我々の中では答えが出ていた事だった。

 

 元々、この平穏が何時までも続くとは思っていない。いずれ、管理局が出てくるだろう。例え我々が隠そうとしてもだ。ならば、その時の為に、せめて戦いの技術だけは腐らさないよう、手を打っておくべきだ。

 

 主はやては我々に蒐集を望まない。ただ、我々と共に平穏な日常を送りたいと願うだけ。ならば、我々もその願いに答えるべきだ。

 

 だが、その平穏を壊そうとする相手が現れた時、その時は剣を取らねばならないだろう。例え主が戦いを望まないとしても、だ。

 

『それで、誰が一緒に行くの?』

『そうだな。最初はザフィーラとヴィータに行ってもらおう。2人はシュテルと仲が良いみたいだからな』

『そうね。ヴィータちゃんは最近よく話しているわね。ザフィーラは一緒にいる時間が長いし、あの子供の姿もシュテルのためだったわよね?』

『そうだったな。最初に聞いた時は耳を疑ったがな』

 

 そうだ。あのザフィーラが"子犬の方が良いのか?"と聞いてきた時、私は言っている意味がわからなかった。あれほど今の姿に(こだわ)っていたというのに、言うに事欠いて"子犬"だ。狼を辞めたのかと聞きたくなったものだ。今思い出しても、面白い。

 

『あら。シグナム、今笑ったわね?』

『ん。いや、少しな』

『フフフ。そうね』

『なんだ、その笑いは?』

『なんでもないわよ』

 

 シャマルも最近、性格が変わった。それはシャマルだけではなく、我々は皆、大なり小なり変わったといえるか。

 

 それにしても……気になることはある。あのシュテルは、やはり隠し事をしている。それが何かはわからないが。今後の大事にならなければ良いが……。

 

「シュテル! あたしの願い事を見んなよ!」

「いいではないですか。別に減るものではないですし」

「へ、減るんだよ! だから見んなって!」

「しかし、なぜ食べ物の事なのですか?」

「うっさい! あたしの願いなんだから別に何でもいいだろ!」

「人の願い事を茶化すのはあかんよ、シュテル」

「ああ、申し訳ありません。つい、やり過ぎてしまいました」

「お前、全然そう思ってないだろ?」

「そんな事ないですよ」

 

 まるで仲の良い姉妹のような姿に、私は自然と笑顔になる。願わくば、今の姿が続いて欲しい。

 

 主はやての為に。

 そして、我々とシュテルの為にも。



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4話 訓練 7月

補完的設定及び追加設定有り。


 やっと待っていた日が来ました。今日は午後からハヤテが病院に行く日です。それはつまり、家に残る数名が自由に時間を使える日でもあります。

この日に合わせて訓練を手伝ってもらうという話でしたので、私は朝から少し落ち着かない気分でした。朝も早く目覚め、家事の手伝いも上の空。興奮気味だと自覚しています。

 

「はやて、いってらっしゃい」

「行ってくるわね」

「シャマル、私が押そう。では、行ってくる」

「ゆっくりとしてきてください」

「病院でゆっくりも微妙な感じやな。それじゃ後は頼んだね」

 

 ハヤテとシグナムとシャマルを送り出すと、次は私達が外出をする出番です。私は急いで台所に向かいました。急ぐ理由は、刻限がハヤテの帰宅する午後4時までだからです。今は午後1時ですから、あまり時間がありません。台所に付くと事前に購入していた飲み物を水筒に入れ替え、氷を入れた後に再び玄関に戻ります。玄関ではすでに2人が私を待っていました。

 

「お待たせ致しました」

「水筒を持っていくのか?」

 

 私の手に持つステンレス製の水筒をヴィータが呆れたような目で見る。

 

「今から向かう先は砂漠ですから、水は必要でしょう」

「そうか? あたし達が水不足で死ぬなんて事は無いだろ。飛んで帰れるしな」

「そうですね。ですが、汗を書いた後に飲むと美味しいのではないでしょうか?」

「だったらキンキンに冷えたのが良いな!」

「抜かりはありません」

 

 途端に態度を翻すヴィータは見た目通りの子供に見えました。まあ、私達に年齢はあまり関係ありませんが。

 

「二人共、時間が無いのではないのか?」

 

 子犬から元の姿に戻っているザフィーラの言うとおり、こうしているだけですでに午後1時10分です。時間が無駄に経ってしまった。

 

「わかってるよ、ザフィーラ。それじゃ行くけどさ、シュテルは次元転送って出来るよな?」

「知識としてはあります。ですが、実際に使った事はありません。そもそも、守護騎士では無いですから、使用できない可能性があります」

 

 今回の訓練場所は別の次元世界です。この世界とは違うため、移動するための転送魔法を使う必要があるのですが、私は知識として知っていても、使用した事はありません。そもそも、守護騎士達の使う次元転送は守護騎士システムの特殊魔法であり、普通の魔法とは異なります。その為、使えない可能性が高いと考えられます。

 

「ならば行きは俺が運ぼう。帰りに試してみるといい」

「わかりました。それではお願い致します」

 

 まずは体験をしてからという事でしょうか? どちらにしても、早く訓練をやりたい私としては、運んで頂けるのはありがたいですね。水筒を肩にかけて、私はザフィーラに向かいました。

 

「では申し訳ありませんが、宜しくお願い致します」

「シュテル」

「はい?」

「何故、俺の背にまたがるのだ?」

 

 なにを言うんでしょうか。この犬は。

 

「動物で移動といえば、背にまたがるのが常識では無いのですか?」

「ど……いや、別に……構わんが」

 

 早く行ってください、ザフィーラ。

 

 

 

 ザフィーラの次元転送は少し長かったと思われます。移動先は遠かったのでしょう。移動距離によって時間がかかるため、緊急時の離脱では使いづらそうです。到着したのはどこか別の世界の砂漠です。周囲を見渡しても、砂と青い空に2つの太陽しか見えません。

 

「ついたぞ。ここなら好きなだけ暴れられるな」

 

 確かに周囲は砂しかありませんし、人も住んでいない未開の世界ですから、管理局にも気づかれにくいでしょう。

 

「それで、どうすんだ? ぶっ叩けばいいのか? あたしは訓練なんて知らないから、どうすればいいのかわからねえぞ」

 

 事前に話をしていたのですが、詳細な話はしたわけではありません。結局、私も訓練方法に詳しくはないのす。ですので、やり方は実践に近い方法を取らざるおえない。

 

「はい。基本はそれでお願いします」

「本当に良いんだな? 潰れても知らねえぞ?」

「本当にいいですよ。ただし、こちらは回避や迎撃行動を取ります。私に一撃を入れればヴィータの勝ちという事でいいですか?」

「それでいいよ。あたしとグラーフアイゼンからどこまで逃げきれるか、試してやる。アイゼン!」

Bewegung(ベヴェーグング)

 

 ヴィータの呼びかけに待機状態だった鎖で繋がれたハンマーのミニチュアであるグラーフアイゼンが武器形態に戻る。それは長柄のハンマーという武器の形をしたアームドデバイス。ベルカの騎士が使う武器。特徴としては、武器の性能重視で魔法のサポートはミッドチルダ式のデバイスに比べると劣っているという感じです。

 

 同時に展開される騎士服はバリアジャケットの一種で、ベルカの騎士が着る防具。全体的に赤を基調としたそれは、甲冑には見えない。かぶっている帽子には、ヴィータがハヤテに買ってもらった"のろいうさぎ"と同じような顔をしたヌイグルミが付いている。

 

「それでは私も準備いたします。起きてください、ルシフェリオン」

 

 ポケットから取り出した丸い紅色の宝石を掌に乗せると、宝石はすぐに杖の携帯に変化します。私のデバイスはルシフェリオン。杖の形をした私の半身。そして、バリアジャケットを展開する。私達は殲滅服(ヒートスーツ)と呼ぶそれは、紫を基調としたナノハのバリアジャケットの色違い。

 

「では、俺はここで周囲を警戒をしておこう」

「お手数をお掛け致しますが、お願い致します」

「それよりも、怪我には二人共気をつけた方がいい。怪我をした事を主が知れば、きっと心配されるだろう」

「あたしは大丈夫だ。そんなヘマはしねえ」

「私も大丈夫です。それでは開始しましょう」

「よし! それじゃ先に行くからな」

 

 ザフィーラに注意を受け、先に空に上ったヴィータを追って私は靴に羽を生やして空へと舞い上がる。真紅に輝く炎の羽。ナノハとは違う私の翼です。

 

 マテリアル-S、躯体稼働中

 躯体稼働率99%

 リンカーコア正常作動

 出力限界91%、戦闘可能

 ルシフェリオン安全装置解除

 

 この時代で初めて躯体(くたい)が復帰した時に比べ、調子はとてもいいです。適当な高さに登ると止まり、ヴィータと対峙するように止まる。魔力の供給源であるリンカーコアから全身に魔力を送り、戦闘に備えます。これは腕力や防御だけでなく、聴覚や視力すら上げる。魔法とは、実に便利なものですね。

 

「シュテル。最初っから叩いていいか?」

「ご自由にどうぞ。特に制約は設けません。一撃を入れれば終わりでいかがでしょうか?」

「わかった。よし。今からビシビシ行くからな。覚悟しとけよ」

「何時でもどうぞ、ヴィータ」

「アイゼン!」

Pferde(フェーアデ)

 

 ヴィータの足が魔力の風を纏う。それから察するに、これは移動用の魔法。

 

「行くぞ、シュテル!」

 

 声と同時に突っ込んでくるヴィータ。

 一瞬、姿が残像のように流れる。

 あまりの早さに対応が遅れてしまう。

 

 迎撃は不可。防御を。

 

「プロテクション」

 

 振り上げられる長柄のハンマー。

 

「テートリヒ・シュラーク!!」

 

 重い衝撃が杖を襲う。叩きつけられた場所が火花のように互いの魔力が散っていく。

 威力はまだまだ、耐えられるレベル。互いの魔力がせめぎ合うが、私の防御は崩れない。

 

「チッ。かてぇ」

 

 プロテクションは対物理攻撃では優秀です。しかも真正面からの打ち込みでは、そう簡単には崩れません。防御膜の魔力が減衰するものの、ヴィータの方が先に尽きるでしょう。

 

「そちらは余裕ですね。ヴィータ」

「当然。まだ全然本気を出してないからな!」

 

 ふと力が弱まると、ヴィータは後ろに一気に下がりました。私も魔法を止めて後ろに下がる。いつの間にか、ヴィータの足から移動魔法は消えています。どうやら、あの魔法は長くは持たないようですね。私にも良く似た魔法がありますので、次はそれで対応できるでしょう。

 

「んじゃ次は少し本気を出すからな」

「そうは言わず、全力でかかって来てください」

「ばっか。それじゃシュテルの訓練にならないだろ。それに、あたしが本気で戦う時は、はやての為だけだからな」

 

 久しぶりの戦闘にいつの間にか私も高揚していたようです。目的を忘れそうになっていました。これは訓練です。少し自重しましょう。

 

 それにしても、ヴィータは思った以上に冷静です。戦闘を好まないような様子も、普段の印象とは異なります。以前抱いていたイメージは、今はもうありません。

 

「そうですか。残念ですが、仕方ありませんね」

「お前もシグナムと同じでバトルマニアなんだな」

 

 シグナムは戦闘が好きなのですか。次はシグナムに頼んでみましょう。今なら受けてもらえそうな気がします。

 

「いいか。カートリッジ使って攻撃すっから、ちゃんと受け止めるなり避けるなりしろよ」

「はい。お願いします」

「行くぞ。グラーフアイゼン、カートリッジロード!」

Explosion(エクスプロズィオン)

 

 ヴィータのデバイス、グラーフアイゼンが返事をすると、擦過音がしてハンマーの頭の部分が伸びる。続いて勢い良く元に戻ると炸裂音が響いた。

 それは一時的に魔力を高める弾丸がデバイスに供給された音。カートリッジシステム。ベルカ式の特徴です。

 

Raketenform(ラケーテフォルム)

 

 グラーフアイゼンの姿が変化する。今までのハンマーの頭の片側部分にロケットの噴射口のようなものが付き、逆側には先端の尖った突起。より衝撃を一点に集中させた姿。その効果は、ナノハが一方的に負けるほど。このまま受ければ、防ぐのはかなり難しいでしょう。ならば。

 

「カートリッジ ロード」

 

 手元から聞こえる炸裂音。一時的にルシフェリオンの魔力が膨らむ。私のデバイスであるルシフェリオンもまた、カートリッジシステムを搭載しています。武器は同等。後は個人の力比べ。

 

「ラケーテン!」

 

 噴射音と共にヴィータが回転を開始。その場で回って加速を得るつもりですか。そのおかげで短い時間ではありますが、迎撃も可能。いえ、迎撃は危険。

 

 防御か回避か。

 

 ですが、選ぶのは最初っから決まっています。

 

 ヴィータが回転を止め、突撃に移る。

 噴射口から激しく噴出する炎。

 速度は先ほどと変わらず早い。

 まさか、先ほどの移動魔法はこれを擬似的に体験させるためなのでしょうか?

 

「ハンマーーッ!」

 

 振り下ろされるハンマー。

 私は右手を上げ、魔法を選択する。

 

「ラウンドシールド」

「でええああッッ!!」

 

 右手に等身大の円状魔法陣の盾が浮かべる。

 そこにヴィータの攻撃が突き刺さった。

 

 再び互いの魔力がぶつかる。

 先程よりも激しく魔力光が散る。

 先端を尖らせ、さらに推力を得たヴィータのハンマーは強引に私のシールドを打ち砕かんとする。

 赤い魔力光と紅色の魔力光。

 良く似た色が周囲に飛び散った。

 

 だがしかし、それでも私は動じない。

 

「な、くそ。また硬く――ッ!」

「さすが――ですが、まだいけます」

 

 互角の力。

 しかし、分は私にある。

 

 右手で相手を少しずつ上に上げる。

 魔法陣のサイズを小さく、しかし強固に構築する。

 そこに開いた隙間に左手に持つルシフェリオンを向け、私は魔力を軽く練り込む。

 

「ヴィータ。避けてください」

 

 警告をしてからリンカーコアからルシフェリオンに魔力を供給。

 ルシフェリオンを砲口とみなし、私は魔法を解き放つ。

 

「ディザスターヒート!」

「うおっ!?」

 

 赤い火球を三連射。

 杖をずらしてなぎ払うように撃ち放つ。

 放たれた赤い火球は、しかし、ヴィータに当たること無く虚空へと吸い込まれた。

 避けられた火球は青い空へと進んだ後、赤く爆ぜて消える。

 

 突撃を停止したヴィータは寸前で上へと飛ぶ事で回避していた。

 

「あっぶねえ。警告が無かったら当たってたかもな」

「大丈夫です。当たってもヴィータのバリアジャケットは貫けませんので。多少焦げるかもしれませんが」

 

 グラーフアイゼンが空薬莢(からやっきょう)を排出する音がする。ヴィータは危ないと言いつつも余裕のある表情です。警告をしましたから、避けるのも実は苦労しなかったのかもしれません。もっとも、警告をしなかったからと言っても、防御をしながらの攻撃です。威力は弱く、照準も制御も甘い状態。果して当たったとしてもヴィータを止めることが出来たかどうか……。

 

「今の、相手を離す為の牽制では使えるかもな。でも、まあ、それでも向かってくる相手にはキツイと思うけどな」

「相手次第という事ですか。覚えておきます」

 

 本当は、これで一撃を入れて相手にダメージをと考えたのですが、さすがに負担が大きいです。防御魔法を維持しながらの砲撃は、少々無理がありました。

 やはり、ナノハの使った方法が一番なのかもしれません。プロテクションの上位魔法を使用して防いだ後、バリアバーストによって爆発させる方法。闇の書から見ていたそれは、なかなかのものでしたが、しかし、あれは相手だけでなく自分も吹き飛んでしまいます。そのせいで次手に遅れが生じるかもしれません。

 そもそも、自身よりも強い相手にどこまで通じるか……。いいえ、やってもみずに推測だけしても無意味です。やはり試してみなければ。

 

「んじゃ、次はどうするだ? もう一回突撃するか?」

「ご自由にと言いたいところですが、もう一度やってみたいです」

 

 私が希望を告げると、ヴィータは軽く頷いた。

 

「それじゃ、もう一回突撃する。少し距離を取った方がいいか?」

「いいえ、このまま続けましょう。少し試したいことがありますから。それに、一撃を入れれば勝ちというルールもありますから、不利な状況だからと逃げるわけにはいけません」

「あったな。そんなルール。忘れてたけど」

 

 最初は模擬戦闘のつもりだったのですが、本当に訓練の手伝いをしてもらっています。きっと私がクロスレンジでの対応方法を模索しているとザフィーラから聞いたのでしょう。

 

「そうですか。まあ、無くてもいいです。これは訓練ですから」

「だな。あたしもその方がいい。それじゃもう一回行くぞ。アイゼン!」

Explosion(エクスプロズィオン)

 

 デバイスから聞こえる擦過音がすると、続けて炸裂音が響く。再びカートリッジを使って構えるヴィータは、どうやらもう一度叩くつもりのようです。

 

「どうぞ。もう一度防御します」

「今度はそうはいかねえぞ。その鉄面皮を引き剥がしてやるからな! アイゼン、最大出力!」

Jawohl(了解)

 

 再び加速が始まる。今度は回転しながら速度を上げつつこちらへと飛んでくる。

 これは、さらに加速を上げて打撃力を高めるつもりですか?

 

 噴射音がさらに激しく耳朶を打つ。

 唸るような音が徐々に早くなり、風きり音が身を切るが如く届く。

 だが、それでも私の選択は変わらない。

 

「ラケーテン!」

「カートリッジ ロード」

 

 振りかぶられるハンマーを目の前に再びルシフェリオンから炸裂音が聞こえ、魔力を供給する。

 ナノハ。あなたの魔法を試させて頂きます。

 

「プロテクション・パワード」

 

 穿たれる寸前で防御障壁を展開。

 差し出した右手を中心に、これまでのプロテクションとは違う重厚な障壁が生まれる。

 だが、それは相手も同じ事。

 今まで以上に強力な一撃が目の前に迫った。

 

「ハンマーーッ!!」

 

 今までとは比べ物にならない衝撃が魔法を行使する腕に走る。

 三度ぶつかる赤と紅の火花。

 グラーフアイゼンの噴射口から更に激しく炎が噴出する。

 推力が、私を押す。

 今までと全く違う。

 激しい魔法の火花が、さらに凄まじく青い空を染める。

 

 ここから反撃を、そう思った矢先。

 押し戻そうとした瞬間、魔法で創りだした絶対防御のシールドに異音がする。

 

 ヒビが、入った?

 

「ぶち抜けーーッ!!」

「くっ――これほどとは!」

 

 グラーフアイゼンの先端が、シールドへと食いこんでくる。

 ナノハの時とは明らかに違う。

 あれは、度重なる蒐集の行使によって疲弊した後だから?

 これが、ヴィータの全力――。

 

 ――ですが。

 

「負けるわけには、いかないのです。バリアバースト!」

 

 リンカーコアからの魔力の流れを全てシールドへ。

 シールドに食い込まれた一点に向けて魔力がシールドの曲面を伝って流れる。

 自分の負傷を恐れては勝てない。

 さらに収束させた魔力の塊をグラーフアイゼンの先端に向ける。

 シールドの表面が激しく波紋を広げ初め、あとは。

 

 爆発する。

 

 2人の中心で魔力が弾ける。

 衝撃が身を襲い、噴煙が視界を隠す。

 

「うわあっ!?」

「くっ。まだです!」

 

 衝撃に耐え、後ろに流れる勢いに空中でブレーキをかける。

 軋む体に、思わず唇を噛んで我慢する。

 

 まだ、勝っていない。吹き飛んだだけ。

 突然の爆発に互いに後ろへと飛ばされ噴煙から出れば、ヴィータは吹き飛ばされて空に身を投げ出しいる。

 

 まだ体勢を立て直せていない。

 今ならば確実に当てられる。

 

 先に立て直し、杖を腰溜めに構え直す。

 

「ブラストヘッド」

 

 手に持つルシフェリオンのヘッド部分が音叉状に変更する。

 より魔力を杖の先端に集めやすくした砲撃特化のフォルム。

 私のルシフェリオン本来の姿。

 

「ルシフェリオン!」

 

 私の声と共に再び響く擦過音(さっかおん)。リロードされた弾丸が内部で炸裂する。

 魔力を供給された私はヴィータにルシフェリオンの先端を向けた。

 

 撃つまでに時間が掛かる大技は出来ない。

 だから私は選択します。

 最も早く撃てる砲撃魔法を。

 

「ブラストファイア」

 

 ルシフェリオンの先端に魔力が集中する。

 4つの環状魔法陣が杖を中心に回転し、砲塔と化す。

 魔力の球体は即座に大きく育った。

 

 目標捕捉。

 

 照準固定。

 

「ファイヤ――ッ!!」

 

 砲撃開――。 

 

「そこまでだ! シュテル止めろ!」

 

 声と当時に砲撃寸前のルシフェリオンが上へと跳ね上げらた。

 目の前に青い狼の姿が現れ、砲撃状態のルシフェリオンの4つの円環は白い刃で貫かれ、膨らんだ赤く燃える真紅の魔力球は砲撃を留め置かれ、溜められた魔力が拡散する。

 

 邪魔をしたのは、ザフィーラですか。

 

「何をするのですか?」

「頭を冷やせ。その砲撃はヴィータが傷を負う」

「ああ……なるほど。申し訳ありません。傷つくのはタブーでしたね。忘れていました」

 

 そうでした。最初の約束で、傷を受けるのは禁止でしたね……。頭が冷めていく。ならば、これ以上は止めておきましょう。

 

 腕から力が抜けていくと、ルシフェリオンに込められた魔力を拡散して消します。同時に円環は消え、音叉状のヘッドは元の形へと戻しました。空薬莢を排出し、私は杖を下げて戦闘終了を告げます。

 

「それに、お前の方もひどい姿だ。一旦訓練は中断にした方がいいだろう」

 

 言われてみれば……。自分のやった事とはいえ、スカートの裾は切れ、袖は破けが目立っています。それだけバリアバーストの衝撃が強かったのですが、ヴィータを引き剥がすのに無茶をしました。

 しかし、そうしなければ引き剥がせなかったでしょう。完全にヴィータのグラーフアイゼンは私のバリアに食い込んでいましたから。下手をすれば破られていたかもしれません。

 ですが、確かにやり過ぎました。手加減なしで魔力を爆発させたのですから。

 

「くっそ。まだ頭が揺れる……」

 

 少し反省していると、ヴィータが顔をしかめて頭を振りながらこちらに来ていました。怒ったりしていないか気になります。もう訓練をしないと言われたらどうしましょうか。少し、不安です。

 

「大丈夫ですか?」

 

 恐る恐る問いかけると、ヴィータはこちらに顔を上げました。その表情に怒りがないことを見て、私は胸を撫で下ろします。

 

「ああ、あたしは大丈夫だ。ちょっと頭がクラクラするだけ」

「申し訳ありませんでした。ヴィータの一撃が予想以上に強かったので、思わず力が入りすぎました」

「まあ、あたしも少しやり過ぎたとは思ってるよ。だからお互い様だ」

「本当に申し訳ありません」

 

 頭がまだ揺れているのかヴィータはしきりに頭を振っています。

 

「いいって。それにしてもさ、まさかあそこで返されるなんて思わなかったな。あの切り返しは初めて見た」

「クロスレンジ対策の1つです。自爆技みたいなものですが」

「シュテルの防御力あってのものだ。並の防御魔法では返す前にヴィータの鉄槌に砕かれていただろう」

 

 ザフィーラの評価に相槌を打つと、バリアジャケットを修復して元に戻し地上へと一旦降りることにしました。少し水が飲みたい気分です。久し振りに攻撃を受けたせいか、口の中が乾きました。

 地上に降りて水筒を取り出して喉を潤した後、ヴィータにも渡してあげます。

 

「どうぞ」

「サンキュー。それで、今日は終わりにするのか? あたしはどっちでもいいけど」

「そうですね。魔力弾での迎撃もしたいですが……」

 

 まだ時間がありますので、今度は危険の少ない訓練に変更して続行したいです。戻ってしまっては全力は出せない為、魔力弾の数を制限しなければなりません。そういえば、ザフィーラはヴィータが騎士の中では一番魔力弾の制御が得意だと言っていましたね。

 

「ミドルレンジの戦闘は、あたしも出来るな。あたしは4つ位の制御なら出来るけど、シュテルは?」

「私は……これだけです」

 

 問われてルシフェリオンを再びカートリッジをロードさせ、パイロシューターを発動させる。周囲に12の赤い炎熱変換した魔力弾を浮かべてみせた。

 

「12個って……制御できるのかよ?」

「出来るだろうな。シュテルならば」

「はい。無理をすればもう少し増やせます」

「増やせるって、それだけ制御できるなら、あたしと訓練する必要ないじゃんか……」

「全力でやればシュテルが圧勝するだろう」

 

 確かに数が違いすぎて全力では戦えませんね。どうしましょうか。やはり合わせなければなりませんか。

 

「仕方ありませんね。では、4個に減らしてあげますよ?」

「やっぱぶっ叩く!」

「それはもう止めておけ」

 

 やれやれ。先程はあんなに冷静でしたのに、やはりヴィータの沸点は低いですね。

 

 

~~~~~

 

 

 病院から帰ってくると、シュテルちゃんとヴィータちゃんはお昼寝中でした。まるで姉妹のようにザフィーラの背中に頭を預けて眠る姿が凄く可愛い。シュテルちゃん、こんな顔も出来るのね。クラールヴィント、こっそり画像取っておいてね。

 

「留守の間、来客などは無かった」

「すまんな。2人の面倒を見てもらって」

「別に問題ない」

 

 起きていたザフィーラが律儀に報告をしてくれました。ザフィーラは仲間思いな立派な狼。最近、子犬の姿も取るけど、それはハヤテちゃんとシュテルちゃんを気遣っての事なのを私は知ってる。シグナムは笑っていたけども、わかってはいるみたい。

 

「お留守番ありがとうな。2人はお疲れさんなんか?」

「遊び疲れたようです。起こしますか?」

「いや、そのままでええよ。起こすのは可哀想やん」

「わかりました」

 

 そう返事をしたザフィーラは、2人の頭を背に乗せたまま、起こさないように自身も伏せて目を瞑った。きっとザフィーラは2人が起きるまでそうしているに違いないわ。

 

 それにしても、二人共、相当疲れたのね。本当にぐっすり眠ってる。はやてちゃんも少し眠たそうな顔をしてる。ずっと病院で検査をしていたし、車椅子だから疲れているわよね。

 

「はやてちゃんも少し横になった方がいいかも。石田先生からも今日は安静にって言われてるし」

「そうやね。私も検査してちょっとお疲れさんや。それに2人を見てたらこっちも眠くなってきたかも」

「それではベッドにしますか? それともザフィーラを枕にしますか?」

「ザフィーラの背中は一杯やから、今日はええよ。ベッドで寝る程でもないから、ソファーでちょっとだけ横になりたい」

「では、私が移して差し上げましょう」

「ありがとうな、シグナム」

 

 シグナムに運ばれたはやてちゃんはソファーで横になると、しばらくして寝息が聞こえてきた。よっぽど疲れたみたい。後片付けは私達でもできるから、大丈夫ね。

 問題は今日の夕食は誰か別の人が作らなきゃならない事かしら。

 

 夕食ははやてちゃんがメインでシュテルちゃんが手伝う事が多い。でも、今日ははやてちゃんは無理をさせれないし、シュテルちゃんは疲れて眠ってる。他のメンバーだと、シグナムやヴィータちゃんは作れないし、ザフィーラも無理。

 そうなると私しか居ない。

 

 私は料理を作るのは好きだけど、あまり評判はよくなかった。ヴィータちゃんなんて、『テラ不味い』とかいって食べようとしてくれない。でも、最近ははやてちゃんに褒められることも増えたし、今なら作れそうな気がする。

 

 うん。大丈夫。はやてちゃんとシュテルちゃんに教えてもらったレシピもあるし。夕食を作るくらい私1人でも出来るわよ。

 

「それじゃ、私が夕食の準備をするわね」

「待て。なぜシャマルが準備をする?」

「え? だって、今日ははやてちゃんは安静にしなきゃならないし」

 

 料理は結構体力を使うもの。あまり無理はさせられないわよね?

 

「それはそうだが。いや、しかし、お前が作ると主の身に危険が」

「ええぇ……それってどういう意味なの、シグナム?」

「ああそれは、いや。なんだ。味が独特というか、作り方が個性的であるというか」

「もう。大丈夫よ。ちゃんと普通に作るから。これでも、最近ははやてちゃんにも褒められるのだから。よって、今日は私が腕によりをかけて作ります!」

「ザフィーラ、今すぐシュテルを起こしてくれ」

「ちょ、ちょっと! どうしてよ?」

 

 酷い! どうしてよ、シグナム!




シュテルの使える魔法をゲーム通りにすると少ない為、必要に応じて追加します。


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5話 祭り 8月

「セット完了です。後はタイマーを設定するだけですよ、(あるじ)

「ほら、ヴィータ。もっとこっちにおいで」

「う、うん」

「シュテルはこっちや」

「はい」

「ザフィーラは前で伏せて貰ってもええか?」

「了解した」

「シャマルとシグナムは背が高いから後ろでええな」

「はーい」

「わかりました。ではタイマーをセットします」

 

 カメラのタイマーをセットしたシグナムが戻ってくると、全員カメラを見てしばらくじっと待つ。この無言の時間は思った以上に長い。ハヤテを挟んだ向こうにいるヴィータは、早くももぞもぞと動き出しています。ちなみに、足元にはザフィーラだけではなく猫達も居ます。もっとも、猫達は大人しくはしていませんでしたが。

 それにしても、まだですか? まだカメラが写す気配がありません。それから、たっぷり1分ほどしてシャッターのフラッシュが瞬きました。カメラが写した後、動かないように固まっていたしていたせいか、みんな疲れた表情です。タイマーの設定が長過ぎますよ、シグナム。

 

「な、長えよ、シグナム……」

「すまん。設定の時間を間違えたようだな。どうも機械の扱いは慣れん」

「みんなお疲れ様や。シグナムもありがとうな。次からは10秒位でええよ」

「すみません、主。次からはそうします」

 

 実は、今まではカメラを操作していたのは私でしたが、今日はシグナムが代わると言ったのです。なぜ代わりたいと思ったのかはわかりませんが、カメラの操作を覚えたい理由でもあったのかもしれませんね。

 カメラを仕舞うのを手伝っていると、先に家の中に戻っていたシャマルが戻ってきました。

 

「みんな疲れたでしょ? 中でおやつを用意しているわよ」

「やった! アイス~」

「私はかき氷でお願いします」

「ごめんね、シュテルちゃん。かき氷は買って無いの」

 

 なぜヴィータの好きなアイスばかり買ってくるのですか、シャマル? 

 

 まあ、私もアイスは嫌いではありませんが。とりあえず、先に庭で待っていた猫達に軽く挨拶をした後で家の中には戻りました。

 

 今日はハヤテの叔父様に送る写真を写すと言う事で、家の庭でハヤテの叔父様に送るための全員の集合写真を撮ったのです。

 ハヤテの叔父様はハヤテの亡くなった両親の遺産管理をしてくれているそうです。ただ、遠くに住んでいるために会う事が出来ないそうですが、手紙のやり取りだけはしているという事で、その手紙に今日の写真を送るようです。

 もっとも、すでに何度か同様の写真を送っていたかと思いますが。まあ、ハヤテの叔父様という存在は知りませんが、とりあえず今のところは関係無さそうです。

 

 アイスを食べ終わると、居間でテレビを付けてゴロゴロとします。ソファーにはシグナムとシャマルが座り、ハヤテはヴィータと会話をしています。私はザフィーラにもたれ掛かって、猫の相手です。一匹だけ庭からこちらを眺めている猫が居ますが、猫もそれぞれ個性がありますから、あえて呼んだりはしていません。来たくなれば、呼ばれなくとも来るでしょう。

 

「そうや。そういえば、もうすぐ近くの神社でお祭りがあるんよ」

「お祭り?」

「お祭りって、何かの祭典ですか?」

 

 ヴィータとの会話が一段落したのか、ハヤテがソファーの方を向いて、思い出したかのように言いました。この国のお祭りとは、確か豊穣(ほうじょう)雨乞い(あまごい)を祈って踊るのでしたね。近くの神社というのは、何時も行く神社でしょうか? あそこは踊るには少々狭い気がしますが。

 

「祭典、みたいなもんやろか? 今年はみんながおるし、せっかくやから出かけてみよかと思うたんやけど」

「はやて。お祭りって楽しい?」

「凄く楽しいよ。お祭りはな、一杯出店が出るんやで。たとえば……そやな……たこ焼き屋さんに、トウモロコシ焼き屋さんにお好み焼き屋さんやろ。後な、水風船釣りとか金魚すくいとかあるらしいで」 

「おお!? あたしも行きたい!」

「うん。みんなで行こな」

 

 どうやら祭りとは、食べ物屋や遊ぶ店が出る市のようなもののようでした。少し情報を修正します。どうも私の知識は微妙な間違いが見受けられます。おかしな事です。

 

 どちらにしても、今週の予定は決まりました。土曜日に祭りが開催されるという事です。むろん、全員参加です。私も拒否をする気はありませんので、参加予定です。少し、祭りという物に興味がありますし。

 まあ、あの神社の神主さんにはお世話になっておりますから、ここで賽銭などで貢献しておくのも良いかもしれませんね。

 

 そういえば、出店というものは誰でもお店を出せるのでしょうか? むろん、神主さんの許可は必要でしょうが。王やレヴィが帰ってきた時の資金集めに利用できればいいですね。

 

「そうと決まれば、祭りに向けて準備をせんとね。やっぱり、祭りと言えば浴衣が必要や」

「はやて。たこ焼きとお好み焼きって美味い?」

「お祭り楽しみね。浴衣って着物だったかしら?」

「どちらにしても日が無い。シャマル、必要な物を調べてくれ。買い出しが必要なら私が買ってこよう」

 

 4人共、お祭りに向けてバタバタと騒がしいですが……今日はまだ月曜日です。

 

 

 

 シャマルが調べて見つけてきたレンタル屋さんで浴衣を借りました。まだ先だというのに気の早い事かもしれませんが、無くなっても困りますし、選択肢が狭まるよりは良い事です。ハヤテが楽しそうに選んでいましね。

 

 お祭り当日の夕方、私達は浴衣に着替えました。浴衣の地の色は全員白で統一していますが、描かれた模様はそれぞれ異なっています。ヴィータなら朝顔、シグナムならばイキシアという花です。ちなみに、私は曼珠沙華(まんじゅしゃげ)です。花の色がそれぞれの魔力光を示しているとの事でした。

 

「ヴィータちゃん、顔が赤いわよ?」

「う、うるせえ。あたしは別に着なくても良かったんだ。あたしにはこんなの似合わないし……」

「そんな事無いよ。本当に可愛いで、ヴィータ」

「あ、あう」

「これが馬子(まご)にも衣装ですか?」

「シュテル、それはちゃうで……」

 

 ちなみに、ザフィーラは浴衣を断りました。どうしても服を着たくないのでしょうか? ザフィーラにとっては、毛皮の上に毛皮を着るようなものなのかもしれませんが。

 それに、お祭りで皆が出かける間、家を守ると言って付いてこないそうです。ザフィーラは真面目で堅物な忠義者です。

 

 出かけるために玄関で下駄や草履をそれぞれ履いて外に出ると、今日は普段よりも道の行く人達が多く見えました。家族連れや友達同士と見える人達が笑顔で会話をしながら歩いていって居ます。お祭りとは、そういうものなのでしょう。

 普段とは違う浮かれた……いえ、楽しそうであり、幸せそうな雰囲気を感じました。幸せそうに見えるのは、きっと親に連れられた子供の表情がそうだからでしょう。

 

「下駄って歩きにくそうだな。シャマルは気をつけた方がいいんじゃないか?」

「もう。私だってヴォルケンリッターの騎士なのよ? これくら大丈夫よ」

「そうか? さっきからつまずいてるように見えんだけど?」

「ちょ、ちょっとだけ慣れてないだけよ。それに、これって思ったよりも歯の部分が高くて……」

 

 山茶花(さざんか)を描いた浴衣を着るハヤテの車椅子を押すシグナムはさすがに危うくは見えませんが、シャマルはきっと転けるでしょう。忍冬(すいかずら)を描いているという唐草模様の浴衣が、さっきから唐突に止まっています。ハヤテを含めた3人は下駄ですが、私とヴィータは草履です。

 

「シャマルの下駄は歯が長いから難しいんよ。前倒しにして蹴る感じで歩いて、着地は後ろからやなくて、同時やったかな?」

「そうなんですか? う~~ん。こうですか?」

 

 まるで飛び跳ねるように歩き出したシャマルは、まるでブリキの人形が歩くようにぎこちないです。どう見ても違いますね、これは。

 

「あ、うーん。なんかちゃうな」

「ううう~。私もシュテルちゃんやヴィータちゃんみたいに草履にすればよかったかも」

「私はもう慣れたぞ。シャマルも慣れれば大丈夫だ」

「そ、そう? もう少し頑張ってみますね」

 

 そこから神社に着くまで、シャマルの悪戦苦闘は続きました。二度ほど転びそうになりましたが、シグナムのフォローもあってか、私の予想に反して転ぶ事はなかったです。ただ、下駄の歯はきっと、帰った頃には無くなるのではと思いましたが。

 

 

 日が落ちて空が薄暗くなった神社の境内(けいだい)は、何時もの閑散(かんさん)とした世界から一変していました。

 鳥居をくぐると、そこから先には石畳の道の左右に、普段はない露天が(のき)を連ね、明るい光を放つ提灯が沿道を照らしています。露天からは香ばしい臭いが漂い、多くの人が買い求めていました。服装も、普段着の人も居れば私達のような浴衣の人も居ます。

 

「はやてちゃん、どうぞ」

「ありがとうな、シャマル。シグナムも。ここまで重かったやろ?」

「いえ、この程度、大した事ではありません。お気遣い無用です」

「シュテルも力持ちさんやったけど、やっぱり魔力のおかげ?」

「そうですね。それもあります」

 

 神社の階段はシグナムがハヤテを抱えて登りました。さして魔力を使っている様子はなかったですから、腕力でしょう。きっと。

 

「わー。綺麗やな」

「本当に綺麗ですね」

 

 殺風景だった境内が嘘のように、今日は華やかです。人の声も多く聞こえ、屋台の熱気がここまで感じられました。これが、祭りなのですか。他の世界の祝祭は記憶にありますが、それに比べると、こぢんまりとした感じはします。

 しかし、なぜかとてもあたたかく感じる。

 

「はやて、はやて! 早くたこ焼きを食べようよ」

「お前は本当に食べる事ばかりだな」

「うるせぇな。こんな時までシュテルみたいな事を言うなよな」

「酷いですね。私が普段から五月蠅く言っているみたいに言わないでください。ちなみに、私はリンゴ飴が食べたいのです」

 

 ここにいると食欲がそそられます。夕食はここで済ます予定ですから、丁度小腹も空いていましたし、ヴィータで無くとも露天に目が行くでしょう。買ってくれないでしょうか。

 

「みんな食べるんは後でな。先に神様に手を合わせてからや」

「はやてがそういうなら、ちょっと我慢するよ」

 

 要望は後回しになり、全員揃って境内の一番奥にある(やしろ)へと向かいました。社もまた、普段とは違った雰囲気です。何時もは閉まっている扉は今日は解放され、中がよく見えました。

 何時も向かっている練習する場所へは社の横を通るため、見慣れた場所のはずでしたが……不思議な事に古ぼけていた建物が今日は本当に神様が居るような気がしますね。

 

 作法を教えて貰い、横一列になって目を瞑って手を合わせると、やがて神主の声が奥から聞こえ始めてきました。どうやら何かを喋っているようです。

 目を開けると、神主が祭壇の前で良く聞き取れない言葉で祈っているのが見えました。普段は掃除をしている所しか見た事がありませんので、神事を執り行っているらしい年老いた神主を見るのは珍しい事です。掃除だけが仕事ではないのですね。

 

「シュテルも、もうええ?」

「はい。済ませしましたよ」

「何かお願い事した?」

「いいえ。何もしていませんが?」

 

 ハヤテに顔を向けて私が答えを返すと、ハヤテは車椅子から私を不思議そうな顔で見ていました。何かおかしな事を言ったでしょうか? 確かに神社では願をかけるという事をするようですが……。

 

「でも、シュテルはお願い事があるんやろ?」

「いいえ。特にはありませんよ?」

「そうなん?」

「はい。何か問題でもありますか?」

「問題とか、そんな事はないんよ」

 

 私には願い事などありません。これといって思い当たる節も。

 しかし、ハヤテにはあるのでしょう。聞かなければわかりそうにありません。

 

「何か疑問があるのなら言ってください。私で話せる内容でしたら、話しますから」

「そんなに重大な事やないんよ。その……ほら、ディアーチェさんやったかな? そのお仲間の人と会いたいとか、そういうんは無いんかなと思っただけやから」

「それは、会いたくはありますが。なぜ願い事に繋がるのですか?」

「お願い事にならへんの?」

「願えば叶うのですか?」

 

 王やレヴィと会う事を願うなどと言う考えは私にはありません。願う必要など感じません。それは必然であり、途中で何かあったとしても必ずたどり着く帰着点であるのですから。

 

「堅く考える必要はないよ? 気持ちの問題やから」

「ならば、願う必要など無いでしょう。なぜならば――」

「ええと、はやてちゃん。その話はまた今度にしませんか? そろそろ移動しないと、その、後ろの方達が……」

「主はやて。そろそろ行きませんと後ろの人達が困っています」

 

 言われて気づきました。後ろから祭りの熱気ではない熱が感じます。振り向けば、こちらを睨む多数の人達がいます。これが、怒りのオーラでしょう。もうすぐ爆発しそうですね。

 

 慌てたハヤテと騎士達は横へと移動しました。神主が住む住居の方も人が多く見られるため、少し奥の方まで場所を移して集まります。ハヤテの方を見ると、うつむいていました。先ほどの話の続きをするのかと思いましたが、どうやら続かない様子です。

 

「では、これからどうしますか、主? 出店を回りながら食べたいものでも買って食事を取りますか?」

「あたしはたこ焼きとお好み焼きが食べたいなー。あと、じゃがバターとフランクフルトもな!」

 

 ここに来るまでにヴィータは新たな食べ物に目星をつけたのでしょう。さすが八神家の暴食魔神。目ざといですね。

 

「そうやね。でも、食べながら歩くのは車椅子が邪魔やから、ここで食べてから回ろうか」

「車椅子が問題なら、私が抱えてもいいですが」

「ありがとうな。でも、それはちょっと恥ずかしいから、ここで待っとるよ。みんなで買ってきて貰ってもええか? ご飯を食べてから、みんなで出店を回ろうな」 

 

 出店を回るならば車椅子があるので同じ事ではと思いましたが、食べながら歩くのも面倒かもしれませんね。ゴミの問題もありますから、ゴミ箱の近くに集まった方が利便性が高いです。ここにはゴミ箱がありますし、ベンチもありますから都合が良さそうです。

 

「それじゃあ、私がはやてちゃんのそばに残りますね」

「シャマルも一緒に行ってきてくれんか? ヴィータが沢山買ってきそうやし、シャマルも食べたい物があるやろ?」

「それは……ですけど」

「ええから行っておいで。ここなら神主さんの家も近いし、私は1人でも大丈夫や」

 

 結局、はやてに説得された騎士達は何を買うかを相談した後、お金をハヤテから受け取って出店に向かいました。私もリンゴ飴を買うために出店に向かいます。ヤキソバやたこ焼きなどは買ってきて貰えるので、他の物を買う気はありません。

 

 それにしても……先ほどのハヤテの態度には違和感がありました。なぜ、ああまで願い事にこだわるのでしょうか? 闇の書でも関わっているのですか? それに、食事にかこつけて騎士達を遠ざけるそぶりも少し気になります。まるで隠し事でもしているような。

 

 疑問が()きましたが、この時期ならば何も起きませんから大したことではないと結論づけます。それよりもリンゴ飴を買わなければ。売り切れていたら困ります。

 

 暗い境内の隅から明るい雑踏の中へと足を踏み出します。金魚すくいも気になりますが、急ぎましょう。それにしても金魚救いとは、ここで救われなかった金魚はどうなるのでしょうか?

 

 謎です。

 

 

~~~~~

 

 

 私は死ぬのは怖くありません。人はいつか死ぬんやから。ずっとひとりぼっちやったから、そう思ってた。両親を事故で失った時から、怖いもんなんてなかったから。誰にも迷惑をかけずに死ぬんやと、そう思ってた。

 

 せやけど、今は違います。

 

「あ、ぐっ……う」

 

 胸が痛む。ここに来たときから、少しうずいていた。みんなを遠ざけてよかった。こんな姿を見せたら、きっとみんな心配する。

 

 痛みは大したことじゃない。体の痛みは耐えられる。どんなに痛くとも、痛くない。こうして考え事をしてれば忘れられる。耐えられなければ病院に行けばええだけ。何も怖くない。私が怖いのは病気やない。

 

 みんなを守りたい。幸せになって欲しい。だから、今を守りたい。でも、病気のせいで出来んかったら……それが怖い。みんなを失うのが怖い。置いていくのが怖い。

 

 私は自分に望んだりせえへん。私が望むんは皆の事だけ。みんなに幸せになって欲しい。みんなのマスターになった時から、その気持ちは変わりません。そばに居てくれれば、私は幸せやから。だから、闇の書に願う事も無いんです。

 

 シュテルには悪い事をしたかもしれんと、そう、最近は思うようになった。シュテルには大切な仲間がいて、その人達は今も闇の書の中にいるらしい。せやから、シュテルは私達と距離を取って、そばには来てくれへん。それは仕方のない事やと、私は思った。

 

 でも、その姿が自分の昔の姿とダブって見えた時、私は行動を起こす事に決めた。1人で待つのは辛くて、寂しい事やと知っていたから。だから、一緒にシュテルの大切な人達が来るまで待ってあげたいと、そう思ったから。シュテルは私の大切な家族やから……。

 

 まるで罪の茨が心臓に絡んでいるように胸が痛い。先ほどより痛みが激しい……。私の無責任な行動を責めるように。本当はそうやないと言うように。綺麗な言葉で飾るなやと言うとる気がする。本当の自分の気持ちは、私にはわかりません。みんなの為に頑張りたい気持ちは嘘やない。せやけど、なんや痛むんです。本当は違うというみたいに。

 

「どうかしましたか?」

「う、ん……シュテルか?」

 

 顔を上げると、シュテルが両手にリンゴ飴を持って私を見とる。気づかれたらあかん。顔を普段の表情にせな。

 

「はい。リンゴ飴を買ってきましたが……ハヤテ、大丈夫ですか?」 

「あ、うん。大丈夫や。ちょっとお腹が痛くなっただけやから、もう平気やで」

「はあ、そうですか? 無理はしないほうが良いですよ」

 

 シュテルを見ていると、痛みが引いていく気がする。いつも無表情なシュテルの顔が、少し心配そうや。表情が乏しいからわかりづらいけど、実は感情が豊かな子や。計算高いかもしれんけど、情が深くて優しくて寂しがりやさん。だから疑問に思ったかもしれん。

 

「シュテル、さっきの話やけどな」

「……願いの事ですか?」

 

 聞いてみたい。なんで願わんのか。どうして、お願い事にならないのか。

 

「そうや。お願いせんのはなんで? 会いたいんやろ?」

「そうは言われましても。願うような事ではないからですよ」

「でも、会いたかったらお願いしてもええんやないの?」

 

 ちょっとしつこいかもしれんと思った。せやけど、怒るかもしれんとは思えない。シュテルは優しいから答えてくれると、そう私は期待しとる。シュテルの表情は変わらず、呆れるふうもなく、私の期待を裏切らない。

 

「いえ、不要ですよ。なぜならば、それは必然だからです」

「必然ってなんで?」

「それは簡単です。私達は3人で1つの構成体(マテリアル)なのです。ですから、願う必要など無いのです。私達は必ず出会う事が出来ますから。間違いのない当然の帰着です。なのに願うなど、時間の無駄じゃないでしょうか?」

 

 シュテルは2人を信用しとるんやと、そう感じた。必ず2人に会えるんやと信じてる。そこには他者が入る事は許されへん。私もそこには入れない。でも、それは仕方がない事やと、そう納得できる。ここまで強い絆なら、願う必要も無いのかもしれない。

 

 思い出してまうな。家族を失った後も待ち続けた私の姿を。事故なんて嘘で、きっと帰ってくると信じていた私を。でも、私とシュテルは違う。あの時の私は両親の死を受け入れてなかっただけで、シュテルのとはちゃう。私は心のどこかで信じてなかったんやから。

 

 シュテルは待ち続けるんやろうか……。ずっと信じて。

 

「そう、なんや……そっか、当然なんやね。私と闇の書さんや騎士達との出会いも必然やったんかな」

「そうですね。そうかもしれません」

「そっか。せやったらシュテルと会うのも?」

「さあ、それは……しかし、すでに起きた事に対して、その出来事が必然かどうかを論じても意味は小さいかと」

「そうやね。その通りやね」

 

 私は3人の中には入れないかもしれん。でも、一緒には居られる。シュテルは私の家族やから。

 

「はい。そうです。ですから当然であるのに願いなどしません。そもそも、私達に願いなど不要です。必要ならば、私達自身の力で手に入れます。むろん、手に入らないのは私達自身の不甲斐なさのせいです」

「シュテルは強いんやな」

「そうでしょうか?」

「そうやと思うよ」

 

 私は私の事で願う物なんてない。私の願いは、みんなが幸せでそばにいてくれる事なんやから。せやから、私は願いたい。シュテルの大切な人達が来てくれる事を。それまで、一緒に待ってあげたい。

 

「ごめん。なんでもないよ。そうや、リンゴ飴を貰ってもええ?」

「はい。では、どうぞ。一番大きいのを頂いてきました」

「わぁ。ほんまに大きいな~」

 

 

 みんなに幸せになって欲しい。

 みんなのそばでずっと居たい。

 みんなを守りたい。

 

 私は死ぬのは怖くない。

 でも、死んでしまったら、騎士達やシュテルはどうなってしまうのかを考えると、怖い。

 みんなの為にも、私の為にも生きていたいと、今は、そう思います。

 

 だから、お願いをしました。

 みんなが健康で幸せな日常をおくれますように。

 シュテルがちゃんと会えますように。

 病気が全快……は無理だから、少しでも良くなるように。

 

 私は今が幸せです。

 この平穏で幸せな日常を失いたくはないんです。

 

 だから。

 

 

 誰にも奪われたくないんです。

 たとえ、相手が神さんでも。




曼珠沙華(ヒガンバナ・彼岸花)

花言葉には、

「情熱」「独立」「再会」「あきらめ」
「悲しい思い出」「想うはあなた一人」「また会う日を楽しみに」


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6話 料理 9月

途中で追加分


 8月は過ぎさりましたが、まだ日の光は強く残暑が厳しいです。

 しかし、頬に当たる風は少し涼しく感じます。もうすぐ秋になるのでしょうが、木々が色づくのはまだまだ先の話です。いまだ青々と茂る木々も、やがて葉が散るかと思えば、最後まで精一杯に生きようとするかのように見え、生命の力強さを見ている気がします。

 

「やっぱりシグナムの胸が一番やな!」

「主……困ります」

 

 ハヤテ……。凄く虚しくなってきました。横を見ればソファーの上でハヤテがシグナムを襲っています。まさしく言葉通りの状況。あのハヤテがシグナムに馬乗りになって胸に顔を埋めています。八神家ではハヤテの胸部への異常な執着は有名ですが、朝からこれを見る事になるとは。

 

「はやてちゃんはシグナムのがお気に入りなんですよね。私なんか、大きいだけだから」

「そんなことないで。シャマルの胸は優しい感じや!」

「わー。そうなんですね~」

 

 優しくない胸って、なんでしょうか。そのへん、はっきり聞いてみたい気がします。

 

 リビングには私を含め、4人と1匹が居ます。今日は朝からヴィータが居ません。なぜなら、ゲートボールというゲームの大会に出る為に早朝から出かけているのだそうです。いつの間にかヴィータは外にも知り合いを作っている事に驚きました。

 

 ところで……ゲートボールというのはボールを木製の槌で叩いてゲートを通すゲームだそうですが、何故かヴィータがデバイスでボールを叩いていそうな気がします。老人達に囲まれながらグラーフアイゼンを振るう姿が目に浮かぶのですが。まさか、そんな事に使ったりはしないでしょう。

 

「主はやて。そろそろ病院の時間ですよ?」

「もうそんな時間なん?」

 

 胸を揉まれながらも忠言をするシグナムの姿が、何故かとてもシュールな光景に見えました。

 

「約束の時間に遅れると石田先生に怒られるのではありませんか、主?」

「うーん、そうやね。シグナムと遊ぶんはまた今度にしよか」

 

 ほっとするシグナムですが、きっと今日の夜に同じ目にあうでしょう。今日は確か、シグナムがハヤテと一緒にお風呂に入る予定ですから、風呂場で襲撃される可能性が高い。

 ご愁傷様です。

 

 

 ハヤテが病院へと向かう準備を終え、シグナムとザフィーラが付き添いで向かう事になりました。居残りは私とシャマルで決まりました。ザフィーラは病院に入れないと思いますが、今日は同行をしたいそうです。

 散歩にいきたいのでしょうか? 犬の散歩的な感じで。

 

 玄関先で2人とザフィーラを送り出すと、後は暇になります。残念ながら今日は魔法の訓練に付き合って貰えそうにありません。そうなると本を読むか1人で魔法の練習ですが。

 

 そう考えながらリビングへと戻ると、シャマルが何か物問いたそうな顔をして待っていました。

 お手伝いでもあるのでしょうか? リビングに入ってからしばらく待ってみましたが、言い難そうにしています。

 少し待つのが面倒になってきました……用があるなら早く言っていただければありがたいのですが。

 

「何か用でもありますか?」

「ええと、シュテルちゃん。あのね。そのう……」

「はい、なんでしょうか?」

 

 問いただしてみると、シャマルは胸の前で手を握って前のめりになりました。

 

「私に料理を教えてください!」

 

 料理……シャマルは家事手伝いに積極的です。むしろ、シャマル以外の騎士達は苦手としていて、あまり積極的では無い感じです。それは、出来る範囲で手伝いはするという事で、やらないという事ではありませんが、シャマルに比べると自発的にと言うわけでもありません。

 

「それは……別にかまいませんが。どうして急に?」

「そ、それは……ええと、そのお……」

 

 言い淀んで頬を人差し指で掻くシャマルは、どうも

 

「みんなを驚かせたかったの。みんな、私が作ると嫌そうにするでしょ? だから、ちょっと見返したいかなって。それに、いつもはやてちゃんに作ってもらっているから、たまには私が料理で貢献したいなー、なんて思ったのだけど」

 

 シャマルの料理の腕はお世辞にも良くはない。皆が嫌がるのも無理はありません。なぜか不可思議な味になるのです。栄養は十分なのでしょうが。

 そういえば、ヴィータはテラ不味いと言っていました。

 

 なるほど、自分の苦手分野を克服したいわけですね。その気持は私にもよくわかります。私もまた、苦手なクロスレンジでの戦闘を克服する為、日々の研鑽を怠っていません。

 

「よくわかりました。今でも十分にシャマルは貢献しているとは思っていますが、さらに貢献したいという気持ちは良きことです」

「そう?」

 

 向上心というのは誰しも持つべきであり、それは応援されるべきなのです。

 

「良いでしょう。その気持ち、確かに受け取りました。私もそれほど腕に覚えはありませんが知識はあります。私が責任を持ってシャマルを一流シェフに仕上げてみせましょう」

「あ、ありがとう。でも、そこまで凄くなくていいのよ? 普通で、普通でいいの」

「わかっています。お任せください」

 

 わかっています。それは謙遜です。

 

「シュテルちゃん? 本当にわかってるの?」

「ご安心ください。ではまずは買い物に行きましょう」

 

 さて、まずは買い物から。今日はどこのスーパーがエビの特売日でしたでしょうか?

 

 

 

 幾つかのスーパーや鮮魚店を周り、私達は買い物から家に帰ってまいりました。手には多くの戦利品を抱えての帰宅です。ざっと3日分といったところでしょうか。まあ、これが3日分になるか1食分になるかはシャマル次第です。

 

 今日は使わない予定の食材を冷蔵庫や戸棚にしまい、エプロンを装備し台所に立ちます。

 まずは、準備からしましょうか。

 

「さて、では最初にご飯の準備をしたいと思いますので、お米を研いでください」

「あれ、思ったよりも普通ね。でもそれは流石に出来ると思うけど」

 

 そう言ってマ◯レモンを手に取るシャマル。

 すぐにその手を(はた)きます。

 

「痛いっ!」

「何をしてるんですかシャマル。水だけで洗ってください。スポンジも要らないです。お米はボウルに入れてください。違います。それはザルですよ。ボウルはこれです。それも違います。タワシでどうするつもりなんですか? 手で洗ってください。いいえ、それではお米が破壊されます。こうするんですよ」

 

 研ぎ方を見せ、同じようにやってもらう。手付きが怪しい感じですが、まあ今はいいでしょう。

 

「では水を捨ててください」

「捨てるのね?」

「は?」

 

 躊躇いもなく、シャマルは捨てた。

 

「シャマル……なぜ米も捨てるのですか。あなたはいったい、なんのために研いでいたのですか?」

「ご、ごめんなさい。だって、捨ててって言われたから」

 

 水も米も、なんの躊躇いもなく捨てた。

 

 シャマルに怒りつつ米を拾い直します。米の一粒は農家さんの血の一滴なのです。無駄には出来ません。

 悪戦苦闘しながらも、なんとか米を研いで炊飯器にセット。

 

「お米の量に対して水の量はここでわかります。内側に線が書いていますので簡単です」

「本当に簡単なのね。もうちゃんと覚えたから、次からは一人でもできそう」

「そうですか、それはよかったです」

 

 たぶん無理かもしれない。

 自信満々に話すシャマルを見て、私は心の中ではそのような予感を感じます。が、やっていれば流石に覚えるはずです。

 今まではどうしていたのでしょうか? ハヤテの手伝いをしていたと思うのですが……そういえば、(おも)に盛り付け担当だったような気がします。

 

「では、次に前菜ですが」

「シュテルちゃん、普通でいいの。本当に普通でいいから」

「そうですか?」

 

 普通ですか……メニューを変える必要がありますね。

 

「では、普通にエビとブロッコリーに玉ねぎを使った簡単なサラダを一品と、エビチリでいかがでしょうか? サラダは玉ねぎは切るだけ。エビとブロッコリーは茹でるだけですよ。エビチリは少々手をかけますが」

「茹でるだけなら簡単そうだけど、エビばかりね」

「今日はエビの日ですから」

 

 本当に海老の日なんですよ?

 

 

 材料を準備し、いざ調理開始です。

 

「では、シャマル。最初にエビの準備をしましょう。では、まずはエビの背ワタから取ります」

「わかったわ。背ワタ……おかしいわ。ワタが見当たらないのだけど」

「綿じゃないですよ? ここの黒い筋です。この串を使って殻と殻の間からこのように取ります」

「こう? あ、取れた。こうするのね」

 

 大丈夫。私が横で見ていますから大丈夫。

 

「ブロッコリーも茹でますが、先に小分けしておきます」

「そうやるのね。これは出来るから任せてね」

 

 流石にこれはわかりますね。慣れた手付きでブロッコリーを小さく割っていきます。

 ここでブロッコリーを上下に小分けしたらどうしようかと思いました。

 

「塩を少々入れて茹でます。この時、エビとブロッコリーは別々に茹でます」

「はい。では私が時間を見てるわね」

「お願いします。エビの時間だけは絶対に気をつけてください」

 

 ブロッコリーは最悪溶けても別にいいのですが、エビはいけません。この料理の肝はエビなのです。

 さて、茹で上がる間に細々とした準備をしておきましょう。

 

 無事にエビとブロッコリーが茹で上がったので次に進みます。

 

「では、玉ねぎはこう半分にまず切りまして、芯の部分を取り除いた後、繊維を切るように薄切りにします」

「こうかしら?」

「玉ねぎの向きが違いますよ」

 

 さっと玉ねぎの向きを直してあげる。

 切り方は、悪くないですね。ちゃんと猫の手が出来てます。こう、指を丸くするあれです。

 

「あとは味付けですね。塩と胡椒と……シャマル、オリーブオイルを取ってください」

「はーい。これね? 他に必要なのはある?」

「では、パセリをみじん切りにしてください」

「わかったわ」

「待ってください、シャマル。今日はパセリの茎は使いません。葉の部分だけちぎってください」

 

 いきなり茎の部分から千切りにしようとしたのでストップをかける。危うく茎をみじん切りにされるとこでした。今日はパセリの葉の部分しか使いませんが、茎は魚の臭みを取る時などに使います。

 

 なお、このパセリは私が立派に育てました。

 

「では、これを混ぜまして完成です」

「一品が完成ね。これなら私も出来るかも」

 

 そうでしょうか?

 

「さて、次はメインのエビチリです」

「ここからが本番ね。よろしくお願いします、シュテル先生」

「お任せください」

 

 とりあえず、一品は出来ました。

 では、本日のメインイベントを開始します。

 

「エビは殻と頭と尻尾を剥きます。こんな感じです」

「はい。こうですか?」

「いい感じです、シャマル。そして、長ネギにニンニクと生姜をみじん切りにします」

「はーい」

「違います。それは細ねぎですよ」

 

 なぜか出ている細ねぎ。なぜ、そこに細ねぎを置いているのか、謎です。

 私は出した記憶がありません。

 

「では、ボウルにこれらを入れまして片栗粉を振り掛けながらもみます」

「こうかしら?」

「それは小麦粉ですよ。ベタなネタですね……」

「違うの! 本当に間違えたのよ! だって、見ただけじゃわからないし!」

 

 なぜか出ている小麦粉。本当に私は出してませんよ。なぜあるのですか? 

