ペルソナ3 追憶の少年 (hastymouse)
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前編

今回の主役は天田君。彼の相手役に最初は舞子を考えていたんですが、どうせ2次創作なんだからもっと思い切って菜々子でもいいんじゃないかと思いつきまして・・・。恥ずかしながら、私もナナコンなもんで・・・。
時期的に言って菜々子は4才。ついでにお母さんも一緒に出しちゃいました。
例によって記憶だけで書いてますので、どこか不整合がありましたらご容赦を。


天田 乾がその親子と出会ったのは、夏も終わりが近づいてきたある日の夕刻だった。

日差しが弱まってきたので、コロマルの散歩がてら夕食を買いに出ることにした。

いつものコースを辿り、巌戸台駅の近くにさしかかったところで、道路脇の地域案内板の前に立つ女性に気づいて思わず足を止めた。

その女性の姿があまりにも母によく似ていたからだ。

(おかあさん・・・?)

もちろんそんなはずはない。母は死んだのだ。

病院でも母の死亡は確認された。葬式も出した。今はもうどこにもいない。母は間違いなく死んでいる。

2年前のことだ。世間では事故死と言われている。しかし、それが真実でないことを彼だけは知っている。

なぜなら、母は彼の目の前で殺されたからだ。

母の死の真相について、当時 小学3年生だった彼の証言を信じてはくれる人はいなかった。10歳にもならない子供の語る非現実的な話を、大人は真面目に受け止めてはくれない。母親の死を目の当たりにしたショックで幻覚を見たのだとか、記憶の混乱を生じたのだとか、勝手な解釈で済まされてしまった。その時は、理解されないことが、ただただ辛かった。

それでも彼は真実を知っている。

母を殺したのはシャドウと思われる異形の怪物だ。

だからこそ、彼は今、ここにいる。

特別課外活動部に。

母の仇を討つために。

 

天田がその女性を見つめてしばらく立ち止まっていると、コロマルが不思議そうに見上げてクウーンと声を上げた。

その声に反応して、女性と一緒にいた幼稚園児くらいの女の子が振り向いた。

「わんちゃん?」

4才くらいだろうか、髪をツインテールに結んだ可愛いらしい子だった。

女の子は、とことこと近づいて来ると、じっとコロマルを覗き込んだ。コロマルも興味深そうに女の子を見返す。

それから女の子は天田の方に顔を向けると、恥ずかしそうに「なでていい?」と訊いてきた。

「あっ・・・うん、大丈夫だよ。おとなしいから。」

慌てて笑顔を作って女の子に答える。

「コロマル、じっとしてるんだぞ。」

命じられて、コロマルは不動の姿勢を取る。女の子はちょこんとしゃがむと、こわごわ手を伸ばし、そっと犬の頭に触れた。

「かわいいねー。」

嬉しそうな顔でコロマルの頭や背中をなでている。

あまりにも喜んでいるので、天田は女の子に声をかけてみた。

「お手、してみる?」

「いいの? 」

「もちろん。・・・コロマルの前に手を出してごらん。」

女の子はうなずくと、「コロマル、おて。」と言って手を出す。コロマルはすかさずそこに前足を載せた。女の子が楽しそうに笑い声をあげる。

「いいこだねー。おかあさん、見てー。コロマルが おて してる。」

「まあ、良かったわね、菜々子。」

いつの間にか母親も近くに寄ってきて、笑顔で娘の様子を覗き込んでいた。

天田はドキッとした。その笑顔は、やはり死んだ母によく似ている。

「ありがとう。賢そうな犬ね。」

母親に声をかけられて、「えっ・・・いえ・・・」と口ごもってしまう。

「柴犬? ちょっと変わってるわね。」

「あ、アルピノって言うんだそうです。色素が薄くて毛がこんな色してるんです。前の飼い主の人が、アルピノは体が弱いから強く生きるようにって、虎狼丸って名前を付けたんです。虎と狼で虎狼丸。すごい名前ですよね。でも、みんなコロマルって呼んでますけど・・・。」

母に似た人を前に、緊張のあまり思わず饒舌になってしまう。

(何を一生懸命に説明してるんだ、僕は・・・)

天田は心の中で自分につっこみをいれた。

それでも母親は、にこやかにうなずきながら話を聞いてくれていた。

「おかあさん。コロマルにおやつあげたい。」

唐突に女の子が母親を見上げて言った。娘にせがまれて、母親は少し困ったように「ごめんね、今は何もないわ。」と答える。

「あっ・・・待って、それなら・・・」

天田は慌ててポケットからビーフジャーキーを引っ張り出した。

「ほら、これをあげて。コロマルのおやつに持ってきたんだ。」

菜々子は「ありがとう」と言って受け取ると、コロマルの口元に「はい」と差し出した。好物を目の前に出されたコロマルが、落ち着かなげに小さく足踏みしながら天田を見上げる。

