乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまったのに...さらに破滅フラグが舞い込んでしまった!? (オタクさん)
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魔法の本の封印を解いてしまった...

初めまして、オタクさんです。

キャラ崩壊、誤字脱字などを気を付けて書いていきたいです。どうぞ、よろしくお願いいたします。


私の名はカタリナ・クラエス。

 

今年で十一歳になるのだが、これまでのことを振り返ると、本当に色んなことがあったわ。

 

私はクラエス家の公爵令嬢の一人娘として生まれた。そこでは蝶よ花よとして育てられていたため、高慢ちきな我が儘令嬢になってしまっていた。そのせいで、使用人館にはよく迷惑をかけてしまっていた。

 

けど、八歳の時、運命が変わる。

 

それは婚約者のジオルド・スティアートの出会いだった。金色の髪に青い瞳をした天使のような姿をした王子。しかも私と同じ八歳なのに、大人のように落ち着いてしっかりしている人だった。

 

一目惚れした私は、相手のことを考えずにべったりと付きまとった。そのせいで私は、王子にぶつかり転んでしまう。

 

私の転んだ先には運悪く庭園の飾り石があった。そこに強くぶつかり、額をざっくりと切ってしまった。そんな私を見てジオルド王子や召使の人々は慌てふためいていた。

 

けど、私にとって、額の怪我はどうでもよかった。

 

だって....

 

 

前世の記憶を思い出したのだから!

 

前世の私は普通のサラリーマンの父、パートで働く主婦、兄二人のごく平凡の家庭で生まれ育った。

小学生の頃は兄二人と野山を駆け回り、中学生の頃は親友のあっちゃんに出会って、オタク街道を突っ走るという、どこにでもいる普通の人だ。

 

高校に入った私は、とある乙女ゲームに夢中になっていたのだが、攻略できないキャラがいた。

意地になった私は夜遅くまでゲームをしていた。そのせいで朝起きれなかった私は、遅刻しそうになって大慌てで学校に向かう。その結果......

 

 

交通事故に遭い、十七歳にして、私の人生は終わってしまった。

 

これが私の人生で今の現状と大きく関わっている。

 

実はこの世界...

 

 

 

私が嵌まっていた乙女ゲーム『FORTUNE・LOVER』の世界だった!!

 

『FORTUNE・LOVER』

 

中世ヨーロッパ風の剣と魔法の世界で、魔法学園を舞台に魔法を学び、恋を育む割りと王道的な乙女ゲームだ。

 

この世界で魔力を持つ者は大概貴族であり、平民でも魔力を持つ者もいるが、大変珍しく稀なことである。

そして魔力を持つ者は、貴族平民関係なく十五歳になると、魔法学園に入学することを義務付けられている。

 

平民出身の主人公は、そんな恐れ多い学園に入学をし、四人の攻略対象達と出会う。

 

一人目はジオルド・スティアート

 

おとぎ話にでも出てきそうな金髪碧眼の王子様。だが、しかし、その見た目とは裏腹に、性格は腹黒でドS。

なんでも簡単に出来てしまう故に、何にも興味を持てなくて退屈な日々を過ごしている。魔力は火。

 

二人目はアラン・スティアート

 

ジオルドの弟で、この国の第四王子様である。

出来の良い兄と比べられて育てられたので、ちょっとひねくれている。双子だか兄のジオルドとは似ていない。銀髪碧眼の野性的な風貌の美形。末っ子で甘えん坊気質の俺様王子。魔力は水。

 

三人目はキース・クラエス

 

カタリナ・クラエスの義理の弟。

クラエス家の分家の子で、カタリナ・クラエスがジオルド・スティアートとの婚約が決まった際に、魔力の高さから分後継ぎとして選ばれた。引き取られたが、義姉や義母から冷たくあしらわれて寂しい幼少期を過ごす。その反動で女誑しのチャラ男になる。

亜麻色の髪に蒼い眼の色気溢れる美形。魔力は土。

 

四人目はニコル・アスカルト

 

宰相の息子。ジオルドやアランの幼馴染みで、四人の攻略対象の中で一番の常識人である。鉄面皮で口数の少ないところが、いまいち近寄り難い。

黒髪黒瞳の美形。魔力は風。

 

このゲームは攻略キャラの他にも、ライバルキャラも存在する。

 

一人目はメアリ・ハント

 

アランルートのライバルキャラだ。赤褐色の髪と瞳の綺麗な女性で、第四王子のアラン・スティアートの婚約者だ。

幼い頃は姉達の影響でおとなしかったが、婚約者であるアランと出会ったことで、誰もが認める立派な令嬢となった。

植物を育てる緑の手を持っている。魔力は水。

 

二人目はソフィア・アスカルト

 

ニコルルートのライバルキャラだ。白髪に赤い瞳の絶世の美貌をもつ女性で、ニコルの妹だ。兄とロマンス小説が好きでいつも語っている。

魔力は風。

 

私、カタリナ・クラエスも、ライバルキャラである。

 

だが、この二人とは違い、正々堂々と立ち向かうのではなく、主人公に嫉妬して犯罪紛いの嫌がらせをする。そのせいでカタリナだけはハッピーエンドで国外追放、バットエンドで死亡。

 

そんな運命は嫌なので私は頑張った!

 

剣で切られそうになっても対抗できるように訓練をし、また魔力を鍛えた。キースを孤独にしない。国外追放されても生きていけるように畑を耕した。それに、ジオルドの弱点だって見つけられたのだから、それで隙を作って逃げるのよ!

 

頑張ったお陰で剣術も勢いだけは褒められているし、土ボコも数センチ上がったし、前世では朝顔やヘチマを枯らしがちだったけど、メアリの指導のかいあって、上手く野菜を育てられるようになったわ。キースだって、友達ができたからもう孤独ではないわ!

 

 

...あれ?なんで私、急に、今までの人生を振り返っているのかしら?

 

...思い出したわ!

 

朝食を食べ終えて自分の部屋に戻ると、机の上に物凄ーーく見覚えのある本が置いてあったのよ。それを思い出そうとして、前世のことを含めて振り返ったのよ。けど、思い出せなかった。それなのに、懐かしさを感じるのよ。...不思議よねぇ~。

 

真っ赤な本の表紙には金のライオン、裏面には月と太陽が描かれおり、題名らしきところにはTHE CLOWと書いてある。

先ほどまで開けられなかった本を開くと、何やらタロットカードのような物が入っていた。

 

裏面は月と太陽の魔方陣が描かれており、表面には羽が生えた女性の絵が描かれていた。絵の上下には漢字で風、ローマ字でTHE WINDYと書かれていた。

 

...ちょ、ちょっと待って!この字...

 

「日本語!?」

 

前世ではよく見な慣れた字で、この世界では使われていない文字だ。この世界の文字はローマ字と似ているが、この世界の字の方がもっと複雑に見える。

他のカードも見てみると絵柄は違うが、漢字とローマ字で書いてあった。

 

試しに、一番初めに手に取ったカードを読んでみる。

 

「風...ううん、なんかしっくりこないわ。読み方はあっているのに...なんでだろう?」

 

ふと私の頭の中で、このカードを持った少女の姿が思い浮かぶ。

 

....確か...あの少女は...

 

こう言ったのよね...

 

 

 

「ウインディ」

 

うん。この言い方が一番しっくりくるわ。

はあー、スッキリした。頭の中のもやが晴れて、気分良いわ。

 

「....あれ?室内なのに、風が...」

 

スカートの裾をそよ風がなびく。

窓開けていなかった筈なんだけどなあ...それに、床にうっすらと、魔方陣みたいな模様がある。...こんな模様書いてあったっけ?

 

「あ、カードが...」

 

そのうちの三枚のカードが壁の方に飛ばされてしまう。私は立ち上がって取りに行く。

目でカードを追い掛けていたのだが...

 

 

カードは壁を通り抜けてしまった!?!?

 

「う、嘘!?」

 

理解不能な現象に着いていけない私は、思わず叫んでしまう。

でも、この現象すらも何故か懐かしい。何故だろう?

 

FORTUNE・LOVERのイベント?でも私、カタリナ・クラエスは、主人公ではない悪役令嬢だ。そもそもゲームはまだ始まってすらいない。

 

私がカードが通り抜けた壁を見つめていると...

 

 

 

「あー、よく寝たわ。ここ、どこやろ?まあ、ええわ。お!こにゃにゃちわ!」

 

背後から、物凄ーーく聞き覚えのある声が聞こえてくる。私はゆっくりと振り返った。

 

そこには...

 

ぬいぐるみのような生き物が飛んでいた。

黄色の体に熊のような顔、背中には天使のような羽が生えていた。

 

この仔のぬいぐるみ持っていたような...でも、なんで、この仔はぬいぐるみ化されているのよ...。

 

「あー!カードをこんなに散らかし置いて!」

 

ぬいぐるみような生き物が、必死にカードを集めていた。

私がやったことなので、今すぐにでも手伝わないといけないのだが、かなり気になっていたので質問をする。

 

「ねぇ、あなたは一体何者なの?」

 

「わいか?わいはこの本の封印を守る獣、ケルベロスのケロちゃんや!」

 

ケロちゃん...?この名前も物凄ーーく聞き覚えあるのだけど...。どうして私は、こんなぬいぐるみみたいな生き物が喋ってもなんとも思わないのかしら?

なんだろう胸騒ぎがする...。何故?

 

「なんで、この本は封印をされているの?」

 

「この本の中にいるカードが悪さするからな~」

 

ケロちゃんはそう言ってカードを拾い集める。

 

「あとは...翔(フライ)と火(ファイアリー)と小(リトル)と風(ウインディ)やな。おまえさんなにか知らんか?」

 

「ウインディのカードなら...」

 

「おー、ありがとな。...で、他は?」

 

「わからないわ。...うん?もしかして...」

 

「なんか知ってるんことがあるんか?なんでもいい!教えてくれや」

 

考え込む私を見て、ケロちゃんは私が思い出すように必死に頼み込んだ。

 

私は頭を捻って思い出そうとする。

そういえば...壁を通り抜けたカードがあったような...それだ!

 

「その三枚のカードなら壁を通り抜けて、どこかに飛んでいってしまったわよ」

 

「なんやでぇ!?」

 

あっさり言う私と切羽詰まったケロちゃん。

...うん、この光景すらも見たことがある。

 

「なんでカードが勝手に.....そういえばおまえさん、なぜ風(ウインディ)のカード持っとんたんや?」

 

私がカードを持っていたことが気に入らないのか、ケロちゃんは少しきつめの口調で尋ねてくる。

 

「なんでって言われても、私の机の上に本が置いてあったから、気になってつい調べていたら...」

 

「そしたら、開いたと。...で、まさか、風(ウインディ)って唱えんかったか?」

 

「ええ、言ったわよ。あの言葉なんて言うのか気になって....」

 

「それや!...って!このアホー!!」

 

「えぇ!?私が原因?!」

 

急に怒鳴るケロちゃんに私は着いていけなくなった。

でも...心の隅では、とんでもないことをしてしまった、とケロちゃんの意見に納得していた。

 

「せや!おまえさんが原因や!責任を取って...なっ!?」

 

バァン!

ケロちゃんの話を邪魔するかのように、ドアが乱暴に開かれた。

 

「義姉さん!!」

 

ドアを乱暴に開けたのは義弟のキースだった。

キースの表情は何やら焦っているような、鬼気迫っているような表情をしていた。

なんでキースはそんな表情をしているの?そもそもキースは、人の部屋に勝手に入る子ではないのに...。

 

「義姉さんが何を仕出かしたのはわからないけど、責任を取れとか酷すぎるのではないか?そもそも義姉さんの部屋に部屋に入っている、君の方が可笑しいのではないか!」

 

キースはかなり怒って怒鳴っていた。怒鳴り終えたキースは何故か、私の部屋を隈なく見渡していた。

それとキース、私が何か仕出かすのは前提ですか...。あと、なんでそんなに怒っているの?

 

「義姉さん!」

 

「な、なによ!?」

 

キースの矛先が私に変わった。

 

「義姉さん!男の人はどこ!?」

 

「男の人って?」

 

キースの発言に意味がわからない私は首を傾げる。

男の人?そんな人はいないわよ。私が話をしていたケロちゃんは人間じゃなくて人形よ!

 

「惚けないでよ!今まで、男の人と話していたのではないか!」

 

「男の人とは話していないわよ。ケロちゃんと話していたのよ」

 

私は証拠として呆然としているケロちゃんをキースの目の前に突き出す。けれども、ケロちゃんを普通の男性と見なしているキースの目に映ることはなかった。

 

「そのケロちゃんが問題なんだ!と言うか義姉さん!また男の人と仲良くして!しかも部屋にまで入れて!いい、義姉さん。義姉さんはね、今年で十一歳だよ。もう年頃の女性なんだよ。それなのに、部屋に招待するのは非常識すぎる。それに君も、隠れてないで出てこい!義姉さんの部屋に入るとはどういうことだ!」

 

キースのお説教が始まったかと思いきや、物凄い剣幕で居ない存在の男性を探し出そうとする。

 

「キースあのね、ケロちゃんはね...」

 

私が説明しようとしたその時だった。

 

「へぇ~。カタリナ、婚約者がいるのに男の人を部屋に連れ込むのですか?」

 

「お嬢様いくらなんでも...男の人を部屋に連れ込むなんて...」

 

ジオルド王子と召使のアンがやって来た。

アンはかなり呆れていた。ジオルドはいつも通りの笑顔だった。

...いや、いつも通りの笑顔の筈なのに全然目が笑っていない。しかも青筋を立てている。こんなに怒っているジオルドは初めてだ。

 

「アン、ジ、ジオルド様、何故ここに?」

 

ジオルドの気迫に私はパニック気味になってしまう。

怖いんですけど....。ケロちゃん!ずっと黙っていないで何か言ってよ!

 

藁にもすがる思いでケロちゃんの方を見ても、ケロちゃんは固まっていた。

 

「応接室で待っていたのですが、キースの怒鳴り声が聞こえてきて、気になってこちらに来たのですよ」

 

「そうですか...」

 

「で、カタリナ。浮気をするとはどういうことですか?」

 

「浮気!?」

 

浮気って、付き合っている人がいるのに、別に好きな人ができて、そっちの方ばっか構ってしまう、あの浮気!?何故私がそんなことを!?大体私は、ケロちゃんと話をしていただけじゃない!

...あれ?ゲームのジオルド王子も、婚約者がいるのに主人公に恋をするなんて...浮気みたいなものじゃない?...でも、ジオルド王子にとってカタリナは、他の令嬢からの防波堤にすぎないから特に気にしなそうなのに...。

なのに...。ジオルド様はどうして、こんなにも怒っているの?

 

「あの、ジオルド様、何故そこまで怒っていらっしゃるのですか?...ひぃ!?」

 

私が質問をしただけなのに、ジオルドは先程よりも怒っていた。

キースもずっと怒っているし...。

 

ケロちゃんにいたっては「わい、修羅場に巻き込まれてしもうた...」と小声で呟いていた。

ジオルドは怖がっている私を無視して、ケロちゃんを乱暴に掴んだ。痛がってケロちゃんが少し叫んでいるのに気が付いていなかった。

 

「......そうですか。だから僕の気持ちに気が付かないのですね...。このプレゼントをくれた人が、意中の人ですか?その人はどこですか?...出て来なさい。人の婚約者に手を出しておいて、ただでは済みませんよ!」

 

「いっ、痛だだだだ!止め!そんなに握り潰すな!」

 

「えっ...?」

 

「えっ...?」

 

「嘘!?」

 

痛みに我慢できなくなったケロちゃんが叫ぶ。

先程まで怒っていたジオルドとキースも、呆れていたアンも驚いて動きが止まる。

ケロちゃんはその間にジオルドの手から脱出する。

 

「まったく!男の嫉妬ほど可愛くないもんはないで!」

 

プンスカ怒ったケロちゃんは、ジオルドとキースに対して説教をしていた。

ジオルドとキースは説教を聞いていると言うよりも、状況に着いていけなくてポカーンとしていた。

 

「ねぇ、ケロちゃん、嫉妬って...」

 

「お嬢様、これ以上話をややこしくしないでください」

 

ケロちゃんの発言に気になった私は質問をしようとしたけど、アンに止められてしまう。

 

「...あなたがケロちゃんですか?」

 

「なんや?急に...と言うか、話の最中に割り込んではいけへんやろ」

 

「そのことに関しては申し訳ございません。ですが、あなたについては、色々とお話を伺いたいのです」

 

ケロちゃんの説教の途中だったが、アンがキースとジオルドの前に立って話を遮った。まるでその姿は、キースとジオルドを守るようであった。

ケロちゃんは悪い仔じゃないんだけどなあ...。

 

「...まあ、ええわ。わいがケロちゃんや。おまえさんの名前は?」

 

「私の名前はアン・シェリーです。お嬢様の専属メイドでございます。...ところで、ケロちゃんは何故、お嬢様の部屋にいらっしゃったのですか?」

 

「う~ん...。わいにもわからん」

 

「わからないとは...どういうことですか?」

 

「わからんもんはわからん。わいはただ、本の中で眠っておっただけやのに...」

 

「本の中に眠っていた?それはどういうことですか?」

 

アンとケロちゃんの会話をジオルドが遮る。

 

「わいはな、この本の封印を守るケルベロスや」

 

ケロちゃんはそう言いながらあの赤い本を掲げる。

 

「なんで封印をしていたの?」

 

今度はキースが質問をする。

するとケロちゃんは神妙な顔付きに戻る。

 

「この本の中にはクロウカードというのが、入っておってな...」

 

クロウカード...ケロちゃん...カードを持っていた少女...。

......うん?まさか!?

 

「あーーーー!?!?」

 

「急になんやねん!?」

 

「義姉さん!どうかしたの!?」

 

「カタリナ!どうかしましたか!?」

 

「お嬢様!?」

 

屋敷中に私の叫び声が響き渡る。

この場にいる全員がかなり驚いているが、私には関係ない!

 

道理で見覚えがあるはずだ!

 

だって....

 

 

私が前世で大好きだった少女漫画『カードキャプターさくら』だもの!!

 

カードキャプターさくら。

アニメや映画化するほどの大人気少女漫画。その主人公である木之本桜はある日、父親の書庫で不思議な本を見付け、ひょんなことから本の封印を解いてしまい、封印の獣ケルベロスことケロちゃんと共にクロウカードを集める話。魔法と恋を扱った、女の子なら誰もが一度は憧れる内容だ。私の知っている限りではクロウカード編、さくらカード編、クリアカード編の三つの話がある。......って!今はそんなことを考えている場合じゃない!!

 

あーもー!どうしよう!?アニメのさくらちゃんと同じ失敗をしちゃったのじゃない!

クロウカードを捕まえるのって、物凄く大変なのよ!魔力がショボいカタリナが、どうやって捕まえるのこれ!?

 

と言うか、いつから、FORTUNE・LOVERとカードキャプターさくらはコラボしていたの!?そんな話聞いていないわよ!!

 

とにかく!

カードを見付けることが大事!

 

戸惑っているケロちゃんを連れて私は走り去る。

 

「おい!話を...って!どこに連れて行くねん!!」

 

「お嬢様!?」

 

「義姉さん!?待って!」

 

「カタリナ!?」

 

私は三人の叫びを無視して外に向かうのであった。



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さっそく、カードが暴れてしまいました...

クラエス公爵家の敷地はとても広い。その中でたった三枚のカードを見付けることは、不可能にも等しい。それでも探さなければならない。

ああもう、庭の外に出てないよね!?

 

「...おい!おい!話聞いてるんか!?」

 

私の手から抜け出したケロちゃんが、私の顔の前で飛んでいた。

こんな非常事態なのに、なんでケロちゃんは急いでいないのかしら?今一番困っているのはケロちゃんなのに...。

 

「ケロちゃん、今は話をしている場合じゃないでしょ!早くカードを見付けないと!暴れ出す前に!」

 

「せやけど...って、まずは話を聞かんかい!おまえさんは人の話は聞きましょうって、習わんかったのかい!...って言うか...」

 

 

「なんでおまえさんは、そんなに焦っているんや?、なにか知ってんのか?」

 

「そ、それは...」

 

怪しむケロちゃんに内心ドキッとしてしまう私。

どうしよう...。漫画やアニメでさんざん読んだり観ました。と言える訳ないし...。

こうして考えている間も、ケロちゃんはずっと睨んでくるし...、なんて言い訳をしよう...。うっ...うぅ...。良い言い訳が思い付かないよ...。

 

「大体!カードを探すうって言っても、カードがあの形にとどまっているとは、限らんで!」

 

「それは..そうだけど...」

 

「せや!カードは...って!なんで、カードの形が変わるって知ってるんや!?」

 

ケロちゃんが疑っている。

どうしよう...なんて言い訳をすればいいの!?

 

私が頭を抱えて悩んでいる間にも、ケロちゃんはジト目で疑い続けている。

 

「それは......」

 

 

「夢で見たから!!」

 

私は咄嗟に変な言い訳をしてしまう。

 

「...はあ?」

 

ケロちゃんもなに言ってんねん?こやつは?と、思いっきり呆れ顔になっていた。暫くの間呆けていたが、首を振ると話し出した。

 

「なら、夢で見たのはどんな内容だったんや?」

 

取り敢えず話を信じてくれるようだ。私は心の中でほっと息を吐く。

 

「私と同じくらい歳の少女が、風(ウインディ)を唱えて、私と同じ失敗をするのよ。で、さくらちゃ...ではなくて!その少女の場合だと、私と違って、全て吹き飛ばしちゃうんだよね」

 

「なんやと!今の状況よりも、酷くなるんかい!」

 

「まあね。それでその少女は、カードキャプターになって、色んな危機を乗り越えながら、カードを封印していくのよ」

 

「なるほどな...。で、夢の中でわいは、クロウカードについて、説明しておらんかったか?」

 

「ええ、していたわよ」

 

「なら、なんて言ったのか言ってみん」

 

ケロちゃんが真剣な声色で私を試すように尋ねる。私は目を閉じて思い出そうとする。

できれば、原作に近い言い方が良いよね...。

 

私は深呼吸をして落ち着いてから応えた。

 

「クロウカードの封印が解かれる時、この世に災いが訪れる。そのカードは、クロウ・リードという凄い魔術師が作った、特別なカード。一枚一枚が生きていて、凄い力が宿っているが、それぞれ好き勝手に行動をしたがる上に、並みの者では歯が立たたん。せやから、クロウ自身がこの本を作って、封印の獣であるわいを、本の表紙にした。......こんなものね」

 

びっくりしたケロちゃんは目を見開いている。

そりゃあ驚くよね。だって、ちゃんと説明できたんですもの。

 

「なら!なんで!風(ウインディー)のカードを唱えたんや!」

 

ちゃんと説明出来た私に、ケロちゃんは褒めるどころか怒り始めた。

もしかして.....私がわざとやったと思った!?違うわよ!私は悪役令嬢だけど、こんな悪さはしないわ!......いくらあのカタリナ・クラエスでもしないわよね!?ねっ!?

 

「誤解よ!わざとやったわけではないわ!私はケロちゃんがクロウカードと言うまで、思い出せなかったから!」

 

「...ふ~ん。まあ、その態度を見る限り、嘘はついてなさそうやな...。なら、責任を取ってもらうで!」

 

「責任を取るって...?まさか!」

 

「そう!そのまさかや!」

 

ああ、この流れは!

 

「おまえさんがカードキャプターになって、クロウカードを封印するんや!」

 

やっぱりこの流れだ!!

さくらちゃんと同じパターンだ。

 

私にできるかな?あ...でも...あの憧れのさくらちゃんと同じ道を行けるなんて、正直嬉しい!だって私が転生したのは誰もが憧れる主人公ではなくて、破滅フラグしかない性格の悪い悪役令嬢ですもの。

...でも!あのカード騒動に巻き込まれたら、私死んでしまうわ!

 

「無理よ!私の魔力はしょぼいわ!だって、土ボコしできないもの!」

 

「土ボコ...?なんやそれは?....とにかく!本の封印を解けたのやから、多少なりとも魔力はあるちゅうことや」

 

「ほんのちょっとしかないわよ!」

 

「けど、素質はあるんや。...まあ、あの男どもと比べたら、魔力は少ないな。...けど!クロウカードのことを夢で見たって言うんなら、なんらかの縁があったんや!」

 

「なんらかの縁?」

 

「せや!おまえさんとクロウカードはなんらかの縁があって、選ばれたんや!」

 

私がクロウカードに選ばれた!?

 

正直に言って...

 

 

凄く嬉しいわ!!

だってあの憧れの魔法を使えるのよ!ただでさえ、魔法のある世界に生まれたのに、土ボコしか使えないだもん!

 

「まあ...確かに...おまえさんの魔力はしょぼい。けど!そのやる気を買いたいんや!わいの目は誤魔化せんで、おまえさん、時々嬉しそうに目を輝かせていたや!...魔力なら大丈夫や!身体が成長するんやから、魔力だって!成長する筈や!」

 

ところどころバレていたのね。

...でも、あの憧れのキャラに認めてもらえた上に、励まされるなんて...飛び上がりたい程嬉しい!!

 

「おまえさんの名前は?」

 

「カタリナ・クラエスよ」

 

「では、カタリナ、少し離れたところで立ってみん」

 

「うん!」

 

私がケロちゃんから少し離れた場所に立つと、ケロちゃんはあの赤い本を取り出した。

いつの間に持ってきていたの!?

 

ケロちゃんの体が少し光り、私の足元には魔方陣が浮かび上がる。

 

「封印の鍵よ。汝との契約を望むものがここにいる。少女の名はカタリナ。鍵よ。少女に力を与えよ」

 

 

「レリーーーーーズ(封印解除)!!」

 

うお!眩しい!アニメみたいだわ。

私の目の前にさくらちゃんが始めに持っていた杖が現れる。

 

「カタリナ、杖を取るんや」

 

「うん!」

 

勢いよく返事をしたいのは良いけど、眩しすぎて歩きずらい。

 

一歩ずつ慎重に歩いて杖を取る。

杖を取るのと同時に、カチーンと金属の甲高い音が鳴る。それと同時に光が収まった。

 

「カードキャプターカタリナの誕生や!」

 

私の手にはさくらちゃんが持っていた同じ杖があった。でも、色は違って、ピンク色の持ち手が水色に、赤いルビーのような宝石が、蒼いサファイアのような宝石に変わっていた。

 

憧れだった、おもちゃではない、本物の杖を感慨深く強く握り締めた。今、手を放してしまったら、夢から覚めてしまうのではないかと思ったからだ。

 

「カタリナ!」

 

「義姉さん!」

 

「お嬢様!」

 

「カタリナ様!」

 

「カタリナ様!」

 

「カタリナ、無事か!」

 

「おい、カタリナ大丈夫か!?それに、いまの白い光はなんだ!?」

 

契約する際の強烈な光に呼ばれて、ジオルド王子やキース、アンだけではなく、遊びに来たメアリ、ソフィア、ソフィアの兄ニコル、ジオルド王子の弟のアラン王子もやって来た。

 

「私は平気よーー!」

 

みんなを安心させるために私は大きく腕を振る。

それでも皆は、私の元に辿り着くまでペースを落とさなかった。

 

「カタリナ様!あの白い光を見て、何かあったのではないかと、心配しましたわ!でも...ご無事でなによりですわ!!」

 

「私もです!カタリナ様!」

 

「メアリ...ソフィア...」

 

そう言って私に抱き付くメアリとソフィア。

 

「義姉さんもう、先に行かないでよ。しかもなんだか、強烈な白い光が現れたのだから、義姉さんの身に何かあったのではないかと、心配したんだよね」

 

「僕もとても心配したのですよ。...カタリナがいつも突拍子のないことを仕出かすのはわかっていますが、時と場合を選んでくださいねカタリナ。まあ...それが出来るのなら、苦労しませんが...」

 

「本当に皆様心配したのですからね。...それにお嬢様、お話を聞いていないのに、どうやって探しに行くのですか?」

 

キースとジオルとアンは呆れていた。

けど、その表情はどこか安堵の笑みを浮かべていた。

 

「みんな!」

 

私は心配をしてくれたみんなを見て嬉しくなって、メアリとソフィアに抱き締める力を強くする。

 

「じゃあ...あの白い光はなんだったんだ?カタリナ、お前はあの白い光について、何か知っているか?」

 

「...確かに気になるな。カタリナが無事だったとはいえ、あの白い光の原因を知らないとあまり安心はできない」

 

「ああ、あの白い光?それは私がカードキャプターになったからよ!」

 

アラン王子とニコルの質問に、私は杖を見せびらかして自信満々に答える。

 

「はぁ!?カードキャプターって、ふざけているのかおまえは」

 

「義姉さんがまた可笑しなことを言っている...」

 

「相変わらずのカタリナですね...」

 

「まあ!素敵ですわ!カタリナ様!」

 

「それで!その杖を使って、悪い奴らをやっつけるのですね!私、ロマンス小説で読みましたから、知っていますわ!」

 

「.........」

 

「またお嬢様は可笑しな行動を...」

 

男子メンバーとアンは呆れ、メアリは褒めてくれた。ソフィアロマンスの小説のようだ、と目をキラキラ輝かせていたが、悪い奴らをやっつけることはないけど...。

けど...ある意味ロマンス小説のような出来事なのは私も思う。

 

...あ!今は話をしている場合ではなかったわ!

 

「と言う訳で、私はカードを探しに行くね!」

 

「ちょっと待ってよ義姉さん!全然説明になっていないよ」

 

「どういう訳かわかりませんが...そんなにあのカードを探しに行きたいのなら、手伝いますよ」

 

「私もです!カタリナ様!」

 

「私も!」

 

「俺も...探してやるよ」

 

「カタリナ、俺も時間が許す限り手伝うよ」

 

「みんな~ありがとう!...って、やっぱり駄目よ駄目!危ないわ!!みんなを危険な目に逢わせるわけにはいかないわ!」

 

「危ないって、それはどういうことですか!?カタリナ!」

 

ジオルドの質問にみんなは真面目な顔つきになる。

嘘をついたって、すぐにバレてしまう。あのカード騒動はかなり目立つからだ。誰だって絶対に気が付く。

私は正直に話すことにした。

 

 

 

「ええぇ!?危険な目に逢うことをわかっていて、了承した!?!?」

 

「はい...」

 

みんなの絶叫を受けて私は地面に正座をする。

 

怒っているジオルドは無言で私の側を通る。

ジオルドだけではない。キースもメアリもソフィアもニコルもアランもアンもだ。

その姿に内心私はゾッとした。

 

私が身構えていると...

 

 

「ひぃ!」

 

ケロちゃんがジオルドに乱暴に掴まれていた。

私の位置から少し離れているのに、ケロちゃんの体からギシギシという体の軋む音が聞こえてきそうだった。

 

「どうしてカタリナを選んだのですか!?」

 

「そ、それは...封印を解除できたし、なぜかクロウカードを知っておったし、やる気があったからや...」

 

「やる気だと!そんな危険なこと!気持ちだけで解決できるか!!」

 

「そうだよ!...そんな危険こと...義姉さんが巻き込まれるのなら、僕が契約をすればよかった!!」

 

「こんな契約を取り消してください!!今すぐに!」

 

「どうして...こんなことに...」

 

怒りながらケロちゃんを問い詰めるジオルド。問い詰めながらもなんとか答えるケロちゃん。本気で怒るアラン。自分を責めるキース。泣きながら訴えるメアリ。俯くアン。黙ってケロちゃんを睨むニコル。最初からずっと泣いているソフィア。

そんな彼らを見て私の気持ちは、罪悪感でいっぱいになった。

 

どうすればいいの私!?

やりたがっていた気持ちが段々と萎んでいく。ケロちゃんも寝ていたとはいえ、私も薄々違和感を感じながら呪文を唱えてしまったのは事実だ。私にも責任がある。だから......

 

 

みんなを止めなきゃ!

 

「やめて!ケロちゃんを責めないで!私だって違和感を感じながら唱えてしまったのよ!ケロちゃんだけのせいではないわ!」

 

「カタリナ....」

 

ケロちゃんが私を見つめる。

私の叫び声で静かになったけど、私は構わず声を荒げ続けた。

 

「どんなに危険で大変なのか知っている!それでも私やりたいと想ったの!!」

 

「みんなには迷惑をかけないから!...だから!......だから!」

 

「カタリナ」

 

泣きながら訴える私の手を取るジオルド。

先程前の怒りが嘘のように消えて、私に優しく声を掛ける。

 

「そんなに...やりたいのですね。...わかりました。僕も手伝いますよ。婚約者の身を守るのは当然のことですから」

 

「僕だって、義姉さんのことを守る!!姉さん、義僕のことを頼ってね!この魔力で姉さんを守ってみせるよ!!」

 

「そこまで仰るのなら、私も!命を懸けてお手伝いしますわ!」

 

「私も!命を懸けてお手伝いします!」

 

「俺も全力で手伝うよ」

 

「俺も手伝う!三枚なんだろ!さっさと終わらせようぜ!」

 

「私もできる限り手伝います」

 

「みんな....!本当にありがとう!大好きよ!」

 

私は涙を流しながら感謝を述べる。

こうして、みんなを巻き込んだカードキャプターが始まるのであった。

 

 

 

探してくれる人も増え屋敷、畑、茂みの中などしらみ潰しに探したのだけど見付かることはなかった。

 

夕方になってしまいジオルド、アラン、メアリ、ソフィア、ニコル、私もキースも屋敷に戻らないといけない時間になってしまった。

けど、私は諦めることはできなかった。あのカードが実体化してしまえば甚大な被害が出てしまう!

 

絶対に!見付けるまで諦めるもんか!そう決意した私は探し続けたのだが...

 

「お嬢様方、もう帰る時間でございます。今日は諦めて、明日また探しましょう」

 

「嫌よ!まだ一枚も見付かっていないわ!私一人だけでも探し続ける!」

 

アンによって止められる。

 

「私どもで探しますから、お嬢様方は屋敷に戻ってください。今日はずっとお探しになっていたのですから、もうお休みになった方が宜しいかと」

 

「まだよ!絶対に見付けてみせるわ!」

 

「そう言われましても...。...それに、風が強くなってきました。これ以上強くなると危ないですので、屋敷に戻ってください」

 

アンに言われて私は、強めの風が吹いていることに気がつく。

...?強い風...。確か...こんな現象を起こすクロウカードがあったような....。

 

私は空を見上げる。

 

 

 

夕暮れの空の向こうに、白い大きな鳥が空を飛んでいた。

 

「あーー!!翔(フライ)のカード!」

 

「あーー!!翔(フライ)のカードや!」

 

私とケロちゃんが同時に叫ぶ。

 

「えっ!?カードですか。見付かって本当に良かったですね。カタリナ」

 

「おっ、カードが見付かったのか、早速取りに行こうぜ」

 

「見付かって良かったですわね。カタリナ様!」

 

「姉さん、見付かって本当に良かったね」

 

「カタリナ様!早速取りに行きましょう!」

 

「良かったな。カタリナ」

 

「はぁ...。わかりました。見付けたカードだけ、取りに行きましょう。...で、そのカードはどこにあるのですか?」

 

私がカードを見付けたと騒ぐと、みんなは私が喜んでいると思って喜んでいてくれている。だけど、私たちは喜んでいる訳ではない!物凄く焦っているのだ!

 

「ああ!もう!カードが実体化してしまったわ!」

 

「えっ?!カードが実体化したのですか!?」

 

「そうや!空を飛んでいるで!!」

 

ケロちゃんが空に指を指して叫ぶ。

みんなは指した方向を見て驚き、信じられないと顔に出ていた。

 

「あの大きな鳥がカードなのですか!!?」

 

「せやで」

 

「カードが鳥に変わるなんて有り得ないよ!!」

 

「でも、現に飛んでいるや!」

 

「馬鹿馬鹿しい。普通、カードが鳥になるのか?て言うか、大体どうやって!あんな馬鹿でかい鳥を捕まえるんだ!!」

 

「それは力を持ったクロウカードだから、出来ることや。そして、それをなんとかするのが、カードキャプターやで!」

 

「そんなの無理ですわ!!やっぱり!今すぐ!契約を取り消してください!!」

 

「契約を取り消すことはできないのか?!」

 

「ちゃんとカードを封印するまでは無理や」

 

「どうして!ちゃんと封印をしていなかったのですか!!」

 

「いやあ...。三十年間寝ておってな...うわ!?何するねん!」

 

「君がちゃんと封印すれば良かっただけの話ではないか!!」

 

「こんなこと!お嬢様には無理です!貴方の力だけで封印することはできないのですか!!」

 

どうやって封印をすればいいのかを考えているうちに、みんながまたケロちゃんを責め始めている!

早くなんとかしないと!でも...どうやれば、捕まえられるのだろう。そもそも、あんな離れた場所までどうやって行くのか...。

 

......全然わからない!翔(フライ)が使えれば、一番楽なのだけれど、今から捕まえるのが、翔(フライ)のカードだ。

...ええい!!わからないから、取り敢えず!あの杖を使ってみよう!そうしよう!

 

「闇の力を秘めし鍵よ。真の力を我の前に示せ。契約の元、カタリナが命じる。封印解除(レリーズ)!」

 

私がそう唱えると足元には魔方陣が現れた。

小さかった鍵が大きくなり、段々と伸びながら杖となる。

 

「闇!?」

 

「闇だと!?」

 

「カタリナ様凄く格好いいですわ!!」

 

「カタリナ様とても格好いいです!!」

 

メアリとソフィアは私を格好いいと褒めくれて、キースとニコルは無言で見ていた。王子組にいたっては闇という言葉に驚いていた。

...というか、なんで、ジオルドとアランはあんなに驚いているのかしら?確かに闇はこの乙女ゲームは存在していないけど...。初めて聞く力だからってそんなに驚くことなの?

 

...って!いけない!今はそんなことよりも!クロウカードを捕まえなくちゃ!!

 

「ケロちゃん!行くわよ!」

 

「お、お、おう...行くで....」

 

始まる前からやけにぐったりしているケロちゃん。

ケロちゃん元気出してよ。これからクロウカードを捕まえるのに、このままだとケロちゃん、やられちゃうわよ。

 

あ...そうだ!翔(フライ)のカードを捕まえたら、お菓子をあげよう!美味しいし、きっと元気が出る筈だわ!プリンとか好きだったし、喜んでくれるわ!ケロちゃんは、これから私の大切なパートナーになるのだから、これくらいのことは当然よ!

 

「...で、ケロちゃん、これからどうしよう?」

 

「そんなことすら考えてなかったんか!こんなんで大丈夫やろか...い、いや、なんでもあらへん......」

 

私がケロちゃんに相談していたら、急にケロちゃんの顔が真っ青に青ざめていた。ケロちゃんが見ていた方を見ると、そこにはみんなが私とケロちゃんのことを見ていた。なんか心なしか...目付きが悪いような...。

 

もしかして、怒りのあまり睨んでいた!?そうだよね!ケロちゃんに会わなければ命懸けの事件に巻き込まれなかったし、私もいつもみんなに、迷惑を掛けてしまっているものも!しかも今回は命掛けだし!今回はいつもことだからで済ませることはできないわ!!怒るのも仕方ないわ!

みんなごめんね!!この件が終わったら、絶対何かお詫びをするから!!

 

私が翔(フライ)のカードの様子を見るため空を見上げると、杖に反応したのか翔(フライ)のカードがこちらに向かって...飛んできた!?!?

 

「みんな逃げてーーーー!!」

 

私の叫び声に反応してみんなは空を見上げる。

こっちに翔(フライ)のカードが飛んできていることに気が付いたのに、みんなは驚きのあまり動けなかった。でもキースが、立ち向かうように前に走り出る。

 

「キーーース!!」

 

私が叫んでもキースは無視をしていた。

キースはある程度前に行くと、地面に手をついて魔法を発動させる。巨大な土の壁を作り出して、翔(フライ)のカードの動きを止めようとする。

 

「義姉さんは僕が守るんだ!!」

 

ああ!キース!なんてお姉ちゃん思いの良い子なのかしら!!

 

「カタリナ!カードの動きが鈍くなっておるで!」

 

「あっ!そうだったわ!」

 

私がキースの行動に感動をしていると、ケロちゃんに指摘される。

そうだった!キースが頑張っているのに、私がボーッとしていたら意味ないじゃない!!

 

私は土の壁にぶつかって動きが鈍くなった翔(フライ)のカードの元へ走る。

 

「義姉さん!!!!危ない!!!」

 

「カタリナ!行っては駄目だ!」

 

「おい馬鹿!止まれ!アホ令嬢!!」

 

「カタリナ様!危ないです!戻ってきてください!!」

 

「カタリナ様!行かないで!!」

 

「カタリナ!!」

 

「お嬢様!!行ってはなりません!!」

 

切羽詰まったみんなの叫び声が聞こえる。

特にキースの叫び声に悲痛を感じた。巨大ゴーレムで、私を吹き飛ばしてしまった事件を思い出してしまったのであろう。

 

でも今回は大丈夫よ!この杖で封印が出来るから!

 

私は杖を振りかざそうとするが....

 

翔(フライ)のカードが作り出した風で吹き飛ばされてしまった。

私の体は藁のように飛ばされ、あっという間に叫ぶ暇もなく空高く飛ばされていた。

 

「ぐぬぬぬぬ...」

 

でもケロちゃんが私の襟を噛んで、少しずつ降ろしてくれた。

 

「よくも!!義姉さんを!!!」

 

私の飛ばされた姿を見てキースは怒り狂っていた。

いつの間にか巨大土人形を作り出し、今度こそ翔(フライ)のカードの動きを完全に止める。

 

私はもう一度、翔(フライ)のカードの元へ駆け寄り、杖で封印をしようとする。

 

「汝のあるべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

カンッと、蒼い石のような部分が空中に当たると音が鳴る。翔(フライ)のカードが暴れ出し、蒼い石の先にはカードの形をした光が現れる。

 

「本当に凄いですわ!!カタリナ様!!」

 

「とても格好いいです!!カタリナ様!!」

 

メアリとソフィアが興奮して褒めてくれるのは良いのだけど...

 

 

魔力がしょぼいから中々終わらないわ!!

ちゃんと漫画やアニメで観たシーンを思い出して、上手くいく方法を想像しているのに、全然カードに戻ってくれない!!

やっぱり悪役令嬢のカタリナ・クラエスは駄目なの!?さくらちゃんのような清らかな乙女の主人公じゃないと駄目!?さくらちゃんはいないから無理よ!!どうするのよこれ?!

 

「カタリナ!援護をしますよ!!」

 

私が心の中で愚痴っていると、ジオルドが魔法で援護をしてくれた。

しかし...流石王族の魔法ね。炭になりそうな勢いで燃やしているもの。......あれ?クロウカードを捕まえるのに、こんなに痛め付けないといけないものだっけ?でも、そうしないと、魔力のしょぼいカタリナじゃ捕まえられないしなあ......。これ、燃えつきないよね?

 

クロウカードがかなり弱まったお陰で、やっと大人しくなり、カードが元の姿に戻る。

 

「本当に.....元の姿に戻るのですね」

 

みんなが感心している最中、私ははしゃぎながら、カードを持って彼らの元へ向かおうとするのだが...

 

 

あれ...?急に...眠気が....

 

私は地面に倒れ込みながら思い出す。

そうだった....。さくらちゃんが....,魔力を使いすぎた時....補うため...眠くなるんだっけ....

 

みんなが心配して叫んでいる中、私は地面に倒れ込んでしまうのであった。



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みんなを心配させてしまった...

布団の柔らかい感触....。

ゆっくりと目を開けると私は、泣いていたアンと目が合う。いつの間にか私はベットで寝ていたみたいだ。

 

「お嬢様!!」

 

アンは私の手を強く握り締めた。

痛いって言いそうになったけど、アンの姿を見てそんな気にはなれなくて我慢した。傍にいるのはアンだけではなく、お父様とお母様もいた。キースはいなかった。

 

でも、なんで私はベットで寝ていたのだろうか?眠る前の行動が思い出せない....。

 

「カタリナ。大事な話があるのだけど...」

 

「お父様...?」

 

考え事をしている私に、お父様であるルイジ・クラエスが優しく真剣に話し掛けてくる。

 

「いいかいカタリナ。ケロちゃんのことだけども...」

 

ああ!!思い出した!私はクロウカードを封印した時、魔力を使い過ぎて倒れたんだ!

みんなはあれからどうしたのかな?一応、私が封印したから大丈夫だと思うけど...。...あれ?ケロちゃんはなんで傍にいないの?どこに行ったの?

 

「カタリナ!話をちゃんと聞きなさい!」

 

考え事をしていた私に、お母様であるミリディアナ・クラエスが厳しく叱る。私と同じ悪役顔あって、余計に怖く感じた。

お父様は話を聞いていない私に苦笑いを浮かべていた。

 

「ケロちゃんはね、魔法省に引き渡すことにしたからね」

 

「魔法省?」

 

「そう、魔法省」

 

魔法省といえば、この世界で王族の次に権力を持っているところだ。

......でも、なんで、あそこにケロちゃんを連れて行くのであろうか?ケロちゃんは別作品のキャラクターだから、調べても何もわからないと思うんだけど...。

 

「なんでケロちゃんを、魔法省に引き渡すことにしたのですか?」

 

「カタリナそれはね。ケロちゃんも、クロウカードも、私達には手に負えられない危険な存在だから、魔法省に任せることにしたんだ」

 

「そんな!!?」

 

えっ!?あの大好きなキャラと離れたくないわ!それに、ケロちゃんは封印を守る獣だから、危険な存在ではないわ!...まあ、クロウカードは危険な存在に変わりないけど...。だけど!クロウカードは仲良くすることができた筈だわ!最終的にはさくらちゃんのことを守ってくれていたわ!詳しくは覚えていないけど!

 

「お父様!それは誤解です!ケロちゃんは危険な存在ではありません!クロウカードだって仲良くなれば!守ってくれる存在になります!」

 

「カタリナ......。今現在、クロウカードは危険な存在だよ。それに...クロウカードと仲良くなるなんて、どうやってやるんだい?確かにケロちゃんから聞いた話では、一枚一枚に人格はあるって聞いたのだけど、話せない相手とどうやって仲良くするの?」

 

「そ、それは....」

 

「カタリナ!いい加減にしなさい!あれは危ない存在なのよ!今でも周りによく迷惑を掛けているのに、これ以上迷惑を掛けないでちょうだい!!...カタリナ、なんで、あんな危険な物を好きになってしまったの......」

 

怒鳴っていたお母様だったが、突然手で顔を覆って泣き出してしまう。お母様の肩をお父様が手を乗せ、優しく背中をさすっていた。

 

「カタリナ。今回ばかりは、君の我が儘に付き合わないよ」

 

「でも!お父様!まだ二枚、封印してはいないのですよ!私がやらなかったら!誰がやるの....ですか......」

 

私が叫んでいる最中に一気に雰囲気が変わった。お父様は冴えない表情を浮かべ、アンは泣き崩れていた。あまりの変わりように、私は雰囲気に呑まれて勢いがなくなった。

 

「私が...!!私が...!!私が!怒りに身を任せたあまりに...!!」

 

「アン。君は悪くないんだよ。君だけではない。キースも、ジオルド様も、アラン様も、ニコル様も、メアリ様も、ソフィア様も、みんな悪くはないんだ。私だってあの場にいたらそうする」

 

「...お、お父様。一体...何が合ったのですか...?」

 

自分自身を責めるアンを見て、疑問に思った私が尋ねると、さらにお父様の表情は沈んでいく。握った拳は震えていた。

私はこの先の答えを聞くのが怖くなってしまって、耳を塞ぎたくなってしまったが、なんとかその気持ちを抑え込んだ。

 

「いいかいカタリナ。よく聞いて。....実は....」

 

意を決したお父様だったが、まだ言う気持ちは足りていないのか声が震えていた。

そんなに言いづらいことなの?なんだか、とっても怖くなってきたのだけど....。

 

「逃げ出したカードは、二枚だけではないんだ」

 

「...えっ......?」

 

お父様から告げられた衝撃の告白に、私の体に雷に打たれたような衝撃が走った。

...なんで、二枚だけではないの?私が風(ウインディ)って言って、吹き飛ばしたから、この事件が始まったんだよね?なんで状況が悪化しているの?

 

私が黙っていると、お父様は何度も深呼吸をして気持ちを整えていた。

 

「カタリナが倒れてしまった後、本気で怒ったアン、キース、ジオルド様、アラン様、ニコル様、メアリ様、ソフィア様はカードと本を燃やそうとかしたんだ」

 

みんな...なんで...。...そんなことをしたの?

 

「その結果.....半分以上のカードが逃げ出した。唯一幸いだったのは、ケロちゃんがすぐに止めてくれたから、半分だけですんだ。それでも、半分はどこかに飛んでいってしまった...」

 

「だから...カタリナ......。一枚だけでも苦戦していたのだから、もうカタリナには無理なんだ。ここは大人しく、ケロちゃんと魔法省に任せよう。...確かに、カタリナが呪文を唱えた責任はあるのかもしれない。でも、封印をきちんとしていなかったケロちゃんにも責任はある。だからカタリナ。そこまで気にしなくては良いんだよ」

 

そう言ってお父様は私の頭を優しく撫でた。

でもその心地よいリズムに身を任せてはいけない。私にはやるべきことがあるのだから。

 

「...お父様」

 

「なんだい?カタリナ」

 

「キースとお話がしたいのですが...」

 

「それはどうして?」

 

「キースがどうしてそこまで怒った理由を、知りたいのです!」

 

「カタリナ.....」

 

先程までの真剣な表情をしていたお父様が呆れ顔となる。大きな溜め息をつくと苦笑いをする。でも、その苦笑いは、私だけではなくお父様自身にも向けているようにみえた。

 

「そっかあ...そうだよね...。私も、ミリディアナも、互いの気持ちに気が付かなかったもんね。そういうところも似てしまったのかあ.....」

 

私はお父様やお母様ほど鈍感ではないわよ!ただ悪役令嬢だから、モテないだけよ!......なんだか、自分で言っておいて、悲しくなってきた...。そう言えば、前世でも、恋愛経験なんて無かったなぁ...。この世界では恋愛できるのかしら...。...って!思っている場合ではないわ!破滅フラグを回避するには恋愛している暇はないわ!

 

「わかった。その代わり...キースに対して、わかっているとは思うけど、絶対に怒っては駄目だよ」

 

「え?なんで私がキースに対して怒るのですか?」

 

「うん...そうだね。やっぱりカタリナはカタリナだね」

 

お父様は嬉しそうに笑いながら、私の頭をもう一度撫でた。

 

「わかった。でもカタリナ。体の具合は大丈夫かい?まずは体を休めることが大事だよ」

 

「ええ、大丈夫ですわお父様。私はただ単に、魔力を使い過ぎただけですから」

 

「そう...。やっぱり、ケロちゃんの言った通り、カタリナには知識があるんだね」

 

「はい!夢で見ましたから!」

 

「そっかあ...。こんな縁、要らなかったのになあ...」

 

「旦那様!縁とか決め付けないでください!こんなこと、ご冗談でも笑えません!」

 

「ごめんねミリディアナ」

 

お父様はお母様を謝りなながら、私を連れて部屋を出ていく。私は部屋を出る前にアンに言う。

 

「大丈夫よアン。たかがカードの数が増えただけよ。また頑張れば良いだけの話じゃない」

 

最初は驚いたけど、実は封印する数が増えたこと自体はあまり気にしていない。だって、元々の話では、風(ウインディ)のカード以外全て吹き飛ばしていたもん。

まあ...始まる前は物凄く不安だったけれども、今はどうってことはないわ!だって!魔力がしょぼいカタリナ・クラエスでも、なんとか封印ができたもん!成長をすればもっと簡単に封印ができるわ!それに、漫画やアニメの知識で封印の仕方は知っているわ!だから、なんとかなるでしょ!

 

それよりも...なんでみんながそんなに怒った理由の方が気になる。なんでだろう?

 

私はチラッとアンの方を見たが、先程よりも泣いていた。

どうしてそんなに泣いているの!?こんなこと、カードキャプターではよくあることだから、気にしなくていいのに。...あ!そうか!今回は私が被害に遭ったのだけど、自分も被害に遭ってしまうのではと思ったアンは、とても怖くなってしまって泣いているのね!でも大丈夫!このカードキャプターカタリナが、封印してみせるわ!!

 

そう決意した私は、お父様と共にキースの部屋に行くのであった。

 

 

 

コンコン

 

「キース。話があるのだけど....」

 

「ごめんなさいお父様。お父様に見せる顔はありません。僕が感情に任せてしまったせいで...!!」

 

ドアをノックして話し掛けたところまではいいが、秒で拒否られてしまった。

キース...。

 

「キース、私よ、カタリナよ!怒ってないから、出ておいで。ちょっとお話をしたいだけなの」

 

「義姉さん!...ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

キースが壊れたラジオのように呟き始めた!?

 

「キース!しっかりして!キース!」

 

私の必死の叫び声も虚しく、キースの呟きは止まらない。

 

キース......。

とても怖かったのね。そうだよね...。だって、前の家にいた時、その魔力で兄弟を傷付けてしまったもんね。私の倒れた姿を見てトラウマを思い出してしまったのね。

 

...うん?ということは...カードを放っておいたら、ヤバくない!だって、キースのように魔力にトラウマを持っている子は他にもいても可笑しくはない!カードが暴れ出してしまったら、他の子達も怖がらせてしまうじゃない!ううん、他の子たちだけではない。キースやアンは今現在怖がっている。いや、キースやアンだけではない、お父様も、お母様も、ジオルドも、メアリも、アランも、ソフィアも、ニコルもみんな怖がっているんだ!私だけは漫画やアニメでさんざん観たから、命の危険はあってもそれは見かけ倒しなだけで、死にはしないってことをわかっているけど、彼らはそんなことを知るよしもない。

...まあ、カードキャプターさくらの世界って結構危ないのよね。でも、この乙女ゲームの方が死ぬ。死ぬとはいっても、悪役令嬢カタリナ・クラエスだけだけどね。

 

私が安全だと知っていても、彼らには安全に終わらせたことを知らないし、それに...もうこれ以上、大切な人達を怖がらせたくない!脅えた姿も見たくない!これ以上怖がらせてたまるか!

 

決心した私は扉の前で叫んだ。

 

「キース!聞いて!」

 

叫んでもキースは反応してくれない。その反応は予め予想していたからそのまま続ける。

 

「キース、怖かったね。キースが強い魔力にトラウマを持っていることを知っているのに、私が巻き込んじゃってごめんね。それに...あんな怖い目に遭ってしまったら、カードに八つ当りしてしまっても仕方のないことなのよ。......だから」

 

 

「気にしないで、キース。キースは悪くないのよ。ううん、キースだけじゃない。ジオルド様も、アラン様も、メアリも、ニコル様も、ソフィアも、アンも、誰も悪くないわ。それとね私......カードキャプターをやっている少女の夢を見て...憧れていたのよ!やってみたいと思っていたのよ!」

 

「カタリナ!?!?」

 

お父様が隣で面食らっているが、今はそんなこと気にしている場合ではない。

 

「だからキース。カードが増えたことは全然気にしていないわ。寧ろ、どんと来なさい!このカードキャプターカタリナが....」

 

「義姉さんの馬鹿!!」

 

「そうや!このアホ!!!」

 

私の話の最中にキースが物凄い扉を開ける。

部屋の奥からケロちゃんの怒鳴り声も聞こえてきた。

 

「キース!ケロちゃん!」

 

キースの様子を一目見てから、ケロちゃんを探しにキースの部屋に勝手に入る。

 

キースは見たところ問題なそうであったが、顔付きが非常に険しく、まるでゲーム本編のカタリナを嫌うキースの顔そのものであった。幼少期だから怖さが半減していたが、大人の状態で睨まれたら凄んで、蛇に睨まれた蛙のようになってしまう程であった。

 

「ケロちゃん!」

 

ケロちゃんは部屋の奥で鳥籠の中に閉じ込められていた。私は急いでケロちゃんの元に向かう。私がなんとか開けようとする。

...助け出そうとしているのに、ケロちゃんは私のことを睨んでいる!?なんで!?

 

「おい!カタリナ!」

 

「何よ!?ケロちゃん!」

 

苛ついた私は叫ぶ。でも、ケロちゃんは私の目線を逸らさなかった。

 

「おまえさん!いい加減にしとき!」

 

「なんで!?私はただ!ケロちゃんを助けようとして...」

 

「そこじゃない!カタリナ!おまえさんは今!色んな人の心を踏みにじってんや!!」

 

「私が....色んな人の心を踏みにじっている....?」

 

「そうや!!」

 

そう言ってケロちゃんは、私の目線を真正面で受けとめる。ケロちゃんの瞳は真っ直ぐで、真剣で、厳しくて、でもどこか優しさがあって、まるで子を見守る父親のようであった。

 

「わいを助け出そうとする気持ちには感謝する。けどな!わいを助けて、カードキャプターを再開すれば、おまえさんのことを大切に想っている人たちの気持ちを、土足で踏みにじるもんや!...っていうか、カタリナ。なんで周りの人たちの気持ちを気付かへんの?...もう、ここまでくると...わざとか?」

 

「私が...みんなを傷付けている...?私の行動が...みんなを...追い詰める...?私は....みんなの気持ちに...気が付いていない...?」

 

私はケロちゃんの言っている意味がわからなかった。

助けを求めるようにキースとお父様の顔を見ると、物凄い勢いで首を縦に振っていた。特にキースの首の動きは目で追い付けない程であった。

 

「おまえさん....本当にわかっておらんかったのか.....」

 

私を見てケロちゃんは呆れて面倒くさそうに吐き捨てた。そして、私を馬鹿にするような長い溜め息を何度もついた。それから、気持ちを変えるように咳払いをして、私に指を指してケロちゃんは語り始める。

 

「いいか!カタリナ!みんなが怖がっていた理由は、クロウカードに巻き込まれたからではない!カタリナの傷付く姿を見て、失ってしまうと思ったからや!みんなが怒っている理由もそうや!カタリナを危険な目に遭わせたからや!」

 

「えっ....?私のこと...」

 

「ああ!おまえさんがわかるまで、何度でも言うたるねん!!みんなはな、クロウカードのことをそこまで怖がっておらん。おまえさんが傷付く姿を怖がっているんや!みんなが怒っとる理由も、おまえさんを巻き込んだからや!みんな!みんな!カタリナ!!おまえさんのことが、好きで好きで堪らないんや!命を懸けて守りたいほどにな!」

 

「...こんな...悪役令嬢の...私を......守りたいほど...」

 

「悪役令嬢.....?何、こんな時に寝惚けたこと言うてるねん!!...と言うか、おまえさん。なぜそんなに、自分が、愛されていないと思ってるんや?」

 

「それは......」

 

「カタリナ...」

 

「義姉さん...」

 

ケロちゃんの質問に私は口ごもる。そんな私にお父様とキースは悲しそうに見詰める。

...それは...言えないわ。だって、カタリナ・クラエスは、国外追放か殺される運命だもの。そりゃあ、破滅フラグの回避のために行動を変えたのだけど、それでも、自分が異性と愛し合う姿は想像できない。

 

「カタリナ!!」

 

「お父様!?」

 

急にお父様は私を力強く抱き締めた。私の頬が濡れる。お父様は泣いていたみたいだ。でもなぜ?

 

「ごめんねカタリナ。いっぱい愛情を注いだつもりだったのだけど、伝わっていなかったんだね...。これからはもっと愛情を注ぐから、そんな悲しい考えは捨ててね...。...カタリナ。君は愛されているんだ。私だけではない。ミリディアナも口うるさくしているけど、カタリナが貴族社会に馴染めるようにしているだけなんだ。キースも家族として愛している。アンもずっと君の側にいたいって願っているんだ。...だから、もうそのことを忘れないで...」

 

お父様を泣かせてしまった!?

お父様泣かないで!私はみんなに愛されていることを知っています!けど、ゲーム本編が始まってしまったら、絶対に主人公に負けてしまうのです!その時の対策を取らないと私死んでしまうのですよ!だから、お父様、気を悪くしないで...

 

考え事をしている私の背中に誰かが抱き付いてきた。

 

「義姉さん......」

 

「キース...?」

 

何故?キースもお父様と同じ行動を取るの?

 

「義姉さんがね...僕の気持ちに気が付いていないのは知っていたよ。けど......こんなに酷いとは思っていなかった。この家に来て、義姉さんに会うまで孤独だった僕でも、愛されている実感はあるのに...。姉さん...ううん、カタリナ。僕はね、義姉さんのことを、ひとりの女性として愛している。婚約に行って欲しくはない!ジオルド様に...ううん!誰にも取られたくない!...本当は言うつもりはなかった。けど、ケロちゃんに先にばらされて悔しかったから、伝えてみたのだけど......。義姉さんがここまで、鈍感だとは思っていなかった...」

 

「キース!?」

 

キースの声が段々、ゲームみたいに色っぽくなっていく。

もう色気を振り撒くの!?お父様もびっくりしているわよ!

 

私の顔が真っ赤になっているのに気にも止めないキース。それどころか、背中を抱き付く力が強くなる。

成長早くない!?

 

「義姉さん、愛しているよ」

 

「キ、キキース!?!?」

 

キースの突然の告白に私は動揺する。

どうしよう!?!?心臓がバクバクし過ぎて、可笑しくなってしまっているわ!流石乙女ゲームの攻略キャラ、威力が凄すぎるわ!告白なんてされたことないから、どうすれば良いのかわかんないよ!

 

黙ったままの私にキースは語りかける。

 

「ねえ、義姉さん」

 

「なな何よ!」

 

動揺したけどなんとか返事は出来たわ。

 

「どうして、義姉さんは、カードキャプターをやりたがっているの?あんなに危険なのに?...死んでしまうかもしれないのだよ!僕嫌だよ!!義姉さんの傷付く姿は見たくないんだ!!お願い!義姉さん!やめて.........やめてよ......。なんだって言うことを聞くから......カードキャプターだけは諦めて...」

 

キースが泣きながら私に懇願する。

キース...。...私は...どうすれば良いのかしら?みんなの言うことを聞いた方が良いわよね...。でも、このまま放っておいたら駄目だと思うの。それに...この世界なら、私以外の代わりなんて、いくらでもいるわよね...。お父様たちの言うことを聞いて、このまま誰かに任せてしまうことが良いことなのかな...。ケロちゃんだって、私に任せにくくなっているし...。やはり...魔法省に任せた方が.........う?何か引っ掛かるなあ......。どうしてだろう?

 

「あーーー!?!?」

 

「義姉さん!?しっかりして!」

 

「カタリナ!!」

 

「お、おい!大丈夫か!?カタリナ!」

 

私の頭の中でとあることが閃いて、思わず叫んでしまう。

私の叫び声を聞いたキース、お父様、ケロちゃんは私のことを心配して狼狽える。何もかも周りが見えない私はその場でしゃがみこんで頭を抱える。

 

よく漫画とかアニメで、人とは違う強力な力を持っている者はバレないようにしていて、その強大な力に振り回されているじゃない!!それに!力を解明するためならなんだってすることは漫画やアニメだけではない!テレビドラマ、映画、小説でもよくあること。それなのに!ケロちゃんが魔法省に連れて行かれてしまったら、私も酷い目に遭うに決まっているわ!私は選ばれたし、カードキャプターさくらに詳しいから、拷問されてもおかしくはない!!しかも魔法省は、王家の次くらいに権力があるでしょ。最悪の場合、クラエス公爵家ごと潰されてしまうわ!

あーもー!!神様!私を破滅フラグしかない悪役令嬢に転生させるだけでは飽き足らず、私の好きな物を使って、さらに破滅フラグを増やすとはどういうことよ!!そんなに私のことが嫌いなの!?前世で私は何か悪さしたの!?

 

このまましゃがみこんだままでいたいけど、ずっとそうはいってられない。意を決した私は立ち上がる!

 

「お父様!ケロちゃんを魔法省に引き渡さないでください!お願いします!」

 

立ち上がった私は、すぐさま膝をついて頭を床に擦り付ける。前世で住んでいた日本で一番、誠意を見せ付けられる土下座をする。

 

「カタリナ......。さっきから言っているけど、全部が君の責任ではないんだよ」

 

お父様の声色に哀れみを感じた。...もしかしたら、怒っているのかもしれない。そりゃあそうだよね、こんな迷惑なこと、巻き込まれたら誰だって嫌なもんね。でも!ここで諦めたら!ケロちゃんと私は破滅フラグを迎えてしまう!そんなの絶対に嫌!!