 そして、なぜ私が指定していない物を使おうとするのか。

 

「しっかり付けましたら、一旦ボウルから出してボウルを洗い、もう一度エビを入れまして今度は塩コショウで下味をつけます。後、片栗粉を水で溶いておきます。片栗粉はこれです。この小さいボウルで片栗粉を溶いてください。小麦粉ではないですよ」

「もう! わかってるわよ!」

 

 心配になったので片栗粉を渡してあげる。いえ、本当に謎なのです。シャマルが出していたようには見えなかったのですが……。

 

 別枠でケチャプや鶏ガラスープ等を混ぜて準備は完了です。

 

「さて、では焼きます。シャマルが焼いてくださいね」

「なんだか緊張するわ。失敗しちゃったらどうしよう」

「ちゃんと横で見てますから大丈夫ですよ。ですが、エビの危機と判断した場合は強制的に交代します」

「シュテルちゃん、エビは厳しいわよね」

 

 エビがメインですから仕方がないのです。

 

 エビを焼き、作っていた物を入れていく。後はとろみがつくまで焼けば終了です。

 まあ、色々ありましたが、なんとかエビチリも完成しました。

 

「完成です」

「やったわね! ありがとう、シュテルちゃん。ちょっとだけ私も料理に自信がついた気がするわ」

「いえいえ。シャマルの努力の賜物ですよ」

 

 疲れました。練習とはいえ、やはり美味しいご飯が食べたいですからね。

 

「ところで、シャマル……それはなんですか?」

 

 シャマルが手のひら一杯に赤い粉を持っていました。

 

「ええっと……辛味が必要かなって思って、チリペッパーを少々。同じ赤色だし、合うかなって」

「ハヤテとヴィータが泣くので止めてあげてください」

 

 その量は私でも嫌です。

 

 

~~~~~

 

 

「これ、シャマルが作ったのか?」

 

 ヴィータちゃんの第一声はとっても失礼だと思う。

 みんなも料理を見る目が、凄く疑わしそう……ちょっと酷くない?

 

「そうよ。私とシュテルちゃんの合作なの」

「なんだ、シュテルが作ったのか」

「それなら主が食べても大丈夫か」

「俺も食べよう」

 

 シュテルちゃんが関わってると知った途端、みんなの態度が変わる。

 確かに、今まで何度か失敗はしてきたけど、私も一生懸命、料理の勉強もしたのよ? 

 

「私が監修してシャマルが作りましたよ」

 

 シュテルちゃん、なんだかんだ言っても優しいのよね……涙が出てきそう。

 

「シュテル、ちゃんと監督したんだろうな?」

「毒見はしたのか? してなければ主にはお出しできないぞ」

「ちょっと! みんな酷いわ!」

 

 流石にもう許せない! 

 どうしてそこまで言われなきゃならないのかしら? 本当にちょっと失礼じゃない?

 

「もう、みんなしてシャマルを虐めたらあかんよ? それにしても……エビだらけやな」

「今日は海老の日なのですよ? 特売でした」

「へーそうなんや? まあ、たまにはええか。どう考えてもシュテルの策謀の結果やと思うけど」

「それはうがち過ぎというものですよ、ハヤテ」

 

 はやてちゃん、諌めてくれてありがとう。私の味方ははやてちゃんとシュテルちゃんだけね。

 

 ようやくみんなが席に付き始めたなか、シグナムだけがこちらに寄ってきた。

 私の料理を毒だなんていうシグナムなんて知らないわ。

 

「そうむくれるな。冗談だ、シャマル。今日は美味しそうだと思っている」

「本当にそう思ってくれてるの? シグナム」

「ああ……シュテルと作った後で変なのは入れてないだろうな?」

「シグナム、これ以上言うと怒るわよ?」

「すまん、悪乗した」

 

 罰が悪そうな顔をするシグナム。珍しい表情だわ。

 

「シグナムは引き際を心得てないからなぁ」

「うるさい。さっさと席につくぞ」

「はいはい。あたしに当たるなよな」

 

 まったく、もう……でも、シグナムは本当に変わったわ。

 こんな冗談なんていう人じゃなかったもの。まして、悪乗なんてする人じゃなかった。

 

「ほな、みんな。いただこうか」

「いただきまーす」

 

 席に付き、いよいよ食事が始まる。

 さっきの出来事を忘れるくらいドキドキする。

 みんな、美味しいって言ってくれるかしら? 大丈夫よね、シュテルちゃん?

 

「お。これならいける」

「ふむ。確かにこれなら美味しいな」

「美味しいぞ、シャマル」

 

 よかった……本当にちょっとだけ心配だった。

 

「シャマル。本当に美味しいで」

 

 ああ……よかった。

 

 主の笑顔を見ると幸せでいっぱいになる。

 

 私達がずっと望んでいた平和な日々。まるで春の日差しのような暖かく優しい温もりを与えてくれる現代の主。

 こんな素晴らしい日が来るとは思わなかった。

 みんなで冗談を言い合って、美味しいご飯を食べる。

 なんでもない日常が、これほど愛おしくなるなんて。 

 

「はやてちゃん、ありがとうございます。まだ沢山ありますから、おかわりしてくださいね」

「沢山? あとどれくらいなん?」

 

 あ……急に日差しに曇りが。

 

「ええと。ちょっと作る量を間違えたみたいで……まだ6人分くらいあるの」

「6人分? ああ、なるほどな……シュテル、やったやろ?」

「はて、なんのことでしょうか。私には身に覚えがありません」

「ヴィータ、シュテルを確保や!」

「お、おう!」

「冤罪を主張します。これはエビ業界の陰謀なのです」

 

 それに、今はもうひとり頼りになる家族がいるから。

 

 このまま永遠に続けば良いのに……本当に、ずっとこんな日々が。



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7話 平和(Frieden) 10月27日

 夏は過ぎると、あれほど暑かった日差しも和らぎ、風も涼しく少し肌寒くなりました。蝉の鳴き声は聞こえなくなりましたが、代わりに夜になればコオロギが鳴いています。本当に過ごしやすい季節になったものです。

 

 ゆっくりしているとヴィータが近づいてきました。

 

「訓練はいかないのか?」

「そう言うヴィータもゲートボールはいいのですか?」

「今日は老人会があって休みなんだよ。行かない人も居るけど、人数居ないと面白くないからな」

「そうなのですか?」

 

 ヴィータはご近所のお年寄りの方達に誘われて、ゲートボールという遊技を遊んでいます。

 そうそう。そういえば表彰状とメダルを取って来た事もありましたね。何故かヴィータがデバイスでボールを叩いている姿が目に浮かんできます。老人達に囲まれながらグラーフアイゼンを振るう。まあ、そんな事に使ったりはしないはずです。

 

「ゲームでもすっかな」

「私の事は気にせず遊んでいてください」

 

 今日はハヤテの定期検診の日です。午後から出かけるそうで、付き添いにシグナムとシャマルとヴィータがついて行き、私とザフィーラが留守番をする予定です。本来であれば検診の日は魔法の訓練の日ですが、今日はザフィーラしか居ませんし、返却日が間近に迫っている本がありますから、本を読もうと思っています。図書館の職員の方に迷惑をかけるわけにはいかないでしょうから。

 

 訓練といえば、最初にヴィータに付き合ってもらって以降、支援タイプのシャマル以外のザフィーラとシグナムにも手合わせをしていただきました。

 ザフィーラは格闘タイプでしたから、私にとっていい相手でした。ザフィーラは私がクロスレンジでの戦闘技術を磨く事に否定的でしたが、近接格闘術を教えてもらう事が出来ましたので、相手と接近しても戦う術を手に入れる事が出来ました。

 クロスレンジが得意な相手では後れを取るのは当然でしょうが、やはり、ロングレンジを中心に戦う者としては、接近されたときの対処方法は多く持っていたいものです。それに、ナノハ相手ならむしろ戦闘を優位に立つ事ができるかもしれません。

 

 そして、シグナムとの手合わせは中・近距離での高速戦闘でした。剣が蛇腹剣という種類になるでしょうか。対処が難しく、苦戦させられました。やはり、3人の中ではシグナムが頭ひとつ抜けている印象です。

 

「また本を読んでるのかよ。まあ、別にいいけどさ、たまには遊んだらどうなんだよ? ゲームも反射神経が鍛えられて面白いぞ?」

「そうですね。ですが、この本の返却期日が迫ってますので。また今度、お誘いください」

「そうかよ。まあ、別にいいけどさ。ザフィーラはゲームする?」

「いや。俺はいい。"てれびげーむ"とやらは、何が楽しいのか俺にはよくわからん」

「なんだよ、二人してさ。もういいよ。1人でするから」

 

 午前中はシグナムとハヤテとシャマルが買い物に行っているため、3人が居ません。居残り組の私とザフィーラに相手をして貰えなかったヴィータは1人でテレビの前に陣取ってゲームを始めました。

 その様子を見ていると、私達、闇の書から生まれた者達の中で、ヴィータがこの世界に一番馴染んでいるように見えます。テレビを見たり、ゲームで遊んだり、ゲートボールをしたりと、楽しんでいますし、この世界の機械の操作も慣れていますから。

 

 慣れてきたと言えば、他の騎士達もそうでしょう。シグナムは近くの剣道場で子供相手に剣を教えていますし、シャマルは近所の奥様方と仲が良いです。ザフィーラは周囲に迷惑をかけないために外出時は常に子犬化するのですが、最近、首輪をつけて散歩に……。これは……いいえ、本人がそれで良いのでしたら、何も私に言う事はありません。忘れましょう。

 

 ザフィーラはともかく、騎士達はそれぞれこの世界でやりたい事をやるようになっています。むろん、主であるハヤテを忘れているわけではありません。ハヤテの負担にならないよう、ハヤテを一番に考えているのは変わりません。それでも、闇の書が起動し、この世界に出て来てから騎士達は大きく変化しました。

 

 ハヤテが蒐集を望まず、代わりに望んだのは"平穏"。平和しか知らなければ、きっと退屈でしかないのでしょう。毎日、刺激の無い同じ事の繰り返しに思えるかもしれません。ですが、騎士達にとって平穏とは非日常の世界なのでしょう。

 

 剣を取る必要も、誰かを傷つける必要も無い。そんな平穏な日常は、騎士達を変えていきました。今の騎士達は、人と何も変わるところは無いように見えます。そう。騎士達は"普通"の人に見えました。

 

 私も変わったのでしょうか? ハヤテや騎士達と日々を共に過ごす事で。変わったのか、変わらないのか、私にはわかりません。

 もっとも、普遍などというものはこの世に存在しませんから、変わる事が嫌だとは思いませんが。しかし、もし変わったとしたら……それは、私にとって良い事だったのでしょうか? 

 

 それは、わかりません。なぜならば、まだ……そう、まだ何も始まってなどいないでしょうから。

 

「なに真剣な顔をしてんだよ?」

 

 ヴィータがこちらをじっと見ていました。心配をしている顔です。以前ならば、きっと胡散臭い者を見る目を私に向けていたでしょう。ですが、今のヴィータの私を見る目は違うのです。これは、私の騎士達との円滑な関係を保つ為の結果なのか、それとも私が変わったことによるものなのか。

 

「……いえ、別に何でもないですよ」

「そうかよ。まあ、あたしは別に気にしてなんか無いけどさ」

 

 そういいながらも、ヴィータの表情が晴れる事も、視線を外す素振りも見えません。まったく、仕方無いですね。

 

「本当に何もないですよ。それよりも、ちょっとだけゲームに興味を持ちました。私もしてみていいですか?」

「ふーん。まあいっか。じゃあ、やろうぜ! 2P対戦でもするか? あたしは上級者だから手加減してやってもいいぞ?」

「では、お言葉に甘えます。ヴィータはコントローラを逆にしてください」

「おまえ、それ出来るわけ無いだろ!」

 

 ようやくヴィータの顔から憂えるような表情が消えました。騒ぐヴィータを見ていると、なぜか落ち着けます。これで何時も通りですね。

 

「あたしはこれにするかな。シュテルはもう決めたのか?」

「ええ、そうですね……では、この子にします」

「お。マニアックなのを選んだな」

 

 私も手慣れてしまいましたね……よしましょう。今は考えても仕方がありません。思考を切り替えます。

 

「可愛かったので選びました」

「まあ、初心者はそんなもんだよなぁ。もうキャラ変更は無しだからな。よーし、いっちょもんでやるか」

 

 ヴィータは知らないのですが、私はこのゲームの初心者ではありません。ヴィータが外に出ている間に遊んでいました。ハイスコアの上位はすべて私だと気付いていないようです。

 

「負けた方がジュース買ってくるでどうだ?」

「それで良いですが、ビギナーズラックで勝つかもしれませんよ?」

「んなことあるわけねえよ。そういう可能性のないゲームだからな。そもそも、あたしはエンディングまで見たんだぞ。もし、あたしが負けるなんて事があったら、お菓子も買ってきてやる」

 

 買ってきて貰いましょう。

 

 

 午後になり、4人が病院に出かけました。私はヴィータに買ってきて貰ったジュースとお菓子をテーブルに並べ、本を読みます。むろん、ジュースとお菓子はゲームで勝利して手に入れた戦利品です。

 ヴィータは初心者がハメ技とか使えるわけがねえ!とか言っていましたが、初心者じゃないので使えて当たり前です。実力を隠すのは戦略ですよ。

 

 そう、隠すのは戦略です。目的の為に必要な事なのです。それはわかっていますが、しかし、面倒になったものです。本当に、いろいろな事が変わってしまいました。それが良いか悪いかは、私には判断がつきません。

 

 私はハヤテと騎士達をずっと見てきました。最初の頃こそぎこちない表情であったのが、怒ったり笑ったり悩んだりと、沢山の表情を見るようになりました。この数ヶ月、沢山の出来事があり、多くの変化を生みました。それもこれも、平穏だからこそなのでしょう。

 その平穏も、もうすぐ終わりを迎えます。

 

 私はハヤテと騎士達の中には入れない。仲が深まれば深まるほど、そう思うのです。なぜならば、私は平穏を望んでなどいないからです。これから起こる日常の崩壊こそ、私の目的の為の最初の一歩となるのですから。

 だからこそ、私は騎士達のようにハヤテを思うなど出来ないのです。私は騎士達とは違う。私はマテリアルなのですから。

 

 ですが、なぜでしょうか……ハヤテと騎士達の事を考えると、胸がチクリと痛みます。罪悪感や後ろめたさがあるのかもしれません。しかし、それでも、時が来れば私は元に戻るためにこの家を去るでしょう。だからといって、去る事でこれまでの平穏な日常を忘れる事ことはありませんし、ハヤテや騎士達との友誼が消えてしまうとも思いませんが。

 

 いや、もしかしたら消えてしまうかもしれませんね。知っていて、私はハヤテも騎士達も闇の書の餌にしようとしているのですから。

 

「どうかしたのか? 先ほどから本をめくる手が止まっているようだが」

 

 少し離れたところで寝ているというのに、よく見ていますね、ザフィーラは。まあ、私の監視役として、いつも見張っていましたから。ただ……その頃とはずいぶんと私を気にする理由が違うのもわかっています。

 

「いえ。大したことではありません。ちょっとヴィータに酷い事をしたかと思っていました」

「その事か。正直に言えば少しやり過ぎではないかとは俺も思ったな」

「勝利を得るための戦略的な選択です。それに、女性とは隠し事をするものですよ?」

「そういう事は俺にはわからん。むろん、戦略的な事もな。だが、気にするならばやらなければいいだろう。そうではないか?」

「そうですね……その通りです。気遣って頂き、ありがとうございます」

「気にするな。それよりも早く読んだ方が良いのではないか? 明日が返却日なのだろう?」

「はい。そうします」

 

 本当に変わってしまいました。私を気遣うなどと。以前の方が気分的に楽でした。だからこそ、私は恐れているのかもしれません。

 

 すべてを知られてしまった時、ハヤテは、騎士達はどうするのか、と。

 

「もし、私が……」

「なんだ?」

「……いいえ。なんでもありません」

 

 止めましょう。つい、無駄な事を考えてしまいました。懺悔(ざんげ)は神父にするものです。そして、私は神父を必要としていません。

 話をしても無意味でしょう。

 

 私はハヤテと騎士達に近づきすぎたのかもしれません。それは、もう変える事ができないほどに。きっと、今離れても、彼女達は追いかけてくるのではないでしょうか。そういう人達でしょう。

 

 それでも、私は前に進まなければなりません。ハヤテや騎士達に大切なものがあるように、私にも大切なものがあるのですから。その為ならば、たとえ罪過でこの身を燃やす事になろうとも、私は止まるわけにはいかないのですから。

 

「早く読んでしまいましょう。次の童話を紹介して頂かないといけませんし」

「無理はするな。明日中に返せばいいのだろ?」

「ええ、わかっていますよ。ですが、私が読んで終わるのをハヤテも待っているようですから」

「そうなのか?」

 

 この童話の感想を聞きたがっていましたからね。さて、ハヤテ達が帰ってくるまでに読み切れるでしょうか? 少し頑張ってみましょう。

 

 

 

~~~~~~

 

 

 

 俯く騎士達。私にはかける言葉がありません。私の目的を考えれば、彼女達に声をかける資格すら無いでしょう。私はこうなる事を知っていて、望んですらいたのですから。

 

 病院から帰ってきたシグナムから念話にて招集されました。深夜、海沿いにある公園で集まった私達は、シグナムからハヤテについて告げられたのです。

 

 ついに時が……来てしまいました。

 

「助けなきゃ。はやてを、助けなきゃ! シャマル! シャマルは治療系得意なんだろ! そんな病気くらい治してよ!」

「ごめんなさい。私の力じゃ、どうにも……」

「なんで……じゃあ、シュテルは? シュテルはいつも本を読んでるし、頭良いんだろ? 本で治す方法とか探してくれよ!」

「……申し訳ありません。治療に関する本は読んでいませんし、そもそも闇の書に関する本は、この世界にはありませんから」

「なんだよそれ! なんで誰も治せないんだよ! なんでなんだよ! う、うう……」

 

 資格が無かろうとも、私の目的を早期に達成する為には、ここで主導権を取らなければなりません。結果は同じであろうとしても、過程を短縮する事が出来ますから。そう思うと、私の胸がチクリと、痛みます。ですが、そんなもの……そう、そんな感傷は捨てなければなりません。

 

「シグナム……」

「我らに出来る事は、あまりにも少ない……だが」

「はい。確かに少ないでしょう。ですが、ひとつだけ方法があります」

 

 私は葛藤を乗り越え、一歩前に踏み出します。まずはイニシアチブを取る。

 私に騎士達の視線が集まります。これから話す事は、それは騎士達にとって必然であった話でしかありません。ですが、私にとっては違う話なのです。

 

「蒐集です」

「やはり、そうなるだろうな」

 

 シグナムは気付いていたようです。私の言葉に、さほど驚いた様子もありません。

 

「でも、蒐集ははやてが」

「ハヤテは望んでいません。ですが、ハヤテを闇の書の真のマスターにしなければ、このままでは死ぬだけです」

「お、お前! はやてが死ぬなんて、そんな事いうな!」

「ですが、言葉を飾っても事実は変わらないのではないですか? ハヤテのリンカーコアが闇の書に完全に飲み込まれる前に、なさねばなりません」

「シュテルよせ。シュテルの言いたい事はよくわかった。だが、言い方にも気をつけて欲しい」

 

 少し、自分の言葉に興奮していたのかもしれません。きつい言い方になってしまっていました。

 

「申し訳ありません。配慮が足らなさすぎたようです」

「わかって貰えればそれでいい。それで、シュテルも主が闇の書の真の主になれば、病は癒える可能性があると考えるのだな?」

「はい。管制プログラムのマスター権限を手に入れれば、闇の書のコントロールが可能になり、少なくとも浸食は止まるかと予想できます」

「あれか……」

 

 胸が、またチクリと痛む。少なくとも嘘はついていない。ただし、侵蝕は止まってもハヤテが闇の書に飲み込まれる事を私は教えていない。騎士達もまた、その時には守護騎士プログラムが解除もしくは吸収される事も。たとえ最後に全員が戻ってくることを知っていても、伝えることは出来ない。

 

 今伝えてしまえば、他の方法を考えられてしまうかもしれません。ハヤテが絶望する事を、自分達が消える事を、はたして彼女達が許容するでしょうか? それは分の悪い賭けに思われます。

 

 結果が変わってしまう未来の可能性は避けなければならないでしょう。蒐集は必要条件であり、闇の書の完成と暴走も必要な事です。だからこそ、私は何も言えない。伝えることが出来ない。

 

 だが、やはり胸が痛む。疑似化した針が刺さっているかのように。

 

「それで、本当にはやては助かるんだな? 本当だよな?」

「はやての体を蝕んでいるのは闇の書の呪いですから。ならば、闇の書をコントロールしてしまえば止まるでしょう」

「だったら……あたしはやるよ。はやてが助かるなら、あたしはなんだってする!」

 

 それでも、私は止まるわけにはいかないのです。王の為に、レヴィの為にも、そして私達の目的の為に、たとえ何があろうとも。

 

 ですが、それでもと考えてしまう。

 

 これでよかったのか、と。

 

 

 

 屋上に騎士達が集まる。目的は、蒐集に出かけるため。

 

 私は騎士達に幾つか提案をしています。効率よく、かつ安全に。早く蒐集を完了するために。それは、ハヤテの為に考えた事ではありません。すべては王とレヴィが早く出てくるために。それ以外に考えるなど不要なことです。

 

「シュテル。もう一度、説明を」

「はい」

 

 シグナムに促され、あの後に伝えた考えを再度、話します。

 

「蒐集は遠くの世界でしてください。敵にハヤテの居る世界を気付かせないためです」

「わかった。あたしは前にシュテルと行った世界にいくよ。結構魔力を持った魔獣が居たからな」

「管理局は避けてください。蒐集を邪魔されると面倒ですから」

「確かに主の居場所を探られたくもないからな。非効率だが仕方無いだろう」

「2人以上で活動してください。非常時に1人は危険ですので」

「私はバックアップしか出来ないから、基本的にはやてちゃんと居るわね」

「それと人を殺すのは無しだよな。はやての未来を血で汚さないためにさ」

「はい。そうですね」

「他には無いか? ……では、誓いの儀式を」

 

 円状に立つ騎士達の輪に私も加わります。妙な違和感を感じますが、今更立つのを拒む事も出来ません。全員がデバイスを出し、騎士甲冑を展開させ始めました。私もルシフェリオンを手にし、殲滅服を展開させます。

 

 物語は動き始めました。その物語は本来の道筋を歩む事はないかもしれません。結末が変わってしまうこともあるでしょう。ですが、私という異分子を加えた歪んでしまった物語がどのように進むにしても、私が目指す終着点は変わりません。

 

「我らの不義理を、お許しください」

 

 ハヤテは、私の不義理を許してくれるでしょうか? こうなる事を望み、騎士達が戦う事を知っていた私を。

 

 

 願わくば、この物語に関わる人達が、すべて納得できる話になってほしいものです。








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Das zweite Kapitel "Sammlung"
8話 蒐集活動 11月10日


Sammlung(ザムルング)

 

 シグナムが取り出した闇の書は、トカゲを巨大にしたような魔物から蒐集を開始します。ですが、それもすぐに終わってしまう。蒐集できる魔力情報が少ないからです。とりあえず画像をルシフェリオンに記憶させておきます。

 

「蒐集が完了したが、ページの半分すら行かなかったか」

「仕方がありません。所詮は(けもの)ですから」

「確かに仕方無いか。大して強くないのが救いだな。魔力を温存出来るのは助かるのだが……だが、手間な事だ」

 

 周囲を深い森に囲まれるここは、どちらかというと魔力量がさして多くない魔物達の巣です。数は居ますが、一体当たりの蒐集量は大して多くはありません。

 ですが、魔力が少ないからといって狩りやすいわけではなく、この地形を上手く利用した戦いを仕掛けてくるため、すぐに終わるというわけではないのです。もっとも、手間がかかるだけで強くは無いのですが。

 

 今、蒐集している緑あふれる星は、私達が住む世界では無く、別の次元世界です。最初の作戦通り、管理局に見つかる事を避けるために管理外だと思われる人の住んでいない世界に来ています。いずれは管理世界も対象にするでしょうが、今はこのまま狩りを続けた方がいいでしょう。

 ナノハ達に邪魔されるのも避けたいですし。

 

「次に行こう。せめて7ページは蒐集しておきたい。後の事も考えれば、今出来るだけ稼ぐべきだろ?」

「そうですね。では、少し離れた場所に少し強めの魔力をもつ魔獣を見つけています。今までの魔獣と比べればですが、そちらにしますか?」

 

 私の役割はシグナムのバックアップです。シグナムの戦闘補助と探索を主任務としています。2人で別れて狩るよりも、2人がかりで戦いながら片方が探索をした方が効率があがりますから。

 

「わかった。ここでは贅沢は言えないだろうな。次はそれにしよう」

「ご案内しますよ。ついてきてください」

 

 空を飛び、次の蒐集対象に移動を開始しましょう。集合時間まで、あまり時間も無い事ですから。

 

 

 今日はシグナムと2人で蒐集をしています。もう片方のペアはヴィータとザフィーラで、シャマルはハヤテの護衛です。ハヤテから4人も離れている訳ですので、シャマルの負担は大きいでしょう。今日は帰りが遅くになりそうですから、ハヤテも心配するでしょうし。

 

 むろん蒐集の時はハヤテに言い訳をしなければなりません。それぞれ適当な用事を作って外出しています。たとえば、ヴィータならばゲートボール。シグナムは剣術道場で子供相手に指導。ザフィーラは付き添い。私は散歩や図書館、後は神社です。

 ただ、毎日同じ理由で抜ける事は出来ませんし、ハヤテの護衛や手伝いもあります。病院の時はなるべく全員居るようにもしていますから、狩りが進まないときもあります。ですから、2組に別れての蒐集活動は少ないのです。

 

 今のところ、私達の行動がハヤテに悟られている様子はありません。以前からも度々別行動を取っていましたから、不審に思う可能性は低いでしょう。ただ、ハヤテと離れる時間が長くなっていますので、多少は寂しく思っているかもしれません。それは、致し方のない事です。時間に余裕があるわけではありませんから。

 

 そろそろ次の敵ですね。サーチャーで見た限りではこの下。海かと見間違うほどに広い大きな湖が目の前に広がっています。目標は先ほど見た所では湖の上に浮かんでいましたが、今は湖の底に潜っており、目視では確認出来ません。

 

「どうだ?」

「位置は把握しています」

 

 サーチャーで目標の獣を監視していますから、場所はわかります。このエリアサーチという魔法はサーチャーという移動する監視カメラのようなものを使って探す事の出来る探査魔法。相手を見つける時、魔力だけで感知するのに比べると、相手の姿や周囲の状況を視覚的に情報収集が出来るので便利です。

 

「湖の底を沖に向かって移動していますが、どうしますか?」

「水の中での戦闘は面倒だな。負けるとは思わないが」

 

 では、私の出番ですね。

 

「わかりました。水上から私が砲撃しましょう。迎撃するために慌てて浮上してくる可能性は高いかと思われます」

「そうだな……わかった。浮上してきたら後は私がやる。それまでは任せたぞ、シュテル」

「はい。受け承りました」

 

 シグナムに頷き返し、私はすでにデバイスであるルシフェリオンを砲撃特化の姿であるブラストヘッドに変化させます。後は上から砲撃をするだけですが、問題は"殺してはいけない"という事でしょう。蒐集をするには、対象は生きていなければなりません。死んでしまうとリンカーコアを失ってしまうからです。

 

 ですので威力を低めに設定するのは当然ですが、弱すぎれば相手は慌ててくれません。かといって強くすると倒してしまう。倒さず、かつ無視されないように相手を水面に誘導するのは面倒な事です。もっとも、相手は獣です。攻撃されれば野生の本能のまま反撃しようとするでしょう。

 

「この辺りで良いでしょう」

「この真下にいるのか?」

「はい」

 

 サーチャーで目標の位置がわかりますので、その真上に移動します。こういうとき、サーチャーは便利です。狙撃するのに必要な情報がすべて揃いますから。

 

 音叉状に変化させたルシフェリオンを真下に向け、砲撃に備えて魔力を集中。リンカーコアより魔力を供給開始。まずは牽制の一手を。

 

「では砲撃を開始します。まったく心が燃えませんが……」

 

 ええ、まったく燃えません。これは焼却処分ですらありません。しかも相手は獣です。競うものなどありそうにありませんから。これも仕事と割り切って実行しましょう。

 

 

 私が何度か砲撃すると、水底から水面へ巨大な獣が躍り出てきました。首は蛇のように長く、しかし胴体は太い。妙な姿です。その獣は一方的にやられる事に我慢できなかったのでしょうが、浮上してしまったのは悪手と言えるでしょう。出て来てすぐに、シグナムがレヴァンティンの形状を蛇腹状に変化させて絡め取ってしまいましたから。

 

 そこからは特に語る事はありません。シグナムに捕らえられた巨大な蛇は身をよじらせて抵抗しますが、レヴァンティンの拘束を逃れる事が出来ず、そのまま蒐集されてしまいました。

 先ほどよりは魔力も多かったですが、所詮は獣。ページは進みません。まあ、楽ですし、手早く終わったのはよかったと言えるのでは無いでしょうか。それはともかく、とりあえず写真を撮っておきましょう。

 

「ところで、先ほどから何をしているんだ?」

「むろん、画像をルシフェリオンに記憶させているのですよ」

 

 こっそりやっていたつもりでしたが、シグナムにばれていましたか。別段隠すような事ではありませんが。

 

「……それで、それをどうするんだ?」

「むろん、売るのです」

 

 珍しい写真は売れると聞きましたので、私は蒐集をするついでに画像を記憶させています。王とレヴィが出てきたときに金銭が無いのは辛いですからね。橋の下で住むのも悪くはありませんが、どうせならちゃんとした住居に住みたいものです。私のがんばりに私達3人の文化的生活がかかっていると言っても過言ではありません。

 

「そ、そうか……我々の活動が管理局に露見しない程度に頼む」

「お任せください。今すぐ売るつもりはありませんので」

 

 

 それからさらに何匹か蒐集しました。私が探し、シグナムが倒す。時には私がフォローをする事で、危なげなく、かつ手早く蒐集をしていきます。そうしていると、少ない魔力しか持たない獣ばかりとはいえ数を狩っていくので、当然ながらページも少しずつ進んでいきました。

 

「しかし、意外だったな」

「なにがですか?」

 

 10匹目の蒐集が完了した時、シグナムが私を見て言いました。

 

「いや。シュテルがまったく協力をしないとは思わなかったのだが、王の為にしか動かないと言っていただろ? だから、シュテルが進んで蒐集を手伝うとは思っていなかったな」

「ああ、その事ですか」

 

 確かに、私がハヤテの為に力を貸すのはおかしく感じるかもしれませんね。私は王以外には仕えないと明言していましたから。

 

「衣食住を提供して頂いている恩もありますので。それに、別に手を貸す事で問題が起きるわけではありません」

「それだけか?」

 

 シグナムの引っかかる言い方に私は首を傾げます。何を聞きたいのでしょうか?

 

「そうですね……ハヤテが闇の書の真の主になったとしても特に不都合はありません。それに、日頃のご恩もありますから」

「そう思っているのか。私としては、そういった理屈以外の理由もあると思ったのだがな?」

「はあ、そうでしょうか?」

「いや、私がそう思っているだけさ」

 

 理屈以外の理由とは何でしょうか。身に覚えが無いのですが、勘違いをされている気がします。

 

「……わかりました」

 

 ですが、訂正する必要はありません。このままの方が騎士達と円滑に物事を進められるでしょう。それに、たとえ否定してもシグナムは納得してくれない気がします。

 

 私の目的はあくまでも王とレヴィが出てきた時の為の種まきです。砕け得ぬ闇(U-D)を手に入れる為、より協力関係を密にできれば利益になると思われます。その為に、この状況を利用しているだけ。そこに計算はあれど、他の要素はありません。

 

「さて、では次はどっちだ?」

 

 まあ、いいでしょう。深く考える必要はありません。私は気持ちを切り替え、次の獲物へと意識を集中しました。今は理論的に行動すべき時です。それ以外は必要ありません。

 

 

 再び狩りを再開し、次々と蒐集しました。蒐集は順調で妨害もありません。周りにはいくらでも蒐集対象が存在します。もっとも、質はよくありませんが。それでも数が数です。私達は森の中の魔獣を根絶やしにする勢いで狩り続け、時たま見つかる大物は優先して狩りました。

 

 そして、大型の蟻のような魔物を狩ったとき、シグナムが蒐集を終了した闇の書のページを確認すると、今度は満足そうに頷き私に闇の書を差し出してきました。

 

「そろそろ帰った方がいいだろう。予定のページ数も稼げた事だ。ヴィータ達との合流時間もある」

 

 シグナムがそう言いながら闇の書のページを見せてくれました。元々のページから8ページも蒐集が進んでいます。大して苦労もしなかった事から、それほど稼いでいたとは思いませんでした。魔力もかなり温存出来ています。この調子で進めば予想以上に早く集まるかもしれません。

 

 それに、時間も時間です。集合時間に遅れるとヴィータが五月蠅そうですね。ヴィータは自分で遅れるときは一言謝って済ませますが、待たされると不満そうに文句を言うので困ります。

 

「そうですね。では戻りましょう」

「ああ。私はシャマルに連絡を入れてから戻る。待っているだろうからな」

「わかりました。では、私は先に移動いたします」

 

 シャマルとは次元の壁を超えて通信をする事が出来ます。闇の書の機能というよりは、シャマルのデバイスであるクラールヴィンの能力のようです。これは、私にも適応されており、私もシャマルと次元間通信が出来ます。

 

 この能力ゆえにシャマルは常に元の世界でハヤテの側にいる事になっています。何かあれば全員に連絡できますから、ハヤテの身に危険が迫った時などの緊急事態にも素早く対応できるというものです。

 

 

 次元を超えて地球に戻ります。初めて次元を超えた時はザフィーラに連れてきて貰いましたが、今では自分で転送しています。何度も飛んでいますから、この次元転送も慣れたものです。

 しかし、私にも使えたのは意外でしたね。まあ、私も闇の書の一部なのは間違いないのですから、使えない事は無いのでしょうが。どうも腑に落ちません。

 

 シグナムとは別れて何時もの集合場所に向かいました。日が落ちて暗くなった廃ビルの中を進み屋上の扉を開けると、すでにヴィータとザフィーラが待っています。どうやら蒐集は予定通りに進んだようですね。2人の様子から少なくとも機嫌は良いようですので、蒐集は上手くいったように思われます。

 

「やっと来たな。遅せーよ、シュテル」

「申し訳ありません。少し蒐集するのに手間取りました」

「ふーん。シュテルとシグナムが手間取るなんて、そんなに強い相手だったのか?」

「いえ。数を狩るのに手間取っただけです。今日行った世界は、あまり質が良くなかったものですから」

 

 蒐集対象を潰さないようにする訳ですから、一撃で倒すなどは出来ません。必然的に手数が多くなり、時間と労力はかかります。数も狩るわけですから尚更時間はかかってしまいます。

 

「遠い世界にわざわざ行ったってのに外れを引いたんだなー」

「それでも予定以上は蒐集してきたぞ」

「シグナムか」

「お。シグナムも着いたのか。これで全員集合だな」

 

 屋上の入り口が開いたと思えば、シグナムが出てきました。返事をした事から聞こえていたのでしょう。少し苦笑しながらヴィータの前まで歩いて止まりました。

 

「それで、そちらの収穫はどうだ?」

「ああ、なかなか良かったよ。結構大物が多くてさ。ただ、数が少ないのが難点だったけど」

「そうか。それは良かったな。では、さっそく闇の書に蒐集を」

「おう」

 

 ヴィータが手を闇の書に翳すと、魔力の光が闇の書へと伸び、蒐集が開始されました。騎士達は闇の書が無くともリンカーコアから魔法情報を奪う事が出来るようです。ただし、それは一時的に保管するようなもので、直接蒐集するのに比べて劣化してしまいますが。

 

 蒐集はしばらく続き、ページがゆっくりとめくられていきます。6ページを数えた時、伸びていた光が途絶え、蒐集は終了しました。

 

「やっぱ直接じゃないと劣化するな。10ページ分位はあったのにさ」

「まあ、こればかりは仕方無いだろう。こちらは8ページだったから、合計で14ページにはなった」

「なんだよそれ。それなら、あたしの方が闇の書を持って行けば良かったんじゃないのか?」

「そうだな。だが、せいぜい1ページ程度の差だろう」

 

 別れて蒐集する方がページは稼げます。しかし、闇の書を持っていなければ劣化してしまうのが問題です。本当ならば1日で20ページ以上を稼ぐのも可能なはずですが、劣化する為、思うように集まりません。それに、常に2組に別れられるわけでもないのです。今のところ、平均蒐集ページは10ページ程度でしょうか。

 

「遅くはねえけど……」

「焦っても仕方無いぞ、ヴィータ。まったく蒐集が進まなかった時も過去にはあったはずだ。その時に比べれば順調に集まっていると思うが?」

「それはそうだけど……わかってはいるんだよ。だけどさ……」

 

 ヴィータの顔は、その時とは事情が異なると言いたそうにしています。それは、そうでしょう。今回は今までとはずいぶんと違っていますから。状況も、動機も。ですから、焦るのも無理はないのかもしれません。

 

 それはともかくとしても、確かに今の方法は効率的とは言えないでしょう。別にヴィータの気持ちを考えてと言うわけではありませんが、早いにこした事はないですから……何か、そう、別け方を変えてみるのも良いかもしれません。そうですね……。

 

「なるほど……確かに別れての狩りは効率的とは言えません。狩りの時間を6時間に切り、朝7時から昼13時と、昼13時から夜19時に別れるというのはどうでしょうか?」

「ふむ。それならば劣化によるロスは無いが……しかし、さほど蒐集出来るページに差があるとは思わないが?」

 

 疑わしそうな目で見るシグナムですが、その答えは間違っていません。私が考えたのは蒐集のページを増やす事では無いのですから。

 

「個人で見れば蒐集の時間が減ります」

「……なるほどな」

「何が"なるほど"なんだ? あたしには、さっぱりわからないぞ。ザフィーラはわかった?」

「言わんとする事くらいだが、なんとかついて行けている」

「なんだよ、あたしだけわかんないのか?」

 

 仕方無いですね。ヴィータは良くわからなかったようですから、簡単に説明しておきましょう。

 

 効率よくと考えれば、劣化でページが減るのは無駄なのです。では、その無駄を無くすにはと考えたとき、ページを増やすのは蒐集に費やせる時間や帰宅の事を考えると難しいでしょう。出来なくはないでしょうが、そこには無理が生じると思われます。

 

 また、魔力の消耗を考えれば、蒐集の時間を減らせるのは大きいでしょう。今はまだ、魔力の消耗が激しい状況ではありません。これは、次元世界を守っている司法機関である時空管理局との戦闘が始まっていないからです。もし管理局にマークされるようになれば、自由に蒐集出来なくなりますし、無駄に魔力も消耗していきます。

 

 管理局との戦いが始まってからが本番です。その引金が何かはわかりませんが、今から備えておくのは戦略的に考えれば必要な事でしょう。ナノハ達との戦闘で騎士達が劣勢になっていくのを黙って見ているわけにもいかないですから。

 

「そこで時間を作ろうと考えたのですよ」

「ふーん……あー。なるほどな」

「これならば空いた時間で他の事が出来ますよ。たとえば、ハヤテと一緒に居る時間が多くなるとか」

 

 ハヤテの名を出すと、3人の顔が変わりました。少し卑怯ですが、これは私にとっても有益な事なのです。今は揃って狩りをしていますが、その為に1人の自由時間は少ない状況です。もし時間で別ける事が出来れば、自由に使える時間が増え、私も好きな事に時間を使えます。

 

「そうだな。主にも寂しい思いをさせているかもしれん。次から実行してみるのも良いだろう」

「いいんじゃねえか? あたしも賛成だ。その方が気兼ねしなくてもいいし、はやてと一緒に居られる時間が増えるしさ」

「俺は特に反対する意見は無い。後はシャマルに聞かねばならぬだろうが、賛成するだろう」

 

 シャマルが反対するとは思えませんね。帰ったら――。

 

「すでにシャマルにも伝えてある。抜かりはない」

『話はシグナムから聞いたわ。私も賛成よ。だって、はやてちゃん、最近寂しそうですもの。私だけじゃなくて、みんなもなるべくはやてちゃんと一緒に居て欲しいわ』

 

 シグナムは手回しが速いですね。念話通信でシャマルが賛成を表しましたから、これで決まりです。明日からのペアと順番を決め、時間も私の提案通りになりました。

 

「うん? 今のは……」

「どうかしましたか?」

 

 それぞれ帰ろうと出口に向かい始めた時、急にヴィータが立ち止まりました。何かを探すような顔。遠くを見る目。それは、私の予想通りならば――。

 

「う~ん。たまに、妙にでかい魔力反応を感じるんだよな。一瞬だけだから、どこかはわかんねえけど」

「ああ……そうですね」

 

 闇の書から出たときから時々感じる事の出来る巨大な魔力。この世界でこれだけの魔力を持つのは1人だけ……。

 

 ナノハです。

 

「シュテルはわかるのか?」

「それは……いえ。私もたまに感知しますが、場所までは……近くに居るのは間違いありませんが」

 

 実際、場所はわかりません。本当に短い間だけだけですから。これは予想ですが、ナノハの家やナノハ自身には探知を妨害する魔法が張られているのではないでしょうか?その魔法が緩むなり張り直すなり、もしくは外す理由が出来た時に魔力が漏れているのではないかと思われます。

 

 しかし、この事をヴィータには教えられませんね。教えれば、きっと向かうでしょう。それでは予定が狂ってしまいます。いずれ会う事になるとしても、それは遅い方が良いのですから。

 

「そっか。あれを捕まえたらページがかなり埋まるんだけどな」

「そうですね。確かに数十ページは稼げるでしょう。ですが、駄目ですよ」

「わかってんよ。はやての近くでは蒐集をしない。安全のためにだろ?」

「はい。わかっているならば良いです」

 

 今、ナノハとぶつかるわけには……。

 

「でも、この辺りに管理局なんて居ないし……」

「駄目ですよ」

「わかってるって。大丈夫。悪い事はしないって。悪い事はな。……じゃあ、あたしは先に帰るからな」

 

 どうも歯切れが悪いです。ヴィータ……あなたは。

 

 

 それぞれが別れて帰宅する為、ビルの下で別れました。帰る道中、私は一抹の不安を感じました。それは、ヴィータが焦っている事が原因なのはわかっています。

 

 今までの他の主達とは理由が違う。今回の蒐集はハヤテを救うためです。だから、焦ってしまうのでしょう。いつ、ハヤテが闇の書の浸食で命を失うかわからないから。その気持ちは私にもわかります。ですが……。

 

 もし、今、ナノハ達と会ってしまったら……時空管理局の中でも特に警戒すべきアースラのメンバーの介入が早まってしまっては、今後、蒐集にかなりの制約が付くのは目に見えています。

 

「自重して頂きたいところですが」

 

 別れての蒐集を提案したのは下策でしたか? 何か手を打つべきです。少なくとも、防ぐ為の策と……事が起きてしまったときの策を考えておきましょう。

 

 

~~~~~~~

 

 

「ただいま戻りました」

「おかえり、シグナム。今日はシグナムが最後なんやね」

 

 私が最後か……困ったな。適当な言い訳を言わなければならないが……。騎士として忠誠を誓う主に嘘を言うのは辛いものだ。

 

「申し訳ありません、主。少し……その、師範代に頼まれまして細かい作業をしていた為に時間が遅くなってしまったようです」

「細かい作業ってシグナムには似合わねえな。なあ、シュテル?」

「そうですね。まったく似合っていません」

 

 なぜか2人が絡んでくる。おかしな事を言ったつもりはないのだが。

 

「何を言っているんだ、2人とも。私も必要ならば細かな作業もするさ」

「そういえば、包丁でキャベツの千切りが上手くいかないからって、レヴァンティンを使おうとしたよな? 切れれば同じだからってさ」

「説明書を読むのが面倒で、カメラの操作を何度も間違えていました」

 

 笑っているな、2人とも。シュテルは無表情だが雰囲気から察するに笑っている。なによりも、ヴィータは今にも顔を崩して笑い出しそうだ。この2人、確実に私をからかって遊んでいるな。

 

 まったく、こいつらは……。

 

「2人とも、私をからかっても無駄だ。確かに苦手ではあるが、私とて必要があれば、やるときはやる。疑う理由はどこにも無い」

「別にからかってなどいませんよ。純粋に疑問に思っただけです。むしろ、話をはぐらかそうとしていませんか? 怪しいですね」

「だよな。怪しいぞシグナム」

「2人とも、そこまでや」

 

 さすが、我が主はやて。わかっていらっしゃるようだ。返事に窮していると止めに入ってくれた。このような馬鹿な事には、きつく2人に言ってもらいたいものだが。

 

「シグナムも大人やからな。大人の付き合いもあるやろう?」

「は? え、ええ。まあ、そうです」

 

 ん? なんだ……何か違う気が……するんだが。まあ、間違ってはいないだろう。

 

「やっぱりそうかー。そうやと思ったんや。道場のお兄さんは、ちょっと格好良かったし、ええ人やしな~」

「なるほど。容姿端麗な男性と年頃の若い女性ですね」

「なんだよそれ? 言っている意味がわかんねえぞ」

「何を言っているんだ、シュテルは? 主も、おかしな事を言わないで頂きたい。確かに出来た人物とは思っていますが」

 

 何? どういう事だ? なぜ、そういう話が出てくる? なんだ、おかしい。おかしいぞ、この流れは。

 

「そっかー。だから夜は当然……」

「若い男女が夜の街に消えていくのですね。不潔ですね」

「なんで街に消えたら不潔なんだ?」

「黙れシュテル。主はやて、何か誤解をしているのでは無いですか?」

 

 ま……さか。主までこの2人のお巫山戯に荷担したというのか!

 

「せやから、この話はここまでや。これ以上、シグナムのプライベートに口を挟んだらあかん!」

「待ってください、主! 少し私の話を聞いて頂きたい!」

「なるほど。納得しました」

「あたしは全然わかんねぇんだけど」

「ヴィータにはまだ早……、いや、わからなくていい。シュテル、お前は勝手に納得するな!」

 

 なぜこうなる……。

 

 

 その後、すぐに主はやてが冗談だと言ってこの会話を終わらせて貰えた。私には災難だったが……だが、まあ。終わって振り返れば、良しとすべきかと思える。

 

 蒐集が始まって以来、我々が主はやてといる時間は大幅に減っている。最近は笑う事も少なかっただろう。だからか、主が楽しんでいるとわかったとき、その楽しそうな顔が見れたので不快感はなかった。私は決して楽しんでいたわけではないが……。

 

 今後も蒐集状況によっては顔を合わさない事が増えるかもしれない。ならば……少しでも主の気が紛れるのであれば、私が道化の役を演じても良い。

 

 

 早く蒐集を完了させなければならない。主との平穏な日々に戻る為に。主の笑顔を守る為であれば、私は。

 

「いくぞ、シュテル」

「はい。参りましょう」

 

 あえて主との誓いを破ってでも、私は剣を振り続けよう。

 

 すべては主の為に。



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9話 早まる邂逅 11月13日

「やるのか? シュテルに止められてはいるが」

「止めてもあたしはやるよ、ザフィーラ。シュテルには悪いけど、あたし達には、はやてには時間がねえんだ」

 

 シュテルとの約束を破る事になるのはわかってるけど、今更引けない。引く気もない。

 

 今日はあたしとザフィーラが日中に蒐集をする日だ。いつものように他の世界に渡って魔物相手に蒐集すると言って出てきた。けど、実は次元世界を渡って少し蒐集した後、すぐに元の世界に帰ってきた。

 例のデカイ魔力反応の奴を蒐集する為に。

 

 シュテルのいうリスク回避の話は理解できる。でも、理解出来ても、目の前に大物がいるのに狩らないなんて、あたしには我慢できなかった。

 

 シュテルはあたし達とは違う。仕える主も、存在も。はやてはシュテルも家族として扱っているけど、あいつの方はそうは思っていない。いつも一歩あたし達から距離をとっている。だから、はやてへの想いは、あいつとあたしじゃ違う。だからきっと、あたしの焦りはシュテルには理解できない。

 

 今でもはやては苦しんでいるかもしれないんだ。そう考えると、居ても立っても居られなくなる。はやてが苦しむのを1日でも早く終わらさなきゃならない。そして、1日でも早く元の、はやてが笑って居られる生活に戻るんだ。

 

 その為だったら、あたしはなんだってやれる。

 

「そうか……わかった。それで、見つかりそうなのか?」

 

 手伝ってくれるつもりなのか? ザフィーラはあたしの監視役だと思ってたんだけど。

 

「いいのかよ。あたしを止めないのか?」

「ふっ。止めて聞くお前ではないだろう。それに、俺も主への思いは同じだ」

 

 やっぱりザフィーラもあたしと同じだ。

 

「そっか。じゃあいいけど。例のでかい魔力反応だけど、あたしはシュテルほど感知能力は高くないから、はっきりとはわかんねえ。けど、目星はつけてんだ。シュテルもこの辺りにいるとは言ってたから、遠くには居ないはずだよ。絶対に見つけ出してやる」

「別れて探すか。早く見つけなければ、シュテルに我らの事が露見する。まず、間違いなく止められるだろう」

 

 あいつに見つかったら、きっと説教されるだろうな。あの無表情な顔でチクリチクリと言いそうだ。けど、きっと最後には許してくれると、あたしにはわかっている。ため息くらいはつきそうだけどな。

 

 それに、なんだか……あたしがこうする事もわかっている気がするんだ。それが免罪になるってわけじゃねえけど……。

 

「あいつ、こういう約束ごとには五月蠅いもんな。わかったよ。あたしが広域結界を張って閉じ込める」

「了解した。闇の書は預ける」

「オッケー。じゃあ行くよ」

 

 ザフィーラを見送ってあたしはグラーフアイゼンを水平に構える。ザフィーラに張って貰ってもよかったんだけど、あたしの結界もそう簡単には破られないし探知能力もある。早く見つけるならうってつけだ。

 

「行くよ、グラーフアイゼン。封鎖領域展開」

Gefa"ngnis der Magie(ゲフェングニス・デア・マギー)

 

 三角形のベルカの魔法陣を展開させ、あたしは魔法を発動させた。あたしを中心に周辺の景色が、色が一変する。あたしが望む相手以外を排除しながら。それと同時に魔力反応を探る。それなりに領域を広げたが、まだ出てこない。

 

 まだ……まだか……いた!

 

「魔力反応! 大物みっけ!」

 

 動く様子は……無いか。近くにもう一つ魔力反応があるけど、こっちはそこそこか。この町で異様にデカイ魔力反応。魔法の無い世界には不釣り合いだ。だけど、どんな奴かはしらねえけど、あたしが負けるはずもねえ!

 

「シュテルには悪いけど、はやての為だ。行くよ、グラーフアイゼン」

Jawohl(了解)

 

 ザフィーラに知らせるまでもない。すぐに見つけて一気に倒してやる。どうせここは管理局の奴らはいねえんだ。だったら、後はどうにでもなる!

 

 

 目標までの最短距離を突っ込む。時間が惜しい。急がなきゃシュテル達が来ちまう。そうなったら……まあ、それでも今更止めたりしないだろうけど、面倒な事になるかもだしな。終わった後なら、いくらでも怒られてやる。

 だから、今はまだ来るんじゃねぇぞ。

 

Gegenstand kommt an(対象接近中)

 

 動き出したのか? 自分たちの住処を知られないために? へ~。こっちに向かってくるみたいだな。好都合だ。

 

 魔力反応は、やっぱ2つ。同時に2人相手だと手こずるかもしれないか? 

 だったら、先制攻撃で分断してやる。

 

「アイゼン!」

『Jawohl』

 

 空中で急停止する。ついでに手に鉄球を出す。今回は単発。デカイのをお見舞いしてやる。

 

Schwalbefliegen(シュワルベフリーゲン)

 

 アイゼンを振りかぶってボール大の鉄球を頭上へ上げる。そしてそのまま、ハンマーヘッドを叩きつける!

 

「いっけ! 目標は連中のど真ん中だ!」

 

 ぶっ飛んでいく鉄球を尻目に、あたしは高度を下げて低空を疾駆。探査妨害の魔法もかけておく。目的は、鉄球を囮にした敵の視界外から飛び込んでの一撃。これで、どっちかを先に潰してやる。

 

 ここからじゃ見えないが、相手の2人が移動を止めたのがわかった。もう少しで連中が見える。鉄球のスピードを調整して、シュワルベフリーゲンが当たる頃合いにはアイゼンをぶち込めるようにする。

 相手はビルの上か? へ~。足を止めたって事は、迎撃するか防御するつもりみたいだな。これは見ものだ。

 

 目標のビルに到着して裏に回る。周辺では一番高いビルだ。魔力の位置は屋上か? どうやら、まだみつかってない。これなら。

 

「ふん。どの程度出来るかはわかんねえけど、この程度で死んでくれるなよ」

 

 鉄球の速度を一気に上げる。むろん、囮なので加減はしている。これで死なない程度に倒れてくれたらありがたいんだけどな。

 

It comes(来ます)

「来るよ、なのは! 全周囲に気を配るんだ!」

「うん、大丈夫! って、え? 人じゃない?」

Homing bullet(誘導弾です)

「ちょ、ちょっと、なのは!? 防御! 防御して!!」

 

 混乱してるのか。なら、今だ!

 

 視界の外から躍り出る。ビルの屋上には1人の女と……一匹。守護獣、いや、管理局なら使い魔か。どっちでもいい。丁度鉄球が当たって女が防御しようとしてる。ならば、狙うのは女の方だ!

 

「ぶっとべえっ!」

「え!?」

「いけない!」

 

 白い服を着た女の方が驚きの声を上げて振り返ろうとする。そこに使い魔の方が割り込んできた。予定とは違うが、こいつも一緒にぶっ飛ばす!

 

「ランドシールド!」

 

 小動物が緑色の盾を展開した。防御型か? でも、関係ねえ!

 

「テートリヒシュラーク!!」

 

 振りかぶったアイゼンを叩きつける。赤い魔力光が小動物の貧弱な盾に向けて尾を引く。

 ぶつかった瞬間、短く互いの魔力光が散った。

 

「うわああああっ!!」

「ゆ、ユーノくん!」

 

 軽い手応え。女の横を吹っ飛んでいった。だが、上手く防御された。相手が軽すぎて、打撃のダメージが上手く入ってない。少しビルから浮いていたから、有効な打撃を与えてないか。それともわざ吹っ飛ばされたか?

 

 丁度、女の方もあたしの鉄球をシールドではじいた。

 

「ユーノくん、大丈夫?」

 

 ふっとんだ使い魔に女が駆け寄り、使い魔を抱き上げようと膝を曲げる。あたしは無視かよ。警戒心がなさすぎる。こいつ、素人か? まあ、その方が楽ができて良いんだけど。魔力だけは、でかい。

 

「う、うん。大丈夫だから。心配しないで、なのは」

 

 使い魔の方はあたしを警戒してすぐに立ち上がっている。まだこっちの方が戦闘慣れしてるな。すぐにアイゼンを叩きつけようかとも思ったが、使い魔が女とあたしの間に立って邪魔してきた。

 状況を立て直す。どの程度の実力なのかは、さっきので大体わかった。この魔術師はシュテルよりは弱い。戦闘経験も浅い。何百何千と戦ってきたあたしには及ばない。厄介なのはむしろ使い魔の方だ。

 

「よかった」

 

 安心したような声を発した女は、立ち上がって振り向く。まだ子供なんだろう。その顔は幼い……は? 

 女の顔が……な……なんだアレ? 立ち上がってこちらを振り向いた女の顔は……だって……あの顔は……。

 

「な、なんでシュテルがここに居るんだよ!!」

「ふにゃっ!?」

 

 は? なんで。どういうことだ、これ? どうして?

 

 どうなってんだよ!

 

 

~~~~~~

 

 

「これは……」

 

 ヴィータの魔力反応。この魔力の広がり方は……結界。

 

「シュテル」

 

 同じく魔力反応を感知したのでしょう。シグナムがやや厳しい表情をしています。

 

『はい。ヴィータが結界を発動したようです。それも、かなり広域にです』

『そのようだな。まったく、あいつは何をやって……いや、わかりきった事を聞いてしまったな』

 

 寒くなったので少し厚着をしたシグナムはこちらを見ずに念話に変更して会話を続ける。シグナムの問い、これは簡単に答えが出ます。あの時のヴィータの様子から、なのは達と接触した事が容易に想像がつきますから。

 まったく、困った人です。

 

 しかし、これは……。これほど早く接触するとは思いもよらない事でした。予想はしてはいたのですが。これでは予定よりもずいぶん早くに管理局と戦うことになりそうです。

 

 先のことを考えると頭が痛くなりそうです。なぜならば、絶対に間違いなくアースラが来るに決まっていますから。

 

「どないしたん、2人とも?」

 

 厚着をして膝掛けをしたハヤテがこちらを見ていました。車椅子を押していたシグナムの歩みが遅くなった訳ではないのですが、何か感じたのでしょうか。私とシグナムの顔を車椅子からじっと見上げています。

 

「いえ。なんでもありません。それよりも主はやて、この後の予定について話をしたいのですが」

「ああ、そっか。シャマルと合流後は、2人とも出かけるんやったな」

「私は道場へ。シュテルは神社だそうです」

「そうかぁ。まあ、2人とも地域の皆さんと仲良くしてくれるんはええ事やね」

 

 元々、ヴィータ達が帰ってきたら代わりに出る予定だったので、事前にハヤテから離れる事を伝えています。ですから誤魔化すのは簡単です。ただ、家に帰ってからの予定でしたが。

 予定通りに進まないのは困りますね。まあ、困る程度ですが。

 

「ごめーん。遅くなっちゃっいました。ちょっと欲しかった調味料が見あたらなくて」

「いや、時間にはまだ余裕がある。こちらも今来たところだ」

 

 ハヤテと話していると、丁度シャマルも合流を果たしました。両手には買い物袋が重そうに見え、急いだのか少し息を切らしています。

 

「お疲れ様、シャマル。調味料が見つからんかったん?」

『シャマルも呼んだのですか?』

「はい。何時ものスーパーだと売り切れていたみたいで。別のお店に行かないと駄目みたいです」

『ああ。急いで行った方が良いだろう。それに、何かあった時のバックアップも必要になる。特にこの世界ではな』

「そうかぁ。まあ、でも。調味料は無くともなんとかなるから、そんなに無理に探さんでもええんよ」

『私も後で行くから、ヴィータちゃん達をお願いね』

「え~と、そうですねぇ。でも、ヴィータちゃんとか期待していたみたいでしたし。はやてちゃんを送ったらちょっとだけ探してみてもいいですか?」

『わかりました。では、そろそろ行きましょう』

『そうだな。早めに合流しよう』

 

 確かに、いざという時にシャマルの力は役に立つでしょう。以前はそうでした。ですが今回は……さすがに展開は読めません。何かが変わっている。そう思うしか無いでしょう。

 

「主はやて。そろそろ私達は」

「ん? ああ、もう行くんか?」

 

 ハヤテとシャマルの会話に割り込むようにシグナムが別れる事を告げました。一瞬だけですがハヤテが少し寂しそうな表情をしたように見えました。それとも、寒くなって木々が色づき始めた事で少し感傷的に私はなっているのでしょうか?

 

「はい。申し訳ありません。早めに帰ってきますので、先に自宅に戻って頂いても良いでしょうか? 自宅にはシャマルが送ります」

「ええよ。シュテルも行くん?」

「そのつもりです。早く行けば早く帰れますから」

「そっか。じゃあ、2人とも気をつけてな。遅くなったらあかんよ?」

「はい。なるべく早く帰ってきます」

 

 ええ。早く行けば早く片が付くでしょう。そうすれば早く帰れるでしょうから心配される事もないでしょう。

 

 私とシグナムはハヤテとシャマルから別れると別々の道に向かい、途中から決められた集合地点へと進路を変えます。道すがら私は考えてしまいます。出会う事になりそうな相手の事を。

 

 ナノハはどう私に話しかけてくれるのでしょうか。少しですが、楽しみです。

 

 本当に楽しみです。



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10話 出会いは必然に 11月13日

 太陽が落ち、暗い闇の中、人工の光が照らす不夜城のような世界。空から見下ろす風景の中で、まるで色彩を一段暗く塗ったような場所があります。

 

 ヴィータの封鎖結界。そこだけが暗く淀んでいるかのように光をぼやかしている。一目で強固な結界であるとわかるほど、それは魔力に充ち満ちています。なるほど、ナノハ達が簡単に突破できないわけです。

 

「準備は良いか、シュテル」

 

横ではすでに騎士服を着たシグナムが結界を見ています。むろん、ここから結界内部は見えません。きっとヴィータ達が気になるのでしょう。ですが落ち着いた様子から、焦りはありません。

 信用、でしょうか。幾千もの戦場を共に戦ってきた戦友としての。

 

「はい。私はいつでも行けますよ」

「そうか。ここからでは状況が見えない。苦戦している事も考えて行動しよう」

「はい。わかりました」

 

 果たして苦戦している可能性はあるのでしょうか? むしろ、もう終わっている可能性がありますが……。今のナノハでは、ヴィータに勝つ事は出来ないでしょうから。

 

「では、行くぞシュテル」

 

 シグナムが合図を送って先に突入を開始する。私も後に続き、結界へと加速した。リンカーコアから魔力を体に通し、結界の突破に備える。この結界は中から出るのは難しいが、外からの進入は難しくないとの事。そのまま結界に接触します。

 

 わずかに抵抗を受けるが、それもすぐに終わり。少しの間、視界を結界の膜に奪われるが、これもすぐに終わります。本当に抵抗がありません。なるほど、これなら簡単に援軍に来れます。

 

 

 結界を越えればすぐにヴィータの魔力を感じました。近くにはザフィーラとナノハと……ナノハの師匠……ユーノ・スクライアの魔力?

 

 これは……どうも、妙な展開になっている気がします。

 

「近づくぞ、シュテル」

「はい」

 

 近づけばさらに詳細な状況がわかってきました。この魔力の動きから、どうやらヴィータはナノハと、ザフィーラはユーノと戦闘をしているもようです。ですが、どうにも様子がおかしく感じます。特にヴィータは動きに精彩を欠いているように見えました。いつものキレがないような。

 やがて姿もはっきりと見えてくる。

 

 ナノハ。見つけました。白い地に青い縁取りがされたバリアジャケット。ナノハがご学友と通っている小学校の制服をモチーフにしたのでしたね。この暗いヴィータの結界内部ではよく目立ちます。どうやら、お変わりなく無事の様子。予想とは違いますが……。

 

 いや、今は後回しです。全体の戦況は思っていたのとは違い、苦戦しているようです。

 

「どうやら本当に苦戦しているようだな……。いや。ヴィータの動きがおかしいか?」

「ザフィーラも苦戦しているようですよ。こちらは相手に上手く立ち回られているようですが」 

 

 ヴィータはナノハと激しく戦っています。ですが、どうもヴィータは本来の力を発揮していません。そう、妙に手加減していると言うべきでしょう。全力を出せば今のナノハでは抵抗するのは難しいはず。何か理由があるようですが……まさか。

 

 ザフィーラの方は小動物の姿をしたユーノを相手にして、思った通りの戦いが出来ていないようです。

 なるほど、小動物相手では上手く打撃技や蹴り技が決まらないのでしょう。なぜ小動物の姿なのか理解できました。

 唸るように繰り出された蹴りは(かわ)され、バインドやシールドで行動を止められています。なるほど、よく考えられていますね。さすがタカマチ・ナノハの師。と、言ったところでしょうか。

 非戦闘系でありながら、相変わらず素晴らしい魔導運用です。叶う事ならば私も教えを受けたいところです。

 

 

 そう考えているとヴィータがこちらを見ました。ですが、すぐに視線を戻します。やがてナノハと近接で魔法を打ち合い衝撃が周囲を襲う。わざとでしょう。その証拠に煙幕が広がるとヴィータは距離を取り、こちらに向かって来ました。服装に乱れは……あまりありません。帽子も無事のようです。

 

 ナノハは……こちらを見て警戒して動いていませんね。私達に気付いていたのでしょう。もしくはナノハの師匠が知らせたか。どちらにしても、こちらは新手が2人いますから戦いを仕掛けて来る事は無いでしょう。

 

「もう来たのかよ」

「どうした、ヴィータ。珍しく苦戦しているのか?」

 

 近づいてきたヴィータにシグナムが声をかける。すると、ヴィータはムッとしました。

 

「別に苦戦なんてしてねえよ。ただ……あいつの顔が……」

「ん? あいつの顔がどうしたんだ?」

 

 私の顔を見たヴィータはシグナムに向き直り、目でナノハを指し示しました。

 

「あれだよ、あの顔。見ればわかるって」

「あれとは何だ……ん? ふむ。あれは……なるほど、そういう事か」

 

 シグナムもヴィータに言われて気付きましたか。遠目でもわかると思いましたが、意外とわからないもののようです。さて、それはともかく……どうやら説明をしなければならないでしょう。ヴィータに今回の先走りについて一言言うつもりでしたのに、先に私が申し開きをしなければならなくなるとは。

 

「あいつ、シュテルと同じ顔をしてるんだ。目つきとか髪型とか雰囲気は違うけど。だけど、似すぎてるんだよ! 顔も! 姿も! 使う魔法もだ! だから、なんかちょっと……叩き潰し難いっていうか……たくっ! あたしらしくない!」

「落ち着けヴィータ。なるほど、魔力光は違うようだし雰囲気も異なるようだが……しかし、似ているな」

 

 いつでも魔法が使えるようにナノハが空中に浮いたまま魔力を集中させています。その魔力光は私とは違う色をしていました。私は紅の炎。ナノハは桜の花びら。見た目も少し違います。ナノハの胸元はリボンですが、私はアーマーに変わり、肩当てが付いています。腰回りも異なり、私には腰当てがついている。

 ですが、背丈や顔は同じ。私の事を知っていれば誰でもおかしく感じるでしょう。プログラムにすぎない私に人間の双子などあり得ない。ならば、この似すぎた姿はなんなのかと。

 

 この事は事前に考え、答えは用意しています。多少、曖昧になるように話さなければなりませんが。

 

「シュテル、なにか関係あるのか?」

「そうですね。私は元々自分自身の形は持っていませんでしたから」

「それはどういうことだ?」

 

 曖昧な返事にシグナムは一瞬固まります。理解できずに思考が止まる。それでいいのです。 

 

「私は貴女たち騎士とは違い最初から自分自身の姿をモデリングされていません。その為、この世界に出る時に闇の書の記録から姿や能力をコピーされるのです。その為、似た姿や能力をもって生み出されます」

「だから似ていると?」

「そうなります」

 

 なぜ闇の書に記録されているのか。そう問われれば、答えかねるというつもりです。私は騎士達と一緒にこの世に出てきたのですから、それ以前の事は知らなくて当然なのです。それに、そもそもなぜ私が今存在しているかについては、私にも答えられませんし。

 

 まあ、少々ずるいですが、嘘は……ついていないでしょう。

 

「つまり、コピー元という事か」

「そうですね。ですが、それだけです。私は私であり、彼女ではありません。むろん、少々コピーとしての執着心に似た物はありますが、それは些細(ささい)な物です。少なくともハヤテを危険にするような事はありません。それと、これ以上は聞かれても話しかねますよ。私も何故と言われてもわかりません」

 

 そうシグナムに答えを返すと、さすがに納得した様子はありませんが、視線を再びナノハに向けました。そして、再度私に顔を向けると探るような目で口を開きます。

 

「まあ、我々と一緒に出たのだから、それ以上はわからないか。どこでコピーしたのか気になるが、それも闇の書でなければわからないのだろうな」

 

 自分の好きな姿を選択できる、とは考えられないでしょう。まあ、私も闇の欠片として生み出されたときは自分で決めたわけではありませんから。

 

「ところで、以前言っていた”越えたい相手”というのが彼女なのか?」

「それは……さあ、どうでしょうか。それよりも、今は私の事よりも優先すべき事があるのでは無いのですか?」

 

 わざと最初に曖昧に答え、コピーというわかりやすい答えを差し出して本質は隠す。まさか以前話した事を覚えているとは思いませんでしたが、今はこれで良しとすべきでしょう。もう、答えは出ているはず。

 

「答えないか。いや、悪かった。確かにシュテルはシュテルだ。そうだな。今は敵を倒す事を優先しよう」

「戦闘中におしゃべりとは、関心できんな。何をしている?」

 

 いつの間にかザフィーラも戦闘を中止してこちらに来ていました。相手だったナノハの師匠はナノハの元にいるようです。ナノハは魔法を撃つ体制を止めて話しているようでした。向こうは向こうで作戦会議でもしているかもしれません。

 

「ああ、すまないザフィーラ。少しシュテルとあそこの魔術師の関係をな」

「それか。それは俺も気になっていたが」

「シュテルはシュテルだということで結論を出したところだ。少なくとも敵のスパイという事は無いだろう」

「そうか」

「まったく、そんな単純なものなのかよ。まあ、あたしは別に気にしないけどさ」

 

 まあ、わかっていた事だがな。とシグナムは付け加えると、苦笑して私から視線を外しました。

 

「とにかくそれよりも、あたしはあいつとはやりずらいんだけど? 別人って言っても見た目が似てるしさ。なんかシュテルを殴ってるみたいで、気分が良くないんだ」

「その心配は無用ですよ。彼女は私が相手を致します」

 

 ここは譲れません。今はまだ、ナノハはあの時のナノハと力の差があるでしょうが、それでも私は戦いたいと、そう思っています。

 

――いつかきっと。

 

 あの時の約束とは少し、力の差がありすぎますが。

 

「それはお前の執着心が理由かよ?」

「さあ。別にそう取って頂いてもかまいませんよ」

「お前なぁ……ほんと素直じゃないよな」

 

 呆れられています。ですが、これでいいのです。少なくとも、再び警戒されるよりはずっとマシです。そして、きっとこれで決定でしょう。

 

「まあ、なんとなくわかったけどさ。んじゃ、あたしはあっちの小さいのをやってやるよ。最初に邪魔された恩もあるしな」

「それは恨みと言うのではないのか、ヴィータ?」

「うっせぇ。別に何でも良いだろ、ザフィーラ。とにかく、あたしはあいつと戦うからな!」

 

 そう言うとヴィータは私に背を向けました。これは私とナノハの戦いに邪魔が入らないようにしてくれるという事でしょうか。

 ヴィータの表情はこちらからは窺い知る事が出来ません。ですが、そう感じます。

 

「ヴィータが相手をしてくれるというのならば、私とザフィーラは周囲を警戒する事にしよう。2人なら1対1でも十分に勝てるだろう。それに、援軍が来ないともかぎらない」

「すまん、ヴィータ。どうも相手が小さいとやりづらい」

 

 これからの戦闘を思い、心が踊りだす。

 

 やっと戦えます。

 

 タカマチ・ナノハ。

 

 私の元となった魔術師。

 

「それでは、また後で」

「任せとけダンナ。カタキは私がしっかり取ってやるよ! あと、お前にどんな理由があるのかしらねえけど、負けんなよ、シュテル!」

「むろんです。お任せください」

「いや、俺は負けたわけでは無いのだが、頼んだ」

「いくぞザフィーラ」

「了解した」

 

 では、参りましょう。今の私の魔導の全て。お見せします。

 

 

 

 ヴィータが師匠をナノハから離してくれたので、私はゆっくりとナノハへと近づきます。白いバリアジャケット。赤い大きな胸のリボン。左右でまとめた二本の髪が風になびいています。その顔は私に良く似ている。それは当然の事。

 

 彼女こそ私のコピー元。

 

「こんばんは。良い月夜ですね」

「え、え~と……こんばんは?」

 

 私はナノハを見下ろすように対峙します。私を見たナノハは少し戸惑っている様子。持ち上げかけたデバイスを下ろすと、私を見上げて困惑した表情を見せました。互いに宙に浮き、視線を交し合う。どこか、雰囲気が違う気がする。どことはまだ、わかりませんが……それは当然の事かもしれません。

 

 私がナノハと出会ったのは、闇の書との戦いが終わってしばらく時間が立っていましたから。初めて出会ったのは闇の欠片として。この海鳴市の空で私達は出会い、戦いました。そして二度目は理のマテリアルとして出会い戦い、そして、その後には共に戦いもしました。

 

「さて、初めからしましょう」

「え?」

 

 そう。この時間では初めて相対するのですから、やはり最初に挨拶をしなければなりません。私はスカートの端を摘んで少し持ち上げ、膝を少し曲げて告げます。

 

「私はシュテル。シュテル・ザ・デストラクターと申します。シュテルとお呼びください」

「あ、あの。ええと。わ、私はなのは。高町なのは。私立聖祥大附属小学校三年生……です」

「タカマチ・ナノハ、ですね。では、ナノハとお呼びいたします」

「え、う、うん! よろしくね! て、あれ? なんだかイントネーションが違うような……」

 

 何かおかしいところでもあったでしょうか? 少し困ったような顔をされても。

 

「気にしないでください。それよりも」

「あなたも……ううん。ええと、シュテルちゃん、で、いいのかな。シュテルちゃんも私と戦うの?」

 

 おや? 確か初めて私の名を呼んだ時は呼び捨てにして頂いていたはずですが……。それに数ヶ月の差ですが、初めてあった時と違い戦闘を好んでいないようです……ですが、私の気持ちは変わりません。そして、きっとナノハも答えてくれます。

 

「呼び方については、それでいいですよ。それと、私は戦わせて頂きたいと思っています」

「どうして? どうして私と戦いたいの? あなたたちは何が目的で襲ってきたの? あなたたちはいったい、何者なの?」

 

 必死に訴えるような声。ナノハは現状を理解できずに困っているようです。ヴィータは何も話していないでしょう。むろん、私も話しません。

 

「それは。申し訳ありませんが、現段階ではお話ししかねます」

「でも、何も話してくれなきゃわからないじゃない。もしかしたら戦わなくても良いかもしれないし……」

 

 おかしい……以前、再戦を楽しみにしていたと伝えた時は嬉しいと言ってくれたと記憶……いえ、違いました。最初にあった時は問答無用で私が襲ったのでしたか。あの時の私は闇の断片で、頭もはっきりとはしていませんでしたから。そういえば、私が消える時にナノハはとても悲しそうな顔をしていたと思います。

 

 そうでした。そういう人でした。ならば。

 

「それについてはなんとも……。そうですね、では、こうしましょう」

 

 ナノハが進んで戦える理由を。戦う事に意味を与えましょう。

 

 私はルシフェリオンを出し、そして言います。

 

「私に勝てたらお話しします。これでどうですか?」

「それって、結局戦わないとダメって事?」

「端的に申し上げれば、その通りです」

 

 しばし考えるように俯くナノハ。それもすぐに終わりました。再び顔を上げた彼女の瞳には強い光が宿ったように感じます。

 

「本当だね? 私が勝てたら本当に教えてくれる?」

「ええ。本当に。星光の殲滅者(シュテル・ザ・デストラクター)の名にかけて、誓いましょう」

「す、すごい名前だね。でも、うん、それなら」

 

 下げていたデバイスを持ち上げ、ナノハは私をジッっと睨みました。先ほどまで無かった強い意志を瞳から感じます。やる気を出して貰えて何よりです。

 

 それでこそ、ナノハです。

 

「いいよ、シュテルちゃん。そのかわり私が勝ったら全部教えて貰うよ!」

「ええ、私に勝つ事が出来れば必ず話しましょう」

 

 やっと巡ってきた戦いの機会。気分が高揚してきます。これはまだ、序章に過ぎないというのに、私の心がどうしようもなく躍るのです。

 タカマチ・ナノハ。

 あの時の続きを、この時代でできる、この喜びが。どうしようもなく、私の胸に宿る炎が燃えるのです。

 

 ですが、ここは(こら)えねばなりません。本気で戦い、潰す。それでは意味がないのです。ですが、圧倒して倒す。そしてそれは次の布石にしなければならない。だから、今は全力で戦いたい願望は押さえる。次の戦いのために。

 

 それでも、やはり……この気持ちだけは押さえ切れそうにありません。

 

「では、参ります」

 

 お久しぶりです、ナノハ。再戦の約束、果たしましょう。



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11話 タカマチ・ナノハ 11月13日

 互いに少し離れて杖を構え対峙します。夜の闇に白いナノハのバリアジャケットが風に吹かれてゆっくりとなびく。とても良く似合っています。

 さて、ナノハはクロスレンジでの戦闘を得意とはしていません。最初はミドルレンジからの射撃戦となるでしょう。そう考えると最初は当然ながら。

 

「いくよ!」

Divine Shooter(ディバインシューター)

 

 ナノハの周囲に生まれた5発のディバインスフィア。ナノハの得意な射撃魔法。ナノハの周囲に配置された桜色の魔力の小さな球体はブレる事なく、安定して配置についています。さすがというべきでしょうか。素晴らしいコントロールです。ですが、私はそれとは違った感想も同時に抱きました。

 

 ナノハならば当然の事。しかし、まだまだ少ない。こうなると、数を合わせた方がいいでしょうか。圧倒しては意味がないと考えています。なぜならば。

 

「この戦いすぐに終わらすわけにもまいりません。それに、ナノハには全力で戦って頂かないと意味がありませんから」

 

 小さくつぶやき杖を構える。カートリッジは不要。私も同じように5発のスフィアを生み出す。私の周りに展開させ、ナノハの攻撃を待つ。さあ、準備は完了です。

 

「ディバインシューター、シューーート!」

「迎撃します。パイロシューター、ファイヤ!」

 

 互いに打ち出した魔力の弾丸。ナノハの生み出したスフィアから放たれた桜色の弾丸。桜色の航跡を描きながら上下左右に別れて飛ぶ。それを私の赤い弾丸が追う。目的は全弾撃破。

 

「早い! は、離せない!?」

 

 短い追いかけっこが終わる。連続で響く爆発音。追いつく私の炎弾が、追いつくはしからナノハの魔力弾を破壊していく。上で下で、右で左で、次々と破壊し小さな白い花を咲かせていく。

  

「うそ。全部……」

 

 最後の魔力弾は私の近くまで迫りましたが、破壊して爆発。しばし爆破の影響で視界を煙が覆う。やがて再び静寂が訪れ、煙も流れました。

 短くも激しい応酬は私の完全勝利で終わりを告げます。一分とかからず。コントロールもスピードも、今の私ならばナノハの上を行くのがわかりましたが、それは当然の帰結です。それよりも、今までの訓練が無駄でなかったのがわかったのが嬉しいです。

 

 さて、カートリッジを使わずとも今ならば勝てそうですが……。

 

「それで終わりですか?」

 

 杖を振り上げ、振り下ろす。ナノハに向けて挑発する。まだナノハは全力を出していません。それでは意味がないのです。

 

「なんてね。まだだよ!」

 

 下方から魔力反応。突然飛来する桜色の魔力弾。先ほどの爆煙に隠れて作りましたか。さすがナノハです。

 

「ですが、喋っては奇襲にならないかと。ラウンドシールド」

 

 無駄です。下から迫る魔力弾に手を向け、防御魔法を展開。衝突の影響は少なく、ナノハの魔力弾は着弾して消える。狙いは良いのですが、私の防御を破るほどの力はありません。

 

「つい喋っちゃった。言っちゃダメだよね」

「この様子では、どうも私が話す事はなさそうです」

「たはは……」

 

 再びルシフェリオンを構え直してナノハに対峙します。隠し球を軽く防がれた事でショックを受けているようですが、まだまだ余裕がある様子。そもそも、互いに一撃も入れていません。私自身、かなり手を抜いていますから。

 ですが、このまま痛み分けで終わっては意味が無いでしょう。ならば、次はこちらから手を出しましょうか。私の力も見て貰わないと。このままだと緊張感もあったものではありません。

 

 ルシフェリオンを構え直し、ナノハに先端を向ける。最初は軽くジャブを打っておきましょう。それから徐々に激しく攻撃していくのが王道でしょうか?