「ヨシ! 食べていいよ。」

天田が声をかけると、コロマルは嬉しそうにビーフジャーキーにかぶりついた。

「わあー、たべたー!」

奈々子が歓声を上げる。

「本当におりこうな犬ね。ありがとうね。」

母親に礼を言われて、天田は少し赤くなって「いえ」と言った。

「ねえ、ついでで申し訳ないんだけど、道を教えてもらえるかしら。・・・長鳴神社に行きたいんだけど。」

「な・・長鳴神社、ならこっちです。」

少しどもりながら、焦って指さす。

「ちょうどコロマルの散歩のコースだから、僕・・・案内します。」

「あら、ありがとう。助かるわ。」

母親に笑顔で言われて、天田はまた耳まで赤くなった。

 

長鳴神社までの道筋を3人で話しながら歩いた。

コロマルの元の飼い主が長鳴神社の神主だったこと、神主が事故で死んだ後もコロマルが神社を守っていたことも話した。

そして、これはさすがに話せないが、神社にシャドウが現れたとき、コロマルは神社を守るためシャドウと戦ったのだ。それをきっかけに月光館学園の巌戸台寮にひきとられることとなった。

シャドウは人の精神が暴走して生みだされる異形の怪物だ。シャドウを生み出した後、人は無気力症と呼ばれる廃人状態になってしまう。

シャドウの多くは、タルタロスと呼ばれる謎の迷宮に集まる。しかし生まれたばかりのシャドウは、影時間に街を徘徊していることがあり、出会うと襲いかかってくるので非常に危険だ。ちょうど長鳴神社に現れたシャドウのように。

もっとも普通の人には影時間を体感することすらできないのだが・・・

 

堂島菜々子とその母親は、八十稲羽から来て、長鳴神社近くの親戚の家を訪ねるところだった。八十稲葉は温泉地として知られている田舎の町だそうだ。

本当は菜々子の父親も一緒に来る予定だったのが、直前になって急な仕事で来れなくなったらしい。

「おとうさんね。おまわりさんなんだよ。」

菜々子がコロマルのリードを引きながら言った。

「おまわりさん?」

「稲葉署の刑事なのよ。」と母親が言い添えた。

「へー、刑事さん。なんか、かっこいいですね。」

「かっこいいかあ。あなたたちくらいの子には刑事ってかっこよく思えるのね。」

「違うんですか。」

母親の言い方に引っかかるものを感じて、天田は訊き返した。

「そうねえ。地味だし、忙しいし、危険だし・・大変な仕事よ。ドラマの中のかっこいい刑事さんとは大違い。今日だって、菜々子がいっしょに来るのを楽しみにしてたのに、急に事件が起きたからって・・・」

