GATE -代行者 彼の地にて、斯く戦えり- (まぬる)
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#1 狩人、日本へ立つ

 どうもです!
 ここの主人公はアホの子ですが、初回は特にいろんな喜びからめっちゃくちゃアホになってます!暖かく見守ってあげてください!


 私は『狩人』であり、そしてあの地にて『代行者』としての使命を見つけた。

 

 

 

 獣の病が蔓延し、数多の者たちが斃れるあの地にて、生きた者、死した者から武器を賜り、彼らに代わってその意思を果たす代行者として。

 

 

 

 ある時は教会の剣として、ある時は穢れた血族の眷属として、ある時は虫潰しの連盟として、ある時は地底の探究者として。

 

 

 

 しかしその先に一切の救いはなかった。

 

 

 

 幾度義足の老人に介錯され、幾度その彼を殺し、その先に待つ青ざめた血を狩ろうとも獣狩りの夜が明けることはなかった。

 

 

 

 気づけば私は部屋の中にあり、再び獣を狩り、神殺しを遂行するのだ。

 

 

 

 

 ならば、私は狩りに身を投じよう。

 私自身を忘れさり、私の前で斃れていった者達の意志を継ぎ、狩りを続けよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあ、月の獣よ」

 

 

 

 

 

 

 何百回目か、最後の神を下した。

 用いていたノコギリ鉈同様に、黒の狩装束も血に塗れている。ああ、これぞまさに私が生きる証。

 

 同時に私の意識は暗転し、いつもの屋根と老人の顔が現れる───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───いや、違う? 

 

 

 

 

 

 私は戸惑った。

 いつも通り(…………)ならば私は再び血の治療を受け、獣を跳ね除けて狩人として生まれる筈だった。

 

 だが、今回は違う。

 

 

 背中の感触は木製の診療台のものではない。硬く、ゴツゴツとしていて、熱い石の床のようだ。

 周囲には見たこともない材質で作られた長方形の城のようなものが大量にある。

 そこらを歩くさまざまなデザインの服を身につけた者達には狂っている者は一切なく、私に好機の目を向けたり、珍妙な板をこちらへ向けたりしている。

 

 

 そして何よりも……

 

 

 

「ああ、太陽。長らく隠れていた陽の光がこんなにも……」

 

 

 

 明けぬ獣狩りの夜には決して見ることも叶わなかった太陽が、私の眼前で燦然と輝いていた。

 ああ、ああ、ああ、太陽、太陽だ。太陽なのだ。

 

 

「夜は明けた……我が太陽が輝いているのだ……」

 

 

 硬い石から体を起こすことも忘れ、太陽を掴もうと左手を掲げる。

 当然届く訳もないが、それでも掌に当たる優しい熱が嬉しくて堪らないのだ。

 

 

「ハハッ、ハハハッ、太陽万歳……」

 

 

 それ(……)は我らの上に輝く巨大な火の玉を讃える言葉だった。

 確かいつだか出会った別の夜の狩人が、また別の世界でとある男に聞いた言葉らしい。

 私は何百、何千、もしや何万年もの夜を超えて陽の光を得て、ようやくその信仰を知った。

 ああ、なんと素晴らしいものか……

 

 

 

「お兄さん、ちょっといいかな?」

 

 

 

 不意にかけられた言葉に返す余裕などない。太陽、太陽が目の前にあるというのに、つまらない言葉に耳を傾けるほどの余裕は私にはない。

 

 

 

「こんなとこでそんな服装で寝っ転がって、何してるの? ねえ、お兄さん」

 

 

 

 しかしその男はあまりにもしつこく絡んでくる。剰え太陽を遮るように私の上を覆い、肩を揺すってくる。なんなのだ。この男は。

 

 

 

「手を離してそこを退け。我が神たる太陽がようやく姿を見せたのだ。今は彼に祈る以外のことは必要ない」

「ようやく姿を見せたって言ったって……ここ数日は夏らしくずっと晴れだし、日食なんてのも起きてないよ? それよりもさ、なんでここに倒れてるのか事情を聞かせてくれない?」

「いや、むしろ貴公はあの太陽に祈らぬのか? ついぞ獣狩りの夜が明け、太陽がこの地を照らしているのだぞ? 宴の準備をするのだ。全ての人間で夜明けを祝う祭りを執り行う必要すらあろう」

 

 

 

 それほどまでに、あの太陽は有難い存在だと言うのに。

 私に話しかけてきた青い服を着た男は訳がわからないと言った顔をしているが、訳がわからないのは私の方だ。

 

 

 ……いや、この男近接武器は手にしていないが銃を腰に携えている……? 

 ……ハッ! もしやこの男も狩人の1人だと言うのか!? あの獣狩りの夜を超えても尚喜びに体を震わせることなく、次の夜へと牙を磨く強者だとでも言うのか!? 纏う雰囲気は常人と変わらぬが、あの夜には自らの強さを隠して動く狩人もいた! なんと言うことだ。私は夜明けと同時にこのように屈強な狩人と見えることができるとは! 

 

 

「そうか! 貴公も狩人か! その見たこともない服、随分と仕立てが良いが、名家の出でありながら義憤に駆られ獣狩りを遂行したのか? それともそんな者から衣を預かり代行者として戦ったのか? いずれにしても素晴らしいことだ! 私は尚更宴を行いたくなったぞ! さあ、まずは名を聞かせてくれ!」

 

 

 私の言葉を聞いた彼は、さらに訳がわからないと言った具合で目を瞬かせる。ほう、全てを忘れ白痴に堕ちた上で獣狩りに参じたということか!? なんと、なんと優れた狩人なのだ! 人は失うだけ得る。その点で言えば彼は凄まじい力を得たことだろう! 

 

 

「ああすまない! 名を名乗るならば私からが礼儀であった! ……と言っても、数々の夜のために私は自身の名すら忘れてしまったのだ……故に、私はただ自分を代行者と呼ぶ! 貴公もそう呼ぶといい!」

「え、ああ……私は佐藤だよ。とりあえず、一緒に署まで来てくれるかな?」

「"しょ"というのがどこかは知らぬが、構わないとも! 顔を合わせる機会はなかったやもしれんが、我らはすでに獣狩りという目的のもとに戦った戦友! 友の頼みとあらば代行者の名にかけてどこへでも駆けつけよう!」

 

 

 

 サトウ、と名乗った彼についていこうとしたとき……遠くから凄まじい叫び声と足を踏み鳴らす音が聞こえた。姿を見ずともわかる。軍勢だ。

 

 

「なっ、何が起こってるんだ!?」

「……サトウよ、どうやらこれは夜明けを喜ぶ声ではないらしい。なれば、この地に侵攻する敵どもと受け取るのが道理だろう。貴公は主なる獲物を持っていないようだが、その腰に下げているものは銃であろう。戦友を不完全な武装で敵と対峙させるのは気が引ける。ここは私が奴らと戦い、貴公が一般の民を逃すというのはどうだ? 私が心配か? 何任せろ。私は幾億の夜を超えた身。問題はないさ。ではそちらは頼むぞ!」

 

 

 戦友と別れ、声の方角へ向かう。しかし見れば見るほど不思議な建物達だ。もしや私は世界から隔離されてあの夜を過ごしていたのか? ならばこの変化も頷けるというもの。そう考えるとサトウが狩人と断定したのも早計だったか……? 