 

「では、今度はこちらから」

 

 リンカーコアから魔力を杖へ。私のデバイスであるルシフェリオンが赤く輝く。元はナノハを基とした私の力。それは今、私だけの魔導と変わる。

 

 準備は整いました。

 参ります。

 

「ルベライト」

 

 ナノハを囲むようにリングが出現する。そのまま一気に収束捕捉――。

 

「バインド? こんなの!」

Flier Fin(フライアーフィン)

 

 ナノハの靴から光の羽根が出る。静から動へ。短い時間で加速する。ルブライトの輪を抜けて上空へと一気に飛ばれる。

 

 だが、それは読んでいます。

 

「え?」

 

 私もまた靴から真紅の羽を生やして飛翔する。ナノハの目の前へ。加速も速度も私が上。ナノハの行動を読んだ上での先への行動。ほぼゼロ距離まで詰める。驚愕したナノハの顔を目の前で見えました。ルシフェリオンはすでにナノハを捕らえている。後は引金を引くだけ。撃ちます。

 

「燃えつきなさい」

「お願い! レイジングハート!」

Protection(プロテクション)

 

 炎弾を打ち込む直前に張られた防御膜。私の記憶にあるそれとは似ても似つかないほど薄く脆く感じる。それでも私の炎を受け止めた。刹那のせめぎ合い。ならばと杖を振りわざと爆発させる。次の一手へ。

 

「きゃあっ!?」

 

 悲鳴が上がり爆発により黒煙が周囲に広がる。視界を奪い、近距離であるにもかかわらず互いが見えない。ここは一気に攻撃を叩き込むべき。先ほどの礼をすべく、ナノハが居た場所へと翔る。が、いない。

 爆破の衝撃を利用して後退したのですか? ならばさらに前へ。

 

Flash Move(フラッシュムーブ)

 

 前方の煙の中から聞こえたナノハのデバイスの声。これは瞬時に速度を上げる魔法。私がどこにいるかはわからない以上、動く先は後ろしかない。

 距離を開けるつもりですか。させません。

 

 私も速度を上げる。この時のならば、ナノハの使える魔法は私にも使える。ここで逃がしては意味が無い。ナノハを追って一気に黒煙を突っ切る。視界が煙りから抜け出たとき、ナノハを見つけました。距離もそう遠くない。このまま一気に……いえ、あれは。

 

 ナノハはそう遠くない場所で捕捉しました。しかし、その前には二つの光の球体が。私が追ってくる事を予想して逃げながらスフィアを作ったのでしょう。

 

「これなら当たるよ。シュテルちゃん!」

 

 たしかに確実に当たる。しかも私は迎撃できない。私もプロテクションを張るべきですか? 否です。それではまた距離を離されてしまう。離させるわけにはいかない。ならば取るべき手段は一つのみ。

 

「シュート!」

「ルシフェリオン!」

 

 手元で響く擦過音。急速に魔力を高める。今のままの突撃ではナノハの一撃に耐えられないと判断しました。まさかカートリッジを使わされるとは思いませんでしたが、さすがナノハというべきでしょう。

 胸の炎が疼きます。これこそがナノハです。私の越えるべき高き壁。私のコピー元にして最強の敵であり、最高の友人になれるはずの人。

 

「あっ!?」

 

 さらに加速を。

 

 二つの光球が私を撃墜すべく迫る。

 魔力を殲滅服へと流し、防御力を高める。

 当たる瞬間、腕をクロスして防ぐ。

 

 体にかかる爆発の負荷。

 腕と肩に当たった光球が爆発した。

 衝撃が肩を襲う。

 だが、速度は落ちない。

 落とさせない。

 

「逃がしません」

Protection(プロテクション)

 

 再びナノハのデバイスがオートで防御魔法の膜を展開させる。

 だが、今度は射撃ではありません。

 クロスした腕を解き、拳に魔力を集中させる。

 互いに得意なのはロングレンジ。

 だが、私は騎士達と訓練で新たな力を手に入れた。

 

 それをお見せしましょう。

 

「私の炎、受け止めてください」

「え? ええ!?」

 

 左手にまとったそれは、鋭い爪となる。

 

 拳に集めた魔力を炎に変換する。

 腕全体へと広がる紅に輝く炎が獲物を求めてうごめく。

 この炎、シールドを打ち破りナノハに届かせてみせます。

 

 加速したまま腕を振り上げ。

 

「はぁぁっ!!」

 

 ザフィーラに教えて頂いた力。ここで使わせて頂きます。

 

「ルシフェリオンクロー!!」

「そんな無茶苦茶、きゃぁぁっ!」

 

 勢いを付けて烈火の爪を振り下ろす。

防御魔法にぶつかった瞬間、互いの魔力が火花を上げる。

引き裂かんとする紅の炎が桜色の光に食い込み押し返される。

しばしの攻防――、しかし押し切る。

ナノハのバリアにヒビが入り徐々に広がりナノハの顔が歪んでいく。

その瞬間、桜色のシールドが砕けた。

 

「滅殺!」

「きゃああああっ!!」

 

 ナノハにぶつかり爆発。

衝撃波が広がり、私とナノハを吹き飛ばす。

白煙が視界を覆い、それ以上は見えない。

 

 この手応え……腕を振り抜くときにナノハのデバイスに防がれました。クリーンヒットは出来ませんでしたか。しかし、砕き折った感触は残っています。どの部分を砕いたのか……コアで無ければ良いのですが。

 

 やがて白煙は晴れ視界が戻ってきます。ナノハは……いました。すでに距離を取られ少し高度を下げた場所に留まっています。手に持つデバイスは、なるほど。どうやら柄の部分で折れている様子。コアは無事、上手く受けてくれたようです。

 

「いかがでしたか、ナノハ? ちなみに、まだ全力ではありませんよ?」

 

 話しかけると、ナノハはビクリと体を硬直させたのがわかります。しかし、すぐに顔を引き締めてこちらに対峙しました。手元のデバイスもリカバリーして元に戻し、再び私に杖の先端を向ける。

 

「凄いんだ……ね。でも、まだ。まだ、私だって全力は出してなんかないよ!」

Shooting Mode(シューティングモード)

 

 挑むようにナノハが再びデバイスを構え直すと、ナノハがデバイスの形状を変えながら後退した。音叉状のデバイスヘッド。砲撃戦をする為の形。ということは、やはり次は長距離戦ですか。

 

「受けてみて、シュテルちゃん。私の魔法を!」

Divine Buster(ディバインバスター)

 

 止まって矛と化した杖をこちらに向け、先端に魔力が集まるのが見えます。ナノハの得意な魔法の一つ。直射型の砲撃魔法。

 

「いいでしょう、ナノハ。その挑戦に答えましょう」

 

 私のデバイスであるルシフェリオンを振り、同じくヘッド部分を音叉状に変え魔力を開放する。炎の翼を広がる。ナノハのレイジングハートとは少し異なる姿で色違い。そして、その中で荒れ狂うのも異なる力。

 

「ブラストファイア」

 

 同じく構え、先端をナノハに向ける。

 リンカーコアから魔力を供給。

 ナノハと私、互いに3つの円環を杖の先に生まれさせ、杖を砲と化す。

 全く同じようにみえる二つの術式。

 だが、私の魔法は炎熱変換により威力はナノハよりも高いはず。

 すでにナノハの構えるレイジングハートの先端には魔力が集まっています。

 ナノハのデバイスから生える桜色の羽根が大きく広がる。

 目標タカマチ・ナノハ。照準固定。

 魔力チャージ80%……初動が早い分、やはりナノハの方が先に砲撃準備は整いますか。

 

 そろそろ……来ます。

 

「シューート!!」

 

 ナノハが砲撃を放つ。

 桜色の魔力の濁流がこちらをとらえ、襲いかかってくる。

 照準も完璧に私を捉えています。

 目の前に迫りくる巨大な魔力の光。

 このまま見ていては私は撃ち抜かれてしまうでしょう。

 それでも見てしまうのは、ナノハがオリジナルだったからでしょうか。

 

 しかし私も今は、自分自身の魔力の色を持ち、私の力を手に入れた。

 

「ではお見せいたします。私の魔導を」

 

 デストラクターとしての力と記憶を。全てを滅する破壊の炎を。

 

「ファイヤ!」

 

 ルシフェリオンから放たれる真紅のランス。

 桜色の魔力の奔流に突き刺さる。

 

「はぁぁぁ!!」

「撃ち抜いて!」

 

 押し返そうとする力と押し流そうとする力がぶつかる。

 

 

~~~~~~

 

 当たったっと思った瞬間に放たれた真紅の炎。

 

 先に撃てた。シュテルと名乗った女の子はまだ撃てないみたい。だから勝てたと思ってしまった。

 

「うそ……」

 

 でも違った。気づけば私の魔法は押し戻され、最後には打ち消されてしまっていた。

 

 嘘。

 

 真っ赤に燃えるような真紅の魔法の渦は、とっさに砲撃を止めて回避した私の横を掠めて抜けていく。今までこんなに簡単に負けたことなんてなかった。私の砲撃が……こんなにあっさりと撃ち負けたの……?

 

 帽子の子やさっき私の攻撃を防いだみたいに"カートリッジ"っていうのを使ったの? あれを使われると魔力がすごく上がるのを感じるけど、ううん、今のは違う。そんなのを使ったようには見えなかった。じゃあ、単純に魔力数値が負けたの? でも、レイジングハートは同じくらいだって言っていたから違う? じゃあ、どうして?

 

Master(マスター)

 

 心配して気遣うような声。レイジングハート……うん。そうだね。クヨクヨなんてしている場合じゃないよね。

 

「心配かけたね。ごめんね、レイジングハート」

Don't worry,my master(お気になさらず)

 

 そうだった。これくらいでショックなんて受けてたら、ここまで来れなかったと思う。初めてフェイトちゃんと戦った時は手も足も出なかったよね。これは初めての事なんかじゃない。

 だから、まだ大丈夫。まだ、私は大丈夫。

 

「さて、次は何で競いますか?」

 

 声がして顔を上げる。視線の先には雲と雲の切れ目から見えた月の光を背に浴びて、空に立つシュテルちゃんがいる。

 撃ち終えた残滓なのか紅い炎を身にまとい月の光も受けて立つ姿は、なんだかちょっとかっこいい……かな。戦ってるのに場違いな感想だったね。

 

 私を見下ろ顔は相変わらず感情がわかりづらくて、今、どう思っているのかわからないけど……ちょっとだけ楽しそうにみえた気がする。だからかもしれないけど、シュテルちゃんが私の隙をついては襲ってこない気がするの。

 

 強者の余裕とか私を侮っているとか、そういう感じじゃ無い気もする。なんだか、変な気分なんだけど、信用って言ってもいいのかな? シュテルちゃんが悪い人には見えない。でも、私を襲ってきたのは事実だし……。

 

「どうしましたか? もう次は無いのですか?」

 

 慌ててレイジングハートを構え直す。そう、まだ戦いは終わっていない。考えるのは後だよね。私は戦えるから。ユーノ君も助けなきゃいけないから。ここで俯いてなんていられないはずだから。だから、私は顔を上げなきゃ。気合い、いれなきゃだね!

 

「まだだよ。まだ戦えるよ、シュテルちゃん」

「期待通りです、ナノハ。私もまだまだ戦い飽きていません」

 

 そう言ったシュテルちゃんは、なんだかすごく嬉しそうに見えた。なぜだろう? なぜか凄く知っているような……。ううん、違う。どこかで見たような……この光景、初めてなはずなのに。

 

「別に戦いたいわけじゃないよ。ただ、どうして襲われなきゃいけないのか、それが知りたいだけ」

「先ほども仰っていましたね。戦う必要が無い、という可能性があるかもしれないと?」

「うん。もしかしたら手伝える事だってあるかもしれないよ?」

 

 私の問いかけにシュテルちゃんは考える素振りをする。

 

「そうですか……そうですね。ですが、それは私に勝てたならばという約束だったかと」

「それは……そうなんだけど」

 

 なんだか笑われた気がする。表情は変わらないけど、それでもなんとなく笑ったように私には見えた。その顔が急に空を見上げる。

 

「もう少しゆっくりと話をしたいところですが……どうやら邪魔が入るようです」

 

 私もシュテルちゃんにつられて空を見る。そこには光の尾が見えた。あれは……。

 

「残念です」

 

「なのはから離れろおおおおっ!!」

 

 上空から一直線に向かってくる金色の光。フェイトちゃんの魔力光だ!

 

「本当に残念です。もう、終わらせなければなりませんから」

 

 声がして視線をシュテルちゃんに戻すと、その顔は、さっきとは違って見えた。



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12話 戦いの終局 11月13日

「やらせん!」

 

 天から降ってくるかのように落ちてきた。金色に輝く魔力光。横からシグナムが割ってはいって私と間に立つ。振り下ろした剣が相手のデバイスに受け止められ、しばし互いに鍔迫り合いをしたかと思えば、大きく距離を取ります。

 下から魔力反応?

 

「とった!」

 

 足下に目をやれば、真下から迫ってくるオレンジの光。フェイト・テッサロッサの使い魔で、たしかアルフという名でした。なるほど、主が囮で本命は使い魔ですか。いい連携です。ですが。

 

「って、うおっ!?」

 

 すかさずザフィーラが割ってはいる。横から蹴りをいれて大きくアルフを仰け反らせ、すぐさま体を回転させての回し蹴りが入ります。シールドで防いだようですが、それでも勢いは殺しきれずに吹き飛ばされていきました。

 2人とも警戒をしていてくれて何よりです。おかげで3対1という状況は生まれませんでした。

 

「お前はあの魔術師の仲間か?」

 

 シグナムの問いかけが聞こえる。

 

「友達だ」

Scythe Form(サイスフォーム)

 

 短く答えるその言葉は、とても重く響く。

 

 フェイト・テスタロッサ。レヴィの参照先になった金髪の少女。

 

 さて……そのまま睨み合いになってしまいますが、相手はじりじりとナノハの元に集まろうとしているようですね。赤と緑の魔力光もこちらに飛んでくるのが確認できます。

 

 結界はすぐには解けないでしょうし、これはいったん集合した方がいいでしょう。

 

「すぐに戻って参ります」

「え、あ。えと、うん……」

 

 一言断ってからゆっくりと後退します。私が下がると他の騎士達も集まってきました。ヴィータも魔力弾を撃った後に真っ直ぐこちらに飛んできます。あちらもこちらの様子を見てから集まりましたから、お互いに作戦タイムと言ったところでしょうか?

 少々、呑気な気がします。

 

 ヴィータがこちらに来るとムッとした顔で私を見ました。まあ、言いたい事はわかります。

 

「シュテル、お前さ、ぜんっぜん本気だしてなかっただろ?」

「これも策の内ですよ。それよりも、攻撃を防いで頂きありがとうございました」

「それが俺の役目だ。礼を言われるような事では無い」

 

 集まってすぐにヴィータに怒られそうでしたが軽く流しておきます。それに、ナノハに加減していた目的は元々二つあります。その一つは蒐集に関連した理由ですから、本気を出さないのは騎士達に不利益を与える為ではありません。

 すぐに終わらせてしまっては意味が無いのです。私のためにも、騎士達のためにも。

 

「ザフィーラの言うとおりだ。それに、奇襲を防げた功績はシャマルのものさ。接近する2人を教えてくれたから我々もすぐに動けた」

『ごめん、遅くなって。はやてちゃんを送ってたら時間がかかっちゃって』

「そうでしたか。ありがとうございます、シャマル。助かりました」

『どう致しまして。みんなのサポートが私の役目だもの。気にしないで』

 

 どうやらいつの間にかシャマルも合流していたようです。これでコマが揃いました。ここからは1対1ではなく5対4になります。もちろん、1対1でも負ける事はありませんが、より確実に短時間で事が成せるでしょう。特にシャマルの力が役に立つはずです。

 

「ところで、策の内だというのならば、その策を教えて貰いたいのだがな? それともまだ秘密か?」

「いいえ、そうですね。事前に説明せずに申し訳ありません」

 

 シグナムは少し怒っていますね。言葉に棘があります。まあ、確かに……言わなかったのは私の失敗でした。しかし、もしフェイトやアルフが来なければ、策も変わっていました。後で合流するシャマルの事も考えると説明が二度手間になるかもしれませんから、それは非効率というものでしょう。

 

 とにかく、今は説明するのが先ですね。ちらりとナノハの方を見れば、師匠……ユーノがナノハの治療をしているところです。たいした傷は無かったはずですから、それもすぐに終わるでしょう。

 

「まず、時間をかけた理由ですが、魔術師が2人いるのですから、他にも魔術師がいる可能性があります。近場に管理局の駐屯地が無い以上、援軍が来るとしても少数でしょう。ならば、待ち受けてまとめて蒐集した方が効率が良いかと考えました」

「つまり、敵の援軍を待っていたという事か?」

「はい。来て貰った方が蒐集するページが増えるというものです。それに、シャマルのクラールヴィントの力も欲しかったのです。後で合流する事は決まっていましたから、それまで時間的余裕があると考えました」

 

 そもそも、フェイトとアルフが来る事はわかっていました。もっとも、私の記憶……記録では、この邂逅はナノハが倒された後のはずでしたが。やはり私が居る事で歴史が変わってしまったと考えるのが妥当ですね。おそらく、私がヴィータに喋ったのが最大の間違いの元だったのでしょう。近くにナノハがいると教えてしまったので、ヴィータにこの辺りを探索する目星を与えてしまった可能性があります。

 

 他にも理由があると考えられます。ですが、今更言っても仕方のない事です。今は今の最善の一手を打つべく動かなければなりません。

 

「だが、さらに敵の増援が来る可能性もあるのではないか? 管理局の駐屯地が近くに無いのはわかっているが、監視はしている可能性があるだろう」

「それはどうでしょうか? ここは魔法のない世界のようですから。ですが、確かに悠長に時間をかけるのは避けるべきでしょう。ここからは時間をかけずに相手を倒し蒐集するべきと判断します」

 

 フェイトが居るという事は管理局の次元航行艦アースラが近くに居ると可能性は捨てきれない。ですが、武装局員は乗せていないでしょうから援軍が来るとしても少数。来たとしても結界の中まで入ってくるかは疑問です。管理局の魔導師が何も対策をせずに結界内部に入るとは思えません。

 

 また、別の次元から来るとしても、それはかなりの時間を要します。つまり、敵の救援は間に合いません。

 

「ふーん。つまり、シュテルには援軍が来る事がわかっていたのかよ?」

「来ないとわかればシャマルが合流後に倒せば良いだけの事。何も変わりませんよ?」

「いや、そうかもしれないけどさ」

 

 なぜそう判断したかを詳しくは言えません。ならば、そろそろ説明を終えましょう。あまり長々と話す時間もありません。

 

「本当はこの世界での蒐集は最後が良かったのですが誰かさんが動いてしまったので仕方がありません。次善の策でしたが、ここは一気にページを稼ぐチャンスと考えて行動すべきです。そして、それ以降はこの世界での蒐集を止めた方が良いかと。そういった理由がありますので、敵が集まるのを待ったのです。蒐集活動も今より慎重にならなければなりません。何かと制約が付いてしまいますが、ハヤテの安全を考えれば仕方の無い事でしょう。そもそも、事の発端は」

「わ、悪かったよ。今回はあたしの責任なのはわかってるってば」

「わかって頂けて幸いです。反省してください」

「だから反省してるって!」

 

 少々意地悪な言い方をしてしまいましたが、仕方無いでしょう。はやくこれからの策を話さなければならないのですから。ですが、ため息が聞こえてきました。ため息がした方を見ればシグナムが呆れたような顔でこちらを見ています。

 

 まだ何かあるのですか?

 

「それはシュテルも、だ。次から先に策があるのなら話しておいて欲しい。互いの連携にも支障を来すのではないか?」

「それは、そうですね。申し訳ありません」

「もうその辺でいいだろう。あちらも動き出した」

 

 見ればナノハ達はすでに治療も終えてデバイスを手にしてこちらへと対峙しようとしています。少々時間をかけすぎました。やはり戦闘中にでも話しておくべきでしたか。

 レヴィやディアーチェならば事前に話しておかなくても信用して任せて頂いていましたから、そのクセが出てしまったのでしょう。

 

 ここは騎士達の戦場で、マテリアルの戦場ではありません。

 私達3人の間の関係は、ここにはありません。これは私の判断ミスでした。私も反省しましょう。

 

「ここから先は相手をしていた敵と戦いながら思念通話で話そう。シュテルは続きの説明を。シャマルはサポートを頼む」

『わかったわ』

「わかりました」

 

 シグナムの指示でこちらも動き始めようとします。ですが、1人動かずに不満そうな人がいました。

 

「あたしは相手を代えて欲しかったんだけどな。あの守護獣、あー管理局じゃ使い魔っていうんだっけ? まあどっちでもいいけどさ、やっぱ戦いづらいんだよ」

「確かに師……あちらの守護獣は魔導運用が素晴らしいです。どうやら人間形態になったようですが」

 

 たぶん、フェレットの姿では制約が多いので人間に戻ったのでしょうが、師匠……ユーノはこちらでは使い魔扱いのままです。可哀想ですが、それを指摘するわけにはいけません。なぜ知っているのか聞かれても答えられませんから。

 

「ふーん。まあ、当てやすくはなるけどさ。でも、小細工が多いのが面倒なんだよな。攻撃もしてこないし、上手く逃げられるし」

「勝てないのかヴィータ? ならば替わってやっても良いが」

 

 シグナムに言われてヴィータが顔を真っ赤に染めました。ヴィータの事ですから勝てないのかと言われれば否定するでしょう。

 

「だ、誰も勝てないなんて言ってねーよ! 1対1でベルカの騎士に」

「負けはない、だろう? ではこのままでいいな。行くぞ」

 

 さすが、シグナムは騎士達のリーダーですね。扱いになれているのを感じます。

 

「くそっ。今度こそぶっつぶしてやる!」

「ヴィータ、潰しては意味が無いだろうに」

「うっせ! 言葉の綾だっつうの。あんたもさっさと倒せよな!」

「わかっている」

『みんな、がんばって』

「ああ」「おう!」「任せろ」

 

 このやりとりは、ある意味儀式のようなものでしょうか。

 

『シュテルちゃんも、無理をしないでね』

「ありがとうございます。シャマルも気をつけてください」

 

 さあ、私も気持ちを切り替え前へ出ましょう。シグナムもヴィータもザフィーラも自信に満ちあふれた顔です。それぞれの相手へと向かって行く姿には頼もしさも感じられるほどに。徐々に高まる騎士達の闘気に私の胸の炎も高ぶります。この勝負、負ける気がしません。ならば、私も期待に応えなければならないでしょう。

 

 私の策を伝えながら、己の内に燻る炎を燃やします。そう。

 

 ここからが本番です。

 

 

~~~~~~~

 

 

 きっと今の私ではシュテルちゃんに勝てない。

 

 わかっていたから言えなかった。私が結界を破壊すると。

 

 でも、フェイトちゃんは相手の剣士に押されっぱなしで、アルフさんもユーノくんも結界を破れずにじり貧の状態。このままじゃ、みんな負けちゃう……私がなんとかしなきゃ。

 

「余所見ですか? 余裕なのですね、ナノハ」

「あっ!?」

 

 さっき居た場所からここまで一瞬で? 振りかぶられたデバイスが見えた。レイジングハートと似てる。でも、違う。炎をまとったそれは、まるで業火の(つち)みたい。

 

Round Shield(ラウンドシールド)

 

 とっさに手を前へ出して受け止めれた。シールドにヒビが入る。一撃が重い。このままじゃ破られる。クロスレンジでは私が不利。なんとかして離れなきゃ。

 

「レイジングハート!」

Flash Move(フラッシュムーブ)

 

 わずかに下がってシュテルちゃんの攻撃を横にそらして一気に離脱。でも、きっとすぐに追いつかれる。追撃して足止めを! 

 

Divine Shooter Full Power(ディバインシューター・フルパワー)

 

 これが私の全力射撃。さっきとは違って8個のディバインスフィアを周りに展開。同じ事は何度もは出来ない。今ここで、数で圧倒してシュテルちゃんの足を止める!

 

「撃ち抜いて! シュート!」

 

 これで少しでも……え? 

 擦過音が響いた。

 

「それも予測済みです」

 

 シュテルちゃんが迫ってくる。夜の闇に12個の炎の球体を展開させながら。蒼い瞳が炎の光を反射させて迫ってくる。

 

 撃ち込んだ魔力弾にまるで踊るように炎が舞う。逃げるように動かしてもすぐに囲まれる。数で負け、速度でも負けてる。目の前で次々と破壊されていく。撃ち抜かれ爆発していく。なのに、シュテルちゃんの紅く燃える魔力弾は数が減らない。どうして? さっきと違うよ。魔力弾の強さが全然違う。

 

 せまってくる12の炎弾。もう回避は出来ない。防御しても、きっと抜かれる。確実に当たる。逃げられない。

 

 こんな。

 

 こんなのって。

 

「させない! スフィアプロテクション」

 

淡い緑色の光が優しく私を包む。ユーノくんの防御魔法。12個の炎弾がはじかれた。でも、すぐに向きを変えて襲ってくる。再びぶつかると今度は爆発した。同時に防御魔法も解けてしまう。衝撃波で後ろに飛ばされてしまう。だけど、私には届いていない。ユーノくんの魔法は、やっぱり強い。

 ユーノくんの後ろから赤い光?

 

 あれはさっきの子? あ!? あぶない!

 

「ユーノくん!」

「この野郎っ! シュテルの邪魔すんなあぁっ!!」

「くっ!?」

 

 打ち込まれる鉄槌をユーノくんがシールドで防いだ。よかった、間に合ったんだ。

 

「ですから、他人を気にするほどの余裕が貴女にあるのですか?」

 

 声がして視線を戻す。また金属がこすれるような擦過音が聞こえてくる。それと同時に魔力の高まりを感じた。目の前に迫る紅く燃える炎の魔法使い。その手に持つデバイスには紅く燃える球体。

 

 砲撃状態!?

 

「なのは、避けて! シュートバレット!」

 

 ユーノくんが魔法を放った。放った先は私の目の前。ぶつかる寸前、シュテルちゃんが止まって体を回転。手を突き出してシールドを形成。魔力弾をシールドで受けた。弾いてすぐにシュテルちゃんが上に加速。私から離れていく? あ、四つの光の輪がシュテルちゃんが居た場所に……ユーノくんのバインド?

 

『なのは、いまのうちに後退して』

「うん! ありがとう、ユーノくん」

 

 すぐには攻撃されない場所まで撤退。これで時間稼ぎは出来る。出来るけど……これからどうしたらいいの?

 

「さすが師……さすがです。こればかりは私の予測の外でした」

 

 私よりも上空で何事もなかったかのようにシュテルちゃんが立っている。そのシュテルちゃんの元に最初に襲ってきた赤い髪の子が近づいてく。

 

「わりい、シュテル。邪魔させちまった」

「気にしないでください。あちらの師……使い魔はかなりの使い手です」

「まあな。でも単純な攻撃力だけなら勝ってるんだけど」

「当たらなければ意味がありません」

「うっさい! 次はぜってえ当ててやるから、見てろよな!」

「はい。期待して待っていますよ」

「おまえ、全然そう思ってないくせに」

「そんなことはないですよ」

 

 すごく余裕の感じられる会話。私達には雑談なんてしている余裕なんて無い。私もユーノくんも防御で精一杯。

 赤い髪の子が離れていく。ユーノくんと戦うために。このままじゃ、ユーノくんも落とされちゃう。どうしたらいい? 考えても私に残された手はもう一つしかない。だけど、私に出来る?

 

 ううん。やらなきゃいけない。私がやらなきゃ。

 

「レイジングハート。砲撃で結界破壊、出来る?」

It can be done(出来ます).Let's shoot it, Starlight Breaker(スターライトブレイカーを撃ってください)

「それしか、ないよね。撃てるのかな、私に」

I believe master(私はマスターを信じます)

「うん。ありがとう。私もレイジングハートの事、信じてる」

 

 覚悟、決めなきゃだね。レイジングハート。

 

 

 けど、このままじゃ撃てない。シュテルちゃんが撃たせてくれない。なんとかして私から離さないと。でも、私1人じゃ出来ない。

 

『フェイトちゃん、ユーノくん、アルフさん。お願い、私に力を貸して』

 

 だからみんなの力を借りる。1人じゃ出来なくてもみんなが手伝ってくれたらきっと出来る。どんな強敵でもフェイトちゃんやユーノくんやアルフさんが居れば。

 

『私が結界を破るから。でも、シュテルちゃんが居ると撃てないの。だから、私からシュテルちゃんを離して欲しい』

『なのは……』

『ごめんよ、なのは。私が結界を破れないから』

 

 謝るのは私の方だよ。だって、アルフさんは結界の破壊をしながら戦ってるんだもの。ユーノくんなんか、転移魔法を維持しながら結界破壊もして赤い髪の子と戦い、さっきは私を助けてくれた。

 

 私は何も出来てない。ずっとシュテルちゃんに押さえ込まれてる。

 

『それは僕もだよ。彼女、シュテルって子はかなり強いけど、気をそらしてくれさえすれば、僕のチェーンバインドで引き離せるかもしれない』

『私が一撃をなんとか入れてみせる。アルフは結界が破壊されたら転送をお願い』

 

 フェイトちゃん。フェイトちゃんの相手も凄く強い剣士。あのフェイトちゃんが何度もビルに叩きつけられてる。きっと相手をするだけできつくて余裕なんて無いはず。

 

『ありがとう、みんな』

 

 私はゆっくりとビルの屋上に着地。シュテルちゃんはこちらを見てゆっくり近づいて来てる。フェイトちゃんとユーノくんも戦いながらこっちに。2人とも、無理してるのがわかる。私がさせてるんだよね。

 

 失敗できないね、レイジングハート。責任重大だよ。

 

『タイミングを合わせて……いくよ!』

 

 フェイトちゃんの合図で一斉にみんなが動く。アルフさんがバインドを発動して後ろに下がる。ユーノくんが攻撃をわざと受けて打撃の勢いを利用して距離を離してる。そしてフェイトちゃんが――。

 

「バルディッシュ、今!」

Photon lancer(フォトンランサー)

 

 4つのスフィアを作って周囲に展開。剣士の人に向けて魔法を撃つ射撃体勢に。

 

「ファイヤ!」

 

 スフィアから4本の槍が発射される。剣士の人はすぐに魔法陣型のシールドを展開したけど、すべて外れていく。剣士の人が慌てて振り向いたけど、もう遅い。その先にはシュテルちゃんがいる。これが、フェイトちゃんの狙い。

 

 でも、シュテルちゃんも気付いてる。迫り来る魔力弾に向けて手を突き出した。シールドが張られる。意識が一瞬私から離れる。ユーノくん!

 

「チェーンバインド!」

 

 シールドにフェイトちゃんのフォトンランサーがぶつかって白い煙が視界を奪う。そのタイミングでユーノくんから2本の鎖が放たれる。対象を捕まえて拘束する魔法の鎖。煙の中から獲物を引き摺りだすように鎖が上空に跳ねる。出てきたのは何重にも鎖に巻かれて拘束されてるシュテルちゃんが見えた。

 上空に無理矢理引き上げられながらもこちらを無言で見てる。まるで私を非難するように見えた。

 

 1対1をしたかったのかな? ごめんね。ちょっと乱暴なやり方だったかな。でも。

 

「いくよ、レイジングハート!」

Starlight Breaker(スターライトブレイカー)

 

 でも、私は止めないよ。みんなが作ってくれたチャンスなんだから。

 

 私の決意を込めてレイジングハートを構え直して握りしめる。

 

「カウント!」

All right(わかりました)

 

 レイジングハートの先端に大きな魔法陣が浮かんで離れていく。砲撃の為の準備を開始。もう、後戻りは出来ない。

 

「ああ、なるほど。こうやって私を遠ざけ時間を稼ぎ、ナノハが砲撃して結界を破壊するのですね。素晴らしいコンビネーションです」

 

 私の魔力と周囲の魔力を集積開始。

 集めた魔力で魔力の球体が大きくふくらんでいく。

 頭上を見上げるとシュテルちゃんがこちらを見て微笑んでいた。笑ってる……シュテルちゃんが笑ってる。あんな顔、出来るんだ。でも、どうして嬉しそうにしているの? 

 

 ううん。今は集中しなきゃ!

 

『Count nine, eight』

「お願いします。ですが、その後は待機してください」

 

 誰かと話し終わったと思ったら鎖が歪み緑色の魔力が四散した。

 

 シュテルちゃんを拘束していたユーノくんのバインドが破壊された。破壊したのはシュテルちゃんじゃない。違う人の魔力光が見えたから。

 

 もう1人どこかにいるの? でも、どこに? ここからでは見えない……ここからでは見えない。みんなも気付いてる。見えない5人目を探そうとするけど、邪魔されて上手くいってない。私も見つけられない。

 

『seven』

「素晴らしい策です」

 

 声が聞こえて視線を戻すと、シュテルちゃんが杖をこちらに向けるのが見えた。

 私の相手はシュテルちゃんだった。みんなを信じて前だけを見る。今は前に集中しなきゃ。

 

 まだカウントが終わってないのに邪魔されちゃうかもしれない。

 けど、止められない。いまさら止められないし、止めるわけにもいかない。

 

『six』

「ですが一手」

 

 シュテルちゃんのデバイスから炎が翼を広げる。

 月明かりしかない夜の闇に赤い翼が大きく伸びていく。

 

 この距離で攻撃されたら間に合わないのは間違いない。

 今攻撃されたら……ううん、違うよね。

 私とレイジングハーとなら、耐えて見せる!

 

『five』

「足りないようです」

 

 魔力が上がっていくのがわかる。

 でも、攻撃してこない。

 

 なぜ? 何をするつもり?

 

『four』

「カートリッジロード」

 

 月が隠れた闇の中で金属の擦過音が連続で鳴り響く。

 その瞬間、夜空に巨大な魔力が生まれた。

 デバイスの形状が音叉状からさらに槍の形状に変わった?

 そのまま私に向けてデバイスを構える。

 その姿……砲撃体制?

 

 まさか、今から?

 私と撃ち合うつもりなの!?

 

『Three』

 

 シュテルちゃんのデバイスから大きな魔法陣が描かれる。

 私のよりも大きな魔力の球体が生まれた。

 それはまるで私の……。

 

「あの魔法は!」

「うそだろ!?」

「あれは!? なのは!」

 

 みんなの驚愕する声が消える。

 私も驚いた。

 だってあの魔法は、私の魔法と同じ。

 

 スターライトブレイカー。

 

『two』

「集え明星」

 

 シュテルちゃんの声が聞こえる。

 魔力の奪い合いが始まった。

 互いに周囲に散っている魔力を奪わんとせめぎ合う。

 シュテルちゃんの紅く燃える魔力の固まりが膨らんでいく。

 拮抗は一瞬。

 

 すぐに崩れる。

 

『one』

「全てを焼き消す炎となれ」

 

 周囲の魔力が根こそぎ奪われていく。

 桜色の魔力が真紅の炎に焼かれるように消える。

 まるで酸素を奪う炎のように私の魔法を食い散らかされた。

 

『one』

 

 もう、周囲の魔力は集められない。

 残りは全部私の魔力で埋めなきゃ。

 だからレイジングハート、私からもっと魔力を取って。

 このままじゃ、撃てないよ!

 

『zero』

「今はまだ、私の方が上です。ナノハ」

 

 カウントが終わった。

 けど、これじゃあ……。

 

 視線の先に見える巨大な魔力球。

 夜の闇を退けて、それは赤々と輝いている。

 まるでそれは、空に浮かぶ巨大な恒星。

 

 同じように見えた魔法。

 同じ位の魔力を持つはずの少女が作った巨大な太陽。

 私のよりも遙かに大きい。

 

 わかってる。でも。

 止めるわけにはいかないから!

 

「スターライト!」

「ルシフェリオン」

 

 一瞬、シュテルちゃんと目が合う。

 今、シュテルちゃんは何を考えているのだろう?

 でも、それも一瞬の事。

 

 振り上げた腕を振り下ろす。

 

「「ブレイカーー!!」」

 

 お互いの声が同時に空に響き渡る。

 桜色の魔力が周囲の闇を押し払う。

 でも、それを圧倒する光が世界を塗り替えていく。

 

 ぶつかったと見えた刹那、押し返された。

 

 暗闇が、私の視界が、私の影が紅く塗り替えられる。

 均衡すら保てない、圧倒的な破壊の化身が空から落ちてくる。

 

 このままじゃ何も出来ないままで終わってしまう。

 

 そんなの絶対にいやだ!

 

 魔力を全部使って良いから!

 全部使って立てなくなっても良いから!

 レイジングハート!

 

「お願いレイジングハート! 負けられないの!」

 

 体から魔力が吸い取られる感覚。

 魔力出力が上がってわずかに拮抗できた。

 落ちてくる炎が止まる。 

 

 少しでも良いから押し返……あ……そんな。

 

 拮抗したと思った直後にまた押し返される。

 魔力の差?

 

 違う。

 そんな……私の魔法が、焼かれている!!?

 

 私の魔力光が飲み込まれていく。

 真っ赤に燃える赤い炎が近づいてくる。

 世界を赤く塗り替えながら。

 

 このままじゃ。このままじゃ負けちゃう。

 

「レイジングハート? レイジングハート!」

Sorry……my master(申し訳ありません……マスター)

 

 魔法陣が破壊された。

 レイジングハートが壊れていく。

 紅い炎に燃やされていく。

  

 こんなので、終わり?

 こんなので全部終わるの?

 何も出来ずに終わるの?

 誰も助けられずに終わるの?

 

 嫌だ……嫌!

 

「うっ、くっあ!?」

 

 バリアジャケットが破壊されていくのが感じる。

 徐々に凄まじい熱気を感じ始めた。

 視界が紅く染まって何も見えない。

 痛覚が麻痺してる? わからない。

 もう、わからない。

 

「ごめん、ね。レイジングハート。ごめ、ん、ね……みん、な……」

 

 ごめん、私、もう駄目みたい。

 

「大丈夫ですよ、ナノハ」

 

 え?

 この声は、シュテルちゃん?

 

 あ、あれ?

 バリアジャケットの破壊が止まっているの?

 あれほど暴力的に目を焼いた光が見えなくなってる。

 熱さも感じない。

 眩しさで見えなくなっていた視界も戻ってくる。

 

 あれ、シュテルちゃんが目の前にいる?

 なんで?

 

「ですから、しばらく眠っていてください」

「え? あの……シュテルちゃあ、あぐっ!?」

 

 わ、私、の、胸から、手、が?

 

「これで詰みです」

 

 あ……。



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13話 揺れる心 11月14日

「シュテル。すまないが、そこの線を取ってくれ」

「コードですね。はい、どうぞ。これは出力に繋いでください」

 

 近くにあったビデオデッキにつなぐコードをシグナムに渡します。シグナムは受け取ると掃除の為にいったん外していたビデオデッキに繋げようとしますが、どうも上手くはめる事が出来ないようで、カチャカチャと金属がぶつかり合う音がしばらく響きました。間違いなく繋ぐ場所を間違っています。

 

「シグナム早くしてくれよ。せっかく録画したのに、あたしの見たい番組が見れないじゃねえか」

「ああ、すまんな。すぐに終わるから待っていてくれ。くっ! なぜ合わん!? どれがシュツリョクだ……」

「ヴィータ、急かしたらあかんよ。録画は逃げたりせえへんから、大人しく私とお喋りしながら待ってような?」

「はーい」

 

 相変わらずシグナムは機械の扱いを苦手としています。しかし、まったく扱えないわけではないので、見ていると代わりたくなりますがシグナムの為にも我慢しましょう。本人はなんとか克服しようと頑張っていますし、ここで私が代わっては意味がありません……ただ、助言はしておきましょうか。せめてコードの先端部分と同じ色の場所にはめ込むのだというくらいは。

 

 

 今日は朝からゆっくりとした時間が流れています。リビングではソファーに座ったハヤテとヴィータが楽しそうにお喋りをし、その足下でザフィーラが眠っていました。

 シャマルは台所を楽しそうに磨いています。シグナムはビデオ相手に悪戦苦闘していますが、騎士達の表情は明るく、辛い様子はまったくありません。とても平和な私達の日常風景と言えるでしょう。

 

 私自身も昨日のナノハとの戦闘後の余韻に浸っていました。最後まで諦めない姿は、さすがナノハ。砲撃戦、スターライトブレイカーと私のルシフェリオンブレイカーとのせめぎ合いは、とても楽しかったのです。やはりナノハとの戦闘ほど心躍る戦いはありません。いつか、己のすべてを出し切って互いに戦い合いたいものです。

 

 

 余韻に浸ってばかりも居られない現状が残念です。昨日の戦闘後に私が午前中は蒐集を休む事を提案しました。この後に管理局がどう動くか予想出来ないのですから情報を収集する事を優先するのは当然でしょう。

ですので、状況を監視するために、町の各所に私のサーチャーが配置されています。何かあればすぐに察知できるでしょう。決して魔力の消耗が激しいので休んでいるわけではなく、管理局の動きを警戒しての事です。

 

 騎士達には話していませんが、時間を区切って交代で蒐集し、夜間は外出せずに魔力の回復に努めるという計画は、騎士達の魔力を温存して消耗を避ける考えからでした。

 消耗さえしていなければ、ナノハやフェイトがデバイスにカートリッジシステムを搭載したとしても、騎士達が遅れを取る事は無いと判断したからです。以前におこなった模擬戦でそう感じました。

 

 私という存在が加わる事で蒐集に余裕が出来ましたし、蒐集に焦る騎士達のブレーキ役になれたからこその計画です。そのおかげで、騎士達には余裕が生まれ、焦りもなくなる……と、考えていたのですが、昨日の一件でそうではないというのがわかりました。

 

 

 昨日、ナノハを蒐集した後ですが、私とヴィータとシャマルの3人がかりでユーノを倒して蒐集した時には、シグナムがフェイトを、ザフィーラがアルフをそれぞれ倒しており、予定通り3人と1匹からの蒐集は成功しました。ページも一気に300ページ以上も稼ぎ、かなり早い段階で半分を超える勢いです。

 この勢いのままであれば、遅くとも来月早々には蒐集が完了するでしょう。騎士達もそう思っているのか、表情は明るく精神的に余裕がある様子です。

 

 ですが、そうはなりません。なぜならば、次元航行艦アースラが介入を始めるからです。

 これまでは蒐集を無人世界で行う事で管理局に知られる事も無く監視の目をくぐり抜けてきました。個人転送で行ける世界は限られていますから、いずれは管理局とも戦わなければならないとしても、知られるのは遅ければ遅いほど良い。たとえ管理局に知られるとしても、アースラの人達、特にナノハとの出会いが遅くなればなるほど蒐集は有利になるはずでした。

 

 今更嘆いても仕方無い事ではありますが、昨日の蒐集によって予定は大幅に変更しなければなりません。今はまだ、アースラの戦力は少ない状況と予想されますが、時間が経てば武装局員が派遣され、ナノハやフェイトが戦線に復帰し、やがて私達の根拠地もある程度絞られてしまうと考えられます。ゆえに、今後は時間との戦いになっていくでしょう。

 

「なあシグナム。まだ見れないのかよ?」

「もう少し待て。シュテル、繋ぐ線と同じ色が上下に2つにあるのだが、どちらに繋げばいいんだ?」

 

 それはビデオ1とビデオ2でしょうか。確かに見ただけではわからないかもしれません。代わりたくてウズウズしてきますが、ここは我慢しましょう。シグナムもまた、自分自身の苦手な分野と戦っているのですから。

 ただ、やはり少しは手伝いましょうか。ヴィータがそろそろ我慢の限界です。

 

 今までも何度かシグナムの横に付いてテレビや電話の操作方法などを教えた事があります。本人は足の不自由なハヤテが出来ない事を代わってあげたいと思っているのでしょう。

 今は出来ませんが、いずれはハヤテの送り迎えもしたいと言っていましたから車も動かしたいようです。シグナムならば時間はかかれど成し遂げる事でしょう。

 問題は戸籍無しで免許を取れるのかという事ですね。無免許ではハヤテに怒られてしまいます。

 

「あ、そろそろお昼の準備をせんとあかんな。今日はみんなお昼は食べるんよね?」

 

 ようやくビデオとテレビを繋ぎ終えたというのに、もうそんな時間ですか。壁に掛かる時計を見れば、すでに11時をまわっています。

 

「ああ、そうですね。今日は私は出かける用事はありませんから、家に居ます」

「あたしは昼からゲートボールに行く予定だけど、はやてのご飯を食べてから出かけるつもり」

 

 今日の蒐集は私とシグナムはお休みです。午後からはヴィータとザフィーラが出る予定で、これは昨日の勝手な行動に対する本人達なりの償いのつもりなのでしょう。私とシグナムの分も集めてくると意気込んでいました。無理をされては困るのですが……2人の気持ちを考えれば、あまり強くも言えません。今日は2人が帰ってくる時間が少し遅くなりそうですね。

 

『シュテル、町の状況はどうだ?』

 

 念話でシグナムに聞かれましたのでサーチャーに意識を集中しますが、感知できる範囲では魔力の動きはありません。空を魔導師が飛んでいる様子もありませんし、問題はないでしょう。

  

『はい。今のところ特に目立った動きはありません。魔力も検知されていませんので、昨日から管理局も動いていないのでしょう』

 

 時空管理局については、昨日の戦闘後にナノハ達を回収しに来た事をシャマルが見ています。それ以降は現場を調べる事もなく沈黙を保っていました。

 私達を警戒しているのは間違いありませんが、今は上空からの監視にとどめているのか、それとも管理局の本部に戻ったのか。ここからではわかりません。

 

「シュテルは今日はどうするん?」

「私は図書館にでも行くつもりです。返却期日が迫っている本がありますので」

『そうか。だが、我らの存在が明るみに出た以上、今後は蒐集先で管理局に見つかるかもしれないな』

 

 ハヤテに答えながらシグナムの話について考えます。シグナムは昨日の一件で、管理局に魔力の源、リンカーコアの蒐集が知られてしまった事に懸念を抱いています。

 闇の書が活動を開始したと管理局に知られた以上、監視や妨害は当然の事です。それに対する対策については、私もすでに考えてはいます。問題は、管理局、特にアースラの人達をどうやってこの世界から離すかでしょうか。

 

「ほんなら私も図書館に行こうかな? 私も返す本があるから丁度ええしな」

「はい。一緒に出かけましょう。またお勧めの本を教えてください」

『この世界で見つからなければ、特に問題はないでしょう』

 

 どちらにしても、今すぐどうにかなる話ではありません。まだ、あちらには本格的な捜査をする準備が整っていないはずですから。それに、他にも理由があります。

 

「ええよ。そうやな……前に教えた注目新人作家さんが新しい本を出しててな、これがまた深い話なんよ。シュテルにお勧めの一冊や」

「それは興味があります。ぜひ教えてください」

『一応、私が広域探査魔法でヴィータちゃん達が行く世界を調べておきますね』

「あー。すみません、ハヤテちゃん。私は今日はちょっと。ご近所の奥様達とお茶会をする約束があって」

『むしろ、この世界から管理局の視線を逸らす為、別の世界で派手に暴れた方が都合が良いでしょう』

『そうね。相手の目を誤魔化すためには、そうした方が良いかも。撹乱にもなるし』

 

 目撃情報がこの世界だけであるというのは、やはり問題です。調査対象がここのみに絞られてしまいますから。

 

「気にせんでええって。いつもシャマルには付き合って貰ってるしな。帰りに買い物もして帰るから、今日は奥様達とゆっくりしておいで。シュテルには悪いけど、買い物も付き合ってくれるか?」

「ええ、いいですよ。今日はエビフライにしましょう」

「ではシャマルの代わりに私が付き添います。荷物持ちは必要でしょうから」

「ありがとうなシグナム、シュテル。さて、そうと決まれば食事の準備や。シャマルとシュテルは一緒に手伝ってもらってもええか?」

「はーい。今日は何を作ります?」

 

 エビフライの件は却下されたのでしょうか? 気になります。

 

 

 ハヤテとの話は終わり、それぞれが動き始めます。私も手伝うべく立ち上がって台所へと向かいますが、私達の会議はまだ終わっていません。

 

『じゃあ、これからは人が居る世界で蒐集した方が良いって事か?』

『それでは蒐集は進まなくなるのではないのか? 無人世界での蒐集は管理局の妨害を受けないためという話だったはずだが』

『はい。ザフィーラの言うとおりです。ですが、状況は変わりました。今は、この世界から管理局を離すのが先決かと。ただ、あまりやり過ぎますと、被害がある世界を調べ統計から個人転送で行く事の出来る範囲を特定されれば、ここが中心であるとわかってしまいます』

 

 被害が起きる地点を結び、その中心点となる世界を疑うのは当然でしょう。たとえ移動時間をバラバラにしても、被害が起きる世界が増えれば、それは知られてしいます。ですので、対策の1つとしては、中心をずらすという方法が考えられますが、これにも問題があります。

 

『えーと、例えばだけど。ここから別の世界に転送して、その世界からさらに転送で行ける範囲の世界で蒐集すれば、すぐにはわからないわよね?』

『ふむ……なるほど。中継点を作るというわけか。確かに、それならばすぐにこの世界だとはわからないが……』

『はい。問題は魔力と時間を余分に消費する事です。その為、蒐集の効率は落ちるでしょう。また、中継する世界に安全な転送地点を設けなければなりません。下手をすると、飛んだ先で管理局の魔導師に待ち構えられているという可能性もあります』

 

 中心をずらすという事は、拠点となる地点を変えるという事です。中継する世界が1つ増やせば、2回分余計に転移する必要があり、魔力も時間も同様に余計に消費します。

 魔力も時間も有限です。増やす事は出来ない以上、無駄に費やす事は出来ません。そして、安全な拠点の確保は必須でしょう。

 

『時間と魔力が減るのは痛いよな。まあ、はやての安全の方が大事だけど』

『蒐集を主が眠った後にするのはどうなのだ?』

『それしか時間は取れないけれど、はやてちゃんって、よく夜更かしするのよね』

『我らが蒐集をしている事は主はやてには秘密だ。主が起きていらっしゃる間は夜に蒐集はできん。当然、主か起きている時間が長ければ蒐集する時間も短くはなるな』

『でもさ、それしかないんじゃねえの? それとも、また前みたいに別れて蒐集するのか? 効率は悪いんだろうけどさ』

 

 私達の時間は増やせませんが、蒐集する時間は無理をすれば増やせます。ただ、私の当初の考えから逸脱してしまいますので、あまり賛成できません。騎士達は知らない事ですが、これからの蒐集は厳しくなっていく事を私は知っていますから。

 

 そう。全てはナノハとの邂逅から始まる事になります。戦いは徐々に激しくなり、熾烈を極めるでしょう。詳細な状況の推移はわかりませんが、このまま余裕を保って蒐集する事は困難になるのは明白です。

 やがて騎士達の魔力は消耗していき、精神は摩耗するに違いありません。最後にはページを完成させる事が出来ずに闇の書の餌になる可能性も高いのです。

 

 それは、本来であれば私にとって問題とはならない事でした。騎士達がどうなろうが蒐集さえしてしまえば、あとはディアーチェとレヴィが復活するのを待てば良いだけですから。

 闇の書の闇、防御プログラムもナノハ達が倒してしまうでしょう。騎士達もハヤテが闇の書の管制融合騎を掌握してしまえば復活するのですから、何も問題はありません。

 ゆえに、私が蒐集に関与するのは蒐集速度を速めるためだけのものでした。

 

 ですが、ふと考えてしまうのです。イレギュラーである私という存在は、例え小さな滴のひとつであるとしても、水面に落とせば大きな波紋になりえてしまう。昨日の一件から、その事が証明されてしまったと考えるべきでしょう。私は盤面の外から眺めて居るだけの存在ではないのです。

 

 なので、歴史が大きく変わってしまうかもしれません。下手な手を打てば、闇の書が起動しない事もありえてしまう。

 それは、とても困ります。慎重を期さなければなりません。

 

 また、別の可能性も考えられます。例えば……騎士達とハヤテの不幸な出来事を防ぐ事とかです。

 

「シュテルどうしたん? じっと見つめられると、なんや恥ずかしいやん。私の顔に何かついとる?」

 

 いつの間にかハヤテの顔を見つめてしまっていたようです。私を見てハヤテは微笑を浮かべていました。その顔はとても幸せそうに見えます。そう、とても幸せそうです。ですが、騎士達を目の前で殺され、醜く歪むハヤテの顔と、その慟哭の深さを私は知っています。

 

「いいえ、何でもないですよ」

 

 止めましょう。今は余計な事は考えるべきではありません。私が考えるべきは、蒐集を効率よくおこなう事で早く闇の書のページを完成させるという一点のみ。それだけのはずです。

 

 ですが、色々とありえなかった未来について考えてしまうのは仕方がないでしょう。

 

 例えば、管理局に協力を依頼するという可能性。しかし、今まで何も出来なかった管理局に期待するのは博打を打つようなものだと感じます。それは危うすぎるでしょう。

 騎士達に闇の書の完成で起きることを伝えてみるというのも、どうでしょうか? やはり、蒐集が止まる可能性が捨てきれません。短い人生を穏やかに過ごしてもらう、などと考えられても困りますからね。

 

 タイムパラドックスについては、深い知識はありません。今度、図書館で借りて読んでおきましょう。

 

『深夜に限定してですが蒐集をおこなうのに反対は致しません。ただし、これも交代制にすべきかと。それと、蒐集を終えて帰る時間を決めておいた方が良いでしょう。ハヤテが起きる時間に居なければ、やはり不審に思われるでしょうから』

『シュテルちゃんがそういうなら、私も反対はしないわ。でも、はやてちゃんに心配だけはかけないでね』

『ああ、わかっている。では、今日は試しに私とシュテルで行く事にしよう。ただし、今回は中継する世界の下見が中心で戦闘はしない。有人世界は中継する世界を見つけてからにしよう。帰りは4時くらいがいいか?』

『そんくらいの時間なら、はやても寝てると思う』

『では、話はここまでだ』

『わかりました。シグナムの指示に従いましょう』

 

 話がまとまり、会議は終了となります。結局は夜も蒐集を行う事になりましたが、今後の管理局の妨害を考えれば仕方がないでしょう。ただ、少し制限をしましたので、まだ負担は軽いはずです。これは今後の布石に必要な事なのです。

 

「そうか? ほんならええけど……あっ!わかったで! 大丈夫や、夜はエビフライを作ってあげるからな」

「いえ、別にそう言うわけでは……作ってはもらいますが」

『お前まさか……エビフライの事をずっと考えてたんじゃねえだろうな?』

『ヴィータは私をなんだと思っているのですか?』

 

 食への拘りはレヴィの担当で私ではないはず。ただ、好物をいただける機会があるのならば、逃す手はないと考えているだけですよ。

 

 

~~~~~~~

 

 

 無機質な病院の部屋の中でフェイトちゃんが眠ってる。寝台の下にはアルフさんが特殊なゲージの中で同じように眠っていた。表面上は傷一つ無くて、実際傷は無いのだけど、魔力の源リンカーコアが異常に縮小していて、今のフェイトちゃんは魔法が使えない。

 それは私も同じで、やっぱり傷一つ無いけれど魔法が使えない。アルフさんもユーノくんも同じ。

 

 昨日の戦闘の後、クロノくんやアースラのスタッフさんが来た時には、もう傷は無かったらしい。シュテルちゃんが傷を癒してくれたのかな? 私はその時には気を失っていたからわからないけど、なんとなくそんな気がする。でも、それを喜ぶ気分にはなれないよ。こんな状況じゃ……。

 

 本当は、今日はフェイトちゃんにとって大事な日だった。フェイトちゃんの裁判で証言するためにユーノくんが本局に行く日だったから。

 フェイトちゃんのお母さん、プレシア・テスタロッサが起こした事件。通称PT事件の裁判で、フェイトちゃんが無罪を勝ち取るために必要だった証言だった。

 

 でも、私が襲われて、一緒にいたユーノくんも、ユーノくんを迎えに来たフェイトちゃんとアルフさんも巻き込まれて、今は私も含めて入院をしている。裁判は当然延期になったみたい。

 

「ごめんね、フェイトちゃん」

 

 もし、あの時……私が結界を破壊できていれば、こんな事にはならなかった、よね。みんなにチャンスを貰ったのに……。

 

「私のせいで、こんな事になって」

「なのはのせいじゃないよ」

 

 あ……フェイトちゃん?

 

「ご、ごめんね。起こしちゃった?」

「ううん。気にしなくていいよ」

 

 フェイトちゃんが体を起こそうとしたから手伝ってあげる。フェイトちゃんは私以上に体力を消耗していて、まだ起きるのもきつそう。傷は癒えても血は戻らないから。

 

「遅くなったけど、助けに来てくれてありがとう。その、久しぶりに会えたのに、こんなでごめん」

「ううん。そんなに謝らないで。それよりも、なのはこそ大丈夫だった?」

「うん、私は見ての通り大丈夫だよ。歩くくらいは全然平気」

「そう。よかった……」

 

 なんだか私だけが元気で申し訳無い気がする。これもシュテルちゃんが最後に手を抜いてくれたからかな? 襲ってきた理由はわからないけど、不思議と悪意は無かった気がする。

 

「さっきの話だけど、なのはは何も悪くなんかないよ。悪いのは襲ってきたあの人達なんだから」

「うん。でも……今日はフェイトちゃんの裁判が」

「それも、たまたま今日が重なっただけ。ユーノの証言も後日に伸びただけで、なのはが責任を感じる必要なんてないんだよ?」

「でも……」

 

 でも、シュテルちゃんを悪い人だとは思えない。もしシュテルちゃんが砲撃を続けていたら……。きっと、今頃私は燃え尽きて生きていないに違いないから。

 

 私が後悔しているのは、みんなを助けられなかった事。許せないのは、みんなの期待に応えられなかった自分自身。

 

「もし私がちゃんと結界を破壊できてたら……」

「それも、なのはのせいじゃないよ。私が代わっても同じ結果になったと思うから。あの人達は私達よりずっと強かった。私なんか手も足も出なかったから……」

「そう、だね……強かったね」

 

 きっとシュテルちゃんも目が合ったあの時、私と同じ気持ちを抱いていたのだと思う。助けてくれた仲間の為にも、私の砲撃を防がなきゃって。そして、シュテルちゃんは成し遂げて、私は失敗してしまった。それが、すごく悔しい。悔しいよ。

 

「悔しいよ、フェイトちゃん」

「うん。私も悔しい」

 

 今の私では勝てない。それはよくわかった。だからもっと、もっと練習して、もっと強くなりたい。強くなって、あの時のシュテルちゃんと同じように、みんなの期待に応えたい。

 

「一緒にがんばろう、なのは」

「うん。フェイトちゃん。一緒に強くなろう」

 

 紅の炎を身にまとい月を背に立つ、あの炎の魔法使いの姿が目蓋に焼き付いて離れない。自信に溢れたその姿に私は憧れを抱いているのかもしれない。あんな魔法使いになりたいって、そう思うから。

 

 だから、私はシュテルちゃんに勝ちたい。そして、勝って約束を果たしてもらう。

 

『ええ、私に勝つ事が出来れば、必ず話しましょう』

 

 この約束、忘れたりなんかしない。

 

 いつかきっと――必ず勝ってみせるから



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14話 蒐集(Sammlung) 11月20日

 町から家屋の少ない郊外へと飛翔しながら対象を追跡します。相手はこの世界の住人では無いです。なぜならば、管理局の制服を着た人間でしたので。

ただし、見つけたのは今追跡している1人だけで、少なくとも感知出来る範囲に高い魔力反応はありません。ここは管理局が管理する世界では無いのでしょうか? なぜ、この世界に居るのかは知りませんが、好都合です。

 

『ヴィータ、予定地点にもうすぐつきますよ』

『結構手こずったみたいだな。こっちからも見えた』

 

 とりあえず町中での襲撃は現地の治安機関が関与してくるかもしれず、こちらにとって都合が悪かったので、町の外へと追い出す事にしました。

 ヴィータには町の郊外にある森の中で待機してもらい、私が追い立て役です。魔力を見せつけるように近づけば、予想通り相手は逃走を選択しました。複数のサーチャーでも監視していますので見失う事はありません。ただ、慣れない事ですから時間はかかります。

 

『予定地点です』

『んじゃ行くぞ!』

 

 町の郊外へと追い立て、ようやく森の前まで追い詰めました。後はヴィータの役目です。

 

「ぶっ叩くぞアイゼン!」

Flammeschlag(フランメ・シュラーク)

 

 管理局員が森へと逃げ込もうとした時、その目の前に小さな影が躍り出ました。驚いて足を止めた目と鼻の先では、すでにグラーフアイゼンをヴィータが振りかぶっており、あとは振り下ろすだけ。

 

「待ち伏せか!? シールドを!」

Round Shield(ラウンドシールド)

 

 魔法陣の形をした円形の防御シールドが展開される。でも、それは正解かどうか。ハンマー型のグラーフアイゼンがシールドと衝突する。瞬間、衝突点が爆発した。

 

「ぐっ!?」

 

 爆風が両者を襲う。管理局員の体が宙を舞うが、その目は死んで居ません。衝撃で吹き飛ばされながらも、その手には光る魔力弾が光っています。ヴィータに向けて手を突き出すと、光弾がさらに強く光りました。

 

Photon Bullet(フォトンバレット)

 

 至近距離からの射撃。

 ですが、ヴィータは避ける素振りも見せずに逆に突っ込みます。息を吸う程度の空白。後に再度の爆発音。白煙があがるが、すぐにヴィータが出てきました。

 

「そんなもん効くかよっ!」

 

 管理局員の驚愕の顔が見えます。再び振りかぶったヴィータのグラーフアイゼンが振り下ろされました。終わりです。あっけなく終わったように見えますが、奇襲しておいて手間取る方がおかしいのです。

 

 さて、倒してすぐに蒐集を開始します。あまり時間をかけるわけにもいきません。爆発音は周囲に響いていましたから、誰かが駆けつけてくる前に終わらせた方が面倒が無くて良いでしょう。

 

「やっぱ、あんま稼げねーのな。これなら魔獣を相手にした方がよっぽど効率いいよ。あっちの方が気楽だし」

 

 蒐集はすぐに終わりました。やはりナノハやフェイトのようにはページは稼げませんね。まあ、当たり前ではあるのですが。

 むしろ、そんなにページが進む相手なら簡単に戦闘が終わる事もないでしょう。温存したい魔力も消費しますし、かけたくない時間もかかってしまいます。

 

 それに、ヴィータは魔導師を襲う事自体が嫌なようです。私も気は進みませんが、これは必要な事です。

 

 ここは、消耗せずに終わった事を喜ぶべきでしょう。

 

「そうですね。ですが、必要な事ですから。それに、今回は楽に終わったのですから、いいではないですか」

「わかってるよ。まあ、時間は余計にかかったけど、魔力もたいして消費してないしな。で、そろそろ時間か?」

「慣れていないと最初に断ったはずです。それと、これ以上の蒐集は合流時間に間に合わなくなりますので、とりあえず中継世界に戻った方が賢明でしょう」

 

 今日はハヤテが病院に行く日です。蒐集は私とヴィータのみで、シグナムとシャマルはハヤテに付き添っており、ザフィーラは家を守っています。ハヤテは病院から帰る途中で買い物に寄る予定ですから、その時間に間に合うように帰って合流する事になっていました。

 

 こういう日は変則的にならざるを得ません。時にはご近所の方との付き合いでシャマルがハヤテの側から離れるときもありますし、各人の予定が重なる事もあります。今までは、そういう時は1人で蒐集する事もありました。

 本来ならば蒐集は2人で実施しなければならないのですが、こういった時は安全が確認された世界なら大丈夫だろうという事でルールが変更されっています。ちなみに変更を要求したのはヴィータです。焦る気持ちがわかるだけに、却下できませんでした。

 

 ただ、これからは1人で動くのは厳しいでしょう。無理や油断は禁物です。

 

「怒るなって。んじゃ戻ろうぜ」

「はい」

 

 しかし、この管理局の人はここで何をしていたのでしょうか? もし、私達を捜していたのでしたら、近くに管理局の次元航行艦が来ている可能性があります。

 さすがに中継世界が見つかっているとは考えられませんが、活動範囲を絞られつつあるのかもしれません。もしそうなら、相手の指揮官は優秀ですね。中継世界を中心に活動を初めて4日しか経っていないのですから。

 

 

 転送を終え、中継世界の拠点に戻ります。転送先は拠点の中の一室で、無機質な灰色の壁に囲まれ、暗く、しかし乾燥して何も無い部屋です。今居る部屋は一階部分で、建物自体は2階建てとなっており、屋根も付いています。周囲も同じような形の建屋が並んで建っていますが、人の住まない廃墟と化していましたので、ほとんどの建物は屋根が抜けていましたから探すのに苦労しました。

 

 町そのものが何かしらの理由で廃棄でもされたのでしょう。拠点と定める場所を探す課程で探索をしてはいますが、この廃墟と化した町に人は住んでいません。ただ、壁に戦闘の跡が残る事から、ここは過去に戦場であった可能性が高いと思われます。町のあちらこちらに同様の痕跡が確認出来ました。

 元は多くの人々で賑わっていたと思われる町中央の通りは、今は瓦礫でふさがり、木々が所々で茂っています。

 

 シグナムと中継する世界を探したときに、元の世界である地球からも遠く、この世界の住人は魔法文化を持っていないというのも大きな決め手となり、ここを中継点とする事にしました。元の世界でいうところの中世程度の文明で、人口が少なく、廃墟となった町の残骸が多く見られたのも都合がよかったのです。

 もしかしたら、終末戦争とか世界大戦でも起きたのかもしれません。興味はつきませんが、歴史の研究は今は置いておきましょう。

 

「やっぱすぐに帰るのはまずいよな?」

「ええ、追跡されているかもしれませんから。サーチャーを飛ばして監視しますので、しばらく待機してください」

 

 ここに戻ったら必ずサーチャーを町の周囲に飛ばし、不審な動きがないか監視しています。転送先を追跡されれば、すぐに管理局の武装局員が飛んでくるかもしれません。

 一応、建物にはシャマルが簡易の結界を張っていますのでセキュリティーは万全ですが、廃墟と化した町全体を監視するには自分たちでしなければなりません。不審な事が無いか確認しておくのは必要な事です。

 

「しっかし暇だよな。ここ、なんにもねえし」

「仕方ありませんね。これでも飲んで我慢してください」

「いや、別に喉が渇いてるわけじゃないんだけど」

 

 水筒を差し出すと、ヴィータは文句を言いながらも受け取りました。こういう時は何かを口に入れるに限ります。今度はお菓子も持ってきた方が良さそうですね。

 

「ふう。仕事の後の一服って感じだな。あ、そういえば。さっき蒐集した奴も管理局の魔導師だったけど、やっぱあいつらって、あたし達を探してるんじゃないか?」

「その可能性は高いでしょう。人からの蒐集は手控えているとはいえ、魔導師が蒐集されれば管理局もある程度は私達の活動範囲に目星くらいは付けるでしょう」

 

 さて、今のところは追跡された様子も、おかしな動きもないようです。中継世界を決めてから4日、その世界を中心に蒐集活動をしていますが、まだ管理局側に大きな動きはないのでしょう。蒐集活動も妨害にはあっておらず、比較的良好な状況であると判断できます。

 ただ、今日もそうですが、管理局の魔導師を蒐集する機会が増えてきたように感じられます。やはり、そろそろ活動範囲を絞られていると判断すべきでしょう。

 

 そう考えると、やはり拠点の移動も考えた方が良いかもしれません。少し早いですが、次の中継点を探しておくべきでしょう。反撃を受ける前に移動しておけば、相手に与える情報も少なくなるでしょうし、管理局の捜査を攪乱できるかもしれません。

 

「なあシュテル。もういいだろ? まだ時間かかるのかよ?」

「いえ、そろそろ終わりましょうか。追跡は確認されていません」

「んじゃ、もう帰ろうぜ。こんなとこに長居したくねえし。それに、あたしはお腹が減った」

 

 そうですね……今日にでもシグナムとシャマルに話しておきましょうか。事前に相談をするように言われていますから。

 

「相変わらず、ご飯が好きなのですね」

「ばっか。飯が好きなんじゃねえよ。はやてが作ってくれた飯だから好きなんだろ!」

 

 私達にはまだ余裕があります。ご飯を気にかけていられるくらいには。ですが、それももうすぐ終わる。

 

 管理局との戦いは、まだまだ始まったばかり。ナノハ達が本格的に立ち向かってくるようになれば、今までのように管理局に対して楽に勝つのが出来なくなる。活動範囲は絞られ、これから更に厳しく妨害されるでしょう。ハヤテに残された時間は短くなり、余裕は焦りへと変わる。

 

 そして最後には全てに裏切られる。

 

 蒐集は確かに彼女達を結果的に救います。それがわかっていても悲しく思ってしまうのは、何故でしょうか?

 

 

~~~~~~~

 

 

「そういうわけで、判決は3日後に出ると決まったよ。無罪は確定。数年の保護観察処分になりそうだ」

「わー! よかったね、フェイトちゃん」

「うん。これもクロノやリンディさん、エイミィさんのおかげだよ」

 

 フェイトちゃんの裁判が早く終わりそうで、本当に良かった。

 

 フェイトちゃんと次元航行艦アースラでの戦闘訓練が終わって、地球に帰る前に食堂で休憩中にアースラの執務官クロノくんが顔を見せに来てくれた。ユーノくんは別件で本局に行って留守だったけど、裁判ではフェイトちゃんの為に証言をしてくれて、かなり有利になったってクロノくんが言っていたから、ユーノくんも頑張ってくれたみたい。

 

「いや、フェイトの頑張りのおかげさ。嘱託魔導師の試験に合格できたのも大きいかった。それに、裁判の前倒しが決まったのは、僕よりもグレアム提督が手を回してくれたおかげなんだ」

「そうなんだ?」

「フェイトがなのはを身を挺して救おうとした事を、提督がどこかで聞いたみたいなんだ。提督はそういう人材を評価なさるから、今回の件はフェイト自身が自分で勝ち取ったようなものだよ」

 

 クロノくんがいう提督って人はすごく良い人だとおもう。

 

「そんな事、無いよ。結局、なのはも守れなかったし」

「いや、提督は結果も見るけど過程をとても重視する方なんだ。ああ、それと提督がフェイトの保護観察の担当になるから明後日に提督が面接する。その時にでもお礼を言った方が良いな」

「うん。そうするよ。ありがとう、クロノ」

 

 グレアム提督って会った事はないけど、とても人情味のある人みたい。フェイトちゃんの担当にもなってくれるみたいだし、これもフェイトちゃんが頑張った証だよね。

 これでやっと、PT事件も終わるような気がするの。

 

「そういえば……なのはが襲われた魔導師襲撃事件はどうなっているの?」

 

 フェイトちゃんの言葉でクロノくんの表情が硬くなる。私が襲われてから今日まで10人以上の魔導師が襲撃を受けたのは聞いていた。

 

 ロストロギア『闇の書』

 

 私が襲われた後にクロノくんを補佐するエイミィさんから聞いたけど、闇の書は魔導師の魔力の根源となる『リンカーコア』を集めてページを増やすロストロギアで、その闇の書には(あるじ)(あるじ)を守護する騎士達が居るって。

 

「なのはが襲われた事で闇の書が活動を開始したのはわかったけど、まだ所在についてはつかめてないんだ。襲撃された世界の状況から潜伏場所と思われる世界はある程度割り出しているけど、まだ確定されたわけじゃない」

「なのはの世界が事件の中心じゃないんだよね?」

「今のところ、中心と思われる世界は別だな。ただ……」

 

 今のところ、被害にあったのは私を除けば遠い世界の魔導師さんや管理局の人達だった。珍しく言い淀むクロノくんは何を疑問に思ったのだろう? なんだか自信が無さそう。

 

「なんというか、そう。今回の闇の書の騎士達、彼女達の動きがどうにも()に落ちないんだ。今までは隠れて蒐集していたみたいで、無人世界に魔法を行使した痕跡が残っていた。被害にあったのは魔力を持つ(けもの)だけみたいだけど、なのはを襲ってからはあからさまに動きが変わっている」

「それって、ばれちゃったから隠すのを止めたって事なの?」

「まあ、そういう意味もあるとは思う。だけど、それだけじゃ無い気がするんだ」

 

 そういえば、そうかも。だって、悪事がばれたからって急に周りを気にせず暴れるのって、なんだかおかしいよ。それって、考えなし動いてるようになっているって感じるから。それに、私だったらもっと慎重に動くと思うだろうし……どうしてかな?

