【完結】機動戦士ガンダムRevolt (不知火新夜)
しおりを挟む

メインキャラクター紹介

◎ハジメパーティ

ハジメをリーダー、彼の恋人である香織、雫、優花、親友である幸利の5人で編成されたパーティ。

 

南雲(なぐも)ハジメ→ハジメ・N(ナグモ)・ハイリヒ

CV:深町寿成 年齢:17歳

今作の主人公で、原作の主人公。南陽高校2年生。ハイリヒ王国国王。

今作でもオタクだが、殊に『ミリオタ』『ガノタ』と言える存在で、それが高じて「大切な人を、その人達が暮らすこの地を守りたい」という想いを幼い頃に抱き、自衛官になる事を将来の夢として厳しい訓練に励む様になる。

そんな経緯から原作における転落前の『優しさ』と『勇敢さ』、転落後の『冷徹さ』を併せ持った性格が形成され、中学時代の一件では不良達と『交渉』、これが切っ掛けとなって香織と優花、そして香織を通して雫と知り合い、高校入学前に付き合う事となった他、高校入学直後の出来事を切っ掛けに愛子とも両想いになった。

一方で中村恵里による裏工作、それを真に受けた義妹(ソウルシスターズ)によって流された悪評が原因で学校関係者の大半から嫌われ、恐れられている。

『マルチプルカノン』と比喩される程の『もの』と『下半神』の二つ名で知られる程の体力(意味深)の持ち主。

 

ハジメのステータスプレート(ステータスは訓練開始前→1章終了時)

======================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1→??

天職:錬成師・機兵奏者(ガンダムマイスター)

職業:冒険者 ランク:青→黒→金

筋力:55→18260

体力:255→80000

耐性:25→10010

敏捷:225→79600

魔力:25→12100

魔耐:25→10030

技能:錬成錬成[+鉱物系鑑定][+鉱物系探査][+鉱物融合][+精密錬成][+複製錬成][+圧縮錬成][+高速錬成][+自動錬成][+イメージ補強力上昇][+消費魔力減少][+手合詠唱][+遅延発動]・精錬[+特定抽出][+鉱物分解]・狙撃[+精密射撃]・乱撃[+弾幕形成]・縮地[+天歩][+空力][+豪脚][+瞬光]・先読[+投影]・隠業[+幻撃]・短剣術[+斬撃速度上昇]・格闘術・新型(ニュータイプ)[+領域覚醒(Xラウンダー)][+革新者(イノベイター)]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・纏雷・風爪・夜目・遠見・状態異常耐性・全属性耐性・金剛・豪腕・高速魔力回復・魔力変換[+筋力変換][+治癒力変換]・限界突破[+魔力解放(TRANS-AM)]・生成魔法・重力魔法・魂魄魔法・空間魔法・再生魔法・昇華魔法・変成魔法・概念魔法・胃酸強化・言語理解

======================

 

白崎(しらさき)香織(かおり)→カオリ・N・ハイリヒ

CV:大西沙織 年齢:17歳

今作のヒロインの1人。南陽高校2年生。ハイリヒ王国第2王妃。

原作と比べるとハーレムを容認する等ヤンデレ要素は薄まっている。

原作と同じく中学時代、不良達に絡まれた見ず知らずのお婆さんとその孫を守った(但し原作とは違い『交渉』して退けた)ハジメを目撃した事で恋心を抱いたが、其処で注目していたのをハジメに気付かれた事によって、同じく注目していた優花と共に交流が始まり、後に紹介した雫達と同じく高校入学前に恋人となる。

 

香織のステータスプレート(ステータスは訓練開始前→1章終了時)

======================

白崎香織 17歳 女 レベル:1→??

天職:治癒師・機兵奏者(ガンダムマイスター)

職業:冒険者 ランク:青→黒→金

筋力:5→10050

体力:5→10040

耐性:5→10020

敏捷:10→12900

魔力:100→46390

魔耐:100→50600

技能:回復魔法[+回復効果上昇][+回復速度上昇][+イメージ補強力上昇][+浸透看破][+範囲回復効果上昇][+遠隔回復効果上昇][+状態異常回復効果上昇][+消費魔力減少][+魔力効率上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動][+付加発動]・光魔法適性[+圧縮発動][+放射発動][+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動]・高速魔力回復[+瞑想]・省略詠唱・全属性耐性・先読[+投影]・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・新型(ニュータイプ)・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・纏雷・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+瞬光]・風爪・夜目・遠見・熱源感知[+特定感知]・気配遮断[+幻踏]・状態異常耐性・金剛・豪腕・威圧・念話・追跡・魔力変換[+筋力変換][+体力変換][+敏捷変換][+治癒力変換]・限界突破[+魔力解放(TRANS-AM)]・生成魔法・重力魔法・魂魄魔法・空間魔法・再生魔法・昇華魔法・変成魔法・概念魔法・胃酸強化・言語理解

======================

 

八重樫(やえがし)(しずく)→シズク・N・ハイリヒ

CV:花守ゆみり 年齢:17歳

今作のヒロインの1人。南陽高校2年生。ハイリヒ王国第3王妃。

中学時代に香織からハジメを紹介されたのを切っ掛けに交流が始まり、その心身の強さに惹かれ、香織達と同じく高校入学前に恋人となった。

 

雫のステータスプレート(ステータスは訓練開始前→1章終了時)

======================

八重樫雫 17歳 女 レベル:1→??

天職:剣士・機兵奏者(ガンダムマイスター)

職業:冒険者 ランク:青→黒→金

筋力:60→42900

体力:30→15040

耐性:20→11500

敏捷:100→80540

魔力:5→10000

魔耐:10→10020

技能:剣術[+斬撃速度上昇][+抜刀速度上昇][+無拍子]・縮地[+天歩][+空力][+爆縮地][+重縮地][+震脚][+無拍子][+瞬光]・剛力[+手振補正][+金剛]・先読[+投影]・心眼・隠業[+幻撃]・気配感知[+特定感知]・新型(ニュータイプ)・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・纏雷・風爪・夜目・遠見・魔力感知[+特定感知]・熱源感知[+特定感知]・状態異常耐性・全属性耐性・威圧・念話・高速魔力回復・魔力変換[+治癒力変換]・限界突破[+魔力解放(TRANS-AM)]・生成魔法・重力魔法・魂魄魔法・空間魔法・再生魔法・昇華魔法・変成魔法・概念魔法・胃酸強化・言語理解

======================

 

園部(そのべ)優花(ゆうか)→ユウカ・N・ハイリヒ

CV:富田美憂 年齢:17歳

今作のヒロインの1人。南陽高校2年生。ハイリヒ王国第4王妃。

中学時代の一件を香織と同じく目撃した事で恋心を抱き、其処をハジメに気付かれた事で交流がスタート、香織達と同じく高校入学前に恋人となった。

その後は自衛官を目指すハジメの為に、香織達と共に弁当作りに毎日励んでいる。

後述の通り炎魔法に適性がある事からか、発動の際は某聖帝軍兵士の如き台詞を発する事が多い。

 

優花のステータスプレート(ステータスは訓練開始前→1章終了時)

======================

園部優花 17歳 女 レベル:1→??

天職:投擲師・機兵奏者(ガンダムマイスター)

職業:冒険者 ランク:青→黒→金

筋力:35→30800

体力:35→30800

耐性:35→30800

敏捷:50→75000

魔力:35→30800

魔耐:35→30800

技能:投擲[+投擲速度上昇][+投擲物帰還]・短剣術[+斬撃速度上昇]・狙撃[+精密射撃]・乱撃[+弾幕形成]・心眼・先読[+投影]・炎魔法適性[+圧縮発動][+放射発動][+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動][+難消火]・気配感知[+特定感知]・新型(ニュータイプ)・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・纏雷・天歩[+縮地][+空力][+豪脚][+瞬光]・風爪・夜目・遠見・魔力感知[+特定感知]・熱源感知[+特定感知]・気配遮断[+幻踏]・状態異常耐性・全属性耐性・金剛・豪腕・威圧・念話・追跡・高速魔力回復・魔力変換[+筋力変換][+体力変換][+治癒力変換]・限界突破[+魔力解放(TRANS-AM)]・生成魔法・重力魔法・魂魄魔法・空間魔法・再生魔法・昇華魔法・変成魔法・概念魔法・胃酸強化・言語理解

======================

 

清水(しみず)幸利(ゆきとし)

CV:石田彰 年齢:17歳

ハジメの親友。南陽高校2年生。ハイリヒ王国宰相。

中学時代、ひょんな事からハジメと知り合い、同じオタクでありながら心身共に強靭な彼に憧れを抱き、紆余曲折を経て親友となった。

そんな経緯から原作の様な陰湿さは無く、冷静ながら友情に篤い性格となる。

 

幸利のステータスプレート(ステータスは訓練開始前→合流時)

======================

清水幸利 17歳 男 レベル:1→??

天職:闇術師・機兵奏者(ガンダムマイスター)

職業:冒険者 ランク:金

筋力:1→102

体力:1→110

耐性:1→83

敏捷:1→105

魔力:111→104000

魔耐:110→43200

技能:闇魔法[+圧縮発動][+放射発動][+発動速度上昇][+効果上昇][+持続時間上昇][+消費魔力減少][+魔力効率上昇][+連続発動][+複数同時発動][+遅延発動][+月光蝶]・高速魔力回復[+瞑想]・省略詠唱[+詠唱破棄]・全属性耐性・先読[+投影]・隠業・気配感知・魔力感知・新型(ニュータイプ)[+進化種(SEED)]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・魔力変換[+筋力変換][+体力変換][+敏捷変換][+治癒力変換]・限界突破・遠見・剛壁・魂魄魔法・生成魔法・重力魔法・空間魔法・再生魔法・昇華魔法・変成魔法・概念魔法・胃酸強化・言語理解

======================

 

○ユエ→ユエ・N・ハイリヒ

CV:桑原由気 年齢:323歳

今作のヒロインの1人。ハイリヒ王国第6王妃。

 

ユエのステータスプレート(取得時)

======================

ユエ 323歳 女 レベル:75

天職:神子・機兵奏者(ガンダムマイスター)

職業:冒険者 ランク:金

筋力:120

体力:300

耐性:60

敏捷:120

魔力:6980

魔耐:7120

技能:自動再生[+痛覚操作][+再生操作]・全属性適性・複合魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収][+身体強化]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]・血力変換[+身体強化][+魔力変換][+体力変換][+魔力強化][+血盟契約]・高速魔力回復・革新先導(イノベイド)・生成魔法・重力魔法・魂魄魔法・空間魔法・再生魔法・昇華魔法・変成魔法・概念魔法

======================

 

○シア・ハウリア→シア・N・ハイリヒ

CV:高橋未奈美 年齢:16歳

今作のヒロインの1人。ハイリヒ王国第7王妃。

 

シアのステータスプレート(取得時)

======================

シア・ハウリア 16歳 女 レベル:40

天職:占術師・機兵奏者(ガンダムマイスター)

職業:冒険者 ランク:金

筋力:60

体力:80

耐性:60

敏捷:85

魔力:3410

魔耐:3180

技能:未来視[+自動発動][+仮定未来]・新型(ニュータイプ)[+領域覚醒(Xラウンダー)]・魔力操作[+身体強化][+部分強化][+変換効率上昇Ⅲ][+集中強化]・重力魔法・魂魄魔法・生成魔法・空間魔法・再生魔法・昇華魔法・変成魔法・概念魔法

=======================

 

○ティオ・クラルス→ティオ・N・ハイリヒ

CV:日笠陽子 年齢:563歳

今作のヒロインの1人。ハイリヒ王国第8王妃。

ケツパイルを食らっていないので原作の様なドMではないものの、代わりに露出狂化しており、プラグスーツはかなり露出度が高い(尚、本人は「部分龍化の為」としている)。

 

ティオのステータスプレート(取得時)

=======================

ティオ・クラルス 563歳 女 レベル:89

天職:守護者・機兵奏者(ガンダムマイスター)

職業:冒険者 ランク:金

筋力:770

体力:1100

耐性:1100

敏捷:580

魔力:4590

魔耐:4220

技能:竜化[+竜鱗硬化][+魔力効率上昇][+身体能力上昇][+咆哮][+風纏][+部分変換]・新型(ニュータイプ)[+革新者(イノベイダー)]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・火属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・複合魔法・魂魄魔法・生成魔法・重力魔法・空間魔法・再生魔法・昇華魔法・変成魔法・概念魔法

=======================

 

◎玉井パーティ→愛ちゃん護衛隊→ハジメパーティ(ストリボーグクルー)

淳史をリーダーとし、明人、昇、妙子、奈々の5人で編成されたパーティ。

メンバーの共通点として、ハジメへの悪感情を持っておらず、寧ろ理想の男性と好意的に見ている事があげられる(積極的な関わりは避けていたが)。

原作通りの経緯で、各地で農地開発を行う愛子の護衛として同行していたが、ハジメ達と再会したのを切っ掛けにストリボーグのクルーとして旅の一行に加わる事に。

 

玉井(たまい)淳史(あつし)

CV:金子誠 年齢:17歳

南陽高校2年生。ストリボーグの副艦長。

 

淳史のステータスプレート(ステータスは合流時)

======================

玉井淳史 17歳 男 レベル:19

天職:曲刀師 職業:冒険者 ランク:金

筋力:124

体力:111

耐性:59

敏捷:301

魔力:13

魔耐:61

技能:双剣術・抜刀術・縮地・魂魄魔法・言語理解

======================

 

仁村(にむら)明人(あきと)

年齢:17歳

南陽高校2年生。ストリボーグの砲撃士。

 

明人のステータスプレート(ステータスは合流時)

======================

仁村明人 17歳 男 レベル:19

天職:弓士 職業:冒険者 ランク:金

筋力:191

体力:73

耐性:13

敏捷:80

魔力:52

魔耐:266

技能:弓術・狙撃・乱撃・魂魄魔法・言語理解

======================

 

相川(あいかわ)(のぼる)

年齢:17歳

南陽高校2年生。ストリボーグの操舵士。

 

昇のステータスプレート(ステータスは合流時)

======================

相川昇 17歳 男 レベル:19

天職:騎手 職業:冒険者 ランク:金

筋力:203

体力:110

耐性:50

敏捷:151

魔力:46

魔耐:115

技能:槍術・騎乗・心眼・魂魄魔法・言語理解

======================

 

菅原(すがわら)妙子(たえこ)

CV:峯田茉優 年齢:17歳

南陽高校2年生。ストリボーグのオペレーター(1人目)。

 

妙子のステータスプレート(ステータスは合流時)

======================

菅原妙子 17歳 女 レベル:19

天職:操鞭師 職業:冒険者 ランク:金

筋力:76

体力:60

耐性:45

敏捷:305

魔力:67

魔耐:122

技能:操鞭術・先読・隠業・魂魄魔法・言語理解

======================

 

宮崎(みやざき)奈々(なな)

CV:紡木吏佐 年齢:17歳

南陽高校2年生。ストリボーグのオペレーター(2人目)兼ガンダムパイロット。

 

奈々のステータスプレート(ステータスは合流時)

======================

宮崎奈々 17歳 女 レベル:19

天職:氷術師 職業:冒険者 ランク:金

筋力:50

体力:100

耐性:56

敏捷:9

魔力:383

魔耐:77

技能:氷魔法適性・高速魔力回復・氷属性耐性・魂魄魔法・言語理解

======================

 

◎ハジメパーティ以外のガンダムパイロット

○リリアーナ・S・B・ハイリヒ→リリアーナ・N・ハイリヒ

CV:芝崎典子 年齢:14歳

今作のメインヒロイン。ハイリヒ王国王女→ハイリヒ王国第1王妃。

 

畑山(はたやま)愛子(あいこ)→アイコ・N・ハイリヒ

CV:加隈亜衣 年齢:25歳

今作のヒロインの1人。南陽高校教師(社会科担当)。ハイリヒ王国第5王妃。

高校入学直後にハジメと知り合い、とある一件を経て両想いとなるものの、教師である愛子と生徒であるハジメの関係性を考慮して「卒業するまで保留」となったが、ウルの町に赴いていた所でハジメ達と再会した際に正式な恋人となった。

 

愛子のステータスプレート(ステータスは訓練開始前→現在)

======================

畑山愛子 25歳 女 レベル:1→59

天職:作農師・機兵奏者(ガンダムマイスター)

筋力:5→14

体力:10→115

耐性:10→14

敏捷:5→14

魔力:100→800

魔耐:10→83

技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・鎌術[+大鎌術][+範囲除草]・魂魄魔法・言語理解

======================

 

○メルド・ロギンス

CV:間宮康弘

ハイリヒ王国騎士団長。

新体制となったハイリヒ王国の法の下で国家反逆犯となった天之河達の処罰を見届けた後にハジメ達と謁見、其処でトータスの真相を知り、改めて騎士団長としての忠誠を誓い、人間族最強に恥じない高ステータスを見込んだハジメからヴァスターガンダム等の兵器を託される。

ハジメ達がシュネー雪原の氷雪洞窟を攻略中、襲撃を仕掛けて来たエヒトルジュエの眷属からストリボーグを守る為、騎士の忠誠によって魔力増強したマルトゥで特攻、そのまま殉職する。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

メインキャラクター以外のキャラクター紹介

今週は続きの執筆を一旦お休みし、此処までの物語の設定紹介等を纏めました。
前後の設定集も更新しているのでそちらも宜しくです。


◎勇者パーティ

天之河をリーダー、坂上と谷口、中村の4人で構成されたパーティ。

ホルアドの街での決闘騒ぎを受けて王都に帰還した所、天之河と中村の2人が国家反逆罪の疑いで拘束、坂上も2人を庇おうとした為に同じく拘束され、翌日には国家反逆犯として処罰された。

4人中3人が国家反逆犯として処罰を受け、王国所有の奴隷となった事で離脱した為、現時点で事実上の解散状態となっている。

 

天之河(あまのがわ)光輝(こうき)

CV:柿原徹也 年齢:17歳

勇者パーティリーダー。南陽高校2年生。

今作では香織と雫がハジメと恋仲である事から彼への敵対心は増大化している(案の定と言うべきか、2人が恋仲である事もご都合主義的な解釈を基に認めていない)。

勇者である事を背景にした内政干渉に目を付けられ、王都へと帰還した際に国家反逆罪の疑いで拘束、翌日に股間の『もの』をギロチンで切断された上で王国所有の奴隷へと身を落とす。

 

坂上(さかがみ)龍太郎(りゅうたろう)

CV:木島隆一 年齢:17歳

勇者パーティメンバー。南陽高校2年生。

今作ではハジメの強さとストイックさに関しては内心認めている事から、彼に突っかかる天之河のストッパー的な役割を担っていた(出来ていたとは言っていない)。

国家反逆罪の疑いで拘束されそうになった天之河達を庇おうと突っかかった事が原因で銃撃されて同じく拘束、翌日に見せしめも兼ねて天之河達と同じ処罰が下される事に。

 

中村(なかむら)恵里(えり)

CV:西明日香 年齢:17歳

勇者パーティメンバー。南陽高校2年生。

今作ではハジメに関する事実無根な悪評を義妹(ソウルシスターズ)に密かに流しており、ハジメが嫌われる原因を作った(尚、その動機はハジメの恋人である香織と雫をその敵意から、主にそれで突っ掛かるであろう天之河から守らせ、仲を引き裂く為)。

原作と同じく天之河を手に入れるべく暗躍していたのがハジメ達の調査でバレ、王都へ帰還した際にそれを口実に国家反逆罪の疑いで拘束、幸利から持ち掛けられた司法取引(という名の詐欺)に応じてそれを認めた結果、王国所有の(ピー)奴隷となる。

 

谷口(たにぐち)(すず)

CV:伊藤彩沙 年齢:17歳

勇者パーティメンバー。南陽高校2年生。

罪に問える振る舞いが無かったので勇者パーティでは唯一お咎め無しとなったが、国王となったハジメの脅しに屈し、永山パーティと同じく王宮内に引き籠る事となった。

 

◎小悪党組

檜山をリーダー、中野と斎藤、近藤の4人で構成されたパーティ。

オルクス大迷宮での実戦訓練で、原作通りの経緯でハジメ達が奈落の底へ転落するも、それを目撃した幸利によって拉致、リリアーナの元に突き出され表向きは行方不明となり、転落の件で異端者認定される事に。

その後、国家反逆罪が適用され、天之河達と同じ処罰が下される。

 

檜山(ひやま)大介(だいすけ) CV:白石稔

中野(なかの)信治(しんじ) CV:三浦勝之

斎藤(さいとう)良樹(よしき) CV:真木駿一

近藤(こんどう)礼一(れいいち) CV:大塚剛央

小悪党組メンバーの4人。

 

◎永山パーティ

永山をリーダー、遠藤と野村、辻と吉野の5人で構成されたパーティ。

谷口と同じく罪に問える振る舞いが無かった為にお咎め無しとなるも、転移前からハジメの悪評を鵜呑みにして嫌っていた事でハジメから拒絶され、その脅しに屈して王宮内に引き籠る事に。

 

永山(ながやま)重吾(じゅうご)

遠藤(えんどう)浩介(こうすけ) CV:榎木淳弥

野村(のむら)健太郎(けんたろう) CV:植木慎英

(つじ)綾子(あやこ)

吉野(よしの)真央(まお)

永山パーティメンバーの5人。

 

◎ハイリヒ王国民

○ミュウ

CV:小倉唯 年齢:4歳

ハジメの義理の娘。

 

○レミア

CV:大原さやか 年齢:24歳

今作のヒロインの1人。ミュウの母。

娘のミュウと再会した際、義理の父だというハジメから渡された神水によって、負傷していた両足が即座に完治した。

この件もあってかハジメに一目惚れし、ミュウも慕っている事から結婚を提案するも、政争に巻き込まれる事を危惧したハジメから保留される。

その後、身の安全を確保する為、王宮に住まう事となった。

 

○デビット・ザーラー

CV:柳田淳一

元神殿騎士。

魔人族によるウルの町への襲撃の件を報告する為、愛子と共に王都へと帰還したが、ハイリヒ王国でのクーデターに伴い暴徒化した民衆によって愛子と一時的に離れ離れになってしまう。

その後この世界の真相を知り、愛子への想いから部下と共に教会を離反、ハイリヒ王国の騎士に転職する。

 

○エリヒド・S・B・ハイリヒ

CV:木村雅史

ハイリヒ王国の前国王。リリアーナとランデルの父。

ハジメ達の排除の為にノイントによって洗脳され、その意向を受けて協議の場でハジメ達を異端者に認定しようとし、制止を求めたリリアーナを脅すも逆上した彼女がクーデターを起こし、射殺されてしまう。

 

○ルルアリア・S・B・ハイリヒ

ハイリヒ王国の前王妃。リリアーナとランデルの母。

リリアーナが起こしたクーデターによる騒ぎを聞いて議場へと向かった事で、反乱の種を潰そうとした彼女からの銃撃を受け、原作とは違い殺されてしまう。

 

○ランデル・S・B・ハイリヒ

ハイリヒ王国の元王子。リリアーナの弟。

ルルアリアと共に議場へと向かった事で、反乱の種を潰そうとしたリリアーナからの銃撃を受け、此方も原作とは違い殺されてしまう。

 

◎聖教関係者

○イシュタル・ランゴバルド

CV:樫井笙人

聖教教会の教皇。

ハジメ達を排除すべく出現した使徒達の援護をしようとするも瞬殺され、大聖堂の結界も幸利の月光蝶による浸食で無力化された末、配下もろとも殺害される。

 

○ノイント

CV:佐藤利奈

エヒトルジュエの使徒。

ハジメ達を排除すべく教会のシスターとしてハイリヒ王国に潜入、エリヒドを始めとした重鎮達を洗脳したが、リリアーナが決行したクーデターによってエリヒドらが皆殺しにされ、彼女を始末しようとするも返り討ちに逢い、ヴァスターガンダム・イユリに首から下を潰される形で殺害される。

残った頭部は、邪神エヒトルジュエが『偽りのエヒト』である事の証として利用される事に。

 

◎魔国ガーランド

○フリード・バグアー

CV:小西克幸

魔国ガーランドの将軍。

原作と同様、エヒトルジュエの眷属を率い、ハジメ達が迷宮攻略中である事を突いて奇襲を仕掛けるも、マルトゥによって返り討ちに逢う。

 

○レイス

ガーランドの特殊部隊員。

現在はヴァスターガンダム・イユリに搭載されたマナジェネレーターの生体ユニットにされている。

 

○ローゲン

ガーランドの特殊部隊員。

現在はアンカジ公国に譲渡されたボルショイ・ティラーの、マナジェネレーターの生体ユニットにされている。

 

○カトレア

CV:生天目仁美

ガーランドの特殊部隊員。

原作とは違い生存するも、現在はフェアベルゲンに譲渡されたボルショイ・ティラーの、マナジェネレーターの生体ユニットにされている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

アーティファクト紹介

キャラ紹介を挟むと言ったな?あれは嘘…ではないがまだだ(ヲイ
キャラ紹介の前に、作中に登場するアーティファクトについて、詳しい紹介を載せます。

しかしまさか評価バーの色が赤く(8/4現在)なるとは(汗
初めて赤くなった事で嬉しい反面、今以上の面白さを出せるのか不安ががが(滝汗


MS(モビルスーツ)及び関連武装

○ヴァスターガンダム

全高:20m(待機時)、22m(起動時) 

本体重量:6t

汎用型MSで、現時点で12体製造されている。

イメージモデルは機動戦士ガンダムUCに登場するMS『RX-0 ユニコーンガンダム』。

駆動方式に、∀ガンダム等に導入された『IFBD(Iフィールドビーム駆動)』を基に、起動と共にパイロットの魔力によって表面に(ビーム)を張り巡らせ、それを制御する事で機体を動かす『マナビームドライブ』を導入した為、骨格や動力機関、ジェネレータ等を省略、頭部及び胸部以外はがらんどうの様な構造に出来た為、6tという非常識なまでの軽さ*1と、パイロットの魔力を循環させる関係からまるで己の肉体であるかの様な細かい動作、僅か3日半で1体完成させる短い工期を実現した。

尚、ヴァスターの語源についてハジメは「ロシア語で反乱を意味するヴァスターニエ」としているが、香織達は機動戦士ガンダムSEEDに登場する遠距離砲撃型MS『GAT-X103 バスターガンダム』が語源だと考えている。

●ヴァスターガンダム・イエヌヴァリ*2

ヴァスターガンダム1号機で、奈々の専用機。魔力光はマゼンタ。搭乗者である奈々の魔力が多くない為、戦闘時はマナケーブルを介してストリボーグから魔力供給を受けている。

●ヴァスターガンダム・フィブラリ*3

ヴァスターガンダム2号機で、優花の専用機。魔力光は赤。

●ヴァスターガンダム・マルトゥ*4

ヴァスターガンダム3号機で、メルドの専用機。魔力光は朱。

●ヴァスターガンダム・アプリエル*5

ヴァスターガンダム4号機で、ティオの専用機。魔力光は橙。

●ヴァスターガンダム・マイ*6

ヴァスターガンダム5号機で、愛子の専用機。魔力光は山吹色。

●ヴァスターガンダム・イユニ*7

ヴァスターガンダム6号機で、ユエの専用機。魔力光は黄色。

●ヴァスターガンダム・イユリ*8

ヴァスターガンダム7号機で、リリアーナの専用機。魔力光はライトグリーン。搭乗者であるリリアーナの魔力が低い為、マナジェネレーターを搭載している。

●ヴァスターガンダム・アヴグスト*9

ヴァスターガンダム8号機で、ハジメの専用機。魔力光は緑。

●ヴァスターガンダム・シンチャブリ*10

ヴァスターガンダム9号機で、シアの専用機。魔力光は水色。

●ヴァスターガンダム・アクチャブリ*11

ヴァスターガンダム10号機で、香織の専用機。魔力光は青。

●ヴァスターガンダム・ナヤブリ*12

ヴァスターガンダム11号機で、雫の専用機。魔力光は藍。

●ヴァスターガンダム・ディカブリ*13

ヴァスターガンダム12号機で、幸利の専用機。魔力光は紫。

 

○マルチプルチェーンガン

ヴァスターガンダムの側頭部に組み込まれている射撃武装で、ヴァスターガンダム唯一の固定武装。

 

○マルチプルカノン

重量:9t

ヴァスターガンダムに後付けで装着される砲撃武装で、ハジメ曰く「対エヒトルジュエにおける必殺武装」との事。

●マルチプルカノン・プロトブラスター

イエヌヴァリの右肩に装備されているマルチプルカノン・パッケージ。イメージモデルはガンダムXのサテライトキャノンやハイドラガンダムのバスターカノン等。

●マルチプルカノン・ツインブラスター

フィブラリの両肩に装備されているマルチプルカノン・パッケージ。イメージモデルはガンダムヴァーチェのGNキャノン。

●マルトゥの背中に装着されているマルチプルカノン・パッケージ。イメージモデルはリボーンズキャノンのGNキャノン。

●マルチプルカノン・ガードブラスター

アプリエルの両腕に装備されている大盾型マルチプルカノン・パッケージ。イメージモデルはガンダムヘビーアームズのビームガトリングやプロヴィデンスガンダムの複合兵装防盾システム等。

●マルチプルカノン・アインブラスター

マイの右肩及び右腕に装備されているマルチプルカノン・パッケージ。イメージモデルはガンダムスローネアインのGNランチャー及びGNビームライフル。

●マルチプルカノン・ランスブラスター

イユニの左腕に装備されている大盾と槍のセットとなったマルチプルカノン・パッケージ。イメージモデルはガンダムキマリスヴィダールのシールド及びドリルランス。

●マルチプルカノン・エアロブラスター

イユリの背中に装備されている翼型マルチプルカノン・パッケージ・イメージモデルはフリーダムガンダムのバラエーナプラズマ収束ビーム砲。

●マルチプルカノン・ビットブラスター

アヴグストの両腰に装備されている遠隔無線誘導式マルチプルカノン・パッケージ。イメージモデルはG-ルシファーのスカート・ファンネル。

●マルチプルカノン・メイスブラスター

シンチャブリが所有する大型メイス型マルチプルカノン・パッケージ。イメージモデルは、メイスモード時はガンダム・バルバトスルプスレクスの超大型メイスで、カノンモード時はランチャーストライクガンダムのアグニ。

●マルチプルカノン・レッグブラスター

アクチャブリの両腰に装備されているマルチプルカノン・パッケージ。イメージモデルはウイングガンダムゼロのツインバスターライフル。

●マルチプルカノン・アームブラスター

ナヤブリの両腕に装備されているマルチプルカノン・パッケージ。イメージモデルはガンダムバルバトスルプスの腕部ロケット砲。

●マルチプルカノン・ダブルブラスター

ディカブリの両腰のアームに装備されているマルチプルカノン・パッケージ。イメージモデルはバスターガンダムの350mmガンランチャー及び94mm高エネルギー収束火線ライフル。

 

○ボルショイ・ティラー*14

全高:20m(待機時)、22m(起動時) 

本体重量:7t

ヴァスターガンダム及びマナジェネレーターの実戦データを基に『魔力を持たない亜人族でも使えるMS』というコンセプトで開発された新型MS。

イメージモデルは機動戦士ガンダムUCに登場するMS『RX-0[N] バンシィ・ノルン』だが、装甲は白い。

●マナジェネレーター

ボルショイ・ティラーに搭載された魔力生成機構。捕虜とした魔人族から魔力を搾取、MSの全身に魔力を供給する。一部のヴァスターガンダムにも補助動力源として搭載されている。

 

○ストリボーグ*15

全長:290m

ハジメの「やっぱMSには旗艦が無いとね」という拘りから旗艦として作られた航宙空戦艦。

イメージモデルは機動戦士ガンダムSEEDに登場する宇宙戦艦『クサナギ』。

元ネタと同様船体とカタパルトパーツ、推進パーツを分離出来る構造になっている一方、後述する宝物庫の存在からMS格納庫をオミットした代わりに船首内部に2門、推進パーツ両舷ブロックにそれぞれ2門ずつ、カタパルトパーツに2門の合計10門ものマルチプルカノンを搭載した砲撃仕様となっている。

 

IS(インフィニット・ストラトス)

ヴァスターガンダムの補助システムとして開発されたパワードスーツ。

言うまでも無く元ネタは同名小説に登場するマルチフォーム・スーツ。

尚、装着する為のISスーツは、新世紀エヴァンゲリオンに登場するプラグスーツ。

 

◎銃火器

○グローサ*16

回転式拳銃。

イメージモデルは、ロシアのKBPトゥーラ器械製造設計局で設計・開発された大型拳銃『RSH-12』。

原作におけるドンナー及びシュラークだが、此方は5発までしか装填出来ない。

錬成師である事が判明した当初から銃、それも様々な弾丸を使える大口径の物を作れないかと考えたハジメが開発した。

その後、原作と同じく纏雷を会得した際、レールガンの機構を導入する改造が施された他、大迷宮で採掘される鉱石から抽出したチタン合金製の部品に置き換えた事で軽量化、それに伴う反動の増大化で銃を手放すのを防ぐ為、グリップにチェッカリングが施された。

 

○ヴィーフリ*17

自動小銃。

イメージモデルは、ロシアのKBPトゥーラ器械製造設計局で設計・開発されたブルパップ式アサルトライフル『ASh-12.7』。

装弾数は元ネタ同様20+1発。

グローサと同じ経緯で開発され、使用する弾丸も共用となっているが、自動小銃である分1発の威力も火力も上である為、ハジメ一行のメインウェポンとなっている。

その後、グローサと共にレールガンの機構を導入する改造が施された他、チタン合金製の部品に置き換えた事で軽量化、それに伴う反動の増大化に対してアメリカのクリスUSA社とピカティニー造兵廠が共同開発した反動吸収システム『クリス・スーパーV』を基にした機構を搭載した。

 

○ティス*18

自動拳銃。

イメージモデルはIMI(イスラエル・ミリタリー・インダストリーズ)社等が開発している自動拳銃『デザートイーグル』。

装弾数は13+1発。

オスカー・オルクスの住処にて開発された銃火器の1つ。

弾丸共用の関係から後述するボーク・スミェルチ弾を使用するものの、あろう事かグリップマガジン方式を無理矢理導入した影響でグリップが極端に大きくなってしまった事で、ティオが手を竜化させてやっと使える代物となっている。

その為、事実上のティオの専用武装となっている。

 

○ヴィントレス*19

重機関銃。

イメージモデルはロシアのデグチャリョフ設計局で設計・開発されたKord重機関銃の6P57モデル。

オスカー・オルクスの住処にて開発された銃火器の1つ。

原作におけるメツェライに近い。

 

○ヴァイクロップス*20

ボルトアクション方式対物狙撃銃。

イメージモデルはロシアのV・A・デグチャリョフ記念工場で設計・開発されたブルパップ式対物ライフル『KSVK』。

ヴィーフリのマガジンを使用している為、装弾数は20+1発。

オスカー・オルクスの住処にて開発された銃火器の1つ。

原作におけるシュラーゲン。

 

○ノーチ*21

ヴィーフリの量産型として再設計された自動小銃。(一応)イメージモデルはロシアのKBPトゥーラ器械製造設計局が開発したセミオート対物ライフル『OSV-96』。

 

○ボーク・スミェルチ*22

グローサ及びヴィーフリ用に開発された弾丸。

イメージモデルは、上記2モデルにも使用されている小銃弾『12.7×55mm STs-130』。

弾芯には全元素で2番目に比重が大きい(とはいえ一番大きいオスミウムとの差は僅か0.03g/㎤で、そのオスミウムは常温でも酸化しやすい)イリジウムを使用した事で威力が増大化している。

現在はグローサとヴィーフリの他、様々な銃火器の弾丸として使用されている。

 

○アブーフカ*23

アンダーバレル式グレネードランチャー。

イメージモデルはAAI社が設計・開発したアンダーバレル式グレネードランチャー『M203』。

ヴィーフリに装着して使用する。

 

○カスチョール*24

ポンプアクション式グレネードランチャー。

イメージモデルはロシアのKBPが設計・開発したポンプアクション式グレネードランチャー『GM-94』。

装弾数は元ネタ同様3+1発。

 

○プラミヤ*25

自動式グレネードランチャー。

イメージモデルは名前と同じくAGS-17。

オスカー・オルクスの住処にて開発された銃火器の1つ。

原作におけるオルカンに近い。

 

○ルイシ*26

ブルパップ式回転弾倉グレネードランチャー。

(一応)イメージモデルはアメリカのCryePrecision社が開発したブルパップ式回転弾倉ショットガン『SIX12』。

 

◎その他アーティファクト

○ギターラ*27

総金属製アコースティックギター。

ハジメが弾き語りを行う際に用いる。その後(恐らくはオルクス大迷宮へ向かう前)リリアーナにプレゼントされた。

 

○ヴァーダ*28

ウォータージャグ型の神結晶保存容器。

原作よりも神結晶が大型だった為、4つに分割した上で製作された。

 

○メルキューレ*29

ハジメの専用武装で、シュタル鉱石で出来たバックパック型兵器。

イメージモデルはFate/zeroに登場した月霊髄液(ヴォーメルン・ハイドラグラム)

 

○宝物庫

反逆者の住処で入手した指輪型アーティファクト。

基本的に原作通り。

 

○スプィーシカ*30

香織の専用武装で、2丁のビームライフル。

イメージモデルはAK-47の改良型モデル『AKM』。

内部に魔力を貯蔵する神結晶及びビームを射出する魔法陣が組み込まれており、香織の魔力を燃料に高出力のビームを放つ他、2丁を連結する事で強力な螺旋状ビームを放てる『バスターモード』に移行する。

 

○パリャーシ*31

優花の専用武装で、火炎放射器。

イメージモデルはソ連で開発された『ROKS火炎放射器』。

 

○キンジャール*32

優花の専用武装で、カランビットナイフ型高周波ブレード。

 

○リェーズヴィエ*33

雫の専用武装で、太刀型高周波ブレード。後に高周波ブレードの機能を排したファブリカ*34モデルが淳史専用武器として製造されている。

 

○クルィロ*35

ユエの専用武装で、6基のビット兵器。

 

○ヴァル*36

シアの専用武装で、2振りのブロードソード型メイス。

見た目はコンパクトだが、イリジウムを使用している為か無茶苦茶重く、また打撃部には魔力を燃料とした小型ブースターが仕込まれている。

 

○ピサニエ・セドモイ*37

シアの専用武装で、大剣型メイス。

名前の由来は月姫シリーズに登場する概念武装『第七聖典』。

打撃部から鍔に至るまでにボルトアクション式ライフルの様な機構のパイルバンカーが組み込まれている。

*1
これより軽いMSは、機動武闘伝Gガンダムに登場するMF(モビルファイター)『NEL-75C バトラーベンスンマム』等、ごく限られる

*2
ロシア語で1月

*3
ロシア語で2月

*4
ロシア語で3月

*5
ロシア語で4月

*6
ロシア語で5月

*7
ロシア語で6月

*8
ロシア語で7月

*9
ロシア語で8月

*10
ロシア語で9月

*11
ロシア語で10月

*12
ロシア語で11月

*13
ロシア語で12月

*14
ロシア語で大粛清

*15
スラヴ神話に登場する風の神

*16
ロシア語で雷雨。ロシアのトゥーラ造兵廠で設計・開発されたアサルトライフル『OTs-14』のプロジェクト・コードネームでもある

*17
ロシア語で旋風。ロシアのデジニトクマッシ社で開発されたアサルトライフル『SR-3』のコードネームでもある

*18
ロシア語でイチイ(アララギとも呼ばれる植物)。ロシアのトゥーラ造兵廠で設計・開発されたアサルトライフル『OTs-12』のプロジェクト・コードネームでもある

*19
ロシア語で糸鋸。ロシアのデジニトクマッシ社で開発された消音狙撃銃『VSS』の愛称でもある

*20
ロシア語で排気。ロシアのKBP開発局で開発された消音狙撃銃『VKS』のコードネームでもある

*21
ロシア語で夜

*22
ロシア語で死神

*23
ロシア語で履物。ロシアのアンダーバレル式グレネードランチャー『GP-30』のコードネームでもある

*24
ロシア語で焚火。ロシアのアンダーバレル式グレネードランチャー『GP-25』のコードネームでもある

*25
ロシア語で炎。ロシアのトゥーラ造兵廠で設計・開発された自動式グレネードランチャー『AGS-17』の愛称でもある

*26
ロシア語で大山猫。ロシア・KBP開発局が開発したショットガン『RMB-93』の民間モデルのシリーズ名でもある

*27
ロシア語でギター

*28
ロシア語で水

*29
ロシア語で水銀

*30
ロシア語で閃光

*31
ロシア語で灼熱

*32
ロシア語で短刀

*33
ロシア語で刃

*34
ロシア語で工場

*35
ロシア語で羽

*36
ロシア語で軸。ロシアのデジニトクマッシ社で開発されたアサルトライフル『AS Val』のコードネームでもある

*37
ロシア語で第七聖典



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

1章『唐突な異世界転移とオルクス大迷宮』
1話_日常の終わり


月曜日、それは『サザエさん症候群』や『ブルーマンデー症候群』という言葉にもある様に、一週間の中で最も憂鬱な1日、この日はきっと大多数の学生や社会人がこれから続く忙しく苦しい日常を想像して溜息を吐き、前日までの連休と言う名の天国を思い出している事であろう。

ただその大多数には、

 

「ふぅ、何とか間に合ったか…」

 

始業チャイムが鳴る少し前のタイミングで教室へと入った、此処南陽高校の2年生である南雲(なぐも)ハジメは含まれない、彼にとって学校生活自体は割と好きな方であるからだ。

 

「おはよう、ハジメ君!今日は珍しくギリギリだったね、どうしたの?」

「おはよう、香織(かおり)。ああ、実を言うと昨日PG(パーフェクトグレード)ユニコーンガンダムを組み立てていて、完成したのは良いんだけどその時にはもう今朝になっていて…」

「つまり、徹夜って事?ハジメ、あんたガンプラ1つの為に何やってんだか…」

「あはは、ガンプラと言ってもPGは高校生の僕にとって高嶺の花だから、つい熱中しちゃって…」

「だからって優花(ゆうか)の言う通り徹夜は行き過ぎよ、凄い隈じゃない」

「そうだね、(しずく)、優花。以後気を付けるよ。寝不足で倒れたら元も子もないからね」

 

今しがた教室に入って来た彼を出迎える様に話し掛ける3人の少女、白崎(しらさき)香織と園部(そのべ)優花、そして八重樫(やえがし)雫。

南陽高校における『三大女神』と称される3人の存在はハジメにとっても特別なもの、中学時代にハジメが起こした『事件』を切っ掛けに知り合って絆を深め、高校入学前後のタイミングで晴れて恋人となった彼女達と会える学校生活を果たして嫌がれるだろうか、いやない。

自らの恋人達が迎えて来たのもあってか眠気も一瞬で覚め、如何にも嬉しそうだと言わんばかりの様子で会話を交わしながらハジメは自らの席に着いた。

…尚、そんな目立ち過ぎる光景が繰り広げられながら殆どのクラスメートが目を向けようとしない、それどころか其処から目を背けていたが、何時もの事だとハジメが割り切ったのか、或いは幸せの余り気付けなかったのか、気を悪くする事は無かった。

この異様な、然しこの教室において何時も繰り広げられている光景、それはハジメ達4人のこの学校における評判が関係している。

まず三大女神と称される香織、雫、優花の3人は皆、その通称に恥じない美少女である。

香織は所謂可愛い系の顔立ちと面倒見の良さと責任感の強さ、どんな依頼も嫌な顔せず真摯に対応する懐の深い性格から学年を問わず頼られ、雫は宝塚歌劇団で見掛けそうな顔立ちに身長172cmと女子としては長身で引き締まった体躯、家が剣術道場で自身も凄腕の剣士として有名な事から『お姉様』と慕われ(本人は引き気味であるが)、優花は美人系の顔立ちと派手なファッションセンス、勝気な言動から所謂『ギャル』と誤解されやすくはあるがその実直さからか皆を纏め上げる存在と見られている。

一方のハジメも、良くも悪くも有名な存在ではある。

顔のパーツ自体は平凡、身長も雫と変わらない高さではあれど、高校生離れしたマッシブな体躯、人類史にその人ありと言われた武人を思わせる様なオーラがそれすらも精悍な物に見せ、その見た目に恥じない抜群の運動能力、元々は全国有数の進学校である星海高校へ特待生として入学する筈だったとまで言われる程の明晰な頭脳、父親の(しゅう)は大手ゲーム会社を一代で築き上げた凄腕経営者、母親の(すみれ)は少女漫画業界にその人ありと言われた人気漫画家、と恵まれた家庭、と此処まで言うと好かれる事はあっても嫌われる、或いは避けられる事は無いと思うだろう。

そんな彼が『悪い意味で』有名になる切っ掛けとなったのが先述した『事件』、2年前に市内ショッピングセンターの駐車場で『そっち系の人』に見えなくもない男を当時中学生だったハジメが脅迫し、金品を奪い取った、と言われている事件である。

この件が切っ掛けになって星海高校への推薦が取り消しとなり、県内でも有数の進学校ではあれど星海高校と比べると多少ランクの下がる南陽高校への一般入試を受けざるを得なかったという(一応)事実、その事件前後から香織達と関係を深めている事等も相まって「三大女神を毒牙に掛けたプレイボーイ」「何仕出かすか分からない危険分子」等の悪評が広まったのだ。

…尤もその事件は、そのそっち系の人とぶつかり、持っていたソフトクリームで服を汚してしまった事で絡まれた子供とおばあさんを助ける為に(ハジメ曰く)「穏便に」交渉したのが真相であり、香織と優花はその力に頼らず、一方で真正面から立ち向かうやり方を選び実行したハジメの姿をその目で見て、雫は香織を通じてそれを聞いた事で一目惚れしたのであって、決してハジメの方からからあの手この手で関係を迫った訳ではなく、堂々と三股掛けている事も「ハジメ君は誰か1人選べるの?」という香織の一声もあってか彼女達側は容認しているのだがそれを知る者は殆どおらず、こうした悪評が広まった影響で香織達等一部を除いて学校の面々から嫌われ、避けられているのである。

…とはいえ目を背ける周囲の中でも、幸せな様子のハジメを微笑ましく見守るクラスメートや、(別のクラスメートに止められてはいるが)ハジメ及び香織達の在り様を良しとせず、彼に突っかからんとしているクラスメートがいるにはいるのだが。

 

------------

 

「ほら、ハジメ。今日のお弁当よ」

「はい、ハジメ君。今日のは良く出来たかなって思うんだけど…」

「ハジメ、どうかな…?」

「3人共ありがとう、助かるよ」

「良いよ良いよ、私が作りたかったんだし。ね、雫ちゃん、優花ちゃん!」

「そうね、香織」

「何時も言っているけど、あんた自衛官になるんでしょ?だったら食事は充実させないと」

 

時は流れて昼休みの教室、何時もの通り香織達と4人で机を囲んだハジメは、これまた何時もの通り自らの彼女である3人から手作り弁当を受け取っていた。

今しがた優花が話した通りハジメは自らの将来の夢に、自衛官に就く事を挙げている。

「たった一度きりの人生、後悔無く生きたい」という信念と自他共に認める『ミリオタ』『ガノタ』な性分故に培われて来た知識から何時しか自衛官となり日本を、其処に住む自らの両親や香織達を始めとした人々を守りたいと決意した彼は、それに相応しい存在となれる様勉強及び鍛錬を熱心に取り組んだ。

その意識は食事にも目が向き、ハジメの夢に対する熱意を汲んだ両親の手助けもあって食生活の改善にも余念は無いが、両親共に忙しい身分であり自らも手伝いを頼まれる事もしばしばで朝晩はともかく昼の弁当まで万全を期す余裕は無かった。

それを聞いた香織達が、自分達がハジメの弁当を作ろうと決め、家が洋食屋なのもあって料理はお手の物だった優花が主導して美味しくも身体に良いメニューを多数考案、それを毎日ハジメの為に作って来ているのである。

今日のメニューは、玄米ご飯を主食に、鶏むね肉のピカタ、お弁当の定番であるプチトマトにブロッコリーと、シンプルながら栄養バランスを考慮した物となっている。

 

「本当にありがとう、皆!それじゃあ、いただきm」

 

自分の為にお弁当を作ってくれた彼女達に心から感謝の意を示し、食べようとしたその時だった。

 

「っ!?な、何!?」

「こ、これは!?」

「一体、何が!?」

「皆、僕から離れないで!」

 

教室が急に眩くなったと感じ、その方向に振り向くとクラスメートの1人の足元に光り輝く幾何学的な模様の環が、魔法陣を思わせるそれが広がっているのが見えた。

 

「皆!教室から出t」

 

それに気づいた誰かが咄嗟に離れる様叫ぼうとしたが間に合わず、その瞬間魔法陣の光が爆発した様に溢れ出した。

数秒か、或いは数分か、その眩き光が晴れた後には既に誰もいなかった。

騒ぎで蹴倒されたらしき椅子に、元々昼食時だったのもあって配置が乱れた机等の備品はそのままに、其処にいた数十名の人達だけが消えてしまったのだ…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2話_トータス

突然の事態に対し自らの彼女達を抱えながら、眩い光に両目をギュッと閉じていたハジメだったが、周囲がざわざわと騒ぎ始めたのを耳にしてゆっくりと目を開き、周囲を油断なく見渡した。

まず目に飛び込んで来たのは巨大な壁画、縦横10メートルはありそうなその壁画には、後光を背負い、長い金髪を靡かせ薄らと微笑む中性的な顔立ちの人物が、背景として描かれた草原や湖、山々を包み込むかの如く両手を広げた姿が描かれていた。

実に美しい、素晴らしい壁画ではあるが、然しハジメにはその人物が、香織と雫を巡って自らに矢鱈と突っかかって来るクラスメートにしか見えなかったのもあって胡散臭さしか感じなかった。

その壁画から視線を外し、再び周囲を見ると、どうやら自分達が巨大な、大聖堂を思わせる荘厳な雰囲気の広間にいるらしい事が分かった。

大理石をふんだんに使ったのであろう、美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建築物、美しい彫刻が彫られた巨大な柱によってドーム状の天井が支えられて出来たその巨大な空間、その最奥にある台座の様な場所にハジメ達が、それを取り囲む様に、聖職者の如き装いに身を包んだ30人以上の人々が祈りを捧げるかの様な格好で跪いていた。

ハジメが周囲の確認を終えたのを見計らったかの様なタイミングで、その中の1人、彼らの中でも特に豪奢な衣装を纏った70代位(とは言ったがその身に纏うオーラは凄まじく、顔の皺等が無ければ50代と言っても通るかもしれない)の老人が進み出て来た。

 

「ようこそ、トータスへ。勇者様、並びにご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

 

手に持った錫杖を鳴らしながら、イシュタルと名乗った老人は、好々爺(こうこうや)然とした微笑を浮かべ、そう話し掛けた。

 

------------

 

現在ハジメ達はあの大聖堂から場所を移し、巨大なテーブルが幾つも並んだ、恐らく晩餐会等を催す為の広間に通され、各々が思い思いの席に着いた。

普通ならこの状況に誰かしら騒ぎ立てる者が出ると思うだろうが、誰一人としてそうしなかったのは未だに認識が追い付いていないからだろう、尤もイシュタルが事情を説明すると言ったのもあるだろうが。

そんな不安定な様子の彼らだったが、全員が着席したのを受けてカートを押して来たメイド達の姿に、主に男子が別の意味で気が引き締まった。

そう、日本の某地にいる様なエセメイドや、外国のおばさんメイドではない、男子の夢を具現化したかの様な美女・美少女メイドだったのだ。

まさかの美人メイドの姿を男子の大半が凝視し、それを目の当たりにした女子達が氷河期もかくやという冷たさを宿した視線を向けていた中でハジメは、既に香織、雫、優花という3人の美少女が恋人である事もあってか彼女達を凝視する事は無く「成る程ハニトラか」と冷めた様子で捉えていた。

 

「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

そんなメイドの給仕によって、飲み物が全員に行き渡ったのを受けて説明を始めたイシュタルの話は実にファンタジーでテンプレで、どうしようもない位に勝手な物だった。

要約するとこうだ。

まず、この世界はトータスと呼ばれていて、トータスには大きく分けて、人間族、魔人族、亜人族という3つの種族が暮らしている。

人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きているらしく、この内、人間族と魔人族が何百年も戦争を続けている。

魔人族は、数こそ人間族に遠く及ばないものの個人の持つ力が大きく、その差に人間族は数で対抗していた。

その戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていないが、最近、異常事態が多発しているという。

それが、魔人族による魔物の使役だ。

魔物とは通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形のこと、らしく(この世界の人々も正確な魔物の生体は分かっていないとの事)、それぞれ強力な種族固有の魔法が使える強力で凶悪な害獣との事だ。

今まで本能のままに活動する彼等を使役出来る者はほとんど居らず、使役出来てもせいぜい1、2匹程度、だがその常識が覆されたのである。

これの意味する所は、人間族側の数というアドバンテージが崩れたという事。

要は力でも数でも優位に立った魔人族の侵略によって、人間族は滅びの危機を迎えているのだ。

 

「あなた方を召喚したのは『エヒト』様です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にしてこの世界を創られた至上の神。恐らくエヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避する為にあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という『救い』を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、エヒト様の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

(何と言うか、この手の異世界召喚モノにありがちな、身勝手な言い分だね。ただ普通は、元の世界に帰りたければ我々の指示に従えとか、どうせ帰れないんだから自分の為にその命を使えとか、そんな自分勝手な、然し従わざるを得ない態度で召喚された者(僕達)に迫る召喚者という構図だけど、どうやら目前のイシュタル達が召喚者本人ではなく、彼らが慕うエヒトなる神らしき存在が呼び出した様で、そのエヒトが召喚した僕達は選ばれし存在として丁重に扱ってくれる様だ。エヒトが顔を出さない意図はまだ分からないし、そんな奴に嬉々として従うイシュタル達も狂信者の極みって感じでヤバいけど、それならまだ幾らでも振る舞い様はある。ボイコットするとか、戦争はいけないとか、藪を突かない限りは僕達の身分は保証される筈。その間にこの世界や僕達に宿った力、そして召喚者(エヒト)の情報収集を行い、この状況を打開しなきゃn)

「ふざけないで下さい!結局この子達に戦争させようって事でしょう!そんなの許しません!ええ、先生は許しませんよ!私達を早く帰して下さい!きっとご家族も心配している筈です!貴方達のしている事は唯の誘拐ですよ!」

(や、藪を突いちゃったァァァァ!愛子何してくれちゃってんのォォォォ!?らしいっちゃあらしいし、そういう所が僕は好きだけどこの状況で啖呵切っちゃ不味いって!)

 

イシュタルの説明を聞いて憤りを覚え、同時にそのエヒトなる神の意志に何の疑いを挟む事もなく嬉々として従う彼らばっかり(イシュタル曰く人間族の9割以上がエヒトを崇める聖教教会の信徒らしい)なこの世界の歪さに危機感を覚えながらもまだ打開策はあるだろうと思い、それを模索しようとしたハジメだったが、そんな彼の思惑に水を差すかの如く抗議する存在が居た。

南陽高校にて社会科の教科担任を務める教師で、偶々(ハジメ達のクラス担任ではないが、授業終了後も質問への回答で教室にいた為)転移に巻き込まれてしまった畑山(はたやま)愛子(あいこ)である。

今年25歳になったらしいが、150センチ程の低身長で且つ童顔である事から実際の年齢の半分位にしか見えず、ボブカットの髪を跳ねさせながら生徒の為にとあくせく走り回る一生懸命な姿勢と、その悉くが空回ってしまう残念さのギャップに庇護欲を掻き立てられる生徒も少なくなく(ハジメもその1人)『愛ちゃん』の愛称で呼ばれ(威厳ある教師を目指す本人はそう呼ばれると怒る)親しまれている。

尚、何故ハジメが(見た目は兎も角)8歳も年上の教師である愛子の事を名前で呼んでいるのかと言うと、彼女もまた彼と両想いな間柄だからである(諸般の事情から正式に付き合っている訳では無いが)。

それはさておき、今回も理不尽な理由で生徒達が召喚された事に怒り、イシュタルに食って掛かる姿に周囲は「ああ、また愛ちゃんが頑張ってる」と事の重大さを理解していないのかほんわかした気持ちで眺めていたが、ハジメは自分達の立場を悪くするだけにしかならない行動に、結局何時もの彼女みたく空回りする結果しか見えない抗議に頭を抱えるしかなかった。

案の定、

 

「お気持ちはお察しします。然し…

あなた方の帰還は現状では不可能です」

「ふ、不可能って…

ど、どういう事ですか!?喚べたのなら帰せるでしょう!?」

「先程言った様に、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に、異世界に干渉する様な魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還出来るかどうかもエヒト様の御意志次第という事ですな」

「そ、そんな…」

 

その抗議に対するイシュタルの答えは、ハジメにとって想像通りの、

 

「嘘だろ?帰れないって何だよ!」

「嫌よ!何でも良いから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ!ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで…!」

 

然し周りにいる大半のクラスメートにとっては予想だにしない、無情な物だった。

余りにも理不尽な現状を突きつけられてパニックに陥るクラスメート達、そんな彼らをイシュタルは特に口を挟むでも無く静かにその様子を眺めていたが…その目は「エヒト様に選ばれておいて何故喜べないのか」とでも言わんばかりの侮蔑の色が浮かんでいる様に、ハジメには見えた。

そんな中ふと自らが着用している制服が引っ張られるのを感じたハジメ、その周りには不安そうな表情で彼の服の袖を掴む香織、雫、優花の3人の姿があった。

3人も表情の通り不安で一杯な心持ちではあれど、他のクラスメートの様に泣きわめいたりはしていない、何故かといえば自分達みたいに不安にかられたりする事無く周囲を見回しながら思案する彼氏の存在があったから、そんな彼がこの状況を打開してくれるのではないかという期待があったからだ。

そんな3人の存在を、彼女達が「どうすれば良いの?」と縋り付いている様に感じたハジメが動き出そうとしたその時、バンッとテーブルを叩く音が響き渡った。

 

「皆、此処でイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようも無いんだ。

…俺は、俺は戦おうと思う。

この世界の人たちが滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放って置くなんて俺には出来ない。それに、人間を救う為に召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかも知れない。

…イシュタルさん、どうですか?」

「そうですな。エヒト様も救世主の願いを無碍にはしますまい」

「俺達には大きな力があるんですよね?此処に来てから妙に力が漲っている感じがします」

「ええ、そうです。ざっと、この世界の者と比べると数倍から数十倍の力を持っていると考えて良いでしょうな」

「うん、なら大丈夫。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れる様に。俺が世界も皆も救って見せる!」

(予想通りだ。お前ならまんまとイシュタルの口車に乗ると思ったよ、天之河。そしてお前が先頭に立って協力する姿勢を見せる、それが今この状況においてベストオブザベストな選択肢…

僕がやると言っても芋ずる式に皆乗ってはくれるだろうが、乗り方は消極的になるだろうね。その様が巡り巡ってエヒトに伝わったら不味い。ならば天之河に煽られる形であろうと、この件に積極的な姿勢を取って貰った方が向こうの覚えは良くなり、僕達もこの状況を打開する為の行動をしやすくなる)

 

その轟音を響かせた存在――ハジメ達のクラスにおける中心人物で、容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、と絵に描いた様な完璧超人な一方で思い込みの激しさとご都合主義的な解釈をする一面があり、先述した様にハジメにとっても香織と雫を巡って衝突の絶えない男子生徒、天之河(あまのがわ)光輝(こうき)は驚きを隠せないクラスメートを他所にイシュタルと話を始め、そう宣言した。

その行動によって、自らの思惑通りに事は進むと確信したハジメ、実際に絶望一色だったクラスメートの表情に活気と冷静さが戻り、天之河を見る目がまるで希望を見つけたと言わんばかりにキラキラと輝き、女子生徒の大半は熱っぽい視線を送っていた。

 

「へっ、お前ならそう言うと思ったぜ。お前1人じゃ心配だからな。

…俺もやるぜ?」

 

そんな彼らを代表して、天之河の親友(腰巾着)である、脳筋をそのまま体現したかの様なガタイの良い男子生徒、坂上(さかがみ)龍太郎(りゅうたろう)が賛同したのを受け、ハジメも立ち上がった。

 

「僕もやるよ。自衛官志望の身として、この力を振るおう」

「えっと…ハジメ君がやるなら私も頑張るよ!」

「あ、アタシもやる!ハジメ達にだけ大変な思いはさせない!」

「私もやるわ。ハジメ達だけを戦地に立たせはしないわ!」

「俺もやるぞ!たとえ微力でも、ハジメ達を守れるなら!」

 

ハジメの参戦表明を受け、香織、優花、雫、そしてハジメの親友で、某名前を書かれたら死ぬノートをテーマにした漫画にて主人公の宿敵として立ちはだかる名探偵の様な風貌の男子生徒、清水(しみず)幸利(ゆきとし)も同調、その頃には愛子の「ダメですよ~」と涙目になりながら尚も思いとどまる様に訴える声も届く事無く、クラス全員が参戦を表明していた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3話_ステータスプレート

このトータスにおける人間族と魔人族の戦争に、人間族側の勇者として参加して欲しいというイシュタルからの要望を全員(最後まで反対していた愛子もハジメの「今は表向きだけでも従おう」という説得で折れた)承諾したが、幾ら規格外の力を宿したといってもそれだけで魔人族や魔物と戦える訳では無い。

自衛官になる事を志望し、その為に外国の射撃場で様々な実銃の扱いを覚えたり自衛隊に体験入隊して訓練を受けたり等、戦場に出る可能性も視野に入れて鍛錬を積んだハジメだが実際に戦地に赴いた事は流石に無い、増してハジメ以外の、戦争なぞ無縁な環境にどっぷりと浸かりきった日本の高校生である生徒達及び愛子の練度などお察しくださいと言うしかない。

とはいえ教会側もそれは織り込み済みだった様で、イシュタル曰くこの聖教教会本山が建てられている『神山』、その麓に建国されている『ハイリヒ王国』にて受け入れ態勢が整っているとの事だ、恐らくハイリヒ王国に滞在しながら、王国直属の兵士等から戦闘訓練を受ける事になるだろう。

そのハイリヒ王国、教会とは密接な間柄らしく、エヒトの眷属であるシャルム・バーンという人物が建国した、此処トータスにおいて最も伝統ある国である。

そんなハイリヒ王国に行くべく下山する為、教会の正門前にやって来たハジメ達、その視界には此処が高山である事を知らしめる雲海が広がっていた。

特有の息苦しさなど感じなかった(このファンタジーな世界観から、恐らく魔法で気圧等の環境を整えた為だろう)のもあって高山にいたとは気づかなかったハジメ達は思わず、太陽の光を反射してキラリと煌めく雲海、遮蔽物1つ無い透き通った青空という雄大な景色に見惚れていた。

そんな彼らの反応に気を良くしたイシュタルに促されて、大聖堂で使われているのと同様、大理石で出来ているらしい美しい回廊を進むと、柵に囲まれた大きな円形の白い台座が見えた。

促されるまま台座の中央に身を寄せた生徒達を確認したイシュタルは、好奇心を抑えきれずキョロキョロと周りを見回す彼らを他所に、

 

「彼の者へと至る道、信仰と共に開かれん――『天道』」

 

何かしらの詠唱を唱えると、台座中央に刻まれた巨大な魔法陣が光り輝き、それと共にロープウェイの如く台座が動き出し、斜め下に下って行った。

どうやら今しがたイシュタルが唱えた『天道』なる魔法はこの魔法陣を起動させる物だった様だ、その初めて見る『魔法』に生徒達がキャッキャッと騒ぐ中、

 

(まるで危機感が無いね、皆して。これが県下の難関校である南陽高校の生徒なのかな?この世界とか、戦争とか、エヒトとか、考えなきゃいけない事は山ほどあるのにそうしようともしない。

…まあ、未だに僕の制服の袖を離さない香織達、締まった顔したトシ、何処か思いつめた様子の愛子は不安を感じている辺り問題なさそうだけど。頼れるのは今の所この5人だけ、か)

 

ハジメは相変わらず冷静に周囲を見回し、頼れそうな存在を把握するが、転移前から近しい仲である5人以外は何も考えていないんじゃないかと呆れた様だった。

然しながら今嘆いていても仕方がない、この状況からより早く、より安全に脱出すべく出来る事をやって行くしかないと、改めて決意を固めたのだった。

 

------------

 

当面の滞在地であるハイリヒ王国に到着し、其処で文官武官、貴賤貧富、老若男女関係なく期待や畏敬に満ちた眼差しを向けられた事で自分達がどういう立場で見られているか(少なくともハジメは)実感したり、国王エリヒド・S・B・ハイリヒよりも教皇であるイシュタルの方が偉いという力関係を目の当たりにしたり、王子であるランデルが香織に一目惚れしたらしく、その恋人であるハジメをまるで仇敵を見るかの様に他の(幸利を除く)男子と共に睨み付けたり、天蓋付きベッドが設けられた個室を割り振られて落ち着かなかったりと色々あった転移初日から一夜明け、早速訓練と座学が始まる事となった。

その指導担当となった、ハイリヒ王国騎士団長であるメルド・ロギンスは、部下が12センチ×7センチ位の銀色のプレートを生徒達に配り終えたのを見計らって説明を始めた。

 

「よし、全員に配り終えたな。このプレートはステータスプレートと呼ばれていてな、文字通り自分の客観的なステータスを数値化して、示してくれる物だ。また最も信頼のある身分証明書にもなる。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

と、昨日の士官達が向けていた畏敬の念からは想像もつかない程気楽な口調で話した。

本人曰く「これから戦友になろうってのに何時までも他人行儀に話せるか!」と、他の騎士達にも普通に接する様に忠告したそうだ。

生徒達も遥か年上の偉い人から慇懃な態度を取られては居心地が悪くてしょうがなかったので、その方が良かった。

尚、騎士団長という偉い人が自分達の訓練に付きっ切りでいいのかと考えたハジメ達だったが、対外的・対内的にも『勇者様一行』を半端な者には預けられないという訳から、ハイリヒ王国はおろかトータスの人間族全体でもトップクラスの強さを持つ彼が抜擢されたそうな。

尤も本人は「むしろ面倒な雑事を副長に押し付ける理由が出来て助かった!」と豪快に笑いながら爆弾発言をしていたが…

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。其処に、一緒に渡した針で指に傷を作り、魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。『ステータスオープン』と言えば表に自分のステータスが表示される筈だ。ああ、原理とか聞くなよ、そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

「アーティファクト?」

 

そんな指導担当にメルドが就いた経緯はさておき、説明をしていた最中に聞き慣れない単語を耳にした天之河が早速質問をする。

 

「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現出来ない強力な力を持った魔法道具の事だ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。ステータスプレートもその1つでな、それを複製するアーティファクトと共に、昔からこの世界に普及している唯一の物だ。普通、アーティファクトと言えば国宝になる物なんだが、これは一般市民にも流通している、身分証にも便利だからな」

 

質問に対するメルドの答えになるほど、と頷いた生徒達は、指先に走る痛みに顔を顰めながらも針でチョンと刺し、浮き上がった血を魔法陣に擦り付ける。

すると魔法陣が一瞬輝き、

 

======================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:1 天職:錬成師

筋力:55

体力:255

耐性:25

敏捷:225

魔力:25

魔耐:25

技能:錬成・精錬・狙撃・乱撃・縮地・先読・隠業・短剣術・格闘術・新型(ニュータイプ)・言語理解

======================

 

(なんでやねん、何でファンタジーな異世界に来といてニュータイプなんて単語が出て来んねん、僕は宇宙世紀の世界で生まれたスペースノイドかいな…)

 

ゲームのキャラクターの如く表示されたステータス、その中の1つである技能欄に表示された、はっきり言ってこのファンタジーな世界に似合わない単語に思わず心の中で、関西弁で突っ込んだハジメ。

 

「全員見れたか?なら説明するぞ。最初に『レベル』があるだろう。それは各ステータスの上昇と共に上がる。上限は100で、それがその人間の限界を示す。つまりレベルは、その人間が到達出来る領域の現在値を示していると思ってくれ。まあレベル100に至った奴、人間としての潜在能力を全て発揮する極致に至った奴はそうそういないがな」

 

そんなハジメの心中はさておき、全員がステータスプレートに自らのステータスを表示させたのを確認したメルドは説明を続けた。

一般的なゲームはレベルが上がる事でステータスが上がる物だが、此処トータスではその逆らしい。

 

「ステータスは日々の鍛錬で当然上昇するし、魔法や魔法道具で上昇させる事も出来る。また、魔力の高い者は自然と他のステータスも高くなる。詳しい事は分かっていないが、魔力が身体スペックを無意識に補助しているのではないかと考えられる。それと後で、お前達用に装備を選んで貰うから楽しみにしておけ。何せ救国の勇者御一行だからな、国の宝物庫大開放だぞ!」

 

この説明だと、どうやらゲームみたいに強力な魔物を倒せばステータスが一気に上昇する、というご都合主義は起こらない様で、強くなるには地道に特訓や実戦を積まねばならないらしい。

 

「次に『天職』ってのがあるだろう。それは言うなれば『才能』だ。末尾にある『技能』と連動していて、その天職の領分においては無類の才能を発揮する。天職持ちは少ない。戦闘系天職と非戦系天職に分類されるんだが、戦闘系は千人に1人、物によっちゃあ万人に1人の割合だ。非戦系も少ないと言えば少ないが、百人に1人、物によっちゃあ十人に1人という珍しくない奴もある。中でも生産職は持っている奴が多いな」

 

その天職と言う項目に関する説明を聞き、自らの天職である錬成師がどの様な職業かハジメは想像した。

錬成、と聞いて真っ先に思い浮かんだのが『機動戦士ガンダムSEED』シリーズの繋ぎみたいな形で同じ局・曜日・時間に放送されたアニメの主人公。

義手である右手を色々な武器に組み替えたり、地面に含まれる金属分子を用いて武器を生成したりして戦う国家錬金術師の男、その名は…!

 

「後、各ステータスは見たままだ。大体レベル1の平均は10位だな。まあお前達ならその数倍、場合によっては数十倍高いだろうがな!全く羨ましい限りだ!あ、ステータスプレートの内容は報告してくれ、訓練内容の参考にしなきゃならんからな」

 

と、自分の天職に基づいた戦い方をイメージしていたハジメだったが、メルドの説明は終わっていなかった。

その呼び掛けに応じて天之河がステータスの報告をしに前へ出た、そのステータスは…

 

======================

天之河光輝 17歳 男 レベル:1 天職:勇者

筋力:100

体力:100

耐性:100

敏捷:100

魔力:100

魔耐:100

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

======================

 

「ほぉ、流石勇者様だな。レベル1で既にオール三桁か。技能も普通は2つ3つなんだがな。規格外な奴め、頼もしい限りだ!」

「いやぁ、あはは…」

(うわっ…僕のステータス、歪すぎ…?)

 

メルド曰くチートの権化と言うしかないステータス、その全体的に高い数値を見聞きしたハジメは、それを見た上で自分のステータスが如何に歪か、某ネット広告のキャッチフレーズの如く唖然としていた。

それも無理は無い、全ステータスの数値を合計すると僅かながら天之河を上回ってはいるが、その8割近くが体力と敏捷に割り振られており、後は筋力が高めな一方、防御面と魔力が今一歩(それでもこの世界の平均よりは上だが)という極端な配分となっていたのだから。

だがそんなハジメを他所に時間は進んで行く、天之河に続いてクラスメートが続々と報告し、皆が彼程では無いにしても(この世界においては)十分にチートなステータスと、千人に1人な筈の戦闘系天職を持つ者ばかりだった。

そしてハジメが報告する番がやって来た、これまで規格外のステータスばかり確認して来た影響かホクホクとした表情のメルドだったが、そのステータスプレートを見るや否や、その笑みは益々輝いた。

 

「おぉ、総合力で勇者様を上回るか、これは凄い!中でも体力と敏捷の数値が凄まじい、もう今の俺に迫る程の値を叩き出すとはな!」

 

メルドのレベルは62、各ステータスは300前後である、ハジメの体力と敏捷は、レベル1で既にこの世界のトップクラスを誇るメルドにすら迫っていたのだ、彼の絶賛も頷けるだろう。

だがそれも束の間、天職の項目に記された『錬成師』の表記に困惑の表情を浮かべた。

 

「それだけに、天職が錬成師なのは気になるな。錬成師と言うのは、まあ言ってみれば鍛冶職の事だ。鍛冶を行う際に便利だとか。それに技能の欄だが、最初に書かれた錬成や精錬はまだしも、錬成師と関係ない技能ばかりが習得されているのはどういう訳だ?まああって困る様な技能では無いし、高いステータスを活かせはするが…」

 

歪だが天之河をも超える高ステータス、戦闘面でそれを十分に活かせる技能、だが天職は明らかに非戦系、と余りに滅茶苦茶なハジメのステータスプレートを目の当たりにし、困惑しきりなメルド。

それをどう捉えたか、此処ぞとばかりにハジメを責め立てんとする存在がいた。

 

「おいおい南雲、錬成師ってのはつまり非戦系だろ?そんなんで戦える訳?」

 

天之河と同じ位、或いはそれ以上に、ハジメを目の敵としている男子、檜山(ひやま)大介(だいすけ)だ。

中学時代の事件及び『三大女神』全員と恋人という明らかにハーレムを形成している事から大半のクラスメートから嫌われているハジメ、中でも檜山は香織に歪んだ好意を抱いている様で、そんな香織と恋人であるハジメの事を蛇蝎の如く嫌っており、取り巻きである中野(なかの)信治(しんじ)斎藤(さいとう)良樹(よしき)近藤(こんどう)礼一(れいいち)と共に、一方的に突っかかって来るのだ。

とはいえその性根は、弱い者に対しては痛めつけて優越感に浸る一方、強い者には媚びへつらう事しか出来ない卑劣な小心者、中学時代に『そっち系の人』を脅迫した(事になっている)ハジメに正面切って突っかかれる様なデカい態度は持ち合わせておらず、悪知恵を働かせて潰そうとしてきたのだ。

例えばその風貌と趣味から『キモオタ』と蔑まれる幸利と親友な事から『キモオタとつるむ奴は皆キモオタ』と飛躍した理論でハジメを『キモオタ』扱いする。

例えば伝手を利用して何十人もの不良仲間を呼び出してハジメを袋叩きにしようとする。

例えばハジメが返り討ちにした様子を写真や映像にして「南雲に暴力を振るわれた」と教師や天之河に泣きつく、等々。

だがそれらの悉くが効果が無い、或いは対策済みで逆襲され、檜山達の悪評が広まるだけの結果に終わって以来、目の敵にはしつつも手を出そうとはしなくなり、ハジメにとっては効果の無い噂を流すしか出来なかったのだ。

然しながら今トータスに転移された際、正に俺TUEEEE!と言える様な力が自分達に宿った一方、不倶戴天の敵と言って良いハジメは戦いで役に立たない天職、と付けあがった檜山はハジメのステータスが総合的に天之河をも凌駕する事も既に頭にない。

だが生憎、ハジメは1人ボッチでは無い。

 

「はっ!想像力の無い奴はこれだから困る」

「んだとキモオタ!」

「お前高校生にもなって鋼の錬金術師も知らねぇのかよ、パッパラピ山」

「ああ、ハガレン!面白いですよね、ハガレン!私も小さい頃アニメ見ていましたよ~」

 

そう、檜山がキモオタと蔑む、ハジメの親友である幸利だ。

幸利は既に(ハジメもだが)、錬成師の才を戦闘で活かすアイデアを、その基となった人気アニメの主人公の存在が頭にあったのだ。

そしてその発言に、そのアニメをリアルタイムで見ていたらしい愛子が反応した。

 

「はがれん?鋼の錬金術師?そりゃあ一体?」

「鋼の錬金術師、略してハガレン。僕達の世界では有名な冒険物語です。錬金術師、トータスにおける錬成師を生業としている主人公エドワード・エルリックが、実験の失敗によって失った自分達の身体を取り戻す為の旅をするというストーリーで、その中でエドワードは錬成によって、義手となっている右腕を武器に組み替えたり、地面の成分を利用して武器を生成したりして立ちはだかる強敵と戦います」

「地面から武器を!?成る程な、如何なる才能も使い方次第、という訳か。勉強になったよ」

 

幸利たちの発言で挙げられた言葉が何なのか疑問を投げかけるメルド、それに答えたのはハジメだ。

錬金術師エドワード・エルリックを主人公としたそのアニメのストーリーを、其処で見せたエドワードのバトルスタイルを聞き、驚くと共に感心するメルド。

その様には檜山も反論する余地はなく、舌打ちしながら引き下がるしかなかった。

 

「そういえばハガレンで思い出したのですが、私の天職もハガレンの原作者が描いた漫画繋がりみたいなんです。ある意味ハジメ君とお揃いで、ちょっぴり嬉しいですね」

 

それはさておき、そう言いながら愛子がステータスプレートをハジメ達に見せた。

其処には、こう書かれていた。

 

======================

畑山愛子 25歳 女 レベル:1 天職:作農師

筋力:5

体力:10

耐性:10

敏捷:5

魔力:100

魔耐:10

技能:土壌管理・土壌回復・範囲耕作・成長促進・品種改良・植物系鑑定・肥料生成・混在育成・自動収穫・発酵操作・範囲温度調整・農場結界・豊穣天雨・鎌術・言語理解

======================

 

「…もしかして銀の匙の事?」

「はい、そうですよ」

「さ、作農師!?」

 

愛子が言っていた漫画が何なのかという話題で話そうとしていたハジメ達だったが、その表記にメルドはそれを遮るかの如く驚きの声を上げ、部下に何かしらの指示を出した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4話_編成と方針と弾き語り

愛子の天職が作農師であると分かった途端に驚き、部下に指示を飛ばしたメルドに何事かハジメが尋ねるとその訳が、愛子の存在がどれだけ重要かが分かった。

愛子の天職である作農師は所謂非戦闘系天職ではあるがその中でも飛び抜けて珍しく、戦闘系と同等の割合しかないとの事であり、尚且つこのご時世において喉から手が出る程欲しい存在だったのだ。

『腹が減っては戦は出来ぬ』という諺にもある様に戦時中である今、食糧供給が重要問題である事は地球でも、此処トータスでも変わりなく、そんな課題を、農地の生産性を著しく向上させるという形で解決出来る技能を幅広く習得している作農師の重要性は極めて大きい。

そんな作農師に、沢山の技能を持った形でなった愛子はその後、農地開拓の為に様々な人間族の領土へと派遣される事が決まり、残るハジメ達23人の生徒がハイリヒ王国王都にて、魔人族との戦争の前線投入へ向けて訓練を受ける事となった。

そのメルドの決定に当初愛子は、生徒達だけが前線に立つための訓練を受けなければならないのに自分だけが後方の安全な場所にいるのはどうかと難色を示したが、ハジメの「人には人のやるべき事があり、愛子には愛子にしか出来ない事がある。その愛子にしか出来ない事はこのトータスにおいて重大な事、それを全うしていけば愛子の、此方の発言力も強まると思うよ。そうなれば元の世界へ帰れる確率は高くなる」と説得した事で応じ、その道中で愛子自身もこの世界に関する情報を、元の世界へ戻る手がかりをなるべく探してみると約束した。

さて残された23人の訓練についてメルドは、各々の天職や技能、当人同士の関係等を考慮した4,5人単位のグループに編成して行う事となった。

まず勇者である天之河、拳士である坂上、結界師である谷口(たにぐち)(すず)と、降霊術師である中村(なかむら)恵里(えり)のグループ。

軽戦士である檜山、炎術師である中野、風術師である斎藤、槍術師である近藤のグループ。

重格闘家である永山(ながやま)重吾(じゅうご)、土術師である野村(のむら)健太郎(けんたろう)、治癒師である(つじ)綾子(あやこ)、付与術師である吉野(よしの)真央(まお)、暗殺者である遠藤(えんどう)浩介(こうすけ)のグループ。

曲刀師である玉井(たまい)淳史(あつし)、弓士である仁村(にむら)明人(あきと)、騎手である相川(あいかわ)(のぼる)、操鞭師である菅原(すがわら)妙子(たえこ)、氷術師である宮崎(みやざき)奈々(なな)のグループ。

そしてハジメと香織、雫、優花、幸利のグループ…尤も、ハジメのグループに(ハジメ以外に親しい人がいない)幸利は兎も角、香織らも入っている事に天之河や檜山から抗議の声が上がったがメルドは天職的にも親密過ぎる位親密な関係的にもこれ以上に最適な編成は無いとして取り合わなかった。

そんな一幕を経た昼飯時、ハジメ達5人は其々のステータスプレートを確認し合い、詳細な訓練方針を決める事にした。

まずハジメだが、メルドがバラしていたのもあって其処まで驚かれる事は無かった。

一方の他のメンバーのステータスはと言うと、最初に幸利だが、

 

「俺のステータスはこんなだな。魔力関係以外最悪で、如何にも後衛向きって感じだ」

 

======================

清水幸利 17歳 男 レベル:1 天職:闇術師

筋力:1

体力:1

耐性:1

敏捷:1

魔力:111

魔耐:110

技能:闇魔法・高速魔力回復・省略詠唱・全属性耐性・先読・隠業・気配感知・魔力感知・言語理解

======================

 

本人が最悪とぼやく様に、筋力、体力、耐性、敏捷といった身体能力を示すステータスがどれも最低値の1、此処トータスに住まう人間族の標準値よりも桁が1つ少なくなってしまっている。

魔力及び魔耐こそ天之河を上回って23人の中でトップ、天職である闇術師は魔物の核とされる魔石や土地に込められた魔力に干渉する技能に特化しているのでこれを応用すれば魔物の洗脳を行う事も出来る強力な存在だが、それを狙って行うならば対象からの意識が向く事による襲撃へのリスクを負わねばならず、魔法は兎も角物理的な攻撃が掠りでもしたらアウトな幸利にそのリスクは大き過ぎる。

人間族が魔法を発動する際に必須と言って良い詠唱を短く出来る『省略詠唱』等の技能を駆使した立ち回りや、前衛メンバーとの連携が欠かせないだろう。

 

「私のステータスはこんな感じだよ。私も清水君みたいに後方支援向きだね」

 

======================

白崎香織 17歳 女 レベル:1 天職:治癒師

筋力:5

体力:5

耐性:5

敏捷:10

魔力:100

魔耐:100

技能:回復魔法・光魔法適性・高速魔力回復・省略詠唱・全属性耐性・先読・気配感知・魔力感知・言語理解

======================

 

香織のステータスも、流石に幸利程極端ではないが身体能力面ではひ弱と言わざるを得ない。

一方で幸利には及ばないが魔力関係が優れており、尚且つ天職である治癒師は読んで字の如く怪我を治す技能に特化した『ヒーラー』的存在。

適性のある光魔法も駆使した後衛でのバックアップが主な役割となるだろう。

 

「私のステータスはこうね。明らかに前衛向きな物ね」

 

======================

八重樫雫 17歳 女 レベル:1 天職:剣士

筋力:60

体力:30

耐性:20

敏捷:100

魔力:5

魔耐:10

技能:剣術・縮地・剛力・先読・心眼・隠業・気配感知・言語理解

======================

 

雫のステータスは剣士という天職を体現したかの如く前衛向き、に一見するとそう判断できる。

確かに敏捷は高く、筋力ではハジメにも勝る上、それにバフを掛けられる技能『剛力』を有しているが、一方で防御面は後述する優花は勿論、体力と敏捷に極振りしたハジメと比べても低い。

高い敏捷と筋力を活かした一撃離脱戦法をとるのがベストと言えるだろう。

 

「アタシのステータスはこんな感じよ。何かどれも中途半端な感じがするんだけど…」

 

======================

園部優花 17歳 女 レベル:1 天職:投擲師

筋力:35

体力:35

耐性:35

敏捷:50

魔力:35

魔耐:35

技能:投擲・短剣術・狙撃・乱撃・心眼・先読・炎魔法適性・気配感知・言語理解

======================

 

本人はどれも中途半端と自嘲するが耐性で言えばグループ内でトップ、他の能力も自分以外のグループメンバーの様な穴は無くオールマイティな活躍が見込める。

尤も天職である投擲師は武器を投擲する事での遠距離攻撃に特化した存在、一応ハジメと同じく短剣術も技能にある為接近戦に向いていない訳では無いのだが…

 

「このステータスを踏まえると、僕が前衛に立ち、香織と幸利は後方で支援、雫と優花は遊撃って所かな。それを踏まえた戦術と、各々の技能に合わせた訓練を行っていく、といった方針になるかな、これは」

「尤もハジメに、錬成の技能を伸ばすか基礎的な物とか以外で訓練の必要は無さそうだけどな」

「そうね、自衛官になるって夢に向けて幼い頃からずっと格闘技とか武器の扱いとか習って来たもの」

「となれば錬成の訓練をすると言って、皆とは別行動をとる事も出来るわね」

「その一環として王都に保管してある資料を読み漁ってこの世界の情報を、元の世界へ帰る切っ掛けを掴めれば…」

「うん。尤も、皆との連携を密な物とする為にある程度訓練に参加する必要はあるけど、時間を見つけて、出来るだけ探ってみるよ」

 

------------

 

「ふぅ、根を詰めても仕方ないか。少し気分転換しよう」

 

訓練初日で決めた方針に従って情報収集を始めてから数日、この日も錬成師としての訓練と並行して王立図書館で書物を読み漁っていたハジメだが、流石に何時間も書物にかじりつくのは厳しい、気晴らしにと図書館を後にし、滞在場所である王宮の庭園へと向かい、物陰に腰かけた。

その手にはネックや弦、ボディに至るまで全て金属で出来たギター、ハジメが錬成の訓練を兼ねて作り上げた総金属製アコースティック・ギター『ギターラ*1』があった。

実を言うと『ガノタ』が高じてその主題歌も好きになり、その歌を歌う事が趣味となったハジメ、何時しかただ歌うだけでなくギターでの演奏も行う様に、所謂弾き語りも行う様になったのである。

 

「I JUST FEEL『RHYTHM EMOTION』

この胸の鼓動は

貴方へと続いてる SO FARAWAY」

 

そんなハジメが弾き語りしていたのはガンダムシリーズの1つであるアニメ『新機動戦記ガンダムW』の第二期オープニングテーマ『RHYTHM EMOTION』、一途なる愛をテーマとした歌だ。

尤もハジメには恋人が3人、いや愛子を加えれば4人もいるので一途も何もあった物では無いが…

 

「I JUST FEEL『RHYTHM EMOTION』

過ちも痛みも

鮮やかな一瞬の光へと導いて

I JUST FEEL『RHYTHM EMOTION』

この胸の鼓動は

貴方へと続いてる SO FARAWAY」

 

それはさておき自分の弾き語りにおける定番の1つになっている『RHYTHM EMOTION』を弾き終えたハジメ、だが場所的な理由もあるのか何時もの如く周囲に人はいなかった。

とはいえハジメにとっては気晴らしで歌っているだけ、聴衆がいようがいまいがさしたる問題では無い、そもそも過剰に聴衆が集まって来られると気晴らしにならないから城の中庭、その物陰を選んだのだが、

 

「素敵な歌ですね、ハジメさん」

「貴方は、リリアーナ姫様?」

 

その日だけは聴く者がいた。

*1
ロシア語でギター



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5話_派生技能と襲撃と制裁

ハジメが王宮の庭園で弾き語りをしていた所それを偶然聞いていたハイリヒ王国の王女リリアーナ・S・B・ハイリヒと出会い、彼女に求められるまま何曲か続けて演奏したあの時から更に数日、訓練が始まってから丁度2週間が経過した。

さて、現在のハジメのステータスを見てみよう。

 

======================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:10 天職:錬成師

筋力:100

体力:500

耐性:50

敏捷:500

魔力:50

魔耐:50

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+鉱物系探査][+鉱物融合][+精密錬成][+複製錬成][+圧縮錬成][+高速錬成][+イメージ補強力上昇][+消費魔力減少][+手合詠唱]・精錬[+特定抽出]・狙撃・乱撃・縮地・先読・隠業・短剣術・格闘術・新型(ニュータイプ)・言語理解

======================

 

基礎訓練を積んだ事でステータスとレベルが順調に上がったのは勿論だが、錬成の訓練を重点的に取り組んだ影響か、初日にはステータスプレートに刻まれなかった『派生技能』の数々が、錬成の後ろを中心に刻まれて行った。

此処で派生技能について説明しよう。

天職持ちが有する技能は先天的な物、つまり技能=その天職における自身の才能であり、新たに追加されるという事は基本的に無い、ただあくまで基本的にである、例外となるのが派生技能であり、1つの技能を磨き続けた末に、所謂『壁を越え』た者が習得する後天的な技能、要は今まで出来なかった事がある日突然、コツを掴んで新たなる才に目覚めるという事だ。

ハジメもこの2週間、錬成師としての技量を高める為の訓練に重きを置いて取り組んでいたが、何しろオタク気質が高じて自衛官になるべく日々身体を鍛えたり様々な格闘技を習得したり海外で銃器の扱いを覚えたり、そうかと思えばただアニメの主題歌を歌うだけでは飽き足らずギターで弾き語りを始めたりもする彼である、まるで錬成師になる為に生まれたのだと言わんばかりに相性は抜群で即座にコツを掴み、既に11もの派生技能を習得するに至ったのだ(その殆どが錬成に関連した物であるが)。

これがどれ程天才的か、ハジメと同様チートの権化と言われた天之河のステータスと比較してみよう。

 

======================

天之河光輝 17歳 男 レベル:10 天職:勇者

筋力:200

体力:200

耐性:200

敏捷:200

魔力:200

魔耐:200

技能:全属性適性・全属性耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解

======================

 

ステータスの成長率及びレベルはハジメと遜色ないが、派生技能など1つも覚えていない。

尤も人間族最高戦力とされるメルドですら派生技能は4つ程しか習得していないらしく、戦闘系天職ながら実戦のじの字も行っていない天之河に戦闘系技能のコツをたった2週間で掴めなど無理難題である。

それを踏まえると(非戦闘系、それも生産職に分類される天職であるにしても)、11もの派生技能をたった2週間で習得したハジメが如何に規格外の才を有しているかが分かる筈だ。

さて、そんなハジメは今、最早日課と化している王立図書館での情報収集を続けていたが、一方で戦闘訓練を疎かにしている訳では無い、図書館を後にして訓練施設へと向かう。

其処へ、

 

「あべしっ!?」

「ひ、檜山!?」

 

どうやら襲って来たのは檜山らしい、背後から明らかにハジメを狙って飛び蹴りを放って来たのだが、それをハジメはまるで背中に目があるかの様に最小限の動きで回避しながらさりげなく檜山の蹴り足を跳ね上げ、宙に浮いていた檜山の身を頭から地面に直撃させた。

態勢を崩されて受け身もままならなかった為に自重による殴打を頭で受ける形となった檜山は辛うじて意識を保っていたが、暫く起き上がれない状態になっていた。

 

「全く、懲りないねお前達も。少し頭冷やそうか」

「や、やりやがったな南雲!此処に焼撃を望む『火球』!」

「此処に風撃を望む『風球』!」

 

背後からの奇襲にも難なく対応しながらその襲撃者達がいた方向に目を向けると其処にはハジメの予想通り、檜山の取り巻き達がおり、その中の中野が適性のある炎属性の魔法、斎藤が適性のある風属性の魔法を詠唱、その弾丸を放とうとしたが、

 

「ふっ!」

「あちゃぁ!?」

「ひでぶっ!?」

 

その直前、500という飛びぬけて高い敏捷と、たった一回の踏み込みで全速力を発揮出来る技能『縮地』を用いたハジメが一瞬で2人に肉薄しながら突き飛ばす事で向きを変えさせた。

これによって互いに対面する形となった中野と斎藤は中断したり逸らしたりする間もなく各々の魔法を放ってしまい相手の魔法を受ける羽目になり、特に斎藤は中野の火球を食らって大やけどを負い尚も燃え移った服による炎熱に苦しむ事となった。

 

「ば、化け物ぉ!」

「ほいっと」

「たわばっ!?」

 

そして残った近藤が槍の切っ先を向けてハジメに突進したが、ハジメはその槍を踏み台にして飛び膝蹴りを放った。

得物を踏み台にされた事でバランスを崩した近藤はそれを避ける間もなく頭に直撃、首が傾いちゃいけない感じに傾きながら他の3人とは違い気絶した。

 

「南雲!?お前、何をやっているんだ!?」

 

其処へ今しがた訓練施設へと来たのであろう天之河達が止めようとするが、

 

「トシ、撮れてる?僕の行動が正当防衛である事の証拠が」

「ああ、ばっちりだ。流石はハジメだ、錬成を活かしてインスタントカメラ*1まで作っちまうとはなぁ」

「なっ!?」

 

それに取り合う事無く何かを構えていた幸利に尋ねるハジメ、応じた幸利の手にはハジメが作ったというインスタントカメラと、今しがたそれで撮影したばかりの写真3枚が握られており、其処にはハジメに跳び蹴りを食らわせようとする檜山、ハジメに魔法の弾丸を打ち込もうとする中野と斎藤、そしてハジメに槍の切っ先を向けて突進する近藤の姿が鮮明に写されていた一方、其処にハジメが攻撃しようとする様子は写っていなかった。

 

「本当に凄いわね。そしたらハジメ、この写真をリリィに届ければ良いのかしら?」

「お願いね雫、リリィなら天之河に好意的だからと忖度する事無く裁を下してくれる筈。出来れば僕が行きたいけど当事者だから暫く此処を動けそうに無いし」

「分かったわ、それじゃあ行ってくるね」

「待つんだ雫、話は」

 

それを見た雫が幸利から写真を受け取りながらハジメと今後の対応を話し合う。

尚リリィというのはリリアーナの愛称であり、雫達女子生徒は転移当初から彼女が親身に接していた事で、ハジメはあの日の出会い以来毎日のように彼女が弾き語りを聞こうと足しげく通っていた事で、愛称で呼ぶ程親しい間柄となったのだ。

因みにそんなハジメとリリアーナの関係を聞いた香織達は「まあリリィならこっちに来ても良いかな」と単に親しいだけじゃない関係に発展しそうだと見抜きつつ、それを容認する様な事を呟いていたとか。

ともあれそんなリリアーナに檜山達の襲撃を、ハジメの反撃が正当防衛だという事実を裏付ける写真を渡せば天之河との間柄という要素を排した対応をしてくれるだろうと判断した雫は、天之河が引き留めるのも聞かずに写真を手にリリアーナのいる部屋へと向かった。

その後、雫を通じて事の子細を知ったリリアーナの告発によって、彼女の父であるエリヒドが処罰を下そうとしたが、天之河から(ハジメにとって都合の悪い様に)話を聞いたイシュタルの介入によってお咎め無しと(表向きには)なった。

とはいえ明らかに檜山達から攻撃して来た確たる証拠が残っている以上ハジメを処罰する事は勿論、檜山達を無罪放免とする事も出来ない、よって檜山達は今後、騎士団による監視の下で生活する事となった。

 

------------

 

そんな事件もあったが今日の訓練は滞りなく終わり、訓練施設を後にしようとしたハジメ達だったが、どうやら連絡事項があるらしくメルドが引き留めた。

何事かと足を止め、注目する生徒達にメルドは野太い声で告げた。

 

「明日から実戦訓練の一環として『オルクス大迷宮』へと遠征に行く!必要な物は此方で用意してあるが、今までの王都での訓練とは一線を画すと思ってくれ!まあ要するに気合入れろって事だ!今日はゆっくり休めよ!では解散!」

*1
撮影直後に現像を行うフィルム式カメラ。ポラロイドカメラとも



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6話_月下の語らいと誓い

オルクス大迷宮。

遥か昔に世界を滅ぼそうとして討ち滅ぼされた『反逆者』が作り上げたとされる危険地帯『七大迷宮』の1つでハイリヒ王国の南西に存在、100階層からなると言われているこの迷宮は下に進むほど魔物が強くなるという特性から実力を測りやすい事と、良質な魔石が手に入る事から冒険者や傭兵、新兵の訓練場として人気が高く、それは周辺に設けられたホルアドという宿場町の賑わいからも明白である。

王都からずっと馬車で揺られていたハジメが「錬成で車とかバイクとかを作った方が良かったかな」とジョークか本気か分からない事を口走る場面もあったが、やがて一行はメルド率いる騎士団員複数名と共にそのホルアドに到着、王国直営の宿屋に宿泊する事となった。

 

「それにしても、何だか久々に普通の部屋を見た気がするね」

「そうだねハジメ君、やっぱり私達にはこういう部屋の方が落ち着くね」

「もしこの宿まであの豪華仕様だったら頭痛くなって来るわ…」

「流石に無いでしょ、あんな豪華仕様で冒険者や傭兵向きとかニーズのにの字も無いわよ」

 

その一室、ハジメが泊まる(他の生徒が最低でも2人部屋なのに何故か個室)部屋に恋人達がやって来て会話をしていた所、扉をノックする音が聞こえて来た。

 

「幸利だ。ハジメ、いるか?」

「トシ?」

 

時刻で言えば深夜に差し掛かった所である今になって訪問者という違和感満載な展開、まさか檜山達がお礼参りに来たのかと誰もが一瞬身構えたがそんな事は無かった、親友でありパーティメンバーでもある声に別の意味で違和感を覚えながらも鍵を外してドアを開けると、其処には思いつめた様な表情の幸利がいた。

其々の部屋に移動する前とは明らかに様子が違う幸利にどうしたのかと思いつつも、折角の来客だとお茶の準備をするハジメ、と言っても水差しに入れたティーパックらしき物から抽出した紅茶っぽい物だが。

 

「私達は外した方が良いかな?大事な話みたいだし」

「いや、この話には白崎達も関わってくる。このまま残っていて欲しい」

 

幸利の只ならぬ雰囲気からして余程重大な要件があるのだろう、もしかしたら親友であるハジメにしか話せない事かも知れないと席を外そうとした香織達だったが、当の本人は香織達にも関わってくるとの事なので留まった。

 

「明日の訓練なんだが…

ハジメ達には町で待っていて欲しいんだ。教官達やクラスの皆には俺が必ず説得する、愛ちゃん先生やお姫さんを介してでも。だから、頼む!」

 

そうして話始めた幸利だったが、その内に興奮したのか身を乗り出して懇願して来た。

その風貌も相まって傍から見ると色々とヤバい光景になってしまっているが、それに突っ込むKYな存在は此処にはいない。

 

「一体、どうしたの清水君?私達に待っていてって…」

「まさか天之河達と檜山達との不和を気にしているの?今更じゃない」

「メルドさん達も先日の件でそれは把握している筈、その為に今も騎士団の皆が檜山達を監視しているのよ。にも拘わらず仲悪いから行かない、行けないと言うのは認められないんじゃないかしら?」

「そんなんじゃ無い!いや、あるかも知れないが、そうじゃ無いんだ!」

 

まさかの自粛要請に戸惑いを隠せない香織達、もしかしたら先日の事件を未だに気にしているのか、それで無用な軋轢を生まない様に自粛を提案して来たのかと思ったがそうでは無いらしい(いや、無いとも言い切れない様だが)。

然し幸利も余りに慌て過ぎだと思ったのか「いきなりすまん」と謝りながら深呼吸をし、落ち着いたタイミングで静かに話し始めた。

 

「明日から本格的な訓練が始まるからと早めに寝たんだが、其処で夢を見たんだ。その夢にはハジメが、白崎が、八重樫が、園部がいたんだけど、声を掛けても気付いてくれなくて、走っても全然追いつけなくて…そして最後は…」

「最後は?」

 

先程まで見ていたという夢の内容、此処にいるメンバー以外に親しい人といえばハイリヒ王国の各都市に派遣されている愛子くらいしかいない幸利にとって悪夢と言うしかないその内容を話すうちに俯き、やがてその先を口にする事が恐ろしくなり押し黙ってしまった。

 

「…消えて、無くなっちまうんだ…」

 

香織に促された幸利は、今にも泣きそうな表情で顔を上げ、絞り出すように結末を口にした。

其処で、幸利を部屋に招き入れてから今までずっと黙って話を聞いていたハジメが口を開いた。

 

「夢は夢だ、と切り捨てるのは簡単だけどそう言えない位、明日の訓練は危険要素が多すぎるのは確かだね。全体で実戦形式の訓練をするのは初めてで各パーティと連携出来るか未知数、それも相対する魔物は地上のそれとは一線を画す強さを持っているそうだから。それに優花が言った様に天之河達と檜山達の存在もあるし。先日の事件では明らかに向こうが悪いと断じられ、軽い物とはいえ罰が下ったのに、どうやら檜山達は僕を逆恨みしている様だと監視していた騎士の人が言っていたよ。天之河も、僕にも襲われる原因があるからだ何てある事無い事言いふらしているみたい」

「そうだろ、ハジメ!悪い事は言わない、此処での訓練参加は止めて、王都に戻ろう!愛ちゃん先生やお姫さんにも伝えれば力になってくれる筈、そうだ、愛ちゃん先生だ!王国の各都市を回っている愛ちゃん先生の護衛として同行する事にすればいい!それなら教会も王国も悪い顔はしないさ!」

 

そう、ハジメが幸利の話を単なる夢だと切り捨てられない懸案があったのだ。

先日ハジメを襲撃した檜山達のパーティはその罰として騎士団の監視下での生活を送っている訳だが、その不自由な生活を強いられるのはハジメの所為だと見当違いな憎悪を抱いているらしく、ハジメの姿を見た時の表情と言えば、これより醜くなる事は無いんじゃないかと言わんばかりに歪んでいたとか。

自分の話を真面目に検討するハジメの様子に、分かってくれるかと再び興奮したかの如く身を乗り出し、代案を提示する幸利だったが、

 

「だけど許可が下りる可能性は無いと思うな、僕は」

「…え?」

「元々天之河に乗せられる形で参加を表明した奴ばかり、内心は戦争に参加する事への、敵とはいえ人を殺す事への、自分や親しい存在が敵に殺される事への不安が一杯だと思うよ。其処に愛子の護衛に参加するという逃げ道を提示され、僕達がその逃げ道を選んだという話が齎されたら、絶対に皆が食いつくよ。僕達が許された以上は断りにくいだろうし、かといって皆が皆選んだら訓練にならない、きっと誰かが大迷宮での訓練に参加しないと行けなくなる。その誰かが抱く怒りの矛先は、逃げ道を提示した愛子やリリィ、選ぶ事を許した王国首脳、そして真っ先に進んだ僕達に向くだろうね。そうなってしまっては士気も、各パーティの信頼もダダ下がりだよ。王国や教会の人達がそれに思い当たらない筈が無い以上、不参加は認められないと、愛子の護衛任務が言い渡される事は無いと僕は思う」

「そんな…」

 

それが通る可能性は万に一つも無いと断じられて、この世の終わりだと言わんばかりに青ざめた。

 

「大丈夫だよ、トシ。僕も香織も、雫も優花も、トシも、皆が皆チートだ。幾ら迷宮の敵が強いと言ってもそれは此処トータスの人間族基準、僕達であれば慢心や油断が無い限り負けはしない。檜山達だってそうだよ、警戒を怠らない様にさえすれば後れなど取らない、襲ってきてもまた返り討ちさ」

 

自らが提示した代案は受け入れられないだろうというハジメの言葉に絶望に打ちひしがれる幸利、そんな彼を元気づけるかの如きハジメの言葉に耳を傾けながら尚も不安は拭えず、それは現状を認識したハジメの恋人達にも伝染した。

 

「それでも不安が拭えない、と言うのなら…」

 

そんな4人にハジメは、意を決してこう提案した。

 

「此処に誓おう。皆が皆、他の皆を守る、と」

「「「「皆が皆、他の皆を守る?」」」」

「ああ。例えば僕は香織を、雫を、優花を、トシを守る、という様に」

「という事は、私はハジメ君を、雫ちゃんを、優花ちゃんを、清水君を守るって事?」

「そうだよ、香織」

「なら私はハジメを、香織を、優花を、清水君を守るって事ね」

「アタシはハジメを、香織を、雫を、清水を守る」

「俺はハジメを、白崎を、八重樫を、園部を守る」

「うん。いま一度、誓おう」

 

「僕は香織を、雫を、優花を、トシを守る」

「私はハジメ君を、雫ちゃんを、優花ちゃんを、清水君を守る」

「私はハジメを、香織を、優花を、清水君を守る」

「アタシはハジメを、香織を、雫を、清水を守る」

「俺はハジメを、白崎を、八重樫を、園部を守る」




はい、今作であの夢を見たのは香織では無く幸利です。
つまり…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7話_オルクス大迷宮

翌朝、ハジメ達はオルクス大迷宮の正面入口がある広場に集合していた。

その入口はRPGのダンジョンにありがちな薄暗い陰気なそれではなく、博物館の入場ゲートの様な整備された物であり、制服を着た受付嬢らしき存在がいる窓口まであった。

どうやら日本における登山計画書の様にステータスプレートをチェックし、出入りを記録するとの事。

とはいえ日本のそれみたいに対象者が行方不明になった時の捜索に役立てる訳では無く、死者・行方不明者を正確に把握する為、戦争を控え多大な死者を出さない様、注意を喚起するのが目的であろう。

他にも七大迷宮と言う危険地帯でありながらその特性故に人気が高いオルクス大迷宮、殊に浅い階層は魔石等の良い稼ぎ場所として人も集まりやすく、嘗ては命知らずな輩がノリで挑んで命を落としたり、犯罪の拠点とする人間が多く存在したりで不穏な空気が漂っていたらしく、魔人族が何時襲い掛かって来るか分からないのにそんな内憂を抱えていられるかと思った王国が冒険者ギルドと協力して設立した経緯から、現地の警察的な役割も担っている様だ。

尚、ゲート脇の窓口では素材の売買もしている様で迷宮に潜る者等の金回り関係で重宝しており、事実その周囲では露店等も所狭しと並び立っており、それはまるでお祭りの様である。

そんな広場の喧騒を他所にハジメ達はメルド達騎士団の後を追う様に迷宮へと入って行った。

 

------------

 

お祭り騒ぎ全開だった広場とは打って変わって、迷宮の中は静寂に包まれていた。

縦横5メートル以上はありそうな通路は明かりを持っていないにも関わらず薄ぼんやりと発光しており、松明や光を発する魔法具が無くてもある程度の視認性は保証されている。

どうやら緑光石なる特殊な鉱物が多数埋まっているので光源が尽きる事無く冒険者の視界を確保してくれているそうだ、このオルクス大迷宮はその緑光石の鉱脈を掘って作られたらしい。

そんな作られた経緯はさておき、一行は其々のパーティごとに集まり、隊列を組みながら騎士団の先導に従ってぞろぞろと進む、すると暫くの時を経てドーム状の広間に出た。

その気配を察知したのだろう、辺りを見回していた一行の前に、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出て来た。

 

「よし、まずは光輝達からだ、他は後ろで待機!交代で前に出て貰うから準備はしておけ!あれはラットマンという魔物、すばしっこいが大した敵じゃない。冷静に行け!」

 

その正体はラットマンという魔物、見た目はその名の通り二足歩行のネズミ、と此処まで書くと某夢の国のマスコットキャラクターを思い起こさせるがあんなファンシーな姿じゃない、リアルなネズミがそのまま直立し、尚且つ上半身が筋肉モリモリマッチョマンの変態チックな姿だった、ご丁寧に筋肉の発達した部分だけ毛が生えていない、見ろやこの筋肉!と言いたげである。

その異様な姿に、出撃している天之河達の顔が引きつるが実戦で唖然としている場合じゃないと切り替え、前線の天之河と坂上が迎撃態勢をとり、後方の鈴と恵里が詠唱を開始した。

まずは天之河、純白に輝くバスタードソード型のアーティファクト『聖剣』を振るい、その光を浴びて動きが鈍っていたラットマンを纏めて葬り去る。

次に坂上、衝撃波を放つ事の出来る籠手等のアーティファクトを身に着け、元は空手部に所属していた為か堂に入った構えから正確無比な打撃で一体の打ち漏らしなく確実に仕留める。

前に立つ男子2人が守っていたのでラットマンの襲撃に晒される事無く己の仕事を遂行できた女子2人は詠唱を完成させ、魔法を放つ。

 

「「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ『螺炎』」」

 

螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を吸い上げるかの如く巻き込み燃やし尽くしていく。

「キィィィッ」というネズミらしい悲鳴を上げながらラットマンは細かい灰と変わり果てた後には、広間にいた敵は全滅していた。

 

「あぁ、うん、良くやったぞ!次はお前達にもやって貰うからな、気を緩めるなよ!」

 

初めての実戦とは思えない戦いぶりに、大したことないと言っていたラットマン相手とはいえ圧勝と言って良い戦果に苦笑いしながらも褒めつつ、気を抜かない様に注意し、

 

「それとな、今回は訓練だから良いが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

 

細かい灰になるまで焼き尽くした後衛の2人を、魔石等の換金出来る素材すらも焼き尽くしてしまった鈴達を窘めたメルド団長、2人もやり過ぎた自覚があったのか思わず恥ずかしそうに頬を赤らめた。

 

「よし、次はハジメ達だ」

 

先程のラットマンを天之河達が事も無げに退け、再び歩みを進める一行は再び先程の様な広間に辿り着き、やはり先程の様にラットマンの大群が登場、今度はハジメ達が出撃する事となった。

その指示に従って迎撃態勢をとるハジメ達、その中で後衛である香織と幸利が取り出した物に、待機しているクラスメートの中から驚いた様な声が上がった。

 

「あ、あれは銃!?」

「銃?あの、アーティファクトらしき物の事か?」

 

そう、幸利と香織が取り出したのは銃、いわゆるリボルバーに分類される5発装填の大型拳銃だ。

このファンタジーな世界で見るとは思わなかった物の姿に驚きの声が上がる中、それを見た事の無いメルド達騎士団の面々は、何なんだあれはといった様子だ。

そんな疑問の声に応えるかの様に2人がそれを構え、前線でラットマン達へと飛び掛からんとするハジメ達に当たらぬ様に気を付けながら引き金を引いた次の瞬間、火薬が爆発した音と共に12.7mm口径の銃口から弾丸が発射、それは寸分の狂い無くラットマンの眉間に直撃、其処から夥しい量の血を始めとした液体が流れながら標的が崩れ落ちていった。

このトータスには存在しえない武器の力に、それを用いた香織達の一挙手一投足に騎士団の面々を含めて驚きを隠せない一行、だが驚くのはまだ早かった。

 

「ふっはっせいっとぅっ」

 

幸利と香織が後方で援護射撃をし、雫がハジメのお手製らしい日本刀を駆使して一太刀で切り伏せ、優花がこれまたハジメのお手製らしいカランビットナイフを駆使しての多種多様な攻撃でラットマン達を切り刻む中、ハジメは持ち前のスピードを活かしてラットマンの一群の中を縦横無尽に駆け抜けながら、すれ違いざまに頭部へと触れていく、その直後、一匹の例外なくまるで糸の切れた操り人形の如く倒れていく。

先程の天之河達や、今回の雫達も圧倒と言えば圧倒ではあるが、ハジメの場合は瞬きしたらもう終わっていたと言っても過言じゃない程の秒殺、しかも魔石等の素材を消し飛ばす事無く必要最小限の殺傷で仕留めた合理的な戦果となった。

 

「ハジメ、今のは、一体?」

 

その実戦が初めてとは思えない異様な戦果に疑問を抱くのも当然だろう。

騎士団の面々にとって見た事の無いアーティファクトらしき物や、どうやったか分からないハジメの手際が良すぎる攻撃、それがどの様な物か、メルドが代表してハジメに尋ねた。

 

「どの事についてでしょうか?グローサ*1?それとも、僕の戦い方ですか?」

「どっちもだ。グローサって名前なのか、その銃とか言うアーティファクト?も当然気にはなるが、お前はどうやってラットマン達を殺した?幾らお前達が俺達とは比べ物にならない才を有した存在で、ラットマンが大したこと無い魔物だとはいえ、手で触れただけで倒せる程度の雑魚でも無い筈だが…」

「何処から説明しましょうか…

ではまず香織達が使っていたアーティファクト、グローサについてですね。あれは僕達の世界で銃と呼ばれる武器で、魔力を用いていないので厳密にはアーティファクトではありません。簡単に言えばクロスボウの弓に当たる部分を爆発に、矢を金属の球に置き換えた物です。威力はまあ今示した通りです。次に僕がどうやってラットマンを倒したかですが一言で言えば、ラットマンの体内にある金属で内部から串刺しにしました」

「体内にある金属を?」

「ええ。血液を始めとした体液や骨、生き物を構成する組織には金属が含まれています。僕はそういった金属に錬成で干渉し、それで刃物を形成、内部組織をズタズタにしました。特に頭にはズタズタにされた瞬間死ぬ組織が広範囲に存在しますから、其処を突いた事でラットマン達が一発で絶命、崩れ落ちたという訳です」

「え、えげつない戦い方だな、お前…

訓練初日に話してくれた、鋼の錬金術師だったか、その物語に出て来る錬成師の戦い方もそうだが、そちらの世界での錬成師は凄まじい強さだな。今説明してくれた銃も恐らくお前が作った物だろう?これはもう錬成師を生産職だと、単なる鍛冶屋だと馬鹿には出来ないな。いやはや、改めて勉強になったよ」

 

その問いに対するハジメの答え、それは百戦錬磨のメルドですら考えもしなかった物だった。

合理的ではあるがエグい発想に誰もが(香織達ですらも)、背筋が凍る様な恐怖を感じた一方、今まで錬成師をありふれた生産職だと、戦う力を持たない非戦闘職だと、只の鍛冶屋だとしか思っていなかった騎士団の面々は錬成師の有用性を、通説に囚われず物事の本質を見る事の大切さを思い知り、同時にそれが出来、結果を示して見せられるハジメの戦士としての強さを評し、勇者である天之河をも上回る重大戦力だと見る様になったとか。

そんな一幕もあったが後は問題なくパーティを交代しながら戦闘を繰り返し、順調に階層を下っていく…

*1
ロシア語で雷雨。ロシアのトゥーラ造兵廠で設計・開発されたアサルトライフル『OTs-14』のプロジェクト・コードネームでもある



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8話_避けられないトラップ

順調すぎる位に順調に大迷宮を下って行ったハジメ達は(トータスの人間族基準で)一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層に辿り着いた。

 

「よし、お前達。此処から先は一種類の魔物との戦闘だけじゃない、複数種類の魔物が混在したり、連携を組んで襲い掛かったりして来る。今までが楽勝だからと言ってくれぐれも油断するなよ!今日はこの二十階層で訓練して終了だ!」

 

その探索前に発せられたメルドからの掛け声に改めて気を引き締めた一行だったがやはりと言うべきか何の滞りも無く進み、やがて次の階層に繋がる階段がある部屋へと辿り着いた。

その部屋は鍾乳洞の如くツララ状の壁が飛び出したり、或いは溶け出したりと複雑な地形、奇襲されたら対応に梃子摺りそうなフィールドである。

此処を探索し終えたら今日の実戦訓練は終了だと言われたのもあってか一行の大半は何処か弛緩した様な心持ちの中、せり出した壁の為に隊列を横に広げる事が出来ず、一列になって進んでいた。

すると先頭を行く天之河達のパーティとメルドが立ち止まった。

 

「擬態しているぞ!周りを良く注意しておけ!」

 

いきなり立ち止まった事に訝しんだ一行にメルドがそう忠告した直後、前方にせり出していた壁が変色しながら起き上がった。

壁と同化していた身体は褐色に変化し、二本足で立ち上がり、ゴリラがドラミングするかの様に胸を叩き周囲を威嚇し出した。

カメレオンの如き擬態能力を有するゴリラ型の魔物の様だ。

 

「ロックマウントだ!二本の腕に注意しろ、剛腕だぞ!」

 

メルドの声が響くと同時に飛び掛かって来たその魔物――ロックマウントの剛腕が振り下ろされるも坂上がそれを弾き返し、その隙を突いて天之河が回り込もうとするが地形が地形の為に足場が悪く、上手く囲めない。

だがそれは相手側も同じ、坂上達を突破出来ないと判断したロックマウントは後ろに下がり、仰け反りながら大きく息を吸い込んだ次の瞬間、

 

『グゥガァァァァァァァァァァァァァァァァ!』

「ぐっ!?」

「うわっ!?」

 

部屋全体を震動させる様な、強烈な咆哮が発せられ、それをまともに食らってしまった天之河達の身体にビリビリとした衝撃が走り、ダメージこそ無かったが身体が一瞬硬直してしまった。

これこそロックマウントの固有魔法『威圧の咆哮』、咆哮に魔力を乗せる事で、ドラゴンクエストの『1ターン休み』の如く相手の行動を一時的に封じる物である。

こうして最前線で戦う天之河達の身動きを封じたロックマウントはその隙を突いて突撃する、と見せかけてサイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ、砲丸投げの手本になりそうなフォームで、後方で詠唱を行っていた鈴達に放り投げた。

だがそれに反応出来ない彼女達では無い、避けるスペースはほぼ無いため回避は出来ないと判断し、準備を終えた魔法で迎撃せんと杖を向けるも、

 

「「ヒィ!?」」

 

衝撃的な光景に思わず悲鳴を上げて、威圧の咆哮を食らっていないのに固まってしまった。

なんと、投げられた岩も擬態していたロックマウントだったのである。

空中で見事な一回転を決め、両腕を一杯に広げ、どういう訳か目を血走らせ鼻息を荒くして飛び込む様は正にル○ンダイブ、気色悪いと言うしかないその光景を前に魔法の発動も中断してしまったのだが、

 

「こらこら、戦闘中に何をやっている!」

 

そのまま飛び込まれる事は無かった、飛び込まんとするロックマウントをメルドが切り捨てたからだ。

思わぬ所で失態を犯してしまったのは分かっていたのか「す、すいません!」と謝る鈴達だったがやはりあの光景は気色悪かったのか、未だに顔が青ざめていた。

それを見てキレる者が1人、そう、

 

「貴様、良くも鈴達を…許さない!」

 

鈴達が青ざめていたのを死の恐怖だと勘違いしたらしい天之河、方向性を間違えた怒りに呼応するかの如く装備していた聖剣が輝き、

 

「万翔羽ばたき、天へと至れ『天翔閃』!」

「あ、こら、馬鹿者!」

 

メルドの制止も無視して大上段から振り下ろした。

その瞬間、詠唱によって強烈な光を纏っていた聖剣から、巨大な光の斬撃が放出された。

元々狭く複雑な空間であるこの部屋に逃げ場など無く、地形を巻き込んで砲丸投げを行ったロックマウントを両断、そのまま奥の壁も破壊して漸く止まった。

地形ごと叩き切った影響か所々から破損した壁の破片が落ちる中、ふぅと一息ついて鈴達へと振り返った天之河、鈴達を殺そうとした魔物は自分が倒した、もう大丈夫だと声を掛けようとしたが、その前に笑顔(目は笑っていない)で迫ったメルドからの拳骨を食らう事となった。

 

「へぶぅ!?」

「この馬鹿者が、気持ちは分かるがな、こんな狭い所で使う技じゃないだろうが!崩落でもしたらどうするんだ!」

 

御尤もなお叱りには流石にバツが悪かったのか、声を詰まらせながら謝罪する天之河。

そんな天之河を、勘違いとは言え自分達の為に憤ってくれた為か鈴達が慰める中、

 

「あれ、何かな?キラキラしている…」

 

崩れた壁から何かを見つけたのだろう、香織がその方へ指さした。

それに全員が振り向くと其処には、青白く発光する鉱物が花咲くかの如く壁から生えていた。

その輝きはまるでインディゴライトを内包した水晶の様だった。

 

「ほぉ、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ、珍しい」

 

グランツ鉱石とは、所謂宝石の原石らしき物である。

特に魔力的な効果がある訳では無いがその輝きが貴族のご婦人・ご令嬢方に大人気であり、加工して指輪やイヤリング、ペンダント等にして送ると大変喜ばれるとの事。

求婚の際に選ばれる宝石トップ3に入るそうだ。

 

「素敵…」

 

その説明を聞いた香織がそう呟きながらハジメの方に視線を向け、それに気づいた雫も優花も同じくハジメに視線を向けた、結婚指輪にどうかな?と。

ハジメもあれ良いかも、と内心思っていたのか彼女達の視線に頷き、その答えに香織達は幸せそうな表情でハジメに寄り添った。

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

 

そんな香織達の微笑ましい様子はさておき、グランツ鉱石を見て何を思ったか前方にいた檜山がその方へと向かい、軽戦士ならではの身のこなしを活かしてひょいひょいと壁を登って行った。

 

「こら、勝手な事を」

 

その行動に慌てたメルドが檜山を注意しようと声を上げたが、それが最後まで発せられる事は無かった。

 

「ギャァァァァァァァァァァ!?」

 

今日初めて聞いてから何度も耳にした爆発音、それが響き渡った直後、檜山の激痛に苦しむかの様な絶叫と共に壁から転げ落ちたからだ。

その絶叫に驚いた面々が檜山の方を振り向くと、直前まで壁にぶら下がっていたであろう右手に大穴が空いて血が大量に噴出していた、どうやら何かに貫かれた激痛の余り壁から手を離した様だ。

それを実行したのは、

 

「馬鹿な真似は止めてよね、檜山。トラップでも仕掛けられていたら、取り返しがつかないだろう」

「南雲、てめぇ…!」

 

今しがた発砲したであろう、銃口から硝煙をくゆらせるグローサを檜山に向けるハジメだった。

 

「団長、トラップです」

「聞いた?やっぱりトラップだそうだよ。良かったねぇ檜山、僕がお前の馬鹿な行動を阻止したお陰で引っ掛からずに済んでさ」

「ぐ、がぁ…!」

 

撃ち抜かれた右手の激痛に苦しめられながらもまたお前かと憎悪と怒りの感情のままにハジメを睨み付ける檜山だったが程なく、魔力の流れを感知する事で魔法関係の罠を発見出来る魔法道具『フェアスコープ』によって周囲を確認していた騎士から、鉱石に罠が仕掛けられていた事が報告された事で旗色が悪くなった為か大人しくなった、が、

 

「上だ!総員退避!」

 

どうやら天之河の一撃で全部が葬り去られた訳では無かったらしい、天井に張り付いていたロックマウントがこの機を逃さんと言わんばかりに降下、それに気づいたメルドがその場を離れる様に指示を飛ばし、他の面々もそれに従うが、

 

「グォォォォォォ!」

「あがぁ!?」

 

ただ1人、未だ右手の激痛に悶絶していた檜山だけは対応が遅れ、その隙を突いたロックマウントの強烈な一撃を腹に受け、上空へと打ち上げられてしまう。

宙を舞う檜山、その吹っ飛んだ先は、

 

「な!?総員、部屋から脱出しろ!」

 

先程トラップだと判明したばかりのグランツ鉱石、それを見たメルドが避難を呼びかけるも間に合わず、檜山が鉱石にぶつかった瞬間、部屋の中に光が満ちた。

 

------------

 

鉱石から発せられたであろう光によって視界が真っ白に染まると共に身を包む浮遊感、自らを覆っていた空気が変化した感じからして、どうやら何らかの転移術式によって別の場所へと飛ばされた様だとハジメは気づいた。

そうと分かれば次に移すべき行動は決まっている、視界が効かない状態でありながら、地面に衝突する直前のタイミングで態勢をとった事で危なげなく着地成功、油断なく周囲を見回す。

視界を染めていた光が晴れると其処にはやはり先程の術式で転移して来たであろう、今日の訓練に参加しているメンバー全員がいた、どうやらハジメの様には行かず尻餅をついてしまったのが殆どだが、メルドを始めとした騎士団の面々、天之河達等の一部クラスメートは立ち直りが早く、ハジメと同じく周囲を警戒していた。

転移先はどうやら巨大な石造りの橋らしい、全長100m近く、今いる場所から天井までは20m位、橋下に川は見当たらず、代わりに奈落への入り口だと言わんばかりの闇が広がっていた。

幅こそ10mとかなりの広さだが手すりはおろか縁石も無く、端の方で足を滑らせたら最後、奈落の底へ真っ逆さまなのは言うまでもないだろう、そんな橋上の中央部にハジメ達はいた。

そんな橋を渡り切った先は、一方は上階へ繋がっているであろう階段が、もう一方がこの階層の奥へと繋がっているであろう通路が見えた。

 

「お前達、直ぐに立ち上がってあの階段の場所まで行け。急げ!」

 

周囲の状況を確認したメルドは、今すべきことはこの場所から、と言うよりオルクス大迷宮からの脱出だと判断し、雷の如く轟くような声で指示を飛ばした。

それを受けて慌てながらも動き出す生徒達だが、

 

「っ、これは!雫、優花、トシ!階段側の迎撃を頼む!雫と優花はヴィーフリ*1を使用して!香織は僕と一緒に通路側の迎撃をお願い!」

「ええ!」

「分かったわ!」

「ああ!」

「うん!」

「ハジメ!?一体何を」

 

ピキィィィィィィィン!と謎の音が脳裏に響くと共に何か感づいたのだろう、背負っていた物を取り出しながら自らのパーティメンバーに指示を飛ばすハジメ、それを受けて雫と優花もまた背負っていた物を取り出した、それはグローサと同じ12.7mm口径の銃口、ブルパップ式である事を物語るグリップ後方に装着されたマガジン、直方体をイメージする直線的で武骨なデザイン、アサルトライフルと呼ぶには無理がある大きなサイズの、ハジメがヴィーフリと名付けた自動小銃である。

武装しながらも階段側へ向かった雫達はまだしも、いきなり自分の指示に反して通路側へ移動を始めたハジメと香織に驚き、注意しようとしたメルドだったが、直ぐにハジメの判断は、その切っ掛けとなった彼の予感が正しかった事を思い知る事となった。

階段側の入り口に魔法陣が出現、其処から大量の魔物が発生したからである。

更に通路側の入り口にも魔法陣が出現、然しこれは階段側のそれとは比較にならない程の大きさであり、其処から現れたのは、

 

 

 

「まさか、ベヒモス、なのか…」

*1
ロシア語で旋風。ロシアのデジニトクマッシ社で開発されたアサルトライフル『SR-3』のコードネームでもある



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9話_ベヒモス

オルクス大迷宮は百階層に及ぶとされているが、現時点での最高到達階層は六十五階層止まり、然もその記録は百年以上も前の冒険者が成し遂げて以来更新できておらず、今では四十階層越えでも超一流扱い、よって百階層ある大迷宮のうち六割以上がほんの一握りの戦士にしか辿り着けない領域、四割近くに至っては存在するのか疑問符すら浮かんでしまう未知の世界なのである。

その要因の一翼、四割近くの階層を未知の世界たらしめる要因を担っているのが、通路側の魔法陣から出現した巨大な魔物、ベヒモスだ。

某日本屈指の人気RPGにおいても強敵として知られる名を冠したその魔物は、直径10m位の魔法陣に見合った巨体、頭部に兜を取り付け、赤黒い光を瞳から放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らし、兜から生えた角から炎を放つ、例えていうなら太古に生息した恐竜トリケラトプスが様々な強化改造を施して蘇った存在といった方が良いか、最高到達階層である六十五階層に住まう魔物として、嘗て『最強』として知られた冒険者ですら歯が立たなかった存在として有名なその姿に呆然と呟くしかないメルドだったが、

 

「グルァァァァァ!」

「くっあの頑丈そうな兜は伊達じゃないって事か!ヴィーフリの弾丸を食らって皮ぐらいしか傷つけられないなんて!香織、作戦変更だ!奴の身体を攻撃してダメージを蓄積させよう!」

「うん、ハジメ君!」

 

響き渡る炸裂音、その発生源である銃撃を食らいながらも健在なベヒモスの苦痛を訴えるかの様な咆哮、その様子を見ての、ハジメの香織への指示で正気に戻った。

ハジメが現在使用しているヴィーフリと、香織が現在使用しているグローサ、そのどちらもロシアで開発された特殊作戦用ライフル向け小銃弾、12.7×55mm弾を模した弾丸を使用している。

この12.7×55mm弾は、サプレッサーによる消音効果を高める為に秒速300m程という音速に届かない弾速となっていながら、防弾チョッキや車両等の遮蔽物すらも貫き、それに守られた標的を狙撃出来る貫通能力を有しており、ハジメが開発した弾丸も同等の性能を有する。

そんな弾丸を以てしても頭部の兜を貫く事はおろか、その内側へ食い込む事すら叶わず、精々表面の皮及び眼等を動かす筋肉を切り裂く事しか出来ない強固さに渋い表情を浮かべるハジメだったが、全く効かない訳じゃないと切り替え、身体を傷つけてダメージを蓄積させ、動きを鈍らせる方針に変更した。

 

「アラン、雫達と一緒に生徒達を先導してトラウムソルジャーを突破しろ!カイル、イヴァン、ベイル、全力で障壁を張れ!ハジメ、香織、お前達はカイル達の後方から弾を叩き込んでくれ!其処からじゃあ危険だ!」

「分かりました!」

「はい!」

「光輝、お前達は早く階段へ向かえ!」

「待って下さい、メルドさん!俺達もやります!あの恐竜みたいな奴が一番ヤバいでしょう!香織達も戦っているんだ、俺達も」

「馬鹿野郎!あれが本当にベヒモスなら、今のお前達で倒せる相手じゃない!奴は六十五階層の魔物、嘗て最強と言われた冒険者をして歯が立たなかった化物だ!ハジメ達の銃撃ですら致命傷を負わせられないのが分からないのか!さっさと行け!俺はお前達を死なせる訳には行かないんだ!」

 

メルドもハジメ達と共にベヒモスを足止めすべく指示を飛ばす、部下達に障壁を張らせ塹壕代わりにし、銃撃を行うハジメ達の安全を確保しつつ退路を開く指示を。

それを聞いた騎士達が各々の準備を進め、ハジメと香織もベヒモスへの銃撃を続けながら後ずさりし、やがてメルド達と合流した。

だが撤退させようとした光輝達、というか光輝は自分達も戦うといって聞かず、メルドの鬼気迫る説得にも「見捨ててなど行けない!」といって踏みとどまってしまう。

ハジメも光輝とメルドのやり取りはしっかり聞こえていて、指示に従わない彼に苛立ちを覚えながらも今はベヒモスへの銃撃で手一杯、其方に対応する余裕はなかった。

そんなハジメを支援せんと、ハイリヒ王国最高戦力である騎士達による全力の多重障壁が展開された。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、此処は聖域なりて、神敵を通さず『聖絶』!」」」

 

------------

 

一方、階段側を任された雫達だったが、此方は順調に撤退への道を切り開いていた。

通路側に出現した魔法陣から現れたのは、三十八階層に住まう魔物であり、六割以上の階層をほんの一握りの冒険者以外通させない障害の一部となっている存在、骸骨戦士という言葉がピッタリなトラウムソルジャーだった。

だが此方は単体ではベヒモスに遠く及ばない、実際雫達の銃撃に対し一撃で倒されているどころか貫通し、後方にいたトラウムソルジャーも巻き込んでいる。

数こそ何百といって良い多さに加えて魔法陣からどんどん援軍が送られて来る状況に当初はパニック状態に陥りかけた他の生徒も、いち早く対処した雫達のおかげか直ぐに落ち着きを取り戻し、合流したアランの指示に従って階段への道を進んでいた。

その先頭でトラウムソルジャーを殲滅する雫は、弾切れになったヴィーフリのマガジンを交換する際、ふと後方で対処しているであろうハジメ達の様子が気になり振り向くと其処には、純白に輝く障壁を盾に自らが対峙する魔物よりも強大な存在を相手取るハジメと香織、その後方でメルドと口論している光輝の姿があった。

まさかこの期に及んで自分も戦う等と寝言を言っているのではないかと頭を抱えたくなった雫は、同じくトラウムソルジャーを殲滅する優花と幸利、そしてクラスメート達を先導するアランを見やり、決断した、してしまった。

 

「清水君、アランさん。此処は任せて貰っても良いかしら?」

「や、八重樫?」

「あ、はい!此処は任せて下さい!」

「なら、優花。ハジメ達の援護に向かうわよ!」

「分かったわ、雫!」

「お、おい2人共!?何をする気だ!?」

 

ベヒモスの相手をするハジメを援護すべく、幸利が制止するのも聞かずに優花と共に向かう雫。

この決断が、思わぬ結果を招くとは気づかずに…

 

------------

 

そのハジメ達は、騎士達が展開した障壁を塹壕に見立てての銃撃をベヒモスに浴びせ続けてはいるが、やはりその生命を脅かせる程のダメージには至らず、痛みで動きを鈍らせるに留まっていた。

現状は障壁が健在なのと、銃撃による苦痛でベヒモスが本来の力を発揮出来ない為に持ちこたえられているが、その障壁も何時までも展開出来る代物ではない以上は油断ならない、折を見て撤退する必要がある。

だと言うのに、

 

「ええい、くそ!そろそろ不味いぞ!光輝、早く撤退しろ!お前達も早く行け!」

「嫌です!香織達が戦っている中で置いていく訳には行きません!絶対、皆で生き残るんです!」

「くっこんな時に我儘を…」

 

メルドの再三の説得にも関わらず天之河は撤退を拒み、彼のパーティも天之河と共に戦うと言わんばかりに撤退しようとしない。

其処へ、

 

「状況に酔ってんじゃないわよこの馬鹿!」

「あがぁ!?」

 

ハジメを援護すべく向かっていた雫が、苛立ちのままに天之河の後頭部を、ヴィーフリの銃床部でぶん殴った。

まさかの事態に驚く面々だったが、雫の「さっさと退け馬鹿共!」という檄に応じて、殴られた衝撃で動けない天之河を連れて撤退した。

 

「雫に優花!?階段の敵はどうしたの!?」

「そっちはもう大丈夫よ、粗方殲滅したわ」

「後は散らばった魔物を各個撃破しながら階段に向かうだけよ」

「そっか、ありがとうね。丁度良かったよ」

 

階段側のトラウムソルジャーに対処していた筈の雫と優花が此処に来たと言う事態に驚きを隠せなかったのはハジメも同じ、まさかそっちをほっぽり出して来てしまったのではないかと一瞬思ったが、2人の説明を受けてそれは杞憂だと分かり、安堵した表情を浮かべる。

 

「皆良くやった!それならもう此処に留まる事は無い!撤退するぞ!」

「メルドさん達は先に行って下さい!まだベヒモスが健在な以上、僕達が銃撃を浴びせて足止めします!行けるね、皆!」

「うん、ハジメ君!」

「勿論、行けるわ!」

「そもそもその為に来たのよ、任せなさい!」

「何!?いや、然し…

分かった。だが油断するなよ!危険だと判断したら急いで撤退するんだぞ!」

 

合流した雫と優花からトラウムソルジャーの殲滅に成功した事を聞いたメルドは、後は撤退するだけと指示を飛ばすが、ハジメ達はベヒモスの足止めをしながら遅れて撤退するとメルドに言いながら銃口をベヒモスに向けた。

その提案に一瞬躊躇したメルドだったが然し、現時点でベヒモスを足止め出来るのはハジメ達が持つグローサとヴィーフリだけ、それによる銃撃を浴びせながら後退した方が安全なのは確かである、そう判断したメルド達は油断しない様忠告しながら一足先に階段へと向かって行った。

その間にもベヒモスに攻撃しながら後退するハジメ達、そして階段側の出口も近くなって来た時だった。

 

「あちっ!?」

「ハジメ君!?」

「「ハジメ!?」」

 

突如としてハジメが立っていた場所に火が舞い上がり、火傷こそしなかったが余りの熱さにハジメは驚き、銃撃を止めてしまい、まさかの事態に同じく驚いた香織達もまた銃撃を止めてしまった。

それがいけなかった。

 

「グルァァァァァ!」

「ま、不味い!」

 

銃撃が止んだ事で、それまでまともな反撃も出来なかったベヒモスが、今までのお返しだと言わんばかりに咆哮を上げながら飛び掛かって来たのだ。

無論それに対処できないハジメ達では無い、ハジメは香織を抱えながら、雫と優花は持ち前の敏捷を活かして咄嗟に飛び退いた事で衝突を避ける事こそ成功したが、

 

「な!?」

「は、橋が!?」

「え、嘘!?」

 

避けた事でベヒモスが橋に激突、その衝撃によって橋の全体が崩落、

 

「うわぁぁぁぁ!?」

「「「きゃぁぁぁぁ!?」」」

 

ベヒモス諸共、ハジメ達は奈落の底へと落ちて行ってしまった…!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10話_愚かな悪意の行く末と、奈落の底

橋の崩壊に巻き込まれる形で奈落へと転落し、自らの攻撃を躱された悔しさも相まって響き渡るベヒモスの叫び声。

 

そして、同じく橋の崩落と共に奈落へと消えて行ったハジメ達。

 

ヤクザをも脅迫する危険児で香織達を毒牙にかけたプレイボーイとしてクラスどころか学校一と言っても過言じゃない程の嫌われ者だったハジメはまだしも、三大女神として男女問わず人気者だった香織達が「死」へと誘う奈落へと吸い込まれるその光景を、信じられないと言いたげな表情で見ているしかなく、それが夢では無く現実だと知った時、誰もが絶望に打ちひしがれた。

天之河ですらも親しい(と思っている)幼馴染である香織と雫が巻き込まれたのもあって悲痛な面持ちで彼女達の名を叫ぶ中、彼らと最も親密な間柄だった為に同じパーティメンバーとなり、昨夜には互いが互いを守ると誓いを立てたばかりの幸利は、

 

「ハジメ?白崎?八重樫?園部?…嘘だ、こんなの、嘘だ…」

 

何処か虚ろな様子で、然しながらその誓いを果たさねばという想いから、ハジメ達を飲み込んだ奈落へと進んでいった。

だが今其処へ行ったらどうなるかは火を見るよりも明らか、そんな自殺行為が看過される筈もない。

 

「行くな、幸利!そっちに行ったら駄目だ!もう1人も死なせる訳には行かないんだ!」

「行かなきゃ、俺がハジメ達を助けに…俺達は、互いが互いを守ると約束したんだ…」

 

騎士団長として、エヒトが召喚した彼らの指導を任されたメルドが、幸利を止めようと動く。

そんなメルドの制止などまるで聞いていないと言わんばかりに奈落へと歩き続ける幸利、だがハジメ達と同じく順調にレベルアップしても魔力関係が大幅に伸びただけで筋力等の身体能力は最低値のままだった幸利を抑え込むのはさして難しい事ではなく、抱え上げられながら尚も奈落へと足を進める素振りを止めない彼に様々な感情が渦巻きながらもそれを堪え、担ぐ形で確保しながら、

 

「今は、生き残る事だけを考えるんだ!撤退するぞ!」

 

香織達の「死」という現実を受け入れられないクラスメート達を叱咤し、階段を上り始める。

それに少しずつではあるがクラスメート達が応ずる中、メルドに担ぎ上げられている形で強制的に帰還への道を進む幸利には、他のクラスメートや騎士団の面々がこの場を離れ、上階へと繋がっているであろう階段を一気に上る光景も、その終点に転移前の部屋と繋がっている魔法陣があり、戻って来た事に安堵するも気を抜いたらそれこそアウトだというメルドの叱責で再び急ぐ光景も、その甲斐あってハジメ達を除けば誰一人欠ける事無くホルアドに帰還して宿へ戻って行く光景も、何処か遠い国で起こっている事を画面越しに見ている様にしか感じなかった。

だがハジメ達が奈落へと転落する前、ハジメが立っていた場所から突如として火が吹き上がってそれに彼が熱がった時に檜山がふと見せた「ざまぁみろ&スカッと爽やかの笑いが出てしょうがねーぜ」と言いたげな歪み切った笑顔だけは、幸利の記憶にしっかりと刻まれた。

 

(そうか、檜山か。アイツが、アイツがハジメを…

アイツの所為で、ハジメは、白崎は、八重樫は、園部は…!)

 

その日を境に幸利も、檜山達とその取り巻きも忽然と姿を消した。

ハジメ達がオルクス大迷宮の奈落に消えたのに続いての失踪に、人間族を救う為(とのこと)エヒトが呼び出した面々によって結成された5つのパーティのうち2つがメンバー全員行方不明になるという形でなくなるという緊急事態に王国は騒然となったのは言うまでも無いが、それはまた別の話。

 

------------

 

「…ん、此処は、一体…」

 

そんな地上の騒動はさておき、奈落へと落ちたハジメ達はどうなったかと言うと、結論から言えば無事に生き長らえた。

ハジメが目覚めたのは迷宮の中で流れる川の岸辺、其処にほぼ無傷で寝転がっていたのだ。

 

「そうだ、確かベヒモスを足止めしていたら炎が舞い上がって、銃撃を止めてしまった事でベヒモスが突進、それによって橋が壊れ落ちて、それで…」

 

生きている事を実感しながら、気絶する前までに、此処に行きつく前に何が起こっていたのかを思い出していたハジメ。

実を言うとハジメ達が、奈落の底へと落ちながらも生存を果たせたのは正に奇跡だった、落下途中の崖に、地下水の流出によって空いた穴が無数あり、其処から滝の如く地下水が噴出、それによって何度も押し出される内に落下の勢いが削がれた事で怪我を負う事無く着陸に成功したのだから。

ただ押し出される際に打ちどころが悪かったのか途中で気絶した為に、ハジメにはその実感が湧かなかったが。

 

「そうだ、香織達は!」

 

だが自らの生存に安堵している暇は無い、自分と一緒に奈落へと落ちて行った香織達はどうなったのかと周囲を見回すハジメだったが、またも不幸中の幸い、自分が転がっていた場所の近くに3人はいた。

 

「良かった、3人共無事か。だけど何時魔物が襲い掛かって来るか分からない。あの場所から更に深い階層へと落ちた以上、魔物の強さもベヒモスをも上回ると仮定して良いと思う。今は安全を確保しよう。『錬成』」

 

4人揃って無事な状況に安心した様子のハジメだったが此処が安全とは限らないと切り替えて壁際へと移動、自らの十八番である魔法の力を行使すべく両手を打ち合わせ(手合詠唱を行い)、壁に向けて錬成を行った。

すると多量の金属が含まれていたであろう岩石で形成された壁が変形、やがてそれは縦2メートル、横3メートル、奥行き4メートル位の洞穴みたいな部屋と化した。

その出来を確認したハジメは其処に香織達を1人ずつお姫様抱っこの形で運び、終えると即座に入口となっていた穴を錬成で変形、換気の為の穴を残して塞ぎ終えた。

 

「さて、状況を整理しよう。此処がオルクス大迷宮のどの階層に位置しているかは分からないが、転移後のあの部屋にベヒモスがいた事からあそこは少なくとも六十五階層辺り、となれば此処はそれ以上に深い階層となる。上へ戻るにしても下へ進むにしても、マッピングされてもいないし、魔物だってあのベヒモス以上の強敵がうようよしている筈。罠にも気を付けなければならない以上、迷宮からの脱出はかなりの長期戦になると思う。日帰りでの訓練の予定だったから食料も無い。脱出するよりも、飢え死にする方が明らかに先だよね、これ…」

 

当面の拠点を確保したハジメは、香織達が目覚める迄に今後の方針を決めようと状況を整理し始めたが、八方塞がりだとの結論に至るのは早かったのは言うまでもない。

今しがたハジメが言った通りこの階層はあのベヒモスが住まう六十五階層よりもかなり深い、よって生息する魔物も相応に強力な存在ばかり、加えてマッピングされていない為に未知のトラップに遭遇する可能性がある以上は慎重な探索をするしかないが、持参した食料など無いのでタイムリミットも限られる。

だったら狩った魔物の肉を食べれば飢えを凌げるんじゃないかと思った人もいるだろうが、ハジメがその発想に至らない理由、それは魔物の肉が人体にとって猛毒である事だ。

魔力を取り込んた事で野生動物が変質した存在である魔物はそれぞれが強力な力を有してはいるが、それを成し遂げているのは体内に有する魔石もそうだが、それを行使するのに特化した特殊な肉体だ。

この特殊な肉体は固有の魔法を行使する為に変質した魔力が循環されていて、それを放出する事によって魔法を行使出来るのだが、その肉を人間が食すとその魔力が暴走して体内の各組織に干渉、内臓やら骨格やらがズタボロにされ死に至ってしまうのである。

限られたタイムリミットでオルクス大迷宮の地下深くから脱出しなければならないという無理難題を強いられる絶望的な状況に愕然としたハジメだったが、運命はまだ、ハジメ達を見捨ててはいなかった。

 

「ん?」

 

水気など無い筈の部屋、その天井から一滴の水滴が落下し、それがハジメの口へと入ったのだ。

すると、部屋を作り出す為に(派生技能のお陰でほんの僅かで済んだとはいえ)魔力を消費した身体に、魔力が満たされた様に感じたのだ。

もしや飢えを凌げる術があるのかと思い、部屋の壁から錬成によって足場を作り出し、その水滴の出処を探るべく錬成で天井に穴を開けていく。

やがて謎の水がポタポタ、からチョロチョロと水流の様に流れ出し、更に掘り進めるとその水源が見つかった。

 

「これってまさか、神結晶?ということはこの水は、神水!?」

 

其処にはバランスボール位のサイズで青白く発光する鉱石――神結晶があった。

神結晶、それは大地に流れる魔力が千年という長い年月を掛けて偶然出来た溜まり場、其処に集まった魔力その物が結晶化した物である。

一般的な物はバスケットボール位のサイズで、結晶化した後更に数百年もの時間を掛けて魔力を溜め込み、内包する魔力が飽和状態になるとそれが液体――神水となって溢れ出すのだ。

この神水を飲んだ者はどんなケガや病をも治るとされ、流石に欠損部位を再生したりする力は無いものの、飲み続ける限りは寿命が尽きない正に不死の霊薬とまで言われ、神代の物語にはこれを手に人々を癒して回るエヒトの姿が語られているそうだ。

ハジメも図書館で読み漁った文献の中に神結晶及び神水に関する記述があった物を読んでいたのでその存在や特徴は知っていたが、まさかそれを、しかも記述にあったそれの数倍ものサイズの物を見つけ出すとは思いも寄らず、驚くと共にその輝きに見惚れていた。

 

「もしや、この神水を使えば、魔物の肉も…!?

