仮面ライダーグロリアス (マフ30)
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仮面ライダーブリッツの章
第一話 その女、迅雷!!


ハーメルンをご利用の皆様、いつもお世話になっております。
別作品、仮面ライダーデュオルを連載しているマフ30という拙い物書きもどきでございます。

この度、愛読させていただいている作者様たちのオリジナルライダー小説に触発されて、私も無謀にもオリジナル仮面ライダー小説を投稿する次第となりました
魔法と科学が交差する世界を駆ける仮面ライダーたちの物語、楽しんでいただければ幸いです


「良い風だ。今日はよく晴れるぞ」

 

 少しひんやりとした澄んだ空気を肌で感じながら13歳の少年、アメギノ・アルスは裏の小さな庭園で育てているハーブに日課の水やりを済ませると自宅兼店舗の玄関から外に出て朝陽が昇る空を見上げた。

 夜明けの空は雲一つなく、代わりに大きな浮島の一つが大海原をたゆたう海亀のようにのんびりと浮かんでいるのが見えた。

 浮島。浮遊大陸とも言われている現代においてもなお、人間と共生する魔法使い達の主な住処である大魔術と現代科学の粋とを編んで生まれた叡智の結晶だ。

 アルスが朝焼けの空を眺めて物思いに耽っていると急に彼のズボンのポケットから、けたたましい音が鳴り響いた。

 

「うわっと!? アラーム解除するの忘れてた!」

 

 ビクリと小さく跳ねてから、彼は慌ててポケットから取り出したスマートフォンを操作してアラーム音を止める。

 

「よし、お仕事開始だね」

 

 時刻を改めて確認するとアルスは念のため忘れ物がないか大きな鞄の中身を確認してから元気よく駆け出した。

 この世界には人間と魔法使いがいて、科学と魔法が肩を並べて共に発展を遂げている。

 箒に乗って浮遊する魔女のすぐ隣でサラリーマンがタブレットを操作する、そんな日常があたりまえ。誰もが同じ星に生きる親愛なる隣人なのだ。

 

 ヨーロッパのとある地方都市パラディースの朝は早い。

 海に近い歴史ある城塞都市でもあるこの街は古い石造りの景観をいまも色濃く残しており、近海で獲れる新鮮な魚介類が卸される朝市が連日催されることもあって観光客も多く、活気に満ちた街である。

 

「おはようございます。ご注文の品を届けに参りました!」

「おはよう、アルス。精が出るな! 良い香りの茶葉だな、こいつはまた寝付きが良くなりそうだ」

 

 包みを受け取った漁師のベネットは豪気な笑顔を浮かべてアルスに代金を支払った。

 アルスはこの街で魔法によって様々な効能を付与した茶葉の専門店を営んでいる。店は小さく独立してまだ1年半だが一人前の立派な職人だ。

 ここには魔法人街と呼ばれる地上に移住してきた魔法使いや彼らにゆかりのある者たちが暮らす居住区がある。

 アルスが商う魔法仕掛けの茶葉のように作成の過程で魔法を用いたアイテムの総称を魔法道具と呼び、それらを手掛ける魔法使い達を世間では魔法職人とも呼んでいる。

 パラディースの魔法人街にはそんな魔法道具の工房や専門店も数多くあり、それらを求めて遠方からやって来る者たちも年々増加している。

 

「今回の茶葉はすっきりとした目覚めを迎えられるように前回のと比べて少し調合を変えてみました。お気に召さないようでしたらご連絡ください」

「そいつはありがたい。ところでアルス、朝飯まだだろう? カミさんからだ美味いぞ!」

 

 そう言ってベネットはアルミホイルに包まれたサンドイッチをアルスに投げ渡した。本日はバケットにボイルしたワタリガニの身とレタスに特製タルタルソースをたっぷりと挟んである。

 アルスが茶葉を届けに来る日にはベネットはこうして毎日彼に朝食を用意していた。飲めばすぐに眠気を誘うオーダーメイドの茶葉の出来が良いのもそうだが、若輩ながら子犬のように懸命になって働くアルスの姿が彼には我が子のように可愛くて、ついあれこれと世話を焼きたくなってしまうのだ。

 

「わあっ! 良い匂いです! いただきます!」

「おう! そろそろ人で込み合う時間だ。気をつけてなあ!!」

「こちらこそ、毎度ありがとうございました!」

 

 早速、まだあたたかいサンドイッチにかぶりついてアルスは太い腕を振るベネットに見送られながら次の依頼人の元へと走り出した。

 アルスの得意客は主にベネットのような漁師や病院、工場など夜勤や三交代勤務をしている個人客が主だ。快眠作用以外にも鎮痛作用や疲労回復など様々な効能を依頼に応じで茶葉に付与することが出来るのだがどの客層も睡眠、とりわけ寝付きの善し悪しが健康はもちろん仕事の捗りにも影響してくる者たちで占められている。

 薬草茶やハーブティーよりも格段に効果があり、医薬品などよりも体に優しいアルスの調合する魔法の茶葉はアルス本人が自覚している以上に街の住人達からは重宝されており、評判もなかなかのものだった。

 お客によっては仕事終わりにすぐに使用したいという声もあって、アルスはこのように必要に応じてまだ早朝だと言うのに依頼人の仕事場に直接注文の品を届けることにしていた。

 

「おはよう、アルスちゃん。この間はありがとうね。おかげでリウマチが随分と楽になったわ。またお願いね」

「やあ、アルスくん! 今日もよく働くな! 昼飯はうちにおいで、サービスするぞぉ!」

「みなさん、おはようございます! こちらこそ、いつもありがとうございます!」

 

 周りを見渡せば広場には朝市の新鮮な魚や露店の掘り出し物を求めて多くの人たち

が顔を出し、賑やかになり始めていた。

 すでに魔法人街を出て、人間たちが暮らす区域だが、顔馴染みの人たちがアルスを見かけると優しい笑顔を浮かべて挨拶をしてくれる。

 育ての親でもある魔法の師匠の元を離れてまだ日が浅いと言うのにパラディースの住人は流れ者の彼のこともあたたかく受け入れてくれた。

 

「今日も良い日になるといいな」

 

 プリプリとしたワタリガニの食感とレモンの風味が効いたタルタルソースの旨味に舌鼓を打ちながら、アルスは晴れやかな気分ですっかり明るく真っ青になった大空を見上げた。

 正直なところ、暮らし向きはまだまだ不安定で慎ましく生活できるだけの日銭が稼げれば十分なぐらいのレベルだ。

 それでも、この慌ただしさがアルスには生きていると言う充足感を感じさせてくれているような気がして好きだった。

 特にこんなに空が綺麗な日は何かきっと素敵なことが起きる予感がして、アルスは少し癖っ毛の紫髪をなびかせて楽しそうに歩調を早めた。

 

 順調に本日早朝分の依頼品を届けていくアルス。

 残すところはあと一件。近道をしようと通り慣れた路地裏の小道に入った時だった。アルスは物陰に潜んでいた何者かに突然頭から布袋のようなものを被せられ、そのまま乱暴に何処かへと連れ去られた。

