仮面ライダーアズール スピンオフ・アプリ (正気山脈)
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EP.00(エピソード・ゼロ)
CODE:Revolve[孤高の戦士(前編)]


これは、仮面ライダーアズールが誕生するよりも前に戦っていた、独りの戦士の物語であり――
とある怪物の物語である


 ――三年前。

 夜闇に閉ざされた、降りしきる雨の下。

 一人の青年が、銃のマークが描かれた一枚の灰色のプレートとメタリックグレーカラーのスマートフォンのようなデバイスを片手に持ち、腹には同じくメタリックグレーのベルトのようなものを巻いて、ある一点を見つめて道路の上に立っていた。

 視線の先にいるのは、歪んだシルエット。二本足で立つ人間のように見えるが、それにしてはどこか違和感のある姿。

 突如、稲光が天を裂く。その瞬間、影は鮮明な形となった。

 それは、真夜中に遠目で見れば人に似てはいるものの、人間ではなかった。腕には翼が生え、頭部は羽毛がなく赤みがかっており、嘴が生えている。脚も、鳥の蹴爪のようになっていた。

 その姿は、まるでハゲワシかハゲタカのようだ。

 青年はそのハゲタカ人間に対して、殺意と怒りに満ちた視線を送っている。まるで、その眼だけで相手を殺そうとしているかのような気迫だ。

 

「テメェらだけは許さねェ……」

 

 怒りの籠もった声のまま、青年がプレートについたスイッチを起動する。

 すると、そのプレートから無機質な電子音声が流れ始めた。

 

《アーキタイプ・マテリアル……GUN(ガン)!》

 

 その音声が流れると同時に、青年はベルトのバックルにあるスロットへと、静かにそのプレートを装填した。

 今度は、ベルトの方から同じように音声が流れる。

 

《ビギニング・トゥ・ラン! ビギニング・トゥ・ラン!》

 

 変化はそれだけでは終わらず、青年の眼前にガンメタルグレーカラーのキューブのようなものが漂い始めた。

 キューブの表面には銃器のようなマークがついており、青年を護るようにして周囲をクルクルと回っている。

 

「変……身!」

HEN-SHIN(ヘンシン)! マテリアライド!》

 

 青年は半ば叩きつけるように、スマートフォンに酷似したデバイスをかざした。

 

GUN(ガン)・メイル! マスクド・アームズ、インストール!》

 

 瞬間、青年の全身が赤色のパワードスーツに包み込まれ、さらにキューブが展開して装甲に変化し、スーツをプロテクトする。

 そして、その左手にはキューブから飛び出した、黒いハンドガンが握られていた。

 青年が変化したその姿を見て、ハゲタカの怪人は嘲るように鳴き声を発した。

 一方、青年の怒りに満ちた眼差しは、仮面越しでもなお威圧感を醸し出している。

 

「デジブレインは……」

 

 一歩、水溜まりのできた路面に踏み込む青年。

 怒りに震える声を「デジブレインは!!」と先程よりも大きくし、その脚でさらに大きく踏み出した。

 

「データの塵ひとつ残さず、この俺がァッ!! ブッ潰す!!」

「クゥルオオオーンッ!」

「覚悟しやがれ!! オォラァァァッ!!」

 

 変身した青年は雄叫びを上げると共に、ハゲタカの怪人へと真っ直ぐに突き進み、右拳を振り上げた。

 ハゲタカの怪人は翼を大きく拡げ、握り拳を作って彼を迎え撃つ。

 両者の拳がぶつかり合う音が、雨に濡れた道路に響き渡った。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 シズマテクノロジーが主導し、様々な企業を傘下に納めて取り込み続けた巨大企業、Z.E.U.Sグループ。

 そのZ.E.U.Sが本拠地として構え、繁栄を続けてきた来た大都市、それが帝久乃市だ。

 市内に存在する帝久乃大学に在籍する者は、大抵がこのZ.E.U.Sへの就職を目指している。

 

「くあァ……」

 

 駅前にある大鷲のモニュメントの下で欠伸をしている灰色の髪の青年も、その大学生の一人だ。

 名は静間 鷹弘(シズマ タカヒロ)。左胸と背中に拳銃がプリントされた赤いTシャツにオリーブグリーンのパンツ、そして茶色いブーツといった装いで、黒色の薄い上着を腰巻きにしている。

 Z.E.U.Sグループの会長兼CEO、静間 鷲我(シズマ シュウガ)の一人息子である彼は、大学での社会勉強を経ての入社を目指しているのだ。

 その彼が今、何をしているのかと言うと……。

 

「静間くんお待たせ!」

「おう、滝」

 

 モニュメントの前で立っていた鷹弘が振り向くと、そこには同じ年代の女性が鷹弘の方へと歩いていた。

 茶色い髪で、ローズピンクカラーのワンピースの上から白い上着を羽織り、さらに白いパンプスシューズを履いている。

 彼女は滝 陽子(タキ ヨウコ)。鷹弘と同じ帝久乃大学の生徒であり、二人は同じ射撃部に所属する友人である。

 ちなみにこの射撃部、銃器の所持条件の問題もあって、かつては日本国内のどの学校でも部活として認められない存在であったが、eスポーツとして射撃競技が台頭してからは一転して注目され人気が出始めた。

 

「珍しいね、一緒に出かけようなんて」

 

 どこか嬉しそうに、陽子は言った。すると鷹弘は眉をしかめて「そうか?」と訊ね、二人で並んで歩き始める。

 

「だって、静間くんって部活以外はいっつも勉強とか研究ばっかりじゃない? 図書室に籠もってたりとか」

「Z.E.U.Sの科学者志望なモンでね……だからたまにはどっかで息抜きもしてェんだ、俺だって」

「なるほどねー。でも、私に声かけてくれるとは思わなかったなー」

 

 からかうように笑う陽子。鷹弘は小さく首を傾げて、意図を問う。

 

「だって結構マジメそうっていうか、女の子と遊び歩くタイプに見えないし?」

「まぁ堅物ではあるかもな。言われてみりゃ女子と遊んだ事もねェや、どこ行くよ?」

 

 じっと自分を見つめる陽子から視線を逸らしつつ、頬を掻きながら鷹弘は答える。

 すると陽子はまたくすくすと笑い、ぴょんとステップして鷹弘の前に回り込む。

 

「じゃ、今回は私が静間くんに女子との遊び方をレクチャーしてあげよう! これであなたもリア充になれーる!」

「なんだそりゃ」

 

 半ば呆れたように笑いながら、鷹弘は言った。陽子もそれにつられて微笑みつつ、鷹弘を先導する。

 

「ところでどうして私なの? 同じ部にも他に女子いるのに」

「それは……何だって良いだろ」

 

 鷹弘は再び空に視線を泳がせ、頬を僅かに紅潮させる。

 その様子を見た陽子は楽しそうに薄い唇を釣り上げ、軽い足取りで彼の前を歩くのだった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「ですから会長! 何度も申し上げているじゃないですか!」

 

 Z.E.U.Sグループの本社ビル、そこに備えられた秘密の地下研究施設の執務室にて。

 頭の禿げ上がった臙脂色のスーツ姿の男が、机を叩いて目の前にいる会長と呼ばれた男に呼びかける。

 この臙脂のスーツの男の名は近取 疾拓(コンドル トシヒラ)。Z.E.U.Sの社員であり、この地下施設でとある研究に没頭している研究者だ。

 

「会長の提唱する新方式の改造手術よりも、今の方が圧倒的にカタルシスエナジーの出力が大きいんです! なぜわざわざ兵士の質を落とす手法を採る必要が!?」

 

 疾拓が熱弁する一方、会長と呼ばれた清潔な白いラボコートの男は静かに目を閉じ、首を横に振った。

 その男こそZ.E.U.Sグループの会長、静間 鷲我だ。彼は疾拓に対し、毅然とした態度で応対する。

 

「近取君。君こそ、いい加減その兵士という呼び方を改めたまえ。被験者は兵隊になるのではない、人類を守る戦士……『仮面ライダー』になるのだ」

「そんな事はどうだっていいでしょう!? 今の問題は……」

「君の言い分も理解はできる。確かに勝つためならエナジーの出力が大きいに越した事はないだろう」

 

 言った後で、鷲我は「だが」と付け加えた。

 

「それでは負荷が強すぎる、変身者が危険だ。彼らは生身の人間であって機械ではない。壊れたら取り返しがつかないんだ、安全に配慮すべきだ」

「では会長がかつて選定したご友人、あの前任者はどうなんです? 彼は今の方式でしっかりあの力を操ったそうではないですか」

「あれは……彼が特別なだけだ」

 

 鷲我はそう言った後に首を横に振り、それでもなお食い下がる疾拓に対し「とにかく!」と語気を強めて反論する。

 

「当時の改造手術は緊急性の高い状況だったから採用したまでだ、変身者にかかる負担を考えれば現行の方式は認められない。慎重になった方が良い」

「……では会長。変身者自身が負担を考慮した上で、現行の手術を受けるのならば、如何です?」

 

 意図が読めず、鷲我は目を細めた。

 するとそれを食いついたのだと勘違いした疾拓は、嬉々として妙案を口にする。

 

「志願者を募るのですよ! 危険を承知で飛び込んでくる勇敢な者を! まさに会長お望みのヒーローじゃないですか、んんー我ながら素晴らしい案だ!」

「……それは本気で言っているのかね? 安全な方法があるというのにそちらを選ばせると?」

「しかしその方が強くなるのですよ? 会長が提唱する方法よりも。ならば、命を捨てても良いという志願者を募ってみようじゃないですか! どうせ自分から死んで良いという人間なんだ、それなら構わないでしょう!?」

「君は科学者として狂っているよ」

 

 眉間を指で押さえ、鷲我は疲れた顔で疾拓を睨め付ける。

 そして蚊でも払うかのように手を振り、彼に対し「もう退室してくれ」と促した。

 すると疾拓は茹で蛸の如く顔を真っ赤にして、机をバンッと叩く。

 

「私は現行の手術でやらせて貰いますからね!!」

 

 そう言い残して、疾拓は大股で歩いて退室した。

 彼の後ろ姿を見送って、鷲我は深く溜め息を吐き、椅子にもたれかかる。

 

「ヤツらを倒すためとはいえ……先頭に立って戦えない我々が、流石に手術の段階で命を落とさせるワケには行かんのだよ。これはそもそも私の問題なのだから」

 

 指を組み、机に肘を乗せる鷲我。天井を見上げ、ポツリと一言呟いた。

 

(タダシ)……君はこんな私を笑うかな?」

 

 

 

「まったく、あれだけの技術力と財力があるというのに。会長の弱気には困ったものだ」

 

 社内のトイレの中で、疾拓はひとりごちる。

 便器の前から去って手を洗っている途中でも、まだブツブツと文句を垂れ流していた。

 

「トップが無能では技術も会社も腐るだけだ、ならばいっそこの私が……」

 

 こう愚痴を垂れ流している疾拓だが、実は彼が現行の手術というものに拘るのには理由があった。

 それも――意地汚い欲に塗れた、身勝手な野望が。

 

「これが醜い嫉妬から生まれたものだとしても、証明してやる。私の優秀さと正しさを」

 

 トイレから出て行く疾拓。その後彼は静かに、人目を避けて一階の駐車場へと歩いていく。

 そして運転手がおらず誰も使ってさえいないトレーラーに近付き、荷台を開いた。中にはテレビが山のように置いてあるのみだ。

 誰も見ていない事、そして尾行者がいない事を確認して、疾拓は荷台へ滑り込む。

 すると、先程覗き見た時はテレビしかなかったはずの、そもそも荷台の中だったはずの場所が、全く別の空間に変わっていた。

 まるで高級なホテルの中のような、豪奢な装飾の絨毯やソファーやベッド、大型テレビが設置された場所になっているのだ。

 

「……そろそろ時間のはずだが」

 

 右腕に着けた、宝石で装飾された豪華な金時計を見ながら、ソファーに座った疾拓が言う。

 すると。

 

「いやぁ失礼、お待たせ致しました」

 

 突然背後からそんなよく通る声が聞こえ、驚いて疾拓が振り返る。

 そこにいたのは、ダークブルーの礼服と白いワイシャツを纏っている紳士だ。両手には白い手袋、首にはマラカイトグリーンのリボンタイが巻かれ、タイの結び目は孔雀の羽根を模したブローチが付いている。

 彼の顔の上半分は孔雀の羽根飾りが付いた紫色のマスクで覆われており、口元には優しく柔和な笑みを浮かべている。

 その姿を見るなり、疾拓は咳払いをして腕を組む。

 

「プロデューサーくん、だったか。私も今来たばかりだ」

「そうですか、それは良かった」

「それよりも本題だ。例の件、よろしく頼むよ」

「えぇえぇ、勿論ですとも。あなたをCytuberに加える……そしてその見返りとして、あなたが私に最新の兵器を提供する、という事でしたね」

 

 ニヤリと疾拓が笑う。

 彼の野望。それは、Z.E.U.Sで培った技術を利用して最新の兵器として売出し、軍需関係にもシェアを伸ばそうというもの。

 そして、行く行くは自分がZ.E.U.Sの全権を握る。兵器をバラまき、人々の心を掌握する。

 表社会も裏社会も、疾拓が牛耳ろうというのだ。

 

「Cytuberの定員は666人です、既に600人以上が加わっていますが……」

「頼むよ。私は必ず役に立つ! 是非とも、その666人の中に私を入れてくれ! そして私の願いを叶えてくれ! あの会社に相応しいのはこの私だ!」

「ふむ」

 

 疾拓が熱弁を振るうと、プロデューサーと呼ばれた男はパチンと指を弾く。

 

「まずは、あなた方の力とやらを見せて頂きましょうか」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「えっ!? 静間くんのお父さんって、Z.E.U.Sの会長なの!?」

「あぁ、まぁな」

 

 同じ頃。喫茶店に来た鷹弘と陽子は、二人で向かい合って席に座り、タピオカミルクティーを飲みながら世間話をしていた。

 今は陽子が鷹弘の家族構成について訊ね、彼女が驚いているところだ。

 

「へぇ~……あーでも、確かに苗字同じだね」

「何気にその話で驚かれたの初めてだな」

「え、そうなの?」

「親父がそれだけ有名人なんだろ……俺より、滝の親父さんは? 何してる人なんだ?」

 

 興味深そうに鷹弘が訊ね返すと、陽子は遠い目をしながら微笑み、その問いに答える。

 

「医者だよ、開業医だけどね」

「立派な仕事だ」

「ふふ、そうね。でもお父さんってばなんていうか……江戸っ子気質っていうのかな。お薬をちゃんと飲まなかったら『てやんでぇー!』とか言ってお客さん相手に怒鳴ったりするの」

「面白い人だなそれ」

 

 フッと笑って鷹弘は言う。陽子も笑って、その言葉に同調した。

 しかし、その眼には薄く涙が見える。それに気付いた鷹弘は、驚いて硬直していた。

 

「でもね、私が昔医者になりたいって言ったら、ものすごい勢いで反対されたの。『お前には無理だ』ってさ」

「そりゃまた、なんでだよ?」

「私には兄弟がいるんだけど、多分私よりお兄ちゃんに継がせたかったんじゃないかな」

「……そういうモンか?」

 

 鷹弘には良く分からない話だった。そもそも、彼に兄弟はいないのだ。

 ただ、陽子がなりたいと言ったものに対して厳しく反対したのには、どうにも納得しかねるものがあった。

 そこで鷹弘は、ひとつの質問を陽子に投げかける。

 

「まだ医者になりたいのか?」

「うぅん、今はそんな事ないよ。人の命を預かる仕事には確かに憧れるけど……やっぱり大変そうだからねー、Z.E.U.Sでお仕事したいなって。医療機器メーカーとか興味あるの」

「そうか。まァ、別の道見つけてんならそれがいいのかもな」

 

 タピオカミルクティーのタピオカを吸うのに難儀しながら、鷹弘は更に続ける。

 

「医者の世界ってのも結構厳しいらしいからな。親父さん、お前がそこで生きて行けないかも知れないと思ったんじゃねェか?」

「え?」

「だから、ワザと突き放したような言い方したんじゃねェかな。そこで諦めても、諦めなくても、お前にとって良い方に転べば良いと思って」

 

 底にへばり付いて詰まったタピオカをストローで突き、鷹弘は言った。

 そして呆けて自分を見ている陽子に、さらに「いや、なんとなくそう思っただけだから分かんねェけどよ」と付け加える。

 すると陽子は微笑み、そんな彼に小さく「ありがと」と言った。

 

「なんか話聞いて貰ったらスッキリしちゃった。ずっと心に引っ掛かってて」

「……納得したのか?」

「うん、本当にそうかは私にも分かんないけど……言われて見たら、お父さんそんなところあるからね」

「そうか」

「静間くんって結構、お父さんに似てるのかも」

「なんだそりゃ? 俺は江戸っ子じゃねェぞ」

 

 鷹弘がマジメな顔をしてそう答えたので、陽子は思わず噴き出してしまった。

 その顔を見て鷹弘も笑い、二人でひとしきり笑い合った後、次の目的地を決める。

 

「どうしよっか、私はちょっとバイク見たいんだけど」

「……それ、本当に女子の遊び場なのか?」

「ううん、私の趣味」

「あぁうん……まぁ別に良いけどよ。ダーツとか行かねェか? 店知ってんだ」

「お、流石射撃部のエース! 良いねー、それじゃそのお店に行ってみようか!」

 

 二人は立ち上がり、目的の場所へ向かう事にする。

 店の場所は鷹弘が知っているため、今度は鷹弘が先導する事になるが、陽子は突然隣に立ったかと思うと彼の右手を握って歩き始めた。

 

「お、おい?」

 

 思わぬ出来事に鷹弘も狼狽する。すると、陽子は僅かに上目遣いになりながら「ダメだった?」と訊ねた。

 鷹弘は何も言えず、視線を逸らして左手で頭を掻くと「好きにしろ」とぶっきらぼうに返した。

 その頬は僅かに紅潮している。それを見た陽子はイタズラっぽく笑い、鷹弘の案内に従って歩くのであった。

 

「ところで、なんて店に行くの?」

「ビリヤード&ダーツの『Seagull(シー・ガル)』だ。夜はBARもやってるらしい」

「へぇー……日本語でカモメかぁ」

 

 N(ネイバー)-フォンで言葉の意味を検索した陽子が言った。

 そんな会話をしながら並んで歩いていると、ふと鷹弘はあるものが目に入り、足を止める。

 彼の様子を訝しんで、陽子は「どうかした?」と声をかけた。

 

「いや、アレ何だ?」

「アレ?」

 

 鷹弘が指し示しているのは、路地裏のゴミ箱の上にぽつんと放置してあるノートパソコンだ。

 電源は切れており、型が旧く汚れと傷が目立つが、まだ使えるようだ。

 誰かが捨てて行ったのか、と小さく呟き、不審に思いながらも鷹弘がそれに近付く。陽子も気になるようで、後ろから追従した。

 だが、その時だった。

 

「……?」

 

 突然そのノートパソコンが点灯したかと思うと、周囲の風景が水面に広がる波紋のように歪み始め、その歪みの中から無数の腕が伸び出て来た。

 それを目撃した鷹弘と陽子は、当然絶句する。しかし驚く間もなく、今度は腕だけではなく頭、続いて胴体と徐々に人の形をした何かが無数に這って現れ始めたではないか。

 その何かは目も鼻も口も耳もなく、ただ顔面や肩・肘・膝などに白い装甲だけが張り付いているという、まるでのっぺらぼうのような姿をしている。

 鷹弘たちは、今自分たちの目の前で何が起きているのか、まるで理解が追いつかなかった。

 

「なんだ、これ……」

「な、なんなの……何が起こってるの!?」

 

 鷹弘は比較的平静を保っているが、陽子はあまりの出来事に完全に恐慌状態になっている。

 そうして我を失った陽子の足元まで、数体の白い顔の奇妙な怪人が這って迫り、彼女の足首を掴んでいた。

 鷹弘はそれに気付くと、すぐさま足を振り上げてその怪人を狙う。

 

「この野郎、離れろ!」

 

 狙った通り、怪人の顔面に鷹弘の靴底が命中した。

 だが不思議な事に、鷹弘にはその感触が一切伝わって来なかった。攻撃は確実に当たったというのに、触れた気がしなかったのだ。

 しかも、当の怪人も何事も起きなかったかのように、再び陽子に迫っている。

 

「なんだ……!?」

 

 今度は顔面を殴りつける。だが、それも通じなかった。

 さらに、鷹弘の背中にも同じ姿の怪人が張り付いて、首を掴んでいる。

 

「うっ!? 何しやが……」

 

 瞬間、鷹弘は全身の力が抜け、自分の意識が徐々に薄くなっていくのを感じた。

 陽子も同じ状況のようで、地面に膝をついて虚空を見上げている。その眼からは生気が失われつつあった。

 こんなワケの分からない状況で、何が起きたのかも知らないままで、自分たちは死ぬのか。

 薄れていく意識の中、鷹弘がそんな事を思った、その時だった。

 突如として銃声が響いたかと思うと、自分の首を掴んでいた白い怪人が吹き飛ばされ、地面を転がった。

 

「!? ゲホッ、ゴホッ!」

 

 首を押さえ、鷹弘は咳き込む。そして陽子の方へ駆け寄り、再び彼女の救助に動く。

 彼女を苦しめていた怪人も、いつの間にか倒れていた。陽子は鷹弘に助け起こされ、安堵の息を吐く。

 一体何が起こったのか。鷹弘と陽子は、銃声の聞こえた方を振り返った。

 すると、彼らの背後には灰色の銃器のようなものを持った数名の男女が集合しており、その先頭には同じく銃を持つ男が立っている。

 灰色のジャケットの下に白のワイシャツを着込んだ清潔感を感じさせる20代の男で、黒い髪を短く切り、銀縁の眼鏡をかけている。

 その集団は全員で銃を一斉に放ち、白い怪人たちを瞬く間に倒してしまった。

 

「やぁ、大丈夫だったかい?」

 

 フレンドリーな態度で、その眼鏡の男は言った。

 状況が上手く飲み込めず、陽子を守るように前に出て鷹弘は「あんたらは……?」と訊ねる。男は驚く二人の前で、微笑みながら名乗った。

 

「僕の名前は御種 文彦(ミタネ フミヒコ)。正義の味方、ってところかな」

「え?」

「まぁとにかく、本当に危ないところだったね。偶然通りかかってなかったら今頃君たちは『デジブレイン』に……」

 

 鷹弘たちにとって聞き慣れない単語を口にした直後に「おっと」と言って口を手で押さえつつ、文彦と名乗った男はウィンクして再び微笑んだ。

 

「とにかく、無事で何よりだよ」

「あんた、あの怪人について何か知ってるのか?」

「それはその、あまり突っ込まないでもらえると……っていうか君どっかで見た顔だな……」

 

 微笑みが引きつり始め、たじろぎながら文彦が答えに迷ったり話題を変えようとしていると、パトカーのサイレンが鳴り響いて警官が到着する。

 そして一人の男が、警官たちに指示を飛ばしながら近づいて来る。

 髭を顎と口周りに伸ばしている、白髪交じりの50代の男性刑事だ。ヨレヨレの派手な赤いアロハシャツの上に、薄汚れた黒っぽい革ジャンを羽織っており、どこかだらしない雰囲気だ。

 その中年の男を見るなり、文彦は助けが来たとでも言うように喜びの声を上げて呼びかける。

 

「刑事! 安藤 宗仁(アンドウ ムネヒト)刑事!」

「よう文彦。どうした」

「彼ら一般人なんで、安全なところに誘導をお願いします!」

 

 言われて、鷹弘と陽子は顔を見合わせてから、文彦に向かって「はぁ!?」と驚愕の声を放った。

 

「ちょ、ちょっと待て! ちゃんと説明してくれよ!?」

「アハハハハ、いやぁごめんね。悪いけど立場上そういうワケにも行かないからさ」

「そんな!?」

 

 鷹弘の追求も跳ね除け、文彦は「さー帰った帰った」と、それ以上の干渉を防ごうとする。

 しかし、助けを求めた相手である刑事の方は、鷹弘の顔をじっと見つめて唸っている。

 

「安藤刑事? どうされました?」

「なぁ文彦。この坊主、ひょっとして鷲我のトコのガキじゃねぇのか?」

「……へっ?」

 

 文彦の眼鏡がズレ、目が点になる。鷹弘も目を丸くしつつ、その言葉に頷いた。

 

「静間 鷲我の事を言ってるんだったら、俺は息子ッスけど」

「……えええええーっ!?」

 

 銃声にも負けない声量の絶叫が、その場に響き渡った。

 

 

 

 その二時間後、Z.E.U.Sグループ本社ビルの地下研究施設にて。

 執務に没頭している鷲我の部屋の扉に、ノックの音が鳴った。

 鷲我は扉に目もやらず、ただ「どうぞ」とだけ言う。すると勢い良く扉が開かれ、思わぬ人物が入り込んできた。

 

「親父! これはどういう事だ!?」

「鷹弘!?」

 

 憤った様子で入って来たのは、鷲我の一人息子の鷹弘だ。

 何故この場所を彼が知っているのか。鷲我自身が話した事もなかったので、見当もつかない。

 しかも、その背後には鷹弘と同年代の、女子大生と思われる人物もいる。射撃部仲間の滝 陽子だ。

 

「デジブレインの事も、この『ホメオスタシス』って組織の事も! 精神失調症も、神隠しもだ! 全部聞いたぞ! なんで俺に隠してたんだ!」

「……」

「黙ってないでなんとか言えよ!」

「……まだZ.E.U.Sの人間でもないお前には関係のない話だ。それよりも、お前はちゃんと平穏無事な大学生活を送っていろ。こんな話に関わる必要はない」

 

 その言葉を聞いて、鷹弘は鷲我の前にある机に向かって歩き、バンッと両手で叩いた。

 流石の鷲我もこれでは無視できず、鷹弘の顔を静かに見上げる。

 

「あの怪物をこの世界に生み出しちまったのは親父だって話も、刑事さんから聞いた。どうして話してくれないんだよ! 親父がひとりで抱える必要ねェだろうが、家族だろ!」

「家族だからこそだ! お前にまでこの重責を背負わせるワケには行かんのだ! これは私の責任でお前は関係ない、口を出すな!」

 

 鷲我は断固として鷹弘の言い分を聞き入れず、さらには退室を促す。

 すると鷹弘は大層落ち込んだ様子で、机から離れて俯きながら扉へ向かった。

 

「じゃあ俺は、親父に対してなんの手助けもしちゃいけねェってのかよ……」

「静間くん……」

 

 鷹弘の背に、心配そうに陽子が寄り添う。そうして二人はそのまま、執務室から去るのであった。

 その後部屋から出て休憩所まで移動した二人は、隣同士に座って息を吐く。

 しばらくお互いに口を開く事はなかったが、沈黙に耐えかねたのか、陽子から鷹弘に話しかける。

 

「なんか……ビックリしちゃった、いきなりあんな話聞かされて」

「俺もだよ。っていうかスマン、折角遊びに行こうって話だったのにな」

「あ、うぅん。静間くんのせいじゃないよ」

 

 話しながら自動販売機を見つけた鷹弘は、冷たいコーヒーを二缶買って陽子に手渡す。

 そうして気持ちを落ち着かせた後で、また口を開いた。

 

「それにしても、人間の感情を喰う怪人か。まさかそんなモンが現実にいるとはな」

「ビックリだよねぇ。しかもZ.E.U.Sがそれに関わってるんだもん」

「その上、それを生んだ張本人は親父だ……一人でずっと抱え込んで、相当堪えてるだろうよ」

「……静間くん、お父さんの事大好きなんだね」

 

 父親の事を心配そうに語る鷹弘に、陽子は微笑みながらそう言った。

 すると照れ臭そうに頬杖をつき、唇を僅かに釣り上げた。

 

「大好きっつーか、まぁ尊敬してんだよ。親父はすげェよ。こんな会社を立ち上げて、その上この世界を守るための組織まで作って……」

「Z.E.U.Sだからできた事、って感じだよね」

「……本当に、俺に何かできねェのかな……」

「そうだね……何かできたらいいんだけど」

 

 重い責務を抱えている鷲我の手助けがしたい鷹弘と、思い悩む鷹弘の力になりたい陽子。

 そんな二人の背中に、突然一人の男の声が投げかけられた。

 

「おや、君は静間会長の御子息の!」

「はい?」

 

 驚いて振り返ると、そこには禿げた頭の臙脂色のスーツ姿の中年男性の姿があった。

 Z.E.U.Sの社員、近取 疾拓だ。鷹弘も顔見知り程度には認識している存在であり、彼の姿を見ると目を丸くしながらも「どうも」と頭を下げる。

 まさか、疾拓もホメオスタシスに関わっているとは思っていなかったのだ。

 

「奇妙なところで会うな。ところで、さっき聞こえてしまったんだが……何か困りごとでもあるのかな?」

 

 優しい笑みを浮かべる疾拓に、鷹弘は「実は」とぽつぽつと今日あった出来事を話し始めた。

 父の犯した罪を、それを贖うために彼が今も戦い続けているのを知った事。そして、彼の力になりたいという事を。

 すると疾拓は、ニッコリと笑みを見せて鷹弘の両肩に手を乗せた。

 

「それなら、是非君に手伝って欲しい案件がある! これはホメオスタシスの、そしてお父上のためにもなる事だ!」

「手伝うって……えっと、何をスか?」

「うむ、よぉくぞ聞いてくれた! 実は、デジブレインに対抗するために我々はある装備を開発しているのだが……それを使うためには、改造手術が必要なのだよ!」

 

 手術、と聞いて陽子は身構える。

 それがどの程度のものなのか概要は明かされていないが、少なくとも良い予感はしない。デジブレインに対抗するという話も含めて、危険な提案に思えた。

 一方鷹弘は、その言葉に心を動かされ始めている。

 

「この手術に志願してくれる者を求めているのだが、これが中々手強くてね……今のところ希望者はゼロだ」

 

 つるつるとした頭を手で擦りながら、疾拓は言う。希望者がいないという話に、鷹弘はより大きく心を揺さぶられた。

 希望者が全くのゼロという事は、つまり自分が志願すれば確実に選ばれるという事。

 ひいては、それが父への手助けに繋がるという事だ。

 

「できる事なら、誰か勇敢な若者に志願して欲しいのだが――」

「やります」

「んん? 今なんと?」

「俺に……やらせて下さい!」

 

 こうして、鷹弘はアプリドライバーを使うための改造手術の被験者に志願するのであった。

 目の前にいる疾拓が胸の内に抱える欲望に、気づく事さえできずに。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「くくく、上手く行った」

 

 自分はなんと幸運な事だろう。

 鷹弘の志願を受け入れた後、また例のトレーラーの荷台の中に入った疾拓は、一人でほくそ笑んでいた。

 疾拓にとって鷹弘がホメオスタシスの存在を知り、侵入して来たのは想定外だったが、嬉しい誤算でもあった。

 彼を改造手術の実験台とし、わざと失敗させ死亡まで追い込めばどうなるだろうか? 当然、鷲我は意気消沈するだろう。しかも後継者まで失うのだ、Z.E.U.Sへのダメージは計り知れないものとなる。

 そしてそのダメージを自分が補い、鷲我を社長の座から転落させる。それこそ、疾拓が鷹弘を勧誘した目的だ。

 

「ま、他の人間でも構わんがね。成功したら……それはそれで、私の有能さが証明されるのみだ」

 

 鷹弘や誰かが犠牲になるかも知れないというのに、さも愉快そうに疾拓は言ってのけた。

 既に彼はZ.E.U.Sへの妄執と欲望に、そして"羨望"に取り憑かれ、人の心を失っているように思えた。

 

「おや、また来たんですねぇ」

 

 そんな疾拓の背後から声をかけたのは、プロデューサーと呼ばれた礼服の男だ。

 疾拓は彼を見ると、大層上機嫌な様子で満面の笑みを見せる。

 

「やぁプロデューサーくん、我々の開発したマテリアガンの威力の程は如何だったかな?」

「まずまずでしょうかねぇ、普通の人間でもベーシック・デジブレインを倒せる程度の威力を持つ兵器を量産しているとは思いませんでしたが」

「そうかそうか、それは良かった。実は吉報がある、この件が上手く行けば……私はホメオスタシスを乗っ取った上で、Cytuberとして活動できるのだ!」

「おやおや……それはそれは」

「どうだね、私は役に立つだろう!? これで万事上手く行けば、その時は……」

 

 ふむ、と考え込んでいる様子のプロデューサー。その彼を急かすように、疾拓は何度も頭を下げる。

 そうしてしばらくの後、ポンと自らの手を叩いたプロデューサーは「そういう事でしたら」とひとつ提案を投げかけた。

 

「もしあなたがホメオスタシスのトップに立てたなら、その時はあなたを特別待遇で迎え入れる事にしましょう」

「本当か!?」

「ええ、二言はありませんよ……そうだ、少し良いですか?」

 

 プロデューサーは疾拓に近付き、N-フォンを出すように指示する。

 訝しみながらも疾拓は彼の言葉に従い、端末を差し出す。プロデューサーはN-フォンを右手で取り、左手でパチンと音を鳴らした。

 その瞬間、N-フォンの画面が妖しい赤色の輝きを帯び始める。何事かと思っていると、プロデューサーは微笑んで画面を見せ、疾拓は大いに驚いた。

 自身のN-フォンの中に、ベーシック・デジブレインが入り込んでいたのだ。

 

「これだけではありませんよ。さぁ、次は右手を」

 

 言われるがまま、疾拓は右手を差し出す。

 すると、プロデューサーは自身の仮面についた孔雀の羽根を一枚毟り取り、その先端で疾拓の右手の人差し指を薄っすらと切りつけた。

 

「うっ!?」

 

 次にプロデューサーも、自身の右手の人差し指を薄く切る。彼の手からは、黒い液体が噴出した。

 そして、地面に滴り落ちるはずの血と液体は宙に浮かんで混ざり合い、球状となってN-フォンの画面の中に吸い込まれてしまった。

 その血を内部のデジブレインが取り込む。

 直後、そのデジブレインの姿に大きな変化が起きた。腕に翼が生えて両脚も鳥の蹴爪のようになり、頭部は赤みのかかった鳥類のそれに変化し、口部には嘴が生える。

 あまりの出来事に、疾拓は恐怖と同時に困惑していた。

 

「これは一体!?」

「あなたの欲望を得て、デジブレインが進化したのですよ。このくらいの事で怯えて貰っては困りますねぇ」

 

 ゴクリ、と疾拓は唾を飲み込む。いつの間にやら切られたはずの指の傷は消え、元通りになっていた。

 疾拓は恐怖していたが、同時に「なんと頼もしい護衛だ」と心強くも思っていた。自分もついにトップに立てるという高揚感が、彼の感覚を麻痺させている。

 

「これで100%、確実に私は会社を乗っ取る事ができるぞ……!」

「……では、ごきげんよう……」

 

 そんな言葉を背に、疾拓はその場を後にするのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「……ねぇ、本当に志願するの?」

 

 ホメオスタシスの地下研究施設から出た陽子は、帰り道まで送るために隣を歩く鷹弘へそう言った。

 鷹弘はキョトンとしながら、その問いに対して強く頷く。

 

「俺が親父の役に立てるかも知れないんだ。だったら、やるっきゃねェだろ」

「絶対危ないよ、改造手術だなんて。正直私は賛成できないよ」

「そうは言うけどよ、そもそもそんなに心配する必要あるか? だって、Z.E.U.Sの最新技術だぞ?」

「……万が一って事もあるかも知れないでしょ!?」

 

 陽子の強い叫び声に、鷹弘は思わずたじろいだ。

 そして自分の行動を少しずつ思い返し、確かに勢いに任せて軽はずみに請け負ってしまったかも知れない、と徐々に後悔し始める。

 

「とはいえ今更取り消すのもなァ……」

 

 それにデジブレインと戦う事そのものは悪い話ではないはずだ。様々な事件を起こして街を乱すような存在である以上、いつ自分が巻き込まれるかも分からない。どの道鷹弘にとっては見過ごせない問題なのだ。

 しかしそう考えつつも、今になって鷹弘は唸り声を発して悩み始める。

 するとそんな二人の前に、見覚えのある風貌の眼鏡をかけた男が姿を現した。

 ホメオスタシスのエージェントの隊長格、御種 文彦だ。

 

「あれ、あんた……」

「おや。鷹弘くん、また会ったね」

 

 文彦は初めて会った時と同じく、にこやかに鷹弘と陽子に声をかける。

 この人になら相談できるかも知れない。そう考えた鷹弘は、彼に開発中の装備と改造手術の件を打ち明けるのであった。

 話を最後まで聞き、文彦は「なるほど」と頷く。

 

「僕がパトロールしてる間にそこまで話が進んでいたのか……」

「知らなかったんスか?」

「いや、その装備と改造手術の件は耳に入っていたけど、既に志願者を募集していたとは聞いてなかったんだ」

「その……御種さんはどうするんスか?」

「僕かい? 当然、志願するよ。命の危険があるとしてもね」

 

 鷹弘と陽子が仰天する。落ち着いた判断のできる人間に見える文彦が、そんなにもあっさりと決めてしまった事が、意外に思えた。

 その視線を受け、文彦は困ったように微笑んだ。

 

「僕だって大した理由があるワケじゃないんだ。ただ、現状の装備にあまり満足してなくてね……欲しいんだよ、もっともっと強い力が」

「どうしてそこまで? 今日だってデジブレインを倒せてたじゃないスか」

「アレは弱い敵だったからさ。けど、もっと強力な相手が出て来た場合……今の装備じゃ確実な勝利を手にする事なんてできない。やるなら100%勝てる戦い方をするべきだ」

 

 そういうものなのか、と鷹弘は呟く。

 まだ迷いは吹っ切れない。戦うために力を欲している文彦を見て、むしろ本当に自分が志願して良いものか、悩みは深みに入ってしまった。

 するとそれを見かねたのか、文彦は優しく笑顔を見せながら、一つの提言をする。

 

「迷いがあるなら、どちらにせよ戦う道を選ばない方が良い。一瞬でも僕らの方に傾けば、きっと後戻りはできなくなるよ」

 

 後戻り、という言葉を聞いて鷹弘は気付いた。

 彼らホメオスタシスはもう、戦う運命を選び取ってしまったため、普通の生活には戻れないのだ。それも、人々の平和を守るためという使命感によって。

 父の手助けがしたい、というだけの軽い気持ちで戦う道に進もうとしていた自分に、どこか恥ずかしくなって、鷹弘は俯いて沈黙してしまう。

 

「戦えない人間を守るのが、ホメオスタシスの仕事だ。僕はそのために……正義の味方になってみせる。それが夢なんだ」

 

 肩に手を乗せて真っ直ぐに向けられたその言葉を受け、鷹弘は顔を上げる。

 決意に満ちた文彦の瞳。それが真っ先に鷹弘の目に入った。

 この強い意志を持つ目なら、信じられる。自分の代わりに戦う道を、そして父の事を任せられる。鷹弘にはそんな気がした。

 

「……そういう事なら、俺はあんたに任せるよ。俺は俺で、戦う以外に力になれる道を探してみる。だから、親父の事をよろしくお願いします」

「ああ! 君たちは安心してくれ!」

 

 そう言って、文彦は颯爽とパトロールに戻った。

 頼りになる彼の背中を見送りながら、鷹弘も陽子も再び帰り道を歩き始める。

 

 ――その翌日、鷹弘と陽子はホメオスタシスの科学者としてアルバイト扱いでこっそりと入社。

 鷲我にはすぐに見抜かれたものの、直接戦場に立たない仕事という点と存外にも優秀な研究者であった点から、叱られはしたがお咎めなしとなった。

 そして、鷹弘が文彦と出会って一週間後。

 ついに改造手術の準備が完了し、その瞬間が訪れるのであった。



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CODE:Revolve[孤高の戦士(後編)]

 ホメオスタシスの装備を扱うための改造手術の志願を蹴った鷹弘は、同組織の科学者として活動していた。

 いずれその武装を使うであろう、先輩の御種 文彦をサポートする立場として、デジブレインとの戦いに加わる事を決意したのだ。

 準備は滞りなく進み、その時は訪れた。

 文彦が、施術を受ける当日となったのだ。立ち会う事ができないとはいえ、鷹弘も陽子もその日を心待ちにしていた。

 医務室に向かう文彦の背に、鷹弘は駆け寄って声をかける。

 

「先輩!」

「やぁ静間くん、来てくれたんだね」

「はい! どんな手術か知らないスけど、頑張って下さい!」

「あはは、大げさだなぁ。戦いに行くワケじゃないんだから、気楽に気楽に」

 

 手術を受けない鷹弘がやや緊張して興奮気味なのに対し、手術を受ける張本人の文彦は落ち着き払って返答する。

 そのあべこべな反応に、陽子はくすりと微笑んだ。

 

「それじゃ、行ってくるよ」

 

 見送りに来た二人に対して手を振りながら、文彦は手術のため医務室へと向かうのであった。

 

「流石、先輩だな。どんな時でも落ち着いてる」

「そうだねぇ。戦闘部隊の隊長だけあるよ」

 

 そんな風に鷹弘と話しているが、陽子はふと思い出したようにある質問を彼に投げかけた。

 

「結局、手術が必要な武装って何なんだろうね?」

「俺も何も聞かされてないんだ。近取さんに聞いてみたけど、当事者にしか教えられないとか言われてな」

「んー、そっかぁ。ちょっと興味あったんだけどなぁ」

「まぁ運用試験もするみたいだから、その時に分かるだろ」

 

 話しながら二人は医務室から離れて行くが、その途中で再び陽子は鷹弘に話しかけた。

 

「鷲我会長、今日いないのね?」

「あぁ、Z.E.U.Sの方で重要な会議があってな。後で来るってよ」

 

 その言葉を聞くと、首を傾げ、腕を組んで陽子が立ち止まった。

 

「どうしたんだよ」

「……それ、なんか変じゃない?」

 

 意図がわからず、鷹弘は頬を指で掻く。

 一体、陽子は何を言いたいのか。訊ねる前に陽子は自らの考えを口にした。

 

「だって、会長はホメオスタシスの責任者でもあるでしょ? だったら、大事な手術や実験に少しでも立ち合わないなんて……そんな事ある?」

「……確かに、近取さんの話じゃ今回の武装はデジブレインへの切り札になるって事だったが」

「でしょ? 会議も大事かも知れないけど、人類の未来がかかってる道具のテストにも同席しないっていうのは妙に引っかかるっていうか」

 

 陽子の話を聞いている内に、鷹弘も違和感を持ち始めた。

 何かがおかしい。そもそもこの手術の事や運用試験の話を、父は知っているのだろうか?

 知らないのだとしたら、それは何故だ? 疑問が浮かびはするものの、氷解しない。

 

「親父に確かめて……いや、忙しいのにこんな用事で電話するのもな……」

 

 鷹弘と陽子が悩んでいると、その二人の背後からある男が声をかけた。

 

「やぁやぁやぁ鷹弘くん、奇遇だねぇ!」

 

 今回の改造手術の志願者を募集した張本人、近取 疾拓だ。鷹弘の姿を見かけて、ニコニコと笑いながら歩み寄って来る。

 鷹弘と陽子は彼の顔を見て、頭を下げる。そして鷹弘は早速、先程の疑問をそのままぶつけてみた。

 

「近取さん、親父は何故手術と実験に立ち合ってないんです? 知ってるんじゃないんスか?」

 

 すると、疾拓はビクッと身を震わせて、禿げた頭に脂汗を滲ませて目を逸らして口籠る。

 挙動不審な彼に訝しむ鷹弘だが、何事かを訊ねる前に疾拓は先んじて返答した。

 

「勿論! 勿論会長も知っているとも! ただ知っての通り会長もお忙しい身なので、その役割を私に譲って下さったのだよ、今回はとても重要な会議で外せないそうだからねぇ!」

「ふーん、そういうもんなんスか」

「それよりもぉ~……そうだ! 君たちも実験に立ち合ってみないかね!? 志願を断ったとは言え、気になるだろう!?」

 

 それを聞くと二人とも目を輝かせ、興味津々と言った様子で「良いんですか!?」と言った。

 疾拓はうんうんと首肯し、実験のためのトレーニングルームへと案内する。

 

「ホメオスタシスのエージェントは皆、いずれアレを見る事になる。ならば遠慮する必要などないとも」

 

 鷹弘と陽子は顔を見合わせ、頷き合う。そういう事なら断る理由はない。彼らとて未熟とは言え科学者なのだ、興味がないワケがない。

 二人は疾拓と共にトレーニングルームの隣にあるモニタリングルームに移動し、その時が来るのを待った。

 そして手術が終わってしばらく経つと、にこやかな表情の文彦が現れ、部屋の中央に移動する。

 彼は手に二つの機械を持っていた。メタリックグレーのベルトのバックルのように見えるものと、N-フォンに似た同じくメタリックグレーのデバイスだ。

 

「さぁ、いよいよ始まるぞ。仮面ライダーへの変身実験が……」

 

 疾拓が歓喜に満ちた表情で、実験開始の合図を出した。

 それを受けて、トレーニングルームにいる文彦はバックルを腹に押し当てる。するとグレーカラーの帯が伸び、文彦の腹に巻き付いた。

 

「アレが我々人類の切り札、アプリドライバーとマテリアフォンだ。今はプロトタイプだが、実験を繰り返せば完成に至る!」

「アプリドライバーにマテリアフォン……」

 

 興味深そうに鷹弘は観察している。あのベルトが、一体どうして切り札になり得るというのか。それが気になって仕方がないのだ。

 聞くところによれば、あのベルトは感情エネルギーを精製して『カタルシスエナジー』という動力を生み出し、それを利用して戦うのだという。

 改造手術はそのカタルシスエナジーを身体に行き渡らせるための疑似神経回路、『リンクナーヴ』を体内に形成するために必要なのだ。

 実験は進む。続けて文彦は、アプリドライバーの左腰側に提げてある二枚のプレートの内の一枚を手に取った。形状はSDカードに酷似しているが、大きさが明らかに違う。アプリドライバーのバックル部の窪みに丁度収まりそうな、掌大のサイズだ。

 それのスイッチを文彦が起動し、音声を鳴らした。

 

《アーキタイプ・マテリアル……EDGE(エッジ)!》

「よし、マテリアプレートの起動成功! 次は変身に移ります!」

 

 言いながら、文彦は滑り込ませるようにプレートをアプリドライバーのバックルへと差し込んだ。

 すると、今度はアプリドライバーの方から音声が発せられる。

 

《ビギニング・トゥ・ラン! ビギニング・トゥ・ラン!》

「……よし! 変身!」

 

 文彦はそのまま、アプリドライバーのバックル部に向かってマテリアフォンを振りかざす。

 すると。

 

ERROR(エラー)!》

「何っ!?」

 

 その電子音を聞いて思わず疾拓が目を見開き、文彦もベルトに視線を落とした。

 直後、室内に雷でも落ちたかのような爆音が轟くと同時に、文彦の全身に電流と激痛が駆け巡り、その体にダメージを与え始める。

 

「グアァッ!? ガ、ギアアアアアッ!?」

「おい、なんだ!? 何が起きている!?」

 

 ざわめくモニタリングルーム。すると研究員のひとりが慌てた様子で「オーバーシュートです!」と報告を挙げた。

 ある程度の危険性は承知していた疾拓は、それを聞いてすぐに、実験が失敗した場合に備えて用意していたマテリアプレートの緊急排出プログラムを実行した。

 だが、発動しない。従来の想定を超えて発現された強大なカタルシスエナジーが、プログラムに支障をきたしてしまったのだ。

 研究員たちが困惑する中、地面に倒れてなおも電流を受け続け、苦悶し暴れている文彦が叫ぶ。

 

「だ、誰か……ベルトを、マテリアプレートを外してくれぇっ!!」

「先輩!」

 

 見ていられずに鷹弘はモニタリングルームを飛び出し、行動に移った。

 そして危険を顧みる事なく文彦の方に猛ダッシュすると、アプリドライバーに装填されたマテリアプレートに手を伸ばす。

 プレートからは火花が散っており、触れようとした鷹弘を電撃が襲おうとするが、それでも臆する事なくアプリドライバーを掴んだ。

 

「ぐうううっ!! オラァァァッ!!」

 

 手に火傷を負いながらも鷹弘は力任せにプレートを外し、そのままの勢いで放り捨てた。

 アプリドライバーの方は無傷だが、マテリアプレートは罅割れて完全に破損しており、修理が必要となるだろう。

 そして、文彦は。

 

「が、あ……」

「先輩? ……先輩っ!?」

 

 文彦の両脚はマテリアプレート以上に損傷が大きく、内側から焼き切れて焦げた骨が露出し、出血していた。

 

「そんな……!? オイ、誰か救急車呼べ! 早く!」

 

 鷹弘の指示のまま、研究員たちは手早く病院への連絡と応急処置を行った。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「なんという事だ……」

 

 その後、Z.E.U.Sビルの付近にある帝久乃市の病院にて。

 報せを受けて駆けつけた静間 鷲我は、ベッドの上に横たわる文彦を見て、頭を抱えて息を吐く。

 幸いにも処置が早かったので命に別状はないものの、文彦の脚はある程度元の形には戻っても、二度と動かなくなってしまった。

 鷲我の隣で、鷹弘と陽子も沈痛な面持ちで彼の惨状を見ている。つい先程までは、鷲我に事のあらましを話していた。

 そう、鷲我は最初から今回の手術と実験の事を聞かされていなかったのだ。全ては疾拓の独断専行であり、それを鷲我の耳に入れずに進めていたのだ。

 

「……俺のせいだ、俺のせいで……」

「鷹弘?」

「俺が……俺があの時に手術を蹴ってなかったら、先輩に道を譲ってなかったら、今頃こんな事には……」

「やめろ鷹弘、そんなに自分を責めるな。今回の落ち度は私にある、私が部下の動向を把握していれば彼をこんな目に遭わせる事もなかった。この責任は私が取る」

「親父、何を?」

 

 鷲我は文彦の状態を、歯を食いしばりながら見据え、一度頷いた。

 

「私自身が手術の被験者となり最前線に立つ。ホメオスタシスの長としてできる事は、それしかあるまい」

「なっ、なんだと!?」

 

 これには鷹弘も陽子も驚いて、二人して必死に鷲我を止める。

 

「考え直せよ! 今それで親父まで倒れたら、一体誰がホメオスタシスと会社を引っ張んだよ!」

「静間くんの言う通りです、落ち着いて下さい! 会長こそ自分を追い詰めすぎでしょう!?」

 

 鷹弘と陽子の説得に鷲我は唸るが、しかしなおも思い悩む。

 確かに、仮に自分が倒れれば他にZ.E.U.Sとホメオスタシスを牽引できる人間はいない。それに、自分は最前線で戦うには少々老いているし、訓練も積んでいない。となれば変身したところで、むしろ足を引っ張りかねないだろう。

 では、どのようにして文彦に対して責任を負えば良いというのか。

 

「ひとまず、地下に戻ろう。今回の事について近取君から全て聞き出すべきだ」

「……そういやあの人どこに行った?」

 

 鷹弘は言いながら陽子の顔を見る。陽子は首を横に振った。次に、鷲我の顔を見る。渋い顔をしているため、彼も知らないようだ。

 そして鷹弘自身も心当たりなどない。最後に見たのは、運用試験が失敗した時だ。

 すると三人は、あるひとつの可能性に思い至った。最悪の可能性に。

 

「まさか、逃げたってのか!? 運用試験の後から!?」

「一体どういうつもりだ……!?」

「滝、お前は本部の方に戻ってろ! 俺と親父で隠れ場所を探す!」

 

 陽子はそう言われて指示に従おうとするが、直前に立ち止まって鷹弘に質問を投げる。

 

「心当たりあるの!?」

「ねェよ、けど探すしかねェだろ! 親父、あの人の家とか行きそうな場所とか徹底的に調べんぞ!」

 

 鷲我は頷き、鷹弘と行動を共にする。

 一方の陽子は言われた通りにホメオスタシスの地下研究所へ、この事を他のエージェントたちに伝えに向かった。

 

 

 

 Z.E.U.Sビルの入口に到着した陽子は、地下研究所の方に入った時、奇妙な違和感に気がついた。

 普段から騒がしいというワケではないのだが、妙に静かなのだ。あんな事があった後だというのに、不気味な静けさがその場を包み込んでいた。

 

「何かしら、この感じ……」

 

 陽子は警戒しながらゆっくりと廊下を歩き、そして一度モニタリングルームの方に入室する。

 奇妙な事に、やはり自分の足音以外に足音はない。物音ひとつしない。

 照明が自動的に点灯し、陽子は室内を見渡して、思わず「きゃあっ!?」と大きな声を出してしまった。

 研究員やエージェントたちが倒れている。それも一人や二人ではなく、大勢が。よく観察してみれば、エージェントたちはマテリアガンを握って倒れている。

 つまり、ここで戦闘があったのだ。

 

「大丈夫ですか!? しっかりして下さい!」

 

 陽子が研究員たちに声をかけるものの、反応はない。彼らは全員、まるで魂のない抜け殻のように呆然と虚空を見つめている。

 精神失調症だ。それは即ち、どこか近くにデジブレインがいるという事だ。

 陽子はすぐにエージェントたちが落としたマテリアガンを拾い、手の震えを抑えるように努力しながら、周囲に目を配ってその場を離れようとする。

 

「え?」

 

 その途中で、驚くべきものを目撃した。

 司令室の前の壁に背を預け、ぼんやりと真上を見上げている、N-フォンを握った臙脂色のスーツの禿げた頭の男。

 疾拓だ。自分たちの探していた人物が、既にデジブレインの被害にあっている。

 

「そんな……と、とにかく静間くんに連絡しなきゃ」

 

 言いながら陽子がN-フォンを取り出し、直後に頭にひとつの疑問が浮かんで、ふとその手を止める。

 何故、彼はN-フォンを握ったまま倒れているのか? デジブレインが出たのなら、他のエージェント同様にマテリアガンなどで武装しているべきだ。

 それに落ち着いて考えてみれば、ここにデジブレインが現れている事そのものがおかしいのだ。

 デジブレインはゲートの範囲外では力を失い、消滅するはず。もしもこの地下研究所の近くにゲートを作っていたとしても、それなら侵入される前に撃退されるし、そもそもこの隠された場所にある研究所まで来る理由がない。人や電子機器が多い上階のZ.E.U.Sのオフィスを襲撃する方が自然だ。

 

「まさか!?」

 

 もはや答えはひとつしかない。デジブレインは誰かの所持する電子機器をゲートとして中に潜み、狙ってこの場所を襲ったのだ。

 そしてそのゲートは、恐らく今疾拓が握っているN-フォンだろう。でなければ、彼が反撃する様子さえ見せていないのは不自然と言える。出てきたデジブレインにすぐに感情を食われ、意識を失ったのだ。

 

「だとしたらすぐに知らせなきゃ……!」

 

 陽子は手に取ったN-フォンを素早く操作し、鷹弘への連絡を試みる。

 数度のコール音の後に、鷹弘は通信に応じた。

 

『滝、何かあったのか?』

「静間くん、大変! こっちで疾拓さんは見つかったんだけど、デジブレインが出たみたいで……」

『なんだと!?』

「とにかく、すぐに戻って――」

 

 陽子が言い終えようとした、その寸前。

 バサバサッ、という鳥がはばたくような音が、背後から聞こえた。

 短く悲鳴を上げつつ、ゆっくり、ゆっくりと陽子は振り向いた。

 

「クルオォォォーン!」

 

 そこにいたのは、甲高い鳴き声を上げて翼を拡げている、ハゲタカのような姿の怪人だった。

 

「いや、いやぁぁぁーっ!?」

 

 怪人の手が陽子の顔を覆い、彼女から感情と意識を奪っていく。

 そしてそのままゲートとなっている疾拓のN-フォンを拾い上げ、PCの中に入り込んで去ってしまった。

 

『滝? おい、どうした!? 滝っ!?』

 

 悲鳴を聞いた鷹弘が必死に呼びかける。

 答える事のできる者は、誰もいない。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「……なんという事だ」

 

 陽子からの連絡を受けた後、鷹弘と共に研究所に辿り着いた鷲我は、嘆きの声を発する。

 研究所のエージェントたちが皆、精神失調症になっている。デジブレインの襲撃があった証拠だ。

 鷹弘は、その被害者の中の一人である陽子の前で、膝をついて俯いている。

 

「恐らく既にデジブレインは別の場所に移っている。運が悪ければ……民間人に被害が出るだろう」

 

 鷲我が言うが、鷹弘からは何の返事もない。

 

「気をしっかり持て、鷹弘。デジブレインさえ倒せば、彼女もここのエージェントたちもまだ……」

「なぁ親父」

 

 身を震わせる鷹弘が、ゆっくりと顔を上げた。

 その表情は強い決意と怒りに満ちており、思わず父親の鷲我でさえ息を呑んだ。

 

「手術をすれば、俺もあのベルトを使えるのか?」

「……自分が何を言っているのか、分かっているのか」

「危険は承知の上だ。もう何も迷いはねェ、俺がやる」

「その道を選べば後戻りはできないぞ」

「引き返すわけねェだろ!!」

 

 鷲我の言葉を受けて、立ち上がって彼の白衣の胸倉を掴み、鷹弘は叫ぶ。

 

「俺が立ち止まったせいで、滝が、皆がこんな目に遭った! だったら! 迷ってる場合じゃねェ……俺は俺の決めた道を押し通る! これ以上誰も犠牲にならないように、俺以外の誰も戦う必要がなくなるように……この覚悟で!! この怒りで!! デジブレイン共を全部ぶっ潰す!!」

「……」

「親父! 頼む……俺に手術をしてくれ!」

「……ダメだ。旧方式の改造手術は認められない」

 

 鷹弘は乱暴に手を放し、悔しげに鷲我に背を向けて机の上に手をつく。

 しかしそんな鷹弘の背に、鷲我は躊躇いながらも「だが」と言葉を紡いだ。

 

「旧方式ではなく、私の提唱する新方式ならば。施術を認める」

 

 それを聞いて、鷹弘は目を見張って振り向いた。だが、鷲我の表情は苦いままだ。

 曰く、新方式は変身者にかかる負荷を減らすため、手足にリンクナーヴを生成するナノマシンの注入とカタルシスエナジーの制御チップを導入するのだという。

 従来の方法ではエナジーが暴発する危険性を孕んでいるのだが、これならばその危険自体はなくなる。

 

「だが、まだ問題がある。あの試作段階のアプリドライバーは、当初アクイラを滅ぼすためにエナジーの出力を極端に大きく設定していた。その出力を落とすための調整が万全ではない」

「先輩の時に暴発したのは、その二つが重なった上で強行したせいなのか」

「それに、そもそもお前がライダーシステムで変身できるかどうかも分からん……リスクは多いぞ、本当にやるのか?」

 

 鷹弘は迷いなく頷いた。

 覚悟を決めた息子の姿を目の当たりにして、鷲我も何も言わない。同じように頷いて、早速作業に取り掛かった。

 幸いにもアプリドライバーは無傷であり、マテリアプレートは一枚破損してしまっているものの、まだもう一枚ある。

 

「手術が終わったらすぐに行く」

「分かった。リンクナーヴが形成されるまでの間、私もデジブレインの行方を探知しておこう……頑張れよ」

 

 その後、問題なく手術は終わり、デジブレインの出現を知らせるアラームが鳴り響くのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 外は雨が降り出していた。

 それに構わず、鷹弘はホメオスタシスが開発したデータビークル『マシンマテリアラー』を駆り、帝久乃市の夜闇を走る。

 敵は高架道路上にいる。そこで人を襲い、感情を捕食しているのかも知れない。

 

「デジブレイン……」

 

 ヘルメットの内側で、鷹弘が口に出す。

 頭の中にちらつくのは、陽子やエージェントたちの倒れている姿。文彦がアプリドライバーの起動実験に失敗し、重傷を負う姿。

 怒りが募り、鷹弘は歯を軋ませる。

 目的地が近づくごとに、怒りが溢れてくる。

 

「デジブレイン……!!」

 

 父親の鷲我が嘆き、悲しむ姿。怒りが強くなり、マシンマテリアラーのスピードを上げる。

 そしてついに鷹弘は、道路の真ん中に立つ、その憎むべき敵の前に辿り着いた。

 腕に翼の生えた、鳥の蹴爪のような足が特徴の、ハゲタカのような姿の怪人。今までに見た事のあるベーシック・デジブレインとは大きく異なる、生物のデータを持つデジブレインだ。

 その名も、コンドル・デジブレイン。鷹弘の姿に気がつくと、翼を広げて威嚇し始める。

 

「うおおおおおっ!!」

 

 叫び、鷹弘はさらに速度を上げた。そして最高速度に達した瞬間、バイクから飛び降りて車体をコンドルにぶつける。

 

「クルオォーン!!」

 

 コンドル・デジブレインはそれを跳躍して避けるが、その瞬間を狙っていた鷹弘は、マテリアガンを抜いて腕の翼を撃ち抜いた。

 

「クッ!?」

 

 飛び去ろうとしていたコンドルが地面に落下し、そのまま素早く立ち上がる。

 鷹弘はコンドルと睨み合い、再生が始まっている翼を見て、すぐにマテリアガンをしまった。

 そして懐からアプリドライバーを取り出して、怒りに満ちた表情のまま自分の腹部に押し当てた。

 

Break Through(ブレイクスルー)! プロトアプリドライバー、スタンバイ!》

 

 その音声と共にグレーカラーの帯が伸び、鷹弘の身体に装着される。

 認証成功だ。デジブレインへの激しい怒りを宿す彼を、アプリドライバーは適合者として認めたのだ。

 雨足の強まる空に、稲光が輝く。鷹弘はその猛禽のような双眸に鬼気迫る怒りを滾らせながら、一枚のマテリアプレートを取り出した。

 

「テメェらだけは許さねェ……」

《アーキタイプ・マテリアル……GUN(ガン)!》

 

 鷹弘がマテリアプレートを起動すると、そんな無機質な電子音声が流れる。

 そしてそのまま、鷹弘は静かにマテリアプレートをプロトアプリドライバーへと差し込んだ。

 

《ビギニング・トゥ・ラン! ビギニング・トゥ・ラン!》

 

 今度はドライバーから電子音声が流れ、さらに鷹弘の目の前に拳銃のマークが付いたガンメタルグレーのキューブが出現し、周囲をクルクルと回り始める。

 続いて鷹弘は右腰からプロトマテリアフォンを抜き取り、それをアプリドライバーにかざして、叫ぶ。

 

「変……身!」

HEN-SHIN(ヘンシン)! マテリアライド!》

 

 すると、キューブが分解されて一挺の黒いハンドガンが飛び出し、全身が赤いパワードスーツに包み込まれる。

 

GUN(ガン)・メイル! マスクドアームズ、インストール!》

 

 そして展開されたキューブが装甲となり、上から合着してスーツをプロテクトした。

 左手には先程のハンドガンが握られ、鷹弘は拳を握り込んでコンドル・デジブレインと真っ向から対峙する。

 

「デジブレインは……」

 

 一歩、水溜まりの中に足を踏み込む。

 さらに一歩、さらにもっと大きく踏み出して駆け、鷹弘は叫んだ。

 

「デジブレインは!! データの塵ひとつ残さず、この俺がァッ!! ブッ潰す!!」

 

 走り出した赤色の戦士、それを迎え撃つのはコンドル・デジブレインだ。

 

「クゥルオオオーンッ!」

「覚悟しやがれ!! オォラァァァッ!!」

 

 一人と一体は雄叫びを上げながら、拳を振り上げる。

 互いの拳が顔面に命中し、両者とも仰け反る。だがどちらも退かず、鷹弘は右脚でハイキックを、コンドルは右拳を突き出した。

 

「ぐぅっ!」

「クルルルルッ!」

 

 蹴りはコンドルの顔面を捉えて怯ませるが、鷹弘も胸部に一撃を喰らい地面に背を打ち付ける。

 その隙を見て、コンドル・デジブレインは接近して蹴爪を食らわせようと脚を突き出すが、鷹弘はそれを読んでいた。

 コンドルが右足を上げた瞬間、鷹弘は左手のハンドガンで素早く左膝を撃ち抜いたのだ。

 

「ゲッ!?」

 

 想定外の攻撃にコンドルは態勢を崩し、跳ね起きた鷹弘は顔面に拳を打ち込む。

 

「うおおおおっ!!」

 

 怒りのまま、鷹弘は攻撃を続ける。コンドルが抵抗しようと拳を構えれば、すかさずその手首を銃で撃ち、妨害し続ける。

 だがそれだけではコンドルも止まらない。拳を鷹弘の仮面に打ち込み、さらに右脚の膝蹴りを脇腹に食らわせる。

 鷹弘も負けじと、銃でふくらはぎを撃ち隙を作ってから、今度は自分が蹴りを食らわせる。その前蹴りはコンドルの左膝に当たり、既に負傷している故にコンドルも悶えて再び態勢を崩す。そこを、さらに鷹弘が殴り、蹴り、追い打ちする。

 

「クル、ルルゥゥーッ!!」

 

 攻撃を何度も阻止されている内に、コンドル・デジブレインも怒りを顕にする。

 拳を解いて指をピンと伸ばし、手刀や爪を駆使した素早い攻撃に切り替え始めた。

 爪は装甲の隙間から鷹弘の身体に突き刺さり、手刀は拳や蹴りを止めつつダメージを与える。

 

「くっ、この!」

「ルルルゥーッ!」

 

 銃撃に対しても、ごく短い距離を飛翔して避けながら攻撃し、ダメージを最小限に抑えている。

 戦闘訓練もしておらず、まだ戦い慣れていない鷹弘には、このコンドル・デジブレインは非情に難敵であった。

 

「クソ……どうすりゃこいつを仕留められる」

 

 そう口に出した、その直後。鷹弘はある方法を思いつき、実行に移した。

 ガンメタルグレーの銃を右手に持ち替え、左手にマテリアガンを装備。つまり、二挺拳銃だ。

 敵が手数を増やすのなら、自分も。単純だが、これは鷹弘にとって天啓だ。

 

「こいつでどうだ!!」

 

 両手の銃で、鷹弘は飛び回るコンドルを乱れ撃つ。

 連射による凄まじい量のデータの弾丸を前に、素早さを活かして避けながら立ち回っていたコンドルも、ついに翼を撃たれて地に墜ちた。

 

「クルッ!?」

「オラァァァッ!」

 

 鷹弘は当然その隙を逃さない。怒りの叫びを上げてさらに射撃を続け、コンドルをその場に押し止める。

 雨霰と襲い来る銃弾の前に、コンドルは疲弊し、膝をついた。

 その決定的な瞬間を、反撃のチャンスを鷹弘は見落とさなかった。

 アプリドライバーにセットされたマテリアプレートを、一度押し込む。直後に《フィニッシュコード!》と音声が流れ、ベルトにカタルシスエナジーがチャージされる。

 

「返して貰うぜ……テメェらが奪い取ったモン全部!」

 

 鷹弘はマテリアフォンを握り、アプリドライバーに向かって振り下ろした。

 すると、ベルトに蓄積されたエナジーが右脚に集中し、赤く輝いた。

 

Alright(オーライ)! GUN(ガン)・マテリアルアタック!》

「くたばりやがれェェェッ!!」

 

 雨の降る空へと大きく跳躍し、鷹弘はコンドルの顔面に向かって渾身の飛び蹴りを食らわせる。

 その一撃によってコンドルは高架下へと吹き飛ばされて地面に向かって落下していき、墜落と同時に爆散、消滅した。

 戦いは終わった。鷹弘は変身を解き、大きく息を吐く。

 

「ヘッ……ざまァみやがれ、クソッタレが」

 

 ニィッと唇を釣り上げる鷹弘だが、その身体はふらついており、頬や身体に傷がついて脚も引き摺っている。

 コンドルの激しい攻撃に加え、必殺の発動による多大な肉体への負荷。消耗するのも当然である。

 だが、鷹弘は倒れない。体の痛みに耐えながら、ひとりその場を立ち去る。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「……ん」

 

 目を覚ますと、陽子は明るく真っ白な天井を見上げていた。

 病院だ。あのデジブレインに襲われた後、どうやら病室まで搬送されたらしい。それも個室だ。

 

「起きたか、滝」

 

 ベッドに横たわる自分の傍には、鷹弘がいる。心配そうな面持ちで、じっと陽子を見つめていた。

 身を起こしてよく彼の体を観察してみると、負傷している事が分かった。

 それで陽子は全てを察した。鷹弘が体を張って、自分を助けてくれたのだと。

 