いや、試してみる価値も無くは無いけど、流石に香織達を危険な目に遭わせたくは無いし、僕も皆を置き去りにして1人死ぬわけにもいかない、これはあくまで最後の手段だね、うん」

 

その効能を思い出し、もしかしたら食料問題も解決するのでは、と一瞬思ったハジメだったが、流石に毒と分かっていて食らうのは気が引けた。

 

「然し神結晶もそうだけど、此処って激レアな筈の鉱石がわんさかあるなぁ。グローサとヴィーフリのアップグレードに良いかも。敵も強力な奴ばかりなんだし、此処でやって置いた方が良いね」

 

そして、この拠点を含めて迷宮内にはハジメ曰く激レアな、有用な鉱石が沢山存在していた。

ハジメはこれらを基に、自らの技能の限りを尽くして様々な金属素材を生産、それを用いて現在使用している銃器を設計変更したり、新たに開発したりした上で人数分作る事を考え、実行する事にした。

 

「待っていて、トシ、リリィ、愛子。必ず香織達を連れて戻るよ」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11話_豹変(してないじゃんというツッコミは無しで)

「ん?んぅ…此処は…」

「あ、目が覚めた?おはよう」

 

それから暫くして目が覚めた香織達、寝ぼけ眼な彼女達の視界にまず入って来たのは、どうやら無事だったらしい自らの恋人と、自分と同じ人を愛した親友の姿、そして、

 

「な、なにこれ?こんな大量の武器どうしたの?」

「皆が目覚めるまで時間があったから、片っ端から武器の改良を進めていたんだよ」

 

地面に転がる銃火器や水筒らしき入れ物の数々。

そう、香織達が目覚めるまでの間にハジメは武器の改良を人数分終えていた。

まずはメインアームであるヴィーフリ、あらゆる部品をチタン合金製の物に置き換える事で4人の中では最も非力な香織でも問題なく運用出来るまでに軽量化、それ(及び後述する弾丸の高威力化)による反動の増大化に対しては、アメリカのクリスUSA社とピカティニー造兵廠が共同開発した反動吸収システム『クリス・スーパーV』を基にした機構を搭載する事で相殺する様にした。

サブアームであるグローサについても同じく部品をチタン合金製の物に置き換えて軽量化すると共に、グリップ部に滑り止めの溝を刻むチェッカリングを施し、反動によって銃が手から離れるのを阻止出来る様にした。

それらが使用する12.7×55mm弾も、全元素で2番目に比重が大きく(とはいえ一番大きいオスミウムとの差は僅か0.03g/㎤で、そのオスミウムは常温でも酸化しやすい)地球ではプラチナすらも上回る高価な金属であるイリジウムを弾芯に用いた弾丸『ボーク・スミェルチ*1弾』を開発、炸薬も調整する事で音速に今一歩届かない弾速はそのままに威力を増大化した。

尚、迷宮で採掘される鉱石は何も金属を主成分とした物ばかりでは無い、所謂可燃物を主成分とした鉱石である燃焼石もあった。

それまで鉱石を精錬した際に分離した不純物から銃弾用の炸薬を作るしかなかったハジメにとってこれは朗報であり、炸薬だけでなく爆弾等の開発も行えるようになったのである。

其処でハジメは新たにポンプアクション式グレネードランチャー『カスチョール*2』とヴィーフリ用アンダーバレル式グレネードランチャー『アブーフカ*3』を開発、更に様々な手榴弾の量産も行った。

因みに、新たに開発及び改良したのは武器だけではない、先程見つけた神結晶用の保存容器も開発した、と言っても流石にあのバランスボール級のサイズに合わせて作るのは無理があるのでまずは神結晶を人数分に分割して其々バスケットボール程の大きさの物とし、それに合わせた所謂ウォータージャグ型の保存容器『ヴァーダ*4』を作成、これによって無理なく持ち運び出来るサイズとなり、4人の誰かが大ダメージを負ったとしても其々が所有する容器を使って直ぐに回復出来る様になったのである。

ハジメが目覚めて拠点を確保し、香織達と共に避難、神結晶を見つけてから、香織達が目覚めるまでの時間はそれ程無かったにも関わらず此処までの装備を揃えるハジメの錬成師としての手際の良さに3人が驚きの余り言葉も出ない中、

 

「皆。目覚めて直ぐに話すべき事じゃあ無いとは思うけど、今の状況を皆にも知って欲しい。良いかな?」

「わ、分かったわ。と言ってもかなり危険な状況なのはひしひしと感じるけど…」

 

ハジメは現在判明している状況の説明をした。

それを聞いた香織達は揃って今後への不安を、発端であるあのベヒモスがいた空間へ飛ばされる原因となった檜山への恨み言を、ハジメ達の行動を止めさせたあの炎を仕掛けたのは檜山かその取り巻きではという憶測を、幸利の諫言をちゃんと聞き入れていればという後悔を口にしたが、ハジメの「今は生きて地上に帰る事を考えよう。生きて帰って来さえすれば檜山達を問い詰める事も、トシに謝る事も出来る」と諫め、改めて前夜(もう一日過ぎているかも知れないが)に立てた誓いを口にする事で切り替え、此処オルクス大迷宮からの脱出に向けての準備を始めた。

手榴弾を服に括り付け、弾丸を装填したグローサを左のホルスターに、同じく擲弾を装填しポンプアクションで薬室に送り込んだカスチョールを右のホルスターにセットし、ヴィーフリ(香織の物以外はアブーフカを装着、香織の物はフォアグリップを装着)にマガジンを装填しつつコッキングレバーを引いて薬室に弾丸を送り込み、ヴァーダを左手に、ヴィーフリを右腕で担ぐ様に持ち、

 

「皆、進軍を開始するよ。OK?」

「「「OK!」」」

 

デェェェェェェン!というBGMが聞こえて来そうな佇まいでハジメが掛けた問いに、彼を愛する3人の恋人達が快く応じた。

 

------------

 

結論から言うと、ハジメ達が置かれている状況はかなり厳しい物だと改めて思い知らされた。

とは言っても探索の方は順調そのもの、その最中にあのベヒモスとは比べ物にならない強さを有した魔物と遭遇して戦闘せざるを得なくなる場面もありはしたが、改良によって高威力化した銃火器、ハジメの的確な状況判断と指示、そして銃火器だけでは倒しきれないと見るや否や攻撃で怯んだ瞬間に頭上を取って標的の脳内に錬成を行使してズタボロにして絶命させる戦闘センスが功を奏し、傷一つなく切り抜けられはしている。

その探索の末に得られた結果は、此処から更に下の階層へと行き、終点を目指すしかないという事だ。

隅々までこの階層を探しても上の階層へ繋がっているであろう階段らしき物は見つからず(下の階層に繋がっているであろうそれはあったが)、ならばハジメの錬成を用いて其処までの道をこじ開けられないかと試したが、ある程度の高さまで掘り進めた所で全く反応しなくなってしまった事で、上に戻るという選択肢は無いと判明してしまったのだ。

 

「皆。ある程度予想はしていた事だけど、僕達は下の階層を進むしか道は無い様だね。それ即ち、どんどん強くなっていく魔物達が住まう中を切り抜けていかねばならないという事。幾ら神水を使えば傷を瞬時に回復させる事が出来ると言っても、それを使う間もなく死ぬなんてありえる話、慎重に慎重を重ねて進軍しなければならない、となれば脱出には相当な時間が掛かると言っても過言じゃないと僕は思う。であるならば食糧も必要だ。だけどさっき言った通り日帰りでの訓練を予定していたから持ち込みなど無く、現地調達するしかない。そしてこの迷宮で調達出来る食糧は魔物の肉だけ。

 

 

 

覚悟は、良いね?」

「うん。大丈夫だよ、ハジメ君」

「絶対に地上へ戻ると決めたもの、覚悟は出来ているわ、ハジメ」

「調理はアタシに任せて。幾ら腹を満たす為でもただ焼いただけなんて味気ないでしょ?」

 

脱出はかなりの長期に及ぶと判明し、こうなったら魔物の肉を食糧とするしかないと覚悟を決めたハジメ、香織達も同じく腹を括った、と言っても流石にただ焼いただけというのは優花の料理人としてのプライドに関わるらしく(器具の類はハジメが作れるが)調味料等がほぼ無いなりに美味しく作ろうと意気込んでいたが。

 

「それじゃあ」

「「「「いただきます」」」」

 

優花の手によって血抜き等の下処理が施され、こんがりと焼かれた魔物の肉を手に取り、リーダーであるハジメの号令と共に食べ始める4人。

まず食べるのは、二本の尻尾、目元には赤い線が入った大型犬位の大きさで、電撃を放つ固有魔法を有した狼らしき魔物、奈落で遭遇した中では最も弱いと思われる(あくまで此処において)魔物の肉だ。

 

「うん、あんまり美味しくないね」

「筋っぽくて、脂ぎっていて…

猛毒だとか以前に味が宜しくない。実際に食べた人は僕達みたいな状況だったのかもね」

「確かにそうね、こんなの毒が入っていなくても食べたいとは思わないわ」

「しっかり下処理して尚こんなのだから、ただ焼いただけならどんだけ酷い味だったんだか」

 

その何とも表現しがたい、ぶっちゃけ言えば不味い肉の味をボロクソに罵倒しながらも、贅沢は言っていられないと食べ進めるハジメ達、やがて最初の一品を食べ終え、保険である神水を摂取した頃、彼らの身体に異変が起こった。

 

「あ、が、あぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「う、あ、か、身体がぁぁぁ!?」

「い、ぎ、いったぁぁぁぁぁ!?」

「な、なに、がぁぁぁぁぁぁ!?」

 

突如として全身に襲い掛かる激しい痛み、それはまるで身体の内側から何かが侵蝕して来るかの様な物であり、時間が立てば立つほど激しくなっていった。

 

「し、神水は飲んだ、筈なのに、なんで、痛みが、治まらないの…!?」

「こ、こいつは、スリップダメージか…!」

「す、スリップダメージ…!?」

「RPGとかで、毒を貰った時とかに、少しずつ、体力が減って行く、状態の事だよ、きっと、魔物の肉に、含まれる、変質した魔力が、消化し終わるまで、僕達の身体を、むしばみ続け、それを神水が、治し続ける、一種のループ状態に、入ったんだ…!」

「そ、そんな、じゃあ痛みが治まるまで、我慢するしか無いって事なの…!?」

 

あらゆる傷を治すとされる神水を飲んだにも関わらず激しい痛みが襲い掛かる事に皆揃って戸惑いを隠せない中、その原因に思い当たったのか痛みに襲われながらも自らの推察を話すハジメ、それはある意味で正しかったが解決策がある訳ではない以上、優花が言う通り痛みが治まるまで耐え忍ぶしかない。

神水の治癒効果による影響で気絶という逃げ道すらも塞がれ、地面をのたうち回りながら終わりの見えない地獄に耐え忍ぶこと数分、ハジメ達の身体に変化が現れた。

まずは髪の毛、耐えられる限界などとっくに超えた痛みによるストレスか、或いは魔物の肉に含まれる変質した魔力の影響かは不明だが色素がどんどん抜けていき、黒々としていたハジメ、香織、雫の髪は灰を通り越してほぼ白っぽくなり(プラチナブロンドと言えなくもない香織等、個人差はあるが)、ギャルと誤解される要因の一つであった優花の茶髪は淡い色合いのピンク髪と化した。

次に其々の体つきも変化した。

ハジメは元々鍛えていたのもあって細マッチョと言える体つきだったのが、筋肉と骨格が濃密化・肥大化した事でより筋肉質な体つきになっていた、まるでフィジーク選手(フィジーカー)の如く。

香織と優花は胸等の出る所は出て、ウェスト等の引き締まる所は引き締まる、女性としてより魅力的な体つきに変化していた。

雫はハジメの様に筋肉と骨格の発達、香織達の様に女性として魅力的な部分の発達、その両方の変化が成された。

そして4人に共通する変化として、魔物にもあった赤黒い線が複数、体表に組み込まれた回路か、或いは移植された血管組織か、赤黒く脈動するという点を踏まえると何かしらのエネルギーを循環させるかの様なラインが胴体や手足の隅々まで走って行った。

痛みの余り絶叫をあげ、人の身から魔物の如き身へと変貌を遂げる様はまるで転生の如く、その生誕の儀は魔物の肉を消化し終わるまで続いた。

*1
ロシア語で死神

*2
ロシア語で焚火。ロシアのアンダーバレル式グレネードランチャー『GP-25』のコードネームでもある

*3
ロシア語で履物。ロシアのアンダーバレル式グレネードランチャー『GP-30』のコードネームでもある

*4
ロシア語で水



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12話_強化人間誕生

時間にして数分、然し当事者であるハジメ達にとっては何時間にも感じられた生誕の儀とも言うべき現象、それが終わりを迎えたのか痛みを訴える叫び声も治まり、動かなくなった4人だったが、やがて僅かに身動ぎをし、閉じられていた目も朧気ながら開き、手を握ったり開いたりしてその感覚がある事で自分が生きているのを実感しながら、ゆっくりと起き上がった。

 

「皆、大丈夫?立てる?」

「う、うん、ハジメ君」

「何とかね。何だか別の意味で疲れたわ」

「仕方なかったとはいえ、とんだ災難だったわね」

 

いち早く起き上がったハジメの呼びかけに応じ、色々と言いながら立ち上がった香織達だったが、

 

「「「「…あれ?」」」」

 

ついさっきまでとは色んな意味で違う姿と化した他の3人の姿に驚愕した。

 

「何で優花だけピンク髪なの?」

「桜餅の食べ過ぎじゃない?」

「まさか優花ちゃん、性欲を持て余した影響で…?」

「いや何処ぞの恋柱でも無ければ淫乱でも無いわよ!」

 

まず目についたのは一行の中で唯一白髪ではなかった(と言っても十分白っぽいが)優花の髪色について。

彼女の名誉の為に言って置くが特別性欲を持て余していた訳でも桜餅を食べ過ぎた訳でも無い、ただ元の髪色が茶髪だった為に比較的多かった赤系統の色素が残っただけである。

 

「3人とも、其処まで胸大きかったっけ?」

「そうだね、ちょっと胸の方がキツいかな」

「私なんて服が胸に引っ張られちゃってちょっと息苦しいわね」

「そういうハジメは、というか雫も随分と筋肉質になったわね」

 

次に其々の体形の変化について、流石に服を脱いでいる訳でも服がズタボロな訳でも無いので、服の上からでも分かる様な変化だけを指摘し合っているが、殊に雫は、胸が大きくなり過ぎた影響で服が引っ張られた事で露わになった彼女の腹部に見事なシックスパックが形成され、某日本で最も売れているRPGシリーズに登場する格闘家ヒロインみたいな姿になっていた。

 

「身体が変化した影響もあるのかな、どうも身体が軽い、力も漲って来る感じだよ」

「うん、今なら重たかったヴィーフリも軽々持てそう」

「魔物みたいなラインが走っているのも何か関係あるんじゃ…」

「ステータスプレートを確認したら何か分かるかしら?」

 

そして外見の変化に伴ってか新たなる力も得られた様で、ハジメが言っていた様に身体が軽く、力が全身に漲っている感覚があるのだ。

一体自分達の身に何が起こっているのか、雫の提案を受けてステータスプレートを確認したが、

 

======================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:10 天職:錬成師

筋力:500

体力:2000

耐性:250

敏捷:1000

魔力:400

魔耐:300

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+鉱物系探査][+鉱物融合][+精密錬成][+複製錬成][+圧縮錬成][+高速錬成][+イメージ補強力上昇][+消費魔力減少][+手合詠唱]・精錬[+特定抽出]・狙撃・乱撃[+弾幕形成]・縮地・先読・隠業・短剣術[+斬撃速度上昇]・格闘術・新型(ニュータイプ)[+領域覚醒(Xラウンダー)]・魔力操作・纏雷・胃酸強化・言語理解

======================

 

======================

白崎香織 17歳 女 レベル:10 天職:治癒師

筋力:250

体力:500

耐性:300

敏捷:400

魔力:2000

魔耐:1000

技能:回復魔法・光魔法適性[+圧縮発動][+放射発動]・高速魔力回復・省略詠唱・全属性耐性・先読・気配感知・魔力感知・■■・魔力操作・纏雷・胃酸強化・言語理解

======================

 

======================

八重樫雫 17歳 女 レベル:10 天職:剣士

筋力:1000

体力:500

耐性:400

敏捷:2000

魔力:250

魔耐:300

技能:剣術[+斬撃速度上昇]・縮地・剛力[+手振補正]・先読・心眼・隠業・気配感知・■■・魔力操作・纏雷・胃酸強化・言語理解

======================

 

======================

園部優花 17歳 女 レベル:10 天職:投擲師

筋力:300

体力:1000

耐性:400

敏捷:2000

魔力:500

魔耐:250

技能:投擲・短剣術[+斬撃速度上昇]・狙撃・乱撃[+弾幕形成]・心眼・先読・炎魔法適性・気配感知・■■・魔力操作・纏雷・胃酸強化・言語理解

======================

 

「「「「なんでやねん…」」」」

 

その意味不明と言うしかない変化にハジメは勿論、香織達ですら関西弁でツッコミを入れていた。

 

「ステータスが爆上がりしているのもそうだけど、技能まで追加されている…」

「技能って生まれ持ったものしか使えない筈だよね、何で後天的に追加されているの…?」

「それにアタシたちの技能欄にある■■って何なのよ、何で伏せ字?」

「まあ、其処は今考えても仕方ないわね、一先ず分かっている所から確認しましょう」

 

ステータスが急上昇したのもそうだが、派生では無い技能まで追加されている事にツッコミが入ったのは致し方ないだろう、技能は先天的な物じゃ無かったのか、派生技能以外で新たに追加される事は無いんじゃあなかったのか。

然もハジメ以外の3人は伏せ字になっている技能まである等、もう訳が分からない。

しかし其処を追及してもステータスプレートが答えてくれるとは思えない、とりあえず判明している技能について調べる事にした。

 

「魔力操作って読んで字の如く、魔力を直接操作出来る技能って所かな?」

「それ正に魔物じゃない、そんな事可能なの?」

「ひょっとしたら、身体に漲って来るこの感覚は魔力が関わっているんじゃないかしら」

「なら、試してみるね」

 

まずは魔力操作、話し合った末ハジメが、直接的には殺傷力の無い錬成で試してみる事となった。

身体全体に漲って来るような感覚を、右手に嵌めているグローブに刻まれた錬成の魔法陣に集めるイメージを思い描くと、何処かぎこちないながらもその感覚が、魔力が移動を開始し、イメージ通りグローブへと移動、

 

「錬成」

 

その一言と共に、手にしていたイリジウムの塊が変形、やがてそれは何発かのボーク・スミェルチ弾の弾芯と化した。

 

「本当に出来たよ、本当に…」

「詠唱いらずって事かしら?やっぱり魔物の肉を食した事でその特性を手に入れたって事かしらね…」

「凄いわね、ならアタシの炎魔法もタイムラグ無しで行けるって事ね、汚物は消毒だァ!って感じで」

「優花ちゃん、世紀末を闊歩するヒャッハーな人じゃないんだから…」

 

その異常性と有効性を踏まえて優花がぶっ飛んだ発言をする場面もあったが一旦置いて、次は纏雷だ。

 

「これはあの狼が使っていた固有魔法みたいだね」

「纏雷、電気を身に纏う感じかな?」

「いまいちピンと来ないわね、トリセツか何か無いの?」

「魔物は詠唱や魔法陣を使わないから、やっぱりイメージするのが大事なのかしらね」

 

その技能がどんなものか、どう使えば良いのか等と疑問は尽きなかったが、此方も一先ず試してみる事にした。

左手にバチバチと弾ける静電気をイメージしながら魔力を其処へと流し込む、するとその想像通り、ハジメの指からは緑の、香織の指からは青い、雫の指からは藍色の、そして優花の指からはマゼンタカラーの電気がバチバチと放出された。

 

「やった、出来たよ!」

「何だか綺麗ね…」

「アタシこれでも淫乱ピンク扱い?」

「これは良い、早速これを活かした兵器のアイデアが出て来たよ」

 

それに対して様々な感想が出たがこれまた一旦置いて、最後に胃酸強化だが、

 

「折角だから、まだ食べていないウサギ肉とかで試してみない?」

 

というハジメの提案で、調理済みだがまだ食べていない他の魔物の肉で試してみる事に。

 

「地球のウサギって確かヨーロッパで食べられているよね、ラパンだっけ?」

「ラパンは飼われているウサギの事、野ウサギはリエーブルって言うの。リエーブルはジビエの中でもクセが強いのよ。こっちのウサギも似た様な感じね」

「そうだね優花ちゃん、何だか口の中で血生臭さが…」

「まあ魔物を飼育するなんてそれこそ魔人族じゃないとほぼしないでしょうけどね…」

 

こうして次に食したのは、真っ赤な眼の周囲に黒い線が入った中型犬位の大きさで、空中を駆け抜けると思われる固有魔法を有したウサギらしき魔物の肉、優花の丁寧な下処理もあって先程食べた、ただ不味いだけの狼の肉よりはマシな、それこそ人によっては「いっぱいちゅき」と言える味わいだった。

その味わいに色々言いながらも食べつくし、念のために飲み水代わりの神水も飲んで数分待ったが、先程の様な激痛はおろか、何かしらの反応もなかった。

 

「何も起こらないね、ひょっとして魔物が持っている魔力に対する耐性が付く技能なのかな?」

「みたいだね、良かったぁ」

「そうね、幾ら必要な事とはいえ、食べる度に激痛に襲われたらたまったものじゃないわ」

「もうあんな地獄はごめんよ、本当に」

 

覚悟を決めた上で食したが、先程とはうって変わって何も起きなかった事に安堵したハジメ達は調子に乗り、この階層では最も強い、白い毛皮で覆われた2メートル位の巨躯、その足元までという驚異的な長さの腕から生えた爪から衝撃波を放つ固有魔法を有した熊らしき魔物の肉を食したが、

 

「…何でこうなるの」

「…とんだ災難だったわ」

「…強化された胃酸、仕事しなさいよ」

「…どうやら、今まで取り込んだ魔物の強さで、技能の強弱が決まるみたいだね」

 

最初の時とは明らかに軽いとはいえ決して無視できない痛みに襲われ、慌てて神水を飲む羽目になったのは余談である。

何はともあれ、3種類の魔物の肉を食したハジメ達のステータスは以下の通りとなった。

 

======================

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:?? 天職:錬成師

筋力:2000

体力:10000

耐性:1000

敏捷:5000

魔力:2000

魔耐:1000

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+鉱物系探査][+鉱物融合][+精密錬成][+複製錬成][+圧縮錬成][+高速錬成][+イメージ補強力上昇][+消費魔力減少][+手合詠唱]・精錬[+特定抽出]・狙撃・乱撃[+弾幕形成]・縮地[+天歩][+空力]・先読・隠業・短剣術[+斬撃速度上昇]・格闘術・新型(ニュータイプ)[+領域覚醒(Xラウンダー)]・魔力操作・纏雷・風爪・胃酸強化・言語理解

======================

 

======================

白崎香織 17歳 女 レベル:?? 天職:治癒師

筋力:1000

体力:2000

耐性:1000

敏捷:2000

魔力:10000

魔耐:5000

技能:回復魔法・光魔法適性[+圧縮発動][+放射発動]・高速魔力回復・省略詠唱・全属性耐性・先読・気配感知・魔力感知・■■・魔力操作・纏雷・天歩[+空力]・風爪・胃酸強化・言語理解

======================

 

======================

八重樫雫 17歳 女 レベル:?? 天職:剣士

筋力:5000

体力:2000

耐性:2000

敏捷:10000

魔力:1000

魔耐:1000

技能:剣術[+斬撃速度上昇]・縮地[+天歩][+空力]・剛力[+手振補正]・先読・心眼・隠業・気配感知・■■・魔力操作・纏雷・風爪・胃酸強化・言語理解

======================

 

======================

園部優花 17歳 女 レベル:?? 天職:投擲師

筋力:2000

体力:5000

耐性:2000

敏捷:5000

魔力:5000

魔耐:2000

技能:投擲・短剣術[+斬撃速度上昇]・狙撃・乱撃[+弾幕形成]・心眼・先読・炎魔法適性・気配感知・■■・魔力操作・纏雷・天歩[+縮地][+空力]・風爪・胃酸強化・言語理解

======================



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13話_奈落の底の封印部屋

オルクス大迷宮を下へ下へと進んで行く決意を固め、腹ごしらえに魔物の肉を食した事で思わぬ強化を遂げたハジメ達の探索はそれからどうなったかと言うと、正直順調過ぎる位に順調に進んでいた。

この快進撃が成し遂げられたのには3つの理由がある。

1つ目は、魔物の肉を食した事を切っ掛けに発現した、ハジメの技能『新型』に関する派生技能だ。

Xラウンダー、機動戦士ガンダムAGEの作中にて提唱された、人の脳で通常は使われない領域『X領域』の力を使える人間を指す言葉であり、近未来に起こる事が見えたり反射速度が向上したり、様々な超常の力を使える様になる。

ハジメはこれによって周囲の状況を捉え、数秒先までの未来が見える様になった為、迫り来る危険を予め見て周囲に指示を飛ばしたうえで対処出来る力を得たのだ。

2つ目は、其々の魔物が有していた固有魔法に起因する、新たに発現した技能の数々だ。

特に有用だったのが熊みたいな魔物の肉を食した事で発現した技能『風爪』だ。

元の持ち主と同様、攻撃に風を纏わせる事で切れ味を増したり遠くへと飛ばしたりといった事が出来るこの技能によって、銃火器等が使えない状況下でも充分に戦える力を得たのだ。

そして3つ目は、纏雷を得た事に伴ってハジメが改造した銃火器だ。

纏雷によって強大な電力を発する事が出来ると判明して直ぐ、既存の兵器を強化する機構のアイデアが浮かんだハジメは早速、ヴィーフリを始めとした銃火器の改造を施した。

その改造というのが、物体を電磁誘導によって加速させて射出する装置を導入する事、つまりレールガン化だ。

グリップを起点に銃身の上下部まで銀製のレールを設け、其処に纏雷によって発せられた電気を流す事で銃身内にローレンツ力が発生、それを受けた弾丸が一気に加速される事で威力が強大化し、ヴィーフリで発射した際の最大威力はなんと改造前の数百倍、射程も推定数十km(向こう側の壁に着弾した為計測不能)に及ぶ物となったのである、それ程の銃弾を食らって生きていられる魔物もそうはいまい。

ただ其処までの威力となると反動も相応の物となり、元から銃の扱いに長けていた為に反動を上手く逃がせるハジメか、筋力の高さと技能によって反動を無理矢理抑え込める雫くらいしか扱えないじゃじゃ馬と化してしまう(一方で両者共に魔力が比較的低い為、其処までの攻撃は多用出来ない)為、放出する電気の強さは各自で調整する事となったが。

こうした理由が、奈落へと落ちてから2週間も経たない内に五十階層も下るという超ハイペースでの探索を実現したのである。

 

------------

 

さて、奈落へと落ちてから五十階層という区切りと言って良いフロアへと辿り着いたハジメ達だったが、それに相応しい展開と言えば良いのか、明らかに異質な場所を発見したのである。

脇道の突き当りにある空けたその場所には高さ3m位の装飾された両開きの扉があり、脇には2体の一つ目巨人(サイクロプス)と思しき彫刻が、半分壁に埋め込まれているかの様に鎮座していたのだ。

その空間から発せられる異様な雰囲気、踏み入れた瞬間に走った悪寒から今までとは明らかに違う脅威を感じたハジメ達だったが、今まで真っ暗闇だったりタール塗れだったり密林だったりとフィールドの変化こそあっても、やる事と言えば魔物を倒してその肉を食べて探索しての繰り返しでしかなかった大迷宮において漸く現れた明確な変化である、調べないという選択肢は無かった。

装備している銃器の残弾数と、身に着けている手榴弾等の確認を終えたハジメ達は改めて覚悟を決めた

 

「この彫刻、如何にも怪しいね。扉に何か仕掛けたら動きだす、なんてベタな物だったりして。よし、香織と優花は彫刻の、雫は後方の警戒をお願い」

「了解だよ、ハジメ君!」

「任せなさい、ハジメ!」

「分かったわ、ハジメ。でもその発言はフラグじゃないかしら…?」

 

其々所定の位置につき、警戒を怠る事無く状況の推移を見守る香織達を背に、ハジメは油断なく歩みを進め、扉を調べ始めた。

 

「ん?分からないなぁ、こんな式。勉強を重ねたつもりだったけど、文献にも乗らない程旧式の物って事かな?」

 

中央には2つの、何かを嵌める為の物らしい窪みがあり、それを中心に魔法陣が描かれていたが、その術式はハジメには読み取れない物だった。

王都での訓練中は座学に重きを置いていたハジメ、その中にはこういった術式に関する物も少なくなく、今となっては粗方暗記したと自負していた彼だったが、そんな彼にも分からない、いや知らない程古い物なのかと推測しながら調べたが、新たな事実が分かるという事は特に無かった。

 

「正規の方法が分からない以上、此処は錬成で強行突破しますか」

 

2つの窪みに何かを嵌めればもしかしたら何かしらの仕掛けが作動するかも知れないと当たりを付けはしたが、その『何か』を持っていない以上は正規の手段では開けられない、ならば強行突破だと言わんばかりにハジメは右手に魔力を流し込み、扉に触れながら錬成を開始したが、

 

「あいたっ!?」

「ハジメ君!?」

「「ハジメ!?」」

「皆、警戒を緩めないで!」

 

その瞬間、扉から紅い電流が放たれ、ハジメの右手を弾き飛ばした。

その強烈な拒絶反応によって手に火傷を負ったハジメを心配してか香織達が彼の方を向くも、ハジメは神水を飲みながら警戒を止めない様声を飛ばす。

 

『オォォォォォォォォォ!』

 

すると突如として野太い雄叫びが部屋全体に響き割った。

それに反応して素早く飛び退いて扉から距離を取ったハジメを他所に、その声の主――2体の彫刻である筈の巨人が周囲の壁をばらばらと砕きながら立ち上がろうとしていた、ご丁寧に壁と同化していた灰色の肌は暗い緑色に変色している。

 

「本当に動いたね、なんてベタな…」

「香織、ならそのベタをひっくり返してやろうじゃない。今なら隙だらけよ」

「そうだね、優花ちゃん」

 

その光景を目の当たりにした香織が苦笑いしながら呟いた所に、片方の巨人にヴィーフリの銃口を向けている優花が今にも引き金を引きそうな構えをしながらそう声を掛けたのを受け、2人は一緒に銃撃した。

 

「…まあ、空気を読んで待っている訳にも行かないわよね」

 

目覚めたばかりで態勢も整っていない隙を突いての、明らかに弱点だと分かる一つ目を狙っての銃撃、放たれたボーク・スミェルチ弾を食らった2体の巨人は案の定と言うべきか狙われた一つ目を貫かれ、脳をグチャグチャにミキシングされた上で後頭部に風穴を開けられる、という一連の流れの中で即死、ビクビクと痙攣しながら前のめりに倒れる、という色んな意味で酷い光景を後方で見ていた雫が頭を抱えながらそう呟いていた。

恐らくは扉の向こうにある何かを守るガーディアンとして配置されたのだろう、奈落の底の更に奥深くという訪れる者など皆無な所に長い間待機させられて漸く来た役目を果たす時、さあやるぞという決意と共に動き出した瞬間に頭が吹っ飛ばされてこの世からさよならバイバイ、と哀れと言わずして何と言えば良いのかと嘆きたくなる巨人の末路には、雫も同情を禁じえなかった。

 

「さて。扉に何か仕掛けたら動き出した、というベタな展開で目覚めたコイツら、扉にあった窪みと同じ数存在する事を踏まえると、もしかしたらあの扉を開ける『何か』を持っているかも知れない。解体して見るね。優花は何時も通り肉の下処理をお願い」

「分かったわ、ハジメ。さてこの魔物にはどんな力があるのかしら」

 

とは言えいつまでも振り返ってはいられない、風爪を用いて巨人の解体を行ったハジメは、とりわけた肉を優花に渡しながら進めていき、やがて拳大の、血にまみれた魔石を取り出した。

流石にへばり付いた血で滑って嵌りませんでした、なんて間抜けな事になってはいけないと、別の階層で採取した地下水を用いて洗い、ピカピカにした魔石2つを手に、再び扉の前へと赴き、窪みに嵌めた。

案の定と言うべきか2つの魔石はぴったりと嵌り、直後に赤黒い魔力光が迸り、扉に描かれた魔法陣へ魔力が注ぎ込まれて行き、そしてパキャンという何かが割れる様な音と共にそれは収まった。

とは言えそれで扉に起こった変化はおしまいかと言えばそうではなく、部屋全体に魔力が行き渡ったのか周囲の壁が発光し、まるで地上にいるかの様な明かりに満たされたのである。

今まで暗かったのがいきなり地上の如き明るさとなった事で眩しそうにしながらも、ハジメ達は警戒しながら扉を開いた。

その先は閉じ切られていた為か光一つない真っ暗闇の大きな空間だったが、手前の部屋の明かりに照らされた事でその全容が明らかになった。

其処は、聖教教会の大で見た大聖堂の如き艶やかな石造り、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた、正に神殿と言うべき場所であった。

その中央付近には巨大な立方体の石らしき物が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っているが、良く見ると中から光るものが前面の中央辺りから生えていた。

それに気づいたハジメ達が近くで確認をしようと扉を大きく開け固定しようとする、光源を確保する為と、ホラー映画みたく入った瞬間に閉められたら色々とヤバい為だ。

が、

 

「…だれ?」

 

扉を開き切る前に、立方体の方から女の子の声が聞こえた。

そう、生えていたのは人だった。

頭だけが立方体から出ており、長い金髪が某ホラー映画において呪われたビデオから出現する女幽霊の如く垂れ下がっており、髪の隙間からは夕方の月を思わせる赤い眼が覗いている。

歳は12、3くらいか、拘束期間の長さからかやつれている様で、垂れ下がった髪で分かりづらいが香織達にも引けを取らない整った容姿をしている。

 

「女の子?君は一体」

「「「すみません、間違えました」」」

「いや何でやねん!?何で見ちゃあかんモン見てもうた的な感じで閉めるん!?」

 

その声に振り向いたハジメが、声の主である少女に気付いて何事かを聞こうとしたが、香織達は触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに扉を閉め、部屋を出ようとし、ハジメがそれを何時もの如く関西弁でツッコんだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14話_封印部屋の吸血姫

「女の子?君は一体」

「「「すみません、間違えました」」」

「いや何でやねん!?何で見ちゃあかんモン見てもうた的な感じで閉めるん!?」

 

そう言って部屋を出るべく扉を閉めようとした香織達だったが、それに慌てたハジメが関西弁でツッコミを入れながら、香織と優花が閉めている側の扉を力ずくで押し留めた。

余談だが香織達のまさかの行動に、封印されていた少女も思わず引き留めようとしたが、ハジメが残る気満々で香織達を引き留めていた姿を見て僅かながら希望はあると安堵していたとか。

 

「だってこんな奈落の底から更に奥深くの場所に、厳重に封印されているんだよ、明らかにヤバいよ」

「それにこの部屋を見回した感じ、あの子が封印されている奴以外何も無さそうよ。脱出には役立ちそうにないんじゃない?」

「いや確かにそうだけどさ、せめてあの子の話くらいは聞いてあげても良いんじゃないかな?あの子からは敵意らしき物は感じられないと僕のX領域も囁いている、彼女から何かしら聞いて、それから判断しても遅くは無いよ」

「だけど…

はぁ、分かったわ。この迷宮自体が危険の宝庫、今更ね」

 

ハジメが必死こいて扉を押し留めるので香織達も扉を閉める作業を止め、作戦タイムとばかりに4人で話し合った結果、パーティのリーダーと言って良いハジメの提案が採用される事となった。

 

「君には色々聞かなきゃいけない事があるけど、まずは何故此処にそんな状態でいるか、それを聞かせてくれないかな?」

「私、先祖返りの吸血鬼、凄い力持ってる、だから国の皆の為に頑張った…

でもある日、家臣の皆、お前はもう必要ないって、おじ様、これからは自分が王だって、私、それでも良かった、でも私、凄い力あるから危険だって、殺せないから、封印するって、それで此処に…」

「家臣の為って、君は何処かの国の王族だったんだ。でも殺せないってどういう事?」

「勝手に治る。怪我しても直ぐに治る。首落とされてもその内に治る…」

「そ、それは凄まじいね。凄い力ってその事?」

「これもだけど、魔力、直接操れる、陣もいらない…」

(彼女の言っている事柄が本当なら、確かに野放しにする訳には行かなかったからというのは分かる。だけど彼女の叔父は本当に危険だからという理由だけで此処に封印したのかな?危険だからってだけで封印するならその上で地下深くに埋めれば済む話だ、こんな豪奢で、衛生的で、何かあると言わんばかりの雰囲気全開な部屋を建てる必要なんて無い。彼女も知らない真意があって、封印したのかも知れないね…)

 

少女をどうするかを決めるべく、彼女から事情を聞くハジメ、彼女曰く自らを捕える『封印』を施された切っ掛けである彼女の凄まじい力(本人談)に驚いたハジメだったが、同時に彼女を封印したという叔父の行動に疑問を抱いた。

ハジメが思う通り危険だからというのが封印する理由であれば、封印した彼女を地下深くへ生き埋めにしてしまえば済む話である、そうすれば仮にその封印を解く力の持ち主が現れたとしても彼女とその存在が出会う確率はぐっと低くなり、それ即ち彼女が解放されて再び自らの立場を脅かす可能性も減るという事である。

だが実際の措置は封印した彼女を豪奢にして衛生的、明らかに何かある雰囲気を発する部屋に幽閉した、ご丁寧にあの2体の巨人を門番みたく配置して。

幾ら余程の強者でもない限り辿り着けないであろうオルクス大迷宮の奈落、その更に奥深くであっても、如何にも見つけて下さいと言わんばかりの無駄に豪華な措置を、危険だからという理由だけで行うだろうか、これは寧ろ「この地へと辿り着き、門番共を蹴散らし、封印を解いた者にこそ彼女は相応しい。彼女が欲しくば数々の困難を乗り越えて見せよ!」という意図があったんじゃないかと考える方が自然だ。

 

「たすけて…」

 

とはいえ少女の叔父が本当はどんな意図で封印を施し、この部屋に幽閉したかなど、口ぶりからして彼女は知る由もない様子、折角やって来た現状を抜け出す機会をどうにか手にしようと懇願する。

その如何にも必死な表情を見たハジメは、決意を固めた。

 

「あっ」

「あの子を助けるって訳ね、全くお人よしなんだから。彼女の言っている事全てが本当の事だとは限らないのに」

「でも雫、あれこそがハジメじゃないの。私達が好きになったハジメは、ああいう奴でしょ?」

「優花ちゃんの言う通りだよ、雫ちゃん。様々な理不尽に直面しても、ハジメ君はハジメ君であり続けた。ハジメ君は、私達の恋人は、優しくも勇敢で、冷静沈着だけど熱い意志を持った、心の強い人だよ」

「確かにそうね。改めて惚れ直しちゃったわ」

 

少女を封印している立方体に手を置いたハジメの姿に、彼がどうする積りなのか気付いた4人を他所に、ハジメは右手に魔力を流し込み、錬成を開始した。

その手から纏雷を試した時の様に緑色の電流らしき魔力が迸り、立方体に迫るが、まるで迷宮の上下に存在する岩盤の如く、それに抵抗するかの如く弾こうとする。

が、

 

(何だ!?未来が『同時に沢山』見える!?分割思考か!?錬金術師は錬金術師でも、アトラスの錬金術師にでもなったのか僕は!?でもこれなら行ける、此処だ!)

「無駄な抵抗は止せ!僕には通じない!」

 

それを予めX領域の力を活かして見ていたハジメ、然もその際に不思議な事が起こった。

何と複数パターンの未来を映した様々なイメージが、同時に浮かんだのである。

まさかの展開に驚くも、それによって対処方法を見つけ出したハジメはそれを基に魔力を放出、イメージを基に封印の『綻び』に近い部分から錬成を行った。

するとイメージ通り、抵抗を物ともせずにハジメの魔力が立方体へと迫り、程なくしてカビの如く侵食して行き、それを食らった部分からドロリと溶け出すかの様に流れ落ちた。

少女を捕えていた枷が少しずつ解かれて行くと、まずは見た目の割には育っている胸部、次いで腰、両腕、太腿といった感じで一糸纏わぬ彼女のやせ衰えた裸体が露わになったが、数秒後の未来を見ていた為に少女が素っ裸である事を知ったハジメが彼女の素肌が露わになる前に立方体から視線を逸らしたのは余談である。

やがて多少の抵抗に伴う疲れこそあったものの特に何の滞りも無く封印は完全になくなり、少女の身体は全て解き放たれ、立ち上がる力が無いのかぺたりと女の子座りで座り込んだ。

 

「…ありがとう」

 

少女を解放した後、そっぽを向きながら神水を飲んでいたハジメだったがふと右足に何か巻き付いた様に感じ、その方へ向くとその正体は少女の身、彼の右足に抱き着きながら上目遣いで、震える声で小さくもはっきりとお礼を告げていた。

 

「礼には及ばないよ、僕が助けたいと思ったから助けただけだし。それより、さ」

 

そのお礼に対する照れか、それとも相変わらず全裸な彼女の姿を見ての気恥ずかしさか、顔を赤く染めながらそう返した。

ハジメとしては己が意の儘に行動しただけの積りだが少女にとってそれがどれだけ心強かったか、何せ封印を施された上でこの真っ暗闇だった部屋に、話からして彼女の種族と思われる吸血鬼族は数百年前に滅んだと文献にあったのだから大体それ程の長い期間幽閉されていたのだ、それも(叔父本人の真意は兎も角として)信頼していたであろう叔父に裏切られ、不死身の力の所為か命を絶つ事も発狂する事も許される事も無く。

それから漸く解放された少女の心情はいかばかりかと考えようとしたハジメだったが、彼女が全裸のままである事に気付いて、慌てて着用していた外套を脱いだ。

そんなハジメの様子に不思議そうな顔をした少女に、脱ぎたての外套を差し出しながらハジメは言った。

 

「と、とりあえずこれ着てよ。流石に素っ裸だと目を合わせられないし」

 

そう言われ、差し出された外套を反射的に受け取りながら自分を見下ろす少女、物凄く長い間封印されていた為に其処まで意識がいかなかったのか、今更ながら自分がすっぽんぽんで、大事な所とかが丸見えになっていたのに気づき、顔を真っ赤にしながらぽつりと呟いた。

 

「…エッチ」

「何でやねん、不可抗力やがな…」

 

Xラウンダーによる近未来視でも、肉眼による実像でも見てしまったのは確かである為、何を言おうと墓穴を掘りそうだったが、それでも思わずツッコまずにはいられなかったハジメを他所に、少女はいそいそと外套を羽織っていた、推定140cm位と小柄な少女には、173cmのハジメが着ていた外套は大きすぎる為、一生懸命に裾を折るという微笑ましい様を見せながら。

ところが、

 

「皆、今すぐ彼女を連れて此処を出て!何か来る!」

「!?わ、分かったわ!」

「着替えている所御免ね!」

「乱暴で悪いけど、急ぐわよ!」

「う、うん…!」

 

近未来視で見たか、或いは強大な気配を感じ取ったか、ハジメが血相を変えて香織達に指示を飛ばした。

その様子から只ならぬ物を感じ取った香織達も即座に応じ、着替えている真っ最中だった少女を抱えて部屋を後にした、その直後天井から、何か巨大な魔物らしき存在が先程まで少女が封印されていた場所へと降って来た。

体長にして5m程、四本もの長い腕には全て巨大な鋏を持ち、二本生えた尻尾の先端には鋭い針を備え、八本もの足をわしゃわしゃと動かした、分かりやすく言うならサソリっぽい姿の魔物が少女を逃さんと言わんばかりに地上へと、

 

「降り立つ迄の隙を突かれないとでも思ったの?甘いね」

 

降り立つ直前そう呟いたハジメがその頭を、魔力を込めた右手で触れ、最早十八番である魔法を発動、その頭から胴体に至るまでの体液に含まれる金属に干渉し、神経系をズタボロにした事で息絶えた。

 

「何だかただあの子を危険だから封印した、という意図とはかけ離れた仕掛けばっかりだね。今のサソリモドキだって干渉しているタイミングで出せば解放を阻止出来たのにそうしなかった。如何にも彼女を託せる存在を選別するかの様だ。此処にそれを裏付ける物がきっとある、探してみよう」

 

先程の巨人といい今のサソリみたいな魔物といい、何ともあんまりな展開続きな事を意に介さずそう呟いたハジメは、もう何も無い筈の部屋の中を引き続き探索する事にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15話_ゆっくり語らい

「これはどうやら、もう一度此処に来ないといけないみたいだね。何かの条件を満たした上で」

 

香織達に少女を連れて出て行って貰い、サソリらしき魔物をたった一人で秒殺したハジメはその後、少女の封印に関わる物を見つけるべく、何もない様に見える部屋の探索を続けていたが、その結果は芳しくなかった。

こう言うとそれにまつわる物が無かったのかと思われそうだが決してそんな訳ではなく、寧ろそれが存在する事自体は判明したのだが、今のハジメではそれを手に入れる事は叶わないと判明したのだ。

部屋を覆う様々な石、その中の少女が封印されていた場所にあった物を何時もの如く錬成を駆使して変形させた上で退かした所、床の部分に何かしらの紋様が刻まれているのを見つけた。

調べてみるとその向こう側は空洞となっており、恐らく其処に少女を封印した訳を知る事が出来る証拠がある、と此処までは当たりを付けたハジメだが、如何せんその空洞を暴く事までは出来なかったのだ。

何か強固な封印で保護されているのか、穴を掘っても、銃撃で風穴を空けようとしても、錬成でこじ開けようとしても弾かれてしまい、中にある物を取り出す事は出来なかった。

 

「仕方ない、このサソリモドキを手に入れただけでも良しとしよう。殻はシュタル鉱石だし、肉もかなり強力な物、これ程有用な奴は無い」

 

彼女に関係する重要な手がかりを目前にして諦めなければならない現状に渋い顔をしながらも、此処での出来事は決して無駄じゃなかったと切り替え、サソリらしき魔物が持つ素材の有用性に感嘆の声をあげながら解体するハジメ。

特に目を引いたのはシュタル鉱石、今までハジメが目にした鉱石とは一線を画す特性を有した鉱石だ。

その特性と言うのは何と魔力との親和性であり、魔力を込めれば込めるだけ硬度を増すのである。

今までハジメが目にした鉱石と言えばほぼ、多種多様な金属元素を有していたり、炸薬等の素材に成り得る化合物を含んでいたり等の違いしか無かったので精錬、それも指定した元素だけを取り出す派生技能、特定抽出を駆使してバラバラにした上で使用していたハジメだったが、鉱石その物に特殊な力が宿っている物は神結晶以来である、その特性を損なわない為に特定抽出は見送り、鉱石その物のままで活かすにはどんな使い方があるか。

新兵器に関する様々なアイデアを浮かばせながら、ハジメは部屋を後にした。

 

------------

 

「…そういえば、名前、なに?」

 

先に部屋を後にしていた香織達と合流し、次の階層に向けての準備を開始したハジメ達だったが、少女からそう尋ねられた事で、まだ彼女と自己紹介すらしていなかったなと苦笑いしながら応じた。

 

「ハジメだよ。南雲ハジメ」

「香織です。白崎香織」

「優花。園部優花」

「雫よ。八重樫雫。貴方は?」

 

ハジメ達の名前を「ハジメ、香織、優花、雫、ハジメ、香織、優花、雫」と、さも大事な物を内に刻み込む様に繰り返し呟き、自らも名乗ろうとしたが、思い直したように、

 

「…名前、付けて」

「え?付けてってどういう事?まさか、忘れた?」

 

そうハジメ達にお願いした。

そのお願いに、何百年という長い年月も幽閉されていたのだから忘れてしまったのではと聞いたハジメだったがそうでは無いのか、少女はふるふると首を振り、訳を話した。

 

「もう、前の名前はいらない。

…ハジメ達の付けた名前が良い」

(さて、どうした物かな。このまま彼女の叔父がどういう意図で彼女を封印したのか、その一端すらも知らせないまま今までの名を、その名で過ごした過去を捨てさせて良い物かどうか。とはいえ、確たる証拠も『あるかも知れない』というあやふやな状態で思い留まるとは考えられない、それ程あの部屋での長い長い監禁は彼女にとってトラウマになっている。叔父の話をしようとした途端、聞きたくないとか言いそうだ。或いはそれも思惑に入れているのかもしれない、過去に対するトラウマを植え付ける事で、救出した存在との新たなる人生を歩ませんとする、ね。なら、乗ってあげましょうか)

「分かったよ。それじゃあ香織、雫、優花。彼女の名前を考えようか」

「そうだね」

「ええ」

「了解」

 

その理由にハジメは何処か渋い表情を見せたが、今その訳を言った所で聞き入れられる筈も無いかと諦め、願いを聞き入れる事にした。

実際、少女の叔父がどういう意図で彼女を幽閉したのかに関するハジメの推論など、あの場の状況証拠に基づいた物でしか無く、それを確定づけるかも知れない物証も開かずの箱にあり、とあっては信ぴょう性に欠けるのだ。

 

「クッキーなんてどうかな?」

「お菓子じゃないのよ、香織。それよりトールってどうかしら?」

「何処のメイドやっているドラゴンよ、雫。ガレスなんて良いんじゃない?」

「優花、なんで裏切りモンに頭スコーンと割られる後輩騎士やねん。そうだ、メイリンとか良くない?」

「何で中国が出て来るのかな、ハジメ君?ん、中国?中国…」

 

こうして香織達も交えて少女の新たなる名前を決める話し合いは始まったのだが、皆してメタ要素満載且つ、色々とアレなネーミングである。

香織の案は壮絶な未来を招きかねないし、雫の案は採用されたが最後チョロイン化するのが確定的に明らか、優花の案ははっきり言って縁起でも無いし、ハジメの案はスピンオフで描かれた姿から生み出されたとしか思えない。

が、その中でハジメが提案した名前に何かインスピレーションを得たのか、香織がぶつぶつと呟き、

 

「…ユエ。

ユエなんてどう?」

「中国語で月を意味する言葉、ユエ、か。良いね。雫達はどうかな?」

「月、確かに彼女にぴったりね」

「良いじゃない、そしたら今日からあの子の名はユエね!」

 

新たなる名前の案を提示、これはハジメ達からも、

 

「ねぇ、ユエでどうかな?」

「ユエ?

ユエ…ユエ…

んっ。今日からユエ。ありがとう」

 

少女からも好評だった為採用となった。

それから一行は少女――ユエと共に、引き続き準備をしながらお互いの事を話し合った。

その中で、このオルクス大迷宮の最深部には反逆者が住まう場所がある事、其処から地上へと出るルートがあるかも知れないとの情報を得て、ハジメ達が俄然やる気になったのは言うまでもない。

 

「…ハジメ達、どうして此処にいる?」

 

そんな中、ふとユエがそう質問した。

それも当然と言えば当然だろう、此処はオルクス大迷宮の奈落、その底の更に奥深く、正真正銘の魔境である、魔物以外の生き物が生きていられる場所では無いからだ。

他にも疑問を言い出したらキリがない、何故人間族の筈なのに魔力を直接操れるのか、何故固有魔法らしき魔法を複数も扱えるのか、何故魔物の肉を食して平気なのか、ハジメ達が使っている武器は一体何なのか、というか根本的にハジメ達は人間なのか。

そんなユエの疑問にハジメ達は律義に答えていく、元来人当たりの良い(ハジメは中学時代の一件で避けられてはいるが)4人である、何だかんだ言いながらもユエを突っぱねる事など出来ないのだ。

ハジメ達が愛子や幸利、他のクラスメートと共にこのトータスに召喚された事から始まり、故郷の兵器を基に現在使用している武器を開発した事、召喚前から香織達の存在故に諍いが絶えなかった事、ベヒモスとの戦いの最中クラスメートの誰かに裏切られた事が切っ掛けとなって奈落に落ちた事、ある意味で命の源となったヴァーダ(に保存されている神結晶)の事、生きて脱出する為に魔物を食した事で身体が変化した事、地上に残してしまった幸利や愛子に対する心配事をつらつらと話していると、何時の間にかユエの方からグスッと鼻を啜る様な音が聞こえ出した。

 

「わ、ちょ、あの」

「え、だ、大丈夫?」

「い、いきなりどうしたの?」

「な、何で急に泣くのよ?」

「…ぐす…皆…辛い…私も…辛い…」

 

どうやら泣いていた様だ、それに慌てたハジメ達に己の想いを口にするユエ、どうやらハジメ達に降りかかった不幸が余りにも辛い物だと、彼らの為に泣いていたのである。

 

「あはは、ありがとう。まあでも、過ぎてしまった事はしょうがないって今では割り切っているよ。今はそんな些事に拘るより、生き残る術を磨く事、此処から脱出する事、故郷に帰る事、それに全力を注がないと」

「「「うんうん」」」

 

そんなユエに驚きながらも何処か嬉しかったのか、礼を言いつつユエの頭を撫でて慰めながらそう話すハジメ、すんすんと鼻を鳴らしながらも撫でられるのが気持ちいのか猫の如く目を細めつつ話を聞いていたユエだったが、故郷に帰るというハジメの言葉にピクリと反応した。

 

「…帰るの?」

「元の世界に?まあそれは、帰りたいよ。色々変わっちゃったけど、故郷に、家に、あの日常に、帰りたいさ…」

「…そう」

 

素直に故郷への想いを口にするハジメの言葉を聞き、顔を俯かせたユエ。

 

「…私にはもう、帰る場所、無い…」

「…あー、そっか」

 

そうポツリと呟いたのを聞いたハジメは、撫でている手とは反対側の手で己の頭をカリカリと掻いた。

ユエはまた自分の居場所を、新たな名前を付けてくれたハジメ達の側という居場所を失う事を恐れ、その未来を想像して悲しみに暮れているのかも知れない、と感じたハジメの口から、自然とこんな問い掛けが出た。

 

「なら、ユエも一緒に来る?」

「え?」

「僕の、僕達の故郷にさ。勿論、飛び越えなきゃいけない問題は山ほどある。魔力が無い人間だけの世界だからユエの力は大っぴらに振るえないし、向こうの世界出身じゃないから無国籍として扱われるだろうし、何より此処トータスとは文化も国民性も何もかも違うから窮屈な生活を、強いられているんだ!ってなり得るけど。まあ、ユエが望むなら、だけどね」

「良いの?」

「ああ。僕達の世界に来て、家族になろうよ」

 

ハジメにしてみれば純粋にユエの身を案じての提案であって他意は無かった、家族になろうよ発言も見ず知らずの家に行くより自分がいる南雲家で引き取った方が何かと安心だろうし、裕福な家だから1人増えた所でどうと言う事は無い程度の意味でしかなかったのだが、

 

「ハジメ、大好き!」

「え゛」

 

ユエにとってそれは、己が恋心を対物ライフルでぶち抜くが如き殺し文句、変化に乏しかった筈の彼女の表情が一転、ふわりと花が咲いた様な笑みを浮かべながら抱き着き、自らの想いの丈をぶつけた。

ユエからの愛の告白に、今更ながら自分の発言が彼女をオトすのには十分過ぎた事に気づき「あはは…」と苦笑いを浮かべるしかなかったハジメだったが、そんな彼に香織達は呆れ顔だった。

 

「ハジメ。アンタはイタリアの伊達男でも目指しているの?」

「いやガンプラ使うてのナンパとかしてへんわ!」

「ハジメ君。別にハーレムを作る事も、新しい恋人をつくる事も良いよ、既に私達3人がいて、愛ちゃんやリリィも加わるかも知れない中で今更だし、私達の事も、その新しい恋人も見捨てたりはしないと信じているから。でも息を吸う様に女の子を誑し込むのはどうかな?かな?」

「息を吸う様にって何でやねん!?僕はギャルゲーの主人公かいな!?」

「しかも相手は年端も行かない女の子じゃない、流石にそれは」

「いやこんななりでも300越えとるで!」

「…マナー違反」

「あ、いや、その、えーと…

すいませんでした」

 

やっぱりプレイボーイじゃないか!と言わんばかりの恋人達による非難に関西弁でツッコむハジメだったが其処でユエの実年齢に触れるというタブーを犯してしまい、非難の意を込めたジト目で睨まれた事で降参となった。




因みに話し合いの中で出て来たネーミングですが、

クッキー…クッキー・グリフォン(機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズ)
トール(小林さんちのメイドラゴン)
ガレス(Fate/GrandOrder)
メイリン…紅美鈴(東方キャノンボール)

全てユエの担当声優である桑原由気さんが担当したキャラ、つまり中の人ネタですw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16話_最奥のガーディアン()

ユエが幽閉されていた部屋での出来事を経て再び探索を開始したハジメ達は、今までと比べても早いペースでオルクス大迷宮を下へ下へと下っていた。

進む度に強力な魔物が出現するこの迷宮において、其処までの攻略スピードを叩き出せた要因は何かと聞かれたら、やはりあの部屋で得たものであると彼らは即座に答えるだろう。

そう、旅の一行(ハジメとその恋人達)に加わったユエと、サソリらしき魔物から入手したシュタル鉱石を用いて開発された新たなる兵器である。

まずはユエ、魔力量こそ香織に及ばないが、詠唱はおろか陣を刻む事すら必要なくあらゆる属性の最上級魔法を即座に発動出来るその火力は、ハジメが開発した兵器で身を固めた彼らと比べてもそん色なく、自らの叔父によって封印される程の凄い力と説明した通りの実力を如何なく発揮していた。

尤も其処までの魔法を乱発すると直ぐに魔力が枯渇してしまう(然もこの状態で受けた傷は、自らの力では治らないとの事)上、身体能力の低さから接近戦が苦手というハンデこそあるものの、魔力に関しては吸血鬼であるからか血を吸う事によって回復出来るらしく、主にハジメの血(恋愛感情もあるが、本人曰く「何種類もの野菜と肉を煮詰めた熟成スープの様な味」だった為らしい)を吸う事で弾切れの心配なくその火力を振るえる様になった。

一方でハジメ達も負けてはいない、今までに使用していた兵器は勿論の事、手に入れたシュタル鉱石を使って新たに、ハジメが背負っている大容量バックパックの形をした兵器『メルキューレ*1』を開発した。

普段はバックパックとしてハジメの背を守る以外の働きをしないが、魔力を流し込む事で液状化し、Fate/Zeroに登場した月霊髄液(ヴォーメルン・ハイドラグラム)の如く液体のまま暴れまわったり、様々な兵器に変形して攻撃を行ったりと状況に応じた姿を取る事が出来、下って行くにつれ強さを増していく魔物相手にも難なく対応できるのだ。

 

------------

 

こうしてユエを仲間にしてから2週間足らず、ハジメ達が奈落へと落ちてから通算で一ヶ月近く、彼らは次の階層で記念すべき百階目にあたる所まで辿り着いており、その下り階段が目前にある地点で装備の確認及び補充に当たっていた。

 

「皆…いつもより慎重…」

「うん。次で僕達が落ちて来た所から百階層目だからね」

「私達があの部屋から落ちた時点で、推定で六十五階層辺りに辿り着いていたから、今更だけど四十階層を超えた時点であの場所が、地表と繋がっている迷宮の続きという可能性は無いと思ったんだよね」

「きっと落ちて来た先のあの階層こそがオルクス大迷宮の新たなスタートだと思うわ。となれば…」

「次こそこの大迷宮の最深部、アタシ達が目指す反逆者の住処って事になるわ。そうだと決まっている訳じゃないけど、一般に認識されている地表からの迷宮も百階層あると言われているから、念の為ね」

 

身体能力が低い為にハジメが開発した武器の殆どを『ただの物理兵器』としてしか使えず、だったら最上級魔法をぶちかました方が効果的だという事で弾丸等の消費が無かった為、補充する物が無く暇なユエが、ハジメ達が入念に準備する様子を見て抱いた疑問に対し、彼らはそう答えた。

あと少し、確たる情報こそ無いがハジメ達にはその確信があった、とはいえゴールを目前に望みが絶たれるなんて展開は自分達の様にダンジョンを探索する物語では勿論、現実でも数多くの場面で起こって来た事、此処までに兵器の扱いや近接格闘、固有魔法等々、持てる力に相当磨きを掛けた彼らであってもそれがあり得る位この迷宮は恐ろしいのである、準備してもし過ぎる事は無いと入念に行っていた。

そうこうしている内に準備を終えたハジメ達は満を持して最下層であろう下階へと続く階段を下って行った。

 

「案の定って奴かな」

「だね、ハジメ君」

「如何にもな空間ね」

「あの先が、あの扉の先が…」

「反逆者の住処…!」

 

その階層は、直径5m、螺旋模様と木の蔓が巻き付いた様な彫刻が彫られた無数の、規則正しく並べられた柱によって支えられた高さ30m位の広大な空間だった。

その柱に、ハジメ達が侵入したのを感知したのか手前から順に灯る明かり、地面も整備されているのか平らで綺麗なもの、200m以上先の向かい側には美しい彫刻が彫られた巨大な扉が道を塞いでいるという明らかに人工的な、荘厳さを感じられる場所である。

自分達の推測が当たっていた事を認識しつつ、この先は不味いと本能が警鐘を鳴らすのを感じ取ったハジメ達だが、進まなければ脱出など叶わないとそれを排除し、覚悟を決めて扉へと進んで行く。

そして最後の柱を通り過ぎようとしたその時、

 

「皆、どうやらラスボスのお出ましみたいだよ。構えて!」

「ん!」

「分かったよ、ハジメ君!」

「ええ、ハジメ!」

「さて、蛇が出るか鬼が出るか、はたまた猛獣が出るか!」

 

Xラウンダーの力によって、強大な存在と会敵する未来を見たハジメが指示を飛ばし、それを受けて香織と優花は最上級魔法を発動する為の陣を刻み、その必要が無いユエは己の右手を目前に突き出して強力な魔法攻撃を行う構えを見せる一方、ハジメは背負っていたメルキューレをロケットランチャー型に変形させて前方に砲口を向け、雫はヴィーフリの銃口を同じく前方に向けた。

そんなハジメ達を他所に、扉と彼らとの間に30m程の巨大さを誇り、赤黒く輝き、心臓の如くドクドクと脈打つ様に音を響かせる魔法陣が出現、弾けるように光を放ち、それによって召喚されたであろう魔物が姿を現す――

 

「出鼻を挫かれるとは思わないのかな!」

「『天灼』!」

「汚物は消毒だぁぁぁぁぁ!」

「スターライトブレイカー!」

「食らいなさい!」

 

瞬間、そんなの待っていられるかと言わんばかりにハジメ達の猛攻がその魔物へと襲い掛かった。

ユエの雷撃が、優花の火炎放射が、香織のレーザーが、雫のボーク・スミェルチ弾が、そしてハジメの荷電粒子砲が、標的が出現する瞬間を突いて襲い掛かる、此れまでも何度か実行され、結果を残した奇襲戦法が今回も迎撃体制の整わない魔物相手に牙を剥き、

 

「流石に、最初に見た光景は最上級魔法の嵐、なんて状況は想定していなかったのかな」

「随分呆気ないわねぇ、反逆者の住処を守るって豪語するならこういう状況も考えておきなさいよ」

「ここまで思い切った先手必殺はそうそう無いでしょ」

「…ハジメがいるから出来た、普通なら自殺行為」

 

恐らくは蛇の魔物だったのだろう、足の無い胴体から尻尾までの部分を残して塵に変えた。

上半身を消し飛ばしてしまえばどんなに強大な魔物であろうと無事である筈が無いと安堵したのか、そう話し合う香織達だったが、

 

「…ハジメ?」

「ハジメ君?」

 

唯1人ハジメだけは未だ警戒を解く事無く目前の、胴体から下だけとなった魔物を睨み付けていた。

 

「はっ!」

「は、ハジメ!?」

「ど、どうしたのよ急に!?」

 

かと思えば右手に魔力を集めつつ、自分の彼女達が驚くのを他所に魔物へ向かって猛ダッシュし、魔物の死体まであと少しの所で飛び越え、

 

「言ったでしょ、出鼻を挫かれるとは思わないのかなって」

 

ジャンプする同じタイミングで胴体部分の切り口から銀色の上半身が生えて来た魔物の頭部を掴み、そう呟きながら十八番である錬成を発動、やはりと言うべきか頭から尻尾に至るまでの体液に含まれる金属に干渉して神経系をズタボロにし、今度こそ討伐に成功した。

 

「ま、まさか新しい頭が生えて来るなんて…」

「先手必殺対策はバッチリって事だったのね…」

「ハジメがいなかったらと思うとゾッとするわ…」

「…ハジメは本当に凄い」

 

まさかあの状況から魔物が復活すると思わなかったのか、青ざめた表情で自分達の生死が間一髪だった事を思い知らされた香織達、一方でそれすらもXラウンダーによる近未来視で難なく対処して見せたハジメへの信頼感と慕情が強まりもしたのは言うまでも無いだろう。

その後、扉がまるで自動ドアの如く横開きされたのを見て、ハジメ達は魔物の骸を回収しつつその先へと向かって行った。

 

「此処が、反逆者の住処…」

「人工太陽か、此処までの物を作り上げるとはね」

「森林もあれば川もある、畑や家畜小屋まであるし、自給自足には最適な環境だね」

「あそこが実際の住居って訳ね。岩壁をそのまま加工した感じね」

「てか何で神殿というか、テラスと言うか、そんな所にデカいベッドがあるのよ…」

 

其処に広がっていたのは、隠れ家と言うにはかなり大規模且つ手の加え様が凄い光景だった。

真っ先に目についたのはハジメ曰く「人工太陽」と称した物体、天井に円錐状の物がぶら下がっており、その底面に煌々と輝く球体が浮いているのだが、蛍光灯の様な無機質さではなく、自然光の様な仄かな温かみを感じさせることから彼はそう称した。

次に注目すべきは部屋の奥にある壁の天井付近から噴き出す大量の水、それらは壁一面を流れる滝となり、川となって奥の洞窟へと流れていくのだが、地上の水源から繋がっている事を物語る様に魚も生息、更にそれを水源としているのか少し離れた所に畑やちょっとした森林もあり、空っぽではあるが家畜小屋もあった。

その反対側にはハジメ達の目的地である反逆者の住処であろう、岩壁を加工して作られた建造物があり、優花がツッコんだ様にパルテノン神殿を思わせるテラスタイプのベッドルームが併設されていた。

 

「じゃあ行こう、あそこに此処を脱出する術がある筈。だけど皆、決して油断しないで」

「うん、ハジメ君」

「ええ、ハジメ」

「勿論よ、ハジメ」

「ん、ハジメ」

 

此処に目的の為の術がある筈、そう確信したハジメ達は緩みかけた気を引き締めながら、建造物の探索を開始した。

 

*1
ロシア語で水銀



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17話_真の歴史

その住居は岩壁の素材もあってか大理石の家を思わせる物で、三階建てらしき建物内は上まで吹き抜けになっており、天井から突き出た台座に灯った温かみのある光球が全体を照らしていた。

まずは一階、床に敷き詰められた柔らかな絨毯に暖炉とソファが設けられたリビング、キッチンやトイレ等の水回りと『家』に最低限必要と言える部屋を発見したが、長年放置されたと推測される割には手入れが行き届いていた、ゴーレムか何かが担っているのだろうか。

その奥に行くと再び外に出たが、其処には大きな円状の穴があり、淵にはライオンらしき動物の彫刻が鎮座しており、隣に刻まれた魔法陣に魔力を流し込むとその口から温水が吹き出し、穴の中を温水で満たした、ライオンの像が口から温水を吐くのはこの世界でもお約束らしい。

 

「露天風呂みたいだね、これ。お風呂なんて凡そ一ヶ月振りだよ」

 

オルクス大迷宮の最深部であり、本物の空が広がっている訳じゃない為厳密には違うが、それは正に露天風呂だった、日本人であるハジメにとってこれ程欲した物は無いと言っても過言じゃない。

 

「後で一緒に入ろうよ、ハジメ君」

「良いよ、恋人同士だし。でも改めて言うけど、本番はまだ駄目だよ。愛子を仲間外れにしたくない」

「お願い先っぽだけ、先っぽだけだから…」

「ユエは何でそのネタ知ってんのよ?」

「絶対後で先っぽだけって言ったのに…となる展開ね」

 

それは香織達も同じだ、此処の調査が終わり次第風呂に入ろうと誘ったのは言うまでも無い。

その誘いに、絶対風呂に入るだけでは終わらないなと感づいたハジメが釘を刺したのも言うまでも無い。

その自制を求めるハジメの言葉は付き合い始めた当初から聞いていたのか、香織と雫、優花が納得していた一方でユエがどうしてもヤリたそうにしていたのも、言うまでも無い。

それはさておき、二階に上がって探索を再開すると其処には書斎や工房らしき部屋があった。

ところが書斎にある棚、工房の中にある扉らしき物には封印が施されておりそれを開ける術は無く、ハジメの錬成による強引なこじ開けも弾かれてしまったので一旦諦め、探索を続ける事に。

そして三階、此処は階段の向こう側にある一部屋だけの様で、扉を開くと其処には、直径7,8m程の巨大で尚且つ緻密に刻まれた魔法陣が床の中央に刻まれていた一方、その向こう側に置かれた豪奢な椅子には、既に骨と化した骸が豪華なローブを羽織り、俯いた体勢で座っていた。

既に白骨化しているあたり死後相当な年月を経ているのだろうが、その割に薄汚れた印象も、不衛生な印象も感じられず、お化け屋敷で良く見掛けるオブジェと言われても違和感はない、恐らくは建物全体の管理を担うゴーレムらしき存在が手入れしている為だろう。

それにしても何故此処で、とハジメは目前の骸について考えていた、見た所この場所で目当ての存在を待つ内に果てたと言うしかない構図、明らかにこの魔法陣に入れと言っている様である。

 

「…怪しい、どうする?」

 

そんな何かある事が確定的に明らかなこの魔法陣にさっさと乗り込む存在はそういない、ユエも怪しさ満載なこの部屋の光景に疑問を抱き、ハジメに指示を仰いだ。

そう、X()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ハジメに。

 

「…どうやら反逆者の1人が、何かを僕達に伝えようとしているらしい。

罠らしき反応も無い様だから大丈夫だと思う」

 

それに対するハジメの言葉を受け、魔法陣へと足を踏み入れんとする香織達の姿に、自らの一言だけで躊躇なく足を踏み入れようと出来る程Xラウンダーによる近未来視は信頼を得たと言って良い光景に満更でもない様子だったが、何時までも感慨に耽っている場合ではない。

 

「「「「「せーの!」」」」」

 

一斉に掛け声を発して魔法陣へと踏み出した5人、そのまま中央まで入り込んだその瞬間、純白の光が爆ぜ、部屋を真っ白く染め上げた。

余りの眩しさに思わず目を閉じたハジメ達だったが、直後に何かが頭の中に侵入した様に感じ、それと同時に奈落に落ちてからの事がまるで走馬灯の様に駆け巡った。

視界を潰す白い光と、記憶を覗き込む様な感覚に翻弄される5人だったがやがてそれが治まったように感じられ、それを受けて目を開けた彼らの目の前には、黒い衣服に身を包み、骸が着用しているローブとそっくりな物を羽織った青年が立っていた。

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?ああ、質問は許して欲しい。これはただの記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない。だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか…

メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい。

…我々は反逆者であって反逆者ではないということを」

 

突如現れた青年――オスカーからの注意喚起を受けて始まった話は、ハジメ達が聖教教会で教わり、自主学習の際に調べた歴史や、ユエに聞かされた反逆者の話とは大きく異なった驚愕すべきものだった。

それは狂った神とその子孫達の戦いの物語。

昔々、神代と呼ばれた時代から少し経った時の事、世界は争いで満たされ、人間族と魔人族、様々な亜人達が絶えず戦争を続けていた。

争う理由は領土拡大、種族的価値観、支配欲、他にも色々あるが、最も多いのは『神敵』だから。

今よりずっと種族も国も細かく分かれていた時代、其々の種族、国がそれぞれに神を祭っており、その神からの神託で人々は争い続けていたのだ。

だがそんな何百年と続く争いに終止符を討たんとする者達が現れた、それが当時『解放者』と呼ばれた集団である。

彼らには共通する繋がりがあった、それは神代から続く神の直系の子孫であったという事。

その為か解放者のリーダーは、ある時偶然にも神々の真意を知ってしまった。

何と神々、いや、あらゆる神の正体であるたった1柱の神は、人々を駒とした遊戯の一環で戦争を促していたのである。

解放者のリーダーは、その神――エヒトルジュエが裏で人々を巧みに操り戦争へと駆り立てている事に耐えられなくなり、志を同じくするものを集め『神域』と呼ばれる、エヒトルジュエがいると言われている場所を突き止めた。

こうして解放者のメンバーでも先祖返りと言われる強力な力を持った七人を中心に、彼等は神に、エヒトルジュエに戦いを挑んだが、その目論見は戦う前に破綻してしまう。

何とエヒトルジュエは人々を巧みに操り、解放者達を世界に破滅をもたらそうとする神敵であると認識させて人々自身に相手をさせたのである。

その過程にも紆余曲折はあったのだが、結局、守るべき人々に力を振るう訳にもいかず、神の恩恵も忘れて世界を滅ぼさんと神に仇なした『反逆者』のレッテルを貼られた解放者達は討たれて行き、最後まで残ったのは中心の七人だけだった。

世界を、守るべき人々を敵に回した事実に直面した彼等は、もはや自分達ではエヒトルジュエを討つ事は出来ないと判断し、バラバラに散らばって、大陸の果てに迷宮を創り潜伏する事にしたのだ。

試練を用意し、それを突破した強者に自分達の力を譲り、何時の日かエヒトルジュエの遊戯を終わらせる者が現れる事を願って。

 

「君が何者で何の目的で此処に辿り着いたのかは分からない。君に神殺しを強要するつもりもない。ただ、知っておいて欲しかった。我々が何の為に立ち上がったのか…

君に私の力を授ける。どの様に使うも君の自由だ。だが、出来れば悪しき心を満たす為には振るわないで欲しい。話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらん事を」

 

長い話が終わり、オスカーは穏やかに微笑みながらそう締め括ると共に、記録映像はスっと消えた。

同時に、ハジメ達の脳裏に何かが侵入して来る。

ズキズキと痛むが、それがとある魔法を刷り込んでいた為と理解出来たので大人しく耐えた。

 

「皆。僕は解放者達の意志を継いで、神を、エヒトルジュエを討とうと思う」

 

魔法を会得する為の処置による痛みも治まって少し経ったその時、ハジメはそう話し始めた。

その内容は、解放者達の意志を継ぐ決意表明だった。

 

「恐らくエヒトルジュエはこの世界に飽きて、新たなる楽しみを得ようと、別の世界に生きる僕達を無理矢理召喚したのだと思う。そして僕達に関する一件がひと段落したら、今度は僕達が住まう世界を第二のトータスにすべく介入するだろう」

「多分、というか絶対にするわよそれ。聞いた感じの性格だと」

「それを行える力があると分かった以上、やらなきゃ損だと言わんばかりに実行するわね」

「うん。だけどそんな事を許しては地球にいた頃にあった僕達の、周りの人達の尊い日常は無惨に引き裂かれてしまう。たった1人の、遊び感覚で。そんな事はさせない。僕は僕達の世界を、大切な人を、今ある日常を守る為に戦う。神を、エヒトルジュエを討つ!」

「うん、ハジメ君!私達も戦うよ、ハジメ君達との、大切な人達との日常を、世界を守る為に!」

「ん!」

 

とはいえその理由は此処トータスの、この世界の人々の為かというとそうでは無く、あくまで元いた世界の、大切な人達の、嘗て当たり前の様にあった日常を守る為。

この世界に対する思い入れなど余りない(精々リリアーナ関係だけ)という、解放者達にとって「ちょっとそれは…」と言いたくなる様な心持ちではあるが、此処にそれを咎める存在はいない。

ハジメと同じ世界から召喚された香織も、雫も、優花も、この世界での事など嘗ての名と共に捨て去ったユエも、自らの恋人を始めとした大切な人を、日常を、元居た世界を守る為にと賛同した。

 

「とはいえ、今のまま挑むのは厳しいと思う。今まで順調と言えなくもない戦いだったけど、それはこのトータス基準での話。それを支配するエヒトルジュエ相手となれば力不足感は否めないね。そもそも解放者達はエヒトルジュエと戦ってすらいない、その前に人々の手によって追い詰められたから。どれ程の力を有しているかの基準が無い」

「あー、問題は其処だね。エヒトルジュエに挑む以上、トータスの人々からの干渉は避けられない」

「場合によってはクラスメートの皆も其処に入るかも知れないわね」

「光輝とかは勇んで止めようとするわね、ハジメに刃を向けたりとかして」

「…なら、どうする?」

 

然しながらエヒトルジュエを倒すと言う確固たる決意だけで神殺しを達成出来る程世の中は甘くない、それが出来るなら解放者達がやってのけている筈だ。

エヒトルジュエに戦いを挑む上での様々な困難が上がり、改めて討つべき敵の強大さを実感した香織達だったが、

 

「其処は抜かりないさ。エヒトルジュエに、奴が保有しているであろう魔物等の戦力に対抗する為の術は考えてあるよ。それがこれさ!」

「「「「こ、これは…!」」」」

 

それに対抗すべくハジメが考案していた『術』を書き記した資料を目にした彼女達は、その強烈さに驚きの表情を露わにした…




次回、やっとタイトル通りの展開になる…かも。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

18話_旅立ち

「よし、完成だ」

 

ハジメ達がオルクス大迷宮の最深部、反逆者の住処に辿り着き、其処で此処トータスの真実を知らされた彼らが、この世界の主神であるエヒトルジュエを討つ事を決意してから二カ月近く、外で何か作業をしていたハジメは、完成したであろう『それ』を()()()ながら、感慨深げに呟いた。

その視線の先にいたのは12体も立ち並ぶ純白の、金属製の巨人。

20mもの高さを誇る人型の身体、頭部から突き出た一角獣(ユニコーン)を彷彿とさせる角…

機動戦士ガンダムUCの主人公バナージ・リンクスが搭乗するMS(モビルスーツ)、ユニコーンガンダムとよく似た12体の巨人こそ対エヒトルジュエの『術』、ハジメが開発した汎用型MS『ヴァスターガンダム』。

このMSの最大の特徴は6tという、ガンダムシリーズに登場するMSでも異例と言える位に少ない本体重量、機動戦士ガンダムSEEDの主人公キラ・ヤマトが最初に搭乗したMS、ストライクガンダムの10%未満、イメージモデルとしたユニコーンガンダムの30%未満、機動武闘伝Gガンダムの主人公ドモン・カッシュが最初に搭乗したMF(モビルファイター)で、不自然な位に軽いと言われたシャイニングガンダムですらも1t近く下回ると言えば、その軽さが如何に異常か分かるだろう。

そんな軽さが何故実現されたか、持ち前の知識と、オスカーからの話の後で習得した神代魔法という神代で使われていたらしい強力な魔法の1つ『生成魔法』を活かし、ヴァスターガンダム開発の為に独自の合金『ガンダミウム』を作り上げたハジメの涙ぐましい努力も、後述する『マルチプルカノン』が所謂後付け装備で、固定武装が側頭部に1基ずつ設けられた射撃武装『マルチプルチェーンガン』以外無いという事情も無くは無いが、一番の理由はこのMSに導入された独自の駆動方式だろう。

∀ガンダムやスモーに導入されたIFBD(Iフィールドビーム駆動)を基に、起動と共にパイロットの魔力によってMSの表面に(ビーム)を張り巡らせ(その際、イメージ元であるユニコーンガンダムと同じく、デストロイモードとよく似た姿に変形する)、それを伸縮させたり捩じらせたりといった制御を行う事で機体を動かす『マナビームドライブ』を導入した事で骨格や動力機関、ジェネレータ等を導入する必要が無い、というかカメラや集音マイク等の機器を搭載した頭部、コクピット等の心臓部が集中する胸部以外はがらんどうの様にする事が出来、これによって6tという非常識なまでの軽さを実現しただけでなく、パイロットの魔力を循環させる関係からまるで己の肉体であるかの様に細やかな動作を行え、更に製造期間を大幅に短縮、作業の大部分をハジメが担っているにも関わらず僅か3日半で1体完成させるという異例の工期削減を成し遂げたのである。

尤もこの6tはあくまで本体重量であり、対エヒトルジュエにおける『切り札』である砲撃武装『マルチプルカノン』を2門装備した場合は24t(ユニコーンガンダムの本体重量と比べて僅かに重い)になるが。

尚その名前を香織達が聞いた際、砲撃武装であるマルチプルカノンの使用を前提としている事も相まって「明らかにバスターガンダムが元だよね?」とツッコまれ、ハジメは「ロシア語で反乱を意味する『ヴァスターニエ』が語源だよ」と反論したが、信じる者はいなかったとか。

 

「出来たの、ハジメ君?」

「ああ、これで12体揃ったよ。思ったより早く出来た」

「ほ、本当に早いわね…」

「流石はハジメと言った所かしら」

「…驚異的な手際の良さ」

 

それはさておき、完成の報を聞きつけたのだろうか、香織達が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()やって来た。

 

ヴァスターガンダムに乗り込めば強大な力を振るってくれる事は間違いないものの、ではどうやって乗り込むかという懸念が浮かぶのは簡単であった。

何しろ全高20m、ビルで言ったら5階建て相当の高さである、ウサギらしき魔物の固有魔法『天歩』を得た事で空中での移動手段を有しているハジメ達はまだしもユエにそんな物は無い、乗り込むのは容易では無いし、その隙を狙って攻撃される可能性もあるのだ。

だがハジメに抜かりは無い、それを解決すべく開発したのが、今現在香織達が装着している、ヴァスターガンダムと同様に装着者の魔力を燃料としたパワードスーツ『IS(インフィニット・ストラトス)』である。

言うまでも無いがハジメ達がいた世界で刊行されている同名学園SF小説に登場したマルチフォーム・スーツをベースとした物であり、それと同様『シールドバリア』『PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)』『ハイパーセンサー』『カスタム・ウィング』等の機構を搭載、特にPICとカスタム・ウィングによって空中を自由自在に、亜音速という最高スピードで移動出来る機動能力を得た為、天歩が無くても、寧ろ天歩必要なくね?と言わんばかりに素早くヴァスターガンダムに乗り込める様になった。

流石に人工知能は搭載出来ず(そもそもヴァスターガンダムに乗り込む手段として開発したのもあってか)『形態移行(フォームシフト)』は出来ないし『単一仕様(ワンオフ・アビリティ)』が発現する事も無い、後述する『宝物庫』の存在から『拡張領域(バススロット)』も無いが、それでも元ネタ通りのスペック故の高い戦闘能力を誇り、それを活かして新たなる銃火器も開発された。

尚、装着の際は専用スーツを着用する必要があるのも元ネタ通りではあるが、そのスーツはハジメの趣味が色濃く出た影響か、明らかにプラグスーツだった。

何はともあれ、こうして個人個人で使用する対エヒトルジュエの『術』であるヴァスターガンダム及び関連武装を揃えた一方「やっぱMSには旗艦が無いとね」というハジメのオタクならではの拘りから、それとは別に航空能力を備えた戦艦を開発した。

12体並ぶヴァスターガンダムの側に鎮座する細長い船体と、カタパルトらしき機構を備えた2枚のパネル状パーツ、そして翼の両端に巨大なブースターを備えた推進器らしきパーツ…

ガンダムSEEDに登場した、オーブ連合首長国保有の宇宙戦艦『クサナギ』とよく似た4つのパーツを有するこの戦艦は、ハジメが開発した航宙空戦艦『ストリボーグ*1』だ。

基となったクサナギ同様、本体とカタパルト、推進部を分離・再構成する事が出来る一方で、オスカーが保管していた指輪型アーティファクトで、それに嵌め込まれた宝石内の異空間に相当な大きさの物をも余裕で入れられる保管庫『宝物庫』を入手した事から必要なくなったMS格納庫の代わりに2門のマルチプルキャノンを本体艦首に搭載、推進パーツ両舷ブロックに2門ずつ、カタパルトパーツ上下部分に2門ずつの計10門も搭載するというガチガチの砲撃仕様となっている等の独自設計も施されている。

尚、何故クサナギを基にしたのかというとハジメ曰く「此処そんなに広くない」との事、開発スペースとしている反逆者の住処が其処まで大きくないからという何とも残念な理由だった。

 

------------

 

製造を予定していた12体のヴァスターガンダムを作り終えた事で、ハジメ達は遂に地上へと帰還する事となった。

組み上げたばかりのヴァスターガンダム達、各パーツが分離した状態のストリボーグ、その他様々な銃火器等を、必要最小限な物以外全て宝物庫に格納したのを確認した後、三階の魔法陣を起動した。

 

「皆、良く聞いて欲しい。僕が作り上げた兵器の数々は、地上では明らかな異端だ。聖教教会や様々な国が黙っている、なんて事は無いだろう」

「ん…」

 

地上への帰還準備が進む中、ハジメは静かな声で香織達にそう話し始めた。

 

「兵器類やアーティファクトを要求されたり、戦争参加を強制されたりする可能性も極めて大きい」

「だよね、ハジメ君。エヒトルジュエを倒す積りで作ったんだもんね、戦力に組み込めば優位に立てるって考えるのも道理だよ」

 

レールガンに改造する前のグローサやヴィーフリの時点でメルド達の度肝を抜いて来たのだ、ISやヴァスターガンダム、ストリボーグを目にしたらどうなるかは言うまでもないだろう。

 

「それを抜きにしても僕達の力は強大且つ、魔物の固有魔法も扱える異例ずくめの存在。狂信者はこぞって襲い掛かって来る筈」

「まあ、こんな化物スペックだものね。狙われるのは是非も無いわね」

 

人間族最強と言われるメルドのステータスが平均300近くである事は以前紹介したが、初めて魔物の肉を食した時には既に11倍以上、最も低かったステータスですら3倍以上、高かったステータスに至っては33倍以上、となっており、此処へ辿り着くまでにも様々な魔物を、下って行くごとに強くなっていく魔物を食して来た以上、その倍率は更に上がっている。

しかも食した魔物が保有していた固有魔法を取得し、それをも含めた派生技能を多数身に着けたハジメ達はチートどころの話では無い、重大な危険分子として見る者は必ずいるだろう。

 

「エヒトルジュエを討つと定めた以上、この世界全てを敵に回す可能性も十分にある。そもそも聖教教会に喧嘩を売る行為だし、命が幾つあっても足りないね」

「今更よ。やってやろうじゃない」

 

そもそも此処トータスにおいて、人間族全体のうちエヒトルジュエの、彼を主神と定めた聖教の信者は9割を超える、そのエヒトルジュエを討つと決意したハジメ達を危険視するのは、当然と言えば当然だろう。

それを良しとしない者の刃は、ハジメ達は勿論、彼らと同じく此処へ呼び出されたクラスメート達、特に幸利や愛子、リリアーナといった親しい存在に向けられるだろう。

 

「僕達は、僕達がいた世界を己の欲望のままに支配せんとする邪神エヒトルジュエを討つ。その為にまずは此処以外の大迷宮を早急に制覇し、神代魔法を手に入れる。その途上でトシや愛子達と合流して、この世界の真実を、僕達の世界に迫る危機を伝え、協力者を募る。リリィにも再会次第同様の対応を取り、身辺を固める様伝える。そして準備が整い次第、ガンダムによる粛清を、神殺しを実行する!」

「「「「了解!」」」」

「皆が他の皆を守る、それさえ忘れなければ、僕達は何でも出来る。挑むよ、大迷宮に、世界に、邪神エヒトルジュエに!」

「「「「はい!」」」」

 

そのリスクを最小限に抑えつつ、エヒトルジュエを討つ為にどう行動するかの方針を確認し終えた彼らは声高に宣言し、反逆者の住処を後にした…!

 

「では行こう!僕が、僕達が!」

「「「「「ガンダムだ!」」」」」

*1
スラヴ神話に登場する風の神




次回から第2章、原作ではSUGOIDEKAIウサギさんが合流したり大迷宮の1つに挑んだりした章がスタート…の前に、キャラ紹介を挟む予定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2章『ハルツィナ樹海とライセン大峡谷』
19話_残念ウサギとの出会い


これまで何度と経験して来た魔法陣による転移、その光に視界が満たされた中で何となく空気が変わった、これまでの閉塞空間特有の澱んだそれとは明らかに違う、新鮮さを感じる様になった事にハジメ達は何処か頬が緩んだ。

やがて光が晴れ、それを感じ取ったハジメ達の視界に映ったのは、

 

「「「何でやねん…」」」

 

洞窟だった。

その残念極まりない状況にがっくりという擬音が聞こえて来そうな程落胆し、己の恋人みたく関西弁でツッコむ香織達、一方でユエはこうなる事を予想していたのか落ち込んだ様子は無かった。

 

「いや、ね?僕達が今までいた場所は嘗てオスカー・オルクスが隠れ家として使っていた場所、其処が簡単に発見される訳には行かないから、こうして転移先に洞窟を指定するって感じでワンクッション置くという理屈は分かるよ?オスカー含む解放者達は世間一般ではエヒトルジュエに、聖教教会に刃向かった『反逆者』扱い、その隠れ家が見つかったらどうなるかなんて火を見るよりも明らかだからね、うん。頭では分かっているんだよ、頭では。その上で言わせて貰って良いかなぁ…?」

 

それはハジメも同じ様で、己の推測を話始めたがその口調は、裏切られたと、納得いかないと言わんばかりに心なしか荒っぽくなっており、それを感じ取った香織達は彼が爆発寸前だと確信、一行の中で最も筋力に優れるなど近接戦闘に強い雫が何時でも彼を止められる様、真後ろにスタンバイしていた。

そして。

 

「何でまた洞窟やねん!?こちとら三ヶ月近く、ユエに関しては三百年以上もお天道様拝んでへんのやぞ、せやのにこないな湿気たトコに飛ばすとか舐めとんのかゴルァ!さっさと僕達を地上に出さんかいアホボケカスワレェ!

「は、ハジメ、気持ちは分かるけど落ち着いて。こういう感じにしたオスカー・オルクスはもう亡くなった後なんだから」

 

怒りの余りヴィーフリを手に暴れまわろうとしたのを雫が羽交い絞めにして止めたが、それも構わず如何にもキレてますと言わんばかりの、関西のチンピラみたいな口調で抗議の声をあげていた。

が、雫の言う通り抗議すべき相手はとっくの昔にあの世へ行ってしまっている、何時までもキレている場合じゃないと切り替え、先を進む事にした。

洞窟内は真っ暗だったが夜目を取得していたハジメ達と、吸血鬼族である為かこういう環境に強いユエには何の問題も無く、道中に仕掛けられている幾つかのトラップや、封印が施された扉も、ハジメが嵌めている指輪が、宝物庫の母体である宝石が嵌め込まれた指輪が反応した事でひとりでに解除したので、警戒していたのが馬鹿らしく成る程滞りなく進む事が出来、

 

「ち、地上だ…」

「青い空、済んだ空気、本物の太陽…」

「帰って来たのね、私達…」

「長かった、長かったよぉ…」

「ん…」

 

歩く事数分位で感じ取った『外の』気配、人工的な物じゃない太陽の光、風の流れ、それを身に浴びたハジメ達はまるで示し合わせたかの様に同じタイミングで駆け出し、待望の地上へと出た。

先程ハジメが怒り狂った際に言った通り、ハジメ達は三ヶ月近く、ユエに至っては三百年以上もご無沙汰だった地上、其処へ出られた事を噛み締める様に呟き、

 

「ソロモンよ!」

「「「「「私は帰って来た!」」」」」

 

機動戦士ガンダム0083に登場する『ソロモンの悪夢』ことアナベル・ガトーの代表的な言葉を同時に叫んでいた。

尚、地球出身では無い筈のユエも一緒に叫んでいたが、前以て打ち合わせしていた訳ではない、その件で実は、ユエの前世は地球人だったんじゃないかという疑惑が浮上したが余談である。

とそんな彼ら、正確にはユエに対し、舐め回す様な視線が向けられたとハジメは感じ、

 

――刻むよ?

 

と、視線の主がいるであろう虚空を睨み付けながら、Xラウンダーの力を活かした強烈なプレッシャーを叩きつけてやった。

物理的なそれでは無いとはいえまさか攻撃されるとは思わなかったのか、或いはハジメがぶち込んだプレッシャーによるダメージが思いのほか強大だったのか、視線の主が慌てて逃げ去るかの様に、視線を感じなくなった。

 

「ん?」

「どうしたの、ハジメ君?」

「何か、殺気みたいな物を感じたけど…」

「ああ、ちょっとした野暮用だよ」

「随分と物騒な野暮用ね…」

 

どうやらハジメ以外は視線に気づかなかったのか、突如Xラウンダーの力を解放したハジメに驚きを見せた香織達、ハジメもそれを察し、態々不安を煽る事もないだろうとあやふやな返答をした。

それはさておき、現時点で自分達が何処にいるのか調べようとしたハジメ達だったが、自分達の、正確には自分達が身に纏っているISの表面に展開されている筈であるシールドバリアが全く機能していないのに気づいた事で、此処が何処か、自分達がどんな状況に置かれているのか把握した。

此処は西のグリューエン大砂漠と東のハルツィナ樹海の間まで、大陸を南北に分断する峡谷、大気中に少しでも漏れたら即座に分解され消失してしまう事から殆どの魔法が使えず、一方で断崖の底には強力な魔物が生息する、正にこの世の地獄、重罪人の処刑場、大地に深く刻まれた傷跡――ライセン大峡谷、ハジメ達はその谷底にある洞窟の入り口にいたのだ。

人間族や魔人族等、魔力を扱う者にとっては危険極まりない此処ライセン大峡谷、その影響はハジメ達も、彼らが身に着けている武装も例外ではない。

その高い性能から平時の移動用としても使われる事となったIS、装着者と『接続』する事で魔力を外部に漏らす事無くその性能を発揮できるため、基本的な機能は問題なく使えるのだが、その性質からどうしても魔力を外部に放出せざるを得ないシールドバリアやカスタム・ウィングまではどうしようもない、魔力が駄々洩れになるだけになってしまう以上シールドバリアの機能はOFFにするしか無く、ブースターからの魔力放出を開始した瞬間からそれが分解されてしまう為に満足な推力を得られないのだ。

 

「皆。気付いていると思うけど此処はライセン大峡谷の谷底みたいだね。どうやらシールドバリアは使えず、ブースターも本来の力を発揮出来ない状況、魔法も殆ど使えないと言って良いと思う。だけど本来の力を発揮出来ないだけで飛行その物は出来る、だから登ろうと思えば直ぐに登れるけど…

どうしよう?ライセン大峡谷と言えば七大迷宮があると考えられている場所、折角だから樹海側へ向けて探索しながら進んだ方が良いと思うけどどうかな?」

「…何故、樹海側?」

「ユエ、峡谷抜けていきなり砂漠横断とかそれなんて拷問?って話だよ?」

「幾ら私達にはISがあると言っても、ずっと同じ風景を見せられるのはね…」

「それに樹海側なら町にも近そうじゃない?確か樹海の近くにヘルシャー帝国っていう人間族の国があった筈よ」

「…確かに」

 

自分達が置かれている状況を把握したハジメからの提案、流石に雫が言う状況は避けたかったのか、或いは優花が言う通り町が近くにあるのを期待してか、反対する者はいなかった。

尚、そんな話し合いをしている彼らの隙を突いて魔物が襲い掛かって来そうな状況ではあるが、先程ハジメがXラウンダーの力で発した強烈な殺気に怖気づいたのか、1体の例外なく逃げ去った為、そんな事は無かった。

此処自体が七大迷宮という訳では無いと決めつけるかの如くハジメが話しているのも、直接向けられた訳ではない殺気程度で怖気づく様な魔物しかいない所が七大迷宮である筈が無いとの考えからだ。

方針が決まれば話は早い、善は急げと言わんばかりにカスタム・ウィングのブースターから魔力を放出、それが直ぐに分解される関係で自動車並みの速度までしか出せないながらも樹海へ向けての移動を開始、ハイパーセンサーによって広大化した視野を存分に活かして大迷宮への入り口を探しながら迷う事無く(真っすぐに伸びた地形なので迷い様が無いが)樹海側への道を進んで行く。

そんな最中、それ程遠くない場所から魔物らしき存在による咆哮が聞こえて来た、方向からして進路上にそれがいると思われ、凡そ30秒後に遭遇するだろう。

そのまま進むと案の定大型の魔物が現れた、見た感じティラノサウルスっぽい姿だが頭は2つ、所謂双頭の暴龍型魔物だ。

が、ハジメ達が注目したのはそっちでは無く、その足元でぴょんぴょんと跳ね回りながら半泣きで逃げ惑うウサミミを生やした少女の方だ。

その特徴からして兎人族と呼ばれる、亜人族の一種であろう少女、樹海に住んでいる筈の亜人族が何故ライセン大峡谷の谷底にいるのか、遺伝子的に黒や紺色の髪になるのが普通と言われている中で何故淡い水色の髪なのか、色々とツッコミどころはあったが、

 

「伏せて!」

「は、はい!」

 

その光景を目の当たりにしたハジメがどの様な行動を取るか、その答えは色んな意味で想像通りだった。

少女に指示を飛ばしながら宝物庫からカスチョールを取り出して魔物に砲口を向け、少女が指示通り地べたに伏せたのと同時にその引き金を引く。

 

『ガァァァァァ!?』

 

爆薬の他にも金属の矢を弾頭に沢山仕込む事で殺傷力を高めた『フレシェット弾』の直撃を受けた魔物は、爆発と共に放たれた無数の凶刃全てをその身で食らう事となり、断末魔の叫びをあげながら息絶えた。

 

「す、凄い…ダイヘドアを一撃で…」

 

ダイヘドアというらしい魔物がまさか瞬殺されるとは思いも寄らなかったのだろう、その叫びを聞いて後ろを振り向いた時には既にその死骸が転がっているという夢でも見ているんじゃないかという光景にただそう呟くしかなかった少女の元へハジメは近づき、

 

「大丈夫?ケガはない?」

「あ、はい、大丈夫です!助けて頂きありがとうございます!私は兎人族ハウリアの1人、シアと言います!」

 

少女に声を掛けたが、

 

「取り敢えず私の仲間も助けて下さい!」

「…ゑ?」

 

その少女――シアはかなり図々しく、図太かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20話_シア・ハウリア

「私の仲間も助けて下さい!」

「…ゑ?」

 

まさかの要望に、シアからの図々し過ぎるお願いに一瞬唖然としたハジメ。

だがお願いするシアも必死なのが顔から伝わったのでその図々しさをツッコむ気にはならず、かといっていきなりそう言われても『どう助ければ』良いのか分からないので説明を求めた。

 

「一先ず訳を聞かせて欲しいな。それが分からない事には対応のし様が無い」

「あ、はい。実は…」

 

ハジメに促されて訳を話し始めたシア、纏めるとこうだ。

シア達ハウリアを名乗る兎人族達はハルツィナ樹海内にある亜人の国『フェアベルゲン』の一角に数百人規模の集落を作り、身体的なスペックの低さと温厚で優しい性格、集落全体を家族として扱う仲間同士の絆の深さからか集落内はおろか他の亜人族とも争いを起こす事無く穏やかに暮らしていた。

そんなハウリア族にある日、異常を抱えた女の子――シアが生まれた。

前話でも言った通り兎人族の髪色は基本的に黒や濃紺であるにも関わらず生まれつき青みがかった白髪であった事、亜人族が持たない筈の魔力を持っていた事、それを直接操る術を会得していた事、そして特有の固有魔法を有していた事、兎人族はおろか亜人族全体でもあり得ない特徴を持ってシアは生まれたのである。

勿論、亜人族として異様な特徴を有するシアが生まれた事に一族は大いに困惑し、対応に苦慮した。

此処でシアにとって幸運だったのは、生を受けたのが亜人族でも飛びぬけて家族の情が深いハウリア族だった事、彼女を捨てるという選択肢を選ぶ事は無かったのだから。

だがフェアベルゲンにその存在が明るみになれば確実に処刑される。

亜人族はその魔力を持たないという特徴から人間族からは「神から見放された獣もどき」と差別され、魔人族からも雑魚扱いされる等して酷い迫害を受けて来た歴史があり、魔力を持たないが故の戦闘手段の乏しさから魔物も他種族以上に脅威と感じているのだ、魔力を有する生物への忌避は、敵意はもう凄まじいの一言、それを樹海内で見つけ次第直ちに殲滅するべしと法で定められている程だ。

よってハウリア族はシアの存在を隠し、十六年もの間ひっそりと育てて来たが、先日とうとう彼女の存在がバレてしまい、フェアベルゲンに捕まる前にと一族ごと樹海を出たのだ。

だが夜逃げ同然で樹海を後にした彼らに行く宛など無い、一先ずは北の山脈地帯を目指す事にした、其処なら山の幸があるから当分は生きていける、未開の地だがヘルシャー帝国やら奴隷商人やらに捕まって奴隷に堕とされてしまうよりはマシだ、との考えからだ。

だが其処でシアの固有魔法――彼女曰く「未来が視える」魔法によって、巡回か訓練かは分からないが中隊規模で活動していた、その帝国の兵士達に遭遇する未来が視えた事で方針変更を余儀なくされる。

次に決めた目的地は南に広がるライセン大峡谷、凶悪な魔物こそうじゃうじゃといるが魔法が使えない以上は帝国兵も追って来ようとはしない筈、其処でほとぼりが冷めていなくなるのを待とうとしたのだ、凶悪な魔物に襲われるのが先か、帝国兵がいなくなるのが先かの賭けに出たのである。

運悪く峡谷に辿り着く前に帝国兵に見つかりはしてしまったが、目論見通り追いつかれる前に峡谷へ逃げ込む事に成功、したは良いのだが此処で予想外の事態が発生、何と帝国兵は撤退する素振りを全く見せず、一個小隊が峡谷の出入り口である階段状に加工された崖の入り口に陣取り、脱出しようとするのを狙い撃つ構えを見せているのだ。

文字通り前門の(魔物)、後門の(帝国兵)という状況、ハウリア族の命運は風前の灯火となったその時、またもシアの固有魔法がその力を発揮、ハジメ達が魔物を、帝国兵を蹂躙するという未来を視て、其処に希望を見出して峡谷を探し回る内に魔物と遭遇し…

 

「絶体絶命のピンチ、という所で貴方が来てくれた事で助かりました。私が視た未来は一先ず現実の物となったという事です。ですが未だ仲間は、家族は全滅の危機に晒されています。どうか、どうか家族を、ハウリア族を助けて下さい!」

「事情は把握したよ。でもちょっとパーティの皆と相談させて貰っても良いかな?僕の独断で決めて良い規模の話じゃない」

「は、はい、分かりました」

 

一連の話を聞いたハジメ、彼自身は直ぐにでもハウリア族を助けに行きたかったが流石にシアを咄嗟に助けた時とは訳が違う、香織達の意見も聞かねばならないと、一旦シアから離れ、遅ればせながらやって来た仲間(恋人)達に事情を説明した。

 

「…という事なんだよ」

「ハジメ、幾ら何でもアンタ考え無しに首突っ込み過ぎよ。アタシ達にはエヒトルジュエ討伐という果たさねばならない目的がある、厄介事に一々介入していたらそれが長引くのよ」

「そうだよハジメ君、その間にエヒトルジュエが私達の世界への干渉を本格化したら…」

「それは、そうだよね。けど…」

 

案の定、彼女達、というより優花と香織の反応はハジメの咄嗟の行動を含めた諫言だった。

軽率な事をしたという自覚はあったのか、優花と香織の言い分も理解出来るからか反論の言葉は無かったが、それでも助けに行きたいという気持ちを抑えられないのか、口をもごもごさせていた。

そもそもエヒトルジュエを討伐する際トータスの為としなかったのは、この世界への思い入れが余りないのもそうだが、最大の理由は聖教の下でエヒトルジュエに信仰を誓う大半の人間族と、そのエヒトルジュエによって召喚された自分達を含め人間族全体を敵とみなし、問答無用で襲撃するであろう魔人族の存在だ。

自分達の目的関連でイチャモンを付けるだろう連中だらけな世界など知った事か、朽ち果てるなら勝手に朽ち果ててしまえというスタンスからトータスを見捨てる積り満々なハジメだが、例外も存在する。

1つは言うまでも無くリリアーナ個人だが、もう1つは魔力を持たなかった為、エヒトルジュエに見放されたと人間族から差別され、魔人族からは雑魚扱いされ、長い間迫害を受け続けて来た亜人族だ。

お互いエヒトルジュエによって運命を弄ばれた果てに命の危機に晒される者同士、そんな同族意識からか、ハジメはどうしてもシアを、ハウリア族を救いたいという思いが沸き上がり、優花と香織の諫言にも首を縦に振る事が出来ないでいた。

だがそんな彼に、思わぬ存在が援護した。

 

「…私は助けるべきだと思う」

「ユエ?」

「…樹海の案内に丁度いい」

「あーそっか、でもねぇ…」

 

ユエだ。

ハルツィナ樹海は 常時霧に包まれているのもあってか土地勘に優れた亜人族でも無ければ必ず迷うと言われている、ISを纏っているハジメ達も霧の中でどこ迄の探索が出来るかは未知数なので、確実に探索可能な亜人族のガイドがあるのは心強いし、それを助けたお礼とすれば進んでやってくれるだろう、拘束して道を無理矢理聞き出すよりも余程良いとユエはハウリア族を助けた場合のメリットを話す。

だがそんなメリットが霞むほどシアは、ハウリア族は問題が山積みである、香織達は尚も難色を示した。

そんな中、

 

「「「「雫(ちゃん)?」」」」

「ふぇ!?え、な、何!?」

 

ただ1人何も喋っていなかった雫を不審に思ったハジメ達が声を掛けると、驚きの声をあげながら弾かれたように飛び退いた、どうやら『何か』に熱中する余り話を聞いていなかった様だ。

一方でその視線は態勢を崩してもある一点から殆ど動いていない、その方向に目を向けると其処にあったのは…

 

「「「ああ、成る程」」」

「ん?」

 

シアのウサミミだった。

説明しよう、雫は地球にいた頃はその容貌と剣術の腕前、冷静沈着で思慮深い性格からか所謂『格好良い』お姉様キャラで通っているがそれは表向きの姿、その実態は可愛い物に目が無い、一般的な年頃の少女なのだ。

殊にその性格と、それに起因する苦労人体質の反動か所謂ファンシー物が人一倍好きで、自宅には多数の可愛い系ぬいぐるみが置いてあるのだ。

そんな雫がふわふわモフモフなシアのウサミミを目の当たりにしたらどうなるかは言うまでもない。

 

「分かったよ、ハジメ君。ハウリア族の皆を助けに行こ」

「此処で見捨てたら雫がどうなるか考えたくも無いしね」

「あ、あはは、ありがとう、香織、優花。ユエもフォローありがとうね」

「…ん」

 

という事でハウリア族の皆を助ける事が決定、全く話を聞いていない所為でまるで意味が分からんぞ!と言いたげな雫を無理矢理連れて行きながらシアの元へ向かった。

 

「という訳で今から君の家族を助けに向かうよ。道案内お願いね、シア」

「あ、ありがとうございます!お礼に私の身体を好きに」

「なんでやねん!僕彼女5人おるからいらんわそんなん!」

「えぇ!?」

 

彼女にハウリア族を救出する事を伝えるとシアは心の底から喜び、お礼と称して自らの身体を差し出そうとするが既に香織、雫、優花、ユエ(それと正式には付き合っていないが愛子)という5人、皆が皆とびっきりの美女と美少女な恋人達がいるハジメは即座に断った。

が、諦めきれないシアは此処で言ってはいけない事を言ってしまった。

 

「で、でも!胸ならそちらの方々相手でも勝ってます!そっちの金髪の女の子に至ってはぺったんこじゃないですか!」

 

『ぺったんこじゃないですか』『ぺったんこじゃないですか』『ぺったんこじゃないですか』…

 

峡谷に木霊する、命知らずなウサミミ少女(シア)の叫び、それが響き渡った瞬間、パキィンという音と共にユエは、彼女の体躯には不釣り合いな程デカい銃を手に、ユラリとシアに近寄る、その様子から、今の失礼過ぎる発言にマジギレしたのだと理解したハジメ達は「あ~あ」と天を仰ぎ、無言で合掌した。

尚、ユエの名誉の為に言って置くが彼女は決して『ぺったんこ』では無い、寧ろ小柄な体躯の割には育っているレベルである、ただ此処にいる女性5人の中では飛びぬけて小さいだけ、他が巨乳や爆乳しかいないだけなのであり、断じてライセン大峡谷の如き絶壁ではない。

それはさておき、地雷を踏んでしまった事を今更ながら思い知り、震えるシア、そのウサミミに囁く様なユエの声がやけに明瞭に響いた。

 

「…お祈りは済ませた?」

「…あ、謝ったら許してくれたり」

「…」

「死にたくなぁい!死にたくなぁい!」

「『嵐帝』」

「アッー!?」

「おまけ」

「あばばばばばばばばばばばばば!?」

 

命乞いの声も空しく、ユエが魔法によって発生させたであろう竜巻に巻き上げられ、天に打ち上げられるシア、だがそれだけでは怒りが収まらないのか、手にした巨大な銃――ハジメが新たに開発した銃火器の1つで、グローサ等と同じ銃弾を使うベルト給弾式重機関銃『ヴィントレス*1』の銃口をシアに向け、フルオート連射を行った。

幾ら身体能力に優れた吸血鬼族と言えど自らの体躯よりも大きく重い銃を扱うのは容易ではない、そもそもユエは魔力関連が大いに優れている一方で身体能力面は低い水準、そんな彼女が幾らレールガンの機能を発揮させていないにしても巨大かつ高重量の重機関銃を手持ちで、然もフルオートで射撃出来るのかと普通は思うだろうが、ユエはPIC等のISに搭載された機能の恩恵もあって難なく使いこなし、一発の無駄も無くシアに銃弾の嵐を叩き込んだ。

一応補足しておくが、今回シア相手に打ち込まれたのは非殺傷性の弾丸であるので、死ぬことは無い。

*1
ロシア語で糸鋸。ロシアのデジニトクマッシ社で開発された消音狙撃銃『VSS』の愛称でもある



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21話_いざ樹海へ

「シア!無事だったのか!」

「父様!」

 

余計な事を口走ってしまった為にユエから竜巻&ヴィントレスによる銃撃(非殺傷弾)の嵐を浴びたシアが何とか復活したのを見計らってハウリア族がいるであろう地点へと向かったハジメ達は、シアの案内もあって程なくその場所へと到着、その際にファンタジー物ではおなじみと言って良いワイバーンみたいな姿の魔物――ハイベリアの群れにハウリア族の人達が襲われている光景をハジメが目撃するや否やヴィーフリによる正確無比な連射を披露して1匹の撃ち漏らしも無く射殺、この活躍もあってかハウリア族から1人の犠牲を出す事も無く合流する事が出来た。

助けを呼んで来ると言って、返事も聞かずに峡谷の奥へと正に脱兎の如く走っていったシア、予想外の事態に慎重さを無くして捜索した結果ハイベリアに見つかってしまい全滅を覚悟した所でハジメ達を読んで来た彼女が戻って来た事に、娘は勿論自分達一族が1人も欠ける事無く救われた事に彼女の父にしてハウリア族の族長らしき初老の男が安堵の声をあげ、それに応えたシアが事情を説明した。

その際にハジメ達の事も紹介した様だが、彼らへの呼び方は1人の例外も無く『さん』付けである、当初は自分よりも年下な外見(実際は物凄く年上)であるユエの事を『ちゃん』付けで呼ぼうとしたが「さんをつけろよデコ助野郎」と何処ぞの健康優良不良少年が言い放った台詞で脅され、先程銃弾の嵐を食らったトラウマもあって訂正したとか。

 

「ハジメ殿で宜しいでしょうか?私の名はカム、シアの父にしてハウリアの族長をしております。この度はシアのみならず我が一族の窮地をお助け頂き、何とお礼を言えば良いか。しかも脱出まで助力下さるとか…

父として、族長として深く感謝いたします」

「ま、まあ、お礼なら樹海の案内で返してよ。それにしても、随分あっさりと信頼を寄せるんだね。窮地を助けたのは確かに僕達だけど、そもそもその窮地に追い込んだのは僕達と同じ人間族、そうでなくとも亜人族は人間族から長きに渡って迫害を受けて来た歴史がある、良い感情は持っていないと思っていたけど…」

 

シアからの説明を聞き終えた族長――カムがハジメに向き直り、心からの感謝の意を示すかの様に深々と頭を下げ、シアを含めた他のハウリア族の面々もそれに倣った。

それに何処か照れた様子で返答したハジメ、一方で幾ら命の恩人とはいえ自分達は彼らを迫害していた人間族と一応は同じ存在、不信感は抱かれても仕方ないと思っていた為に全幅の信頼を寄せると言わんばかりのカム達ハウリア族の面々の姿勢に何処か肩透かしを食らった様な気分でその訳を聞いた。

 

「シアが信頼する相手です、ならば我らも信頼しなくてどうします?我らは家族なのですから…」

「…そっか」

 

その問いに対するカムの答えを聞いたハジメの反応は、そのお人よし過ぎると言うしかない優しさへの、フェアベルゲンでは忌み子とされるシアであろうと信じられる家族愛への敬意だった。

自分も香織達から優し過ぎると言われてはいるが、もし自分自身がカムの立場だったら同じ様に受け入れられただろうか、自分達を長年に渡り苛め続けた挙げ句、己の欲望の為にこんな危険極まりない場所へと追い込んだ連中と同じ人間族を、娘とはいえ祖国では処罰すべき存在であり、極論すればこの件の原因であるシアの勧めで、例え命の恩人であろうと…

そんな自分でも出来そうに無い事を平然とやってのけるカムの人間性にハジメは敬意を抱き、例え樹海での探索を終えるまでという短い付き合いであろうと彼らを全力で守り抜くと誓った。

 

「はい、ご安心ください父様!ハジメさんは優しくも勇敢で、困っていた私達を放って置けず、考えるより先に手を出した素晴らしい方なんです!」

「そうかそうか、つまり生まれついての英雄(NaturalBornHERO)という訳だな、それなら安心だ」

「僕が来た!って何やらすねん、僕は無駄に属性てんこ盛りな筋肉達磨かいな」

「ハジメ君の場合は寧ろ、それに憧れるヒーローオタクな主人公の方だよね」

 

そんなハジメの心中を知ってか知らずか彼の人間性を称賛するシアの言葉を受けて何処でそのネタを仕入れたんだと言いたくなる評価をしたカム、それに思わずノリツッコミをしてしまったハジメだったが、何時までも此処に留まっていては再び魔物が襲い掛かって来かねないので、この場を後にした。

 

------------

 

「あの、ハジメさん」

「ん?どうしたの、シア?」

「恐らく帝国兵は未だ陣を敷いています。遭遇したら、その、ハジメさん達は、どうするのですか?」

 

ハウリア族の面々と合流し、ライセン大峡谷を脱出する為の道を進むハジメ達、そんな中ふと、シアが不安そうに話し掛けて来た。

帝国兵と遭遇したらどうするのか、と何処かあやふやな問いかけに一瞬?マークが浮かんだハジメだったが直ぐにその意図に気付いた、ハジメ達と帝国兵は同じ人間族、亜人である自分達ハウリア族を守る為とはいえ同族に銃口を向ける積りなのか?とシアは聞いているのだと。

 

「シア、君はその未来が視える固有魔法で視たって言っていたでしょ、僕が、僕達が帝国の兵士を皆殺しにする未来を。あれは嘘なの?」

「嘘ではありません、確かに見ました。だからこれは質問というより確認です。帝国兵から私達を守ると言う事は、人間族と敵対する事と言っても過言じゃありません。同族と敵対して本当に良いのか、と…」

 

シアは不安に思っていた、自分達を守る為にヘルシャー帝国と敵対する道を歩ませて良いのかと。

といってもハジメ達が帝国の兵士に殺される様な未来も、帝国に降って自分達を売り渡す様な未来も想像出来ない、彼らの心身の強さは、所有する兵器の強力さはそれ程の物だと彼女は実感していた。

シアが不安に思っているのは、帝国と敵対した為に同族を殺す事を強いられているんだ!という状況に置かれ続ける事でハジメ達が良心の呵責に苛まれないか、優しいハジメ達がそれを苦にする事態に発展してしまうのではないか、という事だった。

そんなシアの不安を見抜いたハジメはふと、自分達が旅をしている訳を教えていない事に気付いた。

 

「そういえば話していなかったね。僕達がどうして旅をしているのか、君達に頼んでまで樹海に入ろうとしているのかを」

 

それに気づいたハジメは「相手は亜人族、エヒトルジュエの事は信仰するどころか差別の関係から憎んでいると思う」との考えから話しちゃっても大丈夫だと判断し、自分達の旅の目的を話した。

反逆者の住処で知ったトータスの真実、邪神エヒトルジュエが自分達の故郷にまで手を出さんとしている危機感、それを阻止する為に決意した邪神討伐、その為の『術』としてISやヴァスターガンダム、ストリボーグを始めとした兵器を開発した事等々…

 

「僕達の目的である邪神エヒトルジュエの討伐、それは即ち聖教を潰すのと同じ事であり、それを信仰するほぼ全ての人間族を敵に回すのと同じ事さ。ヘルシャー帝国もハイリヒ王国程では無いにしても信仰に熱心な国民性だと聞く、僕達がやろうとしている事を知ればそれを阻止せんと敵対するに違いない。それが少しばかり早まるだけの事だよ、シアが「自分の所為で」と気に病む事は無いさ」

「そ、そうだったんですか…」

「はっはっは、分かりやすくて良いですな。樹海の案内はお任せ下され」

 

エヒトルジュエ討伐というまさかと言うしかない目的を聞いて、余りにスケールのデカい話にハウリア族の大半が理解し切れないと言いたげな表情を浮かべる中、既に帝国はおろか、この世界の同族全員に敵対するのも厭わないと覚悟を決めていたのだと納得したシアの不安は晴れ、一方でその目的がこの世界の為みたいな安直な正義感を振りかざす物では無く、自分達の大切な人を、日常を守る為というあくまで自分本位な物、ハウリア族を守るのもハジメの性分が含まれてはいるけど、極端な話自分達の目的の為だと理解したカムは、下手な善人キャラより余程信ずるに値すると快活に笑っていた。

そんな一行は大峡谷の出口に繋がる階段構造の岩壁に辿り着き、ハジメを先頭に登って行き、

 

『のわっ!?』

 

登りきって脱出を果たす前、其処にいるだろう帝国軍の陣に優花がスタングレネードを投擲、雫に次いで高い筋力と投擲術の技能を活かして寸分の狂い無く放り込んで炸裂させ、陣内を混乱状態に陥らせた。

 

「さぁて皆、

トリハピ祭りじゃぁぁぁぁ!サンハイ!

「トリハピ祭りじゃ」

「「「「「ワッショイワッショイ!」」」」」

『ぎゃぁぁぁぁ!?』

「トリハピ祭りじゃ」

「「「「「ワッショイワッショイ!」」」」」

『ぐぁぁぁぁぁ!?』

 

その混乱の隙を突いてハジメ達は、何処ぞのキュアゴリラみたいなネタを叫ぶハジメの先導で陣内に突入、香織達もハジメに合わせてネタを連呼しながらヴィーフリによる掃射で帝国兵を皆殺しにした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22話_ハルツィナ樹海

「それでは皆様、中に入ったら決して我らから離れないで下さい。皆様を中心にして進みますが、万一はぐれると厄介ですからな。それと行先は樹海の深部、大樹の下で宜しいのですな?」

「うん。聞いた限りだと其処が本当の意味での大迷宮と関係がありそうだからね」

 

ライセン大峡谷の入り口に陣取っていたヘルシャー帝国の兵士達を皆殺しにし、脱出を果たしたハジメ達はそれから僅か数分でハルツィナ樹海と平原との境目に到着した。

と言っても大峡谷と樹海との間が隣近所と言っても良い程地理的に近いという訳では無い、寧ろシア達曰く徒歩で1日掛けて辿り着いた距離らしく、馬車等でも数時間は掛かる道のりである。

ではどうやってたった数分で辿り着いたかと言うと、それを聞いていたハジメが「そんなに時間かけていられない」とストリボーグの船体部分を宝物庫から取り出し、それに全員載せて全速力に近いスピードで航行したからである。

シルエット的には船に見えなくもないけど未来的過ぎて意味不明な外見や内装に戸惑う暇もなく、自分達が苦労の果てに一時的な避難場所とはいえ辿り着いた大峡谷と樹海までの道をまるでカップ麺を作るかの様な感覚で踏破して見せたストリボーグの高性能振りに、それを作って見せたハジメの開発手腕にハウリアの殆どが驚きを隠せなかったのは言うまでも無いが、カムだけは「聖教を潰すと、神を討伐すると言うのだからこれ位は出来て当たり前と言う事なのでしょうな」と予想していたと言わんばかりの様子だった、それを見て流石は族長、かなりの大物だとハジメは感心したとか。

ともあれ一歩足を踏み入れれば樹海の中、と言える場所まで来たハジメ達、樹海を名乗るだけあって外からは鬱蒼とした森にしか見えないが、中に入った瞬間から霧に覆われるらしい。

そんな特性を持つ場所であるハルツィナ樹海その物が大迷宮だと当初ハジメ達は思っていたが、先程までいたライセン大峡谷もそうだが大迷宮を名乗るなら相応に凶悪な魔獣が彷徨っている筈、亜人族が国まで作って平穏に暮らしていられる程安全な場所じゃない筈だ。

よって大峡谷と同じく此処自体が大迷宮では無いと判断、カムが話に挙げていた樹海の深部にあると言われる大樹『ウーア・アルト』が本当の意味での大迷宮と関わりがあると踏んだのである。

それを説明し、カムも応じると周囲に合図してハジメ達の周りを固めた。

 

「皆様、出来る限り気配は消して貰えますかな?大樹は神聖な場所とされておりますから余り近づく者はおりませんが、特別立ち入りを禁止されている訳でも無いので、フェアベルゲンや、他の集落の者達と遭遇してしまうかも知れません。我々はお尋ね者なので見つかると厄介です」

「勿論さ。僕達も隠密行動の類は可能だから大丈夫だよ」

 

ただそれで直ぐ出発という訳では無く、他の亜人族との遭遇を避ける為カムの要望に応じ、香織と優花はオルクス大迷宮で習得した気配遮断、ハジメと雫は元々持っていた隠業のスキルを駆使して気配を断ち、ユエも旅の中で培った方法で薄くしたのだが…

 

「ッ!?これはまた…

皆様、出来ればユエ殿位にして貰えますかな?」

「ん?…こんな感じかな」

「はい、OKです。先程のレベルで気配を殺されては、我々でも見失いかねませんからな。いや全く、流石ですな!」

 

兎人族は身体スペックが低い分、聴覚による索敵能力や、気配を断つ隠密能力に秀でていた。

奈落で鍛え上げたユエと同等という達人級の隠密能力を有していたのだが、そんな彼らですらハジメ達の足元にも及ばない、平原等ではともかく樹海の中に入ってしまったら見失いかねない程だった。

そんな自分達の強みすら凌駕するハジメ達に苦笑いをしながら調整をお願いするカム、そんな彼らハウリア族の様子にユエは何処か自慢げに胸を張っていた一方、シアは何故か複雑そうな表情だった。

 

「それでは行きましょうか」

 

こうして紆余曲折はあったが、カムの号令と共に樹海へと足を踏み入れたハジメ達。

聞いていた通りと言うべきか、その中はやはり霧に包まれており、周りにいるハウリア族の面々を何とか見える程視界が塞がれた状態だったが、亜人族は樹海の中でも正確に現在地や方角を把握出来るらしく、迷いのない足取りで樹海への道を辿って行く。

その道中、樹海に住む魔物達に何度か襲われる事はあった、樹海に住む亜人族に見つかってはならないという都合上ハジメのXラウンダーによるプレッシャーで追い払う事は出来ないのでそれも致し方ない事ではある。

しかしそれもハジメ達の、サプレッサーを装着したグローサによる銃撃で難なく対処出来た。

回転式拳銃はその構造から燃焼ガスと共に発砲音が漏れてしまう関係で本来サプレッサーは意味を成さないのだが、ハジメの開発したグローサにはベルギーのナガン兄弟が開発、その後もロシアのトゥーラ造兵廠等で長らく生産されてきた回転式拳銃『ナガン・M1895』とよく似たガスシール構造を導入した為その欠点を克服、サプレッサーを装着する事の有用性が生まれたのである。

然も現在使用しているボーク・スミェルチ弾はレールガンの機能を使用しない場合は亜音速で発射される、これによってソニックブームが発生しないのでより消音性を高める事が出来、発砲した際にはカメラの作動音みたいな音しかならないのである、この状況で甲高い発砲音など鳴らせばどうなるか火を見るより明らかなので、導入して損は無かったなとハジメは思った。

こうして世間的には相当厄介とされる樹海の魔物も難なく対処し、大樹への道を滞りなく進んで行った一行ではあったが、樹海に入って数時間後、今までにない無数の、魔物のそれとは明らかに違う気配に囲まれてハジメ達は足を止めた。

数も殺気も、十分に訓練された軍人を思わせる連携も魔物のそれとはまるっきり異なるその気配、何かを掴んだのかカム達ハウリアは苦虫を噛み潰した様な表情となり、シアに至っては青ざめている、ハジメ達も懸念していた事態になってしまったかと何処か面倒そうな表情になっていた。

その正体は…

 

「お前達、何故人間といる!?種族と族名を名乗れ!」

 

虎模様の耳と尻尾を生やした虎人族と呼べば良いだろうか、筋骨隆々の亜人だった。

 

「あ、あの私達は…」

 

他の亜人族との遭遇という恐れていた事態になってしまった一行、その中でカムは額に冷や汗を流しながら弁明を試みようとするが、制止の声を上げた虎人族の男がシアを己の視界に捉える方が早かった。

 

「白い髪の兎人族だと?どうやら貴様らが報告のあったハウリア族か、亜人族の面汚し共め!長年同胞を騙し続け忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは!反逆罪だ、もはや弁明など聞く必要も無い!全員この場で処刑」

 

フェアベルゲンにおいて真っ先に処断すべき存在であるシアを、そのシアを長年匿って来たハウリア族だと知り、怒り心頭で攻撃命令を下そうとしたその瞬間だった。

ドパァン!という炸裂音が響き渡ると共に一条の閃光が号令を出そうとした男の頬を掠め背後の樹を抉り飛ばして樹海の奥へと消えた。

言うまでも無くハジメがグローサを、サプレッサーを外した状態で、レールガンの機能も用いて発射したのだ、然しながらそんな物は見た事無い彼らが凍り付くのも無理は無い、聞いた事無い炸裂音と反応する暇も与えぬ超速の攻撃、まともに食らったら命は無いという恐怖でその身は硬直してしまう。

だがハジメはそんな事情など知った事かと畳みかける、もうバレたんだし使っちゃっても問題ないよねと判断してXラウンダーの力を解放、強烈な威圧感を発して、一切の動きを封じた。

 

「はい、動かないでね。僕達は今の攻撃を一瞬の内に数十回行える、周囲を囲んでいる亜人族も全て把握しているよ。君達が今いる其処は、僕達の射程範囲内さ」

「な…」

 

詠唱等の予備動作が殆どなく、見た事も無い強烈な攻撃を連続で行え、その標的となり得る味方全員の場所を把握しているというハジメ、それがハッタリでは無い事を証明する様にとある方向へ、自らの腹心がいる場所へと銃口を向けるのを目の当たりにし、向けられた腹心が動揺するのを感じて驚きの声を上げるしかない虎人。

 

「僕達に、ハウリアの皆に刃向かうなら容赦しないよ。少なくとも契約が果される迄はハウリアの皆を守って見せる、そう僕は誓ったからね。ただの1人でも逃しはしない、皆揃って天国に送ってあげるよ?但し、この場を退くなら僕達も追いはしない。敵じゃないのに無闇矢鱈と殺す理由は無いし。さあどうするの?敵対して全員あの世行きか、大人しく退くか」

 

全滅か撤退か、2つに1つだと銃口を突きつけながら問うハジメ、それは決して脅しなんかじゃあないと言う事を虎人は感じ取った、それを実行できる力があるとも。

とはいえ易々と退く事は出来なかった、彼はフェアベルゲンの第二警備隊で隊長を務める身、フェアベルゲンと周辺の集落間での警備を行う第二警備隊を指揮する彼はこの仕事を、魔物や侵入者から同胞を守り抜く仕事を誇りに思い、不退転の覚悟で臨んでいるのだ、侵入者を前にあっさりと退くなど、例え自分や周囲にいる部下の命が掛かっているとしても出来なかったのである。

 

「…その前に1つ聞きたい、何が目的だ」

 

余りの威圧に喉を動かす筋肉まで硬直したのか、掠れそうになる声を必死に絞り出してハジメに尋ねる虎人、返答次第では此処を死地と定めて玉砕する積りだと言外に込めた質問だ。

 

「樹海の深部、大樹『ウーア・アルト』へ行きたい」

「大樹の下へ、だと?何のために?」

 

まさかハジメ達の目的が、神聖な物ではあっても重要な物ではない深部の大樹とは思わなかったか困惑し、思わず聞き返す虎人、亜人族にとって大樹は、極論すれば単なる観光名所という認識でしかないのだ。

 

「其処に真の大迷宮に繋がる鍵があると僕達は見ているんだ。僕達は七大迷宮攻略の為に旅をしている。ハウリアの皆はその1つの入り口があるだろう此処の案内をさせているんだよ」

「真の大迷宮?何を言っている、此処は七大迷宮の1つ、ハルツィナ樹海その物だ。一度踏み込んだが最後、亜人族でなければ決して進む事も帰る事も叶わない天然の迷宮だ」

「それはどうかな?」

「何?」

「七大迷宮は、貴方達亜人族が国を興して平穏に暮らせる様な場所じゃない。僕達は既に七大迷宮の1つ、真のオルクス大迷宮を攻略して見せたけど、魔物達は文字通りの化物だらけだったよ、この辺りの魔物なんざ指先1つで滅殺!出来る位にはね。それに…」

「それに、何だ?」

「大迷宮は『解放者』達が後世の人達に残した試練なんだよ。確か亜人族はこの樹海を迷う事無く歩けるんだよね、深部に存在する大樹へも。そんな簡単な事を試練にするかな?だから樹海自体が大迷宮というのは無理がある、精々『真の大迷宮を攻略する上でのチュートリアル』と言った所かな?」

 

それに対するハジメの返答は虎人にとって俄かには信じられない話だった。

自分達の先祖が人間族等からの迫害の末に辿り着き、様々な苦労を経てフェアベルゲンを建国してやっとの思いで安寧を手にしたこの樹海が『チュートリアル』扱い…

普段ならハジメの言葉を戯言と切って捨てたり、先祖の苦労を侮辱したとして激昂したりするだろうが、そんな虚言を態々ハジメが言う意味は無い、何故なら圧倒的優位なのはハジメ達の方、詭弁を弄する必要性など無い位にこの場を支配しているのだから、実際にその言葉は確信に満ちている。

よって大樹に向かう事が目的なのは本当だろう、ならば自分達の命を無意味に散らし、フェアベルゲンに対する敵意を煽るよりは、さっさと目的を果たさせて出て行って貰った方が良いが、だからと言って包囲していた筈の自分達を逆に支配する様な脅威を独断で野放しにする訳にも行かない、と虎人は一瞬の内に考え、こう提案した。

 

「…お前達が、国や同胞に危害を加えないのならば、大樹の下へ行く位なら構わないと、俺は判断する。

部下の命を無意味に散らす訳には行かないからな。だが一警備隊長の私如きが独断で下して良い判断では無い。本国に指示を仰ぐ。お前の話も長老方なら知っている方もおられるかも知れない。お前に、本当に含む所が無いと言うのなら、伝令を見逃し、私達とこの場で待機しろ」

 

幾ら自分達の命が掛かっているとはいえ、樹海に侵入した人間族を見逃しても良いんじゃないかと発言した隊長に動揺を隠せない部下達だったが、彼にとってはそれが自分に出来る最大限の譲歩だったのだろう、ハジメに睨みを飛ばして見逃す為の提案を受け入れる様要求する虎人。

その提案にハジメは理性的な判断が出来ると、長年の迫害に晒され続けたにも関わらず感情に振り回される事無く様々な要因を基に最適な決断が出来る存在だと感心した。

それを踏まえ提案を受け入れるか否か、彼らを殲滅するか、フェアベルゲンに包囲されるリスクを取ってでも提案を受け入れるかを考えた末、後者を取ることにした。

自分達の実力を踏まえれば包囲された所で何の問題も無く対処可能、厳しい様でも此方にはヴァスターガンダムがある、それよりも仮に大樹が大迷宮との関わりが無かった場合は別の入り口を探さねばならない、そうなった場合フェアベルゲンの許可があれば何かと都合がいいと思い、提案を受け入れる事にしたのだ。

 

「賢明な判断だね、分かったよ。今の言葉を曲解する事無く伝える事。良いね?」

「無論だ。ザム!聞こえていたな、長老方に余さず伝えろ!」

「了解!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23話_フェアベルゲン

待つ事一時間近く、ただ待っているのも苦痛だったのかまずは香織とユエが、そのすぐ後に「抜け駆け厳禁よ!」と優花が、少し後に「私も混ぜて」と雫がハジメにすり寄った為にイチャつき始め、それを見て羨ましくなったのかシアが「私も~」と参戦しようとして「お呼びでないから」と追い払われ、尚も入ろうとして、胸の一件からシアを良く思っていないユエに制裁されるという、何とも言えない光景が繰り広げられる中、急速に近づく気配を感じ取った事で気を引き締めた一行。

尚、待っている間武装こそ解除してはあるもののハジメはXラウンダーによるプレッシャーを発し続けていた為に待機していたフェアベルゲン側の面々は戦闘態勢に入る事はおろか指一本動かす事も出来ず、敵地のど真ん中でイチャつくハジメ達の姿を目撃しても何の対処も出来なかったそうだ。

と言っても別に周りの亜人達から攻撃されるのを警戒してそうした訳では無い、では何故そうしていたのかと言うと、現在は自分達及び案内役として同行しているハウリア族の一団とフェアベルゲン第二警備隊の一団、指揮系統が全く異なる2つのグループが一緒になってハルツィナ樹海内の一か所に屯している状況、其処に魔物が襲い掛かって来たらどっちが魔物を迎え撃つかで大揉めになるし、互いが勝手に対処すれば誤射等のミスも発生しかねない、自分達はフェアベルゲン側とは初対面な上にそもそも相手側からは蛇蝎の如く嫌われる人間族だしハウリア族はシアの一件でフェアベルゲンから追われる身、いざと言う時の連携など望める筈も無い、そういった混乱を避けるべく魔物を追い払う為にプレッシャーを発していたのだ。

自分達が使用している銃火器は誤射1つで命取り、もし亜人を射殺してしまったら仮にミスだと客観的に証明されてもフェアベルゲン側の態度が硬化するのは確定的に明らか、なるべくならそんな事態は避けたいハジメの防衛策なのだ。

この為に何事も無く(?)待ち時間を過ごしていたこの場所に再び緊張が走る、とはいえ近づいて来る気配は魔物の物ではなく、周りにいる警備隊とよく似た物だったが。

 

「ふむ、お前さんが問題の人間族かね?名は何と言う?」

「ハジメ、南雲ハジメ。貴方は?」

 

現れたのは数人の亜人、その中心には長老と呼ばれる存在の一角であろう、初老の男がいた。

尖った耳が何よりも特徴的な所謂エルフ――トータスにおいては森人族と呼ばれる種族の特徴を有した男、寄る年波には勝てないのか元々端正だったその顔には皺が刻まれているが寧ろそれが威厳さというアクセントを加えていた。

その長老らしき男にハジメは一応の敬意を払いながら自己紹介するがぶっちゃけタメ口だったので周囲の亜人がその無礼に対して憤り飛び掛かろうとするも、ハジメは相変わらずXラウンダーによる威圧を放っていたので動くに動けなかった。

 

「私はアルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を1つ預からせて貰っている。さて、お前さんの要求は聞いているのだが、その前に聞かせて貰いたい。解放者とは何処で知った?」

「オルクス大迷宮の奥の奥、正に奈落の底と言って良い場所にある解放者オスカー・オルクスの住処で教えて貰ったよ。この指輪がその証拠さ」

 

それは男――アルフレリックも一緒の筈だが、彼は重苦しい気配に押し潰されそうになりながらも毅然とした態度で自己紹介をしつつ、ハジメに目的の根拠である解放者の存在について尋ねた。

それを素直に答えたハジメは、アルフレリックの顔が驚愕に染まりその証拠を提示する様求める未来が見えたので先回りする形で自らの指に嵌めた指輪を見せた。

その指輪に刻まれた紋章を見てアルフレリックは驚愕の余り目を見開き、ハジメ達がオスカー・オルクスの住処で解放者の事を知ったのだと認識した。

アルフレリックはハジメの話を聞いた当初、上層部の誰かがハジメ達にその情報をリークしたのではないかと若干疑っていた、というのは解放者の存在と、その1人がオスカー・オルクスという名である事は自分達長老と極僅かな側近しか知らない機密事項、よってその内の誰かがハジメ達の強さに目を付けて勇者として招き入れる事で自分の発言力を強めようとしたのでは無いかと疑いを持っていたのだ。

然しハジメ達がオルクス大迷宮の最深部にある住処に辿り着き、其処で解放者の存在を知った事を示す物的証拠がある以上その線は無いと確信、同時に彼らは客人として迎えるべき存在だと理解した。

 

「成る程、確かにお前さん達はオスカー・オルクスの住処に辿り着いた様だ。他にも色々気になる事はあるが、良かろう。取り敢えずフェアベルゲンに来るが良い、私の名で滞在を許そう。勿論、ハウリアも一緒にな」

 

フェアベルゲンの、亜人族の長である筈のアルフレリックが口にした、仇敵である筈の人間族と法を破ったハウリア族を迎えるという異例の決断に驚きの声が上がるが、それに抗議するのは周囲の亜人達だけでは無かった。

 

「ん?どう言う事?僕達が行きたいのは大樹であってフェアベルゲンじゃないんだけど?」

 

目的地はフェアベルゲンでは無く大樹であるハジメ達もまた、何故さっさと大樹に行かせてくれないかと抗議の声を上げるが、その話を聞いたアルフレリックは何処か困惑した様に返事した。

 

「いやお前さん、今大樹に向かうのは無理だ」

「え?」

「大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で霧が弱まるから、大樹の下に行くにはその時で無ければならん。次に行ける様になるのは十日後だ。亜人族なら誰でも知っている筈だが…」

 

今直ぐには行けないと言う事実を、亜人族なら皆知っている筈の事実を知らされるハジメ、あれそういえばハウリアの族長であるカムは説明していなかったなとふと思い出してアルフレリックと共にカムの方を見た。

 

「あ」

「カム?」

「あっいやその何と言いますか…

はっはっは、色々あったから忘れちゃったZE☆」

『ズコー!』

 

その事実をすっかり忘れると言うまさかの事態にハジメ達、カム以外のハウリア族、そしてフェアベルゲン側の亜人達が昭和を代表すると言って良い感じにズッコケたのは言うまでもない。

 

「いや忘れちゃったZE☆や無いやろ!オドレはマジタレ*1が出来ていちびってる*2漫画編集者かゴルァ!」

「アッー!」

 

それを、誤植を連発した漫画編集者みたくふざけた感じで釈明したカムにハジメがマジギレし、関西のチンピラみたいな口調で糾弾しながらヴィントレスで連射、カムをボコボコにした(勿論非殺傷弾)のも言うまでも無い。

 

------------

 

「成る程、試練に神代魔法、それに神の盤上、か…」

 

その後1時間程掛けてフェアベルゲンに入国したハジメ達、其処でこの霧が立ち込めるハルツィナ樹海の中でも生きていける様な取り組みを積み重ねた亜人達の苦労が分かる街並みの神秘性を称賛したり、道中で所かまわず突き刺さった好奇や忌避、困惑や憎悪と言った様々な視線を感じ取った事で長年に渡って酷い迫害を受け続けた亜人族が人間族等に対してどの様な感情を抱いているのかを感じ取ったりしたハジメ達は、長老達が重要な意思決定を行う為の場所、現代日本で言えば官邸や国会に該当する様な場所の最上階に招かれ(その際にハウリア族の皆がその下で待機しようとしたがハジメが「皆も入るんだよ、今は仲間なんだから」と一緒に入れた)、アルフレリックと話し合いを始め、オルクス大迷宮の最深部に存在する反逆者の住処でオスカー・オルクスから教えられたこの世界の真実を、自分達が元居た世界からエヒトルジュエによって無理矢理召喚させられた事を、真実を知ってエヒトルジュエを討伐する為に七大迷宮を攻略し、神代魔法を手に入れようとしている事を説明した。

その話を「神がクズであろうとそうで無かろうと、亜人族の現状は変わらない、今更だ」と顔色を変える事無く受け止めたアルフレリックは、何故周囲の反対を押し切って自分達をフェアベルゲンに招いたか、その根拠である『掟』について説明した。

その掟、解放者の1人でハルツィナ樹海にあるとされる大迷宮の創始者であるリューティリス・ハルツィナが、自分達が解放者であるという事実、自分を含めた解放者の名前と共に、フェアベルゲンが出来るよりずっと前からこの地に住んでいた亜人の一族に言い伝えて以来、延々と受け継がれて来たたというその掟、それはこの樹海の地に七大迷宮を示す紋章を持つ者が現れた時、それがどんな存在であろうと敵対しない事、その者を気に入ったら望む場所に連れて行く事、と何とも抽象的な物だった。

因みにアルフレリックがハジメの指輪に刻まれている紋章を見つけて驚いたのは、大樹の根元にある石碑に七大迷宮を示す紋章があり、その1つと一致したからだとか。

 

「つまり、僕達はその資格を持っている訳だね」

 

自分達人間族を此処フェアベルゲンに招き入れた訳が分かったハジメ達だったが、それは長老達にしか伝わっていない事、殆どの亜人族は知らないので今後どうすべきかを話し合う必要があるとの認識で一致したその時、この場に向かってドカドカと大きな足音を立てて向かって来る一団を感じ取った。

最悪の状況を想像して顔が青ざめるハウリア族一同とは対照的に、ハジメ達とアルフレリックはまあそうなるよなと、寧ろ呼び出す手間が省けたなと言わんばかりに平然としている中、ドカァッ!という轟音と共にドアが荒々しく開かれた、その先にいたのは熊を思わせる亜人に虎人(警備隊長の虎人とは別)、狐を思わせる亜人に背中から翼を生やした亜人、そしてドワーフの様な見た目の毛むくじゃらな亜人の5人がいて、例外なくハジメ達を、アルフレリックを、そしてハウリア族一同を睨み付けていた。

 

