貴方を探して、逢いたくて。 (語鴉)
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1st Bullet "夢見。"

モスエクも好きなので初投稿です。


「おっ、今日も早起き出来て偉いじゃないか二人とも!」

 

 嗚呼、聞いたことのある声がする。懐かしくて、聞いているだけで心が温かくなるような優しい声。聞こえていて当たり前、と言うくらいに日常に組み込まれたそれが無ければやっていけない。失うなんて思ってないし、何より望まない。

 

「それじゃあ今日はこの勉強だ。ついて来いよ、二人とも。」

 

「もっちろん!」

 

「当たり前だよ、■■■■さん...いや、此処は■■■と呼ぶべきかな?」

 

「それは私のセリフじゃないの!?」

 

 何気ない会話、笑い声、暖かな雰囲気...其の全てが幸せを簡単に表現できるパズルのピースだ。

 欠けたくない、欠けてはいけないんだ。

 

「今日がんばったら、またアレを作らないとな!エクシアの好きなアレをさ。」

 

「本当!?なら張り切らないとね!」

 

 あの頃は本当に毎日が陽だまりのように心地よかった。

 

「エルは頑■り屋さ■■な。ぽ■■■行■な■?」

 

 無理やりにでも手を繋ぐべきだった。手を離しちゃだめ、だったのに。

 

 

# # #

 

 ピピピ、とけたたましく部屋に意識を叩き起こすアラームが木魂する。嗚呼、本当に億劫だ。起き上がり、今日の仕事に備えて動かなければならないのに、この魔性の寝具からは抜け出すことが出来なかった。つまりは気分最悪、と言うことである。

 それに、見てしまった夢の内容を憶えているせいもあって余計に不機嫌になってしまう。かつての暖かい日々を思い出してしまって、手の届かないそこに想いを馳せてしまう。

 

「あ゛ー...有給、は使えないかなぁ。使えないよねぇ。」

 

 今日も今日とて観念して、ふかふかの寝具から何とか脱出した。一日寝たことで蓄えられたぬくもりが私に帰って来いと誘惑してくるが、それを何とか無視して洗面台の方へと向かう。

 あの都市に居る時よりも、寝起きの髪の手入れはかなり楽となった。戦場であの髪の長さは正直駆け辛い。かといって短いままでいいかと聞かれたら微妙である。昔の長い髪も、彼は褒めてくれた。

 

「...んー、忘れよう。考えても仕方ないんだ。」

 

 髪の毛は真っすぐにする程度に、適当に。意識を微睡から引きずり出すために冷水で顔を洗い、何とか目を覚ました。此処で変な声を出してしまうのは皆してるだろうから気にしない。気にしたところで誰も聞いてないからいいんだ。

 

 次は食事だ。以前、あの製薬会社に居る戦場医、"ドクター"と呼ばれる人におすすめしてもらった店のサンドウィッチを冷蔵庫から取り出し、ミルクを注ぎつつかじっていく。店の名前は変だったが、味はとても良くてそれからずっと贔屓にしている。

 咀嚼をしながらミルクを口にし、サンドウィッチを胃袋へと流し込んでいく。何故、こうもパン類にはミルクが合うのだろうか。それを問いただすのは、空はなんで青いのかとか、答えることすら省きたくなるほどの常識だ。恐らく、そのはずだ。

 

「今日もとっても美味しかったです、ごちそうさまでしたっと。」

 

 腹ごしらえが済めば次は衣類と道具の準備だ。いつも通りの服に、いつも通りのポーチ。普段と何も変わらないその一式を身に纏い、軽く体を動かす。その普段と着心地が一緒なのを確認して胸をなで下ろす。

 変わらないのは、案外大切なことなのだから。

 

 __ボスの元に行く前に、いつもの恒例行事だ。

 

「今日も、どうか会えますように。」

 

 リビングの家具の上、写真立ての中に保存されているそれに視線を向け、そう零した。そこには私と、藍髪の彼女と、白髪の彼が映っている。私の古郷で撮られた大切な写真だ。あそこから出る時も、この写真は忘れず荷物に積み込んだのを今でも覚えてる。それだけ、私にとって意味のある代物だ。

 同時に、私がいつまでも過去に囚われている証でもある。十割素晴らしいものでもない。

 

「モスティマは頑張れば連絡付くけど...本当に、貴方は何処にいるの。」

 

 一つ、深く深く呼吸。肺の中身の淀んだ空気を全部取り換えるように息を吸って、そして吐いた。幾度か繰り返し、荷物を持ち写真に背を向けた。

 

「...逢いたいよ。」

 

 きっと今日の私は、いつも以上に過去に引きずられている。全部あの夢のせいだ。

 

 

# # #

 

 

「ボス~、お昼寝タイムを申請したいんだけど~。」

 

「却下に決まってるだろ。」

 

「そんなぁ。」

 

 ほんの少しの寝たりないという欲求を抑えつつ、今日も大都市龍門を移動していく。今日は近衛局による検査の終わった荷物を指定の場所に運んでいくというものだ。

 このペンギン急便が運んでいるんだ、きっと楽しいものに違いない。普通の荷物なら仕事は回ってこないはずだ。

 

「こんな昼間に襲撃リスク考えて私達に依頼するなんてね。何を運ばせてるんだか。」

 

「中身には触れないって契約だ。近衛局(アイツら)が見てるなら危なくはないだろうさ。」

 

 と、言うことだ。中身が気になっても知ることが出来ない。全く、生殺しもいいところである。こういう気になるような仕事が回ってくるのがすべて悪いのだ。したがって私は断じて悪くない。

 

「碌でもないこと考える暇あるなら運転に集中しろ。これが済んだら休憩やるから。」

 

「はい声質いただいたからね!飛ばすよボス!」

 

「ッておい!いきなり加速する馬鹿がいるか!面白い、許す。」

 

 なんだかんだ退屈しない仕事だからやっていける。愉快な人たちばかりで有り難い限りだ。

 __そのうちの一人。モスティマとはもう少ししたいんだけれども。もう最後にあって四年目に突入しようとしている。いい加減顔を出してくれてもいいとは思う。

 

 なんて、誰に当てたわけでもない愚痴を心の中で零して、目的地へと何一つ迷わず突き進んだ。

 

 

# # #

 

 

「はい、確かに届けましたよっと。今後ともペンギン急便をよろしくね!」

 

 今回は事故も荒事も無く仕事が終わった。いつもならボスの事良く思ってない奴が襲ってきたりするが、今回はそれが無かった。平和なのはいいことだが、平和すぎて少し退屈してしまってるのは内緒だ。

 依頼主からはたっぷりと代金をいただいてから車の中へと戻った。中ではボスが相変わらず車内音楽で乗っている。今日は立てノリの気分なようだ。

 

「ボス~、約束通り休憩貰うから。今さら取り消させないからね~。」

 

「社訓にもあるだろ、"男には二言はない"。」

 

「初耳なんだけど。いつ追加になったの?」

 

「数分前、って答えとくか。」

 

「なぁら仕方ないね!」

 

 そんないつも通りのボスと話していたその時、視界の端の方に白い何かが動いた気がした。龍門にはいろいろな人がいる。白髪の人だって、白髪の人だっている。気になる必要もないことだったが、私はそれを知っている(・・・・・・・・)

 

「…ごめん、ちょっと行ってくる。」

 

 「ちょっと待て。」なんて言葉が背後から聞こえてきたが、それに対応する暇と余裕が無かった。何だか知っているそれを追った。

 心がざわついている。ひょっとしたら...と希望的観測をしてやまない。

 

 __建物によって遮られていた死角に回り込んだが、そこには誰もいなかった。ひょっとしたら...と言うのも物の見事に砕かれた。

 だが、何も無いわけではなかった。地面には自分達サンクタの良く知る弾丸が一発落ちていた。自分たちの種族しか使えないそれがここにあるということは、凡そ同類がここにいたと考えるのが妥当だ。

 

「...貴方のだって、信じてもいいのかな。」

 

 拾い上げたそれを大切にポーチに仕舞い、車の方へと向かった。

 

「生きてるなら、顔くらい出してくれてもいいじゃん。馬鹿。」

 

 生きているかもしれないと知れたのだ。大儲けの日なのかもしれない。



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2nd Bullet "呪い。"

モスティマを昇進二にしたので初投稿です。


 いつも通り、ではない時間に目を覚ました。そう、何を隠そう今日は休日だ。待ちに待った安息に日。好きなだけ寝てしまってもいいという、完全に堕落を誘っている最上の日だ。いつもの退屈しない日々も悪くはない。決して悪くはないのだが、やっぱり休息は必要なわけで。何時もなら準備を始める時間帯に、寝間着姿のままリビングまで歩いてきた。取りあえず冷蔵庫から眠気覚ましの清涼飲料を持ってきて、それを片手にテレビを点ける。この時間帯にやっているとすれば朝のニュース番組だろう。近状を知っておくのは悪くはないことだ。

 

「レユニオンがまた暴動?ひぇ~...物騒だね~...。」

 

 最近はこの話題で持ちきりだ。世界のあっちこっちでこの過激組織のレユニオンムーブメントが都市を襲ったりしている。あのチェルノボーグ事変を皮切りに何かが変わってしまったのだろう。

 私もあの時、あの製薬会社(ロドス)と共闘してたわけだけど。正直なところ、いい加減にしてほしいものだ。喧嘩はマフィアやボスの敵だけでいいというのに。

 

 ...ついつい思考が仕事の方面に逸れてしまった。これもきっと職業病なのだろう。そうに違いない。

 

「こう、もっと面白いニュースとか流れないのかなぁ。シエスタのお祭りもそろそろだし?ボスの関係者ってことでタダで入りたいし!」

 

 そう、そろそろ夏なのだ。パーティーの季節なのだ。爆音と極彩に溺れて踊り狂う祭典が近づいているのだ。あの夜は本当に忘れられないもので、今でも目を閉じれば眩い光と内臓を揺らす曲を思い出す。

 関係者としてお弁当を貰いたいというわけではない。仕方なく受け取るのであって、欲しいのではない。美味しいから仕方なくだ。

 

 そう言えば今年はD.D.D.さんやら、結構なメンツが揃うらしい。退屈しない日々が確約されてるようなもので自然と胸が高鳴る。

 

 __こう言うお祭りごと、きっと好きだろうになぁ。なんて思いながら飾ってある写真へと視線を向ける。そこに映っている白髪の同族の男性を見て、きゅうと胸が苦しくなった。

 "一緒に参加したかった"と喉まで登ってきた言葉を取りあえず飲み込んで、写真から目を背けた。こうして過去を振り返ってもあまりいいことはない、寧ろ苦しいのに何故思い出してしまうのだろうか。記憶に蓋が出来るのなら是非ともしたいものだ。

 

 そうして悶えているうちに番組の内容が変わった。どうやら占い関係を紹介しているようだ。

 

「...おまじない特集?んー、オカルティックなのは信じてないしいっか。」

 

 番組を変えようとしたその時、とある言葉が鼓膜を震わせた。

 

[好きな人のものでお守りを作ってみよう!]

 

 その後に続く言葉によれば、どうやら想い人の持ち物でお守りを作ればその相手の健康やらを願えたりするというものらしい。何時もなら普通に聞き流していたであろう文字列だが、今回はそうもいかなかった。

 そう、先日きっと彼の持ち物だと思われる弾丸を拾ったのだ。

 

「これをアクセサリーに?...首飾りあたりがいいかなぁ。」

 

 きっとこれは気の迷いなのだろう。でも、その迷いを盲目的に信じてしまったんだ。

 

 

# # #

 

 

「ええと、こっちだったっけ。」

 

 龍門の街をのんびりと、気ままに進んでいく。すれ違う人々は何時も通り喜怒哀楽に満ちていて、自然と安心感を得られる。何か異変があれば、その感情が一つに収束する。レユニオンが来ていれば恐怖一色だろう。祭りがあれば皆テンションが高くなるだろう。だから、今が一番平和だ。

 

 今回の外出には大きな意味がある。そう、さっきの番組でやっていたまじないの件だ。詳しい話は省くが、想い人や大切な人のものをアクセサリとして身に着けるといいらしい。そのアクセサリを作るためにそういう店に出向いているのだ。

 

 __いや、想い人ではない。断じて想ってない!雑念を振り払うためにも以前教えてもらったサンドイッチ屋の味を反芻させていく。そうだ、次はカツサンドを食べよう。チーズカツサンドを絶対に食べよう。カロリー何て気にするものか。

 

 ごちゃついた思考に溺れながら、やっとその店に着いた。外装はごくごく一般的な見た目の煩くないものだ。ファンシーな見た目よりも入りやすくて精神衛生上大変宜しい。

 

「よし、お邪魔しまーす。」

 

「サンクタの子か。ここに何用だ?」

 

 中には椅子に腰かけたリーベリの男性がいて、此方の姿を確認してから立ち上がった。年を重ねているせいか腰はそう良いようには見えず、何とも歩きづらそうだった。

 

「私から行くから大丈夫ですって!」

 

「そうか?悪いねな。それで、どんなことを求めて来たんだ。何を何にしてほしい?」

 

「ええとね、これをネックレスにしてほしいんだ。」

 

 ポケットに仕舞っていた一発の弾丸を取り出し、リーベリの男性に見せた。弾丸をアクセサリにするなんて、後先数えて私一人だろう。きっと。

 

「ふむ、これを加工するんだね?そう時間はかからないだろうから、此処でゆっくりしているといい。飲み物は何が好きかね?」

 

「私は珈琲でいいよ。温かいやつだと嬉しいな。」

 

「今持ってくるから待っててくれ。雑誌とかは読んでいてくれても構わないよ。」

 

 そういうと弾丸を手に店の奥の方へと姿を晦ませた。彼が言っていたように待とうと椅子に腰かけた。

 腰かけたが...

 

「雑誌って言っても、歴史の本ばかりじゃん。」

 

 中々勉強になる待機時間になりそうだ。

 

 

# # #

 

 

 渡された珈琲片手に雑誌を読んで時間潰しを始めて、そこそこの時間が過ぎた。そろそろ分針が一周するころだろう。ウルサスの歴史や周りの国の関係など、所謂学園で習うことばかりのことを復習したことになる。

 

"知識は財産で力だ。勉強しておいて損はないぞ、エクシア。"

 

「...分かってるよ。」

 

 頭の中で、今でも残っている言葉に返事を零した。傍から見ればきっと危ない人に見られてしまうだろう。今、あの人が帰ってくるのならそれでも構わないと思った。

 帰ってくるなら、の話だが。

 

「待たせたな。ほれ、こんな感じでどうだ?」

 

 本を読み切ったタイミングで、アクセサリを片手に店の人が姿を見せた。細いチェーンの輪に、金属の型に嵌められている銃弾があった。此処に来る途中に思い浮かべていた見た目そのもので、もしや心が読めるのではとちょっと考えすぎてしまう。

 

 そんなことより、試着だ。重さとかを見なければ戦闘中に持てるかどうかが変わってくる。きっと大丈夫だと思うが。

 

「もう身に着けて大丈夫?熱かったりしない?」

 

「熱ければ持ててないだろう。」

 

「それもそっか。それじゃあ早速。ほうほう...成程ね。」

 

 チェーンを摘まみ、頭を通していく。少しだけ重みを首に感じるが、それはそれでいい。

 少し重たいくらいが、何だかあの人に見守られている気がして安心できる。彼に見守られるのなら、いつも以上に私の銃が火を噴くだろう。

 

「とてもいい感じ!想像通りだし!」

 

「そりゃよかった。お代は大体これくらいだ。」

 

 渡された紙には一般的には安いとは言えない金額が記されていた。かなりの贅沢品だが、望んだものが手に入るとすればとても安いものだ。

 上機嫌にポーチから財布を取り出し、料金とプラスアルファを手渡した。いい仕事には金を払えという社訓は守らなければならないだろう。

 

「毎度あり。然し、この金払い...角持ちのサンクタに似てるな。」

 

「...角持ちのサンクタ!?ねぇ、それいつのこと!?」

 

 __引っかかる言葉が頭の中に届いてきた。ひょっとしたら彼女がここに訪れた可能性が出てきたのだ。

 

「この一か月以内だな。それがどうしたんだ?」

 

「どうしたも何も、その人を探しているんだ。...どんな人だった?」

 

「客の情報は話せんな。だが、男ってだけは伝えておこうか。」

 

「...へ?男?」

 

 口にした言葉は、自分の期待を思いっきり裏切った。女と言われれば期待は出来たが、男と言われるとその希望すら粉々に砕かれてしまう。

 

 案外、咎を背負った同族はいるのかもしれない。同士討ちの大罪を何故背負うのだろうか。

 

「と、兎に角。アクセサリ有難う!仕事仲間にもお勧めしとくよ!」

 

「嗚呼、よろしく頼む。これからもどうぞごひいきに。」

 

 弾丸を服の内側に隠してから、いざ家へと駆けだした。

 

 近いうちにいいことがあるような、そんな気がした。




"まじない"と取るか"のろい"と取るか。
それは彼女次第でしょう。


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3rd Bullet "霧を掴む。"

待たして本当に申し訳ない。本当に...申し訳ない...。


夏だ。

 

海だ。

 

「オブシディアンフェスティバルだ!」

 

「少し静かにしてくれないか。」

 

「え~?いいじゃんいいじゃん。」

 

 快速で走る車の中、赤髪と黒髪の女性に、それと一匹のペンギンが乗車していた。何故ペンギンがいるのかは聞いてはならない。

 ペンギン急便なのだ。仕方がないのだ。

 

「もうすぐ会場だな。今回も適当に見回りしてからぶち上げに行くか。」

 

「今回もお弁当期待してるからね~!」

 

「お前、それが一番の目的だろ。エクシア。」

 

「そんなことあるけどね!」

 

 車外はうだるような暑さが支配しているが、空調のおかげで何とも過ごしやすい気温になっている。空調という画期的なオアシスを作り出す仕組みがなければ今頃この世界は滅んでいただろう。

 それほどに重要なものだ。生活に組み込まれて抜けなくなった歯車なのだから。

 

 とうとう目的地が見え始めた。様々な高さの建物に、近くにある何ともたくましい火山、そして遠くに見える青い湖。其の全てが普段の日常を忘れさせてくれる非日常。世界からまるで切り取られたかのような、そんな絶景だ。

 此処は観光都市"シエスタ"。今の都市では珍しい非移動都市であり、此処で様々な娯楽を叶えている。かつてはさびれた漁村だったらしいが、それを感じられないほどの栄え具合だ。

 

 人は頑張ればこうも場を盛り上げられる。それを痛感させられるものだ。

 

 __近くに火山があるのもあって暑いらしい。今はエアコンを利かせてるのもあって平気だが。正直この空間からは出たくない。

 

「ボス~、今日の予定は?」

 

「取りあえずホテルだ、荷物とかいろいろとあるだろ。そのあとは好きにしてくれたらいい。」

 

「ホント!?じゃあ水着買って遊びに行こうかなぁ~!」

 

 滅多にないバカンスだ。水辺でパーティ、街中でランチ、夜にもパーティ。休まる暇なんてないくらいに笑い、踊り明かせそうだ。

 __夜はフェスでのボスの護衛とか、そちらがメイン。観客席で内臓すら揺さぶってくるダンスミュージックを堪能できないのはちょっと残念ではあるが、これはこれで皆の体験できない役職だと納得している。いや、大嘘をついた。普通に観客で私は居たい。

 

 何日にも渡り開催される音楽の祭典、オブシディアンフェスティバル。このイベントに自分たちの上司である皇帝が呼ばれたようで、そのお付としてペンギン急便そのものがシエスタに来ていた。

 何かと周りに喧嘩を吹っ掛けるのが皇帝の性であり、こうして護衛をつけておかないと中々厳しいものがある。その喧嘩に巻き込まれる立場を考えてほしいと考える者はおらず、それもまた一興だと納得する人らばかりだ。結局、同じ穴のムジナで構成された運送会社ということだ。

 

 現地は既に様々な人で賑わっており、いつ祭りが始まっても可笑しくないものになっていた。屋台のジャンクフードに齧り付く男性に、お土産選びをする女性。観光地らしい雰囲気であり、つい先日までの都市の喧騒を忘れさせてくれる。日々がこうも平和に進んでいけば、というのを思わないわけではないが、一人の力で何ともできないというのが事実である。

 

「黄昏てどうしたんだ?」

 

「ん~?屋台の食べ物がおいしそうだなぁって。...って、こっちにもハムハムパンパン来てたんだ!後で食べに行かないと!」

 

「俺にはマスタード味だぞ。」

 

「え、ボスも食べたいの?」

 

「当たり前だろ。あそこのは毎朝食べてるんだよ。」

 

「何私の真似してるのさ。ボスって案外感化されやすいタイプ?」

 

 くぅ、と腹の虫を小さく鳴かせつつ、車は目的地の宿泊施設の駐車場へと吸い込まれていった。勿論、かつての喧嘩相手(うるさいやつら)にばれないよう隠密に。

 

 

# # #

 

 

「これで全部、っと。それじゃあいってきま~す!」

 

 今回借りた部屋に、すべての荷物を運び終えた。つまりは今から自由行動ということだ。先に頼まれていた食料調達さえ終わらせてしまえばこちらのものである。

 やっと訪れた夏季休暇だ。しっかり楽しまなければならない。

 

 ポーチ良し、髪型良し、財布の中身は潤沢に。弾丸の首飾りも無論装備していざ出陣。

 __の前に、用意すべきことがある。この服装のままだと、確実に外で茹で上がってしまうのだ。比較的通気性はいいとは言えど、この日差しの中では中々酷なものだ。日焼け対策にはいいが、それすら気にしてられないくらいに暑いだろう。

 