「おとうさん・・・かっこいいよ。」

母親の言葉を遮って、唐突に菜々子が言った。

「おとうさん、わるいひとをつかまえてるんだもん。みんながなかよくできるように、わるいことしちゃだめだよってしかってるんだもん。すごくかっこいいよ。」

父親を必死に弁護する菜々子。

「そうだね。僕もすごくかっこいいと思うよ。菜々子ちゃんはお父さんが大好きなんだね。」

天田が菜々子に笑いかけると、菜々子は嬉しそうにうなずく。

「菜々子ちゃんにとってお父さんはヒーローなんですね。なんだかそういうのいいな。」

母親はくすりと笑った。

「そうねー。父親は尊敬されてなくっちゃね。ぐちを言ってたら、頑張って仕事してる人に怒られちゃうわ。・・・天田君のお父さんのお仕事は?」

「えっ・・・と。」

その問いかけに天田は少し口ごもり、そして「ウチは、僕が小さいころに離婚しちゃって・・・」と困ったようにぼそりと言った。

母親は慌てて「ごめんなさい。」と謝った。

「いいんです。気にしないでください。・・・もう、顔も覚えていないんです。」

「そう・・・じゃあ今はお母さんと二人?」

「いえ・・・お母さんは、その・・・2年前に死んでしまって・・・」

天田はさらに言いにくそうに答えた。

それを聞いた母親はひどくうろたえて、再度頭を下げた。

「本当にごめんなさい。・・・私ったら・・・無神経に・・・」

「僕、大丈夫です。気にしないでください。頭を上げてください。」

天田は母親のとりみだした様子を見て、慌てて言った。自分のことで変に気を使われるのが心苦しかった。

菜々子も心配そうな表情で見上げている。話を理解したのだろう。このくらいの子供にとって、両親がいないということは想像もできないほど悲しいことに思えるに違いない。

天田は元気づけるように、菜々子に笑顔を作って見せた。

「それで、ご両親がいなくて・・・その・・・今はどうしてるの?」

母親は聞きにくそうに、しかし心配げに聞いてきた。

「学校の寮に住んでるんです。月光館学園っていうんですけど、高等部の人が入っている寮があって・・・僕は小学5年生だけど特別に入れてもらってるんです。」

「まあ・・・それじゃあ一人で暮らしてるの?」

「大丈夫です。もう子供じゃないし・・・。寮の・・・高校生のみなさんもいい人ばかりで気にかけてくれるので・・・」

「そう・・・大変ね・・・」

母親は続ける言葉に困ったように考え込んだ。菜々子も重い雰囲気を感じたのか、すっかり黙り込んでしまった。

それまでの和やかな雰囲気が一変してしまい、天田は(言わなきゃ良かった)と、ばつの悪い思いをしていた。

ちょうどそんなタイミングで長鳴神社に着いた。

「あっ、ここです。長鳴神社。」

天田はほっとしたように指さす。

母親は手書きの案内図らしいものを広げて場所を確認し、周りを見渡してうなずいた。

「おかげでわかったわ。天田君、本当に親切にしてくれてありがとう。」

「いいえ。どうせコロマルの散歩のついででしたから。」

天田は菜々子からコロマルのリードを受け取った。

「それじゃあ、僕、もう行きます。菜々子ちゃん、ばいばい。」

努めて明るく菜々子に手を振る。菜々子は力なくうなずいた。

「本当にありがとうね。天田君。」

「はい、それじゃあ。」

天田は気まずさを振り切るように、思い切って背を向けると、コロマルと一緒に走り出した。

そのとき「おにいちゃん。ありがとう。・・・コロちゃん、ばいばい。」という菜々子の大きな声が響いた。

振り向いてもう一度手を上げ、その後はただ真っすぐに夕暮れ街へと駆けて行った。

 

その夜、天田は久しぶりに小さい頃の夢を見た。

母親と手をつないで買い物に行く。近所のスーパーでは、毎回、一つだけ天田の好きなお菓子を買ってくれた。彼はいつも、大好きな戦隊ヒーローの菓子をねだった。

その日の夢の母は、菜々子の母親の姿とダブって見えた。

 