「アルフレリック、貴様どう言う積りだ?何故人間を招き入れた?こいつら兎人族もだ。忌み子にこの地を踏ませる等…

返答によっては、長老会議にて貴様を処分することになるぞ」

 

それを代表して熊の亜人がアルフレリックに問い質す、握り拳がわなわなと震えているのを見れば怒りや憎悪等、様々な感情が渦巻いて今にも爆発しそうなのは明らか、然しながらアルフレリックと同じく長老の立場なのかそれを必死に抑え込み、何事かを問うているのは流石にフェアベルゲンを引っ張る立場であると言うべきか。

そんな熊の亜人の激情などどこ吹く風と言わんばかりに、アルフレリックはこう答えた。

 

「なに、掟に従った迄だ。お前達も各種族を代表する長老の座にあるのだ、事情は理解出来る筈だが?」

「何が掟だ、そんな物眉唾物ではないか!フェアベルゲン建国以来一度も実行された事無いではないか!」

「だから今回が最初になるのだろう、それだけの事だ。お前達も長老なら掟に従え、掟とはそういう物だ。我ら長老の座にある者が掟を軽視してどうする」

「ならこんな人間族の小僧達が資格者だとでも言うのか!敵対してはならない強者だと!」

「そうだ」

 

どうやら集まって来た亜人達とアルフレリックが今代の長老らしいが、掟に対する認識は差がある様子、アルフレリックは見た目もそうだが、森人族自体が平均寿命200歳という長命な種族、よって目前の長老達とは相当年齢に開きがあるのかも知れず、掟への姿勢も此処まで違うのだろう。

あくまで掟を重視するアルフレリックと、形骸化したと言っても過言じゃない掟など守る意味は無いと息巻く他の長老達、

 

「ならば、今この場で試してやろう!」

 

その状況下で熊人はいきりたち、ハジメに向かって突進し、瞬時に間合いを詰めると共にストレートパンチを放った。

2メートル半という身長に見合った身体能力を有する熊人族、そのパワーは一撃で野太い木をへし折る程との事、その豪腕から全力で放たれたパンチには流石のハジメも耐えられる筈もない、次の瞬間には肉塊となったハジメを他の亜人達は想像したが、

 

「ッ!?」

 

そうはならなかった。

衝撃音と共に振り下ろされた拳はあっさりとハジメの左腕で掴まれ、次の瞬間にはズバァ!という斬撃音と共に腕ごと熊人の身から分離させられた。

だがそれだけでは終わらなかった。

 

「ご、がば、あが…」

「じ、ジン!?」

 

最初、長老としての矜持から例え腕を切り離される激痛を感じようと悲鳴を上げなかったのだと思われた熊人――ジンだが、少し経つと様子が変わった。

酸欠状態に陥ったかの様に顔が青ざめ、足元が覚束なくなりやがて崩れ落ち、ビクビクと痙攣し出したのである。

腕が切り離されたのは言うまでも無くハジメが錬成を悪用し、ジンの拳を左腕で掴む瞬間に彼の血液に含まれる鉄分を用いて発動、沢山の鉄を駆使して腕の中に刃を作り出してズタズタに切り裂いたのだ。

さてこの錬成の際に用いた鉄は血液において酸素供給を担う重要な物質、その大半が錬成の為に役割を失ったらどうなるか、答えは今言った通りの酸欠状態だ。

急激に酸素供給能力が失われた事によって只でさえ片腕を失ったダメージの大きいジンの身体が悲鳴を上げ、昏睡状態に陥ったのである。

その後ジンは救急搬送され、高価な回復役を湯水の如く使う等の治療によって一命をとりとめたらしいが、所謂植物状態に陥り、戦士として戦う事は勿論、意識を取り戻す事すら無かったそうだ。

*1
本命の彼女を示す隠語

*2
近畿地方の方言で「調子に乗っている」という意味



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24話_長老会議

どうしても休み中に書き上げたいという衝動にかられ、本日2度目の投稿になりました。


「さて、貴方達は僕達にどの様な態度で臨むつもりかな?僕達は大樹の下に行きたいだけであり、それを邪魔しなければ敵対する気も無い訳だけど…

亜人族個人個人の感情は兎も角として、フェアベルゲンの、()()()()()の意志を示して貰えねばいざと言う時、此方が其方的にはやり過ぎるという意味で不味いと思うな。生憎と殺し合いの最中、アルフレリックさんみたいに受け入れる立場の人と、先程のジンみたいに拒絶する立場の人、その区別に配慮する暇は無いんだからさ」

 

ジンが運ばれた後、アルフレリックの執り成しもあってかハジメによる蹂躙劇が回避された長老会議の場、其処には今、虎人族のゼル、翼を生やした亜人――翼人族で長老唯一の女性であるマオ、狐みたいな姿の亜人――狐人族のルア、ドワーフらしき見た目の亜人――土人族のグゼ、そしてアルフレリックが、ハジメ達と向かい合う形で座り、ハジメ達の背後にハウリア族一同が固まって座っていた。

こうして始まった話し合いの第一声で発したハジメの言葉に、場合によっては皆殺しも辞さないと言外に主張するその言葉には、先程亜人族の中でもトップクラスの戦闘力を誇るジンが文字通り手も足も出ずに瞬殺された光景を目の当たりにしたのもあって、アルフレリックを除いた長老達は揃って身を強張らせた。

 

「此方の仲間を再起不能にしておいて第一声がそれか。それで友好的になれるとでも?」

 

その中の1人であるグゼが苦虫を噛み潰した表情で、呻くように呟いたのは、今の一件に対する敵意と言えなくもない感情だった。

 

「何を言っているのかな?先に殺意を向けて襲い掛かったのはあの熊人族だよ?僕はそれに対処しただけ、つまり正当防衛さ。再起不能になったのは向こうの自業自得でしょうに」

「き、貴様!ジンはな!ジンは何時も国の事を思って」

「それが初対面の相手を問答無用に殺しても良い理由になるのかな?」

「そ、それは、然し!」

「勘違いしないで欲しいな。僕が被害者で、向こうが加害者、これは揺るがしようのない事実なんだよ?長老会議は罪科の判断も下す機関、なら長老である貴方は感情に振り回される事無く状況に基づいた理性的な判断を下すべきだと思うな」

 

然しながらハジメが言った通り先に襲い掛かって来たのはジンの方である、流石に片腕を切り取った上に植物状態まで追い込んだのは過剰防衛じゃね?とツッコまれそうだが一歩間違えたら(無いとは思うが)ハジメもただでは済まなかったのである。

 

「グゼ、気持ちは分かるがその位にしておけ。彼の言い分は正論だ」

 

アルフレリックもそれを理解してたのかグゼを諫め、自分の言い分に賛同する者がいないと思い知ったグゼは表情を歪めつつも黙り込んだ。

 

「確かにこの少年は紋章の1つを所持しているし、その実力も大迷宮を突破したと言うだけの事はあるね。僕は、彼らを掟にある資格者と認めるよ」

 

こうして再開された話し合いで真っ先に発言したのはルア、ハジメ達を資格者として認めると表明し、他の長老達はどうするのかと言わんばかりに視線を周囲に向ける。

それを受けてかマオやゼルも思う所はあれど同意を示した、グゼは未だ黙り込んだままだったがアルフレリックを含めれば4人の長老が認めるとの判断であり、多数決の原理からして決定と言って良いだろう、代表してアルフレリックがそれを伝えた。

 

「南雲ハジメ、白崎香織、八重樫雫、園部優花、そしてユエ。我らフェアベルゲンの長老衆は、お前さん達を掟にある資格者として認める。故にお前さん達と敵対はしないと言うのが総意だ。可能な限り、末端の者にも手を出さない様に伝える、然し…」

「絶対じゃないって事かな?」

「ああ、知っての通り亜人族は人間族を良く思っていない。正直憎んでいるとも言える。血気盛んな者達は長老会議の通達を無視する可能性を否定出来ない。特に今回再起不能にされたジンの種族、熊人族の怒りは抑え切れない可能性が高い。アイツは人望があったからな…」

「それで、何が言いたいのかな?」

「お前さん達を襲った者達を殺さないで欲しい」

「殺すな?」

「そうだ。お前さん達の、少なくともお前さんの実力なら容易だろう?」

 

フェアベルゲンの総意としてハジメ達を資格者として認め、敵対しないと表明はしたが、それに従わない者達も発生するだろう、そういった者達が仮に襲撃をして来ても命までは取らないで欲しいと言う要求に渋い顔をする香織達だったが、ハジメだけは予想通りと言いたげな顔で了承した。

 

「まあね、分かったよ。人間族が亜人族に対する長きに渡る差別の歴史は僕も学んでいる、それ故に亜人族が人間族に抱く憎悪も理解しているよ。僕がいた世界にも似た様な差別が長きに渡って続いた歴史がある、いや今現在も続いていると言って良い。それもこのトータスにおいて貴方達が被害を受けた様な魔力の有る無しや、動物みたいな耳や尻尾を生やしている事等に基づいた物じゃない、ちょっと肌の色が違うだけで酷い差別が横行したんだよ。アルビノへの迷信、アパルトヘイト、ホワイトパワー…

嫌な現実だよ、何処の世界にも他種族の粗を探してそれをこき下ろす輩が大勢いる、それが国家ぐるみ、世界ぐるみで長きに渡って行われる歴史がある、未だに続いているなんてね、ふざけんなよ本当にさぁ!」

 

敵と認識した相手には一切の情け容赦を掛けないが、そうでなければ考えるより先に手を差しのべてしまう程の優しさと、その為にどんな困難にも立ち向かえる勇敢さを併せ持っているハジメである、このトータスにおける人種差別の歴史を知って心を痛めたのは、それ故か亜人族が人間族等に対して憎悪とも言える嫌悪感を抱くのも仕方のない事だと思ったのは言うまでもない。

思い出すだけでも気分を害する現実に思わず声を荒げたハジメに驚いた亜人達だったが、アルフレリックからの要求に平気な顔で応じたのはそういう思いが、奈落に落ちてからの壮絶な日々を経ても歪む事の無かった鉄の意志があったからだ、然し…

 

「少なくとも僕は、殺しはしない。だけどまともな人生を歩み続けられるとは思わないで欲しいな。さっきあの熊人をノしたあの攻撃、あれこそ僕が出来うる『手加減』だから」

 

人としての命までは取らないが、無力にはする、それがハジメの真意だ。

ところがこれに噛みついた者がいた、ハジメ達を資格者として認めると口にしなかったグゼではない、

 

「ならば我々は大樹の下への案内を拒否させて貰う。掟にも気に入らない相手を案内する必要は無いとあるからな」

 

一度はハジメ達を資格者として認めた筈のゼルだ。

その言葉に香織達は訝しそうな表情をした、それもそうだろう、案内人に指定したのはハウリア族であり他の亜人族を頼る積りは無い、それは彼らも知っている筈なのだから。

然しながらゼルの次の言葉で真意が明らかになった。

 

「ハウリア族に案内して貰えるとは思わない事だ。そいつらは罪人、フェアベルゲンの掟に基づき裁きを与える。何があって同行していたのかは知らんが、此処でお別れだ。忌まわしき魔物の性質を持つ子とそれを匿った罪、フェアベルゲンを危険に晒したも同然なのだ。既に長老会議で処刑の決定が下っている」

「何ですって?」

 

その言葉に反応したのはハウリア族と雫、シアは泣きそうな表情で震え、カム達は一様に諦めた様な表情をし、雫は怒りを露わにする。

やがてシアが土下座をしながら他の一族は見逃すよう懇願したがその決定が覆る事は無く、

 

「そういう訳だ。これで貴様らが大樹に行く方法は途絶えた訳だが、どうする?運良く辿り着く可能性に」

 

それ故に此方の要求を呑め、でなければ大樹には事実上行けないぞと勝ち誇った笑みを浮かべながら突きつけようとしたが、

 

「むぅっ!?」

「ぬぉっ!?」

「きゃぁっ!?」

「な、何だ!?」

「地震か!?」

 

突如この部屋を、正確にはフェアベルゲン全体が激しい揺れに襲われ、轟音が響き渡った事でそれが最後まで発せられる事は無かった。

唐突に起こった揺れと轟音に驚き、外に出てみると其処には、

 

「な、何だあれは!?」

「地面に、大穴!?」

 

地面に半径数メートルから十数メートルとも言える大穴――クレーターが空いたフェアベルゲンの光景だった。

それに驚いたのは長老達だけでは無い、フェアベルゲンに住まう亜人族の人々もまた驚き、何だ何だとその方へ向かおうとする。

だがそれは1回限りの物では無かった、突如として発生する土柱、それに伴って起こる激しい揺れと轟音、それが1秒間に何十回という間隔で引き起こされ、フェアベルゲンの地が穴凹だらけになって行ったのである。

 

「解放者リューティリス・ハルツィナは嘆いている!掟に従わず資格者に敵意を示す長老達の姿を嘆いている!」

「な!?」

「自らの言い伝えを無下にし、理不尽な要求を突きつける亜人達を嘆き、その驕り高ぶった考えを正すべくこうして裁きの鉄槌を下しているんだ!オスカー・オルクスの住処にあった書物の通りだ!」

「何だと!?」

 

まさかの事態に慌てふためく長老達にこれはリューティリス・ハルツィナによる裁きだと伝えるハジメだが、これは嘘だ。

真相はフェアベルゲンに入国する前にハジメが、メルキューレにヴィントレスを持たせた状態で密かに上空へと飛ばし、遠隔操作の派生技能を習得していた魔力操作技能を駆使し所謂遠隔操作式レールキャノンとして配備し、このタイミングで地上に向けて掃射を行わせ、リューティリス・ハルツィナの意志を騙って長老達の決定を覆そうとしているのだ。

ヴィントレスはハジメが開発した銃火器の中で、ボーク・スミェルチ弾を使う物では最も巨大なサイズではあるが、それ故かヴィーフリと比べても銃身長は長く、即ちレールガンによる電磁加速の恩恵をより多く受けられると言う事である。

その弾速は十数km/s、これは隕石と互角以上のスピードである、銃弾としては異例とも言える重さを持つボーク・スミェルチ弾がそのスピードで地上に直撃すればどうなるか、そんな銃撃が重機関銃であるヴィントレスによって連続で行われたら、その答えが今の様な地獄絵図なのだ。

 

「わ、分かった!ハウリアの処刑は中止し、彼らは無罪とする!」

 

ハジメの自作自演によってこんな地獄絵図が繰り広げられているとは知る筈もなく、リューティリス・ハルツィナの意に背いた罰だと知って慌てた長老達は既に決定していたハウリア族の処刑を撤回し、その罪を問わない事を決めたが、銃撃が止まる事は無かった。

 

「な、何故だ!?何故治まらないんだ!?」

「まさか一時の決定を覆しただけで矛を収めると思ったの?きっとリューティリス・ハルツィナはこう思ったんじゃないかな?今の長老達を、少なくとも僕達資格者に対し傲慢な振る舞いを見せた人達は信用ならない、きっと第二、第三の資格者が現れた時にも同じ様な対応を取るに違いないとね。つまり、虎人族と土人族の長老を今この時を以て更迭すれば治まるかも知れないね」

「「な、な…!」」

 

後ろで自分がこの地獄絵図を作り出しているなんて考えもせず、脅しにあっさり屈したのを良い事に攻撃を続けながら更に要求を吹っ掛けるハジメ、繰り返すが敵と認識した相手には一切の情け容赦を掛けないだけである。

 

「分かった!今この時を以てゼルとグゼ両名を、この混乱を起こした責任で長老の任を解く!」

 

それを聞いてアルフレリックは一縷の望みを掛けてゼルとグゼを更迭する決定を下した。

長老の更迭という異例中の異例と言って良い決定を独断で行ったアルフレリックだが彼を非難する者はいなかった、それ程までに今起こっている事がフェアベルゲンを揺るがしかねない緊急事態だったのだから。

そしてハジメの言う通り(尤も実行している本人なので当然と言えば当然だが)、両名の更迭を宣言したそのタイミングで銃撃はパタリと止んだ。

 

「これでリューティリス・ハルツィナも安心だと思うね。資格者に害意を示す長老はその座を追われ、僕達資格者は歓迎される意向となった。案内役に任ぜられたハウリア族が処断される事無く、ね。何て顔しているの?これから仲良くやって行こうよ、ね?」

 

自分がこの事態を引き起こした事等おくびにも出さず、平然とした態度で応じるハジメ、そんな彼らに長老達の表情は苦虫を噛み潰した様な物、それを目ざとく見抜いたハジメが友好関係を築いて行こうと話し掛けた。

尚、その心中で「計画通り」と言いたげな歪んだ笑みが浮かべていたのは言わずとも分かるだろう。

因みにあの銃撃に巻き込まれたのは1人もおらず、精々揺れに伴う軽傷者が亜人側から出た程度だったらしい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25話_生き残る唯一の道

「ハジメ、何であんな回りくどい事を?」

「雫?」

 

長老会議にて死罪が決定していた筈のシアを始めとしたハウリア族の逆転無罪と、同じく長老会議にて資格者である筈のハジメ達に敵対的な姿勢を見せたグゼとゼル両名の長老からの更迭(ジンは植物状態なので事実上の辞任)、そしてハジメ達を資格者に認定しての滞在の許可、その3つをハジメが策を弄した事で勝ち取り、シア達の心からの喜びの声を聞きながら意気揚々とハウリア族の集落に入った一行、其処でハジメが実行した策についてふと雫が尋ねた。

 

「別にあんな回りくどい事しなくても「今すぐにでも皆殺しに出来るんだよ?」と脅し、案内人であるシア達を処刑させなどしないと意志を示せば済んだじゃない?私達ならそれが容易く出来る、それ程の実力があるでしょ?」

 

きっと自分達やシアの関係でゴタゴタが起こるだろうなと想定していたハジメは兎も角、香織達は長老達、というより高圧的な態度で出て来たゼルの主張に怒りを覚えていた、殊に雫はそれを隠す事すらしなかったのだ、そのゼルを含めて3人の長老がその座を追われた事には「ざまぁ見ろ&スカッと爽やか」の笑いが出て仕方なかったが、一方でリューティリス・ハルツィナの意志と称した銃撃を、態々メルキューレにヴィントレスを持たせ、上空に遠隔操作式レールキャノンとして配置した状態で行うと言う面倒臭い事この上ない手間を掛けたハジメの思いに少なからず疑問を抱いたのである。

 

「雫、僕達が此処フェアベルゲンに来たのは喧嘩を売りに来たからじゃないんだよ?僕達は大樹に行きたいからその許可を求めて交渉する為に来たんだ。元々亜人族の人間族に対する感情は長年に渡る差別の影響ですこぶる悪い、一見すると同じである僕達が只でさえあの熊人を正当防衛とはいえ半殺しにした事で向こうの覚えが更に悪くなっていたのに、そんな喧嘩腰で、あからさまな内政干渉的発言をしたら関係の決定的な悪化は避けられないよ。恐らく長老会議の威厳ガーって感じで紛糾した末、完全勝利は無かったと思うよ、良くてハウリア族ごと僕達を出禁にする、とかで手打ちになっていたかな?勿論あの虎人族と土人族の長老はその座に居座ったままでね」

「それは…そうね」

 

それに対するハジメの答えを聞き、そんな光景が直ぐに浮かんで複雑な表情になる雫、もしそうなったら恐らくアルフレリックが掟を基に要求を受け入れようとし、ゼル達がそれをハジメが言ったみたいな主張で強行に反対し、落とし所としてハウリア族の死罪だけは無し、とするだろう。

 

「樹海の案内を依頼した時、絶体絶命の状況から助けたという恩があるとは言え、長年の迫害を受け続けた事とかを抜きに快諾してくれたハウリア族の皆を、短い間だけど仲間として守って見せると僕は誓った。其処が決して譲れない一線なのは確かだよ。だけどフェアベルゲンの人達にも相応の事情がある。それを無視し、力を背景に此方の意見を押し通そうとすれば必ずや禍根を残す事になる。交渉において嘘や詭弁、自作自演は避けて通れないのさ」

 

ヴィントレスの掃射によってそのフェアベルゲンに無数の穴凹を作り、それを解放者による粛清だと騙って「自発的に」此方の要求を受け入れさせる、一文で表現するとえげつない事この上ないハジメの所業ではあるが、その根底にはフェアベルゲンの民が人間族に対して抱く憎悪にも似た感情とその原因である長年の迫害というこの世界の負の歴史に理解を示しつつも、ハウリア族の身を守り、自分達の探索を滞りなく進めるにはどう対応すれば良いかと考えた末に導き出した最良の答えがあるのだ。

 

「とはいえまだ100%安心という訳じゃない。一応は僕達の要求が全て通り、あの掃射が降って来るかも知れないという恐怖と長老からの通達でフェアベルゲンの民達は、僕達を襲撃する事は死にに行くのと同じ事だと捉えた筈。だけど可能性が無くなった訳じゃない。あの長老会議の場で熊人の長老は再起不能、虎人と土人の長老は混乱の責任を取る形でその座を剥奪、それを聞いた彼らの一族は相当な憤りを抱えているだろうね。命を投げ出す覚悟で襲い掛かる可能性は無い訳じゃない。まあそいつらを返り討ちにするのは簡単だけどさ」

 

だが油断は禁物と言わんばかりに気を引き締め、未だ残る懸念を説明する。

後日、熊人バントン族のナンバー2(トップは長老の1人だったジンらしい)で、次期長老候補とまで言われたレギン・バントンという男が、ジンが人間族相手に成す術もなくやられて植物状態になったという話を聞き激昂、ハジメの予想通り報復に乗り出そうとし、全てメルキューレに搭載していた探知能力でお見通しだったハジメがやはりリューティリス・ハルツィナによる粛清と称した掃射を実行、レギンはフェアベルゲンを混乱に陥れた罪で全ての職を解任、樹海を追放されたそうな。

 

「という訳で、君達にはこれから戦闘訓練を受けて貰おうと思っている」

「いやどういう訳ですかぁ!?」

 

それを踏まえてハウリア族全員に戦闘訓練を課す考えを伝えたハジメだったが、余りにも唐突な発表に聞こえたシアがツッコんだ。

 

「これから十日間はこの集落で過ごす事になるんでしょ?だったらその間の時間を有効活用し、身体能力面で他の亜人族に対する取り柄の無い君達でも充分戦える戦士に育てようとね」

「な、何故その様な…」

 

そのツッコミに応ずる様に自らの考えを説明するハジメだったが、ハウリア族の誰もが先程までの雫との会話から何故この様な状況に辿り着いたのか分からないらしく、誰かが疑問を投げかけた。

 

「いや君達、今までの話聞いてた?今言った亜人族による襲撃、その対象として君達ハウリア族も狙われるかも知れないんだよ、僕達を樹海の中に、フェアベルゲンに招き入れた元凶としてね。今はまだ良い、僕達という守ってくれる存在が居るから。僕達自身の強さもさることながら、僕達に敵意を示せばリューティリス・ハルツィナによる粛清と称した銃撃がこのフェアベルゲンを襲うという要因がある、僕達は勿論、案内役に任ぜられたハウリア族にも手は出せない筈さ。

 

ならその案内役の任が終わったら、僕達という守ってくれる存在が居なくなってしまったら?その時こそ他の亜人族が襲い掛かって来る時さ、資格者である僕達の案内役という肩書が無くなった以上、ハウリア族を攻撃してもリューティリス・ハルツィナの意志に逆らう事にはならない、あの掃射がフェアベルゲンに降り注ぐ事態は起こらない、そして弱っちぃハウリア族には碌な反撃も出来ない、と。フェアベルゲンの庇護下にあるから大丈夫?そんな物何かしら罪状をでっち上げてしまえばどうとでもなる」

 

その疑問へのハジメの答えを聞いて今更ながら状況を理解し、顔を青ざめさせるハウリア族一同、それは族長であり色んな意味で大物振りを見せるカムも例外では無かった。

 

「僕達、少なくとも僕は出来るならこれからも君達を守って行きたい。幾ら僕達が助けたと言っても、過去の遺恨や他種族とのゴタゴタ等を気にすること無く樹海の案内を快諾してくれた優しい人達を様々な理不尽から救い出したいというのが本音さ。でも僕達も僕達なりの事情がある。このトータスに点在する七大迷宮を攻略していかなければならない以上此処に留まってはいられないし、エヒトルジュエ討伐を果たしたら元の世界に帰らなきゃならない。この集落を、ハウリア族を守って行くには、君達自身が強くなって自ら武器を手にして守るしかないんだよ。それとも弱っちぃまま一族の滅びを受け入れるかい?そんな理不尽な運命を受け入れて良いの?」

 

何時も通りの穏やかな口調で、然し残酷な現実を容赦なく突きつけるハジメ、そんな中で誰かがポツリと零した。

 

「そんなもの良い訳が無い」

 

その言葉に触発された様にハウリア族の誰も彼もが顔を上げ始める、最初ツッコミを入れていたシアも今や決意を固めた様な表情だ。

 

「そうだよ、良い訳が無いんだよ。ならどうすれば良いか。死に物狂いで強くなるしか無いんだよ。僕達が此処に居られる十日間で厳しい特訓を受け続けて強さを身に着けるしか無い。言って置くけど、途中で投げ出す事は許さないからね。これは君達ハウリア族の生死が掛かった戦い(ミッション)なのだから、良いね!」

『はい!』

 

その言葉に、ハウリア族は皆揃って覚悟を宿した表情で頷いた。

 

------------

 

さて、ハウリア族に戦闘訓練を付けさせるにあたってハジメは、兎人族の特長である聴覚及び気配操作の能力を活かすなら槍等の長物よりも小太刀や鉈等のコンパクトな武器の方が上手く扱えるだろうし、それならこの樹海内でも武器が木々に引っ掛かる可能性は低いと考え、其々の挙動に合わせた武器を新調して渡した。

流石に銃火器の類は渡さなかった、これは強力過ぎてこの世界のパワーバランスを崩壊させかねないから、というより銃弾等の消耗品を生産するノウハウがハウリア族に無い以上は宝の持ち腐れにしかならないからという理由である。

因みに、シアについてはユエが魔法、雫が近接戦闘というツーマンセルで訓練を受けさせている。

亜人族でありながら魔力があり、その直接操作も出来るシアは知識さえあればタイムラグ無しで魔法を放てるチートキャラと化す筈だとハジメは考え、2人に訓練を任せたのだ。

時折家屋の中からシアの悲鳴や、雫の「もっふぅぅぅ!」等の奇声が聞こえはするが、まあ向こうは問題ないだろうとハジメは考えるのをやめた。

その他香織は負傷者の治癒、優花はハウリア族一同の為の料理作りと其々の得意分野を活かした担当に就き、万全の態勢でハウリア族の訓練をサポートするシステムを整えた。

後は訓練を受けるハウリア族一同の態度次第、なのだが訓練開始から2日目、ハジメはどうした物かと言わんばかりの難しい表情で訓練を見守っていた。

といってもハウリア族一同は自らの穏やかな気質に逆らいながらも、言われた通り真面目に訓練に励んではいる、元々自衛官を目指して幼い頃から厳しい訓練を自らに課して来たハジメの指導方針が洗練されていたのもあってかめきめきと実力を付けて行った。

その成長度合いは指導するハジメも驚く程、幾ら生死の掛かった状況で死に物狂いにやるしかないとはいっても此処まで育つとは考えにくい、争い事を嫌う気質に隠れていただけで元々素養はあったのだろうと感心していた。

その素晴らしい成長振りは実戦訓練として現在行われている魔物との戦いにも反映されており、掠り傷を負う事すらなく倒してはいる、のだが、

 

「嗚呼、どうか罪深い私を許してくれぇ!」

 

ある男は殺した魔物にそう叫びながら縋り付く、まるで互いに譲れぬ信念をぶつけ合った末に親友を殺したかの様に。

 

「御免なさい、御免なさい!それでも私はやるしかないのぉ!」

 

ある女は魔物の首を切り裂いた直後から、狂愛の果て、愛した人をその手で殺めたかの如く小太刀を握り、わなわなと震えていた。

 

「ふっ、これが刃を向けた私への罰と言う訳か、当然の結果だな…」

 

そしてカムは一瞬の隙を突かれ、致命傷を与えた魔物の体当たりを食らって吹き飛ばされた際、起き上がろうとしながら自嘲気味に呟いていた。

 

「族長、そんな事言わないで下さい!罪深いのは皆一緒です!」

「そうです!いつか裁かれる時が来るとしても、それは今じゃない!立って下さい、族長!」

「僕達は、もう戻れぬ道に踏み込んでしまったんだ。族長、行ける所まで一緒に逝きましょうよ」

「お、お前達、そうだな。こんな所で立ち止まっている訳にはいかない。死んでしまった彼の為にも、この死を乗り越えて私達は進もう!」

『族長!』

 

それを切っ掛けに繰り広げられる何か良い雰囲気の芝居っぽい物を見せられ、ハジメは頭を抱えるしかなかった。

 

「どうした物かなぁ、これ…」

 

最初にそれを目撃し「それ何?」とちょっぴりプレッシャーを発しながら尋ねてみると「幾ら魔物でもかわいそうで…」と答えを呟いたのを聞いてまあ優しく争いを好まない気質のハウリア族ならあり得なくは無いかと思い、それも慣れてくればある程度割り切ってくれるだろうと考えたハジメだったのだが、一向にそんな気配はない。

これは多少強引でも荒療治を施す必要があるんじゃないかと指導方針について悩み始めたハジメ、そんな彼を心配してか、ハウリア族でもハジメに特に懐いている1人の少年がハジメに近寄って来た。

が、その途中、突如としてその場を飛び退いた。

 

「ん?どうしたの、パル?」

 

その挙動を怪しんだハジメに尋ねられ、少年――パルは足元のそれに手を這わせながらこう答えた。

 

「あ、うん。このお花さんを踏みそうになって…

良かった。気が付かなかったら、潰しちゃう所だったよ。こんなに綺麗なのに、踏んじゃったら可愛そうだもんね」

「お花さん?」

「うん、ハジメ兄ちゃん!僕、お花さんが大好きなんだ!この辺は綺麗なお花さんが多いから、訓練中も潰さない様にするのが大変なんだ~」

 

イマイチ話について行けなさそうなハジメを尻目に、ニコニコと微笑むパル、周囲のハウリア族一同も微笑ましそうにパルを見つめていた。

その光景を目の当たりにして、まさかと思ったハジメが質問した。

 

「皆が時々、変なタイミングで跳ねたり移動したりするのは、その『お花さん』があるからなの?」

「いえいえ、まさか。そんな事ありませんよ」

「そ、そうだよね?」

「ええ、花だけでなく、虫達にも気を遣いますな。突然出て来た時は焦りますよ、何とか踏まない様に避けますがね」

 

そんなカムからの答えを聞いたハジメは何か決意を固めた様な表情となった。

その様子に何か悪い事を言ったのかとハウリア族一同がおろおろと顔を見合わせる中、

 

「そっかそっか、

 

そういう事か!

『は、ハジメ殿!?』

「ハジメ兄ちゃん!?一体何を!?」

 

ずかずかとカムに近寄ったかと思ったら右腕を思いっきり振りかぶり、今にもぶん殴ろうと言わんばかりの構えを見せた。

そのまさかの光景に驚きを隠せず、何とか止めようと周囲のハウリア族達が駆け寄ろうとするが、

 

「フッ!」

「ッ!?」

 

間に合う事無く拳は放たれ、拳はカムに直撃…するまであと数mmという所で止まっていた。

絶体絶命の状況に冷や汗が止まらないカム、一方ハジメを止めようとしたハウリア族の面々はというと…

 

「…僕に寸止めする積りが無かったら、この拳はカムに直撃していた、カムの命はもう無かったんだよ?

カムの命が今にも潰されかねない状況だと言うのに、君達はお花さんに気を取られて制止に手間取った。見ず知らずのお花さんの為に大事な族長を見捨てる所だったんだよ?」

 

ハジメが予想した通り、道中に咲く花に気を取られて飛び退いた為に間に合う事無く、ハジメが拳を突き出した時には手の届かない地点にいた。

 

「ああ、さっきの状況、僕なら制止させる暇も無くカムを殺せるだろうなんて甘ったれた考えは捨てた方が良いよ。世の中には敵の気質等を基に今みたいな状況を意図的に作り出して敵にとって大事な存在を殺した上で「此処でこうしなければ助ける事が出来たのにな」等と敵の甘さを執拗にいたぶるクズ共なんて沢山いるよ。そんなクズ共にしてみれば君達なんざ格好の餌食なんだよ!」

 

それを踏まえ、厳しい口調でハウリア族一同を叱責するハジメ、それを聞いた周囲の面々はその恐ろしい光景を想像し、真っ青を通り越して白に顔が染まっていた。

 

「良いかい?君達の優しさは武器だ、其処は誇るべき事さ。だけど花や虫を気遣う前にまずは自分を、本当に守りたい大切な人達を気遣って欲しい。そういう物に一々気遣ったが為にもし本当に大切な存在が失われたりしたら、後悔するのは君達なんだよ?花や虫を大切にする優しさは大事だけど、いざと言う時は割り切って欲しい、でないと自分は勿論、守るべき大切な人も死ぬ事になるよ?」

『はい!』

 

ハジメからのアドバイスに力強く答えるハウリア族一同、そんな彼らの顔は、もう優しさと甘さを混同したあんな態度はとらない、そんな決意に満ちていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26話_シアの、ハウリア族の夜明け

それから更に数日が経過、訓練開始から十日目となり、いよいよ大樹を覆う霧が幾らか晴れる周期がやってきた今日、最後の実戦訓練に臨むハウリア族一同の帰りを待つハジメの下に、上機嫌な様子のシアが駆け寄り、不機嫌なユエと複雑そうな雫がその後から付いて来た。

 

「お疲れ様、三人共。勝負の件はどうなったの?」

 

それに気づいて労いの言葉を掛けながら、少し前に聞いていた勝負事についてその結果を聞く。

それを聞いたのは、シアが自ら考案した武器を作って欲しいとハジメに頼み込んだ時の事だ。

当初は他のハウリア族同様、小太刀等のコンパクトで扱いやすい武器を作ろうと考えたハジメだったが、少なくともユエか雫のどちらかには勝ちたい、その為単にコンパクトなだけじゃない武器が欲しいというシアの要望と近接戦闘の担当コーチを務める雫の提案から重量級の武器を作る事になったのだ。

其処でハジメが作ったのが小さめなブロードソード型の二振りのメイス『ヴァル*1』、流石にコンパクトウェポンという拘りは捨てなかったが、素材にボーク・スミェルチ弾で使われるイリジウムをふんだんに使う等、見た目に反して無茶苦茶重い代物と化している上、打撃部に魔力を燃料とした小型ブースターが仕込まれており、それを活かして縦横無尽にぶん回す戦い方を得意とする。

その性能にシアは、最初は振り回すどころか自分が振り回される有様ではあったが、直ぐに使い方を身に着けたとか。

そんな餞別を送ったハジメだったが例えそれを十分使いこなした所で雫が相手では勝ち目など無く、ユエが相手でも接近すればワンチャンある程度の勝率しか無いと考えていた。

オルクス大迷宮の奥深くを共に戦い抜いた戦友にして恋人でもある2人の実力はそれ程の物がある、対するシアは今まで戦闘のせの字も経験していない女の子、幾ら魔力の直接操作を行え、それを活かした武器を手にした所で経験も実力も違うのである。

ところがどっこい、帰って来た3人の表情、そして上機嫌で戦いの顛末を話すシアの様子からしてどうやらそのワンチャンをモノにした様だとハジメは感心した。

 

「ハジメさん!ハジメさん!聞いて下さい、私、遂にユエさんに勝ちましたよ!大勝利ですよ!いやぁハジメさんにもお見せしたかったですよぉ私の華麗なる戦い振りを!負けを雫さんから宣告されたユエさんたらもへぶっ!?」

 

余りに調子に乗り過ぎた為に、ユエから制裁としてシャイニングウィザードをぶち込まれ、ぴくぴくと痙攣しながら倒れ伏していたが。

 

「で、どうだったの?」

「魔法の適性はハジメと同じ位ね」

「あらら、折角の魔力も十分には活かせない感じか。でもそれだけじゃないよね。僅か十日間でヴァルを使いこなし、ユエに勝利するとなると」

「ええ。身体強化に特化しているわ、私とは比べ物にならない位の効率よ、正直化物レベルね」

「へぇ、強化してどれ位のレベル?」

「…強化していない香織と互角」

「うそん。全ステータスが5桁って事だよそれ、勿論最大値だよね」

「そうよ。でも鍛錬次第でまだまだ上がるかも知れないわ」

「わお。それは確かに化物レベルだね」

 

十日間の特訓を通じてどんな才を有しているか尋ねるハジメ、ユエは話したくないという雰囲気を隠そうともしていなかったが、一方の雫が普通に答えていった為か渋々応じていた。

その力に驚いたのはハジメ、素の香織は4人の中で最も身体能力が劣ってはいるもののそれでもオール5桁、その領域に、大迷宮の魔物を食す事無く至るというのは確かに化物レベルである。

そんな話を聞いていると意識を取り戻したのか、シアが真剣な表情で立ち上がりながらハジメのもとへと歩み寄った。

何か大事な事を話す前の如く背筋を伸ばし、ウサミミをピンと立てるシア、その様子にハジメも何か重大な事を言う積りだと気付き真剣な表情でシアを見つめていたが、

 

「ハジメさん、私を貴方の旅に連れて行って下さい、お願いします!」

「ゑ?」

 

その内容は流石に予想外だったのかポカンとしていた。

 

「いやちょっと待って、カム達はどうするの?まさか皆一緒に?」

「ち、違いますよ!今のは私だけの話です!父様達には修行が始まる前に話をしました。一族の迷惑になるからってだけじゃ認められないけど、その…」

 

その内容を漸く理解したハジメが思わず尋ねた。

まさかあの大軍が皆付いて来るんじゃないかと危惧したハジメだったがどうやら杞憂だった様で、シアは何処かもじもじしながら自分だけの話だと伝えた。

 

「私自身が付いて行きたいと本気で思っているなら構わないって…」

「…一応聞くけど、何で付いて行きたいの?

今なら一族の迷惑になるどころか一族の守護者になりえる、カム達の負担どころか役に立てるんだよ?それを投げうってまで何故僕達に?」

「で、ですからぁ、それは、そのぉ…」

 

その様子からまさかと思ったハジメ、何時の間にか合流した香織と優花の「またやらかしたな」と言いたげな視線を受けながら、その真意を問うた。

それにも未だもじもじしながら中々答えなかったシアだったが、やがて覚悟を決め、女は度胸と言わんばかりに声を張り上げた。

 

「ハジメさんの傍に居たいからですぅ!しゅきなのでぇ!」

「…あー、やっぱりかぁ」

 

言っちゃった、そして噛んじゃった!とあわあわしているシアの一方、その告白を受ける事となったハジメはやっぱりそうなったかと言いたげな感じで天を仰いでいた。

それも当然と言えば当然ではある、大峡谷の魔物、帝国兵、樹海の魔物、フェアベルゲンの警備隊…

何度となく訪れた窮地を救われ、短い間とはいえ必ず守ると約束してくれ、自分にとって畏怖の対象と言ってもいいフェアベルゲンの長老達を相手に対話と圧力を駆使した交渉の末、死刑が決まっていた自分達の無罪放免を勝ち取る形でそれを有言実行してくれ、心配だからという理由から自分達に付きっ切りで訓練を指導してくれている、これで惚れない異性はそう多くないだろう、シアはその多くない方には入らなかったのだ。

とはいえシアは香織達やユエとは事情が違う、不機嫌なユエや複雑そうな雫の様子から既に外堀は埋められたのだろうと、その為に死ぬ気で努力したのだろうと彼女の頑張りを察しながらも、説得を試みた。

 

「知っているとは思うけど、僕には既に5人の恋人がいる。例えその想いを受け入れたとしても君だけを愛する訳には行かないし、それ故に構ってやれない時も多いよ」

「それは承知の上です。逆に考えました、もう5人いるなら自分が加わっちゃっても良いよね?と」

「これも知っているとは思うけど、僕達が旅する目的はこの世界を支配する邪神エヒトルジュエの討伐、命が幾つあっても足りない危険ばかりの旅だよ」

「化物で良かったです。御蔭で貴方達の足手纏いにはなりません」

「僕達の望みは、此処とは違う世界にある僕の故郷に帰る事。香織達は元々故郷が一緒だし、ユエにはもうそれが無かったのもあって一緒に来る事になっている。だけど君は違う、君の故郷はこの集落だ。僕達に付いて行くと言うのはそれを捨てる事、家族を捨てる事と同じなんだよ。それでも良いの?」

「話し合いました。「それでも」です。父様達も分かってくれました」

「僕達の故郷は、一言で言えば魔力を失った人間族しかいない世界。ウサミミぶら下げて歩いたり魔法を使ったりしたら即通報される窮屈な、君には住み難い世界だよ」

「何度でも言いましょう。「それでも」です」

 

思い留まらせるべく言葉を重ねるハジメ、それでもシアの気持ちが揺らぐ事は無い。

既に5人もいる想い人、危険な旅路、ずっと守ってくれた家族との別れ、ハジメ達の故郷の住み難さ…

それは分かっている、分かっていて尚、この想いは止まらない、止められない。

やがて説得の言葉が尽きたのか喋らなくなったハジメに、シアは勝利を宣言するかの様に、

 

「ふふ、終わりですか?なら、私の勝ちですね」

「ゑ?僕達は何の勝負をしていたの?」

「気持ちの勝負です。ハジメさん、

 

…私も連れて行って下さい」

 

改めて同行を願い出るシア。

その自分に対する想いを感じ取ったハジメは、恋人繋ぎをするかの様にシアの左手をとって指を絡め合い、ずいっという擬音が聞こえて来そうな程顔を近付け、

 

「…そっか、分かった。シア」

「は、はい!」

「君の僕への気持ち、確かに受け取ったよ。ありがとう。こんな僕、僕達だけど、

 

これからも宜しくね、シア」

 

満面の笑みで応じた。

只でさえハジメへの想いで胸がいっぱいなシアである、そんな彼女に対して恋人にするかの様な行動を其処までしたらどうなるか、

 

「はい、お任せください!ハジメさんの為なら例え火の中水の中大迷宮の中ぁぁぁぁ!」

 

その答えは顔が完熟トマトの如く真っ赤になり、目がしいたけみたいになり、ハートマークが大量に沸き上がり、あふれる想いの余り暴走状態に陥ったシアの姿、正にオーバーキルである。

 

「うわぁ…」

「南雲屋、お主も悪よのぉ」

「いえいえ、おユエ様程では」

「アンタら何時代劇でありがちなネタやってんのよ、そしてユエは何でそのネタ知ってんのよ?」

「というかおユエ様って、お由羅の方じゃないんだから…」

 

そして、その状態に陥らせたハジメはと言うと、流石に少しばかり引いている香織達を尻目にユエと時代劇の悪役が如何にもしそうなやりとりをしていた。

 

------------

 

「えへへ、うへへへ、くふふふ~」

「流石にやり過ぎたかな…」

「どうするのハジメ君、未だに帰って来てないんだけど」

「誰かいたら即もしもしポリスメン?な案件よ、あれ」

「あの状態のシアには流石に近寄りたくないわ…」

「…キモイ」

 

それから数分後、興奮が冷めないのか上機嫌な様子で、奇怪な笑い声を発し緩みっぱなしの頬に両手を当ててくねくねと身を捩らせるシアの姿に誰もがドン引きしながら、他のハウリア族一同の帰りを待っていた。

尚、流石にユエのストレートな罵倒は、ぼそっと呟いた小さい声であっても聞こえた様で、

 

「ちょっ!?キモイって何ですか、キモイって!嬉しいんだからしょうがないじゃないですかぁ!何せ恋人繋ぎにどアップにニコポの三連コンボですよ、三連コンボ!胸がキュンとなりますよ本当に!想像して下さい、ハジメさんが自分自身にその三連コンボを仕掛ける光景を!」

「…あー、確かにそうだね」

「…それは流石にオチる」

「…進んでオチちゃいそうね、それは」

「…大好きな人にそんな事されたら、そりゃあまあ…」

 

未だ溢れんばかりの愛に酔っぱらってはいるものの反論、それを聞いた香織達もその光景を思い浮かべて顔を真っ赤にしていた。

とは言え何時までもトリップしている暇は無い、ハウリア族の面々が集落に戻ったのか、沢山の足音が聞こえて来たのだ。

 

「指令。ご指定の魔物討伐、滞りなく完遂しました」

 

その中にはカムもいたので、色々と報告をしようとするシアだったが、その纏う気配に違和感を覚えた為か声を掛ける事が出来なかった。

そんな愛娘に気付いていたか一瞥し微笑んだカム、だが直ぐハジメに向き直り、報告をするのだが…

 

「僕は1体で良いと言ったんだけど?」

「はい。その予定でしたが、殺す最中に増援が来た次第で、迎撃した末に此処までの討伐数となりました。指令の様な素早い討伐とならなかったのは今後の課題ですね」

「分かっているじゃないか。この辺りの魔物程度に後れを取る様な指導はしていないけど、戦場に絶対は無いよ。今後は必要最小限の討伐で済ませられる様、戦術に留意する事、良いね」

「はっ!」

 

ハジメの言う通り、指定したのは上位の魔物を1グループにつき1体討伐する事、だが剥ぎ取られた魔物の部位を見る限り、其々十体分はありそうだ。

ハジメの疑問に対してカムはそれを誇示するでもなく、寧ろ迅速且つ効率的に出来なかった反省の弁を述べながら、事の顛末を報告していた。

がその口調は、優しく争いを好まない気質のハウリア族とは色んな意味で程遠かった、敢えて言うなら軍人と言えばいいだろうか?

 

「と、父様?何だか随分と雰囲気が変わった様な…」

「シア、我々は指令から大切な物を学び、変わったのだ。花や虫、果ては魔物を気遣える優しさも大事だが、それと甘さは違う、と。優しさと甘さを混同していては、本当に守りたい物も守れない、と」

「嘘ぉぉぉぉん!?いや、幾ら何でも変わり過ぎですよぉぉぉぉ!?」

 

ハウリア族の本質である優しさこそ変わっていない様だが、表面的には余りにも変わり過ぎなその姿に、ただただ驚くしかないシアだった。

*1
ロシア語で軸。ロシアのデジニトクマッシ社で開発されたアサルトライフル『AS Val』のコードネームである



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27話_一時の別れ

表面的に大きく変わったカム達の姿に驚き錯乱していたシアを何とか宥め、本質的な気質に変わりは無かった事を示して安心させた一行、こういった紆余曲折はあったが訓練は滞りなく終わり、ハジメ達はカムやパル等数人(残りのハウリア族一同は集落を空ける訳にはいかない事から留守番となった)の案内に従い、大樹への道を進んでいた。

歩く事数分、一行は大樹に辿り着いたのだが、その姿を目の当たりにしたハジメ達は、

 

「なぁにこれぇ」

「枯れ、てる?」

「随分とミスマッチな光景ね」

「大樹周辺の土だけ養分が無くなったって事?」

「意味が分からない…」

 

驚きと疑問に包まれた。

大樹と言うのだからフェアベルゲンで見た木々をより巨大にした物を想像していたハジメ達だったが、実際はものの見事に枯れていたのである。

と言っても大きさに関しては大樹を名乗る通り巨大、幹の太さは直径50m位ありそうではあるのだが、周りの木々が青々とした葉を盛大に広げているにも関わらず、この大樹だけがぽっかりと空いた穴の如く枯れ木になっているという光景に、ハジメ達の疑問は尽きなかった。

 

「大樹は、フェアベルゲン建国前から枯れているとの事です。然し朽ちる事は無い。枯れた状態のまま変化する事無く、ずっとあるそうです。周囲の霧の性質と枯れながらも朽ちない大樹の姿から何時しか神聖視される様になったのです。尤もそれだけなので言ってしまえば観光名所の様な物ですが…」

 

そんな疑問に答えるかの様なカムの解説を聞き、成る程と思いながらも、ハジメ達は大樹の根元まで歩み寄る、其処にはアルフレリックが言っていた通りの石板があった。

 

「これは、オスカー・オルクスの住処にあった…」

「…ん、同じ文様」

「やっぱり此処は大迷宮と関係があるみたいだね」

「となればこの辺りに大迷宮と繋がる手がかりがある筈だけど…」

「どうすれば良いのかしらね?」

 

石板には七角形とその頂点の位置にある七つの文様が、オルクス大迷宮の最深部にある住処の扉にあった物と同じ物が刻まれていたのだ。

ハジメが確認の為に指輪を取り外し、文様を確認してみると、その1つと全く同じだった。

其処からやはりこの大樹が大迷宮の入り口だと確信したハジメ達だったが問題は此処からどうすれば大迷宮へ入る事が出来るのかである。

其処でハジメ達は手分けして大樹及びその周囲を探した所、

 

「ハジメ、これ見て」

「ん?どうしたの、ユエ?」

 

ユエが石板の裏側に何か窪みの様な物を発見した。

その窪みは、石板の表に刻まれた7つの文様、その丁度真後ろに開けられていた。

 

「もしかして…」

 

それを見て何か気付いたハジメが、オルクス大迷宮の文様に対応した窪みに指輪を嵌めてみると案の定と言うべきか反応を見せた。

石板が淡く輝き出し、暫く後にそれが晴れた後何か文字の様な物が浮かび上がったのである。

 

「『四つの証』?」

「『再生の力』?」

「『紡がれた絆の道標』?」

「『全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう』…」

「て事はまだ入れないって事なの?冗談じゃないわ、この十日間は何だったのよ…」

 

浮かび上がった文を読み上げると、どうやらまだ大迷宮に入る資格が無かった様だ、その事実に落胆するハジメ達だったが落ち込んでばかりもいられない、何が足りないのか考察を始めた。

 

「四つの証は言うまでも無く七大迷宮のうち、此処以外の少なくとも4つを攻略し、その証を手に入れる事だね」

「再生の力…再生…私?」

「いや違うと思うわよ、ユエ。貴方は解放者と面識ないでしょ、赤の他人を、それもいるかどうかすら分からない激レア技能持ちを指定するとは思えないわ」

「私の回復魔法も違うよね、となると再生の力を持った神代魔法を手に入れろって事じゃ無いかな。大樹が枯れているのもそれが関わっているのかも?」

「成る程、大樹を再生させた上で4つの攻略の証を使えば扉が開くって訳ね」

「残る紡がれた絆の道標は、あれじゃないですか?亜人の案内人を得られるかどうか。亜人は基本的に樹海から出ませんし、ハジメさん達みたいに樹海の案内を亜人にして貰えるなんて例外中の例外ですし」

「そうだね、となれば残る5つのうち3つ以上の大迷宮を、再生の神代魔法を得られる場所を含めて攻略した上で此処に戻る、その方針で行くしかないね」

 

話し合いの末、他の大迷宮から攻略していくしか無いとの結論が出て、渋い表情をしながらもこの場を後にする事にした。

 

「皆。今聞いた通り僕達は先に他の大迷宮を攻略する事にした。よって一旦は此処でお別れとなる。とはいえ何れまた此処に来る事になるから、さよならは言わないよ。代わりに言おう、

 

行って来る、と!」

「ですね、ハジメさん!行ってきます、父様!皆さん!」

「指令!シアの事、頼みます!」

「行ってらっしゃい!ハジメ兄ちゃん、シア姉ちゃん、皆!」

 

こうしてハジメ達はシアを新たな仲間に迎え、カム達の見送りを背に、新たなる迷宮への旅を再開する事となった。

 

------------

 

「さて皆、次の目的地についてだけど、グリューエン大砂漠にある大火山へ向けて進みながらライセン大峡谷を探索しようと考えている」

「つ、序でみたいな感じでライセン大峡谷を渡るんですか…」

 

樹海を後にしたハジメ達、次なる目的地を何処にするかハジメが自らの考えを発表したのだが、その内容にシアの顔が引きつった。

現在公式に確認されている七大迷宮は、既にシア以外の全員が攻略したオルクス大迷宮と、入れず仕舞いとなったハルツィナ樹海を除けば、グリューエン大砂漠の大火山とシュネー雪原の氷雪洞窟の2つ、後あやふやではあるがライセン大峡谷にもあると言われている。

確実性を鑑みるなら次は確認されている2つのうちのどちらかにするべきではあるし、ハジメの方針もそれに則ってはいるのだが、あやふやな情報を基に、この世の地獄とも処刑場とも言われている場所を、一族が全滅するかもしれない危機に見舞われた場所を探し回りながら横断するという考えに、唯の街道をゴミ拾いのボランティアをしながら渡る的な発想に動揺を隠せなかった。

その動揺は不安へと繋がり、恐怖が沸き上がって来たシアだが、ハジメに抜かりはなかった。

 

「大丈夫だよ、シア。今の君なら、ユエ相手に勝利を拾った君なら谷底の魔物であろうと其処ら辺の雑魚と変わらないさ。ライセン大峡谷は放出された魔力を分解する場所、身体強化という形で内部処理するだけの君は何の影響も受けない、正に君の独壇場だよ?

 

頼りにしているよ、シア」

「はい、ハジメさん!大峡谷がナンボのモンじゃぁぁぁぁい!」

 

能力故の優位性を説き、満面の笑みで信頼している旨を伝えるハジメ、その笑顔に陥落していたシアにとって効果覿面だった。

興奮の余り鼻から血を流しながら、大峡谷にある迷宮攻略に向けて俄然やる気になったシア、

 

「うわぁ…」

「チョロウサギ」

「アンタも悪党ね…」

「…師として情けない」

「私も負けていられないわね、まだまだ私を越えさせはしないわ」

 

その様子にあきれ顔の香織とハジメ、殊にハジメはシアの様子を見てチョロインの烙印を押していたが、優花はそんなハジメのシアをいとも容易くやる気にさせる(マインドコントロールする)会話術に若干の戦慄を覚えた。

そんなハジメ達の一方、シアを指導していたユエは、シアとは打って変わって魔法特化である自分との相性の悪さに落ち込み、同じく指導していた雫はシアと同様近接戦闘向きであり魔力を大して放出しない自分との相性の良さを踏まえ、弟子にはまだ負けてられんと意気込んでいた。

 

「では、ライセン大峡谷に行くとして、今日は野営ですか?それともこのまま、近場の村か街に行きますか?」

「今日は街に寄る積りだよ。今後の為にも食料とか調味料関係は揃えたいし、それには素材を換金する必要があるからね。前に見た地図通りなら、確かあの方角に街があった筈だし」

 

それはさておき、興奮から覚めたシアがこの直ぐ後、言うなれば今日はどう行動するかを尋ねると、ハジメは一旦街に寄る事を伝えた。

料理面に明るい優花やその指導を受けている自分達がいる為に反逆者の住処やフェアベルゲンに滞在中は真面な料理にありつく事が出来はしたが、食料や調味料が尽きてしまえばまた魔物肉を食す生活を送らざるを得なくなってしまう、然も今度はシアも巻き込む事になってしまう、それを避ける為にも街に寄っての補充は欠かせない。

それ以外にも街で買い物なり宿泊なりするなら金銭がいる、その源である素材だけなら腐る程持っているので換金してお金にしておく必要があったのだ。

尤も、ライセン大峡谷にある大迷宮に入る前に、落ち着いた場所でやりたい事もあるのだが…

その方針を受け、ハジメ達はその街があるであろう方角へ向け、ISのカスタム・ウィングに装着されたブースターを全開にして急行した。

 

------------

 

「止まってくれ、ステータスプレートを。後、街に来た目的は?」

「食料の補給がメインだよ。旅の途中でね」

 

トータスの大空を爆速飛行する事数十分、ハジメの記憶通りに街に到着した一行、その入口にあたる門で門番らしき兵士に呼び止められた彼らは、その要求通りにステータスプレートを取り出しながらその質問に答える。

その答えにふーんと慣れた感じで相槌を打ちながら出されたステータスプレートを確認する門番、もし()()()()提示されていたなら不明表記になっているレベルや常人の数千倍はあるステータスの数値、そして大量過ぎる技能の数々に慌てふためいていただろうが、ステータスプレートには情報漏洩防止の為か、数値及び技能欄等を隠蔽する機能を有している、ハジメ達も抜かりなくその機能を活用し、数値を3桁減らし、バレたらヤバそうな技能は粗方消したのでそうなる事は無く、

 

「それで、其処の2人は…」

 

提示して来なかった2人にもステータスプレートを要求しかけて、その美貌に見惚れていた。

流石に自分の恋人をじろじろと見られるのは良い気がしないのか、ハジメがわざとらしく咳払いをしながら提示しなかった訳を話しだし、

 

「旅の道中で其処の子の分が失くなっちゃったみたいでね。そっちの兎人族の子は…分かるよね?」

「成る程、奴隷って訳ね。それにしても随分な綺麗所を手に入れたな。白髪の兎人族なんて相当レアなんじゃないか?アンタって意外と金持ち?」

 

ユエは紛失した為、シアは後述する格好もあってか奴隷だからという事で納得して貰った。

流石に旅の仲間であり恋人でもあるシアを奴隷扱いされるのは気分的に宜しくは無い、実際香織達は何処か渋い顔をしていたが、諸々の事情を鑑みると仕方のない事である。

どうやってシアを手にしたか興味が沸いた門番の質問に、ハジメは肩をすくめるだけで答えなかったが特に答えを求めていなかったのか、

 

「まあ良い。通って良いぞ」

「どうも。あ、そうだ。素材の換金場所は何処に?」

「ああ、それなら中央の道を真っすぐ行けば冒険者ギルドがある。店に直接持ち込むならギルドで場所を聞け。簡単な街の地図をくれるから」

「随分と親切な。ありがとうね」

 

そのまま通してくれたばかりか、ハジメの質問にも素直に答えてくれた。

こうしてブルックと言う名前らしい街に入ったハジメ達、ホルアド程では無いにしても沢山の露店があり、気分を高揚させる騒がしさにあてられた彼らの気分を楽しくさせる中、ただ1人シアは街に入る前からぷるぷると震えてハジメを睨んでいた。

 

「あの、ハジメさん…」

「ん?どうしたの、シア?」

「この、プラグスーツ、ですか?デザイン的にもうちょっとマシな物あったんじゃないんですか!?この首のライン、どう見ても首輪じゃないですか!これの所為で奴隷と勘違いされたじゃないですか!ハジメさん、分かっていてこのデザインのプラグスーツを渡したんですね!うぅ、酷いですよぉ、私達、仲間で恋人じゃなかったんですかぁ」

 

先程門番に奴隷と勘違いされた挙句ハジメから訂正されなかった事で不機嫌なシア、その原因となったのが現在身に着けているプラグスーツのデザインである。

ISを身に纏う為のスーツが、ハジメの趣味が色濃く出た影響でプラグスーツになったのは以前も説明したが、そのデザインは其々別になっている。

香織が着用しているのは綾波レイのそれと思しき白をベースカラーとしたデザイン、雫が着用しているのは碇シンジのそれと思しき青と白をベースカラーとしたデザイン、優花が着用してるのは真希波・マリ・イラストリアスのそれと思しきピンクをベースカラーとしたデザイン、ユエが着用しているのは惣流・アスカ・ラングレーのそれと思しき赤をベースカラーとしたデザイン、そしてハジメが着用しているのは鈴原トウジのそれと思しき黒をベースカラーとしたデザインだ。

さて問題となっているシアのプラグスーツだが、デザインそのものは新劇場版Qに登場したアヤナミレイのそれと思しき黒をベースカラーとした物、ではあるのだが、首回りの赤いラインが他のメンバーが着用している物と比べて明らかに太くなっていて、奴隷用の首輪にしか見えなくなっているのである。

今更ながらハジメが意図的にこのデザインのプラグスーツを渡した事に気づき、旅の仲間であり恋人でもあると思っていたのに奴隷扱いを受けさせられたことがシアには相当ショックだったのである。

無論それは単なるデザインの違いでしかなく、シアのプラグスーツには奴隷用の首輪みたいな効力は持っていない、それはシアにも分かってはいるが…

ハジメも流石に悪いと思ったのか、謝罪しながらも訳を説明した。

 

「あー、その、ごめん…

でもさ、奴隷でもない亜人族、それも愛玩用として人気らしい兎人族が普通に街を歩けると思う?ましてシアは亜人には珍しい髪色に加えて綺麗でスタイルも抜群。誰かの奴隷だと公言しておかないと皆から悪い意味で注目された挙句、人攫いが殺到するよ。そんな面倒臭い事態に…何くねくねしてんの?」

 

言い訳があるなら言って見ろやゴルァ!と言いたげに睨んでいたシアだったが、その訳を聞く内に照れた様に頬を赤らめながらイヤンイヤンと言いたげに身体をくねらせ始めた。

毎度の事ながら始まった愛の暴走振りに香織達が冷めた目を向けたのは言うまでも無い。

 

「も、もう、ハジメさん、こんな公衆の面前でいきなり何を言い出すんですかぁ。そんな、容姿もスタイルも性格も抜群で、世界一可愛くて魅力的だなんて、恥ずかしいでウボァー!?」

「「「調子に乗るな!」」」

 

調子に乗って話を盛った事で、香織、優花、ユエの3人から右ストレートを同時に食らったのも言うまでも無い。

 

「僕はシアの事を大事な仲間だと、大切な恋人だと思っている。そんな君を奴隷扱いするのは僕も心苦しいよ。だけどこの世界は君にとって生きづらい事この上ない世界だ、僕の奴隷として公言しておかないと真っ先に狙われる位には。

 

カムからも娘である君を託されたんだ、絶対に君を守り抜いて見せる。その為にも避けては通れない措置だという事、分かって欲しい」

「分かりました、ハジメさん!何なら奴隷は奴隷でもハジメさん専属の愛奴隷なんてどうですか?」

 

その後のハジメの説得の際にチョロイン振りを発揮、あっさり納得したのも、言うまでも無い。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28話_冒険者ギルドブルック支部

ブルックの街に入る際に多少のいざこざこそあったものの直ぐに解決し、門番に教えられた通りメインストリートを進むハジメ達、やがて一本の大剣が描かれた看板を掲げた施設――冒険者ギルドに辿り着いた、規模で言うとホルアドにあったそれと比べて二回りほど小さい小規模な物、というよりオルクス大迷宮の存在からホルアドのが大規模であって此処もそんなに小さい物では無いのかも知れないが。

それは兎も角、看板を確認したハジメ達が重厚そうな扉を開くと、荒くれ者達が集う場所という転移前に抱いていたイメージとはかけ離れた、清潔さを感じられる光景が其処にはあった。

それにまあ現実はこんな物だよなと納得しながら入ると、その物音に気付いたのか何人かの冒険者と思しき者達がその方に振り向き、その色んな意味で凄い第一印象を抱かせる一行に注目する者が続出した。

それも無理は無いだろう、何せこの世界は中世ヨーロッパと文化水準も街並みも同じ位なトータス、その市街地にプラグスーツという未来的・宇宙的な恰好をしたハジメ達の存在は只でさえ浮きに浮きまくっている上に、フィジーカーの如きマッチョだったりボォンキュボン(約1名は「小柄な割に」という注釈が付くが)だったりと魅惑的な彼らの身体が強調されまくっている物だから道行く人の視線を集めるのは当然と言えば当然の事、街に入ってからずっと注目の的になるのは必然であろう。

そしてそれは此処でも同じ事、美女と自信を持って言える顔立ちとプラグスーツで強調されたダイナマイトボディを見せつける香織達5人に見惚れたり、恋人と思しき存在にぶん殴られたりする男冒険者が続出するかと思えば、その香織達に嫉妬の意を向けたり、強者の雰囲気が滲み出ている顔立ちとこれまたプラグスーツで強調された細マッチョとゴリマッチョの間位なボディを見せつけるハジメに見惚れる女冒険者の姿も続出した。

此処でこういうファンタジー物ではテンプレと言って良い、香織達を目当てにちょっかいを掛ける輩が出て来る展開になりそうではあるが、ハジメの強者振りに気後れしたのもあってか観察するに留めるだけの様だった為に、邪魔される事無くハジメ達は正面奥のカウンターに辿り着いた。

そのカウンターにいた受付は…おばちゃんだった、ユエの倍ぐらいは横に広いおばちゃんだった。

 

「おやおや、随分と蠱惑的なお嬢さん達じゃないか。そんなお嬢さん達を両手に花どころか選り取り見取りとはやるねぇアンタ、そんな如何にもなガタイをしているだけはあるね。こんなお嬢さん達に囲まれるなんざそうそう無いんだから、ヘマして愛想尽かされない様にね?」

「あはは、肝に銘じておくよ」

 

この手の創作物では受付=美人女性のイメージが強かったのもあってか多少の拍子抜けこそしたが、香織達クラスの美女はいないでしょと思っていたのもあってかそれだけの感慨しか抱かなかったハジメ、そんな彼の内心を知ってか知らずか、おばちゃんは人好きのする笑みを浮かべながらハジメのモテ男振りを評しつつもだからこそ下手な真似はするなと説教を始めていた。

まさか初対面で説教されるとは思わなかったのか面くらいながらも応じたハジメの返答に「あらやだ、年取るとつい説教臭くなっちゃってねぇ、初対面なのにゴメンね」と謝ったおばちゃんという、何処かほっこりするやり取りが繰り広げられはしたが、即座に仕事モードに切り替わるのは流石にプロか。

 

「さて、じゃあ改めて。冒険者ギルド、ブルック支部にようこそ。ご用件は何かしら」

「素材の買取を頼めるかい?」

「素材の買取だね。じゃあまずステータスプレートを出してくれるかい?」

「「「へ?」」」

「ん?あ、そっか、冒険者なら買取価格にボーナスが付くから、その確認でステータスプレートを使うのか」

「どうやら冒険者じゃあなかったみたいだね。確かに買取自体にステータスプレートは不要だけどね、お兄さんの言う通り、冒険者と確認できれば一割のボーナスが付いて売れるんだよ」

 

買取を依頼したハジメに応じたおばちゃんからステータスプレートの提示を求められて疑問符を浮かべる香織達だったが、ハジメがその理由に気付いた。

そう、おばちゃんの言う通り冒険者となれば様々な特典が付いて来る、生活に欠かせない魔石や回復薬を始めとした薬関係の素材は冒険者が入手した物が殆どであり、それらは魔物からの襲撃という危険を冒さなければ手に入れられないのだからそれも当然か。

 

「他にもギルドと提携している宿や店は一~二割程度割引いてくれるし、移動馬車を利用する時も高ランクなら無料で使えたりするね。どうする、登録しておくかい?登録には千ルタが必要だよ」

 

ルタとはトータスの北大陸、つまり人間族のテリトリーで扱われる共通の通貨だ。

ザガルタ鉱石という特殊な鉱石に他の鉱物を混ぜる事で異なった色の鉱石が出来、それに偽造防止の為に特殊な方法で刻印した貨幣が流通している。

色は其々、1ルタ相当の青、5ルタの赤、10ルタの黄、50ルタの紫、100ルタの緑、500ルタの白、1000ルタの黒、5000ルタの銀、そして10000ルタの金となっている、二千円札に該当する物が無かったり1000ルタ以上の物に人物画が描かれていなかったりする以外は日本のそれと同じ様な物となっている。

 

「折角だし登録して置こうかな。香織達もそれで良いかな?」

「そうだね、登録して置いて損は無いし」

「ええ、良い機会だし」

「勿論よ。はいこれ」

「それで悪いんだけど、持ち合わせが全くないから買取価格から差し引くという事にして欲しいな。ああ、最初の買取価格はそのままで良いから」

「アンタこんなに綺麗な子を揃えていて文無しなんて何やってんだい。ちゃんと上乗せしてあげるから、不自由させんじゃないよ?」

 

折角の機会だからとステータスプレートを持っていたハジメ達4人の冒険者登録をする事にしたが、所持金が全く無かったのでおばちゃんから再び説教されながらも、快く要望に応じてくれ、ステータスプレートを4人分差し出した。

因みにユエとシアの分も登録するかと聞かれたがそれは断った、何故なら2人共ステータスプレートを持っておらず、よって発行してから登録という流れとなるのだが、そうなると隠蔽されていない状態のステータスがおばちゃんの目につく事になる、2人の固有魔法やらヤバいステータス値やらが見られたら不味いとハジメは判断したのだ、決して発行代金がべらぼうに高いからではない。

何はともあれ多少の時間の後に戻って来たステータスプレート、其処には新たなる情報が表記された。

天職欄の横に職業の欄が出来、其処に『冒険者』という表記と、青色の点が付いたのだ。

この点は冒険者ランクを示しており、ランクが上がる度に赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、そして最高ランクで金、と変化する…そう、通貨の価値を示す色の如く変化するのだ。

つまり青色の冒険者は「お前はミジンコ、金ランクは神」と言われているのと一緒という訳である。

因みに戦闘系の天職を持たないで上がれる限界は黒との事、辛うじてではあるが四桁の価値を得られるので、天職無しで黒ランクとなった者は拍手喝采を受けるらしい、一騎当千と評されるのと同義だからそれも当然か。

 

「男なら頑張って黒を目指しなよ?お嬢さん達に格好悪い所見せない様にね」

「勿論さ。それで、買取は此処で良いの?」

「構わないよ。あたしは査定資格も持っているから見せて頂戴」

 

単なる受付だけに留まらず査定の資格も持っているという、おばちゃんの優秀振りに多少びっくりしつつもハジメは、予め宝物庫から入れ物ごと取り出しておいた素材を見せる。

するとおばちゃんが驚愕の表情を浮かべた。

 

「こ、これは!」

 

恐る恐る手に取り、隅から隅まで丹念に確かめたおばちゃん、緊張しきりな感じで顔を上げながら、ハジメに尋ねた。

 

「とんでもない物を持って来たね。これは、樹海の魔物だね?」

「うん。どうやって入手したかは…分かるよね?」

 

テンプレなら最もレアな大迷宮最深部に住む魔物の素材を出してそれに驚いた受付がギルド長を呼び出し、高額買取&即高ランク認定でウハウハ、となるだろうが流石にそれは無理がある。

何しろ『表向きの』オルクス大迷宮六十五階層に住まうベヒモスですら伝説の魔物扱いされているのだ、其処から更に奥深くに住まう魔物なぞ見た事も無ければ聞いた事も無く、文献にも掲載が無いに違いない、その強大さと未知さに即未確認生命体扱いされ、ドナドナされて終わりで済めば良いが、下手したら魔人族の手によって強大化した魔物扱いされた挙句、魔人族サイドのスパイとして捕まりかねない、そうなったらユエ達の素性がバレるなんて次元では済まなくなる。

尤も樹海に住まう魔物も厄介極まりない存在、その素材も相当なレア物なのでどうした物かと一瞬躊躇したが、其処はシアの気配察知による手助けがあったからと言い訳すれば問題ない。

 

「樹海に住まう魔物の素材は良質な物が多いからね、売って貰えるのは助かるよ。ざっと…

四十八万四千ルタって所だね。これで良いかい?中央ならもう少し高くなるだろうけどね」

「大丈夫だよ、ありがとう」

 

幾らレア物とはいえ其処まで高く売れるとは思わなかったのか驚きながらも素直に買取を承諾したハジメ、金ルタ貨幣48枚と黒ルタ貨幣4枚の計52枚を受け取った。

 

「そうだ、門番の人からこの街の簡易的な地図を貰えると聞いたんだけど…」

「ああ、ちょっと待っといで…

ほら、これだよ。お薦めの宿や店も書いてあるから参考にしなさいな」

 

ふと門番からの話を思い出したハジメがその話題を持ち掛けると、直ぐに出してくれたが…

 

「え、これが簡易的?こんな立派な地図を無料で良いの?金取ってもバチは当たらないどころか当然なレベルなんだけど…」

「構わないよ、あたしが趣味で書いているだけだからね。書士の天職を持っているから、それ位落書きみたいな物だよ」

 

その出来は簡易という言葉が信じられない位精巧なもので、有用な情報が簡潔に記載された素晴らしい物であった、こんなのを無料で貰うのは少々気が引けたのは言うまでも無い。

 

「ありがとう、助かるよ」

「良いって事さ。それより金はあるんだから、少しは良い所に泊まりなよ。治安が悪い訳じゃあ無いけど、男共がそんなの関係ねぇと言わんばかりに暴走しかねない程の可愛い子ちゃん揃いなんだからね」

「勿論」

 

最後まで面倒見の良いおばちゃんから再度の忠告を聞き入れ、ギルドを後にしたハジメ達。

 

「ふむ、色んな意味で面白そうな連中だね…」

 

見送った後のおばちゃんは、何処か楽しげに呟いていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29話_ブルックの街

ギルドの受付をしていたおばちゃんから貰った地図を基に『マサカの宿』で一泊する事にしたハジメ達、そのチェックインの際に風呂の時間を二時間位確保しようとして驚かれたり、受付のおばちゃんがキャサリンという名前だった事に驚きが広がったり、三人部屋を2つ確保し、

 

「それで部屋割りは」

『あいこでしょ!あいこでしょ!あいこでしょ!あいこでしょ!』

 

誰を何処の部屋にするか話を振ろうとしたハジメの後ろで、既に女性陣がハジメとの同室を狙って壮絶なじゃんけん合戦を繰り広げた末にシアと雫が勝ち取り、プラグスーツで強調された爆乳を揺らしながらその喜びを露わにしたり、

 

「ま、まさか三人で?す、凄い…はっ、まさかお風呂を二時間も使うのはそういう事!?お互いの身体を洗い合ったりするんだわ!それから、あ、あんな事やこんな事を、その最中に他の部屋にいた女性達も参戦して六人で…なんてアブノーマルな!」

 

その光景を目撃していた受付の女の子がトリップしていたり、それを見かねた彼女の両親らしき存在が代わりに応対していたものの、翌朝には絶対「昨晩はお楽しみでしたね?」と言いそうな態度だったりと色々あったが何とかこの日の宿を確保した。

 

------------

 

その後も受付をしていた女の子が風呂及び部屋を覗き込もうとして母親である女将にバレて尻叩きされたり、予想通り別部屋の香織達も乗り込んで来て部屋割りの意味が無かったりと色々とあった翌朝、香織達が食料品等の買い物に出ている間、ハジメはこれからの大迷宮攻略に向けて有用となるであろう兵器開発を進めていた。

その折、

 

――アッー!

 

「…一体何が起こってんの?」

 

外で何かしらの騒ぎが起こっているのを耳にしたが、それが気になりながらも開発作業の手を止める事は無かった。

ハジメは知らない、この時ユエ達に「股間スマッシュシスターズ」なる色々とアレな二つ名が付き、その名が冒険者ギルドを通じて人間族のテリトリー中にまで轟き、男性冒険者を震え上がらせたり、女の子達から「お姉様…」と熱い視線を向けられる様になったりしていく事に…

 

「お帰り皆、お疲れ様。何だか街中で騒ぎがあったみたいだけど、何だったの?」

 

それから更に時間が経ち、チェックアウト迄あと少しという所で宿に戻って来た香織達を出迎えたハジメ、どうやら開発作業は終わった様だ。

やはり気になっていたのか出迎え早々話題に挙げたのは先程の騒ぎである、それに対して、

 

「…問題ない」

「あー、うん、そうですね。問題ないですよ」

「野暮用って奴よ、野暮用」

「そうだね、うん、そうだよハジメ君」

「ハジメが気にする事じゃ無いわ」

「あ、そう…

それで、必要な物は揃ったの?」

「ん、大丈夫」

「OKだよ、ハジメ君」

「食料品や薬品の類、必需品はこれで粗方揃ったわ」

「これで野営になっても安心ね。腕が鳴るわ!」

「ですね、それにしても宝物庫って本当に便利ですよね~。ISに宝物庫と『接続』する能力があって良かったです」

 

特に何の大事も無かったと答える5人、その姿に何処か訝しんだハジメだが、まあ良いかと流し、買い忘れが無いか確認した。

それに対する答えを聞いたハジメは、開発に成功した兵器を渡す事にした。

 

「さて。まず、香織はコレ。ビームライフル『スプィーシカ*1』だよ」

「ビームライフル?何だか見た目からはとてもそうには見えない様な…」

 

最初、香織に渡したのは2丁のビームライフルという未来的な武器…だとハジメが言い張る物だが、その見た目は香織が言う様にとてもそうは思えない物だった。

世界で最も普及したと言って良いアサルトライフル『AK-47』及びその派生ライフルから、特徴的な弾倉を取っ払った様な物にしか見えないその姿からビームを放つ等誰が予想出来ようか。

 

「まあ見た目は気にしないで。このスプィーシカは1丁1丁に燃料タンク代わりの神結晶とビームを射出する魔法陣が組み込まれていて、単体でも香織の魔力を燃料に高出力のビームを放つ事が出来る。だけどその真価はツインバスターライフルの如く連結した『バスターモード』。其々の銃身から放たれた2筋のビームが干渉を起こして1筋の螺旋状ビームとなり、貫通力と破壊力を劇的に上昇させる事が出来るよ。ただこのモードは香織の魔力でも一発で底をつきかねない諸刃の剣、よく考えて使ってね」

「正に一か八かのロマン砲って訳だね、凄い…」

 

見た目は兎も角(恐らくハジメの趣味だろう)、その高い性能を有したスプィーシカの説明を聞いた香織は、改めてそんな兵器を作り上げたハジメの手腕を凄いと思った。

 

「優花にはコレ。火炎放射器『パリャーシ*2』、これもスプィーシカ同様神結晶と火炎放射を行う魔法陣が組み込まれていて、優花の魔力を燃料に高火力の炎を放つ火炎放射器さ」

「香織のスプィーシカみたいなロマン機能は無い訳ね。でも前線に出る事もあるから、安定性のある方が良いわね、ありがと、ハジメ」

 

次に、優花に渡したのは、ソビエト連邦で開発された火炎放射器『ROKS火炎放射器』から燃料タンク部分を省略した様な物。

香織に渡されたスプィーシカとは違って此方は見た目通り、能力的にもバスターモードみたいなロマン機能はついていないが、遊撃担当である優花がそんなロマン機能を使いたいかと言えば否である、うっかり暴発させない為にも最初からつけなかったのは彼女としては有難かった様子だ。

 

「雫にはコレ。高周波ブレード『リェーズヴィエ*3』。電気を流す事で高周波震動を起こす粒子を化合した金属製の太刀だよ」

「何だかメタルギアシリーズの雷電になった気分ね。嬉しいわ、ハジメ」

 

続いて雫に渡したのは、SFではお馴染みである振動剣(ヴィブロブレード)の機能を備えた太刀。

現実でもこの手の刃物は医療や工作分野においてその能力を買われている、その機能を搭載した武器は雫も使ってみたいと思っていた所らしい。

 

「シアにはコレ。大型ソードメイス『ピサニエ・セドモイ*4』だよ」

「ソードメイス…この前貰ったヴァルとはどんな違いが?」

 

シアに渡されたのは、大剣型のメイス。

大剣型と言ってもメイスとしての能力を重視した結果、打撃部はかなり肉厚となっているが、シアの武器には既にヴァルがある、それとの違いは何か彼女が尋ねた。

 

「基本的な機能は大剣化したヴァルと言っても過言じゃないけど、その真価は其処じゃないのさ。シア、柄と打撃部の間にハンドルみたいな物があるでしょ?それを引いてみて」

「こうですか?わわっ、何かハジメさん達が使っていた銃でしたっけ?その弾を入れる部分が出て来ました!」

 

大剣における鍔があったであろう部分に設けられた、ボルトアクション式ライフルのハンドルらしき機構、それをシアが言われるがままに引くと其処から、やはりライフルの薬室らしき機構が出て来たのである。

尤もその幅的な意味での大きさはライフルの比では無いが…

 

「そう、それこそがピサニエ・セドモイの真価。流石に今は市街地の真っただ中だから使わせる訳には行かないけど、其処に専用のカートリッジを装填し、鍔の下あたりにあるトリガーを引く事で先端から杭が射出される、パイルバンカー機能を持っているって訳さ」

「おぉ、格好良いです!ありがとうございます、ハジメさん!」

 

大剣型メイスであるピサニエ・セドモイ、然しその中はこれまたSF等ではお馴染みと言っても良いパイルバンカーの機能も備わっていたのである。

香織のスプィーシカに備わったバスターモードにも引けを取らない、そんなロマン機能にシアが目を輝かせたのは言うまでも無い。

 

「そしてユエにはコレ。無線式オールレンジ攻撃兵器『クルィロ*5』だよ」

「無線式オールレンジ攻撃…ハジメがフェアベルゲンで見せた、メルキューレを用いてのあの攻撃?」

「そうだよ。流石ユエ、冴えているね」

 

そしてユエに渡されたのは、ガンダムシリーズにおけるファンネルを想起させる6基のビット兵器。

オールレンジ攻撃と聞いて彼女が真っ先に思い浮かんだのが、フェアベルゲンにおいて、リューティリス・ハルツィナによる粛清と騙ってハジメが敢行したメルキューレを用いての遠隔攻撃。

 

「この1つ1つのビットに神結晶と、魔力を様々なエネルギーに変換、射出する魔法陣が組み込まれていて、ユエの魔力を燃料に空中を飛び回り、火炎放射や超低温冷気、雷やビームを放つ事が出来るのさ。無論その力を活かすのはユエの腕に掛かっているよ」

「お~…

ハジメ、ありがとう」

 

その攻撃が自分でも、と聞いてユエも目を輝かせたのもまた、言うまでも無いだろう。

さて、ハジメが新兵器を開発した際、燃料タンク代わりの神結晶や、魔力を様々な物理的エネルギーに変換して放出する魔法陣を導入した物を、魔法適性を有した香織達3人に渡したのには訳がある。

何度も説明したが大迷宮の1つがあるとされるライセン大峡谷は、魔力が大気中に放出した瞬間にそれが分解され消失してしまう性質を有しており、その影響をモロに受ける香織、優花、ユエの3人の弱体化は避けられない。

一方で装着者と『接続』する関係上、魔力を機構内で完結させる形で運用出来るISならばその影響は微々たるもの(魔力を大気中に放出せざるを得ないシールド・バリアとブースター迄はどうしようもないが)、その領域下にある兵器も例外ではない。

ライセン大峡谷にてダイヘドアやハイベリア、帝国兵を蹂躙した時、纏雷を用いたレールガンの機能を何の不具合もなく使用出来たのはそういう背景があったのである。

其処でハジメはライセン大峡谷の性質による影響を無くすべく、使用者の魔力を物理的エネルギーに変換し、それを放出するというアプローチで新兵器を開発したのだ、さながら魔法戦記リリカルなのはForceに登場したAEC武装の如く。

尚、燃料タンク代わりに導入された神結晶は、オスカー・オルクスの住処にて発見された彼お手製らしいそれ及び、神水を出し切ってしまった(現在、残る神水の量はヴァーダ4つ分との事)それを使用している。

何はともあれあらゆる準備を終えたハジメ達は、チェックアウトを済ませると共にブルックの街を後にし、大迷宮攻略への旅を再開した。

*1
ロシア語で閃光

*2
ロシア語で灼熱

*3
ロシア語で刃

*4
ロシア語で第七聖典…つまりそういう事である

*5
ロシア語で羽



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30話_ミレディ・ライセンェ

ブルックの街を出てからハジメ達はISのブースターを吹かして、嘗て通ったライセン大峡谷の入り口に辿り着き、大気中に放出された魔力を分解する性質の為に侵入した瞬間から出力低下するも構う事無く、ハイパーセンサーを駆使して広範囲をサーチしながらも中々の速さで西へ西へと、目的地の1つであるグリューエン大砂漠の火山へ向けて進んで行く。

因みにそんなハジメ達に魔物達が如何にも狙って来そうなこの状況、幾ら空を飛んでいたとしても其処を住処とするハイベリア等の魔物からの襲撃が無いのかと突っ込まれそうだが、其処はやはりと言うべきかハジメがXラウンダーによる威圧で遠ざけていた為に襲われる事は無かった。

こうして街を出発してから半日、オルクス大迷宮から転移する魔法陣があった洞窟もとうの昔に通り過ぎ、かなりのハイペースで進みながらも見落としなく探索した成果は意外と早く現れた。

 

「は、ハジメさ~ん!皆さ~ん!大変ですぅ!一緒に来てくださ~い!」

 

とあるエリアを探索していたシアが何か人の手が加えられた痕跡を発見、慣れないISの操作に手間取りながらもそれを良く見ると其処は洞窟と言うには整い過ぎた広い空間で、その壁に看板と見られる明らかに人工的な物体を見つけたのである、これはきっと大迷宮と関わりのある物に違いないとシアは確信し、ハジメ達を呼び出して其処へと向かった。

その入口である、谷の壁面に巨大な一枚岩が凭れ掛かって出来た隙間を潜り、看板があった場所へと向くと確かに関わりがありそうな物ではあった、のだが、

 

『おいでませ!ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪』

 

その看板には女の子らしき丸っこい文字の、何とも砕けた調子で来訪者を出迎える様な文章が刻まれていたのだ、ご丁寧に!や♪といった記号まで入れて。

 

「なぁにこれぇ…」

「何だろう、この、法隆寺だと頑なに言い張る小屋に掲げられていそうな看板は…」

「…ウザッ」

「!に♪、何でこんな友達に送る系のメールみたいな文章なのかしら…」

「ユエもそうだけど本当、何処からこういう情報仕入れているのよ…」

「ま、まあでも本当にあったんですねぇ、ライセン大峡谷に大迷宮って」

 

本当に此処は大迷宮の入り口なのか?それが看板を見たシアを除く5人の一致した考えだった、それ程までにこのチャラ過ぎる看板のインパクトは大きかったのだ、絶対誰かの悪戯だ、という方面で。

然しながら既に入口だと確信していたシアを誰も否定しないのは、看板に書かれたミレディという名前、オスカー・オルクスの手記に書かれていた、解放者の1人のファーストネームと一致していたからだ。

ライセンの名は『反逆者』の1人として有名ではあるが、ファーストネームの方は知られていないと言ってもいい、故にどっかの馬鹿による悪戯の可能性は無く、大迷宮との繋がりがある可能性が高い証拠となっているのだ。

 

「…成る程、時代劇とかで良く見る回転扉になっているみたいだね」

「ハジメ?」

「もしかして、ハジメ君のX領域が?」

「相変わらず凄いですね、ハジメさんのXラウンダーでしたっけ?それによる未来予知は。私の立場は何処に…」

「ごく近い未来しか見えないさ。シアの固有魔法は一時間とか結構先の未来も見えるから卑下する事は無いよ」

「そうよシア、自信を持ちなさい」

「そもそも未来が見える時点でチートどころじゃないわよアンタら」

 

さて大迷宮へ行く為の手掛かりとなる場所こそ見つかったが其処からどう行けば良いのかを思案した一行だったが、今度はハジメがその力を発揮した。

ハジメのXラウンダーによる近未来予知によって、この空間内のとある窪みが忍者屋敷の仕掛け扉の如く、ぐるりと回転する様になっている事が判明したのである。

尚その際、足を踏み入れた瞬間に無数の矢が、全く光を反射しない様に漆黒で塗られた矢の雨が襲い掛かって来る事も判明し、こういう初見殺しは流石に大迷宮かとハジメが思ったのは余談である。

その光景に従って回転扉を開いて大迷宮へと足を踏み入れ、見ていた通り飛来して来た漆黒の矢を躱した一行、するとそんな彼らのドンピシャな対応に拍手を送るかの様…で無いのは後述する事柄によって分かるが、周囲の壁がぼんやりと光り出し、真っ暗だった迷宮内が僅かながら見える様になった。

ハジメ達が現在いる場所は十メートル四方の部屋、奥へと真っすぐに整備された通路が伸びており、部屋の中央には石板があるのだが、其処には看板の時と同じく丸っこい女の子文字で、

 

『ビビった?ねぇ、ビビっちゃった?チビってたりして、ニヤニヤ』

『それとも怪我した?もしかして誰か死んじゃった?…ぶふっ』

 

恐らく先程の矢を放って来る仕掛けに引っ掛かった冒険者を煽る為であろう文章が刻まれていた、ご丁寧に『ニヤニヤ』とか『ぶふっ』といった擬音の部分を強調して。

 

「うわぁ…」

「…本当にウザい」

「製作者の性根の悪さを物語っているかの様な石板ですね。仲間をやられた冒険者がこれを見たらくぁwせdrftgyふじこlpって感じで発狂する事間違いないですぅ」

「何でシアはそのネタを知っているのよ」

「ミレディ・ライセンは『解放者』云々抜きにこの世界の敵に認定しても良いんじゃないかな…」

「確かにそうね…」

 

初見殺しにも程がある罠で仲間を殺しておいてその光景を嘲笑していると言わんばかりの文言、これを作り上げたミレディ・ライセンの性根は腐りに腐っているに違いないと皆の認識が一致した瞬間だった。

 

「まぁ、こっちはハジメさんの近未来予知で軽く避けた所でこんな風に煽って来られても滑稽過ぎて草wですけどねぇ」

「…シア、草に草を生やしてはいけない」

「ユエも何で小説じゃなきゃ分からない所を指摘するのかしら…」

「いやだから何でシアもユエも草とか草を生やすとか知っているのよ?雫も其処スルーなの?」

「この世界の人達は地球の情報を受信する能力でもあったりして?」

「だとしたら実用性無さそうな方面しか受信してへんがな、何やねんその無駄な能力…」

 

然しながらそんな初見殺しを余裕で回避して見せたハジメ達が石板の文言を見てもただ「ウザい奴だ」と冷静に捉えるだけ、殊にシアは自分の力で回避した訳じゃないにも関わらず煽り返した挙げ句、石板の上に『避けられる事をまるで考えていないノータリンがオラついている図w』と落書きをしていた。

 

------------

 

何はともあれ探索開始となったライセン大迷宮。

大峡谷の底よりも魔力の分解作用が強力になった影響か、それまで自動車並の速度は出せていたISのブースターが、原付並みの速度が出せる程度まで出力が低下してしまうというアクシデントが発生、それはつまり魔力を用いた手段を「普通は」使えないのと同じと言ってもいいだろう、そう「普通は」。

然しながらハジメ達は普通ではない、彼らが身に着けているISは装着者と『接続』し、その魔力を機構内で運用する関係から、どうしても魔力を外部に放出せざるを得ないシールド・バリアやブースター以外はその影響を受けない。

流石にシールド・バリアが使えない=事実上の生身である為か不意打ち(尤もハジメと香織、雫と優花は耐久が5桁、シアは魔力変換でハジメ達と同等クラスまで底上げが出来、ユエも魔力が尽きない限りは不死身なので大した影響では無いが)には気を付けなければならないし、ブースターを吹かしても原付並みのスピードしか出せないのは不便だが、それを除けば問題なく全機能使えるし、領域下の兵器もその力を如何なく発揮出来る、新しく作って置いて正解だったとハジメが考えたのは言うまでも無い。

そういった機能を用いて広範囲を探索しながら原付並みの速さで空中を飛行している影響か、罠に引っ掛かる事は1度も無く、またどういう訳か魔物に遭遇する事はおろかその気配を感じる事すら無く、平穏無事に進んでいた。

…余りにも平穏過ぎて暇を持て余したシアが、手近な場所を見つけては落書きをする位に。

タイトルと思われる『多分(恐らく)(きっと)(ひょっとしたら)こんな顔』『元気ですか』『ドジったミレディの図』『発情期』といった文章の上に、物凄く不細工だったり嫌らしい表情だったりアホ面だったり吹き出物だらけだったり顎がしゃくれていたり(ピー)に塗れていたり物凄く適当な裸が書かれていたり…

そんな(シア曰く)ミレディ・ライセンの崩しに崩した似顔絵を適当な間隔で描いて行く様な暇がある程、探索は順調に進み、

 

「こうもあっさりと最深部に辿り着くのも何だか拍子抜けですね、此処本当に大迷宮なのでしょうか?」

「…ISを始めとした様々な武装をハジメが予め作り上げたから簡単に感じるだけ、普通はこうならない」

「だよね、入口の真下に如何にもヤバそうな液体が一杯なプールがあるし」

「事実上魔法が使えない性質を考えたら、空を飛んで移動するなんて想定していないでしょうね」

「そう考えると本当にハジメは凄いわよね、一体誰よありふれた職業の無能だとか言った奴」

「あはは、ありがとう。さて、如何にもな扉だけど流石にそう簡単には通してくれ無さそうだね」

 

探索開始から凡そ数時間後、迷宮の外は既に日付が変わっているんじゃないかと思われる時間になった頃、ハジメ達は最深部一歩手前と言わんばかりの部屋へと辿り着いた。

その部屋は長方形型の巨大な部屋で、両サイドの壁には無数の窪みがあり、騎士甲冑を纏い大剣や盾等の巨大な武具を纏う身長2メートル位の銅像がその窪みの中に立っていた。

部屋の一番奥には大きな階段があり、頂上にはひし形の黄色い水晶が設置された祭壇の様な場所と、その奥に設けられた荘厳な扉があった、恐らく祭壇で何かしらの作業を行えば開く仕組みなのだろう。

尚、その入口の前は香織がプールと表現した大穴が空いており、如何にも危険そうな煙を放つ液体で満たされていた、恐らくこれは罠の一種として設置されたのだろう。

ISを纏ったハジメ達にとって回避が容易なこの罠を踏まえると、今まで何事もなく探索を進められたのは、雫の言う通り魔法を使わずして空中を長時間飛行する事をミレディ・ライセンが想定していなかったからだと考えられる、であればシアの言う通り大迷宮とは思えない程簡単なのも説明が付く。

自分達の身を魔物と同等の存在に変えて尚攻略に1ヶ月近くを要したオルクス大迷宮の存在を踏まえればあっさり過ぎるライセン大迷宮の攻略、それを成し遂げた要因である自分が作った兵器の凄さに、それを生み出した自分への賞賛に何処か照れながらも応じたハジメだったが、何時までもそうしてはいられない。

きっと奥の祭壇周りに行こうとすれば周囲の騎士甲冑がゴーレムの如く動き出すというお約束展開が待っているんだろうなと考えながらもハジメ達は部屋へと足を踏み入れ、

 

「…やっぱりそうなるよね。雫とシアは前線でゴーレムを足止めして!優花は僕と一緒に雫達の援護を!香織とユエは先に祭壇の方へ行って!」

「分かったわ!」

「了解ですぅ!」

「任せなさい!」

「はい!」

「ん!」

 

中ほどまで進んだ所でやはりと言うべきか、何かが動き出したかの様な音と共に、大量の騎士甲冑が動き出した、その数は総勢50体。

その光景を近未来予知で把握したハジメは予め香織達に指示を飛ばし、ゴーレム達を迎撃すべく構えを取った…!




次回、いよいよヴァスターガンダム初陣の時…!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31話_最奥に潜む…

今話よりヴァスターガンダムが本格参戦…なんですが、その…
ギャグ連発ですいません。


「開いた先には通路を経て巨大な空間、その奥にはMSにも引けを取らない巨大なゴーレム…

如何にも最終試練だと言いたげなシチュエーションだね」

 

50体もの騎士甲冑との戦闘を開始してからほんの数分、ハジメは香織とユエが祭壇のからくりらしき物を攻略した事で開いた奥の扉、その先にある光景をXラウンダーによる近未来予知で目の当たりにし、決意を新たにしていた。

その背後には当の騎士甲冑が複雑に絡み合った巨大な塊が幾つか転がっており、どうにかこの状況を打開しようと藻掻くものの互いが互いを拘束しているという構図から全く動けなかった。

開始当初は前衛を担う雫とシアが甲冑騎士達をバッタバッタと薙ぎ払っていたのだが、程なく倒した騎士甲冑が何事も無く復活する未来をハジメが見た事から作戦変更、優花がパリャーシを用いての火炎放射で溶かしたり、ハジメが錬成を用いてグネグネに変形させたりして、多数の甲冑騎士同士を知恵の輪の如く複雑に絡ませ合った巨大な塊にする事で互いの復活を阻害する様にして無力化したのだ。

 

「さて、ここから先は相当な広さの空間、となればヴァスターガンダムを投入出来る。とは言え広さ的に1体が限度かな、それ以上投入したら確実に接触事故が起こる。さて誰が行くか…」

 

それは兎も角、通路の先にある空間の広さを目測したハジメは、其処ならヴァスターガンダムを出せる事が分かり、投入を決めるも、誰の専用機を出すか香織達にも提案する事にした。

此処で自らの専用機として割り当てられたヴァスターガンダムを投入、搭乗して戦うという事は、それ即ち最終決戦における壁やアタッカー等、前衛として考えうるあらゆる役目を担うという事である。

幾らMSという鎧があるとはいえ敵の戦力が未だ完全に把握出来ない中でそれを担うのは勇気がいる事、それ以上に人間の10倍以上(一行の中で最も背の高いハジメや雫の12倍近く)もの図体を誇るヴァスターガンダムを己が身体の如く操って1体の撃ちもらし無く敵を討ち果たす技量が求められる。

 

「そしたらハジメ君、私が行くよ」

「何を言っているの、香織。此処は前衛職の私が行くわよ」

「…雫、ガンダムに乗って戦うのに前衛も後衛も無い、此処は私が」

「何言ってんのユエ、アタシが行くわ」

「いえいえ優花さん、此処は私が行きますよぉ」

 

然しながらその事実を前に尻込みする存在は此処にいなかった。

ハジメの提案に香織達が皆揃って名乗りを上げ、誰もその役目を譲る事無く言い合いが始まりそうになったが、

 

「あのさ、僕が行くという選択肢は」

「「「「「どうぞどうぞどうぞどうぞ」」」」」

「なんでやねん、ダチョウ倶楽部やないかい!というか、何でユエとシアは知っとるん?」

 

ハジメが自ら名乗りを上げようと口にした瞬間、ダチョウ倶楽部の定番ギャグの如く一斉に掌を返し、役目を譲る香織達の姿があった。

事前に打ち合わせでもしていたんじゃないかと言わんばかりの、元ネタの如く息の合った掌返しにハジメが何時もの通り関西弁でツッコミを入れるが、それを拒否の意志と受け止められたのか、

 

「え、ハジメ君行かないの?じゃあ私が行くよ」

「だから香織、此処は私が行くわよ」

「…雫、だから此処は私」

「いいやユエ、此処はアタシよ」

「ですから優花さん、此処は私が行くですぅ」

 

香織達が再び名乗りを上げ、

 

「いや誰も僕が行かないとは一言も」

「「「「「どうぞどうぞどうぞどうぞ」」」」」

「だから、ダチョウ倶楽部やないかい!」

 

ハジメが拒否の意志などない事を口にした途端、やはり元ネタの如く掌を返していた。

こうしてハジメの専用機が決戦に投入される事となり、彼は宝物庫から自らの専用機であるヴァスターガンダム8号機『アヴグスト*1』を取り出し、

 

「初陣がこんな場所で済まないけど、力を借りるよ。アヴグスト」

 

そう申し訳なさそうに言いながら胸部コクピットを開いた。

其処は計器の類やレバー等の操作端末等が見当たらず、ある物と言えばシートとディスプレイだけという、コクピットと言うにはシンプルを通り越してハリボテかと突っ込まれそうな物だった。

然しながらそのシンプルなコクピットの裏にはヴァスターガンダムを動かす為の様々な機構が盛り込まれている。

まずシートの背もたれ部分、というよりコクピット背後の壁だが、其処にはISのカスタム・ウィングを始めとした装備をマウントする為の窪みがあり、其処にカスタム・ウィング等を設置・固定する事でパイロットをシートベルトの如く固定させると共にISとヴァスターガンダムが『接続』、つまりISを仲介させる形でパイロットとヴァスターガンダムが『接続』され、パイロットの魔力を用いてマナビームが全身に形成、それと共にイメージ元たるユニコーンガンダムとそっくりな変形を行って起動形態へと移行(その時、変形によって露出した内部装甲がサイコフレームみたく、パイロットが有する魔力の性質を体現した色の光を放つ)、パイロットが自らの身体を動かすのと殆ど同じ要領で動かす事が出来るのだ。

…尤もハジメ達は皆して魔力を直接操作出来る技能を有している、その気になればISの仲介が無くともヴァスターガンダムを動かす事は可能ではあるが、このライセン大迷宮で『接続』せずに用いようとすると即座に燃料切れになる事は火を見るよりも明らかだし、同型機を渡す予定である愛子や幸利、リリアーナも同じ事が出来るかと聞かれたら否である、彼女達にも渡す事を考えれば自分達にしか扱えない代物など論外なのだ。

それはさておき、次にシートの肘掛け部分、その先端には小型のディスプレイと思われる機構が組み込まれている、出力調整等の詳細設定や、マルチプルカノン等武装の操作を行う為のコンソールだ。

続いて現在は横倒しになっている大きめのディスプレイ、起動中はこの画面から魔力残量や損傷等の各部状態、後述するメインカメラの視界外からの危険物察知等の情報を表示する事となっており、先程言った計器類の役目を担っている。

そして今はただ単に金属特有の無機質な様を晒しているだけの障壁だが、起動と共にヴァスターガンダム頭部に組み込まれたメインカメラで得られた視覚情報を映し出す事で、集音マイクによる聴覚情報も相まってまるで自らが外にいるかの様に操縦を行えるのだ。

そんな物は無ければ塗装らしい塗装もしていない殺風景なヴァスターガンダムのコクピットに乗り込んだハジメ、シートに座り、横倒しにしていたディスプレイを正規の位置に移動させながらカスタム・ウィング及び各種装甲を背部の窪みにマウントさせる。

するとISを介してハジメとアヴグストが『接続』されると共に彼の魔力が全身に張り巡らされ、各部が変形していくと共に内部装甲が発光、彼が有する魔力の性質を体現したらしい緑の光を放ち、まるでバナージ・リンクスがニュータイプとして覚醒してからのユニコーンガンダム・デストロイモードの様な姿と化した。

同時にコクピットの殺風景な風景が、さっきまで見ていたライセン大峡谷のそれに変化したのを受け、

 

「南雲ハジメ、アヴグスト。発進!」

 

ハジメは宣言すると共にアヴグストを進ませ、香織達もそれに続いた。

…尚、先程も話題に上がったヴァスターガンダムの必殺武装であるマルチプルカノンは、今回は装備していない、流石にこの閉ざされた空間内で強大な砲撃をブッパする訳にはいかないという判断からだ。

閑話休題、通路を進む事一分近く、ハジメが近未来予知で見ていた通りの巨大な空間へと出て来た。

光源が無いのか先程までとは打って変わって闇に包まれていたが、アヴグストの全身から放出される光によって、広大な中に巨大な正方形ブロックが幾つか浮かぶだけというその全貌が露わになった。

 

「何だろう、如何にも神代魔法使っていますと言いたげな存在だね、あのブロック…」

 

そのブロックに対して抱いた思いを素直に口にしたハジメ、それがフラグだったのか、

 

「ハジメさん!」

 

何か危険を察知したシアが叫ぶ。

それと同時にブロックの1つが一行へと隕石の如く襲い掛かったが、

 

「ほいっと」

 

ハジメがアヴグストの腕を一閃、錬成を付加したその腕がブロックを変形させ絡め取った事で何事も無く済んだ。

その直後、空間の奥にぽっかりと空いた穴から猛烈な勢いで何かが上昇する音が聞こえると共に巨大な何かが飛び出して来た。

見るとそれはハジメが近未来予知で見た巨大なゴーレムと同じ姿をしていた、どうやらあれこそが最終試練の相手となるゴーレムなのだろう。

大きさは20メートル程、ハジメが搭乗しているアヴグストと互角の大きさを誇る、もしハジメがMSを開発しようと思い立たなければ、そしてヴァスターガンダムを開発出来ていなければ、一行はその大きさに驚き、何処ぞの漫画みたいな危ない発言を口にしていたのかもしれない。

左腕には鎖がジャラジャラと巻き付き、初代ガンダムにてガンダムハンマーとして使われていたそれとよく似たモーニングスターを装備し、右手にも何かしらの装備があるのか何処かごつごつとした形状をしていた。

 

「やほ~、初めまして~、みんな大好き」

「雪城ほのかさんですか?」

「光の使者、キュアホワイトってちがーう!誰が初代プリキュアだよ!?」

 

何時最終試練が始まってもおかしくない緊迫したその状況、それをぶち壊したのは、巨大ゴーレムの軽過ぎる挨拶と、その声を聞いたシアによるメタいボケ、それに反応したゴーレムのノリツッコミだった。

 

「チョロシア・チョロコット?」

「ちょっと宜しくて?ってだからちがーう!誰がビット使いのイギリス代表候補生だよ!?」

「フォウ・ムラサメ?」

「思い出なんか、記憶なんか、消えてしまえ!っていやだからちがーう!誰がムラサメ研究所の4番目だよ!?」

「朱理ちゃん?」

「過激に行きましょう、ってあのさ違うっての!誰がスリングショット着用したエレメントドールだよ!?」

「リィン?」

「はいです!って違うって言っているでしょ!だれが夜天の書を管理するユニゾンデバイスだよ!?」

 

が、そんなシアに便乗してかハジメ達もメタいボケを連発、それに巨大ゴーレムが一々反応してノリツッコミをするも、挨拶をずっと遮られ続けている事で苛立ちを募らせ、

 

「…ナーム?」

「いい加減にしろー!私はミレディ・ライセンだー!」

 

ユエのボケにとうとう堪忍袋の緒が切れ、自らが解放者の一角であるミレディ・ライセンその人だと名乗りを上げた。

*1
ロシア語で8月




因みにハジメ達のボケの元ネタですが、

雪城ほのか…キュアホワイト(ふたりはプリキュア)
チョロシア・チョロコット…セシリア・オルコット(インフィニット・ストラトス)
フォウ・ムラサメ(機動戦士Zガンダム劇場版)
朱理(怒首領蜂最大往生)
リィン…リィンフォース・ツヴァイ(魔法少女リリカルなのはシリーズ)
ナーム(ドラガリアロスト)

全てミレディの担当声優であるゆかなさんが担当したキャラ、つまり中の人ネタですw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32話_MS級ゴーレムとの戦い

「黙って見聞きしていれば言いたい放題やりたい放題しやがって!ミレディちゃんが本気でぶちのめしてやるから覚悟しなぁ!」

 

オスカー・オルクスの手記からして人間だった筈のミレディ・ライセンが何故ゴーレムになっているのか、彼女達が『反逆者』の烙印を押されてから数百年経った今でも何故生きているのか等々、目前のゴーレムがミレディの名を名乗った為に聞きたい事が山ほど出来たハジメ達。

が、どうやら話からして大迷宮に入ってから今に至るまでを全て見聞きしていた様で、それはつまりハジメ達がISの機能を使って罠の数々を楽々スルーしていたのも、シアがミレディの事をボロクソに罵倒していたのも、彼女の煽り文を掲載していた看板に自前の煽り返しメッセージを落書きしていたのも、似顔絵を物凄く不ッ細工に描いていたのも全て見聞きしていたという訳であり、さっきの中の人に因んだボケによる挨拶妨害も相まってマジギレし、怒りのままに襲い掛かって来ていたのでそれを聞くのは戦闘後になりそうである。

さて、此処ライセン大迷宮はその特性上『魔法が使えない状況下であらゆる攻撃への対応力を磨く』事が攻略の上で要求される七大迷宮の1つだが、その『あらゆる』攻撃には何も直接ダメージを与える類の物ばかりじゃない、状態異常を付加する蠍型の魔物がうじゃうじゃいる他、随所に設置された物理的トラップと無秩序な構造、入口の看板に書かれていたそれなんてほんの小手調べだと言わんばかりのウザいメッセージ、そして一定時間経過と共に内部構造が大いに変化してしまう絡繰りによって挑戦者を身体的・精神的に甚振って来る設計になっているのだ。

然しながらハジメ達はISの機能によってそれらを尽くスルーし、たった数時間という異様なハイペースで攻略した為に想定を大いに狂わせた挙げ句、シアがそれを嘲笑うかの様な落書きを至る所に書きなぐっていたのを目の当たりにした事でミレディの怒りは溜まりに溜まって、そして挨拶をメタいボケで遮られ続けた事で爆発、本来なら支援に回る事となっている、前の部屋にいる無数の騎士甲冑が動けないのも構わず真正面から突っ込んで来たのだ。

そんな、本来ならハジメ達を陥らせようとしていたミレディが逆に陥ってしまった憤怒と憎悪に駆られての突撃、それをガチガチの重武装(重量的な意味では全然重くないが)と理路整然とした戦術、そしてオルクス大迷宮という地獄を乗り越えた自信、といった文字通りパーフェクトストライク状態なハジメ達が対処する事など赤子の手を捻るかの如く容易だった。

 

「ふっ!」

「あぐっ!?アザンチウム鉱石の装甲がこんな簡単に!?」

 

アザンチウム鉱石、それはこのトータスにおいて最も硬いと言われている鉱石、例え薄膜を張る程度であろうとそれを用いた装甲はいかなる攻撃をも跳ね返すとされている強固さを誇るそうだ。

然し錬成師であるハジメに言わせれば、どれだけ硬かろうと何の対魔法的な処置も施していない金属装甲なんてどれも一緒、錬成の技能を極端な迄に戦闘面で昇華させた彼の、その効果を付加させたアヴグストの腕の一振りに耐えられる筈も無く、その身にどでかい傷を作り上げた。

だが、ミレディにとって脅威となるのはハジメが搭乗するアヴグストだけじゃない。

 

「喰らいなさい!」

「んなぁ!?」

 

まずは雫、幾ら切れ味が凄まじくても自分の十数倍もの大きさを誇るミレディ相手には掠り傷程度にしかならないと判断してリェーズヴィエをしまった彼女が代わりに取り出したのは、ヴィントレスと同じ時期にハジメが開発した銃火器の1つで、これまた同じ銃弾を使うボルトアクション式大型対物ライフル『ヴァイクロップス*1』、ボーク・スミェルチ弾を使う物では最も長い銃身に物言わせた強烈な電磁加速に乗せて放たれた弾の速さは秒速34km、乾燥した空気中での音速の大体百倍という無茶苦茶なスピードで雫がドギュゥゥゥゥン!という轟音と共に放ったボーク・スミェルチ弾はミレディの身体に決して小さくない空洞を作り上げた。

 

「どぉらっしゃぁぁぁぁい!」

「あがぁ!?」

 

次にシア、ヴァイクロップスに持ち替えた雫とは違いピサニエ・セドモイを持ったままだった彼女だが、魔力変換によって大幅に強化された身体能力で突き出された剛撃、及び直撃の瞬間に発射されたパイルによる二重の打撃に、大きさで10倍以上もの差があるミレディをも吹っ飛ばし、装甲をひしゃげさせる。

 

「汚物は消毒だぁぁぁぁ!」

「あぁっちゃぁぁぁぁ!?」

 

続いて優花、パリャーシを手にして行った彼女の攻撃はやはりと言うべきか火炎放射、元々適性のあった炎魔法に、3万オーバーという桁違いなスペックに物言わせた魔力をつぎ込んで放ったそれは太陽の表面温度すらも凌駕する業火と化し、ミレディの身を容易に溶かしていく。

 

「乱れ撃つぜ!てね」

「あばばばばば!?」

 

香織はスプィーシカを其々の手に一丁ずつ持ち、ロックオン・ストラトスの決め台詞を口にしながら、一行の中で最も高い魔力に物言わせた高出力ビームを乱射、何かしらの行動をしようとするミレディの、動かそうとしていた部分に次々と風穴を空け、その行動を妨害していく。

 

「ファイア!」

「うぼぁ!?」

 

そしてユエは優花達を真似てか、腰に纏っているクルィロから火炎放射やビーム等を放ち、ミレディに少なくないダメージを与えていく。

大迷宮の中では流石にクルィロを用いた遠隔操作攻撃は行えないものの、自らの身に着けての砲撃は問題なく行えるのだ。

こうしてアヴグストと互角な大きさのミレディ相手に圧倒的優位で戦いを進めるハジメ達、その末に、

 

「ダークネスフィンガー!」

「ひでぶぅぅぅぅぅぅ!?」

 

ハジメが大量の魔力を送り込んだ事で異様な光を放つ様になったアヴグストの右手をミレディの胴体に突き出し、アザンチウム鉱石製装甲の強固さによる抵抗も何のそのと言わんばかりに貫いて見せた。

胴体を大きく貫かれたミレディは、どうやら機関部を根こそぎやられた影響か、断末魔の悲鳴をあげた後はぱたりと動かなくなった。

 

「やりましたね、皆さん!ライセン大迷宮攻略ですぅ!」

「どうやらそうみたいね、終始拍子抜けする難易度だったけど…」

「まあ良いじゃないの雫、神代魔法を早く得られるのに越した事は無いんだから」

「…ん。皆お疲れ」

「ハジメ君!お疲れ様、凄い格好良かったよ!」

「ありがとう、香織。皆もお疲れ様」

 

ミレディの撃破を、ライセン大迷宮の攻略を確認し、互いに喜び合い、苦労(?)を称え合うハジメ達。

雫の言う通りオルクス大迷宮とは比べ物にならない程簡単ではあったがそれはハジメが開発したISの力あってこそであり彼ら以外の挑戦者にとってもそうなる訳じゃない、七大迷宮の一角を攻略したのには間違いないのだ。

だが、

 

「あのぉ、良い雰囲気で悪いんだけどぉ、そろそろヤバいんで、ちょっと良いかなぁ?」

 

そんな彼らを呼び掛ける、ついさっきまで聞いていた声。

その声が聞こえた方向へと香織達が振り向くと其処には、胴体を貫かれたと共に消失した筈の眼の光が何時の間にか戻っていたミレディの姿があった。

まだ終わっていなかったのかと咄嗟に身構える彼女達だったが、一方でハジメはその声を聞いても何の行動もする事無く平然としていた。

それもその筈、

 

「皆、大丈夫だよ。どうやら僕達に伝えたいメッセージがあって、その為になけなしの力を喋る為だけに使っているに過ぎない。持って数分って所かな?」

「そうそう、彼の言う通りだよぉ。試練はクリアとなっているから安心して」

 

ミレディにはもう戦う力は残されておらず、残り少ない生命力を喋る為だけに費やしているに過ぎないのだから。

 

「で、何ですか話したい事って?死して尚KYとか、残念さで髄一の解放者だと伝えてやりましょうか?」

「ちょ、止めてよ何その地味な嫌がらせ。じわじわ来そうな所が凄く嫌らしいんだけど」

 

攻略の喜びに浸っていた所に水を差された事で苛立っていたのか、シアが物凄く効果的な嫌がらせをしようとしているのを聞いて怯むミレディだが、

 

「ああ、安心して。お前達解放者が果たせなかった邪神エヒトルジュエ討伐の悲願は、僕達が代わりに果たす。ガンダムやISはその為に作り上げた物だから」

「そうだったんだ、なら話は早い。どうやらオーちゃんの住処で事の子細を聞いたみたいだね。分かっているとは思うけどあのクソ野郎とその眷属共は本当に嫌な奴らでさ、嫌らしい事ばかりしてくるんだよね。だから少しでも慣れて欲しかったんだけど、まさか尽く潰されるとはね」

 

ハジメの決意を聞き、その土台となったのがオスカー・オルクスの住処で知らされたこの世界の真相であろうと察知したミレディが話を始めた。

その口調は大迷宮の何処までも嫌らしい作りや看板等に書かれたウザい文等から垣間見える捻くれた性格とは無縁の、誠実さや真面目さが感じられる物だった。

恐らくはエヒトルジュエの言動に惑わされぬ様、訓練を付けさせる為の物だったのかもしれない、尤もハジメ達には何の意味も無かったが…

 

「そのクソ野郎ことエヒトルジュエを討つ為に神代魔法が必要な事は言うまでも無いよね。それを得られる他の大迷宮の場所を教えて欲しいな。失伝していて殆ど分からないし、オスカー・オルクスもその辺の説明をしてくれなかったからさ」

「ああ、そうなんだ…そっか、迷宮の場所が分からなくなる程…本来なら最後に攻略すべきオーちゃんの迷宮を真っ先に攻略しちゃう程…長い時が経ったんだね…うん、場所、場所はね…」

 

そのエヒトルジュエを倒す為に神代魔法は必要だが、それを得る為に訪れ、攻略すべき七大迷宮の場所は失伝してしまっており、現在その場所を正確に把握出来るのはオルクス大迷宮を含めてもたった4つ(その内ハルツィナ樹海の大迷宮は先に他4つの大迷宮を攻略する必要がある)、此処ライセン大迷宮も世間的には「ひょっとしたらあるかも」程度にしか知られておらず、残り2つに至っては何処にあるのか全く分からない、それを聞いたミレディがさらりと衝撃的な事実を口にしながらも、残る七大迷宮の場所を語っていく。

 

「以上だよ…頑張ってね」

「任せてよ、エヒトルジュエは必ず討伐する。何故なら僕が、僕達が」

「「「「「「ガンダムだから」」」」」」

「ふふ、何それ意味わかんない…だけど安心したよ、ありがとね…さて、時間の…様だね…君達のこれからが…自由な意志の下に…あらん事を…」

 

それを受け、改めてエヒトルジュエ討伐の決意を表明するハジメ達、その姿に安心したのか、安らかな様子でミレディは話を終わらせ、淡い光となって天へと消えて行った。

*1
ロシア語で排気。ロシアのKBP開発局で開発された消音狙撃銃『VKS』のコードネームでもある



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33話_ShakeShake♪

ミレディが去っていった直後、壁の一角が光を放ち出した事に気が付いたハジメ達、アヴグストを宝物庫に回収しつつその場所に向かうと、まるで自動ドアの如く退かれ、奥へと続く白い光沢のある壁で出来た通路が現れた。

そのまま通路を進み、部屋らしき空間へと辿り着いた彼らを出迎えたのは、

 

「やっほー、さっき振り!ミレディちゃんだよ!」

『ズコー!』

 

ちっこい(といってもさっきと比べてだが)ミレディだった。

さっきしんみりとした感じで別れた存在と直ぐに再会するというまさかの状況に、さっきまでの真面目な感じとは打って変わってのチャラい出迎えに香織達は勿論、近未来予知でその生存を、生きている理由を察したハジメですらも新喜劇みたくズッコケた。

 

「え、ちょ、待って!ちょっと待って!このボディは貧弱なのぉ!これ壊れたら本気で不味」

「…死ね」

「死んで下さい」

「ミレディ死すべし慈悲は無いってね」

「アイェェェェ!て何やらせんのよ雫」

「ごちゃごちゃ五月蠅いよ、全くさぁ」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

そんなミレディに、人を感傷に浸らせておいてそれは無いんじゃないか、こっちの気持ちを弄びやがってと言わんばかりに香織達はマジギレし、人間らしい体躯に乳白色のローブを纏い、ニコちゃんマークの仮面を付けたちっこいミレディへと襲い掛かり、何か言っているのを聞く事無く袋叩きにし出した。

そんな光景をハジメは「なーむー、ナームと同じ中の人なだけに」とメタ発言も絡めた親父ギャグを口にしながら合掌しつつ、部屋の中を観察し出した。

通路のそれと同じ素材が使われているのか、辺り一面乳白色の壁で覆われた部屋には中央の床に刻まれた魔法陣以外何も無く、唯一あるとすれば奥の空間へと繋がっているであろう扉のみ、其処は恐らくミレディの住処らしき部屋だろう。

となれば此処の管理をしているミレディを働かせるしかない、その結論に至ったハジメは香織達に一時停止する様言いつつ、ミレディに要求する(を脅す)

 

「皆、ちょっとで良いからステイね。さてミレディ・ライセン、これ以上香織達からフルボッコにされたく無ければ、さっさとお前が管理しているだろう神代魔法と攻略の証を渡して貰おうかな?」

「あのぉ、言動が完全に悪役だと気付いて」

「皆、殺っちゃって良いよ」

「了解であります、直ぐに渡すであります!だからストォォォォップ!これ以上は本当に壊れちゃう!」

 

ハジメから要求を突き付けられて尚もふざけようとしたミレディだったがハジメが瞬時にゴーサインを出そうとした為に本気で命の危機を感じたのか、即座に魔法陣を起動させ始めた。

それを受けて魔法陣の中に入るハジメ達、今回は試練をクリアした事をミレディ本人が知っている為か、オルクス大迷宮の時みたいに記憶を探るプロセスは無く、いきなり神代魔法の知識及び使い方を脳に刷り込んで来た。

ハジメ達5人は経験済みだった為にほぼ無反応だった一方、シアが初めてだったが故に身体をビクリと跳ねさせる事数秒で、神代魔法の習得は完了した。

 

「重力魔法って所かな。あのブロックが落ちて来るのはそういう事だね」

「そうだよ~ん。ミレディちゃんの魔法は重力魔法。上手く使ってね、と言いたい所だけど君とウサギちゃん、そしておっぱい筋肉ちゃんは適性無いねぇ、もうびっくりするレベルで無いね!」

 

ミレディの言う通り、ハジメとシア、そして雫は重力魔法の知識等を刻まれてもそれを使いこなせる気がしなかった、ハジメ以外の4人が生成魔法を上手く使えないのと同じく、適性が無いって事だろう。

 

「まあ体重の増減位なら使えるんじゃないかな。其処の黒一点君は生成魔法を使いこなしているんだから、それで何とかしなよ。後の皆は適性ばっちりだね。修練すれば十全に使いこなせる様になるよ」

 

これまたミレディの言う通り、3人の場合は精々MS搭乗時にその重量を軽減して運動性能を高める位しか使い道がないだろう。

一方で香織と優花、ユエの3人は適性十分との事で、修練を積めばミレディが見せた様な、周囲の物質を遠隔操作する事も、ハジメのメルキューレやユエのクルィロ等の専用装備無しで出来るだろう。

その使い道を考える一行に、ミレディはこれもまた要求に入っていた攻略の証たる、上下の楕円を一本の杭が貫くデザインが刻まれた指輪を渡しつつ、此方はエヒトルジュエ討伐という使命を受け継ぐハジメ達への餞別なのか、大量の鉱石類を虚空から出現させた、恐らく宝物庫から取り出したのだろう。

 

「こんな大量の鉱石までありがとうね。これで攻略の証は2つ。で、此処から出るにはどうするのかな?」

「あ、帰るの?もうちょいゆっくりすれば良いのにさ、長旅でお疲れでしょ?」

「香織達の好きな様にお前をボコさせて良いなら居るけど?」

「すいませんやっぱ帰って下さい」

 

まさか鉱石類までプレゼントされるとは思わなかったのか礼を言いつつ、此処から脱出すべくその術を尋ねるハジメ、それを引き留めようとしたミレディだったが、ボコり足りなかったのか身構えた香織達の姿を見て態度を一転、これまた宝物庫から人が普通に入れそうなカプセルらしき物を6つ出現させた。

 

「それじゃあ皆、まずはこれに入って」

『これに入って?』

「次に蓋閉めて」

『蓋閉めて?』

「あれ、これひょっとして!?」

 

そのカプセルに、ミレディの指示通り入り、蓋を閉めるハジメ達だったが、作業を終えた直後に近未来予知で何か良からぬ光景を目の当たりにしたハジメが脱出方法を察知して狼狽えるも、もう遅い。

 

「それじゃあクソ野郎討伐の旅、行ってらっしゃい!」

「こういうオチぃぃぃぃぃぃ!?」

「「「「「きゃぁぁぁぁぁぁ!?」」」」」

 

何時の間にか天井付近まで移動したミレディが、其処にぶら下がっていた紐を引っ張る、するとガコン!という音と共に四方の壁から鉄砲水の如く水が流れ込み、同時に魔法陣を中心に蟻地獄の様に床が沈んだ末に中央にぽっかりと穴が開いた。

白い部屋、大量の水、下にぽっかりと空いた穴、此処から導き出される結論は…トイレで流すかの如き激流である。

既にカプセルの中に閉じ込められたハジメ達に状況を脱する術など無く、彼らはそのまま大量の水と共に流されて行った。

 

------------

 

激流に流される事数分、いや十数分と言った所だろうか、ドバァン!という音と共に何処か泉らしき場所から大量の水と共に噴出した6個のカプセル。

カプセルに入っていた為かずぶ濡れになる事も、溺れる事も無かったが水の勢いで激しくシェイクされ、時に水路の壁にぶつかった事による衝撃が走る中を耐えるのに精いっぱいだったハジメ達は、徹夜で大迷宮を攻略した事の疲れも相まってかヘロヘロな様子で、カプセルから脱出した。

 

「何なんあの脱出方法、明らかに(ピー)やないかい、シアが(ピー)塗れの似顔絵書いた事への意趣返しかいな…」

「酷い目に遭った…」

「ふざけんじゃないわよあの青汁の原料みたいな名前のサイヤ人め、何時か絶対に破壊してやるわ…」

「予め両腕もいどいた方が良かったかしらね…」

「うぅ、皆、大丈夫…?」

「…」

 

だがシアの様子が明らかにおかしい、疲労困憊なのは他のメンバーと一緒だが、あんな方法で脱出させたミレディへの悪態をつく事はおろか一言も発する事無く、顔を青くし、口を必死で抑え込んでいた。

そして、

 

「あ、す、すいません、ちょっと失礼しま

 

オ゛ウ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛!」

 

決壊した。

 

「吐いたァァァァ!?」

「…これがゲロイン」

「というかオヴェェェェって、弁天堂が今度出す新型ゲーム機じゃないんだから」

「雫ちゃん、ツッコむ所其処なの?」

 

激流下りに伴うカプセルの激しい回転運動によって大いに揺さぶられたシアの三半規管は限界を迎え、激しい乗り物酔いに襲われていたのである、カプセルから脱出し、泉の岸にたどり着いた所で限界となり、消化が終わっていなかったであろう夕飯もろとも吐き出した。

まさかの状況に驚きを隠せない一行、雫に至っては疲労も相まってか物凄くズレたツッコミを入れていて、逆に香織からツッコまれていた。

一方のハジメは持ち前の優しさもあってか即座に対応、

 

「大丈夫、シア?ほら、口濯いで」

「は、はい…」

 

吐瀉物に塗れていたシアの口周りを洗いつつ、口内を濯ぐ様勧め、シアも口中が気持ち悪い感覚だった為か素直に応じた。

 

「うぅ、ぐすっ、み、見ないで下さいハジメさん、見ないでぇ…」

「まあ、その、気にしないでよシア、あんな激流を下って来たんだから吐き気も催すよ。ほら、シアの中の人だってレギュラー出演していた番組の企画でセンブリ茶を飲んだ時、余りの不味さに吐き出した*1事があったんだから」

「な、何のフォローですか、ハジメさん、うぅ…」

 

一連の対応で落ち着いたのか、今更ながら自らの想い人であるハジメの前で嘔吐するという女として絶対見られたくない姿を晒した挙げ句、その彼に対応させていた事を思い知り、滂沱の涙を流すシア。

ウサミミもペタリと垂れ下がってしまっている辺り、彼女の心が如何に傷ついたかは火を見るより明らかだろう、ハジメもそんな彼女を気遣い、フォローした。

内容が思いっきりメタ発言なのに加えて、全然フォローになっていなかったのでシアが泣き止む事は無かったが。

その後、抱きしめる等して慰めた事でシアが漸く泣き止んだのを受けて現在地が何処かを調べ、ブルックの街からそれ程離れていない地点にいる事を把握、一先ず休憩する為に街へと向かう事にしたハジメ達だった。

*1
尚、その吐き出されたセンブリ茶はゲスト出演していた杉田智和さんが美味しく頂きました



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3章『北の山脈地帯での再会』
34話_冒険者ギルドフューレン支部


今話から3章スタートです。今章でハジメパーティに加わるキャラクターが粗方出揃います。

ん?栄養ドリンクの人?知らん、それは僕の管轄外だ。


ライセン大迷宮をたった一晩で攻略し、徹夜明けだったが故の疲れを癒す為に一日ブルックの街で過ごした(余談だが、宿泊先はマサカの宿である)翌日、ハジメ達は遥か西、グリューエン大砂漠の(ブルックから見て)手前にある、何処の国にも属していない街『中立商業都市フューレン』に来ていた。

既にこの日、ブルックの街で食料品等の補給を済ませていながら何故また市街地に立ち寄ったのかと言うと、1つは此処トータスにおいて最大規模とされる商業都市がどんな物か一度寄って見たかったという観光目的、そしてもう1つは愛子の存在だ。

ハジメ達がエヒトルジュエ討伐の為に神代魔法を求め、各地に点在する七大迷宮の攻略を行うのが旅の目的ではあるが、その途上で幸利や愛子と合流し、トータスの真実を伝えた上で協力者を募る事もそろそろ本格化させなければとハジメは考えていた。

オスカー・オルクスの住処から出発して二週間近くが経過した今、ハルツィナ樹海内に建国された亜人族の国フェアベルゲンに住まう兎人ハウリア族を仲間につけ、厳しい特訓の末に兵士として申し分ない程にまで強化出来たし、ガンダムパイロットもシアが新たに加入する等、着実に戦力を増して来てはいるが、まだまだエヒトルジュエ及びその眷属を相手にするには力不足だとハジメは感じていた。

更なる戦力強化の為にも、またハジメと想いを通じ合わせている愛子の身の安全を確保する為にも、彼女との合流は欠かせないのだが、彼女は作農師という天職の力を活かすべく、農地開拓の為に様々な人間族の領地へ派遣されている、所在地を転々としている中を探し出すのは容易ではない、実際ブルックの街でも彼女の所在を聞き込み調査したがめぼしい結果は得られなかった。

然し最大規模の商業都市であるフューレンならば、交易の為に人間族のあらゆる都市から商人が押し寄せて来る、それはつまり愛子の姿を見た商人も少なからずいるかも知れないという事であり、彼女との合流も早まる、その為に大迷宮攻略を一旦ストップしてこの街での聞き込みを行う事にしたのだ。

尚幸利に関しては自分達という数少ない親しい人物が皆揃ってオルクス大迷宮の奈落に転落した事で色々ありながらも、彼自身が提案していた愛子の護衛にでもなっているかも知れないと考え、愛子と合流すれば必然的に幸利も、と特に気にしていなかった。

尤も幸利は既にホルアドからも、愛子のもとからも離れ、行方を眩ませてしまっているのだが…

そんな自分の近しい人達の現状を知る由もないハジメ達は今、フューレンの4つに分かれたエリアの1つ、此処の行政区間と言って良い中央区、その一角にある冒険者ギルド・フューレン支部に併設されたカフェで軽食を食べながら、案内人(ガイド)として雇ったリシーという女性からこの街の基本事項を聞いていた。

 

「そういう訳なので、一先ず宿をお取りになりたいのでしたら観光区へ行く事をお勧めしますわ。中央区にも宿はありますが、やはり中央区で働く方々の仮眠場所という傾向が強いので、サービスは観光区のそれとは比べ物になりませんから」

「成る程、それなら観光区の宿が良いね。お薦めは?」

「お客様のご要望次第ですわ。様々な種類の宿が数多くございますから」

「流石はトータス1の商業都市って所か。なら、ご飯が美味しくて、お風呂がある所で。立地は考えなくて良いよ。あ、それと出来れば、責任の所在が明確な場所が良いかな」

 

まずは当面の拠点となる宿の確保だ、そう考えたハジメはリシーに要望を伝えていく。

最初の方はよく聞く要望なのだろうか「うんうん」と頷いたリシーだったが、後の方の要望には「ん?」と首を傾げた、恐らく初めて聞く物なのだろう。

 

「あの、責任の所在ですか?」

「うん。例えば何かしらの争い事に巻き込まれて、此方が100%被害者だった時、宿内の損害について誰が責任を持つのか、という所がちゃんと明記されているといいな。もしその争い事で備品とかが壊れちゃった時に、後で賠償金を請求されてもね、殊に良い宿だとそういうの高いから」

「えーと、そうそう巻き込まれる事は無いと思いますが…」

「普通はね。でも僕達はほら、色んな意味で僕達目立っちゃっているからさ。観光区とかはハメを外したパリピも多そうだし、商人根性逞しい輩もいるだろうし。そういう存在相手だと警備が厳重でも油断ならないから僕達自身で対処するしかないのさ」

「成る程、それで責任の所在な訳ですか」

 

最初はそんな状況になるのかと困惑しきりだったリシーだったが、ハジメの説明を聞く内に納得した。

何度も言うがハジメ達の服装は、ISを即座に展開する為にプラグスーツ一丁であり、その影響かハジメのゴリマッチョ一歩手前な体躯も、香織達のボォンキュボンな体躯も際立つ様になり、ただでさえ容貌の整った面子だらけな一行を余計目立たせていた。

極めつけはシア、髪色の薄い兎人族という珍しい存在に目を付けない商人がいる訳もなく、一応ハジメの奴隷扱いにはなっているので手を出したら犯罪だが、何時の世の中にもそんなの関係ねぇ!と言いたげな輩はいるのである、その対処の為にも責任の所在は明らかになっている方が良かった。

リシーもそれを理解し、尚且つハジメが最初に要望した際「出来れば」と付けた事で案内人魂に火が付いたのだろう、やる気に満ちた表情で「お任せ下さい」と了承したが、そんな話し合いがフラグになったのだろうか、不意に強烈な視線を感じた、殊に香織達が。

今まで感じたそれの中では一番不躾で、ねっとりした粘着質な視線、余りにも気持ち悪いそれには、流石に注目されるのに慣れた香織達でさえも眉を顰め、その方向へちらりと目を向けると其処には…豚がいた。

体重100kgは軽く超えてそうな肥えに肥えた体躯、豚鼻とちょこんと乗るべっとりした金髪が特徴的な脂ぎった顔と明らかに豚というしかない存在、それを目の当たりにしたハジメが「あれ、豚人族って亜人族の中にいたっけ?」と素で考えたのは余談だ。

一方でその服装は遠目からも分かる良い物、それを見るにその豚は貴族と思しき良家の出なのだろう、それを見たハジメが「フューレンって「何か」を持っていたら亜人族でも貴族になれるのかな?ゼロの使い魔に出て来たゲルマニアみたいに」と疑問を抱いたのも余談だ。

その豚がこの手の輩にありがちな尊大な態度でハジメ達の方へずかずかと歩いて来るが…

 

「ぷぎっ!?ぶ、ぶぎぃ…!?」

「ぼ、坊ちゃん!?一体どうしたんですかい!?」

 

僅か数歩歩いた所で突然、苦悶の声を上げる。

顔は青ざめ、息苦しいのか首の辺りを抑え、脂汗は止まらず、足元が覚束なくなり、やがて崩れ落ちた。

雇い主なのであろう豚の唐突な急変に、護衛と思しき巨漢の男が慌てて抱え上げるもそれで体調が良くなる筈も無く、豚は口から泡を吹きながらビクビクと痙攣し出した。

その後、巨漢が近くにいたギルドの職員と思しき男に声を掛け、豚は救急搬送されていった。

その後豚――ミン男爵家の御曹司であるプーム・ミンは懸命な治療も相まって一命をとりとめたらしいが所謂植物状態に陥り、この先意識を取り戻す事は無く、跡取りを事実上失ったミン男爵家はその後衰退の一途を辿ったとか。

 

「大丈夫かな?急にぶっ倒れるなんてさ」

 

一連の光景を目の当たりにしたハジメが如何にも心配そうな様子で呟くが、

 

(豚風情が僕の彼女に手を出そうなんて千年早いのさ。そのまま生き地獄を味わうが良いよ)

 

その内心では相変わらずの「計画通り」と言いたげな、歪んだ笑みを浮かべていた。

そう、豚が突然倒れたのはハジメの仕業である。

豚の態度からして香織達を目的に絡まれるなと確信したハジメ、然しながら幾ら此方が被害者だ、正当防衛だと主張しても表立って動けば「下手に対応すればフルボッコされかねない危険な一行」と見られかねず、聞き込みに悪影響が出かねないと考えた。

其処でハジメは、豚の気配を察知したその時からメルキューレを密かに動かし、錬成の術式を仕込むと共に豚が足を踏み入れそうな場所の隙間内に埋め込み、豚が其処を踏んだ瞬間に錬成を発動、何時も通り豚の血液内に含まれる鉄に干渉、筋組織等をズタズタにしつつ酸素供給能力を失わせたのだ。

これによって豚はいきなり体調が急変した様にしか見えない、まさか結構距離のあるハジメがそれを仕出かしたとは誰も思うまい。

こうして自分達に警戒どころか疑いの目すらも向けられる事無く豚の撃退に成功したハジメ、その際のちょっとした騒ぎで一時中断こそしたもののリシーとの話し合いは順調に進む。

宿に関して香織達の要望も聞いた際、とある意図が見え見えだったのをリシーが察知し、頬をわずかに赤らめたり、それを聞いた近くのテーブルで屯する男連中が「視線で人を殺せたらいいのに!」と言わんばかりにハジメを睨み付けたりしていたが問題なく宿の絞り込みは終わり、他の区――ハジメ達が宿泊する予定の宿や、娯楽施設が集まる観光区、武器防具や家具類等を生産・直販している職人区、そしてフューレンの目玉と言って良い様々な業種の店が並ぶ商業区――についての詳しい説明を受けてさあ今日の宿へ行こう、というタイミングで何者かがハジメ達に近づいて来た。

 

「お忙しい中失礼します。南雲ハジメ様でいらっしゃいますか?」

 

その声に呼ばれたハジメが振り向くと其処には、ギルドの職員と思しき制服をぴしりと着こなす、眼鏡を掛けた理知的な雰囲気を漂わせる細身の男がいた。

 

「ん?ああ、南雲ハジメは僕だけど、貴方は?」

「私、此処フューレン支部の秘書長を務める、ドット・クロウと申します。支部長が貴方達と話がしたいとお呼びです。お連れの方々と共に来て頂きたいのですが、宜しいでしょうか?お時間は取らせません」

「此処の支部長が、僕達と?」

 

職員――ドットの呼び出しに何処か戸惑った様子のハジメ。

それもそうだろう、此処までハジメ達が支部長クラスの存在から呼び出しを食らう様な騒動を此処で引き起こして等いない、さっきの豚を撃退するのも其処に留意して行ったのだから。

まさかあの場での仕掛けが見抜かれたか?と思って警戒心を抱きかけたハジメだったが、逆に考えれば愛子の所在を聞き出す上でチャンスではないかと思いついた。

ギルド支部長ともなれば冒険者ギルドにおいて中々の高官、それも繁忙を極めるフューレン支部のそれとなれば取り扱う情報も相応に多い筈、愛子の所在に関する確かな情報も大分集まっているに違いない。

 

「そういう訳だから、ちょっと待ってて」

「あ、はい、分かりました…」

 

そう思い至ったハジメはその呼び出しに応じ、香織達と共に、ドットに付いて行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35話_フューレン支部長からの依頼

「南雲ハジメ君だね。それと白崎香織君に八重樫雫君、園部優花君にユエ君、そしてシア君。ようこそ、冒険者ギルド・フューレン支部へ。私が此処の支部長を務めるイルワ・チャングだ。忙しい中急に呼び出して、済まないね」

 

ドットに連れられてやって来たこの建物内で最も格式高そうな部屋、如何にも此処のトップがいると言いたげな部屋へと入ったハジメ達を出迎えたのは、金髪をオールバックにした目つきの鋭い壮年男性、フューレン支部長であるイルワ・チャングだ。

 

「構わないさ、然し何で僕達の事を?別段此処で騒ぎを起こした覚えは無いんだけど…」

「先程、キャサリン先生から長距離連絡用アーティファクトを通じて、近々此処に奇抜な恰好をした一団がやって来るって連絡が来てね。将来有望、ただしトラブル体質なので、出来れば目を掛けてやって欲しいと伝えられたのさ」

「ああ、あのオバちゃんか。それにしても奇抜な恰好って、そりゃあこの辺りでは見ない格好だけど」

「将来有望ねぇ、樹海の魔物を狩りまくった事を買ったって訳?」

「トラブル体質…まさかあの件の事かしら」

 

自己紹介と共に握手を求めるイルワに応じつつも、騒ぎを起こしていないにも関わらず何故自分達の事を知っていて、秘書長を送って迄自分達を呼び出したのか疑問を素直にぶつけたハジメに、イルワは答えた。

其処で出て来た、自分達の来訪を伝えた存在の名前を聞いて、ブルック支部にいたあのオバちゃんだとハジメ達は気付いた。

 

「あの~キャサリンさんって何者なのでしょうか?」

「ん?本人から聞いてないのかい?彼女は王都のギルド本部で、ギルドマスターの秘書長をしていたんだよ。その後ギルド運営に関する教育係になってね。今、各地に派遣されている支部長の五、六割は先生の教え子なんだ。私もその一人で、彼女には頭が上がらなくてね。その美しさと人柄の良さから当時は、僕らのマドンナ的存在、あるいは憧れのお姉さんのような存在だった。その後結婚してブルックの町のギルド支部に転勤したんだよ。子供を育てるにも田舎の方がいいって言ってね。彼女の結婚発表は青天の霹靂でね。荒れたよ。ギルドどころか、王都が」

「はぇ~そんなに凄い人だったんですね」

「…キャサリン凄い」

「伝えた訳じゃないのに私達が此処へ来る事を見抜いているし、只物じゃ無いとは思っていたけど、思いっきり中枢の人だったなんてね」

 

行先を伝えた訳でも、それに関係する事も口にしていなかったのにも関わらず此処フューレン支部にやって来ると見抜いていたのを知り、改めてキャサリンの優秀振りに驚きを隠せない一行、その中でシアがおずおずと、キャサリンが何者なのかイルワに尋ねる。

あの優秀振りから中々の経歴を歩んでいたのだろうと思っていたハジメ達だったが、返って来た答えはその予想を大きく上回る物だった、まずギルドの一番偉い人直属の秘書、そのトップという時点で凄いどころの話じゃない。

 

「そんな先生も注目する君達に1つ話があるんだけど、良いかな?聞いてくれるのなら迷惑料代わりと言っては何だけど、君達4人の冒険者ランクを黒に上げよう」

「「「「ゑ?」」」」

 

そんなキャサリンから態々自分に連絡を入れる程目を掛けられる存在であるハジメ達、そんな一行にイルワはとある話を持ち掛けて来たが、足止めした事への迷惑料として提示したのは、黒ランクへのジャンプアップという破格どころじゃ無い物だった。

指導者も指導者なら、生徒も生徒かと言うべきか。

 

「い、良いんですか?」

「構わないさ。君達のランクを上げるのは、我々の為にもなるからね。流石に銀や金は手続きの関係で難しいけど、黒までなら私の権限1つでどうとでもなる」

「成る程、その様子からして話というのは依頼の件だね。ギルド支部長自らの依頼となればかなりの大事、それを青ランクの冒険者に持ち掛けたとなれば此処フューレン支部の信用に関わるって所かな?」

「あはは、まあそんな所だよ。君達の実力は聞いているし、間近で見て把握したけど、大抵の人々は冒険者の良し悪しをランクで見るからね。で、どうかな?」

「良いよ、用件を聞こうか」

 

そんな大盤振る舞いに戸惑わない冒険者がいる筈もなく、香織が思わず聞き返したが、それに対するイルワの返答に、ハジメはその真意を理解した。

ギルドを通じた冒険者の依頼は、殆どはその手のアニメやゲームで良く見られる様に窓口で受け付けられる、支部長というお偉いさんが自ら持ち掛ける事は滅多に無く、その全ては依頼を受ける冒険者にも相応の実力が求められる重要案件だ。

イルワが見抜いた通り、ハジメ達の実力ならばそういう依頼も朝飯前ではあろうが、一方で冒険者に成りたての彼らの冒険者ランクは一番下である青、そんな『ペーペー』に重要案件を持ち掛けたとなれば「冒険者としてひよっこな輩に重要案件を任せる無能」なんて悪評が立ちかねない、だが9つに分けられたランクの上から3番目、青の千倍の価値がある、文字通り一騎当千な黒ならば話は別だ。

まあハジメ達にとって冒険者ランクは「あったらあったで損になる事は無い」程度にしか思っておらず、迷惑料を提示される迄も無く話を聞くつもりだったが。

椅子に掛けた一行のうちステータスプレートを持っていた4人からそれを預かり、ランクを黒にする処置を施した上で彼らに返却すると、イルワはその内容を話し始めた。

 

最近、北の山脈地帯で魔物の群れを見たという目撃例が何件か寄せられ、ギルドに調査依頼がなされた。

其処は一つ山を超えると殆ど未開の地域となっており、大迷宮の魔物程では無いがそれなりに強力な魔物が出没するので高ランクの冒険者がこれを引き受けたのだが、この冒険者パーティーに本来のメンバー以外の人物が半ば強引に同行を申し込み、紆余曲折あって最終的に臨時パーティーを組む事になった。

この飛び入りが、此処フューレンにおいて一定の影響力を有する貴族である、クデタ伯爵家の三男ウィル・クデタという人物らしい。

クデタ伯爵は、冒険者になると家出の如く飛び出していった息子の動向を密かに追っていたそうなのだが、今回の調査依頼に出た後、息子に付けていた連絡員も消息不明となり、これは只事ではないと慌てて捜索願を出したそうだ。

 

「伯爵は、家の力を活かして独自の捜索隊も出している様だけど、手数は多い方が良いと、ギルドにも捜索願を出した。つい、昨日の事だ。さっき言った調査依頼を引き受けたパーティはかなりの手練れでね、彼らに対処出来ない何かがあったとすれば、並の冒険者じゃあ太刀打ちできず、二次災害が発生してしまう。よって相応以上の実力者に引き受けて貰わないといけないんだけど、生憎とこの依頼を任せられる冒険者は皆出払っていてね、其処へキャサリン先生から君達の話を聞き、その通り来てくれたから依頼を持ち掛けたという訳さ」

「悪いけど僕達にも行くべき目的地がある。此処に寄ったのだって通り道にあったからに過ぎない。目的地とその場所は方角が全然違う。第一、身の程を弁えず、貴族という優越的立場に物言わせて無理矢理同行したロクデナシを何で助けなきゃいけないのさ」

 

その内容を聞いた一行の反応は何時になく厳しい物、敵以外には基本的に優しいハジメですら断る気満々の突き放した態度だった、それ程までに捜索対象であるウィルに抱いた印象は最悪だった。

が、待ってましたと言わんばかりにイルワは超ド級の爆弾をぶち込んで来た。

 

「この依頼を受けるにしろ受けないにしろ、君達は其処へ行く事になるよ」

「何?それはどういう」

「『豊穣の女神』畑山愛子。彼女は今、北の山脈地帯近くに位置するウルの町にいる」

「「「「「「な!?」」」」」」

 

愛子が件の場所に近い町にいる、イルワから聞ければ良いなと思っていた情報がこうもあっさりと齎された事と、そんな危険地帯の近くに彼女がいる事、その二重の驚きに一行は動揺を隠せなかった。

 

「これもキャサリン先生から聞いた話だけどね、この界隈で『豊穣の女神』と名高い畑山愛子氏を君達は探し回り、方々で聞き込みをしているそうじゃないか。私の呼び出しに応じたのもそれが理由だよね?それ程君達にとって大切な存在が、もしかしたら件の騒ぎに巻き込まれるかもしれない、魔物達に襲われるかもしれない。となれば、北へ行かないという選択肢は君達には無いと私は思う。その序で構わないんだ。伯爵とは個人的にも友人でね、出来る限り早く捜索したいと考えている。引き受けては貰えないだろうか?」

 

とは言えまだ、ハジメ達が北の山脈地帯近くへ行く事が確定的になっただけ、依頼を受けるかどうかはまた別の話だ。

イルワもそれを理解していたので破格の報酬を提示する。

 

「報酬は弾ませて貰うよ?依頼書の金額は勿論だが、私からも色を付けよう。銀ランクの昇格も働きかけよう」

「お金は其処まで必要じゃないし、ランクだって別に良いよ。黒だって一騎当千と称される高ランクなんだし」

「なら今後、ギルド関連でもめ事が起きた際は私が直接、君達の後ろ盾になるというのはどうかな?フューレン支部長の後ろ盾だ、ギルド内でも相当の影響力はあると自負しているよ。キャサリン先生も言っていたが君達はもめ事とは仲が良さそうだからね、悪くない報酬では無いかな?」

「随分と大盤振る舞いな。幾ら友人の息子と言えど、強権を振るって割りに合わない依頼に入り込んだ害悪を何故助けようとするのかな?」

 

然しながらハジメは、ハジメ達は首を縦に振らない。

それもそうだろう、武器等はハジメ自ら作れるからお金は食料品の補給や宿代だけで済むし、ランクも黒なら周りを畏怖させるには十分過ぎる、それ以上高くする必要性はハジメ達には感じられなかった。

ならばとウィルは、ギルド内でのもめ事に対する防護役になる事を提示したが、それ即ちギルド内での問題を全てハジメ達にとって有利に解決する様に立ち回ると言う事、専属弁護士に無給でなると言っている事と同義である、それもフューレン支部長という大幹部がだ。

何故其処までしてウィルを助け出そうとしているのか、彼への悪印象を隠す事無くハジメが問い質すと、イルワは如何にも後悔していると言いたげな顔で話し始めた。

 

「彼に、ウィルにあの依頼を薦めたのは私なんだ。調査依頼を引き受けたパーティーにも私が話を通した。君達はウィルを害悪だと罵るが、実の所私こそがその害悪だ。異変の調査といっても、確かな実力のあるパーティーが一緒なら問題ないと思った、実害もまだ出ていなかったしね。ウィルは、貴族は肌に合わないと、昔から冒険者に憧れていてね。昔から私には懐いてくれていたのもあるかも知れない。だが、その資質はなかった。だから今回の依頼で、強力な冒険者の傍で、そこそこ危険な場所へ行って、悟って欲しかった。冒険者は無理だと。なのに…」

 

その訳を聞き、ハジメ達はウィル自らが強権を使った訳じゃないのだと理解し、彼へ抱いていた悪印象を多少改め(身の程知らずな点は変えなかったが)、イルワが今回の一件でとんでもない事を仕出かしてしまったと深く後悔しているのだろうと考えた、ハジメ達のランクをただ依頼の話を聞くだけで黒に上げる等の権力乱用と言っても過言じゃない大盤振る舞いをしたのも、その現れなのだろう。

ハジメ達としてもさっさと北の山脈地帯に向かわなければ、近くの町にいるだろう愛子の身に危険が迫る可能性が高まる、彼女の身の安全を確保した上で依頼を果たそうとしても大したタイムロスにはならないし、それでギルド大幹部の後ろ盾が出来ると言うのなら儲け物だ。

エヒトルジュエ討伐という旅の最終目的を掲げるハジメ達、それ故に聖教教会やその信者達だらけな人間族の国々との衝突は避けられない、もしそんな事態に発展したら町で食料品を補給したり宿を利用したりがしにくくなるだろう、出来ればそれを避ける為にもギルド外のもめ事でも後ろ盾が使える様に、というかぶっちゃけ全面的な協力者にしたい。

そして今書いた事と似た様な事情から、ユエとシアの身分証明についてもスムーズに行ける様にしたい。

 

「其処までの事情があるなら考えなくもないけど、2つ条件があるよ」

「条件?」

「うん、1つは簡単だと思うよ。まず、ユエとシアにステータスプレートを無料で発行する事、その際、其処に表記された内容については他言無用とする事。

そして貴方には、ギルド関連と限定しない形で僕達の後ろ盾になる事。貴方の持つコネクションの限りを尽くし、僕達の要望に対して便宜を図る事。以上の2つだよ」

「な、それは余りに」

「出来ないなら断らせて貰うよ。愛子の身が危ないし、直ぐにでも行かせて貰う」

 

最初の要求はまだしも、2つ目の要求は流石に無理があると難色を示したイルワ。

それはそうだろう、実質的にフューレン支部長がハジメ達の手足になる様な物、ギルドの大幹部としてそんな横暴を許容する訳にはいかないのだから。

然しながらウィルへの対応を誤って今回の件に繋がった事、今現在それに対応出来る冒険者が此処にいるハジメ達しかいない事からも、彼にそれを拒否する権利など無いのだ。

依頼を断り、ウルの町へ向かうべく支部長室を後にしようとしたハジメ達を慌てて引き留め、探りを入れた。

 

「何を要求する気かな?」

「其処まで無理な要求をする積りは無いよ。ただ僕達は色々と訳アリでね、この先教会と敵対する事間違いないから、その折に伝手があると動きやすいと思ったのさ。例えば異端認定された際に貴方の強権で施設を安全に使える様にするとか…」

「異端認定されるのが確実なのかい?ふむ、個人的にも君達の秘密が気になって来たな。キャサリン先生が気に入っている位だから悪い人間ではないと思うが…

その秘密がいずれ教会に目を付けられる代物だという訳だね。教会への敵意を含めて大して隠そうとしていないことからすれば、最初から事を構えるのは覚悟の上ということか。そうなれば確かにどの町でも動きにくい、故に便宜をと…」

 

ハジメの隠そうともしない教会への敵意を聞き、それなら要求も納得だと理解したイルワ、考えた末に意を決した様に視線を合わせ、こう伝えた。

 

「犯罪に加担する様な倫理にもとる行為・要望には絶対に応えられない。君達が要望を伝える度に詳細を聞かせて貰い、私自身が判断する。だが、できる限り君達の味方になることは約束しよう。これ以上は譲歩出来ない。どうかな?」

「Good。僕も自己中だけどその辺りの一線は理解している積りだから、そんな真似はしないさ。香織達は尚の事大丈夫だよ。あ、それと報酬は後払いで。ウィル・クデタ自身か、遺品辺りで良いかな?」

「ああ、ハジメ君の言う通り、どの様な形であれ、ウィル達の痕跡を見つけ貰いたい。ハジメ君、香織君、雫君、優花君、ユエ君、シア君…宜しく頼む」

「分かった、やってみよう」

 

こうして依頼は受託され、支度金やらウルの町への招待状やら、依頼を実行する上で必要な物を受け取り、ハジメ達は支部長室を後にし、北へと出発した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36話_待ち人来たる

エヒトルジュエの力によってこの世界に転移した一行の中で唯一の成人で、南陽高校の社会科教師である畑山愛子、彼女の精神状態は不安定の極みと言っても過言じゃ無かった。

それも無理は無いだろう、まずいきなりトータスという今までの常識が通用しないファンタジーな世界へと引きずり込まれた挙句、敵対種族との戦争に参加して欲しいと要求されたのだ、勿論それに対してふざけるな!と啖呵を切ったものの、クラス1カリスマのある生徒(天之河)が勝手に承諾して生徒達もそれに乗ってしまい、自らの想い人であるハジメからも戦争参加は避けられないと言われてしまう。

ならばせめて傍で生徒達を守る!と決意したは良いが、自らの天職は作農師、非戦型である一方でその希少さ、有用さから戦闘とは無縁の、農地改善や開拓という任務を言い渡され、生徒達とは離れ離れになる事が決まってしまう。

それでもハジメの勧めに従ってその任務を引き受け、遠くで戦っているだろう生徒達の事を思いながらも自分達の発言力を高める為に一生懸命働き、各地の農村や未開拓地を開拓して回った愛子、それが一段落して王宮に戻った彼女を待っていたのはそのハジメと、自分と同じ人を好きになった女子生徒達の訃報、ハジメの親友である幸利及び彼らと少なからず因縁のあった檜山達小悪党組が行方不明になったという報だ。

この報せを聞いた時、愛子の心は絶望感に押しつぶされて卒倒、目を覚ませばそれが夢では無い事を思い知らされ、後悔の念が渦巻き、自分を責めに責めた。

何故ハジメからの想いを、自分のハジメへの想いを受け止めず、彼と付き合わなかったのか、何故強引にでも戦争参加を押し留められなかったのか、何故一緒に戦闘訓練に参加しなかったのか、何故、何故、何故…

然し、そんな彼女を引きずり出した者がいた。

 

「ハジメさんは、貴方がそうやって悲しみに暮れる事を、教師としての責を放棄する事を望まれたのですか!?違うでしょう!貴方が動かねば、貴方の生徒である彼らを誰が守るのですか!?」

 

そう喝を入れつつ、愛子達と同様にハジメ達の死という事実にショックを受けている生徒達を守る為、護衛にする様掛け合うべきだと、リリアーナが説得に来たのだ…両眼を赤くし、涙の跡を残したままで。

その如何にも泣きはらした後だと言わんばかりなリリアーナの、そんな彼女が気丈に振舞いながら自分を説得する姿を目の当たりにした愛子は頭をガツンと殴られた様な衝撃を覚えた。

リリアーナだって浅からぬ縁だったハジメ達が、もしかしたら自分と同じく想いを寄せていたのかも知れないハジメが亡くなった事が信じられず、然しそれが現実だと思い知らされて絶望し、自分と同じく深い悲しみに耐えられず涙にくれていたのかも知れない。

にも拘わらず、このままで良い訳が無い、こんな状況をハジメは望んでいないと悲しみを押し殺す様に愛子を説得、彼女が立ち直るよう動いたのだ、これじゃあどっちが教師しているか分からない。

そんな彼女の説得で目が覚めた愛子は、ハジメ達が転落する様を目の当たりにした事で『死』という圧倒的な恐怖を思い知って立ち上がれなくなった生徒達、それを良しとせず彼等に戦闘訓練を引き続き受けさせようとする教会及び王国関係者の動きを知り、もう後悔はしない!と言わんばかりに真っ向から立ち向かった、自分の立場、能力を盾にして生徒に近寄るな、これ以上追い詰めるなと声高に叫んだ。

ハジメの勧めを受けて必死に取り組んだ成果が出ていたのもあってか、愛子との関係が悪化するのは不味いと考えていた教会及び王国関係者は、その要求に渋々従った、彼女は勝利をもぎ取ったのだ。

戦闘訓練への参加を拒否する生徒達への働きかけは無くなり、その代わりにリリアーナからの勧め通り、自分自身の護衛に参加させる事が認められ、そのメンバーに玉井淳史らのパーティが参加した。

尤もそんな愛子の奮闘に心震わせ、唯でさえ高かった人気が更に高まり、何としても愛子を守って見せると彼らが奮起、したのは良いがその頑張りが斜め上に働いていくのは予想外だったが。

何はともあれ、今は何とか教師としての強い責任感から表向きは気丈に振舞っている愛子だが、その心中はハジメ達を失った事による悲しみが深く深く刻まれたままだった。

 

------------

 

「清水、一体何処行ったんだろうな」

「この街の近辺も結構探し回ったけど、見つからないね…」

「仕方ないよ、南雲っち達を目の前で失ったんだもん、正気でいられる訳無いよ…」

「ふざけんじゃねぇよ檜山達め、俺達を守る為に必死こいた南雲達をあんな目に遭わせやがって!」

 

大陸の北に広がる山脈地帯の麓に位置する湖畔の町ウル、数日前からこの町に赴任した愛子とその護衛の一行、そのうちハジメ達が奈落に転落した一件を切っ掛けに愛子の護衛となった淳史達のパーティは、身辺警護を兼ねて愛子の仕事を手伝う一方で、何人かがハジメ達と同じ日に行方不明となった幸利の捜索をしていた。

これまでに赴任した町でも同様に捜索していたもののその身柄はおろか手掛かりとなる物も一向に見つかる事は無く、此処ウルの町周辺でもまた同じ、一向に見つからない幸利の身を案じる一方で、その原因となったと言える檜山達への怒りを募らせていた。

その際、クラスはおろか学校関係者の大半から嫌悪され、恐れられているハジメについて言及があったが、その口振りは何処か好意的な物、どう聞いても嫌っているとは思えない物だった。

実を言うと彼ら5人は他のクラスメートとは違いハジメを嫌悪しておらず、寧ろその夢に向かってストイックに鍛錬する真面目さ、頭で考えるより先に手を差し伸べられる優しさ、どんな存在に対しても臆せず立ち向かう勇敢さを知っており「男として理想的な存在」と一目置いていたのだ。

では何故他のクラスメート同様彼を避けていたのかと言うと、関わると自分がいじめの標的にされるとかいうありがちな物では無く「お近づきにはなりたいけど、仲良くなろうとしたら命が幾つあっても足りない」という危なっかしさからである。

確かに転移前の時点で、見ず知らずのおばあちゃんと子供を守ろうとして不良に突っかかったり、檜山達や天之河との諍いが多発したり(全部と言って良い位原因は檜山達にあるのだが)とトラブルだらけなハジメ、巻き込まれる可能性は普通にあるとの考えから、彼らは遠巻きに憧れるだけだったのである。

それは兎も角、依然として幸利の捜索が実を結ばない事に悄然とする、今日の捜索担当だった淳史と宮崎奈々、菅原妙子の3人だったが、こんな姿を愛子達には見せる訳にはいかない、ハジメ達を失い、幸利が行方を眩ませた事に深く傷ついているのは愛子なんだと切り替え、彼女達が待っている宿――この街で一番の高級宿『水妖精の宿』へと戻った。

レストランとなっている宿の1階部分、その最奥の最早指定席となりつつあるVIP席にて待っていた愛子達に促されるまま座り、その日の夕食に舌鼓を打った。

 

「ああ、相変わらず美味しい~異世界に来てカレーが食べられるとは思わなかったよ」

「まぁ、見た目はシチューなんだけどな。いや、ホワイトカレーってあったっけ?」

「いや、それよりも天丼だろ?このタレとか絶品だぞ?日本負けてんじゃない?」

「それは玉井君がちゃんとした天丼食べた事無いからでしょ?ホカ弁の天丼と比べちゃ駄目だよ」

「いや、チャーハンモドキ一択で。これやめられないよ」

 

此処ウルの町は稲作が主流で、地球の、それも日本で作られている様な米が主食となっており、近くのウルディア湖でとれる魚、山脈地帯でとれる山菜や香辛料等の食材が豊富な事から食される料理は日本と殆ど変わらない、此処水妖精の宿でも日本で出される様な米料理が目玉メニューとして出されているのだ。

そんな美味しい料理で一時の幸せを噛み締めていた一行に、

 

「皆様、本日のお食事は如何ですか?何かございましたら、どうぞ遠慮なくお申し付け下さい」

「あ、オーナーさん。いえ、今日もとても美味しいですよ。毎日、癒されています」

 

この宿のオーナーである初老の男性――フォス・セルオが近寄って声を掛ける。

それに代表して愛子がにっこり笑いながら返答、フォスも嬉しそうに微笑むが、次の瞬間、申し訳無さそうに表情を曇らせた。

何時も微笑を絶やさないフォスとは思えない表情に何事かと思った愛子達、その訳は、

 

「実は、大変申し訳ないのですが、香辛料を使った料理は今日限りとなります」

「えっ!?それって、もうこのニルシッシル*1食べられないって事ですか!?」

 

材料の入荷が滞り、一部メニューが今日限りとなってしまったからだ。

 

「はい、申し訳ございません。何分、材料が切れまして。何時もならこの様な事が無い様に在庫を確保しているのですが、ここ一ヶ月ほど北山脈が不穏と言う事で採取に行く者が激減しております。つい先日も、調査に来た高ランク冒険者の一行が行方不明となりまして、ますます採取に行く者がいなくなりました。当店にも次にいつ入荷するか分かりかねる状況なのです」

「あの、不穏って言うのは具体的には?」

「何でも魔物の群れを見たとか。北山脈は山を越えなければ比較的安全な場所です。山を一つ越えるごとに強力な魔物がいる様ですが、わざわざ山を越えて迄こちらには来ません。ですが、何人かの者がいるはずのない山向こうの魔物の群れを見たのだとか」

「それは、心配ですね…」

 

まさかの知らせに愛子を始め、皆が沈んだ様子で顔を見合わせた。

フォスも食事中にする話では無かったと謝罪し、場の雰囲気を盛り返そうと新たなる知らせを話した。

 

「しかしその異変も、もしかするともう直ぐ収まるかも知れませんよ」

「どういう事ですか?」

「実は、今日の丁度日の入り位に新規のお客様が宿泊にいらしたのですが、何でも先の冒険者方の捜索の為、北山脈へ行かれるらしいのです。フューレンのギルド支部長様の指名依頼らしく、相当な実力者の様ですね。もしかしたら、異変の原因も突き止めてくれるやも知れません」

 

この状況を打開してくれるかも知れない冒険者の存在に一行の表情も明るい物となる、殊に当初から護衛として愛子に同行していた教会の神殿騎士達は、その存在が如何に重大なのを理解していたらしく「ほう」と感心半分、興味半分の声を上げた。

フューレンの支部長となればギルド全体でも最上級クラスの幹部、その指名依頼を持ち掛けられるとなれば相当所ではない実力者の筈、戦闘を生業とする者同士、好奇心をそそられ、脳内では有名な金ランクの冒険者がリストアップされた。

尤もその冒険者達は、実力者と言えば実力者ではあれどそのランクは2つ下の黒(それも指名依頼を問題なく受けさせる為に特例で上がった)なのだが…

 

「おや、噂をすれば。彼等ですよ。騎士様、彼等は明朝には此処を出るそうなので、もしお話になるのでしたら、今のうちが宜しいかと」

「そうか、分かった。しかし、随分と若い声だ。金に、こんな若い者がいたか?」

 

噂をすれば影が射すと言うべきか、その冒険者達が会話しながら一階へと降りて来たのを耳にしたフォスが来訪を知らせる、一方の神殿騎士達はリストアップした金ランク冒険者の中に今聞いた声の持ち主がいない事に若干困惑した様に顔を見合わせた。

 

「ハジメさん達の故郷の味、どれ程の物なのか今から楽しみですね」

「…ん、実際はちょっと違うと思うけど、予行練習にはうってつけ」

「あはは、まあ其処はね。でもまさか、異世界で米料理にありつけるとは思わなかったよ」

「だよね、ハジメ君。此処だとパンとかの洋食が殆どだったからね」

「ええ。然も此処の米料理、見た感じ日本で出される物と殆どそっくりね」

「これは味の方にも期待出来るわね。ユエ、シア、よーく味わって食べると良いわよ」

 

一方、その声を、話の内容を聞いた愛子達の心臓は一瞬にして飛び跳ねた。

今何と言った、少年を何と呼んだ?