 水辺の装い、つまりは水着の調達だ。荷物を搬入しているときに、売店にそれらしきものが売っているのが見えた。そこに駆け込めば、何かしら自分に合ったものがあるだろう。

 自分の雇い主の部屋から出て、駆け足で階段を下りていく。その姿はさながら少女のそれであり、銃を握れど根本が乙女なのだと実感できる。

 

 一階、お土産を売っていたりする売店に駆け込み、真っ先に水着の売り場へと急いだ。中々際どいものからゆったりとしたものまで、色々な要求に応えられるような品揃えだ。これなら自分にぴったりな水着が見つかるかもしれない。

 

「然し...何にしようかなぁ。」

 

 水着を着るなんていつぶりだろうか。ラテラーノに居るときの水遊びに三人(・・)で行ったきりだろう。あの時は親から与えられてたので済んでいた。何が良くて何が悪いのか、分かるはずもない頃だった。

 

 __彼はどのような見た目が好きなんだろう。際どいものは男性の目を惹くが、見られるのは何だか恥ずかしい。想像するだけで顔が熱くて熱くてたまらなくなる。嗚呼、本当に恥ずかしい。

 

「まずは無難なのでいっか。泳ぐわけでもないし。」

 

 薄手のパーカーに、一般的な水着。日差し対策にサンバーザーを身に着けた。案外様になっていると思うが、他の人からの評価なんてわかるはずもない。こういう時に彼が居たら、きっともっと楽しい買い物になってただろう。

 __最近、無いものねだりな考えばかり巡ってしまう。考えても仕方がないと割り切ったはずだというのに。きっと、この鉛玉の首飾りが皮切りになっているのかもしれない。

 

 ついでに日焼け止めも購入し、出陣準備は完了。出発前の飲み物も準備万端、持っているのが嫌になるくらいにキンキンに冷えた飲み物なら多少なりとも猛暑にも耐えられるだろう。

 

「よっし、いざシエスタに出陣~!」

 

 ここからが私の夏だ。

 

 

# # #

 

 

 行き交う人をかき分け、これまた人の賑わう浜辺にたどり着いた。バーベキューを楽しむサルカズに水辺で遊ぶヴァルポ、本当に様々な人がここにきているようだ。それはそうだ、此処は数少ない娯楽満載観光都市なのだから。

 一先ずここら辺を歩いて、景色やらを楽しむのが定石だと皆は言う。それに従い足を進め始めた。

 

「しっかし...暑いなぁ...。」

 

 刺すような日差しが肌を攻め立ててくる。日焼け止めを塗って対策はしたが、それでも暑くて肌が痛くて仕方がない。持っていた飲料も既に飲み干し、体温は上がるばかり。

 これなら水遊びで涼を取れるように、湖に入れるようにするべきだったと後悔がまとわりついてくる。こういう暑い日の水遊びは気持ちいいだろうに。

 

 別にこのまま遊んでもいいのだが、今の水着は涼しさだけを重視したものだ。少しくらい濡れていい程度のもので、がっつり遊べるわけではない。

 

「こう...何か、涼しいところとかないかなぁ。このままじゃ確実に干からびちゃう...。」

 

 涼を求めて歩いている自分の姿は、さながらホラー映画に出てくるゾンビのそれだろう。こういう人は他にもいるだろうから騒がれたり指を刺されたりはしないだろう。きっと。

 

 __遠くに屋台が見える。近くに居る人から察してアイスを売っているのだろう。

 

「...!アイス...!」

 

 オアシスを見つけた時の気分はこういうことなのだろう。脇目も振らずに、こけない程度に屋台へと駆けだした。近づいていくにつれて甘い匂いや酒のツンとした香りが鼻孔を擽る。つられて喉の渇きや空腹が顕著に意識できた。

 

 きれいな金髪のウルサスがひっきりなしに動き、客を捌いているのが見えてきた。やはり皆此処に惹かれているようで、かなりの人が集まっていた。それはそうだろう、暑さには抗えないようになっている。

 店前のメニューを見てみたが、かなりの量がこの店で提供できるようだ。色々なニーズに応えられるのはすごいことだが、ちょっと疲れないだろうか。

 

「私にストロベリーシャーベットとバニラシャーベットのダブルよろしくっ!」

 

「は~い!少し待っててね!」

 

 元気いっぱいに帰ってきた返事にほっこりとする。こうして誰かに尽くしていたりするのが楽しいのだろう。私も、案外こういうのは好きだったりする。笑顔を振りまくのは余り苦じゃないのだ。

 

 取りあえず注文も済ませ、置いてあったパンフレットを覗いてみた。どうやら今年は立ち入り禁止区域があるらしく、その説明などが綴られていた。この近くにある火山は勿論、この都市の端の方にある廃墟が禁止されているようだ。安全面も考えているあたり、ちゃんと信用できるものだ。

 

「ん、おいしい。ひんやり。」

 

「ァ゛ッ!!ですよねですよね!はぁあ~...。」

 

 そうパンフレットを眺めていると、独特な声が聞こえてきた。龍門の娯楽街でも同じような声を聴いたことがあるが、それと同類なのだろうか。

 深い緑の髪のループスに、フードを被った小さな女の子。フードの子には特徴的な黒い尻尾があり、凡そサルカズなのだろう。

 __どうしても、匂ったような香りがするが、きっときのせいだ。

 

「やぁやぁ!今年って結構暑いの?」

 

「はぅぁ!?そそそそうですね~...毎年来てますけど、今年は特別暑いかと...。」

 

「ナエト、そっちの食べたい。よこして。」

 

「ふぉぉぉぉっ!?はいはいッ、たくさん食べてくださいねぇ!あ、パンドリオンちゃんのアイスを食べても...?」

 

「ん、いいよ。あーん。」

 

「ん゛ッ!!」

 

 独特どころか、とてつもなく特殊だった。緑髪のループスのナエトが特に独特だ。

 こう、話していて退屈はしないタイプの特徴的な人だ。

 

 もう一人の小であるサルカズのパンドリオンちゃんは物静かで、この二人でいいバランスが取れているようだ。良く知らないが。

 

 そう分析していると、あの明るい声が聞こえてきた。

 

「おまたせ~!溶ける前に食べちゃってね!」

 

「待ってました!いただきま~す!」

 

 やっと届いた赤と白の冷えた甘味。カップを持つだけでひんやりとした心地良い感触が伝わってきて、ついつい溜息が出てしまう。幸せな溜息だから何も問題はない。

 両方のシャーベットをスプーンで一度に掬い、それを口の中へと送った。途端に甘酸っぱい果実の味と、それを包み込む優しい甘みが舌の上を踊る。それと一緒に口を中心として体温が下がっていき、何とも言えない悦が思考を支配していった。

 

「はぁあ~...これだよねぇ。夏って。」

 

「うん。夏はアイス。暑くても対抗。」

 

「だね!このうっとうしい太陽さんには手加減してほしいけど...その分美味しいからいっか。」

 

「太陽さん、いじわる。...ナエト、おなか減った。レストラン。」

 

「ほわ!よく食べますね...パンドリオンちゃん可愛い...。それじゃあ、戻りながらお話しましょうか!あ、サンクタさん、また会えたらです!」

 

 勢いよく頭を下げてくるのを見て、ちょっとだけ吹き出してしまった。相手には申し訳ないが、中々面白いものを見た。

 自分の近くに居るループスは真逆のような性格だからか、とても新鮮な気分だった。

 

「うん、またね!暑いから気をつけてね~!」

 

「ん、ばいばい。ナエト、はやく。」

 

「はいあはい!いきますよ~!いやぁ...本当にあの白いもふもふのサンクタさん?に此処に連れてきてもらってよかったですねぇ。こんな楽しいことばかりなんですから!」

 

「__...え?」

 

 思考が凍った。その言葉に覚えがある。

 白くて、毛の多いサンクタ。そうだ、きっと彼だ。

 

「ね、ねぇ!そのサンクタの居場所ってわかる!?」

 

「み゛ょん!?ええと...今は分からないです。」

 

「それじゃあ...どこで会ったとか?」

 

「会ったときはヴィクトリアでしたね。私、ヴィクトリアに住んでるので!」

 

「ヴィクトリア...それでそれで__」

 

 続けて質問しようとしたその時、小さな影が質問相手の手を握った。その手の甲には黒い結晶が点在しており、このローブの意味が分かった気がした。

 

「私、おなか減ってる。ばいばい。」

 

 そう短く言い放ってから自分よりも大きなループスを引きずっていった。彼女が非力だったとしても、その小さな体で引っ張っていけるのは滅多にない光景だった。

 

「あ゛~!パンドリオンちゃ..力強すぎでは!?でもたくまし...あ゛ッ!!」

 

 最後の最後まで笑ってしまうような悲鳴を彼女は上げていた。常時にやけ顔で笑うのをこらえるので必死だった。

 

 __閑話休題。問題は彼の所在だ。このペンダントは龍門で手に入れたと言うのに、次はヴィクトリアと来た。連絡を取れない以上、もはやどうもできない。

 でも、生きているのは確かだ。これで確信には変わったから良しとしよう。

 

「...あ、溶けてる!?」

 

 世の中、銃詰まりみたいに上手く行かないようだ。

 

 

# # #

 

 

 __血みどろの窓、むせかえるような異臭、横たわる多くの肉塊。あってはならない光景がこの廃墟の中では起こっていた。

 

「はぁ...シ協会の奴ら、俺を頼りしなんじゃあないかね。こう言う案件、俺に回しておきゃあいいと思ってるだろ。」

 

 返り血を全身に浴び、赤黒く血化粧を仕上げつつ前進していく。襲い掛かるぼこぼこと体が肥大した人の形をした何かを流れるように銃で撃ちぬいていく。

 両手に構えたサブマシンガンは正確に急所を貫いて、命を刈り取っていく。距離を詰められた時もあったが、迷わず腰のナイフで喉を掻っ捌いた。

 

「モーゼスの事前情報ありきなんだから、本当にやめてほしいもんだ。」

 

 建物の最深部に居た、肉塊共の女王を視界に捉える。今もなお肉塊達を生み出し続けており、仕事が右肩上がりに増えていく。

 

 足に括り付けていた球を一つ、背負っていたライフルに込めた。神経を研ぎ澄まし、意識を尖らせ、狙いを定める。

 

「俺は面倒なの、嫌いなんだよねぇ。だから、早めに仕事終わらせてもらう。 Αντίο!」

 

 __打ち出された黒い閃光が全てを貫いていく。全てその個体の核の部分を寸分違わず破壊していく。目標が逃げようとも、それは延々と追いかけ、そして撃ち抜いた。

 奥に居た女王も物の見事に撃ち抜かれ、全方向に血を吹き出しながら破裂した。

 大元が破裂したその後、血が元々無かったかのように消えていく。血みどろの全身も綺麗になっていき、ふわふわとした白髪(・・・・・・・・)が露わになっていく。

 

 目標達成を確認し、連絡端末を取り出す。報告先はこの地の市長だ。

 

「ヘルマンさん?都市伝説級ねじれ"終わらない食欲"鎮圧完了したから振り込み宜しく。あ、それと協会の方に書類送っといてね、じゃ。」

 

 短く報告を済ませて、背伸びをしつつ外を眺める。この廃墟からは都市中心部の光が見えて、何だか賑やかそうでうらやましく思えた。

 

「明日には、ちょっとでも顔を出すかね。たく、この案件が無ければ八級フィクサーみたいなマネしなくて済んだんだけどなぁ。」

 

 先日依頼してきた緑髪のループスを思い出しつつ、煙草に火を付けた。仕事終わりの一服はいつも通り格別だった。



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4th Bullet "嵐の前の喧騒。"

バイソン君、可愛いですよね。


可愛いですよね。


 ぶろろ、とエンジンを吹かせる音が聞こえる。地面に爪を立てて走るタイヤの音が聞こえる。だが、今は少し音が少ない気がする。何を隠そう、今は交通量の少ない時間帯だ。だからと言って安全なわけがない。走る鉄の馬に跳ね飛ばされてしまえばすべておじゃんだ。

 

 __然し、然しだ。

 

「なんで私は此処でお散歩してるんだろうなぁ。」

 

 こんな道路の上で歩いているのだろうか。此れもボスの命令なのだが、何故ここなのだろう。

 ボス曰く、「客人を回収しろ」。その客人の概要は教えてもらったが、走り去る車の中を確認できるだろうか。タイヤをパンクさせれば何とかなるかもしれないと思考が巡ったが、そういうのは良くない。一応。

 

 そう心の中で愚痴をこぼしていたその時、目線の先でそれなりの大きさの爆発が起こった。

 ボスが依頼するということは、つまりはそういうことなんだろう。

 

「これはお迎えタイム到来かな?今迎えに行くからね~!」

 

 煙の立ち上った方へと駆けていく。近づいて行くに連れて、だんだんと状況を把握してきた。煙の中には車が一つ取り残されていた。この爆発に巻き込まれたか、あるいはそう言う筋書きなのか。凡そ後者であることを想定しつつ、その車両に駆け寄った。

 車の中に一人、外に放り出されたのが一人。取りあえず、車の中に居た彼へと声をかけた。

 

「盛大に歓迎されちゃってるみたいだけど、大丈夫?」

 

「はは、私めは大丈夫でございます。...坊ちゃまの事、お願いしても宜しいでしょうか。」

 

「...そういう事。了解!っと、その前に避難しておいてね?」

 

「それは勿論。では、此れにて失礼。」

 

 執事風なのか、本当に執事なのかわからない彼は平気そうに車から離脱し、そのまま煙をうまく使い道路の端の方へと逃げていった。身のこなしからして、きっと只者ではないのだろう。

 漫画で読んだことがある。こういうのは"お決まり"らしい。

 

 次は地に伏せている少年だ。丈夫そうな盾を握って、地面と熱い口付けを交わしていた。だが、周りを見ようとしている辺りまだ平気そうだ。

 

 __煙の外から何やら声が聞こえる。彼に手を差し伸べる前に、少しばかり黙らせるべきだと判断し、腰に準備しておいた特製銃を手にした。

 大体の声の位置を把握し、引き金を引く。中身は勿論実弾だ。

 

「あぐッ!?」

 

 見事命中したようだ。自分の銃の腕前には改めて感心してしまうが、今はそんな状況ではない。

 

「安っぽい反応をすることは好きじゃないんだが。なァ、ペンギン急便。」

 

 煙が晴れていく。視線の先には狼頭に帽子を被った連中がわんさかと群れを成していた。よく飽きもせず集まるなと思い、ついついため息が漏れた。

 銃を構えるのはやめておいて、話し相手を見据える。会話するにしても武器は必要ない。その気になれば、いつでも撃ち抜けるのだから。

 

「良く知ってるね!今回のコレ、ちょっと古典的すぎないかな?何年前の流行?」

 

「爆破は個人的な趣味だ。」

 

「うわ、古臭い。」

 

「言ってろ。__周りをよく見てみろ。仕事はそんな単純なものじゃねえぞ。」

 

 周りは既に帽子の連中だらけ。相手の話を盗み聞きした限りだと、さらに待ち伏せもあるようだ。

 今回の仕事はかなりハードなものになりそう、だと直感がそう騒いでいる。ハードな分、楽しめるというわけだが、疲れすぎるとそれはそれで頂けない。

 

 地に伏せていた彼もゆっくりと立ち上がった。ふらついてはいるようだが、その二本足でちゃんと地面を踏みしめれているようだ。

 

「はは、中々徹底的にやるね。っと、大丈夫?まだまだいける?」

 

「はい、なんとか。...あなたは、エクシアさんですか?」

 

「そう、大正解!君の名前は...バ、バ...なんだっけ。」

 

「...バイソンです。」

 

「そうそう、バイソン君!」

 

 確かこの子は何処かのトランスポーターの息子さんらしい。ボスも詳しいことをしゃべっていたが、もう遠の昔に忘れている。名前の頭文字を思い出しただけでも褒めて欲しいくらいだ。

 

 と、無駄に誇っている状況じゃない。未だ膠着状態だが、このまま続くという保証は無い。何か手を打っていくべきだと理解しているが、どうしたものかと攻めあぐねているのだ。

 

「エクシアさん、僕たちは此処を離れないと...。」

 

「そんな表情を硬くしないの。大丈夫、執事さんの無事は確認してるから!」

 

「そうなんですか!?よかったぁ...。」

 

「案外平気そうだったけどね、あの人。」

 

 さっきの執事さんはきっと大切な人の一人なのだろう、と察しがついた。確かに無事を知れるというのは、心の重みを良く取り除いてくれる。

 つい最近までの私がそうであったのと同じように。

 

 __空を裂く音が聞こえた。とっさに身をよじれば、自分の体の合ったところを矢がすり抜けていった。

 

「まだお話してるんだけど。空気とか読めないの?」

 

「知ったことか。ペンギン急便のエクシア、そしてそこの小さなお坊ちゃま。今すぐこの場で降伏しろ。俺たちと一緒に来い。」

 

「そういうの、女の子にはモテないと思うなぁ。って、今回は知らない顔が多いね?みんな地元からの出稼ぎさん?」

 

「お前には関係ねえ。今回は徹底的にお前達を潰す。」

 

 今回もどうやら本気らしい。何回も聞いているセリフだからか緊張感は薄いが、殺気は本物であった。

 それを向けられたところで、あまり怖くもないのだが。

 

 "今回は"ではなく、"今回こそ"のほうがよほど似合う、なんて考えが浮かんだ。

 

「龍門には長くいるけど、貴方達の縄張り争いって単純で幼稚だよね。シラクーザのマフィアってさ、やられ役以外も務まるんだ?」

 

「はは...シチリアンを馬鹿にしたことをあの世で後悔するが良い、*龍門スラング*。やれ!」

 

 眼前のマフィアがボウガンを構え、引き金に指を添えた。狙いは勿論此方であり、今度は外す気はないようだ。

 ひゅん、という音と共に鋭利なそれが射出された。目掛けるは恐らく体の中心だ。よほど先ほどの言葉が頭に来たのだろう。

 今回は避ける必要がない。そろそろ約束の時間だからだ。

 

 __がきん。鉄と鉄がぶつかり合う音が響いた。射出された矢は天使へ届かず、堅牢な盾に遮られた。

 

「ふ~...何とか間に合ったわ。」

 

「約束通りでばっちしだよ、クロワッサン!」

 

 ペンギン急便の守銭奴が、見事その矢を弾いたのだ。

 新たな客人にマフィアは若干のうろたえを見せるが、攻勢を崩す気はないらしく、ボウガンを構えたままだ。相も変わらず矛先は此方に向けており、何時噛みつくか伺っているらしい。

 

「あいつら手を下げるつもりは無いみたいやで。これからどうするんや?」

 

「それはもう、クロワッサンが道を開けて、私が殿を務める。降りたボーナスは折半でどう?」

 

「中々ええやん?それじゃあ、遠慮なく行くでぇぇぇえッ!」

 

 彼女の握っているハンマーは特別製だ。構成素材の内、何割かが源石になっている。破壊力はすさまじく、これで傷を与えようものならそのまま感染させてしまう凶悪っぷりだ。

 それを道路に振り下ろせば、結末は想像に容易い。道路は大きく揺れ、マフィアたちの戦線は崩れていく。それと一緒に道路に亀裂すら走った。

 爆発で道路が傷ついているのだ。これくらい誤差に違いない。

 

「よぉし、一気に駆け抜けるよ!」

 

「え、あ...はいッ!」

 

 強引に切り開かれた道を三人で一気に駆けていく。

 マフィアたちの声が遠くなっていくように、迅速に。

 

 

# # #

 

 

「ねぇ、クロワッサン。」

 

「ん、どしたん?」

 

「これで何回目の行き止まり?」

 

「大体八回目くらいとちゃう?」

 

 マフィアから逃げた後、絶賛龍門の裏路地で迷っていた。今日は運よく掃除屋達と出くわしていないためかなり楽だが、何度も行き止まりに当たると疲れてくる。

 龍門の裏路地は他の都市の裏路地に比べて物凄く入り組んでいる。古くからある建物のせいで半ば迷宮として知られている。

 

「どうせ周りは何百年も無人の建物なんやから、壁に直接穴を開けてもええんとちゃうんか?」

 

「近衛局が景観ガーとか言い始めるからダメ。そうなったら面倒くさいでしょ。」

 

「あ、それもそうやな!」

 

「ま...待って下さい!何処に行くつもりなのですか?」

 

「何処って...何処行ってるんだっけ?」

 

「そんなぁ...!」

 

 次はどこをどう向かおうか、なんて思考を巡らせているその時、少し遠くから物音と先程の連中の声が聞こえてきた。

 

「やつらはここにいるはずだ!行き止まりに潜り込んで死を待っているだけの奴らを包囲しろ!」

 

 奴らも脳がないわけではない。統制の行き渡った行動に、それなりの直感、それと鍛えられた肉体がある。一般人ではなく、あくまでマフィアなのだ。

 もう既に道を塞ぐように人影がうっすらと見えた。あの妙に洒落た帽子を被った人影だ。

 

「そうだッ!」

 

「何かいい手立てがあるんですか!?」

 

「そういえばさ~...ちゃんと挨拶してないね、私たち。」

 

「え...えぇッ!?」

 

 向こう側に見える人影が構え、先ほどぶりの矢を飛ばしてくる。それが肌に届くことはなく、槌を握った彼女に弾かれた。

 お互いに視界は決して良くない、寧ろ悪い方だ。光のあまり届かないこんな時間だ、致し方ないことだ。こういうときの私の光輪は唯の的になってしまう。

 一層の事、周りを強く照らせばいいのだが。

 