 

「お父様!キース!私の我が儘だけど、どうかカードキャプターを続けさせてください!お願いします!」

 

「義姉さん...。義姉さんは怖くないの?痛い目に遭うんだよ。死んでしまうかもしれないんだよ」

 

「大丈夫よ。夢でみた少女は、死ななかったし、怪我もしていなかったわよ。...お父様やキースの言う通りとても危険なことはわかっているわ。けどね...。クロウカードも殺す気はないわ」

 

怖がって震えているキースを安心させるように言う。

 

「えっ...?あれで!!?」

 

私の話に納得できる筈もないキースが驚く。お父様も驚き過ぎて口を開けっ放しだ。

 

「そうよ。もし本当に殺すのなら、逃げたカード全部まとめて襲い掛かってくる筈よ。なのにそれをしないってことは、殺す気はないでしょうね。きっと、クロウカードにとってはお遊びみたいなものだと思うわ」

 

さくらちゃんの時もそうだけど、彼らは本当に殺す気はないと思う。なぜならば、ちゃんと初期の方は一枚ずつ襲い掛かってくるからだ。あのさくらちゃんだって、初期の方に二枚以上来てしまったら死んでしまうと思う。それに、最初から対処できるカードしか来なかった。だから殺す気はないと思うし、クロウカードも遊んでいるだけだと思う。...周りへの被害は大きいけど......。これが私の根拠。

 

「それに...クロウカードを魔法省に預けるのは...とても信用できません」

 

「それはどうして?」

 

「たぶん...。......悪用すると思うからです」

 

お父様からの問いに、本当のことを言えない私は嘘をつく。

悪用できないと思うけど。......けど、するために、ケロちゃんと私は酷い目に遭うのであろう。魔法省のことを信用してるしてないの問題ではなく、クロウカードの力に目が眩んだ時のことを考えると怖いのだ。だから、教えたくはない。

 

 

 

「僕も今回ばかりは、カタリナの意見に賛成です」

 

「ジオルド様!?いつの間に!それに...みんなも!」

 

いつの間にか、いつものメンバーが集まっていた。みんなは息切れをしていて、ここまで来るのに必死だったことは容易に伝わる。友達想いのみんなに私は涙を流してしまう。

しかしお父様はジオルドの意見に、端正な顔立の眉をひそめる。いや、お父様だけではない、キースも、メアリも、ソフィアも、ニコルもお父様と同じ反応だった。アランだけは苦々しい顔をしていた。

 

「それは...どういうことですか?ジオルド様」

 

お父様が彼らを代表をしてジオルドに問う。

いつも穏やかな笑みを浮かべているお父様。でも今は、子供とはいえ王族を相手にしているのに、怒っている表情を隠していなかった。ジオルドはそんなお父様の態度を気にせず、真剣な表情で話し出す。

 

「僕は最後の方しか話を聞いておりませんので、あまりわかってはいませんが、カタリナの言う通り、魔法省はクロウカードを利用する可能性があると思います。もし、クロウカードの力に目が眩んでしまわれたら、知識を得るために手段を選ぶとはとても思えません。最悪の場合、カタリナも連れて行かれるのでしょう。どちらにしても、闇の魔力を持っている時点で、危険な人物として連れて行かれる可能性があります」

 

「闇の魔力...?ジオルド様、それってなんのことですか?それに私は、闇の魔力というものを持っていないですよ」

 

何故ジオルドは私が闇の魔力を持っている前提なのだろうか?そもそも私は、闇の魔力と言う言葉自体、今初めて知ったのだけど...。

頭がちんぷんかんぷんになっている私に、ジオルドは優しく語り掛ける。

 

「ではカタリナ。君があの魔法を使う時の言葉を、唱えてみてください」

 

「あの魔法?......ああ、クロウカードのことね!...コホン、闇の力を秘めし鍵よ。真の姿を我の前に示せ。契約の元カタリナが命じる。封印解除(レリーズ)。...ジオルド様、これで良いのですか?」

 

「はい、結構です。で、カタリナ...今、闇と言いませんでしたか?」

 

「ええ...言いましたわ...。.........もしかして...これのこと!?」

 

「そうです。このことが闇の魔力となると思います」

 

「ええ!?」

 

たった一言でだけで!?

 

「魔力は火、水、風、土、光だけではないのかい?」

 

私が驚いている間にも話はどんどん進んでいく。

お父様も闇の魔力を知らないようだ。

 

「それは表向きの話です。国の一部の者しか知りませんが、第六の魔力として、闇があると認められています」

 

「闇って...本当にそんなのものがあるのですか?聞いたことはないのですが...。この中で誰か、聞いたことある人いる?」

 

また私だけが知らないパターン?と思ったけど...みんなも知らないみたい。

本当可笑しいわね...。ゲームの情報だと魔力は火、水、風、土、光しか書いてなかった筈。ゲームにはない、この世界のオリジナル設定なのかしら?

 

「僕は聞いたことないよ、義姉さん」

 

「私も聞いたことないです」

 

「俺もない」

 

「私も聞いたことありませんわ。そもそも、闇の魔力とはどういったものですの?なんで隠しているのかしら?もし闇の魔力を持って生まれたお方はどうするのですか?」

 

新しく出てきた言葉にみんなが戸惑う。

ただ王族であるジオルドとアランは何か知っているよで...何故だろう?王族だけは知っている......。隠さないといけないことなの!?

 

「火、水、風、土、光の魔力は、直接その対象を操ることを皆さんもご存知だと思いますが、闇の魔力は従来の魔力と違い、闇を直接操るものではなく、人を操ったり、記憶をなくすことが出来る、言わば精神を操るようなものです。そして闇の魔力は、生まれ持った魔力ではなく、後天的に手に入れるものです」

 

「後天的...?」

 

「闇の魔力はある儀式をすることで、手に入れることができるのです」

 

ジオルドが辛そうな表情で語り続ける。

...答えを聞くのが怖くなってきた。でも、聞かないといけないわよね...。

 

「...ある儀式とは?」

 

「それは人の、誰かの生命を捧げることで手に入れる魔力なのです。なので、闇の魔力を持っている人は、過去に誰かを殺したことになります」

 

「ということは......私が人殺し!?!?」

 

自分の出した答えに全力で否定をしたくなる。

私はただ杖を握って契約をしただけよ!!

 

「義姉さんが人殺し!?ふざけるな!義姉さんがそんなことをするわけないじゃないか!!」

 

「カタリナ様がそんな野蛮なことを、するわけありません!」

 

「カタリナ様はそんなことしません!」

 

「ジオルド...冗談でもやめてくれ」

 

「ちょっと待てや!カタリナに契約させた際は、人なんて殺してへんで!杖を握らせただけや!」

 

「カタリナが人を殺すわけないとわかっています!!けど、それを、魔法省が信じてくれるとは思えません!」

 

私の代わりに猛反発してくれるキース、メアリ、ソフィア、ニコル、ケロちゃん。ジオルドはそれ以上に怒って反論をする。

みんながみんな自分のことのように、私以上に、感情的に怒って叫んだ。

 

「なあ、カタリナ」

 

「なんですか?アラン様」

 

この中でまだ落ち着いている方のアランが私に尋ねる。

 

「クロウカードって...何ができるんだ?」

 

「何ができる?そうですわね...火や水、風を操ったり、雨や雪を降らしたり、時を止めたり戻したり、空を飛んだり、眠らせたり夢を見せたりと...本当に色々なことが出来ます」

 

小(リトル)のカードがあるってことは、カード数はアニメ番の方だ。原作は十九枚くらいだったけど、アニメ番だと五十二枚。出来ることがかなり増えている。

 

私の答えにケロちゃん以外は顔を青ざめる。

 

「そんな...!!余計に知られては駄目じゃないですか!!」

 

「なら...俺たちがバレないように、手伝うしかないな」

 

アランがポツリと呟く。

その言葉に私も含めて全員が驚く。

 

「アラン!」

 

怒ったジオルドがアランに詰め寄る。今にも胸ぐらを掴む勢いだ。

 

「じゃあ!どうしろって言うんだよ!契約は破棄できない!下手に魔法省に教えたら、カタリナ自身にも危ない!もう、やるしかないだろ!」

 

アランの言う通りであった。

クロウカードが放っておくわけにはいかないし、誰かに助けを求めることはできない。

 

どうしようもない現状を作ったケロちゃんに、みんなは憎しみを込めた視線で睨み付ける。私はそんなケロちゃんを守るように、ケロちゃんの体を両手で優しく包み込む。

 

「カタリナ...」

 

「みんな...私のために怒ってくれてありがとう。でもそんなに怒らないで、私はずっと憧れていたのよ」

 

「カードキャプター...に?」

 

「ええ、そうよ」

 

カードキャプターと言うよりも、主人公に憧れていたのだ。あんな苦労の連続なのに、ずっと笑顔を絶やさないで、立ち向かうさくらちゃんが可愛くて、とても格好よかった。私もあんな主人公になりたかった。それなのに今の私は主人公を苛める破滅フラグしかない悪役令嬢だ。

 

だから選ばれて正直に言って嬉しい。例え苦労の連続でも。

絶対に破滅フラグと共に解決してみせる!



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初めてクロウカードを使ってみました...

『これより第一回、クロウカード捕獲作戦会議を開幕します。では、何か良い案がある方はいらっしゃいますか?』

 

私の脳内で議長カタリナ・クラエスが宣言をする。

 

『はい!』

 

強気なカタリナ・クラエスが自信満々に手を上げる。

 

『ではどうぞ、カタリナ・クラエスさん』

 

『魔力を鍛えれば良いのよ!』

 

『でも...。今まで破滅フラグを回避するために訓練をしてきても、土ボコが数センチしか上がらなかったのに...。あのクロウカードを相手にできるのでしょうか?』

 

弱気なカタリナ・クラエスが反論をする。

 

『じゃあ!仲良くなれば良いのよ!さくらちゃんが仲良くなったように、カタリナ・クラエスにも仲良くしてもらうのよ!』

 

今度はハッピーなカタリナ・クラエスが提案をする。

 

『でも...どうやって...仲良くなるのですか?それこそ、お父様が言ったように、相手は話すことができないです』

 

『あれ?確か...一部のカードは話せたと思いますが?』

 

『でも......。一部のカードだけですよね』

 

弱気なカタリナによって、場は悪い雰囲気に変わってしまった。

 

『ちょっと思い出したことがあるので、あれをご覧ください』

 

真面目なカタリナ・クラエスがスクリーンを用意する。

 

スクリーンには前世の懐かしい記憶が映る。

お墓が映っており、お線香を燃やしてお祖母ちゃんが手を拝んでいた。

 

『良いかい。御先祖様はね、常に私達を見守って下さっているのよ。だから、水とお線香をあげて、感謝を伝えるのよ』

 

夏休みのお盆の時期に、田舎のお祖母ちゃん家に遊びに来た私が、墓参りをしている時にお祖母ちゃんから説明を受けているシーンだった。

 

『懐かしいわ~。この時期のスイカやお萩、とても美味しかったわね~』

 

『で...!この話とクロウカードがなんの関係あるのよ!』

 

『確かに...。クロウカードとお盆の話はなんの関係もありません。ですが......』

 

 

『感謝の気持ちを述べれば、御先祖様のように、我々を守ってくれる存在になってくれるのではないのでしょうか』

 

『!?!?』

 

真面目なカタリナの発言はみんなを驚かせる。

 

『どのような人であっても感謝の言葉で、気を悪くする人はいません!感謝の言葉こそが、仲良くなるキーワードではないのでしょうか?』

 

『確かに...ありがとうって言われて、気分が悪くなることはありませんよね...』

 

『前世でお母さんに叱られるよりも、褒められた方が嬉しかったわ!』

 

『ありがとうと言う言葉良いよねぇ~』

 

『では...感謝の言葉を述べるとしましょう。ですが...この世界にはお線香がありません。水はともかく、お線香がないと効果が薄いのでは?お線香も欠かせない物と、お祖母ちゃんから教わりましたし...』

 

『だったら、アロマキャンドルを焚けば良いのよ~。とても良い匂いだから、きっと気に入ってくれるわ~』

 

『それだあ!!』

 

ハッピーなカタリナの意見によって、場は良い雰囲気に変わっていく。

 

『では、食べ物も用意しておきましょう。御先祖様にご飯などの食べ物を用意しておりましたので、何かあげるべきではないのでしょうか?...お供え物の定番物であるご飯やお萩などは無いので代わりに...クッキーやマカロンなどのお菓子、畑で収穫をした新鮮な野菜でよろしいのでしょうか?』

 

『異議なし!』

 

『だったら!水の代わりに紅茶にするわよ。水では素っ気ないわ!』

 

『では...。自分でお菓子を作ることはできませんが、紅茶なら自分で入れた方が心が伝わると思います。あと...それだけでは気持ちが足りないと思うので、持っているカードは毎日、タオルとかで丁寧に磨いて上げるのはどうでしょうか?』

 

『ピカピカなったら気持ちいいと思うから、良いんじゃない』

 

『もちろん、魔力を鍛えることも忘れずにしましょう。捕まえなければ意味がありません』

 

『では.........』

 

 

『毎日お菓子や新鮮な野菜をあげて、紅茶もいれて、感謝の言葉を述べてカードを丁寧に磨く。そして、カードをちゃんと捕獲出きるように、魔力を今まで通りに鍛えると。...ということで皆さん、よろしいですかな?』

 

『異議なし!!!』

 

議長カタリナが締めくくって、私の脳内会議は閉幕するのであった。

 

 

 

「義姉さん...何をしているの?」

 

「お嬢様、一体何をしていっらっしゃるのですか?」

 

私を怪訝な目で見る義弟のキースと召使のアン。

 

私は脳内会議で決めたことをしていたのだ。

カードを収容した本の手前に、アロマキャンドルを焚いて、今日貰ったお菓子と自分で注いだ紅茶を置いている。もちろん、手と手を合わして拝む体勢だ。

 

「カタリナ......。おまえさん、なにしてんねん!」

 

ケロちゃんにも呆れらてしまった。

...ケロちゃんって日本の漫画出身だから、お参りとか知ってそうなんだけどなあ....。

 

「カタリナ、遊びに来ました...よ...」

 

「お前また何やっているんだよ!」

 

「カタリナ様!遊びに来ましたわ...」

 

「カタリナ様...?」

 

「カタリナ...」

 

遊びに来たジオルド王子、アラン王子、アラン王子の婚約者メアリ、宰相の息子のニコル、ニコルの妹のソフィアが遊びに来たのだが、全員に呆れられてしまった。

この行動って、そんなに可笑しなことなのかしら?前世で住んでいた日本の習慣なんだけどなあ...。

 

「カタリナ...何をやっているのですか?」

 

ジオルドが呆れながら聞いてきた。

う~ん...。質問には答えられるけど...。みんな、クロウカードの件で責任を感じているから...あまり話題には出したくないわ...。それに仲良くなるって言ったところで、信用できないと思うし...。でも、説明しないと終わらないよね...。

 

「ジ、ジオルド様、あの、これはですね...。......そう!これは!お供え物です!!」

 

「...お供え物ですか...?」

 

「ええ!そうです!お供え物です!」

 

私は咄嗟に脳内会議で出した答えの一部を言う。

 

私の答えに訳が分からなくなったジオルドたちは、きょとんとして首を傾げる。

しかし...お供え物って言うと...なんだかなあ...。クロウカードが死んでいるみたいでなんか嫌だ。あれ...?そうなると......。私の行動自体駄目じゃん!あ!でも!お供え物は御先祖様だけではなくて、神様にもあげていたような気がするわ!......でも、神様ってクロウカードみたいに悪さをするの?あ...私には悪さをしているわね。...お供え物をあげたら少しは状況が良くなるかしら?

 

「お供え物ってなんだ?」

 

アランが尋ねてくる。上手い説明が思い付かない私はその場で固まってしまう。

どうしよう...。なんて答えよう...。...あ!閃いたわ!

 

「お供え物って言うのは、自分の好きな食べ物をあげる代わりに、守ってもらうことよ!」

 

「自分の好きな食べ物をあげる代わりに...」

 

「守ってもらうこと...」

 

メアリとソフィアがきょとんとしながらも私の言ったことを呟く。メアリとソフィアは納得したと言うよりも、考えが追い付いていない感じだった。

 

キース、ジオルド、アラン、ニコルの男子メンバーは物

凄い形相で私の話を否定してきた。

やはり、クロウカードのことが嫌いみたいだ。

 

「義姉さん!一体何を考えているんだ!そんなこと、無理に決まっているよ!」

 

「カタリナ...食べ物をあげたところで、助けてくれるとは、とても思えませんが....」

 

「はぁ!?お前じゃないんだから、食べ物なんかで連れねぇよ!」

 

「カタリナ......。食べ物では仲良くできないと思う」

 

「あらそうかしら?確かに食べ物は食べれないけど、気持ちだけでも嬉しいと想いますよ」

 

私の話を否定する彼らの気持ちは、正直に言えば正しいと思う。だけど根拠はある。

私の話で例えるのなら、マナーがそれなりに出来ている私に、マナーの本を渡してくるお母様だ。マナーの本を渡してくるのだったら、お菓子とか、鍬とか畑道具の方が良いわ。それでも、お母様が心を込めてプレゼントをしてくるのだから嬉しい。だから...相手にとって本当に必要な物ではないと、喜ばないのかと言われれば、私は違う!と断言出来るわ。それと......

 

 

召使のアンもそうだからだ。

はっきり言って私のプレゼントは、アンが本当に欲しかった物とは言えないし、役に立っているとは思えない。それでもアンは、私からのプレゼントを心から喜んでいると思っている。きっと、我が儘だった頃から世話をしてくれていたのだから、報われて嬉しかったのであろう。

 

だから、気持ちを伝え続ければいつか、想いが通じると思うわ!!

 

「みんなの言う通り、食べ物を貰っても嬉しくはないと思う。...けど、気持ちを伝えることが大事だと思うの。それに...初めから、何もできないと思って諦めていたら、本当に何もできない。たがら、やるということが大事だと思うわ!例え、気持ちが伝わらなくても!」

 

良いことを思い付いた私は得意気に語る。

最後にバシッと決め台詞を決めて、みんなの反応を伺ってみると...。

 

 

みんなの様子が可笑しくなっていた。

ジオルド、キース、メアリはずっと下を向いていた。ソフィアは笑ってくれたが、口元がピクピクと引きずっていた。ニコルもいつもと同じ仏頂面なのに、心なしか固まっているように見える。アンとケロちゃんは、かなり呆れてずっと溜め息をついていた。アランだけが様子は変わっていなかった。けど、みんなの変わりように戸惑っていた。

 

「まったくもう...おまえさんは...。もうこの話をしとると、他の奴らが可哀想やから、流れを変えるか。...せや!カタリナ!クロウカードを使ってみんか?」

 

「クロウカードを使う?なんでいきなりそんなことをするの?クロウカードを使う時って、他のクロウカードが暴れてからではないの?」

 

ケロちゃんからの提案に私は首を傾げる。

漫画やアニメを思い出すけど、さくらちゃんはクロウカードを必要な時以外は使わなかったわ。なのに私用で使っても良いのかしら?

 

「悪用しなければ好きな時に使っても構へんで。それに、おまえさんの力がどんなもんか、見とかなければいけへんしな。何か使ってみたいカードはあるか?」

 

「じゃあ!翔(フライ)のカード!空を飛んでみたいわ!!」

 

「え!?あの鳥のカードですか?!言うこと聞いてくれるのですか?」

 

「ジオルド様、翔(フライ)のカードを使った時の姿は鳥の姿をしていません。杖に羽が生えるのです」

 

「杖に.........羽が............生える.........」

 

「ほんと...なんでもありだな......」

 

私はカードを使えることにウキウキしているけど、ジオルドたちはやはり怖がっている。そこで説明をしたのだが、理解できなくなって呆然としていく。

...うん、これ、説明は難しいわ。でも、本当のことなのよねぇ...。やって見せた方が早いわ。

 

みんなにクロウカードを見せるために、私の提案の元庭に集まってもらうことにした。

 

 

 

「闇の力を秘めし鍵よ。真の姿を我の前に示せ。契約の元カタリナが命じる。封印解除(レリーズ)!」

 

杖を大きくして、翔(フライ)のカードを取り出す。

 

「翔(フライ)!」

 

杖を振り回しながら宝石の先端にカードを当てる。カンッ!と甲高い音が鳴り響き変化が訪れる。

 

宝石の真横に白い羽が生える。

......あれ?羽ってこんなに小さかった。さくらちゃんの時よりも、一回り二回り小さいのだけど......。人一人が限界そう...。やっぱり...魔力が少ないとこうなるの?

 

「おー...」

 

「凄いですわ!カタリナ様!」

 

「凄いです!カタリナ様!」

 

でも事情を知らないみんなは感心をしている。

 

「カタリナ...。頑張ろうな」

 

ケロちゃんだけは私の肩を優しく叩いた。

やっぱり少ないんだ...。まあ、気を取り直して!空を飛ぼう!

 

私は杖に股がる。

羽が何回かその場でパタパタさせると、あっという間に空へと上がる。小さくても力強いのね。

 

屋敷の屋根よりも高く、お気に入りの木より高く、どんどんと上へと上がっていく。いつの間にか、みんなの姿が見えなくなる程。

 

「わー.....」

 

私の目の前には美しすぎる光景が広がる。

遥か先の地平線、遠くの町、森や湖などの豊かな自然。手を伸ばせば雲だって掴めそうだ。私は今、誰もが憧れた空を飛んでいる。

行き先はどこにでも良い。とにかく飛びたい。

 

興奮した私は行き先もわからず飛んでいく。

 

「...カタリナ?って、おい!どこに行くんや!遠くに行ったら、ジオルド達が心配するで!あーもー!調子に乗るなさかい!」

 

そう魔力を使いすぎた私は一瞬クラっとしたが、なんとか体勢を整える。

 

「カタリナ、下に降りるで」

 

「うん...降りるわ...」

 

絶対に魔力をつけて!もっと空を飛ぶんだから!そう決意しても、今の私は虚しく降りるしかないのであった。

 

 

 

「カタリナ...調子に乗っては駄目ですよ」

 

「全く...義姉さんたら...」

 

「お前、何してんだよ...」

 

「カタリナ様ったら」

 

「そこがカタリナ様ですね!」

 

「............」

 

「もう...お嬢様は......」

 

疲れた私を待ち受けていたのには、呆れてながら待っているみんなだった。調子に乗ったことは事実なので、大人しくする。

......みんなも空を飛んだら興奮すると思うけどなあ...。

 

「まあ...空を飛んだら、気分が上がるのは仕方ないことや。それよりも、魔力を鍛えないといかんな。今みたく、翔(フライ)のカードで練習すればええやろ。せや...どのぐらい範囲ならバレへんで?」

 

ケロちゃんが私のことをフォローしてくれた!嬉しいわ!もう仲良くできているなんて!

 

「ここら一体はクラエス公爵家の敷地内だから、バレることはないよ」

 

「なら、低空飛行で練習や。羽が小さいから、周りにぶつかる心配は低いやろ」

 

「えっ?あの羽って、そんなに小さいのですか?」

 

「ああ、あれは小さい方や。本来はもう二回りあっても可笑しくはないからや。二人乗りぐらいは余裕や」

 

「二人乗りが...」

 

「出来る...」

 

私が感動している間に話は進んでいた。

もう本来の大きさではないっていうことをバレてしまったのね...。というか...やっぱりみんなも空を飛びたかったじゃない!二人乗りが出来るとケロちゃんに言われてから、目をキラキラさせているわよ!私の目は誤魔化せないわ!

 

「カタリナ...。頑張りましょう!そしていつか、二人で空で...」

 

「ジオルド様、抜け駆けは駄目です。それに...あんな高い場所で二人きりとは...義姉さんの身に何かあってからでは、遅いですから」

 

「キース、君はただの義弟でしょ。いい加減姉離れをしたらどうですか?それに僕は、カタリナの婚約者ですよ。デートくらい当たり前のことです」

 

「それは、今はでしょ。義姉さんには王様の妃は務まりません。それに僕だって、義姉さんのことをひとりの女性として見ていると、伝えましたからね」

 

「えっ?この騒動中にですか!?」

 

「ええ...。......そうでもしないと、義姉さんの考えが酷すぎたので......」

 

「酷すぎた...?一体何があったのですか?」

 

「実は...」

 

「やはり殿方はみんな狼ですわ。カタリナ様~!私と一緒に、愛の逃避をしませんか!」

 

「あ、皆さん狡いです!私も!...お兄様も、積極的に行動しないと遅れますよ」

 

「いや、俺はいいよ...」

 

「お前ら、何言っているんだ?下手に飛びに行ったら見付かると思うが...」

 

「それもそうですよね...。...私も、一緒に飛んでみたかったですが...。やめた方が良いですわね」

 

「よーし!みんなと一緒に空飛べるように頑張るわ!」

 

「こいつら...空を飛びたい理由が下心ありすぎやろ...」

 

やっぱり空を飛ぶことはみんなの夢なんだわ!そうだ!このことを切っ掛けに、クロウカードを嫌われなくなるようにすれば良いんだわ!もしかしたら、お母様とだって、一緒に空を飛べば仲良くできるかもしれないわ!

よし!この調子で頑張っていくわよ!



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川が氾濫しました...

「やっほ~~!!」

 

「義姉さん!」

 

「カタリナ、調子に乗っては駄目ですよ!」

 

空を飛ぶのって、本当に気持ち良いわね!しかも夏だから風が心地良いわ!まあ...低空飛行で飛んでいるから、木にぶつからないように注意しないといけないけど...。クロウカードの攻撃を避ける練習と思えばいいか。しかし......

 

「もう...疲れたわ...。少し休憩しましょ...」

 

魔力が少ないのは大問題ね。この練習の成果で魔力が増えればいいのだけど...。この問題は早く解決しないと!なんせ、クロウカードを使うのも捕まえるのも、魔力が必要。魔力が切れると何もできなくなるだけではなく、疲労感が身体中に広がって動けなくなる。そうなると、危なくなるのよねぇ...。

 

私が木に腰かけて休んでいると.....

 

「カタリナ、大丈夫ですか?僕がお姫様抱っこを....」

 

「ジオルド様、その心配は要りません。家族である僕が、運びますので...」

 

「キース、君はひとりの女性として愛していると、宣言したのないですか?なら、僕の役目ですよ。だって僕は、カタリナの婚約者ですからね」

 

「それは今の話でしょ。義姉さんには、王子のお妃は務まりません。婚約を解消させていただきます」

 

私がこうして疲れて座っていると、ジオルドやキース、この場にいないメアリ、ソフィア、アラン、ニコル、ケロちゃんは物凄く心配してくれる。ジオルドとキースは率先して運ぼうとしてくれるし、メアリは「私が絶対運びますわ!ベットまで優しくお連れいたしますわ!」と、お嬢様育ちで非力なはずなのに、頑張って力になろうとしてくれる。ソフィアは運べない自分の代わりに、必死に兄であるニコルに頼み込む。アランとケロちゃんはアンを呼んできてくれる。ほんと、みんな優しいのだから!

 

「ジオルド様、キース、ありがとう。でも、ケロちゃんが呼びに行ったから大丈夫よ」

 

「そうですか...」

 

「そうなのですね...」

 

きっといつも通りにアンが運んでくれるから、大丈夫でしょう。...それにしても...二人とも首を下に向けてどうしたの?

 

「お~~い!」

 

「お嬢様、大丈夫ですか!?」

 

「ケロちゃん!アン!私は大丈夫よ」

 

「それはよかったです...。では、お部屋に戻りましょうか」

 

「いつもありがとうねみんな!」

 

アンは軽く会釈すると、私を優しく抱き抱えて屋敷に戻るのであった。

 

 

 

 

「ねぇ、みんな!川で水遊びをしない?」

 

「いけませんお嬢様。それにお嬢様は...もう少し...淑女の礼儀を弁えて下さい...」

 

「そうですよカタリナ。ここには男の人がいますからね」

 

「義姉さん!少しは恥じらいを持ってよ!」

 

「おまえさんはな...。そもそも今はそんな体力ないのに、どうやって遊ぶんや?」

 

屋敷に戻っている最中に川を見掛けた私は、思わず遊びたくなる。

だって夏と言えば水遊びでしょ!夏の暑さに、冷たい水が心地よい。でも...貴族の娘として生まれ変わったから、足出しは駄目みたいなのよねぇ~。何がいけないのかしら?前世では男も女も、下着とあまり変わらない水着を着るのに...。

 

「......?!クロウカードの気配があるで!みんな!気を付けるんや!」

 

「クロウカードが...」

 

「ついに...来たのですね...」

 

「......」

 

私が考え込んでいる間に、ケロちゃんがクロウカードの気配を察知する。ジオルドとキースは私とアンを守るように円陣を組む。アンは私を抱き締める力が強くなる。ケロちゃんは必死にキョロキョロして探る。

 

「......!?川の方からや!」

 

「「「「川!?」」」」

 

ケロちゃんが指を指す。その瞬間...

 

 

 

ザブン!!

 

水が大きな音を立てて、私たちの背よりも遥かに高い水柱が現れる。

噴水でもこんなに高くは作れないわよ!!やはりクロウカードの力は凄いわね!!

 

みんなは驚きすぎて呆然としてしまう。

けど、このカードの正体を見破った私とケロちゃんはカードの名を叫ぶ。

 

「「水(ウォーティ)のカードよ(や)!!」」

 

名前を呼ばれたカードはこちらに向かってくる。

...いやいや、ちょっと待ってよ!!名前を呼ばれたからってこっちに来ないでよ!!来てほしいくて、名前を呼んだ訳じゃないのよ!...ただでさえ、訓練したばかりの私は魔力がないのよ!これではお荷物になってしまってしまう...どころか!本当にお荷物だわ!...ああ~もうー!私が封印しないといけないのに!魔力が少なすぎて駄目じゃん!!

 

水(ウォーティ)は私たちを襲い掛かる。

 

「はっ!」

 

水(ウォーティ)の攻撃はジオルドが魔法で作り出した火とぶつかる。

火と水は互いに消し合いながら、一歩も譲らない。けど、火の方が劣勢だった。段々と火は消されて、水(ウォーティ)がこちらに近付いて来てしまう!

 

「みんな!こっち!」

 

キースはジオルドが頑張って止めている間に、土の壁を作り上げていた。その壁はとても分厚くて水(ウォーティ)の攻撃にも耐えられそうだ。

私たちは壁に隠れて一先ず休憩をする。

 

「カタリナ!夢で色々と知っているのですよね?!」

 

「ええ、そうよ...」

 

「なら!このカード...水(ウォーティ)の封印の仕方を知っていますよね?!どうやってやるのですか!」

 

いつも冷静なジオルドが必死に質問をしてくる。

私はその質問を答えたいのだけど...

 

 

状況が違いすぎる!水(ウォーティ)のカードは、漫画もアニメも、場所は違えど冷凍室で風(ウインディ)のカードを使って凍らせるのだけど...この世界には冷凍室なんてない!冷蔵庫すらない!凍(フリーズ)のカードも持っていない!持っていても、今は魔力がなくて無理!この状況でどうしろって言うの!!

 

「...あのね...。水(ウォーティ)のカードはね...。凍らせて捕まえるのよ...」

 

「凍らせるのですか!?今は夏なのにどうやって!?」

 

ぎこちなく言う私にジオルドが私の肩を掴んで、顔と顔がぶつかりそうになる。

いつもの雰囲気と違って、なんだか話しづらい...。焦ってしまう気持ちは痛いほどわかる。だから...

 

「一旦逃げよう!」

 

「「えっ...?」」

 

ジオルドの質問には答えになっていないし、キースは一生懸命に耐えようとしていたから拍子抜けにしてしまう。

けど今は、水(ウォーティ)を捕まえる魔力はないし、火は水に弱いし、土の壁は水を吸って崩れそう...。ぼうっと見ている場合ではない!とにかく速く!ここから離れなきゃ!水(ウォーティ)のカードは水辺から遠くまでは離れなれないはずだ!

 

「逃げるって言っても...どうやってやるのですか!?そもそも追い掛けて来ないのですか!?」

 

「そうだよ義姉さん。こんなの屋敷に連れて帰れないよ!」

 

「大丈夫よ!水(ウォーティ)のカードは水源から離れらなれないわ!川から距離を取ってしまえば、こっちのもんよ!」

 

「せやな。大体のクロウカードは、その場から動こうせんな」

 

「そうなのですね。...では、どうやって逃げるのですか?」

 

「走るのよ!」

 

「「「「...えっ...?」」」」

 

どや顔で私は答える。その答えにみんなは呆れ顔になる。

キースやジオルドのお陰で、充分休めた私には走る力はある。一先ず逃げて、また捕まえに行こう!

私が決意を固めていると、キースがやれやれと呆れた感じで溜め息を吐く。

 

「わかったよ義姉さん...。僕が土の壁をもう一回発動させるから、そしたらすぐに逃げられる?」

 

「ええ!逃げられるわよ!だって!キースの魔法は凄いのだから!」

 

「義姉さん...。義姉さんがそう言ってくれるのなら...頑張れるよ」

 

「...僕だって......頑張っているのに...」

 

「まあまあ、カタリナのことやから、単純に誉めているだけやで」

 

「君に言われてなくても、そんなことわかっていますよ...!」

 

「もちろん!ジオルド様も、アンも、ケロちゃんも。この場にいない、アラン様も、メアリも、ソフィアも、ニコル様も、みんながいてくれるから、頑張れるのですわ!」

 

私はムスッとしていたジオルドの手を握る。

そりゃそうだよねぇ。ジオルドも本当に頑張っているのに、省かれたらつまらないわよね。イラッとしてしまうのも当然だよね。しかし...原作ではカタリナに興味なかったジオルドが、婚約者の為とは言え、命を懸けて戦うなんて...本当に乙女ゲームの攻略キャラだわ。......あ、今度はキースがなんだかムスッとしている。なんで?

 

「はいはい、人誑かしは終わりにするんや。早よ、逃げるで!」

 

あ、そうだわ!逃げなきゃ!

水(ウォーティ)が土の壁を相手にしている間に、私たちは全力で走って逃げるのであった。

 

 

 

 

「なに!川でクロウカードに襲われだたと!?」

 

「ええ、そうなのですよ。アラン様」

 

逃げていきた私たちを屋敷で待っていたのは、アラン、メアリ、ソフィア、ニコルのいつものメンバーであった。彼らはジオルドほど遊びに来ていなかったのだが、クロウカードの件以降、ほぼ毎日屋敷に来るようになっていた。

 

「カタリナ様!ご無事でなによりですわ!」

 

「カタリナ様!ご無事で本当に良かったです!」

 

「ああ。みんなが無事でなによりだ」

 

メアリとソフィアは私に泣いて抱き付く。

いつも真顔のニコルもホッとしているようだ。

 

「ああ。無事で良かったな。...だが、どうやってそのクロウカードを捕まえるんだ?いつまでも、川に放置にはいかないぞ。カタリナ、夢の中ではどうやって捕まえたんだ?」

 

感動の再会の中アランが話を進める。

 

「え、え~と...それはですね...。凍らせて捕まえます...」

 

「凍らす?どうやってだ?今は夏だぞ」

 

「それは~......」

 

冷凍室で。なんて言えません...。ああ!もう!どうしよう!文明が前世よりも発達していないから、冷凍室戦法できないじゃない!どうすれば良いの?!

 

「カタリナ様!私は水の魔力持ちですわ!なので私が、水(ウォーティ)を止めてみせます!私が止めている間に、カタリナ様がカードを封印してください!」

 

私が悩んでいると、メアリが手を上げて代案を出してくれた。

そうか!火、水、風、土なら、その手の魔力持ちが干渉する手もあったんだ。原作だと魔力持ちって、かなり少ないからそんな発想は思い付かなかったわ!

 

「いや...それは無理やな...」

 

「そんなあ!私の魔力が少ないからですか!?」

 

「魔力の量の問題ではない。そもそも、クロウカードは、一枚一枚が災いクラスや。並みの人間では歯が立たん。弱らすことができても、干渉することは不可能や」

 

「そんなあ...」

 

「気をするなメアリ。相手が強すぎるだけだ」

 

自信満々だったメアリは、ケロちゃんに否定されてしょんぼりをする。そんなメアリをアランが慰めていた。

 

「冬までは待てないぞ」

 

「凍らすことはできなくても。何か...動きを止められれば良いのですが...」

 

ソフィアの言う通り、動きを止められれば良いんだよねえ...。何か良い案は...

 

「そう言えば...土の壁が水が吸い込んでいたけど...それを応用すれば、捕まえられるかな?」

 

土の壁が水を吸い込む...?...なんか、......閃きそう...。.........!?!?

 

「その手があったわ!!」

 

名案思い付いた私は、屋敷中に響き渡るほど叫んで、部屋の中を跳び跳ねながら回る。その様子にジオルドたちは目を白黒させて、アンは「お嬢様!お止めください!」と止めてくる。

今の私にはこの気持ちは抑えられない。だって、名案が思い付いたんだもの!

 

それは...

 

 

水(ウォーティ)を土で固めてしまえば良いのよ!

そうよ!畑仕事をすればわかるわ!じょうろの水が、畑を水浸しにしない。だったら...!水(ウォーティ)のカードが動けなくなるまで、土で固めてしまえば良い!

 

「カタリナ...。どのような案を思い付いたのですか?」

 

気を取り直したジオルドが聞いてくる。

私は得意満面になって答える。

 

「それは...そうですね...。ずばり!量で勝てば良いのよ!」

 

「.........量...?なんの...量ですか......?」

 

「土の量よ!」

 

「土...?それは...僕が、土の壁に水が吸い込んでいる、と言ったからですか?」

 

「そうよ。キース」

 

「......色々と突っ込みたいところがあるのだが...。どうやって水(ウォーティ)のカードに、土をぶつけるんだ?」

 

アランの疑問は最もだ。私は方法を必死に考える。

さて...どうやって当てようかしら?クロウカードって、結構素早いのだ。生半可な方法では、いとも簡単に避けられてしまうと思う。しかも、土そのままでは、当てるどころか、持ち上げることもできない。何か...持ちやすくて、当てやすい方法が.........あったわ!

 

「泥団子よ!」

 

「「「「泥団子!?」」」」

 

みんなの叫び声が揃う。

そんなに驚くものなの?みんなは泥団子を知らないの?泥団子って言えば、子供のお遊びの定番なのに...。しかも土と水があれば作れるから、この世界でも同じ遊びがあっても可笑しくはないのに...。

 

「...泥団子って...なんなのですか...」

 

「土を丸める遊びよ!」

 

「土を丸める...。...その遊びは楽しいの?」

 

「ええ、楽しいわよ」

 

「土を丸める遊びのどこが楽しいんだよ!」

 

「そうでしょか?結構楽しめますわよ。綺麗に丸の形の泥団子できた時には、達成感がありますわ。なんでしたから...アラン様!どちらが綺麗な丸の形をした泥団子を作れるか、勝負よ!」

 

「なんだと...!?お前からの挑戦なら!受けて立つ!」

 

「カタリナ様!」

 

「カタリナ様が楽しいとおっしゃるとなら、私も泥団子ぜひ作ってみたいです!」

 

「............」

 

「お嬢様!?アラン様!?」

 

「カタリナ!おまえさん、途中から目的が変わっとるで!」

 

私とアランは、庭まで自然と競争しながら向かうのであった。

 

 

 

「二人とも...なにしてんねん....」

 

「アラン...。カタリナの突拍子もない行動はともかく...なぜ貴方までもが、一緒になっているのですか?」

 

「義姉さん......アラン様......」

 

「お嬢様ったら......庭をこんなにもぐちゃぐちゃにして......」

 

「カタリナ様!私もご一緒にさせてください!」

 

「私も!」

 

「.........」

 

私が泥団子を作る準備を終えて、アランと競争をしていたところにみんながやって来た。遅れてきたみんなの反応は様々でケロちゃん、ジオルド、キース、ニコル、アンは物凄く呆れていて、メアリとソフィアはかなりやりたがっていた。私は呆れている組を一先ずおいて、メアリとソフィアに説明をする。

 

「いい?泥団子の作り方はね...。まず、土を水で濡らします」

 

「土を...」

 

「水で濡らす...」

 

メアリとソフィアが準備をできたところで、説明を再開する。

 

「そうそうそんな感じ。で...水の量を気を付けてね。量が少なすぎるとまとまらないし、多すぎると今度はベチャってなって、固まらないの」

 

「カタリナ様。こう...ですか...?」

 

メアリはかなり手間取っていた。逆にソフィアはとても慣れた手付きで、泥団子を作り上げていた。

...ソフィアって、お外で遊ぶような子だったかしら?でも...泥団子のことをさっきまで知ってなかったわよね...?...ま、いっか。

 

「そうよメアリ。その調子よ!」

 

「ありがとうございますカタリナ様!私、頑張りますわ!」

 

「あ、狡いです!私のどうですか?カタリナ様!」

 

「ソフィアは物凄く上手だわ!」

 

「ありがとうございます。カタリナ様!」

 

「私だって、負けませんわ!」

 

「見ろよカタリナ!綺麗な泥団子を作ったぞ!」

 

「ふふ~~ん...。アラン様、まだまだ甘いですわ。綺麗に形を整えても...固さが足りませんわ!」

 

「なんだと!?丸の形の綺麗さで勝負をしていただろ!急にルール追加とか、卑怯だぞ!」

 

「確かにルール状ではそう言いました。...ですが、その泥団子は投げる物ですわ。だからある程度は、強度が必要なのです。それに...綺麗さを競うのに......形だけではなく!光沢も必要ですわ!」

 

私はアラン様に、ピカピカに磨き上げた自信作を見せ付ける。

前世でたくさん作ってきたのですもの。そうそう簡単に負けませんわ。......まあ、ルールから揚げ足を取る大人げない方法だけど...。けど、アランは次は負けないぞ!と張り切っているから大丈夫か。

 

「おまえさん方はな...!!本来の目的はなんなのか!忘れとるわけないよな!...って!キース、ジオルド、ニコル!あんたらも何拘り始めておるで!!」

 

「ケロちゃん。...もう諦めましょう......」

 

ケロちゃんとアンは呆れているけれど、ジオルド、キース、ニコルも参加したことで、泥団子作りは順調に進むのであった。

 

 

 

「ところで...。どうやって、水(ウォーティ)に泥団子を当てるのですか?」

 

泥団子を作っている最中に、ジオルドが大事なことを質問してくる。

 

「投げて当てるのよ!」

 

「義姉さん...。そんなの無理だよ...」

 

どうやら私の解答は駄目みたいだ。

そんな時だった。ソフィアがスッと手を上げていた。みんなの視線がソフィアに向くと、ソフィアは兄のニコルと私を交互に見ながら話し出す。

 

「カタリナ様、私とお兄様の風の魔力で、水(ウォーティ)の動きを止められませんか?」

 

「俺とソフィアの魔力で、か....。そんなことは可能なのか?」

 

「確かに...風(ウインディ)...風の魔法で、よく、クロウカードの動きを止めるシーンはあるわ!」

 

「なら...できるのか...。でも...ソフィアにそんな危ないことはさせたくないな...」

 

「大丈夫ですわ!お兄様!それに...こんなロマンス小説のような出来事を、見逃したくはありませんわ!」

 

「そ、そうか...」

 

ソフィアの熱意にニコルは押され気味だ。

誰が見ても止まらないソフィア。そんなソフィアにジオルドは、やれやれと溜め息を吐いた。

 

「だったら僕は、火で水(ウォーティ)を弱らせて見せます。...力差では負けてしまいましたが...相手の動きを止めることくらいなら出来ます!」

 

本当にみんな、やる気が凄いわね。なんでこんなにもやる気があるのだろうか?ソフィアなら、ロマンス小説のような出来事に憧れているからって、理由がわかるけど...。

 

「まあ...取り敢えず、明日、クロウカードを捕まえに行くで!」

 

ケロちゃんの言葉に私たちは一斉に頷き、明日に備えるのであった。

 

 

 

翌日

コンコン。私の部屋の外で誰かがドアを叩いている。

 

「義姉さん。行く時間だよ」

 

「私準備があるから、先に行っててね」

 

「そうなの?わかった。外で待っているね義姉さん」

 

「うん。ありがとねキース!」

 

すぐに納得したキースは部屋から離れていく。

...さてと...。みんなを待たせるわけにはいかないから、準備を始めますか...。その準備は....ずばり、カードキャプターさくらの醍醐味とも言える...。そう...それは...!

 

 

可愛らしい衣装を着ることよ!

 

この世界には、衣装を作ってくれる知世ちゃんはいないけど!このカタリナ・クラエスには、公爵家の娘として、ドレスならいっぱいある!私だって、可愛らしい衣装を着て挑みたいわ!

私が意気込んでドレスを選んでいると...

 

 

「早よ行かんかい!」

 

ケロちゃんに怒られました...。

 

 

 

「みんな!お待たせ!」

 

「いいえ。こちらも来たばかりですから大丈夫ですよ」

 

「お前...なんで遅れて来たんだ?」

 

私は急いでみんなの元に走る。

アラン以外は特に気にしてはいなかった。

 

「実は...ちょっとね...」

 

「何故か急に、服を選び始めたから遅れてしまったんや!」

 

私が言い淀んでいると、ケロちゃんが勝手に言ってしまう。

 

「別に良いじゃないの!」

 

「義姉さん、服を変えるのは良いけど、もう少し時間を考えた方が良いよ」

 

「カタリナ様は何着ても、お似合いですから大丈夫ですわ!」

 

「と言うかなんで、服を着替えようとしたんだ?」

 

「それは...夢の中の少女が...可愛らしい衣装を着ているのが、羨ましくて...」

 

「カタリナ...。カタリナはなに着ても可愛らしいのですから、気にしなくて良いのですよ。もちろん、着飾った姿も見てみたいのですが...」

 

ジオルドはそう言って私の手を握る。

励ましてくれるのは嬉しいのだけど、私は単純にさくらちゃんの衣装が着てみたかっただけで、容姿を気にしているわけではないよ。...まあ、この悪役面は変えられるのなら、変えたいのだけど...。

 

「みんな!そんなことをしている場合ではないで!クロウカードの動き出すで!準備はええか!」

 

そうだ!準備をしなくては!

私は小さな鍵を握って唱える。

 

「闇の力を秘めし鍵よ。真の力を我の前に示せ。契約の元、カタリナが命じる。封印解除(レリーズ)!」

 

鍵を本来の大きさに戻す。

私が準備を終えた頃には、みんなの準備も終わっていた。

 

水(ウォーティ)も待っていたかの如く、私が唱え終わると動き出す。

 

「はっ!」

 

水(ウォーティ)の攻撃はみんなに当たることなく、ジオルドが魔法で作り上げた火とぶつかる。

今は拮抗としているが、力差ではそのうち負けてしまう。けど、私たちは一人ではない!

 

「行くぞ、ソフィア」

 

「はい!お兄様!」

 

ニコルとソフィアの風の魔力が、水(ウォーティ)の周りを包み込む。火と風が互いに混ざり合い、まるでクロウカードを二枚同時に使っているみたいだ。

 

「えい!」

 

「私だって!カタリナ様の役に立って見せますわ!」

 

「これでも食らえ!」

 

キース、メアリ、アラン、アンが泥団子投げ続ける。泥団子は魔法の風に当たって砕けるが、水(ウォーティ)の水を吸い込む。投げていくうちに、風は茶色く染まっていく。そのせいなのかはわからないが、水(ウォーティ)の動きが段々と鈍くなる。

 

「カタリナ!今がチャンスや!」

 

「わかったわ!」

 

私を腕を精一杯伸ばして杖を水(ウォーティ)に近付ける。そして勢いのまま、振りかざす!

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

カツンっと、甲高い音が鳴る。私は少ない魔力を振り絞って、水(ウォーティ)を封印しようとする。

 

「やったわ!カードを封印したわ!」

 

数十秒間の攻防の末、なんとか封印が出来たのであった。喜びのあまり私は、疲れも忘れてその場ではしゃぐのであった。



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屋敷の中が泡だらけになってしまった...

「はぁ...」

 

全く、お嬢様は本当にお騒がせな方だ。

私、アン・シェリーは、お嬢様のことを思うと、頭が痛くなる。

 

洗濯物をなんとなく洗っているうちに、最近の出来事をふと思い返す。

 

お嬢様の部屋にいつの間にか置かれていた、謎の赤い本。あの本を置いた人には文句を言いたい。いや、文句だけでは気が済まない。どんなに謝っても、赤い本を置いた方は絶対に許せません。あの本の影響で、お嬢様は巨大な鳥に吹き飛ばされて、クラエス婦人は部屋に閉じ籠り、川は氾濫をし、使用人たちは辞めていく始末だ。

 

だから、赤い本とケロちゃんは魔法省に引き取ってもらうことにした。しかし...

 

何故かお嬢様は、ケロちゃんとクロウカードを大分お気に召している。

お嬢様が言うには、クロウカードで死ぬことはない。とおっしゃっておりましたが、絶対に嘘です。魔法に疎い私でもわかります。いくら夢の中の少女が無事だったとはいえ、お嬢様は何を根拠に、そのような判断を下したのでしょうか?

 

お嬢様はカードキャプターをやりたがっているようですが、無謀なことに挑んでいるしか思えません。

お嬢様は一人では、クロウカードを封印できず、ジオルド様やキース様、アラン様、メアリ様、ニコル様、ソフィア様のお力添えがあって、やっと、封印ができるもの。しかも、今のお嬢様の魔力では、クロウカードを一枚使うのがやっとのことで、あとは魔力切れでその場に倒れてしまう。このことも何気に大変です。お嬢様を運びたい方が、たくさんいますので...騒ぎが大きくなる前に、私が運ばなければいけません。

 

お嬢様は何故、クロウカードを欲しているのでしょうか?

前にお嬢様に尋ねた時は...

 

 

「クロウカードが集めたい理由?それは簡単よ!私も魔法を使えるようになりたいからよ!」

 

 

そう言ってお嬢様は元気良く応えました。

確かにお嬢様の魔力はとても少ないです。どんなに練習をしても、成長の兆しがあまり出ていません。しかし...

 

それ以外では、お嬢様はとても恵まれた方だ。

クラエス公爵家という地位の高いところに生まれ、旦那様には溺愛をされて育ち、奥様は突拍子もない行動をするお嬢様を見放さず、心の底から愛してくれる人たちがいる。

こんなにも素晴らしい環境で育っていらっしゃるのに、お嬢様は何故力を求めてしまったのだろうか?...そういえば、あの時語っていたお嬢様の瞳は...

 

 

雲一つもない青空のような、明るく透き通った綺麗な瞳でした。

 

 

あれは力が欲しいというわけでなく、ただ単に魔法に憧れていただけだった。それはそれで質が悪い。

 

少しでもこの件を早く終わらせるため、お嬢様に夢の話を聞いて見ましたが、あやふやなところも多い。それは夢の中の話だから、あまり覚えることができないのでしょうか?

 

溜め息を吐いたって、物事が良い方向に進むことはない。覚えていないことをいつまでも気にしては、終わるものも終わらなくなる。だから気持ちを切り替えなければならない。とはいえ....

 

夢の中の少女、キノモト・サクラ。クロウカードを作ったクロウ・リードの遠い親戚にあたる、リ・シャオラン。

どちらでも構いませんので、引き取り来て下さい。我がクラエス公爵家は、貴方方のご訪問を心より、お待ち申し上げております。貴方方の望む品があるのなら、旦那様ができるだけご用をするのでしょう。勿論私たち使用人一同も、貴方方を盛大に歓迎致します。だから...

 

 

一刻も早く来てください。お願いします!

 

 

 

「ふぅ...。まだまだ暑いですね...」

 

汗が滲み流れる。夏の暑さは未だに厳しい。

水を飲みに行ってから続きを行いましょう。イタズラをする人なんて誰もいないですし...。

 

私は急いで水を飲みに行きました。

 

 

 

「...あら?」

 

水を飲み終えて、洗濯物を洗う続きを行うおうと思ったのですが、どうも様子が可笑しい。

 

洗濯物を隠す程泡が山のように積もっている。

洗濯物をする際に石鹸を使うのはいつものことですが、こんなにも泡立てることはあり得ません。...もしかして私が考えながらやっているうちに、泡をここまで泡立ててしまったのでしょうか?だとしたら、いくら考え事が多くても、次からは気を付けなければなりません。

 

泡を残さぬよう濯ぎをしっかり行わないと。

泡をふんだんに使ったお陰か、いつもよりも綺麗になっていた。これからは少し泡を増やしても良さそうですね。けど、今日みたくにはならないように注意しなくては。

洗濯物を終えて、私は次の仕事に取り掛かる。

 

 

 

今度は屋敷に戻って、お客様のおもてなしの準備をしないと。ジオルド様はいつも同じ時間にお越しになられますので、それまでに準備を...

 

あれは...泡!?人の身長ぐらいの高さまで積み上がっている!?何故、こんなことに!?毎日来客が来るから、掃除に力をいれないといけないとはいえ、ここまでやるのはやりすぎだ!

泡の山から人影が現れる。

 

「ジョアナさん!?」

 

誰よりも仕事に一生懸命で、自分にも他人にも厳しい、メイド頭のジョアナさんが、あんなことをするなんて!一体、何があったの!?

 

「アン!?...あっ!」

 

私の叫び声に驚かせてしまい、泡の入ったバケツを倒してしまう。

 

バシャン

 

石鹸水を廊下に流れる。

私は急いでモップを取りに行こうとするが...

 

「待って!自分の失敗は自分でなんとかするわ。それよりも貴女は、来客のお出迎える準備をして。私のことは大丈夫よ」

 

ジョアナさんに止められ、私は素直にジョアナさんの指示に従う。

...流石に...こんな失敗はジョアナさんにはあり得ない。体調が悪いのでは?と思った私は、行く前に声を掛ける。

 

「わかりました。しかし...ジョアナさん、一体どうかしたのですか?こんな失敗、ジョアナさんらしくないです。体調が悪かったのでしたら、今日はお休みになった方がよろしいかと...」

 

私の進言にジョアナさんは、困った笑みを浮かべるだけだった。

 

「私もこんな失敗は初めてだわ。やっぱり...考えながらやるのは駄目みたいね」

 

「そうですか。...実は私も、考えながら洗濯をしていたら、洗濯物を泡だらけにしてしまって...」

 

「アンも?」

 

「はい」

 

「そうなのね。最近、色んななことがあったとはいえ、注意しないと駄目だわ。私も気を付けるけど、みんなにも会ったら注意して行かないといけないみたいね」

 

どうやらジョアナさんも、私と同じような理由で失敗をしてしまったらしい。少しジョアナさんと話をしてみたけど、体調は問題なさそう。

ジョアナさんが大丈夫だと思った私は、自分の仕事に取り掛かりに、一礼をしてからこの場を去った。

 

 

 

 

「カタリナ、遊びに来ましたよ」

 

「カタリナ様、遊びに来ましたわ!」

 

「カタリナ様、この本はどうですか!?」

 

「おい、カタリナ。様子を見に来たぞ」

 

「.....遊びに来たぞ」

 

「みんな!」

 

「ようこそ、クラエス家へ」

 

私とお嬢様とキース様が皆様をお出迎えをする。

お嬢様は元気良く、キース様は礼儀正しく。私はお辞儀をして。

 

キース様はお嬢様の手を引いて、いつもの部屋にご招待をしようと致しますが...

 

「キース、人の婚約者に馴れ馴れしくしないでください」

 

「ジオルド様、それは何故でしょうか?僕たちは家族ですよ。手を繋ぐくらい、当たり前ではないですか」

 

「家族を使った抜け駆けは禁止と、約束しましたわよね。キース様」

 

「キース様!狡いですわ!」

 

いつもの光景が始まりました。

お嬢様とアラン様はきょとんとして状況に着いていけず、キース様とジオルド様とメアリ様とソフィア様は、お嬢様を巡って争う。その様子をアラン様は少し離れた位置で見ている。

 

私はいつも通り、皆様のペースに合わせてお部屋に案内をする。

 

「カタリナ、プレゼントを持ってきましたよ」

 

「ジオルド様、ありがとうございます!」

 

席に座ると早速、ジオルド様がお嬢様にプレゼントを渡す。お嬢様は嬉しそうに受け取る。

 

「ここで、開けてみても良いかしら?」

 

「はい。どうぞ」

 

ジオルド様は喜んでいるお嬢様と同じくらい嬉しそうな笑みで、プレゼントを開けることを許可をする。

お嬢様が喜ぶと、あんなにも嬉しそうに笑っているのに、お嬢様は何故お気付きにならないのでしょうか?

 

キース様も決死の告白をしましたのに、次の日には忘れられてしまうお嬢様。

けれど、キース様はめげずにアタックを続けている。手を握ったり、愛を囁いたり、それでもお嬢様はクロウカードの件もあってかすぐに忘れてしまう。

 

「可愛いドレスだわ!」

 

考え込んでいた私は、お嬢様の声によって現実に戻される。

ジオルド様がプレゼントをしたのは水色のドレス。

お嬢様の瞳と同じ色の水色を基調に、紺色のリボンがところどころに付いており、腰の部分には紺色の帯が巻いてある。

 

「良かったですね。カタリナお嬢様」

 

「うん!」

 

お嬢様は太陽のように微笑んでいる。

その笑顔に全員が骨抜きにされていく。

 

「お嬢様、せっかくですから...」

 

「ええ、大事に着るわ!」

 

お嬢様の返事にジオルド様は、とても残念そうなお顔になる。

最近、ジオルド様方がプレゼントでドレスを贈るのには特別な理由がある。

 

 

それは、お嬢様がクロウカードを封印に行く間際に急に着替え始めたからだ。

 

何故クロウカードを封印しに行くのに、着替えなければいけないのですか?と、いつもの謎の行動に呆れながら私は質問をしました。

 

その質問にお嬢様は...

 

「ゆ、夢の中の少女が、可愛らしい衣装を着ていたから、着てみたかったのよ!」

 

慌てながらそう答えていました。

 

何故、キノモト・サクラは、クロウカードを封印する際に可愛いらしい服を着ていたのでしょうか?

 

理由はよくわからないまま、ウォーティのカードの事件の翌日、取り敢えずお嬢様のために可愛いらしいドレスを用意する皆様。

 

お嬢様は喜んで受け取ったのですが...

 

「みんな!プレゼントありがとう!こんなにもドレスをくれるなんて...とても嬉しいわ!」

 

「そう喜んでくれると、凄く嬉しいですよ」

 

「義姉さんに似合いそうなものを選んでみたよ」

 

「カタリナ様、このドレスは私とお揃いですわ!ぜひ、着てみてください!」

 

「私も!」

 

「動きやすそうなやつを選んでみた。これならクロウカードの時も平気だろう」

 

「ええ、みんな本当にありがとう!大切に着るわ!」

 

「カタリナ、良かったなあ」

 

「うん!いつ着ようかしら?」

 

「クロウカードを封印しに行くのに時に、着るんやないんか?」

 

ケロちゃんが皆様の気持ちを代弁して聞く。

お嬢様はケロちゃんの質問に首をきょとんと傾げる。

 

「そういう時は着ないわよ。だって、みんなが贈ってくれたドレスを、傷付けてしまったら嫌だもの」

 

お嬢様を言葉に全員がなんとも言えない気持ちになる。ケロちゃんも大きく口を開けて呆れ果てていた。

お嬢様が急にお着替えをしようとしたからプレゼントを贈って下さったのに、そんな正論で拒否をしないで下さい。何も言えなくなってしまいましたよ。それと、わかっていらっしゃるのならば、クロウカードを封印をしに行く時はドレスではなく、畑の時に着ている作業服にして下さい。

 

そんなお嬢様でも皆様のお気持ちを察したのか、こうやって皆様が遊びに来た時には、プレゼントされたドレスを着て出迎える。今日はニコル様から貰ったドレスを着ている。

 

それ以降ドレスを贈るのはジオルド様だけになった。

 

今日も贈ってみたのだが、クロウカードを封印する際には着る気がないお嬢様。それでも贈り続けているのは、多いライバルから少しでも差を広げたいからでしょう。ですが、お嬢様は高価なプレゼントは気が引く方です。お嬢様が喜ぶ物といえば、お菓子、農具、ロマンス小説だ。

 

...ジオルド様は単純に、自分の贈ったプレゼントを使ってほしいだけかもしれません。

 

お嬢様がプレゼントを貰った次の日、メアリ様が贈って下さったドレスを着て出迎えたのですが、その時はもう大変でした。

メアリ様は喜びのあまりに失神してしまったのだ。

一時は屋敷中大騒ぎになってしまいましたが、起き上がったメアリ様は満面の笑みで「カタリナ様!私が選んだドレスを着てくださり、とても嬉しいですわ!」と抱き付いた。

 

その様子を羨ましそうに見詰めるジオルド様方。その想いは日によって叶う。

またある日はソフィア様からのドレス。次の日はキース様からのドレス。次の次の日はアラン様からのドレス。その次の日はジオルド様からのドレス。そして今日はニコル様からのドレス。

 

お嬢様の気分によってローテーションされていく。

自分が贈ったドレスを着た姿を見て、癖になってしまったのでしょう。

それでもやはり、お嬢様の憧れらしい、キノモト・サクラの真似をさせてあげたくて、ジオルド様は諦めきれなかった。

 

私はプレゼントのドレスを思いを馳せて、待機をしていると...