「意識が戻って安心したぜ」

「私、確かあの時……デジブレインに」

「もう大丈夫だ。無理に思い出そうとすんな」

 

 心から安心した様子で言った後、鷹弘は「飲み物でも買って来てやるよ」と席を立とうとする。

 すると陽子は慌てたように彼の手を取り、引き寄せた。鷹弘は疲労と負傷もあって倒れ込んでしまう。

 陽子がいるベッドの上に。

 

「あ……」

 

 二人の視線が合う。お互いの顔と顔が、間近にある。

 鷹弘が先に、気恥ずかしそうに視線を逸らし、陽子はそんな彼を強く抱き締めた。

 突然の出来事で鷹弘はさらに驚愕するも、彼女の体が震えている事が分かると、落ち着きを取り戻す。

 

「お、おい?」

「静間くん、本当にありがとう。私、あのデジブレインが出て来た時……怖くて、怖くて……その感情も段々薄れていったのが、本当に……怖くて……」

「滝……」

「お願い、もう少しだけ傍にいて……」

 

 彼女の言葉を聞いて、鷹弘は少し逡巡した後、優しく抱き返した。

 

「少しなんて言わねェよ。ずっと傍にいる」

「静間、くん……」

「約束する。お前が二度とそんな思いをしないように、俺が戦う。だから……もう泣かないでくれ」

「うん……!」

 

 ぽろぽろと溢れる陽子の涙を、鷹弘が指で拭う。

 そしてじっと見つめ合った二人は、そのまま静かに顔を寄せ、互いの手を握って唇を重ね合うのだった……。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「バカな、バカな……クソッ、こんなのは予定外だ!!」

 

 鷹弘がコンドル・デジブレインを倒した後。

 あのデジブレインを解放したのは、言うまでもなく疾拓だ。追い詰められた彼は、アレを操り鷲我と鷹弘を精神失調症にする事で、無理矢理会社を奪い取ろうと目論んでいたのだが、作戦は失敗し暴走したコンドルによって自分が精神失調症になってしまった。

 疾拓も、既に目を覚ましていた。だが事件の主犯である彼は、既に着替えて病室を脱走している。

 この件に関して追求されない内に、急いで逃げようという算段だ。

 行く宛はある。彼がプロデューサーと呼んだ男のいるあの場所なら、絶対に見つかる事はない。そこで彼の庇護を受け、再起を図るのだ。

 そうして疾拓は誰にも見つかる事なく、例のトレーラーまで辿り着いた。

 

「よし……頼む、いてくれよ……」

 

 荷台を開き、中へ入る。

 すると疾拓の思惑の通り、内部があの時の高級ホテルのような場所に変わっていた。

 そして、ソファーの上にはプロデューサーがいる。疾拓は安堵し、彼の足元に膝をついた。

 

「す、すまないプロデューサーくん! 作戦は失敗だ、あのデジブレインも倒された!」

「ええ、知ってますよ」

 

 足を組み、彼は冷静にそう言った。

 

「頼む! もう一度私にチャンスをくれ! そうすれば今度こそ私があの会社を――」

「いえいえ、いいんですよ。そんな事を気にする必要はありません」

 

 プロデューサーが優しい声色でそう言ったので、疾拓は安心したように顔を上げる。

 だが、直後に疾拓の表情は凍りついた。

 疾拓を見下ろす彼の目は、驚くほどに冷たい……というよりも、まるで道端の石ころに偶然目が入ったかのような、全く興味のないものに対する視線だったのだ。

 

「プロデューサーくん、何を……?」

「私は、最初からあなたに期待などしていませんでしたよ。あなたも、あのコンドル・デジブレインも、最初から仮面ライダーの戦力を推し量るための捨札に過ぎません」

「で、ではあのデジブレインは暴走ではなく……!?」

「ええ。元々あなたの指示など聞きませんよ、当然でしょう」

 

 疾拓は目を剥いて、立ち上がってプロデューサーに詰め寄った。

 

「待ってくれ!? 話が違うではないか!? わ、私をCytuberにするという話は!?」

「あぁ、アレはウソではありませんよ。期待はしていませんが、コンドルから逃げ延びて結果を出せたのなら高待遇で迎えるつもりでした……結果は想像通りでしたけどねぇ」

「そ、そんな……」

「それにですねぇ、あなたの欲望は本当につまらない」

 

 パチンッ、と指を弾くと、プロデューサーの手元にワインとグラスが浮かび上がる。

 それを見て、また疾拓は恐怖した。さらにプロデューサーが指を動かすと、ワインは勝手に開栓され、傾いてグラスに中身が注がれていく。

 

「確かにあなたは欲深い人間ですが、その程度ならどこにでもいるんですよ。それじゃあ世界を変える事などできない」

「何を、言って……」

 

 くるくる、とプロデューサーがワイングラスを回す。中身もそれに従って揺れ動き、飛び出したと思った瞬間、その赤いワインが空中で球状になって留まった。

 グラスを投げ捨て、プロデューサーが指を繰ると、そのワインの球体も疾拓の目の前に移動する。

 

「我々に必要なのは……文字通りに世界を変え得るほどの、傲慢な欲望の持ち主です。であれば、大きな器の人間でなければ成り立たないんですよ」

「な……」

「分かりますか? あなたのような極めて個人的な欲しか持たない凡人は、最初からお呼びじゃないんです」

 

 プロデューサーが拳をぐっと握り込むと、ワインが疾拓の目の前で弾け飛び、その両眼を濡らした。

 沁みる目に悶えて、疾拓は転がる。その間に、再びプロデューサーが指を鳴らした。

 

「まぁ、使い道はなくはないですがねぇ」

 

 疾拓の視界が徐々に鮮明になっていき、周囲に広がる光景を目の当たりにして、また目を見張る。

 触手めいて蠢く細長いケーブルが、無数に室内に出現しているのだ。

 

「ヒ、ヒィッ! 誰か助け……」

「この世界の土壌となるがいい」

 

 逃げ場がないのに逃げようとする疾拓に対して冷酷にプロデューサーが言い放つと、疾拓の後頭部にそのケーブルが接続される。

 すると疾拓は一瞬の内に意識を失い、その場で膝をついた。

 接続されたケーブルは絶えず発光し続け、疾拓の中から何かを吸収し続けている。

 

「いいですねぇ、お似合いですよ。いずれは世界中の人類があなたと同じ状態になります、寂しくありませんよ」

「……」

「あぁ安心して下さい、ホメオスタシスの中に面白い人材を見つけていますので。あなたの行動も、無駄にはなりません。では」

 

 そう言うと同時に、プロデューサーはまた指を弾く。

 この閉鎖空間に取り残されたのは、物言わぬ疾拓だけとなった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 ――その後。

 鷹弘が仮面ライダーへの変身を成し遂げたのを目の当たりにした鷲我は、彼にホメオスタシスのリーダーとしての座を譲ると共に、自身は会社経営に専念。

 三年経った今でも陰ながら鷹弘たちを補佐し、ホメオスタシスの創始者として使命を全うしている。

 そしてその鷹弘は今、戦闘部隊に加わった陽子と共に、街の中に見つかったデジブレインの追跡を行っていた。

 

(キョウ)くんは本当にひとりで大丈夫なの?」

 

 新たに開発されたリバーストライク型のデータビークル、トライマテリアラーを駆る鷹弘の後ろから、陽子が声をかける。

 

「やるさ、アイツなら」

 

 確信を以て、鷹弘が言う。

 彼には、その人物に対する『アプリドライバーを託してもいい』という大きな信頼があった。それを分かったので、陽子ももう何も言わない。

 

「もうじき目的地よ、市内の映画館!」

「了解、さっさと終わらせてやるか」

 

 スピードを上げ、鷹弘がその地点へと急ぐ。

 そうして辿り着いた場所には、逃げ惑う人々とハゲタカのような怪人がいた。

 あの時と同じ、コンドル・デジブレインだ。しかし鷹弘はハッキリ覚えていないらしく、小首を傾げている。

 

「どっかで会ったか……?」

「鷹弘、どうしたの?」

「あー、いやなんでもねェ。陽子、下がっててくれ」

 

 ポキポキと拳を鳴らして、鷹弘はトライマテリアラーから降りる。

 そしてアタッシュケースから完成品となったアプリドライバーを取り出し、装着。新たなマテリアプレートを取り出し、起動してベルトへ装填する。

 

《デュエル・フロンティア!》

「行くぜ……!」

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

 

 マテリアフォンを左手で掲げ、それをアプリドライバーの前にかざす。

 

Alright(オーライ)! マテリアライド! デュエル・アプリ! 孤高のガンマン、インストール!》

 

 その音声と共に、鷹弘の全身が赤いスーツで包み込まれ、黒いポンチョと装甲がスーツをプロテクト、そして右手には銃が握られる。

 右手の銃、リボルブラスターの銃口をコンドル・デジブレインに向け、緑眼の赤き戦士は名乗りを上げた。

 

「仮面ライダーリボルブ。テメェらデジブレインは……俺が残らずブッ潰す!!」

 

 ――こうして、仮面ライダーリボルブは誕生したのであった。




 ……時は、再び三年前に遡る。

「……」

 実験の失敗によって両脚に重傷を負い、二度と歩く事ができなくなってしまった男、御種 文彦。
 彼は入院し治療を受け、今ベッドの上で窓の外を眺めている。
 そんな彼の病室に、ある男が訪れていた。
 孔雀の羽がついた仮面を被っている、紳士服の男。プロデューサーと呼ばれていた男だ。

「災難でしたねぇ、その脚」

 プロデューサーに言われ、文彦はゆっくりと彼の方を見る。
 その虚ろな目は――狂喜に歪んでいた。

「災難? そんな事ないさ。むしろ楽しいね……大きな失敗があるからこそ人は飛躍できる……俺はそう考えるね」
「おや、そうですか」
「力さえあれば、脚が動かなくなろうが腕千切れようがなんとでもできる。力だ、圧倒的な力があれば!」
「ではそのためなら、誰であろうと蹴落とす覚悟があると?」
「当たり前だろ? だって、力のある人間こそが正義だ……正義()のためなら何を犠牲にしても許されるんだよ!!」

 プロデューサーは笑い、パチパチと手を叩いた。

「素晴らしい。では、契約成立です。代償として捧げたあなた様の両親……彼らも良き礎となるでしょう」

 そう言って、プロデューサーは姿を消した。
 ――こうして、ひとりの怪物がこの世に生み出された。


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File.XX:仮面ライダーNOVEL GENERATIONS アズール&ジオウ
予告編[祝福の刻]


 ――かつてごく普通の高校生だった、常磐 ソウゴ。

 彼は平成の時代を駆け抜けた仮面ライダーたちのライドウォッチを継承した後、最高最善の魔王、その名も仮面ライダージオウ オーマフォームとなった。

 そして歴史の管理者・クォーツァーとアナザーオーマジオウ・加古川 飛流の野望を打ち砕き、それからは私も知らない未知なる王道を歩み続けるのだった。

 ここまでは、仮面ライダージオウを劇場版Over Quartzerやファイナルステージまでご覧になった皆様も、それは良くご存知かと思います。

 

 ……あぁ、これは失礼。既に知っている方も多いと思いますが、申し遅れましたね。

 私の名はウォズ、我が魔王の忠臣でございます。

 

 さて。

 

 ひょっとすると、私は皆様の知る仮面ライダージオウの登場人物の『ウォズ』とは少々違う部分があるのかも知れません。

 我々が仮面ライダーツクヨミなる存在の誕生する歴史を辿らず、アナザーオーマジオウと戦った時、初めてその存在を認識したように。ゲイツくんが救世主としての道を歩んだ歴史のように。仮面ライダーの歴史は、様々な道に分岐しているのです。

 今までに我々が邂逅したものとは違う、機械生命体のような姿のタイムジャッカーなども存在するようですね。もしかしたら、それは皆様もご存知かも知れません。

 何が言いたいか、というと……我々は間違いなく我が魔王が最終王者(オーマフォーム)となる歴史を辿りましたが、皆様の認識とは部分部分で少々のズレが生じているかも知れない、という事です。そこを予め、ご了承下さい。

 

 では、挨拶も終わったところで……。

 どうやら私には、皆様を我が魔王の新たな物語にご案内する役目を与えられたようだ。予告だけですがね。

 まったく、あんな予言書を持っていたからと言って妙な役割を押し付けてくれる。まぁしかし、悪い気はしない。

 

 ……コホン。失礼。

 では改めまして、ここはひとつ。新たな誕生を祝わせて頂くとしましょう。

 

 ――祝え! 我が魔王の新たなる王道、その新たなる未来の一ページが記された瞬間を!

 我らの平成ライダーの歴史とは外れた道を歩む、一度壊されて蘇った、蒼き仮面ライダーの物語との交差を!

 その名も『仮面ライダーNOVEL GENERATIONS(ノベル・ジェネレーションズ) アズール&ジオウ』! まさに生誕の瞬間である!

 

 

 

 私がご案内できるのは、ここまでになります。

 ……え? 続きですか? 物語の本格的な内容?

 申し訳ありませんが、それを読み進めるのは私の役目ではない。もはやまやかしの予言書など存在しませんからね。

 ですがどうか、楽しんで下さい。我々の物語を。一冊の本などには纏められない、この世界の仮面ライダーたちの物語を。

 

 それでは、またいずれ……。



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EP.01[アナザースカイ2020]

 人々が寝静まった、真夜中の頃。
 その上空に十八の光が星のように瞬き、帝久乃市の地へと散らばっていく。

「ようやく来たか」

 とあるビルの屋上で、そんな声が響く。そこには、三つの人影があった。
 二人の男と、一人の女。彼らは夜空に輝く光を見上げながら、盃を交わしていた。
 男の内一人は、胸や肩にいくつもベルトがついたネオンレッドのロングコートとボンテージパンツを纏った若い男。髪色は金で、前髪の一部に赤いメッシュが入っている。
 もう一人は落ち着いた物腰の、グレーカラーのスーツを着込んだ黒髪の中年の男。装飾品の金の腕時計や、艶のある革靴が特徴的だ。
 そしてその中で唯一の女は、フードの付いたゴシックなネオンイエローのパーカーワンピースを着た少女だ。髪は黒でポニーテールにしており、結った先の部分が黄色く染まっている。

「ジオウなき世で、真の時の王者の力を手にする……」

 再び空に閃光が上がるのを見て、ネオンレッドの服に身を包んだ男が言った。
 だが、先程の星と見紛う細かな煌きと違い、たった今現れた光は月を隠すほどに大きなものだった。
 そして光が消えると同時に、巨大な人型の陰がほんの一瞬姿を見せたかと思うと、それも地上へ向かって消えて行く。

「いよいよその日が来たのだ。さぁ綴ろう、我らの伝説を」

 そう語ると同時に、ネオンレッドの服の男とネオンイエローの服の女が消える。
 残されたスーツ姿の男は、自分の手の中にある時計に似た小さな黒い機械を握ってリューズを押し込み、不敵に笑った。

《アズール……》


「んんー……」

 

 翌朝。

 いつものように自分のベッドの上で目が覚めた天坂 翔は、大きく伸びをして服を着替え、護身のためのマテリアフォンとブルースカイ・アドベンチャーのマテリアプレートを鞄の中に入れてから、それを持って部屋を出る。

 その後は、やはりいつものように朝食を作る。とは言っても、前日に余った生姜焼きなのだが。

 

「……あれ?」

 

 冷蔵庫の中を確認した翔は、ふと違和感に気づいた。

 生姜焼きの豚肉の量が、明らかに変わっている。と言っても減ったのではなく、増えているのだ。翔・アシュリィ・肇の三人分だったはずが、何故か四人分になっている。

 デジブレインたちとの戦いの疲れから量を見間違えたのだろうか。翔が不思議に思っていると、階段から物音が聞こえる。

 アシュリィではない。上階には、翔の部屋と響の部屋、そして肇の部屋があるのみだ。

 驚いて翔が振り向くと、そこにいたのは――。

 

「兄さん!?」

 

 行方不明になっていたはずの響の姿だった。

 信じられないものを見たとでも言うように何度も首を横に振っている対し、響は至極不思議そうに首を傾げていた。

 

「一体どうした翔? 何をそんなに慌てている?」

「どうした、って……兄さん、いつの間に帰って来たの!? サイバー・ラインに送られてたんじゃ!?」

「翔、何を言ってるんだ? 悪い夢でも見ていたんじゃないのか?」

 

 翔の言葉を聞いて、響はますます訝しんでいる。

 どうやら、本当に翔が何を言っているのか理解していないようだ。

 だが、響の口から続いて出た言葉が、より大きな衝撃を翔に与えた。

 

「そもそも、サイバー・ラインって何だ? お前は一体何の話をしているんだ?」

「え……?」

 

 翔は困惑した。彼にからかわれているのではないか、と疑いもした。

 だが、響の表情にウソはない。向こうも、翔の言っている事に困惑しているのだ。

 

「どういう事だ……!?」

 

 何が起きているのか、翔には理解できなかった。

 まさかおかしくなっているのは自分の方なのか。そんな事を思い始めた、その時だった。

 

「どうしたの?」

 

 アシュリィの声だ。彼女が起きて、パールブルーの寝間着姿のまま、瞼を擦りながら和室からリビングに現れたのだ。

 続いて肇も、二階の自室から翔たちのいる場に姿を現す。

 

「朝っぱらから騒がしいぞお前ら。どうしたってん……」

 

 そして二人は、今は消息不明となっていたはずの人間の姿を目の当たりにして、愕然とする。

 

「え、待って。なんで?」

「響!? お前、どうやって帰ってきたんだ!?」

 

 翔と同様に当惑する三人に、響は首を傾げる。

 とりあえず自分がおかしくなったのではない事に安堵する翔だが、これは明らかに異常事態だ。

 ホメオスタシスの皆に会いに行こう。翔が決心するのに、時間は全くかからなかった。

 ――この程度の異常は単なる予兆に過ぎないという事を知るのにも、さほど時間はかからなかった。

 

 

 

「うそ……」

 

 約一時間後、翔とアシュリィ、そして肇は響を置いてホメオスタシスの地下研究所がある巨大ビルへと到着した。

 否、今や正確には『地下研究所があるはずだった』ビルだろう。

 実際に三人が訪れてみれば、エレベーターから向かえるはずの地下研究所は、最初から存在しないものだったかのように綺麗サッパリなくなっていたのだから。

 

「おいおい、こいつは一体全体どういう事だ?」

「ホメオスタシスが解散した……?」

「たった一日でか。そいつは無理だな」

 

 真剣な眼差しで帽子を被り直した肇がそう言った。

 その後、駐車場など他の出入口から地下研究所へ入ろうとするものの、それらも全て塞がれている、というよりも存在しなくなっていた。

 これでは埒が明かない。そう思って翔は、マテリアフォンを取り出した。

 

「静間さんに電話してみよう」

 

 翔が言いながらマテリアフォンのアイコンにタッチすると。

 エラー音が鳴った。

 

「あれ?」

 

 不思議に感じながら再度、何度もタッチするが、やはりエラー音が虚しく響くだけだ。

 反応はするため、故障ではない。

 では一体どういう事なのか。頭を悩ませていると、翔の手の中にあるマテリアフォンに変化が起きた。

 画面だけでなく本体そのものにノイズが走り、徐々に透けて消え始めたのだ。

 

「なっ……これは!?」

 

 驚愕の声と共に、マテリアフォンは翔の手元から消滅した。

 その様子には、傍で見ていたアシュリィも肇も、目を見張っている。

 

「何が起きたの!?」

「僕にも何がなんだか……一体、何が起きてるんだ……」

 

 拠点である研究所が消失している今、もしもこの状況でデジブレインが現れてしまったら。

 ブルースカイ・アドベンチャーのマテリアプレートは残っているものの、これではアプリドライバーを使うができない。

 変身できない以上、翔にはデジブレインを止める手段がない。どうにかして鷹弘と合流し、打つ手を考えなければ。

 だが、無情にもその時は、ビル外からの悲鳴によって訪れるのであった。

 

「ショウ!」

「うん!」

 

 翔とアシュリィは頷き合って、肇を伴って外へ出る。

 そこにいたのは、想像通りデジブレインだ。九体のベーシック・デジブレインが、街の人々を襲っている。

 しかし、よく観察してみれば、今までのベーシックタイプと違い、体色が白から黒に近い灰色に変わっているのが分かった。

 

「くっ、マズいな……父さん、アシュリィちゃんと一緒に避難して。それから、静間さんたちに連絡を」

「お前はどうする?」

「静間さんが到着するまで、皆が避難するまで、少しでも足止めする!」

 

 そう言って、返事を聞く前に翔は駆け出す。

 するとデジブレインたちは一斉に翔の方を凝視し、彼を追跡し始めた。翔も、デジブレインを誘い出すように遁走する。

 

「そうだ、来い……!」

 

 このまま人のいない場所に誘導しよう。それが、翔の考えだった。

 だが、その目論見は大きく外れる事になる。

 

「……なんだ?」

 

 後方から追ってくるデジブレインを見て、翔は思わず足を止める。

 灰色のデジブレインたちが全員、自らの胸を押さえて苦しみ始めたのだ。

 何事かと思って見ていると、デジブレインたちの胸の中から、時計に似た形状の小さなデバイスが出現した。それらのカラーリングは個々で異なっているが、中央に顔のようなものが描かれている点が共通している。

 さらにデジブレインは出現したその時計のリューズを、一斉に押し込んだ。

 

《クウガ!》

《アギト!》

《龍騎!》

《ファイズ!》

《ブレイド!》

《響鬼!》

《カブト!》

《電王!》

《キバ!》

 

 瞬間、デジブレインたちの体内に再びその時計が埋め込まれ、姿が大きく変化する。

 その姿は、ベルトこそ体に装着していないものの、翔たちのよく知るものに酷似していた。

 

「仮面……ライダー……?」

 

 呆然としながら、翔はその名を口にする。

 

「その通りだよ、天坂 翔くん」

 

 突如、現れた仮面ライダーの姿を見つめていた翔の背後から、そんな声が聴こえた。

 驚いて振り向けば、灰色の長いマフラーを巻いた、カーキグリーンのロングコートを纏う黒髪の男がそこに立っていた。

 右手には、タブレット端末のようなものを持っている。

 その不審人物を訝しんで見つめながら、翔は恐る恐る「あなたは?」と訊ねる。

 

「我が名はウォズ。別世界からあのライドウォッチを追って来た、ジオウの家臣さ」

「えっと……え? 名前は分かりましたけど、何ですかジオウって?」

「そんな事より。来るよ」

 

 言われ、翔はハッと振り返りつつ、地面に伏せる。

 金色の角を生やしたクワガタめいた姿の赤い仮面ライダーが、その拳が空を切った。

 

「あっぶな……うわっ!?」

 

 当然、他にも仮面ライダーはいる。今度は赤いスーツと鉄仮面が特徴的な、騎士のような仮面ライダーの拳が、翔の頬を掠めた。

 

「気をつけたまえ。先程デジブレインが吸収したライドウォッチには、仮面ライダーの大いなる力が封じ込められている。世界をひとつ救う程の膨大なパワーがね……」

「それは分かりました、けど! 僕は今変身できないし……対抗できませんよ!?」

「ふむ、それは困ったね。ちなみに私もワケあって今は変身できない、自力で切り抜けたまえ」

「そんな無茶な!」

 

 角を生やした紫色の仮面ライダーが、和太鼓を叩く際に使うバチのようなものを振り上げ、翔へと襲いかかる。

 それを両腕を交差させて防ぎ、翔は右拳を突き出した。

 攻撃は命中したが、手応えがない。やはり、デジブレインとしての特性も受け継いでいるようだ。

 

「くっ、どうしたら……」

 

 攻撃が通じない以上、必然ながら翔はじわじわと追い込まれてしまう。

 反撃の糸口を見出だせないまま、攻撃を防ぎ続けていた、そんな時だった。

 ライダーデジブレインたちの背後から銃声が響き、弾丸を受けた者たちが怯んだ。発射された方を見れば、そこにはマシンマテリアラーに乗ってマテリアガンを構える鷹弘と陽子がいた。

 

「静間さん、滝さん!」

「待たせたな、翔。後は俺に任せろ」

「大丈夫なんですか!?」

「安心しろ。こっちもマテリアフォンとアプリドライバーはなくなっちまったが……俺にはまだこいつがある」

 

 鷹弘がそう言って取り出したのは、メタリックググレーのマテリアフォン、即ちプロトマテリアフォンだ。

 さらにマテリアフォンのベルトのマークのアイコンをタッチすると、鷹弘の腹部にプロトアプリドライバーが装着される。

 

「久々に使わせて貰うぜ!」

 

 そう言って、鷹弘は続けざまに手に取ったマテリアプレートを起動した。

 

《デュエル・フロンティア!》

 

 音声が鳴るのを聞きつつ、向かってくるライダーデジブレインたちの攻撃を避けながら、鷹弘はプレートをドライバーに装填する。

 すると、鷹弘の目の前に灰色のガンマン・テクネイバーが出現し、銃撃によってデジブレインたちを牽制し始めた。

 

《ビギニング・トゥ・ラン! ビギニング・トゥ・ラン!》

「変……身!」

 

 その間に、鷹弘は叫びながらプロトマテリアフォンをアプリドライバーにかざす。

 

HEN-SHIN(ヘンシン)! マテリアライド!》

 

 瞬間、ガンマン・テクネイバーの姿が分解され、赤いスーツを纏った鷹弘の体に装甲となって合着。

 少々色が違うが、ペコスブーツやテンガロンハット風の頭部、そしてポンチョと、見慣れた姿に変身した。

 

《デュエル・メイル! 孤高のガンマン、インストール!》

「仮面ライダープロトリボルブUD(アップデート)、行くぜェ!!」

 

 そう言って拳を鳴らし、プロトリボルブとなった鷹弘はリボルブラスターを構え、九体ものライダーデジブレインに向かってたった一人で突撃した。

 

「オラァッ!」

 

 真っ直ぐに走ったリボルブの拳が、吸血鬼のような姿のデジブレインの顔面にヒット。

 よろめきながらもデジブレインは反撃の蹴りを繰り出すが、リボルブはバックステップで簡単に避け、逆に腹へと銃撃を放った。

 

「グガァァァ!?」

 

 悲鳴を上げ、デジブレインが地面に倒れる。

 リボルブはすかさず追撃に出ようとするものの、それは頭部がヘラクレスオオカブトに似た特徴の銀色のデジブレインと、赤いカブトムシのような姿のデジブレインの割り込みによって阻まれる。

 

「数は多いが、変身すりゃそこまで手間取る相手じゃねェな」

「どうやら、デジブレインたちは我が王のライドウォッチの力を扱い切れていないようだねぇ」

「ヘッ、どうでも良いさ。何体いようがこの程度ってンなら……一気にケリつけてやらァ!!」

 

 ウォズと名乗った男に言いながら、リボルブは銃をデジブレインたちに向ける。

 だが、その直後だった。

 カチッ、という音が耳に響くと同時に、リボルブのみが動きを止めてしまう。

 まるで、時間が止まってしまったかのように。

 

「えっ?」

 

 驚愕の声を発したのは翔だ。

 リボルブが止まった事だけではない。ライダーデジブレインたちが、突然左右に分かれて整列し始めたのだ。

 まるで、誰かに道を開けるかのように。

 

「現れたか……タイムジャッカー」

 

 苦々しい笑みを見せながら、ウォズが言った。

 デジブレインたちの作った道の先からは、ネオンレッドのロングコートを羽織った男と、ネオンイエローのパーカーワンピースを纏った少女が悠然と歩いて来る。

 しばらく歩いてリボルブの背後に立った後、コートの男が腕を前に掲げて拳を握り込んだ。

 

「ハッ!?」

 

 すると、リボルブの体が正常に動き始める。

 その様子を見て、コートの男は静かに口を開いた。

 

「まだ抵抗できる力を残していたか、この世界の仮面ライダー……」

「動くんじゃねェ! テメェ、何者――」

「だが私の敵ではない」

 

 銃口を突きつけたリボルブに、コートの男が再び腕を掲げる。

 すると、またリボルブの身体が止まってしまった。

 

「名乗るのが遅れていたようだな。私はタイムジャッカーのモーハだ」

「アタシはドーサ。よろしく、そしてさようなら」

 

 ドーサと名乗った少女が、パチンッと指を鳴らす。

 すると、二人の目の前にひとつの人影が降り立った。

 血管のようにケーブルが浮き出た青い体に、身を守るために装着された曇った白色の装甲。赤いレンズの下から覗く紫色の濁り切った眼光と、背中から伸びる銀色に輝くキチン質の翅。刃の欠けた剣を両手で握り、ずらりと並んだ牙が見る者全てを威圧する。

 そして腹部には一本のベルトが装着されており、画面のヒビ割れたスマートフォンが、バックルに装填されたプレートに叩きつけるようにして飾られている。そのせいで、プレートは砕け散っていた。

 銀色をベースカラーに、マゼンタとシアンの血管(カラーライン)が走るベルト。同じものではないが、翔はそれに見覚えがある。

 より正確には、その怪人の姿に。

 

「あれは……僕!?」

 

 驚きながら、翔は言った。

 目の前にいる鎧の怪人の姿は、細かい部分は違えど、翔自身が変身する仮面ライダーアズールに酷似していたのだ。

 しかし、モーハと名乗った男が異を唱える。

 

「違うな。既にお前は仮面ライダーの資格を失ったのだ……アレはアナザーアズール、お前に代わる真の仮面ライダーアズールだ」

「なっ!?」

 

 翔が目を見張っていると、また時間停止が解除される。

 気づけば、リボルブはアナザーアズールとライダーデジブレインの軍勢に取り囲まれていた。

 

「クソッタレが!!」

「もう二度と抵抗できないように、ベルトを破壊してしまえ」

 

 そう告げると、モーハとドーサは姿を消してしまった。それと同時に、アナザーアズール及び大群が一斉にリボルブへと襲いかかる。

 

「この……ぐぁっ!?」

 

 リボルブはデジブレインに攻撃を仕掛けるが、背後から迫るアズールの剣撃を受け、大きくよろめく。

 それを皮切りに、ライダーデジブレインたちもリボルブを殴り、蹴り、一方的に痛めつけ始めた。

 

「く、やめろ……やめろっつってんだろ!!」

 

 執拗に剣で攻撃を続ける桃を二つに割ったような顔のデジブレインの頭に、リボルブは三連続で発砲する。

 このままではやられてしまう。そう思ったリボルブは退路を見つけようと視線を動かすが、囲まれては身動きも取れない。

 だが、その時。

 

「静間さん!!」

 

 マシンマテリアラーに乗った翔が、マテリアガンを片手に突撃して来た。

 銃でアナザーアズールやデジブレインを牽制しつつ、勢い良く車体をぶつけて、道を開いた。

 しめた、とばかりにリボルブはマシンマテリアラーに飛び乗る。振り返れば、陽子とアシュリィも、肇と共にマシンマテリアラーで逃げ延びている。

 リボルブはそれを確認してから、声を潜めて翔に語りかけた。

 

「翔、警察署に向かえ。まだ電特課は残ってるんだ」

「分かりました」

 

 小さく頷いてマシンマテリアラーを走らせる直前、翔たちの耳に一人の男の囁き声が届いた。

 

「警察署だね。では私もそこへ行こう」

『うわっ!?』

 

 翔とリボルブは同時に驚愕し、右隣を見る。

 ウォズだ。翔らの反応を楽しむように、くつくつと笑っている。

 

「安心したまえ、すぐに追いつく。お先にどうぞ」

 

 彼を置いていく事に未だに躊躇しているが、リボルブにも急かされたので、翔は仕方なくバイクを走らせた。

 デジブレインたちもアナザーアズールも追いかけてこない。ミラーに映るその姿は遠ざかって、ついには見えなくなる。

 しかし、翔の胸中には焦燥感が押し寄せて来た。

 

「仮面ライダーの資格を失ったのか、僕は。一体どうしたら……」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「やぁ、二人とも。先程振りじゃないか」

 

 帝久乃市内の警察署に到着した直後。

 入口の長椅子に腰掛けていたウォズは、翔と鷹弘に向かってそう言った。

 自分たちが先に着くとばかり思っていた二人は、当然面食らった。

 

「お前……どうやって!?」

「私が異世界の人間だと言う事を理解してもらわないと、困るね」

「……胡散臭さは初対面から異世界レベルだがな」

「おっと、これは手厳しい」

 

 肩を竦めながら、ウォズは翔の隣に並んで歩く。

 あからさまにウォズに対して警戒心を剥き出しにする鷹弘だが、翔は苦笑しつつも彼を案内する。

 こうして、三人は電特課のオフィスに辿り着いた。

 既に肇とアシュリィと陽子も集まっており、鋼作・琴奈・鷲我の他、浅黄の姿もあった。それ以外のホメオスタシスの研究員もいるが、戦闘員や調査員などは外出中のようだ。

 そして当然、この部署の署長である翠月、そして部下の宗仁もこの場にいる。

 

「見慣れない部外者もいるようだが、どうやら全員集まったようだな」

 

 ウォズの存在を訝しんでいる翠月に言われ、鷹弘が大きく頷く。

 

「まずは状況を整理しようぜ。一体何が起きてんのか、情報を共有すべきだ」

「うむ。ではまずこちらの事情から……」

 

 翠月は語り始める。

 それは今朝方、起床してからの事。いつものように出勤の準備をしていると、置いてあったはずのマテリアパッドが消失していたのだという。

 浅黄にも連絡を回すと、そちらでも同様の事態になったという。異常を感じてホメオスタシスの研究所の方に通信をかけてみれば、何度試してもなぜか繋がらない。

 仮面ライダーに関係するものが消滅しているのかと考えたが、しかし電特課は通常通り存在している。

 

「参ったよねー。ホントなら、今日は向こうでアシュリィちゃんの再検査するはずだったのにさー」

「そういえばそうだったね」

「せっかく合法的におっぱいとか触ったりあんな事やこんな事ができたのに」

「それは絶対やらせないから」

 

 妄想してヨダレを垂らす浅黄の姿にムスッと頬を膨らませ、翔の背中に隠れながらアシュリィは言った。

 次は、鷹弘からの情報共有だ。

 昨日彼は陽子と一緒に、研究所にて徹夜で新しいマテリアプレートの調整作業に没頭していたのだが、それがいつの間にか自室で一緒にベッドに座っていたのだという。

 マテリアフォンとアプリドライバーが消滅した事に気付いたのも、その時だったようだ。

 

「残ってたのは、倉庫にしまっておいたプロトタイプだけだ。デュエル・フロンティアだけはプロトアプリドライバー転送の時に一緒に来た」

「他のマテリアプレートも消えたのかよ」

 

 頭を抱える鋼作。琴奈も腕を組んで唸っている。実際、この状況で戦力の低下は深刻な問題だ。

 そこへ、翔が手を上げて質問を投げかけた。

 

「研究所が消えたのなら、捕まえたCytuberの二人……進駒くんと律さんはどうしたんですか?」

「あぁ、その件は電特課に任せてある。宗さん、どうだった?」

 

 宗仁は大欠伸をしながら、鷹弘に「とっくに終わってるぜ」と言い、報告に移る。

 

「二人とも生きてるぜ。なんというか、普通に生活してる」

「そうか……とりあえず生きてんのは安心だ」

「向こうは面食らってたぜ、この状況に。ただちょっと気がかりな事があってな」

「なんだよ?」

「最初に調査を頼もうと思ってたヤツ、昨日までお前らのところで一緒にサイバー・ラインの調査に行かせてたんだがな……そいつ、ホメオスタシスの事を全く覚えてねぇんだ」

「あん? そりゃあどういう……」

「お前らのマテリアフォンだのと同じだ、記憶がすっぽり抜けてやがるんだよ」

 

 それを聞いて、翔とアシュリィは目を見張った。

 宗仁の語った現象には、心当たりがある。今度は、翔が情報を明かす番だ。

 

「実は……兄さんが戻って来たんです」

 

 ざわっ、とオフィス内のそこら中でどよめきが起こる。

 聞こえる声は様々で、無事を喜んでいるものやなぜ今になってという戸惑いの声もあるが、最も多いのは『響がいるのなら』という安堵の声だ。

 響の戦闘能力は鷹弘よりも高いため、心強いと思ったのだろう。しかし、翔は残念そうに話の続きを語り始める。

 

「ただ、記憶を失っていました。その人たちと同じ状況だと思います」

「そうか。あいつの手を借りれりゃ、と思ったんだがな」

「すいません、僕も変身できないですし……」

「いや、気にすんな。それにしても、記憶が消えてる連中がいる中で、なんで俺たちはそのままなんだ?」

「記憶のある人とない人に何か共通点でもあるんでしょうか」

 

 全員で考え、頭を悩ませる。

 しかしそれを打ち切るように、ウォズがゆっくりと挙手した。

 

「結論の出ない事について考えるより、私の話を聞いてみる気はないかな?」

「……そうだな、そろそろ洗いざらい話して貰おうか」

 

 鷹弘は不信感を顕わにしながら、あくまでも強気な態度でウォズに接する。

 ウォズもそれを知ってか知らずか、不敵な笑みを崩さない。

 

「そうだね……まずは私の詳しい素性でも話しておこう」

 

 タブレット端末を片手に、腕を広げてウォズは語り始める。

 

「私は、我が王……仮面ライダージオウに仕えている忠臣、ウォズだ。こことは異なる世界で、遥か未来から時を超えてやって来た」

「ジオウ?」

「時空を超え全ライダーの力を手にした時代の覇者、時の王者さ。と言っても、君たちの力までは持っていないがね。その王位簒奪を狙う者が……タイムジャッカーというわけだ」

 

 ふむ、と鷲我が手で自らの顎を撫でて考え込む。その様子を横目に見ながら、ウォズは話を続けた。

 

「簒奪は既に成し遂げられようとしている。私が油断したばかりに……我が王の持つ十九のライドウォッチが奪われてしまってね。無論、私も必死に抵抗した。その甲斐あって奪われる前にライドウォッチを別の時空に落とさせる事ができた」

「それがこの世界って事ですか」

「その通り。後はヤツらが回収する前に私と我が王の手で全て奪い返すつもりだったのだが、大きな問題が起きた」

「問題?」

 

 翔が問うと、ウォズは眉間を指で押さえて、苦々しい表情を作った。

 

「我が王が、まるで石像のようになって動かなくなってしまった。タイムジャッカーの仕業だろう……ライドウォッチを全て取り戻す事ができれば、元に戻るはずなのだが。そう簡単にも行かないらしい、あの怪人共がライドウォッチを取り込んだせいでね」

「うーん……どうしてデジブレインがライドウォッチを?」

「恐らくタイムジャッカーの仕業だろう、偶然とは考えにくい。ヤツらはそのデジブレインとかいう怪人を使って何か企んでいるんだ……それに」

「それに?」

「君たちの言っていた記憶の消去や本来あるはずのデバイスの消失、それもタイムジャッカーの歴史改変のせいだ。間違いなくね」

 

 再びオフィス内にざわめきが起こった。

 

「タイムジャッカーは私と同じで、時空間を自在に行き来する事ができる。過去も未来も、思うがままだ」

「じゃあ、この現象は」

「連中がこの世界の過去の出来事に干渉した、というワケさ」

 

 時間を止めるだけではなく、歴史を変える事もできる。そんな能力を持つ者を相手に、どうやって立ち向かえば良いのか。

 絶望感が、ホメオスタシスや電特課の面々の胸をよぎる。

 そんな中でも翔は、解決の糸口を探すために「タイムジャッカーについて他に知っている事はありませんか?」と訊ねた。

 

「そうだね……人数と名前くらいなら。タイムジャッカーは全部で三人、ローパ・ドーサ・モーハだ。リーダーはモーハという男だね」

「さっきの赤コートの野郎か。となりゃ、ローパってのはあのアナザーアズールの中身ってところか?」

「それから……まだ悲観する必要はない、希望はある。ライドウォッチを全て奪還できさえすればね」

「そいつはどういう事だ?」

 

 目を細めて鷹弘が問う。ウォズはニヤリと唇を歪め、手に持ったタブレット端末を一同に見せた。

 そこには、図鑑のようにしてライドウォッチの名前と絵柄が表示されている。

 とは言っても、絵柄の方はひとつを除いて全て黒いシルエットのような状態になっているが。

 

「唯一手にする事ができたこのディケイドライドウォッチを除く、残る十八のライドウォッチを取り戻す事さえできれば、我が王は復活する。そうなればタイムジャッカーなど恐るるに足りない、ヤツらを倒せば歴史も正される」

「そんなに強いんですか、ジオウって人は」

「ああ強いとも、なにせ戦いの果てに全ライダーの力を手中に収めた王だ」

 

 ウォズはそう言うとタブレットを持ったまま、オフィスの椅子に腰掛ける。

 

「ライドウォッチが手に入ったら私のところへ来てくれ。このタブレットに封入して、またタイムジャッカーに持ち出せないようにする」

「デジブレインが取り込んでるのが九個、行方が分からないのも九個、そしてタブレットにひとつか……状況は悪いが、それに賭けるしかないようだ」

 

 翠月は立ち上がり、鷹弘に視線を向ける。

 それに頷き、鷹弘はホメオスタシスの面々に指示を出す。

 

「聞いたな。ひとまず電特課とも協力してこのライドウォッチを捜索する、デジブレインの動向も随時チェックしろ。見つけ次第俺が行く!」

『了解!』

 

 鷹弘から受けた命令に従い、皆が行動を始めた。

 その様子を眺めていたウォズは、ほんの一瞬だけ、ニヤリと唇を歪ませるのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「……翔」

 

 警察署から外へと出た後、アシュリィと並んで歩く翔の背に、肇が声をかけた。

 

「父さん、どうしたの?」

「少し用があってな、俺は一旦家に戻る。お前は調査を続けてくれ」

「えっ? えーっと……うん、分かった」

 

 頭上に疑問符を浮かべながらも、翔は頷く。

 肇は微笑み、翔の肩にポンと手を乗せた。

 

「悪いな。すぐ合流する」

「うん、気をつけてね」

 

 その後、肇は翔とは別方向に歩き出し、翔は翔でアシュリィと共に調査を開始した。

 

「で……アテとかあるの? ライドウォッチだっけ、それのありそうな場所」

「ないよ?」

「ないんだ……」

 

 地道に探さなければいけないと知って肩を落とすアシュリィを見て、翔は微笑む。

 

「でもまぁしょうがないよ、設備もないんだし。せめて研究所が残ってさえいれば、ライドウォッチが発する信号だか電波だかを解析して場所も特定できたんだろうけど」

「この街にあるのは間違いないのかな」

「多分ね。それだけ分かれば探すのは……いや、難しいかなやっぱり」

 

 そんな会話を交わしながら公園の近くを二人が歩いていると、翔の眼に二台の自販機が映る。

 すると思いついたように翔がアシュリィの方を向き、彼女に「喉乾いてない?」と問いかけた。

 

「じゃあ……ジュースほしい」

「分かった、ちょっと買って行こうか」

 

 翔は自販機へと歩き、商品を眺める。

 そしてふと、自販機とゴミ箱の隙間に、光る物体を発見した。

 

「これって……」

 

 黄色と緑のカラーリングが施された、時計に似たような見覚えのあるそれを、翔は拾い上げる。

 ライドウォッチだ。仮面ライダーの顔面らしいイラストが表面に描かれている。表示されている年数は2010。

 タブレットによればオーズという仮面ライダーだっただろうか、と翔が思っていると、すぐ後ろにいたアシュリィが翔の手の中にあるライドウォッチにぎょっと目を見開いた。

 

「えっ、なんでこんなところに落ちてるの?」

「さ、さぁ……とりあえず、これは持ち帰って――」

 

 言いながら翔がオーズライドウォッチをポケットの中に入れると。

 突然、目の前の自販機から、赤い腕が伸び出て来た。

 

「え?」

 

 アシュリィが間の抜けた声を発する。

 背筋に悪寒を感じ取った翔は、腕に驚きつつもアシュリィを抱きかかえて、かばうように左方に飛び込んだ。

 翔を掴もうとしていた腕は空振りし、自販機の中から、ではなくそのガラスからデジブレインが現れた。

 

「このライダーはタブレットに書いてあった……確か、龍騎! ライドウォッチを取り込んだデジブレインだ!」

「ショウはタカヒロに電話して! 私が……!」

 

 言いながら、アシュリィは全身に力を込め、戦う意志を励起してデジブレインへと姿を変えようとする。

 だが、変化が起きない。何度やっても、人間の姿のままだ。

 

「あ、れ……?」

「アシュリィちゃん? もしかして……」

「なん、で」

「……ここは僕が食い止める、アシュリィちゃんは逃げて静間さんに連絡を!」

「ごめん、分かった」

 

 アシュリィを護るためマテリアガンを構え、翔は攻撃に出る。

 しかし、やはり威力が足りない。龍騎・デジブレインは、銃撃を腕で受け止め、平然としている。

 その上このデジブレインには、大きな変化が起きつつあった。

 

「あれは……!?」

 

 翔が注目したのは腰。龍騎・デジブレインの腰部にノイズがかかり、ベルトのようなものが形成されつつあるのだ。

 

「まさか、徐々にライドウォッチの力に順応しているのか!?」

 

 驚く翔の顔面に、龍騎・デジブレインは拳を突き出す。翔はそれを腕で防ぐが、当然吹き飛ばされて地面に転がった。

 

「くぅ……あっ!?」

 

 転がった拍子に、翔はオーズライドウォッチを落としてしまっていた。龍騎・デジブレインは、それを拾い上げる。

 

「しまった、まずいぞ!」

 

 これではさらにデジブレインが増えてしまう。

 そして時間が経てばライダーの力を完全に解放できるというのなら、このまま野放しにはできない。この場で倒してしまわなければ、より厄介な存在になる。

 しかし、翔にはマテリアガン以外、対抗する手段が存在しない。

 もはやどうする事もできないのだろうか。徐々に、翔の心に不安と焦燥が押し寄せてくる。

 せめて変身さえできれば。

 

「……いや、待てよ」

 

 ドクンッ、と心臓が跳ねる。頭の中でピースが組み上がり、勝利のパズルが完成していく。

 ウォズ曰く、これは仮面ライダージオウが戦う際に使っていた変身アイテムのひとつだという。

 もしも。もしも、デジブレインでなくてもこのライドウォッチが使えるのだとしたら。

 

「けど、どっちにしろアレを奪い返さないと……」

 

 そんな言葉を口に出した翔だが、その視線がある一点に注がれる。

 ベンチの下。デジブレインの出現で逃げ出した誰かが置き去りにしたであろう、ゲーム機。その隣に、ライドウォッチが落ちていた。

 翔は飛びつくように、それを手に取る。

 組み上げていたパズルは完成した。残るは、果たして起動して変身できるかどうかという問題だけだ。

 

「頼む! 僕にまだ、仮面ライダーの資格があるのなら!」

 

 翔はそのピンクと緑のカラーリングの、2016と表記されたライドウォッチのカバーを回し、リューズを押し込んだ。

 

「今だけで良い、応えてくれ!」

《エグゼイド!》

 

 ウォッチが起動し、輝く。それに合わせ、翔は叫んだ。

 

「変身!」

 

 翔の手の中からライドウォッチが消え、光と共にその姿が変化していく。

 ピンク色のボディに髪のような頭部装甲が特徴的な、スポーティな容姿の仮面ライダー。胸にはゲームのコントローラーのような意匠とゲージが記されており、腰には緑の蛍光色のベルトが装備されている。

 さらにそのベルトには、ゲームのカセットに見えるものが装填されていた。

 変身の瞬間、翔の頭の中にはその仮面ライダーの名前と、戦い方が流れ込んでくる。

 

「仮面ライダーエグゼイド……ゲームの力を使う仮面ライダーなのか」

「グゥァァァ!」

「ハァッ!」

 

 大きく跳躍し、エグゼイドとなった翔は龍騎・デジブレインの顔面を、着地するよりも前に三度も蹴り上げる。

 

「グガッ!?」

「な、なんて脚力なんだ、油断したら僕の体が持っていかれる……これほどの力を扱える人がいたなんて」

 

 そんな事を言いながら、エグゼイドは右手を前に突き出す。すると、その手元に二種類のボタンがついた白いハンマーが出現した。

 

《ガシャコンブレイカー!》

 

 そんな音声を聴きながら、エグゼイドは柄を握る。そして、龍騎の体をハンマーで思い切り殴打した。

 

「グゥッ!?」

「まだまだ!」

 

 ハンマーで龍騎の体を押さえつけながら、エグゼイドはガシャコンブレイカーのBボタンを連打。

 そして龍騎の反撃に合わせ、体を回転させながら回避し、顔面にハンマーを叩きつけた。

 ボタン連打で桁違いに破壊力の高まった一撃が、龍騎をそのまま地面に転倒させる。

 しかし、それが逆にデジブレインの力を活性化させてしまった。

 

「グゥガァァァ!」

《龍騎!》

 

 デジブレインの体内でその音声が鳴ると同時に、ベルトが完全な実体となる。

 龍騎はベルトにセットされた一枚のカードを取り出し、それを左手の篭手、ドラグバイザーにセットする。

 

《ソードベント》

 

 ドラグバイザーから音声が響き、龍騎の手に煌めく鋭い剣が握られる。

 今までよりも一層手強くなった事を感じて、エグゼイドもより警戒心を高めた。

 

「そっちが剣なら、こっちも!」

《ジャ・キーン!》

 

 エグゼイドがガシャコンブレイカーのAボタンを押すと、ハンマー上部から刀身が飛び出し、剣に変形する。

 ジリッ、とガシャコンブレイカーを構えながら徐々に接近するエグゼイド。龍騎も、剣を持ってじわじわと後退している。

 そして次の瞬間、エグゼイドが飛び出す。先に仕掛けたのは翔だ。

 だが、振り下ろした剣は無情にも地面に火花を散らした。

 

「えっ!?」

 

 空振りに終わった事に驚き、周囲を見回す。

 龍騎の姿はない、一瞬で煙のように消えてしまった。

 ――否、翔は思い出した。このデジブレインが現れた時の状況を。

 

《ガシャット! キメワザ!》

 

 思い出した時には、エグゼイドとなっている翔はほぼ無意識の内に、あるいは何かに導かれるようにしてベルトに装填されたガシャットを抜き取って、ガシャコンブレイカーに差し直していた。

 

《ファイナルベント》

 

 そして、その音声が聞こえると同時に自販機の方向に振り返り、カウンターの斬撃を繰り出していた。

 

「そこだぁぁぁ!」

《マイティクリティカルフィニッシュ!》

 

 自販機のガラスの面から、炎を纏うキックを繰り出す龍騎・デジブレイン。その体に、見事にエグゼイドの必殺技が炸裂する。

 

「グガァァァァァ!?」

《会心の一発!》

 

 斬りつけられた龍騎は爆散し、エグゼイドの足元にオーズと龍騎のライドウォッチが転がるのであった。

 

「やった、なんとかなった……」

 

 安堵しながら、変身の解けた翔はそれらを拾い上げる。

 通話を終えて避難していたアシュリィも、翔の前に出て来た。

 

「それショウも変身できるんだね」

「うん、正直賭けだったけど上手く行って良かった。これで僕も戦える」

 

 ライドウォッチをポケットに収納した翔はグッと拳を握り、アシュリィに微笑みかける。

 

「ウォズさんのところに行こう、さっきみたいに襲いかかられたら困る」

「ん」

 

 翔はアシュリィの手を握り、警察署に向かって走っていく。

 

 

 

 そんな二人の後ろ姿を、木陰から眺める人物がいた。

 

「おやおやおやおや。まさかこのような事が起きるとは」

 

 孔雀の羽根飾りがついた仮面を被った礼服の男、Cytuberを束ねるデジブレイン、スペルビアだ。

 

「異世界のライダーの力に、遥かな未来のテクノロジーを持つ人間。そして、あのアズールに似た怪人」

 

 ネクタイに付いたブローチを左手の指で撫でながら、仮面の奥でスペルビアは目を細める。

 そして、何も持っていない右手に徐々に力を込め、ゆっくりと拳を握る。

 すると周囲にある木々がメリメリと悲鳴を上げ、段々と枯れ始めた。

 

「いずれにしても、『彼』がこのふざけた状況を作った張本人なのは間違いないようですねぇ。久々に腹立たしい思いだ」

 

 スペルビアが完全に握り拳を作ると、まるで風船のように樹木が破裂した。

 

「さて、私はどうするべきか。まぁ……反逆者に死の裁きを与えるのは確定ですがね……」




『この時代のこの場所で間違いないの!?』

 青い光が迸るトンネルのような空間の中で、そんな勇ましい少女の声が響く。
 その場所を走るのは、二台の巨大なマシンだ。銀色のものと赤色のものがあり、バイクのような形態で走行している。
 声は赤色のマシンの通信によるものだった。

『あぁ。まさか、我が魔王のライドウォッチを異世界に持ち込むとはね……』

 今度は銀色のマシンからの声だった。落ち着いた雰囲気の、男の声であった。
 続いて、赤色のマシンから別人の声が聞こえる。静かな猛りを感じさせる、力強い若者の声だ。

『必ず取り戻すぞ。今更タイムジャッカー相手に、そう何度も平成ライダーの力を悪用されてたまるか』

 それを聞いて、銀のマシンから先程とは別の、少年の声が響いた。

『大丈夫! 俺たちなら別の世界でも……なんか行ける気がする!』


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EP.02[時の王者2020]

「やるじゃないか、もう三つも回収したのかい?」

 龍騎・デジブレインを打倒した後、警察署に戻った翔は、入手したライドウォッチをウォズへと返還していた。

「これでこちら側が確保したライドウォッチは四つ。あと十五個の内、タイムジャッカーが持っているのは……八つ」
「その通りだ。さて、持ってきて貰ったところ悪いが……これは君が持ってくれたまえ」

 そう言いながらウォズが放り渡したのは、オーズライドウォッチだ。
 翔は不思議そうに首を傾げ「どうしてこれを?」と訊ねる。

「龍騎・デジブレインとの交戦で、向こうにエグゼイドの戦闘データが渡った可能性があるからね、手の内を読まれてしまうだろう。となれば、別のライドウォッチを持っておけば奇襲できる」
「なるほど……」
「次に使ったらそれを渡してくれれば良いし、新しくライドウォッチが見つかればそっちを持っておいてくれ」
「分かりました」

 オーズライドウォッチをポケットにしまい込んで、翔はアシュリィを連れて次なるライドウォッチの捜索に向かう。
 ――背後で邪悪な笑みを浮かべているウォズに気づかないまま。


 同じ頃。

 電特課の安藤 宗仁から連絡を受けた鷹弘は、マシンマテリアラーをコンビニに駐車させて通話を行っていた。

 

「……そうか、あいつはもう三つも手に入れたか」

 

 マシンのシートに座りながら、鷹弘はニィッと口角を上げる。

 

「分かった、俺も捜索を続ける。負けてらんねェからな」

 

 そう言って通話を切ると、そのままマシンマテリアラーを走らせ、捜索を再開した。

 だが、当然探すアテなどない。どこへ向かうべきか思案していると、不意に破壊音が鷹弘の耳に届く。それも、頭上から。

 

「あん?」

 

 見上げれば、そこにあるのは歩道橋。頭上から降り注ぐ、破壊されたその残骸。

 

「うおおおおお!?」

 

 絶叫しながら、鷹弘はマシンを走らせる。

 マシンマテリアラーを全力で走らせれば回避は容易い。しかし、問題はそこではない。

 周辺の車両への被害や、前方から来る車両の回避という問題もあるが、そうでもない。

 鷹弘の眼は、破壊された歩道橋に紛れている、ライダーデジブレインの姿を捉えていたのだ。

 

「ざっけんじゃねェぞこんな町中で! クソが!」

 

 悪態をつく鷹弘。マシンマテリアラーをデータに戻し、プロトマテリアフォンを取り出してプロトアプリドライバーを呼んだ。

 そして、即座に変身する。

 

《デュエル・メイル! 孤高のガンマン、インストール!》

 

 現れた敵影は三つ。

 黄色い瞳に黒いボディ、輝く赤いラインが走るライダー。黄金の角を生やしている、龍を思わせる姿の戦士。そして、バチを持つ紫色の鬼。

 どれも最初の戦いで確認できたデジブレインであり、タブレットで名前を確認していたリボルブには正体を割り出す事ができた。

 

「アギトと響鬼とファイズか。だが、アレは……」

 

 リボルブは三体のデジブレインの腰に目を凝らす。

 当初の交戦時に確認できなかったベルトが、全員に装備されていた。

 ただでさえ一対三という厳しい状況で、ライドウォッチと完全に適合したデジブレインと戦わなければならないという事である。

 

「上等だこの野郎……やってやる!!」

 

 先手必勝。素速くリボルブラスターを抜き、敵を撃つ。

 リボルブの目論見通り、銃撃はファイズのベルトとアギトの左肩、そして響鬼の下顎へと正確に命中する。

 無論、それだけで倒れる相手ではない。ファイズ・デジブレインのベルトに装填されていたファイズフォンは転げ落ちてしまったが。

 

「オラァッ!」

 

 全員が怯んでいる隙に、リボルブは響鬼へと拳を繰り出す。

 だが、響鬼の口部が突然開いたかと思うと、そこから紫色の炎が吐き出された。

 鬼幻術・鬼火。仮面ライダー響鬼が扱う術のひとつである。

 

「こ、んのォォォ!」

 

 だが、多少のダメージを負わせる事はできたものの、元より炎を操る能力を持つリボルブに対しての足止めとはならなかった。

 拳はそのまま響鬼・デジブレインの顔面にクリーンヒットし、リボルブは拳をめり込ませたまま続けざまにプレートを押し込み、必殺技を発動する。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! デュエル・マテリアルアタック!》

「オオオオオッ! オラッ! オラァッ! オラオラオラァッ!」

 

 全身にカタルシスエナジーを漲らせ、リボルブは響鬼に何度も何度も拳を叩き込む。

 そして最後の拳が響鬼・デジブレインの胸に直撃した瞬間、その身体が大爆発し、地面に響鬼ライドウォッチが転がり落ちた。

 

「まずひとつ!」

 

 ライドウォッチを拾い上げ、振り向きざまにアギト・デジブレインをリボルブラスターで撃つ。

 だがアギトは自らのベルトの右側のスイッチを押し込むと、ベルトから伸び出た赤い剣を装備し、銃弾を全て斬り裂いた。

 

「なにっ!?」

 

 リボルブの驚愕。見ればアギトの胴体と右腕、そしてベルト中央の石の色までもが赤く変化していた。

 仮面ライダーアギト フレイムフォーム。あらゆる知覚能力を強化し、透明化や高速移動する敵を正確に捕捉する事ができる姿。

 これにより、フレイムセイバーでリボルブの銃撃を防ぐ事ができたのだ。

 

「グゥルルル……」

 

 アギト・デジブレインは、居合のような構えを取り、じりじりとにじり寄ってリボルブを迎え討とうとしている。

 

「ヘッ、面白ェ」

 

 するとリボルブは、アプリウィジェットからアーキタイプ・マテリアルのマテリアプレートを取り出し、リボルブラスターにセットした。

 

《フィニッシュコード!》

「テメェの居合と俺の速撃ち……どっちが速いか」

 

 金色の角とフレイムセイバーの鍔が展開するアギトと、プロトマテリアフォンを手に取るリボルブ。

 睨み合いの末、先に動いたのは、リボルブだ。

 

Alright(オーライ)!》

「勝負だ!」

EDGE(エッジ)・マテリアルカノン!》

 

 プロトマテリアフォンをかざし、弾丸を発射。しかし、袈裟に振られた炎を纏う太刀は、それを打ち落とす――はずだった。

 接触の瞬間、弾丸は突如として無数の刃へと変わり、予想外の動きに対応できなかったアギトの顔面と胴体を貫いた。

 そのままアギトは爆散し、リボルブの足元にライドウォッチが転がる。

 

「二つ目だ。後は」

 

 リボルブは、先程から動きを見せていないファイズ・デジブレインを振り返る。

 既にファイズフォンを拾い上げており、フォンブラスターに変形させてリボルブに向けていた。

 

「その携帯使うのかよ、なんか親近感あるじゃねェか」

 

 言いながら、リボルブもファイズに銃口を向ける。

 先に仕掛けたのはファイズだ。トリガーを引き、マズルアンテナからフォトンバレットを発射。エネルギー弾が真っ直ぐにリボルブの方へと飛ぶ。

 だが、リボルブはそれら全てを、高速かつ精密に撃ち抜いた。

 データの弾丸とエネルギー弾がぶつかり合い、相殺。射撃は通じないと判断したファイズ・デジブレインは、ファイズショットを装備して即座に真っ直ぐ殴りかかる。

 

「オラァ!」

 

 リボルブもそれに対応し、拳を突き出す。

 互いの拳が重くぶつかり合い、吹き飛ばされたのはリボルブの方だ。

 

「ぐっ!? 野郎!」

 

 倒れ込む寸前、リボルブは身を反らしながらも発砲。

 銃撃は、ファイズの両眼に命中し、火花を撒いた。

 

「グルァ!?」

「今だ……!」

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! GUN(ガン)・マテリアルカノン!》

 

 リボルブが、再びプレートを差し込んで必殺の弾丸を発動。

 真っ直ぐに放たれた銃弾が、ファイズに命中する、その一瞬。

 

《フォーゼ!》

 

 爆発と同時に、ファイズの体からそんな音声が鳴り響いた。

 

「やったか!?」

 

 リボルブはじっと目を凝らす。

 爆炎が消え失せ、そこにいたのは、ファイズではない。

 全く別の、ロケットのような形の頭部が特徴的な白い仮面ライダーだった。

 

「なんだと!?」

「ウチュウウウウウ! キタァァァァァ!」

 

 ワケの分からない事を叫んで気合を入れながら、姿を変えたライダーデジブレイン、フォーゼ・デジブレインがジェット噴射でリボルブに突撃する。

 

「もうライドウォッチを取り込んでたのかよ、クソッタレが!」

 

 悪態をつき、リボルブラスターで迎撃するリボルブ。

 だがフォーゼは銃撃を受けても怯まずに進撃し、リボルブの肩を掴んだかと思うと、その大きな頭で頭突きを繰り出した。

 

「ぐっ!?」

 

 鈍い音が耳に入るが、フォーゼは攻め手を緩めない。何度も頭突きを食らわせた後、リボルブの胸に前蹴りを炸裂させた。

 そして地面を転がされ倒れたリボルブを、追い打ちとばかりに蹴りつける。

 

「この、野郎!」

 

 怒声と共にリボルブはフォーゼの爪先を撃つ。そうして怯んだ隙をついてフォーゼの脚を払い、転倒せしめた。

 

「調子くれてんじゃねェ!!」

 

 転んだフォーゼの頭を、今度は立ち上がったリボルブが踏みつける。

 先程の頭突きの分の仕返しとばかりに、何度も何度も。

 

「ふざけた頭しやがって、ロケットみてーに飛ばしてやらァ!!」

 

 リボルブがそう言ってベルトのマテリアプレートを押し込んで必殺技を使おうとした、その時だった。

 フォーゼが自身のベルトに装填された、二番目のスロットにあるペンの先端のような形をしたスイッチをカチリと操作し、足を振り上げる。

 アストロスイッチ。フォーゼが扱う、様々な機能を発揮するアイテムだ。

 

《ペン・オン》

 

 すると、フォーゼの右足にある青いバツ印が輝き、形態が変化。黒いインクで濡れたペンのようになる。

 そして足が振り上げられると共に、リボルブの顔と手足にインクがまぶされた。

 

「ぶぁっ!? なんだこれ!?」

 

 突然の出来事に驚いていると、付着したインクが鋼鉄のように硬質化。

 視界が真っ黒に染まり、リボルブの腕が胴体とくっつき、脚はインクで地面に固定され拘束されてしまう。

 

「しまっ……」

《ロケット・オン》

《ドリル・オン》

 

 スイッチを操作する音が聞こえ、ぞくり、とリボルブの背筋に走る悪寒。

 その予感は当たっており、身動きがとれない間にフォーゼは上空を飛んでフォーゼドライバーのレバーを操作し、必殺の準備を完了していた。

 

《ロケット・ドリル! リミットブレイク!》

 

 リボルブの視界が元に戻った時、その眼に飛び込んできたのは、右腕にロケットと左足にドリルを装備して真っ直ぐに自分へとキックを放つフォーゼ・デジブレインの姿だ。

 避け切れない。いや、避けられない。

 それを悟り、リボルブは僅かな希望のためにベルトをかばい、攻撃に備えて身構える。

 そして、直撃した。

 

「ぐあああっ!」

 

 鋭利なドリルの一撃を受け、リボルブは大きく後方に吹き飛ばされる。

 だが同時に、硬化したインクも砕けて剥がれ落ちた。ダメージは大きいが、すぐに立て直して反撃しよう。

 リボルブはそう考え、リボルブラスターを抜いてそれを実行に移そうとした。

 だが。

 

《ファイズ!》

「なっ……」

 

 デジブレインの姿が再び入れ替わる。それも、ファイズポインターを右脚に装着した状態で。

 

EXCEED CHARGE(エクシードチャージ)

 

 ファイズ・デジブレインの右足に赤い光が集中し、突き出した右脚のポインターから円錐型の赤いエネルギーが射出。

 これによってリボルブはポインティングされ、再び身動きが取れなくなってしまう。

 

「こ、ん……畜生が……!!」

 

 ファイズが飛び上がり、キックを放つと同時に、赤い光のマーカーがドリル状に回転。

 エネルギーがリボルブのボディに浸透し、爆発を引き起こした。

 これがファイズの必殺技、クリムゾンスマッシュ。その衝撃によって、鷹弘の変身は解除された。

 

「ぐああああっ!?」

 

 吹き飛ばされ、地面に倒れ伏す鷹弘。二つのライドウォッチが転がり、プロトアプリドライバーも外れて地面に落下し、粉々に砕け散る。

 

「クソッタレ……!!」

 

 これでもう、鷹弘も変身する事はできなくなってしまった。

 ならばせめて。ライドウォッチを護るように、這って全身で覆い被さった。

 

「グルル……」

 

 当然、デジブレインがそれを許すはずがない。

 ゆっくりゆっくりと、ファイズフォンを片手に鷹弘の背中に近づく。

 まるで、死神の足音だな。そんな風に考え、鷹弘は皮肉めいた笑みを浮かべる。

 その時だった。

 

「危ない!」

 

 そんな勇ましい少女の声が聞こえたかと思うと、赤いエネルギー弾がファイズ・デジブレインの体に命中する。

 鷹弘の眼には、それがファイズの放つものと同じ色に見えた。

 驚きながらも鷹弘は、それを撃った者の方を見る。

 黒い長髪を靡かせている、純白のマントとワンピースを纏う少女だ。片手には、ファイズフォンに似た武器を装備している。

 

「アナザーライダーではないな。どういう事だ?」

 

 その後に聞こえたのは、力強く猛々しい声。少女の後ろからやって来る、黒い衣服を身に着けた少年のものだった。

 彼の腰に装着されているもの、そしてその右手に持っているものを目撃して、鷹弘は瞠目する。

 時計に似た形状の白いベルトと、赤いライドウォッチだ。ここに至って、鷹弘はライドウォッチの『本当の使い方』を理解した。

 

「とにかく……この場は俺が鎮める。下がってろ、ツクヨミ」

「お願い、ゲイツ!」

 

 少女と少女は互いの名を呼び、ゲイツと呼ばれた少年の方はライドウォッチのカバーを回す。

 そして、リューズを押し込んだ。するとライドウォッチが発光し、音声が鳴り響く。

 

《ゲイツ!》

 

 ゲイツは音声を聞きながら、そのライドウォッチをベルトの右側に装填した。

 するとベルトから秒数をカウントするような電子音が発せられ、ベルト側のリューズを拳で押し込む。

 瞬間、ゲイツの背後に巨大な腕時計に見える立体映像が投影され、ロックが解除されたベルトのバックルの動きに合わせて僅かに傾く。

 そして、ゲイツはバックルの両端をガシッと両手で掴んだ。

 

「変身!」

 

 ファイズと真っ向から対峙したゲイツが叫んで勢い良くベルトを回転させると、再びベルトから声が放たれた。

 

RIDER TIME(ライダータイム)!》

 

 セグメントに『GEIZ』という表示がされ、さらにベルトが名を読み上げる。

 彼の、戦士としての名を。

 

《仮面ライダーゲイツ!》

 