 いや、逆にここまで栄え、そこらをいく民達が短刀の一つも持たぬ時代に銃を持っていたのなら、間違いなく狩人の類いであろう。

 

 

 そうしてようやく敵の声のもとへと辿り着いた私が目にしたのは、数多の人間と異形達の軍勢だった。

 人間の方は言うところもなく、ただの人間だ。しかし随分と古めかしい鎧を着ているものだ。

 異形の方はと言うと、形は様々だが、私の見たことがある異形はおそらく含まれていなかった。獣狩りの夜にいた異形はどれも悍しく、啓蒙的な化け物達だったが、ここにいる奴らはまるで御伽話に出てくるような、随分と優しい見た目だ。

 

 

 

「兵どもよ! 何を道理にこの地へ侵攻する! 答えよ!」

 

 

 ノコギリ鉈を掲げ、叫んだ私を見て兵どもの間に困惑が伝播していくのがわかる。しかしやがて"侵攻"と結論を出したようで、私の解さぬ言葉を叫びながら歩みを進めてくる。

 

 

「そうか、それが答えか! ならば代行者の名とその意思を知れ! 私はこの地を守る者の意思を代行し、貴公らを討ち滅ぼさん!」

 

 

 ノコギリ鉈は獣狩りに優れた武器だ。名の通り、ノコギリのようにギザギザとしていて、そして曲刀のように円を描くような刃を持ち、折り畳んだ状態と開いた状態とで使用できる。

 多数を相手取る今回、選ぶべきは後者だ。ストッパーを外し、鉈を振るうと金属音と共に火花が散り、ノコギリ鉈は人の半身を超える程度の大きさへと変貌する。

 

 右手には鉈、左手には銃。狩人としてこれ以上ないほどに模範的な姿であろう。

 

 

「ハッハッハッ!」

 

 

 敵の軍勢に突っ込み、ソレを振るう。肉が切れ、骨が砕ける感触。そして私の手により命を奪う感覚。

 ああ、ああ、堪らない。獣狩りだ。獣狩りの感覚だ。

 

 

 敵の兵士が罵声と共に私の肩を槍でもって貫くが、蹴りによってその槍を半ばほどから破壊し、同時に左手に持つ散弾銃での射撃を見舞う。半分ほどは兜に塞がれてしまうが、その隙間から侵入した礫は確かに奴の顔面に新たな穴をこさえた。

 

 

 そして不思議なことに、肩に空いた穴が勝手に塞がっていくのだ。

 本来ならば狩人は輸血液を用いるか、敵の血を浴びることで自らの傷を回復させることができる。しかしこれは血が人体に働きかけるためではなく、狩人が血を得ると同時に生きている実感をも得るためだと言われる。

 生きている実感……そうか、太陽だ! 太陽が私に生を感じさせているのだ! 

 

 

「なんということか! 太陽は私の前に再び姿を表すだけでなく、この私に加護すら与えてみせるとは! そうか、これが太陽信仰というものなのか!」

 

 

 狩人としての力だけでなく、太陽の加護すら得た私は最早何者にも止められはしない。眼前の敵を切り、撃ち、数え切れぬ程の血を浴びる。人ならば切り裂き、小さき異形は踏み砕き、一際巨大な異形と対峙すれば足元を攻め、膝をついた時にすかさず腹を貫き、内臓を抜き取るのだ。

 

 

 しかしその時、私は空を覆う異形に気がついた。龍、あれは飛龍だ。背に槍持ちの兵士が跨っているところを見ると、どうやら馬のように扱っているらしい。

 

 

「そんなに美しい龍を乗り物扱いとは! なんと贅沢なことか!」

 

 

 なんとかして龍を殺さず兵士だけを殺して奪い取ることができないものか。散弾銃では龍を傷つけてしまうやも知れない。かと言って、この敵の軍勢の中で精密な銃を取り出して狙いをつける暇もないだろう。

 

 

「ならば秘儀だ!」

 

 

 秘儀ならば記憶の中のものを引き摺り出すだけで行使できる。手始めに私は『獣の咆哮』により周囲の敵を吹き飛ばし、次に騎兵に向けて『エーブリエタースの先触れ』を放つ。数本の触手を召喚して敵をなぎ倒すこれは、召喚者の技量によってはある程度精密なコントロールも効く。私の狙い通り騎兵をなぎ倒した触手は、龍を絡め取ると私の目の前まで引き摺り下ろしてくる。

 

 

「ハッハッハッ! 竜に挑むは騎士の誉れと言っていた別次元の狩人もいたが、ならば竜に跨るはそれ以上の誉れだろうな!」

 

 

 飛龍に跨り、手綱を引くと同時に触手から解放すると、龍は瞬く間に敵の頭上へ舞い上がって見せた。この龍には主人を選ぶだけの知能がないのか、あるいは敵兵を主人と認めていなかったのか、素直に私の手綱に従ってくれるようだ。

 そして敵の頭上にいるのならばするべきことは面制圧。即座に油壺と火炎瓶を取り出し、眼下の異形どもを火だるまへと変えてやる。

 たったそれだけでこの小隊は全滅してしまったようで、足を得た私は次なる獲物を求めて移動を始めた。

 

 

「しかし、見れば見るほどに凄まじい進化を遂げているものだ。そこらの建物一つ一つが城に匹敵するほどの巨大さに美しさ、精巧さを備えている」

 

 

 もう一つの小隊を見つけ、皆殺しにしてやろうと降下を始めるよりも前に、1人の男が敵兵を拘束し、敵の落とした武器を拾ってとどめを刺して見せた。近くにあるサトウと同じ服を着た男を庇っての行動だ。なんと素晴らしいことか。

 堪らず私は彼のそばに飛龍を下ろして話しかける。

 

 

「貴公! 貴公も相当の狩人だな! 私は代行者、貴公は何という名だ?」

「えっ!? お、俺は伊丹だけど……」

 

 表面だけを見れば覇気のない男だが。先程兵士を倒した時の身のこなしを見るに、十分な実力を持った狩人と見受ける。全くこの地には爪を隠すものばかりだ! 

 

「そうか、イタミというのか! まずは我が友、サトウの関係者を庇った行動に感謝と尊敬の意を示そう! そしてイタミよ、この敵兵を滅ぼすのに力を貸してくれ!」

「いや、滅ぼすよりも一般人を避難させるのが先だ! あんた、その龍を扱えるんだろ? 空から皇居へ避難するように呼びかけてくれないか?」

「ほう、狩りの喜びよりも民の身を優先するか! それもまた優れた狩人だ! よし、私も協力しよう! "コウキョ"とやらに民を誘導すれば良いのだな?」

「ああ! ただあんただけだと怪しまれるかも知れないから、自衛隊からの指示だとも伝えてくれ!」

「あいわかった!」

 

 狩人を背に、手綱を取り再び空へ踊り出す。建物よりも高く、すべてを見下ろせる高さから全体を見定め、小隊に襲われている民を見つければ降下し、敵を食い止めながらコウキョへの避難を指示する。ジエイタイとやらの名前を告げることも忘れない。

 しかし、ジエイタイとやらは随分と信頼されているようだ。私の姿を見て訝しんだものも、危機に追われていることもあってかジエイタイの名を聞くと納得してくれるのだ。

 

 

 

 

 そして敵へのちょっとした制圧や、民への誘導を一頻り済ませ、私もコウキョへ向かう民を追って飛龍を急がせる。当然私がコウキョの場所など知るわけもないが、民を避難させられる程度の広さと強固な防衛を持つ場所は、空から確認しても一箇所のみだ。

 

 

 

 巨大な異形の持つ木槌によって攻撃されている外側の門を超えると、そこには先程別れたサトウやイタミがおり、今まさに内側の門が開き民が避難するところであった。

 

 

「おお、サトウにイタミよ! 無事だったか! どうやら民の避難にも問題は無さそうだな!」

「あっ、代行者さん! そっちもどうやら変わらないようで!」

「うわっ、龍に乗ってる……」

「少しばかり拝借してな! 意外と素直なものだぞ!」

 

 

 背から降りるついでに、龍の喉をかいてやると気持ち良さそうな声を上げた。ほほう、どうやらこいつは私が気に入ったらしい。龍に跨る狩人などというのもいいだろう。

 

「して、門外の奴らはどう片付ける?」

「もうすぐに増援が来るそうだ……ほら、あれだ!」

 

 