 声も上げる暇も無く、また襲撃者の一人が音消しの魔法を使っていたため、その犯行は誰にも気付かれることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 ガラスが割れた天窓から差し込む微かな陽の光のみが頼りない照明となっている薄暗いどこかの廃倉庫の中でアルスの瞼はゆっくりと開いた。

 

「うぅ……ここは?」

 

 錆と湿ったカビのような嫌な臭いに鼻孔が刺激されて、アルスは目を覚ました。

 まだ靄がかかったような気分で自分に何が起こったのかまるで理解できない。できないけれど、口の中に僅かに広がる血の味とあちこちに残る鈍い痛みの感覚が限りなく不味い状況に自分が置かれていることを突きつけてくる。

 

「ぐぬう……ボクはなんで?」

 

 頭がうまく回らない。

 ここは何処なのか、恐怖よりも戸惑いが先走るようだ。

 無意識に周囲の臭いをより深く嗅いでいた。

 古くなった油や鉄の不快な臭いに混じって磯の香りがした。どうやらかなり海に近い工場のような場所にいるのだろう。無意識に立ち上がろうとして、まだ鉛のように重くだるい自分の体と古びた椅子がお互いを引っ張り合ってもつれるように横倒れなってしまう。どうやら、誰かに縛られているようだ。

 暗がりに目が慣れてきて、ようやく視線の先に複数の――十数人はいるだろうか。見知らぬ物々しい雰囲気の男たちの姿を見つけた。

 

「痛っ……ぐうっ!? ボクの鞄! やめて下さい、それはお客さんに届ける荷物なんです!!」

「ポルコさん、ガキが起きたようですぜ」

 

 埃っぽいコンクリートの床に受け身も取れずに倒れ込んだアルスが苦悶の表情を浮かべていると、粗暴そうな知らない男の声が聞こえた。

 しかし、それよりもなによりも、彼らは取り上げたアルスの鞄を勝手に物色しているではないか。それだけならまだしもこともあろうに鞄の中身は乱雑に汚れた床に投げ捨てられ、依頼人に届けるはずだった茶葉の包みは無慈悲にも踏みつけられているものまであった。

 

「だ、誰ですかあなたたち?」

「質問するのは俺たちだ。アメジノ・アルスはお前でいいんだよな?」

 

 思わず声を荒げるアルスに気が付いた男たちの視線が彼に集中した。

 彼らを率いていると思われる派手な柄物のシャツを着崩した恰幅の良い男が怯えるアルスの目の前にしゃがみ込むとそんな質問を投げかけてきた。

 

「は、はい。そうですけど……あの、ボクお金なんて持ってないですよ? 家族や身内もいないから身代金とかそういうのも」

 

 言い終える前にアルスはポルコに髪を乱暴に鷲掴みにされて、ぐいっと彼の傍に引き寄せられる。椅子ごとアルスの体を浮き上がらせるすごい力に堪らず呻き声が溢れる。

 

「質の悪いドラマの見すぎだ坊主。黙って俺の質問に答えろ。紅の涙(レッドティア)は何処にある? 素直に教えれば家に帰してやるぞ」

「し、知りません! い、痛いッ! 放して下さい。本当に知りません! 何なんですか紅の涙って!」

「おいおいおい。物分かりは良さそうな顔していると思ったのに、意外と強情だな?」

 

 理由も分からず謎の強面たちに拉致されて、その上聞いたことも無いような名前の物の在りかを脅迫されるアルスは意味不明で混乱する頭で必死に答えた。

 何度も何度も声を張り上げて、何も知らないことを訴え続けているとポルコがパッと髪を掴む手を放すと、剃刀のような鋭い目をずいっと近くまで寄せて更に質問が振られた。

 

「もう一度聞くぞ。お前は魔法使いフリード・キャスパーの教え子のアメギノ・アルスでいいんだよな?」

「はい。え、待って……どうしてキャスパー先生の名前が出てくるんです?」

 

 ポルコの口から意外な人物の名前が出てきたのでアルスは目を丸くして驚いた。名前の人物は孤児だった自分を拾って生きるための知恵を授けてくれた恩人の名前だったのだ。

 

「俺たちの探し物の在りかを本来はあいつが知っていた。だが、あの老いぼれは口を割らなかった。しかし、あのジジイの頭の中を覗いてやったらお前も在りかを知っているようだから拉致した。シンプルな話だろう」

「魔法で人の記憶を覗いたんですか? そんなことをしたら先生の体が! ぶ、無事なんですか先生は!?」

 

 ポルコのする話の内容にアルスは血相を変えて愕然とした。

 問題は彼らが恩師に使った魔法の種類である。恐らくは当人が忘れてしまった知識や情報をまるで辞書を閲覧するように脳に干渉して垣間見るという上級魔法の事と思われるがその魔法は受け手の心身にとても負担が強く、幼い子供や老人では最悪の場合廃人になってしまう危険性もある曰くつきの禁止魔法のはずだ。

 

「答えてください! キャスパー先生はご無事なんですか!? ねえ!」

「団長の質問に答えんかいクソガキが!」

「いぎッ!?」

 

 我が身のように動揺して恩師の安否を尋ねるアルス。

 するとポルコの部下の一人が床に横たわったままのアルスの腹を思いっきり蹴り込んだ。思いもしない仕打ちを受けてアルスは目尻に涙を溜めながら、潰れたカエルのような悲鳴を上げる。

 一人の男の無慈悲な足蹴りを皮切りに他の部下たちも一緒になって代わる代わる、アルスを蹴りつけていく。いつしか、彼を括りつける椅子は壊れ、縄の拘束から解かれたものの、幼いアルスの体は瞬く間に傷つき、それはあまりにも惨たらしい光景だった。

 

「わがままな悪い子にはお仕置きが必要だからな? さっさと吐けば楽になるんだぜ!」

「や、やめでッ……ホントに、知らな……い」

 

 トサカのような髪形の若い男がボロボロになりながら咳き込んでいるアルスの胸倉を掴んで高々と持ち上げる。痛みや恐怖がじわじわとアルスの心を蝕んでいく。心の中で何度もどこかで無駄だと分かっていながらも助けを求め続けながら、アルスは真っ正直に本当のことを訴え続けるしかなかった。

 

「ポルコさん、この様子だと本当にこのガキ知らないんじゃ?」

「あの御方の魔法がヘマこいたって言いたいのか、馬鹿言え」

 

 アルスの頑なな態度を不可解に思った一味の一人の言葉を頭であるポルコは一蹴する。彼は麻帆使いでは無い普通の人間だが、魔法に対して絶対の信頼を寄せていたからだ。

 だが、傍に控えていたこの男は三流未満とはいえ魔法をかじったこともある経歴の者だったためについ出過ぎた助言を行ってしまう。

 

「ですが、あんな年恰好のガキがあれだけ痛めつけられても吐かないってのは……そうだ。こいつもあのジジイみたいに頭の中を覗いちまえばっガアッ!?」

「それ以上わめくようなら、その口を縫い合わすぞ? チッ……しょうがねえ、おい! アレ見せて脅かしてやれ! そうすりゃあ、小便漏らして知ってることを洗いざらい全部話すだろうよ!」