 

 

 

「なあ、お前さんらは、何か変なことはなかったか?なんや屋敷から、クロウカードの気配を感じるんやけど...」

 

今日はまだ見掛けていなかったケロちゃんが、部屋に入ってきて訊ねてくる。衝撃的な発言に、叫び声が部屋中に響き渡る。

 

「どうして、その様な大事なことを黙っていたのですか!?」

 

「今まで探してたからや!それに、他の人に聞いても、知らないしか言わへんで。最後にこの部屋に尋ねたんや」

 

私の怒鳴り声にもケロちゃんは普通に言い返す。

本当はもっと言いたいことがありますが、話をする時間はない。

 

「皆様はこの部屋に居て下さい。私は様子を見て参ります」

 

「ちょっと待つんや!」

 

「話をしている場合ではありません!」

 

「なんのカードが暴れているのもをわからんのに、行ったところで意味はないんやで。そもそも、わいが探していた時には、なんも異変は起こっておらん。今のうちに、状況を整理した方が良いんちゃうか」

 

急いで部屋を出ようとしたが、ケロちゃんの意見が尤もだったので私は踵を返す。

 

「...そうですわね」

 

「で、おまえさんは、なんか知らんか?」

 

「いいえ...特に様子が変わったことはありません」

 

「ほんの少し変わったことでもええ、ほんまになんか知らんか?」

 

「朝から屋敷を回っていますが、特に変わったことは...ありません」

 

「そうなんや...」

 

「役に立てなくて申し訳ございません」

 

私は礼をして謝る。

 

「アンは悪くないよ!なんのカードが暴れているのがわからなければ、探しに行けば良いじゃない!このカードキャプターカタリナが、事件をあっという間に解決してみせるわ!」

 

お嬢様は胸を張って宣言をすると、呼び止める制止も聞かずに勢い良く部屋を出る。

 

「カタリナ!危ないですよ!」

 

「義姉さん!」

 

「カタリナ様、行っては危ないですわ!」

 

「カタリナ様!」

 

「おい!アホ令嬢!待て!」

 

「カタリナ!」

 

「お嬢様!?」

 

「待てや!なんのカードがわからんのに、急ぐことはないんやで!」

 

「大丈夫よ!このぐらい...うわわ!!?」

 

お嬢様が驚くのと同時に、バシャンと液体が溢れ、何かがキュキュと滑る音が鳴り、バン!と壁に勢い良くぶつかる音が響く。

 

「お嬢様!?お嬢様しっかりして!!お嬢様!!」

 

外からメイドの叫び声が聞こえてくる。

顔を青ざめた私たちは急いで部屋を飛び出る。

 

「お嬢様!」

 

「義姉さん!」

 

「カタリナ様!しっかりして下さい!」

 

「カタリナ様!」

 

「カタリナ、大丈夫ですか!?」

 

「カタリナ!」

 

「しっかりしろ!カタリナ!」

 

「このアホー!!」

 

お嬢様特に怪我をした様子はない。壁にぶつかった衝撃で気を失っているだけだ。一先ず無事の確認をしたところで、今も顔を青くしているメイドに声を掛ける。

 

「これはいったいどういうことですか、ステラさん?」

 

皆様の前で怒るのは、かなり失礼だと承知しておりますが、ここまで酷いとそうは言ってはいられない。

 

「ご、ごめんなさい!私は...」

 

「言い訳は要りません。どうしてこうなったのか、説明をして下さい」

 

「は、はい!私は石鹸水を取り替えようと、偶々この部屋の前を通り掛かっただけなのですが...クロウカードと聞こえてきて、怖くなって、この場に立ちすくんでしまいました。けど、このままここにいては意味はない。皆さんに伝えに行かなければと、決意を決めたところ、カタリナお嬢様が急に飛び出してきて...。びっくりした私は石鹸水を溢してしまい、それで...」

 

「理由はわかったわ。まだ話はあるけれど、今はこれぐらいにしときます」

 

私が質問に彼女はスラスラと応える。

彼女の言った通り、近くにはバケツが置かれており、廊下には泡まみれの石鹸水が流れている。

 

「石鹸の量が多いみたいですが、どうしてそこまで入れたのですか?」

 

「わかりません。私もここまで入れる気はなかったのだけど...考え事をしているうちに...」

 

ステラさんの話に私は溜め息しか出てこなかった。

 

「貴女もですか...」

 

「えっ?アンさんもですか?」

 

「そうなのですよ。それよりも、今はお嬢様を...」

 

「これや!!」

 

急にケロちゃんが叫びだす。

 

「一体なんなのですか?」

 

「急に叫ばないでよ」

 

「ケロちゃん!今はカタリナ様の身を...」

 

「この泡の正体がクロウカードや!」

 

「「「「「「えーー!!??」」」」」」

 

全員の叫び声が木霊する。

ステラさんは大袈裟に石鹸水から離れる。

 

「このクロウカード、泡(バブル)はな、クロウ・リードがわいの体や、食器、服などを洗うために作られたもんや」

 

「家庭的なカードなのですね...じゃあ!この泡は!?」

 

「手伝っているだけや。まあ、やりすぎやけろ」

 

「悪さをしないクロウカード...」

 

キース様がどこか思い詰めいてる。

私はキース様に声を掛ける前に、ニコル様が話を進める。

 

「封印をするには、どのようにすれば良いんだ?」

 

「泡を集めれば、ええやろ」

 

「結構簡単に言うもんだな」

 

「このカード、泡(バブル)は、攻撃的な性格ではないもんでな。おとなしい奴やから、大丈夫やろ。現に、泡まみれにするだけで何も悪さはしてないやろ」

 

「まあ...そうだけど...」

 

「わかりました。この石鹸水を屋敷中から、持ってくれば良いのですね?」

 

「まあ、そうやな」

 

「わかりました。皆様、お嬢様のことをお願い致します。ステラさん、行きますよ」

 

「あ、はい!」

 

私はステラさんを連れて走り出す。

 

 

「皆さん!泡だらけの石鹸水の正体はクロウカードです!お嬢様が封印をいたしますので、石鹸水を応接室の前までに集めて下さい!」

 

「応接室まで持ってきて下さい!お願いします!」

 

私とステラさんは大声で呼び掛ける。

反応は様々で動きが止まる者、石鹸水を溢してしまう者、怖くて叫んでしまう者、逃げてしまう者。パニック状態に陥り、私たちでは手が付けられなくなってしまった。どうすれば良いのか、悩んでいたところを...

 

「みんな!落ち着きなさい!」

 

メイド頭のジョアナさんが手を大きく叩いて、みんなを落ち着かせる。叩いた手の音に、騒いでいた人たちは、驚いて立ち止まる。そこからジョアナさんが、説得を始めた。

 

「私たちが騒いだところで、事態は収まるわけではないわ。騒いでいる暇があったら、お嬢様のお手伝いをしてあげなさい!」

 

「で、ですが!クロウカードは恐ろしいもので...」

 

「確かにクロウカードは恐ろしいものだわ。けど、アンとステラが手伝いをしているのならば、私たちも手伝えます。常にジオルド様、アラン様、ニコル様、メアリ様、ソフィア様、アンは手伝っております。なのに、私たちは何もしないとは如何なものだと思いますわ。クラエス家の者が困っているのに、使用人が何もしないとは情けないわよ!」

 

ジョアナさんの説得により、騒いでいた人たちは少しずつ手伝いを始める。

 

「ジョアナさん、ありがとうございます」

 

私は作業に戻る前にジョアナさんにお礼を言おうとするが...

 

「お礼は要らないから、早く作業に戻りなさい」

 

ジョアナさんはそそくさと、石鹸水が入っているバケツを持って歩き出す。

 

「「はい!」」

 

ジョアナさんの後ろ姿に、私とステラさんは返事でお礼を伝えるのであった。

 

 

 

 

「お嬢様!屋敷中の石鹸水を持って参りました」

 

「石鹸水...?ああ、泡(バブル)のことね」

 

石鹸水をかけ集め終える頃には、お嬢様は目覚めていた。手には鍵を持っており準備万端であった。

 

「闇の力を秘めし鍵よ。真の力を我の前に示せ。契約の元、カタリナが命じる。封印解除(レリーズ)!」

 

お嬢様が呪文を唱えると、真下には月と太陽が描かれた黄金の魔方陣が現れ、光で満ち溢れる。

小さかった鍵は、段々と伸びていき、お嬢様の身長くらいの長さになる。

 

本当にいつ見ても迫力を感じる。この時ばかりは、お嬢様はとても凛々しく見える。

 

「泡(バブル)!」

 

お嬢様がクロウカードに呼び掛けると、集められていた石鹸水がバケツの中から飛び出して、泡が人の形になる。

髪の毛が泡のようになっていて、真珠の耳飾りをつけた人形の少女だ。

 

「きゃ...!?」

 

一人のメイドが後退り、ジオルド様、キース様、アラン様、ニコル様がお嬢様の前に立つ。メアリ様とソフィア様はお嬢様の横に立っている。私も逃げる気はありません。

 

しかし、ケロちゃんが言った通りに、このクロウカードは攻撃をする気はないようだ。こうして姿を現しているのも、お嬢様に呼び掛けられから、返事をする代わりみたいだ。

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

相手が動かないうちにお嬢様は、杖を振り回してから、封印の呪文を唱える。

 

カツン!っと、クロウカードの手前に杖をぶつけた音が甲高くなる。クロウカードは光に包まれていたが、暴れる様子はないようだ。

 

クロウカードを封印しようとする姿は、幻想的で、いつ見ても圧倒される。 

 

私が眺めているうちに、クロウカードは封印されて、元の姿へと戻る。

 

「やったわー!」

 

お嬢様は喜びのあまり、手を大きく上げて叫ぶ。ですが、魔力切れでその場に倒れてしまう。

 

「お嬢様!」

 

私はお嬢様の傍に駆け寄って体を支える。

本当にお疲れさまです。お嬢様。

 

 

 

 

「皆さん、手早く掃除を終わらせるわよ」

 

私たち使用人はクロウカードの件で、石鹸水だらけになった屋敷を急遽掃除をすることになった。

今回ばかりは、クロウカードのせいではなく、私たちが驚いたりして溢してしまったせいで、あちこち水浸しをしてしまった。

 

「ほら!早く!」

 

自分たちが原因だとしても、クロウカードが入っていた泡に恐怖を感じて、掃除のスピードがいつもより遅くなってしまう。

そんな時でした...

 

「アラン様!あの廊下まで競争よ!」

 

「おう!お前の挑戦なら受けてたつ!」

 

お嬢様とアラン様がモップかけをしながら、廊下を走っていた!?いつの間に!?

 

「お嬢様!?アラン様!?」

 

今の光景を見てしまった者の中には、あまりの出来事に失神してしまった。

私は全速力で追い掛ける。

 

どうしてこんなことをしたのか、お嬢様に問い掛けたところ、休んでいたらすぐに疲れがとれたので、自分も片付けを手伝うことを決めた。

お嬢様が手伝い始めたら、ジオルド様方も見ているだけではいられず、お嬢様から説明を受けて手伝う。で、何故か、話の流れでアラン様とモップがけ競争が始まったと。

 

この事件もあって、私たちはジョアナさんから物凄く怒られたことは、言うまでもないでしょう。



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本棚が滅茶されてしまった...

暫くの間は他のキャラクター視点となります。今回はソフィア視点です。


最近私は、とある理由でお洋服作りを始めました。

ですが、とても難しくて中々上手くいきません。幸い、ドレス作りの本がありましたので頑張ればどうにかできそうです。

 

材料を集めて、今日も夜遅くまで頑張ろうと張り切っていたところ...

 

コンコン

 

「ソフィア、今日も裁縫か?」

 

「はい、お兄様」

 

お兄様が私の様子を見に、部屋のドアをノックして入ってくる。

裁縫で傷だらけの手をお兄様は、憂いた表情を浮かべるのですが、私、ソフィア・アスカルトは、カタリナ様に喜んでいただくため、今日も頑張ってドレスを作ります。

 

 

 

カタリナ様がクロウカードの封印を解いて早三ヶ月。私達を取り囲む環境は一気に変わりました。

カタリナ様以外の皆様は、この世の終わりを迎えたかのように、暗い雰囲気に捕らわれました。私も悲しみのあまり、泣きながらベッドに入りました。ですが、その日の夜夢で、木之本桜と呼ばれる少女が頑張ってクロウカードを封印をするところを見ました。

 

私は夢の中で頑張っている少女を見て思いました。

泣いているだけでは駄目だと。あの少女のように頑張らなければいけないと。

 

カタリナ様の言う通り、頑張れば誰も怪我をしなくて済むのです。私もカタリナ様と同じように、笑顔で立ち向かうことを決めました。

皆様もただ泣いているわけではありません。

お兄様、ジオルド様、キース様、アラン様、メアリ様、アンさんはカタリナ様の役に立てるように、魔力や剣の腕を磨きあげたり、常にお傍にいてすぐに立ち向かえるようにしております。私もドレスを作るだけではあらず、魔力の訓練を行います。

 

けど、お兄様は言うのです。

 

「ソフィア、危険だから逃げても良いんだよ」

 

「お兄様、私は逃げたりしません」

 

私はいつもこう言うけど、お兄様は困ったような笑みを浮かべるだけでした。

お兄様の方こそ、夜遅くまで剣を振り、魔力の鍛練を念入りに行っています。しかも稽古や習い事を休まず、きっちりと行っている。お兄様が倒れなければいいのですが...

 

それに、私にはとある目的があります。それは...

 

 

 

お兄様とカタリナ様をくっつけるのです!

恋は危機的状況の中で生まれ燃え上がると、ロマンス小説で何度も見ました!危機的な状況とお兄様の魅力を持ってすれば、カタリナ様を落とせるはずです!

 

夢の中で見たクロウカードの中には、部屋に閉じ込めるものがありますわ。その時を見計らって、お兄様とカタリナ様を二人きりすれば...

 

完璧ですわ。

お兄様とカタリナ様をくっつけるチャンスを絶対に逃したりしません!ですが...。先に剣(ソード)のカードの前に現れたりしたら、一溜りもありません...。そうならないように、祈るしかありませんわ。

 

なんだか先のことを考えると不安になってきました...。こんな時は!あの木之本桜の周りを思い出すのです!

あの夢の中では男の人同士、女の人同士、歳の差関係なく、誰もが恋に落ちていました!なんとも素晴らしいことですわ!私達もあのような姿になるべきですわ!

 

「...ソフィア、ソフィア!」

 

「お、お兄様!?」

 

「...また考え事をしていたぞ」

 

「...!ごめんなさい。お兄様」

 

色々と考えていたら、お兄様に心配されました。

次からは心配されないように気を付けなければ。

 

「色々と考えることがあるのはわかるけど、張り詰めて倒れてしまったら、意味が無いんだ。...ただでさえ、カタリナが危険なってしまっているのに、ソフィアまで倒れてしまったら...」

 

「大丈夫ですわ。お兄様。頑張って立ち向かえていれば、誰も怪我は致しません」

 

「......ソフィアも、カタリナも、同じことを言うよな。俺からしてみれば信じられないが...」

 

お兄様は私の意見に納得しませんでした。

当然のことですわ。私もあの夢を見るまでは、カタリナ様の言葉が信じられなかったですもの。

 

「まあ...この話になると切りがないから話を変えるけど、そのドレス...カタリナは着てくれないと思うぞ。俺が贈ったドレスを着て、クロウカードを封印をしたのは偶々だ」

 

「大丈夫ですわ。お兄様。ドレスを渡す時、あの言葉を言いながら渡せばいいのですから...」

 

 

"こんなこともあろうかと、コスチュームを、ご用意致しました"

あの黒髪の少女、大道寺知世は、そう言ってドレスを渡していました。だからカタリナ様にも、そう言って渡せば受け取ってくれると思います。

 

しかし...あの少女は本当に凄いのですね。

あんなにも可愛らしいドレスをなん着も作れるなんて...私は一着作るだけで、時間が大分かかってしまいます。...ただ、一つだけ、言いたいことがあります。

 

 

スカートの丈が短すぎませんか?

私が作るとしてもあの丈の短さは...

 

「ソフィア...疲れているようだね。明日のこともあるし、今日はもう寝た方がいい」

 

また私の考え事で、お兄様を心配させてしまいました。

それよりも明日...?...思い出しましたわ。明日はカタリナ様とキース様とケロちゃんがこの屋敷に遊びに来ますわ。お兄様の言う通り今日はドレス作りを諦めて、早めにお休みしましょう。

 

「お兄様、お休みなさい」

 

「ああ。お休み、ソフィア」

 

お兄様は優しげな微笑みをかけてから、部屋を出て行きました。私も明日のために、ベッドに入ってお休みします。けれども明日のことを考えると、ウキウキして眠れませんわ。

この頃、カタリナ様と本を読む時間はめっきりと減ってしまいましたから...。カタリナ様はクロウカードを封印をするのにお忙しくて...私も魔法の腕を磨いたり、ドレスを作ったりして、本をあまり読んでいませんから、明日はいっぱい本を読みましょう。

 

楽しいことを考えていると、私はいつの間にか眠りについていました。

 

 

 

「こうしてソフィアと本を読むのは久し振りね」

 

「ええ、そうですわね。カタリナ様」

 

待ちに待ったカタリナ様との小説トーク。

カタリナ様とこうして本人について語っていると、初めてお逢いしたことを思い出して、とても感慨深くなります。

 

だけど、今はあの時とは違って二人きりではなく、お兄様とキース様とケロちゃんもいます。

やはり、クロウカード騒ぎを警戒しているのでしょうか、お兄様もキース様も辺りの様子を伺っていますわ。

 

コンコン

 

私がお兄様とキース様を見ていたら、誰かが書庫の部屋の扉を叩きました。

 

「失礼いたします」

 

召使のローナさんがお茶とお菓子を持って、部屋に入ってきました。

 

「カタリナ様、キース様、ニコルお坊っちゃま、ソフィアお嬢様、お茶とお菓子でございます」

 

「ありがとうございます。いただきます」

 

「ありがとうございます」

 

カタリナ様は笑顔で早速お菓子を口に入れて、キース様は優雅にお茶を飲む。私とお兄様もお茶を一口飲む。ケロちゃんは名前を呼ばれなくて、少しむすっとしていた。

私たちが一息つくと、ローナさんが重たそうに口を開く。

 

「...皆様方に大事なお話があります」

 

ローナさんがそう言うと、扉を開けて二人の男性が部屋に招き入れました。二人はとても体格が大きい方でした。

 

「こちらの方は、皆様を守る護衛の者でございます。常に皆様方のお側にいることになりますが、気にしないで下さい。普段はいないものと扱ってもらっても構いません」

 

私達が有無を言う前に、男性二人の自己紹介が始まりました。

 

「初めまして、私の名前はマックス・リトリーと申します。宜しくお願い致しします」

 

金髪のお方はマックス・リトリー。

私達に深いお辞儀をして自己紹介をする。

 

「フランク・ホーキンスです。宜しくお願いします」

 

銀髪のお方はフランク・ホーキンス。

彼は軽く会釈して自己紹介をする。

 

「では、皆様、ごゆっくりと御過ごし下さい。何かご用がありましたら、いつでもお声を掛けて下さい。私は失礼いたします」

 

最後にお辞儀をすると、用事を終えたローナさんが部屋から出て行く。お兄様が急いでその後を追い掛ける。

 

部屋に取り残された私達は呆然としてしまう。

護衛のマックスさんとフランクさんは、まるで影のように黙って立っていますが、ケロちゃんに向ける視線がとても怖いです。怖くなったケロちゃんはカタリナ様の肩に乗って逃げます。

 

「ソフィア...これは...」

 

「ええ、キース様、実はもうバレてしまいまして...」

 

「やっぱり...」

 

「なんで!?もうバレているの!?」

 

カタリナ様が大変驚いていますが、あんな騒ぎがありましたらその日のうちにバレます。

私たちの場合は、召使の人がお父様とお母様に報告をしていました。騒ぎを知ったお父様とお母様は、私とお兄様のことを、泣きながらぎゅっと力いっぱい抱きしめました。私も安堵のあまり泣いてしまいました。泣いた私を見て、お母様は無事で良かった...。とさらに涙を流しました。

 

その日の夜、家族で会議を行いました。クロウカード騒ぎの中心であるカタリナ様とどう接するか。

私とお兄様は、カタリナ様を見捨てたくない!ということで、これからもカタリナ様と遊ぶに行くと決めました。けどお父様とお母様は、あまり納得をしていませんでした。そこで妥協案として、護衛の人をつけることにしました。ですが、今日いきなり、護衛の人がつくとは思いもよりませんでした。

 

いきなり護衛の人を連れてくるのですから、お兄様は驚いて聞きに行ってしまいました。

けれども、カタリナ様は全然気にしていないようです。それよりもバレていたことに驚いています。

 

こうしている時間も勿体ないことですし、ロマンス小説の話を進めましょう。

 

「カタリナ様!この本がオススメですわ!」

 

「へぇー、それは一体どんな内容なの?」

 

「この本は怪我をした少女が、その土地の領主様に救われて、恋に落ちる話ですわ!少女は領主様の恋心を伝えようとするけれど、少女と領主様はあまりにも年齢が離れていたため、少女は相手にされませんでした。ですが、少女は諦めきれず、領主様に想いを伝え続けるのです!とても健気な話で素敵ですわ」

 

「そうなのね...。ねぇ、ソフィア、この本は...」

 

「あ、その本ですか?その本は読み途中ですが、とても面白いですわ!」

 

カタリナ様が本棚から一冊の赤い本を取り出す。

 

「これは、一体どんな内容なのかしら?」

 

私が本を薦めると、カタリナ様はウキウキと楽しみに話を聞いてくれる。私はその気持ちに応えるため、頭の中で要点をまとめてから語り出す。

 

「その本は、一人の女性を巡って、二人の男性が争うのですが、争っているうちに、二人の男性が恋に落ちる話ですわ!」

 

「...ゴホ!!」

 

「ちょ!?キース!大丈夫!?」

 

「キース様?!」

 

私が力説していると、キース様がお茶を吐いてしまいました。この状況にカタリナ様、ケロちゃん、護衛の人のマックスさん、フランクさんも慌てています。私も驚いてハンカチを差し出すのに精一杯ですわ。

 

「キース様、大丈夫ですか?」

 

「ソフィア...君は...義姉さんになんでその本を薦めたの?」

 

「?とても面白かったからですわ」

 

「...そう...僕は何も言わないよ......」

 

キース様はとても疲れた表情になりました。

何がいけなかったのでしょうか?

 

「ね、ねえ!ソフィア!」

 

「カタリナ様?どうかなさったのですか?」

 

私が疑問に感じていると、カタリナ様から勢いよく声を掛けられました。

 

「ほ、他にお薦めの本はないかしら?」

 

「他ですか?他は...」

 

この頃本を読んでいなかったから、お薦めの本がもうないですわ...。なかったら、いっそ...

 

「一緒に本を探しませんか?」

 

「ええ、良いわね!そうしましょう!」

 

カタリナ様が私の背中を押す。

 

「カタリナ様、そう急かさなくても本は逃げませんわ」

 

カタリナ様に背中を押されて、私は書庫の部屋を奥に行く。その際に、とても疲れたそうにしているキース様の肩をケロちゃんが、優しく叩いているところを遠目から見えたのでした。

 

 

 

「本当にソフィアのお家は本がいっぱいね」

 

「ええ、一通りは揃えていますわ」

 

カタリナ様が嬉しそうにして下さる。それだけでとても嬉しですわ。もっと本をご紹介しなくては!

どの本を読みましょうか...あ、思い出しました!お薦めの本がまだありましたわ!でも、どの本棚に置きましたのでしょうか...。あまり覚えていません...。

 

「カタリナ様、お薦めの本がありますが、場所を覚えていなくて...一緒に探していただきませんか?」

 

「ええ、良いわよ。本のタイトルは?」

 

「呪いの姫様と一人の騎士ですわ」

 

「その本は一体どんな内容なの?」

 

「とある王国の姫様が、十三歳の誕生日の日に呪われてしまい、お姫様の周りでは様々な厄災が訪れて、誰もが離れていってしまいます。常に傍にいてお世話をしてくれた従者も、ずっと仲良かった親友も、最愛のお父様とお母様も離れていきました。ですが、姫様に一目惚れをしていた若い騎士だけは、姫様の傍を離れませんでした。このお話は、呪いに立ち向かう姫様と騎士の物語ですわ」

 

「なんだかその話...。今の私達と状況が似ているところがあるわね...」

 

私もカタリナ様と同じ、この本の話に親近感を覚えました。

だから、カタリナ様にオススメをしたかったのでしょうか...

 

「そうですわねカタリナ様。この呪いの姫様と一人の騎士と状況が似ていますわ。けど...私たちは、カタリナ様を見捨てたりしません!私も!お兄様も!キース様も!ジオルド様も!メアリ様も!アラン様も!アンさんも!みんなみんな!カタリナ様のお傍を離れたりしません!」

 

私は思わず泣きながら想いを叫んでいました。カタリナ様をきょとんと私を見ています。私が言い終えると、優しく微笑みを返し、私の手を握って下さりました。

 

「ソフィア...。本当にありがとうね。けど、本当に危なくなったら、逃げてちょうだい」

 

「私たちは絶対に逃げたりなどしません!」

 

私はこの本をお薦めしたかっただけはなく、自分の想いを伝えたかったようです。

 

 

 

「その本、見付からないわね...」

 

「そうみたいですわ...」

 

カタリナ様は私が落ち着くのを待って下さると、その本が読みたいと仰り、探しに行くことになりました。

けれども、呪いの姫様と一人の騎士は見付かりません。どこに仕舞ったのでしょうか?......あれ?私はいつの間にか本を適当に仕舞っていたのでしょうか?タイトル順になっておりません。私も気を付けていますが、召使の人達もここを掃除をしているので、こんなことはあり得ませんわ。

 

「私、ローナさんに聞きに行ってきますわ。カタリナ様はここで待っていて下さい」

 

私はそう言ってローナさんを呼びに行きました。

 

 

 

 

「このように散らかし放題で申し訳ございません」

 

ローナさんは本棚を見ると顔を青ざめ、慌てて謝りました。

 

「気にしないで下さい。探せば良いだけのことですから」

 

カタリナ様は笑顔で気にしていないと伝えますが、ローナさんの気が収まりません。

 

「そうはできません。カタリナ様とソフィアお嬢様は、休んでいて下さい。私が本を持って参ります」

 

ローナさんはお辞儀をして本を探しに行きました。

 

「本がなくなる...。そういえば、カードキャプターさくらにも、こんな話があったような...」

 

「そうですわね。カタリナ様。確か...移(ムーブ)のカードでしたわ」

 

「そうそう!さくらちゃんと小狼君の読書感想文に使う本を瞬間移動させたのよね!....って!?ソフィア!?なんで!?ソフィアが知っているの!?」

 

「私もカタリナ様と同じ夢を見ました」

 

私の言葉にカタリナ様を大分驚かせてしまいました。カタリナ様は驚きのあまり何か呟いていますが、すぐに尋ねてきました。

 

「それって...クロウカードを封印する少女の夢?」

 

「はい!」

 

「えーー!?!?」

 

カタリナ様は自分しか見ていないと思って、驚きのあまり屋敷中に響く程叫んでしまいました。その声にキース様、ケロちゃん、ローナさん、護衛のお二方、離れていたお兄様が集まって来ました。

 

「義姉さん!」

 

「どないしたんや!?」

 

「カタリナ様、何かございましたのでしょうか!?」

 

「カタリナ!」

 

「別になんでもないわ!ただ、ソフィアも私と同じ夢を見たって聞いて、驚いただけよ」

 

カタリナ様の説明に、今度は私の方に視線が集まりました。

 

「えっ...ソフィアも義姉さんと同じ夢を見たのかい?」

 

「はい。カタリナ様と同じ、カードキャプターの少女の夢を見ました」

 

私がカタリナ様と同じ夢を見たと言うと、先程以上に皆様の驚きが大きくなりました。

 

「そうなんや...。ということは、おまえさんにも資格があったちゅうことや。けど、なんで今さら、そんなことを言うんや?」

 

「それはですね...。今の状況がクロウカード騒ぎと似ていたからです」

 

「そうか....って!?なんやって!?」

 

ケロちゃんはクロウカードの気配に気が付いていなかったようです。

そういえば...夢の中でも気配を読み取りづらいものが、幾つかありましたわ...。

 

「それって...どんな騒ぎを起こしたんだ?」

 

お兄様が私に優しく尋ねてきます。私はゆっくりと勿体ぶって答えました。

 

「えっと...本をどこかに隠されました」

 

「それだけですか?ソフィアお嬢様」

 

「はい、そうです」

 

「なんと...子供の悪戯レベルのクロウカードですね。...大したことがなくて良かったです...」

 

ローナさんは安堵の溜め息を吐きました。

 

「クロウカードが暴れているのに、そこの守護獣とやらは、気が付かなかったんだ?」

 

「それは...魔力が少なかったからだわ!魔力が少ないと気配を感じずらくて、屋敷も広いから...」

 

フランクさんがケロちゃんを責めるように問い掛けますが、カタリナ様が思い出しながらフォローしました。

 

「これがクロウカードの現象なら、早速カードキャプターカタリナ様の出番ですわ!」

 

高揚した私はカタリナ様のいつもの呪文をせがむ。

 

「ソフィアったら...」

 

カタリナ様は私に苦笑いをすると、真剣な表情になって呪文を唱え始める。

 

「闇の力を秘めし鍵よ。真の力を我の前に示せ。契約の元、カタリナが命じる。封印解除(レリーズ)!」

 

呪文を唱えた瞬間、カタリナ様の足元には黄金色の魔方陣が現れる。カタリナ様が首のペンダントを外すと、鍵は段々と大きくなって杖となる。

いつ見ても最高ですわ!カタリナ様!

 

「唱えたのはええんやけど、どうやって探すか...」

 

「そんなの簡単よ!変化があったところを叩けばいいのよ!」

 

「ね、義姉さん...。そんな単純な話ではないと思うけど...」

 

キース様が呆れていらっしゃってますが、私としては自信いっぱいのカタリナ様は格好いいです!

 

カタリナ様は異変があった本棚の前に辿り着くと、早速杖を振り回しました。

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

結果は杖を本にぶつけるだけでした。

 

「あれ?可笑しいなあ...。ここではないみたいねえ...。まあ、次行きましょ!」

 

カタリナ様は特に気にすることなく、次の本棚に移動をする。

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

またもや結果は杖を本にぶつけるだけでした。

 

「ここでもないか...」

 

カタリナ様はめげずに杖を振り回します。

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

杖を振り回すカタリナ様の姿は、まるで土竜叩きみたいです。...土竜叩き?なんで私はそんなことを思い付いたのでしょうか?

 

何度目かはわからないけど、終に杖が本棚の手前でカンッとぶつかり、甲高い音を鳴らす。

だけど...

 

黄色の本が落ちて羽の生えた竪琴が空を舞う。

このまま逃げるようですが、逃がしません!

 

「逃がしません!」

 

「そこか!」

 

私とお兄様の風の魔法で本を包み込む。

そこにカタリナ様がすかさず杖を振る。

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

今度こそ、クロウカードは光に包まれて元の姿へと戻る。

本当にロマンス小説みたいで素敵ですわ!

 

魔力を使いすぎたカタリナ様がよろける。そんなカタリナ様をキース様が受け止めていました。

...そこは、お兄様が受け止めるべきですわ!

 

お兄様に合図を出しても、苦笑いを浮かべるだけで行きません。

...もう、お兄様ったら!

 

「ソフィアお嬢様、探していた本が見付かりましたね」

 

私が皆さんの様子を見ていると、ローナさんから黄色の本を渡されました。

 

「ありがとうございます。ローナさん」

 

私は黄色の本を受け取り抱き締めました。自分の想いを示すために。

私は、私達は、これからも、この本の登場人物のように逃げないで、一人の騎士のように、立ち向かっていきます。




やはり、少しシリアスな場面が入ります。

他の話でも、いつものメンバーの家族の考えを書きたいと思います。
ソフィアとニコルの両親の場合は、カタリナとの縁は切りたくないけど、クロウカード騒動が終わるまであまり会わせたくない考えです。ボディーガードの件については、今日ようやく決まったという設定です。


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すり抜けてしまった...

僕、ジオルド・スティアートには婚約者がいる。その名はカタリナ・クラエス。その婚約者が最近、とんでもないもにハマってしまっている。

 

それはクロウカード。

クロウ・リードが作り出したカード。そのカードの封印が解かれた時、世界に災厄が訪れると言われている。その言葉通り僕たちの手に負えなかった。だから、関係者にはできるだけ早く引き取りに来てほしい。

 

クロウカードの件を早く終わらせるため、カタリナから夢の話をよく聞くようにしている。

カタリナは夢の話をしている時本当に嬉しそうに語る。そのことは良いのだが...

 

シャオランの話だけは気に食わない。

カタリナはシャオラン君と親しげに呼び、どんな風に立ち向かったのか、彼が魔法を使う動作が格好いいとか、魔法だけではなく体術も凄いのだと目を輝かせ、まるでソフィアとロマンス小説について語っている時のようであった。

 

気に食わない...!僕だって、カタリナを守るために頑張っているのに...。...まあ、幸いなことに、シャオランはクロウカードに選ばれたサクラという少女と付き合っている。

 

しかし...カタリナはクロウカードに害はないと言っているが、何を根拠に言っているのかがわからない。あんなカード、害でしかない。怪我をしなかったのも、誰も死ななかったのも、実力と運があったから無事にすんだのではないか。なのに...何故...?ソフィアも途中から、なんで怖くないって言い出すんだ!!?

 

なんでカタリナとソフィアは、笑顔で自信満々なのだろうか?恐怖を感じないのだろうか?...僕は...正直に言って....

 

クロウカードが怖い。

王族はみだりに魔法を使ってはいけない。だけど、国と民を守るために普段から訓練を行っている。言われた指示を楽々とこなすことが出来るほど、僕は魔法の腕も魔力も普通の人よりもあり、自信を持っていた。だけど...

 

クロウカードには効かなかった。

全力を出しても、クロウカードを倒すどころか、動きを止めることだけで精一杯だった。常に死と隣り合わせの戦い。生まれて初めて僕は死の恐怖を知る。けど...逃げたい思ったことは...

 

一度もない。

カタリナを見捨てるくらないなら、守りに行って死んだ方がましだ。僕はカタリナを喪いたくはない!彼女のいない世界で僕は生きたくはない!

 

こんな恐怖、カタリナを喪ってしまう恐怖と比べたら可愛いものだ。

 

「.........ジオルド様!」

 

「...なんでしょうか」

 

僕が窓の景色を眺めながら考え事をしていると、執事から声をかけられていた。

僕は渋々執事の顔を見る。これから話をする内容は知っているから、いつものような上っ面の笑顔さえもできない。

 

「...今度、モウブレー公爵家のお嬢様との縁談がありますが......」

 

「僕の婚約者はカタリナ・クラエスと決まっています。縁談の話は必要ありません」

 

「しかし...。今のカタリナ様には...王家に相応しくありません...。あのような禁術の類いある魔法に手を出してしまったのではありませんか。それに、カタリナ様は、ジオルド様の婚約を破棄してもよろしいと言っておりますし...」

 

「婚約者を一人も守れない人は王族を務まりませんし、クロウカードを野に放ってしまったのは僕の責任です。それと、カタリナとクロウカードの契約はほぼ事故みたいなものです。ですから、僕は婚約者として、一人の王族として、これからも守り続けます」

 

「ジオルド様......」

 

「とにかく、誰がなんと言おうと、僕はカタリナを守り続けます。例え王家から反対されて独りになったとしても、僕は自分の行動を貫きます」

 

僕がいつものように真剣な表情で言えば、執事は諦めて引き下がる。

執事のする話はいつもこれだ。カタリナとの婚約を解消のことだ。

 

カタリナが契約をしたクロウカード。

クロウカードには闇の魔力が秘めている。闇の魔力は生まれながら持っているものではなく、人を殺すことで手に入れることができる魔力。闇の魔力は人を操ったり、記憶を消すことが出来る危険で異質な魔力。その厄介さから、限られた者しか知らせないほどのものだ。だからこそ、闇の魔力を手に入れてしまったカタリナを王家に入れたくないであろう。しかし...

 

それでも僕の婚約者はカタリナが良い!闇の魔力と言うものを持っていたとしても、彼女は人は殺していないし、クロウカードを全部封印すれば悪さはしなくなるとカタリナは言っていた。クロウカードのことは知識のある彼女の発言の方を信じさせれば良い。今は周囲の人達を納得させる方法よりも...

 

クロウカードの効果、行動、試練の内容が気になる。

未知の闇の魔力と言えども、他人を操ったりとできることは限られている。けれどもクロウカードは風を起こし、空を飛び、水を操り、泡で物を洗い、本を移動させる...出来ることが多すぎる。だからこそなのか、あんな危険な試練になってしまうのか...?どんなに考えても僕にはわからない。

 

試練についての悩みは、どんなに考えてもわからないので、一先ず置いておいて別のことを考え始める。この問題だけでもとても厄介なものだが、何も..敵は...クロウカードだけではない。周囲の大人達だ。

はっきり言ってクロウカード騒動は絶対にバレる。詳細はなんとか隠せても、異常事態が起きていることは隠すことはできない。怖がられるだけならまだましだ。カタリナをその人に近付けさせなければいい。問題は......

 

 

カタリナが利用されることだ。

第三王子として生まれ、何事も完璧にできる僕は常に大人達からおべっかが使われていた。僕の地位や能力を利用するために。もし、カタリナがクロウカードを自由自在に使えることがバレてしまえば......僕以上に利用されてしまうのは考えるまででもない。クロウカードの力を使えば、この国を乗っ取ることさえも簡単だ。しかもカタリナは、困っている人を見掛けたら、後先考えずに使ってしまうのであろう。僕はその優しさが好きだ。だからこそ......

 

 

その優しさを付け込む奴は僕が潰す!彼女の純粋な気持ちは誰にも傷付けさせはしない!

 

この先どんな危険な試験が待ち受けているのか、どんなに険しい道が待ち受けているのかは想像できない。けど僕は絶対、カタリナのことを守ってみせる!

とにかく、僕の意思は堅いのですからいい加減に諦めて下さい。誰になんと言われようとも、僕の幸せはカタリナの傍で生きることだから...

 

 

 

「ジオルド様、いらっしゃい!」

 

今日も僕と弟のアランはカタリナのところに行く。

カタリナは僕がプレゼントをしたドレスを着てくれており、笑顔で僕たちを出迎えてくれた。

カタリナの後ろにはアン、ケロちゃん、笑顔だけど苦々しい顔のキースとメアリ、無表情気味だけど笑顔のニコル、兄のニコルをカタリナをくっ付けるため、日々隙を狙っているソフィア。僕の後ろできょとんとしているアラン。

カタリナの笑顔が疲れていた僕の心を癒していく。この笑顔を守ってみせる!それと...皆さん、カタリナは僕のものですよ。

 

僕はカタリナを守る決意と共に、カタリナ争奪戦に負けないように常に気を配る。

彼らは僕の友であり、カタリナ守るための仲間ですが、同時に恋のライバルだ。

 

 

「ジオルド様!」

 

僕がお茶を飲んでいると、カタリナが僕の声をかける。なんだかその様子は意を決しているかのようであった。

 

「どうかしたのですか?カタリナ」

 

僕は安心させるようにとびっきりの笑顔を向ける。

...僕はいつも君の前では本物の笑顔なのに...気が付いてくれない。どうすれば君は、僕の気持ちに気が付いてくれるのでしょうか?

 

僕が尋ねてもカタリナは、恥ずかしそうにもじもじしている。

もしかして...これは...!?

 

カタリナが僕への気持ちを自覚し始めた!?あのカタリナが!?あの人の恋心に鈍感なカタリナが!?そんなことは...

 

いや、考えすぎはよくはない。だってあのカタリナだ。未だに蛇の玩具を投げる練習をしている、あのカタリナが...。...けど、僕と初めて出逢った時カタリナは、ベタ惚れで僕の傍から離れなかったのに...。...まあ、転んでからは、まるで性格が変わったかのように相手にされなくなってしまいましたが...。それがまた...いや、今はそんなことを考えている場合ではない!

 

今にもキースとメアリが邪魔をしようとしている。

さて、どうしようか?と僕が悩んでいると...。

 

「カタリナ?!」

 

「「「「「義姉さん?!カタリナ?!カタリナ様?!お嬢様?!」」」」」

 

カタリナが僕の手を取って部屋を出る。みんなの呼び止める声を無視して。

僕はカタリナに任せて屋敷を飛び出した。

 

 

 

「カタリナ...。どこまで走るのですか...?」

 

夢中で走っているうちに、いつもカタリナが登っている大きな木の所まで来てしまっていたようだ。

質問がいっぱいありましたが、カタリナが息を整えるまで待つ。

 

「カタリナ...。どうして僕をここまで連れて来たのですか?」

 

僕が尋ねてもカタリナは恥ずかしがっているのか、いつものように話をしてくれなかった。

そこで僕は話しやすくするために優しく声をかける。

 

「カタリナ。今はみんながいないから気にしなくていいですよ。いつものように気軽に話をしてみて下さい」

 

僕が尋ねてもカタリナは黙ったままだった。でも、恥ずかしくて黙るというよりも、何を話せばわからないようであった。

 

悩んでいたカタリナが木を見詰めて叫ぶ。

 

「ジオルド様は、木に登る女性がお好きですよね!?是非、私と一緒にあの木に登りませんか!?」

 

「!?」

 

カタリナの予期せぬ答えに僕は呆然としてしまった。

カタリナの行動の予想ができないことはいつものことだが、どうしてそのような結果に辿り着いたのかは検討もつかない。

 

呆然としている僕を見ているカタリナは、どうすれば良いのかわからず慌てている。

...そんな姿さえも、愛おしい。いや...今はカタリナに見惚れている場合ではありませんね。

 

「...わかりました。一緒に登りましょうか」

 

木に登ることはいけないことだが、カタリナとの二人きりのチャンス、せっかくのお誘いを断るわけにはいきません。...木に登ったことは一度もありませんが、見様見真似で出来るのでしょう。

取り敢えず僕は、カタリナに誘われるがままに木に昇りました。

 

 

それなりの高さまで登る。

二人分支えられる程の木の枝をカタリナが見付けると、そこに座るように勧められる。僕とカタリナはその枝の上に座る。

 

僕はカタリナを横顔を見詰めながら様子を伺う。

カタリナはなんて言おうか、今も迷っているようであった。ずっと見詰めていても飽きないのだが、それだと、カタリナが余計に話しづらくなってしまうから、待っている間景色でも見ていようか。

 

どこまでも広がる青空には、雲がふわふわと浮かび、鳥が自由に空を飛んでいる。

...そういえば、クロウカードの中には、フライという空を飛べるカードがあったはずだ。カタリナの魔力が強くなれば、二人乗りくらいなら軽く飛べると、ケロちゃんがそう言っていた。カタリナと一緒に空を飛ぶ。...なんて素晴らしいことなのだろう!

 

空に飛んでしまえば、誰にも邪魔をされることはない。カタリナと二人きりでいられる。どこまでも自由な空に、誰にも邪魔をされない空間で、僕はカタリナの手を取って愛をささやく。

 

「カタリナ...僕は、君だけを愛しています」

 

「ジオルド様...」

 

ここで二人は幸せなキスをするのですが...そんな展開にはなりませんよね。カタリナは空を飛ぶのに夢中になっていて僕の話なんか聞きませんね。

カタリナのことを考えいたら、自然と笑みが浮かぶ。そんな時だった...

 

「ジオルド様はそうやって笑っている方が良いです」

 

僕と目が合ったカタリナが言う。

カタリナが急に話をしたものだから、僕は驚いて目を見開く。

 

「ジオルド様は最近...疲れたそうな顔をしていて...」

 

どうやらカタリナは僕のことを心配していたみたいだ。

 

「私の魔力が多ければ...ジオルド様にもみんなにも迷惑をかけることなく、一人でやれるのですが...。...あ、でも、さくらちゃんでも、一人では無理だったしなあ...。だからと言って、みんなを巻き込むのは...」

 

困ったような笑みを浮かべてカタリナは言う。僕が反論をする前に話を続ける。

 

「とても怖かったですよね?眠れない夜もあったと思いますし...。私がクロウカードの封印を解いてしまってから、ジオルド様はとてもお疲れのようで...」

 

カタリナの言う通り、クロウカードの封印が解けてからは眠れない日があった。だけど、それは、クロウカードに襲われた恐怖よりも、カタリナを喪ってしまうかもしれない恐怖だ。

 

「なんて声をかければ良いのかわからなくて、どうしようかなあと、迷っていたのですが...」

 

 

 

「笑顔になれて本当に良かった」

 

カタリナの笑顔が太陽と重なる。

 

「私、ジオルド様の悩みを解決することはできませんし、一人では何もできないから、終わるまでの間ずっと怖い目に遭わせてしまいます。本当は逃げても構いませんけど、ジオルド様は逃げる気がありませんよね...?」

 

カタリナが縋る目付きで尋ねる。

僕はすぐさま頷く。僕が頷くと、カタリナは少し残念そうな表情になる。

当然のことだ。誰になんと言われようとも、離れる気はありません。例え、カタリナから言われても僕の気持ちは変わりませんよ。

 

「私は一人で立ち向かえなくて、みんなを困らせてしまいますが、みんながいつもしてくれたように辛い時や悲しい時は傍にいます。ジオルド様の気が済むまで、お話を聞くことはできます。だから...」

 

 

「独りで抱えないで下さいね。ジオルド様。私はジオルド様が笑っている姿が一番好きです」

 

言い終えたカタリナが、僕の手を握って笑顔でお願いをする。彼女の笑みはまるで花が咲くように、朗らかで温かななものであった。

 

「だったら...お願いがあります...」

 

「?なんですか?」

 

僕の決意にカタリナは首を傾げる。

カタリナ、僕が笑っている姿が一番良いですよね?だったら、僕との婚約を破棄しませんよね?僕の気持ちに応えてくれますよね?

 

「カタリナ、僕との婚約を...」

 

僕はこの先の言葉を言えなかった。

 

「えっ!?!?何これ!?何これ!?どうなっているの!?」

 

カタリナの体が木の枝にすり抜けてしまっている!?こんな非現実的ことを起こす存在は...

 

クロウカードだ!

 

だが、今はどのカードがやったとかは関係ない、カタリナを引き上げることに集中をしなくては!

くそ!今のカタリナはいつ、どんな危険に遭うのかわからないのに、二人きりになれることしか考えなくて、カタリナを危険な目に遭わせるとは...!!婚約者として情けない!

 

どんなにカタリナを引き上げようとしても、カタリナの体は木の枝をすり抜けてしまう。

何があっても...絶対...この腕が折れてしまっても...!!離してたまるかあ!!

 

そんな僕の決意は無駄になる。

 

「ジオルド様!離して下さい!ジオルド様も落ちてしま...えっ!?」

 

僕の体も木の枝からすり抜けてしまった。

木の枝からすり抜けてしまった僕らは、そのまま地面に吸い込まれるように落ちていく。僕はカタリナだけでも守るために、カタリナを必死に抱き寄せて衝撃に備える。

 

僕はどうなっても良い!だから、カタリナだけは助けて下さい!僕は居もしない神様に願う。

 

僕の願いが通じたのか...

 

 

 

「なっ!?」

 

丁度空を飛んでいたケロちゃんに出会う。

ケロちゃんは急いで僕たちの服を掴んで持ち上げようとする。けれども、体格差がありすぎて持ち上げることはできなかった。

 

「うっうぅ...重いねん!!」

 

ケロちゃんも僕達と一緒に落ちるだけだった。

先程よりも遅いスピードで地面に向かっていく。死が刻一刻と迫る中、風が僕らを包み込む。

 

「カタリナ!ジオルド!」

 

「カタリナ様!ジオルド様!大丈夫ですか!?」

 

「ニコル、ソフィア。二人ともありがとうございます」

 

ニコルとソフィアが風の魔力を使って、僕達を助けてくれたようだ。いつものメンバーも来てくれていた。

僕はニコルとソフィアに礼を伝えてから、カタリナを優しく地面に下ろす。殺されそうになって怖がっているのか、ピクリとも動かなかった。

 

「もう大丈夫ですよカタリナ。地面に立っていますから...カタリナ......?」

 

僕が語りかけても返事をしないカタリナ。

カタリナの様子に不振に感じた僕は、カタリナの顔を覗き込む。そこには......

 

 

顔を真っ赤に染め上げて照れている彼女の姿が目に映る。

 

「......!!」

 

僕は思わず動きを止めてしまう。

あんな...わかりやすく...照れてくれるんだ...。物凄く可愛い。いつまでも見ていたい...駄目だ、今はクロウカードの封印に集中しなくては...。

 

そうこうしている内に、どこにクロウカードがいるのかわからなくなってしまった。

カタリナには悪いが、この木ごと燃やさせてもらう!

 

「おい!?ジオルド!何やっているんだよ!」

 

「アラン様の言う通り!この木はカタリナ様がよく登っていらっしゃている...」

 

「それはわかっています!ですが!この木にクロウカードが現れたのです!」

 

アランとメアリが止めに入ろうとしたが、クロウカードと聞いて立ち止まる。けれど、この木と思い出深いアランは悔しそうに拳を握っていた。

 

「アラン...」

 

「アラン様...」

 

アランは迷いを振り払うと意を決する。

 

「...ッ!!仕方ない!さっさと捕まえるぞ!」

 

アランの決意に応えるべく、僕は火の魔力で木を燃やしてクロウカードを追い出そうとする。

 

「......あれ...?木が...木が燃えている!?」

 

木が燃えたことにより正気に戻るカタリナ。

 

「カタリナ!クロウカードが現れたで!」

 

ケロちゃんが僕らの代わりに説明をしてくれる。

 

「えっ!?クロウカードが現れたの!?」

 

「せやから!鍵を準備するんや!」

 

「......う、うん!わかったわ!ケロちゃん!」

 

カタリナは木を燃やされていることにショックを受けていたが、なんとか気を取り直して鍵を取り出す。

 

「闇の力を秘めし鍵よ。真の力を我の前に示せ。契約の元、カタリナが命じる。封印解除(レリーズ)!」

 

呪文を唱えるカタリナの足元には、太陽と月の黄金の魔方陣が現れる。周りを光で満たし、小さな鍵は段々と大きくなって杖になる。

 

いつも笑顔で、愛くるしい君が、この時ばかりは格好よく感じてしまう。また僕の心をざわつかせる。

...こんなことを考えている場合ではないのに考えてしまう。

 

気を引き締めなおして火を強めると、木から異国のドレスを着た女性の姿が現れる。

あれが今回のクロウカードか!

 

「ハアア!」

 

「逃がしません!」

 

クロウカードが動く前に、キースが土の魔力で壁を作り、ニコルとソフィアが風の魔力で壁ごと囲んで動けなくする。

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

動けなくなるとクロウカードの封印が始まる。

土の魔力や風の魔力で動けなくなったとはいえ、それでもまた、カードが暴れそうであったので僕は火の魔力で応戦をする。

 

「やったわ!カードを封印をしたわ!」

 

程なくしてクロウカードが元の姿に戻る。

カードを封印をしたカタリナがはしゃぐ。

はしゃぐ余裕があるということは...それだけ成長をしたようですね。

 

見届け終えた僕がカタリナを見ていると...

 

「ジオルド様!今後は無茶をしないで下さいね!」

 

カタリナはプンスカという疑問が聞こえてくるほど怒っていた。

カタリナだけには言われたくなかったが、心配をしてくれる気持ちは凄く嬉しかったので、甘んじて受け入れる。

 

けど、急にカタリナは笑顔になる。

 

「ですが...ジオルド様格好良かったです!」

 

その微笑みだけで先程までの怒りがあっさりと消えていく。

ああ...なんて癒されるのだろう...。

今度こそ、カタリナの様子を存分に見詰めていると...

 

「...って!あーー!!私のお気に入りの木が...」

 

「申し訳ございません。カタリナ様。私の魔力では...」

 

「......悪い...」

 

カタリナが変わり果てている木を見て愕然としていた。

アランとメアリが水の魔力を使って火の消火に当たっていたのだが、火の勢いに間に合わず、ほぼ全焼になってしまっていた。

 

メアリとアランが必死に謝っているが、カタリナは聞いていなかった。

これでは意味がありませんね...。カタリナの身を守ることは当然ことなのだが、泣かせては駄目ですね...。

 

早くクロウカードの封印を終えて、平穏な日々を取り戻すと、僕は誓いながらカタリナの傍に寄り添うのであった。




カタリナがジオルドが木に登る女性を好きだと勘違いした理由は、ゲーム本編で道に迷ったマリアが木に登ろうとしたところから出会い、そこからジオルドが興味を持ったからです。


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影が取られてしまった...

久し振りのカタリナ視点です。
この話が終わったら、また違う人の視点になります。


私は今、自分の部屋でクロウカードを心を込めて綺麗に拭いている。

だけど...う~ん...

 

「集まるペースが遅いわ。...やっぱり、私の魔力が少なすぎるからね...」

 

集まった枚数はたったの五枚。

飛(フライ)のカード、水(ウォーティ)のカード、泡(バブル)のカード、移(ムーブ)のカード、抜(スルー)のカードの五枚。このペースだと終わるのはいつになるのやら...

 

私が先のことを考えながら、カードを丁寧に拭いていると...

 

 

使用人たちの慌てふためく声や、皿を割る音が屋敷中が鳴り響き、騒がしくなる。

 

「何事!?」

 

静かに立っていたアンでさえも驚いてしまう。

 

「お嬢様はこの部屋で待っていて下さい!私が様子を見て参ります!」

 

「ちょっ!?アン!」

 

私の呼び止める声を聞かずにアンは、急いで私の部屋を出ていく。

ここは私が見に行くべきではないの!?

 

バタン!

 

「義姉さん!大丈夫!?」

 

「キ、キース!?」

 

私が呆然としていると、今度はキースがノックもせずに入ってきた。

 

「驚かせてごめんなさい。...でも、義姉さんが心配だったから...」

 

私を驚かしたことに申し訳なさそうにするキース。

最初は私を破滅フラグに導く存在であったのだけれど、今の私にとっては最高の弟だわ!原作のカタリナはこんな可愛い弟を虐めて、本当に最低よ!

 

「義姉さん、ぼーっとしているみたいだけど大丈夫?」

 

考え事をしていたらキースに心配されてしまった。

考え癖を気を付けなければ...

 

「全然平気よ。それより...私は行かなくて良いのかしら?」

 

「騒ぎの原因がクロウカードだと決まった訳じゃないから、良いんじゃないのかな?」

 

「この屋敷で、クロウカードの気配を感じ取ったわ」

 

「あ、やっぱり...」

 

あ、やっぱり、騒ぎの原因はクロウカードなのね...。

ケロちゃんも私の部屋に入ってきて報告をする。

 

「今回のカードは何?」

 

「今回のカードは影(シャドウ)のカードや!」

 

「影(シャドウ)!?だとすれば...夜に動き出すわね」

 

影(シャドウ)のカードかあ...。確かこの話で、智世ちゃんにカードキャプターということがバレたのだよね...。それと!こっから、あの可愛い衣装が始まるのよね!あの衣装いつ見ても素敵なの!

 

「せやな」

 

私が思い耽っている間にケロちゃんが頷く。

 

「義姉さん、今回はどのようにすれば良いの?」

 

キースが真剣な表情で訊いてくる。

魔法に関してあんな嫌な思い出があるのに...本当にキースはお姉ちゃん思いの子ね!私もキースやみんなを困らせないように、頑張らないと!!

 

「影(シャドウ)のカードは光に弱いから、屋敷中に灯りをつけて弱らせれば良いのよ」

 

「そうなんだ。...またジオルド様が有利になる条件だ...。...うん?ところで義姉さん、ケロちゃん」

 

キースは何か小言を呟くと首を傾げる。

 

「どうしたの?キース」

 

「夜に動き出す筈なら、なんでもう騒ぎが起きているの?」

 

「それはな、影を奪うことだけやったら、昼間でもできるからな」

 

「ええ!?影を奪われた人たちは大丈夫なの!?」

 

「影を奪われただけで害はないから大丈夫や。影(シャドウ)のカードを封印すれば、影は取り戻せるし、問題は特にあらへんで」

 

「そういう問題かなあ...。...まあ、とにかく、義姉さん。何かあったらいつでも僕を呼んで。部屋に居るから。この前みたいに一人で先走るのは駄目だよ。いい?」

 

「わ、わかっているわよ!」

 

「そう?それと...」

 

キースがグイッと私に一歩近付いてくる。

 

「今後、ジオルド様とは二人きりにならないでくださいね」

 

「え?なんで?...あー!もしかして!この前みたいになるから?」

 

「......そうだよ義姉さん。危険だから勝手な行動をしないでね」

 

何故かキースは酷く疲れたそうな顔をする。

けれども溜め息を吐いて立ち直ると、私に釘を刺して自分の部屋に戻る。

 

「どうかしたのかしら?」

 

「あの小僧も、ライバルが多いから大変やな~」

 

「ライバル?ケロちゃん、なんの話をしているの?」

 

「おまえさん、まだ気が付いておらんのか!?」

 

ケロちゃんが口をあんぐり開けて驚く。

私...そんなに可笑しいこと言った?

 

「このアホーー!!ええ加減に気付け!......もう...疲れたからええわ...」

 

そう言ってケロちゃんはクッションの上に座り込む。

だから、何がそんなに可笑しいの?

 

私の疑問を全く気にも留めずに、ケロちゃんはクッションの上で寛いでいる。

 

「なあ...カタリナ...」

 

けど、急に、私の気持ちが届いたのか、ケロちゃんが振り返る。

 

「何?ケロちゃん」

 

「おまえさん...」

 

 

「ほんまに好きな人はおらへんのか?」

 

ケロちゃんは今までに見たことがないほど、真剣な表情で尋ねてくる。

ケロちゃんって、人の恋路に興味があったキャラだっけ?あんなに真剣になっちゃって...こっちの方が驚くわ。

 

「ケロちゃん...そんなに人の恋路に興味があったの?」

 

「いや、興味はないや」

 

「?じゃあなんで?」

 

あんなに真剣なのに...

 

「いや、なんというか...おまえさん、この前、ジオルドと二人きりになっておったのやろ?」

 

「うん...そうだけど...。それがどうかしたの?」

 

いまいちピンと来ない反応ねえ...。だったら、なんで、そんな真剣な表情で訊いてくるのかしら?

 

「ジオルドのことが好きなのかなあと、思ったんやけど、次の日からのおまえさんの行動を見ても、全く何も変わっておらへんから、どういうこっちゃと思ってな。結局、二人きりになってまだ話したかったことはなんや?」

 

なんだ。そんなことなのね。あまりに真剣に尋ねてくるから驚いたわ。

 

「二人きりになってまで話したかったこと?話をしたかったと言うか...ただ...。ジオルド様が最近、私のせいで疲れているでしょ。だから元気付けをしたくて...」

 

「ほほう。だから、二人きりになったというわけか」

 

「そうなのよ。ジオルド様は私の大事な友達よ。友達が元気が無い時は傍にいて励ましたいと思うでしょ!」

 

「まー...。それは...そうやな」

 

「そうでしょ!」

 

私の返事にケロちゃんは腕を組んで悩む。私が何が声をかけようとした時、ケロちゃんはなぜか真顔になる。

 

「ふーん...。まあええけど...」

 

ケロちゃんはそう言って背を向ける。呆気なく引くケロちゃんに私は疑問を感じる。

いつもなら怒鳴ったりするのに...。

 

ケロちゃんが部屋を出る前にぽつりと呟く。

 

「なあ...カタリナ」

 

「何?ケロちゃん」

 

私が声をかけてもケロちゃんはそっぽを向いている。

本当にどうかしたのかしら?今日のケロちゃん、いつもと違う...。

 

窓を開けたケロちゃんは、私の方を振り替えると一言告げる。

 

 

「愛してくれとる人の気持ちを気が付かんと......いつか、大変なことになるで」

 

「えっ......?それってどういうこと?ケロ...あ、行っちゃった...」

 

私の質問に答えることもなく、ケロちゃんは窓から外に出ていってしまう。

ケロちゃん...何が言いたかったのだろうか?

 

どれだけ考えても私の中で答えは出なかったのであった。

 

 

 

私が悩んでいると、みんなが遊びに来る時間になる。

 

「また、カードが現れたのですね。今度はどんなカードなのですか?」

 

「今度は影(シャドウ)のカードよ」

 

「それはどんなカードなんだ?」

 

「影を操るカードよ。使い方としては捕まえたり、追い掛けたい人の影を見付けて、探してくれるの」

 

「相変わらず色々なことが出来るもんだな」

 

「カタリナ様、そのカードはどのような対策が必要なのですか?」

 

「影(シャドウ)のカードは光に弱いから、屋敷中に灯りをつけて、姿を現させれば捕まえられるわ」

 

「光に弱いのですね。でしたら、僕の火の魔力が有効でしょう。ですから...絶対、僕を連れていってくださいね」

 

「クッ...!またジオルド様が有利ですわ。いつになったら、水の魔力が必要になりますの!?」

 

「メアリ...。そこまで気にしなくて良いと思うぞ。人には向き不向きがあるんだから気にするな。...ジオルドはジオルドで、いつまでも勝ち誇った顔をすんなよ」

 

「婚約者の役に立てられるということは、物凄く嬉しいことですから、これは仕方ないことですよ」

 

「私にだって、いつかはお役に立てる日は来ますわ。その時は必ず、ジオルド様よりも役に立ってみせますわ!」

 

「お前らはなんでそこまで張り合っているんだよ...」

 

本当、みんな仲良くて平和ねえ~。

 

「そういえばなんだけど、カタリナ」

 

「はい、なんでしょうか?ニコル様」

 

私がお茶を飲みながらほんわかしていると、ニコル様が私に尋ねてくる。

...真面目に訊ねているのに、真剣にこっちを見てくるものだから、ドキドキしてしまうのよねえ...。

 

「なんでもう、シャドウのカードってわかっているんだ?俺たちは現場に行かなくて良いのか?」

 

「それはですねニコル様...。影(シャドウ)のカードの騒ぎは起きているからです」

 

「もう騒ぎが起きているのか!?」

 

驚いたニコル様は席を立ち上がってしまう。私が説明をする前にソフィアが説明をする。

 

「そうみたいですわ。お兄様、アンさんの足元をよく見てください」

 

「アンの足元?......!?」

 

「お兄様のお気付き通り、アンさんの影が無いのです」

 

「ソフィア様の仰る通りでございます。いつの間にか私の影が取られていたのでございます。私の他にも、魔力を持っていない人の影が、全員取られてしまいました」

 

「だからあんな騒ぎが起きたんだね」

 

「はい、申し訳ございません...」

 

「気にしなくて良いよ。影を取られたら、誰だって取り乱してしまうよ」

 

謝るアンにキースが慰めていた。

 

「影が取られたんだろ!クロウカードを封印しなくても良いのかよ!?」

 

焦ったアランが怒鳴る。

アランが怒鳴るのは当たり前だ。今も危険を放置しているのだから。

 

「影(シャドウ)のカードが本格的に動き出すのは夜なの。だから、夜にならないと捕まえられないわ」

 

「時間指定もあるのかよ...。ということは、俺たちは夜までいないといけないみたいだな」

 

私の話にアランは納得をする。

 

「アラン様!?そこまでしてくださらなくても...」

 

アランの話に今度はアンは焦り出す。

 

「けど、このアホ令嬢を放ってはおけられない。一人で先走って怪我しそうからな」

 

「そうですわアラン様!お友達として最高の決断ですわ!」

 

アラン...。アホ令嬢って...そんな言い方は酷くない!?

 

「そうですわ!私たちは常に一緒ですわ!」

 

メアリもアランの意見に同意をする。

 

「アラン様やメアリ様の仰る通りでございますわ!私達は常に一緒です!それに...」

 

 

「こんなこともあろうかと、コスチュームをご用意しました~」

 

ソフィアが自慢げに見せる。

...って!?その衣装!?あの...カードキャプターさくらのアニメ一期のオープニングで着ていた衣装じゃない!

 

ピンク色の部分は水色に変わり、スカートの丈はずっと長くなって、赤いリボンと靴は青いリボンと靴に変えられていた。背中には原作と同じ白い羽が付いていた。

 

「す......凄いじゃない!!ソフィア!さくらちゃんが着ていたのとほぼ同じだわ!!」

 

ソフィアが作ってきた衣装の出来に私は、飛び上がる程興奮をしてソフィアの手を握ってしまう。

 

「もー!ソフィア様も狡いですわ!ソフィア様だって風の魔力をよく使われますのに!さらに、カタリナ様が望む衣装を作れるなんて卑怯ですわ!」

 

メアリが怒ってしまった。

私が狼狽えていると、アランの困惑が雰囲気を変えてくれる。

 

「ちょっと待てソフィア!なんでお前が、そのサクラが着ていた衣装を知っているんだ!?」

 

「それは...ですね...。私もカタリナ様と同じ夢を見たからですわ!」

 

「ソフィア、お前もか!?」

 

「ソフィア様ですか!?」

 

「ソフィアまで...カタリナと同じ夢を見ていたのですね...。ところで...カタリナ、キース、ニコルは驚いていないようですが...三人は知っていたのですか?」

 

アラン、メアリが驚く。ジオルドだけは冷静に驚いていない私たちに質問をする。

 

「ええ...移(ムーブ)のカードの騒ぎがソフィアとニコル様の屋敷で起きて、その時にソフィアから私と同じ夢を見たと聞いたわ」

 

「僕も義姉さんと一緒にいたから、その時に知りましたよ」

 

「俺もその時に知った。...あまり、人に言いふらすものではないからな、ずっと黙っていた」

 

「まあ...確かに...ニコルの言う通り、言いふらすものではないですからね...」

 

ニコルの説明で納得をするジオルド。

ソフィアが私と同じ夢を見ていたことがバレたけれど、特に変わらず、クロウカードの封印を終えるまでみんなは屋敷に留まることになった。

 

 

 

遂に夜が来て、本格的にクロウカードが動き出す時間が来る。影(シャドウ)のカードを動き出させるため、原作と同じように屋敷の明かりを消してから、私たちいつものメンバーは屋敷を出て庭に集まる。

早速私は、ソフィアが作ってくれた衣装に着替えて、張り切って行くわ!

 

「とても似合っていますよ。カタリナ」

 

「似合っているよ。義姉さん」

 

「悪くは...ないと思う...ぞ」

 

「カタリナ...。似合っているぞ」

 

「カタリナ様、とてもお似合いですわ!」

 

「素敵ですわ。カタリナ様」

 

「ほんま、作ってもらえてよかったな」

 

みんなが似合っていると褒めてくれた。嬉しい思いをソフィアに感謝を言って伝える。

 

「ソフィア、本当にありがとうね。大切に着るわ!」

 

「カタリナ様に喜んで頂けるだけでも、私はとても嬉しいです!」

 

「ソフィア様...私にも衣装作りを手伝わせてください!!」

 

「はい、一緒に作りましょう!私一人だけだと、結構時間が掛かってしまって...人手が丁度欲しかったところです!カタリナ様には是非!原作を再現をしてほしいですわ!」

 

「ええ、ソフィア様。今度からは一緒に衣装を作っていきましょうね!」

 

「はい!」

 

ソフィアとメアリが仲良く話をしている。

私はクロウカードが動き出すに呪文を唱え出す。

 

「闇の力を秘めし鍵よ。真の力を我の前に示せ。契約の元、カタリナが命じる。封印解除(レリーズ)!」

 

夜だからか、いつもよりも黄金色の魔方陣の輝きが強く感じる。

呪文が唱え終わり、鍵が杖になるのと同時に...