 背後の立体映像から四つの黄色い文字が飛び出し、ゲイツの体に赤い装甲のパワードスーツが装着され、その文字が顔面に貼り付いた。

 右目から鼻を通って左目まで『らいだー』という文字が、でかでかと書かれている。ついでに、額には『カメン』とある。

 続いてセグメントには『2068』という表記がされた。

 

「カメン……らいだー……?」

 

 身を起こしつつ目を丸くして、鷹弘は文字を読み上げた。

 少年、仮面ライダーゲイツはその声を聞きながら、眼前のファイズ・デジブレインを睨みつける。

 

「まさかアナザーでもないファイズと戦う事になるとはな」

 

 拳を握り込み、腰を落とす。ファイズ側も、スナップを効かせて右手を振った後、ファイティングポーズを取っている。

 そして互いに距離を空け、睨み合ったまま動かない。

 相手との間合と攻め手を測り、いつ仕掛けるのか、思考を張り巡らせている。

 

「……グオオオッ!」

 

 痺れを切らしたか、確実に勝てると踏んだか。ともかく、先に動いたのはファイズの方だった。

 右手にファイズショットを装着し、真っ直ぐに拳を突き出す。

 

「フッ!」

 

 だが、その手をゲイツは読み切っていた。僅かに身を反らす最小限の動きで拳を避け、平手で突いてファイズを押しのける。

 そうしてファイズの背後を取った瞬間、その手に武器を握った。

 

《ジカンザックス! オーノー!》

 

 それは、表面に『おの』と書いてある赤い武器。文字通り、斧だ。

 振り向いたファイズの頭に、大上段から刃を叩きつけた。

 

「グガァッ!?」

 

 よろめくファイズだが、ゲイツは攻撃の手を緩めない。横に薙ぎ、袈裟に振り、胴体や首へと斬り込む。

 その度に火花が散り、堪らずファイズは大きくバックステップして距離を取りつつ、ファイズフォンを手に取った。

 直後、ゲイツは握った斧を変形させる。それと同時に表面の文字も変わり、音声が鳴った。

 

《ユーミー!》

 

 読み上げた通り、そして書いてある通りに『ゆみ()』の形をした武器。

 ゲイツはそれを使い、その手からファイズフォンを撃ち落とした。

 

「グッ!?」

「無駄だ、手の内は全て知っているぞ。対処法もな」

「……グァァァッ!」

 

 苛立った様子でファイズが咆哮。それと同時に、またも体内のライドウォッチが起動する。

 

《フォーゼ!》

「何!?」

 

 瞬間、ファイズの姿がまたフォーゼ・デジブレインに切り替わった。

 ゲイツにとってもこれは予想外の展開であったらしく、鷹弘の傍で戦闘の様子を見ていたツクヨミも驚愕している。

 

「ウチュウウウ! キタァァァ!」

 

 大声で叫び、フォーゼは素速くゲイツへと突撃した。

 奇襲気味に放たれた頭突きを防ぐ事ができず、ゲイツは大きく仰け反る。

 

「ファイズからフォーゼとはな……!」

《ランチャー・オン》

《ガトリング・オン》

《レーダー・オン》

「くっ!?」

 

 フォーゼの両足がミサイル砲とガトリング砲のように変化し、さらに左腕にアンテナのようなものが出現するのを見て、ゲイツが焦った様子で声を上げる。

 そして、一斉砲火が開始された。ミサイルはレーダーの能力によってゲイツをロックオンし、無数の銃弾が襲い来る。

 迫る破砕音。だがゲイツはビル壁の陰に飛び込む事で遮蔽物としてガトリングの弾丸をやりすごし、さらに追いかけてくるミサイルはジカンザックスの矢で冷静に撃ち落とす。

 とはいえ、このままでは防戦一方だ。何か手はないものかと思索していた、その時。

 

「ゲイツ、これを使って!」

 

 そんな言葉と共に、鷹弘を連れて安全圏に避難していたツクヨミが、ある物を二つゲイツへと投げかける。

 驚きつつもそれらをキャッチしたゲイツは、手に取った物を目視して、仮面の奥で目を見開く。

 

「なるほど。使うのは初めてだが……やるしかない!」

 

 言いながらゲイツがその手で掲げた物、それは先程鷹弘が護った響鬼ライドウォッチであった。

 指でカバーを回してリューズを押し、起動。ライドウォッチが光り、音声が鳴る。

 

《響鬼!》

 

 先程と同じように、しかし先程と違ってベルトの左側に、ライドウォッチを装填。

 そして、カウントダウンと共にロックを解除してベルトを両手で回転させた。

 

ARMOR TIME(アーマータイム)!》

 

 するとゲイツの周囲に追加装甲のようなものが出現し、それらが浮遊してゲイツの挙動に合わせて動く。

 また、ベルトからは音叉の音が鳴り、ライダーの名が呼ばれると、それらの装甲はゲイツの体に合着された。

 

《響鬼!》

 

 セグメントには『2005』との表記がされ、ゲイツの顔に再び黄色い文字が張り付く。その仮面ライダーと同じ『ひびき』の名が、両眼の位置に刻み込まれた。

 仮面ライダーゲイツ 響鬼アーマー。二つの音撃棒を手に、フォーゼ・デジブレインへと突撃する。

 

「グオオオッ!」

《ロケット・オン》

 

 フォーゼも、ランチャーからミサイルを発射しつつ、右腕をオレンジ色のロケットに変えて飛びかかる。

 それに対してゲイツは音撃棒に炎を集めて立ち止まり、叫びながらそれを思い切り振り被った。

 

「ハァァァッ!!」

 

 その直後、音撃棒の先端から炎の塊が吐き出され、それがミサイルを爆散させ、フォーゼの体を焼いた。

 鬼棒術・烈火弾。響鬼の持つ音撃棒・烈火に炎の気を集中させ、それを解き放つ術である。

 フォーゼは火炎弾とミサイルの爆風によって吹き飛ばされるものの、ロケットを使って浮上し態勢を立て直すと、上空からゲイツを睨む。

 

「グゥゥゥ!」

《ドリル・オン》

「これで終わらせる!」

《フィニッシュタイム! 響鬼!》

 

 スイッチを操作したフォーゼがレバーを手に掛けるのを見ると、ゲイツも素速くライドウォッチのリューズを押してベルトのロックを解除。

 そして、同時に必殺技を発動した。

 

《ロケット・ドリル! リミットブレイク!》

《音撃! タイムバースト!》

 

 脚のドリルを突き出し、ロケットの加速力を利用して真っ直ぐにキックを放つフォーゼ。そのドリルの先で、音撃棒を構えて腰を落とすゲイツ。

 ライダーロケットドリルキックが炸裂するかに見えた、その時。響鬼アーマーの両肩が光り、そこから二つの音撃鼓型のエネルギー体が放出されて、挟み込んでフォーゼを拘束する。

 その音撃鼓にはデジタル時計のセグメントがあり、一秒ずつ時を数えている。

 

「グッ!?」

「行くぞ、火炎連打の型!」

 

 クルリと音撃棒を回し、ゲイツは跳躍。フォーゼの背へと飛び乗り、音撃棒を使ってリズミカルに音撃鼓・火炎鼓へと連打を加える。

 ドンドンドンッ、と清めの音がフォーゼの体に流し込まれていく。これが、音撃だ。

 

「ハッ! ハッハァァァッ! セァッ、ハァッ!」

「グオオオッ!?」

「オオオオオッ! ハァァァッ!」

 

 最後に思い切り音撃棒を叩きつけた瞬間、爆炎が巻き起こり、フォーゼは激しい速度で地面に墜落した。

 その姿を確認しながら、ゲイツは地面に降り立つ。

 ツクヨミは安心しきって頬を緩めるが、しかし鷹弘は「まだだ!」と叫ぶ。

 目を凝らして見れば、フォーゼの爆散した位置にファイズ・デジブレインが立っていた。体内のライドウォッチを起動し、生き延びたのだ。

 

「しつこいヤツだな。ならば」

 

 響鬼のライドウォッチを抜き取ったゲイツは、そう言って別のライドウォッチを起動する。鷹弘が護った、もう一つのウォッチを。

 

《アギト!》

「もう一度倒すまでだ!」

ARMOR TIME(アーマータイム)!》

 

 叫び、ゲイツはまたもベルトを回転させ、先程とは異なるアーマーを召喚した。

 頭部と両肩に角を生やした、金色の鎧。ベルトに表記されるのは『2001』の年数。

 

《アギト!》

 

 ベルトから鳴る電子音と共に、ゲイツの両眼に『あぎと』の文字が貼り付いた。

 

「ガァァァッ!」

「ハッ!」

 

 ファイズショットを装備して真っ直ぐに走るファイズ、それに対し空手家か居合斬りのような独特なファイティングポーズで待ち構えるゲイツ。

 そしてファイズが拳を突き出した瞬間、渾身の一撃を手の甲で叩いて逸らし、カウンター気味に右腕の正拳突きを胸の中心に叩き込む。

 

「グッ!?」

「ハァッ!」

 

 ダメージでファイズが怯むと、畳み掛けるようにゲイツはもう片方の腕で拳を繰り出し、さらに鋭い回し蹴りで頭部を斬り込む。

 ゲイツの怒涛の攻勢にファイズはたじろぎ、焦りからか、ファイズポインターを右足に装着して必殺の態勢に移った。

 

「ガァルルルァ!」

EXCEED CHARGE(エクシードチャージ)

「ならば!」

 

 ゲイツがライドウォッチを操作すると、音声が流れると同時にゲイツの立つ大地にアギトの頭部に似た模様の紋章が浮かび上がり、そのエネルギーが脚に吸収されていく。

 

《フィニッシュタイム! アギト!》

 

 ファイズは鷹弘と戦った時と同じように右足を突き出してポインティングを試みるものの、苦し紛れの一撃は見抜かれており、大きく跳躍したゲイツに避けられてしまった。

 そして、ゲイツは空中でベルトを一回転させる。必殺の発動だ。

 

《グランド! タイムバースト!》

「ハァーッ!」

 

 跳躍した状態から右脚を突き出し、ゲイツのライダーキックがファイズの胴体を捉える。

 強大なエネルギーが放出され、それを受けたファイズの口から発せられるのは、苦しみの断末魔。

 着地したゲイツは構えを崩さずに振り向き、残心を保ったままファイズの爆散を見守るのであった。

 

「勝ちやがった……!」

 

 自分ではどうしようもなかった相手を一方的に打ち倒したのを目撃し、驚く鷹弘。

 彼の傍にいたツクヨミは、変身を解いたゲイツへと駆け寄っている。そのゲイツ少年の手には、つい先程倒したばかりのファイズ及びフォーゼのライドウォッチが握られていた。

 

「ちょ、ちょっと待て!」

 

 当然、鷹弘は慌てて呼び止める。

 

「何者か知らねェが、それは俺たちにも必要なモンだ! 勝手に持っていくんじゃねェよ!」

「なに? どういうつもりか知らんが、これはこの世界の人間が持っていて良い物ではない」

「ンだと? ……いや、まさかテメェ」

「貴様ひょっとして……」

 

 言い争いになった鷹弘とゲイツの声が、重なり合う。

 

『例のタイムジャッカーの仲間か!』

 

 一瞬の沈黙。

 

「は?」

「ん?」

 

 あわや戦闘になるかと思われた空気が一気に弛緩し、二人とも何が起きたのか分からない、と言うような困惑した表情になった。

 そんな二人の間に、ツクヨミが割って入る。

 

「あの! あなたは、この世界の方なんですよね?」

「あ、あぁ」

「私たちはこことは別の世界から、時空を超えてやって来たんです。奪われたこのライドウォッチを追って!」

「……ひょっとして、例のウォズとかいう胡散臭い男の仲間か?」

 

 それを聞いて、真っ先に反応を示したのはゲイツだ。

 

「誰がアイツの仲間だ!?」

「まぁまぁ……その通りなんですけど、どうしてその名前を?」

 

 ツクヨミに問われ、鷹弘は至極当然と言った様子で、正直に答える。

 

「本人から直接聞いた。石像みてーになって動けなくなった仮面ライダージオウを復活させるために、この世界に散らばったライドウォッチを集めろとかなんとか……」

 

 鷹弘の返答を聞いている内に、二人の顔色は段々変わっていく。

 焦りと不安、そして驚愕の色だ。彼らの様子が深刻なものに変わったので、鷹弘も困惑した。

 

「おい、どうした?」

「そいつはどこにいる!?」

「何?」

「そのウォズと名乗った男は、今どこにいるんだと聞いてるんだ!」

「な、なんだよ急に?」

「答えてくれ!! いいか!? アイツは、そのウォズはな……!!」

 

 鷹弘の肩を掴み、必死に叫ぶゲイツ。

 彼の語る『ある事実』を耳にした鷹弘は、大きくを目見張るのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 同じ頃。

 ライドウォッチ捜索のため、アシュリィと行動を共にしていた翔は――。

 

「グラララァ!」

「ギシャアア!」

 

 バイクを駆る多数のライダーデジブレインたちに追われていた。

 マシンマテリアラーで必死に逃げつつ、翔はミラー越しに背後のデジブレインたちの内訳を確認する。

 

「ブレイド・カブト・電王・キバ。全員相手にするのは、やっぱり厳しいな……!」

「どうするの!?」

「近くにある廃工場に逃げる! その後、一体ずつ倒す!」

 

 スピードを上げ、風を裂くようにマシンを走らせる翔。その後を追跡するデジブレインたち。

 こうして作戦通り、翔たちは廃工場内に入る事ができた。

 アシュリィと共に走り回り、今度は隠れ潜んで一人ずつ誘き出すために動く。

 

「……あっ!」

 

 その途中、足を止めたアシュリィは突然声を上げ、錆びたドラム缶を指差した。

 翔がその方向を見れば、予想もしていないものが落ちており、すぐさま飛びつくように走ってそれを手に取る。

 ライドウォッチだ。

 表面に赤い顔のライダーがあり、ライドウォッチ本体は銀と黒で色分けされている。

 

「このライダーは確か、ウィザードだ!」

 

 これでまたひとつ回収できた。しかし、同時に翔たちのいる区画に二つの影が躍り出る。

 ブレイドとキバのデジブレイン、彼らが襲いかかって来た。

 翔はすぐさまアシュリィを下がらせ、オーズライドウォッチを手にし、臨戦態勢に移った。

 

「一対二なら……!」

《オーズ!》

「変身!」

 

 リューズを押し込むと、エグゼイドの時と同様に、翔の姿が変わっていく。

 頭部が赤、胴体及び両腕が黄、そして脚部が緑と三色に分かれた仮面ライダー。胸には紋章があり、上からタカ・トラ・バッタの姿が描かれている。

 これが仮面ライダーオーズ。腰に装着されたオーズドライバー、そのバックルに挿入されている三枚のコアメダルに描かれた動物の能力を行使するという特性を持つ。

 

「ハァッ!」

「オン!?」

 

 両脚が緑色に光り、オーズは真っ直ぐに跳躍し、ブレイドの肩を踏み台にして、黄色く輝く両爪でキバの胴体を斬り裂いた。

 

「おおっ、腕に武器って便利だなぁ」

「ルラギッ!」

 

 感激していると、憤慨した様子のブレイドが、剣を片手に飛び掛かって来る。

 オーズはそれを右に跳躍して回避し、二体のデジブレインの姿を凝視。

 するとオーズの赤い頭部が光り、変身者である翔の視覚に劇的な変化が起こった。

 デジブレインたちの体内にあるライドウォッチの正確な位置、そして数はおろか種類までも、まるでレントゲン検査のように透視できたのだ。

 

「なるほど! なんで三色バラバラなんだろうと思ったけど、これは……バランスが良い! 戦いやすい!」

 

 見ればブレイドにもキバにも、既にもうひとつライドウォッチが埋め込まれている。

 ブレイドには鎧武ライドウォッチ、キバにはゴーストライドウォッチだ。

 

「もう回収されてるのか! だったら!」

 

 オーズは連続して繰り出されるキバの拳を、素速い足捌きと跳躍で背後に回って回避。

 そしてキバが腰に付けたウェイクアップフエッスルを手に取った直後、右腕のトラクローで背中から刺し貫いた。

 

「ギッ!?」

 

 腕を引き抜くと、キバの姿は解除され、元のグレーカラーのベーシック・デジブレインに戻る。

 見れば、オーズの爪と爪との間には二つのライドウォッチが挟まれていた。このデジブレインが宿していた、キバとゴーストのウォッチだ。

 オーズはタカヘッドで既に胴体の脆い位置を見抜き、それを回収せしめたのだ。鋭利なトラクローで貫く事によって。

 

「まずは一体!」

 

 言いながら、すかさずオーズがオースキャナーをオーズドライバーに押し当て、スライドさせる。

 

《スキャニングチャージ!》

「そぉりゃあああっ!」

 

 抵抗する術を失ったデジブレインは、大きく跳躍したオーズの渾身のライダーキックを受け、爆滅。

 この場に残るのはブレイドのみだ。

 

「ディス……カァァァッ!」

SLASH(スラッシュ)

 

 ブレイドが剣にカードを読み込ませると、刀身が青い輝きを放つ。

 これは仮面ライダーブレイドの特性。自らの専用武装である召喚機『醒剣ブレイラウザー』に、アンデッドが封印された『ラウズカード』をリードさせる事で、そのアンデッドの力を操る事ができるのだ。

 様々な動物のアンデッドのカードを駆使して戦うため、この点はオーズとよく似ている。

 

「ウェアアアッ!」

 

 剣を振り上げ、ブレイドはそれをオーズに叩きつける。

 防御のため交差させたトラクローが容易く崩され、オーズはその一撃をまともに受けてしまった。

 

「ぐっ!?」

「ウェェェイ!」

TACKLE(タックル)

METAL(メタル)

 

 続いては突進力強化と全身を硬質化させるカード。

 鋼そのものとなったブレイドは、超至近距離から凄まじい勢いでオーズに激突。

 それによって、オーズは跳ね返ったゴムボールのように弾き飛ばされ、壁を砕いて地面に背中を打ち付けてしまう。

 

「がっ……!?」

 

 倒れ込んだオーズにも、ブレイドは剣を構えて容赦なく迫る。

 少し相性が悪いかも知れない。そう判断した翔は、別のライドウォッチを手に取った。

 

「剣士にはこれだ!」

《ウィザード!》

 

 ウォッチを掲げてボタンを押すと、再度翔の姿が変化する。

 黒いコートをマントのようにたなびかせる、掌の形をしたバックルのベルトを装着したライダー。その顔は赤く宝石のように煌めいている。

 仮面ライダーウィザード。その名の通り、指輪に宿る魔法を操る力を持つ。

 

《コネクト! プリーズ!》

 

 バックルを操作し、指輪をはめた手をドライバーに掲げ、目の前に浮かび上がった魔法陣へと手を伸ばす。

 すると魔法陣を通して別の空間から剣が取り出され、ウィザードはそれを装備した。

 ウィザーソードガン。剣にも銃にも変形する武器である。

 

「ハァーッ!」

「ウェァ!」

 

 ガシンッ、と刀身同士がぶつかり合い、鍔迫り合いのようになる。

 

「くううう!」

「ウェエエ!」

 

 真っ向からの剣撃で押し返し始めているのは、ブレイド。腕力に任せてウィザーソードガンを叩き割らんとしている。

 だが、ウィザードも黙ってはいない。バックステップで鍔迫り合いから離れた瞬間、新たにウィザードリングをドライバーにかざした。

 そしてそうはさせまいと、ブレイドもラウザーにカードをリードする。

 

MACH(マッハ)

《エクステンド! プリーズ!》

 

 高速移動の能力を行使し、ブレイドは剣を前に突き出して疾走。

 そのまま剣先による刺突が命中するかと思われた。

 だが。

 

「そりゃっ!」

「ウェッ!?」

 

 接触の瞬間、ウィザードの体は頭上へと浮かび上がって回避される。

 驚いて見上げれば、そこには腕をゴムのように伸ばして上階の鉄柵を掴み、ぶら下がっているウィザードの姿があった。

 

「ウウッ!」

KICK(キック)

 

 今度は跳躍力とキック力を強化するバッタ型アンデッド、ローカストの力を借り、さらに高い位置から蹴りを繰り出すブレイド。

 だが、それもウィザードの思うツボだった。

 

「今だ!」

《ビッグ! プリーズ!》

 

 叫びながら鉄柵から手を離し、ウィザードリングを読み込ませ、眼の前の魔法陣に向かってキックを放つ。

 すると、その右足が天井に届く程に巨大化し、空中で逃げ場のないブレイドを一気に蹴り飛ばした。

 

「ウェア!?」

 

 不意を打たれたブレイドは地面へと真っ逆さまに落下、しかし着地するウィザードを迎え撃つため、すぐに立ち上がって三枚のカードを取り、必殺の構えに移る。

 しかし、ウィザードはそれさえも予測していた。

 

《バインド! プリーズ!》

「ウェ!?」

 

 ウィザードの魔法によって虚空から現れた鎖が、カードを持つブレイドの腕を強く締め上げ、頭より高い位置にその手を動かす。

 これではリードができない。堪らずカードを取り落してしまい、必殺技は不発となった。

 そして、既に。

 

《シューティングストライク! ヒーヒーヒー! ヒーヒーヒー!》

 

 ガンモードとなったウィザーソードガンによる、ウィザードの必殺技は発動していた。

 銃口から射出される弾丸が雨霰と降り注ぎ、ブレイドは大きな悲鳴を発し爆散する。

 

「……」

 

 それでもウィザードは油断せず、武器を構えてブレイド・デジブレインのいた場所を睨んでいる。

 何故ならば、オーズに変身した時、既に確認していたからだ。体内に宿るもうひとつのライドウォッチの存在を。

 

《鎧武!》

「ガァッ!」

「来た!」

 

 爆煙の中から銃声を耳にして、ウィザードは飛び出してきた弾丸を回避する。

 煙が晴れてそこに立っていたのは、オレンジ色の鎧を纏う、双刀使いの武者の姿。鎧武・デジブレインだ。

 

「ハァッ!」

「ルガァ!」

 

 ウィザーソードガンをソードモードに戻し、それを振り上げて立ち向かうウィザード。

 対する鎧武は、大橙丸で剣を受け止め、もう片方の武器である無双セイバーで脇腹に斬り込んだ。

 

「ぐっ!?」

「シェアアア!!」

「ぐあぁ!?」

 

 ウィザードが怯んだ隙を突いて、鎧武は無双セイバーから銃弾を放つ。

 鎧武は二刀流であるため、手数が多い。トリッキーな立ち回りを得意とするウィザードだが、接近戦では鎧武に軍配が上がる。この状況では押し切られるのも時間の問題と言えるだろう。

 一気に勝負をつけなければ。その判断から、意を決した翔は、今ウィザードの能力でできる最大の手を使う事にした。

 

《コピー! プリーズ!》

「ギッ!?」

 

 指輪の魔法により、ウィザードの姿が二つに分身。鎧武の一刀は空を切り、本物と分身の見分けがつけられないでいる。

 しかし、翔の狙いはそこではない。今からが本番なのだ。

 

「これで……!」

 

 分身体が、あるものを手にする。

 ウィザードリングではない。それは、先程新たに入手したライドウォッチだ。

 

《ゴースト!》

 

 リューズが押し込まれ、分身の姿が切り替わる。

 ウィザードから、別の仮面ライダーへ。パーカーを纏う幽霊、仮面ライダーゴーストだ。

 

「グッ!?」

「行くぞ!」

《ガンガンセイバー!》

 

 大振りな剣を手に、ゴーストが霊の如く浮遊しながら斬りかかる。ウィザードは背後から射撃で援護しつつ、次の魔法の準備に取り掛かる。

 鎧武はゴーストへと斬撃を繰り出すが、攻撃はすり抜けるようにスルリと回避され、まるで霞を斬るような手応えの連続。

 痺れを切らしてウィザードから狙おうとすれば、その隙をつかれてゴーストに背中を上段から叩き斬られる。

 これじゃ魔法使いじゃなくて死霊術師だな、と自分で思いながら、ウィザードは魔法を発動した。

 

《エキサイト! プリーズ!》

「うわっ!? え、えぇ~っ……?」

 

 発動の瞬間、ウィザードの全身の筋肉が膨れ上がり、身長と体格が一回りほど大きくなる。

 自分で使って困惑しつつ、長く強靭な腕で抉り込むようにアッパーカットを繰り出し、鎧武を天井目掛けて殴り飛ばした。

 その鎧武の頭上に、ゴーストドライバーのレバーを掴んで印を結ぶゴーストが浮遊している。

 必殺の準備だ。同時にウィザードも、指輪を変えて必殺技に移っている。

 

《キックストライク!》

《ダイカイガン! オレ!》

《サイコー!》

《オメガドライブ!》

『そぉりゃあああああっ!』

 

 二人の仮面ライダーが同時に叫び、挟み込んで圧殺するように、鎧武・デジブレインへとキックを繰り出した。

 同時に必殺技を受けたデジブレインは再び大爆発を起こし、地面に落下。その場にはライドウォッチが二つ残されるのであった。

 

「よし、これで……!?」

 

 戦利品のライドウォッチを手に入れる翔であったが、直後に膝から崩れ落ちる。

 ウィザードの魔法を使用するには、魔力を消耗する必要がある。翔の場合それは代用としてカタルシスエナジーとなったが、使いすぎれば、当然疲弊する。

 翔は連続して何度も魔法を使ってしまったため、疲労が限界を迎えてしまったのだ。

 

「ショウ!」

 

 倒れ込みそうになる翔を支えるのは、アシュリィだった。

 

「大丈夫!?」

「な、なんとか。仮面ライダーウィザード、すごい能力を持ってるけど……使いすぎると思いっ切り体力を持っていかれるな……」

 

 アシュリィの肩を借りながら、翔はどうにか歩き始める。

 戦いは終わっていない。翔たちを追っていたカブトと電王のデジブレインが、まだ姿を見せていないのだ。

 

「とりあえずこの場を離れないと……」

「うん、しっかり掴まって……!?」

 

 突如、アシュリィの足が止まる。真っ直ぐ前を見たまま、硬直しているのだ。

 まさかデジブレインが現れたのかと思い、翔もその方向を視認する。そして、同様の反応を示した。

 結論として、そこにいたのは紛れもなくデジブレインだ。

 ただし――。

 

「おやおや。奇遇ですねぇ」

 

 その正体は、孔雀の仮面の男。即ちスペルビアだ。

 

「スペルビア……なんでここに!? まさか、今回の事件もお前が!!」

 

 ライドウォッチを手に身構える翔。しかし今の状況で勝てる相手ではない事は明白だ。

 それにそもそも、スペルビアからは一切の敵意を感じなかった。

 

「まぁまぁ、落ち着いてください。今回の件に私めは何の関係もありません。いえ、正確には多少関係はしていますが」

「……何を言いたいんだ?」

「とにかく、この状況は私めにとっても望むところではないのですよ」

「……」

 

 完全に警戒を解いたワケではないものの、翔は心を落ち着けて、ウォッチを再びポケットに収納する。

 思えば、まだ捕らえていないCytuberたちがどうなったのか、デジブレイン側の状況がまるで分かっていない。

 体を休める必要もあるので、翔はひとまずスペルビアから情報を聞き出す事になった。

 一方、翔が話を聞く姿勢を見せたので、実に愉快そうにスペルビアは笑い始める。

 

「そもそも、あなた方は今の状況をおかしいと思いませんか?」

「おかしい事だらけだよ。ホメオスタシスはなくなってるし、アプリドライバーも使えないし……」

「では、何故ホメオスタシスがなくなったのだと思いますか?」

「え?」

 

 翔にとって予想もしていなかった問いかけだ。その驚いた表情を見て笑いながら「少し質問を変えましょう」と言い放つ。

 

「今あなた方が敵対している組織は、タイムジャッカーでしたか……彼らはどうやってデジブレインを使役しているのでしょう?」

「……確かに、どうやってるのか知らないけど、ごく自然に操ってるな……いや、待てよ?」

 

 顔を上げた翔は、誰にでもなく疑問を口にする。

 

「そもそもゲートはどこに?」

「……あっ! 言われてみれば、基本的にデジブレインはゲートがないと存在を維持できないはず……!」

 

 アシュリィも気付いて、眼を丸くした。

 仮にライドウォッチがその役割を担っているのだとしても、エネルギー切れを起こさずに半永久的に活動できるのは妙だ。

 そもそも彼らはライドウォッチの力を完全に扱い切れておらず、当初はベルトも装着していなかったのだ。そんな不安定な状態ではエネルギー源の役目を果たせるはずもない。

 となれば、もっと別の根本的なところに原因があるはず。そう思って翔は、スペルビアに質問した。

 

「サイバー・ラインは今どうなってる? 他のデジブレインはどこだ?」

「消えましたよ」

 

 沈黙。

 今、お前何を言った? そんな内容の事を翔は叫びそうになった。

 

「もっと正確な事を言うのなら、サイバー・ラインは形を変えました。ブラウザを開いて検索すれば簡単にアクセスできるようなサイト全てと完全に融合し、いわゆる普遍的な電脳世界となりました。私の知らない内にね」

「な……」

「その影響で、デジブレインはこの世のどこにでも飛び出せるようになりましたよ。ヤツらの生み出した紛い物しか他のデジブレインは存在しませんがね」

 

 言葉が出なかった。本来あったデジブレインという種は、彼を除いて知らない間に絶滅してしまったというのだ。

 これが歴史改変の影響なのだとすれば、アシュリィがデジブレイン化の能力を失ったのにも説明がつく。過去にあったはずのデジブレインが消えてしまったのだから。

 そして、その話を聞いて翔はもうひとつの結論に達する。

 

「じゃあ、ホメオスタシスが消えたのは……サイバー・ラインにもデジブレインにも、対策する必要がなくなったから!?」

「そういう歴史になったからでしょうねぇ」

「電特課がそのままなのは、サイバー犯罪の対策が表向きの姿だからか……」

 

 納得した様子で頷く翔とアシュリィ。しかし、疑問はまだまだ湧いて出てくる。

 

「でも、だとしたらあのデジブレインたちは何者なんだ? タイムジャッカーが過去から連れてきたのは間違いないとして……どうやってCytuberたちの目をかいくぐって実行した?」

「それは簡単ですよ。内通者、つまりは反逆した者がいるのです」

 

 反逆者。それが原因でこのような事態が引き起こされたのだとすれば、それはやはりプロデューサーであるスペルビアの責任なのではないだろうか。

 そう思いながらも口には出さず、翔は話を黙って聞く。

 

「その男の名はジョー・ヒサミネ(久峰 錠)、Cytuber9位の者です。代々政治家や市長と言った職に就いている名家の出で、彼の現在の職は俳優ですね」

「ジョー・ヒサミネ……どうしてその男が反逆者だと?」

「彼が二人のタイムジャッカーと行動を共にしている姿を見たからですよ」

『えっ!?』

 

 翔とアシュリィの姿が重なる。

 初めてタイムジャッカーの二人が現れた時、そんな男の姿はなかったのだ。

 そもそも、ウォズの話の通りであれば、タイムジャッカーは三人のはずである。翔たちも三人目の姿を直接目撃していないとは言え、スペルビアが見た時も三人で行動していないなどという事があるのだろうか?

 翔たちが考え込んでいると、スペルビアは何やら察した様子で、微笑みながら数度頷く。

 

「あなた方も気をつけた方が良い……目に映るものが全て真実とは限りませんからねぇ」

「それは、どういう意味だ?」

「期待させて貰うという事ですよ。私が戦えばこの世界を滅ぼしかねない、そんな終わり方を望んではいません」

 

 それだけ言うと、スペルビアはパチンッと指を弾く。

 瞬間、二人の体が宙に浮かび、段々と体が透け始めた。

 どこかに転送するつもりのようだ。

 

「待っ――」

「では、ごきげんよう」

 

 翔とアシュリィ、そしてスペルビアの姿が消え、廃工場はもぬけの殻となるのであった。




「うわあああっ!?」

 スペルビアとの対話の後。
 翔は、レンガ造りの硬い地面の上に仰向けで倒れる。
 そしてその顔に、アシュリィの柔らかい尻が覆い被さった。

「ぶっ!?」
「きゃっ!? ご、ごめん!」

 顔を赤くしながら、大慌てでアシュリィはその場を離れる。
 一方翔は、頭を押さえながらゆっくりと身を起こした。

「いたたたた……」
「君、大丈夫?」

 不意に、背後からそんな声が聞こえる。
 翔とそう年齢の変わらないような少年の声だ。
 振り返ってみれば、そこには薄い黄色のロングティーシャツを着た、茶髪の少年が立っている。外見から、翔よりも少しばかり年上に見える。

「なんかいきなり出て来たように見えたけど……」
「い、いえ! 多分気のせいですよ!」
「そっか、まぁそんな事もあるよね」

 のほほんと少年は笑う。
 天然気味な彼の様子に安堵して、翔は立ち上がって周囲を見渡した。
 どうやら、自分とアシュリィは広がる海と大橋を一望できる海上広場まで飛ばされたらしい。とりあえず知っている場所に出て、またホッと一息つく。
 だが、その時だった。

「どうしたんだい、我が魔王?」

 翔とアシュリィにとって、聞き覚えのある声が耳に入った。
 よく通る若い男の声。その声の主の姿を見て、二人はぎょっと目を見開く。
 灰色のマフラーにカーキグリーンのロングコートの黒髪の男。間違えるはずもない、ウォズだ。

「ウォズさん!?」
「なんでここに!?」

 二人の言葉を聞いて、少年とウォズは顔を見合わせる。

「ウォズ、知り合い?」
「いや……君たちは、誰だ? なぜ私の名を?」

 質問で返されて、二人は面食らった。なぜ自分たちの事を覚えていないのか?
 しかしその理由を考える暇もなく、大きな破壊音と悲鳴が四人の耳に聞こえる。
 すると、少年とウォズはすぐさま走り出し、現場へ急行した。翔たちは驚きつつもその後に続く。
 辿り着いた場所は観覧車が間近に見える、埠頭付近だ。三体のライダーデジブレインが、人々を襲っている。
 クウガ・カブト・電王。クウガ以外の二体は、先程翔を追跡していた者たちだ。

「くっ、また暴れてる……!」
「ショウ、どうするの?」

 まだ戦闘できるほど十分に体力は戻っていない。しかし、戦わなければ人々が襲われるだけだ。
 なら、やるしかない。翔が決意を固めた、その時だった。

「やるのかい、我が魔王」
「うん。民を護るのは、王の務めだからさ!」
「ではご武運を」

 先程の二人が、翔とアシュリィをかばうように前に立った。
 そして、少年は時計を模した形状の白いベルトを取り出すと、それを腰に装着する。
 ウォズの方は微笑んだまま、待機している。まるで何かを待ち望むように。

《ジクウドライバー!》

 流れ出た音声を聞きながら、さらに今度はライドウォッチを右手に取って掲げる。
 カバーを回してライダーの顔を作り、そしてリューズを押し込んだ。

《ジオウ!》

 ウォッチから流れ出た音声を聞いて、翔は眉をしかめる。
 しかし疑問を挟む余地もなく。少年は、ジクウドライバーというらしいベルトの右側にウォッチを装填、さらにベルトのロックを掌で解除した。
 すると、少年の背後に巨大な時計のビジョンが出現し、逆向きに時を刻み始める。
 少年は左腕を前に出して手を顔より上に、右腕は後ろ側に向けて胸より下にそれぞれ掲げ、そのポーズのまま目の前にいる三体のデジブレインを睨む。

「変身!」
RIDER TIME(ライダータイム)!》

 叫び声と共に、少年は左手でドライバーを一回転させる。
 その瞬間、背後の時計にピンク色で『ライダー』の文字が浮かび上がり、ドライバーが名を叫ぶ。

《仮面ライダー! ジオウ!》

 電子音声が鳴り、文字が前方に飛び出す。
 それと同時に少年の体は、白と黒と銀でカラーリングされたパワードスーツが装備され、さらに文字が顔面部に貼り付いた。
 少年は、仮面ライダーに変身したのだ。

「祝え!」

 突如としてウォズが叫んだので、翔とアシュリィはビクリと身を震わせる。

「全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え過去と未来を知ろし食す時の王者!!」

 恍惚とした表情で両腕を広げ、ひたすらにウォズは叫ぶ。少年の雄姿を称えるように。

「その名も仮面ライダージオウ!! 異界の地にて、初変身を遂げた瞬間である!!」

 再び聞こえたその名。もはや、聴き間違いのはずがない。
 翔は思わず、復唱するようにその名を声に出していた。

「仮面ライダージオウだって……!?」

 ジオウ、時の王者。
 存在するはずのない男が、そこにいた。


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EP.03[アノマリー2020]

「鷹弘たちは無事だろうか……」

 電特課のオフィスにて。
 椅子に腰掛けて指を組み、大きく溜め息を吐く鷲我の姿がそこにあった。
 その様子を見て、翠月は鋼作や陽子たちと顔を見合わせて苦笑いする。彼がこうして溜め息を吐くのは、何度目だろうと。

「会長。心配するのは分かるが、彼も翔くんも戦う力がある。今は吉報を待とう」
「それはそうだが……あいつが持っているのはプロトアプリドライバーだからな。デュエル・フロンティアを使えるように調整したとは言え、かなり突貫工事だったし……」

 そうしてまた、鷲我は頭を抱える。
 浅黄はそんな彼を見てくすくすと笑いつつ「そーいえば」と声を上げる。

「ウォズさんどしたの? いつの間にかいないけど?」

 質問には、翠月が答える。

「ずっとここにいても仕方ないから、ライドウォッチ捜索の手伝いがてら異世界観光でもすると言って出ていったぞ」
「……それ大丈夫かなー、デジブレインに襲われたりしない?」
「まぁ彼は不思議な力を持っているようだし、いざ見つかっても自力で逃げられるだろう」

 それを聞くと浅黄も「そっかー」と、追求せずに納得してしまう。全員、ウォズに関してはさして心配していないようだった。
 二人の問答の間も、鷲我はずっと鷹弘や翔の事を心配している。
 その時だった。

「情けないな。父親、ましてや大企業の会長ならもっとふんぞり返って胸を張ったらどうだ」

 オフィスの壁に背を預けている茶髪の青年が、そんな事を口走った。
 胸にバーコードの柄が入ったマゼンタカラーのシャツの上に、黒いパーカーを着て、グレーとマゼンタのデジタル迷彩柄のズボンを穿いている。
 どことなくプログラマー風の出で立ちだが、首からはマゼンタのトイカメラをぶら下げている。

『……』

 自然にこの場に溶け込んでいる彼の姿を見て、翠月も浅黄も鋼作も陽子も、皆が思った。
 この男は誰だろう、と。
 しかし、誰もその事を口にしない。深刻そうな面持ちの鷲我も、彼の話に黙って耳を傾けている。

「しかし、息子が死ぬかも知れないというのに……」
「あいつはそんなに心配しなきゃいけない程、ヤワな男なのか?」
「それは……違う。鷹弘ならやってくれると信じているが、プロトアプリドライバーの不安定な出力が原因で敗北に繋がりかねない」

 トイカメラを手でいじりながら、青年は鷲我と話を続ける。
 その姿があまりにも自然だったので、風貌も相まって、翠月たちは彼を『きっとZ.E.U.Sの社員だろう』と勝手に思い込む。
 青年は話し終えた後、壁から背を離して、出口に向かって歩き始めた。

「どこへ行くのかね?」
「散歩だ。適当にブラブラする」

 それだけ言うと、返事も聞かずに青年は歩いてその場を去った。
 鷲我は感謝の言葉を送ると共に彼の背中を見送りつつ、ポツリと呟く。

「……ところで、彼は誰だ?」
『え?』


《仮面ライダー! ジオウ!》

「行くぞっ!」

《ジカンギレード! ケン!》

 

 翔とアシュリィの前に現れた少年。その正体は、仮面ライダージオウだった。

 彼が右手を前に掲げると『ケン』と書かれた剣が握られ、電王・カブト・クウガの三体のライダーデジブレインへと突撃する。

 

「ハッ!」

「ギィッ!」

 

 対するは電王・デジブレイン。互いにジカンギレードとデンガッシャーを激しく打ち付け合う。クウガは、腕を組んでその姿を眺めていた。

 ガシンッガシンッ、と鉄と鋼の叫びが木霊し、僅かな隙をついてジオウが切っ先で電王の肩や腕を傷つける。

 

「ギィィィ……」

「よし、このまま」

 

 押し切ろうとするジオウだが、敵は一人ではない。

 

CLOCK UP(クロックアップ)!》

 

 その音声が聞こえた瞬間、クウガの隣で控えていたカブトの姿が消える。

 否、消えたのではない。眼にも留まらない程に高速で動いているのだ。

 その証拠に、ジオウが電王ではない何かから攻撃を受け、よろめいている。

 

「いかに我が魔王と言えど、ジオウⅡやグランドジオウの力なしでは、クロックアップの相手は厳しいか……せめて先程拾ったウォッチを使う事ができれば……」

 

 クロックアップ。タキオン粒子を体内に張り巡らせる事により、流れる時の中で自在に動く事ができる力。

 あらゆる物理法則を超越し、光や音さえ超絶的に加速した時の中へと隠匿する。そんな加速装置を、カブトは持っているのだ。

 カブトの攻撃の間も、電王は手を緩めない。ジオウの防御を崩すのはカブトに任せ、自分は意気揚々と攻撃に臨む。

 

「イクゼイクゼイクゼェェェ!」

「いだだだだだ! ごめんウォズ、ちょっと手伝って!」

「ご命令とあらば、喜んで」

 

 胸に手を当てて一礼し、ウォズはどこからともなくベルトを取り出した。

 黒と緑の色彩が特徴的な、ジクウドライバーとも形状が異なるベルト。しかし、その形状からライドウォッチを使う事は明らかだった。

 そしてそれがウォズの腰に装着された瞬間、電子音声が響いた。

 

《ビヨンドライバー!》

 

 さらにウォズは、他とは少々形状の異なるライドウォッチを取り出し、そのボタンを指で押し込んだ。

 

《ウォズ!》

 

 ライドウォッチから鳴る音声。直後、ウォズはそのウォッチをビヨンドライバーの右側にあるスロットに装填し、再びボタンを押す。

 すると、ウォッチのカバーが左右に割れて開き、音声と共にベルト中央部のミラーに頭部のようなものが映り込んだ。

 

《アクション!》

 

 ウォズの背後で、緑色のスマートウォッチの立体映像が浮かび上がり、光条が周囲を照らす。

 そして電子音を聞きながら、ウォズはビヨンドライバーのレバーを、閉じるように内側へと押し込む。

 

「変身」

《投影! フューチャータイム!》

 

 直後、ライドウォッチのライダーの顔がミラーへと写し出され、ウォズの身体が白と緑のカラーリングのパワードスーツに包まれて行く。

 

《スゴイ! ジダイ! ミライ! 仮面ライダーウォズ! ウォズ!》

 

 そしてジオウと同様に水色の『ライダー』の文字が顔に貼り付くと、変身を完了した仮面ライダーウォズは、右腕を天へと掲げた。

 

「祝え! 過去と未来を読み解き、正しき歴史を記す預言者! その名も仮面ライダーウォズ! 異界の地にて書き記されし、新たな歴史の一ページである!」

「いいから速く来てー!」

「おっと、失礼……おや?」

 

 ウォズが、翔の方へと視線を落とす。その手の中には、ライドウォッチがあった。

 

「それは……! すまないが、ライドウォッチを返してくれ!」

「えっ、あっ、はい!」

 

 目の前の仮面ライダーから手を差し出され、翔は迷わず全てのライドウォッチをウォズに託す。

 

「よし……まずはこれだ」

《ジカンデスピア! ツエスギ!》

 

 ライドウォッチをひとつだけ手に取りつつ、ウォズは武器を手に取る。

 槍のような形状だが、先端が鉤状となっており『ツエ』と書いてあるため、文字通り杖の武器である事が理解できた。

 

《ウィザード!》

 

 早速ライドウォッチを起動し、ビヨンドライバーに装填されたウォズミライドウォッチと交換。

 

《ライドウォッチブレーク!》

 

 そして、ウォズはドライバーのレバーを閉じ、ウィザードの力を抽出した必殺技を発動する。

 杖を振り上げるとジオウの周囲が水で満たされ、さらに尖った土塊が漂い始める。そして水の飛沫が、粉砕された土がカブトの軌道を浮き彫りにした。

 

「フッ……ならばこれはかわせるか!?」

 

 体に付着した土塊が水と混ざり合ってまとわりつき、さらに土の魔力がカブトの身体に凄まじい重力を付加させる。いかに高速の時間の中を自在に動こうとも、自分自身が鈍重になればスピードも落ちるのだ。

 続いて頭上から雷が降り注いで檻を作り、カブトと電王はその中に囚われた。

 

「ギッ!?」

「ギギッ!?」

 

 こうなってしまうとクロックアップ中であろうと無関係で、その場から一歩も動けなくなる。カブトも電王も、狼狽していた。

 さらに、ジカンデスピアの杖の先端に炎が集まり、竜を形作る。

 

「いかにカブトの力を得ていようと、そしてクロックアップを使えようとも……君は人間でも、ましてや天の道を往く者でもない。偽物相手ならば、いくらでも勝つ見込みはある」

 

 その言葉と同時に、杖から火炎の竜が解き放たれ、雷の檻ごと二体のデジブレインを飲み込んだ。

 

「ギアアアッ!?」

「グガガガガ!?」

「今だ、我が魔王!」

「オッケー!」

 

 ジオウは強く頷き、腕に装着したライドウォッチを手に取った。

 黒と赤で色分けされたている、『2014』と記されているウォッチ。それを起動し、ベルトの左側スロットへと装填する。

 

《ドライブ!》

 

 さらにジクウドライバーのロックを外して、一回転。すると、ジオウの目の前に追加装甲が浮かび上がり、二機のミニカーのような物体と、タイヤが二つ現れる。

 

ARMOR TIME(アーマータイム)!》

 

 それを蹴り飛ばして、ジオウは装甲を纏う。ミニカーは両腕へ、タイヤは両肩に装着された。そして変身時と同様に、しかしそれとは異なる『ドライブ』の文字が顔に貼り付く。

 

《ドラァイブ! ドライブ!》

「よーし! 単細胞が……バックギアだぜ!」

 

 あまり言葉の意味を理解せず、適当な決め台詞を放つジオウ。

 それを聞いて呆然としている電王とカブトの背後から、オーズライドウォッチを持ちながらジカンデスピアを変形させたウォズが飛び出した。

 

《カマシスギ!》

「祝え!!」

《オーズ!》

「全ライダーの力を受け継ぎ、時空を超え……ハッ!!」

 

 呆けていた電王が、背を向けているウォズの後頭部へとデンガッシャーを突きつける。しかしウォズは首を僅かに傾けてそれを避け、鎌型となったジカンデスピアで振り向きざまに斬りつけた。

 

「ギィッ!?」

「過去と未来を知ろし食す時の王者!! その名も仮面ライダージオウ ドライブアーマー!!」

《ライドウォッチブレーク!》

 

 鎌の表面に、タカ・カマキリ・チーターのメダルが浮かび上がり、それぞれウォズの頭部・胴体・脚部に光となって宿る。

 そして、足を止めた電王とカブトに、カマキリのエナジーが込められ巨大な刃を形成した鎌が、チーターのスピードを利用して高速で幾度も振り抜かれる。

 

「ギァァァッ!?」

「グォォォッ!?」

 

 大鎌の連撃を受け、電王とカブトは爆散。その姿を見ながらも、ウォズはマイペースにジオウを称える。

 

「フゥ……異界においても美しき、ライダーの力を継承した瞬間である」

「あれっ、倒しちゃった?」

「いや、先程タカの眼で確認したが、彼らは……」

 

 ウォズが言い終えるよりも先に。爆炎に紛れて、電子音が響く。

 

《ダブル!》

《ビルド!》

 

 炎が消え去った時、電王は仮面ライダーダブルに、カブトは仮面ライダービルドに姿を変えていた。

 

「もうひとつウォッチを飲み込んでたのか……!」

「そういう事らしい。我が魔王、これを」

 

 言いながら、ウォズは二つのライドウォッチをジオウに放り渡す。

 ブレイドとキバだ。これらを駆使して、この局面を乗り切れという事らしい。

 そしてダブルがウォズに、ビルドはジオウに向かって飛びかかった。

 

「よし! なんか行ける気がする!」

 

 ジカンギレードを構えて踵を大きく踏み込むと、車の駆動音と共に、真っ直ぐに滑るような動作でジオウは走行を始める。

 そしてその高速移動状態のまま、ドリル型の武装を持つビルド・デジブレインに斬りかかった。

 

「とぉりゃあああ!」

「グルゥ!」

 

 攻撃は受け止められるが、ドライブアーマーのスピードは何度もやり過ごせるものではない。堪らずビルドは一度距離を取った。

 だがその直後、ジオウは両腕のミニカー型武装、シフトスピードスピードをビルドへと向けると、それを射出して攻撃する。

 この攻撃を皮切りに、ビルドは押され始めた。それを見ていたダブル・デジブレインは、ウォズへの格闘攻撃を一度中断して、ビルドの援護に動く。

 

「おっと、よそ見はご遠慮願いたい!」

 

 そうはさせまいと、ウォズはダブルの背中へと鎌を振り下ろす。

 だが、ダブルはそれを予測していた。

 

《メタル!》

「む!?」

《サイクロン! メタル!》

 

 ダブルの紫色だった左半身が鋼鉄のような銀色に変わり、さらにその背が金属製の棍で武装され、振り向く事すらせずジカンデスピアの刃を防いだ。

 これがダブルの特性。ベルトに装填されたガイアメモリを交換する事で、様々なフォームに切り替える事ができるのだ。

 サイクロンメタルとなったダブルは棍型武装のメタルシャフトをウォズの腹に打ち込み、再度ビルドの援護に向かう。

 

「ぐ、しまった……!」

 

 ダブルがビルドとジオウの戦闘に介入し、メタルシャフトでジオウを攻撃。

 ジオウはそれをジカンギレードで防ぐものの、ビルドにフォームチェンジを行う隙を与えてしまうのであった。

 

《忍者! コミック! ベストマッチ!》

 

 ビルド・デジブレインが、腰のビルドドライバーに付いたレバーを回す。

 するとドライバーに挿入されたフルボトルの内容物がシェイクされ、ベルト内からビルドの前後方にプラモデルのランナーのようなものが形成される。

 

《Are you ready?》

 

 そしてビルドが回す手を止めると、ランナーとランナーの間に挟み込まれ、姿が変わった。

 赤いウサギと青い戦車を象った複眼から、紫の忍者と黄色いペンの複眼になり、体色も赤と青から紫と黄になっている。

 

《忍びのエンターテイナー! ニンニンコミック! イエーイ!》

《ヒート! メタル!》

 

 四コマ漫画の描いてある忍者刀を手に、ビルドはヒートメタルとなったダブルと共に、ジオウへと攻撃を仕掛ける。

 ビルドはその特徴的すぎる武装、4コマ忍法刀のトリガーを引き、その機能を作動させる。

 

《分身の術!》

「うおおおっ!?」

 

 音声と同時にビルドの姿が分身し、目を剥くジオウ。

 4コマ忍法刀はその絵柄に描いてある漫画と同じ忍術を発動する事ができる武装。ニンニンコミックは、それを活かしたトリッキーな戦法を得意としている。

 九人に増えたビルドから繰り出される素速い連撃と、ダブルのメタルシャフトによる重い一撃。あまりの攻勢に、ジオウは圧倒される。

 しかし、そこへウォズが救援に駆けつけた。

 

「忍にはシノビだ」

《シノビ!》

 

 ウォズは予め手に持っていたライドウォッチを起動、さらにドライバーからウォズミライドウォッチを外す。

 そして手早くビヨンドライバーにセットし、再びボタンを押してレバーを押し込んだ。

 

《アクション! 投影! フューチャータイム!》

 

 ウォズの体に紫色の光が溢れ、胸や肩に手裏剣型の追加装甲が、さらに首に長い紫のマフラーが巻かれる。

 

《誰じゃ? 俺じゃ? 忍者! フューチャーリングシノビ! シノビ!》

 

 最後に眼部へと紫色の『シノビ』の文字が貼り付き、仮面ライダーウォズ フューチャーリングシノビが姿を現した。

 

「グルルォ!」

「フッ……分け身の術!」

 

 ジオウの前に立ったウォズは、襲いかかって来るビルドとその分身に対抗するように、同じ数だけ自分の分身を生み出した。

 ビルドたちとウォズたちの武器がぶつかり合う。

 その間ジオウはダブルの相手をし、シフトスピードスピードの射出によってメタルシャフトを撃ち落とすと、スピードを活用した追撃を繰り返す。

 

「おりゃあああ!」

「グッ!?」

 

 拳の猛攻が、ダブルを襲う。このままでは勝てないと判断し、ダブルは二つのガイアメモリを黄と青のものに差し替えた。

 

《ルナ! トリガー!》

「グルルルォ!」

《トリガー! マキシマムドライブ!》

 

 背後でダブルが銃器にガイアメモリを装填したのを視認すると、ビルドの分身たちは一斉にウォズを取り囲む。

 ニンニンコミックフォームにはこの忍者刀の他にも特殊能力があり、それは視覚から得た情報から最も効果的な戦法を割り出すというもの。

 つまり。ビルドはダブルと何の打ち合わせも下準備もなく、最も効果的なタイミングで必殺技を確実に命中させられるという事だ。

 

《火遁の術!》

 

 包囲したビルドが疾走し、九つの刀身に炎を集めて渦を作りあげ、それを振り抜いて内側にいるウォズを焼き払う。

 

「ぐっ!」

 

 堪らず防御姿勢を取るウォズ。気付けば、分身は全て消失していた。

 そして、その隙をダブルが突く。

 手にした銃器、トリガーマグナムから、ジオウに銃口を向けて無数の光の弾丸を発射したのだ。

 ジオウは防御姿勢を取るが、自分へと発射されたはずの光弾は途中で散らばり、背後のウォズへと襲いかかる。

 

「あっ!」

 

 家臣へと声をかける暇もなく。必殺攻撃は、無情にも着弾する。

 

「ウォ、ウォズー!?」

 

 叫んで俯き、ジクウドライバーに手をかけるジオウ。目の前からはビルドが、背後からはダブルが迫りくる。

 その直後。

 

《一撃カマーン!》

「なんちゃって!」

《フィニッシュタイム! ドライブ! ヒッサツ! タイムブレーク!》

 

 顔を上げたジオウは、ビルドの背後から響いた音声と同時に、ドライバーのロックを外して回転。

 驚いてビルドが振り向くと、無傷のウォズがジカンデスピアを横薙ぎに振り抜こうと、必殺技を繰り出そうとしていた。

 先程のダブルの攻撃の着弾地点には、丸太が落ちている。ウォズは変わり身の術を使い、弾丸を凌いでいたのだ。

 

「ハァッ!」

「ゲェェェ!?」

「我が魔王、今だ!」

 

 鎌がビルドの腹を捉え、引っ掛けたまま振り抜いて前へと吹き飛ばす。

 同時にジオウの両肩から射出された二つのタイヤがビルドを挟み込み、凄まじい勢いで高速回転。

 ビルドはバッティングセンターのピッチングマシンのようにジオウの方へと吹き飛ばされ、ゲタのようにシフトスピードスピード履いて待ち構えていたジオウのドロップキックを受けて爆死する。

 

「……あの武器、使い方合ってるの?」

「さ、さぁ……上手く行ってるしあれで正解なんじゃないかな……多分……」

 

 近くで見ていた翔とアシュリィは、そんな感想を漏らしていた。

 残るはダブルとクウガ。クウガの方は未だに戦闘の様子を見ているが、ダブルは気にせずジオウ・ウォズと対峙する。

 

「次はこれだ!」

《ブレイド!》

 

 飛び来る銃弾を前に疾走し、ジオウは起動したライドウォッチをセット。そして、回転させる。

 

ARMOR TIME(アーマータイム)!》

 

 ジオウの眼の前に、背中に『ブレイド』と書いてあるヘラクレスオオカブトが描かれた巨大な青い光の壁が出現。

 その中へジオウが飛び込んだ直後、全身に西洋鎧を模した装甲が合着し、両肩には扇状に広げられたカードが装備され、両眼には『ブレイド』の文字が貼り付く。

 

TURN UP(ターンアップ)! ブレイド!》

「うおおおおお!」

MACH(マッハ)

 

 ジカンギレードを手にジオウが叫びながら走っていると、その両肩にあるカードが一枚ずつ青い輝きを放ち、それらが体内に吸収される。

 瞬間、ジオウのダッシュ力が急激に上昇し、銃撃の中を走り抜けてダブルとの間合を一気に詰めた。

 

「ギッ……!?」

SLASH(スラッシュ)

「おりゃあ!」

「ギィッ!?」

 

 再びジオウの両肩のカードが輝き、今度はジカンギレードの刀身に青い光が収束。ジオウはそれを振るい、ダブルを上空へと打ち上げる。

 決定的な隙。ジオウはそれを、決して見逃さなかった。先程と同様にウォッチのボタンを押し、ジクウドライバーを回転させる。

 

《フィニッシュタイム! ブレイド!》

「うおおおおっ!」

《ライトニング! タイムブレーク!》

 

 ジオウの両肩から六枚のカードが飛び出し、それが巨大化、上空のダブルの両腕・両脚へと突き刺さって拘束する。

 その間にジオウは地面にジカンギレードを突き立て、それを踏み台に跳躍。

 

「ハァァァーッ!」

「グアアアア!?」

 

 雷を纏い、ダブルへと強烈なキックを放った。

 防ぐ手立てもなく必殺を受け、ビルド同様ダブルは消滅する。

 

「……あれもおかしくない?」

「うん、アレは絶対違う」

 

 翔が苦笑いしていると、その場に残ったライドウォッチを全て回収したウォズとジオウが、最後の怪人であるクウガ・デジブレインへと立ち向かう姿が目に映った。

 しかし相手が一体だろうと二人は油断しない。武器を構えて、じわじわと間合いを詰める。

 

「ウォズ、あいつのライドウォッチの数は?」

「間違いなくひとつだった。つまり、これ以上の変化はない」

「だったら……一気に決めよう!」

 

 そう言ってジオウが飛びかかろうとした、その時。

 突然上空から、ふたつの黒い人影が飛来し、クウガを守るように立ち塞がった。

 ひとつは少し前に翔たちも会敵した、アナザーアズール。そしてもうひとりは――。

 

「……えっ?」

「ウォズさんが……ふたり!?」

 

 今変身しているウォズとは別の、しかし全く同じ姿をした『もうひとりのウォズ』だった。

 ジオウと変身したウォズは首を横に振り、険しい声で二人の言葉を否定する。

 

「アレはウォズじゃない。偽ウォズだよ」

「さぁ正体を見せて貰おうか、タイムジャッカー……ローパ!」

 

 そう言ってウォズが、偽ウォズと呼ばれた男にジカンデスピアを突き出す。

 すると偽ウォズの唇が大きく歪み、耳まで裂けた後、全身がノイズによって波打つ。そして、身体から剥がれて分離した。

 新たに出現したのはウォズとは全く異なる姿の少年と、今まで翔やジオウが相手にしていたのと同じグレーカラーのベーシック・デジブレインだ。

 少年はこれまでに見たタイムジャッカーと似たネオンブルーの衣服を着ており、茶髪の先が青色に染まっている。

 

「アッハハハァ! 遅かったなぁジオウ! 君が亀みたいにノロノロしている間に、僕らは準備をほとんど終えてしまったよ! ここにいる協力者たちのお陰でさぁ!」

 

 少年、ローパが右手を真上に掲げると、アナザーアズールが変身を解いた。

 現れたのは、灰色のスーツを着た中年の男。金の腕時計や高級な革靴を履いており、明らかにモーハやドーサとは雰囲気が違う。

 どちらかといえば、翔たちと同じ現代の人間といった風貌だ。男は頬の肉を歪めながら、恭しく一礼した。

 

「お初お目にかかる、仮面ライダーアズール。私はジョー・ヒサミネ……元Cytuberにして、君の力を頂き、ここにいるデジブレインを考案した張本人だよ」

「なっ……」

「よく出来ているだろう? 名前はプロトドッペルゲンガー・デジブレインだ。通常のデジブレインと同じで言語を扱う事はできないが、その欠点を人体と一体化させる事でカバーした。事実、君もそこにいるジオウとやらもすっかり騙されてくれたね」

 

 つまり、翔たちが協力者(ウォズ)だと思っていた人物は実は敵であるタイムジャッカーそのものであり、彼らの計画を進めるための駒として利用されてしまっていたという事だ。

 

「彼はあのデジブレインの力で姿を変え、最初白ウォズの姿で我々に近づき……我が魔王を言葉巧みに騙して、ライドウォッチを奪い取ったんだ」

「騙される方が悪いのさ。そして僕らの計画はいよいよ大詰めだ」

 

 言いながら、タブレットを手に取ったローパは、その画面の中からある物を取り出した。

 ライドウォッチだ。それも、ディケイドの。

 

《ディ・ディ・ディ・ディケイド!》

 

 ローパはウォッチを起動すると、プロトドッペルゲンガー・デジブレインに顎で指示を出し、近くに立っているクウガと融合させる。

 さらに、自分の持つウォッチをデジブレインと融合しているクウガの体内に埋め込んだ。

 瞬間、クウガの姿は見る見る内に刺々しく変化していき、雷と共に黒く変色。瞳も真っ黒に染まった。

 

《ファイナルフォームタイム! ク・ク・ク・クウガ!》

「グルオオオッ!」

「倒してみなよ! この究極形態……クウガアルティメット・デジブレインを!」

 

 ケタケタと嘲笑いながら、ローパは戦闘域から離脱。電灯の上に立ち、戦闘の様子を見下ろす。

 

「クウガアルティメットだと……!?」

「おっと、私の事もお忘れなく。変身」

《アズール……》

 

 黒いライドウォッチを体内に取り込み、ジョーもその姿を変えた。

 クウガアルティメット・デジブレインとアナザーアズール。二対二とは言えそれまでとは違う強敵を前に、ジオウもウォズも身構える。

 戦う事ができない自分の無力さを歯痒く思いながら、翔はアシュリィと共にジオウたちの見守るのであった。

 

「グラァァッ!」

 

 獣のような鳴き声を上げてクウガアルティメットが手を前にかざすと、右手に黒い大振りの剣が、左手に黒い長槍が装備される。

 クウガの特殊能力、モーフィングパワー。変身や武器生成の際に使用する能力で、本来であれば素材として棒状の長い物体や剣などの武器が必要だが、最強の姿となったクウガは何の素材も必要とせずにこの力を利用する事ができる。

 しかも一発一発の破壊力が極限まで高められているため、並大抵の力で相手にすると、即死の危険すらある。

 

「我が魔王! あの攻撃に決して当たってはならない、死ぬぞ!」

「難しい事言ってくれるなぁ!」

 

 滅茶苦茶に武器を振り回すクウガから逃げながら、ウォズとジオウが言う。その頭上から迫るのは、アズールセイバーを手に飛翔するアナザーアズールだ。

 

「貰った!」

 

 ジオウへと刃が降りかかる、その寸前だった。

 

「宇宙、キタァァァッ!!」

 

 そんな叫び声と共に、顔面に『ふぉーぜ』と書かれたロケットのような形状に変形した仮面ライダーが、頭からアナザーアズールに突っ込んで来たのは。

 

「ぐはっ!?」

「ギッ!?」

「うごぁっ!?」

 

 アナザーアズールは武器を振り回すクウガの方へと吹き飛ばされ、極限まで破壊力が高まった斬撃を背中に受けて撃沈。爆発と共に地面に叩き落される。

 

「間に合ったようだな」

 

 そう言って、地面に立った赤い仮面ライダーがジオウの隣に立つ。

 ゲイツだ。そのさらに後ろをツクヨミが、翔の方へ鷹弘が走って来る。

 

「静間さん!」

「無事か、翔! 大体の事はゲイツとツクヨミから聞いた、まさかあの野郎が敵だったとはな……」

 

 忌々しいものを見るように、歯を軋ませタイムジャッカー・ローパを睨む鷹弘。

 ローパはそんな鷹弘を嘲笑しつつ、パチンッと指を弾いた。

 すると、倒されたはずのアナザーアズールが復活し、再びクウガの隣に並び立つ。

 

「何っ!?」

「ハハハッ! ジオウたちは知ってるだろうが、アナザーライダーは奪った同じライダーの力(仮面ライダーアズール)でしか完全には倒せないしこいつを倒さない限り歴史は元に戻らないのさ!」

 

 ローパの言葉と同時に、アナザーアズールはクウガと共にジオウ・ゲイツ・ウォズに攻撃を仕掛ける。

 ジオウはブレイドライドウォッチを取り外し、ジカンギレードに装着。必殺技を発動した。

 

《ブレイド! ギリギリスラッシュ!》

「ハァッ!」

 

 雷を宿す剣撃が、クウガに襲いかかる。しかし、アナザーアズールがその前に立ち塞がり、攻撃から守る盾となった。

 

「何っ!?」

「ハッハハハ、効きませんね。フンッ!」

「うわっ!?」

 

 アナザーアズールの拳がジオウに命中し、さらに背後からクウガがボウガンで狙い撃つ。

 

「我が魔王! くぅっ!」

 

 矢が命中する前に、ウォズの生み出した分身が体を張ってジオウを護る。しかし攻撃による爆発と熱風が、ジオウもゲイツもウォズも吹き飛ばした。

 

「なんて威力だ……!? こいつ、本当に格が違うぞ!」

「けど、絶対に倒すんだ!」

《キバ!》

 

 ジオウは新たにライドウォッチを起動、それをジクウドライバー左側へと装填し、回転させる。

 

ARMOR TIME(アーマータイム)!》

 

 すると、音声と共にジオウの両肩にコウモリのような姿をした物体が飛来、全身が鎖で包み込まれる。

 噛み付くような音が聞こえ、鎖が内側から全て千切れ飛ぶと、ジオウの両眼に金色で『キバ』の文字が貼り付く。

 

《ガブッ! キバ!》

「なんか、キバって行ける気がする!」

 

 見れば、そこには右足に鎖を巻きつけた、赤い追加装甲を装備しているジオウの姿があった。

 それを確認しつつ、ツクヨミもジクウドライバーと白いライドウォッチを手に取る。

 

「私も……!」

《ツクヨミ!》

 

 両掌で包み込むようにウォッチのカバーを回転させ、起動音と共にドライバーの右側に挿入。

 背後に天文時計が出現し、上部のロックを解除してドライバーを回した。

 

「変身!」

RIDER TIME(ライダータイム)!》

 

 金色の光が満ち溢れ、ツクヨミの全身を包み込む。光は白いスーツへと変わり、肩から背へと垂れたマントが、散らばる光に応じて揺れ動く。

 

《仮面ライダーツクヨミ! ツ・ク・ヨ・ミ!》

 

 ベルトに『2068』の数字が刻まれ、白いライダーの三日月型の複眼に『ライダー』の文字が、その特徴的な形に沿って貼り付いた。

 その姿を目の当たりにして、アシュリィは大いに驚いていた。

 

「あの人も仮面ライダーだったの!?」

「ハァァァァーッ!」

 

 仮面ライダーとなったツクヨミは、ファイズフォンXを手に雄叫びを上げてクウガ及びアナザーアズールへと立ち向かう。

 こうしてはいられない。四人のライダーが揃い踏みとなった場面を目撃した翔は、鷹弘の方に振り返る。

 

「静間さん、プロトマテリアフォンを貸して下さい! それがあれば、僕ならアナザーアズールを倒せます!」

「……無理だ」

「え?」

「無理なんだ、翔……」

 

 深刻な、絶望を突きつけられたような面持ちで語る鷹弘。

 膝から崩れ落ち、地面に拳を叩きつけ、懺悔するように頭を地面に垂らした。

 

「壊れちまったんだ……プロトアプリドライバーは、もう。デジブレインたちに……壊されたんだ!」

「なっ!?」

「俺のせいだ! 俺が、俺が油断したせいで……唯一の勝ち目を潰しちまった! 畜生……畜生ォォォォォ!!」

 

 それを耳にして、ジオウたちが戦う傍で衝撃を受けていた。

 あのアナザーライダーの存在が歴史を歪め、世界を偽りの形に作り変えている。その歪みを正せるのは、自分しかいない。はずなのに。

 一番必要な時だというのに、翔は完全に無力な存在となってしまったのだ。

 

「もう、手は残されていないのか……?」

 

 嘆くように呟き、翔は自分の手を見つめる。

 そんな中、ジオウ・ゲイツ・ウォズ・ツクヨミは、クウガとアナザーアズールの猛攻を耐え凌いでいた。

 