 

 気に障ることをベラベラと喋る手下を裏拳で殴り倒して、ポルコは苛立った口調でアルスの胸倉を掴んでいる男にある指示を飛ばした。

 

「ヘヘッ! 分っかりました!!」

 

 命令されたトサカ頭はいやらしく顔を歪めると大きな鍵を取り出した。

 一見すると骨董品と見受けてしまうような古めかしいデザインの鍵だ。しかし、その鍵は持ち主に触れられていることを自ずと感知したようにじわじわと黒と赤が入り混じった禍々しい色調へと変色していく。

 

「クセになるんだよなぁ、コイツゥッ!」

「なにを……するの?」

「よぉく見てろよ! 悪夢の時間だぜ!!」

 

 トサカ頭は狂ったような大声を上げてその鍵――イビルスターターをこめかみに突っ込んで錠を開けるようにぐるりと回した。

 

【アンロック・アント――!!】

 

 瞬間にイビルスターターからは不気味な声が鳴り、溢れ出した寒気のするような気味の悪い黒色の光に包まれてトサカ頭は人間ではない存在へと変貌していく。

 

「あ、ああ……こんな! こんな魔法って、ひいっ!」

『羨ましいだろう? 禁忌の魔法ってやつだよォ!!』

 

 自分を掴む鈍色のトゲトゲした異形の腕にアルスは心の底から恐怖を覚えた。

 冷や汗が止らない。震えが止まらない。動悸が止らない。

 目の前の光景が悪夢であるならどんなに幸運だろうと思えた。

 だが、無情にも自分を掴んでいる人間の男は世にも恐ろしい姿をした怪人へと変わり果てていた。

 

『大昔のイカれた魔法使いたちが作った魔法道具のイミテーションらしいがそこいらの武器や兵器なんかワケないんだぜ? なんせ、この姿は古の魔族種の再現らしいからな!!』

「うわぁああああああああああ!!?」

 

 短い二本の触角を持つ、蟻の顔を持つ低級怪人イビルアントは絶叫するアルスをまるで天上の神々に供物を捧げるように高々と掲げて、恍惚とした声でそう謳った。

 イビルスターター。

 それは魔法と科学と悪意を混ぜ合わせて生まれてしまった禁忌の魔法道具。

 魔族種と呼ばれる神話や伝説に登場するドラゴンやケルベロス、キュクロプスといった怪物や魔物として後世に語り継がれているかつて魔法使いと同じくこの地上に存在していた大いなる超常の生命体。

 時代の流れで数多の勇者、英雄豪傑たちに退治され、あるいは自らの意思で地上を去った彼らの力を現存する動植物などの因子を基盤に魔法と科学によって疑似再現することを可能とした魔法道具こそがイビルスターターなのだ。

 

『どうだクソガキィ? 俺たちに知っていることを白状する気になっただろう?』

「知らない! 本当に知りません! 助けて……誰かっ! 誰か助けて!!」

『状況が分かってねえのか? いいか、俺たちはお前の首と胴だけ繋がってれば満足なんだよ! 分かるよな!!』

 

 錯乱したように恐怖に震えて泣き叫ぶアルスのことを嗜虐心が孕んだ声で笑いながら、イビルアントはひび割れたガラスのようなざらついた感触の空いた方の手でアルスの腕を掴む。一息にこの腕を力任せにもぎ取ってやろうかと脅しをかけてきたのだ。

 

「嫌だ……はなして! やだよぉ……だれか、たすけて」

 

 右腕と肩の付け根に異形の爪が食い込んでちくりと刺すような痛みが強くなっていく。

 彼らを満足させる答えを自分は知らない。

 かといって、これだけ正直に答えても彼らは見逃してはくれない。そしていま、アルスの常識の全てを粉々に砕くような衝撃を与えたおぞましい怪物が自分の腕を引き千切ろうとしている。

 

 唐突に、残酷に、襲い掛かってきた理不尽の前についにアルスが挫けて絶望に満ちた呻き声を漏らした時だった。何かが近づく気配を彼は感じ取った。

 音はしない。けれど、匂いがする。

 出自ゆえに優れた嗅覚をもつアメギノ・アルス、彼だけが分かった。

 ガソリンと火薬と、ほんの僅かに香る甘い匂いを絶望の淵で彼は感じた。

 

 まさにその時だった。

 気まぐれな運命の女神がようやく彼に微笑んで。

 アルスを救うため、型破りな迅雷がやって来た――!!

 

「イイイィィヤッホォオオオオオオ!! ビンゴだぜえええええ!!」

 

 倉庫の壁を巨大な鉄の塊が大砲の砲撃のように突き破って乗り込んで来たのだ。それと同時に凄まじい破壊音に負けないぐらいの底抜けに陽気な女性の大声が響いた。

 

『なん……だぎゃあああ!?』

「うわああー!」

 

 白亜の装甲を持つそれはまるでミサイルに車輪を無理やり取り付けたのではと思いたくなるような規格外の大きさを誇る四輪仕様のモンスターバイクだった。

 消音魔法を施された正体不明のクレイジーマシン・ソニックカラミティは乗り手の豪快なハンドル捌きでイビルアントを撥ね飛ばして急停止した。

 

「おっと、あっぶねえ! 遅くなって悪かったな、タフボーイ! こっからは笹舟に乗った気分で安心しなよ!!」

「え――?」

 

 衝撃の余波でイビルアントの手から離れて宙を舞い落下するアルスを声の主の手がしっかりと抱き止めた。

 アルスは無我夢中で自分を助けてくれたその人の顔を見た。彼のまだあどけない瞳に映ったのは鼻筋を横切る大きな傷痕がある綺麗なお姉さんだった。

 長い蜂蜜色の金髪を一本結びにした精悍でその口調からも荒々しさと快活さが垣間見える。

 片腕で――鍛えているからだろうか、やけに硬く感じる左腕でアルスを抱えたまま、嵐のような乱入者は自信満々にとぼけたようなことを言いながら不敵な笑みを送って彼を勇気づける。

 

「んあ? 笹じゃねえな、泥じゃ沈むし、木船? ああ、大船だわ!!」

「あの、助けてもらってごめんなさい。本当に安心していいんでしょうか!?」

「ニャハ! もちろんさ、このマレーネ・マードッグさんがベビーカーから棺桶までの精神でばっちりお助けしてやんぜ! ところで、あんたの名前なんだっけ?」

「ア、アルスですけど、やっぱり不安しかないですよ!?」

 

 わははと笑う雷鳴のように騒がしい女。

 自らをマレーネと名乗ったその女性は健康的な美脚が眩しい黒のショートパンツと白いタンクトップの上から羽織った黒いノースリーブコートに青空に映えるオレンジのマフラーいうまるで西部劇のアウトローのような恰好でソニックカラミティから降りた。

 そして、左腕で大切にアルスを小脇に抱えたまま黄色いラインが入った黒のカウボーイハットを小粋な仕草で被り直すと射抜くような眼光でポルコ達を一睨みする。

 