 イタミが指差した先を見た私は、言葉を失った。

 何と、何ということだ。鳥などではない。飛龍とも違う。あり得ないことに、珍妙な形をした箱が空を飛んでいるのだ。鉄の箱はすぐに、下部から光と轟音を放ち始める。あれは私でもわかる。デュラの仲間の狩人が用いていたガトリング銃と酷似しているのだ。

 

「なんと! あれは素晴らしいな! 飛龍よ、私を門の上まで連れて行ってくれ!」

 

 しかしその威力や連射力はくらぶべくもない。その証拠と言わんばかりに、私が跨るそれよりも一回り巨大な飛龍はズタボロになって地面へ堕ちた。

 私はその勇姿をもっと近くで見たい。しかしこの龍に跨って飛び上がれば今度は私が狙わられるのがオチだ。ならばと妥協して、門の上で鑑賞することにしよう。

 

 

「おお……なんということだ……アレほどの軍勢が赤子の手を捻るように滅ぼされていく……」

 

 

 その上で見た光景は凄まじいものだった。砂煙を巻き上げながら走る馬無しの馬車。敵の鎧どころか盾も貫通するような巨大な銃。陣形を整えて射撃を行う者たち。

 戦力差は歴然。敵兵は瞬く間に数を減らし、撤退を選択した僅かな兵を残してこの場に残ったものは死体か捕虜となったようだ。

 

 

「おーい!! イタミ!! サトウ!! 私はあの捕虜を追うこととする!! 僅かな間ではあったが、貴公らと共闘できて嬉しかったぞー!!」

 

 

 戦友達に大声で告げ、飛龍を操って逃げ帰る者達を追う。

 しかし、見たところここは国境沿いでも紛争地域でもない。どうしてあそこまで大規模な兵を送り込めたのだろうか? 

 

 

 

 しかしその疑問は、直後に私が目にした光景で解決されることになるのであった。



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#2 代行者、特地に立つ

 ───伊丹耀司(33)。自他共に認めるオタク。

 

 

 彼は嘯く。

 

 

 

 

「俺はねぇ、趣味に生きるために仕事をしてるんですよ。だから、『仕事と趣味とどっちを選ぶ?』なんて尋ねられたら、趣味を優先しますよ」

 

 

 

 

 

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 

 深いため息。彼が幾度となく上官に吐かせてきたそれを、今度は彼が吐き出す番だ。

 日本と異世界とを繋ぐ門、ゲートと名付けられたそれを潜らんとする自衛隊の隊列に加わった彼は、今や一躍英雄扱いであった。元々、仕事への無気力さから評価の低かった彼だったが、今回の異世界の兵による銀座への襲撃。一般に『銀座事件』と呼ばれるその出来事の中での数々の国民を救う活躍により、彼は賞与を贈られた上に二階級特進。まさしく英雄と呼ばれる立場にあった。

 

 しかし彼の表情は浮かばれない。というのも、元々彼は名声を求めるような人物ではなく、しかもその件もあって決定した異世界調査への参加によって、彼のオタク趣味が自由に楽しめなくなってしまうのだ。

 

 肩を落としたその男の頭の中には、彼の大好きなオタク趣味への暫しの別れと共に、ある男のことがあった。

 他でもない。銀座事件の中で出会った『代行者』と名乗る男のことである。真っ黒の装束を纏い、右手に歪な武器、左手に古風な銃を携え、龍に跨った彼の鬼神の如き戦いは居合わせた一般人のカメラや監視カメラに納められ、動画配信サイトでも既に出回っていた。

 彼が立派な名乗りを上げ、敵の軍勢を血祭りにあげる姿は特に有名で、正体不明の彼は『銀座事件のもう1人の英雄』といった具合に、ネット上で祭り上げられていた。

 

 しかし、伊丹に門へ向かうと告げた後の彼の消息は知れない。しかし、敵の敗残兵を追いかけてゲートに向かう姿が監視カメラに映っていたこともあり、今は"特地"と名付けられた異世界にいることは火を見るより明らかであった。

 

 一ヶ月前から度々日本が送り込んでいた斥候が彼の姿を観測したという報告はないが、敵が門の周りにいた痕跡はあるものの、現在は平野の奥まで兵を引いているという報告がある。つまりはそういうことなのだろう。

 

 まるで神話の英雄のような行いだが、彼の鬼神の如き戦い……いや、狩りを画面越しとはいえ目撃した伊丹や他自衛隊員も、あり得ないことではないと感じていた。

 

 

 

 

 そして戦車だの装甲車だの輸送車だのに乗り込んだ自衛隊が門を潜ると、日が落ちた異世界が彼らを出迎えた。そして先頭の車両に乗っていた1人が気付く。

 

 門の前に、大小様々な大量の首が二列。等間隔に並べられているのだ。

 まるでそれは道を彩るために飾られた華のようであり、あるいは飛行機の着陸を招く侵入灯のようであった。

 

 

 そしてまた1人が気付く。『代行者』がいつの間にか闇から現れ、その首の道の向こうから駆け寄ってくるのを。

 

 

 

 

「やあやあ我が戦友達! よくぞ来てくれた! 見てくれよ、歓迎のために飾り付けもしたんだ! 雑兵も混じってはいるが、敵の部隊長クラスも転がってるぞ! それにほら! あれは特段大きな化け物の首だ! 頭のサイズを見て分かる通り、私が4、5人縦に重なってようやく目線が合うような巨人だった! 斃すのは問題ではなかったが、首を落としてここまで運び込むのがとても大変だったぞ! あそこで槍に刺されてオブジェになってるのは小人の……いや、小鬼(ゴブリン)などと言った方が伝わりやすいかな? とにかく小さくてすばしこくて数が多い連中だった! 殺しても殺しても奥から続いてくるものだから、私も楽しくて堪らなかったぞ! そのオブジェの造形にはだいぶ拘ったから後で良く見てみてほしい! 何しろ彼らの武勇を語るのだからな、中途半端な出来では無礼に当たるというもの! 次はあそこの龍の首だ! 他の飛龍よりも二回りも大きくて強かったなぁ! 首を傷つけないようにガトリングで落とすのには骨が折れたな! あっちは確か一般の兵士の首だが、そいつは凄かったぞ! 右腕を切り落とされても残った左腕で剣を掴み、切り掛かってきたのだ! 残る左腕を切り落としても、なんと落ちていた短刀を口で咥えて突進してきた! 恐らくは嫁か娘の名前を叫びながらな! いやあの時の気迫と言ったら、私は思わず戦いながら敬礼を捧げてしまったよ! 敬意を評して残った体の方は入念に焼いてから埋めてやったんだ! 本当ならば首も埋葬してやりたかったのだが、それほどまでに勇敢な戦士の生き様を広めずにおくというのは些か無礼に当たると思ったのでな! ほら見てくれこの顔を! 死際の恐怖なぞ一切感じず、最後まで勇敢な顔で首を跳ねられたのだ! 逆に、そこにいる者などは目も当てられぬ最後であったな! 彼は上官でありながら部下をかき分け、真っ先に逃げようとしたのだ! だから首を落とさずに背骨は繋げたまま引っこ抜いて、その部分を地面に植えてやったのよ! ここに根を張れば逃げられはしないだろう? 小心者の兵士を死後は勇敢にしてやろうという私の粋な計らいなのだよ! 彼もきっと地獄で己が行いを悔い、私に感謝していることだろうな! いやあいいことをすると気持ちがいい! あっ、そうだそこのは───」

 

 

 

 そこにいたのは人間の形をした狂気そのものであった。

 敵の生首を晒し、弄び、笑顔で紹介してまわり、あまつさえ良いことをしたなどと宣う彼は、間違いなく狂気の塊であった。

 

 その凄惨な光景や彼自身の狂気に耐えかね、車内にも関わらず戻すものもいた。そうでなくとも、殆どのものが目を覆い、あるいは血の気も失われた顔をしている。

 

 彼らは自衛隊の隊員であれど、実戦経験はたったの一度もない素人なのだ。

 