少年の、後の方で話していた少女達の声は、あのクラスメート達の声に似てはいないか?

いや、似ている何て次元では無い、ハジメへの想いを抱いていた愛子にとって、ハジメへの畏敬に近い憧れを抱いていた淳史達にとって、聞き間違える事の無い、その声の主は…!

 

「は、ハジメ君…!」

「愛子…!」

 

そう思い立った愛子の行動は早かった。

三方を囲まれ、唯一店と繋がる部分もカーテンで仕切られた実質個室状態な彼らの席、そのカーテンを勢いよく開き、声の主を見やると、それはやはり彼女達が想像した存在だった。

髪の色は白っぽくなり、筋肉質だったり女性として魅惑的だったりと体形が変化し、その体型を思いっきり強調するかのようなボディスーツを身に纏ってはいるが、彼らと同じ様な恰好をした見知らぬ女の子2人も一緒になってはいるが、間違いなく彼らはあの日、オルクス大迷宮の奈落に消えて行ったハジメ達だったのだ…!

 

「ハジメ君!」

「愛子!」

 

その姿を認識した愛子は脱兎の如く飛び出し、ハジメのもとへと駆け寄った。

ハジメの方も愛子の存在に気づき、感極まった様子で彼女を呼びながら手を差し伸べ、

 

「良かった…本当に、良かった…!」

「ただいま、愛子…!」

 

2人は、抱き合った。

*1
この世界におけるカレーの呼び名



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37話_エマージェンシーコール

教え子達を始め、沢山の人達が集まっている中で、再会した想い人(教え子の1人)に抱き着くという色々とヤバい事を仕出かし、正気に戻った際にそれがどういう事かを思い知り顔を真っ赤にし、頭から湯気を出し、目をぐるぐると回し「あうあうあうあうあう…」と壊れたステレオの如き音声しか口にしなくなるという色々と故障した状態に陥ってしまった愛子(抱き着いた際にちゃっかり恋人繋ぎした手は握ったまま)は後で如何にかするとして、立ち話もあれだからと淳史達の勧めでVIP席に案内されたハジメ達。

 

「オルクス大迷宮のあの橋から落ちた後、どうしたんだ?」

「話し出せば徹夜になる程長くなるけど、一言で言うなら生き抜く為にハジメ達と力合わせて超頑張ったって所かしらね」

「何で皆して髪の毛が白っぽいの?優花っちに至ってはピンク髪だし」

「誰が淫乱ピンクよ、誰が。まあ苦労に苦労を重ねたらこうもなるでしょ普通」

「それエヴァンゲリオンに出て来るプラグスーツだよな?何でそんなの着ているんだ?」

「ああ、これ?ハジメ君のオーダーメイドなの、着心地良いし動きやすいよ。まあ周りからの視線は凄いけど」

「其処の女の子達は誰だよ?まあ想像は付くけど」

「僕の彼女。旅する中で出会って色々あって付き合う事になりました」

「…ユエ。ハジメの女」

「初めまして、ハジメさんの学友の皆さん。シア・ハウリアと申します。ハジメさんの女ですぅ」

「異世界に来てもプレイボーイ振りは相変わらずってか。まあ南雲だからあり得るか」

 

その場で自分達の分を注文しつつ、クラスメート達から投げかけられた怒涛の質問に対応していた。

学校関係者の大半が憎悪や畏怖等の悪感情をハジメに向ける中、香織達を除けば本当に数少ない好意的な感情を向けて来る(面と向かっての交流は避けられるが)存在である淳史達の存在はハジメ達も知っており、ハジメが愛子を意識する切っ掛けとなった『とある教え』も相まってか邪険にする事無く応対していた。

尤も今現在もクラスメート達と離れて旅を続けている最大の理由を、教会所属の神殿騎士を始め聖教信者だらけなこの場で言う訳にも行かず、端折りに端折った物となったが。

淳史達もこの場では言えない事があるのだと感じ取ったのか「後でちゃんと話せよ?」と言いたげな視線を向けるだけで特に追求しなかった。

尚、件の神殿騎士達だが、愛子と仲睦まじい様子を見せつけたハジメに嫉妬したのか、席に座ろうとした彼に突っかかろうとして、強大な威圧を叩きつけられた事で全員が卒倒し、滞在してる部屋へと運ばれている。

 

「で、そっちの方は…何かあったみたいだね、僕達が転落してから」

「あ、ああ。実はな…」

 

それはさておき、何処か悄然とした淳史達の様子から何事か起こったのを見抜いたハジメが話を振り、それを受けて淳史が、ハジメ達がオルクス大迷宮の奈落へと転落してから起こった事を話した。

要約するとこうだ。

ハジメ達が奈落へ落ちたのと同日、ハジメ達と同じパーティだった幸利と、檜山達のパーティ全員(小悪党組)がホルアドから行方を眩ませた。

ただでさえハジメ達4人が事故死するというショッキングな出来事でクラスメート達の心が大きすぎるダメージを受けた所に、新たに5人が忽然と姿を消すという緊急事態、とても訓練を続けられる状況では無いとメルドは判断、5つあるパーティのうち2つのパーティがメンバー全員いなくなった以上は国王や教会に報告を入れる必要もあって、一行は王国へと戻った。

帰還を果たしハジメ達の死亡及び、幸利や小悪党組の行方不明が伝えられた時、誰も彼もが愕然とし、ハジメ達が転落する少し前に彼へと襲い掛かった炎についての追及が始まり、直ぐにそれが行方不明になった檜山達による犯行だと断定され、彼らはこの件の追及から逃れる為に行方を眩ませたとして異端者認定されたのだ。

一方の幸利は、自分以外のパーティメンバーが死亡した事で一際ショックが大きかった為、発狂して遁走したとして捜索の為に騎士団が派遣され、現在も各地を探し回っているが未だに見つかっていない。

 

「この件で天之河の奴は、檜山達は潔白だと、魔人族に攫われたとグダグダ抜かしてやがったがな…」

 

と、天之河が相変わらずな言動で檜山達の無罪を主張していた事を思い出した淳史が呆れた様子を見せるが、此処で何処か複雑そうな表情のハジメが意外な事を口にした。

 

「いや、皆。檜山達が行方を眩ませた件に関しては天之河の言う通りかも知れないよ?」

「なっ南雲!?お前、アイツらを庇う気かよ!?お前の事を散々目の敵にしていたアイツらを!?」

「別にアイツらを庇う積りは無いよ、実際僕に襲い掛かったあの炎は檜山か、アイツの取り巻きが仕掛けた物だと見ているし」

「じゃ、じゃあ何で…」

 

といっても、檜山達は無罪だとする天之河の主張を信じたという訳では無いが。

檜山達は攫われたとする天之河の主張に賛同したハジメ、それに驚愕する淳史達に対し、その訳を説明した。

 

「あの炎が檜山達の仕業だとして、じゃあ何でアイツらは追及を恐れて逃走する、なんて選択肢を選ぶのかな?自分達の首を絞めるだけでメリットが無い事は明白なのに?」

『え?』

「僕に襲い掛かったあの炎が檜山達による物だと疑われたとして、もし僕が檜山の立場だったら逃げたりせず、天之河を通して潔白を主張するね。思い込みが激しい一方で基本的に性善説を信ずる天之河なら無碍にはしない筈だよ、実際に前例があるし。保身の為なら頭の回るアイツの事だ、同じ行動を取るに違いない。だから檜山達は攫われたと僕は思うよ」

 

説明するハジメの脳裏には、王都で訓練していた時に起こった檜山達による襲撃事件があった。

あの時はハジメが事も無げに檜山達を退けた上、幸利に渡していたカメラで撮影された写真を証拠としてリリアーナに提出、彼女を通じて告発したのだが、天之河が横槍を入れた事でそれは(表向きは)取り下げられてしまったのだ。

それを踏まえれば、例えあの犯行を疑われたとしても天之河に潔白を主張すれば、それを聞き入れた天之河がそれを方々に伝え、お咎め無しにしようとするだろう、実際に潔白を主張しているのだから。

逆にその追及から逃れる為に行方を眩ませるのは下策中の下策、如何にも自分達がやりましたと言っている様な物だ、彼らがそれを仕出かす動機は十分(以前からのいざこざは勿論、当日は罠による被害を未然に防ぐ為とはいえハジメが檜山を銃撃した)、何かあった時に真っ先に疑われるのは自分達なのであり、実際に教会にとっての、神にとっての敵と認定されてしまったのだから。

少しでも考えればわかる様な事を檜山達が考え付かない筈が無いとの推理から、ハジメは檜山達が攫われたとする天之河の主張に賛同したのだ。

 

「尤も、攫ったのが魔人族だとは限らないけどね…」

 

訳を聞いて成る程と思った淳史達の耳には、ハジメがポツリと呟いた意味深な言葉が届く事は無かった。

 

------------

 

「そうですか、この世界を支配する邪神エヒトルジュエを倒す為に…」

「うん。エヒトルジュエを討伐しなければ次に狙われるのは僕達の世界、此処でやらなきゃ僕達の日常がやられるんだ。だから僕は、僕達はエヒトルジュエを討つ。その為に旅を続けているんだ」

 

食事を終え、自分達が宿泊する部屋へと戻ったハジメ達、暫くして正気に戻った愛子に自分達が皆と離れて旅を続ける理由を、エヒトルジュエ討伐という最終目的を、その根拠であるオスカー・オルクスの住処で聞いたこの世界の真実を明かした。

尚、先にその話を聞いた淳史達は、エヒトルジュエのクズ振りに改めてマジギレした一方、その討伐の為にMS等の兵器を開発しつつも、神代魔法等の力や一緒に戦えるであろう『仲間』を求めて旅を続けているというハジメ達を見て、考え込む様な表情をしながら各々の部屋へ帰って行ったのは余談だ。

 

「今回此処に来たのは、表向きには北の山脈地帯へ行ったきり行方知れずとなった冒険者の捜索依頼を受けて、となっているけど、それは序でみたいな物でね、本当は愛子に会いたくて、此処に愛子がいると聞いて来たのさ」

「は、ハジメ君!?そ、それって」

「僕は愛子を先生として尊敬しているし、1人の女性として愛している。逆に言えばエヒトルジュエ及び奴の眷属にとって、愛子は人質として格好の的という事に…あれ?

おーい、愛子?あらら、また壊れちゃったっぽい?」

「あうあうあうあうあう…」

「…壊れて当然、シアだったらバカ面晒しまくっている」

「いやバカ面って何ですかユエさん」

 

その際、此処ウルの町に来た理由を明かしたハジメだったが、まるで口説き落とすかの様なその文言に愛子が再び故障した状態に陥ったのは言うまでもない。

と、そんな中、

 

『来られよ』

「ん?」

「どうしたの、ハジメ君?」

「何か今、何処かから声が…」

「声?聞こえなかったわよ、ハジメの気のせいじゃない?」

「いや、気のせいにしては随分とはっきりした声音だったよ、何処ぞのモッピーに似た声が」

「モッピーに似た声って…」

 

ハジメの耳に、妙齢の女性らしき声音の、然し年寄り臭い口調で誰かを呼び掛ける声が聞こえたのだ。

いや、耳にというのは語弊があるかも知れない、実際この場にいる香織達には一切聞こえておらず、誰もがハジメの気のせいでは無いか?と思ったのだから。

 

『この光を見た者よ、北の山々へと来られよ』

「やっぱり聞こえる。この光を見た者、か。外に何かあるのかな?」

「ハジメ?」

「ハジメさん?」

 

だがもう1度その声が聞こえた、今度はより具体的な内容の呼び掛けだったので気のせいではないとハジメは確信し、その呼び掛けにおいて目印となるであろう光の存在を知った彼は部屋の外を確認した。

すると、

 

『今、北の山々にて只ならぬ物が蠢いておる。この光を見た者は来られよ、妾と共にこの物を鎮めるのじゃ。これを鎮めねば、近い内に大いなる災いが起こるであろう』

「また聞こえた。光が放たれると共に聞こえて来た、いや、僕の脳裏に直接響き渡ったこの声…

成る程、向こうがそれを理解しているかは兎も角、光に脳量子が乗っかり、遠方へ己の思考を届けられる様になったという訳か。それなら僕以外誰もこの声が聞こえなかった事の説明が付く。脳量子は革新者(イノベイター)の技能を持っていないと送受信出来ないからね」

「しゅ、しゅごいです…」

 

明日向かう予定だった北の山脈地帯から光が放たれ、その直後ハジメの脳裏に三度その声が聞こえて来たのだ。

状況から自分にだけその声が聞こえる理由を理解したハジメ、それが分かれば話は早いと言わんばかりに行動を開始した。

 

「香織、スプィーシカ貸して。一丁で良いから」

「うん、ハジメ君」

 

香織からスプィーシカを借り、北の山脈地帯、そのちょっと上に狙いを定めながら己の魔力をスプィーシカに流し込む。

そう、声の主がそうした様に自らもスプィーシカのビームに自らから発する脳量子を乗せて発射、向こうに返事を送ろうとしているのである。

とは言えハジメは光魔法の適性を持っていない、よって馬での移動で片道一日と言われる程の距離がある山脈地帯までビームを届けさせるとなると相当の魔力が求められるが、其処をハジメはXラウンダーによる近未来予知を駆使して最適な魔力量を算定、ビームを発射した。

 

『了解したよ、明朝そちらに向かう』

 

という己の返答を含有した脳量子を乗せて。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

38話_風神の奏者達

「は、ハジメ君、本当にこの格好じゃないといけないんですか…?」

「流石に恥ずかしいよね、ごめん愛子。でもISを、ガンダムを扱う上でスーツの着用は必要だからさ」

 

翌日の夜明け。

昨夜に北の山脈地帯から送信された脳量子をハジメが受信した事で、其処で大いなる災いを引き起こすだろう存在がある事を知った一行は、早急に山脈地帯へ向かわねば捜索依頼の成否にも関わってくると判断し、夜明けと共にウルの町を出る事にした。

ウィル・クデタ達が北の山脈地帯に調査へ入ったきり消息を絶ってからもう数日が経過、生存率が一気に下がる境目と言われる三日を過ぎた以上、生きている可能性は限りなく低いと考えるのが自然だが万が一という事もある、その万が一も昨日の脳量子通信によって知った『只ならぬ物』によって刈り取られてしまう危険性が高いし、遺品探しの上でも『只ならぬ物』の存在は厄介だ、早急に向かうべきであるとメンバー全員の意見が一致した。

その際、故障した状態に陥っていた愛子もその場にいて、会話の内容はちゃんと聞こえていた為か、その捜索任務に同行したいと言い出したのだ。

愛子の頭には、未だ行方知れずとなった幸利及び檜山達の存在があった。

行く先々で聞き込みを行う等八方手を尽くして情報を集めているが、未だにそれらしい人物を見かけたという情報すらないという厳しい状況であり、彼女達とは別に幸利の捜索を行う騎士団からも良い返事は未だに聞けていない。

だがそもそも住む人がいない北の山脈地帯に関しては、今後捜索しようかと淳史達が考えていた事、此処最近立ち寄る人もいない事から何の情報も集まっていないと思い当たり、この機会に乗じて、ハジメ達の捜索依頼を手伝いながら幸利達の捜索をと愛子は考えた。

ハジメ達と仲の良かった幸利は勿論の事、ハジメとの因縁深い檜山達とて愛子にとっては可愛い教え子、例え許されない事をしたとは言え生きている内はそれを償う事も出来る、その為にもまずは見つけ出して連れ戻さなければならないと彼女は決意していたが、もし山脈地帯に潜伏していたとしたらその『只ならぬ物』によって命が脅かされかねない、彼女もまた早く向かわなければと思っていたのである。

そんな彼女の姿にハジメは、一度決意を固めたら梃子でも動かない事を知っていたし、そんな彼女こそが自分の好きな畑山愛子という女性なのだからと、護身用としてヴァスターガンダム5号機『マイ*1』及びIS等の関連武装を渡した上で、それを装着した状態であれば付いて来て良いよと許可した。

愛子もそれを承諾して渡された各種武装を装着したは良いのだが、流石にプラグスーツ*2一丁という格好は流石に恥ずかしいのか、もじもじしながら疑問を投げかけたが、必要な物なので受け入れられる事は無かった。

何はともあれ各々準備を整えた一行、まずはチェックアウトを済ませようと部屋を後にすべく、扉を開けると、

 

「た、玉井君!?み、皆して一体何を!?」

「何、してんの…?」

 

其処に広がっていたのは、玉井達5人が扉の前でそれはそれは見事な土下座を披露しているという光景だった。

 

「頼む、南雲。俺達を連れて行って欲しい、お前達の旅に」

 

その内の1人、淳史が代表して顔をあげつつ自分達が土下座している訳を、要望を伝えた。

 

「玉井、仁村、相川、菅原、宮崎…

お前達は昨日の話をちゃんと聞いていたのかい?僕達の旅の最終目的はエヒトルジュエ討伐、その為にこの世界に点在する七大迷宮を攻略し、神代魔法を集めている。それは危険と一言で片づけられない程過酷な茨の道だよ。少なくとも、お前達の力では幾ら命があっても足りないよ」

「そうですよ、玉井君。正直な話、ハジメ君達にもそんな危ない橋を渡って欲しくないのが先生の気持ちです。然しそうしなければ私達の世界は、大事な日常は、大切な人達は邪神エヒトルジュエによって荒らされてしまう。誰かがやらなければならない、さもなくば自分達が危険にさらされてしまう。ハジメ君達にはエヒトルジュエ討伐を必ずや成し遂げると言う決意も、それが出来る圧倒的な力もあります、そんなハジメ君達を止める事は先生でも出来ません。だけど玉井君達までその『誰か』になる必要は無いんですよ?」

 

その要望の内容、及びそれを口にする淳史の様子から、愛子みたいに捜索任務に『のみ』同行するという訳では無く、ハジメ達の旅『その物』に加わりたいのだと捉えたハジメ達、勿論それに相応しい力には、自らが感じた限りでは程遠い淳史達を連れていく訳に行かないと考えたハジメと、ハジメ達に加えて淳史達に迄そんな危ない橋を渡らせるのは先生として看過出来ないと思った愛子が考え直すよう説得に当たったが、当人達の意志は固かった。

 

「そんなのは百も承知だ!大迷宮を潜り抜けたお前達と比べたら俺らなんてミジンコ程度の力しか無いかも知れない、そんな俺らがエヒトルジュエを討伐する『誰か』になる事は不可能かも知れない、お前達の旅に同行した所で足を引っ張るだけかも知れない!それでも、お前達の為に何か出来る事をしたいんだ!頼む、俺達もお前達の旅に付いて行かせて欲しい!」

「「「「「お願いします!」」」」」

 

そして今一度、全員揃って頭を下げた。

戦う姿を見ずとも淳史達には、ハジメ達の強さは自分達とは比べ物にならないとは分かっていた、そしてそれ程の強さを身に着けなければ七大迷宮の攻略など出来る筈が無い事も理解していた。

だがハジメ達からこの世界の真実等を聞いた今、ただ愛子と一緒にこの世界を、農地を耕して回るだけで良いのかと、自分達の命運をハジメ達に丸投げしておいて此方は戦乱の無い場所で安穏としていて良いのかと、弱さを理由に逃げるだけで良いのかと考える様になり、迷宮攻略及びエヒトルジュエ討伐に参加は出来なくても、せめて自分達の出来る事でハジメ達の手伝いがしたいと、それを間近で行いたいとの結論に至ったのだ。

嘗て淳史達はオルクス大迷宮においての実戦訓練で罠によってベヒモスらが住まう階層へと飛ばされた際、前線でモンスター達に立ち向かうハジメ達に対してただ脱出の為に後ろを付いていくだけで、その結果檜山達による凶行を阻止するどころか前以て気付く事も出来ず、彼らが奈落の底へ落ちていくのを見ているだけで、そんな事実から逃げる様に引き籠った挙句、愛子の護衛について今に至った。

もう後悔はしたくない、やれる事をせずに取り返しのつかない事態になるのは耐えられない、ハジメ達と再会し、そんな思いを抱く様になった淳史達は、これを機にやれる事をきっちりやろうと確固たる決意を固めたのだ。

そんな淳史達の決意を体現した土下座に、ハジメ達も説得の言葉を掛ける事が出来ず、特にハジメはその決然とした姿が、自分に告白して来たあの時のシアとダブって見えたのもあって、考えを改めた。

 

「そういえば、ストリボーグのクルーに相応しい人いないかな、と考えていた所なんだよね。ある程度機械や電子機器の類が扱える人材がね。僕達はガンダムパイロットとして有事の際にはストリボーグから離れなければならない、僕達が皆出払っている時にも運用可能な状態に出来れば後方戦力として心強い。丁度良いや、宜しくね、皆」

「「「「「はい!」」」」」

 

ハジメが提示したのは戦士(ガンダムパイロット)としてでは無く、後方支援(ストリボーグのクルー)としての加入、外敵と直接は戦わず、然しストリボーグのシステムをフル活用した的確な支援が求められる立場で一行に加わると言う選択肢だった。

こうして、淳史達5人は旅の一行に、ストリボーグのクルーとして加入する事となった。

因みに各メンバーの担当は、弓士である仁村明人が砲撃士、騎手である相川昇が操舵士、妙子と奈々がオペレーター、そして淳史が副艦長(艦長はハジメになっているので)となった。

尚、この編成について淳史が「これ何てプトレマイオス?」と必要最小限な人員配置にツッコミを入れ「いやこれは寧ろリヴァイアスじゃね?ユエさんとシアちゃん以外皆高校生だし、シアちゃんも俺らと1つ下だし」とガンダム00(ダブルオー)と同じ制作会社及び脚本家なアニメのネタを引っ張って来た昇がさらっとユエの年齢に言及した事で当人からジト目で睨まれるという場面があったが余談である。

 

------------

 

「僕達はこれから山脈地帯に潜入し、地上から調査を行う。ストリボーグは空中からの調査を頼む。玉井、細かな現場判断はお前に任せる。頼んだよ、艦長さん」

『ああ、任せろ!』

『『『『了解!』』』』

 

その後、ストリボーグに乗り込んで北の山脈地帯へと出発した一行、僅か数分で辿り着いたのを確認したハジメは、香織達と共に右艦舷に設けられたハッチ前に移動、艦橋にて各々の持ち場に付いていた淳史達に指示を飛ばし、

 

『右舷艦ハッチ、開放します!』

「Dive!」

 

それを受けての妙子の艦内アナウンス、それと同時にハッチが開放されたのを受けてスカイダイブを敢行、ISの各種機能を活かして安全に、1つ目の山の麓に着陸した。

 

「此方地上部隊。目標地点に着陸成功。これより山内の捜索を行う」

『了解。でも気を付けろよ、お前の話だと山の中に物凄くヤベー奴がいるらしいじゃねぇか。お前達なら何とかなるかも知れねぇが、そのウィル・クデタだっけ、捜索対象は?そいつとか清水達とかはそうじゃないからな、慎重に、でも早急に、だな』

「勿論だよ。そっちも空中からの捜索に集中して。何か少しでも気になる事があったら欠かさず連絡を。良いね?」

『OK!』

 

皆が無事に着陸したのを受けてストリボーグにいる淳史達に連絡を取り、山脈地帯へ足を踏み入れたハジメ達、其処へ、

 

「其処の人間よ。お主が妾の呼び掛けに『直に』応えた者か?」

 

ハジメが昨夜聞いたそれと同じ声が、響き渡った。

*1
ロシア語で5月

*2
エヴァンゲリオン新劇場版Qにて式波・アスカ・ラングレーが身に着けていた新型プラグスーツを基とした、胴体部分が赤、両腕部分が白、両脚部分が黒のモデル



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

39話_只ならぬ物

「この声…

やはり君が此処へ来る様に呼び掛けたのか。ああ、その呼び掛けに応えたのは僕だ。何処にいる?」

「妾は此処じゃ。やはりお主であったか、『直に』響いたあの声音と相違ない故に直ぐ分かったのじゃ」

 

昨晩、頭に直接響いて来たそれと同じ声音で呼び掛けて来た声、それに当然と言えば当然だが唯一反応したハジメが声の主に居場所を尋ねると、そんなに離れていない木の陰から1人の女性が顔を出した。

黒い着物を身に纏った黒の長髪、と書くと日本人に見える。

シアや雫にも比肩しうる巨乳に金の瞳、と追記すると日本人では無いにしても人間の範疇に入るだろう。

だが髪の間から飛び出している長く尖った耳、森人族にも見られた所謂エルフ耳が、彼女が普通の人間では無い事を物語り、そして亜人である森人族では感じる事の無い膨大な魔力から、このトータスにおいてかなりの曰く付きな存在なのだろうとハジメは感じ取り、空気を読んでかそれに言及しなかった。

 

「妾の名はティオ・クラルス。とある事情でこの辺りへと参ったのじゃが、先の呼び掛け通り、この近辺で只ならぬ物の気配を感じたのじゃ。これは妾1人の手には負えぬと、助けを呼んだ次第での。呼び掛けに応じて頂き、まして本当に夜明けと共に駆け付けて頂き感謝する。して、お主らの名は?」

「僕はハジメ、南雲ハジメ。で、彼女達は、左から香織、雫、優花、愛子、ユエ、シア。此処には元々とある冒険者の捜索依頼で来る予定だったけど、君の言う只ならぬ物を放って置く訳に行かないからね」

「左様であったかハジメ殿、これは幸運と呼ぶべきか。兎も角、今回は宜しく頼むのじゃ」

 

その女性――ティオと互いの紹介をし合い、此処にはいない淳史達の存在も、ストリボーグにいる彼らが空から山脈地帯の捜索を行っている事も説明し、此方側は『只ならぬ物』を感知した方へティオの先導で向かいつつ、消息を絶ったウィル達を始めとした潜入者が近辺に居ないか捜索する方針を決定、IS等をフル活用し周囲へ細心の注意を払いながら彼女の背中を追った。

先程あがったストリボーグ(航宙空戦艦)の存在や、ほぼ全速力で歩みを進める自らを、周囲への注意を怠る事無く余裕で付いて来るという離れ業を成し遂げるISを身に纏ったハジメ達に驚きを隠せず、一方で「ハジメ殿達であれば、或いは…」と意味深な事を呟くティオが気にはなるが、順調なペースで一行は捜索を進める。

ところが六合目を越えた時、先行していたハジメのメルキューレが異変を捉えた。

 

「こ、これは!?」

「ど、どうしたんですかハジメ君?まさか何か…!」

 

まさかの事態に驚きを隠せないハジメ、その様子に何事か起こったのを捉えたのだろうと愛子達に緊張が走る。

 

「川の上流に盾や鞄、冒険者が身に着けていたと思しき装備がある!様子からしてまだ新しい、ひょっとしたら近くに所有者がいるかも知れない!生死迄は分からないけど…!」

「この川の上流とあらば只ならぬ物があると思しき場所と近いのじゃ、よもや被害者が…!」

「ストリボーグ、聞こえるか!今から上流の座標データを送る、其処を重点的に捜索して欲しい!」

『分かった!気を付けてくれ!』

「皆、急いで現場に向かおう!」

「「「「「「「了解!」」」」」」」

 

メルキューレを通して目の当たりにした光景、其処にはひしゃげた金属製ラウンドシールドや、紐が半ばで千切られた鞄が散乱しており、此処に何か争乱があった事を物語っていた。

どちらも錆びたり土や砂埃等を被っていたりしていない事から捨てられて日が浅いとハジメは判断、となれば所有者が周囲にいるかも知れないとし『只ならぬ物』による被害が拡大する前に事を済まさねばと、ストリボーグにいる淳史達に指示を飛ばしつつ、上流への道を急いだ。

 

『こりゃ酷ぇ…!

南雲、座標の地点を確認したんだが、生存者らしき存在は見当たらなかった、寧ろ飛び散った血とかへし折れた剣とか、兎に角戦いの末に殺された存在がいるであろう痕跡が見つかった!それ以上にヤバいのが周囲の草だ!』

「草が?草がどうかしたの?」

『周りに生えている木は多少傷がついたり血が付着したりしただけだが、草だけ1つ残らず枯れ果てているんだ!まるで草だけを狙って養分を根こそぎ吸い取ったみたいな状況なんだよ!』

「草だけ?何でまた、トータスで広範囲の草にだけ効く除草剤が使われているなんて話も聞かないし…

兎も角分かった、こっちでも警戒して置くよ」

 

その途上、空から捜索していた淳史からの報告を聞き、メルキューレ越しでは色まで判別出来ない為に気付かなかった草の枯死という多少不可解な点はあるが上流地点に生存者はいないと判断、然し遺品回収もまた捜索任務の一環なのでそれに当たるメンバーと捜索を続行するメンバーの二手に分ける事に。

ティオは『只ならぬ物』の気配を感知している事から当然捜索側、ハジメも一行の総指揮官としていざと言う時の対応にあたる必要がある事からその『いざと言う時』になりやすい捜索側、香織も生存者がいたとしてもし負傷していた場合に治癒の必要がある事から捜索側、シアも不測の事態を未来予知で潰せる事から捜索側、ユエも遠距離砲撃要因として捜索側、一方で愛子はハジメにとって護衛対象同然な事から『いざと言う時』になりにくいだろう遺品回収側、という事で、

 

「雫、優花、愛子。3人はこのまま上流に向かって遺品回収をして欲しい。僕達5人は引き続き捜索を続ける。頼んだよ」

「分かったわ、ハジメ」

「こっちは任せなさい、そっちは頼んだわよ」

「気を付けてください、ハジメ君、皆さん。玉井君達の報告にもありましたが、その『只ならぬ物』は相当危険らしいですから…」

 

雫と優花、そして愛子が上流での遺品回収に出向く事となり、3人が其処へ向かうのを見送ってからティオの先導は再開した。

辿り着いたのは先程のそれと比べて明らかに大きく、上流には小さい滝も見える川、やはりと言うべきかその周囲もまた淳史が言っていた通り木々は大した影響がない一方で、草だけが枯れ果てていた。

 

「『只ならぬ物』の気配が濃くなった、此処からかなり近いのう。ハジメ殿、心して掛かろうぞ」

「ですね、ティオさん。私のウサミミにビンビンと来ます…」

「…ん」

「それでハジメ君、どっち方向に向かおうか?」

「今までの傾向からして被害者達は追いやられる様に上の方へと逃げていたけど、流石に此処までの戦闘を続けた後にまた上へ行くとは思えない。体力的にも精神的にも疲弊した状態で、町から遠ざかる選択肢は選ばないと思う。もしくは川に流された可能性もある。よし、下流の方へ行こう」

 

ティオの言葉、それを裏付けるかの様にぴりぴりとした気配を感じる様になった事で周囲への警戒を強めた一行は、此処からどちらの方向へ進むべきか話し合った末、ハジメの推測に従って下流へ向かう事にし、川辺を下って行く。

すると今度は、上流のそれとは比べ物にならない程に立派な滝に辿り着き、

 

「この気配は…!

皆、生存者だ!あの滝壺の奥に生存者がいる!」

「だね、ハジメ君!私行ってくる!ハジメ君達は外を警戒していて!」

 

その滝壺の奥に広がる洞窟内に生存者がいる事をハジメと香織が察知、此処は治癒師である自分が出向きハジメ達は『只ならぬ物』への警戒に当たるべきだと判断した香織がハジメ達の返事も聞かずに滝へと飛び込んだ。

こう書くと命が惜しくないのかと言われかねない暴挙だが、ISが有する機能の1つであるシールド・バリアに守られた香織にとってはどうという事は無く、何事も無く洞窟内へと潜入、生存者の存在を確認した。

多少のケガと空腹等もあったが命に別状は無かった生存者を確認するとどうやら依頼において最も重要な捜索対象であるウィル・クデタ本人である事が判明、色々な意味で僥倖だったと安堵しつつ、この山脈地帯で何があったのか、香織を通して聞いた。

要約するとこうだ。

ウィル達は数日前、ハジメ達と同じ山道に入ったのだが五合目の少し上辺りで、突然、十体のブルタール*1と遭遇したらしく、流石にそんな軍勢と遭遇戦は勘弁だと撤退に移ったらしいのだが、襲い来るブルタールを捌いている内に数がどんどん増えていき、気がつけば六合目の例の川で囲まれてしまい、その包囲網から脱出する為に、盾役と軽戦士の二人が犠牲になったのだという。

それから、追い立てられながら大きな川に出た所で、前方に絶望が現れた。

見た所人型の魔物みたいだったが漆黒の靄に覆われていた為に詳しくは分からなかった様だ。

その靄を纏った魔物は、ウィル達が川沿いに出てくるや否や、まるでドラゴンのブレスみたく靄を広範囲にばら撒き、その攻撃を避ける為にウィルは仲間に突き飛ばされて川に転落、流されながら見た限りでは、そのブレスで一人が跡形もなく消え去り、残り二人も後門のブルタール、前門の竜に挟撃されていたという。

そしてウィルは流されるまま滝壺に落ち、偶然見つけた洞窟に進み空洞に身を隠していたらしい。

話している内に後悔の念に苛まれ、滂沱の涙を流すウィル、そんな彼を励ます香織の言葉を回線越しに聞いてほっこりし、身の程知らずなバカだけど権力を笠に着る様なクズじゃない、寧ろ見ず知らずの人達の死を自分の事の様に悲しめる優しい存在だとウィルへの印象を良い方向に改めたハジメ達だったが、突如として前方から異様な気配を感じ取り、警戒を強めた。

その方向から現れたのは…

 

「これが、ティオさんが言っていた『只ならぬ物』…!」

「…聞いていた通りの真っ黒」

「よりによってこんな時に相対せねばならぬとはのぅ…!」

 

ティオが言っていた『只ならぬ物』、ウィルが言っていた漆黒の靄に覆われた魔物だった。

その異様な姿にユエ達が警戒を強め、洞窟内の香織達に暫く留まる様連絡しつつ各々戦闘態勢をとるが、

 

「待って皆!」

「ハジメ!?」

「ハジメさん!?」

「ハジメ殿!?」

 

突如、ハジメが魔物とユエ達に割って入って来た。

普段なら油断なく戦闘態勢を取っている筈なハジメの行動に驚くユエ達だったが、其処で彼は衝撃的な言葉を口にする…!

 

「トシを、トシを殺さないで!」

「…え、今なんて?」

「と、トシって、嘘、ですよね…?」

*1
RPGにおけるオークやオーガの類であり、大した知能は無いものの群れで行動する事、金剛の劣化版と言うべき固有魔法『剛壁』を有している事から強敵と認識されている。普段は2つ目の山脈、その奥側に生息しているらしいので此処に来る筈は無いのだが…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

40話_幸利はなぜ魔物になったのか

ハジメのまさかと言うしかない行動、ウィルが加わっていた冒険者パーティを壊滅させた漆黒の魔物を庇うという行動に、魔物の正体が幸利だという事に、ユエ達は信じられないと言わんばかりの表情だった。

 

『殺す、全て殺す、このトータスとか言う世界も、トータスの人間共も、魔人族も、エヒトも…!

これはハジメを、俺のただ1人の親友を奪い去った貴様らへの誅罰だ…!』

 

だがハジメは黒い靄の魔物から確かに聞き取ったのだ、幸利の心の声を、憎悪や憤怒といった悪感情に支配されてしまった彼の内なる声を。

そして思い当たったのだ、彼を此処までに至らせた決定的な要因が自分達の『死』である事を、自分達がオルクス大迷宮の奈落に転落して『死』んでしまった事によって、彼の心は粉々に砕け散ってしまい、其処から憎悪や憤怒といった悪感情が爆発的に噴き上がり、正気を失ってしまったのだと。

中学時代に凄惨な苛めを受け続けた事で引き籠りに(その時にゲームや漫画等に没頭する)なり、その事を両親こそ気に掛けたが兄弟から煩わしく思われた為に家族内でも居場所を失った幸利、そんな彼を救ったのは当時ハマっていたオンラインゲームのオフ会で知り合ったハジメ、同じ中学で尚且つ同級生だった2人が、色々と正反対でありながら同じゲームにどっぷりハマったオタクである2人が意気投合するのに時間が掛かる筈もなく、生まれて初めて出来た親友の存在によって幸利は見事立ち直ったのだ。

そんな無二の親友と言って良い、最早依存していると言っても良いんじゃないかって程の間柄であるハジメを失って尚気丈に振舞える程、幸利の心は強くなんて無かったのだ。

そんな幸利を止められるのは、鎮められるのは、救けられるのは自分しかいない、そう決意したハジメは漆黒の魔物に変貌した幸利を見据え、身体から緑色のオーラを幸利へと放つ。

だが復讐心に囚われ、目前のハジメにも気付く事が出来ない幸利がそれをただ黙って見ている筈もなく、ウィルが同行したパーティのメンバー1人を消し飛ばしたという黒い靄を前方に放った。

それをXラウンダーによる近未来予知で察知していたハジメはそれを避けようと身構え、

 

「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「は、ハジメさん!?一体何を!?」

「だ、駄目、ハジメ!」

「い、いかん、ハジメ殿!」

 

避けた結果、滝壺内にいる香織やウィルに殺到し、ウィルが言っていた様に2人が跡形もなく消え去ってしまう未来を視たハジメは構えを解き、敢えてその黒い靄の奔流を真正面から受け止めた。

その正体は幸利が得意とする闇魔法の因子、生物等が保有する魔力に干渉する事を持ち味とした力の放射、それが香織とウィルを庇う形で目の前にいたハジメの身に殺到し、魔力を暴走させんと干渉する。

彼の生存本能が魔力操作の技能をフル活用してそれを食い止めんとするが及ばず、程なくハジメの身体に宿る魔力が暴走を開始、常人の千倍以上を誇る魔力がハジメ自身を食い破らんと暴れ回る。

筋肉が弾け、皮膚が裂け、関節が破裂し、漏れた血液がプラグスーツから染み出る。

 

「トシ、トシ!僕は、僕達は此処だ!頼む、正気に戻ってくれ!」

 

それでも、ハジメは幸利が戻って来る事を信じて歩みを、説得を止めない。

ISの便利機能も、銃火器も、魔法も、格闘術すらも使う事無く、ただ変わり果てた友へと歩き続け、新型(ニュータイプ)の技能を応用した緑色の思念波を放ち続け、諦める事無く自分達の生存を伝える。

 

「髪は白くなっちゃったし、付け過ぎない様に気をつけていた筋肉も思いっきり付いちゃったけどさ、僕は生きている、生きて、お前の目の前に帰って来た!だからお前も帰って来てくれ!帰って来て、また一緒に遊ぼう!」

『ハ…ハジ、メ…?』

 

その思いは、届いた。

自らの身体から噴出し、ハジメを蝕んでいた漆黒の靄が、紫を基調とした極彩色に変色すると共に霧散するかの如く消え、ズタボロになったハジメと、正気で無かったとはいえそれを行った幸利が姿を現した。

靄が晴れた事で露わになった幸利の姿は、奈落で離れ離れになる前とはだいぶ違っていた。

ハジメ達みたいに髪は白くなり、最低クラスな身体能力を体現したかの如きガリガリな体躯は細マッチョと言えなくもない程度にはがっしりしていた。

それでも少なからず妖艶さを醸し出してはいるが、某名前を書かれた死ぬノートをテーマにした漫画で主人公の宿敵として立ちはだかる名探偵の様な風貌は変わる事は無かった。

そんな少なからず変貌した幸利は目前にいる存在が、先程まで黒い靄で攻撃していた存在がハジメだと、先程まで唯一の親友であるハジメを殺そうとしていたのだと気付き、恐怖の余り震え出した。

 

「お帰り、トシ」

「あ、あぁ…!

ハジメ、俺、俺…!」

 

それをあやす様に幸利の目前に近づき、ハグをしながら声を掛けるハジメ、そんな本当の意味で変わっていないハジメの姿に、一歩間違えたら殺してしまったかも知れない事をしてしまった後悔か、或いは死んだと思っていた親友が帰って来た安堵か、幸利の眼から大粒の涙が流れ出した。

そんな対応をするハジメがいたって平然とした様子なので、幸利も帰って来て一件落着みたいな雰囲気になって来ているが、そんな状況を素直に受け止められない者達がいた、ユエ達だ。

 

「こら、皆揃って何て顔しているのさ。皆に連絡してストリボーグに戻ろう、玉井達が待っているし」

「だって、だってハジメが…!」

「何でそんなズタボロになっているのに笑っていられるんですか!?一歩間違えたら死ぬかもしれなかったんですよ!?」

「幾ら友を救う為とは言えど、無茶が過ぎるぞハジメ殿!それで自らが死んでしまっては何にもならぬではないか!」

「ああ、これ?こんな怪我、神水を飲めば直ぐだよ」

 

それに気づいたハジメがそう言いながらヴァーダを取り出し、それから出した神水を一飲みすればたちまち彼の身体に出来た傷は癒えた。

だが実の所、ハジメのあっけらかんとした様子とは裏腹に、シア達の言う通り彼の命は危うかった。

今でこそ幸利からの干渉も無いので落ち着いてはいるものの、先程まで彼の魔力は暴走状態に陥っていてハジメの身を蝕んでいた、もしあと数秒、幸利が正気に戻るのが遅かったら、漆黒の靄が止まるのが遅かったら…

其処に感づいていたから、自分にとって何よりも大切な存在がいなくなってしまうかもしれないと思ったから、ユエ達が今にも泣きそうな表情をしていたのだ。

ハジメもそれに気づかない程鈍感じゃない、ユエ達を前に「どうしたものか」と対応に悩んではいたがその顔にやってしまったといった後悔する様子はない、親友の幸利を救い出せた事はそれ程大きいのだ。

何はともあれウィルも幸利も保護し、後は帰るだけと考えていたハジメだが、事態はこれで終わらなかった。

 

『南雲、至急戻って来てくれ!とある場所に魔物の大軍が集結、ウルの町に向かって進軍しているのを発見した!その数、ざっと十数万!種類も100は下らない!』

「何だって!?分かった、至急帰還する!捜索対象であるウィルも、トシも見つかったんだし、もう此処に留まる理由は無いからね!」

 

ストリボーグにいる淳史から緊急の連絡が入った、何と十数万という規模の、多種多様な種族で構成された魔物の大軍がウルの町へと進軍しているという、驚きの報告だった。

1種族ならまだしも、百以上もの種族が手を組んで軍隊を形成し、共通の目標地点に向けて進軍しているなど本来ならあり得ない話である、だがそんな不可能を可能に出来る存在がこの世界にはいる、魔物達を使役しているらしい魔人族や、魔力への干渉によって魔物を洗脳出来る闇術師の天職持ちだ。

然し復讐心に囚われていた先程までならまだしも、現在は正気に戻った幸利がそんな事をし続けるとは思えない、となれば魔人族がいよいよ人間族のテリトリーへの侵略を本格化させたのだろう。

それに気づいたハジメは、依頼における最重要捜索対象であるウィルも、愛子達が探していた幸利も発見し、保護したのもあって既に用が無くなった山脈地帯から早急に帰還する事を決定、別行動を取っていた雫達にもその事を伝えてストリボーグへと帰還した。

尚、ウィルにとって仲間を殺された敵と言っても過言じゃない幸利が此処にいる理由については「漆黒の魔物に襲われていた所を助けた」と、思いっきり事実を捻じ曲げた形で伝えた。

あっさりその話を信じたウィルの姿を目の当たりにし、良心の呵責に少なからず苛まれたハジメだったが、もし事実を知った彼が復讐を成そうものなら今度は自分が彼を殺しかねないので心を鬼にした。

 

------------

 

山脈地帯の上空で待機していたストリボーグに帰還し、ウルの町へ全速力で戻るその道中にハジメ達は、幸利がこの三ヶ月近く何処で何をしていたのかを聞いた。

要約するとこうだ。

ハジメ達がオルクス大迷宮の奈落に転落した少し前、ハジメの足元で炎が吹き上がった時、ざまぁと言いたげな笑みを浮かべていた檜山を見て彼の犯行だと確信、ホルアドに帰還したその夜にその取り巻き共々無力化して拘束、近くの草原に居たダチョウモドキを洗脳し、それを足として王都へと帰還、独自のルートでリリアーナの部屋へと直行した。

突然入って来た幸利に驚くリリアーナに対し、ハジメ達が大迷宮の奈落に転落した事、その原因と言える檜山の犯行等、事のあらましを説明し、ほとぼりが冷めるまで檜山達を秘密裏に拘禁する様頼んだ。

因みにそのほとぼりが冷めるタイミングは幸利曰く「あのバカタレ(天之河)の化けの皮が剥がれるその時」と指定、天之河の本性が明るみに出て信用を失うその時まで絶対に檜山達を解放してはならないと厳命、王都での訓練中にハジメを襲撃した事件の犯人である檜山達が天之河の横槍で(一応)無罪となってしまった事を知っているリリアーナもそれを快諾した。

こうして奈落へと落ちたハジメ達の無念を晴らしたかの様に思われたが、幸利の心が晴れる事は決して無く、寧ろ檜山達を断罪してもハジメ達は戻ってこないのだという現実を目の当たりにし、絶望に打ちひしがれてしまった。

そして、こんな思いを抱いた。

 

これも全てハジメを、俺達をこの世界に引っ張り込んだエヒトの、エヒトを信仰するこの世界の人間共の所為だ、アイツらさえいなければハジメが死ぬ事は無かったんだ、と。

 

エヒトへの、エヒトを信仰する聖教への、聖教を信ずる者ばかりな人間族への復讐心に囚われた幸利は、その復讐を果たす程の力を得る為に、様々な事に取り組んだ。

その一環として奈落に落ちた後のハジメ達みたいに魔物の肉を食してその力を得ようとし、その際に起こる変質した魔力の干渉を自らの得意分野である闇魔法で無理矢理コントロールした事もある。

そして幸利が『月光蝶』と名付け、魔力に干渉する闇魔法の真髄と称した、あの黒い靄を噴出する魔法を習得、その力で視界に捉えた人間達を皆殺しにしたのだと言う。

 

「皆をほったらかしにしていた事、無意識とはいえハジメを殺しかけた事、そしてこの世界の人間だからという、ただそれだけの理由で罪も無い人達を殺し回った事…

俺は、俺は取り返しのつかない事をしちまった。謝って許される事じゃ無いのは分かっている。一生を費やしても償い切れない事も分かっている。だけど、一先ずお前達に言わせて欲しい。

 

本当に済まなかった!」

 

全てを話し終え、土下座で謝罪する幸利、そんな彼を前にして、淳史達は何も言う事が出来なかった。

確かに幸利が仕出かした事は罪深い事だ、どんな理由であれ決して許される物では無い。

然しもし自分達が幸利の立場だったら、大の親友が理不尽な理由で殺されたりしたらどうだろうか。

憧れを抱いていたハジメが『死んだ』事で戦う事の恐ろしさに囚われ、愛子の護衛になるという逃げ道に走った自分達だ、そんな事態に直面したら幸利と同じ選択をするに違いない、そんな複雑な思いを抱いた彼らは、幸利を責める事も、慰める事も出来なかったのだ。

此処で声を掛けられるとしたら、幸利の大の親友であるハジメしかいない。

 

「ほら、立って。そんな泣きそうな顔しないの。さ、ブリーフィングを始めるよ。トシも来てよ」

「ゑ?」

 

そのハジメは、この件に関する蟠りなど一切ないと言いたげな態度で、幸利の謝罪を受け入れた。

 

「い、良いのか?俺を、お前を殺そうとした俺を、許すと言うのか?」

「許すも何も、謝るのはこっちの方だよ。もしホルアドでの忠告をちゃんと聞いて、少しでも檜山達に対する警戒を強めていればこうならなかったかも知れなかったんだからさ。本当にゴメンね、トシ」

「は、ハジメ、ハジメぇ…!」

 

その訳を聞いた幸利の涙腺は遂に決壊、滂沱の涙を流し、ハジメの肩に顔を埋めた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

41話_大人の階段(意味深)

今話で遂にハジメは…
※下ネタ注意です


北の山脈地帯から僅か十数分でウルの町へと帰って来たハジメ達、それを成し遂げたストリボーグのスピードに終始戸惑いながらも、到着するや否やこの非常事態を直ぐ知らせなければと言わんばかりに町役場へと急いだウィルと、同じく直行した愛子を追ってハジメ達も役場へと向かった。

その途上ハジメに突っかかって来た神殿騎士達を軽くあしらいながら役場へと辿り着いた時、其処はまさかの情報に騒然となっており、ギルド支部長やウルの町の幹部、教会の司祭といった権力者達が情報を齎した愛子達に詰め寄っていた。

それも仕方の無い事だろう、魔人族との戦いからは地理的な意味で無縁だった筈のこの町がまさか魔物の大軍による侵略を受けるという絶望的な状況なんて夢にも思わないだろうから、尚普通なら戯言と切って捨てるだろうが、人間族のテリトリーにおいて『神の使徒』とも『豊穣の女神』とも称される愛子の言葉なのでそれを無視出来なかったのだ。

然しながら、此処にはそんな絶望を希望に変える存在が居た。

 

「ですが、此処にはそれに対処出来る方々がおります!彼らがそうです!」

 

詰め寄って来る権力者を制すかの様に宣言するウィル、彼が振り向いた先には、今しがたやって来たハジメ達の姿があった。

 

ウルの町へ到着する直前までストリボーグ艦橋の指令室にて行われたブリーフィング、其処でウルの町へ侵略するであろう魔物の大軍に対してどの様な対応をとるかが決められた。

要約するとこうだ。

まずウルの町に到着次第、貴族であるウィル及び『豊穣の女神』と慕われている愛子を通じて魔物の大軍が進軍している事、それに自分達が対処にあたる事、魔物の大軍は自分達で迎撃するから誰一人町の外に出ない様町民に連絡する事を町の権力者に伝える。

次に、翌日の午後ぐらいに町へと辿り着くであろう魔物の大軍への対処だが、其処に『豊穣の女神が遣わした巨神兵』との触れ込みでヴァスターガンダムを搭乗パイロットが決まっている機体全部、『豊穣の女神が現世へ舞い降りる際に乗り込んだ船』との触れ込みでストリボーグを前線に投入、殊にヴァスターガンダムは実戦テストも兼ねてマルチプルカノンを装着した状態で投入するフル装備振りだ。

幾ら十数万という大軍とは言えど相手は山脈地帯の魔物、オルクス大迷宮の最深部に住まう魔物ですら圧倒したハジメ達にとって敵では無く、エヒトルジュエ討伐目的であるマルチプルカノンを使用する事は勿論、ありったけのヴァスターガンダムを実戦投入する事自体も過剰戦力では無いかと言われそうではあるが、戦争において絶対は無い、特に今回はウルの町という何としても守るべき場所があるのだから一切の撃ち漏らしは許されないのだ。

これも、恋人である愛子に笑顔でいて欲しいが故に、日本に匹敵する食文化が育まれているウルの町のミームを根絶やしにしたくないが故に、嘗て愛子と交わした『大切な人以外を蔑ろにする『寂しい』生き方をしない』という約束を守りたいが故に、ハジメ自身の『敵以外に向けられた』優しい性根故に。

尤もそれらだけがウルの町を侵略しようとする魔物の大軍を迎撃する事を、その為にマルチプルカノンを装着したヴァスターガンダム及びストリボーグを『豊穣の女神』にまつわる物との触れ込みで投入する事を決断した理由じゃない、今後の旅を進めやすくする布石を打つ為でもある。

以前にも書いてはあるが、捜索に同行しようとした愛子にヴァスターガンダム・マイ及びその関連武装を渡し、それを装着した上での同行を許可したハジメ、この戦いでヴァスターガンダムの圧倒的な力を見せつければ「愛子もコイツを持っている、こっちだけ見ていたら寝首を掻っ切られるぞゴルァ」という威嚇にもなりうる。

更にヴァスターガンダム及びストリボーグを『豊穣の女神』にまつわる物と触れ込む事で、ウルの町の危機を愛子『様』が救ったと人々が噂を広め、彼女への支持が大いに広がる事で、人間族のテリトリーにおける影響力を強められる、そうなれば国や教会は愛子を、彼女の恋人であるハジメやその仲間を易々と害する事は出来なくなるだろう。

流石に愛子を囮にするのはちょっと…とハジメは思ったが、これからエヒトルジュエ討伐というこの世界を転覆させかねない大事を成そうとするハジメ達にとってアキレス腱と成り得るのが愛子だ、ヴァスターガンダムという天下無双の剣と『豊穣の女神』という万民を感服させるペンを持たせておくに越した事は無いのだ。

 

以上の理由から、魔物の大軍からウルの町を守る事を決めたハジメ達は、権力者達との交渉の末、自分達が前線に出て対処する事、魔物達を撃退するまで町内にいる人々や町を訪れた人たちを外に出さない事、愛子に何かあったら持てる限りの力で彼女を支える事を伝え、権力者達も普段からお世話になっている愛子の為ならばと快諾してくれた。

その際、ウルの町のギルド支部長がイルワと共に、ハジメ達が金ランクへ昇格する際の推薦人になる事を申し出、ハジメ達も折角ならと応じたのは余談である。

 

------------

 

こうして魔物の大軍との戦闘、及びその後の旅に向けての根回しを終えたハジメだったが、

 

「…あのー、三人共、さぁ」

「「「…」」」

 

ハジメが解決すべき懸案はまだ残っていた。

困惑と照れと愛おしさを含んだ複雑な表情を浮かべるハジメ、その右腕にはユエが、左腕にはシアが、そして背中にはティオが、しっかりと抱き着いて離れようとしなかった。

 

「…ハジメが、いなくなっちゃうと思ったんだから」

「…ユエさんの言う通りです、ハジメさん。ハジメさんがいなくなったら、私は、私は…!」

「…ハジメ殿にとって幸利殿は、あの場で命を賭してでも救わねばならぬ程の御方なのかも知れぬ。じゃが妾達にはハジメ殿、お主がそうなのじゃ。お主がのうなってしもうたら、我らは悲しいのじゃ…!」

 

やはりと言うべきか、ユエ達の目の前でハジメが幸利の月光蝶をまともに受けて身体がズタボロになり、あと少しで跡形も無くなってしまう所まで追い込まれていたのを、其処までして幸利を救け出そうとした事を引きずっていた様だ、その不安からか、権力者との話し合いが終わって役場を後にしてからハジメに密着し、そのままの状態が続いていた。

尚、香織と雫、優花と愛子は、ハジメにとって幸利が、自分達『恋人』や元の世界に残した両親という『家族』とはまた違う『親友』という立ち位置に唯一立つ幸利という存在がどれだけ大きいものかを理解していた為、ハジメの無茶な行動に釘を刺しながらも後々まで引きずる事は無かった。

尤もユエ達3人とは違ってズタボロになって行くハジメの姿を見ていないというのもあるだろうが…

然し、

 

「というか何でティオまでちゃっかり混ざっているのさ、僕と君、今日が初対面だよね?」

「んなっ!?お、お主、妾の、乙女の心を覗き込んで置いてそれは無いじゃろう!?」

「の、のぞっ!?」

 

ユエとシアはまだしも、何故初対面のティオまで抱き着いているのか、其処まで深い関係だったっけ?と思ったハジメが疑問をぶつけるが、返って来た答えは彼にとって思いがけない物だった。

ティオの心を覗き込んだ?一体いつの事?いやそもそもそんな技能は無かった筈…と慌てふためくハジメだったがふと昨晩、初めてティオの声を聞いたあの出来事を思い出した。

 

「もしかして、あの時の事…?」

「左様、妾の心に『直に』響いたハジメ殿の声を聞いた時、妾は運命を感じたのじゃ!ハジメ殿こそ妾と心を通わせ合う、側に寄りそうに相応しき御方であると!そしてその想いはハジメ殿を実際に見聞きして確信したのじゃ!英雄色を好むと言う、既に6人の想い人がいようと妾は7人目になれば良いだけ、この想いは一片たりとも揺らがぬ!」

「な、なんでやねん…」

 

まさかあの時の返事を言っているのかと聞いてみると案の定、その時の出来事が切っ掛けでティオはハジメに恋心を抱き、山脈地帯で行動を共にした事でそれは決定的な物となったのだった。

実態は革新者(イノベイター)の技能を有している事を知らず、光を用いて救援を呼び掛けた際に駄々洩れになっていた脳量子が乗ってしまったのをハジメが受信しただけなのだが…

然しながら、理由がどうあれ彼女の想いを聞き取ったのも、彼女の脳に直接声が届く方法で返信したのも事実、それに言葉を交わさずとも心を通わせ合えるティオには側に居て欲しいという想いが…と言った感じで指摘する事など出来ないハジメは何時もの関西弁を口にしながら唖然とするだけだった。

それはさておき、結果的には何の問題も無く幸利を救け出したが、一歩間違えれば自分が死ぬかも知れない所を見せてしまった事で不安にさせたのも事実、どうにかそれを埋め合わせしないとな、と思ったハジメ。

 

「よし。ヤる?」

「「ヤる」」

「「ヤるわ」」

「ヤるですぅ」

「ヤるのじゃ」

「わ、私もヤります!」

 

…その埋め合わせの方法として提案したのがR-15なこの小説ではとても書けない物であり、しかもまるでちょっとした買い物に付き合う的なノリでそれと仄めかす感じで口にしていたが。

しかもユエ達3人に加えて香織達4人もそれを察しての返答が、ハジメと同じノリだった。

ムードも何もあった物じゃあない。

 

------------

 

「…なぁ、ハジメ?」

「ん?どうかした、トシ?」

 

翌朝の水妖精の宿、そのハジメが宿泊している一室に幸利が彼を起こそうと呼び掛けると、肌がやけにツヤツヤしていたハジメと、同じく肌がやけにツヤツヤしていて、足が生まれたての小鹿みたいになっていたのでハジメの肩を借りて立っている優花がドアから出て来た。

それと同時に漏れ出して来る所謂『イカ臭い』匂いを感じ取った幸利は、何となく中で何が、いや『ナニ』が行われていたかを察知、その上でハジメに尋ねた。

 

「…何発ヤったんだ?」

「20発から先は分からないや」

「アタシ以外みんなハジメのマルチプルカノンで呆気なく撃沈しちゃってね、アタシもついさっきまで抜かずに連発でヤったから足に力が入らなくて…」

「いや徹夜で何やってんだお前らぁぁぁぁ!?今日この後魔物の大軍を迎撃するの分かってんの!?」

「はっはっは、やっちゃったZE☆」

「いや、やっちゃったZE☆じゃないだろ!?本当にこの状態で戦えるのかよ!?」

「まあ大丈夫でしょ、生身で戦う訳じゃないんだし」

 

この一件が何処かにリークされたのか、ハジメは後に『下半神』という何ともアレな異名を轟かせる事になるのだが、それはまた別の話。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

42話_ヴァスターガンダム大地に立つ

序盤は下ネタ注意ですw


ハジメとその恋人達8人が徹夜で(ピー)していた事で全員が寝不足&ハジメ以外は足が生まれたての小鹿の様になってしまったので移動の為だけにISを展開せざるを得ないという状態、当然の如く起こしに行った幸利に続き、ロビーで待っていた淳史達から総ツッコミを受けたり、男性陣から「羨ましいぞコノヤロォォォォ!」と言いたげな視線を浴びたり、妙子と奈々から香織達7人のウォール・マリア、ウォール・ローゼを貫いた挙句ウォール・シーナにも猛攻を加えた末に陥落させ(骨抜きにし)たというハジメのマルチプルカノンが如何程の物か聞かれたりと大騒ぎだったが、戦闘の面で問題は無いと豪語したハジメに抜かりは無かった。

ヴァスターガンダムは搭乗者の魔力を燃料とし、ISを介した魔力の制御によって多種多様な動作を実現する、逆に言えば魔力制御さえ出来てしまえば動作に何の支障も無いということ、コクピットへの搭乗も基本的にISで行うので、ハジメと幸利は勿論、ハジメとの(ピー)で足腰が立たない状態の香織達も己の専用機に問題なく乗り込んでいた。

 

(思えば、俺はずっとハジメに助けられっ放しだったな。引き籠っていた俺を少しずつ外へと連れて行ってくれて、勉強とかもしっかり面倒見てくれた。俺を虐めていた連中もハジメの姿を見て恐れをなしたのかそれっきり近寄らなくなって、学校にも行けるようになった。父さんとも母さんとも、仲直り出来た。まあクソ兄達はハジメが恐ろしいのか捨て台詞吐きながら逃げる様に家を出て行ったけどな。そんなハジメに対してあの時の俺は、ただハジメという虎の威を借りて、ふんぞり返っていた狐だった。ハジメの「虎の威を借る狐で良いんだよ、一歩外に踏み出す切っ掛けになるのなら」という言葉に甘えて、虚勢を張っていた。あの時愛ちゃんがハジメを気にかけてくれなかったら、ハジメが色んな意味で引き籠る事になっていたかも知れない、俺がそれに気づいていた時には手遅れになっていたかも知れない。昨日の事もそうだ、復讐にはやる余り目前のハジメに気付かなくて、あと少しで殺す所だった。それでもハジメは笑って許してくれた。謝ったって許される事じゃ無い、一生かけても償え切れない事かも知れない。それでも俺はハジメと共に戦う。ハジメ達と、同じ道を歩む!)

 

自らの専用機としてハジメから貰ったヴァスターガンダム12号機『ディカブリ*1』、紫色の光を放つMSのコクピット内で幸利は、出撃の報を今か今かと待ちながら、今まで自分が歩んできた人生を振り返っていた。

同じゲームに嵌っていたのを切っ掛けに知り合い、偶々同じ中学の同級生だと判明した事で何かと気に掛けてくれたハジメ、そんな彼の気遣いによって立ち直った幸利だったが、この時のハジメは丁度『あの事件』が切っ掛けとなり、今まで文武両道の優等生だ稀代のエリートだとちやほやされていたのが嘘の様に避けられていた頃、入れ替わる様に知り合った幸利や香織達と親密な間柄になったのもあってか表向きは平然としていたが、今まで向けられた事の無かった恐怖や敵意と言った嫌悪感の込められた視線によって内心傷つき、何時しか両親、恋人である香織達、親友である幸利といった大切な人とそれ以外を区別し、大切じゃない人の気持ちを、例えば助けられたお礼がしたいといった『善意』を蔑ろにして来た。

そんなハジメが立ち直る切っ掛けとなったのは、当時南陽高校の社会科教師として赴任して来たばかりであった愛子の存在だった。

 

「南雲君、困っている人を見かけたら放って置けずについ手を差し伸べてしまう筈の君がそんな風になるには、きっと想像を絶する経験をして来たのだと思います。其処では他人の善意など無いに等しかったのだと、差し伸べられた手は悪意に塗れていたなんて事ばかりだったのだと思います。君が一番苦しい時を想像する事しか出来ない先生の言葉など、南雲君には軽いかも知れません。でも、どうか聞いて下さい」

 

ある日、何時もの如く人助けをし、お礼の言葉を聞く事無く去ったハジメの姿を目の当たりにした愛子がその翌日に彼を呼び出し、話を持ち掛けた。

 

「南雲君。君は将来、自衛官となって大切な人達がいるこの国を守りたいと言いましたよね?では南雲君、君は自衛隊に入隊しても今と同じ様に大切な人達以外の一切を蔑ろにして生きますか?そんな生き方が自衛隊という『組織』の中で出来ますか?自衛隊に入った途端、生き方を変えられますか?」

 

面倒臭そうにしながらも流石に此処で帰ったら指導拒否になるよねと一先ず話を聞く事にしたハジメに、愛子は一つ一つ確かめる様に言葉を紡いだ。

 

「南雲君、君には君の価値観があり、君の未来への選択は常に君自身に委ねられています。それに、先生が口を出して強制する様な事は出来ませんし、しません。ですが、君がどの様な未来を選ぶにしろ、大切な人以外の一切を蔑ろにし、目を背けるその生き方は…

とても『寂しい事』だと、先生は思うのです。きっとその生き方は、君にも君の大切な人にも幸せを齎さない。自衛官として大切な人を守るだけじゃ無く、幸せにする事を望むのならば、出来る範囲で良いから…

大切な人以外にも目を向ける事を、大切じゃない人の気持ちにも寄り添う事を、忘れないで下さい。一方的に助けるだけが優しさでは無いのは南雲君自身が気付いているでしょう、元々君が持っていた独りよがりじゃない優しさを…捨てないで下さい」

 

そう紡がれた愛子の言葉、その1つ1つがハジメの荒んだ心に染み渡り、傷を癒していった。

そして思い至った、元はと言えば恋人である香織達も、親友である幸利も、元は愛子の言う『大切じゃない人』ではないか、其処から親交を深めていった事で今の関係になったではないか、そんな簡単な事を何故忘れていたのか、と。

こうして、愛子の言う『独りよがりじゃない優しさ』を取り戻して振る舞いを改めたハジメ、相変わらず学校関係者の殆どから悪意を向けられてはいるが、その中でも淳史達の様な自分に憧れを抱く存在が、少ないながらも出て来たのは元の自分を取り戻したが故だろう。

一方の幸利はこの間、ハジメの異変に気付く事すら出来ず、後でその事を知って衝撃を受け、友である自分は何をやっていたのかと後悔、本当の意味で彼の友になろうと決意を固めた。

その後の幸利の行動がハジメの親友たりえる物かどうかは当事者のみぞ知るだが、トータスという異世界に無理矢理呼び出された後、彼は再び大きな過ちを犯してしまう。

オルクス大迷宮の奈落にハジメ達が転落、その光景を目の当たりにしてハジメ達が死んでしまったと思い込んだ、これは他のクラスメートもそう思ったのだから問題はない。

その下手人に等しい檜山及びその取り巻きに憎悪を抱き、彼らを無力化した上で捕縛し、王都にいるリリアーナのもとへ行き、ハジメ達が転落した事を告げると共に檜山達を突き出し、秘密裏に拘禁する様依頼した、これも檜山達が起こして来た問題を鑑みれば寧ろ友の、皆の為と言って良いだろう。

その後行方をくらまし、更なる力を得るべく魔物の肉を食したり闇魔法の真髄と称す『月光蝶』を習得したりした、これはハジメ達も通った道だ。

問題はその後だ、力を得る切っ掛けとなった、自分達をトータスへと無理矢理呼び出したエヒトルジュエへの憎悪を拡大解釈し、エヒトルジュエ及びそれを信仰する聖教教会に留まらず、信仰心の大小こそあれ皆が信者な人間族全体や、無理矢理呼び出される切っ掛けとなった魔人族全体に復讐の対象を広げ、月光蝶の力を駆使して視界に捉えた人間族を皆殺しにした事。

そして、親友であるハジメが目前にいても復讐心に囚われる余り気付かず、あと一歩で殺す所まで追い込んだ事。

前者は言うまでも無く、後者については被害者であるハジメは笑って許していたが、許されない事を仕出かしたのは幸利自身が分かっていた。

今ハジメ達のもとに戻り、彼らと元の世界に戻るべく一緒に戦うとしても償いきれる物では無いのも承知していた。

そもそも前者を、被害者の1人であるウィルに隠している時点で償いになっていないのも理解していた。

それでも彼はハジメ達と共に戦う、こんな自分を受け入れてくれた親友達の為に。

 

「清水幸利、ディカブリ。出るッ!」

 

魔人族が率いているであろう魔物の大軍、その前線がウルの町からでも見える所まで来たのを確認した幸利は、ストリボーグからのゴーサインを受けて出撃、大地に降り立った。

 

「南雲ハジメ、アヴグスト。発進!」

「白崎香織、アクチャブリ。行くよ!」

「八重樫雫、ナヤブリ。出るわ!」

「園部優花、フィブラリ。発進するわよ!」

「畑山愛子、マイ。出ます!」

「…ユエ、イユニ。出撃」

「シア・ハウリア、シンチャブリ。行くですぅ!」

「ティオ・クラルス、アプリエル。参る!」

 

幸利のディカブリに続いて、ハジメ達のMSも一斉に降り立った。

ハジメは言うまでも無くアヴグスト、愛子は先日渡された、山吹色の光を放つマイ、香織は青き光を放つ10号機『アクチャブリ*2』、雫は藍色の光を放つ11号機『ナヤブリ*3』、優花は赤き光を放つ2号機『フィブラリ*4』、ユエは黄色の光を放つ6号機『イユニ*5』、シアは水色の光を放つ9号機『シンチャブリ*6』、そしてティオはオレンジ色の光を放つ4号機『アプリエル*7』。

実を言うとティオは亜人族の一種で、五百年位前に聖教教会から異端の烙印を押された末に滅亡したとされる竜人族、自らの肉体を竜へと変身させる『竜化』という力を持つ等の強大な戦闘能力と、亜人族は持たないと言われている筈の魔力を多量に有した竜人の一族『クラルス族』の生まれである事、この地へは元々ハジメ達異世界からの来訪者達を調査する為にクラルス族の隠れ里から来た事が、昨晩の(ピー)の前に本人から告げられ、ティオがハジメに好意を抱いていた事、ハジメもまたティオに惹かれていた一方でその高い戦闘能力に目を付けた事から幸利と同じくガンダムパイロットとして旅の一行に加わり、アプリエル及び関連武装をプレゼントされたのだ。

閑話休題、魔物の大軍からウルの町を守るべく大地に降り立った9機のヴァスターガンダムと、その後方に浮かぶストリボーグ、各々が武装を構えながら、攻撃の時を待つ…!

*1
ロシア語で12月

*2
ロシア語で10月

*3
ロシア語で11月

*4
ロシア語で2月

*5
ロシア語で6月

*6
ロシア語で9月

*7
ロシア語で4月



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

43話_魔物の大軍との戦い、そして…

北には山脈地帯、西にはウルディア湖という大きな湖が広がる事から食材や水等の資源が豊富な此処ウルの町、その北側の平原には今、9機ものヴァスターガンダムと、それらの母艦であるストリボーグが、北より大量の魔物を率いて襲撃して来るであろう魔人族への迎撃に対処すべく配備されている。

事前交渉で町民や町を訪れていた商人等は外に出るなと厳命する様にというウルの町の権力者達への要求が受け入れられたのもあってか、自分達以外に誰の姿も見当たらないこの平原で、襲撃を企てる魔人族、及び彼らが率いる魔物の大軍を今か今かと待ち構えていた。

その町民達、まさか魔人族との戦いの前線から遠く離れたこの町が襲撃のターゲットにされたばかりか、十数万という大量の魔物を送り込まれるとは思いも寄らなかったのか、その情報が伝えられた当初、町長を始めとした権力者達に罵詈雑言を浴びせたり、もうおしまいだと言わんばかりに泣き崩れたり、我先に逃げ出そうとしたりとパニックに陥ったが、それを『豊穣の女神』として名高い愛子がその場を鎮めた事で冷静さを取り戻し、権力者達からの通達と、故郷への想いから留まり、愛子達の為に自分達も何かせねばとやる気に満ちていた。

異世界に来ても教師として、人として皆を纏め上げ、正しき道へと導かんとする愛子の姿に改めて惚れ直したハジメや、教師としての敬意を覚えた香織達生徒、そしてこれ程の人ならハジメが惚れるのも分かると認めたユエ達、だからこそ彼女と共にこの町を守り抜いて見せると一致団結、本来ならエヒトルジュエ討伐用であるヴァスターガンダムやストリボーグを、これまた対エヒトルジュエ兵器であるマルチプルカノンを惜しみなく投入した。

尤もヴァスターガンダムに搭乗しての実戦はハジメ以外初めて、幸利とティオ、愛子に至っては試運転すら未経験であり、マルチプルカノンもその強力過ぎる威力からテストに最適な場所が見つからない為にテストを行っておらず、ぶっつけ本番での運用の為、不具合があったら困ると言う理由もあるが…

そんな彼ら、ヴァスターガンダム内にいるハジメ達に、ストリボーグから連絡が入った。

 

『前方より魔物の軍勢を確認、その距離十数キロ、到着まで一時間の予定!』

「了解!マルチプルカノン、魔力充填開始!」

 

魔物の軍勢が視認できる程の距離まで近づいて来たとの連絡、それを受けてハジメは、アヴグストの両腕に取り付けたファンネルビット型の兵器――ガンダムGのレコンギスタに登場するG系統MSの1つであるG-ルシファーのメイン武装『スカート・ファンネル』を模した、遠隔無線誘導式マルチプルカノン『ビットブラスター』に己の魔力を充填した。

因みにビットブラスターは本来、アヴグストの両腰に装着する物なのだが、ヴァスターガンダムは全て頭部のカメラアイによって視覚情報を得ている為、狙いをつけるべくカメラアイに近付ける為、態々両腕に移動させたのだ。

その横では、仮に第一射が不発だったり思った様な威力が出なかったりした時の為に他のヴァスターガンダムも各々のマルチプルカノンに魔力を充填しようとしていたが、

 

「マルチプルカノン、発射ァ!」

 

その必要は無かった。

ビットブラスター中央部に設けられたマルチプルカノン、その508mm口径の砲口から強大なエネルギーを有した極太のビームが放出、ほんの数瞬の内に魔物の大軍を貫き、射線上に居た魔物全てを跡形も無く消し飛ばしたのだから。

だがマルチプルカノンによるビーム砲撃はこれで終わらない。

射線上に居なかった魔物達をも殲滅すべくアヴグストが両腕を外側に広げる、それと共にマルチプルカノンから放出されているビームも鞭の如くしなって外側へと広がり、数多の魔物を薙ぎ払った。

 

「皆、追撃行くよ!1匹も逃がしちゃ駄目だよ!」

「分かっているわ、香織!」

「撃ち漏らしてウルの町を荒らされちゃあ堪らないものね!」

「ん!」

「MSの操縦は初めてじゃが、後れは取らぬ!」

「滅殺!ですぅ!」

「し、シアさん!?何処かのブーステッドマンの亡霊が乗り移っちゃってますよ!?」

「俺の月光蝶から逃げられると思うなよ!」

 

今の砲撃によってほぼ全てと言って良い位の魔物が塵と消えた平原、然しながら只ならぬ状況を察知してビームの魔の手から逃れたものもいるだろう、それを見越して、マルチプルカノンへの魔力充填を中断した香織達が各々のヴァスターガンダムを発進、ビームを避けたであろう魔物の殲滅及び、この大軍を指揮している魔人族の無力化に向かう。

 

「バーニング・ファイア!」

 

優花が搭乗するフィブラリが、SDガンダムGジェネレーションシリーズに登場するフェニックスガンダムの必殺技みたく全身を業火で纏い、視界に捉えた魔物に突進してそれを消し炭に変えたかと思えば、

 

「抹殺!ですぅ!」

 

先程愛子からツッコまれたのも意に介さず、機動戦士ガンダムSEEDに登場したブーステッドマンの1人であるクロト・ブエルの様に物騒な二文字熟語を言い放ったシアが搭乗するシンチャブリが、右手に装備した物凄くデカいメイス――内部に機関部を2門分内蔵し、打撃部を砲身に変形させる事でマルチプルカノンとして使用出来る様になる打撃武器兼用マルチプルカノン『メイスブラスター』を軽々と振り回して魔物を物言わぬ肉塊に変え、

 

「狙い撃つ!」

「喰らいなさい!」

 

ユエが搭乗するイユニは左腕に装備された盾に2門分内蔵*1された、雫が搭乗するナヤブリは両腕の二の腕部*2に装備された、機関部だけのマルチプルカノンからエネルギー弾を発射、数メートルサイズのクレーターを作る程の砲弾で魔物達を消し飛ばし、

 

「行くよ!トランザム!」

 

香織が搭乗するアクチャブリは、宣言と共に内部装甲から発するだけだった青い光を全身から放出し、他のヴァスターガンダムとは比べ物にならない速度で魔物をバッタバッタと叩き潰し、

 

「ま、待って下さーい!」

「やはり後で訓練が必要じゃのう、これは」

 

ぶっつけ本番での操縦だった為に他のMSから遅れた、愛子が搭乗するマイとティオが搭乗するアプリエルも続く。

そして、

 

「数多の身に宿りし魔力(マナ)よ、我が呼びかけに応じ、我の号令(オーダー)に従え!我こそは全ての魔力を統べし者なり!これが!『月光蝶』であぁぁぁぁる!」

「「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」

 

愛子やティオ同様にぶっつけ本番での操縦にも関わらず、ハジメ達と比べても桁違いな魔力に物言わせての推進力で香織達について来ていた幸利が搭乗するディカブリが、全身から紫を基調とした極彩色の魔力を噴出、それが魔物の大軍を従えていたであろう2人の男性らしき魔人族に殺到すると、2人揃って苦悶の声を上げ、その身は魔力と同じ色のステンドガラスみたいな繭に包まれ、声を発する事は無くなった。

 

「ストリボーグ、平原の魔物及び魔人族の反応は?」

『反応なしだ。流石だな南雲、何の被害も無く防衛に成功って事だ』

「了解、これより帰還する」

 

視界に捉えられる限りの魔物を殺し、頭目である魔人族を無力化したのを受け、ストリボーグに連絡を取るハジメ、返って来たのは襲撃して来た魔人族側の全滅、ウルの町の防衛が成功したという報だった。

それを受け帰還する事を伝え、香織達と共にウルの町へと戻るハジメ、口調こそ事務的だったが、内心はウルの町を守れた事、マルチプルカノンが己の思い通りのスペックを発揮できた事に安堵していた。

 

------------

 

「ハジメ君。玉井君達の事、宜しくお願いします」

「うん。任せてよ、愛子。玉井達は絶対に守り抜く。愛子も、ケガとか病気とか、後は教会からの干渉とかに気を付けてね」

 

その後、ウルの町に戻った一行は魔物の大軍を殲滅した事を報告、町が守られた事に対する住民たちの喝采を背に権力者達と事後処理を済ませた為、元々此処へ来る目的の1つだった捜索依頼の対象であるウィルを連れてフューレンへ向かう事となり、農地開拓の任務が残っている愛子とは此処でお別れとなった。

その去り際、ストリボーグのクルーとなった事で護衛から外れた淳史達の事を託すとハジメに頭を下げた愛子、ハジメもまた愛子に自愛する様伝え、

 

「愛子。これからまた暫く離れ離れになるけど、僕は君の事を、君という理想の教師たらんとする人が、導ける限りの人達を教え導かんとする僕の大好きな人がいてくれたから、僕は再び人の『善意』を信じられる様になった事を、一時も忘れない」

「は、はい!私も、ハジメ君の事を一時も忘れません!優しくて勇敢で、何事も一生懸命に取り組む私の大好きな人の事を!」

 

改めて互いの愛を誓い合った。

*1
砲身は、右腕に装備された槍の刺突部が、盾と接続する際に変形する

*2
砲身は前腕に装備されており、全力を発揮するには腕を伸ばして砲身を機関部に取り付ける




短かったですが、これで3章は終了、次回から4章に入ります。
そして次章を切っ掛けに、物語は原作から大きく乖離して行きます…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4章『オルクス大迷宮再び、そして…』
44話_フューレン再び


「ウィル!無事かい!?ケガは無いかい!?」

 

ウルの町を出発してから一時間と経たずにフューレンに到着した一行がそのまま冒険者ギルドの応接室に通されてから数分後、ギルドの大幹部となるに相応しい落ち着いた何時もの雰囲気など何処へ行ったのかと言わんばかりの様子でイルワが駆け込んで来た。

その様子からして余程ウィルが心配だったのだろう、そういえばフューレンの入場検査場に長蛇の列が出来ていたにも関わらず、ストリボーグの姿を見た検査官達が何事かを話し合った末、順番待ちの為に降りて来た自分達に駆け寄ってイルワが呼んでいるから直ぐに来て欲しいと言っていたなぁと一行は此処に来る迄の経緯を思い出し、イルワとウィルがどれだけ親密な仲なのかを再確認した。

 

「イルワさん…

すみません。私が無理を言ったせいで、色々迷惑を…」

「何を言うんだ、私の方こそ、危険な依頼を紹介してしまった、本当によく無事で…

ウィルに何かあったらグレイルやサリアに合わせる顔がなくなる所だよ。二人も随分心配していた。早く顔を見せて安心させてあげると良い。君の無事は既に連絡してある。数日前からフューレンに来ているんだ」

「父上とママが…

分かりました。直ぐに会いに行きます」

 

ウィルの無事を確認して安堵したのも束の間、彼の両親が滞在している場所を伝えて会いに行って来いと促したイルワ、ウィルもそれに応じつつ、ハジメ達に改めて挨拶に行くと伝えてその場を後にした。

因みに父親でありクデタ伯爵家現当主であるグレイルの事は『父上』呼びである一方で、何故母親であるサリアの事は『ママ』呼びなのかと言うと、ぶっちゃけ言えばウィルは重度のマザコンだからだ、雫達が六合目の川の上流で遺品を回収していた時、それに混じって彼が常日頃身に着けているロケットペンダントがあったのだが、それにはサリアの絵が入っていた事からも彼のマザコン振りが伺える。

 

「ハジメ君、今回は本当にありがとう。まさか本当にウィルを生きて連れ戻してくれるとは思わなかった。感謝してもしきれないよ」

「生き残っていた事に関してはウィルの強運が大きいと思うよ。あの状況で数日も生き延びれたなんてそうそう無いよ」

「ふふ、そうかな?確かに、それもあるだろうが、十数万もの魔物の群れから守りきってくれたのは事実だろう?女神の巨人兵の皆様?」

「…ああ、そういえば以前、長距離連絡用アーティファクトについて話していたね、もしかしてそれ?」

「ああ、そうだとも。ウル支部長から事の子細は聞かせて貰ったよ。二重の意味で君達に依頼して良かったよ。まさか北の山脈地帯の異変が大惨事の予兆だったとはね」

 

ウィルが退室した後の応接室、其処でイルワは改めてハジメ達に向き直り、穏やかな表情になったかと思えば、今回の依頼でウィルを助け出した事へのお礼か、深々と頭を下げた。

 

「さて報酬についてだけど、1つ目にユエ君とシア君のステータスプレート無料発行、及び記載内容の他言無用とあったね。早速貰って行くかい?」

「ああ、お願いするよ。そうだ、ティオはどうする?」

「うむ、折角じゃ、妾の分も頼めるかの?」

「良いとも、そしたら3枚持ってこさせよう」

 

それはさておき、今回の救助は冒険者の身分で『依頼』として受けての物、当然その報酬は受け取って然るべきである、ということでその話に移り最初はステータスプレート、当初要求していたユエとシアの分に加えて、北の山脈地帯での一件から仲間に加わったティオの分も受け取れる事となった。

こうしてステータスプレートを獲得したユエ達、それに表示されたステータスは以下の通りとなった。

 

======================

ユエ 323歳 女 レベル:75

天職:神子・機兵奏者(ガンダムマイスター)

筋力:120

体力:300

耐性:60

敏捷:120

魔力:6980

魔耐:7120

技能:自動再生[+痛覚操作][+再生操作]・全属性適性・複合魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収][+身体強化]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]・血力変換[+身体強化][+魔力変換][+体力変換][+魔力強化][+血盟契約]・高速魔力回復・革新先導(イノベイド)・生成魔法・重力魔法

======================

 

======================

シア・ハウリア 16歳 女 レベル:40

天職:占術師・機兵奏者(ガンダムマイスター)

筋力:60

体力:80

耐性:60

敏捷:85

魔力:3410

魔耐:3180

技能:未来視[+自動発動][+仮定未来]・新型(ニュータイプ)[+領域覚醒(Xラウンダー)]・魔力操作[+身体強化][+部分強化][+変換効率上昇Ⅲ][+集中強化]・重力魔法

======================

 

======================

ティオ・クラルス 563歳 女 レベル:89

天職:守護者・機兵奏者(ガンダムマイスター)

筋力:770

体力:1100

耐性:1100

敏捷:580

魔力:4590

魔耐:4220

技能:竜化[+竜鱗硬化][+魔力効率上昇][+身体能力上昇][+咆哮][+風纏][+部分変換]・新型(ニュータイプ)[+革新者(イノベイダー)]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・火属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・複合魔法

======================

 

強引な方法でパワーアップしたハジメ達5人には遠く及ばないとはいえ、地球より呼び出された勇者一行でも集団で掛からないと話にならないレベルのステータスを誇る辺り充分チートである、一番レベルの低いシアですら淳史達ストリボーグクルーの倍以上であり、上回っている物といえば『素』の身体能力のみ、魔力に至ってはクルーの中で最も高い奈々ですら9倍近い差を付けられていると言えばそのチート振りが分かるだろう。

尤もチートなのはステータスだけじゃない、技能欄もかなり多い上にそのどれもが強力な物、派生技能も大量に存在するのだから、口をあんぐりと開けて言葉も出ないイルワの反応は至極当然であろう。

 

「いやはや、何かあるとは思っていたけど、これ程とは…」

 

何時までもそうしている訳には行かないと我に返り、話を再開したイルワだったが、その最初の言葉がユエ達のチート振りに対する驚きなのも当然と言えば当然だろう。

 

「私としては、約束通り可能な限り君達の後ろ盾になろうと思う。ギルド幹部としても、個人としてもね。まぁ、あれだけの力を見せたんだ。当分は、上の方も議論が紛糾して君達に下手なことはしないと思うよ。一応後ろ盾になりやすいように、君達の冒険者ランクを全員『金』にしておく、ウル支部長からも要請があったし。前にも言ったけど普通は『金』を付けるには色々面倒な手続きがいるのだけど、事後承諾でも何とかなるよ。キャサリン先生と僕、ウル支部長の推薦、それに『女神の巨人兵』という名声があるからね」

 

こうして冒険者の最高ランクである金に昇格したハジメ達、その他にもイルワの大盤振る舞いによってフューレン滞在中はギルド直営の宿のVIPルームを使わせてくれたり、イルワの家の家紋入り手紙を渡されたりした、何でも今回のお礼もあるが、それ以上にハジメ達とは友好関係を築きたいとの事、余りにもぶっちゃけ過ぎだが、あからさま過ぎるのもあってか隠しても意味無いと開き直っていた。

尚、前線に立った訳じゃないからという理由で淳史達クルーが、異変の当事者にして沢山の冒険者達を殺害したからという理由(表立って言う事は無かったが)で幸利が金ランクでの冒険者登録など個人個人に関する報酬を固辞しようとしたが、ハジメの説得に折れて受け取る事となったのは余談だ。

 

------------

 

その後、イルワが手配したVIPルームへと移動、其処でくつろいでいた所にウィルの両親であるクデタ伯爵夫妻が挨拶にやって来て、ウィルを助けてくれた礼がしたいと家への招待やら金品の支払いやらを提案して来たものの、依頼の報酬に加えて其処まで受け取るのは流石に、という良心が働いたのか固辞したハジメ達、それでも息子を助けてくれた恩を返したいと言うクデタ伯爵は、困った事があれば何時でも声を掛けて欲しい、何時でもどんな事でも力になると言い残して去って行った。

息子が息子なら親も親と言うべきか、筋道通したその気概と優しさから来るクデタ伯爵からの提案にはハジメ達も素気なく断る訳にいかず(尤もハジメは愛子からの教えもあるのだが)、去った後の彼らは何処か気疲れが見受けられた。

 

「とりあえず、今日は休もう。明日は食料品とかの買い出しに行かないといけないし。旅のメンバーが倍になった以上、其処も細心の注意を払わないとね」

「あ、あはは、お世話になります…」

 

とはいえこのままぼけっとしている訳にも行かないと切り替え、今後の予定を伝えるハジメ、その口ぶりからして、想定していなかった淳史達クルーの加入による影響も考えなきゃと示唆しているのだと気付いた奈々が苦笑いしたのは余談だ。

こうして魔物の大軍との戦いで始まった1日は終わりを告げ、其々割り当てられた部屋で夜を明かす事にした。

 

------------

おまけ

 

その夜更け、月が頂点に差し掛かる頃、まるで暗殺者だと言わんばかりの黒装束に身を包んだ2人の女性が気配を殺しながら、冒険者ギルド直営の宿、その最上階に位置するVIPルームの様子を伺っていた。

その部屋が今どうなっているかと言うと、

 

「あ、あれが噂に聞く、南雲っちのマルチプルカノン…!」

「凄く、大きいです…」

「妙子っち、その発言は色々と危ないから」

「シアちゃんとティオさんがもうふにゃふにゃになって失神している…

南雲君、恐ろしい子ッ!」

「だからその発言は色々と危ないって。それにしても皆してSUGOIDEKAI…

あの中で一番小さいユエっちにすら負ける私って一体…」

「だ、大丈夫よ奈々、ほら良く言うじゃない。『貧乳はステータスだ!希少価値だ!』って」

「それ他人に言われると凄い腹立つんだけど」

 

言うまでも無く其処はハジメ達が滞在している部屋であり、その中ではハジメが自らの恋人6人と(ピー)している真っただ中であり、覗いていたのは今朝からハジメのマルチプルカノンに興味津々だった妙子と奈々である。

因みに2人がのぞき見していた事は、ハジメは勿論、この時は意識があった香織達にもバレており(シアとティオはヤり過ぎて失神)、その後色んな意味でキツいお仕置きを執行する事になったのも言うまでもない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

45話_束の間の平穏…とは行かないんだなぁこれが

「いよいよエヒトルジュエに、聖教教会に宣戦を布告する時が来たのね」

「今日は実質、平穏に過ごせる最後の1日って事だね。悔いの無い様楽しまなきゃね」

「うん。これから嫌という程教会からの、邪神エヒトルジュエやその眷属からの魔の手は襲い掛かって来ると思う、今のうちに平穏を満喫しておかないとね」

 

一夜が明けて、何やら物騒な言葉を口にしながら今後の予定について話し合うハジメ達。

当初は此処からグリューエン大砂漠へ、その中に聳え立つ大火山の迷宮へ向かう予定だった一行だが、此処を訪れてから舞い戻って来る迄に起こった出来事によって状況が変わった。

大迷宮攻略と並行して捜索していた愛子と思いのほか早く再会、彼女の専用機であるヴァスターガンダム・マイを渡す事が出来たし、幸利とティオがガンダムパイロットとして、淳史達がストリボーグのクルーとして旅の仲間に加わった。

目的が目的であるが故に避けられない聖教教会との衝突、其処で懸念していた異端者の烙印を押されてからの物資補給や宿のアテも、冒険者ギルド・フューレン支部長であるイルワという強大な後ろ盾が、『金』ランクという冒険者としての最大の栄誉と共に齎されたし、今現在ホルアドで実戦訓練の真っただ中にいるあろうクラスメートが人質に取られかねないという危険も、生徒思いの愛子が盾になってくれるだろうから問題無い、ヴァスターガンダムの強さと『豊穣の女神』の知名度は伊達じゃない。

もう彼らに懸案は、エヒトルジュエへの宣戦布告を躊躇させる要素は何もない、ならば迷宮攻略を兼ねて邪神エヒトルジュエに、それを信仰する聖教教会に喧嘩を売りに行こうではないかとの機運が高まり、旅の方針をシフトしたのだ。

そんな彼らが次の目的地として定めたのは、

 

「よもや、大迷宮の1つが教会の総本山たる神山の中にあろうとは思いも寄らなかったのう」

「そうよね、ミレディ・ライセンから聞いた時はアタシも一瞬信じられなかったもの」

「灯台もっと暗しって事なんでしょうかね」

「…シア、それを言うなら灯台もと暗し」

 

そう、ハイリヒ王国の背後に聳え立つ聖教教会の総本山、神山である。

実を言うと解放者の1人であるラウス・バーンは嘗て、教会が誇る最強の騎士団・白光騎士団の団長を務めていたらしく、反逆者の烙印を押され人々から追い詰められた末、騎士団長だった頃の土地勘を頼りに敢えてエヒトルジュエ信仰のお膝元である神山の内部に大迷宮を構築したそうだ。

因みにその大迷宮に挑む条件の1つとして、2つ以上の大迷宮攻略の証を所持している事が求められているが、一行は既にオルクス大迷宮及びライセン大峡谷の迷宮を攻略済であるため問題は無い。

 

「「We can go now!We can go now!」」

「「「「「「ひと・りじゃ・な・い・よ・ね」」」」」」

「「We can go now!We can go now!」」

「「「「「「とび・きりの・笑・顔・で・いこう!」」」」」」

 

そんな大真面目な事を話し合っているハジメ達の背後ではアイドルが着る様なステージ衣装(原案:幸利 製作:ハジメ)を身に纏った妙子と奈々が、イルミネーションスターズの楽曲『We can go now!』を歌い、観客みたく対面する幸利達ハジメ以外の男性陣がノッているという光景が広がっていた。

そう、此れこそがハジメ達の(ピー)を覗いていた妙子と奈々へのお仕置き、アイドルを真似てのミニライブである、然も恥ずかしいという理由で拒否しようとする2人をハジメから予め話を聞いていた幸利が闇魔術で操り、噂を聞き付けた淳史達が折角の機会だからと悪ノリし、観客として加わっての開催だ。

自分達の意見など聞いていないと言わんばかりにアイドルみたいなライブを強いられる妙子と奈々、その恥ずかしさたるや2人の顔がトマトの如く真っ赤になっている事からも明らかだろう、ご丁寧に幸利がビデオカメラ(製作:ハジメ)を構えており後々までその光景が保存される事は確定的、一時の性的な好奇心によって生まれてしまった黒歴史として長きに渡ってイジられていくのは言うまでもない。

 

------------

 

「何やら皆に悪いのう、ハジメ殿と知り合って日も浅い妾がデートへ行けるとは」

「まあ良いんじゃないの、公平な勝負の結果なんだし。逆に考えるのよ、ハジメと知り合って日も浅いんだからデートを通じてもっとハジメの事を知って、ハジメにも自分の事を知って貰うってね」

「…今日は勝てた」

 

それから幾ばくかの時が経ち、ギルド直営の宿から出たハジメ達は、其処から三手に分かれ、ハジメ達は食料、香織達は魔石を始めとした素材、そして淳史達クルーは服と、其々物資の買い出しを行いつつフューレンの街を満喫する事にした。

此処で色々と『ん?』と感じた点があると思われるので1つずつ説明しよう。

まず、香織達が魔石の買い出しをしている事について、淳史達ならまだ分からなくは無いが、膨大な魔力と魔力操作技能を持っている事からハジメ達には無用の長物と化している魔石が何故いるのかと言うと、これはストリボーグの動力源が関わってくる。

ストリボーグもヴァスターガンダム同様、乗組員の魔力を燃料としているのだが元々ハジメ達が乗り込んでいる事を想定して作られた為か、その要求魔力は膨大の一言、強烈なスペックに見合った大喰らいなのである。

然しこのままでは折角淳史達をクルーに加えても燃料切れという意味でストリボーグが後方支援出来なくなってしまう、だがハジメに抜かりは無かった。

ストリボーグの船底に設けられた広大な貯蔵庫、其処にはバラストを兼ねた大量の魔石が入れられており、ハジメ達が不在等の理由で魔力が足りない際はそれを動力炉に投入する事で補える。

因みにこれを聞いた淳史達から「蒸気機関か!」「発想が前時代的過ぎる…」と総ツッコミをハジメが食らったのは言うまでも無い。

次に淳史達クルーが服を買いに行っている事について、服といえばプラグスーツやら今朝のライブで着用されたステージ衣装やらを作っていた様に、ハジメが作れるんだから必要ないんじゃないか?と思うだろう。

だがよく考えて欲しい、製作者であるハジメは重度のオタク、然も筋金入りの『ミリオタ』『ガノタ』である、もう一度言おう、筋金入りの『ミリオタ』『ガノタ』である、その為かハジメ達ガンダムパイロットが着用する服はISとの兼ね合いもあってプラグスーツ一丁だ。

製作者であるハジメ、中の人的にも妙に似合っている幸利*1、イベント等で着慣れていた香織達、ハジメ達が元いた世界で流行のファッションだと勘違いしているユエとシア、そして露出狂の気が少なからずある事が発覚したティオ*2はまだしも淳史達、殊に年頃の女子である妙子と奈々がそれを着れるかと言われると難易度が高いだろう。

かといって他のデザインはとハジメに聞いても軍服の類しか出ないし、幸利がデザインするとアイドルのそれになるので自作による供給をなくなく断念、フューレンの服屋で買う事にしたのだ。

こうして其々が目的の物を購入しつつフューレンの街を満喫している現在、今更だがハジメのいる班には優花、ユエ、そしてティオが同行していた。

優花とユエの発言から分かる通り、じゃんけんの結果この3人がハジメに同行する事が、実質的にハジメのデートへ行ける事が決まったのだ。

尚、マサカの宿での勝負に続いて2連敗、ハジメの恋人達の中で唯一白星無しとなった香織が項垂れながら「私ってじゃんけん弱人類なのかな…別の勝負提案しようかな…」と呟いていたのは余談である。

こうして束の間のデートを楽しんでいた4人だったが、

 

「この気配…もしや!?」

「下からって事は恐らく下水道ね、其処に子供らしき気配、となれば…!」

「急ごう、皆!」

「ん!」

 

観光区のとあるストリート、その地下の方から弱弱しい気配を察知した4人はその気配の主を救助すべく行動を開始、人前でやって騒ぎになるのを避ける為に裏路地へと移動しつつISを展開、ハジメが錬成によって地面に穴を開けて下水道へと繋ぐと躊躇なく飛び降り、そのまま気配の方へと飛び込み、気配の主を抱えてそのまま地上へと戻った。

 

「この幼子、海人族の子じゃのう。何故この様な所に…」

「まあマトモな理由じゃ無いわよね」

「話は後にしよう。下水の中を流れていたんだ、ばい菌やら毒物やらに塗れたままでは危険だよ。もしかしたら多少は飲んでいるかも知れない。よし、ユエはこの水槽に水を貯め、それを沸かして。終わったらこの子の世話をお願い」

「ん!」

「優花はこの子の着替えを買ってきて」

「了解したわ!」

「ティオは香織達に連絡を取って、それが済んだら露店からこの子が食べられそうな物を買ってきて」

「委細承知!」

 

救出された気配の主――亜人族の一種である海人族の特徴である、魚のヒレを思わせる耳と水かきを有した3、4歳位の幼女の姿を見て、驚きを隠せない優花達。

それも当然と言えば当然だろう、海人族は亜人族の中でも特殊な地位にある種族だからだ。

大陸の西の果て、グリューエン大砂漠を越えた先に広がる海の沖合に位置する海上の町エリセンで生活する彼らは、種族としての特性を活かし大陸に出回る海産物の八割を獲ってそれを人間族のテリトリーに提供しているのだ。

海産物の大半は彼らによって賄われているという事情から、被差別種族の亜人族であるにも関わらずハイリヒ王国から公に保護されているという、ダブルスタンダードかと、結局は実利重視かとのツッコミが入りそうな話はさておき、そんな海人族の子供がエリセンの街からかなり離れた内陸にあるフューレンの街、それも下水道を流れているなどありえない話なのだ、犯罪の匂いがぷんぷんしている。

とは言えハジメの言う通り今はそれを気にしている状況じゃない、一刻も早く女の子を危険な状況から助け出すべく、錬成によって即席の浴槽を作りながら優花達に指示を飛ばしていた。

優花達も指示を受けて各々の行動に移った…!

*1
新劇場版破にて渚カヲルが着用していた灰色と黒、青を基調としたモデルを着用

*2
着用しているのも彼女のリクエストを基に作られた、背中どころか半ケツまで露出した黒いレオタードと言うしかない物である。本人は「部分的に竜化させる上で邪魔にならぬ様に」と弁明しているが…




因みに何故イルミネーションスターズの『We can go now』かと言うと、イルミネーションスターズのメンバーである八宮めぐるの担当声優が、妙子の担当声優である峯田茉優さんだから、つまり中の人ネタですw


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

46話_未来を切り拓く!

ハジメ達の迅速な対応もあって、その無事が確認された海人族の幼女――ミュウ。

ミュウが何故このフューレンの街の、下水道の中で流されていたのか、その事情を聞いてみた。

要約するとこうだ。

海人族の例に漏れず、エリセンの町で母親と共に過ごしていたミュウだったがある日、海岸線の近くを母親と泳いでいたらはぐれてしまい、彷徨っていた所を人間族の男に捕まってしまった。

その後、幾日も掛った辛い道程を経てフューレンに連れて来られたミュウは、薄暗い牢屋の様な場所に、人間族の幼い男女の集団と共に入れられたそうだ。

其処で過ごす内、一緒に居た子供達は毎日数人ずつ連れ出され、戻って来る事は無く、少し年齢が上の少年曰く、見世物にされた挙句、客に値段を付けられて売られたとか。

いよいよミュウがその見世物にされる番となったこの日、たまたま下水施設の整備でもしていたのか、地下水路へと続く穴が開いていたのを発見、幼女に何が出来ると高を括っていたのもあって枷を付けられなかったのも幸いして、其処へ飛び込む事に成功した。

慌てて地上から追いかける男たちだったが幼いとはいえミュウは海人族、その泳ぎに下水道の水流も相まって追いつける筈も無かった。

だが慣れない長旅よる疲れ、誘拐されるという過度のストレス、慣れていない不味い物しか食べさせて貰えない食糧事情、トドメに下水に長く浸かるという悪環境で、遂にミュウは肉体的・精神的に限界を迎えて意識を喪失、気が付いた時にはハジメの腕の中だったという事である。

 

「客が値段を付ける、オークション形式での奴隷売買か」

「然も罪のつの字も無い、幼い子供達を、増して人間族や海人族の子達を売買するなんて完全に裏のそれだよね」

 

その話を聞いたハジメ達はミュウがどの様な存在に捕まったのか推察する。

このトータスにおいて、奴隷という存在は公的に認められた物(ハジメ達も嘗てシアを表向きには奴隷として扱っていた)であり、その売買を行う市場というのも決して珍しい物でも後ろめたい物でもない。

とはいえ本来奴隷として扱うのは被差別種族である亜人族か、重大なる罪を犯した事に対する刑罰でその身分に落とされた犯罪者だけであり、市場に出回っている奴隷も普通はそういった存在だ。

だがミュウと共に囚われていたのは罪を犯したとは到底思えない幼子ばかり、ミュウも亜人族の中では差別対象となっていない海人族、そんな存在を奴隷として扱うのは違法であり、その売買を行う市場も決して公には出来ない裏モノであろう、それを取り仕切る組織もヤバい物に違いない。

そんな組織に捕らわれていたミュウや、未だに捕らわれたままだったり、既に奴隷として売られてしまったりした子供達の事を思い、何とかしたいという想いが芽生えた一行、ハジメも同じ想いではあったが、逸る気持ちを抑えて冷静な対応を提案する。

 

「まずは保安署に話を通すのがベターだと思う。其処でミュウを保護して貰い、他の子供達も裏市場の摘発に伴い保護して貰うのが良いと思う」

 

此処で言う保安署とは、日本における警察機関の事である。

ハジメとしてはミュウを始めとした幼子達を奴隷として捕え、裏市場で売買するという重大犯罪、それを保安署が黙って見ている訳が無いとし、話を通しておけばフューレン史上稀に見る非常事態として大規模な捜査体制が敷かれ、摘発されればミュウや、未だに捕らわれた幼子達も保護され、既に奴隷として売られてしまった子供達も芋づる式に保護されて行くだろうとの考えだ。

尤もそんな重大な事案を知っていて保安署に話を通さないのは問題だし、今度は自分達が誘拐犯の仲間として扱われかねないという常識的な考えもありはする、幾らエヒトルジュエに宣戦布告する=このトータスにおいて『異端者』という重大犯罪者の烙印を押される覚悟を決めたとはいえ、進んで犯罪者になる積りは毛頭ないのだ。

然しながら自分達の手で早急に解決出来ないか、という考えを持つ者も少数派ながらいた様で、その者達はショックを受けた様な目でハジメを見るが、

 

「とはいえ、その可能性に気付かない連中じゃ無いと僕は思う。其処を考慮して構成員を保安署に張り付かせ、もしミュウが預けられたとしたら捜査態勢が整う前に襲撃を仕掛けてミュウ諸共消し飛ばして証拠隠滅を図ったり、再びミュウを誘拐したりする事も考えられる。その対策はしておかないとね」

 

それはハジメとて同じ気持ち、保安署に預けたとしても介入出来る余地は無いかと探っていた。

とはいえまずミュウと一緒に保安署へ行かなければ話は始まらない、ハジメはその事をミュウにも分かりやすく伝えるべく、屈んで視線を合わせ、ゆっくりと話し始めた。

 

「良いかい、ミュウ?これから、君を守ってくれるだろう人達の所へ行くよ。その人達を通せば、時間は掛かると思うけどお家に帰る事が出来る。ママにもまた会えるよ」

「…お兄ちゃん達は?」

 

その様子からしてハジメ達とお別れするんじゃないだろうか、それを察したミュウが不安そうな声音でハジメ達はどうするのか尋ねた。

 

「ミュウ。ちょっと手を出して?」

「…うん」

 

その不安を感じ取ったハジメは、言われるがままに左手を差し出したミュウの手首に、鈍色の腕輪の様な物を取り付けた。

 

「もしミュウの身に危ない事が起こったとしても、この腕輪が君を守ってくれる。それをお兄ちゃん達だと思って大事に身に着けていて欲しいな。それで、もしミュウが無事お家に帰ったら、後でそれを返してね。その時までちょっとの間、バイバイだね」

「…分かったの」

 

それはメルキューレをミュウ用の腕輪サイズに圧縮・成形した物、それを護身用として取付けさせる事で、有事が起ころうとミュウには指一本触れさせないというハジメの意思表示だ。

ミュウもメルキューレを通じてハジメ達の存在を感じ取れたのか、或いはまた直ぐハジメ達に会えると思ったのか、思いのほか素直にハジメの言葉を聞き入れた。

とはいえ本心はハジメ達と一緒に居たいのだろう、幾ら大事に身に着けていてと言いつけたとはいえ何も其処まで、とハジメがツッコみたくなるくらい、自らの左手首に取り付けられたメルキューレをしっかりと抱き締めて離そうとしなかった所からもそれは明らかだ。

そんなミュウを連れ、流石に14人もの大所帯で乗り込んだら騒ぎになりかねないので最も直接的に関わったユエと香織と共に保安署へと出向いた。

当初、この地では中々見かけない海人族の子を連れて来た事に戸惑い、目を丸くした保安員達だったが、事情を聞くと緊急モードに入ったと言いたげな険しい表情をし、今後の捜査や送還手続きの為にミュウ本人が必要なので、此方で手厚く保護すると申し出て来た。

ハジメの予想通り重大案件として本部にも応援要請をするらしく、自分達の役目も一段落着いたなと思ったハジメ達はその申し出に応じ「お兄ちゃん、また会えるよね?」と言いたげな目を向けるミュウに勿論だよと言わんばかりに力強く頷いて、その場を後にした。

念の為にXラウンダーの力による警戒を怠らなかった一方、未練たらたらだと言わんばかりに保安署の方を何度も振り返ったハジメ達、やがて保安署の姿も殆ど見えなくなったその時だった。

 

「ちっ案の定仕掛けて来たね!ミュウにメルキューレを着けさせて正解だった!」

「急ぎましょうハジメさん、皆さん!早くしないとミュウちゃんが!」

 

背後で爆発が発生、黒煙が上がっているのが見えた、その場所はやはりと言うべきか保安署だった。

想定通りとは言え起こらないに越した事は無かったのにと言わんばかりに苛立ちを隠さないハジメ達は、急いで保安署へと向かう。

走る事数分で辿り着いた時、保安署は中々酷い有様だった。

建物自体はそれ程ダメージを受けていないのか倒壊の恐れこそ無かったものの、窓ガラスや扉が表通りへと吹き飛んで破片が散乱、爆発に巻き込まれたのか対応にあたってくれた保安員達が腕の骨を折る等の怪我を負い、倒れている光景が広がっていた。

一方でその中に、この襲撃を仕掛けたであろうチンピラ数名もまた同じ様に倒れ伏す姿も。

恐らくはミュウを抹殺なり誘拐なりしようとしたものの、彼女の左手首に装着されたメルキューレによってタコ殴りにされ、返り討ちに逢ったのだろう。

それを裏付ける様に、

 

「お兄ちゃん!お姉ちゃん!」

 

カウンター奥で身を潜めていたのであろうミュウが、ハジメの姿を見るや否や、大泣きしながら抱き着いて来た。

 

「ミュウ、大丈夫!?ケガは無い!?」

「う、うん、大丈夫なの、腕輪さんが助けてくれたの!でも、でもすごく怖かったの!」

 

渡していたメルキューレの活躍もあってかミュウ自身には何の怪我も無かった事に安堵するハジメ、だが保安署の職員が実際に大けがを負っている以上はミュウにもその可能性があった訳だし、大泣きしている事からもミュウがどれだけの恐怖を味わったかは明らかだ。

 

「香織は保安署の人達の治療をお願い。玉井達は香織のサポートを。それと皆でミュウの事を頼むよ」

「分かった。南雲達は『アレ』か?」

「ああ」

 

それを実行した組織達への怒りが沸き上がりながらも、今は混乱に陥っている保安署も治めなければならない、そう思ったハジメは香織達に指示を飛ばしながらミュウを預け、自分達は武装の準備を整えた。

 

「ミュウ。今からお兄ちゃん達は、ミュウ達を捕まえた悪い人達をやっつけに行ってくるよ。帰って来る迄お姉ちゃんたちと一緒に居て欲しいな」

「わ、分かったの」

 

ハジメはミュウから返却して貰ったメルキューレを手にしつつ、ミュウにそう言いつける。

 

「ミュウちゃん達の身を脅かす連中は、全て切り裂いてやるわ!」

 

雫はリェーズヴィエを帯刀し、ミュウ達を捕まえて商売道具にしている組織へ激しい怒りを露わにする。

 

「汚物は消毒しないとねぇ!」

 

優花は機械的なモールドが刻まれたカランビットナイフ――雫のリェーズヴィエと同じ改造が施された高周波カランビットナイフ『キンジャール*1』を手に、世紀末を闊歩するヒャッハーな人みたいな事を口にする。

 

「南雲ユエ。ミュウ達の未来を切り拓く!」

「いや南雲ユエって、まだハジメと結婚してないだろ」

 

ユエはクルィロを展開、機動戦士ガンダム00の主人公である刹那・F・セイエイの名台詞をもじって言い放ち、しれっと南雲姓を名乗っていた事に対して、グローサを腰のホルスターに入れていた幸利からツッコまれる。

 

「悪い奴らは撃滅!ですぅ!」

 

シアはピサニエ・セドモイを手にしながら、相変わらずクロト・ブエルの様な物騒な二文字熟語を口走る。

 

「Bad boyにはお仕置きが必要じゃのう!」

 

ティオはIMI(イスラエル・ミリタリー・インダストリーズ)社等が開発している自動拳銃『デザートイーグル』の様な外見、然し余りにも前後左右に大きいグリップの所為で原型を留めなくなっちゃっている2丁の拳銃――ハジメがオスカー・オルクスの住処で開発した銃火器の1つ、なのだがボーク・スミェルチ弾を装填するマガジンを何故かグリップ内に納めようとした所為で前述する余りにも大き過ぎるグリップとなった事による取り回しの悪さが災いしてお蔵入りしていたものの、ティオが手を竜化させる事によって問題なく使用出来る事が判明、彼女の専用武器として引っ張り出される事となった自動拳銃『ティス*2』のスライドを引いて弾を装填し、何処かのスタイリッシュ痴女みたくチンピラたちをどうお仕置きしようか思案している。

 

「さて、行きますか!」

「「「「「「了解!」」」」」」

 

各自準備が整ったのを確認したハジメは出撃を宣言、7人はミュウ達を奴隷として誘拐していた裏組織撲滅の為に動き出した…!

*1
ロシア語で短刀

*2
ロシア語でイチイ(アララギとも呼ばれる植物)。ロシアのトゥーラ造兵廠で設計・開発されたアサルトライフル『OTs-12』のプロジェクト・コードネームでもある



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

47話_ハジメ、父親になる

続きを書きたい欲望にかられたので、本日2話目の投稿です。


トータスでも最大の規模を誇る商業都市フューレン、その裏側に深く根を張る闇組織フリートホーフ。

表向きは人材派遣業者として知られてはいるが、その実態は所謂裏市場の総元締を担い、何の罪も無い幼子達を誘拐し、奴隷として市場に出回らせるやり口で人間族のテリトリーにおいて裏社会のトップ3に入る程の勢力を誇るこの組織だが、その存亡は最早風前の灯火と化していた。

その理由は言うまでも無く、ミュウを通してその実態を知ったハジメ達が、保安署を襲撃してまで再びミュウを誘拐しようとした事に対してマジギレ、襲撃によって混乱している保安署に代わって摘発(カチコミ)に乗り出し、フューレン内に点在する拠点を次々と潰し回ったからだ。

 

「Fervor,mei Sanguis!」

 

ハジメはメルキューレを暴れさせてフリートホーフ構成員達をタコ殴りにし、

 

「ふっ!はっ!やぁっ!」

 

雫はリェーズヴィエを用いた八重樫流剣術を披露、敵を次々と切り伏せ、

 

「汚物は消毒だぁぁぁぁ!」

 

優花はキンジャールを駆使して縦横無尽に切り裂いたり、遠方の標的に投げつけて突き刺したり、或いはパリャーシを取り出して建屋を火の海に変えたりし、

 

「行け、クルィロ!」

 

ユエはクルィロを飛び交わせて炎やビーム、冷気や雷を乱射し、

 

「どらっしゃぁぁぁぁい!」

 

シアはピサニエ・セドモイを振り回して敵をバッタバッタと吹っ飛ばしたり、ヴァルを取り出してフルボッコにしたりし、

 

「Let’s danceじゃ!」

 

ティオは両手に1丁ずつ携えたティスを駆使しての、それはそれは見事なガン=カタで敵を蹂躙、

 

「『月光蝶』であぁぁぁぁる!」

 

そして幸利は己の十八番である月光蝶を展開、紫を基調とした極彩色の魔力で満たされた建屋内にいる構成員達を、1人の例外も無く無力化して見せた。

こうして裏世界にその名を轟かせていたフリートホーフはこの日、実にアッサリと壊滅したのだった。

 

------------

 

「倒壊・焼失した建物40棟、半壊した建物31棟、重傷を負ったフリートホーフ構成員三百人余り…

で?何か言い訳はあるかい?」

「フリートホーフ構成員による襲撃で混乱に陥った保安署に代わって摘発したまでだけど、何か?」

「いやこれ摘発って感じじゃないよねどう考えても」

 

その日の夕方、冒険者ギルド・フューレン支部の応接室で、報告書片手にジト目でハジメ達を睨むイルワだったが、出された茶菓子をミュウに食べさせつつハジメはしれっと返していた。

実際保安署からは襲撃によって負傷した職員達の治療に香織達があたってくれた事、一度預かったミュウを奪うべく保安署を爆破するという暴挙が相当頭に来ていた事、そして日頃から自分達を馬鹿にする様に違法行為を続けていたフリートホーフには腹に据えかねていた事も相まって摘発(カチコミ)をして来たハジメ達の行動に感謝の言葉を署長自ら口にしていたのだが、実態はフューレンを混乱に陥れかねないテロ行為、それでこの街がパニックになってしまったらどうするんだと言わんばかりにイルワは溜息を吐き、胃が痛みだしたのかその辺りを撫で、ドットがさりげなく渡して来た胃薬を受け取った。

 

「まあやり過ぎ感は否めないけど、私達もフリートホーフに関しては手を焼いていたからね…

今回の件は正直助かったと言えば助かったと言える。彼らは明確な証拠を残さず、表向きは真っ当な商売をしているし、仮に違法な現場を検挙しても蜥蜴の尻尾切りでね、はっきり言って彼らの根絶なんて夢物語というのが現状だった。ただ、これで裏世界の均衡が大きく崩れたからね…

はぁ、保安署と連携する必要もあるし、冒険者も色々大変になりそうだよ」

「なら、その混乱に乗じてのさばろうとする他の犯罪組織を抑える為に、僕達の名を出せば良いんじゃないかな?一応、僕達を怒らせたらフリートホーフの後を追う事になるぞ、という見せしめも兼ねていたんだし。支部長お抱えの『金』、ウルの町を救った『女神の巨人兵』…

相当な抑止力になると思うんだけど」

「おや、良いのかい?それはすごく助かるんだけど…」

「まあ、持ちつ持たれつって所だよ。お世話になるんだし、何より僕達による摘発を切っ掛けにフューレンの裏組織による戦争が起きました、一般人が巻き込まれました、なんて展開は嫌過ぎるよ。フューレン支部長という大幹部に就いている貴方だ、その辺りの匙加減も分かるでしょ?」

「はは、まあね。なら君達の『名』を適切に使わせて貰うよ」

 

この摘発による後処理が大変そうなイルワを慮ってか、或いはその副作用で混乱が起きては堪らないと考えたか、自らの名を使って混乱を未然に防いではどうかと提案、イルワにとってもその提案は渡りに船だったのか、多少は躊躇しながらも応じた。

その後、ハジメの懸念通りフリートホーフの摘発に乗じて勢力を伸ばそうと画策した他の犯罪組織だったが、イルワの「なまはげが来るぞ~」と言わんばかりの効果的なハジメ達の名の使い方のお陰で大きな混乱が起きる事は無かった。

この一件を切っ掛けに一行は『フューレン支部長の懐刀』、ハジメは『白髪の水銀使い』、雫は『銀髪の剣鬼』、優花は『桃髪の世紀末女』、ユエは『金髪の奇術師』、シアは『水髪の破壊女神』、ティオは『黒髪の爆炎痴女』、幸利は『紫紺の蝶』との異名を轟かせる事になるのだが、それはまた別の話。

またこの一件で大暴れしたハジメ達の処遇について、イルワが関係各所を奔走した事、治安維持を目的とする筈の保安署が、やり方がどうあれ捜査に協力してくれたという理由で不問にするどころか感謝すらしてくれた事もあって問題なかったのも別の話。

 

「それで、そのミュウ君についてだけど…」

 

一先ずフリートホーフ摘発の件はこれで終わり、次はミュウの身柄について話は移った。

その当事者であるミュウは、イルワからの視線に驚き、またハジメ達と引き離されるのではないかと不安そうな表情で彼らを見上げた。

 

「此方で預かって、正規の手続きでエリセンに送還するか、君達に預けて依頼という形で送還して貰うか、2つの方法がある。君達はどっちが良いかな?」

 

そんなミュウを他所にイルワが提示した2つの案、前者は兎も角、後者に関しては誘拐された海人族の子を公的機関に預けなくて良いのかとハジメ達は首を傾げたが、イルワによるとハジメ達が『金』ランクである事と、今回の大暴れの原因がミュウの保護だったという事から、任せても良いんじゃないかという話になったそうだ。

元々保安署に預けつつも自分達が関われる余地は無いかと考えた末にメルキューレを渡したハジメなのだ、公的機関内でそういう話が上がっているのならそれに乗らない理由は無い、エリセンに向かう道中にある大火山へ寄る事についても、攻略メンバーでは無い淳史達に御守を任せれば問題ない。

 

「なら、後者で。ミュウ、一緒にエリセンに向かって、お家に帰ろう」

「うん!ありがとうなの、パパ!」

『パパ!?』

 

その意志を、エリセンに到着するまでとはいえ自分達の旅に同行する事をミュウに伝えたハジメだったが、それに対する返答、というよりその際のハジメへの呼び方が皆の度肝を抜いた。

 

「えーと、ミュウ?その、もう1回僕の事を読んで欲しいな」

「パパ」

「それは、アレかな?海人族の言葉で『お兄ちゃん』とか『ハジメ』って意味の言葉かな?」

「ううん、パパはパパなの」

「な、なんでやねん…」

 

まさかの父親呼ばわりに、聞き間違えじゃ無いか、海人族の方言じゃ無いかと何度も聞き返したハジメだったものの、ミュウがハジメを父親扱いしている事実が変わる筈も無く、何時もの如く関西弁でツッコミを入れていたが、そのツッコミが「何で自分がミュウのパパなのか?」と聞かれていると捉えたのか、ミュウはその訳を話し始めた。

 

「ミュウね、パパいないの。ミュウが生まれる前に神様の所に行っちゃったの。キーちゃんにもルーちゃんにもミーちゃんにもいるのにミュウにはいないの、だからハジメお兄ちゃんがパパなの」

「そっかぁ、僕がパパかぁ…」

 

やはりこの辺りは年相応と言うべきか、幼子らしい支離滅裂な理由でハジメを父親扱いするミュウ、然しながらハジメはそれを訂正しようとせず、何か考え込む様な仕草を見せ、

 

「うん、今後香織達と結婚して、皆との子供も近い内に出来ると思う。その予行練習と思えば良いか…

 

よし、分かった。今日から僕がミュウのパパだ。宜しくね、ミュウ!」

「うん!宜しくなの、パパ!」

 

やがて決意を固めたのか、一時的とはいえミュウの父親になる事を宣言したハジメ、ミュウも満面の笑みで、父親になってくれたハジメに抱き着いた。

 

「あ、それと、僕がパパという事は、香織達はママって事か。ミュウ、香織お姉ちゃん達の事、ママって呼んでくれないかな?」

「「「「「「!」」」」」」

 

因みに、一時的とはいえ自分が父親なら、その恋人であり既に結婚する意志も固めている香織達は母親って事になるんじゃないかと気づいたハジメが、一時だけとはいえ彼女達も母親扱いする様求め、それに反応した香織達6人がキラキラした目でミュウを見るが、

 

「やっ、ママはママ1人だけなの」

「パパンショーック!」

「「「「「「ママンショーック(ですぅ)(なのじゃぁ)!」」」」」」

「…何してんのお前ら」

「いやだから南雲はまだしも、ミュウちゃんにとってお前らはママじゃ無いっての」

 

自分の母親はエリセンにいる生みの母1人だけだと即答で拒否されて崩れ落ちたハジメ達と、そんな彼らにツッコミを入れる幸利達というコントかと言いたくなる光景が繰り広げられたのは余談だ。

何はともあれハジメ以外の男性陣は名前の後に「お兄ちゃん」呼び、女性陣は名前の後に「お姉ちゃん」呼びでまとまった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

48話_ホルアドよ、私は帰って来た!

