進撃の鋼龍 (かずwax)
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プロローグ 今日から鋼龍です

書きたい衝撃のまま描いたSSです!
原作が予想出来ない展開ですので、見切り発車上等で投稿しちゃいます!


・・どこだここは?

 

 

穏やかな風が吹く草原に俺は立っている。

見渡す限り緑に溢れていて遠くには湖らしき大きな水の塊が見えた。

目に優しい光景と肌に優しいそよ風によって心が穏やかになりそうになるがそんな場合じゃない。

 

 

マジでここどこ!?

 

 

まさかの非常事態にパニックになりそうだ。

 

 

今の俺の脳内は?で占められている。そりゃそうだ。

だってさっきまで自室でゲームしていたはずなのに今は何故か草原に立ってるんだもんよ。

 

今日は、休日だった。

それは何かとストレスの多い現代人が日頃の枷から解放される素晴らしき日。

誰もが鬱憤を晴らすが如く遊びほうけるものだが、インドア、というより引きこもり予備軍の俺はそんなリア充活動とは無縁でひたすらゲームに明け暮れる日。

 

その日も懲りずにプレイ三昧してたはずだ。

 

プレイしていたのは説明不要な超人気ゲーム『モンスターハンター』

と言ってもここはパニックになりつつある自分を落ちつかせる意味でも説明しておこう。

 

 

『モンスターハンター』

 

通称『モンハン』と呼ばれるこのゲームは、簡単に言えばプレイヤー操作のモンスターハンターが己の娯楽と欲のために哀れな生き物達を狩りまくる超鬼畜ゲームである。

 

とまあ簡単に説明してみたもの俺の独断と偏見が過分に入り混じったものになってしまったが、あながち嘘でないのが恐ろしい。

 

えーと、そんなこんなで昨日からオールでその『モンハン』をやってた俺は、襲い来る睡魔と戦いつつ、ついにあるモンスターを討伐したんだった。厄介な能力のせいで毎度ロクなダメージを与えられず惨敗していたから喜びも一押しで飛び上がって喜んだものだ。

 

 

 

その時だった。

ふいに俺の耳に声が聞こえてきたのは。

 

 

 

 

“君に決めた☆”

 

 

 

 

少年の声だった気がする。

その声は某ポケットなモンスターを繰り出しそうなセリフを言ってた気がする。

その声を聞いた直後、俺の意識が徐々にブラックアウトしていき、次に目を開けたらこの草原に立っていたという訳だ。そして現在に至る。

 

 

・・ふむ、我ながら意味が分からない。

どうやらオールが祟ったらしい。寝不足による幻聴、そのせいで今は白昼夢を見ているのだろう。

そうだ、そうに違いない。夢だと分かってしまえば話が早い。

 

 

 

一度目を覚まして、二度寝しよう!

そしてまたゲーム三昧だ!

 

 

そう思い、頬を引っ張るため手を伸ばす、が途中で止めた。

 

 

・・・え?何この手?すっげえメタリックなんですけど?

俺こんな中二的センスなものつけた覚えはないぞ。

 

 

穴が空きそうな程、食い入るように目を見つめる。

 

自分の手だと思っていたそれは、灰色の金属のようなメタリック素材に覆われており、指が鉤爪のように先端が鋭くなっている。一目で人間の手ではないと理解出来る。

 

 

それがどういう訳か、俺の手なんですけど・・・。

 

 

いやいやいや、ないって。これは夢!そう夢なんだ!

 

 

現実から目を逸らすように俺はすぐさま手を下げて視界から外す。

 

そして出来るだけ手を見ないように顔を背中の方に動かすと一面灰色が映った。

よく見るとそれはドラゴンがつけてそうな大きな翼だった。その付け根の方を何気に見てみると俺の背中についている。試しに翼に意識を向けたら、バサァと翼が大きく広がった。

 

それだけじゃない。更にその後方、翼の後ろには灰色長い紐のような何かがゆらゆら揺れている。

尻尾だ。灰色に覆われたそれが俺のケツについている。こっちも何故か俺の意識した方向に揺れる揺れる。

 

 

「・・・・・・」

 

 

いやいやいやいやいやいや!ねえって!これはねえって!

え?何?俺の身体どうなってんの!?てか、これ俺の身体!?

 

お、おおお落ち着け!これは夢だ!

そもそも俺は人間だ!厳密に言うとぼっち&引きこもり予備軍な人間だ。

だから自分の身体がおかしくなるような事なんてない。

 

と、とにかく鏡!落ち着くためにも今どういう姿になっているか確かめる必要があるが、ここは草原。

見渡す限り緑一色なこの空間に鏡なんてあるわけ・・あ。

 

 

そういや遠くに湖があったことを思い出し、顔を上げるとさっき見た時と同じようにそこに湖があった。

見た感じここからかなり距離があるみたいだが背に腹は代えられない。あそこに向かおう。

 

 

そう決めるな否や、少しでも距離を縮めるために地面を踏みしめて駆け出した。

 

 

うお!?

 

 

視界が揺れる。思った以上に湖との距離が縮まっている。

これならすぐにたどり着けそうだ。しかし俺はこんなに早く走れたっけ?

 

 

あと・・今さ、俺四足歩行で走ってません?

おかしいな。地面を踏みしめる感触が四つするんだけど。

 

あと、足音。地面踏む度にズシン、ズシンって、ヤバい音がしてるんだけど。

俺太った?いくら引きこもりがちでもこんな地響き起こすほど急激に太った覚えはないんだけど・・。

 

そして更にもう一つ。これだけ勢いよく走っても全く息が切れない。

万年運動不足のこの俺が・・?

 

 

一度考えだしたら止まらない疑問の数々だが、そうこうしてる内に湖に到着した。

正直覗き込みたくもないが、そうは言っていられない。

疑念を解消するには自分の姿を確認するしかないのだ。

 

 

覚悟を決めた俺は、そっと顔を水面に近づける。

 

 

「・・・・・」

 

 

水面に映り込んだ顔は人の顔ではなかった。

 

その顔は灰色の甲殻に覆われ、瞳が青く光っている。

口なんて鋭い歯がびっしり生えそろってるし、どう見てもこれあれだ。

俗に言うドラゴンって奴の顔。

 

 

しかもこの顔見覚えがある。

というかさっき俺が『モンハン』で狩ったモンスターそのものじゃん。

 

 

何これどうなってんの!?

てか、そもそも平均(と信じたい)的な俺の人間の顔はどこいった!?

 

 

自分の顔を探すためキョロキョロと辺りを見渡すように顔を動かすと、水面に映るゴツイ顔も同じように顔を動かす。

 

 

「・・・・・」

 

 

恐る恐る口を開けてみると水面に映るゴツイ顔も同じように口を開けてその鋭い牙を俺に向かって見せびらかしている。

 

 

「・・・・・」

 

 

更に試しに水面に向かってウインクしてみると、目の前の不気味に光る青い目が片方瞑られている。

俺がやる事成す事、全て水面のゴツイ顔がマネするかのように同じ動作を行っているのだ。

 

 

 

「・・・・!」

 

 

ここで俺はとある考えに行き着いた。

 

 

メタリックな甲殻の手

人間には生えていないはずの翼と尻尾

四足歩行のダッシュ

そしてなにより自分の顔を覗き込もうとして映った見覚えのあるドラゴンの顔

 

 

こ、これは・・まさか!

 

 

「ギャオオオオオオオオオオオオオオオ!?」

 

 

驚愕の事実に俺は口から悲鳴が出るも、出てきたのは咆哮とおぼしきもの。

その咆哮はかなり遠くまで届いたのか、数キロメートル先で休憩していたらしい鳥たちが一斉に羽ばたいた。

 

しかしそんな事どうでもいい。

それよりこっちの方が問題だ!

 

 

 

俺・・俺・・『クシャルダオラ』になっとるやんけえええええええええええ!?




という訳で始まりました!
クシャル君の進撃冒険譚!

次回から本格的に進撃世界と絡んでいきます!

何故鋼龍にしたのか?
だって好きなんですよねクシャルダオラ。


ちなみに作者が好きなモンスターはネルギガンテですけどw


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1話 鋼龍、進撃の世界を飛ぶ

なんとか今日中に投稿出来て良かった!
お気に入り登録してくれた皆様ありがとうございます!


見切り発車だけど精一杯投稿してきますよ!



俺はクシャルダオラである。

名前は‥人間のがあるけどこの身体じゃミスマッチなのでないと言っておこう。

 

色々とツッコミどころ満載だと思うが、まずは『クシャルダオラ』について説明しておきたいと思う。

 

 

『鋼龍クシャルダオラ』

 

説明不要の超人気ゲーム『モンスターハンター』に登場するモンスター。

中でもこのクシャルダオラは“古龍種”と呼ばれる他のモンスターとは一線を画す災害とも呼ぶべき強いモンスターである。風を操り、嵐を起こす龍。

 

ビジュアルも西洋のベーシックなドラゴンといったデザインだから人気が高い。

ただし狩りをする場合はその面倒な性能のせいで、クソモンス(=クソモンスター)という不名誉な称号を持っているアンビバレントな感情を向けられるモンスターだったりする。

 

 

そんな人気なのか不人気なのかよく分からない存在が現在の俺の姿だ。

どういう経緯でクシャルダオラになったのか俺も分からん。

気づいたらなってたとしか言いようがない。

原因だと思われるのは謎の少年の声だ。ていうかあれしかないだろう。

 

 

どうしたら俺は元の人間に戻れるのか皆目見当がつかない。

手がかりがない以上、これからどうするか考えなくてはならない。

 

・・とまあこう落ち着いた感じを醸し出してはいるが実はさっきまではそうじゃなかった。

 

 

 

 

ホント大変だったよ…。

 

 

 

 

 

「ギャオオオオオオオオオオオ!」

 

 

自分がクシャルダオラになっている事実が受け入れられなくて悲鳴、もとい咆哮すること数分(体内時計換算)。

 

 

 

夢だ夢だ夢だ!これは夢なんだ!

 

 

そう自身に言い聞かせ、何が何でも目覚めようと地面に頭を打ち付ける事数十分(体内時計換算)。

 

 

辺り一帯が畑に耕された頃、ようやく俺は現実を受け入れる事が出来たのだ。

・・・内心今でもこれは夢という望みは捨てきれてないが。

 

 

しかしいつまでも現実逃避している場合ではない。

一先ず先にここがどこなのか把握した方が良いだろう。

 

 

なら、やる事は一つだ!早速実行しよう!

 

 

俺ははやる気持ちを抑えつつ、背中に力を込める。

バサァという音ともに翼が大きく広がった。

 

クシャルダオラと言えばそう、この翼!せっかく今は翼が生えてるんだ!

飛ばなきゃ損損!空を飛ぶことは古来より人類の夢なんだから!

 

 

大ぶりではためかせる翼。

飛べるかな?という心配は杞憂だった。

 

すぐさま足が地面から浮き上がり、あっという間に地上から飛び上がっていった。

目の前に広がる青空はどこまでも続いていて実に壮大な光景が広がっている。

 

 

 

ひゃっほぉ!俺は今空を飛んでるぜ!

何者にも囚われない!俺は自由だ!

 

 

 

空を飛んでいる事実にテンションが上がり過ぎて大はしゃぎで動き回るも、そこは公式で飛翔能力が高いクシャルダオラ。バランスを崩してしまって墜落‥なんて事はなく、優雅に空中を飛んでいる。

 

 

空を飛ぶってこんなに気持ち良いなんて知らなかったな!

あー、最初はマジかよって思ったけどこれはこれでありかも!

 

 

 

しばらくハイテンションののまま空中で身を翻したり急降下したりと遊んでいたが、やがて気分が落ち着いてきたので意識を眼下へと向ける。地上を観察するためだ。

 

俺がいるここは一体どこなのか知らなくてはならない。

そのためには飛びながら様子を見るのが一番。

 

 

どこまでも続いていきそうな草原は少なくとも日本ではなさそう。

てか、もしここが日本だったら俺の姿を見た日本人が大騒ぎするって。

最悪戦闘機がやって来て爆撃・・やめよう。考えただけでも恐ろしい。

 

 

仮にここが地球ではないのなら一番の可能性があるのはやっぱ『モンハン』の世界だろう。

だって俺今クシャルダオラだし。‥でもなあ、それはそれでイヤだわ。

 

もしここが『モンスターハンター』の世界なら間違いなく俺は殺される。

だって俺クシャルダオラだから。身体は強くても中身が俺じゃあ化け物のようなハンターに瞬殺されるだろう。

半引きこもりがいきなり命を懸けたガチバトルとかホント勘弁してほしい。

 

 

‥ある程度地上の観察を終えたら、人(=ハンター)に見つかる前にどこかに隠れよう。

 

 

ハンターに見つからないかビクビクしながら、しばらく空から観察していると違和感を覚える。ハンターどころかモンスターの姿さえ見ない。その事に俺は首を傾げた。

ランポスくらい見かけてもおかしくないと思うんだが。

 

 

 

ていうかそもそもここ『モンハン』の世界じゃないのかも。

 

 

…だってさぁ。

 

 

翼を休めるため地上に降りた俺の前を何かが横切る。

 

‥全裸のおっさんである。

それの存在自体ヤバいんだけど、それを上回る更にヤバい事実があるのだ。

 

 

なんか・・あのおっさん、俺と大きさあんまり変わらなくない?

 

 

そう、これなのだ。

空を飛んでいた拍子についに人を見つけたと思ったらこれだよ。

ただでさえ見た目が通報ものなのに、大きさが洒落にならん。

 

おかしいな。俺、クシャルダオラだよ?

