負けイベントに勝ちたい (暁刀魚)
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一 紫電のルエと強欲龍
1.負けイベントに勝ちたい。


 負けイベントに勝ちたい。

 シナリオ上、負けないと話が進まないイベント、負けイベント。戦闘が発生したタイミングでは絶対に勝てないような敵と対峙し、通常通りに戦闘は行われるものの、最終的にこちらの敗北でシナリオが進む。

 

 基本、これらは敵のHPが異常だったり、攻撃力が異常だったり、そもそも攻撃が一切通じなかったり、などなど。プレイヤーがどう頑張っても倒せないように制作側が設定しているのが普通だ。

 たとえ何らかの方法で勝利しても、敗北した扱いでシナリオが進んだりと、そもそも勝つことに意味がない場合がほとんどだ。

 

 それはそうだ、負けなければ話が進まないのだし、何れ激突する強敵を、事前に顔見せすることで深く印象づけることが目的なのだから。

 やがて強くなった主人公が、因縁深い強敵を撃破するのは、まさしくゲームにおけるカタルシス、山場の一つである。

 

 しかし、僕はこの敗北イベントに勝ちたい。強くなった主人公と因縁の敵? 知ったことではない。絶対にシステム上勝てないようになっている? ふざけるな。

 僕は今目の前にいる、どうしようもなく理不尽な強敵を倒したいんだ。

 

 ――始まりは、某有名RPGの五作目、シナリオの大きな区切りに現れたゲーム全体の黒幕とも言えるアレ。主人公が敗北し、結果として父が死亡するあのイベントで、僕はそれが嫌だった。

 理由は色々とあるけれど、僕はあの敵を倒すためにひたすらレベル上げをすることにした。勝てないのなら、勝てるまでレベルを上げればいい、単純な理論である。

 

 とはいえ、幼い僕にレベリングへ使える時間は少なく、僕がそいつを倒したのは一年後のことに成る。一年かけてレベルを上げて、そして敗北した扱いでの強制進行を食らった。

 

 僕はキレた。

 結局あのシリーズは5だけはそこでストップして積んだままだ。

 

 とはいえ、大きくなるにつれ、色々なゲームに触れるにつれ、ああいった負けイベントはゲームにはありふれていて、他にもアニメや漫画でも、負けイベントは定番だということがわかってきた。

 そして最終的にどっぷり娯楽に触れてオタクになった頃には、そんな負けイベント嫌いも一種の思い出話になるのだけれど――

 

「やっぱり勝てない!」

 

 それでも、自分の趣向における大きな指標の一つとなることは、決して不思議なことではなかった。

 

 今、僕がやっているのも、そういった負けイベントによってシナリオが進むゲームだ。

 ただし、今僕がやっているゲーム「ルーザーズ・ドメイン」は一言で言うなら()()()()()()()()()()()ゲームだ。

 なんとシナリオの最初、チュートリアルにあたる戦闘すら負けイベントである。チュートリアルをしながら戦闘を行い、ある程度戦闘が進んだところで敵が本気を出してこちらを一掃するのである。

 

 どういうことかというと、タイトルに「ルーザーズ」という名前が冠しているように、このゲームは敗者の物語なのだ。

 このゲームに登場するプレイヤーキャラは軒並み、何かに敗北し、そこから再起を図る。主人公に限らず、あらゆるキャラが一度敗北したところから立ち上がり、冒険を始める。

 その上で、どん底から這い上がるのが面白い……わけではない。一度敗北し、それから立ち上がっても、彼らはまた負けるのだ。絶対に負けては行けない大事な場面で。

 

 そんなことを何度も何度も繰り返し、それでもゲームが進んでいく。じゃあ最後はそれが報われるハッピーエンドなのか。答えは否、敗北し、敗北し、どん底に向かって突き進み、それでも最後に希望を少しだけ掴んで終わる、完全無欠のバッドエンドだ。

 

 絶対に受けないだろう、と思わなくもないが、そもそもこのゲームは「ドメイン」シリーズと呼ばれるゲームの外伝作で、いわゆるゼロ物。本編の過去を描いた作品である。

 「ドメイン」シリーズはエンタメとして高い完成度を誇るシナリオが売りなのだが、これはその前日譚を描くということで、「本編で最終的に救われるんだから前日譚はどれだけ暗くしてもいいよね」というコンセプトのもと、徹底的に悪い方へ悪い方へとシナリオを転がしていくのだ。

 

 結果として、世間での評価は「ドメインシリーズの前日譚としては満点だし傑作だけど二度と再プレイしたくない」である。

 僕もそう思う。

 

 そして僕はこのゲームを現在通算三周目である。もう止めたい、だがやめるわけにはいかない。

 

 ――先程語ったとおり、僕のオタク趣味の根底には「負けイベントに勝ちたい」というものがある。特にそれは「絶対にこの時期の主人公たちでは勝てないだろう敵」を「死闘の末に偶然の奇跡と努力」で打ち破るのが好きだ。

 話の中で、敵の強さの説得力をコレでもかと見せつけて、主人公との力の差が歴然であることも見せつけた上で、主人公が覚醒してもなおギリギリの勝負だったりとか、最高だ。

 

 そういう意味では、この「ドメイン」シリーズは僕が大好きで、本編では敵の強さがシナリオ上でも遺憾なく描写され、絶妙な実力差で対決し勝利する。

 このカタルシスのバランスが素晴らしい。

 

 で、それが負けイベントをこれでもかと見せつけることに尽力されたら、そりゃあシナリオとしては美しいけど二度とプレイしたくなくなるに決まっている。

 

 

 ――――だから僕はそれを倒したいのだ。

 

 

「またレベル上げだー」

 

 かれこれ暇に任せて一日をまるごと費やしてレベリングを行った末に、今日の成果を確かめるべく、ボスに挑んだ僕は死闘の末にこれに敗北した。

 現在、僕がやっているのはシナリオにおける“二番目の”負けイベント。一番目の負けイベントは例のチュートリアル戦闘であり、これはレベル上げや対策のしようがない。そもそも、最初の負けイベントでは、負けてもただ撤退するだけであり、失うものはない。ので、そこは妥協して次に進めているわけだ。

 

 しかし、二回目の負けイベントはとても重要で、物語の導入である序章の終わり、ここで負けたら主人公は大事なものを失うことになる場面。

 

 これから何度も続く負けイベント、そしてそれによって大きな物を失う一連の流れの始まりであり、“失う物語”であるこの「ルーザーズ・ドメイン」の最初の喪失だ。

 

 なにせ――

 

「あ、やっばい」

 

 ふと、考え事をしながらレベリングをしていたら、思わずボーッとして寝落ちしかけてしまった。明日も休みなので、今日はこのままオールの予定だったが、先程の戦闘が長引いて集中力が切れかけているらしい。

 ボコボコと叩かれ続ける主人公が不憫になったので、周囲のザコ敵を倒して、セーブをしよう、と思ったところで、

 

 更に眠気が、

 

 訪れて……

 

 まってまってセーブしてない、いやレベリング再開したばかりだからロスは数分程度だけど、その数分も結構惜しい……でも眠いああもうだめだ……

 

 ああ、まっててよ、絶対助けるからね。

 

 師匠――

 

 

 ◆

 

 

「……ぃ」

 

 ゆさゆさ、と。

 

「…………なさい!」

 

 ゆさゆさ、と。

 

「しっかりしなさい!」

 

 僕の体が揺すられている。

 というか、体が重い。なにかが体にびっしりと張り付いていて、気だるさがやばい。寝起きというのもあるけれど、もっと別の理由でそうなっているかのようで。

 

 体の中に、なにか不味いものが入り込んでしまったかのような――

 

「ああ、もう……初めてなんだからな!?」

 

 声は、聞こえている。しかし、それをはっきりと認識する余裕がない。僕はどうしたのだろう、ここは僕の部屋ではないのだろうか。

 部屋で、ゲームをしながら寝落ちしていたはずで。

 

 ぼーっとしたまま、焦点の合わない目で空を見上げて、ああでも、聞こえてくる声は、どこか聞き覚えのあるもので。でも、どこで聞いたことがあるのだろう。

 なぜだかとても、聞き馴染んでいて。

 

 ――あ。

 

 と、思い出す。

 

 この声は――“師匠”のものだ。

 

 それを思い出すと同時に、僕は急速に意識が覚醒し――それと同時に、

 

 

 柔らかな、少女の唇が、僕の唇と重なった。

 

 

「ん――」

 

 ……ん!?

 

 信じられないほど瑞々しくて、同じ人間とは思えないくらい艷やかなそれが、一瞬で僕の体中に伝わって、それはもう。

 

「ん……!?!?!?」

 

 驚愕で、眼を見開いた。

 それは、口づけをしてきた少女の方も同様だった。

 

 つまり、僕は起きがけにキスをされて、しかも向こうもその事に驚いている状況にあるわけだ。そして意識が覚醒してくるとなんとなく解る。僕の体には水が錘のようにはりついていて、ようするに先程まで、僕は溺れていたんだろう。

 だから彼女がしていることは、キスではなく、人工呼吸――

 

「……わあああああああ!」

 

 ばっと、少女が僕から離れて、数歩後ずさる。顔を真赤にして、この世のものではないものを見たかのような顔でこちらを見ている。

 

 ――目を引くような女の子だった。

 目鼻立ちがはっきりしていて、世に二人とはいないのではないかというほど顔立ちが良く。流れるプラチナブロンドは肩の辺りでまとめられていた。

 齢は十六、ただ、少し背丈が小さくて、なんというか“何年も年をとっていない大人”のように見える不思議な雰囲気を持っていた。

 

「水を詰まらせていたんじゃないのかい!?」

 

 川で溺れて喉を詰まらせて、呼吸ができないから意識がはっきりしないと思われていたのだろう。残念ながらそれは違ったようで。

 

「えっと……違う、みたいです」

 

 誠に申し訳ないけれど、いやでもしかし、柔らかかった……

 

「……あのね」

 

 と、師匠……少女がジトっとした目つきでこちらを睨んでくる。なんだろう、僕は何もしていないけれど。

 

「はい?」

 

「役得だったのはわかるけれど、そんなにあからさまに口元を撫でないでくれるかな。少し気恥ずかしい……」

 

 あっ、と。

 手が唇に触れていて、しかも愛おしそうになでていたことに気がつくと、僕も思わず手を離し、申し訳無さで死にたくなる。

 

「……ごめんなさい」

 

 顔を伏せ、ちらっと覗き込むように彼女を見る。

 今も恥ずかしそうに照れていて、顔を真赤にしたままうつむいている。少しの間だけ目が合って、二人してまた下を向いてしまった。

 

 なんだろう、妙に落ち着かない。冷静な自分と、そうでない自分が同時にいて、自分は冷静だと思っているのに心臓は忙しない。

 

 原因は、当然彼女と、この状況だ。

 

 目の前の少女にドギマギしてしまうだけではない。

 彼女は……“師匠”だ。

 

 何を言っているかと思うかも知れないが、言葉にしてしまえば単純で、

 

 ここは……今、僕がいるのは“ゲームの世界”。それも、先程までプレイしていた「ルーザーズ・ドメイン」の、ここはオープニング。

 

 僕は今、そのゲームの主人公になっている。オープニングでは主人公は川で溺れていて、それを一人の少女が助けるのだ。

 彼女の名前はルエ。

 「ドメイン」シリーズにおいて、“師匠”の愛称で親しまれる、シリーズ屈指の人気キャラ。

 

 ゲームの世界に入ってしまう創作、というのは、珍しくはないだろうけど。

 なんだって、と僕は思う。

 

 なんだって「ルーザーズ・ドメイン」に入ってしまったのだろう。ドメインシリーズは、基本本編はどれもハッピーエンドで終わり、主人公は幸せになる。

 けれど、敗者の物語であるルーザーズだけは別で、主人公は最後に非業の死を遂げる。

 そんな物語に入ってしまったこと。

 

 有り体に言って理不尽ではないだろうか。ゲームの世界に入ったらだいたい理不尽? ごもっともだけど、だったらチートの一つもあっていいじゃないか。

 しかし、このゲームには主人公に特別な力はそこまで(ないわけではない)ない一般的なレベル制アクションRPG、つまり現時点での僕(主人公)はレベル1の雑魚で、レベルを上げただけでは、二回目の負けイベントすら突破できないのが現実だ。

 

 こういうのって、なんだかんだすごいチート持ってるキャラに憑依して、最終的に幸せになるのが筋じゃない? ざまぁでも勘違いでもいいけど、そういうものでしょ?

 

 けど今の僕に、そんなことができそうな気配はなにもない。試してみるのはこれからだけど、実際本当に何も無いと思うよ? このゲームの設定でそういうのはないって潰されてるんだよね……

 あったとしても人生に云々回しか撃てないとか、そういう技しかないです。

 

 どうしたものかなぁ。

 色々と複雑だ、

 死ぬしか無い立場ってどうしろっていうんだ。覆せるものなのだろうか。

 

 今、師匠にキスしてもらう流れとか、まんまゲームのものだったからなぁ。一枚絵がまたいい仕事するんですよ……って、そうじゃない、師匠だ。

 

「……あの」

 

 師匠の声がする。

 

「いつまでもそのままだと、寒いだろう? 家にこないかい?」

 

 …………。

 

 本当にこの人は……なんというか、師匠だ。

 ゲーム画面で何度も見てきた顔、声、もう耳にこびりついてしまった彼女のそれが、現実と一致して、僕はなんとも不思議な気分になる。

 

 もっと言えば、ぼーっとしている得体のしれない僕に声をかけて、家に誘う。彼女は底抜けにお人よしで、いい人なんだ。それが現実になったここでも変わらないのが、なんとも。

 嫌でもここが「ルーザーズ・ドメイン」の世界なのだなと、実感させてくれる。

 

 まぁ、入ってしまったものはしょうがない。しょうがなくはないけど、僕は切り替えの早さにだけは自信があるのだ。

 とりあえず、ゲームの流れと同じように、彼女に誘われて家に上がらせてもらおう。

 ちなみにふらちな事を考えてはいけないぞ、彼女めちゃくちゃ強いから。

 

 具体的に、このゲームにおける味方NPCの中では一番強い。なにせ師匠なんだから。というか、そう、彼女はNPCだ。操作できるプレイアブルのキャラじゃない。

 

 つまりーー

 

 

 ゲスト参戦の味方キャラ。

 

 

 僕が攻略できなかった、二回目の負けイベントで死亡する。原因は、敗北した僕を逃がすため。それが師匠――“紫電のルエ”に待ち受ける、運命である。



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2.師匠のことを知りたい。

 ルエ。紫電のルエ、通称師匠。

 大人気アクションRPG「ドメイン」シリーズの人気キャラで、登場したのは三作目の「トライデント・ドメイン」。彼女はこの作品にのみ登場する。そして五作目、つまり本編最終作が出た後の人気投票では、なんと単独の作品にしか出演していないにも関わらず、三位につけた実績を持つ。

 ここでのポイントは、二位と一位はシリーズ皆勤の文句なしな人気キャラで、更に師匠は“ヒロイン”という立場ではない。四位から下は、各シリーズのヒロインや象徴的な悪役、主人公が名を連ねているというのに。