 

「今までの闇の書が関わる事件では、騎士達はそれこそ手当たり次第に魔導師を襲撃していたんだ。なのに、今回はなのはが襲われるまで被害がなかった」

「うーん……あのシュテルちゃんが手当たり次第って、あまり想像できないような……」

「それに、過去の事例とは異なる騎士達の行動もわからない事なんだ。意思疎通による対話能力については、いままでも確認されていた。だけど、感情を見せたという例はない」

 

 感情がない? そんな感じは全然受けなかったけど。確かにシュテルちゃんはあまり感情を見せないとは思う。でも、笑顔ははっきりと見えたし、帽子の子なんか凄く感情豊かに見えたよね? うーん、クロノくんのいう騎士とは別人?

 

「でも、あの帽子の子は驚いたりイライラしていたし、シュテルちゃんには怒ったり謝ったりしてたけど?」

「私が戦った剣士の人も人格ははっきり感じられたよ?」

「そうなんだ。今回の騎士達は感情がはっきりあるとわかる。本来なら主の為に魔力を集める、ただのプログラムに過ぎないはずなんだ」

 

 プログラムと言われると、やっぱり違和感がある気がする。冷たい感じなんか全然しなくて、むしろ熱くて激しい心を持っているような。

 

「そもそも、そのシュテルという名の魔導師についてもわかっていない」

「シュテルちゃんが?」

「守護騎士システムについてはある程度わかっていて、4人で構成されているはずなんだ。今まで5人目が出てきたという記録は無い。それに、彼女の魔法はミッドチルダ式。他の守護騎士は古代ベルカ式だから、まったく違う」

 

 そういえば、シュテルちゃんだけ魔法陣が他の騎士の人と違っていた。それは私と同じミッドチルダ式の魔法陣。丸い円形の形をしていたよね。うーん、そうだとしたら、シュテルちゃんは騎士の人とは違うの?

 

「疑問はまだある。なぜ、なのはと同じような魔法を使うのか? なぜ、なのはと同じ姿形をしているのか? 疑問は尽きないよ」

「そうかな? あまり似てないと思うけど」

「ううん。色が同じなら遠目ならわからないくらいに、なのはに似てたよ。デバイスだって、レイジングハートと色違いに見えたから。でも、性格や考え方とかは別人みたいだし、使う魔法には炎熱変換の特質があるから違うところも沢山あるけど」

 

 うーん。似てるのかな……私はあんなにかっこよくないし、あんなに強くないし。魔力光も違うし……飛ぶ姿も、杖を振るう姿も、私なんかよりずっと絵になっていた。

 

「何かしらの理由があって姿を偽っていると考えるのが妥当かもしれない。でも、魔法の特徴まで似ている事が説明できないんだ。スターライトブレイカーを真似るなんて、見るだけじゃ無理だろう? あの魔法は、なのはのオリジナル魔法で、なのはの高い集束技術だからこそ出来る事なんだ。しかも、そのなのはを上回るなんて、どう考えても異常としか思えない」

「そうだよね。どうして彼女は同じ魔法が使えたのかな?」

「それは僕もわからない。あの魔法はなのはのオリジナル魔法なはずだ。それをどこで知って、どうやって真似たのか。さっぱりわからないんだ」

 

 スターライトブレイカーは私も驚いたけど、でも同じ特性の人なら出来るとは思う。それがたまたま、シュテルちゃんだったってだけじゃないのかな? 

 

「母さんの……PT事件の資料が流出した可能性はない?」

「その線でも調べてはいるけど、可能性は低そうだな。閲覧者の身元はしっかりしているし、不正なアクセスを受けた痕跡もない。そもそも、知る事は出来ても真似できるなんて考えられない。正直、なのはのコピーだと言われた方が僕は納得する」

「それはさすがに」

「ああ、わかってる。ありえないって事はね。でも、闇の書なら魔法をコピーすることは出来るはずだ。ただ、それだと、なのはをずっと以前に蒐集した事になるんだけど、それもありえない。なぜなら、一度蒐集した相手をもう一度蒐集する事は出来ないからだ。先日の襲撃で、なのはが蒐集されているのはレイジングハートの記録で確認済みだからね。それが、それまでは蒐集されていないという証拠になるんだ」

 

 シュテルちゃんが私のコピーなんてありえないよね。やっぱり、どう考えても私となんかとは違うから。だいたい、コピーの方が強いってありえるのかな? それだと、私の方がコピーになっちゃう? でも、私はお父さんとお母さんがいるから違うし。と、なんか考えがグルグル回ってきちゃった。う~ん。

 

「もっとも根本的な問題として、なぜ真似る必要があったのか? これも謎だよ。まったく、やっている事に整合性が取れないんだ。本当に考えれば考えるほどわからなくなる」

「捜査を攪乱するため、とか?」

「その可能性が高いかもしれない。でも、そうなると謎が増えるんだ。なぜ、なのはを選んだのか? なぜ、最初の魔導師襲撃をなのはにしたのか? とかね。今の現状と合わなくなってくる。今の襲撃事件が起きている世界は、なのはの世界から遠いからね」

 

 なんだかわからなくなってきたのだけど、フェイトちゃんは話について行けてるのかな? 私はちょっとついて行けなくなってるかも。こんな時にユーノくんやエイミィさんが居れば、わかりやすく解説してくれるんだけど……。

 

「どちらにしても、闇の書について知らないことが多すぎる。この件についてはユーノの調子が戻り次第、調べようとは思ってはいるんだ。今はその手はずを整えているところさ」

 

 ユーノくん、まだ調子悪いんだ……大丈夫かな。

 

「とにかく、今わかっている事は、闇の書が活動をしていたという事だ。後は、騎士達が以前とは違うという事。正体不明の魔導師が関わっている事。被害が管理局の局員にまで及んでいる事。被害地域がなのはの世界と離れているという事。そして――」

 

 クロノくんの表情が少し変わる。 

 

「過去の事例とは異なり、しっかりとした戦略を持って蒐集している事だ。見たままを信じていては、真実にはたどり着けないかもしれない」

 

 ちらっとシュテルちゃんの顔がうかぶ。私を追い詰めた空戦戦術。圧倒的な魔法技術。そういえば、フェイトちゃん達が助けに来てくれた時から戦い方が変わった。それに、騎士の人達はシュテルちゃんを中心に集まってたような……。もしかしたら……。

 

「やっぱり、もうちょっと訓練して帰ろうかな」

「え、なのは? どうしたの急に?」

「あ、ううん。ただちょっと、がんばらなきゃって思って」

 

 もしそうなら、シュテルちゃんは私よりもずっと高い場所を飛んでいる気がする。私が見えない景色が見えてるんじゃないかって。そんな感じがする。

 

「追いつくの、大変そう」

「なのは?」

 

 私も同じ景色を見てみたい。その為には、シュテルちゃんよりも、もっと努力をしなきゃ追いつけない。

 

「じゃあ私行くね!」

「ちょ、ちょっと待って、なのは! 私も行くから!」

「2人とも、あまり無茶しないでくれよ?」

「私は大丈夫! クロノくん、またね」

「クロノ、また後で」

 

 もうすぐレイジングハートも帰ってくるし、私もがんばらないと!



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Das dritte Kapitel "Schicksal"
15話 襲撃 11月25日


「どう? 追跡は出来そう?」

「いえ、すでに対象は次元転送で逃げた可能性が高いです。現在、対象をロストしています」

「せめて監視している次元世界に逃げてくれれば、まだ追跡は出来ますが……」

 

 追跡対象を見失った映像から目を離し、母さん……リンディ提督の質問に次元航行艦アースラのオペレータであるアレックスが答え、ランディが首を振るのが僕に割り当てられた艦橋の席から見えた。

 ようやく監視網に引っかかった闇の書の騎士だが、武装局員を派遣する前に逃走されてしまったようだ。こちらの監視先に逃げてくれる可能性は高くはないものの、低くもない。すでに、彼らの逃走先は数個の次元世界に絞られている。

 

「そう。仕方がないわね。まあ、今回は蒐集を妨害できたのだから、それで良しとしましょう。武装局員の派遣は中止。データを収集したら、改めて監視体制にもどって」

「はい!」

 

 せめて、もう少しアースラから近ければ間に合ったのだろうけど、今回は運が悪かった。こちらに情報が届いても、対応するのにはタイムラグが発生してしまう。特に、あまり重視していなかった次元世界では、対応が遅れがちだ。

 

 こちらの体勢は十分とは言えない。監視網は絞り込みつつはあるものの、まだ決定的な何かは得られていない。しかも派遣していた捜査スタッフが逆に襲われ、蒐集されてしまう事すらもあった。もうすぐアースラが整備で使えなくなる事を考えれば、状況も良くはない。なんとかそれまでに、せめて彼女達の拠点を見つける事が出来ればいいのだが……。

 

「クロノくん、お疲れ様。はい、喉渇いたでしょ?」

「ん? ああ、エイミィか。ありがとう、頂くよ」

 

 僕の補佐をしてくれているエイミィから差し出されたカップを受け取ると、自分が喉が渇いている事に気付いた。どうも緊張していたらしい。握っていた手は汗をかいている。僕は気負っているのだろうか? 

 焦っても仕方がないのはわかっているつもりだが、闇の書が関わっている事件だからだろう。僕にとっては父親が死ぬ事になった原因であり、因縁のある相手だ。

 

 

 闇の書。

 その正体は、魔力を食ってページを全て埋めると暴走し、魔力が尽きるまで周囲に破壊をもたらしたあげく、本体が破壊されるか所有者が死ねば転生して白紙に戻り、そして再び魔力を集める。破壊しても何度でも再生する、停止できない危険な魔導書。

 

 第一級捜索指定遺失物。ロストロギア "闇の書"。破壊と再生を繰り返す、現代の技術では解析も困難なベルカの遺物。

 

 魔力の蒐集を許していては、また大規模な破壊が繰り返されてしまう。そして、その破壊までの時間は刻一刻と失われつつある。それがわかっているだけに焦ってしまうのかもしれない。

 

 闇の書のページが埋まる前に騎士達と闇の書の所有者を確保しなければならない。ページが埋まる前に……。

 

「今回は惜しかったよね。もうちょっと早くわかっていれば捕捉出来たのに」

 

 エイミィの悔しそうな声が聞こえて顔を上げる。エイミィの髪の毛の一部が跳ねているのが見えた。気になる。

 

「そうだな。だけど、仕方無いさ。こちらの準備も十分に整っているわけではないからね」

「だよね。せめて人員を今の2倍位に増やせれば……て、これも仕方無い事なんだけどねー」

「まあ、人員不足は今に始まった事じゃない。それに、もうある程度は彼女達の拠点も目星がついてきたんだ。焦る必要は無いさ」

 

 エイミィを見ていると徐々に気持ちが落ち着いていく。話している内に少しずつだが考えがまとまってきた。

 

 彼女の拠点らしい次元世界は、ある程度の目星はついている。今回、闇の書の騎士が発見された世界の位置から考えれば、対象は6つの世界にまで絞られるだろう。その全ての世界へ同時に局員を派遣するのは難しいが、それでも幾つかは押さえる事が出来る。もし予測が外れていたとしても、対象になる世界が絞られるだけの事。何も問題はないはずだ。

 

「さて、艦長と話して次の手を打つ事にするよ」

 

 確実に追い詰めつつある。もうここまでは来たんだ。後は手を打つだけ。だけど、なぜか僕の思考に引っかかる何かがある。どうしてもすっきりしない何かが……。それが僕を不安にさせる。

 

「どうしたの? 浮かない顔してるけど、何か心配事でもある?」

「いや……そういうわけでも無いんだけど」

 

 立ち上がりながらも、不安は消えないどころか大きなっていく。頭の隅に、なのはの顔が浮かぶ。そして、はのはに似たシュテルという少女の顔が。

 

「やはり、一応監視だけはしておいた方がいいか」

「ん?」

 

 これは、確たる証拠があるわけではない。だけど、あのシュテルという少女がなのはと関係ないと説明も出来ない。何か、そこには理由が存在するはずだ。だから、なのはの世界……特に、なのはの住む町は監視するべきではないか? そこに明確な理由はないけど、僕の中の何かが警鐘を鳴らしている。シュテルという少女の存在は、やはり無視できない。

 

「いや、ちょっと艦長と話してくるよ」

「あ、うん。いってらっしゃい」

 

 エイミィには詳細を答えず、艦長と今後の方策を話すために移動する事にした。少し予定を変更するために。人員不足であるものの、この件を放置する事は出来ないだろう。どちらにしても、答えは手に入る。関係してもしなくとも。

 

 

~~~~~~

 

 

 眼下に望む新緑の世界。緑溢れる大地に一カ所だけ黒々とした穴が空いています。先ほどまで戦闘をしていたそこには、ドラゴンの姿をした魔獣が横たわっていました。シグナムが蒐集していますが、まだ終わりません。久しぶりの大物です。

 

 シグナムが蒐集を終えるまで私は周囲を警戒します。ここ数日、管理局の姿を目にしませんが、油断は出来ません。必ずどこかで私達を見ている気がします。管理局の魔導師は優秀ですから、私達の動きを把握できていないとは考えられません。現在の沈黙は逆に不気味です。

 

「待たせた。なかなか強かっただけに、思った以上にページが進んだな」

「そうですね。手を焼いた分、ページを稼げてよかったです」

 

 ようやく蒐集も終わり、シグナムがこちらに飛んできました。予想以上にページもかなり稼いだのでしょう。シグナムは満足そうに闇の書を撫でると、闇の書は消えました。

 

「もう少し蒐集したいところだが……帰還予定時間を少し過ぎてしまったか」

 

 2人がかりで倒したので、魔力には余力があります。ですが、交代時間は決めていますので帰らなければなりません。

 

「はい。早く戻らないとヴィータに怒られそうです」

「ああ、そうだな。シャマルに連絡を入れてから戻るとしよう」

 

 そう言うと、シグナムは次元転送の準備に入りました。私ももう一度周囲を確認してから準備に入ります。周囲に不審な動きは見あたりません。ですが、やはり見られているような気がします。気のせいでしょうか?

 

 今のところ、管理局との大規模な戦闘は起きては居ません。しかし、最近になって何度も管理局に捕捉されており、油断はできない状況です。すでに、現状維持は限界と判断すべきでしょう。

 まあ、その時が来れば次の手を打つだけですが、どれだけ策を立てたとしても安心はできません。相手は、あのアースラなのですから。

 

 

 シグナムに続いて中継世界の拠点に次元転送で飛びます。転送先に設定している暗い部屋に飛び、すぐに隣室へと移動すると、なぜか地球にいるはずのヴィータとザフィーラがすでに待っていました。

 拠点として活動を開始した当初は何も無かった暗いだけの部屋も、時間が経つ毎に物が増え、外の光が入るように工夫もされました。先日この世界で手に入れた長椅子ではヴィータが座っています。

 

 ヴィータの手には私が持ってきていたお菓子の袋が握られており、私の水筒が開けられていました。ハヤテの世界に戻るのを待てなかったのでしょうか? あまり、4人揃って別の世界に居るのは襲撃を受けた時を考えると良くないと説明したはずです。すぐに自由に動ける戦力が無くなってしまいますから。

 

「おせーよシグナム。何時もなら戻ってる時間なのに帰ってこねえし。遅くなるなら遅くなるで連絡くらい入れろよな」

「それはすまなかったな。今回は少々手こずって連絡を入れる暇が無かったんだ。おい、そんなにむくれた顔をするな。今回はページもかなり進んだぞ」

 

 シグナムが闇の書を開いて見せますが、ヴィータは顔を背けました。どうもすぐには許してくれそうにありません。

 

「別にむくれてなんかねぇよ。あたしを子供扱いすんなって」

「そう言わないでやってくれ。ヴィータは2人を心配していたのだ。もしかしたら管理局と戦闘になっているのではないか、とな」

 

 ああ、それでこちらに来ていたのですね。なぜ居るのか納得できました。

 

「そうか……私はお前達の将として失格だな。余計な心配をかけさせてしまった」

「べ、別のあたしは心配なんか……」

「次からは必ず連絡を入れると約束する。だから、もう怒るな。ヴィータ」

「申し訳ありません。ホウレンソウは社会の常識だというのに、軽視していました」

「ホウレンソウ? なんで食い物の名前がここで出てくるんだ?」

 

 ヴィータは私達の中では、四人の中で一番仲間思いな人です。あまりヴィータの事を知らなかった時は、短気な人と思った程度でしたが、実際は怒るのは心配や気恥ずかしさの裏返しだとわかりました。騎士達との生活も長くなったものです……。

 

 さて、何時ものようにサーチャーを廃墟の町に飛ばして監視しましょうか。

 

「なあ、シュテル。いつもの確認は終わったか?」

「今確認しますので今少しお時間をください、ヴィータ。確認だけは……ん? あれは……?」

 

 サーチャーを飛ばしてすぐに魔力を感知しました。何時もなら魔力も動物も人も居る気配がしない廃墟なのですが……人、ですか? 感知した先にサーチャーを急行させます。目視で確認を……あの姿は……。

 

「ヴィータ。すぐにお菓子と水筒を処分してください」

「なんだよ急に?」

 

 この魔力は現地の人間ではありません。それに、ここは現地の方が近寄らない不毛の土地。近くの村まで数日かかる無人の廃墟です。そもそも、姿はこの世界の住人の服装ですが、妙に綺麗な肌をしています。そして、手には見慣れた杖が握られている。

 これは、間違いありません。

 

「管理局の局員と思われる人影を見つけました。ここは知られています」

「なっ!? お前それを先に言えよ!」

 

 慌ててヴィータが水筒を仕舞い始める。先に連絡される前に倒さなくてば。いえ、はたして今から倒しに行って間に合う……近くに魔力反応? 上空に時空転移して来ている? 数は……多い。これは、まさか?

 

「いえ。もう遅いようです」

「なに? どういう意味だ、シュテル」

「転送してきています。数は……30以上」

 

 最近見慣れたミッドチルダの管理局員が使う杖を持つ魔導師が空に滞空しています。1人、真っ黒な姿の人がいますが、これ以上は近づけませんので、はっきりとは確認出来ません。が……どうも見覚えのある方のような気がします。

 

「多いな。管理局の魔導師か?」

「武装局員でしょう。どうやら私達が集まるのを待っていた可能性があります」

 

 私とシグナムが帰ってきてすぐに飛んできたのでしょう。ということは、すでにここは知られていて見張られていたという事です。そして、ここに戻ってきたのを察知して飛んできたというのでしょうが……探知阻害の結界があるにも関わらず、こちらに知られること無く罠を張って待っていたとは、さすがですね。方法はわかりませんが、今は考えるのを後にしなければなりません。

 

「話は後だ。私はシャマルに連絡を入れる。ザフィーラ、ヴィータは結界を頼む。管理局より先に張れるか?」

「やってみよう」

「それなら、あたしはザフィーラのフォローにまわる」

 

 シグナムの指示でザフィーラとヴィータが結界の展開を開始します。私は監視を強化しておきますか。サーチャーをさらに召喚して周囲に配置を。しかし、この管理局の動きは……すぐに来ないのは、やはり。

 

「シャマルは主を送ってからなら来れるそうだ。シュテル、周囲の状況は?」

「町の周囲を囲むように展開しています……これはたぶん」

 

 シグナムの質問に答えてすぐに大規模な魔力反応を感じました。瞬時に周囲の景色が変わります。これは、結界です。

 

「もう結界かよ!」

「すまん、間に合わなかった。あちらの方が上手のようだ」

「複数の武装局員が結界を展開させました。強装型の捕縛結界。結界強度はかなり高いようですね」

「そうか。ならば仕方無い。先手は取っておきたかったのだが、先に通信を遮断されても困るからな」

 

 シグナムの判断は過ちではありません。優先すべきはシャマルへの連絡です。もし通信妨害を受ければ、いかにシャマルのクラールヴィントが優秀といえども、外との通話は困難でしょう。

 

「とりあえず外に出た方がいいんじゃねえの? ここで迎撃するわけにもいかねえし」

「ヴィータの言うとおりだ。上を取られるのも不味いだろう」

「わかった。私が先に出る。後ろは任せた」

「おう」

 

 シグナムが扉を開け、外へと飛び出していきます。ヴィータとザフィーラが続き、最後が私です。忘れ物は、ありませんね? では、私も外へ出る事にしましょう。とりあえず問題は今のところ起きていません。これも、予想の範囲内です。

 

 

 外に出て空へと上がると、上空に武装局員が待ち構えていました。数は結界の維持で外に出た局員がいるでしょうが、それでも20人以上が居ます。

 

「ふむ。数は多いが、勝てない相手ではなさそうだ」

「あいつらチャライよ。数だけで魔力はたいした事ねえし。全員を倒して蒐集すれば一石二鳥、だったよな?」

「はい。そういう感じです」

 

 結界が張られ、管理局の武装局員に包囲されたこの状況。一見すると危機的な状況だと誰もが思うでしょう。しかし、全員が動じる事もなく落ち着いています。なぜならば、これは予定された状況だからです。先日、シグナムとシャマルに相談して、すでに対応策は考えていました。結界が張られるのも敵の戦力も予想の範囲内。これは、シャマルの分析能力と騎士達の過去における戦闘経験のおかげです。

 

「シャマルがすぐに動けないのが面倒だよな」

「まあ、しばらくは誰かが蒐集を担当すれば良いだけの事ですよ」

「それは俺の方でやろう。片手間になってしまうが」

 

 デバイスを出しながら武装局員達がいる青い空へと近づくと、徐々に相手の顔もはっきりとしてきます。あの黒い服装の管理局局員の顔も見えてきました。確かあの顔は……間違いありませんね。あの管理局の局員は時空航行艦アースラに乗っているクロノ・ハラオウン管理局執務官でしょう。

 そう、あの時、U-Dとの戦いの前に大変お世話になりました。ずいぶん昔の事のように感じられ、とても懐かしい気がします。もっとも、こちらのクロノ・ハラオウンは私の事を知りませんから、馴れ馴れしく接するわけにはまいりません。

 

 しかし、とうとう互いの戦力がぶつかる事になってしまいましたか。となると、ナノハやフェイトが居ないのが気がかりですね……。居ないうちに倒すべきでしょうが、どうも、そういうわけには行かない気がしてしまいます。

 

 

 互いの攻撃が当たると思われる手前で私達は移動を停止して空中に留まると、執務官が武装局員達より前に出てきました。たぶん、私達に投降を呼びかけるつもりなのでしょう。ならば、ここは以前にお世話になった恩もありますので、丁寧な受け答えをしたいと思います。

 

「僕は管理局執務官クロノ・ハラオウンだ。君達には魔導師襲撃事件の容疑がかかっている。見ての通り、すでに周囲は結界と武装局員によって封鎖されている。抵抗は無意味だ。今すぐ武装を解除し、大人しくこちらの指示に従ってもらう! 指示に従わない場合は攻撃する!」

「申し訳ありませんが、そちらの指示に従うわけにはまいりません。私達には」

「誰がテメエの指示になんか従うか! 従わせたかったら力尽くでしてみろよ!」

 

 私の言葉をヴィータの挑発が遮りました。いきなり挑発しなくとも……いえ、本人にはそれなりの理由があるのでしょう。管理局には色々と嫌な思い出がありそうです。まあ、ここは利用させてもらいましょうか。

 

「さすがヴィータです。高く買うのは得意ですね」

「んだよ、シュテル。怒ってんのか?」

「いいえ、怒ってなどいませんよ。ただ、呆れているだけです」

「そっちの方が嫌なんだけど」

 

 私とヴィータが話していると、シグナムが額に手を当てながら首を振るのが見えました。眉毛が小刻みに動いています。私の意図に気づいてくれたのでしょうか?

 

「やめんか2人とも……まったく、この2人は」

「ここは気を緩めて良い場合ではない。話ならば後でしろ」

 

 シグナムだけでなく、ザフィーラにまで怒られてしまいました。さすがに、少しやり過ぎました。ですが、まあ。結果は悪くない気がします。

 

「申し訳ありません」

「わ、悪かったよ……反省してます」

「すまん。醜態をさらしてしまった」

「いや、シグナムには言っていないのだが」

 

 私達が謝る姿を見て、武装局員の気が緩むのを感じます。鼻白んでいる者、呆れている者、信じられないような目、驚愕した顔。いわゆる心理戦というものです。だてにハヤテについて本を読んできたわけではありません。

 人は驚いたり意表を突かれると、よほどの理由が無い限りは集中力を維持できません。ですが、やはり通じない相手は居ます。思慮深く観察眼に優れ、決して目の前の出来事に踊らされない者。もしくは、最初っから話が通じない者。

 

「悪いけど、君達のコントに付き合う気は無い。どうしても投降しないのなら仕方無い。言われたとおり、力尽くで言う事を聞いてもらう。武装局員は散開! 近づかず囲み、射撃戦で戦え。決して1人で戦おうとするな! 襲われた仲間達の事を思い出せ!」

「はっ!」

 

 叱咤を受けて動き出す武装局員の目に鋭い光が戻ってきています。緩んでいた気が引き締まっていく。私達が蒐集した他の管理局の局員の事でも思い出したのでしょうか。

 やはり優秀な執務官ですね。信用され、上官としても認められているのが良くわかりました。これはやはり、一筋縄ではいかないようです。

 

「どうやら統率力の高い指揮官のようだ。ならば、こちらも動くとしよう」

 

 やはりシグナムにもわかっていたのでしょう。私の目的も含めて。

 

「私とヴィータで敵を蹴散らす。ザフィーラは蒐集と援護を。後はシュテルだが、あの執務官の足止めをしてもらってもいいか? こちらが片付くまででいい」

「わかりました。確かに、自由に動かれるとやっかいです」

 

 敵の戦力を考えれば妥当だと思われます。今回の策で最大の問題は、やはりあの執務官を止める事でしょう。

 

「よし。では、いくぞ!」

「おう! 全員、闇の書の餌にしてやるよ!」

 

 シグナムとヴィータは各々の武器を構え、敵に相対する為に飛んでいきます。ザフィーラは闇の書を手に後方に下がりました。さて、では私も参りましょうか。

 

 

 

 作戦通り、私は執務官と少し距離を取って対峙します。周囲ではシグナムとヴィータが暴れ始めました。爆発音が響き、管理局員の悲鳴や怒号も聞こえてきます。

 

「僕は君と1対1をする気は無い」

 

 開口一番、執務官は私に宣言をする。彼の後ろには3人の武装局員が控えていて状況的には不利です。その3人も、決して侮れない戦力でしょう。

 少なくとも、戦闘に慣れているのは間違いありません。ただ、私や騎士達に比べると、どうしても見劣りがしてしまいます。それは、保有する魔力量の違いが大きいからです。

 

 ですが、執務官だけは違います。やってきた局員の中では突出した魔力量。そして、多くの魔法を使う事が出来る強力な魔導師です。さらに、彼は常に理知的であり慎重なタイプ。優れた指揮官であると言え、魔力量や手に持った武器の差だけでは簡単にいくはずもありません。

 

 さて、この状況。私の元には闇の書はありませんから、倒しても転送で逃げられれば意味がありませんね。魔力量の多い執務官だけでも蒐集はしておきたいところですから、ここはやはり足止めに徹してシグナム達が来るのを待つのが得策でしょう。在り来り(ありきたり)な手ではありますが、会話でもしてみましょうか。

 

「管理局の執務官の方でしょうか? お初にお目にかかります。私の名前はご存知でしょうか?」

「知っている。それと、投降の話なら聞こう。だが、それ以外の話をする気は無い」

 

 会話を拒否するようにデバイスをこちらに向けられる。こちらの思惑通りには動いてくれそうにはありません。

 

「やはり、話は出来ませんか? 聞きたい事もあったのですが」

「射撃準備!」

Stinger Ray(スティンガーレイ)

 

 どうも、まったく聞く耳を持ってはくださらないようです。杖の先に魔力が集まっていく。3人の武装局員も私に向けて射撃体勢に入りました。あまり、悠長に構えてもいられないでしょう。仕方ありません。ならば、戦闘で時間を稼ぐ事にするまでです。

 

「仕方ありませんね。ルシフェリオン、行きますよ」

 

 私は左手に持ったルシフェリオンを振る。擦過音が響き、カートリッジがロードされます。まずは防御から。そして次に反撃を。狙いは3人の武装局員。この3人は早々に退場してもらいましょう。

 

「撃て!」

 

 正面から3名の武装局員から直射型の射撃がくる。さらに執務官も魔法を放つ。四つの魔力の放射、だが、この程度ならば。

 

「ラウンドシールド」

 

 右手を伸ばし、丸い魔法陣を展開させる。展開してすぐ魔法の盾に複数の魔法が突き刺さる。しかし、貫通はされません。カートリッジシステムによって強化された私の作る盾ならば、この程度は例え貫通力の高い魔法と言えども、いくらでも耐えられます。

 

 衝撃は一瞬。煙幕も広がらず、すぐに静かになる。

 

「やはり硬い。なのはに似ているのは顔だけじゃないという事か」

 

 特に驚いた顔もせず、執務官の声が聞こえました。

 では、次は反撃します。ルシフェリオンを構え直す。再び響く擦過音。弾丸が供給され、魔力を増加させる。デバイスのヘッドを砲撃形態へ。靴から伸びる赤い炎の羽根を羽ばたかせ、まずは上空へ待避。私がいなくなった場所へ再び放たれた魔法が飛び込んでいく。

 

「上か! 逃がすな!」

 

 全員の視線がこちらを向く。ですが、それは遅いです。照準を左から順に。バレルを展開させる。こちらに杖が向きますが遅い。

 

「ディザスターヒート、ファイヤ!」

「全員防御!」

 

 放たれる赤い炎の火球。

 

 防御のためにシールドを展開しようとした3人の武装局員へと吸い込まれた。直撃による爆発。爆音が響く。すぐに黒煙で覆われて見えませんが、確かな手応えを感じました。

 

 しかし……まだ落ちていない。

 

 直撃による爆発による煙が流れると、そこには無事な姿が見えました。シールドが間に合ったのかバリアジャケットが一部吹き飛んでいる様子ですが、戦闘継続には支障がない模様です。やはり、簡単には勝たせてもらえないようでね。

 

「流石に一撃も重い、か」

 

手に持つ杖を横に払い、執務官は私をギロリと睨む。

 

「まともに相手はしてもいられない。速攻で決める! フォーメーションβ!」

「はい!」

 

 執務官が指示を出すと武装局員の人達が距離を取りつつ私を囲むように散開した。私も油断せず、完全に囲まれないように後退するが、遮蔽物の無い空では囲まれるのを防ぐには動き続けるしか無い。

 

「右下方に牽制弾!」

「はい!」

 

 動く先に攻撃がくる。上へ下へ、右に左にと動くが囲みを解く事が出来ない。相手の練度は高く上手く誘導されている。

 

「逃がすな、回り込め!」

 

 動き回るだけでは追い詰められるでしょう。ならば、攻撃すればいいだけのこと。

 

「パイロシューター」

 

 魔法陣を展開。スフィアを作り出す。生成速度重視のため生み出せたのは六発。これで少なくとも囲みを解き、出来れば一人は落としたいところです。

 

「ファイヤ!」

 

 狙うのは一番近い右側の武装局員の男性。私から放った炎弾を男性を囲むように操作。

 

「ら、ラウンド」

「受けるな! 即座に真後ろに後退! 落とされるぞ!」

 

 シールドを展開しようとした局員に執務官の鋭い叱咤が飛ぶ。その声に弾かれたように炎弾に背を向けると、後ろに向かって退避し始めた。しかし、それでは逃げれません。

 

 炎弾は武装局員の男性よりも早い。このまま行けば間もなく彼は落ちるでしょう。今のうちに私は素早く逃げた武装局員の方が抑えていた位置に移動。空間を確保してデバイスを砲撃の体勢へ。

 

 魔力反応?

 

 魔力の元を見れば、執務官が魔法陣を展開している。砲撃、でしょうか? 

 

Blaze cannon(ブレイズキャノン)

 

 女性的な声がデバイスから聞こえる。対象は私ではない。魔力を放たれた先には私が打ち出した炎の球体。とっさに軌道を変えますが、一足遅かった。なぎ払いに回避しきれず切れず、次々と撃破されてしまう。そして最後の炎弾も破壊される。

 

 なるほど、真後ろに逃げさせたのは、私の炎弾を撃ち落としやすくするためと武装局員に誤射しないようにする事が目的ですか。とっさの判断で直射型の砲撃で薙ぎ払うとは、さすがと言うべきでしょう。

 

 が、私はすでに砲撃可能。

 

「ルベライト」

「うわっ!?」

 

 意識が私から逸れた僅かな隙に、逃げた武装局員を無視して別の標的に狙いを絞る。ルベライトで拘束し、デバイスに炎翼を展開。3つの円環が高速で生成される。リンカーコアから魔力が流れ込み。砲撃可能に。

 

「ブラストファイア!」

「エイミィ! 急いで武装局員を緊急離脱!」

 

 放った魔力の奔流が武装局員へと突き刺さる。まさにその瞬間、標的が消滅した。

 

 何もない空間を炎が薙ぎ払う。まさか不発に終わるとは……ルベライトの拘束は無理やり解除されてしまったようです。

 

「ですが、これで振り出しです」

 

 しかし、これで包囲は解かれました。そもそも、私を包囲するということは戦力の分散を意味します。一人一人の能力は決して低いわけではありませんが、私に各個撃破の好機を与えるだけ。包囲を破るのも、戦力の分散を利用して撃破するのも難しくはない事がわかりました。

 

「確かに包囲は突破されてしまった。だが、君をここに釘付けには出来ている!」

 

 杖を構え直した執務官は戦意を衰えさせていない。実際、たいして魔力も消費していないでしょう。何かを探すように、時々視線が左右に揺れる。

 

 しかし、戦い続ける強い意志を瞳に宿している。その言葉にも虚勢は感じません。実際に私は動くことが出来ていませんから事実です。そして、時間は彼に味方する。これ以上、時間をかけるわけには参りません。

 

『み、みんな、聞こえる? 遅くなってしまってごめんなさい。今、到着したわよ』

 

 突然、念話通信が届きました。時間が気にかかり始めた時、丁度いいタイミングでシャマルが到着したようです。少し息の乱れがあることから、よっぽど急いで来たのでしょう。しかし、とてもいいタイミングです。

 

『良く聞こえている。結界内部は見えるか?』

『ええ、よく見えるわ。クラールヴィントを使えば中に干渉も出来そうかも。なんだか、ザフィーラがはやてちゃんには見せられないような事をしてるみたいだけど……』

『命は奪っていない。魔法で拘束しているだけだ。そうしないと転送されてしまうからな』

『ちょっとこっちを手伝ってよ、シャマル。ちょこまか逃げられて面倒くせえんだ。なんで、あたしの相手はみんな逃げてばかりなんだよ』

『ヴィータも大変そうね。それは良いけど、シュテルちゃんも大変そう』

「こちらは、一人をようやく落としたとこです」

 

 シャマルと二人なら執務官を捕らえることが出来そうですね。ただし、シャマルのクラールヴィントでリンカーコアを捕獲するには、足を止めさせる必要があります。そうなると、時間がかかってしまうかもしれません。

 

「行くぞ! もう一度フォーメイションを組み直す!」

 

 迷っている暇はありません。ここまで来たからには、やはり執務官を捕らえるべき。

 

『そうですね。では、先にこちらを』

「え? なんだって? そうか、じゃあ今どこに? え? もう送っただって!?」

 

 突然、執務官の動きが止まる。何やら慌てたように会話をして、そして視線を下に向けるのが見えました。その視線の先を追えば、三つの人影が見えます。

 

 それは見覚えのある、予想通りの姿。

 

「これって、間に合ったって言えるのかな?」

「うん。ギリギリ、だとは思うのだけども……アルフ?」

「こっちはボロボロだけど、まあ間に合ったんじゃないかい?」

 

 すでに戦闘体勢は整えてきたのでしょう。白と黒の2つのバリアジャケットが風になびいている。そして、その横には忠実な使い魔の姿も。

 

「うん。そうだね……やっぱり間に合ったよ。だって」

 

 ナノハの視線がこちらを向く。

 

「探してた人に会えたんだから」

「うん、私も見つけたよ」

「ああ、それなら私もさ。ちょっと話をしたい野郎が居たよ」

 

やはり来てしまいましたか。 



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16話 再会の空 11月25日

 ナノハ達が空へと上昇を開始すると同時に、管理局の武装局員がクロノ・ハラオウン執務官を残して下がっていく。何かしら、あちらで話をしたのでしょう。やがて結界の外まで後退していきました。

 その行動は迅速で、こちらに付け入る隙を見せません。

 

『あいつらのデバイス、あれってまさか?』

『カートリッジか……どうやら奴らもデバイスを強化してきたようだな』

 

 こちらに向かってくるナノハのデバイス、その杖の先端部分の付け根には魔法の弾丸を込めるカートリッジが見え隠れする。むろん、シグナムに向かうフェイトもカートリッジがデバイスに付いているでしょう。

 

 ベルカ式カートリッジ……ミッドチルダのデバイスにベルカ式のカートリッジシステムを載せるのは、大きなリスクが伴うはずです。ベルカとミッドチルダは、まったく異なる魔法体系なのですから。ゆえに、こうなる事はわかっていてもナノハとフェイトの……いえ、二人のデバイスも含めた覚悟を感じます。

 

 それに、変わったのはデバイスだけではありません。上昇時の安定感。充実した魔力。闘志溢れる瞳。戦う者の気迫が、ここまで伝わってくるような気さえします。厳しい修練を積んできたのでしょう。すべては私達と戦うために――。

 

 戦いたい。私の心が大きく揺れ動くのが自分でもわかります。戦いたいと、今のナノハの実力を知りたいと、胸の炎が揺れるのです。

 

 しかし、現状を鑑みれば、心の想うがままにナノハと戦うわけには行かないのは自明の理。なぜならば、時間をかければ包囲が縮まり、管理局の戦力が今以上に集まってくるからです。

 ただでさえ現状でも数的不利は否めないというのに、これ以上、敵戦力が集まってくれば逃げ出す事が出来なくなるかもしれません。それに、他の次元航行艦が来る可能性も予想されます。その状況は最悪と言えるかもしれません。

 

 私と同じ高度まで飛んできたナノハは、私から少し離れたすぐには攻撃できない位置で止まりました。まだ、戦闘という様子は見えません。しかし、それも今だけの事。

 

「ええと、久し振り。元気だった? って聞くのも何だかヘンかな」

 

 照れ隠しなのか苦笑するナノハを見るて、ふと過去の……いえ、未来で再会を果たした時の事を思い出しました。どんな時であったとしても、やはりナノハはナノハなのですね。それがとても嬉しく思えてしまうのは、とても不思議な感覚です。

 

「ご無沙汰しております。見ての通り、おかげさまで無事息災に過ごしておりました」

「そっか。私もこの通り元気になったよ。レイジングハートも綺麗に直ったし、私自身も鍛えても来たから」

 

 ええ、見れば嫌でもわかります。そして、だからこそ迷ってしまう。ここで逃げる事を選択したら、ナノハは私の事をどう思うでしょうか?

 

「はい。随分と変わられました。あなたも、レイジングハートも。以前よりもずっと、強く魔力を感じます」

「ありがとう。そう言ってもらえて嬉しいよ」

 

 本当に嬉しそうに微笑むナノハでしたが、すぐに厳しい顔に戻ります。

 

「私達は戦いに来たわけじゃないって事は、シュテルちゃんならわかっているよね?」

「はい。わかっています。闇の書の事を聞きたいのですね?」

「うん。それと、あなた達の事も。シュテルちゃんと騎士達と、それと主さんの事も」

『それでどうすんだよ? あの二人が出てきたら撤退するんじゃなかったのか?』

 

 ヴィータの声で炎が静まっていきます。今の、私達の置かれた現状を忘れてはなりません。

 

『そうだな……すでに蒐集は終わっている。戦う必要はないが……』

 

 ナノハとフェイトの参戦は事前に予想されていた事です。そして、その場合は引くと決められていました。これからも蒐集は続けねばならず、長く続く管理局との戦いを考えれば、ここでナノハ達を相手に無理をする事に意味はありません。

 ですが、私もそうであるようにシグナムもフェイトを見て考えあぐねているように感じます。

 

「どうしたの、シュテルちゃん?」

 

 やはり駄目ですね。まだ無理をする時ではありません。今は次の手を打つ時のはずです。ですが……ナノハと戦ってみたいとも思ってしまうのも仕方がないこと。どちらも成し遂げたい、と考える私は自分が思った以上に欲が深いのでしょう。

 

『だが、シグナム。どちらにしても奴らを相手にしながら結界を突破するのは難しいだろう。シャマル、外からどうにか出来ないか?』

『どうにかしたいけど……外で局員が結界を維持してて、とても私の魔力じゃ破れそうにないわ。シグナムのファルケンか、ヴィータちゃんのギガント級か……それこそシュテルちゃんのルシフェリオン並の魔力が出せなきゃ。それに結界から出てきた局員が周囲を守ってて、とても近づくなんて出来ないかも。なんとか中は見れるしクラールヴィントを使えば結界内に入ることは出来るとは思うけど』

『せめて通信の妨害は出来ないか? 新手が来ないだけでも話が変わるのだが』

『うーん。私の通信妨害の範囲だと、それこそ結界のど真ん中にでも行かなきゃ……』

『いいえ、シャマル。それで十分ですよ』

 

 結界内に閉じ込められるのも、結界を破壊しなければならないのも、全て想定された事態。ただ少し、ナノハ達の到着が予想よりも早かったですが、それも修正可能な範囲。不安材料があるとすれば、ユーノの姿が見えない事です。来ていないだけならば問題ありませんが、警戒はしなければなりません。

 

『私に考えがあります。事前に決めた作戦を一部修正します』

 

 結界を破壊するのは既定路線というもの。変えるのは破壊の手順。そして、結界を破壊する間に敵の戦力の新規投入を防ぐ事。

 

 手早く作戦を騎士達に伝えます。

 

「シュテルちゃん?」

「ああ、すみません。少々立て込んでいましたが、終わりました」

 

念の為、カートリッジを新しいマガジンに交換しておきます。

 

「そうなんだ? 何が終わったのか気になるけど」

 

 今回は残念ですが、あまり悠長に時間を掛ける事が出来ません。なるべく手早く、ナノハには消耗してもらわなければなりませんから。

 

「ところで、カートリッジは大丈夫ですか? 私と同じ形式に見えますが、6連装タイプですか?」

「え? あ、うん。私もそうだよ。シュテルちゃんと同じだね」

 

 なるほど。つまり変わりはないと言うこと。

 

「それはよかったです。さて、先程の質問についてですが、やはり、お話する事は出来ません。以前にお約束した通りです」

「勝つ事が出来れば、だったよね」

 

 私が拒否するとナノハの顔が曇る。何も話さないというのも、悪い気がしてきました。そうですね……。

 

「そういう事です、ナノハ。ですが、今の段階で話せないこと以外でしたら話してもいいですよ?」

「え? 本当に?」

 

 少し条件を変更して提示すると、ナノハの顔に明るさが戻る。

 

「ええ。ただし、私の攻撃をしのげたら、です」

『作戦を開始します』

『いくぞ!』

 

 では、始めましょう。

 

 

 

「今度こそシュテルちゃんに勝って話してもらうから。いくよ! レイジングハート!」

Accel mode(アクセルモード), standby(スタンバイ), ready(レディ)

 

 周囲では、それぞれに相手を決めての一対一が始まる。シグナムはフェイトと、ザフィーラはアルフと。ここまでは、それぞれの因縁から予測済み。てっきり外に出ていくと思われた執務官が残ったためヴィータの相手となってしまいましたが、むしろ好都合です。

 今の所、やはりユーノが不在なのが気になりますが、いったいどこに。

 

 杖を構え直し、ナノハが私に対峙する。互い後方に下がり距離を取り、私はデバイスをナノハに向けて構え、深く空気を吸って、吐く。乾燥した空気が肺に入り、正直あまり清々しい気持ちにはなりませんが、心は落ち着きます。

 

「カートリッジロード」

 

 デバイスからカートリッジが魔力弾を供給する擦過音が響く。軽い打撃音が響き、魔力がデバイスに満たされる。ヴェルカ式カートリッジシステムによる一時的な魔力増幅システム。今までは私達の専売特許でした。ですが、それも終わりです。

 

Master, please call me “Cartridge Load(カートリッジロードと命じてください).”』

「うん。レイジングハート、カートリッジロード!」

 

 ナノハのデバイスから擦過音が響き、軽い打撃音が続く。空薬莢が排出されカートリッジが供給され魔力が引き上がるのを感じます。一発目。

 私との魔力の量に差はなく、デバイスも同等の能力。これからの戦いで決め手となるのは、今までに積み上げてきた努力のみ。

 

「パイロシューター」

 

 私を中心に12個のスフィアを宙に浮かべる。最も安定して出せる最大数。最初から手加減は無しです。

 

Let's shoot it, Accel Shooter(アクセル シューターを撃ってください)

「アクセルシューター」

Accel Shooter(アクセルシューター)

 

 そして、ナノハを中心に12個のスフィアが浮かぶ。前回と違い、魔法もまた互角。しかし、まだ安定には程遠い。

 

「え? こんなに?」

Control, please(コントロールをお願いします)

「う、うん!」

 

 まさか、初めてなのでしょうか? しかし、不安定な様子を見せていた12個の桜色の球体は、すぐに静止状態で安定感で出てくる。

 ナノハの表情に余裕が戻ってきます。まだ慣れてない様子ですが、ナノハならすぐに物にするのでしょう。

 では、先に仕掛けさせていただきます。

 

「ファイヤ!」

 

 私は杖を振るい、すべてを射出する。12個の炎弾を四方八方に解き放ち、制御する。いきなりナノハを落とす気はなく、まずは様子見。ナノハを囲むように軌道を取る。

 

「シュート!」

 

 私に合わせてナノハも撃ってくる。その軌道は私への攻撃でなく迎撃。いいでしょう、ナノハ。競いたいと言うならば、今は受けて立ちます。

 

 急停止、方向転換しての急加速。きつい勾配をつけ、右に左に軌道を振る。12個の炎弾全てでそれを実行する。追撃してくるナノハの魔法弾を引き剥がすべく動かす。

 ナノハはまだ慣れていない。私のつける緩急に着いてこれていない。急な動きに距離が開く。軌道が大きい。すべてを把握するのは難しいでしょう。個々の追撃速度がばらつく。

 

 しかしそれでも、すぐに追いついてくる。速度は……わずかにナノハの方が早い? なるほど……僅かにですが魔力出力の差が出ている可能性があります。

 

 更に複雑に。わざと軌道を交差させ、ナノハの魔力弾をぶつけようと動かす。だが、ぶつからない。別の魔力弾を地面すれすれでターンさせる。多少の距離は開いても、やはり付いてくる。それどころか気を抜くと徐々に距離が詰められる。

 

「あっ!」

 

 ナノハの声が響く。軌道を何度も交差させた結果、その一つが私の炎弾にぶつかる。わざとぶつけさせた。ですが、私は目を瞠ることになる。ぶつかったナノハの魔力弾は、私の炎弾に弾かれても壊れない。同様にわざとぶつけさせた別の魔力弾は互いに爆発する。炎熱変換の特性がある私と互角の威力。魔力弾一つ一つに込められた魔力はナノハの方がやはり上という事でしょう。

 

 爆発によって生じた白煙を利用して一発をナノハに接触させる事に成功した。だが、寸前で張られた防御の膜に弾かれる。以前よりもずっと硬い。これは、防御を抜くのも苦労しそうです。

 

「ならば、ここで変えてみましょうか」

 

 目標をナノハに切り替える。硬いと言えども数発連続で受ければ魔力衝突の減衰効果で削れるはず。囲い込むべく追い詰めようとするが、今度はナノハに上手く回避される。何度か繰り返す鬼ごっこは、一度も捕らえることが出来ない。囲まれないようにナノハは後退と上昇下降を繰り返す。カートリッジを使ったのか魔力が急激に上がり、速度が引き上がる。そして、その間にも魔力弾の操作も忘れていない。

 

 じりじりと追いかけながらナノハを結界の中央付近へと誘導する。軌道を読まれたのか、一つ、また一つと炎弾を破壊されていく。爆発音が響く度に黒煙が花咲き白い煙が空にたなびき、空を舞う魔力の球体の数が互いに減っていきます。

 

「素晴らしい」

 

 思わず感嘆の言葉が出てしまう。それほどに、その動きと魔法の制御は目を見張ります。これほどの成長を見せられるとは思いませんでしたから。

 

 火炎の魔力弾の数が減っていきます。このままでは、思惑からずれてしまうかもしれません。少し右に流れています。牽制射撃を。

 

 ルシフェリオンにカートリッジをリロードする。先端をナノハに向け、魔力を込める。すでに複数の魔法をコントロールしているので誘導弾は避けます。

 

「ヒートバレット」

 

 新たに生み出された魔力に炎熱変換を加え、直線上に6発撃ち込む。誘導されないそれは、速度だけは早い。すぐにナノハに追いつく。

 だが、防御するでもなく左に旋回するかのように避けられた。避けられた先は予定通り。しかし、また追尾していた火炎の弾丸が破壊される。

 

 このままでは、ダメージを与えること無くすべて撃墜されてしまいます。早く激しく球体を動かしても、引き離す事が出来ない。攻撃方法を変えるべき。

 

「カートリッジロード」

 

 ルシフェリオンから擦過音が再び響く。魔力を供給され、空薬莢が排出される音が続く。音叉状にデバイスの形を変え、ナノハに向けて構える。6発まで減ったパイロシューターをルシフェリオンの自動追尾に任せると、動きが落ちた為、ナノハの魔力弾が次々と突き刺さっては破壊されます。が、それにより爆発の衝撃と白煙により視界を奪う。

 

「炎翼展開!」

 

 ルシフェリオンに炎の翼を広げ、4つの環状魔法陣を展開する。足元に魔法陣を展開し、魔力を杖の先端に集めて砲撃を準備を整える。足元から赤い紅蓮の炎が螺旋を描き、魔力の充実を示す。内なる炎をたぎらせ、必殺の体勢を作ります。

 

 最後の炎弾がナノハの眼の前で破壊される。破壊による煙が視界を奪う。しかし、これで確実にナノハの視界を切れた。

 

 全ては予定通り。

 

「ブラストファイア」

 

 ここで、撃ち抜きます!

 

「ディバイーン!」

 

 空に響く声に驚愕する。

 

 声と共に突如、煙の中からナノハが飛び出してきた。

 擦過音が響く。魔力が引き上がっていくのを感じる。二発目。

 手にはデバイスを構え。すでに、砲撃体制に入った姿で。

 同じく音叉状に変わったレイジングハート。

 桜色の翼を広げ、回転する4つの環状魔法陣。

 先端がこちらに向けられた。

 視線が交差する。

 心の内に燻る炎が、激しく燃え上がるのを感じます。

 

 負けられない。

 

 いいえ。

 

 負けません!

 

 

「ファイアー!!」「バスター!!」

 

 真紅の炎を桜の奔流が迎い撃った。

 

 

 互いの砲撃が真正面からぶつかる。

 青い空を炎と桜に染め上げ、あふれる魔力が空間を押し拓く。

 わずかに押す。だが、それだけ。魔力量の差がそれをさせない。

 再びカートリッジを使い、魔力を供給する。

 一時的に押したが、再び拮抗した。

 ナノハもまた、使ったのがわかる。3発。

 違う。押し返された。

 魔力がまた引き上がる。

 しかも、今までよりも更に。

 

 連続でカートリッジをリロードしたのですか?

 4発。

 

 ならば。

 

 金属を撃つ打撃音が連続で耳を撃つ。

 空薬莢が宙を飛ぶ度、魔力量を引き上げる。

 限界を向かえつつある魔力の量に、己の体が悲鳴を上げ始める。

 出力限界を迎えようとしている。

 

 ですがここで、引くわけにはいかない。

 

 さらなる魔力の奔流が彼我の中央でぶつかり合う。

 燃やし尽くさんとする炎を桜の色が押しのける。

 空気を求めるかのように炎の舌が伸びる度、空間が灼熱したかのように赤く染まった。

 まるでそれを抑えるかのように、桜色の波が押し寄せてくる。

 魔力が互いに混ざり合い、巨大な球体が生まれようとしていた。

 

 だが突然、形が歪に崩れ始める。

 

 一点に集中した魔力が制御できる限界に達っしたと思われた時、崩壊が加速した。

 桜色の魔力の崩壊に巻き込まれるように、赤く燃え盛る魔力も制御を離れ崩れていく。

 

 魔力が四方に逆流する。

 

 凄まじい爆音が轟き、すぐに衝撃波が襲ってきた。



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17話 饗宴の後に 11月25日

「はぁはぁ、はぁぁっ……ふうぅっ」

 

 深呼吸終了。なんとか、上手く制御できたかな?

 

 シュテルちゃんの魔法にも負けなかった。次々と捕捉して破壊できた事に違和感を感じた時、レイジングハートから警告の声が上がって。最後の魔力弾を相殺した時、見えたのは砲撃体制に入ったシュテルちゃんだった。

 

 その時、心の中に浮かんだのは……私の砲撃を砲撃で迎撃してきたシュテルちゃんの姿。

 

 最後は結局、崩れてしまったけど。だけど、威力はちゃんと相殺できたよね。魔力爆発はレイジングハートが自動で防御してくれたから、私は無傷。バリアジャケットが所々破損しただけ。でも、無理をしすぎちゃったから、体はちょっときつい、かな。今まで感じたことがないような重い倦怠感が体を襲う。あ……レイジングハートは?

 

「レイジングハート、大丈夫?」

No problem(大丈夫です)

 

 壊れたところは……ないかな? 良かった……撃ち負けそうになった時、思わず連続でカートリッジを使っちゃった。エイミィさんからカートリッジシステムは危険だって聞いていたのに。それでも私は負けたくなかったから。気づけば……。

 無理ばかりさせてごめんね、レイジングハート。エイミィさんにも謝らないと。きっとすごく心配させちゃったから、帰ったら怒られそう。

 

「まだ、安心するのは早いですよ」

 

 声に反応して顔を上げる。上空に左手を振り上げたシュテルちゃんが見えた。鈍い風切り音が聞こえて、シュテルちゃんの魔力が左手に満ちていく。頭上から突進してくる!? これ、そういえば前も――。

 

 また同じ手なんて、くらわないよ!

 

「レイジングハート、お願い!」

Protection Powered(プロテクションパワー)

 

 レイジングハートが自動でカートリッジをリロードしてくれて、プロテクションを張ってくれた。重くなった体を叱咤して、シュテルちゃんに右手を向ける。手の平を中心に守りの膜が広がっていく。今までのプロテクションとは違う感じがする。

 

 一瞬、シュテルちゃんの姿が目の前から消える。

 

 どこに? 上? 違う、魔力反応は正面!

 

「ヴォルカニックブロー!」

 

 とっさに手の平を再びシュテルちゃんの方に向ける。間に合った。正面から突っ込んでくるシュテルちゃんの握られた拳に渦巻く炎が、私のバリアにぶつかる瞬間に見えた。互いの魔力が、真紅の炎が私のプロテクションにぶつかって赤く爆ぜる。

 

「はああ!!」

「くっ!?」

 

 重い、重いよ、これ!

 

 衝撃に押されて、わずかに後退する。でも以前なら、きっとこれで撃ち抜かれていたよ。耐えられるのはレイジングハートのおかげ。体が悲鳴を上げる。でも、大丈夫。まだまだいけるから!

 

 でも、このままだとバリアの魔力が減衰して、いつか撃ち抜かれちゃう。

 

「レイジングハート、お願い!」

Barrier Burst(バリアバースト)

 

 爆発のイメージがレイジングハートから伝わる。うん、私も信じているから。あとは私は頑張るだけ!

 

 魔力が手の平に、もっと集める。再びカートリッジをリロード。シュテルちゃんの右手とぶつかっている場所に集まっていく。これで!

 

「やはり、砕けませんか」

 

 冷静なシュテルちゃんの声が聞こえてきた。思わず顔を見る。いつもと変わらない表情の少女が私を見ている。何故かこの後に何が起きるか知っているように見えたけど、そんなわけない! 行くよ! 

 

 集まった魔力を爆破。

 

 衝撃に体が持っていかれ、煙で視界が覆われてシュテルちゃんが見えなくなる。思った以上に衝撃が強いよ。

 痛い、けど大丈夫! すぐに体勢を建て直さなきゃ。

 

 

 煙から飛び出るまで吹き飛ばされたけど、すぐにレイジングハートを構え直した。体がギシギシと痛む……シュテルちゃんは、どこ? シュテルちゃんなら、すぐに追撃をしてくると思ったのに、何もおきない。爆発後の白煙が晴れていくけど、そこにも居ない。

 移動した? どこに?

 

「本当に、素晴らしかったです」

 

 声がしてハッと上に視線を移すと、少し離れた高い位置に砲撃戦前と変わらない姿のシュテルちゃんが空に浮かんで立っていた。あれほど膨大な魔力を撃ち合って、さらにクロスレンジでも戦闘をしたのに、そんな事があったとは思えない程、変わらない姿で。

 不意打ちみたいな攻撃をしたのに、まともに受けていないの? バリアジャケットに乱れが見えないよ。どうしてそんなに余裕があるの?

 

「デバイスが変わっただけではなく、空戦機動も射撃精度も、お見事です」

「ほ、本当? シュテルちゃんに呆れられたらどうしようかって思ってたのに」

 

 褒められても、シュテルちゃんの姿を見て不安が募ってくる。もしかして、本当は言葉ほど褒めていないんじゃないかって。だって、私と違って完全に無傷で、私と違って無理なんてしていない様に見えて、そして、私と違ってまだまだ余裕があるように見えるから。

 

 ずっとフェイトちゃんと訓練を積んできた。クロノくんにも手伝ってもらった。シュテルちゃんの魔法を参考に改良も加えた。ディバインシューターは早くて強固なアクセルシューターになった。

 

 だけど、私の魔法はシュテルちゃんにちゃんと届いていたのかな? 私の魔法は、どこまでシュテルちゃんに追いついたのだろう? 

 

「そんなはず、あるわけないでしょう。しかし、この日が来る事を考えて鍛えてきましたが、すでにその差は、ほんの僅かしかないように感じます」

「流石にそれは……ちょっと言い過ぎかも」

 

 シュテルちゃん……それは過大評価だよ……。

 

「実力差が僅かしか無いって、そんな事無いよ。私なんて、ついていくだけでやっとなのに」

「そんな事無いですよ。本当にナノハは強いです。魔法技術も、そして心も」

 

 あ、笑った。私を見てシュテルちゃんが微笑んだ。今だに追いついた気はしないけど、だけど、その背中は見えた気がした。なんだか気が抜けてくる。緊張がとけたのか、倦怠感が戻ってきた……体が、重い。

 

「ですがまだ。超えさせる気はありません」

 

 シュテルちゃんの表情が変わる。そう。まだ戦いは終わってなかない。気を引き締めなきゃ。私はまだまだ戦えるよ!

 

「もう使い切りましたよね? では、第二段階へ」

『Master!』

「え? きゃっ!?」

 

 レイジングハートの警告。突然、ワイヤーが空間から生えてくる。とっさに逃げようとしたけど間に合わない。気づくと足から首まで縛られた。緑というには薄い色の魔力光。これは、前にシュテルちゃんを縛ったチェーンバインドを壊した人のだ。じゃあ、近くにまた潜んでたって事? 完全に油断していた。シュテルちゃんばかり見ていて、下なんて全然見てなかった。

 

 こんなので!

 

「くっ! なんで!?」

 

 ワイヤーを破壊しようとするけど、上手く魔力が練れない。魔力が足りない? カートリッジは、全部使っちゃった。使うにはマガジンを交換しなきゃならない。だけど、腕を動かせなくてレイジングハートに手が届かない。

 

「えっ? わっ!?」

 

 体が地面に吸い寄せられる! ぶつかると思ったら、寸前で止まった……。

 

 私を縛るワイヤーの先に、目を(つむ)って顔を(うつむ)かせた女の人がいつの間にか現れていた。金色の髪で、優しそうな雰囲気。他の騎士さん達とは違って、ゆったりとしたローブのような服。足元のはベルカ式の三角形をした魔法陣が浮かんでる。

 

 淡い緑色の魔力光。この人だ……今まで出てこなかった闇の書と主を守る守護騎士の中で最後の人。

 

「あなたはあの時の」

「あわよくば落とすつもりでしたが。さすがでした」

 

 慌てて視線を上に向ける。上空から降りてきたシュテルちゃんが、私の正面で降りてきて停止した。

 

「ですが、魔力を消費してくれたようですし、無理をした分、体への負担は大きいはずです。それに、カートリッジも空になっていますから。簡単には抜け出す事が出来ないでしょう」

「え? じゃあ、今までの戦いは私がカートリッジを使い切るのを狙ってたっていうの?」

「次善の策です。まあ、思った以上に早く消費して頂けました。とだけ、言っておきましょう」

 

 私が全力でシュテルちゃんと戦おうとした時には、すでに罠に嵌っていたんだ……。

 

「それでは、私はこれで失礼させていただきます」

「ま、待って! シュテルちゃん!」

 

 思わず呼び止めてしまったけど、だからといって何も出来ない。ただ呆然と見るしか無いなんて。このワイヤーも解けない。これで終わりなの?

 

「また戦う機会はありますよ。では」

「シュテルちゃん!!」

 

 シュテルちゃんが去っていく。それを見るだけなんて……そうだ、まだ私に何かできる事は? シュテルちゃんが向かっているのは……クロノくん? クロノくんに教えなきゃ!

 

『クロノくん! クロノくん聞こえる?』

 

 返事が返ってこない。なんで? どうして? 通信が届いていない? じゃあ、フェイトちゃんには? アルフさんは?

 

「どうして! クロノくん! フェイトちゃん! アルフさん!」

「ごめんね。連絡をさせる訳にはいかないの」

「え!?」

 

 女の人が目を開いて私を見ている。この人が通信を妨害しているんだ……なんでそんな事を? 誰も気づいてないの? エイミィさんは? どうして?

 

「大人しく、ここで見ていなさい。すぐに終わるから」

 

 女の人の視線が上に向く。視線の先を見ると、クロノくんに魔法を撃つシュテルちゃんが見えた。でも、その魔法は見たことがない。無数の火炎弾がクロノくんを襲う。ここから見るとクロノくんの周りに真っ赤な花が咲き乱れるように見えた。

 

 奇襲を受けたように見えたけど、クロノくんはちゃんと防いでいる。一瞬、顔が左右に振られる。何かを探すように……私だよね。でも、これで気づいてもらえるかもしれない。

 

 でも、これって……。

 

 そうだ。前回と同じだ。同数で一対一をしていると思ったら、本当は1人多かったあの時と同じ……。シュテルちゃんが赤い髪の子と入れ替わるようにクロノくんに向かっていく。フェイトちゃんは剣士さんと戦ってて、アルフさんも耳と尻尾を生やした男の人と……1人余る。

 

 あっ!

 

「みんな気づいて! 本命は赤い髪の子! 赤い髪の子が何かするつもりだよ!」

「正解よ。でも、誰も気が付かないし、気付いたとしても今の状況だと何も出来ない。膨大な魔力の爆発で、結界内は一時的に音信不通になっていたし、今は通信を私が妨害しているわ。それに、ここは認識阻害の魔法であなたが見えないようにしているから」

 

 ここから見えるのはクロノくんだけ。でも、クロノくんも気づいてない? アルフさんは遠くで戦っているし、ここからだとフェイトちゃんも見えない。エイミィさんは? 魔力爆発の影響で見えてない? 誰も、どうにも出来ないの?

 

「きっと、この結界内にいる人は誰も、あなたが捕まってるなんて気づいていないわね。気づいていたら、こっちに来ようとするもの。だから、まだあなたが戦っているのか、やられているのか誰もわからない。つまり状況不明って事になるわ」

 

 それはそうかもしれないけど……。だからって、何が変わるの?

 

「状況がわからない間は下手には動けないものよ。そして、この場の指揮官は、あの黒い格好をした執務官の人でしょ? シュテルちゃんが執務官の人に状況を把握する時間も与えない。もし外に強力な仲間が居るにしても、外とも連絡が出来ないから支援を要請できない。外の管理局の人も、結界内の状況がわからないから、危険を犯してまで援軍を送るよりも状況の把握を優先する。だから動くのが遅れるはずよね? そういうわけで増援もすぐには来ないわよ」

 

 空に膨大な魔力を感じる。あれは、あの赤い髪の子。

 

「それに、あの執務官は慎重で無理をしないわ。きっと私を警戒して戦いも消極的だったでしょうね。それはシュテルちゃんと戦っていた時から、そうだった。私が結界の中に居なかったから、外も警戒していたと思うわよ。おかげで、相手にしていた赤い髪の子も魔力を温存できたわ」

 

 突然、空に巨大なハンマーが現れた。あの小さな赤い髪の子が振り回すには不釣り合い過ぎる程に巨大な。誰もそれを阻止できない。みんな、目の前に敵を抱えていて私も捕らえられているから、誰も対応できない。結界の外から増援も来る気配もないし、このままじゃ。

 

「で、でも。それでもすぐに動くはず……リンディさんなら迷っても、きっとそうするはずだよ」

「私達には、状況を把握しようとする時間、判断を迷う時間、その僅かな時間で十分なの。結界の中央に私が陣取った時点で、私達の勝ちよ」

 

 そんな……じゃあ、全部予定されていたって言うの? 私がシュテルちゃんと戦うのも、フェイトちゃんが剣士の人と戦うのも、アルフさんが男の騎士と戦うのも。クロノくんが赤い髪の子と全力で戦わない事も? リンディさんがすぐに動けなくなる事も? 全部、全部が予定通りって事? 私がシュテルちゃんに勝てない事すらも……。

 

「ちなみに、この作戦を考えたのはあなたが戦っていた相手よ。本当は私の役目なのだけど、最近は楽をさせてもらっているわ」

「シュテルちゃんが?」

 

 あ……なんだか全部、納得できちゃった。

 

 でも、なぜ話してくれるのだろ? 作戦の事まで敵である私に話す必要なんか無いのに。

 

「あの、どうして? どうして教えてくれるの?」

「フフフ、それはね」

 

 女性が面白そうに笑った。

 

「彼女と約束したのでしょ? それと彼女からの伝言で、再戦を楽しみにしています、ですって。あなたの事をとても気にしているみたいね。どうしてそこまで気にしているのかは私が聞きたいくらい。ほんと、誰かさんみたいに律儀よね」

 

 微笑する女性の視線の先で、赤い髪の子が巨大なハンマーを結界に叩きつけるのが見える。当たった場所から結界が脆く崩れていく様子は、まるで私達に敗北を告げるかのようだった。

 

 

~~~~~~

 

 

 結局、私達は彼女達を捕まえることが出来なかった。

 

クロノも、リンディー提督やエイミィも必死で追跡をしているけど、たぶん無理なんだと思う。彼女達が簡単に捕まるところが想像できなかった。今は証拠集めの為に戦闘が終了した地表を走査していけど、今の所、何も見つかってはいない。なのはとシュテルという子の砲撃と最後の結界を破壊された余波で、地表は完全に更地と化していたから。アルフが匂いを嗅いで手伝っているけど、手掛かりが残っているとは思えない。

 

 それよりも気になるのが、なのはの事。

 

 敵に捕獲された事を気にしているかもと心配したけど、そんな様子が見えなかった。とても疲れているようには見えたんだけど。明るく振る舞っていて落ち込んだ姿を見ないのは良かった事だとは思う。でも、それはそれで気になる。本当に無理をしていないのかな? シュテルという、あの魔道士と何があったのだろうか?

 

 私もシグナムと互角に近い戦いができたと思う。初めて名乗られて、私とバルディッシュも名乗り返した。強い、とも言ってもらえた。まだまだ敵わないけど、決して届かない相手じゃない確かな手応えも得た、と思う。

 だけど、なのはの感じた事と私が感じた事とは違う気がする。

 

 気になって休む気にもならない。私自身、なのはをまた助けられなかったわけだし……。だから、思い切って聞いてみよう、そう思ったんだ。

 

 

 手伝いが終わって、なのはが休んでいる部屋に直行する。入ると、まだ検査が終わっていないのか医療用の機器がベッドを囲んでいた。なのはの体にコードが繋がっていて、見ているだけで痛々しい。本当に、大丈夫なの? すごく不安になってくる。

 なのははすぐに無茶をするから……。

 

「あ、フェイトちゃん?」

 

 まだ起きていたのか、なのははこちらを見てすぐにベッドの上で上半身だけ起き上がる。どこかを痛がっている様子はないけど、少し動きは悪く見えた。

 

「なのは、本当に大丈夫? 無理してない?」

「フェイトちゃんは心配性だなぁ。ちょっと見た目はあれだけど、この通り全然平気だから本当に大丈夫だよ」

 

 なのはからは辛さを隠しているような感じはしなかった。でも、なのははすぐに無理をするから……なのはがそう言うなら、体の方はきっと本当に大丈夫だと信じたいけど、包帯が所々巻かれていて痛々しい。

 

 それに……ただなんとなく、やっぱりいつもと様子が違う気がする。傷じゃなくて何か、こう……言いたくても言えない、みたいな感じで。なんだろう?