クシャルダオラと言えば、『モンハン』の中でも大型モンスターに分類されるはずなのに、さっき目の前を通り過ぎた露出狂のおっさんと大して大きさ変わらないとか地味にショックなんだけど。

 

いや、変質者なおっさんだけじゃない。

散策中に見つけた人間(?)は、個人差があれどサイズ感半端なかった。

 

あまりにデカいんで最初サイズが小さめのクシャルダオラに俺がなったのかと思ったけどそうじゃないらしい。全裸の野生人共以外に見かける動植物は露出狂や俺よりはるかに小さかったので、むしろあの変態共がデカ過ぎるんだと気づいたのだ。

 

 

やはりここは俺が元いた世界とは違うらしい。

 

さっきの露出狂のおっさんといい、ここにいる変質共はひょっとして巨人族か?

じゃあこの世界ワ〇ピース?

 

 

そう思ったがすぐさま首を振って否定する。

 

いや違うだろう。巨人族服着てたし。

少なくとも俺の知ってる巨人族は野を駈ける石器人みたいな生活してないから。

 

てか、巨人族が全裸で外闊歩してたらある意味大災害じゃん。

すぐさま海軍あたりがすっ飛んできそうだ。

 

結論。ここはワ〇ピースの世界でない。てか、俺が信じない。

全裸の巨人が太陽の空の下歩いてるとかロマンも欠片もあったもんじゃないわ。

 

 

なら結局ここはどこなんだろうか?

 

 

うーんと首を捻りながら記憶の片っ端から心当たりを探っているとある事を思い出した。

 

 

全裸の巨人が蔓延る世界。

俺の記憶の中でそんな事がありえた世界は一つしか思い浮かばない。

 

 

この世界ひょっとして『進撃の巨人』だったりします?

‥いやこれも違うだろう。というより違っていてほしい。

 

 

だって俺は原作を知らない。一度アニメ見た事あるけど、二度と見たいと思わない。

あんなグロくて陰鬱な世界で生き残れる気がしません。

 

どうかここの世界が進撃の世界ではありませんように!

お願いしますよ神様!

 

 

ひとしきり頭の中で祈った俺は、再び翼を羽ばたかせる。

 

 

まだまだ分からない事だらけだが、幸いな事もあるにはある。

この世界にハンターはいなさそうという事と全裸の巨人は気味が悪いが、俺に興味がないのか襲ってくる事も近づいてくることもない事だ。

まあ、仮に襲ってきたとしても、この身体なら戦えるし、最悪空飛んで逃げればいい。

 

とにかく今はもう少し情報を集めよう。

 

即興の方針を固め、再び空を舞う。

この感覚は癖になる。おかげで落ち込んでいた気分が底上げされていくようだ。

 

 

 

ん?あれは?

 

 

現実逃避も兼ねてしばらく空の散歩を楽しんでいた俺は、やがて大きな木々が生い茂る森にたどり着いた。かなり深い森らしく空中からはほとんど森の様子が見えない。

 

ここは降りて森の中を散策するべきだがあいにく俺は降りる気が全くない。

何があるか分からないのにそんなリスクを冒せるほど俺は勇敢ではないのだ。

 

 

んーどうしよっかな?

お、あそこからなら下の様子が見えそうだ。ラッキー。

 

 

俺が滞空している場所から少し離れた先には穴が空いたように木々生い茂っていない部分があった。そこに向かって、飛んでいき森の中を見下ろす。

 

 

「!」

 

 

覗き込んだ森の光景に目を疑う。

 

そこにはたたずむ一人(?)の巨人がいた。

手に何かを掴んでおり、大きく口を開いている。

 

 

人だ。深い緑色のマントを身に着けた人。

 

 

その人は巨人の大きな手に握られて身動きがとれないらしく、動く様子がない。

それを良い事に巨人は大きく口を開いて掴んでる人を突っ込もうとしてる。

 

 

完全なるお食事中の光景!勘弁してください!

あの巨人どう見ても人食べようとしてるぞおい!

ガチで『進撃の巨人』みたいな事しないでくれ!心折れそうになるから!

 

 

どうしようどうしよう!?助けるべきだよね!?

 

 

流石に目の前で人が食われそうになってる所を助けず見殺しするのは後味が悪すぎる。助けに行くのが筋だろう。が、いくら今はクシャルダオラと言えど、中身は俺。

 

現代でのほほんと生きてた半引きこもりがいきなりガチバトルなんて無理!

そもそもあの巨人はどれくらい強いか分かんない。

最悪返り討ちに遭う可能性だってなくはないわけだし‥。

 

 

! そうだ!咆哮だ!

 

 

いくら露出狂の未確認生物といえど相手は生き物。聴覚があるはずだ!

なら、咆哮で怯ませた隙に、喰われそうになってる人を助ければ万事OK!

 

 

これなら戦わなくて済む!俺にしてはナイス作戦だ!

 

 

よし、いくぞ!

 

 

目一杯大きく息を吸い込み、口を限界まで開く。

 

 

「GYAOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 

本日一番の咆哮が森に響いた。

もしこれをハンターに浴びせていたら怯む事間違いなし。

 

 

さてと、さすがに変質者な巨人と言えどこれなら怯んで‥ない!?え!?

 

 

あれだけの大音量の咆哮を浴びせたというのに巨人は怯むどころか何事もなかったかのように、口に人を押し込もうとしていた。

 

 

あくまで食欲最優先ですか!?ウソだろ!?

巨人って聴覚ないの!?その顔についてる立派な耳は飾りですか!?

 

 

どうしようどうしよう!?マジでどうしよう!?

咆哮が効かないとなるとやっぱり直接助けにいかないとダメじゃん!

ああ、でもでも!怖い!戦えるわけない!俺には無理だ!

 

 

頭の中で葛藤してる間にも巨人の口と緑マントの人との距離が縮まっていく。

このままではすぐに緑マントの人は喰われてしまうだろう。

分かっていても俺はオロオロするだけだった。

 

 

「‥!」

 

 

その時、巨人に掴まれている人が俺の方を見上げた。

顔はフードに隠れていて分からなかったけど、角度からして俺を見てるのは確実だ。

 

 

表情なんて周囲が薄暗くて分からない。

でもきっと、その顔は恐怖と絶望に塗りつぶされているだろう。

そこに訳の分からない存在の俺が現れた。きっと想像を絶する怖さだろう。

 

 

‥だけど、

 

 

死にたくない。生きたい。

 

 

その一心で、藁をも縋る思いで俺を見ているとしたらどうする?

俺に助けを求めていたらどうする?

 

 

通りすがりの未確認生物なこの俺に。

 

 

それでも俺は見殺しにしてもいいのか‥!?

 

 

「!」

 

 

ついに緑マントの人が巨人の口に突っ込まれそうになっている。

それを見た瞬間、俺の視界が真っ赤になった。

 

 

 

うおおおおおおおお!

こうなったら自棄じゃあああああああ!!

 

 

「GYAOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 

気合を入れるため再び咆哮をあげた俺は、翼を折り畳み、一気に下降する。

狙いは巨人。その巨体に向かって渾身の体当たりをお見舞いする。

目の前に巨人が迫った直後、身体に衝撃が受けた。

しかし思ったより衝撃は弱く、そして思った以上に巨人が吹っ飛んで呆気に取られそうになるも、視界の端にさっきの体当たりの衝撃で解放されたであろう緑マントの人が宙を舞っていたので慌てて両手で優しくキャッチした。

 

 

セ、セーフ‥。お?良かったー!生きてるよ!

 

 

俺の掌で身じろぎする緑マントの人に安堵の息が漏れる。

見た所怪我らしい怪我もないみたいだ。本当に良かった。

 

 

そっと地面に下ろしてやると思いの外しっかりとした足取りで緑マントの人は立ち上がった。

目深にフードをかぶっているし、森が思ったよりも薄暗くて顔が見えないが俺の方を見上げているのは分かる。

 

その緑マントの人が何か喋るつもりなのか口を開きかけていたが、途中で止まる。

先ほど体当たりした巨人が何事もなかったかのように周りの木々に寄りかかりながら立ち上がっているのだ見えたからだ。

 

 

「ウゥ‥」とうめき声を上げる巨人に俺は内心動揺する。

 

 

この巨体のまま急降下でぶっつかっていったんだ。死んだだろうと思っていた。

いや死んでなくても無傷ではないと思ってた。

 

しかし現実はどうだ。渾身の体当たりだったのに巨人は傷一つついてない!

なんつう頑丈さだ。あんなおっさん顔でチートとかやめてくんない!

 

 

すっごい怖い!どうやったらアイツ倒せるんだよ!?

 

 

勝てる気がしないが‥それがなんだ!

 

 

今の俺は人間じゃなくて『鋼龍クシャルダオラ』!

モンスターの中でも最強格『古龍種』の一角だ!

たかが全裸のド変態巨人にビビってたら『鋼龍』の名が泣く!

 

 

 

自分を鼓舞しつつ、緑マントの人を守るようにその前に進み出て巨人と対峙する。

のっそりした足取りでこっちに向かってくる巨人に対して戦闘態勢に入った俺は、周囲に風を巻き起こす。

 

 

クシャルダオラの能力は『風』。

この能力は嵐さえ発生させることが可能な凄い能力だ。

本来のクシャルダオラはその身に風のバリアーを纏って身を守る。俺もそうしたい。

だけど正直あの巨体に風が通用するのか不安でしかない。

 

それに今は俺の近くに人がいる。

風バリアーなんて起こしたら、うっかり巻き込みかねない。

だめだ、風は使えないかも。どうしたものか‥。

 

 

考えてもしょうがない。乗りかかった船だ。

何とかして後ろにいる緑マントの人は守ってみせる!

 

 

活き込んだ俺は身体を低く構え、いつでも動けるようにスタンバイする。

幸いあの巨人は動きが鈍そうだし、攻撃されたって難なく避けられるだろう。

 

 

巨人なんてなんぼのもんじゃい!

かかってこんかいオラァ!

 

 

それが合図だったのかは分からない。

心の中で挑発した直後、のそりとした動きだった巨人が急に立ち止り、そして何故か頭を下げた。

 

 

…?何だ?謝ってんのか?

 

 

不思議に思いつつ様子を見ていると、両手を地面につけて低い体勢で構えている。

まるで陸上選手のスタートダッシュの構えに見える。…まさか。

 

 

「!」

 

 

次の瞬間、陸上選手顔負けの激しいフォームで巨人が俺に向かって迫って来た。

俺と大差ない巨体で手を大きく振り上げながら無表情で迫って来るその姿は恐怖以外の何物でもない。

 

 

ぎゃああああああああああ!!怖い怖い怖い怖い!!

こっち来ないでええええええ!!

 

 

巨人の予想外の動きと恐怖に冷静さを失った俺は半ばパニック状態。

あまりの恐怖に目を瞑り、あまりの慌てぶりに何を思ったのかそのまま巨人に向かって突っ込んでいく。

 

暗闇の中で全身に感じる衝撃、しかしそれはあまりにも軽かった。

そして遠くで聞こえるバキバキと言う何かが割れる音。

 

 

一体何が起こっているんだ?

 

 

不思議に思った俺は恐怖半分、好奇心半分でそっと目を開けた。

すると巨人が木々を巻き添えにしながら倒れ込んでいる。

 

 

え?何で?俺のせい?

がむしゃらに突っ込んだだけよ俺?

 

 

疑問に思いながら再度立ちあがる巨人の足元を見て俺はある事に気づく。

 

 

地面に足跡がそんなについてない?何でだ?

俺なんて博物館に飾られそうな立派な足跡が地面についちゃってるのに‥ひょっとしてあの巨人、見た目の割に軽い?それなら二回体当たりした時の軽い衝撃も納得だ。

 

 

いくらあんな勢いよく突っ込んできても体重が軽かったら、クシャルダオラのような超重量級を吹き飛ばすなんて不可能だ。

 

あくまで俺の予想でしかないがこれは朗報だ。

体重がどのくらい軽いか分からないが、クシャルダオラの風も通用するかもしれない!

 

 

よし、なら最大出力でさっさと吹き飛ばしてしまおう。

二度と俺の目の前に現れないように!

 

 

あれを使う時が来たようだ!

 

 

グッと口に力を入れる。

口内で空気の渦が巻き起こるのを感じた。

 

俺がしようとしているのはクシャルダオラの攻撃の一つ『風ブレス』だ。

ぶっちゃけると空気の塊なんだがそこはご愛嬌。

 

本当は竜巻を発声させたかったけど近くに人がいる。

上手くすれば巻き込まないだろうが、まだクシャルダオラ初心者の俺が風を上手く使いこなせるか怪しいから避けた方が良いだろう。

 

 

という訳でここはブレスだ。

 

 

侮るなかれ。空気の塊だと言えどクシャルダオラの吐く『風ブレス』は強力だ。

軽く掠めただけでもハンターを吹き飛ばせるのだ。‥俺何回あれ食らった事か‥。

きっと巨人を直接吹っ飛ばせるだろうし、後ろにいる人を巻き込んだりしない。

 

 

口内に収めておくには限界に近い程大きな空気の塊が出来上がっていく。

巨人が再び陸上選手の構えをしているがもう遅い。俺が先だ。

 

 

巨大な足が地面を踏みしめた瞬間、口を大きく開く。

 

 

食らえ!風ブレス!

 

 

吐き出した空気の塊は巨人の腹に直撃し、ねじり込む。

地面を踏みしめて踏ん張ろうとしていたようだが無駄だ。

あっという間に後方に吹き飛ばされて木々をなぎ倒しながら後退していく。

やがてその姿が見えなくなった。

 

とはいえ油断は出来ない。

またケロッと戻って来る可能性があるのでしばらくの間、警戒するも戻ってくる様子がなかった。

 

 

どうやら戦いが終わったようだ。

 

俺は全身に込めていた力を抜いて、そっと息をつく。

 

 

お、終わった‥よかった‥終わったんだ‥ふぅ怖かった。

まさか初めての戦闘があんな全裸の巨人になるなんて夢にも思わなかったが、一先ず難は去ったようだ。とりあえずは安心‥。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

 

「!?」

 

 

!? なんだ!?