 

 

屋敷から奪われた人の影が、庭の中央に集まって大きくなる。

影が大きくなり始めると、屋敷に残っていた召使の人たちが灯りをつけ始める。

 

屋敷中に灯りが点ると影(シャドウ)のカードは弱くなり、本来の姿である黒いローブを纏った人の姿になる。

 

「はっ!」

 

「はぁ!」

 

ジオルドと護衛人のマックスが、火の魔力で影(シャドウ)のカードを弱らせる。ソフィアとニコルも、風の魔力で影(シャドウ)のカードを包み込んで、逃げられなくする。

 

私はその隙に杖を振るう。

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

影(シャドウ)のカードの手前で杖がぶつかり、甲高い音が鳴り響く。

光がクロウカードに包み込み、暫くして...

 

カードは元の姿に戻って封印される。

 

「やったわ!」

 

今日も私はみんなの力を借りて、クロウカードの封印に成功するのであった。

 

 

ところで、みんな...帰るの遅くなったけど本当に大丈夫?



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歌声が聞こえてくるようになってしまった...

俺、アラン・スティアートは、兄のジオルド・スティアートの用事があるため、今日はカタリナ・クラエスがいる屋敷には行かず、趣味であるピアノの練習をする。

...何故かあいつは、俺一人で行こうとすると、物凄い形相で止めに来たのだ。...まあ、あのクロウカードとやらは危険だから止めるのは当然のことか...。しかし...あのアホは!一体何を根拠に危険はないと判断したんだ!?下手したら死ぬぞ!

 

俺は溜め息を吐いて気持ちを落ち着かせる。

その横で俺の婚約者であるメアリ・ハントがピアノの音に合わせて歌の練習をしている。偶然にも遊びに来たのだ。

 

メアリはカタリナのことが友人として好きだから、カタリナのところに行くと俺は思っていたのだが、ジオルドの用事を聞いたら、メアリはジオルド様の様子を見守ると、強く言ってその場を離れなかった。

 

歌の練習をしながらも横目でジオルドを心配をしているメアリ。

言い合っている時もあるけど仲が良いんだな。やっぱりメアリは誰かのことを思える優しい子なんだよな。俺がカタリナを見て胸が痛いと言うと...

 

「それはきっと疲れからくる病気ですわ。クロウカードの件にお疲れになったのでしょう。アラン様はじっくりとお休みになられた方が良いですわ」

 

メアリも大変な目に遭っているのに、それでも俺のことを心配をして休むように気を遣うメアリ。

本当に優しくて好い人だと思うのだが...最近...カタリナのことが気になってしょうがない。けど、ジオルドやメアリが言うには、クロウカードの件で心配をしているのでは?と、友達のことを気にするのは当然のことだから仕方ない、と言っていたのだが...だとすれば俺は、クロウカードの封印を手伝って早く終わらせないとな。

 

俺はピアノの練習に戻るのだが...

 

 

しかし......

 

ジオルドも大変だな。

やりたくもない見合いをさせられるなんて。

 

あいつはカタリナ一筋だ。他の令嬢はなんか興味ない。婚約者もカタリナと決まっている。あいつの惚れている姿を見れば、何をやっても無駄だと思わないのか?

...なんだか...ジオルドがカタリナの傍にいる想像だけで、胸がモヤモヤする...。これはなんだ?...そういえば、これもジオルドとメアリが言うには病気らしい。...最近の俺は疲れているのか?...早く、クロウカードの件を終わらせないといけないな...。

 

「ジオルド様...大変ですわね...」

 

「そうだな...」

 

俺がピアノを止めてジオルドの方を眺めていたから、メアリも歌の練習をやめてジオルドの様子を見守る。

ジオルドはお見合い相手を庭に案内をしている。そいつは青いドレスを着ていて...なんだか初めて会った時のカタリナを思い出す。

 

カタリナはジオルドにぴったりとくっつき、ずっと甘えていた。今の見合い相手もそうだ。ジオルドにくっついて離れない。ジオルドは偽りの笑顔で相手をする。そういえば..

 

ジオルドはいつから、あいつのことを好きになったのだろうか?

あの時俺はすぐに自室に戻ったから、あまり事情を知らないが、あの時のジオルドも今みたく愛想笑いをしていたな...。昔の時みたく仲悪くないから聞こうと思えば聞けるのだが...なんだか聞きたくない。俺は何故、こんなにもモヤッとしているのだろうか?......本当にクロウカードとやらは厄介なもんだな。

 

「うまくいくと良いですわね...」

 

「ああ...うまくいけると良いな...」

 

メアリの声で俺は現実に引き戻される。

 

まあ...

 

あいつなら...

 

心配をしなくても、うまく見合いを断らせることが出来るだろう。

 

「メアリ、続きをやるぞ」

 

「はい、アラン様」

 

そう思った俺はメアリに声をかけて練習に戻るのであった。

 

 

 

「あいつ...やけに...ジオルドに付きまとっていたな。...令嬢というのはそういうものなのか?」

 

「まあ...それは...お相手はジオルド様ですからね。必死になるのは当然のことですわ」

 

「そうなのか...」

 

どうしてもジオルドの様子が気になり、俺はピアノの練習をまたやめてしまう。それはメアリも同じだ。

しかし...

 

恋というのは人を必死にさせるものなんだな。

俺の周りには...恋愛に必死ではない人が多いな...。ニコル、キース、ソフィアは未だに相手はいない。カタリナはジオルドに異性として興味を持っていなさそうだ。メアリは俺よりも、カタリナのところによく遊びに行ってしまう。...俺の周りが例外なだけか...。

 

俺がそうこう考えている間にも、メアリの歌の練習は続き、時間があっという間に過ぎるのであった。

 

 

見合いの時間が終わり相手の令嬢が帰る時間となる。

令嬢が帰っていくとジオルドがこちらにやって来る。

 

「ふう...。やっと終わりましたよ...」

 

「お疲れだな。お前にしては珍しく疲れているな」

 

「それはそうですよ。やりたくもない見合いをさせられれば、誰だって疲れますよ。どれだけ遠回しに言っても相手は諦めてくれません...。相手を傷付けないように、諦めてくれるように、言葉を選ぶのは物凄く大変ですから...」

 

「それは大変ですわね。......そんなに大変でしたら、他の令嬢の婚約に変えても良いですのよ?」

 

「メアリ...僕はカタリナ一筋ですよ。他の令嬢には興味はありません。婚約者がいる貴女の方こそ、いい加減に諦めたらどうですか?」

 

またジオルドとメアリが仲良く話をしている。

...ジオルドとメアリもよく二人で話すよな...。俺だけ仲間外れにされることが多い。大人しかったメアリが明るくなるのは良いんだが...。置き去りにされるのは...なんか違う。なんだか俺は...仲間外れにされやすいというか...皆の話がついていけないというか...俺は何故か置き去りにされやすい。...何故だ?

 

「お前達は一体なんの話をしているんだ?」

 

「アラン、君は気にしなくても良いのだよ」

 

「そうですわアラン様。アラン様は今のままが良いですわ」

 

「そ、そうなのか...?」

 

「ええ、そうですよ」

 

「ジオルド様の言う通りですわ」

 

俺が聞いても、ジオルドとメアリはそのままが良いと言うだけであった。

 

 

 

「アラン様、ジオルド様。私が練習をした歌を聞いてほしいのですが...」

 

「歌の練習をですか?構いませんよ」

 

メアリが練習の成果を見てほしいのか、突然歌を歌うと言い出す。俺もメアリのためにピアノを弾く。

メアリは音楽に合わせて歌を歌い始める。メアリは滑らかに綺麗に歌を歌っていた。

 

歌い終わるとジオルドは拍手をする。

 

「素晴らしかったですよ」

 

「結構上手かったぞメアリ」

 

「はい!ありがとうございます。ジオルド様、アラン様」

 

練習の成果を発揮できたメアリは喜ぶ。

 

「とても素晴らしかったですよ。...ところで、なんで歌の練習を始めたのですか?」

 

ジオルドの疑問に俺も頷く。

 

「それはですね...。クロウカードの捕獲に歌が必要になるからですわ」

 

「歌が必要?それはどういうことだ?」

 

メアリの話に俺は益々わからなくなる。ジオルドも俺と同じようで首を傾けていた。

 

「クロウカードの中には人の歌声を真似るという、ソングというクロウカードがあると、ソフィア様がそう仰っていましたわ」

 

へぇー、そんなカードもあるのか。...?待てよ...。

 

「ソフィアがそう言ったのか。けど、カタリナからは何も聞いていないぞ」

 

自分が怒られた訳でもないのに、メアリは申し訳なさそうに言う。

 

「...カタリナ様よりも...ソフィア様の方が...夢の内容を覚えておりまして...」

 

あの馬鹿!何かあったらどうするんだ!?

メアリの話を聞いた俺は怒りに身を任せて叫ぶ。

 

「全く...!あのアホ令嬢は...!!あれだけ危険にも関わらず、自分からやりたいと言ったくせに、何故覚えていないんだ!?」

 

「...カタリナはそういう人ですから...怒っても無駄ですよ...。それに、僕たちで支えればなんの問題はありません」

 

怒る俺と違ってジオルドは諦め気味であった。

けど...その顔は物凄く疲れていた。

 

「そうですわ...。...それに...私の歌声をクロウカードが真似をしていただければ、今度はヴォイスというカードに私の声が奪われて...これを切っ掛けにカタリナ様に甘えられますわ!」

 

メアリも同じように呆れていたが、途中からテンションが上がる。

 

「えっ...?メアリ...そんなことを考えていたのですね...。危ないからやめた方が良いですよ。...後、抜け駆けは禁止です」

 

何故かテンションが上がったメアリにジオルドと俺は驚く。俺は驚いて何も言えなかったが、ジオルドはメアリに近付いて何かを言っている。

 

「まあ、ジオルド様ったら...。私は常にカタリナ様の役に立てるよう、頑張っているだけですわ。私はジオルド様と違って魔力では役に立てておりませんので...」

 

メアリもまたいつもの笑顔で言い返す。

 

「メアリはただ、友人として役に立ちたいだけだ」

 

あまり良い雰囲気ではないと感じた俺は、ジオルドとメアリの間に入ってジオルドに反論をする。

 

「......色々と言いたいことはありますが...。...これもライバルを増やさないための我慢ですね...」

 

ジオルドは呆れて溜め息を吐く。

...俺はそんなに可笑しなことを言ったか?

 

疑問に思った俺はジオルドとメアリに尋ねるが、二人揃って気にしないでと、言われてしまった。それでも気になっていた俺はもう一度質問をしたが、メアリは帰る時間になって帰ってしまい、ジオルドは魔力と剣の練習の時間になって聞けなくなってしまった。

 

まあ、二人が気にしなくても良いって言うのなら...気にしなくても良いか...。

一人で納得をした俺は自室に戻るのであった。

 

この日の夜

メアリが話した通りの事件が起きる。

 

 

 

自室に戻った俺は勉強をしていた。

その本は魔力について書かれている本だ。クロウカードの封印を少しでも手伝えるようにするためだ。切りが良いところで休憩をしようとした時だった...

 

「~~♪~~~♪~♪」

 

廊下から歌声が聞こえてくる。

歌っている主は俺が昼間に弾いた曲に合わせて歌い、その歌声はメアリの歌声にそっくりだった。まさか...!?

 

「!?」

 

驚いた俺は急いで扉を開けたが誰もいなかった。

俺と同じタイミングでジオルドも扉を開けていた。俺とジオルドは顔を見合わせる。

 

「アラン...これはもしかして...」

 

「ああ...」

 

 

「これはクロウカードの仕業で間違いない」

 

俺たちの中で答えがすぐに出る。

本来だったらすぐに答えが出るわけがないのだが、俺たちはクロウカードに事件に関わって詳細を知り、家族や使用人たちがこのような悪戯をするわけがないと、わかっているからだ。メアリが帰ったところはちゃんと見届けている。これは間違いなくクロウカードの仕業だろう。

 

納得をしていたはずのジオルドが、顎に手を当てて考え始める。

何を考えているんだ?

 

「どうかしたのか?なんかまだ可笑しな点があるのか?」

 

「可笑しな点はありませんが...ただ...このことがバレてしまいますと、カタリナに余計に会いづらくなってしまいますからね」

 

ジオルドは苦笑いを浮かべながら答える。

確かに...。クロウカードの事件のせいで見合いが始まったからな...。ジオルドが気にするのは無理もないか...。

 

しかし...

 

「そうだな...。だけど、今回のクロウカードは人の歌声を真似るだけだから危なくはないだろ」

 

メアリの話では危険があるようなカードとは思えないが...

 

「それはそうですけど、他の人たちはその話を聞いておりませんし、簡単に信じるものではありません。メアリが嘘をついているとは思えませんが、事が大きくならないとは限らないでしょうし、もしもの時があってからでは遅いですからね...」

 

ジオルドの言っていることは正しかった。

だけど...

 

「そうだな。だけど、ここにはカタリナはいないぞ。俺たちだけでどうやってクロウカードを捕まえるんだ?それにメアリの話では真似ている人の歌声が必要だ。下手に動いて事を大きくする可能性もあるぞ」

 

俺たちにはこの状況をなんとかする手段はない。下手に動けば悪化する可能性もある。

俺の質問にジオルドは考え込む。

 

ジオルドは数十秒間考えた後に...

 

「そうですね。やはり...アランの言う通り、僕たちでは何もできません。ですから...事情を話して...少しでも恐怖を和らげることができれば...」

 

「けどよ...納得をしてくれるのかが問題だよな...」

 

俺の話にジオルドは溜め息をつく。

 

「それもそうなんですよね。話すことは簡単ですが、納得をさせるとなると...」

 

「この問題ってよくよく考えると結構難しいな」

 

「そうですね...。ですが、できることは全てやっていかないといけないものです。...それでも、頑張って説明をしていかないといけないですね...」

 

「そうだよな...やるしかないな...」

 

まだ始まってもいないが、俺とジオルドはこれからことを想像をして疲れる。

俺たちは頑張って説得を試みるのであった。

 

 

 

次の日。

 

「嘘!?今度はジオルド様やアラン様が住んでいる城にもクロウカードが現れたのですか!?」

 

屋敷に着いた俺たちは早速、昨日の出来事をカタリナに説明をする。

口を大きく広げて驚くその姿に俺は笑い、ジオルドはなんとか笑いを耐えようとしている。気を取り直したジオルドが話し始める。

 

「はい、そうです。なのでカタリナは、すぐに僕たちの城に来てください。一刻も早くカタリナの力が必要なのです」

 

「わかったわ!このカードキャプターカタリナに任せなさい!」

 

カタリナが胸を張って自信満々に宣言をする。

 

「あ、でも、着替えが必要なので、ちょっと待っててください」

 

カタリナは急いで自室に戻る。

 

「しかし...。今度はジオルドたちの方でもクロウカードが現れたのか...。大丈夫だったか?」

 

ニコルが同情的に呟く。

 

「夜な夜な聞こえてくる歌声が不気味ではありますが...それ以外は特に問題はありません」

 

「それでも...事情を知らなかったら怖いですわね...。ところで!クロウカードは一日中歌を歌っていたのですか!?どのような歌を歌っていたのですか!?」

 

怖がっていたはずのソフィアが、急に目をキラキラと輝かせて俺たちに質問をしてくる。

 

「なんでソフィアはそんなに嬉しそうなんだよ!?」

 

俺はソフィアの様子に思わず叫んでしまう。

 

「ソフィア...!?これはロマンス小説ではないぞ!」

 

「......あ!!ジオルド様!アラン様!大変な事態なのに喜んでしまい、申し訳ございません!」

 

兄のニコルに怒られたソフィアは立ち上がって謝る。ソフィアがあまりにも項垂れていたものだからか、ジオルドが丸く収める。

 

「そこまで怒らなくても大丈夫ですよ。それよりも...」

 

ジオルドの目線の先には喜んでいるメアリがいた。

 

「メアリ...お前も何故、そんなに喜んでいるんだ!?」

 

メアリは俺の質問にも気付いておらず、鼻唄をずっと歌っていた。

 

「うふふ...今回こそやっとお役に立てますわ!それに...私の声がヴォイスに奪われれば...これを機に!カタリナ様に甘えられるチャンスが...!うふふ...」

 

「メアリ...」

 

「.........」

 

「あいつ...頭が可笑しくなっておらんか?」

 

「気持ちはわかるけど...。その言い方は駄目だよ」

 

「クロウカードを使って甘えようとするのは狡いですわ...」

 

ソフィア以外のみんなは呆れ果てていた。

メアリ...お前は何故、これから危険な目に遭うとわかっているのに、そんなに嬉しそうにしているんだ!?ソフィア!お前も何故羨ましがっているんだ!?

 

俺は問い詰めようとした瞬間、着替え終わったカタリナが扉を勢い良く開ける。

 

「みんなお待たせ!」

 

ソフィアに作ってもらった青いドレスを見せびらかすカタリナ。

 

「じゃあ!早速行くわよ!」

 

テンションが上がったカタリナは呪文を唱え始める。

って...もう!?城についていないどころか、まだ屋敷の中だぞ!?早くないか!?

 

「闇の力を秘めし鍵よ。真の力を我の前に示せ。契約の元、カタリナが命じる。封印解除(レリーズ)!」

 

カタリナの足元から月と太陽の黄金色の魔方陣が現れる。

...騒動に巻き込まれるのはごめんだが、あの魔方陣はいつ見ても格好いいと思う。

 

カタリナが鍵を取り出す。

その鍵は段々と大きくなり水色の杖となる。

 

カタリナは水色の杖を振り回すと、決めポーズを決めてどや顔で声高く叫ぶ。

 

「カードキャプターカタリナ、ここにて参上よ!」

 

「カタリナ様格好いいですわ!」

 

「とても素敵です!」

 

メアリとソフィアから歓声の声が上がる。

この二人はいつも呪文を唱えるとテンションが上がっているよな...気持ちはわからんこともないが...。

 

調子に乗ったカタリナは色々なポーズを取り始める。メアリとソフィアが喜んでいたが、急にソフィアが我に返る。

 

「...そういえば...歌(ソング)のカードって...夜に歌い出すものだとしたら...また夜遅くまでいないといけないような気がします...」

 

「えっ!?また夜遅くまで!?しかも今度はジオルド様とアラン様の城で待たないといけないのですか!?」

 

ソフィアの話にキースが焦る。焦っているのはキースだけではなく、カタリナ以外のみんなが焦っていた。

シャドウのカードで夜遅く帰ったことで怒られたばかりなのに、また夜遅くまでやらないといけないのか!?説得するのかなり大変なんだぞ!

 

「なんでクロウカードは夜遅くに歌うのですか!?」

 

「確か...一目のつかない場所で練習をしたかったからだと思います」

 

「一目のつかない場所って...!?確かに使っていない部屋はいっぱいありますが、人は住んでいますよ!」

 

ソフィアの説明にジオルドは納得はできなかった。

 

「......クラエス家ならともかく...他の場所でクロウカードを捕まえに行くのは...」

 

アンはおでこに手を当てて痛みに耐えていた。

絶望的な状況の中、カタリナが手を上げて突拍子もない行動を取る。

 

「私に良い考えがあるわ!」

 

「おまえさんの良い考え...なんか嫌な予感がするんやけど...」

 

ケロちゃんが呆れ顔をしている。

 

「私たちみんなで、ジオルド様のお城に泊まれば良いのよ!」

 

 

......はあ......?お前急に何を言っているんだ!?!?泊まる!?そんなことできるか!!

みんなが何も言えない中、カタリナは得意気になってお泊まりについて語る。

 

「友達の家にお泊まりって凄く楽しいわよ!夜中まで起きて、お菓子を食べながら恋ばななどの話をして...」

 

「「「「「恋ばな!?」」」」」

 

ジオルド、キース、メアリ、ソフィアの四人が凄い勢いで食いつく。

そんなに恋の話をしたいのか?

 

「それは是非したいですわ!」

 

「私もです!」

 

「僕も義姉さんの気持ちを知りたいです!」

 

「僕もカタリナの気持ちを知りたいですね」

 

「えっ?みんなそんなに恋ばなしたかったの?だったら、お泊まり会をやろう!」

 

「「「「おーー!!」」」」

 

「皆様...」

 

「えっ!?そんな簡単に決めて良いのかよ!?」

 

「アラン...。もう俺たちだけでは止められないと思う...」

 

「凄いやる気や......」

 

俺の肩にニコルの手が置かれる。

こんなのありかよ!?

 

クロウカードを捕まえるだけだったが、話は大きくなって急遽お泊まり会というものが始まるのであった。



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急遽、お泊まり会が始まりました...

「凄い部屋ですわ!」

 

私が提案をした次の日。歌(ソング)のカードを捕まえるため、私たちはジオルドとアランが住んでいるお城に泊まることになった。

しかし...本当に凄い部屋ねえ~。流石王族の住むお城だわ!泊まる部屋は男女で別れているのだけど、この部屋クラエス家のお部屋より広いよのねえ~。このソファーも物凄く柔らかいわ~。

 

「義姉さん!?そんな行動はみっともないよ!」

 

ソファーではしゃぐ私をキースがたしなめる。

 

「そうですよカタリナ。このお城は将来君が、ここで暮らすのですからね。一々はしゃいでいたら身が持ちませんよ」

 

「今は、ですよジオルド様。義姉さんには王子様のお妃は務まりません。クラエス家で面倒を見ますので、別の御方を探してください」

 

「そうですわ!カタリナ様には王子様のお妃は務まりません!」

 

「そうです!カタリナ様は宰相のお嫁さんが相応しいのですわ!」

 

「...えっ?!ソフィア!?」

 

「あいつら、また言い争っている...」

 

「また始まった...。いい加減にせんか!おまえさんら、今日の目的を忘れておらんよな!?」

 

「わかっていますよ。クロウカードの件がなければ、お泊まりなんて許されないですし...」

 

「よくお泊まりを許されましたね、ジオルド様」

 

「まあ...説得をするのは大変でしたよ...」

 

「どうやってお許しを頂いたのですか?」

 

「皆さんを夜遅く帰らせる訳にはいかないのと、クロウカードの封印が成功をしたあと一応、念のために様子見をした方が良いのでは?と言って説得をしました」

 

みんなを夜遅くに帰らせる訳にはいかないかあ...。

原作だとさくらちゃんたちって、思いっきり夜遅くても出掛けているのよね。しかも大人たちには黙って...まあ、黙るしかないけど...。でもよくよく考えてみると、知世ちゃんはさくらちゃんに送ってもらえるから問題はないし、小狼君は言うまでもないし、苺鈴ちゃんは魔力は無くても体術だけで闘(ファイト)のカードと戦っていたのよね。...うん、彼女たちが特別なだけね。私たちは夜遅くに帰っちゃいけないわね...。

 

「義姉さん...もう馴染んでいるね...」

 

私が座っているとキースが呆れていた。

そんなに呆れる?なんで?...まあ、前世の私だったら一日中はしゃいでいるだろうね。だってあの憧れのお城に泊まるのよ!とはいえ、これでも、クラエス家の長女として育てられたからには礼儀正しくなるのは当然のことでしょ!......最初の方は気持ちを抑えられなかったけど...。

 

「流石カタリナ...」

 

「ジオルド様、何がですか?」

 

「なんでもないです」

 

「そうですか...」

 

みんなが私を見てくる。ジオルドに尋ねても答えてくれない。

...そういえばみんな、なんでテンション上がらないのだろう?友達と泊まるのよ!?これからお菓子とか食べたり、恋ばなとかをして夜中まで夜更かしをして、盛り上がるのに!!

 

「カタリナ...お前今日なんで来たのかわかっているよな!?」

 

「わ、わかっていますわ!クロウカードを捕まえに来たのです!」

 

「本当にわかっていたか?」

 

アランに二回も聞かれる。

まだ信じてくれなそうアラン。微妙な雰囲気をソフィアが話し出して変えようとする。

 

「夜まで時間がありますし、せっかくですから、皆さんでお話をしたりして待っていませんか?」

 

「それは駄目や!」

 

ソフィアの提案をケロちゃんは否定をする。

 

「なんで駄目なの!?」

 

「おまえさん方...特にカタリナ...おまえさんは......」

 

 

「話に夢中になって忘れそうやからな!」

 

ケロちゃんに指を指される。

失敬な!そんな大事なことは忘れないわよ!た、ただ、今回の相手歌(ソング)は、危なくない相手だから気が緩んだだけだから!

 

「おまえさんらが何しようと勝手やけど、楽しむならやるべきことを終わってからではないんか?」

 

「そうですわね...。まだ時間はありますし...程々に歌の練習に参りますわ。アラン様、歌の練習に付き合ってください」

 

「ああ、わかった」

 

ケロちゃんの指摘にみんなが納得をする。

メアリがアランを連れて部屋を出る。

 

「...僕たちも勉強をしたりして待ちませんか?」

 

「わかりました...」

 

その後に続くようにジオルドが勉強をする、と言い出す。キース、ニコル、ソフィアも勉強を始める。

...私もソフィアと同じ意見なんだけど...駄目?

 

私も観念して勉強を始めるのであった。

 

 

 

「むにゃむにゃ...。もう食べられないわよ...」

 

 

 

『義姉さん。あーん』

 

キース、クッキーを口元に持ってきても、もう食べられないわよ。

 

『カタリナ。君の好きなケーキですよ。口を開けてください』

 

ジオルド様もケーキを口元に持ってこないでください。今は口に物がいっぱいで入らないです...。

 

『カタリナ様!マフィンを持ってきましたわ!是非、食べてください!』

 

『メアリ様!カタリナ様!私はドーナツを持ってきました!食べてください!』

 

メアリ、ソフィア気持ちは嬉しいけど、同じタイミングでマフィンとドーナツを持ってきても、いっぺんには食べられないわよ。

アラン様は笑って見ているのなら止めてよ。ニコル様も穏やかな笑みで見ていないで止めてください。

 

『お嬢様、お嬢様の好きなお菓子と紅茶を持って参りました』

 

アンは笑顔で次から次へと紅茶とお菓子を持ってきているし...

 

視界は揺れ、世界が段々とぼやけていく......。

 

 

 

「義姉さん、義姉さん。もう時間だよ」

 

「......えっ!?時間!?」

 

キースに起こされた私は急いで飛び上がる。私の肩にはいつの間にか毛布がかけられていた。

...さっきのは一体......あれは...夢?だとしたら......

 

随分と変わった...悪夢?お菓子をもらえるのは嬉しいけど、お腹いっぱいの時に渡されると困るなあ...。

好きなお菓子を好きなだけ食べられるのだから、良い夢のはずなのに...。キースとジオルドが、限界まで口に入っている時に詰め込もうとするなんて...アランとニコルは笑って見ているだけで止めないし...メアリも、ソフィアも私にお菓子を次から次へと渡してくるし......変な夢...私はどうしてこんな夢を見たのだろうか...?いけない!そんなことを考えている暇は無いわ!時間が来たのなら、このカードキャプターカタリナの出番だわ!

 

「寝ちゃってごめんなさい!クロウカードは現れたの!?」

 

「ううん、現れていないから大丈夫だよ」

 

「そう?それは良かった...。ところでみんな......」

 

 

「なんで私の周りに集まっているの?」

 

みんなが私を取り囲むように集まっていた。

みんな...まさか......!?

 

 

私の寝顔がそんなに変だったの!?!?面白がって見れる程酷いの!?

私は慌てて顔のよだれとか確認をしようとすると...

 

「大丈夫ですよカタリナ。気にしないでください。それよりももう時間ですし、完全に夜になる前に杖の準備をした方がいいですよ」

 

ジオルドが私を落ち着かせ、準備をするように催促をする。

窓を見ると確かに日が落ちそうになっていた。

 

「もうそんな時間!?わかったわ。着替えてくるから待ってて!」

 

杖を用意するため私は急いで着替えに行くのであった。

 

 

 

「みんなお待たせ!」

 

私はソフィアが作ってくれた衣装に着替える。

本当にこの衣装を着ると気が引き締まるというか、原作を再現しているみたいでわくわくするというか...色々な感情を織り交じって、なんだか、不思議な気分にさせるのよねえ~。...やっぱりこれから、クロウカードに立ち向かうから...?まあ、いっか!考えてもわからないことだし、それよりも早速、あの呪文を唱えるわよ!

 

「闇の力を秘めし鍵よ。真の力を我の前に示せ。契約の元、カタリナが命じる。封印解除(レリーズ)!」

 

魔方陣が現れ鍵が杖となる。

さて!はっきりって行くわよ!......あれ...そういえば...歌(ソング)のカードって......

 

 

いつ現れるのだっけ?夜に出るしか知らないのだけど...。

 

「ねえ、ソフィア...」

 

「はい、なんでしょう?」

 

私に呼ばれたソフィアは首を傾げる。

 

「歌(ソング)のカードって...何時頃現れたの?私覚えていなくて...ソフィアは覚えている?」

 

「歌(ソング)のカードですか...?現れた時間は覚えておりません。時間がわかっているのは...時(タイム)のカードだけだと思います。ジオルド様、アラン様、お二人は歌(ソング)のカードが現れた時間を覚えておりますか?」

 

「すみません...。色々なことがあって覚えていないです...」

 

「悪い。俺も覚えていない...」

 

ソフィアも知らないらしく、ジオルドとアランに尋ねるが、二人も覚えていないようだ。二人は申し訳なさそうに謝る。

 

「仕方のないことですわ。気長に待ちましょう」

 

メアリがそんな二人を宥める。

 

「待つのはいいけど...どうやって待つの?」

 

「それはまあ...静かにできるもんと言ったら...勉強とかやろ」

 

「えー!また勉強!?今日、一日中勉強をしていたのに、また勉強をしないといけないの!?お泊まり会の醍醐味が無くなっちゃうじゃない!」

 

「カタリナお前...やっぱりわかっていないじゃないか!」

 

「開始五分で寝てる奴が何言うとるねん!」

 

アランとケロちゃんに私は怒られてしまう。

...開始五分で寝ていたの私!?

 

「アラン様、ケロちゃん、怒っていても仕方のないことですわ...。それに騒いでいたら、歌(ソング)のカードも現れなくなるかもしれませんので、ここは落ち着いて待ちませんか?」

 

ソフィアが私のことを庇ってくれた。

やっぱり友達は持つべきものね!...ソフィアも苦笑いを浮かべているのは気のせいよね...?

 

私たちはまた勉強に戻ることになったのであった。

 

 

 

勉強を再開してしばらく経ったあとの出来事。

 

 

「~~♪~~~♪♪~♪」

 

廊下から歌声が聞こえてくる。

遂に来たわね!!

 

「クロウカード!!!」

 

「しーー!静かに!」

 

私、キース、ジオルド、アラン、ニコル、メアリ、アン、他の召使の人たちや護衛の人たちはクロウカードに驚いて叫んでしまい、ケロちゃんに怒られ、ソフィアは指を口元に当てて注意をする。

 

驚いてしまった私たちは慌てて口を塞ぎ、護衛の人たちと共に、ゆっくりと扉を開けて音の鳴る方へ向かうのであった。

 

 

 

音は他の貴族たちが集まる大広間から聞こえてくる。

慎重に扉を開けたとはいえ、静かな空間に音は響いてしまい、歌(ソング)のカードは姿を消してしまう。

 

「また探さないといけないのですか?」

 

音が途絶えたことでメアリが不安を覚える。

 

「ううん、探さなくても大丈夫よ。メアリが歌ってくれたら現れるから」

 

私はメアリを励ますため笑顔で伝える。

 

「そうですか。それは良かったです...」

 

私の話にメアリがほっと胸を撫で下ろす。

 

「メアリ様が歌いましたら、歌(ソング)のカードが現れます。ですがその際に、先程のように声を出さないように気を付けてください。もしかしましたら、姿を消して現れなくなってしまう可能性がありますので...」

 

ソフィアが注意を呼び掛け、みんなが頷いて同意をする。メアリが一歩前に出て歌い出す。

 

メアリの歌は物凄くうまく、聞いた人を魅了させるものであった。

私はメアリを凄い、と言いたくなったのだが、ここで騒いでしまったらクロウカードの捕獲の邪魔になるので、我慢して歌(ソング)のカードが現れるのを待つ。

 

数十秒も経たない内に...

 

 

大広間の中心に薄紫色の円が渦を巻いて現れる。

円はすぐに消えて、元の姿である長い紫色の髪に白いドレスを着た少女の姿になる。

 

私はすかさず歌(ソング)のカードの近くまで行って杖を振るう。

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

カン、と甲高い音が鳴り響き、薄紫色の煙がカードの形をした光に集まる。そして......

 

 

「やったわ!歌(ソング)のカードの封印が成功よ!」

 

 

 

 

「お疲れさまです。カタリナ」

 

「ううん、みんながいてくれたから封印できたのよ!それよりもメアリ、貴女の歌、とても凄かったわ!その場で褒めたかったぐらいだわ!」

 

「そんな...。カタリナ様にお褒めの言葉を頂けるなんて...とても嬉しいですわ!!」

 

「ああ、メアリは練習を頑張っていたからな」

 

「アラン様もありがとうございます」

 

クロウカードの封印が終わり、遂にお泊まり会が始まる。

机の上にはケーキやクッキーなどのお菓子が並べられ、紅茶の入ったカップが人数分置かれている。

 

「盛り上がっていくわよ!」

 

クロウカードを封印できた喜びと、念願のお泊まり会の始まりに私のテンションはずっと上がり続けている。

 

「お嬢様、ここはクラエス家のお屋敷ではありませんので、控え目にお願い致します」

 

アンに釘を刺される。

 

「わかっているわよアン。ちゃんと控えるから大丈夫よ!ねえねえ、なんの話から始める?」

 

「本当に...わかっていますか?お嬢様......」

 

「おまえさんもいつも大変やわな。...まあ、そこまで心配をしなくても大丈夫やで」

 

「?...それはどういうことですか?」

 

「今日はクロウカードを捕まえたから、失った魔力を補うためにすぐに眠たくなるずや。だから、心配をせんともすぐに静かになる」

 

「そういえば...そうでしたわね...。初めてクロウカードを捕まえた時はその場に倒れてしまいましたし...」

 

ケロちゃんとアンは話をしていた。

...なんだ二人とも、お泊まり会を楽しみにしていたじゃない。あんなに会話が盛り上がちゃって。...?みんなもケロちゃんたちの話が気になっているようだ。どうして気になっているのだろうか?

 

私がみんなの様子を見ているとキース、ジオルド、メアリ、ソフィアが私のところに詰め寄る。私が驚いて戸惑っていると先にキースが話し出す。

 

「義姉さん!恋ばなをしよう!僕は義姉さんの好きな人が知りたい!」

 

「私もカタリナ様の好きな人を知りたいのですわ!」

 

「私もです!」

 

「僕もカタリナが好きなる条件を知りたいです。婚約者として、君の好みに合わせたいので...」

 

みんなは恋ばなに夢中だった。

というか...恋ばなと言うよりも...私のことが気になってしょうがないようだ。...そんなに私の恋が気になるの?私の好きな人を知ってどうするのだろう?...あ!まさか!?

 

私がクロウカードの件で愛されていないと、勘違いされているから、愛されていると感じさせるために、私の好きなタイプの人を演じて、擬似的な恋愛ごっこをするんだわ!きっとそうに違いない!けど......

 

 

私の好きなタイプってなんだろう?

国外追放にしない人?自分を殺しに来ない人?そんなの誰だって思っているだろうし...。顔が格好いい人?お金持ちの人?性格の良い人?...ジオルドとアランは大金持ちどころか、王族だし、ニコルも宰相の息子だ。みんな顔も性格も良い。...キースも両方揃っているけど、前世ならともかく今世だと可愛い弟にしか感じないわ...。乙女ゲームの攻略キャラだから、現実の人間よりも強いだろうな......。けどそれでも、異性として好きなのはピンと来ない。何故だろうか?......やはり...いずれ破滅フラグが訪れるから!?

 

破滅フラグのことは言えないわよ!どうやって言えばいいの!?私自身がどんな人を好きになるのかわからない!けど、言わないと先に進まないし、みんなを安心させることができないわ!どうしよう?!なんて伝えよう!?えーと...えーと...わからない...それに......

 

 

考えている内に眠たくなってきた....。そうだった...この頃倒れることがなかったから忘れていたけど、魔力を使いすぎると眠くなるのだった...。頭を働かせたから物凄く眠いわ...。

みんなには悪いけど...私、この眠気には耐えられないわ......。

 

お休みなさい。



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私の分身が暴れていました...

「お前なんか産むんじゃなかった!!」

 

「こんな奴を引き取りたくはなかったんだ!」

 

「この化け物!」

 

「お前みたいな化け物は出ていけ!」

 

「化け物」「化け物」「化け物」

 

前の家族が僕を取り囲み罵り責める。

ああ...また嫌な思い出が...。僕は義姉さんに出会って幸せになれたはずなのに...どうしてまた思い出してしまうのだろう?こんな思い出、思い出したくないのに...。

 

囲まれた僕はしゃがみ込んで縮こまる。

逃げたいのに逃げられない。耳を塞いでも聞こえてくる。恐怖で体が動けない。

 

誰か...

 

助けて...

 

 

「キース!」

 

愛しの義姉さんが僕に手を差し伸べる。

 

「義姉さん!」

 

僕は迷わず義姉さんの手を握る。

義姉さんの温かい手は僕の冷たい手を温めてくれる。体は動けるようになり、声は聞こえなくなる。

 

義姉さんに引っ張られて連れてこられた場所は、今住んでいるお屋敷だった。

 

「二人ともお帰り」

 

「お帰りなさいカタリナ、キース」

 

お屋敷の前に僕らを出迎えてくれたお義父様、お義母様。お義父様とお義母様は優しく語り掛けてくれた。

新しいお義父様とお義母様は、僕を本物の息子のように可愛がってくれた。僕はここで家族からの愛情、温かい家庭を生まれて初めて知る。

 

「遊びに来ましたよ」

 

「遊びに来たぞ」

 

「...遊びに来た」

 

「遊びに来ましたわ」

 

「遊びに来ました」

 

お義父様とお義母様の姿が消え、今度はジオルド様、アラン様、ニコル様、メアリ、ソフィアが現れる。

彼らは僕の初めてできた友達であり、負けられない恋のライバルである。言い争いをする時もあるけれど、彼らといられる時間は凄く楽しくて素の自分が出せる。

 

「キース!こっちよ!」

 

「待ってよ義姉さん!」

 

今度は義姉さんが先に走り出すいつもの光景。

畑を耕したり、川で魚釣りをしたり、一緒にお茶を飲んでお菓子を食べたり、義姉さんが木に登ったりして、僕はそれに振り回させれる。いつもの楽しい日常。

 

「キース、今日はこの小説を読みましょう!」

 

「う...うん」

 

場面は義姉さんの部屋に変わり、義姉さんは金のライオンが描かれた真っ赤な本を取り出す。

義姉さんが本を読むことはいつものことなのに、なんだか胸騒ぎがする。今すぐ取り上げないといけない気がする。

 

僕が義姉さんが持っていた本を取り上げようとすると...

 

 

本の中から白い大きな鳥が現れ、義姉さんの肩を掴んで飛んでいく。

 

「義姉さん?!!義姉さんを返して!!」

 

僕が急いで手を伸ばしても届かず、魔法で作り出した巨大なゴーレムの上に乗っても届かない。

さらに僕の真上から大量の水が落ちてきて、ゴーレムを泥にして跡形もなく崩れてしまう。

 

「義姉さん!」

 

魔法でまたゴーレムを作り出そうとしても、足元に広がる泡が足を滑らせて立てなくする。

 

「義姉さん!!」

 

転んだ僕に追い討ちを掛けるかのように、僕の影から巨大な人影が現れて僕を包み込む。

 

「義姉さん!!!」

 

僕は必死に抗って手を伸ばしても、影の中に沈んで差が広がっていくだけだった。

白い大きな鳥は僕を嘲笑うかのように、空高く飛んでいき、義姉さんとの距離が段々離れていく。

 

「義姉さーーーーん!!!!」

 

 

 

 

「...キース!!どうしたの?!しっかりして!私はここにいるよ!」

 

「はぁ...はぁ...なんだ...夢か......夢で良かった...」

 

悪夢にうなされた僕は、僕のベットで寝ていた義姉さんに起こされる。

義姉さんと目が合う。義姉さんの心配をしている姿を見ていると居た堪れなくなる。

 

「大丈夫だよ義姉さん。あれは夢だから...夢だから......」

 

これ以上義姉さんに迷惑をかけたくない僕は、自分に言い聞かせるように否定をする。

 

「なんの夢を見ていたのかはわからないけど...私は何かあっても、どんなことがあっても、いつだってキースの傍にいるわ!だから心配をしないで!」

 

「ありがとう義姉さん...」

 

義姉さんは太陽のような笑みで僕に抱き付く。僕はそれを苦笑いで受け止める。

悪夢を見るようになってからは、僕のことを心配して常に傍にいてくれる義姉さん。...心配をしてくれるのはありがたいけど、いい歳して異性のベットに入るのはいかがなものだろうか?悪夢を止めたければベットに入ることよりも、クロウカードとの縁を切ってほしいけど...。

 

「キース、最近顔色が悪いわよ。休んでいた方がいいと思うわ」

 

義姉さんが僕を本気で心配をしてくれる。

その心遣いはとても嬉しい。けど、本当に僕のことを思ってくれるのなら、クロウカードとの縁を今すぐ切って、僕の恋心に気が付いてほしい。

 

「大丈夫だよ、義姉さん。いつものことだから...」

 

「いつものこと?!!キースはいつも無理をしていたことなの!?そんなの駄目よ!」

 

しまった!つい本音を出てしまった!いつもはもう少し言葉を選んでいたのに...。こうして本音を出してしまうほど疲れが溜まっているみたいだ。

...やっぱりクロウカードの話を聞くべきではなかったのかな?...でも、わからないと何も対策ができないからなあ...。嫌な気持ちを抑えて、クロウカードに詳しいソフィアに話を聞いてみたところ、まだ始まったばかりのようでもっと危険なカードは他にもあるらしい。......本当に嫌になってくる...。

 

「キース!大丈夫!?」

 

考え込んでいた僕を心配する義姉さん。

 

「大丈夫だよ義姉さん。気にしないで。そんなことより朝ご飯を食べに行こう」

 

「キース!具合が悪いのならベットで寝てなきゃ駄目じゃない!お姉ちゃんがなんでもするから待ってて!」

 

義姉さんがそう言うと騒がしく僕の部屋を出ていく。

僕は取り敢えず大人しくするのであった。

 

 

 

 

義姉さんの手厚い介護から逃げた僕は、義姉さんがいつも登っている大きな木の下にいる。

これ以上義姉さんといたら何か言ってしまいそうで怖かったからだ。...これもやはり、過去が原因なのだろうか?

 

僕の名前はキース・クラエス。

この名前は本名ではない。二度目の名前だ。本当の名前は覚えていない。

僕がクラエス家に来た理由は、義姉さんに婚約者ができてクラエス家に跡取りがいなくなったからだ。

 

前の家ではろくにご飯は貰えず、三人の兄からは執拗な嫌がらせをされて父や義母、召使の人たちからは見捨てられて狭い部屋で独りで縮こまっていた。

 

そんな環境から救ってくれたからこそ、義姉さんやクラエス家には絶対に恩返しをしたい。義姉さんの傍にずっといたい。だけど...

 

 

時々クロウカード騒動から逃げたくなる。

僕は魔法が嫌いだ。あんな危険なもののどこが良い?僕達が何度も危ないからやめて言っても、義姉さんは止まらない。...というか義姉さんとソフィアは僕たちよりも詳しくて、危険だと知っているのに、なんであんなにやる気があるのだろうか?

 

僕の過去を知っているお義父様は時々「キース、君は無理をしなくてもいいよ。アスカルト家のように護衛の人を早く見付けたいけど、中々条件が合わなくてね。本当に無理をさせてごめんね。君が逃げても誰も文句は言わない。だから...無理しないでね」と、申し訳なさそうに僕に謝っていた。

 

逃げるのは簡単だ。

義姉さん、お義父様も、お義母様も、ジオルド様も、アラン様も、ニコル様も、メアリも、ソフィアも、誰一人して僕を責める人はいない。けど...

 

 

それだけは絶対に嫌だ!義姉さんを放って逃げたくはない!

どんなに怖くても、トラウマに苦しめられることになっても──

 

 

義姉さんを放って逃げるもんか!義姉さんは僕が守る!どんなに辛くなってもこれだけは譲れない!

 

どうしたらクロウカード...いや、魔法が危険なものだとわかるのだろうか?...義姉さんを傷付けてしまった僕を笑って許してくれる人だからなあ...。

魔法の恐ろしさを知っており、傷付けたことのある僕が止めないといけないものだけど...

 

 

義姉さんの笑顔を見ていると止められなくなる。

酷い目に遭わせる存在なのに、義姉さんは気にしないどころか、クロウカードをタオルで拭いたりして大事そうにしている。義姉さんのことを本当に思っているのなら、きっぱりと否定して取り上げないといけない。でも、義姉さんの笑顔を見るとどうしても躊躇してしまう。...本当に僕って駄目な人だな...。

 

僕が考え込んでいると、こちらに向かう足音が聞こえてくる。

...義姉さんが僕を心配して来てくれたのかな?

 

予想をしていた通り、僕が顔を見上げれば義姉さんが近くに立っていた。

 

「義姉さん心配させてごめんね。僕は大丈夫だから...義姉さん?」

 

僕の言葉が詰まる。義姉さんの様子がいつも通りではないからだ。

 

「.........」

 

義姉さんは無言で立っている。

...義姉さんはすぐに声を掛けてくれる人だからこんなに無言になるのは可笑しい。

 

「義姉さんどうかしたの?」

 

僕が心配をしても黙ったまま。...義姉さんが...怒った?...いや、こんなことで義姉さんは怒りはしない。じゃあ、なんで黙っているのだろうか?

いつもと違う義姉さんに戸惑っていると、義姉さんはどこかに行ってしまった。

 

「...あ...!待ってよ義姉さん!」

 

義姉さんの態度に疑問を感じつつも、僕はいつも通りに義姉さんの後を追い掛ける、いつもの日常に戻るのであった。

 

 

 

「義姉さん!冬なのに川の中に入っちゃ駄目だよ!風邪をひいてしまうから駄目じゃないか!」

 

ある時は川に飛び込んだり...

 

「義姉さん!土を耕す時はいつもの作業着を着ないと、またお義母様に怒られてしまうよ」

 

ある時は作業着を着ないで畑を耕し...

 

「義姉さん!廊下は走らない!またお義母様に叱られてしまうよ」

 

ある時は廊下を走り出し...

 

「義姉さん!勝手に厨房に入ってお菓子のつまみ食いはしない!またお義母様に叱られて、お菓子抜きにされても知らないよ」

 

「お、お嬢様!?おやつの時間に渡しますので、今は食べないで下さい!」

 

ある時は厨房に勝手に入ってお菓子のつまみ食いをする...

 

義姉さんの奇怪な行動が続く。

今日の義姉さんなんだか可笑しいよ。いつもなら...こんなこと...こんな...こと......うん...義姉さんならやりかねないな。今まで突拍子もない行動をしていたし...。人に意地悪をするような人ではないけど、自分の赴くままに行動をするからなあ...。義姉さんの考えていることには理解できない。

 

人前で平気で足を出そうとするし、お義母様に何度も注意をされても廊下を走ろうとしたり、自分の部屋に蛇を持ち込んできたりする。また、三秒ルールとか言って平気で拾い食いをする。...令嬢ってなんだっけ...?元気な義姉さんは好きだけど、将来が心配になる。

 

ガサコソ

 

また義姉さんが可笑しなことをしている。今度は何か物を探しているようだ。

無言で散らかすものだから、いつも助けてくれる使用人の人たちが少し離れた場所で戸惑っている。...いつまでもこうしてはいられないよね。...相変わらず困った義姉さんだ。

 

僕は思わず笑ってしまいそうになるが、笑いを堪えて義姉さんに尋ねる。

 

「義姉さん。探し物があるのなら手伝うよ」

 

僕がそう尋ねても義姉さんは無言で探し続ける。

かなり必死で探しているのか、僕の声が聞こえていないようだ。

 

僕は諦めずに義姉さんの話し掛ける。

 

「義姉さん...何をそんなに必死に探しているの?一人で探していても見付からないよ。一緒に探すから教えてよ」

 

「.........」

 

それでも義姉さんは返事をしない。

僕が立ち止まっていると、タオルや服などの洗濯物を抱えているステラが話し掛けてくる。

 

「キース様、お着替えとタオルを持って参りました」

 

「ありがとう。...あれ?義姉さんの分は...」

 

僕の質問に答える前に、ステラはしゃがみ込んで頭を優しくタオルで拭く。

...義姉さんといい、今日はなんだか無視されやすい...。

 

「キース様にしては珍しいですね。こういったことはお嬢様だけだと思っていました」

 

「...えっ?僕は巻き込まれただけなんだけど...」

 

アンの言い分に僕は戸惑う。

...僕は好き好んでびしょびしょになったり、泥だらけになったわけではないけど...。これも全部、義姉さんの奇行を止めていただけなんだけどなあ...。

 

「......巻き込まれただけなんですか?」

 

僕の言い分にステラは納得をしていないようだ。

......あれ?なんで納得をしてくれないの?僕は義姉さんみたいに騒ぎを起こす人ではないよ。

 

「いえ...キース様が嘘をつくような方ではないとわかっております。ですが......」

 

 

「お嬢様は綺麗なままです」

 

「.........えっ......?」

 

ステラの衝撃的な発言に頭の中が真っ白になる。

 

「お嬢様は水浸しになっておりませんし、お嬢様の着ているドレスには染み一つついておりません。朝の時のお姿と何一つ変わっておりません」

 

......そんな...。あんなにはしゃぎ回っていたのに...。それなのに...!!何一つ変わっていないとはどういうことなんだ!?...まさか!?!?

 

「キース様!しっかりなさって下さい!」

 

ステラに揺さぶられる中、僕の頭の中でとある答えに辿り着く。

そんな時だった──

 

 

「そのお嬢様は偽者です!」

 

アンが僕の思っていた答えを叫ぶ。

 

「そのお嬢様はクロウカードです!本物のお嬢様は...クラエス夫人に怒られております」

 

......本物の義姉さんの方も何かやらかしているのだけど...

僕が呆れている内に話は進んでいく。

 

「あのお嬢様は...クロウカード...?」

 

「クロウカードがお菓子を食べる!?」

 

「あんな......お嬢様らしい行動をしていたのに...」

 

「あれがクロウカード...そっくりすぎて怖いわ...!!」

 

義姉さんの姿をしているクロウカードは、自分の正体がバレてしまったのにも関わらず、なんの変化も示さない。ただ前をじっと見詰める。

...何を考えているのか全くわからない...。

 

クロウカードは逃げることもせずその場に立っている。

その間にアンはお嬢様とケロちゃんを呼びに行く。

 

僕もクロウカードが逃げないように見張る。

クロウカードの動きがなく、このまま義姉さんが来るのを待っていた時に──

 

 

事態は大きく動き出す。

 

 

「この化け物!」

 

怯えていた使用人の一人がクロウカードに罵る。

 

「お嬢様の姿をした化け物!」

 

「化け物なんかはさっさと封印されてしまえ!」

 

「もう二度と出てくんな!」

 

「化け物は消えて失くなってしまえば良いのに!!」

 

それに釣られて他の人たちも罵り始める。

今までの不満をこのクロウカードにぶつけるようだった。

 

僕が言われているわけでもないのに彼らの罵倒が...

 

 

クロウカードを罵る光景が今日見た夢の光景と被る。

 

わかっている...彼らは義姉さんに対して罵っているわけではなく、僕に言っているわけではない。だけど......

 

見たくない光景だ。

僕のことを受け入れてくれた優しいみんなが、誰かを罵る酷い光景なんて見たくない!みんなにはいつもみたい笑っていてほしい。そっちの方が良い。罵ってほしくない。みんなを傷付けるクロウカードであっても。

 

怖くなって嫌になって僕は手で耳を塞ぐ。

 

「キース様!」

 

すぐ近くにいたステラが僕を落ち着かせようとする。

ステラの方を何気なく見た時だった─

 

 

義姉さんの姿をしたクロウカードが悲しそうな瞳をしていた。

 

「......!!」

 

相手は今まで僕たちを苦しめてきた存在。これからも僕たちを苦しめる存在。だけど......

 

 

僕は自分でも気が付かないうちにクロウカードの前に立っていた。

 

「キース様!?」

 

「キース様危ないですよ!離れて下さい!」

 

「それはお嬢様ではありません!」

 

「危ないですからお下がり下さい!」

 

必死に僕を止めようとする使用人の人たち。

彼らが止めてくる気持ちは痛いほど伝わってくる。僕だって本物ではないとわかっている。それでも義姉さんの泣いている姿は見たくはない。

 

「みんなやめてよ!」

 

「キース様...?」

 

僕の叫び声によって騒ぎは一時収まる。

 

「確かにクロウカードは怖い存在だ!だけど、今日クロウカードが起こした騒ぎは......」

 

 

「いつも義姉さんがやっていることではないか!」

 

僕の言葉にみんなは唖然とする。

みんなが黙っている間に話を進める。

 

「川の中に入ろうとすることも、ドレスを着たまま畑を耕すことも、廊下を走るのも、お菓子をつまみ食いすることも、いつも義姉さんがやっていることだから!今回のクロウカードは怖がることないよ!!」

 

僕の言葉に納得をしているのかはわからないけど、騒ぎは次第に収まり落ち着いていく。みんなが落ち着いたところに義姉さんとケロちゃんが到着をする。

 

「義姉さん!」

 

「......キース...みんな...ちょっと...。私のことをどう思っているのかしら...」

 

「しっかりせい!お前さんの日頃の行いのせいで言われるやろが!あいつの正体が知っとるんだったら早く封印するんや!」

 

微妙な顔をした義姉さんにケロちゃんが渇を入れる。

ケロちゃんの言葉に気を取り直した義姉さんは、クロウカードに近付いてあの青い杖を振るおうとする。

 

「鏡(ミラー)!」

 

ミラーと呼ばれた瞬間、義姉さんの姿から薄青色の長い髪の毛に異国の服を着た少女の姿になる。手には鏡を持っていた。

...鏡になんの意味があるのだろうか?...僕にはよくわからないな。ただ、あそこまで義姉さんそっくりに真似ていたことは、正直言ってかなり凄い。

 

僕が関心をしているとミラーのカードは僕に近付いてくる。

...えっ!?なんで近付いてくるの!?

 

僕が身構えているとクロウカードと目が合う。

 

「キース様!」

 

ステラをはじめとした使用人の人たちは僕を助け出そうとする。

 

「待って!鏡(ミラー)は攻撃的ではないから大丈夫よ!」

 

義姉さんに止められて使用人の人たちは立ち止まる。

僕も義姉さんの言葉を信じてクロウカードの次の動きを待っていると目が合う。目が合った瞬間──

 

 

助けようとしてくれて...ありがとう...

 

!!!?!?

なんとクロウカードが僕にお礼を言う。しかも口ではなく、頭の中に直接お礼を伝えてくる。

 

僕にお礼を言ったクロウカードは義姉さんの前に立つ。義姉さんはすかさず杖を振るう。

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

青い宝石の部分がクロウカードの手前に当たると、カツンと甲高い音が鳴り響き、カードの形をした光が現れて本来の姿に戻る。

 

こうしてクロウカードは無事に封印をされた。

無事に終わったと思った矢先──

 

 

冬の川に入った僕は風邪をひいた。

どうしてこんなことに......やっぱり...着替えてから偽者の義姉さんを追い掛ければ良かった...。

熱にうなされた僕は夢と現実が曖昧となる。

 

「キースにお詫びをしたいのでしょ?大丈夫!大丈夫!その姿をしていれば怖がられないわ!」

 

「お嬢様!?病気のキース様を困らせないで下さい!」

 

元気いっぱいな義姉さんが、申し訳なそうにしている義姉さんを無理やり僕の部屋に入らせようとする。.........義姉さんが二人いるのは気のせいだ。これはきっと夢だ。夢に違いはない。

 

取り敢えず...寝て逃げよう...。




本物のカタリナが怒られていた理由は、キースのベットに入っていたことがバレたからです。


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クロウカードとの交流を始めることにしました...

『これより、クロウカードと皆さんが仲良くするための会議を開幕します。では、何か良い案がある方はいらっしゃいますか?』

 

私の脳内で議長カタリナ・クラエスが宣言をする。

 

『何か良い案があると言われても...。カタリナ・クラエスが一人で立ち向かえられない限り、みんなに迷惑をかけますから無理ですわ...』

 

『魔力を鍛えれば良いだけの話よ!』

 

『でも...魔力のしょぼいカタリナ・クラエスでは一人で立ち向かうことなんてできませんわ...』

 

『そんなことやってみないとわからないわ!前はカード一枚捕まえただけで、すぐに眠くなってしまったけど、今は起きていられるようになったじゃない!この調子で魔力を鍛えていけば、いつかきっと、一人でも立ち向かえるようになるわよ!』

 

『でも......あのさくらちゃんでさえも、誰かに手伝ってもらわないといけない場面があります。それなのに私だけでは到底不可能ですわ...』

 

『ぐぬぬ...!!』

 

弱気なカタリナ・クラエスと強気なカタリナ・クラエスが口論を繰り返す。あの強気なカタリナ・クラエスが弱気なカタリナ・クラエスに負けていた。

 

『カタリナ・クラエスさんの言う通り。私一人では捕まえるのは不可能です』

 

真面目なカタリナ・クラエスが弱気なカタリナ・クラエスに同意する。

 

『それは...そうだとしても...』

 

強気なカタリナ・クラエスが弱気になったことにより、会議の雰囲気も暗くなる。

 

『そう気を落とさないで下さい。こればかりは仕方のないことです。本当は...怖がっているのならば、逃げてくれた方が、こちらとしても心が痛まないのですが...。特にキースに関しては逃げてほしいですね。あんなに夜中うなされるなんて...。せめて怖がらせなくなる方法があると良いのですが...』

 

真面目なカタリナ・クラエスは強気なカタリナ・クラエスを励まそうとしていたが、真面目なカタリナ・クラエスも落ち込み気味になっていた。

 

『最初は怖くても遊んだりをしたらきっと、仲良くなれると思うわ~。殺されるかもしれないカタリナ・クラエスだって、みんなと仲良くできたわ~。みんなも、ゲームでは仲が悪かったカタリナとも仲良くできたのだから、クロウカードだって仲良くできるわよ~』

 

『そうです!ハッピーなカタリナ・クラエスさんの仰る通り!カタリナ・クラエスでもできたのですから、皆さんもクロウカードと仲良くできることは確かなはずです!』

 

ハッピーなカタリナ・クラエスの話により、徐々に元の明るい雰囲気に戻る。

 

『そうよ!ゲームのカタリナ・クラエスはみんなと仲良くしていなかったけど!今のカタリナはみんなと仲良いわ!一緒に遊んだり、本を読んだり、お茶を飲んだりしている!こんなこと、ゲームではあり得ないことだったもの!だから交流を深めれればクロウカードと仲良くできる!度が過ぎたいたずらっ子だけど、みんないい子だもん!』

 

『そうだよねぇ~。みんなも一緒に遊んだりすればきっと、いい子だとわかってくれるわ~』

 

『だと良いのですが...』

 

『まあ...心配をする気持ちはわかりますが、ご安心下さい。今は鏡(ミラー)のカードがいます。彼女はクロウカードの中でも人の言葉を話せる貴重なカードです。交流ならできます。仲を取り持てば多分、問題ないでしょう』

 

『鏡(ミラー)はどんな性格の子なのでしょうか...』

 

『確か...。大人しい子でした...。言葉を話せると言っても、話すことはほぼありません。そもそも、クロウカードは、知世ちゃんや小狼君などの特定の人前で使うことが滅多にない故に、出番は少ないので情報も少ないです』

 

『鏡(ミラー)はいい子だから大丈夫よ~。だって、大人しく封印してくれたし~キースのことも気にかけてくれたのだもの~。それよりもどうやって仲良くする~?お茶会?一緒に本を読む?それとも遊ぶ~?』

 

『お茶は...飲むのでしょうか?お菓子は何が好みなんでしょうか...。というか...お食事自体いらないですし...』

 

『本も...わかりませんな』

 

『遊びも...何して遊ぶのか全く想像できません』

 

答えが出ない議論に会議の雰囲気はまた暗くなる。

この状況に強気なカタリナ・クラエスが机を叩いて、みんなに活を入れる。

 

『そんなの!これからわかっていけば良いだけの話じゃない!』

 

『確かに...そうですね...。私としたことが、そんな当たり前のことに気が付かないとは...』

 

『そうよ~。これから知っていけば良いわ~』

 

『でも...。姿を見ただけでも怖がられているのに、どうやって仲良くするのですか?』

 

『だったら...姿を変えてもらえば良いのよ!』

 

『姿...誰の姿に変えてもらうのですか?』

 

『姿は...私の姿に変えてもらいましょうか』

 

『そしたら~、私と鏡(ミラー)は双子みたいになるねぇ~。弟も欲しかったけど、妹も欲しかったのよ~』

 

『双子も中々良いものですな』

 

会議の雰囲気がほのぼのとしたものになる。

暫くの間、ぽけーとしていたが、真面目なカタリナ・クラエスが咳払いをして話を元に戻す。

 

『ゴホン...。いつまでもこうしてはいられません。会議に戻りましょうか』

 

『取り敢えず、遊んだりお茶会をして交流をするということでよろしいですな?』

 

『それは良いのですが......。どのようにして、皆さんを説得しましょうか...』

 

弱気なカタリナ・クラエスの質問に、真面目なカタリナ・クラエスが答える。

 

『ご安心して下さい。そのことに関しては、たった今、良い案が思い付きました』

 

『良い案...。良い案とはなんでしょう?』

 

弱気なカタリナ・クラエスが尋ねる。その質問に、自信満々になっている真面目なカタリナ・クラエスが、眼鏡をくいっと上げて意気揚々に話し出す。

 

『今の話と少々関係はありませんが、クロウカードを封印する際には、気配を感じ取る必要があります』

 

『そう言えば、そうだったよねえ~』

 

『それは...そうですけど...。でも、なんで、このタイミングでその話をするのですか?』

 

『それと何が関係あるのよ?』

 

弱気なカタリナ・クラエスと強気なカタリナ・クラエスを筆頭に、真面目なカタリナ・クラエスを見詰める。

みんなに見詰められているなか、真面目なカタリナ・クラエスは一呼吸を置いて叫ぶ。

 

 

『隠れている人を探す遊び......かくれんぼ。その遊びで鏡(ミラー)と遊びながら気配を感じ取る訓練をし!楽しんでいる姿をみんなに見せて、自然に遊びに誘うのです!』

 

真面目なカタリナ・クラエスの名案に、場の雰囲気が盛り上がる。

 

『それは名案だわ!訓練と言えば、鏡(ミラー)がいても文句を言われないはずだわ!』

 

『遊んで訓練なんて凄く良い案だわ~』

 

『今は無理ですけど...一緒に遊んでいるうちになんとか...』

 

『中々の名案ですな。では、皆さん...。訓練をしながら遊んで、みんなと仲良くできるように努める...。この案でよろしいですな?』

 

議長カタリナ・クラエスが最後に問い掛ける。

口論をすることもなく、その結果...