翌朝、ストリボーグをかっ飛ばして宿場町ホルアドへとやって来たハジメ達。

昨日決定した旅の方針ではハイリヒ王国の王都、その背後に聳え立つ神山へ行く筈だったのにその南西方向に位置するホルアドへ何故来たのかというと、イルワからとある依頼を受けた為だ。

自分達の冒険者ランクが『金』になった事の事後承諾への賛同を、冒険者ギルド・ホルアド支部長に求める手紙である為か受けない訳にも行かずこうして遠回りを強いられる形となった訳だが、ストリボーグを飛ばせば神山まで一時間近くしか掛からないので大した問題では無い。

そういう事情からホルアドへと来て、冒険者ギルドを目指してメインストリートを歩く一行、その中でユエ、シア、ティオ、ミュウを除いた10人が、3カ月近く前に実戦訓練の為此処へ来た事の有る10人が懐かし気に目を細めていた。

そんなハジメ達の様子が気になったのか、ハジメに肩車して貰っているミュウが不思議そうな表情をし、おでこをぺちぺちと叩きながら尋ねた。

 

「パパ?お兄ちゃん?お姉ちゃん?どうしたの?」

「ん?あぁ、実を言うとパパ達ね、前にも此処に来た事があったんだよ。前に来たのは3カ月近く前なんだけど、もう何年も前の様な気がしてね。柄にもなく感慨に耽っていたよ」

『うんうん』

 

複雑そうな表情をしながらそう答えたハジメに、香織達残りの9人が全く以てその通りと言わんばかりに頷く。

事情をハジメ達から聞いているユエ達は此処へ来た事で過去の記憶(トラウマ)が呼び起されてしまったのではないかと心配そうな眼差しを向けていたが、杞憂だったと分かって安堵していた。

 

「思えば、此処から始まったんだよね。緊張と不安と決意を抱いて一晩過ごして、翌日には大迷宮に潜って…そして僕達は落とされた」

「それからハジメ君達と生き残る為に必死になって、魔物の肉を食べて人を辞めて、ユエと出会って…この世界の真実を知った」

「皆でエヒトルジュエを倒そうと決めて、その為の力としてハジメがヴァスターガンダムを作ってくれて…私達は決意を新たに地上へと帰って来た」

「シアとティオが一緒になって、清水も帰って来て、愛ちゃんもガンダムパイロットになって、玉井達もストリボーグのクルーとして加わって…それもこれも、全て此処での出来事がスタートだったのよね」

 

そんなユエ達の様子を知ってか知らずか、ある意味で運命の日と言うべきあの日からの事を思い出し、呟く10人。

ハジメ達奈落へ落ちた4人は、其処から地上へと脱出し、ハルツィナ樹海、ライセン大峡谷、フューレン、ウルの町と各地を渡った激動の日々を、

 

「俺もそうだったな。ハジメ達が死んだと思い込んで、憎悪の心が沸き上がって、ただ復讐の為に『力』を求め、罪も無い人達を殺し回って…危うくハジメすらも手にかけようとした」

 

1人取り残された幸利は憎悪の儘に力を求め、罪なき人々を殺し回った末にハジメすらも殺しかけた決して許されない所業を、

 

「俺達もだよ、一番頼りになる南雲達がいなくなっちまって、戦いって奴がどれだけ恐ろしい事か思い知らされて、怖くなって…愛ちゃんの護衛になるって名目で逃げ出した」

「それがこの前、生きて帰って来てくれてびっくりしたけど安心した、だけど帰って来る迄に南雲達がどれだけ必死こいていたか聞いて…俺達はとんだ腰抜けだと思い知らされた」

「南雲っち達からオスカー・オルクスの住処で聞いたこの世界の真実を聞いて、聖教の人達に騙されたと感じて…皆と一緒に帰りたいと、その為に南雲っち達と一緒に戦いたいと思った」

「南雲君達と比べれば月とすっぽんと言われてもおかしくない私達だけど、それでも少しでも出来る事を、南雲君達の役に立てる事をしたい、そう思ったら…いてもたってもいられなくなった」

「なんだかんだあったけど南雲が俺達の同行を受け入れてくれて、南雲達の足は絶対引っ張らないと決めて頑張った…本当、色々あったよなぁ」

 

淳史達5人はハジメ達の『死』を目の当たりにした事で抱いた恐怖から、愛子の護衛という名目で逃避しながらも、そのハジメ達との再会を機に再起を誓うまでの日々を。

 

「何か、随分としんみりしちゃったね。さて、さっさと手紙を届けて神山へ向かうよ。そろそろ、追われる身になる覚悟を決めないとね」

『はい!』

 

それによって何処かしんみりした雰囲気になったのを察したハジメが空気を入れ替えるかの様に呼び掛け、一行は再びギルドへの道を進んだ。

と、その道中で、

 

「あ。ミュウ、抱っこに切り替えても良いかな?」

「ふぇ?パパ、何で?」

「こわーいオジさん達が揃ってミュウを泣かせようとしているのが『見え』たから、ね?」

「わ、分かったの」

 

ハジメが何かを捉えたのか、肩車しているミュウに、抱っこに切り替える事を提案した。

ハジメの肩車が余程気に入っていたのかミュウが少なからず不満そうに聞くものの、その訳を聞いて慌て、伸ばされたハジメの腕に降りた。

そのままミュウを、視界をシャットアウトする形で抱きしめ、再びギルドへと歩くハジメの姿に、他のメンバーは揃って『親バカだ…』と思いながらその後を追ったのは言うまでも無い。

それはさておき何事も無くギルドへと辿り着いた一行、他の町とは違って金属で出来た扉の、重苦しい開閉音と共に入って行く。

扉が開くと共に広がる冒険者ギルド・ホルアド支部の光景、それはブルック支部みたいにほのぼのした中にも統制されたものや、フューレン支部みたいに理路整然としたものとは違う、正に荒くれ者達の巣窟と言うしかないものだった。

内部の作り自体は正面にカウンター、左手側に食事処がある、と他の支部と変わりないものの、酒類も提供されているのか、昼間から飲んだくれたおっさん達がたむろしていた。

何より特徴的なのが異様な姿を晒す壁や床、喧嘩等で破損したりそれを大雑把に修復したりした跡や、泥や何かの染みがあちこちに付着していて不衛生な印象を持つ。

そんな光景を裏付けるかの如く中にいる冒険者達も総じて目がギラギラしている、何しろ大迷宮へ挑む上での拠点として活用されているのだ、冒険者や傭兵といった、魔物等との戦闘を生業とする者達が大いなる気概を抱いて集まるのは当然と言えよう。

然しながら、それを差し引いても現在のギルドは妙にピリピリしている、歴戦の冒険者達をそんな殺伐とした様子にさせる何かが起きているのは明らかだ、そんな雰囲気に晒され続けてストレスが溜まっていたのか、ハジメ達が入って来た瞬間にその方向へ殺気を伴った視線を向けた。

とはいえそんな事情など知らないハジメ達にとっては理不尽に殺気を向けられたと感じるのも、それに対してふざけんな!と思うのも仕方ない事、殊にハジメは、予めXラウンダーによる近未来予知で見ていた為に対処出来たとは言えひょっとしたらそれでミュウに恐怖を味合わせてしまう所だったかも知れないと憤りを感じ、

 

――潰すよ?

 

Xラウンダーによる威圧を最大限開放し「ふざけたガキをぶちのめす」と言わんばかりに立ち上がろうとした冒険者達の行動を封じ込めた。

オール5桁のステータス、何十にも及ぶ技能という正に桁違いな実力を持ったハジメの威圧である、それはさっきまで睨んでいた冒険者達の殺気なぞ子供の癇癪としか思えない程の物、既にギルド建屋の破損を悪化させている程の影響を与えるそれの前には、未熟な冒険者の意識は即座に刈り取られ、実績充分な冒険者達ですら恐怖の余り身体がガタガタと震え、滝の様な汗を流して顔を青ざめさせ、意識と身体を必死に支える事しか出来なかった。

 

「ねぇ、今こっちを睨んだ人達全員さぁ」

『!』

 

そんな中で口を開いたハジメ、その声にビクリと震える、呼ばれた冒険者達、恐る恐ると言いたげに彼を見るその眼は、文字通り化物と対面した様な恐怖で染まっていた。

 

「面白い土下座をして貰おうか」

『ゑ?』

 

そんな事など知るか!と言わんばかりに要求という名の命令を下すハジメ、それはこの状況とイマイチ合致しない物、戸惑うのも無理は無かったが、ハジメは更に言葉を続けた。

 

「聞こえなかったのかなぁ?面白い、それこそ腹が捩れる位に笑える土下座をしろって言ったんだよ。謝罪の意志と、何このオジさんおもしろーいアピールだよ。お前達の所為で家の娘が怯えるかも知れなかったんだよ?僕が察知したから良いものの、トラウマになったら絶対にゆ゛る゛さ゛ん゛って奴だよ?謝罪と賠償をそれこそしつこく要求するよ?ねぇ、

 

 

 

早くやれよ

 

だったらそもそもこんな場所に幼い子供を連れて来るんじゃねぇ!と全力でツッコミたかった冒険者達だったが、化物級の相手にそんな事を言える筈も無く、そうこうしている内にハジメが再び威圧を強め、土下座と聞いた優花が何処からともなく取り出した鉄板を熱し(焼き土下座の準備を)始めたのを見て本気で自分の命が危ない!と生命の危機を察知、其々が思い思いの「面白い」土下座をし出した。

先程まで食べていた食事が乗っていた皿を頭にのせたり、ビックリ人間かと言わんばかりに足が背中を通して肩まで回ったり、床の穴が開いている所に頭を突っ込んだり…そんな姿に、ハジメから何かしら話し掛けられたのか顔を出したミュウも「ぷふっ!」と吹き出していた、ご満悦の様である。

それに満足したのか、カウンターへ悠然と向かうハジメとそれについて行く他のメンバー、同時にXラウンダーによる威圧も消え失せたのかドサドサと崩れ落ちる音があちこちから響いたがさらりと無視して、

 

「フューレン支部長イルワ・チャングから手紙を預かっている。ホルアド支部長に直接渡せと依頼を受けているんだけど、その支部長は何処に?」

「あ、はい。お預かりします。えっと、フューレン支部長様からの依頼…ですか?」

 

カウンターにいる受付嬢に要件を伝えつつ、身分証明の為にステータスプレートを渡した。

何度も言うが一介の冒険者がギルド支部長から直接依頼を受けるなんて余程の事、本当にそうなのか?と訝し気な表情をしていた受付嬢だったが、渡されたステータスプレートに表示された情報を見て驚愕、ハジメの話が嘘でない事を思い知った。

 

「き、金ランク!?」

 

最高ランクである『金』を持つ冒険者は全体でも一握り程、そしてその認定を受けた者は1人の例外も無くギルド職員に伝えられている筈なので、情報が入っていなかったハジメ達の存在に驚き、思わず情報を漏らしてしまった。

その声を聞いた建屋内の人達、先程ハジメ達を睨み付けて返り討ちにあった冒険者達や、受付嬢の同僚であるギルド職員達が、同じ様に驚愕してハジメ達を凝視、騒ぎが大きくなったのを聞いた事で、ハジメの個人情報を大声でバラシてしまったと察した。

 

「も、申し訳ありません!本当に、申し訳ありません!」

「別に良いよ。取り敢えず、支部長に取り次ぎしてくれるかな?」

「は、はい!少々お待ちください!」

 

本当に申し訳無さそうな様子で繰り返し謝る受付嬢の姿に苦笑いしつつも、早く支部長に取次してくれと頼んだハジメ、ウルの町で魔物の大軍と戦った事、フューレンでフリートホーフを摘発と言う名の襲撃によって壊滅させたこともあってその名が轟いてしまっているし、これからエヒトルジュエ及び聖教教会に喧嘩を売りに行くのだ、今更である。

子連れで美女・美少女ハーレムを持つ未成年の『金』ランク冒険者達の存在から注目を集める中で待つ事5分位、奥の方から何者かが猛ダッシュして此処へとやって来る音が聞こえて来た。

何事かとハジメ達が注目すると、横の通路から全身黒装束の少年がド派手な音を響かせて床を滑りつつ飛び出してきて、誰かを探す様にキョロキョロと辺りを見渡し始めた。

その人物はハジメ達にとって見覚えのある存在、まさか此処で再会するとは思わなかったのか、思わず目を丸くして呟いた。

 

「「「「「「遠藤?」」」」」」

「「「遠藤君?」」」

「遠藤っち?」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

49話_因縁に直面してもすべき事は変わらない

ハジメ達の呟きを聞いて頭上に!マークを出現させるという、某ステルスゲームの金字塔と言えるシリーズに登場する敵兵みたいな反応をする黒装束の少年――ハジメ達のクラスメートで彼らと同じくこのトータスへと転移して来た1人である遠藤は、その聞き覚えのある声に驚き、声の主がいるだろう方向へと振り向いた。

 

「玉井!?それに仁村に、相川に、菅原さんに、宮崎さん!?あれ、他に南雲達の声が聞こえた気がしたけど、アイツらは一体何処に?」

「いや、遠藤?目の前にいるだろ、髪の毛が白っぽくなってる連中が。コイツらが南雲達だよ」

「ゑ?」

 

が、愛子の護衛として離れてからそんなに変わっていない淳史達は兎も角、オルクス大迷宮での一件で行方知れずとなってから髪の色とか身体つきとかが大きく変わったハジメ達には気づかなかった様で、淳史に指摘されて初めて目前にいる一団のうち、髪色が薄い5人が行方知れずとなっていたクラスメート達だと理解した。

 

「ゑ?南雲に、清水に、白崎さんに、八重樫さんに、園部さん!?ず、随分と変わっていねぇか!?見た目とか雰囲気とか!全く気付かなかったぞ!」

「遠藤君、何を言っているのかな?かな?

 

ハジメ君達の虹彩や指紋、手の静脈が変わった訳じゃないんだから判別なんて容易でしょ?

「いや、香織?そいで判別出来るんは色んな意味で人間辞めた僕達だけやで?」

「流石香織っち、私達に出来ない事を平然とやってのける!」

「其処に痺れるんも憧れるんもアカンで宮崎!」

 

今見た時にはその人だと気付かない位、最後に見た時とは明らかに違った姿となったハジメ達に驚きを隠せない遠藤、そんな彼に香織は、何処を見ているんだと言わんばかりに指摘していたが、余りに理不尽な内容、それに凄さと憧れを感じた奈々の言動にハジメは何時もの如く関西弁でツッコミを入れていた。

念のために言って置くが、人間の虹彩や指紋、手の静脈等は常人の眼では到底見る事は叶わない。

そうとは気付かず(気付かない振り?)に無茶振りをする香織の言動に困惑を隠せない遠藤だったが、死んだと思っていたクラスメイトが生きていたと安堵し、ふと此処の受付嬢が言っていた事を思い出した。

 

「というかお前ら、冒険者しているのか?しかも『金』って…」

「最近なったばかりだけどね」

「俺達5人は南雲達のおこぼれに与った感じなんだけどな」

 

それを確認する為の遠藤の問いに対するハジメ達の答えに、その表情が何処か切羽詰まった様な物に変わった事と、そもそも服装やら身体やらがズタボロだった事から、何かあったのだと察したハジメ、もしかしたらギルド内の雰囲気が何処かピリピリしているのも関係があるかも知れないと、話を聞いてみる事にした。

 

「…つまりお前ら全員、迷宮の深層から自力で生還出来る上に、冒険者の最高ランクを貰える位強いって事だよな?まだ半信半疑だけど…」

「うん」

「なら頼む、一緒に迷宮に潜ってくれ!早くしないと皆死んじまう!1人でも多くの戦力が必要なんだ!健太郎も重吾も死んじまうかも知れないんだ!頼むよ、南雲!皆!」

「…一先ず、詳しい話を聞かせて欲しい。

此処だとあれだから、奥の部屋で。丁度騒ぎを聞き付けたお偉いさんがやって来たみたいだし」

「察しが良いな、話が早くて助かる。さあ、アンタの言う通り奥でしてもらおうか」

「ああ。そうだ、玉井。お前達5人でミュウの面倒を見ていて欲しい。これはミュウを同席させて良い話じゃなさそうだからね」

「ああ、分かった」

 

遠藤と同じパーティメンバーだった永山と野村が死ぬかも知れない、つまりそれはオルクス大迷宮で実戦訓練を続けていた永山パーティと天之河パーティ、及びその指導に当たっていたメルド率いるハイリヒ王国騎士団の一行が何者かに襲撃され、壊滅的と言って良い被害を現在進行形で受けているという事。

思った以上に状況が深刻である事を理解したハジメは、騒ぎを聞き付けてやって来た如何にも戦士然とした初老の男――此処冒険者ギルド・ホルアド支部のトップを務めるロア・バワビスの勧めに従い、ミュウを淳史達に託しつつ、奥にある応接室へと移動した。

 

------------

 

ホルアド支部の応接室にて遠藤から事の子細を聞いたハジメ達。

要約するとこうだ。

訓練開始から三カ月近く経ったその日、オルクス大迷宮第九十階層に辿り着いた一行、だが其処で奇妙な光景を目にした。

何処を探索しても、それこそ階層の半分以上を探索しても、魔物の1体たりとも遭遇しなかったのだ。

余りにも拍子抜けな光景に却って不気味さを感じ取った一行は一先ず引き返すべきか、或いはどんな障害を乗り越えるのが自分達の使命なのだからこのまま進むべきか迷ったが、そうこうしている内に魔物の血だまりがある部屋に辿り着き、一連の状況が、誰かが自分達をおびき寄せる為の物だったと気付いたのと同じくして魔人族の女と遭遇したのだ。

その女は当初、一行、というより勇者である天之河に魔人族への鞍替えを提案するも、その思い込みの激しさからか魔人族=諸悪の根源という価値観が染み付いていた天之河は持ち前の正義感からそれを一蹴、戦闘に突入した。

当初、魔人族側の戦力が女1人だと思われたが(実際、視界内にはそれ以外の敵戦力は見当たらなかったらしい)それは地形と魔物の技能を活かした隠蔽、実際は質量共に膨大な魔物の大軍を率いてやって来ていたのだ。

今までに遭遇して来た迷宮のそれとは別次元の強さを有する魔物の戦闘は、オルクス大迷宮の奈落の底に消えた香織と雫を絶対に救け出す!と一心不乱に訓練を積み重ね並外れた成長を遂げた天之河の奮闘も相まって当初は善戦していたものの多勢に無勢、次第に追い込まれて行き八十九階層の隠し部屋に一時退却した。

遠藤はその惨状を、上層で待機している騎士団の一行に連絡しようと1人退却したが、魔物達も天之河が地上へ戻ろうとしているものだと思ったのか上層へと移動、騎士の面々は質量共に圧倒的な魔物達の前に無惨にも命を散らしていったそうだ。

そんな惨状を背に遠藤は、この状況を地上にいる人達に伝えろというメルドの指示に従って地上へと帰還し、その足でホルアド支部へと到着、今に至るそうだ。

 

「南雲、一緒に救けに行こう!お前達がそんなに強いなら、きっと皆を救けられる!」

 

その話を聞き、天之河達が置かれている状況が極めて深刻な物だと理解したハジメ達。

一方の遠藤は、ハジメ達が『金』ランクに認定された切っ掛けであるウルの町での魔物の大軍との戦いや、フューレンにてフリートホーフを壊滅させた件を、イルワからの手紙を読んだロアを通じて知り、ハジメ達は自分達以上の力を持っているんじゃないかと希望を見出し、助けを求めた。

ハジメとしても、幾らこのトータスに来る前は自分を悪人と決めつけ、虐めと言っても過言じゃない扱いをして来た存在ばかりとはいえそれでも愛子の教え子達、見殺しにして愛子を悲しませたくはないと、その求めに応じる積りだったのだが、

 

「なぁ頼むよ、仲間だろ!」

「…仲間ぁ?」

 

勢い余って遠藤がとある言葉を口にした瞬間、部屋の空気が一気に冷え切った様に感じられた。

一気に気温が低下した様に感じたのに驚いた遠藤が顔をあげると其処には「何ふざけた事ヌかしてんだゴルァ」と言わんばかりに、ハイライトが消えた眼で遠藤を睨み付けるハジメ以外の7人の姿があったのだ。

 

「随分と都合のいい頭をしているんですねぇ、遠藤さん?皆さんから、元の世界にいた頃のハジメさんがどんな扱いをされたかは粗方聞いているんですよ、殆ど根も葉もない噂を信じ込んで、皆揃って敵視していたそうですねぇ?そしてそれはこの世界に転移して来てからも変わる事は無かった、ハジメさんをありふれた職業の無能扱いしようとしたり、襲撃されたのを返り討ちにしただけなのに被害者である筈のハジメさんを悪者扱いしようとしたり、挙げ句の果てには大迷宮の奈落に香織さん達共々突き落とした犯人を許そうとしたりしたそうじゃないですか。それで窮地に陥ったら、仲間だろ?仲間なんだから助けるのが当然だろ?

 

一体どういう教育を受けたらそんな厚かましくなるんですかねぇ?そんな妄言、聞くウサミミを持ちませんので

「な!?何を、言って…」

 

代表してシアが口にしたのは、今まで散々ハジメを悪し様に扱い、その心を傷つけ続けたにも関わらず、いざ自分達の命の危機となったら掌を返して仲間扱いする、ハジメ達のクラスメートへの憤怒だった。

 

「シア、落ち着いて。でも遠藤、僕達が仲間かどうかについてはシアの言う通りだよ。恋人である香織と、雫と、優花と、ユエと、シアと、ティオと、此処にはいないけど愛子。親友であるトシ。義娘であるミュウ…はちょっと違うかな。僕達と自分達との差を理解し、足手纏いになるであろう事を自覚しながらも、何らかの仕事で僕達の役に立ちたいと土下座してまで志願して来た玉井と、仁村と、相川と、菅原と、宮崎。フェアベルゲンにいる、シアの家族であるハウリア族の皆。そしてリリィ。僕が仲間だと思っているのは現時点で今挙げた人達だけさ。他は、例えばお前達とかは偶々この世界へ一緒に転移した『同郷』の人間でしか無いんだよ、それ以上でもそれ以下でもない。要は他人と変わらないって事さ」

「そ、そんな…」

 

そんな憤怒のままに遠藤を糾弾するシアを宥めながらも、ハジメもまた遠藤達を仲間とは思っていない、ハジメにとって仲間とは自分達の目的に賛同し、同じ道を往く者達の事を指すのだ。

その事実を突きつけられて狼狽える遠藤だったが、ハジメはあくまで遠藤達を仲間と思っておらず、その事を突きつけただけで、救けないとは一言も言っていない。

 

「だから遠藤、この件はお前達を救けると言う『依頼』を僕達冒険者が受けるという、仕事の話だよ。其処は履き違えない様にね。ロア支部長、そういう事だからこの件はさっき貴方が言っていた通り『依頼』として受けるよ」

「ああ、良いだろう。上の連中に『仲間』と捉えられ、無条件で助けてくれると思われたくないからだな?」

「うん」

「…ゑ?」

 

先程ロアから、ホルアド支部長からの指名による天之河達の救出依頼を受けて欲しいとの要望されていたハジメはそれを承諾し、冒険者の『仕事』として救出に向かう事を伝えた。

香織達もハジメの心情を分かっている為か文句1つ言わず、その話を聞いて即座に己の武装をチェックし始めた。

 

「え、えっと、結局、一緒に行ってくれるのか?」

「だからそう言っているでしょうに。ほら、事は一刻を争うんだよ、早く案内して!」

「うわっ何で俺抱えられてんの!?」

「無駄口を叩かない!さっさと済ませて、早く戻るよ!玉井達が面倒を見てくれるとはいえ、ミュウを長時間待たせる訳には行かないし、こっちも用事って物があるんだからさ!」

「お前、本当に父親やってんのな…ハーレムは倍増するわ、ISみたいな物を作り出すわ…一体何がどうなったら、あの南雲がこう突き抜けるんだよ…」

 

その様子に戸惑いながらも救出に来てくれるのだと理解した遠藤、ただハジメの脇に抱えられ、ISによって空中を猛スピードで浮遊するというまるで意味が分からんぞ!と言いたくなる状況に納得いかなそうに呟いていたが。

ともあれ強力な助っ人が来てくれるという状況に心の余裕を取り戻したのか、未だ迷宮内にいる親友達の無事を祈り続けた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

50話_リタ―ナーズ

さて、天之河達の救出依頼を受けてオルクス大迷宮へと潜って行ったハジメ達の一方、ミュウの子守も兼ねて待機する事となった淳史達はどうしているのかと言うと、

 

「どわっ!?」

「きゃぁっ!?」

「うわっとと!?」

「危なっ!?」

「うぉっ!?」

 

其々が交代でミュウの面倒を見て、残るメンバーが少しでも戦える力を身に着けようと訓練に励んでおり、その一環として各員に支給されたヴィーフリ等の銃火器を使いこなせる様、射撃訓練を行っていた。

ハジメが作り上げた銃火器の有用性は、オルクス大迷宮に初めて潜ったあの頃ベヒモスを相手に少なくないダメージを負わせて足止めに成功する等の例を挙げるまでも無く高い、増してや今は神代魔法の1つである生成魔法を会得し、MSやIS、ストリボーグ等の強大な兵器を開発する等してハジメの錬成師としての技術力も別次元と言って良いレベルにまで上がっている、それを駆使して既存の兵器もマイナーチェンジが何度か行われたのである。

それを、量産性と扱いやすさと言う方向に重点を置いた『ファブリカ*1』モデルを開発、転落前の香織や幸利みたいな非力な人にも扱える程の軽量化や簡素化等の改良を施して作られ、それが淳史達に配布されたのだ。

自分達の主な仕事はストリボーグに乗り込んでの後方支援だったり、現時点でミュウの子守をする等の雑用だったりな役目だが、それも自分の身は自分で問題なく守れる位の実力を有していれば円滑に行えるし、ハジメ達だって安心して前線で力を振るえる、そう思った淳史達は交代交代でミュウの子守をしつつ、町外れの林で射撃訓練を行っていたのである。

ところがいざ発砲してみると、転移前から常日頃その訓練を行っていたハジメと、彼に付き従って銃器の扱いを学んで来た香織達と淳史達とではステータスも練度も全然違うとでも言いたいのか、終始銃に振り回されっ放しだった。

一応、ハジメ達が使用しているヴィーフリにも搭載された、クリス・スーパーVを基にした反動吸収システムはファブリカモデルにも採用されてはいる、だが最大の問題点をハジメは見落としていた。

それはこれらの銃器が使用しているボーク・スミェルチ弾の存在だ。

全元素で2番目に比重が大きいイリジウムを弾芯として採用した事で150gという銃弾としては常識外れな重さを有する事となったこの弾、それを20発込められるヴィーフリのマガジン一杯に詰め、それをグリップ後方にある機関部に装填したらどうなるか。

総重量4kg近くという、本体をも軽く上回る重量物が後方に圧し掛かる訳で、それによって極端な程の後重心と化し、銃撃の度に後方が暴れ回って狙いが定まらなくなってしまったのである。

一応はその対策も兼ねてフォアグリップをオプションパーツとして、ハンドガード部に設けられたピカティニーレールらしき機構に装着出来、淳史達もそれを予め装着して訓練に臨んでいたのだが、寧ろ4kg近くものバラストを加えた重量物の負荷が、狙いをつける為にフォアグリップを握る手、というより腕に圧し掛かってしまい、それに悲鳴をあげた腕が支えきれずに結局は反動で何処へ飛ぶか分からない代物と化してしまったのだ。

一方でサブアームとして同じく配布されたグローサのファブリカモデルは、リボルバーにしては重過ぎる重量とその割には強い反動の所為で長時間の使用には不向きではあったものの、此方は問題なく使用出来る様だった。

 

「とりあえずブルパップ方式は止めて貰おう、普通にグリップの前に機関部設ける感じにして貰おう。こんなじゃじゃ馬ライフル、俺達にはフルオートどころかセミオートですら扱えない」

「そうだね、玉井君。これ、どう考えても使いにくいわ」

「南雲っち達って、ずっとこれを使って戦って来たんだよね。色々とぶっ飛び過ぎでしょ…」

「俺も技能のお陰で敵を狙い撃ちするの得意だけど、これじゃあ狙うどころじゃ無いぜ…」

「モデルに取り入れた南雲も南雲だが、この基になった奴を最初に作った連中は皆頭おかしいだろ…」

 

ヴィーフリのベースモデルであるAsh-12.7みたいなブルパップ方式では無く、普通のアサルトライフルみたいなグリップの前に機関部を有する方式の小銃開発をハジメに要望する、という意見が5人の間で一致したのは言うまでも無い。

その要望が通ったかどうかはまた別の話だが、淳史達の間でハジメの銃火器=色々とぶっ飛んだ人向けという認識が広まった瞬間だった。

 

------------

 

地上において淳史達がヴィーフリの使いにくさを話し合っている一方、天之河達の救出依頼を受け、オルクス大迷宮に入って行ったハジメ達、ISの機能をフル活用した地形を物ともしない高速移動と、ハジメお手製の銃火器での魔物の蹂躙によって、ハジメの脇に抱えられている遠藤が「俺達の苦労は一体…」と呟く程の早いペースで下って行き、僅か十数分で二十階層に到達、其処で遠藤が制止する暇も無く、全ての切っ掛けと言って良いグランツ鉱石の罠を作動、あの六十五階層の奈落に繋がっている空間へと転移し、同時に出現したベヒーモスやトラウムソルジャー達を瞬殺しつつ奈落へと降下、天之河達が潜伏している隠し部屋がある八十九階層と同じ高さに到着した。

 

「さて、最終確認だよ。今回の依頼における目的は天之河達の救出。現在地点はその天之河達と遠藤が別れた八十九階層、魔力感知の反応から言っても未だ天之河達が此処に留まっている可能性が高く、そして此処で戦闘が行われている様子、其処に介入するよ。まず僕がメルキューレを用いた錬成で壁に穴を開け、突入口を作る。出来次第、各員は其々の行動に移る様に。香織は負傷者の治療を」

「うん、ハジメ君!」

「優花、雫は香織達の護衛を」

「ええ、ハジメ!」

「分かったわ、ハジメ」

「ユエとシア、ティオは魔物達の殲滅を」

「ん!」

「了解ですぅ!私のピサニエ・セドモイで抹殺!ですぅ!」

「うむ!妾のティスでBad boysを蜂の巣にしようぞ!」

「トシは僕と同行し、魔人族の女の制圧を頼む」

「お安い御用だ!俺の月光蝶に不可能は無い!」

 

ISならではのホバリングで空中を浮かんでいるという現実離れした光景に遠藤が唖然とする中、ハジメ達は予め打ち合わせしていた内容を確認する。

回復魔法の使える香織が治療担当だったり、月光蝶による無力化を行える幸利が制圧担当だったりと、一見すると適材適所と言えるポジショニングではあるが、それ以上に転移前は『三大女神』と呼ばれる人気者だった香織達をクラスメートの御守に回す一方で、少なくとも向こう側にいるクラスメート全員から嫌われている自分と幸利、彼等とは初対面なユエ達は離れる事で混乱を最小限に食い止め、余計な介入を阻止しようというハジメの考えから、この形となった。

確認を終えたハジメはメルキューレを展開し、壁を侵食するかの如くへばり付かせて錬成を発動、壁に大穴を開けて行き、

 

「よし!突入!」

「「「「「「「了解!」」」」」」」

 

貫通したのを確認したハジメの号令で、スプィーシカを取り出した香織以外の全員がヴィーフリを取り出し、揃って内部の方向へ構え、

 

「お、おい!?まさか!?」

「「「「「「「「撃っちゃうんだなぁこれが!」」」」」」」」

 

何をしようとしているのか理解して焦る遠藤を尻目に、一斉射撃を行った。

 

------------

 

「ふん、こんな単純な手に引っ掛かるとはねぇ。色々と舐めてるガキだと思ったけど、その通りだった様だ。然し、こんなガキに梃子摺るとはねぇ」

 

丁度その頃、天之河達対魔人族の女が率いる魔物の軍勢の戦いは、その趨勢を決しようとしていた。

最初に遭遇した際の戦闘で、一度は魔物の数に物を言わせて追い詰め掛けた一方で、人間族側の勇者である天之河の想像以上の実力を目の当たりにし、割り当てられた魔物の何割かを犠牲にしてしまった魔人族の女は、ただ魔物に襲撃させていては無駄な犠牲を増やすだけだと実感、作戦を変える事にした。

隠し部屋を発見してそれを塞ぐ壁を突破しようと攻撃する魔物達を切り伏せて現れ、皆を守って見せると言わんばかりに油断なく構える天之河に対し、周囲に待機させていたブルタールらしき魔物に命じて何かを持って来させた。

その光景に一体何だと言わんばかりに訝しむ天之河だったが、その持ち込まれた物を見て愕然とする。

それは七十階層で転移魔法陣を守っていたメルド、配下の騎士達と共に魔物の軍勢と遭遇して戦い、皆殺しにされた彼らと同様、瀕死の重傷を負っていたメルドだったのだ。

その姿に激昂した天之河がメルドを救けようと我を忘れて突進を敢行したのだが、それこそ魔人族の女の思う壺、待ってましたと言わんばかりに、牙の生えた馬らしき頭、某2秒間に1000発ものパンチを放つポケモンみたいな4本の腕と筋骨隆々の体躯を有した魔物が奇襲を仕掛け、咄嗟にガードの構えをとった天之河をそれごと粉砕、その後は少なくないダメージを負っていた彼を戦闘不能に追い込んだ事で勝敗は決したと言って良い。

戦闘が終わった事を物語る様に静かになった洞窟内、それを受けて隠し部屋に潜伏していた坂上達が警戒心を解く事無く出て来るが、その表情は、瀕死の重傷を負って馬頭の魔物に捕まっている天之河の姿を目の当たりにした事で絶望に染まった。

それを尻目に己の仕事を全うしようと改めて鞍替えの話を持ち掛けようとする魔人族の女、今では相手側の頼みの綱である天之河も、魔人族=諸悪の根源だと思い込んでいる為に持ち前の正義感から絶対話を聞かなかった天之河も口を挟む事は出来ない、そう判断して再び話を持ち掛けようとしたその時だった。

 

『ガァァァァァァァァ!?』

「な!?一体、何が起こっているんだい!?」

 

突如として響き渡った炸裂音と共に身体が蜂の巣の如く無数の風穴が空き、断末魔の悲鳴をあげて絶命していく魔物達、まさかの事態に魔人族の女が驚きを隠せなかったのは言うまでも無い。

一方、唐突に魔物達が次々と死んでいく光景に驚いたのは坂上達も同じと言えば同じではあったが、魔人族の女とは違ってそれを成し遂げている炸裂音の正体に覚えがあった。

まさかアイツらが、いやアイツらはこのオルクス大迷宮の奈落の底に落ちて死んだ筈、と魔人族の女とは別の意味で困惑しきりな坂上達、その疑問にお答えしますと言わんばかりに8人の人影がその場に突入、それは言うまでも無く、

 

「か、カオリンに、シズシズに、ユカリン?」

「うん、鈴ちゃん」

「ええ。雫よ、鈴」

「まあ色々と変わっちゃったけどね」

 

件の、オルクス大迷宮の奈落の底に消えた4人と行方不明だった筈の幸利、及び道中でハジメの恋人となったユエ達だ。

ハイパーセンサー、及びハジメとシアがXラウンダーによる近未来予知で戦況を把握、魔物達に捕まっていたメルドと天之河を確保して後方へと避難させて持ち場についた彼らは、こう、帰還を宣言した。

 

「ソロモンよ!」

「「「「「「「「私は帰って来た!」」」」」」」」

*1
ロシア語で工場



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

51話_『反逆者』達の無双

「皆、もう大丈夫だからね。『回天』っと」

 

魔人族側に捕まっていたメルドと天之河を確保し、此方側へ来た事を確認した香織は早速己の役目を果たすべく、適性のある回復魔法を発動させた。

流石に魔法陣は必要な為か王国から支給されたままになっていた、回復魔法用の陣が刻まれた杖を取り出したものの、魔力操作技能のお陰で詠唱する事なく即座に発動出来た香織、次の瞬間には、先程再会したばかりの頃の遠藤が軽傷に見える程、ズタボロになっていたクラスメート達とメルドの身体が、全くの無傷と言って良い状態にまで回復したのだ。

 

「へ?い、今、何を…?」

「え?回復魔法を使っただけだけど?」

「詠唱も無しに回復魔法を!?しかも今使っていたの中級魔法の『回天』だよ、カオリン!?」

 

魔人族の女と遭遇してからの壮絶な戦いが実は夢だったんじゃ無いかと言う程回復したり、それを成し遂げた中級回復魔法『回天』を詠唱せずに発動したりと、色々と現実離れし過ぎて思わず聞いた谷口に対し、香織はさもこれが普通だと言わんばかりに答えた。

勿論この光景は谷口が狼狽える通り此処トータスではあり得る筈の無い物、香織がオルクス大迷宮での壮絶な戦いを経て人間を半分辞めちゃったが故に起こせる物なのだ。

そんな騒々しい声を耳で聞いていたハジメと幸利は、向こうは香織達に任せれば大丈夫だと判断し、未だに状況を飲み込めない魔人族の女へと向き直り、メタ発言を交えた降伏勧告とも言える提案をした。

 

「さて、と。其処のちょむすけボイスの魔人族。今直ぐに降伏するなら殺しはしないよ」

「…何だって?」

 

それは魔人族の女及び彼女が率いる魔物達が、この救出依頼における最大の障害ではあってもハジメ達にとって『敵』ではないが故の最低限の慈悲だった。

然しながら魔物が未だ多数潜む中で普通の人間が言うような言葉では無い、それ故に理解が及ばなかった魔人族の女が思わず聞き返したが、聞いているのはこっちだと言わんばかりにハジメが発砲、魔人族の女の肩に止まっていた白い鴉型の魔物を撃ち抜いた。

 

「なっ!?」

「聞こえなかったのかな?死にたくなかったら降伏しろって言っているんだよ。分かるでしょ、僕達にはそれを可能にする力があるのが。お前、故郷にミハイルって名の彼氏を残して此処へ来たんだって?」

「な、何で、ミハイルの名前を…!」

「レイスとローゲン、だったっけか?十数万の魔物を連れて、ウルの町への襲撃を仕掛けていたのを捕えた2人組の魔人族から話は聞かせて貰ったぜ。お前が何故此処にいるのか、その訳も全てな」

「ば、バカな、あの2人が…!」

「そう。その2人と、連れていた魔物達は僕達に呆気なく屈したって事さ。お前も2人に続くと良い、悪い様にはしないよ?故郷の彼氏と死に別れるなんて悲し過ぎるでしょ?僕なら耐えられないね」

 

自分達の回復役である鴉型の魔物がいとも簡単に射殺されて驚愕する魔人族の女、其処へハジメ達は容赦なく畳みかける。

此処で名前の挙がったレイス及びローゲンは、言うまでも無くウルの町を襲撃した十数万の魔物を指揮していた魔人族の男2人の名であり、魔人族の女にとっては同じ部隊に所属する者同士、下された命令の内容こそ違うものの同じ時期に先遣メンバーとして人間族のテリトリーに侵入した者同士、それに選出される程の実力を認め合っていた仲だ。

その2人が、十数万の魔物を率いていたらしい2人が目前の人間達にあっさりと屈し、挙げ句の果てには自分達の情報をバラせるだけバラしていた、その事実に動揺を隠せない魔人族の女。

尚どうやってレイスとローゲンから情報を聞き出したか、それは言うまでも無く幸利の十八番である闇魔法によって2人を洗脳し、知っている限りの情報を洗いざらい吐かせたからであって、2人が自分の意志で降伏した訳では無く、まして話せるだけペラペラと話した訳でも無い事を一応明記しておく。

が、態々幸利の能力をバラす必要のないハジメがそうと受け止められる様な口ぶりで説明していた事もあってか2人が裏切った、寧ろあの2人は最初から人間族側と通じていて、先遣メンバーへ選ばれた事を頃合いと見て人間族側の下についたのだと、でなければ敬愛する、()()()()()1()()()()()()()()()上官から支給された魔物の数々もいながら人間族に屈する筈は無いと、先程その支給された魔物の数々が蜂の巣にされた事も、回復役である白鴉がいとも簡単に射殺された事も頭に入っていないかの様なご都合解釈をしてしまった魔人族の女は、

 

「アタシは魔人族の恥なそいつらとは違う!殺れ!」

「ほぉ?つまりお前は『敵』って事で良いんだな?」

 

人間族と内通していたと勘違いした2人への怒りの儘に勧告を突っぱね、それと同時に生き残っていた魔物達にハジメ達を殺す様に命令を下した、下してしまった。

これによってハジメ達は魔人族の女を『敵』と捉え、

 

「随分と半端な固有魔法だねぇ、大道芸かな?」

「いや、お前の手に掛かったらどんなに厄介な固有魔法持ちでも大道芸扱いだろ」

 

命じられるままにハジメ達へと襲い掛かったキメラらしき姿の魔物をハジメが片手で掴み、即座に錬成を発動させて体液等に含まれる金属を悪用し、体内をズタボロにしてその生命を奪い取った。

此処から始まるのはハジメ達と魔物達による殺し合いなんて生易しい物ではない、ハジメ達(化物)による一方的な殲滅、フリートホーフの拠点で起こったそれをより過激にした虐殺ショーだ。

 

「滅殺!ですぅ!」

 

キメラらしき魔物に続けと言わんばかりに襲い掛かって来たブルタールらしき魔物は、シアがピサニエ・セドモイをぶん回して撲殺したり、ヴァルを振り回してミンチにしたりし、

 

「クルィロの露と消えるが良い!」

 

身が小さかったが故に銃撃を食らう者が少なかったらしい黒猫らしき魔物は、クルィロを縦横無尽に操るユエのオールレンジ攻撃によって攻撃手段であろう触手を根こそぎ消滅させられた末に蜂の巣になる運命をたどり、

 

「F○ck offじゃ!」

 

ハジメ達みたく未来予知の固有魔法で銃撃を回避したと思しき四つ目の狼は、ティオが伏せ字にしないと書けない様なスラングを口にしながら見事なガン=カタを披露、未来を予知しての回避すらも読んだ銃撃で続々とその命を撃ち抜いていく。

 

「随分と呆気ない。真っ黒いトシの方が何千倍も骨があったよ」

「そのネタはマジで勘弁してくれ、マジで…」

 

例え彼女達が撃ち漏らしたとしても、ハジメが魔人族の女へと歩みを進める中でヴィーフリを片手で、地上で淳史達が使いにくいと口々に非難していたヴィーフリを片手で軽々と扱って魔物達を逃さず射殺、幸利もハジメの発言に凹みつつもグローサによる正確無比な発砲で射抜いた。

ならばと後方に狙いを変更し、クラスメート達やメルドを再び人質にとろうと考えて魔物達に襲わせようと命じるも、

 

「せいっ!はっ!とぉっ!」

 

雫がリェーズヴィエを右手に、グローサを左手に持ち、八重樫流剣術による剣撃で魔物達を両断している合間にノールックショットで遠方から来る魔物を撃ち抜き、

 

「たまには、こうしてバッタバッタと切り裂くのも良いわね」

 

優花がキンジャールを手に、ハジメ直伝の零距離格闘術(ゼロレンジコンバット)によるナイフ裁きを披露、零距離格闘術特有の『ウェイブ』と呼ばれる蛇みたいな動作を時折見せながら魔物達を次々と切り裂き、

 

「狙い撃つぜ!ってね」

 

後方からも香織がスプィーシカでレーザーを連射、魔物達を正確に射抜く為にそれは叶わなかった。

前方のハジメ達や遊撃を行っているユエ達に魔物はバッタバッタと倒される、ならば後方を攻めて勇者達を人質に取ろうとしても香織達が同じく殲滅するものだから結果は同じ、という理不尽というしかない状況に、それを作り出している、目前のあり得る筈の無い化物達の存在に恐怖し、何故あんなのが存在するのか、どうすれば生き残れるのかとの思いがぐるぐると渦巻き、身体の震えが止まらない魔人族の女。

 

「ほ、本当にカオリンに、シズシズに、ユカリン、なの…?

それに、前の方で戦っているのは、一体…?」

 

そんな状況が信じられないのは谷口達も同じな様で、彼女達は自分達を守っているのが『三大女神』と称される香織達だと気付いた一方でその変わり果てた姿と、魔物達を事も無げに殲滅するその容赦なさと転落前とは別次元の強さに戸惑いを隠せず、挙げ句に前方で戦う髪色が薄い2人の男がハジメと幸利だとは気付かず、ユエ達を含めた正体不明の戦士達が香織達と一緒に魔物達を駆逐しているとしか理解出来なかった。

 

「はは、信じられないだろうけど、男の方は南雲と清水だよ」

「「「「「「「「は?」」」」」」」」

「まあそうなるよな、けど紛れもない、南雲ハジメと清水幸利だよ。2人も、と言っても清水はちょっと違うけどな、迷宮の底で生き延びて、白崎さん達と一緒に這い上がって来たらしいぜ。此処に来るまでも、迷宮の魔物は完全に雑魚扱い、道中も僅か十数分の急行、マジあり得ねぇ!って俺も思うけど…事実だよ」

 

それを唯一知る遠藤が2人の正体を明かすも、にわかには信じられないといった様子でハジメ達による無双振りを眺めていたのは言うまでも無い。

 

「本当に、何なのさ」

 

それはさておき、そうこうしている内に魔物の数も殆ど残らなくなり、誰の眼から見ても勝敗は明らかな状況に追い込まれて力無く呟いた魔人族の女。

何をしようと全て圧倒的な力によって捻じ伏せられる理不尽に、諦観の念が胸中を侵食し、そして実感した、レイスとローゲンは裏切ってなどいなかった、ただ今の自分みたく圧倒的実力差を見せつけられ、理不尽な状況に追い詰められ、心が粉々に砕かれた末に何かしらの強力な洗脳能力によって情報を無理矢理吐き出されたのだろう、と。

せめて一矢報いようと、これで足止めしている隙に逃げ出そうと、とっておきの魔法を発動しようとするも、理不尽はまだまだ続いていた。

 

「数多の身に宿りし魔力(マナ)よ、我が呼びかけに応じ、我の号令(オーダー)に従え!我こそは全ての魔力を統べし者なり!見るが良い、魔人族の女よ!これがお前の仲間達を跪かせた力!『月光蝶』であぁぁぁぁる!」

「ぐ!?あぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

最後の望みだと言わんばかりに魔法を発動しようとした魔人族の女の背後に何時の間にか回っていた幸利が、格好つけでしかない詠唱を声高に叫んで『月光蝶』を発動、その紫を基調とした極彩色の魔力が殺到した。

 

(ミ、ミハイル、助け、て…!)

 

体内の魔力という魔力が暴走し、死に瀕するとはこの事かと言わんばかりの苦痛に苛まれながら魔力と同じ色の繭に包まれて行く魔人族の女。

意識を失う寸前に心の中で叫んだのは、故郷に残した恋人へのSOSだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

52話_再会後のあれやこれや

「皆、お疲れ。香織、メルドさん達の様子はどうかな?」

「あと少し遅かったら危なかったね。今は完治しているよ」

「流石は香織だ、ありがとう。メルドさんには色々とお世話になったし、人間族最強と言われる彼が抜ける穴は色々と大き過ぎるからね。雫達も護衛の方、ありがとうね」

「どういたしまして。流石に見殺しには出来ないものね」

「ま、あの程度の魔物は物の数にも入らないけどね」

「ユエ達も魔物達の殲滅、ありがとう」

「ん」

「お安い御用って奴ですよぉ、ハジメさん」

「礼には及ばぬ、ティスを使うての訓練にもなったしのぉ」

 

幸利が月光蝶によって魔人族の女を封印し、宝物庫に放り込んだのを確認したハジメは、後方でメルドやクラスメート達の治療にあたっていた香織達や、周囲で魔物の殲滅にあたっていたユエ達と合流、メルド達が無事であるという報告を受け、彼女達の働きに礼を言っていた。

 

「そしてトシ、魔人族の処断をありがとう。やっぱりトシがいてくれたのは大きかったよ」

「良いって事よ、俺にはあれ位しか出来ないから」

 

その際、此処にはハイリヒ王国騎士団長の身分であるメルドや、聖教に属する神の使徒という立場である天之河達がいる事を踏まえ、実際にはレイス及びローゲン同様に封印しただけで殺していないにも拘らず、魔人族の女を殺したと言いたげな表現で、それを行った幸利を称賛していたが。

 

「おい清水、何故彼女を…」

 

ところがその称賛に、幸利が魔人族の女を殺したとされる事に、噛み付かんとする者が何故か出て来た。

それは、神の使徒の立場にある者達の中でも、勇者という天職を有する事から彼らの中心と言って良い(元から中心人物ではあったが)存在、天之河だ。

ついさっきまで魔人族=諸悪の根源と捉えて寝返りの提案など一蹴していた筈の彼が何故魔人族の女を殺した幸利に噛みつこうとしているのか、その訳は魔人族の女とハジメ達との戦闘前の会話にあった。

イシュタルら教会側の人間から教えられていたのもあってか、それまでは魔人族の事を残忍で卑劣な知恵の回る魔物の上位的存在としか思っていなかった天之河、だがハジメ達が魔人族の女の彼氏の存在を、ミハイルという名の故郷に残して来た彼氏の存在を暴露した事で、魔人族もまた自分達と同じく、誰かを愛し誰かに愛され、譲れない『何か』の為に必死に戦っている、生きている『人』なのだと、自分達がやろうとしている事は紛れもない『人殺し』なのだと思い知ったのである。

その人として最も重大な罪の1つたる『人殺し』を躊躇なく行った幸利を見逃してはおけないと、今が人間族と魔人族の戦争状態である事も、人間族や教会関係者にとって魔人族は根絶やしにすべき『敵』である事も何時ものご都合主義で忘却の彼方へと押しやり、持ち前の正義感から『殺人犯』である幸利を追求しようとしていた。

 

「ねぇカオリン、色々聞きたい事はあるけど、まずメルドさんは大丈夫なの?見た感じ傷は塞がっているみたいだし呼吸も安定している、瀕死だった筈なんだけど…」

 

が、その追及は香織に色々聞こうとしていた谷口によって遮られた。

 

「メルドさんの容体は安定しているよ、さっきメルドさんを診察用の魔法で確認したけど、命に関わる状況は脱したよ」

「で、でもさっきも聞いたけど詠唱もしないで、中級魔法止まりの『回天』で其処まで出来るの!?」

「まあ其処は、色々あって鍛えてますから!」

 

最初に聞いたのは再会して直ぐに発動した回復魔法について、詠唱をする事無く中級回復魔法の『回天』を発動するという、しつこい様だがこの世界の人間族ではありえない事を成し遂げた事もそうではあるが、瀕死の重傷を負っていたメルドを中級程度の『回天』で無傷と言って良い程迄回復出来るのかという疑問も、状況が落ち着いた今になって浮かんで来た谷口、そんな彼女に香織は元祖おっさんライダーとして知られる仮面ライダーの口癖を交えて説明していた。

それを聞いて安堵した様に息を吐く谷口達、彼女達にとってもメルドは自分達にとってこの世界での恩師である為か、或いは自分達の為に騎士団総出で、命がけで戦った結果部下の大半が死んでしまった為か、メルドだけでも生きていた事は嬉しかったようだ。

それは天之河も同じだったが、それで魔人族の女を『殺した』件は忘れた訳じゃない、改めて幸利を追求しようと再び口を開こうとしたその時だった。

 

「其処ぉ!」

「がばぁ!?」

「こ、光輝!?南雲、てめぇ何で光輝を!」

「ああごめんごめん、ブンブンと煩い蚊が舞っていてね。それが偶々天之河の顎に止まっていたものだからつい、やっちゃったZE☆」

 

何とハジメが、天之河が幸利を追求しようとしていた事を察知して瞬時に接近し「言わせねぇよ!」と言わんばかりに、彼の顎に張り手をぶちかましたのだ。

幸利を追求しようとしていた時に動かそうとした場所へ強烈な一撃を貰った物だから舌を噛んでしまったらしく、口を抑えて悶絶する天之河、当然その暴挙が見逃される筈は無く、坂上がハジメに怒りをぶつけるも、当のハジメは明らかにふざけた言動で応じていた。

その煩い蚊って明らかに天之河の事だろとか、いややっちゃったZE☆じゃねぇだろとかツッコミを入れたかった坂上達だが、そのふざけた言動に反してこの場を支配せんと放たれた威圧を前に誰も口を開く事はなかった。

そんな坂上達を他所に、ハジメは未だに舌の激痛から悶絶したままの天之河に近寄り、その胸ぐらを掴みながら、

 

「そうだ、天之河。どうもお前は重大な勘違いをしている様だから言って置くよ」

「な、何を言って」

「トシが行ったのは殺人じゃない、

 

処刑だ。それも本来なら人間族の勇者であるお前達の役目である筈のね」

 

そう、言い放った。

 

「しょ、処刑だと!?」

「ああ、処刑だよ。今は亡きお前のお爺さん、弁護士だったんだって?なら『永山基準』って聞いた事はあるよね?あ、其処にいる永山の事じゃ無いよ。とある連続殺人犯の名字からその名で知られる様になった、日本の刑事裁判において死刑か否かを判断するボーダーライン、一般的には複数人を殺害したら死刑と言われている基準さ。あの魔人族の女は魔物という凶器を用いてお前達を殺そうとした末に、お前達を守ろうとした騎士団の人達を次々と殺害した。ほら、3人以上の殺害でしょ?それを踏まえればあの魔人族の女は死刑判決を下されても、何ならあの場で処刑されても文句は言えないよねぇ?」

 

ハジメの言う通り此処で挙がった『永山基準』の『永山』とは此処にいる永山の事では無く、1960年代に盗んだ拳銃を用いて4人を殺害した当時19歳の連続殺人犯の事を指しており、その刑事裁判の最高裁判決で提示されたものだ。

厳密には3人以上殺害しても死刑にならないケースは無くは無いのだが、今回のケースは計画的に魔物を配備したり逃げ隠れた天之河達を追い続けたり、道中にいた騎士団の面々を殺し回ったりしたのだ、刑罰が軽くなる事は無いだろう。

 

「だ、だが」

「そもそも今、人間族と魔人族は戦争状態。ただでさえ敵兵である魔人族が、人間族の騎士達を殺し回って許されるとでも?人間族側の捕虜になったら確実に、軍法会議が即座に死刑判決を下すよ、絶対に」

 

とはいえ今は人間族と魔人族の戦時下、平時での自国内における殺人犯と同列に扱う事は出来ないが。

然しながらそれは逆に、魔人族の女の地位とかこの戦闘における責任とか関係無しに、殺した自国民の数だけで死刑か否かが判断されると言う事。

それを鑑みれば3人以上も殺害した魔人族の女の刑罰が軽くなる事は、やはり無い。

 

「そしてその処刑の役目は本来、あの場では人間族の勇者であるお前か、神の使徒として呼び出されたお前の仲間のうちの誰かが行うべきだったんだよ。それをあの魔人族と彼女が率いていた魔物に後れをとった物だからトシがそれを代行したんだよ。感謝こそされども非難される謂れは無いね」

 

日本の法律(ハイリヒ王国で通じるかは分からないが)やこのトータスの社会情勢を、魔人族の女が『大量殺人犯』であり『倒すべき敵』である事を突きつけられた為か、反論しようという気勢も削がれ、言い返す言葉も無くなった天之河、そんな彼にハジメは軽蔑した様な、見下した様な表情でそう言い終えつつポイ捨てするかの様な動作で天之河を突き放した。

胸ぐらを掴まれていた事で上手く息が出来なかった為かゲホゲホとせき込みながらも、今にもハジメに飛び掛からんとばかりに睨み付ける天之河、そんな彼を診つつ下手な行動を取らない様抑える坂上も、他のクラスメート達も、ハジメの言葉に何処か渋い表情を浮かべていた。

言うなれば、ハジメの言い分は頭では理解してはいるものの、心の中では納得していない、魔人族の女を躊躇なく殺害した幸利も、その件で正論を用いて幸利を正当化しようとするハジメも、それを当然の事と受け止めている香織達も、彼らにとっては血も涙もない悪魔に見えて仕方なかったといった所か、いやもしかしたら極悪非道で知られていたハジメに正論で諭された事が納得いかないなんて幼稚な理由かも知れない。

そんなクラスメートの事など知ったこっちゃないと、障害を無力化したんだからさっさと帰るぞと言わんばかりに踵を返したハジメ達は、流石に此処へ来た時みたいに六十五階層の奈落を飛ぶ訳にも行かないので正規のルートで地上への道を歩もうとしていた。

それに気づいた天之河達が慌ててハジメ達の後を追って行く、何処かMMORPG等で強者たるハジメ達にくっ付いて行く寄生型プレイヤーの様な感じがしたものの、何時の間にか意識を取り戻していたメルドとの話し合いの末に承諾されたらしく、深く追求される事は無かった。

こうして地上へと帰還していく事となった一行、その道中で行く手を阻まんとする魔物の尽くを軽い感じで瞬殺していくハジメ達に改めてそのチート級の強さを実感したり、「中におっさんを飼っている」と転移前から言われていた谷口の中のおっさんが騒ぎ出したのか物凄くナイスバディな体躯となった香織達を質問攻めにしたり、彼女達のプラグスーツで強調されたゴム鞠の如き胸や尻肉を狙おうとして雫から物理的に止められたりと色々ありつつ、地上へと辿り着いた。

 

「ほらミュウ、パパのお帰りだぞ」

「パパぁ!お帰りなの!」

「ミュウ、ただいま!」

 

其処に広がっていた光景は、父親(ハジメ)の帰りを今か今かと待っていた(ミュウ)と、その御守をしていた淳史達の出迎えだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

53話_宣戦布告

「パパぁ!お帰りなの!」

「ミュウ、ただいま!」

 

オルクス大迷宮の入場ゲートがある広場に響き渡る幼女の元気な声、その主であるミュウは声を響かせながらステテテテー!と可愛らしい足音を立てながら一直線に父親であるハジメへと駆け寄って行き、そのまま飛び込んだ。

此処で、突っ込んできた幼女の頭が腹部に直撃して悶絶する、というのがアニメとかにありがちなパターンではあるがハジメはそんなヘマはしない、ミュウに怪我などさせないと言わんばかりに衝撃を流しつつ、しっかりと受け止めた。

 

「今帰ったよ、ミュウ。良い子でお留守番していた?」

「うん、お兄ちゃん達やお姉ちゃん達が一緒に遊んでくれたの。だからパパがいなくても大丈夫だったの」

「お前達を待っている間、我儘を言う事も、勝手な行動をする事もしないで待っていたんだぜ。四歳とは思えない位出来た子だよ、余程お母さんの育て方がしっかりしていたのかな」

「おぉそうか、偉いねミュウ!流石はパパ自慢の娘だ!」

「えへへ、ありがとうなの、パパ!」

「いや南雲、お前ミュウの父親になってまだ2日目だろ、お前が此処まで育てた訳じゃないだろ」

 

此処ら辺は流石に年相応だなぁと、父親が受け止められないとは端から思っていないかの様なミュウの突撃に何処かほっこりしながら、待っていた間のミュウの様子を尋ねたハジメ、返って来た答えはしっかりすべき所はしっかりしている、まだ見ぬミュウの母親の出来た一面を垣間見れる物だった。

そんなミュウを親バカ振り全開で褒めるハジメ、そんな彼にツッコミを入れたり「完全に父親している…」と近い内に来るかも知れない別れの時にどうなるのか懸念したりしている仲間達の一方、クラスメート達はどういう訳か「まさか父親になっているなんて!」と驚きに包まれ、誰もが母親は一体誰だと、香織と雫、優花といった転移前からの恋人に加え、ユエとシア、ティオといったこの世界でハジメと想いを通じ合わせた美女達、あろう事かハジメとはそういう関係じゃない妙子と奈々にまでその邪推の対象を広げていた。

冷静に考えれば行方不明中の三ヶ月で四歳位の娘が出来るなんて有り得ないし、明人もハジメにツッコむ際に彼がミュウの父親であるとは言っても義理である事を明かしているのだが、度重なる死闘の果てに何とか死地から生還する中で色々と衝撃の事実を突きつけられたせいで、その冷静さが失われていたので見事に勘違いが発生していた。

そしてそんな勘違いは、ハジメに敵意を抱いている存在に行動を起こさせるには十分な物だった。

 

「待つんだ香織、雫!それに園部達も!躊躇なく人殺しを行う清水や、それを屁理屈こねて正当化する南雲とこれ以上一緒にいてはいけない!」

 

言うまでも無いが、天之河の事だ。

躊躇なく人殺しを行う、という所でハジメ達と再会するまでの所業がフラッシュバックしたのか一瞬渋い顔をした幸利だったが天之河がそれを知る筈は無いので、続けて言ったハジメの件も加味して魔人族の女の事を言っているのだろうが、その件はあの場において必要な行動であり、それに対するハジメの言い分も屁理屈では無くれっきとした正論である。

それを思い出した一行、更には遠藤が騒ぎ立てた為に事の次第を何となく理解していた周囲の面々からも一体何を言っているんだコイツはと言いたげな目を向けられていたが、天之河は止まらない。

 

「君達も清水や南雲から離れるべきだ!南雲は無力な女性を無理矢理犯して子供を作らせた挙げ句、人殺しという重罪を犯した清水を、屁理屈並べて黒を白に変えようとしている外道な男だ!今もそんなコスプレみたいな恰好を強制させて悦に浸っている、女性をコレクションか何かと勘違いしているんだ!最低な奴だ!俺は南雲達とは違う、これ以上その男達の所にいるべきじゃない!俺達と一緒に行こう!君達程の実力なら歓迎するよ、共に人々を救うんだ!」

 

説得(と本人は思っている)の為に香織や雫、優花達クラスメートに向けられた視線がユエ達に転じられ、ハジメが如何に悪い奴かを(事実無根にも程があるが)声高に叫び、爽やかな笑顔を浮かべながら手を差し伸べた。

その手を向けられたユエ達は…

 

「うわぁ…」

「痛々しいですねぇ、この人。話には聞いていましたが予想を遥かに越えて来たですぅ」

「呆れたBad boyじゃのぉ、こ奴は。さような妄言をハジメ殿達が元居た世界の民は信じ込んでおったのか、信じられぬのぉ…」

 

まあ、予想通りと言うべきか、ドン引きしていた。

事実無根にも程があるハジメの悪評を並べる天之河の痛々しい言動が精神攻撃となったのか、ティオの露出した素肌に鳥肌が立っていた、恐らくはユエ達も同様だろう、そんな気持ち悪い奴の言葉などこれ以上は聞きたくないと言わんばかりにハジメの影にそそくさと退避していた。

そんなユエ達の姿に、手を差し出したまま固まった天之河、恐らくは提案を拒否するどころか、視線を合わせず、気持ち悪い奴といわんばかりに退避するその姿にショックを受けたのだろう、そのショックは再燃した怒りとなった。

 

「決闘だ、南雲ハジメ!俺が勝ったら二度と香織と雫には近寄るな!そして、其処の彼女達も全員解放して貰うぞ!はぁぁぁぁ!」

「な!?バカ、止まれ光輝!」

 

聖剣を引き抜き、突きつけながらハジメに、香織達の身柄を賭けた決闘を申し込む天之河、そのままハジメの返答を聞く事も無く、その実力差を痛感していた坂上が止めるのも聞かずに突っ込み、剣撃が届く間合いとなった所で袈裟斬りの要領で振り下ろした。

この世界の人間族から逸脱したステータスに、一時的にそれを三倍に上昇させる技能『限界突破』をも駆使して数瞬の内にハジメへと肉薄した天之河、(ハジメの仲間以外の)誰もがその剣撃がハジメを捉えたと確信し、天之河は決闘の勝利を確信した。

だが「すぽっ」という間の抜けた音がした次の瞬間、振り下ろした筈の聖剣の感触が手から感じられなくなり、ハジメに届く筈のその斬撃は最初からなかったと言わんばかりに、その両腕が虚空を薙ぐだけに終わった。

まさかの事態に一瞬唖然とした天之河、だがその間に膝蹴りを放って来たハジメの、今まさに天之河の顔面を捉えんとしているその膝頭が視界に包まれた。

 

「せいやっ!」

「がぁっ!?」

 

袈裟斬りを放つ勢いを抑え切れず身体が流れた所に、顔面を捉えた膝蹴りが直撃し、余りの威力によって一瞬で昏倒した天之河、一方で秒殺といって良い速さで天之河を無力化したハジメの左手、厳密には左手の人差し指と中指の間には、天之河が持っていた筈の聖剣、その刀身が挟まれていた。

そう、天之河の聖剣による袈裟斬りがハジメの身を捉える直前、左手の指二本だけで白刃取りをし、剣撃の勢いを逆手にとって聖剣を抜き取って見せたのだ。

こう文章に記すと激昂する天之河の剣撃をハジメが事も無くさばいて見せたと捉えられそうだが実際はそんな簡単な事じゃあ無い、只でさえこのトータスにおいてチート級のスペックに加え、幼少期より雫の家の道場に通って八重樫流剣術を修めた事で剣の技も一級品と言って良い天之河の剣撃を、増してたった2本の指で白刃取りするなど無理難題と言って良い、最早化物と言えるスペックとXラウンダー等の強力な技能が成せたと言っても過言では無いのだ。

 

「勝ったら香織達の身柄を渡せと、そっちが賭けを申し込んで来たんだ、僕が勝ったのだから相応の物を戴くよ。そうだね、この聖剣で良いかな。おいトシぃ、コイツの調整頼むよ」

「分かったけどその呼び方やめろやハジメ。お前は松平のおやっさんか、そんで俺は土方十四郎か?」

「何言ってんのトシ、トシは寧ろヅラの方でしょうに」

「ヅラじゃない、桂だってやらせんなよお前!」

「そしたら遠月学園十傑の第一席?」

「俺の皿に宿ってくれって俺は司瑛士か!?」

「なら十二鬼月の上弦の参かな?」

「死んでくれ杏寿郎って猗窩座か!?随分タイムリーな奴出すな!」

「じゃあ青髭のマスター?」

「超クールだよあんたって縁起でも無い奴出してんじゃねぇぇぇぇ!」

 

そんな超人技を事も無げに行って見せたハジメは、賭けに勝った報酬と称して奪い取った聖剣を手に、男は1さえ覚えて置けば生きていけると豪語する警察庁長官みたいな呼び方で幸利に調整を頼んだ。

その呼び方にツッコミをいれ、それに乗っかってメタいネタでボケ倒すハジメと漫才みたいなやり取りを繰り広げながらも承諾した幸利、淳史達と一緒に来ていたロアに依頼を完遂した事を報告してその報酬を受け取り、彼らはホルアドを後にした。

 

------------

 

それから一時間掛けて次なる大迷宮が存在する神山、その麓に位置するハイリヒ王国の王都に到着した一行を載せているストリボーグだが、

 

「こ、これは!?」

 

そのカメラ越しに映った光景、それを見た一行は驚きを隠せなかった。

其処に映っていたのは、建物の所々に返り血が舞ったであろうシミが広がり、王宮は戦闘によって全域が崩されたのだろうか瓦礫の山と化し、それを実行したと思しきヴァスターガンダムが待機形態で直立し、そして、

 

「民よ、今こそ立ち上がるのです!ハイル・ハイリヒ!」

『ハイル・ハイリヒ!』

「ハイル・ハイリヒ!」

『ハイル・ハイリヒ!』

 

その前でプラグスーツ*1を身に纏ったリリアーナが、銀髪の女性らしき容貌を驚愕に染めた、血と思しき赤黒い液体を流出させる人の頭部を手にし、眼前に集った民達に決起を呼び掛け、彼らが応ずる様に叫ぶ光景だったのだから。

*1
エヴァンゲリオン新劇場版Qにて真希波・マリ・イラストリアスが身に着けていた物を基とした胴体部分がピンク、両腕部分が白、両脚部分が黒のモデル




ハジメと幸利のやり取りで出て来たネタですが、

ヅラ…桂小太郎(銀魂)
司瑛士(食戟のソーマ)
猗窩座(鬼滅の刃)
青髭のマスター…雨竜龍之介(Fate/Zero)

言うまでもありませんが、幸利の担当声優である石田彰さんの担当キャラ、つまり毎度ながら中の人ネタですw

さて、今話をもって第四章は終了、第五章からオリジナル展開となります。
そして次章から鬱展開及びリリィのハートがフルボッコにされる展開が続きます。
鬱展開が苦手な方、リリィファンの方、すいません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5章『閃光のリリアーナ』
54話_追憶・運命の存在


それは昨晩、いや時間的に今日未明と言うべきか、そんな闇に包まれたハイリヒ王国の王都にて、

 

「久しぶり、リリィ。大体三ヶ月振りかな」

「お久しぶりです、ハジメさん…!

こうして再びお会い出来た事、実に嬉しく思います、本当に、本当に会えて良かった…!」

 

ハジメが王宮に、その中のリリィが居住する一室に潜入した所まで遡る。

 

「然しハジメさん、何故この時に尋ねられたのですか?私が起きていたから良かったものの…」

 

死んだと思われていたハジメが生きていたと知り、内心は嬉しくて仕方なかったリリアーナではあったが、夜更けに自分の部屋へ忍び込んで、というシチュエーションは流石に怪し過ぎた為か、嬉しさ故に躍る心を抑えつつその訳を聞いた。

 

「詳しくは今から話す事に含まれているけど、今僕達はこの世界の人達に喧嘩を売りかねない事をやろうとしている。そんな僕が此処ハイリヒ王国の王女である君と親密な仲だと分かったら君の身に危険が及びかねないからね、こうしてお忍びで尋ねるしか無かった。そして今日を境に僕達へのこの世界の人達の敵意は爆発するだろう、その前にどうしても君に会いたくて、ね」

 

その訳を説明しながら、ハジメはオルクス大迷宮の奈落に転落してからの日々を、この世界の真実を、聖教が信仰する『エヒト』ことエヒトルジュエの本性を、ハジメ達が今でも帰還する事無く各地を旅するその目的を、全てリリアーナに話した。

最初は信じられないと言いたげな戸惑いを露わにしたリリアーナ、それも無理は無いだろう、自分が今の今まで信仰していたエヒトが実はとんでもないクズでした、なんて信じろと言う方が無理な話である、寧ろ「主をクズ扱いするとは何事か!」とキレなかっただけ彼女は年の割に大人と言えるだろう。

然しながらハジメがそんなあからさまな嘘をつく人では無いという事は、リリアーナはよく理解していた、地獄と言うしかない旅の道中でその真相を、それを裏付ける様々な事柄を知り、エヒトルジュエを倒さねばという決意に至り「おいおいこれ別のアニメに出す奴じゃねぇの!?」とゾルタン・アッカネンばりにツッコまれかねない様々な銃火器や兵器を開発したのだろうと、彼女はその話を受け止めた。

 

「その追及の魔の手は、君にも及ぶだろう。転落前から君とは仲良くして貰っていたからね。その仲の良さに付け込んで、君を人質にとろうと拉致しかねないと僕は思う。そんな君へと伸ばされる魔の手を、出来る事なら僕達が振り払いたい。だけどそれは不可能と言うしかない、いざとなれば君自身がその魔の手から逃れるしかないんだ。その為の術を君に渡す為に、今日この時に忍び込んできたって訳さ」

 

そんなリリアーナの心中はさておき、一連の話を終えたハジメはその『魔の手から逃れる術』を、IS等の兵器を起動する為のデバイスを、彼女の右手に装着させ、プラグスーツやグローサ等の銃火器も手渡した。

 

「ありがとうございます、ハジメさん。成るべくならそういう事態が来ないに越した事はありませんが、今の話を聞いて合点がいく事があったので、この力に頼る事態に至るかもしれません…」

「合点?」

 

そんなハジメの気遣いに礼を言いながらも、かねてから不穏な気配を感じ取っていた為か何処か渋い表情を浮かべるリリアーナ、それが気になったハジメに、彼女はその経緯を話し始めた。

 

「はい、実はここ最近、ハジメさん達の所在等を調査すべく、王国内外問わず人間族が領有する各所へと軍隊が派遣されている様なのです。最初はハジメさん達の生存が報告されたのを受け、貴方達を再び王国に迎え入れる為なのかと思いましたが、その詳細を調べていたらしいヘリーナの話によるとどうも様子がおかしいのです。ハジメさん達に異端者の疑いがあり、その裏付け捜査を行っているらしいのです。もしかしたら…」

「だね。どうやら僕達がエヒトルジュエ討伐の為に暗躍している事を聖教教会が既に察知したか、或いは『解放者』の時と同様にエヒトルジュエ本人が眷属を通じて聖教関係者に命じたか、どちらにせよ案の定、ハイリヒ王国を通じて僕達をこの世界の敵と認定し、排除しようという腹積もりで来たか。それを見越して色々動いた甲斐があったね」

 

とはいえそれはハジメ達の想定内の事態、そうなる事を、自分達が異端者に認定される事を想定して様々な手を打ち、異端者認定される事で発生するだろう懸案を潰して来たのだ、今更と言えば今更ではあるし、その『様々な手』もリリアーナは説明を受けていた。

然しながら、リリアーナの表情からは安心したと言いたげな様子は感じられなかった。

 

「大丈夫だよ、リリィ。聖教が信仰するエヒトルジュエを討伐すると決めた以上、異端者の烙印を押される事は避けられない、そうなっても大丈夫な様に今まで手を打って来たんだよ。君が気に病む事は無いさ」

「…はい」

 

そんなリリアーナの様子を察したハジメが、彼女を安心させるべく頭を撫でながら諭す様に言葉を重ねる、最初は驚いたリリアーナだったが、撫でられる感触が心地よかったのか、或いはハジメの言う事を理解したのか、表情から不安の色が消えていた。

 

「さて、と。またねリリィ。今度会う時は、そうだね…

エヒトルジュエの討伐が果たされた時、かな?」

「あ、はい。ではまた、会える日を楽しみにお待ちしておりますわ」

 

------------

 

「ご安心下さい、ハジメさん。貴方達を異端者に、この世界の敵に認定等させはしません。例えこの身を賭してでも、

 

どんな手を使ってでも」

 

ハジメが去った後の部屋の中、其処でリリアーナは、とある決意を固めていた。

エヒトルジュエ討伐と言う、この世界の人間族に喧嘩売っているのと同じ事をしようとしているハジメ達、それ故に例え異端者に、トータスにおける敵に認定されたとしても良い様に動いて来た。

異端者に認定されても物資等の補給が出来る様に冒険者ギルド・フューレン支部長という要職に就いているイルワの後ろ盾を、彼からの任務を完遂する事で得たり、愛子やリリアーナというアキレス腱を補強すべく今こうしてMS及びその関連武装を配布したりした結果、彼らにとって懸案となる要素はもう無い、異端者となった所で不都合となる事などほぼ無いと言って良いのだ。

そんなハジメ達にリリアーナのこの決意は、それに基づく行動は余計なお世話かも知れない、もしこの場にハジメがいたとしたら「僕達の事は大丈夫だから、君が無駄に手を汚す必要は無いんだよ」と諭していたかも知れない。

それでもリリアーナは、香織達という生まれて初めて出来たと言って良い親友達が、何よりハジメという想い人が異端者に認定されるなど耐えられなかった。

オルクス大迷宮の奈落に落ちた為に死んだと思われていたハジメ達4人、彼の大親友だった幸利ですらもその生存を絶望した状況になって初めて自覚したハジメへの溢れんばかりの想い、何故彼らの為にもっと動かなかったと後悔の日々を送った彼女だったが故に、彼らが生きていたと分かった時は、そしてついさっきまでこうして相まみえた時は、それはそれは嬉しさで胸が一杯になった。

そんなハジメ達を異端者に認定し、トータス全土をあげて彼らを排除するなど冗談では無いと、この世界を遊び道具の様に扱う邪神を討伐しようとしてくれる彼らを敵と見なすなどあってはならないと彼女は、その認定を行う父エリヒドやその重臣達に、異端者認定を思いとどまる様説得する決意をした。

もしかしたら決定を下す(父親)も、決定に関わる重臣達も翻意させる事など出来ない迄に状況は悪化しているのかも、説得するには既に手遅れになっているのかも知れない、今更ながら再び彼らの為に何故動かなかったのかと後悔の念が沸き上がった。

 

なら、その決定に関わる重臣達も、決定を下す父親()すらも皆殺しにしてでも、決定権のある王位を奪い取ってでもハジメ達の異端者認定を握り潰すまで。

 

そんな正気の沙汰でないと言われそうな決意を固めたリリアーナは突如、ハジメがホルアドへ向かう前日に託されたギターラを取り出し、激しくかき鳴らし始めた。

リリアーナが、ハジメが王都にいた頃に彼の弾き語りを聞くべく毎日の様に足繁く通っていたのは以前にも話したが、それを通じて何とギターの弾き方、ハジメが歌っていた曲のテンポや歌詞、音階に至るまで全てを覚え、完璧と言って良い程己の持ち歌にして見せたのだ。

そんな彼女が選曲したのは、例え己の全てを投げ捨ててでも『何か』の為に戦う戦士の曲…!

 

「蒼ざめた瞳 見つめる炎

今全てを 捨てる時が来た

想い出す事も 悲しむ事も

許されずに 闘い続ける」

 

ガンダムシリーズの1つ、所謂『宇宙世紀』シリーズの外伝OVAとして製作されたアニメ『機動戦士ガンダム0083 STARDUST MEMORY』の第二期オープニングテーマ『MEN OF DESTINY』である。

全てが手遅れだと、説得など不可能だと感じたらクーデターを起こす事も辞さないと決めた彼女、たった今歌っているその曲の歌詞は今の彼女を表現するにぴったりだと言って良いだろう。

父親を始めとした家族も、親しき重臣達も、王女としての地位も何もかも捨ててでも、エヒトルジュエを討伐すべく戦うハジメ達の、それによって救われるであろうハイリヒ王国の、このトータスという世界の為に闘うと誓った彼女、一度弓引いたからには家族との思い出を回想する事も、敵対してしまった事を悲しむ事も許されず、

 

「今日で命が 燃えつきるとしても

それでも人は 明日を夢見るものか

それが運命でも」

 

恐らくハジメ達一行及びその協力者の中で最も狙われ易く、命を落とす可能性の高い自分自身、それでも愛する人達の為、生まれ故郷の未来の為を思い、この出会いを運命と見定め、

 

「絶望の宇宙(そら)に 吹き荒れる嵐

未来は誰の為にある

滅びゆく世界 駆け抜ける嵐

選ばれし者 MEN OF DESTINY」

 

このトータスがエヒトルジュエの遊び道具でしか無かったという絶望を変えるべく、ハジメ達が発生させたガンダムという嵐、未来はエヒトルジュエ等というクズの為にあるのではないと、そんなクズの遊びによってトータスを滅ぼさせはしないと、ハジメ(運命の男)に付いて行く事を決めたリリアーナの揺るぎない決意が籠った弾き語り。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

55話_その名はリリアーナ・ハイリヒ

※閲覧注意
今話以降、リリアーナへのハートフルボッコな展開が続きます。
リリィファンの方は特に、注意が必要です。


行方不明だったハジメとの思わぬ邂逅から数時間後、空に朝日が昇り、ハジメ達がホルアドに到着した頃、リリアーナはこの後の行動に向けて、ハジメから受け取った武装の準備を進めていた。

お抱えのメイドであり、自分の下で秘密裏に拘禁している檜山達の管理等表に出せない事でも力になってくれているヘリーナに事情を『多少伏せて』説明、彼女の手伝いでプラグスーツに着替えてISを展開。

ヘリーナが退室した後、2丁あるグローサのシリンダーをスイングアウトしてボーク・スミェルチ弾を装填、ヴィーフリ及びヴァイクロップスもマガジンを外して弾を込めて装着し直し、弾が装填済みの給弾ベルトをヴィントレスに取り付けた。

カスチョール及びヴィーフリの銃身下部レールに取り付けられたアブーフカに専用の40×46mmグレネード弾を込め、それを既に装填した給弾ベルトを、ハジメがオルクス大迷宮で開発した銃火器の1つである自動式グレネードランチャー『プラミヤ*1』に取り付ける。

こういった銃火器やMS等の兵器の扱い方は、ISに搭載されている電子取扱説明書的な機能で教えて貰ったからか、初めて使う上に現代兵器の『げ』の字も分からない筈のリリアーナにしては問題なく準備を進められていた。

こうして安全装置を解除さえすれば何時でも発射出来る状態にした銃器を宝物庫内のパーソナルスペースへ次々と転送し、

 

「ハジメさん。どうかこの国の、この世界の未来を切り開く為に、私に力をお貸し下さい」

 

最後に、2丁あるグローサのうちの1丁を両手で握りしめ、まるで祈りを捧げるかの如く額に付け、これら武装(強大なる力)を授けてくれたハジメに縋る様な言葉を口にしてから宝物庫へ送り、ヘリーナを呼び戻してプラグスーツの上にドレスを着用してから部屋を出た。

これから行方不明になっているハジメ達の捜索、という名の身辺調査を行っていた兵士達からその結果が報告され、それを基に重臣らが集まって今後の対応が協議される予定だ、その場には王族であり政治にもある程度関わっている自分も参加する事になっている。

もしかしたらその場でハジメ達を異端者認定する決定が下されるかも知れない、ハジメの恋人であり彼らの教師でもある愛子の作農師としての実績を踏まえれば、彼女の気質も相まって大それた事は出来ない筈だが、どうも最近、今まで以上に聖教教会に傾倒して『エヒト』を崇める様になった両親や重臣達の様子を見たらそれも怪しいかも知れない、そもそも何処か機械的と言うか、上層部のイエスマンみたいになってしまった兵士達がその意向を汲んで悪い報告をしているのかも知れない。

とはいえまだこの時は、ハジメから直接聞いたウルの町における魔物の大軍との戦いやフューレンにおけるフリートホーフ摘発といった活躍と、愛子の存在をあげて理性的な対応を求めれば、それを王族である自分が求めれば父であるエリヒド王も考え直してくれる可能性はあるんじゃないか?という考えがリリアーナにはあった、天之河の横槍で有耶無耶にはなってしまったが自分の告発を受けて檜山達がハジメに仕出かした悪行を罰しようとした事もある、それを踏まえれば今回も自分がその報告をし、考え直す様求めれば無碍にはしないかも知れないと彼女は思った、銃火器の類を『ほぼ』全て宝物庫に保管したのも、着付けをするヘリーナを驚かせない為というのもあるが、話し合いの場に武器の類など必要ない、それを持ち出したら話し合いという名の脅迫になってしまうという理由が大きかったからだ。

あくまで何もかもが手遅れになったと分かったら銃火器の使用も、父エリヒドや重臣達を皆殺しにする事も、力に物言わせた王位の奪取(クーデター)も辞さないだけで、使わないに、話し合いで解決出来るに越した事は無い、それがリリアーナの考えだった。

 

ところが、事態はそんなリリアーナの想いなど通じないと彼女が思い知る程悪化してしまっていた。

リリアーナもその場に加わって始まった協議の場、やはりと言うべきかハジメ達の此処最近の動向についてかなり悪し様に報告されていた様で、エリヒドは即座にハジメ達を異端者として認定する旨の決議をとり、重臣達もこぞって賛成の意を示した。

とはいえそれはリリアーナの想定内の事態、其処で彼女は賛成一色に染まる重臣達を制止しつつハジメ達の功績を報告し、豊穣の女神として名高い愛子の存在も引き合いに出して考え直す様、せめて慎重な対応を取るべきだと主張した。

だがリリアーナの想いなど知った事かと言わんばかりにエリヒドは決議を強行、止めようとする彼女を信仰心が足りない等と叱り飛ばし、挙げ句には娘では無く敵を見る様な目で、これ以上発言したらお前も同じく異端者とするぞと脅し、重臣達もそれに追従するという光景を目の当たりにして漸く理解した、理解してしまった。

 

もう、自分の愛する家族も、親しき重臣達も邪神の手で洗脳され、憎き敵の操り人形と化してしまったんだ、何もかもが手遅れになってしまったんだ、と。

 

そう確信したリリアーナの行動は早かった。

 

「其処まで、其処まで邪神に魅入られたかエリヒドォォォォ!」

「な、ぐぁっ!?」

「へ、陛下!?」

 

最早自分の手ではどうにもならないと思い知った絶望の叫びをあげながら懐に忍ばせていたもう1丁のグローサを抜き取ってエリヒドへと発砲、ISを展開していないが故にハイパーセンサーは使えず、グローサに設けられた照準器も使わないクイックドロウなのでアバウトにしか狙えず、PICの補助も無いので発砲の反動でブレるも、放たれたボーク・スミェルチ弾は標的であるエリヒドの腹部に直撃した。

まさかの事態に慌てふためく重臣達と、食らった位置が位置であるが故か激痛で指示の出せないエリヒド、その隙を突いてリリアーナはドレスを早脱ぎしてプラグスーツ姿となり、ISを展開、ヴィントレスを取り出して構えた。

 

「もう一度言います。今直ぐにハジメさん達を異端者に認定する決議を撤回しなさい。さもなくば貴方達を全員殺してこの決議を握り潰します!」

「だ、誰か!ハイリヒ王家に、エヒト様に牙剥くこの逆賊を討て!」

 

これが最後通牒だと言わんばかりにヴィントレスの銃口を向けながら要求を突きつけるリリアーナ、だがエリヒドがそれを聞き入れる事はなく、それどころか全く耳に入っていないと言いたげな様子で、今出せる限りの声で王宮内にいるだろう兵士達を呼び出し、リリアーナを処刑する様命じた。

最早自分の事など娘でも何でもない、王家に、エヒトに牙を剥いた『異端者』としか見ていない事実に今一度胸が締め付けられる様に感じたがそれを顔に出す事無く、

 

「交渉の余地なし、ですか。では仕方ありません。己の愚かさを恨みながら散りなさい!」

『ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』

 

ヴィントレスを乱射、ISが有する各種機能のサポートを存分に活用し、この場から逃げ出そうとする重臣達を寸分の狂い無く射殺していく。

この場に生きている者が自分自身とエリヒドのみ、つまり重臣達全てを撃ち殺したタイミングで外が騒がしくなるのを聞き取ったリリアーナ、恐らくはエリヒドが呼び掛けた兵士達が駆け付けたのだろう、それを見越して今度はプラミヤを展開した。

 

「弾が勿体ありませんし、これで殲滅します!」

「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「我が怒りよ、雷となりて、敵を討たん!狙い打ちます!」

「あぐっ!?」

 

扉が開かれる瞬間を狙って何発かの対人榴弾を発射、扉の前にいた兵士達は勿論、その横、つまりは壁を隔てた向こう側にいた兵士達すらも巻き込んで蜂の巣に変え、その大軍に風穴が空いたのを見たリリアーナは扉の前へと急行しながら、今度はヴァイクロップスに持ち替えると共に詠唱、彼女用に組み込まれた魔法陣を起動させて高圧電流を流し込みレールガンの機能を働かせ、秒速数kmのボーク・スミェルチ弾が一直線に並んだ兵士達を皆揃って消し飛ばした。

これで後は深手を負ったエリヒドのみ、そのエリヒドをも撃ち殺さんとグローサに持ち替え、余りの惨状にへたり込んでいる彼へ1歩、また1歩と歩みを進めていく。

 

「おのれ、おのれリリアーナ!貴様、血迷ったかぁぁぁぁ!」

「貴方が悪いんだ!貴方が裏切るからぁぁぁぁ!」

「ぐぅっ!?」

 

その圧倒的な力に、鬼気迫る姿に恐れをなしながらも、あくまでも自分は悪くない、悪いのはエヒトルジュエに刃向かうハジメ達及びそれを擁護するリリアーナだと言わんばかりに非難の声を上げるエリヒド、そんな父にリリアーナは己の想いの丈を叫びながら、眼から一筋の涙を流しながらグローサを発砲、放たれたボーク・スミェルチ弾はエリヒドの右眼から脳内を貫き、今度こそその命を刈り取った。

 

「あ、姉う、うぐっ!?」

「り、リリアーナ、これは、きゃぁ!?」

 

そんな騒ぎを聞き付けたのだろう、母であるルルアリア王妃は政治の表舞台に出る立場を取らない事から、弟であるランデル王子はまだ年端もいかない身である事から、共に協議の場に参加していなかったのだが、ただ事では無いと判断して急行、リリアーナが起こしたその惨状を目の当たりにして言葉を失った。

だが既に親しき重臣達も、父であるエリヒド王を射殺したリリアーナの辞書に自重という文字は無かった、その存在を認識するや否や即座にグローサを発砲、ルルアリアは心臓部、ランデルも首元を貫かれた。

 

「あ、姉上、何故…?」

 

撃たれた箇所が箇所だ、ルルアリアは即死、ランデルもそう長くは生きられないだろう。

その残り僅かな生命力を振り絞って、ランデルは自分の姉にどうしてこんな事をと問い質し、その僅か十年の生涯を閉じた。

そんなランデルの問いに対し、リリアーナは泣きじゃくりたい気持ちを必死に抑えながら、こう答えた。

 

「申し訳ありません、母上、ランデル。ですが貴方達を生かしておいては後々、禍根の源となりうるでしょう。ハジメさん達の邪神討伐と言う目的の為、ひいてはこのハイリヒ王国の為、トータスの為にも、その禍根は刈り取っておかねばならないのです。それが例え、愛する家族であろうとも」

 

こうしてリリアーナがたった1人で決行したクーデターは実に呆気なく成功、重臣も自分以外の王族も皆殺しにした今、ハイリヒ王家の血をただ1人引く彼女が実権を掌握する事となった。

だがリリアーナの心中に権力を手にした達成感など無く、その眼からは今も尚、大粒の涙が流れていた。

*1
ロシア語で炎。ロシアのトゥーラ造兵廠で設計・開発された自動式グレネードランチャー『AGS-17』の愛称でもある



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

56話_立てよ国民!

「まさか、これは…

よもや、イレギュラーが先手を打っていたとは…」

 

愛する家族を、親しい重臣達を皆殺しにせざるを得ない程追い込まれ、それを実行してしまった絶望感に押しつぶされそうになったリリアーナだったが、ハジメ達の、この国の、世界の為にクーデターを実行したのに此処で立ち止まっていては意味が無いと切り替え、ハジメ達の異端者認定を強行するという蛮行を仕出かそうとしたエリヒド達に誅罰を下したと内外に知らせねばと決めた彼女。

そんな決意を固めたリリアーナがいる議場に、騒ぎを聞き付けたのだろう、1人の女性が駆け付け、その惨状に思わずそう呟いた。

聖教教会のシスター服に身を包んだ、銀髪で端正な顔立ちをしたその女性、幾らハイリヒ王国が国民総出で聖教を崇拝し、教皇であるイシュタルが国王だったエリヒドを凌ぐ程の権力を有しているとはいえ、およそこの場には似つかわしくない出で立ちの女性が何故この王宮にいるのかとツッコまれそうな場面ではあったもののそうするであろう存在は此処にはリリアーナ以外おらず、そのリリアーナもまるで彼女が此処に来る事を分かっていた様子で話し始めたので結果的にそれは流された。

 

「シスターノイント…

1つ、お聞きしたい事があります。

 

ハジメさん達を異端者に認定する様、父上達に仕向けたのは貴方ですか?」

 

ノイントと呼んだ女性が議場に来た事をハイパーセンサーで感知したリリアーナは、彼女の方に振り向く事無くそう問いかける。

リリアーナは確信していた、ノイントこそがこの一件を仕向けた元凶である事を。

その根拠が、両親や重臣達が聖教への信仰心をより強めたり、兵士達が何処か聖教へのイエスマン化したりして来た時期と、ノイントがハイリヒ王国王都の教会にシスターとして赴任し、王宮へ出入りする様になり始めた時期が殆ど一緒だった事だ。

普通ならそんな状況証拠にもならないであろう、ただの偶然の一致として片づけられるだろう事柄がクローズアップされる事は無いし、それを基にノイントを追求するなんて事を仕出かす程リリアーナは愚かでは無いが、それを結び付けられるであろう存在がこの世界にはいるのを知っていて、ノイントこそがその存在だとリリアーナは確信していた。

それは、

 

「もう1度だけ問います…!

貴方が、貴方が邪神エヒトルジュエの眷属なのか!貴方が父上や重臣の方々を操ったのか!」

 

エヒトルジュエの眷属、聖教において『使徒』と呼ばれる者達の事だ。

怒りと憎悪を露わにした表情で、振り向きつつ後方にいるノイントにグローサの銃口を向けながらそう追及するリリアーナ、その様子からはノイントこそが『使徒』で、ハジメ達を異端者として、自分達の主であるエヒトルジュエに刃向かう敵として認定する様、エリヒド達を何らかの方法で操ったのだという確信めいたものを感じた。

そしてそれは、図星を突かれたかの如く僅かながら驚き、主であるエヒトルジュエを邪神呼ばわりされて不快感を多少なりとも露わにした事で正解なのだとリリアーナは理解した。

 

「イレギュラー排除を妨げるばかりか、主を邪神扱いするとは…

貴方を生かしておく訳にはいきません。イレギュラー共々、排除します」

 

そんなリリアーナの心中を知ってか知らずか、自分の主たるエヒトルジュエを邪神と非難し、彼の方針に基づく行動を妨げた彼女を生かしておくわけにはいかないと、ノイントは十数メートルあった筈の距離を一瞬で詰め、何時の間にか手にしていた双剣でリリアーナを切り裂こうとした、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「貴様ぁぁぁぁ!」

「っ!あぐっ!?」

 

その接近を、ISのハイパーセンサーで捉えたリリアーナは、先程の問いを、今回の決議の裏でエリヒドらを操り、自分にクーデターという名の家族殺しを強いた事を認めたノイントへの憤怒と憎悪のままにグローサを発砲、放たれたボーク・スミェルチ弾は射線から外れる事の無かったノイントの左肩を深々と抉り、銃撃が直撃したノイントは激痛の余り左手に持っていた剣を手放した。

 

「ば、馬鹿な、こんな、筈は…!」

「へぇ。『使徒』ともあろう御方が、随分とどす黒い血ですね。こんな邪悪な体液が流れている存在が聖なる者であろう筈がありません。やはりハジメさんは間違っていなかった、私達は邪神エヒトルジュエに、貴様達邪神の眷属に騙されていた!貴様を殺し次第、一刻も早くこの事実を公表せねば!」

 

リリアーナの銃撃をまともに受けるという()()()()()事に戸惑いを隠せないノイント、普通に考えたら何を言っているんだと突っ込まれそうな話ではあるが、これにはちゃんとした理由がある。

リリアーナは勿論の事、この時のハジメ達も知る由は無かったのだが、ノイントら『使徒』達は皆、物質や魔力を分解するバリアを身に纏う固有魔法を有しており、それによって敵からの攻撃など通用しない筈なのである。

では何故ボーク・スミェルチ弾による銃撃が分解される事無くノイントの身体に直撃したのかと言うと、ボーク・スミェルチ弾の弾体として使用されているイリジウムが超高密度、超高硬度な物体である為、バリアによる分解が中々進まないままその銃撃を食らってしまったのである。

要は機動戦士ガンダムSEEDシリーズに登場する、物理攻撃を無効化する筈の『フェイズシフト装甲』に対して、クロト・ブエルの専用機レイダーガンダムの武装である破砕球『ミョルニル』でダメージを与えられるのは何故なのかという問いに対する答えと同じである、ミョルニルもまた高密度に圧縮された反発材で構成されている金属球を用いて攻撃する為、フェイズシフト装甲による相転移が追い付かないまま金属球の直撃によるダメージを受けてしまうのである。

閑話休題、そんな自分達の優位性を揺るがすであろう攻撃を何度も食らう訳には行かないと切り替えたノイントは、銃撃を受けた部分からの激痛に顔を歪めながらも、自分達及び主を巨悪と決めつけ敵意を露わにするリリアーナから距離を取ろうとし、

 

「え?」

「逃がすとでも?父上達を操り、私に殺させるという大罪を犯した貴様を見逃すとでも?

 

 

 

殺りなさい、イユリ

 

建物が大規模崩壊する様な音が背後で響くと共に、ライトグリーンの光を放つヴァスターガンダム7号機『イユリ*1』、リリアーナの専用機としてプレゼントされたMSが王宮をぶち壊しながらノイントの背後を塞ぐ様に出現、それと同時に彼女の胴体を片手で鷲掴みし、リリアーナの指示を受けて、余りに唐突な事態に心の底から驚いたと言いたげな表情のノイントの頭から下を握り潰した。

流石の『使徒』であってもMSのハイパワーに物言わせた握撃に耐えられる訳も無く、頭部だけとなったノイントは当然の如く息絶えた。

 

此処で1つ疑問を抱いた読者もいるだろう、パイロットの魔力を動力源としている筈のヴァスターガンダムが、何故パイロットが搭乗していないにも関わらず普通に動けるのか、と。

その通り、パイロットの魔力を全身に張り巡らせる事で初めて動けるヴァスターガンダムだが、何も搭乗していなくても魔力を供給・制御しさえすれば動ける、それはつまり魔力操作技能の派生として遠隔操作を有しているハジメ達であれば遠隔操縦も可能なのである。

ただ此処で敢えて説明するが、ヴァスターガンダムは元々エヒトルジュエ及びその眷属達を倒す為の『術』として開発した経緯から、スペックが強烈である分パイロットへの要求魔力は膨大なのだ。

実を言うと魔力がハジメ達はおろか愛子にすら遠く及ばない淳史達クルーが合流して初めて判明したのだが、普通の人間みたいに動かすだけでも人間族最強と言われるメルド並みの魔力が求められ、エヒトルジュエを倒す『術』としての力を十分発揮するにはその倍以上、人間族はおろか魔人族ですらそれ程の持ち主は一握りと言われる程の魔力が必要であり、リリアーナの魔力では普通に動かす事すら出来ないという衝撃の事実が分かったのだ、然もストリボーグの時みたいに魔石を詰め込む手段も容積や駆動方法的に取れない。

これでは愛子はまだしも、リリアーナの護身用として役に立たないではないかと新たな課題を突き付けられたハジメ達だったが、その解決策は、足りない魔力を補填する術は直ぐに見つかった。

何とウルの町で捕えた魔人族の身体を、デビルガンダムにおける生体ユニットの如く補助魔力源としてヴァスターガンダムに組み込む事で、足りない魔力を補填するという手段を編み出したのだ。

ウルの町を襲撃しようとしたレイスとローゲンは魔人族の国『魔国ガーランド』において特殊部隊に配属されていた身で、人間族のテリトリーへの先行潜入の任務を命じられる程の精鋭、つまり魔力源としてはうってつけだったのである。

こうしてその2人のうちレイスの身体を闇魔法の因子で満たしたカプセルに漬け込み、それをコアとして搭載した補助魔力機構『マナアンプリファイアー』が開発され、その試験も兼ねてリリアーナにプレゼントする予定だったイユリに組み込まれたという訳である。

さて、リリアーナの魔力不足をカバーする目的でイユリに搭載されたマナアンプリファイアーだが、パイロット以外の魔力源を予め搭載しているという事は即ち、パイロットが搭乗せずとも遠隔操作で動かす事は可能であるという事、生体ユニットも魔人族の精鋭であるレイスなので魔力面で不足はない。

以上の経緯からパイロット無しでも動力源を得たイユリは王宮をぶち壊しながら出現、ISを介したリリアーナの遠隔操作を受けてノイントをつかみ取り、そのまま握り潰したのだ。

 

ハジメ達の処遇に関する決議、それを止める為に引き起こされてしまったクーデターの元凶たるノイントを殺したリリアーナは、その頭部を手に王宮前の広場へと現れ、何が起こったのかと集まって来た民達を前に、エヒトルジュエに纏わる数々の真実を、大昔に真なるエヒト――エヒクリベレイを幽閉してその座を占拠した偽神エヒトルジュエとその眷属による物であると多少脚色した形で公表した。

人々はその話に最初は戸惑うも、ノイントの首から流れるどす黒い血をリリアーナが「偽神の眷属である証である」と吹聴した事で続々と信じ、リリアーナへの支持を、『反逆者』達の名誉回復を、ハジメ達への支援表明を、エヒトルジュエへの非難を、エヒトルジュエを信仰する聖教を排斥すべきとの意思を、声高に叫び始めた。

その声を受けてリリアーナは民達に決起を呼び掛ける、ドイツ語で『万歳』等の意味を持つ言葉『ハイル』を付けた「ハイル・ハイリヒ」という宣言と共に。

それはまるで、ジオン公国総帥のギレン・ザビが演説で声高に叫んだ「ジークジオン」の如く。

 

後にこのトータスにおいて『真教政変』と称されたリリアーナたった1人での軍事クーデターはこうして成功と言う形で終わり、後に『機兵戦争』と称される短くも壮絶な戦いが始まりを告げたのだ。

*1
ロシア語で7月



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

57話_戦場のプロポーズ

それから幾らかの時間が経ち、ハジメ達を載せたストリボーグが王都に到着したのと同じ時刻、別の一団もまた、とある理由から長い道程を経て王都に到着した。

 

「…広場の方が随分と騒がしいな?」

「何か起きたのでしょうか?先日の魔人族による襲撃といい、いよいよといった所でしょうか」

「皆さん、大丈夫でしょうか…?」

 

そう、ウルの町に残っていた愛子及び、彼女の護衛としてついていた神殿騎士達である。

この世界の真相をハジメから聞かされるも、だからと言って未だにオルクス大迷宮で訓練に励む教え子達を見捨てる事も、食糧難に喘ぐ人達を見捨てる事も出来ず、今の任務を全うすべく神殿騎士達と共にウルの町に残っていた愛子。

とはいえ魔人族が十数万の魔物を引き連れ、ウルの町という中枢部から大きく離れた所とはいえ人間族のテリトリーに攻め込んで来たのだ、魔人族側がいよいよ侵略を本格化させたのだろうと考えるのは自然な事だ。

その動きを一刻も早く中枢部に伝えなければならない、其処で愛子達はウルの町での戦後処理を権力者達と共に粗方済ませた後、大急ぎで王都へと向かい、たった今到着したのだ。

因みに大急ぎと言ってもMSでは無く馬車に乗った上での『大急ぎ』である為か、ハジメ達がフューレンに到着したその時に出発したにも関わらず此処まで掛かったが、折角ハジメから愛子の専用MSであるヴァスターガンダム・マイをプレゼントされたにも関わらず何でそれを使わないのかとの疑問を覚えた読者もいるだろう。

然しながら愛子こそマイ及びそれに搭乗する為のISを所有してはいるが神殿騎士達は持っていない、つまり彼らは生身の状態でMSの亜音速と言えるスピードに晒されなければならないという懸案が出た。

まず考えられたのはMSに直接入り込む方法だが、コクピットは無理矢理詰め込むにしてもパイロットである愛子以外は1人しか載せられず且つ安全は全く保証されない、当然ながら同じ理由でがらんどうな体内もアウト、強烈な空気抵抗が襲い掛かるという理由から背中等も論外だという事で却下となった。

次に馬車の車体を抱える方法が考えられたが、トータスで流通している馬車には衝撃を吸収するクッションも無ければ、乗客乗員の身体を固定して急な揺れにも対応するシートベルトも無い、亜音速で飛ぶMSのスピードに揺られ続けて耐えられる訳が無いとして此方も却下された。

という事から、時間こそ掛かるが全員を安全に運べる馬車で移動する事となり、2日近く掛けて漸く到着したのだが…

 

「ぐぁっ!?な、何だ一体!?」

「あぐっ!?これは、石!?」

「み、皆さん!?一体何で…」

 

そんな愛子達に突然、彼女達、正確には彼女の護衛たる神殿騎士達に石らしき物が多数ぶつけられた。

色んな意味で『まさか』な事態に何らかの対応を取る事も出来ず大量のそれをまともに食らってしまう神殿騎士達と、それをただ見ている事しか出来ない愛子、それらが何処から飛んで来たか追って見ると其処には、殺気立った眼を向け、

 

「偽エヒトの手先風情が『豊穣の女神』に近づいてんじゃねぇ!」

「今すぐ『豊穣の女神』から離れろ、邪教徒め!」

「とっとと王都から出て行け、邪神の下僕が!」

 

神殿騎士達をボロクソに罵倒する市民達の姿があった。

 

「『豊穣の女神』!此処は危険です、今すぐ邪教徒から離れて下さい!」

「え、え!?これは一体!?」

「今、リリアーナ王の元へお連れ致します!詳しい事情は其処で!」

 

思わぬ状況と、先程まで喰らっていた投石のダメージの所為で対応出来ない神殿騎士達から愛子を引っ張り出した市民によって、彼女は戸惑いながらも広場へと連れられて行った。

背後で何とか愛子と合流しようとするも市民達の抵抗で王都から離れざるを得なくなった神殿騎士達の身を案じながら。

 

------------

 

異様な状況を察知してリリアーナのいる広場へと急行したハジメ達と、市民によって連れて来られた愛子、彼らが揃ったのを確認したリリアーナが、王宮があった場所へと案内して全てを打ち明けた。

教会のシスターとして潜入した、エヒトルジュエの眷属であるノイントによって彼女の父親たるエリヒド王や重臣達、騎士達が洗脳され、ハジメ達を異端者に認定せんと動いていた事、それに気づいた時には時すでに遅く、異端者認定の可否に関する協議の場で意見しても取り入れてくれず王女である自分すらも異端者の烙印を押されかねない窮地に追い込まれていた事、この状況を脱するには家族や重臣達を皆殺しにして決議を握り潰すしかないと決意し、ハジメからプレゼントされた銃火器を手にクーデターを起こした事、それを阻止すべく襲い掛かったノイントをヴァスターガンダム・イユリで殺害した事…

それを聞いた一行の口からは何の言葉も出なかった、リリアーナに言葉を掛ける事は、出来なかった。

内心は、明るく気さくで慈愛に溢れていたリリアーナが其処までやるなんて、と半ば信じられなかったのかも知れない、だが彼女の手に渡ったイユリによって崩壊した王宮と、未だ左手にぶら下がっているノイントの頭を見ればそれが事実なんだと思い知らされ、優しい彼女が其処まで追い込まれてしまった事と、自分達や祖国、ひいてはこのトータスの為に愛する家族をも皆殺しにせざるを得なかった彼女の絶望と悲哀を思えば、一体どんな言葉を掛けたら良いのか分からなかった。

何より、この日の未明にそのクーデターで使用されたイユリ等の各種兵器を彼女に渡していたハジメは、

 

「そ、そんな…」

「ハジメ君!?」

「ハジメ、気を確かに!」

 

彼女が起こした事への余りの衝撃からか、顔が青ざめ、足元が覚束なくなり、崩れ落ちそうになった所を己の恋人達によって支えられた。

自分がリリアーナに兵器を渡したから、この世界の真実を伝えたから、この様な事態が引き起こされてしまったのではないか、自分の余計な行動によってリリアーナを苦しめる結果なってしまったのではないか…

リリアーナの話を聞いて愕然としたハジメの脳内にはそんな悪い考えばかりが浮かび、思わず呟いた。

 

「僕の、所為なのか?僕がリリィにガンダムを、ISを、銃火器を渡したから、だからリリィは…」

「そ、それは…」

 

そんなハジメに彼の恋人や、旅の仲間達は答えに窮した。

実を言うと一行は、ハジメがリリアーナにイユリ等の各種兵器を渡す事を予め知らされていたのである、それが彼女の安全を確保し、人質としてエヒトルジュエ側に捕らわれてしまう事を防ぐ為だとも。

敵と見定めた存在には容赦ないもののそれ以外には基本的に優しいハジメの性根を良く理解している一行は、彼がそれ以外の意図が無い事を理解していたが故にその言葉を否定したい、さりとて否定すればリリアーナの性根を否定する事と同じ、どっちの答えも言う事が出来なかった。

言える者がいるとしたら、

 

「それは違いますよ、ハジメさん。この件は私が今の状況を鑑みて、どう行動すべきか悩みに悩んだ末、ハジメさん達の為に、この国の為に、そしてこのトータスの為になる道は何か決断して行った事です。例えハジメさんからイユリや各種兵器を渡されずとも、私はこの状況を打開すべく動いていたでしょう。例えば、密かに王都を抜け出てヘルシャー帝国やアンカジ公国辺りに支援を求めるなりして。故に、ハジメさんが気に病む事はありませんよ」

 

リリアーナ1人だけだ。

何かを堪えるかの様に引きつった笑顔を見せながら気丈に答えるリリアーナ、そんな彼女の姿を見たハジメは何処か決意を固めた様な表情で、錬成によって『何か』を作り出しながら彼女に近づき、左手薬指にそっと嵌めた。

 

「…え?」

 

それは、磨かれた大粒のグランツ鉱石をセンターストーンとして嵌め込まれた指輪。

その指輪が、ハジメのその行為が意味する事、それは、

 

「結婚しよう、リリィ」

 

プロポーズだ。

咄嗟に作ったとはいえ錬成師として超一流と言って良い技能を有した精巧さと、センターストーンに求婚の際に選ばれる宝石トップ3に入るグランツ鉱石(尚、その出処は敢えて書かない)を嵌め込んだ上質な結婚指輪をそっと嵌めて、ストレートな言葉で結婚を申し込むという工夫の『く』の字も無ければ、明らかに戦闘の後と言いたげな場所でというシチュエーション的にも合わないプロポーズだが、それとは裏腹にハジメはそれが意味する事をしっかり考えた上で決断した。

今のリリアーナはハイリヒ王国唯一の王族、即ち彼女と結婚する=ハイリヒ王国の王族になると言う事、王国の中枢に位置する1人として、王族も重臣も尽く殺されて混乱の最中にある王政を治めんとするリリアーナを支えていかなければならないという事、そしてそれに己の恋人達を巻き込むという事である、もしかしたら年端もいかない少女であるリリアーナの代わりに王の座に就く事になるかも知れない。

それでもハジメは躊躇しなかった、全ては己を慕ってくれ、自らもまた大切な存在だと思っているリリアーナの為に、リリアーナが守りたいと想うハイリヒ王国の、トータスの為に。

 

「だから無理しないで!今にも押し潰されそうな程の苦痛を、1人で背負おうとしないでくれ!」

「え?な、何を言っているのです、ハジメさん?私は無理してなど」

「そんな如何にも強引に作りましたと言いたげな笑顔の何処が無理していないって言うのさ!?」

 

共に支えて行くが故に、無理して抱え込むなと呼び掛けるハジメの言葉にも、未だその引きつった笑顔が変わる事の無いリリアーナ、まるで何かこみあげて来る物を抑えるかの様に。

だがそのせき止められたものは、

 

「我慢しないで、()()()()()…」

 

今まで母親はエリセンで自分を待っている生みの母だけだと頑なに言い張っていた筈のミュウが、思わずリリアーナを母親呼びしながら、悲しそうな表情で父親(ハジメ)に同調する言葉と、

 

「…お疲れ様、良く頑張りました」

 

何処か悲痛な表情をしたユエの、頭を撫でながら発したその言葉によって、溢れた。

 

「わ、私は、あぁ、

 

 

 

 

 

あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!

 

泣いた。

思いっきり泣いた。

恥も外聞も投げ捨てて泣いた。

断末魔の叫びみたいな声をあげながら泣いた。

それでも、リリアーナの目から涙が枯れる事は無かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

58話_Fight!

堪えていたものが一気に溢れ出し、滂沱の涙を流すリリアーナ、そんな彼女を静かに抱き締めていたハジメだったが、何時までもそうしていられる状況でなくなった事を察知した。

何か只ならぬ気配を察知して上空、正確には聖教教会の総本山たる神山の真上を見上げるハジメ達、その視線の先は、一見すると青空が広がるだけで何か異物らしき物は見えず、釣られて同じ方向を見上げた淳史達はそれ故に怪訝な表情をしていた。

だが魔物の肉を食した事で遠くの物も見える技能を取得したハジメ達には確かに見えた、神山の上空に続々と出現するノイントと同じ顔をした女性らしき姿が、邪神エヒトルジュエの眷属達の大軍が。

 

「…あくまで僕達を此処で始末しようって腹積もりの様だね、エヒトルジュエは」

 

その光景を目の当たりにして呟いたハジメの言葉に、一行のうちその光景が見えなかった者達も空の向こうで何が起こっているのかを理解、とはいえその事態に直面する事を想定も覚悟もとっくの昔にしていたのだ、狼狽える事無く己がすべき準備をしていく。

その中で、

 

「ハジメさん。この戦いに、私も共に行かせて下さい」

「リリィ…?」

 

何時の間にか泣き止んでいたリリアーナが、この戦いに同行すると言い出した。

ついさっきまで泣きじゃくっていたのが嘘だったと言わんばかりの決然とした表情でそう言い出したリリアーナだが、流石に今の彼女を前線に引っ張り出す訳にはいかないとハジメは考えていた。

悩みに悩んだ末の決断だったとはいえ家族や重臣達を皆殺しにした事へのショックが相当なのは先程まで号泣していた事からも明らか、幾ら気丈に振舞おうとしてもリリアーナはまだ14歳の少女、その心に負った傷は深いなんて一言で片づけられる物では無い。

そもそも今度の相手は邪神エヒトルジュエの眷属達、1体1体が人間族や魔人族、そこら辺の魔物とは文字通り次元の違う戦力である上、その数は大軍と表現する通り十や二十、百や二百では効かないのだ、先程はボーク・スミェルチ弾等のハジメ達も想定していなかった初見殺しな武器と、イユリを背後に出現させての不意打ちによって眷属の1体であるノイントを、その実力を十分に発揮させる事無く秒殺出来たが今度はそうもいかない、総力戦で臨まなければならない状況で戦力的にも精神状態的にもリリアーナは戦えないだろうという考えがハジメにはあった。

そんなハジメに、リリアーナはこう言った。

 

「私はこのハイリヒ王国の王族であり、ガンダムパイロットであり、貴方の妻です。確かに私はハジメさん達程の力はありません、前線で戦ったとして、貴方達の足を引っ張る事になりかねないでしょう。ですがどんな形であれ、愛する貴方と共に邪神エヒトルジュエを討つ所存です。それが貴方達の、貴方達が元いた世界の、ハイリヒ王国の、そしてこのトータスの為になると、邪神の手によって狂わされ、私の手で殺めざるを得なかった父上達への償いになると信じるが故に。私は、貴方と共に戦います!」

 

それは、先程のハジメからのプロポーズへの事実上の快諾を兼ねた決意表明。

自らの実力不足も、つい先程起こしたクーデターに伴う己の罪も受け止め、前へ進むと決めたリリアーナの姿を目の当たりにして、ハジメも止める事は出来なかった。

 

「分かった。ならば共に行こう、リリィ。エヒトルジュエを討つべく、共に戦おう!」

「はい、貴方!」

 

こうして旅の一行に加わっていた8人に愛子、そしてリリアーナを加えた10人のガンダムパイロットと、淳史達ストリボーグクルーの計15人で神山上空に出現したエヒトルジュエ眷属の大軍との戦いに臨む事となり、其々準備を進めた。

 

「南雲ハジメ、アヴグスト。発進!」

「清水幸利、ディカブリ。出るッ!」

「白崎香織、アクチャブリ。行くよ!」

「八重樫雫、ナヤブリ。出るわ!」

「園部優花、フィブラリ。発進するわよ!」

「畑山愛子、マイ。出ます!」

「…ユエ、イユニ。出撃」

「シア・ハウリア、シンチャブリ。行くですぅ!」

「ティオ・クラルス、アプリエル。参る!」

 

まずはハジメ達ガンダムパイロット達、リリアーナ以外の9人がデバイスを操作して自らの専用機を顕現させてコクピットに搭乗、それに合わせてリリアーナもまた、王宮だった場所に佇むイユリのコクピットへ入り、マナアンプリファイアーを急遽組み込んだ影響で幾らか狭くなった空間内に己の身をねじ込んで搭乗、

 

「リリアーナ・ハイリヒ、イユリ。発進します!」

 

背中に折り畳まれている翼らしき機構を展開してその後を追った。

 

「こっちも行くぞ!ストリボーグ、発進用意!」

「エネルギー回路、動力機関、オールグリーン!何時でも行けるわ!」

「了解だ!ストリボーグ、発進する!」

 

前線を担う10機のヴァスターガンダムが一足先に空へと飛び立った一方、後衛を担うストリボーグ及び、そのカタパルト部分に立つ形で顕現した1機のヴァスターガンダム――ストリボーグの護衛を担う形で奈々の専用MSとなったヴァスターガンダム初号機『イエヌヴァリ*1』もまた先行するヴァスターガンダム達の後を追うべく準備を進める。

副艦長である淳史の指示を受けてオペレーターの妙子がモニターや計器類をチェック、問題なく動けるとの連絡を聞いた操舵士の昇がストリボーグを発進させた。

 

「宮崎!イエヌヴァリの方はどうだ?」

『ストリボーグとの有線接続状態、オールグリーン!こっちも準備OKだよ!』

「良し、ガンダムとストリボーグをエヴァンゲリオンのアンビリカルケーブルみたく有線接続し、魔力の才に恵まれないパイロットでも十全な運用を可能にするシステムは問題なく機能しそうだな…

流石は南雲、相変わらずいい仕事だぜ。なら宮崎、頼むぜ!」

『了解!宮崎奈々、イエヌヴァリ。行っきまーす!』

 

前線のヴァスターガンダム達と共にエヒトルジュエの眷属達を討つべく空へと舞い上がったストリボーグ、そのカタパルト部分に立つイエヌヴァリでも動きがあった。

実を言うとこの状況下でストリボーグの艦橋にいなかった奈々、彼女は新型プラグスーツ*2を身に纏い、己の専用機であるイエヌヴァリに搭乗し、手元の端末を操作しモニターに映る情報を確認していた、良く見るとイエヌヴァリの背からはケーブルみたいな物が伸びており、それはストリボーグの船体側面と繋がっている。

 

普通に動かすだけでも人間族最大級、対エヒトルジュエの『術』とするにはその倍以上の魔力が求められるヴァスターガンダム、そのパイロットをどうするかという問題の解決策の1つとして、魔人族の精鋭を魔力源として組み込むという方法は先述した通りイユリに内蔵されているマナアンプリファイアーとして実装されているが、それとは別のアプローチとして、動力源として大量の魔石を積載出来るストリボーグと有線接続し、其処から魔力の外部供給を受けるという方法も考え出された、さしずめ、淳史の言う通り新世紀エヴァンゲリオンにおいてエヴァンゲリオンへの電力供給を担ったケーブル『アンビリカルケーブル』である。

この発想を基にイエヌヴァリの背部に組み込まれた接続端子『マナケーブルコネクタ』を介してストリボーグから伸びる魔力供給ケーブル『マナケーブル』と接続するシステムが取り入れられ、今回の戦闘においてテストも兼ねてイエヌヴァリを出撃する事となった。

流石に有線接続での供給である為に、その行動範囲はマナケーブルの長さに依存するし、ストリボーグの船体に絡まない様な立ち回りも求められる(一応パイロット側の操作で外す事は可能だが、その場合は後述の状況となる)、極めつけはマナケーブルが損傷されればその分だけ魔力供給の効率が落ち、両断されたその瞬間に供給を断たれてしまうが故に其処を切られない様にしなければならなくなる(奈々の専用機となったのは、仮に切断されてしまった場合はスペアのマナケーブルで接続する為、それを行う程の魔力を有しているのがクルーの中で彼女だけだったから)と、マナケーブルがアキレス腱となってしまうが、組み込む動力源が結局、相応の魔力を求められるマナアンプリファイアーとは違って搭乗者の資質が其処まで問われないし、ヴァスターガンダム側もストリボーグ側も然程改造を施す事無く導入出来るとあって此方も即座に導入されたのだ。

…因みに、機動戦士ガンダムSEED DESTINYに登場した遠隔送電システム『デュートリオンビーム送電システム』みたいに魔力を遠隔供給出来れば、マナアンプリファイアーやマナケーブルシステム双方の欠点を解消出来るのではないか?との意見もあったが、流石のハジメでも現時点で其処までのシステムは無理だったので、今回は補助魔力源(マナアンプリファイアー)有線供給(マナケーブルシステム)の導入と言う形で間に合わせた。

何はともあれストリボーグの護衛と言う形ではあるものの戦力化にメドがついたイエヌヴァリ、そのパイロットである奈々の号令と共に起動形態へと移行し、露出した内部装甲からは、奈々のプラグスーツの差し色と同じマゼンタカラーの魔力光が放出された。

*1
ロシア語で1月

*2
シン・エヴァンゲリオン劇場版||にてアスカ及びマリが着用していた物。奈々が着用している物の差し色はマゼンタ



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

59話_多目的大砲

「これは貴方の差し金ですか、イレギュラー?」

 

ヴァスターガンダム及びストリボーグに乗り込んで、エヒトルジュエの眷属達が集結している神山上空へと飛来したハジメ達、其処には見渡す限りの人、人、人…いや、同じ顔をした眷属達がいた。

先程ハジメは、地上から見た限りでも十や二十、百や二百ではきかない大軍とは思っていたものの、いざ戦場である神山上空に辿り着いて見渡してみると、5桁は下らないんじゃないか?と言いたげな群れである事が分かった、何としても自分達を排除すべく、投入できる限りの眷属達を投入したと言わんばかりである。

とはいえ、何人束になって来ようが殲滅するだけだとハジメ達は特に焦る事は無く、寧ろエヒトルジュエの方が焦りに焦って、なりふり構っていられないんだろうなぁと感じただけだが…

そんなハジメ達を他所に、彼女(?)達の代表とでも言いたげな最前列の眷属がハジメに問うた。

 

「…否定はしない。僕がリリィに銃火器等を渡さなければこの事態は起きなかっただろうから」

 

恐らくはハジメ達の異端者認定を阻止しようとリリアーナが起こしたクーデターの事を聞いているのだろう、そう思ったハジメは胸が締め付けられる様な感覚に顔をしかめながらも素直に答えた。

どうせ眷属達及びその主たるエヒトルジュエは兵器の出処など分かっているのだから、何と答えようと向こうが自分達を排除する事は、自分達がそれを拒絶して戦争する事は変わらないのだから、と。

 

「主の意志を尽く妨げる貴方は、いや、貴方達は皆、この世界には不要です。主の名の下、排除します」

「それは不可能だ。お前達に僕達を殺す事など出来やしない。何故なら僕は、僕達は」

「「「「「「「「「ガンダムだから!」」」」」」」」」

 

その返答を聞いた眷属達は、エヒトルジュエのそれをそのまま受け継いだかの様な傲慢な宣言と共に武器を構え、ハジメ達が搭乗するヴァスターガンダムやストリボーグに飛び掛かろうとしたが、ハジメ達が動くのが早かった。

 

「行け、ビットブラスター!」

「くっ!?こ、これは!?」

 

問答をしながら魔力をビットブラスターに密かに充填していた、ハジメが搭乗するアヴグストはビットブラスターを戦闘開始と共に腰から外して飛行させ、其々を乱射させながら戦場を飛び交わせたのだ。

開始早々に行われる奇想天外且つ掠っても終わりな一撃の嵐によって多数が塵と消える状況には流石に動揺を隠せなかったのだろう、焦りの声を上げる眷属だが、ハジメ達は更に畳みかける。

 

「私は、私達は、貴方達を許さない!」

 

香織が搭乗するアクチャブリは、ウイングガンダムゼロのツインバスターライフルをイメージして造られた、両太腿に1門ずつマウントされているマルチプルカノン『レッグブラスター』を取り出し、

 

「私達の世界を、その日常を脅かすと言うのなら、誰であろうと捻じ伏せる!」

 

雫が搭乗するナヤブリは、其々の二の腕に装着された機関部に、前腕に装着された砲身を装填、ガンダム・バルバトスルプスの腕部ロケット砲をイメージして造られたマルチプルカノン『アームブラスター』に組み立て、

 

「アンタ達の身勝手は私達が止める!今日、此処で!」

 

優花が搭乗するフィブラリは、ガンダムヴァーチェのGNキャノンをイメージして造られた、両肩に1門ずつ装着されたマルチプルカノン『ツインブラスター』にエネルギーを充填、

 

「これ以上、このトータスを貴様達の好きにはさせない!その犠牲になるのは、私で最後です!」

 

リリアーナが搭乗するイユリは、背中に展開させていた翼型パーツを肩部へ動かし、それを大砲の砲身らしき物体へと変形させ、付け根部分に設けられた機関部に組み込まれる事で両肩に1門ずつのマルチプルカノン――フリーダムガンダムのバラエーナプラズマ収束ビーム砲をイメージして造られた、平時は砲身を姿勢制御用翼、機関部をその制御機関として使用し、砲撃時に翼を砲身に変形、組み立てる事でマルチプルカノンとして使用出来る様になる姿勢制御翼兼用マルチプルカノン『エアロブラスター』を展開、

 

「解放者、竜人族、そしてハイリヒ王国の中枢!どれだけ人の生を狂わせれば気が済むのじゃ貴様らは!じゃがそれも今日迄の事!此処で殲滅してくれる!」

 

ティオが搭乗するアプリエルは、両腕に其々装備された大盾を割り開く形で展開、内部に組み込まれていたマルチプルカノン――ガンダムヘビーアームズのビームガトリングやプロヴィデンスガンダムの複合兵装防盾システム等をイメージして造られた、平時は防御用の大盾として使用し、砲撃時に覆っていた盾を開く事でマルチプルカノンとして使用出来る様になる大盾兼用マルチプルカノン『ガードブラスター』を展開、

 

「「「「「ローリングマルチプルカノン!」」」」」

 

そして5機のヴァスターガンダムは、互いが互いの砲撃に巻き込まれぬ様高度を変え、其々のマルチプルカノンの砲口を左右に向けて極太のビームを放出、そのまま体をスピンアタックの如く横に回転させる事で、ウイングガンダムゼロの代名詞と言って良い技『ローリングバスターライフル』を模した砲撃を披露、周囲を飛び交っていた数多の眷属達を殲滅した。

 

「ば、馬鹿な、こんな、こんな理不尽が起こる等…!」

 

その破壊光線の嵐から、高低差の関係で逃れた眷属も少なからずいるのはいる、その生き残りが余りに強力過ぎる一撃の嵐に呆然と呟いた。

それも無理もないと言うしかないだろう、この世界の人間族はおろか魔人族ですら敵いっこない圧倒的なステータス、どんな物をも分解して自らの身を害させない固有魔法のバリア、そういった絶対的優位性を持つ邪神エヒトルジュエの眷属がまさか、いともたやすく殲滅されるなど誰が考えられようか。

が、幾ら自分の理解を超える出来事に直面したとはいえ、戦場で呆然とするのは何時でも殺して下さいと言っているのと同じ、そんな隙を逃す程ハジメ達は甘くない。

 

「よくもまあ私達を寄ってたかって貶めてくれやがりましたねぇ?で、自分達の思う様に動かないからハジメさん達を犯罪者扱いですか。そんなふざけた貴方達はこの場で撃滅!ですぅ!」

 

ガンダム・バルバトスルプスレクスの超大型メイスを模した打撃形態から、ランチャーストライクガンダムのアグニを模した砲撃形態に移行させたメイスブラスターを構えるシンチャブリが、

 

「戦うのは、誰かを殺すのは、物凄く怖い事です。だけどそうしなければ愛するハジメ君達が、守りたい生徒達が、そして私達の帰るべき故郷が危険に晒されると言うのであれば、その怖さに立ち向かいます!私は武器を取り、貴方達と戦います!」

 

ガンダムスローネアインのGNランチャー及びGNビームライフルを模して造られたマルチプルカノン『アインブラスター』を右肩に担いで構えるマイが、

 

「ハジメ達の故郷は、私にとっても故郷。それを脅かす貴方達を、私は完膚なきまでに潰す!」

 

ガンダム・キマリスヴィダールのシールド及びドリルランスを模して造られた、2門の機関部を内蔵した大盾と、接続した際に刺突部が砲身に変形する槍のセットとなったマルチプルカノン『ランスブラスター』を砲撃形態に移行させたイユニが、

 

「テメェらさえいなければ、皆が苦しむ事は無かったんだ!テメェらの所為でハジメ達は、お姫さんは、愛ちゃん達は地獄の苦しみを味わったんだ!その罪を、あの世で詫びろォォォォ!」

 

バスターガンダムの350mmガンランチャー及び94mm高エネルギー収束火線ライフルを模して造られた、両腰のアームに据え付けられたマルチプルカノン『ダブルブラスター』を構えたディカブリが、

 

「俺達には南雲達の様な圧倒的ステータスも無ければ、愛ちゃん先生の様な揺るぎない信念も無い。お姫さんの様な地獄に落ちようが心身をズタボロにしようが突き進められる程の覚悟にも程遠い。それでも、守りたい物があるんだ!マルチプルカノン、発射用意!」

「エネルギー充填完了!砲身温度、各部動作状況、オールグリーン!何時でも行けるわ!」

「良し!マルチプルカノン!」

「撃てェェェェ!なのぉ!」

「ちょ、ミュウ!?」

 

後衛での砲撃に専念する計10門もマルチプルカノンが積まれたストリボーグが、

 

「こっちも続くよ!私達の、守りたい物を守る為に!」

 

その周囲を飛ぶイエヌヴァリが、ガンダムXのサテライトキャノンやハイドラガンダムのバスターカノン等を模して開発された、右肩に担ぐ1門のマルチプルカノン『プロトブラスター』を構え、

 

「「「「「「マルチプルカノン!行っけぇぇぇぇ!」」」」」」

 

既に戦場を縦横無尽に荒らし回るビットブラスターと共に残る眷属達を狙い撃ちした。

戦場を埋め尽くさんばかりに飛来する数多の破壊光線、それが先程のローリングマルチプルカノンの嵐で撃ち漏らされた眷属を1体たりとも逃す事無く消失させた。

 

「玉井。周囲の敵性反応は?」

「邪神エヒトルジュエの眷属と思しき反応はもう無いな。残るは神山の大聖堂に籠っている邪教のお偉いさん達だけって所だぜ」

「分かった、ありがとう。皆、聞いたね?ではこれより我らは神山へ突入、抵抗する邪教徒達を処断し大聖堂を制圧、そのまま神山内の大迷宮を攻略するよ。準備は良いね?」

『はい!』

 

それを確認したハジメは次なる指令を飛ばす、このハイリヒ王国王都へ戻る本来の目的であった神山内の大迷宮攻略及びその障害となるであろう邪教徒達を皆殺しにして大聖堂を制圧するという指令を。

それを受けてガンダムパイロット達は己の専用機から飛び出して宝物庫内に格納しつつ大聖堂へと一直線に飛び、ストリボーグのクルーもそれに続けと言わんばかりに進路をとった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

60話_魂魄魔法

ハイリヒ王国の背後に聳え立つ神山、その頂上8000m超に建てられた大聖堂。

聖教教会の総本山たるこの聖堂はそれ自体が強固な結界を展開する事の出来るアーティファクトとなっており、それ故かこの地は並大抵の攻撃では陥落させるどころかほんの僅かな被害を齎す事も叶わない要塞と言って良い。

聖教教会の教皇であるイシュタルを筆頭とした此処にいる聖職者一同は、自分達の主たる『エヒト』の代行者たる『使徒』達の命を受け、この大聖堂へ殴り込みを掛けようとしているハジメ達『反逆者』を討たんとすべく舞い降りた『使徒』達の援護をすべく、敵に対して強烈なデバフ効果を掛ける魔法『覇堕の聖歌』を発動せんと詠唱を試みた。

ところがいざ使徒達と『反逆者』との戦いが始まってみれば、繰り広げられていたのはハジメ達が乗り込んだヴァスターガンダム及びその母艦たるストリボーグによる一方的な蹂躙劇だった。

香織達による5連装ローリングマルチプルカノンの嵐によって数多の使徒達が薙ぎ払われ、それから逃れられたとしても控えていたハジメ達が其処を狙い撃つ、覇堕の聖歌を発動する暇も無く行われた息の合った連携攻撃の前に、数万もいた筈の使徒達は僅か数分で1体も残らず消し飛ばされてしまった。

まさかの事態に動揺が広がる聖職者達、だが(彼らにとって)悪い事というのは立て続けに起こる物だ。

 

「数多の身に宿りし魔力(マナ)よ、我が呼びかけに応じ、我の号令(オーダー)に従え!我こそは全ての魔力を統べし者なり!これこそが貴様ら邪教徒に誅罰を下す鉄槌!『月光蝶』であぁぁぁぁる!」

「な!?大聖堂の結界が!?」

 

使徒達が殲滅されるという想像だにしない事態が起きながらも、大聖堂の結界がある以上は此方に被害は及ばない、そんなイシュタルの自信を打ち砕くかの如く、先行していた幸利の月光蝶が浸食、一瞬の内に極彩色の奔流が大聖堂へと殺到、発生装置らしき部分が壊れたのか結界その物が消失した。

前線に立って戦う使徒達もいなければ、自分達を守る筈の結界も無い、残るは事実上無防備な自分達だけ、そんな聖職者達だけの大聖堂でこれから始まるのは、本気で人を殺しに掛かっていたり、近接武器による殺傷をメインにしたりしている分、フリートホーフやオルクス大迷宮の時よりも残虐性マシマシなスプラッタである。

 

「ふっ!はっ!せいっ!」

 

もう彼の十八番と言って良いハジメの錬成魔法による体液への干渉による効率的な殺人術、

 

「お前も月光蝶の前にひれ伏すが良い!」

 

此方は幸利の代名詞と言って良い月光蝶、

 

「一太刀のもとに切り伏せてあげる!」

 

雫のリェーズヴィエを用いての八重樫流剣術、

 

「己の罪を後悔しながら、小間切れになって死ぬと良いわ!」

 

優花のキンジャールを用いての縦横無尽な剣舞、

 

「粉砕!玉砕!大喝采ですぅぅぅぅ!」

 

シアの、今度は何処の嫁大好きな社長だよと突っ込まれそうな事を口にしながらのヴァルを用いた撲殺は勿論の事、

 

「これグリ姉というよりラウラちゃんの方だよね?」

 

メタ発言を口にする香織と、

 

「まあグリフィンさんはどちらかと言うと殴る方ですからね」

 

その発言に反応するリリアーナ、

 

「2人共、口よりも手を動かして」

 

そしてそれを窘めるユエが、適性の有る光魔法を駆使して両腕に光を纏わせての、まるでビームサーベルを扱うかの如く繰り出される剣撃、

 

「これは貴様らの姦計によって陥れられた妾達竜人族の分!これは貴様達の忌まわしき考えによって謂れなき被害を受けた者達の分じゃぁぁぁぁ!」

 

ティオの、部分的に竜化させた手足を用いての復讐心を剥き出しにしたかの様な暴力、

 

「やぁぁぁぁぁっ!」

 

愛子の、人を殺す事への恐怖心を抑え込むかの様な声を上げながらの、ギザルメ*1を振り回しての斬撃によって次々とその命を散らしていく聖職者達。

尚、それを行っているのはハジメ達ガンダムパイロットだけじゃない。

 

「俺は、もう恐れの儘に逃げたりなんかしない!」

 

リェーズヴィエのファブリカモデル2振りを手にして聖職者達をバッタバッタと切り裂く淳史も、

 

「南雲達だって必死に戦っているんだ、俺もこの手で未来を掴むために戦う!」

 

ハルバートを手に、取得してる技能の1つである槍術を活かして堂に入った使い方で振り回す昇も、

 

「私は、私達は南雲君達と共に!例えこの手が、返り血に塗れようとも!」

 

ウルミ*2を手にして、しなりを効かせながらも切れ味ある攻撃を繰り出す妙子も、

 

「南雲っち達は、こんな重たい物を何時も背負っていたんだよね。こんな苦しい思いをさせておいて、私は後ろでのんびり、なんて訳には行かないよね!」

 

ハジメを参考にしたと言わんばかりに、魔法陣が刻まれた手袋を嵌めた手で頭や胸部に触れると同時に、心臓や脳の特に急所と言える部分を直接凍らせて殺し回る奈々も、決然とした様子で戦っていた。

それ故か、銃火器や魔法等による遠距離攻撃を行わず、然しながら大した時間を掛ける事無く、

 

「邪教を信ずる者は、偽神エヒトルジュエに魂を売った反逆者達は、1人たりとも逃す事無く誅罰を下した!エヒクリベレイ様の御膝元たるこの神山は、長き時を経て遂に偽神の手から取り戻したのだ!」

 

制圧に成功、それを受けてハジメは何処からともなく取り出した拡声器を手に、神山の奪還を宣言した。

 

因みに銃火器等を使用せず、近接武器(ハジメが製作した物なので性能はお墨付きとはいえ)や魔法でもハジメのそれみたいな使い方に終始しているのは何故かと言うと、ハイリヒ王国の王宮が崩壊してしまった今、この大聖堂を新たなる王宮として接収しようというハジメの考えに基づき、王族であるリリアーナは勿論、彼女と結婚する事で王族となるハジメ及び彼と結婚する事で(ry)香織達が住むのに流れ弾等でズタボロになっていたらアカンがなという思いから銃火器や魔法による遠距離攻撃を禁止した為である。

大聖堂を手中に収める事自体は当初から決めてはいた、エヒト信仰の総本山たる神山、その頂上に建てられた大聖堂を手にしたとなればこのトータスに、人間族のテリトリーに与える衝撃は大きい、暴動等の混乱が起こったり、大聖堂を奪還しようと動いたりするのは確実であり、それによって聖教陣営の足並みが乱れている隙を突いて大迷宮攻略を進めて行こう、それが当初のハジメ達一行の方針だった。

然しながら王族や重臣を皆殺しにしたクーデター、それに伴う王宮の崩壊、そしてエヒトルジュエを「真なる神エヒクリベレイを追放してその座を乗っ取った簒奪者」とした演説、といったリリアーナの一連の行動を経て方針転換、聖教関係者の皆殺しと大聖堂の占拠自体は予定通りなものの、偽神エヒトルジュエ及びそれを信仰する聖教教会――邪教教会から奪還したと喧伝し、自分達がエヒクリベレイを解放する者とアピールするのも兼ねて、大聖堂に傷を付けてしまう様な攻撃はするなとの指示が追加されたのである、この場に射手を天職に持ち、ストリボーグの砲撃士を務める明人がいないのはその為だ(ミュウの御守の為という理由もあるが)。

まるで戦う前から大聖堂を制圧したかの様な、聖教教会や使徒達を相手に勝ちを確信していたかの様な考え、捕らぬ狸の皮算用じゃねぇかと突っ込まれそうな考えだが、結果から見ればそれは正しかったと言うしかない。

 

「ハジメ。其処に人がいるみたいだぜ。いや、人と言うべきなのか、アレは?明らかに透けているし、ふわふわ浮いているし。まさか幽霊じゃねぇよな?」

「何だって?それは本当なのか、トシ?」

 

そんなハジメに、幸利が警戒心と戸惑いを滲ませた声を掛ける。

それを聞いたハジメ達が幸利の視線を追うと、其処には確かに、白い法衣らしき物を着用した禿頭の男がいて、ハジメ達を真っすぐに見つめていた、尤もこれも幸利の言う通り透けているし、ふわふわと浮いて揺らいでいるので明らかに普通の人間ではなさそうだが。

その男はハジメ達が自分達を認識した事を察したのか、まるでついてこいと言っているかの如く踵を返し、明らかに幽霊じゃんと言わんばかりにスーッと滑る様に移動していく。

 

「あれ、よく考えたらあの風貌…

間違いない、ミレディ・ライセンが言っていたラウス・バーンの特徴と合致している。もしかして大迷宮攻略の条件を満たしたから神代魔法を授けてやる、って所かな?にしては、まだ神山の深層に入っていないけど…」

 

その姿を見たハジメが、男が何をしようとしているのか自らの推察を口にした。

然しながら、Xラウンダーによる近未来予知を使って見るも、予知の範囲外になってしまう程長い移動となる事からついて行ったその先を見る事は出来なかった為、その口調に確信めいた様子は無かった。

 

「兎も角行ってみようぜ。元々此処には神代魔法目当てで来たんだ、今はその手掛かりに成り得る物は1つでも縋らないと。仮に罠だとしても、コイツら守りながら切り抜ける事は造作も無い、そうだろ?」

 

然しながら黙って此処に留まっている訳にも行かない、それは男に付いて行く事を提案した幸利も、それに無言で応じたハジメ達も同じだった為か、満場一致で決定した。

こうして男に付いて行く事数分、その途上で隠し扉を発見する等の驚きがありながらも辿り着いたのは、大迷宮の紋章の1つが中心に描かれた魔法陣であった。

其処に大聖堂制圧の為に乗り込んだ14人と、制圧後に合流した明人とミュウが足を踏み入れた直後、その魔法陣が輝き、次の瞬間には、中央に別の魔法陣、古びた本が置かれた台座のある黒塗りの部屋へと転移した。

やはり此方の予想通り男はラウス・バーンの幽霊か何かで、此処は大迷宮の最深部にある神代魔法習得の間なのだろう、既に経験済みのハジメ達6人は平然とした様子で、まだ1つも神代魔法を習得していない他のメンバーはそれにくっつく形で魔法陣の中に入ると、今までのそれより深い部分に何か入り込んで来る感覚を覚え、恐らくは資格者と認められなかったであろうミュウ以外の15人が思わず呻き声を上げた。

一瞬驚くも次の瞬間にはあっさり霧散したその感覚に疑問を抱く暇も無く、今までと同じく新たなる神代魔法、その知識が脳内に直接刻み込まれた。

 

「魂魄魔法…魂に干渉する魔法」

「降霊術師である恵理ちゃんのそれとどう違うんだろう?」

「魂の『意志』に干渉するのが中村の降霊術、魂『その物』に干渉するのが魂魄魔法って所じゃねぇか?」

「成る程、ならミレディ・ライセンがゴーレムの姿で出て来たのも説明が付くわね。ミレディの魂をゴーレムに定着させたって所かしら」

 

その神代魔法――魂魄魔法がどういう物か考察する香織達、一方でハジメは台座に置かれていた本を手に取り、それを読み進めた。

其処には解放者となるまでの経緯や他の解放者達との交流、この神山で果てるまで等のラウズ・バーンの足跡や、この大迷宮に映像体としてだけ自分を残した理由等が書き記されており、

 

「この神代魔法を得る条件は3つ。1つ、2つ以上の攻略の証を有する事。2つ、神を信ずる心を抱かぬ事。3つ、神の力に寄る物に打ち勝つ事。これを満たせし者に、我は姿を現す…か」

 

その最後に、大迷宮の攻略条件が書き記されていたのだが、どうやら大聖堂で男――ラウス・バーンの映像体を見つけた時点で済まされていたらしい、確かに1つ目は言うまでも無く、2つ目はハジメ達地球から転移して来た一行は勿論の事、ユエやシア、ティオやリリアーナもエヒトルジュエへの信仰心は抱いていない、そして3つ目は、エヒトルジュエの使徒達や聖教関係者達を皆殺しにした事で満たされた、大迷宮の深層に踏み入る事無くあの映像体が現れるのも道理だ。

 

「つまり、俺達はあれか?後方からとはいえエヒトルジュエの眷属達の殲滅に1枚嚙んでいたから、この魂魄魔法を覚えるに値すると認められたって事か?」

「みたいね。正直ストリボーグも、この武器とかも100%南雲君が作り上げた物なんだけど…」

「な、何だかつくづく南雲っち達のコバンザメ化しているよね、私達…」

「言うな宮崎、それは俺達が心の底から痛感しているんだからさ…」

「お前らは大聖堂に殴り込んだだけまだマシだろ、俺なんてついさっきまで留守番していたのに…」

 

尚、その話を聞いた淳史達は、ハジメ達と比べて圧倒的に実力の劣る自分達が何故魂魄魔法を習得出来たのかという疑問を、その条件を聞いた事で解決しつつも『コバンザメ』と自虐している場面があったが余談である。

*1
中世ヨーロッパで広く使われた、農耕器具を基にしたポールウェポン

*2
英語でフレキシブルソードと言う、インド発祥の剣と鞭の中間と言って良い武器




これでリリアーナへのハートフルボッコな展開から始まった戦乱は一段落しました。

さて皆さん、次回からはお待ちかねの…
諸事情あり年末年始は更新を休止させていただきますが、再開した暁には、皆さんを愉悦に浸らせられるような物を書けるよう、頑張ります(邪笑


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

61話_大粛清(ボルショイ・ティラー)

皆様、お久しぶりです!
前回の投稿から1ヶ月近く空けてしまってすいません(汗


ハジメ達が神山の頂上に聳え立つ大聖堂を占領し、その際の戦いによって資格有りと認められた為か、神代魔法の1つである魂魄魔法を習得してから3日後、とある一団を載せた数台もの馬車が、ハイリヒ王国王都への道をひた走っていた。

 

「何やら、随分と様変わりした気がするな…」

 

その先頭を走る1台の窓から様子を伺うメルド、そう、その一団はオルクス大迷宮で実戦訓練に励んでいた勇者一行である。

この王都からオルクス大迷宮に隣接する宿場町ホルアド迄は馬車で3日程掛かる距離、つまり彼らはハジメ達と同日にホルアドを出発したという事である。

何しろ人間族のテリトリーに魔人族の女が魔物達を引き連れて侵入、天之河達勇者一行やハイリヒ王国騎士達を襲撃して来たという異常事態が発生した挙句、ハジメ達の介入が無ければ全滅という正に絶体絶命の状況に陥ったのだ、それを速やかに王国中枢、それを通じて教会に連絡せねばというメルド達騎士団の判断から、即日出立したのである。

尤もその襲撃を退けてくれた恩人達の代表である筈のハジメに天之河が一方的に突っかかった挙句、決闘と称して襲い掛かり、それをハジメが返り討ちにした末に天之河の得物である聖剣を「決闘に勝った戦利品」としてぶんどるという事態が発生するも、元々聖剣はハイリヒ王国が管理するアーティファクト、それがハジメ(部外者)の手に渡った事も伝えなければならないという事情もあるにはあるが…

こうして実戦訓練を始めてから3度目(1度目はハジメ達が行方不明となった件の報告で、2度目はとある事情からだが詳細は割愛する)の帰還となった訳だが、前回の帰還から2ヶ月も経っていないにも関わらず王都の雰囲気が様変わりしたのを感じ取ったメルドは、戸惑いの余りそう呟いたのだ。

彼らはまだ知らない、出立したその日にリリアーナが起こしたクーデターによって王族や重臣達が皆殺しにされ、それを鎮圧しようとした『使徒』達も後に加わったハジメ達の手で全滅、神山の大聖堂にいるイシュタルら教会の中枢も一人残らず惨殺された事を、それを経てハイリヒ王国、というより聖教教会をトップとした人間族のテリトリーにおける権力構造が様変わりしていく事を、天之河や彼とごく近しい者、実戦訓練でハジメ達を殺そうとした檜山達がこの後、地獄と言うしかない壮絶な目にあうのを強いられる事を…

 

「勇者御一行様ですね、書類確認等の手続きがありますので少々お待ちください」

「どういう事だ?此方は勇者様及びそのご同胞がお乗りになられているのは明らかな筈だが?」

「申し訳ありませんが、王宮より言い付けられておりますのでお待ちくださいませ」

 

王都の入場検査場、其処で検査場のスタッフから制止された事に疑問を覚えながらも、メルドが勇者一行を乗せた馬車だと説明する。

今までなら馬車に搭載されたETC的な感じのアーティファクトのお陰で勇者一行の馬車だと知らせる事が出来、それによって此処で事情を説明するまでも無く通されていた筈、だが今日になって突然呼び止められたばかりか、勇者一行だと伝えても通してくれない、その状況を不審に思った、いや、思った『だけで何もしなかった』メルド。

程なくして、入場検査場の脇にあるスタッフ用の通用口から王国の騎士らしき者達がゾロゾロと現れた、

 

()()()()()()()()()()()()()(但し差し色は其々違う色)()()()()()()姿()()

 

「天之河光輝、中村恵里。貴様達に国家反逆の容疑が掛かっている。大人しく同行願おうか」

「なっ!?一体どういうことだ!?」

「国家反逆!?何かの間違いでは!?」

「そ、そんな!?」

 

この中世ヨーロッパとよく似たファンタジーな世界観では浮きに浮きまくっていたり、3日前に会ったハジメ達と同じ格好をしていたりな異様な恰好にツッコむ暇も無く、騎士達は衝撃的な事を告げた。

なんと天之河及び彼と同じパーティの中村恵里の2人に国家反逆の容疑が掛かっているとして、取り調べの為に確保すると言い出したのだ。

 

「詳しい話は後で聞く、良いから付いて来い!」

「くっ!」

 

思わぬ事態に動揺が広がる一行、中でも身に覚えのない容疑で自分達が拘束されようとしている天之河達は何かの冗談では無いかと反論するも、聞く耳持たんと言わんばかりに騎士達は2人を拘束しようと囲み出した。

そんな騎士達を前に天之河は、同じく容疑が掛かっている中村を背にこの場を切り抜けるべく、ハジメにぶんどられた聖剣の代わりに腰に差している剣を手にしようとしたが、

 

「貴様、我らを手に掛けるのか?」

「!?」

「大聖堂で散々守ると言っていた我々に刃を向けるのか?自分の身が危なくなった途端、任務でそれを行おうとしている我々を殺すのか?」

「そ、それは…」

 

その動きから天之河が何をしようとしているのか目ざとく察知した騎士が、何処かから聞いたのか、召喚直後の場で表明した事を持ち出して揺さぶりを掛けた。

その言葉は騎士達の思惑通り天之河の心に痛烈に刺さり、抵抗の手を止めさせた。

それをチャンスと見た騎士達は彼らを拘束すべく詰め寄るが、この行動を止めようと動いたのは容疑が掛けられている天之河達本人だけじゃない。

 

「てめぇら光輝達から離れろぉ!」

 

天之河の相棒である坂上が、今にも天之河達を拘束・連行せんとする騎士達を引きはがすべく、人間族最強とうたわれるメルドの倍以上はあるステータスに物言わせて一瞬で距離を詰め、殴りかかった。

ところが、

 

「ぐぁっ!?」

「坂上龍太郎、公務執行妨害並びに国家反逆犯を匿った現行犯で貴様も拘束する!連れて行け!」

 

まるでそれを先読みしていたかの様に騎士達が動いた。

腰にぶら下げていた『何か』を手に取った騎士達、次の瞬間には数回もの炸裂音が響き渡り、それと共に坂上の両肩・両腰から血しぶきが舞い、飛び掛かったままの態勢で崩れ落ちた。

無力化したのを確認した騎士達は自分達の公務を妨害したとして坂上も一緒に拘束する、その手にはたった今響き渡った炸裂音及び坂上が負った負傷の原因であろうグローサが其々握られていた。

ハジメ達の様に魔力を直接操作する技能も無ければそれを再現するISも装備していない騎士達の銃撃は電磁加速されていない亜音速の銃撃、それでも何発も食らえば幾らこの世界においてチート級を誇るステータスを有する坂上であっても耐えられる訳が無く、拘束は滞りなく済んだ。

 

「天之河光輝達を庇うと言うのなら、貴様らも坂上龍太郎と同じく力づくで拘束するぞ?」

 

拘束した坂上を無理矢理立たせて、未だ唐突な事態を理解し切れない一行にグローサの銃口を突きつけながら警告する事も怠らず、3人を連行していく騎士達。

たった今坂上が何発もの銃弾を食らって無力化されたのを目の当たりにしたのもあって、その警告が単なる脅しでは無いと思い知った一行はそれを黙って見ているしかなく、3人を連れた騎士達が通用口へと消えて行って暫く経ってから漸く王都への入場を許された。

 

------------

 

『陛下。天之河光輝と中村恵里、及び両名の拘束を妨害した坂上龍太郎の確保、滞りなく終わりました』

「ありがとう、拘束の方お疲れ様。引き続き持ち場に戻っての業務、お願いね」

『はっ!』

 

3日前のクーデターに伴って崩壊した王宮の代わりとして使用されている大聖堂、その一角に臨時で設けられた執務室で男――陛下と言う敬称から分かる通り、クーデターによって誅殺されたエリヒドの後を継いで即位したハイリヒ王国の新国王である――は、天之河達を拘束した騎士からその件の報告を受けていた。

 

「聖教の主だった幹部を一掃し、総本山たる大聖堂を制圧したとはいえ未だ聖教を信じ、僕達を敵視する者達は各地に点在している。天之河達を野放しにしていてはその勢力を勢いづかせる事になりかねないからね。此処でエヒトルジュエの、聖教の影響力を徹底的に排除しないと」

 

その騎士に労いの言葉を掛けて通信を終えた国王は、そう呟きながら立てかけてあった豪奢なマントを手に取り、黒を基調としたプラグスーツを纏った自身の上に羽織りながら執務室を後にした…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

62話_処刑前夜

「お会いになれないってどういう事だ!?速やかに報告せねばならぬ件があると言うのに!」

「ですから陛下並びに重臣の方々は速やかに対処せねばならぬ件の為にご多忙であらせられますので、本日はお会いになれませぬ」

「此方に誰がいるのか分かっているのか!勇者御一行だぞ!それを、随分とぞんざいな!」

「誰であろうとお会いになれませぬ、そう言いつけられておりますので本日はお引き取り下さい」

 

ハイリヒ王国王都への入場が許された勇者一行(本人達が捕まっている中でそう呼ぶのは違和感があるが…)が喫緊の事態が発生した事による臨時の宿舎として案内されたとある宿、其処で一行は、国王を始めとした王国中枢の者達が多忙の為に面会出来ないという、案内した騎士と思しき者からの連絡だった。

魔人族との会敵及びハジメ達の介入が無ければ全滅は免れなかった程のその脅威、それらをいち早く報告せねばと実戦訓練を切り上げて戻って来たというのに、その報告をする相手は多忙で会えないという連絡…

急いで魔人族襲撃の報告をせねばならない焦りと、勇者一行というこの国にとって重大な存在がいるにも関わらずぞんざいな扱いを受ける事への憤りがごちゃ混ぜになり、声を荒げるメルドだったが、騎士の対応が覆る事は無く、かといって先程天之河達が逮捕された光景を目の当たりにした中で王宮へ突撃するのはリスクが高すぎるという事で、止む無くこの日はその宿に泊まるしか無かった。

彼らが王宮へ差し掛かる所で感じた違和感の正体に気付くまで、自分達がこのハイリヒ王国、というより人間族のテリトリーにおける立場が様変わりしてしまった事に気付くまで、あと1日…

 

------------

 

「よぉ。3日振りだな、中村」

「し、清水、君、その恰好は…?」

 

場所は変わって、嘗て王宮があった場所の地中に存在する地下牢、其処に先程収監された中村だったが、其処へ、プラグスーツの上に王国の高官である事を誇示するかの如き豪奢なマントを羽織っているという異様な恰好をした幸利が現れた。

 

「ああ、これか?実を言うとあの後、ハイリヒ王国の国王様に取り立てて貰ってな、偶々その座が空いていた宰相に就かないかと持ち掛けられたんだ。ハジメ達の旅で助けになればと思って、その話を受けたって訳だ。おっと、俺の近況はどうでも良いんだ、本題に入るぞ。お前、何で自分が拘留されているのか分かんねぇって言いたげだな?でも国家反逆の罪に問われる様な事をした覚えはあるんじゃねぇか?」

「な、何の事かな?」

 

その姿に驚きを隠せない中村に自分が今どんな立場に就いたかを話しながらも本題に移る幸利、彼女が何故国家反逆の容疑で拘留されているのか本当は分かっているんじゃないかと問い詰めるも、当の彼女は全く意味が分からないと言いたげな反応だった。

 

「しらばっくれんじゃねぇよ、証拠は上がってんだよ。何者かによって殺害された王国士官の骸、其処から降霊術によって干渉された事を示す魔力反応があった。つまりその士官は死後、降霊術師の操り人形となって色々嗅ぎ回っていたって事だ」

「そ、それって」

「闇術師舐めんなよ?そしてこのハイリヒ王国関係者に降霊術師はお前しかいねぇ。つまりこの件はお前って事になる訳だ。とは言っても今言ったのはあくまで状況証拠に過ぎねぇ。お前があくまでしらを切り通すならそれまでだがな」

 

然しながら幸利にとってその反応は想定していた物、一連の騒動の後に行った現場検証の際にクーデター鎮圧にあたって命を落とした兵士とは別の死体を発見、それを幸利が己の技能を活用して調べてみるとそれには、降霊術師によって魂を介して操られていたと思しき形跡があったのだ。

此処ハイリヒ王国の中枢に関わる者の中に、降霊術師の天職持ちなのは実を言うと中村しかいない、よって王国ではこの操り人形を用いて彼女が国家を転覆させかねない事態を画策していたとの疑いをもち、こうして今拘留する運びとなった訳だが、あくまでそれは幸利も言った通り状況証拠に過ぎない、確たる物証を見つけるか彼女自身が詳細な自供をしなければ容疑を罪として確定する事は出来ないが、幸利に抜かりは無い、こんな事もあろうかと高威力の爆弾を持ち込んでいたのだ。

 

「あ、そうそう、お前と同じ容疑で一緒に捕まった天之河と、お前達を庇った坂上だがな、

 

 

 

アイツらは詮議の結果、明日ギロチンによる斬刑に処される事が決まった」

「え…?」

 

天之河と坂上の処刑が既に決まっている、その事実に、驚きを通り越して呆然とするしかない中村。

 

「おいおい、ハトが豆鉄砲食らったみてぇな顔してんじゃねぇよ。お前の容疑とは違ってアイツらのそれは確定的明らかって奴じゃねぇか。天之河は聖教教皇イシュタルと共謀してハイリヒ王国の政に公然と介入してんだし、その他国家転覆を企てたネタは揃っている、坂上はそんな天之河を力づくで匿おうとしている。聖教の勇者及びその仲間に指定しているからそれは無理ってか?生憎だが、国王様は聖教こそ排すべき障害と捉えている、その手先たる天之河及び奴に与する者をこの機に処断するって訳だ」

「そ、そんな!?」

 

状況証拠の積み重ねによって犯罪者扱いされている中村とは違って、天之河の場合は実戦訓練前に起こった事件での対応等確たる物証だらけであり、坂上はそんな天之河(重大犯罪者)の逮捕を妨害したのだ、国家反逆罪は疑いの余地なしとして直ぐに斬刑が決まったのである。

捕まってから判決が決まる迄が明らかに短過ぎるのさえ目をつぶれば、普通に考えたら分かる様な事態だが幸利が言った通り中村が考えてもいなかったと言いたげな反応を示したのは何故か、それは勇者及びその同胞という聖教において重大な存在であるが故に、その影響力の大きい人間族のテリトリーにおいて丁重に扱われると思い込んでいたが故か、或いは…

そんな中村の心中を見透かしてか、幸利はとある提案をした、悪魔の取引とも言うべき提案を…

 

「まあ、お前自身に掛かっている国家反逆の罪を認めるって言うなら、それに関する詳細な自供をするなら、アイツらの命を救けてやっても良いが?所謂司法取引って奴だ」

「ほ、本当!?認めたら、ちゃんと話したら光輝君を助けてくれるの!?」

「あぁ、必ずや国王様に掛け合って来る。どうだ?」

 

罪を認め、捜査に協力する見返りが中村本人ではなく天之河達の処罰の軽減なので厳密には司法取引ではないのかもしれないが、天之河達の命を餌に中村の自白を引き出そうと取引を持ち掛けた幸利。

幸利の提案に飛びつくも、その目は本当に天之河を救けてくれるのか、本当は救ける気など無く自分を陥れようとしているんじゃないのかと何処か訝しむ様子だったが、何であれ彼女に選択肢など無かった。

 

「はぁ、分かったよ。確かにボクは、国家反逆と言われても仕方ない事を起こす下準備で、王国士官を殺して、降霊術師のスキルを使って操り人形に変えた、それは認めるよ」

「…随分とまた雰囲気が変わったな、いや、今のがお前の本性って所か?」

「本性、ねぇ。そんな大層な物じゃ無いよ。誰だって猫の1匹や2匹被っているのが普通だよ、君の親友である南雲だって優しそうな顔してサイコパスじみた発想するんだし」

 

取引にあっさりと応じ、国家反逆の容疑を認めた中村、然しながらそれを自供する彼女の様子は、何時もの温和で大人しい、THE図書委員と言いたげな(実際そうだったが)それとはまるで違う、利己的で残忍さを醸し出していた。

その変貌ぶりに驚きを隠せない幸利だったが一方で彼女の言い分も尤もだなと思えた、普段は生まれついての英雄(NaturalBornHERO)と言わんばかりに優しいハジメも、一度敵と定めた相手に対してはサイコパスと言われてもおかしくない冷酷さ、残虐さを剥き出しにして襲い掛かるのだ、そういう意味ではアイツも猫被っていると言えなくは無いなと変な所で感心していた。

 

「まあ猫被りの件は一先ず置いて、何を起こそうとした?何だってそんな事を企てた?」

 

ともあれ中村が取引に応じた以上、なるべく多くの自供を引き出したい所、そう切り替えた幸利は操り人形を作ってまで何を、国家反逆罪が成立する程のどんな大事を成そうとしたのか、その動機は何なのか、それを尋ねたら、

 

「光輝君が欲しかった、その為に必要な事をした。それだけの事だよ」

「…What’s?」

 

動機と思われる部分で、何とも彼の頭では理解しがたい内容が、彼女の口から出て来た。

天之河が欲しかった?つまり天之河と恋仲になりたかったって事だろうか?なら告白すれば良かったんじゃないか?そうすれば…と色々と疑問が浮かび上がる幸利の心中を見抜いてか、

 

「はは、告白すれば良いじゃ無いかって感じしてるね。でもダメだよ、ダメ、ダーメ。告白なんてダメ。光輝君は優しいから特別を作れないんだ。周りに何の価値も無いゴミしかいなくても、優し過ぎて放って置けないんだ。だからボクだけの光輝君にする為には、ボクが頑張ってゴミ掃除をしないといけないんだよ」

 

その詳しい訳を、ハジメの事をサイコパスと言って置いてそっちの方がよっぽどサイコパスじゃねぇかと幸利が一瞬思った暴論を言い放ったのだ。

とは言っても、天之河の人間性を踏まえれば分からなくも無い。

此処で中村の言う『ゴミ』とは恐らく、天之河の周りにいる大勢の『大切』な存在の事であろう、多分(当人達は拒絶しそうだが)天之河の幼馴染である香織や雫も含まれているだろう、そんな天之河に告白して、仮に付き合えたとしてもそれは沢山いる『大切』の中に加わったに過ぎない、余りにも『大切』な存在が多すぎる為に自分に向いてくれる時間はごく限られてしまうだろう。

そう、天之河にとって『大切』とは大切であって『大切』では無くなってしまっている、中村の言う『特別』を作れないのだ、それ故に彼女は『大切』を徹底的に排除して、自分1人のみが『大切』…『特別』になろうとしたのだろう。

 

「異世界に来れて良かったよ。日本じゃあ過激な手段は取れないから、色んな噂を流すとかしてゴミ掃除の為に面倒な下準備をしなきゃいけなかったし、効果も中々現れないから本当に住みにくかったよ。その点この異世界に、力も地位も得られた今なら」

「…おい今、日本で色んな噂を流していたって言ってなかったか?」

 

言いたい事を納得こそしなかったが理解はした幸利、そんな彼を他所に自供を続ける中村だったが、とある一言が幸利の琴線に触れたのか、剣呑な雰囲気を露わにした彼がそれを遮った。

 

「まさか、ハジメに関するある事無い事を義妹(ソウルシスターズ)なる連中に流したのは、ハジメにまつわる根も葉もない噂を流させたのは、お前だったのか!?」

 

色んな噂を流した、それはもしかしたらハジメに関する事実無根な物も含まれた悪い噂も含まれるのではないか、天之河の幼馴染で『大切』の範疇に入る香織も雫もハジメと付き合っているのだからもしかしたら入っているかも知れない、だが何のために、ハジメ達が破局するリスクがあるそんな噂を何で流したのか…

そんな様々な考えが入り混じった疑問をぶつける幸利、

 

「ご名答。光輝君は未だに執着しているけど、南雲とあの2人との絆が揺るがないのは明らかだからね、南雲を孤立させて、それでも尚南雲にベッタリな2人の姿を見せつけられたら、光輝君に対する2人のヘイトを強めれば流石に諦めるだろうと思ってさ」

 

それに対する中村の答えは、余りにもあっさりとした是認だった。

 

「てめぇ、何開き直ってんだ…!?