 

 つまり、一作にしか出ていないキャラの中では一番人気で、それ故か六作目に当たる外伝「ルーザーズ・ドメイン」でも象徴的な出番を与えられた。

 でも、三作目に出てるキャラが敗北と喪失の過去を描く六作目に出るってどういうこっちゃ? という話。

 

 まず、彼女の三作目における出番についての概要を語ろう。三作目での彼女の出番は、一言でいうと「幽霊」だ。そう、三作目の時点では死んでいて、その残留思念みたいなものとして登場する。

 立ち位置は「ヒロインの師匠」。この「幽霊」であるルエは、三作目のヒロインにしかその姿が見えず、声も聞こえない。そんな師匠がヒロインを導き、ときに恋愛の助けをする。

 

 性格は、困っている人を見捨てられない底抜けなお人好し。そして、普通師匠ならヒロインの無茶を止める立場にあるはずなのに、逆にヒロインを煽ってヒロインの方が冷静になるシーンとか、ヒロインが他のキャラと楽しく会話しているとイジケて変なことを始めたりとか。

 そんな可愛らしい性格の人だ。

 

 それでいて、その態度、言葉遣いにはそこはかとない威厳と、頼もしさがある。師匠がやれると言えば、ヒロインはそれを信じるし、実行してみせる。

 ヒロインとの確かな絆で繋がった友情も、彼女の魅力の一つだ。

 

 そして、幽霊という立場上、別れは必ずやってくる。物語の最後に、初めて主人公にもその姿が見えるようになる。話に聞いていた師匠と主人公の会話は必見だ。

 なにせヒロインのことを世界で一番好きな者同士の会話は、それはもう息ピッタリで、ヒロインはその間に挟まれて顔を真赤にしていた。楽しげだけど、別れのシーンであることを考えると、どこか儚げなやり取りは、僕の心に今も刻まれている。

 

 師匠の人気の秘訣は、そのキャラクター性と、唯一無二の立ち位置にあるだろう。ある意味で三作目、「トライデント」のもうひとりの主人公というわけだ。

 

 でもって、外伝作の「ルーザーズ」でも、彼女は師匠と呼ばれることになる。誰の……というと、まぁ当然ながら僕……つまりルーザーズの主人公だ。

 

 ここでどうでもいい話をすると、ドメインシリーズの主人公は名前を変更できて、固有の名前がない。なので基本ファンには作品のナンバリングをとって1主だの2主だの呼ばれるわけだが、外伝作のルーザーズはナンバリングではないので、例外的に「負け主」と呼ばれる。

 酷いあだ名だな?

 

「――つまり」

 

 さて、意識を現実に戻すと、現在ここは師匠邸のリビング、テーブルクロスやカーテンなどはそこそこ良いものを使っているが、同時に()()()()()よう気を使っているのも見て取れる。なんでそんな事をするかと言えば、彼女は威厳と潔白を同時に持ち合わせなければいけない身であるため。

 師匠は隠遁するすごい人という立場なのだ。

 

「君はわけも分からずあの川の中で溺れていて、それを偶然通りかかった私が助けた。それ以上のことはわからないわけだな?」

 

「はい、自分でもどうしてああなったかはさっぱりで……」

 

 本当にさっぱりなので、嘘偽りなく僕は答える。

 僕……負け主の設定は非常に薄い。記憶喪失で、川で溺れていたところを師匠に助けられた、それだけ。記憶を取り戻すことはないし、実は生まれに特別な出自があるわけではない。なんというか、誂えたようなプレイヤーの分身、とでもいうべき出自だ。

 他のドメインシリーズの主人公には、特別な生まれや隠された過去があるのだけど、負け主には本当になにもない、というのが逆に個性になっている主人公である。

 

「まあ、大方魔物にでも襲われたんだろう。でももう大丈夫だ、私がいるからね」

 

 ドン、とないようで(ゆったりとした服に隠されているせい)ある胸を叩く彼女は、自信ありげだ。そしてそれは大言壮語じゃない。多分初戦闘あたりでみることができるだろう。

 

「いやでも、そんな悪いですし……」

 

 と、ここでイケてる弟子トーク。師匠は頼りがいはあるが、メンタルは弱い、ここで一旦引くと、少し動揺するぞ。

 まぁいきなり是非っていうのも僕としても収まりが悪いので一石二鳥。

 

「そ、そんなに私が頼りにならないか……?」

 

 どことなく、師匠の顔がはわっとしてくる。何を言っているんだと思うかも知れないが、はわわと言い出しそうな三秒前くらいの顔だ。

 

「……だって初対面ですよ?」

 

「あ……そうか。君、私のことをしらないのか」

 

 僕は自分が記憶喪失だとは説明していない、そもそも記憶を失っていないのだから当然だけど、でもまぁ実際、知らないものは知らないのだ。

 リアルで師匠と出会ったことはないからな。

 

「私はルエ! 紫電のルエ! 大陸最強と謳われた概念使い(ドメインマスター)だ! すごいんだぞ!」

 

 ――概念使い(ドメインマスター)。言い換えれば能力者、ドメインシリーズのプレイアブルキャラは全員この概念使いで、主人公である僕もそうだ。

 各人がそれぞれ固有の概念とよばれる属性みたいなものを有する。例えば“白光”。これは光を操る能力だ。師匠の場合は紫電、基本このシリーズの登場人物は、自分の概念プラス名前を名乗る。

 

 名乗ると能力の詳細がバレてしまうだろうに、何故名乗るのか、については色々と捏ね繰り回された設定があって、端的にいうと名乗らないと能力が使えないから、なのだが。

 まぁメタ的に言うと名字の概念がないから、異名として概念を名乗らせないと区別がつかないのである。

 

「おおー」

 

 パチパチパチ、と拍手をしていると、師匠が照れくさくなったのか縮こまる。それに合わせて拍手もやめて、僕も名乗ると、これからのことについて話す。

 

「えっと、申し訳なくはありますが、でも実際、面倒を見てくれるのは非常に助かります。僕、このあたりのことさっぱりわからなくて、魔物も危険だし、どうしたらいいか……」

 

「なに、一人や二人の居候くらい、私には養える甲斐性はある、任せてくれたまえ」

 

「できることはなんでもします! それでよければ、是非!」

 

 バッと立ち上がり、力強く宣言する。師匠は少しのけぞった。

 

「……な、なら」

 

「なら?」

 

 むむ、と恐る恐るといった様子で師匠が呼びかける。少しばかりためらいがちに、恥ずかしそうに。

 

「君……料理ってできるか?」

 

「……そこそこ」

 

 一人暮らしだったし、僕は凝り性だったので、結構自炊はやっていた。こった料理も作ったことがある、この世界の料理に関する設定も頭にあるから、再現は可能だろう。

 とはいえ、ある程度失敗するかもしれないが、だからそこそこ。

 

 しかし、

 

「マジか!」

 

 師匠はめちゃくちゃ食いついてきた。

 

 ああー、そういえばこの人そういう人だったな……料理とか全くできない人だったな……ルーザーズではほとんど描写なかったけど、トライデントの方だと、ヒロインに料理のアドバイスをしようとしてダークマターを作ったこととかあったなぁ……

 原因は見栄をはったことです。

 

 外伝だと、負け主は料理ができる設定だったから、負け主にまかせていたんだろうなぁ。

 それにしても、僕が来る前は、どうしていたんだろう。あまり街にも出たがらないだろうに……まぁ背に腹は代えられないというやつだろうか。

 

 調理せずに食べれる食材だけ買ってきて食べてたとかは無いと思いたい。

 

「あくまでそこそこ、ですよそこそこ。失敗することもありますし……」

 

「でも、だいたいは成功するんだろう!?」

 

「ええ、まぁ……」

 

 あまりにも食いついてくるものだから、保険をかけてしまう情けない自分。でも、師匠の輝きまくった顔を見ていると、いいものを見た気持ちになれる。

 

「よし! 歓迎するよ! 是非私に料理を作ってくれ!」

 

 それだけでもう値千金と言わんばかりに、満面の笑みを浮かべて、小さい師匠の手が、僕の肩をポンポンと叩いた。

 

 

 ◆

 

 

 それから、師匠との共同生活が始まって、実はこれ、夢なんじゃないかと思いつつも一日が経過したりして、現実を認識したりしたが、概ね平和な日々が続いた。

 ゲームの序盤は師匠との交流で話が進む。その間に、本作だけでもドメインシリーズを楽しめるように、世界観の説明が入ったり、ルーザーズの時代の説明が入る。

 

 ルーザーズはドメインシリーズにおいて人類が最も追い詰められている時代だ。それも当然で、ドメインシリーズを通しての敵、「大罪龍」という強大な魔物が、全て健在なのだから。

 七つの大罪をモチーフにしたこの龍は、各地で人々を苦しめている。国一つがまたたく間に滅ぼされたというのも、よく聞こえてくる話だ。

 

 これが初代になるころには一体が撃破され、一体が封印された状態にある。それを為すのがルーザーズであり、僕たちだ。

 そして、そんな国を単騎で滅ぼす相手への対抗手段が概念使いなわけだが、概念使いは現れてからまだ数十年しか経っていない。

 ルーザーズと初代の頃は、概念使いは大衆に受け入れられておらず、化け物扱いかはれもの扱いのどちらかを受けているのだ。

 

 ルーザーズの序盤、初戦闘が終わった辺りでそれに触れるイベントがある。とはいえ、今は現実だから、イベントの順番は前後したりするわけだけど。

 実際、僕が師匠の家にお世話になることになった次の日、買い出しに僕がついていくとなったときに、それは起きた。

 

 師匠は近くの街まで食材などの買い出しに出ている。そうしなければ生きていけないからなのだが、師匠が来た時の反応は辛辣だ。

 子供がいれば即座に家の中に隠され、周囲からはあからさまに遠巻きに見られる。買い物などは他の者と変わらずにできるが、昔はだいぶぼったくられていたそうである。

 

 極めつけが、

 

「おい、君! そいつから離れなさい! 危険だ!」

 

 周囲を兵士に取り囲まれ、僕が説得されたことだ。これは原作にもあったイベントだが、初戦闘前に起きると少し状況が変わってくるな。

 

「そいつは森の化け物だ! そんなナリをしているが、恐ろしい力を使うのだぞ!」

 

「……」

 

 兵士たちの説得に、師匠は言い返そうともしない。ただ、顔を伏せて拳を力強く握るだけ。悔しくて悲しいのだということは、のちの彼女の口から聞くことができる。

 

「そんなことはありません。僕はこの人におぼれていたところを助けていただきました、命の恩人なのです。だいたい、ただ普通に買い物をしているだけじゃないですか。どうして恐れられる謂れがあるのです」

 

「そいつが化け物だからだ」

 

「それは彼女を見て言っていただきたい。どこにそんな言葉を使うに相応しい怪物がいるのです!」

 

 僕と兵士が言い争いをしていると、後ろから師匠が僕のローブの袖を掴んでくる。もういい、と言いたげな彼女に、僕は躊躇う。

 本来なら、ここで怒りを覚えた主人公が、自分も概念使いであることを明かし、怯えた兵士の横を何も言わずにすり抜けるのだが、あいにく僕はまだ概念使いであることが判明していない。

 

 そもそも、概念化がまだできていない。ゲームでも初戦闘時に覚醒する流れだったけれど、これ、本当に概念化できるんだろうな?

 まぁ、どっちにしろ、僕は今は概念使いではない、ということは確かだ。

 

「……なんと言われようと、僕はこの人についていきます。あなた達は信用ならない。こんなにかわいらしい女の子を、化け物だなんて呼ぶ人は!」

 

「…………かわ?」

 

 ふと、後ろから変な声が聞こえるが、構わず僕は袖を掴んだ師匠の手を握り、つかつかと兵士の横を通り抜けようとする。

 兵士は胡乱な眼を向けてはいるが、僕の後ろの師匠が恐ろしいのだろう、僕が視線を向けるとすぐに飛び退いて、道を開けた。

 

 ――なんてことがあって、僕らはその街を後にした。

 ゲームでも起こったことだが、相変わらずこの街の民衆は酷い。師匠のことを毛嫌いしている彼らは、何も解っていないのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことを。

 

「いいんですか、あんなの。貴方がこの街を守ってるんじゃないですか! 英雄と呼ばれてもいいはずです!」

 

 師匠が、普段何をしているかと言われれば、自身の暮らしている地域の魔物の討伐だ。魔物の核は高く売れるのもあるが、この時代、人々は常に魔物の脅威にさらされている。

 あんな街、いつ魔物に襲われて滅びるかもわからないのだ。師匠がいなければ、あんなふうに師匠に怯えることすらままならないだろう。

 

 彼らは平和ボケしている。だから、それでいいのかと僕は問い詰める。この辺りはゲームでもあったが、実際に体感してみて、僕の思いは主人公と同一だったようだ。

 

 ただ、ゲームでは諦めたように自嘲して笑っていた師匠が、どういうわけか返事をしない。顔をうつむかせて、こちらを見ようとしないのだ。

 

「……あの、師匠?」

 

「ひゅいっ!?」

 

 ……もしかして、照れていらっしゃる?