「ハァッ!」

《スレスレ撃ち!》

「ふん!」

《キワキワ撃ち!》

 

 ジオウとゲイツがクウガのペガサスボウガンから放たれる無数の雷の矢を撃ち落とし、その間を縫うようにウォズが疾走。

 鎌を振り上げ、渾身の一撃を放とうとする。

 

「甘いですよ?」

 

 その瞬間、目の前に立ち塞がったアナザーアズールの一突きに、身体を貫かれる。

 しかし。腹から背まで刃が達したはずのウォズの体は、既に丸太と入れ替わっていた。

 変わり身だ。唖然とするアナザーアズールの隙をついて、忍び寄っていたツクヨミはクウガの背後から必殺技を繰り出す。

 

《フィニッシュタイム! タイムジャック!》

「オリャァァァッ!」

 

 手刀から白く輝く光の刃が伸び、クウガアルティメットの黒い体に突き刺さる。

 

「グガッ!?」

「これで終わりよ!!」

「グ、グッ……」

 

 手に力を込めるツクヨミ。クウガは苦悶しつつも右腕を動かし、胸から生えるように飛び出ているその刃を、拳で叩き割った。

 

「えっ!?」

「ガァァァッ!」

 

 手にした武器を全て分解し、振り向いたクウガが手をツクヨミに突き出す。

 その仕草に悪寒を覚え、ジオウとゲイツは反射的に動いていた。

 

「ツクヨミ、危ない!」

《フィニッシュタイム! キバ!》

「させん!」

《フィニッシュタイム! フォーゼ!》

 

 キバアーマーの右脚の鎖が壊れ、ジオウは跳躍。ゲイツもフォーゼアーマーをロケット型に変形させ、クウガの方へと飛んでいく。

 介入しようとしたアナザーアズールは、ウォズが妨害した。

 

《ウェイクアップ! タイムブレーク!》

《リミット! タイムバースト!》

『ハァァァァァッ!!』

 

 二人の飛び蹴りにより、クウガの手が僅かに逸れる。

 直後、その手をかざした何も存在しない空間が、爆炎で燃え盛った。

 これがクウガのモーフィングパワーの応用。アルティメットともなれば、武器を持たずとも致命的なダメージを与える事ができるのだ。

 

「ツクヨミ、大丈夫!?」

 

 ジカンギレード・ジュウモードで牽制しつつ、ジオウは転倒したツクヨミを助け起こす。

 先程の攻防で多少ダメージはあるが、重傷ではない。しかしクウガの方も、三度に渡って必殺を食らわせたはずが、未だ健在だ。

 おまけに決して倒される事のないアナザーアズールもいる。この苦境に、ゲイツは苦しげな声を上げた。

 

「く……せめてリバイブライドウォッチが使えれば!」

「アナザーライダーに通用する私のギンガミライドウォッチも、我が魔王のジオウⅡさえも……今はヤツらの力で封じられているからね」

 

 クウガが、両腕を振り上げる。その瞬間、再びジオウたちの前に爆発が起こった。

 牽制の甲斐もあって、直撃は避ける事ができた。しかしダメージは甚大であり、四人のライダーたちは膝をついてしまう。

 その姿を、ローパはさも面白そうに見下ろしていた。

 

「ハハハッ! いよいよだ! いよいよ死ぬぞ、ジオウが死ぬ! ホラ死ぬぞぉ!」

「……死ねない……どんなに苦しくても、痛くても……それでも……それでも、負けられない!」

 

 そう言いながら、ジオウは立ち上がる。

 ローパは舌打ちし、その姿を見ながら足を組んでトントンと膝を指で打つ。

 

「平成ライダーの力は俺たちの世界の、俺たちの時代にあるべきものなんだ! それを勝手に持ち出して、他所の世界を無茶苦茶にするな!」

「醜いねぇ。どうしてそこまで抗う?」

「仮面ライダーだからだ!!」

 

 立ち上がって放たれた、力強い叫び。それに鼓舞されるように、ゲイツもウォズもツクヨミも、膝に力を入れて立つ。

 その姿を目の当たりにして、翔は自然と彼らの方に手を伸ばしていた。

 自分も戦いたい、戦わなければならない。仮面ライダーとして。

 折れかけた闘志を掻き集め、自らの意思を奮い立たせ、ただその一心で真っ直ぐに手を伸ばす。

 その時だった。

 

「翔!」

 

 聞き慣れた声が耳に入ると共に、振り向いた翔の手へとあるものが放り込まれた。

 プロトマテリアフォンだ。それも、鷹弘が持っていたものよりも古い型の。

 それを持って来たのは、ソフト帽とスーツを纏った男。翔の養父、天坂 肇だった。

 

「これは……!?」

「蔵の奥から引っ張り出して来た!」

「父さん……」

 

 翔の顔を見ながら、肇は黙って頷く。

 これを使え。眼がそう語っていた。

 頷き返し、翔はプロトアプリドライバーを呼び出す。

 問題なく腰に装着されたので、続いて翔はブルースカイ・アドベンチャーのマテリアプレートを手に取るが、我に返った鷹弘はその姿を見て肇に向かって思わず叫んだ。

 

《ブルースカイ・アドベンチャー!》

「ちょっと待て! アンタの使っていたプロトアプリドライバーはα版だ! 最新のプレートが使えるように調整がされてないだろ!?」

 

 そこで初めて気付いた様子で、鷹弘の言葉を聞いた肇が目を僅かに見開く。

 しかし、翔は止まらない。

 

《ビギニング・トゥ・ラン! ビギニング・トゥ・ラン!》

「変身!」

 

 最後まで話を聞かず、翔はドライバーにマテリアフォンをかざす。

 すると。

 

HEN-SHIN(ヘンシン)! マテリアライド! ブルースカイ・メイル! 蒼穹の冒険者、インストール!》

 

 翔の全身に青いノイズが走り、ウォリアー・テクネイバーを呼び出す事なく、問題なく変身を遂げた。

 青いスーツはそのままに、本来なら白い装甲は黒となり、複眼は角張った形状になって右眼側に亀裂が走っている。両肩の後ろから垂れるはずのマフラーはなくなり、左肩から腕全体を覆うようにボロボロの黒いマントが伸びている。

 現れた仮面ライダーの姿に、鷹弘もアナザーアズールも驚いていた。

 

「なっ……!?」

「なんだと!?」

 

 これまでと姿の異なる仮面ライダーアズール。

 ライドオプティマイザーなしにV2アプリを使った時と同じだ。本来ならばあり得ない、起こるはずのない変身。

 矛盾(アノマリー)例外(アノマリー)逸脱(アノマリー)変則(アノマリー)特異(アノマリー)。この姿に名をつけるとすれば、それが相応しいだろう。

 仮面ライダーアズールアノマリー。アズールセイバーを右手で掲げ、彼は今飛び立つ。

 

「行くぞ!!」

 

 地面を滑るように、高速で前へと飛び出すアズール。

 アナザーアズールは舌打ちしながら、剣を向かって来るアズールへと突きつけた。

 

「甘いですね。そんな付け焼き刃で私に勝とうなどとはッ!」

 

 叫びながら突き出された剣先の前で、アズールはマントを翻す。

 すると、隠れていた左腕が稲光のように青く発光し、拳が真っ直ぐに切っ先にヒット。あまりの衝撃に、アナザーアズールの持つアズールセイバーは手元から離れ、後方へと吹き飛ばされた。

 

「あっ!?」

「付け焼き刃なのはそっちの方だ」

 

 再びマントを翻すと、青い輝きがアズールの全身に染み渡る。

 

「ぬぅ!」

 

 アズールと同様、アナザーアズールも地面を滑りながら突進。

 そのまま蹴りを繰り出すが、脚を振った時、既にアズールは目の前から姿を消していた。

 

「!?」

 

 直後、アナザーアズールの脇腹に突き刺さるような激痛が走る。

 アズールの左拳がめり込んでいるのだ。バランスを崩しかけたところで、続け様に高速の斬撃が襲いかかる。

 一閃、二、三。さらにアズールの体を伝う青い光が一際大きく煌いたかと思うと、その光が剣の形を成し、左手に握られる。

 

「おおおっ! そぉりゃあああっ!」

 

 双つの剣から放たれる連続攻撃。あまりの速さと攻撃力に、アナザーアズールは防ぐ暇もなく、体から火花を散らして地面でのたうった。

 

「ば、バカなっ……古いシステムなのに、なぜ私の方が押されて……」

 

 ジョー・ヒサミネは預かり知らぬ事だが。

 最初期のプロトアプリドライバーは、開発の進んだ現代のアプリドライバーと違って、あらゆる面で変身者への負荷を度外視している。

 それ故に、安定性においては通常のドライバーに劣るものの、コントロールさえできれば圧倒的な戦闘能力を発揮できるのだ。

 そもそもの話、アナザーライダーは同じライダーの力に弱いのと同時に、同じライダーに対しより大きなダメージを与えられるという面も併せ持つ。

 システムの違いがあるとは言え、互いに互いが弱点というのならば、勝つのは戦闘センスや技量のより高い方だ。

 

「これで終わりだ!」

「さ……させんっ!!」

 

 アズールがプロトマテリアフォンを手に取ったのを目撃して、アナザーアズールはすぐさま立ち上がり、自身のベルトのバックルを握り込んだ。

 

《フィニッシュコード!》

「そぉりゃあああああっ!」

Alright(オーライ)! ブルースカイ・マテリアルアタック!》

「ぬぅらあああああっ!!」

 

 アズールとアナザーアズールの飛び蹴りがぶつかり合い、青い光の奔流が生まれる。

 青い光は降り注ぐ雷のようにその場を駆け抜け、近くでジオウたちと引き続き戦闘を行っていたクウガを巻き込み、吹き飛ばした。

 そして、その競り合いに勝利したのは――。

 

「ぐあああああっ!?」

 

 アズールだった。アナザーアズールは悲鳴とともに吹き飛ばされ、地面に倒れ込むと、全身に火花と電流が散る。

 

「な、なぜだ……悲願を成就する力を手に入れたというのに……なぜ……!」

「やばっ!?」

 

 慌てて、ローパがアナザーアズールの時間を止める。

 そして飛びつくように彼に近づき、爆発する前に体内からアナザーアズールのライドウォッチを抜き取った。

 ウォッチは僅かに罅割れており、煙を吹いたまま時間が止まっている。故障しているようだ。

 

「くそっ、今はまだこれを失うワケには行かないんだよ! 戻って修理しないと……!」

「やらせるか!」

「こっちのセリフだボケッ!」

 

 ローパが手をかざした瞬間、アズールの動きは止まった。さらに続けて、ローパはジオウたちの時間をも止める。

 

「もう少し遊んでやろうかと思ったけど……もう良い、ジオウたちもアズールもまとめて! 殺せ、クウガァ!」

「グガァァァ!」

 

 クウガが咆哮し、両腕を突き出す。

 命令通りに、モーフィングパワーで全員焼き殺すつもりだ。時間を止められている以上、もはや防ぐ手立てはない。

 万事休す。そう思われた、その時。

 

「つくづく人からウォッチやら王座やらを奪われるヤツだな、お前は」

 

 そんな呆れたような声と発砲音がその場に響き、マゼンタ色に光る弾丸が飛んで来る。

 クウガはそれを受けて怯み、ローパをも狙った弾はバリアによって阻まれた。それと同時に、時間停止は解除される。

 

「ま、目をつけられるってのも……王のさだめってヤツか?」

「あ……あんたは……」

 

 急に体が動き出し、転びそうになったジオウが、銃弾の飛んで来た方向を見る。

 そこには、首からトイカメラを提げた茶髪の男が立っていた。

 彼の姿を見たローパの顔が青褪めているので、思わずアズールは訊ねる。

 

「あなたは一体……」

「通りすがりの仮面ライダーだ、覚えておけ」

 

 男はそう言うと、カメラに似た形状のマゼンタカラーのバックルが特徴的なベルトを装着。その後一枚のカードを取り出して、握った右手の中指で軽く叩く。

 そしてそれをバックルに挿れ、両手をベルトの両端にあるレバーに添えた。

 

KAMEN RIDE(カメンライド)

「変身!」

DECADE(ディケイド)!》

 

 レバーを閉じた瞬間、男を中心に九つの紋章と透明な仮面ライダーの影が浮かび上がり、それらが男と一体化。

 黒いスーツとなり、眼の前に赤く光る九枚のカードのようなものが現れ、頭部に突き刺さった。

 瞬間、スーツの一部がマゼンタカラーと白色に染まり、両眼は緑となって、バーコードのような形状の顔が顕となる。

 

「せ、世界の破壊者……ディケイド……門矢 士(カドヤ ツカサ)……!!」

 

 ガクガクと体を震わせ、ローパはその名を呼ぶ。

 

「なんでだよ……なんでお前が出張ってくるんだよぉ!?」

「知るか。俺はこの世界に通りすがっただけだ」

「ふざけんなぁぁぁ!!」

 

 ローパの怒りに呼応するように、クウガがディケイドに殴りかかる。

 しかし、ディケイドは裏拳を腕に当てて攻撃を逸らすと、そのまま反対側の肘を顔面に叩き込む。

 

「それにしても、ディケイドの力で黒眼のクウガになるとはな」

「グッ……!?」

「面白いが、正直見ていて気分の良いもんじゃない」

「ガァァァッ!」

「戦い方もなっちゃいない。誰かさんとは大違いだなぁ?」

 

 逆上して突っ込んで来たクウガ、そのベルトに前蹴りを食らわせ、転倒させる。

 そうして両手をパンパンッと払い、一枚のカードを取り出しながら、首を僅かに傾けてジオウとアズールの方を振り向いた。

 

「こんなのに手こずってる場合じゃないだろ」

 

 その言葉を聞いて、アズールとジオウは頷き、ゲイツたちも立ち上がる。

 そして、全員が一斉に必殺技を発動した。

 

FINAL ATTACK RIDE(ファイナルアタックライド) DE-DE-DE-DECADE(ディ・ディ・ディ・ディケイド)!》

《フィニッシュタイム! キバ! ウェイクアップ! タイムブレーク!》

《フィニッシュタイム! フォーゼ! リミット! タイムバースト!》

《フィニッシュタイム! タイムジャック!》

《ビヨンドザタイム! 忍法! 時間縛りの術!》

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! ブルースカイ・マテリアルアタック!》

 

 六人のライダーが一体となって放つキック。

 無防備な状態でその攻撃を受け、クウガは大きな悲鳴を発し、爆散。ライドウォッチが転がり、鷹弘とアシュリィがそれを拾い上げた。

 

「これで……お前の最後の切り札も木っ端微塵だ!」

 

 電灯の上に立つローパに、剣を向けるアズール。

 これでタイムジャッカーたちになす術はなくなった。少なくとも、翔たちはそう思っていた。

 だが。

 

『それはどうかな?』

 

 上空から男の声が聞こえ、アズールはその方向を見る。

 そこにいたのは、胸に『ロボ』と書かれた巨大な人型のロボットだった。

 突然の事態にアズールが絶句していると、コクピットが開き、中から一人の男が姿を現した。

 タイムジャッカー・モーハだ。もう片方からは、ドーサが出て来た。

 

「少々イレギュラーが起きたようだが……ご苦労だった、ローパ。これでついに完成した」

「何……?」

「君たち仮面ライダーは、我々の計画通りに動いてくれたという事だよ」

 

 モーハがそう語ると同時に、ローパはタブレットを頭上に掲げる。

 直後、タブレットの中に封入されたエグゼイド・龍騎を含む、この場にある全てのライドウォッチが触れずして起動。ローパの目の前へと集まっていく。

 さらに彼の持っていたタブレットが手元から離れると、ライドウォッチと共に浮かび上がり、ウォッチの中から溢れ出て来た『もの』を吸収し始めた。

 爆散したはずのデジブレインたち、その体の一部だ。それらを取り込むと、タブレットは鷹弘たちが見慣れた物体に姿を変える。

 

「マテリアプレート……!?」

 

 完成と同時に、ライドウォッチが全て地面に落ちる。

 ローパはマテリアプレートをモーハに向かって放り投げ、受け取ったモーハはプレートをまじまじと見つめ、不敵に笑う。

 

「素晴らしい……これさえあれば、我々は真の時の王者になれる」

「真の……時の王者……?」

 

 モーハの放った言葉を復唱するように、アズールが呟いた。

 

「そうとも。この新たな世界で、平成ライダーの力で、我々の新たな王国を築くのだ。その時、我々の思想は正義となる」

「ど、どういう事だ……?」

「全てはそこにいる最低最悪の魔王の責任だ!!」

 

 ジオウを指差し、突然にモーハは怒声を浴びせる。

 

「我々のいた世界の2068年、ヤツは人類を脅かす魔王だった! そしてその玉座から引きずり下ろそうと、我らがスウォルツ様は尽力していた! 地球の未来を変えるために! なのに貴様はスウォルツ様の崇高な計画を台無しにした!」

「違う! スウォルツの目的は自分自身が王になる事……それに、ソウゴだって本当は――」

「黙れェッ!!」

 

 口を出そうとしたツクヨミの言葉を遮り、口の端に泡を噴きながら、モーハは続ける。

 

「真実がどうであろうとも、私にとってスウォルツ様は王に相応しいお方だったのだァ!! その計画を無に還して、あまつさえ偽の王ですらあった貴様風情が最低最悪の未来を変えるなどォ!! 貴様が正義となり、あの御方が、タイムジャッカーが悪として蔑まれる世界などォ!! あってはならんのだ、そんな歴史はァッ!!」

 

 興奮し、叫ぶモーハ。しかし喚きすぎたのか、一度深呼吸をすると、今までの落ち着いた様子に戻った。

 

「もはやあの世界の未来は変えられない……だから、私は別の形であの御方の意思を継ぐ事にした。彼らと共に」

 

 モーハがそれぞれ、ローパとドーサ、そしてジョーへと視線を向ける。

 そしてロボットの腕を操作し、ジョーを自分のコクピットに搭乗させた。

 

「力を失ったジオウに、我らNEW(ニュー)タイムジャッカーは止められん。その上で2000年から2018年のあらゆる平成ライダーの力を封じ込めたこのマテリアプレートを手に入れた今、敵はいない」

「それでも」

 

 ジオウはモーハを真っ直ぐに見据える。その視線を受けながら、モーハはジオウを強く睨みつけた。

 

「それでも俺は止めるよ」

「ならば追いかけてみろ。貴様らでは永遠に辿り着けんがな……」

 

 二台のロボットがバイク型に変形して空を飛び、空間にトンネルのようなものを開けて姿を消す。

 それを見届けた後で、ライダーたちは変身を解いた。

 

「……僕はこれからどうすれば……」

 

 虚空に消えたNEWタイムジャッカー。彼らの通った場所を見つめながら、翔はぽつりと呟いた。



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EP.04[2000:ニュー・キングダム]

「そういえば、名乗り遅れていたようだ」

 電特課のオフィスにて。
 異界からの来訪者である五名の仮面ライダーは、鷹弘に招かれてこの場所に来ていた。
 ウォズは手を胸に添え、恭しく一礼する。

「はじめまして。私の名は……」
「あれ? ちょっと待って。ウォズ、あなたの場合は偽物が名乗ってたんだから自己紹介しなくてもいいんじゃないの?」
「え」

 ツクヨミの言葉を聞いて、ソウゴとゲイツも「言われてみれば」と納得したように頷いている。
 だが、ぴくぴくと眉を動かしてウォズは食い下がった。

「し、しかしだねツクヨミくん。実際に彼らと私が顔を合わせるのは初めてなんだ、必要な事だと思うが」
「そうかしら?」

 なおも首を傾げ疑問を呈するツクヨミ。
 そこへ、ウォズの正面にいた翔が、にっこりと笑って小さく手を挙げる。

「聞きたいです! 自己紹介!」

 眩しい笑顔でそんな事を言う翔を見て、先程まで慌てていたウォズも落ち着きを取り戻して嬉々とした表情になる。

「フフッ……そうか! そこまで言うのなら、聞いて頂こう! 私の名はウォズ! 真の歴史を読――」


 ウォズの自己紹介が終わり。

 続いてゲイツが、腕を組んだ姿勢のまま口を開いた。

 

「次は俺だな。明光院(ミョウコウイン) ゲイツ、別の世界で2068年の未来から来た……最初は、最低最悪の魔王を潰すためだったんだがな」

 

 懐かしい思い出のように語り、ゲイツはほんの僅かに唇を釣り上げる。

 

「今じゃ俺もすっかり、この人使いの荒い魔王の仲間になってしまったな」

「『なってしまった』って割には随分嬉しそうじゃねェか」

 

 デジブレインとの戦いの折、彼の凄まじい強さを間近で見ていた鷹弘が、茶化すように言い放つ。

 すると、ゲイツは「嬉しいワケじゃない!」と少し狼狽して否定するものの、言い淀みながらも言葉を続けた。

 

「ただ、こいつが変えたんだ。俺たちの未来を、オーマジオウの……いや、バールクスのもたらした破滅の未来を」

「私たち自身の事もね」

 

 そう言いながら「今度は私ね」とツクヨミが一礼する。

 

「私はツクヨミ、ゲイツと同じ2068年から……まぁ、実際は少しややこしい事情があるんですけど……とにかく、同じ未来人です」

 

 彼女が話している間、アシュリィは目を輝かせてその話に耳を傾けていた。

 その眼には、尊敬や憧憬の念が宿っている。

 

「ツクヨミ、仮面ライダーに変身してたよね。すごい」

「ふふっ、ありがとう」

「なんか手から剣みたいなの出てたけど、あれどうやってるの? 私にもできる?」

「あぁ、アレはルミナスフラクターって言って……」

 

 アシュリィはツクヨミをすっかり気に入ったようで、彼女に懐いている。

 ツクヨミ自身もアシュリィと打ち解け、自分の世界の事や簡単に戦い方を伝授しているようだ。

 二人の様子を、ソウゴとゲイツはじっと眺めていた。ソウゴは微笑みながら、ゲイツは苦笑いで。

 

「なんか妹みたいだね。良かったね、ツクヨミ」

「良いのかアレは……? というか次はお前だぞ」

「あ、そっか」

 

 椅子に座っていたソウゴは立ち上がり、爽やかな笑顔で名乗りを上げる。

 

「俺は常磐(トキワ)ソウゴ、仮面ライダージオウ! 最高最善の魔王だ!」

 

 ウォズの拍手のみが流れ、紹介を受けたこの世界の面々は沈黙。

 堂々と魔王と名乗る少年に、どう反応していいのか分からない。翠月も鷹弘も、陽子や鋼作や琴奈も全く同じ感想を心に抱いていた。

 しかし、そんな中で翔は目を丸くしている。

 

「王様って本当にいるんですね、初めて見ました! よろしくお願いします!」

「うん、よろしく!」

 

 ソウゴと翔の二人はそんな会話をして、固く握手を交わす。その姿を、ソウゴの傍らで腕を組みながらウォズが眺めていた。

 一方、ゲイツと鷹弘は翔の様子に困惑している。

 

「……あの翔ってヤツ、ちょっと純粋すぎるんじゃないか?」

「正直……俺もたまに心配になる」

 

 鷹弘たちの心配も知らず、翔とソウゴは意気投合。

 しばらく話していると、オフィスの扉が開き、士と鷲我が顔を出した。

 

「戻ったぞ」

「あ、おかえりなさい。どうでした?」

 

 ふぅ、と息を吐いて椅子に座す鷲我。脚の上に肘を付き、指を組んで口を開く。

 

「……驚いた事に、ホメオスタシスの地下研究所が元に戻っていた。彼……門矢くんの言う通りだったよ」

 

 鷲我が視線を投げた男、仮面ライダーディケイドの門矢 士は、トイカメラを指で弄りながら続いて発言した。

 

「戻るのはまだ止めておけよ。この世界は、あのNEWタイムジャッカーとかいう連中のせいで、随分不安定になってるようだからな」

「どういう事ですか?」

 

 翔が訊ねると、士は椅子にふんぞり返るように座り、脚を組んで答える。

 

「あいつらの技術は全部スウォルツの不完全な模倣だ。アナザーライドウォッチもそうだし、ライドウォッチを封じる力も、時間停止能力も手製のマシンで擬似的に再現してるだけだ」

「えっと、そもそもそのスウォルツって誰です?」

「そこからだったか……」

 

 士は面倒くさそうに欠伸をし、ウォズへと手招きする。

 何事かと思ってウォズが近寄ると、士はトイカメラを握りつつ顎をしゃくり、指示を飛ばした。

 

「お前が状況整理でもしたらどうだ。得意だろ、そういうの」

「雑に面倒事を投げてくるね君は。まぁいい、我々としても良い機会だ」

 

 こほん、と咳払いして、ウォズは椅子に座ったまま右手の人差し指を上げて語り始める。

 

「スウォルツ氏とは、かつてタイムジャッカーのリーダーだった男だ。彼らの掲げる目的は……まぁ、概ねはモーハが語った通り、最低最悪の魔王であるオーマジオウという存在を陥落させる事だ。もっとも、スウォルツ氏の場合それは『表向きの』目的だったワケだが」

「表向き?」

「ツクヨミくんも言っていただろう? 彼の真意は、自らが王になる事にある。スウォルツ氏は元々時を司る王族の末裔で、自分も王となる事を信じていたが……後継者として選ばれる事はなかった。だから、彼と血縁関係にある正当な後継者を自分の世界から追放し、王として君臨しようとした」

「……ひどい人だな」

 

 沈んだ表情で翔が言い、アシュリィもそれに頷く。

 二人だけでなく、傍で彼の言葉を聞いていたツクヨミも、物憂げに視線を落としていた。

 

「しかし、スウォルツ氏の世界は滅びを迎えつつあった。詳しい話は省略するが、滅亡から脱するためには王の資質を持つ者……つまり我が魔王に全てのライドウォッチを継承させる必要があり、そのために暗躍していたんだ。そして我が魔王がオーマジオウとなった時、その力をも奪い取るつもりでいた……暴君さ」

「でも、その計画は事前に露見したの。スウォルツはアナザーディケイドの力で抵抗したけど、彼が十分に力を蓄える前に、ソウゴたちの手でスウォルツを倒す事ができた……」

 

 ここまでの話を聞いて、ソウゴは「懐かしいな」と腕を組みながら口にする。

 

「誰も死ななくて良かったよ、本当に。ウールとオーラも、戦いを止めてくれたし」

「お前がオーマジオウにならないんだったら、そもそもあいつらにやり合う理由はないからな」

 

 ソウゴたちの話を聞き、翔は聞き慣れない名前が出て来たので首を傾げる。

 その様子で察したウォズは、ソウゴの話に補足した。

 

「我が魔王の言った二人は、表立って活動していたタイムジャッカーだ。モーハ・ドーサ・ローパはあくまでも裏方で、我々も邂逅するまでその存在を認識していなかった」

「ウールやオーラも、連中について知っていたかどうかは疑わしい。さしずめヤツ個人の部下といったところだろう」

 

 ゲイツの話に首肯するウォズ。さらにそこへ、ソウゴが思い出したように手をポンと叩いた。

 

「そういえばもうひとりいたよね? ティードってやつ」

「ああ、アナザークウガの……状況が状況だったから仕方ないが、ヤツについては何も聞き出せなかったな。結局何者だったんだアレは」

 

 僅かに脱線し始めたため、ウォズが咳払いしつつ再び人差し指を上げて「話を戻そう」と言い出した。

 

「スウォルツ氏の野望を阻止した後、彼がどうなったのかは私も知らない。結局のところ……彼はただの傀儡だからね」

「どういう事ですか?」

 

 直後、ウォズがぐっと口を噤んでしまう。

 まるで古傷に触れられてしまったかのようで、苦しそうな、しかし申し訳無さそうな表情だった。

 そこへゲイツが、代わりに口を開く。

 

「そもそもスウォルツの世界が滅び始めたのも、俺たちの世界が滅びに向かったのも……クォーツァーという組織の陰謀だったからだ。ヤツらはできる限り手を汚さず、かつ簡単にライドウォッチを入手するため……スウォルツの世界を消そうとし、ジオウを利用したんだ。まぁ、だからといってスウォルツに同情の余地はないがな」

「しかし、我が魔王はそのクォーツァーさえ乗り越え、後に現れたアナザーオーマジオウすらも止めた。流石だよ」

 

 微笑みながら放たれた、畏敬と親愛の念が籠もったウォズの言葉。

 ソウゴも微笑み、真っ直ぐにウォズを見据える。

 

「俺だけが世界を救ったんじゃないよ。皆がいてくれたからできたんだ」

「その皆を救ったのはお前だ」

 

 そのゲイツの言には、ウォズもツクヨミも同意する。

 翔たちは、そんな四人の話に驚くと同時に、感心していた。

 何度も世界の危機や窮地といった修羅場に直面しつつ、それらを乗り越えて人々を救う強さ。

 陰謀を張り巡らされ、敵に利用されても立ち向かう断固とした意思。

 そして、この結束。生まれた時代も異なるのに、常磐 ソウゴという少年を中心にして彼らは強い絆で結ばれている。翔は素直に「すごい」と口に出してしまうほど、感嘆していた。

 

「とにかく。NEWタイムジャッカーの正体は、スウォルツ氏の配下として動いていた狂信者……タイムジャッカーの残党という事で間違いない」

「本来なら俺たちが手こずるはずはないんだが……」

 

 そう言いながらゲイツは、中央に『らいだー』と書いてある砂時計のような形状の物体を取り出す。

 ライドウォッチだ。しかし、表面がくすんだような色になっており、内部機構も錆びついたような状態だ。

 

「このリバイブライドウォッチをヤツらの力で封じられてしまった。俺だけじゃない、ジオウもウォズも……切り札のライドウォッチを使えなくなってしまった」

「直せねェのか?」

「できたら苦労はしない。それに、ジオウがライドウォッチを全て回収すればグランドジオウライドウォッチも使えると思っていたんだが……」

 

 チラ、とゲイツはソウゴの顔に視線を動かす。

 ソウゴは残念そうに首を横に振り、ゲイツもウォズも憮然とした表情になった。

 

「なんだ、そのグランドジオウってのは」

「平成ライダーの中の主立った20人の戦士、それら全ての力を一度に扱う事のできるライドウォッチだ」

「あァー……つまり、俺たちが集めてたやつか?」

「そうだ。本来ならライドウォッチ全てを所持していれば生成されるんだが……今はヤツらのせいで使えんらしい」

 

 どうしたものか、と腕を組むゲイツ。

 そこへ、頭の後からひょっこりと、忍び寄っていた浅黄がゲイツの肩に顎を乗せた。

 

「ウチらに見せてみない~?」

「うわっ!?」

「こー見えてウチ、機械いじるの得意だからさー。ちょっと見せてよ、ね? ね?」

「はしゃぐな! なんだこの子供は!」

「子供じゃないんだけどー!? 25歳ですけどー!?」

「えぇい、うっとおし……25!? これで!?」

「ハイとったー!」

 

 驚いている隙に浅黄はゲイツの手からリバイブライドウォッチを掠め取り、いつの間にか持ち込んだ機材で簡単に調べ始めた。

 

「お、おい! 勝手に何を!」

「いーからいーから。ふんふんほほーう……なるほどなるほど、ここはこうなってるから……とすると原因は……あーはいはいそういう事ね、うんうん……」

「なんなんだこいつは……」

 

 呆れてゲイツは溜め息を吐く。

 すると、同じように呆れて苦笑いしている翠月が、ゲイツへと声をかけた。

 

「すまないな。だが、浅黄は私の使っているタブレットドライバーの開発協力者でもある。信用してくれないか」

「しかしだな……」

「……ん?」

 

 翠月が何かに気付いたように目を丸くする。

 そして突然立ち上がって、自分のデスクの中や鞄を調べ始めた。

 彼の行動には、ゲイツだけでなく翔たちも訝しむ。

 

「どうした?」

「そうだ……なぜ忘れていたんだ。ホメオスタシスの研究所が元に戻ったという事は……!」

 

 それを聞いて、翔と鷹弘、浅黄も顔を上げた。そして各々自分の持ち物を調べ始める。

 すると。

 

「あった……マテリアフォン!」

「こっちもだ!」

「私のマテリアパッドも、浅黄の方もあるようだな」

 

 口々に、そのような事を話し始めた。マテリアガン・マテリアエッジなどの武装も復活している。

 アナザーアズールのライドウォッチが故障したため、歴史改変の影響が薄れているのだ。これで翔たちも戦う事ができる。

 

「ふっふーん! 原因も分かったし、これならこのライドウォッチも直せちゃうよ!」

「本当か!?」

「うん! そもそもこれ、ライドウォッチの中にウィルスみたいなのを仕込んでるだけみたいだし。ウチ、ハッカーだからそーいうの除去できるよ」

 

 言いながら浅黄は「丁度これもあるからねー」とマテリアパッドを見せびらかし、操作し始めた。

 マテリアパッドからケーブルが伸び、ライドウォッチに接続。見る見る内に、リバイブライドウォッチが修復されていく。

 さらに鋼作や琴奈、陽子も作業に加わり、オフィスの机の大部分がウォッチの修理スペースとなってしまった。

 

「これは……!」

「どうしてこんな簡単に!?」

 

 ゲイツが目を見開き、ツクヨミも愕然とする。

 すると、近くで見物していた士が「当たり前だ」と疑問に答えた。

 

「さっき言ったろ。NEWタイムジャッカーの連中はスウォルツとは違う、全部ヤツの力を模倣した技術だ。そもそも時間操作能力そのものは珍しいもんじゃないだろ、クロックアップや重加速……それからタイムスカラベだってあるんだ」

「でも、それって使えても制約があったり欠点があったりするでしょう?」

「……なんだ、お前らまさか連中が何の代償も払わずに力を使ってるとでも思ってたのか?」

 

 ツクヨミの質問に、逆に士の方が意外そうに聞き返す。

 頭に疑問符を浮かべ、ツクヨミは答えに詰まる。士の意図が読めなかったのだ。

 

「あいつらが使っているのはこの世界のテクノロジーだ。だから、同じようにこの世界に住む人間が原因を解き明かし、それを解決できる技術を持っている事には何の不思議もない」

「この世界のテクノロジー……って、まさか!?」

 

 翔が顔を上げて士を見、士も「気付いたか」と反応を示す。

 

「カタルシスエナジー……感情をエネルギーに変換して、時間操作能力を発動している!?」

「正解だ。その技術を提供したのは、間違いなく例のCytuberってヤツだろうな」

「だけど……あの人、何度も力を発動してましたよね? カタルシスエナジーにだって限界はある、そんな事を続けたら、体も心もおかしくなりますよ!?」

「だろーな。だが、あいつにはもうそんな事は関係ないんだろ」

 

 立ち上がって、士が浅黄たちの作業の進捗を覗き見る。

 リバイブライドウォッチは既に完成。ギンガミライドウォッチとジオウⅡライドウォッチも、段々と力を取り戻している。

 それを見て頷き、士はゲイツにライドウォッチを投げ渡した。

 

「あいつは狂信者だ。スウォルツ以外が統治する世界に興味はなく、スウォルツの敗北を受け入れられずに意思を継いだ。そんなヤツが今更……我が身大事さで力を出し惜しむと思うか?」

「……確かに……」

「まぁ、とにかくだ」

 

 士はオフィスの出口へと歩いていき、翔の方を振り返る。

 

「この世界を救いたいなら、急ぐんだな。じゃないと全部俺が破壊しちまうかも知れないぞ」

「門矢さんはそんな事をする人じゃありませんよ」

「……何を根拠に言ってんだそりゃ」

「僕らを助けてくれましたから」

 

 そんな事を言うと、士は肩を竦めて外へと出て行った。

 その後、オフィスでは修復作業の続行、並びにNEWタイムジャッカーの行方について調査・会議する場となるのであった。

 

 

 

「……そう、あなたも記憶喪失なんだね」

 

 作業を進めている間、アシュリィはツクヨミと共に警察署から外に出て、二人で話をしていた。

 

「ツクヨミもそうなの?」

「ええ、もう記憶は取り戻せたんだけどね」

「そう……なんだ……」

 

 俯くアシュリィ。その目に宿っているのは、不安と恐怖。

 すると、怯える彼女の姿に思うところがあったのか、ツクヨミは優しく背を撫でる。

 

「記憶を取り戻すのが怖い?」

「……私、人間じゃないから……」

 

 その言葉に、ツクヨミは目を丸くする。しかしアシュリィに対して嫌悪感などを示す様子はなく、落ち着いて話に耳を傾けていた。

 

「デジブレインなの……私……気がついたら、ショウの眼の前で身体が怪人に変わって……どうしたらいいのか、分からなくなって……このまま記憶が戻ったら、私……どうなるのかな……」

「そう……そうだったのね」

 

 震えるアシュリィを落ち着かせようと、ツクヨミは彼女の手を取った。

 

「私と同じね」

「ツクヨミ、と?」

「私はね……本当の名前も、住んでいた場所も奪われたの。スウォルツ……兄さんに」

 

 驚いて、ツクヨミを見上げるアシュリィ。そして先程のウォズの話と併せて、彼女の素性を理解した。

 スウォルツが追放した、時を司るの王家の正当な後継者。それは、ツクヨミの事だったのだ。

 

「突然時を操る力に目覚めて、私もあなたと同じように戸惑って……悩んでいた。どうしたらいいのか分からなくなった。でも、ある時出会った……私たちみたいに記憶喪失だった人が、気付かせてくれたの」

「何を……?」

「記憶とか力があってもなくても、過去に何があったとしても、本当はどこの誰なのかも関係ない。私は『私』のままで良いんだって」

「私の、まま」

「あの翔って子も、あなたが『あなた』だから……一緒にいてくれるんじゃないかな」

 

 そう言われてアシュリィは自分の手を見つめ、きゅっと強く握る。

 そして再びツクヨミの方を向いて、僅かに口角を上げた。

 

「悩みはなくなった?」

「うん。ツクヨミ、ありがとう」

「どういたしまして。それじゃ、そろそろ戻ろっか」

「うん!」

 

 

 

「ハッ! オラァッ!」

「ふん!」

 

 警察署内の訓練用道場にて。

 白い道着を着た鷹弘とゲイツは、互いにマテリアガンを装備し、戦闘訓練を行っていた。

 拳と拳をぶつけ合い、蹴りを足で受け止め、眼の前で何度も銃撃が飛び交う。

 しかし、近接戦闘ではゲイツに分があり、鷹弘の道着を掴んで投げに掛かった。

 

「おぉぉぉっ!」

「くっ!」

 

 バタンッ、と鷹弘の背が地面に叩きつけられる。ゲイツはそのままマテリアガンをマテリアエッジに変形させ、首を狙って振り下ろそうとした。

 だが、鷹弘は仰向けに倒れた態勢のまま、ゲイツの両眼を狙って正確に発砲。左眼への一撃はマテリアエッジで防いだものの、右眼に攻撃が命中してしまう。

 

「ぐ!?」

 

 とはいえ、マテリアガンの弾丸もマテリアエッジの刃も、元々対デジブレイン用装備のため人体へのダメージは排除されている。

 今回は訓練用にチューニングされているので、命中箇所が数秒間ほど僅かに痺れる程度だ。

 鷹弘は立ち上がって武器をマテリアエッジに変形させ、ゲイツに斬りかかる。

 ゲイツも右の瞼を閉じたまま、逆手に持ったマテリアエッジで攻撃を受け止めた。

 

「……」

「……」

 

 そのまま、二人は数秒間睨み合う。そして、アラーム音と共に武装を解除した。

 

「平和な世界の人間とばかり思っていたが、中々やるな。特に銃撃は見事なものだ」

「お前こそ。白兵戦だけなら完璧に俺が負けてたぜ、ただの生意気なガキじゃねェな」

 

 タオルを投げ渡し、自分も汗を拭いながら鷹弘が言う。

 そして床に座り込んで息をついているゲイツを見ながら、鷹弘は声をかけた。

 

「お前、その歳でなんでそこまで強くなったんだ? 一体どんな生活してたんだよ」

「……」

「ま、答えたくなきゃそれでも良いけどよ」

 

 ゲイツの正面に座り、マテリアエッジを床に置く鷹弘。

 しばらく互いに黙っていたが、やがてぽつぽつとゲイツの方から語り始めた。

 

「俺とツクヨミは、最低最悪の魔王……オーマジオウを倒すために結成されたレジスタンスに所属していた。強さを求めたのはそれが理由だ」

「オーマジオウ、ってそりゃあソウゴの事だよな」

「……実際には世界が滅びを迎えたのはヤツのせいではなかったがな。俺は50年前のジオウを倒す事で、オーマジオウの支配を阻止しようと考えた」

「で、あいつが生きてるっつー事は……殺せなかったんだな」

 

 鷹弘の指摘に対して、怒るでも笑うでもなく、ただ天井を見上げてゲイツは言う。

 

「ヤツは魔王にはならん。戦う内に、俺には断言できた」

「そうかい」

 

 それだけ言って、鷹弘は訓練場の床に寝そべる。

 しばしの沈黙。その後に、再び鷹弘が口を開いた。

 

「なァ」

「なんだ」

「もし、自分の身近なヤツが裏切り者だったり……戦わないと分かり合えないような状況になった時。お前、どうすんだ?」

 

 いつになく真剣な口調。

 裏切り者とは、当然ながら御種 文彦の事だ。

 しかし戦わなければ分かり合えない状況というのは、翔や翠月との事を想定もしている。

 

「戦うしかないだろうな」

「そうか」

「だが……本気で分かり合いたいと思っているなら、諦めなければできるんじゃないのか」

 

 鷹弘が身を起こす。ゲイツの瞳には、確信めいた光が宿っている。

 

「お前とソウゴみたいに。か?」

「……まぁ、そういう事だ」

 

 からかうように鷹弘が笑うと、ゲイツは顔を背けて鼻を鳴らす。照れているようだ。

 

「とは言え、一番良いのはそうならない状況を作る事なんだろな」

「違いない。お前、ホメオスタシスのリーダーなんだろう。だったら精々頑張るんだな」

「ヘッ、ガキが偉そうに。ま、その通りか」

 

 二人は立ち上がり、訓練場を後にするのであった。

 

 

 

 一方。

 警察署の外、というよりも帝久乃市駅内ショッピングモールのゲームセンターにて。

 

「うおぉー! すごい!」

 

 翔とソウゴとウォズは、この場所で遊んでいた。

 当初の目的は街の案内だったのだが、翔がゲームを得意としている事を知ると、その腕前を見るためにこの場所に訪れる運びとなったのである。

 ソウゴはゲームセンターに来て、早々に驚いていた。というよりもはしゃいでいた。

 自分たちの住む世界とは明らかに技術力が違っているためか、特にVRゲームに目を奪われているのだ。

 

「ふむ……どうやら我々の世界の2020年よりも二歩も三歩も先を行く科学技術を持つようだね。これが一般に普及されているというのだから、ライドウォッチを直せたのも頷ける」

「すごい面白そう! ウォズ、ウォズ! やろうよこのアーセナルなんとかってやつ!」

 

 興奮気味なソウゴに微笑み、付き従うウォズ。翔は楽しげに二人を筐体へと導いた。

 そして、三人でチームプレイをする事になるのだが――。

 

「ソウゴさん、そこ罠あります!」

「うぇ? あー!」

「ソウゴさぁーん!?」

 

 床に仕掛けられた罠に踏み込んだ瞬間、頭上から落ちてきた鉄球に潰されたり。

 

「ワイバーンか……我が魔王、ここは私が」

「おりゃあああー! ……うわああああ!?」

「我が魔王!?」

 

 敵の飛竜に反撃すらできず頭から食われたり。

 

「ここは毒を塗ったボウガンで一気にHPを削りましょう」

「分かっ……あっ」

「あぁっ、ウォズさんが!? ウォズさーん!?」

 

 操作中に手を滑らせ、前に立っていたウォズに誤射してしまったりという具合だった。

 そうしてしばらく遊んでいる内に、翔は気づいた事があり。

 三人で休憩所に入って、ウォズに訊ねる。

 

「……ウォズさん、ソウゴさんってもしかして」

「ああ。我が魔王はゲームが下手だ」

 

 グサッ、という音が聞こえそうな反応を示し、ソウゴは机に突伏する。

 翔は苦笑しつつ、ソウゴを励まし始めた。

 

「気にしないで下さい、誰だって最初はそういうものですよ! 僕も初心者の頃はあんな感じでしたし!」

「そうなの?」

「はい! 兄さんに初めて連れて来られた時なんか、今じゃ考えられないくらい弱くて……」

 

 自分で口に出して、翔は表情を曇らせる。

 その様子を訝しむように見ていたソウゴは、翔に「兄さん?」と訊ねた。

 

「はい。プロゲーマーなんです、僕の兄は。僕の知らない内に、いつの間にかホメオスタシスのエージェントにもなってたんですけど……」

「何かあったの?」

「……ある男に、サイバー・ラインに送られて……ずっと行方不明だったんです。この事件が起こるまでは」

 

 ソウゴとウォズが顔を見合わせた。その間にも、翔は話し続ける。

 

「兄さんは歴史改変の影響で記憶を失っていました。きっと、改変が起こった当時にサイバー・ラインにいた人たちは、みんな同じ状態になってるんだと思います」

「……」

「……ちょっと思うんです。この歴史ではデジブレインもサイバー・ラインもない。僕の知る人たちの、誰も苦しむ世界じゃない。ひょっとしたら……もしかして、このままの方が……」

「本当にそうかな」

 

 翔がハッと顔を上げる。

 真っ直ぐに自分を見つめるソウゴの姿が、そこにあった。

 

「確かに今のままなら、この世界は平和で良いかも知れない。でも……それはウソで塗り固められた歪な未来だ」

「ウソの未来……」

 

 確かに、と翔は思う。これでは自分の戦ったCytuberと同じだと。

 

「時計の針ってさ、未来にしか進まないんだ。ぐるっと一周してるように見えても、少しずつでも……確かに前に向かってる。けど、針や歯車がどこかで狂ってしまったら、絶対に正しくは進めない。きっとどこかで壊れるよ」

 

 言った後に、ソウゴは頬を緩ませる。ウォズも彼の姿を満足気に見ている。

 

「だからさ、この世界っていう大きな時計を元通りに直すんだ。俺はそうしたい」

 

 優しさと厳しさを兼ね備え、人々を導く真の王者。

 翔は今、その片鱗を見ている気がした。

 

「そうですよね。この世界が真実じゃないのなら……僕らにしか彼らの作った未来を変えられないのなら。ここで眼を曇らせちゃいけない、勝って真実を暴き出す。未来を奪い返す。もう迷わない……それが僕の意思だ」

 

 拳を握り、翔は立ち上がる。ソウゴも深く頷き、再び固く握手を交わした。

 

「じゃあ改めて、一緒に頑張ろう! ゲームも!」

「はい! ……ところで、ソウゴさんはどうしてゲームセンターに行こうと?」

「だってさ、民の娯楽を知るのも王の務めでしょ?」

「あはは、そうなのかも」

 

 ウォズは彼らの後ろについて行き、ソウゴを補佐するため再びゲームに興じる。

 そうしている間に警察署では準備が整ったという連絡を受けるまで、翔たちは一通り遊び続けるのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 同じ頃。とある年のとある場所で。

 巨大な城内の空席の玉座に、一人の男が跪いていた。

 かつてスウォルツに仕えていた、モーハ。その両脇には、同じように跪くドーサとローパがいる。

 彼らの右手に握られているのは、マテリアプレートだ。

 

「見ていて下さい、スウォルツ様……あなたの理想は、かならずやこの私が……」

 

 念仏のようにモーハが唱えた後、三人はプレートを起動する。

 

《キング・オブ・ザ・ライダー!》

 

 直後、プレートから光の粒子が噴出され、ある物が形成されていく。

 ジクウドライバーだ。さらに、何も表示されていないブランクのライドウォッチまでも。

 各々それらを手に取ると、ライドウォッチに新たなライダーの顔が浮かび上がる。これまでに存在しない、彼らが使うライダーの力が。

 モーハは二人が持つ複製プレート、そして自分が持つ本物のプレートを見比べ、唇を歪める。

 

「素晴らしい……! 贋作でも同じ事ができるとは! という事は、この真作ならばきっと……!」

「本物はどれ程の力を持っているんです?」

 

 三人の背後から、そんな声が聞こえる。

 スーツ姿の男、ジョー・ヒサミネ。彼の質問を耳にすると、モーハは冷静に答える。

 

「君か。客人たちはどうしている?」

「あの二人なら食堂に案内しましたよ。腹が減っては戦ができぬと言いますからねぇ、今の内に腹ごしらえをと」

 

 ジョーの言葉を聞くと、納得した様子でモーハが頷く。

 そして、懐からアナザーアズールのライドウォッチを取り出した。

 

「形だけ修復はできた。しかし、歴史改変の力が損なわれてしまっている」

「む……そうですか」

「とはいえ戦闘は問題なく可能だ。ヤツらさえ討伐してしまえば、歴史など後で容易く塗り潰せる」

「それは良かった」

 

 心底安堵して、ジョーはそれを受け取る。

 そして立ち去ろうとしたその背に「待て」とモーハが声をかけた。

 

「君は何を望む? 何故我々と行動を共にする?」

 

 突如として投げかけられた質問。

 慌てるでもなく、偉ぶるでもなく、ジョーは答える。

 

「私には……兄がいます。国会議員の、次期総理大臣とまで言われているとても優秀な兄が。父と母だけでなく、周囲の人々の寵愛を受け続けた男が」

 

 一瞬の沈黙。その後、ジョーは眼力をぎらぎらと滾らせる。

 

「蹴落としたいんですよ、目障りだから。この歴史から存在ごと消し去り、私が一族の頂点になりたい。望むものはただそれだけです」

 

 野心に満ちた、妖しい光を帯びる眼差し。

 モーハは、それに見覚えがあった。スウォルツもかつて、同じ顔をしていた事があるのだ。

 そうしてモーハは玉座の方に視線を戻し、マテリアプレートをポケットに収納した。

 

「協力に感謝する。君の望みも、私の望みも果たされるだろう」

「そう願いたいですね」

 

 NEWタイムジャッカーたちに背を向け、ジョーはその場を去る。

 しばらく歩いていると、通路に二人の男が立っているのが見えた。

 一人はベレー帽を被った、白いコートを羽織る男。目は緑色のサイクロプスサングラスに覆われ、右手には電子ノートのようなものを持っている。

 もう一人は、シアンカラーのラインが入った黒いタンクトップと白いジャケットを纏い、黒のカーゴパンツを履いた茶髪の男。

 

「やぁ。食事はどうだったかね?」

 

 気さくに声をかけるジョー。するとサングラスの男も白ジャケットの男も、にこやかに答えた。

 

「この時代としては悪くないね」

「ナマコ料理がないのが残念だなぁ。士に食べさせたかった」

 

 二人の言葉に対して適当に頷くジョー。

 城内を歩き、案内を始める。

 

「君たちには客室が用意されている。時間が来るまで、そこで休むと良い」

「分かった。ところで」

 

 突然、茶髪の男が立ち止まった。その眼は、品定めするようにジョーを見つめている。

 

「この世界のお宝、本当にここにあるんだろうね。協力すれば素直に渡すって約束だったと思うけど」

「安心してくれ。戦いが終われば、必ず君に渡すとも」

「そうかい。じゃあ、待たせて貰うかな」

 

 答えを聞いて頷き、男たちはそれぞれ自分の個室へと入っていく。

 その姿を見てジョーは頬を歪ませ、スーツの内ポケットからある物を取り出した。

 スマートウォッチの用に見える、マテリアプレートを装填する緑色のデバイス。トランサイバーだ。

 

「ああ、渡すとも……全てが終わった時、君たちが生きていればねぇ……」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 ライドウォッチの修復作業を始めて約三時間後。

 ソウゴたちの手には、それぞれ完全回復したライドウォッチが握られていた。

 しかし、グランドジオウライドウォッチだけは、何故出現しないのかという原因を突き止める事ができず、浅黄たちでもお手上げだった。

 

「でも、ジオウⅡが戻って来ただけ十分だよ」

「そうだな……これでヤツらにも勝てるはずだ」

 

 ソウゴとゲイツが頷き合う。後はNEWタイムジャッカーたちが向かった時代を特定し、彼らを打倒するだけだ。

 だが、その時だった。

 警察署の外、町中で人々の悲鳴と破壊音が響き渡った。

 

「何事だ!?」

 

 翠月が立ち上がり、状況を確認する。

 見れば、街では翔たちも知らない怪物たちの姿があった。

 だがゲイツとウォズ、そして士は知っている。それらの怪人たちの正体を。

 

「アレは……グロンギにアンノウン、ミラーモンスター!? 眼魔やバグスターやスマッシュまでいるのか!?」

「それだけじゃない。20の仮面ライダーの敵対者全て……それがデジブレインとして実体化したようだな?」

 

 怪人は人々を襲い続ける。一体、どうしてこんな事になったのか。何が起きたと言うのか。

 思考を逡巡させる中、ひとりが顔を上げた。

 

「……そうか! あいつらのいる時代分かった! 2000年だ!」

「ソウゴ?」

 

 突然声を上げたソウゴを訝しむツクヨミ。するとソウゴは「思い出してみて」と語り始める。

 

「NEWタイムジャッカーの目的は、俺のいない世界で平成ライダーの力を使って新しい国を作る事。だから、2000年から平成ライダーの敵をこの世界にバラ撒いてるんじゃないの?」

「……なるほど! その後で平成ライダーの力を使い、一年ずつ順番に処理してライダーの歴史をこの世界に定着させるつもりという事か!」

 

 ウォズもソウゴの言葉で納得し、ゲイツとツクヨミも理解を示す。

 それを聞き、鷹弘は歯を食いしばって拳を握り締めた。翔も、怒りを眼に宿してマテリアフォンを手にした。

 

「とんだマッチポンプ野郎だな、クソッタレが! この世界は野郎のオモチャじゃねェんだぞ!」

「僕たちで倒しましょう!」

 

 ソウゴたちもそれに同意し、戦闘準備に入ろうとする。

 だが、翠月が「待て」とそこに割り込んだ。

 

「君たちは2000年に行け。この場は私と浅黄で食い止める」

「英さん!?」

「行くんだ。この事件は、恐らく元を絶たなければ終わらない。ヤツらの潜伏先が分かった今……君たちが行くんだ」

 

 有無を言わさない程に、強く説く翠月。

 翔は首肯し、ソウゴも賛成した。

 こうして、翔・鷹弘・ソウゴ・ゲイツ・ウォズ・ツクヨミ・士の六人が2000年へと向かう事となった。

 しかしいざ外に出ようとすると、士は「待て」と静止をかける。

 

「わざわざタイムマジーンを使う必要はない。大体この人数じゃ入り切らないだろ」

「じゃあどうするの?」

 

 問われると、士はクンッと自身の手首を前後に動かす。

 すると彼らの前にオーロラのようなものが広がり、2000年の時代への入口となった。

 

「さっさと来い」

 

 唖然としていると、さも当然の事のように、士が先へと入っていく。

 

「翔! 絶対勝てよ!」

「一緒に行けないけど、応援してるからね!」

「鷹弘、私の分までガツンとやっちゃって!」

 

 過去に向かう翔と鷹弘に、鋼作を始めとしたホメオスタシスの面々が激励を送る。他にも、電特課の警官たちも声援を送っている。街を守りに向かう翠月と浅黄にもだ。

 そして、その中にはアシュリィも。

 

「アシュリィちゃん?」

「……ショウ。帰って来なかったら許さないから」

 

 そう言って、彼女は背を向けた。

 すると翔は微笑み、後ろからアシュリィの頭を撫でる。

 

「大丈夫。必ず帰るよ」

「……うん」

「帰ったらカレー作ってあげるね」

「……うん!」

 

 名残惜しそうにアシュリィの頭から手を離し、より一層気を引き締めて翔は振り返る。

 モーハによって閉ざされた、自分たちの未来を取り戻すために。

 翔たち五人も、オーロラへと飛び込んだ。



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EP.05[2000:あばよ涙]

 20年前の帝久乃市。

 時代が時代だけあって今ほど大規模な発展はしていないものの、既にN-フォンが存在しており、建ち並ぶ建造物に大都市としての片鱗は見せている。

 

「さて。到着したはいいが」

 

 ここからどうするか。

 NEWタイムジャッカーたちを探すにしても、方針を固めようにも、情報が少ない。

 まずは現地で調査をするべきだろう。鷹弘が提案しようとした、その時だった。

 

『市民の諸君!』

 

 街頭モニターの映像が切り替わり、そんな音声が街中に鳴り響く。

 

「なんだ!?」

「あの人は……!」

 

 見上げれば、モニターに映っているのは、中央に『J』と書かれた仮面を被っているグレーのスーツ姿の男。

 翔たちには分かる。あれはアナザーアズールの変身者、ジョー・ヒサミネだ。

 街の人々は皆、映像に注目している。

 

『これより、地上はこのJが支配する! 我が統治を受け入れよ! 受け入れぬ者には……死を与える!』

「な……」

『六時間後に最初の刺客を放つ! 心静かに時を待つが良い!』

 

 それだけ言うと、ジョーは通信を切る。

 今の放送に住民たちは騒然とするものの、すぐに何かの告知やイタズラの類と考え、静けさが戻る。

 しかし、ゲイツや鷹弘たちは息を呑んでいた。

 

「マズいな……今の放送通りだとしたら、すぐに刺客の怪人が街に来るぞ!」

「そんでそれを連中が処理してヒーロー気取りってワケか。胸クソ悪ィ……どこにいるかさえ分かればな」

 

 ソウゴもゲイツもウォズもツクヨミも、唸り声を上げる。時間の猶予も、情報もない。

 士は腕を組んだまま、何も答えない。思い当たるものは僅かにあるようだが、決め手に欠けているのだろう。

 そんな中。

 

「いや。今ので僕には分かりました」

 

 確信めいた強い瞳で、翔が断定する。

 翔の言葉に、訝しんで「本当か?」とゲイツ。すると翔ははっきりと頷き、言い放った。

 

「はい、間違いありません。ヤツらはサイバー・ラインにいます」

「何!?」

 

 驚いたのは鷹弘だ。しかし、それを聞くと士は納得して「なるほどなぁ」と首肯する。

 

「大体分かった。電脳空間からこの街に干渉したってところか」

「恐らくは。現代で形を失っているのも、2000年にタイムジャッカーやジョー・ヒサミネが介入したからだと思います」

「そうと分かれば、早速行くぞ」

 

 翔と鷹弘が頷き、マテリアフォンを操作する。すると、一行の目の前にサイバー・ラインへのゲートが出現した。

 

「よし、この時代でもちゃんと使える」

「待ってろよクソッタレ共め……今すぐにでもブン殴ってやる!」

 

 

 

「ここが20年前のサイバー・ライン……」

 

 電脳世界の地に降り立った翔たち。

 2000年のこの場所には、広大な黒い空間だった。夜闇の中のように暗いというワケではなく、見通しは良好。石や草花が生えているが、生物の姿はない。

 そして。真っ黒な世界とは対照的な、まるで雪か氷でできているかのような輝きを放つ、白い西洋の巨城が遠方に建っている。

 否、よくよく見ればそれは城ではない。装飾こそそれらしくされているが、白亜の城とは似て異なるもの。翔も鷹弘も、既視感がある。

 

「国会議事堂……!?」

「これがヤツらの領域か」

 

 臆する事なく、ソウゴやゲイツたちは進んでいく。翔もその後に続いた。

 士は周囲の静けさを怪しみつつ、警戒を続けて中に入っていく。

 内装は現実の国会議事堂と大きく違っており、金の額縁に入ったNEWタイムジャッカーたちとジョー・ヒサミネの肖像画が飾られている他、剣を構える西洋鎧が配置されている。

 そして正面の最も目立つ場所には、大理石でできている、巨大なスウォルツの像があった。

 

「思ったより速かったねぇ、ジオウ」

 

 突如、頭上のシャンデリアから声が聞こえる。

 七人の仮面ライダーは全員身構え、その場から散開した。

 シャンデリアの上に立っていたローパとドーサは、飛び降りてスウォルツ像の前に立つ。

 

「お前たちを通すわけには行かない……ここで死んでもらうよ」

「せいぜい苦しみなさい、ジオウ!」

 

 そう言って、ローパとドーサはある物を取り出し、それを装着する。

 

《ジクウドライバー!》

「何っ!?」

 

 ソウゴとゲイツ、ツクヨミも使っている変身ベルト。それを、NEWタイムジャッカーたちが所持しているのだ。

 さらに、右手にはライドウォッチを持っている。それも左側に差し込む平成ライダーのウォッチではなく、ジオウたちの持つものと同じ右側に装填するタイプだ。

 ローパが持つのは青と黄、ドーサは赤と青のカラーリングが施されたライドウォッチだ。

 

「バカな、こいつら……!?」

 

 ゲイツが驚いているのを見下ろしながら、ローパ・ドーサの順にライドウォッチを起動した。

 

《ビーファイト!》

《ウインブレフト!》

『変身!』

 

 ライドウォッチを装填し、ロックを外してドライバーを同時に回転。

 そしてローパの身体に左右で青と黄に分かれたメカニカルなスーツが装着され、両眼に赤く『ライダー』の文字が貼り付く。

 ドーサの方には頭部が赤、上半身が青で腕が緑、下半身が黄色く両足が黒いスーツが形成。両眼には黄色い『ライダー』の字が記された。

 

《仮面ライダー! ビーファイト!》

《仮面ライダー! ウイン・ブレ・フト!》

「これが仮面ライダーの力かぁ……」

「中々良い着心地ね」

 

 ローパとドーサが変身した新たな仮面ライダーに、ソウゴ・ゲイツ・ウォズ・ツクヨミは目を奪われていた。

 

「バカな……一体どうやってジクウドライバーとライドウォッチを!?」

「ハハッ! 簡単だよ……あのマテリアプレートってヤツを使っただけさ。アレには、ジオウを含めた全ライダーの力が封じ込められているからねぇ」

 

 階段を降り、二人は翔たちに近づいていく。

 ツクヨミとゲイツは視線を合わせて頷き合うと、ジクウドライバーを装着してライドウォッチを装填。ロックを解除した。

 

「……ソウゴ! 先に行って!」

「ここは俺たちが!」

『変身!』

《仮面ライダーゲイツ!》

《仮面ライダーツクヨミ! ツ・ク・ヨ・ミ!》

 

 仮面ライダーゲイツ、仮面ライダーツクヨミの登場。

 対するは、NEWタイムジャッカーが変身する仮面ライダービーファイトと仮面ライダーウインブレフトだ。

 翔と鷹弘とソウゴは躊躇しながらも、先へと進む決意を固め、走り出した。

 が、士とウォズがついてこない。何事かと思っていると、まだ階段を登りきっていないそのウォズから声がかかった。

 

「お先へ、我が魔王。どうやら私と彼にも相手がいるようだ」

「本当に会いたくなかったけどな」

 

 二人の視線、階段を下った先には、シアンカラーの銃を構えた白いジャケットの男とサイクロプスサングラスをかけている男がいる。

 どちらも、士とウォズの知る顔だった。

 仮面ライダーディエンド、海東 大樹。最初に変身した仮面ライダーウォズ、白ウォズ。

 

「やぁ士、奇遇だね」

「……お前なんでこんなところにいるんだ、海東」

「何度も言わせないでほしいな。僕も通りすがりの仮面ライダーなんだよ」

 

 意味深な笑みを浮かべ、海東は銃型の変身アイテム、ネオディエンドライバーを構えつつ、カードを手に取った。

 一方、黒ウォズと白ウォズも互いにビヨンドライバーを装着してライドウォッチを握っている。

 

「白ウォズ……君はデジブレインではない、本物だな?」

「その通り。よもやこんな形で再会する事になるとはね……我が救世主も元気そうで何よりだ」

「消えたはずの君がどうやってここに?」

「おや、忘れたのかい? スウォルツ氏がアナザーディケイドの力で生み出した、アナザーワールドを」

 

 それを聞いて、黒ウォズは瞠目する。

 

「まさか……!」

「そう。私は消滅しつつある無数の分岐世界からやって来た……別世界の白ウォズだ」

 

 白ウォズの言葉と同時に、全員が距離を取って変身を開始する。

 

KAMEN RIDE(カメンライド)

《ウォズ! アクション!》

『変身!』

DECADE(ディケイド)!》

DIEND(ディエンド)!》

《投影! フューチャータイム! スゴイ! ジダイ! ミライ! 仮面ライダーウォズ! ウォズ!》

 

 変身が完了した瞬間、二人の仮面ライダーウォズが、ジカンデスピアをぶつけ合う。

 同じ姿故にパワーは互角。槍で強く圧しながら、黒ウォズは語りかける。

 

「なぜ君が彼らの味方をする? スウォルツ氏は君を利用していた、彼らも同じじゃないのかな?」

「そんなのはどうだって良い。私にとって重要な事は他にあるからね」

 

 そう言いながらバックステッップし、白ウォズは電子ノートを開きつつ槍を突き出した。

 黒ウォズは慌てて柄でそれを受け止めるものの、防ぎ切れずに階段から転がり落ちる。

 

「くぅっ!」

 

 下階の床でうつ伏せに倒れる黒ウォズ、その拍子に転がるひとつのライドウォッチ。

 その様子を眺め、白ウォズはゆっくりと彼の後を追い、黒ウォズが落としたウォッチを拾い上げた。

 

「ウォズ!?」

 

 倒れた黒ウォズに、ソウゴが駆け寄ろうとする。しかし、その足元に銃声と共に火花が散った。

 海東、ディエンドの攻撃だ。

 

「命を狙われてるのに他所見してる余裕、あるのかい?」

「お前がな」

 

 直後、ディエンドが腹を殴られて蹲った。

 

「が……!? やってくれるね、士!」

「お前が油断し過ぎなだけだ!」

 

 言いながら、ディケイドはディエンドの顔面を蹴り飛ばす。

 そして、翔とソウゴと鷹弘に眼で指示を出した。さっさと進め、と。

 

「……行こう、二人とも!」

「はい!」

 

 ソウゴに連れられて去る翔と鷹弘を見送り、ディケイドは改めてディエンドと向き直った。

 

「またロクでもない事考えてんだろ、海東」

「失礼だな。僕はただこの世界のお宝が欲しいだけさ、そのために君と戦ってるんだよ」

「ふーん……」

 

 ディケイドがライドブッカーを構え、刃を撫でる。

 そしてそれを素速く振り下ろし、ディエンドは銃身で止めた。

 鍔迫り合いのようになり、ディケイドとディエンドは頭をぶつけ合う。

 

「大体分かった。少し『乗せられてやる』」

「……! へぇ……そうかい!」

 

 腹を蹴って距離を開け、ディエンドが銃撃。

 ディケイドもライドブッカーを変形させ、反撃とばかりに連射する。

 

「オオオォッ!」

「ハァァーッ!」

 

 マゼンタとシアンのライダーが、叫びながら互いへと向かっていく。

 一方、ビーファイト並びにウインブレフトと交戦しているゲイツとツクヨミは。

 

「ぐあっ!」

「うぐっ!」

 

 反撃する事ができずに相手のライダーの攻撃を受け続け、苦戦していた。

 その姿を見下ろしながら、ローパが変身したビーファイトは、ゲイツとツクヨミに人差し指を突きつける。

 

「はははははっ! 魔王の手下はこんなものなのかい!?」

「誰が……手下だ!」

 

 立ち上がって、ゲイツが殴りかかる。しかしビーファイトはそれを軽々と避けると、ライドウォッチのボタンとジクウドライバーのロック部を押し込んで必殺の態勢に移った。

 

《フィニッシュタイム!》

「救世主敗れたりィッ!」

《タイムダイナミック!》

 

 ビーファイトが右手に手刀を作ると、その手にエネルギー体が放出されてドリルのように高速回転し始める。

 このままではゲイツが危ない。そう思ったツクヨミは膝蹴りの一撃でウインブレフトをダウンさせ、その間に両掌にエネルギーを集中させて光の球体を作り出す。

 満月のようになった光球を、右手を振り抜かんとするビーファイトに向けて弾丸のように放った。

 

「ハァァァーッ!」

「うっ!?」

 

 危険を察知してビーファイトは必殺攻撃を中断、左腕を光の球に向かってかざす。

 カチリ、という音と共に球体の動きが一時停止した。

 

「あ!?」

「アハッ、ハハハハハッ! 焦らせやがって……」

《スピードタイム!》

「へ?」

《リバイリバイリバーイ! リバイリバイリバーイ! リバイブ疾風! 疾風!》

 