 

 

 

何笑ってんだてめぇ!ハジメが、アイツがその所為でどれだけ傷ついたのか分かってんのか!」

 

完全に開き直ったかの如く認めた中村に、幸利がマジギレしたのは言うまでも無い。

 

「…まあいい、ハジメを地獄に叩き落しやがったてめぇの事は今すぐぶち殺してぇ位に憎たらしいが、男に二言は無い、約束通り国王様に掛け合って来る。じゃあな、期待して待っていろクソビッチ」

 

一時は人間不信に陥り、自分達大切な存在以外を蔑ろにする位に荒んでしまったハジメの様を間近で見ていた為に、その原因となった中村の身勝手な動機、それをへらへらした様子で明かした言動に彼女への憎悪が吹き荒れる幸利だったが、自分から持ち掛けた手前、司法取引には応じなければならない、そう思い直した彼は、悪態をつきながらも地下牢を後にした。




さあ皆さん、次回はいよいよお待ちかねの…(邪笑


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

63話_処刑執行

※グロ注意です。


翌朝、宿の外から聞こえる人々の喧騒、その余りの大きさを怪訝に思ったメルド達は、丁度朝食を取り終えたのもあって外に出る事にした。

その喧騒の中心はどうやら王宮があった場所の前に広がる広場、丁度リリアーナが民衆に決起を呼び掛けた場所だった、其処へ向かってみると昨日までは無かった大道具みたいな物体が布に掛けられた状態で聳え立っており、その周囲を取り囲む様に民衆たちが集まり、何事かを話し合っていた。

そんな大道具の両脇には騎士が1人ずつ控えており、民衆等が近づかない様に目を光らせていた為に、まるでフェンスで区切られているかの様に、大道具を中心としたある地帯のみ人の姿は途切れていた。

その人がいない空白地帯をまるで通路の様に向かう一団、その足音が聞こえた途端、今までの喧騒が急に途切れた、大道具へと向かう一団がどれ程の存在か弁えている様だ。

 

「親愛なる民達よ!此度はこの国を揺るがしかねん大罪を犯した者達を処断する場に駆け付けて貰い、誠に感謝する!忙しい中ご苦労である!」

 

事実その一団は、

 

「幸利様!」

「宰相閣下万歳!」

 

つい最近ハイリヒ王国の宰相に就いた幸利、及びその護衛役として同行している数名の騎士で構成されていたのだから。

 

「さ、宰相…?」

「この国で、国王の次に偉いって事か?清水が…?」

「な、何なのあの恰好…?」

「プラグスーツの上に、マント?何てミスマッチな…」

 

幸利の言い分からして今日この広場で犯罪者に対する刑罰が下されるのであり、聳え立つ大道具はその為の物なのだろう、そんな場に国家のNo.2である宰相が態々出向き、聴衆として集まった民達に労いの言葉を掛けるという親密さ全開な言動に、如何にも心酔していますと言いたげに歓声を上げる民達とは対照的に、幸利が宰相に就任した事など知る由も無かったメルド達は戸惑いを隠せなかった。

 

「この者達が、此度処断する罪人達である!布を上げよ」

「はっ!」

 

そんなメルド達の困惑を他所に、幸利は騎士の1人に大道具の布を上げて罪人達を見せる様に指示を飛ばす、既に罪人達は大道具にセットされており処断の時を今か今かと待っているのだろう。

その指示を受けて騎士が大道具を隠す道具を少しだけ上げ、罪人達の顔を晒す。

其処には、

 

「あ、天之河!?」

「それに、坂上!?」

「それだけじゃないわ!檜山君達の姿まで!」

 

昨日国家反逆の疑いで中村と共に捕まった天之河、2人の逮捕を妨害して同じく捕まった坂上だけでなく、ホルアドで行方不明になっていた檜山達の計6人が、猿轡をかまされた上で逆さ吊りにされていた、恐らくは処刑に用いる大道具に逆さの状態で固定されているのだろう。

 

「まずは天之河光輝。諸君らの中にも魔人族の脅威から救い出す勇者だとしてその名を知る者も多いだろう。だがそれは邪神エヒトルジュエ、及びその息が掛った邪教によるでっち上げであり、その実態はエヒトルジュエ、並びにその息が掛った邪教祖イシュタルと共謀し、勇者という肩書に物言わせてこのハイリヒ王国、ひいては人間族が支配する域の政を支配せんと企てた国家反逆者である!」

 

長い間行方を眩ませていた檜山達が何時の間にか捕まり、天之河達と同じく処罰を受ける事となっていたり、天之河と坂上は捕まった翌日にもう処罰を受ける事となったりと、急展開の連続についていけないメルド達、そんな彼らなど知ったこっちゃないと言わんばかりに天之河達の罪状を読み上げる幸利。

 

「次に坂上龍太郎。勇者に常に付き従う者としてその名を知る者も少なくないであろう。この者はその立場を利用して天之河光輝達による国家反逆の企てに乗り、我が国の騎士が昨日天之河を捕縛せんと職務を執行しようとしたのを、力づくで妨げんとした!言うまでも無くこの者も国家反逆犯である!

そして檜山大介、中野信治、斎藤良樹、近藤礼一。この者達についてもまた勇者の同朋として、その名を知る者はいるだろう。この者達はその立場を利用し、国家の財産を横領して私腹を肥やす等我が物顔で振舞った挙げ句、

 

 

 

王に即位する前、彼奴等と同じく勇者の同朋という立場だったとはいえ、ハジメ・N(ナグモ)・ハイリヒ国王陛下にあろう事か幾度も刃を向けた末に、オルクス大迷宮の奈落の底へと叩き落した!紛れも無く国家反逆にあたる罪を犯した!」

「な、南雲が、国王だと!?」

「そんな、そんな馬鹿な!?」

 

その最中で幸利が言い放った衝撃的な事実、それはメルド達の驚きを誘発するには十分だった。

そう、ハジメは大聖堂を制圧した後にリリアーナ(及び香織達)と結婚してハイリヒ王国の王族となったのだが、歴代国王の唯一の血族であるリリアーナは年端もいかない少女、そんな彼女が国王では周囲の国から舐められかねないと危惧した本人が、夫であるハジメに国王への即位を求め、それを覚悟の上でプロポーズしていたのもあって彼も快諾した為、新たなる国王となったのである。

勇者一行である筈の自分達がぞんざいに扱われた挙句に勇者本人である天之河が国家反逆の疑いを掛けられて拘束されたり、4日前にホルアドの街で再会した幸利が何時の間にか宰相に就いていたりといった信じがたい出来事に連続して直面するメルド達、だがハジメが何時の間にか新国王に即位していた事、それ即ちこの4日間にエリヒド国王及びその後継者と目された王子ランデル等といった重鎮達の身に重大な事態が起こったという事、それらはメルド達を、驚きを通り越してパニックに陥らせる程だった。

それ自体は正しい推察なのだが、まさかその重大な事態というのがリリアーナ1人によるクーデターだとは、メルド達はまだ知る由も無い…

 

「この場に集いし民達に問おう!この罪深き国家反逆犯達を許せるか!?」

 

それは兎も角、天之河達の罪状を読み上げた幸利が、それを踏まえて民衆達に罰の是非を問うた。

 

「許せる訳ねぇだろ!」

「そうだそうだ!厳罰を下せ!」

「裁きを!裁きを!裁きを!」

「重罪には相応の罰を!」

 

言うまでも無くと付けるべきか、それに対する答えは満場一致での厳罰要求だった。

尚、本人曰く「やろうと思えば此処に集まった民衆達を『月光蝶』を用いて操る事など造作も無かった」そうだが、自分達への熱狂的な支持がある以上は使うまでも無いだろうと考えていたし、実際そうだったので使う事は無かった。

 

「諸君の考えは良く分かった。わが国の民達は聖教と名乗っていた邪教に染まる事無く、冷静に物事を見渡せる素晴らしき者達であると今、確信を持って言える。諸君がいる限り、我が国の将来は安泰だ!」

 

そんな民衆達の姿に安心したと言わんばかりに称えながら大道具へと歩みを進め、掛けられている布を手に取った幸利、

 

「無論、我らの心も諸君と同じ。この罪人達を処罰すべく、準備を整えてある。これを見よ!」

 

宣言と共に大道具の布を剥ぎ取る。

 

「今、罪人達を逆さづりに固定しているこの大道具はギロチンと言い、我らが元居た世界において斬刑を執行する際に用いられた物だ。頂きに巨大な刃があるだろう、あれを固定する紐を切る事であの刃が戒めから解き放たれ、自らの重みによってその凶刃を罪人の身に振り下ろすという流れだ」

 

露わになったのは、18世紀末のフランスにて開発されて以来ヨーロッパの国々で運用され、機動戦士Vガンダムにてザンスカール帝国がその強権振りをアピールする為の道具としても用いられた処刑器具、ギロチンだった。

此処トータスの人達にとって初めて見るその異様な外見、幸利が説明したその運用方法を聞いて目を奪われる民衆の一方、その存在を既に知っていた永山達は怪訝な表情を隠さなかった。

ギロチンが罪人を斬る仕組みは今しがた幸利が簡単に説明したが、実際に運用する際は刃の通り道に斬る物をセットしなければならない、一般的には装置の下部に穴の開いた板が据え付けられ、その穴に頭を通す事で首をセットする。

然しながら逆さ吊りにされている天之河達の頭は固定されるどころかギロチンの中にすらない、そもそも目前のギロチンに頭をセットする為の機構が見当たらない。

一体どうやってあのギロチンで斬首するのか、そんな永山達の疑問に答える様に、幸利は動いた。

 

「此度はこのギロチンを用い」

 

尚も言葉を重ねる幸利、その際、脇に控えていた騎士達に目配せをし、上部に何故か付けられていた板を外させる。

 

「罪人達の子種を断ち切った上で、この者達に王国直属の奴隷として王宮での無期の懲役を科す!それが此度の大罪に対する罰である!」

 

其処から露わになったのは、今しがた言った首をセットする為に頭を通す機構、その穴から通された天之河達6人の、男なら誰しも足の間に付いている『もの』…

言うまでも無いだろう、今回、天之河達の犯した罪に対する罰は宮刑、去勢された上で王国お抱えの奴隷として宮廷において労役を行わなければならない罰が下されるという、嘗ての中国において死刑の次に重い刑が科せられた訳であり、その去勢の手段としてギロチンが使われる事となったのだ。

 

「では諸君、刮目せよ!この罪深い者達の根が断ち切られる瞬間を!」

 

国家反逆罪という身に覚えのない(と当人達は思い込んでいる)罪を着せられた挙げ句に自分の『もの』を斬られて奴隷に落とされるという事態にメルド達は勿論、恐らく初めて知ったのか逆さ吊りにされた天之河達もまたこれ以上に無い位に動揺して暴れる、だが常人の百倍という莫大な身体能力を誇る天之河を以てしてもその拘束を破る事は叶わない、助けを呼んだり潔白を主張したりしようにも猿轡の所為でそれも無理だ。

そんな彼らを尻目に、未だギロチンの頂に留まったままな刃の戒めを解き放つべく、騎士から()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()剣を受け取った幸利は、

 

「では行くぞ!1(アジン)2(ドゥヴァ)3(トゥリー)!」

 

絶望感を煽る様にロシア語で3カウントを行い、刃を持ち上げていた縄を斬った。

己をギロチンの頂に留めていた戒めから解き放たれた刃は、自らの重みに従って下へ下へとスピードを上げながら落ちて行き、

 

 

 

スパン!という妙に小気味好い音と共に6人の『もの』を股間から断ち切った。

 

「「「「「「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」」」」

 

股間の『もの』を根こそぎ斬られた事による激痛の余り、猿轡越しにも聞こえる叫び声を上げる天之河達6人、一方で今しがた『もの』を断ち切られたばかりの股間や、切り離されたばかりの『もの』の断面からは血の一滴も出る事は無く、既にその傷口は塞がっていた。

これはギロチンの刃の表面に塗布された神水によって治癒された為、死刑でもないのに結果的に死んでしまっては意味が無いという配慮(?)からだ。

尤も神水は傷を癒す効果はあっても失った身体の部位を復元する効果は無い、よって断ち切られてしまった『もの』が復元する事は無く、天之河達はこの時より男が持つ筈の物が無い存在として一生を過ごす事となる…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

64話_粛清を終えた後で

R-18に引っ掛からない程を弁えている積りですがエログロ注意です。


「やあ、また会ったね。まさか此処で、こんなに早く再会するとはあの時思わなかったけどね」

「南雲、お前…!」

 

早朝目の当たりにした天之河達への早急過ぎる&重過ぎる(彼らはそう思っている)処罰、股間の『もの』をギロチンによって断ち切られ、激痛にのたうち回る暇も無く(そもそも捕縛されているので無理だが)奴隷の証たる首輪型アーティファクトを取り付けられて広場を後にした6人の様をただ見ているしかなかったメルド達。

それから少し経って昨日案内していた騎士から国王との面会が叶ったと聞き、その先導で王宮へと向かう一行、その道中で何故か目的地が神山だったり、ハイリヒ王国の王宮があった場所が何故か更地と化していたりと信じがたい事実を何度も目の当たりにしながら辿り着いた大聖堂、その謁見の間に、永山達がこの世界に呼び出される時に最初に目にしたあの部屋に入れられた彼らを、ハイリヒ王国の新国王となったハジメと、その王妃となったリリアーナと香織、雫と優花、愛子とユエ、シアとティオ、ハジメの指名で宰相に就いた幸利、と今現在のハイリヒ王国を率いる立場にある者達が、揃いも揃ってプラグスーツの上にマントを羽織るという異様な姿で出迎え、幸利と同じくハジメの指名で重臣となった淳史達や、妙子に抱きかかえられたハジメの義娘(暫定なのでまだ姫ではない)であるミュウも後部に控えていた。

幸利が口にしていたとはいえまさかハジメが国王となったなんてと疑っていた一行だったが、その光景を見て本当だったのだと確信、それと同時に様々な疑問が彼等の頭に沸き上がった。

王宮が何故更地になっているのか、エリヒド王を始めとしたハイリヒ王国の人達や、イシュタルら聖教関係者はどうしたのか、まさか皆殺したのか、何故天之河を国家反逆罪なんて重罪を適用して捕縛した挙句、僅か1日足らずの時を経てあれ程の処罰を下したのか、それ程までに天之河達を恨んでいたのか、何故、何故、何故…

本音を言えば今すぐにでもハジメに掴みかかりたかった永山達ではあるが、横に控えていた騎士達がやけに大きいライフル――ハジメが淳史達の意見を基にヴィーフリのファブリカモデルを再設計して造られた自動小銃『ノーチ*1』を油断なく構えていたし、そうで無くてもハジメ達であれば自分達など難なく制圧出来、その結果天之河達と同じ末路を辿るのは分かり切っていたので手出しは出来なかった。

余談だがこの場で控えている騎士達は元々、愛子の護衛として教会から派遣されていた騎士達だったのだが、民衆達の妨害によって愛子と離れ離れになっている最中にハジメ達がイシュタルらを皆殺しにして大聖堂を制圧した事、それに愛子が加わった事にショックを受けたものの、その愛子からこの世界の真実を聞かされ、彼らのリーダーであるデビットが「愛子のいた世界に手を出そうなど許してはおけん!」と奮起、他の騎士達も同調した為に聖教を裏切り、クーデターの際に大多数の騎士達がリリアーナによって殺されたので人員不足となっていたハイリヒ王国の騎士となったのだ。

 

「さて、何処から話そうかな」

 

それを目ざとく察知し、疑問を抱くのも尤もだと考えたハジメは、オルクス大迷宮の奈落の底へ落ちてから今日に至るまでに知った事、起こった事を全て、時系列に沿って説明した。

反逆者の住処で知らされたこの世界の、邪神エヒトルジュエの真実、それを聞いて抱いた『神殺し』の決意とそれを体現したヴァスターガンダム等の兵器、ユエやティオ、シア達ハウリア族を始めとした亜人族の皆がこの世界で目の当たりにして来た『闇』、ウルの町で再会し仲間となった幸利と愛子と淳史達、そして全てを知り、周りが皆敵の手に落ちたと思い知った果てにたった1人で望まぬクーデターを起こしたリリアーナ…

 

「何だよそれは、つまり俺達は神様に、エヒトルジュエの掌の上で踊っていただけって事か、その為に俺達はこんな世界に呼び出されたのか?なら、なら何でもっと早く教えてくれなかったんだ!もっと早く言ってくれたら」

「早く言ってくれていたら、何だい?まさか一緒にエヒトルジュエを討つとでも言う積りかい?

 

黙ってろよクズが

 

全てを聞き、今更ながら自分達がエヒトルジュエによって踊らされていただけだと、その為だけに呼び出されたのだと知り激昂、それと共に何故オルクス大迷宮及びホルアドに滞在していた時に伝えてくれなかったのだという疑問が浮かんだ一行、それを代表して永山がハジメに投げかけるも、返って来たのはXラウンダーによる威圧と、某闇落ちした仮面ライダーとして名高いキャラの代表的なセリフによる拒絶だった。

その憎悪を帯びた重苦しい気配にあてられたのもあってか、何も言えなくなった永山達に、ハジメは更に言葉を重ねる。

 

「これは遠藤にも言った事だけど、恋人である香織達、義娘であるミュウ、親友であるトシ、玉井達、フェアベルゲンにいるハウリア族の皆。それとこの4日間で新たに加わったけど、此処ハイリヒ王国に住まう、僕達と共に在らんと誓ってくれた民達…

僕が、僕達が大切な仲間だと思っているのは今挙げた人達だけさ。他は、例えばお前達は偶々この世界へ一緒に転移した『同郷』の人間でしかない、他人と変わらないって事さ。そして、僕に関するある事無い事を噂として流した中村、天之河とその腰巾着である坂上、檜山とその取り巻き、そして『聖教』を自称してエヒトルジュエを盲信するイシュタルら邪教関係者はもう他人を通り越して『敵』だ。どんな存在であろうと敵には容赦しない、全力を以て排除する。それが僕の、僕達の、今のハイリヒ王国のやり方だよ。

 

お前達も敵とされたくないなら大人しくしろ。さもなくば天之河達の後を追わせる。分かったね?

 

冒険者ギルド・ホルアド支部で再会した遠藤に伝えたのとほぼ同じ内容で自分にとっての『仲間』の定義を説明するハジメ、それに加えて天之河達に対して何故こうも早く、死刑に次ぐ、いや人によっては上回るとまで言える重い処罰を下したのかという理由を『敵』の存在を上げて答え、大人しくしなきゃ『敵』と認定し、天之河達と同じ処罰を下すと脅す様な言葉を残して、この場にいる仲間達と共にこの場を後にした。

 

「永山君、野村君、遠藤君、谷口さん、辻さん、吉野さん。ハジメ君が何故君達を其処まで『他人』扱いするのか、本当は分かっているんじゃないんですか?」

 

ハジメ達が永山達の方を一瞬たりとも振り返る事無く謁見の間を後にした中、教師としての使命感からか愛子だけが唯一、足を止め彼らの方を振り返りつつそう問い掛けた。

然しながらその目は、根っからの生徒思いで知られている愛子が自分達に向けるとは到底思えない、まるで養豚場の豚を見る様な、残酷な「可哀そうだけど、明日の朝にはお肉屋さんの店先に並ぶ運命なのね」と言わんばかりの冷たい目だった。

愛子は言外に伝えているのだ、雫を慕う集団『義妹(ソウルシスターズ)』を介して中村が流したハジメに関する事実無根な悪い噂を鵜呑みにし、天之河達に便乗してハジメを敵視し、無視という形で虐めに加担していたのが原因であると、自分達がそれを正そうとしても聞く耳持たなかったからだと。

 

「ハジメ君は常に交流の為のチャンネルを開いていた。香織さん達は勿論ですが、玉井君達もそのチャンネルにアクセスしようとしていたし、ハジメ君もそれに気づいていた。一方で中村さんや天之河君、坂上君や檜山君達はそのチャンネルを荒らし回って事実無根な悪い情報を貼り続け、君達はそれを鵜吞みにして関わろうとしなかった。ハジメ君との交流を断ったのは君達の方です、そんな君達が今更ハジメ君達に協力と言う名目で助けを求めても手遅れなんですよ、分かりましたね?」

 

そして愛子もまたそう言い放ち、この場を後にした。

残された永山達は、全ては自分達が蒔いた種だと、此処へ転移する前からの対応によるツケが回ったのだと、全てはもう手遅れなのだと、今更ながら思い知った。

その後彼らは、ハジメの言いつけを守ったからかどうかは分からないが、大聖堂の中に設けられた部屋から、全てが終わるまで出て来ることは無かった…

 

------------

 

「よぉ、生きてるか?」

「…何とかね、此処で死んだら、光輝君を助けた意味が無いからね」

 

それから時は経ち、中村が収監されている地下牢を訪ねた幸利、ハジメが自分の恋人達を連れ込んだ翌朝の部屋の様な匂いに少なからず顔を顰めながらも目的地へと辿り着くと、其処には奴隷用の首輪型アーティファクト以外何も纏わぬ身が白くドロドロとした液体に塗れた中村の姿があった。

そう、言うまでも無いが、中村に下された罰は『王国お抱えの(ピー)奴隷として兵士達の(ピー)を行う』という物である。

 

「見上げた根性だなぁ、その根性を全うな方向に使ってくれりゃあハジメも傷つかずに済んだのにな。まあ良いや、そんなお前にプレゼントがあるんだ。ホレ」

 

普通だったら直視するのも憚られ、哀しみと憤りを覚えるだろう惨状ではあるが、相手はハジメの心をズタボロにした黒幕である中村なので大した感慨も抱かなかった幸利は、この状況でも愛する天之河の為にと気丈に振舞う中村の根性を一応は称しつつ、布に包まれていた手乗りサイズの物体をプレゼントと称して牢の中へ投げ込んだ。

 

「…何これ?」

「ああ、これか?

 

天之河の(ピー)だよ、今朝方ギロチンでスパンと切り落とした、な」

「…ゑ?」

 

それが何なのか直ぐには分からなかったのか、いや分かろうとしなかったのかもしれないが、ともかくポカンとした中村に、幸利はその正体を、天之河達に下した処罰の内容も交えて話し始めた。

 

「へ、え、ちょっと待って、ボクが罪を認めたら光輝君を解放してくれるって」

「おいおい、俺はそんな事一言も言っていないぜ?俺はただ、お前が罪を認めたら天之河達の命を救けてやるって、アイツらの命は取るなと国王様に掛け合って来るって言っただけだぜ?話をちゃんと聞かねぇお前が悪い。まあ安心しろ、約束通り生きている。生きて、己が犯した罪を償っている最中だ」

「そ、そんな…」

 

救けてくれると言ったのにどういう事なのか、まさか全部嘘だったのかと幸利を問い詰めようとする中村だったが、確かに幸利は『アイツらの命を救けてやっても良い』と、天之河達の命は助けると言っただけであり、天之河達を解放するとは一言も口にしていない、自分の言った事を中村が都合よく解釈しただけだと突き放した幸利の言葉に、まるで絶望したと言いたげに顔が青ざめた。

 

「尤も、お前が罪を認めるにしろ認めないにしろ、アイツらの処罰が変わる事は無かっただろうけどな」

「…へ?」

 

そんな中村を更なる絶望へ叩き落すべく、幸利は衝撃的な真実を明かした。

 

「こうなる事を見越していたんだろうな、ウルの町にいる愛ちゃん先生から嘆願書が届いていたんだよ。『天之河君達が起こした事は、確かに償わなければならない重罪ではあります。然しながら彼等とて突然この世界へと呼び出された身、此処に纏わる法や慣例等は知らなかった身の上であり、齎された力と地位に見合った振る舞いを理解できなかった身です。その命を以て償いとするといった様な、死刑といった極端な処罰は避けて頂けませんか?受け入れられなければ作農師としての任を放棄します』ってさ。いよいよ魔人族が攻め込んで来る、奴らとの戦争が本格化するって時だ、今以上の兵糧が求められるのにそう言われちゃあ呑むしかないと、アイツらの死刑『だけ』は回避、奴らの(ピー)を切り落とした上で王国お抱えの奴隷としての労役を科すって形で収まったのさ」

 

言うまでも無いが、愛子は今大聖堂を改修した王宮にいるし嘆願書など出していないので幸利の言葉は大分脚色された物ではあるものの、生徒全員の生還を望む愛子の意向が反映されたのは確かだ。

一方で生半可な処罰で『邪教』の残党をつけあがらせたり、折角自分達を支援してくれる民達の反エヒトルジュエの思想に反する事になったりしてしまっては不味いというハジメの総合的な判断に基づき、天之河達の処罰は中村の司法取引など関係なくあの様な形となったのだ。

 

「つまり、お前の自供は、司法取引は何の意味も無かったって訳だ、ぶっちゃけた話な!バーカ!」

 

最初から天之河達の命を奪う積りは無かったと打ち明けた上で、中村の司法取引は無意味な物と言い放ち、その誘導にまんまと乗っかって自分の罪を認めた中村を嘲笑いながら幸利は去って行った。

尚、幸利は天之河達の処罰について打ち明けた時、ギロチンによる斬刑、とは言ったものの、具体的にどう『斬る』かとは具体的には口にしていない。

とはいえ唐律*2において斬刑とは斬首の事を指すし、ギロチンも本来は斬首を行う為の道具なので、ギロチンによる斬刑と聞いたら普通は斬首による死刑だと思うだろうが…

 

「ふざけんな、ふざけんな…!

 

殺してやるぅぅぅぅ!」

 

愛する天之河との子供が作れなくなったと、自分は幸利の掌の上でまんまと踊らされた末に、今こうして兵達のオモチャにされているのだと思い知った中村は、去り行く幸利の背へ、憎悪のままに叫んだ。

*1
ロシア語で夜

*2
7世紀から10世紀初頭に存在した中国の王朝『唐』で制定された律、つまり法律である



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6章『大陸横断、外遊の旅』
65話_王宮に籠るだけが王ではない


天之河達に重罰を下し、永山達を脅迫めいた通告で王宮内の部屋に引き籠らせた翌朝、ハジメ達を乗せたストリボーグは、東の方向へ全速力で飛行していた。

天之河達国内に潜伏する『敵』への対処に一段落ついた事から大迷宮攻略に再び乗り出したのかと言われそうだがそうではない、その証拠にハジメ以外にこのストリボーグに乗っているメンバーは、玉井達クルーを除けばリリアーナとミュウしかいない。

では何故ハイリヒ王国を離れて東へ向かっているのかと言うと、未だエヒトルジュエへの、聖教への信仰が熱心であろう周辺国の動向を探る為だ。

総本山である神山の大聖堂や、その御膝元に位置するハイリヒ王国こそ制圧したが、聖教教会の影響下にある地域は人間族のテリトリー全域といっても過言では無い、隣国であるヘルシャー帝国を始めとした周辺国には未だ聖教関係者が潜伏、或いはその支配力を振るい続けている可能性が高く、ハジメ達の不在を見計らっての大聖堂奪還、それを口実としたハイリヒ王国への宣戦布告も考えられる。

エヒトルジュエ討伐の為に各地の大迷宮を攻略している最中にそうなってしまっては元も子も無い、勿論それを見据えて留守を任せる予定であるリリアーナと愛子、そして昨日の謁見の後、神殺しを成そうとするハジメ達に忠誠を誓った事で改めて騎士団長となり、ヴァスターガンダム3号機『マルトゥ*1』を授けられたメルドという3人のガンダムパイロット及び其々の専用機が常駐する計画だし、その他の、例えばデビットら騎士達にも標準装備としてISを始めとした個人用兵器を所持させているのだが、自国が戦場になりかねない事態を防げるに越した事は無い。

折しも天之河達への処断を済ませて内憂への対処に一段落着いた頃、其処でハジメ達はこの外患への対処に、本格的に乗り出す事となったのだ。

新国王であるハジメ、元々ハイリヒ王国の王女として周辺国に名が知られ、政治にもある程度関りを持っていたリリアーナ、移動手段であるストリボーグのクルーである淳史達(それとエリセンに寄る事からミュウ)がフェアベルゲン→ヘルシャー帝国→中立商業都市フューレン→アンカジ公国というルートで周辺国を外遊(その後、ミュウに関する依頼も兼ねてエリセンへ立ち寄る予定)、新国王へ即位した事の挨拶を名目に各国首脳との会談に臨みつつ、各国の国内事情に探りを入れる計画だ。

尚、外遊ルートに亜人族の国でありエヒトルジュエの影響を受けていない筈のフェアベルゲンが入っている(然もいの一番に向かう国である)のはヘルシャー帝国等とは事情が違い、ハイリヒ王国として国交を結ぶ為だ。

現状はハウリア族出身のシアがハイリヒ王国の第七王妃となっている等、個人単位での外交パイプはあるのだが、国単位でのそれは構築されていない、そもそもトータスにおいて被差別種族である亜人族が建国したフェアベルゲンを国として認めている他国など現時点で存在しないのだ。

其処で聖教の影響力を排除したハイリヒ王国が真っ先にフェアベルゲンを国として認めると共に国交を結び、親密な関係を構築すると共に、嘗てハジメが直々にハウリア族を鍛え上げた様に戦力増強を図り、自分達の不在を狙わんとする周辺国、殊に自分達が転移される前まで最大規模の軍事力を誇ったヘルシャー帝国への牽制とし、場合によっては…といった腹積もりだ。

無論その間にも大迷宮の攻略という課題を疎かにするつもりは無い、とは言っても新しい大迷宮を攻略する訳では無く、まだ魂魄魔法しか習得していない幸利とティオ、重力魔法と魂魄魔法の2つに留まっているシアは別行動、オルクス大迷宮及びライセン大峡谷の迷宮攻略を行わせ、神代魔法を扱える戦力の増強を図る。

外遊を行うハジメ達の一団と、他メンバーが攻略済の大迷宮に挑む幸利達の一団、双方が其々の行動を済ませてエリセンで合流したのを機に、再び新たな大迷宮攻略に乗り出す方針だ。

…因みにどちらの一団にも名前の挙がらなかった香織、雫、優花、ユエ、愛子だが、未だ残っている内憂、ハイリヒ王国内に潜伏しているであろう聖教関係者及び信者への対応等があるので留守番となっている、それを伝えられた彼女達がハジメを「行っちゃうの?」と言いたげな涙目でじっと見つめ、ハジメも彼女達のそんな姿に後ろ髪引かれる様だったのは言うまでも無い。

 

「あそこが大迷宮の1つがあるって言うハルツィナ樹海か?本当に木が隙間なく密集しているんだな」

「中は霧が立ち込めていて住人じゃないと迷うって聞いたけど、傍目からはそうは見えないな。この辺りも流石にファンタジーな世界って所か」

「鬱蒼とする木々に数メートル先も見えない程濃い霧、其処を中々の強さを誇る魔物が徘徊している…

危険だらけなこの地で、嘗ての亜人族の人達は、魔法が使えないハンディを乗り越え、力を合わせてフェアベルゲンを建国したのよね。その苦労は如何ばかりだったのか…」

「そんな亜人族の人達を虐げる様に仕向けるとはエヒトルジュエやっぱクソだな、許す訳には行かねぇ」

 

それはさておき、ハイリヒ王国王都を出発して数時間後、ハジメは見覚えのある、それ以外のメンバーは初めて見る、鬱蒼とした木々が広がるハルツィナ樹海の光景が見えて来た。

その光景を見て、予め知らされた過酷な環境、其処からフェアベルゲンを建国する迄の苦労を思い起こし、そんな彼らを迫害する様に仕向けたエヒトルジュエへの敵意を滾らせる中、

 

「南雲っち、樹海の外にウサミミ生やした集団がいる!何だかこっちに手を振っているけど、もしかして…」

「確実にカム、或いはその指示を受けて迎えに来たハウリア族の皆だね…

出迎えに来るのは分かるけど子供じゃないんだから…」

 

今回は戦闘ではないのでイエヌヴァリでは無く、妙子と共にオペレーターとしてストリボーグ艦内で作業していた奈々が、異様な光景を目にした。

それは、恐らくハウリア族と思われる兎人の集団が樹海の外に出て、一部が此方に向かって「おーい!」と言わんばかりにブンブンと手を振っているという、子供がやる分には微笑ましいものだった。

因みに何故ハウリア族の面々はまるで此方が此処に来る事を分かっていたかの様な対応をしているのかと言うと実は、シアとの結婚を彼女の父親であるカムに伝えるのも兼ねて、国王に就任したその日にハジメが手紙を送っていたのである。

その返事が昨日届いたのだが、それによると、ハジメが国王に就任した事を聞いたアルフレリックが、嘗て1回ハジメ達がフェアベルゲンに立ち寄った際に彼が露わにした民族等に関する差別への嫌悪感情を思い起こし、緊急で長老会議を招集、その場でこう提案したそうだ。

 

「これを機に、人間達に我らの国を認知させ、国交を結ぶべきではないか?人間族と魔人族による戦火は拡大の一途、其処に邪神エヒトルジュエの手の者も加わるであろう。いずれこのフェアベルゲンにも飛び火するやも知れん。この地に住まう同胞達を守る為にも、此処は人間族と手を取り合う必要がある。まずは南雲ハジメが王となったハイリヒ王国と手を結ぶのが良い、彼なら我らの置かれた状況を鑑みて、力となってくれる筈だ」

 

ハジメ達への敵意を隠そうともせず噛み付いたグゼとゼルは長老の座を追われ、真っ先に殴り掛かったジンは再起不能、今のメンバーはアルフレリックの他はマオとルア、そしてハジメ達によって見違える程強化されたその実力が認められてハウリア族で初めて選出されたカムの計4人、その誰もがアルフレリックの提案を受け入れ、詳しい話し合いをフェアベルゲン国内で行いたいと要求されたのだ。

ハジメとしてもその提案は渡りに船だったので快諾、この外遊で最初に向かう国としてフェアベルゲンを選び、今こうしてストリボーグを飛ばして向かっていたと言う訳だ。

 

『お帰りなさいませ、司令!』

「久しぶり、ハジメ兄ちゃん!」

「パルか、ああ、久しぶりだね。といっても二週間も経っていないけどね」

 

樹海の中に着陸出来る程の広大な平原など存在しないので、ハウリア族の集団が手を振る場所近くへと舞い降りたストリボーグ、其処から出て来たハジメを出迎えたハウリア族の面々の中に、人一倍ハジメを慕っていた少年、パルの姿もあった。

ハジメの言う通りハルツィナ樹海を離れてから2週間も経っていないもののそれでも久しぶりの範疇に入るだろう、再会を喜ぶ2人、一方で彼らの一流の軍人やSPもたるやと言いたくなる整然としたその姿に、予め聞いていたハウリア族のそれとは大分かけ離れた佇まいに、コイツどんな指導を施したんだ!?と言いたげに玉井達が戸惑ったのは言うまでも無い。

*1
ロシア語で3月



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

66話_ハイリヒ×フェアベルゲン首脳会談

「長老の方々、お久しゅうございます。改めまして、この度ハイリヒ王国の新国王となりました、ハジメ・N・ハイリヒと申します、今後ともお見知りおきを…」

「お初にお目に掛かります。ハイリヒ王国第一王妃、リリアーナ・N・ハイリヒと申します。本日は宜しくお願いしますわ」

 

フェアベルゲンの中枢たる部屋、その場において行われるハイリヒ王国とフェアベルゲンの首脳会談の場、其処に集うは、フェアベルゲン側は長老であるアルフレリックとマオ、ルアとカムの4人、一方のハイリヒ王国側は国王であるハジメと王妃を代表してリリアーナの2人。

両国を率いる立場である面々が集結して始まった会談、その冒頭にハジメ達ハイリヒ王国側の2人は挨拶をしたのだが、ハジメの滅茶苦茶畏まった口調に、嘗て対面した時とは明らかに違う彼の対応に、アルフレリックを始めとした長老衆(カム以外)は「誰だお前は!?」と思ったのは言うまでも無い。

 

「これはご丁寧に。フェアベルゲン長老の一席を担う、カム・ハウリアと申します。本日は宜しくお願いしますぞ、ハジメ殿」

「う、うむ。同じくアルフレリック・ハイピストと申す。今宵は宜しく頼む。然しハジメ殿、嘗て会った時とは随分とまた振る舞いが違う様な…」

「今回はハイリヒ王国を率いる身として臨む、公の場であるが故、その辺りはご容赦願います」

「あ、あぁそう…

ならば此方も、嘗て会った時の事は忘れ、フェアベルゲンを率いる身として、この場に臨ませて頂こう」

 

そんなハジメにもあっさり対応したカムに引っ張られる様に他の長老も挨拶をするも戸惑いは隠せなかった様で、代表してアルフレリックが問い掛けたのも、それに対するハジメの返答が国王という立場故の物なのも、それを受けてルア達が襟を正したのも言うまでも無い。

 

「さて、今回の会談はハイリヒ王国とフェアベルゲンの国交樹立を目的とした物である事は、事前に交わした文書の通りですが、それにあたり、条文の案を考えてまいりました。此方がその内容です。

 

1:ハイリヒ王国はフェアベルゲンを、主権を有した一独立国家と認め、国交の場において対等なる立場で且つ、最も重んじるべき隣人として接する。

2:ハイリヒ王国はフェアベルゲン国家国民を始めとした亜人族への差別・迫害の罪を認めて謝罪し、出来うる限りの賠償を行う。

3:ハイリヒ王国はフェアベルゲンと国交の契りを結ぶに辺り、フェアベルゲン国家国民の防衛を目的とした兵器供与、兵士教導の人材派遣等の支援を行う。

 

詳細は後程説明しますが、以上の3点を条文の要旨と致します。如何でしょうか?」

 

前置きは手短めにと言わんばかりに早速本題を持ち出したハジメ、国交樹立を宣言する際の条文として考えていた案を披露したのだが、そのフェアベルゲン側にとって(現状を鑑みれば)かなり優位な内容にアルフレリック達は驚きを隠せなかった。

とはいえ条文の1つ目と2つ目に関してはハジメの性格を考えれば盛り込んで当然かという思いもあるにはあった、敵以外には優しく、差別や迫害を『敵』の所業として蛇蝎の如く嫌うハジメだ、人間族の国であるハイリヒ王国が真っ先に、亜人族の国であるフェアベルゲンを独立国家と認定し対等な関係であると内外に示す事で、その政治思想を声高に叫び、トータスの現状を変えて行きたいのであろう、と。

 

「ハジメ殿、随分とまた我々にとって都合の良すぎる内容では無いか?殊に条文の3つ目は…

条文の1つ目にある通り、国交を結べば我らフェアベルゲンと貴殿のハイリヒ王国は対等なる立場、であるならば貰ったままという訳にも行かない、それでは対等とはとても言えない。此方としてもハイリヒ王国に何かしらの見返りを出したいと思うのだが、何か望みの物は?」

 

アルフレリック達が驚いたのは3つ目、何とフェアベルゲンを守る為にハイリヒ王国が保有する兵器やその扱い方等を教える人材を惜しみなく提供するという事だ。

此処で供与すると明言している兵器は言うまでも無くハジメが開発したアーティファクトの類、ハジメの類稀な錬成技能によって作られた武器は勿論、この世界においてはオーバーテクノロジーを通り越して未知の産物である銃火器、挙げ句の果てにMSまでもハジメは提供する積りでいた。

実を言うとハジメは、先の使徒達との戦いにおいて得られたイユリの、もっと言えばマナアンプリファイアーを搭載したヴァスターガンダムの戦闘データを基に「魔力を持たない亜人族でもエヒトルジュエやその眷属に抗える力」をコンセプトに新型MSを開発、動力源をマナアンプリファイアーに一本化(それに伴いマナアンプリファイアーは魔力生成機構『マナジェネレーター』に名称変更)する等の設計変更を経て、機動戦士ガンダムUCのもう1人の主人公と言って良いリディ・マーセナスの専用機、バンシィ・ノルンの装甲を白くしたかの様なMS『ボルショイ・ティラー*1』を完成、その初号機を今回、フェアベルゲン側にプレゼントすべく持ち込んで来たのだ。

そんなハジメの、この世界のパワーバランスを思いっきりぶっ壊すかの様な大盤振る舞い、その訳はアルフレリック達も想像が付いた。

現時点でハジメ達はエヒトルジュエとその眷属、並びにそれを崇める邪教関係者を排すべき脅威としている、然しフェアベルゲンにとってはそれだけじゃない、悪い意味での実力主義から邪教の教え抜きに(といっても邪教への信心は熱いが)亜人族を見下す隣国ヘルシャー帝国の国家国民、選民思想から亜人族どころか人間族すらも見下す魔人族もまた恐れるべき脅威となっている。

ハジメ達の特訓によってかなりの強さを得たハウリア族がいるにしても、現状のフェアベルゲンではエヒトルジュエとその眷属はおろか、ヘルシャー帝国や魔人族の軍勢が相手でもその攻撃を凌ぐのは厳しい、国交を結ぼうとしている国の代表としてそれを危惧したハジメが、自分が作り上げたアーティファクトの類を、その使い方等を教えられる人材を提供する事で軍事力を強大化させ、それらからの攻撃にも対抗出来る様にしたいという思惑だろう、と。

だが例えそうだとしても、生まれも育ちもトータスなリリアーナが側にいてよく押し通せたなと言いたくなる、フェアベルゲン側が余りにも得をし過ぎる内容である、対等な関係を結ぶ以上は此方からも出来得る限りの支援をせねばならない、何か出来る事は無いかとアルフレリックが代表して尋ねた。

ところがハジメは、そんなのいらんと言わんばかりに首を横に振った。

 

「いえ、それには及びません。見返りを出すべきは此方です、それ程のものを我々は貴方達から受け取りましたからね」

「それ程の物を受け取った?一体何時、我々が貴殿にその様な物を授けたのだ?」

「おや、お分かりではありませんか?まあ、確かに『御三方』には覚えが無いかも知れませんね。

 

我が妃、シアですよ」

 

ハイリヒ王国が保有する膨大な戦力、それを実現する最新兵器の大盤振る舞いを『見返り』とする程のものを何時渡したのかとアルフレリック達が疑問を持ったが、その答えを聞いて初めて「あ」と今になってその存在に行きついたのかポカンとした様な表情となった。

実際、シアの存在が今やハジメ達にとってどれほど心強いものかは態々説明するまでも無いだろう、ハジメ達にも比肩しうる戦士として、ガンダムパイロットとして、そしてハジメの恋人として、その大きさはどんな最新兵器の数々でも釣り合う事は無いのだ。

 

「おぉ、我が娘シアを妃に。かねてよりハジメ殿とは恋仲であるが故、何時かはそうなると思いましたが、いざ娶られたと聞くと感慨深いですな。シアの幸せそうな顔が目に浮かびまする。してハジメ殿、孫の顔を見られるのは何時頃ですかな?」

「あ、あはは、それについてはまだ兆候は見られないので何とも言い難いのですが…」

 

一方でシアの父親であるカムはそれを分かっていたのか条文に疑問を挟む事は無く、寧ろ娘のシアがハジメと結ばれた事に父親として感慨深げに頷き、かと思えば孫はまだかと、フェアベルゲンの長老として首脳会談に臨んでいる事も忘れて完全にプライベートモードに入っていた。

 

「現在シアは同じく我が妃であるティオ、ハイリヒの宰相に任じた清水幸利と共に神代魔法の1つ『生成魔法』を得るべく、オルクス大迷宮の攻略に出向いております故、此度の会談の場に同席させる事は叶いませんでしたが、今度会談が催される暁には是非とも同席させようと思っております」

「では、その時までに孫の方、頼みまするぞ」

「善処はします」

 

そんな公人の自覚あんのか?と言わんばかりなカムの言動に苦笑いしながらも冷静に対応するハジメだったが、最早カムは完全に『シアの父親』状態であった。

 

「こほん。ハイリヒ王家、ひいてはハジメ殿の御家事情はさておき、我々としてはそうも行かない。今更この話を蒸し返して貴殿の気を悪くするのは忍びないが、元はと言えばシア・ハウリア、今はシア・N・ハイリヒだったか、彼女はフェアベルゲンにおいて『忌み子』とされていた存在、あの日お咎め無しとするまで我らはその存在を認めておらず、その後直ぐに彼女は貴殿らのもとについた、我らは全くと言って良い程彼女に関与していなかったのだ。そんな彼女を貴殿らの仲間に、貴殿の妃にした事への『見返り』と言われても、我々としては素直には受け取れぬ。それにフェアベルゲンの『主権』は長老勢が有していると言えるだろう、その1人であるカム率いるハウリア族にだけ負担させる訳にも行かない。其処で物は相談なのじゃが…

アルテナ、入りなさい」

「はい」

 

そんな会談を会談で無くしたカムを窘める様にアルフレリックは咳ばらいをしつつ、自分達の心中を、シアと合わせてくれた『見返り』と言われても素直に受け取れない心中を偽りなく説明した彼は、後方にある扉の向こうに控えていた存在に声を掛け、入室させた。

 

「お初にお目に掛かります、フェアベルゲン長老、アルフレリックの孫、アルテナ・ハイピストと申します。ハジメ様、リリアーナ様、今後とも良しなに」

 

入って来たのは、床にまで届く程の長く艶やかな金髪、アルフレリックとの血の繋がりを疑わせない端正な顔立ちに尖った(エルフ)耳の、シアと同じ位の少女――アルテナだった。

このアルテナの存在が、ハイリヒ王国において少なからず影響を及ぼす事になるのだが、それはまた別の話。

*1
ロシア語で大粛清



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

67話_国交樹立と…

当初この話はダイジェストにする予定でしたが、諸事情から丸々1話分として書く事にしました。


「今宵、我が孫アルテナをこの場に呼んだのは他でもない。今回のハイリヒ王国と我がフェアベルゲンとの国交樹立の使者として、アルテナを其方に住まわせたいと思うておる。ハジメ殿、如何であろうか?」

 

自らの孫娘、つまり長老の親族という重大な立場にはあるが『長老』そのものでは無いので政治的な関りは無かったアルテナを会談の場に呼び寄せたアルフレリック、その訳に、国交樹立を機に多大な支援をする事を表明しているハイリヒ王国への『見返り』の内容に、それを事前に知らされていなかったであろう他の長老は勿論、ハジメ達も驚きを隠せなかった。

なんとアルテナを国交樹立の使者として、その身をハイリヒ王国に預けるというのだ。

此処で言う国交樹立の使者とはつまり、地球における駐在大使の様な存在と普通は考えそうだが、その実態は体のいい人質だ。

もしフェアベルゲンが外交方針を翻したり、もっと言えばアルフレリックら現役の長老達による政に不満を抱く一部勢力が政権を掌握したりして国交が断絶される事態になれば、その瞬間にアルテナの立場は「敵国の重鎮」として捕えられる可能性が高い、下手したらその場で殺されかねない、そんな危うい立場に孫娘のアルテナを置く話を自ら持ち出すという事は、少なくとも自分が長老である内はそんな事は起こらない、しないし他の長老にもさせないという確固たる意志の表明に等しい。

尤もハジメに限ってそんな事はしないという絶大な信頼をアルフレリックが抱いているからこそ、アルテナの身をハイリヒ王国へ預けたいと躊躇なく言う事が出来る面もあるのだが…

そして真の理由がどうであれハイリヒ王国に駐在して大使的な役目を担うとなると、国王であるハジメ達との公的な交流の場も設けられる以上、家柄や経歴等といった格、話術等のコミュニケーション能力や教養が求められる、そういう意味でシアと殆ど変わらない年齢故の経歴の浅さにさえ目を瞑ればアルテナ以上の適任はいない。

 

「…承知しました。

其処までの決意を固められての提案を断っては貴方に無礼でありましょうし、我らとしても貴国との外交ルートは太くせねばならない以上、駐在大使の存在は欠かせませんからね。アルテナ殿であれば家柄からして大使の任に不足は無いと私は思います。では条文に、

 

4:フェアベルゲンはハイリヒ王国との国交の契りの証として、長老アルフレリック・ハイピストの孫娘アルテナを駐在大使としてハイリヒ王国に派遣する。

 

を追加するという事でどうでしょうか?」

「うむ」

「ではハジメ様、リリアーナ様、今後とも宜しくお願いします」

 

そんな政治家としての思惑も無くは無かったが、アルフレリックの決意を感じ取ったハジメは、考えた末にアルテナをハイリヒ王国に迎え入れる事にし、その旨を条文に加えた。

 

------------

 

「国交樹立の調印は成された。この時より我らフェアベルゲンとハイリヒ王国は掛け替えのない隣人同士である。皆の者、これより過去の蟠りは置いて、互いに手を取り合って共に国難に立ち向かおうぞ!」

「我ら人間族は古来より亜人族の方々に対して不当なる扱いをして来ました。そんな我々がいきなり「これから仲良くしましょう」と言ってもふざけるな!と憤ったり、信じられるか!と疑ったりする方も多いでしょう、我らはそれ程の事をして来たのです。そんな方々にも「ハイリヒ王国の人達は良い人だ」「ハイリヒ王国と手を結んでよかった」と思って頂ける様、心を尽くしていく所存です。どうか、宜しくお願いします!」

 

その後官邸前の広場にて条文への調印が行われ、ハイリヒ王国とフェアベルゲンの国交が樹立、その調印式の場にハジメとリリアーナ、アルフレリックら長老、そして新たにフェアベルゲンの駐ハイリヒ大使となるアルテナが臨んだ。

ハジメの言う通りこの宣言に対して反感や猜疑心を抱く者が少なくなかった様に彼は感じたものの、一先ずこうして両国は手を取り合う間柄となったのだ。

余談だが、条文の2つ目にある「ハイリヒ王国はフェアベルゲン国家国民を始めとした亜人族への差別・迫害の罪を認めて謝罪し、出来うる限りの賠償を行う」というハイリヒ王国側の『義務』を果たすと言わんばかりに、ハイリヒ王国内で奴隷としてこき使われていたフェアベルゲン出身の亜人族を返還、したのだが、その数が数百にも及ぶ大所帯だった為に受け入れの際ちょっとした騒ぎになった。

一応、今回返還された亜人族達は過去に重罪を犯した訳では無く、ただ亜人族だからというだけの不当な理由で奴隷という立場に落とされていたのをハジメ達が調べ上げて解放した者達だけではあるのだが、ぶっちゃけ言えばハイリヒ王国内で奴隷として扱われる亜人族の殆どがそういった者達だったのでそれ程の大所帯となり、勿論そんな大人数をいきなり連れて来るとは思わなかったフェアベルゲン側には寝耳の水であり、彼らの住まう住居の確保等が多少難航した。

更に言えば同じく2つ目の条文の通りに、調印式の場でハジメとリリアーナが土下座で謝罪しようとし、流石にそれは大げさすぎると止められたのも余談だ。

 

------------

 

おまけ

 

「あの、妙子さんに奈々さん、でしたか?」

「ん?え、ええ、そうだけど」

「確かアルテナっちだったっけ、長老の1人のお孫さんの?何か聞きたい事あるの?」

 

翌朝、割り当てられた宿舎で朝食をとっていた妙子と奈々の所に、アルテナが声を掛けて来た。

片や国家首脳の孫、片や国家の重臣と双方共に国の偉い人同士、そんな立場の会話にしては導入も聞き方も気軽過ぎないか、友達同士のノリじゃないんだからと突っ込まれそうだが、どちらも気にすることは無く、というか顔をトマトの如く真っ赤にしたアルテナの様子の方が気になったのか、

 

「人間族の殿方は皆、ハジメ様程の『もの』をお持ちなのでしょうか?」

「「ブゥゥゥゥ!?」」

 

アルテナの聞きたい内容が余りにもアレな内容だったのか流された。

人間族の男は皆、ハジメのマルチプルカノンの如き『もの』を持っているのかという下ネタ丸出しな質問、それを聞いた2人は驚きの余り、大分咀嚼されていたサンドイッチ『だったもの』を思いっきり噴出するという、女の子どころかどんな人であってもやっちゃいけない事をしてしまった。

尚、人に向けて噴出したらダメだろと良識が働いた影響で、その直前に首を回した事でそれを浴びる人はいなかった。

 

「けほっけほっ、え、えーと、どうしてそれを聞こうと?」

「実を言うと昨日、ハジメ様とリリアーナ様が、その、(ピー)する所を偶々目撃しまして、その際目にしたハジメ様の『もの』が今まで見た事の無い程に強大でしたので、もしやと思いまして…」

((外国まで来て何やってんの南雲(君)(っち)!?然もこの国の偉い人が近くにいるのもお構い無しに!))

「さ、流石に南雲君程の『もの』を持っている人はそうそういないわよ」

「南雲っちのマルチプルカノン級の『もの』がそこら中にあったら大変だよマジで」

 

まさかの質問で食べていたものを噴出し、せき込みつつも何故急にそんな事を聞くのか尋ねる妙子、それに対するアルテナの答えを聞いて、2人はハジメとリリアーナが、政務として他国の中枢に来ているにも関わらずヤる事ヤッちゃっている事を知り、心の中で思いっきりツッコみつつも律義にアルテナの質問に答えていた。

 

「そ、それで南雲君と(ピー)していたリリィは大丈夫だったの…?」

「香織っち達7人が束になっても敵わなかった南雲っちを1人で相手したとなると相当ヤバいんじゃ…」

「いえ、それが…」

 

然しそうなると気になるのが、マルチプルカノンと称される程の『もの』と下半神と呼ばれる程の絶倫振りを併せ持つハジメをたった1人で相手したリリアーナの体調である、何しろハジメと同じく魔物の肉を食した事で化物クラスにパワーアップした香織、雫ですら耐え切れず失神、優花も(7人で掛かって尚)最終的に足腰が立たなくなってしまうのだ、人間族の範疇に入る程度の身体能力しかないリリアーナが1人で相手に出来る筈も無い、ヤり始めて数回位で根を上げて失神、今頃は足腰どころか身体中がふにゃふにゃになってしまっているのではないかと、この後ヘルシャー帝国に入国して此処と同じく首脳会談を行うという時に大丈夫なのかと今更ながら心配になった2人がアルテナに尋ねるが、返って来た答えは意外なものだった。

 

「ハジメ様の絶倫振りは聞いていた通りでしたが、リリアーナ様もまた下半神でした…」

「「え゛」」

「会談の場では凛々しい佇まいであったリリアーナ様が、ベッドの上では正に獣の如く、夜通しハジメ様を求めておりました。あの華奢な御身体の何処に、ハジメ様と渡り合う体力が…」

「「しゅ、しゅごい…」」

 

リリアーナもまた下半神と呼ばれる程の、ハジメとも渡り合える程の絶倫振りを有していたと聞いて、驚きの余り語彙力が思いっきり下がった2人。

実際、割り当てられた部屋からハジメと共に出て来たリリアーナは、肌がやけにツヤツヤしている一方で足腰は健在だったのか、ハジメと恋人繋ぎして普通に歩いていた姿を目撃されている。

尤も、ハジメと同じく下半神と称される程の絶倫となった経緯を辿ると笑えないのだが、それはまた別の話。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

68話_いざヘルシャー

ヘルシャー帝国。

ハイリヒ王国とフェアベルゲンの間に位置する、というより両国に挟まれる形で存在する人間族の国であり、およそ三百年前、トータスに彼ありと言われた傭兵が現在の帝都にて、自らが率いていた傭兵団を母体として建国を宣言したのが歴史の始まりと言われている。

その建国の経緯からか、冒険者や傭兵の聖地と言える程の良くも悪くも実力主義的な傾向があり、現皇帝であるガハルド・D・ヘルシャーもそんな国を率いるに相応しい、人間族最強と称されるメルドにも引けを取らない実力を有している。

尚、この『実力』というのは戦士として、傭兵として、冒険者としてのそれ――つまり戦闘能力にかなり偏っている、つまり武功を上げれば上げただけ出世出来る一方で「弱い奴は死ね、死にたくなかったら底辺を這いつくばっていろ」という弱者への差別にも繋がっていて、例え『聖教』信仰の影響が無かったとしても魔力を持たぬ亜人族への迫害は止まらないだろうとハジメ達は思っている、この世界における魔力の有無はそれだけ重大な物なのだ。

尤も一時のハイリヒ王国程では無いにしろ、ヘルシャー帝国民もまたトータスの人間族のご多分に漏れず『聖教』を熱心に信仰しているのだが。

と、嘗て同盟国だった(同盟破棄を通達した訳では無いが、フェアベルゲンと国交を結んだ以上、維持は無理だろうし、ハジメもその積りは無い)隣国ヘルシャー帝国に関する情報を整理している中、

 

「リリィ、そういえば僕達がオスカー・オルクスの住処に滞在していた時、ヘルシャー帝国の使者が訪れたんだってね。然もその中に皇帝ガハルド・D・ヘルシャーが兵士に扮して紛れ込んでいたとか…」

「はい。オルクス大迷宮表層の第六十五階層に住まうベヒモスを討った事を知った帝国側が、その戦勝祝いと、急な召喚故に行えなかった顔合わせを兼ねて使者を派遣されたのですが、どうせなら自分の目で確認したいとの理由でガハルド陛下が変装して紛れ込んでいたのです」

「まあ、それを聞いてどんな人となりかは何となく察したよ。良くも悪くも腰が軽く、そしてヘルシャーの気風に違わぬ実力主義者という所かな。とはいえそういった面と戦闘能力だけでヘルシャー帝国の主であり続けられるとは思えない。最強と言えど結局は人間族基準、そして人間族の枠を外れない以上は老いも来る、最強の座は遅かれ早かれ譲る事になるからね。これは一筋縄では行かないかも」

 

国王に就いて直ぐハイリヒ王国の現状を精査すべく資料等を調べ上げていた所、その中にヘルシャー帝国側の使者が来訪したという記録があったのを思い出したハジメ、そう、今リリアーナが言った様にヘルシャー帝国側はハジメ達が召喚されてから1度だけハイリヒ王国に来訪し、トータスに召喚された面々と顔を合わせた事がある、尤もこの時ハジメ達は反逆者の住処で兵器開発に勤しんでいたし、幸利は行方不明、檜山達はリリアーナによって拘禁状態、愛子及びその護衛として同行していた淳史達は各地を転々としていたので、実際に顔を合わせたのは天之河達のパーティと永山達のパーティの計2パーティ9人だけなのだが。

そんな顔合わせの場に、使者の護衛兵士に扮して加わっていたガハルドは、勇者として期待されていた天之河の実力を測るべく使者を通して模擬戦を申し出、それが認められて天之河と剣を交えたとか。

因みに結果は天之河の敗北、ステータスに劣るガハルドが技量でその差を詰めるどころか逆転して見せる圧勝だったそうな。

 

(ハジメ様もリリィ様も、昨晩の獣みたく互いを求められたのとは打って変わって、ヘルシャー帝国との外交関係という課題に対して真剣に取り組んでいる。我らフェアベルゲンと関係を持った以上、ヘルシャー帝国は勿論、邪神エヒトルジュエを、それを崇める『聖教』を信仰する他国全てを敵に回す事になるのを分かっているが故に…

裏を返せば、もしハイリヒ王国とフェアベルゲンの関係が悪化したら我らは見捨てられ供与された兵器の類は没収、いやそれだけで済めば良い、最悪の場合ハイリヒ王国が誇るMS等の強大な兵器が我々に襲い掛かる、そして孤立し、戦う術を失った我らは各国からの侵略を防げず、滅びの道を辿る…

私の振舞い1つでそういった事態を招く事もあり得る、それが大使という役目、私は、そんなとんでもない大役を引き受けてしまったのかも知れません、この私に務まるのでしょうか、お爺様…)

 

そんな2人がこの後訪れるヘルシャー帝国への対応を真剣に話し合い、淳史達クルーも事の重大さを理解しているのか言葉少なに己が職務に取り組んでいる等、異様な雰囲気が漂うストリボーグ艦内で1人、国賓故に命ぜられる仕事も無く暇を持て余していたアルテナは、この雰囲気を感じ取って改めて自分がフェアベルゲンの命運を握る、フェアベルゲンとハイリヒ王国の架け橋を担う重大な役目を担ったのだと実感し、自分にその役目が果たせるのか今更ながら不安が募って来た。

此処で何故、フェアベルゲン側の国賓である筈のアルテナがハジメ達によるハイリヒ王国側の外遊に同行しているのか、疑問に思った人もいるだろうが、其処にはフェアベルゲンの情勢が関わっている。

前述の通り、フェアベルゲンと国交を結んでいる国、フェアベルゲンを一国家として認めている国は、昨日それを行ったハイリヒ王国以外存在せず、その住人達を「フェアベルゲン国民」ではなく「亜人族」としてしか見ていない国だらけ、そんな自分達を見下す国々と交流を持とうなんて考えを持てる筈も無く、よって昨日までフェアベルゲンは事実上の鎖国状態だったのである。

更に言えばフェアベルゲン、というより亜人族のテリトリーと言って良いハルツィナ樹海の外に出た者は死んだものとして扱うという掟もあり、事実樹海を出た、或いは出された亜人族がフェアベルゲンに帰国したという記録は、ハジメ達に同行して帰還したシア達ハウリア族の面々以外ない、その者達は人間族や魔人族に捕まって殺されるか奴隷とされるか、もしくは帰国しようとしてフェアベルゲンの警備隊に見つかって侵入者扱いされて殺されるか、という状態だ。

そんな体制で外国の状況が国内に伝わる筈も無く、ハジメ達との交流によってやっと、最近少しずつ世界情勢を知る事が出来たという有様、それでは外交官としての役目など果たせる訳がない。

それを心配したハジメが「今は大使として勉強しないといけない時、折角だから諸外国へその足を運び、その眼で世界を見て学んでいくと良いよ」と同行する様に勧め、本人も折角だからと快諾したのだ。

こうしてストリボーグに同乗する事となったアルテアなのだが、其処でフェアベルゲンの外が開戦間近と言わんばかりに殺伐としている事を、ハイリヒ王国とフェアベルゲンが親密な間柄となったのを切っ掛けにそれが加速するであろう事を、自分達の対応1つでその親密な仲が崩壊し、長きに渡ってハルツィナ樹海内で平穏を保って来たフェアベルゲンが滅亡を迎える事を実感し、若輩の身ながら大使に任命された自分がその崩壊の切っ掛けを作ってしまうのではないかと弱気になって来たが、

 

(いや、此処で弱気になったらそれこそ真っ当な外交は出来ません!若輩の身で外交経験が無いのはお爺様も、ハジメ様も承知の上、だからこそハジメ様はこうして私の同行を自ら提案してくれたのです!この機会を逃さしてはなりません!この耳目で外の情報を集め、それを基に毅然とした心持ちで諸国の方々と渡り合う、それが大使のなすべき事なのです!)

 

そんな自分に喝を入れ、大使としての使命を全うすると決意を新たにした。

 

------------

 

それから数時間もの時を経て、一行を乗せたストリボーグはヘルシャー帝国の首都、その外れへと着陸した、帝国領内にその身を置く場所など無いだろうし、そんな事をしたら市中は混乱に陥り、ハイリヒ王国による侵略行動とヘルシャー帝国側に捉えかねない、それを考慮しての外れへの着陸なのだ。

 

「此れより我らはヘルシャー帝国皇帝、ガハルド・D・ヘルシャーとの会談に向かう。皆、此処は頼むよ」

「ああ、ハジメ!」

「此処は任せろ、ハジメ!」

「そっちは頼むぜ、ハジメ!」

「ハジメっち、リリィ、吉報期待しているよ!」

「アルテナ、ハジメ君達がいれば安心だからね!」

「パパ、リリィママ、アルテナお姉ちゃん、行ってらっしゃいなの!」

 

着陸を確認して開かれたハッチから、ガハルドとの会談に臨むハジメとリリアーナ、そして大使として同行するアルテナが外へと出る、そのままガハルドがいるであろう城へと向かう前、ストリボーグに残る淳史達の方へ振り向き、改めて声を掛けた。

 

「よし、リリィ、アルテナ、行くよ!」

「ええ、貴方」

「宜しくお願いします、ハジメ様、リリィ様」

 

彼らの激励の言葉を背に、3人はヘルシャー帝国領に足を踏み入れた…!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

69話_ハイリヒ×ヘルシャー首脳会談

帝都に堂々と足を踏み入れたハジメ達はそのままガハルドのいる帝城へ、ハイリヒ王国の国王及びその関係者という立場に物言わせて堂々と入城を果たした。

とはいえその道中、その姿を目の当たりにした帝国民から向けられる感情は畏怖や敵意、アルテナに対する蔑視等、決して良い物では無かった。

相手は隣国であり同盟を結んでいたハイリヒ王国の国王、つまり帝国にとって丁重な態度で臨むべき国賓である為か直接的な対応をしては来ないが、その即位した経緯を踏まえれば『聖教』を信仰する者にとっては『反逆者』、仇敵に等しいと言っても過言では無いのだ、恐らくは自分が即位する迄の経緯は広く知られているだろうなと、故に此方が国賓で無ければ今直ぐにでも仕掛けるだろうなと、そう思われても仕方ないなとハジメは思っていた。

尤もそれはハイリヒ国王に即位する以前、エヒトルジュエを討つと決めた時から覚悟していた事、一々気にしていてはエヒトルジュエとは戦えないと切り替えてガハルドとの会談に臨んだ。

 

「お初にお目に掛かります。此度、ハイリヒ王国の新国王となりました。ハジメ・N・ハイリヒと申します、以後お見知りおきを」

「お久しぶりですわ、ガハルド陛下。改めまして、ハイリヒ王国第一王妃、リリアーナ・N・ハイリヒと申します。夫共々、お見知りおきを」

「この度、ハイリヒ王国に駐在する事となりましたフェアベルゲン大使、アルテナ・ハイピストと申します。今回はハイリヒ王国側のご厚意により帯同する事となりました。宜しくお願いします」

「これはこれはご丁寧に。ヘルシャー帝国皇帝、ガハルド・D・ヘルシャーと申す。今日は宜しく頼む」

 

会談の為に帝国を訪れると一応は手紙で伝えてこそしてあるが、それにしても何の滞りも無くガハルドが待つ、三十人位は座れる縦長のテーブルが置かれた会議室みたいな簡素な部屋へと案内された。

今言った様に帝国内では『反逆者』として扱われているであろう自分達、門前払いを食らったり寧ろ入って来たタイミングで捕縛に動いたりといった対応も覚悟していた中であっさり通された事に驚きながらも表には出さず、短く切られた銀髪に鋭い碧眼の狼を思わせる風貌、スマートながらも極限まで鍛え上げられた体躯、人間族最強の名に違わぬ強大なオーラを放つ三十代後半位の男――ガハルドに挨拶し、彼もまた(本人曰く国賓を相手にした堅苦しい態度で)応じたが、その後彼は予想外の行動に出た。

 

「おいお前ら、奥で控えている奴らを連れて退室しろ。彼とサシで話し合いたい」

「へ、陛下!?危険です、奴は教皇様達を皆殺しにした『簒奪王』ですぞ、何を仕出かすか」

「出て行けっつってんのが聞こえねぇのか?俺は彼と腹を割って話したいんだよ、早くしろ」

 

恐らくは緊急事態が起こった時を見越し、護衛とは別に腕の立つ兵士達を潜ませていたのだろう、だがガハルドは同席していた護衛に、その兵士達をも連れて退室する様に命じたのである。

まさかの命令に護衛達は驚きを隠せず、考え直す様に説得するもガハルドの意志は固く、自分の命令に従わない護衛達を威圧し、再度退室を命じた。

流石の護衛達も、自分達の主であり人間族最強と呼ばれたガハルドの命令に背く事は出来ず、渋々ながら潜んでいた兵士達を連れて、この場を後にしていった。

 

「リリィ、どうやら彼は本音で僕と話し合いたいみたいだ。アルテナと一緒に退室して欲しい」

「ええ、分かりましたわ。アルテナさん、一先ず此処を出ましょう」

「え、で、でも…」

 

事と次第によっては敵対する事となるかも知れない、そうなったら即座に殺されてしまうかも知れない、そんな相手にも恐れる事無く1人で相手しようとする豪胆さと『聖教』を信ずる身でありながら『反逆者』である自分への偏見を抱かず、本音で話し合いたいと申し出る真摯な姿勢、そんなガハルドの態度を目の当たりにし、もしかしたら自分達の『敵』には成り得ないかも知れない、破棄も致し方ないと思っていた同盟関係の維持も出来るかも知れないとの可能性を見出したハジメ、ならば此方もガハルドの言う通り1人で臨まねば失礼という物、そう思いリリアーナ達に退室を促した。

リリアーナはその考えを理解して応じようとするが然し、此処に来る迄に自分へと向けられた帝国民の視線、亜人族への蔑視を隠そうともしないその感情に少なからず警戒感を抱いたアルテナは、退室しようと手を引くリリアーナを引き留めんとする。

 

「リリィ。愚問かも知れないけど、何かある様なら遠慮はいらないよ」

「はい、貴方。アルテナさん、貴女は必ずや私がお守りしますわ」

「は、はい」

 

此処は亜人族を見下し、奴隷として攫って行く者達の巣窟、ハジメが側にいるなら兎も角、一たび彼と離れてしまったら自分もその標的にされてしまうのではないか、リリアーナ1人でそういった存在を相手に出来るのか、そんなアルテナの不安を見抜いたハジメがリリアーナに一声掛けた。

何かある様なら遠慮はいらない、つまり帝城内にいるヘルシャーの重臣や兵士等が暴走して2人に襲い掛かって来るのならば遠慮なく射殺してしまえという意味である、その意を受け取ったリリアーナは何があっても守って見せると頼もしい事を口にしながらアルテナと共に退室して行った。

 

「単刀直入に言おう。俺個人的には、ハイリヒ王国との関係を維持したいと思っている」

 

こうしてガハルドとハジメの2人のみとなった部屋の中、改めて両者が席について始まった会談、その開口一番で、ガハルドは早速己の思いを、帝国を率いる支配者としての考えを口にした。

先の大聖堂での虐殺等によって『聖教』とは本当の意味で袂を分かった事は勿論、駐在大使に就いたアルテナの存在から亜人族の国フェアベルゲンと対等な国交を結んだ事もガハルドは理解しているであろう、そんな『聖教』陣営に喧嘩を売りまくるハイリヒ王国との同盟関係を、喧嘩を売られた側の『聖教』陣営にある筈のヘルシャー帝国は、その支配者たる自身は維持したいと早速己の考えを口にしたのだ。

もしかしたら『敵』にはならないのではないかと思っていたとはいえあくまで可能性の1つ、いきなりそうだと明確に言われても、流石のハジメも疑問を抱かずにはいられなかった。

 

「理由は簡単だ、このままではヘルシャー帝国は遅かれ早かれ滅ぶ。邪神エヒトルジュエやその眷属、魔人族連中、ひょっとしたらお前達か、そういった強大な勢力に攻め込まれるか、或いはお前達がそんな勢力を討ち滅ぼすのを指くわえて見ているしか無く影響力が低下し、衰退の一途を辿るか…

どちらにせよ、何か抜本的な手を打たねぇとヘルシャー帝国の歴史は終わる、俺はそう確信している。その抜本的な手って言うのがハイリヒ王国とヘルシャー帝国の同盟を維持し、其方と同じく、フェアベルゲンだったか、亜人族が建てたっていう国と国交を結ぶ事って訳だ」

「本音は?」

「お前が作ったアーティファクトが欲しい。音にも追いすがる速さで空を飛ぶ船にMSとかいうゴーレムにISとかいう鎧、魔人族が使役する魔物をいとも容易く屠ったらしい武器の数々。亜人族の連中にくれてやったんだろうから俺達にもくれよ、不公平じゃねぇか」

「デスヨネー」

 

そんなハジメの疑問を察知したガハルドは、今の世界情勢と、その中でヘルシャー帝国が置かれた状況を踏まえて訳を話した。

ガハルドの言う通り、トータスの人間族が相手にしなければならないのは、エヒトルジュエが『勇者』という名目で呼び出した天之河達ですら圧倒して見せた魔物達を有する魔人族陣営と、そのエヒトルジュエ自身とその眷属達、どちらもその強大さは凄まじく、髄一の兵力を有するヘルシャー帝国であっても抗えるものでは無い、このまま何も手を打たなければ帝国が滅ぶのは明らかなのだ。

そう、ガハルドの言う『抜本的な手』であるハイリヒ王国とヘルシャー帝国の関係維持と、それに伴うフェアベルゲンとの関係構築、その意義を、恐らくはこちらが素なのだろう、先程とはうって変わって皇帝というよりどこぞのちょい悪おじさんと言った方がしっくり来る話振りで説明したが、それだけが理由では無いだろうとハジメは見抜き、その真意を尋ねるとあっさり白状した、実力主義を掲げるヘルシャー帝国を引っ張る身分なだけに、良くも悪くも強き物に貪欲なのだ。

だがそうだとしても尚、ハジメの疑問は拭えなかった。

しつこい様だがヘルシャー帝国は人間族の国のご多分に漏れず『聖教』陣営に属しており、一時のハイリヒ王国民程では無いにしても信仰に熱い、それは代表たるガハルドも例外ではないだろう筈なのに、何故『聖教』における『反逆者』の如き考えを持つに至ったのか腑に落ちなかった。

 

「元々あの勇者は気に食わなかったんだよ、理想とか正義とかを何の疑いも無く信じているただのガキだ。そんな子供がなまじ実力とカリスマがあるからタチが悪い、自分の理想で周りを殺すタイプだ。まあそんな取り返しのつかねぇ事態になる前にそっちで処してくれた様だから一先ずは安心だが」

 

ガハルドもそれは分かっていた様で訳を話し始める、その中で天之河達が国家反逆の罪に問われた末に去勢されて奴隷となった事を仄めかしていた様子からして、どうやら帝国内、少なくとも皇帝であるガハルドの耳にその事は入っている様だ。

 

「そんな腑抜けた奴がこの世界を救う勇者だとは信じられねぇと俺は思い、ソイツを呼び出したエヒトルジュエに少なからず疑問を抱いたんだ。「エヒト様は本当に俺達を救おうとする気があるのか?」とな、尤もそれを公言したら『反逆者』の烙印を押されかねんから口にはしなかったが。で、諜報に長けた奴を何人かハイリヒ王国及び大聖堂に忍び込ませて探りを入れている所に先の政変だ。これで確信したよ、「エヒト様、いや、エヒトルジュエはハナから俺達人間族を救う気なんざねぇ。最初からアイツにとってこの世界は玩具扱いなんだ」と。その日から俺は『聖教』を捨てた」

 

それを聞き、嘘偽りが無い事をその雰囲気から察知したハジメは納得した、ガハルドも経緯こそ違えど『解放者』の意志を結果として受け継いだ『仲間』なのだと、それ故にエヒトルジュエを敵に回す事になろうともハイリヒ王国との同盟維持とフェアベルゲンとの関係構築を望んでいるのだと。

そうと分かれば話は早いと、国交を結ぶ上でハイリヒ王国がフェアベルゲンと交わした条約の要旨等、今後の両国における外交に関する課題を話し合おうとしたその時だった。

 

「「…案の定か」」

 

パァン!という炸裂音が響き渡った。

想定内とはいえ、出来る事なら起こって欲しくなかった事が起こってしまった事にハジメもガハルドも溜息を吐きながら退室するとその目前には、左手にグローサを、右手にヴィントレスを持つリリアーナと、その銃撃を食らったのであろう、股間を抑えて蹲る男、それを目の当たりにして敵意を露わにする者達という光景が広がっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

70話_愚かなる暴君に裁きを

「リリアーナ殿、アルテナ殿。一体何が起こった?」

 

銃声らしき炸裂音を聞き、ハジメと共に部屋から出てみればリリアーナと、自分の息子にしてヘルシャー帝国皇帝の座を継ぐ皇太子の立場にある男――バイアス・D・ヘルシャーが相対し、リリアーナの銃撃を股間に食らったのかバイアスが其処を抑えて蹲り、自らの臣下達がそれを目の当たりにしたのかリリアーナに対して敵意を露わにするという光景が広がっていた事に、半ば想像通りだと考えながらも出来ればそうなって欲しくなかったという思いがあったのか何事かを尋ねた。

何故かこの場にいる己の臣下では無く、加害者と思しきリリアーナに尋ねていたが。

 

「陛下、これはですね」

「黙れ。自分達に都合の良い様に説明するであろうお前らの意見なんざ求めちゃいねぇ」

 

この場で何が起こったかを、ヘルシャー帝国関係者である自分達では無く『敵国』側であるリリアーナに尋ねた事に動揺しつつも主君に状況を説明しようとした臣下達だったが、ガハルドはそんな彼らを「リリアーナに聞いてんだからお前らは口挟んでんじゃねぇぞゴルァ」といった態度で一蹴した。

 

「では僭越ながら。私達が退室して幾ばくかの時が経った頃、バイアス殿が我々と顔を合わせるや否や、此方を一方的に怒鳴り付けた末に襲い掛かって来たのです。内容からして私とバイアス殿との婚約についての様でしたが…

アルテナさんの身を預かった以上、彼女が傷ついてはならないと、手荒な方法で対処させて頂きました。此方が一連のやり取りを録音したデータです、どうぞ」

 

そんなガハルドに促される様に、リリアーナは自分達の間で何が起こっていたのか、その詳細を話しつつ、一部始終を録音してある音声データの入ったSDカード型の媒体をハジメに渡した。

 

『リリアーナ、貴様どういう事だ!?』

『どういう事、とは一体?』

『とぼけるな!ハイリヒ王国とヘルシャー帝国の間で、俺と貴様が婚儀を結ぶ約束を交わしていた筈だ!それを此方に何の断りも無く反故にするなど!ヘルシャーを、我らを馬鹿にしているのか!』

『ああ、その事ですか。でもそれはまだ正式に取り決められた物では無かった筈ですよ?』

『事実上決まっていた事だ、そんな屁理屈が通ると思っているのか!』

『誰が通さないと言うのです?この婚約を我が父と取り決めた貴方の父君ですか?然し、見た所その様な素振りは一切ありませんが。ならば貴方自身ですか?思い上がりも大概にした方が宜しいかと』

『一々癇に障る事を言いやがって、誰に盾付いているのか分からせてやる!』

『それは』

『グ!?アァァァァァァァ!?』

『此方の台詞ですよ、バイアス・D・ヘルシャー』

「以上が、我々が鉢合わせてから、方々が此方へといらっしゃる迄の音声記録です」

 

それを受け取ったハジメが音声データを再生、ガハルドと共に耳を立てると、リリアーナが言った通りのやりとりが交わされた証となる両者の声と銃声が確かに流れた。

そのやり取りの中で上がった話題についてだが、実を言うと嘗てエリヒドが国王だった頃のハイリヒ王国とヘルシャー帝国との間で、リリアーナとバイアスとの婚約が持ち上がっており、リリアーナが親元を離れるに相応しい年頃となる等の然るべき時に結婚する事になっていた、つまりバイアスはリリアーナにとって事実上の婚約者だったのだ。

然しながらそれは正式な取り決めが成された訳では無く、故にハジメから結婚を申し込まれたあの時、リリアーナ当人のハジメへの想いもあってか即座に応じたのだが、バイアスからしてみれば決まったも同然の婚約を一方的に叩き潰された挙げ句自分達に知らせもせず、ハジメという彼女を寝取った男を連れて来る形でその事実を突きつけて来たのだ、昼ドラや寝取られ系同人でもそうはない展開である。

だが、

 

「バイアス、お前は馬鹿か?かねてから腕っぷしだけの猪武者だとは思っていたがなぁ」

「な…!?」

「へ、陛下!?」

 

事の子細を聞いたガハルドの、婚約者を寝取られた挙げ句その彼女によって股間を撃ち抜かれた哀れな息子への対応は、心身ともに傷ついた彼を慰めるでも無ければ治療を指示するでも無く、ただ養豚場の豚を見るかの様な目を向けながら発する失望の言葉という、バイアスにとってはあんまりな物だった。

 

「そもそも何でお前とリリアーナ殿との婚約が行われようとしていたのか、その意味が分かってんのか?それは俺らヘルシャー帝国の兵力を頼みにしたハイリヒ王国が、俺らとの関係をより強固にすべく持ち掛けた物だと、少なくとも前王であるエリヒド殿はその積りだったと、俺は考えている。魔人族が魔物を従えて侵略して来るこのご時世だ、国を、住まう民達の事を思えば御尤もだろ。その頼みとしている兵力のアテが俺ら以外に出来たとしたら、そのアテが俺らを凌ぐほど強大だったら?ま、リリアーナ殿自身の感情もあるにはあるだろうが、そっちに靡くに決まってる。それを前にしたら、リリアーナ殿の言う通り正式に決まった訳じゃねぇお前との婚約など反故にされるのは当然だろ。皇太子の座を勝ち取ってから大分経ち、政の場にも顔を出して来て置きながらそんな事も分からねぇ、分かろうともしねぇバカタレだったとはな。誰かコイツを直ちに牢へ連れて行け、罪人に治療などする必要は無い」

 

婚約の話が持ち上がった理由を、決まったも同然とはいえ正式な物じゃ無かったそれが反故にされた訳を、事細かく説明したガハルドは、それを分かろうともせずに国賓であるリリアーナを一方的に責め立てた末に襲い掛かるという重大犯罪を仕出かしたとして、バイアスを牢へ入れる様命じた。

因みにその際に皇太子の座を『勝ち取った』と、まるで元は皇太子の立場じゃ無かった様な事を口走っていたが、それもその筈、バイアスは元々側室の子であり後継者としての序列はかなり低かったのだ。

然しながら其処は良くも悪くも実力主義、特に戦士としての実力が重んじられるヘルシャー帝国、皇族の血を引く者の中でも髄一の実力を有していたバイアスは己が立場を賭けた決闘で後継者序列上位の者達を次々と追い落とした末、皇太子の座を勝ち取ったのである。

こうして戦士としての腕一本で皇太子となったバイアスだが、一方で粗暴かつ女癖が悪く、弱者を平気で甚振る下劣な性格など、人格面では最悪と言うしか無く、それ故か国民はおろか臣下からの人望も無いと言って良い、正直ガハルドも皇太子としてのバイアスに対しては何の期待もしていなかった。

婚約者とされたリリアーナにとっても、過去何度か会った際、十にも届かない年齢の自分を舐め回すかの様な嫌らしい視線を向けられたのもあってか好感度などゼロを通り越してマイナスであった、それもまたハジメからのプロポーズに即座に応じた理由である程に悪かった。

と戦の前線で腕を振るう戦士としてなら兎も角、一国を統治する支配者としては問題だらけなバイアスだったが皇室内の取り決めに基づいて皇太子となった以上、相応の理由が無ければ皇帝のガハルドであってもその座を剥奪する事など出来ず、結果として数年に渡って放置せざるを得なかったのだが、此処で国賓を襲撃するという大問題を起こした事で、彼は即座にバイアスを罪人とし、皇太子の座から追い落した、これ幸いと思ったか、或いは直ぐ対処せねばと思ったか…

 

「リリアーナ殿、アルテナ殿。此度は我が皇太子で『あった』バイアスがとんでもない事を仕出かしてしまい、本当申し訳ない。ハジメ殿、今回の件の責については彼奴にとらせ、廃嫡とした上で、此方で然るべき罰を下す。これで手打ちとさせては貰えないか?」

「分かりました。此方としてもガハルド殿、ひいてはヘルシャー帝国とはこれまで通り、いやそれ以上の関係を築きたいと考えている所。貴殿を信じる所からそれは始まると思っております故、この件の処置はお任せします」

 

ガハルドがどちらを思ったかは本人のみぞ知るという物だが、一刻も早くこの場の火消しをせねばと行動に移る、まずは今回の騒ぎにおける『被害者』であるリリアーナともしかしたら巻き込まれていたかも知れないアルテナへの謝罪と『加害者』であるバイアスへの処罰を自分達で行う事の申し出だ。

ハジメとしても此処でガハルドの思惑に乗り、ヘルシャー帝国への好感情をアピールする事で同盟関係を揺るぎない物に出来ると踏んで、それを了承した。

 

「それは有難い。さて、我らの間柄について大枠は決まったも同然だが、細かい所はまだまだって所、部屋に戻って引き続き話し合うとしよう。今度はリリアーナ殿、アルテナ殿も加えた4人で、な」

 

ハジメの了承も得られた事でバイアスが仕出かした一件の対処は解決、ガハルドとハジメに、リリアーナとアルテナも加わった4人で会議室に入り、引き続きハイリヒ王国とヘルシャー帝国、そして新たに関係を構築するフェアベルゲンとの外交に関する詳細を話し合った。

その背後でガハルドの、ヘルシャー帝国の臣下達が彼等を負の感情剥き出しで見ていた事などお構いなしに。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

71話_国交樹立、と滞りなくは行かない

ヘルシャー帝国の帝城内の会議室で再び始まった4人の会談は、既に三国間で国交を樹立する事がハジメとガハルドとの間で取り決められたのもあって滞りなく進み、ハイリヒ王国側とは、防衛を目的とした銃火器やIS、MSといった兵器とその使用方法を指導出来る人材供与、それと引き換えに駐在大使として皇族を王都に住まわせる事、フェアベルゲン側とは、ハルツィナ樹海にて亜人族達の手によって建国され今も尚統治されている事、樹海内に住まう亜人族達はその国民である事の認定、亜人族への差別・迫害を認めての謝罪並びに不当な理由で奴隷とされ、ヘルシャー帝国の国家国民が所有していた亜人族の奴隷達を返還する等の賠償、両国の首脳の血族を駐在大使として派遣する事、とハイリヒ王国がフェアベルゲンと国交を結ぶ際に交わされた約束に沿った合意が締結された。

こうしてヘルシャー帝国とフェアベルゲンの国交樹立、ハイリヒ王国とヘルシャー帝国の新しい形での同盟関係が構築されたが、ガハルドはそれを、この後に催されるハジメ達の歓迎パーティを会見の場として公表する事を提案、ハジメ達もヘルシャー帝国の重鎮達が集う場で行うのは丁度いいと快諾した。

元々ハジメがハイリヒ王国の新国王に就任した事、その挨拶を兼ねた首脳会談を目的として来訪した事を歓迎する意図でパーティ自体は催されてはいた(尤も事前予告が無かったり、僅かな期間で様々な国を飛ぶ弾丸外交で無かったり、敵対的関係で無かったりしなければ当然ではあるが)が、其処にハイリヒ王国とヘルシャー帝国、そしてフェアベルゲンの三国が親密な仲となる事を祝う目的も加わった訳だ。

尤もお祝いムードなのはヘルシャー帝国関係者ではガハルド等ごく限られる者達だけだろうが…

ともあれそういった目的を孕んでいるとは会談の当事者しか知らされていない中で始まった歓迎パーティ、ヘルシャー帝国の首脳であるガハルドに、ハイリヒ王国から来た国賓であるハジメとリリアーナ、それとハジメ達に同行したアルテナ、そしてヘルシャー帝国側の重臣達…

同盟国の代表たるハジメ達の来訪を歓迎する場に相応しい面々が揃う中に、本来なら公式な外交の場である此処にいるべき筈の存在が約一名いない――言うまでも無くヘルシャー帝国の皇太子『だった』バイアスである――事に司会の男が戸惑いを隠せなかったものの、ガハルドから「気にするな、続けろ」と促されたのもあって進行させた。

 

「今宵はハイリヒ王国の新たな国王となられたハジメ殿とその第一王妃たるリリアーナ殿、それとハイリヒ王国と国交を結んでいるフェアベルゲンからの大使たるアルテナ殿の、我が国への訪問を歓迎するパーティへ集まってくれた事を感謝させて貰おう。このパーティに先立ち、ハジメ殿達と少々込み入った話をしていたのだが、実に有意義な話となった。ま、子細は後で話すとしよう。今宵は大いに食べ、大いに飲み、大いに喋って心ゆくまで楽しんでくれ。それが、我らが親しき隣国たるハイリヒ王国の国王に就かれたハジメ殿への何よりの祝福となろう!」

 

司会に促されて覇気に満ちた声で演説するガハルドに合わせるかの様に飲み物や食事などが各々の席へと運ばれ、彼の音頭での乾杯と共にパーティは始まった。

 

「む?リリアーナ殿、アルテナ殿。耐性が付いているらしいハジメ殿なら兎も角、毒見もせずに食すのは危険だ。丁度良いな。おい、奴を連れて来い。毒見をやらせる」

「はっ!」

 

ところが開始早々、出された食事、正確にはハジメ達の食事を見て何かを察知したのか、それを食べようとしたリリアーナとアルテナをガハルドが制止し、後方に控えていたであろう護衛の者に、毒見係に任じたのであろう誰かを呼び出させた。

その命を受けた護衛が程なくして毒見係であろう者を連れて来たのだが、

 

「ば、バイアス様!?」

「様なんて付ける必要はねぇぞ、コイツはもう俺の跡継ぎなんかじゃあねぇ。今のコイツは大罪を犯した重罪人だ。さ、一先ずはコイツを食え」

 

その者が誰なのか、顔を見てそれを察知したヘルシャー側の参加者達が驚きに包まれた。

それも無理は無い、毒見係として連れて来られたのが皇太子である筈のバイアスであり、然しながらその身なりは皇太子とは到底言えず、寧ろ重罪を犯してその罰を受けている真っただ中である囚人といった方が良い状態だからだ。

そんな己の家臣の戸惑いなど知ったこっちゃないと言わんばかりにガハルドは、アルテナに出された食事から無造作にとり、バイアスの口を無理矢理開かせてその中に、強引に詰め込んだ。

 

「むぐ、むぐ…

ぐ!?あ、がぁぁぁぁ!?」

 

バイアスは抵抗するもヘルシャーでも指折りの実力を持った護衛達とガハルドの3人掛かりではそれも空しく、詰め込まれた料理を咀嚼した末に飲み込んだ、するとガハルドの想像通り料理の中に毒が入っていたのか、苦痛を露わにし、断末魔の悲鳴を上げた末に、その僅か26の生涯を終える事となった。

 

「…案の定って所か、こりゃぁ。

おいお前ら、コイツは一体どういう積りだ?」

 

元々期待を抱いていなかった故か、或いは先の騒動で皇太子の座を剥奪してからもう息子と思わなくなったからか、己の子供が死んだ事に何の感情も抱かず、国賓の食事に毒を仕込んだのがこのパーティに招かれた重臣達の企てによる物だと見当を付け、人間族最強の名に恥じぬ威圧を放ちながら問い質した。

 

「陛下。どういう積り、は此方の台詞です。この帝城に『簒奪王』に『殺戮姫』、挙げ句の果てには薄汚い亜人族の女まで国賓として招き入れるなど。よもや強く誇り高きヘルシャーの皇帝ともあろう貴方様が、エヒト様に刃向かう異端者達を前に膝を折ったとでもおっしゃられるのですか?」

 

そのプレッシャーに気圧されながらも、己の信念を全うすると言わんばかりに、家臣として主君の愚行を質すと言わんばかりに重臣達が敵意を向けながら、逆にガハルドへ問い質した。

その口ぶりからは『邪教』への、偽りのエヒトこと邪神エヒトルジュエへの信心が今も尚しっかりと根付いている様であった、いやもしかしたらエヒトルジュエの眷属によって洗脳されてしまった後なのかも知れない、ハジメ達を異端者とすべく、エリヒドらハイリヒ王国の重鎮達がそうされた様に。

 

「簡単な話だ。『強きと共に在る』というヘルシャー建国以来の理念に従った迄だ。お前らもヘルシャー帝国民であるならそれを分かってくれると思ったんだが、帝国民である事より邪教信者である事を選んだか!偽りのエヒトがそんなに好きかぁぁぁぁ!」

 

それを感じ取ったガハルドは、胸中から湧き上がる物を堪えながらその問いに答えるが、やがて堪え切れなくなり、爆発させた。

 

「おのれガハルド・D・ヘルシャー!異端者に屈して魂どころか国すらも売り飛ばしたばかりか、偽りだの邪教だのとエヒト様を貶めるか!異端者共々エヒト様からの裁きを受けるが良い!」

 

その言葉に、エヒトルジュエや聖教を罵倒する言葉に重臣達もまた怒りを露わにし、ヘルシャー帝国重臣という立場では無く『聖教』信者の立場でガハルド達を糾弾、今この場で殺すと言わんばかりに各々の武器を構え出した。

最早売り言葉に買い言葉、何時殺し合いが始まってもおかしくないと思い知ったガハルドは、湧き上がる物を我慢せず吐き出した為か異様に落ち着き払った様子でハジメに何事かを尋ねた。

 

「…ハジメ殿、其方の者達の手配は済んでいるか?」

「ええ、万事滞りなく」

「なら」

 

その答えを聞き、何事かハジメに伝えようとしたガハルド、その時、

 

『なっ!?』

 

一発の銃声が響き渡ると共に、ガハルド達を取り囲もうとした重臣達のうち数名の頭が粉微塵と化した。

 

「全ての責は俺が負う!この場に集まった邪教信者達を、貴殿らの『敵』を遠慮なく討つと良い!」

 

それはアブーフカ等で使われる40×46mm弾の散弾タイプの物、それを撃ち込んだのは、帝城の窓の向こう側から、アメリカのCryePrecision社が開発したブルパップ式回転弾倉ショットガン『SIX12』と似た、然し色々と原型を留めていないブルパップ式回転弾倉グレネードランチャー『ルイシ*1』を構える翼人族の男だった。

思わぬ方向からの不意打ちに動揺する重臣達の一方、事前に伝えられていたのもあってかガハルドは冷静さを崩す事無くハジメ達に攻撃の許可を、己の『元』臣下達の討伐許可を出した。

 

「この帝城を包囲したフェアベルゲンの戦士達よ!此処に集いし『敵』はヘルシャー帝国史の中で、その力を以て重鎮の座へと昇りつめた強者の血を引く者達だ!貴様らが我らヘルシャー帝国と並び立ち、手を取り合うに相応しい『強者』だと言うのなら!その力を以て己が『敵』を討ち果たして見せろ!」

『おぉぉぉぉぉぉぉぉ!』

 

今しがた先制攻撃を行った翼人族の男を始め、この帝城に集まった『敵』を討つべく包囲しているだろうフェアベルゲンの戦士達を煽るかの様に叫ぶガハルドと、それに応ずる戦士達。

後に『帝城の血脂染め』と称されるヘルシャー帝国内での粛清が今此処に始まった。

*1
ロシア語で大山猫。ロシア・KBP開発局が開発したショットガン『RMB-93』の民間モデルのシリーズ名でもある



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

72話_亜人族があの場にいた訳

時は遡り、ハジメとガハルドの会談がリリアーナとアルテナを加えて再開する頃、ハジメはストリボーグに待機していた淳史と連絡を取っていた。

 

「どうした、ハジメ?」

『淳史。直ぐにフェアベルゲンへ向かって、援軍を要請して来て欲しい』

「フェアベルゲンに?また随分と急だな、何かあったのか?」

『ヘルシャー帝国のガハルド皇帝が話の分かる方なのもあり、会談自体は上手く済みそうでね、このまま行けばハイリヒとヘルシャー、そしてフェアベルゲンの三国間で対等な国交を築けそうなんだ。だけどヘルシャーの重臣達が僕達の事を敵視し、ガハルド皇帝共々如何にかせんと企んでいる様子、機会を見つけて仕掛けて来るかも知れないんだ。その鎮圧の為にフェアベルゲンの援軍が必要なのさ』

「そりゃまた穏やかじゃねぇな。けどさ、ヘルシャーの逆臣を討つならフェアベルゲンに援軍を求めるより、ハイリヒから送り込んだ方が早くないか?というか、幾ら随一の兵力と言えどそれはこの世界の人間族基準、お前が其処にいるんだから援軍は必要無いんじゃないか?」

『ただヘルシャーの逆臣を討つだけならそうだね。だけどその後の状況を踏まえるとそうは行かないのさ。今も言ったけどこのまま行けばハイリヒ王国とヘルシャー帝国、フェアベルゲンの三国間で対等な国交を樹立する運びとなる。不当な理由で奴隷となった亜人族も解放される事となるだろう。だけど今まで『邪教』の価値観を抜きにしても魔力の有無というアドバンテージから亜人族を見下して来たヘルシャーの民が、いきなり対等に接しろと言われても素直に従うとは思えない。必ずや国交樹立に反発する民が現れ、その撤回を求めて暴動が発生するだろうね。それを防ぐ為にも亜人族の、フェアベルゲン国民の力を見せつける必要がある。此処ヘルシャー帝国は良くも悪くも実力主義、特に戦士としての力が重んじられる、その力を認められて重臣となった者達をフェアベルゲン国民が倒し、反乱を鎮めて見せたとなれば、ヘルシャーの民達も亜人族の実力を、国交樹立の意義を認めざるを得ないって事さ』

「成る程、直ぐに起こるだろう反乱を鎮圧するだけじゃない、後々起こりうる反乱を未然に防ぐ為の援軍って訳か。分かった、今からフェアベルゲンに向かって、長老の方々に掛け合って来るぜ」

『ありがとう。こっちは話をつけて置くから、そっちは頼んだよ』

 

内容はフェアベルゲンへの援軍要請という指令、それを聞いて最初はハジメのチート級の実力を良く知っているのもあって援軍の必要性に疑問を持った淳史だったが、それが持つ意味を聞いて納得、

 

「各員、我らは王からの指令を受け、これよりフェアベルゲンに向かう!各自持ち場についてくれ!」

『了解!』

 

ハルツィナ樹海へ向かうべく各クルーへ指示を飛ばした。

こうして一行を乗せたストリボーグはヘルシャー帝国を離れ、フェアベルゲンへ一直線に向かった。

 

------------

 

「現在我が王達は隣国ヘルシャー帝国の帝城にて首脳同士による会談を行っておりますが、どうもヘルシャー側のガハルド陛下が話の分かる方なのもあり、このまま行けばハイリヒ王国とフェアベルゲンは、ヘルシャー帝国と対等なる国交を結ぶ事となりそうです。無論ヘルシャー側にもハイリヒと同様、フェアベルゲン国家国民への永きに渡る差別や迫害に対する謝罪と賠償を行わせる運びとなるでしょう」

「何と、それは真か…!?」

「まさか、ヘルシャーの皇帝が…?」

「し、信じられない…」

「ハジメ殿が、またもやってのけたと言うのか…」

「はい、間違いありません。まあ、お疑いになるのも無理はありませんが」

 

その後、一時間も経たずにハルツィナ樹海へと辿り着いたストリボーグ、艦長を務める淳史はハジメの代理として長老達との会談に臨む事となり、挨拶もそこそこにハジメ達とガハルドとの会談の状況を伝える。

それを聞いた長老達、アルフレリック達は勿論カムですらも驚きを隠せなかった。

それも無理は無い、ハイリヒ王国こそ此処トータスの出身では無く尚且つ差別を蛇蝎の如く嫌うハジメが国王、臣下や国民も『邪教』への、これぞ掌返しだと言わんばかりの反感もあって亜人族への永きに渡る差別を反省して歩み寄ろうとする態度を見せているが、一方でヘルシャー帝国は『邪教』の価値観以外にも魔力の有無による覆しようのない能力差を背景に現在進行形で亜人族を差別し、迫害して来ているのだ、そのトップがそれをあっさりと反省して対等な関係を築こうとしている事に驚かない者が果たしているだろうか。

 

「尤もヘルシャー帝国の国家国民が、というより人間族全般がフェアベルゲン国家国民を始めとした亜人族の人々を差別し、迫害して来たのは言うに及ばず。そうして下に見ていた者達といきなり対等に接する様にと言われても、差別して来た事を詫びて償えと言われても従おうとしない者は少なからず出て来ると思われます、現にその情報を掴んだであろうヘルシャー帝国の重臣達が、ガハルド陛下諸共我が王達を亡き者にすべく動いている様子だと我が王から連絡を受けました」

「まあそうなるよね。寧ろ皆して乗り気だと聞いたら、流石に罠を疑う所だよ」

 

とはいえそれに乗り気なのがガハルドだけ、トップが先走っているだけだと聞いて、臣下達がそれを力づくで破談に持ち込もうとしていると聞いて「デスヨネー」と言わんばかりに納得していたが。

尚、淳史の言う我が王『達』にはハジメとリリアーナだけでなく、フェアベルゲンから駐在大使として派遣され、その勉強の為に同行しているアルテナも含まれている事を、つまり彼女の命も狙われている事を祖父であるアルフレリックを始め皆理解していたが、にも関わらず誰もが平然としているのはハジメの化物級の強さを全員が身を以て理解しているから、そんなハジメがいるからアルテナもリリアーナも序でにガハルドも、誰が襲って来ようが大丈夫だと無類の信頼を寄せているからである。

 

「それで?出国したその日にとんぼ返りして来て、その話題を明かした上で、貴殿らは何を要求するのかな?」

「はい。今回の件で我が王達を亡き者にせんと動くヘルシャーの逆臣を討伐すべく、フェアベルゲンから援軍をお送り頂きたいとの我が王からの要望です。移動手段に関してはストリボーグを解放しますし、装備に関しても不足分は此方で支給しますのでご心配なく」

「フェアベルゲンから援軍を?失礼ながら、帝城内にはそのハジメ殿もおられる筈です、あの方がおられるなら幾らヘルシャー帝国の家臣達が束になって掛かろうと1人で討伐出来るのでは?」

 

それはさておき、出国したその日にいきなり戻って来た目的は何なのかとルアに尋ねられ、ハジメからの要望を伝える淳史、当然ではあるが、そのハジメがいるのにフェアベルゲンから援軍を送る意味があるのかとマオがツッコんだ。

 

「此度の要望に関しては「フェアベルゲンの兵士がヘルシャー帝国の重臣達を討った」という事実が重要なのです。ヘルシャー帝国は良くも悪くも実力主義、殊に戦士としての実力が重視されます。その重臣ともなれば人間族でも指折りの実力者、それを討ったとなればヘルシャー帝国民もフェアベルゲン国家国民の力を認めざるを得ないでしょう」

「成る程ね。それに、ハイリヒ王国の重臣である貴殿を通じての要望を受けてとなれば、外部には「ヘルシャーの逆臣の企みに気付いたハイリヒ国王が、それに対処すべくフェアベルゲンに、亜人族に助けを求めた」となる。つまり「邪神の眷属の大軍を退ける程の力を有するハイリヒ王国が頼りにする程、フェアベルゲンは力を有している」事を示せる訳だね。そういう意味でもヘルシャー帝国民は此方の力を認めざるを得ないだろうし、何より他の勢力にも此方への、亜人族への対応の仕方を改めさせる事にも繋がるね。流石はハジメ殿だ、抜け目ないね」

 

尤もそれは淳史自身が抱いた疑問である、マオのツッコミに対しても動揺する事無くハジメの考えを伝えるが、それを聞いたルアが、この援軍要請が持つ更なる意味に気付き、それを口にした。

それを聞いた淳史は「ハジメの奴、其処まで考えて援軍要請を命じて来たのか…」と改めて己の主君であり戦友でもあるハジメの凄さを実感した。

 

「相分かった。なれば要望の通り援軍を送る事にしよう。カム、其方で訓練を積んだ兵士を如何程出せる?」

「ざっと二百位は。兎人が百、翼人、狐人共に五十ですな」

「一個中隊といった所か。玉井殿、それで足りるだろうか?」

「はい、十分な数です。余りに多くてもストリボーグ艦内に乗り切れませんし、数の暴力で押し切ったとの印象も与えかねませんので」

 

そのルアの話を聞いてかどうかは本人のみぞ知るだが、援軍要請を受ける事で意見が一致、カム達ハウリア族のもとで厳しい訓練を、ハジメが僅か十日で見違える程の強さをハウリア族の面々に身に着けさせたのと同じような訓練を積んで来た兵士達総勢約二百名がヘルシャー帝国に派兵される事となったのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

73話_粛清と葛藤

こうして、帝城にて起こったヘルシャー帝国家臣達による反乱の鎮圧の為に派遣されたフェアベルゲンの中隊、それを事前に知らされていたガハルドの号令に応じた戦士達と、その攻撃を察知して迎撃態勢に移る逆臣達の戦いが始まった。

亜人族達の軍隊と相対する逆臣達もヘルシャーの実力主義な環境下で揉まれて鍛え上げられ、その立場へとのし上がったり守ったりして来た者達ばかり、派遣部隊の主力である兎人族なら、ハジメ直々の指導による戦闘訓練で見違える程の実力を身に着けたハウリア族の戦士達なら兎も角、その又聞きみたいな形での指導しか受けて来なかった他の亜人族達は、指導力の差や期間の短さもあってまだまだ発展途上、正直タイマン勝負であれば魔力の有無もあって劣勢に追い込まれていたに違いない。

その差を埋めるどころか覆しているのはやはりハジメが開発・製造している銃火器等の武装であろう。

亜人族の兵士達は銃火器の類を使うどころか見知ってすらもいない者が殆どである事を踏まえた淳史の、とりあえず引き金を引けば打てるダブルアクションリボルバー式の機構、アバウトな狙いでも標的を撃ち倒せる(逆にそれ以外を、例えば味方すらも巻き込んでしまう危険もあるが)散弾を使用出来る40×46mmグレネード弾を採用したルイシを使うようにとの提案を受けて亜人族が手にした件の銃火器、その猛威は凄まじいの一言だった。

剣士等前衛タイプの天職を有し、近接武装を手に突撃して来た者達をたった1発でなぎ倒したかと思ったら、その後方で魔法による援護射撃を行おうとしていた魔術師等後衛タイプの天職を有する者達よりも早く発砲してその者達を蜂の巣に変え、その猛威と性質を目の当たりにして横へと回り込もうとする者も逃がす事無く風穴を開けていく。

銃火器なんぞ使うどころか見るのすら初めてでありながらも、直ぐに慣れたのかそつのない動作で散弾をまき散らして逆臣達を圧倒していく中、1人の年端も行かないハウリア族の男子は妙に手慣れた動きでルイシを操作し、敵が集まる地点の中心を正確に狙って榴弾を曲射、内側から爆発させて逆臣達を効率よく討ち取るという中々テクニカルな攻撃をしていた。

言うまでも無いがハジメを人一倍慕い、今回の部隊派遣においても「ハジメ兄ちゃん達の為にも!」といの一番に志願した少年、パルだ。

ライセン大峡谷で鉢合わせてからフェアベルゲンに戻るまでの短い間とはいえハジメ達が銃火器の類を使用していたのを見聞きしていたハウリア族、中でもパルはハジメの側についていたのもあって発射や弾の装填の仕方、狙いを定め方からサプレッサーの付け方等と細かい所まで見ていたのもあって銃火器の使い方をイメージトレーニングで会得、部隊の中で唯一散弾を使わないながらも素晴らしい戦果を挙げていた。

後にこの活躍を聞いた長老達によってフェアベルゲンが保有するボルショイ・ティラーの専属パイロットとなり「密林のファイアーボール」と、何処ぞの外伝漫画で聞いた様な異名で敵陣営に恐れられる事となるのだが、それはまた別の話。

 

「標的の制圧、完了しました」

「救援、まことに感謝する。然し、話には聞いていたが実際に見るとやはり凄まじいな。反乱を起こした連中の実力は俺も見知ってはいた、ヘルシャーはおろか人間族全体でも指折りの実力者達だったが、そいつ等が正に雑魚扱いだ。ハジメ殿が作り上げたアーティファクトの力もあろうが、それを使っていたフェアベルゲンの兵士達もヘルシャーの戦士達と引けを取らねぇ実力だな」

 

そんな地獄絵図が帝城全体で繰り広げられ、壁という壁が、床という床が撃たれた逆臣達の血で染まって行き、僅かに生き残った者達も戦意を喪失したのを受けて救援部隊の隊長たるハイリヒ族の男がハジメ達に報告する。

それを聞いたガハルドは援軍に来てくれた礼をしつつ、生き残った逆臣達を並べて、

 

「お前ら、これでもフェアベルゲンの兵達を薄汚い雑魚だと見下すか?ハジメ殿達を簒奪者だの異端者だのと敵視するか?偽りのエヒトだの邪教だのと言った俺を憎悪するか?そうやって偽りのエヒトの、聖教と自称する邪教の在り様から目を逸らし、力こそ至上というヘルシャーの建国以来掲げて来た理念を知らん振りし、ハイリヒ王国やフェアベルゲン、もっと言えば偽りのエヒトが拉致した方々や、ソイツの言いつけを基に虐げられてきた亜人族の者達が俺らを凌駕する程の力を身に着けた事実に気付かない振りをして癇癪を起した結果がこれだ」

 

反逆を企てた事への罰を直ぐに下すのでなく、それを行うに至るまでの心情を指摘しつつそれがどれだけ愚かな事かを質し始めた。

 

「お前らが邪教に現を抜かし現実逃避している間にハイリヒ王国や亜人族の、フェアベルゲンの面々は無茶苦茶強くなった、敵と見られた奴は瞬く間に滅ぼされる位にな。それはこのヘルシャー帝国だって例外じゃねぇ、喧嘩売ったが最後、魔人族の奴らが攻め込む前に三百年の歴史が終わるぞ。膝を折って平伏しろとは言わねぇが、強きと共に在る帝国の民ならその力から目を逸らすんじゃねぇ!まずは認めろ、お前達は惨敗したのだと!敗者は勝者に従う、それが帝国のルールであり、戦の常識だ!嫌なら自害でもして、討たれた者達の後でも追いやがれ!分かったな!」

 

そして今回の敗北を胸に刻み、ハイリヒ王国とフェアベルゲンとの国交樹立という方針に従え、嫌なら死ねと怒鳴り付けた。

亜人族達との戦いで満身創痍な中、人間族最強と謳われるガハルドが放つ怒声と威圧には、流石の逆臣達も従わざるを得ず、頭を垂れた。

『帝城の血脂染め』と後世で語り継がれるヘルシャー帝国内におけるクーデター未遂事件は、それに及んだ家臣達が、救援に駆け付けた亜人族達によって返り討ちにあうという結果に終わった。

 

------------

 

「思い描いた通りの結果になったってのに何処か浮かねぇ感じだな、ハジメ殿。どうした?」

「…ガハルド殿」

 

こうしてハイリヒ王国とフェアベルゲン、ヘルシャー帝国との間で国交樹立が非公式ながら発表、その後殺された逆臣達の血によって汚された帝城の清掃作業が進む中、テラスで1人佇むハジメの姿を見つけたガハルドは、その背中からどうも陰鬱な雰囲気を感じ取り、声を掛けた。

 

「人間という生き物はどうにも面倒臭い、それは元居た世界もトータスも変わりません。どんなに正論を並べようと、どんなに現実的で且つ現状をより良く出来る目標を掲げても、どんなに真っ当な行動をしようと、何かと理由をつけて反抗する輩は少なからず出る、確実に。正直僕は政治家になどなりたくはなかった、そういった輩も考慮して政を進めねばならないのが役目ですからね。同じ国を守る立場でも、僕は一兵卒になりたかったんです。敵相手に己が力の限りを尽くして対応すれば良いのですから」

 

声を掛けて来たガハルドにハジメは、己の恋人達や幸利達にも明かしていなかった本音を語り始めた。

 

「でもハイリヒ国王に、王国を引っ張る政治家になるしかなかった。ハイリヒの政治中枢にいた者達はリリィを除いて皆がエヒトルジュエの傀儡となった結果、彼女は刃を振るわざるを得なくなってしまった。リリィ1人となってしまった政治中枢、彼女もまだ14と国を引っ張るには心許ないと言われかねない、彼女を、ハイリヒ王国を守る為に僕が国王となるしかなかった。その原因となってしまったのにリリィを、ハイリヒ王国を見捨てるなんて真似は出来なかったんです」

 

元は自衛官、国防を担う軍隊的な組織の一兵卒になろうとしていたハジメ、その心中を何故今日初めて会ったばかりのガハルドに明かそうと思ったのかはハジメ自身も分からなかった。

幾らエヒトルジュエを討伐すべきという悲願を共にする仲間とはいえ、既にハイリヒ王国とヘルシャー帝国が今まで通りの親密な間柄を維持する事で合意したとはいえ、まだ知り合ったばかりな相手に明かせるだろうか、いや無理だろう。

 

「分かるぜ、その気持ち。俺もこの皇帝の座を受け継いだばかりの時はそう思ったもんだ。ロクにやった事もねぇ雑務に追われ、内外様々な問題をどうするか試行錯誤して、体力には自信あったのに毎日クタクタだった。何でこんな事やんなきゃいけねぇんだ、俺はこの為に強くなった訳じゃ、皇太子の座を守り続けた訳じゃねぇんだぞって思った事は一度や二度じゃきかねぇ。色々と異論を並べる教会の奴等や臣下を怒鳴りたくなったのもしょっちゅうだ。

 

けど、ヘルシャー帝国の、帝国民の事を思ったら辞めるなんて選択肢は選べなかった。国王と皇帝、呼び方は違っても国を引っ張る立場なのは同じ。嫌だから辞めるなんて我儘が通せる程、この座は軽くねぇんだよな」

 

ただ1つ確かなのは、ガハルドもまた同じ様な葛藤を抱いていたという事だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

74話_順調な外遊、そして…

ガハルドに、ヘルシャー帝国の現政権に反旗を翻して返り討ちに逢った逆臣達の血に塗れた帝城の清掃作業が一段落した頃、善は急げと言わんばかりにガハルドはこの反乱に与しなかった家臣達を招集、夜中にも関わらず緊急会議を開き、フェアベルゲンとの国交樹立に伴う不都合を解消する為の段取りが話し合われ、その場でフェアベルゲン国家国民及びそのルーツを持つヘルシャー帝国保有の亜人族奴隷に関する法律(考案者:ガハルド及びハジメ達)がその場で次々と可決成立して行った。

その同意の当事者であるガハルドやハジメ達は、この件に対するヘルシャー帝国民の反発は避けられないだろうと、少なからず抵抗にあうだろうと考えていたが、少なくとも閣議自体は国交樹立に対する強硬な反対意見が出ない等、滞りなく進んだ。

何しろそれに反対するであろう家臣達は先の反乱に与した末、フェアベルゲンの兵士達によって殆どが殺され、僅かに生き残った者達及び逆臣の一族郎党に至るまでが国家反逆罪を適用されて奴隷の身となり、関与していなかった者達もその場で発揮されたであろうフェアベルゲン国民の力の程を、実力主義なヘルシャー帝国の重臣達を事も無げに無力化して見せた亜人族の兵士達が持つ実力を否が応にも認めざるを得なかったのだから。

それよりも大変だったのは此処から、成立した法律に基づく、フェアベルゲンとの国交に関する不都合の解消、具体的な例を挙げると、不当な理由でヘルシャー帝国国家国民所有の奴隷となった亜人族奴隷達の調査と解放措置等を行った時だ。

当然と言えば当然だが、そういった奴隷を保有している国民達は猛反対した。

夜中に突然叩き起こされたと思ったら、所有している奴隷を『法律違反』の名目で没収されるのである、殊に奴隷を取り扱う商会においては、商売が成り立たなくなってしまうのも同じだ、何せその規模はハイリヒ王国の比では無い、信心の差ゆえか亜人族に対する嫌悪感がそれ程じゃない一方で悪い意味での実力主義からか見下していた帝国民の亜人族奴隷への需要は高く、それを満たす為に数千、数万もの亜人族が不当な理由で奴隷とされていたそうだ、それが一気に没収されるとあっては堪らない。

勿論その金銭的な補償は後からなされるし、何より法律に基づく皇帝直々の勅命だ、それに抵抗したらどうなるか分からない帝国民では無いが容易には納得出来るものじゃない、中にはあの手この手で時間を引き延ばそうとする者もいたが、そういった輩は程なくして頭が粉々に弾け飛んだとか。

こうして『違法』な亜人族奴隷を所有していない一般市民が寝静まっている裏でドタバタ騒ぎが繰り広げられた翌朝、一先ずは帝都内にいた者達のみではあったものの、それでも数千もの亜人族達が一ヶ所に集まるという異常事態を目の当たりにして何事かと騒ぎ出した者達を前に、ヘルシャー側の代表であるガハルド、ハイリヒ側の代表であるハジメとリリアーナ、そしてフェアベルゲン側の代表であるアルテナの4者合同による会見が行われ、首脳会談で合意した三国の国交樹立に関する条文、それに伴う不都合を解消する為に成立した法の詳細な内容が発表された。

その内容に、今までのヘルシャー帝国のやり方を真っ向から否定するとツッコまれそうな内容に、唖然とするしかない帝都の民達。

それも当然であろう、今まで下に見ていた亜人族をこれからは自分達と同格の存在とみなし、彼らがハルツィナ樹海の中に建国したフェアベルゲンを一主権国家として認めろと言い、それに伴って今まで身近にあって当然と思っていた便利な道具が一気に無くなるのだ、しかも今後は『正式な手続き』を通さないと手に入れる事は出来ない、正直、訳が分からないと言った様子だった。

まあ、重罪に対する罰という正式な理由で奴隷の身へと落とされた者であれば人間族だろうが亜人族だろうが関係なく保有出来はするのだが、そういった奴隷は今まで保有していたそれや、逆臣達の一族郎党を含めても全体の中では一割どころか一分にも満たないし今後もそれが多くなる筈が無い(多くなる=重大犯罪者が多数出て来てしまうという事、世紀末もビックリな状況になってしまうという事だからだ)、未だ多くの需要がある中で供給を急に狭めてしまっては単価が爆上がりし、余程の資産家でなければ保有すらままならない贅沢品となってしまう。

やがて少しずつ民衆の中から、その状況に至る事に気付き始めた者がそんなの認められるかと文句を口にし始め、やがてそれが暴動に発展してしまうのではないかとSP的な役割を担う帝国兵達が冷や汗を流すも、

 

「フェアベルゲンとの国交樹立は、亜人族を同格とみなす事は真なるエヒト様、エヒクリベレイ様からの『神託』である!これに逆らうはエヒクリベレイ様の意志に反する異端者である!良いな!」

 

天之河から決闘のアンティと称して奪い取り、その後幸利の闇魔法による『調整』によって勇者では無い者にも使える様になった聖剣を抜き放ったハジメが、切っ先を民衆に向けながら、この事がエヒクリベレイの意志による物だと言い放った事で、一気に静まり返った。

それと共に、遠隔操作技能を駆使して上空からアヴグストをゆっくりと降下させ、同時に天使の羽の如く背中にくっ付けさせたビットブラスターから非殺傷設定の白いレーザー光と、銀色の羽を放出させた、まるで遥か天空より舞い降りた主神(エヒクリベレイ)の使徒の如く。

その光景を目の当たりにした帝国の民達は、流石に異端者へと身を落としてまで反発する積りは無かったのか「ははぁーっ!」と時代劇で良く目にする様な見事な土下座をし、渋々ながらも受け入れた。

これによって、長きに渡る奴隷生活から解放された数千もの亜人族達は、地獄の様な苦しみから救い出され故郷の地へ再び足を踏み入れられる様になった。

最初は何が起きているのか分からなかったのか呆然とした様子でただただ黙ってハジメ達に従っていたが、アルテナの「皆様は自由です!皆様の故郷に、我が家に帰れるのです!」と力の限り叫んだ事で漸く解放されたのだと実感、大地を揺るがす程の歓声があがった。

 

------------

 

奴隷の身から解放されて故郷へと帰る数千もの亜人族と、国交樹立に関してフェアベルゲン首脳である長老達と正式な合意を取り付ける為に向かうガハルドを乗せたストリボーグはハルツィナ樹海へとひとっ飛びし、その足で長老達の待っている官邸へと向かった。

人間族の、それも自分達の同胞達を奴隷として沢山連れ去って来たヘルシャー帝国の首脳とあってか敵意剥き出しな視線に晒されたガハルドだが、フェアベルゲンの首脳の孫であり駐在大使という大任を担っているアルテナや友好国であるハイリヒ王国の首脳であるハジメとリリアーナが側にいるのに滅多な事はしないだろうと思っていたのか、或いは襲い掛かって来ても返り討ちに出来ると思っていたのか、平然とした様子で官邸へと向かい、アルフレリック達が事前に国交樹立の件を伝えられていたのもあってその場で合意を取り付けた。

こうしてフェアベルゲンとの国交樹立、ヘルシャー帝国との同盟関係の維持、そしてヘルシャー帝国とフェアベルゲンとの国交樹立の仲介と、想定を上回る結果を残す幸先の良いスタートとなったハジメ達の外遊はその後も滞りなく進んだ。

フェアベルゲンの長老達との会談を終えたガハルドを帝城まで送迎した後、まずはフューレンへと向かって新国王へ就任した事を伝えた、余談だがそれを聞いたイルワは、まさかハジメがハイリヒ王国の最も偉い人になった事は想像していなかったのか卒倒しかけていた。

その後はハイリヒ王国の西に位置する砂漠の国、七大迷宮の1つがあるとされるグリューエン大砂漠の真っただ中に存在するアンカジ公国を訪れ、此方は特に何らかの反対行動をされる事も無く、これまで通り、いやこれ以上の協力関係を築く事で合意した。

これによって、トータスの北側を支配する人間族のテリトリーにおいて、ハジメ達の、ハイリヒ王国の『敵』となりえる存在が、未だ各地に潜伏しているであろう邪教関係者のみとなり、ハイリヒ国王としての仕事を一段落つけたハジメは、今度は1人の冒険者としての仕事に移る事にした。

そう、自分の義理の娘であるミュウを、彼女の故郷であるエリセンへと送る仕事である。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

75話_蝶と龍と兎と…

今回は予定を変更して、ハジメ達が外遊している頃の、別チームの動きを書きました。


ハジメ達が外遊においてフェアベルゲンや、ヘルシャー帝国等の人間族の国々と交友関係を結ぶという想定以上の結果を残していく中、他のチームはどうしているのか、今回は別のチームの動向に目を向けてみよう。

ハジメ達がヘルシャー帝国を訪れ、ガハルドと会談していたその頃、幸利とシア、ティオの3人、一行の主力メンバーでまだ生成魔法等の習得していない神代魔法がある3人はオルクス大迷宮の奈落の底、深層部の五十階層に到達し、その一角にあるユエが封印されていた部屋に辿り着いた。

 

「此処がハジメ達の言っていた、ユエが封印されていたって言う部屋か…」

「暗くて殺風景な場所ですね、ハジメさん達の話だと更に、スライムみたいなもので身動きも封じていたとか…」

「かような場所にその状態で三百年も閉じ込められておったと聞く、死ぬ事の無い身故に自ら命を絶つ事も発狂する事も許されずに。ユエ殿の心境は如何ばかりだったのかのぅ、妾であれば耐えられぬぞ…」

 

事前にこの部屋の事を聞かされていた幸利達は、聞いていた通りの重々しい空間に眉を顰めつつ、中へと入って行く。

 

「その身動きを封じられたユエがいた場所の下に、何かが保管されている空間があるとハジメは言っていたな。それは何かしら強固な封印が施されていて、ハジメの手では如何にも出来なかったとも」

「幸利殿?身体から名状しがたいオーラを纏って何をする積りじゃ?」

「ああ、月光蝶で術式をハッキングするか、或いは鍵穴らしき紋章に流し込んでピッキングしようかと」

「何とんでもない事を居酒屋での「とりあえず生」みたいな感じで言ってんデース!?」

「シア、お主は何処のリアルダビスタなサラブレッドがモデルのウマ娘じゃ?中の人が同じで、作者が初めて育成したウマ娘だからって無理矢理ネタを引っ張り出さんでも…」

「ティオさんも何メタいツッコミをしてんデース!?」

 

その目的は、ハジメがその存在を見つけつつも中を暴く事敵わなかった空洞、幸利はそれを、己の十八番である月光蝶を用いて開けようとしていた。

そんな正に強盗と言いたくなる事を、居酒屋でまずはビールを頼むかの様な気軽さで実施しようとする幸利にシアはツッコミを入れるも、動揺の余り何処か日本語覚えたてのアメリカ人みたいな口調になり、それを聞いたティオがメタ発言でツッコミを入れていた。

それはさておき、月光蝶を発動した事で幸利の手から吹き上がる闇魔力の因子による靄、それを嘗てユエが封印されていた場所にある紋様へ手を付いて、流し込んだ。

その直後術式の改変(ハッキング)鍵のこじ開け(ピッキング)に成功したのか、紋様に光が迸り、金属同士が擦れる様な音と共に周囲の床がせり出して来た。

良く見るとそれは直径30cm程の石柱、それが屈んでいた幸利程まで上がって来た所で止まり、側面が扉の如くパカっと開いた。

その中を見ると其処にはダイヤモンドの如き透き通った輝きを放つボール状の鉱石が安置されていた。

 

「コイツはアーティファクトの類か?シア、お前のX領域は何と言っている?」

「どうやら映像を記録するタイプの物みたいですね。此処オルクス大迷宮の最深部にある反逆者の住処にも、オスカー・オルクスの遺言を記録したそれがあるとハジメさんが言っていましたね」

「ふむ、さような物をこの部屋に保管していたとなると、これに記録されているのは…」

「ともかく、起動させてみようぜ。何かしらの情報が手に入るかも知れない」

 

何時の間にか会得していたシアのXラウンダーによる近未来予知によってこれが映像記録・再生用アーティファクトだと分かり、それを此処に保管した者の事も相まって何か情報を得られるかも知れない、そう判断した幸利がそれを起動させるべく魔力を流し込むと、

 

「何だこのオッサン?何処かユエに似ているな」

「もしかしたらユエさんの叔父にあたる人では?あの権力欲しさにユエさんを殺そうとして、出来なかったから此処に封印したって言っていた」

「で、あろうな。然しユエ殿を手酷くこの場へと追いやっておいて今更何の用なのかのぉ…」

 

案の定アーティファクトが起動、プロジェクターの如く部屋の一角を照らす形で映像を映し出したのだが、其処にいたのは何処かユエに似た面影の男性だった。

その姿からして権力欲しさにクーデターを起こしてユエから王座を簒奪し、殺そうとしたが出来なかったので此処へ封印した彼女の叔父だろうとみた一行は少なからず不信感を露わにするも、

 

『…アレーティア、久しい、と言うのは少し違うかな。

君は、きっと私を恨んでいるだろうから。いや、恨むなんて言葉では足りないだろう。私のした事は…

あぁ、違う。こんな事を言いたかった訳じゃない。色々考えてきたというのに、いざ遺言を残すとなると上手く話せない』

 

それも仕方ないかと自嘲するように苦笑いを浮かべながら、彼は気を取り直すように咳払いをして話し出した。

 

『そうだ。まずは礼を言おう…

アレーティア。きっと、今、君の傍には、君が心から信頼する誰かがいる筈だ。少なくとも、変成魔法を手に入れることが出来、真のオルクスに挑める強者であって、私の用意したガーディアンから君を見捨てず救い出した者が』

 

元から「ユエの叔父は本当に私利私欲でクーデターを起こして彼女を封印したのか?」と疑問を抱いていたハジメから話を聞いていたのもあって、部屋に違和感を抱いていたものの、排すべき政敵に向けて離すにしては余りに優しくも悲し気な姿に何やら只ならぬ物を感じた一行は不信感を引っ込め、その言葉に耳を傾けた。

 

『…君、私の愛しい姪に寄り添う君よ。

君は男性かな?それとも女性だろうか?アレーティアにとって、どんな存在なのだろう?恋人だろうか?親友だろうか?あるいは家族だったり、何かの仲間だったりするのだろうか?直接会って礼を言えない事は申し訳ないが、どうか言わせて欲しい…

ありがとう。その子を救ってくれて、寄り添ってくれて、ありがとう。私の生涯で最大の感謝を捧げる』

 

尚彼が言う誰かであるハジメは勿論ユエ――彼がアレーティアと呼ぶ少女も此処にはいなかったり、恐らくは神代魔法の1つであろう変成魔法など誰も会得していなかったりとツッコミ所が多すぎてシュールな光景となっているのだが、それを指摘するのは無粋だと口にしなかった。

 

『アレーティア。君の胸中は疑問で溢れているだろう。それとも、もう真実を知っているのだろうか。私が何故あの日、君を傷つけ、あの暗闇の底へ沈めたのか。君がどういう存在で、真の敵が誰なのか』

 

それは兎も角、其処から語られた話に一行は流石に驚きを隠せなかったものの、この世界の真実を既に知っている彼らにとっては妙に納得出来る物だった。

即ち、ユエが神子として生まれ、その肉体を己の依り代としたいエヒトルジュエに狙われていた事。

それに気がついた彼が、欲に目の眩んだ自分のクーデターにより、ユエを殺したと見せかけて奈落に封印し、あの部屋自体を神をも欺く隠蔽空間とした事。

ユエの封印も、僅かにも気配を掴ませない為の苦渋の選択であった事。

 

『君に真実を話すべきか否か、あの日の直前まで迷っていた。だが、奴等を確実に欺く為にも話すべきでは無いと判断した。私を憎めば、それが生きる活力にもなるのではとも思ったのだ』

 

封印の部屋にも長くいるべきでは無かったのだろう、それ故に、王城でユエを弑逆したと見せかけた後、話す時間もなかったに違いない。

その選択がどれ程苦渋に満ちた物だったのか、映像の向こうで握り締められる拳の強さが、それを示していた。

 

『それでも、君を傷つけた事に変わりはない。今更、許してくれ等とは言わない。ただ、どうかこれだけは信じて欲しい。知っておいて欲しい。

 

 

 

愛している。アレーティア。君を心から愛している。ただの一度とて、煩わしく思った事等ない。

 

 

 

――娘のように思っていたんだ』

 

苦しげなそれから泣き笑いの様な表情に、ひどく優しげで、慈愛に満ちていて、同時に、どうしようもない程の悲しみに満ちた表情になって発せられた想いを聞き、一方的に不信感を抱いていた事を恥じると共に感極まり、静かに涙を流した一行。

 

『守ってやれなくて済まなかった。未来の誰かに託す事しか出来なくて済まなかった。情けない父親役で済まなかった』

 

彼の目尻にも光るものが溢れるが、決してそれを流そうとはしなかった。

グッと堪えながら、愛娘へ一心に言葉を紡ぐ。

 

『傍にいて、いつか君が自分の幸せを掴む姿を見たかった。君の隣に立つ男を一発殴ってやるのが密かな夢だった。そしてその後、酒でも飲み交わして頼むんだ。『どうか娘をお願いします』と。アレーティアが選んだ相手だ。きっと、真剣な顔をして確約してくれるに違いない』

 

夢を見ているかの様に映像の向こう側で遠くに眼差しを向ける彼。

もしかするとその方向に過去のユエが、その隣に立つハジメと思しき存在がいるのかもしれない。

 

『そろそろ時間だ。もっと色々話したい事も、伝えたい事もあるのだが…

私の生成魔法では、これ位のアーティファクトしか作れない。もう、私は君の傍にいられないが、例えこの命が尽きようとも祈り続けよう。アレーティア、最愛の娘よ。君の頭上に、無限の幸福が降り注がん事を。陽の光よりも温かく、月の光よりも優しい、そんな道を歩めます様に』

 

そんな衝撃的な真実を内包したこのアーティファクトに記録された映像もあと少しとなったのか、別れの言葉を紡ぐ彼。

その直後、その視線が彷徨う様に左右へ動いた、どうやらユエに寄り添う者にも伝えたい事があるのだろう。

 

『私の最愛に寄り添う君。お願いだ。どんな形でもいい。その子を、世界で一番幸せな女の子にしてやってくれ。どうか、お願いだ』

「…ああ、ハジメなら必ずしてくれるさ、アンタの可愛い姪っ子さんを、幸せにな」

 

その最後の言葉に、無意識にそう呟いた幸利。

 

『…さようなら、アレーティア。

君を取り巻く世界の全てが、幸せでありますように』

 

あくまで映像の中の存在、幸利の言葉が届く筈も無いが、だけど確かに彼は満足そうに微笑み、虚空に溶ける様に消えて行った。

恐らくは遠い未来で自分の言葉を聞いた者がどう答えるのか確信していたのかも知れない、其処は流石にユエの叔父といった所か。

 

「シア、ティオ。エヒトルジュエのクソ野郎をぶっ殺さなきゃならねぇ理由がまた1つ出来たな…!」

「そうですね幸利さん、もう今更感がある位、エヒトルジュエへの殺意は満タンですが…!」

「うむ。眷属もろとも、完膚なきまでに潰してくれようぞ…!」

 

映像を見終えた一行は、ユエの叔父が実は彼女を守るべく嫌われ役に徹していた事を知り、涙を流し続けると共に、邪神エヒトルジュエを倒さねばならないという想いを強くした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7章『グリューエン大火山とメルジーネ海底遺跡、と…』
76話_母娘の再会、と…


遅くなってしまってすいません、諸事情からモチベーションが上がらず、書き上げるスピードが低下していました。

決してウマ娘に嵌っていたからではないです(ヲイ

それはさておき、今話から7章スタートです。


トータスの大陸北西部、人間族のテリトリーである北部側の西端に位置する海上の町エリセン、今言った通り海沿いを通り越して海上に浮かぶその町は亜人族の一種である海人族が住まい、漁業を主な産業としている。

此処の漁場でとれる海産物が齎す利益もあってか海人族はハイリヒ王国、ひいては聖教の庇護を受けている事から亜人族が住まう地域では異例の所謂「自治政府」として独立的な立場を得ていた。

そんなエリセンの町は今、蜂の巣を突いたかの如き大騒ぎとなっていた、空の彼方から船に見えなくも無い巨大な物体が町へと向かって来ているのを警備兵が見つけたのだ。

その報告を受けての、兵士達の物体への対応は得物であるトライデントを構えての包囲――言うまでも無いがその物体、ひいてはその所有者と敵対する気満々である。

それも無理も無いというしかない、少し前に町のアイドル的存在であるレミアの1人娘であるミュウが何者かによって誘拐されたばかりで住民達の警戒心が増していた所にこの事態だ、何が来ようと今度は誰一人手出しさせないと、その為にはどんな手でも使ってやると過激な思考に陥るのも致し方ない。

だがそれもその物体の正体を知れば無謀だと、一番やってはいけない選択だとツッコまれるだろう。

 

「控えなさい!貴方がたを御守りする者達の顔もお忘れですか!」

 

その物体の側面が唐突に開き、何者かが中から出て来た。

すわ敵襲かと一斉にトライデントを構える兵士達、その士気に水を差すかの如く響き渡る炸裂音。

いきなり響き渡った轟音に驚く兵士達だが、中から出て来た存在を見て更に驚愕、動揺が広がった。

 

「り、リリアーナ姫様!?」

「もう姫ではありません、王妃です」

 

何せその存在は、自分達を庇護しているハイリヒ王国の王妃であるリリアーナなのだから。

そう、既にお気づきだろうが、物体の正体はハジメ達を乗せたストリボーグである。

 

------------

 

「パパ、パパ。お家に帰るの。ママが待っているの!ママに会いたいの」

「そうだね、ミュウ。急ごう」

 

混乱しきりだったあの場を何とか治め、ミュウの家へと向かうハジメ達、特にミュウにとっては数カ月振りに我が家に帰れ、実の母親と再会出来るとあってか早く早く!と言わんばかりにハジメの腕を引っ張りながらの早足になっており、ハジメもそんなミュウの心情を察してかペースを合わせていた。

尤も此処まで急かす理由は、そういった望郷の念ばかりでは無いのだが。

敵襲かと思ったら実は自分達を庇護しているハイリヒ王国の首脳達を乗せた船が来訪したのだと分かり、気付かなかったとはいえとんだ無礼を働いてしまった事に青ざめた海人族の兵士達を如何にか宥めていた時、ミュウの母であるレミアの現状を知る事となった。

ミュウが攫われたその日、はぐれていた彼女をレミアが探していた所で、海岸近くで砂浜の足跡を消しているという不可解な行動をする男達と遭遇、ミュウの所在を尋ねようと近づいた瞬間「しまった」と言いたげな表情と共に男の1人が詠唱を始めたらしい。

その様子からミュウがいなくなった事に関与していると確信、彼女を取り戻そうと足跡が続いている方向へ行こうとしたレミアだったが、男の1人に殴られて転倒、追い打ちの如く放たれた炎弾が足に直撃、その衝撃で吹っ飛ばされて海に落ち、気絶したまま数時間漂っていたらしい。

帰りの遅いレミア達を捜索していた自警団の者達に助けられた事で一命は取り留めたものの、負傷して数時間も海水に晒され続けた事もあってレミアの足の神経はやられ、歩く事も泳ぐ事も出来ず、ミュウを探そうという思いを自警団や王国に一任するしか出来なかったそうな。

はぐれた所を攫われたとミュウが言っていたにも関わらず、兵士達が誘拐と断定出来たのは、それ故に殺気立っていたのはそういう背景があったのだ。

それを聞いていたのもあって、普段は年の割に落ち着いていると言われているミュウも早く母に会って安心させないと!と、居ても立ってもいられないといった様子であった。

其処へ、

 

「レミア、落ち着くんだ!その足じゃあ無理だ!」

「そうだよ、レミアちゃん!ミュウちゃんなら直ぐに来てくれるから!」

「嫌よ!ミュウが帰って来たのでしょう!?なら、私が行かないと!迎えに行ってあげないと!」

 

とある家から飛び出そうとしている女性を、数人の男女が抑えていた、その会話の様子からして、飛び出そうとしている女性がレミアで、知り合いがミュウの帰還を伝えた所なのだろう。

その声を聞いたミュウは、パァァ!という擬音が聞こえて来そうな程に顔を輝かせ、ステテテテー!という擬音が聞こえて来そうな勢いで疾走し、

 

「ママぁ!」

「ミュウ!?ミュウ!」

 

精一杯の大声で呼び掛けながら胸元へ飛び込んだ。

飛び込んで来た愛娘を、もう離さないと言わんばかりに抱きしめる母親という姿を周囲の人々が温かく見守る中、無事だった事への安堵や守れなかった後悔等の様々な感情が綯い交ぜになり「ごめんなさい」と何度も呟きながら大粒の涙を流すレミア、そんな母をミュウは心配そうな眼差しを向け、

 

「大丈夫なの、ママ。ミュウは此処にいるの。だから、大丈夫なの」

「ミュウ…」

 

その頭を優しく撫でながら慰めの言葉を掛けた。

離れ離れになる前は人一倍甘えん坊で寂しがり屋だった筈のミュウに気遣われるとは思わなかったのか、ポカンとした様子で見つめていたレミア、やがて娘の成長を実感したのか苦笑いを浮かべながらも安堵していたが、

 

「あ、そうだ!ママの足!足の怪我!やっぱり痛いの!?」

 

再会出来た喜びも落ち着いたのか先程聞いていた事、レミアが足に大けがを負っていた事を思い出し、悲鳴じみた声をあげた。

そんなミュウを宥めようと「大丈夫」と声を掛けようとしたレミア、だがミュウはそれよりも早く、この世で最も偉大で頼りになる『パパ』に助けを求めた。

 

「パパぁ!ママを救けて!ママの足が痛いの!」

「え、ミ、ミュウ!?今、何て…」

「パパぁ!早くぅ!」

「あら?あらら?やっぱり、パパって言ったの?ミュウ、パパって?」

 

まさかの事態に大量のハテナマークを浮かべて混乱しきりなレミア。

周囲も「レミアが、再婚?そんな、バカな…」「レミアちゃんにも、漸く次の春が来たのね!おめでたいわ!」「嘘だろ?誰か、嘘だと言ってくれ、俺のレミアさんが…」「パパ、だと!?俺の事か!?」「きっとクッ〇ングパパみたいな芸名とかそんな感じの奴だよ、うん、そうに違いない」「おい、緊急集会だ!レミアさんとミュウちゃんを温かく見守る会のメンバー全員に通達しろ!こりゃあ荒れるぞ!」等々色んな意味で危ない発言が飛び交う等騒々しくなった。

まあそれも無理は無い、ただでさえレミアとミュウの母娘は此処エリセンではアイドル的な存在、そんな家族に新たな一員が加わったなんて話は全く無かった(レミア本人に覚えが無いのだから当然だが)のだ、其処にいきなりミュウが『パパ』と呼ぶ存在がいるなんて爆弾が放り込まれたらこの様な混乱が起こるのは必然である。

然しながらその混乱と共に誤解が広まっていく状況、入り込むのは至難の業と言うしかなくなっているが、これを予測出来ない、割り込めない『パパ』ではない。

 

「任せて、ミュウ!レミアさん、一先ずはこれをどうぞ」

「あ、はい」

 

前以て聞いていたのもあり準備は万端、躊躇なく混乱の渦中へと入り込んだハジメ、周囲の視線が突き刺さるのもお構いなしにレミアの前へと歩み寄り、水が並々と入ったコップを差し出した。

 

「んく、んく…あ、あら?