「それって今言うべきことじゃないですよね!?大事なことですか!?」

 

 少年の叫びはこの裏路地で小さく木霊した。悲痛で、困惑に満ちた声だった。

 それも空気を切り裂き此方に飛んでくる矢の音でかき消されるわけだが。

 

 __ぺたり、ぺたり。何かが歩く音が鼓膜を幽かに震わせた。何か湿った靴でも履いているのかというような音だ。

 

「挨拶はな、それはそれは重要だ。とても重要だ。素晴らしく重要だ。」

 

 その声の主は暗がりに隠れ、未だ見えない。

 今わかることと言えば、それは並みの人間じゃないということだ。声による威圧感が違うのだ。

 

「俺達は企業文化を形作ることを非常に重視している。今日のホットワードは"お決まり事"だ。」

 

 声の主はもうこの渦中のど真ん中に居るらしい。が、正面を向いていても見えない。

 だが、声は正面から聞こえるのだ。

 

 ならば、マフィアたちは見下ろすしかない。そして、そこに居る存在を知覚することになる。

 

「まぁ、さっき決めたことなんだがな。」

 

 黒と黄色、そして白の艶やかな肉体。何とも愛らしいサイズ感。そしてその愛玩動物的雰囲気をブチ壊すサングラスと帽子。

 

 彼こそが皇帝。ペンギン急便社長にして人気コンポーザー。癖の強さは気にしてはならない。

 

「あ、あいつは皇帝!早くリーダーに知らせろ!」

 

 皇帝とは、所謂危険人物の一人だ。気にいらないことは全て捻りつぶすのが常の気分屋だ。

 マフィアが慌て始めるのも無理はない。一歩、また一歩とゆっくり後ずさりを始めていた。

 

「いや、待て!こっちにもう一人__ぐわぁッ!」

 

 一つの影が吹き飛んだ。また一つ、おまけに二つと次々飛んでいく。まるで何かが道を作っていくように。

 人の壁が見事まっすぐに開通し、一人のループスが姿を現した。この量のマフィアが片手間程度であるのか、口にはチョコ菓子が咥えられていた。

 

「"餌"が空になったぞ、エクシア。」

 

 ペンギン急便の一員、ループスのテキサスだった。彼女の強さは無類のものであり、並であればまず歯が立たない。

 シラクーザの人間ならまず手を出さない相手だが、きっと眼前のマフィア達はそこら辺のことは教えられてないようだ。

 

 私たちに喧嘩を売るのだ。教えない方が怖気つかなくて勝手がいいのだろう。

 

「シラクーザの奴らも馬鹿ばかりじゃないってことだよ。どうせまた機会があるだろうからさ、気にしないで?」

 

 役者は凡そ揃った。ボスも含めて配置について、いつでも開戦可能となった。

 だが、その前に。

 

「それじゃあ紹介するね。こちらが私達ペンギン急便の緊急社員になった、バイソン!」

 

「え、本当にやっちゃうんですか!?」

 

「やるに決まってるでしょ。ほら、入社式って大切でしょ?」

 

 取りあえず、この場の皆に紹介。種族からして少し細身の彼だ、よく覚えられるはずだ。

 この華奢な子が成人すればたくましい体を手に入れると考えると少し吹き出しそうになる。顔と体が釣り合ってないのだ、誰だって吹き出す。

 

 __話が逸れた。目の前のマフィア達に集中しなければならない。

 

「あいつらの逃げ道を塞いだ。も、もうやるしか__」

 

「そこで寝ていると良い。まだ死ぬ番ではないだろう。」

 

 どすり、と鈍い音と共に構成員の一人が倒れた。テキサスが剣の塚が彼の首筋に炸裂したのだ。あれを食らって立てられるのは余程体を鍛えている人くらいだ。

 片手間に掃除された彼がなんだか可哀そうになってくる。でも弱いのがいけない。この世界では淘汰されてしまう側なんだろう。

 

 せっかく切り開いた人の壁も修復されつつある。どれだけ群がってきているのだろうかと気が遠くなる。

 

「___セット。」

 

 暗闇に声が響く。あの皇帝の声だ。

 

「はい、点灯ッ!」

 

 次に言い放たれた言葉と共に、辺りが強い光で照らされた。勿論それを直視しているのがあっち側で、こっち側は光を背にしているスター気分だ。

 こういうのはヒーロー物のお約束のシーンだ。悪者をやっつける前のルーティーンの一つだろう。

 

「ようこそ、ペンギン急便へ。*ヴィクトリア裏路地でのスラング*。」

 

「お前たちは既に私の視線の中におり、私の視線の中にはペンギン帝国の国土がある。」

 

「お前たちはもう入国済みなわけなんだが、ペンギン帝国に入るためのビザはお持ちで?」

 

「え、ないの?ないのか、そうか。」

 

「ならみっちり、取り締まらないといけないな。実家のママにでも泣きついていろ。」

 

 楽しい楽しいパーティーの始まりだ。

 

 

# # #

 

 

「ここがペンギン急便の拠点ですか...。」

 

「私達の拠点は一つだけだ、あまり上手く片付けられなくてな。自由に座ってくれ。」

 

 楽しいガンパーティーも終わり、自分たちの本社に踏み込んだ。少し掃除を怠っただけでこうも汚れてしまうのだ、裏路地の埃とかは洒落にならない。

 かといって"鼠"が住んでるようなボロ屋敷じゃない。問題なく過ごせる拠点だ、ただ風情が強いだけで。

 

「あ、ありがとうございます...まだきちんとお礼を言っていませんでしたね、ペンギン急便のみなさん。」

 

「私たちは今日の仕事を終わらせただけだ。まずは自己紹介をしてくれ。」

 

「あ、はい!――トランスポーター、コードネームはバイソン。フェンツ運輸から来ました。父の指導を受けて、貴社を見学しに来た次第です。よろしくお願いいたします。」

 

 真面目さが滲み出る挨拶が皆の耳に届いた。きっと親御さんも真面目で、この子のように顔立ちもいいのだろう。このまま逞しい体を取って付けたような想像が頭の中を過り、また吹きそうになってしまった。

 

 __フェンツ運輸。かなりの大手企業だという記憶はある。ラテラーノの方でも、同級生が目指していたりしたような気がする。気がするだけで真偽はもう思い出すこともできないが。

 

「君の逞しいお父さんからこの...いや、どういうことだ。何故こう育てたんだ...。」

 

 ボスの一言で耐え切れなくなった。一応彼には背を向けてはいるが、笑い声が届いているかもしれない。

 

「...ボス。」

 

「嗚呼、すまない。続けてくれ。」

 

「ええっと、先程の襲撃は疑いもなくペンギン急便とフェンツ運輸に対する挑発かと思います。このことは決して軽視してはいけないでしょう。必要があれば父と近衛局、そしてツヴァイ協会のほうに報告します。このことは悪質な攻撃とみなすべきかと___」

 

 聞いているだけでIQが上がってしまいそうな口調だ。ツヴァイの連中も、近衛局もこんな人ばかりだった。

 運輸よりも正義側に立った方がいい志だと思った。受かるかどうかは別として。

 

 いつまでも背を向けるわけにも行かず、深呼吸を一つしてから向き直した。

 

「なぁ、テキサス。晩御飯は何にする?」

 

「私は何でもいい。」

 

「今日は歓迎パーティをしよう!あー...でも、ソラを呼び戻してからだね。」

 

「テキサスはんが連絡すればすぐに帰って来るやろ。...あ、続けて?」

 

「...それで、僕たちを襲ってくる敵やペンギン急便を調べている人たちに関する何か手がかりは?」

 

「手掛かりねぇ。此れっていつもの業務紛争じゃないの?」

 

「えっ、業務紛争...!?」

 

 私の返した言葉に表情をころころと変える彼を見て、また面白おかしく笑いそうになったが堪えた。

 そこまでカルチャーショックなのだろうか、なんて思いつつ話を続けようとした。

 

 が、ボスの声に遮られた。

 

「テキサス!俺の引き出しの中にあった葉巻は!?」

 

「ソラが掃除して、それで捨てたんだろう。」

 

「ああ、そうか。全てわかったぞ。私はこのの夜に死ぬんだぁ。だめだ、もうだめだぁ...。__あ、続けて。気にしないで。」

 

「あ、はい。次はどう来るかを考えるためにも、まずは敵の目的をはっきりさせるべきかと――」

 

「ちょっと待ってくれ。レコード、俺のレコードは!一箱ここに置いておいたのは?」

 

「...。」

 

 どんどん彼の表情が曇り、そして翳っていく。此処の空気がそんなにも合わなかっただろうか。確かに埃が少し舞っていて気分は悪くなる。

 これからは掃除を定期的にする必要があるのかもしれない。当番制にされたらたまったものじゃないが。

 

「嗚呼、すまない。バイソン、続けて。」

 

「...僕はもう言いましたけれど...。」

 

「彼らの目的は。」

 

「そう!彼らの目的は僕です。貴社と我社の関係を挑発するためのものなのかもしれません。」

 

「なんだ、そんなことか。これぐらいのことで前のことの仇になるとは...。」

 

「えっと...何か心当たりがあるのですか?」

 

「――よしよし!テキサス!奴らを調べに行くぞ!」

 

「手当は三倍だ。」

 

「まあ、この程度の喧嘩なら月に17、8回はあるよ。トランスポーターってのは全員こんな感じでしょ?」

 

「...あの、トランスポーターっていうのはここまで秘密裏では無く、素早いもの...武力は別に...。」

 

「...それって本当?」

 

 きっと今の私の顔はさっきの彼のようになっていることだろう。

 だって、今までそうしてきたことを否定したのだ。有名人の隠密警護とか、今回の喧嘩とか。そういうの込みでトランスポーターだと思っていたからだ。

 

 物凄いカルチャーショックだった。

 

「...私達は物流会社の筈なのに、どうしていつも派閥闘争に巻き込まれているのだろうな?」

 

「奴らは無知の度合いがヤバすぎて、自分の生まれてから人としての品位が低すぎるからだよ。」

 

「社長が私達に給料を払っているからやで。でもちゃんと法律を守って荷物は運んでるからな。まあ、大体は武装輸送になるんやけどな。」

 

「それって、何か問題でもあるの?」

 

 これが私の経験したトランスポーターの仕事だ。頼まれた仕事がたまたまそういう事だっただけで、きちんとオーダー通りこなしている。

 其処に何も問題はないはずだ。

 

「ええっと、それで本当に大丈夫なんですか?」

 

「大丈夫じゃなかったらもうトランスポーターやってないよ。」

 

「う、それもそう...なのかな...?」

 

 __かたん。乾いた音が近くで聞こえた。テキサスがお菓子の箱を持って、何か考えている様子だった。

 

 いや、これはまずいかもしれない。此処に置いてあるお菓子を開けてろくなことはない。特にクッキーは湿っていたらもう終わりだ。

 

「え、開けるの?ここで開けるのは湿気もあるしまずいよ。」

 

「いや、此れはソラからの暗号だ。確かこれは..."不審者"だったか。」

 

「なんや?それ本気なんか?冗談やないやろな?」

 

「単にソラの言っていたことを覚えていただけだ。きっとソラは追いかけて出ていったんだろうな。」

 

 此処の社員の一人であるソラは洒落た事とか、こういった暗号ごとをたまにやっている。そもそもそれを覚えている人はテキサスしかいないわけで、謎解きにすらならない。

 テキサスにとっては楽しいのかもしれないが。傍から見ればやばい二人だ。

 

 ぱんぱん、とボスの手をたたく音がした。いつもの退勤の合図だ。

 

「今日はもう退勤だ。残業もないし、資本主義の圧迫も無い。そうでなければ死人も安心できないだろう。で、俺と飲みに行く奴は?」

 

「え、もしかしてボスの奢り?実はなぁ、前に値段の高い蔵酒を仕入れておいたんや~。極東のいいとこの奴でなぁ~。」

 

「全然良いよ。どうせ君たちの給料から差し引くだけだしな。」

 

「やってられへんわ!」

 

 もう解散の時間だ。此処に長居していたら肺が埃でやられてしまう。それに、早く家に帰って首飾りの手入れをしたいのだ。

 私たちの弾丸は錆びやすい。だからこそ手入れが大切だ。__彼が持ってたかもしれない弾丸は、ぴっかぴかにしてもっておきたいのだ。

 

 背伸びをして早速帰ろうとしたとき、また彼の声がこの空間に広がった。

 

「待って下さい!その...なにか対策はあるのですか?」

 

「いらないよ。」

 

「...龍門近衛局と、ツヴァイ協会には介入させないのですか?」

 

「たぶんできないだろうね。あそこの仲滅茶苦茶に悪いし。」

 

「そうだったのですか...。父には、困ればその二つに頼めばいいとだけ教えられてたので...。」

 

「もう起こってしまったんだ、私たちで対処するしかない。これ以上の被害を出さないようにな。前回の公共物破損リストは長かったんだ。」

 

「...あの、いつもの仕事っていうのは?」

 

「配達を委託されて、喧嘩をする。喧嘩があるのなら喧嘩が優先。ちなみにどの依頼もボスの手からのもので、誰がやるのかというと、誰かが奪うまで誰のものでもないよ!」

 

「はぁ...。」

 

「ふむ、バイソンという子供を最近にお父さんから頼まれたが、たとえ一時的であろうとも君はペンギン急便の一員だ。分かるな?」

 

「――分かっています。...おそらく。」

 

「ペンギン急便物流スタッフの心得第一条である重要な規定は覚えておかないといけない。それは"細かいことにはこだわらない"ということだ。」

 

「昨日は"愉しみながら死んでいく"じゃなかったっけ?あれ、一昨日だっけ。」

 

「"一瞬を楽しめ"やなかったっけ?」

 

「誤差だろ、誤差。」

 

 社訓というのは更新するものだ。少なくともペンギン急便では毎日更新という素晴らしい心意気だ。

 意味合いはほぼ一緒だから、一つ覚えておけば何とかなる気がする。全部が全部覚える必要もない。

 

「君のようなお坊ちゃまを誘拐したいという犯罪者は少なくはない。良い感じの金になるからな。ただ、やられたらやり返す。それが俺達のやり方だ。」

 

 と、それらしいことを言いながらボスはソファの方へと歩いて行った。

 確かあれは偶然知り合った"仕立て屋"へのオーダーメイドで手に入れたものだ。座り心地が良く、一切合切の疲労感から解き放たれるというものだ。

 実際あれに座っているときは数時間寝た気がする。ボスにたたき起こされて間違って殴ったのはいい思い出だ。

 

 そこまで完成度のあるソファに座っているというのに、ボスは何か違和感を覚えているような表情を浮かべていた。

 

「――待ってくれ、ケツがおかしい。完璧な人体工学に基づいたソファーの下に何かあるんだが?」

 

「ちょっと待って、中確認してみる。」

 

 ボスには一度退いてもらい、ソファのクッション部を引き剥がした。

 中にはちょうどいい大きさの愛らしい入れ物があった。それを掴み、引き抜けばパステルカラーで彩られたお菓子箱が姿を現した。

 

「あ、かわいいキャンディーボックスだ。ボス、ソファの中にお菓子を盗んでおくなんて!」

 

「何をでたらめなことを、お菓子をこんなところに隠すなんて馬鹿なこと――は?キャンディーボックス?」

 

「キャンディーボックスの上に書いてあるよ「ヴィクトリアフルーツキャンディ」って。折角だし食べようよ!」

 

 ヴィクトリアの果実はそれなりに美味しいという話をどこかで聞いた気がする。きっとこの箱の中で待ってくれている飴ちゃん達も極上の美味しさなんだと期待が募る。

 

 蓋に手をかけて、少しずつ力を掛けていく。少し硬い気がするが、たぶん開くだろう。

 

「離れろエクシア。それはおそらく罠だ。開けるな――」

 

「へ?」

 

 ぱかり。そんな間抜けな音が聞こえたと思えば、次の瞬間には視界いっぱいに光が溢れた。




アンケートありがとうございます。結果が割れててどちらも需要があるのだなと。

今回のは参考にします。えぇ、勿論。


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5th Bullet "徐々に進む時針、そして。"

まだエクシアは"彼"に会いないのかって?

探しても見つからない人がすぐに会える訳ないでしょう。


 立ち込める煙と埃。

 

 鉄の破片とか、玩具の残骸とか。

 

 誰かの服の切れ端だったり、はたまた___。

 

 兎も角、あの箱を中心にそれなりの規模の爆発が起こった。零距離での爆発は何とか免れたが、衝撃で拠点の外に放りだされてしまったようだ。

 拠点の壁は正直立て直し必須なくらいに破損していた。爆風で舞い上がった埃のせいで環境汚染も随時進行中だ。

 

 ちなみに怪我はそんなにしていない。頼もしい盾持ちのおかげで吹っ飛ぶ程度で済んだんだ。

 

「ゲホゲホッ、皆生きとる?」

 

「何とか防ぎました...。」

 

「いい反応だった、二人とも。」

 

「しっかし、皆爆弾好きすぎるでしょ。花火の予行練習でも委託してるの?...ん?」

 

 足元から何か乾いた音がした。視線を下に落とせば、そこには何かの黒い破片があった。自分の足元以外にもそれが散らばっており、それが元々一つのものだったと推察できる。

 繋ぎ合わせれば円形になりそうだ。

 

 __円形。そう、丸。この拠点で察せるものと言えばあれだ。

 

「*言葉として成立していないペンギンの悲鳴*!!!!!」

 

「あー...。」

 

 ボスの反応を見る限りはその想像であってそうだ。彼の存在意義の一つである音楽が保存されていたレコードが見事に粉砕されてしまったのだろう。復元不可能なくらいに、こっぴどく。

 だが、唯のレコードならここまで悲鳴を上げることはない。以前間違って折った時も"また回収すればいい。"と水に流してくれた。

 

 此処から確認できるのは遠くに転がった怪しげな箱。

 

「な、なぁ...ボスがけったいなな声出してるんやけど...。」

 

「たぶん...散らばってるレコードが原因。アレ、確かクルビア裏路地のレアものだよ。」

 

「あのうちらの給料半年分の?」

 

「うん。私たちの生活すら苦しくなりかけたあれ。」

 

「ならしゃーないなぁ。うわ、ボスが虚無っとる...あんな姿見るのも久しぶりやなぁ...。」

 

 自分たちの雇い主の悲劇に苦笑を浮かべるしかなく、励ましの言葉も浮かんでこなかった。これをどう励ませば立ち直るのだ。気分屋さんを元気づけることほど難易度の高いものはない。

 

 虚空を見つめるボスを眺めていると、視線の向こうに何やら動く黒い影が見えた。それは何処かで、否先ほどまで見ていたシルエットだ。それは鉄の塊に乗り込み、踝を返すように逃走しようとしていた。

 

 タイミングからして、この爆弾騒動の主犯なのだろう。そう考えるには十分な材料が手元にあった。

 

「あ~ッ!今黒服の奴らが車に乗った!」

 

「いや、待ってください!もし奴らが罠を仕掛けたとして、待ち伏せ無かったのは怪しすぎます。具体的な作戦を立ててからむかったほうが___」

 

「考えても仕方ないよ。テキサス!」

 

「分かった。乗れ。」

 

 声をかけてからの動作は余りにも素早く、誰の目にも留まらなかった。次の瞬間には車の運転席に座っており、既にエンジンを吹かせていた。

 確かに作戦やら計画も大切だが、此処__ペンギン急便では必要ない。出遅れてしまっては楽しめることも楽しめなくなってしまう。

 

 すぐに助手席に乗り、シートベルトを閉める。ついでにこの時間帯にやっているラジオ番組にチャンネルを合わせて、ノリノリのBGMとして掛ける。夜のドライブにはそういうものがつきものだ。

 

 後部座席のど真ん中に座ったペンギンが、サングラスを掛けなおした。これはきっとお達しのある雰囲気だ。

 

「皆、よく聞け。この夜のどんな違反の罰金も俺が全部払う。奴らの悲鳴やらを俺のレコードの副葬にしてやれ!」

 

 号令が車内、もとい社内に響いた。社長がそう望むのなら、私たちはそれを遂行し、楽しむだけだ。

 

 

# # #

 

 

 龍門市内、人気のない高速道路。聞こえるのは大音量のユーロビートとタイヤが道路を切りつける音。それに龍門の夜景が組み合わさってしまえば雰囲気は最高潮、この上なくテンションが上がるものだ。勿論既に法定速度は無視しており、測定器の仕掛けられている区間を通れば一発アウトだろう。

 だが、ボスからのオーダーだ。致し方なく法を無視しているだけなのだ。

 

 緩めのカーブを曲がったところで、先ほど見かけた黒塗りの車が見えてきた。彼方もそこそこ必死になって逃げているようだ。

 

「見えてきたで、あの前の車や!」

 

「エクシア、俺のバディを貸せ!中くらいの奴だ!」

 

「ラジャーッ!」

 

 車の収納スペースを開いて、中の武器庫を確認する。車に武器庫がある時点でお察しだが、これはボスの希望で作った車だ。必要なものは全部この中にある。

 数種類ある銃の中から、それなりの大きさのものを選び、後部座席へと送る。なるべく素早く、気前よく。

 

「これは、銃ですか!?どうやって引き金を引くんだろう...。」

 

「中々見識があるじゃねぇか、坊主。てことで我が社の銃のスペシャリスト、解説ヨロシク!」

 

「全四十二層の段ボール板を工業用ボンドでシームレスに接着して、そして高品質ゴムバンドで駆動...うんうん、本当にいい銃だよ。ホントホント。」

 