 あー、まぁなんというか。この人、褒められたりするのに慣れていないんだな、と強く実感する。原因は先程、可愛らしい女の子、といったことが原因だろうな。

 ゲームでもそういう呼ばれ方に耐性なかったから……

 

「あ、ああいや。いいんだよ、私は。誰かに望まれてやってることじゃないし、彼らがああして暮らしていてくれるほうが、私としても色々食材とかを調達しやすくて助かるし……」

 

 原作だと、もう少し寂しそうだったけれど、かわいいの一言でだいぶ穏当に言葉が出てくる辺り、師匠ってチョロい……もとい単純な人だ。

 だから、やっぱりこれでいいんだろうけど、だからこそ。

 

 だからこそ、思う。そんな師匠が――

 

 

 僕のせいで、死んでしまうのはゴメンだ。

 

 

 うん、師匠の今の姿をみて強く思った。

 師匠は頼りになるすごい人で、けれども中身はどこまでも普通の、可愛らしい女の子だ。

 

 なにせ、年の頃だって僕とそんなに変わらない、二十歳を越えてないくらいだから。

 

 ――僕が暮らすようになってから、さり気なく、違和感のないように、家のあちこちに可愛らしい小物が増え始めた。これは師匠が女子力を気にして買ってきたのではなく、もとからあったものだ。

 威厳を保つために隠していたのを、元の場所に戻しているらしい。

 

 師匠は、そういう人だ。

 

 ――師匠の家には、小さめな庭がある。この庭の手入れは師匠が毎日欠かさずやっており、一人で水を撒いているときは、知らず鼻歌が漏れていた。それを僕に見つかると、慌てた様子で、けどすぐに気にしなくなった。僕が花に興味を持つと、熱心に教えてもくれるんだ。

 

 師匠は、そういう人だ。

 

 ――今だって、僕が言い返して、しかもカワイイって言ったことの方が、周りに差別されるよりもずっと心に響くような、素朴で、それこそ可愛げのある人なんだ。

 

 

 師匠は、そういう人だ。

 

 

 そんな人が、僕を庇うように殺される。これから先、少しして、僕と師匠はどうしようもない強敵と相対することになる。それから僕を逃がすために、師匠が囮になるんだ。

 そんなの、受け入れられるか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 だったら、やってやろうじゃないか。

 敗北者(ルーザーズ)、上等だ。そんなもの、僕がまるごとひっくり返して、地面に叩きつけて踏みにじってやる。

 

 ああ、そうだ。

 まだ言っていなかった、僕の概念(ドメイン)

 

 名を、()()

 

 ルーザーズの名にピッタリなそれは、他者に対するデバフを得意とする能力だ。そう、敗因は僕に対してのものじゃない。

 覚悟してろよ理不尽ども。僕はお前らに、敗因って概念を、上から槌を振り下ろして砕くように、刷り込むように、教えてやるよ。



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3.初戦闘に勝ちたい。

 ――このゲームの初戦闘は、僕が一人でお使いを頼まれたときに遭遇する。

 理由はまぁ色々あるが、師匠としては僕に街に馴染んでほしかったのだろう。将来的に、僕が師匠と街の人の緩衝材になれれば、双方にとっても安心だろうという話。

 

 これは、僕が概念使いであるということが判明していなかったからこそなのだが。

 

 ちなみに僕の場合は自分からいいだした。だってこのイベント始めないと話が進まないんだもの、世界全体が詰みかけてるのに、僕たちだけ立ち止まってはいられない。

 そもそも、この世界がゲームなのか、現実なのか、未だに僕は判別がつかないのだけど。

 

 ほぼリアルと同じ体感ができるゲーム、と考えたほうが自然なのだ、とある理由から。まぁ、その辺りはそのうち語ることもあるだろう。

 

 そういうわけで僕は、この世界をゲームであり、現実でもあると考えた上で行動することにした。まず、人の存在は現実だ。師匠は現実に生きていて、僕も現実を自分の考えで生きている。

 けれど、この世界を構成する要素は、ゲームとしてのシステムによるものが大きいと考える。簡単に言えば物理法則が現実と異なる。ゲームの設定、演出に法則が寄っているのだ。

 

 運動神経があきらかにこっちに来る前より向上していたり、HPが続く限りスタミナに限界がなかったり。違和感はあるが、まぁ慣れた。新しい技術を常に取り入れないとやっていけない世界に身を投じたこともあるので、その辺りの適応能力には自信がある。

 何かって言うと、学会、といえば一部のゲーマーには解ってもらえるかもしれない。あそこは未だに情報の更新が続いているからな……

 

 話がそれたけど、僕は現在、自分から言いだしてのお使い中。これで本当にイベントが起きるかは五分五分ってところだけども。

 起きてもらわないと、何も始まらないのだ。負けイベントってそもそもイベントって名前が付いてるわけですよ。

 

 

 なんて考えていると、道端に女の子が落ちていた。

 

 

 ぽつんと誰かが行き倒れている。ここは街と師匠の家を繫ぐ間の道で、街の人は絶対に近寄らない、依頼の時以外は。そして依頼は大人が持ってくる。年端もいかない少女をこんなところに送り出すってことはない。

 そもそも、この少女、なんとも異質な格好をしている。黒いファーのついたコート。最終で幻想的な、某RPGの主人公が着てそうという感想を抱くコートを着た、如何にも14歳チックな少女。ドメインシリーズにおいても、異質なデザインの彼女を、僕は知っている。

 銀髪のくせっ毛と、その手に収まった鎌を僕はよく知っている。

 

 ――名前は百夜(びゃくや)。概念は白光。ドメインシリーズに初代から継続して登場する、シリーズ皆勤キャラにして、シリーズ最高の人気を誇るキャラでもある。

 師匠の話をしたときに言った、シリーズ皆勤の人気キャラツートップが一人というわけだ。

 

 なんでこんな所で彼女が倒れているかというと、ゲームにおける彼女の設定の話から少し。

 彼女は一言でいうと戦闘狂だ。別ゲームでいうと電脳ナビがネットバトルを繰り広げるゲームのシリーズ皆勤裏ボス枠みたいなキャラ。話の本筋には関わらず、主人公パーティとの純粋な戦いを楽しむために関わってくる。

 

 初代では流れの強力な概念使いという設定で登場し、ラストダンジョン付近で受けることのできるサブクエストで対決するのみだった。

 2以降は本筋にも必ず関わるようになり、4で設定の掘り下げが行われた。

 

 曰く、彼女は人間ではない不老の存在、そのうえ時間にすら干渉する。そもそもからして概念使いが純粋な人間かと言われると違うのだが、加えて彼女の場合は人造人間であり、生まれ方が普通の人とは異なる。

 彼女の能力は光を操る「白光」。だが、ときに光の速さで動く彼女は時間にすら干渉する、という理屈で時間に対して影響を及ぼす能力も有している。つまり時間移動ができるのだ(※ただし、本人には制御ができない)。

 

 そんな彼女が、何故ここにいるのか。理由は簡単。戦闘狂である彼女は時間を忘れて戦いを楽しむ事があり、当然食事もおろそかになる。

 その状態で制御のできない時間移動が行われ、時を超えた迷子となったのが、今の彼女。目の前で倒れている“白光百夜”その人である。

 

 どうでもいいけど、基本的に概念使いは○○の○○と名乗るが、彼女だけ白光百夜と名乗る。理由はライターが間違えてそう名乗らせてしまったため。そしてそれを製作者全員がスルーしたため。

 ただ、最終的にその方が響きがいいから、という理由で白光百夜が正式に採用された経緯がある。

 本当にどうでもよかったけど、でも白光百夜って響きが好きなんだ、僕。

 

「あの、大丈夫ですか」

 

 これから始まる初戦闘に緊張感をいだきながら、僕は百夜に声をかける。

 このイベントの内容は諸般の事情で暗記するレベルで覚えているが、だからこそ緊張する。この初戦闘の結果次第で、僕が今後どう立ち回るか決めなくてはいけないのだから。

 戦闘にならないのが一番いいのだけど、だったらそもそも、百夜はこんな場所に落ちてはいないだろう。

 

 これまで、ゲームに近いイベントはこなしてきた。師匠の家にお世話になることもそうだし、師匠の件で街の兵士に取り囲まれることも。

 けれど、それらは順番が前後していたり、細部はかなり違いがあったりと、現実故にある程度幅のある変化を見せていたように思う。

 

 だが、今ここに百夜が落ちているという現実は、僕にゲームの進行を意識させるには十分なものだ。このまま一生百夜が地べたに落ちておらず、それを拾わなくても生きていけるのなら、僕はここをただの現実として一生を終えたかも知れない。

 

 でも、百夜は確かに落ちていた。ゲームの始まりを意味するこの事実に、僕は今後の覚悟を決めなくてはいけないわけだ。

 

 あーあ、このまま百夜が仲間になってくれたらなー。

 

 全然現実を直視できてないね。

 

「……ん」

 

 ぼんやりとした目つきでこちらを見つめる彼女が、ふと急速に意識を取り戻す。僕と比べると随分早い気もするけど、彼女は強いからそういうものかもしれない。

 そして、それを眺めていた僕から一瞬で距離をとり、鎌を僕に突きつけた。

 

「……何者」

 

 僕が名乗ると、彼女はそれを否定してくる。違うのだ、と。

 

「貴方……概念使い。概念を込めて、名を名乗れ」

 

 ゲームでは、訳がわからない、といった様子の主人公に、こんな感じで呼びかけて、主人公が概念使いの自覚がないと悟ると、それを強引に引き出して戦闘にもつれ込んだ。

 彼女は戦闘狂、と先ほど言ったが、いくら何でも僕みたいな雑魚を相手にすることはない。強い相手と戦いたがるから彼女は戦闘狂キャラなのだ。

 そもそも概念使いであることすら理解していない記憶喪失の相手に、わざわざそんな呼びかけをしてまで戦闘を挑む理由。原因は僕の格好だ。

 

 ――ここで、ドメインシリーズの伝統という話を少し。

 ドメインシリーズは、基本的に各作品ごとに繋がりはない。最終作の5以外はすべて独立した話になっており、共通するのは世界観と「大罪龍」という敵だけ。

 

 とはいえシリーズをシリーズたらしめるものとして、伝統というものは存在する。シリーズにおける共通の初期敵、いわゆる青くてぷるぷるするアレみたいなのが存在したり、シリーズ皆勤の百夜というキャラがいたり。

 そのうちの一つに、主人公の格好というものがある。簡単に言うと、ドメインシリーズの主人公は全員ローブ姿なのだ。

 

 色が違ったり、細かい造形はだいぶ違ったりするが、全員が共通してローブをかぶり、目元が見えないようになっている。無個性主人公みたいな形になっているのだ。

 何故こうなっているかの理由は二つ。設定的な理由と、メタ的な理由。

 

 設定的な理由は、そもそも概念使いは概念を使うのに特定の装備を装備していないといけない。それは個人によって違うが、百夜の場合は彼女が今手にしている鎌。師匠の場合は髪を留めているシュシュである。

 ちなみに鎌は鎌であれば何でもよく、百夜の鎌はゲーム中に何度か壊れて、新調されていたりする。

 そして、僕たち歴代主人公は、総じてローブが必要な装備なのだ。だから全員が共通してローブを着て戦う。

 

 もう一つはメタ的に、主人公の性別を決めたくなかったから。初代の時、予算がなかったためにスタッフは無個性主人公でもある主人公の性別分のデザインを用意できず、性別がどちらでもいいように、一つのデザインで大丈夫なよう顔のわからないローブをかぶせたのだ。

 ついでに、そっちのほうが性別ごとにイベント書き分けなくていいから楽だとライターがぶっちゃけていた。

 シリーズ化してからは、主人公のシンボルとしての側面もある。

 

 百夜が警戒するのは、僕がローブを着ているから。百夜にとって、長い歴史の中でこれまで何度も対決してきたローブ姿の概念使いは、それだけでド素人だろうと警戒に値するらしい。

 というわけで、

 

「……いきなり凶器を突きつけてくるやつの言うことなんて、聞けるわけないけど!」

 

「だったら、痛めつける」

 

「わけのわからないことを言うな――!」

 

 ――これまで、何度かそれを試してきて、僕はずっと失敗してきた。本当にできるのか? 僕がゲームの主人公のように戦えるのか?

 わからない、けれど、

 

 ここで戦えなければ、僕は負けイベントをひっくり返すこともできない。

 

 心の奥に手を当てろ。

 己の概念を刻みつけろ。

 

 

 ――僕が僕である証を、手に入れろ!

 

 

「――来た」

 

 気がつけば、僕の手には、白色の刃が収まっていた。

 これが、概念。

 

 僕の戦う力。概念使いは概念を名乗りあげ、戦闘態勢に入ると概念使いは己の武器を内から生み出す。

 

 武器は剣、主人公らしい、オーソドックスな武器。

 であれば、概念は?

 

 決まってる。僕の口から、それは驚くほどすっと、吐き出された。

 

 

「――敗因」

 

 

 概念、敗因。

 ルーザーズの主人公が背負う宿命。そして、

 

「百夜、って言ったな。僕はお前に、敗因を押し付ける者だ……!」

 

 ――僕がこれから、ひっくり返すものだ!

 

「やはり……ローブと剣の概念使い! ……おもしろい!」

 

 百夜もまた、表情の読めない無愛想な顔で、鎌を振り上げ、叫び、飛びかかってきた!

 

 

 ◆

 

 

 連続で鎌が振るわれる、百夜の動きは非常に早い。原因はレベル差。この世界の概念使いは魔物を倒すごとに目に見えて強くなる。ゲームシステム的にはレベル、世界観的には「位階」と呼ばれる代物だ。

 レベル1の僕と、レベルが当たり前のようにカンストしている百夜では、そもそも勝負は成立しない。

 

 百夜が敢えて抑えて僕を攻撃しているのだ。今の僕が、まだまだ若輩であるということは向こうも理解している。ようするに百夜は僕を強くしたいのだ。主人公装備である剣とローブを身にまとった僕は、必ず強くなる、だから百夜はそれを育てて、強くなった所でまた戦いたいのだろう。

 だからこそのチュートリアル、基本的にドメインシリーズは設定とシステムのすり合わせをしたがるので、こういう形式になるわけだ。

 

 そして、この戦闘はある程度のチュートリアルが終了したところで、百夜が一発ぶっぱなして終了する。彼女は負けず嫌いなのだ、勝ちたいから戦闘狂なのだ。

 

 ともあれ、こちらもやることはやるしかないわけだけど……

 

 百夜の攻撃モーション――ゲームのそれに近いが、あくまで近いだけでブレがある――を何とか見切りながら、前の自分より明らかに高い身体能力で一気にその懐へ潜り込む。

 

「見え見え」

 

 そう言いながら、即座に百夜は鎌を振りかぶり――

 

「“R・R(ライジング・レイ)”!」

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 鎌が、光を帯びた。光は鎌をより巨大にした形へと代え、そのサイズは実に数メートルほど。この光は“実体を持つ”。故に、直撃すればただでは済まない、が――

 

 同時に剣を振った僕は、その鎌の一撃を()()()()()

 

「――!」

 

 そして、僕の剣が百夜を切り裂く。

 だが、派手に血が吹き飛ぶこともなく、百夜は少しのけぞっただけだ。どう考えても胴に深く入ったにも関わらず、致命傷どころかかすり傷にもなっていない。

 

 お互いに、現実ではありえない現象。

 だが、ゲームの中でなら、当たり前の現象だ。僕の一撃、スロウ・スラッシュには出始めに一秒程度の無敵判定がある。その間はあらゆる攻撃が僕には届かず、百夜のライジング・レイは空振りに終わる。

 そして高いHPを誇る百夜には、僕のスロウ・スラッシュなど大したダメージにもならないのだ。

 

 一応、ドメインシリーズにはこれにも設定が存在する。概念使いは、概念を名乗り武器を手にした時点で、概念により生まれた武器……単純に概念武器(ドメインウェポン)と呼ばれるそれ以外では、傷つけられなく成る。

 そして、概念武器で攻撃したとしても、相手を傷つけるのではなく、相手の体力を奪う形でダメージを与える、というわけだ。

 

「概念戦闘を……理解している……能力はひよっこも……いいところなのに!」

 

 楽しげに――全然表情に変化はないけど――百夜が叫ぶ。そのまま追撃をしようとしてきたところで、僕は急いで距離を取った。

 百夜は追撃を入れてくるけれど、先程と違い明らかに動きが鈍っている。回避は容易だ。

 これは僕のスロウ・スラッシュが速度低下のデバフを有しているからで、一部の敵はこれを当てることを前提としたモーションの速度をしている超重要な技だ。チュートリアルでも、まずこれを当てて百夜の動きを阻害する所から始まる。

 

 なお、概念戦闘とは、概念使い、もしくは魔物と概念使いの戦闘を総称してこう呼ぶ。ゲーム的な現象全てに設定を付けないと死んでしまうスタッフなので、こういう専門用語がやまほど飛び出るのだ。

 