足の感覚が、戻ってる?それに、う、動く!?」

 

勧められるがままその水を飲み干したレミア、だが次の瞬間、不思議な事が起こった。

余りにも痛々しい有様だった彼女の両足がビデオの早回しの如く一気に元通りになっただけでなく、火傷や骨折に伴う裂傷等で神経がズタボロになった為に消え失せていた感覚も復活、挙げ句に自分の意志で動かせる様になったのだ。

言うまでも無いが、ハジメが差し出した水の正体は神水、今起こった現象は神水を摂取した事による治癒作用である、レミアの怪我があくまで『損傷』であって『欠損』で無かったが故に出来た事なのだ。

だがレミアも周囲の人物もそんなの知ったこっちゃないので混乱は益々広がり、遅れてやってきたリリアーナ達と合流した後で何とか収まった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

77話_母娘の将来

「本当に、何とお礼を言えば良いか…

娘とこうして再会出来たのも、治らないと言われた私の足が治ったのも、全て皆さんのお陰です。この御恩は一生掛けてもお返しします。私に出来る事でしたら、どんな事でも…」

 

色々な事があり過ぎて大騒ぎになっていたのを何とか収め、レミアに案内されるがまま彼女の家を訪れたハジメ達は、其処で改めて一連の経緯を説明した。

フューレンでの出会いやその身を巡る騒動、ハジメをパパと呼ぶ様になった真相とミュウに纏わる事だけじゃない、レミアの足を完治させた神水についてや、ハイリヒ国王に即位するまでの流れ等…

それを聞いたレミアはその場で深々と頭を下げ、涙ながらにお礼を繰り返した。

 

「どうかお気になさらず。僕の心が望むままにやり、周りの皆も同じようにしただけですから」

「ですが…」

 

ハジメ達は、特にハジメは公務だったり余程敬意を払うべき相手だったりしない限り使わない敬語を使って気にするなと伝えるも、娘の命も、自分の五体も救ってくれた恩人に、まして自分達海人族を保護してくれる国の王が其処までしてくれた事に対して礼の1つも出来ないのは納得出来ないと言わんばかりに引き下がらない。

やがて、ハイリヒ王国の重鎮である一行が、彼らにとって大切な存在とはいえ一介の民でしかないミュウを送り届ける為だけにエリセンまで、外遊の寄り道で飛んでくるとは思えない、この辺境の町に来たのは別の理由があると察知し、それを完遂するまでの拠点としてこの家を使って欲しいと言い出した。

 

「どうかせめて、これ位はさせて下さい。幸い家にはゆとりがありますから、皆さんの分の部屋も空いています。エリセン滞在中は、どうか遠慮なく。それにその方がミュウも喜びます。ね、ミュウ?ハジメさん達が家に居てくれた方が嬉しいわよね?」

「んみゅ?パパ、何処かに行くの?」

 

幾ら何でもそれはと固辞しようとするハジメ達に先手を打つと言わんばかりに、話し中に眠くなったのか己の膝枕の上でうとうととしていたミュウに同意を求めたレミア、それを聞いたミュウは「え?何言っているのママ?」と言わんばかりにキョトンとしていた。

どうやらミュウの中では『パパ』であるハジメが此処にいるのは、自分とレミアと共にいるのは物理法則よりも当然な事となっている様子だ。

ミュウにとって本当の意味で『パパ』になれたも同然な事を嬉しく思いながらも、近いうちに来るかもしれない別れを辛い物にしない為の『パパ』離れに失敗したとも実感、複雑そうな表情を浮かべながらハジメは話を続けた。

 

「…出来ればミュウと正式な親子となりたかったのは本当です。ただ今は、その意志を押し通せる状況にありません。だから周りから駄目だと言われても良い様に、王としての公務を理由に距離を取ろうとしていました。ミュウも貴方の育て方が良かったのかあの年で聞き分けも良い、分かってくれると思ったんですが…」

「あらあら、うふふ。パパが、娘から距離を取るなんていけませんよ?」

「レミアさん、あの、今の僕はハイリヒ王国の」

「王様である前にミュウの『パパ』ですよ?いずれ旅立たれるのは承知しています。ですが、いやだからこそ、お別れの日まで『パパ』でいてあげて下さい。距離を取った挙げ句さようならでは…ね?」

「…それも、そうですね」

 

ミュウと正式な親子になりたかった、つまりレミアと結婚するなりミュウと養子縁組するなりして法的にも親子関係になりたかったというハジメの言葉は本当の事、実を言うとミュウを保護して彼女の『パパ』となった時からその事を頭の一片に置いていたのである。

だがそれは叶わなくなったとハジメは考えていた、何故なら、

 

「うふふ、別に、お別れの日までと言わず、ずっと『パパ』でも」

「エゴですよ、それは…!」

「は、ハジメさん?」

「ぱ、パパ?」

 

今のハジメは一介の冒険者では無い、ハイリヒ王国の王様だからだ。

話の中で自分の想いに従ったらどうかと言い掛けたレミアに、Xラウンダーによる物では無いとはいえかなりの威圧感を発しながら、逆襲のシャアにてアムロがシャアに対して言い放った言葉で制止した。

そんなハジメの普段とは違う様子に驚きを隠せないミュウ、それを見逃さなかった淳史達が「パパとママはこれから大事な話があるみたいだから、どっか別の部屋に行こうか」と彼女を連れて避難した。

 

「しつこい様ですが、今の僕はハイリヒの国王です。その僕がミュウの『パパ』に、僕と貴方が結婚するとなると、貴女は第九とはいえ王妃となられる。つまりそれは、貴女の実の娘であるミュウはハイリヒの王女になるという事。必然的に、次期国王の候補として祭り上げられる立場になるという事、政の道具として扱われる様になってしまうという事です。ミュウにどれだけの負担を強いるか、分からない貴方では無いでしょう?」

 

ハジメが言った様に彼とミュウが親子関係となるという事は即ち、彼女がハイリヒ王国の王女になるという事、必然的に王政に関わっていく立場に置かれてしまうという事、そんな彼女を都合の良い道具にせんと近寄る輩が少なからず現れるかもしれないという事なのだ。

 

「尤も僕自身は、仮にミュウが王女になろうと、次期国王の候補に挙げる積りはありませんが」

「あら、そうなのですか?」

「ええ。今でこそ僕はハイリヒの国王を務める身ですが、元は邪神エヒトルジュエの手によって此処トータスに呼び出された異世界の者、言うなれば外様です。此度は喫緊の事態故に国王へ即位せざるを得ませんでしたが、その経緯もあって諸国の人々からは『簒奪王』だの『反逆者』だのと言われています、その状態で王の座に居座るのは宜しくありません。いずれハイリヒ王家の血を引く者に、リリィとの間に出来た子に、然るべきタイミングで後を継がせる予定です。それこそが王政のあるべき姿であるが故に、ハイリヒ王国の、トータスの為であると思うが故に。そして、ミュウを政の道具にしたくないという『パパ』としての想い故に。

 

ですが、詳しい説明は省きますが僕は人間族という枠から逸脱した存在、その僕との子づくりでの影響は未知数です。今も毎晩リリィ達と子作りに励んではいますが、もしかしたらリリィとの間どころか、子供そのものが出来ない可能性もあり、その時には養子をとって後を継がせるしかありません。そうなればミュウがその後継になってしまう可能性が極めて高い。ミュウが『お姉ちゃん』になれるか否かで、あの子の運命は大きく変わってしまう、そのオッズは僕自身にも計算出来ないんです」

 

とはいえそんな事態にする積りなどハジメには微塵も無く、誰に国王の座を継がせるかについても己の考えを固めていた、ハイリヒ王家の血を引く者で今現在生きているのは第一王妃のリリアーナのみ、そのリリアーナとの間に最初に生まれた子が今のハジメ位の年齢になった頃に国王の座を継がせる、それが例え王子であろうと王女であろうと関係ない、という考えだ。

国王に即位してから毎晩、夜通しでリリアーナと(ピー)しているのは、例え外遊先であろうとヤる事ヤッていたのは、それ程リリアーナを愛していたから、『下半神』と言われる程の性欲のままに動いたから、そういった理由だけでは無い、早急にハイリヒ国王の座を『外様』の『簒奪王』と呼ばれる自分から引き継いでくれるだろう存在を産み出す必要があるからなのだ。

だが物事に絶対は無い、毎晩の如くヤッていてもそれでリリアーナが妊娠する可能性は100%ではない、ましてハジメはオルクス大迷宮の奈落の底から帰還する為に魔物の肉を食し、その変質した魔力の影響で肉体が大幅改造された身、その影響がハジメのマルチプルカノンにも及んでいないとは言えない、下手したらリリアーナとの間どころか自分の子供自体が出来ない可能性もある。

そうなったら養子を迎えてその子に国王の座を継がせなければならないが、現時点でいの一番に候補にあがる、上がってしまうのがミュウだ、レミアを王妃とする等してミュウを王女にするとなると、そんな事態が現実の物となってしまう、ハジメは其処を危惧していたが故にミュウと本当の意味で親子となるのを、国王に即位した時、諦めざるを得ないと心に決めたのだ。

 

「結論は急ぎません、仲間達が大迷宮から帰還し、此処へやって来るのを待たねばなりませんから。早くともあと2・3日は掛かるでしょう。その間にゆっくり話し合いましょう、ミュウの、僕達の将来の形をどうするのが一番良いのかを」

 

此処で合流する予定である幸利達がオルクス大迷宮とライセン大迷宮を攻略するのに、早めに見積もってもあと2・3日掛かると踏んでいたハジメ(実際にその読み通りとなったのは別の話)、その間に言葉を重ねればミュウもレミアも分かってくれるだろうと思っていたが、

 

「いいえハジメさん、それには及びませんわ。私の、いえ、私達の想いはもう固まっています」

「え…?」

「先程も言いましたが、一生掛けてもこの恩をお返しすると、私に出来る事ならどんな事でもする積りですし、あれ程の事を躊躇なくやってのける貴方の素晴らしいお人柄を、会って間もないですがお慕い申しております。きっとミュウも私と同じ積りですよ」

 

レミアの決意は、ハジメの話を聞いて尚揺らぐ事が無かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

78話_大砂漠内の大迷宮

レミアがハジメへの揺らぐ事の無い想いを告白してから2日後、オルクス大迷宮とライセン大迷宮を無事に攻略した幸利達3人が、ハジメ及び前以てエリセンへと来ていた香織達と合流した事で一行は新たな大迷宮を攻略する旅を再開する事となり、滞在していたレミア達の家を後にし、エリセンの町の人達からの出迎えの声を背にストリボーグへと乗り込んだ。

因みにその出迎えの声の中にレミアとミュウの母娘、リリアーナの姿はない、これは後述する理由から3人は既にハイリヒ王国にいるからである。

先述した告白を聞いて満更でも無かったが、ミュウの将来を考えると躊躇せざるを得なかったハジメは、一先ずその返事を保留する事にした。

とはいえレミアの好意を無碍には出来ない、というよりミュウの存在もあってか彼女もまたハジメにとって『大切な人』と見られる事はこれで確実、エヒトルジュエ及びその使徒、邪教関係者に人質として狙われる事は確定的明らかだ。

その魔の手からレミア及びミュウを守る上で、此処エリセンはハイリヒ王国との距離という意味でも海沿いの町故の見晴らしの良い地形という意味でも都合が悪過ぎる、ボルショイ・ティラーもフェアベルゲンやヘルシャー帝国、アンカジ公国に配布済みでマナジェネレーターを搭載した機体は既に無いのでレミアに渡す事が出来ない。

それを踏まえ此処よりもその身を護り易いのと、もしハジメがその想いを受け入れてレミアが王妃に、ミュウが王女になったとしても大丈夫な程慣れて貰う為に、2人はエリセンの町を離れハイリヒ王国の王宮で匿われる事となり、彼女達が住んでいた家はハジメ達の旅の拠点となり、ハジメ達も不在の間はエリセンに住まう者達が管理する事となった。

こうして昨日リリアーナ達と一緒にストリボーグで王国へと向かったミュウとレミア、その帰りに香織達4人は搭乗、ただ1人残っていたハジメと合流した…その際、ほんの数日だけとはいえ離れ離れになって余程寂しかったのか一晩どころか迷宮攻略に動いていた幸利達と合流するまで滅茶苦茶(ピー)しまくったのは余談だ。

こうして一行を乗せたストリボーグは、4つ目の大迷宮『グリューエン大火山』を目指し、東側に広がるグリューエン大砂漠へ突入した。

赤銅色の砂を巻き上げ続ける巨大な嵐の所為で三百六十度、見渡す限りその色のみ、肉眼では周囲が全く見えないと言うしかない砂漠の空中を、淳史らストリボーグのクルーが計器類を駆使して探索しながら航行させている中、

 

「なあ皆、ちょっと良いか?」

「どうかした、トシ?」

 

大迷宮攻略に向けてしばしの休憩をとっていたハジメ達に、幸利が何かを取り出しながら声を掛けて来た。

 

「オルクス大迷宮を攻略していた時、ユエが封印されていたっていう部屋に立ち寄ったんだ。その際にハジメが言っていた、何かが封印されているらしき紋章も見つけてな、それを月光蝶でこじ開けてやったら、こんな物が出て来たんだ」

「これは、アーティファクトかい?」

「というか月光蝶でこじ開けたって、何気に凄い事やっているね清水君…」

 

言うまでも無くそれはユエの叔父からのメッセージが記録されたアーティファクト、それに興味を示すハジメ達の一方、マックイー

 

「中の人一緒だけどメジロ家の令嬢じゃないからね、髪の色それっぽいけどゴールドシップちゃんにやたらと絡まれるウマ娘じゃないからね」

「か、香織?急にどうしたの一体?誰に対して言っているの?」

 

げふんげふん、香織はそれを手に入れる為に使った月光蝶の凄さに、それを編み出した幸利の凄さに改めて感心していた。

 

「ああ、映像記録用のな。発見された場所からして誰がそれを残したのかは想像つくだろうが、まあ一先ずは見てくれ、ソイツに残された全てを」

 

ユエが封印されていた部屋からという出処からアーティファクトを残していたのが誰か思い当たり多少なりとも警戒の色を見せた一行の様子を察知した幸利、話は映像を見てからだと促し、アーティファクトを起動した。

案の定と言うべきか、起動と共に出現したユエの叔父の映像を見て警戒心を露わにするユエ達、だが彼女達もハジメの影響かその行動に疑問を抱いていた故か、話を聞いている内にその警戒も薄れ、その複雑ながらもユエを第一にという想いを汲み取り、悲痛な面持ちとなって行った。

何より叔父――ディンリードが本当は自分の事を第一に思っていた事を知ったユエの悲しみは計り知れず、映像が終わりその姿が消えてから、ハジメの胸の中で何時までも泣き崩れていた。

 

「…トシ、これを此処で見せたのは、ユエに関して後顧の憂いを断つ為、という事かな?」

「ああ。何せあのエヒトルジュエがその身を狙っているって話だ、その為には手段を選ばないだろう。きっとディンリードがユエを封印した時だって、その身を手にするべくユエの実の父母とかを洗脳するなりして根回ししていたのかも知れねぇ、だからあんな手に出たのかもな。で、ユエの身を手にするのを阻止したディンリードは奴か、その眷属、或いは邪教の連中によって殺されただろう、実際直ぐに吸血族の国は滅んだらしいしな。いやそれだけならまだしも、亡骸を利用するなんて手を打っているかもしれん。もしそうなら、この事を知っておかないとマズいと思ったんだ」

 

そんなユエの一方、改めてエヒトルジュエの悪行、その自分勝手な目的を知ったハジメ達は憎悪と憤怒を滾らせると共に、改めて邪神討伐を誓ったのだった。

 

------------

 

「着いたぜ、皆。あれが、大迷宮があると言われているグリューエン大火山だ」

「あれが、グリューエン大火山。此処に神代魔法の1つを修得出来る魔法陣が…」

「砂嵐に囲われて見えなくなっているとかラピュ○かよ…」

 

その後、淳史からの連絡でグリューエン大火山に到着した事を知ったハジメ達は各々のISを展開しながら指令室に向かい、モニターに映しだされたその全容を目の当たりにした。

アンカジ公国より北方に約100Km進んだ先にあるグリューエン大火山、その見た目は直径約5Km、標高3000m程の巨石であり、富士山の様な円錐状の成層火山や、ハワイのキラウェア火山の様な薄っぺらい楯状火山といった所謂『火山』とイメージするそれとは違い、昭和新山の様な溶岩ドームに近い形状、山というより巨大な丘と言った方が良いだろう。

尤もその規模は標高400m足らずな昭和新山の比ではない、流石にアメリカ・カリフォルニア州北部にある世界最大の溶岩ドーム、ラッセン山には及ばないであろうが地球のそれらの中でも中々の位置につける事は間違いない。

そんなグリューエン大火山は七大迷宮の1つとして周知こそされているが、一方でオルクス大迷宮の様に冒険者が頻繁に訪れる訳では無い。

まあ、砂漠ならではの高温で尚且つ乾燥した過酷な気候、視界を0にすると言っても過言じゃない上に容赦なく身体にダメージを与えて来る砂嵐、そんな嵐に紛れて容赦なく奇襲を仕掛けるサンドワーム等の魔物達、それらを潜り抜けて大迷宮へと入ったかと思えば内部もサウナかと言いたくなる高温な気候と危険な地形、その割に魔石回収等の見返りは少ない、とあっては行きたくなる冒険者などいないに等しいだろうが…

尤もそれは並の冒険者であればの話であり、航宙空戦艦であるストリボーグを、気温の高低や砂嵐等も防げるシールドバリアを展開出来るISを、どうしてもこの大迷宮へ挑まねばならない理由を持つハジメ達は躊躇せず此処へと向かい、そして難なく見つけ出して見せた。

 

「それじゃあ、行ってくるよ。淳史達は此処で周囲の監視をお願いね」

「任せな!そっちも道中、気を付けて」

「まあハジメ達ならどんな襲撃も対処してくれるだろうけどな」

 

そしてハジメ達は、艦内に残る淳史達と一言二言交わして、ストリボーグを飛び出していった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

79話_グリューエン大火山

ハジメ達が山頂から潜入したグリューエン大火山、その内部はオルクス大迷宮やライセン大迷宮、神山以上にヤバい場所だった。

といってもライセン大迷宮よりも凶悪なトラップが張り巡らされている訳でも、神山よりも厳しい潜入条件が課されている訳でも、オルクス大迷宮よりも強大なモンスター達がうじゃうじゃいる訳でも無い、此処がヤバい理由は、活火山内部を大迷宮にするという正気の沙汰ではない発想で作り出されたが故の構造的なものだ。

まず驚愕すべきはマグマが空中を流れている事、それもフェアベルゲンの様に水路を空中に建てて水を流しているのではなく、重力魔法等による物か、マグマその物が宙に浮き、そのまま川の様に空中の至る所を流れているし、通路や広間も同じなので、迷宮に挑む者は地面や頭上に注意する必要がある。

更には壁等から突如として噴火して来るマグマにも気を付けなければならない、溶岩ドームを形成するデイサイト質マグマや流紋岩質マグマは、主成分である二酸化ケイ素の量が比較的多くて粘り気があるので、火山ガス等の揮発性物質を閉じ込めやすい、それが揮発する事によってマグマの内圧が増大化、その果ての暴発が頻発する事で何時ドカンと来てもおかしくない天然のブービートラップと化してる為、此処の攻略を目指す冒険者は石橋を叩いて渡る位の慎重さが求められる。

そうなれば攻略はかなりの長丁場になりかねないが、そう長々と時間を掛けられない理由もあった、そう、先程も言った通りサウナかと言いたくなる程、いやオーブンに閉じ込められてそのまま熱せられる程の高温だ。

デイサイト質マグマや流紋岩質マグマは温度も流動性も比較的低くはなっているものの、それでも摂氏600℃は下回らない高温を発しており、そんな物で満たされたこの大迷宮も滅茶苦茶暑い、いや、熱いと書いた方がしっくりくる、そんな環境だ。

そんな迷宮内に普通の冒険者が入れば、流れる汗は留まる事を知らず、数分と経たない内に脱水症状を引き起こして死んでしまう、此処を取り囲むグリューエン大砂漠の時点で過酷な環境に晒され続けた身体では猶更だろう、或いはそうした過酷な環境下で、マグマや魔獣の奇襲を乗り越えられる事をこの大迷宮を造った者――解放者の1人であるナイズ・グリューエンは要求しているのかも知れない。

とはいえそれは普通の冒険者の場合、その点ハジメ達は普通じゃない。

ハジメ達が着用しているISは元ネタの小説において宇宙空間での活動を想定して開発された、その宇宙空間は真空状態なのは勿論、摂氏-270℃という極寒の空間、かと思えば太陽等の恒星から発せられる光や電磁波をダイレクトに浴びせられる事で何百℃も熱せられる等、此方もまた想像を絶する過酷な環境である。

ISに搭載されているシールドバリアは、真空空間でも活動出来る様に装着者との間に空気の層を形成している他、あらゆる攻撃を防ぐ機能によって宇宙塵等の危険な飛来物質や、周囲の急激な温度変化からも装着者を守ってくれる、その為グリューエン大火山の過酷な環境下に置かれていながらもハジメ達は、汗一つかいていない平然とした表情で大迷宮を突き進んでいたのだ。

そんなハジメ達の思う様にはさせないと言わんばかりに、壁や床からマグマが噴出したり、マグマで出来ていると言わんばかりの姿をした魔物達が襲い掛かって来たりしたが、マグマに関しては見ようともしないのか或いはそんな物障害にもならんと言いたいのか何事も無くスルーし、

 

「其処っ!」

「狙い撃つよ!」

「はぁっ!」

「喰らいなさい!」

「Let’s Danceじゃ!」

「『天灼』」

「どらっしゃぁぁぁぁい!」

「『月光蝶』であぁぁぁぁる!」

 

魔物に関しても飛び掛からんとした所に、ハジメのグローサから放たれたボーク・スミェルチ弾が、香織のレーザーが、雫のリエーズヴィエや優花のキンジャール、ティオの龍化させた腕から放たれた真空の刃が、ユエの雷撃が、シアのピサニエ・セドモイが、そして幸利の月光蝶が返り討ちにしていったので、足止めにすらならなかった。

こうして何の滞りもなく大迷宮を突き進むハジメ達、やがて直径3Kmは下らないであろう、広大な空間へと出て来た。

此処で連想したのはライセン大迷宮の最深部にある、ミレディの魂が入った巨大ゴーレムと戦った時のあの空間だ、それと比べると多少手を加えただけなのか自然なままの歪さが残っているものの、マグマの海と言わんばかりにそれで満たされた地面、その所々に足場の如く飛び出た岩石、中でも中央部に島の如く飛び出ている大きな岩石の足場、其処に出来たマグマのドームが如何にも最終試練の場だと物語っている様だった。

 

「…あそこが住処?」

「みたいだね、此処に来る迄に大分下って来たし」

「となればこの辺りに、住処を守るガーディアンがおる筈じゃな」

「出て来るとしたらそこら中にあるマグマからかしらね、さてサンダルフォンが出るかサハクィエルが出るか」

「優花、第8使徒違いよそれ」

「いやその前に、お前ら何でエヴァの使徒に限定した?」

 

その光景を見たユエ達がいよいよ最終関門だと、軽口を交わしながら気合を入れ直す一方でハジメとシアは周囲の警戒を怠らない、2人が技能として持つXラウンダーによる近未来予知で、そのガーディアンが何処から襲い掛かって来ようが先手を打てる様、準備に万全を期していた。

 

「皆、散開!」

『了解!』

 

それによって何か捉えたのか、空中に散らばるよう指示を飛ばしたハジメ、それを受けて全員が各々の方向へ飛んだ次の瞬間、先程迄ハジメ達がいた場所へと向け、マグマの海からそれの一部を吹っ飛ばしたかの様な溶岩弾が発射された。

ハジメの指示もあって余裕で回避した一行だったがそれは開始の号砲に過ぎないと言わんばかりに、尚も下のマグマの海、上のマグマの川から各員を狙って溶岩弾がマシンガンの如く連射された。

 

「シア!」

「はいですぅ!」

 

攻撃その物はシールドバリアで難なく防げる部類ではあるものの、そのシールドバリアのエネルギー源が装着者の魔力である以上被弾は少ないに、というか無いに越した事は無い、かと言って全方位からの何時終わるか分からない波状攻撃を避け続けるのも厳しい、そんな状況を打開すべく、ハジメとシアは溶岩弾の弾幕を、隙間を縫う様な動きで回避しながら中央の足場へと飛んでいく。

 

「其処ですぅ!」

「シア!胴体だ、胴体を狙って!」

「は、はい、ハジメさん!」

 

その際、またも何か察知したのか、シアがピサニエ・セドモイを大上段に構えながらマグマのある方向へと突進していく、それと同じタイミングで、重厚な咆哮と共に巨大な蛇が飛び出して来た。

出会い頭を叩き潰してやると言わんばかりにそのまま頭めがけてぶん回そうとしたシアだったが、イノベイターでもあるハジメのより高度な予測に基づく指示を受けて胴体に狙いを変えて振り下ろした、すると何かが砕け散る音と共にその身は真っ二つに切り裂かれ、やがて全身がただのマグマと化し、海に帰って行った。

 

「どうやらあのマグマ蛇は今まで会敵した魔物とは違う、マグマその物で出来た体躯の中に魔石があるみたいだ!其処以外の攻撃は通じない様だよ!」

「それに皆さん、中央の足場を見て下さい!岩壁が光ってますぅ!どうやら岩壁に埋め込まれた鉱石の数だけあのマグマ蛇を倒せって事みたいですぅ!」

「つまりはあのマグマ蛇がガーディアンって事ね、サンダルフォンと見せかけてラヴァ・ゴーレムが来るなんてね」

「今度は遊戯王かよ、まあ作者も除去手段として使ってるけど」

「いや作者の方なの?幸利君は使わないの?」

「正直、俺のD-HEROデッキとの相性が良くないんだよ、だから入れてねぇな」

「鉱石の数はざっと百個、つまりガーディアンを計百体倒すのがクリア条件って事かのぉ」

「…この過酷な環境下であれを百体相手にする、迷宮のコンセプトにも合っている」

「でも見た感じ20体しかいないね、という事は倒した所に補充される形なのかな?」

 

最初の1体が登場したのを皮切りに続々と姿を現すマグマ蛇、その際にシアが見た事で発覚した中央の足場の変化によって、そのマグマ蛇こそ大迷宮攻略の上での最終試練で立ちはだかるガーディアンだと判明、尚も優花達が軽口を交わす余裕を見せながらも各員は油断なく構えた。

こうして始まったハジメ達と、ガーディアンであるマグマ蛇との戦いだが、正直言って今までの魔物達と大して変わらない程あっさりと終わった。

それも当然と言えば当然であろう、マグマその物な体躯からの攻撃こそ生身であれば厄介ではあるものの当たらなければどうという事は無いし仮に当たってもシールドバリアによって魔力が消費されるだけで済む、一方の此方はそのマグマの体躯の中にある魔石をぶっ壊してしまえば良いだけ、それを難なく成せる手段は豊富にあるのだから。

何のどんでん返しも無くマグマ蛇を一掃して見せた一行は、中央の小島に埋め込まれた鉱石が全て光ったのを確認し、ドームの中へと入って行く。

其処には、

 

「魔法陣と…メッセージ?」

「この魔法陣は神代魔法を修得する為の物だと思うけど…」

「何々…『人の未来が 自由な意思の元にあらん事を 切に願う ナイズ・グリューエン』」

「自由な意思の元、つまりエヒトルジュエに、邪教に縛られぬ未来を切り開けって事かのぉ」

「とは思うが、此処にはこれだけか?他に何か無いのか?」

「…ミニマミスト?」

「いや流石に此処でそれを為そうとするのは無理があるでしょ。そして相変わらずそういった知識を知っているのねユエは…」

「もしかしたら此処は、神代魔法を修得させる為だけの部屋なのかも知れませんね」

 

神代魔法を修得する為の魔法陣と、優花が読んだメッセージが壁に刻まれているだけというシンプル過ぎる物だった、シアの言う通り神代魔法を修得させる為だけなのかも知れない。

とはいえそれはハジメ達にはあずかり知らぬ事、会話を切り上げて全員が魔法陣に足を踏み入れる、すると今までと同様、脳内の記憶を探られる様な感覚の後に神代魔法の知識と使い方を直接刷り込んで来た、これによって一行は4つ目の大迷宮を攻略、新たなる神代魔法の修得に成功した。

 

「淳史。たった今、グリューエン大火山を攻略、神代魔法を修得したよ。空間魔法なる物だ」

『そ、そうか!そしたら早く此方に来てくれ!

 

 

 

魔人族の男と、ソイツが率いるドラゴンの大軍と会敵、交戦状態に入っている!向こうの狙いは恐らく大迷宮、その最深部にある神代魔法だ!』

「何!?分かった、今すぐ向かう!皆、急ごう!ストリボーグが交戦状態に入っているみたいだ!」

『はい!』

 

それを地上で待機しているストリボーグに報告したハジメだったが、其処で緊急事態が発生している事を、艦長代理である淳史から伝えられて初めて知った。

ストリボーグが魔人族との交戦状態に入っている事を知った一行は、大急ぎで地上への道を突き進んだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

80話_神代魔法の使い手

時は遡り、ハジメ達のグリューエン大火山攻略が真っただ中な頃のストリボーグ艦内に視点を移す。

 

「今頃ハジメ達は大迷宮の最深部に辿り着いた頃かな?」

「いや流石に早過ぎだろ、幾らハジメ達とはいえまだ入ってから1、2時間位じゃね?」

「ハジメ君達なら、増してISを身に着けた状態ならあり得るんじゃないかしら?此処が厄介な要因は周りのグリューエン大砂漠の過酷な気候と、大火山の熱さ。それを防げるISがある以上早期決着は余裕じゃない?」

「だね妙子っち、となると私達の出る幕は無さそうだね。レーダーからの反応も無い、何事も無くエリセンへ戻れそうだよ」

「油断するなよ?ハジメ達がストリボーグに帰還する迄が任務だ、周囲の警戒を怠るな」

 

現在ストリボーグ艦内に残った淳史達5人のクルーは、此処へ近寄って来る者がいないかを警戒、レーダー等による監視を行っていた。

このグリューエン大火山はオルクス大迷宮やハルツィナ樹海と同じく、大迷宮の1つである事やその場所までよく知られている、此処も冒険者がそんなに立ち寄らないだけで、此処でしか取れない鉱石の一種『静因石』を採掘する為にアンカジ公国の者が時折入っている。

その情報を掴んでいるのは魔人族側も同じだろう、となれば最深部での試練を乗り越える事で修得出来る神代魔法を狙って此処の攻略へ動くに違いない、人間族のテリトリーに侵入して来たのを捕らえたレイスら魔人族から齎された、彼らが引き連れていた魔物達が神代魔法の1つによって改造されたものだとの情報からも確定的に明らか、それがハジメ達と鉢合わせたら厄介だとの考えからこうして監視にあたり、近づいて来る様なら自分達だけで追い払う積りだ。

とはいえ魔人族が今この時に来る事は無いだろう、と淳史を除いた面々は少なからず油断していた、ハジメの指示の下()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のもそれを助長、クルーの意識は既に次の迷宮攻略へ向いていたのを、その会話が物語っていた。

だが、その会話がフラグになったかは分からないが此処にきて、今までなかった反応が出た。

 

「淳史君、此処から南方より多数の魔力反応を確認、真っすぐに此方へ向かっているわ!」

「噂をすれば何とやら、か!奈々、イエヌヴァリを展開して甲板部へスタンバイだ!」

「りょ、了解!」

「マジかよ!?やらせない為に、超長距離砲撃でガーランドの国土を散々荒らしたってのに!」

「大方、中枢迄当たっていなかったか、国土の被害を無視して全ツッパしているかのどっちかって所だろ、明人の技能からして後者だとは思うが、そうだとしたらガーランドのトップは頭おかしいのか!」

 

魔人族が今此処に来る訳無いと高を括りながらも、淳史の注意もあってレーダー等をしっかり確認していた妙子が、此処へ真っすぐに向かう多数の生物、魔力を持った存在を示す反応を見たのだ。

つまりそれは人間族か魔人族、魔物が集団となって此処へと迷いなく向かっている事を示す、その報告を受けて奈々にイエヌヴァリへ乗り込んでの待機を指示した淳史の一方で、他の面々は魔人族側が集団で、或いは魔物を引き連れて此処へ来たと思い込み万全の『仕込み』をしたにも関わらずそうなった事に苛立ちを隠せなかった。

そう、たった今言った『仕込み』とは、ストリボーグに搭載されたマルチプルカノンによる超長距離砲撃、ストリボーグの砲撃手である明人がハジメの指示のもと行った魔国ガーランドへの絨毯爆撃である。

実を言うとハジメ達がハルツィナ樹海を訪れ、国交を結ぶべくフェアベルゲンの長老達と交渉していたその裏で、遥か上空から大陸南側に位置する、魔人族側の国家である魔国ガーランドに向けて、マルチプルカノンの高いスペックに物言わせた超長距離且つ高威力の砲撃を雨あられと叩き込んでいたのだ。

その意図は言うまでも無いがガーランドの国土を蹂躙する事による魔人族側の士気低下、並びに人間族側が超長距離から強力な砲撃を行える術がある事、それが何時でも行える事を思い知らせて国防に注力させる威圧だ。

そんな意図を受けて明人は魔国ガーランドへ向けてマルチプルカノンをフル稼働、多種多様な砲撃をバカスカと撃ち込み、甚大な被害を与えたにも拘わらず、それから僅か一週間足らずしか経っていない今、国土への被害も何のそのといった感じで大迷宮攻略へやって来た事に、それを指示したであろうガーランドの首脳の頭のおかしさに憤りを隠せない一同。

 

「とはいえ、魔人族ではない可能性も無くはない。此処を良く知る冒険者の集団、或いはアンカジの手の者って可能性もな。妙子、その魔力反応の方へ呼び掛けを行ってくれ」

「わ、分かったわ」

 

その中で1人、副艦長としてストリボーグの指揮をハジメから任された淳史は至って冷静だった。

もしかしたら件の魔力反応は魔人族側のものではなく、静因石の採掘に来たアンカジ公国の者か冒険者の集団かも知れないのに魔人族と決めつけて攻撃してしまっては、ハイリヒ王国の他国からの信頼に罅を入れてしまう、それでは数日も費やした外遊が、ハジメの外交努力が無駄になってしまう、そう判断して魔力反応がした方向へ呼び掛けを行う様、オペレーターの妙子に指示した。

 

「此方はハイリヒ王国直轄艦、ストリボーグ。此方へ向かっている者達に問うわ、其方の所属は?」

 

その指示を受けた妙子は、件の魔力反応がストリボーグから大体4~5km、あと少しでグリューエン大砂漠の砂嵐を突破出来る所まで来たタイミングでスピーカーを介して呼び止めた。

冷静に指示を飛ばす淳史の存在もあってか落ち着いた口調で対象へと呼び掛けた妙子、その答えは、

 

「な!?対象の魔力反応が極大化!攻撃、来るわ!」

『任せて!イエヌヴァリで迎撃するよ!』

 

膨大な魔力をチャージしての攻撃だった。

ストリボーグに搭載されているマルチプルカノンの魔力チャージにも匹敵する程の魔力反応に驚き、慌てて報告する妙子、それを受けて、奈々が搭乗していたイエヌヴァリが行動を起こした。

程なくしてストリボーグへと放たれる強大な魔力のビーム、それに対してイエヌヴァリも右肩に担ぐプロトブラスターからビームを放出、迎え撃つ。

一見すると某3Dグラフィックだけど横スクロール2Dシューティングなゲームみたく敵のビームに干渉して打ち返すのかと突っ込まれそうだがそうではない、氷術師である奈々の技能を生かした特殊なビームによって敵の攻撃をいなそうという考えだ。

放出されたビーム内にはプリズム状の氷が無数に含まれている、この氷に光を通させる事によって軌道を逸らさせたり、熱エネルギーを氷が融解・蒸発する事によって奪い取ったりする事によって威力を弱めたりして魔力光を無力化しようとしているのだ、差し詰め機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズにおけるナノラミネートアーマーや、機動戦士ガンダムSEEDにおけるラミネート装甲みたいに。

そんな奈々の思惑が的中したのか、砂嵐の向こう側から放たれた魔力光は、プロトブラスターから放出されたビームと交差した瞬間にあさっての方向へ逸れたり勢いが弱まったりした末、ストリボーグ及びイエヌヴァリに命中する事は無かった。

だが相手はそんなの織り込み済みだと言わんばかりに次なる手を打った。

 

「また対象の魔力反応が極大化したわ!今度は全体的に大きくなっている感じよ!」

「デカい一発が駄目なら弾幕を張るってか、やってくれる!」

『流石のイエヌヴァリでも大量にばら撒かれたら防ぎ切れないよ!』

「皆、しっかり捕まっていろ!ハジメ達が戻るまで持ち堪えるんだ!」

「了解だ、昇!俺達だけでも切り抜けられるって所を見せて、アイツらを安心させてやろうぜ!」

 

妙子の警告と共に放たれる無数の閃光、淳史の見立て通り一発一発は先程の十分の一程度の物ではあるが、それでも直撃すればストリボーグやヴァスターガンダムとて無視出来ない被害を受けるのは必至、ハジメ達がいればこれも難なく凌げるのだろうが彼等は大迷宮攻略の為に此処にはいない、戻って来る迄は自分達でこの難局を切り抜けなければならない。

 

「ノイマン少尉ばりのバレルロールだ!」

『昇っち何しちゃってんのォォォォォ!』

 

そう決意してこの状況を切り抜けるべく其々の行動に移ったストリボーグのクルー達、その中でも目覚ましい活躍をしたのが、操舵士である昇だ。

ストリボーグからの砲撃やイエヌヴァリからの援護によって弾幕に隙間が出来ていたのもあったが、昇はそうして出来た隙間を目ざとく見つけ出してはストリボーグを瞬時に動かし、時にはアークエンジェルの操舵士アーノルド・ノイマン少尉ばりのバレルロールも披露するという、外で見ていた奈々が思わずツッコミを入れる程の破天荒な操縦によって、無数の魔力光を見事に回避して見せたのだ。

そんな彼らの活躍によって、永遠に続くかと思われた魔力光の嵐は漸く終結、凌いでいる間にハジメ達から大迷宮を攻略したとの報告もあってか、艦内にはもう一息だと言いたげな雰囲気が漂っていた。

そんな彼らの様子を知ってか知らずか、砂嵐の向こう側から敵が接近、その姿を現しつつ、声を発した。

 

「…看過出来ない実力だ、まさか私の白龍によるブレスが受け流されるとは…

おまけに報告にあった強力にして未知の武器や建造物…

まさか総数50体もの灰龍の掃射を無傷で受け流すなど有り得ん事だ。貴様ら、一体何者だ?幾つの神代魔法を修得している?」

 

ストリボーグに搭載された集音マイクによって拾った男と思しき声、そして露わになった姿を見て、一同は『ああ、やっぱりな』と思うと共に敵意を強めた。

赤髪で浅黒い肌、尖った耳と如何にも魔人族と言いたげな男は、その口ぶりの通り巨体を誇る純白の龍に乗り、大体50体位の灰色の龍を従えていたのだ。

そんな魔人族の男は、ストリボーグやイエヌヴァリの迎撃が、それを成し遂げた力が神代魔法の恩恵による物だと考えたのか、そう質問したが、

 

「言った筈だぞ、此方はハイリヒ王国直轄艦、ストリボーグ、と。此方が名乗ったのだから次は其方が名乗るべきでは無いのか?魔人族というのはその礼儀も知らないのか?」

 

それに淳史は不敵な笑みを浮かべ、挑発するかの様に返した。

 

「…これから死にゆく者に名乗りが必要とは思えんな」

「ほざくな、あっさり凌がれたくせに。ところで滅茶苦茶になった故郷の復興はどんな感じだ?」

 

尚も挑発を重ねる淳史、その中で魔国ガーランドがストリボーグによる絨毯爆撃によって壊滅的な打撃を受けた事を示唆した。

 

「気が変わった。貴様らは、私の名を骨身に刻め。私の名はフリード・バグアー。異教徒共に神罰を下す忠実なる神の使徒である」

 

それが男――フリードの琴線に触れたのか、如何にも怒りに満ちていると言わんばかりの低い声で名乗りを上げた。

 

「神の使徒、か。大方、神代魔法を手に入れて、そんな大仰な名乗りを許されたって所か?それも魔物を使役する魔法じゃない、魔物を作る、或いは魔改造を施す類か。それであんな強力な魔物揃いの軍隊を作り上げたとならば、確かに神の使徒か」

「その通りだ。神代の力を手に入れた私に『アルヴ』様は直接語り掛けて下さった。『我が使徒』と。故に私は、己の全てを賭けて主の望みを叶える。その障害となりうる貴様らの存在を、私は全力で否定する」

 

何処となく邪教関係者を思わせる口ぶりで目前のストリボーグを、その背後にいるであろうハジメ達の存在を真っ向から否定するフリード。

その苛烈な物言いを受けて尚、艦内にいる淳史は不敵な笑みを浮かべたままだった。

 

「おっと、お仲間がどうなっても良いって言うんだな?」

「…何?」

「妙子。スクリーンを展開して、奴に艦内の『あの場所』の様子を見せつけてやれ」

「分かったわ」

 

淳史の唐突な発言に訝し気な様子のフリード、そんな彼に見せつけるべく、淳史の指示を受けた妙子がストリボーグ艦内のとある部屋の映像を空中に投影した、其処には、

 

「な!?こ、これは!?」

「このストリボーグの艦内にある一室を映している。此処にいる奴らが何者なのかは言うまでも無いよな、何せお前自ら選び抜き、人間族のテリトリーへの潜入を指示したんだからなぁ?」

 

レイス達の他にもフリードが先遣隊として人間族のテリトリーへ潜入させた数十人もの魔人族が、極彩色の物質で満たされたカプセルらしき機器――簡易版マナジェネレーターに入れられている光景だ。

恐らくフリードにヴァスターガンダム等の情報を伝えていたであろうこの魔人族達は、ハジメがハイリヒ国王に即位してから天之河達を捕縛する迄の間に1人残らず確保し、全員をストリボーグの動力源として漬け込んだのだ。

 

「人質とでも言う積りか…!」

「それだけじゃねぇ。このストリボーグは膨大な魔力を燃料に動いているんだが、今その供給はコイツらから搾り出す事で賄っている。つまりお前が何かしらの行動を取り、それに対応すべくこのストリボーグが動けば、それだけでコイツらは魔力を根こそぎ搾り取られる苦痛を味わうって事だ」

「な、な、なんて卑劣な…!」

「おいおい何を言っているんだお前は。これはお前達魔人族と俺達人間族との戦争だぞ、卑劣もカツレツもオムレツも好き嫌いなく喰らわなきゃ勝てる訳が無い」

「く、お、覚えておれ…!」

 

仲間達が人質にされている事を思い知ったフリードは、淳史の言う通り何かしらの行動を取るのは不味いと判断せざるを得ず、悪態をつきながらも撤退するしか無かった。

こうしてフリード率いるドラゴン達の軍勢を撃退した淳史達クルー、その直ぐ後に大迷宮を出たハジメ達と合流し、次なる大迷宮攻略を目指してエリセンへと向かった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

81話_メルジーネ海底遺跡

諸事象あり、投稿が一週間遅くなりました。申し訳ないです。

さて、今話から皆のトラウマことメルジーネ海底遺跡攻略です。


魔国ガーランドの将軍で、神代魔法の1つを修得していた魔人族の男フリード率いるドラゴンの軍勢を難なく退け、グリューエン大火山を攻略して空間魔法を修得したハジメ達と合流したストリボーグは、夕食を兼ねた休憩の為エリセンに一旦立ち寄った後、その西北西約300kmに位置するとミレディ・ライセンから教えられた七大迷宮の1つ『メルジーネ海底遺跡』があるとされるポイントへと辿り着いた。

其処は一見すると、周辺の海域と比べて特に変わった点は見られない、海底遺跡と名乗るだけあってその痕跡もあるかと思いそうな物だが、何らかの仕掛けによって巧妙に隠されている為か或いはそもそも此処では無いからか、それは何一つ見当たらない。

だがハジメ達は前者の為だと微塵も疑っていなかった、それは海底遺跡があるとされる場所と共に、それを暴く為の術もミレディから教わっていたからだ。

グリューエン大火山の最深部にあるドーム、其処で空間魔法を修得したと共に授かったアイテム、サークルの中に女性がランタンを掲げているデザイン、そのランタンの部分に穴が開いたペンダント――グリューエンの証をメルジーネ海底遺跡の上にて月光で照らせ、そうすれば道は開かれる、というミレディからのアドバイス。

グリューエン大火山を僅か1日足らずで攻略し、そのままメルジーネ海底遺跡へ向かうという強行日程は、其処までの距離を僅かな時間で移動出来るストリボーグの存在や、短時間攻略を成せるハジメ達の高い実力もあるが、夜にならないとその入口が開かれないという迷宮の仕掛けも理由だったのである。

このポイントに辿り着いた頃には既に太陽は沈み、月は大分昇っていて月光を煌々と放っていた、それを見たハジメは香織達を連れストリボーグの甲板へと出て、首にぶら下げていたペンダントを月に翳す。

すると、

 

「わぁ、ランタンに光が溜まって行きますぅ。綺麗ですねぇ」

「ホント、不思議ね。穴が開いているのに…」

 

暫くしてペンダントの穴が開いているランタン部が、少しずつ月光を吸収するかの如く其処から光を溜め、その穴を塞いで行き、やがて光を溜め切ったランタン部から光線が放たれ、海面のとある場所を指し示したのだ。

 

「…中々粋な演出、ミレディとかとは大違い」

「これをやる為のペンダントを入手する所も過酷だから尚の事ね」

「だな。如何にもファンタジーって感じで、俺ちょっと感動してるわ」

「それを行っているのがSF丸出しなストリボーグの上でだけどね」

 

何ともロマンチックな光景に感嘆の声を上げる一行、ハジメもそうしたいのは山々だったが、ペンダントのランタン部が何時まで光を放出可能かが分からないので出発の号令を上げてISのシールド・バリアを展開、海中へと潜って行った。

夜の海中というだけあって周囲は暗いと言うより真っ黒と言った方が良い位に光が届かない空間と化しているが、香織の光魔法によってある程度の視界は確保、ペンダントの光が指し示す先が海底の岩壁地帯である事、その光がとある岩石に当たった瞬間ゴゴゴという音と共に「開けゴマ」なんて呪文が聞こえて来そうな感じに岩壁が扉の様に開く光景が見えた。

それを受けて岩の扉の先、冥界へ誘うかの様な暗い道へと歩みを進めるハジメ達、そんな一行を飲み込まんと言わんばかりに横から激流が襲い掛かるものの、シールド・バリアによって激流が身体に直撃するのを防いでいるのと、PICによってその運動エネルギーが身体を押し流そうとするのを無効化している為にハジメ達には何の影響も無く、

 

「うーむ、海底遺跡と聞いた時から思っておったのだが、ISが無ければ、まず平凡な輩では迷宮に入る事も出来なさそうじゃな」

「…強力な結界が使えないとダメ」

「他にも空気や光の確保、あと水流操作も最低限同時に出来ないと駄目だな」

「でも此処に来るのにグリューエン大火山の攻略が必須ですから、大迷宮を攻略している時点で普通じゃないですよね」

「もしかしたら空間魔法を利用するのがセオリーなのかも、例えばISのシールド・バリアみたく空気のバリアを形成する、みたいに」

「香織とか幸利君とかじゃなかったら魔力が持たないわよ、それ」

 

ティオの発言を切っ掛けに、余裕だと言わんばかりにISが無い場合の攻略方法を考察していた。

「月の光に導かれて」なんてフレーズが浮かびそうな特定方法といい、イスラム世界にて広く知られる物語「アリババと40人の盗賊」で出て来る有名な扉の開け方といい色々とファンタジックな入口に感動こそしたものの、その実超一流の魔法使いが何人もいなければ侵入すら不可能な時点で、他の大迷宮に負けない厄介さを有しているのは間違いない、ハジメ達もそれは理解しているのか、メルジーネ海底遺跡のISが無い場合の攻略をどうするかで話を重ねながらも周囲の探索を怠らない。

見た感じは巨大なチューブ状の洞窟らしいその空間、自分達を飲み込まんとする激流の影響で飛来する砂利等に時折視界が遮られたり、トビウオの様な姿の魔物達が襲い掛かって来てその対応に追われたりしながらも、ISに搭載されたハイパーセンサーをも駆使して探索を続けた結果、この洞窟が流れるプールの如く円環状に周回する構造である事と、

 

「皆、あそこにもあったよ!」

「これで5ヶ所目、マーキングを繋げてみると正五角形になる配置だね…

五芒星の紋章、その頂点にあたる5つの場所に刻まれたそれ、そして光を残したまま発光を止めたペンダント、となれば…!」

 

そのうちの5ヶ所に、大体50cm四方くらいの、五芒星の頂点の1つから中央に向けて線が伸び、その中央部分に三日月の模様がある紋章――メルジーネの紋章が刻まれていた事が判明したのだ。

その5ヶ所をマーキングした点で結ぶと、円環状の洞窟と相まって五芒星となった事に気付いたハジメが、溜めていた月光を半分残したまま発光を止めたペンダントを紋章にかざしてみると、案の定と言うべきかペンダントが再起動したかの様に発光、紋章へと一直線に伸び、それを浴びた紋章が一気に輝き出した。

そうと分かれば話は早い、と言わんばかりに手掛かりを掴んだ一行は他の紋章のある場所へと急ぎ、ペンダントをかざして光を浴びせて行き、5ヶ所目のそれにも同様の措置を取ると、再びゴゴゴという音と共に岩壁が扉の様に開いた。

それを受け中心部――メルジーネの紋章には三日月が描かれている場所へと向かうと、真下へと通じる水路があり、下って行く一行、すると突然、何故かザバァッ!という音と共に空中へと出て来た。

「あ…ありのまま今起こった事を話すぜ!」と言いたくなる程の超常現象を目の当たりにし、流石のハジメ達も困惑を隠せないが、その頭上、自分達が下って行った水路の方を見るとその疑問が解明された。

ハジメ達が現在いる場所はヴァスターガンダムも出せるであろう大きな半球状の空間、その上部に空いている穴、先程迄自分達がいた水路と繋がっている穴はどういう原理なのか水面が揺蕩っていたのだ。

何もせき止める物が見当たらないにも拘わらず、重力が逆になっているかの様にユラユラと揺れている水面、それを境に上部には海、下部には空気に満たされた空間、という物理法則ガン無視な空間に何処からツッコめばいいんだと言いたくなる心境な一行だったが、これも神代魔法による物だろうと結論付け、此処からが本番だと切り替えて探索を再開した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

82話_悪食

如何にもファンタジーRPGだと言わんばかりの仕掛けの数々、その攻略を妨げるであろう激流や魔物等の障害を難なく切り抜けてメルジーネ海底遺跡へと潜入、探索を開始したハジメ達。

その道中ではやはりと言うべきか、此処に住まう魔物達が襲撃して来た、フジツボの様な姿で、穴の開いた所からウォーターカッターの如き水流を放つ水属性魔法『破断』で攻撃して来る魔物や、手裏剣の如く飛来するヒトデ型の魔物等の襲撃に見舞われるも、正直言ってその強さや厄介度は他の大迷宮には遠く及ばない程低く、勿論ハジメ達は難なく駆除して見せた。

入る前までは確かに無理難題と言えなくも無いが、それにしてもグリューエン大火山の攻略が前提にしてはヌル過ぎないか?と何処か肩透かしを食った様な気分のハジメ達だったが、その訳は次なる空間内で発覚した。

 

「む、敵襲だよ!皆、構えて!」

「皆さん、敵は溶解作用を有している模様、直接触れたら危険ですぅ!」

 

何か部屋の様な空間へと入った次の瞬間、魔物らしき存在が襲い掛かって来るのを察知したハジメが警戒する様呼び掛ける、それと同時にこの空間へ来る際の入り口がゼリー状のものによって封鎖されてしまった。

それを察知した最後尾のシアが、退路を確保する為にそのゼリー状の壁を壊そうとピサニエ・セドモイを大上段に構えるも、Xラウンダーの力による近未来予知で壁を壊すには至らない事、ゼリー状のものが溶解作用を有した物で出来ており無闇に手を出すのは危険だと判明して足を止め、本丸が来るであろう後ろ側、空間内部の方へと向きを変え、一行に注意を促した。

 

「誰が来ようが、俺の月光蝶の敵では」

「駄目だ、トシ!この魔物は魔力をも消化吸収するみたいだよ!月光蝶は闇魔法によるもの、コイツ相手には通じない!」

「マジかよ、ライセン大峡谷といい此処といい、月光蝶対策はバッチリって訳か!」

 

そんな一行が相手だろうと物の数ではないと言わんばかりに襲撃の手、天井の方から入口を塞いでいるそれと同じゼリー状の触手が多数襲い掛かって来る、それを各々の手段で迎撃せんと構える一行、幸利も十八番である月光蝶で無力化しようとしたが、ハジメの近未来予知でそれが通用しない事を忠告され、魔力を用いる手段が殆ど使えないライセン大峡谷で余程苦労したのか思わずそう口にしていた。

まあ月光蝶をピンポイントで対策したというより魔力を使う術全体への対策をしたのであろうがそれはさておき、ハジメとシアの忠告もあってか、近接攻撃を行う為に飛び込む事も、各々の魔力を用いて展開しているシールド・バリアを過信して回避を怠る事も無く、襲い掛かる触手を難なく倒していく。

此処で大きく貢献したのが、元はライセン大峡谷攻略の為にハジメが開発したアーティファクトの数々、其処で力が大きく制限される香織達3人の為に開発した専用アーティファクト、香織用のスプィーシカと優花のパリャーシ、ユエのクルィロだ。

魔力を物理的エネルギーに変換し切ってから放出するという機構を搭載したこれらのアーティファクトから放たれた火炎放射やビーム等の攻撃は、触手が持つ魔力を消化吸収する能力を物ともせず敵をバッタバッタと薙ぎ払っていく。

そんな敵にとって押されっぱなしな状況に痺れを切らしたのか、壁や触手に使われるゼリー状のものの正体が、襲撃を仕掛けて来る魔物が姿を現した。

天井から染みだす様に出現、空中に留まりながらその姿を形成したのは、半透明の人型、ヒレ状の手足、全身に有する赤いキラキラした斑点、触覚の様な物を2本生やした頭部…

全長10mと推定される巨大な体躯から化物にしか見えないがそれを抜きにすればクリオネに見えなくも無いその魔物は、絶対に仕留めてやると言わんばかりに全身から触手を飛び出させ、同時に頭部からシャワーの如くゼリーの飛沫を飛び散らせた。

ハジメ達も先程と変わらずそのゼリー状のものに接触する事無く迎撃、出来ているのは良いのだが、唐突にジュワーという音が聞こえて来て咄嗟にその方を向くと、此処へ来る迄に難なく蹂躙して来た魔物達が巨大クリオネの体内で溶かされて行く様子が見えた。

 

「ふむ、どうやら我々が弱いと思うておった魔物は本当に只の魔物で、こ奴の食料だったみたいじゃな。ハジメ殿、無限に再生されては敵わん、魔石はどの辺りじゃ?」

「そういえば透明な身体なのに魔石が見当たらないわね、ハイパーセンサーにもそれらしき反応が…」

 

その光景から、巨大クリオネは魔物等を糧にそのゼリー状の体組織を殖やしているのだと確信、此方が幾ら攻撃しようと決定的な手を打たねば堂々巡りだと、いや此方の魔力は膨大と言えど有限なので先に音を上げるのは確実だと危機感を抱いた一行、その決定的な手である巨大クリオネの体内にあると思われる魔石破壊を仕掛けるべく、各々がハイパーセンサーを駆使して魔石の在処を探るが、

 

「…無い、奴には、魔石が無い…!」

 

Xラウンダーにイノベイター、ニュータイプの派生技能として得た力をも総動員して探ったハジメが、予想だにしない事実を口にした。

 

「は、ハジメ君?魔石が無いって…じゃあ、あれは魔物じゃないって事?」

「其処までは分からない。だけど強いて言うなら、あのゼリー状の身体全てが、生きた魔石と言って良い。僕が解析した所によると、奴の身体全てが魔石である事を示している。更に言えば部屋全体も同じ様な反応だ、ひょっとしたら此処は既に奴の腹の中って可能性もある!」

 

身体の中に魔石があるのではなく、身体その物が魔石で、然もその身体はこの部屋全体にまで広がっている、そんな衝撃的な事実をハジメが口にすると共に、巨大クリオネが再び攻撃を開始した。

己の正体がバレてしまっては遠慮はいらないと言わんばかりに、今度は上からの触手及びゼリーの豪雨だけでなく、下から海水を伝って魚雷の如く体の一部を発射して来たのだ。

ハジメ達もこの部屋自体が巨大クリオネの体内だと分かり、下に留まっては危険だと部屋の中ほどを浮遊、迎撃を続けるが、事実上弱点が無い相手では焼け石に水なのは変わりない。

 

「だったら此処は私が行くよ!」

「香織!?」

 

そんな状況を打開すべく、一行の中から誰かが巨大クリオネの前に躍り出た、香織だ。

治癒師という天職的にもステータス(とはいえ身体能力を示す項目の数値もオール5桁なので前衛の仕事が出来ない訳じゃない)的にも後衛向きな香織のまさかの行動に一行が驚きを隠せない中、

 

「此処が既にあれの腹の中だと言うなら、圧倒的な光熱で跡形も無く消し飛ばしてしまえば…!

スプィーシカ、バスターモード!発射ァ!」

 

そう呟きつつ拡張領域から取り出したもう1丁のスプィーシカに、既に取り出していたそれを連結、バスターモードに変形させ、己の魔力を総動員してのビーム砲撃を巨大クリオネへと発射した。

スプィーシカの中で魔力を光熱エネルギーに変換し切った状態で放つビーム攻撃なら無効化出来ず、自らの4万もの魔力をほぼ全て変換した膨大なエネルギーを有する光熱砲撃に耐えられる筈が無い、そんな考えの香織が放つ極光には、流石の巨大クリオネも脅威と判断したか、擬態によって潜伏させていたであろう壁の一部すらも防御に回すかの如く己の身に集結させる。

そんな巨大クリオネに香織のスプィーシカから放たれた膨大な光熱エネルギーの暴力が直撃、そのゼリー状の身体を消し去らんと殺到、焼け焦げて行ったからなのか或いは蒸発して行ったからなのか、ジュワーという音と共に湯気が噴出、やがて空間内を充満して行った。

 

「…やった?」

 

その圧倒的な光熱をまともに食らった巨大クリオネ、その地点から噴出された大量の湯気によって視界は遮られ、ハイパーセンサーも状況の変化が急激な余りオーバーフローしたのか新たな情報を拾えなくなった中、誰かがフラグを匂わせる事で有名なセリフを呟いた。

とはいえ此処にいる誰もが状況をハナから楽観視してはいない、幾らあれ程の膨大な光熱をモロに受けたと言えど敵は目前の本体だけでなくこの部屋全体、下手したらその外にも身体があるかも知れない、フラグを立てたかと思ったら本当にやっていたという某最弱のラスボスみたいな展開と見せかけて奇襲を仕掛けて来る可能性もある。

そう思って警戒を解かない一行、やがて充満していた湯気が冷やされて水と化す形で晴れて来ると其処にはやはり、まだ生きていると思われる巨大クリオネの姿があった、が、

 

「効いている、みたい…なら、もう一発!」

 

全く効いていない訳では無く、寧ろかなりの有効打になっていたのが、目前の巨大クリオネの姿と、活動再開したハイパーセンサーの情報から明らかになった。

10mはあると思われていた巨体は一回りも二回りも縮み、ハイパーセンサーで表示される周囲の反応は所々穴あきが見られる様になった事で、バスターモードとしたスプィーシカのビームによって、その身が大幅に削られているのは確定的明らかだ。

それを見た香織は、ヴァーダから注いだ神水を飲んで魔力を回復、再びビーム砲撃を行うべくスプィーシカへ魔力を総動員する。

それを見た巨大クリオネは、これ以上あのビームを食らったら不味いと、部屋の外に回っていた身も全て集結させて元の巨体を取り戻しつつ香織へと襲い掛かるも彼女が攻撃する方が明らかに早い、触手等の攻め手が届く前にスプィーシカから再度膨大な光熱エネルギーが放出、攻撃に用いたゼリー状のものを消しながら射線上にいた巨大クリオネの巨体に直撃、その身がまたも大幅に削られた事を物語る様に部屋は湯気で充満した。

 

「これで、仕留めるよ!はァァァァァァ!」

 

再び湯気が晴れた後に見えた巨大クリオネの身体は、最早人間とそう変わらない程度の大きさにまで縮み、周囲の反応も消え失せていた、つまり目前の小さくなった本体を消し飛ばしてしまえば勝利だ。

そう判断した香織は再び神水を口にし、みたびビーム砲撃を行う、巨大クリオネも、防ごうとしても攻め手を潰そうとしても駄目なら逃げるしかないと撤退を試みるも、先回りしていたユエのクルィロからの威嚇射撃によって失敗に終わり、その身は膨大な光熱に飲み込まれた。

その様子はまるで、起動新世紀ガンダムWのOVAであるEndlessWaltsにて、最終決戦でウイングガンダムゼロが行ったツインバスターライフルの連射であった。

 

「はぁ…はぁ…やった…!」

 

流石にあれ程のビームを3発も食らって平気な敵などいやしまい、ビーム砲撃が終わった後には巨大クリオネの姿は無く、ハイパーセンサーでもそれらしき反応は消滅していた。

万能回復アイテムである神水の存在や、そもそも敵からの攻撃など通じないと言わんばかりの機能満載なISの存在から、治癒師の天職を持つ自分が、アクチャブリのコクピットから降りている時の自分がパーティ内で役に立っているのだろうか、ハイリヒ王国の国王となり、政務や大迷宮攻略等で多忙な毎日を送るハジメの支えにちゃんとなれているのだろうか、そんな不安を人知れず抱えていた香織、巨大クリオネ相手に真正面から挑んだのも、自分なら倒せる術があるという自身も無くは無かったが、その不安からくる焦りの方が大きかったのだ。

巨大クリオネを消し飛ばしたのを確認した彼女が思わず浮かべた笑みは、そんな不安が消し飛んだ事による安堵も含まれていた。

 

「ごめんハジメ君、スプィーシカが壊れちゃったみたい…」

「あれ程の化物を討つとなると仕方ないさ、香織。むしろ躊躇せずやってくれてありがとうね。スプィーシカは後で直しておくよ」

 

だがその代償もまた元ネタ通りと言うしかない、ビーム砲撃を行った香織本人にこそ影響は無かったが、最大出力での3連射という無茶には耐えられなかったと言わんばかりに、スプィーシカの銃身は高熱の余り赤く輝いて曲がってしまい、機関部も所々がボロボロと崩れ落ち其処から黒煙が漏れ出していた。

巨大クリオネを倒す為の無茶な運用によって大破してしまったスプィーシカをハジメが預かりつつ、一行はメルジーネ海底遺跡の探索を進めて行った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

83話_見た事無い筈の光景、それは…

香織の全身全霊の攻撃によって巨大クリオネを倒し、メルジーネ海底遺跡の探索を再開したハジメ達、すると一行が遺跡の外へ出たかの如く、陽の光が差す鬱蒼とした密林へと出て来た。

といっても其処は未だに遺跡の内部、その証拠と言わんばかりに、頭上に広がっているのは青空では無く揺蕩う海面だった、この広大な空間も何かしらの結界で守られているのだろう。

大迷宮攻略も5ヶ所目、今更かと切り替えて密林の上へと抜けて周囲を見回すと、

 

「此処は…船の墓場って奴かな…?」

「凄い…帆船なのに、なんて大きさ…」

「ストリボーグより大きい奴もちらほら見かけるわ、帆船でそれが出来るなんてね」

「それが無数に、周りに海も川も無いこんな岩場に横たわっているなんて…」

「…厳密には海の下」

「なればこの大量の船は、水没したそれがこの遺跡へ偶々流れ着いたのか或いは」

「この遺跡を製作した解放者の1人が最終試練の為に作ったのか、ですね」

「どの道、あそこへ行くしか無いって事だな。然し随分と分かりやすい手掛かりだな」

 

密林が何処までも広がっていそうな光景の中、とある開けた一角には、無数の帆船が朽ちて横たわる岩場があったのだ。

そのどれもが最低でも100m以上、大きい物だと全長290mのストリボーグすら凌駕するサイズを誇る巨大な船ばっかりで流石のハジメ達も驚きを隠せない、今の中国を明という国家が支配していた時代の宦官、鄭和が指揮したとされる船団の中で最大サイズの帆船『宝船』が一説によると全長約137mだと言われている事を踏まえると、ストリボーグすらも上回るサイズが如何に巨大か分かるだろう、それ程の帆船は風力や人力だけでは碌に動かせないし、船体のバランスも崩しやすいので普通は作らない。

閑話休題、そんな異様な光景に驚きながらも、其処こそメルジーネ海底遺跡の試練に関係する場所であろうと当たりを付け、一直線に飛んでいく。

 

「それにしても、戦艦ばかりだな」

「そうね、砲門とかは無いけど戦の跡がありありと残っているわね」

「甲板から魔法を撃ち込むのが海上戦の主流って訳かしら」

「そうじゃな。船体重量の問題を踏まえると木造船にせざるを得ず、となれば火魔法は無論、水魔法も船内で用いるはご法度、なれば射撃門の類は必要無かったのじゃろうな」

「となると、ここいらの船は戦で撃沈された末に此処へ流れ着いた、という事でしょうか?」

「…それも劣化の具合からして大半がほぼ同時期に撃沈している、という事は」

「この辺りで嘗て大規模な戦争が行われ、その際に撃沈した船達が流れ着いたのが此処って事だね」

「だね。でもあの一番大きな船だけは客船っぽいね。装飾とか見ても豪華だし…」

 

岩場を探索しながら、横たわる船の共通点を発見してかそれについて話し合う一行、彼らのいう通り岩場に点在する船にはどれも地球における戦艦タイプの帆船みたく横腹に射撃門が付いている訳では無かったものの、激しい戦闘があった事を示す痕跡が残っていた事から戦艦だと確信した。

大砲が存在しない一方、それに代わりうる術として魔法が存在しているこのトータスという世界、もし大砲や鉄砲、弓矢みたいに射撃門から魔法を発動したらどうだろうか?

ティオの言う様な事情からか木造船が主流であろう、その内部で炎属性魔法なんて発動したら引火の危険性は高いし、水属性魔法も発生した水を吸収して劣化を招いてしまう、それを踏まえると船内から射撃門を開けて乱射するより甲板から狙い撃ちした方が良い。

そんな推測を立てながら岩場を進む一行、その一連の考えは岩場の中腹辺りまで来た所で正しかったと証明された。

 

『ウォォォォォォォォ!』

『ワァァァァァァァァ!』

「な、何だ!?」

「皆、周りが!」

「幻覚の類か、それとも転移魔法か…!」

「どっちにしろ、試練は始まったって訳ね!」

「じゃな!」

「ん!」

「ですね!」

「さっきの巨大クリオネみたいな奴もいるかも知れない、皆、心して掛かるよ!」

 

突如、大勢の人間族と思しき雄叫びが聞こえたかと思うと、周囲の風景が歪み、それに気づいた一行が周囲を見回した時には、彼らは大海原の上に浮かぶ船の甲板に立っていた。

試練が本格的にスタートしたのだろうと身構え、油断なく周囲を警戒する一行、その眼にはさっきまでいた船の墓場など無く、何百隻もある巨大な帆船が二組に分かれて相対し、その上で武器を手に雄叫びを上げる何千、何万もの人々の姿が見えた。

程なくどちらかの陣営から宣戦布告だと言わんばかりに花火が撃ち上がり、それが弾けると共に双方が進軍を開始、体当たりでもするかの様に突貫しつつ高威力の魔法が飛び交う戦となり、巻き込まれてはいかんと一行は上空へと避難した。

 

「さっきの巨大クリオネが魔力を吸収していたんだ、コイツら相手にも魔法は通じないと考えた方が」

「いや、皆!どうやらさっきの巨大クリオネとは逆に、魔力による攻撃以外は通じない!」

「マジかよ、其々の試練で別の耐性を持たせて総合力を見てやるって魂胆か!?だがそうと分かれば話は早い!数多の身に宿りし魔力(マナ)よ、我が呼びかけに応じ、我の号令(オーダー)に従え!我こそは全ての魔力を統べし者なり!これがァ!『月光蝶』であぁぁぁぁぁぁぁぁる!」

「スターライト、ブレイカー!」

「汚物は消毒だぁぁぁぁぁぁ!」

「Fuck offじゃ!」

「『嵐帝』!」

「魔力攻撃となると『風爪』の出番ね!」

 

それと同時に行ったハイパーセンサーによる周囲の索敵で、これが物理干渉出来る幻覚と判明、それを全員討つのが試練と当たりをつけて戦闘を開始しようとした一行だが、Xラウンダーによる近未来予知を行ったハジメによって、先の巨大クリオネとは逆に、魔力を伴った攻撃でないと通じないと分かった。

そうと分かれば此処には大量殲滅を行える人材が豊富だ、此処からはずっと俺のターン!と言わんばかりに、幸利の月光蝶、香織のビーム、優花の火炎放射、顔だけを竜化させたティオのブレス、ユエの海水を巻き上げた竜巻、雫の真空波…等の様々な魔力攻撃によって戦場は瞬く間に蹂躙された。

その際、ハジメは近未来予知によって見た、目の当たりにしてしまった。

 

『全ては神の御為にぃ!』

『エヒト様ぁ、万歳ぃ!』

『異教徒めぇ!我が神の為に死ねぇ!』

 

さっきまで敵味方に分かれて戦っていた兵士達が、エヒトルジュエへの信心を声高に叫びながら一斉に此方へと襲い掛かる光景が、そして…

 

「…ハジメ?」

「どうしたのハジメ君、顔色が悪いよ?」

「ん?あ、ああ。実を言うと、Xラウンダーでの近未来予知で、さっきまで互いを敵として戦っていた両陣営の兵士が、いきなり僕達へ狙いを変えて襲い掛かって来る光景が見えたんだ。その兵士達はエヒトルジュエへの信心を口にしていたし、眼も洗脳されたかの様に澱んでいたよ。となるとこの大迷宮の試練で求められるのは…」

「…エヒトルジュエが齎すものの悲惨さを見て受け止められるか」

「或いはその齎したものによって追い込まれても臆せず立ち向かえるか、という事ですか?」

「でしょうね。解放者達はエヒトルジュエとその眷属によって洗脳された人達に刃を向けられず、エヒトルジュエらと戦う事無く敗北した、となれば同じ轍は踏ませない、と考えるのが普通でしょうから」

 

まさかの光景を目の当たりにしての動揺を隠せなかったのか、いきなり顔を青ざめさせたハジメを案じた仲間達に、はっきり見えた事柄を、それを踏まえメルジーネ海底遺跡の試練がどういう物かの推察を彼は口にした。

それを聞いてこの大迷宮を作り上げた解放者、メイル・メルジーネが試練で何を求めているかを話し合う一行、その陰でハジメは、最後の最後に頭を過った光景を、仲間達に言いそびれていた光景を思い出していた。

とはいえその光景をハジメが言える筈も無いだろう、

 

(何であの光景からリリィを、『あの時の』リリィの事を思い起こしたんだ、僕は…?)

 

エリヒド王ら王族と重臣、数多の兵士達といったハイリヒ王国関係者達だった無数の屍と、王宮だった瓦礫の上で、ノイントの首を手に大粒の涙を流すリリアーナの姿など、『真教政変』の一部始終など…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

84話_信仰の行く末、そして

魔法によって生み出された幻影兵士の大軍を殲滅した一行は、大型船が立ち並ぶ船団の中でもひと際大きい帆船、全長は300m以上で高さの面でも地上から見て十階建て以上はありそうな構造物を持つ巨大な客船へと飛び、最上階にあたるテラスへと降り立つ。

案の定と言うべきかそのタイミングで再び周囲の景色が歪む、次なる試練かと身構える一行だが然し、次に目にしたのは、満月が輝く夜空の下でキラキラと光り輝く客船、その甲板には様々な飾りつけと立食方式で配置された料理が所狭しと並び、その豪華な料理を片手に多くの人々が談笑するという、正に盛大なパーティーと言うべき意外な光景だった。

先程の大規模な戦争、その終わり際にハジメが近未来予知によって目の当たりにした、エヒトルジュエによって洗脳された兵士達の狂気的な言動といった凄惨な光景を予想していた一行は肩透かしを食った様な気分になるも、大迷宮の試練がこれで終わりな筈は無いよなと気持ちを切らさず警戒を続ける、そんなテラス上の彼らの背後の扉から数人の船員がやって来て、休憩なのか一服しながら談笑を始めた。

聞こえて来た彼等の話からして、どうやらこの船上でのパーティーは終戦祝いと言うべき物らしい、長年続いていた戦争が、一方の国の殲滅や占領という形では無く、和平条約を結ぶという理性的な形で終わらせる事が出来たのだとか、良く見ればパーティーに参加しているのは人間族だけでは無く、魔人族や亜人族の姿も多々見られ、その誰もが種族の区別なく交流していた。

 

「こんな時代があったんだね」

「終戦の為に奔走した人達の、正に偉業だな。終戦からどれ程経ったのかは分らないし、全ての蟠りが消えた訳でも無いだろうに、あれだけ笑い合えるなんてな…」

「きっとあそこに居るのは、その為に頑張った人達じゃないかしら?」

「でしょうね。皆が皆、長きに渡って殺し合った相手と直ぐに笑いあえる訳じゃないだろうし」

「だね。それにしても、僕達も終戦の為に動いてはいるけど、此処での和平条約みたいに理性的な対応が出来たのは亜人族の、フェアベルゲンの皆や人間族の国々だけ、魔人族相手には完全に喧嘩腰だからね、そんな相手にも理性的に動けるのを見ると凄いと思うな」

「…この時とは魔人族が置かれた事情が違う可能性もある、クルーの皆の話では『アルヴ』なる神を魔人族は信仰しているみたいだけど、私が嘗て国を統べていた時にそんな話は聞かなかったし」

「それを踏まえれば、ハジメさんも此処にいる人達に負けない位凄いですよ。ハジメさん達自身の力を、MSやISといったアーティファクトの力を誇示して屈服を迫る事も出来たのにそれをせず、それどころか「仲間の身を案じて」と快く譲り渡したんですから」

「じゃな、シアよ。この大陸の、少なくともライセン大峡谷より北の国々はハジメ殿の奔走によって人間族も亜人族も関係なく手を取り合える間柄となった。つい先日まで『聖教』を、エヒトルジュエを信仰していた者共ばかりな中でこれは並大抵の者に出来る事では無い」

 

楽し気で晴れやかな表情で談笑する人々の姿を見る一同の頬は自然と緩んだ、このトータスという世界において一時でもこうして和平を成し遂げられたのはそれだけの偉業で、素晴らしい事なのだ。

そうこうしている内に、甲板に設けられたステージ状の設備に初老の男が登り、周囲に手を振り始めた。

ただでさえ巨大客船にて盛大に行われている終戦記念パーティー、その参加者が気づくと敬意を露わにした目で彼に注目する事を踏まえると、その男は余程の地位に君臨する存在且つこの和平に向けて中心的な働きをした人物なのだろう、もしかしたらハジメみたいに国を統べる君主なのかも知れない。

だが一行が注目したのはステージ上に登った男では無い、その脇に控えていた数人の()()()()()()()()()()だ。

この格調高いパーティーの場でフードを被って参加するなど失礼にあたる筈だが、此処にいる誰もがそのフードについて注意するどころか気にも留めていない様子を目の当たりにした一行は、この面々には何かあると確信した、この大迷宮の試練に関係する存在なのかも知れないと。

もしかしたら、フードを被った面々の正体は…!

 

「諸君。平和を願い、その為に身命を賭して戦乱を駆け抜けた勇猛なる諸君、平和の使者達よ。今日この場所で、一同に会す事が出来た事を誠に嬉しく思う。この長きに渡る戦争を、私の代で、しかも和平を結ぶという形で終わらせる事が出来た事、そしてこの夢の様な光景を目に出来た事…

私の心は震えるばかりだ」

 

そんな一行を他所にステージ上の男が演説を始め、参加者の誰もが身動ぎ一つせず聞き入った。

和平条約が締結された事によって齎されたこの和気藹々とした雰囲気を噛み締めるかの様な言葉で始まった演説は、その和平への足掛かりとなった事件、それに関わる人達のすれ違いや疑心暗鬼、それを覆す為に仕出かした無茶の数々、そして道半ばで散って行った友…

演説の中で振り返られる和平に至るまでの道、それを聞くにつれ皆が遠い目をしたり、懐かしんだり、目頭を抑えて涙するのを堪えたりしていた。

やはり人間族のとある国の王であり、かなり早い時期から和平に動いていたが故に人々からも慕われる男の演説も遂に終盤、場の雰囲気は盛り上がり、彼も何処か熱に浮かされた様にその語り口に力が入り、

 

「こうして和平条約を結び終え、一年経って思うのだ…実に、

 

 

 

()()()()()()

 

その口からまさかの言葉が出た。

それに一瞬、参加者の誰もが頭上に「?」を浮かべ、聞き間違いでは無いかと隣にいる者同士で顔を見合わせたが、その間にも国王の演説は続いた。

 

「そう、実に愚かだった。獣風情と杯を交わす事も、異教徒共と未来を語る事も…

愚かの極みだった。分かるかね、諸君。そう、君達のことだ」

「い、一体、何を言っているのだ!アレイストよ!一体、どうしたと言うッがはっ!?」

 

演説をしていた国王アレイストの豹変に、とある魔人族と思しき男が明らかに動揺した様子で前に出て、真意を問い詰めようとしたが、それは叶わなかった、その胸から剣が突き出たからだ。

背後から貫かれた魔人族の男が、それを仕出かした刺客が誰かと肩越しに振り向くと、信じられないと言った様子を見せた、己を貫いた人間族の男とは浅からぬ間柄だったからだ。

何が起こったのか分からぬうちに殺害された魔人族の男、そんな唐突に訪れた事態に場が騒然となる。

 

「さて、諸君。最初に言った通り、私は、諸君が一同に会してくれて本当に嬉しい。我が神から見放された悪しき種族如きが国を作り、我ら人間と対等の積りでいるという耐え難い状況も、創世神にして唯一神たる『エヒト様』に背を向け、下らぬ異教の神を崇める愚か者共を放置せねばならん苦痛も、今日この日に終わる!全てを滅ぼす以外に平和などありえんのだ!それ故に、各国の重鎮を一度に片付けられる今日この日が、私は、堪らなく嬉しいのだよ!さぁ、神の忠実な下僕達よ!獣共と異教徒共に裁きの鉄槌を下せぇ!ああ、エヒト様!見ておられますかぁ!」

 

膝を付き、天を仰いで、笑いながらエヒトルジュエに忠を誓うかの様に声高に叫ぶアレイスト。

彼の合図と共に、パーティー会場である甲板を包囲する形で、船員に扮していた兵士達が出現した。

艦橋や客室等が入った十階建ての建造物と、巨大マストに挟まれる形で船の中央に備え付けられた甲板、パーティーの参加者達を取り囲む兵士達にとっては眼下に標的を見据える形、客船の周囲にも数人の兵士を乗せた無数の小舟が控えており、逃げ場は完全に潰されていると言っても過言では無い。

そんな非情な現実を突きつけられ、絶望に染まる参加者達へ雨あられと撃ち込まれる多種多様な魔法、彼らも必死に応戦はするもはっきり言って戦いにならず、一方的な暴力の前に次々と殺害されて行く。

船内に逃げ込んだ者もいるにはいたが殆どの参加者が数分足らずの戦闘の末に息絶え、その逃走者もアレイストらが狩るべく部下やフードを被った者達を引き連れて船内へと入って行った、その命が散るのも時間の問題だろう。

 

「結構、キツいなぁ…人殺しは結構やって来たけど、それでもあの凄惨さは…」

「きっとあのフード被っていたのエヒトルジュエの眷属ね…そうでないと説明がつかないわ」

「そうね…あんな掌返し、眷属による洗脳でなければ有り得ないわ」

「じゃな…父上も母上も、彼奴等の所為で…!」

「…きっとディン叔父様が私を封印しようとした時には、他の皆もこうして…!」

「予想はついていたが、此処までやらせるとはなぁ…正に邪神の名に相応しい所業だな」

「己の不都合になる所業はどんな手でも潰す、何処まで腐ってんですかねぇエヒトルジュエは…!」

 

その余りの凄惨な光景の後、周囲の景色はまたも歪み、元々いた岩場の、朽ちた巨大客船の上へと戻って来た一行、だがそれの確認も程々に、先程見た一連の出来事がフードを被った者達の仕業だと、その正体はエヒトルジュエの眷属だと推測し、改めてエヒトルジュエの悪辣さに対して怒りを露わにする。

その時、背後からガタッという、何か床に当たったの様な音が響き渡った。

その音に反応して一同が振り向くと其処には、

 

「リリィ、僕は、僕は…!」

 

崩れ落ちたかの様に両膝を折り、顔を覆う両手から溢れ出す程の涙を流しながら、懺悔するかのように俯いて何事かを呟く、ハジメの姿があった…




一応言って置きます、次話閲覧注意です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

85話_ハジメ、崩壊

注:改めて言いますが、閲覧注意です。


時は、アレイストが和平の意志を翻す所まで遡る。

 

「こうして和平条約を結び終え、一年経って思うのだ…実に、()()()()()()

『其処まで、其処まで邪神に魅入られたかエリヒドォォォォ!』

(な、何これ…この光景は…!?)

 

邪神エヒトルジュエの眷属によって洗脳され、先頭に立って奔走した末に結んだ筈の和平をひっくり返したアレイストの、そんな彼の表明に戸惑う招待客らの姿をハジメが目の当たりにした瞬間、彼の眼には全く別の光景が重なる様に映った。

今は無きハイリヒ王国の王宮、その議場と思しき大広間、其処でリリアーナが、絶望感が込められた叫びを上げながらエリヒドに発砲するという光景が、『真教政変』の始まりとなった王族や重臣、王宮内にいた兵士に至るまでを彼女が皆殺しにした事件の、一部始終が丸々映し出されていたのだ。

 

「そう、実に愚かだった。獣風情と杯を交わす事も、異教徒共と未来を語る事も…

愚かの極みだった。分かるかね、諸君。そう、君達のことだ」

「い、一体、何を言っているのだ!アレイストよ!一体、どうしたと言うッがはっ!?」

『おのれ、おのれリリアーナ!貴様、血迷ったかぁぁぁぁ!』

『貴方が悪いんだ!貴方が裏切るからぁぁぁぁ!』

『ぐぅっ!?』

(駄目だ、駄目だよリリィ…何で君が、其処までやらなきゃいけなかったんだ…!)

 

アレイストが来賓という名目で集められた魔人族や亜人族の国々、その重鎮達への皆殺しを始めると共に、重なった映像でのリリアーナも最初に重臣の面々を血祭りに上げ、次にクーデター鎮圧の為に乗り込んで来た兵士達を木っ端微塵にし、そして己の家族であるエリヒドとルルアリア、ランデルを射殺、その一連の流れの中で彼女の眼からは大粒の涙が止まる事無く流れ続けた。

本人の口から聞いた程度の情報でも後悔の念から崩れ落ちたハジメだ、実際に彼女が繰り広げたその凄惨な光景を、それをやらざるを得なかった彼女の絶望を目の当たりにして、思わず目を逸らそうとし、それが叶わないと分かったら彼女を制止せんと声を上げようとするに至った。

 

「我が神から見放された悪しき種族如きが国を作り、我ら人間と対等の積りでいるという耐え難い状況も、創世神にして唯一神たる『エヒト様』に背を向け、下らぬ異教の神を崇める愚か者共を放置せねばならん苦痛も、今日この日に終わる!全てを滅ぼす以外に平和などありえんのだ!それ故に、各国の重鎮を一度に片付けられる今日この日が、私は、堪らなく嬉しいのだよ!」

『へぇ。『使徒』ともあろう御方が、随分とどす黒い血ですね。こんな邪悪な体液が流れている存在が聖なる者であろう筈がありません。やはりハジメさんは間違っていなかった、私達は邪神エヒトルジュエに、貴様達邪神の眷属に騙されていた!貴様を殺し次第、一刻も早くこの事実を公表せねば!』

(こんな、こんな事って…これじゃあ、まるで――)

 

こうしてアレイストとその部下達による他国の来賓達の大虐殺も、リリアーナによる彼女の『大切』だった人達の大虐殺も終わり、リリアーナ側の映像にエリヒドらを洗脳したと思しきノイントが姿を現したその時、リリアーナのその表情は、憤怒と憎悪に染まり、激情のままにノイントを撃ち抜き、イユリに握り潰させた。

このクーデターが勃発する直前まで、多少の疑念こそ抱いていたがそれでも『聖教』への信心は抱いていたであろうリリアーナ、だが今の今まで映された光景の中でそんな物は微塵も感じられず、寧ろ『聖教』――『邪教』への感情は憎悪に反転しているといっても過言では無かった。

邪神エヒトルジュエの眷属であるノイントによって身近な人達全てが洗脳され、手を掛けざるを得なくなった事への恨みがあるとはいえあっさり過ぎる掌返し、それをまざまざと見せつけられたハジメの脳裏は1つの考えに至った、至ってしまった。

 

――邪神エヒトルジュエの所業その物じゃないか、と

 

(ち、違う!僕は、僕はただリリィを守りたくて…!)

「リリィ、僕は、僕は…!」

 

頭に浮かんでしまったその考えに取り乱してしまうハジメ。

それも無理も無いと言うしかない、今まで邪神エヒトルジュエとその眷属を討伐する為の自分の行動が、よりにもよってそのエヒトルジュエと同様な物ではないかという矛盾を自ら突きつけたのだから。

だがどれだけ否定の言葉を並べようとリリアーナがクーデターを起こし、洗脳されていたとはいえ自分の『大切』だった存在を皆殺しにした事は、その為の『力』をハジメが授けた事実は変えようがない、それを思い知ったハジメはただ、後悔するかの様な言葉を口にしながら泣き崩れる事しか出来なかった。

 

「兄上」

 

その時、上の方から年端も行かない少年と思しき声が聞こえて来た。

その声に思わず振り向くと其処には、

 

「!?」

 

首元に空いた穴から夥しい量の血を流し、憎悪を露わにした眼でハジメを睨むランデルの姿。

その姿に驚き、目を逸らしたハジメだったがその先には、

 

「ひっ!?」

 

胸部の心臓があると思しき部分に空いた穴から鮮血が噴出し、これまた憎悪むき出しの眼でハジメを睨むルルアリアの姿。

怯えた様な声を思わず上げながら目を逸らすも、其処には、

 

「あ、あぁ…!」

 

大きく抉れた右眼から血涙を流し、無事な左眼に憎悪を込めてハジメを睨むエリヒド、そして、

 

『我らを残らず排した上、王座までも奪い去るとは…!』

 

 

『一体我らが、貴様らに対して何をしたと言うのだ…!』

 

 

『リリアーナを操って好き勝手しおって、簒奪者め…!』

 

人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人人

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 

クーデターによって殺された人々が、死に至った時のままというゾンビじゃないかとツッコミたくなる姿で己を非難し、憎悪の意を向けて来るその光景、それには流石のハジメも恐怖を覚えたか、或いは結果論とはいえ彼らの言う通りリリアーナを操ってクーデターを起こさせ、1人残らず惨殺させてしまった事への罪悪感で押し潰されたか、彼等から背を向けて逃走を図った。

だがそんな彼の逃げ道を塞ぐと言わんばかりに、新たなる幻影が姿を現した。

 

『お待ちしておりましたぞ、我が主よ、新たなるエヒト様よ!』

「イシュタル、貴様…!」

 

それは、ハジメ達の手によって殺された筈の、大聖堂にいた邪教関係者達。

教皇だったイシュタルを始めとした面々が、やはり殺された時のままの姿で、然し此方は満面の笑みで、ハジメを新たなるエヒトと称えていた。

 

『お待ちしておりました、我が新たなる主君よ。さあ、共に参りましょう』

「黙れ、邪神の眷属共め!消えろ!消えてしまえ!」

 

それだけじゃない、数多のエヒトルジュエの眷属達も姿を現し、これまたハジメを新たなる主と見定め、共に行こうと誘いを掛ける。

まるでハジメの頭に過った考えは正しいと突きつける様に。

それを察したハジメは激昂、目前の『敵』を殲滅すべく宝物庫からヴィントレスを取り出し――

 

------------

 

「何とか、治まったか…」

「ハジメ…」

「ハジメ君…」

「ハジメさん…」

 

ヴィントレスを右手に持った状態で仰向けに寝そべるハジメ、その姿を見る他のメンバーは誰もが、彼がどの様な事態に陥っていたかを思い知り、沈痛な面持ちとなっていた。

ハジメが幻覚魔法を切っ掛けに押し潰され、錯乱状態に陥ったその時に彼らがどう行動したか、要約するとこうだ。

あのトラウマ級の惨殺劇を見せつけられた後に崩れ落ちたハジメの姿を見た一行は、あの映像が彼の何らかのトラウマを呼び覚ましてしまったのだと察知、それを鎮めるべく各自が行動に移った。

まずハジメが今どの様な幻覚を見ているのかを、ハジメと同じく革新者(イノベイター)の技能を有するティオが、ハジメから放出されている脳量子からそれを読み取ったのだがそれ即ち超ド級のトラウマ映像を見せつけられたという事、それで彼女も精神崩壊寸前まで追い込まれ、その様子の目の当たりにした他のメンバーは相当ヤバいと、彼の記憶を覗き込むのは危険だとして強引な手段に出る事となった。

早い話が幸利の月光蝶でハジメの魔力を支配下に置き、その意識を強制的に奪ったのだ。

 

「ハジメ、お前は何時もそうだよな、そうやって本っ当に辛い事に限って1人で抱え込みやがって…!

高校に入るまでのイジメの事、離反していた俺の事、そしてリリィの事…!

リリィには1人で抱え込むなとか言っている癖して自分で抱え込んでちゃ世話ねぇよ…!

なあハジメ、俺はお前の親友じゃ無かったのか、コイツらや愛ちゃん先生、リリィはお前の妻じゃ無かったのか、ミュウやレミアさん、淳史達だっていただろう、その誰にも打ち明けられなかったのか…!」

 

強硬手段によって気絶したハジメの姿を見下ろし、思わずそう呟いた幸利、口ではそう言いつつもその握り拳は、親友である彼が其処まで追い込まれていた事に気付けなかった、或いはそうなる迄に頼らせる事が出来なかった己の不甲斐なさへの怒りで震えていた。

ともあれハジメの推測が正しければ試練は既に終わったかも知れない、後は魔法陣の場所を探すだけと考え、気絶したハジメは雫が抱え、持ち直したティオと合流して探索を再開、何やら日本のホラー映画に出て来そうな霊体が襲い掛かる等の障害こそありはしたが難なく突破し、神殿の如き建造物へと辿り着いた。

その中央部にある魔法陣に乗り、何時も通りの手順の末に神代魔法の1つ『再生魔法』を会得した一行は、解放者の1人メイル・メルジーネと思しき海人族の女性からのメッセージを受け取り、大迷宮を後にした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

86話_想う、故に壊れ行く

「…ん、あ、あれ、此処は、ストリボーグ…?」

 

メルジーネ海底遺跡での試練で見せつけられた邪神エヒトルジュエの所業、それによってトラウマが再燃、クーデターの折に殺害されたエリヒドらの幻覚を見てしまい、エヒトルジュエの眷属の幻覚に向けてヴィントレスを発砲しようとしたハジメ、だが幸利の月光蝶によって気絶、たった今目が覚めた時に映ったのは母艦であるストリボーグ、その休憩室と思しき部屋の天井だった。

 

「起きたか、ハジメ?」

「トシ?あれ、今まで僕達、メルジーネ海底遺跡の最深部にいて、其処で試練に挑んでいた筈」

「一先ずは落ち着けよ、ハジメ。その試練の後にお前が倒れたんで、雫が抱える事にしてさ、そのまま探索を続行したんだ。どうやらあれが最終試練だったみたいで、後は何の障害も無く魔法陣がある部屋へと辿り着いたぜ。何か神殿みたいな所だったな。で、再生魔法とかいう神代魔法を修得して、解放者の1人であるメイル・メルジーネからメッセージを受け取ったよ。神に縋るな、頼るな、与えられる事に慣れるな。つかみ取る為に足掻け、自分の意志で決め、自分の足で前に進め。どんな難題も答えは自分の中にある、自由な意志のもとにこそ幸福はある、とな」

 

今の今までメルジーネ海底遺跡の最深部で試練を受けていた筈なのに、何時の間にストリボーグに戻っているのは何でなのかと驚き、戸惑いを隠せないハジメに、彼が起きるまで看病していたが故に休憩室にいたのであろう幸利は其処までの経緯を説明した。

その際ハジメが何かに怯えるかの様な声を上げたり、その何かから逃げようとする素振りを見せたり、かと思えば突如怒りと憎悪に満ちた様子でヴィントレスを取り出して発砲しようとする等の言動が見られ、それを幸利が無理矢理意識を奪って収めた事に就いては伏せた。

偶然か或いは解決策を探ろうとしたのか革新者であるティオが読み取ってしまい、精神崩壊寸前に追い込まれた程の凄惨なハジメの『記憶』、それを弱り切った今の彼に思い出させるのは酷だろうと判断したからだ。

 

「そ、そうだ!その神代魔法!」

「ああ、それなんだがな、俺達は試練に合格したのか、再生魔法を修得出来た。だがお前は合格なのか不合格なのか分からねぇ。お前のステータスプレートを見ても、変な空欄が出来ているし…」

「変な空欄?あ、本当だ、何か不自然に四文字分の空欄が出来ているね…」

 

その説明の中で出て来た神代魔法――ハルツィナ樹海最深部に聳え立つ大樹の前にあった石板にてその存在が示唆された『再生の力』であろう再生魔法についてハジメが尋ねると、どうやら幸利らが修得出来た一方で、ハジメは修得出来たのかどうか分からない様だ。

試練に合格しているなら再生魔法を修得出来、ステータスプレートにも技能名として刻まれる一方、不合格なら修得出来ず、ステータスプレートにも変化は無い筈である。

だがハジメの場合、その前に修得した空間魔法と、オルクス大迷宮の奈落の底に落ちたばかりの時に修得した胃酸強化との間に不自然な空欄があるのだ。

合格したのか否か、どちらでも無い変化に首を傾げる2人だが、一先ずそれについての追及は後回しにし、ハジメは次の疑問を聞く事にした。

 

「それでトシ、今ストリボーグは何処へ向かっているの?」

「それなんだがなハジメ、一旦王都に帰るぞ。暫くお前の心を休ませるんだ。言って置くが拒否権は」

「分かったよ、トシ」

「お、おう、そうか。分かってくれるなら良いんだ」

(随分と素直に応じたな。普段のコイツなら「そんな暇は無い、今すぐにでも大迷宮攻略へ行かないと」とか言って、ストリボーグの操縦権を奪い取ってでもハルツィナ樹海に針路を取らせそうな物だがな。尤もそんな素振りを見せたら俺の月光蝶でまた気絶させるが)

 

メルジーネ海底遺跡を攻略し、次なる目的地へ向かっているのだろうストリボーグ、その目的地を何処と淳史らに指示したのかハジメが尋ねると、返って来た答えはハイリヒ王国の王都への帰還、及び其処での休養だった。

ハジメの心がボロボロになってしまっているのは、あの現場にいた誰の目から見ても明らかだ、リリアーナが起こしたクーデターによるトラウマがそれ程までにハジメの心をズタズタにしてしまっていたのを踏まえれば、幸利達の判断は当然と言えよう。

尤もハジメ本人がその判断に納得するとは思えない、エヒトルジュエが何時また仕掛けて来るか分からない以上いち早く神代魔法の修得を進めなければならないという理由で、力づくでもハルツィナ樹海へ向かわせて大迷宮攻略を進めようとするだろう、それを実行しよう物なら月光蝶でまた黙らせる、と説明しながら身構える幸利だったが、ハジメの反応は意外や意外、あっさりした了解の意だった。

何時ものハジメでは考えられない様な反応に一瞬戸惑った幸利だったが、それが口先だけの物では無いと雰囲気から察せたのもあって、それ以上は詮索しなかった。

そう判断し、張りつめていた気を緩め部屋を後にした幸利、残されたハジメはある決意を固めていた。

 

(リリィに、会いたい。会って、色々と話がしたい。僕達の戦いに巻き込んでしまった事、大切な人を殺させてしまった事を謝りたい。優しいリリィだからそれを止めようとするだろうけど、それでも…!)

 

------------

 

「そういう訳で、一旦王都へ帰還する事にしました。ハジメはハイリヒの国王であり、俺達パーティの大黒柱です、そんなアイツが壊れてしまったら一巻の終わり、俺はそう思っています。急な連絡で申し訳ありませんが、ストリボーグの着陸準備をお願いします」

『わ、分かりました。まさか、ハジメ君がそんな事態に…

先生として恋人としてその場に居られない事、ハジメ君を介抱出来ない事、今日ほど自分が情けないと思った事はありません…!』

『そう自分を卑下しないで下さい、愛子さん。其方に居る事が出来ないのは私達も同じです…』

『パパ…』

『…』

 

ハジメがそんな決意を固めていた一方で、休憩室を出た幸利は王宮と通信を繋げさせ、ハイリヒ王国宰相としての立場でリリアーナ達と連絡を交わした。

大迷宮の試練でトラウマが再燃したというハジメの現状を知り、その場に居られなかった事、助けられなかった事を悔やむ愛子達、その中でリリアーナは一際思いつめた様な表情をしていた。

そして、

 

『香織、雫、優花、妙子、奈々、幸利さん、淳史さん、明人さん、昇さん、ユエさん、シアさん、ティオさん…

 

 

 

私は、余計な事をしてしまったのでしょうか…?』

 

この場にいる者全てに衝撃を与える事を尋ねた…!

 

「り、リリィ!?一体何を!?」

『ハジメさんはあの日、去り際にこう話していました。『聖教が信仰するエヒトルジュエを討伐すると決めた以上、異端者の烙印を押される事は避けられない、そうなっても大丈夫な様に今まで手を打って来た』と。故に私が気に病む事は無い、とも。ハジメさんの事だからその手は万全な物だと、今更ながら思うのです。然しながら、私がハジメさん達の異端者認定を握り潰す為に決起し、我が父エリヒド王を始めとした方々を殺害した事で、その手を無意味な物に変えたばかりか、ハジメさんの心に深い傷をつけ、望まぬ地位に縛り付けてしまいました。今になって思うのです、私は余計な事を、とんでもない事を仕出かしてしまったのではないのかと、そのせいでハジメさんは…!』

「そ、それは…!」

 

それは違うよ、と転移当初から仲の良かった香織達は声を大にして言おうとした、だが寸での所でそれを口にする事が出来なかった、違うのなら今のハジメはどうしてああなったんだ、何も違っていないではないか、それが彼女達自身も分かっていたからだ。

ハジメとリリアーナ、互いが互いを傷つけてしまった事を悔やむ余り思いつめ、周りの者達はそれに掛ける言葉が見つからない、そんな重苦しい空気が漂う中、ストリボーグは王都への道を一直線に進んでいた…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

87話_帰還

メルジーネ海底遺跡を攻略し、神代魔法の1つである再生魔法を修得した一行だったが、その最終試練でハジメの精神が崩壊(その為か一行の中で唯一再生魔法の修得が『保留』となった)、そんな彼を休ませる為に一行を乗せたストリボーグがハイリヒ王国に帰還した翌朝、どういう訳かハジメは王宮の執務室におり、据え付けられたデスクで彼は報告書や要望書等の書類に目を通し、せっせと処理していた。

休養の為に王都へ帰還したのに其処で仕事していては帰った意味が無いじゃないかと幸利達は諫めたがハジメは「今はハイリヒ王国の、この国に住まう民の事を考えていたい。それで十分気分転換に、心の休養になると思うけどね」と聞く耳を持って無く、心の休養になると言われてしまっては、そしてあの時の発狂振りが嘘の様に調子を取り戻していたのを目の当たりにしては、これ以上諫言する事は出来ず「リリィとどんな話をしたんだ」と疑問に思いながらも引き下がるしか無かった。

ハジメのその言葉に偽りは無かった、いや、それを考えずにはいられなかったと言った方が正しいか。

公務に当たったり、リリアーナ達王妃や幸利達重臣ら関係者と食事を共にしたりと普段は確かに今までのハジメに戻ったと言える状態だ、ところが心身共にフリーな状態、例えば1人トイレに入っている時になると話は変わって来る。

1人になった途端、メルジーネ海底遺跡での最終試練を追加で行うと言わんばかりに、エリヒドら嘗ての王族や重臣等クーデターによって亡くなった人達の声が聞こえ、死した時のままの姿が見え、ハジメに対して憎悪の籠った視線を向け、責め立てる様な文言を口にするのだ。

もしかしたら一度眠りについてしまったが最後、あの時の光景を夢に見てしまうのではないか、いやそれ以上に前王エリヒドらが夢枕に立ち、己の業を突きつけて来るのではないか、そんな事態に恐れ戦いたハジメはそれ以来、子作りと称してリリアーナ達の身体を徹夜で貪って、目を逸らしていた。

悪く言ってしまえばリリアーナ達の身体に逃げていたのである、「ハイリヒ王国の将来の為に」という大義名分を言い訳にして。

帰った直後に再会したリリアーナとハジメがどの様な会話を交わしたのかは当人同士にしか分からない事、ただ1つ分かるのは、それで蟠りが全て解けた訳では無いという事である…

 

当然、そうやってあの時突きつけられた『矛盾』から闇雲に逃げ続けるのも限界はやって来る、単刀直入に言えば、心が上げる悲鳴から逃げている内に今度は身体が悲鳴を上げ始めたのだ。

転移前から両親の仕事を手伝ったり、趣味の1つであるガンプラの組み立てについ熱中したりと徹夜する事が度々あったハジメ、それが皮肉にも反映された為かトータスに転移した時点で天之河の倍以上もあった体力はオルクス大迷宮での激闘を経て常人の八千倍というバカでかい領域に至ったが、それでも生物がその命を保つ上で最重要な睡眠を何日もとらずにいたら悪影響が出るのは確定的明らか、実際に3日4日経つとその目元にクマが出始めた。

転移前からハジメの徹夜癖を良く知っている幸利達は、帰還初日の頃こそ「何時もの癖か」と気にしない様にしていたものの、流石に何日も続けている事を聞き、それに伴う身体の変調を目の当たりにすると何らかの対応をしないと不味いと感じ、早速行動に移した。

 

「ハジメ、今日のお前の公務は全て宰相である俺と王妃であるリリィ達が請け負う。お前はミュウとレミアさんとの3人親子水入らずで外に出かけて来い」

「と、トシ?何を急にそんな…」

 

朝食を手早く済ませて執務室へ向かおうとしたハジメを呼び止めた幸利は其処で、一応の立場上は主君である筈のハジメに何と、休暇と外出を言い渡して来たのだ。

立場的に考えて逆じゃねとか、一方的に休みを突きつけるとか法律ガン無視かよとか、色々とツッコミ所はあるのだが、幸利は有無を言わさぬ態度で、ハジメの戸惑いを無視して話を続ける。

 

「お前達が少しばかり外に出て何か問題でもあるか?権限的に不足はない、そもそも迷宮攻略していた時に請け負っていたのはリリィと愛ちゃんだ、一時とはいえまたそんな感じになるってだけの話だぞ」

「そもそも外出と言ってもミュウとレミアさんの身の安全をどう確保するのさ、ガーランドのスパイや邪教信者が何処かに潜伏しているかも知れないのに。今は兵達も戦闘訓練で王都を開けているし」

「オルクス大迷宮最深部のヒュドラを事実上1人で瞬殺した奴が何言ってんだ。いざとなればISを纏ってドンパチすれば済むだろ」

「いや簡単に言うけどそんな事したら大騒ぎだよ、民衆がたちまち混乱に陥るよ。そもそも国王である僕が護衛も付けずにそんな事するだけでも」

いいから行って来い

「わ、分かったよ、出かけて来るからその月光蝶を引っ込めてよ…」

 

とはいえハジメも急にそんな事を一方的に言われてはいそうですかと受け入れる訳には行かない、増して現在の自分はハイリヒ王国の国王、その地位にいる自分が統治するハイリヒ王国は現時点でクーデター等の事件に伴う混乱が完全には収まり切っていない状態、そんな状況下で仕事を忘れてのんびり休んで等いられないと言わんばかりに必死の抵抗を試みる。

だが最後には、オーラの如く身体から月光蝶を噴出し始めた幸利の熱意(脅し)に屈して外出を受け入れ、

 

「それじゃあミュウ、レミアさん。行こうか」

「うん、パパ!パパとのお出かけ、楽しみなの!」

「あらあら、ミュウったら。でも私もハジメさんとのお出かけは初めてだから、胸が躍るわね。宜しく頼みますね、アナタ」

「いやだからレミアさん…

まあ良いや。それじゃあ皆」

「「「行ってきます(なの!)」」」

「おう。こっちは俺達に任せて、しっかり楽しんで来い」

 

ミュウやレミアと共に王都へと出かける事となったのだ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

88話_再起の兆し

王都へと帰還してからの己を追い詰めるかの如き激務を咎められ、抵抗空しく半強制的に外出させられたハジメと、彼に同行する事となったミュウとレミアの3人は一先ず、王都をぶらついていた。

当然と言えば当然だが、ハイリヒ王国を統べる立場にいるハジメのそんな姿を見た民衆達はまさかの状況に驚き、そして国を統べる存在相手に失礼があってはいけないと恐縮し切りであったのは、案の定ハジメの懸念通りの事態になったのは言うまでも無い。

尤も元は一般的な学生(+その教師)だった異世界から召喚された者達の身の上が広く知れ渡っていた事、国王に即位してから王宮に中々留まらず邪教関係者や魔国ガーランドが送り込んだスパイの摘発に精を出したかと思えば周辺諸国との関係構築を目指して外遊したまま大迷宮攻略に自ら挑む等、ヘルシャー皇帝のガハルドもびっくりなフットワークの軽さが知れ渡っていた事からか驚き具合は其処まででは無く、ハジメからの「何時も通りで大丈夫だよ、プライベートで此処をうろついているんだし」という一声で落ち着き、変わらぬ日常に戻って行った。

そんなごく一部を除けば日常の光景が広がる王都、その上空では先程ハジメが言っていた通り銃火器等の最新兵器を用いた戦闘訓練を兼ねて、潜伏しているであろう邪教関係者や魔人族スパイの探索、魔国ガーランドによる侵攻を想定した哨戒任務に向かうであろう、ISを身に着けた小隊規模の兵士達が王都の外へと旅客機並みのスピードで飛び立つ姿が見えた。

市井の人々は最初の時こそ明らかに人間族な見た目にも拘わらず翼人族の数倍~数十倍ものスピードで大空を自由自在に飛行する兵士に、その人間が纏うIS及びプラグスーツの場違いにも程がある未来的な姿に面食らってはいたが国王であるハジメら国の重鎮達が皆揃ってこの姿なのもあって直ぐに順応、国王謹製のアーティファクトを身に着けて王国を、人間族及び亜人族のテリトリーを守る為に日々任務に励む兵士達に憧れにも似た敬意を示してか満面の笑みで敬礼のポーズを取る者がちらほらいた。

そしてそんな憧れを抱くのはハジメの、ISを生み出した開発者の娘であるミュウも例外ではない、尤もそれは兵士達が担う責務に対してと言うよりISを身に着けて空を飛べる事に対してではあるが。

 

「わぁ、ISなの!パパ、ママ、ミュウも何時かISを身に着けてお空を自由に飛びたいの!」

「そっか。分かったよ、ミュウ。そしたらミュウも身に着けて飛べる様に設計を見直さないとね」

「あらあら。良かったわね、ミュウ。パパ、ミュウもお空を飛べる様にしてくれるって。その時が待ち遠しいわね」

「うん、ママ!そしたら今日みたいにパパとママと3人でお出かけするの、今度はお空を!」

 

陸の景色は言うまでも無く、海人族なので泳ぎも潜水もお手の物であるが故に海の景色も知っているし、空の景色もストリボーグの窓越しではあれど見た事はある(言うまでも無いが初めて乗った時は思いっきりはしゃいでいた)、それでも生身に多少の鎧を身に着けるだけで空を自由に飛べると言うのはミュウに限らず魅力的に感じるだろう、子供の頃にドラえもんのうたの一節「そらをじゆうに とびたいな」に共感し、それを可能にするタケコプターを欲しいと思った読者も多いのではないだろうか。

そんなミュウの隠そうともしない願望を聞き、その辺りはまだまだ年相応だなぁと、レミアと共にほっこりしつつその願望を叶えるべく、早速ISの改善案を模索していた。

 

「パパ!ミュウね、この国が大好き!パパやママと、ずっとこの国にいたい!」

「…え?」

 

その時ミュウが、ハジメに抱き着きながら発した言葉、それは今の今までずっと己の罪から逃げ続け、前へ進めないままでいたハジメの心が立ち直る切っ掛けになった。

 

------------

 

「皆、ただい…どしたの、この状況?」

「おお、丁度良い所に帰って来たか、ハジメ!今朝追い出しておいてあれだが会議に参加してくれ!」

「勿論だよ、トシ!」

 

その後も3人でのお出かけを満喫したハジメ、ところが王宮へ戻ってみると如何にも緊急事態だと言わんばかりの騒々しさに直面、其処に通り掛かった幸利から恐らく今起こっている事態への対応を話し合う会議への参加を要請されて快諾、会議室へ向かう中で何が起こったのかを知る事となった。

幸利からの話によると今朝見掛けた、王都外へ訓練を兼ねた哨戒任務にあたっていたIS部隊が先程、魔人族が使役していると思しき魔物の大軍がライセン大峡谷から此処を始めとした、人間族の主要都市へと進撃する様子を捉えたとの情報が入り、今しがた友好国にもその件で連絡を入れたばかりだとか。

魔国ガーランドの将軍であるフリードが先日、大量のドラゴンを引き連れてグリューエン大火山の攻略に出向いたのを見るにガーランドは防振りならぬ攻振りに方針を決めたのだろう、ストリボーグによる絨毯爆撃もハルツィナ樹海上空で行ってからは1回もやっていないが故に戦力も整ってしまったか。

尤も超長距離砲撃を行わなかったのは人道的な理由でとかではない、地理的にあの砲撃が出来るのがハルツィナ樹海上空しか無かったからだ。

もう周知の事ではあろうがこの大陸には、人間族のテリトリーである北側と魔人族のテリトリーである南側を隔てる様にライセン大峡谷が広がっている。

その大気中に放たれた魔法は即座に魔力が分解されて消失してしまうがそれは遥か上空を通っても変わらずに適用されてしまう、よって魔力を用いた砲撃兵器であるマルチプルカノンによる超長距離砲撃は、ライセン大峡谷という壁が無いハルツィナ樹海上空でしか出来ず、ハジメ達の外遊や大迷宮攻略に同行した事で中断せざるを得なくなったのだ。

 

「待ってくれ、ハジメ。此処は俺に、俺達に任せてはくれないか?」

「メルドさん?」

 

何であれ此方のテリトリーに侵攻すると言うのであれば返り討ちにするまで、IS部隊はおろかヴァスターガンダムの投入も早々と決まったが、其処で騎士団長として会議に参加していたメルドが発言した。

因みに主君である筈のハジメに対して何で今まで通り呼び捨て且つ砕けた口調なのか、部下である筈のメルドに対して何で今まで通りさん付けで呼んでいるのかと言うと、メルドが再び騎士団長に就任した際に当のハジメが「今更畏まった態度は止めて欲しい」と要請、いや主君相手にそれはちょっとと渋るメルドを「畏まったりしたら許さない」と脅して承諾させたからだ、国王になった今でもハジメにとってメルドは尊敬すべき存在、という事なのだろうか。

 

「魔人族が此方への攻撃を本格化させた以上、今後も魔物の頭数を揃えて侵略して来る可能性は高い。それに一々対応していたらキリがない。皆には邪神エヒトルジュエ及びその眷属討伐、その為の残る大迷宮攻略という指名があるだろう。こっちに出向いてばかりでは、それは遅々として進まず、その間にエヒトルジュエは新たなる手を打って来るに違いない。そんな事態を避ける為にも、魔人族の相手は俺達に任せてそっちはそっちのやるべき事をやって欲しい。心配しなくても俺達には国王様自ら作り上げられた銃火器やISといったアーティファクトがある、何より『女神の巨神兵』ことヴァスターガンダムもある。今更奴らに遅れは取らんさ」

「…分かった、それなら今回の迎撃にはイユリ、マイ、マルトゥ、以上3機のヴァスターガンダムを投入、メルドさん達騎士団はリリィの指揮の下、迎撃に当たって貰うよ」

「聞きましたね、メルド。陛下が後顧の憂いなくエヒトルジュエ討伐に当たれる様、騎士団一同が全力で迎撃に臨むのです、良いですね!」

「はっ!お任せあれ!」

 

そんなメルドの提案を聞いて確かにその通りだと思ったのか、提案に沿う形で投入するヴァスターガンダムの機種を決定、それを受けてメルドは無線越しに部下達へ指示を飛ばしながら王都の外へと向かい、己の専用機であるマルトゥを顕現させた。

 

「ふん。どうやって持って来たかは知りたくも無いが、そんな有象無象の魔獣共を揃えた所で、この国王様謹製のヴァスターガンダムの相手が出来るとでも?」

 

訓練を重ねた事で手慣れた様子でマルトゥに乗り込んだメルドは、そのメインカメラ越しに見える光景の中で此方へと向かう魔物の大軍を見据え、不敵な笑みを浮かべながらそう呟いた。

嘗てオルクス大迷宮で戦った時は、魔人族への対抗策という名目で異世界から召喚された筈の天之河達ですら一捻りだった魔物達に手も足も出ず、捕縛された末に天之河達の行動を封じる為の人質として使われる事となった。

だがこのモビルスーツなる巨人型ゴーレムのアーティファクトに乗り込んで、文字通り己の魂すら委ねた途端、そんな圧倒的実力差から来る威圧は微塵も感じられなくなり、寧ろ有象無象と鼻で笑える程度の存在にしか思えず、その相手に自分が、自分達ハイリヒ王国が負けるイメージが全く湧かなかった。

 

「メルド・ロギンス、マルトゥ。出撃する!」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

89話_リブート

訓練を兼ねての哨戒任務に当たっていたIS部隊が、此方へと進撃している魔物達を見つけた事で始まった魔人族との、魔国ガーランド軍との会戦。

その進撃ルートの途中に壁の如く立ちはだかるライセン大峡谷は、只でさえ急峻な山岳地帯な上、大気中に放出された魔法は即座に分解されてしまう特性上、軍内で多数を占める地上の魔物達が思う様に進めず、飛行出来る少数派の魔物達が先行する形となった。

尤も少数派と言っても総勢2万は軽く超える大軍である、ガーランドの将軍であり、今回の進撃において総指揮官を任ぜられたフリードとしては、自分達をも難なく退ける実力を有した『イレギュラー』が()()()()()()()()の時を狙っての電撃戦で人間族のテリトリーを陥落させてしまおうという考えで、それ故に飛行出来る魔物は遅れる魔物達に構わず進撃してしまえと指示を飛ばしてある。

彼らの言う『イレギュラー』、つまりヴァスターガンダムやストリボーグさえ無ければ人間族に自分達の魔物が後れを取る事は無い、それが先行する飛行戦力2万位あれば陥落は容易だと判断したのだ、人間族側の切り札として異世界から召喚された天之河とその仲間達すらもカトレア率いる魔物数十体程度で制圧して見せた事や、最強戦力と言って良い灰竜部隊と相棒の白龍『ウラヌス』が全くの無傷な事もそれを後押しした。

だが、

 

「放てぇぇぇぇ!ぶっ殺せぇぇぇぇ!」

「何、もう迎撃に来たと言うのか!?」

 

発見したIS部隊が足止めの積りでいち早く仕掛けたからか、ライセン大峡谷を抜けていざ、という所で発砲音と共に魔物達が次々と射殺されて行った。

進撃へ道半ばの所で待ち伏せされての先制攻撃に驚きを隠せないフリードだったが其処は流石に総指揮を任される身、直ぐ様状況を把握して周囲の魔物に襲撃を受けた事と、それを行っている人間族側の兵士達を討つべく囲い込む様に動けという命令を、魔力による通信で発して態勢を整え、反撃に移る。

攻撃を仕掛けたIS部隊もその圧倒的性能や、ヴィントレスやプラミヤといった兵器の火力に物言わせて魔物達を皆殺しにしていくも小隊規模の自分達に対して魔人族側の戦力数は2万オーバーと多勢に無勢、流石に自分達が負傷する事態は起こっていないが撃ち漏らして前線を突破していく魔物も少なからず出て来た。

然し、

 

「このヴァスターガンダムに敵うものかぁぁぁぁ!」

「ば、馬鹿な、イレギュラーだと!?大迷宮攻略に向かったのではなかったのか!?」

 

魔物達が前線を突破し出してから程なく、遥か彼方から此方へと放たれた光の奔流、それを浴びた魔物達は1体の例外なくその身が塵となって消失した。

その数瞬後に姿を現した純白の身から朱色の光を発する巨人、そう、メルドが搭乗するヴァスターガンダム・マルトゥだ、見つけてからの対応が迅速に行われたのとこの世界で類を見ない程の速さで戦地へ行けたからか、同じく出陣した別のIS部隊と共に、このライセン大峡谷と程近い戦地へと急行出来たのである。

それはヘルシャー帝国やアンカジ公国、フェアベルゲンからも同様で、各方面へ展開していた魔物軍は飛行戦力もそれ以外の戦力も関係なく見事に蹂躙され、

 

「ば、馬鹿な、馬鹿なぁぁぁぁ!」

 

壊滅的と言って良い惨敗、僅かな生き残りと共に撤退せざるを得なくなった。

 

------------

 

「圧倒的じゃないか、我らが軍は…てね」

 

そんな戦況を王宮のテラスから、ISの通信機能をフル活用して前線で戦うヴァスターガンダム等のカメラ越しに見ていたハジメは、連邦軍の圧倒的物量を物ともせず互角の戦いをしていたジオン軍守備隊の奮闘に満足そうなギレンみたくそう呟いていた。

元ネタとは物量、というより兵力差が顕著な所こそ一緒ではあれど、あちら側が本国の最終防衛ラインまで追い込まれた状況での発言だった為ネタ的に扱われる事も少なくない一方、こちら側は王都から戦地となっている平原まで数千kmも離れている、ヴァスターガンダムやIS、ストリボーグならほんの2・3時間位だが、此処トータスの主要な移動手段である馬車だと1週間は下らない、魔物達で構成されたガーランド軍の進撃もそれ位の日数が掛かるだろう、それ位の時間なら周辺都市や他国との連絡を密にして迎撃どころか野戦に持ち込める程の戦力を整える事等造作もないという点で決定的に違う。

 

「リリィ。僕はやるよ、やって見せる…!」

 

そんな覆しようのない圧倒的戦力差を見て勝利を確信、ハイリヒ王国を始めとした人間族・亜人族のテリトリーは任せても大丈夫だと安心したハジメは、改めて邪神エヒトルジュエ討伐、その為の大迷宮攻略へ決意を固め、弾き語りでもしたくなったのか宝物庫からギターラを取り出し、そのまま弾き出した。

彼が今回選曲したのは『宇宙世紀』シリーズのその後、このシリーズの軸と言って良いアムロ・レイとシャア・アズナブルの戦いの結末を描いた『機動戦士ガンダム 逆襲のシャア』のその後を描いた映画『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』の主題歌『閃光』。

その前奏を弾き進める中、ハジメの脳裏に此れ迄の道程がフラッシュバックして行った。

 

「Blinding lights are fading out from the night

あどけない夢掲げた 痛みを知らない赤子のように」

 

オルクス大迷宮の最深部、反逆者の住処にてこの世界の真実を知ったあの日、ハジメは邪神エヒトルジュエを討伐して元の世界へ帰還すると決意した。

この頃はまだこのトータスと言う世界へ、其処に住まう人間族等へ抱く印象は極一部を除いてマイナス寄りだったのもあってか、この世界を救って見せるだとか、此処に住まう人々を守って見せるだとかいう考えは毛頭なく、当然ながらトータスに存在する国の主になっているなんて考えもしていなかった。

故に今では国交を結んでいるヘルシャー帝国とも、シア達ハウリア族の面々とハルツィナ樹海へ向かう際に小隊程度とはいえ軍属の兵達と交戦、という名の虐殺をして来たし、ブルックの町の人達やフューレンの人達との関わり方も一言で言えばビジネスライクな物だった。

ウルの町を魔人族の襲撃から守ったのも、ウィルを救出する依頼の序でというのもあったが、最大の理由は愛子が守りたいと思ったから、ハジメ達にとって大切な人の想いを叶えたいと思ったからだ。

 

「Thunders calling to my ears all the time

揺れる心隠した 痛みを覚えた子供のようにって」

 

それが揺らいだのは、リリアーナがハジメ達を守る為にクーデターを起こして己の家族を始めとした親しい人達を皆殺しにした事、その際にハジメが「自己防衛の為に」提供した銃火器や兵器が使われた事を知った時。

ただ大切な存在であるリリアーナを守りたかっただけの行動が、逆に彼女を追い詰めて心をズタボロにする様な事態に発展してしまった事に衝撃を受け、そうなってしまった責任を取るべく結婚、同時に王の座が空位となったハイリヒ王国の国王に即位した。

と言ってもその時はまだ、ハジメとしてはリリアーナにとって、彼らにとって大切な存在がそうまでして守りたい程大切な物がこのトータスであり、ハイリヒ王国であり、王国に住まう人々であるから守りたいという感覚だったし、トータスへの、其処に住まう人間族への印象が彼女の奮闘によってマイナスからプラスに転じたからでもあった、本質を変えた訳では無いと思っていた。

 

「I'm scared to death and it's so cold all the time

当たり散らし乱れた 認めたくない過去思い出して

Take the sword and get prepared for the fight

気づけばいつのまにか 新しい世界に染まりだしていく」

 

だが即位して直ぐに行ったガーランド側のスパイや邪教関係者の摘発、それが済んでからの外遊を通じてトータス各国の情勢やら国民の生活やらを真剣に見聞きしている内に、トータスも人間族の国々も、其処に住まう人々も本質的には自分達がいた世界とそんなに変わらないのだと知り、ハジメ自身にとっても大事な物となってく内に、そんな大事な物に、その1人でもあるリリアーナに今までの自分が何をして来たのか、知らず知らずのうちに罪悪感に苛まれる様になった。

それをメルジーネ海底遺跡の最終試練で容赦なく突きつけられ、討つべき敵である邪神エヒトルジュエと同じでは無いかと言う有り得てはならない考えに行きついてしまい、取り乱して幻覚相手に乱射しようとした。

 

「Teach me how to fly

これ以上泣かないで 羽ばたけるように

“Just take one deep breath

And hold it still until you see your enemies inside your scope”」

 

1度行きついたその考えを振り払えず、段々と追い詰められていったハジメだったが、そんな彼を立ち直らせる切っ掛けとなる出来事があった、ミュウがハイリヒ王国を「大好き」だと言った今朝の事だ。

新たなる国王となったハジメの下でのハイリヒ王国が「大好き」と言える状況になるまでに起こった様々な出来事は当事者だから知っている、そういった出来事を知らない初見なら兎も角知っている自分が軽々と感想を口にしてはいけない事も幼いながら聡明な彼女は理解している、その上でミュウはハイリヒ王国を、ハジメが治めるこの国を「大好き」だと言ってくれた、オルクス大迷宮でトータスの真実を知ってから今に至るまでにやって来た事が決して間違いじゃ無かったと言ってくれた。

 

「鳴らない言葉をもう一度描いて

赤色に染まる時間を置き忘れ去れば

哀しい世界はもう二度となくて

荒れた陸地が こぼれ落ちていく 一筋の光へ」

 

ならば、これまでにやらかしてしまった事を過剰に悩むのはもう止めて、邪神エヒトルジュエの討伐という初志を貫徹すべく再び前へ進む。

そして見せつける、トータスを『盤』に、其処に住まう生き物を『駒』に見立てたゲームと称して1人愉悦に浸るよりも、皆を幸せに出来る様導き、数多の笑顔に満ちた世界を作り上げる方が余程やりがいのある楽しい事であると。




他の作品の更新を再開したり等で飛び飛びとなりましたが第7章は今回で終了、次回からは大迷宮攻略を再開します。

ただ次回の更新ですが、来週にはコロナの予防接種等の予定が入っている為、もしかしたら遅れるかも知れません。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8章『ハルツィナ樹海とシュネー雪原、そして…』
90話_ハルツィナ樹海、その大迷宮へ…


先週は新型コロナ予防接種による副反応の為、更新をお休みしました。
連絡が遅くなり、すいませんでした。


人間族や亜人族のテリトリーへの侵攻を企てた魔人族の軍勢との戦闘から一夜明けたハルツィナ樹海。

丁度大樹の周囲の霧が薄まって道が開ける周期に入ったこの日、其処へと真っすぐに飛行する者が8人、そう、大迷宮攻略を再開したハジメ達だ。

昨日の一連の出来事を切っ掛けに立ち直った様子のハジメを見て大丈夫だと判断したのか、攻略を再開すると言い出した彼に対して幸利はOKを出し、彼らを乗せたストリボーグが今朝ハイリヒ王国を出発、ハルツィナ樹海へと一っ飛びして来たのだ。

その話を何処かから聞いたのかカム達ハウリア族の面々が樹海の外で待っており、その場で道案内を申し出て来たのだが、シアが既に道順を覚えているのと、ISに搭載されているハイパーセンサーによって道に迷い様が無いので丁重に断り、結局フェアベルゲンへ戻る彼らと途中までは同行する事となった。

その道中、やはりと言うべきか樹海の魔物達が霧に紛れて奇襲を仕掛けようとするも、上述の理由から逆にその居場所を完全に把握されており、襲い掛かる素振りを見せた物は例外なく射殺され、魔石等の素材を回収される事となった。

 

「皆さーん、着きましたよぉ」

 

そうこうしている内に大樹へと到着、先行していたシアが肩越しに振り返りながらそれを伝えて来た。

 

「凄く…大きいのじゃ…」

「だな。けどなティオ、その発言は色々危ないからな」

 

今まで霧に包まれていたのが嘘の様に晴れ渡った空間、そのど真ん中に聳え立つ枯れた巨木は今も尚健在ぶりを見せつけており、その存在感は一行の中で数少ない初見であるティオが思わず何処ぞの漫画みたいな発言を口にする程、幸利も発言にツッコミを入れつつも存在感に魅入られていたのは同じだった。

そんなティオと幸利の様子を見て、自分達も最初見た時はこんな顔だったのかもとハジメ達が小さく笑みをこぼしつつ、此処からが大迷宮の本番と気を引き締めて石板へと向かった。

 

「先ずは再生魔法を得られるメルジーネ海底遺跡のコインと、その海底遺跡へ入る為に使うグリューエン大火山のペンダント、後はオルクス大迷宮とライセン大峡谷の指輪で良いかな」

 

そう呟きながら1つずつ大迷宮攻略の証を嵌め込んで行くハジメ、その度に石板の輝きが大きく強くなって行き、4つ目を嵌め込んだ瞬間、輝きが解き放たれた様に地面を這って大樹へと向かい、大樹その物をも輝かせ、

 

「む?大樹にも紋様が出たのじゃ」

「…次は、再生の力?」

 

ティオが呟いた通り、七角形の紋様が大樹の幹に浮かび上がった。

それを見てトコトコと歩み寄ったユエは、紋様にそっと手を触れながら再生魔法を行使する。

するとパァァァァ!という擬音が聞こえて来そうな位の光が大樹を包み、紋様、それもユエの触れている場所から光の波が天辺に向けて何度も広がって行った。

こうして眩い光を放つ大樹は、まるで根っこから水を吸い上げる様に光を隅々まで行き渡らせ、

 

「あ、葉が…!」

「人が何か手を掛けた途端に復活するとか、花咲かじいさんか?」

「新緑が生い茂るだけで花は咲いていないけどね」

 

その枯れ果てた身に生命力が漲って行き、やがて鮮やかな緑を取り戻した。

そんな大樹が息を吹き返すかの様な光景にシア達が見惚れていると、突如として正面の幹が大口を開けるかの如く裂けて広がり、数十人が優に入れる程の大きな洞が出来上がった。

あれこそが石板のメッセージにあった『新たな試練の道』の入り口、ハルツィナ樹海の大迷宮への入り口なのだろう、そう確信したハジメ達は躊躇なくその中へと入って行く。

その先頭を行ったハジメが洞の中に入るや否や周囲に視線を巡らせる、幾らこの大樹が相当な大きさでも大迷宮を内包するには余りにも小さすぎる、きっと此処には階段や転移魔法陣等、大迷宮へと自分達を飛ばす仕掛けがあるのだろう、と当たりを付けて。

然しながら今見た所ではそれらしき物は見当たらない、ただ大きなドーム状の空間が広がるだけだ。

まさか満たしていない条件があったのか?いや攻略の証は4つ嵌め込んだし再生魔法もユエが使った事でこうして洞の中へと入れる、紡がれた絆、亜人族の協力という点もシアがいるのだから問題無い筈、まさか膨大な魔力と未来視という固有魔法を得たシアは魔物扱いなのか?それとも再生魔法の習得に失敗した自分がいると道は開かれないのか?となると…

と先へ進むための仕掛けが見当たらないのは何故か考え込むハジメ、だがそれは杞憂に終わった。

一行の全員が洞の中へ入ったのを見計らって、先程の光景を逆再生しているかの如く閉じられていく洞の入口、やがて完全に閉ざされ空間内が完全に暗闇に包まれた所で足元に巨大な魔法陣が出現した。

いよいよ試練の始まりか、そう気を引き締めるハジメ達、次の瞬間、眩い光と共に彼らは洞の中から消え去った。

 

------------

 

「っ、此処が、ハルツィナ樹海の大迷宮…」

 

視界が色を取り戻したのを感じて目を開いたハジメ達、其処で見た光景は、大樹に辿り着く迄に飽きる程見て来た樹海のそれだった、大樹から飛ばされた先がまた樹海とは何とも言い難い。

彼等が転移して来た場所は、周りが全て樹々で囲まれたサークル状の空き地、此処を進めと言いたげな道やその痕跡など一切ない正に陸の孤島とも呼ぶべき場所だ、ご丁寧に上空は濃霧で覆われているのでISで上空へと飛び立って、なんて事も困難であろう、ヴァスターガンダムを出す等この鬱蒼とした空間内では当然無理だ。

 

「何もヒントが無いとはね、少なくとも5番目に攻略する大迷宮の名は伊達じゃないって訳か。兎も角、マッピングして行きながら探すしかないね。皆、準備は良い?」

『OK!』

 

此処はISのメモリをフル活用、マッピングして行きながら隈なく探すしかないと決心したハジメ、その呼びかけに皆が元気よく返事を返して歩き出し、

 

「消えろ、ユエ達の姿形を真似するクズめ」

 

たかと思った次の瞬間、ハジメはユエを、雫とシアはティオを、香織と優花は幸利を、其々踵を返して襲撃、躊躇なくその頭を撃ち抜き、吹き飛ばした。

5人のまさかの行動をもし第三者が見ていたら驚きの余り呆然とするか、これ以上の凶行をさせぬ様力づくでも止めようとするだろう、しかしそれも恐らくその後の光景を見て改めるに違いない。

何せ吹っ飛ばされた3人の頭『だった物』が落ちた所にあったのはその残骸では無く赤く錆びた鉄みたいな色合いのスライムらしき物で、頭部を失った身体もまた次の瞬間にはドロリと溶け出し、やがて同じく赤錆色のスライムになっていったのだから。

そう、このサークルに飛ばされたのはハジメと香織、雫と優花、シアの5人と、ユエとティオ、幸利の3人『に擬態した』スライム型の魔物だったのである、転移の際に記憶を探られる感覚が多少あったので、きっとその際に3人の姿形等の情報を集め、それを基に擬態させて送り込み、本物は別の場所へと飛ばされたのだろう。

では何故ハジメ達5人は3人が偽物だと即座に見破れたのか、それは転移された直後、ISの機能に異常が無いか点検を行った所、丁度3人が装着しているISの反応が無いままな事が判明したからだ。

恐らく自分達とは別の場所へと飛ばされた際、ISを始めとした装備品を失ったのかも知れない、他の3人にはより重大な試練を課す為にそうしたのだろうが、此処ではそれが仇となった訳だ。

尤もそれを使わずともハジメ達が姿形そっくりの偽物を見抜くなど造作も無かったであろう、ハジメとその恋人である香織達、そして親友を通り越して『相棒』と言える幸利との絆は、例え姿形を真似しようと揺さぶる事等出来ないのだ。

それはさておき、早速悪どい仕掛けをしてくるとは流石に大迷宮だなと改めて認識したハジメ達は、他の場所へと飛ばされて自分達を探しているであろうユエ達と、何処かへと飛ばされた彼女達のISを探し出すべく樹海へと足を踏み入れた…!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

91話_例え姿形が変わろうと

大迷宮の1つであるハルツィナ樹海、その鬱蒼と生え揃った木々の間を進むハジメ達、そんな彼らに矢張りと言うべきか、樹海と言う事で昆虫を模したであろう魔物の群れが襲い掛かって来たが、一行は一騎当千を通り越して災厄クラスの化物揃い、ハジメのメルキューレによる縦横無尽・変幻自在な攻撃が、香織のスプィーシカによるレーザーが、雫のリェーズヴィエ、優花のキンジャールによる斬撃が、シアのヴァルによる打撃が魔物達に襲い掛かり、瞬く間にその命を刈り取って行った。

然し、

 

「だー、鬱陶しい!ハジメ、この辺り燃やしちゃって良い!?良いわよね!?」

「優花ちゃん、急に何を言い出しているの!?」

「優花、気持ちは分かるけど落ち着きなさい!」

「こんな鬱蒼とした中で火なんて使ったら被害は甚大、ユエさん達が巻き込まれかねませんよ!ISを纏っていないユエさん達に優花さんの炎が直撃したらどうなるか、考えずとも分かるでしょう!」

 

何処まで言っても木々が続くだけの光景、近くを見渡すだけの視界しか確保できない状況にイライラが少しずつ募っていたのか、ある程度進んだ所で優花がマジギレ、パリャーシを取り出しながら森を燃やすと言い出したのだ。

優花のまさかの発言に驚き、落ち着けと、考え直せと説得に当たる香織達だった、が、

 

「よし、やっちゃって」

「「「ゑ?」」」

「流石ハジメね、そうと決まれば」

「待って優花。シアの言う通りユエ達を巻き込むわけには行かない、なるべく魔力反応が無い、或いは薄い方向を狙ってやってね」

「何だって良いわ、このイライラを排除出来るならね!」

 

ハジメは逆にGOサインを出した。

ハジメのまさかの承諾に香織達が唖然とする中、ハジメからの許しを受けて早速燃やそうとパリャーシを構えようとした優花だったが、一応ハジメはユエ達を巻き込まない様配慮する様忠告した。

 

「ひゃっはァァァァ!汚物は消毒だァァァァ!」

「優花ちゃんが何時も以上にはっちゃけてる…」

「それだけ、この鬱蒼とした樹海にストレス溜め込んでいたのね…」

「だね。とはいえこれである程度の視界は確保出来る、探索も少なからずは効率化出来るね。或いは最初からやっちゃった方が良かったかも知れないね…」

「ま、まあそれは言いっこなしって事で一つ…」

 

その忠告をちゃんと聞いていたが故か、パリャーシを振り回して辺り一面を焦土に、ではなくちゃんと一定方向を狙って火炎放射を行って射線上の木々を焼き尽くした優花、とはいえ溜め込んでいたストレスが尋常じゃ無かった為か何時も以上にはっちゃけた様子の彼女にドン引きな香織達の一方、ハジメは許可を出した理由を説明した。

グリューエン大火山の暑さも道中の砂嵐も、メルジーネ海底遺跡の水中故の息苦しさも水流も物ともしなかったISの機能、その1つであるオートマッピング機能で同じ所をぐるぐる回るなんて事態は起こらないにしてもこの鬱蒼とした光景は、それによって数m先までも見渡せない視界の狭さまでは、それによる心理的圧力まではどうしようも無い、それを解消する為の火炎放射の許可だったのだ。

こうして樹海に、木々を燃やして出来た道が放射状に広がり、一行の視界も一気に開けた中、その道の1つに向かって来る1体の気配を捉えた。

樹々の合間から出て来たのは、所謂ファンタジー物に登場するゴブリンの様な外見の魔物、その魔物は此方の姿を見つけるや否や「グギャ!」と弾んだ様な声で鳴きながら向かおうとするも、自らの声にハッとしたかの様に動きを止めた。

そのまま此方を見ながら動かない魔物、顔の造形から殺意を滾らせて睨んでいる様にも見えるが、

 

「あの魔物、ユエじゃない?」

「そうね、ユエが変身した様ね」

「恐らく大迷宮の仕掛けで、転移と共に姿形を変えられたって訳ね。でも私達は騙せないわよ!」

「ですね。何処から如何見ても魔物ですけど、何故かユエさんだと確信出来るですぅ、何故でしょう?」

「揺るぎない絆の強さ、かな?」

「随分アバウトな…でもそうとしか説明できないのが何とも言えないですぅ」

「さっきのユエ達を模したスライムといい、逆に魔物の姿に変えられたユエ達といい、恐らくこの大迷宮で求められている事の1つは、そういった外見に騙される事の無い程の絆の強さかもね」

「ギャッギャッ♪」

 

一行の誰もが、その魔物がユエだと確信、敵意を引っ込めて近づいた。

実を優花の言う通り、大迷宮の仕掛けによってか転移と同時にユエの身体はゴブリンの様な魔物に変えられてしまったのである、恐らくはハジメの言う通り外見で騙されない絆の強さを試す為に。

尤もその点でハジメ達は何の問題も無いどころが充分過ぎる、姿形を変えられた事で会話もままならない状態なユエの言葉も全員が普通に聞き取れるという信じがたい事態も軽くスルーされ、一行は探索を再開した。

 

------------

 

その後、ティオが変身したと思しき魔物を発見した一行、だが、

 

「あれ明らかにティオだよね?」

「あの矢鱈肌を見せたがる所は明らかにティオよね」

「ギュゥ…」

「あんなのが竜人族なのか、竜人族の誇りは一体何処に…ね。

ヤり過ぎて色んな意味で目覚めるとかR-18なヤツだけだと思っていたけど現実に起こるなんてね…」

「そうなると私達も気を付けないとですね、ヤり過ぎてああなるとか洒落にならないですぅ」

「ぶっ!?お、思わず想像しちゃったわ…」

「し、雫ちゃん?何鼻血垂らしちゃってんの?まさか…」

「痴女一歩手前に追い込まれていたのが既に1人いたなんて…」

「やっぱり、控えないと不味いかな?」

「「「「それは駄目(ですぅ)!」」」」

「ギャッ!」

 

件のゴブリンみたいな外見の魔物は、着ていた服を全て破り捨て、やけに(ピー)アピールするかの様な挙動をしながら同族を攻撃していたのだ、周囲の同族もそれを迎撃する構えを見せるもののすっぽんぽんな姿で(ズギャーン!)な挙動をしながら襲い掛かる敵に戸惑いを隠せず、その隙を突かれて倒されるものが続出した。

「竜化の際に邪魔になる」という本人の説明(言い訳)から異様なまでに露出しているプラグスーツを身に着けているのはまだ良いとしても、ハジメ達他の王族が普段身に着けているマントの着用を拒否したり、事ある毎にハジメに対して(ピー)アピールしたりと「痴女じゃねぇか!」と突っ込まれても仕方ない言動が多々見受けられる今現在のティオ、それ故に直ぐに判別出来たのだが一方で、北方の山脈地帯で初めて対面した際の知的美女な彼女は、竜人族の誇りを体現していた彼女は一体何処へ行ったのかと一同は落胆、そうなってしまったのは恐らくハジメとの(ピー)で失神する程ヤり続け、それを何日も行った末にオトされたからでは無いかと思い至り、約一名そうなりかねない状況に追い込まれている者がいたので今後気を付けないとなとハジメは考える事となったのは余談である。

 

------------

 

そして、ブルタールに変身したらしい幸利とも合流した所で、この大迷宮におけるボス敵と思しき存在、所謂トレントと言われる巨木の魔物との戦闘に突入するもこれまた難なく退けたハジメ達、すると、

 

「再生している?」

 

優花の火炎放射によって消し炭となった巨木が、まるでビデオの巻き戻しみたく元の姿へと化したのだ。

まさかグリューエン大火山の最終試練みたく何度も倒すパターンなのかと身構えるハジメ達だったが、復活した巨大トレントは襲い掛かるでもなく、やがてこの大迷宮へ入る際の再現だと言わんばかりにその身を真っ二つに割り開き、巨大な洞を形成した。

 

「成る程、中ボスであると共に次のステージへの扉でもあった、という訳だね」

 

その洞へと入った直後、やはりさっきの大樹の再現だと言わんばかりに巨大な魔法陣が足元に出現したのを見て何処か納得したように呟くハジメ、そんな彼を他所に魔法陣に刻まれた転移の術式が発動した…!