 

 

『異議なし!』

 

この議題は満場一致で終わるのであった。

 

 

 

 

 

「...というわけで、今日から、鏡(ミラー)が仲間入りよ!私の妹だと思って可愛がってね!」

 

みんなが集まってくる時間となり、頃合いを見計らって庭に集まってもらい、鏡(ミラー)を呼び出して話を進める。

私の姿をした鏡(ミラー)は、どこか居心地悪そうに立っている。みんなが何かを言う前に、脳内会議で思い付いた案を話す。

 

「.........どういうわけなのか、全然わからないよ義姉さん......」

 

「そもそも、クロウカードの気配を感じ取るのに、かくれんぼをする必要性がありますか?」

 

「ソフィア、あのサクラという人は、クロウカードの気配を感じ取るためにかくれんぼをしていたのか?」

 

「いいえ。そのようなことはしておりません」

 

私の思い付いた良い案はあっさりとソフィアに否定される。

ソフィアが否定したことにより、アランとニコルの表情が暗くなる。

 

「やっぱり関係ねえじゃねえか!」

 

「カタリナ...君には悪いが...。俺たちはクロウカードと仲良くすることはできない」

 

案の定、反対意見が出てしまったのだが、私の代わりにソフィアが反論をしてくれる。

 

「アラン様!お兄様!確かに、クロウカードは、知らない人たちにとっては怖い存在かもしれません!ですが!クロウカードは主を好きになるから問題ありません!」

 

「あのな...そういう問題じゃねえんだよ!」

 

「ソフィア...。お前もどうして......カタリナと同じ考えになるんだい?」

 

「ソフィア......ありがとう!」

 

庇ってくれたソフィアに、思わず私は抱き付いてしまう。

やっぱり!知識がある人には危険ではないことがわかってくれるわ!

 

みんなが私達に対して、非難めいた目線を向けてくるが、私は気にせずにソフィアを抱き続ける。

 

「ソフィア様はなんで、カタリナ様と同じ意見なのですか?お二方の考えを...あまり否定したくありませんが...。なぜ、危険ではないと思っているのですか?私ははっきり言って......とても怖いです...」

 

気まずそうにメアリが否定しながらも尋ねてくる。

メアリの意見にみんなが賛成をする。

 

「メアリの言う通り、お前らのその考えはなんだ!?迷惑は掛ける!殺そうとしてくる!そんな奴らと仲良くできるか!!」

 

「僕も...アランと同じ意見です」

 

「僕もクロウカードのことを信用できません。普通の人であれば、クロウカードを拒否することは当然です」

 

アンも何も言っていないが、首をこくりと頷いて同意をしていた。

味方はソフィアしかいない...。うーん......思っていた以上に状況は最悪だ。説得なんてできないし、私がみんなを守ると言っても、今の私にそんな魔力は持っていない。そもそもそこまで強くなれるかはわからない。はっきり言って、魔力のしょぼいカタリナ・クラエスでは不可能だ。私にできることと言えば、持っている知識を使って手早く封印をすることだ。

 

私とソフィアは一緒に考える。

危険。危ない。怖い。信用できない。殺そうとしてくる。迷惑を掛けてくる。迷惑を...掛ける......?

 

 

これだわ!!

反論を思い付いた私は拳で手を叩く。その様子にみんなは驚いて戸惑っていたのだが、テンションが高くなった私はみんなの様子を無視して語る。

 

「私だっていつもみんなに迷惑を掛けているわ!だから!クロウカードも仲良くできるはずだわ!それに!クロウカードが本当に殺してくるのなら、一枚ずつではなくて、一気に襲い掛かってくるはずだわ!」

 

「そういう問題じゃねえだろ!大体!お前が普段掛けている迷惑と、クロウカードが掛けてくる迷惑は全然違うだろうが!!」

 

「アラン様の仰る通り。義姉さんの掛けている迷惑は人の話を聞かない、拾い食いをする、木に登る、お菓子をつまみ食いをする等々...。それに比べてクロウカードが掛けている迷惑は鳥になって大暴れをする、川を氾濫させる、床を泡だらけにする、本棚の本を滅茶苦茶にする、義姉さんとジオルド様を木の枝からすり抜けさせて落とそうとする、使用人の影を集める、他人の歌声を真似る、義姉さんの姿でいたずらをする...義姉さんの掛ける迷惑は子供のいたずら程度で、クロウカードが掛けてくる迷惑は...最悪の場合、誰かを殺しても可笑しくないもの。比べ物にならないよ。それにね...義姉さん......。義姉さんは殺してくるのなら、一気に襲い掛かるって言うけど、そのたった一枚で手一杯になっているのは義姉さんだよ。そのことをちゃんとわかっている?」

 

「カタリナやソフィアには、クロウカードは危険ではないと思っているけど......。どこが危険ではないのか、全然説明できていない。それでどうやって信じろと言うんだ」

 

怒鳴るアラン、呆れながらも長々と否定するキース、静かに私たちを怒るニコル。メアリとアンも口に出していないが反対派だ。

 

険悪な雰囲気が流れるなか、ジオルドは何も言わずに考え込んでいる。

...ジオルドも反対をするのだろう...。でも、だったら、なんで、あそこまで考え込んでいるのだろうか?今までジオルドの意見だと、今のみんなの意見と何も変わらないのに...。どうしてかしら?

 

私がジオルドの様子を伺っていたら、ジオルドと目が合う。ジオルドは爽やかな笑みを浮かべていた。

......?今笑うところ?こんな状況の中で何を考えているのかしら?

 

私達が驚いていると、ジオルドはいつもの笑みを浮かべながら、とんでもないことをさらりと呟く。

 

「そうですか...わかりました...。では......」

 

 

「僕も好きなようにやらせていただきます。クロウカードのせいで僕が怪我をしたりしまっても、気にしないで下さい。僕は好きでカタリナを守りますから」

 

ちょっ!?いきなりなんてことを言うの!?そんな恥ずかしいことを!と言うかこれ!抜(スルー)のカードの件を使って、何気に私たちのことを責めていない?!

 

私が驚いて何も話せないうちに話は進んでいく。

 

「それは良い案ですねジオルド様。僕もそうします」

 

「そいつは良い案だ!俺もそうさせてもらうか」

 

「.........二人の好きにするといい。俺も好きにさせてもらうから...」

 

「私だって!カタリナ様を守ります!例え、死んでしまうことになったとしても!私はカタリナ様の傍を離れたりしません!」

 

「私もこれまで通り、お嬢様のお世話をさせていただきます」

 

ジオルドが話をしたのだろうか?どうやらみんなは、抜(スルー)の件を知っているようだ。......と言うか...。鏡(ミラー)と仲良くしてもらう話だったのに、いつの間にかカードキャプター活動をやめろという、話になっていた。

なんで!?そこまで話が飛躍しているの!!?

 

「では...。カタリナの望みのままに、クロウカードと遊んでいきましょう。カタリナ、ソフィア、クロウカードの気配を感じ取ることは必要なんですよね?」

 

「え、ええ!必要ですわ!」

 

ソフィアも話の展開に着いていけなかったようで、ジオルドの質問に大慌て答えていた。

 

「そうですか......。かくれんぼで鍛えられるのかはわかりませんが、必要とあればやりますよ」

 

言い終えたジオルドは鏡(ミラー)に近付く。鏡(ミラー)を見詰めるその眼差しはとても真剣だった。

ジオルドの行動に、私達は訳もわからず首を傾げる。

 

ジオルドはそんな私たちのことを気にも止めずに、真剣な表情で語り出す。

 

「カタリナとソフィアは貴方達のことを信じておりますが、僕達には到底信用できません。だから......」

 

 

「貴方の口から聞かせて下さい。カタリナを守ると」

 

 

ジオルドの問いは私に関するものだった。

鏡(ミラー)は数十秒間の間、ずっと黙っていたが、ゆっくりと瞬きをして口を開ける。ジオルドからの問いに鏡(ミラー)は......

 

 

「迷惑を掛けている私達のことを、好きでいれてくれている、大切にしてくれる、そんな主が大好きです。私たちも全力で力をお貸しいたします」

 

 

「力を貸すか...。そこは守ると言っていただかないと、とても信用はできません。好きと言うとならば、何故、守ってくれないのですか?」

 

鏡(ミラー)の答えにジオルドは不満げであった。

不満げなのはジオルドだけではなかった。キースも、アランも、ニコルも、メアリも、アンも不満げであった。

 

不満げに見詰めてくる彼らを見て鏡(ミラー)は、さらに申し訳なさそうに体を縮こませる。

 

「どうしたの?鏡(ミラー)」

 

私が尋ねても鏡(ミラー)は返事をしない。

...本当にどうかしたのかしら?そんなに答えられないことなの?

 

時間だけが過ぎていく。

今度はソフィアが尋ねようとしたその時、意を決した鏡(ミラー)がぽつりと小さな声で呟く。

 

「............主はまだ.........正式な主ではないからです」

 

鏡(ミラー)の衝撃的な発言に私たちは言葉を失う。

正式な主???ケロちゃんに認めてもらっただけでは駄目なの!?!?私に一体何が足りないの?!やっぱり魔力!?

 

「正式な主?それは一体どういうことですか?」

 

すぐに気を取り直したジオルドが鏡(ミラー)に尋ねるが、何も答えない。ただじっと下を向いているだけだった。ケロちゃんも黙っているままだった。

そこでジオルドは私とソフィアに視線を向ける。私もわからなかったのでソフィアの方に見る。

 

「ねえ、ソフィア。私は知らないのだけど、ソフィアは何か知って......」

 

思い出せない私はソフィアに訊いてみたのだが、そこで驚きの光景を目撃する。それは......

 

 

 

大粒の涙を流すソフィアだった。

 

「?!!ソフィア!どうしたのソフィア!!」

 

私が声を掛けるとソフィアは呆然としながら語る。

 

「...私にもわかりません。ですが...とても......ここまで...悲しい気持ちになるのは初めてです......。私は...なんで...こんなにも...悲しい気持ちになっているのでしょうか......」

 

ソフィア自身も自分の感情に戸惑っているようで、ぎこちない動きで涙を拭っていた。

ソフィアの突然の涙に私たちは声を掛けることさえもできなかった。

 

ソフィアはなんで泣いてしまったのだろうか?それはやはり、クロウカードが原因なのだろうか?正式な主とは一体どういうことだろうか?

 

私とソフィアは正式な主について、一生懸命に思い出そうとしたのだが......

 

結局...

 

 

思い出すことはできなかった。



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ソフィアの元気がなくなってしまいました...

俺、ニコル・アスカルトには妹がいるのだが...最近、妹の様子がどうも可笑しい。

空に浮かんでいる月を眺めていると泣き出してしまうことがある。俺がどうしたんだ?と尋ねても、ソフィアは「私にもわかりません。どうしようにもない悲しみが込み上げくるのです...」と、呟くだけだった。

 

ミラーが言う正式な主。

この話を聞いた時俺は正直に言って嬉しかった。カタリナが正式な主ではないのなら、やめることができると思ったからだ。けど...ソフィアは違った......。

 

突然泣き出してしまった。

本人さえも理解できていない悲しみ。正式な主とやらが、一体何を示しているのかはわからない。ただ......

 

 

とんでもないことが起きることだけは理解できた。

 

 

 

「ソフィア......」

 

今日もソフィアは月を眺めている。

あの話を聞いてから一週間、ソフィアは泣きながらも悲しみの原因を探るため、毎日欠かさず月を眺めるようになっていた。趣味のロマンス小説を読まなくなり、カタリナを喜ばすためのドレスも作らなくなった。

 

「ソフィア......。そんなに辛いのなら...頑張って思い出さなくてもいい。俺がミラーに話を聞...」

 

ガタン!!

ソフィアが勢いよく立ち上がり、静かな空間に椅子が倒れる音が鳴り響く。

 

「これは私が頑張って思い出さないといけないのです!どんなに辛くても逃げては駄目なのです!誰がなんと言おうと絶対...!絶対に...!私が...!!思い出さなければいけません!!」

 

大粒の涙を流し、顔を真っ赤に染め、声を荒らげるソフィア。

こんなソフィアを俺は産まれて初めて見た。普段から趣味のロマンス小説とかで大きい声を出すことがよくあるが、声を荒らげてまで反論をするのはありえないことだ。

 

「......!!お兄様...。お兄様ごめんなさい!お兄様は私のことを心配して下さったのに...楯突いて...本当にごめんなさい!...頭を冷やしたいので一人にしてもらえませんか...」

 

ソフィアはそう言って気まずそうに俯く。

俺は別に気にしていないのだが......。それを伝えたところで、今のソフィアは話を聞いてくれないだろう...。俺はソフィアの傍を離れたくはないが、本人が望んでいない行動を取るのはいけないと思い、俺はソフィアの部屋を出る。

 

「ソフィア...独りで抱え込むなよ...。俺や父様、母様...家族だけではない。カタリナ、メアリ、ジオルド、アラン、キース...みんながいる。だから...無理はするな」

 

俺は部屋を出る前に声をかけてみるが、ソフィアはずっと俯いたままだった。

 

 

 

「そうか...ソフィアはそんな酷い状態なのか...」

 

「はい、父様」

 

ソフィアの部屋を出た俺は自室に戻らず、ダン父様とラディア母様がいる部屋に行き、ソフィアの様子を報告する。報告を聞いた父様と母様は辛そうな表情を浮かべていた。

 

「ソフィアがそこまで悲しんでいるなんて可哀想に...ソフィアの悲しみを私が代われるものなら、代わってあげたいわ...」

 

「そうだね、僕も同じ気持ちだよ...。ところで...気になったことがあるのだが...」

 

「気になったところ...父様、それはどこですか?」

 

父様の疑問に俺は尋ねる。俺の質問に父様は難しそうな顔になる。

 

「その...なんと言うべきか......」

 

 

「何故、泣いているのかなと思ってね...」

 

「泣いていることがそんなに可笑しいのですか?今は泣きたい状況に決まっているからですわ」

 

父様の言葉に母様は少し不機嫌になる。不機嫌な母様に父様は苦笑いを浮かべる。

 

「そうだね、ラディアの言う通りなんだけど...僕が疑問に思っているところは少し違うんだ」

 

「少し違う?それはどういうことでしょう?」

 

「あのね...元々今の状況でも泣きたくなる状況だ。でも...ソフィアは泣かなかった。それどころか、楽しそうにクロウカード騒動に挑んでいた。こちらが理解できないほどにね...。そんなソフィアが泣いたということは、今の状況よりも酷くなることは理解できる。...けれども、僕からしてみれば、今の状況よりも酷くなるところを想像できない」

 

「ええ...これ以上酷い状況を想像できませんし、したくありませんわ」

 

「しかも...闇の魔力は人の命を犠牲にして手に入れるもの。闇の魔力を持ったクロウカードも、何か、とんでもないものを要求してくるのは明白だ」

 

「とんでもないものを要求......。一体何を要求してくるのでしょうか?」

 

「そこが問題なんだよね...。闇の魔力は人の命が必要となる。ならば...クロウカードは...色々なことができるから...でも...ケロちゃんが言うには...命は要求しないようだが.....要求しなくても、あの暴れ方では殺しそうな勢いなんだけど...」

 

「そうですわね...。こうして皆さんが生きているのも、奇跡に等しいですわ...」

 

父様と母様は互いにため息をつく。俺も同じ気持ちになっていた。

ソフィアの泣いている姿は見たくないし、泣かせている原因をすぐに取り除きたい。けれど、父様の意見と同じく、今になって泣いていることに疑問を感じている。この騒動の間泣くことはなく、逆にこちらが引くほど楽しんでいた。泣いたのは初めてのクロウカード騒動の後だけだ。ずっと泣いて過ごすことが当然だと思わない。寧ろ、泣いているぐらいなら楽しんでいる方が......いや...この状況を楽しむのも駄目だろう...。まあ...どんな理由で心変わりをしたとしても、これ以上状況を悪化させてはいけない。俺のやるべきことは決まっている。

 

「俺がミラーから話を聞き出してみせます。それで対策を...」

 

「そのことも大事だが...僕たちは...」

 

コンコン

父様の話を遮るように控えめなドアをノックする音が鳴る。

 

「どうぞ」

 

「失礼いたします」

 

父様の許可を頂いてからその人は入る。

ノックしてきた人は、主にソフィアのお世話をしてくれるメイドのローナだった。ソフィアの様子が可笑しくなったあの日から、毎日決まった時間に報告をするように父様が指示を出していた。

 

「ローナ、ソフィアの様子はどんな感じなのかい?」

 

父様の質問にローナの顔が悲しげに曇っていた。

 

「はい、ソフィアお嬢様はお休みの時間になられましたので、眠っておられます。ですが...時折...寝言でもうやめて!と叫んでおられたり、こんな結末は嫌!とうなされていたりして...泣きながら眠っております」

 

「そうか...ソフィアを早く癒さなくては...。報告ありがとう。引き続き頼む」

 

「はい、承知いたしました。失礼いたします」

 

報告を終えたローナは一礼をして部屋を出る。ローナが部屋を出ると、父様は先ほどの話に戻す。

 

「ニコル、何度も言っているが、お前もソフィアも、クロウカード騒動に立ち向かわないでほしい。二人がカタリナ様のことを愛し、守りたい気持ちはわかる。けれど、僕たちもまた、君たちと同じくらい二人を愛し、守りたいんだ。だから...この騒動が終わるまでの間、カタリナ様...クラエス家に近付かないでほしい。勿論、カタリナ様は、我がアスカルト家が全力を持ってサポートをする。それでは駄目なのか...?」

 

父様がいつもの説得を始める。クロウカード騒動が起きてから毎日ずっと行われていることだ。

父様と母様の心配する気持ちが痛くなるほど伝わってくる。だけど...それでも...俺は......ソフィアを笑顔にしてくれたカタリナを...俺達家族を幸せな者と認めてくれたカタリナを...放ってはおけないんだ!

 

「父様、母様、ごめんなさい...。俺はカタリナの傍から離れたくないです...。父様や母様、大人たちのことを信用してないわけではありません。ですが...あのような現状を知っておきながら、俺には...放っておくことはできません...。......ソフィアの様子が気になりますので、今日はもう、失礼させていただきます」

 

俺は毎日同じ言葉で言い訳をし、父様と母様の心配を無下してしまうのであった。

 

 

 

父様と母様のいる部屋から出た俺は、自分の部屋に戻る前にソフィアの様子を見に行く。

言い訳でもあったが、本当に心の底から気になっていたからだ。

 

廊下を進み、間取り角を曲がると、深刻な表情をしているソフィアが誰かを待ち構えるかのように立っていた。

 

「ソフィア......?寝ていたのではないのか...?まあいいか...。どうしたんだこんな夜更けに?何か話があるのか?」

 

ソフィアは思い詰めた顔をするだけで何も答えない。何かを伝えようとするソフィアの顔は歪んで、頭を抱え込んでいた。その様子は答えたくはないのではなく、答えられないようだ。諦めしまったソフィアは俺のことをじっと見つめていた。

 

「ソフィア...そんなに辛いのなら、思い出さなくてもいいじゃないのか?」

 

俺はまたソフィアを怒らせる言い方をしてしまう。

どうしたら俺は...ソフィアを怒らせずに声をかけることができるのだろうか?

 

だか俺の思いと裏腹に、ソフィアは俺の言葉に反応をせず、じっと見つめてくる。その顔は悲しそうであった。

 

「ソフィア......ソフィア!」

 

ソフィアの頬から一滴の涙が流れると、ソフィアは何も言わずに立ち去ってしまう。

俺は呆然とソフィアを見ていることしかできなかった。

 

 

 

「昨日...こんなことがあってな...」

 

「そうか...早く原因を探らないといけないな...」

 

昨日の出来事をみんなが集まっているクラエス家で語る。カタリナ、メアリ、ミラーはソフィアを囲んで話をし、ジオルド、アラン、キース、俺は少し離れた位置でソフィアたちの様子を眺めていた。

 

「一刻も早く原因がわかるといいですね。ところでニコル様。ソフィアは何をするために、夜中起きたのでしょうか?」

 

「それは...俺にもわからない...。俺もあの後、すぐに追いかけたのだが...俺がソフィアに追い付く頃には部屋に戻っていた。部屋に入るわけにもいかず、朝になって尋ねてみたら...ソフィアが覚えていないようで...」

 

「えっ!?本人が覚えていない!?」

 

キースの驚き共にソフィアの方に振り向く。

 

「ソフィア!このロマンス小説はどう?」

 

「ソフィア様、このロマンス小説もおすすめですわ!互いに婚約者がいる女の子同士が恋に落ちて...」

 

「このロマンス小説はどう...でしょうか...?」

 

カタリナ、メアリ、ミラーが必死に元気付けようとしていた。

というか...クロウカードもロマンス小説を読むんだな...。

 

彼女たちをずっと見ていても仕方ないので、俺はキースに話を振る。

 

「キース...お前は何か知らないのか?ケロちゃんやミラー...カタリナから何か聞いていないか?」

 

「いいえ、特に聞いておりません。僕も力になりたくて話を探ろうとしたのですが...義姉さんは覚えておらず、ミラーとケロちゃんは話をしてくれません。どうやら...その話に関しては、本来話をしてはいけないらしく、教えてくれませんでした...。ケロちゃんから言葉を濁して教えてもらっても、人が死んだり、地球が滅ぶことはないと言われても...」

 

「まあ...信用ないですよね。地球が滅ぶという規模の大きい話も置いておけないない話ですが、人が死んだりしないのは嘘ですね。全く...ケロちゃんまで何を言い出すのでしょうか...」

 

「ジオルドの言う通りだ。こんな話信じられるわけがない」

 

「ああ、全くだ。地球が滅びないにせよ、クロウカードが暴れるだけでその場所の被害は凄まじいからな」

 

俺たちは同時にため息を吐く。

この騒動...どうすればいいのやら......

 

「くよくよ考えていては意味がありません!今はわかっているところから探っていきましょう!ソフィアは月を見て泣いていた...それに...カタリナが鍵の封印を解いたりした時に現れる魔方陣にも月が描かれていた...。月が重要なのは明白...」

 

「月が重要なのはわかる。だが...月がどのように魔力に関わっているのがわからない。大体、魔力は火、水、風、土、光。そして......闇。だけど、月の魔力なんてどの文献にも書いてなかったからな...」

 

「そうですね...僕も自分なりに文献を読んで調べてみたのですが...やはり書いていなかったです...」

 

ジオルドがいち早く立ち直って考え始めたが、アランとキースに否定されてしまう。

 

「仕方ないでしょう。この騒動事態、前代未聞なものですから...」

 

二人の意見にジオルドは少しむっとする。

 

「ジオルド、アラン、キース、調べてくれてありがとう...。わからないことだらけだが...みんなが力を合わせれば、この騒動も無事に終わらせることができるのだろう」

 

俺の言葉にジオルド、アラン、キースは力強く頷いてくれるのであった。

 

 

 

あれから時間が経っても、ソフィアに笑顔が戻ることはなかった。いつもなら笑顔になっているはずなのに...。

落ち込んでいるソフィアを見てメアリは、「ソフィア様を笑顔にするには、カタリナ様の行動を見るのが一番ですわ!」と、メアリの発言の元、外に遊びに行くことになった。

 

「アラン様!あの丘まで競争しましょう!」

 

「いいだろう!お前の挑戦受けて立つ!」

 

アランとカタリナは早速競争を始める。

 

「もう義姉さんったら...」

 

「カタリナもアランも相変わらずですね」

 

「ああ...全くだ...」

 

「そこがカタリナ様の良いところですわ!」

 

令嬢らしからぬスカート振り乱すカタリナ。その後を楽しそうに追いかけるアラン。いつもの光景が目の前に広がる。

その様子を見たソフィアがくすくすと笑う。

 

「ソフィア...!今日やっと笑ってくれたな」

 

「あ...お兄様...」

 

俺の言葉にソフィアが照れて俯く。

ソフィアが笑顔になったと聞いてジオルド、キース、メアリ、競争をしていたカタリナ、アランがソフィアの元に集まる。

 

「ソフィア!元気になってくれたのね!本当によかったわ!」

 

「カタリナ様...お兄様...皆さん...。ご迷惑をかけて本当にごめんなさい」

 

お辞儀をしてみんなに謝るソフィア。そんなソフィアをカタリナは抱き付く。

 

「そんなこと気にしなくていいわよ!だって!ソフィアは大切なことを思い出そうとしたのでしょ!元気のないソフィアは見たくなかったけど...頑張ってくれたソフィアが謝ることはないわ!ソフィアが知識を持っているから、こうしてみんなで遊びに行けるわ!」

 

「そうですわ!カタリナ様の言う通り、ソフィア様の知識があってこそ、クロウカードを封印できるのですわ!」

 

「そうだな。どっかのアホ令嬢は、やりたいわりには全然覚えていないからな!」

 

「ほんとだよ、義姉さん。やりたいのならちゃんと覚えていないと駄目だよ」

 

ソフィアが笑顔になったことにより、元の明るい雰囲気に戻っていく。

アランとキースの言葉に耐えられなかったカタリナが話し出す。

 

「ソ、ソフィアが元気になったことだし!張り切って遊ぶわよ!」

 

「義姉さん、遊ぶと言っても何をして遊ぶの?」

 

「そうねえ...。冬と言っても...雪は降っていないから...雪遊びはできない。川も凍っていないからスケートもできない...。冬に虫はいないし...魚釣りでもする?」

 

「相変わらず...令嬢とは思えない発想ですね...」

 

カタリナの発言にジオルド、キース、俺は呆れ、アランは大爆笑をし、ソフィアとメアリはくすくすと笑っていた。

 

「義姉さん...遊ぶ方法が見付からないのなら...夕日が見えるあの丘はどう?」

 

 

 

キースの提案で、俺たちは少し歩いた先の丘にやって来た。空には雲一つもなく、これから夕日を見るのに最適な状況だった。

 

「クラエス家で色々なところで遊びましたが...このような場所は初めて来ましたわ...」

 

メアリが物珍しそうにキョロキョロとする。メアリ以外にもソフィアも、アランも、ジオルドも物珍しそうにしていた。

 

「この場所は僕が悪夢を見て落ち込んでいた時...義姉さんが教えてくれた場所なんです。ここは...義姉さんと僕だけの秘密の場所だったのですよ」

 

キースが自慢げに語る。自慢げに語るキースをむすっとした表情で睨むジオルドと明らかに嫉妬をしているメアリ。

俺は嫉妬よりも、ソフィアのために、秘密の場所を教えてくれたキースの心遣いを嬉しく感じた。

 

「この丘から見る夕日はとても綺麗でね~。嫌なことなんかすぐに忘れることができるわ」

 

「キース様...!カタリナ様...!本当にありがとうございます!......でも...今回ばかりは...忘れてはいけないことなのです......」

 

ソフィアが涙目になりながらカタリナに抱き付く。

泣いても、どんなに辛くても、頑張ろうとしているソフィアにカタリナは頭を優しく撫でる。

 

「ありがとうソフィア。でも...無理しないでね」

 

ソフィアは首をこくりと頷いて返事をする。

 

「...見て下さい!カタリナ様!ソフィア様!夕日がお見えになりましたわ!」

 

淡いオレンジ色の光が俺たちを照らす。

ソフィアは泣くのを止め、カタリナも前を向き、俺たちも見やすいように自然と横一列になる。

 

「とても綺麗な夕日ですね...。この場所を秘密にしたくなるのもわかります」

 

「ええ...。でも...私としては今みたく、みんなで見る方がいいですわ」

 

「えっ!?じゃあ...誰が秘密の場所にしようと言ったのですか?」

 

「キースが言ったのよ。珍しいわよね。キースがみんなに教えないのって...」

 

「キース...」

 

「キース様!」

 

カタリナの暴露に、ジオルドとメアリはキースをジト目で睨む。

 

「キース...独り占めはいけませんよ」

 

「そうですわ!家族を使った抜け駆けは禁止と...あれほど言いましたわよね?」

 

「それぐらい...別にいいじゃないですか!......アッ!空に何か飛んでいますよ!」

 

「......あっ!本当よ!空に何か飛んでいるわ!」

 

ジオルドとメアリに責められたキース。

苦し紛れに指を指したかと思いきや、カタリナが見付けたことにより、ジオルドとメアリは空の方に向く。俺、アラン、ソフィア、アン、ケロちゃんも空に浮かぶ物体を見付ける。空には丸い物が浮かんでいた。

 

「あれは...クロウカードや!」

 

「それも...浮(フロート)のカードだわ!」

 

ケロちゃんとカタリナが正体を見破る。

 

「空を飛んでいる...フライのカードを使って捕まえに行くのですか?」

 

「けどよ...今日...ミラーのカードを使っていただろ?魔力切れでもしたら...墜落するぞ!」

 

「そうですわね......。ですが...クロウカードを放っておくことはできませんし...」

 

「わいだけならともかく、カタリナを連れて飛ぶことはできへんで...」

 

みんなが諦め気味になってしまっている最中、ソフィアが堂々と胸を張って宣言をする。

 

「私にお任せ下さい!あのクロウカードを封印させてみせます!」

 

 

 

「本当にこの方法で行くのか!?」

 

「ええ、それしか方法はありませんわ。カタリナ様は鏡(ミラー)のカードで魔力を使われましたし...今のケロちゃんではカタリナ様を運ぶことはできません。...それに!抜(スルー)のカードの時に、カタリナ様とジオルド様を助けることができましたから大丈夫ですわ!」

 

自信満々に答えるソフィアに俺は不安を感じる。

そんな方法で大丈夫だろうか...。

 

方法はこうだ...。まず...キースが土の魔力でゴーレムを作って他のみんなが空に飛ばされないようにする。次に、カタリナが鍵の封印を解く。解き終えたら、ソフィアが言葉でクロウカードの効果を発動させて宙に浮かび...俺とソフィアが風の魔力を使ってカタリナと共に空を飛ぶ。空中でフロートのカードを捕まる。

こんな方法で大丈夫だろうか?はっきり言ってかなり怖い...。けれど...クロウカードを放っておくことはできない...。フロートのカードは厄介なことに...魔力がなくても言葉で発動するらしい...。本当に厄介だ...。

 

代わりの案が思い付かない俺はこの案に従うしか道はなかった。

カタリナがうわ言のように謝る声が響く中、キースも土の魔力でゴーレムを作り出す。作り出されたゴーレムは覆い被さり、みんなを守る盾となる。

 

「義姉さん...カードキャプターをやりたいのならもっと頑張ろうね。まあ...カードキャプター自体やめてほしいけど...」

 

「はい...ごめんなさい...。明日からもっと頑張ります...。闇の力を秘めし鍵よ。真の力を我の前に示せ。契約の元、カタリナが命じる。封印解除(レリーズ)!」

 

項垂れていたカタリナが気を取り直して呪文を唱える。足元には黄金色に輝く、月と太陽が描かれた魔方陣が現れる。

...月にはどういう意味があるのだろうか...?

 

俺が考えている間にも鍵は段々大きくなり、水色の杖に変わる。カタリナは得意気に杖を振り回していた。

カタリナの準備が終えると、カタリナを真ん中にして手を繋ぐ。手を繋いだ俺たちは互いに目配せをして最後の確認をする。確認を終えたソフィアは叫ぶ。

 

「私たちを天国まで連れて行って!」

 

「.........えっ!?もっとましな」

 

俺が文句を言い終える前に体が宙に浮く。

 

「さあ、お兄様!風の魔力で追いかけますわよ!」

 

「お...おう...」

 

俺はソフィアのテンションのついていけないまま、空に飛ばされるのであった。

 

 

 

体が枯れ葉のように飛ばされる。

宙に飛ばされた恐怖よりも、ソフィアとカタリナを守りたい想いが勝っていた。

 

カタリナは硬い表情になっており、ソフィアは嬉しそうに笑っている。

よくこんな状況で笑えるな?!笑ってほしいとは思っていたけど...もっとましな状況で笑ってくれ......。

 

少し空を飛ぶと、羽が生えた赤と紫色の丸いボールような物が見える。姿が見えた瞬間、カタリナとソフィアは杖を持っている腕を振り上げた。

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

甲高い音が鳴り響く。

杖の先に透明なカードが現れ、赤紫色の煙が透明なカードに吸い込まれていく。

 

完全に封印されると体が重くなって地面に落ちていく。

全力で風の魔力を強め、手を取り合って円になり、少しでも落ちるスピードを落とす。

 

「なんだか...今の私たちって...ロマンス小説の登場人物みたいですわ!」

 

絶体絶命にも関わらず、ソフィアは目を輝かせる。今日一番の笑顔であった。

ソフィア...笑顔になって嬉しいけど......

 

 

普通はこんな状況で笑わないぞ。



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木が生えてきてしまった...

カタリナ様がクロウカードの封印を解いてしまってから夏、秋、冬が過ぎ、春が来てもう一年近く経とうとしていた。クロウカード騒動により、私たちの生活は大きく変わりました。

 

カタリナ様は魔力の鍛練で忙しくなり、ご趣味の畑仕事はできなくなりました。そんなカタリナ様の代わりに、庭師のトムさんが耕してくれることになりました。

...とても残念です。あの畑は私とカタリナ様と仲を深められた大切な思い出の場所でしたのに......。でも畑はクロウカード騒動が終わり次第、また再開すれば良いのです。今はそれよりも......

 

 

「メアリ、カタリナ様の容態はどうなっているの?」

 

長女のリリアお姉様の質問をどうにかして誤魔化せなければいけません。

私メアリ・ハントは、お姉様方に囲まれながらこれまでの経緯を振り替える......

 

 

 

クロウカード騒動で変わったことは畑仕事ができなくなっただけではありません。他の方を騒動に巻き込ませないように、クロウカードの詳細を隠すために、カタリナ様はお茶会に出られなくなりました。お茶会の欠席の理由として病気で寝込んでいることになっておりました。

 

クラエス公爵家は公爵家の中でも強い力を持つ家。そんなカタリナ様が病気で寝込んでいるとなると、他の貴族の人たちが気にかけることは当然のことでした。私たちは誤魔化すため、カタリナ様の嘘の病気を考えなければいけなくなったのです。

後ろにいる次女のアメリアお姉様、三女のリディアお姉様がこちらをじっと見つめている。こうなることはわかりきっていることから、予め用意していた言葉で伝える。

 

「寝込んでいらっしゃる日もあれば、元気に過ごさられている日もあります。日によって体調が違うことから、お医者様にお茶会に出るにはまだまだ厳しい、と止められております」

 

「ふーん...。そうなの...。でも、メアリがお見舞いに行けるなら私たちもお見舞いに行けるのじゃないの?」

 

私が行けるからってお姉様方は行く気があるようですが...。正直に言って、仮病がバレてしまうとか、クロウカード騒動関係なく、お姉様方にはカタリナ様のお見舞いに来ないでほしい。

赤の他人であるお姉様方がいきなり来られてはカタリナ様が驚きますでしょうし...。そもそも、恩を売ろうとしているだけで本気で心配をしていない方には来てほしくありません!

 

私は苛つく気持ちを抑えて、これまた予め用意していた言葉を上っ面の笑みで答える。

 

「急に倒れてしまった時、カタリナ様は周りに迷惑をかけてしまったと、自分自身を責められて深く落ち込んでおられました。それでも私がクラエス公爵家に行けるのは、病気で寝込んでいるカタリナ様が不安でいっぱいだろうと、カタリナ様の父親である、ルイジ・クラエス様から許可をもらえているからです。なのでお見舞いは私が行って参りますので、お姉様方は安心して待っていて下さいませ」

 

「......ジオルド様は...ほぼ毎日お見舞いに来ていらっしゃるの?」

 

何故ここでジオルド様の話が出てくるのですか?意味がわかりませんですわ。でも...ずっと黙っていては話は終わりませんし...。

私は考え事を止めて直ぐ様話に戻る。

 

「はい。アメリアお姉様のお察しの通り、ジオルド様はほぼ毎日お見舞いに来ておりますわ」

 

「そう......」

 

少し不機嫌そうに一応納得するアメリアお姉様。

とりあえず納得して頂いたの幸いですが...。なんでアメリアお姉様はそんなに不機嫌なのですか?やけに突っかかって来ているような...。...?不機嫌そうなのはアメリアお姉様だけではない。リリアお姉様とリディアお姉様も不機嫌そうにしている...。今の説明で何か気に触ることを言ってしまったのでしょうか?

 

私が思い悩んでいると、リディアお姉様の口からとんでもない言葉が出てくる。

 

「お茶会に出ても碌に会話もせず、お菓子をばくばく食べていたあの娘が、病気で寝込んでいるなんて......仮病でも使っているんじゃないのかしら?」

 

「......えっ......?病気で寝込んでいる方に対してそのような言い方は酷すぎますわ!」

 

突然の悪口に私は理解できず呆けてしまいましたが、リディアお姉様の言い方に怒りを感じられずにはいられませんでした。

確かに、他の人とお話もせずにお菓子ばかり食べるのは可笑しいでしょう。お茶会ではお菓子よりも人と話すことが何よりも大事で、人によっては悪印象を持たれても仕方のないことでしょう。ですが......

 

 

他人の悪口ばかりで盛り上がる人達よりは遥かにましです!

私は思わずお姉様方を睨み付けてしまいましたが、そんなの関係ありません!カタリナ様のことを悪く言う貴女方が悪いのです!

 

お姉様方は怒っている私をちっとも気にとも止めることはなく、倍に返してくるかのように睨み付けてきます。睨み合うこと数十秒間、先に折れたのはお姉様方でした。

 

「メアリ......貴女、本当に変わったのね」

 

リリアお姉様が怒りを隠さずに嫌味たらしく言う。

ええ...そうですわね...。今までの私でしたら怯えて俯いて何もできませんでした。ですが、あの騒動に巻き込まれれば嫌でも変わりますわよ。これからのことを考えれば、お姉様方に疑われるような行動をしてはいけないのでしょう。でももう、はっきり言って、襲い掛かってくるクロウカードやカタリナ様を失うかもしれない恐怖に比べれば、お姉様方はちっとも怖くありません。だから、これまでの私ではいられません。

 

これ以上面倒なことが起きる前に、私はお辞儀をしてその場から離れる。

 

「ええ。私は変わりましたわ。それでは失礼致します」

 

私は一度も振り返ることもなく立ち去る。

それがいけなかったのでしょうか......

 

 

「卑しい赤毛の子が調子に乗っているじゃないわよ」

 

 

あんなことが起きてしまうなんて...この時の私には知るよしもありませんでした。

 

 

 

自室に戻ろうと思いましたが、お姉様方が待ち伏せしている可能性も捨てきれませんので、趣味で手入れしていたお庭を散歩して時間をずらして会わないようする。

...この庭園でカタリナ様と仲良くなる切っ掛けができましたのよね。懐かしいですわ...カタリナ様との出逢った日が遥か遠い日の出来事のように感じてしまいますわ。それほど時間が経っておりませんのに...。

 

あの日...道に迷ったカタリナ様が偶々この庭園を通り掛かって、休憩していた私に声を掛けて下さいました。戸惑っている私に質問を矢継ぎ早に投げ掛けるカタリナ様は興奮されておりました。うふふ...あの時のカタリナ様の瞳はキラキラと輝いて綺麗でしたわ。

そういえば...皆さんでこの庭園に集まったことは一度もありませんでしたわね...。

 

この庭園で花を見たのはカタリナ様とアラン様だけでした。キース様は...カタリナ様を探しに来た時なのでチラ見程度でしょう。ちゃんと見に来たとはいえません。

ソフィア様、キース様、ニコル様、ジオルド様がこの庭園を見たらなんとお応えしてくれるのでしょうか?

 

カタリナ様やアラン様と同じく褒めて下さるのでしょうか?いいえ...お褒めの言葉はいりませんわね。この庭園はあくまでも私の趣味の範囲、お褒めの言葉よりも、ただ綺麗だと思っていただければ充分ですわ。

皆様の様子を想像していたらなんだか......

 

 

温かな気持ちをなってきました。

カタリナ様とソフィア様は花を間近で見て褒めて下さり、アラン様は全体を見渡すように庭園をご覧になさるのでしょう。キース様とジオルド様とニコル様は少し離れて皆様の様子を見守りながら見て下さるのでしょうね。......ミラーとケロちゃんは......ミラーとケロちゃん?......私たちとあの方たちの関係って、一体、何なんでしょうか?

 

ミラーもケロちゃんも嫌いではありません。ただ...なんていえばいいのかはわからないのです。

ミラーは...同族のクロウカードのせいで恐怖を感じてしまう時があります。今はもう暴れておりませんし、彼女の暴れ方はまだマシな方であるのですけどね...それでも怖く感じてしまいますわ...。この問題に関しては付き合う時間を増やせばいいだけ。一番の問題は......ケロちゃん。

ケロちゃんのことは性格的には嫌いではありません。寧ろ、無邪気で明るくて話しやすく、性格面では好ましい方です。ですが...失敗が大きすぎて、どうしても好きになれません。多少の失敗でしたらすぐに気にしなくなるのですが...この失敗はね...。ケロちゃんも謝ってきましたし、頭の中では悪い仔ではないのはわかっております。けれど、どうしても...理性と感情がぶつかって...もやもやしてしまいます。

 

カタリナ様とソフィア様は私たちとケロちゃん、ミラー、クロウカードが仲良く過ごすことを望まれておりますけど......私たちはそれをできるのでしょうか?ケロちゃん自身も私たちに好まれていないことを自覚しているようで、用がある時以外はあまり近付いて来ません。

アラン様、ジオルド様、キース様、ニコル様はどのように考えているのかはわかりません。私でさえも好き...嫌い...なのか理解できておりませんから...。でも...だからこそ...きっと......

 

 

仲良くできると思います。

そもそも、本当に心の底から嫌いであるのでしたら、こんなにも悩むことなんてありませんからね。それに......

 

 

誰かを恨むよりも仲良くなりたいですわ。

悩んでいても仕方ありませんから、この問題は時間に任せることにしましょう。

そう結論を決めた私は歩き出しました。

 

 

 

あれだけ大きな事件が起きていても、薔薇は以前と変わらず咲き誇る。

よかった...。私もカタリナ様と同じく、クロウカード騒動が起きてからは庭園の手入れができなくなり、代わりに庭師の方にやってもらっていました。せっかくですから...私も久し振りに手入れをしようかな。

 

屈んだその時でした─

 

 

「えっ......?これは......クロウカード!?」

 

土の中に埋まっていた紙切れ。ゴミかと思って掘り出してみれば、タロットカードが埋もれていた。しかも、少し離れた場所にも埋まっておりました。

一枚目は道化師みたいな格好を少女。二枚目は葉っぱをストールのように巻いた長い髪の毛の女性。どちらのカードの文字は未知なるもので、この国ソルシエ王国の字ではない。このカードはやはり!クロウカードで間違いありません!

 

驚いて大きな声を出してしまった私は、慌てて周囲に他人がいないか確認をする。幸いにも誰かに聞かれるとはなかった。

私は急いで二枚のクロウカードを同じポケットにしまおうとした瞬間、ふと思い出す。カタリナ様とソフィア様のお話によりますと、レインとウッドというカードは二枚重ねてはいけないらしい。このカードがレインとウッドに該当しているのかは確認を取ってみないとわかりませんが、取り敢えず、二枚のクロウカードを同じポケットに入れるのは止めておいた方が良いですね。せっかくの知識が無駄になってしまいますから...。

 

私がクロウカードの保管方法に悩んでいてしまった時でした......

 

「見付けたわよメアリ、まだ話は終わっていないわよ」

 

お姉様方に見付かってしまった!

私は急いでクロウカードを背中に隠そうとしましたが、三対一の数の差で負けてしまい、いとも簡単に取られてしまう。

 

「返して!」

 

「...これってタロットカード?それにしては...随分と変わった模様ね。初めて見る柄だわ。それに...何なのよこれ、見たことのない文字ね。本当にこれは文字なの?」

 

リリアお姉様がじっとクロウカードを見つめる。アメリアお姉様とリディアお姉様も一緒になって覗き込む。珍しがっているのもほんの少しの間だけで、すぐに興味を失って私の方に視線を向ける。必死に手を伸ばす私を嘲笑うかのようにクロウカードを遠ざける。

私の抗議も空しく、お姉様方は意地悪な笑みを浮かべるだけでした。

 

「ふーん...そんなにこのタロットカードが大事なのね。返してほしければ...私たちの言いたいことがわかるわよね?」

 

「返して!そのカードはお姉様方が持っていい物ではありません!!」

 

アメリアお姉様の問いに答える余裕なんてなかった私はただ叫ぶ。その様子に気に食わなかったリディアお姉様が私の前に立ち塞がる。

 

「メアリ!口の利き方には気を付けなさい!貴女みたいな赤毛の卑しい身分の子が偉そうにしてはいけないのよ!そのことをちゃんと理解しなさい!前みたいに黙って...」

 

形振りかまっていられなかった私は、リディアお姉様の脇を通り抜けてリリアお姉様からカードを取りに行こうとする。

この行動が大分いけなかったようで......

 

 

「...ッ!こんなカード捨ててやるわ!」

 

二枚のクロウカードが投げ捨てられてしまいました!

 

「そ...そんなあ......」

 

ショックのあまりにへたり込んだ私をお姉様方は見下す。

 

「あーらら。メアリがちゃんと、私たちの言うことを聞かなかったのが悪いのよ。この件に反省したら...」

 

「お姉様方の馬鹿!!何が起きても知りませんわ!」

 

 

 

 

「......というわけでカタリナ様、ソフィア様、キース様、ニコル様。皆様のお力を貸して下さい。この度は...お姉様方がとんでもないことを仕出かしてしまい、申し訳ございませんでした!」

 

あの後私は、怒りで呆けてしまっているお姉様方を放っておいてその場を走り去りました。その後は助けを求めるために馬車に乗り、クラエス家とアスカルト家に行き、合流をした私たちは屋敷に向かっているのです。

お姉様方の愚かな行為、私の不甲斐なさ。事件の発端は百%お姉様方が悪いのですが、もし...私が昔の私で対応できていたら...こんなことにはならなかったなかなって思ってしまうと...申し訳ないですわ。

 

「メアリは何も悪くないわよ!」

 

「カタリナ様の言う通りですわ!メアリ様が気にすることは何一つありません!」

 

「せや!おまえさんは何も悪くないんやで!悪いのは全部姉達の方や!」

 

「そうだよメアリ。僕だって...君と同じ立場だったら同じことをするよ」

 

カタリナ様、ソフィア様、ケロちゃん、キース様が私を庇って下さる。

お礼を言わなければいけないのに...涙を堪えるのに必死だった私は何も言えずに俯くことしかできませんでした。

 

「...メアリは何も悪くはない。だが...一つ問題ができてしまったようだ」

 

「一つ問題ができてしまった...それは一体どういうことですか?ニコル様」

 

ニコル様の言葉により雰囲気が大きく変わる。

キース様が質問をされてもニコル様は黙っているままだった。黙っている様子は私たちは怖くなって見合わせていると、ニコル様と目が合う。ニコル様はじっと私の顔を見つめる。その様子はまるで私のことを気遣っているようでした。

 

意を決したニコル様が口を開く。

 

「何が起きても知らない...。つまり...それは...何かが起きるということを明言してしまっていることだ」

 

.........ああー!!なんてことを!いくら怒ってしまったからとはいえ、私はとんだ間違いをしてしまいましたの?!

頭を抱えて反省をする私にケロちゃんが優しく肩を叩く。

 

「ま、まあ!樹(ウッド)のカードは大人しいから悪さはせんし!雨(レイン)のカードは雨を降らせるだけだから大丈夫やで!おまえさん家にも緑がいっぱいあるやろ?木が生えるぐらいだから誤魔化せるから、そこまで心配することあらへんで!」

 

ケロちゃんが慰めにならない言葉で慰めようとする。

励まそうとしてくれるのはありがたいですが...結局!騒ぎが起きるのではありませんか!大体、クロウカードがどこに飛ばされたのわかりませんし、もし屋敷の方に飛ばされてしまったら...屋敷に木が生えてくるのではありませんか!それで屋敷が壊れてしまったらどうすればいいの!?カタリナ様とソフィア様の話を聞いている身としては不安要素しかありません!

 

私がさらに落ち込んでいると、ケロちゃんが焦ったのか別の話に変えました。

 

「な、なあ!お茶会ってなんや?普通に飲んだり食べたりする、いつものやつとは違うみたいやけどさ」

 

「貴族同士の集まりだよ。そこで情報を交換したり、交流を深めたりするんだ」

 

塞ぎ込んでいる私の代わりにキース様が答える。

 

「......その集まりでは飲み食いしてはいけないんか?」

 

「いや、普通に飲んだり食べたりしても平気だよ」

 

「だったらなんで、カタリナの食べる量に文句を言うんや?」

 

「......食べ過ぎだから......」

 

「キースにドン引きされるほどって...カタリナ!おまえさんどんだけ食っとるんや!?」

 

「仕方ないじゃない!お茶会に出される料理は全て美味しいのよ!しかもみんな食べないから余ってもったいないのよ!袋があったら持ち帰りたくなるほどよ。ケロちゃんも食べてみたら私の気持ちがわかるわ!」

 

「わいはそんなに卑しくないわ!」

 

カタリナ様とケロちゃんのやり取りが馬車の中で響く。

賑やかな声は私の落ち込んだ気持ちを消し去っていき、段々と楽しい気持ちにさせていく。クロウカードが暴れているかもしれないのに、つい可笑しくなって私は笑ってしまう。

 

カタリナ様がケロちゃんにお菓子の魅力を力強く語る。ケロちゃんが時折誘惑に負けそうになるものも、理性で抑えて反論をする。盛り上がった会話はニコル様の手を叩く音によって止まる。

 

「話はそこまでだ。今はどうやってクロウカードを封印するのかを考えるのが先だ」

 

「そうですねお兄様。クロウカードの方法自体には目処が立っております。ですが...問題は...メアリ様のお姉様方。彼女達は協力的ではないこと目に見えております。彼女達をどうやって現場に近付けさせないのかが鍵となります...」

 

ここでもお姉様の話...本当に嫌になってきますわ...。

 

「ですが!問題ありません!お兄様の魅力を持ってすれば、メアリ様のお姉様方を骨抜きにして言うことを聞かせることができますわ!」

 

ソフィア様が目を輝かせて言う。

確かに...ニコル様の笑みは魔性の笑みと言われており、耐性のある私でもどきっとしてしまう時がありますが...いつからニコル様の笑みは洗脳できるようになっておりますの!?

 

「キースだって凄いのよ!女性を虜にさせる色気があるんだから!」

 

カタリナ様も負けじとキース様のことを語る。

あの...お二方はなんで勝負をしておりますの!?

 

「女性を虜にさせる色気がある...?肝心の人に効かなければ意味ないじゃないか!」

 

「キース!?」

 

「キース様!?しっかりして下さい!」

 

「キース!?おまえさん...ほんま苦労してるんやな...」

 

「......」

 

私以上に落ち込むキース様。

カタリナ様とソフィア様は心配をし、ケロちゃんも心配ながら苦労を労り、ニコル様は完全に憐れんでおりました。カタリナ様とソフィア様の口論に驚いていた私は何も言えませんでした。

キース様...大変苦労をなさっているのですね。ライバルの力が効かないことは喜ばしいのですが...ここまで来ると...同情を越えて心が痛くなりますわ。

 

屋敷に辿り着くまでの間、私たちはキース様を宥めるのに精一杯でした。

 

 

 

決まった作戦は簡単なものでした。

まず、キース様とニコル様がお姉様方の相手をし、お姉様方の目が逸れた隙にカタリナ様、ソフィア様、ケロちゃん、私がクロウカードの元に向かうという二手に分かれることになりました。

 

お姉様方を見付けるの凄く簡単で、怒り狂ったお姉様方は玄関の方で私を待ち伏せしておりました。

私たちは壁に隠れて、キース様とニコル様はいつもの調子でお姉様方に話し掛けました。すると、呆気なく、お姉様方は私のことを気にせずにキース様とニコル様を連れてお部屋に向かいました。お姉様方が見えなくなった瞬間、私たいは急いでクロウカードを探しに行きました。

 

幸いなことに屋敷の方には異変はありませんでした。

...本当に良かった。家は壊れてはいなかった、と聞いてはいても、実際にどうなるのかはわからないもので...。これで少しは安心できます。

 

とはいえ、クロウカードは実体化していました。

根っこや木の枝が所々生えており、近付くにつれて数が増え、クロウカードが飛ばされたと思われた場所には立派な木が生えておりました。その場所は元から木々が生えていて、新しく木が生えても周りに違和感を覚えさせにくい場所でした。

 

ウッドのカードに辿り着くのと同時に、実体化したレインのカードが目の前に現れました。道化師の格好をした水色の彼女は、楽しそうに笑いながら雲の上に乗っていました。

カタリナ様はすかさず鍵を取り出す。

 

「闇の力を秘めし鍵よ。真の力を我の前に示せ。契約の元、カタリナが命じる。封印解除(レリーズ)!」

 

カタリナ様の呪文を唱えると月と太陽の魔方陣が表れ、かざした鍵は段々と大きくなって杖になる。

キャー!カタリナ様格好よくて素敵ですわ!...って前の自分でしたら何も考えずにそう思っていたのですが...今は複雑な気分ですわ...。ソフィア様の悲しんでいる様子を聞いて、感心をしている場合ではないと肝に銘じる。...月にはどのような意味があるのでしょうか?

 

私が考え事をしていると、レインがニコニコしながら私たちを濡らすため、雲から雨を降らして近付いてくる。

 

「クロウの作りしカードよ。我が鍵に力を貸せ。カードに宿りし魔力をこの鍵に写し、我に力を!水(ウォーティ)!!」

 

振り回した杖をカードに振りかざすと、レインが降らせていた雨が取られて渦を巻く。渦の中心にはウォーティの姿があった。

 

「水よ!戒めの楔となれ!」

 

取った雨はレインにぶつけて雨は球体の檻になる。

 

「ナイスですわ!カタリナ様!」

 

「よっしゃ!ええぞ、カタリナ!この調子や!」

 

「素敵ですわ!カタリナ様!」

 

ソフィア様とケロちゃんと私が称賛の声を上げる。

本当に...頼もしくて、力強くて、不安でいっぱいだった私の心を安心させてくれる。この勇姿はずっと見ていられますわ!

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

私達が見惚れている間にも進み、カーンと甲高い音が鳴り響く。カードの形をした光が現れ、レインは必死に抵抗するが雨ごと吸い込まれる。

レインのカードがカタリナ様の手に戻ると...変化が起こりました。

 

根っこや木の枝は縮みながら消えていき、大樹の代わりに葉っぱをストールのように巻いた緑色の長い髪の毛の女性がちょこんと座っておりました。

カタリナ様が手を差し伸べすと、自らの意思で元の姿に戻りました。

 

「カタリナ様、これを」

 

ソフィア様が持ってきたペンをカタリナ様に渡す。

 

「ありがとうソフィア。急いで来たものだから忘れちゃって...これでよしっと」

 

どうやら、カードに戻ってもペンで名前を書くまで終わらないようです。......良いなあ...私も書いてもらいたいですわ...。でも...お風呂に入ったら消えてしまいますし......ハッ!!今、私は何を考えているのですの!?

 

私は頭を左右に振って思い浮かべた考えを消す。

邪なことは考えてはいけませんわ!

 

「カタリナ様、ソフィア様、ケロちゃん。お姉様方に見付かる前に帰りましょう」

 

私がこれ以上変なことを考えてしまう前に帰ることにしました。

 

 

 

庭園が無事で良かったですわ!

帰り道、何気なく庭園の方に寄る。私は皆様に置いていかれているのにも関わらず、庭園の様子が気になってじっと見つめる。そんな時でした――

 

 

「この庭綺麗やな」

 

ケロちゃんが感嘆とした呟きがぽつりと耳に入る。

薔薇を中心に色とりどりの季節の花が咲き誇り、長すぎないように短すぎないようにバランスよくカットされた草木が生え揃う。昔の私が頑張って手入れをした庭園。自分で言うのもなんですが、私もまた思わず呟いてしまう。

 

「ええ、私は――」

 

 

「緑の手を持っておりますから」



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クロウカードにも誕生日を祝ってもらいました...

クロウカードの封印が解けて早一年、私カタリナ・クラエスは十二歳の誕生日を迎える。

やっぱり、この一年間で一番印象に強い出来事はクロウカードのことよねぇ~。夢だった空を飛べるようになったり、お城に泊まったり、可愛い妹ができたりと...嬉しいことがたくさんあれば、ひやひやしたり、危ないと思ったことが......いっぱい...うん。身の危険を感じたりすることも多かった...。...あ!!でも!そのお陰で───

 

 

なんと!足首より少し上の高さから、太股ぐらいの高さまで上がったのよ!やっぱり!必要に迫られると上達するのね!

これはもう土ボコではないわ!なんて呼ぼうかしら...土の壁?でも...壁にしては高さが足りないわね...。う~ん......。思い付かないから土ボコでいいや。呼び慣れているし。

 

私がこれまでの出来事や成長を思い返している内に仕度が終わる。

 

「お嬢様。終わりました」

 

アンがにこやかな笑顔で終わりを告げる。

鏡に映る私は大きく変わっていた。

 

......凄い。あの悪役令嬢カタリナ・クラエスが絵本の中から出てくるお姫様になったみたい。ご丁寧にも王冠みたいな物を着けているし...。これが私?信じられないわ...。

いつもよりも念入りに髪を梳かし、普段よりも、リボンやフリルをふんだんに使った高価なドレスを四、五人がかりで着替えさせる。アクセサリーも宝石が大きめで高そうだ。

 

「今回の誕生日...いつもより張り切っているわね」

 

「当然のことでございます。本日は記念すべきお嬢様の誕生日。そんなおめでたい日は精一杯祝うのが当たり前のことであり、私達の想いを形に表したいからです。何より...この騒動の中で、無事に誕生日を迎えたこと自体、奇跡に等しいことでございます。浮かれない方が無理なのですよ」

 

アンは涙ぐみながらも嬉しそうに語る。他の召使の人達も同じ意見だと頷いて同意をする。

 

「そんな大袈裟な...」

 

私は自然と自分の言葉を飲み込む。

......それもそうだよね。端から見るととても怖いもんね。カードキャプターさくらの内容を知っている私でさえも、翔(フライ)のカードを封印するまでは物凄く不安でいっぱいだったし、今でも時々怖くなる。みんなが感じている恐怖を和らげたいけど、私も時々怖がっている時点で人のこと言えないよね...。どうしたらいいのだろうか...。

 

「カタリナ、誕生日おめでとうな」

 

「主、お誕生日おめでとうございます」

 

話しかけてくる声で考え事が中断される。

後ろを振り返ってみれば、ケロちゃんと私の姿に変化した鏡(ミラー)が立っていた。鏡(ミラー)の腕にはピンク色の薔薇の花束を抱えており、薔薇の数が数十本及ぶ立派な花束であった。

 

私が鏡(ミラー)と向き合うと薔薇の花束を差し出そうとする。

 

「これはわいらからのプレゼントや!遠慮せずに受け取るんやで!」

 

私へのプレゼント!?嬉しい!ケロちゃんと鏡(ミラー)からも貰えるなんて夢みたい!だけど...どうやって用意したの?ケロちゃんは屋敷の外を出歩けないし...鏡(ミラー)は私が魔法を使わないと実体化することもできないのに......う~ん......。考えてもわからないからまあ、いっか!

 

「ありがとうケロちゃん!ミ...」

 

私は喜んでプレゼントを受け取ろうとするが、鏡(ミラー)の名前を呼んではいけないことに気が付いて、言いかけた口を閉じる。

鏡(ミラー)は攻撃を受けない代わりに、正体がバレると元の姿に戻ってしまうのだ。そのことを忘れてしまう私は、うっかり名前を呼んでしまってカードの姿に戻してしまう時が度々あった。しかも、私の魔力が成長をしたとはいえ、一日にクロウカードを使える回数は二回と結構少ない。それでも、やろうと思えばできるのだが、万が一の時のことを考えるとやっぱりできない。

 

名前を呼べないのは凄く不便だし、せっかくの誕生日パーティーの途中で消えてしまったら嫌だ。

どうしよう......あ!そうだ!!

 

 

新しい名前を与えれば良いんだわ!

丁度私の誕生日パーティーと重なっているし!プレゼントするのに良い機会じゃない!まあ...本当はクロウカードの作られた日に渡すべきなんだろうけど...知らないし...。というか...クロウカードって歳を取るの?歳を取っていたとしても何歳?

 

「カタリナ。急に固まってどないしたん?」

 

「主?どうかしたのですか?」

 

中途半端に動きが止まった私に、ケロちゃんと鏡(ミラー)は不思議がる。

 

「い、いや!あのね!ミ...!!は!本当の名前を言うと元に戻ってしまうでしょ!それが不便だなーって感じたり、せっかくの誕生日パーティー中にいなくなったら嫌だなって思っていたのよ!だから、新しい名前をプレゼントしようかなって考えていたの!勿論!前の名前を変えようとは思っていないわ!あだ名...愛称を付けるだけ。もし嫌だったら...やめるから!」

 

私は思っていたことを正直に全て話す。

名前のプレゼントは思い付きの発想で始まったことだし、何よりも、クロウさんが与えてくれた名前に誇りを持っていたらその名前で貫きたいと思うし...。あだ名とはいえ、確認は必要だよね!

 

「愛称か...。わいは別に良いと思うけど...おまえさんはどう思う?」

 

「......愛称ですか......。構いません。それに...私も...一緒に過ごせる時間が減るのは嫌ですから」

 

鏡(ミラー)は少し悩んでいたけど了承してくれた。

嫌がっていなくて良かった~。これで一安心ね!けど...今は安堵よりも......

 

 

嬉しい気持ちの方が強い!!

だって、鏡(ミラー)の口から、一緒に過ごせる時間が減るのは嫌と言ってくれたのよ!喜ばない方が無理よ!これは仲良くなれた証拠だわ!あの好きなキャラクターと仲良くなれるなんて夢みたい!だけど...一瞬...悲しそうな顔をしていたような......。

 

「では、主。私にどのような愛称を与えて下さるのですか?」

 

穏やかに微笑む鏡(ミラー)が私の顔を覗き込む。今は普通の笑顔だ。

......気のせいだったのかな...?そうだよね!気のせいに違いない!今はそんなことよりも鏡(ミラー)の愛称を考えなくては...私が唱える時に間違えてしまわないように、元の名前からあまり変えてはいけないわね...。鏡(ミラー)だから......

 

 

「ミラ!貴女の愛称はミラよ!」

 

「ミラ...ですか...?」

 

「そうよ!」

 

ミラーからーを取ってミラ。安直な名前だけど、元の名前からあまり変えていないし人の名前っぽい。これでより双子らしくなったわ!私としては満足だけど...鏡(ミラー)はどう思っているのかしら?

 

私が鏡(ミラー)の様子を見守って数秒が経つ。鏡(ミラー)にはなんの変化がなかった。

やっぱり嫌!?それとも変!?

 

私が不安がっていると鏡(ミラー)がくすくすと笑う。

 

「主...それでは...。私の名前を伸ばしてしまったら元の姿に戻ってしまいますよ」

 

「せやな。それとおまえさん...おっちょこちょいやから、いざという時に間違えると思うで」

 

......しまったーー!!安直すぎて、ケロちゃんにも呆れ気味に心配されてしまった!今からでも変える!?

 

「でも......主が与えて下さったこの愛称......とても気に入りました。ありがとうございます主」

 

私の不安も、ケロちゃんの心配も、鏡(ミラー)の花咲くような笑顔の前では消えてなくなり、愛称はミラで決まったのであった。

 

 

 

「お誕生日おめでとうございます、カタリナ。今日もまた一段と綺麗になりましたね」

 

「お誕生日おめでとう、義姉さん」

 

「誕生日おめでとう...カタリナ...」

 

「誕生日おめでとう、カタリナ。とても似合っているよ」

 

「お誕生日おめでとうございます、カタリナ様!とても綺麗ですわ~」

 

「お誕生日おめでとうございます、カタリナ様。これからもずっと、一緒にいましょうね!」

 

準備がしてある部屋は飾り付けは豪華で、まるでお城で行うパーティーのようだ。また、置かれてある料理は匂いだけでお腹を空かさせる。私とケロちゃんはキョロキョロと首を忙しなく動かし、鏡(ミラー)は落ち着いた様子で優雅に綺麗に歩く。そんな私たちをいつものメンバーが出迎えてくれる。

完璧王子様スマイルを浮かべるジオルド、優しく微笑みかけるキース、何故かそっぽを向くアラン、魔性のオーラを振り撒くニコル、私に抱き付くメアリとソフィア。そして──

 

「カタリナ~~!」

 

涙で鼻水顔をぐしゃぐしゃに汚したお父様。感極まったお父様は、私の元に駆け寄っていきなり抱き上げた。

 

「ちょっ!?お父様!」

 

「ああ、カタリナ!私の愛しいカタリナ!君が十二歳の誕生日を迎えられるなんて夢のようだ!この喜びだけで胸がはち切れそうだよ!こんなにもめでたい日は国を挙げて祝福しよう!それが良い!そうしよう!」

 

「お父様!?大袈裟すぎます!」

 

「そうですよ、旦那様。カタリナの言う通り大袈裟です」

 

反論をしているお母様もその目にはうっすらと涙を浮かべていた。

お父様の反応に呆れているお母様。でも、キースの誕生日会の時には「ああ、キース!私の愛しいキース!貴方が無事に十一歳の誕生日を迎えられるなんて夢みたいだわ!」と、今のお父様と似たような反応と言葉を発していたのだ。因みに...お父様は呆れてはいなかったけど、今のお母様と同じように涙を浮かべていた。

 

しかし...なんでお父様は...私のことを一発で見抜くことできたのかしら?隣に私の姿に変身をした鏡(ミラー)がいるのに...。

 

「お父様。なんで私が本物だと見抜くことができたのですか?」

 

私の質問にお父様は苦笑いをする。

この質問......そんなに答えられないものなの!?