 実際に生首を見せられたり、それを笑うものを見れば精神的に大きな負荷がかかることだろう。

 

 

 硬直する遊軍。伊丹は堪らず輸送車から飛び降り、代行者のもとへ歩む。

 

 

 

「おお! イタミではないか! 貴公は気に入ってくれたか?」

「ああ……代行者。あんたがここにいて、ここにこれだけの首があるってことは……」

「恐らくは考えている通りだ! 私は貴公たちジエイタイがここに来るまで、貴公たちの代行者として敵の兵を門の周りから追い払っていたのだ! 貴公らの武器を見るに、距離が離れていた方が狩りがしやすいだろう? サプライズにしたかったから度々やってくる貴公たちの兵にも見つからないようにな! ああ、ついでに身を隠すのに丁度良い穴だの窪みだのも一人で作っておいたぞ! なに、戦友のためだからな!」

 

 胸をドンと叩く代行者。正直なところ、伊丹はいますがこの場から逃げ出して門の向こうまで帰りたい気持ちが更に強くなっていた。

 

「そりゃありがたい……それで、敵は今どこにいるんだ?」

「うむ、見ての通りここは丘の周りに平野が広がり、その周りには山が多い地形になっているようでな! 敵はここから少し離れて、あそこの山の裏で拠点を構えていたが、この首たちのために昨日狩り尽くしてしまったもので、今はそこよりも奥まで引いていることだろう!」

「そうか……」

 

 足の力が抜け落ちるような思いの伊丹だったが、その後正気を取り戻した指揮官の命令により、この丘に防衛の布陣を敷くこととなり、ようやく助けられた。

 

 

 

 その後急造の拠点を組む自衛隊のあまりの手際の良さに感激した代行者が、『狩人の確かな徴』なるものを隊員にプレゼントして回り、最終的に小柄な女性隊員に指輪を差し出してプロポーズまでしだして取り押さえられたのは、また別のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやあイタミよ! 狩ったな! 大量に狩ったぞ! よもや貴公らの持つセンシャや銃がここまで高性能とは、恐れ入った!」

「いやいや、その中で飛龍に乗って相手を追い立てるような代行者も化け物だよ」

 

 平野に散乱する死体の山で豪胆に笑う代行者を他所に、伊丹は何度目かも分からない深いため息を吐き出した。その様子に気付いた代行者は、どうしたのかと肩を叩きながら言ってくる。

 

「いや、戦ってる時は距離が遠いもんであんまり感じなかったんだけど、こうして近づいてみるとやっぱりなぁ……」

「ああ、そういえば貴公らのジエイタイでは実戦経験がある者が少ないとか言っていたな! 先に知っていれば歓迎の生首も控えめにしていたのだが……歴戦の狩人ならば喜ぶであろうアレのウケが悪かったから、当初は困惑したものだ!」

 

 伊丹から離れた代行者は、死体から使えそうな武器だのを漁って籠に突っ込みながら、悲しそうな顔で言う。

 狂気が服を着て歩いているような彼だが、新参者に手荒い洗礼を喰らわしてしまったことは少なからず申し訳なく思っているのだ。

 

「それでも控えめにするだけか……いや、まああれを最初に見てたおかげで吹っ切れて戦えたってのも事実かもしれないなぁ……」

「ハッハッハッ! 敵を狩り殺した時の罪悪感というのは、死した敵にとっては辱めとなる時もある! 真に亡き敵のことを想うのなら、後悔よりも誇るべきだぞ!」

「誇るぅ?」

「ああ、罪悪感というのは無力な者を殺した時に抱くべきものだ! 武器を持った強者を殺したのなら、己の狩りの腕前を誇ることが敵への敬意となろう!」

 

 

 そして死体の中から武器を握りしめたままの者を見つけ、嬉しそうに伊丹に報告する代行者であった。伊丹はどうやら面倒な奴に懐かれてしまったと頭を掻き、再び深いため息を吐くのであった……



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#3 代行者、口説きたい

 特地、門周りの駐屯地を離れた平野を走る自衛隊の高機動車の中、伊丹はようやく安息のひと時を得ていた。

 何しろ、ようやく門の駐屯地に勝手に滞在している代行者(狂人)のお守りから離れることができたのだから。

 

 彼は次に狂人なお守り役になる隊員に祈りながら、彼のことを思い浮かべる。

 

 実力は言うまでもなく、どれだけダメージを得ても返り血や輸血液、挙げ句の果てには日光で回復しだす彼は自衛隊が束になっても強制的に追い出すことはできない。その上、名前や国籍は一切の不明。彼の顔写真を使ってどこの国を探しても、戸籍も見つからないときたもので。武力でも政治的なしがらみでも敵がいない彼は、なし崩し的に駐屯地に留まることになったのだ。

 

 しかしまあ、駐屯地にとって彼の存在は大きいものではあった。

 運用に大量の燃料や人員を割くヘリや戦闘機と違い、餌さえあれば賄える飛龍に跨ってどこまででも偵察に出ることができ、本人のスタミナも無尽蔵。さらにはすぐに現地語を理解し、近隣の村への聞き込みや通訳もこなす。最近は死体に不慣れな隊員のことを気遣って、勇気ある死に方をしたであろう兵士の死体を拾ってきてその死際を語ることもなくなってきていた。

 ただ、当然ながらその狂いに狂った人格は変わらず、どこから狩ってきたのか狼男や豚男の死体などを食堂の前で解体し、笑顔で調理を頼むようなことも度々あった。

 

 なんなら、彼が見染めた栗林という小柄で巨乳の女性隊員へのアプローチも日に日に激しくなっていた。当の栗林は頑としてそれを断り続けているが……

 

 

 と、そこまで考えたところで伊丹はようやく一つのことに気がついた。

 その栗林が、周辺の村の様子を探るために結成されたこの部隊にあることに。

 代行者が毎日何回も栗林にアタックをしかけていたことに。

 そして……車の近くから聞こえる飛龍の羽音に。

 

 

「おーい! イタミー! クリバヤシー! 近隣の村に行くと聞いたぞー! ならば私のように通訳を連れていくべきではなかろうかー? 貴公らの力になるためにこうしてシーシャに跨り駆けつけたのだー!」

 

 

 翼竜に跨り車に並走する代行者は、いつもの黒装束とは違い、緑のカーゴパンツと黒いタンクトップを身につけ、普段は帽子とマスクで隠れている白人風の精悍な顔立ちと、オールバックにセットされた長い銀髪が露わになっていた。

 ちなみにシーシャとは彼の愛龍のことで、使者をもじって名付けたらしい。

 

 壊滅的な性格がなければさぞかしモテることだろうな、と心の中で呟いた伊丹は高機動車の窓を開けた。

 

「代行者! これは自衛隊の任務だからお前を連れてったらまずいって!」

「気にするな! 連れて行かれるのではなくついていくのだ! 勝手にな! それに先ほども言ったが通訳も必要だろう?」

 

 白い歯を覗かせながらサムズアップをする代行者。

 しかし、伊丹にとっても通訳がいると役立つというのは真実であった。

 

「はぁ……いいぞ……でもだ! 絶対に勝手な行動はするなよ! 具体的にいうと血祭りは絶対だめだ! ていうか武器を握るなよ!」

「大丈夫さ! 抵抗しない者を狩ってもなんの誉にもならない! むしろ恥ですらある! よし、ではシーシャ、お前はこの手紙を持って帰りなさい! ジエイタイへの報告のため、毎晩私のもとに来るのだぞ!」

 

 代行者はシーシャの首元に手紙入りの箱をしっかりと結びつけると、あろうことか伊丹が開いた窓から車内に飛び込んできた。幸いなことに彼が運転手ではなかったため車が暴走することはなかったが、それでも膝の上に大柄な白人男性が飛び込んできた伊丹はそれなりの痛みを味わう羽目になった。