「よくもやってくれたねえ、おたくら。こんな子ども相手に寄ってたかって、恥を知りな」

「うるせえ! このアマ、テメエこそなんの真似だ!」

「ふざけやがって、ぶっ殺されてえのかオイ!!」

 

【アンロック・アント――!!】

 

 依然として正体不明のマレーネを邪魔者と見なしたポルコ一味の悪漢たちは罵詈雑言を飛ばしながら一斉にとある人物から支給されたイビルスターターを起動して、イビルアントの群となって彼女とアルスに迫る。

 だが、そんな怪物たちの恫喝を彼女は慣れっこのように涼しげに聞き流すと同時に瞬時に建物内部の構造やイビルたちの配置を一瞥して、敵を狩る算段を強かに組み上げていく。

 

「威勢はいいね、合格だ! じゃなきゃ、掃除のやり甲斐がないってねえ!!」

『こいつ、掃除屋か? 命知らずにも程があるぜ!』

『げっひひ! 見てくれは上物だ。手足潰して、玩具にしてやろうぜ!』

『んほぉおおお! ヤル気でてきたわ! アギャッハッハッハ!!』

 

 掃除屋とは警察組織とは別に報奨金目当てや私的な依頼に応じて犯罪者や凶悪事件に挑む者たちのことを言う。権力や圧力と言った社会のしがらみに囚われずに行動できることもあり、裏社会の住人達にとっては厄介な相手である。

 もっとも、彼女の場合は一介の掃除屋組合を隠れ蓑にしたとある秘密的組織に属しているのだがそれを知る者はこの場には誰もいない。

 そして、イビルに変貌したポルコ一味たちは女の掃除屋一人など、この人外の力を手にした自分たちの敵ではないと下賤な妄想を掻き立てながら甘く見ていた。

 だがそれがこそが間違い。大きすぎる致命的な誤算だった。

 

「ハハッ! 名悪役っぷり拍手だぜ、クソ野郎共! お礼に、アタシのとっておきを見せてやるよ!」

 

 マレーネはアルスを「ちょっと待ってな」とウインクを飛ばしながらソニックカラミティのシートに座らせると左側にバイクのグリップのような物が取り付けられた不思議なバックルが取り付けられたベルト・グローリースターターを装着する。

 更にコートの内側から取り出した片面に魔法の術式が刻まれた金色のディスクをバックル中央のスロット部分に装填した。

 

【フォースディスク・イグニッション! ブリッツ!!】

 

「――変身!!」

 

【レッツ・パニッシュメント! ライダー・アクション!!】

 

 電子音声のナビゲートの後に続けて、気合に満ちた声でマレーネがその言葉を叫んで構えると雷光が炸裂して、周囲が激しい光に包まれた。

 誰もが目を眩ませる輝きの中で彼女は幻想と叡智の鎧を纏う。

 やがて、雷電が収まるとそこには一人の戦士がいた。

 

 両大腿部や胸部に黄色い稲妻模様が施され、表面がプレートアーマーのように硬化した凹凸のある女性らしいボディラインがくっきりと露わになった黒いライダースーツのようなフォルム。特に目を引くのは何か封じるように赤い革ベルトが幾重に巻かれている左腕だ。

 

 腰からは先端がコンセントのような形状をした猫の尻尾を模したテイルケーブルが伸びている。首には金色に青いラインが走ったリングが首輪のように掛けられており、彼女が躍動する度に小気味の良い鈴の音のような金属音を響かせて揺れていた。

 

 そして、顔を覆い隠すフルフェイス型の仮面は青い小振りな複眼状のツインアイと猫の耳のようなパーツがあしらわれている。

 華美な装飾や無粋な装甲を廃した飾り気のない全容ではあるが、その佇まいはまるで気高く自由奔放な山猫を思わせた。

 

『なんだこいつ!? 急にパワードスーツみたいなもん着込みやがった!』

『いや、待て……そう言えば聞いたことがある! イビルを狩る、仮面の戦士の噂』

『俺もだぜ! 化け物の十や二十は平気で討ち取る現代のお伽噺、あるいは最も強き都市

伝説とも呼ばれているって、こいつがそうなのか!?』

 

 突如として姿を変えたマレーネに悪漢たちが一斉に慌てふためいた。そして口々に裏世界にまことしやかに噂されている伝説の存在を想起する。

 

 そのまさかである。

 いま異形の怪物に変貌した悪漢たちの前に立ち塞がるこれこそが世界の調和を守護する秘密結社グロリアスが生み出したハイブリット・アルケミック・メイル。

 

魔法と科学と希望とを組み編んで生まれた奇跡の結晶。

この世界の影の守護者たち。

そして、世界は彼らをこう呼ぶのだ――。

 

『空前絶後のサンダーボルトォ! 仮面ライダーブリッツ、電撃参戦だぜぇええええええ!!』

 

 地面を踏みしめる足に、指を鳴らす握り拳に蒼雷を迸らせ、エレキギターを掻き鳴らす爆音のような大声を腹の底から出して、変身完了したマレーネは堂々と名乗りを上げた。

 

『ヒャッハー! 覚悟しやがれ悪党ども! お祭り騒ぎ(ロックンロール)の始まりだぜ!!』

 

 そして、ドライバーとは別に腰に巻かれた専用ガンベルトに収めた自慢の愛銃を引き抜くと挨拶代りにイビルアントの集団に情け無用とばかりに強烈な乱射をお見舞いした。

 

『うおおっ!? コイツいきなり撃ってきやがった!』

『メチャクチャじゃねえか! 野郎ォぶっ殺してやる!!』

 

 思いがけない先制パンチを食らったポルコ一味はブリッツの過激な洗礼にうろたえながらも何とか反撃を試みる。常人離れしたイビルの身体能力を武器に雪崩のように襲い掛かっていく。

 

『キタキタキタァ! アタシの妙技に酔いやがれ! ハッハァアア!!』

 

 イビルアントの集団の無謀な度胸を買ったブリッツは右手に握る大型特殊拳銃サンダラーに続き、左手にもう一つの愛銃。丸みを帯びたアンティーク調の意匠が特徴的な魔法銃レイゴーンを握り、二挺拳銃の構えを取ると負けず劣らずの雄叫びを上げて突っ込んでいく。

 

『マレーネさんの早撃ちに勝てると思ってんのか、ボンクラども!!』

 

 奇声寸前の歓喜の叫びを上げながら、ブリッツは工場の敷地を縦横無尽に飛び跳ね、駆け回り呼吸するよりも引き金を引く方が大事と言わんばかりに自慢の得物で弾丸をバラ撒き続けていく。

 

『グオッ!?』

『しっかりし……ひぎゃッ!!』

 

 ある者は工場にあった鉄パイプを武器に殴りかかろうとした矢先に目にも止まらぬ速さで手首足首の四点を撃ち抜かれて崩れ落ちる

 撃たれた仲間を庇おうと前に出たイビルアントの一人に至っては死角から飛び出してきたブリッツに顔面を土台代わりに踏みつけられて、怯んだところをバク宙して空中に躍り出た彼女によって無残にハチの巣にされる始末だ。

