夜のデイジィとアベル(一)カザーブの初夜 (江崎栄一)
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○一 宿を取る
デイジィ 女剣士
アベル 青き珠の勇者
ようやく落ち着ける。そう思っているのに心は穏やかではなかった。
バラモスとの最終決戦から二日経ち、あたしはアベルと二人でカザーブという高原の町に来ていた。最終決戦を終えたその日の深夜に、ほとんど夜逃げ同然であたしたちは駆け落ちした。疲れてはいたが、誰にも引き止めらない方法はこれしかなかった。
アリアハンを出立し、徒歩で一日半。地図は片手に北に向かう山道を登った。その先にあるカザーブという町を目指して。この町には竜伝説にまつわる秘宝はなく、バラモスに目をつけられることもなければ、あたしたちが冒険の中で訪れることもなかった。あたしたちを知っている輩はいないだろう。
そんな単純な理由で向かったわけだが、いざ到着してみるとカザーブは思いの外いいところだった。町には活気があり、標高の高い地域らしく空気もカラッとしていて涼しい。
「こんないい町がアリアハンの近くにあるなんて、オイラ知らなかったよ」
アベルが屈託のない笑顔を向けた。
「ここならゆっくりできそうだな」
長かった冒険の疲れを癒し、アベルと二人で男女の時間を過ごすにはまさにうってつけの場所だと思えた。
鎧をつけたままの格好では目立つ。とりあえず動きやすいように衣料品だけ揃え、宿を取ることにした。田舎町だからそんなに高級な宿ではないが、それなりに設備の整った大きめのホテルの二階。初めてのダブルベッドの部屋。
今夜、このベッドの上であたしはアベルに抱かれる。甘美な想いに胸が高鳴った。
一息ついて、あたしは夕食とぶどう酒の買い出しに出かけた。夜の営みのことを考えて避妊具も買ってきた。なにも言わずに食料品と一緒にテーブルの上に並べると、アベルはその存在に気づいた。何も言わなかったが、喉を鳴らし目を血走らせるのがわかった。
「オイラ、楽しみなんだ。これからはずっとデイジィと一緒にいられるなんてさ」
アベルは窓の前に立って、両手を広げてあたしを招いた。その優しい笑顔に真の愛情を読み取ったあたしは、アベルの胸に向かって駆け出していた。
「ああ、あたしも楽しみだよ。アベル!」
その分厚い胸板に思い切りぶつかると、アベルの太い腕が背中に回り、強く抱きしめられた。
しばらく無言で抱き合った後、アベルは腕の力を緩めた。腰に左手を回し、右手であたしの左手首を掴む。腰を抱き寄せながら、あたしの顔が上を向くようにした。
あたしたちは無言のまま唇を重ねた。口を閉じたまま、アベルの静かな鼻息だけを聞いていた。
唇を離すと、アベルは歯を見せて笑う。あたしもつられて笑った。
「腹減っただろ。早く、食べようぜ」
あたしがそう言ってアベルを促し、二人でダイニングテーブルを挟んで座った。買ってきたハムをパンに挟んで食べる。
「うまいな」
アベルはぶっきらぼうに言って、ガツガツと食べ続ける。農業で栄えただけあって、ここで手に入る肉美味ようだ。ぶどう酒にもよく合った。
あたしは豪快に肉を貪るアベルをぼんやりと見つめながら、ゆっくりと食事を進めた。
若い男女が二人きり。肉にかぶりつき、紅いぶどう酒を啜る。どこか官能的な雰囲気に、あたしの肉体が昂ってくるのを感じた
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○二 アベルのために身を清める
「先に……風呂に入ってくるよ」
食事を終えてしばらく無言の時を過ごしていると、アベルは不意にそう言って立ち上がった。
「ああ……」
俯いたまま、あたしは小さく返事をした。恐る恐る見上げると、アベルの表情は強張り、緊張した眼差しになっていた。アベルもこれから始まる夜のことを意識しているのだろう。
しばらく見つめ合う。アベルは大きく喉を鳴らし、無言で部屋を出て行った。大浴場はこの宿の一階にある。
一人で部屋に残ると一気に緊張が解け、ため息が出た。ゆっくりと部屋を見回す。窓から差し込む光が大きなダブルベッドを照らしている。
あと一時間もしたら、あたしはこの上でアベルに抱かれているんだ。
締め付けられるような想いを感じ、両手を左胸に当てた。心臓が大きく脈打っている。
ダブルベッドのシーツを捲り、枕の位置を整えた。その下に避妊具を滑り込ませる。いざ押し倒された時にモタモタしないように……。
思った通りアベルはすぐに戻ってきた。
アベルと入れ替わりにあたしも大浴場へ向かう。今日は入念に身を清めなければならない。
露天風呂に肩まで浸かり、ぼんやりと空を見上げた。薄暗くなった。日が高山に隠れ、思っていたよりも早く夜がやって来るようだ。この町は夜が長いのだ。
どうしても、これから起こることに想いを馳せてしまう。駆け落ちした男女が同じベッドで一夜を過ごす。愛を確かめ合わないはずがない。
レイアムランドへ行く前に一度はアベルに抱かれたといっても、あの時は魔王軍との最終決戦を目前に、死の恐怖を感じる中でのものだった。極限状態の中で少しでも安らぎを得るため、本来あるべき手順を飛ばしてでも愛を確認したかった。
でも、今日は違う。もう迫り来る死の恐怖などはない。ゆっくりと愛を語り合う時間がある。優しい愛撫を受けながら肉体を重ねることになるだろう。だから、あたしにとっては今日が初めての神聖な夜になる。
全身が温まった頃、湯船からあがった。手拭いに石鹸を馴染ませ、身体を洗う。長旅の汚れと匂いを取らなければならない。アベルはきっとあたしの身体を容赦なく弄り、至るところに舌を這わせるだろう。首筋、乳房、脇、腹、太腿に陰部。幻滅させるようなことがあってはならない。
足の指の間や背中など、特に垢のたまりやすい場所を手拭で擦る。耳など、洗うことを怠りがちなところもしっかりと。
洗い終えてもう一度湯船に浸かると、全身の肌がすべすべになっていた。我ながら触り心地がいいと思う。
きっと、アベルも悦んでくれるだろう。
脱衣所に戻り、パンティとブラの上にナイトローブを羽織る。スネまで丈のある真っ白な一枚布。胸元の襟を合わせ、腰のあたりを帯で結ぶ。姿見に写るあたしはいつもと違い、男好きのする可憐なものになっていた。
脱衣所を出て部屋に向かう。風呂に入っている間に随分と気温が下がったようだ。風呂で火照った身体の熱がどんどん下がっていく。少し暖まり過ぎた体にはちょうどいいかもしれない。
今までは人の多い港町ばかりに行っていたから、どうしても高原の気候には不慣れだった。
宿のロビーを通ると、同じく湯上りの男たちがたむろしている。酒を飲みながら談笑していたようだが、あたしの存在に気づくと黙ってジロジロと見つめてきた。
魔王軍の攻撃によって壊滅した国も多く、未だ平和な国には住処と仕事を求める流入者が多いと聞く。この連中もそうなのかもしれない。
薄笑いを浮かべながら興味津々に、無遠慮な視線を向ける男たちに怒りを覚え、睨み返そうかと思った。しかしあたしのような綺麗な女がこんな薄布一枚羽織っただけのエロティックな格好でいたのでは仕方ない。若い男であれば、目を背けることはできないだろう。この連中には残念なことに、この肉体は今から一人の男に捧げるためのものだ。
部屋の前に立った。このドアの先には腹を空かせた獣が牙を剥き出しにしてあたしを待っているのだ。身を清め終わったということは準備万端、アベルはいきなり襲いかかってくるかもしれない。
この肉体はアベルの欲望に満ちた手や舌の餌食になるのだ。とめどなく溢れる獣欲を満たしてやらなければならない。あの誠実な男があたしの肉体に狂うところを思い浮かべると、恐怖とともに不思議な悦びを感じる。これが女としての普通の感情なのだろうか。
呼吸を整え、意を決してドアをノックした。床の軋む音をたてながら、獣がドアの先に近づいてくる。
それほどの時間もかからず、ドアが開いた。そこには笑顔のアベルがいた。
「おかえり」