 軽快な音声と同時に、先程まで目の前にいたゲイツの姿が消失。

 青い影が目にも留まらぬ速度でその場を駆け抜け、ビーファイトを攻撃し始めた。

 

「うぐあああっ!?」

 

 空中に打ち上げられるビーファイト、それを追って目の前に現れたのは翼を背負う青いアーマーのゲイツだ。

 仮面ライダーゲイツリバイブ疾風。スピードタイムの名の通り、時間延伸機能によって従来のスペックより遥かに高いスピードで戦う事ができる。

 手に持つジカンジャックローも、ゲイツリバイブ専用の強力な武装だ。チェーンソー・クローの二種類に変形でき、この武装は『つめ』となっている。

 

「このぉっ!」

 

 滞空しながらも、ビーファイトは時間停止を行使してゲイツを止めようとする。

 が、それよりも速くゲイツはビーファイトの背後まで降下し、ジカンジャックローを振り下ろしてビーファイトを地面に墜落させた。

 

「ぎぃっ!?」

「お前たちの時間停止能力では、目で追えるものしか止められないようだな」

《ジカンジャック!》

 

 ゲイツはファイズライドウォッチを取り出してそれをジカンジャックローに装着、再び高速移動する。

 

「な、何を……」

《ファイズ! スーパーつめ連斬!》

「何をっ!?」

 

 ジカンジャックローの爪が振られると同時に、ファイズが放つ赤色のポインティングマーカーのようなものが無数に飛び出す。

 気付けば、ビーファイトは四方八方をそれで埋め尽くされ、逃げ場を失っていた。

 

「ローパ!?」

「行かせない!!」

「くっ……スウォルツ様の妹なのに!! アタシたちの邪魔をするのかぁぁぁーっ!!」

 

 ウインブレフトが救援に向かおうとするものの、それはツクヨミの拳で阻まれる。

 そして二人が戦っている間に、マーカーは一斉に回転を始めた。

 

「ひっ……」

「これで終わりだ!!」

 

 ゲイツが叫び、飛び込もうとすると同時にマーカーがビーファイトに向かって動き出す。

 だが、その時だった。

 

《ファイナリービヨンドザタイム!》

「『救世主ゲイツリバイブは降り注ぐ惑星を受け、必殺は不発に終わるのであった』」

 

 そんな声と共に、惑星の形状を成したエネルギー弾が雨のようにゲイツの頭上から降り注いだ。

 

《水金地火木土天海エクスプロージョン!》

 

 エネルギー弾はビーファイトを避け、ゲイツを追尾しつつマーカーをも全て破壊する。

 いかに目に見えない程の高速移動ができようとも、無数に落下し追尾する攻撃を避け切る事はできない。爆発と共に、ゲイツはツクヨミの方に吹き飛ばされた。

 

「ぐあああああっ!?」

「ゲイツ!? きゃっ!?」

 

 落ちて来たゲイツを受け止められず、ツクヨミもその場に倒れ込む。

 ゲイツは慌てて体制を立て直しつつも、歯を軋ませて白ウォズを睨みつけた。

 今の白ウォズは、一回りほど大きいミライドウォッチをビヨンドライバーにセットし、背中からマントを垂らしている。

 仮面ライダーウォズギンガワクセイフォーム。本来であれば黒ウォズが所有しているはずのギンガミライドウォッチから変身できる、仮面ライダーウォズの三種類の最強形態の内のひとつだ。

 

「バカな! なぜ白ウォズがギンガの力を……」

「書かせて貰ったからだよ、我が救世主。『ウォズ、階段から転んでギンガミライドウォッチを落とす』とね」

 

 そう言いながら、白ウォズはギンガミライドウォッチを外して操作。ドラム部を回して、鏡文字で『タイヨウ』と書かれた面に合わせる。

 その後ろから、ジカンデスピアを持った黒ウォズが襲いかかった。

 

《投影! ファイナリータイム! 灼熱バーニング! 激熱ファイティング! ヘイヨー! タイヨウ! ギンガタイヨウ!》

「ハァッ!」

 

 白ウォズの頭部が赤く切り替わり、彼が両腕を広げると、火炎と灼熱地獄がその場を襲う。

 攻撃に動いていた黒ウォズは堪らず悲鳴を上げ、ゲイツも咄嗟にリバイブライドウォッチを操作してツクヨミをかばった。

 

《パワードタイム! リ・バ・イ・ブ・剛烈! 剛烈!》

「くうううっ!」

 

 ゲイツリバイブ剛烈。スピードタイムのように素速く動く事はできないが、強固な防御力と圧倒的なパワーが持ち味だ。

 しかしその防御の上でさえ、ギンガタイヨウの熱を防ぐのは厳しい。

 ゲイツは白ウォズを睨みながら、彼に声をかけた。

 

「お前の目的は何だ!? どうしてこいつらの味方をする……そんなに救世主になる道を選ばなかった俺が憎いか!?」

「我が救世主、勘違いだよそれは。私は彼らに助けて貰った義理立てをしているだけさ」

 

 白ウォズはそう返して、ビーファイトとウインブレフトに視線を投げた。

 

「今の内に使いたまえよ。アーマーなしでは厳しいんじゃないかな?」

「……それもそうだ」

 

 ビーファイトとウインブレフトが頷き、その右手にマテリアプレートを握る。

 そして、起動した。

 

《キング・オブ・ザ・ライダー!》

 

 すると、光と共に二人のライダーの左手に新たなライドウォッチが出現。同時にそれらを起動した。

 

《ダークカブト!》

《風魔!》

 

 音声を聞いて、ゲイツは驚く。

 その様子を、白ウォズは楽しそうに眺めている。

 

「そんなバカな……俺たちも所持していないライドウォッチを!?」

「驚くような事じゃないさ。オーマジオウが持つのは全ライダーの力、ならば形がなくともライドウォッチの中に他のライダーのデータが僅かに内包されているはず。存在する可能性がある限り……全てのライドウォッチの力を吸収したあのマテリアプレートで、作れないはずがない」

 

 ビーファイトがダークカブトのライドウォッチを、ウインブレフトが風魔のライドウォッチを装填。ロックを解除して回転させた。

 

ARMOR TIME(アーマータイム)!》

CHANGE BEETLE(チェンジ・ビートル)! ダークカブト!》

《レベルアップ! 風魔!》

 

 両肩から黒いカブトムシの角を生やし、顔に『ダークカブト』の文字を貼り付けたビーファイトは、再びゲイツの方に疾駆する。

 さらに両肩がガシャットの形状となって両眼が『フウマ』という文字に変わったウインブレフトは、忍者刀を左右の手に一本ずつ持ち、同じくゲイツに襲いかかった。

 

「さぁ第二ラウンドだ、アッハハハハハァ!」

「死になさい!」

 

 ビーファイトの拳が、ウインブレフトの忍者刀が剛烈状態のゲイツに命中。

 普段であればほとんどダメージを受けないような一撃だが、ギンガタイヨウの熱に焼かれた今のゲイツには、重い攻撃だ。

 既に防御しかできない状態のゲイツを少しでも援護するため、ツクヨミがウインブレフトへと足を蹴り出して乱入した。

 

「あなたもそんなに死にたいの? だったら! 望み通りにしてあげるわ!」

《フィニッシュタイム! 風魔!》

 

 柄頭で二つのライドウォッチのボタンを押し込み、回転。

 そして忍者刀を風車のように回し、ウインブレフトは必殺技を発動した。

 

《ハリケーン! タイムダイナミック!》

「イィヤァーッ!!」

 

 裂帛の掛け声と共に、忍者刀が竜巻を起こす。それを受け、ツクヨミは壁面に叩きつけられた。

 

「あ、ぐっ……」

「いいねぇ! こっちも終わらせてやる!」

《フィニッシュタイム! ダークカブト!》

 

 ビーファイトもジクウドライバーを一回転。足に漆黒のエネルギーを溜め込み、その場から姿を消す。

 クロックアップだ。攻撃が来る事を予感したゲイツは、腕を交差させて耐えようとする。

 

《クロック! タイムダイナミック!》

「てぇぇぇーい!!」

「がぁっ!?」

 

 直後に背後から勢い良く蹴りが飛んで態勢を崩され、踵落としが左肩に命中。ゲイツは、崩れ落ちて膝をついた。

 

「……この程度なのかい、我が救世主? 君は本当に……これで終わるのかい?」

 

 物憂げな声を出しながら、白ウォズはゲイツとツクヨミを見つめている。

 その白ウォズの背後で、立ち上がった黒ウォズがジカンデスピアを構え直した。

 

「まだやるのかな? 黒ウォズ」

「当たり前だろう」

「止めた方が良い。ギンガの力なしで、私に勝つ事など不可能だ。一度冷静になるべきだよ」

 

 諭すような口調で放たれた言葉。仮面の中で黒ウォズは眉をひそめ、ジカンデスピアを地面に下ろす。

 そうして冷静になってみると、白ウォズの行動は不自然だ。本当に倒す気があれば、ギンガの力で全滅させる事も不可能ではない。なのに、彼は積極的に手を出していない。

 まるで、何かを待っているように。

 

「……同じウォズだが、今は君の真意が分からない。一体何を求めているんだ?」

「私が求めるのはいつだって『真の救世主』だ。そして、彼らに味方しているのも単なる義理立て……理由がなくなればそれまでの関係だよ」

 

 そう言って、白ウォズは柱の陰にチラリと視線を送る。

 黒ウォズはハッとして、振り返った。先程白ウォズが見た方向では、ディケイドとディエンドが交戦していたはず。それが、いつの間にか戦闘音が止んでいるのだ。

 

「なるほど、そういう事か!」

 

 黒ウォズは叫び、腕についたミライドウォッチをひとつ手に取った。

 そんな中、ゲイツはビーファイトを前に再び立ち上がっている。

 しぶといな、と思いながらビーファイトは拳を顔面に目掛けて叩き込んだ。だが、それでもゲイツは倒れない。

 

「鬱陶しいな、いい加減にくたばれよ」

「断る……!」

「あのさ……ジオウに負けて軍門に下ったヤツが僕らに勝てると思ってるワケ? 救世主だかなんだかおだてられて、調子に乗ってんの?」

 

 ゲイツの首を掴み、絞める。ビーファイトは首の骨を折らんばかりに、徐々に右腕に力を込めた。

 だが、そんなビーファイトの腕をゲイツが捻り上げた。

 

「ぐっ!?」

「俺は……救世主ではない。世界を救ったのはジオウで、俺はあいつの仲間だ」

「……ハッ! 苦しい言い訳だなぁ!? ジオウの傍について、ヤツに従って戦って! それは手駒とどう違う!?」

「俺は!! たとえ俺自身が救世主ではなくとも……心から世界を良くしたいと願う真の王を……ジオウを護りたい!! 共に並びたい!!」

 

 ビーファイトが腕を離した瞬間、ゲイツは素速く彼の顔面に拳を叩き込んだ。

 

「それが俺の選んだ道だ!! お前らにとやかく言われる筋合いなどあるものか!!」

 

 吹き飛ばされ、ビーファイトは地面に倒れ込む。しかしすぐに立ち上がって、忌々しそうにゲイツを睨みつつ、マテリアプレートを取り出した。

 

「クソ……調子に乗るなよ!?」

 

 そして、起動スイッチを押し込もうとした、その時。

 

「問題」

「なに!?」

 

 突然黒ウォズの声が聞こえ、ビーファイトもウインブレフトも振り返る。

 見れば、そこには顔にオレンジ色の『クイズ』という文字を貼り付けている、装甲を赤と青に変化させた黒ウォズの姿があった。

 仮面ライダークイズの力を継承した、仮面ライダーウォズ フューチャーリングクイズ。その名の通り、クイズを出題して戦闘する能力だ。

 

「『NEWタイムジャッカー・モーハは用が済めば白ウォズもディエンドも始末するつもりである。マルかバツか?』」

「なっ……」

 

 思わぬ出題に驚き、二人とも言葉を詰まらせる。

 この場にいないモーハがどう思っているのか。ローパ・ドーサとも方針を聞かされてはいないが、処遇に関しては勘付いている。

 しかし、これをどう答えたものか。マルであれば白ウォズとディエンドの裏切りは免れず、だがバツという答えはモーハの性格上考えにくい。そもそもバツと答えて不正解であった場合も裏切るだろう。

 どう足掻いても、NEWタイムジャッカーたちは二人が裏切る大義名分を作ってしまう事になるのだ。

 

「ぐ……」

「答えられないようだね、ならば不正解だ!」

「がああああっ!?」

 

 瞬間、ビーファイトとウインブレフトに雷が降り注いだ。これがクイズの能力、問題に不正解・未回答の場合はダメージを与えるのだ。

 そして同時に、電子ノートを手に白ウォズが動いた。

 

「『NEWタイムジャッカーのローパとドーサ、雷を受けてマテリアプレートを落とし、ディエンドに盗まれる』……と」

「はっ!?」

 

 ノートに記入された直後、その通りに二人の手からプレートが滑り落ちる。走ってそれを取りに来ているのは、ディエンドだ。

 まずい。即座の判断で、ビーファイトとウインブレフトはプレートに手を伸ばす。

 しかしその手に火花が散り、痛みで思わず腕を引っ込めてしまった。柱の陰に潜んでいたディケイドの銃撃だ。

 

「貰ったよ、この世界のお宝……の、コピーだ」

 

 見事、ディエンドは二つのマテリアプレートをキャッチ。そして、それを白ウォズに投げ渡した。

 

「僕は本物の方を貰う。それは君が使いなよ」

「助かるよ」

 

 胸に手を添え、一礼する白ウォズ。いつの間にか変身を解除し、ギンガミライドウォッチを黒ウォズに返還していた。

 そんな彼に、ビーファイトとウインブレフトは怒鳴り声を吐き散らす。

 

「どういうつもりだ!! なぜ僕らを裏切る!!」

「あんたなんて、ただ歴史から消えるだけの存在だったのに!」

 

 すると白ウォズは一切悪びれる事なく、意地の悪い笑みを浮かべて二人を見下ろす。

 

「私は最初から、我が救世主の味方だよ。君たちを全滅させるために一芝居打っただけさ」

「何ィ……!!」

「まぁ上手く利用していたつもりだろうが、利用されているのはそちらの方だったというワケだ」

 

 そう言って、白ウォズはマテリアプレート二つを同時に起動。

 するとその頭上に、19のライドウォッチが浮かび上がり、マテリアプレートは爆ぜて壊れる。

 白ウォズはノートで何かを記そうとして、手を止め、ペンを放り捨てた。

 そして満足気な笑みを浮かべて、ノートをぐるぐると回るライドウォッチたちの中心に向かって投げつけた。

 

「もはや私が未来を綴る必要などない! 私が描く伝説ではなく、これから彼の歩む道こそが、新たな歴史となるのだから!」

 

 ノートと全てのライドウォッチが融合。

 他のそれらよりも大きい、真っ赤なライドウォッチが新生した。それは真っ直ぐにゲイツの方へと向かい、反射的にゲイツはそれを手に取る。

 そして、起動した。

 

《ゲイツマジェスティ!》

 

 その音声と共に、ウォッチの左右が展開。ライダーたちの顔が浮き彫りになる。

 ゲイツはそれをリバイブの代わりにドライバーの左側に装填して、ロックを解除、回転させる。

 

「変身!」

MAJESTY TIME(マジェスティタイム)!》

 

 ゲイツの周囲に19のライドウォッチが飛散し、全身が金色に発光。そして、背中からマントが飛び出した。

 

《G3! ナイト! カイザ! ギャレン! 威吹鬼! ガタック! ゼロノス! イクサ! ディエンド! アクセル! バース! メテオ! ビースト! バロン! マッハ! スペクター! ブレイブ! クローズ!》

 

 名前が読み上げられる度に、ゲイツの体にライドウォッチが順番に合体していく。

 そして最後に額へとゲイツライドウォッチが装着された時、赤く縁取られた金色の『らいだー』の文字が両眼に貼り付いた。

 

《仮面ライダー! ゲイツマジェスティ!》

 

 完成したのは、全身にライドウォッチを装備した金色のマントを背負う赤い仮面ライダー。

 ゲイツ、マジェスティ。

 その姿を目撃した時、白ウォズは歓喜の笑みと共に叫ぶ。

 

「祝え! 闇に苦しむ人々を救い、未来に光を取り戻す真の救世主(エル・サルバトーレ)! その名も、仮面ライダーゲイツマジェスティ! まさに生誕の瞬間である!」

 

 威風堂々とした、荘厳たる救世主の姿。

 ビーファイトは拳を震わせ、怒りのままに叫んだ。

 

「何が……マジェスティだ! 救世主だ! お前なんかに負けてたまるかぁ!」

CLOCK UP(クロックアップ)!》

 

 ビーファイトが前へと踏み出し、高速移動能力によって姿を消す。

 しかし慌てる事なく、ゲイツは右脚のライドウォッチひとつのボタンを指で押し込んだ。

 

「ふん!」

《ガタック!》

 

 これにより、ゲイツもクロックアップを発動。ビーファイトと同じ速度となり、突き出された拳を容易く受け止めた。

 

「何っ!?」

「まだ行くぞ」

《バロン!》

 

 ゲイツの手にバナナに似た形状の槍、バナスピアーが握られ、それを振るってビーファイトを突き倒す。

 

「がぁぁぁっ!?」

「まだまだ!」

《アクセル!》

《マッハ!》

 

 バナスピアーをツクヨミにパスし、ライドウォッチを操作。

 赤い仮面ライダーと白い仮面ライダーがゲイツの両脇に出現し、それらが各々の武器を使ってウインブレフトを叩きのめした。

 

《エンジン! マキシマムドライブ!》

《ヒッサツ! フルスロットル!》

「くうっ!?」

 

 その強さに、ツクヨミも黒ウォズも舌を巻くばかりであった。

 

「すごい……グランドジオウと同じ能力が使えるのね!」

「まさか、ゲイツくんのポテンシャルがここまで高いとは……」

 

 直後、ツクヨミはバナスピアーを投擲し、ウインブレフトを攻撃。必殺技で反撃しようとしていた彼女の行動を妨害する。

 

「くぐっ!?」

「こんな、こんなはずじゃ」

 

 よろめくビーファイトとウインブレフト。

 ゲイツは彼らの前へと、ドライバーのライドウォッチを操作しつつ悠然と歩む。

 

「覚悟しろ。これで終わりだ」

《フィニッシュタイム! マジェスティ!》

 

 そして、ジクウドライバーを回転。大きく跳躍し、左足を突き出した。

 

《エル・サルバトーレ! タイムバースト!》

 

 19人の仮面ライダーの姿が周囲に出現し、それらがゲイツマジェスティへと重なる。

 そしてゲイツは矢のようにビーファイト・ウインブレフトへと弾き出され、二体のライダーへとエネルギーを纏うキックを放つ。

 

「ギイアアアアッ!!」

「イヤアアアアッ!!」

 

 ローパ・ドーサの両名は悲鳴を上げて地面に倒れ伏し、外れたジクウドライバーとライドウォッチは粉微塵となる。

 ゲイツたちの勝利だ。変身を解き、気を失った二人をマフラーで拘束して、黒ウォズは白ウォズに向き直った。

 

「君に助けられたようだ。ありがとう」

「感謝は結構。他にやる事があるだろう?」

 

 黒ウォズは頷いて、変身を解除したゲイツたちも首肯。翔やソウゴたちを援護するために走る。

 海東と白ウォズも彼らの後に続き、その場には身動きの取れない二人のタイムジャッカーだけが残されるのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「見つけたぞ! モーハ!」

 

 ゲイツたちがNEWタイムジャッカーの相手をしている頃。

 翔・ソウゴ・鷹弘は、モーハのいる王の間に辿り着いていた。

 モーハは玉座の前に跪いており、翔の声を聞くと、ゆっくりと振り返って左眼をヒクヒクと動かしている。

 

「気安くこの聖域に足を踏み入れるとは、蛮人共がァ……」

「もうこれ以上、僕らの世界を荒らすのは止めて帰ってくれ」

 

 翔がそう言うと、モーハは両眼を血走らせ、歯を剥き出しにして叫んだ。

 

「帰る? 帰るだと!? できるものかァ!! スウォルツ様のいない世界など、私の帰る場所ではない!! ならば貴様らをブチ殺して!! ここをスウォルツ様の城とするのだァ!!」

 

 怒鳴り声と共にモーハが取り出したのは、ソウゴも持つベルトとライドウォッチ。

 それを目撃して、ソウゴは当然驚いた。

 

《ジクウドライバー!》

「貴様の歴史、終わらせてくれるわァ!! ジオォォォォォウッ!!」

《ギャリダー!》

 

 煌めく銀色のライドウォッチを起動し、ベルトに装填。そしてドライバーのロックを解除し、その左側を掴む。

 

「変身!!」

RIDER TIME(ライダータイム)!》

 

 叫び声と共にベルトを回し、その体が光沢を放つ銀色のスーツに包まれ、赤と青のメタリックカラーラインが両肩・両脚に走る。

 そして両眼には赤い『ライダー』の文字が貼り付き、発光。その名前が読み上げられた。

 

《仮面ライダー! ギャリダー!》

 

 モーハが変身する仮面ライダー、ギャリダー。両拳を握り込み、ソウゴを見下ろして、ゆっくりと歩いてくる。

 ソウゴもそれに応戦するため、ライドウォッチを取り出した。左右で二つに分割して使用する、ジオウⅡライドウォッチだ。

 

「ソウゴさん、僕も……」

「いや。こいつの相手は、俺一人でやるよ」

《ジオウ! Ⅱ!》

 

 ボタンを押してライドウォッチを起動し、左側の大きなリューズを回してロックを解除。これにより、ライドウォッチは二つになった。

 右手には金色、左手には白いライドウォッチだ。

 

《ジオーウ!》

 

 そしてそれぞれをジクウドライバーの左右に装着。ジクウドライバーのロックも外し、回転させる。

 

「変身!」

RIDER TIME(ライダータイム)!》

 

 ソウゴの全身が、通常のジオウとはまた異なる黒いスーツに包まれる。

 最も特徴的なのはその頭部で、両眼の位置に『ライダー』の字が貼り付いている他、銀色の時計の針が左右の目に二本ずつ伸びているのだ。

 

《仮面ライダー! ライダー! ジオウ! ジオウ! ジオウⅡ!》

 

 これこそがジオウⅡ。凄まじい力を持つ、時の王者の進化した姿。

 

「行くぞ……ジオウ!!」

「来い!!」

 

 ギャリダーはレーザー状の刀身を持つ剣、イレーザーブレードを両手で握り、ジオウがジカンギレードの他にも一振りの剣を手に取る。

 ジオウの仮面が貼り付いた武器、サイキョーギレードだ。

 二人がぶつかり合う様子を見ながら、翔は鷹弘の方を振り向いた。

 

「静間さん、僕らは……」

「慌てんなよ翔。向こうも退屈しないようにしてくれるみたいだぜ」

 

 鷹弘が親指で示した方向、三人が入ってきた扉から、怪人たちが無数に溢れ出て来る。

 ワームサナギ体やダークローチ、屑ヤミーに初級インベスと言った、いわゆる戦闘員とされる存在を模倣したデジブレインだ。

 怪人たちの奥に佇むのは、マテリアプレートを起動しているジョー・ヒサミネ。

 あの力で怪人を次々と生み出しているのだろう。そう思って翔と鷹弘は、すぐさまマテリアプレートとアプリドライバーを構える。

 

「手厚い歓迎ですね……」

《ブルースカイ・アドベンチャー!》

「まったくだ」

《デュエル・フロンティア!》

 

 バックルにマテリアプレートを差し込み、そこにマテリアフォンをかざして、二人は変身する。

 

「変身!」

「変……身!」

《蒼穹の冒険者、インストール!》

《孤高のガンマン、インストール!》

 

 仮面ライダーアズール、そして仮面ライダーリボルブ。

 ジオウとギャリダーの戦闘に介入させないように、二人は雪崩込んで来る怪人たちを足止めするのであった。

 一方、そのギャリダーはそのジオウに苦戦していた。

 何度攻撃を仕掛けても、思うように当たらない。確実に致命傷となるであろう死角への一撃も、寸でのところで回避されてしまうのだ。

 

「チィッ……力の大部分を失っているとは言え、魔王の名は伊達ではないという事か」

 

 右足から蹴りを出すと見せかけ、前に踏み込んでイレーザーブレードを上段から振り下ろし、あらん限りの力でジオウに攻撃。

 しかし、それも二つの剣を交差させたジオウによって防御される。

 見ればジオウの眼の位置にある時計の針が、一瞬だけクルクルと回転していた。

 これは未来に起こりうる事象を観測する、ジオウⅡの特殊能力。つまりは未来予知である。これによって、ギャリダーの攻撃を全てギリギリで回避しているのだ。

 

「ならばこれでどうだァ!!」

《キング・オブ・ザ・ライダー!》

 

 言うなりマテリアプレートの力を発動し、ギャリダーは新たな漆黒のライドウォッチを生成。そして、それのボタンを押してドライバーにセット。

 

《メタルビルド!》

 

 音声を聞きながら、ギャリダーはドライバーを一回転させた。

 

ARMOR TIME(アーマータイム)! ヤベーイ! メタルビルド!》

 

 アーマーと合着し、完成したのは漆黒の戦車のフルボトルを両肩から生やしている仮面ライダー。イレーザーブレードの刀身が纏う光も黒く染まった。

 

「ハァッ!!」

 

 タンッ、と踏み込んでイレーザーブレードを振るう。

 その破壊力は通常時よりも格段に増しており、双剣による防御は一撃で崩された。

 

「うっ!?」

「ヌゥラァッ!」

 

 続いて、回し蹴り。エネルギー体の履帯が足の周りに現出し、ジオウを薙ぎ倒さんとする。

 が、ここまでは予知の範疇。

 既に未来を見ているジオウは地面を蹴って天井へ飛び、さらにそこに足を付いて二つの剣を合体させてサイキョージカンギレードを作り出す。

 

《サイキョー! フィニッシュタイム!》

「これで終わらせる!」

 

 必殺技が来る。それを察知し、ギャリダーもライドウォッチを操作する。

 

《フィニッシュタイム! メタルビルド!》

「終わるのは貴様だ……!」

 

 剣のトリガーを引くジオウと、ドライバーを回すギャリダー。

 それぞれの剣から極光が放たれ、サイキョージカンギレードからは金色の光と『ジオウサイキョウー』の文字が、イレーザーブレードからは黒い閃光とエネルギー状の履帯が放出される。

 

《キング! ギリギリスラッシュ!》

《ハザード! タイムダイナミック!》

『ハァァァァァーッ!!』

 

 二つの輝きがぶつかり、光の刀身が火花を吹いているかのように明滅する。

 力と力の激しい迫り合いの果てに、打ち勝ったのは――ジオウだ。

 

「グアアアアアッ!?」

 

 ギャリダーは『ジオウサイキョウー』の文字と共に切り倒され、変身を強制解除されて地面に背中を打つ。

 ジクウドライバーとライドウォッチは、粉々に砕けて消えた。マテリアプレートを使おうにも、ジオウの予知能力がそれを許さないだろう。

 もはや反撃の手はない。ジオウはモーハの前に立ち、語りかける。

 

「もう終わりだよ。俺の勝ちだ」

 

 真剣な口調で告げられた言葉。頭では事実だと分かっていても、モーハは歯を食いしばって真っ向から抵抗する。

 

「終わり? 終わりだと……? ふざけるなァ!! 私には、取り残された我々には……!! スウォルツ様の理想を受け継ぐ道しかないんだよォォォ……!!」

「……」

「これで本当に全て終わりだというのなら……私はもう、もう……死ぬしか……」

 

 直後、変身を解いたソウゴが、涙して慟哭するモーハの胸倉に掴み掛かった。

 

「簡単に諦めんなよ!」

「な……」

「自分の命を簡単に捨てるなって言ってんだよ!!」

 

 彼の叱咤するような叫びに、怪人たちを倒しているアズールもリボルブも思わず目を奪われた。

 

「確かに俺は酷い事をしたのかも知れない。スウォルツを倒したから、あんたに恨まれるのも仕方ないと思う。でも、スウォルツが自分の理想を捨てて、行方がわからなくなっても……あんたはまだちゃんと生きてるだろ!!」

「……」

「だったら今っていう瞬間を大切に、必死に生きろよ……!! 死んだら、もう未来に進めないんだ……!!」

 

 怒りと哀しみの入り混じった目。すぐにモーハは回想した。彼の両親、その命を奪ったのは――。

 そうして言葉を詰まらせてしまう。ソウゴの眼差しに、気圧される。

 だが、やがてその沈黙もモーハによって破られた。

 

「……ジオウ。最高最善の魔王と言ったな……貴様の描く未来とは、何だ?」

「世界を全部良くしたい、みんなに幸せでいて欲しい。そんな未来を創る……それが俺の王道だ」

「なんとも甘い戯言だ。そんな王に、スウォルツ様は負けてしまったのか」

 

 言ったあとで、モーハは「だが」と紡ぐ。

 

「偽りであろうともそんな王を見出し、暗躍したのは……他ならぬスウォルツ様だったな」

 

 そうして自嘲めいて唇を歪ませ、モーハは改めてソウゴの眼を見つめる。

 

「ならばこの敗北も必然という事か。ハッ、滑稽だな私は」

「モーハ……」

「……貴様を認めはしない。しかし、私にスウォルツ様の代わりも貴様の代わりも務まらんという事は良く分かった。この世界からは手を引く……NEWタイムジャッカーも解散だ」

 

 完全な降伏宣言だ。それを聞いてソウゴは息をつき、立ち上がってモーハに手を差し伸べた。

 モーハは躊躇いつつも、観念した様子で手を伸ばす。

 しかし、その時。甲高い銃声が、王の間に鳴り響いた。

 

「かっ!?」

「え……?」

 

 鮮血がソウゴの足元に飛び散る。

 モーハもソウゴも、戦いの最中だったアズールとリボルブも目を見張った。

 引き金を引き、モーハを撃ったのは、ジョー・ヒサミネだ。

 

「フフ……フハハハハハハッ」

 

 ジョーは走り出して、モーハが落としたマテリアプレートを拾い上げる。

 

「いやぁ、実に私にとって都合の良い展開になってくれましたねぇ」

「き、さま……なに、を」

「私が本気であなた方に従っているとでも?」

 

 負傷したモーハを蹴り飛ばし、ジョーはプレートを起動。すると、目の前にタイムマジーンが生成された。

 

「私の目的は最初からひとつ。仮面ライダーの力を封じ込めた、この真作のマテリアプレートなんですよ」

「なに……!?」

 

 モーハの驚愕を聞き流し、ジョーはソウゴを指差して「彼は先程良い事を言いましたよねぇ~?」と言い放つ。

 

「世界を良くする。本当に良い言葉だぁ、共感しました。私もこの鬱々とした環境を変えたくて仕方なかったんですよ」

「どういう事だ!?」

「この世界は腐っています。あらゆる国の裏で大きな陰謀が蠢いている、それによって戦争や貧困が蔓延して……国を動かすはずの政治家共も、欲望にまみれた兄のようなクズばかり。とても陰鬱だ、吐き気がする」

 

 頭を抱えて首を振り、溜め息を吐くジョー。

 その後で大きく唇を歪ませ、ソウゴの顔を見下ろした。

 

「しかし、この仮面ライダーの力が! 英雄の力さえあれば、全ての障碍は取り除かれる! 私という王による世界の統治が可能となるのです!」

 

 ジョーはそう言いながら、モーハの腹の傷口を踏みにじった。当然、モーハは苦しそうに呻き声を上げる。

 そんなジョーへと、リボルブは銃口を向けた。

 

「ざっけんじゃねェ! 要はテメェが独裁したいだけだろうが! そんな大義名分のために、顔色ひとつ変えずに人を撃てるような野郎を王なんて認められるか!」

「フハハハハッ! 王の道に犠牲はつきものでしょう? そもそもまだ死んではいないんですから、落ち着いて欲しいですねぇ」

「テメェェェッ!」

 

 リボルブが叫んだ直後、ザンッ、と大きな音が轟く。

 背後に立っていたアズールが、湧き出ていた残る怪人たちを一息に殲滅したのだ。

 

「その歪んだ欲望……僕らが断ち切る!!」

 

 ソウゴの隣に立ち、剣を掲げてアズールは宣告した。

 するとジョーは呆れた様子で首を横に振り、モーハから足を放す。そして、タイムマジーンに飛び乗った。

 

「飽くまでも私に歯向かうつもりですかぁ。では私の後を追ってみると良い……ま、できればの話ですが」

《キング・オブ・ザ・ライダー!》

 

 再びジョーが自分の持っていた贋作のマテリアプレートを起動。

 それにより、アズールたちの前に形成されていくのは――城の天井を破壊せんばかりの、数多の巨大な怪物の影だ。

 

「マズいぞ! 野郎、なんて事しやがる……!」

 

 翔と鷹弘がそんな会話をしている時だった。

 息を切らしてモーハが立ち上がり、自分の手で傷口を押さえながらソウゴに語りかけ始めた。

 

「……ジオウ。手を出せ」

「モーハ?」

「貴様から奪った最後の力……全てのウォッチを束ねる、グランドジオウの力を返還する」

 

 ハッと目を見張るソウゴに、モーハは静かに頷いた。

 

「本当なら俺がライドウォッチを束ねて使うつもりだったが、これさえ戻ればあの程度の連中に負ける事はないのだろう?」

 

 自信満々に、今度はソウゴの方が頷いた。

 それを見て微笑むと、モーハはソウゴの右手を握る。そして、彼の手を介してソウゴへと力が注ぎ込まれる。

 否、返ったと言うべきだろう。その証拠とばかりに、ソウゴの持つ19のライドウォッチが、踊るように空中を飛び交った。

 

「確かに受け取ったよ。あんたの思いを!」

 

 避難するモーハに振り返って笑ってみせ、ソウゴはそのライドウォッチを起動した。

 

《グランドジオウ!》

 

 ドライバーに装着した後、ライドウォッチを使用した際に流れる変身音が、グランドジオウライドウォッチから流れる。

 それに合わせてソウゴの周囲に仮面ライダーの像が出現、錆びた部分が徐々に剥げ、ジオウを含めた20のライダーの姿が顕わとなった。

 

「変身!」

GRAND TIME(グランドタイム)!》

 

 雄叫びと共に回転するベルト。それと同時に、ライダーの像の背後に門のようなものが現れ、それらを収容した。

 

《クウガ! アギト! 龍騎! ファイズ! ブレイド! 響鬼! カブト! 電王! キバ! ディケイド! ダブル! オーズ! フォーゼ! ウィザード! 鎧武! ドライブ! ゴースト! エグゼイド! ビルド!》

 

 ソウゴの体に、黄金に輝くスーツが装着。

 さらに流れる音声に伴い、門がジオウの体の各部位に貼り付いていき、開いて小さな黄金のライダー像が姿を見せる。

 最後に頭部にジオウの像が合体し、顔面に金縁の『ライダー』の字が刻まれた。

 

《祝え! 仮面ライダー! グランドジオウ!》

 

 これが、20のライダー全ての力を継承した、荘厳なる王。

 仮面ライダーグランドジオウである。

 

「行きましょう、ソウゴさん! これが最後の戦いです!」

「よぉし! なんか行ける気がする!」

 

 仮面越しに微笑み合う二人。

 アズールがアズールセイバーを、リボルブがリボルブラスターを、そしてジオウがサイキョージカンギレードを構え、生み出される敵に向かって走り出すのであった。



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EP.06[タイム・イズ・ナウ]

「ハッ! ホアタァッ!」
「うおりゃ! とりゃー!」

 2020年の帝久乃市。変身した翠月と浅黄は、今もなお異世界の怪人の姿をしたデジブレインとの戦闘を行っていた。
 何しろ数が多い。というよりも、無限に湧いて出てくるのだ。

「んもー、翔くんたちはまだなの!? ウチもー流石にキツくなって来たんだけどー!!」
「今は耐えろ! 過去に行った連中が帰って来れば、いずれ……!」

 言いながら雅龍がスタイランサーを振り回すが、直後に背後から迫って来たロイミュード・デジブレインとオルフェノク・デジブレインの強襲を受け、倒れてしまう。
 それに気取られたザギークも、ワーム・デジブレインやドーパント・デジブレインからの攻撃を受けた。

「チィ……」
「やば……」

 このまま押し切られるかに思えた、その時。
 頭上から黒い炎が降り注ぎ、周囲にいたデジブレインたちが瞬く間に一掃された。

「え!?」

 目を見張るザギーク。一体何が起きたのか、理解が追いつかなかった。
 それでもまだデジブレインたちは増え続けるが、今ので息を整え態勢を立て直す程度の間はできた。
 二人は再び槍を構え、敵勢の怪人へと突撃していく。

「……」

 そんな二人の様子を、ビルの屋上から見下ろす影がひとつ。
 スペルビアだ。先程の黒炎は、彼が放ったものなのだ。

「今、あなた方に死なれてこの世界が元に戻らなくなるのは困りますからねぇ」

 くつくつと笑い、空中で足を組んでスペルビアは観察を続ける。

「あなた方の働きぶりに期待させて頂きますよ、仮面ライダー」


 アズールとリボルブ、そしてグランドジオウ。三人の仮面ライダーが、続々と現れる巨大な敵に立ち向かう。

 初めに実体化したのは、ケツァルコアトルス・ドーパント。三叉に分かれたクチバシと長い舌、頭の羽根飾りが特徴的な翼竜だ。

 続いて、触覚を生やした巨大な昆虫がその隣に立つ。わきわきと蠢く六本の脚が特徴的なこの怪物は、オトシブミヤミーである。

 

「来ます!」

「オッケー!」

 

 二体の怪物を前にしても、ジオウは堂々とした佇まいで先陣を切り、自分の体にあるライダーの黄金像を二つタッチした。

 

《ダブル!》

《オーズ!》

 

 すると、三人の目の前に門が出現し、その中から二人の仮面ライダーが飛び出した。

 一人は体の左右が緑と黒の配色で、中央が白銀に煌めくガイアメモリの戦士。仮面ライダーダブル サイクロンジョーカーエクストリーム。

 もう一人は全身が紫色となっている、肉体に恐竜の特徴を持つオーメダルの戦士。仮面ライダーオーズ プトティラコンボ。

 ダブルは剣が収納された巨大な盾を持っており、そこには四つのガイアメモリがそれぞれ既に装填されている。

 そして、その盾をケツァルコアトルス・ドーパントに向け、必殺技を発動した。

 

『ビッカーファイナリュージョン!』

 

 さらに、その隣にいるオーズは片手に持った斧を変形させてバズーカを作り、オトシブミヤミーに発射口を向ける。

 

《プ・ト・ティラーノ・ヒッサーツ!》

「いっけー!」

 

 二つの超高火力必殺技は、一撃で怪物を爆散せしめ、直後に二体の仮面ライダーは消え去った。

 その威力にアズールもリボルブも冷や汗をかいている。

 

「……味方で良かった……」

「本当にな……」

 

 しかし、それでもジョーは止まらない。次々に怪物を生み出し続けている。

 続いて出現したのは、巨大だが先程と比べればサイズに劣る青いトンボの怪物。ただし数は多く、王の間を完全に埋め尽くさんばかりに溢れている。

 群れで活動し超高速で飛行するミラーモンスター、ハイドラグーンだ。

 

『クククッ、この数を相手にしながら私を止める事などできないでしょう? 今の内に逃げさせて貰いますよ』

 

 その言葉と同時に、ジョーの乗るタイムマジーンの頭上にトンネルが徐々に開く。

 逃げるつもりだ。それが分かっていながら、アズールたちはハイドラグーンの処理で精一杯だった。

 

「行かせない……!」

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! マジック・マテリアルスラッシュ!》

 

 堅岩・流水・爆炎・轟風、四つの魔法の力を宿す斬撃が乱れ飛び、タイムマジーンへと向かう。

 しかしハイドラグーンが盾となって、消滅しながら全て防いでしまった。

 

「くっ!?」

 

 まずい、とアズールは思う。

 このままジョーが逃げてしまうと、手がかりとなるものが一切ない以上、追跡は極めて困難になるのだ。

 今この場で決着をつけなければならない。だが、無情にも時は訪れた。

 

『道は完全に開いた! では諸君、ごきげんよう!』

 

 タイムマジーンがバイク形態に変形し、浮遊。そのままトンネルへと飛び込まんとする。

 その寸前。トンネルの入口に、カーテンのようにオーロラが張られ、ジョーのタイムマジーンはそこに突撃した。

 

『……? へっ、あれ……?』

 

 直後に、タイムマジーンは議事堂の屋根から王の間へと一直線に突き刺さり、ハイドラグーンを潰しながらライダー三人の前に再び姿を現す。

 

「なっ!? なんだこれは、一体何が起きた!?」

 

 破損して使い物にならなくなったタイムマジーンから脱出しながら、ジョーは当惑した様子で叫ぶ。

 すると、王の間の入口から複数の足音が転がり込んでくる。

 その先頭に立つ者。それは、ディケイドだ。

 

「俺がいる事を忘れていたようだなぁ?」

「ディケイド……おのれぇ!!」

 

 ダンッ、とジョーは拳をタイムマジーンに叩きつける。

 さらにディケイドの背後には、ディエンド・白ウォズ・黒ウォズ・ツクヨミ、そしてゲイツマジェスティが立っていた。

 ゲイツの姿を見たソウゴは、感激した様子で手を叩いている。

 

「おぉ~! ゲイツなんかカッコよくなってるじゃん!」

「茶化すな……それより、あの恥知らずを仕留めるぞ!」

 

 グランドジオウとゲイツマジェスティが並び立ち、さらにジオウの右隣にウォズギンガファイナリー、ゲイツの左隣にツクヨミが加わる。

 魔王の仲間が揃い踏みだ。彼らの行く手を阻むのは、元人間の巨大な怪物、エラスモテリウムオルフェノク。さらに、ウィルスの集合体であるバグスターユニオンだ。

 それらを目にして、四人は頷き合って、言葉を交わすまでもなく行動に移った。

 

《ファイズ!》

《カイザ!》

《エグゼイド!》

《ブレイブ!》

 

 グランドジオウの手にガシャコンキースラッシャーが握られ、さらにツクヨミにはフォトンバスターモードのファイズブラスターが装備される。

 ゲイツの前にはサイドバッシャーが出現し、ウォズはジカンデスピアとガシャコンソードを同時に装備している。

 それぞれ、各敵怪人に有効な武器を手にしたのだ。

 

「喰らえぇぇぇ!!」

 

 ガシャコンキースラッシャーとファイズブラスターの砲撃が、サイドバッシャーのミサイル爆撃が、ガシャコンソードの極氷が怪人たちを打ち砕く。

 これにより、ハイドラグーンも全て消失。

 完全に追い詰められ、舌打ちしたジョーは懐からアナザーアズールライドウォッチを取り出した。

 

「こうなれば奥の手を使わせて貰いますよ!!」

《アズール……》

 

 言いながらアナザーアズールウォッチを起動し、体内に埋め込むジョー。

 そうして、アナザーアズールに変身した瞬間、あるものを左腕に装着した。

 トランサイバーだ。そして、右手には《キング・オブ・ザ・ライダー》のマテリアプレートを握っている。

 

「……まさか!?」

 

 瞬間、翔は気づいた。ジョーの真の狙いに。

 

「もう遅い! これで私の勝利だ!」

《キング・オブ・ザ・ライダー!》

 

 起動後、ジョーはトランサイバーにそのプレートを装填。電子音声が流れ始めるのを聞きつつ、トランサイバー中央のENTERアイコンをタッチする。

 

《アイ・ハヴ・コントロール! アイ・ハヴ・コントロール!》

背深(ハイシン)!」

Roger(ラジャー)! マテリアライド!》

 

 音声入力に伴って、アナザーアズールの姿がさらに変異していく。

 それはまるで、グランドジオウやゲイツマジェスティのように。全身の各所に小さな檻のようなものが現れ、その中に小さな仮面ライダーの姿が見える。ただし、顔は粉々に砕かれ鎖で手足を繋がれているが。

 頭頂部には左右で真っ二つに割れた小さなジオウの頭部が冠のように乗っており、顔にも身体にもアナザーアズールとしての面影は既にない。

 

《キング・アプリ! 新時代の覇王、トランスミッション!》

 

 変わり果てた自分の姿を見て、ジョーは高々と歓喜の声を発する。

 

「クヒッ……フハハハハハハ! やったぞ! これで私はアナザーライダーにしてサイバーノーツ、そして平成ライダー全ての力を持つ究極の時の王者となったのだ!!」

「究極の時の王者……!?」

「名付けるとするならば、この陰鬱たる世界に革命を齎す者……そう、陰鬱の革命家(ミゼラブルレボリューショニスト)と言ったところかな?」

 

 自身に満ち溢れた様子で、自称王のミゼラブルは言い放つ。

 しかし、ディケイドはそんな彼を鼻で笑った。

 

「お前、バカだな」

「なに……?」

「考えられる限りで最悪の選択をしたって言ったんだよ」

 

 ミゼラブルはそんな言葉を、相手と同じように一蹴し、トランサイバーに手を伸ばす。

 

「ならば試してみるが良い。私の力と君たちの力……どちらがより優れているのか!!」

Roger(ラジャー)! ファーストコード、オン!》

 

 トランサイバーのボタンをひとつ押し込むと、ミゼラブルの周囲に無数の仮面ライダーオーズ ブラカワニコンボが出現する。

 ただし、ミゼラブルの体の檻に収容されているものと同じで顔面は割れているため、もはや偽物(デジブレイン)である事を隠す気さえない。

 その姿を目にしたツクヨミは、大いに驚いていた。

 

「どうしてオーズがこんなに……!?」

「私の力で生み出したデジブレインに、ライダーの力を注ぎこめば……この程度、造作もない!」

Roger(ラジャー)! セカンドコード、オン!》

 

 続いて、ミゼラブルは別のボタンを押す。

 今度は顔の割れた仮面ライダー電王 ソードフォームが数体、先程までの巨大怪物と同程度のサイズで出現した。本来、このような能力はないのにも関わらず。

 

「増殖や巨大化するはずのないライダーたちが続々と!?」

「これじゃ革命というより冒涜だな」

 

 ゲイツとディケイドのそんな会話もよそに、ミゼラブルはさらにボタンを押していく。

 

Roger(ラジャー)! サードコード、オン!》

 

 今度は仮面ライダービルドが使用するフルボトルバスターが出現し、ミゼラブルの手に握られた。

 

「さぁ行くぞ! 王の力の前に平伏せぇ!」

 

 巨大電王が剣を振り、ディケイドたちに斬りかかる。アズールは空を飛んで難を逃れるが、他のライダーたちは回避し切れず、壁に吹き飛ばされた。

 

「うわあああ!?」

「みんな!?」

 

 振り返り救援に向かおうとするアズールだが、その彼にもミゼラブルの魔の手が迫る。

 フルボトルバスターによる地上からの砲撃だ。

 

「わっ!?」

「フハハハハ! 堕ちろ、小バエが!」

「くっ、この!!」

 

 ミゼラブルの乱れ撃ちに四苦八苦しつつも、攻撃を避け続けるアズール。

 巨大電王の体を盾にして凌ぎ、打開策を見つけ出そうとする。

 せめて、近づく事さえできれば。方策を考えている間にも、巨大電王やミゼラブルの攻撃は続く。

 

「飽くまでも隠れるつもりなら……こんな手はどうかな!?」

Roger(ラジャー)! フォースコード、オン!》

 

 ミゼラブルが最後のボタンを押すと、無数のオーズ・巨大電王・フルボトルバスターが光に包まれ、形を変えていく。

 そうしてオーズは龍騎に、巨大電王は巨大ウィザードに、フルボトルバスターはザンバットソードへと変化する。

 が、龍騎はただ獣のように飛びかかったり、ウィザードは魔法を使う素振りを一切見せない。やはり完全な偽物のようだ。

 

「さぁ、捕まえろ! 処刑は私の手で直接行う!」

 

 巨大化した偽ウィザードの手が、命令通りにアズールへと伸ばされる。

 だが。

 

《ファイズ!》

FINAL FORM RIDE(ファイナルフォームライド)! FA-FA-FA-FAIZ(ファ・ファ・ファ・ファイズ)!》

 

 その時、ジオウとディケイドが同時に動いた。

 グランドジオウの能力によって通常形態のファイズが召喚され、それを確認しながらディケイドが自らのドライバーにカードを差し込む。

 

「ちょっとくすぐったいぞ」

 

 そう言いながら、ディケイドがファイズの背中に自分の手を突き入れると、ファイズの身体が巨大な銃器に変形していく。

 これはディケイドの使用する一部のライダーカードの特性で、他のライダーを武器にする事ができるのだ。

 

「ツクヨミ、使え」

「分かった!」

FINAL ATTACK RIDE(ファイナルアタックライド)! FA-FA-FA-FAIZ(ファ・ファ・ファ・ファイズ)!》

「ハァーッ!」

 

 ポイントマーカーが龍騎とウィザードの脚にセットされ、大出力の光線が照射。そのまま龍騎もろともウィザードを消し飛ばした。

 

「な……!?」

「今だ!」

 

 目の前から敵が消え、アズールは飛翔したままミゼラブルへと接近する。

 アズールセイバーとザンバットソードがぶつかり合い、金属と金属の擦れ合う音が耳に突き刺さる。

 見れば、既に残りのデジブレインたちもゲイツと黒ウォズの手で大きく数を減らされていた。

 

「チッ、思ったより厄介ですね……! ですが!」

 

 ザンバットソードを握る手の力を強め、アズールを押し返すと、ミゼラブルはまたもトランサイバーへと手を伸ばそうとする。

 その時、銃声と同時にミゼラブルの指が弾かれた。

 

「ぐっ!?」

 

 リボルブの精密な速撃ち(クイックドロウ)が炸裂したのだ。

 これまでのサイバーノーツとの交戦経験から、このタイミングでエフェクトを発動する事を、彼は見抜いていたのだ。

 

「この……ぐおっ!?」

 

 今度は反対側から、頭部への発砲。ディエンドの仕業だ。

 全く無関係のタイミングで行われたため、彼の場合はただの嫌がらせ程度のものらしい。

 その後も、エフェクトを使おうとすればリボルブに妨害され、便乗したディエンドが嫌がらせで追撃。

 二つの銃撃で冷静さを欠いたミゼラブルは、怒り狂ってザンバットソードをディエンドに向かって投げつけた。簡単に回避されてしまったが。

 

「いい加減にしろよお前!! そんなに死にたいのなら今すぐ……!?」

 

 直後、突然周囲に影が差し込み、ミゼラブルの身体が持ち上がる。

 巨大な機械の手が、自分を握っているのだ。

 見覚えがある。つい先程、ミゼラブル自身が作り出して使い物にならなくなったはずのタイムマジーンの手。

 

『捕まえた』

 

 タイムマジーンの中から聞こえる声の主は、白ウォズだ。

 仮面ライダーウォズがミライドウォッチによって変化する形態、フューチャーリングキカイ。その能力によって、タイムマジーンをこの短時間で完全に修理してしまったのだ。

 

「何ィィィッ!?」

 

 ブンッ、とタイムマジーンに乗った白ウォズは、ミゼラブルを投げ飛ばす。

 その先にいるのは、巨大な青い剣を持ったアズールだ。

 これはグランドジオウの能力で呼び出されたブレイドをディケイドのファイナルフォームライドで変形させた、ブレイドブレードだ。彼はこれを持って、飛んで来るミゼラブルを待ち構えている。

 

「ヒッ……」

「これで、どうだぁぁぁ!!」

FINAL ATTACK RIDE(ファイナルアタックライド)! B-B-B-BLADE(ブ・ブ・ブ・ブレイド)!》

 

 ディケイドのカード発動と同じタイミングで、アズールは咆哮と共に剣を振り下ろす。

 解き放たれた光の斬撃がミゼラブルを斬り裂き、大きな深手を負わせた。

 

「が、ぐっ……な、なぜだ!? サイバーノーツでありアナザーライダーの力を持つ私に、攻撃が通じるはずがないのに!?」

「まだ気づいてないのか? 自分のミスに」

 

 その言葉を放ったのは、ディケイド。確信に満ちた眼差しを、ミゼラブルに向けている。

 見れば、そんな目をしているのは彼だけではない。アズールもリボルブも、ジオウやゲイツ、ツクヨミにウォズにディエンドでさえも、その真実に辿り着いている。

 状況を理解していないのは、ミゼラブルだけだ。ディケイドは、溜め息混じりに彼に語りかける。

 

「確かにアナザーライダーは同じライダー以外の攻撃では倒されない性質を持っている。が、お前はそのマテリアプレートで全ライダーの力と融合しただろ?」

「それが一体……ハッ!?」

「そうだ。お前は『同じライダーの力が弱点になるアナザーライダー』と『全ライダーの力を持つサイバーノーツ』の力を融合させた事で、確かに全ライダーの力を操る事ができるようになったが……同時に、『アズールを含める全ライダーの力が弱点』になったんだよ」

 

 ようやく自分の身に置かれた状況に気づいたように、ミゼラブルは自分の両手を見る。

 さらにそこへ、黒ウォズとディケイドが言葉を投げかけた。

 

「おまけに、君自身の力で生み出したデジブレインは、君と同じ性質を持つようになる。つまり……いくら偽物を呼んでも、攻撃能力が少しあるだけで弾避けにもならないって事さ」

「小せぇ器に欲張って詰め込むからそんなザマになるんだよ……今のお前はアナザーライダーにすら劣る、王なんか務まるワケがないって事をそろそろ理解しろ」

 

 わなわなとミゼラブルが身を震わせる。

 プライドを傷つけられ、恥をかかされ、辛酸を舐めさせられ。苛立ちが募っているのだ。

 

「まだだ……まだ終わっていない! 私が! 私だけが! この世界を変えられるんだ! 私が王になれば全てが正しくなるんだぁぁぁ!!」

「王になったからって、一人で変えられる世界なんてない!! みんながいるから変わるんだ!!」

「黙れ!! 黙れ黙れ黙れ!! 黙れぇぇぇ!!」

《オーバードーズ! ビーストモード、オン!》

 

 ジオウの言葉にも耳を貸さず、妨害されるよりも前に、ミゼラブルは素早くトランサイバーのリューズをひねる。

 するとミゼラブル全身がモザイクで覆われ、キャパシティを超えた膨大なカタルシスエナジーによってその体が泡立ち、巨大化する。

 体にあった鉄の檻は全て溶け合って大型化し、背中に移動。眼球は冠のようであったジオウの割れた顔と融合し、手足さえも喪失した。

 飛行能力も完全に失い地を這う姿は、まるで蝸牛だ。

 

「……ヤケクソになりやがったな」

『だが、少なくとも先程よりは戦えるようだね』

 

 リボルブの言葉に反応する白ウォズ。見れば、ビーストミゼラブルの能力によって既にデジブレインが召喚されていた。

 今までと同じように、顔の割れたライダーの姿をしたデジブレインだ。しかしその手に持つ武器はバラバラで、マイティフォームのクウガがハンドル剣とドア銃を持っていたり、鎧武が音撃棒を持っていたりする。

 その上、戦闘能力も今までとは段違いに高く、アギトの持つガンガンセイバーの銃撃だけでタイムマジーンの左腕が吹き飛んでいた。

 

「確かに強いらしい! 気をつけるんだ、我が魔王!」

 

 黒ウォズの声援を受けつつ、ジオウはビーストミゼラブルへと立ち向かう。アズールもその隣に並んだ。

 そしてジオウの右手に光が集まると同時に、ジクウドライバーに装填された二つのライドウォッチが外れ、最後の力が取り戻される。

 黄金に輝くその力の名は――オーマジオウライドウォッチだ。

 

「その歪んだ願い……僕らが断ち斬る!!」

《ブルースカイ・アドベンチャーV2!》

「この世界の過去も、今も、未来も!! 絶対に奪わせない!!」

《オーマジオウ!》

 

 二人はそれぞれのベルトにマテリアプレートとライドウォッチを差し込み、アズールはマテリアフォンをかざし、ジオウはベルトを回転させた。

 

Alright(オーライ)! オプティマイズ・マテリアライド!》

《キングタイム!》

 

 そしてアズールとジオウは、姿を変えながらビーストミゼラブルの方へと駆け抜けた。 

 

《ブルースカイ・アプリV2! 蒼天の大英雄、インストール!》

《仮面ライダージオウ! オーマ!》

 

 現れたのは、額にジオウのライドウォッチを装備している、黄金のジオウ。

 背中には二本の大きな時計の針が伸びており、グランドジオウのような荘厳さを感じさせる凝った装飾はないが、それ故に神秘的かつ無駄がない。

 仮面ライダージオウ オーマフォーム。

 オーマジオウの力を継承し、常磐ソウゴが辿り着いた最終王者の姿だ。

 

「ルロロロロロロォォォ!!」

 

 自分に向かって来るアズールたちを威嚇するように、ビーストミゼラブルが咆哮し、両眼のジオウの仮面が輝く。

 すると二人の前に、何体もの偽ライダーたちが生み出された。

 その瞬間、ジオウの背中に付いた時計の針『アラウンド・ザ・クロック』が回転を始める。

 それによって偽ライダーたちは全て錆びついたように固まって動かなくなり、そこをジオウが殴って消し飛ばした。

 

「ルルルルッ!!」

 

 負けじと、ビーストミゼラブルはまた仮面を輝かせて偽ライダーを召喚する。

 今度呼び出す位置は、ジオウたちの背後。

 

「やらせん!!」

 

 しかしそれは、ゲイツたちが必殺技を発動して阻んだ。

 

《エル・サルバトーレ! タイムバースト!》

《超ギンガエクスプロージョン!》

《フルメタルブレイク!》

《タイムジャック!》

FINAL ATTACK RIDE(ファイナルアタックライド)! DE-DE-DE-DECADE(ディ・ディ・ディ・ディケイド)!》

FINAL ATTACK RIDE(ファイナルアタックライド)! DI-DI-DI-DIEND(ディ・ディ・ディ・ディエンド)!》

 

 ゲイツマジェスティがライダーの武器を無数に放って制圧し、頭上からは黒ウォズのギンガの能力によるエネルギー弾が降り注ぎ、巨大な個体は白ウォズが討滅。

 さらにツクヨミはゲイツの発射した武器をそのまま手に取って白いエネルギーを付与して次々に攻撃し、ディケイド・ディエンドは極大の光線で敵を全て薙ぎ払った。

 

「ルゥ……ルルォォッ!!」

 

 それでもビーストミゼラブルは召喚を続けようとする。

 今度は武器の召喚、ゲイツがやったようにアズールとジオウへと放射して来る。

 だがジオウが両腕を前に突き出し、そして左右に開くと、向かって来た武器はぶつかる事なく腕を動かした方角へと飛んで壁に埋まった。

 

「ルッ!? ……ルガァァァ!!」

「これ以上は何もさせない」

《ライドヘイセイバー!》

 

 ジオウの手に、ピンク色に輝く刃を持つ、中央に時計の針が付いた武器が握られる。

 ディケイドアーマーに変身した際に装備する、ライドヘイセイバーだ。本来ライドウォッチを装填する位置には、サイキョーギレードに付属するジオウの仮面がはめ込まれている。

 歩きながら、ジオウは何度も何度も中央の針を指で回転させた。

 

Hey(ヘイ)! 仮面ライダーズ!》

「うおおおおおおおっ!」

Hey(ヘイ)! Say(セイ)! Hey(ヘイ)! Say(セイ)! Hey(ヘイ)! Say(セイ)!》

「ハアァァァァァァッ!」

《キング! 平成ライダーズ! アルティメットタイムブレーク!》

 

 20の平成ライダー全ての力が込められた、強烈な光の斬撃。

 横薙ぎに放たれたそれは、ビーストミゼラブルの両眼を裂いて破壊し、さらに下から上へと斬り上げ、巨体を上空に打ち飛ばした。

 

「ルギィィィィィッ!?」

 

 吹き飛ばされたさらにその上にいるのは、アズールセイバー・サイクロンモードを構えるアズールだ。

 既にマテリアプレートを装填しており、必殺の準備を整えている。

 

Alright(オーライ)! ブルースカイ・サイクロンマテリアルスラッシュ!》

「そぉりゃあああああっ!」

 

 叫びながらアズールは剣を振り下ろし、そのままビーストミゼラブルと共に地上に向かって降下する。

 高所から地面へと墜落し、悲鳴を上げるミゼラブル。もはや、抵抗の術さえ残されていない。

 

「ルォオオオォォォ……ワタシ、ハ……セカイヲ……!!」

 

 それでも未練がましく、己の欲望に縋り付く。

 アズールとジオウはそんな彼に終止符を打つべく、動いた。

 

《アクセラレーション!》

《キングフィニッシュタイム!》

「あなたの(欲望)は……」

「ここで終わりだ!!」

Alright(オーライ)!》

 

 発動の瞬間、二人は同時に飛び上がる。

 そしてミゼラブルの周りを取り囲むように、四方八方へと金色の『キック』の文字が散布された。

 逃げ場がない。今のジョーにそんな思考ができているのかは定かではないが、少なくとも恐怖は感じているらしく、震える声で鳴いている。

 

「ル、ル……!?」

《スーパーブルースカイ・マテリアルバースト!》

《キングタイムブレーク!》

『ハァァァァァーッ!!』

 

 アズールとジオウ、二人の叫びが重なり合い、必殺のキックがビーストミゼラブルに炸裂。

 胴体に大きな穴を空け、その巨体に見合った爆発を引き起こし、木っ端微塵となった。

 

「ギャアアアアア!?」

 

 悲鳴と共に変異が解け、ジョーは地面に倒れ伏す。その拍子に、マテリアプレートが地面に転がり落ちた。

 四つん這いになりながらも立ち上がろうと足掻くものの、五体は空間ごと歪んで徐々に消失し、立つ事さえままならない。

 その悲痛な姿を見て、変身を解除した翔は思わず声を上げた。

 

「アレは!?」

「不完全なウォッチと力を使った報いだよ。彼の肉体は、もうこの時空に留まる事はない」

「どう……なるんですか?」

「どうにもならない。この世界から引き裂かれて、どこに向かう事もなく、無となるだけだ」

 

 白ウォズの言葉を耳にして、翔の表情は暗くなっていく。

 翔は、ただジョーを止めたかっただけだ。こんな結末を望んでいたワケではない。

 そう思っていると、呻くジョーが翔の顔を見据える。

 怨恨や負け惜しみから睨みつけているのではなく、それはむしろ、翔に対する『憐憫』に近いものだった。

 

「く、そ……なんという事だ……私が、世界を変えるはずだったのに……死ぬと、いうのか……」

「……」

「後悔……するぞ……私を、王にしなかった事を……特に、君はな」

「え……?」

「真実は……いつだって、残酷なものだ。この世界には、その『残酷な真実』が多すぎる……暴いてはならない、狂気と悲劇が……。君はいずれ……今日という日を、この選択を、一生悔いる事になるぞ――!!」

 

 その言葉を最後に、ジョー・ヒサミネの肉体は20に分割され、塵となる。

 苦悶の断末魔を発しながら、跡形もなくこの世から消え去った。

 戦いは終わった。そして領域の主が消失した事により、サイバー・ラインも崩壊が始まる。

 

「うおっ、やべェ!」

「元の時代に戻るぞ! 急げ!」

 

 ゲイツが叫んだ直後、仮面ライダーたちと避難していたモーハはオーロラのカーテンに包み込まれるのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 数刻の後。

 門矢 士の素早い対応によって、翔たちは無事に2020年に戻った。場所は帝久乃市の緑地公園だ。

 モーハの他にも、拘束された状態のドーサ・ローパが転がっている。そして何より、街に溢れ返っていた怪人の姿がない。

 平穏は取り戻されたのだ。その事実を改めて確信し、翔は安心したように息をついた。

 

「良かった……皆が無事で」

 

 そう言いながら、翔はソウゴの方を振り返った。

 ソウゴはフッと微笑み、翔に向かって右手を差し出す。

 

「一緒に戦ってくれてありがとう。助かったよ」

「それはこっちのセリフですよ! これで僕の世界は元に戻るんですよね?」

 

 訊ねると、ソウゴはどこか曖昧な笑みを見せた。

 不思議そうに翔は首を傾げる。直後、彼にとって信じられない出来事が目の前で起こった。

 周囲の風景、そして人々の身体が、光とともに透け始めているのだ。

 翔自身も、鷹弘も。

 変化がないのはソウゴとゲイツとウォズ二人とツクヨミ、士と海東、そしてNEWタイムジャッカーたちだ。

 

「ソウゴさん!? これは!?」

「歴史が元に戻り始めてるんだ、本来あるべき形に。もうじき、君の記憶から……俺たちの事も消える」

 

 それを聞いて、翔は安心すると共に寂しさを感じる。

 せっかく出会った彼らの事を忘れてしまうのが、惜しくなってしまった。

 ツクヨミも同じ気持ちでいるのか、僅かに目に涙を浮かべていた。

 

「アシュリィちゃんにもお別れを言っておきたかったんだけどね」

「まぁ、こうなっては仕方がないだろう」

 

 腕を組みながら、ゲイツはそう言った。

 そして鷹弘が近付いてくるのを確認すると、互いに何も言わず、拳と拳を軽くぶつけ合わせる。

 一方、黒ウォズは白ウォズと話していた。

 

「白ウォズ、君はどうするんだい?」

「彼らに元の世界に帰して貰うさ。何がどうあっても、そこが私のいるべき場所だ」

 

 白ウォズは士を見て、そう言った。

 黒ウォズは僅かに視線を俯かせて「そうか……」と、心配そうに呟く。

 

「君たちが気に病む必要はない。私は……我が救世主の戦いを見届ける事ができた。それだけで充分だ」

 

 黒ウォズの肩に手を置き、白ウォズは満足気に微笑む。

 そして士の隣に立って、頷いた。口には出さないが、別れの言葉は済んだと。

 士も頷き、続いて海東の方を確認する。

 

「お前はどうすんだ、海東」

「士と同じだよ、また旅を続けるだけさ。お宝も手に入ったしね」

 

 海東は懐からあるものを取り出し、見せびらかす。

 例の《キング・オブ・ザ・ライダーズ》のマテリアプレートだ。戦闘後のドサクサに紛れ、回収していたのだろう。

 

「相変わらずだなお前……。……俺も、そろそろ帰らせて貰う。じゃあな」

 

 そう言って士は翔に向かってトイカメラのシャッターを押し、オーロラカーテンからソウゴたちとNEWタイムジャッカーのタイムマジーンを召喚した後、白ウォズと共にその場から姿を消す。

 海東も、軽く手を振って同じくこの世界から去った。

 それを見届けた後、ソウゴたちも各々タイムマジーンに乗り込んで行く。

 

「じゃあね! もし、いつかまた俺たちの道が交わる事があったら……」

「はい! その時はまた、一緒に遊びましょう! 平和になった世界で! たとえ今日の事を忘れてしまったとしても……僕、待ってます!! 皆さんと会ったこの空を、護り続けます!!」

 

 トンネルに向かって消えていくロボットたちに、中にいる者たちにも見えるように大きく手を振る翔。

 ――そして、歴史は正された。




「んんー……」

 明朝。
 いつものように、自分のベッドの上で翔が目を覚ます。大きく伸びをして、着替えてから荷物を持って部屋を出る。
 そして、いつものように朝食の準備だ。前日に余った、生姜焼きの残り物だが。

「……あれ?」

 不思議そうに、翔は首を傾げる。以前にも、何か同じような事があったような。
 しかし、これは自分にとっていつもと変わらぬ日常なのだ。以前に同じ体験をしていたとしても、何もおかしくはない。
 だが翔には、朝起きてからずっと妙な感覚があった。
 長い、長い夢を見ていたような。内容は思い出せないが、戦って、戦って。しかし、大切な出会いがあった。そんな夢を。

「……気のせいなのかな」

 そう結論付けて、翔は窓から空を見上げる。
 いつもと変わらない、どこまでも広がる青い空を。


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File.Secret[超番外]
CODE:Hyper Battle[新ライダー誕生!? 謎のデジブレインを追え!!]