 

 

突如聞こえた大きな叫び声。

声は俺の後ろから聞こえてくる。助け出した緑マントの人が叫んだのであろう。

解いていた戦闘態勢に再び戻り周囲を警戒する。

 

 

巨人か!?さっきの巨人が戻ってきたのか!?

もしくは新手の巨人とか?第二ラウンドとかめっちゃ嫌なんですけど。

 

 

しかし周囲の薄暗い森を見渡してみてもどこにも巨人らしきものの姿なんてなかった。

 

 

? おかしいな。見た限り巨人の姿なんてない。

なら何で叫んだんだ?あ‥ひょっとして俺のせいで叫んでる?

 

考えてみれば当然の事かもしれない。

いきなり目の前にこんな得体の知れない未確認生物が現れれば誰だって恐怖で叫びたくなるだろう。

 

 

「すっげえ!今の何!?口から空気の塊出した!?超すっげえ!」

 

 

‥‥。恐怖で叫びたくなる…よね?

 

 

ゆっくり後ろを振り返ると緑マントの人がいつの間にか目深にかぶっていたフードをとってその顔を晒している。

 

こげ茶色の髪をポニーテールにしており、ゴーグルをかけたその目は何故かキラキラと輝いてる。見た感じ男とも女ともとれる中性的なその顔は何故か頬を染めて興奮した面持ちである。

 

整った顔だというのに、恍惚としたその表情は心なしか鳥肌が出て来そうな薄ら寒いもの感じるのは俺の気のせいだろうか?クシャルダオラは鳥肌とは無縁だろうけど。

 

 

何だ何だと身構えていたら、ゴーグルポニーテールは興奮した様子で口を開いた。

 

 

「空気の塊も凄かったけど、体当たりも本当に凄かったよ!確かに巨人は見た目の割には軽いけど、それを差し引いてもあんなに遠くまで吹き飛ばしちゃうなんて信じられない!しかもあれだけ激しく巨人にぶつかっておいて見た感じどこも傷を負ってない!とっても頑丈な甲殻だね!一見重そうに見えるけど身のこなしはとても重さを感じさせない軽快なものだった!ひょっとして君も巨人と同じで見た目より体重が軽かったりするの!?」

 

 

…何だコイツ?

咳が切ったように喋り倒してるぞ。

 

巨人に喰われそうになった恐怖と俺という未知のモンスターで出くわした恐怖で可笑しくなったのか?

 

 

若干引いている俺をよそにゴーグルポニーテールは勝手にヒートアップして奇声を発していく。

 

 

「ああああ!触りたい!その身体に触れたい!触り心地はどうなの!?見た目通り硬いとか!?体感はどう!?巨人みたいに熱いの!?もしくは冷たい!?すっごい興味あるぅ!ねえ触ってもいいかな?いいよね!?触るだけだからあああああああ!!」

 

 

!? うおい!こっち来んな!近寄んな!

 

 

奇声を発し、両手を上げて迫って来るゴーグルポニーテールは巨人とはまた違った恐怖だ。当然、俺は迫りくる発狂者から身を守るため後ずさりして接近を阻止する。

 

しかし、俺の些細な抵抗なぞお構いなしのゴーグルポニーテールはどんどん距離を詰めて来る。速攻で逃げたいがこの巨体だ。下手に動けばあの発狂ゴーグルを巻き込みかねない。

 

仕方ないので身をよじって避ける俺。

そして意地でも俺に触れようとする奇声ゴーグル。何だこれ?

こうまでして俺に触れようとするゴーグルポニーテールの執念が凄い。

なんか本能的な恐怖を感じるんですけど。

 

ていうかそんな勢いづいたらあぶな‥「いっ!?」あーあ、ほら言わんこっちゃない。

 

 

 

俺の目の前には両手で顔をおさえてうずくまるゴーグルポニーテール。

 

 

さぞ、痛いだろうな。

 

まさかこの鋼鉄の身体に向かって無防備に顔から突っ込んでいくとは‥。

いい歳した大人が何やってんだか‥。

 

 

自業自得とはいえ、流石に顔面衝突は心配だ。

鼻とか折れてないと良いけど。もしくは鼻血。

 

 

様子を伺うため、今もうずくまるゴーグルポニーテールに向かってそっと顔を近づけた。

 

 

あのー、もしもし大丈夫ですか?

 

 

「…たい」

 

 

ん?何か言ってる?

 

 

「かったい!」

 

「!?」

 

「見た目通りクッッソ硬いぜえ!これすっげえ硬いいいいいいいいいいいいい!!」

 

 

何この人怖い。

 

やっと喋ったと思ったら今度は天を仰いで訳の分からん事を叫んでるよ。

 

 

マジでこの人怖い!ぶつけた時に頭打った!?

そ、そうだ!きっとそうだ!ただでさえこの人は恐怖で精神がおかしくなってるんだ。

その上、さっき俺とぶつかった衝撃でついに正気を失ってしまったんだろう!そうに違いない!

 

これが平常運転なんて俺は信じないぞ!

 

 

「ねえ!」

 

「!?」

 

 

急に呼び掛けられ、ビクッと身体が震える。

声のした方に目を向けるといつの間にか復活していたゴーグルポニーテールが鼻息荒く俺を見上げていた。

 

 

「その身体はまるで鉄のように硬いね!見た感じは鉄に見えるけど何で出来てるんだい!?もしその身体が鉄だったら時間が経つと錆びちゃうの!?全身鎧で覆ったように見えるのに動きがとてもしなやかだ!関節とかどうなってるの!?ていうか君最初空飛んでなかった?!」

 

 

‥ホント何なのコイツ?

 

マシンガントーク全然止まらない。止まる気配がない。

いつ息してんのかって疑問に思うくらい次から次に話しかけてくるんだけど。

 

 

「本っ当に信じられないよ!その巨体で空を飛ぶなんて!普通その大きさで空を飛ぶなんて無理だ!空中でその巨体を支える事が難しいからね!なのに君ときたら、飛ぶだけに飽き足らず滞空までしていた!例外はあるけど鳥なんかの種類は移動のために空を飛ぶんであって滞空するようには出来ていない!この短時間で私の中の知識が悉く覆されていくよ!君は一体何者だい!?」

 

 

ふん!と鼻の穴を大きくして見つめて来るゴーグルポニーテールに対して、俺はすっと目を閉じて天を仰ぐ。

 

 

この世界は分からない事だらけだ。

 

頭のおかしい全裸の巨人が歩き回っていたり、俺がクシャルダオラになっていたり。

元の世界へ帰れるのか?俺は人間に戻れるのか?

分からない。何もかも分からない。

 

 

ただそんな中で一つだけ分かる事がある。

 

 

目を開いた俺はじっと下にいる奴を見つめた。

 

 

 

俺‥ドえらいの助けちゃった‥。




という訳でクシャル君、記念すべきファーストコンタクト来ました!
ここから彼の冒険譚は加速します!多分!


さて、ここで問題です。
Q:クシャル君が助けたこの人は誰でしょう?


答えは次回のお話にて!
・・ほとんど答え出てますけどね。


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2話 鋼龍、奇行種に出会う

特に意味のない探究力がクシャル君を襲う!



お気に入り登録ありがとうございます!
しばらく見ない内にこんなに多くの方にお気に入りして頂けるなんて感激です!


「貴方が私を助けてくれたの?あ、ありがとう‥」

 

 

ライトノベル(通称ラノベ)を読んだ事がある人なら分かると思う。

 

チート、もしくは人外に転生した主人公がピンチに陥ったヒロインを助ける場面を。そして当然のようにヒロインは自身を救ってくれたヒーローに対して頬を染めて感謝をするのだ。ベタ惚れ必須。

主人公の目の前には涙を流して頬を染めた美少女なヒロインが一人ないし複数。

ラノベを読んだ事がある男(俺含む)にとっては一度は体験してみたいシチュエーションである。

 

しかし所詮それは物語の中のお話であって、必ずしも現実と比例しないものだ。

 

 

「君が私を助けてくれたんだよね!?いやーありがとう!まさか君みたいな未知の生物に助けてもらえるなんて私はなんて幸せものなんだろう!ところで相談なんだけど‥君という生物に大いに興味があるんだ。実験していい?」

 

 

俺の目の前には涎を垂らして興奮しきった表情をする性別不詳な変質者が一人。

ゴーグルとポニーテールが特徴的な変質者のそいつは先ほど俺が全身犯罪匂漂う露出狂の巨人から助け出した奴だ。

 

 

うん、知ってた。所詮現実はこんなもんだって。

 

でもさ夢くらい見ても良いじゃない!俺だって男だもの!

今の俺の姿である鋼龍の身体は雄か雌か分かんねえけどさ!

 

 

「むふふ、どんな実験をしようかなぁ‥?」

 

 

気持ち悪い笑みを漏らすゴーグルを死んだ魚のような目で見つめる。

 

恐怖で頭がおかしくなっているのか、はたまた元からこんな性格なのか分からないが、クシャルダオラというこの世界ではどう見ても未確認生物な龍に向かって物怖じせずにマシンガントークかましてくるコイツは只者ではない。というかまともじゃない。

 

 

ひょっとしたら俺はとんでもない奴を助けてしまったのではないだろうか‥?

 

 

「そういえば、まだ名乗っていなかったね」

 

 

現実逃避をする俺を引き戻したのは逃避の原因であるゴーグルポニーテールだった。

どうやら暴走は沈静化したらしい。

さっきまでマシンガントークしまくってた奴と同一人物とは思えない程、優しげな表情で俺の見上げていた。

 

 

「!」

 

 

ゴーグルはいきなり俺に向かって、ビシッと背筋を伸ばし、胸に拳を乗せている。

どうやらこの世界の敬礼らしい。とてもカッコいいが‥あれ?なんかどっかで見た事あるぞ。

なんだっけ?そういやコイツが身に着けてる緑マントもどっかで見た事あるな?どこだっけ?

 

 

「初めまして、私はハンジ・ゾエ。調査兵団って分かるかな?私はそこで第四分隊長を任されているんだ」

 

 

‥‥‥‥は?

 

 

若干のキメ顔で名乗ったゴーグル。

俺は咄嗟に反応できず、お互い見つめ合う形で沈黙が続く。

 

 

ゴーグルの言った事を理解するまでにかなり時間が経った気がする。

 

 

今コイツ『調査兵団』って言わなかった?

え?ちょっと待って?え?え?

 

 

『調査兵団』ってあれじゃん、『進撃の巨人』に出て来る組織じゃん!

じゃあここはやっぱり進撃の世界なのぉ!?

通りで人を喰おうとする全裸の巨人に出くわす訳だよ‥。

 

 

知りたくなかった残酷な現実。

ようやく現実を理解した俺は思わず地面に顔を項垂れる。

 

 

 

『進撃の巨人』

 

巨人に奪われた自由を取り戻すため、人類が巨人に戦いを挑んでいくストーリー‥らしい。らしいと言うのは俺原作知らないから。

知ってるのは主人公が巨人化する事と、登場人物が死にまくる事、それと主人公が所属する組織が『調査兵団』という名の組織という事だ。それ以外ほぼ知らない。

 

 

元の世界で流行っていたけど俺は漫画を読んだ事ないし、せいぜいアニメを見たくらいだ。まあそれでも一話分しか見てないけど。

あまりにグロくて鬱な展開に早々にリタイアしてしまったのだ。

おかげさまで当分肉が食べられなくなったのは悲しい思い出。

 

 

それ以来俺は『進撃の巨人』と縁はなかったんだが、噂はある程度耳に入っていた。

なんでも伏線回収がヤバいとか、ストーリーが壮大だとか、敵は巨人だけだったら良かったのに、とか。

 

‥最後のは何かな?巨人よりもっとヤバい敵でもいんの?

ただでさえ、陰鬱な世界に来てしまったのに勘弁して欲しいんだけど。

 

 

どうやら俺が思ってるよりも『進撃の巨人』という世界の物語は複雑らしい。

予想していたよりもかなり厄介な世界に放り込まれてしまったのは間違いなさそうだ。

しかもクシャルダオラという人外の姿で。気分が滅入りそうだ。

 

 

うわー‥マジかよ。

いくら今は鋼龍だと言えどマジで生き残れる気がしないんだけど。これからどうすればいいんだ?