「ええと...つまりは、おもちゃですか?」

 

「そう!要はスリリングショットってことだね!」

 

 良く玩具店で置いてあるあのゴム銃を複雑化させたものだ。最初開発されたときはラテラーノであり、銃を取り扱うための資格の勉強用として販売されていた。

 今でもこれを使うサンクタがいたり、国外での軍事訓練に用いられることもある。自分もこれで勉強をしたこともあるが、正直資格の勉強の微々たる足しになった程度だ。撃つことに関しては直感を信じたほうが何よりも早い。

 

 玩具店に置いてある理由は、子供たちの熱い要望が実現しただけ。やはり"格好いい"という気持ちを抑えて生きていられないのだろう。

 いつだって浪漫は少年少女の夢なのだ。

 

 と、玩具であることを認めた次の瞬間、後ろから恐ろしく素早い手刀が飛んできた。ぶつかったそれは些か手としては小さいが、威力は十分なものだった。

 

「違うだろう。何回言えばわかる、これは平和的な銃だ。」

 

「アウチッ!はい、平和的な銃でした~!」

 

「...で、なんで玩具なんですか?」

 

「あれだ、龍門だと実弾の使用を表向きに禁止されてるからだ。裏路地ではそんなこと言ってられないが...夜なら特にな。」

 

「毎回思うが、ボスは変なところで律儀だ。」

 

「俺たちがルールを破ってみろ、それこそ近衛局とツヴァイが来る。あそことやりあうのは骨が折れるんだよ。ならなるべく避けたいって、裏路地の鼠共でも同じこと考えるぞ?」

 

 __追いかけていた車も、一応の射程範囲内に収まり始めた。ほかに車が走ってないおかげでまっすぐ追いかけるだけで、早々時間はかからなかった。彼方も全力だが、此方とて全力なのだ。

 

 彼方も焦っているらしく、さらにアクセルを踏み込み加速した。それにぴったりと合わせるかのようにテキサスもアクセルを思いきり踏みしめ、速度の限界を攻めていく。彼女の運転は荒々しいが、決して事故を起こす類のものではない。今のところは。

 

「よっし、そろそろ屋根を開けろ!」

 

「了解。前みたいに信号にぶつからない様に。」

 

「お前には俺が何センチに見えてんだ?」

 

 雨風凌ぐための天井が格納され始め、綺麗な月が私たちを照らし始めた。何とも幻想的ではあるが、今は堪能している暇はない。目の前の標的をいかに潰すかが何よりも大切だ。

 

 守護銃の一つ、龍門法順守式平和的機関銃、所謂ゴム弾を装填する特殊カスタムを施した守護銃を握り、ひょこりと天井のあった場所から顔を出す。少々激しい風が顔面にあたってくるが、爽快を得るには申し分なかった。

 

「路上パーティー、いつでも開催可能だよ!」

 

「ま、まってください!一応ほかの車もいるので...。」

 

「問答無用!やっちまえ!」

 

「オーダー受けたわまりましたぁ!」

 

 引き金を思いきり人差し指で引き、込められていたゴム弾を勢いよく射出する。ラテラーノの守護銃は出力が高く、ただのゴムに大きな痛みを伴わせることができる。いや、痛いどころの騒ぎではないだろう。大の大人ですら悶絶ものだ。

 

 寸分の誤差もなく、ゴム弾がガラスへと当たり、見事にぶち抜いていく。ここからでは暗くて確認はできないが、きっと当たっている。数撃てば何れかは当たるのだ。

 

 ボスと一緒に打ち出し続けたゴム弾は九割方ガラスを突き破り、車内の人間どもに命中した。運転もより粗悪なものになっており、追い付くのもかなり容易なくらいにはなっていた。

 

「ナイスショーット!高スコア狙えてるんじゃない?」

 

「赤点ではないだろうな。テキサス、思いっきり食らいつけ!」

 

「了解、スピード上げるよ。」

 

 ボスからのオーダーを合図に、アクセルは思いきり踏みしめられた。鉄箱はより爽快的、もとい殺人的な速度に突入し始めた。風と一体化していると言えばそれなりに格好は付くが、実際は中の人間すら恐怖を感じるほどの凶暴さだった。

 普段それを味わっている人からしたら、正直これが日常ではある。迫ってくるトラックの尻とか、いつものドライブ風景だ。

 

 でも、新入りはどうやらだめらしい。

 

「ちょ、待って!前にトラックが___うわぁぁぁあッ!?」

 

「ええから黙って掴まっとき。テキサスはんの運転は中々見物やでぇ?」

 

 怒涛に道路を駆けること猛獣の如し、ひらりはらりと鉄塊を避ける様は胡蝶の如し。剛と柔の入り乱れた類まれなドライブテクニックは、誰よりも凶暴だった。走り屋でさえも、彼女のに追いつくのは至難の業だろう。

 そんな運転から逃げられるわけもなく、前の方を走っていた車も距離を詰められていた。それはもう、精密射撃が朝飯前に行えるくらいには。こんな楽しみ時を逃してはならない。

 

 未だ握っていた平和的な守護銃にゴム弾を詰め、いつでもオーダーが下ってもいいようにする。ボスのことだ、きっと今こそ命令が下るという信頼がある。折角の楽しみ時なんだから。

 

 そううずうずしている所に、あの男らしい声が鼓膜を揺さぶった。

 

「タイヤを狙え!思いっきりぶちかませ!」

 

「待ってましたぁ!」

 

 構え、狙いをつけること一秒。楽しい楽しいシューティングゲームの第二回戦の開始だ。

 回ってるゴムと速く飛んでいくゴム、どちらが強いかの決戦のようなものだ。

 

「ゴムのタイヤをゴムの弾で撃ち抜くんですか!?そんなことって...」

 

「俺らにはできちまうんだな、それが。」

 

 引き金を引き、寸分違わぬように弾を打ち込んでいく。何度も、何発も。それが壊れるまでこの舞台は続く。

 もはや根気が物を言う戦いになっているだろう。じっとしてるのは好きではないが、何か目的があってこうしてるのはかなり好きな方だった。

 

 だむだむ、と音がする。ゴム同士がぶつかり合っている証だ。打ち出した全弾、命中してるのは確認している。

 

「...テキサスさん、止めないんですか?」

 

「...。」

 

「言うたやろ?"楽しみ時を逃すな"ってな。」

 

「もう少し!さぁ、盛大に踊って見せて!」

 

 弾込めを素早く行い、またそれを打ち込んでいく。タイヤはめり込んでいったゴムの多さに耐え切れず、程なくして空気が抜け、周りに不愉快な音をまき散らした。

 制御を失った車はぐらぐらと蛇行を行い、今にでも止まってしまいそうだ。

 

 __車から転げ出る黒い影が見えた。その次の瞬間から車は見る見るうちに失速し、此方へと向かってきた。正確には、私たちが突っ込んでいってるんだが。

 

「あ、あ~。」

 

 勝負に勝って、戦いには負けたらしい。

 

 

# # #

 

 

 繁華街から少し離れたところ、この龍門の心臓辺りにはそれなりに豊かな自然を保持する公園がある。面積にして凡そ炎国競技場の一つと半分に匹敵する。この広さを使い、あるものは逢引きに。あるものは見世物を。あるものは此処に住み着き。あるものは人には言えない何かを行っていた。人の娯楽的営みを支えるのには必要不可欠な場所が、この龍門中央公園だ。

 その公園の片隅で、食欲を逆撫でする匂いが充満していた。優しく届く出汁の香りに釣られて、通りがかった市民が釣られていく。人通りが少ないため、集客そのものは多くはないのだが。

 

 匂いに釣られた市民の先には、一つの屋台が存在していた。座る椅子は数少なく、本当に食べ歩き目的で売っているようなものだ。

 

「すまない、魚団子スープを三つ頼む。」

 

「へい、了解しやした。」

 

 店主は、お世辞を交えたとしても人相がいい方とは言えなかった。巷ではそういう意味で有名であったりする。本人はそれを気にしている様子はなく、集客につながっているのならそれでいいと思っていた。

 

「お客さん、龍門の人じゃないですね?」

 

「...く、良く分かったな。以前のレユニオンの襲撃のせいで、ウルサスに立てていた俺の事務所が壊されてな。事務所の全員と妻でこっちに移り住んだんだ。」

 

「それは不幸でしたね。事務所ということは...フィクサーさんでしたか。」

 

「そういう事だ。その日暮らしで必死な、力のない事務所だが...。」

 

 客との言葉を交わしながら、店主は火加減、出汁の量...それらを調整していく。バランスが崩れることはこの鍋の中では許されておらず、それを整えていくのは至難の業だった。

 だが、男はそれが可能であった。慣れた手つきでかき回し、粉末を加え、そして味見をする。

 

 それが丁度良くなり、団子と共に紙コップに掬い、注いでいく。魚の旨味と脂の滲み出た琥珀色のスープに、ほどよく練られた魚団子が見ているだけでも空腹を助長させていた。

 

「お待ちどう、魚団子スープ三つでございやす。」

 

「有難う、店主。フィン、エリー。」

 

「わぁ、これが噂の...。有難うございます、リーダー!」

 

「ユン事務所、復興出来たら皆でまた来ないとね?」

 

「何れな、何れ。...美味いな。口当たりも優しく、魚の味がしっかり生きている。人気があるのも頷ける。」

 

「口にあいやしたか?それは何より。」

 

「体の奥底から温まる気分だ。また来る。」

 

「お待ちしてますよ、お客さん。」

 

 この屋台の店主__ジェイは客を見送り、また次の魚団子のスープの準備をしていく。魚の身を練り、丸め、保存用の容器に入れていく。その動作には一切の無駄はなく、ただただ効率的だった。

 

 そんな彼に近付く影がひとつ。小柄で、しなやかな影が。

 

「さっきのは...リー先生が援助しているユンさん達ですね。」

 

 毛並みの良く整えられたフェリーン、ワイフー。龍門市街に存在する"リー探偵事務所"でアルバイトを行っている。フィクサー資格は所持していないため、雑務のみを手伝っているらしい。

 

「アンタか。バイトは終わったんで?」

 

「まぁ、そんなところです。事務所の連中が前回の食事をツケにしたみたいなのでその支払いをしに来ました。おいくらですか?」

 

「32.6だが...32でいいよ。ちと食っていかねぇか?」

 

「なんですか唐突に。余分なお金とか持ち合わせていませんよ。」

 

「差し入れだと思ってくんな。アンタの所にはこの店も世話になってるからよ。」

 

「そういうのなら遠慮なく。あむ...。」

 

 空腹ではあったのか、魚団子をゆっくりと咀嚼し、飲み込んでいく。噛み閉めるたびにあふれ出る味についつい尾が揺れ、頬が綻ぶ。この優しい出汁も、ジューシーな肉団子も、勤労終わりの体には特効薬なのだ。

 

「美味しいには美味しいですが、ここっておじさんのお店ですよね?人の街灯で明かりをとるつもりですか?」

 

「何でぇ、毎回つっかかってきやがって。アンタの分は俺がだすからよ...。」

 

「ならいいです。確かに、腕も着実に上がってきてますからね。あの人たちも、貴方みたいに自分の仕事に向き合ってくれたらどんなにいいことか...。」

 

 普段の何気ない会話というのは、疲れていた心を少し解きほぐす力がある。現にこの二人の表情は先ほどよりも柔らかなものになっており、声色も幽かに弾んでいた。

 会話もひと段落したころで、ジェイはまた作業に戻った。いつでも通りがかった人に提供できるように、最低限準備はしないといけないのだ。

 

 彼の感はあっていたらしく、通りがかった女性が屋台の方へと歩いて行った。

 

「すみません、魚団子スープを一つ。」

 

「へい、毎度あり。少々お待ちを。」

 

「大丈夫、ゆっくり待っているからね。此処じゃこんなに河が遠くまで見えるんだね、とても素敵だ。」

 

 女性は遠くを眺め、一言零した。闇の中に紛れるような、深い青色の髪を揺らして風景を眺める様は、それだけでもとても画になる構図だった。

 

「そして、この香り。心がとっても落ち着くよ。このグルメガイド、やっぱり頼るになるね。」

 

 手にしていた青い雑誌を眺め、そして閉じた。様々な美食が記されたそれを鞄にしまい込み、遠くの風景を眺めるのに戻った。

 人が歩いていき、夜が深くなり、そして時が過ぎていく。普遍的な日常がいつも通りに繰り返されていく。

 

 __彼女の黒い輪と黒い翼、角を除けば。それさえなければ都市の日常だった。

 

 フェリーンの少女が、何やら鋭い視線を刺す中、仕上げたての魚団子スープを持って彼が近づいて行った。

 

「お待たせしました、釣りもどうぞ。」

 

「嗚呼、有難う。」

 

「へい、どうかお気をつけて。」

 

 コップに注がれたスープを渡した後に屋台に戻っていく。その際も人相が悪いのは相変わらずだった。死んだ魚のような眼をしたまま、また屋台の向こうの定位置に収まった。

 

 だが、彼女は黒い輪を携えたサンクタと思われる女性を見つめ続けていた。それはただただ、好奇心によるものらしく、刺すような視線ではなくなっていた。

 

「ワイフー、何見てんだい?」

 

「いえ、あのお姉さんが少し不思議と思いまして。サンクタ族って角があるのでしょうか?」

 

「安魂祭の仮装だとは思うがぁ...いいや、まさか。」

 

「何か心当たりでも?」

 

「お得意さんに角の生えたサンクタがいるんだ。リーさんなら知ってるんじゃないか?」

 

「うぅむ...今度、聞いてみます。」

 

 彼らの抱いた疑問は、仕事ややるべきことに押し流された。否、押し流すしかなかった。

 

 

# # #

 

 

 今日の龍門も、手掛かりは特に無し。煙管の煙も、彼の残滓も、何もこの都市には残されてなかった。情報はあるというのに、尻尾を掴ませてくれないのは癪に障る。

 

「さて、次はどこに行ってみようか。グルメガイドに沿って、散歩でもするかな。」

 

 この近くに、流行のサンドイッチ屋さんがあるようだ。変わった名前と、確かな味で確実に顧客を増えているらしい。現に私も常連の一人であり、行先の都市で毎度買う始末だ。最初は彼の行方を追う中、情報屋に会うために立ち寄ったのがこの店だった。思わぬ発見と出会い、ということになる。

 

 __橋の上から、何やら激しい音が聞こえた。鈍く、大質量のものが衝突するような音。その音に釣られ、観衆が一気に音のした方を向く。

 あるものは真相を気にし、あるものは捲し立て、あるものは避難した。

 

 そして最後に、情けない悲鳴が聞こえた。

 

「...やれやれ。少し早すぎるんじゃ?」

 

 せっかく開いていたグルメガイドを閉じて、また鞄に収めた。もう少し、煙管の煙を探したかったが、此れはそうもいかない状況のようだ。

 

 具体的に言うなら、仕事の匂いだ。

 

「仕方ない。前倒しで仕事を始めよっか。」

 

 

# # #

 

 

 全身が痛む。その痛みは打撲のように鈍く、擦り傷のように鋭い痛みでもあった。立ち上がることすら億劫になるような疲労感もあるが、そうもいかない。

 握りしめていた盾を使い、何とか立ち上がった。外傷は余り見受けられないが、痛みは確かにそこにある。服の内側ではきっと傷も痣もあるのだろう。

 

 見回せば、ぶつかり合い変形した車に放り出された彼方側。此方側のメンバーは転がってはないようだ。

 __自分以外のエアバックは作動したらしい。

 

 此方が何とか立ち上がったころに、彼方も協力し合って立て直したようだ。使い物にならない車は放置する気のようで、背を向け走ろうとしていた。

 

「奴らが逃げますよ、皆さん!追いかけましょう!」

 

 だが、皆は車の中に収まったままだった。白い膨らみに圧迫され、全く身動きが取れそうになかった。

 

「ちょっと...このエアバック、狭いんだけどッ!このッ!

 

「こら暴れるな!俺のバディが曲がっちまうだろ!...お前だお前のことを言ってるんだクロワッサン!給料から差し引くぞ!」

 

「んな殺生な!うちもどうしようもないんよ、テキサスはんの足が乗っかって身動きがとれへん。」

 

「嗚呼。」

 

 収拾のつかない状況だった。らしいと言えばらしい無秩序さではあるが、今はそうあってほしくはなかった。

 肺の中の空気を一気に取り換えるように深く呼吸を行い、全身に酸素を巡らせていく。思考を研ぎ、鋭利にしていく。

 

 目標は眼前のマフィア達。逃がすわけにはいかないのだ、自分だけでもと、一気に踏み込み駆けだした。

 __が、後ろ髪をひかれるように呼び止められた。

 

「バイソン!待って!」

 

「野次馬が増えてきてます。今逃せば奴らを捕まえられなくなります!」

 

 改めて盾を構え直し、身を守るように駆けだす。重々しい此れを構えながら走っているせいで速度はそう早くもないが、奴らに追いつくには十分だった。

 もう少し、もう少しで奴らの元だ。この盾で押しつぶしてしまえば、急便の皆が来るまでの時間は稼げるはず、と容易に想像できた。

 

 __がきん、と言う音が響いた。その重々しい音は盾の前側から聞こえ、足元にはボウガンの鉄矢が転がっていた。

 その一撃は非常に重たく、突進を止めるには十二分だった。

 

「お、重たい...ッ!どうして...!」

 

「なんや、スナイパーがおるんか!?」

 

「おい、テキサス。俺の言いたいことは分かるな。」

 

「承知。」

 

 後ろでそんな会話が聞こえてきた気がするが、今はそこまで気を回すことができなかった。何度も正確に飛んでくる矢を受けきるに精いっぱいだった。

 

 だが、途中からその狙いも杜撰になってきた。構えてはいたが、あの最初の重たい一撃が飛んでこなくなったのだ。

 ちらりと周囲を確認する。打ち出された鉄は無計画なものではなく、全て車の同じ部分に。

 

 そう、大体燃料タンクの辺りに。

 

 __ツンとした燃料の香りが周りに広がっていく。道路にはじんわりと黒い液体が広がっていき、嫌な色に染まっていく。

 

 最後の射撃の火花が飛び散り、良く燃えやすい其れに当たり、一気にマフィアたちの車が爆ぜた。その爆風がここまで届いて、体制が崩れていく。

 視界もだんだんとずれて、皆の姿を確認することが出来なくなった。




でも、再開には近付いているかもですね。


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6th Bullet "寄り道は別腹。"

お待たせしました。多分年内最終投稿になるとは思います。

ストーリー補完のためのバイソン編??まぁいいでしょ。(???)