 さて、ここまでは既定路線なわけだけど、百夜に攻撃はまったく効いた様子はない。単純なステータスの差が原因だ。コレばかりはレベルを上げないことにはどうしようもない。

 

 ――前にも話したけれど、このチュートリアル戦闘は負けイベントだ。二戦目以降のように、レベル上げでのゴリ押しが通じないため、このチュートリアル戦闘はどうしたって勝ち目がない。

 だからレベル上げによる正規プレイでの負けイベント攻略を目指した()()()では、一戦目のこのチュートリアル戦闘は妥協せざるを得なかった。

 

 では、僕は初っ端から負けイベントに屈しなければならないのか。

 

 

 ――答えは、否だ。

 

 

 通常ではどうやっても勝てないこの初戦闘であるが、通常ではない方法を使えば、勝利することが可能だ。それは、レベリングと同じくらいゲーム特有の、ある方法。

 ()()()()()()()

 

 このドメインシリーズは、クソゲーと言われる作品ほどではないが、探してみるとなかなかおもしろいバグがいくつか存在する。大抵はゲームの進行を阻害するものではなく、逆にゲームの進行を助けるものもある。もちろん、あまりにもゲームバランスを壊してしまうため、大体は発売後に修正されたが。

 

 現実では、そんなバグの修正は起こり得ない。一度世界としてそこに生まれたものは、たとえ神であろうと手を加えることはできないのだ。

 と、カッコつけていったが、要するに僕が転移したこの世界ではそういったバグが現実に存在し、僕はそれを事前に確認しているのだ。

 

 ゲームの中には、そういったバグを大勢の人間が寄ってたかって解析し、タイムアタックなどに利用する『学会』と呼ばれる文化があるが、僕も一応、このドメインシリーズのバグを精査する学会の一人だったことがある。

 故に、僕はそれを使って百夜に勝利する。そういえば、僕はルーザーズを三周していると言ったけど、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 この、百夜戦もその一つ。通常の方法では妥協せざるを得なかったが、通常でない方法なら、僕は百夜に勝つ算段があるのだ。

 これこそが、僕の切り札。

 

 現実ではありえない、ゲームの世界だからこその、特別な方法。

 僕だけが使える、この世界の理不尽を、否、

 

 ――敗因をひっくり返す、勝利の一手だ。

 

「……どうした? こないなら……こちらから……行く」

 

「大丈夫だよ、百夜。――すぐにこっちから手をかけてやる。チェックメイトって言葉にね!」

 

 互いに剣を構えて、僕たちは再び激突する。

 

 ――だが、ここに一つ問題があった。

 ここはゲームの世界だが、同時に現実でもある。僕はリアルに体を動かして戦っている。コントローラーの中だけで、動きが完結していたころとはわけが違う。

 

 僕がこれから使うバグ技は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 その時間、実に2F(フレーム)

 それこそ、格闘ゲーマーが自身の実力をかけてしのぎを削る世界を、ただのRPGプレイヤーである僕が、現実で、リアルの動きを交えながら行う。

 

 ――あまりにも高いハードルが、そこにはあった。




極まった格ゲーマーや学会員ならできて当然だけど、流石に全力でダッシュしながらやるのはムリだと思いました。


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4.2Fを攻めたい。

 ――ドメインシリーズの肝となるシステムについて少し。

 ドメインシリーズはアクションRPGで、色々な技をコンボしてつなげていくゲームだ。技は全てAAだのBBだの呼ばれる技名で統一され、これは変わらない。もちろん被りはあるので、基本的に攻略などではキャラ名AAと呼び分けるのが普通だ。

 

 僕が今所有しているのはS・S(スロウ・スラッシュ)ともう一つ。防御力デバフ能力を持ったB・B(ブレイク・バレット)、遠距離攻撃だ。

 前者が出が早く、戦闘における重要なデバフである速度低下を含んだメインウェポン、後者は牽制に便利な防御デバフの遠距離攻撃。序盤におけるサブウェポンである。

 この二つをメインに初期は戦っていくわけだが、ここでポイントが一つ。このゲームの技……概念技と呼ばれるそれは、“キャンセル”ができる。

 一つの技を使用している間に、一定のキャンセルを受け付けるタイミングが存在する。このタイミングで技をつなげるとノータイムで次の技に移行できる。そして、これはST(スタミナポイント)が続く限り無限に使用できる。

 

 その上で、先程話したが、S・Sには()()()()()()()()が存在する。故に、相手の攻撃に合わせてこの無敵時間を重ねつつ、キャンセルを入れて攻撃を繰り出すと、戦い方次第では無限ループで一方的に攻撃が可能なわけだ。

 

 そして、この効果は仕様である。キャンセルの入力時間はかなり長く、概念技はSTを使用するが、STは通常攻撃を当てていると回復する。

 つまり、このゲームはこの無敵時間とキャンセルを使ったコンボで敵のHPを削り、STが切れたりした時は通常攻撃による回復に専念、隙を窺い、チャンスが訪れたらまたコンボで一気に攻める、という駆け引きがメインのゲームなのだ。

 

 ここまで聞けば、じゃあそれでこの百夜も倒せるのでは、と思うかもしれないが、そうは問屋が卸さない。

 なにせ、B・Bには()()()()()()()のだ。S・Sからコンボをつなげて、B・Bに移行した瞬間、僕は攻撃を無防備に受けるようになる。

 

 そしてこの百夜戦に限らないが、負け戦闘にはいくつかのパターンがあり、そのうちの一つに、超火力の概念技で一撃全滅、というパターンがある。

 この超火力の概念技は、ほぼすべての技が、()()()()()()()()()()()()()()()()が発生するのだ。よって、無敵時間が切れた瞬間にその当たり判定を食らって、一発でやられてしまうわけだ。

 基本的に、このゲーム、コンボできる技とできない技が決まっていて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 よって、通常の負けイベントはこのコンボでは攻略不可能。

 

 そこで出てくるのがバグ技だ。

 先程、僕はBBには無敵時間がなく、SSからBBへ移行した瞬間に無防備になると言ったが、それは間違いだ。どういうわけか知らないが、あらゆる技の中で唯一、負け主――僕がSSからBBへ移行した場合。ほんの短い時間だけ、BBに無敵時間が発生する。

 

 この現象はSSの無敵時間中だけの現象であり、要するにSSからBBへのコンボの際、SSの無敵判定が残ったまま、BBが発動するわけだ。

 そして、そのごく僅かな無敵時間と、BBからSSへのコンボ時間が重なる瞬間が存在する。

 そう、それが――

 

 2F(フレーム)、このゲームは60FPSのゲームなので、現実の時間にしてそれは1/30秒。つまり約0.03秒。

 格闘ゲームの世界なら、その2Fでしのぎを削る場合はある。つまり、ゲームとしてはその2Fは決して非現実的な時間ではない。

 実際僕も、コンディションが好調であるなら、ゲーム中におけるこのバグ技の成功率は8割を超える。流石に、RTAなどをしている時の疲労が溜まった終盤などはその限りではないだろうが。

 

 だが、10割ではない。特にゲーム終盤はコンボを繋ぐ必要のある時間が増え、失敗回数は目に見えて増える。8割というのも、対百夜戦に限った数字だ。

 

 ――そして、コントローラーの外に離れた現実では、2Fなど絵空事以外の何物でもない。

 

 コレの何が難しいかと言えば、BBからSSへのコンボ受付タイミングは、BB発動直後ではない。発動してから一瞬タイミングがずれる。そのフレーム数5F。

 この微妙な非受付時間故に、連打によるゴリ押しが聞かない。このゲーム、入力タイミング以外で技を使用すると硬直と呼ばれる現象が発生し、技の発生が終わるまで、次の技の入力を一切受け付けなくなる。

 

 ここで整理しよう。

 この百夜戦、ある程度僕が百夜と戦うと、百夜は超火力のイベント技を使用し僕を戦闘不能にする。その後、師匠が救援に来て、師匠と百夜が戦闘し、最終的に百夜が撤退することになる。

 僕は負けるが、ここでは失うものはなにもない。

 

 それに対し、僕はこの百夜のイベント技をバグを利用した無敵時間で躱そうとしている。だが、そのバグ技には、非常に短い受付時間にコンボを繋げる、紙一重の作業が必要。

 コントローラー操作でも十割を越えない成功率のコンボを、失敗の許されない一度限りの挑戦で成功させなければならない。

 

 ――はっきり言おう、もちろんのこと、僕はこの戦闘が初戦闘。()()()()()()()()()()()()()()()

 正直、達成可能か不可能かで言えば、()()()()()()()()()()だ。僕は基本的に、RTAのような通しのぶっつけ本番は苦手で、何度も何度も挑戦し、根気強くプレイするスタイルが得意だ。

 

 諦めない気持ちなら人一倍強い自信がある。

 だが、本番で強いかと言えば、そこそこが限度。

 

 事実、現在戦闘をしながら、何度かテストを兼ねてこのバグ技に挑戦しているが、()()()()()()()()()()

 

 ――もうすぐ百夜のHPが一定値を切る。そうなれば、僕は百夜に一蹴される。挑戦虚しく、儚くも。

 

「……お前は」

 

 ふと、百夜が腕を止めた。

 ――ちょうど、僕がバグ技に挑戦して失敗し、そろそろSTを補給して態勢を立て直すべきかと、大きく百夜の攻撃を回避したときだった。

 

 お互い、少しの距離をとって向かい合う。

 ゲーム時には、なかったイベントだ。いや、これは現実だ。百夜は、僕の中の何かを感じ取ったのか、鋭くこちらをにらみつけるようにして、言う。

 

「何かを、手繰り寄せようとしている?」

 

「……何だ?」

 

「まるで、何かの感覚を、思い出すかのように、戦っている……」

 

 ――百夜は、こちらの意図を見透かしていた。とはいえ、その言葉は疑問形で、僕が何をしようとしているかは理解していないようだったが。

 

「お前と私の実力差は、明白。……思い出せば、お前は私に勝てるのか?」

 

 それは、僕に対する期待の言葉だった。

 百夜は戦闘狂、強い相手を好む、だから当然だろう。僕は弱い、けれど、

 

「――()()()()()()()()

 

 僕はまだ、諦めていない。

 

「……そっちとあまり変わらないよ。君は強い奴に勝ちたいんだろう」

 

 再び駆け出しながら言葉にする。STを少しでも回復して、備えなくては。だから、もう練習はなしだ。通常攻撃だけでHPを削りきって、イベント技に備える!

 

「僕は、()()()()()()。強いやつに――!」

 

 百夜の挙動を見切って、懐に飛び込む。

 

「負けたくない――!」

 

 そして、切り込んだ。

 

「――っ」

 

 百夜が、その勢いに押されたか、攻撃をまともに受けのけぞる。

 ――今だ。

 これはイベントに入る合図、百夜が通常の戦闘を終え、大技に移行するこのタイミング。百夜には攻撃が通らなくなるが、通常攻撃によるSTの回復は発生する。

 

 僕はやたらめったらに剣を叩きつける。スタミナと言う割にこのがむしゃらな攻撃で回復するのは、STという値がこの場合は概念的な意味で、実際の体力とは関係がないためだ。

 その辺りにも設定は存在するが――

 

 ――――僕は、思う。

 2F、ゲームをしている時は体に動きを染み込ませ、反復によってそれを難なくこなせるまでに練習した。現実では、そうはいかない。練習の回数はゲームのそれと比べると、圧倒的に少ないのだ。

 それを数秒間、入力を成功させ続けることはあまりにも難しい。

 

 そもそも、僕はこれを成功させる必要はないのだ。この戦闘で僕が負けても、師匠がやってきて助けてくれる。失うものはなにもない。

 この戦闘以降の負け戦闘は大きな物を失う大事なイベントだが、このイベントははっきり言ってしまえばどうでもいい。最悪、失敗しても次がどうなるわけではない。

 だから――

 

 

 ()()()()()()()

 

 

 難しいから諦めるのか?

 できないと最初から放り出すのか。

 それで満足してしまうのか。

 

 それで迎えるこのゲームのエンディングは、救いの薄いバッドエンドだと解っているのに。

 

「遊びは、終わり」

 

 百夜が告げる。鎌を天高く掲げ、目を覆うほどの強烈な光をその先に集める。

 

「――そうだ。遊び(ゲーム)は終わりだ」

 

 難しいからと、不可能だからと諦めるのか。

 ()()()()()()()()()()

 

 僕は、諦めない。

 

「つまらないよ、決められたルールを押し付けられるのは。最初から定まった運命に沿って歩くのは」

 

 僕は、ぶち壊すためにこの現実を始めたんだ――!

 

「独り言……お前は、変なやつだ」

 

「そうだな……!」

 

 再び駆け出す。

 2F。0.03秒のあまりにも狭い針の穴を、くぐり抜けるために!

 

「――“S・S”!」

 

「それは……ムダ! “H・H(ホーリィ・ハウンド)!!」

 

 あまりにもまばゆい光が、視界を包んだ。

 H・H、演出もクソもない全画面攻撃、ゲームでは画面を真っ白に包み、断続的に響く斬撃のSEから、光に包まれた相手を無差別に切り裂く技とされている。

 初期、予算の少なかった開発が、苦肉の策で生み出し、以降百夜の代名詞となった必殺技――!

 

 ――眩しい。

 思わず、目がくらむ。

 視界が消える。目を閉じたのだ。光に灼かれるより早く。無敵時間の終わり、体に叩き込んだ一秒間をより鮮明にするために。

 

 すぅ、と息を吸い。

 

「――“B・B(ブレイク・バレット)”ォ!!」

 

 放つ。

 光によって妨げられ、それを防ぐために閉じた視界の中で、僕の体が動き出す。

 

 その一瞬は、あまりにも長く、あまりにも短く感じられ。

 

 僕は、

 

 ――――僕は、

 

「ァァアアアアアアアアアアアアアッ! “S・S”ゥ!!」

 

 ()()()()()

 

「――!?」

 

 百夜が、驚いた気配が伝わる。不思議な感覚だ、今、僕は全てを感覚で理解できるかのように、あらゆるものが鋭敏に研ぎ澄まされていた。

 

 行ける。

 次の、2フレームも!

 

 SSから、BBへ、BBから、SSへ。

 

 僕は、強引に技を繋げる。

 百夜のH・Hの効果時間は7秒弱、約7秒の間、僕はSSとBBをつなげ続ける。つまり、七回。

 

 三回、四回、五回。

 

 驚くほど順調に繋がった。これまで実戦では一度としてつながらなかったバグコンボが、あまりにも自然に!

 

 ――楽しい。

 

 これは、――気持ちいい! 最高だ!

 

 逸る気持ちを抑え、僕はテンポよくSSからBBへ、攻撃をつなげる。BBからSSへのつなぎと違い、こちらは受付時間に余裕がある。

 六回、後一回!

 

「ッッ! “S・S”!!」

 

 ――七回、繋がった! 僕は負けていない! 百夜の攻撃が終わる。かつて、何度かゲームでやり遂げたときと同じように、僕は、これで――――

 

 

 あれ?

 

 

 ()()()()()()()()

 おかしい、普段なら七回目を終えたタイミングで光が収束しだし、SSの最中にそれが消えるはずなのだが。

 そう思った直後に、光の収束が始まった。

 

 ――――あ。

 

 あ、あ、あ、ああああ!!