 

「私が愛しのカタリナを見間違えるわけないじゃないか!」

 

自信満々に話すけど答えになっていないお父様。

う~ん...お父様の言う通りで、私の考えすぎなのかしら...。

 

私が悩んでいるとお母様が一歩前に出て私に近付く。答えられないお父様の代わりに答えるようだ。

 

「答えられない旦那様の代わりに私が答えます。カタリナ。よくお聞きなさい」

 

お母様の厳しめの口調は私の背筋を自然と伸ばす。

 

「カタリナ...。どうして見分けられたのかは...それは......」

 

間を置くお母様に私は無意識に唾を飲み込む。

みんなが様子を伺っている中、息を吸い込んだお母様は指を指してビシッと言う。

 

「貴女に落ち着きがないからですよ!カタリナ!」

 

「えーー!!そんな理由!?そんな些細なことでバレてしまうの!?」

 

確かに私は部屋の内装に驚いてキョロキョロと周りを見渡し、それに対して鏡(ミラー)は悠然と歩いていた。

行動に違いがあったのは自覚していたけど...なんで鏡(ミラー)は平然としていられるの!?初めてのパーティーなんだよね!?興奮しないの!?

 

「些細なことではありません!貴族の令嬢が落ち着いて行動できないことは大問題です!!大体!昔のカタリナなら、このようなパーティーでもキョロキョロせずに、堂々と過ごしておりましたよ!何故!昔はできていたのに、今になってできなくなっているのですか!」

 

私の言い方に腹を立てたお母様は、顔を真っ赤にして責め立てる。

 

「だって......!!美味しそうなごちそうがいっぱいあるし!飾り付けは豪華で...家でやるパーティーにしては凄すぎるだもん!」

 

「.........カタリナ」

 

しまった!!思わず本音を溢してしまった!!

前世でも誕生日パーティーはやっていたが、ここまで豪華ではなかった。家で家族や友達とケーキを食べたり、プレゼントを貰う、ごくありふれたものだ。カタリナ・クラエスとして生きて早十二年経つが、庶民として生きていた年月の方が長いからどうしても慣れない。

 

お母様の背後に般若が見えてくる...!どうにかしなきゃ!

助けを求めるのと同時に、前世の感覚を誤魔化すために落ち着いていた鏡(ミラー)に同意も求める。

 

「ミラだって!初めてのパーティーでわくわくしているよね!」

 

「はい。とてもわくわくしております」

 

「見た感じだと落ち着いているけど!本当は落ち着かないよね!」

 

「はい。頑張って落ち着いているように見えますが、内心は居ても立っても居られません」

 

私の意見を全て笑顔で肯定する姿はまるで...小さい子供をあやすようだった。

あれ......?設定的には......私が双子の姉なんだよね...?これでは私が妹だわ!

 

「義姉さん......」

 

「お前...クロウカードに負けてやんの!」

 

「随分と落ち着いていらっしゃいますわよね...。こうやって見ると...なんだか...カタリナ様が大人っぽくなって素敵ですわ!いつもと違った雰囲気がさらに魅力を増していますわ!...ところで...あの子は...。見た目と違って大人っぽいですわね。歳を取っているとしたら、私たちよりも大人のでしょうか?」

 

「さあ...。歳を取るかどうかはわかりませんが...少なくとも...私たちよりは歳上だと思います。桜ちゃんの時の話ですけどケロちゃん曰く、三十年間は眠っていたそうですから...」

 

「だとすると...カタリナの設定が間違っていて、今の姿が...正しい姿になるということですか?」

 

「ええ...まあ...。そうなりますわね」

 

一年に一度の誕生日パーティーなのに怒るお母様。

みんな良いなあ...楽しそうで...私もあの中に交ざりたいなあ...。というか...今日の主役は......私なんだよね!?主役が怒られるパーティーなんてあるの!?

 

鏡(ミラー)に全て肯定してもらっても、お母様の怒りは消えることもなく益々強くなる一方だ。

どうしよう...。せっかくの誕生日パーティーに説教は嫌!!絶対に回避しなきゃ!!

 

「ミラは凄いね!初めてのパーティーで落ち着いていられるなんて!どうしたら、そこまで落ち着いていられるの?!」

 

この状況を打破するため、私は鏡(ミラー)を褒めて話題を変える。

 

「......そうよねえ...。確かに気になるわね...。貴女...初めてのパーティーにしては、ちゃんとできているけど......それもクロウカードだから......できることなの?それとも......違う理由があるのかしら?」

 

嬉しいことに私の作戦は功を成したらしく、今まで怖がって近寄らなかったお母様が自分から、恐る恐るだけど鏡(ミラー)に話しかけてくれた。

やった!これは大きな一歩だわ!パーティーに参加できるように無理やり頼み込んで正解ね!この調子でどんどん仲良くなってほしいわ!

 

「はい。この件に関しては...クロウカードの力とは関係ありません。ここまでの賜物は全て、ミリディアナ様、貴女様が主に贈って頂いたマナー本のお陰です」

 

「私が贈ったマナーの本のお陰......?」

 

「はい。私は...この場に居てはいけない存在...」

 

「自分からそんなことを言わないで!ミラは居てはいけない存在ではないわよ!」

 

大声を出して鏡(ミラー)の言葉をかき消す。

話の邪魔をする気はこれっぽっちもなかったけど!鏡(ミラー)の口からそんな悲しい言葉聞きたくないし!言わせたくないわ!

 

「主......。ですから...少しでも相応しくなるために、マナー本で独学で勉強致しました」

 

うるうるした瞳でこちらを見つめてきたが、それも一瞬の間ですぐにお母様との話を再開する。私も空気を呼んで話を聞く。

てっきり、私としてはマナーの本を多く読んでいたのも、ロマンス小説の時と同じく興味を持ったから読んでいるだけだと思っていた。まさか...そんな意図があったのなんて...知らなかったわ...。

 

鏡(ミラー)の頑張りを褒めようしたと時のことだった──

 

 

「貴女こそが!理想の娘よ!」

 

お母様がいきなり鏡(ミラー)に抱き付いた。しかも笑顔で!?

えっ、えっ、えーーー!!?何この展開!?一番クロウカードが怖がっていたあのお母様が!親しげに鏡(ミラー)に抱き付くなんて!ついていけないわ!急展開にみんなも口を開けてぽかーんとしている。

 

急な心変わりといきなり抱き付いたもんだから、鏡(ミラー)は戸惑うばかりだった。何度も瞬きをして、何かを訴えかけるように私の方を見つめる。

鏡(ミラー)は困惑しているし、私もお母様の心境が変化した理由を知りたいので割り込む。

 

「あ、あの...お母様...。お母様はクロウカードが...苦手でしたのよね...?それなのに...何故...いきなり...抱き付いたのですか...?」

 

私の質問にお母様は冷静さを取り戻したのか、鏡(ミラー)からゆっくりと離れて口許に扇子を当てる。

 

「ゴホン......。確かに私は......クロウカードが苦手で恐怖を感じております。ですが...それ以上に...恐ろしいことがあります。それは......」

 

お母様がまた間を延ばして緊張感を与えてくる。私は先程と同様に緊張に呑まれて唾を飲み込む。

 

どれほどの時間が経ったのだろうか...。

大きく深呼吸をしたお母様は、指の代わりに扇子を私に指して告げる。

 

 

「カタリナ!貴女を猿のまま社交界に出すことです!」

 

なっ...?!なんですって!!?クロウカードよりも怖いことが私!!?そんな馬鹿な!というか!私は猿じゃないわよ!普通の人間よ!そりゃあ...前世では野猿の異名を持っていたけど...それは木登りの名人だからであって!猿だからじゃないわよ!

 

「カタリナ!はっきり言って貴女は猿です!木には登る!拾い食いはする!口に物をいっぱい詰め込んで食べる!パーティーに落ち着いて参加できない!カタリナ、貴女は家でやるようなパーティーではないから、と仰っておりましたけど...そんなのは言い訳にはなりません!ただでさえ、できていない貴女が家でも練習をすることは当然のことです!」

 

私に言いたいことを全て言うと、お母様は鏡(ミラー)の肩を優しく抱き寄せる。

 

「それに比べてこの子は...」

 

「独学で勉強をし、初めてのパーティーでもちゃんとできているのではありませんか」

 

なんの鏡(ミラー)の頬っぺや手を遠慮なく触る。

鏡(ミラー)はどのように対応をすれば良いのかわからず、なすがままに触れられていた。

 

「...貴女...ちゃんと触れられるのね。感触も...人の肌と何も変わらないわね...。声もカタリナとそっくり...。ところで貴女、パーティーでは、飲み物や食べ物があるのだけど...貴女は食べたり飲んだりすることはできるのかしら?」

 

「はい。できます」

 

「そう...そうなのね......。では......」

 

 

「貴女!カタリナの代わりに、お茶会や社交界に出てちょうだい!」

 

お母様のとんでもない発言に全員が驚いて叫ぶ。普段表情が変わらないニコルでさえも、誰が見てもわかるぐらい驚いていた。

一番速く正気を取り戻したお父様が慌てて止めに入る。

 

「な、何を言っているんだ!?ミリディアナ!正気なのかい!?」

 

「ええ、正気ですよ旦那様。これでやっと...我が家は恥をかかなくてすみます!」

 

「カタリナの魔力がなくなったら、カードの姿に戻ってしまうんやで!」

 

「そうなの!!?......そうだとしても!あの子が一日中動き回れるぐらい強くなれば良いのです!大体!貴方が巻き込んでいるクロウカード騒動に対しても強くなることは必要でしょ!」

 

鏡(ミラー)が自動で戻ることを知らなかったようで狼狽えていたが、すぐにケロちゃんの言い分にも反論をする。

お母様の言い分はごもっともな点もあるけど...私だって...外ではそれなりにできているわよ!キースが常に傍に居るとはいえ、恥扱いは可笑しくない!?

 

「......ミリディアナ」

 

お父様がお母様を体ごと抱き寄せて落ち着かせ、お母様が大人しくなったところで語りかける。

 

「君の言う通りにこの子を...カタリナの代わりにお茶会や社交界に出したとしても、一つ問題点がある」

 

「問題点...?それは先程ケロちゃんが言ったことでしょう?それなら、カタリナが強くなれば良いだけの話...」

 

「違うよミリディアナ。問題点はそこじゃないんだ」

 

「......?私にはわかりません。旦那様が考える問題点は一体どのようなものでしょうか?」

 

「私が言いたいことは...カタリナが十五歳になった時のことだ。この国では、十五歳になると魔力を持った者は全員、魔法学園に通うことになる。それはわかるよね」

 

「ええ...まあ...この国の義務であり、伝統ですから...。でも...カタリナが魔法学園に通うことと、今の話になんの繋がりがあるのですか?」

 

お母様はきょとんとしながらも質問に答える。聞き終えるたお父様は何故か、目線をお母様の方からケロちゃんの方へ向ける。

 

「ケロちゃん。カタリナが頑張れば...その子を一日中実体化できるのかい?」

 

「い...いや...。クロウ・リードクラスの魔術師ならともかく...流石にそれはカタリナには無理やな」

 

「そう...。と言うわけで...ミリディアナ」

 

驚いたケロちゃんは少しキョドってしまっていたが、気を取り直してきちんと質問に答える。用件を終えたお父様は再びお母様と向きあった。

 

「今聞いた通り、どんなに頑張っても一日中実体化することはカタリナにはできない。それに...魔法学園は全寮制でむやみやたらと魔法は使うことはできないのは勿論。使うにしても、あの魔方陣と光は目立ちすぎる。そうなると、魔法学園生活で彼女の力を借りられないことは明白だ。しかも...クロウカードである彼女の行動と、カタリナの行動は違いすぎる。私たちの時みたく瞬時にバレてしまうことはないが、違和感を与えるだろう。それが切っ掛けでバレてしまうかもしれない。だから...私たちは慎重すぎるくらいに動かなくては駄目なんだ」

 

最後の一押しとしてお父様はお母様の手を握る。

 

「わかってくれるよね。ミリディアナ...」

 

「旦那様...」

 

「.........わかりました......バレてしまっては元も子もないですからね......。まさか...見た目が似ていても...中身が違いすぎて駄目だなんて...とても残念だわ......」

 

お父様の説得の甲斐あって、お母様は大きなため息を吐きながらも渋々納得をする。

......そこまで残念そうにしなくてよくない!?私だって公爵の令嬢の自覚はあるわよ!ただ...食べ物の誘惑に負けてしまうだけで...。

 

周りの人達を見てみると...みんなの反応も酷かった。

キースとケロちゃんは呆れていて、メアリ、ソフィア、ニコル、鏡(ミラー)は苦笑い。一番酷いのは大爆笑をしているアラン。唯一普段と変わらないのがジオルドだけで俯いて肩を震わせていた。

 

......記念すべきパーティーでみんなに馬鹿にされるなんて......酷すぎる!そんなに私の行動は駄目なの!?

辛い気分を紛らすため窓の景色を眺める。すると──

 

 

「......あれ...?ピンク色の花が落ちている...。これもパーティーの催し物の一つなのかしら...?」

 

ピンク色の花がゆらり、と桜の花びらのように舞い落ちていた。よく見てみると...ピンク色の花はケロちゃんと鏡(ミラー)から貰ったピンク色の薔薇だった。

もっと近くで見たくて窓に近付いてみたら、なんとも言えない違和感を感じる。窓を開けて覗いて見ても、花が落ちている以外何も変わっていなかった。

 

みんなも花が落ちていることに気が付いて窓に集まる。

 

「綺麗ですね...」

 

「そうですわね...。でも...何故...外に花をばら撒いているのでしょうか...?」

 

「さあな...。俺にはわからない」

 

「これも...お義父様が考えた催し物の一つですか?」

 

「旦那様...少々やりすぎなのでは...」

 

「私ではないよ。あっ、でも...花をばら撒く演出は凄く良いなあ...。僕も花を変えて今度からしよう!そうしよう!」

 

綺麗に思いながらも不審がるジオルド、メアリ、アラン、キース、お父様とお母様。私もその内の一人だ。例外なのは考え込んでいるソフィア、普通に見ているケロちゃんと鏡(ミラー)。

 

ソフィアが考え込んでいるもんだから、みんなの視線がソフィアに集まる。

 

「......これって......もしかして...!思い出しました!この現象はクロウカードの花(フラワー)です!」

 

思い出したソフィアは嬉しそうに語る。言われて私も思い出す。

...そうだったわ!さくらちゃんが通っていた小学校の運動会でも花を降らせていた。確か...花(フラワー)は...楽しいことが大好きで...だけど今は......

 

「パーティーはまだ始まっていないわよ」

 

パーティーの準備の段階で来ていたとしても、楽しい雰囲気を感じなければカードの姿で大人しくしていると思うのだけど...

 

「そうですわね...。多分...もしかして...アラン様の笑い声で楽しい雰囲気だと思ったのかもしれませんね」

 

「えっ!?俺の笑い声が原因!?俺のせいで何か起きてしまうのか!?」

 

アランは狼狽えていた。慌てているアランをソフィアは優しく話しかけて安心させるようにしていた。

 

「大丈夫ですよ、アラン様。彼女は悪さをしません。花を降らせるだけですから...」

 

「ソフィアの言う通りや!花(フラワー)は悪さをしないタイプやし、気にする必要はないで」

 

「......カタリナの持っている花束......それは君達が用意した物なのか?」

 

舞い落ちている薔薇の花と私の持っている花束を見てニコルが呟き、ケロちゃんと鏡(ミラー)は頷いて肯定する。

.........ああ...だから......ピンク色の薔薇の花束なのね......。

 

アランはソフィアの言葉に納得せず、じっと睨むように見つめながら尋ねる。

 

「......で...。どのくらい花を降らせるんだ?」

 

「......大人の背丈は軽く超えます......」

 

「やっぱ駄目じゃねえか!」

 

「害がないとはいえ...花を降らせるにしても限度はありまよ...」

 

やっぱり不安になるみんな。

どうしよう...ただでさえ、私は怒られていて楽しくないのに...。これ以上楽しくないパーティーは嫌!花(フラワー)の行動を思い出して止めなければ!えっと...花(フラワー)は......

 

 

見付かった時、さくらちゃんにイタズラせず、楽しさのあまりに無理やりダンスを一緒にしたのよね...。......あっ!良い案を思い付いたわ!

 

「花(フラワー)をここに呼ぼう!」

 

私の大声にみんなが反応をして騒ぎが一時止まる。

 

「カタリナ...。彼女が悪さをしなくても...この部屋を花で埋め付くされては困ります」

 

「そうだよ義姉さん」

 

「その件は大丈夫よ!だって!さくらちゃんと初めて会った時、一緒にダンスを踊ったのよ!」

 

「へぇ......。フラワーというクロウカードもちゃんとしているのね...。良いでしょう、カタリナ。この場に呼びましょう」

 

やったわ!お母様からの許可をもらったわ!早速呼ぶわよ!お母様から時々、クロウカードにも手伝ってもらいます。これでカタリナの教育が捗ると...不穏な言葉が聞こえてくるけど...今は気にしない!気にしない!

 

さあ!パーティーを始めるわよ!

 

「花(フラワー)!そんな所で一人でいないで!私たちと一緒にパーティーを楽しもうよ!」

 

私の声がちゃんと届いたようで、ピンク色の球状に包まれた花(フラワー)が降りてくる。

手を伸ばして花(フラワー)を部屋の中に入れる。入れたところまでは良かったのだけど...

 

「わっ、わっ!」

 

はしゃいでいる花(フラワー)に無理やり踊らされてしまう。しかも興奮しているせいで回るスピードが速い。

 

「カタリナ!しっかりしなさい!」

 

「ミリディアナ...今のカタリナは足が地面についていないから踊れないよ」

 

「えっと...これは...助けた方が良いのでしょうか?放っておいて大丈夫なのですか?」

 

「放っておいても大丈夫ですが...。これでは...カタリナ様の身が持たないというか...」

 

「...俺らが行っても変わりない。だからといってこのままにしておくのは...」

 

「助けたいですわ!でも...私も踊れないです。例え...男性パートを踊れたとしても足がつかないので無理ですわ...いいえ!私が代わりになります!」

 

「メアリ!お前が行ってもカタリナと変わりないぞ!」

 

「だからといって見ていられないですわ!」

 

「足が地面について、男性パートを踊れるのは...」

 

「私だよね...」

 

目が回る~。誰か代わって~!

そんな私の願いが叶ったのたか、私と花(フラワー)の間に誰かの手が入り込む。

 

「こんにちは素敵なお嬢さん。今度は私と踊っていただけませんか?」

 

お父様!?なんで!?

花(フラワー)もいきなりのことできょとんとしていたけど、私の手を離してお父様の方に手を向ける。花(フラワー)の手を優しく握り返して腰に手を添える。

 

「流石旦那様。素敵ですわ...」

 

「凄い...」

 

とても見事なダンスだった。

花(フラワー)のテンポに呑まれず、自分のペースを保ちながらも相手の動きに合わせるお父様。花(フラワー)も自分勝手に動かなくなりお父様の動きに合わせる。お父様と花(フラワー)のダンスに見惚れていると、ジオルドが私にひっそりと話しかけてくる。

 

「カタリナ、今の内に封印を...」

 

「封印はまだしないわ!みんなでパーティーをしたいもの!」

 

「ねえ...フラワー...。君も楽しくて浮かれてしまうのは分かるけど...一緒にダンスをするのなら振り回すのはもってのほか、相手のペースに合わせて動かないと駄目だよ。自分だけではなく、相手も楽しめるようにしないといけないんだ。次からは...できるよね?」

 

私とジオルドが会話している内に、お父様が花(フラワー)に話しかけていた。何やらマナーについて教えているみたいで、花(フラワー)はこくんと頷いて返事をする。

 

ダンスが終わると、一礼したお父様の真似をしてフラワーも一礼をする。礼をした花(フラワー)はどういうわけか、私の元にやって来てお辞儀をして手を差し出す。

もしかして...私ともう一度ダンスをしたいのかしら...?私もお辞儀をして花(フラワー)の手を握る。

 

身長差があって上手くダンスはできないけど、先程のように振り回されることもなくダンスが楽しめられる。

 

「カタリナ様!次は私に代わっていただけませんか!?私も花(フラワー)と一緒に踊ってみたいです!」

 

やっぱり...みんなでやるパーティーは楽しいね!




ピンクバラの花言葉は「grace(しとやか、上品)・gratitude(感謝)・happiness(幸福)」など。
数の違いでも意味が変わり、30本の時の意味は「縁を信じています」。カタリナが貰った薔薇の本数は30本です。


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幻影だとしても、大切な人の姿を見ることが出来ました...

突然やけど、わいの、わいらの新たな主になる人物カタリナ・クラエスはアホだと思う。

勉強をすると言っても途中で寝とるし、何度お母さんに怒られても懲りてへんし、ジオルド、キース、メアリが好意を向けておったりソフィアが兄のニコルを薦めても、とんちんかんな発想をして話は聞かへん。わい...カタリナが"あれ"をクリアできるかどうか、毎日物凄い不安やわ...。

 

出逢いは突然やった。

眠気眼で見たカタリナの第一印象は、つり目で近寄りがたい良いところのお嬢さん。見た目のように高慢ちきなのかと思いきや、カードを飛ばしたことに罪悪感を感じて、わいよりも焦って話も聞かずにカードを探しにいく、慌てん坊で意外と責任感が強い少女。

正直に言って..カードがいなくなったことよりも...ジオルドとキースによる嫉妬の方が怖くて焦ったわ...。"人の恋路邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ"あの言葉はまさに、あいつらのために存在するもんだと実感したわ...。

 

カードを飛ばした責任としてカタリナを選んだのはわいにとっても、カタリナにとっても間違いやったと思う。

魔力が少ないのは問題はない。成長すればええだけの話。現に少しずつやけど成長はしとる。問題はおっちょこちょいな性格や!あれじゃいくら知識があっても危険やわ!落ち着いて行動せい!見ているこっちの方がハラハラするわ!けど...それ以上に...ヤバいことが発覚したで......

 

 

それは昨日の出来事のこと...わいはあることについて考えていた。それは...カタリナが選ばれた理由についてだ。

カタリナを選んだことに不満はないが...魔力的にはジオルドやキースの方が選ばれる確率は高い。その他にも...いつも"破滅フラグがー!"でうるさくて気になり、カタリナが本の封印を解けた理由を知りたかったわいは、カタリナがいなくなった時を見計らって心当たりのある本を本棚から出す。その本は...クロウカードに使われている文字でマル秘と書かれておった。

 

秘密と書かれている以上、本を勝手に読んではいけないことはわかっておるし、何よりも、何が合ってもわいらのことを庇って信じてくれるカタリナを裏切ることになる。けれども、どうしても、カタリナが解けた理由を知りたかったわいはこっそりと読んでしまう。

そこには───

 

 

この世界は『FORTUNE・LOVER』という乙女ゲームだということ。カタリナ、ジオルド、キース、メアリ、アラン、ソフィア、ニコル、会ったことも聞いたこともないマリア・キャンベルについての詳しい内容が書かれ、わいやクロウカードのことも、カタリナ以外にも主になった木之本桜、クロウカードの正当な契約者李小狼、桜の親友大道寺知世、小狼の親戚苺鈴、桜の兄桃矢などの家族が詳しく書かれておった。そしてわいらも...『カードキャプターさくら』という少女漫画に登場するキャラクターらしい。

そんな馬鹿な!?あいつ本でもとんちんかんなことを書いておる!!そもそも乙女ゲームとは何やねん!?少女漫画とか何やねん!?アホすぎて全て信じられなかったが、番信じられへんのは......

 

「ジオルドがカタリナを選んだのは他の令嬢への防波堤!?あのカタリナ大好き人間のジオルド、キース、アラン、ニコルが!マリア・キャンベルを好きになる!?自分の恋に興味ないカタリナが人に嫉妬して虐める!?悪さをする!?で...恋の邪魔したカタリナをジオルドとキースの手によって国外追放!?殺す!?んな馬鹿な!失礼すぎるねん!いくらあいつらが読めへんからって!書いて良いことと書いていけないことがあるやろうが!!」

 

わいは思わず本を投げ飛ばしてしまった。

ほんまカタリナがいない時に見計らって良かったわ。今のでバレてしまうところやった。

 

ジオルドとキースが、カタリナを国外追放しようとした奴を国外追放したり、カタリナを殺そうとした奴を返り討ちにしたり、庇って死ぬ姿なら容易に目に浮かぶ。逆にカタリナを傷付ける存在になることは、天地がひっくり返ってもありえへん、とわいは断言できる。

「あんなに守ってもらってくれておるのに!一緒に立ち向かってくれておるのに!おまえさんのために怒ってくれたのに!なんて失礼な奴なんだ!今すぐその本を処分するんや!!」と...一年前のわいなら、すぐにカタリナに文句を言いに行っていたやろう。けど...今は違う。暴れているクロウカードの見抜く速さ、手早く対処する姿。何よりも......

 

 

あの呪いに掛けられているほどの鈍感なカタリナが!向けられた好意の言葉をとんちんかんな発想をして聞かないカタリナが!人の...恋心をわかっておるなんて......不自然すぎる!絶対に可笑しい!

よし!決めたわ!あいつらに聞いて、カタリナが書いた通りに恋に落ち着いてるのならば......信じてみよう、あんなとんちんかんな内容だとしても。

 

早速行くでー!

 

 

 

「私が...カタリナ様を好きになった切っ掛けですか...」

 

遊びに来ていたが、幸運なことにいつものメンバーで固まっておらず一人一人バラけておった。把握している中で一番話し掛けやすいメアリから聞いてみる。

考え込んでしまっている姿は...照れているというよりも...言っても良いのかと悩んでおった。そういえば......メアリの家庭環境って悪かったな。あの本にもメアリが他の姉妹と仲良くない理由が詳しく書かれており、内容が正しければ...お母さんの身分が低いから虐められたらしい。なんとも馬鹿馬鹿しい理由や。

 

「......そうですわね...。あの一件で察しているでしょうし...。詳しくは話せませんが、それでもよろしければ...」

 

「構わへんよ。わいの我が儘やし」

 

意を決したといえど中々言い出せないメアリ。

なんか...わいまで緊張してきたわ...。メアリが一頷きすると話が始まる。

 

「...私が...カタリナ様を好きになった切っ掛けは......家庭の事情とかで内容を言いたくないので省きますが、お姉様方に目を付けられて色々と言われてきた私は...自信がなくなり、人の目を怖がる臆病で、些細なことで泣く泣き虫になってしまいました...。そんな私は庭の土を弄り、自分の世界に閉じ籠っていました...。そんな私を...認めてくださり、励ましてくれたのがカタリナ様でした!」

 

興奮したメアリは目を輝かせて叫ぶ。

驚いているわいを余所に、興奮したメアリは嬉しさを全面に出して大声で語り続ける。

 

「カタリナ様は私の育てた庭を褒めて下さり、あまつさえ緑の手と褒めて下さりました!」

 

「なんやて!?緑の手やと!?」

 

「はい!緑の手とは...植物を上手く育てられる特別な手のことですわ!その他にも...!!私がダンスで躓いていた時に......」

 

驚きすぎたわいは話を聞けなくなる。確かに合ったっておる...。あの本に書いてあった内容は......

"メアリは幼い頃、母親違いの姉妹に煙たがられ、姉妹達から日々悪く言われて育ち、すっかり自信をなくし自分は駄目な人間だと思いこんでいた。そんな、メアリの前に現れたアラン王子が、メアリが育てていた庭を見てメアリを褒めてくれた。

 

「メアリはすごいね。緑の手を持っているんだね」

 

緑の手と言うのは植物を育てる才能のある人が持つ特別な手だという。そして、緑の手をもつメアリは特別で素晴らしい存在なのだと王子は言った。メアリはアラン王子の言葉で少しずつ失っていた自信を取りもどした。そうして、気づけばアラン王子を誰よりも好きになっていたのだ。"

 

「間違いない.........あの本通りや!!」

 

「えっ......?あの本とは一体......」

 

「こうしてはおられへん!今度はアランに話を聞かなくては!アラン!おまえさんがカタリナをす...」

 

無我夢中になってアランの元に行こうとするわいを誰かが掴む。嫌な予感と凄まじい怒気で後ろを振り返りたくなかったが、わいの体を動かして無理やり目を合わせさせるメアリ。

その笑顔は...とても...怖かったわ......。いつも通りの笑みやけど目は笑っておらんかった。人間ってあんな器用に笑えるもんやと、現実逃避気味に別のことを考えてしまう。

 

「ちょっ...!放してくれ!わいは...あの本を...」

 

「何を行っているのですか?ケロちゃん。それに...ケロちゃんから質問してきたのですよ。人の話は最後まで聞かないといけないと、ケロちゃんもよくカタリナ様に言っているのではありませんか。ケロちゃんが出来ていないと説得力がありませんよ。ではケロちゃん......たっぷりとカタリナ様の魅力を語ってあげますわ......」

 

メアリに捕まったわいは、その後三十分ほどたっぷりとカタリナの魅力を聞かさせれる羽目になった。

 

 

 

「あー...散々な目に遭ったわ...。と言うか...アランが鈍感なのはメアリが原因なのか...婚約者が敵でアランも大変やな......」

 

解放されたわいはくたくたになりながらもメアリから逃げる。

さてと...次はどないするかな...アランに話を聞けへんから...ジオルドか...キースに話を聞くことになるのだが...ジオルドはみんながいない時は敵意剥き出しやし...キースに至っては...過去が酷すぎて本人に聞けへん。聞いたとしても、なんで僕の過去を知っているの?と質問をされたら終わりやしな...。...あっ!!メアリの前で本のことを言ってしまったわ!...まあええか...メアリも気にしておらんかったし、下手に蒸し返した方があかんから言わない方がええやろ。

 

ジオルドに質問をするとなると...今度はなんて聞こうか...確か...ジオルドについて書かれていた内容は......

"一見おとぎ話出てきそうな正当な王子様なのに中身はかなり腹黒のドS。なんでも完璧に出来てしまう彼は誰といても常にどこか退屈でつまらない日常を過ごしていた。そんな彼の元に、退屈を吹き飛ばす明るく元気で破天荒な主人公が現れる。次第に主人公に興味を持ちはじめ、やがてそれが恋へと変わる―というストーリーだ。この王子様がなかなかひねくれた性格の持ち主で、好感度が思うように上がらない"......これが本当なら、ジオルドにとってカタリナは正に理想の相手。...これは惚気話を聞ければ答えが分かるな。問題はどうやって惚気話をさせるのかや。...普通に話し掛ければええか...。

 

お...メアリから逃げとる内にジオルドの近くに行けたようやな。丁度ええし話し掛けるか。

 

「おい...ジオルド...」

 

「......なんですか...」

 

振り向いてくれるが敵意丸出しのジオルド。

...まあ仕方のないことや...。ジオルドからすればわいは敵なもんや...でも...!!ここでびびってはおられへん!カタリナが書いたあの本が正しいどうか確認せねば!

 

「カタリナを好きなった理由は...」

 

「なんで君に教えないといけないのですか?僕たちの質問に答えてくれない君に教える義理はありません」

 

ジオルドはわいの言葉を遮って話を終わらし、踵を返してすぐに去ろうとする。わいは何も言えずにジオルドの背中を見詰めることしか出来なかった。

あかん...このままではジオルドは行ってしまう...。変なことを言うたら怒られてしまうし、あの本の内容を信じて好きになった切っ掛けを言ったところで立ち去られては意味はない。......こうなったら......!!

 

 

「もし......ジオルドの聞きたい質問の答えと......恋心と関係あると言ったら...どないする?」

 

「はい.........?何を言っているのですか君は...」

 

「カタリナがジオルド様はなんでも出来て凄い方で、おとぎ話に出てくるような格好いい王子様だと褒めておったで~」

 

引き留めることに成功したわいは、立ち止まったジオルドの顔周辺を飛んで確認をする。

睨むような目付きは少しだけ緩み、頬や耳がほんのりと赤くなっていた。...やっぱり好きな人のからの言葉は効くもんやな~。ジオルドが正気に戻る前に話を終わらせるか。

 

「持ってきてくれるお菓子はいつも美味しくて、欲しい時に肥料や野菜の苗をプレゼントしてくれて気が付く方だと言っておったわ~。一年くらい一緒に住んでおっても、わいはカタリナの行動なんて予測できんわ。何でもできるおまえさんなら、カタリナの行動くらい予測できるやろ?」

 

「......カタリナの行動の予測なんて僕にもできませんよ...。それよりも僕の質問に...」

 

 

「予測できへんからこそ、カタリナと一緒にいると楽しいやろ?」

 

カタリナの書いた本の内容がまたしても当たっていたようで、図星を突かれたジオルドはわいを睨んでいた。けれども本心を完全に隠すことはできなくて、一瞬だけ笑みをこぼしていた。

 

「......また変なこと言ってはぐらかすのですね...質問に答えてくれないならもう結構です」

 

ジオルドはわいを親の仇のように睨むと去っていく。置いていかれたわいはその場で立ち尽くす。

.........ほんまに......あの本の書いてあった通りやわ.........メアリとジオルドの二人しか確認できへんかったけど......もしあの本の内容が本当だとしたら───

 

 

 

わいらのせいでカタリナが不幸になる!!?

カタリナは誰かを虐めたりするような人ではないから、あの本のように酷くなったりせんが、あいつらも恋のことになると暴走するから信用できへん!

 

悪いが...今回ばかりは"あいつ"の味方にはなれない。"あいつ"の気持ちも分かるが、流石に誰かの人生を破壊してしまうのであれば──

 

 

わいは"あいつ"の敵になる。

...そうは言っても...具体的に何をするのか思い付いておらん。わいではあの言葉を言うのが限界やし......そうだ!!

 

カタリナに思い出してもらえばええんや!

わいが干渉することはできへんけど、カタリナが勝手に思い出して対策する分には問題ない。...あのことを知ったら...カタリナはどんな反応をするのやろうか?他の人たちは悲しむのは確定やけど、カタリナは分からない。...でもどうやって思い出させればええんやろうな...ジオルド、キース、アラン、ニコル、メアリの好意を気付いてもらうのは当然として...他には...頭を使えば思い出すことができるのだろうか?頭を使うこといえばやはり...勉強やな...。よくキースが魔法に関する勉強しておったし、強くなるためには勉強も必要なもんだろうな...。よし...決めた!

 

 

破滅フラグも回避のためにも、強くなるためにも、カタリナに勉強をさせたるで!

 

 

 

 

「カタリナ!おまえさんのためにも、今から勉強をするんやで!」

 

「えっ......?!ちょっと何を言っているのケロちゃん...」

 

「いいから勉強するんや!」

 

「えーー!!?ケロちゃんもお母様と同じことを言うの!?」

 

「当たり前や!」

 

対策を講じたわいは次の日から実践する。

まずは部屋に帰ってきたカタリナを無理やり机に向かわせる。カタリナは文句を言っておるが、言うことは聞いてくれるようで渋々椅子に座ってくれる。わいはすかさず目の前に本を置く。

 

「もー......。ケロちゃんまでお母様みたいになっている...」

 

「ええからやるんや!それに...いつまでキース、ジオルド、アラン、ニコル、ソフィア、メアリにおんぶに抱っこしてもらうんや!いい加減強くならんといかんやろうが!」

 

「......そうだよね...。いくらさくらちゃんが手伝ってもらっていたからって、ずっと迷惑をかけているわけにはいかないもんね...」

 

みんなのことを切り出せば、落ち込みながらもカタリナは勉強に取り組む。

こうしてわいは、影ながらカタリナの破滅フラグというものの回避を手伝うことになったで。

 

 

 

勉強にやる気になったのは良いものの、やっぱりカタリナは...集中力がない。

カタリナが寝る度に頬をつねったり、頭を小突いたり、髪の毛を引っ張りたりして起こす。これが意外なことに良い方向に転んだのやで。

 

わいのやり方に嫌になったカタリナがキースに泣き付いたんや。

頼りにされたキースは満更な様子でもないし、勉強は必要なことだと理解しておるし、カタリナに集中力がないと分かっておるからわいに強く文句は言えない。こちらにしても、二人きりなるなら意識しやすくて良い状態だった。...まあ、すぐにジオルドやメアリに邪魔されて、いつものようにみんなで勉強することになるんやけどな。

 

 

 

「僕たちがずっと前に行った別荘で、クロウカードと思われる現象があったみたいです」

 

勉強会が始まる前、ジオルドが思い詰めた表情で告げる。

 

「えっ!?今度はあの別荘に現れたの!?」

 

「ジオルド様!どのような現象が起きたのですか!?」

 

「行動範囲が広がってきて厄介だな...」

 

「アラン様もジオルド様も思い詰めて...そんなに怖いことが起きたのですか!?」

 

騒ぎ出すカタリナ、忙しなく質問をするソフィア、表情の変化もなくぽつりと呟くニコル、顔を青ざめるキースと叫ぶように尋ねるメアリ。

ジオルドは手で制してみんなを落ち着かせる。

 

「お気持ちは分かりますが、皆さん落ち着いて下さい。順を追って説明するので...」

 

ジオルドの言葉でピタッと騒ぎが止まり、みんなが静かになってからジオルドの説明が始まる。

 

「正確に言えば、クロウカードと思われる現象が起きた場所は、別荘の近くにあるあの森です。見回りの人の話によりますと、誰もいない深夜の森に人影、それも見る人によって違うらしく、真っ白で生気のない貴婦人、首がなく血塗れの騎士、無邪気な笑顔なのにどこか不気味な子供、毛に覆われた大男、動く死体など...人によって見えるものが違うらしいです...」

 

「幻(イリュージョン)だわ!」

 

「幻(イリュージョン)ですわ!」

 

「幻(イリュージョン)のカードや!」

 

カタリナ、ソフィア、わいの声がピッタリと揃う。

カタリナとソフィアも言っているから間違いはないやろ。しかし...なんでジオルドとアランは顔を青ざめておるんや?あのカードは攻撃的ではない。他人に幻を見せるだけ。...考えても分からんから聞いてみればええか。

 

「何を怖がっておるんや?そこまで怯える必要はないんやで」

 

わいの言葉にジオルドとアランはキッと睨み付けてくる。

ソフィア、ニコル、キース、メアリもわいのことを信じられないと言わんばかりに見詰め、カタリナだけはきょとんしておった。

 

動揺したわいが尋ねる前にソフィアが答える。

 

「な...何を言っているのですかケロちゃん!場合によってはカタリナ様一人で!立ち向かわないといけないのですよ!」

 

「そうだ!こいつが一人でクロウカードを封印できるわけがない!」

 

「カタリナ様一人で立ち向かうのは不安すぎますわ!」

 

「義姉さんが一人で立ち向かうなんて無理だよ...」

 

ソフィア、アラン、メアリ、キースが噛み付くように反論をし、ジオルドとアランも何も言わなかったが頷いて同意していた。

 

「えー...私って...そんなに信用ないの!?」

 

みんなの意見にカタリナは不服そうに叫ぶ。

うん...。わいもおまえさんのことを目茶苦茶信用しておらん。いずれ一人で立ち向かわないといけへんから口には出さんけど...。

 

「まあ...先が進まなくなるからこの話は一先ず置いておいて...。幸いなことに、ずっと前の幽霊騒ぎのお陰でクロウカードの現象だと気付かれずに...」

 

「なんや、前にも似たような騒ぎが合ったんや」

 

今度はカタリナの顔が青ざめる。

えっ...なんで...?吃驚しているわいの疑問を答えるのかのように、どういうわけか呆れているアランが語ってくれた。

 

「別荘でも怒られてな。カタリナの怯えた声、クラエス婦人の影を見た人達が、森を壊すことに悲しんで泣いていた女性の幽霊だと勘違いしたんだ」

 

「なんでカタリナは怒られたんや?」

 

「別荘でも落ち着いて行動できなかったとか、木登りをしたとか...いつも通りの理由で怒られたんだよ」

 

「ふーん...そうなんやな...。しかし...カタリナも悪いけど貴族って大変なんやな。木には登ってはいけへんし、婚約にも結構意味があるみたいやし...」

 

「ケロちゃんのお言葉通り、カタリナ様には荷が重すぎますわ!カタリナ様に王族との結婚は無理ですわ!」

 

「そうだよ!義姉さんにお妃は務まりません!」

 

「いいえ、大丈夫です。カタリナの魔力が成長をしたように、努力をすればカタリナでも王族は務まります。僕も支えますので。ですから...キースはいい加減姉離れをした方が良いのでは?メアリも人のことよりも自分の役目に集中した方が良いですよ」

 

なんやねんこいつら...。

さっきまで怖がっておったのに、カタリナのことになるとムキになって喧嘩を始める。しかも然り気無くジオルドがカタリナの肩を寄せていた。それで余計にメアリとキースを怒らせておるし...いつもの調子に戻ったやな。戻ったのは良いけれども...今は喧嘩をしとる場合ではないっちゅうねん!

 

「おい!今はアホな喧嘩をしとる場合ではないんやで!カタリナ!おまえさんも何か言ったら...」

 

 

 

「あっちゃん......」

 

カタリナの呟きに喧嘩は止まる。

あっちゃん...?誰やねんそいつ。今まで聞いたことなかったで。他のみんなもわいと同じようで首を傾げておる。

 

「あっちゃん...?カタリナ、あっちゃんとは誰ですか?」

 

「あっちゃん...もしかして...アラン様のことですか!?そうなのですか!?いつの間にそこまで仲良くなっていたのか!?」

 

「お...俺ではない!俺はそんな言い方一度もされたことないぞ!だから落ち着けって!」

 

「じゃあ...アンのこと?」

 

「いいえ。私もそのような呼ばれ方されたことはありません」

 

新しい人物の名前にまた場が騒がしくなる。

特にメアリが酷く涙目になりながらアランの胸を叩き、ジオルド、キース、ニコルも戸惑う。ソフィアは放心状態となり...言った本人も心ここに有らずという状態で、どんなにジオルドが優しく声をかけても返事はない。その日はすぐにお開きになって帰ることになった。

 

 

 

あれから...ろくに話を聞けへんまま、クロウカードが現れたと思われる場所にみんなで行く。

本当ならカタリナに話を聞きたかったやけど...カタリナから聞かないでほしいという雰囲気を感じ取れた。...あんなカタリナは初めて見たわ。というか...話を聞こうとしても何も反応を返してくれへん。困った笑みを浮かべるだけや。......あっちゃんとやらも...あの"破滅フラグ"というものに関わっておるのだろうか...?

 

「カタリナ様...私にはあっちゃんというお方がどのようなお方なのかは知りません。ですが...カタリナ様が大切な人だと思われるお方は、カタリナ様に対して危ない目に遭うことを望んでおりません。そのことを決して忘れないで下さい」

 

ずっと黙っていたカタリナにソフィアが優しく諭す。

 

「ありがとねソフィア...」

 

未だに上の空なカタリナは曖昧な笑みでお礼を言う。

少しでもカタリナを現気付けようとソフィアが明るく振る舞う。

 

「では皆様もご一緒に言って下さい!カタリナ様にとって大切なお方はカタリナ様を傷付けないと!」

 

「それで義姉さんが無事に帰ってこれるのなら、何度も喜んで言うよ」

 

「ええ、先ずはカタリナの安全が第一ですからね」

 

「ううっ...悔しいですわ~!カタリナ様にとって一番大切なお方に選ばれないなんて...」

 

「けどよ。この場合選ばれても、カタリナを危険な目に遭わせる役になるんだぞ。それでも良いのか?」

 

「それはそうですけど...。選ばれなかったことが悔しいのです...」

 

「今はそれよりも...カタリナに声をかけることが大事だろ」

 

ソフィアのかけ声ともに『カタリナにとって大切な人はカタリナを傷付けない』と言い聞かせながら目的地に向かう。

 

「ここです。話によりますとこの辺りで目撃したようです」

 

「確かに...。ちょっと違和感を感じるわね...」

 

カタリナの発言にみんなは引き締め、護衛の人達も武器を持って前に出る。

湖の前まで歩くと、待ち伏せていたのであろクロウカードが現れる。幻を見せてくることまでは分かっていたのだが......

 

「な...!!なんやねんこいつ!?」

 

明らかに異質な姿やった。

茶色の髪を長く伸ばした十代後半の少女。見た目は何も問題ないけど服装が可笑しく、スカートの丈がやけに短かった。

あまりのスカートの短さに、カタリナとわい以外の全員が顔を赤く染めたり、手で顔を覆って隠したり、そっぽ向いたりしておった。

 

「は...破廉恥ですわ!」

 

「なっ...!?お前の大切な人も可笑しい人じゃねえか!」

 

「というか...なんで...みんなにも見えるんや!?カタリナの大切な人を見たい想いから...見えるようになっておるんか...?」

 

「あっちゃん...あっちゃん!」

 

カタリナの悲痛な叫びがみんなを正気にさせる。

 

「あっちゃん!勝手にいなくなってごめんなさい!悪役令嬢カタリナ・クラエスに転生してしまったけど私は私だよ!!」

 

「あっちゃんお願い!無視しないで!」

 

けれども、正気に戻るのが遅すぎてカタリナは止められない位置にいた。

いや...護衛の人が止めようと先に動いていたけど、カタリナの意味不明な言葉に驚いて止まってしまったんや。

 

「待てカタリナ!そっちはあかん...」

 

バチンッ!!

わいも止めようとしたが、幻(イリュージョン)が作り出した壁に阻まれて止められなかった。

 

「カタリナ...!」

 

「あっちゃん!最後の言葉が腹黒ドS王子が攻略できないでごめんね!」

 

「カタリナ...!そっちは駄目だ!」

 

「義姉さん!」

 

「カタリナ!行っては駄目です!」

 

「カタリナ様!」

 

「お嬢様!」

 

ニコル、キース、ジオルド、メアリ、ソフィア、アン、護衛の人達もわいと同じように止めようとするが結果は同じだった。

 

「私が置いて行ったからって...置いて行かないで!」

 

「あっちゃん!...あっちゃん!!...あっ」

 

迷子のように、無我夢中に、幻にすがり付いていたカタリナは湖に落ちていく。

 

「カ...カタリナ様ーー!また私を置いて行かないで!!」

 

ソフィアの泣き叫ぶ声が暗い森の中響き渡る。

魔法や武器で壁を壊そうとしても弾かれて壊せない。時間だけが無情にも過ぎていく。

 

「カタリナ...」

 

呆然と立ち尽くし、すすり泣く声や嘆き声が、木や地面に拳を叩き付ける音が静寂な空間に響き、絶望的な雰囲気が場を支配する。

もう駄目かと思ったその時だった──

 

 

「そうよ!あっちゃんならこんなことしないわ!」

 

カタリナが大きな音を立てながら登場する。

翔(フライ)のカードを使って湖の中から舞い上がって来たのだ。

 

「カタリナ!」

 

「カタリナ様!」

 

「義姉さん!」

 

「あのアホ令嬢...!心配させやがって!全く...どれだけ俺達が心配したと思っているのだが...!」

 

「カタリナ...!本当に無事で良かった...」

 

「お嬢様!ご無事で何よりです...」

 

地面に降り立ったカタリナは幻(イリュージョン)のカードと向き合う。

 

「水を被って目が覚めたわ!貴方はあっちゃんではない!偽者よ!姿を現しなさい!」

 

カタリナのきっぱりと否定した言い方に、幻(イリュージョン)のカードは人の姿を保っていたものの、元の万華鏡のような模様が見えてくる。

 

カタリナを杖を振り回していつもの呪文を唱える。

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

杖を振り下ろすと先程よりも人の姿がぶれていく。

最終的にはシルエットだけ保った姿で封印される。

 

「やった!クロウカード封印...」

 

「カタリナ様!」

 

濡れるのも構わずにメアリとソフィアがカタリナに抱き、他の人達もカタリナの無事を喜びながら近付いていく。

そんな彼らの賑やかな姿を見ながらわいは改めて認識する。

 

 

カタリナはやっぱり色々な事情を抱えているんやなと。




カタリナはケロちゃんが秘密の本読めることは知っております。なので読まれないように変なところに隠しておりましたが...何も知らないアンなどの使用人が元の場所に戻すので隠しても意味ありません。

ケロちゃんはカタリナが原作のような破滅を迎えるとは思ってはいないが、婚約自体に重い責任があるのを理解しているから味方になった感じ。カタリナ程深刻には考えてはないです。


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お見舞い品で大変なことになりました...

「ハーックション!」

 

私は今...ベットで寝込んでいる。

幻(イリュージョン)の幻に惑わされて湖に落ち、さらに肌寒いのにそのまま疲れて寝てしまい、結果...風邪を引いてしまった。

 

あっちゃん...。私がいなくなった後も元気にしていたのかな...。

前世のお父さん、お母さん、お兄ちゃん、あっちゃん以外の友達。みんな大切な人達なんだけど、FORTUNE・LOVERの世界に転生してからは、あっちゃんの知識に助けてもらっているから必然的にあっちゃんになったんだろうな。そういえば...なんであの時...ソフィアの姿があっちゃんの姿と重なったのだろうか?う~ん......考えても分からない...。まっ、いっか!熱で頭も痛いしこれ以上考えるのはやめよう。

 

「それにしても...暇だわ...いつもはみんな来てくれる時間だから余計に感じるわ...」

 

いや...まてよ...今来ても困る。だって───

 

 

みんなの前で色々と言ってはいけないことを言ってしまっただもの!

悪役令嬢カタリナ・クラエスに転生したとか、あっちゃんのことか、腹黒ドS王子が攻略できないとか...どう言い訳するのこれ!?この世界が乙女ゲームの世界だなんて口が裂けても言えないわ!あーもー!思い付かない!こうなったら...寝たふりをするしかない!

 

寝たふりするつもりで目を瞑ったのだが、いつの間にか本当に眠ってしまったのであった。

 

 

 

「今度は寝すぎて眠れない...どうしよう...。勝手にうろちょろするわけにはいかないし...。でも...喉渇いたし...よし!呼びに行こう!そうしよう!」

 

「いや...そこはわいに頼めばええことやで...」

 

意を決して立ち上がろうとした私をケロちゃんが止めに入る。呆れ果てた顔でこちらを見ながら、パタンと、大きな音を立てて本を閉じた。

あれ...いつの間に...ケロちゃん部屋にいたんだ。それに...あの本...。私の部屋にある本棚の本ではない...。私がソフィアから借りた本?...うん?ちょっと待って、この頃ソフィアから本を借りていないし、借りていた本もソフィアにちゃんと返したはずだ。...じゃあ...ケロちゃんはどこから持ってきた?それとも...ケロちゃんも私と同じようにソフィアと本を借り合う仲になったの?

 

「あのなぁ...あれほど心配させたのに...。また変なことをしようして...少しは人の気持ちを考えたことはあるんか?」

 

私がケロちゃんの持っている本を凝視していると失礼なことを言う。

ナッ...!!随分と失礼な言い方をするのね!そりゃあ...悪役令嬢のカタリナ・クラエスなら人の気持ちを考えないでしょうけど私は違うわ!

 

「私は人に嫌がらせなんかしないわよ!」

 

「......ハァ。......もうええ......」

 

なんか凄く呆れられた...。そんなに可笑しなことを言った?!人として当たり前のことを言っただけなのに...私ってそこまで悪役令嬢だと思われているの!?その勘違いだけは訂正しないと!

 

「あのね!ケロちゃん...」

 

「あーはいはい、おまえさんの言い分は聞かなくともわかっておるわ。けどな...わいの言いたいことはそうじゃない。おまえさんは...人の好意に無頓着すぎる」

 

好意?なんで今この話をするの!?

 

「本を片しながらアンを呼んでくるから、その間にわいの言ったことを考えておるんやな」

 

私の言い分を聞かずにケロちゃんは出ていってしまうのであった。

 

 

 

 

「そうですね。ケロちゃんの意見が正しいと思います」

 

「えー!そんな!アンもケロちゃんの味方なの!?」

 

水を持ってきてくれたアンに先程の話をしたけど...私の肩を持ってくれるどころか、アンも呆れた顔で私を見てケロちゃんの味方になった。悲しい...。

 

「現実で変な恋愛をよく見せ付けられているから、せめて本を読んでいる時は忘れたい、恋愛物を読みたくないと、ケロちゃんは嘆いておりました」

 

ケロちゃんにかなり同情しているようだった。

恋愛物は読みたくないか...うん?じゃあ...あの時ケロちゃんが持っていた本は一体...何?私の持っている本はロマンス小説だから恋愛物だし、ソフィアから借りている本も恋愛物ばかり。...どこから恋愛物ではない小説を持ってきたんだ?...考えても心当たりがない。本のことばかり考えていたら、前世からのオタク魂に火が付いて、ケロちゃんが読んでいた本を読みたくなってきた。

 

「ねえねえ!ケロちゃんが持ってきた本を読みたいの!動いたら...駄目...?」

 

「......わかりました...。ただし、お医者様に許可をもらってからですね」

 

アンはため息をつきながらも了承してくれた。

 

 

 

熱も下がったことだし、本を選んだらすぐにベットに戻ることを条件に、お医者様から許可を得た私たちはケロちゃんが持ってきた本が置いてある部屋に向かう。

 

「お嬢様、この部屋でございます」

 

アンに案内された部屋は廊下の奥の方にある使われていない部屋だった。その部屋には本だけではなく、ぬいぐるみや花、机の上には手紙がたくさん置かれていた。

明らかに物置ではない感じの部屋。...前世だったらあり得ない。いくら荷物が多くてもこんな良い部屋を物置にはしない。流石貴族ね...。と言うか......

 

「なんでこんなにも物が置いてあるの?」

 

「こちらにある物全て、お嬢様へのお見舞い品でございます。お嬢様の部屋には入りきらなかったのでこの部屋に置かせていただいております」

 

「え...じゃあ...私は...ただの風邪でこんなにもプレゼントを貰ったということ!?」

 

前世ではあり得ないわ!

近所のお婆ちゃんから林檎とかの果物を貰ったり、クラスメイトから休んだ分のノートを見せてもらうことはあったけど、たかが風邪で部屋いっぱいになるほど貰えるなんて考えられないわ!これが貴族の力なの!?

 

「ジオルド様、アラン様、ニコル様、メアリ、ソフィア、キースみんな...。いつもいっぱい貰っているのに...私って今回の件で物凄く心配させてしまったのね...」

 

「いえ、ここにあるお見舞い品は...いつもの皆様からではなく......お嬢様には知らないお方からのお見舞い品です。それとお嬢様、今回だけではなく、常に心配されていることを自覚して下さい」

 

質問に答えるアンは何故か歯切れ悪く、少し俯きがちになっていた。

...そんなに答えづらいのこの質問?まあ...確かに...。前世の庶民の感覚を残っている私には心苦しく感じる。しかも大したことのない風邪なのに......貰ったからにはしょうがない。本とぬいぐるみは大事にし、花はアンとかに花瓶に入れてもらい、手紙はちゃんと返事を出そう。...うん!そうしよう!それが一番の礼儀だわ!

 

「じゃあ早速...手紙を持っていこう。本を読むのは後回し。読まないと返事も書けないからね。取り敢えず、この手紙を読んでみよう。えっと...何々...親愛なるカタリナ・クラエス様へ。長きに渡る間闘病生活で不安と孤独だと思いますが、このぬいぐるみを友達だと思い...うん?ちょっと待って...。私風邪引いたけど、闘病生活と言われるほど酷くないし、みんな来てくれるから別に寂しくないんだけど...」

 

寧ろクロウカード騒動で騒がしくなることもあるし、みんな遊びに来てくれる上、封印する度にお友達が増えるから寂しくないどころか、毎日が楽しい生活よ。会ったこともない人にこんなにも心配されると...善意からの言葉だから相手が悪くないとはいえ、なんだか反論したくなる。

 

「なんか凄く勘違いされているけど...私ただの風邪よ。この人になんて返事をすれば良いの?」

 

「...返事はしない方が良いと思います。それに...今の表向きのお嬢様は病弱でございます。取り繕うことのできないお嬢様には無理なので書かないで下さい」

 

アンはきっぱりと言い放つ。

嘘つくのが下手なのは自覚しているけど...そこまで言わなくても良くない?!

 

「わ、私だって取り繕うことくらいできるわ!それに...!返事出さないと相手にも失礼だし...」

 

「良いですか、お嬢様。お嬢様が考えていること以上に問題は大きいのです。クロウカード騒動に他の知らない人たちを巻き込んではいけないだけではなく、クロウカードのことを知られてしまったら...お嬢様は大変な目に遭ってしまうのですよ。そこを理解して下さい。位の高い貴族が位の低い無下にすることはよくあることです。お嬢様が気にする必要はありません」

 

「でも...!」

 

「そうですね。よくあることでも駄目なことですが...今回は事情が事情です。仕方のないことなので、お嬢様は気にしなくても大丈夫でございます」

 

必死に食い下がる私に、ふっと柔らかな笑みを浮かべるアン。

 

「お嬢様は本当に...変わりましたね」

 

変わったか...。

高慢ちきな悪役令嬢のカタリナ・クラエスならともかく...今の私の価値観はどこにでもいる普通の高校生。前世でよく何かしてもらったらお礼は言いなさいと、よく言われていたから何もしないのは性に合わない。けれどまあ...幻(イリュージョン)の件も合ったし、あまりらしくない行動よそう。

 

「...わかったわ。手紙を書くのは止めるわ」

 

「ええ、それが良いと思います」

 

アンが良いって言ってくれたし...罪悪感を感じる前に本を選んでこの部屋を出ていこう。......うん?この違和感はもしかして......最近気が付けるようになったクロウカードの気配!?

私は違和感を感じた方向、本棚の上を見上げると───

 

 

細長い耳と尻尾、ピンク色の真ん丸胴体、短い手足の兎みたいなぬいぐるみが置かれていた。

 

「クロウカード!!」

 

「えっ!?クロウカード!?」

 

私が叫んで指を指すとアンは驚いて及び腰なっていたが、私の傍から離れずに隣に立ち止まってくれた。

跳(ジャンプ)の鋭い目付きが少し動いたかと思えば、部屋中にある大量のぬいぐるみが一斉に動き駆け回る。

 

「きゃっ...!!お嬢様大丈夫ですか!?」

 

「大丈夫よ。動き回っているだけだし、別に当たったところで痛くないから平気」

 

ぬいぐるみをぶつけられたところで、痛くないはないからなんともないし困惑しかない。

それよりも...どうやって封印しようかなこれ...。動きは速いから捕まえづらいし、跳(ジャンプ)の体を掴めたとしても、封印の鍵やクロウカードを持っていない今一緒に空を跳んだら死んでしまう...。う~ん...解決策が思い浮かばない...ええい!鍵やカードがなければ取りに行けば良いだけの話でしょ!

 

「アン!お願い!私の部屋から鍵とカードを持ってきて!私跳(ジャンプ)のカードを見張っているから!」

 

「ですが...!お嬢様が危険です!私が見張りますからお嬢様が取りに行って下さい!」

 

「私は大丈夫よ!それに...跳(ジャンプ)の動きは知っているから何か合っても対応できるわ!」

 

私のことを思って引き下がらないアン。

気持ちは嬉しいんだけど...怖がっているのに見張りを頼むわけにはいかないんだよね...。跳(ジャンプ)の体を掴まなければ危なくないし。問題は屋敷内の敷地から跳(ジャンプ)が逃げ出してしまうこと。アンには悪いけど早く取りに行ってもらわないと!

 

「アン!お願いだから!私のことは気にせずに早く取りに行ってちょうだい!」

 

「......かしこまりました...。ですが...お嬢様...逃げられても旦那様がなんとかします。だから絶対に無茶はしないで下さい!何か合ったら必ず逃げるよう、それだけは約束して下さい」

 

「わかったわ...アン」

 

私が頷くとアンは渋々背を向けて出ていく。

 

 

 

ガッシャーン!

暫く何もしないで様子を見ていると、私が何もできないと判断し馬鹿にしたのか、窓を悠々と破壊して外に出る。

 

「あー!もー!待ちなさい!人が何もできないからっていい気になって!絶対に逃がさないから!」

 

「義姉さん!」

 

「お嬢様!ご無事ですか!?」

 

「カタリナ、無事か!?」

 

ガラスが割れたのと同時に、息を切らしたキース、アン、ケロちゃんが入ってくる。

 

「私は大丈夫!それよりも!鍵とカードをちょうだい!」

 

アンから鍵とカードを受ける取った私は窓から外に出ようとするが...

 

「お嬢様!?何をなさっているのですか!」

 

「そうだよ義姉さん!この時間ならソフィア様たちが来て足止めしてくれているから扉から出ようよ!」

 

「おまえさん...窓よりも扉から出た方が...普通に速いんちゃうか...」

 

三人に驚かれ呆れられてしまった。

 

 

 

「カタリナ様!」

 

私達が来たことに気が付いたメアリが叫ぶ。急いで屋敷を出るとジオルド、アラン、ニコル、ソフィア、メアリ、護衛のマックスとフランク及び護衛の人達が魔法や剣で応戦していた。

跳(ジャンプ)のカードが攻撃をしかけているからしょうがないけど、ただのぬいぐるみ相手に火で燃やしたり、風魔法や剣で切り裂くのは大袈裟すぎる。わざとやっているわけではないから何も言えないけど、なんか...心が痛む光景だわ...。...あれ?気のせいかな...。やけにジオルドが狙われているような...。ううん!今はそんなことを考えている場合ではないわ!早く封印しないと!

 

「闇の力を秘めし鍵よ。真の力を我の前に示せ。契約の元、カタリナが命じる。封印解除(レリーズ)!」

 

魔方陣の光を見た跳(ジャンプ)が体を大きくしようとするが......

 

「ぬいぐるみがないと何もできないのね...」

 

何も考えずに相手にぬいぐるみを投げ付けた結果、無事なぬいぐるみがなくなり巨大化できなくなったようだ。水魔法で濡れただけのぬいぐるみもあったが、それも包まれた水の泡の影響で干渉できなくて持ち上がらないみたいだ。...本当にこの子アホな子なのね...。

キースが土魔法で作り上げたゴーレムの腕が、何もできずにきょとんとしている跳(ジャンプ)を押さえ付ける。

 

「義姉さん!早く!」

 

「...あ!うん!わかっているわ!汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

跳(ジャンプ)は白い煙に縛られてカードの形をした光の中に吸い込まれていく。

 

「やった!今回も無事に封印できたわ!みんなありがとう!ところで...ジオルド様...やけに狙われていましたけど、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫ですよ、カタリナ。この通りなんともありません。君に心配されるのなら悪くないですね。......あっちが悪いのに僕に逆恨みですか...全く...筋違いですよ......」

 

ジオルドは私の手を取り安心させようとする。

最後の方は聞こえなかったけど、無事に跳(ジャンプ)のカードを封印することができた。

 

 

 

次の日

走って汗をかき、魔力を使いきるなどもあってぐっすり眠り風邪が治った私はキース、ケロちゃん、アンなどの使用人のたちと共に道具に化けているクロウカードを探していた。

 

「お嬢様...サイレントが絵画、ソードがピンブローチ、ショットはカード、クリエイトは本...で、よろしいのでしょうか?」

 

「うん、そうよ。見付けたら報告お願いね」

 

「かしこまりました」

 

アンはお辞儀をして去っていく。

 

「見付かると良いね、義姉さん」

 

「ええ、見付かると良いんだけど...他の家にあったら大変だし...」

 

まだスティアート家とアスカルト家なら問題は少ないんだけど、他の家や施設にあったら大惨事だ。手伝ってくれるメアリがいてもハント家は協力的ではないから見付かってはいけない...。他の場所で見付かる前にこの家で見付けなきゃ!