 __視界がぼやけている。曖昧な視覚情報から察するに、ここは橋の上じゃない。確か僕はペンギン急便の皆と一緒に橋の上を車で走っていて、マフィアに追いついて、そのまま爆発に巻き込まれた。

 導かれる答えは純粋なことだ。あの橋から落ちたんだ。

 

 手首に身に付けていた時計に目線を遣る。指し示すのは午後の七時半前、あれから言うほど時間は経ってないらしい。

 

 なら、ペンギン急便の皆と合流するためにも行動を起こすしかない。そう思い足に力を入れ、立ち上がろうとした。

 

「こんな所で油を売っている暇は...あぁっ!?」

 

 が、ぬるりとしたものに足を取られて立ち上がれなかった。周りには様々な色をしたキャンドルが集められており、其れの中に落っこちていたらしい。

 蝋燭特有の匂いが鼻孔に染みついていて離れてくれない。単体だとリラックスできるが、此処まで多いと不愉快さが勝ってしまう。

 

 これは当分キャンドルを使えそうになさそうだ。

 

「そこの君、角にもキャンドルが引っかかってるよ。」

 

 自分の背後の方から、落ち着いているような、気力がないような女性の声が聞こえた。言われたとおりに角に触れれば、案の定キャンドルが刺さっていた。キャンドル立てかと思うくらいに綺麗な収まり方だった。

 何とも言えない羞恥心をかき消すためにもしっかりと握り、引き抜こうとしたがぬるぬるして中々取れない。本当に勘弁してほしい気持ちで胸が満たされていった。

 

 振り返ればそこには、闇夜に溶け入りそうな深い蒼髪の女性がいた。

 

「ああっ、手が滑って抜けない...この...っ。」

 

「其処の蝋燭君、まずはじっとしてて。静かに、この箱の後ろに隠れて。」

 

「え...?」

 

 最初、彼女の言った言葉を理解できなかった。急に箱の後ろに隠れろと言うのだ、困惑してしまったのは悪くないだろう。

 

 __遠くから足音が聞こえる。急いでいる人間の足音だ。これで彼女の言いたいことを十分ではないが理解出来た。

 すぐさま立ち上がり、言われたとおりに箱の後ろへと向かった。途中また滑りそうになったが、さっきみたいに視界が不明瞭じゃないおかげで堪えることが出来た。

 

「よし、いい子だ。そのまま静かにしておくんだよ。」

 

 妙に優しい声が頭に響いた。小さく頷いて、近づいてくる足音達が去っていくのを待った。

 こういう時は時間が長く感じられると聞いたことがある。どうやらその話は事実のようだ。

 相手も急いでいるはずなのに、只管に流れる時間が遅かった。長かった。

 

「フロンゾとの通信が途絶えた。多分近くには居るはずだ。」

 

「後はペンギン急便の奴らもいるはずだ。ターゲットを見つけたらボスと"本部"に報告しろ!」

 

 焦るような声、慌ただしい足音が過ぎ去っていく。このままいなくなってしまえばいいのに、とただ願ってしまうのは致し方のないことだとは思う。

 本当に面倒な相手に目を付けられてしまった。

 

「もう出てきていいよ、蝋燭君。」

 

 小気味いい声が鼓膜を震わせた。

 

「あ、はい...。助けてくださって有難うございます。ですが、貴方を巻き込むわけにはいきません。なるべく早く離れてください。」

 

「私もそうしたいんだけどね。でも依頼とかあるからさ、そういうわけにも行かないんだよね。」

 

「依頼、ですか。」

 

「そ、依頼。そこそこ割の良い奴が舞い込んできてね。」

 

「成程...。」

 

 依頼と言うからには、フィクサーかトランスポーターか...その類の何かだということになる。服装からして、何処かの運送会社か協会の人ではなさそうだ。

 

 __気になったのが黒い輪に角。フィクサーであるなら、性別は違うが"煙管の煙"の関係者なのだろうか。

 そんな詮索ばかり頭に思い浮かんだ。

 

「然し、本当に服がボロボロだね。ペンギン急便との付き合い、中々に大変でしょ?」

 

 前言撤回。巻き込むかどうかの次元の話では無さそうだ。

 

「えぇ、まぁ...。中々に刺激的ですね。」

 

「でしょ?退屈しなくていいんだよね。」

 

「...ところであなたは?ぼくがペンギン急便と関わってるのを知っているあたり、通りすがりでは無さそうですね...。」

 

「そうなに警戒しなくても大丈夫だよ。君の敵じゃ__おっと、また奴らが来たみたいだ。また隠れて。」

 

「えっ、あっ、またですか___!?」

 

 押し込まれるがままにまた木箱の後ろに隠れた。相手側もかなりしつこく見て回っているようだ。

 マフィアとかはしつこいと聞いたことがある。一度噛みついたら決して離さない様にするらしい。今こそそれを痛感してる瞬間だった。

 

「クソッ、フロンゾは奴らに捕まったらしい。なぁ、俺達はどうする?」

 

「どうするも何も、何もやらなきゃあいつらの機嫌を損ねることになるぜ?折角部分義体にしてもらったんだ、その分は返さないと駄目だろ?」

 

「だからそれでどうすんだよって聞いてんだ。」

 

「嗚呼、わりい。ならバイソンとか言うフォルテの坊主を回収しよう。あいつは奴らからはぐれたらしい。」

 

 ぼくがペンギン急便の皆とはぐれているのは確実に彼方側に伝わっているらしい。お互いの手札(情報)からして、こっちが明らかに不利だ。

 

「でもここは市街地だ。俺らで出来るのか?やり切れるのか?」

 

「カポネさんと出資者様にはお見通しだ。目立たない様にこっそりやればいい。龍門の連中も、ここまで手が回る訳もないだろう。態々生ゴミ臭い裏路地に構う奴なんて...。」

 

「分かった。なら俺達はあいつを救出に行って、お前らは捜索だ。面倒な事になる前に片付けるぞ。」

 

 今回も上手くやり過ごせたのか、ぼくに気付かずに二手に分かれて走っていった。その走り方からして必死さが伺えた。まるで何か恐れている事でもあるのだろうか。そうでもなければ心配事はぼくが捕まらないことくらいだろう。それか、ペンギン急便の皆に正面から当たることか。

 だが彼らはそれよりも恐れているものがあるらしい。

 

 会話に出てきていた"出資者"、"あいつら"。きっとそれが__

 

「蝋燭君、考え込むのもいいけど今はそんな時じゃないよ。早く此処を離れないと面倒な事になるからね。」

 

「はっ...そうです、ね。」

 

 声を掛けられ、今置かれている状況を思い出した。

 ぼくは追われている。此処に居続けたら捕まってしまうことを。考え耽るのも控えたほうがいいのかもしれない。

 

 __臨機応変に対応するペンギン急便が何故やっていけてるか、少しわかった気がした。

 

「ほら、立ち上がって。ええと...どれどれ...嗚呼、あそこか。取りあえずあっちに手を振っておいて。」

 

「あっち、ですか?一体何のために...。」

 

「いいからいいから。取りあえず、ね。」

 

「はぁ...。」

 

 曰く、少し遠くにある公園へ向かって手を振れ。

 

 これを実行する理由は語られなかった。ただ実行すればいいと。

 この人の言う事が全て不思議だ。雰囲気のせいで不思議になっているのか、はたまた別の何かがあるかは見当もつかない。

 取りあえず言われたとおりに指の差された方へと手を振った。

 

「これでいいんですか?」

 

「うん、それでいいよ。...お、さっきのがもうあっちまで行ってる。今回はどんな面倒事に巻き込まれたのかな。」

 

 目の上に手を添え、遠くを眺めるそぶりを見せる彼女を見て、同じ方向を向いてみたが特に何も見えはしなかった。かろうじて人がいるのは確認できるが、それ以上のことは分からなかった。

 

 見えないことよりも、追及すべき問題が一つあった。

 

「それよりも、貴女は一体?」

 

「嗚呼、まだだったね。私はモスティマ、ペンギン急便のトランスポーターさ。君の同業者ってことだね。基本は単独行動なんだけど。」

 

 トランスポーター、モスティマ。その単語を聞いてパズルのピースが嵌った感覚がした。

 黒い角を持ったサンクタ。背負う仕事は気分。他にも聞いた噂事はあるが上げ始めたらきりがない。

 

 __様々な場所で、組織を締め上げていることを言うのは、あまりよくないだろうか。

 

「モスティマ、さん。父の所ではお名前を噂を聞いたことがあります。」

 

「へぇ、知っていたんだね。どんな噂かは別に気にしないからいいけど。」

 

「本当に不思議なものばかりで、真実か分からないですよ。...その、すみません。助けてくれたのに、ぼくは貴女をいろいろ疑ってしまってました。」

 

「それはそれで正しいよ。其れくらいの警戒心なら都市でも生きていけるよ。嗚呼、でももうかしこまらなくてもいいよ。私が困るから。」

 

「ありがとうございます。では、まずは情報の共有でしょうか...。ぼくも全貌は分からないのですが、ペンギン急便とシラクーザのマフィアとの間にいざこざが起こってます。」

 

「うん、そうみたいだね。」

 

 深刻な状況だというのに、簡単な返事が返ってきた。表情を見ても特に驚いている様子もなく、ただ事実を受け入れてるようだった。

 今までもいざこざがあったのを知っているのだろうか。もしそうなら、ペンギン急便は思っている以上に不可解な組織なのかもしれない。

 

「心配してもどうにもならないさ。したいことをやるって、皇帝も言ってただろう?所謂そういうことだよ。」

 

「つまりは、思考放棄ということですか...?」

 

「本能的とも言えるね。常識に囚われてたら疲れちゃうと思うよ。」

 

「それはもう痛感してます。」

 

「ふふ、だろうね。__立ち話も此処で切り上げよう。付いてきて。」

 

「あ、はい...!」

 

 やっと離れ始めたキャンドルの香りを置いてけぼりに、見知らぬ龍門の土地を進み始めた。

 

 

# # #

 

 

「今の所は上手く行ってますね。」

 

「相手が間抜けで助かったよ。今のうちにテキサスたちと落ち合う方法を考えておこうか。」

 

「はい。」

 

 移動してからと言うものの、所々にマフィア達が駆け回っていた。其の度に建物の影に隠れたりと、まるで犯罪者のように目をかいくぐりながら歩いて行った。

 なんだか悪いことをしている気分に心が苛まれていく。確実に悪いのは彼方側...とは言い切れないが。

 

 被害を被っているのは確実に此方側だ。

 

 この龍門の土地に足を踏み入れてから心労が増えた気がする。勉強に追われる日々はかなり重苦しいが、誰かに追われるのは体も心も疲れる。正直勘弁してほしい。

 

 さっきのようにマフィアに会うこともなく、繁華街に入った。繁華街と言ってもほぼ裏路地だろう。此処の裏路地はどうやらまだマシらしい。

 噂に聞くカズデル裏路地に比べたら、本当に平和そのものだ。

 

 裏路地を歩き始めて数分、モスティマさんが急に立ち止まった。顎に指を添えて。

 

「ど、どうかしました?」

 

「この方向、正面のはまさか...。」

 

「や、奴らのテリトリーに入ったんですか!?」

 

「ここだったのか。名前とか変わっちゃうとわかんないものだね。バイソン君、何か食べたいものとかある?」

 

「へ...?」

 

 

# # #

 

 

「さっきのアイス屋、お勧めの五つ星なんだよ。美味しいから溶ける前に食べてね。」

 

「は、はい...。」

 

 結局、指差す先にはアイス屋があっただけだった。過剰に警戒した分力の抜け方が凄かった。

 命の危険すらある場所だ。そうなっても仕方がなかった。

 

 たぶん、その時の顔はお笑いものだったと思う。

 

「いつまでもピリピリしたままだと疲れちゃうからね。今のうちに休憩さ。」

 

「そんなに焦っている、でしょうか。」

 

「私にはそう見えるね。いや、それくらい緊張する方が普通のトランスポーターなのかな。」

 

「普通が何か、分からなくなりつつありますが...。」

 

「はは、君もそこに到達しちゃったか。」

 

 そう会話を交わし、手にしたアイスを舐めとりながら歩いていく。少しずつ思考が冷えていくのが自覚出来る。抹茶の苦みが冷静さをさらに強めてくれている。

 

 案外あの店に立ち寄ったのは正解だったのかもしれない。真意はモスティマさんの心の中だが。

 

「...嗚呼、見えてきた。バイソン君、あそこの飴屋さんが見える?」

 

 また突拍子のない話が始まった。指差す先には何やら古びた屋台がある。曰く、そこは飴屋らしい。

 さっきの店のように何か評判のいい店なのだろうか、この人が言葉にして言うのだから何かあるのだろう。

 

「何年も前、龍門に来た時にもあってね。その時はお金が無かったんだけど...自然と吸い寄せられちゃってね。そんな不思議なところさ。」

 

 __不思議と貴女が言うのか。と言う言葉は飲んだ。

 

「長旅の最中で、トラブルもあったっけ。トランスポーターの仕事なんてそんなものだけどね。よし、寄っていこうか。」

 

「...はい。」

 

 自分に決定権が存在しないのはもう嫌と言うほどに理解している。街灯の光でかろうじて見える屋台へとゆったりと進んだ。

 

 其処には老いた人に、暗闇でもはっきり赤だとわかる髪の__サルカズだろうか。特徴的な黒い角がかろうじて見える。

 言ってはいけないが、奇妙な組み合わせがそこにはあった。

 

 __近寄ろうと思ったが、何故か足が前に出なかった。体が前に進むことを拒んでいるかのようだった。

 

「元気だったか、爺さん。」

 

「ほっほ、それは御前さんにも言えることだよ。」

 

「そう返せるならまだ大丈夫そうか。それならいい。」

 

「折角の安魂祭だ、飴は持っていきなさい。」

 

「いや、私は別にいい。...この後はあの婆さんの所なんだ、急いでいるんだ。」

 

「イオリも息災か、そうかそうか。また龍門に来ておくれよ。」

 

「嗚呼、勿論。じゃあまた、爺さん。」

 

 話も終わったのか、赤髪のサルカズが何処かへと歩いて行った。其れと一緒に重圧から解放された。

 肺の中の空気を一気に入れ替え、足の調子を確かめた。今は問題ないようだ。

 

「...とっくに死んでると思ったけど、上手く隠せているわけか。あれが...。」

 

「モスティマ、さん?」

 

「嗚呼、独り言だから気にしないで。其れよりも飴屋さんだ。」

 

 何だかはぐらかされた気がする。が、問い詰めてもきっと答えてくれないと思うと追及する気も無くなってきた。

 

 屋台にたどり着けば、ふわりと甘い香りが鼻孔を擽った。果物の香りに、蝋燭...蝋燭。

 あまり見たくはなかった。

 

「いらっしゃい、君達。何か欲しいものはあるかね?ヴィクトリアから取り寄せたフルーツグミがオススメだよ。安魂祭の蝋燭もつけてあげよう。」

 

「いえ、蝋燭は...。」

 

「うーん...私はまだいいかな。長くて深い夜は始まったばかりでしょ?お爺さん。」

 

「おお、そうだとも。君たちのような若者は繁華街の方に騒ぎに行くんだろう?」

 

 ぼくを差し置いて勝手に話が進んでいく。この方が誰なのかもわからないまま、何もわからないまま。

 仕方なく一歩下がり、眺めることにした。

 

「お爺さんも今日のイベントに参加するの?」

 

「まさか。わしはもう骨と皮ばかりの老いぼれだ。代わりにフルーツキャンディー達が参加してくれるだろう。」

 

「今年の祭典は特別かな?外国からのお客さんも沢山いるみたいだ。」

 

「錆びれた通りには、たまには騒ぎが必要だろうて。多くの人が騒ぎ、色々起こしてくれた方が面白いじゃろう?」

 

「それもそうだね。」

 

「そもそも安魂祭は死者と弔う行事だ。生者が楽しむことが何よりも供養になる。」

 

 今日が安魂祭と言う祭りがあるのは初耳だった。聞く限りは一般的な供養祭と何ら変わりないように思える。

 そんな夜にマフィアが騒いでいるのは、何かの偶然なのか。それとも騒ぎに埋もれて事を済ませるのか。人混みに入っても油断はできそうにない。

 

「ところで、本当に何もいらないのかね?昔の君は食い入るようにショーケースを見ていたのだが。」

 

「覚えていてくれてたんだ。少し恥ずかしいな。」

 

「忘れるはずもなかろう。あの頃は必死に生きておったからの。」

 

「ははは...。でも、今は本当に大丈夫だよ。仕事前におやつを食べすぎるのは良くないからね。」

 

「そうかい...なら達者でな。若人らよ。暇になったらまたおいで。」

 

「うん、きっとね。」

 

 疎外感を感じたまま、会話が終わってしまった。アイスも食べきってしまった。

 

 

# # #

 

 

 裏路地同然のあの道を過ぎて、運河側に出てきた。都市の方は今も空を明るく照らしており、ずっと見ているのは目に悪そうだった。

 と、感心している暇は無い。今はどうやって皆に合流するかが重要だ。

 

 此処まで来てしまうと合流に時間がかかってしまうのは明白だった。最初に橋から落とされた場所はもっと別の場所だった筈。歩いた方向にしても離れていってる。

 いくらペンギン急便の皆でも、此処を一発で当ててくるのはきっと難しい。

 

 でも、これも何とかしてしまうのがペンギン急便___

 

「...バイソン君?」

 

「あ...すみません、考え事をしてました。」

 

「この状況だもんね。君が何を考えているのかもバレバレだよ。」

 

 歩きながらずっと考えていたらしい。良くこけなかったものだと自分で感心してしまった。

 

「バイソン君、考えることも確かに大切だ。無策で動くのは確かに危ないからね。でも、直感を信じるっていうのも悪くないんだよ。」

 

「モスティマさんみたいなトランスポーターでも、直感を信じることがあるのですか?」

 

「臨機応変、と言うものさ。例えば、今私たちは橋の上に居て、この後橋の下に貨物船が通る。まぁ、そんなに大きくない奴だね。」

 

「___はい?」

 

 また、この人の良く分からないことが始まった。

 本当に何を言っているのだろうか。

 

「そして前後三人ずつ、変装したマフィアがゆっくりと近付いて来ている。」

 

「ッ...!」

 

「カモフラージュするにはもう遅いよ。ずいぶん前からつけてるみたいだ。飴屋さんの辺りから、みたいだね。ご苦労なことだよ。」

 

 考えることに没頭しすぎたのか、周りの気配すら感じれなくなっていた。

 相手がプロのストーキング能力を持っていても、少しでも何かは感じるはずだ。

 

 これが考えすぎるのも良くない、と言う事なのだろうか。

 

「ぼく達、囲まれているんですか?」

 

「そうだね。でも戦おうなんて考えないことだ。観光客を巻き込むわけにはいかないだろう?」

 

 見回せばぱらぱらとある往来。各々が綿飴やプラスチックでできた仮面を付けて、この祭りの雰囲気を楽しんでいる。

 

 此処で戦闘を起こせば、悪い意味の大騒ぎになるのは確定だった。

 

「でも、あっちは配慮なんてしないみたいだね。...いや、マフィアだけじゃないな。」

 

「この状況、どうすれば?」

 

「簡単さ、飛ぶんだよ。」

 

「えっと...もう一度お願いしてもいいですか?」

 

「だから此処から飛ぶんだよ。さぁ今だ!」

 

「いや、ちょっと待ってください。また橋の上から...?」

 

「だから君は考えすぎだ。簡単なことさ、この柵を乗り越えて、全力で下に飛び降りるんだ。貨物船は待ってはくれないよ!」

 

 その言葉が聞こえた瞬間、ふわりと体が宙に浮いた。否、浮かされていた。

 モスティマさんと共に橋から身を投げ出したのだ。

 

 言ったとおりに貨物船が見えた。このまま落ちればきっと問題なく船に落下できるだろう。

 

 ぎゅっと目と閉じ、全て運命に身を任せた。

 

「調べ物が出来たから、またあとでね。」

 

 そう、鼓膜が震えた気がした。

 

 

# # #

 

 

「どうしてツヴァイ協会のフィクサーが同じ案件で動いてるって、どういうことだい?」

 

「いや、そうか。そういうことか。皇帝の言っていたことはこういう事だったのか。」

 

「協会が動いてるなら、彼が動かない理由もない。いや、皇帝が動かしてるのかな?」

 

「だから私も此処に呼ばれ、機会を与えられた。」

 

「なら機会を物にしないといけないね。エクシアも、何れは私の道に交わるかな。いや、無理やりにでも絡みついてくるか。」

 

「今度は逃がしたりしないよ、デュイス兄さん。」




入り乱れる喧騒に、解はいつか訪れる。

赤髪のサルカズ
飾り気のないコートに身を包んだ、仮面で顔を隠したサルカズ。
ごくごく一般的な見た目ではあるが、溢れ出る威圧は並の存在を寄せ付けないと言う。

かつて、素晴らしきフィクサーに赤髪のサルカズが登録されていた。
もう十年以上前のことだ。


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7th Bullet "コロイド・シティ"

競バ場に拉致られてました


 本日再度の落下、再度の埋まり。今回は前みたいにべたつく何かに落ちたわけではないが、今回はそこそこに痛い。何か固いものの集合してる場所に落ちたらしい。

 周囲を、この船の上を確認する。周りには一般的なビニールに包まれた飴玉が文字通り海のように広がっていた。道理で落下した時に居たいわけだ。

 

 然し、何故だろうか。態々飴玉を晒したまま船で運搬するのだろうか。もっと有効的な運搬方法は此処龍門にはあるはずだ。もっとこう、車両の方が小回りも高速道路も使えていいはずだ。

 

 こう言う発想が出るあたり、運輸会社の社長の息子なのだろうと感じる。実際そうだし、何より優れたトランスポーターを目指しているわけなのだから。

 

 結果的にあのマフィアから逃れることは出来た。その事実にそっと胸を撫でおろす。

 

「どうにか振り切りましたね、モスティマさ___」

 

 __一緒に居たあの人の姿がどこにも見当たらない。海に落ちたなら姿が見えないのは仕方ないが、あの人がそんな失態をおかすとは到底考えにくい。

 

 "調べもの"をするにしても、どうやってこの船から離脱したのか。本当に何もかも分からない人だった。

 

「何か物音が___って、どっから入り込んだ小僧!」

 

 キャンディの山に埋もれたままでいると、この船の主らしき人が操縦室から姿を現した。中年のペッローの男性が怒号を上げながら歩いてきた。

 状況も状況だ。泥棒に間違われても仕方ないだろう。

 

「あっと...今さっきあの橋から落ちてきてしまって!」

 

「橋から落ちただァ?コソ泥はそうやって言い訳を__」

 

「本当なんです、信じてください!」

 

「...そうかい。コソ泥なら、もっときたねぇ服装だろうしな。如何にも都市に生きてる服の小僧が盗む理由もないか。」

 

 どうやら信じてくれたらしい。

この人の言うコソ泥は、きっと裏路地に住む人々のことだろう。その日暮らしで必死な人々が盗みに来るのだろうか。

 この人も苦労はしているようだ。

 

「取りあえず降りてこい。売モンの上に乗ってるんじゃねぇよ。」

 

「あ、すみません。失念していました」

 

 飴玉の山から下りて、取りあえず一息。この船の主が心優しい人でとても助かった。

 こうなったのもあのモスティマさんのせいだ。否、現に助かってるのもあっておかげなのかもしれない。

 

 本人が此処に居ない以上はどうしようもない。

 

 荷物を降ろし、人口運河の上から龍門の街を眺めた。相も変わらず煌びやかだ。街中を歩いていてもそれを感じるが、もっと外側から見ると更に壮大だった。

 炎国と言う巨大な国家の心臓部であるのが頷けた。

 

 これだけ繁栄しているからこそ、マフィアも入り込んでしまうのだろう。明日を食つなぐためにも。

 そのマフィアのせいで今回は迷惑しているのだが。

 

 と、考え事を巡らせているうちに岸についたらしい。

 

「もう二度と船に飛び乗るんじゃねぇぞ!」

 

 __此方こそごめんだ。

 

「これには深い理由がありまして...。そう言えば、今サンクタの人を見ませんでしたか?」

 

「いや、見てないが。本当に勘弁してくれよ。配達に間に合わなかったら...ん?」

 

 船長の視線が陸の上の方に吸われていく。

 

「さ、サンクタ...」

 

 その言葉を聞いて、急いでその方向を向いた。彼女がいることを期待して、信じて。

 

「__!モスティマさ__」

 

「モスティマ?君、モスティマを知っているの?」

 