 

『ヒャッホォォォォォォオオオイッ! 銃声最高ォ! 火薬最高ォ!!』

『ファ●ッ――ク!! 何なんだよコイツゥ!? 頭おかしいんじゃねえのか!?』

 

 稲妻を轟かせて降りしきる豪雨のような銃撃がイビルアント達を襲撃する。

 特別仕様の弾丸と高密度の魔力で形成された魔力弾はコンクリートよりも遥かに硬いイビルの肉体を容易に撃ち抜く凄まじい威力を有していた。

 それがトリガーハッピーの気質を持つブリッツが嵐のような勢いで撃ちまくって来るのだから敵方としてはひとたまりもない。

 破天荒にも限度がある傍若無人なブリッツの戦いぶりにポルコ一味は悪夢を見せられたように悲鳴を上げた。

 

『あいつはどこいった!?』

『クッソ! 円陣を組め背中を見せるんじゃ――』

 

 一人、また一人とブリッツの銃弾に倒れ数を減らしていくイビルアントたち。素早く予測がつかない奔放な動きと本人の気性とは不釣り合いな程に精密で研ぎ澄まされた銃技の冴えを見せるブリッツ。

 このままでは一方的に蹂躙されると危惧した一味の一人が仲間に声を掛けて輪になってお互いの背後を守り合い襲撃に備えようとした。

 

『なぁに弱気になってんだい! さてはチンピラ紛いの三下か、根性見せやがれ!』

 

 不意に上空に放り投げられたレイゴーンにイビルアントたちの視線が集まった瞬間に柱の陰から横っ跳びで飛び出してきたブリッツは連続で側転を決めながら銃撃を浴びせると言う驚異的な曲射を披露して、着実に数としては圧倒的だったポルコ一味の戦力を削っていく。

 

『逃げても良いんだぜ? 逃ぃがさねえけどなぁあああああ! ハッホー!!』

 

 レイゴーンを回収したブリッツは高く跳躍するとくるんと回って体勢を整えると大胆不敵にも敵が密集しているど真ん中に着地する。

  遠距離から攻撃できる銃の射程という利点が失われ、袋叩きにされる圧倒的な不利な状況――普通ならば。だが、そんな子供でも分かる当たり前の選択を度返しした常軌を逸した行動にあべこべに驚いたイビルアントたちの虚を突いて、ブリッツは躍動感あふれる演舞のような動きと共にトリガーを引きまくる。

 マルズフラッシュが花火のように煌めいて、硝煙の香りが一気に充満すると手足や肩を撃たれたイビルアントたちはたちまち無力化されてその場に崩れ落ちていく。

 

『ヒャッハ――ッ!! もっとだ! もっともっと撃ちまくりだぜェ!!』

『くっそがあああああ!』

『おお?』

 

 だが、イビルアントたちもむざむざ格好の的になるだけではない。

 仲間の屍を踏み越えて、一人のイビルアントがブリッツに組み付くて動きを抑えた。

 

『いまだ! やっちまええええ!!』

『『『ギギィィイイイイイ!!』』』

 

 イビルスターターに埋め込まれた蟻の因子に理性を浸食させ始め、奇声を上げながらイビルアントたちが同時にブリッツへと飛び掛かった。

 

『その意気やよし。しかぁし! アタシにゃ足りないねえッ!!』

 

 アルスが固唾を呑んで見守るその目の前でブリッツはまず自分の両手首を掴む一人の鳩尾に手加減無用の膝蹴りと叩き込んで引き剥がす。

 

『お次は……ハイヤッ!』 

 

 間髪入れずに意識を上空から急襲してくる三体の敵に向けると軽く歩幅を調整してから気合の声と共に繰り出した打点の高いシンバルキックで纏めて薙ぎ払うように迎撃してみせた。

 

『すごい。あの人、すごく強い』

 

 ブリッツの戦いの行方を見守っていたアルスの口から思わず感嘆の言葉が漏れた。彼はずっとマレーネによってソニックカラミティのシートに座った時と同じ状態でそこにいた。身を守るために機体の物陰に隠れることも出来たがしなかった。信じられない光景を目の当たりにして驚愕の余り微動だに出来なかったというのが正しいと言うべきか。

 

『仮面ライダー……本当にいたなんて』

 

 かの噂話はアルスも聞いたことがあった。

 いままさに無貌の空想騎兵とも例えられる戦士の凄絶な強さを目の当たりにして思わず胸が興奮で高鳴るくらいだ。

 ブリッツに敗れて、人間の姿に戻って無力化している男たちを見ながらアルスは一人呟く。心の底からブリッツの実力に感激に近い驚愕を覚えていたのだ。

 それは単純に彼女が強いからではない。彼女の達人染みた技量の高さに語彙力が低下する程の衝撃を受けていた。

 意思を持った嵐のように暴れ回る彼女の姿にアルスは思わず見惚れていた。

 

『ヘイヘイヘーイ! カッコいいとこ見せてくれよ? アタシの方が欲求不満で可笑しくなっちまいそうだぜ!』

「なら、俺が相手をしてやるよ。小娘」

 

 瞬く間に全てのイビルアントたちを撃破して尚も軽口を叩く余裕があるブリッツにずっと物陰に避難して様子を見守っていたポルコが大物ぶった風格をアピールしながら前に出てきた。

 

「どこの馬の骨とも知れない女になんてザマだ。俺が苦労して築いてきた組織始まって以来の出来事だぜ」

『なら、記念日にしなくちゃな。来年からはイチゴのケーキでも買ってお祝いしなよ。なんならデリバリーしてやろうかい?』

 

 部下の体たらくを嘆くポルコにブリッツがキツめのジョークを飛ばして挑発する。

 

「ハハハ! 祝うならテメエの生首でも肴にしたほうがマシだクソったれがあぁぁ!!」

 

【アンロック・ピギー――!!】

 

 禿頭に血管を浮かび上がらせて激怒するポルコは専用のイビルスターターを起動して、邪悪な光に包まれた。

 ただでさえ大柄な肉体がぶくぶくと膨張して肥大化するとその全貌が明らかになる。それは醜悪で威圧感に溢れる豚の怪物だ。

 凄まじい力を有していると思われる丸太のような極太の手足と肉が三段ほど垂れ下がった分厚い腹部が目立つ巨体の異形。蹄のような手は鋼鉄のように堅牢である。

 それこそがポルコの変貌したイビルピギーだった。

『ブッヒィイイイ! ぬうおらああああ!!』

『おっと! 気を悪くしないで聞いてくれよ、アンタ……いまの方が男前だぜ?』

 

 ダンプカーのような勢いでと見かけによらないスピードで突進してきたイビルピギーを軽やかに回避するとブリッツは更に軽口を放って煽るが倉庫の柱を簡単に圧し折り破壊したそのパワーには素直に脅威を覚えた。

 

『舐めた口を聞いてんじゃねえェエエ!!』

『すっげえパワーだな! だぁがっ! こんなデカイ図体、的にしてくれって言ってるようなもんだぜ? ヒャッハー!!』

 