頭を空っぽにして読んでください


 翔たちが仮面ライダージェラスを倒してから10日後。

 琴奈は、ホメオスタシスの地下研究施設で、パソコンと向き合っていた。

 キーボードを打ち込む彼女の傍らには、ケーブルに接続されたマテリアプレートが置いてある。

 

「後はここをこうして……よし、完成!」

 

 上機嫌で両腕を上げ、椅子にもたれかかる琴奈。完成したマテリアプレートを手に取って、楽しそうに笑う。

 そのプレートには《怪獣図鑑》と名前が表記されている。これは重度の怪獣オタクである彼女が、アニメやゲームに登場した怪獣を纏めて資料としたアプリで、つまりは個人的な趣味の産物。

 琴奈は、それをマテリアプレートとして完成させたという事だ。

 

「これならちょっとは戦いで役に立つはず」

 

 そう言って琴奈は早速研究所を飛び出し、途中でコンビニに立ち寄ってから、翔たちに会いに向かうのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「はぁ……暇だわ、ツキミ」

「そうですわねぇ」

 

 一方。

 ハーロットを『ママ』と呼ぶ二人の少女、フィオレとツキミは、コンビニの入口近くでしゃがみ込んで棒アイスを舐めていた。

 今の彼女らは白いセーラー服に身を包んでおり、惜しげもなく広げられた足とスカートの丈の短さもあって、非常に男性からの視線を惹きつける存在となっている。

 

「何か面白い遊びでもないかな?」

「それでしたら、Cytuberの殿方でも呼んでみますか? とっても良い『遊び相手』になって下さると思いますわよ」

「うーん、そういう気分じゃないのよね~」

 

 舌先でアイスを弄び、フィオレは鞄の中からあるものを取り出した。

 人をマテリアプレート内のデジブレインと融合させるデバイス、ガンブライザーだ。

 

「これで遊んでみよっかなぁ」

「でも、マテリアプレートを持って来てませんわよ?」

「そーなんだよねぇ……」

 

 アイスを食べ切り、退屈そうにフィオレが溜め息を吐く。

 ツキミもアイスを咥えて、何か面白そうな事でもないかと思いを巡らせているが、やはり何も浮かばない。

 そんな時だった。

 

「あら?」

 

 ツキミが棒を捨てようとゴミ箱の前に立つと、ガラスの向こう側でコンビニの床にあるものが落ちている事に気付く。

 中に入って拾ってみれば、それは怪獣図鑑というマテリアプレートだった。

 同じように店に入っていたフィオレは、突然の出来事に目を剥いている。

 

「えっ、ウソ!? なんでこんなところに!?」

「きっと神様が私たちのために置いていってくれたんですよ」

「なるほど! じゃあ今日はこれで目一杯遊ぼう!」

 

 そう言ってフィオレは店の中で商品棚の整理をしていた男に近付き、その腹にガンブライザーを押し付け、アプリを起動する。

 

《怪獣図鑑!》

「一緒に遊ぼうねぇ~?」

Goddamn(ガッデム)! マテリアライド! 怪獣・デジブレイン! パラサイトコード、ダウンロード!》

 

 男は電流でも走ったかのように全身を痙攣させ、悲鳴を上げながらその姿をテクネイバーと融合させていく。

 フィオレとツキミは鞭を片手に、彼の様子を楽しそうに見守るのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 それから十数分後。

 翔と響、そしてアシュリィと鋼作と琴奈は、あるものを探して帝久乃市内を奔走していた。

 琴奈が落としてしまったという、怪獣図鑑のマテリアプレートだ。

 

「ったく、なんでそんな大事なモン落としちまうんだ!」

 

 呆れた様子で鋼作が言うと、隣で歩いている琴奈が申し訳無さそうに頭を垂れる。

 

「ほんっとにごめん! ちょっと慌ててたから……」

「どこで落としたか見当は付いてんだろうな」

「うーん……多分、コンビニかなぁ? 買い物終わって外に出ようと思ったら10人くらいの力士の集団に出くわしちゃって、避けきれずにぶつかったのよね」

「どういう状況だよ。っつーか、じゃあ間違いなくそこだろ」

 

 鋼作が再び呆れ返る。

 そして、目的地であるコンビニの近くまで辿り着いた、その時だった。

 

「……待って!」

 

 突然にアシュリィが声を上げ、商店街の方を指差す。

 商店街は騒然としており、さらにアシュリィの指差した場所には、信じられないものが立っていた。

 腰にガンブライザーを装着している、二足で立つ怪人。踵や肘にキャタピラのようなものがついており、両肩から戦車の砲身が伸びている、口に葉巻のように人参を咥えている赤い兎のような姿。

 間違いなくデジブレインだが、その姿は明らかに今までのもの違っている。

 

「なっ、なんだありゃ? ウサギ? 戦車?」

「ン゛ミ゛ャ~オ゛」

「……猫……?」

 

 鳴き声を聞いて酷く困惑した様子で鋼作が呟いていると、琴奈は「あれは!」と驚いてみせた。

 

「Z.E.U.Sグループの傘下でも主に健康食品や野菜ジュースのヒットメーカーとして有名な『かつらぎ食品』が販売している『ラビットたんジュース』のデザイン担当桐生 匠(キリュウ タクミ)先生が描いたラブリー&キュートが売りのめちゃかわ怪獣ラビットたん!」

「え? オイ、どうした琴奈。なんで急にそんなアニメかなんかの販促回みたいな説明口調に……」

 

 先程よりも動揺している鋼作だが、そこで畳み掛けるように響が両腕を大きく真上に上げて驚いた。

 

「なんだって!? それは本当かい!?」

「お前もいきなりどうしたんだよ!?」

「くっ、そんなに素晴らしい経緯で誕生したこの愛らしい怪獣を倒すわけには……!」

「何言ってんだこいつら、ツッコミが俺しかいねぇんだけど!?」

 

 喚く鋼作、そんな彼を哀れんでか翔が後ろから声をかける。

 

「あの、僕が行ってきましょうか……?」

「あぁ……頼むわ」

 

 鋼作が頷くのとアシュリィが「がんばれ」と声をかけるのを確認してから、翔はマテリアフォンを取り出してアプリドライバーを装着。

 しかし、ウィジェットからチャンピオンズ・サーガを取り出そうとして、その手を止める。

 

「しまった、今日は戦闘データの解析するって言われたから置いて来たんだった……まぁこっちでいいか」

《ブルースカイ・アドベンチャー!》

 

 マテリアプレートを起動した後、翔はそれをドライバーにセット。そして、マテリアフォンをドライバーにかざす。

 

《ユー・ガット・メイル!》

「変身!」

Alright(オーライ)! マテリアライド! ブルースカイ・アプリ! 蒼穹の冒険者、インストール!》

 

 変身完了して剣を取り、アズールは怪人ラビットたん・デジブレインに立ち向かう。

 

「行くぞっ!」

「ミ゛ャ~」

 

 上段からアズールセイバーを振り下ろし、頭を叩き割ろうとするアズール。

 しかしそれは戦車の装甲のように強固なラビットたんの腕で防がれ、逆に胸へと蹴りを受け、吹き飛ばされた。

 なかなか強い、とアズールは思う。しかし諦めず、今度は装甲のない脇腹へと横薙ぎに剣を振った。

 だがそれも見切られており、バックステップで回避されたかと思うと、両肩の砲身と腕甲の銃口が火を吹き、人参型の弾丸がアズールの身体を襲いかかった。

 

「うわっ!?」

 

 V1とはいえ、アズールが苦戦している。その光景を見て、アシュリィは思わず唸ってしまった。

 

「あいつ、ふざけた格好なのに思ったより強いね」

「ラビットたんだからね」

「……えっ、どういう事?」

「ラビットたんかわいいでしょ」

「コトナ大丈夫?」

「ラビットたんだからね」

「思考停止してない? ほんとにどうしたの?」

「ラビットたんかわいいでしょ」

「……ショウ、できるだけ速く倒して。なんかもうヤバそうだから」

「ラビットたんだからね」

「ショウ! 急いで! マジで! 一刻も早く!」

 

 琴奈が放つ謎の空気感に耐えきれなくなったアシュリィが叫ぶ。

 そうは言っても、パワーにそれなりの差がある以上、どうしようもない。V2でもこの相手は厳しいだろう。

 どうすればいいのか。思考を張り巡らせた翔が辿り着いた結論は――。

 

「そうだ! 兄さん、フェイクガンナーを!」

「え? あ、あぁ……分かった、受け取れ!」

 

 ラビットたん・デジブレインに目を奪われていた響が、我に返って言われた通りにアズールへとフェイクガンナーを投げ渡す。

 それを受け取り、グリップエンドのスイッチを手の甲で起動した。

 

Fake up(フェイクアップ)……》

「偽装!」

 

 音声と共にトリガーを引くと、アズールは黒い煙を纏ってその姿を変える。

 今までと違う黒の装甲に身を包み、紫色のバイザーを装着した戦士。響がかつて使用していたペイルライダーに、今度はアズールが変身したのだ。

 

《オペレーション・ザ・ペイルライダー! Let's roll(レッツ・ロール)!》

「ペイルライダーAE(アナザーエディション)! 今度はこっちの番だ、行くぞ!」

 

 ペイルライダーAEがフェイクガンナーのナックルガードを突き出し、ラビットたんへと攻撃する。

 再び腕の装甲で防ごうとするものの、重い打撃によって逆に装甲が破壊された。

 さらに続けて発砲すれば、ラビットたんの身体に装備されたキャノン砲や銃は一瞬で破壊され、使い物にならなくなる。

 

「あぁっ、ラビットたんのかわいさが……あれ、私は今まで何を……?」

「えっ、今ので正気に戻んの!?」

 

 困惑する鋼作。

 実は、このラビットたん・デジブレインには琴奈と波長の合う人間、つまりは『怪獣ラビットたんをカワイイと思う人間』を魅了し、洗脳して動きを封じ込める力があるのだ。

 響はすぐに洗脳解除されたものの、琴奈は本人であるため脳の奥深い部分まで洗脳を受けてしまい、ラビットたんがダメージを受けて外見的な魅力を落とすまで解く事ができなかった、という寸法である。

 

「よし、これで終わりだ!」

《オーバードライブ!》

 

 ペイルライダーが手に取ったマテリアプレートを装填し、必殺技を発動する。

 ラビットたんはダメージを受け過ぎた影響か、反撃すらままならない状態であった。

 

Make or Break(メイク・オア・ブレイク)! ブルースカイ・マテリアルソニック!》

「そぉりゃあああああっ!」

 

 フェイクガンナーから伸びる青い刃と、アズールセイバーの斬撃。

 その二つを受けて木っ端微塵となり、ガンブライザーの爆破によって破損した怪獣図鑑のアプリを吐き出して、ラビットたん・デジブレインは爆散した。

 

 

 

「あーあ、壊れちゃったか……」

 

 帰り道。

 壊れた怪獣図鑑のマテリアプレートを眺め、唇を尖らせて歩きながら、琴奈は呟く。

 そんな彼女へ、翔と響は苦笑しつつも励ますような言葉をかけた。

 

「まぁまぁ、また作り直せば良いじゃないですか」

「翔の言う通りだ。ちなみにそれ、変身に使ってたらどうなっていたんだ?」

 

 問われると、琴奈は『よくぞ聞いてくれました』とでも言いたそうな笑顔になって、こう答えるのであった。

 

「あのデジブレインと同じ感じだよ、ラビットたんになってた!」

 

 それを聞いて翔も響も、ほっと胸を撫で下ろす。

 使わずに済んで良かった、と。



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仮面ライダーアズール ABYSS GAME
EP.??[1971年の怪]


 時は1971年4月。

 その男は、久峰という一族の長であり、政治家だった。

 日本に住む人々を思って、国をより良くしたいと願って日夜活動を続ける、清い心の持ち主だった。

 ある時、男は都会から離れた島の別荘にて休暇を過ごしていた。

 久々の休みで妻や子と共に大いに羽を伸ばし、笑い合っていたのだ。

 ――その休日の夜に、男にとっての転機が訪れた。

 

「うん……?」

 

 男は地下のワインセラーにて、年代物の酒を取り出そうしていた。

 妻と共に飲み明かそうと思っていたのだ。

 だが、そのワインセラーの中で、滴るような水音が微かに聞こえるのを感じ取ったのである。

 

「ネズミか……?」

 

 別荘の管理を任せている者にはネズミや害虫などの駆除も命じてあるし、不審人物が侵入する事もまずないはず。セキュリティは万全だ。

 では、この音の正体は何か? ワインボトルが割れて中身が漏れてしまったのだろうか?

 いずれにしろ男はその場所を確認しなければならなかった。幸い、音がどこから聞こえて来るのかはすぐに把握できた。

 

「ここか」

 

 そこは、キッチンにもあるような床の収納スペースだ。取っ手を引っ張って戸を開く事ができる。

 ワインセラーにも備わっており、そこにもいくらか酒を貯蔵してあったのだ。

 では、やはり地震か何かの拍子でボトルが割れてしまったのだろう。

 そう考え、男はすぐに戸を開いた。

 すると――。

 

「うわっ!?」

 

 床の収納からなんとも言えない腐臭が漂い、さらにそこが真っ黒な泥水で満たされているのが視界に飛び込んだ。

 男は堪らず飛び退き、手に持っていたボトルを取り落してしまう。

 

「な、なんだ!? 今のは……!?」

 

 恐怖に呼吸を荒げつつ、這うようにして男は再び戸の中を見やった。

 それと同時に、落としたボトルが転がって収納へと滑り落ち、べちゃりと泥に沈んだ。

 否。一瞬の内に、消滅してしまった。

 

「え――」

 

 何が起きたのか分からずに男が声を発しようとした、その時。

 泥の中から、無数の触手が伸び出して男の口から喉の奥深くに侵入した。

 

「オガッ!?」

 

 触手はさらに耳や眼窩すらも侵し、男の顔の穴という穴を埋めていく。

 その度に、男は直接脳内を突き刺されたような、不愉快な刺激を感じていた。

 

「ん、ブッ……ウガ、く!?」

 

 底の見えない奈落のような、真っ黒な涙を流しながら、男は必死にもがき続ける。

 直後、泥水から横に割れた瞳孔を持つ眼球が浮かび上がり、触手を伝って男の目を凝視した。

 

『ほう、なるほどなるほど』

「あ、バッ……グハ、ァ」

 

 しばらくの後、触手は男を解放する。

 脳を何度も何度も弄くられたショックからか、男は失禁して汗や涙を垂れ流し、息を切らして放心状態になっていた。

 

『この宇宙の文明レベルは芳醇に育っているようだ。まだ収穫期ではないが』

「……あ……う……?」

『もう少し調整が必要か』

 

 ずる、と再び触手が蠢き、今度は男の全身を飲み込む。

 

『君と君の一族にはしばらく、私の眷属となって貰うよ。なぁに心配する事はない、ほんの50年ほどの辛抱さ』

 

 その言葉と同時に男の意識は途絶え――泥水と奇妙な触手は、ワインセラーから消失してしまった。



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EP.01[悪意の再来]

 ――かつて、アクイラと呼ばれた情報生命体。

 地球と、そこに住む人々を支配しようとしていた神にも近しい存在。

 彼は未来を捻じ曲げる事により、全ての生命の未来が幸福なものに変わる『楽土』なる世界を築き上げようとしていた。

 しかしその計画も、世界の秩序を守るホメオスタシスの、仮面ライダーの手で打ち砕かれて世界に真の平和が取り戻された。

 それから時は過ぎ、2021年12月……。

 

「時間だ!」

「よし、せーの!」

『あけましておめでとう!』

 

 0時丁度になると、天坂家ではそのような祝いの声が上がって日付が1月1日に変わる。

 この日は肇と翔と響、そしてアシュリィ・ツキミ・フィオレの三姉妹がいるだけでなく、彩葉の姿もあった。

 肇は年末特有のバラエティ番組を見ながら一気にハイボールを呷ると、微笑んで六人の姿を見つめる。

 

「良い気分だ。また皆で年を越す事ができて、本当に嬉しいな」

「去年は散々な年始だったもんねぇ」

 

 あはは、と笑う翔。

 昨年の正月といえば、丁度サイバー・ラインでアクイラが復活した時期であり、楽土が生み出された日でもある。

 しかもその戦いにおいて、ホメオスタシスは苦い敗北を喫してしまった。

 とはいえ、結局はその後に人間の世界を取り戻し、現在に至るのだが。

 

「今となっては良い思い出ですわね~」

「うん、みんなで頑張って良かったよー!」

 

 フィオレとツキミが言い、アシュリィも頷いた。

 ちなみにクリスマスには響や肇はおらず、翔とアシュリィたち三姉妹が家で過ごしていたようだ。

 天坂家のはしゃぐ様子を見ていた彩葉はくすくすと笑い、彼女らや響たちに語りかける。

 

「明日は、私が作ったおせち……用意、してるからね。みんなで楽しもうね」

「彩葉さんのおせち! いいね、楽しみだ!」

 

 そう言った響の目は、子供のように輝いていた。翔はそれに同意し「そうだね」と相槌を打つ。

 以前の彩葉には料理など作れなかったのだが、意外な手先の器用さと覚えの速さもあって、翔の教えでメキメキと上達しているのだ。

 

「義姉さん、きっとすごく良いお嫁さんになるよ。ねぇ兄さん?」

「翔!? 義姉さんと呼ぶのはその、まだ速いというか……!」

「でも二人は絶対結婚するでしょ?」

「それは、そうだが」

 

 悪戯っぽく笑う翔と、むぅと唸る響。

 もちろん響と彩葉の二人は既に将来を誓い、愛し合う仲ではあるのだが、年齢的にもまだ結婚するには速い。

 だが彩葉は、頬を上気させつつ響の手にそっと自らの掌を乗せ、肩に頭を寄せて小さく囁いた。

 

「私はいつでも待ってるよ……?」

「あ、彩葉さん……」

 

 響は彼女の手を握り、互いに熱っぽい視線で見つめ合う。

 その姿に肇は呆れた様子で肩を竦め、翔も苦笑いしていた。

 

「お前ら、熱くなるのは良いが場所を選べよ」

「あははは」

 

 さらにフィオレとツキミも姦しく騒ぎ立て、二人を茶化し始める。

 一方アシュリィは、翔の顔をじっと見上げていた。

 

「ショウ」

「ん、何かな?」

「私も結婚したい」

「ちょぉっ!? 僕らの方こそまだまだ早いからね!?」

「ふふ、知ってる」

「もう……」

 

 慌てる翔を見てからかうように笑い、彼の頬を指でつつくアシュリィ。

 天坂一家は和やかな雰囲気で、年越しを過ごすのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 同じ頃。

 既に全ての領域が崩壊し、荒廃してしまったサイバー・ラインのとある場所では、黒いローブを纏った人影が集って跪いていた。

 老若男女を問わず数多くの人の姿があり、共通してローブの背中と頭部に『黒い涙を落とす血走った眼球』の意匠が施されている。

 彼らの前に立つのは、金色の刺繍がところどころにあしらわれたローブを纏う少年。一ツ眼の銀仮面で覆われており、その素顔は窺い知れない。

 

「機は熟した……我らの神の名の下に、遥か高き奈落からの天啓のままに、ホメオスタシスに鉄槌を振り下ろすのだ」

 

 言いながら、銀仮面の少年はある物を取り出す。

 それはマテリアプレート。さらにもう片方の手に握られているのは、マテリアフォンだ。

 

「今宵、今この時が復讐の始まりだ! 皆、この俺に続けぇ!」

『応!!』

 

 ローブを纏った者たちが声を上げ、同じく手に握ったマテリアプレートを次々に起動する。

 全てが同じ名称で、同じ音声がその場に響き渡る。

 

Cytube Dream(サイチューブ・ドリーム)……バイパリウム!》

 

 そして全員が腰部にガンブライザーを装着し、プレートを装填してデジブレインへと変異し始めた。

 ぬめり気と光沢を帯びた黒ずんだ茶色の肉体と、半月状に広がる扁形の頭部が長く伸びる怪物だ。

 銀仮面の少年がその興奮した彼らの様子を見つめていると、不意に背後から声がかかる。

 

『やぁ! 随分盛り上がってるようだねぇ』

 

 声の主の姿は見えず、彼の後ろには底の見えない穴のように黒く広がった泥水があるのみ。

 しかし、銀仮面の少年はその泥に向かって頭を下げた。

 

「ご助力、感謝致します。あなた様がいなければ我々の蜂起は大きく遅れていたでしょう」

『なぁに……気にする事などないよ、私もあの仮面ライダー共を潰したかったのさ』

 

 泥の中から触手が無数に伸びてうねり、そこから若い男の声が響く。

 その返事に嬉しそうに「ありがとうございます」と頭を下げ、少年はデジブレインたちと共にゲートを開いてその場を去った。

 

『さて……彼らはどう出るのかな?』

 

 奈落のように深く黒い泥水がブクブクと泡立ったかと思うと、まるで最初から何も存在しなかったかのように消失する。

 サイバー・ラインには、再び静寂が訪れるのであった。

 

 

 

 そして。

 1月1日の午前、事件は起こった。

 ヒルのような姿をした人型のデジブレインたちが突然に現れ、一斉に帝久乃市を襲い始めたのだ。当然、街中パニックになっている。

 この異変には当然ホメオスタシスも反応し、即座に対処のため地下研究施設へと人員が集められた。

 

「ったく、去年と言いなんだってんだろうな。正月くらいちゃんと休めってんだ、どんだけ暇なんだ連中は」

 

 鷹弘は酷く不機嫌そうに眉をしかめ、深く溜め息を吐いた。既にリーダーを退いた彼だが、緊急事態ということでこの場に姿を見せて指揮を執っている。

 一方、浅黄の方は腕を組んで首を捻っていた。

 

「それにしてもこの騒ぎの犯人って何者なんだろうね、Cytuberの残党? それとも久峰 遼の配下? あの楽土消滅の一件以来、ここまで大規模な暴動なんか起きなかったよね」

「どちらにせよ、だ。首謀者は必ず我々の手で捕まえねばならん。今は誰が対処に動いている?」

 

 翠月の質問に対し、答えたのは琴奈と鋼作だ。

 

「翔くんと響くんが街で戦ってます!」

「アシュリィ・ツキミ・フィオレもいるみたいだ、あの五人なら簡単に鎮圧できるだろ」

 

 その言葉に安堵した様子を見せるのは、進駒と彩葉。

 事実、特に翔の変身する仮面ライダーアズールはホメオスタシスの中でも最強の戦力だ。ただのデジブレイン相手であれば、まず負けない。

 しかし、鷹弘は首を横に振った。

 

「気を緩めるな。まだ向こうが何を仕掛けて来るか分からねェんだぞ」

「確かに。向こうもこちらの戦力については承知しているはず、なのに行動を起こすという事は、何か切り札を用意しているだろう」

 

 同意したのは肇だ。翠月や浅黄も、今回のテロ行為を不気味に思っているらしく、表情を引き締めている。

 

「琴奈と鋼作は街の監視を継続。状況が動けばすぐに出ていけるように、俺たちも準備しておくぞ」

『了解!』

 

 大きな返答の後、ふと「そういえば」と琴奈が口を出した。

 

「陽子さんがいないみたいですけど、ケンカでもしました?」

「ンなワケあるか、先に住民の避難のために動いて貰ってるだけだ」

「なんだぁ。じゃあじゃあ、新婚生活は順調?」

「当たり前だろ……ってオイ、これ今する話じゃねぇだろ! お前もさっさと働け!」

 

 払いのけるように手を動かし、琴奈を現場へ向かわせる鷹弘。

 琴奈はやや大げさに「うわぁ怒ったー!」と悲鳴を上げながら逃げ、しかしすぐにふざけるのをやめて行動に移った。

 

「ったく」

 

 腕を組みつつ、鷹弘も街の状況の監視を行う。翔たちの方は既にデジブレインたちの鎮圧を終えているようだ。

 だが、直後に再びデジブレイン出現の報せが届いた。

 

「まだやる気かよ」

「早速また五人が対処してます!」

 

 その声を聞きながら鷹弘も状況をモニタリングするが、しばらくすると彼は眉をしかめて目を細めた。

 というのも、デジブレインが次々と現れる割に、まるで歯応えがないのだ。

 ブルースカイリンカーのアズールや、アーセナルリンカーのキアノスに一方的にやられるばかり。だというのに、数は全く減らない。

 

「……妙だな。こいつら、一体何がしたいんだ?」

 

 腕を組み、考え込む鷹弘。

 そして、同じく戦況を見ている琴奈や鋼作に問いかけた。

 

「このデジブレインのデータは集まったか?」

「それがまだなんとも……ヒルっぽいとは思うんですけど」

「じゃあ、ガンブライザーの有無は確認できてるか?」

「あ、それは分かってます。翔くんから全員が装着してるって」

 

 琴奈のその言葉を聞くと、鷹弘はハッと顔を上げて鋼作と目を見合わせた。

 

「オイ、今の撃墜数は!?」

「既に50人近いはず……バカな、どういう事だ!? いつの間にこんな数のプレートとガンブライザーを用意した!? いや、それ以前に……!」

 

 琴奈にも指示を飛ばし、鋼作はフォトビートルを通して通信を行う。相手は響の変身するキアノスだ。

 そして、彼からの連絡を受け、目を見開いた。

 

「やっぱりだ、たった今響から報告があった! こいつら、ガンブライザーを使ってるのに元の人間が出て来ない! すぐに消滅してるんだ!」

「なんだと!?」

 

 人間がガンブライザーによって変異している以上、元となった人間が消失する事など起こり得ない。

 にも関わらず、数を減らすどころかむしろ増えるばかり。一同は困惑していた。

 

「一体何が起きてるってんだ……!?」

 

 

 

「くそっ、これはどういう事なんだ!」

 

 同じ頃、現場のアズールとキアノス、そしてピクシーズはヒルのようなデジブレインと交戦していた。

 戦闘能力そのものは、かつてのサイバーノーツや7種の幻獣系デジブレインに比べれば大した事はないが、それでも通常の個体に比べれば遥かに強い。ガンブライザー使用の個体に限ればトップクラスでもある。

 だが何よりも、一番の問題はその数だ。アズールらが倒している敵の総数は既に70を超えており、なおも増え続けているのだ。

 

「一体どこからこんな人数が……そもそも何者なんだこのデジブレインは!?」

 

 戸惑いつつも、レイピアでヒルのデジブレインを三体斬り裂くキアノス。

 爆炎と共にヒルが消滅するが、舞い上がった砂煙が晴れると同時に、デジブレインは数を六体に増やしている。

 このままではキリがない。仮面の奥で歯噛みしつつ、一度じっくり観察するべきだと考えてキアノスは後ろに下がった。

 もしかしたらこれらは分身で、この中のどこかに本物がいるのかも知れないと考えたのだ。

 

「お姉ちゃん、一気に殲滅しよう」

 

 しかしアシュリィたちピクシーは逆に、増え続ける怪人集団へと立ち向かう。

 

「ええ、参りましょう」

「オッケー! やっちゃうよ!」

《フィニッシュコード・トリオ!》

 

 プレートを押し込み、ピクシーはナックルガードを二度平手で叩いてトリガーを引き込んだ。

 すると剣先から五線譜が出現し、全てのヒルを絡め取って拘束。そして三人同時の飛び蹴りにより、五線譜へと無数の音符を刻みつける。

 

「これで終わり!」

Action(アクション)! オトギガールズ・マテリアルシンフォニー!》

 

 全ての音符が弾け飛び、衝撃が解放され、ヒルのデジブレインたちは全て爆散。

 黒ずんだ泥のような体液が地面や建造物に飛び散り、怪人を全滅せしめた。

 

「これでやっと片付いたね」

 

 ピクシーがそう言って安堵した、その瞬間。

 地面などに四散した泥水から、黒光りするぬるぬるとした腕が伸び出て来た。

 

「えっ!?」

 

 そのままヒルの怪人は、泥水の中から這い出て再生を完了。しかも、人数が倍以上に増えている。

 これこそが真相だったのだ。倒しても再生するばかりか、その度に増殖してしまう能力。

 

「まさかこれは……コウガイビルのデータを取り込んだデジブレインなのか!?」

「兄さん、コウガイビルって?」

「要はプラナリアと同じだ! 身体を切断しても、再生する上に二匹に増える!」

 

 キアノスの言葉を聞いてアズールも驚愕し納得するものの、しかし疑問が残った。

 攻撃を受けて泥水の中から増殖したとしても、仮面ライダーの力には敵わない。この能力で無限に再生されるのは確かに厄介だが、それ以上でも以下でもない。脅威としては弱いのだ。

 それに、このガンブライザーの使い手が何者なのかも未だに不明だ。単独なのか? それとも複数人がデジブレインとなって、増え続けているのか? それさえも翔たちは分からないでいる。

 少しでも情報を集めたいと考え、キアノスはそのデジブレインに向かって叫ぶ。

 

「お前、一体何者だ!?」

 

 尋ねると、僅かに遅れて返事が聞こえて来る。

 ただしそれは、目の前の怪人たちから出たものではなかった。

 

『我々は奈落秘神教』

『我々は貴様らホメオスタシスを滅ぼすために』

『我々は我々同士で結託しひとつになった』

「なっ……!?」

 

 声は、地面の泥水から発せられた。男女を問わず、幾人もの肉声が重なって木霊したのである。

 この異常な事態には、五人全員が目を剥いた。泥の泡立つような音と共に、彼あるいは彼女らは再び口々に声を出す。

 

『仮面ライダーアズールの持つ強大な力は、この世の誰であれ超える事はできない』

『しかしそれは』

『単一の肉体と思考のみを持つ、ただの人間に限った場合の話だ』

 

 ずるずると水音を立て、ヒルの怪人が周囲に増える。いつの間にか、五人を取り囲むようにして路面にも泥水が撒かれていたようだ。

 

『我々は古い体を捨て去り、遥か高き天の奈落より賜った泥へと融合を果たすと共に、文字通りに全てをひとつに統合した』

『我々は個ではなく単一にして無数の生命となったのだ』

『我々はさらにこのバイパリウム・デジブレインの力によって、永久かつ無制限に増え続ける』

『我々は』

『我々は』

『我々は』

 

 激しく泥が波打ち、表面に唇と耳、さらに眼球や血管のようなものが浮かび上がった。

 

『我々は貴様ら仮面ライダーを滅ぼすのだぁぁぁっ!!』

「うわあああぁぁぁ!?」

 

 泥中の激高の雄叫びと共に、バイパリウム・デジブレインの数がさらに増加し、アズールやピクシーに向かって襲いかかる。

 今度は攻撃を受けても消滅せず、泥水を撒き散らした後にすぐ肉体が再生した。

 さらに泥の仲から骨や牙で構成された剣あるいは槍などを作り出しており、先程とは全く異なる動きを見せているのだ。

 

「ここからが本当の戦いという事か……!」

 

 キアノスはそう言いながら、サーベルを振ってバイパリウムの腕を斬り裂く。

 泥を出血したヒル怪人がそれにも構わず、槍を突き出して反撃。胸に一撃を受け、キアノスは仰け反ってしまう。

 

「くっ!」

「兄さん!?」

 

 そこへアズールが駆けつけ、突風を起こして泥水ごとバイパリウムたちを押し返す。

 だが、それも一時凌ぎにしかならない。泥はずるずると音を立てて元の場所に戻って行き、再びバイパリウムを呼び寄せた。

 ピクシーズの方も怪人の動きを止めるべく攻撃を続けているのだが、衝撃を変換して送り込んでも、三人で一斉に打撃を繰り出しても全く効果がない。

 ならばと泥へと直接に刃や拳で攻撃しても、まるで手応えがない。

 

「本当に倒せないってこと……!?」

 

 度重なる攻撃による疲労感と何度も復活する事への絶望感から、ピクシーに変身しているアシュリィが呟く。

 しかし、アズールは首を横に振った。

 

「まだ手はある。斬っても殴っても吹き飛ばしてもダメなら!」

 

 そう言って彼が呼び出したのは、アーカイブレイカーだ。

 機首からプレートとメビウスユニットを分離し、アプリドライバーへと手早く装着していく。

 そしてさらに、マテリアフォンをアプリドライバー(メビウス)にかざした。

 

《エタニティアプリ!! 夜空に瞬く幾千の綺羅星!! 銀河を彩る神々しき惑星!! 無限に拡がる大宇宙、エヴォリューショォォォン!!》

「お前たちが本当にその泥水そのものなら、これが効くはずだ! ハイパーリンクチェンジ!」

《スワイプ!! シャイニングサン、ハイパーリンク!!》

 

 アズールメビウス シャイニングサン。攻撃特化のバトルスタイル。

 破壊的な極熱の閃光によって対峙するモノ全てを焼き滅ぼす力を持つこの形態であれば、浅い泥水程度などほんの一瞬で蒸発させる事が可能である。

 アズールはそれを実行すべく、自らの掌から光球を生み出す。

 だが。

 

「うっ!?」

 

 球体から熱光線を放とうとした瞬間、一行の頭上に黒い大穴が開き、光は吸収されて急速に萎んで消滅してしまう。

 

「なん……だ!? 今、何が!?」

 

 穴が消え、アズールは原因を探るべく周囲を見回す。

 そして、バイパリウムたちが道を開けるかのように左右に散開して跪いている事に気がついた。

 向こう側から歩いて来るのは、一ツ目の銀仮面を被った人物。背格好からして、翔や響と同じ年頃のようだ。

 

「アレは……誰だ?」

 

 キアノスが訝しんでいると、仮面の少年は五人に向かって語りかける。

 

「アシュリィ、ツキミ、フィオレ。そして天坂 響に天坂 翔……とうとう会えたな」

 

 仮面越しだが名前を挙げた順番に視線を送って、少年は怒りの声を発する。

 

「久峰の血族でありながらホメオスタシスに与する、恥知らずの裏切り者め!!」

「……お前は何者だ!?」

 

 久峰の名を聞いたキアノスが戸惑いと共に問いかけると、少年はその銀仮面を外した。

 そこにある顔を見て、アズールたちは驚く。

 仮面の中にあった少年の素顔は、年齢の差による違いはあれど、あの久峰 遼に瓜二つだったからだ。

 

「俺の名は久峰 業(ヒサミネ ゴウ)!! 貴様らが海底に幽閉した久峰 遼の息子だ!!」

 

 乾いた音を立て、少年の投げ捨てた金属の仮面が泥の上に落ちる。

 仮面ライダーたちの新たな戦いは、知らずしらずの内に幕を開けていたのだ。



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EP.02[冥王(Pluto)]

「久峰 業……あの久峰 遼の息子だって!?」

 

 バイパリウム・デジブレインを率い、仮面ライダーたちを見下ろすリーダー格らしいその少年。

 彼の名を聞いて、アズールたちは愕然としていた。

 

「バカな、一体なぜ今更現れる!?」

 

 キアノスが大きな声を上げた。

 遼の妻や愛人すら罪が明るみになって逮捕されている中、未だ捕まっていない直接の息子の話など聞いた事もなかったからだ。

 問われた少年、業は五人を見下ろし、指を差して忌々しそうに言い放つ。

 

「復讐だ。俺は貴様ら仮面ライダーに復讐するため、ここに来た」

 

 その言葉に反発したのは、久峰 遼とハーロットの娘たち、アシュリィ・フィオレ・ツキミの仮面ライダーピクシーだ。

 

「……復讐、って」

「私たちがアイツを海底に閉じ込めたから? それとも、一族の他の人たちも捕まってるから?」

「けど、そんなものは全部自業自得でしょう!?」

 

 かつての事を思い出して、憤るピクシーたち。

 しかし、業は腹違いの妹たちに向かってフンと鼻を鳴らした。

 

「勘違いするな。俺は、あんなカス共の事などどうでも良い」

「なに?」

「父、久峰 遼が逮捕に至ったのはヤツ自身の責任だ。他の親族どもが逃げ切れなかったのはヤツらの力不足だ。俺が許せんのはそこではないんだよ」

 

 演説するように自らの腕を振りながら、業は五人へと叫んで主張し始める。

 

「デジブレインを生み出したの原因を作ったのは、ホメオスタシス! その創始者の静間 鷲我だろう!」

「え!?」

「貴様ら仮面ライダーはその後始末をしているのみ、単なるマッチポンプだ! そのくせ、久峰の一族を貶め自分たちは栄誉を得ている! 俺も今や追われる身、対して同じ久峰の血を継ぎながらそんな連中に縋って生き永らえている! 許せるものか!」

 

 激昂し、仮面ライダーたちに指を差す業。

 

「何を誤解してるのか知らないけど! そもそも鷲我会長がデジブレインを作ったワケじゃない、あの人はただサイバー・ラインを見つけただけだ! 本当にデジブレインを作ったのは……」

「アクイラ、と言うつもりなんだろう? だがどうだ、サイバー・ラインに生まれたそのアクイラを養護していたのも静間 鷲我と聞いているが?」

「それは……」

 

 その点については間違ってはいない。実際、鷲我は好奇心からサイバー・ラインを発展させ、そして知恵を与えてアクイラを育てている。

 とはいえ当初はその結果として情報生命体が生まれる事など予想もしていなかったはずであり、ましてそれが他者に利用されるなど思いもしなかっただろう。

 そもそも、それと久峰がデジブレインを使って悪事を働くのは全くの別問題だ。逆恨みも甚だしい、とアズールは思う。

 だが、その考えを見透かしているかのように、業は再び口を開く。

 

「本当に静間 鷲我が、真実を全て話していると思っているのか? ヤツの話に疑問の余地がないとでも?」

「どういう意味だ」

「ヤツが貴様らを騙して利用していると考えた事はないのか、と聞いているのだ」

 

 グッとアズールが口を噤む。

 確かに、鷲我は翔たちと共にデジブレインを討滅すべく活動していたが、秘密を隠している事が多かった。

 特に翔にアクイラの力が眠っていた事を黙っていたのは、象徴的と言えるだろう。

 しかしそれを踏まえたとしても、翔は業の言い分に納得しなかった。

 

「お前の言う通り、何もかも事実を話しているとは限らないかも知れない。会長は隠し事の多い人だから。だけど、それはお前の言葉を信じる理由にはならない!」

「なに?」

「少なくとも会長には進んで他人を傷つける意思はなかった、むしろデジブレインが生まれた事を悔やんで責任を果たそうとしていたんだ! デジブレインを使って危害を加えるお前とは何もかも違う!」

 

 そう言うと、キアノスはアズールの肩に手を置いて深く頷いた。

 

「よく言った翔! 俺も同じ気持ちだ!」

「私たちも、だよ。ゴウ、あなたの言葉は信用できない」

「鷲我様には大きな恩がありますわ」

「そうだそうだー!」

 

 ピクシーとセインL・Rも、キアノスに続く形で業の言葉を真っ向から否定する。

 すると業は、溜め息と共に自らの手にあるものを握った。

 アズールたちも見覚えのあるそれは、マテリアフォンだった。

 

「それは!?」

「良いだろう。俺も別に理解して貰おうなどとは思っていない……今、ここで! 貴様らを消し滅ぼしてくれるわ!」

《ドライバーコール!》

 

 さらに業はマテリアプレートを取り出すと、それを起動する。

 大きさとしては二枚分の厚さで、アズールの持つチャンピオンズ・サーガと同じ形状だ。

 

《ダークネス・キングダムXR(エクストリーム・ロード)!》

 

 禍々しい音声と同時に、それはアプリドライバーへと装填される。

 するとプレートの蓋が展開し、死神のようなものが描かれたレリーフがあらわとなった。

 

《ゴー・トゥ・ヘル! ゴー・トゥ・ヘル!》

「変身」

Alright(オーライ)! イリーガライド!》

 

 マテリアフォンをドライバーにかざすと、業の姿が黒い泥に包み込まれ、変化していく。

 黒いアンダースーツに黒いアーマー、そして赤い瞳。

 暗闇そのものであるかのようなその威容は、色は違えどアズールによく似ていた。

 

《ダークネス・アプリX(エクストリーム)! 極限の邪悪! 極限の暴虐! 魔皇の闇黒覇道、インストォォォール!》

「ぬぅん!!」

 

 その声と共に腕を振ると、背中からマントが伸び出て、真っ黒な剣が右手に握られる。

 剣を地面に突き刺して柄頭に手を添え、業の変身したその仮面ライダーは、名乗りを上げた。

 

「我が名は仮面ライダープルート……ダークネスリンカーX(エクストリーム)! 貴様らを死に導く冥王である!」

 

 プルートはそう叫び、剣を抜いて一行へと飛びかかった。

 当然それにすぐさま反応したアズールは、シャイニングサンの能力で光線を放つ。

 だが。

 

「無駄だ!」

 

 そんな声と共に、プルートの目の前に黒い穴のようなものが形成され、熱線がそこへ吸い込まれる。

 先刻起きた出来事と同じだ。攻撃を完全に無力化されてしまった。

 一体何をされたのか、アズールには敵の能力の正体が理解できない。

 すると、それを見極めんとすべくピクシー三姉妹が動き出す。

 

「ヤァッ!」

 

 プルートが放った斬撃をピクシーレイピアのナックルガードで受け止めた後、衝撃を音に変換。

 これを衝撃に再変換して跳ね返す事で、敵に大打撃を与えるのがピクシーの得意技である。

 しかしその音すらも黒い穴の中に取り込まれ、消失してしまう。

 

「え、ウソ!?」

「そんな……音の攻撃も効かないだなんて!」

 

 セインLとセインRが驚き、アズールやピクシーと共に距離を取る。

 プルートからの剣閃は回避できたものの、状況は何も変わっていない。

 それでも諦めず、アズールは何度も光線を放つのだが、その度に黒穴へと吸い寄せられて消滅する。

 事態を見ていたキアノスは、そこでハッとして声を上げた。

 

「まさか、アレは擬似的なブラックホールなのか!?」

「ようやく気づいたか、その通りだ」

 

 プルートはフンと鼻で笑い、剣先を五人の方に突きつけた。

 

「音も光も温度も引力すらも存在しない、全てが遮られた完全なる死の空間……『プルートスペース』への入口を生み出すのが俺の能力だ。冥王の名に相応しかろう?」

「だから攻撃が通用しない、って事なのか」

 

 息を呑みつつ、アズールは剣を強く握り込む。

 あらゆる力を飲み干すあの凶悪な力に対抗するには、如何にするか。

 思考の最中にも、プルートは動く。

 

「どうした、手が止まっているぞ!!」

 

 プルートの刀身がいくつかのパーツに分離し、ワイヤーのように光線で繋がれた状態で、鞭のようにしなる動きでアズールたちの装甲を斬る。いわゆる、蛇腹剣だ。

 素速い斬撃を防ぐ事ができず、キアノスとピクシーたちは吹き飛ばされてしまった。そこへさらに、バイパリウムたちが追い打ちをかけようとする。

 

「くぅ!?」

「ううっ!?」

 

 アズールはかろうじて防いだが、プルートが見逃すはずもない。

 分離した刃が元に戻すと、今度は真っ直ぐに斬りかかって来るのだ。

 反撃しようにも、またブラックホールで吸い込まれてしまう事になるだろう。そう考えた結果、アズールはある結論を導き出した。

 

「光も引力も効かないのなら、これだ!」

《スワイプ!! ルクシオンムーン、ハイパーリンク!!》

「ハイパーリンクチェンジ!」

 

 アズールメビウスの胸の紋章が月の惑星記号に変わると、突然に彼以外の全ての人間やデジブレイン、物体の動きすら減速する。

 ルクシオンムーンの能力。それは、時流の操作だ。流石に巻き戻す事はできないものの、加速・減速を自由に行う事ができるのだ。

 

「流石にブラックホールでも、時間の流れを変える事はできないみたいだね」

 

 向かってくるプルートの側面に回り込んだアズールは、そのままスターリットフォトンで形成した武装によってバイパリウムを殲滅しつつ、剣を振り上げる。

 そして、アズールセイヴァーによる斬撃を彼の脳天へと叩き込んだ。

 

「これで僕らの勝ちだ。時の流れよ、元に戻れ……!」

 

 合図と同時に、遅延して引き伸ばされた時間が正常に返り、攻撃を受けたプルートが短い苦悶の声と共によろめいた。

 キアノスたちも襲撃を受けずに済んだためすぐ態勢を立て直し、再び攻撃に向かっている。アズールの不意打ちが通じた今ならば、倒せるかも知れないと判断したのだ。

 ここでプルートから反撃が来る前に、そしてバイパリウムが再生を終える前に、五人は一斉に必殺技を発動した。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)!》

《フィニッシュコード・トリオ! Action(アクション)!》

《スターリーフィニッシュコード!! Alright(オーライ)!!》

「これで終わらせる!」

《アーセナル・マテリアルバースト!》

《オトギガールズ・マテリアルシンフォニー!》

《ルクシオンムーン・アプリケーションストライク!!》

 

 再び時の流れが変化する。今回は、五人のみが加速した。

 同時に放った五色の輝きを放つキックが、一瞬の内にプルートを貫く。

 激しい極光と大爆発が起こり、プルートが倒れたかに見えた、その時。

 

「勝ったとでも思ったか!? 甘い……甘いぞ!!」

 

 そんな叫び声と共に、プルートの装甲の隙間から黒い泥水が滴り落ちる。

 

「なっ!?」

「こ、これは……!」

 

 バイパリウム・デジブレインの本体と目されている液体と、同じものだ。それがプルートの身体からも流れている。

 

「驚いたようだな。流石に俺にはバイパリウムのような増殖機能はないが……」

 

 不敵な笑い声を発するプルートの装甲と傷口が、ほとんど一瞬の内に再生していく。

 

「貴様らがどんな攻撃をしようと! この俺には通じんという事だ!」

「くっ!?」

「今度は俺の技を食らうが良い……!」

《ドレッドフィニッシュコード!》

 

 反撃が来る。それを察知して、全員がすぐに防御行動に移った。

 プルートは自身のマテリアプレートを押し込むと、マテリアフォンをかざす。

 

Alright(オーライ)! ヘルダークネス・マテリアルデリート!》

「死ね、仮面ライダァァァーッ!!」

 

 跳躍したプルートの蛇腹剣の刀身が分離し、光を伴って両脚に巻き付く。

 そして突き出された足から放たれたキックは、アーカイブレイカーへの直撃によって刃を飛散させ、キアノスとピクシーズにも襲いかかった。

 

「ぐあああっ!」

「きゃあああ!」

 

 四人の変身が解除させられてしまい、唯一防いでいたアズールも重い一撃に片膝をつく。

 

「こ、この威力……まさかあの黒い液体は、身体能力の強化もできるのか?」

「そういう事だ。故に、俺の持つ力は貴様に並ぶというワケだ」

 

 言った後「そして」と続けて、プルートは剣先をアズールの喉元に突きつける。

 

「最期の時が来たようだな、天坂 翔」

「く……!」

「仲間共々、死んで我らが奈落の土壌となるがいい!!」

 

 冷酷な言葉と共に、剣の一振りが首を捉えんと動いた。

 瞬間、銃声が鳴って弾かれるようにプルートの手から武器が落ちる。

 

「ぐ!?」

 

 炎と弾丸によって指が抉れて千切れ飛ぶが、黒い泥水がすぐに再生させる。

 しかし、その場に冷気が流れ込むと、再生の速度は先程よりも衰え始めてしまう。

 

「これは!?」

 

 愕然とし、プルートは弾の飛んで来た方に目をやる。

 向かい来るのは、二つの影。アプリドライバーとタブレットドライバーを装着した男たち。

 その内の一人、冷気を纏う緑のスーツの仮面ライダーが声を上げる。

 

「仮面ライダーは彼らだけではない。ここにもいるぞ」

「貴様は雅龍、英 翠月! そして今の銃弾は……」

 

 続いて雅龍転醒の隣で歩く、銃を構える人物へ視線を向ける。

 こちらは炎のように赤いライダーで、彼を見たプルートは仮面の奥で歯を軋ませた。

 

「人の父親に散々な事言ってくれやがったなぁ、テメェ。タダで帰すと思うなよ?」

「仮面ライダーリボルブ……静間 鷹弘!!」

 

 増えた敵勢を前に、プルートとバイパリウムはじわじわと後ろに下がる。

 何事かと思ってアズールが様子を見ていると、雅龍はフンと鼻を鳴らして語り始めた。

 

「状況は映像で見て既に理解している。お前と私の相性が最悪ということも、な」

 

 それを聞いて、ようやく納得する。

 この黒い泥水は蒸発すれば使い物にならなくなるという点は、プルートがしつこく攻撃を妨げた事からも事実と判断できる。

 そして雅龍の今の形態にはサスペンドブラッドという凍結剤を放つ強力な力があり、これを流し込めば泥水を凍らせて活動を停止させる事が可能なのだ。だからこそ、プルートはここまで焦っているのだろう。

 勿論、インク弾として放ってもブラックホールに放り込まれるため効果はない。だが、雅龍には卓越した拳法がある。拳で直接打ち込めば、たとえ能力を使おうと回避は不可能。

 故にプルートは焦っているのだ。ほとんどが手負いとはいえこの二人が加わるとなれば、戦い続けても明らかに分が悪い。

 

「さぁ……観念しやがれ!」

 

 リボルブが言いながら銃口を向け、雅龍は拳を構える。

 すると、プルートの背後の空間に大きな穴が開いた。

 これはプルートスペースへの入口ではない。アズールたちも見慣れた、サイバー・ラインに繋がるゲートだ。

 逃げるつもりだと知って、リボルブは得意の速撃ちで阻止しようとするも、プルートは意に介さない。むしろわざと命中させ、着弾時の衝撃を利用して後ろに下がった。

 

「チッ!?」

「あぁ、ここは貴様の言う通り観念して撤退する事にする。また会おう静間 鷲我の息子。貴様の父親の罪を明るみにしてやるからな、楽しみにしていろ!」

 

 高笑いを発しながら業はサイバー・ラインへと消えていき、翔や鷹弘たちも変身を解除した。

 直後、鷹弘は舌打ち混じりに地を蹴る。

 

「クソが! あの野郎、親父を何だと思ってやがる!」

「全くですね」

 

 憤っているのは彼だけではなく、響や翠月たちも同じだ。

 しかし、翔は何か疑問を感じているかのように唸っている。

 

「あの人の言ってる事って、何か引っかかりません?」

「……お前まで親父を疑ってんのかよ?」

 

 眉根を寄せつつも、不快さではなく純粋に不思議がる鷹弘。

 翔は慌てて首を振り「そうじゃなくて」と前置きし、その上で自分の意見を述べた。

 

「そもそもどうしてサイバー・ラインが生まれたのかって、鷲我会長も僕らも知らないですよね?」

「まァ、な。偶発的にそうなったとしか思ってなかった。調べたところで分かるモンでもねェし」

「なのにどうして、彼は今更その事について言及し始めたんでしょうか」

「難癖つけて久峰の一族の権威とやらを取り戻したいだけなんじゃねェか?」

「けどそれにしては何か確信めいたものを感じたというか、鬼気迫る感じがあったというか……」

 

 再び唸って翔は腕を組む。その時、翠月もハッと顔を上げた。

 

「そもそもヤツは……どうやってアプリドライバーやマテリアプレートを手に入れたんだ?」

「確かに、そこは俺も疑問だった。戦闘データを分析していたにしても、明らかに出来が良すぎる」

 

 バイパリウム・デジブレインの存在やあの泥水も含めて、何もかもが分からない事だらけだった。

 久峰 業には、他に何か秘密があるのかも知れない。そう判断して、ホメオスタシスの一行は調査を始める事にした。

 

「次にヤツらが動き出す前に、久峰一族の情報とサイバー・ライン内の状況を調査する! 行くぜ、野郎ども!」

『了解!』

 

 声を揃え、全員が同意の声を発する。

 こうしてホメオスタシスの一行は、崩壊したはずのサイバー・ラインの調査へと再び赴く事になるのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

『まさか逃げる事になってしまうとはね』

「申し訳ございません」

 

 その後、サイバー・ラインにて。

 戦場から帰って来た業は、泥水の中から伸びる触手に向かって、他のローブの者たちと共に座して頭を深々と下げていた。

 

『いやいや良いとも、この程度は想定内だ。何しろヤツら仮面ライダーは数が多い、君に与えたアプリドライバーとプレートだけでは対処し切れないだろう』

「如何致しましょうか」

『そうだねぇ』

 

 業がゆっくり頭を上げると、触手は何やら考え込んでいるかのように蠢き、そして泥の中に戻る。

 

『恐らく次にヤツらはここに現れる。その時を狙い、迎え撃とうじゃないか』

 

 すると、ボコボコと泥水が波打ち始め、中から真っ黒な泥人形が数体這い出て来た。

 それらは触手に捏ねられ、大きく形を変えて行く。

 

『新たに私の仔を与える。君の身体も強化しよう、期待しているよ』

「ありがとうございます――エフェサレフ様」

 

 名を呼ばれると、触手は愉快そうに震え、触手同士が絡み合って人の形を取る。

 髪は長く真っ白で、赤い瞳はまるで昆虫の複眼のようになっており、両耳は尖っている。顔立ちそのものは整っているのだが、褐色ではなく人間ではあり得ない異様に黒い肌や特徴のために、不気味さを感じさせた。

 エフェサレフと呼ばれたその男は、何も語らずに唇の端を薄気味悪くニヤリと歪め、両掌から泥水を生み出した。

 

「来るが良い、仮面ライダーよ……我々が破滅させてやろう」



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EP.03[深層に至る]

「私がサイバー・ラインを発見した経緯?」

 

 翔や鷹弘たちが仮面ライダープルート、久峰 業を退けた後。

 一度Z.E.U.Sビルの地下にある研究所に戻った彼らは、鷲我から聞き込みを行っていた。

 その場に集まった面々は、先程戦っていた翔・響・アシュリィ・ツキミ・フィオレや鷹弘と翠月に加えて、浅黄と肇、さらに陽子に鋼作や琴奈という顔ぶれだ。

 ちなみに宗仁は現在、帝久乃市の警備と人々の避難活動に当たっている。

 

「久峰 業がそれについて何か確信しているみたいだったんです。その、会長がサイバー・ラインやデジブレインを作ったとか」

「まぁ、勿論俺らはそんなモン信じてねェけどな」

 

 鷲我は翔からの質問を噛みしめるように「ふむ」と俯いて思索し、すぐに顔を上げる。

 

「申し訳ないのだが、以前に話した以上の事は私も分からない。サイバー・ラインを発見したのは本当に偶然だし、アクイラやデジブレインも私が生み出したものではないからな」

「うーん、やっぱりそうですよね……」

「だが翔くんが気になると言った理由も分かる。彼の様相には必死さが感じられたし、アクイラとデジブレインの関係性も知っているからな」

 

 話を聞いていた響は、翔に続いてひとつ質問を投げかける。

 

「ではやはり、あの久峰 業は何者かに偽りの情報を吹き込まれていると見るべきでしょうか」

「そうだろうなァ。親父に関する部分だけ歪めて伝えてんだろ、ただ問題は……」

「その人物の正体ですね」

 

 鷹弘がそれを聞いて頷いた。

 鷲我にも鷹弘にも肇にも、無論他の面々にも、その黒幕と思しき謎の人物についての心当たりがないのだ。

 しかも、相手はガンブライザーだけでなく新型のマテリアプレートやアプリドライバーすら作っている。

 仮にこんな事が可能な人物がいるとすればハーロットくらいのものだが、当の本人は海底で幽閉されているため、必然的に候補から外れる。

 

「残る心当たりがあるとすれば『彼』しかいないのだが、この通りだからな……」

 

 そう言いながら鷲我が目をやったのは、培養槽の中に入った淡く光る小さな球体。

 かつてアズールが戦った相手、世界を楽土に変えようとした電脳神、アクイラの核だ。

 

「せめて口を利く事ができたなら敵の素性が分かったかも知れないのだが」

「ないものねだりしてもしょうがない、と思うよ」

 

 アシュリィが言い、鷲我はフッと苦笑して頷く。

 

「では、正体を突き止めるのは後だ。彼らがサイバー・ラインのどこにいるのか、調査しよう」

「ただ今フォトビートルを飛ばしてます、でも」

 

 陽子が端末を操作し、現地の映像をその場に投影する。

 映っているのはサイバー・ラインの様子だが、以前の戦いが終わった後から何も変わっていない。誰もいない荒廃した大地が広がっているだけだ。

 鋼作と琴奈は無数の量産型フォトビートルを遠隔操縦しながら、頭を悩ませる。

 

「あいつら、一体どこに隠れてんだ!? 人っ子一人見当たらないぞ!!」

「こっちも何か手がかりがないと厳しいかもでーす!!」

 

 悲鳴のように発せられた琴奈の言葉に、翔はまた腕を組んで唸った。

 

「手がかりと言われても……」

「自分たちがどこにいるかなど、一言も口を滑らせていなかったからな」

 

 翠月もそう言って考え込む。鷹弘や響からもアシュリィからも、何の案も出て来なかった。

 その時、浅黄がおどけた様子で言い放つ。

 

「奈落秘神教だっけ? そんな名前なくらいだから、どっかに奈落に続く穴でも開いてたりしてね~」

「お前、今はそんなふざけた事を言ってる場合じゃ……」

 

 窘めようとした寸前に、肇はハッと顔を上げる。

 

「そうか、そこだ。ひとつだけ俺たちがサイバー・ラインで調査していない場所がある」

「えっ!? 父さん、それってどこなの!?」

 

 翔だけでなく、全員の視線が肇へと注がれる。

 それを受けながら、肇は人差し指を立ててその先を地面に向けた。

 

「――地下だ。そもそもそんな場所があるとは考えていなかったが、思い返せばアクイラも空の上にいた。そして地上のどこにも姿がなく、空でもないとすれば」

「確かに。サイバー・ラインに地下世界があったとしても、そこに新たに領域が作られていてもおかしくはない……!」

 

 翠月の言葉に、肇も首肯する。

 だがしかし、ここでまた新たな壁に直面した。

 

「問題はどこにその入口があるのか、どうやって地下に侵入するのかだな」

 

 響が提示した次なる課題に、やはりまたも一同は唸る。

 闇雲に地面を掘って探すのは非効率だし、見つかる保証もない。

 そもそも地下深くを掘り起こすような装置を、今のホメオスタシスは所有していないのだ。

 

「ふぅむ、どうしたものか」

「ここが解決しない事にはどうしようもねェからな……向こうが動くのを待つワケにも行かねェし」

 

 鷲我と鷹弘が話し、全員で案を出し合うが、有効な手立てを思いつけない。

 すると、翔が「あっ」と何かに気づいたように顔を上げ、ゆっくりと手を挙げた。

 

「もしかしたら……僕、できるかも知れません」

「なんだと!? 一体どうやって!?」

 

 驚く響。全員が関心を向ける中、翔はその策を提示した。

 

「まずはサイバー・ラインに行きましょう。それから――」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「業様。アズールが地上に現れました」

「なんだと?」

 

 サイバー・ラインの地下に広がる空洞。

 無数の樹木に見える建造物が幾何学的に配置され、黒い泥がそこら中に滴り落ち、左右はおろか天地すら曖昧に見える薄暗い場所。

 そこに、久峰 業とバイパリウム・デジブレインたちがいた。業は玉座のようなものに座り、退屈そうに溜め息を吐く。

 

「フン……地上に出たところで、我らの位置など分からんだろうに。マヌケめが、一体何をしに来たんだ?」

「その場で留まっています……いや、今ゲートを開きました。どうやら帰還するようです」

「だろうな。そら見た事か」

 

 ふんぞり返って嘲笑う業。

 しかしその直後、彼の表情は驚愕に染まる。

 

「侵入者発見、侵入者発見」

「何!? バカな、侵入!? どうやって!?」

 

 質問に対する答えはない。バイパリウムたちにとっても予想外の出来事が起きたようで、事態を把握できていないようだ。

 

「直ちに対処に向かいます」

「待て。俺も行く……この失態は自らの手で濯がねば、エフェサレフ様に申し訳が立たん!」

 

 マテリアフォンを強く手で握り、業は颯爽と翔たちの元へ駆け出した。

 

 

 

「上手くいったね」

 

 幾何学の物体と紋様が羅列した空間の中で、翔が言う。

 彼の傍らには、仮面ライダーに変身できる面々とツキミ・フィオレを含んだ八人全員が揃っていた。

 肇は翔の肩にポンと手を置き、頷き合う。

 

「よくやったぞ翔。まさか、ここまですんなり行くとはな」

 

 翔が使ったのは、かつて曽根光 都竹という男が好んで用いていた『エモーション・アナライズ』という能力。

 これは本来であれば、視界内で発生したカタルシスエナジーの動きを見極める事で、敵対者の挙動を先読みするというものだ。

 しかし当然ながら、地下深くまで見通す事はできない。そこで翔は、フォトビートルとレドームートンも作戦に組み込んだのである。

 まずスターリットフォトンを利用し、先程の二機の性能を極限まで引き上げる。さらにそれらと翔の視覚をリンクさせ、エモーション・アナライズを発動。

 すると二機にもエモーション・アナライズと同じ機能が追加され、地下にカタルシスエナジーがあるかどうか、それが動いているかを確認できるようになるのだ。

 そして強化されたレドームートンによって、先程は地下空間を発見。戻った後に座標を設定し、ゲートを通じて到着したというのがここまでの顛末であった。

 

「しかし、ここは一体……いつからサイバー・ラインにこんな場所が?」

「なんかその辺の模様見てるだけで目がチカチカするぅー。ヤバいってこれ、ずっと眺めてたら平衡感覚おかしくなっちゃうよ」

 

 うげぇ、と舌を出して眉を顰める浅黄。鷹弘も同じく、不快げに目を細めている。

 

「こんなところに住んでやがんのかあの野郎ども。マジに気が狂ってんじゃねぇのか」

「とにかく先へ進みましょう、敵に見つかるよりも前に」

 

 そう言いながら、翔は響やアシュリィと共に足を進め始める。それに続き、残りのメンバーも歩き出した。

 だがしばらく進んでいると、一行の目の前で地面や天井の黒泥が泡立つ。

 配下のバイパリウム・デジブレインが来る。それを察し、鷹弘は舌打ちした。

 

「もう見つかってやがるな!」

「じゃあみんな、作戦通りにやるよ」

 

 アシュリィが声をかけ、一同はそれを合図に動き出した。

 まず先陣を切るのは翠月、既にマテリアル・ネクステンダーをセットしたタブレットドライバーを装着し、マテリアプレートを起動している。

 

凍龍伝綺(ブリザード・ドラゴンズ・ロード)!》

「変身!」

《ブリザード・アプリ! 絶対零度の雪顎争覇! 龍氷鳳武、エクストラアクセス!》

 

 バイパリウムがその場に産み落とされ、同時にサスペンドブラッドを放出する雅龍転醒。

 インク弾を受けたデジブレインたちはそのまま全身が凍結し、再生できないまま粉々に砕け散る。

 だが、ここは壁も床も天井すら黒い泥で満たされた空間。すぐに増援が生み出されていく。

 

「ホォォォーッ! アタァーッ!」

 

 それでも雅龍は対応し、素速く拳とインク弾を打ち込み続ける事で、敵や泥を凍りつかせて砕く事で対処した。

 さらに、ザギークもその戦いに加わる。

 

「おりゃっ!」

 

 泥の中にインクという不純物を大量に混ぜ込んで固形化する事で、再生能力を減衰させているのだ。

 これもある程度有効らしく、後ろから雅龍に襲いかかろうとした者たちを次々に泥に還し、それを雅龍が凍結させる。

 

「良し、これならウチでもやれる! 後から追っかけるから、皆は速く行っちゃって!」

「了解!」

 

 頷いた翔たちは、すぐさま行動を開始する。

 業の元に辿り着くまでの道程においても、バイパリウム・デジブレインは出現し続けていく。

 

『変身!』

 

 その全てを、たとえ相手が再生しても、仮面ライダーたちははね退けた。

 雅龍と違ってやはり倒し切る力は持たないのだが、抗う術がある。

 アズールのスターリットフォトンによって形成される、雅龍・ザギークと同じ武器、スタイランサーだ。

 

「ハッ!」

「オラッ!」

 

 アズールの放つフォトンによって、各自の武器が強化され、敵が負傷したところで泥にインクを塗り固める。

 シャイニングサンの熱光線で蒸発させても、この場においてはキリがない。再生能力を衰えさせ、突破のみに注力しているのだ。

 

「へっ、そうなんでもかんでもテメェらの思い通りになるかよ!」

「――そうかな?」

 

 リボルブを先頭に走り続け、開けた場所に到着すると、一行の頭上でそんな声が聞こえる。

 そして同時に、真っ黒な五つの影によって取り囲まれた。

 影の正体の内のひとつは、久峰 業。残りの四つは人型の怪物だ。

 

「なんだ、こいつら」

「デジブレイン? でも、何か違う……?」

 

 アシュリィが怪訝そうに呟く。

 それぞれ狼とチーター、蠍に隼といった動物の要素を併せ持っているのは、デジブレインと同じ。

 しかし飽くまで情報生命体であるそれと明らかに異なり、生物とも機械とも判別できない、身体全体が真っ黒な異形の姿。眼窩や腕などから触手が伸び出ているのが見て取れる。

 

「彼らはエフェサレフ様の作りし子。奈落の御子、アビスタイドだ」

《ダークネス・キングダムXR!》

「ここで貴様らを滅ぼすために、あのお方が俺に委ねて下さった」

《ゴー・トゥ・ヘル! ゴー・トゥ・ヘル!》

「故に!! 貴様らはここで滅ぶのだ!!」

Alright(オーライ)! イリーガライド!》

 

 マテリアフォンがドライバーにかざされ、再び業の姿が黒い泥に飲まれて行く。

 

《ダークネス・アプリX(エクストリーム)! 極限の邪悪! 極限の暴虐! 魔皇の闇黒覇道、インストォォォール!》

「変身、ぬぅん!!」

 

 そして黒いボディに真っ赤な眼を滾らせ、マントを翻して蛇腹剣を携え、仮面ライダープルートが地に降り立った。

 

「どうやったのか知らんが、性懲りもなくゾロゾロと。そんなに殺されたいのか?」

「僕はもう負けない。お前を倒す手段は、既に用意している」

「フン、散々痛めつけられたのをもう忘れたか!? 偽善者と売女の息子が!!」

 

 蛇腹剣の刀身が光線と共に分離し、遠距離からアズールに向かって襲いかかっていく。

 さらに四体の異形も、各自戦う相手を定めて接近した。

 ウルフ・アビスタイドはキアノスに、チーター・アビスタイドはピクシーズに。スコーピオン・アビスタイドはネイヴィ、そしてファルコン・アビスタイドはリボルブを相手とする。

 

「オラッ、行くぜ!!」

 

 まず最初に動いたのは、リボルブだった。ヴォルテクス・リローダーを片手にトリガーを弾き、ファルコンへと火炎を伴う銃撃を行う。

 しかし、火炎弾に身を貫かれても、即座に黒い泥が溢れ出て負傷部位を回復していく。

 

「こいつらも再生できるのかよ!」

 

 さらにファルコンは両翼を拡げ、リボルブの頭上を高く飛ぶと、炎の羽根を無数の矢のように放った。

 

「ぐあっ!?」

 

 炎に対し耐性を持つリボルブリローデッド。しかしながら、その炎は装甲を焼いて溶かし、決して浅くないダメージを与える。

 一方、ピクシーたち三姉妹も、チーターのスピードに翻弄されていた。音による攻撃はことごとく身をかわされ、レイピアは掠りもしない。

 さらにネイヴィのカッターアームはスコーピオンの弓で即座に破壊され、キアノスもウルフの激しい銃撃に対処し切れていなかった。

 

「こいつら、手強い!」

「インク弾があると言っても、これでは……」

 

 攻撃から逃れつつ、どうにか反撃の隙を見出そうと必死に戦う一行。

 アズールは彼らを横目に、プルートの蛇腹剣による四方八方からの変幻自在の剣技に対処していた。

 

「くっ!?」

「貴様には何もさせんぞアズール! 弱い仲間共々、死んでいけ!」

「そうは……いかない!」

 

 飛び交う刃を盾で受け止め、剣によって反撃を試みるアズール。

 斬りつける事はできているものの、やはり再生能力によって負傷が一瞬で回復していく。

 しかし現在の彼の形態はシャイニングサン。光によってプルートやアビスタイドの泥水を蒸発させる事ができれば、必ず勝機はあるのだ。

 

「喰らえ!」

「させるか!」

 

 掌に光の球体を生み出し、解き放とうとする。

 しかしそれは、プルートの生み出した黒い穴に吸い込まれて消失した。

 プルートスペースの能力により、あらゆる攻撃が無力化されてしまう。それは前回の戦いを経て、アズールも知っていた事だ。

 つまり、真の狙いはここから先にある。光に意識を向けさせ、スターリットフォトンを操り武器を生み出していた。

 

《シノビソード!》

「今だ……ここで!」

《フリック・ニンポー! ブンシン・エフェクト!》

 

 生み出した武器を操作すると、アズールの姿が六人ほどに増える。

 シノビリンカー用の武装、シノビソードの能力。これらの分身は当然ながら、アズール同様にシャイニングサンの技を使える。

 しかし、プルートは仮面の奥の表情を全く変えない。

 