 其処には金髪の女性が一人。生憎あの深いにもほどがある蒼い髪は無かった。

 きょとんと疑問符が頭の上に浮かんでいるような表情を浮かべ、彼女はこちらに視線を向けいている。

 

 __なんだかどこかで見た気がする。

 

「...すみません、人違いでした」

 

 空気が冷える。何とも言えない雰囲気がこの場を立ち込め支配した。

 純粋に気まずい。

 

「とにかく、今後はこんな危ないことするんじゃねぇぞ!いいな?」

 

「ご、ごめんなさい。本当にお騒がせしました」

 

 それを言い残して、船主は操縦席の方へと戻っていった。これで金髪のこの人と自分が取り残されたわけだ。

 

 __良く思考を巡らせる。モスティマさんのことを知っているのなら、きっと関係者なのだろう。

 あの人の顔の広さは知らないが、可能性は高い。

 

 聞き出すなら早く__

 

「フォルテの子供、フォルテの子供...何かを忘れてるような...あっ!」

 

「わぁっ!?」

 

 考え込んでいる最中に、煌びやかな髪に爛々と輝く瞳が視界を占領した。ふわりと香水の香りが鼻孔を擽り、何だかむず痒い感覚にも陥る。

 

 嫌、そんなことを考えている暇は無いはずだ。惑わされっぱなしの心を何とか落ち着けなければ駄目そうだ。

 

「な、何するんですか!?」

 

「君の角にキャンディが引っかかってるよ!」

 

 手を自分の角に這わせた。確かにキャンディが一つ、見事に引っかかっていた。

 今日は角にいろいろなものがつく日なのだろうか。否、そもそも落下することが多すぎる。

 

 そんなシチュエーション、これからは余りないだろう。

 片手でキャンディを取り除き、取りあえず握っておく。

 

「戻って返した方がいい、ですよね...これ...」

 

「それと、この角...思い出した!あのフェンツのロゴと同じだね!つまり、君はフェンツ運輸の若旦那くん、そうでしょ?」

 

「わ、若旦那くん...」

 

 間違ってもいないのが、何ともむず痒い。

 

 

# # #

 

 

 あの水辺から離れ、また巣区域か裏路地か曖昧な道を進んでいく。このグレーゾーンな場所は恐らく二つの区間を繋げる窓口のような空間なのだろう。小奇麗にしたスーツを身にまとった男性が通ったと思えばどこで拾ったか分からないような服を身にまとった子供。

 今、この世界が抱えている格差を見せつけられている気分になる。

 

 何故この道を歩いているかと言うと、ペンギン急便の先輩方であるソラさんに道案内をお願いしたからだ。あの時、自分の立場を看破出来たのは皇帝さんが色々話していたかららしい。

 直感的なのか計画的なのか、分からない人たちだ。

 

「ところでソラ先輩、この道で本当にテキサスさん達と合流できるのですか?」

 

「安心して、テキサスさんの考えることは手に取るように分かるんだから!」

 

「はぁ、そうなんですね」

 

 会話を交わしつつの中立区域は、そこそこ危険じゃないのかと勘ぐってしまう。

 だが、此処は龍門だ。名のあるフィクサー等が此処を活動拠点としている話はよく聞く。裏路地区域でないのなら、そう大きなことは実行できないだろう。

 

 __何より今気になるのは、このソラ先輩の声だ。どこかで聞いた覚えがずっと付きまとっている。

 記憶をたどっても、今は答えが出そうにない。

 

「にしても、"先輩"かぁ~...えへへ、後輩が出来るなんて思ってもなかったな~!ね、皆のことはどう思う?」

 

「皆さんにお会いした感想ですか?」

 

 取りあえず、今まで過ごしてきた時間を振り返っていく。

 高速道路で彼らに回収され、拠点では騒がしく話しながら方針を決めて、爆発に巻き込まれ__思うに、テレビで放映されるドラマも驚きの時間を過ごしながらペンギン急便の皆と過ごしてきた。

 

 起こった出来事もそうだが、彼らそのものもとてつもなく刺激的だった。

 ここまで個性的な組織もかなり珍しい方だろう。

 

「...とても刺激と言うか。そんな感じです」

 

「あはは...どんな状況だったか、大体わかっちゃうな...でも退屈しなくていいでしょ?」

 

「それもそうですけれど...」

 

 もう少しでこの道も抜けるだろう、控えめな雑多が聞こえ始めた頃、前から何かがぶつかるような音がソラさんのほうからした。

 

「わぁっ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

 いや、実際にぶつかった。約二名分の悲鳴が鼓膜を震わせた。

 

「あっ、ご...ごめんね...!」

 

「ちゃんと前向いて歩いてよ!こっちは急いでるんだから!」

 

 目の前には__金髪のヴァルポの少女だろうか。なんとも熱そうなパーカーに特徴的なバットを背負った女性が尻餅をついている。

 視線は鋭く、ぶつかってしまった此方を目の敵にしているように見える。

 

「これでマフィアの手掛かりとか、依頼達成できなかったらそっちの責任だから!」

 

 __マフィア?依頼?

 今の状況からして、無関係とは思えないような言葉の羅列が耳に届いた。

 

「その、マフィアとか依頼とか、どういうことですか...?」

 

「なんで言わなきゃいけないのさ。依頼内容の開示って信用問題に直結するから言いたくないんだけど。」

 

「別に仕事を取りたいとかそういうわけではなく...!僕達、現在マフィアに追われていて...それと関係があるかどうか確認したかっただけで」

 

「...もしかして、ちょっと前にあった、マフィアが絡んでるって言われてる道路付近の騒ぎって?」

 

「はい、関係者です。思いっきり」

 

 事情を打ち明け、此方の立ち位置がどうなっているかを伝えた。

 伝えたのはいいが、何とも同情されている視線が目の前の彼女から向けられている。

 

 どのような顔を見せたらいいのか、今の自分には判断できないようだ。

 

 変な空気で見つめ合う事数秒、彼方から口を開いた。

 

「...決めた。あんたたちと居たら依頼も片付きそうだし、ちょっと一緒に行動させてよ」

 

「え...えぇっ!?」

 

「私達、今ぶつかったばかりなのに...?」

 

「そんなの、お仕事の前じゃ関係ないでしょ!あ、言い忘れてたね...私は"街灯事務所"所属のルル!今すぐメンバー呼ぶからちょっと待ってて!」

 

 状況が加速度的に混沌に向かっているのが、乱れた思考でもある程度察せた。察せてしまった。

 

 

# # #

 

 

 薄暗い通りを抜けて、比較的巣の区間に近しい場所に出た。すぐ目の前には自然豊かな公園が広がっており、目に優しい緑が自分たちを迎えてくれた。

 

 右側にはソラ先輩、左側には龍門でフィクサーをしていると言うヴァルポのルルさん。そしてこの後合流する予定だという街灯事務所の皆さん。

 ペンギン急便の皆さんに合流するまでにとてつもなく大所帯になってしまった。

 

 何故ルルさんの所属する事務所がマフィアを追っているのか、詳しくは聞き出せなかったが調査するだけで初歩的な都市伝説程度のお金が発生する依頼が入ったらしい。

 街灯事務所の所属している組織の人間からの直接の依頼らしく、信頼性はそれなりにあるようで。

 

 こんなにうまい話があるのか、と心の中では疑ったが協会が出したのなら恐らく問題はないのだろう。最近は全協会の動きが慎重になりつつあり、下手な動きが出来なくなって都合がいいと父の零し話が頭の隅の方に残っている。

 詳しい話は良く知らない。

 

「...それで、ソラ先輩。この公園にいるんですか?」

 

「うん、あそこを見て?やっぱりあそこに居たよ」

 

 皆で指差した方向に視線を向ける。そこには見間違うはずのない赤髪のサンクタや静かそうなループス、自分と同じフォルテ...正しくペンギン急便の皆が勢ぞろいしていた。

 

 そして追加で一人、見慣れない人影がある。服装からしてマフィアの人間だろう。

 

 マフィアを捕まえて遊んでいるのだろうか?

 

「って、バイソンってペンギン急便だったんだね。私、ほんと当たり引いたかも。ほら、ペンギン急便っていつもドンパチしてるって有名だし」

 

「そう言えば言ってませんでしたね。ペンギン急便と言っても、今日入ったばかりですけれど」

 

「へぇ~」

 

 お互いの立ち位置を掴むためにも、此れと言った意味のない会話を交わしつつ歩いて行った。

 まだあの人たちはマフィアで遊んでいるのか、普通に尋問しているのかわからない。遠目から見てるただわちゃわちゃと楽しんでいるようにしか見えない。

 たぶん両方の意味合いがあの行動にはあるんだろう。

 

 走っているような足音が背後の方から聞こえてきて、それが大きくなってきた。

 

 音のするほうを振り返れば、フェリーンとペッローの男性二人組が走ってきているのがわかった。こっちを向いているあたり、標的は完全に僕達だろう。

 

「...あ!マス~!サン先輩~!」

 

「あの人たちがルルさんの事務所の方々ですか?」

 

「そっ。事務所長のサン先輩と、同期のマス。結構お世話になってるんだ」

 

 自分より少し年上であろう男性が二人、自分達の団体に見事合流した。

 だんだんと身動きするには目立つような大所帯になりつつあるが、それでも対応できることははるかに多くなっている気がする。

 

 ペンギン急便の皆と、一事務所のフィクサー。マフィアにも引けを劣らないはずだ。

 

「お待たせ、ルル。っと、そこの人たちが連絡にあった...」

 

「マフィアに追われてるって言うペンギン急便の人達。へへ、私ってば運にも恵まれてるんですねぇ~、マス~?」

 

「そうだな。その代わり悪運にも恵まれているだろう」

 

「またそんなこと言って!!!」

 

 目の前でバラエティー番組のような展開を見せられ、なんだか置いて行かれた気がしている。

 ソラ先輩もそれを見てちょっと笑っている始末だ。ソラ先輩も、あのペンギン急便らしい一員なのだと理解できてしまった。

 

「嗚呼、自己紹介が遅れてしまったな...。俺は街灯事務所のサン、一応事務所長をやってるよ」

 

「俺はマス、この事務所で世話になっている」

 

「僕はバイソンです、もうご存じかもしれませんが...今はペンギン急便に所属しています」

 

「よろしく頼むよ、バイソン君。是非とも俺のことも頼ってくれ」

 

「勿論ですよ。ルルさんに色々と聞いていますから」

 

 移動中に聞いた話ではあるが、この街灯事務所の所長に該当するサンと言うフェリーンはそこそこの腕を持っているらしい。

 この前六級のフィクサーに昇格したばかりではあり、自分達に比べれば相当戦える方だ。きっと。

 

 _そうは言うものの。実際問題、フィクサーと言う職業の階級についてあまり知識は持ってなかった。

 気軽に頼める九級から莫大な金を取っていく一級、そして憧れや畏怖の象徴である"赤い霧"などの特色。

 こう言う茫然としたイメージしかないのが現実だ。

 

 父親はただ「協会に頼れば間違いない」と言っていただけだ。

 こんな状況になるならもっと深く聞くべきだった、と今さら後悔の溜息を零した。

 

 ふとペンギン急便の皆さんに視線を遣った。今も絶賛お楽しみ中らしく、口に張られていたガムテープを勢いよく剥がしている所だった。

 見ているだけで痛々しい気持ちになり、見ているこっちが口を押さえそうになった。

 

 あの人には人の心が無いのだろうか、とすら思えてしまう。

 

 流石にこれ以上眺めたままでは事態は進展しない。可哀そうなあのマフィアの為にも、一歩一歩あの急便の皆さんの方へと足を進めていく。

 

「お~い、テキサスさ~ん!みんな~!」

 

「おっ、ソラ!って...なんか人増えてない?どういう状態?」

 

 それはそうだ。離れていたメンバーが合流しただけで三名ほど人が増えたのだ。

 流石のエクシアさんでも首を傾げていた。

 

「これにはとても深い事情が...」

 

「バイソン君が連れてきたもんね、街灯事務所の人達」 

 

「連れてきたというか、目的が似てたというか」

 

「私達もマフィアを追っかけてるわけ。ソイツの用事終わったら回収してって良い?」

 

「別に好きにしてもいいけど、口割らない限りは駄目かな~」

 

 嗚呼、またこの喧騒に戻ってきてしまった。この空気感に若干の安堵を感じてしまうあたり、自分もここの色を覚え始めたのを理解させられる。街灯事務所の三人とエクシアさんはマフィアを囲んでいるし、ソラさん達はそれを眺めていた。

 僕はそれに参加せずに居る。否、参加できるものか。

 

 ふと周りを見渡せば、ペンギン急便社長の影が見当たらない。視線を落としたとしてもこの近辺には居ないようだ。

 

「あの、エンペラーさんはどちらへ?」

 

「ボスは確認したいことがあるってどこか行っちゃった。行先も聞いてないし、見当もつかないや」

 

「あんまり遠くまで行ってないといいんですけど」

 

 あの人のことだ、この場の誰も行先を予測することは出来ないだろう。

 少なくとも静かな場所にはいってはいないはずだ。あの人がいるだけで騒がしくなってしまうのだから。

 

 騒ぎが起きたらそこに行けば会えるのかもしれない。ただ、そこら中人がいるせいで何処もかしくも似たようなものだけれど。

 

「取りあえず、今の状況はくんから聞いたよ。これからどうするかは決まってる?」

 

「こいつらから聞けること全部聞き出して、あとは臨機応変って感じかな」

 

 さっきもその言葉を聞いた気がする。丁度この人とを対を為すような蒼い髪のサンクタが同じようなことを口にしてたはずだ。

 

「あ、エクシアさん...さっきと言うか少し前なんですけど、モスティマと言う方に偶然出会ったんです。でも、いつの間にかいなくなってて...」

 

 目線を目の前へと流す。

 其処には見たことのないような表情で此方を見ているエクシアさんの姿があった。

 

 怒りとか、そういうのではなく純粋に話を聞いてくれていると言った表情だ。きっと。

 

「えぇと、それで、僕たちはマフィアの包囲網を抜けて、それで___」

 

「...バイソン君、心配ないよ。こうやって急に居なくなるのはよくあることだから。何年も会えないことだってあるし」

 

「数、年間?」

 

 語られた言葉は何とも信じがたいものだった。トランスポーターと言う職業は性質上様々な移動都市間を渡ることがある。

 隣国のであったり、はたまた遠く離れた場所に位置する国だったり。

 その依頼内容によってすべての流れが決まってくる。

 

 でも、幾ら何でも数年も顔を合わせてないのは少々不自然だった。

 行先で仕事を増やしているのか、はたまた何かを調べていたりするのか。

 勿論あの人の考え何て分かるはずもなかった。

 

「ウチもこの会社に入ってからモスティマはんを片手で数えれる程度やわ」

 

「何というか、やっぱり常識が通用しないんですね」

 

「モスティマの、トランスポーターとしての在り方はかなり特殊だ。ボスと契約こそしているが、本職は___エクシア」

 

「んぇ?何?」

 

「マッチに火がついている。気を付け__」

 

「あっ」

 

 真っ赤の炎を纏ったマッチがエクシアさんの手から滑り落ちて、見事マフィアに括り付けられていた花火の導火線に当たった。

 火を消そうにもじりじりと導火線の上を火が着実に進んでいっている。

 

 マフィアは何かもごもごと喋っているが、当然の如く分かるわけもない。

 

 彼にとっては"積み"みたいだ。

 

「あっちゃ~、やらかしおったわ」

 

「...サン、どうする?」

 

「多分マフィアはまだ居るだろうし、次を探さないとな」

 

「そう言う思いきりの良い所は嫌いじゃない」

 

 残り5cm、2...1...。

 

 ひゅるるるるるる。

 

 可哀そうな彼を抱えて花火は天高くまで飛んで行った。

 

「へぇ、ほんとに人を天まで飛ばしちゃうんだなぁ。やっぱし当たりじゃん」

 

 のんきなことを言っている間に、何か団体様が近づいているような足音が幽かに聞こえてきた。

 テキサスさんも感じたらしく、頭部の耳が微妙に揺れ動いた。

 

 大方さっきの花火と、彼の悲痛な叫びのせいで集まってしまったんだろう。

 

「奴らが来た。二手に分かれ...いや、今日は三手に分かれれるな。行けるか、街灯事務所」

 

「もっちろん!アンタらの獲物も掻っ攫うから!」

 

 

# # #

 

 

 龍門、静まった裏路地にて。妙に儀式的な礼装に纏った男が一人、連絡端末片手に練り歩いていた。

 

「あー、もしもしー。聞こえてるかクソペンギン」

 

『聞こえてるに決まってんだろ"龍門スラング"。で、ちゃんと来てるんだろうな?』

 

「当たり前だろ。依頼されたからには来る、フィクサーの常識だろ」

 

『フィクサーってより、お前は__』

 

「その話をすんな。あの埃臭い故郷を思い出すから。あの埃臭さは指令通達の時だけでいいっての」

 

『へいへい、お前がそういうならそういうことにしてやる』

 

「それよりも、だ。...彼奴は今龍門に居ないんだよな?」

 

『彼奴ぁ製薬会社のとこに応援に行ってんだ。心配なんざ要らねぇよ』

 

「了解。じゃ、後は報告でも待って祭りを楽しんでろ」

 

 そう男は言葉を吐いて、通信終了のボタンを押した。それと共に煩いあの声も聞こえなくなり、周りにまた静寂が訪れた。

 人は皆、この時間帯になると"掃除屋"を恐れて戸締りを始める。進行が開始されるには時間は早いが、それでも生存本能がそうさせるのだ。

 

 それほどに裏路地の人間は弱い。だからこそろくでもない組織や人間が蔓延る。

 

 男は手袋を引っ張り、しっかりと手に布を密着させた。仕事人が下準備をするように。

 

 そして深いため息を一つ。

 

「お前には会いたくないんだよ、エクシア」

 

 



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8th Bullet "一端との対峙。"

「ふッ!」

 

「はァッ!」

 

 多数対多数。ペンギン急便陣営対マフィア陣営。鎮魂祭のある龍門の夜街で、殴る蹴るやゴム弾を撃つ違法行為以外何でもありの乱闘が始まっていた。

 

 この綺麗な夜空にマフィアを打ち上げてからずっとこの調子だ。綺麗に打ち上げ花火を披露したら彼方側にバレてしまい、こうして集まってしまった。

 それからはこの大乱闘だ。

 街灯事務所とか言うフィクサー達もかなり腕が立つらしく、三人でかなりの量のマフィアを捌いている。ルルと言う子の、黄色いバットで吹き飛ばす様は爽快ものだ。

 

 この喧嘩の雰囲気に当てられて、かなりこの広場が騒がしくなってきている。何も知らない観客(ヤジウマ)やら、少しずつエンターテイメントを繰り広げるための舞台は整ってきている。否、そんなふざける余裕があるかと言われるとそうでもない。

 

 だが、楽しまなければ損なのは確かだ。味方(こっち)(あっち)も普段より増量キャンペーン実施中だ、楽しくならないはずがない。ペンギン急便の皆もきっと同じ気持ちだろう。

 最近はこんな大事がなかったからこそ、猶更胸が高鳴ってしまうのだろう。

 

 周りでは観客(ヤジウマ)たちがざわざわと騒いでいる。何を言っているかははっきり聞こえてこないが、きっと今からのショーに期待を寄せてるようなものだろう。

 

 と、無駄事を考えながらゴム弾を撃ちこんでいく。ダムダム、と鈍い音と苦しむ声が鼓膜を震わせる。

 あれ、割と痛いから仕方がない。

 

「実弾使えないって、やっぱり面倒くさいなぁ」

 

「こんな街のど真ん中でぶっ放せるわけないやろ!」

 

 そう、この龍門の街中では実弾を使ってはならないことになっている。そもそも、実弾が高価なもので使いたくても出し渋るのが現実だ。

 ラテラーノ国家が定める"銃器類制作規制法"が全ての元凶だ。この法律は全ての工房が対象になるもので、法で定められている"銃器類制作免許"が発行された工房でないと銃、及び銃弾の作成を行ってはならないことになっている。

 貴重な上に銃弾に課せている税金が凄まじく、必然的にゴム弾の使用に繋がると言うわけだ。

 __ラテラーノ公民法の適用されるサンクタは安く買えるのだが、それでも高いものは高い。

 

 高いからと持ってないわけではない。ペンギン急便の拠点やロドス・アイランドには"ロジックアトリエ"、"黒鉄工房"製の銃弾が保管されているが、あれを使うのは当分ないだろう。

 

「__ちゅーかエクシアはん、後ろや!」

 

 そう背後からクロワッサンの声が聞こえた次の瞬間、ちょっとした衝撃が伝わってきた。

 どうやら盾で身を守ってくれたらしい。いつの間にか背後を取られていたらしい。

 

「サンキュー、クロワッサン!お返しは...こうだッ!!」

 

 態々回り込んできて爆弾を投げてきた相手に銃口を向けて、躊躇いなく引き金を引く。

 銃の機構内に組み込まれているアーツ作用部が熱を帯び、その運動量を弾に伝えて、鋭いゴム弾の軌跡が不届きものへと伸びていく。

 

 目視で避けれるはずもなく、身を護るすべもなく。見事腕の関節に大半の銃弾が命中した。

 たぶん関節が外れた程度で済んだとは思う。

 

「にしても、結構多くない?キリがないなぁ」

 

 今回のマフィアはしぶとく、更に数が多い。どこから人員を連れてきてるのかわからないくらいだ。

 

 此方も人数は居るが、それでもじり貧になるのは目に見えていた。

 皆も疲れ始めてるらしく、動きがかなり鈍くなってきている。

 