 続けざまに振り下ろされる剛腕をかわして、ブリッツは近距離から正確無比に弾丸を連射していく。二種類の弾丸は銃口から吐き出されて数十発全てが命中した。しかし、あろうことかイビルピギーの腹を中心とした分厚い肉が防弾ベストのように弾丸を受け止め弾いてしまった。

 

『ブッフウウウ! 痛くも痒くもないな?』

「そんなっ!? 肉の厚みで弾が反発した!?」

『ガキの方が賢いな。そうだとも、最初からお前なんざこのポルコの前には敵じゃなかったのさ! 絶対に勝てない相手を前にまだやるかい、お嬢さん?』

 

 弱々しくイビルピギーの足元に散らばって落ちる銃弾にブリッツよりも先にアルスが不安そうな悲鳴を上げた。いくらブリッツが稀代の実力を持つガンマンだとしてもメインウェポンの銃が効かない相手の前では余りに無力だ。

 

「最悪だ……こんなのどうしようもないよ」

『こぉら、アルス。何勝手に葬式みたいな気分出してんだよ? 安心しろって、アタシ言ったろ』

 

 しかし、青ざめた顔をするアルスを守るようにブリッツは飄々とイビルピギーの正面に堂々と立ち塞がった。

 

『とんだ悪女だな。ガキ相手に出来ない約束はするもんじゃないぜ?

『言ってなブタ野郎。確かにこいつは素直に驚いたぜ? けどよ、一つあんたにゃ最悪の知らせを教えてやろうか?』

『興味深いな、言ってみろよ』

 

 完全に勝ち誇った様子でイビルピギーは不遜に構えるブリッツの言葉に耳を傾けた。すると彼女は仮面の奥から全く気落ちしていない明るく得意げな調子で口を開いた。

 

『アタシ、何を隠そう試練があるほど、昂る女なのさ! つまり、崖っぷちなのはアンタの方さ! ゲロ不味いポークソテーにしてやんよ!!』

 

 トリガーガードに指を引っ掛けた状態でサンダラーをゆらゆらと揺らしたかと思うと西部劇を真似てくるくるとガンスピンを決めてホルスターに収めたブリッツ。

 

「え……ちょっ、マレーネさん!?」

 

 そして、彼女はフラミンゴのように片足立ちで拳法のような構えを取るとあろうことか無手でイビルピギーの相手をしようと言うのだ。

 

『なんのつもりだそりゃあ? まさか素手でやろうって言うのかい、この俺に!』

『見りゃわかんだろ。ほれ、先攻は譲ってやるよ? 掛ってきな!』

 

 流石に困惑の色を隠し切れないイビルピギーに向かって何を考えているのかブリッツは更に語気を強めて捲し立てていく。一見ヤケクソになったかと思える短慮な行動にアルスはハラハラしながら事の成り行きを見守ることしか出来なかった。

 先程までの爆心地のような喧騒は何処へ行ったのか工場内は恐ろしいまでの静寂に包まれた。

 

『なあーこの恰好疲れるんだけど? 足痺れるから早く来いよ、ハゲブタ』

『逐一……うるせえんだよぉおおお! 望み通りぶっ潰してやるぜ! ブッキイィイィ!!』

 

 その沈黙はブリッツの間の抜けた声で放たれた無遠慮にも程がある挑発でも無いただの罵倒で破られた。怒り心頭のイビルピギーが地面を踏み砕きながら猛然と走り出して体当たりを繰り出す、と思われた。

 

「なっ!? ぶつからない!?」

『馬鹿正直に突っ込んでくると思ったろ? そうはいくかよマヌケが!!』

 

 イビルピギーはストレートにぶつかると見せかけて、その大きな両腕でブリッツの華奢な上半身を掴むとそのまま高々と持ち上げたのだ。

 

『力じゃ俺に適わないのは百も承知だろう! このまま挽肉みたいに握り潰してそこの海にばら撒いてやるよ!!』

 

 ブリッツを逃がさないように彼女の両の二の腕をしっかりと握り直して、イビルピギーが余裕綽々に勝利宣言をした。

 イビルピギーの脳内では完全に勝利の方程式が出来上がっていた。相手が泣き喚いて命乞いをするにしても、蛮勇を見せて望み通り骨肉をぐちゃぐちゃに砕いてやることになっても子分達を倒した忌まわしいこの女の両腕だけは潰す。

 そういう腹積もりでいたのだが惜しむべきはそこにブリッツからの反撃のことをまるで考えていなかったのが不味かった。

 

『いいのかなぁ? 足元がお留守だぜ?』

『――は?』

 

 ブリッツの不敵な囁きの意味がイビルピギーには理解出来なかった。

 そして、彼女を捕まえて勝ち誇っている間にブリッツがベルトのグリップを一捻りしていたことも残念ながら見逃していた。

 

『アタシの、だけどなァ!』

 

 イビルピギーは自分とブリッツの間に出来た僅かな空間をすり抜けて彼女の右脚が驚きの柔軟性でしゅるりと天高く開脚する光景を呆然と見ていた。

 次の瞬間、ブリッツの嬉々とした声と共に鋭い落雷がイビルピギーを直撃した。

 

『いぎゃあああああああ!! い、痛てえ……痛てえよぉおお!? 何が起きやがった!』

 

 蒼い雷電が薄暗い工場内に煌めくのと同時にイビルピギーの頭部から太股にかけて鋭い斬撃の一撃が刻まれたのだ。

 目元を押さえながら痛みに苦しむイビルピギーは拘束から解かれてステップを踏みながら臨戦態勢に入ったブリッツの足元に先程の恐ろしい斬撃の正体を見た。

 

『ニャハ! 足癖が悪くてすまねえな! 気の毒な話だけどよぉ、もっとぶっ食らわせてやんぜ!! ヒャッハァアアアア!!』

 

 ブリッツはグローリースターターのグリップを今度は二度捻って、更に全身に雷電をチャージして纏わせると大きく戦意を失ったイビルピギーに怒涛の反撃を仕掛けた。

 両足の踵に装備された拍車型の隠し武器・ヒールザッパーを駆使して斬撃を伴った蹴りを次々にお見舞いしていく。

 

『シャアオラァアアア! まるでスライスハムだな? それともシュラスコの方が似合ってっか? ま、アタシは絶対食いたくないけどよ!!』

『ぷぎぃいい!? や、やめでぐれええええ!!』

 

 暗闇に強く眩しい雷の軌跡が激しく迸る。

 激しいダンスを踊るような身のこなしで得意の早撃ちにも負けない速度の後ろ回し蹴りの連続攻撃を叩き込むブリッツ。

 イビルプギーの分厚く弾力のある肉の装甲を蹴撃で裂き、雷撃で焼き焦がし、一気に瓦解させていく。

 

『ヒャッハー! マレーネさんの極上テクを堪能させてやんぜ! そりゃあ!!』

 

 攻守交代とばかりにやりたい放題に攻撃を叩き込んでいくブリッツはダメ押しとばかりにサンダラーとレイゴーンを両手に握ってイビルピギーの頭上に飛び上がる。

 