想像していたのとは違う、いつもの優しい顔。あたしの緊張を解き、安心させるくったくのないものだった。
湯上りの肉体が更に火照るのを感じた。
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○三 部屋でアベルと
すっかり日の落ちた後の室内は行燈に照らされ、暖炉の火で温められていた。揺らめく炎に照らされたあたしの胸元に、アベルは一瞬だけ視線を走らせた。優しい顔の裏に潜む凶暴性が垣間見れた。
「気が利くじゃないか。暖を取ってくれたんだな」
アベルの二の腕を指で突いてからかい視線から逃れた。
「オイラにとっては普通のことだよ。やっぱりカザーブも夜になると冷えるんだ」
アベルは照れたように笑った。
カザーブほどではないにしろ、標高の高いアリアハンに住んでいたアベルにとってはグッと下がる夜の気温には慣れたものだったのだろう。部屋の中が冷たくなる前に暖をとるのは当然の習慣なのかもしれない。あたしの気が回らないことをしてくれたアベルの行動が嬉しかった。
「この部屋が気に入っちゃったよ。どことなくオイラの家に似てるんだ」
アベルは暖炉の前に置いた、簡素な作りのソファにどっかりと腰を下ろした。その横には小さなサイドテーブルがあり、水の入ったグラスが置かれている。アベルはグラスを掴んで一口飲むと、暖炉を見つめて吸気口を絞って火を調整した。
「不思議な気分だ。こうやって、暖炉の火を見ていた時はいつも一人だった……。オイラ、父さんがいなくなってからずっと一人で暮らしてきたからさ。でも今は、デイジィが一緒にいてくれる……。人のために暖をとるなんて、初めてなんだ」
アベルは物心つく前に母親を亡くし、幼少期に父親と生き別れになっている。この強い男が普段は決して見せることのない弱さを、あたしにだけはさらけ出す。抱きしめてやりたい気持ちになった。
あたしは暖炉の前に行き、膝をかがめて腰を落とした。まだ湿気を含んだ髪を熱風に当てた。
「あたしだって、誰かに部屋の暖を取ってもらうなんて久しぶりだよ。あたし……十歳のときに親を亡くしてるからさ。そのすぐ後に弟と妹が拐われて、ずっと一人で生きてきた。こうやってあんたに気を遣ってもらえるなんて幸せだよ」
そう言って振り返ると、アベルは優しい眼差しであたしを見つめていた。でもどこか寂しそうで、失った何かをあたしに求めているような眼差しだった。
「あたしも……この部屋が気に入ったよ。すごく落ち着くんだ。こんなの初めてだ」
「正解だったかな、ここに来て」
「ああ。風呂も良かった。いい温泉が湧いてるみたいだな」
「お前、温泉が好きだもんな。いい湯だったか?」
アベルは知ったような口を聞いて笑った。あたしが温泉好きなことを、アベルに話したことはない。かつての愚行から想像で言っているのだ。
アベルはあたしが温泉に入っているところ除いた。剣を向けて問い詰めても否定されたが、風呂上りのあたしの着替えを覗いたことは紛れもない事実だ。
思えば、あの時はアベルのことを明確に異性として意識していたわけではなかった。ただ、正義感と情に厚い不思議な男だと思っていただけだ。それが今となっては、あたしが唯一愛した男であり、この肉体の全てを捧げてもいいと思ってしまっている。一度は曝け出した肉体だ。そう思うと、あの時に裸を覗かれたのも何かの縁だったのだろう。
「湯に浸かってると気持ちよくてさ……時間かかったかな」
「いや、問題ないよ。オイラもこの暖炉の使い方がわからなくてさ、さっき宿の人に頼んで教えてもらってたんだ。デイジィが早く帰ってきちゃったらどうしようかって心配してたんだ」
あたしは黙って、髪をかきあげながら乾かし続けた。乾燥した空気の中でこうやっていればすぐに乾く。
「あたし……今日は、いつもよりしっかりと身体を洗ったんだ……」
横目でアベルを見ながら言った。
「デイジィ……」
アベルの目の中に映る炎が苛烈さを増したようだった。上気した顔が険しくなる。大きく喉が鳴るのがわかった。
「オイラも……しっかり洗ってきたよ」
アベルは低い声で言い、黙った。当然ながらアベルもこれから行う愛の営みのことを意識しているのだ。きっとあたしに幻滅されないように、しっかりと身体を洗って来たのだろう。
アベルの視線から目を背け、もう一度髪を暖炉に向けた。今度は髪に櫛を当てていく。ベッドの上でだって、綺麗にしていたい。そう思って丁寧に髪をとかした。
あらかた髪が乾いていた。これ以上待たせるのは良くない。今夜は二人で歩む新たな人生の旅立ちの日なのだから。
あたしはアベルの隣に行かなければならない。
「デイジィ……」
立ち上がったあたしにアベルが声をかけた。鼓動は速くなり、頭がぼぅっとしていた。
あたしは踵を返し、窓の前に置かれたダイニングテーブルに向かった。グラスに並々とぶどう酒を注いでアベルを振り返った。アベルはじっとあたしを見ている。その視線にはいつもの余裕が感じられない。今にも足を踏み出し、あたしに飛びかかってきそうな殺気を感じた。
「飲むか……?」
あたしはぶどう酒を一口飲む。爽やかな香りが、緊張で乾いた口の中を満たした。凄く甘い。この付近で取れたぶどうだろう。昼と夜の寒暖差が大きい地域独特の強い甘みを感じた。
アベルのそばまで歩み寄りグラスを渡すと、あたしが口をつけたところに唇を当ててグラスを傾けた。敢えてそこをねらったようだった。背中がぞくりとした。
「うまいな……」
アベルはそう言ってグラスをソファ前のサイドテーブルに置いた。
もうあたしたちが身体を離しておく理由がなかった。他に何もすることがない。肌を合わせるしかない。女と男は隣り合わなければならない。
こういうとき女は男の利腕とは反対側に座るのが作法らしい。覆いかぶさるときに、存分に利腕で女の肉体を弄るためだ。
アベルは右利き。だから、意を決して左側に腰を下ろした。アベルの開いた腿にあたしの膝が触れた。
アベルは無言だった。
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○四 ソファで抱き合い
あたしは閉じた腿の上に両手を置いて、縮こまって座った。普段の大股開きとは真逆の座り方。今までは脚を閉じられない構造の鎧のせいもあったが、これからは気をつけなければならない。こんなにおしとやかにするのは初めてだ。
「デ、デイジィ……」
アベルの上ずった声。緊張した様子だった。太腿の上で両の拳を握りしめ、身体を硬らせている。身体が震えている。触れ合う寸前の肩口から熱気が漂う。自分の自由にできる女がすぐ隣にいるのだ。内から湧き上がる獣欲に精神が侵食されているのだろう。それでもまだ襲いかかるのを躊躇するだけの理性が残っているようだった。
あたしの方も気が気ではない。ただこうして並んで座っているだけなのに胸が張り裂けそうなほど高鳴っている。こちらに主導権はなく、相手の決意に任せるしかないのだ。アベルの理性が限界に達したとき、あたしはそのとめどなく溢れる肉欲の吐け口にされる……。いざ愛が始まってしまったら、抗うことのできない腕力でこの肉体が蹂躙されることになる。
その時、あたしの心はどうなってしまうのだろうか。わからなかった。
暖炉の薪が弾ける、パチパチという音だけが室内に響く。それ以外はまるで時が止まったような静かな部屋の中。何の動きもなく無言の時間を過ごしながら、あたしの鼓動は更に速さを上げていく。
あたしは拍子抜けしていた。
身体が近づいたらすぐに抱きしめてくれると思っていたのにアベルはまだ肩にすら手を回さない。間違いなくあたしを抱きたいのに踏み出せないでいる。女から誘うようなはしたないことはできないのだから、早く強引に奪ってもらいたかった。
意気地なし……。
恐ろしいモンスターやエスターク人に対しては自身の危険など省みずに向かっていくのに、待ち望んでいるあたしに対しては遠慮して手が出せないでいるなんて。
あたしはため息をついた。それが合図になったのかアベルの身体が動いた。太い腕が蠢き、ソファから腰を浮かせた。
ついに来たか……?