天田が堂島親子と次に会ったのは、3日後のことだった。

彼は毎日、長鳴神社にお参りをしている。母の仇を討つまで、決意を鈍らせないために、願掛けとして神社に通うと決めているのだ。

その日の夕方、蝉の声の響く中、天田は誰もいない神社の境内を訪れた。

本殿に向かって無心で拝んでいると、突然に小さな子供が背後から抱きついてきた。驚いて振り向くと、「おにいちゃん。」と嬉しそうに菜々子が見上げていた。

「菜々子ちゃん!」

「びっくりした?」

菜々子がいたずらっぽい顔で笑う。

「びっくりしたー。心臓が止まるかと思った。」

天田はおおげさな身振りで答えて、二人は一緒に笑い声をあげた。

「コロちゃん、いないの?」

菜々子が境内を見回す。

「今日は他の人が散歩の当番なんだよ。ごめんね。会いたかった?」

「うん。」と菜々子がうなずく。

「菜々子ちゃん、一人なの?」

菜々子はもう一度うなずく。

「おかあさん、ごはんつくってる。よびにくるまで、ここであそんでなさいって。」

長鳴神社の片隅には滑り台やブランコがあって、よく小さな子供が遊んでいる。

「そういえば親戚の家ってこの近くなんだっけ。」

「あそこ。くろいやね。」

菜々子が指さした。指の先に瓦屋根の古い家がある。

「そっか。それで、一人で遊びに来たんだ。」

「うん。でもひとりだとつまんない。おにいちゃん、いっしょにあそぼ?」

菜々子がせがむような目で見てくる。

先日、自分のせいで悲しい思いをさせてしまったことが気にかかっていたので、今日の菜々子の笑顔には、救われたようなほっとした気持ちになっていた。

「じゃあ、一緒に遊ぼうか。」

「ほんとに? ありがとう。」

菜々子は、また嬉しそうに笑顔を見せた。

それからしばらく、菜々子と話をしながら、滑り台やブランコや鉄棒をした。

本当に明るくて素直で、しっかりした子だ。一緒にいると、こちらの気持ちまで暖かくなってくる。

菜々子の親戚のおばさんという人が体調を崩しているらしく、お見舞いがてら家事の手伝いに来ているらしい。

普段は明るくて優しいおばさんなのだそうだが、今は具合が悪くて元気が無いということだった。

母親が忙しくしているので菜々子は一人で退屈気味だったようだが、それでも昨日は水族館に連れて行ってもらったと嬉しそうに話した。

そうして30分ほどたったころ、母親が菜々子を呼びに来た。

「あら、天田君じゃない!」

菜々子と遊んでいる天田を見て、母親は驚いて声を上げた。

「こんにちは。ちょうど、神社でばったり会っちゃって。」

天田が応えると、「遊んでくれていたの? ありがとう。」と笑顔で礼を言われた。

「また会えてうれしいわ。菜々子も会いたがっていたのよ。」

そう言われて、天田はまた顔を赤らめた。

そこで、母親は急に名案を思い付いたというように目を輝かせた。

「そうだ、天田君。お夕飯食べて行かない?」

「えっ・・・悪いですよ。そんな。」

「気にしないで。大丈夫よ、一人くらい増えたって。子供が遠慮なんかしないの。」

「僕、子供じゃないです。」

天田が少しむっとして答えると、母親は「あら、ごめんなさい。」と笑いながら、それでも「今日はカレーを作ったの。多めに作ってあるから大丈夫。」と言った。

「でも親戚の方の家なんですよね。」

「今は留守にしてるの。私達だけよ。」

「・・・でも・・・」

天田は困ったような表情でうつむく。

母親は少し身をかがめ、天田の顔を覗き込むように問いかけた。

「夕食、何食べるつもりだったの?」

「帰りにコンビニで何か買って帰ろうと思って・・・」

「だめよ、育ち盛りにコンビニばかりじゃ。ねっ。いいからいらっしゃい。」

母親がおもむろに天田の手を引く。

「おにいちゃん、いこう。おかあさんのカレー、おいしいよ。」

菜々子が後ろから背中を押してきた。

母子に半ば強引に連れられて、結局 夕食をごちそうになることになってしまった。




ということで、前編終了です。
後編では影時間に事件に遭遇した天田君が、シャドウと対決します。
(私の描いたペルソナ3の小説の2作目。せっかく菜々子を出したのに、いざ書いてみると天田君はお母さんの方ばかり気にしていて・・・まあ彼の事情から言ってしょうがないのですが、困ったもんです。)


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後編

後編です。
基本的に少年漫画が大好きなんですが、天田君を主役にしてみて、「やっぱりいいよなー少年漫画」と再認識しました。自分で書いていながら天田君への愛着が増した気がします。
(ちなみに天田君は書いてて気持ちよかったので、この後に書いた第4作「ケンとマコト」で再度主人公として抜擢してます。)


それは久しぶりに味わう家庭的な雰囲気だった。

カレーもすごくおいしくて、勧められるままにお代わりまでしてしまった。

誰かと食べる食事はこんなに楽しく幸せなものだったのか、と天田は密かに感動していた。

満腹になったせいか、夕食後には瞼が重くなってきた。考えて見れば昨夜はタルタロス探索で遅くなり、寝たのは2時過ぎだったのだ。天田の年齢にしてはかなり遅い時間だ。

「眠そうね、天田君。」

母親が気づいて声をかけてきた。

「ああ、ごめんなさい。おなか一杯になったので・・・つい。」

「いっぱい食べてもらってうれしいわ。」

「本当においしかったです。ごちそうさまでした。」

ちょうどそこに、この家の主である中年夫婦が返ってきた。

おじさんが奥さんを病院に連れて行き、検査を受けてきたらしい。

おじさんは、堂島親子の話を聞くと「そうかい。よく来たね。」と天田に屈託ない笑顔を見せた。

しかしおばさんの方は、具合が悪いと聞いていた通り、頭を下げて挨拶をしたものの何も言わず、表情も虚ろだった。その魂の抜けたような様子に、天田はそこはかとない不安を感じた。

おばさんを部屋で寝かせた後、おじさんが菜々子の母親に病院で受けた検査の報告を始めた。いろいろ調べたが体のどこかに異常があるわけではなく原因がよくわからない。精神的なものかもしれないので今度は精神科に行く、といった話が聞こえてきた。