「こんなに粘られたら...ッ、テキサスさん!」

 

「ふむ...場所を変えるか。ソラと私、クロワッサンとエクシアで分かれて"大地の果て"に行く。街灯事務所とバイソンは...好きな方についてこい」

 

「えっ、なんて...?大地の...?」

 

 大地の果て。大層な名前ではあるが結局は酒場。

 お高いお酒を置いていたりと、最高にいかしているバーだ。最近は立ち寄る機会もなく、丁度恋しくなってきたところだった。

 

「やったっ!じゃなかった...分かりました」

 

「つまりは二手に分かれて分断するってことだね?オッケー、私の得意なやつ!」

 

 相手のことを無茶苦茶に乱すのは得意だ。その上楽しいと来た。

 つまり、この上ない娯楽と言うわけである。相手がまっすぐ向かってくるような単純な奴らなら猶更のこと、撹乱しやすいことこの上ない。

 

 取りあえず、"大地の果て"へと向かうための足を探さなければならない。このまま歩きで行くならあまりにも距離がある。時間もかかるし、何よりも疲れてしまう。

 諸々楽しむためにも体力は温存しておきたい。

 

 何かを聞くような声が聞こえるが、目の前の楽しみばかり気になってしまう。仕方のないことた。

 

「集合は一時間後、いいな」

 

「もっちろん!!」

 

「でも...どう突破するんですか?これ」

 

 __だが、此れを実行するにあたって大きな問題がある。

 そう、現在このマフィア達に囲まれているのだ。これをどう突破するものか、その答えが出なければ"大地の果て"にも行けないだろう。

 

 だが、逆に考えてしまえばいい。こいつらのおかげで突破できる(・・・・・・・・・・・・・・)と。

 何なら素早くたどりつくことすらできるだろう。

 

 とっても簡単なことだ。

 

 丁度バイクに乗っていたマフィアに歩み寄り、軽く拳をウォームアップ。軽く指を鳴らしたりと安っぽい準備をしていく。

 

「ま、それは~...こういうことじゃない?せいやっ!」

 

「はぁ!?ちょ___ゴフッ!?」

 

 バイクの上に乗っていた邪魔な置物を殴り飛ばして、ものの見事に移動手段と突破手段を準備出来た。

 

「クロワッサン、乗って!あいつら、こんなイカしたバイクに乗って...ちょっとむかつくかも」

 

「おっしゃあ!ほな皆さん、おさきに~!」

 

 ちゃっかり二人で跨り、踏み込んではエンジン状況を確認。状態は良好、かなりの速度を出せそうだった。

 後の面子はテキサスが何とかするだろう、なんて思いながら思いきりエンジンを吹かして正面に道を切り開いた。

 

 高速でもないのにこの速度を出すと、近衛局の連中が騒ぎそうだが、今は関係ない。楽しんだ者勝ちなのだから。

 

 

# # #

 

 

 あの黒ずくめの包囲網を抜けて、人気の少ない道路を爆走していく。爆走と言っても、レースのような速度が出ているわけじゃない。この一般的なバイクの出せる限界を攻めているだけだ。

 徒歩で時間のかかるような距離ではあったが、この盗んだバイクのおかげでほんの数分で現地に到着した。

 

「ふぃ~、ついたついた~」

 

「はぁ...エクシアはん、ちょっと運転あらすぎやわ...」

 

「あはは、ごめんってば」

 

 適当な路地に入り、バイクを立てかけておく。マフィアを片付けた後、ここにあるのを覚えていたら自分のものにするのもいいだろう。売り払って今使ってる守護銃の改造をするのも悪くは無い。銃弾の方が高いと言えど、発表されたてのモデル等は同じくらいに値を張るのだ。

 どうやらあいつらは追ってきてないらしい。今のうちに"大地の果て"に入ってしまえば多少なりともましな状況になりそうだ。

 

 私たちが到着してから間もなく、エンジンの駆動音が遠くから近付いて来た。十中八九、置いてきた誰かだろう。

 

「やっと追いついた」

 

「おっ、テキサスにソラ~!割と早い到着だね」

 

「飛ばしてきたからな」

 

 飛ばしてきた。その言葉を裏付けるかのようにソラの顔はかなりげっそりとしていた。テキサスと言うトランスポーターはそういう人だ。ついかっとばしがちだ。

 だが、そのおかげでこうして素早く場所を移動することが出来た。これで状況打開を狙う余裕も出てきた。

 

「それじゃ、そろそろボスを探しにでも__」

 

 _が、何故だか違和感がある。何か忘れてるような(・・・・・・・・・)

 

「あっれぇ...?なんか足りなくない?私達」

 

「...あっ」

 

「バイソン君と、街灯事務所のみんな...」

 

「てっきりテキサスが連れてくるものかと思ってたよ。私はほら...先に行っちゃったし」

 

「...」

 

 完全にやらかしている。いつもはそれぞれ自分勝手に集合するためか、このノリについていけない人がいることを考慮できなかった。

 頭の片隅にすら無かった。

 

 今分断されるのはかなりまずい。彼方が一人ずつ狙ってくるなら確実に此方が不利になる。

 いくら強くないと言えど、相手はマフィアだ。数もいるし、しつこいし。

 

 一方的に揶揄うにはいい相手だが、こういう時は遠慮したいものだ。

 

「街灯事務所のみんな、強そうだったから大丈夫じゃないかな?凄い戦いぶりだったし、たぶん」

 

「今はとにかく待つしかない。来なかったら、探しに行けばいい」

 

「無暗に動くのはあかんっちゅうこっちゃな!」

 

「それに、龍門にはモスティマも帰ってきてるんだしさ。そんな深刻な状態でもないでしょ?」

 

「エクシアが完全に拗ねているな」

 

「拗ねとるなぁ、これは」

 

「拗ねてないってば!!」

 

 実際はすこしばかり拗ねている。何故帰ってきているというのに顔を出さないのだろうと文句をひとつやふたつぶつけてしまいたい。以前帰って来た時だって連絡もなしに拠点に居て、次の日には何も言わずに出発。国際トランスポーターの仕事は忙しいのは理解はしているが、それでも寂しいことに変わりはない。

 前の出発からもう何年も経っている。いい加減に私の所にも"ただいま"の言葉くらい言って欲しいものだ。

 

 どうして私の周りの人は連絡を寄越さない人が多いのだろうか。モスティマも、"あの人"も。

 

 と、感傷に浸ってる時間ではない。

 バイソン君と街灯事務所が今どこにいるかが問題だ。そんなに簡単にやられるとは思わないが、安心できるというわけでもない。

 相手は数の暴力で攻めてくるマフィアだ。疲れたところを突かれてしまえば__

 

「おーい!みなさーん!!」

 

「えっ、自転車に...ダッシュ...?」

 

 __別に心配はいらなかったらしい。

 

 遠くから自転車を必死にこいでいるバイソン君に、それと並んで走っている街灯事務所の皆が灯りに照らされた。

 フィクサーたるもの、肉体改造施術を受けていると聞く。自転車の走行速度を平然と出せると言うのはそう言う事なんだろう。

 

 私も肉体改造施術に手を出せば、あれくらいのことが出来るのだろうか。

 

「まさかチャリンコとダッシュでテキサスはんに追いつくなんてなぁ!ど偉いやっちゃ!」

 

 あの距離を自転車で全力を出し続けるのは本当に凄まじいことだ。おそらく私は無理だろう。疲れてしまうと言うより、自転車よりもバイクや車が好きと言うのが一番の理由だが。

 バイソン君の頑張りは認める。だが、先に街灯事務所の三人が此方に合流してしまった。足で。

 三人はそこまで息が乱れてない。バイソン君とこの事務所の面々の疲労度の差は正直笑えて来てしまう。

 

「早く奥まで行かないとやばそう。さっきからあたしたちの事追っかけてる奴もいるから」

 

「あとはバイソン君だね~。揃ったら行こっか」

 

 ルルの言う通りに、遠くからあいつらの声が幽かに聞こえる。"どこに行った"だの"あっち"だの、正確な場所をあぶりだそうと必死に嗅ぎまわっているらしい。

 また少し大きな団体になってしまったが、それでもこの裏路地を歩いていくしかない。時間帯的には"掃除屋"も出現しないし、一応近衛局かツヴァイ協会の治安区域でもある。急に大きなことに巻き込まれる心配はそこまでないだろう。

 

 こういう裏路地にこそ協会指定の危険団体やらが居るらしいが、私は生まれてこの方であったことがない。ラテラーノも龍門も、そういう意味ではすごく平和なのである。

 

「しっかし、沢山連れてきちゃったみたいだね~」

 

「自転車と足じゃ、振り切るのは無理だろ」

 

「ま、そうだよね~」

 

「少し位殴っといた方がよかったかな~、私なら追いつけるだろうし!」

 

「夢中になって帰ってこないだろ、分かり切っている」

 

「ンだとマスゥ!!」

 

 少々緊張感のない空気がこの裏路地を満たしている。少しはぴりついた空気が流れても可笑しくは無いが、この方が気疲れしなくていいのかもしれない。

 何より"らしい"のがこの雰囲気な気がする。

 

 いつ何時も楽しまなくては大損になってしまうのだから。

 

 __すごい形相で自転車を漕ぐ彼の姿がすぐそこまで迫った時、嫌な予感が背筋を伝った。

 

「...まずい、待ち伏せだ!エクシア!」

 

 そうだと思った。

 

 だが、銃を構えた頃には人影はバイソン君へと迫っていた。腕を伸ばせば届く距離に。

 

「ちょーっと、間に合わないかなぁ...!ごめんねー!」

 

「もう少し...でぇ...ッ!あ___」

 

 引き金を引く前に、素早い手刀がバイソン君の首裏を掠めた。

 音が鳴らないと来ると、やはり慣れているのだろう。物音を立てず、尚且つ失神させるための力加減とやらを。

 

「そうだな、道案内ご苦労様だな」

 

「チッ、先手を取られたか」

 

 だらんと脱力したバイソン君を小脇に抱え、目の前のループスはうざったいくらいにほくそ笑んだ。どれだけ調子に乗ってるんだと思えるくらいには気持ちの悪い笑顔だ。

 まるで自分が勝者であるかのような。

 

 実際問題、戦況はあっちに傾いては居るのかもしれない。

 気に食わないが、此処は相手を伺うしかない。

 

「こんばんは、ペンギン急便の皆さん。俺はガンビーノ・リッチ。このファミリーのボスだ」

 

「ご丁寧な挨拶、ご苦労様だね」

 

「ふん、言ってろ。この小僧の命は俺が握ってるんだ、好きに言える立場かよ。この程度で取り乱すような皆さまではないと思うが?」

 

「元はと言えば、私たちが忘れちゃったのもあるからね~...」

 

「せやけどなぁ」

 

 緊迫した時間が過ぎる。今か今か、と襲うタイミングを計る街灯事務所に、視線で牽制を行う私達。私は銃を向けて、いつでも撃てるようにと追加の威嚇もしておく。

 

 それでも尚、目の前のマフィアは慌てる様子もない。

 

「貴様、どういうつもりだ?」

 

「正直鬼ごっこも起きてきたモンでね。それに、騒ぎが大きくなるのはお互いに不都合だ。違うか?」

 

 軽そうに抱えたバイソン君を揺らし、見せつけてきた。あの横に裂けた口角をくっきり上げて。

 

「それでこのガキが使えるってわけだ。人質が居る以上、キミたちは正面からやり合うしかない。

それが一番楽なんだよ。まとめて掃除出来るからね」

 

 ザッ、ザッ、ザッ。

 

 周りを囲む足音が聞こえる。

 

 こうしている間にも、有利に立ち回るための準備は進めているらしい。

 

「ペンギン急便、キミたちに逃げ場はもうないぞ」

 

「成程、それは良かった」

 

「...なんだと?この状況のどこが良かった、なんだ?」

 

「お前の言った言葉、思い出してみろ。クロワッサンとソラは陣形を維持、エクシアは援護、街灯の三人は攪乱を」

 

 一度に掃除出来るのは此方も同じ事。数に囲まれていようが関係ない、その分長く楽しめると考えればいい。

 

 少し後退し、周りを確認できるような位置に陣取る。皆が動きやすいように、楽しめるように。

 そして何より、自分の為に。

 

「__バイソンを取り返す」

 

「おうとも!!」

 

 ペンギン急便、社訓第六番"奪われたものは取り返す"。

 この言葉の通り、大事な仲間を取り返してもらう。

 

 

# # #

 

 

「チッ、命が欲しいなら鼠王の場所を吐け!どこに居る!」

 

「し、知らないッ!鼠王ってなんだよ...聞いたこともない...」

 

「テメェ、逆らうとどうなるか分かってるよなァ!?」

 

 龍門、裏路地第十二区間。薄暗いこの場所に黒ずくめの男の怒号が響いていた。

 此処の住人の胸倉を掴み、ナイフを突きつけ、そして脅す。

 

 何とも安っぽい行為に及ぶマフィアの姿がそこにあった。

 

「おい、カポネさんにはカタギに手を出すなって...」

 

「こんな薄汚ぇ奴がカタギだって!?どうせこいつも感染者なんだろ!化けの皮を剥がしてやろうかァ!?なァ!!」

 

「ま、待ってくれ!本当に何も知らないんだ!!だから殴らないでくれ!」

 

「なんだ、本当に口の堅てぇ奴だな!?」

 

 思った通りの結果が出ないことに激昂し、ナイフを握り締めた拳で頭部を殴りつけた。鈍い音が周囲に薄く聞こえ、同時に被害者の嗚咽も空気を伝った。

 

 肉体改造施術を受けていたとしても、人の頭を一撃で潰すには至らなかったらしい。

 

「う、ゴホ...ウェ...」

 

「もう此奴はほっとけ。胸糞悪ぃ。名簿によれば次の爺までそう遠くねぇって。魚団子の屋台だとよ」

 

「チッ、時間の無駄遣いだったか」

 

 気絶した住人に唾を吐きかけ、踝を返した。

 

 __が、振り向いた先には人影が一つ。

 シルエットだけで分かる、サンクタの男だった。

 

「やぁやぁ君達!今日暴れてるっていうマフィアってさ、もしかして君達?」

 

「なんだよお前、文句あるのかよ!?」

 

「いや~...普通あるでしょ。煩いし」

 

「んだとォ!?」

 

 サンクタの男が吐き出す言葉に、また頭に血が上っていく。

 

 カタギに手を出すな、無駄に騒ぎを大きくするな。自分らのリーダーが言った言葉すら忘れて。

 拳を固く握り締め、そして地面を思いきり蹴る。助走をつけるには十分な距離がある、そう思い込んで猪突が如く男へと向かって行く。

 

「"捨て犬"が本当に捨てられちゃったのかなぁ。何というか、哀れだね」

 

「ぜってぇにぶっ殺すッ!!!」

 

 思いきり振りぬいた拳は的確に男の頭へと飛んでいく。

 

 __だが、それが届くことは無かった。

 その拳が届くより素早く手刀が首筋に飛び、めきりと鈍い音を立てて横に吹っ飛んでいった。

 

 命は落としてないだろうが、それでも当分は動くことはないだろう。

 

「少しは考えて向かってきてほしいんだけどなぁ。

あ、連れの君。君たちのボスに伝えといてくれる?"あんまり調子に乗るな"って」

 

 その光景を見た比較的冷静だった男は、恐怖に満ちた目でそのまま撤退していった。

 

 連れのことを放っておいて。

 

 完全に伸びている男の服を一部裂いて、その皮膚を確認。肌に刻まれている入れ墨の書き方や内容で大体の所属が分かる。

 それが"組織"と言うものだ。

 

「ええと、入れ墨は~...うわ、ガチで"捨て犬"じゃんか。シラクーザも大変だねぇ、"親指"に捨てられたらほぼ終わりでしょ。

でもあれだね、問題はそこじゃない。何故此奴らが龍門に居るのか(・・・・・・・・・・・・)

 

 男はため息を、めいいっぱい吐き出した。

 

「これは、金になりそうだな。クソペンギンの言う通りに」




あんれまぁ … … …


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9th Bullet "煙管。"

学校の試験とか、卒論とかありましてね。すまないとは思ってるんですよ。


 ___ぼくは、優秀なトランスポーターだと。ずっと思っていた。

 

 この都市の中でもそれなりに生きていけるような存在だと思っていた。

 

 トランスポーターと言う仕事は荷物や郵便物、そして人すら届けることもある。

 

 人の想い、願い、富、そして破滅を届けたりもする。

 

 評判が良ければ翼に依頼されたりもするだろう。

 

 ___父さんはすごい人だ。ミノスからこの龍門までやってきて、フェンツ運輸を創った。

 最初は小さかったが、小さいからとてあきらめずに実績を伸ばして、様々な組織から信用されるような会社になった。

 

 有名になればなる程、周りには変な奴が沸くものだ。利害関係に媚び諂う排他的で卑しい人たち。裏路地のネズミ、羽根のなり損ない、指からはみ出した組員。

 この都市の人らしいと言えば、人らしいのだが。

 

 それらはとても複雑で、煩わしい。本当に。それでもぼくは対応できている方だと思う。

 それがこの都市の中で生きていく術だから。

 

 でも父さんはこういったことがある。

 

 「大地の彼方は素晴らしい」と。

 

 

# # #

 

 

 轟。混濁する意識の中、妙に響く低い音を耳にした。

 一度じゃない。ずっと、ずっと聞こえる。絶え間なく。気持ち悪くもなってしまうほど。

 

 __いや、そう考えている時じゃない。

 

「...うッ!ぼ、ぼくは...」

 

 目を開けば、そこは見知らぬ車内だった。周りにはしつこく追ってきているスーツ姿のマフィア達。

 結局自分は捉えられた。それがはっきりとわかる状況だった。

 

 さっきまでの、と言うよりペンギン急便や街灯事務所の皆と合流できそうになったところまでは覚えている。そこから何があったかは知り得ない。

 

「なァにぶつぶつ言ってやがんだ!?」

 

 急に大声でしゃべらないで欲しい。意識が戻ったばかりで脳内が揺さぶられてしまう。

 

「目が覚めたならおとなしくしとくんだな。変に動けばお前の顔を整形しちまうことになる。男前になりたいってんなら止めねぇけど」

 

 隣に座っているマフィアは拳をちらつかせ、此方を牽制してきている。勿論今は動く気は無い。

 抵抗できるほど感覚が戻ってきていない。未だ指先はしびれていて感触が曖昧だ。

 

 じっと黙り、目を合わせない様に明後日の方を見ておく。

 

「フン、ボスがペンギン急便を潰せば次はお前の番だ。楽しみにしとけ」

 

 __ペンギン急便や街灯事務所の皆はまだあそこで戦っているのだろうか。打ち勝ったのか、退却しているのか。負けているとは中々考えづらい。あんな滅茶苦茶な人たちが簡単に負けるはずがない。

 都市において、ああいう人ほど生き残る...と言う話を父さんから聞いたことがある。変わり者程生きていけるって。

 

 然し、何よりも自分の無力さを嘆いてしまう。簡単に捕まって、こうして運ばれて。

 

 ぼくだってフェンツ運輸の人間だ。こんな状況、認めるわけにはいかない。

 

 キキーッ。そう思考を巡らせているうちに車が停まった。

 マフィアが何やら話しているが、耳打ち程度の声で話しているせいでうまく聞き取れない。

 少なくともぼくを捕まえて来ただのなんだの言ってるはずだ。

 

「__いや、ちょっと待ってくれ!どういうつもりだ!?」

 

「カポネさんの命令だ」

 

「カポネだと?こっちはボスの命令だぞ!あンの野郎が...調子に乗りやがって___」

 

 何やらマフィアが慌ただしい。明らかに仲間割れか何かしている空気感だ。

 言っては悪いが、都市らしいと言えばとても都市らしい状況だった。

 

「__それで?俺が調子に乗ってるだって?」

 

 声がまた一つ増えた。起き上がって状況を確認してもいいが、下手に動くのは得策とは言えない。

 波が立たない様に、静かに。

 

 __瞬間、何かが発射される音がした。

 

「___ッ!」

 

 視線を音のした方に向ければ、其処にはボウガンを構えている男と、無残に胸を貫かれたマフィア。

 何が起こったかは一目瞭然だった。

 

 そう、文字通りの仲間割れだ。それも命が奪われるほどの。

 

 男はボウガンを降ろし、此方に気味の悪い笑顔を向けて来た。

 

「よく来たな、フェンツのお坊ちゃま。お初にお目にかかるぜ」

 

「...今、自分の仲間を殺したの?」

 

「裏切り者は殺す。どの組織でも、どの指でも当たり前のことだ。龍門の裏路地にもそういう"礼儀"はあるだろ?」

 

「そんなことは聞いてないよ...あなたの目的は何なんですか...」

 

「そりゃ、取引だ」

 

 男は口角をさらに釣り上げ、言葉を続けた。

 

「ガンビーノがやってることは血の気が盛んな愚か者の蛮勇に過ぎない。このままじゃあファミリーが栄光に溺れて滅亡するしかない。それこそ"指"には絶対になれないんだよ。

俺はそんなことは望んでいない。勿論俺の(・・)ファミリーもそうだ。そんな無価値な死なんて誰が望む?誰が欲しがるんだ?」

 

「...何が言いたいの」

 

「ガンビーノを潰すのを手伝うと言ってる」

 

「貴方のことが信用できると思えるの?」

 

「...なぁに、お前がペンギン急便とやり合うことになっても手を借りるぜ。拒否権なんて与えると思うか?」

 

 目の前の男も、私欲を満たすためにぼくを使うらしい。

 

 どっちのマフィアも本質は同じだ。身勝手極まりない。

 

「俺だって馬鹿じゃない。何年も準備もしてきたし、頼もしい奴(・・・・・)も仲間につけた。昔から狙ってるんだよ。

お前の親父は権力者だ。このクソでかい龍門の民間トランスポーター業の七割を支配している。

そして、龍門の上層部とも戦略的な協定関係にあるとも聞いた。

どっからどう見ても、ペンギン急便の連中はお前さんの会社にとって障害だろ?」

 

 男は深く息を吸った。

 

 これからの事を高らかに宣言するために。

 

「俺が欲しいのはただ一つ。ペンギン急便のパイプを全て引き継ぐことだ。それさえ出来ればこの龍門裏路地に根を下ろすことも出来る。指に成り上がるのも夢じゃない。

そしてこの借りを作っておけば、後でフェンツとの商売話も上手く行くだろ?」

 

「父さんとエンペラーさんは息の合うパートナーみたいな関係だ。フェンツとペンギンの話は、ただの憶測に過ぎないけど」

 

「フェンツ運輸みたいなでけぇ会社が、本当にお前の親父さんの一枚岩で成り立ってると思ってるのか?