 ズルズルと高機動車の後部座席へと座り込んだ代行者は、隊員の桑原にニッと笑いかけ、今度は運転席の座席に手をかけた。

 

「やあ! よければ運転代わろうか?」

「けっ、結構です!」

 

 直接的な被害は受けなくとも、彼、正確には彼の頭のおかしさを聞き及んでいた運転席の隊員倉田は丁重にお断りした。

 代行者はというと、今度こそ座席に根を張り、不服げに唇を尖らせていた。

 

「もう。私だって駐屯地で車の動かし方教えてもらったのに……」

「運転できるのは知ってるけど、お前の性格上デカい龍でも見つけようものなら吶喊するだろ。俺と部下の命のためにも、絶対にハンドルは握らせないからな!」

 

 車内に響く露骨な舌打ちを一行は聞かなかったことにした。

 座席にふんぞり帰って脚を組んだ代行者は、思い出したように次の言葉を吐いた。

 

「にしてもイタミ、やはり貴公が隊長なんだな。納得の人選だ」

「納得ってなんだよ納得って……俺よりもそっちの桑原のおやっさんの方が向いてるだろ……」

「いやいや、貴公が適任だよ。彼も確かに長くジエイタイに在籍しているだろうけど、貴公には彼にはない能力がある。それがなんだかわかるかね?」

 

 しばしの沈黙。クイズの答えを待つ司会者のように、代行者は伊丹の答えを待っていた。

 

「……臆病さ」

「わかっているじゃないか! そう、貴公は臆病の天才であろう! ああ、わかっていると思うが悪口ではないぞ? 臆病というのは裏を返せば慎重と言うこと。狩人にも兵士にも重要な素養となる!」

 

 納得のいく答えが返ってきたことに満足する代行者をバックミラーで見る伊丹。今度は彼が質問をする番だ。

 

「で、お前の愛しの栗林ちゃんが後ろの車にいるわけだけど、なんでこっちに?」

「いうまでもないだろう! クリバヤシはどうあっても私の同行を許してはくれないだろうからな! ならば貴公を説得した方がアタックのチャンスも増える!」

 

 正しい選択だな。と、伊丹が苦笑いとともに答える。

 この狂人に強烈なアタックをかけられている栗林は、下手したら自分以上に心労を味わっていることだろうな……と心の中で部下を労う伊丹であった。

 

「その服装もアタックの一環ですかな?」

「その通り! 今までの狩人装束は私の誇りではあるが、何しろ血みどろだから彼女にはナンセンスに映っただろうから、駐屯地で新しい清潔な服を拝借してきたのだ! どうだ、自分でいうのもなんだが、私は結構美男子なのだ!」

 

 確かに、彼は美男子であった。顔だけでなく、狩りで鍛えられた肉体は兵士以上に一切の無駄な肉もなく整えられており、カーゴパンツにタンクトップという服装も兵士以上に似合っていた。

 質問の主である桑原も納得したように首を縦に振る。

 

 

「で、なんで栗林ちゃんなんだ?」

「あっ、それ自分も気になります! 確かに顔も良いし胸も大きいですが……」

「確かに、一度聞いておきたいですな」

 

 

 三人の質問からに代行者は不敵に笑って見せ、そして近隣のコダ村に着くまでの間、彼女の魅力を語り続けたのであった。

 

 

 

 ……ちなみに、この時操作ミスにより彼らの車の無線がハンズフリーになっており、後続の車に乗る栗林にもそのさらに後ろの車の隊員にも会話は筒抜けであった。顔を真っ赤に染めた栗林が「もうやめて……」と懇願する中、代行者による彼女を褒め称える言葉がマシンガンのように口から飛び出し続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「前が見えねぇ……」

「私大丈夫これ? 股間潰れてない? 尻とか二つに割れてない? イタミちょっと確認して? 私見るの怖い」

「元から二つだろ」

 

 

 地面に横たわる部下と代行者を苦笑いで眺める伊丹。

 コダ村について早々、本人が聞いていないと思っていたところでセクハラ発言をした倉田は顔面に正拳突きをくらい、代行者に至っては股間を十数発も蹴り上げられてこうして地面をのたうちまわっているのだ。

 行ったのは言うまでもなく栗林で、当の本人は村に入る前に怒りを鎮めて来いと言う伊丹の命令で自分の車両に戻っていた。

 

 

「そ、そう……この強かさこそが……私が彼女に惹かれる理由……」

「こんなことされてもまだなんすか……流石代行者さんですね……」

「しかしこうしていても村の調査は進まない……行こう……」

 

 

 既に日光での回復(リゲイン)を済ませた代行者は立ち上がり、伊丹の背中を軽く叩いた。

 植物か何かかよ、という心の中でのツッコミとともに、今後の代行者係は栗林に任せようと伊丹は決意したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 コダ村での調査はほとんど問題なく進んだ。

 というのも、代行者の通訳に加え、彼自体が狩りの獲物を手土産に何度かこの村を訪れていたことがあり、現地住民の信用もある程度得ていたからである。

 特に娯楽に乏しい子供にとっては、度々村にやってきて獣の解体方法だのを教え、ついでに焼いた肉を振る舞ってくれる代行者は人気の人物だった。

 大人達にしても、子供に血生臭い物を見せたくないという考えはあったが、しかし自然の中の村で生きる以上、知っておいて損はない知識を教えてくれるので村の中でも認められている存在ではあった。

 

 彼らに次の村の位置を聞き、そこを目標に据えて車両を走らせる自衛隊の一団の中で、栗林の表情はとてつもなく暗かった。その元凶は自分の乗る車両の後部に乗り込んだ代行者の存在だ。

 普段は厚着だのマスクだので遮られていた肉体や顔は、強い男を好む彼女には悔しいが理想の男性像ではあった。代行者(頭がおかしい奴)でさえなければ。

 

 後ろから無限に投げかけられる口説き文句を封殺するため、栗林は助手席で両耳を押さえて背中を丸めていた。

 そもそもこの栗林は男性経験に乏しく、当然ここまでの好意を向けられた経験もない。しかもその初めての相手が白人風の精悍な顔立ちをした屈強で強い男、残念ながら致命的な欠点は目をつぶっても見えてしまうほどに圧倒的であったが……

 

「……ねえ、なんで私なの?」

 

 問いかけるよりは1人ごちるような彼女の呟きを聞き漏らさず、代行者は後ろから口説き続ける。

 

「それはね、私が貴公のような強い女性にあったのは烏羽の狩人以来だからだ! 過酷な戦場にあっても己を見失わず、道具のみに頼ることなく筋肉や格闘術を研ぎ澄ませ、かと言って道具の技術に関しても疎かにすることはない! 引き金を引く指は無慈悲で、振るう拳は冷徹。しかし、感情を捨てることも決してあり得ない! 貴公は狩人としても兵士としても優れ、なにより私にとっての理想の女性なのだよ!」

 

 耳に飛び込んできた言葉に、栗林はさらに顔を赤らめる。

 自衛隊員として磨いてきた技術を褒められ、優れた兵士、さらには理想の女性などと……栗林の兵士としての部分と女性としての部分、どちらも心から熱いものを感じていた。

 この栗林にとっても結婚願望や出産願望はないわけではない。むしろ大いにあった。それ故に、今盛大に照れ腐る羽目になっているのだ。

 

「さあ、この指輪を受け取ってくれたまえ! 本来ならば獣狩りの夜にてとある女王との婚姻の時だけに使われる指輪であるが、貴公にはその女王とは比にならないほどの魅力があるのだ!」

 

 捲し立てる代行者に対し、さらに体を丸めて、更には膝を抱えて今にも爆発しそうなほどに赤らんだ女性兵士の姿があった。

 周りが止めに入る暇もなく彼女の魅力を語り続ける代行者と、満更でもなさそうな栗林のせいで車内には奇妙に甘ったるい雰囲気が漂っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「……おや、狩りの気配がするなぁ……」

 

 

 

 

 