「おばちゃんね、いつもわらっていてすごくおしゃべりなんだよ。・・・でもいまはびょうきだから、ぜんぜんしゃべらないの。」

菜々子が声を潜めて心配そうに言った。

おばさんの様子は、天田に影人間を連想させた。最近、巷でよく見かけるようになってきた無気力症の症状だ。

元気だった人が突然に意志力を失い、廃人のようになってしまうという謎の病。そうなると自力で生活することもできなくなる。その病の原因が何なのか、何故 突然 爆発的に流行し始めたのか。いろいろ推測されてはいるが、現時点では全く解明されていない。

しかし天田は、その原因がシャドウとタルタロスに関係していることを知っていた。

「菜々子ちゃん、おばさんのこと好き?」

「うん。・・・おばちゃん、すごくおもしろいんだよ。『なんでや~』とか『ほんまに~』とか、おっきなこえでいうの。」

菜々子が関西弁風の物まねをして笑った。

「それにね、すごくやさしいの・・・。はやくなおるといいなあ。」

少しうつむくとまた寂しそうに言った。

「そうだね。」

天田はそう応えながら、(できることなら、なんとかしてあげたいけど・・・)と思った。

その後しばらく菜々子の相手をしていたが、母親とおじさんの話の切れ目に「僕、そろそろ帰ります。」と声をかけた。

「あら、そうね・・・もう、こんな時間だし・・送っていくわ。」

気づいた母親が慌てて言う。

「大丈夫です。一人で帰れます。」

「だめよ、何かあったら大変・・・。」

そこまで言ったところで、母親がまたしてもいいことを思いついた、というような表情を浮かべた。それを見て天田は、今度は何事か、と思わず怯んだ。

「そうだ! 天田君、いっそのこと今日は泊っていかない?」

「ええっ? そんな・・・病気の人がいるときに悪いですよ。」

「菜々子の相手をしてもらえると助かるわ。私はおじさんの食事の準備もしなきゃいけないし・・・ね。そうしてくれない?」

母親にぐいぐい迫られて、天田は途方に暮れた。

(弱ったなあ・・・。)

菜々子の母親は思いのほか強引だった。そういえば、自分の母にもそんなところがあったな、と懐かしく思い出す。

寮の人達には、それなりに大人ぶったクールな応対をすることもできるのだが、この母によく似た人にはどうも強く出ることができない。それにまんざら悪い気分でもない。こうして強く出られると、なんだか甘えてしまいたいような、そんな気持ちになってしまう。

結局、学園の理事長であり、特別課外活動部の顧問でもある幾月に電話して、外泊することを伝えることになった。菜々子の母親も電話に出て丁寧に挨拶をした。

「天田君、事情はわかったよ。寮の方は、桐条君からみんなに伝えてもらうから。」

幾月はいつものように飄々とした調子で天田に言った。

「すみません。夜の探索の方も今日はお休みさせてください。」

「そんなこと心配しなくて大丈夫だから。今日はゆっくりしてらっしゃい。」

幾月との電話を終えてやれやれと思っていると、今度は「お風呂に入ってらっしゃい。菜々子も一緒に入れてもらえる?」と声をかけられた。

それを聞いて菜々子が嬉しそうに飛んでくる。

「おにいちゃんとおふろ?」

そして天田の返事も待たずに、服を脱ぎだした。

二人で湯船につかって一緒に歌を歌いながら、(なんでこうなっちゃったかな?)と天田は首を傾げた。

 

異様なうなり声が響き、目を覚ました。

暗闇の中で、一瞬、自分がどこにいるかわからなかったが、やがて菜々子の親戚の家に泊まったのだということを思い出した。

風呂から出た後、和室に敷いた布団に寝そべって菜々子に絵本を読んであげているうちに、一緒に寝落ちてしまったらしい。

夏だから風邪をひくこともないと思ったのか、タオルケットだけが体にかけられていた。

(それにしても、今の声はなんだろう・・・)

不吉な予感がして上体を起こす。

手探りで枕もとのスタンドを探り当て、スイッチを入れてみたが明かりはつかなかった。

記憶を頼りに畳の上を這って進み、廊下との境のふすまを開ける。

廊下の小窓から入ってくる月あかりで、うっすらと周りの様子が見えた。

月の光が妙に明るい。周りが不思議な緑色にかすんで見える。

そこで気が付いた。スタンドがつかなかった理由・・・影時間に入っていたのだ。

実は1日は24時間ではない。深夜0時から1時間ほど、隠された時間が存在する。それが影時間だ。

影時間には全ての機械仕掛けが静止してしまう。

しかし当然のことながら、普通の人はこの影時間のことを知らない。

この時間を体感できるのは、天田のような特殊な適応者だけなのだ。

 

うおおあああぁ・・

 

またあのうめくような異様な声が聞こえた。

(影時間なのに声?・・・ 誰だ?)