あたしは眼を瞑って身体を強張らせた。しかし何も起こらない。
アベルの手はあたしではなく、サイドテーブルに向かっていた。ぶどう酒の入ったグラスを掴んで口につけ、天井を向いて一息に煽った。喉が大きく鳴る。大きく息を吐く。爽やかな香りが漂う。空になったグラスが音を立ててテーブルに置かれた。
「空になっちまったな……。注いでやるよ」
あたしは漸く自分から声を発する機会を得た。
ソファに手を付いて立ち上がり、ぶどう酒のボトルがある窓際のテーブルに向かって歩き出そうとした。
「待って!」
アベルが低い声で呼び止めた。
その左手があたしの右掌を掴んでいた。引っ張りもせず、優しく手を触れただけ。それでもあたしの動きを封じるには十分だった。胸が高鳴る。振り返ると、アベルは眉をしかめてあたしを睨みつけていた。期待とともに身の危険を覚えた。
「アベル……?」
あたしの声は甘えるようなものになっていた。
「もう……ぶどう酒はいらないよ。だから、離れないで」
絞り出すような声だった。この男がここまで追い詰められるのは珍しい。いつも、自分がこうと決めたら振り返りもせずに突き進むのに。
「どうしたんだ……」
あたしはわかっているのに、とぼけながら再びソファに腰を下ろした。
「デイジィ……オイラ、お前のことが」
とうとうアベルが左腕をあたしの肩に回した。熱い掌があたしの左肩を掴む。首の裏に回った太い腕が暖かかった。顔を覗き込んだ瞬間、喉仏が大きく脈動した。アベルの腕が強張り、凄まじい力が込められた。
「あ……」
アベルは強引にあたしを引き寄せた。胸と胸がぶつかった。そして頬が触れ合った。
「お前のことが好きなんだ」
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○五 キス
あたしはアベルの腕の中にいた。徐々に抱きしめる腕の力が強まり、身動きができないくらい硬く拘束される。
息を吐いて胸の圧を逃した。でも外からだけではなく、内からも胸を締め付けられるような感覚。苦しかった。
「デイジィ……好きだ。ずっと一緒にいてくれ」
アベルはもう一度、あたしのことを好きだと言った。さっきまでのもどかしさや緊張とは違う、心地よい感覚で胸が締め付けられた。あたしはアベルの首と鎖骨の間に顔を埋めて眼を閉じた。
耳に密着した首筋から激しい鼓動が聞こえる。脈打つ振動が肌に伝わる。あたしからも声をかけてやりたいのに、剛腕で抱き締められていて声が出ない。
抱きしめる腕の力が弱まった。密着していた身体が離れる。アベルがあたしの顔を覗き込む。両手であたしの肩を掴む。鼻先が触れそうな距離で見つめ合った。
「デイジィ……」
アベルの眼は不安そうだった。あたしが答える番。もちろん返事は決まっている。決まっているから、ここまで来たんだ。
「アベル……あたしもあんたが好きだ。ずっと一緒にいような……」
鸚鵡返しに答えると、アベルは安心したように笑った。
「デイジィ ……ありがとう。オイラにはお前だけだ」
そう言ってあたしの左肩を右手で押した。大した弾力性のないソファの背もたれに身体が押しつけられる。
相変わらずの強引さ。でも、これこそが奥手で清純なあたしの望んでいるものだった。これだけ強い力で迫られたらどうやっても抵抗できない。こうでもされなければ反撃してしまう。あたしみたいな男勝りを、か弱い女として扱えるのはアベルくらいしかいない。
あたしは息を呑んだ。
ゆっくりと、アベルの顔が正面から近づいて来る。優しい表情なのになぜか恐怖を覚える。その真っ直ぐな瞳を見つめ続けた。鼻と鼻がぶつかりそうになる手前でアベルの首が右に傾く。熱い吐息を唇で感じたときにあたしは眼を閉じ、同じように顔を傾けて迎え入れた。
唇が重なった。柔らかい。熱い肉が唇に押しつけられる。頬に荒い鼻息を浴びる。男が女を求める一つの儀式。
もう何度目かのキスになるのに未だに慣れない。あたしは女としてまだまだ未熟。どんな心構えで男を受け入れればいいのかわからない。
そんな思いを巡らせている間にもアベルの口は動き続け、あたしの唇を挟んだり舐めたりする。その愛撫を受けてあたしは愛される気持ちで満たされる。不思議な感覚だった。いやらしい行為なのに、嫌な気がしない。それもアベルのような、絶対に嘘をつかない誠実な男による愛の証明だからだろう。
だがもちろんこのキスは単なる愛情表現ではない……。これから始まる苛烈な房事の始まりを告げる合図なのだ。あたしを求めるアベルの気持ちは膨らみ続ける。
重なった唇からアベルの興奮が読み取れた。荒い息。激しい鼓動。
「あん……」
不意に、閉じていた唇がこじ開けられた。甘えるような声が漏れた。
思っていた通り、アベルの愛は早くも次の段階に移っていた。唇の隙間に熱い軟体動物のような舌が這い込んで来る。アベルはあたしの口を吸いながら、ねじ込んだ舌で口の中を蹂躙した。歯茎を撫で回し、舌を探して暴れ狂う。さっきまでの甘いキスが、瞬時に激しい肉の絡み合いに転じていた。
アベルの腕は、あたしの背中をしっかりと抱きしめていた。
あたしも舌で応えた。突き出した舌に、熱い肉が容赦なく絡みつき絞りあげる。あまりの激しさに、恐怖が高まった。
あたしは眼を見開き、アベルの胸に手を当てて押し返した。しかし当然のことながら、力で抵抗できる相手ではなかった。
「んん……ん!」
待て!
そう言おうとしたが、くぐもった声しか出ない。首を振って逃れようとしてもアベルが逃さない。首根っこと腰に腕を回し、身体を密着させて動きを封じる。もがけばもがくほど固く抱き締められていくようだった。
呼吸もままならない状態で身体に力を入れ続けたせいで、頭がクラクラしてきた。
仕方ない。
あたしはアベルの背中に手を回し、再び眼を閉じた。アベルの気が済むまで耐えるしかない。
徐々に身体から力を抜き、アベルのなすがままにした。容赦なく口の中を犯される。ありとあらゆる部位に舌が突き当てられる。そして舌の付け根から唾液をこそぎ取るように、アベルは一度大きく舌を動かした。
ズルっという大きな音を立てて口が離れ、密着していた身体も離れた。
アベルは大きく喉を鳴らし、火照った顔で覗き込む。二人で荒い息を立てながら見つめ合った。
「デイジィ……もう我慢ができない。お前が欲しいんだ」
これから欲望を剥き出しにして、あたしの身体をその吐口にするという宣言。
あたしも一度唾を飲み込み、呼吸を整えた。
「何言ってるんだ……あたしはあんたの物だろ。好きにしてくれ」
猪突猛進のこの男が、ことに及ぶに際して許可を求めるなんて不思議な気がした。男女の房事を前に臆病になっているのはあたしだけではないのだ。安心するのと同時に、アベルのことがたまらなく可愛く思えた。
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○六 首筋に舌が
あたしの右肩にかかっている髪を、アベルは左手で掻き上げて背中に流した。そのまま右腕ごと背中を抱き、剥き出しになった首筋に向かって口を近づける。
「アベル……?」
恐怖を覚えて肩で閉じた。肩と頬で侵入を拒もうとしたが、アベルは顔に力を込めて無理やり割って入った。
「あうっ!」
顎のすぐ下、頸動脈の走る辺りに熱い舌が這わされた。まるで皮膚を突き破って肉に潜り込もうとするかのような強い力だった。
大きな重量を持った熱い肉が首筋を這いずり回る。それが敏感なところを刺激する度に、あたしの口から喘ぎ声が漏れた。
痛みにも似たくすぐったさを感じ、あたしはもがいて逃げようとした。
「あ! いや!」
しかし右腕ごと背中を押さえつけられ、左肩も掴まれている。身動きなど取れるはずもない。ただ喘いで下半身を捩ることしかできなかった。
まるで生きながら肉食獣に喰われる獲物のように。
「ア、アベル! 待って……」
漸く言葉を発することができた。何とかアベルの動きを止めないと、気がおかしくなりそうだった。
それでもアベルは止まらない。あたしの声が届いていない。愛撫は激しさを増していく。舌の這いずり回る領域は喉や鎖骨にまで及んだ。その刺激に耐えられず必死に喘いで身を捩っているというのに、アベルはまったく意に介さない。まるで暴れるあたしの身体が煩わしいのか、拘束する力を強めていく。アベルは欲望のままに動く獣に身を落としていた。