 

「なのは、何かあった?」

「え? どうして?」

 

 思いきって聞いてみたけど、返ってきたのは疑問の声。なのは自身、気づいていないのか、それとも話し難いのかな。

 

 言って良いのかな……。

 

 迷ったけれども、結局聞くことに決める。聞かずに後悔するよりは聞いてみたほうがいいと思うから。もし話してくれなくても、それは私を悪く思ってのことじゃないのはわかるから。

 

「なんだかいつもと少し様子が違う気がするよ。心がふわふわしてるというか、でも無理に押し止めようとしていると言うか……うまく言葉に出来ないのだけど。でも、もし嫌なら、言ってくれなくてもいいから」 

 

 私が言うと、なのははバツが悪そうな顔をした。やっぱり聞かなかった方がよかったのかな。心に後悔の念がわき起こってくる。やっぱり、まだ私は人との付き合い方が、友達への接し方がよくわかっていないのだと思う。

 

「ええと、あのね。その、本当はちょっと悔しくは思ってるんだ。レイジングハートがせっかく私に力をくれたのに、最後は油断して捕まってしまって、またみんなの足を引っ張っちゃったから」

「ご、ごめんなさい! そんなつもりで聞いたんじゃ無くて! そういう事を聞きたかったわけじゃなくて!」

 

 なのはを責めるつもりなんてなかったのに、どうして! 上手く言葉に出来ない自分を殴りたい。どうして私はもっとちゃんと話すことが出来ないのだろう……なんて言えばいいのかな。

 

「うん。わかってるよ。フェイトちゃんは心配してくれているんだよね。ごめんね。お話のしかたが悪くて。えっと、そうじゃなくて。実はね。確かにそんな悔しい気持ちはあるのだけど、それと同じくらい嬉しい気持ちもあるのって事なんだ」

「嬉しい気持ち?」

 

 思ってもいなかった言葉が出て、私は首を傾げる。

 

「うん。だって、シュテルちゃんに私の言葉が届いていたのがわかったから」

 

 なのはの表情がパッと明るく晴れた。

 

「私は目の前の事しか見てなかったのに、シュテルちゃんは全体を見ていて。作戦を立てて、その為に動いていくのはクロノくんに近い感じかも」

 

 確かに……彼女はそういうタイプに見えた。シグナムも彼女の指示を受けていた節はあるから。それに、前回の時はシグナムが彼女を守っていた。その様子から、彼女が騎士達の中心にいる人物なのだろうということは、容易に想像ができる。

 

「だからかな? 私と戦うのも作戦の内で、私と話すのも作戦で……褒めてくれるのも作戦の内なのかなって。実は私の事なんか相手にしてないんじゃないかって思って。それって悲しいよね。私はシュテルちゃんの事を知りたいって思っているのに、本当はちっとも相手にされていなかったのは……とても悲しいよ」

 

 目を伏せて語るなのはは、でもすぐに顔を上げた。

 

「でも、そうじゃなかったの。私の言葉はちゃんと伝わっていたのがわかったから。約束も守ってくれて、作戦の事も教えてもらったよ? 再戦も約束したんだ!」

 

 嬉しそうに語るなのはの話に、なぜ明るく振る舞っていたのか納得ができた。自分の言葉が相手に伝わっていたのが嬉しかったんだ。

 

「よかったね、なのは」

「うん。だから、あの……それで、みんな心配してくれるのが申し訳なくて。怒られちゃったけど、体の方はそんなに痛くないんだ。それで、言えなかったというか……なんと言いえばいいか。無茶までしたのに失敗して足を引っ張ったのに、こんな事で喜んでたなんて……やっぱり誰にも言えないよ」

 

 なのはは遠慮をしてたんだ。今までの違和感の理由がわかって、胸のつかえがすっと消えていく。そして、その気持ちは私にもわかった。私も約束したから。

 

「私もシグナムと約束したよ。勝負を預けてもらったから」

「フェイトちゃんもなんだ。じゃあ、一緒だね」

 

 懐かしい気持ちが蘇ってくる。ほんの数ヶ月前だというのに、とても昔の出来事のような記憶。悲しいこともあったけど、嬉しいこともあった。とても大切な記憶。

 

「シュテルちゃんが戦いを望むなら、私は逃げたりなんかしないよ。とことんお互い納得するまで戦って、それで私が勝った時にはお話を聞いてもらう」

「私も、シグナムともっと話をしてみたい。戦いを望んでいるわけじゃないけど、何かを伝えるために戦って勝つ必要があるなら、私は迷わず戦えるから」

 

 何度も刃を交えた。その度に、なのはは私に話かけてくれた。なのはと話す度に私の心は揺らいだ。母さんに捨てられた時、もう一度立ち上がる事が出来たのはアルフとバルディッシュのおかげ。そして、なのはが私に前へと踏み出す勇気を教えてくれたから。

 

 闇の書の事も主の事も忘れたりはしない。見つけて必ず、闇の書の主を捕まえてみせる。

 

 だけど、シグナムもどこか遠慮をしながら戦っている風に見えた。どうしてか時々、申し訳無さそうな顔をする。きっと何か理由があって、あんな顔をするんだ。

 

 次に戦う時が来たら聞いてみよう。私の時のようにシグナムにも何か戦う理由があるのかもしれないから。

 

 いや、きっとある。

 

 シグナムは感情のないプログラムなんかでは、決して無い。

 

 

『大変! みんな大変だよ!』

 

 突然、慌てたようなエイミィの声が通信で届いた。

 

『ビンゴ! クロノ君がビンゴだよ!』

『エイミィ落ち着け。深呼吸して、慌てずに話して』

 

 何があったのかな? エイミィでもここまで取り乱す事は珍しいと思う。

 

『見つけたの! 見つけたんだって!』

『だから何を見つけたんだ?』

 

 深呼吸をする音が聞こえ、空白が一拍置かれる。

 

『彼女達、闇の書の騎士達を見つけたの! クロノ君の指示で監視していた地球の海鳴市で! すぐ消えちゃったけど、なのはちゃんの住む町で反応があったんだって!』

 

 思わずなのはと目が合った私は何を言えば良いかわからずに、しばらく無言で互いの顔を見つめ合った。




誤字報告に感謝を。


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18話 それぞれの想いを 11月28日

誤字脱字報告に感謝。


 眼の前の敵に牽制の為の炎弾を送り込みながら後退する。

 

『こっちにも来た』

 

 ヴィータの方にも管理局の武装局員が来たようです。こちらには、武装局員らしき姿が6人。更に炎弾を生成して、敵に向かって放つ。このまま戦うのも面倒です。時間はあちらに味方するのですから。

 

『撤退します。次の世界に向かいますよ』

『わあってるよ! 次から次へとわいてきやがって、うぜえ』

 

 私が提案すると、ヴィータは苛立(いらだ)たしそうに返事を返してきた。捕捉されてしまった以上、もう今日は帰還するしか無さそうです。

 

 

 先日の戦い以降、管理局の対応は迅速であったと言えるでしょう。

 

 次に中継拠点に定めた場所は、たった2日で知られてしまった。集まったところを再び襲われ、結界に捕らわれる前に逃げ切りました。さすがに2回目となると、こちらも用意はしているというもの。ですが、これほど早く中継地点が攻められるのは予想外な事態です。禄に拠点を使う間もなく破壊しなければなりませんでした。

 

 その後も管理局の局員が待ち伏せをしていたり、蒐集しているとすぐにやって来る事が増えました。これもまた当初の予測以上に激しい妨害です。何度か返り討ちにして局員から蒐集もしましたが、以前よりも明らかに蒐集が進んでいません。追跡を振り切るために全く収集できなかった日もあります。この事からも、疑惑は確信へと変わりました。

 

 すなわち、私達の居場所がある程度ばれてしまった、という事です。少なくとも、地球を中心に活動して居るという事は知られているでしょう。下手をすると、海鳴市まで知られてしまった可能性があります。

 

 ただ、ハヤテの事まで知られたとは思っていません。もし知られていれば、必ず確保しようと動いていたことでしょうから。ハヤテの周囲に管理局の影は見えない事から、正確には把握されていないと見るべきです。

潜んでいる地域が絞られた。しかし、どこに住んでいるかまではわかっていない。

そんなところでしょうか。

 

 私達は元々、帰還した時も細心の注意を払っています。なるべく遠くにいくつかの転送先があり、転送後は魔力を隠して個々に別れて移動し、集合地点に集まって周囲を確認してから再び別れて戻ります。中継に使っていた拠点とは違い、ここは人も建物も多いので隠れ潜むのは難しくありません。魔力さえ隠すことが出来れば、管理局の監視網に引っかかる可能性は低いでしょう。

 

 今後は、次元転送時も気をつけなければなりません。なるべく遠くで、それでいて察知されないように。そして遠くの世界に飛ばなければならない。新たな拠点を作る意味は、もうありません。

 

 救いなのは、ここが魔法の無い管理外世界だという事。そして、この世界に配置されている時空管理局の人員が少ないという事です。この為、時空管理局は大規模に調査や監視等の介入が出来ないと予想されます。

 現地の治安要員を使うことも出来ず、人海戦術が出来ません。きっと、捜査を対応しているのはアースラ一隻なのでしょう。

 

 

 しかし……もしかしたら、近くに駐屯地を設けられているかもしれませんね。ばったり出会うのも困りますから、眼鏡でもかけた方が良いかもしれません。

 

 次元転送で次の世界に向かう途中、ふと思いつく。もしかしたら、何箇所も拠点を構えているかもしれ無いという可能性を。戸籍も住民票も無いのに、どうやって不動産を借りるのかはわかりませんが、次元管理局ならばやりかねない気がします。

 未来の知識にそれらしい出来事は思い出せません。私はフェイト・テスタロッサを参照していませんから。はたして拠点は作られていたのか……。フェイト・テスタロッサの過去は朧気にはわかりますが、出来事については詳しくは把握していません。

 

 もっとも、未来の出来事など役に立たなくなっている可能性もあります。もうすでに大きく過去は変わってしまったかもしれません。私という存在が出現した時点で変化は避けられないでしょう。

 

 いろいろと考えるところがあったため、タイムパラドックスについての本は幾つか読みました。私という存在のせいで闇の書が起動しないというのは、大変困りますから。

 結論を言えば、今の私の観測で問題がなければ良い、という事で落ち着きました。例えば、過去は書き換えることが出来なかったという事ならば、むしろ望むところです。また、もう一人の私が出てくるなど言うことがあったとしても、私達は一つのデータなのですから上書きしてしまえば問題ありません。別のデータでも関係ないのです。出来ればそのようなことがなく、存在の上書きでお願いしたいものです。

 極端ではありますが、結果が変わらなければ過程はどうでもよい。平行世界に行くようなものです。

 

 そう。どうでもいい。過程など、どうでもいいのです。

 

 私が目指すべきはディアーチェとレヴィが復活し、システムU-Dを手に入れることです。押さえなければならない点は、闇の書の完成と防御プログラムの暴走とハヤテからの分離、そして破壊。それ以外については、重要事項ではありません。

 つまり……ハヤテが、騎士達が絶望しない世界であっても良いのです。

 

『おいシュテル、着いてるのか?』

『こちらも到着しましたよ』

 

 返事を返しながら、先程の考えを検討してみる。以前思いついた事ではあるものの、その後は保留にしていた考えです。決して難しい課題ではないと思います……しかし、優先順位は低い。

 これから私達は、より厳しい状況に置かれていきます。管理局の追跡は厳しくなり、ハヤテに残された時間は減っていく。余裕など無いと言えるほどに。私達は更に追い詰められていくかもしれません。そのような情勢下で他の事まで考えて動くのは、やはり効率的とは言えないでしょう。

 

 だが諦めもつかない。

 

 ハヤテと騎士達との生活は短いとは言えません。関係ないとは言えないほどに。戦いにおいても、騎士達との連携も慣れたもの。私を信じてくれる騎士達を裏切るなど考えたくはないものです。

 

 ふと、ナノハの姿が思考の片隅に過る。最初に出会った姿は、思ったよりも弱々しいものでした。だが、実力差があるにもかかわらず何度も向かってくる姿は時代は違えど変わらぬ姿で、やはりナノハはナノハなのだと再確認したものです。そして、二度目の邂逅では私の攻撃を全て凌ぎきり、それどころか私に肉薄までしてみせた。

 

 私はこの時代に来て知ることが出来ました。立ち向かう勇気と、決して諦めない心を。それこそがナノハを構成する重要な因子であると。フェイト・テスタロッサが私に言ったナノハとの違いを。

 

「遅せーぞ、シュテル」

 

 正直、不安はあります。ですが、まぁ……ヴィータが泣く姿など、見たくはありません。

 

 色々と背負うのは非効率なのでしょうが……しかしやはり、諦めたくはないものです。

 

 

~~~~~~

 

 

 フェイトちゃん、凄い人気だった。

 

 今日、フェイトちゃんがうちの学校に転校してきたのだけど、休み時間にみんなが押しかけて大変なことになってた。季節外れの珍しい転校生だからって、みんなちょっと興奮しすぎだよ。アリサちゃんが間に入らなかったら、きっとフェイトちゃんは目を回していたかも。

 

 ふと、思い出して、横を歩くフェイトちゃんをちらりと見てみると、目が合って、思わずほほ笑みかけたら、同じく微笑みを返された。なんだかこういうの、良いよね。一緒におしゃべりしながらお家に帰るのも。

 今日はアリサちゃんとすずかちゃんは用事があって先に帰ってしまったけど、次は4人でお喋りしながら帰りたいな。

 

 こういう事、シュテルちゃんとも出来たら良いのに。

 

「どうしたの、なのは?」

 

 あっと、顔に出ていたかな?

 

「ううん。なんでもないよ。ちょっとシュテルちゃん達の事を考えていただけ」

「そうなんだ……もしかしたら近くに住んでいるかもしれないんだよね」

 

 そう。もしかしたら海鳴市にシュテルちゃん達がいるかも知れない。エイミィさんからの報告は、私達に衝撃をもたらした。こんな近くに住んでいたかもしれないなんて……そんな事、誰にもわかるはずないよ。だって、私は住んでいるけど、そんな気配を感じたことなんてなかったし。

 そもそも、ジュエルシードを巡ってフェイトちゃんと戦っていた時に、エイミィさん達が調べていた。なのに、今まで見つからずに済んだなんて。

 

「また、戦うことになるのかな? 今度はこの町で」

「うん。その可能性は大だよね」

 

 シュテルちゃんが戦わずに話してくれるなんて、考えられないよね。他の騎士さん達もお話を聞いてくれそうにないし。もし近くに住んでいるなら……お話を聞いて貰える機会が出来るかもしれないけど。きっと、あまり教えてはくれない気がする。

 

 もしかしたら、闇の書が復活したのはPT事件が終わった後かもしれないってクロノくんが言っていたっけ。ジュエルシードが何か干渉した可能性もあるかもしれないけど、ここがまた事件の中心になるなんて、すごい偶然。

 

 だから、この近くに闇の書の主さんが潜んでいる可能性が高いとクロノくんもリンディさんも考えてる。もうすぐ活動の拠点にしているアースラが整備の為に使えなくなる事も関係して、ここ海鳴市に駐屯する部隊とアースラに駐屯する部隊に別けることになった。

 アースラが使えなくなったら一時的にすべての機能を移す為の準備で、先に司令部の機能を一部移すために、リンディさんと、そしてフェイトちゃんが家の近くに引っ越すことになって。フェイトちゃんが私と同じ学校に通うことになった。

 

 それは私にとっては凄く嬉しいことだよ。だって、フェイトちゃんと一緒に学校に行けるなんて! 一緒にお買い物とかしてみたいな。フェイトちゃんは友達とお買い物とか、遊びに行くのもした事ないだろうし。せっかくフェイトちゃんと一緒に居られるんだもん。もっと沢山、楽しい事を教えてあげたいよ。

 

「そうだ! 今度、この町の事を案内してあげるね。美味しいクレープ屋さんとか、あんみつ屋とか。文房具を買うならどこが安いとか!」

「うん。ありがとう、なのは。楽しみにしてるね」

 

 んー私も楽しみ! フェイトちゃんは素直で可愛いなぁ。やりたいこと、いっぱい出来ちゃった。何からしようかな? やりたい事が多いと迷っちゃうよね。あ、そうだ。アリサちゃんやすずかちゃんも誘って、みんなでお出かけしてみようかな?

 

「そういえば、レイジングハートは大丈夫だった?」

 

 幸せでいっぱいになりそうな心に、急ブレーキがかかった感じがした。なんだか、怒られる気がする……。

 

「う、うん。大丈夫! マリーさんに検査してもらったけど、大丈夫って。でも、精密な検査が終わるまではカートリッジシステムは禁止されちゃった。けど、大丈夫だよ!」

 

 言葉遣いが変になった気がする。国語は苦手だからなぁ……これじゃあ、大丈夫としか言ってないよね。

 

「なのはは無理しすぎだよ。体にも、すごい負担がかかってたって聞いたよ?」

「あーうん。慣れてなかったから、すごく体が重く感じたんだ。だけど、ちゃんと眠ったし、あれからしばらくは魔法の練習もお休みしてたから、今は全然平気だよ」

 

 本当に今はあの時の倦怠感も無いし、体に異常も見られないから大丈夫なんだけど。

 

「でも、カートリッジシステムは不安定なシステムなんだから、もう無茶はしちゃだめだよ」

「うん、ごめんなさい。もう無理なんてしないから、大丈夫だよ」

 

 納得してくれたかな……。フェイトちゃんは心配性だよね。心配してくれるのは、ちょっと嬉しかったりするけど。

 

「なのはは私と戦っていた時も無茶ばかりしていたから、心配だよ」

「それは……でも、フェイトちゃんだって無茶してたし」

 

 あの頃はフェイトちゃんの方がずっと無理をしてたと思う。お母さんに認めてもらおうと、自分の身を顧みずボロボロになりながらも必死になってジュエルシードを手に入れようとしていた。

 私はユーノくんにアースラの人達が居たけど、フェイトちゃんはアルフさんと二人。あの頃のフェイトちゃんは辛く悲しくて、そして寂しい感じがした。

 

 でも、今のフェイトちゃんからは感じない。きっともう、あんな無茶な事はしないかもしれないけど……。

 

「じゃあ、二人ともに無茶な事はしない。で、どうかな、フェイトちゃん?」

「うん、そうだね。二人とも、無茶はしない」

 

 また新しい約束が出来た。約束する度にフェイトちゃんとの絆が強まっていく感じがして、フェイトちゃんとの距離がどんどんと近くなっていくように思えた。シュテルちゃんともいつか、こういう風になれるかな?

 

 なれたら良いな。うん、そのためにも頑張らないと。

 

「じゃあ、帰ったら訓練を一緒にしようね」

「うん。私ももっと、強くなりたい」

 

 私達の影が夕日に照らされて、長く伸びてる。影だけ見ると、大人の女性みたいに見えた。大人になってもこうやって、二人で一緒にいられると良いな。

 

 

~~~~~~

 

 

 みんな、最近忙しいんかな?

 

 朝食の時間は、みんなおるんやけど、シグナムもヴィータもザフィーラも、シュテルも家を開ける事が多なった気がする。昼食はおったりおらんかったり。夕食もバラバラに帰ってくるし。

 まあ、みんながそれぞれにやる事があるんやとはわかってはいるんやけど……なんや最近、すこし寂しい。もうちょっと、何か言うてくれてもええと思うんやけど……そう思うんは、わがままなんやろうか?

 

「はやてちゃん、これって、この後どうしたらいいですか?」

 

 今日も家にはシャマルしかおらんけど、そのシャマルも時々私を置いて家を出ていってしまうし……。婦人の会って、何をしてるんやろ?

 

「ちょっと味見させてな……うん、これなら合格や。じゃあ、次は下味をつけたこの豚ロース肉を焼いていくから、ちょう手伝って貰ってもええか?」

「はーい。何を手伝えばいいですか?」

「合図したら豚肉を取って、次にタレをお玉に半分くらいでフライパンに入れてくれたらええよ」

「了解しました、はやてちゃん」

 

 誰かと一緒にご飯を作るんは、やっぱ楽しいな。自分以外の人が食べるご飯を作るんも楽しい。

 

 贅沢になってしもたんかな……みんながおらんかった時は、たまに家政婦さんが来てくれとったけど、それこそ1人で全部やってたやん。作るご飯も1人で食べてたから、味とかよう覚えとらんし。

 

「なあ、シャマル。みんな何時に帰ってくるか聞いとる?」

「あ、えーと……ちょっと、詳しくは聞いて無くて」

 

 豚肉を2枚同時に焼きながら何気なく聞いてみたら、シャマルに申し訳なさそうに謝られた。言い難そうやった。そんな顔されたら、聞くのが悪いような気がしてくるんやけど……。

 

「最近みんな忙しいんやね。あまりお家におらんようになって、帰ってくる時間も遅いし」

 

 でも、気になるのは仕方がないやん。もう昔みたいに1人で生きているわけやないんやから。お姉さんみたいなシグナムとシャマルがおって、妹みたいなヴィータがおって、ザフィーラは……お兄さんやろうか? 犬、とはちゃうやろ。それに、シュテルが一緒におってくれる。

 

 みんな、私の大事な家族やから。気になるんは当たり前やん。

 

「別に、私はぜんぜんええよ。みんな外でやる事とかがあるんやったら、別にそれは」

 

 せやけど、口に出すんは思っている事とは真逆の事。言ってしまったら、きっとみんな無理をしてでも私に付いていようとするのは、わかってはいるんや。だから、みんなを困らせたくは無いから、我儘を言うたりせえへん。

 

「あの、はやてちゃん!」

「ど、どないしたん?」

 

 突然のシャマルの大声にビックリした。シャマルも大声を上げることがあるんやなぁ、と、妙な感想が頭をよぎってまう。

 

「えっとですね。今、ちょっと思念通話をしてみたら、シュテルちゃんがすぐ近くまで帰って来ていたみたいです」

 

 言われてすぐ玄関の扉が開く音がした。靴を揃える音が続くと、静かな足取りで廊下を歩く音がする。

 

「遅くなりました。食材は無事ですか? ハヤテは無事ですか?」

「ええっとシュテルちゃん、それはどういう意味かしら?」

 

 そして顔を出したのは、いつもの無表情な何故か伊達眼鏡をかけたシュテルの顔やった。

 

「おかえりシュテル。別に何も問題はないで……って、ああああ!!」

「え、はやてちゃん?」

 

 やってもうた……話をするのに気を取られてもうて見てなかった。慌てて取り皿に豚肉を移しはしたけど……片面が一部見事に真っ黒や。

 

「どうやら、一足遅かったようですね。まさかシャマルではなくハヤテが失敗するとは」

 

 シュテルが珍しい物でも見るような目で私が失敗した豚肉をつまんで持ち上げる。そんなに見ても、なんもかわらんよ、シュテル……。

 

「なるほど、これがハヤテの川流れといったところですか」

「ちゃうわ! 誰が上手いこと言えと」

 

 さっきまで、ちょっとしんみりとしとったのに、全部吹き飛んでしもうたやんか。なんかもう、どうでもええか。

 

「ま、まだや! まだ挽回の余地はあるでぇ。黒い部分を取ってしまえば元通りや!」

「え? あ、じゃあ、それは私がやりますね」

 

 片面黒豚肉2枚をシャマルに渡し、次の2枚を慎重に焼くで。今度は失敗するわけにはいかん。枚数は限りがあるからなぁ。次はシュテルもおるし、問題は無いはずや。

 

「黒い部分はザフィーラのフードボウルに入れておきましょう」

「シュテルちゃん、それは止めてあげてね」

「ぷっ、ふふふ……」

 

 もうあかん。ザフィーラが困惑した表情でフードボウルを見つめるところを想像したら、笑いが止まらへん。はぁ、はぁ……ふうっ。なんか、ほんと楽しい。

 

 

 しばらくしてヴィータが帰って来ると、そのすぐ後にシグナムとザフィーラも一緒に帰ってきた。ご飯ができる前に全員が集合したのは久しぶりな気がする。

 

 片面黒豚肉は焼けすぎて削っても硬いままで、結局刻んでみんなで分ける事にした。2枚少ないお肉は、2枚を半分にして別けることに。シグナムとザフィーラは筋肉にタンパク質が必要でしょうからというシュテルのようわからん提案で、私とシャマルとヴィータとシュテルで分けた感じになった。

 

 お風呂も3人で入った。先に私とヴィータとシャマルが入って、次にシグナム、シュテルの順や。お風呂から出た後も、みんなでテレビを見ながら何時ものように雑談をした。そんな中、1人だけ隅っこで本を読んどるんがシュテルや。

 

「シュテルもこっちに来てみんなと一緒にテレビでも見よ? 面白いよ」

 

 私が呼ぶとシュテルが少し顔を上げた。前やったら、どうぞお構いなくって言うとこやけど。

 

「そうですね。では、少しだけご一緒させていただきます」

「じゃあ、あたしの横に来るか?」

 

 でも今は、そうやない。ずいぶんとシュテルもみんなと馴染んでくれた。いろいろと手を尽くした甲斐があったっちゅうもんや。なんで伊達眼鏡をしているのかだけは、わからんけど。

 

「では、そこで……またヴィータはお菓子を食べてるんですか?」

「いいじゃん。育ち盛りなんだよ」

「育つんですか……?」

 

 そういえば、最近またヴィータが夜に間食をするようになった気がするなぁ。夏はアイスばっかり食べとったし、これはちょっと言うた方がええかな?

 

「うるせえ! あたしは燃費が悪いんだよ!」

「おい、理由が変わっているぞ、ヴィータ」

「まあまあ、いいじゃない。でも、ヴィータちゃんもちょっとは遠慮してね」

「そうやね。就寝前の飲食は、あんま体には良くないんよ?」

 

 私が言うと、ヴィータがシュンとしてもうた。

 

「うっ……はやてがそう言うなら、これで最後にする」

「結局食べるのか」

「もうザフィーラは散歩に連れて行ってやんねーからな」

「俺は散歩を楽しみにした事はないのだが……」

 

 再び笑いが起きる。

 幸せの笑顔がいっぱいや。

 

 

 

 昨日は楽しかった。

 みんな楽しそうにしてくれるのは、私も楽しい。

 一緒にご飯を作って、一緒に食べて、一緒にお風呂に入って、一緒にテレビ見て。

 そんな今が、とても愛おしくてしょうがない。

 みんなにやる事が出来て、ちょっと寂しい事はあるんやけど。

 もっとみんなにかまってもらいたいと思うのは、それは私の我儘や。

 今でも十分に、私は幸せやから。

 

 せやから、なるべく迷惑をかけんようにせんと。

 

「くっ! あぐっ!」

 

 お腹が痛い。

 いつもの発作。

 みんな外に出てて、ちょうどよかった。

 

 痛い。痛い。痛い。

 痛いっ……。

 前よりもずっと苦しい。

 なんも悪いことしてへんのに、なんで!

 

「あっ、痛……くう」

 

 痛っ……こんなん、みんなに見せれへん。

 

 心配かけるわけにはいかんのや。

 

「はぁくっ!?」

 

 痛くない。

 

 痛くないで!

 

 痛くなんか、ないで!

 

「はぁはぁ……」

 

 はぁ……。

 

 痛みが和らいでくる。

 いつもどおりの展開やった。

 大丈夫や。

 

 しばらくなかった発作が、また最近になって起き始めた気がする。発作の間隔も短くなっとる気もするし……痛みも発作が起きる度に強くなってきてる。痛くなる時間も長うなっとるし。

 

 みんなには教えられへんな。きっと心配するやろうから。病院にずっと入院するんだけは嫌やな。せっかく、みんなと一緒に居られるのに。今、私はすごく幸せなんや。

 

 だから、我慢できる内は我慢していたい。この生活を続けていたいから。願いはそれだけや。

 

 そういえば、シグナムに蒐集を勧められたことがあったなぁ。でも、私の願いはかなっとるから、だから断った。闇の書の蒐集なんかせんでええ。このままずっとみんなと居られたら、私はそれで。

 

 ずっとこのままで居られればええな。



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19話 蝶は飛ぶ 12月1日

「ハヤテはどうですか?」

「もう熱も引いて食欲もあるから、たぶんもう大丈夫だとは思うのだけど」

 

 私が聞くとシャマルが心配そうにベッドに横たわるハヤテを見て言いました。

 

 シャマルは昨日、ハヤテが熱を出してしまったため、一日中看病をしています。騎士達は心配をしていましたが、蒐集をやめるわけにもいかず。結局は交代制で蒐集に出かけましたが、夜は蒐集を中止して家に居ました。

 今日はシャマルと私が留守番で、他の3人は蒐集に出かけています。ハヤテの熱が引いたのと、昨日の分の蒐集を取り戻したいからです。私達にとって、時間とは決して余っているわけではありません。

 

 食事は私とシャマルの二人で制作しています。昨日はハヤテに合わせておかゆを作ったところ、ハヤテから

『おかゆかと思うたら豪華な雑炊が出てきたんやけど。巨大なブラックタイガーが横たわっとるし。美味しかったけど』

と、言われました。喜んで頂けて、幸いです。

 

「もう大丈夫やて。シャマルは心配性やな」

「でも、はやてちゃん」

「この通り、すっかり治って元気はつらつや。むしろ、ベッドの上でじっとしている方が辛いんよ」

 

 ハヤテは顔色も良く、すっかり治っているようには見えます。しかし、私の心配は治ったかどうかではありません。闇の書の侵食による体調の悪化ではないかということです。まあ、侵食で風邪が起きる事はないでしょうが。

 

 ハヤテの下半身の麻痺は闇の書がリンカーコアを侵食する為に起きるものです。一定期間蒐集が行われずに項が埋まらないと、闇の書が所有者のリンカーコアを侵食しまします。そして今、あまり蒐集はすすんでいません。

 

 この事からハヤテに影響が出ている可能性は非常に高いでしょう。私という本来ならば居ないはずの存在も、悪影響を及ぼしているかもしれません。私もまた騎士達と同様にハヤテの魔力を動力としている可能性があります。

 

 そして、最近ハヤテの様子がおかしい事に気が付きました。急に寂しがったり、急に遠ざけたり。精神が不安定となっているようでした。どう考えても妙な事です。なにか隠しているとしか思えません。

 

「それじゃあ、石田先生に聞いてみて、許可が降りたらという事でいいですか?」

「もう大丈夫なんやけどなぁ……これ以上いうんは我儘やね。それじゃあ石田先生に一応聞いてみよか」

「はい。じゃあ、お電話しますから、ちょっと待っててくださいね」

 

 シャマルが病院に電話をかけに行くと、ハヤテの部屋に残ったのは私とベッドで暇そうな顔で横たわるハヤテだけになりました。じっとハヤテを見ていましたが、今は不調を訴える様子はありません。ハヤテの性格ですから、例え体に不調があったとしても、隠している可能性が高いと思います。ですが、それを知ったからと言っても何も出来ないのは同じ事かもしれません。

 

「ん? シュテルどうかしたん? そんなに見ても、なんも出えへんよ?」

 

 確かに何も出てきそうにはありませんね。もし今現在、苦痛に苛まれているとしたら、ハヤテは精神だけで魔法の域に達していると言えるかもしれません。例え問い詰めたところで、きっと何も言ってはくれないでしょう。

 

「いいえ。別になんでもないですよ。ハヤテが勝手に動き回らないように見張っているだけですから」

「私も信用ないなー。そんなこと、せえへんて」

「この事に関しては信用がないのですから、諦めてください」

「もう、シュテルは厳しいんやね」

 

 放って置くと、勝手に着替えて家事を始めそうな気がします。

 

「そうや! シュテルも一緒に寝るのはどうやろう?」

 

 一瞬、思考が停止する。なぜ、これまでの会話から一緒に寝るという話になるのかがわかりません。

 

「何故そうなるのですか?」

「ええやん。私も1人で寝るんは暇やし、シュテルも見張るだけなら一緒に寝ても出来るやんか」

 

 どうやら、昨日ずっと寝ていたので、寝ることに飽きてしまったという事のようです。そこでなぜ、私と一緒に寝る事になるのかは、いまだにわかりませんが。

 誰かを自分の境遇に巻き込みたいという事でしょうか? それだとハヤテの性格に反すると思われます。となると、単純に一緒に寝たいだけという事でしょうか。

 

「私は着替えていますから、寝ると服に皺が出来てしまいますので、どうか私のことはお構いなく、お一人で寝てください」

「ええ~。じゃあ、夜は? 夜なら寝間着やから、ええんちゃうかな? ヴィータも一緒に寝るけど、横はもう一つ空いとるよ?」

「それは、もうすでに一緒に寝る意味が無いと思うのですが?」

 

 どうしても一緒に寝たいと、ハヤテが意地になっている気配があります。ヴィータも居ますし、あまり邪魔をしたくはないのですが。

 

「ええやんか。別にちょっと一緒にベッドに入るくらい。シュテルのけちんぼさんめ」

「はぁ……」

 

 珍しく妙に子供っぽい……いえ、よく考えたら子供ですから、これが普通なのかもしれません。ハヤテは年齢の割にはとても大人びています。私や騎士達は年齢は関係ありませんが、そんな私達と対等に会話が出来る時点で、とても9歳児とは言えないのかもしれません。

 

 子供じゃない子供ですか。ナノハやハヤテを見ていると、本当の9歳児がわからなくなりそうです。そんなハヤテが我儘をいうのは、もしかしたら貴重なのかもしれません。やれやれ、仕方ないですね。

 

「まあ、そうですね。一度だけなら」

「え? ええの? 本当に?」

 

 私が了承すると、なぜかハヤテが目を丸くしました。

 

 まあ、別に私に拘る理由があるわけではありませんから、別に構わないです。闇の書の管制融合機が夢に出てくる可能性もありますし。そう考えると、ハヤテの横で寝るのも悪くはありません。

 

「シュテルがデレた。今日は何か起きそうな予感がするで。なにかとてつもないことが、空からブラックタイガーが降ってくるみたいな」

「止めましょうか」

「ちょ、嘘や、嘘やから怒らんといて」

 

 ブラックタイガーが降ってくるなら、全て私が捕まえてエビフライにします。

 

「じゃあ、今日は一緒に寝ような。そうと決まれば、こんな時間から寝てられへん」

「駄目ですよ」

「なんでー。そういう流れやと思ったのに!」

 

 レヴィが言いそうなセリフですね……。

 

「はやてちゃん、石田先生がはやてちゃんにかわってほしいそうです」

「今行くから、ちょう待って貰ってて。シュテル、車椅子取って来て貰ってもええ?」

「わかりました。少々お待ちください」

 

 ハヤテが勝手に車椅子に乗らないように隅に置いていたので、乗るのを手伝って上げましょう。

 

 

 病院への電話の結果、ベッドから出ることについては許可が降りる事に。外出についても様子を見て問題が無さそうならいいという事になり、結局は家の中で私とハヤテとシャマルで家事をする事になってしました。

 

 お昼の時間がすぎると、ハヤテが借りていた本を読み切るまで待ちます。私も特に用事はないため、一緒に図書館に行くために待つことにしました。久しぶりにゆっくりとした時間が過ぎていく。ここ最近、ずっと蒐集ばかりでしたし、管理局の局員との戦闘が続いていました。私も精神が消耗をしていたのかもしれません。特にナノハ達との戦闘は魔力を大きく削がれますから、なるべく避けたいですね。何もせずにぼんやりと庭を眺めながら猫たちの相手をしていると、魔力が充実していく気がします。

 

 夕方になり、ようやくハヤテが読書を終えました。今日は蒐集に出た3人もハヤテの体調を気遣って蒐集を早めに切り上げるとの事ですから、早めに帰宅したいところです。図書館で本を返却した後で合流できるのが一番いい気がしますが。

 

 

「もうすぐクリスマスセールの時期やね」

「へー、そうなんですか?」

 

 図書館へと向かういつもの道中、何時もと変わらない風景の中に赤い色をメインにした色鮮やかなPoPが見て取れました。“クリスマスケーキのご予約受付中”という文字が目に入ってくる。クリスマスについては知識として知っていますが、見るのは初めてです。

 

「そういえば、シグナムが道場の師範代の方に商店街の手伝いを頼まれたそうですよ」

「そうなんや? せやったら、これから忙しくなりそうやね」

 

 たぶんそれは蒐集で不在になる事への言い訳に使うつもりでしょう。私もなにか考えておいた方がよさそうです。神社でクリスマスを祝ってくれないものでしょうか。

 

 

 図書館に着くと、すぐに窓口で本を返却する。その後は、それぞれ目的の本がある場所に向かう為に別れる事に。集合場所は以前からハヤテがいる場所と決めています。

 ハヤテは童話の本を見ているか、小説コーナーか、休憩するための長椅子のある広い場所に居ますから、わかりやすいのです。とりあえず、私は建物に関する本がある場所へ。その後に童話の本を見に行く予定で行動を開始しました。

 

 王やレヴィが戻ったら、とりあえず住む場所を作らないといけません。ブルーシートの屋根でも十分ですが、バラック小屋とかはすぐに作れそうですし、どうでしょう? 時間はかかりますがログハウス風も捨てがたいですね。まあ、ダンボールでも十分ですが。

 ちなみに、橋の下に建てるのは規定事項です。あそこならば食糧問題とも無縁ですから。お金も、例の画像を売りさばけば……騎士達の写真を売ると捕まりそうですね。現地の治安組織にも手配書が回りそうです。

 

 さて、そろそろ童話でも……と、あれは。

 

 童話の本がある本棚の近くにある長椅子が置かれた休憩場所に5人の少女が目に止まりました。白いお揃いの服は、確か学校の制服というものだったはず。その5人の少女から隠れるように本棚の隙間から覗いてみると、そこにはハヤテと……ナノハとフェイト・テスタロッサ? なぜここに?

 

 しかも、妙に仲が良い。笑い声が聞こえてきそうです。図書館では静かにしなければなりません。

 

 そうではなく、これはいったい……。とにかくシャマルに連絡を取らなければ。

 

『シャマル、聞こえますか?』

『うん、どうしたの? シュテルちゃん』

『緊急事態です』

 

 手早く状況を説明します。ナノハとフェイト、それにご友人の二人が居る事を。

 

『ど、どうしよう。テスタロッサちゃんと、なのはちゃんが居るなんて』

『とにかく、二人をハヤテから引き剥がすのが先です。その後、ハヤテを回収して手早く離脱を』

『そ、そうね。でも、どうやって二人を?』

 

 さて、どうやって引き剥がしましょうか……。近くで事件を? いえ、それでは時間がかかりますし、何より現地の治安組織が対応してしまいます。館内放送で呼び出しも、あまり良い手ではないですね。私が呼び出したのが受付の方から伝わってしまいそうです。そもそも、ここは一階ですからすぐそこです。火災報知器も下策です。たぶん5人は固まって避難します。電話番号も知りませんね……。では、やはり念話通信で呼び出すしか無いでしょうが、理由が思い当たりません。

 

「はやてちゃんは、この近くに住んでるの?」

「うーん、まあ歩いてくるには遠いかな」

「そうなんだ? じゃあ、ここまでは誰かと?」

「あ、うん。付き添いというか、3人で来たんよ」

「へーそうなんだ」

 

 もはや一刻の猶予もありません。

 

『聞こえますか?』

 

 思念通話を送ると、ナノハの体がビクリと跳ねる。脅かせてしまって申し訳ありませんが、こちらも切羽詰まっています。

 

『この声……シュテルちゃん?』

『はい。近くであなたを見ています』

 

 本棚の隙間から覗いていると、なのはがキョロキョロして私を見つけようとしているのが見えました。グズグズしていると、私の名を呼びかねない。ここは要件だけ伝えて行動を促すべき。

 

『この図書館を出たところに公園があります。その一番奥にある雑木林まで来てください』

『え? 今すぐに?』

『そちらのフェイト・テスタロッサもご一緒にどうぞ。ちなみに私はすぐに去るつもりですので、来られるのでしたら早めにお願い致します。それと他の管理局の人が来た時は逃げますので、そのつもりで』

『フェイトちゃんも? あの、ちょっと。ちょっと待って!』

『では、これで失礼致します。ああ、そうそう。携帯のメールで呼び出しがかかったようにして抜ければいいと思いますよ』

『え、ちょっと待って、シュテルちゃん!』

 

 さて、これでどうでしょうか? ナノハの性格あらば、間違いなく来るはずです。効果はすぐに表れました。ナノハが挙動不審になってます。そして、急に携帯を取り出したかと思うと、何かしら話してフェイトを連れて図書館の外へと出ていくのが見えました。

 

『シャマル、二人を引き剥がしました。後はお願いします』

『すごーい。さすがシュテルちゃん。じゃあ、はやてちゃんを回収しに行くわね』

 

 はぁ……妙に疲れました。とりあえずこれで、当面の危機は去りました。後はシャマルがハヤテを連れて出ていくだけです。一応、出るまで近くで待機しておきましょう。

 

「それにしても、さっきのなのはちゃんって子、すごく似てたような気がするなぁ」

 

 あ……。

 

「なのはが似てるって、誰かと?」

 

 状況が非常にまずいです。とても、まずい。シャマルは? シャマルはどこで何をしているんですか? 

 

『シャマル、今どこですか? 少々大変なことになっているのですが?』

「あ、うん。髪型は違うし、目つきとか雰囲気とかは似てないんやけどね」

「へーそうなんだ? 同学年くらいの子かな?」

『えっと、料理の本を返していたから、もうそっちに着くわよ』

「まあ、だいたい同い年くらいやと思うよ」

「あの子と似てるなんて、ちょっと興味あるわね。どんな子なの?」

 

 万事休す。シャマル……あなたはいったい今、どのあたりですか。

 

「そうやね……努力家で一見するとクールな感じの子なんやけど、面白いところもあってな。自分よりも人の事を考えて動いてくれて、ずっと何かのためにがんばってる。そういう子やろか?」

「なのはにちょっと似てる感じはする、かな?」

「私の自慢の家族なんよ」

「へーいいな~。私も会ってみたいな」

 

 家族、ですか。なんと言えばいいのでしょう……。

 

 ところで、一見するとクールという事は、よく見るとクールじゃないという事ですか?

 

「あ、はやてちゃん。遅くなりました」

『ごめんなさい。後は任せて。上手くごまかしておくから』

 

 ようやくシャマルが到着したようです。とりあえず、ここは任せてナノハの元に急ぎましょう。

 

「そんなに慌てんでもええのに。ところで、しゅて「あの! はやてちゃん!」

「ちょ、なに? 急に大声あげて、どないした?」

「あの、ええとですね。先に出ているそうなので、そろそろ私達も行きませんか?」

「ん、そうなんか? でも、しゅ「あ! そう言えば、みんな今日は早く帰ってくるようでしたよ」

 

 とても安心できません。

 

「そうかー。じゃあ、今日は早めに帰ろっか。あ! そういえば、しゅて「はやてちゃん! その、そう! そう言えば、こちらの方たちは?」

「え? ああ、そうそう。二人は今日友だちになった、すずかちゃんとアリサちゃんや」

「ええと、こんにちは。月村すずかといいます。はやてちゃんとは童話好きが縁で友だちになりました」

「はじめまして、私はアリサ・バーニングです。私はすずかの友達で、その縁で」

「あーそうなんですね。今後とも、はやてちゃんと仲良くしてあげてくださいね」

「はい! メールのアドレスも交換してもらいました」

「あ、すずか。あんたいつの間に交換なんてしたのよ? 私にも教えなさいよ」

「教えてもらっても全然ええよ。後でアリサちゃんの連絡先をメールででも送ってな」

 

 まだですか、シャマル。

 

「じゃ、じゃあ行きましょうか。待たせるのも悪いですし」

「なんか急やな。じゃあ、すずかちゃんとアリサちゃん。今日はお話してくれておおきに、ありがとうな」

「うん。またね、はやてちゃん」

「じゃあね、はやて。今度はみんなで何かしようね」

「うん。いつでも連絡してな」

 

 ようやく危機が去ったようです。しかし、これからどうなるのやら……。どう考えても、ハヤテとあの4人は友人になってしまうでしょう。そうなると、どう考えても……前途多難です。

 

「でも、シュテル「はやてちゃん! さあ、買い物もありますから急いで行きましょうね」

 

 もう居ないので誤魔化さなくてもいいですよ、シャマル。あと、ごまかせていません。

 



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20話 決意 12月1日

 図書館を出て雑木林を目指します。正直、もう行かなくてもいいかと思いましたが、呼び出しておいて現れないのは不自然に感じられるかもしれません。その時、ハヤテに関連付けられて考えられるのも困ります。もうこれ以上、面倒事は御免です。

 

 雑木林に到着しましたが、見渡してみてもナノハとフェイトの姿が見当たりません。出るのが遅くなってしまいましたから、もしかしたら帰ってしまったかもしれませんね。サーチャーでも飛ばしてみましょうか? 

 

「あ、居た!」

 

 声がして振り向くと、そこには髪に枯れ葉を付けたナノハと、その後ろを付いてきたフェイトの姿を確認しました。

 

「居なかったから雑木林違いかと思って、お隣の雑木林まで探しちゃった」

「申し訳ありません。お呼びだてしたのに、こちらが遅れてしまうとは」

 

 肩や髪に付いた枯れ葉を払いながら苦笑するナノハに、私を警戒したように見るフェイト。対象的な二人ですが、互いに助け合う姿は好ましいものに見えます。

 

「シュテルちゃんって、普段は眼鏡をかけているんだね。凄く似合ってるよ!」

「はい。ありがとうございます」

 

 それは自分も似合うということですよ。

 

 それはさて置き……何を話したものやら。今の段階で私から話すような事はありません。闇の書については管理局も調べているでしょうが、主についても話せませんし、守護騎士についても話せません。

 

 ああ、そういえば。あの二匹の猫がいましたね。騎士達をハヤテの眼の前で闇の書に収集させナノハ達を餌にした。しかし、今は何も言えない。下手なことをして動かれるのも好ましくはないですから。あちらからハヤテの居場所が漏れるのも困ります。

 

 ナノハとは話をしたいとは思っていましたが……しかし、今は敵同士。雑談をするわけにもまいりません。となると話を振られるのを待つほうが得策です。約束もしていますから、その事をいいましょうか。

 

「大丈夫だよ。管理局には何も言ってないから。その、フェイトちゃんは管理局の嘱託魔道士だけど、でも、今は内緒にしてくれるって言ったから、だから大丈夫」

 

 どうやら律儀に約束を守ってくれているようでですね。二人共、実直な性格ですから信用はできます。

 

「とりあえず、お二人が元気そうで何よりでした」

「お久しぶりって言うほどでもないけど、シュテルちゃんも元気でよかった」

「あの、シグナムは、彼女は元気にしていますか?」

 

 フェイトはやはり、シグナムを気にしているようです。先日の戦闘の際もシグナムに向かっていましたし、私となのはのような関係になっているのかもしれません。

 

「ええ、元気にしていますよ。フェイト・テスタロッサ。シグナムは名乗ったようですね」

「知ってるんだね。フェイトでいいよ。シグナムには勝負を預けてもらっているんだ」

「私の事もシュテルでいいですよ。シグナムは騎士ですから預けた勝負を忘れないでしょう」

 

 シグナムは訓練でも本気で戦う人ですからね……。勝負を預けたならば、確実に果たそうとするでしょう。機会があれば、ですが。さて、では約束を果たしましょうか。

 

「以前の約束を果たしに来ました。今の段階で開示できることでしたらお話します。もちろん、来ていただいたのですからフェイトの質問にもお答えしましょう」

「あれって作戦を教えてくれるだけじゃなかったんだ」

「あれは、ただの私の気まぐれですよ」

 

 あれは単純にナノハが見ているだけでは暇かもしれないと思っただけなんですが……。

 

「あの、私から良いかな?」

 

 質問はナノハではなくフェイトから先に来ました。わずかに頷き返して了承します。

 

「あなたは、シュテル達は近くに住んでいるのかな? あっ、正確な場所を聞きたいわけじゃなくて、その……この町に住んでるのかなって。私達もこの町に住んでいるから」

 

 やはり、駐屯地を作ったのですね。しかも、ナノハの家の近くに。

 

「申し訳ありませんが、住んでいる場所については例え不正確でもお答えできません。言える事は一つだけ。もうこの図書館に私は現れないでしょう」

「そう。ごめんね、やっぱり教えてはくれないよね」

「だ、だよね……そっか、もうここには来ないんだ」

 

 ナノハが残念そうな顔をしていますが、それはもう、仕方のないことです。まさか、こっそり連絡を取るわけにも行かないでしょう。ああ、しかし。何かあった時の待ち合わせ場所には使えそうですね。

 

「あの、シュテルちゃん。シュテルちゃんはどうして闇の書の蒐集をしているの?」

「それは私の目的の為です」

「シュテルちゃんの目的って?」

「それは、お答えできません」

「じゃあ、闇の書の主さんは、どんな人なの?」

「それについても、お答えできません」

「じゃ、じゃあ普段はどこによく行くのかな?」

「それも流石に話すことは出来ません」

 

 答えがたい質問が続く。今はまだ、答えるには早すぎます。特にハヤテの事は最後の最後まで、明かすことは出来ない。最後の質問も、居場所が知られてしまう恐れがあります。

 

「シュテルは闇の書がどういうものか知っているのかな? 蒐集をして完成してしまったら、とても大変なことになるんだよ?」

 

 大変な事とは闇の書が完成してしまったら防御プログラムが暴走する話でしょうか? 今まではそうでしたが、今回は違います。最後は防御プログラムを分離して破壊するのですから、そうはなりません。

 

「ええ、知っていますよ」

「知って、いるんだ……」

「じゃ、じゃあ、シュテルちゃんは闇の書が完成してしまったら、すべてを破壊する事を知っているの? 闇の書の主さんの魔力を全部使ってしまったら転生してしまう事も?」

「そちらこそ、よく知っていますね。ええ、知っていますよ」

 

 無難に返事を返しておく。さすがに未来の話をするわけにもまいりません。起きていない出来事を話しても、それは予想でしかないわけですから。

 

「知っていて……知っていて、なぜシグナム達は破滅しか待っていない蒐集をするんだ? その……闇の書の主に命じられたからじゃないのは、アルフが守護獣の男の人から聞いて知ってはいたけど。だけども、それならば、なぜ?」

「その通り、今回の蒐集は闇の書の主は命じていません。騎士達が自発的に蒐集しています。しかし、完成した闇の書が暴走することも、暴走した挙げ句に主も殺すことも、完成後については私以外は誰も知りません。たぶん、闇の書に吸収されると記憶を消されるのか改竄されるのでしょう」

「うそ。そんな事って……」

「そ、そんな……」

 

 目を見開き絶句する二人。果たしてどのことに対して驚いたのでしょうね。どれも二人にとっては初耳だった事でしょう。

 

 先に立ち直ったのはフェイトの方。彼女は表情を改めると、私に疑惑の目を向けました。

 

「シュテルは全て知っていながら、騎士達に何も教えずに蒐集しているというの?」

「全てを知っているわけではありませんが、完成後の事は教えていません。教えたところで信じる可能性は低いでしょうし、他にも理由があっての事です」

 

 フェイトは私の説明に納得がいかない顔をする。私も嘘はついていませんが、誤魔化しているのでバツが悪い。

 

「でも、それでも伝えるべきだと、私は思う。信じてくれないかもしれないから話さないというのは、君の言い訳に聞こえるよ。シュテルはただ、自分の目的のために騎士達を利用したいだけとは言えないの?」

 

 厳しい視線。しかし私は動じない。

 

「そうですね。信じる信じないはただの方便と認めましょう。確かに私は騎士達を利用しています。私の目的のために必要な事ですから」

 

 簡単に私の話を信じるとは思いませんが、何かのきっかけで蒐集をやめてしまうかもしれません。それは絶対に受け入れられない。蒐集は私にとって絶対に必要な行為です。ですので、言えない。

 不要な要素は排除しなければなりません。

 

 それに、たとえ話しても蒐集するという可能性があったとしても、物事を複雑化してはコントロールから外れてしまう可能性があります。事をコントロールするには“蒐集すればハヤテが助かる”と、明確な目標を作り単純化したほうがコントロールがしやすいですから。

 

「もっとも、それは騎士達も同じ事。私達は同じ闇の書から生まれたとはいえ、別々のプログラムですから」

「別のプログラム? じゃあ、やっぱりシュテルちゃんは守護騎士じゃないんだね?」

 

 私の魔法は騎士達とは違いミッドチルダ式です。そのことからも、私と騎士達が違う事ぐらいは想像できるでしょう。

 

 私達は全く異なる存在なのです。私の存在理由は騎士達とは違う。目的もまた騎士達のそれとは異なるのです。

 

「私は闇の書の主を守る守護騎士とは違います。騎士達が主の為であるならば、私は王の為に動きます。ゆえに、私にとって騎士達の目的とは、私の目的を成し遂げる為の過程、もしくは手段に過ぎませんでした。元々、私にとって騎士達とは、目的を異とする部外者だったのです。少なくとも最近までは、そう思っていました」

「思っていた? それは今は違うという意味なのかな?」

 

 私と騎士達の関係は共闘していただけ。共に生活をしていたのは、効率がいいからです。ただ蒐集を早く終わらせ、完成を急ぐだけだったはず。それがいつの間にか、それ以外の事にも頭を悩ますようになってしまった。

 

「そうですね。いつしか、その関係は変わってしまっていました」

 

 しかし、いつからでしょうか? 騎士達の蒐集を見ることが辛く感じるようになったのは。その先に待ち受ける絶望を避けたいと考えるようになったのは。

 

「私はもう、他人事だとは言えなくなりました。だからこそ私は、決して彼女達と彼女を切り捨てたりはしません。約束します。隠していることも、時が来れば必ず全て話します。ですが、それはまだ。今ではないのです」

 

 私は目的を見失ってはいません。ただ、もうそれだけでは満足できなくなったのです。結局は救われるのがわかっていても、涙を流し絶望の声を上げるハヤテを、涙を流し葛藤する騎士達を見たくはない。ただ、それだけなのです。

 

 以前の私ならば気にもしなかったでしょう。結果救われるならば、過程などどうでも良いではないですかと考えていました。ですがハヤテと共に歩んで、騎士達が変わっていくのを見てきましたが、どうも私も変わっていたようです。それは、私にとって決して不快な出来事ではありませんでした。

 

「シュテルの気持ち、すごく伝わってきたよ。なんだかちょっと、ほっとした……けど、それでも話さないのは間違っている、と思う。事情を知らないから、何も知らないから、私には何も言う権利はないのかもしれないけど」

「私はなんだか、ちょっと悲しいなって思ったかも。そんなに想っているのに、どうして話せないのかなって」

「出来ればこの事を騎士達には秘密にしていただきたいものです。もし話すならば、それは私から話をしたいですから」

 

 言いづらそうにするフェイトの顔には戸惑いが見てとれました。一方のナノハからは納得できないという感じを受けます。少し話しすぎましたか。

 二人がどうするのかはわかりませんが、何をしても結局のところ何も変わらない気もします。騎士達が私を信用してくれるように、私もまた信頼しています。これは、私の甘えなのでしょうけど。

 

「シュテルちゃんの目的って教えてもらうわけにはいかないの? 私も手伝いたいなって思って。シュテルちゃんがそんなに強く思う騎士さん達や主さんが悪い人なんて思えない。でも、このままだと……」

 

 正直に言えば手伝ってもらいたい気持ちはあります。その方が楽に進む可能性も捨てきれません。ですが、これ以上、余計は要素は加えたくない。私のコントロールから離れてしまう可能性は避けたいのです。未来を知る優位性を捨てる結果にもなりかねないですから。 

 

「残念ながら今の段階で手伝ってもらうことはありません。しいていえば、闇の書の完成まで放って置いてください」

「で、でも。例えば管理局の技術者さん達に闇の書を調べてもらったら、もしかしたら主さんや騎士さん達が消えなくていい方法があるかもしれないし」

 

 管理局に委ねても、今までの事から考えて解決するとは思えません。ああ、そういえば……二匹の猫について思い出しました。教えることは出来ませんが、牽制くらい入れておきましょうか。

 

「ああ、それは無理です。なぜならば、管理局には主ごと闇の書を永久封印しようとする勢力があるからです」

「永久封印?」

「そんな事、聞いたこと無いよ。クロノだってリンディ提督だってそんな事は言ってなかった」

 

 それはそうでしょう。言ってしまえばその二人に止められるでしょうから。きっとまだ、疑いもかけられていないのでは無いでしょうか? この辺りで少しヒントを出しておけば、執務官の行動を抑えることが出来るかもしれません。

 

「情報の出どころについてはお話できません。とにかく、管理局の手に委ねることは出来ないということはご承知ください」

「でも、でも何か他にも手伝える事があるはずだよ。だって、そんなの、そんなの悲しよ! このままじゃ、闇の書の主さんも、騎士さん達も、シュテルちゃんだって消えてしまうかもしれないのに!」

 

 私も消えるかもしれない。そう訴えるナノハを見ていると、心の隅で炎が灯る感覚を感じました。

 

 私にとってナノハとは超えるべき壁であり、ライバルであり大切な友人です。それは、時代を超えても変わらない関係だと知り得ることが出来た。しかし、今はナノハだけではなくなっていました。シグナムもシャマルもヴィータもザフィーラも、そしてハヤテも。今の私にとっては大切な友人であり、戦友であり、共に生活をする家族みたいなものなのです。

 

「ええ、ですから私は、未来を書き換えようと思っています」

「未来を書き換える?」

 

 もしかしたら私は、ここに決意を表明しに来たのかもしれませんね。

 

「目指す先は一つのみ。ですが、その過程は定まっていません。ならば、私にとって都合がいいように書き換えるだけです」

『シュテルちゃん、そろそろこっちに来れない? ハヤテちゃんがシュテルちゃんを探してて』

 

 どうやら、タイムアップのようです。少々長いをしてしまいました。

 

『わかりました、いつものスーパーで落ち合いましょう』

「それって、どんなの?」

 

 目を瞑り、思い浮かべる。私が望む未来の姿を。

 

「それはまだ詳しくはちょっと。ですが、そうですね……誰も泣くことなく大団円を迎える、そんな感じでしょうか」

 

 理想郷のような世界を望んでいるわけではありません。ただ、騎士達やハヤテが泣くことも絶望もせずに闇の書の防御プログラムを破壊する世界を。そして、ディアーチェとレヴィが出てきた時に、笑って迎えることが出来る世界を、そんな世界を私は見てみたい。

 

「信じて、いいのかな?」

 

 心は決まりました。今の私ならば、この真摯な眼差しを正面から受けることが出来る。

 

「ナノハ」

「ん?」

 

 ふと、思い立ってナノハに左手を伸ばす。

 

「あの、シュテルちゃん?」

 

 戸惑うナノハをよそに、私はナノハの頬に手を添えた。そういえば、触れるのはこれで二度目でしたか。一度目はナノハを撃墜したときでした。あの時は、途中で砲撃を止めてシャマルに蒐集してもらったのでしたか。あれからまだ1月も経っていないというのに、ずいぶん昔の出来事のような気がします。

 

「私はナノハから多くのものを学びました。空戦機動や射撃精度、魔導運用や魔法そのものも」

「そんな事は全然無いよ。だって、私の方が」

「いいえ、ナノハ。強い弱いの問題ではないのです。それはいずれ、ナノハもわかる時が来るでしょう」

 

 ナノハとのこれまでの戦いを、私は全て思い出せます。その全ての戦いでナノハは私に教えてくれたました。

 

「そして私はナノハから心を学びました。決して諦めない強い心を。恐れず前へと踏み出す勇気を」

 

 恐れず前に進み続けるあなたに、私もまた感化されたのです。

 

「今日、あなたに出会えて、本当に良かったです」

「シュテルちゃん、もう行っちゃうの?」

 

 さて、そろそろ行かねばなりません。これ以上ここに留まっていると、自宅にまでお邪魔したくなります。それもまた楽しそうではありますが、全てが終わった時まで取っておきましょう。

 

 ナノハから離れた時、フェイトの顔が見える。そう言えば以前、闇の欠片であった時にとても失礼なことを言った気がします。それは決して正しい評価ではなかったと、今ならばわかります。彼女もまた私のようにナノハに感化された人なのでしょう。

 

「フェイト・テスタロッサ。あなたも、もう悲しみと痛みに震える弱い魂では無いようですね」

「どうして……どうしてそれを?」

 

 驚くフェイトを尻目に、私は早々に立ち去ります。ああ、そうですね、去り際に一言だけ言っておきましょうか。

 

「もし私の道を阻むと言うならば向かってきてください。もし勝つ事が出来れば、その時は改めて全て話しましょう」

 

 今回の話し合いでナノハの心が揺れる事になっても、約束は変わりません。そして、この気持もまた、変わらない。

 

 ただし変わったこともあります。

 

「ですが、何度来ても、勝つのは私です」

 

 対等な戦いを望んでいました。それに勝利することも。そしていま、私はナノハの前を走り続けたいとも思うようになりました。

 

 だからこそ、私は負けない。

 

「それではごきげんよう。ナノハ、フェイト」

 

 スカートの端を摘んで軽く持ち上げて挨拶を終えると、来た道を引き返しました。

 

「私も! 私も次は絶対に負けないよ! だから、今度はちゃんと全部教えてもらうから!」

「私達も負けないよ。今度は勝って、私達の話を聞いてもらう。シグナムにも、そう伝えてください」

 

 ナノハとフェイトの声が後ろから聞こえてくる。追いかけてくる様子はなく、サーチャーを飛ばす気配もない。どうやら、このまま行かせてくれるようです。遅くなってしまいましたから、急がなければ。ハヤテが心配しているかもしれません。どこに行っていたのか問い詰められそうです。

 

 

 

 夜になり、約束通りハヤテと共に寝ることとなりました。他人が寝ているベッドに入るのは少々気が引けますが、約束してしまったので仕方ありません。一緒にベッドに入ったヴィータは深夜に蒐集に出かけるため早々に眠ってしまい、今はハヤテの会話の相手をするのは私だけです。

 

 童話の話や新しく出来た友人たちの話を楽しそうにします。特に私に似たナノハの話をするハヤテは少々興奮気味で、私の写真を送りたいと言い出した時は困りました。正直、私の写真を送られるとたいへんまずいので、次に会う時に驚かせてはどうかと説得するのですが、本人は早く教えたがっていた為に困難を極めました。

 今はこれで問題を先送りにしますが、きっとそのうち遊びに来るのでしょうね……戦闘以上に厄介なことです。

 

 騎士達とこの件で話し合いましたが、有効な対策は出ません。ナノハとフェイトを排除したいが、しかし主に出来た初めての友達ということで無碍には出来ない。かといってそのままだといずれ知られてしまう。だからといって遠ざけるのは難しい。

 

 結局、早く蒐集を終わらすしか無いという、現状維持な結論で話し合いは終わりましたが、いざという時はハヤテをどこかに隠すことも検討に入れなければならないでしょう。しかしきっと、その時になると躊躇してしまいそうですね。ハヤテの意思をなるべくは尊重したいものです。

 

 最後の時を迎えた時、ハヤテはどうするでしょうか? 私の言葉を聞いてくれるでしょうか?

 

「ハヤテ」

「ん? 真面目な顔して、どうしたん?」

「ハヤテは私を信用していますか?」

 

 私が聞くと首をかしげる仕草をしたハヤテは、今度は苦笑する。

 

「そんなん家族を信用するんは当たり前やん。シュテルは違うん?」

 

 その言葉に、嘘も偽りも感じられません。どうも、本当に信じていただいているようでした。

 

「そうですか。それは光栄です」

「なんかおかしいで、シュテル。変な物でも拾って食べたんやないやろうね?」

「それはヴィータかザフィーラの役目です。私の役ではないですよ」

「それはどうやろ……いや、ちゃうな。シュテルやったら、拾った後に洗って味付けして綺麗にお皿に盛り付けてからヴィータかザフィーラに出しそうやな……」

 

 実はあまり信用されてないのでは? 本当に信用していますか、ハヤテ?

 

 

 不安に打ち震えながら眠りにつき、起きると何事もない朝を向かえました。あの闇の書の管制融合機は必要な時に出てこないとは、本当に役立たずですね。



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21話 嵐を呼ぶ 12月8日

書き溜めて忘れていたのを放出


 月村すずかは恐ろしい。まさかあれから3度も自宅訪問に来るとは。

 

 一度目はハヤテと出会った3日後。突然ハヤテの携帯が鳴り、今から訪問をしたいと連絡をしてきたのです。もちろんハヤテは笑顔で了承しましたが、慌てたのは私でした。このままでは私を見られてしまう。しかも名前も名乗る羽目になってしまうでしょう。なんとか誤魔化して私は出かける用事を思い出し、シャマルとザフィーラに後を託して外に逃げ出しました。

 

 しかし危機は去りません。二度目で更に追い込んでくるとは。

 二度目は更に2日後。平日にもかかわらず、なんと夕方に車でやってきたのです。しかも、事前のアポはありません。そして何の因果か私はまたもや自宅に滞在していました。蒐集も終わり、ヴィータよりも先に帰っていたのです。相手は玄関まで来ており、迷う時間もありません。私は取るものも取りあえず裏口へと走り、そのまま外へと逃げ出しました。シャマルにまた後の事を託して。

 

 二度ともシャマルがしっかりと誤魔化してくれたとのことでしたが、不安で仕方がないです。私の名前が知られれば、ナノハやフェイトにも必ず伝わってしまうのですから。

 

 そして今日、また来るそうです。空を飛ぶ小さな魔獣達を魔力弾の誘導訓練がてら落としていると、シャマルから連絡が入りました。しかも、今度はお友達も連れて夜に鍋を囲いに。つまり、アリサ・バニングスだけではなく、ナノハやフェイトも来てしまう。

 月村すずか……なんと恐ろしい人物なのでしょうか。行動力がありすぎます。私達を破滅に導こうとしているのではないかと、むしろ私を狙い撃ちしていませんかと疑いたくなります。

 

 実は魔法少女だったりしませんか? 本当に普通の人ですか? とても怪しい気がしてきましたね。

 

 そんなはずはないのですが。

 

『今度ばかりは絶体絶命かも。すずかちゃんやアリサちゃんならまだ良いけども、あの二人に来られたら……絶対にばれちゃう』

『落ち着け、シャマル。まだそうと決まったわけじゃないだろう。もしかしたら二人は来ない可能性もある』

『はやてちゃんが今日は食べる人が4人に増えるって言ってたの。今日の買い出しは海鮮鍋でエビが1人1匹づつなのに10匹なのよ? 絶対にくると思うわよ。ああ、椅子も足りないし。どこで食べればいいの? もうどうしよう? どうしよう?』

『だから落ち着け。まだ考える時間はある。とにかく今は主はやてに気づかれるわけにはいかん。なんとかエビを8匹以下で済ます方法を考える必要があるだろうが、椅子は我々がソファーで食べれば問題ない』

 

 いや、エビは別に10匹でいいのでは? 椅子はどうでもよいかと。どうも、シグナムも気が動転しているような気がします。

 

『なあ、もうあの2人を一ヶ月くらい病院送りにしたほうが早いんじゃねぇの? シュテルは最後には手を抜くし、シグナムだってとことん痛めつけたりしないしさ。しかも傷の手当までしてやってるんだから、2人はいつもピンピンして懲りてないだろうし』

『それは今は関係ないだろう。今はどうやって我々の存在を知られないようにするかの話だ』

 

 今すぐ対応可能なのはシャマルだけ。今はシャマルのクラールヴィントの能力を借りて次元間通信をしています。私とシグナム、ヴィータとザフィーラに別れて蒐集の最中であり、帰還するには時間を要します。

 

『話はそこまでだ、ヴィータ。敵がまた来たようだ』

『あ、クソッ。またかよ!』

 

 ザフィーラの警告にヴィータが悪態をつく。どうやら今日はヴィータの方に管理局が集まりそうですね。

 

『悪いけど、あたし達は協力できそうにねえ』

『わかった。後はこちらで対応しておく。あまり無茶はするなよ?』

『わかってるって。あいつら蒐集済みだし、戦いはなるべく避けて別世界に行く。んじゃまた後でな』

『後は頼んだぞ、シグナム』

『ああ。ヴィータを頼む』

『任せろ』

 

 ヴィータは最近無茶をしていると感じます。ギリギリまで蒐集をしようとして管理局に補足されることが多いのです。蒐集が上手く行かない現状にたいして焦っているのでしょう。安全に蒐集できる世界は無く、私達は管理局がやってくるまでの短い時間しか蒐集できないのですから。

 

 どこかで無理をする必要が出てくるかもしれません。状況改善は急務です。

 

『大変! はやてちゃんがアルバムをみんなに見せるって言ってるわ。まさかアルバムを消滅させるわけにも行かないし』

『それは……なんとか中止にする事は出来ないか?』

『そんなの今からじゃ無理よ。それこそはやてちゃんに用事でも出来ない限り、私には止められないわ』

 

 しかし、今はそれどころではありません。写真1枚見られただけで計画はすべて崩壊してしまう。いえ、名前を言うだけで今の生活が終わってしまうでしょう。

 

『アルバムを見せないようには出来ないか? それと我らの名前をださないように主はやてにお願いを』

『アルバムは隠せばなんとかなるかもしれないけど、名前は……だって自宅にお友達を呼ぶのよ? 眼の前に私達が居るのに私達の名前を出さないなんておかしすぎるわよ。シュテルちゃんの事も、なのはちゃんに会わせるのを楽しみにしてて……会わせるまでの秘密にしてくれているから、まだ知られてはいないけど……今日は引き合わせるつもりみたで。もうこっちではどうしようも無くて……ねえ、どうしたらいい?』

 

 それはもう、絶体絶命というより絶命してしまっているのでは? 

 

『ああ、そうだな……シュテルには何かいい案は無いか?』

『難しい事案です。今すぐにはちょっと』

 

 はぁ……どうすればいいのか、私が聞きたいくらいです。

 

 まさか戦闘の結果ではなく、このような些細な事で追い詰められるとは思いもよらなかったです。私の決意は何だったのでしょうか? あれ程の大言壮語を言った後にハヤテの自宅でばったり遭遇するなんてことは、恥ずかしいので本当に勘弁して欲しいですね。

 

 こうなれば、手っ取り早い方法は一つのみ。ハヤテを拉致してしまいましょうか。涙を流し、やめてと懇願するハヤテを力尽くで狭い部屋に拉致監禁。想像するだけで胸が痛みます。流石にそれはなるべくは避けたいですが、かと言って事情を話してなんとか来るのを止めるのも、蒐集を隠れてやっているのですから難しい。今すぐ蒐集を止めてと言われるのも困ります。

 

『なにか来れない理由とか出来ないかしら? というのは、無理よね……』

『我々がスケジュールを管理しているわけではないからな』

 

 来れない理由……。

 

『そうですね。一つ方法があります』

『あるの!? シュテルちゃんって、本当によく思いつくわね』

 

 最近は策を考えてばかりな気がします。

 

 

 

 夕方になり、私とシグナムは海鳴市から離れた場所にある山中に到着しました。ここまでは、早めに蒐集を切り上げて戻ってきた後にすぐ駅に向かって電車に乗って来ました。飛んでくれば文字通りひとっ飛びですが、公共交通機関を使うとずいぶん遠い場所に思えます。それでも、ここまで駆けつけるのには多少は時間がかかる距離でしょう。

 

「約束の時間は18時でしたか?」

「後30分と言ったところか」

 

 では、そろそろ時間です。

 

「時間ですシグナム。そろそろやりましょうか」

「わかった。先に上がる」

 

 私は殲滅服を、シグナムは騎士甲冑をまとう。そして互いに武器を手に空へと舞い上がる。武器を持ったからと言って、魔力を持った生物が居ないこの場所で戦う相手はいません。戦う相手は今から来てもらいます。

 

 ある程度の高度まで上昇したら停止します。そして、私はすでに太陽が落ちて暗くなった空に向けルシフェリオンを向ける。

 

「ブラストファイアー」

 

 ルシフェリオンが赤く燃える翼を広げ、4つの環状魔法陣を順次展開していく。しかし、やる気はないので今回はすべて適当に済ましましょう。私の気のせいかもしれませんが、何時もは赤く燃えたぎる炎の翼が萎れている気がしますね。

 

「撃ちます」

「やってくれ」

 

 とりあえず、天空に向けて撃てばいいでしょう。適当に照準を空に向けて魔力を開放する。

 

 暗く日の落ちた世界が赤く輝くしかし、それは数秒の出来事。すぐに砲撃を終了させ、ルシフェリオンの先端を下げました。

 

 周囲は山に囲まれていますが結界も張っていませんから、遠くから見た人がいるかも知れません。そして、当然ながら魔力は周辺に派手に拡散しました。これで探知できるはずです。後は、待つだけ。私達は山間を軽く飛びながら、時には合流してみたりと何か探している風を装います。

 

 さて……来るでしょうか? いいえ、必ず来るはずです。あの2人が私達に気がついて来ないはずがありません。しかも、すぐそこなのですから。

 

 

「来ないな」

「そうですね。来ないですね」

 

 数回目の合流時に飛行を停止状態にして周囲を観察しますが、やってくる気配がありません。もう20分程度は経過したというのに。一体、管理局は何をしているのでしょうか? 何時もは呼んでいないのにすぐに現れる武装局員の方たちも来ません。おかしいですね……あからさますぎましたか?