 その甘ったるい車内の雰囲気も、それを作り出した張本人の代行者の言葉と表情、そして何よりも目の前の森を包む炎と煙にかき消されてしまうのだが……



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#4 代行者、亜神と出会う

 ロゥリィの喋らせ方がわからないよぅ……
 原作が……手元にないんだよ……


『竜に挑むは、騎士の誉れよな』

 

 重っ苦しい雰囲気の車内で、代行者が1人呟いた。

 呟きというにはやけに力のこもった発言で、実際彼はこの状況を誰よりも楽しんでいたし、誰よりも恐れていた。

 

「誰の言葉なんだ?」

 

 しばしの静寂ののち、伊丹の問いかけに代行者は身を起こしながら答える。

 

「かつて鷹の目として名を馳せた巨人の弓手の言葉だそうだ。私が夜に出会った別次元の狩人が、そのまた別世界で出会った者らしい。その武勲を讃えられ神の国の王より贈られた兜の覗き穴を、嫉妬により樹脂で塞がれ、しかし王への忠義として決して兜を脱ぐことなく、盲目の間でありながらも戦いに身を投じ続けた勇敢な者だったそうだ。実際、彼はこの言葉の前に家屋ほどの邪竜を山二つ分離れた場所から大弓をもって翼を奪ってみせたそうだ」

 

 そう語る代行者の声や体には力がこもっていた。

 狩人としての誉れを求める彼にとって、その巨人は言うまでもなく巨大な憧れの対象なのだろう。実際、彼はその巨人に憧れて弓で強大な獣に挑んでいた時期もある。

 

「それはまた、化け物じみた話だねぇ……いや、神話の類だろうから、実際に化け物なのか……でも、あの龍は家屋どころじゃなかったなぁ……」

「その狩人の話だと、大橋の半分ほどを塞ぐヘルカイトなる龍と相対したこともあるそうだ」

「その時はどうやったって?」

「我ら狩人は夜の間は不死の身。その狩人は別世界でも原理は違うが不死であり、何度も死にながら動きを覚えて、数百回闘いを挑みようやく討ち取ったという」

 

 代行者の返答に、伊丹は大きくため息を溢した。

 俺も部下も、何百回も死ねるわけないしなぁ、と力なく呟く。

 同じ車両の倉田にも桑原にも、確かな緊張が見て取れた。

 

 伊丹がバックミラー越しに、高機動車の後部に寝かせられた金髪の耳長の女性の髪を撫ぜる代行者を見やる。

 

「お前、あの龍に挑むつもりなのか?」

 

 手を離した代行者はバックミラー越しに伊丹の顔を見て、口を開いた。

 

 

「この娘が仇を望むのならば。それが代行者としての私の使命なのだ」

 

 

 怯えの一切を感じさせない力強い声だった。

 夜が明け、日光による回復という手段を得たものの、不死性を失った彼にとっても、死は忌避すべきことのはずだ。

 しかしそれでも、彼は夜の中で見つけた使命のために身を滅ぼすことも厭わないのだ。

 

 

 彼の口ぶりから見て取れる通り、この金髪の耳長の娘は巨大な龍の火炎に襲われた村で保護された生き残りであった。コダ村の村長の話ではエルフだという。ショックからか気絶しているため、詳細な情報はわからない。しかし、あの龍が一つの村を滅ぼし、見立てでは100人以上を殺している。最早天災の類いと言っても間違いではないような強大な存在であることは確かだ。

 

 

「なあ代行者。お前は不死で、何度も死ぬ寸前までいったんだろう。どんな感覚だったんだ?」

「正確には幾度となく死を体験した。狩人の指すところの不死とは死なないことではなく、死んでも夢の中で生き返ることなのだ……あれはひどいぞ。お勧めできない。全身の力が抜け、体は凍て付き、思考には少しずつモヤがかかり、終ぞ完全に閉ざされる。私は最早慣れてしまったが、初めて死を体験したときの恐怖と言ったらない」

 

 

 代行者の発言に、車内の三人が息を呑んだ。

 

 

「かと言って、蘇りも素晴らしいものではない。それはつまり、幾度死んだとしても立ち上がり、自らを殺した恐怖の対象に立ち向かわねばならんのだ。一度不死となったものは後ろの道を完全に絶たれる。眼前の敵を下し、前に道を開かねば死なずの身で一生その場に佇み、最後には発狂することになる」

 

 

 彼がこれまでにどれだけの死地を、文字通り死にながら潜り抜けてきたのか。それは実戦経験に乏しい自衛隊には……いや、どれだけ過酷な戦場を生き残った兵士でも、その戦場で命を落とした兵士でも、決して推し量ることは叶わないだろう。狩人を理解できるのは狩人だけ。不死を理解できるのは不死だけなのだ。

 

「一度人の味を覚えた獣は決して忘れはしない。あの龍は再びどこぞの村を襲うぞ」

 

 そしてその一言は一行を絶望に叩き落とした。

 この誉れある狩人が戦意と同時に恐怖を覚えるような敵が、自分達人間を餌にしようとしているのだから。

 

「伊丹、貴公の臆病さを買って問おう。貴公はどうするべきだと思う?」

 

 それは伊丹に彼自身の長所を聞いた時と同じような、彼自身を見定めるための簡単なクイズだった。そして伊丹の出した答えは彼の期待通りのものであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「コダ村の村長に聞いたところ、この近くにコダ村と今回滅んだ村以外に炎龍の獲物になるような場所はないらしい。俺達はこのコダ村の住人を警護する」

 

 最新鋭の高機動車二台とLAV一台に多くの馬車が続くというシュールな光景の中、伊丹は部隊員に今回の作戦の内容を再確認する。

 誰一人異論はないようで、無線の向こうからも後ろからも肯定の返事が返ってきた。

 

 今回の代行者の弱腰に対して、伊丹は特に疑問に思うところはなかった。

 彼が臆病な自分を狩人として優秀だと言った通り、優秀な狩人である彼は人一倍の勇敢と人一倍の臆病を持ち合わせているらしい。

 

「しかし、いつまでこの行軍を続けなきゃ行けないんでしょうかね?」

「炎龍とやらが満足するまでさ。この近くに村がないということは保護もありえない。仮にあったとしても炎龍のことを伝えればそこの村も荷物を纏めて、私達の尻尾が長くなるだけだよ」

 

 隊長へ向けた倉田の疑問には代行者が答えた。

 

「尻尾が伸びても得はないなぁ。俺達が蜥蜴に習って自切をしても、もっとデカいあの空飛ぶ蜥蜴は本体ごと焼き殺して貪るだろうしねぇ。第一、そんなことは俺も上も認められないし」

「つまり我々にできるのはこうして行き場もなく地面を這い続けること、ということですな」

「その通り」

 

 重っ苦しい雰囲気がなおも続く車内で、代行者はエルフの少女に膝枕をして、丁寧にその髪を櫛でとかしてやっている。

 まるで恋人か我が娘にでも接するような優しい眼差しだ。栗林が目撃したらしばらく悶々とした気持ちを抱えるか、彼の首筋に回し蹴りでも見舞うところだろ。

 

「一目惚れでもしたのか?」

 

 場を和ませるための伊丹の発言だ。

 代行者は首を振って否定して見せる。

 

「竜に挑むは騎士の誉れ。私は狩人、貴公らは兵士。どちらもそのような誉れを求めはしない。しかし私は狩人。狩人とは狩りの中で見つけた己の使命に身を捧げる者。私にとって、代行者というものが使命なのだ。即ち、代行者として龍に挑めば、それが私にとっての誉れとなる。ならば、私に誉れをもたらすかもしれないこの少女は丁重に扱うべきなのだよ」

「……挑んだ結果、死ぬことになってもですか?」

 

 

「我は誉れのために死ぬる者也。私が代行者として過ごした夜で、私自身を奮い立たせるために作った言葉だよ。夜が明けたとて、世が開けるまで私は誉れのために死ぬる者だ」

 

 