こんな事になるならどんなにグロくてもちゃんと原作見とけば良かったかも‥。

 

 

「大丈夫かい?」

 

「…」

 

 

受け入れがたい現実を前に悲観的な気分の俺を心配そうに見つめるゴーグルポニーテール改めハンジ。地面に突っ伏した俺と目線を合わせるようにしゃがんでいる。

 

 

「もしかしてさっきの戦いで身体を痛めちゃったのかな?それとも消耗しちゃった?それならごめんね、私を助けるために無茶をさせてしまったようだ」

 

 

項垂れる俺を見て何か勘違いしてしまったらしく、申し訳なさそうに眉を下げるハンジに心が痛む。

 

 

ごめんなさい。アンタの存在忘れてました。

 

 

過酷な現実を前に、こんなキャラの濃い奴が目の前にいる事を頭からごっそり抜けてた。

 

そうだ。今は現実に項垂れている暇はない。

変質者と言えど目の前にいるコイツは俺にとっての㊗進撃世界のファーストコンタクトなのだ。出来ればこんな変質者じゃなくて可愛い女の子の方が良かったなという本音はこの際置いておこう。

 

何とかしてハンジとコミュニケーションを取りたいところだが、生憎俺は喋れない。

喋れないかなぁと思い、試しに何度も言葉を出そうと口を開いてみたものの、出て来るのは「グルル」と唸り声だった。流石に人外の姿で都合よく話せるなんて展開はないようだ。

 

 

さて、どうしたものか。

 

目の前にいるハンジは今もなお心配そうに俺を見つめている。

地面に項垂れてしまったのが自分のせいだと思い込んでるからだろう。

 

 

これについてはぶっちゃけハンジは悪くない。

でも俺は喋れないから動作で伝えるしか方法がないので、ここは一つ大丈夫アピールでもしておこう。

 

 

首に力を込めて地面にうつ伏せていた上体を起こし、ハンジを見下ろす格好になる。

そして首を縦に大きく振り、翼を力いっぱい広げる。

 

これがクシャルダオラなりの元気アピールだ。多分。

 

 

大丈夫だよ。俺は元気だから気にしないでー。

 

 

驚いた表情で俺を見上げているハンジに向かって俺流元気アピールをお披露目する。

ちょっとでも元気になってくれればと願いながら。

 

 

「ええ!?何その動き!?ひょっとして私とコミュニケーションを取ろうとしてる!?ふおおお!ヤッベ、興奮してきたぁ!」

 

 

元気爆発じゃねえか!

もうやだこの人!発言がなんか変態じみてるもん!

 

 

てか、こんな奴があのドシリアスな『進撃の巨人』の登場人物だとか信じられないんだけど。

本当にいたのコイツ?しかもただの兵士じゃなくて分“隊長”とか名乗ってた気がするんだけど。コイツの部下とかメチャクチャ苦労してそうだ。

 

そもそも何でその『分隊長』様がこんな巨人がうろつく場所に一人でいるんだよ?

うろ覚えだけど確か壁の外に出る場合は、集団行動じゃなかったっけ?仲間はどうした?

 

 

「ん?どうしたの?ひょっとして私の仲間を探しているのかい?」

 

 

ハンジの仲間が近くにいないかキョロキョロ見渡していたら下から声がかかる。

俺の動作で何をしているのか察したらしい。

ハンジは興奮状態を抜け出し、落ち着いた様子で口を開いた。

 

 

「今は一人だよ。本当はさっきまで仲間たちといたんだけどね。拠点を作ってる最中に、過去に例がない奇行種の巨人が出現した可能性があったから私はそれを調べにきたんだ」

 

 

ふーん、なるほど。

見るからに好奇心強そうだもんなハンジは。学者肌ってやつ?

やっぱゴーグル含めたメガネキャラは研究者のイメージが強いな。

人食い巨人がうろついて危険なのに、リスク承知で単独で調べに行くとか学者の鑑通り越してサイコパスだけど。

 

 

冷めた感想の俺とは対照的にハンジはその時の事を思い出しているのか、整った顔が崩れる程の顔芸を披露しつつ早口で捲し立てて来る。

 

 

「なんせ今まで聞いた事ないような巨人の叫び声だったからね!『ギャオオオオオオオ!!』って、まるで未知の生物が発したような声だったよ!かなり大きな声でね、我々がいる拠点にも聞こえるぐらい凄まじい声量だった!それも一度じゃなく何度も聞こえてきたんだ!」

 

へー、ってそれ俺!

クシャルダオラになってるという驚きで反射的に叫んじゃったやつ!

うっそ!聞こえてたの!?そんなにうるさかったですか俺!?

 

 

「叫び声はすぐに聞こえなくなった。皆は警戒しつつも声の正体を調べようとはしなかったんだ。だけど私はどうしても気になってね!これはきっと新種の巨人が現れたんだと!居ても立っても居られなくなってエルヴィンの制止を振り切って叫び声が聞こえた方向に向かって馬を走らせた!すると湖にたどり着いたんだ!そこで何を発見したと思う?まるで何かが暴れたように辺り一帯の地面が荒らされていたんだ!」

 

それも俺!現実を受け入れられなくて頭突きしまくったやつ!

そのまま種まき出来そうなくらい見事な畑仕様になったと自負してるよ!

 

 

「詳しく調べる必要があると判断した私は荒らされた地面を観察した!そこで足跡を見つけたんだ!巨人の足とは思えない、まるで鋭い爪を持った動物の足跡を!それもかなりの重量があるみたいで、地面に残った足跡は中々の深さだったんだ!」

 

だからそれ俺だって!

クシャルダオラ重いからくっきり足跡残っちゃうの!

 

それにしてもなんてこった!

つまりハンジが巨人に喰われそうになってたのって巡り巡って俺のせいって事じゃねえの?

なんかコイツ俺を調べに来たみたいだし。

 

 

内心ビクビクしながらクライマックスを迎えつつあるハンジの話に耳を傾ける。

大方俺の残した痕跡を頼りに森に入って巨人を捕まったとかそんなところだろう。

 

 

「どうやらこれは想像を絶する奇行種の巨人がいる!そう確信した私は捜索範囲を広げてこの森に入った!そしたら偶然近くを巨人が通りかかってね。とても興味深い対象だったから何とか捕獲出来ないかと近寄ったら、うっかり捕まちゃってねー。いやぁ予想よりも動きが素早かったから不意を突かれちゃった。で、喰われそうになった所に現れたのが君って訳さ!」

 

うん、俺のせいじゃないですね。

最終的にコイツの自業自得でしたわ。すげえバカバカしい。

 

 

それにしても俺のやらかした黒歴史にハンジが引き寄せられて、(間接的とはいえ)ピンチに陥ったハンジを俺が助けるとかどんな因果だよ。何か寒気するわ。

 

 

あと気になったんだけど話の途中で出てきた『エルヴィン』って誰?

唐突に名前出されても進撃キャラ知らないから分からないんですけど。

というかなんか話の内容から察するにコイツ仲間の制止振り切って単独行動したっぽいな。

今頃ハンジの仲間は相当頭抱えてそう。うん、気持ちは分かる。

初対面の俺でさえコイツのぶっ飛んだ生態にドン引きだもの。

 

 

‥駄目なんだって分かってる、分かってるんだけど。

ハンジと会ってからほとんど時間経ってないのに、コイツを助けた事に早くも急激に後悔してきた!

どうしてくれようかコイツ!?

 

 

 

 

 

 

 

薄暗い森の中、ズシン、ズシンと巨大な何かが地面を踏みしめる音がする。まあ、俺の足音なんだけどな。

 

 

「ふーん、足音と踏みつけられた地面の足跡の深さから察するに君は相当な重量をほこっているね。だとするとますますどうやってあれだけ素早く動けるのか、ましてや空を飛べるのかについて疑問が湧いてくるよ。実は中身が空洞とか!?すっごく気になるからちょっと解剖させてくれないかな!?」

 

 

‥コイツ、黙るって事知らないのかな?

さっきから俺の周りをハエのようにウロチョロ動き回って鬱陶しいんだけど。踏み潰されたいのか?

 

 

太陽の光さえほぼ届かない森の中を俺はハンジをお供にして出口を目指し歩いている。

 

本当はこんな奴置いてさっさと退散してしまいたかったが、自業自得とはいえ巨人がうろつく森で置いてけぼりにするのは気が引けた(乗ってきた馬は巨人に捕まった際にどこかに走り去ってしまったとか)。

 

なので嫌々、物凄く仕方なしにコイツを仲間(=保護者)たちの下へ降り届けてやろうとしてる訳だ。

今の俺は超問題児を引き連れた引率の先生の気分である。

 

 

本当は空を飛んで送り届けてやった方が最も効率が良い。真っ先に思いついた事だ。

だけど想像してみて欲しい。初見の俺の姿を見て無防備に突っ込んでくる好奇心が具現化したような存在のコイツだ。この世界では未だ到達していないであろう空を飛ぶという経験した時の反応を。

 

 

 

 

「ひゃっほおおおおおおおおおおお!空飛んでるうううううう!!巨人が豆粒に見えるぜぇ!もっとよく見たい!あっ」

 

 

大はしゃぎで身体を乗り出し、空から落下する展開しか思いつかない。

冗談抜きで有り得そうだから怖い。というか実際何をしでかすか分からないのが一番怖いのだ。

ここは時間ロスとなっても安全を選んだ方が良い。

 

 

故に俺は歩く。それが一番確実で安全な方法だ。

 

 

前を向いて歩く。よそ見をしてはいけない。ただひたすら歩く。

いずれこの森のように俺の行く先にも、光が届く出口があると信じて、ただ真っ直ぐ前を向いて歩くだけだ。

なんか「ちょっと私を乗せて空飛んでみてよ」とかほざくゴーグルの声が下から聞こえてくる気がするけど決して目を合わせてはいけない。

 

 

 

 

 

森を歩いて数分、足を動かす度に俺の気分はどんどん暗くなっていく。

理由は簡単。これから会うであろう『調査兵団』の事を考えると、うん。

 

 

調査兵団がハンジみたいな奴ばっかりだったらどうしよう?すっげえやだ。

 

 

これに尽きる。

 

 

俺のイメージでは『調査兵団』は、人類のために命がけで巨人と戦う勇敢な兵士の集まりだったんだけど、ハンジを見る限り、そのイメージが崩壊の一途を辿っている。

 

蓋を開ければ実はハンジみたいな変人オンパレード集団だったりして。

ハンジ一人を相手するだけでもこんなに疲労が溜まるのに調査兵団には複数、いやハンジ以上の変人がいたとしたら俺の精神は崩壊してしまいそうだ。

 

いやその前に俺殺されない?

生身で巨人と戦う連中なんだから、人外そのものであるクシャルダオラを目にしたら躊躇なく攻撃してきそうで怖い。そんなのは御免だ。

 

 

ハンジを送り届けたら速攻で空飛んでトンズラしよう!

 

 

そう決めた俺だが実は初めからこの世界に関わるつもりなんぞ毛頭ない。

 

人間だったら生存権の事もあるからきっと関わっていたかもしれないが、生憎今の俺は人外。鋼龍クシャルダオラだ。正直この身体なら人と関わらなくても生きていけるし、実態はコミュ力低めの半引きこもり。おまけに喋れないときた。

 

それも踏まえると間違いなく面倒事しか待っていないであろう進撃世界と関わるなんざ御免だ。

 

 

原作は原作で進んでいってくれ。

その間、俺は元の世界に帰る方法と人間に戻る方法をのんびり探しながら傍観しとくよ。

まあ、心の中では応援くらいするよ。大丈夫、この世界の主人公が何とかしてくれるって。

 

 

「?」

 

 

ひとしきり考えを纏めた俺はある違和感に気づく。

 

やけに静かだ。さっきまで下が騒がしかったというのに。

おかしいと思って下を向いても足元をウロチョロしていたハンジの姿が見当たらなかった。

 

 

アイツどこいった?

あれだけ五月蠅かったのに何して‥てぇ!?

 

 

 

「あはは!君、随分と大きな口だね!そのまま私を飲み込めるんじゃないかい!?」

 

 

声がする後ろを振り返ってみればいつの間にか現れたハゲの巨人に鷲掴みにされ、口に突っ込まれそうになっているハンジの姿。

 

 

何やっとんじゃこらああああああああああ!?

 

 

荒ぶる内心そのままにすぐさま巨人に突進をお見舞い、その隙に嬉々として捕らわれていたハンジを回収する。巨人は俺のタックルにより随分遠くまで吹き飛んだが、やはりというか何事もなくむくりと起き上がり、こちらに向かってきた。

 

 

くそ!やっぱり無傷だ!ほんとにどうなってんだよ!?

 

 

「おお!やっぱり君の体当たりは凄い威力だねえ!障害物がなかったら巨人をどのくらい吹き飛ばせるのか是非実験したいよ!」

 

 

コイツ全然学習してない!

さっきも同じ目に遭ってたのに一向に懲りる様子がないぞ!

 

 

俺の掌で興奮気味にはしゃぐハンジを思わず握り潰したくなったが、なんとか思い留まった。

今はそれ所ではない。こちらに近づいてくる巨人を何とかしなくては。

 

ここはもう一度風ブレスをお見舞いして‥!

 

 

「うほおおお!向こうから来た子も可愛いね!」

 

 

‥‥え? !?

 

俺の掌で歓喜の声を上げるハンジと同じ方向を向くとそこには、これまた髭が濃ゆいおっさん顔の巨人がこっちに近づいてきていた。

 

 

げえ!挟まれた!最悪じゃん!

 

 

俺達を挟み込むように近づいてくる全裸な巨人のおっさん×2。

ただでさえ一体でも滅茶苦茶厄介だというのに複数なんて俺の手に余る。

 

まずい!まともなダメージを与える方法なんて知らないのに、二体同時に相手なんて難易度高過ぎる。これは詰んだかも‥。

 

 

「興味深い巨人が二体も!ああ!どっちも捕獲したい!徹底的に調べ尽くしたい!」

 

 

喜んでる場合か!

お前のせいで絶賛ピンチに陥ってるんだけど、どうしてくれるんだよ!

 

 

焦る俺とは対照的にものすごく余裕な表情でいや、興奮した表情で迫りくる巨人を見つめるハンジに泣きたくなってきた。一緒に怖がってくれた方がまだ心強かった‥。

 

 

ど、どうしよう?また戦う?勘弁してくれ!