 

 気づいた、気づいてしまった。SSの無敵時間だ。SSの無敵時間は一秒あるが、BBにつなげる場合、それはきっちり一秒ではない。

 つまり僕は、BBからSSへのコンボに集中しすぎて、SSの無敵時間に意識を割いていなかった。

 

 僕の集中の原因は、そうだこれだ。

 BBからSSへの2Fがコンボを繋げるのにもっとも重要、だが無敵時間はそもそもSSを放つことによってうまれる。そちらを軽視していいはずがなかったのに!

 

 このままでは、間に合わない。

 SSの無敵時間終了が、百夜の攻撃終了に。解決方法は単純、もう一回BBからSSを繋げばいい。

 

 

 ()()()()

 

 

 この集中力が切れた状態で?

 

 

 想定外で、頭がパンクしそうな状態で?

 

 

 ――――ああ。

 

 やっぱり、僕はダメだったのだろうか。

 

 一発勝負なんて、土台ムリな話だったのだ。僕には最初から向いていない。こんなこと、挑戦しようと思わなければ。

 

 後悔先に立たず。

 もう、それは、

 僕の頭を真っ白にするには十分だった――――

 

「――“B・B”」

 

 ――――

 

 

「……“S・S”」

 

 

 ――――

 

 

 そして、僕は、

 

 駆け出した勢いと、攻撃にいざなわれるまま。

 

 百夜の後方に立っていた。

 

「お前――――!!」

 

 百夜が、ガバっとこちらを振り向く。

 驚愕と、それから、よくわからない物を見る眼で、こちらを見ていた。

 

 ――真っ白な頭で、僕は反射的に技を放った。

 まるで、最初から体に染み付いていたかのように、自然と、無意識に。

 理由は――そうだ。

 

 確かにここは現実で、ゲームとは何もかもが違うけど、でも、そもそも入力受付時間は、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ゲームの中で染み込ませた自分の感覚が間違ってはいなかったのだと、認識する。

 その感覚が、僕を成功に導いた――

 

 ――ああ、そうだと思い出す。

 

 初めてバグ技での突破に成功した時、それまで、僕は何十回、何百回。気の遠くなる回数、ゲームの中でこれに挑戦してきた。その末に、僕は無傷で百夜の前に立っていたんだ。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ああ――」

 

 ふと、声をついて出る。僕もまた、百夜の方へと振り返り。

 そこに、立っている人の姿を見つけ。

 

 

「――彼に何をしている! 概念使い!」

 

 

 ――紫電のルエが、そこに立っていた。

 

 僕は、彼女へ言葉にならない声で、ぽつりとつぶやく。

 

 

「やりましたよ、師匠」

 

 

 僕の、初勝利です。



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5.師匠の弟子になりたい。

「――紫電のルエ! 答えてもらうぞ、彼に何をしている!」

 

「……白光百夜、強者との戦闘に心を踊らせていた」

 

 僕と師匠に挟まれて、百夜は己の得物を構え直す。

 ()()()()()。だが、戦闘はまだ終わっていない、むしろここからが本番だ、僕は百夜に決定打を持たないのだから。

 

 悔しい話だが、僕が負けイベントに対して決定打を持つようになるのはもう少し先の話だ。

 単純にレベルが足りない。レベルが上がれば、この先の負けイベントに、先程のバグ技以外の方法で挑むこともできる。

 だが、少なくとも今回と……それから、次の負けイベントは、今の状態で挑まなくてはならないだろう。そのため、問題は今回ではなく、次回なのだが。

 

 とはいえ、この師匠と百夜の結末はすでに見えている。師匠がギリギリのところまで百夜を追い詰め、百夜が撤退する。

 ここでのポイントは、この撤退はあくまで戦闘中断によるものであること。本来なら僕は戦闘不能になり動くことができないが、現在は仕様の外をついた状態にあるため、イベント中でも僕は自由に動ける状態にあるということ。

 要するに――

 

「強者……? 何を言って……!」

 

「……彼が概念使いだと知らなかったの?」

 

「……! 君が、概念使い……!?」

 

 師匠が驚き、こちらを見る。僕は手に持っていた概念の剣を持ち上げ、師匠に見せる。

 

「はい、……師匠のように名乗りを上げて、これを呼び出しました」

 

「師匠? ……いや、そうか。君も概念使いだったか。だが、見た所君の位階は低い。それを一方的にいたぶるなど、同じ概念使いだろう、何を考えている!」

 

 師匠は百夜に憤り、糾弾する。ついでに僕の呼び方も疑問に思っていたようだが、スルーしたようだ。師匠と実際に呼んだのはこれが初めてである。

 お世話になっている人ではあるけど、共有点のない師匠を、師匠と呼ぶのはおかしいからね。

 同じ概念使いになったことで、概念使いの師匠とようやく呼べるようになったのだ。少し感激である。

 

「……? 別におかしなことじゃない」

 

「不毛だろう、そんなものは! 目の前の災害を前に、それに対抗できる者同士が争うなど!」

 

「…………」

 

 師匠と百夜の言い争いは続く。二人はどこか会話が噛み合っていない、百夜は師匠の言葉に意味がわからない、と首をかしげた。

 当然だ、彼女は未来からやってきたのだから。未来では、今僕たち人類を追い詰めている大罪龍は壊滅し、人と人、概念使い同士の戦争が主流になっている。

 そこに生き残った大罪龍が黒幕として介入する形だ。

 表だって人類を害そうとする大罪龍は、3で全滅するからな。そして百夜はおそらく3直後の時系列からやってきたのだろうとファンの間では推測されている。

 

 4が終わった後の百夜は丸くなって、戦闘狂という程ではなくなっているからだ。

 

「埒が明かない。けど、貴方は強そうだ。私の糧になってもらう」

 

「それはこっちのセリフだ! 概念使い同士で争うなど! ああ、もう!」

 

 師匠と、百夜が同時に動き出す。

 

「“R・R(ライジング・レイ)”」

 

 百夜が先手を打ち。

 

「こいつ……! “T・T(サンダー・トルネード)”!」

 

 それを真っ向から受けながら、師匠は手にした紫の槍に、電光をまとわせる。サンダー・トルネード。3におけるヒロインの初期技であり、シナリオ中で性能を強化され、最後にはヒロインの最強技となる、いわば代名詞。

 師匠と3のヒロインは同じ概念、紫電を持つもの同士なのだ。概念がかぶるということは割とある。具体的に言うと5主は百夜と同じ白光の概念持ちだ。使う技は異なるけど。

 師匠が使うサンダー・トルネードはその最終形態で、言うまでもなく最初から強い。

 

「……!」

 

 それを受け、百夜が驚愕とともに、後方へ飛び退る。

 

「その技……そうか。お前あいつの……ということはここは……」

 

「何を言っているんだ!」

 

 槍と鎌が激しくぶつかり合う、お互いにお互いのことを理解できていない状況。その中で、二人は互角にぶつかり合う。

 当たり前ながら、ふたりとも強い。どちらの通常攻撃も、一撃で僕のHPを全損させるレベルだ。ゲーム的な都合でチュートリアル中は百夜が攻撃を加減していたのがよく分かる。

 

 理論上、バグ技を使えば勝てなくはないが、どれくらい時間がかかるかわからないので、あんな綱渡り死んでもやりたくない。

 

 問題はこの後だ。

 

「やはり強い……強い……面白い!」

 

 百夜がその無感情な顔を狂気的な笑みへと変えて、鎌を掲げる。その動作は、先程僕に対してつかった、あの技だ。

 

「……師匠気をつけて! その技を喰らえば師匠でもただじゃ済まない!」

 

「いやだから師匠って……ああいい、解った。解るよ、私とてそこそこならした概念使いだ。アレを撃たせてはいけないことくらい」

 

「それを無傷でやり過ごされた。私はどうすればいい?」

 

 僕の言葉に、むっとしながら振り返りつつ、それを放とうとして……

 ――今だと、僕は走り出す。

 

「合わせます!」

 

「無茶をするなよぉ!」

 

 合わせないと()()()()のだ。師匠が今から放つ技は強力で、一気に百夜のHPを削っていくが、仕様として必ずHPが1残ることになっている。

 戦闘中断による引き分けのような扱いだ。

 だから、このイベントはここで僕が動けないと意味がない。僕が師匠に攻撃を合わせ、百夜のHPを削りきらないと、ほんとうの意味で勝ったことにはならないのだ。

 

「――“V・V(ヴァイオレット・ヴォルテックス)”!!」

 

 師匠の放つ、必殺の一撃。3では、師匠の存在全てを力に変換し、ヒロインが放った究極の概念技。その威力は強烈で、五回の多段ヒットが、全てカンストダメージというとんでもない代物だ。

 たとえ百夜でも、これを受けてはひとたまりもない。

 食いしばるけど。

 

 ――そして、食いしばった時点で戦闘は終了する。通常、それはプレイヤーの介入できない部分で行われる攻防だ。

 なんとなくこれまでの話から解っているとは思うが、この戦闘はプレイヤーにとっては負けイベントだが、最終的に敗北するのは百夜の方だ。

 

 3で師匠として強キャラっぽさを漂わせまくってきた師匠が、初めてプレイヤーの前で戦闘する。シリーズ皆勤の強キャラと、単一の作品ながらプレイヤーに強烈な印象を遺した強キャラ同士のバトルに、初見の時は思わず膝を叩いて歓喜したものだ。

 ――その時、主人公は地に伏せていたが。今は、違う。

 

 中断という形で終了するこのイベント戦闘。しかし、プレイヤーキャラが立っていれば、そこに介入することができる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ただし、ここでもまた問題は発生する。師匠はイベントNPCであり、プレイアブルのキャラクターではない。するとゲーム内ではどういう事が起こるか、師匠の攻撃は、エネミーと同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 よって接近はできず、この時点で使用できる遠距離攻撃のB・B(ブレイク・バレット)も、師匠のV・Vのインチキみたいな当たり判定の前に、()()()()()()()。そこで、ある工夫が必要になる。

 S・Sの無敵時間を伴う前進モーションを利用して、距離を稼ぐのだ。

 当然バグ技による無敵時間増加は必須である。

 

 ――そして、師匠の概念技が、猛烈な紫の稲光が、槍からほとばしり、雷鳥のごとく広がった。

 

概念起源(アルター・ドメイン)!? こんなところで!? ……いや!」

 

 百夜が驚愕と、そして歓喜に満ちた笑みを浮かべる。

 概念起源。イベント中にのみ使用される、特別な技。通称イベント技とも呼ばれるそれは、戦闘時に使用できるあらゆる概念技と比べて、非常に強力だ。

 師匠の概念技、V・Vが全ダメージが全てカンストダメージの多段攻撃というものであるように、他の概念起源も、それを使用した時点で勝ち、もしくは使用する戦闘は特別なイベント戦闘という代物だ。

 

 これにはある特徴がある。なぜ概念起源がそれほどまでに特別なのか。使()()()()()()()()()だ。それも、一回の戦闘において、ではない。()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()のである。

 そう、百夜の驚愕は、この戦闘に概念起源を持ち出したこと。百夜の歓喜は、自分がそれを引き出させたこと。

 もうおわかりだろう――

 

 

 概念起源を、師匠は僕を守るため、そして百夜を打ち倒すために使ったのだ。

 

 

 ――僕は、負けイベントに勝つことで運命に抗いたい。

 ゲームの中では、勝ってもイベントは変わらない、最初からそう決まっているのだから当然で、バグで無理やり割り込んでいるだけなのだから。

 

 でも、現実では違う。ここで僕が、僕たちが百夜に勝てば、何かが変わる―ーかもしれない。変わらないかもしれない。

 

 けどだからって、ここで前に出ないのは違うだろう!

 

「師匠――――!」

 

 踏み出せ、踏み越えろ! 先に進め! 僕はここで止まれない。負けて立ち止まることは許されない。負けイベントに勝ちたい。全ての負けイベントに勝ちたい。

 

 ――僕は勝った。だが、僕と師匠は、まだ勝ってない!

 

 師匠は死ぬ――僕を守るために死ぬ。

 

 それを乗り越えるために負けイベントに挑む。

 

 だからこそ、こんなところで、踏みとどまってはいられない!

 

 先程と違い、今度は師匠の最後の当たり判定をすり抜けるために、僕はそれを使う。その使用回数は、今度はたったの一回でいいのだ。

 一回だ。何も難しいことはない。

 いや、一回でも十分難しい、失敗する確率は十分にある。

 

 ――でも、さっき僕は体で、そして魂で理解した。

 一回程度で足踏みしていたら、絶対にどこかで立ち往生する。

 

 だから、止まらない。

 

「――“S・S(スロウ・スラッシュ)”」

 

 師匠の雷鳥が、百夜を連続で薙ぐ。ほとばしる閃光はさながら花火のようで、美しく、そして華々しい。何度、このエフェクトに心を奪われたことか。

 だが、今は無心。気にもとめず、前に進む。

 

「ちょ、君、何を――!」

 

「――また!」

 

 最後の一撃を放つべく、槍を振り下ろした師匠。こちらに視線を向け、にらみつけるように不可解そうな眼を向ける。

 

「――――“B・B”!」

 

 斬撃を放つ踏み込みと同時に、コンボを移行。ここから、更にもう一度コンボ、猶予は変わらず2F(フレーム)。短い? 否、――十分だ!