ABB(アサルトバレットバリツ)! サンダーストラック!!』

『ぐぅううぎゃあああッ!? なん……だ!? し、下からも銃撃ぃ?』

 

 空中にて錐もみ回転しながらブリッツは愛しの二挺拳銃から雷火の如き連続射撃を浴びせた。自慢の肉の防弾装甲を徹底的に切り裂かれて使い物にならなくなったイビルピギーは頭上から降り注ぐ弾丸の洗礼を受けるがそれだけではない。

 狙いが逸れて床に当たったと思われた無駄弾たちがなんと跳ね返って下からもイビルピギーを急襲するではないか。

 跳弾。一見すると滅茶苦茶に銃口から吐き出された弾丸たちは全て、高度に練磨されたブリッツの超絶技巧による絶妙な角度からの射撃によって全てが例え外れても下から上に跳ね返り目標に命中するように仕込まれていた。

 

『ぐああっ! こんなふざけた弾道があってたまるか……』

『すっげえだろ? 東洋の神秘ってやつだぜ! いま考えた技だけどなぁ!』

『こんなのただの人間が出来る芸当なわけねえ……さてはお前も魔法使いだな!?』

『バカ言いな! アタシは生まれてから死ぬまでただの無法者(アウトロー)さね!!』

 

 常識外れの存在であるブリッツの力に見るも無残にボロボロにされたイビルピギーは戦々恐々とその正体を勘ぐった。けれど、肝心のブリッツはその疑惑をあっけらかんと笑い飛ばすと誇らしく自らの在り方を示して静かにイビルプギーの眉間へとサンダラーの銃口を向ける。

 

『あんたもワルの親玉だって言うんなら、腹を括って覚悟を決めな?』

 

 遠雷のような騒がしい彼女の声質が恐ろしいほど冷めて静かなものとなった。

 ブリッツの青い双眸が首筋に添えられたナイフのような凄みを帯びて、疲弊しきったイビルピギーに突き刺さる。最早、勝敗は決したようなものだった。

 

『嫌だぁああああ! こんなの……こんなの嘘だぁああああ!!』

 

 恐怖のあまりに尻もちをついて後ずさるイビルピギーはブリッツの実力の前に恐れおののき、あろうことか倒れている部下たちを見捨てて一目散に逃げ出した。

 

『いいぜ、雌雄決めっぞ!!』

 

 イビルピギーの無様を通り越してある種滑稽な醜態に気怠そうにため息を吐いてブリッツは仕上げに取り掛かる。ベルトのグリップを今度は三回力強く捻るとレバーを引いた。

 

【フォースディスク・フルスロットル!!】

 

『レールガン・カタパルトリング――セット!!』

 

 ベルトに装填されたディスクが凄まじい回転を開始して、全身にパワーが湧き上がるのを確認するとブリッツは首に掛けられた金色のリングを外してイビルピギーが逃げている方向へと放り投げる。するとリングは独りでに高速回転を始めると激しい雷電を帯びながら大きな輪へと拡大していくではないか。

 それはまるで獲物を狙い定めるライフルのターゲットスコープのようにイビルピギーを捉えて離さない。射抜くべき相手を見据えたブリッツは短く酸素を吸い込むと迷い無き動きで駆け出して雷の円環に飛び込んだ。

 

『ヒャッハ――ッ!! ライトニング! バレットキイイイ――――ック!!』

 

 その瞬間、雷鳴にも似た銃声を轟かせてブリッツは自ら弾丸となって音より速く撃ち出されると電光石火の如くイビルピギーを蹴り抜いた。

 

『プッギイイヤアアアアアアア!!?』

 

 強烈無比な迅雷の一撃が炸裂したイビルピギーは成す術も無く盛大な爆発を起こして派手に散った。後に残るのは黒コゲになりながら辛うじて生きてはいるポルコだけ。イビルスターターは完全に消滅していた。

 

「ヒャッハー! 最高に暴れたぜ、アタシ! Booyah(やったぜ)!!」

「た、助かった……」

 

 敵を全て片付けたのを確認したブリッツは変身を解除すると元気ハツラツとしたマレーネの姿に戻り相変わらずのハイテンションで自らの勝利を喜んでいた。

 一方で人生最悪の日とも言える窮地を何とか抜け出したアルスはというと心からの安堵の吐息を漏らしている。

 

「あ、警察っすか? はい。掃除屋のマレーネです。騒ぎになってる人攫い、全員とっ捕まえたんで回収頼みまーす! はぁ、詳しく事情説明しろ? ごちゃごちゃうるせえな。来りゃ分かんだから、来いっての! 以上、切りまーす!!」

「あ、あの……改めて、危ないところを助けてくれてありがとうございました」

 

 荒っぽい口調で警察に事後処理を依頼する電話を終えたマレーネにアルスは深く頭を下げて感謝の気持ちを伝えた。

 

「気にすんな、気にすんな! アタシこそもうちょい速く見つけれたら、あんたに痛い思いさせなくて済んだのにな。ごめんな」

「い、いえ……そんな」

 

 マレーネはそんな殊勝な態度のアルスの顔を上げさせると黒い長手袋をした手で優しく彼の頭を撫でながら、あべこべに辛い思いをさせてしまったことへの謝罪を口にした。

 先程まで稲妻のような激しさで暴れ回っていた姿からは想像できないあたたかで柔らかな姿にアルスの方も面食らって口籠ってしまう。

 

「ところでなあ、アルス。あと十分もあれば警察が来るんだけどよ、ちょっと付き合え」

「はい? え、あの……なにをです?」

「こいつはアタシが毎度この手の荒事に巻き込まれた連中に声掛けてるんだけどよ。このボンクラ共にやられっぱなしは嫌だろ? ほい」

 

 アルスがこの後どうしていいのか戸惑っているとマレーネは彼の手を引いて、未だ気絶しているポルコ一味の近くまで歩いていく。

 そして、おもむろに傍にあった鉄パイプを拾ってアルスに掴むようにと差し出してきた。

 

「もしも殺しちまいそうならアタシが止めるし、警察にもアタシがやんちゃしすぎたって説明するから安心しろ。コイツらに好き勝手やられて、悔しかったろ、怖かったろ、辛かったろ……やり返して、心は負けてないって証明したくはないか?」

 

 常に纏っている陽の雰囲気を掻き消して、どこか殺伐としたそれでも真摯な眼差しでマレーネはアルスに問いかけた。

 すなわち、自分を誘拐して理不尽な暴力や恫喝を行った彼らにこの場で仕返しをする機会を彼女は与えているのだ。

 

「あくまでこれはアタシのエゴみたいなもんだがよ、この手の馬鹿共のお陰で辛い思いをして泣きを見る奴らは幾らでもいる。女子供も関係なくな――本当はそんな連中を常日頃守ってやりたいが生憎とアタシらは一時の通り雨……同じ場所には留まれない稲妻みたいなもんだ。けど、せめて無事に助け出せた連中には受けた仇をその場で晴らさせてやりたいって思ってんだ」

 

 それは大小を問わない犯罪の被害者への彼女なりの誠意と矜持のようなものだった。底抜けに明るく陽気で少々教養が足りていないマレーネが彼女なりに知恵を絞って考え出したいま一歩間に合わず、傷ついてしまった者たちを癒すための手段がこれであった。