もうあんな恐怖を味わいたくないんだけど。

 

‥これはもう飛んで逃げた方が良いかもしれない。

 

そうしたいのは山々だが、問題は巨人との距離だ。

俺との距離が一メートルもない。今羽ばたいたら掴まれる可能性が高い。

最悪掴まれて地上に引き戻されるか、俺を掴んで一緒に空を飛ぶ羽目になる可能性がある。

 

 

逃げるにしろ戦うにしろ、距離を離さないとだめだ。

 

 

よし、なら一つ試してみるか。

 

 

作戦を閃いた俺は片手にハンジを掴みながら低く姿勢を保ち、その場で動かずじっと息を潜めていた。ゆっくりとだが確実に近づいてくる巨人たち。その手が俺を掴もうと伸ばされ、今にも届きそうな距離に迫っている。

 

 

今だ!

 

 

巨人の手が甲殻に触れるその直前、俺はその場で地面を強く踏み込んで大きく半回転を行った。巨体を振り回す勢いにつられて繰り出される尻尾は鞭のようにしなり、覆いかぶろうとしてきた巨人どもを薙ぎ払う。

 

 

見たか!これがホントのアイアンテールだ!

 

 

リアルアイアンテールを叩きつけられた巨人は地面を滑るように吹き飛んでいく。

当たり所が悪かったのか起き上がった二体の巨人の内、髭の濃い方の腕が胴体と切り離されて地面にボトリと転がった。

 

 

あああああああああ!ごめんなさい!

わざとじゃないんです!先に変質者が襲ってきたので正当防衛です!

決して過剰防衛ではありません!俺はか弱いまとも(?)な人を守っただけなんです!

 

 

「おぉ!すっげえ!一撃で巨人の腕を捥いじゃったよ!」

 

 

心の中で謝りまくる俺の掌で無邪気に声を上げるハンジに軽く殺意を覚えるも、悲しいかな、あんまり褒められた経験がない俺は満更でもないと思ってしまった。

 

 

ただ上げては落とすという言葉を体現するならきっとこの事だ。

 

褒められ、若干浮かれる俺にハンジが「だけど‥」と真剣な表情になる。

何だ?と疑問に思う俺をよそにハンジは至って真面目な様子で口を開いた。

 

 

「あれじゃあ、あの子たちは倒せないよ」

 

 

‥? げ!?

 

 

ハンジの見つめる先、起き上がった巨人の様子に俺は目を疑った。

 

 

再生してる‥?

 

 

千切れた腕からもくもくと蒸気が立ち込めており、ものの数分もしない内に腕が元通りに治ってしまった。瞬きをしても、目を擦ってみても千切れた腕は何事もなかったかのようにそこに生えている。

 

 

はああ!?なんじゃそりゃ!?

まさかの再生!?お前滅尽龍ってキャラじゃねえだろうが!

寄こせ!その再生能力!俺だって欲しいわ!

 

 

出るだけの罵倒を心の中でするも、もはや俺に戦う意思なんてなかった。

攻撃しても再生するのでは勝ち目なんてない。これはもう逃げるが勝ちだろう。

幸いこの二体の巨人共はさっき戦った陸上選手巨人と違ってノロマみたいだ。

それに吹き飛ばした衝撃で距離が出来た。今なら飛び立てる。

 

 

ゆっくりとした歩みで迫って来る巨人どもを交互に睨みつつ、翼を大きく広げる。

 

 

逃げるなら今だ。今のうちに戦線離脱を、ん?

 

 

羽ばたこうとした俺の視界の端に緑が映り込み、横目で正体を確認する。

 

 

「あの子たちを倒したいなら、うなじを攻撃するんだ。巨人の弱点はうなじだからね」

 

 

ハンジだ。

 

いつの間にか掌から抜け出し、俺の顔によじ登って目元を覗き込みながら話しかけている。

どうやって登ってきたのか気になる所だが、それよりもさっき言った事の方が重要だ。

 

 

‥うなじ?巨人の弱点がうなじ?何でうなじ?

アイツらだって一応生き物なんだし、そこは普通脳みそとか心臓とかじゃないの?

うなじが弱点って聞いた事ねえぞ。

 

 

疑っているのを雰囲気で感じ取ったらしい。

俺に向かって「まあ、見てて」と言い残し、ハンジが動いた。

 

腰からワイヤーのようなものが飛び出し、髭の濃い巨人の背後にある木に突き刺さる。

そのワイヤーに引っ張れる形でハンジの身体が宙に浮いた。

 

 

速い。瞬きをする暇もなく巨人の背後に回っている。

ハンジの両手にはいつの間にかカッターのようなものが握られており、それが巨人の背後に向かって大きく振り上げられた。

 

 

「よいしょっ!」

 

 

その掛け声と共にハンジの周辺に赤い液体が飛び散る。

より正確に言えば、ハンジの剣によって切り付けられた巨人の首元から溢れ出る血。

 

全ては一瞬で決まった。

 

うなじを斬られた巨人は痛みからか大きく口を開けながら前のめりに地面に倒れ込む。ズシンと大きな振動が伝わった。また起き上がってくると身構えていたが、倒れた巨人は身動き一つ動くことはなかった。どうやら死んだらしい。

 

 

‥マジか。マジでうなじが弱点なのか?

どんな身体の構造してんだよ。そこに心臓でもあんのか?

 

 

 

「ね、言った通りでしょ?」

 

 

一仕事終えたハンジは再びワイヤーを駆使して俺の下に戻り、顔の覗きこむ形で問いかけてくる。

 

 

ああ、よく分かった。有益な情報をありがとよハンジ。

だから早く俺の頭から降りろ。何ちゃっかり乗ってんだ。

 

 

「うお!?ちょっと!急に頭を揺らさないでよ!落ちる!」

 

 

おう、落ちろ落ちろ。

 

 

生意気にも俺の頭に着地したハンジを振り落とそうとしてみるが思いのほかしぶとい。

角にしがみついたまま降りようとしない。腹立つ。

 

 

「あ!ほら!もう一体の子がこっちにむかってきてるよ!こんな事してる場合じゃないって!」

 

 

指をさしてそう告げるハンジ。

その先にはハゲの巨人が近づいてきていた。

 

知らせてくれたのはありがたいが、若干気を逸らそうとした感じがするなコイツ。

まあいいや。別に俺が守らなくても大丈夫みたいだし、どうせもう一体の方もハンジが倒すだろうから何もしなくて問題ないだろう。

 

 

「よし、じゃあ次は君の番だ。あの巨人を倒してごらん」

 

 

……は?

 

 

にっこり笑ってそう告げるハンジに俺は一瞬言葉を理解出来なかった。

 

 

え?倒す?誰が?俺が?誰を?巨人を?何故に?

 

わざわざ俺が戦う必要あんの?

素人な俺と違ってお前間違いなく巨人倒しのベテランっぽいからそんな事しなくてもよくない?

 

 

俺の思っている事を読み取ったのか分からないが、やれやれと言った感じでハアとため息をつくハンジ。何だその顔は?ものすごく腹立つ。

 

 

「弱点を知ってるのと弱点を突くのとじゃまるで話は違うよ?これから先、また巨人と戦う事になるんだろうし、今のうちに弱点を突ける様に練習しておいた方が良いんじゃないかと思うんだけど、どう?」

 

 

出来の悪い教え子を諭すような口調だ。腹立つが一理ある。

確かに現状元の世界に帰る方法が分からない以上、この世界に長く滞在する事になる。そうなると必然的に巨人と戦う事もあるだろう。それに備えて今のうちに練習しておくのは悪くないが‥でもなぁ。

 

何だろうか。上手く言いくるめられた感じが否めないんだよなぁ。

 

 

胡散臭げな視線を向ける俺。

しかしハンジは全く動じていない。渋る俺を説得するように「それに」と言葉を続けている。

 

 

「今の我々は言わば運命共同体だ。ここはお互い力を合わせてピンチを乗り切ろうじゃないか」

 

 

何勝手にお前の運命に俺を組み込んでんだ!お前と心中なんて御免被るわ!

そもそも今ピンチなのお前のせいだろうが!

力を合わせてっていうかほぼほぼ俺しか力出してないぞおい!

 

 

「来るよ!」

 

「!」

 

 

手を伸ばし俺に覆いかぶさろうとするハゲの巨人。

この状況では文句を言ってる場合ではないのは一目瞭然だ。

 

内心舌打ちしつつ、地面を蹴って回避。そのまま巨人の後ろに回り込む。狙うはうなじ。が、しかし巨人はすぐさま後ろを振り返ってしまいうなじが見えなくなってしまう。

 

 

くそ!ならもう一度!

 

 

何度も後ろに回り込もうと試みるも、すぐさま巨人は首を捻ってこちらを振り向くからうなじが隠れてしまう。いくら素早く動き回れてもこの巨体ではハンジのように小回り出来ない。

 

 

イライラする心を宥めつつ、これからどうするか必死に頭を回転させる。

 

 

落ち着け俺。そもそも巨体のクシャルダオラは見た目割によく動くがハンジのような機動力や小回りはない。同じようなやり方で倒すなんて無理だしマネ出来ないのは分かってる。

 

 

なら、どうするか?

簡単だ。俺は俺のやり方をするまでだ。

 

 

身体を低く構え地面を強く蹴る。

宙に浮いた巨体は巨人の頭上を覆いかぶさるように影をさした。

 

俺は腕を大きく振り上げ、勢いのまま巨人の頭に振り下ろす。

 

 

 

うらぁ!滅尽拳ならぬ鋼龍拳!

 

 

巨人の頭を掴み、そのまま地面に叩きこむ。

落下の重力とクシャルダオラ自身の重量の相乗効果により、叩きつけた地面は大きく振動し派手な土煙を巻き起こした。

 

 

前のめりに地面に顔がめり込む巨人。

見るからにさぞ痛そうだが、あっという間にダメージが回復したのか起き上がろうともがくがビクともしない。

それはそうだ。なんて言ったって俺が腕に体重を乗せて後頭部を押さえ込んでいるから。

 

 

フハハハ!どうだ?さぞ重かろう!

諦めろ!貴様にもう自由はない!

 

 

悪役気分もそこそこにそろそろトドメを刺さなくてはいけない、がぶっちゃけどうしようか悩んでいる。

 

簡単にブレスでトドメを‥といきたいところだが生憎俺、もといクシャルダオラのブレスは風ブレスという名の空気の塊。甘く見積もっても殺傷力はほぼない。

 

となるとやっぱり物理攻撃という事になる訳だが‥。

 

爪?なんかやだ。

牙?論外。

 

 

「‥‥」

 

 

じっと目の前に揺れる尻尾を見つめる俺。

通常のクシャルダオラよりも長い気がする尻尾。

意を決してそれを巨人のうなじの前に突き立てる。

 

 

俺はエ〇リアン。俺はエ〇リアン。

映画で背後からプ〇デターを尻尾で貫いた如く俺も尻尾で巨人のうなじを貫くんだ!

 

 

 

うおりゃああ!!て、熱っつぅ!?

 

 

勢いよくうなじを貫いたは良いが、直後に感じた予想外の熱に慌てて尻尾を引き抜く。

先端についた赤い液体を見てグロッキーになりつつ、近くの木に念入りに擦りつけて汚れを落とした。

 

うう‥グロイ。

 

 

気分は悪いがどうやら上手く倒せたらしい。

蒸気を立てるハゲの巨人の身体はピクリとも動かなかった。

 

 

「なるほど、機動力を捨てて持ち前の重量で押さえ込んだか。自分の性質を良く理解しているみたいだね‥むふ。随分と頭が回るようだ。いいね、滾るねぇ‥むふふふふ」

 

 

すいませんお巡りさん、なんか気持ち悪い笑い声が聞こえるんで連行してもらえませんか?

俺の心はそろそろ限界です。

 

あと、いい加減俺の背中から降りろハンジ。

戦闘中ずっと人の背中にしがみつきやがって。

動きづらくてしょうがなかったんだぞ。

 

 

ギロリと背中にいる奴を睨んでみるも、どこ吹く風なコイツは特に気にした様子もなく俺の背中から降りてもうもうと蒸気を立てている巨人の死体に近づいていく。

 

 

「うーん、ここまでの実力があるなら討伐なんて言わずに捕獲を頼めば良かったかも。残念な事しちゃったね」

 

 

黒こげになった巨人の死体の前にぶつぶつ呟くハンジはどことなく不気味だった。

 

なんかしれっと「ま、次の機会に頼めばいっか」って言ってるけど次なんてねえから!

お前との縁は今日でお終い!二度と会う事なんてないぞ!

 

 

「仕方ない。死体の一部だけ持って帰ろうか」

 

 

そう言って腰に付けてる箱っぽいものからカッターを取り出し、じっと刃を見つめている。

しばらくそのままだったがやがて足を踏み出し、歩き出した。‥俺の下へ。

 

 

え?何で俺に向かって歩いてきてんの?

巨人の骨はいいのか?何してんのコイツ?

 

 

訳が分からずそのままじっと様子を見ていると、俺の脚のすぐ傍に立ち止ったハンジ。すると突然何を思ってか手に持っていたカッターを俺に向かって振り上げた。

 

 

 

「!?」

 

 

―ガキィンー

 

 

 

金属の割れるような音が鳴り響き、飛び散ったカッターの破片が太陽の光に当てられてキラキラ光っていた。一瞬何が起こったのか分からなかった。状況が理解出来ないまま下から陽気な笑い声が聞こえて来る。

 

 

「あはは!折れたぁ!凄いや、ブレードは粉々になったのに君は無傷のままだ!」

 

 

コイツ‥‥!

 

 

折れたカッターを見ながら笑っているハンジに猛烈な怒りが湧きおこる。

 

 

 

 

「GYAOOOOOO!」

 

 

 

 

怒りのままハンジに向かって咆哮を浴びせた。

加減したとはいえ、距離が近かったからかハンジは耳を塞いだまま身動きが取れずにいる。

そんな奴の前に俺は身体を低く構え、戦闘態勢に入り足元に風を巻き起こす。

 

 

コイツの奇行を今まで何とか大目に見てきたが流石に攻撃されたとあっちゃ我慢の限界だ。

もう許さん!今すぐそのムカつくゴーグルを叩き割ってやる!