「まさか数を増やせばどうにかなるとでも思っていたのか? だとすれば、考えが甘すぎる。浅知恵だ」

 

 そう言い放つと、プルートスペースがさらに大きく広がっていき、六人に増えたアズールの閃光を飲み込む。

 すると今度は、アビスタイドたちに向かっていたリボルブやキアノス、ネイヴィが動き出した。

 

「よし、今だぜ! 狙え!」

 

 合図と同時に、キアノスとネイヴィがスタイランサーのインク弾を発射し、リボルブは火炎弾で攻撃する。狙うは、プルートの背中。

 最大の弱点となるアズールの光熱を防いでいる間、プルートは全くの無防備になると判断したのだ。

 だが。

 

「甘い!!」

 

 プルートが自らの腕を左右に動かすと、穴の形も捻じ曲がり、横へと広がる。そして、彼らの攻撃も全てブラックホールが飲み込んでしまった。

 

「なに!?」

「忘れたか? プルートスペースは無敵だ!」

 

 得意げに言い放ち、プルートはさらに穴を拡げて仮面ライダーたちをも吸い込まんとしつつ、攻撃を無力化し続ける。

 その時、ピクシーたちがポツリと呟いた。

 

「そう。あなたのその力はショウの技も通さない、本当に無敵の力」

「ですがだからこそ」

「利用できるんだよね!」

《フィニッシュコード・トリオ!》

 

 ピクシーセイン・LとRが頷き、ピクシーはレイピアを操作。必殺技の準備を終える。

 同時にアズールも、二人分の分身たちがそれぞれユニットを動かし、形態を変化させた。

 

《スワイプ!! グラビティガイア、ハイパーリンク!!》

《スワイプ!! ルクシオンムーン、ハイパーリンク!!》

「アシュリィちゃん、今だ!」

「うん!」

《フィニッシュコード・トリオ! Action(アクション)! オトギガールズ・マテリアルシンフォニー!》

 

 合図を受けて、ピクシーズの必殺技が発動。三人の剣から五線譜が生み出され、それがチーターの周囲に逃げ場なく張り巡らされて体に絡みつき、音符が生成され始める。

 直後、アズールの分身が右腕を掲げた。

 

「斥力!」

 

 グラビティガイアの能力、重力操作。身動きの取れなくなったチーターはその効力を受け、無重力状態となって宙に浮かんだ。

 そして、音符の破裂。音声データが衝撃に再変換され、標的となった豹はプルートスペースへと吹き飛ばされていく。

 

「なっ!?」

 

 それを見て、プルートはようやくアズールたちの狙いに思い至る。

 ブラックホールを過剰に拡げさせる事で、バイパリウムやアビスタイドをプルート自身に倒させる事。それが目的なのだと考えたのだ。

 

「さ、せ……るか!!」

 

 このままではチーターを飲み込んでしまう、そう思いプルートは一度スペースを解除。

 そして素速く再解放しようとするも、突然に全身の動きが緩慢に変わる。

 見れば、分身の内の一体、ルクシオンムーンのアズールが既に行動していた。その時流操作能力により、プルートの時間の流れのみを引き伸ばす事で、速度を大幅に低下させているのだ。

 

「貰った」

「し……まっ……」

《スターリーフィニッシュコード!!》

 

 残る四人のアズールが、必殺技の態勢に移る。

 ファルコンやスコーピオン、ウルフもそれぞれ仮面ライダーたちが対峙しており、その動きを阻害する事は誰にもできない。

 現実世界では人的被害や街に及ぶ危険を避けるために使わなかった手段を、その全身全霊を、この場において遠慮なく発揮した。

 

Alright(オーライ)!! シャイニングサン・アプリケーションストライク!!》

「輝けえええええぇぇぇぇぇー!!」

 

 アズールの全身から、その場にある泥水全てを蒸発させんばかりに閃光が迸った。それと同時に、他のライダーたちはその場で伏せる。

 視界が完全に白銀の光で埋め尽くされ、一息する間に旱魃が起きたかのように周囲の黒い泥土が水気を失っていく。

 

「ぐあああああああああっ!?」

 

 最も至近距離にいたプルートも、その光によって激しい断末魔を発する。乾き切った大地のように全身が罅割れ、装甲が黒い砂のようになってパラパラと破片が溢れ落ちる。

 さらに、被害はアビスタイドにも及んだ。近くまで投げ出されたチーターは言うに及ばず、地上にいたウルフたちも同じく肉体に亀裂が走っていた。

 

「っしゃあ!」

「よくやったぞ翔、今なら倒せる!」

 

 リボルブとキアノスはそう言って、圧倒的に動きと再生力の鈍くなったファルコン及びウルフを殴り倒し、粉々に消滅させる。

 そしてネイヴィも、左腕の武装をガトリングアームに変更。無数の弾幕によってスコーピオンの全身が削り落とされ、あっという間に散り散りになった。

 

「フッ、まんまとかかったな」

「あなたに一瞬でもスペースを閉じさせれば、ショウがどうにかしてくれる。そう信じてるから、私たちも戦えるんだよ」

 

 ピクシーたちのレイピアが乾燥したチーターを斬り刻み、砂に還す。

 これで、残るはプルートのみ。地面に墜落して息を切らした彼は、分身を消滅させたアズールの前で膝をついていた。

 

「さぁ。終わりにしよう、久峰 業」

「く……! 俺を、この俺を見下すなァァァ!」

 

 脆くボロボロになった装甲、それでもプルートはドライバーのダークネス・キングダムXRを一度閉じ、押し込んで必殺の構えを取る。

 

《ヘイティングフィニッシュコード! Alright(オーライ)!》

「死ッィィィねェェェェェェッ!!」

《アストラルフィニッシュコード!! All together(オール・トゥギャザー)!!》

「その歪んだ欲望……僕が断ち斬る!!」

 

 アズールもそう言って、マテリアプレートを押し込んでマテリアフォンをかざす。

 そして、アズールが右足に青い光を纏い、プルートは黒い闇を宿して、同時に跳躍した。

 

《ヘルダークネス・マテリアルサクリファイス!》

《エタニティ・アプリケーションコンプリート!!》

 

 交差する二つの影。

 瞬間、プルートの方のアーマーが四散して完全に崩れ去り、アプリドライバーとマテリアプレートが火花を散らせて飛んでいく。

 そして敗北した業は、派手に音を立てその場に倒れた。

 

「バカなぁ……俺が、負けるなど!?」

 

 ぐぐ、と腕に力を入れて立ち上がろうとする業。

 しかしあろうことか、その腕は細い針金のようにグニャリと曲がってしまった。

 

「ぐがっ!? 折れて……!?」

 

 そう口に出すが、なぜか痛みは感じていない様子だ。

 直後、顔を上げた業の表情を見て、アズールは驚愕の声を発する。

 

「うわ!? お前、なんだその顔は!?」

 

 言われて訝しむように目を細めた業は、ふと自身の頬に何かが伝う感覚を察知し、手で触れる。

 涙ではない。真っ黒な液体が、両眼から滴り落ちている。その上、先程のアビスタイドたちのように、全身が罅割れていた。

 

「な!? なん、だこれは。お、俺から出てるのか!? 一体、これは……!?」

 

 激しく狼狽する業。そこへ、突如として頭上から声が響き渡った。

 

「私の恩寵を受け、君は人ではいられなくなったのさ」

 

 気づけば、その男はそこに浮遊していた。

 真っ白な長髪に、昆虫の複眼のような形状の赤い瞳と、尖った両耳。

 人間ではあり得ない真っ黒な肌、そして不気味に薄く微笑む唇。

 その男が現れた途端、蒸発していたはずの周囲の黒い泥は、息を吹き返したかのように水気に満たされ始めた。

 

「いやぁ見事な手並みだった。ようこそ、ホメオスタシスの諸君」

 

 くつくつと笑う異形の黒い男。その姿を目にして、アズールたちだけでなく業も仰天している。

 

「お前は……何だ!? 一体どこから!?」

 

 明らかに人間とは違うその恐ろしい人物を前に、息を呑みつつもアズールが尋ねる。

 すると男は地上に降り、恭しく一礼してまたもニッと微笑む。

 

「私は君たちの文明を刈り取るため、外なる時空より舞い降りし者……奈落の刈人(アビス・ハーベスター)、エフェサレフ。どうぞよろしく」

 

 そう名乗ったエフェサレフの昆虫めいた両眼は、妖しい輝きを帯びていた。

 アズールたちは警戒を一切解かず、武器を構えて対峙する。

 しかしエフェサレフはそんな威圧感や敵意などまるで気にも留めず、余裕を見せつけるように笑っていた。

 

「ふふふ。そう攻撃的にならないでくれ、少し話がしたいだけさ」

「話だって?」

「ああ。君たちの知りたい事を、私は知っているんだ」

「何を言って――」

「サイバー・ラインを生み出したのはただ一人、この私なのだよ」

 

 追及の言葉が止み、アズールを始めとしたホメオスタシスの面々もあまりの出来事に沈黙してしまう。

 さらに泥に倒れていた業も、信じられないものを目撃したかのように唖然としていた。

 

「さぁ、今こそ真相を明かすとしようじゃないか……」



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EP.04[Efesalef(エフェサレフ)]

 多元宇宙(マルチバース)
 今現在、人類が経験している世界とは別の歴史や文明を歩んだ、異なる時空。
 それらは無数に存在し、個々の宇宙によって生命の姿形でさえも全く違うものになり得る。一本の大樹を軸として、そこから枝分かれして増え続けている、と言えば理解し易いだろうか。
 ただしこういった数々の宇宙やそこに生きる者たちは、永遠に維持し続けられるとは限らない。些細な綻びから、生命の根絶や宇宙の消滅といった危険の発生が常に付き纏う。
 そしてもう一つ。外的要因によっても、滅亡が起こる可能性はある。意図して宇宙の破滅を齎す悪意が、確かに存在するのだ。
 その名は奈落の刈人(アビス・ハーベスター)。大樹という軸からも外れた場所にある、色のない景色のみが永遠に続き時間と空間の概念が存在しない『奈落』という無秩序な世界、そこで『虚無』と呼ばれるモノから産まれた、終焉と根絶の申し子。
 各宇宙の主要な知的生命体の棲む惑星、主に人間とカテゴライズされるモノに寄生、あるいはそれらを洗脳し、コミュニティに紛れ込む泥状の生物である。
 この生命体は、知識を与えるという形で移動先の宇宙へと特定の変革を加速度的に促す。それは文明の発展や種としての進化であったり、形としては様々だ。
 だが当然、その目的は決して人類に対する貢献ではない。
 刈人の最終目的、それは――成熟した宇宙を『収穫』することだ。


「収穫……!?」

「それに、別の宇宙から来ただと!?」

 

 目の前の男、エフェサレフと名乗った人物の話を聞いて、アズールたちは愕然とする。

 確かにその人物は、昆虫のような赤い眼球や光を吸収し尽くさんばかりの異常な黒い肌など、おおよそ人間とは思えない要素を持っている。

 しかし、あまりにも荒唐無稽な内容なので、一同は困惑するばかりだった。

 

「ああ、そうだ。もう50年以上も前から、私は君ら人間に干渉し続けて来たのだよ」

 

 アズールが息を飲む。

 無数の宇宙や地球外生命体が存在すること、だけではない。

 宇宙そのものを消滅させようとする邪悪な生物が、こんなに身近にいるなどという事実が、恐ろしかったのだ。

 

「……進化を促す、ってどういう意味?」

 

 今度はピクシーが恐る恐る尋ねた。するとエフェサレフは先程と同じ調子で、淡々と答える。

 

「先程も言った通り、君たちの生きる時空を含めて遥かな多元宇宙は巨木から分かたれた枝のようなもの。その宇宙に存在する力を、私の場合は科学技術を育むのだ。そうして育て上げた力の、進化の果てに行き着いたものが『果実』となる」

 

 エフェサレフは唇を歪な形に曲げながら、今度はリボルブ、静間 鷹弘に視線を移した。

 

「その進化のために静間 鷲我に与えたのだよ。私がベースを作った、サイバー・ラインを」

「……な……!?」

 

 仮面の奥で鷹弘が目を見開く。地べたを這うように倒れ込んでいる久峰 業も、困惑していた。

 その反応を面白がっているかのように、エフェサレフの瞼が細められる。

 

「あんなモノが最初からこの世界に存在するはずがないのは、君たちも分かっていたはずだろう? その時代の宇宙内の人類にはまだ到達できない『情報生命体の創造』の基礎となる世界を作り上げた私は、そこから先を鷲我に委ねたのだ。人の手が加わってどこまでの進化に至るのか、元々芳醇な科学技術を持つ人間たちに任せればどれ程の力を示すのか」

 

 ぺろり、とエフェサレフは舌舐めずりし微笑む。

 

「結果は想像以上だった。私の想定よりも遥かに速くサイバー・ラインは発展し、高い知性と自己学習・自己進化能力を持つ命が……君たちがアクイラと呼ぶモノが生まれたのだ。そのまま人類が彼を利用してくれていれば、この宇宙の技術水準はあと30年ほど進歩していたのだが」

 

 現実には、そうはならなかった。

 鷲我はアクイラの知性と貪欲なまでの探究心、そして人間の支配という目的を知って危険と判断し、消去に踏み切ったのだ。

 そんな動向でさえも、エフェサレフは知っている。

 

「趨勢はそこで変わってしまった。もはや私がどう干渉しようと、人間とアクイラは敵対を避けられない。残念な事に、技術の発達はそこで一時的にストップしてしまったよ」

「ケッ、そうそう何もかもテメェの思い通りにはならねぇって事だろうが!」

「その通りだ。だが、戦いを長引かせればどうなるかな?」

 

 リボルブの苛立ち混じりの言葉に対し、そう返す。

 アズールたちはその発言の意図を一瞬理解できなかったが、戦いを長引かせるその方法を考えると、やがてある可能性に思い至った。

 戦いを長期化するには、アクイラが倒されず逃げ延びる必要がある。実際に一度破壊されてしまった後、復活したのだ。

 そのためにアクイラが取った方法は――バックアップ(スペルビア)の作成だ。

 

「まさか、テメェ……!!」

「そうだとも。アクイラがスペルビアを作るよう誘導したのも、私なのだよ」

 

 リボルブの問いにエフェサレフは事も無げに答え。

 ドクンッ、と話を聞いていたアズールの心臓が跳ね上がる。

 目の前の怪物は、それを察知したのか、柔らかく笑みを見せた。

 

「君たちの情動を感じる、とても心地が良い」

「ふざけるな!! お前が……お前がスペルビアを作らせたせいで、どれだけの人がヤツに唆されて、何人Cytuberの犠牲になったと思ってるんだ!?」

「ハハハ! アズール、私がそんな事に頓着するように見えるのかね?」

「こいつ……!」

「話を戻そうか。アクイラは狙い通りにバックアップを作ってくれたが、また君たちのような人間に見つかって倒される危険もあった。故に、私は久峰 遼をスペルビアの牽制役に立てたのだ。元々、久峰の一族は50年前から私の手足であるしね」

 

 その言葉に、業は悔しそうに項垂れ嗚咽を漏らす。

 ただ利用されるだけの存在だったのだと、明確に本人の口から事実を突きつけられ、打ちひしがれているのだ。

 もはや欠片も興味がないのか、エフェサレフは視線さえ送らずに話を続ける。

 

「人とアクイラの対立構造。二つの組織はどんどん技術を進化させ、さらにアクイラ自身も究極のテクノロジーに至った。人類全ての支配、もとい救済のシステムを完成させた。全ての人類が幸福となる科学技術の完成形、最高の収穫期……しかし、計算外の事態が起きてしまった」

「……僕たちがアクイラを止めた事か?」

「その通りだ。ヤツの勝利の後、私はその美しく芳醇な宇宙を刈るはずだった。だが君たちが邪魔をしたせいで、一番の旬を逃したんだ」

 

 忌々しい、とばかりに肩を竦めるエフェサレフ。

 そんな彼に対し、またアズールが問いかける。

 

「もうひとつ聞かせろ。収穫された宇宙は、そこにいる生命は、どうなる?」

 

 質問を聞いて、エフェサレフは笑うでも苛立つでもなく、ただ目を丸くした。

 

「目の前の果実を食わずにおいて、腐らせる動物がいると思うか? 刈り取った宇宙は『虚無』に捧げられ、咀嚼の後に消滅する。例外なく全ての生命は死に絶え、そこで渦巻く感情の奔流が『虚無』の飽くなき空腹を満たし、また枝葉の先から新たな宇宙が構築されるのだよ」

 

 その答えを聞いた瞬間。

 仮面ライダーたち全員が、一斉に戦闘態勢に移った。

 

「……ほう」

「そんな事は絶対に許さない!! 僕らがお前を止めてやる!!」

「やはり抵抗するか。面白い」

 

 アズールとキアノスは剣の先を突きつけ、リボルブとネイヴィは銃口を向け、ピクシー三姉妹もレイピアを手に睨みつけている。

 まさに四面楚歌と言った状況だが、エフェサレフはくつくつと笑いながら余裕を見せ、開いた両腕を真っ直ぐ前に掲げた。

 すると、業が使っていた破損状態のアプリドライバーとマテリアプレートが消え、一瞬の内に彼の手に握られる。

 

「なっ!?」

「だが、そんなものでどうするつもりだ……?」

 

 驚くアズールと、困惑するキアノス。

 エフェサレフは不敵な笑いを浮かべたまま、ドライバーを握っている右掌に力を込める。

 直後、周囲の黒い泥水がそれらを包み込んだかと思うと、壊れていたはずのベルトが完全に修復されていた。

 

「直した!?」

「私は自ら観測したテクノロジーを再生・具現化できる……さらに」

 

 再び黒い泥水が波紋を作って動き出し、触手のように動いてアプリドライバーとホルダーに収まったマテリアフォンを包み込む。

 そうして出来上がったものを見て、アズールたちがまたも驚く事になる。

 何故ならば、それはかつてアクイラが変身に使っていた支配者の証、カーネルドライバーだったからだ。

 

「これとエンピレオユニットこそがこの宇宙で最高の技術。だが、まだだ。私の知識と、奈落の彼方に消えた他の時空の技術が加われば……」

 

 またも泥水が蠢き、今度は左手のマテリアプレートを頭上に放り投げた。

 今回は先程までとは様子が違い、泥の触手が無数に伸び、地下世界全体が震えている音が響いている。

 このまま天井が崩落して、生き埋めになりかねない程の勢いだ。

 

「な、何が起きてるの!?」

《アーマゲドンドライバー……!!》

 

 ピクシーが狼狽していると、そのような電子音声が鳴り響き、全員の視界が白い閃光によって覆われた。

 静寂の後にやがて視力が回復すると、そこにはもう泥水は存在せず、いつの間にか一行は地上に出ている事に気付く。

 しかも途中で別れていたはずの雅龍とザギークも傍におり、業もまた地に倒れたままアズールの眼前にいる。

 

「一体どうなっている!? 敵はどこだ!?」

「ウチら、ワープしちゃったってことぉ!?」

 

 混乱が波及する中、アズールはエフェサレフの行方を目で追っていた。

 彼の姿はすぐに見つかった。空に浮遊し、既にドライバーを装着していたのだ。

 取り付けられた外装(ユニット)は、アクイラが使っていたものではなく、掌を開いた真っ黒な髑髏の腕のような形状で、禍々しく深紅のエネルギーを放っていた。

 

「さぁ、始めようか」

 

 そう言ってエフェサレフは、右手に握ったマテリアプレートを起動する。

 これもまたダークネス・キングダムXRのプレートとは形状が変わり、通常のものと厚さは同じ。

 しかしプレート自体は真っ黒で金で縁取られている他、昆虫めいた機械的な翅のグリップが装飾されている。

 

《ネバー・エンディング・ネザー!!》

 

 グリップ上部のスイッチを起動すると、クリアパーツ内の翅の筋に見えるコードの部分が、まるで血管が浮き出るように紅く輝きを帯びる。

 満足そうに音を聞きながら、エフェサレフはそれから手を放す。

 すると禍々しい輝きを放ってプレートが浮遊し、まるで吸い込まれるようにアーマゲドンドライバーへと自動で装填されて行った。

 カーネルドライバーの時の福音のような音声と違い、このベルトから流れる音は無機質で、それでいて恐怖を煽るような虫の羽音がノイズのように響いて来る。

 

「全てを滅する、虚無の力を見せてやろう……」

《クリエイション・オブ・ディストピア!! クリエイション・オブ・ディストピア!!》

「変身」

All Hail(オールハイル)!! イリーガル・デジタライド!!》

 

 プレートの時と同様にデジタルフォンがひとりでに動き出し、表面にタッチされる。

 すると黒い泥水が形成されてエフェサレフの全身を覆い、粘ついた液体がアンダースーツを形成していく。

 同時に、エフェサレフの眼前に巨大な黒いバッタが出現すると、羽音を立てながら大きくアゴを開いた。

 

《ネザー・アプリ!!》

「ムゥン!」

 

 そのバッタに向かって拳を突き出すと、肉体がバラバラに分解されて漆黒の装甲に転じ、エフェサレフのボディに合着する。

 

《CalL oF cLAys(CraZE)!! mUd(MaD) cOveRs CoSmOS!!》

 

 ノイズの混じった耳障りな音と、極端な高低の入り混じった不愉快な声。

 肩からは曲がりくねった大きな棘が伸び出し、身体の各部に昆虫を彷彿とさせる禍々しくも堅牢な金縁の装甲が形成。

 さらに背中にはバッタの翅が生え、頭部は同じくバッタを思わせる鋭いクラッシャーや触覚がついたものに変わる。

 そして左眼が睨みつけるような吊り上がった形の金色であるのに対し、右眼は虚無を映し出すかのような黒いねじれ双五角錐(トラペゾヘドロン)の水晶になっていた。

 

《奈落ヨり這イ出ズるINvAdeR(インヴェイダー)、アナイアレイション……!!》

 

 双角錐の奥底から赤黒い光が明滅し、烈風と共にエネルギーを全身から放出して、その仮面の悪魔は完成する。

 

「その姿は……!?」

「仮面ライダーデマイズ、それが私の名だ」

 

 名乗りを上げて地上に降り立つと、デマイズは両手を拡げてゆらりとアズールたちに向かって近付いていく。

 一見無防備だが、そう感じさせない程に鋭く凄まじい殺気を放っており、一行は息を呑んだ。

 

「節操なく生命を育んだ宇宙よ、愚かにも真実に近付く罪深き者たちよ……心するが良い。無に還る時が来たのだ」

《ホロウブリンガー……!》

 

 無慈悲に告げ、右手を前に掲げる事により、武器が生み出された。

 真っ白く長いランスに見えるが、黒色の柄は両手で収まる程度に短く、穂先の下辺りまでクリアレッドの刀身が付いており片刃剣のようにも見える。槍の下端から中央にかけてスリットとスライド式のレバーが、鍔に当たる部分には金色の歯車が、そしてグリップエンドには白いリングがそれぞれ付いているようだ。

 何よりもプレート装填用のスロットも見当たらず、明らかにアズールたちの持つ武器とは雰囲気が違う。

 刺すにも斬るにも強力そうなその武器の切っ先を突きつけ、デマイズは余裕そうにくつくつと笑った。

 

「進化の果てに無に消える事こそが全宇宙の秩序……それを認められぬのなら、掛かって来い……愚者ども」

 

 破滅(Demise)の名を持つ黒き悪魔の言葉。

 九人は呼吸を合わせ、武器を手に一斉に飛び出した。

 

「オォォォラァッ!」

「行くぞォォォッ!」

「ホォアタァーッ!」

 

 最初に仕掛けて行ったのは、リボルブとキアノス、そして雅龍。

 

《フレイミングフィニッシュコード! Alright(オーライ)! イーグル・マテリアルボンバード!》

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)! センチピード・マテリアルスライサー!》

《マスタリーパニッシュメントコマンド! Oh YES(オゥ・イエス)! ブリザード・マテリアルターミネイション!》

 

 ヴォルテクス・リローダーによる銃撃、鞭のようにしなるキアノスサーベルの斬撃、問答無用で凍りつかせる雅龍転醒の打撃。

 どれも必殺の一撃だ。通常のデジブレインなら言わずもがな、これまでに敵対してきたサイバーノーツのような相手であっても、命中すればひとたまりもないダメージを負うだろう。

 

虚無烈破(NiHiLitY EnfORce)……!》

 

 しかし三人が攻撃を繰り出した瞬間に別の電子音声が流れると、その全てを防がれた上で、デマイズの頭上を木の葉のように舞っていた。

 

『ぐあっ!?』

「……え!?」

 

 誰にも何も見えなかった。何が起きてしまったのか、何をされたのか。

 アズール一人以外は。

 

「今、のは……!!」

 

 デマイズの初動は、ただユニット上部にあるスイッチを押し込んだだけ。それによって、全身から漆黒の波動を放っていた。

 だがそのたった一瞬で、波動に触れた三人の必殺技を全て無力化したのだ。

 全てが見えていたアズールであるが、しかしその力の正体までは見抜けていない。ただその恐るべき光景に圧倒され、息を呑む。

 ネイヴィはその様子から悟って、アズールに尋ねる。

 

「翔! お前は敵の攻撃の正体が見えるのか!?」

「全貌までは分からない……ただ、何か黒いエネルギーを生み出して、それがみんなの攻撃の威力を殺したように見えた! その後あの剣で叩き伏せられたんだ!」

 

 その言葉を聞いてデマイズが笑い、剣先をアズールへ突きつけて進撃を続ける。

 直後、ネイヴィが立ち塞がってアズールとザギークをチラリと振り返った。

 ザギークは頷き、マテリアパッドを手に取る。ダメ元のようだが、戦いを記録して正体を見極めるつもりだ。

 

「俺が仕掛ける、もう一度ヤツの攻撃をじっくり見るんだ!」

「父さん!?」

「頼んだぞ翔! 悪いがこの戦い、ヤツの技を見切れるお前に賭ける以外にないようだからな!」

RIDE ON(ライド・オン)! ANCHOR(アンカー)・ガジェット、コンバート!》

 

 左腕のアタッチメントをチェーンアームに切り替え、鎖を振り回し錨をぶつけようとする。

 それに続いて、倒れていたキアノスも復帰。キアノスサーベルを振り上げ、再び必殺技を発動した。

 

《フィニッシュコード! Alright(オーライ)!》

「喰らえ!」

「行けぇぇぇ!」

《サイクロン・マテリアルエンド!》

《ニュート・マテリアルスライサー!》

 

 炎を纏って燃え上がる剣と、藍色の輝きを帯びるアンカー。

 武装へのカタルシスエナジーの集約により破壊的な威力を感じさせるが、それを見てもデマイズに動揺は見られない。

 むしろ、愉快そうに笑っていた。

 

「くくくく」

虚無烈破(NiHiLitY EnfORce)……!》

「残念だったな」

 

 先程と同じように、スイッチを押し込んで眼前の二人に波動を発するデマイズ。

 続いてやはり瞬きする間もなく、鎖を破壊してキアノスとネイヴィを斬って捨てた。

 

「がぁぁぁっ!?」

「は、や……い!!」

 

 あっという間に響・肇の変身は解除され、凶悪な武器を携えた悪魔はトドメを刺すべく歩み出す。

 そこに、アズールが颯爽と立ち塞がる。

 

「しょ、翔……見えたか!?」

「敵の攻撃の正体は、分かったのか!?」

 

 息を切らせ、上体を起こしてアズールに尋ねる二人。しかし、当の本人は首を左右に振った。

 

「父さん、兄さん……ごめん。まだ完全には分かってない。だけどなんとなく何をしたのかは理解できた気がする」

 

 アズールの、翔の表情に諦めは見えない。

 心配そうにピクシーたちがその背中を見守る中、アズールは頭だけ僅かに振り向き、声をかけた。

 

「アシュリィちゃん、ツキミちゃん、フィオレちゃん……浅黄さんと一緒に現実世界に戻ってみんなの手当てをお願い。こいつは……僕じゃないと倒せない!」

 

 そう言った後、アズールは解析を続けていたザギークにも視線を送る。

 彼女は焦った様子であったが、すぐに頷いてゲートを開き、久峰 業を含む全員で去って行く。

 アズールはそれを確認し、すぐにデマイズを睨む。当の悪魔は両腕を拡げて天を仰ぎ、嗤っていた。

 

「それは違う、仮面ライダーアズール。正確ではないな。君でも私は倒せない」

「やってみなきゃ分からないさ」

「結果の見えている勝負というものもある。尤も、私がこれまでに消して来た数多の宇宙に住む人間たちは、誰一人それを理解できなかったし……できないからこそ、滅んだがね」

「……僕らが同じになるとは限らない」

「分からないか? 君たちも同じ、抵抗して消し滅ぼされる愚者のひとつに加えてやろうというのだよ」

 

 挑発的な言葉を繰り返すデマイズ。直後に、アズールは武装をブレイクセイヴァーに切り替え、飛びかかった。

 冷静さを欠き、怒りのまま攻撃に向かったワケではない。敵の攻撃の正体を見極めるべく、破壊力の最も高い武装で挑んだのだ。

 上段から放つ大剣の一振りは、しかしデマイズのホロウブリンガーを砕くには能わず。

 渾身の一撃を止められ、嘲笑う声が目の前の刈人から聞こえる。

 

「残念だが……このホロウブリンガーは君たちの星の技術では砕けない。刈人に与えられる専用の特別な装備でね、死神の鎌のようなものさ」

「くぅっ!?」

「尤も。これで刈るのは君たちの首なのだ、が!!」

 

 ヒュンッ、と剣を振るデマイズ。しかしその一撃も、ブレイクセイヴァーの盾部分で弾かれてしまう。

 

「案外頑丈なようだ。興が乗るな」

「そんな事を言われても少しも嬉しくないね」

「つれないじゃないか」

 

 軽口を叩きつつ、デマイズは続いて槍の部分で力強く突く。だがこれも、身を反らしたアズールに回避された。

 この一瞬を隙と見て、今度はアズールが動く。ドライバーのサークルに手を伸ばし、それを回す。

 すると、胸の惑星記号が月に変化した。

 

《スワイプ!!》

「ハイパーリンクチェンジ!」

《ルクシオンムーン、ハイパーリンク!!》

 

 アズールが選んだ形態はルクシオンムーン。時流操作を行う、トリッキーな戦闘スタイルだ。

 

「行くぞ!」

 

 早速、全身に力を込めてカタルシスエナジーを漲らせ、時の流れを操ろうとするアズール。スターリットフォトンも散布し、武器を形成しようとしている。

 その時を狙って、デマイズも動いた。

 

「やらせんよ」

虚無烈破(NiHiLitY EnfORce)……!》

 

 先程使ったものと同じ黒い波動。

 それに飲まれた瞬間、全身から力が抜けていく。しかも、武装を作ろうとしていた粒子も消え去ってしまった。

 目の前からはホロウブリンガーを片手にデマイズが迫って来る。このままでは、響たちの二の舞だ。

 しかしアズールはまるで慌てる事なく、ブレイクセイヴァーで攻撃を受け止めた。

 

「む」

「もう分かったぞ……お前のその攻撃の正体! やっぱりそういう事か!」

 

 言って、デマイズの胸に前蹴りを食らわせ距離を取る。

 そして彼に指を差し、能力の詳細を言い当てた。

 

「その黒い波動には、触れたもののカタルシスエナジーを消滅させる力があるんだ! だからみんなの必殺技も中断されて、お前は近付くだけでも凍結するはずのサスペンドブラッドを食らっても凍り付かなかった!」

「正解……しかしそれを知ったところで、何も変わらない。君が絶望の淵に立たされている事を自覚するだけだ」

 

 グッ、とアズールは一瞬言葉を詰まらせる。

 実際にあの悪魔の言う通り、作り出したエナジーやそれを利用した力を完全に無力化されてはどうしようもない。どんな対策を打とうと、それがカタルシスエナジーを由来としている以上、事前に防がれてしまうのだから。

 ならば。デマイズが防げない絶好のタイミングで、必殺技を叩き込むしかないだろう。

 だがそう簡単に隙を見せるはずもない。

 

「フン!」

「くぅぅぅ!?」

 

 斬撃と刺突を織り交ぜる高速のコンビネーション攻撃によって、アズールの体勢を崩そうとするデマイズ。

 盾で連撃を凌ぐにも限界があり、最初は防ぐ事ができていた一閃や突きが、次第に装甲を傷つけ始めた。

 そして攻撃を回避する足が止まった瞬間、デマイズはスリットをなぞるようにホロウブリンガーのレバーを指で押し上げ、そしてトリガーを引く。

 直後、刃へと赤い光が集中。巨大なエネルギーブレードが形成された。

 

虚無両断(NiHiLitY EXeCuTIon)……!》

「君の身体はどれほど私の攻撃に耐えられるかな?」

 

 頭上から振り下ろされる、死神の一刀。よろめきながらも、アズールは大きなサイドステップで回避を試みる。

 結果として斬撃は回避する事はできたものの、サイバー・ラインの地には決して消えない大きな爪痕が残ってしまう。

 

「なんて破壊力だ……!?」

「呆けている暇はないぞ」

 

 冷酷に告げ、デマイズは続けて歯車を掌で回転させる。

 五度ほどそれを回したところで、武器全体が赤い輝きを帯びた。

 

虚無粉砕(NiHiLitY DemoLITiOn)……!》

 

 音声と共に赤い光の柱が伸び、今度は叩きつけるような形で横薙ぎに振り回す。

 対するアズールは咄嗟にブレイクセイヴァーで受け止めるが、防ぎ切れずに吹き飛んでしまい、彼自身も地面に背中を打ち付けた。

 すぐに立ち上がるが、追撃のため既にデマイズが跳躍し頭上を取っている。

 

「終わりにしてやろう」

 

 滞空したままグリップエンドのリングを引っ張り、そして引き金を弾く。

 

虚無貫穿(NiHiLitY pENetRaTioN)……!》

 

 ドリルのように高速回転する巨大な光の奔流が穂先から飛び、腕を交差させて防護姿勢を取るアズールに直撃。

 身を守っているとはいえ必殺の一撃を全身で受けてしまい、装甲が徐々に溶解し、煙を吹き始めた。

 

「ぐ、う……!?」

 

 呻き声を上げ、ついに膝をついてしまう。その様子を見下ろしながら、デマイズは悠然と目の前から歩んで来る。

 

「君を殺せば後は取るに足らない連中が残るだけだ。安心したまえ、すぐに彼らに後を追わせてやろう」

 

 掌でパシパシとホロウブリンガーを撫でながら、刈人が囁く。

 そして剣を振り下ろそうとした、その寸前。

 アズールは、自らの腕を前に掲げた。まるで静止をかけるかのように。

 

「遺言でもあるのか?」

 

 一言程度ならば聞いてやろう、と剣を振り上げたままデマイズが耳を済ませる。

 続いて出て来たアズールの言葉は。

 

「……お前の負けだ、デマイズ」

《グランドクロスフィニッシュコード!! Alright(オーライ)!!》

 

 突如、彼の背後から、上空から響いた音声。

 振り返って見上げれば、そこには空中を漂うブレイクセイヴァーがあり、その刃は光を帯びてデマイズの方に向いていた。

 その瞬間、デマイズは理解した。アズールは剣を落としてしまったのではなく、あえて放り投げたのだと。

 ルクシオンムーンに切り替えていたのも、空中で時間を引き伸ばすことで発動を遅らせ、確実に命中させるためだったのだ。

 

「くっ!?」

 

 全てを悟ったデマイズはドライバーの操作でカタルシスエナジーを消失させようとするが、時既に遅し。

 アズールは自らの手にアメイジングアローを作って矢を放ち、その行動を阻止。ブレイクセイヴァーからは巨大な光の刃が解き放たれた。

 

《アカシック・ブレイクスルー・ブレイク!!》

 

 デマイズの脳天に突き刺さる極光。

 先頃のホロウブリンガーから放たれたエネルギーにも迫る威力で、その体を真っ二つに両断する。

 

「やった……か!」

 

 ボロボロになりながらも、アズールは勝利を確認して深く息を吐く。

 脳天から左右に切り開かれたのだ。もう二度と、立ち上がる事はないだろう。

 そう思って変身を解除しようとした、その時。

 

「今のは良い一撃だった」

「え……?」

 

 背後から声が聞こえると同時に、アズールは背中と胸に激痛が走り、口から血が逆流してマスクから噴き出るのを感じた。

 見下ろせば、胸からはホロウブリンガーの穂先が生えている。

 否、背中から胸まで一気に突き刺されてしまったのだ。デマイズによって。

 

「あ、ガッ……!?」

「忘れたかね? 泥土で生まれたバイパリウム・デジブレインは、不死身だったろう?」

 

 声の聞こえる方を見てみれば、そこにデマイズの死体はなく、武器を握ってアズールの背を貫く右腕だけが浮いていた。

 そしてさらに目を凝らしてみると、無数の黒いバッタが羽音を立てながらその腕に群がっているのが見える。

 最初からデマイズにダメージなどなく、肉体を無数の虫の姿へと転じ、瞬時に再生しているのだ。

 

「宇宙を滅ぼす刈人が、人間の力程度で死ぬはずがあるまい」

 

 嘲笑と共に一気に剣を引き抜き、変身の解けた翔を地面に蹴倒す。

 彼の口と胸からは、止まる事なく血が溢れていた。

 

「さて。これでもう邪魔者もいなくなった、そろそろ収穫するとしようか」

 

 そう言って、デマイズはゲートを開き現実世界へと向かう。

 翔には、それを止める術などない。立ち上がる事さえもできない。

 

「みん……な……」

 

 息を切らした彼の瞳から光が失われ、次第に呼吸の音も止まる――。



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EP.05[Save the world]

 翔を置いて鷹弘たちが帰還した、帝久乃市にて。
 エフェサレフは翔を、仮面ライダーアズールを打倒して現実世界に降り立っていた。

「虚無に捧ぐ、神聖なる収穫の時間だ。まずはこの宇宙の終わりを祝して、盛大にパレードを始めるとしようか」

 くつくつと嘲笑しながら、異形の男は掌を前に掲げる。
 すると、空間に穴が開き泥水が湧き上がって、そのドス黒い泥が七体の怪物の形を成した。
 それはかつて人間たちをサイバー・ラインに拉致していた、サイバーノーツという怪人たちの巨大に変異した姿。即ち、ビーストモードやカオスモードという名の付けられていた形態に酷似していた。
 違うのは、その全てが黒い体色と真っ赤な瞳に変化している点だ。

「これは前祝いだ! 手始めに人間たちを襲撃し、我らの愛しき虚無のため、極上の恐怖(スパイス)で調味しろ! 我が同胞よ!」

 漆黒に染まった七つの奈落業獣(アビス・シンズ)が、街の人々に牙を剥く。
 立ち向かう術を持たない人間たちは、突如として現れた怪物たちを目にすると、悲鳴を上げて恐れ慄き逃げ惑う。
 その中には当然、パニックに巻き込まれて逃げ遅れる者もいた。幼い女の子が一人、逃げる大人たちに突き飛ばされて転んでしまう。

「ああっ!?」

 起き上がろうとした時、目の前にいるのは大口を開けた黒いコウモリ。このままでは、一口で丸呑みにされてしまうだろう。

「ひっ……」

 恐怖から立ち尽くして、思わず目を閉ざす少女。
 しかしかぶり付かれる寸前に、彼女の体は弾き出されたように飛んで行き、牙から逃れた。
 恐る恐る目を開けば、そこには少女よりも少し年上の、しかし幼い少年が怪物に立ち塞がっている。
 ――元Cytuberの栄 進駒だ。

「君……大丈夫?」
「う、うん」

 自分を助けてくれた進駒に手を取られ、少女は彼を見上げながら頷く。
 そして進駒は手を繋いだまま、名も知らない少女と共に走り出した。

「安心して、きっと助けが来る。この街には……仮面ライダーがいるんだから!」

 大蛇や大牛、大蠍をかわしながら、進駒は少女を抱えるようにして逃げ続ける。
 体は震え、進駒自身も心臓が飛び出すような恐怖を感じているが、それでも彼は諦めなかった。
 命ある限り諦めずに戦い、そして生き抜くために抗い続けた男の背中を知っているからだ。

「そうですよね、翔さん……!」

 自分の心と命を救ってくれたその恩人の名を口にしながら、進駒は少女と共に怪物から逃げるべく走っていく。


「翔からの応答が……ない……」

 

 襲撃が始まる少し前、ホメオスタシスの地下研究所にて。

 マテリアフォンを片手に鷹弘が告げ、俯いて歯を食いしばる。いくらか時間が経っても帰還せず、何の連絡も来なかったので通信を行ったのだ。しかし、向こうからの反応は全くない。

 久峰 業は病院に搬送されており、この場に集った翠月や浅黄は沈痛な面持ちでその言葉を受け止め、肇は腕を震わせながらも目元を隠すように帽子を目深に被る。

 一方、響とアシュリィは信じられないと言った様子で目を見張っていた。

 

「嘘、ですよね……翔が、そんな」

「ショウが……負けたってこと……!?」

 

 両手で口を押さえ、ツキミが両膝を床につく。フィオレの方は、ガチガチと歯を鳴らして自分を抱くような形で腕を握って震えている。

 

「そんな……お兄様……っ!!」

「生きてるよね!? 翔兄ちゃん、大丈夫なんだよね!?」

 

 鷹弘は何も答えない。ただ自らの歯を噛み締め、拳を静かに机の上に乗せていた。

 直後、響は半ば掴みかかる勢いで、怒声に近い声で鷹弘に向かって叫ぶ。

 

「なんとか言って下さいよ!! 翔が負けるはずが……死ぬはずがないですよね!?」

「お前が狼狽えてどうすんだバカ野郎ッ!!」

 

 その一喝と同時に、鷹弘も響の胸倉を力強く掴み上げた。

 

「今のお前はホメオスタシスの戦闘隊長だろうが!! だったらァ!! エフェサレフの対処に動くのがお前の、俺たち仮面ライダーのやるべき事だろ!!」

 

 ぐっ、と響は言葉を飲み込む。

 顔を上げた鷹弘の表情を見てしまったからだ。

 今にも泣き出してしまいそうな、哀しみに満ちた姿を。

 

「頼むよ、響……何もかも手遅れかも知れねェけど、俺たちじゃどうにもならねェかも知れねェけど……ここで諦めたら、それこそ翔になんて言や良いんだよ……!!」

 

 鷹弘は響の両腕を掴んだままその場で膝をつき、震えながら静かに俯く。

 

「……街に怪物が現れた。恐らく、例のエフェサレフの仕業だ」

 

 直後に鋼作からの報告を聞いて、失意に落とされていた一行に気迫が蘇っていく。

 彼らの心はとっくに決まっていた。

 

 

 

 一方。

 帝久乃市で暴れまわる七体の怪物たちも逃げ惑う群衆も放置して、エフェサレフは自前の黒い端末を操作していた。

 彼の背後にあるビルに泥で構築されたケーブルが繋がっており、ビルやその周囲の建造物が黒く汚染されている。

 そして操作が終わると、汚染されたビル群が大きく形を変えていく。

 

「どの宇宙でも、やはり文明発展を締め括る最後の収穫装置はこれが相応しいな」

 

 エフェサレフが見上げるそれは、巨大な黒い円筒状の兵器。

 核爆弾だ。

 彼が手に持ったホロウブリンガーをミサイルに向かってひょいと放り投げると、ミサイルの内部に取り込まれる。

 するとその兵器は淡く赤黒い光を放ち、心臓の鼓動音のようなものを鳴らし始めた。

 

「充填が終わってこれが撃ち上げられ、そして着弾した時……この宇宙は『剪定』され、収穫祭は終わる。虚無が滅びた宇宙を喰らい、私は新たな宇宙を刈るために旅立つ」

 

 そうなった時の事を想像しているのか、エフェサレフは含み笑いを発した。

 しかし直後に笑みは消え、くるりと後方を振り向く。

 

「だからお前たちは帰れ、愚かな仮面ライダー共」

 

 そこにいたのは、八人の戦士。

 リボルブ・雅龍・ザギーク・キアノス・ネイヴィ・ピクシー・セインL&R。

 住民の避難を負えて、彼らは何も言わず、エフェサレフの前に立っていた。

 

「無意味と知ってまだ立ちはだかるか? 天坂 翔……アズールが死んだ時点でこの星の行く末は決したも同然だ。それは、自分たちでも分かっているはずだが?」

 

 端末をしまい、エフェサレフは腕を組んで見下ろしながらそう言い放つ。

 そこで、リボルブとキアノス、そして雅龍が武器を構えながら返した。

 

「あいつは……あいつの意志は、死んでなんかいねェんだよ!」

「翔の戦いを無意味にはしない! 俺たちがそれを証明する!」

「見せてやる! 我々の、仮面ライダーの魂を!」

 

 圧倒的な力を持つ刈人を前にしても、八人は決して退かない。

 やがてその場に七体のアビス・シンズが集い、エフェサレフはうんざりだとでも言うように深い溜め息を吐いた。

 

「実に醜いな、人間」

 

 獣たちの咆哮と同時に、仮面ライダーたちが動き出す。

 宇宙と生命の存亡を左右する戦いが、今始まった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 頭の中で、声が響く。

 うつ伏せに倒れたままふと目を開ければ、様々な映像が流れる水のように飛び交っては、風に吹かれた灯火のように消えて失せる。

 ありふれた楽しい日常の声。古い激戦の記憶。大切な家族や恋人との思い出。

 

「ああ、そうか……」

 

 天坂 翔がそれを精神世界の中で見ている走馬灯であると気付くのには、それほど時間はかからなかった。

 エフェサレフの変身した仮面ライダーデマイズに背中から刺され、心臓を貫かれてしまったのだ。

 立ち上がろうにも、体は全く動かない。転がって空を見上げるので精一杯だ。

 

「全力で……何もかも出し切って、本気で頑張ったのにな……」

 

 認めざるを得なかった。

 完全な敗北を。

 これが彼の心の世界であったとしても。否、心から膝を屈してしまったからこそ。

 もう翔の中には、立ち上がるだけの余力すら残されていない。

 

「終わりか……これで……」

 

 意識が、徐々に昏い闇の中へと堕ちていく。その両目も閉ざされ始める。

 その時だった。

 

『――立てよ』

「え……?」

 

 いきなり頭上から若い男の声がして、翔は一瞬でハッと意識を取り戻した。

 誰の声なのか? 翔には聞き覚えがある。

 見れば、そこには白い靄に包まれた人影が立っていた。顔は分からないのだが、なぜか会った事がある気がしていた。

 

『立ち上がれよ仮面ライダー。テメェは正義の味方なんだろうが』

「……」

『なに黙って寝てんだ、さっさと起きろ』

 

 相手が誰なのかを察したように、しかし翔は起き上がらずに右手の甲で目を覆った。

 

「もう、無理なんですよ……どうしようもなく体に力が入らないんだ。それに()()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

 その直後、翔はいきなり胸倉を掴まれて立ち上がらされ、頬を拳で叩かれた。

 ぐら、とたたらを踏むが、立たされたお陰で足を踏ん張る事ができた。

 

『ベラベラと愚痴抜かす元気があるなら戦え!! テメェらしくもねぇ!! 不死身の俺をぶっ倒して、どこまでも意地を貫いたお前はどこに行った!!』

 

 目の前の男にぶつけられた怒り。

 それがまるで自分の内側からも湧き上がってくるように、僅かばかり翔の身体に活力を取り戻させた。

 

『痛みを感じられるんなら、まだお前は生きてんだろ』

「……」

『もう行け。勝ってお前らの正義を示せ』

 

 男は背を向け、見つめている内に煙のように消えてしまう。

 

 それと同時に翔の意識は覚醒した。

 いつの間にか先程と同じように立ち上がっており、貫かれた胸の傷は完全に塞がっていた。どうやら死ぬ間際にサイバー・ラインのデータの一部を分解して、自分の身体に取り込んで傷を治したらしい。

 とはいえ血はおびただしいほどに流れていたようなので、意識を取り戻せたのはまさしく奇跡と言っていいだろう。

 空を見上げて深く息を吸い込む。

 まだ息ができる。こんなにも体が動く。ならば、全てを諦めるには早すぎる。

 死の風に散らばって消えた大切な記憶が呼び戻され、感情の励起が再び身体に活を取り戻させる。

 フッと笑みを浮かべ、翔は消えた男に対して感謝の言葉を口にした。

 

「ありがとう、御種さん」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「オオオォォォラァァァーッ!!」

 

 同じ頃。

 帝久乃市では、仮面ライダーたちが七体の巨大な怪物と激戦を繰り広げていた。

 リボルブは黒い大蛇に爆炎の射撃を浴びせて、雅龍は大蝿を凍結せしめ、キアノスは大牛を斬り裂いて攻撃している。

 ザギークも大蜘蛛を相手に素早く立ち回り、ネイヴィの方は巨大蝙蝠にアンカーやドリルで対抗。ピクシーズは大蠍と巨体の狼の二体を相手取って優勢になっていた。

 

「ふん。不愉快だが、中々頑張っているな」

 

 ミサイルにエネルギーが充填されていくのを待つ間、仮面ライダー一行の戦いを眺めていたエフェサレフが呟いた。

 しかし眉間に寄っていた皺は、それほど時間をかけずにすぐ収まっていく。

 そして、その唇を大きく歪めさせた。

 

「だが実に良いぞ。希望に縋って足掻けば足掻くほど、お前たちの敗北と絶望の味は虚無の満たされぬ心を悦ばせるのだ」

 

 仮面ライダーたちは、それぞれ自分の目の前にいる怪物たちを圧倒していた。

 燃え盛る炎の弾丸が大蛇を焼き尽くし、凍りついた蝿も雅龍の蹴りに砕かれる。

 だがしかし、必殺の一撃を受けたにも関わらず、黒い泥水を浴びると途端に一瞬で傷が癒えて元通りになる。

 

「こいつらも再生できんのかよ……!」

「ハハハ。諦めろ人間、どうせ滅びる運命だ、もうあと十数分もすればミサイルが完成する。全てが消し飛ぶぞ、私以外はな」

 

 そんな嘲弄を受けても、仮面ライダーたちは諦めない。

 奈落の獣の攻撃を避け続け、そして反撃に転ずる。たとえ倒すことができなくとも、エフェサレフの元に到達して核爆弾を破壊するために、全力を尽くしている。

 次第に、再びエフェサレフが眉をひそめていく。

 

「まだ続けるつもりか? それで一体何が変わる?」

 

 苛立ったような彼の言葉に答えたのは、ピクシーたちだった。

 

「あなたは知らないのね。人間には、どんな絶望的な未来だって変えられる力があるんだよ」

「そうだよ! そうやって翔兄ちゃんは私たちの結末だって変えてくれたんだから!」

「お兄様の守った世界を……壊させたりはしません!」

 

 さらにザギークも、蜘蛛の足にインク弾を撃ち込んで拘束しつつ、エフェサレフに向かって叫ぶ。

 

「お前が何をやったって、翔くんの思いはずっと生き続けるんだよ! この宇宙が滅んだって、ずっとずっと!」

「それが……仮面ライダーの魂だ!」

 

 ネイヴィが言い、ドリルで蝙蝠の羽を貫いて、アンカーを穴に通して地面に落とす。

 彼らの言葉を聞いた後、エフェサレフは深い溜め息を吐いて片手を上げた。

 すると、七体の奈落の獣たちは動きを止める。

 

「能書きは十分だ。戯言はもう沢山だ。所詮は多少科学技術に長じただけの宇宙に芽吹いた下等な命、滅んでいった他の宇宙の人類と何も変わらんな……」

 

 そう言いながら取り出したのは、サイバー・ラインでリボルブたちを一方的に打ちのめした力。アーマゲドンドライバーとネバー・エンディング・ネザーのマテリアプレートだ。

 

「喜べ、仮面ライダー。私が直接始末してやろう」

 

 一行の表情が苦々しいものに変わる。相手はカタルシスエナジーを強制的に無に還す最悪の敵なのだから、それも当然と言える。

 だが、やるしかない。滅びの未来を変えるために。

 エフェサレフがベルトを装着し、そしてプレートを起動しようとするが、その寸前。

 仮面ライダーたちの後方に現れたひとりの少年の姿を見て、手が止まる。

 

「なに!?」

「始末なんかさせない」

 

 背中から聞こえた声に、ピクシーとキアノスが最初に振り向く。

 そこにいたのは、ゲートを通って堂々と歩いて来る、アプリドライバーを装着した翔の姿だった。

 

「あ……あ……っ、ショウ!! ショウ!!」

「翔!? 生きていたのか!?」

 

 二人の声を、そして雅龍とザギークやピクシーセインたちの驚愕の視線を受けつつも、翔は微笑んだ。

 

「遅れてごめんね、みんな。心配かけちゃったね」

 

 その言葉を聞いてネイヴィが頭を抑えて僅かに空を見上げ、リボルブは仮面の上から腕で目を擦った。

 一方で、彼の背中を刺した張本人であるエフェサレフは、動揺しつつも少しずつ冷静さを取り戻している。

 

「貴様なぜ生きて……いや、そうか。なるほど。サイバー・ラインで戦ったのは私の失策だったな」

「ああ。お陰で傷は治ったよ」

「面白い、だが愚かだ。今更のこのことこの場に現れて、一体何ができる?」

「お前を倒して、この世界を守れる。僕はもう……負けない」

 

 自信に満ちた強気な笑顔で、翔は言い放つ。

 するとエフェサレフの顔からあらゆる感情が消えて『無』となり、その口から小さく息を吐いた。

 

「……実に愚かだ。くだらん」

「もう言われ慣れてるよ、そういうの」

「ではもう一度教えてやろう。刈人に勝つなど不可能だという事実をな」

《ネバー・エンディング・ネザー!!》

 

 無感情にプレートを起動し、ドライバーにセットするエフェサレフ。

 そして、デジタルフォンをかざして再び禍々しく姿を変えた。

 全てを滅ぼす虚無から生まれた仮面ライダー、デマイズへと。

 

《奈落ヨり這イ出ズるINvAdeR(インヴェイダー)、アナイアレイション……!!》

 

 その姿を目にしても、翔は一歩も退かない。

 仲間たちに背中を向けたまま、彼らに語りかける。

 

「みんな! 僕に力を貸して欲しい! 一度あいつに負けてしまったけど……お願い、僕を信じて。生きたいという願いを捨てないで……一緒に戦って欲しい!」

 

 その瞬間。

 翔のウィジェットにあるマテリアプレートがひとつ、黄金に輝く。

 さらにリボルブや雅龍、この場に揃った全員の仮面ライダーのプレートが同じ黄金の煌きを放った。

 以前にスペルビアを倒した時と同じ現象。この星は、再び『生きたい』という願いの奇跡を齎したのだ。

 しかし今回は、それだけではない。

 翔は自身の手元に、あるものを構築したのだ。それを見たデマイズは、仮面の中で目を見開く。

 

「エンピレオユニット……!?」

「アクイラにできる事は僕にだってできるさ」

 

 かつてアクイラが使用していた、カーネルドライバー用の外装。当然これはアプリドライバーでは使えない。

 そのはずなのだが、なぜかデマイズは心中から湧き上がる不安を抑え切れなかった。

 そうしている内に、仮面ライダーたちは次々に決断を口に出す。

 

「俺の力で良いならいくらでもくれてやらァ! ブッ潰してやれ!」

「君は本当に……私の想像の遥かに上を行ってくれる。分かった、全てを託そう」

「ウチなんかの力で足引っ張んないかなって、昔なら思っただろうけどさ。今なら自信を持って預けられるよ!」

「お前は俺の自慢の弟だよ、翔。さぁ使ってくれ、俺の力を」

「今こそ仮面ライダーとして……信念を貫け、翔」

「ショウ……負けないで! 私たちがずっと傍についてるから!」

「共に参りましょう、翔お兄様!」

「翔兄ちゃん! ファイトだよ!」

 

 八人全員が快諾し、黄金のマテリアプレートを掲げた。

 直後、追い風と共に小さく別の声が耳に入る。

 

『やっちまえ、アズール』

 

 背中を押すように響く、精神世界でも聞こえた声。

 彼らの言葉を聞き、翔はぐっと唇を結う。

 そしていつかどこかで聞いた事があるような、ふと頭に浮かんだ言葉を口ずさんでいた。

 

「なんか――いける気がする」

 

 翔はエンピレオユニットを頭上に掲げ、全員のマテリアプレートから放たれる輝きをそこに集中させる。

 するとリボルブたちの変身が自動的に解除され、エンピレオユニットとブルースカイ・アドベンチャーのプレートが形状を変化させていく。

 そして翔は、そのユニットをドライバーへと装着した。

 

《アプリドライバーΩ(オメガ)!》

 

 カーネルドライバーエンピレオと同様、上部にボタンが付随したドライバー。

 違うのは、エンピレオでは神殿のようであった外装の形状が『Ω』の文字のようになって、青のラインが走る金色に染まっているという点だ。

 翔はそのボタンへ親指を添え、入力を開始する。

 

「行くぞ、デマイズ」

《リボルブ! 雅龍! ザギーク!》

「これが僕らの意志だ」

《キアノス! ネイヴィ! ピクシーズ!》

「僕が……僕らが!」

《ジェラス!》

「仮面ライダーだ!」

《ライダースピリッツ・オールリンク!!》

 

 バックル部のΩの文字が青く発光し、それと同時に翔はプレートを起動した。

 

《ブルースカイ・アドベンチャー ハイアー・ザン・ユニバース!!》

 

 マテリアプレートは白く変化しており、ユニットと同じく青色に光る。

 そして、翔は素速くそれをドライバーに装填した。

 

《セーブ・ザ・ワールド!! セーブ・ザ・ワールド!!》

「変身!!」

Alright(オーライ)!! アルティメット・マテリアライド!!》

 

 最後にドライバーへマテリアフォンをかざした瞬間、翔の周囲を白い鷲が飛び回り、さらに翔自身の肉体からは青い鷲が飛び出す。二匹の猛禽の肉体は混ざり合い、さらに翔とも融合していく。

 すると全身に神々しい白いアンダースーツが装着され、騎士の鎧を思わせる青い装甲が後から覆われて、金色の瞳が輝いた。

 そして最後に、肩の右側に青いマフラーが、左側からは白いマフラーがそれぞれ伸び出す。

 まるでその姿は、アズールとパライゾが一体となったように。

 

《ブルースカイ・アプリΩ!! 蒼穹の果てへ、ファイナルインストォォォール!!》

「仮面ライダーアズールオメガ! みんなの力を束ねて……デマイズ! お前に勝つ!」

 

 アズールオメガはそう言い放つと同時に、右拳にカタルシスエナジーを込める。

 最初こそ、その生まれ変わったようなアズールに驚くデマイズであったが、すぐに気を取り直すと一度だけフンと鼻で笑う。

 

「どのように姿を変えたところで、お前では私には勝てないぞ。この力がある限り」

虚無烈破(NiHiLitY EnfORce)……!》

 

 以前と同様、デマイズの全身から漆黒の波動が放たれる。

 だが。

 アズールは歩みを止めない。拳にエナジーを滾らせたまま、デマイズを見据えて進んで来る。

 

「……!?」

虚無烈破(NiHiLitY EnfORce)……!》

 

 何度も再発動するが、結果は変わらず。

 目前までアズールが近づいた時には、その拳が顔面に叩き込まれていた。

 

「がァァァァァーッ!?」

 

 顔面に迸る激痛、罅割れる頭。吹き飛ばされ、地面を転がり全身が叩きつけられる感覚。

 流血のように黒い泥水が滴り落ち、地面に零れる頃には透明化して消える。

 そして、デマイズは気付いた。

 自分の肉体が、一切再生していない事に。

 

「なん、だ……こ、これは……!?」

「拳が当たる瞬間に『お前の体が再生する未来』を摘み取った。そして、僕はお前がどんな能力を持っていたとしても、どこにいようとも。必ず望んだ未来に向かって『飛翔』する」

 

 アズールの右拳に、またカタルシスエナジーが漲って青い炎のように立ち昇る。

 

「お前の時間は、未来は……ここで途絶えるんだ!」

 

 その言葉を聞いて、デマイズの腕が僅かに震えた。その理由は明白だが、彼自身は激しく戸惑う。

 宇宙を滅ぼす不死の刈人は、ここに至ってようやく恐怖という感情を知ったのだ。

 立ち上がったデマイズは全力でバックステップし、一度指を弾いた。

 

「粋がるなよ人間……もうじき奈落の力を溜め込んだミサイルが発射される、そうなれば貴様が何をしようと、この世界の未来こそが途絶えるのだからな。そして」

 

 直後、周囲にいた七体のアビス・シンズが泥水に変わり、その一部がデマイズの傷を修復。残った大部分は、その姿を増やして変えていく。

 それは、デマイズそのもの。バイパリウム・デジブレインと同じように、姿と能力を完全に模倣したコピーを無数に生み出したのである。

 

「こうすれば貴様は私を見つけられん。ミサイルを解除するための端末はこの中の一人しか持っていない、これで終わりだ」

 

 散開した無数のデマイズが、両掌に赤黒い光の塊を生成。

 そして、四方八方から一斉にそれをアズールオメガに向かって放った。

 

「潔く滅びよ、人間!!」

 

 光弾が向かって来てもなお、アズールはその場を動かない。

 動かないままその右手でアズールセイバーを抜き払うと、勢い良く振り被って全ての光を跳ね返す。

 

「はっ!?」

 

 思わぬ反撃。デマイズたちは、自分に返って来たその光を必死で回避する。

 だがアズールがそれを許すはずもなく、両手に別の武器を形成した。

 

《リボルブラスター!》

《キアノスサーベル!》

 

 右手に持ったリボルブラスターから飛び出した炎の弾丸は、通常時を遥かに超える出力で発射され、精密に大勢のデマイズの頭部を貫く。

 

「なんだと!?」

 

 デマイズの知る限り、アズールがこのような正確な射撃能力を発揮した事はこれまでに一度もない。

 ならば、と今度は無数の分体に接近戦を仕掛けさせる。

 だがアズールは素速く身をかわし、キアノスサーベルを巧みに振るって分身たちを斬り刻んで消滅せしめた。

 この立ち回り。まるでリボルブとキアノスそのもののようだと、デマイズは感じ、そして先頃アズールの放った言葉を思い出す。

 

『みんなの力を束ねてお前を倒す』

 

 あれは文字通りの意味だったのだ。アズールオメガは、他の八人全ての仮面ライダーやその使い手の持つ特徴を引き継いでいるのだろう、と。

 しかもその身体から放つ異様なカタルシスエナジーによって、先程と同様に再生能力も封じられている。

 

「だ、だが! もう発射まで一分を切った! この世界は間もなく滅び去る運命にある、今更貴様に何ができる!?」

「そうか。なら、悠長に戦ってる場合じゃないな」

 

 アズールがそう言うと、左腕の袖部が変質してコードのようなものが触手めいて伸び、ミサイルに接続される。

 さらに眼前にホログラム状のキーボードのようなものを生み出すと、素速くそれを操作し始めた。

 そして一分も経たない内に、ミサイルが解体されてホロウブリンガーが地面に落ち、本来の建築物が取り戻される。

 ザギークと同じハッキング技術だ。

 

「……は……?」

 

 愕然とするデマイズ。切り札の核爆弾も、これで失われてしまった。

 驚く間に、アズールオメガは雅龍やネイヴィと同じ拳法を駆使して分体の数を半数以下まで減らしている。

 

「ふ、ふざけるなよ……この……果実に張り付いた……薄汚い害虫(イレギュラー)め……!!」

 

 刈人の常識から見て、このような力はどの宇宙にも存在してはならない。デマイズはそう思い、怒りをあらわにした。

 だが、その感情すらも萎んでいく。

 アズールが口ずさむ、仮面の奥から聞こえる歌。それがカタルシスエナジーをさらに引き上げているのだ。

 ピクシーたちと同じ能力。彼女らもかつて、歌によってエナジーを操作した事があった。

 

《レヴナントアックス!》

「そぉりゃああああああ!!」

 

 そしてジェラスが使っていた斧を生み出すと、カタルシスエナジーを注いで全力で振り抜き、巨大な光の刃でデマイズたちを薙ぐ。

 あっという間に、デマイズの分身は全て消滅してしまった。

 追い打ちとばかりにアズールは地面に落ちたホロウブリンガーをも踏み砕き、その場で立ち尽くす刈人に向かっていく。

 

「あとはお前だけだ」

「……チィッ!」

 

 一度だけ舌打ちすると、我に返ったデマイズは背後の空間に穴を開け、バックステップでそこに飛び込んだ。

 それを見て、鷹弘は叫ぶ。

 

「野郎! 逃げる気だ!」

「良かろうアズール! 私は一度手を引くとしよう! だが、忘れるな!」

 

 捨て台詞を残しながら、デマイズは奥へ奥へ目指して飛んで行く。

 

「我々刈人はいつでも収穫の時を狙っているぞ! 無論、私もな! ハ、ハハハ! ハハハハハハハハーッ!」

 

 その言葉を最後に、宇宙と宇宙を繋ぐ裂け目は完全に閉ざされた。

 これでアズールたちは自分を二度と追跡できない。デマイズはそう思って、安心からか高笑いを発する。

 しかし、その時。

 正面からメリッという音が聞こえたと同時に、白い指のようなものが空間を抉るようにズルリと伸び出て来た。

 

「ハ?」

「いいや、少なくとも」

「え……え?」

「お前は生き残れないさ……」

 

 徐々に指の数が増え、声と共に空間にミシミシと裂け目が広がっていく。

 そして裂け目が大きく力一杯に開かれた時、そこにいたのはアズールオメガだった。

 

「う、うあ……あ……わ」

「既に言ったはずだぞ、エフェサレフ」

「ああ……あ、うわ……は、が……」

「お前がどんな能力を持っていたとしても、そしてどこに行こうとも」

「あ、あが……うわあああああ!! うわあああああああああああああああっ!?」

「僕は『必ず』『飛翔』する。望んだ未来を実現するためにな」

 

 果たしてデマイズにその言葉が聞こえているのかどうか。

 彼はアズールを目にして恐慌し、絶叫して後方に飛び上がっていた。

 数々の宇宙と人類を苦しめた刈人は、自分を滅ぼす事のできる存在が現れた時、ようやくその恐怖と絶望を心から理解できたのだ。

 

「く、来るな……来るんじゃない!! 私に近寄るな!! 刈人を滅ぼすなど!? 貴様の力は人類が持つには許されないものだぞ!? こ、この、イレギュラーがァァァーッ!!」

《ニヒリティフェイタルコード!!》

 

 デマイズがドライバーのプレートを押し込み、そしてデジタルフォンをかざす。

 生き残るために、必殺技で最後の勝負に出たのである。

 

All Hail(オールハイル)!! ネザー・エンドレスダムネーション!!》

「消し飛べェェェェェーッ!!」

 

 巨大な赤黒い光の球を生み出し、見下ろしながらそれを放つデマイズ。

 するとアズールも、自身のプレートを押し込んでから、正面から羽ばたくように立ち向かっていく。

 

《シンギュラリティフィニッシュコード!!》

「その歪んだ欲望、僕が終わらせてやる!!」

 

 気迫の込められた叫びと共に拳で光の球を木端微塵にすると、アズールはマテリアフォンをドライバーにかざし、右足を天にいるデマイズに向かって突き出した。

 

《ライジングブルースカイ・デスティネーションピリオド!!》

「そぉりゃああああああああああ!!」

「ぐあっ、が……あああ!?」

 

 金色の光を纏い、マフラーをたなびかせて飛翔する。

 それはさながら、空に昇る太陽のように。

 渾身のライダーキックは空間の壁を突き破り、元の帝久乃市の空へと二人を連れ戻した。

 必殺の一撃を受けたエフェサレフは、上半身と下半身が千切れて粉々になり、腕も足も失われて既に消滅が始まっている。

 

「こ、こんな、はずでは……虚無に還る事すらも……ゆる、されない……なんて……」

 

 自分の身体が再生せず、泥水が澄んだ液体に変わって蒸発していくのを呆然と眺めながら、そう呟く。

 そして変身を解いた翔を睨むと、恨み言のように言葉を吐き始める。

 

「だが……他の刈人が、黙っていないぞ……君が私を下した事が……知れ渡れば、必ず彼らは……この宇宙に、目をつける……」

「またお前みたいなヤツが現れるなら。どこにいようと、必ず見つけ出して一人残らず消すだけだ」

「ふ、ふふ……ふはははは……この宇宙は……どこまで耐えられるかな……?」

 