私達が一生懸命に探していると、何やら慌ただしくバタバタと廊下を走る音が聞こえてきた。

 

「カ、カタリナ!ソードがピンブローチに化けているのは本当かい!?」

 

ロックもせずにお父様が部屋に入ってくる。

いつもは礼儀正しくしているお父様が無礼義だ。これだけでも何か異常事態が起きたことが容易に伺える。キースも身構えて固まってしまっていた。

 

「ど、どうしたのですか!?お父様!」

 

「ああ、私の愛しのカタリナよ!私は...私は...!とんでもないことをしまったようだ!!」

 

とんでもないこと!?それは一体どういうことなの!?

 

「じ、実は......」

 

お父様の言葉を遮るかのようにドアが斬られ、レイピアを持ちぼんやりとした目のお母様が無言で入ってくる。ああ......そういうことね...って!呑気に納得している場合じゃない!!

 

「みんな!逃げて!!」

 

私が呼びかけても怖いのか、それとも状況についていけないのか、はたまたお母様が操られていることにショックを感じているのか、どの理由かはわからないけど私以外全員動けなかった。こうなったら......

 

「剣(ソード)!力試しがしたいのでしょ!私が相手よ!かかってきなさい!」

 

「義姉さん!?何を言っているの!?」

 

「お嬢様!?」

 

私は剣(ソード)に挑発をする。

剣(ソード)に操られてお母様が他の人には眼中ないようで、私に向かって一直線に突進してくる。

 

「...うわ!?」

 

私はなんとかギリギリで避ける。お母様が剣を振るった先の壁は綺麗に真っ二つに斬られていた。

...ジオルドのルートのバットエンドで剣で斬りつけられてもいいように対策を考えていたけど、まさか、ジオルドに斬りかかれる前にお母様に斬りかかれるとは思いもよらなかったよ...。

 

体勢を直したお母様がこちらに剣を向ける。

どうしよう...このままだと封印の解除の呪文すら唱えられない...。部屋中動き回って逃げるのも他の人に危険が及ぶからできないし...。私が次の行動に悩んでいる時だった──

 

 

「ミリディアナ!正気を取り戻すんだ!君が剣を向けている相手は愛する我が子なんだよ!」

 

「そうだよ義母様!いつもの義母様に戻って!」

 

お父様やキース、部屋にいた男の使用人たちがお母様の体を後ろ、橫から羽交い締めして押さえる。

 

「お嬢様!今です!」

 

「闇の力を秘めし鍵よ。真の力を我の前に示せ。契約の元、カタリナが命じる。封印解除(レリーズ)!」

 

みんなが頑張ってくれている間に呪文を唱える。

押さえてくれている間に私はお母様に近寄って剣を振り落とそうとするが──

 

「お嬢様!危険です!近寄ってはなりません!」

 

「でも!剣を振り落とさないとお母様はずっと剣(ソード)に操られたままなのよ!」

 

「だからといって、お嬢様が近寄る必要はありません!」

 

私もアンに押さえ付けられて近寄れなくなってしまった。

 

「アン!お願い離して!幻(イリュージョン)のカードを使って足止めしても、お母様が見る幻はお父様になるから意味ないわ!風(ウインディ)、影(シャドウ)、木(ウッド)のカードで押さえ付けたらお母様だけではなくて、お父様、キース、みんなを傷付けることになるから嫌よ!」

 

「カタリナ!私のことは気にしなくて良い!早くやるんだ!」

 

「そうだよ!義姉さん!僕も我慢できるから!早く義母様の動きを止めて!」

 

みんなが大丈夫だと言ってくれても...嫌よ!私のせいで傷付けたくないわ!私が行かずに...誰も傷付けずに...剣(ソード)をお母様から引き離す方法。う~ん......う~ん......思い付かない...。そんな良い方法あるのかしら!?ううん!諦めないで見付けるのよ!そんな夢のような方法を───

 

 

 

合ったわ!!これよ!!これならいける!!!

 

「鏡よ、人の姿になりて、かの者の持つ剣を振り落とせ!鏡(ミラー)!!」

 

私が行けなければ代わりに鏡(ミラー)が行けば良いのよ!しかも!鏡(ミラー)は特殊カードだからクロウカードの攻撃は当たらない!

甲高い音と共に本来の姿で鏡(ミラー)が実体化し、鏡(ミラー)は何も言わずに走りお母様の手に手刀をする。その衝撃でお母様の手から剣(ソード)は離れ空中に浮かぶ。私はその瞬間を逃さずに叫ぶ。

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

カードの形をした光から青白い光が現れて、細長い線となり剣(ソード)を縛って封印をする。

二日連続でクロウカード騒動が起きてしまったが、みんなのお陰でなんとか無事に終わることができた。

 

因みに...もう貰い物は懲り懲りだと、暫くの間は親しい者以外プレゼントされても受け取られないことになった。しかも変化はそれだけでなく──

 

 

「良いですか、カタリナ。ちゃんと握って下さいね」

 

「義姉さん、何も考えずに振り回すのは危ないからね」

 

「お前、ほんと...勢いしか良いところがないな」

 

「カタリナ......これからは勢いだけでは駄目なんだぞ」

 

先生から剣の勢いだけ褒められて認められていたのに、何故かジオルド、キース、アラン、ニコルに剣の修行をしないといけないことになった。



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改修工事で大変なことになりました...

私が住んでいる屋敷は今、剣(ソード)で斬られた箇所を直すため改修工事をしている。

お母様が斬ったのはあの部屋の扉や壁だけではなく、お母様の部屋の扉、廊下の壁、廊下に置いてあった花瓶や壺も斬られていた。

...怪我人が出なくてほんと良かったわ...。多分私が...剣(ソード)を振り落とせば洗脳を解くことができると、そのことを他の人たちが覚えていて止めようとしてくれたから、こんなことになったと思う。まあ...でも...取り敢えず...本当に怪我人が出なくて良かったわ!怪我人いなければ全て良し!物は直せば良いことなんだから!

 

「ほんと...怪我人が出なくて良かったな」

 

ニコルの話し声で私は考え事を止める。

 

「ええ、本当にそうですわ!しかし...工事の途中でありながら、クラエス邸に遊びに行くの間違っているのでしょうか...」

 

「いいや、間違っていないな。...ほっといていたら、このアホ令嬢は何仕出かすかわからん。俺たちで見張るのが丁度良い。大体...こんな危険なことになるとわかっておきながら、クロウカードは危険な存在ではないと主調をし!あまつさえソードに向かって挑発をするほどの馬鹿だから!!俺たちで見張っていないとどうしようもない」

 

アラン...あの時は状況的に仕方なかったのよ!そこまで力強く言う必要なくない!?

 

「しかも、義姉さんが封印したから...あんな危険なカードを勢いだけで振ることになるのが...物凄く怖いんだけど...」

 

「ま、まあ...僕達でカタリナの剣の稽古をすればなんとか......」

 

「いくら、カタリナが望んだものしか斬れへんといえども...あの勢いで振られるのは滅茶苦茶怖いな」

 

キース、ジオルド、ケロちゃんも私に対して哀れみの視線を向ける。

みんな...私に対してどう思っているの!?なんか酷くない!?ちゃんと先生から勢いだけは褒められていたのよ!だから筋はあるのよ!それに...!剣(ソード)は斬りたいものしか斬れないから!そこまで心配される必要はないわ!

 

「みんなに心配されなくても!私だってちゃんと先生から褒められて大丈夫よ!練習すれば...」

 

「カタリナ様...私は剣のことをよくわかりませんが、カタリナ様の動きを見ていると...なんだか...とても怖いです...。ここは素直に認めた方がよろしいと思いますわ...」

 

「カタリナ様、誰だってはじめはできません。恥ずかしがることはないのです。それに、お兄様が優しく教えて下さりますから、遠慮なんて必要ないですわ!」

 

メアリからは控えめに否定され、ソフィアからは熱く兄に教わるように勧められる。

...私って...そんなに...頼りないの!?この空気居たたまれないわ...なんとかして変えないと!

 

「あ、あのね!剣の話は一先ず置いておいて...」

 

「義姉さん。この話はとても大事なことなんだよ。いくら聞きたくなくなっても、誰かを怪我させてしまう前に、自分が怪我してしまう前に、行動を改めないといけないんだ。だから、どんなに耳が痛くなってもちゃんと聞こうね」

 

キースに言い返されてしまい逃げられなくなる。

私にとっていつもの楽しいお茶会が、長く苦しい時間になってしまった。

 

 

 

「うぅ...」

 

あれから、どれくらい時間が経ったのかわからないけど、長い説教をやっと聞き終えた私の口から呻き声が勝手に溢れた。

もうこの話は嫌だ...。せめて剣の話は稽古中だけにして...。

 

話を終わらせるため、何も案が思い付かないまま、勢いだけで椅子から立ち上がったその瞬間──

 

 

「うっ...うわわわーーー!!」

 

男性の野太い叫び声が木霊する。

私以外のみんなもその声に驚いて椅子から立ち上がる。

 

「な、何が起きましたの!?」

 

「まさか...クロウカードの仕業か!?カタリナ!お前最近クロウカードの気配をわかるようになってきただろ!?この騒ぎは...!?おい!待て!どこに行くんだよ!」

 

「お嬢様!?」

 

「待たんか!このアホ!お前さんが一人で行ったところで...って!話聞かんかい!」

 

「カタリナ様!どのカードかわからないのに動いたら危険です!待って下さい!」

 

「そうです!一人で先に行かないで下さい!」

 

「義姉さん待って!」

 

叫び声が気になっていた私にはみんなの制止を無視して、肩にケロちゃんが引っ付いていたことに気に止める余裕もなく、ただ叫び声が聞こえてきた方向に走り出していた。

 

 

 

「うぅ...」

 

先程の叫び声を発したと思わしき男性が蹲って呻き声を上げていた。

 

「大丈夫ですか!?」

 

「カタリナ危ない!」

 

後ろからジオルドの声が聞こえてくる。

危ない?それってどういう...

 

私がぼーっとしていると倒れている男性と共に、つむじ風によって私と男性は優しく巻き上げられる。状況をきちんと理解する前に腐った木の台が目の前に落ちてくる。

 

「なっ...!?」

 

間一髪のところだった。

ソフィアとニコルがいなければ大怪我するところだったわ!二人にはいくら感謝しても仕切れない。後でソフィアとニコルにお礼を言わなくちゃっ!...うん?風に身を任せていると、緑色のもやが見えてくる。あれは...!

 

「ク...!」

 

「カタリナ様!本当にご無事で何よりですわ!」

 

私と男性はみんながいる近くの場所に下ろされる。騒ぎの原因に気が付いた私が叫ぼうとするが、メアリが私の言葉を遮るように抱き付く。

 

「...駄目ですカタリナ様。この場には他の方もいらっしゃいます。私たちは何も知らない体でいなければなりません」

 

耳元でこそっと小声でメアリから注意される。メアリの指摘に気が付いた私は急いで口を閉じる。

周りをよく見てみると、アンが倒れている男性を介抱しているだけではなく、ジオルドがテキパキと指示を出し、アランは魔法を発動しているソフィアとニコルを傍で守るように見守り、キースが「義姉さんが大切にしている人形が落ちている...」と言いながら動けなくなったケロちゃんをポケットに入れていた。

 

「カタリナ様。ここは危険です。後は大人たちに任せて、私達は部屋に戻りましょう」

 

「そうだよ義姉さん。僕達がここにいても邪魔になるから、後は大人の人たちに任せて屋敷に戻ろう」

 

「ニコル様、ソフィア様。我らが不甲斐ないばかりに、お手数をお掛けしまい、申し訳ございません。そんな我らにご協力していただき、誠にありがとうございます。後は我々に任せて下さい」

 

メアリとキースが帰ろうと提案をし、風の魔力でつむじ風を作り上げていたソフィアとニコルの代わりになろうと護衛の人達が二人に頭を下げる。

後の事は任せて私達は屋敷に戻ることにした。

 

......というのは見せ掛けで、屋敷に戻る振りをして茂みに隠れる。

 

「この現象はやはり...クロウカードなのですね。なんのカードですか?」

 

「このカードは...霧(ミスト)ですわ」

 

ジオルドとソフィアが確認し合う。私も気が付いていたのだが、みんなから静かにするように、と言われて必要な時以外喋れなくなってしまった。

...何故だ?私はそんなにうるさいの?音量を気を付けて話しているつもりなんだけどなあ...。とりあえず、このカード霧(ミスト)について振り返ってみる。

 

霧(ミスト)は原作にはないカードで、アニメオリジナルのカードだ。

霧(ミスト)はアニメ第十四話で登場し、触れた物を腐食させる緑色の霧のせいで、さくらちゃんの兄である桃矢の劇を目茶苦茶してしまったのだ。影(シャドウ)のカードがあれば封印は簡単なのだが......

 

「対策はある。けど問題は...事情を知られてはいけない人たちがいることだ...」

 

「だよな。なんせあの魔方陣の光は目立つし、杖を振り下ろした時の音は結構大きいからな」

 

「音なら誤魔化せるけど...」

 

「光は火で誤魔化すことはできませんよね...」

 

「影(シャドウ)のカードも、どの属性にも当てはまりませんわ...」

 

一番の問題は言い訳が浮かばないこと。

『カードキャプターさくら』の世界は一般的に魔法がないから、クロウカード騒動に巻き込まれても気のせいと言い張れば考えてくれなくなるけど、『FORTUNE・LOVER』の世界は魔法があるから誤魔化せられない。う~ん...どうすれば良いものなかなあ...。

 

「皆様お持たせ致しました。対策はきちんとこちらで用意しております」

 

みんなでこれからのことを考えていると、一段落終えたのであろう護衛の人の一人が、いつの間にか私達に後ろで跪いていた。驚いている私達の前に手を差してだしており、その掌の中には薄い水色のハンカチのような物があった。

 

「このハンカチが...一体どうかしたのですか?」

 

「このハンカチは一見普通のハンカチに見えますが、このハンカチれっきとした魔法道具でございます」

 

へぇー...普通のハンカチに見えても魔法道具なんだ。やっぱり魔法のある世界は面白いね。

私がまじまじとハンカチを見詰めている間にも説明は続いた。

 

「このハンカチ、魔法道具名プレドロムは、鼻と口を覆うことによりどんな強力な睡眠薬でも効かなくなりますが...」

 

一瞬言いづらそうになる護衛の人。

不審に思った誰かが訊ねる前に話は再開する。

 

「まだ開発されたばかりの物であり、凄く貴重な代物であるため、皆様の分の物は用意できておりません。この中でお渡しできるのはカタリナ様とソフィア様だけとなります。しかもカタリナ様には、口を塞ぎながら呪文を唱えることになります」

 

みんなの分が用意できていないと知り場に動揺が走る。

てっきり、こういう時は王族優先だと思っていたんだけど...そんなにこの魔法道具を作るのが大変なのかしら?まあ、ジオルドもアランも、クロウカード騒動に付き合ってくれるほど優しいから大丈夫でしょ。

 

二人の顔を見てみると意外なことに悩んでいた。

あれ...?すぐに良いよと承諾してくれると思ったけどなあ...意外な反応...もしかして...。王族独自の教育をされていてそれで警戒心が高くなっているのかな?

 

「義姉さんは人のことを気にしている場合ではないよ。義姉さんは口を塞ぎながら呪文を唱えることができるの?」

 

二人を見ていたらキースに叱られてしまった。

キースの発言がみんなに聞こえていたようで、視線が一斉に私の方に集まる。

 

う~ん...。湖に落ちた時にできていたから大丈夫だと思う...。とはいえ、自信はないけど。

 

「大丈夫...一応できるはずだから...」

 

私の自信のない態度にみんなは不安そうになっているが、それでもやるしかなかった。

 

 

風の魔法で睡眠薬を飛ばしてみんなを眠らせた後呪文を唱える。

 

「闇の力を秘めし鍵よ。真の力を我の前に示せ。契約の元、カタリナが命じる。封印解除(レリーズ)!」

 

うん...口を塞ぎながら呪文を唱えるのは息苦しい。空気を吸いたくなるまでに早めに終わらせないと...。

 

「影よ。全ての霧をその中に包み込め!影(シャドウ)!」

 

振り下ろした瞬間、影(シャドウ)のカードは大きな影となりあっという間に霧を包み込む。

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

影は段々と小さくなってカードの形となる。

安堵した私はハンカチを押さえていた手を緩めてしまい、睡眠薬を吸い込んでしまうのであった。

因みに...後日目覚めた後にお父様から聞いた話によると、緑色の霧の件は魔法省が調査するということで納得してもらい、怪我人もたん瘤や痣ができるくらいで済んでいた。騒ぎは大きくなったけど、重傷者が出なくて本当に良かった!

 

 

 

 

おまけ

~クロウカードとの日常~

 

私の誕生日会の日から鏡(ミラー)は色々と積極的になっていた。本を読んで独学で勉強をするだけではなく、お母様のところに行ってマナーを学んだり、私と一緒に剣の稽古を受けたり、最近ではお菓子作りを始めていた。お母様に認められたことが相当嬉しかったみたい。

 

好きなキャラクターが動いている姿は見ていて楽しいし、鏡(ミラー)が嬉しそうな表情を見ればこっちも嬉しくなる。

最近そんな鏡(ミラー)を見て思うのは──

 

 

鏡(ミラー)ってチートすぎない!?

人間のような肌触り、魔法なのにお茶を飲み、教えられたことはすぐに覚えて、令嬢らしく礼儀正しく行動をし、あの疲れるお菓子の泡立てにも疲れずにずっと回し続ける。私の魔力が続く限り色々なことができるのよ!あれは正しくチートよ!

 

手は握ったことはあるけど...他の部位はどうなんだろう?

興味を惹かれた私は部屋の隅にいる鏡(ミラー)に近寄り、鏡(ミラー)から許可をもらう前に勝手に頬を触る。いきなり私に頬を触られたもんだから鏡(ミラー)は驚いて本を落とす。

 

「あの...主...いきなり私の顔を触って...どうかしたのですか?」

 

困惑しながらも私の行動を止めない鏡(ミラー)。

...こういった反応も人間っぽい。相変わらず凄い魔法だわ...。

 

「どうもしていないわ!ミラの顔はとても柔らかいなって思っただけよ!」

 

「そ、そうですか...。主の頬っぺたも柔らかいです」

 

鏡(ミラー)もお返しとばかりに私の頬を触る。

私の頬っぺたが柔らかいか...。悪役令嬢カタリナ・クラエスに転生してからは、貴族の令嬢らしくお肌の手入れは欠かせていないから前世よりももちもちしていると思う。

 

「義姉さん...ミラ...。二人は一体...何しているの...?」

 

私が騒いでいるうちに、いつの間にやらキースが部屋に入ってきていた。

キース...そんな呆れた顔をしないで。そりゃあ、端から見れば可笑しな行動はしているけど...あ!そうだ!

 

「キース!私とミラの頬っぺた触って比べてみてよ!」

 

キースも触ってみれば私の考えはわかるはずだわ!

けれども私の提案は虚しく、キースは顔を真っ赤にして拒否をし、鏡(ミラー)に全力で止められてしまった。



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物語に夢中になってしまい、大変なことを仕出かしてしまいました...

2023年、今年もよろしくお願いいたします。
今回はソフィア視点となります。


どうして...どうして...!こんな状況なのに......!!

 

 

「お兄様とカタリナ様の仲が進展しないのですか!?」

 

クロウカード騒動はロマンス小説顔負けのハプニングであり、どれもドキドキする状況です。お兄様の魅力を以てすればカタリナ様を落とせるはずなのにー!やはり...お兄様だけではなく全員が参加しているからでしょうか...。でも...皆様で力を合わせないとクロウカード騒動を乗り越えられないですし...どうすればお兄様との仲が進展するのでしょうか...こういう時は本を読んで落ち着きましょう。

そう決めた私は書庫に行き、立って読むのでは行儀が悪いと思っていたけど、そのまま立って読んでしまう。なんとなく手に取った本の最後が......

 

「この物語の続きはあなたが創って下さいって...これはクロウカードですわ!」

 

まさかのクロウカード!

創(クリエイト)のカードが我が家の書庫に紛れ込んでいるとは思いもよりませんでした!明日朝一番にクラエス邸に行ってカタリナ様に封印をしていただきましょう。でも...なんだか...このまま持って行くのはもったいない気がしますわ。創(クリエイト)のカードは書き込まなければ危なくないですし...このカードで何かドキドキする状況を作れないのかしら...。うん...?待ってこの案でしたら......!

 

ある案が思い付いて心が弾んだ私は、スキップしながら自室に向かいクロウカードを自分の机の上に置く。

あの案でしたらカタリナ様をときめかせることができて、クロウカードを使ったとしても他人に迷惑をかけることはありませんわ!

 

決めました!この方法でカタリナ様を落としてみせます!

 

 

「お待ちしておりました。カタリナ様、キース様、ケロちゃん」

 

「えっと...ソフィア...。随分と余裕があるけど大丈夫なの?」

 

「大丈夫ですわ。創(クリエイト)のカードは夜にしか活動はできず、本に書かなければ騒動は起きません。ですが...クロウカードを持ち歩いて、万が一何かあった時のことを考えると不安でしたので、念には念を入れてお二方に来てもらう形にさせていただきました」

 

私の答えにキース様は納得していただいたようでほっとため息をついていました。

 

「早速封印致しましょう。カタリナ様」

 

私はクロウカードが置いてある自室にカタリナ様を招き入れたのでした。

 

 

 

「この本ね...ほんと普通の本にしか見えないわね」

 

私の机の上にある実体化したクロウカードを見詰めるカタリナ様。

知っているのと現物で見るのでは違いますからね。気になる気持ちは物凄くわかります。

 

眺めること数十秒経つとカタリナ様は鍵を取り出してました。

 

「闇の力を秘めし鍵よ。真の力を我の前に示せ。契約の元、カタリナが命じる。封印解除(レリーズ)!」

 

黄金色の魔方陣が輝き出すと、カタリナ様は直ぐ様本に向かって杖を振り下ろす。

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

甲高い音と共に、実体化していた本が淡く光元のカードの形に戻っていく。

 

「やりましたわ!カタリナ様!」

 

「それもこれも教えてくれたソフィアのお陰よ!ありがとねソフィア」

 

「いいえ、封印できたカタリナ様のお陰ですわ」

 

私達はお互いに褒め合いました。

お兄様とキース様も少し離れた位置で立って待っていたのですが、カタリナ様が無事に封印を終えるとお二方も私達に近付いてカタリナ様を労りました。

 

「カタリナ、ご苦労だったな」

 

「義姉さん無事に封印できて良かったね。ソフィアも見張ってくれてありがとう」

 

照れたカタリナ様を中心に和やかな雰囲気に包まれる。

事を終え、タイミングを伺っていた私は口を開く。

 

「カタリナ様、キース様。せっかく来て下さったのにすぐに帰るのは勿体ないですし...少しお話をしませんか?」

 

「どうしたの?ソフィア。急に畏まって」

 

「そうだよ。いつも通りに話せば良いじゃないか」

 

急に態度を変えた私を心配するカタリナ様とキース様。お兄様も心配そうに見詰めてくる。

皆様心配をかけてごめんなさい。でも...私にとってとても大事なことだから譲れません。そう...今こそが──

 

 

お兄様とカタリナ様をくっ付けられる最大のチャンスなのです!!

皆様関わっていますが、本来クロウカード騒動は危ないので関わってはいけません。それでも関われるのは現場に居合わせたからです。幻(イリュージョン)の時は止める人が多ければ多いほど良い、カタリナ様以外危害を加えないと言う点で例外になりましたが...基本的には出会わせない限り関わってはいけません。関われるのは封印ができるカタリナ様、知識のある私、ケロちゃん、親族であるお兄様とキース様。

 

このルールを利用してライバルであるジオルド様、メアリ様、アラン様を遠ざける...カードの知識がある私だけが使える作戦。キース様だけは遠ざけることはできませんが、対策は既に考えております。

上手く事が運んでできた微笑みを利用して私は話を進める。

 

「ありがとうございますカタリナ様、キース様。お話と言うのは実は...今はクロウカード騒動の影響でロマンス小説を読む時間が少なくなりました。そこで...私たちでロマンス小説を作りませんか!?」

 

「私達でロマンス小説を書くの?良いわねそれ!だけど、私に...ロマンス小説なんて作れるのかしら?難しそう...」

 

「みんなでロマンス小説を作る...?良いと思うけど、どうやって作るの?」

 

私の提案に嬉しそうにしたものも不安がるカタリナ様と、本を作るということに疑問を感じるキース様。お兄様はじっと私のことを見詰め、ケロちゃんだけは何故かげんなりとしておりました。

...どうしたのでしょう?ケロちゃんも体調が悪くなる時があるのでしょうか?

 

「ケロちゃん。顔色が悪いのですが、大丈夫ですか?」

 

「い......嫌や!!現実でもカタリナの取り合いを見せ付けられておるのに、わざわざ小説を書く必要なんてないんや!遊ぶなら別の遊びにしてくれへんか!!?」

 

まあ...カタリナ様は鈍感ですからね。現にカタリナ様はケロちゃんの言葉がわからなくて、きょとんとしております。恋愛に興味のない方からすればうんざりすることもあるのでしょう。ですが...私にとっては大事なことなので、ケロちゃんには悪いと思っておりますがここは譲れません!

ケロちゃんの無事を知り、他の皆様は私の話に聞く体勢になっていることに嬉しくなった私は、さらに気分が上がって早口で話をしてしまいました。

 

「大丈夫です!文を書くのも道具を用意するのも全て私がやります!皆様には登場人物とストーリーを一緒に考えて下さい!ぜひ皆様でロマンス小説を書きましょう!」

 

これが私の作戦です!

ロマンス小説作りに便乗をして、カタリナ様に略奪愛の素晴らしさを伝えて乗り気にさせ、カタリナ様が好きな台詞をお兄様言ってもらったり、ラブシーンを再現してカタリナ様に意識してもらったりと...完璧ですわ!家族贔屓なしでも魅力的なお兄様に、ロマンス小説の真似していただければ、鈍感なカタリナ様でもいちころですわ!

 

「ソフィア...。おまえさんはわいにとって数少ない味方だと思っておったのに...」

 

私はケロちゃんの味方でおりますが、それとこれは別です!お兄様がカタリナ様と歩む未来は誰にも渡しません!

 

 

 

「一口にロマンス小説と言っても色々とあります。婚約者がいる相手を振り向かせるもの、純愛もの、同性愛もの、歳の差のもの、身分違いもの、人と違う種族のものなどと...様々な分野があります」

 

私の説明を聞いているキース様が顔を赤らめたり、指を絡ませたりしてもじもじとしてとおりました。

...何か言いたいことがありそうですね。想像はつきますが、認めませんよ。

 

「あ、あの...!血が...繋がっていない姉弟ものは...!」

 

「そのような分野はございません」

 

「...あれ?それと似たようなものを聞いたことがあるような...」

 

「それはカタリナ様の勘違いでございます」

 

「そうかしら?」

 

「はい、そうです」

 

「やっぱりあるじゃないか!」

 

「そのようなものは一切ございません」

 

「じゃあ...!一から作るのは!?」

 

「それでは時間がかかりすぎます。唯々でさえ、本を作るのは難しいことです。新しい分野を一から作るのには時間が足りません。既存のものを真似するだけで精一杯でございます」

 

思い出そうとしているカタリナ様には気のせいと伝え、感情的に訴えるキース様の意見を、私は淡々とばっさりと切り捨てました。

最終的にキース様は一旦引き下がって下さりましたが、もう自分で作るしかない、と諦めていない様子でした。...流石に自分で作ると言われては止めることはできませんね。ですが、カタリナ様とロマンス小説の仲の私の方が有利です。そこを利用をすれば負けることはないでしょう。

 

「......カタリナ。お前はどんなロマンス小説が作りたいんだ?」

 

「せやな...。こいつらに決めさせようとしたらいつまで経っても決まらへんし、無駄な争いしかせいへん。カタリナに決まらせた方があいつらも納得するしな。無駄な争いは見たくないし。それに...カタリナにも......」

 

少し離れた位置でお兄様とケロちゃんが、呆れながらこちらを見ておりました。

もう!ケロちゃんはともかく、お兄様はカタリナ様にアピールできるチャンスですから気を抜かないで下さい!ケロちゃんよりもカタリナ様を見ていて下さい!こうなったら...

 

「カタリナ様は魔性の伯爵シリーズが好きですよね!でしたらその作品をモチーフにして書きましょう!」

 

カタリナ様が好きな作品を使って、こちら側がついてくれるように誘導します。何よりも魔性の伯爵はお兄様に似ているとお墨付きですからね!

...あれ?先程まで乗り気でしたカタリナ様が静かにしています。どうかしたのでしょうか?皆様の視線がカタリナ様に集まった時話し出しました。

 

「う~ん...私の意見ではなくて...。ソフィアも、キースも書きたい内容があるみたいだから、ソフィアから書き方を教わって、みんながやりたいように書けば良いと思うの。それに!一冊だけではなくて、みんなが書いた作品を読んでみたいし、色んな作品があった方が面白いと思うわ!」

 

あちゃー...。争っていたらカタリナ様に別の方法を提案されてしまいました。これではお兄様だけに意識を向けられません。

 

「そうだよね義姉さん!別々で作品を作った方が良いよね!」

 

キース様も必死にカタリナ様の同意を得ようとしますし...

 

「ええ!そうしましょう!キースの書いた物語りも読んでみたいわ!」

 

カタリナ様もキース様の意見に賛成してしまいました。

 

「そうするべきだよね義姉さん!ソフィア、書き方の指導よろしくね」

 

キース様はカタリナ様に賛同してもらった後、私が有無を言う前に指導のお願いをして流れを作られてしまいました。

...完全にやられてしまいましたわ。でも、キース様はカタリナ様から見ればただの弟にしか見られておりません。その点お兄様は異性として見られております。こちらの方が有利で焦るほどではありません。

 

お兄様に意識してもらうため、カタリナ様が好きな台詞をお兄様に言ってもらおうとしたところ、キース様の質問というなの邪魔をされて上手くいきませんでした。

 

 

 

「昨日はとても面白いことをしていたのですね」

 

あれから上手くいかないまま終わってしまい、皆様に昨日の出来事を包み隠さずお話をするカタリナ様。

あーあ...バレてしまいました。せっかく、お兄様とカタリナ様の距離を近付けるチャンスでしたのに...キース様も私と同じことを考えていたようでがっかりとしておられました。

 

ジオルド様とメアリ様は笑顔でありながら目は笑っておらず、カタリナ様に気付かれないように器用に怒りながら私を見詰めておりました。

 

「ソフィア。今回のクロウカードは、封印しても暫く様子を見ていないといけないほど危ないものだったのですか?」

 

今回の出来事を面白くないと感じているジオルド様は咎めるように質問をする。

カタリナ様が皆様に話をすることをある程度予測していたので、私は予め用意しておいた言葉で答えました。

 

「今回実体化したカードは夜にしか活動はできず、実体化している本に文字を書き込まない限り、特に問題はありません。ただ、念には念をいれて、何が起きても可笑しくないので持ち歩きたくなくてカタリナ様に来ていただく形になりました。...せっかく、来ていただいたのに、すぐに帰ってしまうのは惜しかったので私が引き留めました。ジオルド様やメアリ様が私の立場でしたら、同じことをすると思いますよ」

 

私の説明にジオルド様とメアリ様は納得していただけました。

 

「ぅぅ...。ソフィア様は狡いですわ」

 

「僕も...カタリナを守るために訓練を続けているのに、こんな時に役に立てない自分が情けないです」

 

「ジオルド様もメアリもがっかりしているなんて...みんな!ロマンス小説を作ってみたかったのね!大丈夫よ。今日はソフィアが教えてくれるから!」

 

カタリナ様がまた的外れなことを仰りました。どうしてそのような考えに至ったのかは私には理解できません。

考えてもわかりませんが、ジオルド様のさりげないアピールが効かなかったから良しとしましょう。

 

「ロマンス小説を作る...。良いですね。題材は王子と、お転婆で、鈍感で、ロマンス小説と畑作りが好きな婚約者の恋愛ものにしましょう」

 

「いいえここは!女性同士の同性愛のラブロマンスですわ!植物を育てることが得意な令嬢と!畑を作ることを趣味にしている令嬢との愛の逃避行を......!」

 

「お、俺は......!」

 

作品作りと乗じてジオルド様とメアリ様はカタリナ様は必死にアピールをする。

当のカタリナ様は気付いてなく......うん?ちょっと待って下さい!恋を自覚していなかったアラン様がアピールをしようとしている!?そんなどうして!?いつ自覚したのですか!?ライバルが増えるのは困ります!アラン様は異性でありながら、私たちの中で一番カタリナ様と距離が近い男性。厄介な相手が目覚めてしまいました!こうしてはいられません!どうにかしなくては!

 

「カタリナは誰の本を読みたいのですか?」

 

「みんなが書いた作品ならどれも読みたいわ!」

 

「...カタリナらしい答えですね。カタリナはどんなロマンス小説を作るのですか?」

 

「カタリナ様も同性愛ものにしましょう!禁じられた恋故に、周囲の人達から反対されてしまい、身分を捨てることにより生活は苦しいものになってしまいますが、それでも、愛の逃避行は素晴らしいですわよ!自分たちを縛るものはなくなり、好きな時に起きて食べたりすることができて、行ったことも見たこともない場所に行けるようになるのですわ!」

 

「う~ん...私は...。せっかく魔法のある世界に生まれたのだからファンタジー要素も入れたいわ!」

 

私が考えている間にも積極的にアピールをするジオルド様とメアリ様。

ファンタジー要素ですか...。...あ!閃きましたわ!

 

「復習を予て、カードキャプターさくらの話をロマンス小説にしてみます!」

 

私の大声に吃驚して静かになる皆様。

うふふ...これでしたら...。クロウカードを使用できるカタリナ様が必然的にヒロインにできます。勿論、小狼君の立場はお兄様ですわ!

 

視線が集まって静かになっている間に、カタリナ様を巻き込んでいきます!

 

「早速ですがカタリナ様!イメージしやすいように私が言ったことを再現させていただけませんか!?」

 

「えっ!?私!?」

 

「当然ですわ!クロウカードを使用できるのはカタリナ様だけです。カタリナ様以外に桜ちゃんの役が務まる方はいません!」

 

私の発言と勢いに戸惑っていたカタリナ様でしたが、納得していただけると笑顔で了承して下さりました。

 

「わかったわ...!で、ソフィア。私は一体何をすれば良いの?」

 

「そうですわね...小狼君との出会い...小狼君が桜ちゃんを睨み付けたり...カードを奪おうとする小狼君と、桜ちゃんが必死に守ろうとするシーンなどやりましょう!お兄様が小狼君の役です!」

 

「ちょっと待って下さい!勝手に役を決めるのは可笑しいですよ!」

 

「ジオルド様の言う通り、勝手に決めるのは駄目じゃないか!ここは公平に話し合って決めるべきだよ!」

 

「こ、ここは...ほら...その、あれだ...」

 

「男性だけではなくて、女性だって小狼君の役をやっても良いのでありませんか!?」

 

「ソフィア...。勝手に決めるのはどうかと思う」

 

お兄様は私を咎め、ジオルド様、キース様、メアリ様は必死に小狼君の役を狙い、アラン様も顔を真っ赤に染めながら恥ずかしそうに意思を表示しておりました。

 

「う~ん...。ニコル様が小狼君の役かあ...。性格的に似ているのはアラン様なんだよね。同じツンデレだし...」

 

まさかのカタリナ様からの否定!

カタリナ様からの指定に、皆様は先程以上驚かれていました。指名されたアラン様は口を大きく開けて固まり、熱心にアピールしていたジオルド様、キース様、メアリ様は物凄く落ち込んでおられました。

 

「私とさくらちゃんとの共通点はクロウカードが使えるだけだし...。再現するなら性格も似ている人の方が良いと思うわ!」

 

そんな理由ですか!?

確かに、この中で言い争いをする男性はアラン様だけです。ですが!お兄様だって小狼君のように助けて...アラン様も助けてくれるお方でしたわ!

 

「ということでアラン様!ソフィアのロマンス小説作りのためにも協力して下さいな!」

 

「あ、ああ...。お、お前がそこまで言うなら、協力してやっても良いんだぞ...!」

 

「やった!ありがとうございますアラン様!では先ず、初めて出会った時、さくらちゃんが選ばれたことが気に食わなくて睨んでいたので、アラン様も私のことを睨んで下さい!」

 

「お、おお...こうか...?」

 

「全然違いますわ!あの時の小狼君は顔を赤くしておりません!目付きをもっと鋭く、目線は最後まで外さず、親の敵のように私のことを睨むのです!」

 

誰かが止める間もなく、カタリナ様が勢いで私のために、アラン様とのお芝居を始めてしまいました...。

ジオルド様とメアリ様が私のことを親の敵のかのように睨んできました。...私だってこんな展開望んでおりません...。

 

「...全然駄目ですわ...もう睨むのは止めて!こうなったら本の取り合いをしましょう!今ここに封印の本はないので、代わりにこの本で再現しますわ。さあ!アラン様!私からこの本を取って下さい!」

 

「お、おお...わかった...」

 

「また駄目ですわアラン様!もっと力を入れて下さいませ!それでは触れているだけですわよ!」

 

カタリナ様が本を取りやすい位置にしても、カタリナ様への照れと配慮から上手くいかないアラン様。

そんなアラン様にカタリナ様は痺れを切らしました。

 

「もう!アラン様ったら!ただ力を入れることさえもできないのですか?」

 

「...!!ああ!わかったよ!こうすれば良いんだろ!」

 

「そうですアラン様...あ、あ、ちょっと...!」

 

その言葉にかちんと来たアラン様は思い切り力を入れて本を奪いました。

なんの前振りもなくやってしまったものだから......

 

 

カタリナ様は前に転びそうとなり、転びそうになったカタリナ様を支えようとしてアラン様は前に出る。だけど不安定な体勢だったから......

 

 

カタリナ様を支えることができず、カタリナ様がアラン様を押し倒すような形で倒れてしまいました。

アラン様は顔を真っ赤に染め、カタリナ様は唖然になって動かないまま、見詰め合うことになってしまった二人。目の前の光景にショックが強すぎた私たちには、呆然と眺めることしかできませんでした。この良くない事態を収拾してくれたのが、ジオルド様の怒りを含んだ声でした。

 

「......アラン」

 

「い、い、いや!その!こ、これは!わざとではなくて...」

 

「言い分けなんて聞きたくありません」

 

アラン様が勢いよく壁の方まで逃げて、ジオルド様が恐怖を刻むかのように恐ろしい笑顔で迫る。

私がジオルド様の笑顔に怯えていると、誰かが私の肩を軽く叩きました。...なんででしょう...後ろを振り向きたくありません...。

 

「ソフィア様。お話があります」

 

「そ、そんな...。お兄様!助けて下さい!」

 

「...自業自得だ。少しは反省すると良い」

 

「そんな~!」

 

「では、私たちも、場所を変えてゆっくりと女性同士でお話をいたしましょうね」

 

こうして私もメアリ様に連れていかれてしまいました...。

お兄様とカタリナ様のラブロマンスを望んでいただけなのに...私だってこんな展開望んでいませんわ~!



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お菓子がいっぱいで夢のような出来事でした...

本当に時間はあっという間に過ぎていくわね~。この前まで夏だと思っていたらもう秋になっていたわ。

秋と言えば、読書の秋、食欲の秋、スポーツの秋とか色々とあったね。読書の秋で思い出したのだけど、そう言えば...ロマンス小説を作ろという話いつの間にかなくなっていたわ。私個人で作ろうとしても良いのが思い付かなくて、ソフィアにアドバイス求めたら、なんだか顔を青ざめてぶつぶつと呟いていた。...あ!もしかして──

 

 

上手く作れなくて、話するのも嫌なほど嫌いになってしまった!?

作るのが嫌になるのは仕方がないとしても、ロマンス小説を語り合う人が減るのは嫌だな。そりゃあ、勿論、ソフィアがロマンス小説を嫌いになっても友達だよ。でもさ...ロマンス小説で繋がった仲だし、好きなことが共通できるのならできるだけ共通をしたい。これ以上嫌いにさせないためにも、この話題はもう出さないようにして、今まで通り楽しく会話しよう。うん!絶対そうしよう!苦手かあ...。苦手と言えば......

 

「主、主」

 

誰かが考え事をしている私の体を揺さぶる。隣をちらっと見て確認すると、私を揺さぶっていた人物は鏡(ミラー)だった。

 

「集中した方が良いですよ。美味しいお菓子を作るのには、かき混ぜ方一つでも大事になりますからね。それと主は...集中しないと力いっぱいにかき混ぜすぎて周りにクリームが飛び散りますから...」

 

「あ、うん、そうだね!気を付けてかき混ぜないと!」

 

鏡(ミラー)に注意された私は、もう一度気を引き締めてクリームをかき混ぜ始める。

鏡(ミラー)がお菓子作りに興味を持ったことや、ハロウィンに近いことから、今私たちはカップケーキを作っていた。...これが私には難しくて...鏡(ミラー)はできるのに...この差は一体なんだろうか?考えてもわからない。

 

そうこう考えている内にクリームをかき混ぜるのが終わり、後は事前に焼いておいたカップケーキに鏡(ミラー)がクリームでデコレーションをしていく。

鏡(ミラー)の真剣にやっている後ろ姿を眺めていたら、鏡(ミラー)から話しかけてきた。

 

「先程主は何を考えていたのですか?」

 

「先程って...いつのこと?」

 

「クリームをかき混ぜる時です」

 

「え...あ...あの時?あの時は確か...苦手...そう!ソフィアに苦手なものができたら嫌だなと思っていたのよ!」

 

「ソフィアさんに苦手なものができた...。それはどのようなものですか?」

 

「ロマンス小説作りよ」

 

「ロマンス小説作りですか...意外ですね。あれほど熱心に話をしていたり、読んでおりましたから、話を作るのも好きだと思っておりました...」

 

「そうよね。ソフィアがロマンス小説に関連することで苦手になるなんて...あ!苦手と言えば、ジオルド様も意外なものが苦手なのよ」

 

「へぇー...あのジオルドさんにも苦手なものがあるのですか?」

 

「ええ、そうよ!見付けた時は嬉しかったわ!これで...」

 

私は急いで口を閉じる。

いけない、いけない、鏡(ミラー)には破滅フラグ知られないようにしないと!鏡(ミラー)は『FORTUNE・LOVER』のキャラではないから関係ないし、裏切ることはないと思うけど、いつどこで聞かれるのかはわからないから知られない方が良いのよね。

 

「主はなんで...ジオルドさんの弱点を見付けて嬉しかったのですか?」

 

「え、えっと...それは...」

 

私の発言が気になった鏡(ミラー)は、手を止めて私の方へと振り向く。

なんと言えば良いのかわからず、黙り込んでいると鏡(ミラー)が何やら思い付いたようだ。

 

「あ...もしかして......」

 

 

「ロマンス小説でよくある、幼い少年が好きな少女に嫌がらせをして気を引く...あの行動ですか?」

 

なっ...!!ち、違うわよ!私はそんな小学生男子みたいな馬鹿なことをしないわ!私には破滅フラグ回避という大事な使命があって...!

とんでもない勘違いをした鏡(ミラー)の発言に私は取り乱してしまう。

 

「ち...違うわ!私は...!」

 

「別に恥ずかしがらなくても良いですよ主。婚約者同士ですから。ただ...イタズラよりも、素直に言葉で伝えた方が、ジオルドさんもお喜びになると思います」

 

きょどった口調、手を使って大袈裟に否定した私の姿は却って逆効果で、鏡(ミラー)は温かい眼差しで私のことを見詰めていた。

どうしよう...。下手に言い訳なんてできないし...これ以上言い訳しようとしたら不自然だしな...あ!そうだ!良いこと思い付いた!

 

「そうよ!イタズラこそが仲良くなる秘訣よ!だからハロウィンで、トリック・オア・トリートと言ってコミニュケーションを取るんだわ!」

 

「そ...そうなのですか...?」

 

「そうよ!これが一番のコミニュケーションよ!」

 

納得をした鏡(ミラー)は再びデコレーションに取りかかる。

 

我ながら上手い言い訳だわ!

いくら勉強をしているとはいえ、鏡(ミラー)はまだまだ知らないことは多い。丁度ハロウィン時期と被っているからそこを言い訳にすれば、なんとか納得させられると思う。それでもじっと考えられてしまったら、疑問を覚えられてしまうから、後はハロウィンで楽しい思い出で忘れてもらおう!

 

デコレーションが終わり、また何か言われる前に私は次の行動に急かす。

 

「さあ!できたら!元に戻る前にハロウィンの練習をするわよ!これを機会に色んな人と話をしましょう!」

 

「え、え、え...私があの台詞を言うのですか...」

 

「当たり前よ!この台詞がハロウィンで一番大事な台詞で、醍醐味なんだから!」

 

「で...でも...」

 

なんだか歯切れの悪い鏡(ミラー)。

どうしたの?そんなに嫌なことなの?ただトリック・オア・トリート、お菓子をくれないとイタズラするよ、と言うだけなのに...。...そっか!慣れていない人と話すのが怖いんだわ!相手が怖がっているかも知れないと思うと億劫だよね。だったら──

 

 

「キースを呼んでくるわ!キースなら言いやすいでしょ!」

 

「え、ええっと...そういう問題ではなく...」

 

あら?まだ自信がないようね。でも大丈夫!キースなら言っても問題ないわ!キースと楽しんだ後これを機に、色んな人に声をかけられるようになって仲良くなれたら良いな。そのためにも、ハロウィン絶対に成功させてみせるわ!

 

 

 

「義姉さん......。本当にミラに...この台詞を言わせるの?」

 

物凄い顔で呆れられてしまった。

部屋で本を読んでいたキースにちょっと来て、と言って連れ出し、調理場で待っている鏡(ミラー)の練習に付き合ってもらおうとしたのだが...何故かキースが怪訝な顔をしている。

どうしてそんな顔をしているの?...ハッ!まさか!キースは過去のトラウマで鏡(ミラー)のことが苦手!?そんな!できれば仲良くしてほしいわ!けど...キースの過去のことを考えると仕方のないことかもしれないけど...どうしたら仲良くなれるものか?...う~ん...。

 

「あのね、義姉さん。別にミラの練習に付き合いをしたくないわけではないよ。ただ...」

 

「そうなの!?だったらどうしてそんな顔をしているの!?」

 

「義姉さん......」

 

何か言いたそうにしているのにも関わらず、黙り込んでしまうキース。

重苦しく感じる時間が長く続く。この雰囲気を変えたくなった私は、キースに聞こうとするが、その前にキースが鏡(ミラー)を横目で見る。まるで確認をしているみたいだ。キースの視線に気が付いた鏡(ミラー)は頷いて了承をする。鏡(ミラー)が了承してからキースが私の方を見る。

 

「なんで...ミラが嫌われているのかわかっている?」

 

「ええ、騒ぎを起こしたからでしょ?でもそれは昔の話であって、今は騒ぎを起こしていないわ。それどころか、ミラがいなかったら剣(ソード)を安全に封印することはできなかったわ!」

 

あの時は本当に焦ったわ。

幻(イリュージョン)で動きを止めようと思っても、幻で映し出されるであろうお父様が止めても止められなかったし...。他のカードでも止められることができても傷付けてしまう可能性が高いからなあ...。あの時は本当に鏡(ミラー)がいてくれてありがたいと思ったし、今でも感謝してもしきれないわ!

 

「うん、そうだね。今は騒ぎを起こしていないし、義姉さんの助けにもなってくれている。だけどね......」

 

 

「人の心は早々変わらない。一度でも怖いと思われたら変わることはない。義姉さんではない限り...」

 

「私ではない限り...」

 

それってどういうことだろうか...?う~ん...考えても考えてもわからない。よし!こうなったら──

 

 

 

『これより、キースが何を伝えたいのか理解するための会議を開始します。では、何か良い案がある方はいらっしゃいますか?』

 

脳内の議長カタリナ・クラエスが開始を宣言するが、誰からも案が出なくて黙ってしまう。

 

『何か...良い案はありませんか?これでは会議にはなりませんぞ...』

 

『そんなことを言ったって案が出ないからしょうがないじゃない!』

 

『そうですよ...こんな難しい問題誰にもわかりませんわ...』

 

珍しく、強気なカタリナ・クラエスと弱気なカタリナ・クラエスの意見が合う。

 

『二人のカタリナ・クラエスさんが仰る通り、今回の件は中々難しいものであります。キースはこの屋敷では暴走をしておりませんし、事情を聞けば誰もが同情をするのでしょう。それに対して鏡(ミラー)は、周囲の人達に危ない目に遭わせていないものの、イタズラで他人に迷惑をかけております。ただでさえクロウカードは怖がられている存在、印象を良くすることは容易ではないでしょう』

 

さらに追い討ちと言わんばかりに、真面目なカタリナ・クラエスがお手上げだと宣言をする。

みんながうーん、うーんと唸って考え込んでいると、ハッピーなカタリナ・クラエスが手を上げて発言をする。

 

『あ、そうだ~。良いこと思い付いたわ~。印象を良くすれば良いんでしょう~?だったら、お手伝いするのはどうかしら~?前世でお母さんにどれだけ叱られた後でも、お手伝いをしたら凄く喜んでくれたよね~。クロウカードでみんなを助けたら笑顔になるんじゃない~』

 

ハッピーなカタリナ・クラエスの発言に雰囲気はパッと明るくなる。その意見に他のカタリナ・クラエス達は賛同していく。

 

『その案名案じゃない!』

 

『これなら...最初は怖がられていてもなんとかなりそうですわ...』

 

『むやみやたらに使うと言っても、悪いことに使うわけではないので、ケロちゃんからの許可を得る必要なんてありません。人のために使いながら同時に、魔力を上げる訓練にもなる...とても素晴らしい案だと思います』

 

みんなの意見がまとまったところで、議長カタリナ・クラエスが最後を締める。

 

『では皆様...クロウカードを使って人助けをして、イメージアップを図る...。この案でよろしいですね?』

 

『異議なし!』

 

 

 

「そうと決まったらミラ!練習を中止にして人助けをするわよ!大丈夫!私も一緒に手伝うから!」

 

「...はい!?どうしてそのような考えになったのですか!?」

 

無事に結論を出した私は、鏡(ミラー)の手を取って別の場所に連れていく。

キースの引き留める声が聞こえてくるが、一刻も早く鏡(ミラー)の印象を良くするために困っている人を探す。

 

絶対に楽しいハロウィンしてみせるわ!今はそのためにも人助けよ!

 

 

人助けをしようとしても、困っている人はいなかった。それどころか、要りません。お嬢様は落ち着いて下さい、とアンから思い切り否定されてしまい、しかも私が疲れて鏡(ミラー)を元の姿に戻してしまった。

 

疲れた私はその場に座り込む。

中々上手くいかないものね。どうすれば良いのかしら?座り込んでいると背後から気配を感じる。そこには──

 

 

「カタリナ」

 

静かに怒っているお母様が立っており、その後ろにキースが気まずそうにこちらを見ていた。

 

「お、お母様!?」

 

「キースから話は聞きましたよ。なんでもミラと一緒にハロウィンをしたいからといって、皆様に迷惑をかけているようね...。私が今までのその奇行を見逃していたのも、付き合って下さる他の方々が楽しんでいたから見逃していたのであって、迷惑をかけるようであれば......」

 

 

「ハロウィンは一生禁止です!ついでに...その人の話を聞かないところも直しましょうか。さあ、私の部屋にいらっしゃい!」

 

「そんな~!」

 

私はお母様によって無理やり部屋に連れて行かれてしまったのであった。

 

 

 

「今日は散々だわ。鏡(ミラー)に変な勘違いをされてしまうし、お母様には叱られるし...」

 

ジオルドたちが遊びに来てくれたから解放されたけど、もし来てくれなかったら...考えただけでもぞっとする...。

あ~あ、何か良いことないかな。...甘い匂い?なんで調理場から離れているのにここまで匂いが漂っているのだろうか?もしかして...いつも以上にお菓子を持ってきてくれた!?

なら落ち込んでいる場合ではないわ!早くジオルドたちのところに行かないと!

 

甘い匂いに誘われて、いつもは使われていない部屋に入る。なんとそこには──

 

 

壁、床、ドア、窓、ソファー、クッション、テーブル、本棚、花瓶、壁にかけられた絵画さえもお菓子でできた、お菓子好きなら一度は夢見る、お菓子の家ならぬお菓子の部屋になっていた!

壁や床はクッキーに、ドアやテーブル、本棚はチョコレート。ソファーの座る部分は柔らかいマシュマロになっており、花瓶やガラスなどの到底感のある物は飴に変わっていた。こんなことはできるのは勿論──

 

 

クロウカードの仕業に間違いないわ!このカードは甘(スイート)のカードね!そうとわかったら......

 

「美味しい~」

 

食べるに決まっているわ!アニメで観た時から、一度食べてみたいと思っていたのよね!

元クッション、大きな赤色のマカロンを口一杯に頬張る。ちゃんとマカロンになっていて外はさっくりとしており、甘いクリームが口の中に広がる。しかも色通りに苺味になっていた。凄い...!本当にお菓子になっているわ!これが元クッションだなんて信じられない!...うん?待てよ...このクロウカードなら人助けができるわ!お腹が空いて仕事ができないメイドさんたちに、甘(スイート)で作ったお菓子を渡して元気になってもらう。これなら上手くいくわよ!だって、お腹が空いている人に食べ物をあげるのはヒーローだもの!

 

あ~生き返るわ~。

今日は怒られてばっかりだったし、鏡(ミラー)を召還していたから魔力が少なくなっていたから丁度良かった。マカロンを食べたら次は......

 

「カタリナ...。お出迎えしてくれないと思ったらお菓子を食べていたのですか...」

 

待ちくたびれて探しに来てくれたであろう、ジオルドたちが私のことを見て呆れていた。

 

「カ、カタリナ様!?そ、それはクロウカードがお菓子に変えただけで...本来は食べ物ではないですよ!」

 

「なっ...!!お前!!変なものを食ってんじゃねぇよ!!!」

 

ソフィアの発言にみんな顔を青ざめる。特にアランは声が出る限り怒鳴り付けられてしまった。

......そんなに危ないものなのかな?食べてもなんともなかったけど...。

 

「カタリナ様!もうそのお菓子を食べないで下さい!お兄様!早くカタリナ様が違うものを食べてしまう前に、一緒にクロウカードを捕まえるのを手伝って下さい!甘(スイート)のカードは塩が苦手です!風の魔力を使って甘(スイート)に塩を当てて弱らせましょう!」

 

「わかった...。カタリナ、それはお菓子ではない。それを肝に銘じてくれ」

 

ソフィアとニコルは急いで部屋を出る。

キースは食べかけのマカロンを取り上げ、メアリは私の背中を押して部屋から追い出そうとした。名残惜しくて居残ろうとした私の手をジオルドが引っ張っていく。

せめてマカロンを最後まで食べたかったな...。

 

 

屋敷にいる人総出で実体化した甘(スイート)のカードを追い回す。

私も突っ立っているわけにもいかず、気配を感じ取って後を追う。追い付いた先には、塩をかけられてしょんぼりとした甘(スイート)がいて、その側で甘(スイート)が逃げないようにソフィアとニコルが見張っていてくれた。

 

「カタリナ様!封印を!」

 

「わかったわ!汝の在るべき姿に...」

 

ソフィアとニコルの頑張りを無駄にしないためにも、早速杖を振ろうとしたのだが......

ない!杖がない!そんなどこに!?今日は鏡(ミラー)を召還したから...どこに置いてきてしまったんだっけ!?すっかり忘れてしまったわ!今から杖を探すの!?その間に甘(スイート)が元気になって逃げてしまったらどうしよう!!

 

「お嬢様!お忘れですよ!」

 

困っているタイミングよくアンが杖を持ってきてくれた!

ありがとうアン!この恩は忘れないから!

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

疲れているせいでいつもよりも戻る時間がかかってしまったが、相手も弱っていたお陰でなんとかカードの形をした光の中に納めることができた。

 

「やったわ!封印完了よ!」

 

封印したカードを拾って、みんなと喜びも分かち合うのも束の間、クッションを食べてしまったことがバレてしまい、私はお母様に呼ばれてまた説教タイムになってしまう。しかもそのせいで一週間お菓子抜き、クロウカードを使うのも禁止になってしまった。

とほほ...私はただお菓子を食べただけなのに...。よーし、こうなったら...今度戻ってきたら甘(スイート)の美味しさを広めるわ!



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護衛の人にも腕試しされてしまいました...

今回はオリキャラ視点です。


魔法省で働くこと早二十年近く経つが、こんな意味不明で危険な魔法を相手にするのは初めてだ。

相手が魔法だから何が起きても可笑しくないとわかってはいる。だけど、意識を持った魔法なんて聞いたことがない。ただ単に俺が勉強不足なだけか...?いや...ものによっては魔法省の職員さえも読めない閲覧禁止の魔道書もあるからな...その手の本を読める立場の者であれば...きっと...それでも真相を知るのは無理だ。知っていると言っている本人たちでさえもわからないことがあるからな。

色々とわからないが、これだけは断言できる。このような魔法は後にも先にも出てくることはないだろうと。

 

 

 

「失礼致します」

 

今日も無事に仕事を終え、報告しようと部屋に入ると、俺達の雇い主であるダン・アスカルトが真剣な表情をして俺を待っていた。

 

「待っていたよ、フランク。早速であるが、今魔法省ではクロウカードについてどのような考えになっているんだ?」

 

「今のところ特に不穏な動きはありません。動きとしては、クロウカード相手を想定した訓練を行ったり、魔法道具開発を試みるなどの早急に封印をしようとする流れです。アスカルト様が考える、悪い方向にはなっておりません」

 

相手が未知の魔法である以上、常に万全な状態でいることが好ましいが、時折様子を見るため交互に魔法省に行くことにしている。今日は俺が魔法省に行く番だった。

 

「ああ...そうか...。それは良かった。でも油断は禁物だよな。今はまだカードへの恐怖が勝っているが...これが、もし、本当に...カタリナ様の言う通り、カードが襲ってこないで、自由自在に使えるようになったら......」

 

「ご想像通りのことになりますね」

 

カタリナ・クラエスがクロウカード共々利用されるのは明白だろう。俺じゃなくても容易く想像ができる。

ずっと塞ぎ込んでいた娘の心の傷を癒やし、息子の密かな想い人を酷い目に遭わせたくないと思う気持ちは無論だ。危険な現象が起きている故に少しでも人手がほしいところだが、けれどもそれは叶わない。このクロウカードとやらは、はっきり言って、使いこなせれば王家を乗っ取ることさえも簡単になる代物だ。だから少しでも権力に興味がある人が今回の件に関わるのは危険すぎる。権力に興味がないから俺フランク・ホーキンスやマックスが選ばれた。そうじゃなきゃいくら旧知の縁でも選ばれない。

元々俺たちは魔法学園で出逢った。平民生まれながら俺は魔力を持っており、しかも魔力の中でも稀少な方の火の魔力だった。魔力を持つのは貴族の特権であり、平民生まれが魔力を持っていることに気に食わなくて、他の貴族から色々と言われる俺を庇ってくれたのがダン・アスカルト。あの人がいてくれたから勉強にもついていけたし、学園生活も無事に過ごすことができた。あの時は本当に助かり、今でも感謝しきれないほどだ。

 

身分の差や互いに仕事が忙しく、もう会うことはないと思っていたのだが...ダンが思い詰めた顔で魔法省に通い詰めた時に再会をした。

はじめは俺に話すのも渋っていた。だが、あまりにも辛そうだったため、俺が何度も話をしてみないか?言うだけでもすっきりする、と言っても石のように固く閉ざしてしまった。流石に相手が言う気がないのでしつこく迫るわけにはいかなかったが...。

 

それでも放っておくことができず、学生時代の恩を返したいんだ!と強く言ったら、何分か考え込んだ後にフランク、お前は権力に興味があるか?と変な質問をされた。

いきなり変なことを言い出したから、俺は呆気に取られて何も言えなくなった。けれども、真剣に尋ねてくるものだから、俺も雰囲気に釣られて尋ねる時以上に真剣になる。それからは本音で権力に興味はない、もし興味を持つとしたら、ダンのようなまともな人がいなくなった時だ、と俺はダンの目を見詰めながら本音を語る。あの時のダンの顔を忘れることはないだろうと一生思う。

 

 

 

そんなこんなでクロウカードの件に関わることになったのだが...。ダンがカタリナ・クラエスを心配をしている反面、俺はカタリナ・クラエスがクロウカードの力に溺れて悪さをしないどうか見張っている。俺が見た限りでは───

 

 

大丈夫だと断言できる。ただ...利用されてしまわないかで心配だ。自分より位が上の...雇い主の子供たちの友達に向かって言ってはいけないことなんだが......カタリナ・クラエスは...正直に言ってアホな子だと思ってしまうことがある。

 

例えば、破滅フラグがー!と意味のわからない言葉を言い出し、危険だと理解しておきながらソード相手に挑発をする。淑女として育てられたわりには、屋敷の中で何故か物を投げ出したりして母親に怒られる。それだけではない。封印に必要な大事な杖を忘れたりする。まだまだ呆れることだらけだが他にも──

 

「アン!何か手伝うことがある?」

 

「お嬢様は落ち着いて座って下さい」

 

他のみんなが遊びに来たと言うのに、杖を取り出して何か手伝うと宣言をするカタリナ・クラエス。そもそも貴族は上に立つ者として下の者がやるような行動をしてはいけない。しかも厄介なのが、カタリナ・クラエスが手伝うと、他の人たちも手伝うことがある。特に第四王子のアラン・スチュアートが勝負だ!と競いながら掃除をしたりする。...下々を馬鹿にする人よりかは何倍もマシだが...やられる立場の気持ちを考えてくれ。お手伝いをしてもらって嬉しくなるのは平民の家庭の親だけだ。貴族がやったところで困惑しかない。下の者を馬鹿にするよりかは遥かにマシだが、これはこれで困る。

 

ありがた迷惑な話はこれだけではない。

恥ずかしい話、護衛をしていた最中にお腹を鳴らしてしまったことがある。しかもその音を護衛対象の一人であるカタリナ・クラエスに聞かれてしまった。

 

「お見苦しい姿を見せ、申し訳ございま...」

 

俺の話の途中で走り去るカタリナ・クラエス。

...どっか行ってしまったな...。俺が恥ずかしいと思って気を遣わせてしまったのか?きちんとご飯を食べて来なかった俺が悪い。俺に気を遣う必要なんてない。寧ろ離れられては困るのだが...。

 

俺がカタリナ・クラエスの後を追い掛けようと思った時、丁度カタリナ・クラエスが戻ってくる。何故か右手には杖を持ち、左手はグーの状態だった。こんなことで杖を出すような事態なのか?なんだか嫌な予感がする...。

 

「はい!お腹空いているのならどうぞ!」

 

グーにしていた掌を開いて、赤色、黄色、緑色、水色、オレンジ色、色とりどりの飴玉を俺に差し出そうとする。

どこからその飴玉を持って来たんだ?気にはなるが...俺には関係ないな。働いてる最中に飲食は禁止されているし、いくらカタリナ・クラエスが差し出してきたと言えども、平民の俺が貴族の食べてはいけないからな。ここは丁寧に拒否しよう。

 

「お気持ちはありがたいのですが、人様の家のお菓子など私にはもったいないです。どうぞ、お嬢様がお食べになって下さい」

 

「遠慮しないで!私の分はちゃんとあるから大丈夫よ!」

 

「お嬢様が気にしないと言っても、私が気になります。どうか、私のことは気にせずに食べて下さい」

 

善意からの行動だろうが、先程から物凄くお菓子を食べるように勧めるのは何故だ...?俺にお菓子を食べさせてどうしたい?お菓子を勧めるのに杖は必要か?......まさか!?

 

 

「お嬢様、そのお菓子はもしかして......」

 

「ええ、そうよ!クロウカードでお菓子を変えたものよ!私が食べてもなんともないし、味の保証はちゃんとするわ!家から持ってきた物ではないから、これなら食べても文句言われないわ!」

 

自信満々に胸を張って答えるカタリナ・クラエス。

やっぱりそうと来たか!杖を持っている時点で可笑しいと思っていたけが、まさか本当にやるとは思わなかった!ちょっと、いや...かなり狂っていないかこの子は!?クッションだとわかっていながら食べる人などやっぱ狂っているわ!その魔法は食糧難なったら役に立つのは同意する。いざという時には重宝されるのも理解している。けどな......!

 

 

切羽詰まった時以外は食べたくないんだよ!!