血を啜るように音を立てて舌を這わせ、唾を飲み込んで熱い息を吐く。あたしがどう感じているかなどお構いなし。こんな好き勝手にされたら頭に来るはずなのに、あたしは違う想いに捕われた。
こんなにも夢中になってしまうほど、アベルはあたしのことが好きなんだ。
あたしはアベルの豹変振りを愛の証明と捉えていた。
「ん……」
あたしは身体から力を抜いた。閉じた眼から、溜まった涙が零れ落ちた。いつしか舌による強烈な愛撫が心地よいものになっていた。
アベルの顔が離れた。
「デイジィ……」
口を半開きにして呼吸を荒げながら、陶然とした顔であたしを覗き込む。目があった次の瞬間にはアベルは視線を落とし、あたしの胸元を凝視した。喉が大きく鳴る。
あたしの左肩から右手を離し、胸元に滑らせる。ナイトローブの上から乳房に触れる。いつの間にかあたしの肉体は火照りきり、胸を触られてもくすぐったさを感じなくなっていた。
「はぁ……。ん」
アベルが指に力を入れて優しく乳房を揉み始める。淡い快感が湧き起こり、あたしは甘えるように喘いだ。左脇を閉めて腕をたたみ、乳房の横で掌を閉じた。楽しんでいるアベルの邪魔にならないように、恥ずかしさを必死に耐えた。
アベルは遠慮なく、胸元を凝視しながら乳房を揉み続けた。
しばらくすると、アベルは乳房から手を離し、襟の間に差し込んだ。左を前にして合わせられた襟は、ちょうどいい具合にアベルを迎え入れる。熱い掌が乳房の上に触れ、ブラの上から全体を包み込んだ。
そのまま揉み始めるのかと思いきや、アベルはすぐに手を引き抜いた。そして背中に回していた左腕も抜いて、両手を使ってあたしのナイトローブの襟を掴んだ。
「あ!」
襟がこじ開けられ、胸元が露出していた。恐る恐るアベルの顔を覗き込んで、あたしはぎくりとした。その顔に、更なる凶暴性が宿っていた。仕留めた獲物に喰らいつく直前に野獣が見せる眼光。
「これは……」
アベルはあたしの両襟を掴んで押さえつけたまま、曝け出された胸元を見つめて言った。
「さっき、新しい下着を買っておいたんだ。あんたにガッカリされたくないからさ……」
鎧の下に着けていたような、あんなダサい下着で房事に臨むなんて嫌だった。あれは長旅に耐えるように厚手の手拭いを捻っただけのもの。だから、急いで純白のお揃いのブラとパンティを買って身につけた。
「どうかな……?」
荒い息を吐くだけで黙っているアベルに恐る恐る聞く。
「可愛いよデイジィ……最高だ」
アベルは熱い視線を胸元から外すことなく言った。
その言葉を聞くと、再び身体の内側から快感が押し寄せてきた。
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○七 ベッドへ
「アベル……」
満たされた気持ちで名前を呼んだ。アベルは胸元に注いでいた視線を上げて、あたしの目を見つめた。
アベルは再び左腕をあたしの背に回し、後頭部を抑えた。右手で襟を掴んで引き寄せる。
唇が合わさった。すぐに舌が突き入れられる。さっきよりは幾分か優しいキス。あたしが舌を持ち上げると、蠢くアベルの舌が巻き付いた。そして唾液を舐めとるように舌の付け根を押して、何度も吸引し、喉を鳴らした。
右手が襟から離れ、背中を伝って腰まで下りた。ナイトローブの上から左の臀部が摩られた。
「ぐっ……」
アベルは苦痛に耐えるよう呻き、呼吸を荒げた。
右手があたしの左脚を伝い、膝下まで下りる。ナイトローブの裾を割って、固く閉じた膝の間で止まった。
普段はだらしなく脚を広げているが、今夜はアベルの隣に座ってから閉じ続けている。もちろんアベルを拒むためではなく、はしたなく思われたくないからだった。
アベルの呼吸が更に荒くなり、あたしの鼓動も高まっていた。
不意にアベルの右手に力が込められた。指が柔肉に食い込む。アベルは手を小刻みに捻りながら、膝の隙間に潜り込ませて行った。
「あ……」
膝頭を越えるとあとは内腿の柔肉だけ。そこからは大した抵抗もなく、脚の付け根に向かって掌返し登ってくる。ナイトローブの裾をめくりながら。
女の秘部へと向かってくるその欲望の化身を、恐怖と期待の織り混ざった感情であたしは受け入れた。
その手がパンティの股布に触れる。背筋が鋭く痙攣する。
開いていたアベルの掌が、右足の付け根の一番柔らかい部分を掴んだ。アベルの気持ちが高まり、今にもあたしの身体へ欲望を直にぶつけようとしているのがわかる。
「んん……」
あたしは首を捻ってアベルの口づけから逃れた。
「アベル……待って……」
声をかけると、興奮した顔のアベルと目を合った。そしてあたしたちはそのまま無言で見つめ合う。
「この先は……ベッドでしよう……」
少しはしたない言い方だったかもしれない。でもそれを聞いたアベルの眼に理性が戻った気がした。顔をしかめて辛そうにする。
「すまない……つい興奮してしまって。もう少しでこのまま襲ってしまうとこほだった……」
あたしの鼓動は極限まで速くなっている。まだ疲れてなんていないのに、なぜかもう動く気がしない。アベルに何をされても抵抗できない気がした。
「ベッドまで運んでくれるか? あたし、身体の力が抜けて動けないんだ」
「あ、ああ……わかった」
アベルは身体を離すと、ハッとしたようにあたしの下半身を見つめた。目の色が徐々に険しくなっていく。再び理性が引っ込み、情欲に捕われた目つきだった。
改めて見てみれば、あたしのナイトローブは肩まではだけ、裾は腰まで捲れ上がっていた。このエロティックな格好に刺激されたのだろう。
あたしはアベルの熱い視線を受けるに任せた。せっかく新しい下着を身につけたのだから、こうやって楽しんでもらうのもいいだろう。
少し左脚を動かしてみると、アベルは股の間を凝視した。そしてゆっくりと右手がそこに向かって動き出す。
「アベル……」
声をかけるとアベルの動きはピタッと止まった。
ベッドに運ぶと言っておきながら、もう忘れている。こんなにもあたしの肉体に夢中になっているアベルが可愛く思えた。
「あ、ああ……すまない」
アベルは振り返ってあたしを見つめると、両膝の下に右腕を滑り込ませ、軽々と抱き上げた。そして半回転して歩き出す。
今からあたしはベッドで抱かれる。
アベルの腕の中、徐々に近づいてくるベッドを眺めながら、これから始まる愛の宴に想いを馳せた。
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○八 胸を捧げ
ベッドの手前まで来ると、アベルは優しくあたしの身体をシーツの上に横たえた。硬めの敷布団に軽く身体が沈む。脚と肩を使ってベッドの中央に移動して、セットしておいた枕にちゃんと頭を乗せた。
アベルも服を脱ぎ始めた。荒々しくシャツを脱ぎ捨てると、鍛え抜かれた上半身が暖炉の火に照らされた。彫刻のように深く刻まれた筋肉が濃い陰影を作る。それを見ていると、あたしの身体が芯から火照ってくる。
アベルの分厚い胸板が激しいリズムで上下する。胸が収縮するたびに熱い息を吐き出す。
アベルは興奮している。それが伝染するように、あたしの鼓動もどんどん高まっていった。
アベルも同じようにあたしの全身をを舐め回すように見る。さっきアベルに身体を弄られたときにはだけた胸元と股はそのままだ。内腿の柔肌とパンティを晒し出している。その無防備に開いた脚の間と股に、アベルの野獣のような視線が集中していた。
そこを凝視されるのは恥ずかしかったが、ここに来て隠そうとするのも野暮な話だ。黙ってその視線を受け続けることにした。
アベルはズボンも脱ぎ、喉を大きく鳴らせた。トランクス一枚だけの格好で、ベッドの脇に突っ立ってあたしを凝視している。
「あっ……」
気が付けばその股間部の布が内側から大きく押し上げられていた。男が見せるわかり易い興奮のサイン。もちろん初めて見るわけではないが、その不思議な光景に驚いて、つい声をあげてしまった。
アベルは身を乗り出して、ベッドに横たわるあたしの帯に指をかけた。もともと緩く結んであった帯はあっさりと解かれる。続いて襟を掴むアベルに促され、あたしはナイトローブの袖から腕を抜いた。
あたしは、愛を誓い合った男のために服を脱ぐことに、不思議な幸福を感じていた。
辛うじてあたしの背中に敷かれるだけになったナイトローブをアベルは剥ぎ取り、あたしに手渡した。
それを枕元の横に丸めて置き、アベルに向き直ろうとしたとき、ベッドがみしりと鳴った。アベルがベッドに膝を乗せ、あたしに向かって這って来る。
「綺麗だよ。デイジィ……」