 その発言を聞いて、伊丹は悪戯っぽく笑いながら無線をハンズフリーに切り替える。

 

 

「世が開けるってのはどういうことなんだ?」

「言うまでもない! クリバヤシと結ばれることだ! 愛する妻を得たのならば、それに生涯を捧げるのが狩人以前に男としての誉れよ! ああ、彼女の何と麗しいことか!」

『ちょっと! 絶対狙って無線繋ぎましたよね隊長!! 代行者ァ! あんたも機材のことくらいわかってて今の言ったでしょ!?』

 

 

 無線の向こうから聞こえて来る乙女の声を切断すると、車内には久しぶりに笑いが溢れた。後ろも、その後ろも同じことだろう。

 伊丹はしばし、この平穏に肖りたいと思っていた。しかしその時だった。代行者が二度鼻を鳴らし、笑みと共に言った。

 

 

「しかし、濃密な狩りの匂いだ。月の香りがしないから狩人ではないが……いや、狩りどころか、微かに上位者の匂いすら感じるなぁ……」

「はぁっ!?」

 

 

 伊丹の驚きも納得であった。

 彼の話を何度か聞いた伊丹は、その上位者が彼のいた夜でいうところの神格であることは明らかであり、さらには狩りの匂いがするとまできた。

 

 

 そして驚いて代行者の方を見ていた伊丹が視線を前に戻すと同時に、そこには黒ゴスロリを着た美少女が現れていた。

 可憐な少女の身にはあまりにも似つかわしくない、巨大なバルバードを携えてだ。

 

 警戒する伊丹とは裏腹に、そとでは村の子供達が少女に群がっていく。どうやら無差別に殺しを行うような存在ではないらしい。ホッと一息ついた伊丹を尻目に、代行者はスルリと車外に飛び出ていた。

 

 そして黒ゴス少女の前に跪く。

 膝をつき、左手は胸元、右手は地面と水平に真っ直ぐに伸ばし、頭を深く下げる。彼の中で最上級の拝謁の姿勢であった。

 

「死を司る神に近しき方とお見受けいたします。私は門の向こうのそのまた別の世界より流れ着いた狩人にして代行者。貴公が纏う死の気配、血の匂い、そして上位者の香り。無礼に当たらなければ、こうして跪いて拝謁することをお許しいただきたい」

 

 伊丹らには全くわからない現地の言葉であったが、彼がかの少女に深い敬意を持って接していることは見て取れた。彼女は満足げに口の端を吊り上げる。

 

「あなたこそぉ、その身に纏う死の気配、称賛に値するわぁ。敵の死だけではない、仲間や自分自身の死までもを幾つも体験してきたのねぇ? それにこれは初めて嗅ぐ香りねぇ? あなたならこれの名前を知っているのかしらぁ?」

「はい。恐らくそれは月の香りでございます。私のように、夜に囚われた獣狩りだけが発する特別な香りです」

「そうぅ。気に入ったわぁ。私が陞神になったらぁ、まずあなたを今の私と同じ亜神にしてあげるわねぇ?」

「ありがたきお言葉。しかし私は今は狩人にして代行者の身であり、そして娶りたい女性がいます。貴公に身を捧げるのは、彼女と子を成してからでもよろしいでしょうか?」

「いつでも歓迎よぉ」

 

 栗林が特地の言葉を解さないのが幸運であろう。恐らく、彼女がこの会話の内容を正確に聞き取れていたなら、すぐさま特攻して代行者をタコ殴りにしていたであろう。

 

「ああそう、私はロゥリィ・マーキュリーって言うのぉ。あなたのことはぁなぁんて呼べばいいかしらぁ?」

「私は自らの名すら忘れた身。故に、今はただ代行者とお呼びください。神に近しい方に真名を明かせず、そして先に名乗らせてしまった非礼をお詫びいたします」

「構わないわよぉ」

 

 ロゥリィは代行者を酷く気に入ったようで、跪く彼を手を取って立たせ、彼を伴って高機動車へ歩みよる。

 

「それで、これはどういう一団なのかしらぁ?」

「炎龍に追われた村民達と、その村民達の警護に当たっているジエイタイです。彼らジエイタイは私と同じく門の向こうよりやってきたニホンの軍隊です」

「へぇ……ねぇ、私も同行して構わないかしらぁ?」

「はい。問題ないでしょう」

 

 そうして代行者は、彼女の正体と同行の旨を伊丹達に告げた鳩が豆鉄砲食らったような顔をした痛みだが、代行者はお構いなしに後部の扉を開け、亜神を招き入れてしまった。

 

 ボスンと座席に座りこむ笑顔の少女と、再びエルフの少女を膝枕する代行者の姿がバックミラーに映り込み、伊丹は胃がキリキリと痛む気持ちであった。

 

「あらぁ? その子が娶りたいって子ぉ?」

「いえ、違います。彼女は炎龍に滅ぼされた村の生き残り。力を持たぬ者に代わり、願いを果たすことが何よりの誉れである私にとって、願いを持つ者を我が子のように大切にするのは当然のことなのです」

「いい心得ねぇ。あなたぁ、いい神様になるわよぉ? 復讐の神はいるけれどぉ、代行の神はまだいないからねぇ」

「ありがとうございます」

 

 まじまじと寝ているエルフを観察するロゥリィ。炎龍に襲われた村の生き残りだというのに、かなり綺麗に身なりが整えられている。自衛隊の尽力はあれど、代行者が彼女をかなり丁寧に扱っていることが見て取れたようだ。

 

 

 背後にいる神と狂人に気圧されながらも、伊丹はなんとか進行の再開を指示した。

 

 

 

 

 

 その先にある脅威を知れたなら、彼は真逆の方向に列を進めていただろう。

 しかしIFの物語にそれ以上のIFは存在せず、例え真逆に進んでいたとしても飢える脅威は彼らを逃しはしなかったはずだろう。



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#5 代行者、炎龍と対峙す

 なんでだろう。代行者を代行者たらしめる文を書けば書くだけ伊丹のヒロインが減っていく気がするんだ……



 アニメしか見れてないんで、この先ちょっと難産してます!原作揃えて読み込んだら続き書くんで気長に待っててください!


『目標、炎龍! 目標、炎龍!』

『怪獣退治は自衛隊の役目ってかぁ!?』

 

 

 

 広大な岩場にて、彼らは大いなる脅威と対峙していた。

 

 

 炎龍。天空を覆うような巨体を持ち、その鱗は銃弾の一切を通さず、火炎放射器と見紛うほどの豪炎をその大口から吐き出す。

 

 

 しかし、彼らに取っての幸運は3つ存在した。

 

 

 一つ目、自衛隊の存在。

 

 

「目だ! 目を狙え!!」

 

 

 LAVに据えられた機銃や、他の隊員が携行する小銃が一斉に炎龍の顔、正しくは残った右目に向けて放たれる。大いなる龍の左目は既に突き立てられた矢によって光を失っている。

 残りの右目を潰して追い返してやろうというのが、意識を取り戻したエルフの少女によってその弱点に気付いた自衛隊の作戦だ。

 

 

「RPG! 撃つぞ! ……とその前に後方確認……」

『遅いよ!』

 

 

 筒から放たれた弾頭が火炎を放ちながら、炎龍へ向かって突進する。

 しかしその軌道は僅かに逸れ、決して炎龍には当たらない方向へ飛んでいく。

 

 

「外れるぞ!!」

 

 

 伊丹の叫びと同時に、高機動車の後部ドアを蹴破って車外へ躍り出る黒い影。

 

 

 二つ目、亜神ロゥリィ・マーキュリーの存在。

 

 

 彼女が亜神の膂力を持って投擲したハルバードは狙い確かに炎龍の足元の地面を割り、バランスを崩させる。

 そしてそのよろめいた先にはRPGの弾頭が待ち構えていた。

 

 

 