未知の魔法、しかもお菓子に変化させる前の元の物はわからない。そんな意味不明な物は、他に食べる物がない極限状態でしか食べれない!!全員が君のようになんでも食べれると思わないでくれ!!

 

しかもこの行動、厄介なのが心からの善意で行われることなんだ!!

相手は俺のことを本気で心配して、自分が美味しいと感じているから勧めてくる。本当に厄介だ!これが他の貴族のように嫌がらせで勧めてくるなら、食べた振りをして吐き捨てることになんの抵抗もないが、純粋に心配をする者の好意を無下にすることは...いくらわけわからないものを食べさせると言えども心が痛む。お腹が空いていても食べたくない!その魔法が普通の人に通じるのは何も食べる物がない時だ!

 

「あ...!汚くないから大丈夫よ!その飴...元の石ころはちゃんと川で綺麗に洗ったわ!」

 

貴族令嬢らしからぬ手をブンブンと大きく振って、安全だと伝えようとする。

どうすればカタリナ・クラエスを止めることができるのだろうか?......やはり母親か!?貴女の娘が俺に飴に変化させた石ころを食わせようとしました、と苦情を言うしかないのか!?カタリナ・クラエス!母親に怒られたくなければその飴を捨てなさい!本来は必要な時以外話してはいけないが...後で怒られても構わない、どんな罰を受けることになっても石なんか食いたくないんだよ!

 

俺が固まっていると、カタリナ・クラエスが飴を一つ口の中に入れて、美味しいよと必死にアピールしている。

いくら美味しくても、俺にはそんな怪談話に出てくるような真似はできない。

 

どうしたらいいものかと悩んでいたら救世主が現れる。

 

「...義姉さん!?また人に迷惑をかけているの!?そのお菓子を食べることができるのは義姉さんだけなんだからね!人に勧めたら迷惑になるだけだよ!」

 

キース・クラエスが俺の言えなかったことを正直に訴えてくれた。

本当にありがたい。断りきれなかった場合、最終手段として母親に苦情を言わなければならないところだった。俺としても無闇に波風を立たせたくない。あっちだって母親に怒られたくはないだろう。

 

「ごめんなさい」

 

義弟のキース・クラエスに色々言われたカタリナ・クラエスは素直に謝る。

本当に...貴族っぽくないなこの娘は。食いたくないだけで、別に嫌がらせでやっているわけではないから、食べさせなければ怒る気力はこれっぽっちもない。不毛なやり取りを終わらせるべく謝罪を受け入れる。

 

「気にしないで下さい、お嬢様」

 

謝罪を受け入れた後はすぐに仕事をする状態に入り、また無駄な騒ぎが起きる前に終わらせた。

 

 

 

「君にもそんなことがあったんだね」

 

「君にもって...マックス、お前にもあったのかよ...」

 

仕事が終わり、偶々休憩時間が重なったマックスと今日あった出来事を報告をする。

...あの娘はどんだけ変な物を食わせたいんだ?これからは仕事の前にはきちんと食べないとな。

 

「まあね。私もお腹の音が聞かれてしまってね。あの人には悪意がないようだけど...」

 

「ああ、困るよな。本人は美味しい物として俺達に紹介しているけど...」

 

「正直に言って食べたくないよね。本人が食べたうえで安全だとしても」

 

「こちらの仕事柄、あんな未知の魔法をすぐに信じられるかと言う話だな」

 

「信じたところで食べたくないでしょ?」

 

「まあな、あの魔法で物を食べる時は本当の最終手段だ。そう言うお前だって、理由がなければ食べたくないだろ?」

 

「言うまででもないね」

 

改めて愚痴にすると凄いことをしているな。無論悪い意味で。

民衆に石からお菓子に変えた物を勧めてくる未来の王妃候補。こんな上は嫌だ。身分の差関係なく素直に謝れるほど人柄は良く、王家と釣り合うほど家柄も良い。こんな好都合な人なのにとんでもないことを仕出かすとか...母親が教育を頑張るしかないか。あの娘が一番恐れている相手で言うことを聞く相手だからな。もし王妃になったら余計なことをしないで、ただ笑顔で愛想を振り撒けば良い。

 

俺達が愚痴っていると、同じ護衛仲間の一人が慌ただしく部屋に入ってくる。

 

 

「大変だ!護衛の一人がクロウカードに襲われたぞ!」

 

 

あれから急いでソフィアお嬢様に相談したところ、暴れていたカードの正体が判明した。その名はファイト。ファイトは強い相手と戦いを挑む性質を持っており、護衛などの強い人が狙われやすいらしい。

 

ファイトの封印作戦は実に単純だ。

夜クラエス家の庭でパワーで力をつけたカタリナ・クラエスがファイトを誘き寄せ、俺たちが囮になり、カタリナ・クラエスが隙を見てファイトに止めを刺して封印をする。問題点は一つあり、彼女の勢い良く振るう杖に当たらないようにすること。...大丈夫かこれ?ただでさえ剣を勢い良く振る癖が直ってはいない。しかも地面が陥没するほどの力がつくから、当たったら骨が折れるどころでは済まないな。気を付けなければ、クロウカードにも、彼女にも。

他の人たちも来たがっていたが、夜ということで拒否させてもらった。気になったり守りたい気持ちはわかるが、万全な状態にするための協力をしてほしい。

 

 

 

時間となり、我々の準備が終わると杖の封印を解除する呪文が唱えられる。

 

「闇の力を秘めし鍵よ。真の力を我の前に示せ。契約の元、カタリナが命じる。封印解除(レリーズ)!」

 

「全ての力をこの杖に託せ!パワー!!」

 

赤い霧が杖ごとカタリナ・クラエスの身体を包み込み、うっすらと赤く光を放つ。光は次第に消えて元の状態になる。

 

「さあ!かかってきなさい!闘(ファイト)!いつでも私が相手にしてあげるわ!」

 

自信満々に強気に挑発をするカタリナ・クラエス。

どこからそんな自信が出てくるんだ...。子供でも戦えたと聞くが、それは幼い頃から訓練をしていた者だろ?温室育ちのお嬢様には無理だ。

 

呆れながら様子を見守っていたその時だった。

タイミングよくファイトが門を飛び越え、俺たちの前に堂々と現れて立ちはかだる。形だけのお辞儀をするとカタリナ・クラエスに襲いかかろうとする。拳が彼女に当たる前に、俺たちが壁となり受け止め反撃をする。

 

「お前の相手は私達だ」

 

囲い込み、一対多数の戦闘が始まるが、相手は文句を言わずに不機嫌な表情も出すこともなく、冷静に素早く攻撃をして我々を翻弄をさせる。

こちらが有利だと思いきや、クロウカードは疲れ知らず故に油断ならない。しかも俺達たち囲んでいるからカタリナ・クラエスが手を出しづらい。かといって、囲うことを止めてしまえば、カタリナ・クラエスが襲われやすくなり、それで怪我の一つでもさせてしまったら本末転倒だ。

 

長い攻防が続く中、土の魔力持ちの一人がタイミングを見計らって土魔法を発動しファイトの体勢を崩させる。

体力が無尽蔵にあると言えども、動きは人間と同じだから躓けば少しは止められるだろう。今の内に......

 

 

「おお!土ボコ!原作では主人公を転ばせることにしかできていなかったけど!こんな時に役立つのね!」

 

大事な役割のある当の本人は眼をキラキラさせながら変なことを言っていた!

こんな時に馬鹿なことを言ってんじゃねえ!!

 

「変なことを言っていないで!さっさと封印をしてくれ!」

 

俺は思わず護衛対象に怒鳴ってしまった。

しまったと後悔するのはかなり遅く、後で重い罰を受けるだろうな、と思っていたら、意外と言われた本人は怒ってはいなかった。寧ろ申し訳なさそうな顔をした後急いでファイトの元に走り寄る。

 

カタリナ・クラエスがファイトの元に辿り着いた時には立ち上がっていたが、先に行動できたのはカタリナ・クラエスだった。

 

「えい!」

 

一切の躊躇いなしに杖を振り下ろす。

杖が脳天に当たったファイトは無表情で倒れる。そこにすかさず呪文を唱えた。

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

ファイトの体は水色の霧になり、順調にカードの形をした光に吸い込まれていく。

 

「やったわ!封印成功よ!」

 

「おめでとうございます!カタリナ様!」

 

安全になったところで、ソフィアお嬢様がカタリナ・クラエスに駆け寄って抱き付く。

平和になり、微笑ましい光景を見ながら俺はいつも思う。この騒動早く終わってくれないかなと。ああ...早く騒動を終わらせて悠々自適な隠居生活を送りたい。




俺や私の一人称がごちゃ混ぜになって申し訳ございません。内面や仕事ではない時は俺で、仕事上や目上の人と話す時は私です。面接の時みたいなものです。

カタリナなどは呼び捨てなのに、ソフィアだけ内面でもお嬢様と言っているのは尊敬している人の子供だから内面でも呼び捨てはいけないと思っているから。ニコルに対してもお坊っちゃまと内面でもつけている。名字つきなのは単純に親しくないから。

今回のカタリナは人に嫌がるものを勧める嫌な人になってしまいましたが、ちゃんとはっきり言えば落ち込むだけで二度と勧めることはありません。別の方法でクロウカードが安全なものだとアプローチはしますが...。身分差のせいで文句を言えなくて起きた悲劇です。


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冬の別荘でも大変なことが起きてしまいました...

秋も終わり、季節はあっという間に冬になる。

今日はいつものみんなで、王家の所有している別荘に行くことになった。そこにクロウカード、静(サイレント)のカードが現れたからだ。静かにしていれば問題はないのでみんなの同行の許可を得ることができた。騒いでしまっても強制的に追い出されるだけだし。

 

雪も積もっていることだし、今はみんなで雪遊びをしている。

早く静(サイレント)の封印をした方が良いと思うけど、あのカード夜に封印しないといけないと思うの。理由としては静(サイレント)は勝手に美術館に住み着くほど静かな場所が好きで、ケロちゃんのくしゃみ一つでも煩く感じて追い出すほど音が嫌いなカード。でもよくよく考えてみると...いくら静かな美術館でも人が集まれば多少はざわつくし、静(サイレント)の前でくしゃみが絶対に起きないことはあり得ない。身を守るために昼間でも動いたことがあったけど、それでも夜よりは動きが少ない。実体化はしているけどほぼ休止している?とよくわかんない状態。昼間封印しようとして原作にはない動きをされても困るし、危なくないので原作通り夜に封印することになった。それで、封印を終えたらそのまま、みんなでその別荘にお泊まり会をすることになったのよ!今から楽しみだわ!

 

「カタリナ様~!雪だるまができましたわよ!」

 

私が静(サイレント)のカードについて考え込んでいたら、いつの間にか一つ目の雪だるまが作られていた。

どうやら石や小枝が見付からなかったようで、雪玉を乗っけただけのシンプルなデザイン。目や鼻、腕などがないとやっぱり寂しいわね。少し探してみようかしら?うん、そうしよう。そうと決まったらまずは小枝から...。

 

背伸びで届く範囲の枝を折り、丁度良い枝を見付けたら、次は雪を掻き分けて石を探す。

しゃがんで雪を退かす行動に、見慣れていない使用人や護衛の人たちが驚く。...そんなに貴族が雪を触ることが可笑しいのかしら?まあ確かに、貴族は雪で遊ぶと言うよりも、雪を見ながらお茶会する方がやりそうだし似合っているよね。

 

そう言えば...ずっと前に雪が積もっていたから雪合戦しようと提案をしたことがあったのだけど、貴族は外で遊ばないから雪合戦がなんなのか知らなくて、説明をした上で遊ぼうと言ったら凄く驚かれたわ。ジオルド、キース、メアリ、ソフィア、ニコルはポカンとしていて、アンなどの使用人達は大慌てで止めようとしていたわ。終始乗り気だったのはアランだけだった。

 

前世のように男の子が女の子に雪玉をぶつけることはなく、女の子が女の子にぶつけたり、男の子にぶつけることはなかった。男の子同士でも遠慮がちで...いや、思い出してみたらジオルドには普通にぶつけていたわね。なんで一点に狙われたのだろうか?火の魔力で雪玉を溶かせるから?でもジオルドは遊びに魔力を使うようなキャラではないし...なんでだろう?わかんないから考えのを止めよう。そうそう、私に普通に雪玉をぶつけたのもアランだけだった。その後お返しをしようとしたら、アランはみんなに雪玉をぶつけられていたわ。最終的にはメアリに怒られていて私が急いで止めに入った。...そんなに怒ることなのかな?遊びだから気にしなくて良いのに。やっぱり前世と価値観が違うわね。

 

で、結局、雪合戦が遊びづらいから、雪だるまやかまくら作りとかそり遊びに変わったのよね。かまくらの中で開くお茶会は、いつもよりも美味しく感じたわ~。

...あ、そうだ!もっと大きなかまくらを作ってみんなでお茶会をしよう!大きなかまくらを作るのって時間がかかるから、夜まで待つ時間潰しに打って付けだし、時間が余ったら紅茶でも飲みながら待っていれば温まる。うんそうしよう!名案だわ!

 

「ねえ、みんな!静(サイレント)が現れた別荘の近くでかまくらを作らない?そこで夜を待ちながらお茶会をしようよ!」

 

「良いですわね!カタリナ様!」

 

「それは素敵な案ですわ。でしたら!お茶会の他にもお勧めの本を紹介し合いましょう!」

 

メアリ、ソフィアと盛り上がっている最中、ジオルドとアランの顔が曇る。

...どうしたのかしら?そんなに嫌なの?いつも雪が積もった時はかまくら作って遊んでいたのに...私が疑問に感じているとジオルドが答えてくれた。

 

「実はサイレントが現れた別荘の近くに...あの湖があるのですよ...」

 

「あの湖って?」

 

湖のことを尋ねると、他のみんなも俯いて話しづらい雰囲気になる。

どうしたのそんなに...湖がどうかしたの?...ハッ!もしかして!昔湖で泳いでいて溺れてしまったから!?それでトラウマになって近付きたくもないとか!?そのことを私以外全員が知っていたからみんな俯いた!?そうだとしたら大変だわ!嫌な思い出がある二人には近付けさせないようにしないと!

 

「ジオルド様とアラン様には近付けさせないから安心して下さい!その湖への案内は他の人にしてもらいますから!」

 

ジオルドとアランに安心してもらえるように、私が大声で説得しようとしたが、二人には伝わっていないらしくきょとんとしていた。

...あれ?反応が変ねぇ...。何か可笑しなことを言ってしまったのかしら?ジオルドとアランは湖に嫌な思い出があるから近付きなかったのではないの?

 

「カタリナ...。一体何を勘違いしているのですか?」

 

「勘違い?勘違いって何をですか?お二人は湖に嫌な思い出があって、行きたくないのでしょ?」

 

「まあ...湖に嫌な思い出があるのは当たってはいるが...。カタリナ、俺たちが思っている、嫌な思い出ってなんなのかわかっているのか?」

 

アランはなんで詳しく聞いてくるのだろうか?嫌な思い出なのに...。

ここは正直に思ったことを答えるか。

 

「お二人の嫌な思い出それは...ジオルド様かアラン様、もしくは二人が湖で溺れたことですよね?」

 

「いや、溺れたのはお前だから!」

 

物凄い勢いで怒鳴ったアランが、私に指を指して否定する。

えっ!?溺れたのは私!?そんなわけ......あーー!思い出したわ!幻(イリュージョン)の件ね!あれがトラウマになってしまっていたのか!まあ、確かに、目の前で人が溺れていたらトラウマになるかも。

私にとってはみんなの前であっちゃん発言や、風邪を引いたことにしか印象がなかった。

 

「この時期ですから湖に入る気などこれっぽっちもありません。それに...もうカードの中で溺れさせるカードはないから安心して湖に行っても大丈夫です!」

 

私が胸を張って答えた姿を見ても不安は残っていたけど、取り敢えずみんなで湖に行くことになった。

 

 

訂正。今度は溺れなくても凍りそう。

季節は冬だから凍っているのと思っていたら...湖に近付けば近付くほど、クロウカードの気配を感じ取り、私やケロちゃんが険しい顔をしているものだからソフィアも察していた。

 

「カタリナ様もしかして...この湖が凍っている原因は...」

 

「ええ...クロウカードよ」

 

「凍(フリーズ)のカードやな」

 

凍(フリーズ)、人や物を凍らせることができるカード。

実体化すると大きな魚となり、人や辺りを凍らせるとても迷惑で厄介なカードだ。対処法としては......

 

 

「創(クリエイト)のカードでスケート靴を作り出して、凍っている湖の上を私が滑って凍(フリーズ)を誘き寄せ、ジオルド様達で弱らせてもらい、弱ったカードを私が封印をする」

 

うん、これしか方法がない。と言うか私には、原作の方法しか思い付かない。

今日はカードを一回も使っていないし、幸いなことに前世で家族と一緒にスケート場に遊びに行ったことがあるから、それなりに滑ることができる。

 

案が思い付いた私はみんなにそう伝えたのだけど...あれ?みんなの顔色が大分青くなっている?どうしたのだろうか...やっぱり怖いから?まあ当然だよね。凍らされてしまう危険性があるし...ここはもう、怖い人には逃げてもらうしかないね。あ、でも、火の魔力を持っているジオルドにはできれば残ってほしいなあ。

 

青ざめているみんなを見ていると、アランが魚のように口をパクパクさせて吃りながら叫ぶ。

 

「お、お、お前!馬鹿か!!?じ、自分が何言ってんのがわかっているのか!!?」

 

「そ、そうですわよカタリナ様!!早まらないで下さいませ!」

 

「カタリナ様!!危険な行動はなさらないで下さい!」

 

「義姉さん!!危険な行動は止めてよ!」

 

「カタリナ!何のために護衛がいると思っているのですか!?こういう時のためですよ!」

 

「カタリナ...!頼むから危険な真似はしないでくれ!」

 

アランを口切りにメアリとソフィアが私に詰め寄り、キース、ジオルド、ニコルも私が諭すように強めの口調で語りかけてくる。

 

「クラエスお嬢様。こういう時のために我々が用意されております。自ら行くのではなく、遠慮なく我々に命令にご命令を」

 

護衛の一人であるマックスさんが跪いて頭を垂れる。

心配してくれたのはありがたいけど...でも...。この世界では雪合戦でも野蛮な遊びとされているから、凍った湖の上を滑るスケートなんて言うまでもなく、できないことは目に見えている...。私だって怖い気持ちもあるから、できれば代わってほしいと思うところもある。だけど......

 

 

自分からやると決めておいて、人にできないことを押し付けるのは絶対に違う。

ここは遊び程度だとしても、スケートができる私が行くしかない。

 

「大丈夫よ!多少は滑れるから!ぜん...じゃなくて!夢の中で滑ったことがあるから!その通りにすれば何も問題ないわ!」

 

「問題大有りだ!この馬鹿!!」

 

私の言い分はすぐに反論されてしまった。

 

「クラエスお嬢様。何故我々に命令をしないのですか?もしや...あの件のことで怒っており、私達に怒られるくらいなら、自分で行った方が良いと考えておられているのですか?!その節はどうか気にしないで我々にご命令を!」

 

物凄い勢いでフランクさんは頭を下げる。

えっ!?私が怒っている!?なんの話!?そもそもその節って何!?私が狼狽していると、ソフィアが耳打ちをして教えてくれた。

 

「カタリナ様、闘(ファイト)のカードの件ですよ。あの時カタリナ様が変なことを仰って、フランクさんに怒られたのですよ」

 

......あー!あの時のことか!でもあれは完全に私が悪い。真剣に取り組んでいる最中に、ふざけていたら誰だって怒るわ。寧ろお母様に告げ口をされなくて助かったのはこっちよ。

 

「頭を上げて下さい!あの時悪かったのは私ですから!」

 

「では、何故、我々に命令をしないのですか!?」

 

「う~ん...それは...」

 

正直に言わないといけない場面だけど、自分や友達を守ってくれる相手に失礼なことを言いたくないのよね。

正直に言えないのであれば...できますか?と尋ねるのはありかな?理由を言わないと先に進めないから、それしか方法はないよね。

 

「凍った湖の上を...滑れますか?」

 

「...凍った湖の上を滑る...。やったことはないので滑れるとは言えません。クラエスお嬢様は滑れるのですか?」

 

「うん、まあ...」

 

こちらの様子をじっくりと観察される。理由を知りたい気持ちはわかるけど、上手く説明できないから困るなあ...。

私が困惑していることに察してくれたのか、すぐに見詰めるのを止めて話を再開してくれた。

 

「事情があるのにも関わらず、聞こうとしたことをお許し下さい」

 

そこまでして謝らなくても良いのに...とても真面目なのね。これも私が貴族だから?単純に仕事だから?...考えても答えはわからないし考えている場合でもない。それに相手がスルーしてくれているから私もスルーしよう。

なんて伝えれば良いのかわからないけど、取り敢えず上手く進めれば良いと伝えてみた。

 

「なるほど...要は転ばずに自由に進めれば良いのですね。それならば、風の魔力を持っているヘンリーに任せてみましょう。彼は我々の中でもトップクラスに身体能力も高く、魔力も強くコントロールも上手いです。彼でしたら、クラエスお嬢様が懸念している心配事を解決してくれるのでしょう」

 

語り終えるのと同時に、長身痩躯で濃い茶髪の男性がお辞儀をする。

あの人がヘンリーさんなのか。ヘンリーさん凄く信頼されているのね。しかし...なんで、風の魔力持ちを強調したのだろうか?...まあいいや。相手ができるのならなんだって良いし、理由もその内わかるでしょう。今は凍(フリーズ)を封印するためにも彼専用のスケート靴を作り出さなくては!

 

私が頷いて同意をすると、相手にもすぐに伝わったようで一歩下がって何も言わなくなる。

私も相手を待たせるわけにもいかないので、すぐに鍵を取り出して呪文を唱える。

 

「闇の力を秘めし鍵よ。真の力を我の前に示せ。契約の元、カタリナが命じる。封印解除(レリーズ)!」

 

杖が大きくなったところで創(クリエイト)のカードを取り出す。

 

「我の望む物を作り出せ!創(クリエイト)!」

 

カードに杖の先を当てると甲高い音が鳴り響き、白い煙が晴れれば、そこには望んだ通りにスケート靴があった。

クロウカードはやっぱり凄いわ!私の魔力だけでやったら絶対に上手く作り出せない。

 

私以外にもおー!と感嘆の声が上がる。

作り出された靴を凝視していたが、意を決したようで、戸惑いながらもヘンリーさんはスケート靴に履き替えて凍った湖の上を立とうとする。

 

「中々......変わった靴ですね......。これでは立ちづらいですが...よっと!」

 

今にも倒れそうな体は風の魔法によって支えられ、初めてとは思えないほど優雅に滑る。

おー!なるほど!だから風の魔力持ちを強調していたのね!

 

凍(フリーズ)は大きな氷柱のような物で攻撃してくるが、ヘンリーさんは難なく避けて私達がいる場所まで誘導をする。その様子を私たちは息を呑んで待つことしかできなかった。

でも...まあ...こうして見ると代わってもらって本当に良かったよ。私だったら何もできずに凍らされてしまっていただろう。私だけじゃない、ジオルドたちが火の魔力で守れってくれているお陰で、魔力が持っていない人たちが氷漬けにされていない。本当に頼もしいわ!私も頼られるように!みんなを守るように強くならないと!そのためにも先ずは凍(フリーズ)のカードを封印しなきゃ!

 

「今だ!」

 

ジオルドの号令により、風と火の二つの魔力が混ざり合い、大きな火の竜巻が生まれる。

誘き出された凍(フリーズ)は抵抗することもできずに、あっけなく炎に包まれていた。

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

鱗が剥がれ落ちるように、大きな氷の塊がカードの形をした光の中に吸い込まれていく。

 

「やったわ!今回もみんなのお陰で無事に封印することができたわ!ありがとう!」

 

その後。

静(サイレント)は明日封印することになり、別の場所で楽しみにしていたお泊まり会を行ったのだが、クロウカードの使用や封印による魔力消費により、一言も話せずに眠ってしまったのであった。

 

 

翌日。

 

「カタリナ。絶対に無茶はしないで下さいよ」

 

「また馬鹿なことをしようとするなよ!!」

 

「カタリナ様...お力になれなくて申し訳ございません...。私たちは用事があるので帰らせていただきますが、決して無茶をしようとは考えないで下さい。ソフィア様、ニコル様、キース様。後はよろしくお願いいたします」

 

ジオルド、アラン、メアリは用事があるので帰ることになった。

全員が揃っていないのに遊ぶのもなんだから、今日は大人しく勉強をすることになった。各自個室で勉強をするかと思いきや、ソフィアの提案でみんなで部屋に集まって勉強会をすることになったのだが......

 

 

「...スゥー...」

 

始まったや否やソフィアは寝てしまった。

あらら寝ちゃって...ソフィアも疲れていたのかな?それとも枕が変わると寝られないタイプなのかな?私がソフィアを微笑ましく見ていると、ニコルがどこか遠くを眺めながら語る。

 

「...前からそうなんだが、ソフィアは...夢遊病になってしまって、夜中彷徨いてしまうことがあるんだ...」

 

心配そうに語るニコル。かける言葉が見付からない私やキース、ケロちゃんは黙って聞くことしかできなかった。

因みに...私が寝てしまった時は、普通にキースとケロちゃんに怒られながら起こされてしまいました。...この差はなんだ?解せぬ...。

 

なんとも言えない気分の中、夕方まで勉強をして静(サイレント)の封印する時間を稼いだ。

 

 

夕方となり静(サイレント)の封印する時間に近付き、私達は静(サイレント)がいる別荘の前に辿り着く。運良く静(サイレント)は窓から見える位置に置かれ、私たちは窓の前に立って夜になるのを待っていた。

冬だから夜になるのは早いだろう。それでも、ただ待っているのは退屈だし、寒いから、気を紛らすためにも話をしたい。けれど、話し声が煩く感じて逃げられるのも嫌だから、黙って寒さに耐えながら原作通りに封印できるように待つ。

 

さらに暗くなって夜に近付いた頃、影(シャドウ)のカードを取り出し、予め大きくしておいた杖を振り回して杖の先をカードに当てる。

 

「影よ!ガラスを通し、我を映し出せ!シャドウ!!」

 

影は建物よりも高く伸び、人型になると降りてきて私の影の形になる。

ランプの灯りによって影は、静(サイレント)の近くまで届くことができた。

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

カードの形をした光は絵画がある位置に現れ、そのまま張り付きながら静(サイレント)を封印する。

 

「やったわ!今回も成功よ!」

 

「上手く封印できて良かったね、義姉さん」

 

「カタリナ、良く頑張ったな」

 

「格好良かったですわ!カタリナ様!...あ!そうですわ!祝賀会を予て、お茶を飲んだり、お菓子を食べたり、夜遅くまでお話をしませんか?」

 

「いいわねそれ!昨日できなかった分!今日は夜中までみんなとパーティーよ!」

 

このまま楽しくお泊まり会をやり直そうとするのだが、またしても私が眠ってしまい、お開きとなってしまった。

ハァ...何時になったら、クロウカードを使っても眠気に襲われなくなるのだろうか...。



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みんなが寝てしまい大変でした...

冬が過ぎてすっかり春になった今日この頃、私とキースは天気が良いので外でお茶会ならぬ勉強会を行っていた。

鳥がさえずり、日射しが優しく私たちを照らす。暑くもなく寒くもなく、丁度良い気温なので勉強が進むのかと思いきや......

 

「最近日射しがぽかぽかして気持ち良いわ~。なんだかこのまま眠たくなってきたわ...いっそのこと眠ってしまおうかしら...」

 

「あはは...。義姉さんはいつも勉強をするとそうだよね。勉強をしないと、また義母さんに怒られてしまうよ」

 

気持ちよすぎて眠くなってしまい、勉強をする気力がなくなってしまった。

キースは今も平気そうに勉強をしているけど...なんでキースは眠くならないの?こんなにも気持ち良いのに...眠くならないなんて可笑しいわ...。

余裕に勉強をしているキースから叱られる。

 

「とほほ...お母様...。もう少し私に優しくしてくれたって良いじゃない」

 

「......きちんと勉強をして、マナーを守って大人しく行動をすれば、義母さんは絶対に怒らないよ」

 

お母様の味方をするキース。悲しい...我が家に来てからは私だって可愛がったのだから、もう少しお姉ちゃんっ子になって味方になってくれれば良いのに...。

貴族だって木に登ったり、パーティーでお菓子をいっぱい食べたって良いじゃない!やっぱり...貴族の世界は堅苦しいわね。私には向いていないわ。そういえば...キースって大人しいタイプだよね。生来の気質?それとも環境?原作だと子供時代は虐められていたことしかわからないから、元々大人しい性格の子だったのかは知らないわ。...前世みたいに伸び伸びできる環境だったら、お兄ちゃんたちみたいな腕白な性格になるのかしら?

 

「大体、義姉さんから、外で勉強をすれば!気持ちよくて捗るかも!と言っていたじゃないか。言い出した本人が勉強をしなくてどうするの?せっかく運んでもらったというのに...」

 

これも貴族の苦手なところなんだよね...。

やってくれるからって色々と頼み事をする私が悪いけどさ、前世が庶民感覚の私には、何気なく言った一言で使われていない机や椅子を運び出す、大掛かりな作業をやられても着いていけない。途中お母様に見付かったのだけど、こういう時に限ってお母様はあら...何をしているのかしら?え...?カタリナが外で勉強をした方が捗る?そう...それなら良いわ、と言って止めないし...。

 

「そ、そうよね...頑張ります...」

 

キースに色々言われた私は大人しく勉強に戻った。

 

 

 

「あー...また義姉さん寝ている。これでもう四回目だよ」

 

「あはは...ごめんね...」

 

「寝ていて一番困るのは義姉さんなんだよ。もう確りしてよね」

 

寝てしまった私はキースに優しく起こされる。

さっきはお母様の味方しかしないと思っていたけど...こうして優しく起こしてくれる姿はお姉ちゃんっ子になったと思えるわ。ケロちゃんが起こす時なんかは私の頬や髪を力いっぱい引っ張るからね。...思い出したらなんだかむかついてきたわ...。もう少し起こし方を考えてくれたって良いじゃない!

 

「あーあー...勉強以外にも強くなる方法はないのかしらね?私には大人しく座っているのは性に合わないわね...あ!そうだ!今から私がクロウカードを使って人助けをするのはどうかしら!?魔力を使った訓練にもなるし!他の困っている人たちを助けられるから一石二鳥じゃない!」

 

「義姉さん...。義姉さんは忘れてしまったの?クロウカードがみんなに嫌われていることを。それに、義姉さんが下手に手を出したらみんなの迷惑になるんだよ。助けたいのに迷惑をかけてどうするの?勉強だって大事なことだから確りと勉強をしないと...」

 

キースがきっぱりと否定をする。

勉強、勉強...あーあー、勉強以外にも強くなる方法はないのかしら?じっとしていることが苦手な私には無理なのよ。かといって、勉強を蔑ろにするのはいけないことだとわかっている。ケロちゃんの起こし方に文句はあるけど、必死に起こすのも私のことを心配してだし。なんか...勉強をしながら体を動かせる、私にとって都合の良い方法はないのかな......あ!良い方法を思い付いたわ!!

 

 

修行よ!修行!滝修行を行えば良いのよ!!

我が家の庭に滝はないけど、雨(レイン)のカードで滝のような雨を降らせれば良いのよ!薄い生地の白い服を着て、滝のような雨に打たれながら暗記したいところを唱える!!これなら眠くならないし!勉強にもなる!なんだって滝修行は、私が前世住んでいた日本で古くから行われていた由緒ある修行の一つ。きっと魔力を高める効果だってあるはずだわ!早速行うわよ!

 

「キース!勉強と修行を同時にやるわよ!」

 

「え......?しゅ...修行...?義姉さん何を言っているの?勉強をしたくないからって......」

 

「確かに勉強は嫌よ!でも逃げるために言っているのではないわ!この方法が確実に!私が眠らずに勉強がする方法なのよ!」

 

「そ、そうなの...?本当に...今度こそ、その修行というものをやれば、勉強を寝なずにできるの?」

 

「ええ、そうよ!今度こそ絶対に寝ないわ!姉さんを信じなさい!」

 

「本当に...本当に...信じて良いの?」

 

「ええ、信じて!これで眠る人なんていないわ!」

 

「嘘じゃないんだよね...?」

 

「私が嘘ついたことがある!?」

 

「わりとある...」

 

私が説得しようとしても中々信じてくれないキース。

可笑しいなあ...そんなに私が信じられない?まあ...勉強をすると言ってしてなければ嘘つきに見えるでしょうけど...。仕方ないでしょ!勉強はつまんなくて難しいから寝てしまうのも当然なのよ!どうしてその気持ちを理解してくれないの!?頭が良い人からすれば、勉強でさえもお遊びに見えるの!?

 

「......はぁ......。わかった...今回は信じるよ...」

 

「ありがとう!キース!」

 

説得した甲斐あって、渋々だけどなんとかキースへの説得が成功する。

嬉しくなった私はキースに抱きつく。はしゃぐ私とは違ってキースはずっと黙っていた。私がキースに抱き付いていると、何やら騒がしい音がこちらに近付いてくる。その音の主であるケロちゃん、護衛の人が顔を真っ青にしながら乱暴に扉を開ける。

 

「カタリナ!大変や!クロウカードが現れたで!」

 

「お嬢様!大変です!クロウカードが現れました!」

 

 

 

ケロちゃんから話を聞く限り...どうやら今回暴れているカードは眠(スリープ)のようだ。

眠(スリープ)。アニメ限定のカードで実体化すると妖精の少女の姿となり、触れると眠くなる粉に撒き散らす、何か大事な作業や宿題がある人にとっては非常に迷惑なカードである。

 

私が眠いのも眠(スリープ)の...せいでないな。粉に当たったわけでもないし。単なる勉強がつまんなくて眠くなっただけか。

 

「義姉さん!ぼーっとしている場合ではないよ!ソフィアがいないのにどうするの!?」

 

「眠(スリープ)の対処法は覚えているから大丈夫よ!」

 

「それなら良いんだけど...。で、どのように封印するの?その時僕はどんなことをすれば良いの?」

 

「そうね...今回は特にキースにやってほしいことはないわ」

 

「そう...。でもね、義姉さん!僕は何時だって力になるからね!」

 

私の言葉にキースは少し悲しそうにしていたけど、すぐに気持ちを切り替えて力になるよ、と宣言をしてくれた。

気持ちはありがたいけど...ごめんねキース。クロウカードの捕獲に土の魔法を使うことはないんだ。使うとしたらソフィアやニコルのような風の魔法なんだよね。と言うか...ほぼ風の魔法しか使わない。火と水も一、二回程度。後は空を飛んだり、高く跳び跳ねたり、杖を剣に変えたりと...『FORTUNE・LOVER』の世界にはない魔法を使う。みんなを守るためにキースの力を借りたこともあったけど、原作通りに行うと土の魔法の出番はない。

 

「ありがとうキース!気持ちだけでも凄くありがたいわ!それに!今回のカードは眠くなるだけで危険ではないから大丈夫!」

 

「カタリナの言う通り相手を寝かせるだけや」

 

「ありがとう義姉さん。ケロちゃん。でもね、僕が言いたいのは...」

 

キースが何か伝えようとした途端、また別の護衛の人が乱暴に扉を開けて話を遮る。

私とキースは驚いてその人の方を見る。彼もさっきの人が同じように顔を真っ赤にして息苦しそうにしているけど、なんだか心なしか笑顔を浮かべている。......なんで笑顔を浮かべているの?

 

「カタリナお嬢様!やりました!我々だけでもクロウカードを無力化できました!」

 

な、なんですって!!?そんなこと杖がなくてもできるの!?それが本当なら嬉しくなるのも当然だわ!

 

「え!?それって本当なの!?そもそもどうやって無力化したの?」

 

「ほんまかいな!?」

 

私の代わりにキースとケロちゃんが疑問を投げかける。

護衛の人は嬉しそうに語り出した。

 

「はい!カタリナお嬢様とソフィアお嬢様のお話しの元、睡眠薬の効果を消す魔法道具プレドロムを駄目元で試してみたところ...なんと!魔法にも防げる効果があり!防いだ後は風の魔法で閉じ込めてスリープを無力化しました!」

 

あー...なるほど...確かに自分たちの手で無力化できたら喜ぶよね。しかし...魔法道具プレドロムは貴重な魔法道具だったのでしょ?それなのになんで持っているのかしら?いつの間にか量産できるようになっていたの?それとも眠(スリープ)対策としてはじめから用意していた?

 

「義姉さん!努力が無駄になる前に早く行こう!」

 

「眠(スリープ)が動き出してしまう前に行くんや!」

 

「そ、そうね!」

 

考え込んでいた私は、キースとケロちゃんの声で現実に戻り、急いで現場に向かって駆け出したのであった。

 

 

 

報告通りに、護衛の人が風の魔法で作った檻のようなものの中に眠(スリープ)が閉じ込められていた。

私は彼らの努力が無駄にならない内に呪文を唱える。

 

「闇の力を秘めし鍵よ。真の力を我の前に示せ。契約の元、カタリナが命じる。封印解除(レリーズ)!」

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

閉じこめられている眠(スリープ)の側まで磯いて近付き、勢いよく杖を振り下ろす。

甲高い音と共に青い煙が円を描くように、カードの形をした光の周りに現れる。青い煙のようなものはカードの形をした光の中に吸い込まれていく。

 

「やったわ!無事に封印成功よ!」

 

「おめでとうございます。カタリナお嬢様」

 

「良かったね、義姉さん」

 

「良かったな」

 

「封印できたのもみんなのお陰だわ!ありがとう!」

 

「いえいえ、これも私の仕事です。カタリナお嬢様は気にしないで下さい」

 

このように、眠(スリープ)のカードを無事に封印できた私たちは大喜びであったのだが......喜びは長くは続かなかった。

 

 

 

「みんな寝ているね...」

 

「そうだね...これからどうしようか...」

 

眠(スリープ)が出した粉のせいで、アンを含む使用人全員が寝てしまっていた。

気持ち良さそうに寝ているし、普段から頑張っているからこう言う時くらい休ませたい...。でも、家事はある程度終わらせてあるとは思うけど、全部が全部終わっているわけではないだろう。でも......

 

 

昼ご飯抜きは耐えられない!昼ご飯だけではない!最悪の場合、夕飯抜きもあり得るのだ!

アンたちが寝てしまったからと言って、絶対やったことがない、お父様やお母様、キース、ケロちゃんにやってもらうのは無理だと思う。私も前世でしか家事をしていない。やったことはあるけど...前世のお母さんのように得意ではない。料理は今も前世も苦手だ。そもそも、舌が肥えているお父様、お母様、キースを満足させる料理を作るのは私には到底無理だ。

 

時計を見ると十一時頃。

お昼までは後一時間。この一時間の間に目覚めてくれるとは限らない。どうすれば良いものか......良い案を思い付いたわ!甘(スイート)のカードでお菓子を作ってそれを食事代わりにすれば良いのよ!お菓子で済ませることになっても、今回ばかりはお母様も許してくれる筈だわ!そうと決まったら...

 

「あ、義姉さん、スイートでお菓子を作るのなら要らない。義母さんに怒られてしまうから止めた方が良いよ」

 

「なっ...!!なんでわかったの!?キースはいつからエスパーになったの!?」

 

「エスパー...?義姉さんが何を言っているのかはわからないけど...。目の前で杖を振り回したり、本からカードを取り出そうとする姿を見れば誰だってわかるよ」

 

「せやな。こんだけわかりやすい動きをすれば誰だってわかるわ」

 

キース...少しの動作で私の考えを当てるとは...なんて頭が良い子なのかしら!将来は探偵になれるわ!あ...キースは王家に嫁ぐ私の代わりに、この家を継ぐことになるから探偵にはなれないね。でも!キースが探偵になりたいと言ったら全力で応援するわ!

 

「義姉さん...また変なことを考えている...。義姉さんが可笑しな行動をするよりかはましか...。でも...どうしよう...ご飯を作れる人がいないのは困ったもんだよね...」

 

作る人がいない...ご飯が食べれないのは本当に困る。屋敷を離れられない人たちもいるから前世のように、ご飯がなかったら外に食べに行くことはできないし...。出前みたいに完成した料理を運んでくれたり、できたてを買えるような......そうよ!

 

 

作れないのなら買えば良いのよ!なんでこんな単純なことを思い出せなかったのかしら!

前世よりもレパートリーは少いけど!焼き鳥やフランクフルト、サンドイッチとかは売っていると思うわ!

 

「キース!ケロちゃん!作れないのなら町に行って惣菜を買いに行こう!」

 

「ソウザイ...?何それ?ケロちゃんは聞いたことある?」

 

「わいもない。初めて聞いたわ」

 

惣菜と言う単語を初めて聞いたキースとケロちゃん首を傾げる。

あ...この世界には惣菜と言う言葉ないのか...。キースはともかく、『カードキャプターさくら』は現代日本を舞台にしているのに知らないんだ...。ケロちゃんが知っていても可笑しくないのに...。

 

「惣菜と言うのはね、ケーキみたいに買う時から完成されている料理のことを言うのよ」

 

「へえ...そうなんだ。初めてそんな言葉を聞いたよ。料理を買いに行く...その考えはありだと思うけど、僕たちで行くのは義母さんに怒られるよ。誰か代わりに行ってもらわないと」

 

「そ、そうね...」

 

せっかく前世の時みたく、食べたい物を悩んだり、家族で話しながら楽しくお買い物できると思ったのに...。

ご飯抜きを阻止するため私たちは、お父様とお母様に事情を説明してお金の使用許可を得て、買い出しは二人の護衛の人が行くことになった。

 

 

 

「ただ待っているのも暇だわ...」

 

動けない私たちの代わりに働いてくる人たちがいる。

なんだか申し訳なくなって、私にもできることがあるか探している。

屋敷中綺麗で掃除をする必要はないし、後は...洗濯かな?でも...ドレスの洗い方なんて知らない...。どうすれば良いだろうか...

 

「義姉さんが大人しく勉強をしていることが、一番みんなのためになるよ」

 

「そうや。おまえさんは大人しく勉強することがみんなの望みや。動いたところで仕事を増やして迷惑になる」

 

ケロちゃんにはきっぱりと、キースには笑顔で否定された私は、机に戻って勉強をすると言う選択肢しかなかった。

 

 

 

これで全てが解決したかと思いきや...新たな問題が発生する。

 

「お嬢様から頼まれた買い物なんですが...思っていたよりも数が少なく...全員分はありません...。ですが!ご安心をして下さい!ご家族の分はちゃんとあります!」

 

最初は申し訳そうに報告をしていたが、私たちの分があることは強く強調していた。

そんなに怖がらなくても...。それに...私たちの分が合っても他の人たちの分がないと意味ないし...。買っても駄目ならやるしかない......

 

 

「足りないのなら!私たちで作るのよ!」

 

 

みんなから止められたけど、調理場に立つ私、キース、買えなかったと責任を感じている護衛の人。

キースとケロちゃんの監視の元、私が指示を出して、護衛の人が料理を作ることで調理場の使用許可を取ることができた。料理初心者の四人が集まって作れる料理と言えば......そう目玉焼き!他にもベーコンを焼いたりとか。ただ焼くだけなら私たちでもできる!焼く以外にも切るだけのサラダだってできるわ!パンやサンドイッチの数が足りなくても!おかずの数を増やせば足らすことだってできるはずよ!

 

「で...義姉さん...一体何を作るの...?変な物を作らないよね?」

 

「心配しないでキース!私たちでもできる!焼くだけの料理だから!」

 

「焼くだけの料理...簡単な料理のはずなのに...何故やろ?そんでもめっちゃ不安を感じるわ...」

 

相変わらずケロちゃんが私に失礼なことを言っていた。

 

「料理をするのは私などでその点の心配は...」

 

ケロちゃんに反論していた護衛の人の顔がどんどんと...青ざめていく。

やっぱり...慣れていない作業をやるのは凄く緊張するよね。しかも食べる相手は自分の雇い主で貴族で偉いし...。よーし!こうなったら私が励ますわ!

 

「大丈夫よ!誰だって、私にだって作れる簡単な料理なんだから!もし失敗したとしても私のせいと言って良いから!」

 

悲しいことに...私が失敗したと言ってもお母様は疑わないだろうし...。なんでみんなして私のことを信じてくれないのかしら...悲しくなってきたら早く料理を始めよう...。

 

「いえ、あの、その...カタリナお嬢様のせいにはできません...」

 

「これから作る料理は...目玉焼きよ!」

 

私はフライパンと卵を持って自信満々に掲げる。

ふふん!目玉焼きは!ただ卵を焼いた料理だと侮るなかれ!とろっとした黄身は美味しくて、醤油やソース、ケチャップなどの色んな調味料を楽しめるのよ!これほどシンプルで奥深い料理なんて中々ないわ!それを現世で再現をして、みんなで食べられるなんて今から凄く楽しみだわ!

 

「そうやって...話を聞かんから馬鹿にされるのちゃうんか?」

 

「しかも...料理名が目玉焼きって...もう少しましな名前を考えられなかったの?」

 

私のテンションの高さとは裏腹に、他のみんなのテンションが下がっているようだ。

...まあ...ご飯を食べれば機嫌も上がるのでしょう。

名前は不評だったけど味は好評で、後日、目玉焼きから名前を変えた卵焼きが、たまに食卓に並ぶようになった。




普段疲れていて寝かせたかったのもあるが、起こし方が分からなかったり、下手に起こすのも怖かったとカタリナが両親に伝えたことで納得をして放置する結果となりました。
クロウカードを駆使したり、ミラーと共に寝てしまった使用人の代わりに家事を頑張るカタリナを書こうと思ったけど、やっぱり...キースやケロちゃんに止められると思ったから書けませんでした...。


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入れ替わられてしまいました...

「カタリナ様!あちらにチェンジのカードが行きましたわ!」

 

「わかったわ!ありがとうメアリ!この...って!替(チェンジ)のカードってこんなに動きが素早いの!?」

 

今私たちはジオルドたちが住んでいるお城の庭で、実体化した替(チェンジ)のカードを捕まえようとしていた。

 

 

 

事の始まりはこうだった。

ジオルドは...いや、本人は乗り気ではないと言っていたけど、ジオルドの意思とは関係なく周りの人たちがお見合いを勧めてくるらしい。どうやら私がクロウカード騒動と関わるようになってから安全面のために離れさせたいのか、それとも私がいつでも婚約破棄をしていいと言ったからか、理由は知らないけどジオルドは見合いをしていた。その見合いの最中に実体化した青白いカメレオン、替(チェンジ)のカードが現れ、令嬢が替(チェンジ)に興味を持ってしまい、急いで替(チェンジ)から令嬢と引き離したのは良いものの、替(チェンジ)を見逃すことになってしまった。お相手の令嬢には早急に帰ってもらい、急遽私たちが城に集まることになり、替(チェンジ)との鬼ごっこが始まった。

 

本人は必死になって、何度も、僕の意思ではありません!周りが勝手にやっているだけです!と何度も、強く、私に説明をしていた。...別に私は気にしていないのだけどなあ...。防波堤だと自覚しているし。しかし...原作と違ってこのジオルドは凄く律儀な人なんだよね。クロウカード騒動が始まってからほぼ毎日様子を見に来てくれるし......うん?待てよ...これって私にとって──

 

 

 

嬉しい展開じゃない!?

他の令嬢が婚約者になってくれたら!防波堤の役割りを終えて私は自由になって破滅フラグがなくなる!こんな良いことは中々ないわ!相手の令嬢がどんな人かは知らないけど、私よりもその令嬢の方が相応しくて可愛いとアピールをして...あ...でも──

 

 

はじめから主人公である、マリア・キャンベルに負けるとわかっているのに、変わってもらうのは相手が可哀想だよね...。それに......

 

 

クロウカード騒動を大きくしてしまった罪悪感かもしれないけど、毎日様子を見に来て付き合ってくれるジオルドは優しい人だから、大人しく身を引けば何も問題なく別れられるでしょ。

なんだか...そうやって考えると...ジオルドには大分失礼なことをしてしまったなあ...。剣の特訓は剣(ソード)の件もあるから辞められないけど、蛇のおもちゃは必要なさそうね。上手く説明はできないから謝れないけど、これからはお詫びとしてできるだけジオルドの力になろう。そうと決まったら......

 

 

「義姉さん!考え込んでいる場合ではないよ!」

 

キースの叱責で私は考えることを止める。

そうだったわ!いけないいけない!今は替(チェンジ)のカードに集中しないと!しかし......

 

 

「カタリナ様!替(チェンジ)のカードって!こんなにも速かったのでしょうか!?」

 

クロウカードのことを知っているソフィアが、疑問を感じるほど替(チェンジ)の逃げ足が速かった。

原作ではケロちゃんと小狼君の二人がかりで捕まえられたのに...なんで私たちは捕まえられないのだろうか?こっちは人数が多いし、なんなら鍛えている大人もいるのに...。それに...替(チェンジ)の逃げる姿はまるで...ゾンビとか追ってくる化け物から逃げるような感じだわ。...まさか!?替(チェンジ)のカードは捕まったら殺されると勘違いをしているの!?そんな酷いことをしないわ!元のカードの状態に戻ってもらうだけよ!

 

「うわ...!!?」

 

替(チェンジ)が捕まらないのは速いだけではない。

二人がかりで捕まえられたとしても、替(チェンジ)の効果によって魂が入れ替わられ、動揺してしまい思わず手を放してしまうからだ。事前に伝えたけど、いきなり視点が変わってしまうと落ち着いてはいられなくなってしまうのも当然だよね。少しでも手を緩めると、その隙間から替(チェンジ)が逃げるという繰り返しだ。どうしたものか......

 

「一気に...二人以上の人数でチェンジを押さえ込むのはどうでしょうか!?」

 

「二人以上で押さえ込む、う~ん...。変な風に入れ替わられても私が困るなあ...」

 

原作にはない魂の入れ替わり方をさせられて、戻せませんでしたは大惨事になるし...。

捕まえることは大事だけど、やっぱり一番大事なのはみんなが無事でいること。これだけは譲れない。

 

「ニコル...!俺たちで押さえ付けるぞ!」

 

「...わかった!」

 

他の人たちが替(チェンジ)の効果に戸惑っている間に、偶々近くにいたアランとニコルが二人で押さえ込む。

 

「お待ち下さい!」

 

護衛の人や使用人が慌てて二人を引き離そうとするが、引き離した時には遅く、二人は入れ替わってしまっていた。互いに何回も何回も手や体を見たり触ったりして、確かめるかのように同じ行動を繰り返していた。

 

「...マジか!!話に聞いていたとは言え...実際に入れ替わられると落ち着かないな...」

 

「ああ...そうだな...」

 

乱暴な口調で話すニコルと落ち着いた口調で話すアラン。

普段物静かなニコルが砕けた口調で話しをして腕を組み、元気いっぱいなアランが落ち着いて話す。こんな状況なのに物凄く見てしまう...ハッ!!これが...!噂のギャップ萌えと言うものなの!?普段と違う姿を見せることによって、相手をどきどきさせて惚れさせると言う、あの伝説の...いや、自分で勝手に思ったのだけど全然違うわ...。何時も違うと一面どころか、中身が違う人だし......

 

「カタリナ様!呆然としている場合ではありませんわ!」

 

また私が考え込んでしまったら、今度はメアリから怒られてしまった。

 

「カ...カタリナ様...!もう...原作通りに捕まえられそうにないです!これ以上被害が大きくなる前に...!他のクロウカードを使ってでも封印をしましょう...!」

 

息を切らしながらもソフィアは提案をする。

確かに...ソフィアの言う通りね。ここまで被害が大きくなったら、原作通りのように他のカードを使いたくないと言ってはいられない...。寝たら魔力が回復するのはわかっているけど、入れ替わられた魂を戻すと言う大事なことを万全な状態でやりたいがために、出ている被害を無視してまでもクロウカードを使わない手はないよね...。...ええぃ!魔力をたくさん使ったのなら!お菓子やご飯をいっぱい食べて!早めに寝れば良いのよ!後のことは後で考えよう!今は捕まることに集中よ!

 

「風よ!戒めの楔となりて、我らを錯乱させるものを捕まえたまえ!風(ウインディ)!」

 

風(ウインディ)のカードを実体化させ、逃げる替(チェンジ)を捕まえようとする。

風(ウインディ)は替(チェンジ)の体に巻き付こうとして捕縛しようとするが...バトルもの並みに華麗に避ける替(チェンジ)。チョロチョロと素早く動くから包みづらいし、周りには他の人たちがいることから風(ウインディ)の力が上手く発揮できない。あ...!花壇に入ったせいで......

 

「花びらが舞って替(チェンジ)の姿が見えない!」

 

姿が見えなくなったことで私は慌ててしまったが、どうやら相手も同じようで、あれほど逃げ回っていた替(チェンジ)が自らジオルドの側に近寄っていた。

替(チェンジ)が近付いて来たことにジオルドが気が付くと、火の魔法を使って逃げ道を塞ぎ、替(チェンジ)を追い詰めていた。右手で火の玉を浮かばせながら笑顔で問い詰める。

 

「...好きな方を選んで下さい。大人しくカタリナに封印されるか、僕に燃やされるのか。今すぐ選んで下さい。さあ...三、二...」

 

替(チェンジ)が私の方に走り出して胸に飛び込む。

...こんな捕まえ方はありなの!?楽に捕まえられたのは嬉しいのだけど...なんか呆気ないというか、拍子抜けというか...捕まえた実感が湧かない。しかし...まあ──

 

 

ジオルドって味方だと頼もしい存在だけど、敵にすると恐ろしいわね!これからも絶対に味方になってもらえるように頑張らないと!私の破滅フラグ回避のためにも!!

私が心の中で誓っているとソフィアに叱られる。

 

「確りして下さい!カタリナ様!このチャンスを逃さないで下さい!」

 

「汝の在るべき姿に戻れ、クロウカード!」

 

替(チェンジ)が水色の煙になって、カードの形をした光の中に吸い込まれていく。

替(チェンジ)が原作よりも暴れて疲れていたせいか、風(ウインディ)のカードを使った私でも楽々と封印ができる。なんなら今まで行った封印の中で一番楽かも。

 

「やりましたわね!カタリナ様!」

 

「ありがとう...でも──」

 

 

 

「これからが大変なんだよね」

 

 

 

入れ替わってしまった人が多く、その中で特に大変なのは異性で入れ替わってしまった人たち。

着替えやお風呂は今日だけ我慢してもらうとしても...トイレは大変なことになっていて...互いに見ないように、できるだけ触れないように頑張っていた。アランとニコルに先にあの人たちからで良い?と聞いたら、別に構わないとすぐに了承してくれた。他の護衛の人たちや使用人の人たちは先にアラン様とニコル様を優先して下さい、と言っていたが、私もアランもニコルも気になって無理だ。戻す順番は異性ペア、アランとニコルペア、同性ペアとなった。

 

替(チェンジ)を無事に封印ができたのは良かったものも、原作よりも遥かに被害が出てしまった。

原作と違う展開に気になった私は、最初に入れ替わった

マックスさんとフランクさんの話によると、替(チェンジ)を掴んでまもなく入れ替わってしまったらしい。入れ替わること自体わかっていたから、二人とも必死になって気にしないようにしていたのだけど、体の違和感や想定よりも速い入れ替わりに、動揺が隠しきれなくなって放してしまったということだ。

 

少し躊躇したさくらちゃんの時でさえも余裕があったのに...なんで今回の替(チェンジ)のカードをあんなにも必死になっていたのだろうか...?考えても仕方がない。もう捕まえられたのだから、今は魔力回復を集中して一人でも多くの戻せるように頑張ろう!

 

 

 

「人って...寝過ぎると逆に眠れなくなるものね...」

 

事前に相手が替(チェンジ)だとわかっていたから、はじめから泊まる準備はしていた。封印を終えた私はすぐにお菓子を食べた後、急いで身支度をして眠った。すぐに眠ったのは良かったのだが...寝過ぎて逆に眠れなくなり、トイレに行った後、気分転換を兼ねてバルコニーで夜風にあたっていた。

今日もいつも通りにアンに支度をしてもらったのだけど...アンも入れ替わってしまっていて、見た目はヘンリーさんになっていた。...中身はアンだとわかってはいるよ。でも...どうしても意識してしまう...。こんなにも意識をしてしまうくらいなら、アンの言う通りに、今日だけは止めてもらった方が良かったのかな...ああ、早く元に戻したい。どんなに願っても、次の日にならないと戻せないのが厄介。早く明日にならないかな...。

 

「やあ、こんばんは、カタリナ。明日に備えて寝ていなくても大丈夫なのですか?」

 

夜風にあたっていたら後ろからジオルドがやって来た。

 

「こんばんは、ジオルド様。寝過ぎたら眠れなくなってしまって...ジオルド様も眠れないのですか?」

 

「僕はそうではないですよ。僕はカタリナがバルコニーにいたから気になって来ただけです」

 

「そうなのですか...」

 

すぐに眠った私はともかく、疲れているかもしれないジオルドは眠った方が良いよね。ちらっとジオルドの方を見たが戻ろうとはしない。...私がここにいるから気になって眠れないのかな?それなら私は戻った方が良いみたいね。

 

「もう十分夜風にあたったので私は戻りますね、ジオルド様、お休みなさい」

 

部屋に戻ろうとした瞬間、ジオルドは何故かいきなり私の腕を掴んできた。

 

「せっかく二人きりになれたのですから...もう少しだけ話しをしませんか?勿論、明日に差し支えない程度で」

 

破滅フラグ対策の罪悪感やジオルドの真剣な眼差しにより、私はもう少しの間だけバルコニーにいることにした。

 

 

満天の星空の下に、乙女ゲームの攻略対象である正統派王子様と主人公の恋を邪魔する悪役令嬢。うん...やっぱり...スチルにするなら主人公との組み合わせよね。

 

「こうして...二人きりなるのは久し振りですね。女性は体を冷やすと大変ですから、こうして温まった方が良いですよ」

 

ジオルドはそう言うと、ぴったりとくっつくまで私を引き寄せ、使用人が持ってきてくれたブランケットを被せる。

...流石攻略対象。見事な動きだわ。冬から春になったと言えどまだまだ夜は寒い。そこまで長居する気はなかったから用意してもらわなかったけど、あるとありがたいわね。この然り気無い行動ができるのもまた、現実にいるプレーヤーを虜にさせた一因なのよね。見られたらきっと今の私は、ジオルドファンから羨ましいと思われるだろうな。

 

「昼は大変でしたね」

 

「ええ...あそこまで原作と違う動きをする思いませんでした...」

 

「...あんな風に動きが違っていたのも、僕のせいなんでしょうね...」

 

「そんな!ジオルド様のせいではありません!寧ろジオルド様やみんながいるお陰で封印ができているのですわ!」

 

声を荒くして反論する私にジオルドは呆けていたが、私の言いたいことが伝わるとジオルドは笑みを浮かべて語り出した。

 

「ありがとうございます。カタリナがそのように言ってくれるだけでかなり嬉しいです。ですが...チェンが逃げ回っていたのは僕の責任です。僕が...あの時...燃やしたから...」

 

ああ!なるほど!私と同じく、替(チェンジ)のカードもジオルドのことを恐れていたのね!気持ちはわかるわ!普段落ち着いている人が怒ったら怖いもんね!しかもこちらを殺すほどの勢いだし!

 

「カタリナは...本を燃やした僕に対して...怒って...いますか...?」

 

「えっ...?」

 

私がジオルドの怒っている姿を思い出していたら、私から少し離れていて、何故か急に真面目な雰囲気になって目と目と合わせるかのように見詰めてくる。

 

「僕は...はっきりと言いますが、本を燃やしたことに対して反省する気持ちはこれっぽっちもありません。ですが...カタリナや、皆さんに迷惑をかけてしまったことに後悔を感じています。...本当にごめんなさい!僕が...!あの時...!感情に身を任せて燃やしてしまったから...」

 

「ジオルド様...」

 

深々と謝るとジオルドはそのまま俯いてしまう。

みんなに迷惑をかけてしまったか...。原作を知らないとそんな風に感じてしまうのね。原作を知っているとしている身では、半分で済んでいるから現状が悪化したとは思えない。

 

「ジオルド様、お気になさらないで下さい。半分しか封印する必要がありませんから。全部封印しないといけない原作と比べたら大したことはないです」

 

「ですが...」

 

「ジオルド様は気にしておりますが...いつも大人っぽく、落ち着いてるジオルド様が、感情的になってまでも大切な人を守る姿は格好いいですよ。それほど大切にしていたんだなと実感できますし」

 

悪役令嬢になってしまった私には恐怖でしかないけど、絶対に素を見せようとしない、常に冷静沈着な人が主人公を守ろうと感情的になる。そんな姿にジオルドのことを好きになったプレーヤーも多いだろう。

今回の件はクロウカードに騒動に巻き込まれてしまった怒りだろうが、怒ることは仕方のないことだし、謝らなくても責める気には到底なれない。友人としてだけど、こうして付き合ってくれるし。

 

頭を上げたと思いきや、今度はじっと私の顔を見てこちらの様子を伺っていた。

 

「カタリナは...がっかりしないのですか?理想と違う王子様に嫌になったりしないのですか?」

 

「えっ?なんで私がジオルド様はがっかりするのですか?誰がなんと言うと、ジオルド様は立派な王子様ですよ」

 

ジオルドの質問の意味がわからない私は首を傾げる。

急に...何を言っているのだろうか?ジオルドは王子でしょ?それとも...クラエス家には可笑しい子がいると言われたみたいに、ジオルドも陰口を言われているのかな?気にしても時間の無駄になるから陰口なんて気にしない方が良いのよ。

 

「カタ...」

 

「義姉さん!」

 

「カタリナ様!」

 

ジオルドの言葉を遮るかのように、勢いよくキースとメアリが入ってくる。

二人はかなり急いでいたようで肩で息をしていた。

 

「キース!メアリ!どうしたの!?そんなに慌てて何かあったの!?」

 

「ええ...起きそうになっていましたわ」

 

「そうなの!?クロウカードを...!」

 

「そこまでしなくても大丈夫だよ、義姉さん。義姉さんは明日に備えて寝ることが大事だよ」

 

「それなら良かった...。ということでジオルド様、私は明日に備えて寝ますね。お休みなさい」

 

「カ、カタリナ!」

 

「ジオルド様。カタリナ様は明日、大事な用があるのに寝かせないのですか?そんなにお話をしたいのであれば私が聞きますね。まさか...魂を戻すという大事な作業があるのに...自分の用件を最優先にすることはしませんよね?カタリナ様、ジオルド様のお話は私が聞きますので、カタリナ様は気にせずにどうかお休み下さいませ」

 

どうやら私の代わりにメアリが聞いてくれるみたい。

良かった、確りしているメアリなら大丈夫でしょう。これでジオルドの悩みも解消されるわね。

 

私はキースやメアリの言う通りにして眠ることにした。

 

 

 

 

 

翌日

時間になったので最初にアンとヘンリーさんから戻すことになった。

 

「私たちが先でよろしいのでしょうか?やはり、アラン様とニコル様を優先した方が...」

 

「大丈夫よ!アラン様もニコル様も、後で良いと言っていたから!ねっ、そうでしょ」

 

私が話を振るとアランとニコルは同時に頷く。

二人を差し置いて戻ることに抵抗感があったアンとヘンリーさんであったが、強く言えることもできず、互いに遠慮しながらも抱き合って準備をする。

 

「闇の力を秘めし鍵よ。真の力を我の前に示せ。契約の元、カタリナが命じる。封印解除(レリーズ)!」

 

二人の準備を見届けた私は鍵を取り出し杖にする。

杖を振り回しながら、替(チェンジ)のカードを取り出して杖の先に当てる。

 

「彼の者たちの心を入れ替えよ!替(チェンジ)!!」

 

水色の煙が現れて、ドーム状の形をした水色の光が入れ替わった二人を包み込む。

暫くすると煙が晴れて二人の姿が見えるようになる。

 

「...ッ!!戻ったぞ!遂に戻ったぞ!やったー!!」

 

ヘンリーさんはその場で飛び上がるほど喜び、アンは言葉には出さなかったけど嬉し涙を流していた。

今日はもう片方の異性ペアとアランとニコルペアしか戻せなかったので、次の日にかけて残りのペアを戻す。

ああ...一刻も早く修行とかをして、少しでも魔力を増やすようにしなきゃと私は誓うのであった。







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