アベルの眼は大きく見開かれ、普段の優しい雰囲気は消え失せていた。その眼は、ついさっきまでナイトローブで隠されていた胸の谷間を凝視している。まるであたしのことを単なる物として見るような冷たい視線。それでも炎のような熱を感じさせる不思議なものだった。
あたしは恐怖を感じていた。これからどういう風に扱われるのか不安だった。身体中を弄られ、大切なところも見られる。乱暴な扱いも受けるかもしれない。でもそれは男と女の間では当たり前のこと。意を決して両腕を拡げ、アベルを迎え入れた。
「アベル……」
自分の声が震えているのがわかった。
伸ばした左腕を首に、右腕を腰に回して抱き付いた。頬がくっつき、身体が密着する。脚の間にアベルの右大腿がねじ込まれた。陰部に太ももが押し付けられる。そこは男を受け入れる大切な機関。淡い快感が走った。
同様にあたしの腰には、アベルの怒張した陰茎が押し付けられている。まるで独立した生物のように、苦しそうにビクビクと脈動している。快楽を求めて蠢く、凶暴な生物のようだった。この欲望は、あたしの膣の中で精を放たない限りは、決して鎮まることがない。
もうすぐこれで突き刺されて、二人は一つになるんだ。
考えを巡らせている間に、アベルはブラの上から乳房を鷲掴みにした。膨れ上がる欲望に突き動かされてそうしているようだった。
「んん……」
あたしは必死に湧き上がる恐怖に耐えた。
あれだけ尖って生きてきたあたしが、年下の男にいいように扱われている。それを喜んでいる自分が不思議だった。あれほど男どもの色欲に満ちた眼を嫌悪していたのに……アベルのためにだったら、この肉体を捧げることができる。むしろあたしの肉体を欲しがっていることが嬉しくてたまらなかった。
アベルの手は止まらない。ブラの隙間に指を滑り込ませ、生で乳房を鷲掴みにした。太い指が乳首に触れた。鋭いくすぐったさを感じ、動かないように力を入れていた身体が痙攣した。
「あうっ!」
あたしは身体をのけ反らせながら、高い喘ぎ声をあげていた。
さっき揉み足りなかったのだろう、アベルは何度も柔肉に指を食い込ませる。何度も揉まれて水風船のように形を変える乳房を、アベルは楽しそうに凝視している。あたしは喜びを噛みしめながら耐えた。段々とくすぐったさは薄れ、ただ肉を揉まれ、肌を摩られる心地よさだけが残った。
「デイジィ……」
あたしの肉体はもうほぐれきっている。恐怖心が消え、乱暴なアベルの愛撫に快楽さえ感じ始めていた。もっと強い刺激が欲しい。
「ん……アベル。これじゃ触りづらいだろ。今外すから」
あたしは左手でアベルの胸を押して、行為を中断させた。あたしがブラを指差すと、アベルは身体を離した。
「ああ……早く外してくれ」
立ち膝になって待つアベルの横で、あたしは背中のホックを外してブラを取った。両掌で乳首を隠して、仰向けになる。
「やっぱり……恥ずかしいな」
笑顔を作りながら言ったあたしの声にアベルは反応しなかった。ブラを取った胸を凝視し、更に目を血走らさせる。
アベルはあたしの両手首を掴んだ。そして裸の乳房の間に顔を埋めた。
「いやっ! そんないきなり!」
アベルが女の胸を好きなことは把握していたが、いざ自分がその餌食となると、さすがに怖かった。
すぐ目の前。胸の谷間に沿って熱い舌が這わされる。真剣な顔で犬のように舌を出して舐める姿が、可愛らしかった。
アベルは、あたしの手首を掴んだ両手に力を込めた。当然隠れた部分にも興味があるだろう。あたしが手の力を抜くと、ゆっくりと引き剥がされた。そして乳房全体が露わになった。
恥ずかしい……。
そうは思ったがアベルが喜ぶなら見せてあげたい。もうあたしは身も心もこの男に捧げているのだから。
それに我ながら決して悪いバストだとは思っていない。やはり長年剣を振り続けたからだろうか、大胸筋は発達し、無駄な贅肉もない。適度に大きくて弾力もあり、上を向いたいい形。アベルも気にいるだろう。
アベルは乳房の横から上下を挟むように指で摘む。突き出された桃色の乳輪を凶暴に凝視する。一度唾を飲み込むと、早速乳首へ舌を這わせた。
「あ……」
敏感な部分に舌が絡みつく。連続して耐えがたい快感が押し寄せる。その度に身体が痙攣するが、あたしは身体を強張らせて、なんとかアベルの邪魔をしないようにじっとしていた。でもアベルはそんなあたしの我慢などお構いなしに舐め続けた。
大量の唾液に濡れた舌が這いずり回る。唾を啜る音を立てながら、乳房が吸引される。
ようやく乳輪から口が離れた。唾液まみれになった乳首が硬く屹立していた。アベルはそこをじっと見つめると、今度は口を尖らせて吸い付いた。
「あうっ! ア、アベル……」
乳首がすっぽりと口に含まれ、強く吸引された。その吸引は断続的に何度も繰り返され、未だかつて感じたことのない刺激に身体が痙攣した。
元来男というものは女の乳房を舐めたり吸ったりするのが好きなのだとは知っていたが、アベルも例外ではないようだった。パフパフ娘を前に鼻の下を伸ばしていたこともあったことだし、今こそその欲望を解放するときなのかもしれない。
「あっ!」
アベルが乳首を吸いながら口を離した。鋭い刺激に身体が仰け反り、引っ張り上げられていた乳房が急に支えを失って、肋の上でバウンドするように弾んだ。
それを見届けたアベルは身を起こすと、膝で這ってあたしの下半身の方に移動した。
アベルの欲望が、とうとうあたしの秘部に向けられる。
下腹部の内側から何かがジワリと湧き起こる感覚があった。
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○九 アベルの欲望は下半身へ
ベッドが大きく軋む。
アベルは、仰向けになったあたしの右側に膝立ちになった。大きく肩を上下させながら右手であたしの右足首を掴むと、強引に引っ張り上げ、腹の前で折りたたむ。あたしは脚が開かないように固く膝を閉じ、右脚と一緒に左脚も持ち上げた。
「くそ!」
しかしそれが気に入らないといったように、アベルは両手の指先を膝の間にねじ込み、力づくで脚と脚の間をこじ開けようとする。
「痛っ!」
膝関節近くの肉に指が食い込み、痛みが走った。
それでも必死に抗おうとしたが、欲望に突き動かされるアベルの豪腕には敵わず、あえなくあたしの両脚は押し広げられていた。
冷たい空気が股の間を通り抜け、湿った陰部から熱を奪った。その部分を、アベルは遠慮なく凝視している。
「うぅ……」
大切な部分をアベルの眼前にさらけ出す格好になったあたしは、あまりの恥ずかしさに声を上げていた。
アベルはそれに構うことなく、素早く脚の間に身体を滑り込ませた。まるで再び脚が閉じられるのを防ぐためにそうしているようだった。
脚の間から覗くアベルは、下を向いて、あたしの股間からひとときも視線を外すことなく、笑みを浮かべている。燃え上がった男の欲望を解放するための器官がここにある。きっとこれから味わうことのできる快楽を想像して身を焦がしているのだろう。
欲望に満ちた熱視線を遮るのは純白のパンティだけ。もしも今のアベルに余裕がないのなら、とっととこんな布切れは破り捨てて最後の砦を攻め立てるだろう。
腹の内が熱くなった。韻部の奥底から熱が発せられているようだった。
「デイジィ……」
アベルは両腕の前腕部を使ってあたしの内腿を押して、更に大きく脚を開かせる。そうしながら、股間に向かって顔を近づけた。その視線は秘部の辺りに集中している。
「ダメだって……恥ずかしいよ!」
接近するアベルの顔を慌てて両手で抑えたが、無駄な努力だった。アベルは首に力を込めて、あたしの腕を押し返すだけだった。女の力では抗うことができない。
目は血走っているが、嬉しそうな表情で股間を凝視する。今までに見たことがないほど、欲望に囚われた凶暴な顔。あたしの肉体がそうさせているのかと思うと、嬉しかった。
アベルの喉が鳴った。口を閉じ、鼻先を股間の手前に停めて、短く何度も呼吸をした。女の匂いを嗅ごうとしている。さっき風呂場で念入りに洗ったから変な匂いはしないと思うが、恥ずかしかった。いずれにしろアベルはまずパンティの上から楽しむようだ。せっかく新しいパンティを買ったのだから、じっくりと楽しんでもらいたかった。
あたしは、股の眼前に留まるアベルの真剣な顔を見つめた。閉じていた口が半開きになる。そこから熱い息を吐き出され、あたしの陰部をよりしっとりとさせる。