 想いを語り尽くして一息入れたマレーネは再び、真っ直ぐな眼差しでアルスを見て問いかける。

 

「お前はどうしたい?」

 

 突然のことでまだ気持ちの整理が付かず目を白黒させて動揺するアルスだがマレーネの気まぐれでは無い信念を感じとるとしばらく無言で考え込んでから、ゆっくりと口を開いた。

 

「気遣ってもらってありがとうございます。けど、ボクはこの鉄パイプを握ることは出来ません」

 

 自分を覗き込んでくる不思議な圧を放ってくるマレーネの眼差しに息を呑みながらアルスは加えて自分にもある譲れない信念を打ち明ける。

 

「ボクは曲がりなりにも人を、誰かを癒す仕事をしています。一人の魔法職人として、だから……どんな仕打ちを受けたとしてもボクは誰かを傷つけるようなことはしたくありません」

 

 まだ幼い歳ながらアルスは懸命に背筋を伸ばして毅然とした態度でマレーネにそう告げた。その答えにどんな気持ちを巡らせたのかは定かではないがマレーネは静かに瞳を閉じると微かに口元を緩めて、噛み締めるように頷いていた。

 

「それに、この怖い人たちはマレーネさんがやりすぎなぐらいやっつけてくれたのでボクは十分に清々してます」

「ハッハー! いいね、気に入ったよ」

 

 アルスの言葉にマレーネは上機嫌に高笑いすると再び、今度は少し乱雑に彼の頭をなでて可愛がった。

 

「く、くすぐったいですマレーネさん」

「いいじゃねえか? アタシ好みの可愛い奴め! ま、こっからはアタシが絶壁の守りになってやるから安心しな!」

「えと……鉄壁ではなくて?」

「そうだっけ? そうだったかなぁ? おう、そっちだな! アルスはあったま良いな! 流石魔法使いだぜ! ハッハ――ッ!!」

 

 アルスは失礼ながら正直思った。

 もしかして、彼女はちょっとおバカなんじゃないかと。

 けれど、常夏の太陽のように笑顔を絶やさないマレーネに自分でも上手く説明できないが不思議と心惹かれてしまう何かを感じた。

 

「ところで、あの大事なことになるんですけど……ボクの恩師は無事なのでしょうか? それにボクが襲われた理由の紅の涙って一体なのかマレーネさんは何かご存知じゃありませんか?」

「そうだった! それなんだけどなぁアルス、大変なんだよ」

「え!? なんですか?」

「アタシさぁ上役からお前を守れって言われて、そのなんたらってやべーブツのことも聞かされたんだけどよぉ……いま奴ら相手に暴れてたらスカッと忘れちまった! わりぃ!」

「んんん――ッ!?」

 

 神妙な顔で喋り出したと思った矢先にマレーネは悪びれることもなくお気楽に笑ってそうアルスに言い切った。絞りだしたような奇妙な呻き声を出して、アルスは全身に電流が走った気分だった。

 それが切欠で緊張の糸が切れたのだろう。拉致されてから今までの蓄積されていた不安や恐怖や心労が一気に押し寄せた結果、アルスはガクッと意識を失った。

 薄れゆく意識の中でアルスは思った。

 この人、頼りになるけどちょっとじゃなく、かなりおバカだと。

 

「ビビったぁ……死んだかと思った」

 

 気を失ったアルスが地面に倒れ込む前に抱き止めたマレーネは軽く冷や汗を浮かべて苦笑した。

 

「ま、荒事とは無縁なガキがこんな怖い目に遭えば無理ないわな」

 

 スヤスヤと静かな寝息を立てるアルスにやれやれとぶっきらぼうに笑いながらマレーネは器用に彼を自分の背中に回しておんぶすると起こさないように静かに歩き始めた。

 

「いまはおやすみ。こっからは悪魔が殴り込んできたってアタシがついてるさ」

 

 こうして、アメギノ・アルスとマレーネ・マードックは出会った。

 ほんの数日間のささやかな旅路。小さな冒険。

 けれど、そのほんの短い思い出が二人にとって一生忘れることの出来ない輝ける宝物になることをこの時はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

「マスター。例の少年を連れてくるように指令を出したゴロツキ共、仕損じたようです」

「グロリアスの番犬が出しゃばってきたのだろう。ならば、是非もない」

 

 燭台の灯だけが空間を照らす仄暗い闇の中で二人の人影が言葉を交わしていた。

 一人は妙齢の女性。もう一人は闇の奥底に鎮座しているので姿は伺えないが酷くしゃがれた声の老人と見受けられた。

 

「次はどう致しましょう? ただの刺客や殺し屋では荷が重いと思われますが」

「そうだねえ。もう少し骨のあるイビルをぶつけるとしようじゃないか。人選はキミに任せるよ、経費の方は奮発しても問題ないよ。私の計画には紅の涙が必要不可欠だ。そして、件の少年がそれを持っている。いや、本人の自覚はないかもしれないが既にそれを持っているのだよ」

「仰せのままに」

 

 マスターと呼ばれる人物の指示を受けて、女は速やかに行動を起こす。

 一人になった闇の中で謎多きこの人物は不気味に口角を吊り上げる。

 

「もうすぐだ。このくだらない世界を破壊して、魔族跋扈する栄光の時代を取り戻して見せよう――必ず」

 

 この世界を揺るがす、狂気の企て。

 時の歯車を巻き戻すような悪辣なる計画が着実に動き始めていた。

 

 

 

 

 

 

 一方、同時刻。

 パラディースに一番近い空港に一人の男が降り立っていた。

 豊かな黒髪をツーブロックのオールバックに整えたその生真面目そうな日本人の青年はくたびれたビジネススーツをきっちり着込んだサラリーマンの鑑のような雰囲気を放っている。

 平時ならば少し童顔の爽やかな顔立ちを思いっきり渋くして彼は自分のタブレットでネットの投稿動画を見つめていた。

 そこにはパラディースの石畳みの街路をソニックカラミティで爆走するマレーネの姿が撮影されていた。ご丁寧に撮影者に向けてピースサインを決める謎のファンサービスっぷりだ。

 

 大きな、大きなため息を吐き出して青年はとある場所へと電話を掛けた。

 

「もしもし、竜堂です。いま到着しました。ええ、滞りなく――バカ、発見しました」

 

 青年の名は竜堂琥珀。

 マレーネと同じく、彼もまた世界を守る影の守り手。

 彼もまた陰謀渦巻くパラディースへと足を運ぶ。

 役者は揃いつつあった。

 

 

 To Be Continued

 

 




ここまでお読みいただきありがとうございました。
皆さんはバカで強くて実はショタコンな綺麗なお姉さんは好きですか?
作者は好きです!

というわけで、完全オリジナルライダーSS
なんとか開幕となりました。
世界観の説明とかちゃんと文章に出来ていたのか不安です(汗)
拙い作品ではありますが生暖かい視線で見守っていただければ幸いです。

これからもよろしくお願いします


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