 

「“S・S”ゥゥ!!」

 

 コンボが、つながる。

 師匠の稲光のなかに、もろに突っ込んで。僕は構わず、まだ、進む。

 

「届けよォ! “B・B”!!」

 

「――――!!」

 

 それに強く反応したのは、百夜だ。

 僕がそれをしたことの意味を理解したのだろう。百夜は師匠のV・Vを食いしばった後、撤退する。食いしばりは百夜の概念技によるもので、H・Hと並ぶ彼女の代名詞とも呼べるものだ。

 

 だが、僕はそれをよく知っている。

 ドメインシリーズ皆勤賞。百夜、君の食いしばりからのH・Hに僕は何度泣かされてきたことか。

 

 ――けど、今回は僕の勝ちだ。

 

 剣を突き出すように構え、銃弾を放つ。計算は完璧、師匠の稲光が収まっていく。先程の七連続コンボに比べれば、驚くほどあっさりと、その一撃は――

 

 

 ――――百夜を貫き、彼女を撃破した。

 

 

 ◆

 

 

 僕の目の前で、百夜がまとっていた光――概念が剥がれて消えていく。概念崩壊。戦闘不能を言い換えた言葉で、概念使いは概念武器による攻撃をある程度受けても傷つかないが、概念崩壊を起こすとその反動を受けたかのように、動けなくなる。

 とはいえ、そこは百夜。戦闘不能になろうと、構わず飛び退り僕たちから距離を取る。

 

 ――消えるのではなく、距離をとった。

 そもそも、本来の通りここで戦闘が終われば、百夜は姿を消す。原因は時間移動。意図せぬそれが起こる前、百夜は師匠のVVの後、食いしばりからの反撃を狙っていた。

 それが時間移動によって阻まれることで、戦闘は終了する。

 

 しかし今回は百夜が概念崩壊したことで、時間移動が起きる要因はなくなり、彼女は飛び退いて距離をとった、というわけだ。

 

 それが意味するところは大きいが、今は目の前のことである。

 

「――――負けた」

 

「か、勝ったのか……?」

 

「勝ちましたよ、師匠」

 

 眼を白黒させる師匠をよそに、僕と百夜は納得したように頷く。この戦闘で一番ダメージを与えたのは師匠なのに、何故か師匠が状況を一番理解していないわけだ。

 まぁ、致し方ないところはある。

 

「お前達……面白い。負けるつもりはなかった、むしろここからが、面白いところだった。のに――その一瞬、油断があった。私の落ち度」

 

「……僕は、ここで負けていられないんだ」

 

「…………お前、何に勝つつもり?」

 

 百夜の瞳が、僕を鋭く見る。何故だろう、その瞳はおかしな物を見る眼をしている。彼女は戦闘狂だ、僕の考えを解ってくれるものだと思っていたのに。

 不思議だ。でも、僕の答えに迷いはない。

 

 

「もちろん、全部」

 

 

 強く、決意を持ってそれを宣った。

 

「……面白い」

 

 百夜はうなずいて、もう一度飛び退った。軽々とした身のこなしで、木の上に乗ると、こちらを見下ろしてくる。

 

「な……概念破壊したはずなのに、なんだあの身のこなし」

 

「私は特別製。むしろ私は、こんな所で構わず概念起源を切ってくる、お前の方が何だといいたい」

 

 師匠が、いかにもリアクション役っぽい反応を見せるが、ぶっちゃけ僕も、人生で限られた数しか使えない切り札を、ポンポン投げてくる師匠の方がおかしいと思うんだけど。

 

「ただ、一番おかしいのはそっち。何あれ」

 

「……そうだよ! というか君! さっきのは一体……!」

 

 ガバっと、師匠がこっちを向く。

 

「いやさっきのは、説明が難しくて……」

 

「……まあいい、どちらにせよ面白い。勝ったのはお前達だけど、勝てたのはお前がいたからだ」

 

「それは、どうも」

 

 そのまま、百夜はどこへともなく消えるだろう。師匠がわざわざそれを追うことはしない。攻撃されたから、反撃していただけなのだ。こちらは。

 今の時代で、概念使い同士が争う理由はない。

 

「百夜といったな。君が何者かは知らないが。概念使い同士の戦闘など不毛だ。もうこんなことはやめるべきだ」

 

「それは、私には関係ない」

 

「何……?」

 

 訝しむ師匠をよそに、百夜はもう一度こちらをみてから、

 

「じゃあね。ローブと剣の概念使い。その波乱なる運命に、幸多からんことを」

 

 ――そういって、百夜はこの場から立ち去っていった。

 

「…………ああああああ、勝ったああああああああ」

 

 百夜が見えなくなって、僕は大きく息を吐きながらその場にへたりこむ。相手は百夜、ドメインシリーズの大看板。そうでなくとも強敵で、針の穴を通さないと勝てない相手。

 つかれた、とてもつかれた。

 

「色々と言いたいことはあるが……言わなくちゃいけないこともあるが! とりあえずだね」

 

 へたり込んだ僕に手を貸しながら、師匠が言う。見上げる師匠の顔が、すぐに見下ろす形になった。師匠は小さくて可愛らしい。

 

「……なんで師匠なんだ?」

 

「師匠は師匠だからです」

 

「あ、うん……そっか」

 

 納得された。

 

「――こっちからも、聞いていいですか?」

 

 どうしても、師匠に聞いてみたかった事がある。

 ゲーム内だと、その情報を僕……負け主が知らなかったため、聞けなかったことだ。故に、ゲーム内でも真意は語られなかった。

 推測することはできる。でも、直接師匠から、何故のアンサーが語られたことはない。

 

 これを聞けるのは、ゲームが現実になった、僕だけの特権なのだ。

 

「どうして、概念起源をここで使ってくれたんですか?」

 

「ああ、あれか? ……解ってるんだな、概念起源のこと」

 

「まぁ、大体は」

 

 むぅ、と唇を尖らせながら言う師匠。可愛らしいけども、ちょっと怖い。

 

「そこら辺も、話聞かせてもらうからな。で、ここでなんでアレを使ったか、か」

 

 うーむ、と腕組をして、考え込む師匠。

 ――推測は、ある。師匠は負け主には、この時の思いは語らなかったけれど、3での弟子であるヒロインの子には、なんとなく、この時の状況を思わせる言葉を語っていた。

 3の時点では、外伝までの構想はある程度固まっていて、布石としてイベントが用意されていたから。ファンの間の考察では、放っておけなかったから。

 

 師匠は、何でも抱え込んでしまう人だ。

 自分のことを迫害する街の人のことだって、請われれば助けてしまうお人好し。僕のような得体のしれないローブを、助けて同じ家に住まわせてしまうくらいだ。

 だから、きっと今回もそれは同じで、放っておけなかったからだと。そういう考察がされていた。

 

 でも、僕は少しだけ違うと思う。

 これは僕個人の解釈で、どちらかと言えば少数派な考え方だけど。師匠は、別に僕が放っておけなかったからじゃない。

 ただ――

 

「なんていうか、ためらったり、後悔したくないんだよな。それで君が死んじゃったら、私は嫌だよ」

 

 ――それを、師匠がしたいと思ったから、そうしたんだ。

 

「僕は――」

 

 少しだけ、嬉しかった。

 師匠の考えてることが、僕の思ったとおりだったこと。

 なんだかそれは――百夜に勝利したことくらい嬉しくて。

 

 それとはまた、違う嬉しさがあった。

 

「――師匠と同じですよ。僕も、そうしたかったから、百夜と戦ったんです。それで、師匠にムリをさせちゃって、申し訳ないとは、思いますけど」

 

「ああ、ああ」

 

 手を降って、構わないと言いたげに師匠は言う。

 

「概念起源は、あれ十回使えるんだ。といっても、もうこれで六回目だけど」

 

「……結構多いですね」

 

 それは初めて聞いた。

 解析でも、イベント技である概念起源の使用回数はわからなかった。最初から設定されていないのだ。データ的に処理される技ではなく、あくまで演出用の、イベントのための技。それが自然なのだろうけど。

 ああでも、

 

 ――それも、僕がここにいるから、知れたことだ。

 

「……師匠」

 

「なんだい? いや師匠って呼ばれてなんだいって答えるのも変だけど、だからなんで師匠なんだい、私が、君の」

 

「――僕、ずっと憧れてたんですよ。前に進むためにためらいたくない、後悔したくない。だから助けられる人のことはとことん助けて、そうでないなら、無茶をしてでも助けて」

 

 ゲームでの師匠のこと。

 僕はドメインシリーズで、師匠が一番の推しだ。百夜のようなシリーズ皆勤の人気キャラではない、3にだけ出演し、外伝で初めて、隣に立つことのできたキャラ。

 

 今はキャラではない、一人の人間。

 

 

「師匠のことが、憧れだったんです」

 

 

「…………」

 

 だから、僕は師匠の弟子になりたい。

 概念使いとしても、ドメインシリーズの世界に生きる先輩としても。

 

 不自然なことを言っているだろう。師匠と僕のつながりなんて、数日程度のものしかない。師匠のことを知れる機会なんて、あの街での騒動くらいだろう。

 でも、僕は本気だ。

 

 本気で師匠の弟子になりたい。それは、僕が負けイベントに勝ちたいことと同じくらい、心の底から願っていることだ。

 

 ――訝しむだろうか、怪しむだろうか。

 おかしなことを言っている自覚はある。でも、もう師匠と呼んでしまったから、後の祭りだ。恐る恐る、といった様子で師匠を見る。

 

 師匠は――

 

「…………」

 

 

 ――どこか、納得した様子で僕を見ていた。

 

 

 そして、僕の態度をみて、嘆息。

 

「解ったよ、好きに呼ぶといい。ただし」

 

「……はい!」

 

「師匠と呼ぶからには、君は私の弟子だ。私の知ってること、私のしてもらいたいことは、きっちりやってもらうからな」

 

「はい! 師匠!」

 

 ――僕は、師匠の弟子になりたい。

 

 負けイベントを乗り越えて。

 その後に、

 

 

 僕は師匠の、弟子になった。



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6.ドメインを知りたい。

「君は、“大罪龍”についてはどの程度理解している?」

 

「まぁ、だいたいは」

 

 ――コーヒーにミルクを入れて、ゆっくりとかき混ぜながら師匠が問いかけてくる。暇と平和を混同させたような昼下がり、僕たちは僕が街の人から聞いて作ったお菓子、ラスケットをつまみながらの雑談だ。

 ラスケットはドメインシリーズ定番のお菓子で、初代から最終作の5まで時間経過にして数百年の時間経過があるにも関わらず、変わらずに存在するお菓子だ。

 コラボカフェとかやって再現して欲しい、と言われていたが、いままで実現してこなかった。こうしてこの世界にやってきたのなら、一度は食べてみたいモノだったのだ。

 

 味は……ちょっと焦げ臭い、うん僕のせいですね。

 

 ――閑話休題。

 

 大罪龍。

 ドメインシリーズにおけるラスボス枠。世界観的にも、平和だったこの世界に突如として現れ、人類を攻撃し始めた彼らは、言ってしまえば世界の敵、シリーズの悪役としての看板を背負う者たちだ。

 例外は存在するが。

 

「そう、七つの大罪という考えになぞらえて名付けられたそれらは、人々を苦しめ、魔物を生み出した」

 

 傲慢龍、強欲龍、嫉妬龍、憤怒龍、色欲龍、暴食龍、怠惰龍。

 それぞれが、一般的に大罪とされる感情を冠した龍であり、それらの概念はなんとなくオタク諸兄ならイメージが浮かびやすいものだろう。

 

 これらの内、初代である1では傲慢、憤怒、暴食。

 2では嫉妬、3では強欲、4では怠惰、そして5では色欲とそれぞれ対決することになる。最初の一作目で一気に三体を処理したのは、1の頃は続編が出る予定がなかったためだ。

 1の頃は、大罪龍で人類と敵対しているのは傲慢、憤怒、暴食と、そして強欲の四体だった。残る三体は人類に対して無関心か、肯定的な対応をする味方、ないしは中立側として描かれていた。

 

 それがシリーズ化にあたり、設定等を見直して、今の形になったわけだ。つまり後付である。このゲーム、基本的にだいたいの要素が後付でできていたりする。

 

 さて、ここで注目したいのは、“強欲”である。

 人類と敵対的であるにもかかわらず、1では対決せず、続編でも対決しないまま終わった。三作目においてようやく対決することとなったわけだが、何故そうなったか。

 これには色々とわけがあり、1の時点では強欲龍は封印されていたのである。

 

 先程話したとおり、初代の頃は大罪龍の半数が人間に対し敵対的ではなかった。とはいえ、それだと人類を追い詰めるには弱いため、四体は敵に回したかったのだが、制作のリソース的に、実際に戦えるのは三体だけだった。

 四体目のイベントを作る余力がなかったわけである。そこでライターが奇策として、四体目は本編開始前に封印されていて対処の必要なし、としたわけだ。

 

 封印といういかにも開放されて暴れだしそうな設定の割に、一切最後まで出番なく終わった初代の頃は、強欲は不憫枠とされていた。

 3で、それはなかったことにされたが。

 

 そう、3だ。

 ――師匠が出てきた作品である。

 つまり何がいいたいかと言うと――

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

「人類の敵、魔物の生みの親にして、()()使()()()()()()()。総じて、今この世界の中心にある存在、ですね」

 

「そうだね、私としてもその認識であってると思う」

 

 ふぅ、と一息つきつつ、師匠がコーヒーを置く。まだ入れてすぐなので、湯気がこぼれて、どこかへ消えていった。

 

「彼奴等に対抗できるのは、概念使いだけだ。だからこそ、概念使い同士の連携を密にして、打って出るべきだと思うんだけど……」

 

「師匠がそうであるように、今は手近な人々を守るだけで精一杯、ですか」

 

 戦闘状態に入った概念使いは、概念使いか魔物……ないしは大罪龍しか傷つけられないように、大罪龍もまた、概念使いしか傷つけることができない。

 人類が大罪龍に蹂躙されている理由は、ひとえに概念使いの数がまだ少ないことだ。そもそも概念使いが現れ始めてから、まだ百年も立っておらず、連携という概念はないに等しい。

 

 その上で、概念使いはそもそも人類が生き残っていないと生まれてこない。人類を護りながら連携、というのはそれはもう難しい話なわけで。

 

「最近は、概念使いが人々をまとめるコミュニティもあると聞く、私としては、君が強くなってくれればここを任せるか、お使いに行ってもらうことができる。二人概念使いがいる意味って、とても大きいよ」

 

「そうですね、僕としてもやっぱり位階の不足は感じてます」

 

「……アレだけ戦えるのに、どうして位階はそんなに低いんだろうね?」

 

 あはは、と師匠の追及を笑ってごまかす。

 例のバグ技もそうだが、師匠いわく僕は概念戦闘に驚くほど精通している、にもかかわらず位階が低いことはおかしい。実際僕も、自分でなければ怪しいとしか思わないだろう。

 

 ので、笑ってごまかす。師匠は僕が何か隠していることは感づいているが、触れないでくれている。その厚意に甘えるというのもあるが、説明するにしてもとても長くなるので、時間がないのだ。

 今でこそゆっくりとしているが、それもあくまで休憩として、効率のためだ。

 時間がかかる上に、疲れる説明をしている時間はない――イベントはもうすぐそこまで迫っている。

 

「ともかく、強くなって大罪龍を倒しましょう、師匠」

 

「……まぁ、そうだな。そろそろ休憩も終わりにして、また裏山に行こうか」

 

「はい!」

 

 ――勢いよく立ち上がって、僕はうなずいた。

 

 

 ◆

 

 

「来てるぞ!」

 

「見えてます、大丈夫!」

 

 すごい勢いで向かってくる()()()()()を、紙一重で躱しながら、僕はカエル型の魔物へ飛び込んでいく。

 カエル型魔物……“フログ系”の舌飛ばしなど、ゲームで何度でも見慣れたもので、リアルになってもそう認識は変わるものではない。いや変わるけど、変わらないように慣らしているのだ。

 

 入り込んで、即座にB・Bを放つ。この距離から飛び道具、狙いはコンボへの移行と次の魔物の一撃をS・Sで透かすためだ。

 更には当然ながら、先にB・Bを撃って防御デバフを入れておく必要もある。SSからの起動だと一撃で殺しきれないのだ。先にBBでデバフを入れると、一回のコンボでこいつは倒し切ることができる。

 

「“S・S”!」

 

 何故か足を伸ばして攻撃してくるフログ系特有の動きをSSの無敵時間で回避して、反撃の一閃を放つ。これによりフログの蹴りは僕をすり抜けて、僕の剣はフログを切り裂き、更にBBへ以降……と、順調にフログの体力を削りきり、撃破した。

 