天田がはっと緊張したとき、先ほど出てきた和室から「おにいちゃん?」という声が聞こえた。

「菜々子ちゃん!?」

驚いて室内に戻る。布団に駆け寄ると、そこに菜々子がすがりついてきた。

(菜々子ちゃん・・・影時間なのにどうして?)

天田は困惑したまま、菜々子をしっかりと抱きしめた。

「なあに、あのこえ。ななこ こわい。」

「大丈夫だよ。僕がついてるからね。」

おびえる菜々子の背を軽くたたきながら静かに語りかける。

「でんきつけて・・・」

「ごめん・・・停電みたいなんだ。」

「ていでん?・・・おかあさんは?」

部屋に駆け込むとき、隣に敷かれた布団に棺が横たわっているのが、闇の中にうっすらと見えた。

象徴化だ。

影時間は普通の人間には認識できない。そして影時間に動ける特殊な人間からは、普通の人間の姿はなぜか棺に見える。

菜々子の母親は今、棺に姿を変え、この時間には存在していない。

(菜々子ちゃんはペルソナ能力者なのか? 今はとりあえず、これ以上怯えさせないためにも、気づかれないようにしないと・・・)

天田は、頭をなでながら安心させるようにやさしい声をだした。

「菜々子ちゃん、よく聞いて。・・・僕はちょっと様子を見てくるよ。」

「ななこ もいく。」

ひしっとしがみついて来る。

「停電だからね。暗くて危ないよ。すぐに戻ってくるから、ちょっとだけ待っててくれる?」

「こわい・・・」

「布団にもぐっていたら大丈夫だよ。本当にすぐ戻ってくるからね。」

「ほんと?」

「様子を見てくるだけだから・・・ここでじっとしてて・・・ね。」

「・・・わかった。・・・まってる。」

菜々子が小さい声で言った。不安なのを必死にこらえているようだ。

「いい子だね。安心して。何があっても絶対に僕が守ってあげるから。」

「うん」

天田は菜々子をそっと引きはがして布団に寝かせると、もう一度頭をなでて部屋の外に出た。

振り返ると、菜々子は頭まで布団に潜り込んでいた。

その姿に後ろ髪が引かれたが、それでも事態を把握することが優先だ。

意を決すると、慎重に様子を伺いながら廊下を進んでみる。その先の玄関は、扉が大きく開け放たれていた。

 

おあああああ・・・

 

外からまたうめき声が聞こえてきた。何かが外にいる。

靴を履くと、思い切って外に出てみた。

影時間の月は平常時より大きくそして明るい。虫の音も聞こえず、あたりは不気味に静まり返っていた。

いやな予感がする。

いつの間にかびっしょりと汗をかいていた。天田は額の汗をぬぐった。

今は影時間。シャドウが現れてもおかしくはない。それなのに、槍もなければ召喚器も持っていないのだ。

玄関横のこじんまりとした庭にある物干し台で、長さの調整できる物干し竿を見つけた。それを手ごろな長さに調節し、武器として持っていくことにした。

シャドウには通常の武器は効かない。そしてシャドウはペルソナ能力者にしか倒せない。ペルソナ能力者が手にすることで、武器に特別な力を与えられるのだと聞いている。

以前、特別課外活動部の仲間である岳羽ゆかりは、おもちゃの弓で敵に大きなダメージを与えたという。

(この物干し竿が強い武器だと信じることが大事だ。きっと僕は、これでもシャドウを倒せる。)

召喚器もそうだ。ペルソナを呼び出す触媒にすぎない。ペルソナを呼び出す力そのものは、ペルソナ能力者本人にある。

(いざとなればきっと、召喚器無しでもペルソナも呼び出せるはずだ。)