 

 

「あ‥あはは、ひょっとして怒っちゃった?ごめんね、つい出来心で」

 

 

雰囲気からして俺が怒っているのを察したのだろう。

乾いた笑みを浮かべながら降参ポーズするハンジ。

しかしそれがまた余計に俺の怒りを煽るだけだとはコイツは分からないだろう。

 

 

この野郎!何が出来心だ!

出来心で攻撃されてたまるか!ちったあ痛い目にあって反省してもらうからな!

 

 

安心しろ、怪我はさせな !?

 

 

「!」

 

 

 

突如目の前に迫る光の一閃。考えるよりも先に身体を動いていた。

反射的にそれを避けるように後ろに飛び退き地面を滑るように着地する。

 

 

 

 

「チッ、外したか」

 

 

 

? 何だ?男の声?

 

 

ハンジとは違う第三者の声が聞こえ、地面に向けていた顔を上げた。

 

男が立っている。

ハンジと同じ緑マントの身に纏ったその男は両手にカッターが握られていた。

 

 

目の前を通り過ぎた光の一閃

突然現れた男と手に持ったカッター

そしてさっきの「外した」うんぬんのセリフ

 

 

‥ひょっとしてさっき俺、攻撃された?

危ねえ!鋼龍の反射神経で奇跡的に躱せたけど、全く見えなかった!

 

 

 

何だアイツ!?

 

 

 

身体が強張っているのが嫌でも分かる。

クシャルダオラの本能か分からないが、目の前に立つ男はヤバいとずっと警鐘を鳴らしまくっている。

 

 

突然の男の登場に俺だけでなくこの場にいるハンジもポカンとした表情で、男を見つめていた。

 

 

 

「え?‥あれ?リヴァイ?何でここにいるの?」

 

 

 

戸惑うハンジの声などガン無視。

見たもの全てを射殺せそうな鋭い眼はただじっと俺を捉えたまま逸らそうとしない。

 

 

 

 

「オイ、クソメガネ。何だあれは?」

 

 

 

その眼力に俺の身体は震えるばかりだ。

 

 

 

ふおおおおお‥!

な、なんかヤバそうなのが来た‥!




という訳で前回の答え!
人間の奇行種ことハンジさんでした!
皆さんとっくに分かっていたみたいでしたけどねw

ハンジさんでかなり大変な目に遭ったのに今度はリヴァイ兵長の登場。


次回、マジでシャレにならない戦闘力がクシャル君を襲う!



奇行種の次が人類最強ってクシャル君ホントついてないですわw


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3話 モンスターハンター(ガチ)

クシャル君が弱いという意見がかなり出ていますが、思い出して下さい。
彼、クシャルダオラになって一日も経ってません。
戦闘なんて未経験の一般人な上に、慣れない身体。

※いきなり本来のクシャルダオラの戦闘力と同等で戦える訳ありません(重要)



そんなわけで今回は対リヴァイ兵長(=ハンター)戦です!



「何だってんだあれは?巨人には見えねえが」

 

 

突如現れた男に本能的な恐怖を感じ、ビビりながらもどこか既視感を覚えた。

 

どこか見覚えのある顔だ。

 

下手に動いては刺激を与えてしまう、なので身じろぎ一つせずじっと目付きの悪い男を観察する。

 

 

 

剃り込まれた髪に鋭い三白眼、‥あ、思い出した!

 

 

確かアイツは『リヴァイ兵長』だ!

 

 

進撃の巨人のキャラの中でも屈指の実力と人気を誇る俺でさえも知ってる超有名人!

むしろ何ですぐに思い出せなかったのかが不思議なくらいだ!

 

えっと確か人類最強って言われてるんだっけ?

うん、実際対峙して納得だわ。オーラが違う。

隣に並ぶハンジと比べると同じ人間だとは思えない威圧感だ。

 

何というか対峙したら死を予感させるその圧倒的な存在感はもはや人間が発するそれではない。

きっとハンターに出くわした時のモンスターの気持ちってこんな感じなのかもしれない。

 

‥それにしてもリヴァイ兵長って思ったよりも小さ、うぉ!?

 

 

「ちょ、リヴァイ!?何やってんの!?」

 

「ああ、すまんな。手が滑った」

 

 

ひぃ、嘘付け!あからさまな棒読みじゃんか!

 

 

恐る恐る俺の背後にそびえ立つ木の方に視線を向けると、そこには突き刺さったというよりめり込んだ感じのカッターがあった。

 

リヴァイ兵長が俺の顔目掛けてぶん投げたカッターです。

 

マジでビビる!だってプロの投手の真っ青の剛速球だったんだぞ!バッター全員三振確定レベル。

 

あれか。コンプレックスを俺が心の中で指摘しそうになってるのを感知して攻撃してきたのか?

当たりだけどどんな勘してるんだよ!?心の中でも見えてんの!?

すごいタイミングで投げてきんだけど!?

 

 

幸い鋼龍の反射神経でなんとか避けれたけど、顔すれすれに通り過ぎるカッターは冷や汗ものだった。身体の防御力を考えると避ける必要はなかったのかもしれないが、あまりの速度に思わず避けてしまった程だ。

 

いや油断はだめだ。相手はあの人類最強リヴァイ兵長。

実際の戦闘を見た事はないが、万が一があるから攻撃は避けるに越した事はない。

 

 

 

警戒する俺に向かって一歩踏み出すリヴァイ兵長。

しかし彼の前に何かが立ちはだかる。

 

 

「ブレードをしまってよリヴァイ!あの子は敵じゃないよ!」

 

 

ハンジだ。

 

俺を庇うようにリヴァイ兵長の前に立って説得してくれているらしい。それは非常にありがたいが正直効果ないと思う。だってハンジを見るリヴァイ兵長の目は氷そのもののように冷ややかだから。

 

 

「黙れ。頭にクソでも入ってんのか?今にも襲われそうになってた奴のセリフじゃねえだろうが」

 

「そうなんだけど!いやでも攻撃はだめだ!あの子は貴重な、んぐ!」

 

「うるせえぞクソメガネ。勝手な行動をしただけに飽き足らず、それでも懲りねえのか?どうやら拠点までの帰りは縄でぐるぐる巻きにされて引きずられたいらしいな」

 

 

うわぁ痛そう‥。

 

必死に説得していたハンジの脳天に向かってリヴァイ兵長のげんこつが容赦なく振り下ろされた。

おそらくあの二人は同じ格好をしているし仲間だと思うのだがそれにしても容赦ないな。

 

 

「~っ」

 

 

かなり痛かったのかハンジは頭を押さつつ地面にうずくまっている。そしてそれを冷たく見下ろすリヴァイ兵長。何でか分からないがその光景は悪さをした子供におしおきした母親を連想させるものがあった。

 

 

図々しい事この上ないがもう二、三発くらい殴ってくれないかな?

多分それくらいじゃ懲りないと思うし、連行する時はマジで縄で縛った方が良いと思う。むしろこちらからお願いします。

そのクソメガネ、目を離すと知らない巨人に勝手に付いて行って危ないから。

 

 

「手間かけさせやがって」

 

 

痛みに呻くハンジを素通りし、ゆっくり俺に近づいてくるリヴァイ兵長の前。その両手には太陽の光に反射してなのかギラギラと光るカッターが二つ。

 

 

「あれが何なのかはさっぱり分からねえが、まあいい。削げばいいだけだ」

 

「!」

 

 

ひいい!マジだ!あの目マジだ!

完全に人殺しの目をしてるよ兵長!

 

俺を睨む兵長は完全に殺る気モードだ。一瞬でも気を緩ませてはいけない。

緩めば最後、一瞬で仕留められてしまいそう。そんな雰囲気だ。

 

 

 

「兵長!」

 

「「!」」

 

 

睨み合いが続けていた。そんな最中に聞こえた可憐な声。

その声の後すぐさまギュルルというワイヤーの音が複数響き、兵長の近くに複数の人影が現れた。同じ服装をしていることから察するに彼らもどうやら調査兵団のメンバーらしい。

 

 

「ハンジさんは見つかりましたか、って何ですかあれ!?」

 

 

やってきたのは四人。

その中の一人である女性がリヴァイ兵長に話しかけていた途中で俺の方に向き直り悲鳴に近い声をあげた。残りの三人の男達も彼女ほどではないが、三者三様の驚いた表情で俺を見ている。

 

予想はしていたがやはり傷つく反応だ。しかし少し安堵もしている。

俺への反応を見るに調査兵団の誰もがハンジのような変人ではないらしい。

 

 

良かった!やっぱりあのメガネが際立っておかしかっただけなのね!納得だ!

 

 

「ぺトラ、お前は援護に回れ。オルオ、エルド、グンタはアイツの注意を引け。俺が仕留める」

 

 

クシャルダオラという未知の生物である俺を見て明らかに動揺している新参四人に対してリヴァイ兵長は的確に指示を出している。

 

 

ちなみに『ぺトラ』と呼ばれた人物はどうやらやってきた四人の中の紅一点の名前らしい。

オレンジの近い茶髪は可愛らしい顔立ちによく似合っていて、ヒロインといった感じの見た目だ。服装からして彼女も調査兵団なのだろう。

そのおかげで可愛らしさと凛々しさを併せ持った彼女はあの中で一際輝いて見える。あんな可愛い子が命がけで巨人と戦っているなんて信じられない。最初に出会っていたのが彼女だったら良かったのにと、場違いな感想が頭を過る。

 

ちなみにぺトラの以外の残りの連中はムサイ野郎×3だ。

 

 

‥ん?ちょっと待って?そういえばリヴァイ兵長さっきなんて言った?

『仕留める』的な物騒な発言が聞こえたんだけど‥?

 

 

 

「分隊長ぉ!ご無事ですか!?」

 

 

「!?」

 

 

悪い思考を遮るように少し遠くから聞こえる男の叫ぶ声と蹄が地面を踏みつける音。

 

そっちに顔を向けると馬に乗った男が森の中からやって来た。

コイツも俺の姿を見てギョッとした表情をしていたが果敢にも踏みとどまらずこちらに向かって馬を走らせている。

男の姿を確認したハンジは痛む頭を押えつつ嬉しそうに声をあげた。

 

 

「おお、モブリット!わざわざ私の馬を連れて来てくれたんだね!どうやって帰ろうか考えていた所なんだ。ありがとう、助かったよ!」

 

「分隊長、呑気な事言ってる場合ですか!何ですかあれ!?」

 

「あはは!興味深いだろう!?人類が今まで出会った事のない全く未知の生物だよあの子は!新種の巨人を探してた時に偶然出会ってねー」

 

「笑い事じゃないですよ!また一人で飛び出していくから追いかけてみたら、これですよ!あんた何したらあんな生物に出会うんですか!?」

 

 

顔も名前もモブっぽい男ではあるが中々の容赦ない言葉でハンジに突っかかっている。

どうやら彼がハンジの部下らしい。容易に想像出来るが相当苦労しているようだ。

ストレスで胃に穴が空くのは時間の問題だろう。彼の無病息災を祈るばかりである。

 

ていうか今が逃げるチャンスじゃね?

向こうが二人のやり取りに気を逸らしてる内に空へトンズラを‥!

 

 

「おい、どこに行くつもりだ?」

 

「!?」

 

 

音を立てずに翼を広げた俺に迫る一閃。

慌てて翼を折り畳んで回避し、横に飛んで距離を取った。さっきまで俺がいた場所にリヴァイ兵長がおり、攻撃を避けた俺を睨んでいる。

 

いつの間に目の前まで接近してたんだよ?

俺という平和ボケした一般人の精神がハンデがあれど、クシャルダオラの感覚でもすぐ気づけないなんてどういう事だ。アイツホントに人間か!?

 

考えてる場合じゃない。

 

頭の中でツッコんでいてる最中でもリヴァイ兵長は俺に向かってカッターを振り下ろしてきてるから、すぐさま身体を捻って避けた。どうやら本格的な戦闘に突入したらしい。周りの空気が緊迫していてピリピリしている。

 

ちらりと周りを見ればこちらに視線を向けるだけで動きはない。

それはまだ幸いだが、どうしたものか。

 

 

現在も続く攻撃を躱しながら考える。

 

 

調査兵団のカッター攻撃は避ける必要はおそらくない。

現にハンジの悪ふざけで振り下ろされたカッターはこの身体には通らなかった。

カッターは折れてしまったというのに、こっちは傷一つついていない。

つまり調査兵団の攻撃手段であるカッターの連続切りは俺には通用しないという事になる。しかし油断してはならない。

 

今相手にしているのは人類最強と呼ばれるリヴァイ兵長だ。

あのメンバーの中で一番強いのは間違いなく彼だ。

 

クシャルダオラの本能か何かは知らないが、兵長が現れてからずっと頭の中で警鐘がガンガン鳴りっぱなしで鳴り止む気配がない。

一人だけ威圧感すごいもん。人間の中に化け物が混じってると思うくらい違和感がある。

 

だからこそ彼のカッター攻撃が効かないと高を括るのは危険だ。

あの人外のような気配なら万が一があるかもしれない。ここは回避に専念した方が良いだろう。

というよりも現状、リヴァイ兵長の動きを目で追うのがやっとだという始末だったりする。

防戦一方と言った方が良いだろう。

 

 

反撃に出たい所だが、相手は人外に近いが人間だ。

巨人と違って明らかに脆い人間の身体に下手に攻撃すれば間違いなく死ぬだろう。

 

身を守るためとはいえ、俺に人を殺せるのか‥?無理だ!

巨人を殺した時だって怖くておかしくなりそうだったってのに、人間なんて殺したら俺は間違いなく精神が壊れる!