情欲に歪んだ口から舌が飛び出す。それがゆっくりと陰部近くの脚の付け根、パンティの股布部分に押し立てられた。
「んん……」
あたしは僅かな恐怖の入り混じった期待を持ちながら、アベルの行動を見守った。内腿のやわ肉が硬い舌で圧迫される。マッサージでもするような強い力で、舌が肉に喰い込んだ。その動きが執拗に繰り返される。くすぐったいが気持ちよかった。
「アベル……そこが好きなのか?」
声をかけると、舌の動きが止まった。
「ああ……いつまでも舐めていたいんだ」
それだけ言って、またその舌を脚の付け根に押し当てた。そして今度は膝に向かって内腿をゆっくりと舐め上げた。
敏感な柔肌の上を、粘っこい液体を纏った熱い舌が這い上がった。
「はあ……あ、あんっ!」
予想外の強い刺激に身体がのけ反った。その反応を知ってか知らずか、アベルは内腿を何度も舐め上げ続けた。両手でアベルの顔を掴んだが、アベルはその手を両方とも掴んで引き剥がした。今度は太腿を閉じてアベルの顔を挟んだ。でもそんなのはお構いなしに、太腿の間で無理やり顔を動かして舐め続けた。
むしろ刺激が強くなっていた。
「やだ! くすぐったいよ、アベル!」
相変わらず容赦のない愛撫に大きな声をあげてしまった。両脚に挟まれたアベルがあたしを見る。肩を素早く上下させながら、じっとあたしの目を見る。
「ごめん……どうしても我慢できなくて」
言葉では謝っているが、顔からは感情が読み取れなかった。心ここにあらずといった風の、虚な眼。謝る気持ちなどなく、あたしの反発を抑えようとしているだけのように聞こえた。
「う、うん……」
あたしの言葉を聞いているのかどうかわからなかった。案の定すぐに視線を落とし、もう一度股間に顔を埋めた。脚の力を抜いていたせいで、アベルの顔はあっさりと股の間の最深部まで到達した。アベルは口を開け、パンティの上から女陰に吸い付いた。
「はぅ!」
ずっとアベルを待っていた一番敏感な部分に刺激を受け、あたしの身体が激しくのけ反った。
「いや!」
あたしの両腕は拘束され、もはや脚で抗うこともできない。ただ身体を仰け反らせることしかできなかった。もちろんそんなことでアベルは口を離さない。そのまま女陰から湧き出す愛液を飲もうとでもするように、強く口を当てて吸引し始めた。
「アベル! ま、待ってくれ。恥ずかしいよ……」
あたしの叫び声は虚しく響くだけだった。アベルは何事もなかったかのように、返事もせずに吸い続ける。一度捕らえた獲物の抵抗など気にもしないグリズリーのようだった。
「お願い! 待って! ああっ!」
しばらく抵抗し続けてから悲鳴を上げると、やっとアベルが口を離した。いつの間にかあたしの息が上がっていた。呼吸ができていなかったせいで、頭がぼぉっとする。はっきりしない頭で、あたしはただ息を荒げるばかりだった。
「デイジィ……」
アベルが両手で、パンティ左右の腰布を摘んだ。人差し指を布の下に潜り込ませ、鉤爪のように構える。
「オイラもうだめだ……我慢ができないよ」
元々我慢しているようには思えなかったが、とうとうアベルは最後の砦に踏み込み、あたしを蹂躙しようとしている。
あたしが返答に困っていると、同意を求めることもなくパンティを引っ張った。
「あぁっ……」
肩を使ってあたしの両脚を上に向かせ、強引にパンティをずり下げる。下手をしたら破り捨てられてしまいそうな勢いだった。あたしはアベルの脱がし易いように脚を揃えた。
パンティは、腰から膝、そして踵へ向かって脱がされていく。そして、遂に足首から抜き取られた。乱暴に脱がされてクルクルに丸まったパンティは枕元に置かれた。
「デイジィ……!」
怒気を含んだ声で名前を呼ばれた瞬間、あたしの身体が恐怖で強張った。アベルは今からあたしの大切な部分を蹂躙しようとしている。
あたしは慌てて膝を閉じた。アベルは興奮した顔のまま腰を下ろし、トランクスを脱ぎ捨てた。そのトランクスは宙を舞い、パンティに被さった。
「アベル……」
あたしは恐る恐るアベルの股間に視線を送った。そこには、剥き出しになった陰茎が屹立していた。剣の柄のように肥大化し、硬直して天を向いていた。その先端は、獲物に喰らいつこうとする爬虫類の鎌首のようだった。
あたしの中に急激に恐怖心が膨らんだ。こんなものを突き刺されたら、たまらない。
他の男のモノは見たことがないのでわからないが、きっとアベルのは大きい部類なのだろう。これがあたしの女陰に突き刺されることを想像し、その痛みを思うと恐怖を感じてしまう。
その時、はっとした。
あたしは大切なことを思い出して、頭に敷いている枕の下に手を入れた。
「アベル……これをつけて」
避妊具を手にとって突き出した。男女が愛を確かめ合う上での大切なエチケットだ。せめてこれを理解するだけの理性がアベルに残っていてくれれば……。
アベルは呆けた顔でしばらくそれを見つめた。そして乱暴にあたしの手からひったくると、小分け袋を破いて中からゴム状の輪っ子を取り出した。それを陰茎の先に押し当て、扱きながら器用に陰茎全体へ被せた。透明なビニール状の膜が、陰茎を覆う。
肩が高速に上下するほど興奮しているように見えるが、手元は震えていない。
アベルは他の女を抱いたことはないと言っていたが、どうして避妊具の装着に手慣れているのだろうか……。
「デイジィ……いい?」
あたしの疑惑を断ち切るように、アベルが言葉を発した。やはり有無を言わせぬものを感じる。
怖かったが、今更拒否などできるはずがない。
「ああ……来てくれ、アベル」
アベルはあたしの膝の内側に両手を当て、ゆっくりと押し広げていった。今度はあたしも抵抗しなかった。ただ、秘部を見られることには躊躇いを感じ、両手でそこを覆った。
アベルは膝立ちのまま擦り寄り、陰茎の先をあたしの手の甲に当てた。その先にアベルの欲望を受け入れる入口がある。
「デイジィ……手をどけて」
暖炉の火だけが照らす部屋の中、二人の身体に挟まれた局部はよく見えないだろう。あたしは恐る恐る、ゆっくりと手を離した。
もはや二人を隔てるものは、何もない。早く一つになりたかった。
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一○ セックス
「アベル……」
あたしは両手で脚の付け根の肉を抑え、陰唇が開くように左右に肉を引っ張った。アベルは右手で陰茎を摘み、その先端を開いた肉の間に向けて角度を調節する。
「ん……」
あたしの陰唇に肉が押し当てられる感覚があった。
「挿れるよ」
そう言って、アベルはゆっくりと腰を前に突き出した。
「んっ……!」
容赦なく、あたしの中に陰茎が侵入する。
さっきまで散々と身体を触られていたお陰か、膣は十分に濡れ、陰茎との間に摩擦は起こらなかった。アベルの侵入を拒むのは、あたしの体内の圧力だけ。もちろん押し返すだけの力などあるはずもない。
「は、あぁ……」
アベルは後退せずに奥へ奥へと進んでくる。急激に腹の底を押し広げられたあたしは、無意識に喘いでいた。
膣の中程まで侵入すると、アベルは動きを止めた。あたしの膝に当てていた手を離し、シーツの上に突いた。あたしの肩がベッドに深く沈んだ。
二人の上半身が近づく。あたしは自由になった両脚をアベルの腰に、両手を首の後ろに回した。
「デイジィ……痛くないか?」
「ああ……大丈夫。続けよう」
アベルは微笑んで、あたしに口づけをした。そして両腕を背中に回し、頬と頬をくっつけて抱きしめた。
あたしは、不思議な安心感に包まれた。今、腹の中に侵入され、動きを封じられている。今から何が起こっても抵抗する術はないのだ。でもこの男になら、全てを任せられる。
アベルは一度腰を後退させ、何度か前後に振った。膣の入り口付近で陰茎が往復する。愛液を陰茎に馴染ませているようだった。こうしておけば、更に奥へ突き刺す際にも摩擦がなくなって、あたしは痛みを感じなくて済む。
あたし以外の女を知らないはずのアベがそんなことをどこで覚えたのかと訝ったが、今までの旅の中で海賊連中の誰かに聞いたのかもしれない。
アベルはその動作を何度も繰り返しながら、少しずつあたしの奥へ奥へと侵入していく。その度に、身体の中に膣を介した快感が走る。
「ア、アベル……」
あたしはアベルの名前を呼んでいた。別に何かを訴えたいわけではなかった。ただ、今まさに一つになりつつある最愛の男のことで頭がいっぱいになっていた。