 ふぅ、と一息つきながら、剣を払って消失させ、戦闘を終える。位階は上がらない、あと三回ほど戦う必要があったはずだ。

 

「やっぱり君概念戦闘なれてるよね? 私の指導とかいらないよね?」

 

「いやいやいや師匠の師匠あってこそ、僕は強くなれるってもんですよ」

 

「指導じゃなくて師匠って言ったよね?」

 

 アハハと笑ってごまかしながら、先に進む。今は師匠の家の裏山で、弱めの魔物を退治して位階を上げているところだ。

 

 概念戦闘。

 ゲームのシステムを世界観に落とし込んだがために生まれた、通常の“戦闘”とは全く異なる法則に支配された戦闘。

 概念使いが概念を展開している間、お互いは概念武器か、概念技でしか傷つけることはできず、傷を負っても実際の傷にはならず、概念使いの生命力……つまりHPを削っていく。最終的にそれが0になると概念崩壊を起こし戦闘不能、というわけだが……

 

「しかし、無茶はしないでおくれよ。この間から休憩のとき以外はずっと魔物との戦闘ばかりじゃないか。それじゃあ君が休まらない……」

 

「今は、できるだけ位階を上げておきたいんです。今日中に、あと二つ」

 

「心配をさせないでくれよ!」

 

 いいながらも、次に現れた魔物を難なく撃破し、経験値を集める。現在の位階は8、この裏山の推奨レベルは3なので、この程度ではまったく経験値はたまらない、とにかく戦闘あるのみだ。

 

 ――この、裏山での修業、というかレベル上げはゲームにもあったイベントだ。意図としてはチュートリアルの続き、このゲームのシステムを師匠が懇切丁寧に教えてくれる。これは、主に本作で初めてドメインシリーズに触れた人向けの説明なので、スキップができるのだ。

 というわけで僕には必要ないので、師匠に見てもらいながらひたすら魔物を狩っていた。

 

「今日は裏山の頂上まで行くんだからな! 途中でバテないでおくれよ!」

 

「わかってます……よ! “B・B”!」

 

 そして、最終的には裏山の頂上で、師匠との会話イベントだ。

 さて、この裏山はゲーム的には「ルエの裏山」と名付けられたダンジョンだ。実際、この裏山を管理しているのは師匠なので、リアルになってもその呼び方は通用するのだが。プレイヤーの間ではこの山は別の呼び名で呼ばれている。

 曰く、「死亡フラグ山脈」。

 

「それにしても、君は本当に、筋がいいな。これで位階が十分に上がれば、一人でも問題なくやっていけるだろう」

 

 ピコーン。

 

「縁起でもないこと言わないでくださいよ、師匠と一緒がいいんです」

 

「アハハ、嬉しいことを言ってくれるな。心配せずとも、私はどこへも行かないよ」

 

 ピコーン。

 

 先程から師匠の頭の上で燦然と輝くそれは、すなわち死亡フラグ(幻聴)。この師匠、この山に来てから、すでに二桁を超えるフラグを乱立させていた。

 そう、この山でのイベントで、師匠は尋常でないほどのフラグを建築するのだ。

 

 一周回ってここまで建築すると、逆に死なないんじゃない? というレベルで。

 

「……よし、位階上がりました」

 

「速いなぁ。戦い方が効率的なのがいいんだろうね」

 

 都合戦うこと数回、位階が9になった。空を見上げると日はまだ高く、日没には猶予がある。この調子なら位階を10にするのは日没に間に合うだろう。

 師匠が見せたいのは、この裏山から見た日没と夜の景色なのだから、なんとしてでも間に合わせなくてはならない。

 

 位階が10になれば新しい概念技も覚える。レベルはこの次の戦闘を思うと幾ら上げても足りないくらいだが、時間は有限である。ゲームとは違い、イベントは時限式、何もせずに待っていれば、なんの構えもなく訪れてしまうものなのだから。

 だからこそ、僕は次の魔物へと飛びかかっていく。

 

「……根を詰めているのは、自分でもわかってます。家の食料も心もとなくなってきましたし、今日位階をもう一つ上げたら、夜はゆっくりやすんで、明日は気晴らしに街へ行ってきますよ」

 

「そうかい? じゃあアリンダさんにまたベリーパイをもらってきておくれよ。私はあれを食べるのが最近の楽しみなんだから」

 

「もちろんです」

 

 アリンダさんは、あの街における師匠の数少ない理解者の一人。何かと食料等を融通してくれたり、魔物に街が襲われたら危険を承知で知らせに来てくれる人だ。

 僕が概念使いであるということも、街では彼女だけが知っている。

 

 ――ごくごく普通の人だ。師匠がこの街にやってくる前に、夫を魔物に襲われ亡くし、子はいない。もし居れば、師匠と同じくらいの年齢になっていただろうという話を聞いた。

 笑顔が優しげで朗らかな、師匠のお母さんが存命なら、きっとこんな人なのだろう。

 

 だからこそ、師匠も心を許しているのだと思うから。まあ、あの人は自分に親しく接してくれる人を見逃せない人で、お節介焼きでチョロいところのある人だけど。

 

 気合を入れ直す。全ては明日だ。明日、二度目の負けイベントが起こる。

 

「よし、そうと決まれば、まだまだ行きますよ!」

 

「だから無茶をするなとなぁ!」

 

 …………裏山でのイベントが終わった翌日、僕は街に行ってあるイベントを体験する。その中心にいるのが、アリンダさん。いや、正確には僕も師匠もその中心にいるのだけど。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。このルーザーズ・ドメインにおける最初の敗北。……その“始まり”。

 

 ルーザーズ・ドメインは敗者の物語だ。

 一度敗北し、その上で()()()()()()()()前に進む。それがこのゲームの鉄則である。つまるところ、そのイベントはアリンダさんの死から始まり、街が魔物の襲撃を受け、そして――

 

 

 ――最後に師匠が、死亡して終わる。

 

 

 僕は全てを失って、そして冒険が始まるのだ。

 だから、全てひっくり返してやることにする。

 

 それは、とても当たり前の、あまりにも当然の結論だ。

 

 ――ともあれ、今は目の前の戦闘。この裏山で出てくるのは、カエルとナメクジと芋虫。師匠が色々と受け付けないために放置されていた魔物たちをしばき倒しながら、先に進む。

 この裏山でのイベントは、僕が特に大好きなイベントだ。

 

 師匠と言葉をじっくり言葉を交わす機会でもある。

 ゲームのそれとは違う彼女を、僕はもうちょっと知りたいと、思っていた。



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7.僕は師匠と一緒にいたい。

 ――師匠の裏山は、頂上からちょうど日没を眺めることができる。人の手が入っていない自然と、どこまでも続く空を眺めながら、ぼんやりとするのは、なんとも至福の時間と言えるだろう。

 開けた頂上に、師匠が拵えた木製のテーブルと椅子が置かれていて、軽く上を拭いてから二人でそこに腰掛ける。

 

「ふー、間に合ったね」

 

「師匠があんなに大量の復活液を持ち歩くから、大変なのだと思うんですけど」

 

「君に万が一があったらどうするんだよ!」

 

 ガラガラと二人がかりで押してきた荷車を見ながら、ため息をつく。あの中には復活液と言って、概念崩壊した際に、概念崩壊直後なら再び概念化することができるアイテムだ。

 つまり戦闘不能からの復帰アイテム。師匠がこれを大量に持ち歩いていて、戦闘時以外は二人でこれを必死に運んでいるのだ。ちょっとした重労働である。

 

 ゲームでは、この裏山ダンジョン攻略中は、僕が戦闘不能になるたびに師匠が飛び出してきてモンスターを殲滅し、戦闘終了後には体力の戻った状態で復帰していた。

 通常の戦闘不能は戦闘終了後でも復帰しないので、メタ的にはゲームオーバーにしないための特殊な処理だったのだが、リアルにするとこのように師匠が無数の復活液を常備していたことが理由だろう。

 

「でも三桁くらいありますよ、これ。幾らするんですか……」

 

「自分で作ったんだよ……というか私の生活収入の一つだよ。これと街から魔物を撃退した時の報酬だね」

 

「作る側でしたか……!」

 

 復活液は魔物を倒したときに落とす素材を煮たりして作る。なんとも魔女っぽい感じだが、師匠は魔女っ子感あるので、かなり似合っているな。

 実際に作っているところを見たことないのは、まだ来て数日だったのと、僕にかかりきりだったからだろう。

 

「これがね、案外楽しいんだよ。集めた素材をどばーっとやってさ、ぐるぐるかき混ぜながら色の変化を見るんだ。復活液は香りがいいから、だんだんとその香りに近づいていくと心が安らぐんだよね」

 

「見てて変化とかわかりやすいと、やってて楽しいですよね」

 

 理科の実験とか、ゲームのダメージレースとか大好きだ。バグとかテクニックを組み合わせて、面白い現象を起こしたりやりこみをクリアするのは快感である。

 

「凝ったものを作るのは、楽しいよな。復活液って作る時の塩梅が重要なんだけどさ、何度も作ってると感覚的に染み付いてくるんだよ。その実感が格別に嬉しいんだ」

 

「測りとか使わずに、目分量だけで作るってことですよね。失敗すると爆発すると思うんですけど、大丈夫なんですか?」

 

 思えば3では錬金的な要素がシステムとしてあって、それで復活液とかを作ることができた。これは一種のミニゲームなのだけど、失敗すると素材を入れていた窯が爆発して、作っていたキャラが黒焦げになるのだ。

 コミカルな演出だけど、結構危ないとも思う。すくなくとも、リアルでなら。

 

「最初のうちはひどいもんだったけどね。その時の煤とかもう取れなくなっちゃってたりするし」

 

「それで今があるんだから、勲章みたいなものだと思いますよ、僕は」

 

「私もそう思う」

 

 ちょっといたずらっぽく笑う師匠を横目に見ながら息をついて、もってきたラスケットを食べる。うん、少し焦げっぽい。けど、悪くない味だ。

 

「君も、やってみるかい?」

 

「いいんですか?」

 

「君を一人で留守番させるとなったら、暇だろう。そういうことも、覚えていったほうがいい。この辺りの魔物はそこまで強くもないし、いつまでも修行ばかりではいられないだろう?」

 

 ――その魔物が強くないのは、師匠が定期的に狩りをしているからだ。

 だから街の人々は、安心して暮らすことができるわけで。でも、それを師匠は口に出したり、誇ったりはしないのだ。

 

「できるだけ、早く作れるようになりますね」

 

「ん? うん、そうしてくれると私も嬉しいよ」

 

 師匠は僕の言葉を何気なく受け取って、うなずいた。そもそも、そういった事を考えもしないのだ。誇ったり、驕ったり、そういうのは師匠には似つかわしくない。

 でも、もう少しくらい自信ありげにしてくれても、僕はいいと思うんだけど。

 

「ただなー、君がいてくれるだけで、私もだいぶ助かってるんだ。これ以上は、高望みな気がしなくもなくって」

 

「僕、なにもしてませんよ」

 

「何もしてないからさ」

 

 それを高望みというのも師匠らしいけれど、()()()()()()()()()()()()というのは、少しわからなかった。

 

「どういうことですか?」

 

「君は私に攻撃的じゃない。むしろ積極的に助けてくれる。正直、()()()()()だけでも、今の御時世平和的な付き合いができていると言えるのさ」

 

「……」

 

「君も、今の世界の情勢は解っているだろ?」

 

 ――今、世界は大罪龍たちが闊歩して、魔物が人々を脅かしている。対抗できる概念使いは数が少なく、統率も取れていない。

 人類の反撃開始は今から二十年後。1の主人公が成長してからだ。

 

 そこを過ぎて、傲慢龍さえ討伐すれば、時代は少しずつ変わっていくのだが。まぁそれも、まだまだ先の話である。

 

 概念使いへの世間の風当たりは強く、師匠は街の人々を献身的に助けているのに、その扱いは魔物とそう変わらない。危険だからと理解しようともせず、そして師匠もそれを変えられていない。

 諦めてしまっているのだ。

 今は、そういう時代だから。

 

 何もしないということは、罵倒も浴びせず、遠ざけもせず。ただあるがままに受け入れてくれている、ということでもあるのだろう。

 そう考えると少しハードルが高いかも知れない。

 

「世界中で大罪龍と魔物が暴れて、多くの人が被害を受けて、私はそれをどうにかできるかもしれない。でも、今の私にはあの街を守ることで精一杯だ」

 

 ああ、それは。

 ……そのセリフは、よく知っている。

 

「そんな私が、世界を救いたいというのは烏滸がましいかもしれない。でも、何かできるかもしれない。君がいるとね、そう感じる時がある」

 

「師匠、それは……」

 

 日が沈みゆく空に向かって、どこか遠くを眺めながら、師匠は郷愁に駆られたような顔で言う。そんな師匠の横顔を、僕は知っている。

 このシーンは、イベントCGが使われている象徴的なシーンの一つだ。

 師匠と負け主が、この夕闇に染まる空を眺めながら、流れていく時間に思いを馳せるシーン。

 

 そこで師匠は言う。一人ではできないことも、二人でならできるかもしれない。師匠が兵士たちに取り囲まれて、それを僕が連れ出したシーンのように。

 

 師匠は素朴で、ありふれた人だ。当たり前のことで笑って、当たり前のことで泣いて、一喜一憂する。彼女は概念使いとしては一人で百夜を追い詰めるほどの実力があるけれど、人間としてはまだまだ未熟な少女である。

 齢十八。師匠はどこか大人びた物言いをするけれど、その実はそんな、まだまだ幼いと言える年頃の女の子なのだ。

 

 3で、色々な事情からヒロインが精神を疲弊させ、師匠に辛く当たるシーンがある。その後、師匠の故郷だった場所を訪れ、師匠の出生を知るのだが――

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。そのことを知ったヒロインの思いは、余りあるものがあって。

 

 ――だから解る。師匠の言っていることは、

 

 

「師匠、それは嘘です」

 

 

 嘘八百だ。

 本当は、もっと違うことを思っている。

 そうだ、そうであるはずだ。

 ――本来ならこのシーン、主人公である負け主は師匠の思いに同調し、必ず二人で、世界を良くしよう、と言う。

 それは師匠にとって、味方がほとんどいなかった師匠にとって、救いとも言える一言で。

 

 でも、そんな時、師匠の味方がいなくなってしまったら、どうだろう。

 

 アリンダさんの死。明日起こるイベントは、そこから始まる。師匠はこれまで一人ではないけれど、仲間のいない生活を送っていて、そこに突然現れた仲間である負け主に心を赦す。

 しかし、そんな師匠に訪れる親切にしてくれた人の死。師匠は恐れる、僕を失い、()()一人になってしまうことを。

 

「何を言っているんだい?」

 

「ですから、師匠は本当のことを言っていない、と言ってるんです」

 

 ――そんなときに、主人公が死にかければ、彼女はどうするか。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「それは、僕が概念使いだったからでしょう? でも、師匠は僕が概念使いじゃなくても、助けたじゃないですか」

 

「……大きな事故はあったけどね」

 

「その時のことは忘れてください! っていうかなんでそっちが混ぜっ返すんですか!」

 

 顔を真赤にしている師匠はカワイイけど、今ほりかえさなくてもいいでしょうに!