お前は俺達の事を甘く見てるな。確かに今はファミリー自体は消耗しているが...。昔、俺達の祖先はシラクーザに在った当時の"親指"の一員だ。誇りをもって自らを"シチリア人"と名乗っていたぞ。血みどろの粛清を見て来たんだ。

正直に吐けよ。お前の親父の周りの人間がペンギン急便をどう思ってる?龍門をどう思ってる?」

 

 視線の鋭さがさらに鋭くなっていく。

 

「そして、お前はどう思ってるのか?」

 

「...さっきからファミリーファミリー言ってるけど、少し前に目の前でそのファミリーを殺したよね。そんな奴の提案、飲み込めると思う?」

 

「此奴の死は単に...俺とのビジネスが合わなかっただけだ」

 

「フン。貴方が払うのは紙幣か火薬か、分かったものじゃないよ」

 

 そう言い切った後、程なくして引き金に指を添える音がした。

 これだけ言ったんだ。こうされても仕方がない。

 

 が、少し短気な気もする。目の前の男が何故自身のファミリーを大きくできないかが分かった気がする。

 

「__ハァ、残念だよ。俺はお前がもっと賢い奴だと思っていたが、とんだ勘違いだったらしい。まさか自分とは無関係で些細なことで死ぬなんてな」

 

 引き金に指を添えたまま、ボウガンをこちらの顔に向けて来た。瞬間、死が目の前まで迫ってきていることを実感する。

 

 掌にはジワリと汗が滲み出てきて、無意識に奥歯を噛みしめた。

 死ぬのが怖い。目の前の男すら見ていられない。

 

「怖いだろう。いずれはフェンツ運輸を引き継ぐと言えど、まだ乳くせぇガキだ」

 

「そ、それがどうしたんだよ。ミノスの男は若い時から勇敢で度胸があるって有名なんだけど」

 

「どうなっても考えを変えないみたいだな。もしお前が生きていけるのなら、この先こういうことも見ていくことになるんだろうな。だが、残されてるのはあの世への一本道なんだよ」

 

 必死に縄から逃れようとするも、中々抜け出せない。結構の上物なのか、それともキツく縛り上げてるだけなのか。どちらにせよピンチには変わりない。

 手の皮膚が痛い。多分血すら出ているかもしれない。それでも抜け出さないと死んでしまう。

 

 __死んでしまう。

 

「お前が死んだらフェンツ運輸は混乱するだろうな。そんでもって近衛局も巻き込んでしまうかもな。そういう状況を利用するのも一興だ。

おしゃべりは此処までだ。じゃあな、坊ちゃん」

 

 嗚呼、此処で終わりみたいだ。程よく幸せな時間を過ごしてきただけで、こうも急に死んでしまう。

 都市とは、やっぱりこういうものなのかもしれない。

 

 自分自身の死から目を背けるように、瞼を降ろし___

 

「おやおや。バイソン君に手を出したら、君はファミリーの掟から外れるんじゃないかな?もう少し冷静に考えれるようになろうよ」

 

 __意識がなくなることはなかった。

 

 そしてどこからか、聞いたことのある声がした。

 

「それとも、今ここで自分自身を終わらせたいのかな」

 

「だ、誰だッ!」

 

「通りすがりのトランスポーターさ。人探し中のね」

 

 いつの間にか、このマフィアの背後を取る様にモスティマさんが立っていた。

 最初からそこに居たかのように。

 

 

「...お前には見覚えがある。角の生えたサンクタだな。今夜、俺達の事を邪魔してくれたみたいだな」

 

「お褒めに預かり光栄だよ。最も、邪魔するのがメインじゃないんだけどね」

 

「ペンギン急便やら何やら情報を漁ってもお前のことは全く書いてなかった。お前、何者なんだ?」

 

「そうだね~...それを言ったところで私にメリットってあるかな。

私はただ、昔に無くしたものを探してるごくごく普通のトランスポーターさ。それ以上でも以下でもない」

 

 こうしているうちに周りにマフィアが増えて来た。本当にどこに隠れていたんだと言いたくなるくらいに増えて来た。

 マフィア多数、対モスティマさんただ一人。ぼくは戦力に数えられない。

 

 流石にまずい状況だ。一刻も早く縄から抜け出さないといけない。

 

「...そんなに私を見つめて。そんなに気になるのかい?

私はいつでも大丈夫。何なら今すぐでも良いよ。何せ急いでるからね」

 

「ふん...普通のトランスポーターね。

まぁいい。今はお互いやることがあるだろうしな」

 

 そう言うとマフィア___カポネは踵を返して背を見せた。

 

「俺の、俺達の目的は生き延びることだ。一時の感情に流されて死んだら本末転倒だろうが」

 

「そんなに怖がらなくてもいいのに。今は人探し専門のトランスポーターなんだけどなぁ」

 

「角の生えたサンクタが普通と言っても誰も信じないだろうが。

俺はお前と戦わない。好きにしろ」

 

「さっきは殺して口封じしようとしてたのに。考えが変わったの?」

 

「マフィアに限ったことじゃないが、生きていたらこういうことは山ほどある。

その坊主が協力しないうえに殺せないとなると、別の道を探すしかない」

 

 背を見せたまま、他のマフィアを連れて道の向こうへと歩いて行った。

 さんざん吠えていたというのに、少し情けなく思う。

 

 急にどっと疲れがこみあげてきた。生きるか死ぬか、その二択が迫られた直後だ。こうも精神が緊張していても何も可笑しくはない。

 本当に恐ろしい時間だった。

 

「...本当に行ってしまった」

 

「もう少しで縄が解けそうだね。手を貸そっか?」

 

「じゃあ少しだけ...流石に手が痛くて」

 

「了解。じゃあそっちに回るよ」

 

 早くマフィアの亡骸から離れたい気持ちでいっぱいだが、身動きが取れない。只管に苦痛の時間だったが、やっと解放されそうだ。

 

 助手席の方へとモスティマさんが来てくれて、血やら何やらでべとべととした縄をほどき始めた。

 

「そう言えば、モスティマさんの言う人探しって...」

 

「嗚呼、バイソン君のことじゃないんだけど...やっと会えそうな人が居てね」

 

「それって...大切な人とか、ですか?」

 

「そうだねぇ、確かに大切だ。あの人が居なくなった時は本当に困ったし、寂しかったな。

___よし、これで君は自由の身だよ」

 

 その言葉と共に、一気に体の自由が戻ってきた。腕も自由に動かせるし、色々苦しくもないし。

 掌を見ると、案の定真っ赤に染まっていた。否、皮が持っていかれていた。緊張が無くなったのもあって一気に痛みが押し寄せてくる。

 

 早いうちに処置をしないといけなさそうだ。

 

「本当に助かりました。有難うございます...」

 

「ところで、他のみんなは?」

 

「うッ...」

 

「あはは、振り回されてるみたいだね」

 

「皆さんのテンポが早すぎて...いつの間にか置いて行かれるんです」

 

「言ったでしょ?それで、何処にいるって言ってた?」

 

「テキサスさんは一時間後に"大地の果て"で集合と言ってました。モスティマさんは大地の果てが何処かご存じで?」

 

「勿論。私も此処に来たら必ず行く処だからね。案内するよ」

 

 そう言うと「ついてきて」と言わんばかりに歩き始めた。車の後ろに詰まれていた自分の荷物やら何やらを持って、今度は遅れないようについていく。

 鞄の中にはN社製の包帯がひと巻き。父さんから渡されていたものだ。

 こんな高価なものを持たせるなんて、とは思ったが今は感謝している。こうなることでも予想していたのだろうか。

 

 一先ず包帯を取り出し、手にぐるぐると巻いていく。どういった原理かは知らないが傷やら直ぐに治るらしい。

 特異点とは本当に便利なものだと痛感させられる。

 

「それで、大地の果てって...その名前にどんな意味が?」

 

「なんでこの名前にしたかは聞いて無いなぁ。ボスの使ってる拠点の一つってことは知ってるんだけどね。

各地からこの龍門に来た人が態々集まるお店らしいんだ。少なくともこういう裏路地の人には結構知れてるんじゃないかな?」

 

「それって、つまり...」

 

「うん、ただのバーだよ」

 

 

# # #

 

 

 裏路地を二人で歩いていく。周りには相も変わらず人が行き来している。色々と忙しくて忘れていたが、今日は安魂祭だ。こうあるべきなのだろう。

 

 掌の痛みもかなり引いてきた。否、もうほとんど痛くもないし痒くもない。流石はN社製の包帯と言ったところだろうか。

 

「__で、これは何をしているんですか?」

 

「テーブルクロスの下に隠れて仮装してるんだよ」

 

「...」

 

 移動だけしていたはずなのだが、いつの間にか自分達も仮装をしていた。然も一番無難なお化けの格好。

 

 周りを探しても此処まで安直なものはない。少なくとも服装から違っている。

 

 __そもそも、仮装をしている場合だろうか。

 

「こうした方が周りに溶け込める。何を言いたいか、君には分かると思うけどなぁ」

 

「...マフィアに見つからないため?」

 

「うん、百点満点の答えだね」

 

「少しずつ、どういう意図があるか分かるようになってきた気がします」

 

 かつかつ、かつ。焦らず、不自然にならないように歩む。

 

「そう言えばなんですけど、モスティマさんはアーツ使いなんですか?」

 

 布の向こうで微笑まれた気がした。

 

「昔はね。こう見えて訓練してたんだよ。

万年おさぼりのエクシアと違って、ね」

 

「モスティマさんはエクシアさんと旧知の仲なんですね」

 

「この話は歓迎会でするつもりだったんだけどなぁ。詳しいことはまたあとで教えてあげるよ」

 

 言葉を交わしつつ、人混みから外れて細い路地に入っていく。表の道から少し外れているだけなのに、雰囲気が急に変わった。

 薄暗く、湿っぽく、今にも壊れてしまいそうだ。

 

「表の人通りはすごかったですね。こんな時間なのにまだ増えてきてる」

 

「安魂祭はこういうところがいいんだよね。

面白いでしょ?表じゃあいろんな屋台を巡ったり、仮装したり、そうやって楽しんでるのに。場所が少しずれるだけでこうも変わるんだ。

たった一枚の壁で分けてるだけなのに」

 

「面白い、ですか...」

 

「時間もあまり残されてないね。少し急ごうか」

 

 そう言われ、歩む足を加速させていく。

 

 直進。右折、左折。同じような、代り映えのしない道をただ進んでいく。直ぐ近くにあった喧騒もいつの間にか遠くまで息をひそめ、静寂が場を満たし始めた。

 

 程なくして道が開けた。

 

「ここは...墓地?」

 

「そうだよ。こんな場所に墓地を作るなんて龍門くらいじゃないかな」

 

 実際、場所的には此処は裏路地区域の中心部に当たる場所だ。

 心臓ともいえる場所にこうして墓地があるのは、中々風変りだ。

 

 様々な都市を引っ張っていく存在でもある龍門ならでは、なのだろうか。

 少なくともぼくの地元にはそういう文化は無かった。

 

 墓地の周りに横たわる道を進んでいく。さっきの表通りのような騒がしさも好きだが、こういう落ち着けるのも好きだ。考え耽るならこういうのがいい。

 ふと墓地の方を見れば人影が見えた。黒い服に身を包んだ人たち。

 

「...あそこの人、みんな喪服を着ています」

 

「あの厳粛な感じに弔ってるのは、ラテラーノを思い出すなぁ」

 

「ラテラーノ...サンクタの皆さんの祖国ですよね。どんなところなんですか?」

 

「おや、気になるのかい?そんなに面白いことはないよ?」

 

「まぁ、そうですね。実はぼくは前から、もっと遠く...いろんなところに行ってみたいって思ってるんです。

いつか国際トランスポーターの資格取れたらいいんですけど...はぁ...」

 

「国の間のネットワークは日々進化してる。それこそW列車なんていい例じゃないか。直ぐに街からは出れるようになるよ。

でも...トランスポーターとしてなら話は別だね。国際トランスポーターの本質は国家間を行き来するフィクサーみたいなものだから」

 

「...そんなに大変なんですか?」

 

「そうだね。敵は沢山いるよ。例えばならず者とか...旅の最中に嫌と言うほど会えるよ。でも一番の敵は天災だ。この大地全てが敵に回るんだ」

 

「天災...」

 

 天災。学校の教育では映像を見させられているが、実際には見たことがない。実際に見ない方が俄然いいのだが。

 

「以前、とある物流拠点に居た時にね、天災トランスポーターから貰った情報をうっかり忘れたせいで、一度だけ天災を見たことがあるんだ。

空が真っ黒に染まって、落ちてきて...生きた心地がしなかったなぁ」

 

「でも、都市に居る限りは大丈夫じゃないんですか?そのための移動都市ですし...」

 

「それは確かにそうだけど、他に困ることがある。

その天災のせいで目的地の都市が移動していくんだ。移動していくのを見ることしかできないんだよ」

 

「うわぁ...」

 

「こうならないためにも、天災トランスポーターとは仲良くすべきだよ。あと、絶対に聞き逃さないように。居眠りとか厳禁だからね」

 

「...なんだか、今の話を聞いてたら、やっぱりモスティマさんの方がぼくの同業者って感じがしますね」

 

 実際、ペンギン急便の皆と比べるとそう感じてしまう。

 本来、運送会社は名前の通りに物を運ぶ職だ。喧嘩を高頻度に行う組織じゃない。

 

 隣にいる彼女こそ、トランスポーターらしい。言い表せない親近感やら、安心感やらがほんのり感じる。

 

「...」

 

 __返事がない。ふと隣を見ると、何処かを見るモスティマさんの姿があった。

 

「ええっと、調子に乗り過ぎましたか...?」

 

 まだ返事がない。

 

「あの、モスティマさん...?」

 

「...間違いない」

 

「へ...?」

 

 腕を掴まれ、一気に引き寄せられた。一瞬心臓がはねてしまったが、直ぐにそんな高鳴りも失せた。

 

 明らかに様子がおかしい。声色も何だか冷静さを欠いている。

 

「急ぐよ、バイソン君」

 

「えっ、ちょっ...!」

 

 腕をがっちり握られたまま、半ば引きずられる様に連れていかれてしまった。

 

 

# # #

 

 

「次は~...これや!これが何年物か当ててもらおかぁ~?」

 

 ...。

 

「ウェッオッホン...この濁り、芳醇な香り、強烈で癖の強い甘み...これこそォ___」

 

「俺も貰っていいかな。最近飲めてなかったし...」

 

 ...。

 

「って、これは唯の甘酒じゃねぇか!?」

 

「おッ、あったり~!流石は龍門一の酒利き師やなぁ~」

 

「ん~!このアップルパイ甘くてさいッこう!」

 

「...おそくな~い!?」

 

 遅い。

 

 遅い。

 

 遅すぎる。

 

 一時間後に此処に集合とバイソン君は知っているはず。なのに何故此処に来ないのだろう。

 もう一時間半くらい経ってるはず。

 

「どうしたんだ、エクシア」

 

「だって、バイソン君がまだ来ないし。折角のアップルパイが冷めちゃうよ」

 

「何れは来る。今は待っているしかない」

 

 取りあえず炭酸を一口。うん、今日も美味しい。しゅわしゅわとはじける泡たちがとても愛おしい。

 こうも飲むだけで気分が良くなって、その上吐く必要のない飲み物。完璧とも言える飲み物だ。最早生活必需品である。

 

 もう一口。

 もうちょっと。

 

 ぐび、ぐび。

 

「ぷはぁ~ッ!!」

 

「上機嫌だな」

 

「そんなことないよ~、いつも通りでしょ?」

 

 炭酸の次はアップルパイを軽くフォークで切り分け、口の中に運ぶ。

 今日の出来は悪くない。悪くないだけで良くもない。

 

「そう言えばエクシアさん、ずっと聞こうと思ってたんですけど...」

 

「ん?どうしたのさ、ソラ」

 

「なんでいつもアップルパイを作ってくれるんですか?」

 

「わお、そこ聞くかぁ~...」

 

「話しにくい内容なら遠慮するので...」

 

 またアップルパイを口に運ぶ。さく、さくと焼けた生地の美味しそうな音が口の中でする。

 即座に湧き上がる甘く鼻孔を擽る香り。

 

 それを纏めて飲み込んだ。

 

「簡単に言えば、此れは私なりの未練とか、そんな感じだよ。

ラテラーノに居た頃に仲の良かった人がいつも作ってくれたんだ」

 

 そう。これは私とあの人を繋げている縄のようなものだ。

 

 あの人の味を忘れないために。忘れたくないがために。

 そして、今でも覚えていると言う証明のために。私が今も、あの人のことが好きだと言う証。

 

「...もしかして、エクシアさんの元カレですか!?」

 

「驚いたな。エクシアに彼氏がいたのか」

 

「まさかペンギン急便の色恋話を聞けるとはな」

 

「そんなんじゃないって!何言ってるのさ~!」

 

 本当は、そうなりたかった。

 

 元、なんて文字を付けない。そんな仲に。

 

「あともう一つだけ、良いですか?」

 

「まだ聞くことあるの?珍しいねぇ」

 

「バイソン君に大地の果ての場所、教えてますか...?」

 

「...」

 

「...」

 

「...探してきた方がいい?」

 

「流石に一人ではここまで来れないと思うので...?」

 

「...ボス~、バイソン君の捜索代後で徴収するからッ!!」

 

 最後に炭酸を飲み切り、そのまま店から飛び出した。

 ボスの反論何て耳を貸さずに。

 

 

# # #

 

 

「バイソン君~、どこ~?」

 

 探すと言っても、大地の果ての付近から離れるつもりはない。

 むしろ離れない方がこの場所を知らせれていいとは思う。この声さえ聴けば此処にたどり着けるはずだ。

 

 然し、大地の果ての前にあるこの通りは全く人が通らない。大体表通りの安魂祭に持ってかれているのだろう。

 私も混ざって屋台を巡りたいが、そういうわけにもいかない。

 マフィアを釣り上げてしまう可能性もある。

 うらやましくても我慢の時だ。

 

「...でも、待ってるのも暇だなぁ」

 

 少し位移動しても問題ないだろう。大地の果ての周辺は比較的安全だ。ここで何かを起こせば必ずボスからの報復があるからだ。

 それもきっついやつ。そうボスが言っていた。

 

 一応護身用の銃を腰に備えて、いざ出発。

 

 淡い月明かりに照らされながら歩く街中は何処か幻想的だった。

 そう言えば、落ち着いてこの道を見ることが少なかった。いつも誰かを追いかけていたり、逃げていたり。

 そうやって騒がしい日々を過ごしていた身だから。

 

 この空も、きっとあの人とも繋がっている。そんな感傷的なことを考えてしまうほどに何もない。静かな日だ。

 

「...はぁ」

 

 本当に、何処にいるんだろう。同じ空の下なら会えるはずなのに。

 

 あの月と同じ髪の色の貴方は、今どこで何をしているの。それを知れたらこんなには苦しまないだろう。

 

「ねぇ、デュイス兄さん」

 

 呼んだところで返事が来るはずもないのに。

 

 考え耽って歩いているうちに、いつのまにか人気のない路地に入っていた。

 からんからん、と缶の転がる音ばかりが響き続ける。唯空しい。

 

 __いや、それだけじゃない。向こう側に誰かが居る。かなり大きな影だ。

 

 頭上にはサンクタの輪が浮いている。暗闇でも光らないと言うことは、つまりはそういうこと(・・・・・・)をしたんだろう。

 

 本能が逃げろと警鐘を鳴らしている。黒い輪のサンクタは公証役場の人間か、それか単なる犯罪者か。どっちでもそれなりに警戒すべき相手だ。

 一歩、二歩...着実に路地から抜けようと撤退していく。

 

「そこに居るのは誰かな。足音は...うん、女か」

 

「ッ...!」

 

 ばれた。案の定ばれた。裏路地の、黒輪のサンクタ相手に逃げ切れるとは思えなかった。

 恐怖に手足が縛られ、身動きが取れなくなっていく。

 

 然し、何故だろう。

 

 私はこの声を知っている(・・・・・・・・・)

 

「___...なんで。なんでこんな裏路地にいるんだよ」

 

「ぇ...ぁ...」

 

 視認出来る距離にまで来た、その人の顔を見た。

 

 __やっぱりだ。この声も、知っていた。ずっと昔から知っていた。

 

「デュイス、兄さん」

 

 頬を血で汚した、あなたが居た。



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