 

「もう一回、砲撃してみますか?」

「あまり人目に晒すのもよくないだろう? もうしばらく様子を見てみよう。それでも来ないようなら、今度は私も何かしてみるか」

 

 しばしじっと待ってみる。しかし、待てど暮らせど来る気配がない。まさか、気づいてないというのでしょうか? これほどわかりやすく魔力を振りまいているというのに。管理局の監視システムに疑問が湧いてきます。

 

 もう、これ以上は待てませんね。すでに約束の刻限となっています。いっそナノハの自宅がありそうな場所に襲撃でもしましょうか? フェイトの自宅も近くにあるはずですから。

 

「やはり来ない……あ、来ましたね」

「やれやれ。このまま来なければ町まで行こうかとも思ったが、やらなくて済みそうだ」

 

 痺れが切れる寸前に遠方に魔力を感じました。来てよかったですね。危うくシグナムが町を大怪獣の襲撃ごとく暴れるところでしたよ。

 

 サーチャーを四方八方向に飛ばす。赤い光が尾を引いて、薄暗い山間では思った以上に目立ちますが、これは監視と布石が目的。さて、この魔力はナノハとフェイト……更に後方から来るのはアルフですね。今の所、2人と1匹以外に魔力は感じない。

 

 サーチャーでしっかりと映像も見ることが出来る。誘導するように一つを飛んでくるナノハの前に飛ばすと、ナノハが微笑するのが見えました。まあ、ちょっとした悪戯心です。

 

 

 

「こんばんは、ナノハ。今日は月が無くて残念ですね」

「うん、こんばんは。今日は真っ暗だけど、シュテルちゃんの飛ばすサーチャーはよく見えたよ」

 

 日はすっかりと落ち、街の光もない山の木々にポツリポツリと私の飛ばすサーチャーが陣取っている。動かすと魔力の残滓を後ろに散らしながら飛ぶので、線香花火のように見えなくもないかもしれませんね。

 

「お久しぶりです、シュテル。シグナムも」

「ああ、久しぶりだな。テスタロッサ」

 

 フェイトもやってきて役者は揃いました。アルフの到着は少々時間がかかるでしょう。それまでには終わらせたいところです。さて、まずは探りを入れるところから。その答えによっては、しばらく付き合って頂く必要ができます。

 

「こんな時間まで管理局のお仕事ですか? 日々の業務お疲れ様です」

「ううん。私もフェイトちゃんも何時もは待機してるだけだから」

「普段は普通の暮らしをしているよ。学校に行ったりとか」

 

 私は局員じゃないとアピールするナノハと、なぜか申し訳なさそうにするフェイト。二人の私生活は、ずいぶんと呑気なものだと思ってしまう。私達は最近、苦労しているというのに。

 まあ、こんな事をしていて、人の事は言えませんか。

 

「では、この後は自宅に戻るのですか?」

「え、えと……そうなるのかな? 報告とかはしなきゃいけないけど」

 

 ふむ。なるほど。つまり、もう来ないということですね。では、これ以上ここにとどまる必要はなくなりました。

 

『シャマル、そろそろ準備をお願いします』

「でも、その前にあなた達に聞くことがある」

『ちょっとだけ待ってて。今、二階に上がるから』

 

 準備が終わるまで、なんとか会話を引き延ばしておきたい。しかし、余計なことも話してほしくないですが。ついでに仕込みもしておきます。

 

「ここで何を? 何か探しているようだけど」

「ええ。ですが、何もないようですから私達は帰ります」

 

 帰ると言いつつサーチャーだけは忙しく動かす。

 

「でも、まだ探しているみたいなのだけど?」

「いいえ。特に意味はありませんよ」

「もし困ってるのなら私も見つけるの手伝うよ?」

「いえ、それはちょっと。敵同士ですし、本当に何も無いのですから」

 

 二人の顔に困惑の表情が広がる。まあ、それはそうでしょう。実際なにも無いのですが、訳ありのようにされれば気にもなります。この事は管理局にも報告されるでしょう。

 

 しばし沈黙が降りる。ナノハとフェイトの後方に、追いついたアルフが見えました。

 

「どうしたんだい? 4人して神妙な顔で会話してさ。それに、この大仰な数のサーチャーは何事だい? 一体何を探してるのって言うのさ?」

 

 フェイトの横まで飛んできたアルフは開口一番呆れたようにいう。まあ、確かに4人で黙って見つめ合っていれば、そうなるでしょう。しかも、サーチャーがそこらじゅうを駆け巡っていれば不審にも思います。

 

「いえ、なんでもないですよ」

『シュテルちゃん? 結界も張り終えて準備出来たわよ』

『了解しました。シグナム、そろそろ行きますよ』

『わかった。合図を頼む』

 

 さて、ではこれで御暇しましょう。

 

「では、これにて失礼致します」

「は? あんた、私達が黙って行かせると思ってるのかい!」

「テスタロッサ。勝負は次の機会にしよう」

「え? シグナム! まだ話が。待って!」

「すまないが今は聞く気はない。シュテル」

「ええ? えええええ!! また行っちゃうの!?」

「今日はここでお開きです」

『始めてください』

 

 シグナムと私をシールドを張り、ナノハ達から距離を取る。その開いた空間に私達のではない魔力光が光る。ナノハの驚きの顔に、私は心の中で謝罪の言葉をそっと言っておきます。

 

 ご友人との楽しい食事会を邪魔してしまい、本当に申し訳ありません。ですが、私達込みは少し先の未来でお願いします。

 

「これって、またあの人の!」

 

 最後に聞こえたのはナノハの叫び声。膨らんだ魔力が爆発するように広がった。防御膜の外では目を見開いてはいられないほどの光が襲っているでしょう。少々優しめですが。

 

 今のうちに私達は距離を取るべく身を翻し、後方へと全力で飛ぶ。そして距離が離れたところでシールドを解除。そのままシャマルの補助を受けてすぐに転移です。怖いのはナノハが砲撃してくることですが、サーチャーを周囲で無軌道に飛ばして魔力を拡散し、居場所をごまかしてはおきました。

 

 結局、砲撃は来ませんでした。

 

 

 

 受け取った白い画用紙にお借りしたサインペンを使ってカラフルに文字を書いていく。お店の奥ではシグナムが筋力を生かして陳列棚を動かしています。

 

 とりあえず、よく目にした“クリスマス予約受付中”と書いて、周りを赤く塗りつぶす。端っこの空いたスペースにはサンタクロースという太ったお爺さんのシールや赤い鼻という花粉症らしい鹿のシールを貼ってみたりしました。商品POP作りが終わったら、今度は全関節可動式サンタを作ってみましょう。

 

 しかし、本当にシグナムが商店街の手伝いを頼まれていたとは思っても見ませんでした。たまに道場には顔を出していたのですね。おかげで、こうしてアリバイ作り利用することが出来ました。

 

『でさ、シグナムとシュテルが急に商店街の手伝いに行って参加できないのを聞いて、はやては残念がってたぞ。まあ、見つかる訳にはいかないのはわかってるから仕方ないんだけど』

『そうなの。アリサちゃんとすずかちゃんに2人の名前を言おうとするから、ごまかすのに苦労したんだから』

『何かを受信する変人にしか見えなかったんだけど』

『ちょ、ちょっとヴィータちゃん!』

 

 なんとなく、想像ができます。シュとかシュテとか言う度にシャマルが大声を上げる様が。二人にどう思われたことやら……きっと怪しまれているに違いありません。変なお姉さんだな位には。

 

 本当に大丈夫でしょうか? シャマルの事は信用していますが、うっかり屋ですからね……。

 

『まあ、2人に私達2人の名前を知られるのは不都合がありますから』

『かっこつけて名前なんか敵を名乗るからそうなるんだよ』

 

 まあ、それはそうですが、やはりナノハを前にして名を名乗らないという選択肢は、私にはありません。

 

『お前も何時かわかるようになる。本当に勝負をつけたい相手ができたときにな』

『はいはい。あたしには一生そんなのできないよ。ほんとお前らバトルマニアコンビだよ』

 

 シグナムはともかく、私がバトルマニアと言われるのは心外です。

 

『それで、食事会はつつがなく終わることが出来たか?』

『ええ、それはなんとか。そうそう、ヴィータちゃんがゲーム大会を開いてくれたおかげで、アルバムは今度見せるって事になったわよ。』

『お前ら、ほんと私に感謝しろよな?』

『わかったわかった』

 

 まあ、とりあえず目的は達したようですね。

 

『2人共、楽しんでくれてたと思うわ。はやてちゃんも楽しそうだったし、2人にお土産も渡したわよ』

『そうか。問題がないならば、それでいい』

 

 ともかく、今回は乗り切れて良かったです。こんな形で計画が終わってしまったら目も当てられません。こんな事はなるべく避けたいので、当分の間は自宅での食事会は無いと信じたいですが。

 

「ところでシュテル。それは何をしているんだ?」

 

 シグナムがいつの間にか背後に回っていました。さすが気配を殺すのが上手いですね。私も見習いたいところです。

 

「これですか? これは全関節可動式サンタを作るため、マネキン人形の首を切断しようとしているところですよ」

「そうか……まあ、お前が作るのだから間違いはないのだろうが、お店の店主が怒らない程度にしてくれ」

「お任せください」

 

 しかしこのマネキン人形は何故同じポーズで固めているのでしょうか?



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22話 雷桜 12月11日

 柔らかく風が吹き、涼しげに草が揺れる。所々に生える木は、適度な影を提供しています。できれば、そこで読書をしてみたいものですが、残念ながら私達にそんな暇も余裕もありません。

 

Sammlung(ザムルング)

 

 牧歌的な景色に似合わぬゴツゴツとしたトゲのある外骨格を持つ魔獣から、シグナムが取り出した闇の書が蒐集を開始する。その魔力は巨大な体格とは反比例して少ない。まあ、魔力の量と体格は無関係ですが、すぐに蒐集は終わってしまう。

 

「1ページも行かなかったか」

「保有魔力量は小さかったですから、仕方ないでしょう」

「そういうな。今は1ページでも多く稼ぎたいからな」

 

 魔力が少ないのに非常に固く、シグナムの剣を弾くほどでした。こういう手合は魔力の無駄ですから放置したかったのですが。

 

「それで、どっちに行けば効率が良さそうだ?」

「この辺りは今のタイプか、より魔力の少ないのしか居ないようです。少々遠いですが、ここから東に行けば数は少ないですが大きな魔力を保持する獣が居ます」

 

 事前に調べておいた情報を話します。

 前回のナノハ達との戦闘以降は管理局の追跡は厳しくなったため、こうして先に調べるようになっています。また、2人の内の片方が周囲を警戒する役をするように役割分担をしました。大きな星ならば全員で周ることもありますが、以前のように全員が結界内部に捕まる危険もあります。ですので、今回はヴィータとザフィーラは違う世界に向かって貰いました。

 

「では行こう。邪魔が入る前に出来るだけ多く蒐集したいが」

「そうですね。わかりました、参りましょう」

 

 靴から真紅の翼を伸ばし、シグナムより先に空へと飛ぶ。飛んでいる間も警戒は怠れない。何時どこで管理局の襲撃を受けるかわからないのですから。

 

 

 管理局の締め付けは時間が経つにつれて、さらに予想以上の厳しさになっています。もう完全に私達の住む世界を中心に網を張られており、近郊の世界は全て警戒されていると考えていいでしょう。

 遠くであろうとも、個人で行くことの出来る範囲にある世界には監視の目があります。それに引っかかると、彼らはすぐにやってくる。何度か撃退してはいるものの止めを刺すわけにも行かず、イタチごっこの様相を呈しています。

 

 数も減るどころか増員をされているようで、知らない武装局員の方も確認しました。今後も更に増員されるかもしれません。私達はまるで真綿で首を締められるように、追い詰められているのを感じます。

 それでも、蒐集を止まるわけにはまいりません。

 

 蒐集以外に、私には選択肢は無いのですから。

 

 

 目的の場所は砂漠の為、空気は熱く乾燥し、周囲には砂しか見えない。しかし、その下には隠れるように無数の魔力を感じることが出来ます。この時間帯は砂の下に潜って暑さを凌いでいるのでしょう。その砂の下に隠れている魔力の中に、突出して大きな魔力を確認しています。

 

「奴らが来る前に手早く済ませよう。シュテル、おびき出せるか?」

「ええ、出来ますよ」

 

 しかし、どうも妙な感じがします。これほどの獲物が管理局に押さえられていないのが。周囲には特におかしなとこはありませんが……。本当に安全なのか、それとも罠なのか。

 

「ん? どうしたシュテル?」

「……いえ、なんでもないです」

 

 どちらにしても管理局の襲撃はあるものとして動いているのですから、警戒を解くような真似はしません。例えナノハとフェイトが来たとしても対応できるはずです。再び結界を張られた時だけは厄介ですが、そうでなければなんとでも。しかし、それは絶対に大丈夫という意味ではありません。

 

 少々手荒になりますが、ここは手早く仕留めましょう。管理局がやってくる前に。

 

 

~~~~~~~

 

 

 「緊急事態だよ! どうしてこんな時!」

 

 画面にはシグナムさんが写っている。それと……シュテルちゃん。

 慌てるエイミィさんの声が響く。すごい勢いでコンソールを打ち込んでるけど、何をしてるのかは私にはわからない。だって凄い早いんだもん。

 でも、慌てている理由だけは私にもわかった。今日はクロノくんもリンディ提督も居なくて指揮官代理をしているから。

 リンディ提督はアースラの試験航行に。クロノくんも無限図書館にユーノくんを訪ねに本局に行って帰ってきてないから。

 ユーノくんはここしばらく無限図書館に闇の書さんを調べるために籠もってる。クロノくんの師匠のリーゼアリアさんとリーゼロッテさんが協力してくれているって聞いたけど、未だに解明までは至ってないみたい。

 

 だから、今ここには、私とフェイトちゃんとアルフさんしかいない。

 

「結界を張れる局員を集合して、最速で45分。ううん。まずいなぁ」

 

 頭を抱えているエイミィさんを見て、フェイトちゃんが(うなず)いたのが見えた。

 やっぱりフェイトちゃんは行くつもりだよね。だってシグナムさんが居るから。

 だったら。

 

「エイミィ、私が行く」

「あ、あの! 私も行きます!」

 

 とっさに言葉が出ちゃった。

 

「待って。なのはちゃんはバックスで残って欲しいのだよ」

「ナノハが行くのかい? 足止めでいいなら私が行ってもいいんだけど」

 

 新手のことも考えたら残った方がいいのかもしれないけど。だけど。

 

「ううん。行きたいの。私も」

 

 シュテルちゃんが居るなら私も行きたい。

 

 騎士達やシュテルちゃんの想いはわかっているなんて言ったら、きっと傲慢なのかもしれないけど。

 だけど、騎士さん達は主さんを助けたい一心で動いてることを。ただそれだけなんだって。シュテルちゃんは騎士達も闇の書の主さんも助けようとしてるって。

 シュテルちゃんと話してわかった。

 

 本当に蒐集するしか方法は無かったのかな? と、そう考えると、他にも方法はあるかもしれないって思う。あの後、フェイトちゃんと話をして思ったのは、選択肢を蒐集のみに限定しすぎているんじゃないかって事。

 

 なんだか蒐集以外に主さんを救う方法は無いって、最初から他の方法を除外して考えている気がしたから。たとえ時空管理局の中で封印する計画があったとしても、他の方法を考えないのはシュテルちゃんらしくないんじゃないかって。

 

 でも、私にはどうすればいいのかなんてわからない。だけど、沢山の人を襲うのは間違っているって。駄目なんだって、そう思うから。

 私にはわからなくても、リンディさんやクロノくんやアースラに居るみんなで考えれば、きっと他の方法は見つかると信じているから。。

 私はフェイトちゃんやアルフさんを。リンディさんやクロノくんを。エイミィさんやアースラのみんなを。無限図書館で頑張っているユーノくんを。私はみんなを信じているから。

 

 だから、やっぱり止めたい。シュテルちゃんともう一度、話し合うために。

 

「なのは……うん。そうだね。シュテルは長距離戦が得意だから、なのはの支援があると助かるかも」

「えええ!? フェイトちゃんまで賛成するの? う~ん」

 

 困った顔をするエイミィさんには申し訳ないけれど。

 

「お願いします。行かせてください」

 

 やっぱり引けないから。

 

「もーう! わかったよ! でもそのかわり、二人とも危なくなったら引く事。その時は敵を倒す事にはこだわらないで局員の到着を待つように。いい? わかった?」

「うん。ありがとう、エイミィ」

「ありがとうございます、エイミィさん」

「まったく、こうなったら二人はテコでも引かないね。いいかい? 危険になったら逃げるんだよ。私もすぐに駆けつけるからさ」

「うん」

 

 私はシュテルちゃん達を止めようって決めたから。

 

「行こう、なのは。今度こそシグナム達を止めよう」

 

 負けられない。これ以上、シュテルちゃん達に罪を重ねさせるわけにはいかないから。悪い人じゃないってわかったから。

 

「そうだね。今度こそシュテルちゃんを止めてみせるよ」

 

 だから、負けられないよ。本当に手遅れになる前に。

 絶対に勝って、そして止めてみせる!

 

 

 バリアジャケットを展開してから転送してもらう。

 

 場所はシュテルちゃん達が魔獣を狩っている上空。距離は離れているけれど、レイジングハートのおかげで拡大して二人が見える。

 丁度、魔獣を倒したとこみたい。ムカデみたいな魔獣が倒れてるのが見えた。これから蒐集するんだよね。じゃあ、終わる前に行かなきゃ。

 

「フェイトちゃん!」

「ちょっと待って、なのは」

 

 フェイトちゃんはすでに状況を察したみたい。

 

『エイミィ。すでに魔獣は倒されたみたい。突撃して足止めをする』

『うん、わかったよ。そっちはフェイトちゃんに任せる。こっちは集合まで40分以上はかかるから、それまでお願い』

「急ごう、なのは」

「うん!」

 

 一気に速度を上げて降下を開始。空気の抵抗が上がって、風を切る音が凄くなる。バリアジャケットのおかげで体はなんともないけど、なければ大変なことになりそう。

 

 あ、でも、フェイトちゃんは奇襲するのかな? ううん。しないよね。じゃあ、このまま降りてどうしよう? 先に砲撃して蒐集を止めたほうがいいかな?

 

「やっぱり蒐集を止めるのが先だよね」

 

 先に降下するフェイトちゃんには聞こえてなさそう。慌てて念話に切り替える。

 

『フェイトちゃん。先に私が砲撃で先制して蒐集を止めるから。その間に距離を詰めて!』

『了解、なのは。じゃあ、先行するね』

『うん。じゃあ』「いくよ、レイジングハート!」

 

 制動をかけて、空中で停止。これ以上近づくとシュテルちゃんに気づかれてしまう。フェイトちゃんは高度を下げる。低空飛行で近づくつもりみたい。

 

 私の役目は長距離砲撃でムカデみたいな魔獣さんに一撃を入れて、それで魔力を全部ふっ飛ばす。私の攻撃は非殺傷モードだから、それで蒐集は止められる、はず。

 

Buster mode. Drive ignition(マスターモード ドライブイグニッション).』

 

 先端が音叉状に変わる。

 グリップを握って安定させる。

 目標を視認。

 レイジングハートが照準を手伝ってくれている。

 

 いつもありがとうね。レイジングハート。

 

「いくよ! 久しぶりの超長距離砲!」

Load cartridge(ロードカートリッジ)

 

 魔力を込めた弾丸を送り込む擦過音が二度響き、魔力が増幅していくのを感じる。

 体に負荷がかかるけど、大丈夫。

 

Divine Buster Extension(ディバインバスター エクステンション)

「ディバイーン!」

 

 円環が浮かび上がり、回り始める。

 レイジングハートが拡大してくれた照準の中でシュテルちゃんがこちらを見た。

 気づかれた? けど、もう遅いよ、シュテルちゃん!

 

「バスターーー!!」

 

 撃つ一瞬にシュテルちゃんがシグナムさんの前に出てシールドを展開するのが見える。

 ここから攻撃が届くってわかってる? けど、狙いはシュテルちゃんじゃない!

 

 桜色の魔力の本流が一直線に伸びる。そのままムカデみたいな魔獣に突き刺さった。

 

It's a direct hit(直撃ですね).』

 

 着弾確認! さすがレイジングハートだね。

 

 空薬莢を排出する音がする。フェイトちゃんは……見つけた。低空飛行で一直線に突っ込んでる。シグナムさんが気づいた? 厳しい表情をしてフェイトちゃんに体を向けたのが見えた。迎撃するつもり? 

 こっちも近づいてフェイトちゃんを支援しなきゃ!

 

Caution. I confirmed the magic response(警告。魔法らしき反応を確認しました).』

「え?」

 

 とっさにシュテルちゃんを見る。ミッドチルダ式の魔法陣が展開されてた。円環が浮き上がり、中心には魔力が集まってきてる? 私を狙ってる?

 まさか。そこから? 私の長距離砲と同じく届くの!?

 

It comes(来ます).』

 

 放たれた魔法はまるで炎の槍。赤い炎が迫ってくるみたい。

 ぼーとなんか、してられない!

 

「レイジングハート、お願い!」

Round shield(ラウンドシールド)

 

 とっさに手を前に突き出す。シールドを全面に展開。

 展開した瞬間に炎の槍の先端がぶつかった。

 

「くっ……うううううう!!」

 

 シールドに当たって散っていく炎の魔法。まるで火花のように周囲に飛び散っていく。

 

 強い。そんなの、わかってる。

 

 これが、シュテルちゃんの長距離砲撃。紅の炎が私を飲み込もうとシールドの魔力とせめぎ合う。

 紅の濁流は思ったよりも短く、唐突に終わった。

 右手がビリビリする。でも防ぎきった。

 

 先手を打たなきゃ!

 

「カートリッジロード!」

Load cartridge(ロードカートリッジ)

 

 弾丸をを再装填。魔力を再び充填するけど、その間にもシュテルちゃんの方向から魔力がほとばしる。

 シュテルちゃんの方がわずかに早い。でも、ここからなら。

 

 再びシュテルちゃんが砲撃をしたのが見えた。すぐに砲撃が迫ってくる。

 位置を移動させながら砲撃準備。

 今度は避けてカウンター!

 

「ディバイーン!」

 

 射撃管制はレイジングハートが補助してくれるお陰で砲撃可能。照準補正OK。照準固定OK。

 真横をシュテルちゃんの紅蓮の炎が突き抜ける。

 いくよ!

 

「バスター!」

 

 再砲撃! 今度こそ当てる!

 シュテルちゃんがいる砲撃点に向けて魔力を放出。シュテルちゃんがこっちを見ているように見えた。

 到達する瞬間、シュテルちゃんがわずかにブレる。

 避けられた? まるで私に意趣返しをするように。意外と負けず嫌いだよね、シュテルちゃんは。

 フェイトちゃんは?

 

 私とシュテルちゃんとの間。中間地点で見つけた。シグナムさんと一騎打ち。いや、待って。いつの間にかシュテルちゃんがスフィアを形成してる! いけない。

 

「レイジングハート、カートリッジロード!」

 

 空薬莢が排出されて魔力の弾丸が送り込まれる感覚。ガシャンという音と共にレイジングハートから魔力が供給されてくる。

 

「アクセルシューター」

Accel Shooter(アクセルシューター)

 

 すぐに12個のスフィアが生み出される。シュテルちゃんも12個の赤いスフィア。それが扇状に放たれる。

 大丈夫。私ならきっと出来る。以前見た時と同じなら、私の方が早いから。

 目標は全弾破壊! 

 レイジングハート、行くよ!

 

「やらせないよ、シュテルちゃん! シュート!」

 

 フェイトちゃんに迫る炎弾に向かわせる。到着するまでレイジングハートにまかせて少しだけ私も前に移動。遠いと全体を見やすくなるぶん、細かい操作が難しいし。フェイトちゃんへの援護も難しいから。

 シュテルちゃんも場所を移動してるのが見えた。そろそろぶつかる。停止して12個の魔法弾を再操作。頭がぐるぐるし始める。レイジングハートの補助があっても12個もの操作は辛いよ。だけど、でも、きっとシュテルちゃんも同じ。だから、負けないよ!

 

『フェイトちゃん! こっちは任せて! 絶対にフェイトちゃんの邪魔をさせないから!』

『なのは……うん、わかった。あまり無理しないでね』

『うん。任せて!』

 

 いくよ!

 

 2つの炎弾が起動を変えてフェイトちゃんに迫る。私の魔力弾を回り込ませて邪魔をさせる。スピードはこちらが上だから。絶対に引き剥がさせないよ。すぐに2つの爆煙が上がった。後10発!

 

「今度も逃さないんだから!」

 

 フェイトちゃんの戦いがちらりと見える。早くて目で追うのも難しい。フェイトちゃんの新しい戦い方。なんとか支援したいけどシュテルちゃん相手だと隙を見つけるのが難しそうだし、フェイトちゃんの速さに私がついていけない。だから、今は目の前のシュテルちゃん優先。

 

 私の魔力弾の方がスピードでは勝ってるはずなのに、なかなか追いつけない。シュテルちゃんの制御能力や空間把握が私より高い証拠。追いついても細かい軌道で引き離される。

 でも、当てれば破壊できるから。力は互角だよ。だったら!

 

「アクセル!」

 

 先に私が動くよ、レイジングハート! 

 今までは先手を打たれ続けて負けたから、今回は私から動く。魔力弾のスピードを最大に引き上げる。負担が増大して細かい制御が難しくなるけど、勝てるのはスピードしか無いんだ。だから、これで!

 

 次々と爆煙が広がる。軌道を変えられて追い抜いてしまっても再び追いつく。数が減るほど私の制御が楽になっていく。2、3、4!

 残り6つ!

 

「プラズマスマッシャー!」

 

 フェイトちゃんが叫ぶ声が聞こえた。フェイトちゃんの射撃魔法が見える。

 

「飛龍一閃!」

 

 シグナムさんの剣が鞭のようにしなる。ぶつかって爆煙が広がる。ここからだと戦いは互角に見える。フェイトちゃん、すごく頑張ってる。私だって負けてられない!

 

 シュテルちゃんの炎弾を更に捉える。フェイトちゃんに向かって急角度で降下する途中に捉えた。残り5つ!

 その爆発で出来た煙を利用しようとした炎弾を煙に潜られる前に捉える、残り4つ!

 急旋回に急降下、急上昇が繰り返される。危うく自分自身の魔力弾同士でぶつけられそうにもなる。いろんな事を仕掛けられるけど、なんとか回避していく。もう4発しか無いのに。何度も何度も繰り返される。一度の失敗も許されない。くぅぅぅ、きついよ! あ、いけない!

 

 一つの炎弾が急制動をかけて私の魔力弾を振り切った。

 

『フェイトちゃん、避けて! 7時の方向!』

 

 警告が間に合ったのか、フェイトちゃんが紙一重でかわす。避けた瞬間、シグナムさんの剣が迫る。

 いけない! 私も魔力弾をシグナムさんに向けて牽制。

 そこにシュテルちゃんの炎弾が割り込んでくる。

 

 接触して爆発。シグナムさんが止まらずにフェイトちゃんに! 危ない!

 フェイトちゃんがシールドで防御したのが見えた。シールドが間に合っているのは見えて、後ろに吹き飛ばされながらもフェイトちゃんが無事な様子にほっと胸をおろす。

 フェイトちゃん、射撃体勢?

 

Plasma Lancer(プラズマランサー)

 

 フェイトちゃんのバルディッシュから金色に輝く槍が放たれる。虚を付かれたのかシグナムさんに当たった。

 シュテルちゃんの炎弾の動きが鈍った。でも、捕まえれない。かわされた。

 煙幕が張れると煤けてはいるものの傷ひとつ無いシグナムさんの姿が。

 やっぱり、この二人は簡単には行かない。

 

 でも、とにかく。これで残り3つ!

 

 そう思ったやさき、突然シュテルちゃんの炎弾が止まった。

 止まった炎弾に桜色の魔力弾が次々とぶつかる。周囲に爆発の衝撃波。爆煙が広がって一時的に視界が遮られた。

 どうして急に?

 

『なのはちゃん、フェイトちゃん! 他の世界で別の二人組みを発見したよ!』

「え?」

 

 エイミィさんからの通信? 別の世界で二人組って、あの帽子の子と守護獣の人?

 

『アルフさんと集められた武装局員を現地に派遣したから、予定に変更あり。予定集合時間は残り25分! アースラも向かってるから、少し時間が伸びたけど耐えて!』



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23話 双炎 12月11日

『わりい、こっちにも敵が来た。例の管理局の犬と武装局員』

 

 シグナムが直撃を食らった時、一瞬ヒヤッとしましたが無事でなによりでした。頑丈でよかったですね。

 

『わかった。こっちはシュテルと私でなんとかする。ヴィータとザフィーラは無理せず先に撤退をしてくれ』

『すまんな、シグナム』

『いや、いい。シャマルは先に二人の援護を』

『わかったわ。シグナムも無理はしないでね。それとシュテルちゃんもよ?』

『お任せください』

 

 しかし、まさか二箇所同時に補足されるとは。こうなるとシャマルの負担が大きくなります。こちらはなんとか自力で逃げたいところですが……。

 

 広い砂漠地帯。遮るものがない広い空間。砲撃戦にはもってこいの地形ですが、いかんせん、相手も砲撃が得意なナノハ。パイロシューターで手数を増やしての制御力比べをしてみましたが、まさか速度ゴリ押し戦法でくるとは。上手くフェイトを捕まえたものの、(しの)がれてしまい、あまつさえシグナムが反撃までされる始末。

 勝てないとは思いません。しかし、短時間での撃破は厳しい。しかも、逃げ出そうにも足の早いフェイト・テスタロッサがいます。そして、時間が経てば敵の援軍がやってくる。これは、圧倒的に不利になってしまいました。

 逃げるしかない状況です。ですが、逃げるには……やはりフェイトの足が邪魔です。

 

『シグナム。フェイト・テスタロッサが邪魔です。このままでは逃げるに逃げられません』

『わかっている』

 

 短く答えるシグナムは、目の前のフェイトに集中しているように見えます。

 シグナムはいまだ大きな傷もなく健在。今まで温存していた魔力も問題なく、気力体力ともに衰えているようには見えません。しかし、それでも今のフェイトを捉えるのは至難の業。まさしく雷光のごとくと言ったところでしょうか。

 なのはもまた、私と真正面からの砲撃戦に耐えた。手数を増やしても魔力量の差で付いてくる。流石はナノハですね。遠距離戦で撃破するのは至難の業です。

 

 フェイトを倒すしか無い。

 

 もはや四の五の言っては居られません。私達は追い詰められています。このまま戦っていてはジリ貧になる。かといってナノハが居る限り、私の攻撃は簡単には届かない。

 ならば、選択は一つだけ。

 

『シグナム。時間がありません。ここは相手を変える事を提案します』

『なに? それはどういう事だ?』

 

 訝しむシグナムに説明をします。

 

『私がフェイト・テスタロッサを、シグナムはナノハと戦います』

『それは……私ではテスタロッサに勝てないと言いたいのか?』

 

 シグナムの顔が歪む。正直、体力と装甲差で勝てそうな気がしますが。

 問題は時間です。

 

『いいえ、違います。時間があれば勝てるでしょう。そこに疑問はありません。ですが、時間がないのです。ですから、シグナムがナノハを落とし、その後、フェイト・テスタロッサを二人で倒します』

『二人掛かりで倒すと言うのか?』

『それが最善手です。私が耐えている間にナノハを撃破してください。足の早いフェイト・テスタロッサを先に倒すより、この方法が確実です』

 

 爆煙が晴れていく。もう、時間はありません。

 

『随分な賭けだな。結局はこちらも相性が悪い者同士になる』

『わかっています。ですが、シグナムが先にナノハを落とすと信じていますから。では、牽制射撃をしますので、速やかに移動を』

『信じる、か……わかった。その策に乗ろう』

 

「ルシフェリオン」

 

 空薬莢が排出され、新たに魔力の弾丸が装填されます。ルシフェリオンは私の一部。私の意志を寸分違わず実行する私の相棒。

 信じます。ルシフェリオン、あなたも。

 

「フレアバースト」

 

 フェイトの魔力を感知。魔法陣を展開して魔力を充填。大きな炎の玉がルシフェリオンの先端に出来上がる。

 

『開始します』「ファイヤ!」

 

 解き放たれた火炎弾が一直線にフェイトに突進する。反撃の狼煙には丁度いいでしょう。

 煙幕が晴れ、フェイトがこちらに気づく。ですが、遅い。

 普通ならば。

 

 フェイトは気がつくとすぐに急速に速度を上げて後退する。早い。ですが、それは織り込み済み。

 

「爆ぜろ」

 

 火炎弾が爆発する。周囲に炎と衝撃波を撒き散らす。フェイトはそれを防御するのではなく避けようとする。

 やはり、シグナムから聞いた通りです。見た目通り防御力を捨てている。所謂、紙装甲。当たれば落とせる。私の火力ならば。

 ならば、対処法はあります。

 

 シグナムがナノハに向かうのをちらりと確認して、再度フェイトに杖を向ける。

 

「シグナムは!? なのは!」

 

 なのはに向かうシグナムに視線を向けるフェイト。私相手ならば避けれると考えているのでしょうか?

 カートリッジをリロード。

 擦過音が再び(ふたたび)響く。

 誤差修正。照準固定。

 

「デザスターーーヒート!」

 

 火炎の放射を高速で3連射。

 しかし、やはりフェイトは左旋回して避ける。時間差で放たれた射撃を掻い潜られた。

 さらに早くなった。その動きはまるで戦闘機。私はイージス艦の迎撃システムの気分です。

 

 当てるのは至難の業ですが、私の目的は足止め。

 

「ルベライト」

「この!」

 

 拘束しようと捕獲魔法を展開するも避けられる。だが次の攻撃までの時間は稼いだ。カートリッジをリロード。

 

 擦過音と共に魔力が充填される。

 

「ヒートバレット」

 

 周囲に無数の火炎の弾丸を形成。

 数発では簡単に回避できるというのならば、今度は回避できないほどの弾幕を張るだけです。

 

「ファイヤ!」

 

 フェイトを行かせるわけにはいけない。

 その足を止めてみせます!

 

Load cartridge(ロードカートリッジ)Haken Form(ハーケンフォーム)

「ハーケンセイバー!!」

Haken Saber(ハーケンセイバー)

 

 フェイトが刃を飛ばす。

 私の放った炎を弾丸にぶつかって爆発。数発が巻き込まれた。

 フェイトのそれまでの動きとは明らかに違う軌道に変わる。

 薙ぎ払いながら火炎弾の包囲を突き破られる。

 

 どうやらシグナムを追うのを止めて私を撃墜する事に決めた様子。私に向かって突っ込んでくる。

 

「ルシフェリオン」

 

 手元から響く擦過音。再び魔力を充填。高速戦闘下では出の早い攻撃を重ねるのが有効。直線的では避けられる。私ならば当てれば落とせる。

 ならば、誘導能力のある攻撃で逃げ道を塞いで叩き落とす。

 

「パイロシューター」

「バルディッシュ!」

 

 バルディッシュの刃が再生する。こちらは、12発の炎弾を展開。しかし、すでに近距離まで詰められている。

 

「ファイヤ!」

「うおおおおおおお!!」

 

 そのまま突っ込んでくる? 撃ち合いは不利と見ての行動? これも、全部撃墜するつもりですか?

 いい気迫です。その挑戦、受けて立ちます。

 

「殲滅」

 

 一斉にフェイトに炎弾を差し向ける。

 

「はあっ!」

 

 最初に到達した炎弾は、しかし一振りで破壊される。

 その後も驚異的な速度で迎撃されていく。上下左右様々な位置から攻撃するも確実に捉えられる。異常なまでの反射神経。瞬間的に思考能力まで上げているかのように、こちらの攻撃を的確に破壊していく。

 

 二発の炎弾が同時に迎撃される。逆方向から二発同時に当たるタイミングで撃っても体をずらされて、逆に落とされた。

 

「まさか、あなたも力技ですか」

 

 撃破されて爆煙が舞う中に突っ込ませた炎弾も弾かれ、破壊される。

 数の意味がない。意表をつけていない。これなら全弾同時に当てたほうが良かった。失敗した。

 これは、突破される。

 

 すでに目の前まで迫ったフェイトが死の鎌を振り上げるのが見えた。防御をしつつ残った炎弾を後方に回り込ませる。

 

「盾を!」

 

 防御すべくシールドを展開しようとした、その瞬間。

 フェイトが消えた。

 

 後ろ?

 

 勘にしたがって後ろを向くと、すでにデバイスを振り上げたフェイトが居た。

 

「貰った!」

Haken slash(ハーケンスラッシュ)

 

 防御が間に合わない。刹那の瞬間、悟る。ならば、被ダメージを最小限にとどめつつのカウンターを。

 

 とっさに魔力で強化しつつ左手の篭手で攻撃を受ける。防御を貫かれて突き刺さる。魔力が吹き飛ばされる感覚。左腕が非殺傷モードのスタン設定で痺れる。腕を捨てて防御。

 

「な!?」

 

 左腕から力が抜けていく。だが、フェイトのデバイスを握った。

 

 捉えた。

 

 ここからならば必中。杖の先端をフェイトの体につける。フェイトの顔が歪んだ。クロスレンジを選択したことを悔やんでください。

 

「ヒートバレット」

「そこまでだ!」

 

 正面から火炎弾を連続発射しようとした手を止められる。私の腕に体に足に、魔力のリングがかかっていく。

 これは、バインド……ですか。

 

「クロノ?」

 

 間に合わなかったですか。

 

「フェイト、君は下がって怪我の治療を。ここからは僕が引き継ぐよ」

 

 私の斜め上に管理局の執務官が居るのが見えた。

 しかし、もう一人……隠れている人物もいるようですが。

 

 さて、どうしたものでしょうか。

 

 

~~~~~~

 

 

 どうにかギリギリ間に合った。

 

 管理局の無限図書館でユーノとリーゼロッテと話をした後、アースラでテスト中に急報が入って慌てて次元転送でここまで飛んできた。運が良かったのは、予定より早くアースラの試験航行が出来た事だ。ユーノの調査も順調に進んでいたのが幸いしたか。お陰でエイミィの予定より早く駆けつけることが出来た。

 しかし、本当にギリギリだな。危うくフェイトが落とされるところだった。

 

「すぐに他の局員も駆けつける。無駄な抵抗は止め、大人しく投降しろ!」

 

 僕を睨む彼女の、シュテルの目は死んでない。何か企んでいるのか?

 慎重を期すほうがいい。バインドの数を増やして二重三重にと彼女を拘束する。

 

「さあ、君には聞きたい事が山ほどある。尋問に素直に応じてくれると助かるんだけど」

「もう勝ったつもりですか? それは少々、気が早いかと」

 

 周囲に敵影はない。ここにはシュテルだけが居る。シグナムはなのはと戦闘中。そちらにもすぐに局員が来て片がつくはずだ。フェイトの怪我を手当すれば、合流も可能。他の三人の騎士は別の世界。他の三人の騎士は別の世界。ここには来ないだろう。

 

 しかし、おかしい。なぜこうも……落ち着いていられるんだ?

 彼女の、シュテルの瞳は死んでいない。まだ何か……何か見落としがあるのか?

 

「一言ご忠告を、管理局の執務官どの。ここにいるのは私達だけではないようですよ」

 

 まだ敵がいるのか!?

 すぐにあたりを見渡すが、不審な動きは近くには見えない。ブラフ? いや、この期に及んでそんな事をしても意味がない。

 だが、シュテル事だ。絶対に何かある。

 

「クロノ!」

「何!?」

 

 突然、魔力反応が出る。体が拘束される。魔力を封じられる感覚。

 ばかな、バインドだと!

 

「クロノ、今解くよ!」

「待て!」

「えっ? うわっ!!」

 

 止めたが間に合わず、フェイトがバインドに捕まる。その瞬間を見逃さないようにしたが、誰も見当たらない。どこにいる? 周囲にはそれらしい人影なんて無い。くそ!

 

「まったく、世話を焼かせてくれる。お前達は、何故そんなにも愚かなのか」

 

 突然、声があたりに響いた。気づけば離れた場所に仮面を被った男が浮かんでいる。迂闊だった。隠れていたのか。

 仮面で顔がわからない。声は聞いたことがない。しかし、こいつは。

 

「酷い言い様ですね。ちなみに、もう一人仲間がいるのですが」

「抜かりはない」

 

 しまった!? なのはが!

 

 くそ! なのはが先に拘束されたのだろう。遠くからでも動きを封じられているのが見えた。いつの間になのはを封じたんだ? 全く気づかなかった。ヴォルケンリッターの剣士、シグナムがこちらに向かってくるのが見えた。

 ありえない。この男が1人でやったとしたら……とんでもない長距離の相手に魔法を行使したことになる。

 

 このままでは逃げられる。エイミィは何をしてるんだ?

 

「エイミィ! 今すぐ局員を派遣してくれ!」

 

 だが、エイミィからの連絡が来ない。通信妨害をされているのか?

 

「早く行け。闇の書を完成させるのだろう?」

「どなたか知りませんが、ありがとうございます。ですが、恩には着ませんので、ご容赦の程を」

「早くしろ。複数人へのバインドは長くは持たん」

 

 シュテルのバインドが解けている。

 だが、こいつは仲間じゃないのか? いや、そう判断するのは早計だ。だが、それなら、この男はいったい何なんだ? どこから出てきた? なぜ僕達の邪魔をする?

 

「おい、待て! お前たちは仲間じゃないのか!」

「申し訳ありませんが、再戦は別の機会ということで。では」

「待って! シュテル!」

 

 疑問を残し、僕たちは去っていく後ろ姿を見送るしか無かった。

 

 

~~~~~~

 

 

 はやてが入院した。

 

 全員無事に逃げ切った朝、みんなと謎の男について話し合ってた時に何かがぶつかる音と重い何かが床を叩く音がした。慌てて見に行ったら、はやてが床に倒れていた。

 

 胸を抑えて苦しそう顔を歪めるはやてを見ても、あたしは何も出来なかった。あたしはこういう時、何も役に立たない。倒れて苦しむはやてに駆け寄っても慌てるばかりで、抱き起こそうとしてザフィーラに止められた。

 

 はやてが倒れた時に感じたのは、不安と恐怖。

 闇の書の呪いにはやてが耐えられなくなったんじゃないか? もしかしたら居なくなってしまうんじゃないか? もうこの時間は終わってしまうんじゃないか? 

 あたしにとってそれは、死ぬより怖い。だから頭が真っ白になって、何も考えられなくなった。

 

 

 はやてが入院することを聞いた時、あたしは正直ホッとした。安全な場所にいるっていう安心感もあった。そして、まだ大丈夫なんだって思うことが出来たからだと思う。

 誰も何も言ってくれないけど、あたしにだってわかる。はやてに残された時間は少ないんだってことくらいは。だけど同時に、ふと違和感を感じた。いくら思い出しても、何がどう違うのかはわからねぇ。けど、何かがおかしいんだ。

 

 闇の書が完成すれば闇の書のマスターは絶対的な力を持つはずなんだ。それは確かで、今までの主はそうだったはずだ。そして主が死んだ後は、あたし達は闇の書の中で眠り、また転生先で同じ事をする。その繰り返しだったはずなんだ。

 

 だけど今回は違った。今までの主は大人ばかりで、闇の書の封印を解くとすぐに蒐集をあたし達に命じたんだけど、はやては幼くて、そして蒐集を命じなかった。だから、今回のような闇の書の呪いが発動したんだろうってシグナムは言ってたんだけど。

 

 でも、何故か違和感を感じる。そうじゃないって、あたしの中の何かがささやくんだ。

 

 こんなはずじゃないだろ、と。

 

 はやての家に帰る必要がなくなったから蒐集は順調になってる。あたし達はしばらく家に帰ってない。補給が必要になるか、はやてに顔を見せに行くとき以外は帰らずにずっと蒐集できるようになったからな。だから前よりもずっとうまく蒐集は進んでいるんだ。

 それでも、わからない理由で不安が募ってきて、それが何かがわからねえ。思い出せそうで思い出せないのがもどかしい。

 

「なあ、シュテル?」

「はい」

 

 蒐集を終えて、一緒に蒐集をしていた相棒に振り返って声を掛ける。あたしと同じくらいに幼い姿をしたシュテルは、あたしと違いどんな時も冷静沈着で慌てるなんて見たことがない。あたしとは対称的な存在。

 

「あたし達、間違ってないよな?」

 

 唐突に変なことを聞いてるよな。

 

 だけど、ふと思ったんだ。シュテルはあたしに見えないものが見えている気がする。もしかしたら、あたしのわからない何かも知っているかもしれないって。

 

「何故そのように思うのかはわかりませんが」

 

 神妙な面持ちで少し考えるようにシュテルが顔を伏せるけど、すぐにあたしの顔を正面からまっすぐに見据えてきた。

 

「そうですね……たとえ途中で何が起ころうとも、最後は必ずみんな救われます。では、駄目ですか?」

 

 真摯な眼差しであたしを見るシュテルの顔に、嘘偽りは見えなかった。

 

 闇の書が起動して最初の頃は無表情な鉄面皮にしか見えなかったのに、付き合いが長くなると表情がちゃんと変わるってわかるようになるのが不思議だよな。

 

「なんだよそれ。途中で何かあるなら、今言えよ!」

「それはまあ、今までも色々とありましたし」

 

 まあ、そうだよな。これからも色々とあるんだろうけどさ。

 けど、最後はきっと救われる。はやても、あたし達も……シュテルも。

 

 

 あたしに特別な力なんて無い。

 

 シグナムみたいな将としての力も、シャマルみたいな癒す力も、ザフィーラみたいな守る力も。シュテルみたいに作戦を考える力もない。あたしにあるのはぶっ叩いてぶっ潰すだけ。

 

 だから今は最後はみんな救われるって信じて、あたしに出来る事をするだけだ。はやてを早く真のマスターにしなきゃ。

 

 そうだよ。あたしが出来る事はそれだけだ。何考えてんだ。考えてる暇なんてあたしにはないだろ!

 

 はやてを早く助けなきゃ。こうしている間も、はやては苦しんでるかもしれないんだ。そうだよ、蒐集さえ終わらせてしまえば、はやてが帰ってくるんだ。迷ってる暇なんてねぇ!

 

 今は忘れる。余計な事は考えるな。あたしがはやてを救うんだ。

 

「どうかしましたか?」

「なんでもねえよ。次はどっちだ?」

「そうですか? わかりました、案内します」

 

 とにかく、今出来る事をやるしか無いんだ。

 

 けど、なんだよこの気持ち悪さは? 

 

 なんで不安になるんだよ……何か、そう、何か間違ってる。

 

 それがわかんねえ……わかんないんだよ。



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24話 運命(Schicksal) 12月中旬

 リビングに入るとカーテンで締切られて暗い。カーテンの隙間から漏れる光には滞留した空気が見えるように、ホコリが舞っている。澱んだ空気は重く沈み、私が歩いた場所だけ抵抗するかのように鈍重にわずかだけ渦巻くように動く。聞こえる音は冷蔵庫のモーター音と私の息遣い、10時を指す時計の音だけ。久しぶりに戻ってきた自宅は、まるで今まで眠っていたかのように時を感じません。

 

 つい最近までは、この狭い世界で騎士達やハヤテの笑い声が響いていたというのに。

 シャマルが台所をピカピカになるまで磨く姿も、シグナムが悪戦苦闘しながら録画予約をする姿も、ヴィータがポテトチップスをかじる姿も、ザフィーラが定位置で眠る姿も、そしてハヤテが皆に笑いかける姿も、ここには無い。今は留守番役のシャマルも病院に行っており、誰も居ない空間となっています。

 

 

 本当に寂しい場所になってしまいました。今のこの場所には、思い出の残滓しかない。

 

 

 ハヤテが入院をした事で自宅に帰る必要がなくなった私達は、補給とハヤテへの見舞い以外では家に戻らなくなっていました。時間的な制約が緩んだため、とにかく遠くの管理局の手がまわっていない世界へと行くようになったからです。そのため管理局の追跡を振り切ることが出来るようなり、蒐集は以前以上の速さ行われています。

 

 それに、もはや魔力の温存などと言ってはいられない状況なのです。シャマルの見立てではハヤテは一ヶ月と持たない。もしかしたら、半月と無いかもしれない。私達には、もう四の五の言っている余裕も時間も無くなってしまいました。

 

 私の当初の目論見では、こんな状況を迎えるつもりはありませんでした。今頃は闇の書を完成させ、そして防御プログラムを切り離して滅していたはずだったのです。ですが、現実は違いました。何故こんな事になってしまったのか。その理由もわかっています。

 

 

 ナノハとの出会いが早すぎた事です。

 

 

 私の立てた計画は、その時点で変更を余儀なくされる。そして、クロノ・ハラウオン執務官の捜査能力の高さを見誤ってしまっていた。管理局との本格的な戦いが始まった時、私の計画はすでに破綻していたと言えるでしょう。もう少し、せめて一週間遅ければ、こんな事にはなっていなかったのかもしれません。

 

 今更、私の忠告を聞かなかったヴィータを責めるつもりはありません。ヴィータの気持ちを理解していなかった私のミスです。私は騎士達の想いを考えず、私一人で計画を立案し、ハヤテと騎士達を我欲の為に利用しようとしました。

 愚かな間違いでしたが、しかし、嘆いていても仕方がありません。

 

 

 悪くない話もあります。

 

 

 それは、ナノハとフェイトに早く会うことが出来た事。矛盾しているように聞こえますが重要です。なぜなら、彼女達は確実に以前よりも早い段階で闇の書の調査を開始し、私との戦闘で以前よりも強くなっているはずですから。

 そしてなによりも、沢山の話をすることが出来ました。信用を築けたかはわかりませんが、初めてお会いした時のような事は無いでしょう。

 

 さて、そろそろ管理局でも気づいたはずです。闇の書をどうにかするには、闇の書の主が真に覚醒する必要があるという事を。今、捕縛しても暴走して転生で終わりになる。封印しても無駄なのですから。

 

 問題はどうやって、あの猫達に知られないように動くかです。これが、難しい。私は間違いなく、常に監視されているでしょう。そして、もはや私を必要とは考えていないでしょう。蒐集もかなり進みましたから。

 だから、捕まった挙げ句に隔離されてしまうかもしれません。それでは手も足も出なくなってしまいます。

 

 結局、今は下手には動けない。こちらから話に行くことは出来ない。図書館で偶然を装うのも難しい。病院でも同様です。下手な手を打てば即座に捕縛されかねない。

 もう一度、戦闘をする機会があれば良いのですが、なぜか戦闘の機会が訪れない。これも、あの猫達の要らないお世話のお陰でしょうか? 魔力を集めきるまで管理局の動きを妨害しているのでしょうか? もしそうなら、本当に余計な事です。

 

 まあ、慌てる必要はありません。逆転の目は残されています。その時が来るまで、私は動かずに居るべきでしょう。

 

 

 軽く1人で掃除をしてハヤテの見舞いの準備を終えると12時になっていました。

 シャマルは先に病院に居るので、冷蔵庫の中にあるもので適当にご飯を作ると1人で食べる。食べ終わったら食器を片付けてシャマルに連絡を入れます。

 何度か月村すずかが友人のアリサ・バニングスを連れてお見舞いに来てるので、警戒しなければなりません。彼女の友人の中にはナノハやフェイトがいますから、会いそうになったらあの猫達が強硬手段に訴えて来そうです。

 

 しかし……今は上手く誤魔化しているようですが、いつまでこの状況がもつのやら。

 月村すずかの行動力が恐ろしいですが、アリサ・バニングスの方も何をしでかしそうで怖いです。

 

『シャマル』

『シュテルちゃん? これからこっちに来るの?』

『はい。今から向かいます。そちらの状況はいかがでしょうか? それと、何か持って来て欲しいものはありますか?』

『心配しなくても大丈夫よ。必要なものも持ってきてるし、特に無いわ』

『了解しました。では、今から向かいます』

 

 玄関から外に出るのも1人。

 通い慣れた道。1人で歩く。

 商店街の雑踏。道には車が行き交い、人々の話す声が聞こえ、お店の中からはみょうにポップな歌が聞こえる。電飾に彩られた街角には、もみの木が立っていて色とりどりの光を放っている。

 景色はとても華やかなのに、なぜかとても空虚に感じます。この時代に転生し、ヴォルケンリッターやハヤテと共に過ごしていたせいでしょうか。

 1人は、やはり寂しいものですね。

 

 やがて、人通りが減り、華やかさも減っていく。

 ハヤテの今の居城である赤い十字がマークされた白亜の建物が見えてきました。

 

 

 病院内部は活気に満ちあふれていました。白衣の医者。白い服を着た看護婦。杖をついて歩く老人。車椅子に座る女性。クリスマスの飾り付けまで見え、あの誰も居ない家よりも華やかに見えるくらいに。

 なにかの皮肉を感じてしまいます。

 

 ハヤテの病室の前。一言連絡を入れます。

『シャマル。到着しました』

 その後、ノックして返事を待つ。すぐにシャマルが出てきて開けてくれました。

 

「シュテルちゃん、いらっしゃい」

「いらっしゃいませや、シュテル」

 

 ベッドの上には見た目は元気そうなハヤテ。本を読んでいたのか、何冊かベッドの上に散らばっています。

 

「お久しぶりです。ハヤテ」

「大げさやな。ついこの前も来てくれたやん」

 

 ハヤテのお見舞いは毎日必ず誰かが行くようになっています。シャマルは常にハヤテを守り、ザフィーラは病院に入れないので家を守る。

 正直、ナノハ達が近くに住んでいるので、ハヤテは別の町の病院のほうが良いのですが……今更、主治医を変えるわけにもいかないですし、ハヤテが知らない人を嫌がりますから。

 

「お暇ですか? ハヤテ」

 

 特にハヤテには報告することもないので、当たり障りのない話を振ってみると、ハヤテが苦笑した。

 

「そうやね。ここやと本を読むかテレビを見るしかないんやから」

「確かに、ここだとやることが少ないですね」

 

 殺風景な病室には必要最低限の物しかありません。

 まあ、物で溢れた病室というのもおかしいかもしれませんが。

 

「みんな大げさなんよ。それに、シュテルがおるから大丈夫やとは思ってるけど、ちゃんとご飯食べてるん?」

「それは問題なく……ハヤテは料理がしたいのですか?」

 

 何となく聞いてみると、ハヤテがまた笑う。

 

「ようわかったね。まぁ、そうなんよ。いいかげん料理したくて、それが少し辛くてな。病院の食事やと栄養重視で味気ないし。もちろん作ってくれた人には感謝しとるけど、やっぱり自分で作ったほうが楽しいやろ? またみんなと一緒にご飯食べたいし」

 

 ハヤテにとって、料理は趣味のようなものでしょう。いつも楽しそうに作っていましたし、特に私達と一緒に作るようになったというのもあるのでしょうが、誰かに食べてもらうのも、一緒に食べるのもハヤテ好きです。

 

「はやてちゃん、すみません。石田先生は少し精密検査を続けたいそうですから、もう少しだけ我慢してくださいね」

「この前もそう言っとったけど、何時になったら退院出来るんやろね」

「ええと、それは今度、石田先生に聞いておきますね」

 

 ハヤテが不満を漏らすのは珍しい。それほど退屈しているのでしょう。

 

 しかし……シャマルは誤魔化していますが、残念ながら当分の間は退院出来ないでしょう。闇の書が目覚めるその時が来るまで、このベットから離れることはない。

 元気に見えるハヤテですが、その体は闇の書の侵食によって弱り果てていますから、普段は我慢しているのではないかと推測できます。思えば、不自然に人を遠ざける事が時々ありました。1人で耐えていたのでしょう。

 だからこそ、ハヤテは強い人です。そんな人だからこそ、闇の書の真の闇を退けることが出来るのでしょう。こんな時でなければ、こんな状況でなければ、私は惜しみなく称賛の声を上げたでしょう。それが非常に残念でなりません。

 

 ハヤテの様子を見るに、闇の書の目覚めまで時はない。それはつまり、戦いの時が迫っているということでもあります。その時に向けて、私達に出来ることは少ない。

 

「どうしたんや、シュテル? 急に黙って」

 

 少ないですが、その時に向けて私が出来ることをしなければ。そうでなければ、ナノハとの約束も守れませんしね。

 

「いえ。急にハヤテの作ったエビ天丼が食べたくなってきました」

「そうなん? うーん、ここにコンロとか持ち込めんやろか?」

「ハヤテちゃん、それはちょっと。流石に無理じゃないでしょうか」

 

 誓いましょう、ハヤテ。結果以外は必ず変えてみせると。

 そして王よ。必ず最高の状況でお迎え致します。きっとその時には、最高の協力者を得られることでしょう。

 

 いま少し、お待ち下さい。

 

 

~~~~~

 

 

「闇の書、夜天の魔導書も可哀想にね」

 

 エイミィの言葉に僕も感じることがある。

 本来の名前。本来の機能。本来の役目。改変による変貌。歴代の持ち主たちに歪められ、闇の書を闇の書たらしめているように感じる。結局、人の欲望が闇の書の運命を歪めてしまった。人の欲望とは本当に際限がない。

 

 しかし、プログラムを停止させるのに管理者権限が必要になるなんて、厄介な事だ。無理に停止しようとすれば主を吸収して転生してしまうのでは、完成まで現状では何も出来ない。

 

「闇の書の調査は以上か?」

 

 通信画面に映るユーノに問い合わす。無限書庫には今、ユーノとアリアがいる。

 

『現時点では。まだ色々調べてる。でも、さすが無限書庫。探せばちゃんと出てくるのが凄いよ』

 

 まだ可能性はある、と言う事か。ユーノの言い分だと時間はかかっても何かしらの手がかりは得られそうだと希望が持てる。

 なら、もう一つの方も聞こう。

 

「では、シュテルという魔導師については?」

 

 僕が聞くと、ユーノの顔が曇る。

 

『ああ、それについては現在該当する情報が無くて、正直に言えばお手上げの状況なんだ』

「無いだと?」

 

 ユーノが説明してくれる。過去の活動で同様の魔道士が出てきた記録はなし。常にヴォルケンリッターのみで出ている事。新たに書き加えた記述もなければ”王”という存在も確認できないと言う。

 では、嘘をついているという可能性が高いのか……いや、あの性格からして、なのはやフェイトに嘘を付くとは考えづらい。

 

「もう少し深く潜ってみないと確定はできないけど、少なくとも闇の書が生まれた時から存在を確認した記録は無いんだ」

「実は嘘をついている、なんてことは無いのかな?」

「ああ、その可能性が高いんじゃない? そもそも闇の書に別のプログラムがあるなんてさ。正直、ありえないよ」

 

 エイミィの言葉にロッテが賛同している。確かに闇の書のプログラムではなく、利用しようとしている第三の勢力と考えた方が辻褄(つじつま)が合う事が多い。

 やはり、彼女は本当の事をすべて話してはいない。核心的な部分は避けている。

 でも、信用はできる。少なくとも、話していることに嘘はない。だが、それだと辻褄(つじつま)が合わない。彼女が何者なのかも見えてこない。

 

『とりあえず、もっと深くまで探ってみるよ』

「ああ、すまんがもう少し調査を頼む」

『うん』

「アリアも頼む」

『あいよ。ロッテ、後で交代ね』

「オッケーアリア。がんばってね」

 

 僕の考えではシュテルという魔道士は嘘をつかない。誤魔化すことはあっても。

 核心的なことは喋らない。そして、開示する情報を選別している。そこに、やはり嘘はない。

 

「エイミィ、仮面の男の映像を」

「はいな」

 

 ならば、この仮面の男は何なんだ?

 仮面の男が超長距離のバインドを成功させている。

 別の画面では武装局員を蹴散らす仮面の男。

 シュテルは言っていた。“どなたか知りませんが”と。

 

「超長距離のバインドを成功させ、その後、瞬時に別の世界に転移。こんどは武装局員を蹴散らす。こんなこと、普通の魔道士には不可能だよ。かなりの使い手ってことになるね」

 

 管理局のシステムをクラッキングでダウンさせる事ができるほどの力。

 そんな事が可能なのは……それに、どうして。

 

「ロッテはどうだ?」

「ああ、ムリムリ。あたし、長距離魔法とか苦手だし」

 

 全員捕縛された状況で僕は蒐集されなかったんだ? 援軍が来るからか?

 それとも……。

 

「アリアは魔法担当。ロッテはフィジカル担当できっちり役割分担してるもんね」

「そうそう」

 

 管理局内部に居るとシュテルが言った闇の書を封印しようとする勢力。

 ロッテ、アリア……提督。

 

「昔はそれで、酷い目に合わされたもんだ」

「そのぶん、強くなったろ? 感謝しろっつうの」

 

 調べなければならないか。

 

 たとえそれが、不愉快な事実を暴くことになるとしても。




後半追記。


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Das vierte Kapitel "Finsternis"
25話 ギャラルホルンは鳴り響く 12月24日


誤字脱字報告ありがとうございます。


 通信が届かない。

 

 今日はクリスマスイブ。なるべく集まってハヤテを祝おうとなった為、家を守るザフィーラ以外が病院に集合する予定でした。

 しかし、さっきからシャマルに通信が届かない。それもそのはず。シャマルが通信を妨害しているから。

 シャマルの通信妨害魔法はすべての通信を遮断する。クラールヴィントを(かい)さなければならないため、私の通信も届かない状況です。

 

 とうとう、この時を迎えてしまいましたか。

 

 この後に起こる出来事を私は闇の書の中から見て知っている。ご丁寧にも、なぜかあの二人は闇の書を持っていた。だから知っている。

 騎士達はナノハとフェイトの戦闘中に妨害されて捕縛されると、全員が闇の書に吸収されてしまう。しかも、処刑のマネごとをされて絶望したハヤテは闇の書に飲み込まれるのです。深い慟哭と絶望を抱えて。

 運命とは残酷なものです。

 

 本来ならば。

 

『ザフィーラ。聞こえますか?』

『ああ、シュテル。今どうなっている? 先程から何度も通信を試みているが、シャマル達が応答しない』

『緊急事態です。すぐに病院に来てください。ハヤテが管理局に知られました』

『なに!? わかった。すぐに行く』

 

 歴史を改変しましょう。そのために準備をしてきました。

 

 騎士達やハヤテの信頼を得た。以前のような事は無いでしょう。

 騎士達の疲弊はできる限り最小限にとどめました。そして、今日を迎える為の準備もしてきた。

 ナノハとフェイトは強くなった。以前よりもずっと強く。そして、ナノハとの信頼は以前よりも強い。

 管理局との信頼は得られなかった。しかし、あの管理局の執務官は私を信頼していなくとも信用はしているでしょう。

 情報も流した。対策も考えた。策は、あります。

 

「さあ。運命の輪を回しましょう。どちらが是か非か。あなた達の策と私の策。どちらが優れているかすぐに分かるでしょう。そして、我らの真の王の降臨の為、あなた達の策を(かて)にしてあげます」

 

 もうすでに、ほぼページは埋まっている。後少しで全てのページは埋まる。犠牲は最小限に。そして、結果は最大化を。

 

 さて、では最初にザフィーラに作戦を伝えておきましょう。

 

 

 病院から去って行くすずか達を病院の一室から見送る。この後、どこかのビルの屋上で戦闘が始まるはずです。ですが、私は別の仕事がありますので向かいません。今は。

 

 しばらく部屋の中から廊下を観察していると、ヴィータが部屋から出ていくのが見えました。階段を降りていくのを確認してハヤテの部屋に向かい、中に入ります。

 

「シュテル?」

 

 ハヤテがこちらを見て驚いている。ハヤテ以外には人の気配は無い。

 

「遅かったんやね。もうみんな帰ってもうたよ?」

 

 あの二匹の猫は……居ませんね。窓の外にも居そうにない。移動したと見て間違いないでしょう。監視は……いや、ベッドに魔法の痕跡が? なるほど、召喚魔法のマーキングですか。

 いつの間に……マーキングをするだけならヴィータが去った後でも出来ますか。

 

「シュテル? どないしたん?」

 

 周囲の索敵が終わったので、ハヤテに視線を移します。返事を返さない私を見て、少し不安そうにしているように見えました。

 申し訳ないです。ですが、ここからさらに酷い話をしなければなりません。

 

「ハヤテ。どうか聞いて頂きたい事があります。そして、その話を聞いた後、ハヤテに協力をお願いしたいのです」

 

 私は今までの事を掻い摘んで話します。闇の書のこと。蒐集のこと。管理局のこと。

 話せる事だけ話します。

 

「全てではありませんが、現段階で開示できる情報は以上になります。残りは騎士達が居る時に話しますので、それまで待ってください」

 

 話し終え、一息つく。ハヤテは悲しむような顔をしながらも、話を飲み込もうとしているように見えます。

 やがてハヤテが口を開く。

 

「なんでそんな事したん?」

「それは全て、ハヤテにかかった闇の書の呪を解くためです」

「でも、そんなん、誰も頼んどらんやん。蒐集はせえへんて決めたのに、なんで? そんな事で人様に迷惑をかけたら」

「わかっています。それでも騎士達はハヤテに生きていて欲しかったのです。それに、迷惑はかけましたが誰も死んではいません。むしろ治療までしていますから」

「そんなん言い訳やん」

「誰も死ななければいいというわけではないのも、わかっています」

 

 騎士達の方は今、どうなっているのでしょうか? 通信妨害は継続しており、状況が掴めません。ザフィーラに作戦は伝えていますが……気が急いて(きがせいて)しまいます。

 それでもハヤテに説明はしなければなりません。しっかりと説明をして、そしてハヤテに納得して頂かなければなりません。

 

「それでも生きていて欲しかったんです。それが騎士達の望みなのですから」

 

 そうでなければ、ハヤテをここから連れ出すのも、協力を得ることも難しくなってしまう。無理やり連れ出すなど論外なのです。

 私はハヤテを犠牲の羊にするつもりはありません。

 

 だから、もし拒絶されたら。

 その時は運命に身を任せます。それは私の誠意が足りなかった私の失敗ですから。尻拭いは私が全力で致します。

 

「シュテルは……シュテルも私に生きていて欲しいんか?」

 

 言葉に一瞬詰まる。昔の私ならば迷うこと無く答えれたでしょう。どちらでもよいと。

 しかし、今の私は違う。

 

「まあ、そうですね。もう私達は他人と言える間柄ではないと認識しています。(えにし)が深い相手が居なくなるのも、悲しむのも、私は望みません」

「そっか」

 

 随分と縁を作りました。童話の話。七夕やお祭り。一緒に食事も作り、ご飯を一緒に食べ、一緒に遊ぶ。

 今の私は、この家にディアーチェやレヴィ……そしてユーリが入ればと考えている。随分と(ほだ)されてしまいました。

 ハヤテには何もかも受け入れてくれると思わせるだけの度量の大きさがある。

 

「わかった。この事は全部終わったら、ちゃんと償う。みんなだけやのうて、私も」

「それは」

「だって私はみんなのマスターやから。ああ、シュテルはちゃうけど同じ家族やろ? こういう時は家族で助け合わなあかんから、シュテルの分も私が面倒見たる」

 

 ハヤテの優しさが心に染みてきます。

 本当に、この人の度量は大きい。

 

「ありがとうございます、ハヤテ」

「ええんよ。家族なんやから。ただし、今度から秘密は無しにしてな? 家族やのに一人だけのけもんやなんて、寂しいやん」

「それについては、もうしわけありません。次からは気をつけますので」

 

 話したら止められる未来しか見えないのですが……確かに、合法的に蒐集する事も出来たかもしれません。犯罪者や危険生物を譲っていただくとか……無理でしょうか? 

 まあ、それはともかく。

 

「それでハヤテ、全てに決着を付けるために協力をお願いしたいのですが?」

「そやった。それで協力って私は何したらええん?」

 

 これでようやく本題に入れる。まずは一つの関門をクリアーです。

 さて、ここからの事は闇の書の中から見ていただけですから、詳しくはわからないのですが。たぶん高いビルの屋上で戦っているはず。違う場所ではなかった……はず。

 

「そろそろシグナム達とナノハ達が戦うはずですので、そこに二人で割って入りましょう。魔力を追えば、探すのは難しくありません」

「ちょ。なんで、なのはちゃん達と戦ってるん?」

 

 ハヤテを管理局から守るためですが。

 

「それは、まあ。ちょっとした手違いです」

「手違いって軽うない? なんや信じられへんな。それに、なのはちゃんやフェイトちゃんが魔法使いやなんて、ホンマなん?」

 

 信じてくれないのですか、ハヤテ? 私は別に企図して起こしているわけではないのですよ?

 

「ええ。ちなみに、ハヤテも事が終われば魔法使いの仲間入りですよ」

「え、そうなん?」

「背中から羽が生え、頭には輪っかが生えます」

「は? それって死んでる的なやつとちゃう?」

 

 間違えました。頭に生えるのは帽子でした。

 まあ、いいでしょう。

 

「では、次の策に移ります」

「ちょう、シュテル? 本当に大丈夫なん? なあ、本当に」

「行きます。つかまってください」

「シュテル!?」

 

 さあ、第二幕の幕開けです。気合を入れて行きますよ。

 

 

 

 ハヤテを抱き上げて屋上まで登り外に出ると、すぐに戦闘場所がわかりました。すでに太陽の陽の光は落ち、暗闇が支配する中、探る必要もなく、よく光っています。

 ハヤテを抱きかかえたままそこまで飛んでいく。

 ハヤテが空を飛ぶことに感動していますが、それは置いておく。

 到着すれば騎士達とナノハ達がまだ戦っていました。どうやら全員無事ですね。

 

「シュテル? はやて!!」

「な!? シュテル貴様! どうして主をここに連れてきた!!」

「はやてちゃん!? どうして二人で来たの!」

 

 私達を見て騎士達が集まってくる。随分とお怒りの様子です。これは、説明の前の説得が面倒でした……私だけならば。

 

「シュテル、てめえ!!」

「みんな、待ってな!」

 

 掴みかかってこようとしたヴィータをハヤテが止める。

 

「全部な、シュテルから聞いたんよ。みんなが蒐集してた事も、闇の書の事も」

「な!? なんで……」

 

 いたずらを咎められる犬のように、ヴィータがシュンとする。振り上げられた腕はゆっくりとおろされ、顔を俯かせる。シグナムもシャマルも同じように。

 やがて覚悟を決めたのかシグナムが顔をあげると、申し訳無さそうに口を開いた。

 

「主はやて、貴女に黙って蒐集をした事について、言い訳をするつもりはありません。ですが、我らは何もせずに貴女を失う事は出来なかった。将として全ての責任は私にあります」

「ごめんなさい、はやてちゃん。でも、これしか方法が無くて」

「ごめん。あたし達はただ、はやてに元気になってほしかっただけなんだ。本当は蒐集なんてしたくなかった。だけど、方法が無くて、それで」

 

 次々と口を開く騎士達。申し訳無さそうに頭を垂れる騎士達に私は何も言えない。それは私が煽ったからです。私は何も教えなかった。私が一番罪が重いのでしょう。

 しかし、それを私は悔いたりはしません。それを背負う覚悟は、最初からあるのですから。

 

「わかっとるよ、ヴィータ。シャマル。シグナムも一人で責任を背負おうなんてせんでええ。これはマスターたる私の責任でもあるんやから」

「いいえ、そんなことは!」

「ええから。ありがとうな、みんな。私のこと、気にしてくれて。でも、シュテルにも言うたけど次からは話してな? みんなで考えた方が、もっとええ方法を思いつくかもしれんやろ?」

 

 ハヤテの言葉に騎士達も頷いて返事を返す。こちらは、これで大丈夫でしょう。

 

「シュテルちゃん」

「シュテル」

 

 今まで蚊帳の外に置かれていた二人も私のもとにやってくる。

 

「わかっています。ナノハ、フェイト。約束は守ります」

 

 全ては大団円を迎えるために。その為の次の一手を始めるための下準備を。

 

「さて、では全員集まりましたので、本題を話したいと思いますが、その前に通信妨害を解いてください」

「通信妨害を解けだと?」

 

 その為には情報の共有とすり合わせが必要なのです。

 私達だけでは防御プログラムをどうにかすることは出来ない。だから管理局という協力者が必要。それには妨害を排除しなければならない。

 全ては必要な手順。

 

「妨害を解くわけにはいかないわ。だって、それは」

「管理局にも聞いてもらいたいのです」

「管理局だって!? それじゃあ、はやてが捕まるじゃねえか!」

 

 もし妨害を続けても、もはや隠し立ては出来ないのです。ナノハとフェイトに通信が届かないことは、そろそろ管理局も気づくはず。

 

「そうよ! そんな事をしたら、はやてちゃんが!」

「シャマル。お願いやから解いてあげて。シュテルに考えがあるみたいなんよ」

「シャマルさん、私達からもお願いします。私達も無理やりはやてちゃんを連れて行ったりなんてしませんから」

「ですけど……」

 

 ナノハの言葉にうなずくフェイト。ハヤテのお願いに戸惑うシャマルが戸惑っている。説得に時間をかけたくはないのですが……仕方ありません。

 説得すべく声をかけようとしたところ、シグナムが手で制してきた。

 

「わかった。シャマル、主の命だ。解いて差し上げろ。テスタロッサ。わかっていると思うが、少しでもおかしな真似をした時は、こちらも容赦しない」

「わかっています、シグナム。状況が決まるまで、こちらから手を出すのは控えます」

「シグナム……わかったわ」

 

 通信妨害が解除される。すぐにナノハとフェイトが通信をしようと試みる。

 しかし、それは届かない。

 

「あれ? まだ通信できないみたいなんだけど、フェイトちゃんは?」

「こっちもやってはいるけど、エイミィの応答がない。この感じは、まだ妨害が続いている?」

「そんな! 私はちゃんと魔法を解いたわ!」

「おい! てめえら、変な言いがかりをつけてるんじゃねえだろうな?」

 

 ナノハ達と騎士達が騒がしくなる中、私は落ち着いて周りを探る。魔法を使った以上、確実に位置は割れているはず。私には未だに見つけられませんが、しかし常に主を守り家を守り、周囲を監視し続けた彼ならば。

 だから信じる。ヴォルケンリッターの守護獣の力を。

 

「ザフィーラ、わかりますか?」

「任せろ。すでに場所はわかっている。出てこい! 鋼の軛(はなげのくびき)!」

 

 地上から建物から多数の刃が突き出す。

 

「ぐあっ!?」

 

 虚空で悲鳴が上がる。見れば仮面の男が突き刺さっていた。こっちが妨害をしていたのなら、もうひとりはどこに。ザフィーラの攻撃を避けた?