 

 

攻撃出来ないなら取れる選択肢は一択だ!空へ逃げる!

でも、リヴァイ兵長が許してくれないだろう。

ネズミ一匹逃さない程の隙のない攻撃を仕掛けてきているから。

今飛び立とうすれば間違いなく阻まれてしまう。そもそもその動作すらする暇さえ与えてくれない。

 

 

くそ!どうすれば‥!

 

 

「デカい図体でちょこまかと避けんじゃねえ」

 

 

必死こいて頭を動かしつつスレスレで攻撃を避けまくってたら、苛立ったような声が聞こえてきた。

 

 

避けるには決まってるわ!

あんたの攻撃当たったらなんかヤバそうだし!‥ん?

 

 

「チッ」と面倒臭そうに舌打ちしたリヴァイ兵長に半ばヤケクソな状態でツッコみをしていると、ふと彼の動きに変化があった。

 

 

逆手に持ち替えている。

 

 

何だ?何で逆手に‥ !?

 

 

気づいた時にはもうリヴァイ兵長の姿は消えていた。

代わりにガガガと金属がぶつかり合う音が俺の身体のあちこちから聞こえてくる。

 

 

攻撃されてる!

 

 

ようやくその事に気づいて直後、音のした腹の部分に顔を向ける。何もない。

すると今度は首の部分から金属音が聞こえてきたので慌てて顔を向けるもやはり姿が見えない。

 

音が聞こる度にそこに視線を向ける。

何度も同じ事をやってもやはり兵長の姿が見えなかった。

 

 

リヴァイ兵長のスピードに俺の目が追いついてない!

 

 

体中に金属音が鳴り響く度に焦りは募っていく。

幸い傷らしいものはまだ身体にはないが、悠長としている暇はない。

 

姿が見えなきゃどうにもならねえ。

 

目を凝らして見ればようやくリヴァイ兵長の残像らしきものが俺の周囲を飛び回っているのが確認出来た。それでもすぐさま視界から消えてしまうため本当に残像を捉えるだけでも精一杯だ。どんな動きしたらあんだけ早く動けるんだよ。

 

 

! 

 

次の瞬間、俺の目の前にカッターを突き立てたリヴァイ兵長の姿が映った。

それはまるでスローモーションのように俺の目に向かってくる。

 

 

っ!?

 

 

反射的に瞼を閉じると何か硬いものがぶつかる音と感触が瞼に広がった。

すぐさまがむしゃらに顔を大振りに動かすとリヴァイ兵長の気配が俺から離れたので、目を開けた。

兵長は近くの木に飛び移っていたので、地面を飛んで彼から距離を取る。

 

 

危ねえ!明らかに俺の目を潰そうとしてた!

 

 

自分の心臓がバクバクいってるのが聞きつつ、体勢を整える。

 

 

ラッキーな事にリヴァイ兵長の力でも俺の身体には刃が通らないみたいだ。

その事実は俺を大いに安心させたが素直に喜んでいられない。

 

だって今度は急所に狙いを定めてきやがったからな!

 

普通、攻撃が通らないと分かると焦ると思うんだが、何という切り替えの早さ。

とんでもない冷静さと判断力をお持ちのようだ。

 

 

幸い反応出来たから良かったものの、下手すりゃあのまま目ん玉潰されてただろう。考えるだけで恐ろしい‥!

目玉潰されるのも時間の問題だから一刻も早くここを離脱しなくては!

でも今飛ぶのは無理だ!奴と距離が近すぎる!飛ぼうとした隙に目玉潰される!

 

 

となると距離を離さないと‥。

 

 

考えるが早いが、俺は回れ右してリヴァイ兵長に背を向けて駈ける。

恥とかそんなものない。今の俺じゃ対応出来ない。

姿すら捉えられない相手に無謀な戦いを挑むほど勇猛な性格じゃない。

 

それにこのままリヴァイ兵長を相手にしていたらまずい。

目玉は潰されても殺される事はないかもしれないだろうけど、捕獲される可能性は大いにある。

そうなるとあの変態メガネに嬉々として好き勝手身体を弄られる訳で‥解剖される未来しか思い浮かばない。

 

つまり死ぬよりも酷いに遭う可能性大!絶対イヤだ!

是が非でも捕まりたくない!

 

 

 

「!?」

 

 

 

 

「行かせるか!」

 

 

 

 

森の中に逃げ込もうとする俺の前にぺトラさん含めた四人が立ちはだかった。

かく乱のためか俺の身体の周辺を飛んでいるため、うっかり踏み潰しそうで思うように動けない。

 

そうこうしている内に背後からリヴァイ兵長が近づいてきていた。

カッターを逆手にして構えている様子からしてさっきの超高速連続攻撃をしかけてくるのは明白だ。それだけは何としても避けなければ!今度こそ目玉潰される!

 

 

かくなる上は‥!

 

 

 

「! なんだ!?」

 

 

 

意を決して俺は地面を強く蹴ってその場で飛び上がり滞空する。

すると踏み込んだ地面から発生した風が渦を巻いて俺を包み込んでいき、そのまま俺を中心に竜巻が巻き起こった。

強風のためか周りの木々が激しく揺れており、かなりの風圧が発生していると分かる。しかしこれだけでは心もとないと判断した俺は更に風を強めて、視界が風で見えなくなる程の巨大な竜巻に仕上がっていきクシャルダオラの巨体を覆い隠した。

 

 

よし!初めてにしては上手くやれた。

これこそがクソモンスとは呼ばれたクシャルダオラの風!

ハンターたちにウザいと評される竜巻だ!

 

 

空を飛んだ時もそうだが、この身体はクシャルダオラの能力をきちんと備えているみたいだ。俺があれこれ悩む前に身体が使い方を分かっているのか思いのほかあっさりと風を操作できるのはありがたい。

 

正直人間相手に使うかどうか悩んだが、巨人と生身で戦うような奴は人間とは言わん!

それはハンターと言う。ハンター相手なら身を守らなくてはならない!

 

殺されないように防御するのみだ。

 

 

 

「何これ!?動けない‥!」

 

「クソ!何なんだこの風は!?目を開けていられない!」

 

「立っていると吹き飛ばされるぞ!地面に伏せろ!」

 

 

 

よし!効いてる!

 

 

竜巻の外から聞こえる声に俺は満足げに頷いた。

 

おそらくあまりの風圧に身動きが取れないのであろう。

地面に伏せるか、何かにしがみついて飛ばされないようにしているはず。

こんな状況下ではあの飛び回るためのワイヤーも使えまい。

 

最初からこうしてれば良かったわ。

 

 

 

若干の後悔をする俺に対して、竜巻の外では前代未聞の突然の事態にパニックになっているのか戸惑う声や怒声が行き交っていた。その声に身を守るために竜巻を発生させた張本人として少し罪悪感が生じ、心の中で合掌する。

 

ごめん、俺のせいで混乱させちゃって。

 

 

 

「うっひょおおおおおおおおおおおお!こんな事まで出来ちゃうの!?身体が吹き飛ばされそうだぜぇ!」

 

 

「分隊長、危険過ぎます!せめてしゃがんで下さい!」

 

 

 

案外そうでもねえわ。この状況下で楽しんでる奴いるわ。

 

 

約一名、場違いな発言してる奴いるけどそれは触れないでおこう。

部下の人、ご苦労様です。

 

 

荒れ狂う竜巻のせいで調査兵団の様子は見えないがそれは向こうも同じだ。

俺の姿は奴らからは見えていないはず。

 

 

さて、連中が身動き取れない内にさっさとトンズラするか、てぇ!?

 

 

 

 

うぇえええええええええ!?

 

 

 

 

上に向かって飛び上がろうと竜巻の上空を見上げた俺は情けなくもあんぐりと口を開けてしまった。

 

 

だってリヴァイ兵長が竜巻が渦巻く上空からこっちにむかって落下してきてるんだぜぇ!?漫画だったら間違いなく俺の目ん玉飛び出てるわ!

 

 

うおおおおおおおおお!マジかよ!どうやって入ってきたんだよ!?

近づくどころか立っていられない程の風圧の竜巻を作り出したというのに!?

 

 

焦る俺はふと、ある事を脳裏に過る。

 

 

それは俺が人間であった頃、ふと何気なくネットをしていた時に見つけたクシャルダオラの情報だ。

 

クシャルダオラの真上からなら風圧を和らげらげるとかってあったと思う。でも荒れ狂う嵐の上空から攻めるのだから相当な判断力と機動力がなくては不可能だと書いてあったはずだが‥リヴァイ兵長恐るべし。完全に人間のレベル超えてるよあれ。

 

そうこうしてる内にリヴァイ兵長は竜巻の流れに合わせてどんどん俺がいる中心まで降りてきている。

 

 

まずい!このままじゃ接近を許してしまう!

ここは風ブレスで追い払うしかない!

 

 

出来るだけ加減した風ブレスを数発リヴァイ兵長に向けてお見舞いするも、どんな身体の構造してたらあんな動き出来るのか、ブレスに当たるか当たらないかギリギリの距離感で身体を捻って躱している。しかもワイヤーなしでだぞあれ。

 

 

「覚悟はいいか、クソトカゲ」

 

 

「!」

 

 

再びブレスを吐こうとする俺の目の前にリヴァイ兵長がいる。

慌てて目を閉じようとするも違和感に気づいた。兵長は俺の目を見ていない。

ブレスを出すため大きく開いた口を睨みつけ、そこにカッターを突き立てようとしていた。

 

 

今度は口が狙いか!

 

 

考える間もなく勢いで口を閉ざすとすぐさまガキィンと目の前で金属の破片が煌めいた。

俺の口に躊躇なくねじり込もうとしたカッターの破片である。あと一歩遅かったら口内がズタズタの多量出欠になっていたかもしれない。

 

恐怖で小さく息を漏らし、半ばパニック状態で口の先に降り立っていたリヴァイ兵長の事なんぞお構いなしにそのまま勢いよく顔を横に払うと衝撃に耐えられなかったのか兵長は俺の顔から振り落とされ、そのまま竜巻の中に突っ込んで姿を消してしまった。

 

 

一瞬やっちまったと後悔が過ったがすぐさま思い直す。

普通の人間だったら死亡確定だがあの人外の場合、絶対無事だろうと確信出来てしまう。恐ろしい事だ。だが幸いこれあのハンターと距離を離せた今が好機。この竜巻の上空から逃げっ!

 

 

 

「!?」

 

 

 

意識するよりも先に視界が突如竜巻が渦巻く上空に切り替わっていた。

混乱する暇も与えられず、バランスを崩した俺は後ろに引っ張られていく。

 

 

何で!? あ!

 

 

 

いつの間にか俺の首にワイヤーが絡まっていた。

絡まっているワイヤーの先を見れば、それは竜巻の外に続いている。‥リヴァイ兵長が飛び込んだ方向と同じだったりする。まさか!

 

 

驚いている間にワイヤーに引っ張られ、俺の身体は竜巻に近づいていく。

更に悪い事に俺自身空中にいた事で、ワイヤーによってバランスを崩してしまいパニックに陥りながら身体が傾いていく。

 

 

何だこれは!?俺を引っ張り出そうとしてるのか!?

超重い鋼龍を引きずり出そうなんてそんな芸当が出来る人間なんているとは思えない!

いや、いる!一人だけいる!ひとの形をしたモンスターが!

間違いない!あのワイヤーの先にいるのはリヴァイ兵長だ!

 

ヤバい!このままだと外に投げ出される!

 

 

慌てて体勢を立て直そうとするも手遅れ。

既に頭の一部分が竜巻の外に引きずり出されてしまった。

そしてその頭に向かって高速回転してくる何か。これはヤバッ!

 

 

咄嗟に伸ばした手で高速回転してきたものから頭を守る。

 

 

 

 

 

ガキィンと響く金属音に金属の破片

 

 

 

「っ!チィ、クソトカゲが」

 

 

 

防御用の手に上に誰か乗っている。

 

 

正体はやはりリヴァイ兵長。

 

根本からポッキリ折れたカッターを持って忌々しそうに俺を睨みつけていた。

その眼力にビビる。人間の時にこんな風に睨まれたら恐怖で心肺停止してしまいそうだ。

 

あとすみません。

腹立つ気持ちは分かるけど、人の手を踏んで八つ当たりしないで下さい。

 

 

忌々しそうに俺の手を何度か踏みつけた兵長は、ようやく飛び降りて近くの木に向かってワイヤーを伝って着地していた。その様子を見届けて俺はほっと息をつく。

 

 

 

あ、危なかった‥!

まさかクシャルダオラの弱点である頭を狙って来た時はマジで死ぬかと思った‥!

 

 

流石のリヴァイ兵長でも鋼龍の鋼鉄ボディを傷つけられないみたいだが、弱点への攻撃は避けなくては。奴の事だ。もしも、が十分あり得る。

 

 

木の枝に立ってこちらを見下ろすリヴァイ兵長に注意をしながら、この後の事を考える。

 

 

これからどうする?

逃げたくても兵長がそれを許してくれない。

唯一の対抗手段であった竜巻も難なく攻略してくるし、マジで何なの?

 

こうなったら腹を括って持久戦に持ち込むか?

あのカッターの補充がなくなるまで目と口を守ってれば向こうが勝手に消耗してくれる。

そうなれば俺の勝ち同然だ‥ん?

 

 

パラりと何かが頭から落ちてきたので、手に取ってみるとそれは見覚えのある金属で出来たっぽいトゲのようなものだった。

 

 

頭から落ちたけどこれって、まさか‥!

 

 

慌てて頭に手をやり、その感触に背筋が凍りそうになった。

 

 

角が欠けてる‥!