コロナの予防接種等の予定が入る為、来週の更新はお休みします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

92話_行って参ります

投稿が遅くなってすいませんでした。


「ん、此処は…」

 

背部より伝わる金属の様な冷たく硬い感触、それを感じ取ったハジメは、微睡の中に居た意識を急速に覚醒、自分が今どんな状況下に置かれているかを油断なく確認した。

光源など一切ない真っ暗闇だったもののハジメは『夜目』の技能を会得していたのでISのハイパーセンサーを使うまでも無く周囲の把握は容易に行えた。

その眼に映った光景からして、どうやら先程迄いたそれよりも二回り位大きい、巨樹の洞らしき場所へと自分達は転移した様だ。

尤も先程の洞と違うのは大きさだけではない、その空間内には長方形で黄褐色の透明な物体、人一人ぐらいがすっぽり収まる棺の様な物が規則正しく円状に置かれていたのである。

今しがた覚醒したハジメもまたそんな棺の1つへ転移し、そのまま眠らされていたのだろう、尤も起きる際に消失したのか棺があったと思しき場所には何もなかった、一方で他の7つの棺にはハジメとずっと同行していた香織と雫、優花とシアの他、魔物の姿に変貌した状態で離れ離れになるも後で合流したユエとティオ、幸利が元の姿に戻った上で棺に入れられ、今なお深い眠りについていた。

そう、転移と同時にハジメ達は棺の中で眠らされていたのである、恐らくは挑戦者達にとって何から何まで都合の良い事だけが存在する『理想世界』を夢として見せる為に。

きっとそんな理想世界を見せられながらも、それが夢だと気付き、己の意志で脱出出来るか否かを、理想世界という名の甘い幻想を振り払える意志があるのかを試す大迷宮の試練なのだろう、ハジメはそう推測した。

そんなハジメが見せられた理想世界、その世界におけるハジメはハイリヒ王家の庶流である地方領主ナグモ家の生まれだったが、その並外れた才覚を聞き付けた国王エリヒドの熱烈なアプローチもあって、婿養子という形で王家を継ぐ存在となっていた。

数年前、聖教の主神エヒトの名を騙り長年に渡ってその影響力を我が物としていた悪神エヒトルジュエを諸国と協力して討伐した事で『英雄王』と称されたエリヒド、彼には既に王子であるランデルが生まれていたにも拘わらずハジメを跡継ぎとして迎え入れた事については世界中で論争が巻き起こる程の衝撃であったが、エリヒドの期待に応えねばと奮起したハジメの活躍によってその声は間もなく沈静化、その英断を成し遂げたエリヒドへの支持は揺るがない物となっていた。

そして夢の中の年代においてハジメは、義理の両親であるエリヒドとルルアリア、義理の弟であるランデル、正室でありハイリヒ王国の姫であるリリアーナ、ナグモ家に居た頃の婚約者である香織と雫、優花と愛子に、吸血鬼族の国の姫であるユエ、兎人族の国の姫であるシア、竜人族の国の姫であるティオ、海人族の国の姫であるレミアとその『妹』であるミュウら側室達といった大事な家族に囲まれ幸せな時を過ごしながら次期国王に相応しい存在となるべく勉学や公務に邁進していた。

リリアーナがクーデターを起こす事もエリヒドらが操られた末に命を落とす事も無く、吸血鬼族の国が滅ぶ事もユエが監禁される事も無く、魔力が無いという理由で亜人族全体が差別される事もその中で魔力を有するシアが化物扱いされる事も無く、竜人族が絶滅の危機に瀕する事も無く、そもそも一連の黒幕であるエヒトルジュエは既にエリヒドらの手で討伐されている、そんなハジメにとって都合の悪い事が一掃された上で今とほぼ変わらない立場に就いた理想世界、然しながらその世界『に生まれ育った』ハジメの心中には言い知れぬ違和感が、『ありもしない記憶』が常に付きまとっていた。

惨劇が起こった事を物語る血まみれの王宮、その中で皆殺しにされたエリヒドら家族や重臣達、大粒の涙を流しながら彼らに銃口を向けるリリアーナ…

時間が経つ毎にはっきりとしていく記憶、心中で大きくなっていく違和感、それらは理想世界のハジメに、出来る事なら直視したくなかったであろう現実を突きつけた、この世界は己にとって都合の良い夢でしかないのだと、過去を変えるのも、消すのも、無かった事にするのも出来ないのだと、現実はそんな都合の良い事ばかりじゃない、どうしようもなく都合の悪い事もそれなりにあるのだと、消えない過去に、都合の悪い事に向き合い乗り越えてこそ、真の幸せは待っているのだと…

皮肉な事ではあるが、メルジーネ海底遺跡の試練でズタズタに切り裂かれたハジメの心に植え付けられたトラウマが、このハルツィナ樹海の理想世界の試練を攻略する手助けとなったのである。

こうして理想世界が夢の中のものだと把握したハジメは、その様に何事かと問うエリヒドらに、今なおエヒトルジュエを信仰する一派の残党が潜伏しており、その粛清を次期国王である己自ら行かねばならないと宣言、色々と理由付けて引き留めんとする彼らを説得、それが成せた次の瞬間、理想世界と言う名の空想はバラバラになった。

これによって試練は合格、現実へと意識が戻される刹那、恐らくはこの迷宮を作り上げたリューティリス・ハルツィナと思しき者から、甘く優しいだけでなく、与えられるだけでなく、辛くとも苦しくとも現実で積み重ねた物こそが幸福に導くのだとアドバイスを受ける。

それと共に、ハジメの背後にずっといたエリヒドとルルアリア、ランデルから背中をそっと押されたような気がした…

 

「行って参ります、義父上、義母上、ランデル…

必ずやこの手で偽りの神を討伐し、このトータスという世界を皆が笑顔に、幸せになれる世界にして見せます。どうか、どうか僕達の歩みを、天より見守って頂きたい…!」

 

ハジメは静かに涙を流しながら、天国にいるであろうエリヒドらにそう告げた。

そんな彼の懐にあるステータスプレート、その技能欄に出来た空欄部分に再生魔法の文字が何時の間にか刻まれていた事に気づいたのは、保留扱いになっていたであろうメルジーネ海底遺跡の試練の成否が合格と言う形で通達されていた事に気づいたのは、もうちょっと後の話。

 

------------

 

その後、他の皆も理想世界の脱出に成功して目覚めた事がトリガーになったのだろう、部屋の中央に出現した魔法陣によってみたび強制転移されたハジメ達は、今までと同じ樹海の様で、実は天井が存在したり広さもそれ程広くないのか目標と言える巨大な樹が見えたりする空間へと転移した。

どうやら此処での試練は最初のそれみたいに離れ離れにしたり偽物を紛れ込ませたりするタイプでは無いのか、転移された場所には全員が揃っていた。

それを確認した一行は巨樹へと一直線に飛行、転移の際に一時は所有していたISの反応がロストしていた、つまりISを没収されていたユエ達も此処への転移の際に元の状態で返却されたのか、何の問題も無く起動出来、一行から遅れる事無く進軍出来た。

その途中、天井や地面、樹々や草から乳白色のスライム状の魔物が大量発生、地上にいるであろう挑戦者達を飲み込まんとしていた。

恐らくはこの乳白色のスライムこそがこの空間における試練の担い手なのだろう、それを見たハジメが未来予測系の技能を駆使して確認してみると、その試練の概要が判明した。

そのスライムの粘液には強力な媚薬の成分が入っており、それに多少でも身体が触れてしまうと性的欲求が大いに増強され、正気を失わせる程らしい。

地上数mがスライムの海と化すほどの物量からしてほんの一滴も触れないなど不可能と言って良いだろう、それによって増大化した性的欲求に耐えて困難を乗り越えられるか、或いは性的欲求に飲み込まれても絆を保てるか、それを問うのが今回の試練なのだろう、それをハジメから聞かされた一行は、そのスライムが色合いもあって完全にハジメが妻達との(ピー)で注ぎまくる『イカ臭い』液体にしか見えなくなり「何処のR-18な展開なの…」と苦笑いを浮かべるしか無かった。

尤もハジメ達は空を自由自在に飛べるISを装備している為スライムに飲み込まれる事は無いし、天井から降って来るそれも、ISのシールド・バリアによって装着者に干渉する事は叶わない為、一行は完全にスルーしていたが。

こうして何の障害も無く巨樹の元に辿り着いた一行は、今までと同じ様な展開で出来た洞に出現した魔法陣で次なる場所へと転移した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

93話_紫紺の蝶VS黒い悪魔

序盤は下ネタ注意です。


ハジメ達が転移した先、それは先程迄いた洞と一見すると変わらない場所だったが、既に出口が空いていた事、その先の景色が先程の樹海とまるで違っていた事等から転移に成功したのだと一行は確信、また何人か偽物が紛れ込んだり琥珀の棺に入れられたりといった今まで見た様な仕掛けも無かった為、今回の空間も今までとは違う様な試練が待ち構えているのだろうと一行は警戒心を強め、洞を後にした。

 

「…まるでフェアベルゲンだね、これは」

 

洞を出た先に広がる光景はフェアベルゲンを思わせる樹の枝で出来た空中回廊、その美しい光景に思わず呟いたハジメに、他のメンバーも確かにと頷いた。

尤もフェアベルゲンのそれが幾本もの巨木から生えた枝が絡み合って出来ているのに対して、この空中回廊はハジメ達が先程迄いた洞を生み出した巨木1本から生えた枝だけで形成されているという違いがあるが。

そんな空中回廊を、人が通れるほどの頑丈さと太さを併せ持った枝で作れるとなると、それはそれは巨大な樹という事になる、実際背後には捉えきれない程の幹が見える。

見上げてみれば石で出来た天井、つまりここは馬鹿でかい地下空間、そしてこれ程の巨木が世界に2つ以上もあると思えないとなると…

 

「此処までの太さとなると、ひょっとして地上の大樹と繋がっているのかな?」

「…そうかも。となるとこの空間は大樹の真下」

「だがそれだと、地上に見えていた大樹は…」

「地下の幹から枝が生えているんだ、本当の根はもっともっと地下深くで、地上で見えるのはほんの先端部分と言う事になるね。あれでほんの一部って事は、本当の大きさは一体どれ位なのかな…」

「つまりク(ズギャーン!)スって事だね!」

「きゅ、急に何を言い出しているの香織!?」

「何と、我らが毎晩目にしておったク(バキューン!)スは先端部分だけであったのか?」

「まあ吸血鬼族や兎人族、竜人族もそうかは分かんないけど、人間族はそうだって聞いた事あるわね。大部分は身体の中に埋まっているとか。確かにこの大樹もそれっぽいわね」

「へぇー、勉強になるですぅ」

「いや何の勉強なの!?」

 

背後の巨木の正体が、大迷宮の入口たる大樹の地下に埋まっている部分だと気付き、改めてその凄まじいまでの巨大さに度肝を抜かれて頭上を仰ぐハジメと幸利、ユエの一方で、そんな真面目な考察を耳にした香織が突如下ネタ全開な例えをし、雫がツッコむのも構わず猥談に興じていた。

と、その時全員のハイパーセンサーが、何かしらの音をキャッチした、どうやら通路の下の方、闇が一面に広がる底の部分から聞こえる様だ。

それを聞いた全員がすわ敵襲かと警戒、音の正体が何なのかを確認すべく油断なく枝の淵へと移動した、してしまった。

ハイパーセンサーの視覚補正によって超絶強化された視界が捉えた、闇の向こう側に居るであろう音の正体、それは、

 

「ゴ…」

「ゴ…!」

「ゴ…!?」

『ゴキブリィィィィィィィィ!?』

 

ゴキブリ、それは「1匹いたら30匹いると思え」という格言にもある通りの『下半神』ハジメも顔負けな繁殖力、強力な大顎を駆使してゴムやプラスチックすらもバリバリと喰らう雑食性、どんな環境でもしぶとく生き残る生命力からトイレや生ごみを捨てる場所等の不衛生な所に住み着き、そういった場所で増殖した病原体をばら撒いて行く事や、気色悪い見た目、駆除を困難にさせる素早い動きからか現代日本において嫌わぬ者はほぼいないと言って良いヤベー奴、またの名を黒い悪魔、或いはG。

そんなゴキブリと思しき存在が、恐らくはそれを模したであろう魔物がこの地下空間の底辺、大枝の道の下に広がる暗い闇の向こう側に数百、数千、数万という膨大な数で群がっていたのである!

音の正体がゴキブリだと知らずに確認してしまった事を今更ながら後悔しつつ即座に飛び退くハジメ達、幾ら化物級の戦闘能力を有し、IS等の強力なアーティファクトを装備している一行と言えどゴキブリに対する嫌悪感と恐怖感が払しょく出来る訳では無いのだ。

それと同時に、出来れば当たって欲しくない憶測が一行の脳裏に浮かび上がる、この空間における試練、それは闇の底に潜むゴキブリ型魔物を殲滅しろとかそういう物なんじゃないか、でなければ回廊の端から視界を強化して覗き込まねば見えず、聴覚を研ぎ澄ませなければ僅かな音すら捉えられない場所に魔物を配置する筈は無い、きっと然るべきタイミングで此方に襲い掛かって来るか、逆に闇の底へ突き落して来る筈だと。

此処まで一行に擬態した魔物を紛れ込ませたり一行の誰かを魔物の姿に変えた上で別の場所に転移させたり、冒険者の理想を体現した夢を見せたり、意味深な色合いのスライムに触れさせる事で発情させたりと、挑戦者の『精神力』やら『絆』やらを試す様な試練を課して来たこの大迷宮ならさもありなん、と判断した一行は何時そんな事態になっても良い様に身構えながら移動する。

すると案の定、

 

『き、来たぁぁぁぁぁぁぁぁ!?』

 

ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!と響き渡る大量の羽ばたき音と共に、ゴキブリの大軍が此方へと襲撃すべく急上昇して来たのだ、それはさながら真っ黒な津波の如く。

 

「『五天龍』!」

「抹殺!ですぅぅぅぅぅ!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

「来るでないわぁぁぁぁ!」

「汚物は消毒だぁぁぁぁ!」

「『月光蝶』であぁぁぁる!」

「スプィーシカ、バスターモード!」

 

それを耳にした一行は即座に反応、ユエは様々な属性を有する5体の龍型エネルギーを、ティオは竜化させた頭部から灼熱のブレスを、優花はパリャーシからやはり火炎放射を、幸利は十八番である月光蝶を、香織はスプィーシカをバスターモードに変形させてビームを、ハジメ達専用の遠距離攻撃手段を持っていない者達はプラミヤから大量の榴弾を放ち、ゴキブリの大軍を殲滅していく。

だが数は余りにも多すぎるし、だだっ広い地下空間のあらゆる場所から出て来るし、統率も十分に取れている為か其々の攻撃がどういう物かをある程度把握して被害を最小限に食い止められる様な布陣へと即座に変えられてしまうしで、相当な数が戦場へ飛び立つのを許してしまった。

 

「Fervor,mei Sanguis!」

「「『聖絶』!」」

 

そのまま重力に従ってハジメ達へと降下して襲撃して来るゴキブリ達、だがそれを甘んじて受け入れる訳が無く、ハジメはメルキューレによって金属障壁をドーム状に展開、ユエと香織が聖絶でそれを補強し、敵の侵入を一切許さない。

それに構わず障壁へ突進して来るゴキブリの大軍、障壁を粗いヤスリ状にした事でぶつかったゴキブリが瞬時に粉みじんと化すという中々グロい光景が広がっていたが、金属障壁の影響で視界が塞がれていたのが逆に幸いしたか精神崩壊を起こす者はいなかった、もし障壁が透明な聖絶だけだったら…想像するだけでも悍ましい。

だが何時までも守っているだけと言う訳にも行かない、メルキューレは元々シュタル鉱石なので耐久力は無限じゃないし、補強の為の聖絶にも時間制限がある、何よりゴキブリ達が何かしらの対策を立てて来るだろう、そろそろ反撃しなければと各員が各々の武器を構えようとしたその時だ。

突如として聞こえなくなった衝突音、それを訝しんだハジメがメルキューレによる障壁を撤去すると案の定と言うべきか障壁に群がっていたゴキブリの大軍が既に引いていた後、そのゴキブリ達は空中で球体を作り出したかと思ったら、それを中心に囲うかの如く円環を作り出し、その円環に紋様を描くかの如く他のゴキブリが各地に配備されて行ったのだ、まるで魔法陣を形成するかの如く。

 

「トシ!今すぐに月光蝶を発動して!全力全開で魔法陣の方に叩き込んで!」

「何が起こるか分かんねーが了解だ、ハジメ!『月光蝶』であぁぁぁぁる!」

 

その光景を目の当たりにしたハジメがXラウンダーによる近未来予測を行った事でその魔法陣の効果を把握、それが阻止しなければならない凶悪な物だと理解したのだろう、幸利に対して即座に月光蝶の発動を指示し、幸利もそれに応じて極彩色のエネルギーの奔流を魔法陣へと殺到させる。

そうはさせじとその魔法陣を守るかの様にゴキブリの波が立ちはだかる、然しながら『月光蝶』の本質は魔力関連のハッキング、放出された闇魔法の因子は重さを有していないので重力の影響を受けず、壁役となったゴキブリ型の魔物に接触したとしても運動エネルギーの消失なくすり抜ける様に、或いは瞬殺しつつはたき落とす様に奥へと殺到、何かしらの術式を発動しようとした魔法陣を、それを構成していたゴキブリごと崩壊させた。

 

「トシ、次は下!通路の裏に新たな魔法陣が!」

「任せろハジメ!俺の月光蝶に不可能は無い!」

 

だがそれは囮だと言わんばかりに新たなる手を打っていた様で、ハジメ達の立つ通路の裏側で別の効果を有するであろう魔法陣を形成するゴキブリ達、だがそれをXラウンダーで感知していたハジメが幸利に指示を飛ばし、それに即座に応じた幸利の手によって未然に防がれた。

どうやらあの魔法陣以外にこの状況を変える手段を持ち合わせていなかったのか、その後は先程迄の様に突っ込む事しかしなくなり、程なくハジメ達の手によって殲滅され、それで試練は成功となったのか天井付近からハジメ達の方へと大きな枝が伸び、やがてそれは波打つかの様に変形して階段状と化した。

それを受けて折角だからと階段を上って行く一行、その途上であの魔法陣にどんな効果があるのかをハジメに聞いてみた所、最初の魔法陣はゴキブリ達の大ボスと言える、ムカデ型に合体したゴキブリを召喚する物で、2つ目の魔法陣は挑戦者の好意と敵意を『反転』させる物だそうだ。

もしその魔法の発動を許していたらどうなるか、1つ目は兎も角、2つ目の場合は、それまで愛し合い、背中を預け合った仲間達を『仇敵』、視界に入れるのも躊躇われるゴキブリ型魔物を『大切な物』と捉えて同士討ちに走ると言う、ちょっと考えただけでも恐ろしく感じる未来が見えた一行はそれ以降、考えるのを止めた、まあ結果的に発動を許さなかったのだから良しとしようと思ったのだろう。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

94話_道標

枝の階段を上り切った先にあったのは案の定と言うべきか大樹に出来た穴、其処に入ればこれまた案の定、魔法陣が発動してとある場所へと一行を転移させた。

その転移先は、一言で言えば庭園だった。

学校の体育館程度の広さのその場所には、水がちょろちょろと流れる幾つもの可愛らしい水路、芝生が植えられているらしい地面、所々飛び出す様に伸びる小さめな樹々、小さい白亜の建物があり、奥の方には円形の水路で囲まれた小島、その中央にこの庭園内で最も大きい樹、その枝が絡みつく石板があったのだ。

 

「皆の者、どうやら此処は大樹の天辺付近みたいじゃぞ」

 

そんな庭園の端へと向かい、外の景色を確認したティオの言葉を聞いてそれは本当なのかと同じく外を見やる一同、その下の方には確かに、広大な雲海と見紛う様な濃霧が、ハルツィナ樹海を覆う濃霧の海が広がっていたのだ。

が、それはおかしいと香織が疑問を口にした。

 

「あれ、ちょっと待って。これちょっと可笑しいよ。ストリボーグやISで樹海の上空を何度も飛行しているけど、これ程の大樹、誰も見ていない筈だよ?この濃霧がある所までで考えても、この庭園の高さは200m位、それ位の大樹なら見逃す訳が無い筈なのに…」

 

其処まで疑問を口にしたところで、香織は自分自身の発言の可笑しさに気付いた。

地上で見た大樹の大きさからして、樹海を覆う濃霧を越えて上部が突き出ているのは確定的明らかと言って良いのは香織も口にした通り、にも拘わらず今の今まで、ストリボーグから、ISを纏った己自身の眼から大樹を確認できなかった事を何とも思っていなかったのだから。

 

「成る程、大樹自身か、或いは覆っている濃霧か、隠蔽する魔法でも施されている訳か。闇系統にそういう魔法はあるし、何なら月光蝶を応用すればちょちょいのパーだしな。魂魄魔法ならもっと確実だが、或いは空間魔法で座標をずらしたか?」

「まあ大迷宮の最深部を剥き出しにしたままな訳無いよね、そりゃあ。増してあんな厳しい潜入条件まで付けたのにさ。尤も、態々そうしなくても地下深くに拘れば良いじゃんって話だけど」

 

それに気づいた幸利が己の推論を、ハジメがその訳を、此処が迷宮最深部である事と合わせて口にした。

尤もハジメの疑問が解消される事は無かったが。

オルクス大迷宮、ライセン大峡谷、神山、グリューエン大火山、メルジーネ海底遺跡…

嘗て攻略した大迷宮は例外なく、その最深部は読んで字の如く大迷宮の奥深く、外界から最も遠い場所に設けられていた一方、このハルツィナ樹海の迷宮だけ大樹の天辺、何の処置も施さねば外界に丸出しな場所に設けられているその訳がハジメには全く見当がつかなかった。

他の大迷宮と同じく外界から最も遠い場所、例えば大樹の根っこ部分に最深部を設ければ態々こんな仕掛けを施す必要は無いのではとリューティリス・ハルツィナの考えに疑問を抱くが、何時までもそれを考えている訳にも行かない、庭園の奥の方へと進み、恐らくは神代魔法を会得出来る魔法陣があると思しき小島へ足を踏み入れた。

すると石板が輝き、水路に若草色の魔力が流れ込む、どうやら水路その物が魔法陣なのだろうという一行の推測を他所に、何時も通りの手順で新たなる神代魔法を会得した。

その際に流れ込んだ知識を一行が確認しようとしたその時、石板に絡みついていた樹がうねり出した。

何事かと一行が身構える中、樹はグネグネと形を変え、やがて女性と思しき風貌の人型を形成、それはまるで意志を持っているかの様に話始めた、話の内容からしてオスカー・オルクスの住処の様な記憶媒体なのだろう。

 

『まずは、おめでとうと言わせて貰うわ。良く数々の大迷宮と私の、このリューティリス・ハルツィナの用意した試練を乗り越えたわね。貴方達に最大限の敬意を表し、酷く辛い試練を仕掛けた事を深くお詫び致します。然しこれもまた必要な事。他の大迷宮を乗り越えて来た貴方達ならば、神々と我々の関係、過去の悲劇、そして今起きている何か…

全て把握している筈ね?それ故に、揺るがぬ絆と、揺らぎ得る心という物を知って欲しかったのよ。きっと、此処まで辿り着いた貴方達なら、心の強さという物も、逆に、弱さという物も理解したと思う。それがこの先の未来で、あなた達の力になることを切に願っているわ。貴方達がどんな目的の為に、私の魔法『昇華魔法』を得ようとしたのかは分からない。どう使おうとも、あなた達の自由だわ。でも。どうか力に溺れる事だけはなく、そうなりそうな時は絆の標に縋りなさい。私の与えた神代の魔法『昇華』は全ての『力』を最低でも一段進化させる。与えた知識の通りに。けれどこの魔法の真価は、もっと別の所にあるわ』

「もっと別の所にある真価?いやそれを知識に入れておけよ、知らなかったんだがそんなの」

「私の話を聞け!って事なんじゃないの?僕達は兎も角、此処までの試練でパーティの仲を弄ばれて来た挑戦者達はお前の話なんざ聞けるか!さっさとブツを寄越せ!ってなりそうだし、それで直ぐに引き上げられるのを防ぐ為にさ」

 

人型――リューティリス・ハルツィナの話を記憶した媒体は、過酷な試練を課した事を詫びつつ、その理由を、会得した神代魔法――昇華魔法の能力を話すが、次に出て来た言葉に一同は驚きを隠せず、何でそれを知識として先に伝えねぇんだと幸利が抗議の声を上げる。

尤もそれは、推察も兼ねたハジメの説得で沈静化した、確かにハジメ達は回避したor影響は少なかった一方、他の挑戦者ならその被害は甚大であろう、そんな者達が己の話をちゃんと聞くとは思えないが故の策なのだろう。

 

『昇華魔法は文字通り全ての『力』を昇華させる。それは神代魔法も例外じゃない。生成魔法、重力魔法、魂魄魔法、変成魔法、空間魔法、再生魔法…

これらは理の根幹に作用する強大な力。その全てが一段進化し、更に組み合わさる事で神代魔法を超える魔法に至る。神の御業とも言うべき魔法『概念魔法』に』

「概念魔法…!」

 

そんな真価、神代魔法をも『昇華』させる魔法、そしてあらゆる神代魔法の果てに得られるという『概念魔法』の存在、その話を聞いた一同はその強大さを想像し、緊迫感からか誰かが生唾を飲み込んだ。

ひょっとしたらミレディ・ライセンが言っていた「望みを叶えたいなら全ての神代魔法を手に入れろ」という言葉、それはこの概念魔法を手に入れる為のヒントだったのかも知れない。

 

『概念魔法、そのままの意味よ。あらゆる概念をこの世に顕現・作用させる魔法。ただしこの魔法は全ての神代魔法を手に入れたとしても容易に修得する事は出来ないわ。なぜなら概念魔法は理論ではなく極限の意志によって生み出される物だから』

「あぁ。だから概念魔法の取得と共に知識を得られなかったのか、そんな知識は存在しないのだから」

 

理論では無く『極限の意志』、何ともふわっとした説明だが一方で、そう言うしかないのが概念魔法なのだろう、それを知識として流し込むなど出来る訳は無いかと、事前に伝えられなかった真の理由を知り一同は納得した。

 

『私達解放者のメンバーでも7人掛りで何十年掛けても、たった3つの概念魔法しか生み出す事が出来なかったわ。尤もわたくし達にはそれで十分ではあったのだけれど…

その内の一つをあなた達に。名を『導越の羅針盤』、込められた概念は『望んだ場所を指し示す』よ』

 

そんな一同を他所にリューティリス・ハルツィナの説明は続く、その最中に石板がスライドし、中の空間から懐中時計らしき物――導越の羅針盤が出て来た。

それを受け取ったハジメが確認する、表には半透明の蓋の中に直径と同じ位の長さの針が一本中央に固定されており、裏側にはリューティリス・ハルツィナの紋様が描かれていた、つまり攻略の証も兼ねていたのである。

羅針盤という名前に恥じない中央の針、込められた概念、それらが意味する所は…!

 

『何処でも、何にでも、望めばその場所へと導いてくれるわ。それが隠された物であっても、或いは別の世界であっても』

「後はそれに対応した移動方法さえあればエヒトルジュエが、その眷属が本拠としているであろう世界にも即座に突入出来る…!」

 

恐らくはこの導越の羅針盤でエヒトルジュエがいる場所を割り出し、他の2つのうちの1つで其処へと突入、最後の1つで倒すというのが解放者達の考えだろう、何せ解放者の目的は邪神による支配からの解放、その為にエヒトルジュエを倒さねばならなかったのだから。

 

『全ての神代魔法を手に入れ、其処に確かな意志があるのなら、貴方達は何処にでも行ける。自由な意志の下、貴方達の進む未来に幸多からん事を祈っているわ』

 

その力を聞き、何が出来るかを思い浮かべる一行を見てかどうかは知らないが、人型はその言葉を最後に元の樹へと化した。

 

(ハジメ、元の世界に帰りたいんじゃ無かったの?)

 

こうして七大迷宮の1つ『ハルツィナ樹海』の攻略を終えたハジメ達、エヒトルジュエ達が潜伏しているであろう場所へ突入する手掛かりも掴んだ一行は改めてエヒトルジュエ討伐を決意する。

その中でユエは、ユエだけはそんなハジメ達の様子に、違和感を覚えた。

エヒトルジュエ達が潜伏する世界に突入出来る事をハジメが口にした訳は分かる、オスカー・オルクスの住処でも本人が口にした通りエヒトルジュエは異世界に干渉する力を持っている、それを討伐せずに帰っても口封じを名目に再転移させんと干渉して来るに違いない、いやひょっとしたら攻撃を仕掛けるだろう、帰還の為にエヒトルジュエを殺す事が避けて通れないのは確かなのだ。

またエヒトルジュエを討伐しても、少なくともハジメ達は直ぐに元の世界へ帰る事はしない、いや出来ないのだ、エヒトルジュエ討伐の為に各地の大迷宮を攻略する道中で引き起こされてしまったリリアーナのクーデター、それによってボロボロになったハイリヒ王国を『真っ当な形で』復興するまで、具体的にはリリアーナとの間に出来た子が国王を継ぐまで、最低でも16年はトータスに留まるとハジメ達は決めていた、尤も1年に数日位の帰省はする積りでいるが。

だがあの時のハジメの眼が、エヒトルジュエを討伐した後にどうするかを見据えていたハジメの眼が、元の世界には一切向いていないとユエには見えてならなかった、初めて会った時あんなに故郷への帰還を望んでいたハジメ達にも拘わらず、導越の羅針盤があれば元の世界に帰る事も出来るにも拘わらず、である。

 

(ハジメ。貴方は、貴方達はこの数ヶ月で変わった。初めて会った時あんなに元の世界への想いを、故郷への想いを口にしていた貴方はもういない。もしくはこのトータスこそが貴方にとっての故郷になったのかも知れない。ハジメの言葉に何の疑問も持たなかった事を踏まえれば香織達もそう。それ自体に異論を挟む積りは無い、その程度でハジメへの想いが揺らぐ事は無いし、私の故郷はハジメ達という輪の中だから。でも貴方達はそんな、変わった貴方達自身の想いに気付いているの?その事実にいち早く気付かないと、不味い事態になりそうな気がする…)

 

そんな変化を受け止める自分自身、だが一方で変化が起こった彼ら自身はどうなのか、1つの不安が心中に芽生えたユエ。

そしてその不安は直ぐ現実の物と化す事となる…



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

95話_シュネー雪原

ハルツィナ樹海の長い樹々を抜けると雪国であった、と、とある文豪の代表作、その冒頭みたいな言い回しが真っ先に浮かぶ位、樹海を抜けた先には銀世界が広がっている。

此処はハルツィナ樹海の丁度南に位置する一大雪原で、7つ目の大迷宮があるとされるシュネー雪原だ。

24時間365日雪雲に覆われっ放しと言って良いほど年中曇り空なので陽の光が届く事は無く、降り積もった雪や踏み固められて出来た氷が溶けない為に大地はずっと氷雪で覆われている。

因みに此処の西隣、大陸の南側中央に位置する魔人族の国ガーランドにも、北隣のハルツィナ樹海にも何かしらの壁が設けられているのか雪雲や氷雪が入って来ることは無い、よって樹海や魔国に氷雪での被害はないとの事。

閑話休題、その雪原の奥地にある巨大な峡谷、その先に目的地である『シュネー雪原の氷雪洞窟』がある、其処こそ大迷宮の1つだと冒険者界隈や各国は当たりを付けている、というのも見たまんまと言うしかない極寒の気候、年中吹き荒れるブリザード(猛吹雪)によって引き起こされるホワイトアウト*1、氷雪に隠れて見えないクレバスを始めとした自然のトラップ等、グリューエン大砂漠とは色々と逆の意味で過酷な環境から、辿り着く前に消耗して倒れたり辿り着けても結局帰って来る者はいなかったりといった生存困難性からだ。

尤も大迷宮の有無に関する確かな情報をミレディ・ライセンから予め聞いていた一行は、ハルツィナ樹海の大迷宮を攻略した翌日である今、ストリボーグで雪原を覆う雲海の上を全速前進していたのだ、場所を知っていて尚且つ安全に到達出来る足があるならそれを使わない手は無い。

 

「皆、到着したぜ。この下に大迷宮の1つである氷雪洞窟、其処へ向かう渓谷がある」

「分かった、昇。皆、今更だけどこの辺りは魔人族のテリトリー、今迄とは違って魔人族からの、ガーランドからの襲撃も十分にありえる。此方からの絨毯爆撃によって大いなる被害を受けたにも拘わらず大規模な侵攻を仕掛けて来たんだ、そんな事をする体力など無いなんて甘い考えはしない方が良い。まあ向こうもグリューエン大火山での件と先日の件、2度も侵攻を退けられて尚、無策な特攻を続けて来る程バカでは無いと思うけど、襲撃はあると見越して動くべきだ。昇はそのまま地表付近まで降下を。妙子は引き続き周囲の索敵を怠らずに。明人は砲撃の、奈々はイエヌヴァリの準備を進めて。淳史は何か起こった際に此方への連絡を。皆、心して行くよ!」

『了解!』

 

そうこうしている内に氷雪洞窟への通り道である渓谷の上へとストリボーグが辿り着いた、それを操舵士である昇から聞いたハジメは、此処は敵地の真っただ中であると警戒を促しつつ指示を飛ばし、ISを展開しつつ香織達と共にハッチへと向かった。

その窓から見える景色からして、丁度雲海を抜けてブリザードが吹き荒れる中へと入って来た所らしい、魔力消費等の関係からシールド・バリアを展開出来ず剥き出しになっていた装甲に猛吹雪が襲い掛かり、その表面をピキピキッと一瞬で凍てつかせた。

 

「正に『極寒』と呼ぶに相応しい有様じゃな。妾、寒いのは余り得意ではないでな、ISがあって本当に助かるのじゃ」

「いや流石にあんな『極寒』を得意とする奴なんていねぇだろ、誰であろうとISのシールド・バリアみたいな防寒能力は必要だぜ、これは」

「…ひょっとしたらそういった術を身に着けてから、極端な話メルジーネ海底遺跡みたく空間魔法で安全を確保出来る様になってから来いっていうヴァンドゥル・シュネーからのメッセージかも知れない。となれば氷雪洞窟は少なくとも空間魔法等を会得してから、大迷宮を幾らか攻略した人向けなのかも」

「わぁ、雪です!私、雪って初めてです、すっごい楽しみです!」

「ふふっ完全に、初めて雪を見た子供って感じのはしゃぎ様だね」

「まあ無理も無いよ、私達に会うちょっと前までハウリア族の里でひっそりと暮らしていたんだもん」

「雪はおろか、樹海以外の景色すらも初めてだっただろうし、仕方ないわね」

「そうね、全くシアったら可愛いんだから」

 

窓から見える外の景色、其処から考えられる過酷な環境を目の当たりにしたティオが愚痴りつつもISの有用性を改めて認識し、それを耳にした幸利とユエも加わって氷雪洞窟に挑戦する為の条件について推察する中、他の攻略メンバー、というよりシアは明らかに浮かれていた。

初めて目の当たりにする銀世界に感激したのか、今から外に出るのが楽しみだと言わんばかりに、先程の忠告も忘れてはしゃいでいた、その様はハジメの言う通り、初めて見る雪に大騒ぎする子供の如く。

尤もそれも仕方の無い事であろう、香織の言う通り一ヶ月くらい前までシアはハウリア族の里で、その特異体質故に隠されて過ごして来たのだ、雪景色なんて初めて見るのだから浮かれるのも当然と言える。

ハジメもそれを理解していた為かシアを窘める事はせず、その姿を香織達と共にほっこりとした様子で見ていた。

 

『ハジメ、地表付近まで降下したぜ。悪いがストリボーグの巨体じゃあ、此処までが限界だ。此処から先は降りて向かってくれ』

「了解。じゃあ行くよ皆、せーの!」

『テイクオフ!』

 

とはいえその浮かれモードも淳史からの連絡を機に、実際に出発する時となったのを機に終了、一瞬で気持ちを切り替え、ハッチの解放と共に、一斉に渓谷へと突入していった。

 

「折角ですし、渓谷への突入がてら雪の感触を堪能するですぅ!」

「ちょ、シア!?」

「バカウサギ…!」

 

…その折、実際には気持ちが全然切り替わっていなかったシアが雪原へのダイブを決行、ご丁寧に渓谷と繋がっている亀裂の上に積もっていた所を狙って突っ込み、そのまま直行するというはっちゃけた行動に出て他のメンバーを驚愕させ、その後ユエからハリセンでシバかれる事となったが余談である。

それはさておき、突入した渓谷の中は地面やら壁やら天井やら、ありとあらゆる土がありそうな所は全て氷雪で覆われ、入り口部分から吹き抜ける超低温の風が一行に襲い掛かっていたが、例の通りISのシールド・バリアによって全て遮断、彼らの身を凍えさせることは無かった。

気温は恐らくマイナス数十度、南極や北極、オイミャコン*2も此処程の寒風が吹き荒れ、こんな感じにそこら中が凍てついているんだろうなと想像しつつも、それは微塵も感じる事無く、吹き荒れる風で舞い上げられた雪による視界不良もハイパーセンサーによって補正しながら大迷宮の入口へと真っすぐに進んで行き、門番として配備されていたであろう数体のビッグフット*3型魔物も難なく撃退し、綺麗な二等辺三角形型という何処からどう見ても人工的に開けたであろう縦割れで作られた入口を通過、最後の大迷宮である氷雪洞窟へと潜入した。

 

 

さて。

この時ハジメは、ハジメ達は重大なミスを犯した。

そのミスが一体どういう物なのか、何が原因でミスが誘発されてしまったのか、それはまた後の話。

ただ1つ言える事は、

 

 

 

その代償は、余りにも大き過ぎる物だった…

*1
視界が白一色に染まる事で方向や高度、地形の起伏といった識別が一切出来なくなる現象

*2
ロシア連邦を構成する国の1つ『サハ共和国』の北東に位置する村。世界で最も寒い村の異名を持つ

*3
アメリカ等で目撃された、イエティとも呼ばれる巨大なゴリラらしき姿の未確認動物。二足歩行する事と人間の倍はある足跡からそう呼ばれている



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

96話_魔王の進撃

投稿が遅くなってすいませんでした。
当初はハジメ達の氷雪洞窟攻略を書こうと進めていましたが、原作よりもヌルゲー+重要なオリジナル展開も無いので省略、待機しているストリボーグ視点で進める事にしました。
今年中にもう1話投稿、出来たら良いな…


多少のハプニングこそあれど順調に迷宮への道を突き進むハジメ達、その一方で雪原にスタンバイする事となったストリボーグ、その艦内では、

 

「七大迷宮の攻略も大詰めか。で、ハジメ達がそれを成し遂げたらいよいよエヒトルジュエ討伐と、南トータスの平定だな。ハジメ達と合流してから一ヶ月も経っていないのに、長く感じる旅路だったな」

「そうね。ハジメ君達がオルクス大迷宮の奈落へと転落してから合流する迄、愛ちゃん先生の護衛として同行していた時間の方が明らかに長いのに、今の方が充実している感じがするわ」

「思えば皮肉な話だよな。このトータスに転移されたばかりの頃、いの一番に魔人族との戦いにおける協力を申し出た天之河と真っ先に同調した坂上、その腰巾着の檜山達は国家反逆犯として(ピー!)を切り落とされて奴隷の身に落とされ、天之河に想いを寄せていたらしい中村も(ピー!)奴隷に、ハジメ達が奈落の底へ落ちた後もアイツらに同行していた永山達は前線から遠ざけられた」

「一方で魔人族との戦いへの介入に何処か消極的だったハジメは今やハイリヒ王国の国王、香織達はハジメの妃、幸利は宰相に就き、ハジメ達が奈落の底へ転落したのを機に戦線を離脱した俺達も重臣となり、結果的に魔人族との、もっと言えばエヒトルジュエとの戦いに関わる事となった。此処へと連れられた当初とは全く違う立場になった物だな」

『だよね、私もちょっと前までこうしてイエヌヴァリのコクピットに乗っているなんて想像すらしていなかったし。人の生って言うのは全く分からない物だね』

 

西側に位置する魔国ガーランドの動きを監視している淳史達クルーが、ハジメ達と合流してからの日々を振り返りながら談笑していた。

 

「まぁ、その全く分からない人生は、これからも続いて行く事になる、いやもっと分かんねぇ物になる。ハジメ達が向こう十数年はこのトータスに残って国政を担うと決めた以上、俺達も大臣として支えて行かねぇとだが、政治は正解が何なのか、進むべき道が何処なのか誰も正確には教えてくれないからな」

「だな。ハジメだってこんな事にならなきゃ政治家なんてなろうとも思わなかった様だし」

「エヒトルジュエを討伐した後もトータスに残るという選択肢も無かったわけだからな。でもやると決めてからの行動力は凄いよな。体制が変わった後の混乱をいち早く治める事こそ肝要だと、迷宮攻略を半ば中断してまで内に外に飛び回っていたし」

『そうでなくても今までエヒトルジュエに、聖教におんぶに抱っこな世界だし、改革の余地は十分過ぎる位にある、ハジメっち達もやり甲斐が凄くあるって感じだもんね』

「でもその行動力が暴走という悪い方に向かってしまう可能性もある、香織達が周りにいるにはいるけど、私達も大臣としてその舵取りの一翼を担って行かないとね」

 

やがて話題はエヒトルジュエを討伐した後の事に移るという、まるでエヒトルジュエに対して勝ち確定だと言わんばかりの雰囲気になっていた。

尤もそれは後述する理由から来る過信にも見える自信ばかりが理由では無いのだが…

 

「っ!西方向より多数の魔力反応を確認!魔人族が此方を察知した模様!こっちに向かって来るわ!」

「分かった、妙子!総員戦闘配備!」

『了解!』

 

と、そんな和やかな雰囲気を切り替えざるを得ない状況になった事を、談笑しながらも各種計器の確認を怠らなかった妙子が察知、それを聞いたメンバー全員が警戒態勢に移った。

今までのお気楽さが何処へ行ったのかと言わんばかりの切り替え振りを見せる一行、それはこの状況が起こる事を確り想定していたからだった。

嘗て魔人族の将軍であるフリードと会敵した際に見せた『主神』アルヴに対する、エヒトルジュエに対する聖教関係者のそれを彷彿とさせる様な狂信振り、それを現した、絨毯爆撃にも構わぬ大規模侵攻…

それを鑑みれば1度や2度、部下のも含めれば3度や4度もの惨敗があろうと収める矛などない。

尤も絨毯爆撃の後に行われた侵攻に関しては、狂気的な侵攻ばかりが理由とは言えないだろう。

ハジメ達が迷宮の攻略へ向かって程なく、監視も兼ねてガーランドの各都市が今どんな状況かカメラ越しに確認した一行、だが其処で映し出されていた光景は、彼らの想像と比べて被害が明らかに軽い都市の光景だった。

もしかして復旧を急ピッチで進めたのだろうかと一瞬考えたがそんな様子は殆ど見られない所を見るに、絨毯爆撃の効果は低かったと考えて良いだろう。

恐らくはハイリヒ王国王都のそれと同じ様な効果をもった大結界がガーランドの都市にも展開されているのだろう、それで絨毯爆撃による被害を軽減したのかも知れない。

とはいえ自分達が捉えられる範囲の外から、多少とはいえ都市機能にダメージを与えられる攻撃手段を人間族サイドは持っている、もしそれが結界を軽く突破して致命的な破壊力を齎せる程になったら…

魔人族サイドはそんな危機感もあって人間族のテリトリーに攻め込んで来たのだろう、そしてその将来齎される破滅の可能性を考慮して何としてもそれを潰さねばと引けなくなっているのかも知れない。

以上の理由から襲撃は来ると思っていながら何故今の今まで談笑出来る程、勝ちを微塵も疑わない程の余裕を見せていたのかと言うと、ハジメ達と合流してから今日までの戦績で身に着けた自信からだ。

ウルの街で再会後、土下座してまで同行を申し出、それがストリボーグのクルーとして認められて間もなく参加したウィル・クデタの救助任務、その翌日にウルの街を襲撃せんと進撃して来た魔人族率いる魔物の大軍との戦い、その僅か数日後に神山上空に出現した万単位もの邪神エヒトルジュエの眷属との戦い、それが済んだ直後に神山の大聖堂に突入して行った聖教関係者の大虐殺、それから数日後にハジメ達の大迷宮攻略の為に向かったグリューエン大火山の外で会敵したフリード率いる竜の軍団との睨み合い…

合流してから一ヶ月にも満たない中で数々の戦線を渡り歩いた一行、その経験は自信として彼らの心に確りと息づいていた、増して現時点で想定している敵は魔人族及びそれが率いる魔物、もしくは邪神エヒトルジュエ及びその眷属だが、そのどちらとも戦って勝利を手にしているし、フリード率いる竜の軍団に至っては戦わずして退けている、それもまた彼らの心に「自分達だけでもやれる、敵と戦える」という余裕を生み出していた。

尤もウルの街での魔物の大軍との戦いや、エヒトルジュエの眷属との戦いでは後方からの援護射撃が主だったし、フリードと会敵した際は魔人族の人質というアドバンテージがあったのだが…

 

「いや、この強大な魔力反応は魔人族お抱えの魔獣とは比べ物にならない…

まさか、邪神の使徒!?それも、神山での戦いに匹敵する程の大軍…!?」

『な!?』

 

だが、進撃して来る軍勢の規模は、一行の想定を遥かに上回っていた。

向かって来る軍勢の魔力反応を確認した妙子だが、その余りの強大さに絶句、カメラ越しの映像からそれが事実だと突きつけられた、そう、向かって来るのはエヒトルジュエの眷属達だったのだ。

更に、悪い事は続いた。

 

「ハジメ、応答願う!ハジメ!ハジメ…?

皆、どうやら向こうも緊急事態の様だ。連絡が全然取れない」

「何!?つまり、俺達だけで対処するしかないって訳か!全く、無茶な事を言ってくれる!」

「こんな事態になるのも承知の上でハジメ達について行ったんだ、やってみせようぜ、皆!」

「ええ!例えハジメ君達がいなくても、何とでもなる筈よ!」

『だね!私達の覚悟、高みの見物しているエヒトルジュエ達にも見せちゃおうよ!』

 

これは自分達だけでは厳しいと、大迷宮攻略の真っただ中であるハジメ達に連絡を取る淳史、だがうんともすんとも言わない通信機の様からハジメ達の方も手が離せない事態に陥ったのだろうと淳史は確信、通信を打ち切らざるを得なかった。

まさかの事態、何万ものエヒトルジュエの眷属達を相手に、後方支援が主な筈の自分達だけで対応しなければならないという事態に嘆息しつつも、それでもやって見せると気合を入れ直した一行は、万全と豪語出来る戦闘態勢を整え、向かって来る軍勢を迎え撃つべく出撃した…!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

97話_メルド・ロギンス

皆様お待たせしました。

新年一発目の投稿、は・・・


「ダメージレベル97%、もう、持たないわ…!」

「くっ此処までなのか…!」

 

シュネー雪原で待機していたストリボーグが、邪神エヒトルジュエの眷属の大軍が進撃して来るのを捉え、迎撃に動いてから数分後、雪原と魔人族領との境目で交戦状態に入ったストリボーグは窮地に立たされていた。

ストリボーグ側も健闘はした、イエヌヴァリのそれも含めて計11門も搭載したマルチプルカノンの圧倒的火力に物言わせての砲撃の嵐によって数千もの眷属達を消し飛ばしたり、向こうからの攻撃もイエヌヴァリが迎撃したり昇の無茶苦茶な操縦手腕で被弾を最小限に抑えたりした、だが多勢に無勢、増して向こうは神山上空での戦闘で多大なる被害を受けた事を教訓に、それを踏まえた策で対抗、度重なる攻撃を食らったストリボーグもイエヌヴァリも陥落寸前にまで追い込まれてしまったのだ。

 

「慎重に扱え、中には我らの同胞が捕えられているのだからな。それに船員達もイレギュラーに対する人質に使える、着実に確保するぞ」

「無論です、イレギュラーの力は我々の手に余る。少しでもその動きを封じる手を下さねば」

 

そんなストリボーグの様子を見てもう抵抗する力は残されていないと判断した眷属達、それを指揮するは何故か人間族と、人間族の殆どが信仰していたエヒトルジュエとは敵対関係にあった筈のフリード。

人間族のテリトリーへ侵略を仕掛けてものの見事に返り討ちにされてから一週間も経っていない内に、敵対していた筈のエヒトルジュエの眷属にも匹敵しうる力を得てそれらを率いている姿を見て、魔人族達も、彼らが信仰するアルヴなる神もまたエヒトルジュエの手先だったのだとクルーは思い知った、それならばものの見事な掌返しも説明が付く。

そんな眷属達とてハジメ達8人には、彼らが搭乗するヴァスターガンダムには敵わないと痛感、ならば戦闘以外の方法で無力化してしまえば良いと考え、淳史達を人質にとってしまおうと判断、こうしてストリボーグを陥落寸前まで追い込む事にしたのである。

尤もストリボーグにはガーランドが送り込んだ魔人族の先遣部隊が動力源として囚われている、手荒な真似をしてでもそれを解放せねばという考えもあるのだが…

 

「俺達は、死んでもハジメ達の足手纏いにはならねぇ!」

「「おう!」」

「『えぇ!』」

 

だが淳史達には人質になってでも生き長らえる気は、ハジメ達の足手纏いになる気は毛頭なかった。

眷属達が自分達の確保に動いているのを見た彼らはそう言いながら、ホルスターに入れていたグローサを取り出し、その銃口をこめかみに突き付けた。

自分達が人質という形でハジメ達の足手纏いになってしまう位ならいっそ自ら命を絶つ、そんな決然とした様子でグローサのトリガーに指を掛けんとする淳史達だが、

 

『その必要は無い!』

「だ、団長!?」

 

そんな淳史達に早まるな!と言わんばかりに、最前線にいた眷属達へと何処からともなく光の奔流が降り注ぎ、それを浴びた数百もの眷属が消滅した。

マルチプルカノンの砲撃と思しき光の奔流、その直前に耳にした聞き覚えのある声、直後にストリボーグと眷属達の間に割って入った朱色のマナフレームのヴァスターガンダム…

此処からはるか遠く、ハイリヒ王国王都で防衛に当たっていた筈のマルトゥが、騎士団長であるメルドの専用機であるマルトゥが今、淳史達を守るべく戦場に舞い降りたのである。

 

「駄目だ団長、団長のマルトゥが敵う相手じゃ無い!」

 

まさかの援軍だったがストリボーグの窮地が覆る事は無い、そう思った淳史は撤退する様メルドに呼び掛けた。

ヴァスターガンダムの高性能も、そのスペックを発揮出来るか否かはパイロットの魔力量に依存する事も今更説明するまでも無いだろう、マルトゥのパイロットであるメルドの魔力量は、ヴァスターガンダムを問題なく動かすには十分でも、エヒトルジュエの眷属を相手取るには全然足りなかった。

そんなマルトゥが例え助太刀に入った所で焼け石に水、数万もの大軍である眷属達の優勢は変わらない、敵も味方も関係なくそう判断する者が殆どだったが、

 

『良いから、さっさと寄越せ、マルトゥ…!』

「な!?」

 

メルドのそんな呟きが聞こえた瞬間、その判断を撤回せざるを得なくなる事態が発生した。

その呟きの直後、マルトゥの全身が朱色に輝き出すと共に魔力量が急激に増加、ハジメのアヴグストを通り越して香織のアクチャブリに匹敵する程の力を得た様に感じられたのだ。

まさかの事態にフリードも眷属達も、淳史達も戸惑いを隠せない、然し今は戦闘中だと対峙する側であるフリード達は態勢を整えるも、

 

『行くぞ…マルトゥ!』

『グォォォォォォン!』

 

マルトゥの眼が真紅に輝き、咆哮を上げた次の瞬間、音をも軽く超える速さで眷属の大軍に突進、同時に振るわれた腕の一撃によって実に千近くもの眷属達がズタズタに引き裂かれ、その命を散らした。

だがそれだけでは終わらない。

 

『グッ!オォォォォ!』

『ウォォォォォォン!』

 

一瞬、ほんの一瞬だけ苦悶の声を上げるメルドだったがそれに構う事無く突撃を再び敢行、眷属達も同じ手は喰らわないと迎撃しようとするも上下左右にジグザグと動いた事で狙いを定められず接近を許し、次々とその命が消し飛ばされて行く。

ある眷属は何度も何度も(凶器)を振るわれて小間切れにされ、ある眷属は余りにも強烈な頭突きを受けて地面に激突して大地の染みと化し、ある眷属は上段回し蹴りをモロに食らってその身がズタボロになると共に上空へと打ち上げられて血の雨を降らせた。

 

「団長…?

何やってんだよ、団長!?」

 

マルトゥのパイロットであるメルドの実力を踏まえればあり得ない筈の蹂躙劇に敵味方問わず混乱が広がる戦場、だが程なくその理由に、淳史達クルーは行きついた。

騎士の忠誠。

メルドを始めとした、国や教会の上層部に位置する者達が、それ故に持つ事が許される重大情報を敵に渡さない為に所有が義務付けられている、所有者の数十倍もの魔力と自爆魔法の術式を内包した魔道具。

メルドはそれに内包されていた膨大な魔力をマルトゥの動力源として全て注ぎ込む事でハジメ達が搭乗するヴァスターガンダムに匹敵する程の出力を引き出し、眷属の大軍相手に無双すると言うメルドが搭乗するマルトゥが引き起こしているとは到底思えない光景を作り出しているのだ。

だがそんな膨大な魔力はヴァスターガンダムの全身に循環された末に、動力源であるパイロットへと流れ込む、己のキャパシティを遥かに越えた魔力がメルドへと流れ込んで来るのだ。

またメルドの魔力はヴァスターガンダムを普通に動かす分には問題ない程の多さだった為に、マルトゥには魔力不足を補うマナジェネレーターが搭載されていない、それはつまり、余剰魔力の逆流を緩衝する機構など無い、それを全てメルド自身が受け止めるしかないという事でもある。

そしてそんな己の限界を遥かに超えた魔力が身体に流し込まれたらどうなるか。

 

「わ、私は、こんな所で!?あ、あぁぁぁぁ…!?」

 

その結末を想像して焦りを隠さない淳史達クルー、そんな彼らを他所にマルトゥの無双劇は勢いを増すばかり、やがて残る眷属がフリードを含めて数千位になったタイミングで、背中に装着されたジェットエンジンの排気口らしき機構――リボーンズキャノンのGNキャノンをイメージして造られたマルチプルカノン『ターボブラスター』の砲口を眷属達に向け、予めチャージしてある魔力を全集中させたビームを発射、強大な光の奔流が1体の撃ち漏らしも無く飲み込み、塵一つ残さず消滅させた。

 

「…おい、マルトゥのコクピット内カメラの映像に繋げ、早くやれぇ!」

「今やってるわよ!」

 

ほんの数分前まで自分達が窮地に追い込まれていたのが嘘であったかの様に殲滅された眷属達、だが安堵の様子など欠片も見せず、それどころか戦況をひっくり返して見せたメルドの安否に対して絶望感を露わにするクルー、急いで状況を把握すべくマルトゥのコクピット内カメラへの接続を試みる。

 

『はぁ、はぁ…!

何だよ、結構やれるじゃないか…!』

「だ、団長…?」

 

妙子が予め作業を進めていた事もあって程なく接続、カメラが見ている映像が、マルトゥのコクピット内の様子がモニターに映し出された。

其処に映っていたのは、

 

「あ、あぁ…!」

 

息も絶え絶えで、穴という穴から夥しい量の血を流すメルドの姿だった…

 

『何て声を出すんだ、淳史…』

「だって、だって!」

『俺は、ハイリヒ王国騎士団長、メルド・ロギンスだ…!

この位、どうと言う事は無い…!』

 

幾ら人間族最強と言えど己のキャパシティを遥かに超えて逆流して来た魔力の暴走に耐える事は出来ず崩壊、何時息絶えても可笑しくない状態となってしまったメルドの肉体、その惨状を目の当たりにしてこの世の終わりだと言いたげな声を上げる淳史、そんな彼らクルーを安心させようとメルドは満身創痍な身をおして気丈に振舞った。

 

「俺達の、俺達なんかの為に…!」

『お前達を守るのが、俺の仕事だ…!』

「けど!」

『良いから行くぞ!皆が、待っているんだ!それに…!』

 

淳史達にもその気遣いは伝わっていた、だからこそメルドの苦痛の程が、自分達が犯したミスの代償がどれだけ大きかったのかを突きつけられた、彼らクルーの「もう無理をするな」と言いたげな声を振り切るかの如くマルトゥは立ち上がり、雪原へと足を踏み入れた。

遥か先の大迷宮を攻略しているであろう、ハジメ達を迎えに行くかの様に。

 

(ハジメ、漸く分かったんだ)

 

止まる事の無い大量の流血、如何にもだと言わんばかりな途切れ途切れの声、魔力が尽きかけているのを知らせる様に明滅を繰り返すマルトゥのマナフレーム…

メルドをもう救けられない事は、今にも死にそうなのは確定的明らか、それでもメルドは、メルドが搭乗するマルトゥは一歩一歩、ハジメ達を迎えるべく雪原に足跡を刻んで行く。

 

(俺達の帰る場所は、この道の先にある。だから其処に向かって、前に進むだけで良い。止まらない限り、其処へ近づく)

『畏まったりしたら許さない』

『ああ、分かった』

(俺は止まらないから、お前達が止まらない限り、その先に俺はいるぞ!)

 

その途上で、メルドはふとハイリヒ国王となったハジメに仕えるのを決めた時の事を思い出していた。

主君である自分の事を呼び捨てにしろと、畏まった態度を取るなというまさかの命令には流石に戸惑いを隠せなかったが、威圧してまで畏まらせたがらないハジメの心情を察したメルドは今まで通りの対応をする事にした、例え地位が逆転しようとハジメにとってのメルド、メルドにとってのハジメ、その間柄は変えられない、変えたくないのだと。

とはいえハジメに対する、新しい国王に対する敬意を捨てた訳じゃない、いやその想いは日に日に大きくなった。

トータスに転移して来た当初からそのオタク故の柔軟な発想や、同パーティの香織達への的確な指示を見せていた所から指揮官等の人の上に立つ存在に相応しいと見ていたメルド、故にオルクス大迷宮の奈落の底に、香織達諸共落ちて行った時には相当落胆し、原因となった檜山達の厳罰を執拗に求めた。

その後ハジメ達の生存が判明したかと思えば帰還するつもりは無いと分かり、かと思えば王都に戻った時にはハイリヒ王国の新しい国王に即位し…

といった感じで僅かな期間でその立ち位置がころころと変わったが、その立ち位置を変える切っ掛けとなった出来事について聞き、王としての立ち振る舞いを目の当たりにしていくに連れてハジメこそが自分が仕えるべき王だとの想いを強めて行った。

そして今、ハジメが歩まんとしている道の果て、其処こそが自分達トータスに住まう人達にとっての帰るべき場所なのだと、騎士団長として、その道を歩むハジメ達の先導となる事こそ己の生まれて来た意味、自分が果たすべき役目なのだと確信した。

 

(だから)

『止まるんじゃねぇぞ…』

 

今この時に至った「自分は何故生まれて来たのか」という問いに対する答え、だがもう己の命は今にも尽きようとしていた。

突き進まんとしている道を迷わずに進め、そんなメルドの言葉を最後にマルトゥのマナフレームは光を失い、待機形態に変形すると共にその身がシュネー雪原の大地に倒れ伏した。

 

 

 

 

 

ヴァスターガンダムのマナフレームが光を失うという事、それは動力源であるパイロットの魔力が絶たれたという事、パイロットであるメルドの命が尽きた事を意味していた。

ハイリヒ王国騎士団長、メルド・ロギンス。

その最期はらしいと言えばらしい、前線で散る壮絶な物だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

98話_そして全ては黒歴史となる

「メルド…さん?」

 

最後の大迷宮であるシュネー雪原の氷雪洞窟を攻略してから暫くして後、脱出手段として用意されていたドラゴンの氷像に乗って大迷宮を後にしたハジメ達、予め設定されていたであろう目的地である雪原と魔人族領との境目に到着した彼らが最初に目にした光景は、雪原に倒れ伏すマルトゥと、その周りで俯きながら鎮魂と思しき祈りを捧げる淳史達、その傍らで着陸している大破したストリボーグという光景だった。

 

「皆、これは、何?何でメルドさんが、ハイリヒ王国で待機していた筈のメルドさんが、雪原に?」

 

ドラゴンの氷像が着陸するや否や、血相を変えて現場に向かうと共に訳を聞くハジメ、その口ぶりからはストリボーグが陥落寸前、クルーである淳史達も確保を拒んで自決する寸前まで追い込まれ、それを阻止すべく介入したマルトゥの、パイロットであるメルドの文字通り決死の特攻で戦況をひっくり返して見せたフリード率いるエヒトルジュエの眷属軍との戦いなど知らないと言わんばかりであった。

とはいえそれも無理もないと言うしかない、その戦闘が始まったのはハジメ達が迷宮攻略を開始してから数時間後の事、その間に一行は文字通り迷路となっている道を羅針盤の力も借りて難なく進み、道中の魔物達も事も無げに退け、最終関門である『己の心の闇』と言うべき自分のコピーとの戦闘でも、ユエから心境の変化を指摘されたのもあってか自らの心の内に向き合った彼らにとっては大した関門ではなく攻略完了、と此処までは順調その物だったのだが、氷雪魔法で7つ目の神代魔法である変成魔法を修得する魔法陣に足を踏み入れた瞬間、既に他の6つの神代魔法を修得していた影響か変成魔法の知識と共に概念魔法の知識すらも刷り込まんとした所為で彼らの脳がオーバーヒート、それによる凄まじい頭痛に耐え切れず全員が気絶していた最中に眷属の大軍が襲い掛かって来たのだ、淳史がSOSを送ってもハジメ達が反応しなかったのはその為である。

ハジメ達が目覚めたのは戦闘が終わった後、ストリボーグは大破によって遠距離通信等の大半の機能が使えなくなり、マルトゥも無双劇の末にパイロットであるメルドが壮絶な死を遂げた後、そうとは知らないハジメ達は来たる邪神エヒトルジュエとの決戦に向けて、容量拡張等のアップグレードを施した宝物庫の新造や新兵器の開発等に数時間位時間を費やしてから脱出、したかと思えば目的地でまさかの事態に直面したのである、動揺するのは仕方の無い事だろう。

 

「メルドさんは…メルドさんは死んだ!マルトゥに乗って戦って、死んだんだ!

俺達を、俺達なんかを守る為に!己の何十倍もの魔力をつぎ込むなんて無茶をして!」

「そ、そんな…!?」

 

そんなハジメからの問いかけに、未だ悲しみが癒えぬ淳史が、それ故の激情のままに答えた。

その言葉に信じられないと言わんばかりな様子のハジメ達、だが大破したストリボーグや、地表に飛び散った眷属のそれと思しき血漿や肉片が視界に入れば嫌でもそれが事実なのだと思い知らされ、そんな事態に至った要因は何なのかに行きついた、行きついてしまった。

ストリボーグ及びヴァスターガンダムの性能ならば問題ないと、多少手薄にしても大事には至らないと過信した事か。

超長距離砲撃で都市に少なくないダメージを与えつつ、進撃を事も無く返り討ちにすれば暫くは大人しくなるだろうとガーランドを舐めてかかっていた事か。

それとも魔人族とエヒトルジュエの眷属が手を組むなど、眷属はまだしも魔人族側のプライド的にあり得ないと甘い見立てを立てた事か。

…或いは、その全てか。

 

「淳史達はこれを持って、先にハイリヒ王国へ帰還して欲しい。ISを動かすだけの魔力はあるよね」

「…ハジメ達は?」

「ちょっと野暮用を終わらせてから帰るよ」

「…分かった」

 

メルドが戦死してしまうという事態に至らしめた自分達の『ミス』に気付き、淳史達と同じく泣き崩れてしまった香織達、一方でハジメは特にそういった様子は見せず「そっか」と一言呟いた後、今まで使っていた宝物庫にマルトゥとストリボーグを回収、それを淳史に手渡しつつハイリヒ王国への帰還を指示した。

 

「トシ」

「おう」

 

指示を受けてハイリヒ王国へと帰還する淳史達の様子を気配で感じ取ったハジメは、幸利に対して何事かを指示しようとするが、幸利はその呼びかけに「皆まで言うな」と言わんばかりに応じて行動に移した。

その為の準備と言わんばかりに、ハジメが新たに作った宝物庫に移したディカブリを呼び出す、が、その姿はユニコーンガンダムをイメージして造られたヴァスターガンダム、その1機であった筈のそれとは随分とかけ離れていた。

デストロイモードをイメージした起動形態に一部だけながら既に移行している頭部、純白だった筈なのに大半が赤紫に、残る部分が銀色に染まっている装甲、まるで翼が生えたかの如く背中に装着されたSFS(サブフライトシステム)を思わせる形状の新設パーツ…

機動戦士ガンダムSEEDシリーズにおける「もう1人の主人公」と言われるアスラン・ザラの、SEED Destinyにおける終盤の専用機『インフィニットジャスティスガンダム』を思わせる姿と化していたのだ。

そんな劇的な変化を遂げた自身の専用機を見ても全く気にする事無く、後方に控えていたハジメ達も何ら指摘する事無くコクピットへと乗り込み、

 

「清水幸利、ディカブリIJ。出るッ!」

 

その名を、概念魔法を修得した己がパイロットの魔力に呼応して進化を遂げたディカブリの新たなる姿『ヴァスターガンダムペレストロイカ*1・ディカブリIJ(インフィニットジャスティス)』の名を名乗りつつ、出撃した。

まずは背中に装着されていた、インフィニットジャスティスガンダムのファトゥム-01にあたるフライトユニットを分離させて遠方へ向かわせると共に自らも飛び立ち、

 

「数多の身に宿りし魔力よ、我が呼びかけに応じ、我の号令に従え!我こそは全ての魔力を統べし者なり!『月光蝶』!」

 

シュネー雪原から程近い、魔国ガーランドの首都と思しき都市の上空に陣取った所で己の十八番である月光蝶の詠唱を行うと共に、ダブルブラスターの砲口を都市へと向け、

 

「人を騙る傲慢なケダモノ共め!貴様らの国も!ミームも!遺伝子も!何もかも!黒歴史の底へと沈めてくれる!」

 

魔国ガーランドへの、魔人族全てへの敵意や憎悪、憤怒や怨恨といった考えうる限りの悪意を込めた叫びと共に、極彩色の魔力を放出した。

ガーランド側もディカブリが攻撃を仕掛けようとしているのが明らかなのにそれを黙って受ける筈が無い、神山の大聖堂でも見た様な障壁を展開して防ごうとするが、月光蝶にはそんな魔力製の壁など通じない、たちまち浸食されて無力化、その勢いは少しも削がれる事無く都市の隅々まで殺到した。

其処から繰り広げられるはハジメ達にとっては見慣れた、然し魔人族達にとっては未知の光景、少しでも触れれば死に至ってしまうのではないかと言える程の苦痛に苛まれた末に気絶し、その身が同じ色の繭に包まれてしまうという極彩色の魔力、それが都市の至る所に充満するのだから逃げ場など無く、首都に住んでいた者達は老若男女、貴賤の区別なく僅か数分で全て無力化された。

そんな光景は魔人族側のテリトリーである他の都市でも、遠方へと飛来させていたディカブリIJのフライトユニットによって全く同じ形で繰り広げられ、一時間も経たずに全ての魔人族が無力化し、極彩色の繭によってその身を封じられた。

それを受けて後方で待機し、ディカブリIJの様に己が魔力に呼応して変貌を遂げた専用機に乗り込んでいたハジメ達も行動を開始、各地に散開し魔人族が封じられている繭を新造の魔力庫に次々と回収していった。

 

「皆。魔じ、じゃなかった、人型魔獣の回収漏れは無いね?」

「…人型魔獣と思しき魔力反応がのうなった事は、此方では確認済みじゃ。皆もそうであろう」

「了解。そしたら帰ろうか、僕達の国へ」

 

やがて全ての魔人族を回収し終えた面々が首都だった都市の外れで合流、見つけ損ねが無いか確認をした後、ハイリヒ王国へと帰還して行った。

 

魔国ガーランドが、いや、魔人族の文明全体が致命的なダメージを受け、それを担う者達も1人残らず無力化・確保された幸利の『月光蝶』の一撃、これによって魔人族の歴史は彼の言う通り黒歴史の底へと沈み、二度と表に出る事は無かった。

*1
ロシア語で再構築。1980年代後半のソビエト連邦にて、最高指導者であるミハイル・ゴルバチョフが推し進めた政治改革運動の名前でもある




ハジメ達が犯した『ミス』の原因

・いち早く迷宮攻略を果たさねばという焦り
・ストリボーグ及びヴァスターガンダムの性能への過信
・超長距離砲撃と進軍の撃退によって大人しくなるとガーランドを舐めていた
・魔人族とエヒトルジュエの眷属は手を組まないという甘い見立て

その代償:メルドの死、その重さは…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

99話_悪魔王の目覚め

「メルドの件、淳史さん達からお聞きしました」

 

ガーランドへの報復攻撃として放出された月光蝶、それによって繭と化した魔人族を1人残らず回収したハジメ達はそのままハイリヒ王国へ帰還、リリアーナの出迎えを受けて王宮へと入って行った。

その王宮内の雰囲気は、メルドの戦死が淳史達によって伝えられたのもあってかお通夜状態、いや、戦死したメルドを今後葬ると考えれば文字通り通夜と言っても良いかも知れない。

 

「迷宮攻略に差し障りがあってはならないと報告しておりませんでしたが、皆さんがハルツィナ樹海を立たれたとの報を受けた少し後、メルドが「火急の件ゆえ」と一言伝えただけで、我らに無断で王都を出立したのです…」

 

その雰囲気の中でメルドがあの場に、此処からはるか遠くの地であるシュネー雪原近くに現れた経緯を説明したリリアーナだがその途中、あの時力づくで止めていれば、そう言おうとした所で口をつぐんだ、もしメルドを止めたらどうなったかに気付いたからだ。

確かにメルドを止めていれば彼が死なずに済んだかも知れない、だがそうなれば孤立無援となったストリボーグは陥落、クルーである淳史達はエヒトルジュエの眷属達によって拘束されていたか或いは自決したか、どちらにせよ此処には戻って来れなかった筈だ。

どっちがハジメ達に、この国に、この世界にとって良き結果に繋がったかは言うまでもないだろう。

 

「メルジーネ海底遺跡の最終試練の時、人間族と亜人族、魔人族の勢力同士による和平が成されて程ない頃の映像を見せられたんだ。結局はエヒトルジュエの、その眷属によって和平は台無しにされてはいるんだけど、和平が結ばれる前に繰り広げられた世界規模の、泥沼と言うべき長きに渡る戦争、その中で人間族側の代表たるアレイスト王が奔走した末に亜人族と、魔人族と和平という形で戦争を終わらせた事、種族間のわだかまりを乗り越えて和気藹々と交流出来ている事を見せられて、こんな風に分かり合える時があったのだと、今は敵対している魔人族とも手を取り合える可能性があるのだと思ったよ」

 

それを知ってか知らずか、ハジメはメルジーネ海底遺跡での出来事を話し始めた。

あの時見せられた過去の映像がハジメに齎したのはリリアーナに纏わるトラウマばかりではない、人間族と亜人族だけでなく、魔人族とも手を取り合えるのではという希望もであったのだ。

 

「リリィを通じてこの世界の人間族と、シアを、ハウリア族の皆を通じてフェアベルゲンの亜人族と分かり合えた。エリセンの海人族と分かり合えたのもミュウとレミアがいてくれたからだ。そしてハイリヒの国王に就いてからの外遊でヘルシャー帝国、アンカジ公国、フェアベルゲン…

ライセン大峡谷の北側に位置するこれらの国が、人間族と亜人族が手を結ぶ事となった。其処に至るまでに様々な問題が発生したし、今なお懸案は残っているけど、それでも皆が互いを分かり合える様に一歩一歩前へ進んでいる。後は魔人族と、魔国ガーランドと和平条約を結び、そして我らの同盟に迎え入れる事のみだと考えていた。超長距離からの絨毯爆撃と、圧倒的勢力による迎撃、それによって我らの脅威を示してガーランド側の攻め手を止め、その間にエヒトルジュエを討伐する事で、此方を敵に回さない方が良いと思わせればと、和平交渉の席に着かせられればと心の何処かで思っていた。僕達がすべき事はこの戦争を終わらせる事であって魔人族を、ガーランドを滅亡させる事じゃ無い、平和的に終わらせられるならそれに越した事は無いとね。淳史、僕達が大迷宮攻略をしている最中、この前みたいに絨毯爆撃をしろって指示しなかったよね?あれはそういう事だったんだ」

 

大迷宮攻略を再開してから今日に至るまで何時でもストリボーグからの超長距離砲撃を行える環境は十分整っていた、それを行う上で障害となるライセン大峡谷は射線上に無かったのだから。

にも拘わらず、シュネー雪原の氷雪洞窟への攻略に出向く際にガーランド側の攻撃に警戒しろと念押しして置きながら一方でそれを指示せず、結局行われなかったのは、ハジメ達は魔人族との和平が成し遂げられるんじゃないかという希望を何となく抱いていたからだったのだ。

何時しかアレイスト王が一時でも成し遂げた様に人間族と亜人族、そして魔人族が種族の壁を乗り越えて交流出来る日が来るとハジメは、あの場面を目撃したハジメ達は心の何処かでそう思っていたのだ。

 

「だけどメルドさんはきっと、魔人族側がこのまま手をこまねいているとは思えないと、必ずや間隙を突いて、今まで以上に強大な軍勢で進撃して来るかも知れないと懸念していたのかも知れない。そんな折に僕達がシュネー雪原へ向かうとの連絡だ。シュネー雪原とガーランドは目と鼻の先、そして迷宮へ挑んでいる僕達は暫く不在。よってストリボーグは手薄、其処を魔人族は突いて来るかも知れないと、今行かねばストリボーグが危ないとメルドさんは思い立ったのかもしれないね。

 

そして事態はメルドさんの懸念通りとなり、それを防ぐ為に動いたメルドさんは死んでしまった」

 

だがそんな想いは打ち砕かれた。

そんな希望故の手心に加えてガーランドの戦力的にこれ以上牙を剥けられる筈は無いという慢心その他諸々が合わさり、ストリボーグの防衛戦力をイエヌヴァリ1機のみという手薄にも程がある状態で迷宮攻略に出向くというミスを犯してしまったハジメ達、その果てに待っていたのは、邪神エヒトルジュエの眷属を大量に迎え入れたガーランド軍によるストリボーグの襲撃、陥落寸前まで陥ったそれを守るべく奮戦したメルドの戦死という残酷過ぎる結果であった。

 

「メルドさんは己の命を懸けて教えてくれた。

 

魔人族は、いや、奴らに『(じん)』などと誉れ高い呼び方をしては駄目だ、これからは奴らを『(ひと)型魔獣』と呼ぶ事にする。奴らは敵だ、完膚なきまでに滅ぼすべき敵だ、と。邪神エヒトルジュエ及びその討伐が済み次第、人型魔獣の処罰を行う。一部の例外を除き天之河達と同等の処罰を下す積りさ」

 

その自分達の手心を無碍にした末に大切な存在を死に追い込んだ魔人族に対してハジメが下す処罰、それは『人型魔獣』との呼び方に、人としての尊厳を消し去るかの様な呼び方に変えた上で天之河達と同じ様な刑罰を下すというものだった。

そんなハジメの人型魔獣に対する処罰に、メルドの死を目の当たりにした淳史達、同じ希望を抱きながら壊された香織達は勿論の事、その場を見ていないリリアーナやレミア、愛子も賛同の意を示した。

 

「何か言いたそうな顔しているね、ミュウ。じゃあ、もしミュウに新しいお友達が出来たとして、そのお友達をキーちゃんやルーちゃんやミーちゃん、今いるミュウのお友達に紹介する時、それが今いるお友達にとってどうしても嫌な人だったら、どうするの?新しいお友達の良い所を沢山上げるの?少しでも歩み寄って話し合って欲しいと説得するの?そうして新しいお友達と今いるお友達が仲良くなれる様努力するの?」

 

だがそんなハジメの沙汰に何処か納得していなさそうな表情の者がいた、ミュウだ。

普段の自分からは信じられない程の冷酷な処分にどういう事だと聞きたいのだろう、そう思ったハジメはミュウにも分かる様に説明を始めた。

 

「御免ね、ミュウ。パパにはもうそんな感じで、魔人族への嫌な思いに耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐えて耐え続ける力はもう無いんだ」

「ひっ!?パ…パ…?」

 

その時ミュウは見た、見てしまった。

誰よりも優しく勇敢で思いやりのあるパパの、今まで一度たりとも見せた事の無い位に仄暗く、どす黒く、濁りに濁った眼を。

その眼の奥底に蠢く、憎悪や憤怒といった負の感情の程を。

それを目の当たりにした衝撃の余り、ミュウは驚き呆然としてしまい、邪神エヒトルジュエとその眷属との最終決戦に臨むパパ達の姿を、黙って見送る事しか出来なかった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

100話_終わりの始まり

シュネー雪原の氷雪洞窟を攻略後、新たに修得した概念魔法のテストを兼ねて開発、一行のヴァスターガンダムに組み込まれた『WARP(何処へ行こうと逃がさない)システム』を用いてエヒトルジュエがいるとされる世界――神域へと突入したハジメ達、彼らの専用機は、先に投入されてガーランドを滅亡させた幸利のディカブリIJと同じく、劇的な変貌を遂げていた。

ハジメのアヴグストは、半分くらいが青に染まった装甲、その所々から棘が飛び出したように多数装着された緑色の剣型遠隔攻撃兵器…機動戦士ガンダムAGEにおける三代目主人公キオ・アスノの後期の専用機『ガンダムAGE-FX』を模した姿『ヴァスターガンダムペレストロイカ・アヴグストFX』に。

香織のアクチャブリは、変色によってトリコロールカラーと化した装甲、背部から天使の翼の様に生えた2対のウィングパーツ…機動新世紀ガンダムWシリーズの完結編であるEndlessWaltzにおける主人公ヒイロ・ユイの専用機『ガンダムウィングゼロカスタム』を模した姿『ヴァスターガンダムペレストロイカ・アクチャブリWZ(ウィングゼロ)』に。

雫のナヤブリは、アクチャブリWZと同じくトリコロールカラーと化した装甲、右肩に装備された、多数の剣型遠隔攻撃兵器をマウントした馬鹿でかい盾型パーツ…機動戦士ガンダム00シリーズの劇場版であるA Wakening of the Trailblazerにおける主人公、刹那・F・セイエイの専用機『ダブルオークアンタ』を模した姿『ヴァスターガンダムペレストロイカ・ナヤブリDQ(ダブルオークアンタ)』に。

優花のフィブラリは、黒く巨大化した肩部を始め所々変色した装甲、その黒い肩部装甲の背後に新設された巨大なリフレクター…機動新世紀ガンダムXにおける主人公ガロード・ランの後期の専用機『ガンダムダブルエックス』を模した姿『ヴァスターガンダムペレストロイカ・フィブラリDX(ダブルエックス)』に。

ユエのイユニは、外部装甲がトリコロールに、内部装甲が金色と化したカラーリング、背部に翼の如く4対装着された遠隔兵器…機動戦士ガンダムSEEDシリーズにおける主人公キラ・ヤマトの、SEED Destinyにおける後期の専用機『ストライクフリーダムガンダム』を模した姿『ヴァスターガンダムペレストロイカ・イユニSF(ストライクフリーダム)』に。

シアのシンチャブリは、所々が赤と黄色に染まった装甲、腰部に尻尾が生えたかの如く装着されたワイヤーブレード…機動戦士ガンダム鉄血のオルフェンズにおける主人公、三日月・オーガスの専用機『ガンダム・バルバトス』の最終形態『ガンダム・バルバトスルプスレクス』を模した姿『ヴァスターガンダムペレストロイカ・シンチャブリBR(バルバトスルプスレクス)』に。

そしてティオのアプリエルは、トリコロールカラーに黄色の4色がバランス良い配色で染まった装甲、肩部に装着されたエネルギー発生装置…機動武闘伝Gガンダムにおける主人公ドモン・カッシュの後期の専用機『ゴッドガンダム』を模した姿『ヴァスターガンダムペレストロイカ・アプリエルGD(ゴッド)』に。

所謂アナザーガンダムと呼ばれる、宇宙世紀ではない世界線での物語中における主人公の最終専用機を模した姿と化した8機のヴァスターガンダムは、エヒトルジュエがいるであろうエリアへの道をゆっくりと、だが着実に進んでいた。

その間に眷属等の襲撃があるかと警戒を怠らなかった一行だったが、どうやら向こうは本拠にて万全の準備を整えて迎え撃つ積りなのだろう、何事も無く最奥のエリアに、白一色の世界に辿り着いた。

 

『ようこそ、我が領域、その最奥へ』

 

そんな一行を出迎える様に響き渡る声、その直後、舞台の幕が開くかの様に空間が歪み、何かが姿を現した。

 

「デカァァァァイッ説明不要!」

「何なんですかあの丸太みたいな足?というかどう見ても足じゃないですよねあれ、別の目的で取り付けられたパーツですかね?」

「図体の割に頭が小さいのう、殆ど身体に埋まっておるではないか」

「へぇ。目には目を、歯には歯を、MSにはMSをって事かしら」

「まああれはMA(モビルアーマー)だけどね、正確には本体であるMSにハル・ユニットというバカでかいガワを取り付けたものだけど」

「さしずめ私達を召喚した時みたく、宇宙世紀の世界に転移魔法陣を展開して盗み出したって事だね」

「袖付きの連中も散々だな。状況打開の為の切り札を、アナハイム・エレクトロニクス社の協力も得て折角作り上げたのに、こんな奴にパクられるんだからな」

 

大聖堂に掲げられた絵やミレディ達解放者達からの情報から人間の様な姿形を想像していたハジメ達、だが現れたそれは色んな意味で違う存在だった。

ヴァスターガンダムの6倍近くの体高を有する深紅の巨躯、だが頭部は身体と比べて不自然な程小さく、ティオの言う通り身体に殆ど埋まってしまっている様に見える。

脚もシアの言う通り丸太の如き円柱、その底部に取り付けられたロケットの噴射口から足パーツというよりはブースターパーツと言った方が正しいだろう。

異様なものとなっているのは上記2か所だけではない、両肩の肩甲骨に当たる部分は腕と比べて明らかに発達しており、それ故か細く見える両腕、その先にある筈の指は大砲の砲身にしか見えなかった。

上記の様な明らかに不自然な部分はあれど人型に、MSに見えなくもない外見のMA、それは、

 

「…ネオ・ジオング。

ガンダムUCにて本体MSを担っていたシナンジュには確か新世代型サイコフレームが搭載されていて、それには魂を保存する力があると見聞きしている。成る程、ネオ・ジオングに乗り込むのではなく、シナンジュのサイコフレームに己の魂を宿す事でそれその物を、それを通じてネオ・ジオングその物をも貴様の新たなる肉体としたのか」

 

ネオ・ジオング。

機動戦士ガンダムUCにおけるラスボスで、ネオ・ジオンの残党で結成された武装組織『袖付き』の首魁であるフル・フロンタルが最終決戦において登場したMA、というより優花の言う通り本体MSにMA型の外装を取り付けたものと言った方が分かりやすい巨大兵器である。

エヒトルジュエが乗り込んでいると思しきそれには作中と同様その本体MSに、フル・フロンタルの専用機であるシナンジュが使われているが、そのシナンジュにはサイコミュと呼ばれる制御システムの機構を組み込んだ構造部材サイコフレームが用いられており、そしてサイコフレームの驚くべき特徴として、魂を保存する能力があると作中では描写されており、機動戦士ガンダムNTにおいてはサイコフレーム採用機であるフェネクスのパイロットで、作中のヒロインであるリタ・ベルナルの魂がサイコフレームに保存される形でフェネクスと一体化していた。

尤もガンダムNTの主人公ヨナ・バシュタは「意識が残っているだけで、命ではない」、ラスボスのゾルタン・アッカネンは「抜け殻、影の様な物」とその生存を否定しているのだが…

ともあれエヒトルジュエはその特徴を有したシナンジュに、その外付けユニットであるネオ・ジオングに目を付けて宇宙世紀の世界から強奪、己の肉体として見せたのだろうとハジメは推察した。

 

『如何にも。何やら貴様、我による神子の肉体掌握を阻まんとアーティファクトに細工をする等と無礼な真似をしていた様だが、全くの無駄骨だったな。今までそんな物を必死になって追い求めていたのがバカバカしくなる程の器を手に入れたのだからな、うん?』

「貴様が何を持ち出そうと、それこそ何になろうと関係ない。僕達は貴様を討伐する、それだけだ」

 

そんなハジメの推察を、余りにも上手く出来過ぎたと言わんばかりな尊大な口調で認めつつ、ハジメが施したとある対策の無意味さを嘲笑した。

実を言うとハジメは、ユエの正体を、それに関連するエヒトルジュエの狙いをディンリードの映像を通じて知った後、それを阻止すべくユエのISに細工を施していたのだ。

だがその細工もエヒトルジュエがシナンジュ、それを本体としたネオ・ジオングという新たな肉体を見つけた事で空振りとなった、それをモノアイだけの顔なので分からないがどや顔を浮かべているであろう様子でバカにするも、ハジメはそれに動じた素振りを見せず、己の決意を口にするのみだった。

 

『おっと。貴様らの相手が我だけだと思ったか?だとしたら大間違いだ。出でよ、我が使徒達よ!』

 

だがハジメ達が相手せねばならぬ敵は、ネオ・ジオングと化したエヒトルジュエだけでは無かった。

誰かを呼び出すべく右手を掲げるエヒトルジュエ、それに応じるかの様に、

 

「ネオ・ジオングの、軍勢…!」

「いや、あのモノクロなカラーリングはⅡネオ・ジオングか!」

 

ネオ・ジオングと化したエヒトルジュエと殆どそっくりな姿形、一方で深紅のネオ・ジオングに対してモノクロなカラーリングのMA、ガンダムNTの最終決戦においてゾルタン・アッカネンが搭乗したⅡネオ・ジオングが、二十機は下らないと言って良い軍勢でエヒトルジュエに追随する様に出現したのだ。

 

「その本体もガンダムNTと同じくシナンジュ・スタイン、それにも新世代型サイコフレームが搭載されているとなれば、眷属の魂を其処に宿して肉体とさせた訳ね」

「であろうな。妾達の様に扱いを心得ておるならまだしも、彼奴等に左様なノウハウがあるとは思えん、ならば己の肉体にして直接動かした方が合理的じゃからのう」

 

そのⅡネオ・ジオングに今現在搭乗しているのは誰なのか、仮にそうだとしてどうやって動かしているのか、その訳はエヒトルジュエという前例もあってか一行は直ぐに把握できた。

そう、エヒトルジュエは自らの魂をシナンジュに宿した様に、其々のⅡネオ・ジオングの本体MSであるシナンジュ・スタインに己の使徒達の魂を宿したのである、シナンジュの原型であるシナンジュ・スタインには当然、その構造材にサイコフレームが使われているが故に行えた芸当だ。

 

「でも原作においてシナンジュ・スタインは2機しか作られて無くて、その内の1機はあの赤いシナンジュの筈、となったらこの数は…!」

「もしかしたらシナンジュ・スタインを数十も量産したという可能性の宇宙世紀から持ち出したか」

「或いは宇宙世紀そっくりな世界が何十も存在していて、其々2機ずつ盗み出したのか、どちらかだね」

「うわぁ、捕まるどころか察知されもしないのを良い事にやりたい放題ですぅ」

『ははは、何とでも言うと良い!本来ならもっと調達する所だったのだが、まあ我の器が手に入っただけでも充分よ!』

 

とはいえ劇中に登場したシナンジュ・スタインはシナンジュに改装されたものも含めて2機だけ、作中で出されなかった可能性を含めても片手で数える程しか開発されていないだろうそれをどうやって此処まで揃えたのか、そんな疑問の答えも直ぐに推測出来た。

採算度外視で数十も量産した世界から根こそぎ強奪したか、或いは宇宙世紀の平行世界を手当たり次第に干渉して強奪しまくったか、どちらにせよ形振り構わぬやり方に一行がドン引きするも、当のエヒトルジュエはどこ吹く風だ。

 

「もう良い、SILENCE(黙ってろよクズが)

『ッ!?』

『あ、主!?イレギュラー、貴様、主に何を!?』

 

そんな奴と話す事はもうない、そう言わんばかりにハジメが言い放った瞬間、大笑いしていたエヒトルジュエが急に言葉を発しなくなったのだ。

別にエヒトルジュエが笑うのを止めたとかでは無いのは、慌てた様に顔、というより人間なら口があるであろう部分に手を当てている所からも明らか、その動揺振りは眷属達にも伝わった様で、一体何をしたのかとハジメを問い質すも彼は取り合う事無く、改めて宣言した。

 

「お前達は殺す、必ず。僕が、僕達が」

「「「「「「「「ガンダムだ!」」」」」」」」



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

101話_最後の戦い

エヒトルジュエが住まう神域にて始まったハジメ一行が乗るヴァスターガンダムの軍勢と、エヒトルジュエとその眷属の魂が宿ったネオ・ジオングの軍勢の決戦、その戦況は互角と言えるものだった。

エヒトルジュエ側はネオ・ジオングが持つ大量の武装を用いた圧倒的火力、サイコシャード発生器を起動させる事で生み出される疑似的なサイコ・フィールドを展開しての防御を活かした組織的な布陣でヴァスターガンダムを追い詰めんとする。

対するハジメ一行は今までの死闘で培われて来た直感と一瞬の判断力、その感覚速度について行ける機構を組み込まれたヴァスターガンダムの機動力を駆使して掻い潜り、どうしても避け切れぬ物は「DIVERT(近寄るな汚らわしい)」の概念を付与したシールド・バリアで逸らしながら、マルチプルカノンの強烈な砲撃を叩き込む一撃離脱戦法でサイコ・フィールドの壁を打ち破らんとする。

だがマルチプルカノンの一撃を以てしてもサイコ・フィールドの壁を打ち破るには何かが足りない様子、一方でネオ・ジオングの圧倒的火力を以てしてもヴァスターガンダムを捉える事は出来ていない、互いに機体へのダメージが全く無いという意味では正に互角の状況であった。

こんな状況に入ると、それに歯噛みする存在は現れるもの、その動揺によって隙が生まれて急展開を迎えると言うのは物語では良くあるパターン、なのだが、歯噛みしていたのはハジメ達ではない、

 

――な、何故だ!?何故イレギュラー達を圧倒出来ない!?至高の『器』を得た筈の我らが、何故!?

 

エヒトルジュエの方だった。

エヒトルジュエにとってハジメという存在は、召喚した当初から己の思惑に反した展開にし続ける目障り極まりない輩であった。

永遠の命を得たが故の退屈を紛らわすべくトータスを盤面、其処に住まう生命を駒としたゲームと称して、種族間の終わりなき戦争を誘発し、今なお続けさせんと眷属を介して干渉しているのだが、その人間勢力側のテコ入れとして天之河達を勇者として異世界から召喚した際、そのうちの1人をありふれた天職にパッとしないステータス、ショボい技能しか持っていないハズレキャラに仕立て上げ、他の召喚メンバーや現地住民から爪弾きにされる様を見て愉しもうと思いついた。

そのハズレキャラポジションを担う存在として目を付けたのが、強制召喚した者の過半数から蛇蝎の如く嫌われていたハジメで、そんな彼にエヒトルジュエはトータスにおいてありふれた職業である錬成師を天職にし、ステータスはトータスの人間族平均クラス、技能も錬成師なら誰もが持っている物しか与えなかった。

ところがハジメのハズレキャラ振りが明るみになる筈のステータスプレート配布の場で、思わぬ事態が発生した。

天職こそ錬成師だったのだが、ステータスは人間族平均どころか勇者である天之河をも総合値で上回り、特に耐久と敏捷は人間族最強と称されたメルドのそれをレベル1の段階で迫る程、技能も錬成や精錬、言語理解の他に与えた覚えのない戦闘系のものを8つも習得しているという状態だったのだ。

いきなり出鼻を挫かれはしたが、それでも強過ぎるなら強過ぎるで爪弾きにさせる余地はあると考え直したエヒトルジュエだが、ハジメが異世界から連れて来た者の過半数から嫌われているのは天之河からの敵意と中村の裏工作という外的要因による物、一方で残る半数近くの者から慕われている事を調べもしなかった為にその目論見は潰え、結果として爪弾きどころかハイリヒ王国の中枢からは「ありふれた職業の考え付かなかった可能性を見出した開拓者」として勇者をも凌ぐ有望株となった。

その後ハジメが、嘗て己に牙を剥こうとした『反逆者』の1人が作り上げた大迷宮の1つで、実戦訓練で入ったオルクス大迷宮の奈落の底へ落ちて行ったと聞いて溜飲を下げそうになったが、その際に天之河の幼馴染である香織と雫も一緒に落ちた事、ハジメが落ちる要因となった檜山達小悪党組が、ハジメの親友である幸利によってこっそり捕えられリリアーナに突き出された末、ハイリヒ王国はおろか聖教関係者が檜山達を勝手に異端者認定した事、その下手人である幸利がその後トータスの住人はおろか己にも牙を剥かんと出奔した事を知り、死して尚己の思い通りにならないハジメの存在に、その影響の大きさに歯噛みしつつも、此処で余計な手を加えては状況を悪化させかねないと一先ず静観する事にした。

転機となったのはそれから2ヶ月半くらい後、オルクス大迷宮の奈落の底へ転落して死んだ筈のハジメ達が、突如としてライセン大峡谷に現れたのだ。

今まで己の愉しみを尽くぶち壊して来た目障り極まりない輩の気配は嫌でも覚えてしまう、例え姿形が変わろうと気配までは間違え様が無い、また此方の愉しみを潰す気かと憤ったが、新たに加わった仲間の姿を目の当たりにした瞬間、その怒りは吹っ飛んだ。

三百年位前に己の新たなる『器』として目を付けていた吸血鬼族の姫アレーティア・ガルディエ・ウェスペリティリオ・アヴァタールが、肉体を乗っ取ろうと画策したものの彼女の叔父の妨害によって阻まれてそのまま行方知れずとなっていた少女が、ユエという新たな名を得てハジメ達と共にエヒトルジュエが見張るトータスに再び現れたのだ。

己の『器』として三百年もの間追い求めていた存在が今やっと現れた事でハジメに対する敵意を「こうして『器』を連れて来たのだ、今までの無礼は許してやろう」と如何にも偉そうな感じで水に流し、どうユエの肉体を我が物とするか画策しながら舐め回す様にその身を眺めていたエヒトルジュエ、だが、

 

――刻むよ?

 

ハジメに睨み付けられたその瞬間、直前まで抱いていたハジメへの敵意も不満も、ユエの肉体を手に入れられるとの歓喜も、何もかもが吹っ飛んだ。

 

――こ、殺される!

 

オルクス大迷宮攻略の折に得た派生技能Xラウンダーの力も上乗せされて放たれた殺気、それはこのトータスにおいて絶対的強者である筈のエヒトルジュエがハジメに殺されるというイメージを、死など無縁の神的な存在と化した筈のエヒトルジュエに死の恐怖を植え付けた。

何百年、何千年もの間無縁だった死の恐怖に囚われる事となったこの時の出来事を切っ掛けに、エヒトルジュエのハジメに対する認識は「此方の思惑に反し続ける目障りな輩」から「何が何でも排除すべき脅威」と化した。

幸いこの時点でハジメ達が習得した神代魔法は生成魔法1つのみ、概念魔法の習得とそれを活かして自分の住まう神域へ転移するまでに十分な時間がある、その間に眷属達を介してこの世界の住人や天之河ら異世界から呼び出した者達を洗脳し、ハジメ一行を異端者に認定して公然と排除出来る環境を整えねばと動き出した。

こうして始まった、教会所属のシスターとしてハイリヒ王国王都に潜入していた眷属ノイントによる洗脳工作、最初は王国中枢内におけるハジメ達への評価が前述の通り高かった事、何よりハジメ達は死んだと思われていた事から梃子摺りはしたものの概ね達成、後は国王エリヒドや重臣達による会議の場でハジメ達が異端者に認定されるのを待つのみ、その筈だった。

だがその会議の場で想定外の事件が勃発してしまう。

ハジメへの想いが一際大きい事、王族とはいえ年若い姫という立場から国政に対する影響力が其処までじゃ無かった事から、洗脳対象から外していたリリアーナがハジメ達の異端者認定を阻止する為にクーデターを決行、その直前にハジメから護身用として手渡されていた兵器の力もあって難なく成し遂げられ、エリヒドら重臣は、洗脳を施した面々は悉く殺されてしまう。

その異常事態を察知し、邪魔者となったリリアーナを処すべくノイントが直ぐに襲撃するも返り討ち、ステータスはノイントの1%にも満たない筈のリリアーナが大した苦戦をする事無くノイントを殺害した光景を目の当たりにしたエヒトルジュエは、もう形振り構っていられないと眷属の大量投入を決行、今の時点で打てる最高の手を此処で実行する事にした。

だがその最高の手はハジメ達によって打ち砕かれてしまう、数万にも及ぶ大軍でハジメ達を迎え撃った眷属達、神山に控えるイシュタルら聖教関係者からのサポートもあるという万全の態勢だったのだが、ハジメ達が投入した11機ものヴァスターガンダムとストリボーグによって瞬殺、そのまま聖教関係者は皆殺しにされ、神山は占領されてしまう。

結果としてエヒトルジュエは眷属の大半を失ったばかりか、人間族のテリトリーへの干渉を行う上での拠点である神山をハジメ達に奪われた挙げ句、人間族の殆どから信仰されていた今迄から一転「真なるエヒトからその座を簒奪した偽神」のレッテルを貼られてしまう事になった、これはつまり、人間族への干渉は事実上不可能となったという事である。

だがエヒトルジュエにとってそんな事は問題ではない、それよりもヴァスターガンダムによって眷属の大軍が瞬殺された光景を目の当たりにした事で、ハジメが自分に向けた殺気がXラウンダーによるハッタリでは、それによって植え付けられた自分がハジメによって殺されるイメージが誇大妄想では無かった事を思い知らされたのが大き過ぎる問題となった。

このままではヤバい、現状のままではハジメ達に勝てる可能性は無い、いずれ概念魔法の習得に至り神域に乗り込んだハジメ達によって成す術なく殺されてしまうと、死の恐怖に駆られたエヒトルジュエはハジメ達に、ヴァスターガンダムに対抗しうる術を必死になって探した。

そして見つけ出したのだ、ヴァスターガンダムに対抗出来る術どころか、ユエなんぞ比較にもならない程自分に相応しい『器』となり得る物を、それも自分のだけでなく眷属の分まで揃えられると来たものだからエヒトルジュエは何の躊躇もなくそれ――ネオ・ジオングに飛びついた。

発見した異世界――宇宙世紀の世界において改良が済んでいたシナンジュとネオ・ジオング、及び『袖付き』の手が入っていないシナンジュ・スタインとⅡネオ・ジオングをお得意の召喚魔法で強奪し、シナンジュのサイコフレームへ己の魂を、シナンジュ・スタインのサイコフレームに眷属の魂を定着させる事で己の、眷属の新たなる肉体として見せただけでは留まらず、その後の調査で宇宙世紀の世界が他に数十、数百もの平行世界が存在すると分かり、其々の世界にあるシナンジュ・スタインとⅡネオ・ジオングを強奪しては眷属の身体に、強奪しては以下略、といった感じで戦力を増やしていった。

その最中にハジメ達が最後の大迷宮に挑んでいるという情報を聞き付けたエヒトルジュエは、それによってストリボーグが手薄になっているのに目を付け、そのクルーを人質にとる事で時間稼ぎを画策、残りの殆どの眷属をガーランドに送り込み、ストリボーグへと向かわせた。

魔人族が信仰する神アルヴの、魔人族の国ガーランドを統治する魔王の正体が実は、ユエの叔父ディンリードの躯を乗っ取ったエヒトルジュエの眷属である事から出来た奇襲策だったが、それを察知したメルドの、メルドが搭乗するマルトゥの決死の特攻によってそれは防がれ、それを知ったハジメ達による報復で魔人族は根こそぎ捕縛、程なく神域への侵攻を始めたので20機位で調達を打ち切る事に。

だがエヒトルジュエに、ネオ・ジオングと言う新しい『器』を得たエヒトルジュエとってそれはもう些末な問題でしかなくなっていた、打ち切らざるを得なくなったとはいえそれでも数で言えばハジメ達の倍以上のMS・MA、そのどれもが宇宙世紀の映像作品においてラスボスとなったネオ・ジオングとⅡネオ・ジオング、その圧倒的性能でハジメ達を始末した後に調達を再開、いずれハジメ達のいた世界は勿論、宇宙世紀等の未知なる世界をもネオ・ジオングの大軍で蹂躙、我が物として見せる、とつい最近まで死の恐怖に怯えていたのが嘘だった様に尊大な様を取り戻し、意識は既にハジメ達を倒した後に向いていた。

が、いざ戦いが始まると神言詠唱――名乗りと共に命令を下す事でそれを強制出来る正に『神』の言葉と言って良いエヒトルジュエの切り札の1つが、ハジメの概念魔法を応用した疑似的な神言詠唱によって封じられ、倍以上の数と質に物言わせた組織的な攻撃を仕掛けながら1機も倒せず互角の勝負に持ち込まれている状態、苛立ちを隠せないのは仕方の無い事であろう。

 

「MSの性能の違いが、戦力の決定的差ではない!」

 

そしてそんなエヒトルジュエの苛立ちを見抜けないハジメではない、目ざとく察知して言い放った。

 

「貴様が我が物としているネオ・ジオングの本来のパイロットであるフル・フロンタルやⅡネオ・ジオングの本来のパイロットであるゾルタン・アッカネン、彼らがその再来たらんと宿命づけられた元である人物、シャア・アズナブルの言葉だ!そのシャア・アズナブルはおろかフル・フロンタルやゾルタン・アッカネンにも劣る貴様らがネオ・ジオングを、シナンジュを十全に扱える訳もない!こうして貴様らの半分にも満たないMSで対峙する僕達を圧倒出来ないのがその証拠だ!」

――黙れ、黙れェェェェ!

 

どんなニワカであろうとガンダムファンなら知らぬ者はいないと言って良いMSパイロットであるシャア・アズナブルが乗るザクと、シャアの生涯に渡る因縁の存在となるアムロ・レイが乗るガンダムとの初めての戦闘においてシャアが発した言葉をエヒトルジュエに、その眷属に対して言い放ったハジメ、実際、今の戦況を見ればエヒトルジュエ達がシナンジュを、ネオ・ジオングをまともに扱えていないと誰もが思うだろう。

然しながらその言葉はエヒトルジュエの動揺を誘うには十分すぎる威力があり、

 

 

 

 

 

この決戦を終わらせる一手となった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

102話_ありふれた職業の本領発揮

――殺してやる!殺してやるぞイレギュラァァァァ!

 

自らのホームグラウンドである神域でのハジメ一行との決戦で、ただでさえ宇宙世紀において最強クラスの性能を誇るネオ・ジオングを、宇宙世紀の世界から強制召喚したそれに己と眷属達の魂を宿させるという方法で20機以上も投入して来たエヒトルジュエ、兵器の質も量も、何なら地の利まで自分達に分があり勝利は揺るがないと思っていたにも拘わらず膠着状態に入って焦っていた所に、シャア・アズナブルの名言を引用したハジメの言葉でブチギレ、怒りの余り我を忘れてハジメの搭乗するアヴグストFXへと砲撃を集中させつつ突進、ネオ・ジオングの背部に大量に備えられたスラスター群の推力の限りを尽くしてその距離を詰めようとして来た。

その動きに、エヒトルジュエのやろうとしている事に直ぐ気付いたアヴグストFXも、そうはさせんと言わんばかりに推力全開、ネオ・ジオングから放たれる砲撃の雨あられをひょいひょいと避けながら距離を維持する様に後退、時にはマルチプルカノンでの砲撃で牽制する事で接近を許さない。

 

『追従します』

 

そんな主の行動を、その意図を受けてⅡネオ・ジオング達も追従、アヴグストFXを狙うネオ・ジオングの援護を行いつつ同じくスラスター群の推力を全開にして追いかけ始めた。

 

さて、その巨体に余す事無く搭載された兵器群による攻撃力と、サイコシャード発生器によって引き起こされる疑似的なサイコ・フィールドや腰部の大型Iフィールド・ジェネレーターを用いたビーム偏向に加えて機体その物の堅牢性による防御力、背部に大量搭載されたスラスター群や足の代わりに装着されたシュツルム・ブースターによる機動力、と何処から如何見ても非の付け所の無い圧倒的な性能を誇るネオ・ジオングなのだが、1つだけ欠点と言わざるを得ない分野がある。

それは本体MSのシナンジュが骨格の一部分にしかサイコフレームが使われていない事と、その余りの巨体故の運動性能の低さ、「大男総身に知恵が回りかね」という諺を体現した様な、行動を起こす上でのタイムラグ、それ故の格闘能力の低さだ。

尤もそれはこういった巨大兵器を作る上でどうあがいても避けようが無く、それを欠点としてあげつらうのは揚げ足取りに等しい物、そもそもネオ・ジオングは拠点攻略用に開発されたMAであって格闘戦を行う事、運動能力が求められる場面での運用など想定していない。

とはいえネオ・ジオングを開発した袖付きもアナハイム・エレクトロニクス社もその辺りを考えていなかった訳では無く「機体その物が鈍くさいなら周辺を機敏にすれば良いじゃない」という発想のもと、両腕及びバックパックに4基搭載されたアームユニットの指代わりとして5基ずつ、計30基もの有線式ファンネル・ビットを装着しつつ(然もスペアユニットを機体内に大量保有している)サイコミュとの連携で自己防衛能力を付加、オールレンジ兵器故の機敏な動作で本体の反応の鈍さを十全にカバー出来ているし、何なら本体MSがハル・ユニットから腕や武装を出して自ら迎撃する事も出来る。

この様に、唯一の欠点と言えなくもない運動性能の低さも武装や本体MSがカバー出来る様になっているネオ・ジオングだったがあくまでそれは『自己防衛』という目的での物、元の世界でほんの少数しか開発されなかったネオ・ジオング及びシナンジュの開発者達が想像出来る筈も無い「ネオ・ジオングを大量投入した状態での運用」というシチュエーションで、その欠点は露呈する事となった。

20機以上もあるⅡネオ・ジオングが隊列を組んで追走するが、先程より密度が増した砲撃の嵐を掻い潜りながら後退、時折逃走方向を変えて来るアヴグストFXを追いかけるネオ・ジオングに付いて行くにつれその隊列は乱れて行き、取り残されて行くⅡネオ・ジオングも出て来たのだ。

その巨体故の運動性能の低さに対して余りにも高すぎる推力、それが意味するのは誤差程度のラグによって生じる前方との途轍もない距離差、つまりほんの僅かに行動が遅れただけでこうして味方からはぐれてしまったのだ、アヴグストFXに搭乗するハジメもそれを狙って、Xラウンダーやイノベイターといった超感覚系の技能をフル活用、ネオ・ジオングの大軍からの砲撃を掻い潜りつつ隊列を大きく崩せるルートを未来予知して実行、それによって次々と隊列からはぐれるⅡネオ・ジオングが出て来た。

そんな隊列からはぐれたⅡネオ・ジオングはどうなるか。

 

「「「「「「「マルチプルカノン!行っけぇぇぇぇ!」」」」」」」

「馬鹿な、こんな…!」

 

その答えは言うまでも無いだろう、群れからはぐれた獲物を狩ろうとする肉食獣の如く、アヴグストFX以外の7機ものヴァスターガンダムが一斉に砲撃、其々2門ずつ、計14門ものマルチプルカノンから放たれた多種多様な砲撃の雨あられがⅡネオ・ジオングに襲い掛かったのである。

今迄はサイコ・フィールドの壁によって防がれていたマルチプルカノンの砲撃だが、それは20機以上もあるⅡネオ・ジオングがサイコ・フィールドを何重にも展開したから出来た事、幾らⅡネオ・ジオングと言えどたった1機の力で防げるものではない、抵抗空しくその巨体は砲撃の嵐の中へと消えた。

こうして1機、また1機と撃墜されていくⅡネオ・ジオング、流石に援護する眷属達が狩られていくのは、その際の破壊音やら爆破の光景やらを見聞きしたり、アヴグストFXへ襲い掛かる弾幕が薄くなったりでエヒトルジュエも気付かない筈は無いのだが、至上の『器』を手に入れたが故の慢心か、或いはハジメへの余りの怒りで我を忘れていたか、撃墜される眷属達の事等目もくれず唯ひたすらアヴグストFXを追いかけるだけであった。

そして20機以上あったⅡネオ・ジオングも最後の1機が撃墜され、残るはエヒトルジュエの魂が宿るネオ・ジオングのみとなったタイミングで、今まで逃走を続けていたハジメが反転、真正面から突っ込んで来た。

 

――馬鹿め、血迷うたか!欠片も残さぬわ!

「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

それを見たエヒトルジュエは心中で嘲笑しつつ、何としても討ち滅ぼしたい標的がマトモに向かって来るのをチャンスと見て急停止、今までの様な一斉砲火に加えてファンネル・ビットも投入出来るだけ投入、全力で迎え撃つ構えを見せた。

だがつい先程迄援護の砲撃をしていたⅡネオ・ジオングはもういない、そのⅡネオ・ジオングと共に起こした砲撃の嵐をひょいひょいと避けて見せたアヴグストFXにとってネオ・ジオング1機程度の全力など大した事ない、いやそれ以上に、

 

「行け、ハジメ!このクソッタレをお前の手で討つんだ!」

「此処は私達が抑えるから、ハジメ君はエヒトルジュエを!」

「行きなさい、ハジメ!その手で邪神を、トータスに巣食う巨悪を討って!」

「ハジメ!アンタの手で、トータスの皆を救けるのよ!」

「ハジメ、叔父様達の敵を取って!」

「お願いします、ハジメさん!」

「ハジメ殿、お頼み申す!我ら竜人族の、我が父上、母上の無念を、どうか!」

――くっ!小癪なぁ!

 

ハジメには自分自身に等しい位に大切で、大事で、信頼する親友が、恋人達がいる。

幸利の搭乗するディカブリIJが、香織の搭乗するアクチャブリWZが、雫の搭乗するナヤブリDQが、優花の搭乗するフィブラリDXが、ユエの搭乗するイユニSFが、シアの搭乗するシンチャブリBRが、ティオの搭乗するアプリエルGDが、ネオ・ジオングの行動を阻み、アヴグストFXの道を切り開いた。

 

――くっ放せ!神たる我を踏みつけるなぞ無礼であるぞ!

「エヒトルジュエ、今の貴様の身体は金属で出来ているな?そして貴様が僕に与えた天職は錬成師…

これがどういう意味か、分かるな?」

――ま、まさか貴様!?やめろ!

「僕のこの手が真っ赤に燃える!偽神を裁けと轟き叫ぶ!爆熱!」

――わ、分かった!この世界から出て行く!この器も貴様に渡す、だから!

 

こうした仲間達の奮闘の末、アヴグストFXがマウントポジションを取るかの様にネオ・ジオングの両肩を踏みつけ、抵抗を封じるべく両肩装甲を錬成して内部の武装を展開出来ないようにした。

そして右手に纏ったメルキューレを発熱させ、無様にも命乞いを始めるエヒトルジュエの声も聞くことなく(尤も声を出す事を封じられているので聞こえなかったのだと思われるが)ネオ・ジオングの頭部に掴みかかり、

 

GOD(鋭い痛みを、) FINGER(永遠に味わえ)!」

――グギャァァァァァァァァァァァァァァァァ!?

 

その瞬間メルキューレに組み込まれた概念を発現、それを食らったネオ・ジオングは機体内のあらゆる機構が周りを食い破らんと暴走、変形や膨張、縮小を繰り返す度にその身が崩壊していく。

その影響はサイコフレーム内に魂が入る形で己の身としていたエヒトルジュエにも及ぶ、痛覚など存在していない身体にも拘わらず今まで感じた事も無い程の激痛が全身を、そして魂にすらも襲い掛かり、

 

――ア、ア…!

 

それを和らげる事も紛らわす事も出来ず、やがてその痛みをどうすか考える事も出来なくなり、身体が滅ぶと共にその魂は、最も大きく恐ろしい責め苦を受けるとされる無間地獄へと旅立っていった。

 

「リリィ、愛子、レミア、ミュウ、メルドさん、皆…

全て、全て終わったよ」

 

戦いは終わり、8機のヴァスターガンダムがいるだけとなった白い空間、その中でハジメはふと、アヴグストFXのコクピットを開きながら、ポツリと呟いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

103話_終わりという名の始まり

邪神エヒトルジュエを討伐し、ハジメ達が存在するのみとなった神域にて、討伐を成し遂げた余韻に浸る一行だが、何時までもそうしてはいられない事態が発生した。

神域の維持管理を邪神エヒトルジュエが担っていたのか、そのエヒトルジュエが討伐されたのを切っ掛けに空間が鳴動を始め、やがてバキバキという嫌な音と共に崩壊を始めたのである。

 

「皆、時間が無い。引き上げるよ!」

『了解!』

 

エヒトルジュエ討伐を果たして感極まったのか、一旦はコクピット外に出ていたものの、その事態を予め察知した為に大急ぎでアヴグストのコクピットに戻ったハジメが皆に指示を飛ばし、来た時と同じくWARPシステムを用いてトータスに帰還しようとした。

その時、

 

『呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ』

「いやミレディ、誰1人呼んでへんわ」

『あいだぁっ!?』

 

突如としてこの神域に出現したミレディと思しき人型ゴーレム、テンション上がりまくりな状態で口上を述べようとしていたのだが、それを予め察知していたハジメがマルチプルチェーンガンからの銃撃によるツッコミを入れていた。

 

『いきなり何するんだよぉ、折角何か出来る事しなきゃなぁと思って来てあげたのに酷いじゃないかぁ』

「やかあしゃぁワレぇ、もうエヒトルジュエもノしてさあ帰るでって所やぞ。其処に余計な事しおって」

 

そんなハジメの容赦ない対応に文句を言うも無慈悲な返答を浴びせられるミレディ、とはいえハジメ達からすればエヒトルジュエ討伐も済ませて後は帰るだけ、全て終わったんだなという感慨に耽っていた所である、其処に余計な茶々を入れて来たミレディにイラっとして対応が容赦なくなるのも仕方の無いことではある。

 

『ところがどっこい、そうも行かないんだよねぇ。こんなデタラメな空間、放置していたらトータスをも巻き込んで連鎖崩壊するとの予測が出たからね、こうして私が片づけに参ったって事さ』

「…何?」

『そう、私の超奥義☆な魔法で神域の崩壊を誘導して圧縮ポンしちゃおうと思ってね。崩壊寸前だし、私のこの身体と魂魄を媒体に魔力を増大させれば十分出来る』

 

ところが、事態はハジメ達が考えていた様な単純な話では、エヒトルジュエを倒してはい終わりで済ませられる物では無かった。

エヒトルジュエが命乞いした際、その可能性を踏まえて脅迫しようとしていなかった事からその積りは無かったのだろうが、神域崩壊の煽りを受けてトータスが一緒に壊れる懸念が出て来たのだ。

その為にミレディが、恐らくは概念魔法と思しき魔法で今いった様な現象を引き起こして被害がトータスに及ぶのを防ごうと神域に来たのだろう、現にそれを使う為の時間稼ぎだと言わんばかりに、神域の崩壊が一時的にストップしていた。

 

「それには及ばないよ、それ用のアーティファクトをたった今作った所さ」

『う、うそん…?』

 

が、そんな事を話している間にハジメがそれ用のアーティファクトを作り上げていた。

Xラウンダーやイノベイター等の超感覚系技能を駆使してミレディが言っていた様な現象を引き起こす可能性を導き出し、それを成し遂げる概念を付加した手榴弾型のアーティファクトを作成する、という一連の動作をミレディが神域崩壊による被害に言及してから、それをどうやって食い止めるかについて説明するまでの僅かな時間で成し遂げたハジメ、元々有していた素質もそうだが先程迄のエヒトルジュエ達との決戦で大した消耗をしていなかったが故に出来た芸当である。

そんな神技とも言える事を片手間でやってのけたハジメに唖然とするしかないミレディを他所に帰還しようとする一行だったが、己を犠牲にする必要が無くなったと知って尚、神域を離れる素振りを見せないミレディの姿を見たハジメが何かに気付き、コクピットを飛び出して詰め寄った。

 

「さっき己の身体と魂魄を媒体にこの状況を解決する魔法を使うと言っていたね。まさか此処で死ぬ積りで来た、と…?」

『そうさ、仲間との、私の大切な人達との約束『悪い神を倒して世界を救おう!』なんて御伽噺みたいな、馬鹿げてるけど本気で交わし合った約束を果たしたいだけだよん。あの時何も出来ずに負けて、皆ばらばらになって、それでもって大迷宮なんて作って…ずっと、ずっとこの時を待ってた。

今、この時、この場所で、人々の為に全力を振るう事が、此処まで私が生き長らえた理由だもん』

「ふざけるな!SURVIVE(死ぬ事は許さない)!」

『ッ!?』

 

まさか此処で死ぬと決めたのではないか、そうハジメから問い詰められたミレディはあっさりと認めた。

邪神エヒトルジュエを倒す事、その為に己の限りを尽くす事こそ自分の生きる理由だと語るミレディ、その言葉が琴線に触れたのかマジギレしたハジメは、概念魔法を駆使してミレディが死ぬ事を禁じた。

 

「良いかミレディ・ライセン!邪神エヒトルジュエとその眷属を倒し、それに伴う被害を食い止めたらすべて終わりだと、世界が救われると思ったら大間違いだ!邪神は倒されど、長きに渡ってその支配を受け続けた世界は、民達はまだ何も変わってはいない!此処で正しい手を打たない限り、世界は第二、第三のエヒトルジュエによって再び支配される道を辿る事になってしまう!」

 

まさかの事態に動揺を隠せないミレディ、そんな彼女に構う事無くハジメは語り始めた、元凶を除けどその影響は未だに残っているトータス、その導き方を間違えれば新たなる邪神の手によって元の木阿弥と化してしまう、そうならない様に正しい手を打って行く事でやっと、邪神討伐は本当の意味で成せたと言える、そんな己の想いを。

 

「その第二、第三のエヒトルジュエに現時点で最も成り得るのが僕達だ!いや違う、エヒトルジュエは僕だ!心から信頼を寄せていた者達を、寄せてくれた者達を全て失い、後を追おうにも追えず、永遠の孤独に苛まれて尚死する事を選べず今に至った僕の、僕達の成れの果てだったんだ!もし僕達がしくじってしまえば、新たなる邪神としてこのトータスを今までと何も変わらぬ、いや下手したら今よりも邪悪な世界へ導く事になってしまう!今の僕達にはそれが出来る力も権威もある、出来てしまうんだ!」

 

その中でハジメは、嘗て抱いたエヒトルジュエと己との類似性に関する考え、自分もまたエヒトルジュエと同じ様な奴だという考えに向き合い続け、そして今エヒトルジュエと相対した事で至った結論を、エヒトルジュエもまた元は自分達と同じ様な存在で、然しながら自分達とは違って孤独となって永遠の時を迎えてしまったが故に狂ってしまったのだという答えを口にした。

 

「そうなってしまった時、一体誰が新たなる解放者を立ち上げる、誰がその想いを語り継いで行くんだ!もうオスカー・オルクスもラウス・バーンも、ナイズ・グリューエンもメイル・メルジーネも、リューティリス・ハルツィナもヴァンドゥル・シュネーもいない!貴方しか、ミレディ・ライセンにしか解放者の想いを、信念を語り継げる存在はいないんだ!

 

 

 

どうか、どうか生きてくれ!生きて、僕達の行く末を見守っていて欲しい…!」

 

そしてもし自分達が次のエヒトルジュエになってしまったら、その時は次の解放者達を集め、その想いを語り継いで欲しい、そうミレディに頼み込むハジメはやがて感極まったのか、その眼から涙が零れた。

ハルツィナ樹海での試練の際、亡きエリヒド王達から背中を押されたと感じて流した時、エヒトルジュエを討伐するまでメソメソ泣かないと心に決めていたハジメ、それ以来メルドの死に直面した際にも流さなかった涙は今、全てが終わり、いや始まった事で留めていた物が無くなり、ぽろぽろと零れ出した。

 

『全くもうしょうがないなぁ、其処まで頼み込まれちゃあ、受けない訳に行かないじゃん。

…分かったよ、君達がこの世界をどうしていくのか、陰から見守って行くとしよう』

 

此処で死ぬ事を封じ込まれた上、涙ながらに懇願されて断っては後味が悪い、そう思ったミレディはハジメからの頼みを受ける事にし、ライセン大峡谷の迷宮で再び生きて行く事を、トータスの未来を見守って行く事を決意した。

 

『皆、御免ね。そういう訳だから私、もう暫くはそっちに行けそうにないや。ハジメン達がこの世界をどんな風に導いていくのか、それが私達にとって思い描いていた通りになっていくのか、一緒に見守っていて欲しいな。それでもしハジメン達が導く世界が、それこそあのクソ野郎が支配していた時と変わりない物だったとしたら、その時は…』

 

もう一度力を、今一度この世界を支配から解放するべく、立ち上がる為の力を貸して下さい。

そう言い残し、ハジメ達も、残って死ぬと決めていたミレディも神域から立ち去った。

遂に誰もいなくなった神域、崩壊を抑え込んでいたミレディもいなくなった事で再び揺れ出した。

崩壊が再び始まる、と思われたがそれから間もなく、ハジメが残して来た手榴弾が光を放ち、

 

 

 

爆発と共に極々小さなブラックホールが形成、それは途轍もなく強力な重力によって神域の崩壊を内へ内へと誘導し、やがてすべてを吞み込んで消えた。




今話をもって8章は終了、次話から終章に入ります。
その終章ですが、戦後処理に纏わる順不同のエピソードを数話書いて完結とする予定です。
ハジメ達がエヒトルジュエを討伐を成し遂げ、後どう見せ場を作ろうかと不安ですが最後まで宜しくお願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話_幾億の果てに見る世界

後の時代において『機兵戦争』と語られる戦いがハジメ達の勝利で幕を閉じてからトータスの人々、世界の国々は、その戦勝祝いムードに浸る暇も無く戦後の、今後に向けての行政処置に取り掛かった。

まずはこの戦争における敗北勢力である魔z、げふんげふん、人型魔獣とその国であるガーランド、そして邪神エヒトルジュエとその眷属を信仰していた邪教の扱いだ。

魔国ガーランドは勿論の事、邪神エヒトルジュエとその眷属を盲信してこの戦争、というかそれ以前から長きに渡る種族間対立を煽って戦争状態を維持し続けた邪教教団も、各国首脳が集まっての会議の場において解体される事が全会一致で可決されたのだが、代わりにそのエヒトルジュエによって神の座を追われていた『事になっている』真神エヒクリベレイへの信仰の母体、真教という新たな宗教を立ち上げる事となった。

神という絶対的支配者に対するトータスの人々の依存心は、長きに渡る邪教がトップに立つ体制の影響で相当根深い、ハジメ達はそれを汲んでエヒクリベレイ――真なるエヒトという存在をでっち上げて邪神討伐への支持を集めたが今更「うっそぴょーん!」なんてバラす訳にも行かない、人々の心の拠り所は今尚『エヒト』、それを貶めたら暴動待ったなし、トータスは再び混乱に陥ってしまうだろうから。

だからと言って邪教のレッテルを貼り付けた既存の組織をそのまま流用する訳にも行かない、其処で信仰の母体を邪教から真教に挿げ替えつつ、教皇に就いたシモン・L・G・リベラールを始め中枢には、邪教関係者でありながらその在り様に異議を唱えた事で辺境へ飛ばされる等冷遇されていた者や、邪教から危険視されていた知識人達を起用したり、各国の政治への口出しを禁じる政教分離原則を取り入れたりして「邪教とは違う組織」である事をアピールした。

次にガーランドが領有していた、シュネー雪原を含めた広大な土地の扱いについてだが、その際に大き過ぎる障害となったのが大陸の南北を隔てるライセン大峡谷だ。

急峻なる高山という地形に加えて空気中に放出された魔力を即座に分解する性質から、人間族が統治する北側と人型魔獣が統治していた南側を隔てる巨壁となっていたライセン大峡谷、IS等のハジメが開発したアーティファクトを使えば多少緩和出来ると言えど其処を通っての往来は困難を極める、北側に設置された首都から南側の情勢把握など無理に等しいだろう。

ならば亜人族が統治するフェアベルゲンはどうか、其処ならガーランドとの間にライセン大峡谷の壁は存在しないから行けるんじゃないか、と思いそうだが、其処は其処でシュネー雪原という極寒の障壁が存在していた。

その為各国はガーランドの領地を割譲した上での直接統治を断念、移民希望者を募りつつ、それぞれの重鎮に行政権を委任して派遣、共同で統治を行う事としたのだ。

以上の経緯を経てこのトータスに、真教の総本山である神山を領地とした地球におけるバチカン市国みたいな国家『バーン教皇国』と、ライセン大峡谷から南側を領地とし、各国から派遣された重鎮達の合議制による政治体制を敷いた国家『ガーランド共和国』、2つの独立国家が建国され、それに乗っかる形でフェアベルゲンが『フェアベルゲン連邦』という国名で正式に国家として承認されたのだが、此処でハジメが「折角の機会だから」と、海人族達が住まうエリセンの町を独立させたいと提案して来た。

いきなりの提案に驚きを隠せないガハルド達だったが、其処には深い理由があった。

このトータスに点在している七大迷宮、現状はオルクス大迷宮がハイリヒ王国、メルジーネ海底遺跡が王国の保護下にあるエリセンの町、ハルツィナ樹海がフェアベルゲン連邦、グリューエン大火山がアンカジ公国、神山がバーン教皇国、シュネー雪原がガーランド共和国の領内にあると判明し、ライセン大峡谷もヘルシャー帝国に隣接しているという意味で領内にあると言えなくも無いが、ハジメとしては「七大迷宮はトータスの歴史において神聖な場所、其々の管理を別々の国家が、出来ればその迷宮を作り上げた者に所縁のある国家が担うべき」という考えを抱いており、それを踏まえてメイル・メルジーネと同じ海人族による国家をエリセンの町に作りたいと思ったのである。

とはいえそれを事前に聞かされていない他国首脳からは異論が絶えなかった、その最大の理由が支配者たり得る存在の不在、今までハイリヒ王国の庇護の下で暮らして来た海人族がいきなり独り立ちしろと言われてもやって行けるのか、そのトップを担ってくれる存在がいるのかという考えからだったが「直ぐにとは言わないし、第一、1人で出来ないなら皆でやれば良い」とハジメが直接民主主義政治の導入を重ねて提案、民主主義とは何ぞやとハテナマークを浮かべる彼らに説明がてら説得した事でやがて皆が納得してくれ、エリセンの町を領地とした独立国家『エリセン民国』の建国が承認された。

次にこの戦争において大盤振る舞いされたハジメ謹製のアーティファクトの扱いだが、対エヒトルジュエを目的に開発されたマルチプルカノンは「討つべき相手がいなくなった今、過剰な力を持ち続けては後々の禍根となる」というハジメの考えから全て解体、それその物や関連システムが搭載されていた各種モビルスーツは全て改修される事となり、ハイリヒ王国が一旦預かる事となった。

これ以後モビルスーツは「人型戦略兵器」から「巨人型汎用パワードスーツ」としてトータスの歴史に顔を出して行く事になる。

またエヒトルジュエの眷属との戦いで大破したストリボーグもこの際だからと解体される事となった一方、ISや各種銃火器については回収せず、それどころか生産続行、近い内に受託生産のライセンスを発行して各地の工房に販売する事が決まった。

トータスを長年支配していたエヒトルジュエを、それを信仰していた邪教を排した事で一難去ったとはいえ、魔獣の出現という一難は健在、そういった脅威から人々を守る為の術は確保するに越した事は無い、その為に銃火器等の生産は続行される事となり、弾丸の類も身近な所から補給出来たらという考えからライセンス発行を決めるに至った。

その後、人間族と亜人族の生物学的なカテゴライズを統合して『人類族』としたり、エヒトルジュエ討伐を祝して紀年法を『後神戦暦(PostRagnarok)』に変更したり、同じく討伐を祝して解放者達それぞれの肖像画が描かれた記念紙幣の発行が決まったり*1、地球における国際連合をベースにした機関『トータス連合(TU)』を設立して大迷宮を管理する7ヶ国に加えて中立都市であるフューレンもアドバイザーとして加入する事となったりと様々な政策が話し合われ、実行されて数ヶ月が経ったPR0001年正月、バーン教皇国に明け渡した大聖堂の代わりとして、嘗てハイリヒ王国の王宮があった広場に建てられた新たなる王宮。

 

「色んな事がありましたね、貴方」

「そうだね、リリィ。僕達がこのトータスに来てから1年も経っていないのに、一生分の出来事を経験した様な気がするよ」

 

そのハジメの居室として割り当てられた部屋、そのバルコニーでハジメとリリアーナは、雪化粧された王都の景色を眺めながらふと、感慨深げにそう呟いた。

この戦後数ヶ月の日々は、ハジメ達の環境も大きく変化した、国王であるハジメは言うに及ばないが、香織達9人の王妃も、ストリボーグのクルーとして共に戦って来た淳史達も大臣等の要職に就任、政治に大いに関わる事となったのだ。

尚、此処はおろかこのハイリヒ王国にも幸利の姿は無い、これは何故かと言うと、ガーランド共和国に派遣する重鎮に、ハイリヒ王国は幸利を任命、つい先日派遣されたからだ。

そんな幸利はエヒトルジュエ討伐に大いに貢献した『英雄』の1人という事でガーランド共和国首相への就任が満場一致で決まり、初代首相としてその歴史の始まりの1ページに名を刻む事となったそうな。

一方、幸利の派遣によって空位となった宰相の座にはリリアーナが就任、公私ともにハジメを最も近い場所で支える事となった。

そのリリアーナだが、マントを羽織っているので良く分からないがその腹部はドーム状に膨らんでいた、そう、彼女はハジメとの子を身ごもったのである、彼が以前から懸念していた魔物の肉を食した事での変異に伴う子作りにおける影響は払しょくされたという事である。

このハジメとリリアーナとの間に生まれた子こそ、後にハジメの後を継いでハイリヒ王国の国王となるイチカ・N・ハイリヒであるが、その後もリリアーナら9人の王妃はハジメとの子を数え切れない位に出産、したものの、イチカを除いて全員が女の子だったらしく「どんなご都合主義やねん…」とハジメが思わず関西弁でツッコミを入れたのは余談である。

 

「一生分の出来事、確かにそうですね。その出来事を経て時に迷い、時に道を踏み外しそうになり、大切な人々との別れもあり、そして再び前を向く事となった…本当に、いろいろありました」

 

それはさておき、ハジメの言葉を受けて、彼らがこのトータスに召喚された時から今に至るまでの様々な出来事を思い出したリリアーナは、

 

「言葉よりわかり合える まなざしがそこにあれば」

 

ふとギターラを取り出し、弾き語りを始めた。

 

「人は皆生きていける 迷わずに平和(じゆう)に」

 

今しがたリリアーナが歌い始めた曲が『アフターコロニー』シリーズの完結編と言えるOVA『新機動戦記ガンダムW Endless Waltz』の劇場版主題歌『LAST IMPRESSION』である事、唐突に歌い出した訳に気付いたハジメは、さりげなく弾き語りに加わった。

 

「過ちをこえて 気づく真実(ほんとう)のやさしさ」

 

この平和と言って良い今この時に至るまでに、彼らは様々な過ちを犯した。

オルクス大迷宮の奈落の底へと落ちていくハジメ達の姿を見て復讐心に囚われた幸利はその後、沢山の冒険者達を手に掛け、ハジメすらも危うく殺しかけた。

リリアーナの身を守る為にとハジメが手渡したイユリ等のアーティファクトはその後、彼らの異端者認定を阻止するべく引き起こされたクーデターに使われ、認定を強行しようとした前王エリヒドら王国重鎮を皆殺しにした。

シュネー雪原においても、希望的観測やガーランドの戦力軽視等の様々な要因から来る油断によってストリボーグの防備を疎かにした事で壊滅寸前まで陥り、それを阻止したメルドの戦死を招いた。

 

「あなたと見つけたから 愛と呼べる強さを」

 

それでも、それでも彼らは前を向いて歩き続けた。

彼等には己の命に匹敵、いやそれすらも上回る位に大事な、愛する『もの』があったからだ。

恋人、戦友、トータス、祖国、国の民…

 

「I BELIEVE YOUR LOVE 震えながら 口づけに重ねた約束(ねがい)

あなたがいて 私がいる 忘れないでいつも」

 

沢山の大事な存在を胸に抱き、彼らは歩き続け、戦い続けた末に、邪神エヒトルジュエの討伐という大願を成し遂げ、今のこの平和な時を勝ち取る事が出来た。

そんな彼らの想いを乗せた歌声は、

 

「I BELIEVE YOUR DREAM 募る想い 愛しさを祈りに変えて

この鼓動を 伝えたいよ 熱く激しく SO FAR AWAY」

 

大陸の端から端まで、人々の心へと響き渡った…

 

 

 

 

 

*1
ヴァンドゥル・シュネー:100ルタ、ミレディ・ライセン:200ルタ、ナイズ・グリューエン:500ルタ、メイル・メルジーネ:1000ルタ、ラウス・バーン:2000ルタ、リューティリス・ハルツィナ:5000ルタ、オスカー・オルクス:10000ルタ



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
一言
0文字 5~500文字
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。