 

「気をつけてください。もうひとりいます。ルベライト」

 

 念のため、捕まえた仮面の男に捕獲魔法を重ねてかけておきましょう。

 ハヤテを囲むように動いた騎士達が周囲を警戒する。

 

「なぜザフィーラがここに?」

「おい、どうなってるんだよ!」

 

 当然の疑問です。ですが、今は……いや。そういえば、話すと約束したのでしたか。

 

「簡潔に言えば、私がここに来る前にザフィーラを呼びました。その際に作戦も伝えています。仮面の男がちょっかいを掛けてくるのがわかっていましたし、いずれナノハ達に知られる事も予測済みです。通信妨害でそちらに話を通せなかったのですが、謝罪します。ですが、緊急事態ですのでご容赦ください。ザフィーラにも感謝を。信用してくださり、ありがとうございます」

「長いけど簡潔すぎだろ!」

「このプログラム風情が!」

 

 男の声が突然響いた。振り向けばザフィーラに向かう仮面の男が。しかし、ザフィーラも近接戦闘のスペシャリスト。すぐに迎撃体制を取るのが見えた。

 ぶつかると思われた刹那、その仮面の男の周りに魔法反応。

 

「そこまでだ!」

「なに!?」

 

 紐状の魔力が幾つも仮面の男の周りに広がると、一瞬で拘束して地面に縫い付けた。

 

「クロノ!」

「クロノくん!」

 

 上空から降りてくる黒いバリアジャケットを着た男の子。手に持つ杖は仮面の男に向けられている。

 さらにもう一人の拘束済みの仮面の男にも魔力の紐が伸びて絞まる。

 たぶん、今必要な何かをするつもりです。このままだとザフィーラの拘束魔法が邪魔になるかもしれません。

 

「ぬっ!」

「ザフィーラ。拘束は私がします。ザフィーラは解いてください」

「だが、いや。わかった」

 

 素早く捕まったばかりの男にもルベライトで拘束する。魔力の紐に邪魔にならないように。

 

「シュテル、君の配慮に感謝する。これは、ストラグルバインドという魔法で、相手を拘束しつつ強化魔法を無効化する効果があるんだ。あまり使い所の無い魔法だけど、こういう時には役に立つ」

「うわっあ、つ!」

「変身魔法を強制的に解除するんだ」

 

 二人の仮面の男が苦悶の叫び声をあげると、姿が変わる。

 

「え?」

「ロッテさん? アリアさん?」

 

 頭に猫の耳をはやした二人の使い魔が姿をあらわした。 

 



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26話 鳴り響いた覚悟

「クロノ、このぉ!」

「こんな魔法、教えてなかったんだけどな」

「1人でも精進しろと教えたのは君たちだろう。アリア、ロッテ」

 

 怒り心頭なのはロッテ。冷静に文句を言うのはアリアでしょう。

 しかし、クロノ・ハラオウン執務官が来なければ、万に一つの可能性もあります。計算したわけではありませんが、いいタイミングでした。

 

「管理局の執務官の方、良きタイミングでした。ザフィーラを助けていただいたこと、感謝します」

「別に君たちを助けたわけじゃない。身内を止めただけだ」

「クロノ、どうしてここに?」

 

 そういえば、どうして来ることが出来たのでしょうか。通信は妨害され、監視も出来ない状況に陥っていた可能性が高いというのに。

 

「シュテルの言葉が引っかかったんだ。管理局のシステムがダウンした事はアクセス権限のある内部犯なら容易いだろう。それに、二人の仮面の男の出現したタイミングからクラッキングした連中と同じだと推測できる。さらに仮面の男の戦闘スタイルから協力者で内部事情に詳しいアリアとロッテをマークしてたんだ」

「それでアリアさんやロッテさんを?」

「ああ、そうだ。だからグレアム提督の事も調べた。おかげで、いろいろとわかったよ。だが、今はそのことよりも優先事項がある」

 

 クロノ執務官は私を見る。一斉に全員の視線が集まる。

 確かに、今はすべきことがあります。ハヤテは安定していますが、それがずっと続くわけがないのです。

 

「その通りです、管理局の執務官。ところで、次元航行艦との通信は回復しましたか?」

「僕のことはクロノでいい。アースラとは通信可能だ」

「わかりました。繋いでおいてください」

 

 一応確認して指示を。

 

「では、話しましょう。闇の書の……いえ、夜天の書の真実を」

 

 私は話します。闇の書の話を。

 闇の書の本当の姿を。

 すでに壊れていることを。蒐集が終わったらどうなるかを。ヴォルケンリッターの運命を。

 

「そんなバカな事があるか!」

「ありえん。そんなはずはない」

「嘘よ。そんなはず無いわ。だって、私達は覚えているもの。歴代のマスター達の事を。みな自分の欲に溺れて自滅していったわ」

「いい加減な事を言うんじゃねーぞ、シュテル! 闇の書のことは、あたし達が一番知ってるんだ!」

 

 デバイスを私に突きつけ叫ぶヴィータ。騎士達それぞれが信じられないと叫ぶ。

 ですが、これは事実。

 

「本当の名前は夜天の書ですよ、ヴィータ」

「デタラメな嘘つくんじゃねえ! そんな事、あたしは信じないぞ!」

「ですが、これが真実です。ヴィータは覚えていないのでは? 最近の闇の書が暴走した時の事を」

 

 私が言うと、ヴィータは頭を抱えるように考え込む。どんなに考えても、記憶は蘇らない。私達は所詮、プログラム人格。その記憶は記録でしか無いのですから。

 

「シュテルちゃんの言うことは本当だよ、ヴィータちゃん」

「エイミィ、過去の記録を映してくれ」

 

 通信を繋いでいないのでアースラとの会話は私にはわからない。しかし、了承はされている事はわかる。やがてクロノ執務官の前に映像が映しだされました。

 主を吸収する闇の書の姿を。闇の書が暴走を開始し、周辺を攻撃する様を。街が大地が破壊し尽くされる。主が殺され転生する様子を。管理局との戦闘。世界が壊滅する記録を。

 

「これが、闇の書の真実なんやね……」

「今まで数十年に一度は覚醒して暴走していました。ですが、騎士達は覚えていない。理由は簡単です。記憶を初期化されたり、もしくは偽りの記憶を植え付けられるので覚えられないのです」

「そんなバカな」

「こんなこと、ありえない。ええ、ありえないわ。絶対にありえない」

 

 あまりにも重い事実に騎士達はそれぞれの表情で苦悩する。どんなに否定しても、どんなに叫んでも、事実は変わらない。

 

「これが本当だって言うなら、あたし達がやっていたことって何だったんだ」

 

 ヴィータがつぶやくと、二匹の使い魔が口を開く。

 

「お前達はとっくの昔に壊れてたんだよ。なのに、いまだに壊れてないと思って無駄な事してたんだ。いい気味だよ」

「いっそ哀れね。自分たちの希望が、じつは絶望だったなんて」

 

 私はこの二人の使い魔の事を私は詳しくは知りません。しかし、その口ぶりから恨みがあるのはわかります。過去に闇の書により被害を受けたのでしょうか? それならば、その気持はわからなくもありません。

 ですが、ここで騎士達の心を折られても困ります。

 

「いいえ、それは違います。蒐集は無駄ではありません」

 

 まずははっきりと否定。ヴィータに頷いて安心させる。

 

「確かに夜天の書は壊れ、闇の書と呼ばれるようになってしまいました。その機能は歴代のマスターたちにより歪められ、もはや元に戻すことは叶わないでしょう。ですが、この状況を打開する方法があります。その為にはハヤテを真のマスターにする必要があったのです」

「シュテル、おまえ言ったじゃねえか。ハヤテが吸収されちまったら、そうしてらハヤテが居なくなるって」

「それを今から話します。どうか、私の事を信じて欲しい。ヴォルケンリッターにもハヤテにも約束します。絶望で終わることは、この私が決してさせません」

 

 ええ、させません。

 悲劇的な結末など彼女たちには似合わない。お涙頂戴な演出など、所詮は偽善なのです。

 

「では話します。どうかご清聴の程よろしくお願いいたします」

 

 闇の書の防御プログラムの事。闇の書の管制人格について。

 闇の書の真の主になるには管理者権限が必要であり、それには管制プログラムと防御プログラムの双方から認証を受けなければならない。しかし、防御プログラムは破損によりエラーを起こし、承認が出来ない。

 そして、承認できずに防御プログラムが暴走を始め、主を吸収し、魔力を使い切ったら転生する。

 承認前の場合になにかをしても、やはり防御プログラムが反応し、主を吸収して転生してしまう。

 

「つまり、やっかいなのは防御プログラムの転生機能なのです。元々は修復とバックアップの機能だったものが改変され、無限に転生を繰り返すようになってしまいました。これをなんとかすれば、今までのように転生することはなくなります」

「管制人格とはあれの事か」

「あの子ね……でも、防御プログラムというのは主を守るためのものよ。決して主を自滅させるものじゃなかったわ」

「つまり、主を守るはずの機能が壊れている。そういうことなのか」

 

 歴代の所有者達は、蒐集能力よりも転生機能と破壊力に価値を見出していました。もしかしたら、永遠の命に憧れでも抱いたのかもしれません。吸収される機能も一時的な自己防衛と永遠を求めた結果であると推測できます。

 実に愚かなことです。この世に永遠などというものは存在しないというのに。どんなものもいつか、終りが来るものです。それが長いか短いかの違いだけ。

 

「その防御プログラムの名はナハトヴァール。夜天の書を闇の書へと変えた闇の書の闇なのです」

「そんな名前まであったなんて、こちらの調べた情報にはなかった」

「防御プログラム自体は後付のプログラムなのです。ある意味、余計な機能というべきでしょう」

 

 ナハトヴァールのおかげで私達は闇の書の奥深くに封印されてしまいました。まさしく、余計な機能と言えるでしょう。

 

「ユーノ、聞こえているか?」

『聞こえているよ。僕の声はそこにいる人みんなに聞こえるようにしたから、全員聞こえているよね?』 

 

 頭に直接、ユーノ・スクライアから通信が届く。

 

「シュテルの言ったことは本当かわかるか?」

『概ねこちらの情報と同じだよ。それに、承認のプロセスがわかったのは大きい。これならなんとかなるかもしれない』

 

 おや、やはりわかっていましたか。さすが師匠ですね。

 

『でも、先にシュテルの考えを聞いておきたいんだけど、いいかな?』

「なるほど、答え合わせをしたいのですね? わかりました。では、私の考えを述べさせていただきます」

 

 弟子が答え、師匠が足りない部分を補う。合理的な判断です。

 しかし、少し緊張しますね。間違えた答えを言いたくはありません。

 

「まず、ハヤテには真のマスターになっていただきます。ただし、防御プログラムの承認が得られないことから、仮の状況です。また、この時にヴォルケンリッターのプログラムは停止させられます」

「停止って、どういう状態なん?」

「端的に申し上げれば、闇の書の中に戻るという感じでしょうか?」

「それって、シグナム達は大丈夫なんやろ?」 

「ええ。この段階では今のヴォルケンリッターが消えることはありません。消えるのは転生機能が発動したときと予想されます。なぜならば、初期化や記憶の改ざんは管制プログラムではなく防御プログラムの転生システムの元になった修復とバックアップから実行するからです」

「そうなんやね」

 

 安心したようにハヤテが答える。

 ヴォルケンリッターのシステム管理は管制プログラムの権限のうちです。消えてしまうのは、権限の移譲がマスターに出来ないからと推測されます。

 とにかく、暴走で防御プログラムが闇の書の権限を掌握するまでは何も出来ないでしょう。

 

「さて、では続けます。闇の書の真のマスターになると管制プログラムがハヤテと融合し、外に出てきます。この状態はハヤテが管制プログラムに乗っ取られた状態です。ああ、むろん死んではいませんので大丈夫です。そして、管制プログラムとも会話が可能になりますが……期待はしないほうが良いでしょう。とても頑迷な性格をした方ですので」

 

 一度、意思疎通をしてきた彼女は、実に物分りの悪い人物でした。たぶん、状況が変わってもやることは変わらない気がします。

 

「やがて防御プログラムの暴走が開始し、管制プログラムは機能停止します。この管制プログラムの機能が停止する前までにハヤテには管制プログラムを掌握していただきたいのです」

 

 つまり、ハヤテが管制プログラムを掌握できなければ暴走してしまいます。普通に考えれば掌握できる可能性は低いでしょう。

 ですが大丈夫です。少なくとも私の記録では大丈夫でした。

 

「掌握って、何をしたらええん?」

「説得してください。管制人格を」

 

 ふと思い出す管制プログラムの人柄。私が何を言っても聞かなかった記憶しかありません。問いかけに答えても否定しかしないのは、どうかと……思うのですが。

 

「説得って、私が? でも管制人格の人って、その、ちょっと難しい人なんやろ?」

「まあ、そうですね。ですが、ハヤテならなんとか出来ると信じていますので」

「シュテル、困ったら信じるっていう癖があらへん?」

 

 そんなつもりはありませんが、信用は大事です。売り逃げなど愚の骨頂。関係を継続したければ信用は欠かせません。必要な間だけは。

 

「さあ、それはどうでしょうか。どちらにしてもハヤテ次第です。これは本当です。だから、信じるしか無いと判断しました」

「私が説得できたらシグナム達も戻ってこれるんやね?」

「はい。それは間違いなく。説得出来ましたら、防御プログラムを切り離してください。あとはそれを消滅させれば終わると思われます。消滅方法は要検討ですが、火力ならば沢山あるでしょう。私の話は以上です」

 

 私が話し終わると周囲の騎士達やナノハ達が息をつく。今の説明を噛み砕いて理解しようとしているのか、誰も発言をしない。

 

 しばらく無言の時間が続くと、やがてクロノ執務官が顔を上げた。

 

「ユーノはどう思った?」

『僕の方もおおむね同じかな。承認出来ない、つまりエラー状態の間に闇の書から防御プログラムを分離できれば対処は可能だと思う。その間、闇の書を結界内部に止めておく必要があるとは思うけど』

 

 闇の書を、管制人格を止めておくなど可能でしょうか? あの性格から、闇の書を完成させた私達に襲いかかってくる方が可能性が高い気がします。お前さえいなければ主は安らかに行けたのだ、とか言いそうです。

 

「グラハム提督もいいですね?」

「お父様!?」

「な、なんでお父様が?」

 

 虚空に映像が映り、初老の男性が映し出される。

 

『すまないな、アリア、ロッテ。クロノも、よくわかった。悪いがこの後、アリア達を連れてここに戻って来て欲しい。闇の書の件で大事な話がある』

「あれ、え? グラハムおじさま?」

「わかりました、提督。悪いが詳細は事が終わった後だ。今は目の前のことに集中しよう」

 

 映像が消え、あたりに静寂が戻る。クロノ執務官の一言で、ハヤテも表情を引き締めます。

 

「ハヤテ。貴女に託してもいいですか?」

「わかった。それなら私がやる」

「これしか方法がない、か」

「我らにも出来ることはあるかもしれん」

「そうね。私達も闇の書に戻った後、再起動できないか試してみますね」

 

 具体的な話が進む。ハヤテの覚悟が決まったと判断します。シグナム達守護騎士もお互いにうなずきながら覚悟を決めたようですね。

 

「はやて、大丈夫?」

「大丈夫や。私に任せとき」

「なるほど、僕にもよくわかった。だけど、問題がある」

 

 みながひとつにまとまろうとした時、クロノ執務官が待ったをかける。

 はて、何か抜けでもありましたでしょうか?

 

「それはなんでしょう?」

「闇の書が完成してないことだ」

 

 ああ、そういえばそうでしたね。その問題はすでに解決済みだったので忘れていました。

 

『シャマル。あの二匹の使い魔を拘束している管理局側の捕獲魔法を解除してください』

 

 では、最後の詰めを始めましょう。

 

「ああ、それでしたら問題はありません」

『だけど、それは。出来ないわ。だってそれはハヤテちゃんが許さないもの』

『わかっています。ですが、お願いします。シャマル。全ての責任は私が負います。ハヤテを救うために力を貸してください』

『シュテルちゃん……止めても無駄ね。わかったわ』

「しかし、実際にまだ蒐集は終わってないはずだ。君たちが蒐集されるとでも言うつもりか?」

「いいえ、違います。私達ではありません」

 

 私が手を向けると二匹の使い魔にかかっていたクロノ執務官の拘束魔法が破壊される。白い光を撒き散らし、かわりに私の真紅の魔力光が光って再拘束する。

 

「何!?」

「おまえ!」

「やはり、こう来たか」

 

 アリア、貴女は理解しているようですね。それはとてもありがたい。

 まあ、特に罪悪感は湧きませんが。

 

「動かないほうが身のためです。この二人は人質ですよ? では、来てください、闇の書よ」

「シュテル! 何をしてるんや!」

 

 この闇の書は本当に浮気者ですね。呼べば手元に闇の書が転移してくる。

 

「ハヤテ。これが最善の一手です。彼女たちは拘束され、この後の事には関われない。守護騎士達やナノハ達は必要。ならば、不要な人物には犠牲になることで貢献していただきましょう。大丈夫ですよ、死にはしませんから。ただ、手を貸していただくだけです。自身のリンカーコアで」

「止めろシュテル! それは犯罪行為だ!」

「私は紫天の書のシステム構築体。星光の殲滅者、シュテル・ザ・デストラクター。ヴォルケンリッターでもなく、ハヤテを主ともしていない。全ては我が王の為に。ハヤテはついでに助けてあげますので、どうかお気になさらず、勝手に助かってください」

 

 私は今、冷たい目をしているでしょうか。

 覚悟したアリアを見て、意外なことに少し罪悪感が湧いてくる。本当はもう少し、余裕を持ちたかったのですが……全ては私の不甲斐なさのせい。いま少し時間があれば代わりの魔獣を用意できたでしょう。

 

「本当にこれで闇の書は消えるというの?」

 

 だから、アリアの問いかけに私は答えます。

 

「貴女達の希望も受け付けましょう。私の目的は闇の書を消し去り、夜天の書を復活させる事なのです」

「そう。わかったわ。やりなさい。そのかわり、失敗したらその首、掻き切ってやるんだから」

 

 良い覚悟です。私も覚悟はしましょう。

 

「アリア、それでいいのかよ」

「いいわ。それでお父様の願いを叶えることが出来るなら。はやても、気にしなくていいわよ。これは私達の罪滅ぼしだから」

「そんな。罪滅ぼしって、なんの事なんですか?」

「貴女1人を犠牲にしようとした私達の罪滅ぼし」

 

 では行きますよ。

 

Sammlung(ザムルング)

「う、くぁぁっ!?」

 

 二匹の使い魔からリンカーコアを蒐集。

 

「さあ、準備は整いました」

「ちょとまち、シュテル!? ちょう待って! まだ心の準備が」

「待ちません」

 

 ハヤテのもとに闇の書が移動する。

 

「シュテル、お前急すぎるだろ!」

「はやてちゃん!」

「確かに時は無いとはいえ、しかしこれでいいのか?」

「やむを得ん。我らも覚悟を決めよう」

 

 さあ、始めましょう。

 

「ハヤテ。後は貴女次第です……これについては待っていますよ」

「ちょぉぉぉぉぉぉぉぉ! シュテルのあほおおおおおおおおお!!」

 

 

 これが闇の書の終わりの始まりです。




後半改変しました。


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27話 闇の慟哭

「また、すべてが終わってしまった。一体幾度、こんな悲しみを繰り返せばいいのだ」

 

 闇の書の管制人格……今はまだ、名が無いのでしたね。

 すでにハヤテは管制人格と融合し変貌を遂げている。守護騎士ヴォルケンリッター達は機能を停止。こちらは闇の書に吸収されました。

 

「我は闇の書。我が力の全ては」

 

 ここにいるのは、ナノハ、フェイト、私。そして、クロノ執務官に倒れている使い魔が二匹。

 

「まったく、むちゃくちゃだ! 僕は先に2人を連れて管理局に戻る。3人は時間を稼いでくれ!」

「今から結界を張りますので、早く行ってくださると助かります」

「誰のせいで! エイミィ、すぐに転送を」

 

 クロノ執務官が二人の使い魔を連れて転送する。これで、残ったのは3人。

 さて……後はハヤテが管制人格側の権限を掌握するまでゆっくりと待ちたいところですが。できれば戦闘などせずに、話をして時間を引き伸ばしたいです。ただ、あの管制人格ですからね……。

 

「話を聞いて! 闇の書さん!」

「主の願いを、そのままに」

Gefängnis der Magie(ゲフェングニス・デア・マギー)

 周囲の景色が変わる。先に結界を張られた。まったく、問答無用ですか。

 

 ナノハの問いかけに答えることもなく、闇の書の管制人格は周囲に結界を展開し終える。この結界魔法はヴィータが使った捕獲結界。対象を設定し、対象だけを結界内に捕獲する。中には入りやすいですが、外へは出にくい。やはり吸収してしまえば騎士達の魔法も使用可能のようですね。厄介な。

 

 しかし、結界の対象はなんでしょうか? ナノハとフェイトも結界内部に取り込まれているということは、魔力でしょうか? まあ、どうしても私達を逃さない気なのはわかりました。なぜでしょうか……ここに恨む相手はいないはず。以前とは状況が変わっているというのに、なぜ逃さない事を優先したのか。

 

「お願い、闇の書さん! 話を、聞いて!」

「お願いだ! 聞こえているなら返事をして欲しい!」

「スレイプニール。羽ばたいて」

Sleipnir(スレイプニール)

 

 魔法が発動し、管制人格の背中から黒い翼が生える。ゆっくりと浮かぶ様子から、すぐに攻撃を仕掛けてはこないでしょうが……しかし、ナノハやフェイトが必死に呼びかけるが、どうにも全く聞く耳を持たない。

 これは埒が明かない。とりあえず、話が出来ないことには前に進まない。理由もわかりませんし……少し、私から呼びかけてみますか。

 

 警戒しながら近づく。管制人格は相変わらず空を見たまま、こちらを見ない。

 正面まで近づいて停止して、話しかける。

 

「お久しぶりです。ご機嫌いかがですか?」

「そこに居たのか、シュテル。我が内からいでし異分子よ」

 

 私が問いかけると、管制人格は顔を正面に向け、こちらを見る。その顔に、涙は見えない。反応したということは、意識はしっかりあるということ。

 

「異分子である事については否定しません。ところで、貴女の事はなんとお呼びすればいいのでしょうか? 管制人格さんですか? それとも闇の書さんでしょうか?」

「お前は、なぜ、蒐集などしてしまったのだ? 我が主は望んでいなかったというのに。そのせいで、今日という日を迎えてしまった」

 

 話が通じない……やはり壊れていませんか? このポンコツ管制人格。 

 

「それは、今日という日を迎えるためです。望まぬ未来を正す為の必要な過程です」

「我は過程か。なるほど、道具に相応しい扱いというわけか。だが、我が主は、ただ愛した者たちと共に、何事もなく平和に時を過ごすことを願った。我はただ、それを叶えるのみ」

 

 扱いに不満でも? 別に貴女に思うことは何もないのですが。少々、頑迷固陋(わからずや)かとは思いますが。

 とにかく、何を言っても無駄そうですが、理由くらいは話していただきたい。ハヤテの願いを叶えるとは何の事なのか。

 

「はあ、そうですか。つまり、叶える願いとはなんですか?」

 

 私を見つめる管制人格は無表情に口を開く。

 

「お前もまた、我が主の愛すべき家族の一員。主には、おだやかな夢の内で永久(とわ)の眠りを。お前もまた我が内に戻り、主と共に永遠に眠るといい」

 

 なるほど……それはつまり。

 

「私に封印に戻れというのですか? 残念ですが、その申し出には謹んでお断りいたします。私にはすべき事がありますし、そもそも永遠なんて無いのですよ」

「相変わらず私のアクセスを拒絶するのか。私にはお前のプログラムを強制停止できない。お前は一体、なんなのだ」

「お願いですから、返事を返してください。これでは会話が成立しないのです。わかりますか?」

「そうか。しかし、我は魔導書。ただの道具。ならば、我はただ、主の願いを叶えるのみ」

 

 まったく欠片も聞いていない。私の話を聞く気もない。いや……聞く必要を感じていない? この管制人格は主の願いを叶える事しか考えていない。それだけではなく、すでに考える事を放棄している可能性が。

 それはつまり――諦めている? 何を諦めているというのですか?

 

「シュテルちゃん、危ない!」

 

 気づけば闇の書の管制人格は右手を私の方に向けていた。管制人格の魔力の高まりを感じる。

 

「デアボリック・エミッション」

「くっ! 攻撃も問答無用ですか」

 

 すぐに全速力で後退。管制人格が掲げた右手から魔力が迸る。

 

「闇に、染まれ」

 

 黒い魔力球が生まれると同時に広がり始める。徐々にスピードが早くなっていく。

 このままでは間に合わないかもしれません。

 

「空間攻撃?」

「シュテルちゃん、こっちに来て!」

 

 声の方を見れば、二人が固まって防御の陣形を取っているのが見えました。避けられないとフェイトも判断したということは、これは逃げられないのでしょう。

 すぐにナノハの後ろにまわる。

 

「レイジングハート」

Round Shield(ラウンドシールド)

 

 ナノハが防御するとすぐに魔力の衝撃波に襲われた。

 周囲が黒く染まる。防御魔法が弾くも衝撃が襲ってくる。あたりに衝撃音が響き、もはや逃げ場がない。防御魔法の効果範囲に出たら大きなダメージを負うのは想像に難くない。

 このまま続くと、防御を抜かれるかもしれません。

 

「お手伝いします」

「お願い!」

 

 このまま何時まで攻撃が続くかわからない以上、防御フィールドを強化すべきです。ナノハの魔力の温存も必要。なので、魔力をナノハに流す。それに、フェイトの今のスピードを優先したバリアジャケットでは、たぶん防御を抜かれたら一発で終わりです。フェイトには、ここで倒れてもらっては困ります。

 

 しばらく魔力が攻め合う。何時まで続くのかと思われた時、ようやく魔力の流れが止まった。

 

「こっちに。一旦隠れよう」

 

 フェイトに促され、私達はこの場から離れる。

 

「逃さない」

 

 突然、すぐ後ろから声がした。背筋が凍るような危険を感じる。振り向きながらシールドを展開開始。

 振り向けば目の前に闇の書の管制人格が。腕を振り上げ、まさに今、振り下ろさんとしている。

 

「しつこいですね」

 

 わざと余裕の言葉を言いながらも盾の展開を優先。

 

Schwarze Wirkung(シュヴァルツェ・ヴィルクング)

 

 シールドに接触した瞬間、魔力が破壊される。打ちつける相手の魔力に私のシールドが耐えられない。危険を感じたのはこれが原因? いや、このような直接的なものではなく――。

 

「シュテルちゃん!」

「このっ!」

 

 左からフェイトがバルディッシュを一閃。しかし闇の書の管制人格は苦悶の表情を見せるでも無く、軽々と片手で捌いた。効いている感じはしない。フェイトの攻撃ですら傷ひとつ付けられない。管制人格の意識が私から外れる。

 

「ヒートバレット」

 

 真正面から火炎の弾丸を連射。全弾命中する。

 ですが、手応えがない。

 ここは距離を取ることを優先すべき。なぜか近づかれた時、悪寒のようなものを感じました。後退して距離を取れる隙がある今のうちに。

 

「離れて!」

 

 ナノハの声。とっさに距離を更に開く。

 ナノハはすでに砲撃の体勢ですが時間の関係でこめられた魔力が若干弱い。しかし、ナノハの近距離砲撃ならば。

 

「ルベライト」

 

 まずは足止めを。私の拘束魔法が管制人格を捕縛する。

 

「砕け」

Break Up(バリアブレイク)

 

 私の拘束は一瞬で砕かれた。しかし、これで充分。

 

Divine Buster(ディバインバスター)

「シューーート!」

 

 桜色の砲撃がレイジングハートから放出された。

 

「盾」

Panzerschild(パンツァーシルト)

 

 管制人格はナノハの方を見ることもなく左手で盾を展開。そこにナノハの砲撃が当たるが――びくともしない。

 桜色の砲撃が攻めるが、展開された盾が小動(こゆるぎ)もせず全く効いていない。

 ですが、これは一旦、ここで畳み掛けないといけない場面です。

 

「ルシフェリオン、カートリッジをリロード」

「プラズマ!」

 

 擦過音が響いたと同時にフェイトの声も管理人格の右側から響く。

 フェイトも射撃体勢。丁度、管制人格を挟み込むような動き。

 良き連携です。私も急ぎましょう。杖の先端を音叉上に変える。闇の書の管理人格に向けて照準固定。

 

「スマッシャーーー!」

Plasma Smasher(プラズマスマッシャー)

 

 雷の属性を帯びた直射砲。帯電した電流が音をあげる。ナノハの逆側からの攻撃。

 だが、これも右手を上げて盾が出る。防がれた。微動だにせず、攻撃を受け切っている。

 しかし、正面は空いた。

 

「ブラストファイア」

 

 私の砲撃は魔力が2人よりも多く放出可能。2人のお陰で時間が稼げた。

 炎翼展開。3つの円環が回り始める。

 出力70%――75%――80%

 魔力のリミットぎりぎり。

 

「焼滅しなさい。ファイヤ!」

 

 ルシフェリオンから放たれた真紅のランス。

 暗闇を炎で塗り替えながら一直線に突き進む。

 確実に当たる。逃げられません。

 

「さすがだ。だが、それで止まれるならば、私は絶望など、しない――鎧を」

 

 なぜ。

 

Panzergeist(パンツァーガイスト)

 

 なぜ、今、泣くのですか?

 

 当たった瞬間、管理人格の体から魔力の光が飛び散る。

 私の攻撃を体に当たる寸前で防御している。あれは、シグナムの防御魔法。フェイトの攻撃を防いでいた魔法と同じ。凄まじいエネルギーを受けているはずなのに、全部受け切られている。

 三方からの砲撃を受けたにも関わらず、その防御魔法に衰える様子がない。

 

 これでも破れないというのですか。まさかここまで。ここまでの魔力の差があるとは。

 

「はぁぁぁぁ!!」

『シュテルちゃん、もう限界かも』

『ごめん、こっちも限界だ』

 

 駄目、ですね。

 私より先に砲撃していたナノハとフェイトに限界が来る。

 2人の浮かんでいた高度がどんどん落ちていく。

 このまま撃ち続けていても、勝ち目が見えません。

 

『砲撃を停止します』

 

 同時に砲撃を停止。

 光が収まった中心には、全く無傷の管制人格が空に浮かんでいた。

 

刃以(やいばも)て、血に染めよ」

Blutiger Dolch(ブルーティガードルヒ)

 

 反撃? まさか即座に反撃をしてくるつもりですか?

 

『ナノハ、フェイト。防御してください!』

 

穿(うが)て、ブラッディダガー」

 

 私を囲むように短剣が7本出現する。他の二人の周りにも。先程、砲撃魔法を防御したばかりというのに、まったく消耗をしていないのですか、あの管理人格は。

 

「プロテクション」

 

 すぐに防御に短剣が突き刺さる。突き刺さった瞬間に爆発。

 シールドが揺らぐ。

 ですが、防御は成功。

 

 今のうちに距離を取る。2人は――爆発による黒煙から二人が出てくるのが見えた。ほっと胸をなでおろす。

 

「この程度では、お前は落ちないか」

「泣きながら物騒な事を言わないでください」

 

 無表情な顔で涙を流す管制人格がこちらを見ている。ナノハやフェイトには一瞥もせず。視界に入っているのは私だけ。

 ならば、なぜ、泣くのですか?

 

 私の問いかけを無視して、再び管制人格は右手を上に上げる。

 

「咎人達に滅びの光を」

「これは」

 

 周囲の魔力が管制人格の右手に集まり始める。

 この魔法は、ナノハと同じ魔法。周囲の魔力を集めて自身の魔力に変換する。

 目の前で膨大な魔力が練り上げられていく。

 

「星よ集え、全てを撃ち抜く光となれ」

『これって、収束魔法?』

『いけない! ナノハ! シュテル! 今すぐ離脱を。いや、二人共、私についてきて!』

 

 フェイトの言葉に従ってこの場を離れる。すでに集まっていく魔力は私やナノハの比ではない。ここで、私が収束砲でせめぎ合っても負けるのが目に見えています。

 

「急いでこっちへ! 回避距離を取らなきゃ防御の上からでも落とされる!」

 

 合流してもひたすら距離を稼ぐ。ナノハはフェイトに抱えられて逃げる。確かに、あれをまともに食らっては私でも消滅するかもしれない。私も速度を上げます。

 高度を落とし、ビルの間を抜け、さらに外へ外へと離脱する。

 

『Sir, there are noncombatants on the left at three(左方向300ヤード、一般市民がいます) hundred yards. 』

「え!?」

 

 突然、フェイトのバルディッシュが報告を上げてきた。

 一般人? なぜこんなところに一般人が?

 この結界は対象を設定しているはず。なぜ、この結界内に一般人が?

 

Distance.seventy, sixty, fifty(距離 70. 60. 50)

「なのは、このへん」

「うん」

 

 ナノハが先に下に降りる。

 一般人を保護するために別れて探すつもりでしょうか?

 

「ここで降ります」

「了解しました」

 

 私とフェイトが同じ場所に降り立つ。フェイトは信号機の上に、私は地表に立つ。

 

Twenty, eighteen(20. 18).』

 

 近づいてきている?

 

「エイミィ、結界内に一般人が取り残されているんだ。直ぐに対処をおねがい」

 

 やがてビルの影から二人の人影が通りに出てきました。

 小学生くらいでしょうか? ナノハと同い年に見えます。それに、あのコートは。

 おや……あの2人は。

 

「あの、すみません! 危ないですから、そこでじっとしていてください!」

 

 ナノハが見つけて言葉をかける。

 

「なのは?」

「フェイトちゃん?」

 

 こちらを見た2人には見覚えがありました。

 月村すずかとアリサ・バニングス。

 つまり、この捕獲結界の対象はハヤテの親しい人という事でしょうか?

 

 まったく、あのポンコツ管制人格は面倒な事をするものです。

 

 

 魔力の増幅を確認。管制人格の方を見る。魔力がほとばしっている。

 

 来る。

 

『来ます。すぐに防御隊形を』

 

 2人に通信の送った同じタイミングで闇の書の管制人格の魔法が放たれた。これも広域攻撃型の特性なのか、全てを薙ぎ払いながら円形に魔法の衝撃が拡大していく。

 

『駄目。二人の保護は砲撃が終わるまで出来ないって』

『シュテルちゃん、二人をお願い』

『わかりました』

『フェイトちゃんは私の後ろに』

『わかった』

「レイジングハート」

Wide area protection(ワイドエリアプロテクション)

 

 ナノハが先頭でシールドを広範囲に張る。できる限り魔法の衝撃を防ぐつもりですか。

 フェイトは私の前で円形の魔法陣を展開。

 素晴らしい判断です。ならば、私も防御魔法を張りましょう。

 

「サークルプロテクション」

 

 私を中心に2人を囲うように魔法を展開。半球型の形をとる。この中なら、たとえ2つの防御を突破されても守り切れるでしょう。

 ああ、そうでした。魔法に不慣れな、御二人に言っておかねば。

 

「御二人共、ここから出ないようにお願いします」

「あ、はい。わかりまし……あれ? なのは?」

「なのはちゃん……が、ふたり?」

「申し訳ありませんが、説明は後ほど」

 

 今はそれどころではありません。

 

 ナノハの魔力光と同じ色をした魔力が目の前いっぱいに広がっていく。なるほど、これは――恐怖です。ナノハがレイジングハートを握り直すのが見えた。

 ぶつかる。

 視界いっぱいに広がった魔力の激流。逆らうようにナノハの防御魔法がしのぎを削る。余波が

フェイトの防御魔法を揺らがす。耳をつんざく凄まじい轟音。

 

「むっ」

 

 二段構えの防御魔法すら超えて私のシールドが震える。周囲はもはや光で何も見えない。わずかにナノハとフェイトが形作った影が薄っすらと見えるのみ。

 

 しかし、思っていたよりも衝撃が弱い。

 やはり距離を取った事と2人の防御が効いていますか。

 

『シュテル……エイミィから連絡。この砲撃の余波が、収まり次第、すずかとアリサを保護してくれるから。防御魔法を、解いてほしいって。すずかと、アリサは今一緒にいる、2人のことだから』

『はい、わかりました。2人のことは、実は知っています』

 

 返事は帰ってきません。まだ余裕はないようです。

 ですがそろそろ……徐々に威力が減衰していく。衝撃音が弱まり、収まっていく。

 

 やがて、先程までのが嘘のように辺りが静まり返った。

 とりあえず、保護をしてもらうために防御結界を解いておきましょうか。

 

「もう、大丈夫」

「すぐに安全な場所に運んでもらうから、もう少しじっとしててね」 

「あの、なのはちゃん? フェイトちゃん?」

「ねえ、ちょっと、え?」

 

 何かを聞こうとした2人の足元に突然、魔法陣が展開される。2人が驚いている間に問答無用で転送されていった。

 なんというか……ちょっとですが、可哀想でした。いきなり魔法陣が足元に浮かべば、まあ恐ろしいでしょう。管理局の業務優先主義を垣間見た気分です。

 

「見られちゃったね」

「うん」

 

 やはり、ご友人にも魔法については隠していましたか。

 2人もまた私や守護騎士達のように身分を隠して居たのでしょう。その苦労が忍ばれます。

 

 さて、管制人格はどこにいるのでしょうか?

 

「これでも落ちないのか」

 

 声が聞こえて気がついた。

 闇の書の管制人格が上空でこちらを見ています。

 涙を流しながら。

 なぜ、泣きながら戦うのか。以前とは異なるはずなのに。

 何か、おかしい。

 

「どうして涙を流しているのですか?」

「我はただの道具。涙など、流していない。この涙は、主の涙」

「それは嘘です」

 

 そんなはずはありません。ハヤテの絶望も騎士達の悲しみも、私が防ぎました。ならば、ハヤテが悲しんでいるはずがない。

 

「ハヤテが悲劇に悲しんでいるわけがないのです。なぜなら、ハヤテは運命に抗う事を決めたのだから。闇の書の主の運命と、騎士達の運命と、そして、あなたの運命にも」

「すべては。何をしても無駄なのだ。我は魔導書。魂無きただの道具。我はただ主の願いを叶えるだけ」

 

 そういう事でしたか……彼女は、この闇の書の管制人格は、諦めている。

 救うことも救われることも、何もかも。

 これまでの事が。度重なる主の死が。幾度となく繰り返された破壊が。

 この管制人格に生きることを諦めさせている。

 

 不思議ですね……ただの道具が、希望を失い、生きることに諦めているなどとは。

 なんの冗談なのでしょうか。

 

「あなたは自分を道具だというのなら、主に従うべきではないのですか? それすら諦めてしまうのですか?」

「赤竜召喚」

 

 くっ! こんなタイミングで!

 地表から無数の触手が道路やビルを破って生えてくる。生えてきた触手は地表に近いフェイトやナノハに向かって一斉に動き出す。このままでは、捕獲される。

 やむを得ませんね。

 

「私が薙ぎ払います! 2人は上空に退避を!」

『わかった。行くよ、なのは』

『ごめんね、シュテルちゃん』

 

 2人が触手の攻撃を交わしながら上空へと退避し始めるが、触手の動きの方が早い。逃げ道を塞ぐように立ちふさがる。急がなければ。

 

「ルシフェリオン」

 

 魔力を込めた弾丸を送り込む擦過音が響く。魔力は充分。

 さあ、この不埒な触手達を一掃します。

 

「連続で撃ちます。ファイア!」

 

 ナノハを捉えようとした触手を打ち破る。フェイトの行く手を遮った触手を薙ぎ払う。次々と出てくる触手を一つ一つ狙撃して潰す。

 

「優しいお前ならば、そうすると思った」

 

 な……に?

 

「ようやく、捕らえた」

 

 右手を掴まれた。いつの間にか後ろに管制人格がいる。

 掴まれた右手を無理やり離そうとするも、思いのほか力が強く剥がせない。

 至近距離からの砲撃で離脱を。

 

「さあ、お前も我が内にて眠れ。主と共に、永久の眠りを」

Absorption(アプゾルプツィオーン)

 

 ――不覚。

 

 意識を失う中、ナノハの声が聞こえた気がしました。



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28話 微睡みの絆

 ここは……。

 

「ふむ、やっと戻ったか」

「王様ーーよかった! 戻ったーー!」

「フン、さわぐなレヴィ! 当然よ」

 

 王……レヴィ? なぜここに。

 

 先程まで私は……そうです。私はあの分からず屋と戦っていたはず。

 それから……ああ、なるほど。

 

 どうやら、私は吸収されてしまったようですね。

 

「どうしたシュテル? なにをボーとしておるのだ」

「そうだよ。早く起きないと、えーと、えーと、あの、あの子の所に行くんだ!」

「ユーリだ、どあほう」

「そう、その子!」

 

 闇統べる王、ロード・ディアーチェ。雷刃の襲撃者、レヴィ・ザ・スラッシャー。

 二人を見ると、とても懐かしく感じます。本当に長い間、会わなかったような気がします。

 ようやく見ることが出来ましたか。しかし、ここは一体どこですか?

 

 周囲には何もない、暗い暗闇の海の上。そして、この会話。

 

「ああ、ここは――」

 

 決戦前ですか。

 この後、私達は断片データと戦い、U-Dとの決戦に向かう。そこで私とレヴィは敗北し、王1人に全てを託しました。その後、私だけがなぜか過去に転移し……私はハヤテやヴォルケンリッター達と共に数カ月間の短くはない時を過ごした。

 どうも、妙な気分です。ここは未来の光景のはずなのに、過去の情景でもあるのですから。

 

「シュテるん、どうしたの? さっきから黙って。はっ!? まさか、どこかまだ痛いとか!」

 

 レヴィ――私と共に王をささえる力のマテリアル。心配するその表情も、言動も、記憶と変わらない。

 

「いいえ。大丈夫ですよ。心配をおかけしました」

「シュテルよ。まだ本調子が戻らぬのなら、後ろでしばし控えていても良いのだぞ」

「さっすがぁ! 臣下思いの優しい王様ーー!」

「うるさいわ、レヴィ! いちいち茶化すでない!」

「王様、照れてるーー」

 

 ディアーチェ――我らの闇統べる王。尊大な態度とは裏腹に臣下にはむしろ甘い王。

 

 姿も声も、たとえ偽物でも変わりませんね。私の記録から作られたからでしょうか。

 しかし、どれほど似ていても偽物にはかわりがありません。

 

 そう思うのですが、本当によく出来ている。

 

「よし! では、皆も揃ったことだし、シュテルの立てた作戦通り、U-Dを、砕け得ぬ闇を我が手に収める! この紫天の書のうちにな!! そしてその時こそ、真の闇を統べる王に、我はなる!!」

「いえーーーいっ!」

 

 ああ、このようなやり取りもしましたね。懐かしい。また、もう一度、同じ遣り取りをすることになるのでしょうか?

 

「シュテル。どうしたというのだ? 今日は妙に静かではないか? まだ何か考え事でもあるのか?」

 

 懐かしさが込み上げてくる。この情景を失うことを惜しむ気持ちは、確かにある。

 なるほど。過去を回顧するというのは、こういう気持ちになるのですね。

 

「いえ。少々懐かしく思いまして。このような日々も、確かにあったのだと」

「そうさの。確かに色々あったからな」

 

 もう一度3人で戦う日々に戻りたいと、憧れる気持ちが湧いてきます。

 

「ここで我らと共に穏やかに過ごしたいとは思わぬのか?」

「シュテるんはボク達と一緒に居たくないの?」

 

 気遣わしげなディアーチェの顔。不安そうなレヴィの表情。

 そんな2人を、たとえ夢の中だからといって無下にして突き放すなど、私には出来そうにありません。

 

「この世界なら、ボクも王様も、ユーリだって一緒に居られるんだよ? ずっと、ずーーーと永遠に一緒なんだ。それってダメ、かな?」

 

 ええ、それが私達の悲願。2人が居ない世界は少し寂しく思います。ですが、2人と出会うその時まで、私は準備を整えて待つと決めたのですから。

 それに、私はもう、1人ではないですからね。

 

「そうですね。それはとても素晴らしい事だと思います。ですが、それは夢などではなく、現実の世界で実現してこそ意味があるのです」

「ええと、どういう事?」

「それに、そもそも永遠などというのは幻想です。どのような強大な力を振るおうとも、いつか終わりが来るもの。それは、長いか短いかの違いだけです。ならばそれまでに、後悔が少ない日々を送る事の方が論理的ではないでしょうか?」

 

 そもそも、前回までと違って今回は大きなアドバンテージを得ることが出来ます。

 夜天の主も守護騎士達も管理局も味方になっていただける可能性があります。

 しかも、最初からユーリを確保する可能性すらあるのです。

 正直、永遠の現状維持には魅力を感じません。望める未来があるから今日を戦えるのですから。

 

「ボク達は後悔だった?」

 

 私の考えが読めるのか、レヴィが悲しそうな顔をする。そんな顔をさせるつもりはなかったです。

 

「いいえ。むしろ感謝しています。会わせていただき、ありがとうございます」

 

 色々と思い出すことが出来ました。久しく会わなかった仲間に会うことも出来た。

 感謝しかありません。

 

「さて、私はそろそろ行かなければ」

「もういっちゃうの?」

 

 ですが、ここに留まることは出来ない。私には成さねばならぬことがあるのです。

 

 王の覇道、我らの悲願。どこの誰にも、邪魔はさせない。

 たとえ何が起ころうとも、私とルシフェリオンが切り拓くのみ。

 

「出ることは叶わぬぞ。あの闇の書の管制人格が封印を施しておるからの。あやつめ、随分と拗らせておる。説得するにも骨が折れる事だろうて」

「それは、困りましたね。なんとかしなければ」

 

 気合を入れてはみたものの、出ることが出来ないと言われてしまえば手段が限られてしまう。

 この中で魔力爆発でも起こしてみましょうか?

 それとも、呼べば管制人格が出てきたりしないものでしょうか?

 ハヤテはまだ起きないのでしょうか?

 

 ハヤテが心配です。

 

「外に出る事は出来ぬが、管制人格がおるとこには送ってやれるだろう」

「ボクと王様で管制人格? って人のところまで行ける道を作って、シュテるんを送ってあげる!」

 

 王とレヴィが相槌を打つ。相変わらずの私への信用には感謝しかありません。

 

「レヴィ。王よ。感謝します」

「よい。臣下の願いに応えるのも王の努めよ」

「シュテるん頑張って! ボク、応援してるから! どれだけ遠くに離れていても、どれだけ世界が変わっても、たとえ存在が変わっても、それだけは絶対だから!!」

 

 じわりと心に暖かさが滲んでくる。

 必ず再び会いましょう。今度は現世で。必ず。

 

「行って来い、シュテル。我が槍よ! 行ってついでに子鴉も起こしてやるがよい!」

「承りました。では、行って参ります」

 

 王とレヴィが作り出した光の道を、私は駆けて行く。

 背中から感じる2人の気配に押されるように。

 

 

 

「ハヤテは……まだ、眠っているのですか」

 

 たどり着いた先は真っ暗な何もない世界。その世界の中心にハヤテがただ1人、車椅子に寝かされていました。

 まだ、深く眠っている様子。起きる気配もない。

 なぜ今だに眠っているのでしょうか……そろそろ起きてもらわなければ困ります。

 

「シュテルか」

 

 声がした方を見れば、いつの間にか管制人格がいました。

 管制人格はハヤテの顔を覗き込むように片膝を付く。

 

「どうか、安らかにお眠りください。主よ」

 

 なるほど……考えは変わっていないのですか。

 

「貴女はまだ、ハヤテを開放して差し上げないのですか?」

「私は所詮、ただの魔導書に過ぎない。私に出来ることは、主の望みを叶えることだけ」

 

 また、同じ台詞を言う。ただの魔導書。何も出来ない。願いを叶えるだけ。

 いい加減、聞き飽きました。

 

「ハヤテの本当の望みを、貴女はご存知のはず。今の状態は、ハヤテの望みではありません。貴女の望みです」

 

 私が指摘しても、管制人格の表情は何も変わらない。

 

「そうか。そうかも知れない。だが、私に出来ることはこれだけだ」

 

 その表情は、何もかも諦めてしまった顔。

 

「今までの主も同じでしたか? 同じ事を願いましたか?」

「今代の主は、今までの主達とは違う。己の欲望のため力と破壊を求めた歴代の主達とは」

 

 知っています。今までの闇の書の主達は皆、力を求めた。守護騎士達に蒐集を強要し、戦いの道具にした。最後は、闇の書に吸収され防御プログラムの暴走により自滅していった。

 

「今代の主は、はやては、温かい陽だまりのような方だ。この寒々とした闇の中に輝く光そのもの。私と騎士達はリンクしている。だから、私もまた、主を愛おしく思っている。主とともに歩める事が、私には幸せだったのだ」

 

 だが、ハヤテは違った。ハヤテは蒐集を望まなかった。それはつまり――願いは叶っていたという事なのではないでしょうか。だから、願う必要がなかったのでは?

 ハヤテが望んていたこと。それはきっと、家族だったのではないでしょうか。

 1人は寂しいものですから。

 

「だが、そんな主でも、闇の書の呪縛からは決して逃れられない。破壊と殺戮は定められた運命だ。主を侵食することも、やがて喰らい尽くしてしまうことも、私には止められない。ならばせめて、我が内にて幸せな夢を抱いて眠っていただきたかった。すべてが終わるその時まで、あらゆる不幸から私が守るから」

「だから、貴女は泣くのですか。どれほど大事に守ろうとも、結局は主を不幸にする結末は変わらないからと」

 

 そんな主に出会えたというのに、結果を変えることは彼女には出来ない。だから、彼女は諦めてしまった。自分では何も出来ないから。

 何も出来ない事に嘆き、主を不幸にすることに嘆き、救いがないことに嘆く。

 

「なるほど、よくわかりました」

 

 ですが、今代の主は違う。

 

「しかし、ハヤテならば大丈夫ですよ。この永遠に続くと貴女が思っている悲しみの連鎖を、ハヤテならば断ち切れます」

「何を持ってそういうのだ? なぜお前はそれほど自信があるのだ?」

「私に自信があるわけではありません。今の主であるハヤテは、貴女が思うよりもずっと強い人だと信じているのです」

 

 ハヤテと王は似ていると思います。言動も行動も異なりますが、しかし家族思いなところはそっくりです。だから、きっと必ず家族のために力を尽くすでしょう。

 我が王が臣下を決して見捨てないように、ハヤテもまた、家族を決して見捨てない。そして必ず、未来を変えてくれる。

 

「それに、私は言いました。永遠なんてものはない、と。それが今なのです。だからどうか。勝手に諦めないでください。そして、信じてあげてください――貴女の……夜天の書の主を」

 

 私が王を信じるように。

 

「残りはハヤテから聞いてください」

 

 それだけを管制人格に言うと、私はハヤテの肩に手を添える。

 

「さあ、ハヤテ。起きてください。悲しい運命とやらを変えましょう」

 