さっきの一撃でやられたんだ!何てこった!

これじゃ風のコントロールが‥!

 

 

すぐさま自身が作り出した竜巻に目をやると見るからに威力が弱まってるように見える。

竜巻を維持しようにもコントロールが効かないのか、徐々に緩やかになっていく。消えるのは時間の問題だ。

 

 

慌てて身を守るため試しに自身の身体を覆うように円を描くように風を発生させる。これは何とか出来た。どうやら角を失っても完全に風の操作が出来なくなる事はないらしいがあまりコントロールが効かないみたいだ。おまけに作り出した風のバリアーは想像していたよりも風圧が弱く、身体を覆いきれていない。

 

 

まずい、これはかなりまずいぞ!

 

 

冷静になるためにも周囲を見渡し状況を確認する。

徐々に威力を弱まっているとはいえ竜巻はまだ驚異的な風圧だ。

 

 

その風圧によって身動きが取れないのは六人。

 

ある四人は竜巻が起こす風圧に身体を吹き飛ばされないように地面に伏せて耐えている。

ある人は「ひゃああ!」と奇声を発し、嬉しそうな表情で吹き飛ばされそうになるのを、木にしがみついたもう一人に腕を掴んでもらっている。

 

誰がどうなってるとか説明しない方が良い。てか、したくもない。

 

そんな状況下の中、リヴァイ兵長は風圧をもろともせず地面に伏せていた四人の元に降りた。兵長の登場に四人のの表情は風圧の中でも分かるくらい安堵の色になる。

 

 

「お前ら、角だ。どうやらあのクソトカゲの弱点は角らしい。それを狙え」

 

 

バレた!よりにもよって一番バレちゃいけない人に弱点ばれた!

苛立ってたくせによく見てたな。観察眼もずば抜けてんのかよ!

 

ハンターだ!間違いない!

リヴァイ兵長こそこの世界のハンターだ!

何が人類最強だよ!生物最強じゃないか!

もういっその事“ヤヴァイ兵長”に改名しろ!

 

 

 

俺の脳裏にある光景が過る。

 

それはズタズタにされ死骸となった俺の上に立つリヴァイ兵長の姿。

俺を切り刻んだカッターを苛立ち紛れに拭きながら「チッ、汚ねえな」と呟くそのさまを何故かはっきりと思い浮かんだ。

 

 

このままだと冗談抜きでそうなりそうで怖い!

身体が震えてきそうだ。

 

 

「出来るだけ注意を引きつけろ。その隙に俺が奴を仕留める」

 

「「「「はい!」」」」

 

 

いや「はい!」じゃねえよ!冗談じゃねえ!

 

 

 

バレた以上、確実に角を狙ってくる。

しかも抜け目なさそうなリヴァイ兵長の事だ。

角だけじゃなく、目も口も同時に狙ってくるだろう。

 

 

竜巻が弱まって、足止めしてた四人はこれで参戦するし、何より一部とはいえ角を折られて風を上手くコントロール出来ない。状況は最悪だ!

 

 

 

俺はこのままやられるのか‥?

 

 

 

 

「待って!待ってよ皆!」

 

 

 

その時、半ば空気と化していたハンジが俺の庇うように大きく手を広げて詰め寄って来るハンターどもの前に立ち塞がった。少し遠くで部下の人が「分隊長、近すぎです!」と叫んでる姿が見える。

 

 

「この子は敵じゃない!巨人から私を助けてくれたんだ!それなのに得体の知れない生き物だからっていう理由だけで殺すのかい!?そんなのあんまりじゃないか!」

 

 

ハンジ‥。

 

 

武器を持った相手を前に必死に説得しようとしてくれている後ろ姿を見て目が潤んできた。

ただのクレイジーサイコパスかと思ってたけど、俺の勘違いだったみたいだ。

案外良い奴なのかもしれない。

 

 

俺のために、ありがとう‥!

 

 

 

「それに気づいているかい!?この子は貴重な研究サンプルなんだ!きっと人類の未来に大いに貢献してくれるに違いない!だから殺されては困る!大いに困る!」

 

 

ハッキリ言いやがったなクソメガネ!

そうだよね!そんな事だろうと思ったよ!だけどせめてもう少しオブラートに包めや!

他に言い方なかったのかよ!?普通に傷つくわ!

 

 

背を向けて立つハンジに怒りたいやら、泣きたいやらで動けない。

 

俺を庇うハンジを見てどうしようかと迷っているのか兵長とハンジの顔を交互に見ながら戸惑っている四人。しかし肝心の兵長だけはハンジを見据えながら関節を鳴らしている。その表情に迷いはなかった。

 

 

 

!?

 

 

 

 

「‥どうしたの?」

 

 

クシャルダオラの研ぎ澄まされた五感がある事を捉え、そちらに顔を向ける。

ハンジは不思議そうに俺を見上げてきたがそれ所ではない。

 

ここに向かって複数、いやかなりの数の何かが走ってきている。

音からして馬の蹄っぽい。‥という事は。

 

 

 

「「「「!」」」」」

 

 

 

俺の聞こえている音がハンジたちにもようやく聞こえたのだろう。

音のする方角に顔を向けている。程度はあるが全員安堵の表情をしている。

 

 

 

 

ドドドドドドドドと激しい音が徐々に近づいてきてくる。

 

 

 

 

 

 

「総員、立体機動に移れ!」

 

 

 

 

 

森の茂みから一斉に飛び出す馬に跨った集団。

その先頭を走る個性的な髪形をした金髪男の指示によって後ろのいた連中が一斉にワイヤーを木に突き刺し馬から飛び降りる。

 

 

 

「エルヴィン!」

 

 

ハンジが先頭を走る金髪男に向かって声を張り上げている。

どうやら話に出てきた『エルヴィン』というのはあの金髪の事らしい。てことは、ハンジの仲間なのは確定でアイツも調査兵団。金髪男の後ろにいる人数を考えると、どうやら調査兵団の本隊が来てしまったようだ。だってざっと見ただけで百は超えてそうな数だもの!

 

 

何でここに?竜巻とか咆哮で派手に目立ってしまったから本腰入れちゃった感じ?勘弁してくれ!

ただでさえリヴァイ兵長っていう過剰戦力によって生命の危機に瀕しているのに、その上調査兵団という名のハンター集団の本隊と戦えってか?冗談じゃねえ!

 

 

「エルヴィン!待って!待ってよ!攻撃しないで!」

 

 

ハンジの必死な声も虚しく調査兵団もといハンターどもは俺に向かってきていた。その両手には散々目にしたカッターが握られて。全方位からだ。逃げ場がない。

 

 

 

くそ、仕方ねえ!ハンジ、耳塞げよ!

 

 

 

胸を張る勢いで大きく息を吸い込む。

 

 

 

「! 全員、耳を塞ぐんだ!」

 

 

俺の様子に次の動作が何か気づいたハンジは両手で耳を塞ぎながら声を張り上げている。

その直後、大きく口を開き、

 

 

 

 

「GYAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 

 

 

腹から力の限り出した咆哮はこの空間に振動する。

それに合わせてか森全体から一斉に羽ばたく鳥たちは壮観で戦いであるのも忘れて少し魅入ってしまったがすぐさま我に返って辺りを見渡した。

 

 

うわぁ‥。

 

 

思わずそう呟いてしまいそうになる程、現場は騒然としていた。

 

俺の咆哮に耳を塞ぐのは予想通り。

人間は耳を塞いでその場にうずくまっていたが問題は人間じゃない方、つまり馬だ。

もはや暴力と呼べるかもしれない咆哮を直に聞いてしまったためか、酷い有様になっている。怯んでその場に動けないものはまだ良い方で、気絶して倒れ込んだり、極度の興奮状態で暴れまくったりしている馬までいる。そしてそれに巻き込まれる人間。阿鼻叫喚という言葉がふさわしい混乱具合に陥っている。

 

 

咆哮恐るべし。巨人には効かないが人間なら効果抜群だ。

最初からこうすれば良かったとふと思ったが後の祭り、次回鉢合わせしたら咆哮しよう。

次回なんてないのが一番良いんだけどさ。

 

 

 

混乱の絶頂の最中と言えど、誰もが(俺除いて)動けずにいる。

 

 

 

「チ、喚いてんじゃねえよ。クソトカゲ」

 

 

と思ったけどふらつきながらも立ち上がる男が一人。

その名もリヴァイ兵長その人だ。

アンタもうホント人間じゃないよ。マジでハンターって名乗った方が良いって。

 

 

 

よろめきながらもワイヤーを木に突き刺して急接近しくるも、咆哮のせいで本調子じゃないのかさっきと打って変わって姿がはっきり見える。

 

 

何度も接近させてたまるか!喰らえ!

 

 

迫るリヴァイ兵長に向けて衝撃波のように激しい風圧を発生させる。

 

 

 

「っ!」

 

 

 

あ、ヤベ‥。

 

 

角が折れててコントロールが効かないからか予想以上の風圧が発生してしまい、モロに喰らった兵長が豆粒サイズに見えるくらい遠くまで吹き飛ばされていった。

 

 

し、死んではいないだろう。彼に至っては、うん。

そういう事にしておこう。

 

 

ちなみにさっきの風圧の二次災害が調査兵団に及んでいるらしく、一部の人や馬が吹き飛んでいったり、地面や木に叩きつけられたりと酷い有様だ。

 

 

 

ご、ごめんなさい!

角折れててコントロール効かないんです!

こんな状況にしといて申し訳ないけど放置して俺逃げます!さいなら、ん?

 

 

 

トンズラしようと身を翻した俺はとある人物と目が合う。

特徴的なヘアスタイルの金髪男、確か「エルヴィン」だったか。

怒涛が飛び交うこの混乱状態の中、そいつは何かをする訳でもなくただじっと俺の方を見つめている。

 

 

 

??? 何だアイツ? 

 

 

 

逃亡を忘れ、金髪さんと謎のアイコンタクトをしていると背筋にゾクリとした冷たい何かが走り、それの正体を見つけるため慌てて後ろを振り向いた。

 

 

‥ひっ!?リヴァイ兵長だ!

豆粒に見えるくらいはるか遠くに飛ばしたのにもう戻って来た!?

 

 

目が回りそうな程、アクロバティックな動きをしつつ森の中を進んでこちらに向かってくる。その様は鬼気迫る迫力が有り余っていた。

 

 

何つう悪鬼みたいなおっかない顔してんだよ!?

とてもじゃないけど子供に見せられない程の凄まじい怒りの形相だ!

何で!?俺何かした!?

砂塵巻き上げて吹き飛ばしただけじゃん!

 

 

もうやだ!こんなとこさっさと逃げる!

 

 

 

今だにじっと俺を見つめる金髪さんを尻目に俺は大きく翼を羽ばたかせ、上昇していく。

 

 

 

「待って!」

 

 

 

 

げ‥この声は。

 

 

声のする地面に視線を向けると予想通りと言うかハンジが俺に向かって走って来ていた。その背後にはハンジを止めようとしているのか部下の人が必死に声をかけている。

 

 

 

「ちょっと待ってよ!君の事全然知らない!私は君の事を知りたいよ!」

 

 

そう叫ぶハンジはワイヤー越しに木を登って俺に近づいてくるから、捕まらないようにそれより早く空へ羽ばたく。

 

 

「思い留まってくれないかい!?私の仲間が君に攻撃したことは謝るから!私、君と仲良くなりたいんだよ!」

 

 

悲痛な叫びに思わず、ハンジの方に顔を向けそうになるも我慢して上空だけを見つめ羽ばたき続ける。

 

 

うるせえ、俺だって出来る事なら仲良くしたいさ。でも無理。

ハンジ以外全員俺の事殺る気だったし、とてもじゃないが仲良くやれる気がしないわ。悪いな。

 

 

 

「ねえ行かないでよ!短い間だったけど私たち上手くやってきたじゃないか!」

 

 

 

‥なんか、破局寸前のカップルみたいになってきたんだけど気のせい?

これ以上聞いてたら調子狂う。さっさとズラかろう。

リヴァイ兵長ももうすぐそこまで迫って来てるし。

 

 

一際大きく翼をはためかせ、ハンジを振り切って森を抜け出した。

この高さまでくればもう追ってこれないだろう。

 

 

「あー‥やっぱり行っちゃうかぁ‥・」

 

 

寂しそうなハンジの声が聞こえ、俺も少し寂しい気持ちになって気分が重い。

 

騒がしい上に、トラブルばかり運んでくる奴だったが、自身でさえ戸惑ったクシャルダオラの俺に怖がらず接してくれたのは純粋に嬉しかった。初見で俺を怖がったりしないで接してくれる奴はハンジを除いてもう二度と出会えないだろう。

 

 

‥もし今度会えたら、仲良くなれると良いな‥なんて。

 

 

そんなガラにもない湿っぽい事を考えていた俺の下から明るい声が聞こえてきた。

 

 

 

「ま、仕方ない。次また会えば良いんだし!今度はその身体じっくり調べさせてもらうから!また会おうねー!」

 

 

既に俺に会う前提だよアイツ!

しかも懲りずに俺の身体で実験する気満々!

 

 

ちらりと顔を向けると晴れやかな笑顔で俺に手を振るハンジの姿は超腹立たしい!

 

 

 

前言撤回、二度と会うかあああああああ!!

 

 

 

「ギャオオオオオオオオオオオオオオオ!!」

 

 

 

俺の怒りの咆哮ははるか遠くまで響いた。




リヴァイ戦、並びに調査兵団大集合の回でした!
クシャル君はどこまでも不憫ですw





見切り発車といえどストーリーは既に二十話近く考えている今日この頃。

しかし自分かなりの豆腐メンタルなので、低評価や批判が続くとあっさりエタるのでご注意下さい!


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