天田はさらに慎重に足を進め、門から外を窺った。

6メートルほどの幅の前面道路。その反対側の壁にもたれるように人が立っていた。

こちらを向いたままで、虚ろな表情を浮かべている。予感の通り・・・・それはこの家のおばさんだった。

影時間なのに象徴化していない。嫌な予感が強まった。

天田は警戒しながら、寝巻姿で立ち尽くす おばさんにゆっくりと近づいていく。半分ほど進んで「おばさん?」と呼びかけてみた。

反応が無い。

改めて「おばさん、家に帰ろう。」と声をかけてみる。

おばさんは口を開けたまま、ああああ・・・と小さく声を漏らしている。

そして、ふいに ひゅっ と音を立てて息を吸い込み沈黙した。

「おばさん?」

おばさんはガクリと地面に膝をつくと、両手で頭を抱えて「うああああ・・・」と声を張り上げた。

驚く天田の目の前で、その体がみるみる黒い液体のようなものに覆われていく。

そして、仮面をつけた異形の怪物が、おばさんの体からずるりと抜け出すようにして現れた。

「シャドウ!」

天田が叫んで身構える。

2メートルほどの真っ黒な怪物は、天田に向けていきなりその腕を振り回してきた。

とっさに飛びのきつつ、物干し竿を前に突き出す。

タイミングよく敵にヒットし、シャドウがぐおっと声を上げて大きくのけぞった。

(いける。これでもダメージを与えられる。)

その反応に勇気を得て、持ち慣れない物干し竿を旋回させると、再度 相手にたたきつけた。

シャドウが激しくもがく。

(大きなダメージは無理でも、こうやって少しずつ削っていけば・・・)

更に追い打ちをかけようと、動きを止めずに物干し竿をうならせる。

しかし、次の攻撃はキィーンと音を立ててはじかれた。竿を持つ手が衝撃で痺れる。

カウンターで攻撃をくらい、かろうじて防いだものの反動で物干し竿を取り落としてしまった。

慌てて拾おうとしたが、物干し竿は真っ二つに折れ曲がっていた。

攻撃にペルソナ能力を加えることができても、物理的な強度が増すわけではない。

物干し竿は、シャドウの攻撃を受け止められるほど丈夫ではなかった。

「ちくしょう!」

天田が飛びのく。それを追ってシャドウが襲い掛かってくる。素早い。

かわそうとして足がもつれ、天田はその場に転倒した。

そこにシャドウがのしかかってきた。身をすくめる天田の目前で、シャドウが腕を振り上げる。

絶対絶命だ。

恐怖に息が詰まる。頭に死のイメージ浮かんだ。

その瞬間、天田の体の中から微光をまとったロボットのような姿が浮かび上がり、シャドウを押し返した。

「ネメシス!」

反射的に天田が叫ぶ。

天田のペルソナ『ネメシス』から眩い光線が走り、シャドウを弾き飛ばした。

攻撃を終えてペルソナが静かに姿を消す。

「やったか?」

天田は素早く起き上がると、少し距離を取って相手の様子を確認した。

シャドウが倒れている。しかし体を震わせながら起き上がろうともがいていた。

かなりのダメージはあるようだが、まだ倒せてはいない。

今が追撃のチャンスだ。

・・・しかし武器が無い。

「ペルソナ!」

天田は叫んだ。

・・・今度は何も起きない。

やはり、そうそう思い通りにはならない。

(落ち着け。集中しろ。)

自分に言い聞かせながら、もう一度ペルソナを呼ぶ。

「ネメシス!」

だが、やはりペルソナは現れない。

「くそっ、あと一息なのに・・・」

天田は焦りを感じた。

最後の望みとして、先ほどのような危機一髪の瞬間に、命の危険に応えてペルソナが発動する可能性にかけるしかない。

そのとき、小刻みにふるえるシャドウの体から、いきなり電撃が走った。

手詰まりで立ちすくんでいた天田は、攻撃をもろに食らって転倒した。

激しい衝撃で気が遠くなるのを、必死にこらえる。

全身がしびれて動けない。精神が集中できない。

焦る天田の瞳に、ゆっくり迫ってくるシャドウの不吉な黒い巨体が映った。

(もう・・・駄目だ・・・)

天田は恐怖のあまり息もできずに身を震わせる。

脳裏に母と菜々子の母親の姿がダブって浮かぶ。

そして、ズルズルと目の前まで這い寄ってきた黒い巨体が、雄たけびとともに腕を振り上げた。

 

そのときだった。

高らかに遠吠えが響き渡った。

突如、目の前に巨大な三つ首の犬が出現し、シャドウの前に立ちふさがった。

地獄の番犬『ケルベロス』。

三つの口が大きく開かれると、その口からまばゆい業火が放たれ瞬く間にシャドウを焼き尽くす。

シャドウは黒い塵となって消滅し、・・・そしてあたりに静寂が戻った。

気づけばいつの間にか『ケルベロス』は静かに姿を消し、そして倒れたままの天田の顔を、暖かくて湿った舌が舐めてきた。

「コロマル・・・」

心配そうに覗き込んでくるその犬を見て、天田が茫然とつぶやく。

『ケルベロス』はコロマルのペルソナだ。

コロマルは犬でありながらペルソナを使う・・・特別課外活動部の大切な仲間なのだ。

今夜、天田が外泊することは特別課外活動部のメンバーには伝えられていた。しかしコロマルにはそれが理解できていなかった。夜になっても一向に戻らない天田を心配して、コロマルは寮を抜け出した。いつも天田と散歩するコースを必死に探し周り、ついに長鳴神社で天田のにおいを嗅ぎつけた。