 形容し難い音、光、煙、炎龍は確かに左腕を失っていた。

 大いなる存在は生まれて初めて大いなる痛みと恐怖を知る。

 

 

 

 そして三つ目、代行者の存在。そして炎龍襲撃の時間がちょうど彼の愛龍シーシャが伝令のためにやってくる時間であったこと。

 

 

 

 小柄な飛龍に跨った代行者は熟練の竜騎兵のように空を舞い、彼が跨る飛龍とは比べものにならないほどに強大な炎龍に果敢に飛ぶ。

 その光景を矢に例えるのならば、鏃を務めるは間違いなく代行者である。

 

 飛龍は左手を失った己に突っ込んでくる命知らずを確認した。最早ブレスは間に合わない距離。飛んで逃げたとしても奴は追ってくる。そして奴は間違いなく自分の強固な鱗を突き破るようなナニかを持っている。

 長い年月を生き、神格の域にもいた炎龍の野性としての感がそう告げた。

 

 

 ならば、と炎龍はその頭を振ることによって代行者を撃退せんと試みる。

 恐らくこれほど巨大な龍がヘッドバットに打って出るなど、この世界でも初めての光景だろう。

 

 

 しかし、決死のその行動は炎龍にとっては最悪の結果をもたらした。

 

 

 急激に動く視界の中で、炎龍が見たのは呻る触手であった。

 代行者が真っ直ぐと炎龍へ伸ばした右腕に闇が生まれ、その闇の向こうから神秘の存在が部分的に召喚されている。

 そして炎龍は不運なことに、優れた動体視力のためにその()を、その向こうをしっかりと目撃してしまった。

 

 

 

 

《かつてビルゲンワースが見えた神秘の名残

 

 上位者の先触れとして知られる軟体生物、精霊を媒介に

 見捨てられた上位者、エーブリエタースの一部を召喚するもの

 

 この邂逅は、地下遺跡に宇宙を求めた探求のはじまりとなり

 それは後の「聖歌隊」につながっていく》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い、黒い、深い、そこの見えない深淵。

 

 

 

 

 

 

ただそれだけでも啓蒙的で、恐ろしきものだったというのに。

 

 

 

 

 

 

そうして挙げ句の果てに、彼女はその中にいるモノを見て、目を合わせてすらしまった。

 

 

 

 

 

異形。巨大な炎龍が比較にならないほどの異常な存在。

 

 

 

 

 

そうして炎龍は理解する。

 

 

 

 

 

それ(……)が決して見てはならない存在であることを。

 

 

 

 

 

レイコンマ数秒の中、彼女は悟る。

 

 

 

 

 

己の無力を。

 

 

 

 

 

己に加護を与えた神の無力を。

 

 

 

 

 

その刹那、彼女は酷く孤独であった。

 

 

 

 

 

中途半端に神に近づいた彼女だからこそ理解できてしまった。

 

 

 

 

 

宇宙など知らない炎龍が、宇宙の深淵に投げ出されたような孤独を味わった。

 

 

 

 

 

無力を味わった。

 

 

 

 

 

謂わば、宇宙的恐怖(コズミック・ホラー)

 

 

 

 

 

 

そうして彼女は理解し、大いなる存在は大いなる恐怖を抱く。

 

 

 

 

 

 

飛龍に跨るちっぽけな男に。

 

 

 

 

 

ちっぽけな男が召喚する形容し難きナニカに。

 

 

 

 

 

そうして数え切れないほどの恐怖と後悔の中。

 

 

 

 

 

エーブリエタースの先触れが彼の鼻を撫ぜる。

 

 

 

 

 

ただ撫ぜただけ、それだけ。

 

 

 

 

 

たったそれだけで、炎龍の体を無数のナニカが覆う。

 

 

 

 

 

恐れ、啓蒙、宇宙的恐怖、神話的体験。

 

 

 

 

 

恐怖に支配された炎龍は首を後ろへ引き、光を失った左目を前に項垂れる。

 

 

 

 

 

こればかりは彼女にとっての幸運だ。

 

 

 

 

 

だって、見なくて済んだのだから(・・・・・・・・・・・)

 

 

 

 

 

 

自らの目を神経ごと引っこ抜く、醜い獣の爪を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉしよしよしよしよしよしシーシャ! 私の見立て通り貴公は勇敢な飛龍だ! その体に有り余るほどの勇気を詰め込んでいるのだな!? ほら! お前が好きな甘いのだ! ほーら! ほら!」

 

 

 

 身体的にも心理的にも致命的なダメージを受け、ヨロヨロの炎龍が飛び去った後、村から逃れた難民達の一団は軽いお祭り騒ぎであった。

 

 

 

 

 もう炎龍を恐れることなく村へ帰れると。

 もしも再び炎龍が現れても、ジエイタイと代行者が追い払ってくれると。

 

 

 

 

 人々は確信し、喜びに身を任せていた。

 

 それは炎龍の撃退という莫大な誉れを手にした代行者も例外ではなく、嬉しさを存分に愛龍へとぶつけている最中であった。

 

 

 

 それから程なくして、伊丹とコガ村の村長が交わす言葉を代行者は耳にした。

 親を亡くした子供など、身寄りのないものはここに置いていくしかないという話だ。仕方がない。彼らにも余裕はないのだ。そんな状況で他人を構うことは優しさではなく、甘さであると代行者は知っていた。

 だからこそ余裕ある彼が提案した。

 

 

「村長。貴公が望むのなら、代行者たる私が彼らをジエイタイの駐屯地にとどまれるようできる限りの便宜を尽くそう。何しろ私はジエイタイの一団の中でも貴重な特地語とニホン語を解する者。彼らも無碍にすることはないだろう」

「おお……代行者殿。あなたとジエイタイへの感謝は尽きませぬ……」

「まあ、任せてくださいよ。俺も出来る限りはやってみますから!」

 

 

 伊丹のお墨付きもあり、子供や老人は駐屯地に避難させることが決定となった。

 その中には魔法を用いて炎龍から逃げ回っていた少女と老人もいた。この世界の魔法とやらを知る者ならば、ジエイタイ側からの扱いも悪くはなかろうと言う代行者に、伊丹は頷いて返す。

 

 

「しかし、本当に大丈夫なのでしょうか?」

「問題なかろう。しかも今回は避難民の保護という大義名分もあるわけだ。ニホン人は色々な人種の中でも特にそれを重んじると私は最近確認した」

「まあ、その通りですな」

「正確には大義名分よりも責任逃れの先だけどなぁ……」

 

 

 ブラック面バリバリの男達の愚痴に、会話を振り出した黒川隊員も少しばかり笑いが溢れてしまう。身長190cmと、そこらの男にも勝るような上背の彼女には自衛隊の高機動車すら少し窮屈そうであった。

 これまで伊丹、倉田、桑原の三人組と狂人の乗り込んでいたこの車両に彼女が乗っているのは、炎龍を撃退した後に再び倒れてしまったエルフ少女の容態を見るために倉田と位置を交換したからであった。

 

 大事を期して看護師資格を持つ彼女をエルフの少女に尽きっきりにさせていたが、結論としては『精神的な疲労からきているものなので自然に起きるまで待ちましょう』であった。

 そしてその結論は間違いではなかったらしく、もう少しで駐屯地に着くというところで彼女は目覚めた。

 

 彼女はまず自分が服を着ていることに驚いた。

 つい先程までは看護のしやすさの観点から毛布で覆っていただけだったが、流石にもう一度全裸で起き出されると精神衛生上悪いものがあるということで、代行者がついでに拝借してきた衣服を着せていたのだ。

 シンプルなジーンズの白のTシャツは、スラッとした体つきの彼女にはベストの選択だった。日本風の服を着たエルフっ娘もいいものだ、と倉田はそれを堪能していたが、別の車両に配置されているので今はぶーぶー文句を吐きながらハンドルを握っていることだろう。

 

 

「ほら、ついたぞー」

 

 

 そうしてようやく、長い行軍は終わりを告げたのだ。



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