 生首だけになった後もエフェサレフは笑い、そして消滅。

 翔は再び取り戻された空を見上げ、背後から聞こえる家族や仲間たちの声を聞くと、彼らの元へ駆けて行った。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 戦いが終わって、一ヶ月以上が経過し、2月。

 病院で治療を受けて肉体の衰弱が治まった久峰 業は、あっさりと逮捕された。

 彼自身も逃げ出す事はせず、拘束を大人しく受け入れたという。

 身体検査の結果、エフェサレフの力によって一時的に変身能力を得ていただけで今は何もできないという事が分かったため、久峰 遼のように海底で幽閉される心配はない。

 そのような報告を、翔たちは地下研究所で鷹弘の口から聞いていた。

 

「ただ、奈落秘神教はまだ存在しているはずだ。思ったよりもヤツらの根は既に深いところにまで張られてるらしい」

 

 腕を組み、眉間に皺を寄せる鷹弘。

 業の自供から、奈落秘神教という組織が思った以上に大規模という事が分かったのだ。今回現れたのは氷山の一角に過ぎず、業も幹部ですらないようなのだ。

 

「もしかしたら、もう次の刈人がここに来ているのかも知れねぇな」

「大丈夫ですよ」

 

 強く頷き、翔は応える。

 

「たとえ何度現れたって、僕らで止めましょう。仮面ライダーとして」

「……そうだな」

 

 鷹弘はフッと笑みを浮かべると、それで報告を負えた。

 そうして翔と響が研究所から出ていくと、すぐにアシュリィたち三姉妹と彩葉が出迎える。

 

「ショウ」

「お兄様!」

「翔兄ちゃん!」

 

 アシュリィ・ツキミ・フィオレが翔に抱き着き、その横で響と彩葉が並ぶ。

 彼女らの元気な姿に、自然と翔の顔は綻んでいた。

 今日はバレンタインデー。アシュリィたちは翔に、彩葉は響のために手作りのチョコレートを用意しているという。

 

「翔」

 

 隣で響が語りかけ、翔は首を傾げつつもそちらを見る。

 

「本当にありがとう、こうしてみんなを守ってくれて」

「……ううん。僕だけの力じゃないんだよ、みんながいてくれたからね」

 

 Z.E.U.Sのビルからも出ると、翔は空を見上げる。

 いつも通りのどこまでも広がる青い空、穏やかな日常。

 翔は、家族と共に帰っていく。

 あの時それを守ってくれた、今は風に消えたもう一人の戦士に思いを馳せながら――。




















仮面ライダーアズール スピンオフ・アプリ

次弾『仮面ライダーキアノス 黙示録の死神』

制作決定


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仮面ライダーキアノス 黙示録の死神
CODE:APEX[破滅の四騎士(前編)]


 科学技術が大きく発展した大都市、帝久乃市。
 日本最大の巨大企業Z.E.U.Sグループが本拠を構えるこの街の、とあるビルの最上階にて。

「デジブレインやCytuberを統べるアクイラとスペルビアが消え、ついには久峰の一族までもが失脚した……」

 グレーのストライプスーツを纏う一人の男が、自身の眼の前にある、ガラスケースに保管された物体を眺めながら語る。
 彼の背後には、三つの人影がある。二人は男、一人は女のシルエットだ。
 スーツの男はニヤリと口角を上げると、三人の方を振り返って自らの両腕を拡げた。

「同志諸君! 今こそ『カリ・ユガ計画』実行の時だ!」

 彼の宣告と同時に三つの影は跪き、男は天に向かって拳を掲げる。

「いざ立ち上がれ! 『正義』の名の下に!」

 力強く叫ぶスーツの男が眺めていたケースの中には、黒いベルトと端末機器が入っていた――。


 時は2023年、以前『奈落の刈人(アビス・ハーベスター)』が襲来してから1年が過ぎた夏の朝。

 帝久乃市にある面堂 彩葉の家に、一人の人物が訪れていた。

 

「彩葉さん、大丈夫かい?」

 

 天坂 響。仮面ライダーキアノスとして、情報生命体デジブレインやCytuber、さらには奈落秘神教や刈人とも戦った戦士の一人。

 現在ではZ.E.U.Sの社員になると共に、秘密組織ホメオスタシスのリーダーとして活動しており、未だ現れるCytuberの残党やそれらに唆されて罪を犯す者たちと戦い続けているのだ。

 秘匿されているとは言えホメオスタシスも今や密かに政府からの援助を受ける立ち場となり、元電特課の『魔祓課』と連携して、事態の収束に尽力している。

 そんな彼の前にいるのは、ベッドで咳をしつつも横たわっている面堂 彩葉だ。

 

「こほっ、こほっ……ごめんね響くん。忙しいのに」

「君のためならいつでも駆けつけるよ」

 

 シュンと眉を下げる彩葉に対して、響は微笑みながらその手を撫でた。

 実際のところは単に熱が出てしまっただけなのだが、二人は熱を帯びた視線を交わし合い、頬を染めてはにかんでいる。

 そうしてしばらく見つめ合った後、そっと響は立ち上がって「さて」とキッチンへ向かった。

 

「お粥か何か作らないと」

「へ!? い、いや大丈夫だよ! 自分で作るから!」

「そうは行かないよ、病人に無理はさせられないし」

「大丈夫だから! そのくらいはできるから! 本当に……ほ、包丁置いて本当に! っていうかただのお粥で使わないでしょ包丁!?」

 

 慌てふためく彩葉と、残念そうに肩を落とす響。

 そんな彼の様子を可愛らしく思いながら、彩葉は一緒にお粥を作り始めた。

 とは言っても、響はほとんど食器などを用意しただけだが。

 そして調理を終え、卵粥を口にしている時。

 

「ところで……実は、静間会長から頼まれた事があるんだけど」

「頼まれた事?」

「彩葉さん、あの『フェイクガンナー』っていつ誰が作ったのか知らないかな?」

 

 ふと、響がそんな質問を投げかけた。

 一体なぜそんな事に興味を持つのだろう、と小首を傾げつつ、彩葉は答える。

 

「おじいちゃんがCytuberの人に頼んだとは聞いてるけど……誰なのかまでは知らない。ごめんね」

「ううん、何も知らないなら良いんだ。答えてくれてありがとう」

「……もしかして、だけど。仕事に関係ある話?」

 

 彼女から尋ねられると、響は真剣な表情になって頷く。

 

「この間、フェイクガンナーを修理して貰っていた時の事なんだけど――」

 

 響は自分でも思い出しながら、ゆっくりと彩葉に語り始める。

 

 

 

「完全な復元ができない?」

 

 数日前、Cytuberの残党を処理した後の事。

 久峰 遼に破壊されて以来、修復完了までに非常に時間を要していたフェイクガンナー。

 そのフェイクガンナーの修理が終わったと鷲我から連絡を受けて向かったところ、響はそのように言われたのだ。

 

「ああ。かつて洗脳された君がこちら側に戻った時にデータを解析してあったから、機能をある程度まで再現する事には成功した」

 

 フェイクガンナーの修繕機である『リペアガンナー』を手に取り、鷲我はそう言いつつも「だが」と続ける。

 

「内部機構の一部に我々にとっても詳細不明の技術……謂わばブラックボックスのような部分があったんだ。ここの完全解明ができないまま破壊されたせいで、大幅に遅れてしまった」

「使用に問題はないんですか?」

「不気味ではあるが、組み込まなくても動作はするからな。特に支障はない」

 

 しかし、何か問題があるとすれば。

 

「一体どんな機能で……誰が、何の目的で組み込んだんでしょう?」

「そこは私も気になっていたところだ」

 

 元々Cytuber側が所持していたものである以上、この武器を製造した人物の素性とその思惑は調べなくてはならないだろう。

 二人ともそう思って、互いに頷き合った。

 

「何事もないとは思うが、我々の方でも調査をしてみる。君は面堂さんから話を聞いてみてくれ」

「了解しました」

 

 

 

「……と、いうワケなんだ」

「なるほど……」

 

 響が取り出したリペアガンナーを見て、一通り話を聞き終えると、彩葉は納得したように数回首肯する。

 

「会長でも分からない機能が組み込まれてるなんて、確かに気になるね」

「だろう? まぁ、とはいえ今日までフェイクガンナーに関する事件は何も起きていないワケだから、このまま謎は謎で終わるんじゃないかと俺は思うけど」

「それが一番良いのかも、面倒がないし」

 

 そう言って笑い合う二人。

 すると、そんな和やかな空気を引き裂くように、響のマテリアフォンに着信音が鳴り響く。

 なんだと思って確認すれば、通話相手は琴奈だった。

 

「塚原さん? どうしたんだい?」

『デジブレインが出たわ! 響くん、至急向かって!』

 

 連絡を聞いて再び彩葉と視線を交わし、琴奈に「すぐ行くよ」と返答して通信を切る。

 

「ごめんね、すぐ戻るから」

「うん、行ってらっしゃい」

 

 名残惜しそうに振り返りつつも、響は急いで現地へと出動した。

 

「まぁ翔たちがいる以上、俺が到着する前に終わっているかも知れないが……」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

「どうなってるんだ、これは……!!」

 

 一方、その翔は。

 アプリドライバーを装着したまま、デジブレインの前で立ち尽くしていた。

 マテリアプレートの方はドライバーにセットされている。しかし、彼はデジブレインを前にして変身せずにいる。

 否、しないのではない。()()()()のだ。

 

「なんでドライバーが反応しないの!?」

 

 同じ事態は、タブレットドライバーを使用する浅黄と、ピクシーレイピアを持つアシュリィ・ツキミ・フィオレの三人にも起こっていた。

 何度変身しようとしても、ベルトが反応しない。変身可能な状態にならない。

 さらに、目の前のデジブレインもこれまでに見た事のない新種。

 頭部は鳥類のようだが右足は獣の爪で左足が草食動物の蹄、右腕にはドリルが付いているが左腕はスライムのようにドロドロとしており、さらに背中からは魚のヒレが生えているが胴体は青い肌の人間のようであるという、ワケの分からない有様だった。

 

「こうなったら……変身できなくても、やるしかない!」

 

 そう言って、翔はアズールセイバーを手に正体不明のデジブレインに立ち向かおうとする。

 しかし、その寸前。

 発砲音と共にデジブレインが怯み、翔たちとその怪人の間に四つの影が割り込んだ。

 

「うっ!?」

「だ、誰……?」

 

 眼の前に現れた四人、男が三人と女が一人のその集団の内、代表格であるらしいグレーのストライプスーツを纏う男が振り返る。

 

「下がっていたまえ、民間人の諸君」

 

 そう言って男を含めた四人が手にしたものを見て、翔は目を見張った。

 

「アレは……フェイクガンナー!?」

 

 兄である響もかつて持っていた銃、フェイクガンナー。

 本体上部に小さな装置が追加され、カラーリングがグレーをベースとして白・赤・黒で配色されている点が異なるが、何度も見たので明らかにそうだとホメオスタシスの一行には分かる。

 

Truth up(トゥルースアップ)……》

『真装!!』

 

 そして彼らの見ている前で、四人の介入者たちは一斉にグリップエンドに手を叩きつけ、トリガーを引いた。

 四つの銃口から黒い煙が噴出し、それぞれの肉体を覆い、閃光が黒煙を裂いて姿を変える。

 

《オペレーション・ザ・ホワイトライダー!》

 

 ボサボサの黒髪に眼鏡をかけた白いパーカーの青年は、白いスーツと装甲を装着した赤いゴーグルの王冠を被った戦士に。

 

《オペレーション・ザ・レッドライダー!》

 

 軍服を纏う赤いロングヘアーの女は、緑のゴーグルと赤いスーツで厚い装甲を持つマッシブな戦士に。

 

《オペレーション・ザ・ブラックライダー!》

 

 頭の後ろで髪を結い和服を着た侍めいた風体の浅黒い肌の男は、黄色いゴーグルと黒いスーツの上に軽量な装甲を装備している戦士に。

 

《オペレーション・ザ・ペイルライダー!》

 

 グレーのスーツ姿の男は、青いゴーグルと灰色のアンダースーツが特徴的な、髑髏の意匠があしらわれた禍々しいアーマーを装着した戦士にそれぞれ変化した。

 

Don't resist(ドント・レジスト)!》

 

 最後にその音声が流れると、四人の仮面の戦士は並び立ってデジブレインと対峙する。

 彼らの様子を観察していた翔は、狼狽していた。

 

「ペイルライダーだって!?」

 

 その名前は、かつて兄がCytuberに操られてエイリアスと名乗っていた時の偽装形態のはず。

 しかし疑問を挟み込む余地もなく、謎のデジブレインの周囲に新たにベーシック・デジブレインが出現し、四人の戦士は動き出す。

 

「クックックッ!! 俺様のプレイスキルに痺れな、バケモノ共!!」

「アッハハハハハ!! 死ね死ね死ねェーッ!!」

「ムンッ! デヤァッ!」

 

 白の戦士と赤の戦士と黒の戦士、ホワイトライダーとレッドライダーとブラックライダーがそれぞれフェイクガンナーに似た銃を手に攻撃を開始。

 流れ弾による街への被害などお構いなしに発砲し、デジブレインたちを殲滅していく。

 

「フフ……全く、元気の良い事だ」

 

 彼らの戦い振りに拍手を送った後、灰色の戦士は発砲。逃げ出そうとしていた正体不明のデジブレインの肩を撃ち、怯ませる。

 そして見せつけるように翔たちの方を振り返ると、トランペットを吹く七体の天使が描かれた一枚のマテリアプレートを取り出し、起動した。

 

「見せてあげましょう。トゥルースガンナーの、そしてこのペイルライダーT(トゥルース)の真の力を」

《ジャスティス・レギオン!》

 

 他の三人も同じくそのマテリアプレートを手にし、起動。

 続いて、それを自身の持つトゥルースガンナーへと差し込み、引き金を指先で弾いた。

 

Truth Armed(トゥルース・アームド)……ジャスティス・スキル、ドライブ!》

 

 直後、四人の持つトゥルースガンナーが輝き、異変が起こる。

 そのプレートから飛び出したトランペッター・テクネイバーと融合し、全く異なる武装に変化したのだ。

 ホワイトライダーは白い弓、レッドライダーは赤い大剣、ブラックライダーは天秤を模した鎚となっている。

 倒しても次々に現れるデジブレインを、まるで玩具で遊ぶかのように、彼らは自らの武器を駆使して殲滅していく。

 ホワイトライダーの一直線に放った矢は精密に数十体のデジブレインの頭を射抜き、レッドライダーの一振りは周囲の建造物ごと敵を薙ぎ倒し、ブラックライダーの豪快な一撃はどんな守りも無意味とばかりに全てを叩き潰す。

 

「す、すごい……」

「なんて力だ」

 

 そう呟いたアシュリィと翔が次に眼にしたのは、ペイルライダーTの攻撃だ。

 目を凝らせば彼の周囲には灰色の煙のようなものが立ち込めており、それが巨木のような太く力強い筋肉の腕を作り出すと、正体不明のデジブレインを殴り飛ばして壁面に吹き飛ばしてしまう。

 

「さぁ、終わりです」

 

 ペイルライダーTが言い放つと同時に、彼のトゥルースガンナーが元の形状に戻る。

 そして、そのグリップエンドを一度掌で叩いた。必殺技の発動だ。

 

《オーバードライブ! Raise or Drop(レイズ・オア・ドロップ)! ジャスティス・マテリアルメソッド!》

 

 トリガーが引かれ、銃口から放たれた灰色の瘴気が纏わりついてデジブレインを苦しめ、昏倒させる。

 結果としてホメオスタシスは何もできず、彼らが代わりに街を守ったのだ。翔は戸惑いつつも、その闖入者に尋ねた。

 

「あなたは一体……?」

 

 すると、ペイルライダーTと他の三人はその武装を解除しないまま、答えを提示する。

 

「私はヴェーダ・エレクトロニクスの社長を務めている善来 識(ゼンライ シキ)。あなた方、力を失ったZ.E.U.Sグループに代わり……デジブレインの脅威と立ち向かう、正義の執行者となる者だ」

 

 次の瞬間。

 翔の右肩に、丸い風穴が開いた。

 

「――え?」

「君の時代はもう終わったのだよ、アクイラの少年」

 

 攻撃の飛んだ方向を見れば、そこにいるのは倒れたままの謎のデジブレイン。

 良く見れば消滅しておらず、瘴気がマリオネットの糸のようになってこの怪人を操っているのが分かった。

 アクイラの力を持っている翔ならば気付けたはずが、変身できない事への動揺と謎の人物の言動で油断を誘われてしまい、嘴の中に仕込まれた弾丸によって背後から肩を撃ち抜かれたのだ。

 

「ショウ……ショウ!?」

「お兄様!?」

「翔兄ちゃん!!」

 

 アシュリィたち三姉妹が駆け寄り、どくどくと血の流れる翔を介抱しようとする。

 そこに立ち塞がったのは、レッドライダーだった。

 

「どいてよ!! ショウが……ショウが死んじゃう!!」

「ヘッ、うるさいんだよメスブタが。その邪魔な乳臭い胸、斬り落としてやろうかぁ?」

 

 下品に笑い声を上げるレッドライダー。さらに、ホワイトライダーとブラックライダーも背後から迫る。

 しかし、今にも襲いかからんばかりの勢いだった三人の戦士の戦意が身震いと同時に突然に萎み、ペイルライダーの方に戻っていく。

 何事かと思ってアシュリィが振り返ると、そこにいたのは身の凍るような殺意を漲らせて向かってくる、響の姿だった。

 

「貴様ら……俺の……俺の弟に、何をしたァァァァァーッ!!」

 

 普段の優しい姿からは考えられない程の怒声に、アシュリィたちも思わず背筋を伸ばして震える。

 しかし唯一浅黄だけは、震えながらも彼に声をかけた。

 

「気をつけて響くん! アプリドライバーは……」

「分かってる!!」

 

 どこかで一度試したのか、それとも琴奈たちから事前に状況を聞いていたのか、響はそう答えてリペアガンナーを手に取る。

 

Repair up(リペアアップ)……》

「偽装!!」

《オペレーション・ザ・ペイルライダー! Let's roll(レッツ・ロール)!》

 

 そして青いアンダースーツの上に漆黒の装甲を纏う、ペイルライダーR(リペア)となり、四騎士たちに立ち向かっていく。

 

「来るが良い、偽りの死神よ」

 

 ペイルライダーT、識は仮面の中で唇を歪め、トゥルースガンナーの銃口を獣のように咆哮するペイルライダーRへ定めた。



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CODE:APEX[破滅の四騎士(中編)]

 突如として現れた謎のデジブレインを倒すため、帝久乃市の街に駆け付けた翔とアシュリィたち。

 しかし、原因は不明だがアプリドライバーを始めとした変身ツールが使えなくなってしまい、怪人への対処ができなくなっていた。

 そんな彼らの元に現れたのは、フェイクガンナーに似たアイテムであるトゥルースガンナーを使う四人組。

 彼らを味方かと思った翔たちであったが、彼らの代表格である善来 識は、正体不明のデジブレインを操って翔の右肩を撃ち抜くのであった。

 

「オオオオオオッ!!」

 

 そんな混乱の中で登場したのは、翔の兄である天坂 響。

 修繕されたフェイクガンナー、リペアガンナーを使ってペイルライダーRとなった彼は、即座に四騎士へと立ち向かっていく。

 

「マヌケが! 四対一で勝てるワケないだろ!」

「おまけにそんな旧式の出来損ないシステムなんかでさあ!」

 

 ホワイトライダーとレッドライダーが、同時にトゥルースガンナーを連射し、攻撃する。

 砂煙が舞い上がり、二人は彼の倒れる姿が目に浮かぶようだとせせら笑う。

 だが直後、ムカデを模した鋼鉄の鞭が砂塵を斬り裂き、白と赤の騎士の頬を打った。

 

Repair Armed(リペア・アームド)……センチピード・スキル、ドライブ!》

「邪魔だ!!」

「ぐっ!?」

 

 ペイルライダーRの持つデジブレインの封入されたマテリアプレート、武装化能力だ。

 彼はそのまま自分の方に倒れ込もうとしているホワイトライダーを踏み台にし、ブラックライダーの頭上も飛び越え、ペイルライダーTに鞭を振るった。

 

「ほう……狙いは私か」

 

 一目で自分をリーダーと見抜いた事に感心し、識は仮面の内でニヤリと笑う。

 そして鞭が直撃する寸前、ペイルTはトゥルースガンナーを突き出して攻撃を防ぐ。

 

「だが、君では私を倒せないよ」

「なに……!?」

 

 着地したペイルRは驚愕しつつも油断せず、背後から殴りかかろうとしているブラックライダーの攻撃を避け、ホワイトライダーの銃撃をキアノスサーベルで断ち斬り、レッドライダーの突進を足払いで妨げる。

 

「君は確かに優秀だ。これまで大きなスペック差がありながら果敢に敵へと立ち向かい、勝利を収めた。今も四人の包囲を前に一撃も食らわず立ち回っている……それは君自身の戦闘センス、才覚によるものだ。素直に称賛に値する」

 

 ペイルTはそこまで言った後に「しかしながら」と付け加え、再びジャスティス・レギオンのマテリアプレートを手に取った。

 

「我々と君とでは差がある。四対一でも渡り合える怪物じみた才能を持つ君の上を行ける、決定的な差が」

「どういう意味だ……」

「君の持つフェイクガンナーは単なるデータ収集用で、このトゥルースガンナーの『不完全品』なのだよ。内部に組み込まれた、あるシステムが機能していないからね」

 

 瞬間、ペイルRは理解する。

 彼の言うシステムが、鷲我の言っていた『ブラックボックス』とするなら。

 さらに、この善来 識がその秘密を知っているという事は――。

 

「まさか!!」

「そう、そのフェイクガンナーを作ったのは我々だ。あるべきパーツを廃し、あえて劣化させた紛い物……即ち偽装(フェイク)! トゥルースガンナーこそが本来の形なのだ! そして!」

Truth Armed(トゥルース・アームド)……ジャスティス・スキル、ドライブ!》

「偽りの死神である君にはできない事が、我々にはできる……このジャスティスウェポンモードがそうだ!」

 

 先程と動揺、彼らの持つトゥルースガンナーが異なる武装に姿を変える。白い弓と赤い大剣、黒い鎚と灰色の瘴気に。

 

紛い物の正義(ホメオスタシス)よ! 真の死神の裁きを受けよ!!」

 

 ペイルTの叫びと同時に、ホワイトライダーたちは一斉に仕掛けた。

 それでもペイルRは冷静に動く。放たれた矢は飛んで避け、大剣はリペアガンナーで弾いて逸らす。

 

Repair Armed(リペア・アームド)……シーアネモネ・スキル、ドライブ!》

 

 後ろから迫る天秤型の鎚に対しては、リペアガンナーから触手を伸ばして絡め、重い一撃を妨げる。

 しかし、続くペイルTが右腕を自身の方にかざした瞬間、ペイルRの動きは止まってしまった。

 

「なん、だ……!? 身体の自由が、効かない……!?」

「終わりだ」

 

 何かに縛られているかのように、手足の身動きが取れずにいるペイルR。

 その間にペイルTを除く三騎士がトゥルースガンナーを元の形態に戻すと、グリップエンドを叩いて必殺技の態勢に移った。

 

《オーバードライブ! Raise or Drop(レイズ・オア・ドロップ)! ジャスティス・マテリアルメソッド!》

 

 銃口から放たれる、弓・大剣・鎚を持つ天使たち。

 それらが無防備なペイルRへと殺到し、彼を吹き飛ばしてしまう。

 

「ぐぅっ!?」

 

 変身が解除された響は、地面に放り出されて頭から血を流していた。

 

「ヘヘ……社長、こいつはもう用済みですよねェ? ブッ殺して良いですよねぇ!」

「クックックッ! これがあの天坂 響だと思うと笑いが止まらないなぁ」

 

 さらに追撃をかけようと三人の騎士が迫る中、肉体を縛る何かが消失している事に気付いた響は、すぐに身を起こす。

 そして振り返って翔たちが既に逃げ果せているのを確認してから、地面を撃って砂煙を巻き上げ、その場から去った。

 

「チッ! 野郎、逃げやがった!」

「アクイラのガキもいつの間にかいなくなってます!」

 

 レッドライダーとホワイトライダーが報告し、四騎士はそれぞれ変身を解く。

 

「放っておきなさい。どの道、彼らには何もできませんよ。それより……逃した場合のプランを実行しましょう」

 

 三人の男女はそれぞれ頷き、走り出す。

 識は唇を釣り上げ、空を仰いで大きく両腕を広げた。

 

「正義は今、成就されるのだ……この私こそが正義となるのだ!」

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 真の死神を自称する四人組の猛攻から、命からがら逃げ延びた響。

 彼はすぐにZ.E.U.Sグループの所有するビルへ足を運び、その地下に作られたホメオスタシスの研究施設へ逃れた。

 すると、傷を負った彼を静間 鷹弘が出迎える。

 

「響! 無事だったか!」

「俺の事より翔は!? 大丈夫なんですか!?」

 

 息を切らしつつ、響は鷹弘に問う。

 だがその質問に答えたのは、同じく響を迎えに現れた、鷹弘の父・鷲我だった。

 

「意識はある。だが、かなり厄介な状況だ」

 

 そう言いながら、鷲我は医務室にいる翔の方へ響を案内する。

 室内には既にアシュリィとツキミとフィオレ、さらに話を聞いて駆け付けたらしい翠月がおり、ベッドの上で苦悶する翔へ必死に声をかけていた。

 

「検査の結果、彼の体内を未知のウィルスが侵蝕している事が分かった」

「ウィルス!?」

 

 鷲我は自身の持つタブレット機器で、現在の状態を見せる。

 身体に灰色の斑点のようなものが広がっており、ウィルスが翔の体内のリンクナーヴからカタルシスエナジーを無理矢理に発生させつつ、それを吸収してさらに活性化しているようであった。

 このまま放置すればどんな悪影響が出るか分からない。そこで、翠月が疑問を口に出す。

 

「だが……翔くんはアクイラの力を持っている。これなら、彼自身の能力で除去できるのでは?」

「私もそう思っていたのだが……」

 

 結果として、翔はその抵抗さえできないでいる。治療法も分からない。

 奇妙な点はその他にもあった。なぜ、一緒にいたアシュリィや響たちには同じ症状が出ていないのか?

 必死に頭を悩ませていると、室内のモニター映像が突然切り替わる。

 そこに映し出された顔は――。

 

『ごきげんよう、ホメオスタシスの皆さん』

「善来 識!?」

『私からのささやかなプレゼント、AA(アンチ・アクイラ)ウィルスは気に入って頂けたかな?』

 

 AAウィルス。その単語を聞いて、響はこの状況が識によってもたらされたものだと確信した。

 

『フフフ、安心したまえ。このウィルスが他人に感染する心配はない、アクイラの細胞に対抗するための力だからね。私の邪魔をしないのなら、用が済んだら治してあげよう』

「……あの妙な姿のデジブレインに仕込んでいたのか」

『その通り。今、その少年に動かれては困るんだよ。私の正義を為す事ができない』

 

 識は苦しむ翔を眺めて、喉を鳴らして笑う。

 その姿に響は目つきを鋭くするが、何事かを言う前に鷲我が口を開いた。

 

「まさか君とはな、善来くん」

『これはこれは静間さん、お久しぶりですね。最後に会ったのは……そう、あなたの会社から独立する時でしたか』

「目的は何だ? 何のために翔くんをこんな目に遭わせた。彼とは何の関わりもないだろう」

『いいえ。私はCytuberでしたので関係はありますとも』

 

 あっさりと、しかし唇を釣り上げたまま識は自白した。

 

『我が社は久峰の一族とは別に、スペルビアPへ技術と人員を提供していたのですよ。他者の記憶を操作する面堂 元作から、天坂 響という最高の実験台も手に入れた! 結局は失敗しましたがそれも計算通り。何しろ、最初からCytuberは見限るつもりでいましたからね』

「だから不完全品のフェイクガンナーを響くんに持たせたのか」

『その通り。まぁ、あなた方がアクイラを倒したのは本当に計画外でしたよ。私は復活させずに終わらせるつもりでしたので』

 

 識は愉快そうに笑いつつ、自らの指を組んで話を続ける。

 

『さて、私の目的の話でしたね? 簡単です。我が社がホメオスタシスに代わり、この世界を守る正義となること。その手始めとして、あなた方ホメオスタシスの即時撤退とライダーシステムの無償提供を要求致します』

 

 直後に、ダァンッという机を叩く音が響く。

 音のする方を見れば、鷹弘が真っ直ぐにモニターの向こうにいる識を睨みつけていた。

 

「ふざけてんのかテメェ……!!」

『いいえ、本気ですとも。というか、もう持っていても仕方ないでしょう? 変身できない民間人の皆さんでは』

「この状況を作ったのはそっちだろうが!!」

『何か証拠でも? まぁ断るというのなら構いません、その少年が死ぬだけですから』

 

 再び識があっさりと言い放ち、アシュリィたちの表情が変わる。

 

「まさか……!!」

『ええ、AAウィルスの治療方法は私しか知りません。なので要求を呑んで頂けないのなら彼を見捨てる事になりますね、()()()()()

「人質のつもりか!?」

『見捨てるかどうかを判断するのはあなた方です。というか、なんで生かしてるんです? アクイラの細胞の持ち主を。いつか、アクイラと同じ存在にならないとも限らないのに』

 

 それが当然だろう、と呆気なく断言する識に一同は絶句し、その間に彼はさらに言葉を紡いだ。

 

『あなた方も正義を追い求める組織であるならば、時には非情な決断も必要でしょう。それとも彼が普通の人間と同じだとでも? 過度な期待は身を滅ぼしますよ』

「どの口が抜かす!!」

 

 響の一喝がホメオスタシスの面々を我に返らせ、しかし識はその言葉を鼻で笑って受け流す。

 そして、自身が最も優位な立ち場である事を強調するように、さらに要求を口に出した。

 

『まずはライダーシステム一式を我が社まで持って来て頂きましょう。受け渡しには、そうですねぇ……天坂 響くんを指名しましょう。本日の18時までにお越し下さい』

「ふざけんな! なんでそんな事まで勝手に――」

『逆らえば面堂 彩葉の生死は保証できません』

 

 鋼作が要求を突っぱねようとした瞬間、識はそのような言葉を口走る。

 先程とは逆に、今度は響が絶句した。

 

「なんだ、と……? 今、何を……」

『面堂 彩葉の身柄は既にこちらが確保しています。当然じゃないですか、相手にならないとは言えペイルライダーに変身できる君を野放しにするとでも?』

「……貴様!!」

『彼女も見殺しにしますか?』

 

 識の表情から笑みが消え、何もかも凍らせるような視線が真っ直ぐに響へ突き刺さる。

 響だけでなく、その場にいる全員が、何も答える事ができなかった。

 

『良い返事を期待していますよ』

 

 その言葉を最後に、識は通信を切る。

 全員、言葉を出せずにいた。自分たちがどうすれば良いのか決断できず、立ち尽くすばかりだった。

 響以外は。

 

「響! 考えるまでもなく……これは罠だ、行くな!」

 

 ホメオスタシスの面々から離れて、今にも走り出そうとしている響へ、鋼作が言う。

 鷹弘も陽子も、琴奈もアシュリィたちも。鋼作と同じように、彼を引き留めようとしていた。

 だが、響は首を左右に振る。

 

「俺は失うワケには行かないんです。たった一人の弟も、彩葉さんも。ウィルスの治療だって、ヤツがちゃんと約束を守るとは限らない。なら、全員打ちのめして力づくでやらせるしかないでしょう」

「でも……!」

「俺自身の命に代えても!! 必ずヤツらを倒して、家族を守る……守らなきゃいけないんです!!」

 

 そう言って響は彼らに背を向け、一人でヴェーダ・エレクトロニクスへ向かうのであった。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 一方、そのヴェーダ・エレクトロニクス本社である4階建てのビルの傍らにある倉庫にて。

 白いパーカーの青年、間藤 理楠(マトウ リクス)は、携帯ゲーム機を手に門前の詰め所内のソファーで寛いでいた。

 シューティングゲームで鼻歌交じりに操作し、スコアをどんどん稼いでいく。

 だがその手が、突如としてピタリと止まる。

 

「来たか」

 

 彼の視線の先には、リペアガンナーを手に倉庫へと向かって歩いて来る響の姿があった。

 

「ようやくお前とゆっくり話ができるな、天坂ァ……ずっと待ってたぜ、この日をよぉ!」

 

 理楠はそう言いながら、詰め所を出て響の前に立ち塞がる。

 

「ま、どうせお前は俺を覚えてねぇだろ。俺の名は間藤 理楠、昔ゲームの世界大会でお前と試合を」

「偽装」

「へっ?」

Repair up(リペアアップ)……オペレーション・ザ・ペイルライダー! Let's roll(レッツ・ロール)!》

 

 間の抜けた声を上げたのも束の間、響は問答無用でペイルライダーRへと変身し、鍵のかかった門へ射撃した。

 

「はぅおおお!?」

「どこの誰か知らんが……邪魔をするな」

「て、テメェいきなりかよ!? 真装!!」

Truth up(トゥルースアップ)……オペレーション・ザ・ホワイトライダー! Don't resist(ドント・レジスト)!》

 

 慌てながらも陸守は同じくホワイトライダーへ姿を変える。

 さらに騒ぎを聞いて赤毛の軍服女、崎守(サキモリ) アンがすぐに駆け付けた。

 

「おいおいマジか? 人質の命が惜しくないワケ?」

「さ、崎守!! 早く助けろ、こいつマジで洒落になんねぇ!!」

「しょうがないねぇ。真装!」

Truth up(トゥルースアップ)……オペレーション・ザ・レッドライダー! Don't resist(ドント・レジスト)!》

 

 レッドライダーに変身したアンは舌打ちしながら、銃口をペイルRに定める。

 

「余計な真似をするんじゃないよ、天坂 響。人質がどうなっ――」

 

 だが怒気に満ちたペイルRは目にも留まらぬ速度で二人に接近し、そのままリペアガンナーとキアノスサーベルを顔面に叩きつけ、一撃で白と赤の騎士を地面にめり込ませた。

 

「げぉぶ!?」

「あぐ!?」

 

 ペイルRの進軍は止まらず、彼は真っ直ぐに1番の倉庫に向かい、シャッターを蹴破って中に入る。

 すると、中には侍のような風貌の異国の男、ケビン・マツオがいた。

 さらに彼の隣には、猿轡をされて手足を縄で縛られて気絶している彩葉の姿もある。

 

Shit(シット)……素直に取引に応じるつもりはない、という事か」

 

 人質の彩葉を起こさないよう静かに立ち上がり、トゥルースガンナーを手にケビンは言った。

 

But(バット)、なぜ人質がここだと分かった? そもそもYou(ユー)は初めてここに足を運んだはずだ」

 

 尋ねると、響が答える代わりに二つのマシンが彼の背後から出てくる。

 フォトビートルとレドームートン。これらの探査機能を利用し、到着する前に彩葉の居場所を割り出したのだ。

 全てを察したケビンは、得心した様子で数度頷く。

 

「良かろう。ならば正々堂々、Me(ミー)も正面から相手をしよう」

「既に三対一の状況で、人質まで取っておきながらよくもそんな言葉をぬけぬけと吐けるな」

 

 ペイルRはそう言って、背後から迫って来たレッドライダーとホワイトライダーの蹴りを前に跳躍して回避。

 そのまま彩葉を横抱きにして救助し、窓を割って倉庫の外に飛び出した。

 ケビンは彼の鮮やかな手並みに苦笑しつつも、唇を引き締め直してグリップエンドを叩く。

 

真装(SHIN-SO)!」

Truth up(トゥルースアップ)……オペレーション・ザ・ブラックライダー! Don't resist(ドント・レジスト)!》

WASSHOI(ワッショイ)!」

 

 そんな掛け声を発し、ブラックライダーは他の二人と共に、本社に向かうペイルRを追走する。




「クソッ、響のヤツ勝手な事を……!」

 時は遡り、響がZ.E.U.Sグループ所有のビルを出た直後のこと。
 鷹弘たちはこの状況を打破すべく、会議室に集まって話し合おうとしていた。
 だがいざ会議を始めようとしたその時、一人の青年が姿を見せる。
 翔だ。意識を取り戻してすぐ、アシュリィと共に医務室を飛び出して来たのだ。

「お前大丈夫なのか!?」
「平気、です……それより、話は……大体、聞きました。一刻を争う状況みたいですね」

 咳き込みながらも、話を続ける翔。
 全員が彼を医務室へ戻そうとするが、続いて彼の口から出て来た言葉に、誰もが目を見張った。

「僕に……考えが、あります。上手く行けば……兄さんも義姉さんも、僕自身も……みんな助かる……!」


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CODE:APEX[破滅の四騎士(後編)]

「あいつらもお前も助かる方法……!?」

 突如として現れたCytuberの残党、ヴェーダ・エレクトロニクスの善来 識。
 彼によって変身能力を奪われ、翔のアクイラの力も封じられる中、ホメオスタシスの会議場にて翔が放った言葉に鷹弘が瞠目する。

「まず……どうして仮面ライダーが変身できなくなったのか、という問題についてなんですけど。僕、ひとつだけ心当たりがあるんです」
「どういうことなんだ?」
「思い出したんです……僕がアクイラを倒した後、いくら探しても『あのドライバー』は見つからなかった。だから、僕は巨塔の崩壊で完全に破壊されたかサイバー・ラインに送り込まれたものとばかり考えていました」

 それを聞いて、その場に集った全員が「あっ!」と声を上げた。

「カーネルドライバーとデジタルフォン!」
「そっか! どこで見つけたのか知らないけど、ヤツらはアレを密かに回収・分析していたんだよ!」

 鋼作と琴奈の言葉に、翔は頷く。
 本来、アプリドライバーはアクイラの設計したカーネルドライバーを元として作られたものだ。
 であるならば、そのカーネルドライバーを介して電気信号や電波を発し、ホメオスタシス側の持つテクノロジーのみを使用不能にさせる事ができてもおかしくはない。

「そして、そこに思い至ればあの謎のデジブレインやAAウィルスの正体も分かります。以前、ハーロットが父さんのドライバーからアクイラの細胞片を回収したように……善来 識は、カーネルドライバーから細胞を抽出したんでしょう。そこから僕の体を蝕むウィルスを作り上げた」

 翔のその発言に、鷲我と鷹弘は目を剥く。
 ヴェーダ・エレクトロニクスの技術力の高さも無論だが、僅かな情報から答えを導き出す分析力に彼らは一様に驚いていた。

「まずはこのウィルスをどうにかします。そして、その後で兄さんを助ける。そのためには……」

 言いながら、翔はアシュリィたちへと視線を移す。

「アシュリィちゃん、ツキミちゃん、フィオレちゃん。君たち三人にしか頼めない事がある」

 三姉妹は不思議そうに互いの顔を見合わせ、次なる翔の言葉に耳を傾けた。

※ ※ ※ ※ ※

 同じ頃。

「……さん……彩葉さん!」

 面堂 彩葉は、何者かが自分を呼ぶ声を耳にして、意識を取り戻す。
 目を開けてみれば、そこにいたのは仮面の戦士。響が変身した、ペイルライダーRだ。
 さらに周囲に目を向けてみれば、理由は不明だがいつの間にか外にいる事が分かった。
 どうやら、どこかの倉庫の前のようである。

「響、くん? ここは?」
「良かった、目を覚ました! 無事かい!? ヤツらに何もされなかったかい!?」

 彩葉を抱き締めて優しく声をかける響。
 そして『ヤツら』という言葉で、意識がなくなる直前の事を思い出す。

「そうだ……! いきなり変な三人組が家に押しかけて来て、気絶しちゃって!」
「怖い思いをさせてごめん……」

 今にも泣き出しそうな声色の響の言葉を聞いて、彩葉は微笑みながら首を左右に振る。
 眼の前の愛すべき人が、自分を助けてくれた。ただそれだけで、心が安らいだのだ。
 直後、倉庫の方から破壊音が聞こえ、三つの影が歩み出て来る。
 識の配下である三人の死神、ホワイトライダー・レッドライダー・ブラックライダーだ。
 その内のブラックライダーが代表して、ペイルRに向かって話しかけた。

「安心しろ。手荒な真似をするなと念押しされていた、Her(ハー)には誰も何もしていない。Me(ミー)はそんな下劣な事を許す気もない」

 これで心置きなく戦えるな、と呟くと、ブラックライダーはトゥルースガンナーを握り直して対峙する。
 ホワイトライダー、レッドライダーも同様だ。彼らが全員臨戦態勢なのを確認すると、ペイルRもリペアガンナーとキアノスサーベルを手に、彩葉に背を向けたまま声をかけた。

「こいつらは俺がなんとかする。病気で辛いかも知れないけど、君はホメオスタシスの研究所まで走って、逃げるんだ。後は静間さんたちがなんとかしてくれる」
「でも……」

 話している最中、レッドライダーは照準を彩葉の方に合わせる。

「バカめ! アタシらがそいつを逃がすとでも――」

 そして引き金を弾く寸前、ペイルRはキアノスサーベルを投擲。
 刃はレッドライダーの股を掠め、倉庫の外壁に突き刺さる。

「な……ぅ、ひっ!?」
「お前は黙ってろ」

 殺意に満ちたペイルRの言葉。
 レッドライダーは失禁しそうになるのを堪えて内股になり、残る二人も恐怖で硬直した。
 ここにいては足手まといになるかも知れない。そう判断した彩葉は、すぐに言われた通りに研究所に向かうべく走り出した。


 善来 識が座す、ヴェーダ・エレクトロニクス本社ビルの最上階、社長室にて。

 革張りの椅子に座って、識はガラスケースの中にあるカーネルドライバーとデジタルフォンを眺めていた。

 ケースの下には装置があり、それがカーネルドライバーを介して、この街全体に怪電波を放っているのだ。

 

「ホメオスタシスがライダーシステムを失えば、変身システムを保有できるのはヴェーダ・エレクトロニクスのみ……仮面ライダーという正義の証は私一人のものとなる。この世に絶対の正義は一人で良い」

 

 念願が叶う事、そしてその後の自分の雄姿を夢想し、識は恍惚の笑みを浮かべる。

 だがその直後、階下の倉庫の方で轟音が聞こえて来た。

 

「……この様子では彼女は脱走したようだな、仕方ない」

 

 パンパンッ、と識が柏手を打つと、そこに一体のデジブレインが姿を現す。

 石膏でできたような、大きな牛角を生やして樹木や花で身を包んだ女性型の怪人で、豊満な胸部の先端は薄い花弁で覆われている。

 

「姿を変えて早速だが、面堂 彩葉を連れて来てくれ。できるね、プリトヴィ?」

 

 プリトヴィと呼ばれたそのデジブレインは一度頷くと、窓から外へ飛び出し、地上へ降下していく。

 それを微笑みながら見守る識の手には、カーネルドライバーとは別に()()()()()()()()()()()が握られていた。

 

※ ※ ※ ※ ※

 

 一方、ペイルRと三人の死神の戦いは続き、その戦場はビルの内部にまで及んだ。

 

「ハァァァーッ!!」

「ぐげぇ!?」

 

 ペイルRのリペアガンナーを使った拳打がホワイトライダーの顔面を捉え、彼を受付窓口の内側まで吹き飛ばす。

 背後から襲ってきたレッドライダーの銃撃は容易くサイドステップで回避し、反撃に放った銃弾を全て左脛に当てて転倒させる。

 そして、チラリと案内板に目をやった。社長室は、最上階にあるようだ。

 

「善来はあそこか……!」

「行かせるものか!」

「邪魔だァッ!!」

 

 殴りかかって来たブラックライダーの頭部をキアノスサーベルの一刀で容赦なく斬り伏せ、ペイルRは階段を使って駆け登る。

 その背中を確認して、ブラックライダーは味方の二人に目配せをした後、そのまま階段から追跡を決行。レッドライダーはホワイトライダーを助け起こし、エレベーターから4階に向かって待ち伏せる作戦に出た。

 しかし攻撃を受けたために出遅れてしまったブラックは、徐々にペイルRの姿が見えなくなると、舌打ちをしてマテリアプレートを取り出す。

 

「会社は滅茶苦茶になるがやむを得ん!」

Truth Armed(トゥルース・アームド)……ジャスティス・スキル、ドライブ!》

「イヤーッ!!」

 

 ジャスティスウェポンモードによって鎚型になったトゥルースガンナーを、ブラックライダーが階段に向かって思い切り振り下ろした。

 すると、一気に階段が砕けていき、ペイルRのいる足場も崩落してしまう。

 

「うおっ!?」

Repair Armed(リペア・アームド)……センチピード・スキル、ドライブ!》

 

 咄嗟にリペアガンナーから鞭を伸ばして3階の手摺に巻き付け、跳躍して中へ入るペイルR。

 これでこの階段から向かうのは難しくなったが、同時にブラックライダーも彼を追跡するのは困難となった。

 

「反対側にまだ階段があるかも知れない……そこから行くか」

 

 そう呟いて、ペイルRはまた階段を破壊されない内に先を急ぐ。

 案の定、走った先には階段があり、そこから4階へ向かう事ができた。

 そして4階への出入口の前に立つのは、既に弓を持つホワイトライダーだ。

 

「ヒャハハハ! 良く来たな、俺の名は」

「うるさい!!」

「ぐえ!?」

 

 一足で最上段まで飛び上がったキアノスは、そのまま白い死神の喉に飛び蹴りを食らわせて侵入成功。

 だが、社長室に向かおうとしたところで正面からレッドライダーとブラックライダーが、背後からはホワイトライダーが迫り、包囲される。

 

You(ユー)をここから先へは行かさんぞ!」

「社長に会いたきゃ全員倒してからにするんだねぇ!」

「俺を無視するんじゃねぇぇぇー!」

 

 ジャスティスウェポンを持つ三人の戦士。最初に交戦した時と、ほぼ同じ状況だ。

 

「喰らえ、一斉攻撃だ!!」

「ぐ……!」

 

 一直線に背後から放たれた矢が脇腹を掠め、振り抜かれた大剣が装甲を裂き、鎚が直撃して崩れた壁ごと身体を吹き飛ばし、休憩室に押し込む。

 ジャスティスウェポンモードの発動中、ただ武器が変化しているだけではなく、明らかにブラックライダーたちの戦闘能力が向上しているのがペイルRには分かった。

 そのブースト機能がリペアガンナーでは発動できない以上、ペイルライダーRでは勝ち目がない。まして、相手は三人いるのだ。

 否。

 

「騒がしいですね。もうここまで来られてしまったのですか?」

Truth up(トゥルースアップ)……オペレーション・ザ・ペイルライダー! Don't resist(ドント・レジスト)!》

 

 廊下の方から識の声と、電子音が聞こえる。ペイルライダーTが現れてしまったらしい。

 しかしそれでも、響の目に諦めはない。弟を救けるため、彩葉を守るため、大切な仲間たちのためにも。

 ――まるでそんな願いに引き寄せられたかのように、彼の耳にある人物の言葉が届く。

 

『兄さん!』

「……翔!?」

 

 目を見開き、ペイルRは通信に応答。真っ先に、質問を投げる。

 

「お前、平気なのか!?」

『ウィルスが僕のカタルシスエナジーを食らうのなら……アシュリィちゃんたちの歌で、僕自身のカタルシスエナジーを大幅に抑制すれば良い。その後で会長や浅黄さんたちに手伝って貰って、非活性状態の内にAAウィルスを無地(ブランク)のマテリアプレートに封入したんだよ』

「……ハハッ、やっぱりすごいな翔。良くそんな手を思いついた……」

『笑ってる場合じゃないでしょ、もう! どうして一人で勝手に行っちゃうんだよ!』

 

 通信機の向こうから聞こえる、弟の叱りつける声。

 困難な状況でも張り詰めた気が抜けるようで、それでいてなんだか頼もしい気がして、響は思わず吹き出してしまう。

 

『生きてる限り、生かすことも生き残る事も諦めるな……って、兄さんが教えてくれたんだよ? 無茶をしないで、全部勝ち取れば良いって』

「うん……そうだったな。ごめんな。お前と彩葉さんを助けなきゃって、そう思ったら動かずにはいられなかったんだ」

『もう……』

 

 ペイルRは声を聞きながらゆっくりと立ち上がり、徐々に自分へと迫って来る四人の死神を睨む。

 すると、翔からさらに言葉が紡がれる。

 

『僕らはまだ変身できない……恐らく、向こうにはその原因を作っているカーネルドライバーがあるからね。それをなんとかしない限り、状況は変わらない』

「増援は期待できない、か」

『でも大丈夫。今から新しいマテリアプレートを転送するから、それを使って』

「何? だが、リペアガンナーでは……」

『大丈夫。僕を信じて、兄さん』

 

 確信に満ちた翔の言葉。直後に、大剣を肩で担ぐレッドライダーが先陣を切って出て来る。

 

「弟とのイチャイチャタイムは終わったかぁ? だったらさっさと死になぁ!」

「お前を信じるぞ、翔!」

Arsenal Raiders(アーセナル・レイダーズ)-APEX(エイペクス)-!!》

 

 その手に送り込まれたプレートを起動した瞬間、内包された黄金の翼を背負うコウモリのテクネイバーが姿を現し、攻撃からペイルRを守った。

 さらに彼の方に戻ると、変形して金色の外装となり、リペアガンナーに合着する。

 

「こ、これは……!?」

《パーフェクトガンナー!!》

 

 ペイルR自身も、敵である四騎士すらも呆然とそれを見つめていた。

 そしてすぐに、翔からの言葉が聞こえて来る。

 

『そのプレートの中身は、AAウィルス……つまり元はアクイラの細胞片だったものを外装(ユニット)に変形するゴールデンバット・テクネイバーに書き換えたんだ。それならリペアガンナーの機能を補う事ができる!』

「ありがとう、翔。これで……ヤツらを纏めて倒せる!」

Grade up(グレードアップ)!!》

 

 言いながらペイルRはグリップエンドに掌を叩き込み、真っ直ぐに銃口を向け、トリガーを引いた。

 

「完装!」

《オペレーション・ザ・ペイルライダー!! パーフェクトパッチ!! Transformation(トランスフォーメーション)!!》

 

 無数の黄金のコウモリが銃口から出現し、ペイルRのボディを覆い尽くす。

 そうして誕生したのは、悪魔のような黄金の翼を翻す一人の死神。パーフェクトガンナーを手に、四騎士を睨みつける。

 

「姿が……変わった!?」

「ケッ! 何ビビってんだ崎守、ハッタリに決まってんだろ!」

「ゆくぞ!」

 

 ホワイトライダーとレッドライダー、そしてブラックライダーはそれぞれジャスティスウェポンモードの武装で、一斉に攻撃を仕掛ける。

 だが、次の瞬間。

 攻撃が命中するよりも遥かに前に、その黄金の戦士は彼らの背後に回っていた。

 

「ペイルライダー・パーフェクトパッチ……」

「ハッ!?」

「お前たちが真の死神を名乗るのなら、俺はそれを狩る者となる!」

 

 そう言って、ペイルライダーPPは照準を合わせて発砲。

 三人の死神に命中し、彼らを怯ませた。

 

「フン!」

 

 しかし背後にはまだペイルTがいる。

 ジャスティスウェポンモードを発動した彼の放つ瘴気が、ペイルPPへと迫っていく。

 それを見計らい、ペイルPPはパーフェクトガンナーにマテリアプレートをセットした。

 

Perfect Armed(パーフェクト・アームド)!! ゴールデンセンチピード・スキル、ドライブ!!》

「ハァッ!!」

 

 銃口から飛び出したのは、黄金の輝きを放つ鋼鉄の鞭。

 勢い良く振り回されたそれは、灰色の靄を散らしてペイルTの顔面を打つ。

 

「ガッ!?」

「まだまだ!!」

 

 立ち上がって背後から襲いかかろうとしている三人の死神にも攻撃を加え、廊下の前に立つペイルTに飛び蹴りを食らわせた後、ペイルPPは休憩室の外へ出た。

 

「あの武装……こんな威力はなかっただろ!?」

「まさか、ユニットの機能か!? アレが私たちのトゥルースガンナーを上回る出力を……!?」

 

 驚く間に、ペイルPPはグリップエンドを掌で押し込む。

 それを見ると、四人の死神もトゥルースガンナーの形状を戻し、同じように操作していた。

 

「終わらせてやる」

《パーフェクトオーバードライブ!!》

「く……やらせるかぁぁぁ!!」

《オーバードライブ!》

 

 全員が同時に銃口を相手の方へ向け、トリガーを引く。

 

Raise or Drop(レイズ・オア・ドロップ)! ジャスティス・マテリアルメソッド!》

Champ of Champs(チャンプ・オブ・チャンプス)!! ゴールデンセンチピード・マテリアルブリッツ!!》

「ハァッ!!」

 

 四色の天使が黄金の死神に襲いかかり、パーフェクトガンナーの方からは黄金の鞭が振り抜かれて天使を貫き砕いた。

 爆風と共に強烈な鞭の一撃が四人の戦士の身体を打ち、その変身を解除させる。

 

『ぐわあああああ!?』

「……」

 

 ()()()()()()を耳にして、ペイルPPは振り返らずに社長室へ向かう。

 そして扉を開いて照明を点けると、そこには何事もなかったかのように、ガラスケースの前で革張りの椅子に座る識の姿があった。

 

「やはり。貴様は難を逃れていたんだな」

「気付かれていたか……」

「貴様の武器は、恐らくアズールのスターリット・フォトンと似た機能……自在に形を変える粒子なんだ。それを利用して俺やあのデジブレインも操り人形のようにコントロールしていた。今回は自分の身代わりを作って、倒されたように見せかけたんだろう」

「いやぁお見事。ですが、これでも私を攻撃できるかな?」

 

 拍手の後にそう告げて、識は指を弾く。

 すると、別室の扉が開き、そこから姿を現したのは雌牛のデジブレインに羽交い締めにされている彩葉だった。

 

「彩葉さん!?」

「ご、ごめん……いきなりこのデジブレインが出て来て、捕まっちゃった……」

 

 怯えた様子で、震える彩葉。ペイルPPは怒り心頭と言った様子で、銃口を識に突きつける。

 

「貴様! 彩葉さんを放せ!」

「命令するのはあなたじゃない」

 

 言いながら立ち上がった識は、あるものを手に取って腰へ装着した。

 銀色のベルト、アプリドライバーだ。

 

「私です」

「バカな……なぜ既に持っている!?」

「ホメオスタシスが技術を放棄したという事実が欲しかっただけで、元々開発は進めていたんですよ。まぁ私の知らない内に誰かが使って、しかも破壊したようですが……お陰で良いデータが送られて来た」

 

 話を聞いて、仮面の中でハッと目を見開く。

 曽根光 都竹だ。アクイラが復活した後、この研究所から勝手に持ち出したのだろう。

 そのフィードバックされたデータが巡り巡って、今ここで牙を剥いた。

 唖然とする響の眼の前で、識は先程までトゥルースガンナーに使っていたマテリアプレートを起動。それをドライバーに装填する。

 

《ジャスティス・レギオン!》

「さぁ、今こそカリ・ユガ計画完成の時だ」

《ユー・ガット・メイル! ユー・ガット・メイル!》

「変身」

Alright(オーライ)! マテリアライド!》

 

 即座にマテリアフォンをかざすと、純白の天使の翼が識の身を包み込む。

 

《ジャスティス・アプリ! 正義の執行者、インストール!》

 

 やがて羽根が散って中から出て来たのは、漆黒のアンダースーツと石膏で固められたような白い髑髏の装甲を纏う、純白の翼を負った戦士だった。

 頭部には牛角が生えており、右手にトゥルースガンナーを武器として所有している。

 

「私こそが真なる正義、仮面ライダーデアウス! 裁きの時は来た!」

 

 言いながらデアウスと名乗った識は発砲し、同じくペイルPPもパーフェクトガンナーで銃弾を放つ。

 しかしその一撃は大きく逸れ、デアウスの背後で着弾した。

 

「おっと、それ以上動けば小娘が八ツ裂きになりますよ」

「善来、貴様……!」

 

 警告を受け、ペイルPPの動きは止まってしまう。

 それに気を良くして、デアウスは仮面の内側で笑いながら彼の方に歩み、プレートを使わずにトゥルースガンナーを弓と鎚に変化させてそれぞれ片手に持った。

 

「私は全てのジャスティスウェポンを、複数同時に扱う事ができる……当然スペックブースト機能もその数だけ発動する! 二倍から四倍、さらには八倍、フル稼働すれば十六倍にまで膨れ上がるのだ!」

「ぐあっ!?」

 

 防御もできずに鎚を側頭部へ叩き込まれ、ゴーグルが割れて響の顔が露出し、血が吹き出す。

 続いて追い打ちをかけるべく灰色の瘴気が生み出され、それが無数の弾丸のようになって雨霰とペイルPPに殺到。

 

「いや……!! 逃げて、逃げて響くん!!」

 

 彩葉の悲鳴も虚しく、デアウスの放った矢がペイルPPの胸に直撃し、鮮血がマスクの内から溢れて床を濡らす。

 

「この先どのようなデジブレインが現れようとも、私ならば対処できる。私だけが対処できる。そしてカーネルドライバーを使った怪電波発生装置を応用すれば、人間の悪心を増幅させて容易に悪人を()()()。混沌とした世界の中で、私が救世主となるのだ」

「それが……お前の計画、か……」

「ああ、その通り! お前たちの事も悪として見せしめにしてやる! 私こそが最強! 私こそが究極! 唯一無二の! 正義なのだァ!」

 

 さらなる灰の瘴気が固まって生み出された拳の追撃を受け、変身が解除されてしまい、倒れ込んで苦悶する響。

 しかしデアウスは慈悲をかけず、その背中を踏みにじる。

 

「では、正義の名の下に……処刑致しましょう」

 

 そう言いながらデアウスは大剣を形成し、響の首筋に狙いを定め、大きく振り上げようとする。

 すると。

 

「……お前のように、正義を名乗る者と……以前、会った事がある……」

 

 響の口から、そのような言葉が漏れ出て来た。

 命乞いでもするのかと思い、デアウスも薄く笑いながら一旦腕を止める。

 

「ヤツは……ヤツも、卑劣な男だった……人を欺き、他者の命を躊躇いなく奪う……」

「私もそれと同じだと?」

「いいや。少なくともヤツには、自分の過ちを認める強さがあった。お前はヤツの足元にも及ばん……正しさでも、強さでも」

 

 それを聞くと、デアウスの腕がピクッと反応を示した。

 

「黙れ。私のする事は全て正義だ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 剣の柄を握り込み、今度こそデアウスはそれを振り上げた。

 

「もう……死ね!!」

 

 そして思い切り刃を叩き込んで首を両断しようとした、その時。

 社長室の窓が割れ、そこから一つの影が飛来し、プリトヴィを突き飛ばしてその腕から彩葉を奪った。

 

「なに!?」

「ごめん兄さん、義姉さん! 遅くなった!」

 

 デアウスが驚いている間に響も立ち上がって後ろに下がり、その人物の隣に立つ。

 そこにいたのは――変身した翔、仮面ライダーアズール ブルースカイリンカーだった。

 

「あ、アズール……だと!? ば、バカな!? なぜ変身できている!?」

 

 カーネルドライバーを使った怪電波発生装置により、対策をしていない変身ツールは機能していないはずなのに。

 デアウスのそんな考えを見抜いてか、響は血で濡れた唇を釣り上げて指を差した。

 

「後ろを良く見てみろ」

 

 その指先が示す方向にあるのは、件の怪電波発生装置。

 良く見れば、銃痕ができて破損しており、機能が停止しているのが分かった。

 瞬間、デアウスは目を見張る。

 

「ま……まさかお前が!!」

 

 響はデアウスが変身した直後、パーフェクトガンナーで発砲していた。

 その弾丸はデアウスには命中しなかったが、彼を狙ったのではなく、最初から装置を破壊するために撃っていたのだとしたら。

 勝ったと思い込んで状況を確認しなかった自分の失敗に、デアウスは形容できない叫び声を上げ、地面に剣先を叩きつける。

 

「じきに静間さんたちも駆けつける、魔祓課も動いてる。お前に逃げ場はないぞ」

 

 追い打ちをかけるようにそう言ったアズールだが、デアウスが諦める様子などなく、むしろ怒りを滾らせ臨戦態勢になっていた。

 ならば戦うしかない。

 しかし、剣を取ろうとした弟を、響が腕で制する。

 

「兄さん?」

「翔、彩葉さんと一緒に外へ逃げてくれ。彼女の安全が第一だ」

「えっ、でも!」

「それに。()()何をしでかすか分からないからな」

 

 言われて、アズールは理解した。

 響も、この男を許すつもりは決してないのだという事を。

 それほどの激しく冷徹な怒りの炎が、彼の目には宿っていた。

 

「こいつとは俺が決着をつける……!!」

《Arsenal Raiders-APEX-!!》

 

 言われた通り彩葉と共に去っていくのを背中越しに確認しつつ、響はまたマテリアプレートを起動、それを装填する。

 

《ロード・オブ・ゲームズ!! ロード・オブ・ゲームズ!!》

「変身!」

Alright(オーライ)!! ゴールデンマテリアライド!!》

 

 マテリアフォンをドライバーにかざすと響の全身をシアンカラーのアンダースーツが包み、金色に輝くコウモリが現れてそのスーツを覆っていく。

 そして装甲として合着、悪魔のようだがどこか神々しさを感じる鎧姿となり、最後に複眼が赤く煌めいた。

 

《エイペクス・アプリ!! 闇を斬り裂く黄金の翼、インストール!!》

「ハァッ!!」

 

 最後にパーフェクトガンナーとキアノスサーベルを手に、その戦士は気迫に満ちた声を発する。

 

「仮面ライダーキアノス ニューオーダー! 今度こそ……お前を倒す!」

「ほざけぇぇぇ!!」

 

 横薙ぎに振り抜かれた大剣が、キアノス ニューオーダーの胴に直撃。

 確実に致命傷になると見ていたデアウスだが、その一撃を受けても彼は微動だにせず、むしろ刃の方が砕けてしまう。

 

「な……!?」

 

 唖然とするデアウス。すると今度はこちらの番とばかりに、キアノスが左手のサーベルを突き出して来る。

 咄嗟に粒子で盾を形作るが、剣先はその防御を貫き、デアウスの装甲を斬り裂く。

 

「バカなバカなバカな、なぜだ!? なぜ!? スペックブーストを全解放している今、デアウスの出力は十六倍! の、ハズなのに……!?」

 

 今度は灰色の粒子を無数の腕に変換し、それらを使って拳のラッシュを繰り出した。

 

Perfect Armed(パーフェクト・アームド)!! ゴールデンハーミットクラブ・スキル、ドライブ!!》

 

 だがそれも、黄金の殻の盾で突き飛ばすようにして防がれてしまい、デアウスはよろめいて大きく体勢を崩す。

 無論その隙を見逃すはずもなく、キアノスはサーベルで何度も何度も斬り裂き、装甲から火花が散る。

 

「なぜ……押し負けているぅ!?」

「分からないのか、こんな基本的な事が」

「黙れぇぇぇ!!」

《フィニッシュコード!》

 

 癇癪を起こしたように叫ぶデアウスは、とうとうドライバーのプレートを押し込み、マテリアフォンをかざして必殺技を発動した。

 

「紛い物の正義め、死ねェッ!!」

Alright(オーライ)! ジャスティス・マテリアルバースト!》

 

 跳躍し、右足にエネルギーを収束させてキックを放つデアウス。

 しかしながら、キアノスもその行動に合わせて別のプレートをパーフェクトガンナーに装填し、必殺技を起動する。

 

《パーフェクトオーバードライブ!!》

「フン!!」

Champ of Champs(チャンプ・オブ・チャンプス)!! ゴールデンアーセナル・マテリアルブリッツ!!》

 

 巨大な黄金の光弾がデアウスの一撃を相殺、どころか押し返して吹き飛ばし、壁面へ叩きつけた。

 そして態勢を立て直そうとしたところで、一瞬の内に接近したキアノスの猛烈な乱打を顔面に浴びる。

 

「アプリドライバーの動力はカタルシスエナジー、感情の強さがそのまま仮面ライダーの戦闘能力に直結する」

「がっ!? ぐあっ!? げはっ!?」

「ジャスティスウェポン? 戦闘力十六倍? だからどうした!!」

 

 膝がガクガクと震えているところに、キアノスサーベルの縦一文字斬りが頭に炸裂。

 息も絶え絶えな様子だが、向かい来る黄金の戦士は容赦なくデアウスに前蹴りを食らわせる。

 吹き飛ばされた勢いで社長室のデスクとパソコンが破壊され、本棚が倒れてデアウスはその下敷きになった。

 

「単純な話だ!! お前の正義などよりも……俺の貫く信念の方が、強い!!」

 

 そう言って、武器を手にしたままキアノスは倒れた本棚の方に近づいていく。

 すると、すぐにその本棚を引っ繰り返してデアウスが立ち上がった。

 

「お、おのれぇ……ならば!!」

 

 アズールに蹴飛ばされ倒れている雌牛のデジブレインのプリトヴィに視線をやると、デアウスは粒子を発生させてそれを分解し、自身と一体化させる。

 下半身に猛牛の身体を持ち六本の腕を生やす異形の姿となり、それぞれに弓・大剣・鎚を持ってキアノスへ猛攻撃を仕掛けた。

 

「どうだ!! 合体形態『デアウス・プリトヴィ』!! これでさらに戦闘力が――」

 

 剛腕から繰り出される、斬撃と打撃と射撃の嵐。

 そんな破壊の乱舞の中で、キアノス ニューオーダーは平然と攻撃を避け、真っ直ぐにデアウスを睨んでいた。

 直後、金色の閃光が迸ると同時に、たった一瞬で全ての腕が斬り落とされる。

 

「へ、げ……ぇっ!?」

「温い」

 

 言いながら、キアノスはパーフェクトガンナーで腹を全力で殴打した後、サーベルで喉元を切り上げ天井を破って上空へ吹き飛ばす。

 さらに自身も跳躍した後、黄金の月を背負いながら、翼を拡げてプレートを押し込んでマテリアフォンをかざした。

 

《パーフェクトフィニッシュコード!!》

「これで終わりだ」

Alright(オーライ)!! エイペクス・マテリアルディバイダー!!》

「ハァァァーッ!!」

 

 全身から漲る、夜空の月に妖しく映える黄金の光。

 まるで悪魔のようなその姿に、デアウスは思わず恐怖の声を上げてしまう。

 

「う、うわ……うわああああああ!?」

 

 そして、キアノスの突き出した右足が頭部に直撃。そのままビルを真っ二つにするかのように、一直線に急速降下していく。

 落下の後に砂煙が舞い上がり、黄金の悪魔の足の下には、変身解除されて意識を失っている識の姿がある。

 

「アギ、ギ……ィィィ……ギ……」

「二度と翔と彩葉さんに……この街に近付くな」

 

 吐き捨てるようにそう言った後、響は自身も変身を解いて、その場を警察に任せて去っていく。

 こうしてヴェーダ・エレクトロニクスの起こした騒動は終わりを告げ、彼らの夢想した正義も儚く散った。




 ――事件後、善来 識やトゥルースガンナーを入手した三人、彼の企てに加担したヴェーダ・エレクトロニクスの社員たちは逮捕された。
 今回の一件の発端となったカーネルドライバーとデジタルフォンも無事にホメオスタシスが回収し、現在は厳重に保管している。
 そして、その翌日。彩葉の家には、また響が訪れていた。

「具合はどうだい?」

 ベッドの上に座って身を寄せ合いながら、響は恋人に問いかける。
 すると、彼女は花の咲くような笑顔を浮かべ、頷いた。

「もう平気。心配掛けてごめんね」
「いいや、こっちこそ怖い思いをさせてしまった。ごめん」

 改めて謝罪の言葉を述べる響に対し、彩葉は首を左右に振ってから彼の唇にそっと自分の唇を重ねる。

「助けてくれてありがとう」
「彩葉さん……」

 指を絡ませ合い、笑みを交わす響と彩葉。
 平和な一時を噛みしめるように、二人は身を寄せ合って愛を囁くのであった。



 一方、天坂家では。

「コホッ、コホッ……」

 翔が赤い顔でベッドに横たわり、溜め息を吐く。

「なんで僕に感染(うつ)るかなぁ……こういうのって普通、看病してる方が風邪をこじらせるオチになるんじゃないの……?」

 そんな事をぼやきながら、翔は自分を看病するために慣れない手付きでせわしなく動き回る三姉妹を見つめていた。


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