そして天田がシャドウと戦闘に入り、正に危機一髪というところに駆けつけてきたのだった。

「お前・・・来てくれたんだ。ありがとう。」

天田はようやくしびれの取れてきた腕で、コロマルを抱きしめる。

嬉しくて涙が込み上げてきた。

コロマルも嬉しそうに「ワン!」と吼えた。

 

家に戻ると、菜々子は布団の中で象徴化して棺となっていた。結局、菜々子はペルソナ能力者というわけではなかったようだ。

普通の人でも、ごくまれに特殊な状況下で影時間に覚醒する例はある。かつて山岸風花の友人が、影時間に覚醒してタルタロスに駆けつけたこともあったと聞いている。

今回の場合、天田が隣で寝ていたことが、菜々子に何らかの影響を与えた可能性もある。

待つほどのこともなく影時間が終わり、菜々子の象徴化も解けた。菜々子はすやすやと寝息をたてていた。それを見て、天田はほっと胸をなでおろした。

その後、天田は菜々子の母親とおじさんを起こし、「夜中に目が覚めたら玄関が開けっぱなしになっていて、外に出て見たらおばさんが道路に倒れているのを見つけた。」と告げた。すぐに救急車が呼ばれて、おばさんが病院に運ばれる騒ぎとなった。

折れた物干し竿はどさくさにまぎれて近くの共同のゴミ置き場に移しておいた。

翌朝、目を覚ました菜々子は、浮かない顔で、天田に怖い夢を見たと言ってきた。しかし、庭にいるコロマルを見つけると大喜びで外に飛び出していき、そのまま夢のことはすっかり忘れてしまったようだった。

 

数日後のこと。

山岸風花に呼ばれて寮の1階ホールに降りていくと、堂島親子が菓子折りを持って挨拶に来ていた。これから八十稲葉に帰るのだという。

病院に運ばれたおばさんは、その後 目に見えて順調に回復し、無気力症の症状も治まって元気に退院したらしい。天田がシャドウを倒したことで、状態が急速に改善したようだ。

「天田君には本当にお世話になったわね。」

「いえ、そんな・・・僕の方こそお世話になって・・・ごはんもごちそうになったし・・・」

天田は赤くなってしどろもどろに答えた。

母親はその様子をしばらく微笑みながら見つめ、それから天田にそっと告げた。

「それじゃあ、そろそろ帰るわね。きっと、お父さんが菜々子に会いたくて首を長くしてるわ。」

それまでコロマルにじゃれついていた菜々子は、顔を上げると「ななこ もおとうさんにあいたい。」と言った。

「じゃあ、菜々子ちゃん、元気でね。」

天田が声をかけると、菜々子は急に赤くなってもじもじとし、それから足元まで近づいて内緒話をするように口に手を添えた。

天田がしゃがむと菜々子はその耳元で、大事な秘密を打ち明けるようにひそひそと言った。

「あまだくんが、ななこ のおにいちゃんだったらいいのに。」

天田はにっこり笑うと、今度は菜々子の耳元で小さく「僕も菜々子ちゃんみたいな妹がいたらいいな。」と言った。

菜々子は嬉しそうに笑って立ち上がると、今度は大きな声で「また、あそんでね。ばいばい」と言って手を振った。それからコロマルにも「ばいばい」と声をかけると、ドアに向かって歩きだした。

ドアの前で振り返って頭を下げる母親の姿に、天田はまた亡き母の面影を見た。

そしてその後ろ姿を見送りながら小さくつぶやいた。

「さよなら・・・お母さん。」




今回はこれにて終了です。ありがとうございました。
基本的に短編漫画一本分くらいのつもりで話を作ってますので、戦闘はあっさり目です。
今回は普通のシャドウ1体が相手なので、逆に天田君を武器無しの状態に弱体化してバランスを取ってみましたが、いかがでしたでしょうか。
それにしても、勝手に菜々子ちゃんのお母さんを書いてしまいましたが、この後の出来事を思うと辛いですねー。


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