遂にアベルの下腹部とあたしの下腹部が合わさった。その瞬間、あたしの身体の奥に強い快感が走り、全身が痙攣した。陰茎が膣に収まり、最深部まで到達したのだ。
「くぅ……デイジィ!」
アベルは上半身を起こし、苦しそうな声をあげながらあたしの顔を覗き込んだ。しかめ面になり、何かを必死に耐えているようだった。
どうしてかその顔がたまらなく可愛く感じ、あたしはいてもたってもいられなくなった。下から抱きつき、腕の力で身体を引き寄せた。腰が離れないように脚にも力を入れた。
身体の奥でアベルを感じる。
「嬉しいよ……アベル。やっとあんたと一つになれたんだな」
あたしの背中に回されたアベルの腕のチカラが強くなる。
「愛してるよデイジィ。一生離さない!」
そう言った瞬間、膣の中の陰茎が一気に膨張した。そしてアベルはあたしにキスをした。唇の間に熱い舌を突き刺す。あたしは顔から力を抜き、アベルに任せた。その舌が、口の中を貪り始めるのと同時に、腰が前後に動き始めた。
「あふっ! あっ……」
膣の中で陰茎が蠢く。奥に突っ込まれるたびに、塞がれている上の口から声が漏れた。
「くぅっ! 気持ちいいよ、デイジィ!」
アベルは叫ぶように言うと、腰を前後させる速度を速めた。アベルの下腹部があたしに激しくぶつかり、連続して大きな音を立てた。
「あんっ! あ!」
腹の中を掻き回される圧迫感と快感に、あたしは言葉にならない声をあげ続けるしかなかった。ただ、このまま続けられると頭がおかしくなりそうだった。
目の前であたしを覗き込むアベルは真剣そのもので、まるであたしを仕留めようと闘いを挑むような顔だった。
「ア、アベル! ダメだ! もっと……ゆっくり!」
やっとの思いで叫ぶと、アベルは動きを遅くし、根本まで突き刺した状態で止まった。
叫び続け呼吸もままならなかったあたしは漸く呼吸ができるようになった。強い疲労感があったが、アベルの動きを封じるために巻き付けた腕と脚に力を入れた。
「ご、ごめん。痛かったか……?」
アベルも荒い息を立てながら、呆然とした顔であたしを覗き込んだ。
「い、痛くはないさ……。でも激し過ぎるだろ? あたし……こういうことには慣れてないんだ」
「そ、そうか……つい夢中になってしまって……。お前が可愛くて仕方なかったんだ。オイラも慣れてなくて、どうしていいかわからないんだ」
アベルはベッドに手を付いて、身体を離そうとした。
「デイジィ、一度休もうか……?」
「ダメだ!」
あたしはアベルを引き寄せた。せっかく気持ちが盛り上がっているのに、途中でやめるなんて考えられない。
「このまま……抱きしめたまま最後までシテくれ。もっとあんたを感じていたいんだ」
アベルの喉が大きく鳴った。
「わ、わかった……」
そう言うのと同時に、膣の中で陰茎が膨れ上がった。そしてゆっくりとした抜き差しが始まった。
今度は、十分に余裕を持ってアベルを感じることのできる速さだった。奥まで突き刺されても高い声をあげるほどの刺激はない。口や鼻から息を漏らす程度だった。今のあたしはこれくらいのペースでないと、頭が変になってしまう。
「ア、アベル。いいよ……そのまま続けて……」
アベルの背中に回した掌が濡れてきた。アベルが汗をかき始めたようだ。
「くっ……気持ちいいよ、デイジィ」
あたしがお願いした通り、アベルは身体を密着させたまま、腰だけをゆっくり動かして行為を続けた。もう激しくなることはなかった。
アベルもあたしの耳元で微かな声をあげ続ける。その声が徐々に甘いものに変わっていく。アベルも高まっているようだ。肉体で愛する男を悦ばせてあげられる幸福に、あたしは満たされていた。
「あっ……オイラ……そろそろ逝きそうだよ……」
しばらく同じ動作を続けていたアベルは、そう言って動きを止めた。あたしを見つめる顔は目も虚で、深い疲れが見えた。
「うん……いいよ、アベル」
アベルはもう一度あたしの背中に両腕を回して抱きしめ、腰を動かし始めた。あたしの首筋に向けて熱い息を吐きながら、苦しそうに声を漏らす。
もうすぐアベルが逝くのだと意識すると、あたしの身体はさっきよりも敏感になった。目を閉じて、快感に没頭した。
「うぅっ!」
陰茎が思い切り奥まで突き刺さったとき、アベルが小さく呻いた。アベルの背中に回した掌の下で、湿った皮膚が鳥肌立つのがわかった。そして全身に力が籠ったかと思うと、腰を前に突き出してのけ反った。
アベルは達したようだった。
「ああ!」
陰茎を膣の奥に突き刺した状態で、断続的に身体を震わせる。その度に陰茎が膨れ上がり、膣を押し広げた。
「アベルぅ……」
あたしは膣内で痙攣するアベルを感じていた。今まさに、抑えきれなくなった愛があたしの中に放出されている。
その衝動はしばらく続く。あたしはしっかりと身体を密着させて、全てを受け止めた。動きを止めたアベルの身体から徐々に力が抜けていく。あたしを愛するがために体力を使い果たしたこの男が愛しくてたまらなかった。
あたしたちは荒い息をあげながら抱き締め合っていた。
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一一 熱情の間
「デイジィ……」
二人の呼吸が落ち着いた頃、アベルは小さくあたしの名前を呼んだ。
「終わったの……?」
アベルの変わり様から考えれば、当然射精したに決まっている。でまあたしも経験が浅くて自信がなかった。
「……ああ」
アベルは小さく返事をした。機嫌の悪そうな、低い声だった。
「デイジィ……凄く、良かったよ」
「あたしも……素敵だったよ……アベル」
恥ずかしさに耐えながら、あたしも感想を伝えた。
避妊具越しとはいえ、アベルはあたしの中で射精した。二人だけの旅を始めて、最初に取った宿での夜。そこで愛を確かめ合えたことに、あたしは深い満足感を覚えていた。
目を閉じて首を垂れるアベルを引き寄せた。力ない目。真っ直ぐに顔を覗き込んでいると、アベルはそっと目を閉じて首を傾けた。今度はアベルから身を寄せ、キスをした。そっと触れるだけの軽いものだった。少し熱の下がった唇だった。
アベルは身を起こし、ゆっくりと腰を後ろに退いて陰茎を引き抜いた。まだ膨張したままの陰茎が上方に跳ね上がる。それを包む避妊具の先に液体が溜まり、膨らんでいた。アベルは無言でベッドから降り、部屋の隅まで歩いて行った。避妊具をゴミ箱に捨てて、てぬぐいで陰茎を拭った。
あたしも軽く身体を拭いてパンティだけ身につける。アベルはトランクスを履いてあたしの隣に戻って来た。すぐさまベッドの真ん中に大の字に寝転がってしまったので、あたしはその右腕を枕に横から抱きついた。
「アベル。嬉しかったよ……あたしたち、これからは毎晩こうやって一緒にいられるんだな」
思い切ってあたしから語りかけた。情事を済ませた直後だというのに、どうやって接していいかあたしにはわからなかった。
「ああ……オイラも嬉しいよ」
アベルは右腕を曲げて、そっとあたしの背中を抱いた。
「でもごめん……下手でさ……嫌なことしたりしなかったかな」
「何言ってるんだよ。気持ちよかったって……それに下手だと思うんだったら、これから毎日すればいいだろ?」
あたしが笑顔で覗き込むと、アベルも笑い返した。
「信じられないよ。これからは毎日お前とこうしていられるなんて……。初めてなんだ。こんな幸せな気持ちになるのは」
「あたしもこんなに幸せなのは初めてだ……でもいいだろ? 今までずっと寂しい想いや苦労ばかりしてきたんだ。幸せになったって罰は当たらないさ」
本当に不思議な感覚だった。自然と全身から力が抜けていく。目の前の人に全てを委ね、安心し切れる。初めて感じる安らぎだった。
「そうだな……この幸せを大切にするよ。絶対に失いたくない。お前のことは一生守り抜くよ」
その言葉にまたあたしの胸が高鳴った。
「アベル……」
剣の腕で鳴らしたあたしとしては、誰かに守ってもらうなど屈辱的なことだ。でもこの男にだけなら甘えてみたい感覚になる。
「嬉しいよ……」
あたしはアベルの胸に顔を埋め、高鳴る鼓動を治めるために大きく鼻で呼吸を続けた。
しばらく余韻に浸って抱きついていると、外が真っ暗になっていることに気付いた。時計の針は九時半を指している。そろそろ町が寝静まる時間のようだ。
「もう、寝る時間みたいだな。あたしたちも寝ようか?」
アベルは相変わらず大の字になって、天井を見つめている。疲れが抜けたのか、顔に生気が戻っていた。