 

~~~~~

 

 

「う……ん。シュテル? おはようや」

「おはようございます、ハヤテ」

 

 目が覚めたら、目の前にシュテルがおった。珍しいな、シュテルが寝起きにおるなんて。

 

 いつもはシャマルが起こしてくれるのに。横ではヴィータが寝坊して、私が起こしてあげるんや。

 リビングに移動したらシグナムが新聞を読んでて、ザフィーラは隅っこで寝てる。

 そんで、縁側でシュテルが猫に餌をあげとる。

 

 顔を洗ったら朝ごはんの用意。シャマルも最近、料理の腕を上げたからな。安心して任せられる。けど、私も料理は好きやから。病院生活は料理が出きんで辛かったんよね。

 みんなでご飯食べたら、それから……なんやろ。

 

 なんや色々あった気がする。ずっと長い間、忘れてたような。

 

 真っ黒い空間が揺れた。

 

――シュテルちゃん! はやてちゃん!

 

 なのは……ちゃん? 

 あれ、ここは……どこや??

 そうやった。私は闇の書の中に入ってもうて……あ。

 

「シュテル、思い出したで! 酷いやん、合図もなしに始めるんわ。こっちにも心の準備ちゅうんがあるんよ!」

「ああ、それについては。申し訳ありません。時間がなかったものですから」

「ほんまか? なんか勢いでやったんとちゃう?」

「本当ですよ」

 

 怪しい。食卓をエビだらけにした時もしれっとしとったやん。

 そもそも、シュテルの作戦は説明が足らんのよ。説明がない時が多いってヴィータも言ってた。

 

「お加減はいかがですか?」

 

 でも、気遣うシュテルを見るんは悪い気がせん。

 

「ええよ。それに、なんかええ夢を見とった気がするんよ。幸せな、温かい夢を」

「もっと見ていたいですか?」

「いや、もう十分や。夢は夢でしか無いから。それに、家に帰れば何時でも現実で見てられるしな」

 

 だから、私はやらなあかんことがある。もう一人の家族とちゃんと話して説得せな。

 闇の書の……夜天の書の主として。

 

「では、そろそろ私はお暇します」

「シュテル、もう行くん?」

「ええ。私も眠くなりましたので」

 

 シュテルの体が薄くなる。指先から消え始めてる。

 そっか。心配して無理して来てくれたんやな。

 

「今度はハヤテが私を起こしてください」

「わかった。後は私に任せてシュテルは待っといて」

「はい」

 

 じゃあ、そろそろ私も本気でお説教をしようか。

 主の話を聞かへん子にはお仕置きが必要や。



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29話 八神一家

マテリアル-S……躯体復帰。

戦闘用全モード……使用可能。

出力限界……91%。

ルシフェリオン……完全稼働。

 

 ここは……潮の香りがします。

 

「我ら、夜天の(あるじ)のもとに集いし騎士」

「主ある限り、我らの魂尽きることなし」

「この身に命ある限り、我らは御身のもとにあり」

「我らが主、夜天の王、八神はやての名のもとに」

 

 守護騎士達の声が聞こえる。

 

「リインフォース、私の杖と甲冑を」

 

 ハヤテの声。

 

 何かが砕ける音が響く。

 目を開く。

 

 暗い海の上空。足元にはベルカの魔法陣。周囲を見渡すと、目を瞑った守護騎士達(ヴォルケンリッター)がいる。シグナムを頂点とした五芒星。五芒星の中心にはハヤテが……これは。

 なぜかハヤテを囲むように騎士達が立っており、私はそこに混ざっていました。

 立ち位置が間違っていませんか? これでは私が騎士の一人になってしまうのですが?

 

「夜天の光よ、我が手に集え。祝福の風、リインフォース。セートアップ!」

 

 ハヤテが杖を掲げると、その杖が光る。闇の書の管制人格、いや、夜天の書の管制人格であるリインフォースとの融合(ユニゾン)。バリアジャケットが変わる。頭髪の色まで変わり、頭には輪っかではなく、帽子。背中に6枚の黒い羽。私の記憶にあるヤガミ・ハヤテの姿です。

 どうやら無事に管制プログラムを掌握したのですね、ハヤテ。

 

「はやて。ごめん! あたし、何も、何も出来なくて!」

「あの、はやてちゃん」

「ええんよ。大丈夫や。ちょっと眠ってたけど、シュテルが起こしてくれたから。リインフォースもわかってくれたし。それよりも、今は」

 

 ハヤテが目をつぶる。

 

「おかえり。みんな」

 

 ヴィータが泣きながらハヤテに抱きつく。他の騎士達も微笑ましくそれを見ています。

 心温まる再会の喜び。

 ここが戦場でなければ、ですが。

 

 防御プログラム(ナハトヴァール)は分離され、今は海の中。周囲を覆う魔力障壁が邪魔で、姿は見えない。球形の障壁の周りには蒐集された魔獣達の足や触手が見える。動きはなく、いまだに暴走は止まったままなのは、ハヤテとリインフォースが時間を稼いだからでしょう。しかし、それも時間の問題。まもなく防御プログラムは動き出す。一度動き出せば、止めるのは至難の業です。

 

「シュテルちゃん!」

「シュテル!」

 

 顔を上げればそこには少し煤けたナノハとフェイトの姿が。ゆっくりとこちらに降りてくる2人は、バリアジャケットが所々破けているのが見えました。

 度々揺れていたのはナノハ達が戦ってくれていたからでしょうか。離れていても助けてくれる。素晴らしい関係です。

 

「なのはちゃんとフェイトちゃん、ありがとな。外からの呼びかけ、ちゃんと聞こえとったよ」

「ううん。おかえり、はやてちゃん」

「はやて、おかえり」

 

 私も感謝しますよ。本当にありがとうございます。

 

「すまないな。水を差してしまうのだが」

 

 ナノハ達の後ろにクロノ執務官が舞い降りてくる。

 要件はわかっています。防御プログラム(ナハトヴァール)の排除の話でしょう。防御プログラムを倒す方法でも持ってきたのでしょうか? 

 正直、このあとは消化試合のようなもの。やれる事と言えば写真を撮るくらいしか無い。

 

「さっきの管理局の人やね。あの、すいません。うちの子達が色々お世話になってもうて」

「いや、それは今はいい。それよりも時間がないので、今の状況を簡潔に説明する。あそこの黒い淀み、闇の書の防衛プログラムがもうすぐ暴走を開始する。僕らはそれを何らかの方法で止めないといけない。停止の方法は僕の考えでは2つある。だが、この2つはどちらもリスクが大きい」

 

 おや? 話がおかしいですね。特に問題なく火力に任せて倒したのではないのしょうか? 防御プログラム(ナハトヴァール)は跡形もなく完全に破壊されていましたから。だからこそ、魔力を補充するために闇の欠片をばら撒いたのですが。

 

「だから、シュテル。君の作戦を聞きたい。ここまで策を練ったんだ。なにかプランがあるのだろう?」

 

 ああ、作戦ですか……本当にふっ飛ばせばいい位しか考えていなかったのです。

 そもそも防御プログラムは焼滅しましたが、ナハトヴァール(防御プログラム)そのものは消えません。消えても困りますが。

 しかし、このままノープランだと言える雰囲気ではありません。皆の視線が私に集まっています。期待する様子が見える。

 

 考えてみますか……そうですね。

 

「アルカンシェルで破壊してはいかがでしょうか。最も手っ取り早く確実かと」

「それは僕のプランの一つでもある。だが、それは」

「アルカンシェルは被害が大きくなるんだ。発動地点を中心に百数十キロの空間を歪曲させながら反応消滅をおこさせるから」

「シュテルちゃん駄目だよ! それは駄目!」

「なのはの言う通りだよ。そんな事をしちゃったら、街まで被害が出ちゃうよ?」

「シュテル、ばっか! こんなとこでアルカンシェルを撃ったらはやての家までぶっ飛んじゃうじゃんか!」

「駄目ですか」

 

 反対意見多数。ヴィータに馬鹿と言われてしまいました。結界で街に人は居ませんから破壊してもいいと思うのですが。修復については管理局の職員の方に頑張ってもらって……修復完了まで何年かかるでしょうか? ハヤテの家を最優先で修復とか駄目ですか?

 駄目ですね……そもそも、国際問題になってしまいます。いや……なるのでしょうか?

 とにかく、ここでアルカンシェルを撃てない、となると。

 

「では全員で砲撃して消し炭にするのはいかがでしょう。周囲の魔獣の肉体を削るのは造作もないかと」

「そこまでみんなの魔力が持つんやろか?」

「シュテル。それでは防衛プログラムの再生速度に追いつかないのではないか? 再生速度を超えることが出来たとしてもコアを破壊しなければ再生は続くが」

「コアはシグナムが気合でなんとか出来ませんか?」

「無茶を言うな。切ったこともないものを切れる保証はできない」

「シュテルちゃんって、実は脳筋だったりしない?」

「知らなかったのかシャマル? シュテルは私よりも力技を好む火力至上主義だ」

「酷い言い様ですね……」

 

 これも駄目ですか。火力で押すのは間違いではないと思うのですが。

 

「では、もっと遠くの海に飛ばすのはいかがでしょう? そこでアルカンシェルを撃つのです」

「これだけの巨体をどうやって遠くの海に飛ばす気なんだ? たとえ重量が問題でないとしても、抵抗されれば転送に失敗する可能性が高い」

「防御プログラムは魔力の塊よ? 抵抗されれば失敗は目に見えてるわ。再生に全機能を集中させるくらいしないと厳しいかも」

「そもそも、海でも空間歪曲の被害は出るだろう」

「なあ、シュテル。あんた、もしかして何も考えてなかったんじゃ?」

 

 駄目そうですね。フェイトのペットはスルーするとしまして……。

 

『はーい、みんな聞こえる? 暴走臨界点まで、あと15分を切ったよ! 会議の結論はお早めに!』

 

 おや、通信が届きました。アースラですか。あと15分。思ったよりも時間がありますね。

 

「シュテルちゃん、なにか無い? はやてちゃんのお家がなくなっちゃうの、嫌ですし」

「いや、そういうレベルの話じゃないんだけどな」

 

 家がなくなるのは……まあ、よく考えれば私も嫌かもしれませんね。今後の拠点として活用する予定ですし。

 それに、ハヤテ達を路頭に迷わすのは私の意志に反します。

 

 問題は地上ではアルカンシェルが撃てず、コアを破壊するだけの火力に乏しい事と、ナハトヴァール(防御プログラム)の再生能力でしょうか。

 再生能力もアルカンシェルが使えれば問題にならない。つまり――

 

「とにかくコアなのです。別に防御プログラム全部を飛ばす必要はなく、要は防御プログラムのコアだけを狙えばいいのですから」

「コアだけを狙う?」

「そうです。再生出来ないほどのダメージを与えるのではなく、コアを再生できないほどの速度で一撃して破壊すればいいのです。その方法でもっとも確実なのがアルカンシェルというだけですから」

「ここだとアルカンシェルは撃てない……」

「コアだけ……」

「飛ばす……」

 

 あ! と、声を上げるナノハとフェイトとハヤテ。何かに気づいたのか3人が互いに見合ってうなずき合う。

 そして、代表するかのようにナノハが一歩前に出ると口を開く。

 

「シュテルちゃん、空は?」

「空、ですか?」

 

 言われて空を見上げる。結界の中なのでどんよりとして気が滅入ります……空? 空。空ですか? アースラは上にいる? つまり――。

 ああ、なるほど。

 

「良き案ではないでしょうか」

「すまない。僕にもわかるように説明してくれ」

 

 盲点というわけではありませんが、気づきませんでした。宇宙。そこは無限に広がる世界。そこならば百数十キロだろうが千キロだろうが爆発しようが消滅しようが、この星には被害は皆無。

 宇宙は残念ながら私の砲撃の射程外ですから、意識から外れていました。反省しましょう。

 

「アルカンシェルは地上では撃てません。ならば、防御プログラムのコアだけをアースラのいる宇宙に飛ばせばいいのです」

「ああ、なるほど。て、おい。まさか?」

「そうです。地上で防御プログラムを丸裸にしてコアを露出し、コアだけをアースラの軌道上に転送」

「そこでアルカンシェルを撃つ、だね!」

『ふふーん、わかってるねシュテルちゃん。管理局のテクノロジーなら撃てますよー。宇宙空間だろうがどこだろうが!』

 

 自信満々の返事が返ってくる。やはり、管理局の技術力は侮れません。よく今まで私達は戦ってこれました。

 

「しかし、コアを転送するには位置の特定と転送魔法の高い技術が必要だが」

「私がコアの位置を特定するわ。クラールヴィントなら可能なはずよ」

「それなら僕が転送を担当するよ。位置さえ分かれば出来ると思う」

「それじゃ、私も転送班で。私は砲撃が得意じゃないからさ」

 

 シャマルは私が知る中で最高の補助魔法使い。探索や転送はお手の物です。

 師匠もフェイトの使い魔アルフもこの分野では強い。

 

「俺は周囲の触手や腕を止めよう」

「僕達も手伝うよ。コアの位置特定までは暇だからね」

 

 ザフィーラが防御を担当してくれるならば攻撃に専念できるでしょう。彼の守護獣としての力は守りにこそ発揮されるのですから。

 

「となると、私らがアタッカーやね」

「はやて、ぶっ潰すならあたしに任せろ! どんな相手だろうと叩き潰してやる!」

「お任せください、主はやて。コアはともかく防御プログラムを削ぎ落とすくらいならばやってみせます」

 

 ハヤテは広域攻撃に特化しているはずです。ヴィータは鉄槌の騎士の名に恥じない攻撃力を持っていて遠距離も可能。シグナムも剣を弓のフォームにすれば遠距離攻撃ができます。よく考えると二人共、近距離から遠距離までそつなくこなせます。特にヴィータは意外と中距離戦も得意ですしね。

 

「じゃあ、私達もアタッカーだね。フェイトちゃん」

「うん。頑張ろう。なのは」

 

 この2人は言わずもでしょう。

 

 こう見れば、管理局のトップレベルと競えるだけの戦力がここにあります。

 やはり私の見立てに間違いはなかった。たぶん火力ゴリ押しでも行けそうな気がします。オーバーキルなのではないでしょうか?

 

「こうなると、僕もアタッカーか」

「そのようです、クロノ執務官。互いに最善を尽くしましょう」

「いや、僕は氷の魔法を使うつもりなんだが……」

「そうですか。奇遇ですね。私は炎の魔法以外を使う気はありません」

「相性最悪じゃないか」

 

 凍った物体に急に高温を当てると破裂するというのはどうでしょう? 砕け散るさまは派手に違いありません。

 

「とにかく、まだ時間はある。今のうちに情報の共有と攻撃の手順を相談しよう。エイミィは艦長とアルカンシェルの調整と検討を頼む」

『了解! 任せといて!』

 

 最終局面に向け、私達は動き出しました。

 この作戦がうまくいくか。全ては闇に委ねましょう。

 

 そして、この戦いが終われば。

 私の新たな戦いの幕が開ける。

 その時は王とレヴィを。そしてユーリを。

 必ず私があなた達を見つけ出してみせます。

 

 どのような困難が待ち受けようと、必ず。

 その時が来れば、最高の状況を用意しましょう。



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30話 (Finsternis)

 『防御プログラムの暴走臨界点まで残り5分を切ったよ!』

 

 あと5分ですか。

 

 話し合った作戦は単純明快なものでした。

 

 防御プログラムが暴走を開始しましたら作戦を開始します。

 ハヤテの情報から防御プログラムのバリアは4層式との事なので、それをまずは破壊します。

 その後に一斉砲撃で防御プログラムの生体部分を破壊してコアを露出させます。

 露出した防御プログラムのコアをシャマルが捕らえ、シャマルと師匠とアルフがアースラの前にコアを転送します。

 アースラのアルカンシェルでコアを破壊して終結です。

 

 単純明快な個人の能力に頼っただけの大火力によるゴリ押し戦法。実に私好みな作戦です。偉大な人が言っていました。火力こそが正義だと。私は大艦巨砲原理主義過激派なのです。

 そもそも、この対防御プログラム戦を重要視していません。なぜならば破壊されることはわかっていますから。

 

「シュテルはさすがやな。よう落ち着いとる」

 

 ハヤテがこちらに近寄ってくる。初めての戦闘前というのに落ち着いているように見えます。ですが、ハヤテは隠すのが上手いですから、表面を見てもあまり当てにならない。

 

「まあ、そうですね。みなさんの力量は把握しています。これだけの戦力が整っているのですから、私達の勝利は約束されたようなものでしょう」

「そうなん? シュテルがそう言うなら私も安心やな。リインフォースも大丈夫やって言うとるよ」

 

 ええ、大丈夫です。膨大な魔力を持っていても所詮は自我の無いプログラム。しかもその場から動かないので砲撃は打ち放題になるでしょう。さらに私が加わる事で火力も大幅に強化されていますから、正しく一方的な展開が予想されます。

 クロノ執務官を含めたアースラの作戦能力にも疑いはなく、万に一つの誤りもない。

 完全勝利は約束されています。

 

「シュテルには緊張感が足りないんじゃねえの?」

「ヴィータちゃん、それはきっと私達の緊張を和らげてくれてるのよ」

「緊張していては普段の実力を発揮できないからな」

「適度な緊張は必要だが、緊張しすぎるのは良くないだろう」

 

 集まってくる夜天の書の騎士達。

 

「こうやってみんなで集まるんは久しぶりやね。まさか一緒に戦う事になるとは思わんかったけど」

「そうですね」

 

 感慨深いものがあります。蒐集が始まる前は、いつも皆が一緒でした。そして、これが終わればまた、一緒に過ごせることでしょう。

 

『暴走開始まで後2分!』

 

 アースラからの通信で一気に緊張感が高まる。皆の顔が引き締まり、ナハトヴァール(防御プログラム)に視線を向ける。

 これから始まる。しかし、どこか私だけ緊張感に欠けている。

 

「あ、そうや。シャマル、なのはちゃんとフェイトちゃんの回復をお願いしてもええ?」

「はい。いいですよ」

「おい、あんた。私達はサポート班だろ。一緒にあのうざいバリケードを止めるよ」

「わかった」

「僕もだよ」

 

 シャマルがナノハとフェイトを回復し、他の方達は互いに役割を確認し合う。

 防御プログラム側から見ていた時は、たしか、暴走開始とともに畳み掛けられて何も出来ずに終わった気がします。そういえば、みなさんは何か名乗りを上げていたような……私も考えるべきでしょうか。王やレヴィ達が侮られる訳にはいかないでしょう。

 

「始まる」

 

 ナハトヴァールの周囲に黒い閃光が走る。周囲を囲っていた触手達がうねる。本体を隠していた漆黒の闇が溶けるように消えていく。

 硬そうな外骨格。硬い岩のような胴体。背中には二対の巨大な羽。大きな口には鋭い歯が剣のように並び、頭の上には女性を模したフィギュアヘッド。そのフィギュアヘッドが叫んでいる。

 

「状況開始!」

 

 クロノ執務官の声と同時にナハトヴァールが羽ばたいた。

 

 は?

 

「ちょっ!? 防御プログラムが空を飛んどるよ!」

「あんな大質量がどうやって空を飛ぶんだ!」

 

 飛び立った。防御プログラムが飛び立った。

 二対の大きな翼を羽ばたかせて。一対は黒い鳥の羽。もう一対は赤い大きな被膜の更に巨大な羽。それがバサバサと音を響かせている。

 

 おかしい。こんなはずでは。

 

「防御プログラムは蒐集した対象のデータを参照に体を作りますよね。多ければ多いほど発現率は高まりますし、だから、その……空飛ぶ魔獣をシグナム達が沢山蒐集したんじゃないでしょうか」

「それって、もしかしてシュテルちゃんも……」

「シグナム……」

「あんたら、少しは後のことも考えなよ……」

 

 いや、羽は以前もありましたよ? たぶんそれは私のせいじゃないですよ。

 

「シュテルのせいじゃね? 反射神経が鍛えられるとか言って羽つきの魔獣を落としてただろ」

「そういえば以前、誘導弾の訓練に最適です、と言いながら魔獣達を落としていたな」

「証言を拒否します」

 

 違います。私のせいではありません。

 

「なんだよ、あのでけえ羽は? ドラゴンくらいあるんじゃねえか?」

「それはシグナムです」

「おい。あの時はシュテルも居ただろ」

「君たちはもう少し緊張感を持ってくれ!」

 

 そうです。今は緊張感を持つべきときです。意外な行動に余裕が消し飛んでしまいました。

 

 ナハトヴァールは空を飛んでしまった。足元からは触手が多数伸びている。胴体から出ているのですね……。

 

「今はまず捕獲もしくは足止めを優先する。ここから移動されて街に向かわれたら厄介な事になる!」

 

 防御プログラムの機能にはあらゆる物質を飲み込みながら増殖すものがあります。水では駄目なようですが、街に行けば。たぶん、とんでもない巨体になるでしょう。

 

「わかった。やるよ、ユーノ! チェーンバインド!」

「うん。ストラグルバインド!」

 

 アルフの掛け声に師匠が答えた。2人で拘束魔法を使う。伸びた魔力の鎖と紐が触手部分に絡まる。胴体に伸びた方はバリアに阻まれて届かない。触手を拘束するとわずかに止まる。しかし、触手が引きちぎられた。

 まるでトカゲのしっぽ。タコの足です。

 

「危ない、来るよ!」

 

 ナハトヴァールの周囲に魔法陣が多数浮かぶ。瞬殺できなかったので反撃されるわけですか。

 

「任せろ! この盾の守護獣ザフィーラがいる限り、味方には傷ひとつ付けさせん!」

 

 それを見てザフィーラが前に出て魔法を発動させる。私達を守るように魔力の渦が展開された。

 攻撃はすぐに来ます。

 

「各自防御!」

 

 クロノ執務官の声で全員が防御態勢を取る。ナハトヴァールが放ったのは純粋な魔力の砲撃。漆黒の槍がザフィーラの青く渦巻く障壁に突き刺さる。

 しばしのせめぎ合い。ザフィーラの障壁が漆黒の槍を押し返した。

 

「鋼の軛!」

 

 攻撃が途絶えるとすかさず、ザフィーラが捕獲魔法を発動した。海面から白い棘が伸びて触手に突き刺さる。やはり本体まではバリアに阻まれて届かない。しかも、これもわずかに留めることが出来ても触手が千切れてしまう。

 痛みも感じないでしょうし自我もありませんから、再生できる限り再生を続けるでしょう。しかし、有効な手段にはなり得ない。

 

「こりゃ駄目だよユーノ。触手を捕まえても、すぐに引き千切られてきりがない」

「本体は防御壁が張られているから干渉は出来ないけど、触手の再生は止まっていないよ。とにかく今は捕まえ続けるしかない」

「厄介だな」

 

 師匠たちは千切れるつど、触手が再生される度に拘束魔法で捕らえ続ける。ですが、これを永遠に続けるわけにもいかないです。限界はすぐに訪れてしまう。その前に対処しなければ。

 

 結局、邪魔なバリアを破壊しなければなりません。

 

「落ち着いてください。やることは変わりません。まずは4枚のバリアを抜きましょう。サポート班はそのまま足止めを。ハヤテ。私とナハトヴァールの上から砲撃で足止めをしてください。クロノ執務官は氷結魔法の準備を。残りの方は私達がアレの足を止めたらバリアの破壊に専念を」

「わかった。作戦は君に任せた。僕はここで準備にはいる」

「こっちは長くは保たないから早めに仕掛けてくれると助かる」

「まったく、面倒くさい相手だね!」

「最後に私とハヤテに加えてナノハとフェイトで止めを刺します。では、確実に作戦を成功させましょう」

「おう!」

 

 飛び立つのを気にせず有無も言わさず畳み掛けたかったですね。今更言っても仕方がありませんが。

 

「じゃあ、私とシュテルは先に行くな」

「はやてちゃん、気をつけて」

「シュテル、リインフォース。主を頼む」

「わかりました。お任せください」

「はやてちゃん達が配置につくまで私達が牽制してるね。そのままだと相手は待ってくれなさそうだし」

「行こう、なのは。私達でアルフ達の負担を軽くしよう」

「私も手を貸そう。ヴィータは待機して何時でも攻撃できる準備を。シャマルは皆のバックアップを頼む」

 

 

 2人が返事をしたのを確認して移動を開始します。また攻撃されるのも厄介です。

 移動中にもナノハ達を確認、ナノハとフェイトにシグナムが加わって攻撃を仕掛けていますが、防御を抜くことが出来ていない。魔力の光が到達寸前で阻まれている。やはり、あのバリアは生半可な攻撃では貫けない。逆に攻撃を受けると防御を貫かれそうです。

 

 ナハトヴァールの上空までハヤテと上空に到着。ここからならば全体を俯瞰して見れます。状況は……悪くはありませんが、良くもありません。しかし、意外にも足止めには成功している。ナハトヴァールはその場に留まって攻撃を防ぎながら反撃している。反撃も単調なもの。全員上手く避けている。

 

「シュテル、ここらでええやろ?」

「ええ。十分です」

 

 ここがベストな砲撃ポイントです。

 

「じゃあやろか」

「はい」

「リインフォースも、いくよ」

 

 管制人格、リインフォースと共闘する事になる日が来るとは、以前では考えられないことでした。こうなると頼もしく感じます。

 見せて貰いましょう。夜天の書の管制融合機とその主の力を。

 

「みんな、今から私とシュテルで砲撃を開始します。着弾予想地点からちゃんと撤退してな」

『了解!』

 

 直ぐに返事が返ってくる。足元の光が散開するのが見えた。

 

「蒼天に集え白金の本。連なり撃ち抜け」

 

 ベルカ式の魔法陣が形成される。ハヤテの周囲に白いスフィアが複数生まれた。

 杖が振り下ろされる。

 

「クラウソラス!」

 

 スフィアから一斉砲撃。幾つもの魔力砲撃がナハトヴァールが突き刺さる。守ろうとした触手を鎧袖一触(がいしゅういっしょく)、蒸発させる。

 凄まじい威力。これがハヤテの砲撃魔法。砲撃でナハトヴァールが押し戻される。

 初めてにしては上出来です。リインフォースのサポートがあるからでしょうか。

 ですが、砲撃ならば私も負けられません。

 

 ルシフェリオンから金属の打撃音を響かせる。カートリッジを装填。魔力の充填を開始。

 音叉状のヘッドから紅色の円環の魔法円を展開。

 目標補正。砲撃軌道修正完了。

 ハヤテの砲撃が止まる。

 

「次の砲撃を開始します」

『ヴィータちゃん! シュテルちゃんの砲撃が終わったら攻撃開始よ!』

『任せとけ!』

 

 ハヤテに砲撃とは何たるかをお見せしましょう。

 砲撃します。

 

「撃ち抜け。ブラストファイアーー!!」

 

 魔法陣から放出した紅の炎がバリアにぶつかり弾ける。私の魔力がバリアを押し退けんとせめぎ合う。しかし、やはりこの程度ではバリアは抜けない。

 だが、さらにナハトヴァール防御プログラムを押し戻す。もはやその高度は海面をわずかに浮かぶ程度。

 さらに残った触手を薙ぎ払う。そして私の砲撃が止まる。ヴィータが足元にベルカ式魔法陣を浮かべた。

 

 作戦の第二段階開始です。

 

「まずはあたしだ! 一番手、鉄槌の騎士ヴィータ。やるぞアイゼン!」

Gigantform(ギガントフォーム)

 

 グラーフアイゼンが巨大なハンマーに変わる。ナハトヴァール並の大きさ。

 

「轟天爆砕! ギガントシュラーク!」

 

 巨大なハンマーが振り下ろされた。ナハトヴァールのバリアと接触。バリアの魔力が飛び散る。

 バリアブレイクの効果で一瞬で破壊された。

 しかし2枚めで止められる。それでも、叩きつけた勢いでナハトヴァールを海面に叩きつけた。

 

「二番手、高町なのは。行きます! レイジングハート!」

Load cartridge(ロードカートリッジ)

 

 次はナノハ。デバイスのヘッドを私と同じように音叉状に変える。

 先端から桜色の円環の魔法円が浮き出て展開される。

 

「エクセリオンバスターー!!」

Barrel shot(バレルショット)

 

 魔力の波が起き、再生した触手が薙ぎ払われる。砲撃の射線を確保した。その道はまさしく銃身。

 

「ブレイクシューート!」

 

 ナノハの砲撃。桜色の濁流がナハトヴァールに突き刺さる。

 バリアと一時のせめぎ合い。バリアが弾け飛ぶ。さらに3枚目まで突き進むがやはり止められる。

 ナノハの魔力が周囲に弾けナハトヴァールの触手を更に吹き飛ばす。

 

「次、フェイト・テスタロッサ。バルディッシュザンバー、行きます」

 

 フェイトの声が響く。すでにデバイスは大剣の形状に変わっている。

 

「はあっ!」

 

 ナノハのように魔力の刃が再生する触手を薙ぎ払う。

 

「撃ち抜け、雷神!」

 

 魔力が増大し、大剣がさらに巨大化。

 

Jet Zamber(ジェットザンバー)

 

 フェイトが大剣を振り上げ、振り下ろす。3枚目のバリアに斬りかかり、切り裂いた。

 まさしく剛剣。一瞬とバリアは保たない。

 だが、やはり4枚目で食い止められる。

 

「これで止めだ。(つるぎ)の騎士シグナム。レヴァンティン!」

Bogenform(ボーゲンフォルム)

 

 シグナムのアームドデバイス、レヴァンティンの形状が弓に変わる。引き絞られた魔力の(つる)に矢が継がれる。

 魔力が一気に膨れ上がる。

 

「翔けよ、隼!」

Sturmfalken(シュツルムファルケン)

 

 最大まで引き絞られた弦から矢が放たれる。当たった瞬間バリアが弾け飛ぶ。

 四枚目が破壊され本体にまで突き刺さった。ナハトヴァールから爆発音がして体の一部が吹き飛ばされる。

 

 これで、4枚全てのバリアが砕けた。あとは、倒すのみです!

 

「彼方より来たれ、やどりぎの枝」

 

 ハヤテが杖を振り上げる。左手に持った夜天の書がページを開く。 

 

「銀月の槍となりて、撃ち貫け」

 

 魔法陣が浮かび、魔法陣を中心にスフィアが6つ発生する。

 

「石化の槍、ミストルティン!」

 

 スフィアと魔法陣から7本の針が放たれた。ナハトヴァールは迎撃も出来ない。

 7本全てが突き刺さると突き刺さった場所から石化していった。やがて全身が石と化す。

 ですが……これでもナハトヴァールは止まらない。

 

「やはり、駄目ですか」

 

 ナハトヴァールは自ら体を破壊して再生を試みる。コアが無事な限りナハトヴァールの再生を止められない。

 

『シュテルちゃん、やっぱり並の攻撃じゃ通じないよ! ダメージを受けた側から再生されて回復されてる!』

「だが、攻撃は通ってる。シュテル、プランの変更は無しでいい」

 

 クロノ執務官の周囲が白く凍てついている。彼は今までずっと魔力を練っていました。開始からずっと。

 

「行くぞ、デュランダル」

 

 振りかぶる杖は今までのデバイスではないです。しかも、あれはカートリッジ式。

 重い擦過音。排気熱を放出するようにデバイスが動く。

 

「悠久なる凍土 凍てつく棺のうちにて 永遠の眠りを与えよ」

 

 円形の魔法陣が展開される。周囲の気温が下がったように感じると、海面がナハトヴァールに向けて凍っていった。 

 

「凍てつけ!」

Eternal Coffin(エターナルコフィン)

 

 ナハトヴァールを中心に凍結していく。胴体も触手も全て凍る。

 さすが、闇の書の永久凍結に使おうとしたデバイス。威力は絶大。

 ですが、コアが凍らない限り、活動を止めることはない。

 

 再び凍った体を破壊して再生を試み始める。ですが、これで詰みです。

 

「止めを刺します。ナノハ、フェイト、ハヤテ」

「うん! いくよ!」

Starlight Breaker(スターライトブレイカー)

 

 ナノハが杖をナハトヴァールに向けて突き出す。周囲の魔力をかき集め始める。

 収束魔法は私と魔力の奪い合いが発生しますが、周囲は高密度の魔力で満たされている。なにより、ナハトヴァールは魔力の塊ですから、動くだけで魔力が撒き散らされています。燃料には困らない。

 

「全力全開、スターライト―!」

 

 桜の色の魔法陣が展開され巨大な魔力が収束される。

 

「雷光一閃、プラズマザンバー!」

 

 金色の魔法陣が足元に浮かび、プラズマが走る。

 

「響け終焉の笛、ラグナロク!」

 

 最も巨大な白銀の魔法陣が展開され、魔力が充填される。

 

轟熱滅砕(ごうねつめっさい)たとえこの身が燃え尽きようと撃ち抜いてみせます。真・ルシフェリオン」

 

 さよならです。ナハトヴァール。逝ったら王とレヴィとユーリを出してください。

 

「ブレイカー―!」

 

 4人同時の極大砲撃魔法が周囲の闇を薙ぎ払った。凄まじいエネルギーが流れ、視界が光で満たされる。

 周囲一体を全て焼き払われ、轟音と爆風が全員に襲いかかる。

 凄まじいエネルギーの負荷。大気にプラズマが迸る。

 そこに残るものは何も無い。

 爆風が収まれば、そこには巨大な穴が海に穿たれた。

 

『本体コア露出。捕まえた!』

『長距離転送開始!!』

『目標、アースラ軌道上!』

 

 サポート班の頼もしい通信が聞こえます。

 

『転送!』

 

 ナハトヴァールのコアは捕まえられ、宇宙空間へと転送された。

 しばしの沈黙の時間。ここからでは見えない。

 やがて、勝利の通信がアースラから届く。みなの勝利の声を聞きながら、私は胸をなでおろしました。

 

 少々、手違いがありましたが、これで無事終わりです。

 第一話完と言ったところでしょうか。

 

 そして始まるのです。

 

 本編が。

 

 皆の祝福の声を聞きながら、私は次の物語に期待で胸を膨らませました。



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Das Fünftes Kapitel "Stern"
31話 存在しない存在


「やはり、破損は致命的な部分までいたっている。防御プログラムは停止したが、歪められた基礎構造はそのままだ。私は、夜天の魔導書本体は遠からず新たな防御プログラムを生成し、また暴走を始めるだろう」

 

 そんなはずは……そんなはずはありません。

 

「やはりか」

 

 リインフォースの説明は、私には受け入れられないものでした。防御プログラムの停止には成功しましたが、また夜天の魔導書が新たな防御プログラムを組み直す? そして暴走を開始すると?

 

 ありえない。ええ、ありえません。

 

 ハヤテが戦闘後に倒れ、皆でハヤテの病室に見舞った。その場でリインフォースが語り始めたありえない話。

 防御プログラムが残っている? このままだと勝手に再生する?

 一体どういう事ですか。

 

「待ってください。防御プログラムの切り離しは間違いなく確認しました。そして、跡形もなく確実に破壊したのも確認済みです。にもかかわらず、その基礎構造がまだ貴女の中に残っているというのですか?」

「あれは私の基幹部分にある。それはつまり、私自身とも言えるだろう。故に私が存在する限り、一時的な停止は出来ても消し去ることは出来ないのだ」

「いいえ、そんなはずはありません。いえ、たとえそうであっても、今ならば修正が可能なはずです」

「確かに修正や改変は可能だ。だが、無理だ。夜天の書本来の姿は消されてしまっているから、元の姿に戻すことは出来ない」

「バックアップがないというのであれば、防御プログラムそのものを削除してしまえば良いのではないですか? 今となっては無用の長物。あっても害にしかなりません」

「それも無理だ。プログラム同士は複雑に絡み合っていて、それだけを消せばいいというものではない」

「ならば、関連する全てのプログラムを削除ないし修正してしまえばいいでしょう。機能は大幅に制限されるかもしれませんが、貴女が消えることはないはずです」

 

 言い募る私に、リインフォースは悲しい顔を向ける。その顔は、何か悟りでも開いたかのような顔。

 

「どうやってそのプログラムを見分ける? 私にも元の姿もわからないのだ。わからないものは選別しようがない。無理に消し去ろうとすれば防御プログラムの再生機能が働いて再び私は闇の書に戻るだろう。そうなれば私の意思は消し去られ、破壊と殺戮をばら撒くだけの以前の姿に戻るだけだ」

「元の姿がわからなければ、戻しようも無いという事か」

「そういう事か」

 

 信じられません。こんなことになるはずが無いのです。あの時のリインフォースは基幹部分に修正不能はダメージをおいながらも防御プログラムを完全に切り離していたはずです。だからこそ、魔力不足で復活できないナハトヴァール(防御プログラム)は闇の欠片をばら撒いて魔力を補おうとした。なのに、今、私の目の前にいるリインフォースは、それは出来ないと否定する。これでは私の記憶にある闇の書とは、まるで別の物ではないですか。

 

「ありがとう、シュテル。まさかお前にそこまで心配されるとは思わなかった」

「別に貴女を心配などしていません。全ては私の目的のためです」

「そうか。それでも感謝したい。我が主や騎士達の事も含めて」

 

 感謝など……そんなものを求めてなどいません。貴女は貴女の役割を果たすべきでした。

 

 騎士達の話し合いが始まりましたが、頭に入ってこない。私の知るそれと、全く違うこれ。こんな現実はおかしいと私の記憶が訴える。そう、おかしいのです。これではまるで……いえ、そんなはずは。

 

 とにかく、今は次の手を考えなければなりません。以前の記憶とは違うとしても、それでも王やレヴィには復活してもらわなければなりません。防御プログラムが自動で再び再生するというのならば、私達が出ることも無くなってしまう……それ以前に、再生する防御プログラムをどうするべきか。

 

 もういっそ、リインフォースを破壊してみますか?

 

 ちらりとリインフォース見やって考えを打ち消す。いや、それでは夜天の書そのものが消え去ってしまうでしょう。消滅するとは思いませんが、中で眠っている王達も無事ではすみません。下手なことをして危機を感じた防御プログラムが再起動するのも面倒です。どこかに転生されるのも困る。しかし、起動しなければ闇の欠片をバラ撒かない。だが、この防御プログラムは闇の欠片をバラ撒く必要がない。そして、防御プログラムを停止できても分離はできない。

 

 最悪です。これでは詰んでいるではありませんか。もう王とレヴィが自力で出ててくるしか選択肢がありません。

 

「防御プログラムがない今、夜天の書の完全破壊は簡単だ。破壊しちゃえば暴走することも二度と無い。代わりにあたしらも消滅しちゃうけど」

 

 今、なんと言いましたか。

 

「待ってください。なぜ騎士達が消滅する必要が? いえ、そもそも、夜天の書を破壊するなど……」

 

 ヴィータは何を言っているのでしょうか? 

 守護騎士システムはリインフォースによって分離されているはずですから、消える必要などありません。

 

「いいんだよ、別に。こうなる可能性があったことくらい、みんな知ってたんだ」

「シュテルの言うその通りだ。お前達は残る。いくのは……私だけだ」

 

 は?

 

「今なんと言いましたか?」

「逝くのは私だけだ、と言ったのだ。守護騎士達はすでに私から独立したプログラムとなっている。だから消える必要はないから安心して欲しい。消えるのは、私だけでいいんだ」

 

 私達は例え夜天の書が消滅したとしても永遠結晶エグザミアが破壊されでもしない限り、消えて無くなる可能性は低いでしょう。それこそ自壊でもしない限りは。しかし、それでもこのままでは復活する場所も時間もわからなくなってしまう。下手に断片となってしまっては、それこそ手間です。なんとか思いとどまってもらわなければ。

 

「リインフォース……いいのか、それで?」

「ああ。私は問題ない。我が主には申し訳ないとは思っているが、お前達が残るのならば安心して逝くことが出来る」

「いえ、ですから。少し待ってください」

 

 勝手に話を進めないでください。このポンコツ管制人格。

 

「申し訳ありませんが今しばらく留まって頂くことは出来ませんか? 私の目的の為にも、貴女にはしばらく生きていて欲しいのです」

「シュテルの目的か。たしか、王やレヴィ、その者たちの復活だったな?」

「ええ、そうです。今、貴女に消えられると面倒なことになるのです。夜天の書が消えても私達が消える事はありません。ですが、自力での復活になってしまうと、それがいったい何時になるかは、私にもわからなくなってしまうのです」

 

 私が説明すると、なぜかリインフォースの顔が曇る。私がなにか妙な事を口走ったかのように、眉をひそめ、悲しそうに私を見る。

 

「これは話すかどうか迷ったのだが……シュテル」

「まだ何かあるのですか?」

 

 不吉な予感がする。とても、碌でもない事を聞かされる気がします。

 

「前にも言ったとおり……そんなプログラムは、やはり私の中のどこにも存在しない。もちろん、防御プログラムの中にもだ」

「突然、何を言い出すかと思えば。そんな事、貴女にわかる訳がないのです。貴女の手の届かない、最も深い場所に封印されているのですから」

「シュテル、お前は理解しているはずだ。今の私はシステムを完全に掌握している。確かに元の姿にもどれないが、修正や改変は可能な状態だ。つまり今の私はすべてを見ることが出来るという事になる。防御プログラムの中も例外ではない。その事に深さなど関係ない」

「貴女には見ることが出来ないと、そう申し上げたはずです。例え夜天の書の機能をすべて掌握したとしても、私達は夜天の書とは別のプログラムなのですから。閲覧そのものが不可なのですから、わかるわけがありません。貴女には認識すらできないと、以前お話したはずです」

 

 調べてもわかるはずがない。私達は夜天の書とは別のプログラム。どれほど調べても、私達に手が届くことはありません。それは何度も教えたはずです。

 

「では言い方を変えよう。私にはわからない場所や見えない場所が見当たらない。閲覧できない場所も、認識できない場所もない。もしそんな場所があれば、わからないはずがないだろう。在る物が無いと見えるにしても、そこには在るのだから」

「そんなはずは……ありえません」

 

 これは、どういう事ですか。

 わからない場所がない? 全て閲覧可能? しかし私達は……それではまるで。

 

「すまない。私にはお前に借りがある。主と騎士達、そして私を救ってくれた借りが。だから消える前に我が内にお前の家族がいるならば出してやりたいと思ったのだが……そのようなプログラムは管制プログラムにも防御プログラムにも存在しなかった」

 

 なるほど……そういうことですか。

 

まったく、困ったものです。

 

 

 部屋を出て、あてもなくアースラの艦内を歩く。

 ――そのようなプログラムは管制プログラムにも防御プログラムにも存在しなかった。

 リインフォースの言葉が刺さります。存在しない。つまり。

 

 元々私はこの世界のどこにも存在はしていなかった――。

 

 そういう事ですか。

 タイムパラドックスを調べる時に読みました。この世界には平行世界が存在する可能性があるという事を。まさか、そちらだったとは。

 だとすれば……ここでいくら待っていても、王やレヴィや、ましてユーリも出ては来ないでしょう。防御プログラムはリインフォースの中に残っていて闇の欠片をばらまかない。だから、リインフォースごと消えてしまう。

 

 まったく、これだから不確定要素の多い事象は困ってしまう。

 

 困ったものですが、だからと言って私の優先事項は変わりません。王とレヴィの元に、私は帰る。そして、必ずユーリを手に入れる。私達の悲願を叶え、必ず自由を手に入れる。だからこそ、たとえ世界が違っていても、必ず私は帰ります。どれだけ遠くに離れていても、どれだけ世界が変わっても、たとえ存在が変わっても、私はマテリアルの1基、理のマテリアルなのですから。

 

 どうやって帰るかも当てがあります。私は永遠結晶エグザミアがある限り死ぬことはありません。元のデータは保管されており、消えてしまえば元の場所に戻ってしまうだけです。今のデータが世界を渡れるかについても、疑問はありません。なぜならば、私のデータがこの世界に渡れているからです。

 つまり、この方法ならば、たとえ世界が変わろうと帰還が叶うはず。時空を超え、時を超え、世界を超え、私は戻る。

 だから、この世界から消えるのが手っ取り早い。

 

 問題は――。

 

 ハヤテ達がそれを、許してくれるでしょうか。

 

 私にハヤテや騎士達との別れを惜しむ心が無いわけではありません。この数カ月間は私にとっても特別なことでした。ハヤテ達との絆は、決して軽いものではない。失うことを、私は惜しんでいる。できれば、王達と一緒に過ごして頂ければよかったのですが、こうなってしまっては。残念でなりません。

 ですが、私に憂いがあるわけでもありません。ハヤテには騎士達がいる。だから、私が居なくなっても支え合って生きていけます。そして、私には王とレヴィがいる。別れは辛く悲しいでしょう。ですが、支えてくれる家族がいるのならば、それは永遠ではなく一時の感情となる。いずれ時が癒してくれる。忘れるのではなく、思い出になれる。

 それに、永遠に別れを告げるつもりもありません。私はいつかまたここに、王とレヴィとユーリを連れて来たい。ハヤテと騎士達に、私の家族を紹介しましょう。しばらく御厄介になるのもいいかもしれません。そう思う事が出来ると、むしろ先が楽しみですらある。それはとても、楽しい事でしょう。

 

 そう、思っています。

 

 だから、私は逝くのではない。旅に出るのです。家族と別れ、家族を探しに行く。そして私は戻ってくる。

 永遠の別れなど、無いのですから。そんな事は、私がさせません。

 

 

 思いは定まりました。

 私は出て行く。悲嘆ではなく希望を背負い、私は旅に出る。皆で楽しく笑える世界を夢見て私は行くことが出来る。

 思い残すことがあるとすれば。行く前に約束を果たしたいものです。ナノハとの約束を。

 ナノハのデバイスにメッセージを送りましょう。場所は……どこにしましょうか。誰も居ない場所がいいですね。

 

 メッセージを考える頭の片隅にハヤテの悲しむ顔がよぎる。

 貴女と会うと決意が鈍るかもしれませんね。このまま眠ったままで居て頂ければ、いいのかもしれません。

 ですがそれでも、やはり最後に別れの挨拶ぐらいはしたいものです。

 たとえそれが悲しませてしまう事になるとしても、それが笑顔に変わると信じていますから。



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32話 約束は突然に

「シュテルちゃん?」

 

 宇宙の景色が見えるフロアの一角。

 待ち合わせの場所であるフロアの中にナノハの声が響く。

 

「お待ちしておりました。ナノハ」

 

 それに答える私は完全武装。

 ナノハのバリアジャケットの色違いだった私の殲滅服は、今や少しだけデザインが異なる。度重なる戦闘と、何よりも騎士達との訓練で得た知識により追加と改造を成した。胸に付いていたリボンはアーマーに変わり、肩当てが付いた。スカート部分も腰当てが追加された。両手にはガントレットが追加され、特に左手のガントレットは爪を模した装備になっています。防御力を重視した火力特化仕様です。

 武器は右手のルシフェリオンは相変わらずですが、左手の爪を模したガントレットはクロスレンジでの攻撃を強化するための物です。

 

「シュテルちゃん、その格好は?」

 

 メッセージには話があるので来てくださいとしか書いていません。だからか、完全武装の私を見て、少し気後れしているように見えます。

 

「今の私を見ていただきたいと思いまして。今後のナノハの参考になればと」

「そうなんだ? シュテルちゃんのバリアジャケット凄く格好良いよね」

「ありがとうございます。今までの研鑽の結果です」

 

 ナノハと比べ、私はかなり重装備です。シグナムとスピードで競争しても勝てませんでしたから、逆に敵の攻撃に耐えながら火力を活かした攻撃を数多く叩き込むために考えた、私なりの答えです。

 

「いかがでしょう。参考になりましたでしょうか?」

「うん。私ももう少し装甲を厚くしてみる。薄くしてもフェイトちゃんみたいに動けないし。それに、その方が射撃や砲撃が安定するかも」

「そうですね。私達は砲撃手ですから落ちないことを優先したほうが良いでしょう。拠点確保も私達の努めですから、多少の攻撃は跳ね返せるくらいが良いと思います」

 

 薄い装甲だとヴィータの攻撃を耐えられないのです。シールドの上から叩き潰されたのは、いい思い出です。

 

 さて、そろそろいいでしょうか? ナノハも満足して頂けたでしょう。

 本題を話すことにしましょうか。

 

「ナノハ。話があります」

「話って?」

 

 そう、私にとって大事なお話があります。

 

「私に勝てたらお話をする。そういう約束の話です」

 

 この世界で、ナノハと初めて交わした約束。この世界のナノハと初めてお会いし、元々はナノハのやる気を引き出すために使った方便。元々ナノハにはいづれは話すつもりでしたから。ですがそれはいま、私とナノハをつなぐ大切な約束となっている。

 だからこそ、それを今、果たさなければならない。

 

「ええ? 今から勝負するの??」

 

 そういえば勝負でしたから、勝利条件を満たす必要がありました。ですが、今更勝利にこだわる気はありません。私はナノハと戦えれば、それでよかったのですから。

 しかし、ナノハが納得できる理由が必要ですね。

 

「いえ。勝負はナノハの勝ちです」

「どうして? 私、シュテルちゃんに一度も勝ててないよ?」

「ナハトヴァールへの最後の砲撃。とても素晴らしいものでした。それをもって、ナノハの勝利としたいと思います」

「ありがとう、シュテルちゃん。だけど私、全然勝てた気がしないのだけど」

 

 実際、最後の砲撃は素晴らしいものでした。私の収束魔法と比べても全く遜色がないどころか、ナノハ本人の魔力もあってか、とても美しいものだったと思います。

 

「ご謙遜を。あの砲撃は私の目を覚ますに十分なほどの威力でした。それに、バリアを破壊する時に行ったバレルの展開というのは良き考えかと」

「えへへ。ありがとう」

 

 実際に、素晴らしい発想でした。砲撃の弾道を確保するための砲撃で邪魔な障害物を排除するという考えは。着弾点もわかって、より確実で性格な砲撃が可能でしょう。

 今後の私の砲撃の参考にさせていただきます。

 

 ナノハが納得とまで言いませんが、ご理解は頂けたでしょう。そろそろ本題に戻りましょうか。

 本題に戻る前に殲滅服を解除して元の姿に戻る。

 戻った姿は、ナノハとよく似ている。髪型と瞳の色が違うだけ。

 

「ナノハ。私の姿から察することは出来るかもしれませんが、私はあなたのデータを参照して、この姿を得ました。魔法もまた同じく、あなたのデータから私なりに改良しています」

「そうなんだ。でも、どうして私を選んだの? ううん。その前に、どこで私のデータを得たの?」

「闇の書が蒐集で得たデータからです」

「え? でもそれって、おかしいよ。シュテルちゃんって、私が蒐集される前から存在したよね?」

「ええ。ですから、こことは違う世界で、です」

「こことは違う、世界?」

「そう。私はナノハが蒐集された後の時間軸。それも、この世界とは違う世界線で生まれたのです」

 

 私の世界。そこはここと似た別の世界。ほとんど変わらないにも関わらず、決定的な点が異なる。

 リインフォースが残るかいくかが違う。私の世界は完全に防御プログラムを分離出来た世界でした。だから、リインフォースは生きていくことが出来た。それが例え短い間であろうとも、共に過ごし、別れを言う時間があった。

 私達が存在するかしないかが違う。防御プログラムに抑え込まれていた私達は、この世界には居なかった。だから、いくら待っても出ては来ない。この世界のどこを探しても、王もレヴィもユーリも、もしかしたらフローリアン姉妹も居ないかもしれない。

 そして、この世界では私がハヤテ達と共に過ごしたが、元の世界ではそうではなかった。私達が世界に出現できたのは闇の書が破壊された後ですから。

 ナノハとの出会いも、違う。最初は闇の欠片でした。

 

 そもそもの話、私が守護騎士(ヴォルケンリッター)と共にハヤテの前に姿を表すのがおかしかったのです。

 私はこの世界のイレギュラー。いわば世界のバグ。

 まあ、バグはバグなりに良い影響を世界に与えたと自負していますが。悪くは無かったです。

 

 ナノハに私の世界について話す。

 リインフォースが生きていた事。ナハトヴァールが存在していて闇の欠片をばら撒いて暴れた事。永遠結晶エグザミアやマテリアルの事。私がユーリに敗北した事も。

 ナノハは驚いた表情をしながらも、最後まで静かに聞いてくれました。

 

「そう、なんだ」

「はい。これが私の真実です」

 

 長い時間、話をした気がします。少し飲み物が欲しいです。

 

「何か証拠があればよかったのですが、当時はその発想がなく。まあ、あってもこの世界には持ち込めなかったとは思いますが」

「ううん。証拠なんて要らないよ。シュテルちゃんが話すことなら、きっと真実だと思うから」

「ありがとうございます。そう言っていただけると助かります」

 

 ナノハの言葉に頭を下げる。信じて頂けないとは思っては居ませんが、それでも少しは嬉しいものです。

 

「シュテルちゃん」

 

 ナノハの顔が真剣味を帯びる。

 

「どうして急に、話す気になったの?」

「それは」

 

 一瞬、言葉が詰まる。

 頭の中で返事が幾通りも生まれては消える。どう言えば悲しませずに済むかを考えてしまう。

 視線が自然と下を向いてしまう。自分の足元が見えるのに気がついた。

 案外、私も根性がないですね。

 

「行っちゃうの? 元の世界に」

 

 答える前に答えを言われてしまいました。ナノハには隠し事は出来そうにありませんね。

 言われてしまえば、私は開き直るしか無い。

 顔を上げ真っ直ぐにナノハの瞳を見る。強い、とても強い意志を感じる。

 

「はい」

 

 だから、私は話せる。ナノハならばきっと、大丈夫だと信じているからです。

 

「約束を果たしてサヨナラなんて、私は寂しいよ」

 

 だが、意外にも私の返事を聞いたナノハは悲しそうな顔になった。

 その表情が曇る。そんな顔を私はさせたくはなかったのですが。

 

「私ね。シュテルちゃんと、もっとお話をしてみたかった。魔法の話とか、学校の話とか、もっとたくさんの話がしたかった。うちにも遊びに来てほしかった。家族を紹介したかったよ。一緒に遊びに行くのもいいかなって。はやてちゃんやフェイトちゃんを誘って」

 

 想像できます。道を歩きながら、他愛もないことを話す光景が。

 時にはカフェテリアで何かを食べながら話すのも良いでしょう。

 山の上で共に魔法を語らい。

 時に互いに杖を向けあって空戦技術を磨き。

 大地を砲撃で穿つさまを。

 

 なるほど、それも確かに楽しいでしょう。

 

「なのに、もうお別れなんて。これから沢山お話ができると思ったのに。そんなの、悲しいよ」

 

 それは素晴らしい想像でした。魅惑的な提案です。確かにもっと戦ってみたかった。

 

「ありがとうございます、ナノハ。その思って頂けるのは光栄です」

 

 ですが、それでも私は留まる事を選ばない。私には戻る理由があるのですから。

 それは、ナノハもわかってくれるはずです。

 

「確かに私は旅立つつもりです。ですが、それは永遠の別れを意味するものではありません。何時か必ず私は戻ってきます。私もナノハ達に紹介したいのです。私の家族を」

「うん。私も会いたいな。シュテルちゃんの家族」

 

 ナノハの瞳に、薄っすらと涙の影が浮かぶ。私の心を理解して、きっと納得しようと努力してくれている。

 だから私は卑怯にも納得しやすい材料を提案する。

 

「はい。ですから、約束しましょう。私とナノハの新しい約束を」

 

 ですが必ず約束は果たします。果たさない約束を私はするつもりはありませんから。

 

 

 リインフォースに自分も行くと話しました。そうか、とだけ彼女は言いました。予想していたのかもしれません。

 騎士達には納得できない表情で詰め寄られました。ハヤテを置いていくつもりかと言われるのは辛くはあります。しかし、私の意思は変わりません。ですが、それでも心が揺れてしまう。別れは辛いものですから。

 

 私は旅に出るのです。それは永遠の別れではありません。そう、伝えるのが精一杯でした。

 

 私の意志が固いと知ると、ヴィータは怒って部屋を出て行ってしまった。見た目の年齢が似ているせいか、ヴィータとはよく一緒に遊びました。訓練も一番協力して頂きました。なにより、ヴィータはとても身内思いの人です。彼女の気持ちを裏切りたくはありませんが、私の気持ちもわかっていただきたいです。

 他の騎士達も納得してはいません。ですが、それでも仕方ないと思ってくれてくれてはいると感じます。私達マテリアルと騎士達の関係は同じようなものです。誰一人欠けては成り立たないシステムの一つなのです。だからこそ、最後には納得できるのではないでしょうか。

 

 騎士達への想いはとても大きい。ですが、それでも私は止まらないと誓いました。

 悲願への道で――たとえ、何が起きたとしても。

 私の想いは変わりません。

 

 

 さて、そろそろ明日に備えるべく準備をしましょうか。身辺整理は旅立ちの基本だったはずです。

 ああ、そうでした。忘れるところでしたね。

 後でハヤテの様子を見に行くとしましょう。あの様子では寝坊してしまうかもしれません。

 一応、手紙を置いておくことにしましょうか。

 

 私はハヤテと約束しましたからね。ですから、決して絶望や悲しみで終わらしたりはしませんよ。



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33話 シュテル(Stern)

 リインフォースとの待ち合わせの場所。何を話すこともなく無言で2人で佇んでいると、近づいてくる2つの影が見えました。

 

「来てくれたか。ここまで足を伸ばさせて済まない」

 

 リインフォースが気づいてナノハとフェイトに声をかけた。

 私達の前まで来ると足を止めて2人はこちらを見る。その顔は少し、憂鬱そうな顔をしている。

 

 気の進まない事なのはわかっています。ですが他に、頼む相手もいないので。

 

「リインフォース、さん」

「そう、お前は呼んでくれるのだな」

 

 ナノハの問いかけにリインフォースが嬉しそうな顔をした。彼女は今まで闇の書と言われるのを嫌っていましたから。その呪いから解き放たれたと、そう感じているのかもしれません。

 

「2人を空に返すって聞いたけど、私達でいいの?」

「お前達だから私達は頼みたい。お前達のお陰で私は主ハヤテを食い殺さずにすみ、騎士達も活かすことができた。本当に感謝している。だから私は、お前達に私を閉じて欲しいと願った。シュテルもそれでいいと言っている」

 

 リインフォースの気持ちは複雑です。騎士達に送ってもらうわけもいかず、ましてハヤテに頼む訳にはいかない。私が残るなら私に頼んだかもしれませんが、私もいく。

 私としては、どうせ送って頂くなら知らない人ではなく顔見知りがいい。それも、できればナノハ達に送って頂きたいです。

 

「シュテルちゃん、本当にいいの?」

「はい。お願いします」

 

 私の心は決まっています。迷う必要はありません。

 

「リインフォースさんは、はやてちゃんとお別れはしなくてもいいの?」

 

 一瞬、リインフォースの言葉に詰まる。だが、振り切るように答えた。

 

「私は主はやてを、これ以上悲しませたくはないんだ」

「シュテルちゃんも?」

「そうですね。最後に挨拶くらいはすべきでしょうが、リインフォースに付き合います」

「でも……」

 

 戸惑うナノハにリインフォースが声をかける。

 

「お前達にも何時かわかる。海より深く愛し、その幸福を守りたいと思えるものと出会えたならな」

 

 リインフォースは微笑んで答えた。

 残念ながら私は反対意見ですが。

 やがて、雪の上を歩く守護騎士達が見えてくる。

 ハヤテは……いませんね。まだ、来ませんか。仕方のないハヤテです。ここは少し、私が時間を稼ぎましょう。

 

「シュテル、そろそろ」

「はい。ですが最後に、別れの言葉を皆に言わせてください」

「手短にして欲しい。主が起きてしまっては困るから」

「わかりました」

 

 リインフォースに(うなが)され、ナノハから離れる。一緒に送還してもらう為、リインフォースの近くによる。

 騎士達が揃い、準備は整った。

 魔法陣が浮かび、私達が立つ魔法陣にナノハとフェイトの魔法陣が接続される。

 魔力が供給され始め、別れの魔法の準備が始まる。

 

 だから私は、一人一人に別れの言葉を告げる。

 そう、ひとりひとりに。

 

「ナノハ。また私と戦って頂けますか?」

「う、うん! 今度会ったときはもっとシュテルちゃんに認められるくらいに強くなるから。だから、必ず会おうね。シュテルちゃん」

「はい、いっかきっと。再戦の時を楽しみにしています」

 

 ナノハとの別れはいつも一緒です。その時が楽しみです。

 

 次にフェイトに視線を移すと、気遣わしげに私を見ていました。

 

「フェイト。どうかナノハを宜しくお願いします。きっと無理をするでしょうから」

「うん。私が無理をしないように見てるね。無理をしたらちゃんと怒るから」

「はい。フェイトもですよ?」

「ありがとう、シュテル」

 

 フェイトも無理をするタイプですので互いに心配し合うのがちょうどいいかもしれません。

 

 次は騎士達。シグナムはなぜか眉をひそめ、こちらを見ている。

 

「シグナム。教習所、がんばってください」

「ああ。そんな事を気にかけていたのか?」

「まあ、シグナムは不器用ですから。ハヤテの事、宜しくお願いします」

「お前に言われるまでもない……達者でな」

「はい。シグナムも」

 

 蒐集ではよく一緒になりました。近接と遠距離なので相性が一番良かったと思います。

 また共に、戦える日が来るといいですね。

 

 ヴィータを見ると、不機嫌そうな顔を伏せてこちらを見ないようにしていた。

 

「ヴィータ」

「シュテル」

 

 ヴィータはまだ、こちらを見ようとしない。

 一見怒っているような顔ですが、ですが知っています。こういう時のヴィータは怒ってはいない。

 

「まだ怒ってますか?」

「別に、怒ってなんか無いよ。シュテルがそう決めたなら、あたしには何も言うことなんか出来ないし。だけど、それでも納得できない事だって、あたしにもある」

 

 もう少し時間があれば、また違っていたのかもしれません。納得して頂けるだけの時間があれば。

 今行くのは、私の我儘なのかもしれません。

 

「申し訳ありません。今まで、ありがとうございました」

「まだ納得なんかしてないからな。だから。だから、ちゃんと戻ってこいよ。戻ってくるって約束したからな。ハヤテも……私達も待ってるんだぞ」

「はい。その時はまた、ゲームをしましょう」

「ばっか、別にゲームじゃなくても、なんでも、いいんだよ」

 

 涙を耐えきれなくなったのかヴィータが腕で顔を覆う。

 そうです。なんでもよかった。

 そう思えるように私もなっている。

 

 シャマルを見る。もうすでに彼女は泣いていた。

 

「シャマル。今度会った時には手料理を御馳走してください」

「ぐすっ。最後まで良い子なんだから……その時は、食べきれないくらいに用意するわね」

「それは……加減してください」

「もう……いってらっしゃい、シュテルちゃん」

「はい。行ってきます」

 

 すでに簡単な弁当の制作くらいは出来るようになったシャマルは、きっと一番努力していたと思います。

 その諦めず優しい心は、皆をささえる原動力にもなっていたでしょう。

 

 最後はザフィーラ。相変わらずの狼の姿。

 

「ザフィーラ。何時も私を守って頂いてありがとうございます」

「仲間を守るのが俺のつとめだ。気にする事はない」

「それでも、です。それと、ネコ達の事ですが。ザフィーラに後を託したいのですが宜しいでしょうか?」

「ああ、最近ようやく慣れてきたところだ。後は俺が面倒を見よう。安心して旅立つがいい」

「はい」

 

 毎朝餌を上げていましたから心配ですが、ザフィーラに任せれば大丈夫でしょう。

 いつも仲間のために陰でサポートしてくれるザフィーラに後を託せば安心です。

 

 そしてようやく、遠くにハヤテがやってくるのが見えた。

 

 

 

「シュテル! リインフォース!」

「ハヤテ!」

「動くな! 動かないでくれ。儀式が止まる」

 

 リインフォースの鋭い声でハヤテに駆け寄ろうとした騎士達の動きが止まる。

 

「やっと来ましたか」

「シュテル、お前まさか」

 

 このままいくことになるかと思いました。間に合ってよかった。

 まあ、間に合うのが必然だったかもしれませんが。

 

 余計な事をと言わんばかりに私を睨むリインフォース。

 その顔を見ると、一言、言いたくなります。

 

「ええ、まあ。お別れくらいは言うべきでしょう。主を悲しませたくないと貴女は言いますが、結局のところ、ハヤテは悲しみますよ? まして自分が居ない時に居なくなれば、なおさら心に傷として残るかもしれません。そうではないですか?」

「そうかもしれない。だが」

「貴女も辛いのは理解しています。ですが、夢の中でも言いましたが信用してあげてください。それに、貴女も本当は嫌なのではないでしょうか? 何も言わずに消える事が。だから、貴女ももう、後悔をしないようにしてください」

 

 私が言うと、リインフォースの顔が曇る。

 そんな話をしていると、車椅子に乗ったハヤテが魔法陣の前にやってきた。

 怒った顔をしているハヤテ。開口一番、彼女は言う。

 

「シュテル! あんた勝手に何しとるん! 見たで手紙! 勝手なことばっかり書いて! 何が自分の私物は整頓して置いといてくださいや! そんなん言わんと、居ったら(おったら)ええやん! パセリに水を与えてくださいとか、私は水やりなんかせえへんからな! 自分でやりい!」

 

 私が怒られました。やはり手紙に細々と指示を書くのは間違っていましたか。

 せっかく育てて繁殖させたのでパセリに水は与えてほしいのですが。

 今や庭の一角は立派なパセリ畑なのです。

 

「シュテル、リインフォース、こっちに戻っておいで。こんな事する子には帰って説教や。せやけど、今やったら許してあげるから。な? 戻っておいで」

 

 そう言って腕を広げるハヤテ。その笑顔を見ると思わず駆け寄りたくなる。

 リインフォースが自分の腕を掴む力が強くなった。皆が皆、駆け寄るまいと我慢する。

 その姿は反則級ですよ。

 

 やがてリインフォースが口を開いた。

 

「主はやて、私はそちらに行くことは出来ません」

「なんで? なんでや! なんで破壊なんかせなあかんのや! そんな事せんでも、ちゃんと私が抑える言うたやろ! 主の言うことが信用できへんの?」

 

 ハヤテの顔が悲しみで歪み、涙が流れ始める。

 リインフォースは辛そうにそれを見る。

 

「もういいのです。私はもう、長く生きました」

「そんなん嘘や! リインフォースはずっと辛い目にあってきて、やっと開放されて。これから始まるのに、これからうんと幸せにしてあげなあかんのに。やのに、なんで? なんであかんの?」

 

 この世界では、リインフォースは不憫(ふびん)すぎます。ようやく闇の書の呪いから開放されたと思ったら、実は開放されていなかったとは。希望が絶望に変わってもおかしくはありません。

 

 ですが、それでも彼女は主を守ることを選んだ。自分を犠牲にすることで。

 

「いいえ、私は充分に幸せです。私は主に、この綺麗な名前と、そして心を頂きました。騎士達もあなたのそばにいます。私の意志はあなたの魔導と騎士達に残ります。だから、もう、何も心配はありません」

「心配とかそんなん」

「ですから、私は笑っていくことが出来るのです。もう、思い残すことは無いのです」

 

 リインフォースは微笑む。

 主の幸せのためならば死も厭わない。見事な覚悟です。

 

 だから私は最後に彼女に報われてほしかった。そう思ったのかもしれません。

 

「思い残すことがないとか、勝手なこと言わんといて! シュテルもリインフォースも勝手や!  私の話も聞いて! 私がちゃんと押さえるって、暴走なんかさせへんって約束したやろ? シュテルの王様達が戻ってこれる方法も一緒に考える。二人共私が面倒見るから。だから、勝手に決めんといて!」

「その約束は、もう立派に守っていただきました」

「リインフォース!」

 

 なおも言い募るハヤテに首を振ってリインフォースは答える。

 

「話をしなかったのは、私の事で傷ついてほしくなかったからです。ですが、シュテルに言われて気づきました。結局は私も傷つきたくなかっただけでした。主が悲しむ姿を、見たくはなかったのです」

 

 リインフォースは目を伏せ、自重するように顔を(うつむ)かせました。

 ですがすぐに、覚悟を決めたように顔を上げると、ハヤテの目を真っ直ぐ見つめて口を開いた。

 

「主の幸せが私の幸せ。そして、主の危険を払い、主を守るのが魔導の器の努め。あなたを守るための最も優れたやり方を、私に選ばしてください」

「リインフォース。約束したやん、話し合って決めようって。約束破るんか? それこそ身勝手やないか。なんで? なんで私の話を聞いてくれんのや」

 

 それでもハヤテは納得しない。どれほどリインフォースが言葉を尽くしても、待ってと止めようとする。

 もうすでに、リインフォースの気持ちは理解できているでしょう。それでも諦めきれない。

 本当に、もう少し……もう少し気持ちの整理ができるくらいの時間さえあれば。

 

 リインフォースが困ったように眉をひそめる。何を言えばいいか迷っているようでした。

 だから、代わりに私が口を開きます。

 

「それが最善と信じたからでしょう。話せば、心が残ってしまいますから」

「どこが最善なん? こんなやり方、どこも最善やないやんか」

「少なくとも、主の幸せを守りたいリインフォースの気持ちはわかって頂けるかと」

「わかっとるよ。リインフォースの気持ちはようわかった。けど、守るとかそんなん、逆やんか! マスターが守らんで、誰がリインフォースを守るん?」

「私は充分に守って頂きました。私はもう、報われています。本当に幸せなのです」

「リインフォース、そんなん言うたらあかん」

「私はもう、世界で一番幸福な魔導書です」

「リインフォース」

 

 リインフォースは折れない。そう感じたのか今度はハヤテが私を見る。

 その瞳を、私も真っ直ぐに受け止める。リインフォースのように、毅然と。

 

「シュテルも考えを変えるつもりはないん?」

「私の望みは変わりません。たとえそれがどれほど困難な道であろうとも、果たすのみです」

「手紙に書いてたんは、ほんまなん?」

 

 手紙にこれからの事を書きました。王とレヴィとユーリを見つけに行くことも。

 そして、見つけたら帰ってくる方法を探すということも。

 

「ええ。そのつもりです」

「つもりやのうて、ちゃんと帰ってくるん? ちゃんと、ちゃんと帰ってくるって私と約束できるん?」

 

 帰還の目処は立てていません。

 しかし、必ず方法があると考えています。

 そもそも時間遡行(じかんそこう)と異世界転移が可能なのです。

 ならば平行世界に移動する方法があってもおかしくはない。

 それに私がこの世界にいる事が方法があるという証明です。

 

 だから私は、ハヤテから目を逸らさず答えることが出来る。

 

「はい。約束します。少々時間が掛かるかもしれませんが、それは必ず」

 

 私が答えるとハヤテが先に目を逸らす。もうこれ以上、私から話すことはありません。

 話はすみました。私はリインフォースに目配りする。

 すると、リインフォースがハヤテに近づき、膝を折った。ハヤテの顔に手をやり微笑む。

 

「主はやて。一つお願いが。私は消えて、小さく無力な欠片に変わります。もしよろしければ、私の名はその欠片ではなく、あなたがいづれ手にするであろう、新たな魔導の器に送って頂けますか?」

 

 そう言ってリインフォースはハヤテの手を愛おしむように握る。

 

「祝福の風、リインフォース。私の魂は、きっとその子にやどります」

 

 握っていた手を、惜しむようにその手を離す。

 ハヤテの顔に諦めと悲しみが揺れる。

 

「リインフォース」

「はい。我が主」

 

 2人はしばし見つめ合った後、リインフォースが立ち上がり離れた。

 魔法陣の中央で私に並ぶ。

 

「よいのですか?」

「ああ。充分だ。シュテル、ありがとう。シュテルがいなければ、私は後悔して旅立ったかもしれない」

「いいえ。お互い良き旅を」

「そうだな。良き旅を」

 

 魔法陣が発動される。

 光が私達を包み込み、存在が薄れていくのがわかる。

 小さな光が舞い始め、視界が、薄れていく。

 

「主はやて。守護騎士達。それから、小さな勇者たち。ありがとう。そうして、さようなら」

 

 リインフォースの声が聞こえた。だから、私も一言言い残す。

 

「私は別れを言いません。どうかご自愛ください。いつかきっと、必ず――」

 

 光に包まれる。

 

 私は、最後まで言えたのでしょうか。




次でラストです。

誤字脱字報告に感謝。


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Epilog
エピローグ(Epilog)


「という夢を、あの時に見ていたのです」

 

 私は話し終えて一息つく。

 エルトリアの一角。数少ない人が住めるドームの中にある私達の拠点。

 

「えらく長かったぞ……」

「う、シュ、シュテるんが……」

「要点だけですが、数ヶ月分の夢の記憶ですので」

 

 我らの王ディアーチェに全てを託した後、再び復活するまでの間に見た夢は、とてもとても、長い夢でした。再び復活を果たした時、私は暫く状況を把握することが出来ないくらいに混乱していました。

 

「シュテるんが、シュテるんがぁぁぁうわあぁぁッッ!!」

「ええい! 落ち着かんか!」

「レヴィ。よしよし」

「ぐすん。ありがとう、ユーリ」

 

 参考元となったフェイトとは違う水色の髪をしたレヴィを、更に幼い姿のユーリが頭を優しく撫でる。それを見て、ディアーチェが呆れたような顔をしました。

 

 レヴィはフェイトとは姿が似ているだけで中身はまったくの別物。ディアーチェもハヤテとは姿形は似ていても、似ているのは外見だけ。それは私も同じ事。ユーリは元は人間ですから、私達とは違い独自の姿形を持っています。

 

「まったく、ユーリに慰められるとは、情けない」

「だってぇ、シュテるんが、ちゃんとボク達の所に帰ってきてくれたんだもん!!」

 

 顔を上げて私を見上げるレヴィの顔から、喜びが溢れて見えました。

 

「確かに、よくぞ帰ってくる選択をした。夢とは言え、さすがシュテル。我が槍よ!」

「シュテるん、さっすがぁ!」

 

 王とレヴィが私を褒めてくれる。それだけで、私の幸せは充分です。

 

 充分ですが、もう少し褒めてもらいたい。

 

「えっへん。もっと褒めてもいいんですよ?」

「シュテるん格好いい! 可愛い! 強い! おかえり!!」

「ありがとうございます」

「二人揃って馬鹿な事をするでないわ」

 

 満足いたしました。

 

「さっきは“我がカッコイイ槍ぞ!”とか嬉しそうに褒めてたくせに~」

「そんな事、言っとらんわ! 勝手に話を改変するでない!」

 

 このような会話は私達には必須なのです。大事なコミュニケーションなのです。

 いつもの2人を見ていると、気持ちがさっぱりとして落ち着きますね。

 

「でも、もしかしたら本当にシュテルちゃんは違う世界に行ってたのかもしれませんね?」

 

 赤い髪の方の自動作業機械のギアーズ、アミティエが頬に人差し指をつけて考えている。

 その横に居るのはピンクの髪の頭が悪そうな方と王が評するキリエ。

 

「それってどういう意味なの、アミタ? 違う世界って、未来とかじゃなくて別の世界線って事かしら?」

「キリエの言う通りです。王様もレヴィもユーリも居ない世界線。いわゆる平行世界です。夢にしては、あまりにも現実味がありすぎる気がしますから」

 

 平行世界。ほとんど同じ世界でした。違うのは私達が関わる部分だけ。

 そんな世界が無数にあるのならば、もしかしたら私達がハヤテ達と住む世界も実在したかもしれません。

 それはそれで楽しい日々が待っていたことでしょう。

 

「もしそうなら、なんだかすごく悲しいお話に思えてきますよね。決して交わらないはずの物語が交わってしまって……そして永遠に分かれてしまう、そんな悲しいお話に」

 

 決して交わらない。永遠に分かれてしまう。

 そうであるならば、確かに悲しくはなります。

 

 皆が喋ることを止め、静かになり、場が暗くなる。こんな雰囲気にしたかったわけでは無かったのですが。

 ですが、大丈夫です。こういう時は王に任せておけば。

 

「まったく、話が長すぎて昼食の時間になってしまったわ」

「そうですね。思わず時間を忘れて話をしてしまいました」

 

 王の一言で皆の雰囲気が戻ってくる。元々皆、明るい性格ですから、変に落ち込むのは似合いません。

 そうです。私達に暗い空気は似合わない。

 明るい未来があると信じて明るく生きていくべきです。

 

「うー。早起きしすぎてちょっと眠いけど、今日は150階を踏破するつもりだし。でも、やっぱり眠い~。でも150階に行きたいしー。うーーー!!」

「でも、寝不足でダンジョンに行くのは危ないですよ、レヴィ」

「それはそうだけど、ボクが頑張ればみんな楽になるし! シュテるんがマドウデンタツクドウケイ? のパーツが欲しいって言ってたし!」

 

 レヴィはダンジョン攻略にはまっています。そのダンジョンの最下層がどこまでかわかりません。

 しかし、持ち帰ってくる品々は貴重なものも多く、エルトリアの再生事業には欠かせません。

 まあ、半分はガラクタなのですが、それらも戦利品としてレヴィの部屋等に飾られています。

 

「私の方は急いでいませんよ、レヴィ」

「ならば別に急ぐ理由もなかろう。何かあってはユーリも心配するであろうしな」

「王様が優しい!!」

「いちいち、ちゃかすな!」

 

 レヴィにからかわれ、その恥ずかしさを誤魔化す王の姿は、実に微笑ましいです。

 

「そうですよ、レヴィ。まだまだ先は長いのですからね」

「う~ん。じゃあ、明日にしょっかなー? 今日は王様やシュテるんのお手伝いをして、明日のために英気を養う、みたいな?」

 

 言葉だけを見るとユーリの方がレヴィより年上のように見えてしまいますね。

 ユーリがすくすくと成長しているようで嬉しい限りです。

 レヴィはああ見えて、実はよく周りを見ています。見すぎて一周回ることもありますが。

 

「あ~ぁ。私も、もう一回寝ようかしら?」

「こら! キリエ! 今日は街の人から頼まれてた仕事があるでしょ?」

「だってぇ、寝不足は美容の敵だし~ 代わりにアミタが行ってよ~」

「いいから起きなさい!」

「えー」

 

 こちらの姉妹も仲がいいです。本の少し前までは姉妹喧嘩をしていたとは思えないほど。

 いいえ、仲がいいから喧嘩をするのです。

 

 そういえば、私はヴィータと言い合いをしたことがありました。ゲームでは少しやりすぎました。懐かしい思い出です。

 

「どうした、シュテル? 気になることでもあるのか?」

「いいえ。ただ、今の私達から見れば過去の話になってしまいますが、こちらのナノハ達も元気にしていたでしょうか、と思いまして」

「そうさのう」

 

 ナノハ達とはこの世界でも友誼を結びましたが、この世界ではどちらかというと、私が挑戦をする側。しかし、あちらの世界では挑戦される側でした。

 立場が違うだけで受ける印象も異なる。私の前に立ちはだかる壁だったナノハ。私を打ち破ろうと駆けてくるナノハ。

 ですが、世界は変われども、その心の有り様は変わらなかった。

 

「なに、あやつらの事だ、元気にしておるに決まっておるわ。特にあの子鴉めは年を取っても呑気に料理でも作っておるだろうよ」

「そうですね。何事もなく元気で居てくれればいいです」

 

 私にとっての小鴉は、やはりあちらの世界のハヤテになる。元気でいてくれれば良いのですが。

 パセリは大丈夫でしょうか? 実はブラックタイガー農園を作る計画もあったのですが。

 シャマルの料理の技術はどこまで伸びたのか。

 シグナムは免許を取れたでしょうか?

 

 なぜか、ザフィーラがネコ達に囲まれて埋もれる姿が目に浮かびます。

 

「まあ、なんだ。こっちの世界が片付いてからにはなるが……フローリアン姉妹にシュテルが夢で見た世界に行く装置を作らせて、シュテルが世話になった礼の一つでも言いに行くのも良いかもしれぬな」

 

 王の言葉が身にしみます。やはり、王は臣下には甘い方です。

 

「まあ、なにか痕跡をたどれたら可能かもしれないけど、どうかしらね?」

「そうですね。何か向こうのものがあれば良いのですが、夢ですし」

「もしくは向こうにこちらの物があるとか?」

「それならば解析可能かもしれませんけど、夢ですから」

「そうなのよね~」

 

 さっそくフローリアン姉妹が検討を始めてくれています。

 どちらにしても、このエルトリアを救ってからになるでしょう。

 

「ありがとうございます、ディアーチェ」

「うむ、気にするでない。臣下の願いを聞くのも王の努めよ」

「おー、王様がデレてる~」

「デレてなどおらぬわ!」

「ツンデレ~」

「つんでれですー」

「ユーリまで真似をして言うでない。まったく、こやつらわ」

 

 やいやい騒がしくなる。

 家の中が明るく活性化するような感覚。

 

「さあ、行くぞシュテル! 今日は少し手の混んだものを作ってやるかのお」

「ボク王様カレーがいい!」

「私も! 私も王様カレーがいいですぅ~」

「我慢せい、レヴィ、ユーリ。今から作っておると昼食には間に合わんわ」

 

 我が家の一番人気は王様カレーです。

 ですが、煮込むのに数時間かかりますから。

 

「なんでー!? いいじゃん、いいじゃんか、美味しいのに!」

「まあ、流石に今から作るのは無理よね」

「昼食が夕食になるのはちょっと。この体は燃費が悪いですから」

「レヴィ、我儘は駄目ですよ」

「ユーリまで!? じゃあ、夕食は王様カレーでお願い!」

「わかったわかった。夕食に作ってやるから騒ぐでない」

「やったー!」

「楽しみですね、レヴィ」

 

 今日はカレーで決まりですね。具はエビを入れましょう。

 

 

 皆がそれぞれ自分仕事に戻っていく。

 私はこっそりと手元のルシフェリオンを操作する。

 

 記録された写真達。

 

 奇妙な魔獣。

 

 変わった町並み。

 

 困った顔をするナノハとフェイト。

 

 笑う守護騎士達。

 

 静かに佇むリインフォース。

 

 微笑むハヤテ。

 

 家の前で共に写った集合写真。

 

「シュテル、どうかしたのか?」

「どうしたの、シュテるん?」

 

 確かな記憶。

 私の魔力の残滓はあの世界にも残っている。

 そもそも、最初に来ていた服はたぶん、まだ消えずに引き出しの中。

 

 フローリアン姉妹の協力も得られる。

 王の許可も得た。

 

 ならばもう、迷うことはありません。

 まずはこの世界を救いましょう。

 そして、交わした約束を果たします。

 

 ――いつかきっと、必ず

 

「いえ、何も」

 

 あなたに会いにいきます――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  New game

  Continue

→ End

 

 

  DLC




あとがき

 長い間お付き合い頂き、ありがとうございました。

 本当は未完で終わらせていました。
 元々一人称の小説を書く練習台でしたが、未完で終わらすつもりはありませんでした。
 しかしリアルが忙しいくなり放置が多くなると書けなくなり、そのままに。
 去年の年末、PC内のデータを移す作業をしました。
 その時に見つけた書き溜めていた分をサイトに投稿しました。
 せっかく書いたのに勿体ないくらいの軽い気持ちで放出して、終わりのつもりでした。
 なので、連載(未完)にしたのです。

 ですが、それで今も見てくれている人がいることがわかりました。
 その感想を見て、最後まで書こうと決意しました。

 ここでは名前を出しませんが、本当に驚きました。
 感謝します。
 あなたのおかげで書く気力が湧きました。
 そして、感想をまたもらって、それも嬉しくて、何時の間にか書き終えていました。

 感想を書いてくれて、本当にありがとうございます。


 完成しましたので通常の投稿に移動させておきます。
 元々は通常投稿だったのですが、練習のつもりでしたのでチラシの裏に移しました。
 評価を気にしながら書くくらいなら評価はいらないです。
 ですが、もう完成したので元に戻します。気にする理由がなくなりましたし。

 最後に、

 読んでくださった全ての人達に感謝します。
 誤字脱字報告、とても助かりました。
 いつかまた、どこかの小説でお会いしましょう。

 ありがとうございました。


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外伝
レヴぃー ざ すらっしゃー


突然湧いてきました。


てんいさきをせっていします......たぶんやみのしょをはっけんしました。

 

せっていをかんりょーします....でーたてんそーかいし

 

でーただうんろーどかいしー............しゅーりょー

 

いんすとーるします.........しました

 

えらーちぇっく.........たぶんおっけー

 

"Levi the slasher"のぷろぐらむをたちあげます

 

 

======

 

 

マテリアル-L ……躯体復帰

バルニフィカス……全機能解放中

戦闘用全モード……全力全開

出力限界なし ……戦闘多分可能

 

「闇の書の起動を確認しました」

「我ら、闇の書の蒐集を行い、(あるじ)を守る守護騎士めでございます」

「夜天の主に集いし雲」

「ヴォルケンリッター。なんなりと命令を」

 

 えーと……これなに?

 

 ブシドーがいるんだけど、なんで?

 

「ねえねえ、なにしてるの?」

「誰だてめえ?」

 

 うわ、こわっ! ちっちゃいのがこっち見てにらんでるんだけど?

 シュテるんは? 王様はどこ?

 うううう、なんで? 何でどこにも居ないの?

 

「ねえ、ちっちゃいの、シュテるん知らない?」

「喧嘩売ってんのか」

 

 声が低くなってボクをにらんでくる。なんでボクが睨まれなくちゃならないんだ。

 なんだか腹が立ってきたぞー。

 よーし、一言言ってやる!

 

「そんなに怒らなくていいじゃないかー。ボクはホントのこと言っただけなんだしー」

「ぜってー殺す。そこを動くんじゃねえぞ!」

「やめろ、ヴィータ。主の前だ。今は自重しろ」

 

 そうだそうだブシドー。もっと言ってやれ―。

 

 

 そこからボクたちの奇妙な同居生活が始まったんだ。

 

 

「お前! ちゃんと掃除しろよ! まだゴミが落ちてるだろうが!」

「なんでボクが掃除しなきゃならないんだよー。ちびっこがすればいいじゃないかー」

「掃除しなきゃ飯抜きだぞ」

「ひどい! おうぼうだ! そんなのあんまりだーー!!」

 

 ある時はちびっこに虐められ。

 

 

「おい。今日は主の付き添いで病院に行く日だと伝えていたはずだが?」

「えーー。だって、今日は遊びたいんだもん。そういう気分なんだもーん」

「ええんよ、シグナム。でも、残念やな。帰りに飴ちゃん買ってあげたのに」

「そこまで言われたらボクも鬼じゃない。一緒に行ってあげよう」

「こいつチョロいな」

 

 ある時は小鴉ちんの護衛をしてあげた。

 

 

「今日はやけに沢山作ったな……」

「そう? ちょっと張り切って作ってみました」

「そうか。張り切ってしまったのか」

「あ、ちょうどいい所に来たわね。レヴィちゃん、あの」

「ボクお腹いっぱいだから要らないや。ざっふぃーにでもあげていいよ」

「まだ何も言ってないのに! 酷いわ、レヴィちゃん!」

「その呼び名はやめろ……」

 

 ある時は紙一重で危機を回避し。

 

 

「我らの不義理をお許しください」

「まあ、ボクは守護騎士じゃないから本来は関係ないけど、これも一泊一食の恩だからね」

「誓いの時に話すな。それと、一宿一飯だ。馬鹿者」

「おまえ、空気読めよな」

 

 ある時はボク達は誓いをした。

 

 

「君は……。闇の書の闇を撃ち抜いた、白い魔道士だね」

「え? 闇の書ってなに?」

「え? あ~うん。そう! キミを見ていると、苛立ちがつのる!」

「え? 急にどうしたの!?」

「え? あ、ええと、ええと……だから、上手く言えないが、今の自分が本当の自分でない感覚がある」

「あの、一体何がいいたいのかな?」

「僕の魂がこう叫ぶ!」

「ええ! そこで無視するの!?」

「君を殺して我が糧とすれば、この不快感も消えるはず、と!」

「急に私の事を殺すことにしたの?」

「そうはいかない。ボクは帰るんだ。あの暖かな闇の中に……! 血と災いが渦巻く、永遠の夜に」

「あまり帰りたくない場所だね……」

「あああもう! うるさいうるさいうるさい! キミは死ね! ボクは飛ぶっ!」

「急に逆ギレ!?」

 

 ある時はナノハとの因縁の戦いを制し。

 

 

「もーー!! しつこいな、オリジナルは。もういいでしょ? どうせすぐに解決するんだから!」

「待って、レヴィ! もう少し話を聞かせて!」

「嫌だよ―だ。ボクと話をしたければ水色の飴玉を持ってくるんだね!」

「え? 飴玉で話をしてくれるんだ」

「フェイト、コイツ馬鹿だよ。もう放っておいていいんじゃないかい」

「誰が馬鹿だ! 失礼な犬っころだー!」

「誰が犬っころだって!!」

 

 ある時はオリジナルと犬っころと戦った。

 

 

「これ以外に、他に良い手はないか? 闇の書の主と、その守護騎士の皆に聞きたい」

「そんなの難しく考える必要なんてある~? アルカンシェルでどっかーーーん一発で終わり! あ。でも、ちょっと手加減してあげてね。王様とかシュテるんが傷つくのは、ボク嫌なんだ」

「いや、ここでアルカンシェルは撃ち難い理由があるんだ。それと、シュテるん? と、王様? が傷つくとはどういう意味だ?」

「シュテるんはシュテル! シュテるんって言っていいのはボクだけなんだぞ!」

「いや、そんな話は今はどうでもいいだろ」

「んんんーー!! 全然どうでも良くない! 良くないよ!」

「レヴィ、飴玉あげるからこっちにおいで」

「おお~。オリジナル、ありがとー」

「こいつ、終わるまで飴を食わしといたほうがいいんじゃないかい?」

 

 ある時は作戦をボク達は闇の書の防御プログラムを倒す話し合いをした。

 

 

「よーし! 最後はやっぱりボク! 轟雷爆滅! エターナルサンダーソード! 相手は死ぬ!」

「捕まえた!」

「え?」

「転、送!」

「ええーー!! うっそー! ボクまだ攻撃してないよーーー!!!」

 

 ある時は最後の一撃をカッコ良く決めた。

 

 

「じゃあ、ボクもう行くね」

「レヴィ。お腹出して寝たらあかんよ? それと、飴ちゃんもらっても付いていったらあかんで」

「別にあたしはいいんだけど……また遊びに来いよ」

「達者でな」

「あまりシュテルと王様を困らさないようにな」

「今度はご飯食べさせますね?」

 

 そして最後のお別れをボクはした。

 ボクの家族は王様とシュテるんと、ユーリとピンクとブルーだから。

 待っててね! すぐに帰るから! ご飯は激甘王様カレーー!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「て感じの夢を見てたんだけど、王様とシュテるんはどう思う? やっぱり現実だったのかな?」

「夢だな」

「夢ですね」

「即答!?」



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