「デイジィ……オイラ、またお前を抱きたいよ」
「うん……いいんだよ。また明日しような」
さっき毎日しようと話したばかりなのに、疲れて聞いていなかったのだろうか。
アベルはあたしの方に身体の向きを変え、左手を伸ばして来た。その手が乳房を掴んだ。
「つっ……!」
乱暴な触り方に怒りを覚え、文句を言おうとした。だがアベルの顔が思いのほか真剣だったので、あたしは黙ってアベルの言葉を待った。
「そうじゃなくて、今からもう一度……お前を抱きたいんだよ!」
言葉では希望を伝えているだけだが、その言い方には有無を言わせぬものがあった。
「でも……今、出したばかりじゃないか。今夜はもうできないだろ?」
男は一度出してしまうと、ぐったりとしてすぐに寝てしまうと耳に挟んだことがあったのだが……。
「別に、一日に一回しかできないわけじゃないよ……。それにお前が隣にいると、身体の底から力が湧いてきちゃってさ……何度でもできそうなんだ」
「え……でも」
会話などお構いなしに、アベルはあたしに覆い被さった。
「ごめん……我慢できないよ」
戸惑うあたしをよそに、アベルは強引にあたしを抱きすくめ、素早く唇を奪った。同時に裸の乳房を荒々しく揉み始めた。
「んっ! くっ……」
あたしは、乱暴な愛撫に身を捩らせ、唇と唇の間から声を漏らしながら応えた。すると徐々にあたしの肉体も昂り、熱を帯びてくるのがわかった。
あたしはアベルを押し返し、口を離した。
「ア、アベル……いいんだよ。あたしはあんたに抱いて欲しいんだ。でも、その……あんたがそんなすぐに欲しがるなんて考えてなくて。ちょっと待ってくれ」
「待てないよ」
「酷いよアベル……どうしてそんなに強引なんだ」
アベルの眼が、火を灯らせたように光った。
「お前が可愛過ぎるからだろ!」
アベルはあたしを抱き締め、首筋に熱い舌を走らせた。まるで強姦する勢いであたしを求め始めた。
「好きだ! デイジィ!」
さっきまでの大人しい口調から一変して、アベルの声は急に怒気を含んだものになった。以前からこういうことは多々あったので不思議には思わなかったが、あたしが欲しいがために我を失っているのかと思うと、嬉しくさえ感じた。
「嫌! ア、アベル!」
あたしは無意識に叫んで抵抗していた。もちろん本当に嫌な訳ではなかった。それを知ってか、アベルも動きを止めない。背中や尻を撫で回し、せっかく履き直したパンティも即座に剥ぎ取った。さっきと同じようにくしゃくしゃに丸められたパンティは、枕元に投げ捨てられた。
その後もアベルは当然のようにあたしの抵抗を無視し、一度目よりも激しく犯した。両脚を大きく押し広げ、力強く腰を打ちつけた。あたしの悲鳴を聞き流し、突き上げ続けた。
結局アベルはこの夜、四回あたしを抱いた。アベルの欲望を限界まで受け切り、疲れ果てたあたしは泥のように眠った。
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一二 朝
「アベル……」
ベッドに大の字になって眠るアベルの肩に手を押し当て、軽く揺さぶった。
時計の針は十二時ちょうどを差している。こんなに遅くまで寝ていたのは初めてかもしれない。今までの冒険の日々では常に次の目的地へと先を急いでいたから、朝起きてすぐに出発するなどということがザラだった。
昨夜は何時に眠ったのか、時計を見る余裕もなかったのでわからない。休みながらじっくりと四回もしたので、多分かなり遅い時間だっただろう。きっとあたしは満たされて、疲れ切って眠りに入ったのだろう。
十分長い睡眠が取れたおかげで頭はスッキリとしていた。
「デイジィ……?」
アベルは寝ぼけ眼で目を覚ました。目を擦りながら、すぐに上半身を起こす。下半身には薄手のシーツが被さっているが、その下には何も身に纏っていない。引き締まった腹の下、浮き出た腰の出っ張りが見える。
昨夜の延々と続く痴態により、もはや下着すら身に付ける意味に疑問を感じ、二回目以降の小休止の際は二人とも裸のままだった。結局その流れで、裸のまま眠ってしまったというわけだ。
幸いにもアベルより先に目を覚ましたあたしは、とりあえず部屋着を身につけ、顔を洗って髪をとかしておいた。
「もうお昼だぞ。いつまで寝てるんだ?」
あたしはトランクスをアベルに向かって放り投げた。それを寝ぼけ顔で受けたアベルは、シーツに隠れてそそくさと履いた。昨夜はよほど精を使い果たしたのか、げっそりとした顔をしている。
あたしはグラスに水を注いで、ベッドに胡座をかくアベルに手渡した。アベルは口をゆすぎながら数回に分けてグラスの水を飲んだ。
「ありがとう……」
アベルは遠慮がちにあたしを見上げてお礼を言った。
「おはよう、アベル」
なんだか照れ臭かった。
昨夜はあれほど自分を曝け出して激しく肌を重ねたというのに、一晩経ってみれば、その出来事が夢だったかのように感じる。目の前にいる男には、身体の隅々まで見られ、触られたのだ。それなのにこうやって見つめあっていると恥ずかしくなる。やはり、ずっと友人のように思っていた意識が抜け切れていないのだろう。
「おはよう、デイジィ……。不思議な感覚だよ。目を覚ましたら目の前にお前がいるなんてさ。これからはこれが毎日続くんだな……凄く、嬉しいよ」
あたしはグラスを受け取ってサイドテーブルに置いた。アベルの左隣に腰を下ろして、開いた肩にもたれかかった。
「ああ、あたしも同じ感覚さ。昨日のことがウソみたいだ……。だって……あんたがあんなに激しく求めるなんてさ……」
あたしは両の乳房に掌を当て、上目遣いでアベルを見上げた。
「お前を抱きしめたら頭が熱くなって、自分を抑えられなくなってしまったんだ……ごめん」
アベルは照れ笑いを浮かべながら言った。
「ちょっと怖かった……。あたし、こういうこと慣れてないのに……アベルは容赦しないんだからさ」
「オイラもどうしてあんなに乱暴になってしまうのかわからない……多分ずっと前からお前のことが欲しくてたまらなかったんだろうな。本当はお前のことがずっと好きだったんだ。でもまさか皆んなと一緒に冒険してるときにこんなことするわけにはいかないしさ。昨日は我慢の限界だったのかもしれない」
アベルはそっとあたしの左肩を抱いて引き寄せた。
「最高の夜だったよ、デイジィ……ずっとお前と一緒にいたい」
その言葉を聞いて、あたしの胸に再び締め付けられるような快感が走った。
「ああ……ずっと離さないでいてくれ」
あたしの肩を抱くアベルの腕に力が籠った。アベルはベッドに仰向けに倒れ込みながら、あたしを胸板に押さえつけるように抱きしめた。
あたしは目を瞑って、その胸板に頬を付ける。そして左脚を持ち上げて、アベルの腰に回した。脚に力を入れて、離れてしまった下半身を密着させた。
「あ……!」
膝がアベルの下腹部を越えようとしたとき、硬いものが内腿に当たった。トランクスの股の部分が内側から大きく押し上げられ、山のように盛り上がっていた。
「お前って奴は、朝からエッチなんだな……。今から、したいのか……?」
アベルは右手で顔を覆い隠して横を向いて恥ずかしそうにした。
アベルがしたいと言うのなら、あたしには拒む理由はない。でも、この男の際限なく溢れ出る欲望を全て受け止めていたら、いくらあたしでも身体がもたないだろう。実際、昨夜は声をあげ過ぎたせいで喉が痛いし。
「ち、違うんだ……男の身体ってこういうものなんだよ……。寝起きはこうなってしまうんだ」
アベルはあたしを押しやり、身体を離した。こっちに背中を向けて横向きに寝転がる。
怒ってしまったのだろうか。あたしは心配になって、その背中に胸をつけて抱きついた。
「アベル……じゃあ、夜になったらしような」
「……ああ」
そう言って、しばらく無言で寝転がっていた。
今日はカザーブで初めて迎える昼間。まだどういう町なのかわからないが、涼しくて適度に活気もあり、悪くなさそう。これから外出して昼飯にするのもいいだろう。
そのあと何をするかは考えていない。ここに何日滞在するか、次にどこへ行くか、それすらも。これからアベルと二人でゆっくり考えればいいだろう。宛のない旅なんだ。
今までずっと苦労ばかりしてきたアベルとあたしにも、こういう安らぎの日々があっていいはずだ。
あたしは、これから始まるアベルとの人生に胸を躍らせていた。
完
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