 

「それに、街の人だって、あれだけ言われてるのに師匠は助けますよね。……言い方は悪いですけど、師匠って助けられるなら、誰でもいいと思うんですよ」

 

「……本当に悪い言い方をするな君は!?」

 

 でも、否定はしない。師匠は難しい顔でむむむ、となりながらも続きを促す。

 

「そもそも、師匠は警戒心がうすすぎます。僕みたいな得体のしれないやつを、ノータイムで住ませちゃうのはどうかしてますよ」

 

「――いや、君は私に勝てないし、そこは問題なくないか?」

 

 いやはやまったく。

 師匠が警戒心皆無なのも、めちゃくちゃチョロいのも、万が一何かあったとしても師匠に勝てるやつはいないのだから、師匠の警戒心も皆無になるというものである。

 

 概念化すると、それまで受けていたリアルの毒などの影響を受けなくなる。怪我も概念で補完され、概念化している間の概念使いは、本当に概念以外で害することのできない存在なのだ。

 これが、3の頃になってくると技術の進歩や概念使いの一般化で色々変わってくるのだけど。

 

 どうでもいいけど、かなり純朴な師匠ですらこういう認識があるって、やっぱり概念使いとそうでない人の間には、まだ意識の隔絶があるね。

 

「話がズレましたけど、師匠ってすごいお人好しじゃないですか。僕を助けたことも、全然後悔とかしてなさそうだし」

 

「君の存在が、かなり助かってるからだけどね?」

 

「――助けた街の人達に石をなげられても、全然気にしないじゃないですか」

 

「う……」

 

 少し師匠がたじろぐ。

 あんな事をいわれて、厚顔無恥にもほどがあるのに、師匠は何もこたえてない。それは、師匠が()()()()()だから以上の理由がない。

 もちろん、そうなるには色々理由があるけれど、

 

「……でも、しょうがないだろう。助けられるだけでも、今の私にとってはありがたいことなんだ」

 

「師匠は」

 

 ぐいっと、師匠の方を見る。

 顔が近いが、気にするものか。

 

「自己評価が低すぎます! もっと頼られてください! もっとそれを誇りに思ってください!」

 

 少し、距離を離して、視線をそらす。

 ……決して、恥ずかしくなったわけではない。

 

「百夜との戦闘中、師匠が助けにきてくれたこと、すごく嬉しかったです。頼りになりました」

 

「……」

 

「僕一人じゃ、絶対に百夜は倒せなかったんです」

 

 師匠と百夜がサシでやりあって、どちらが勝つかは、正直なんとも言えない。先日は概念起源を初見殺し的にぶっぱした師匠が一枚上手だった。

 でも、次どうなるかはまた別の話。でも、僕が百夜にあの時点で勝つことは、()()()()()()だ。

 

「僕が師匠と一緒にいるのは、師匠がとても頼りになるからです! 僕の師匠は師匠なんです! 僕なんかが頼るくらいじゃ解っていただけないかもしれませんが、でも」

 

 ――僕が言いたいことは、師匠が僕の師匠であること。

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと、僕が思っているから。

 

 だから、

 

「――でも、師匠は本当にすごい人なんです。それは、僕が断言します」

 

「――――」

 

 まっすぐ見つめたその先に、ポカンとこちらを見る師匠がいた。

 

「わ、たしは……」

 

 そして、師匠がそれに気づいたか、視線を反らして、

 

「……どう、なんだろうね。確かに、自己評価は低いよ。そんなすごい人間じゃないって、思ってる」

 

「はい」

 

「大陸最強とか、色々言われることはあるけど、“紫電のルエ”って概念使いは、ただ強いだけの概念使いなんだ」

 

 つまるところ、師匠はその強さを活かしきれていない、と言いたいのだろう。

 師匠は目の前の人を放っておけないタイプだ。そして、それを助けられれば満足してしまうところもある。自己評価が低いから、多くを背負い込めないのだ。

 なので、師匠がもっとその力を、周りの人を気にせず振るっていれば、世界はまた違う形になるのだろうけれど。

 

 でも、それは師匠じゃないと思う。

 

「……力がほしい。大切なものを守りたいから、そのための力がほしいと思って、強くなろうとした時がある。今の君みたいにね?」

 

「本当に今の僕みたいなんでしょうね」

 

 それこそ、無茶とすら思えるレベル上げを続ける姿は、ムリをしているとしか思えない。だからこそ、昼の休憩のように師匠は僕に時間を取らせようとするのだろうけれど。

 

「君を見てると、昔の自分を思い出す。なんでだろうね、君は位階上げで無茶をしようとすること以外は、とても普通だと思うんだけど」

 

「そんなことはないと思いますけどね」

 

 バグ技を使ってまで負けイベントを強引にクリアしようとするのは、どちらかといえば普通じゃないほうだと思う。しかし、流石にそこら辺はリアルにこの世界を生きる人とは感覚が違いすぎるので、なんとも言えない。

 でも、師匠がそう思う理由はわかる。

 

「大罪龍に、強欲龍というやつがいる」

 

「強欲龍グリードリヒですね」

 

 師匠が頷く。

 強欲龍グリードリヒ、大罪龍の中において、強欲を司る人類と敵対する側の大罪龍だ。その気性は荒く、暴力的で個人主義。単独での戦闘力はリーダーである傲慢龍プライドレムに並ぶという。

 そして、師匠にとって因縁の相手。

 

 そう、

 

「昔、それに故郷をやられたことがあるんだ」

 

 

 ――彼女にとっての仇とも言える相手だ。

 

 

「よくある話さ。強欲龍は特に大罪龍のなかでも無差別に人を襲う傾向にある。そのうちの一つが私の故郷だっただけ」

 

「それは……」

 

 ……少し、意外だった。

 師匠がそこまで、話してくれるなんて。

 僕は師匠の故郷が強欲龍に滅ぼされたことを知っている。それは、3で弟子であるヒロインに師匠から明かされた過去だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 とはいえ、師匠の人生は複雑怪奇で、故郷が強欲龍に滅ぼされたことすら、始まりに過ぎないのだけど。

 

「その頃の私は、まだ概念使いという自覚がなかった。偶然にも生き残り、一人で魔物に怯えながら逃げている最中に気がついたんだ」

 

「けど、気がついたからって強欲龍には勝てない、ですよね?」

 

「そうだ。もし気がついていたら、私は家族や故郷を守るために強欲龍に挑んで、死んでいただろうし、強欲龍はどちらにせよ止められなかっただろう」

 

 しかし、と続ける。

 

「でも、それが私の強くなりたいと思った理由ではある。概念使いとしては、ありふれているかもしれないけど」

 

 師匠は強い。特別な概念起源を有し、そうでなくとも位階は僕の数倍だ。だからこそ、師匠の言う()()()()()()()で、そこまで強くなれた師匠はすごい。

 不謹慎だから、言葉にはしないけど。

 

「強欲龍を、止めたいですか?」

 

「……ああ、()()()()()()()()()。もし、叶うなら、次こそは強欲龍を倒したい」

 

「なら――」

 

 僕は、立ち上がって、空をみて。

 

 

「今度は勝ちましょう」

 

 

 力強く、そういった。

 

「君は、不思議なことを言うね」

 

 まぁ、いきなり何いってんだと言う話だけれども。

 とても、大事な話だったから。

 

 それから一頻り話をして、裏山の夜空を堪能してから、来た道を戻る。あいも変わらず復活液が重いけれども、まぁ必要なことだ。

 これだけでだいたい七桁万円するからね。円じゃないけども。

 

 帰り道は、話すこともなかったために、お互い無言だった。魔物も日が昇っているうちに狩り尽くしたために、姿は見えない。時折現れても、師匠がさくっと電撃で焼き尽くした。

 

 そうして二人で家に戻ると――

 

 

 ――そこに、一つ明かりが見えた。

 

 

 こんな夜更けに。

 明かりは一つ、こういった夜間に師匠の家にやってくるのは、大抵の場合アリンダさんだ。要件は街に対する魔物の襲撃。

 

 ……何故?

 

 ふと、思考が停止していることに気がついた。

 おかしくはないか? そんなイベント、ゲームにはなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 だから、こんな夜更けのはずはない。

 アレは間違いなく昼の出来事で――

 

「――アリンダさん? どうしたんだい?」

 

「あ、ああ! ルエちゃん! そっちの子もいるね!?」

 

 師匠が、停止する僕を置いて、女性――アリンダさんへと声をかける。

 

「魔物の襲撃ですか。でしたら遅れてすまない、すぐに向かうよ」

 

「いや、私もいま来たところだ、ちょうどよかった……いや、いや! ()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

「……何がありましたか」

 

 アリンダさんの異様な様子に、師匠が一つ声のトーンを落とした。

 僕もかけよって、隣に並ぶ。

 

 ああ、いや。

 違う。

 そんなはずはない。

 

 だって――

 

 

()()()()()()んだよ! ()()()()()()()()()()()()()()()()んだ!」

 

 

 ――それは、明日のイベントの、はずだったんだ。



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8.強欲龍に出会いたくない。

 強欲龍グリードリヒ。

 大罪龍は強欲の名を冠するそいつは、3におけるラスボスであり、師匠にとっては仇のような存在。

 大罪龍の容姿はそれぞれ様々であるけれど、グリードリヒは一言でいうならば竜人、リザードマンだ。龍の顔を持つ人型で、全長は約3メートル。龍としては傲慢龍に次ぐ“小ささ”を持つ。正確には、人間と龍の姿を同時に持つ嫉妬と色欲のほうが小さくなれるのだけど、ともかく。

 ただし、それが弱いかと言えば否で、むしろその小さな体躯に龍としてのパワーを全て詰め込んだような圧倒的暴力は、強欲という字面に相応しい。

 

 大罪龍たちは特殊な能力をもっていたり、いなかったりするが、グリードリヒにはそれがない。彼の能力はいうなれば強さ。単体であれば大罪龍の頂点である傲慢龍に次ぐ強さを持つ、能力がない上でそれならば、もはやそれが能力というほかない。

 それが、強欲龍。

 

 その性格は――まさしく強欲。

 

 今、僕たちの眼の前で、それは展開されていた。

 虐殺。

 街は煌々と燃え上がり家々は焼け落ち、人々は逃げ惑い、死して地に伏せている。――見れば解る、生きている人間のほうが少数だった。

 

「……君が、何か隠しているのはわかっていたけれど。この状況は想定内だが、一番肝心な部分だけが想定外。そんな表情だな」

 

 隣にたつ師匠が、襲いかかってくる魔物を雷撃の槍で串刺しにしながら、僕を見る。

 ――今の僕は、それはもう見てられない顔をしているだろう。

 

「本来なら、いつ襲撃してくる予定だったんだ?」

 

「――明日です」

 

「そうか」

 

 唇を噛んで、そう告げる。本来なら、僕は間に合うはずだったんだ。間に合わせたかったのは、アリンダさんを救いたくて、それは結果的に僕がいない所で叶ったけれど。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「……そんな顔をするな」

 

「師匠……」

 

「だが、そういう顔ができるなら、君の行いと思いは間違いじゃない。行くぞ、まだ間に合う」

 

「――はい!」

 

 ああ、僕は、おかしくなってしまったかもしれない。

 目の前の光景は、悔しい。だが、それがあまりにも悔しくて仕方がないのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()へ対する悔しさだ。

 言い換えれば、救えるはずだった命を救えなかった悔しさ。

 でも、僕を前に動かすのは、ただ()()()()()()という意思だけ。それだけで、目の前にある地獄も死体も、僕は構わず進めてしまえるのだ。

 

 ()()()()()

 

 危惧していたことではある。現代を生きていた僕が、目の前の状況に適応できないこと。でも、それはなかった。僕は変わらず前にすすめる。

 今は、それでいい。

 

「――――“紫電のルエ”、参る!」

 

 師匠が、名乗りを上げる。僕もまた、己の概念を高らかに名乗りあげ、

 

 “敗因”。僕は、お前達に敗因を教えるものだ。

 

 ――前に進んだ。

 

 

 ◆

 

 

 強欲龍は、強大だ。

 可能なら、直接戦うことは避けたい。強欲龍に見つからないよう、生き残った人々を避難させる。避難場所は師匠の家だ。そこにアリンダさんがいるといって、避難を促す。

 逃げないようなら、そこまでだ。師匠は後ろ髪を引かれていたが、逃げることを信じて先に進む。

 

 強欲龍は好き勝手暴れているのだろう、遠くから猛烈な破壊の音が聞こえてくる。これに気をつけながら、魔物を蹴っ飛ばしつつ、先に進むのだ。

 

「この辺りは、だいたい回ったか」

 

「どうします、僕たち街の人の顔なんてきっちり覚えてないですから、いつまでやっててもきりがないですよ」

 

「長時間居座ると、強欲龍に出くわす可能性が高まるか……」

 

「そろそろ引きましょう、もう十分のはずです」

 

 いいながらも、二人で周囲を警戒しながら先に進む。

 生きている人も、今は殆ど見かけなくなってしまった。

 

「流石に、街を一周見て回らないのは違うだろう。後少し、次はこっちだ」

 

「それはもちろん。流石に僕もそこまで薄情じゃないです」

 

 だからこそ、街全体を一周見て回る。それが妥当なラインだと僕も師匠も、感じていた。空を飛んでいる魔物をB・Bでふっとばし、周囲を見渡す。

 

 今、ここにいる魔物は強欲龍の破壊の“おこぼれ”をもらうために寄ってきたハイエナだ。強欲龍は群れない、魔物たちを従えない。

 これが統率の取れている魔物なら大変だ、空を飛んでいる魔物から、僕たちの存在がバレてしまうだろう。コレが暴食や憤怒だったら、こうもうまく街の人々を避難させることは不可能だ。

 

「……手慣れてきたね」

 

「師匠の教えがいいんですよ」

 

「何も教えてないんだよな」

 

 軽口を躱しつつ、今の所音は遠い。そうであるように気をつけているのだから当然だが。とは言え油断はならない、回っていない場所のことを考えると、少し近づかなければならないだろう。

 しばらく、身を潜めるように周囲を警戒しながら先に進む。

 音は近づくが、場所は変わっていないのだろう、変化は一定だ。

 

「……人が、いないね」

 

「ええ、やはり生きている人間は皆避難したのでしょうか……」

 

「そうであるなら、重畳なのだけど」

 

 ただ、気になるのは魔物の数も少ないということだ。先程から何度か魔物を撃破しているが、明らかに数が減ってきている。

 異質だ。何かしらの意味があるように思える。

 

「…………」

 

 嫌な予感。

 頭の中で警鐘がならされる。魔物が少ないということは、考えられる可能性はいくつかあるが、一番あり得る可能性は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というものである。

 なにせ、実際にゲームではそういったシーンがあったから。3での一幕である。

 

 ……ん、そう言えば、その時強欲龍が魔物と人の区別をつけることなく暴れたのは、どういう状況だったか。そう、強欲龍が怒り狂っていて、うっぷんを晴らすために暴れている状況だったはず。

 

 そして、そこでは――

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…………!!!」

 

「なんだ!?」

 

 一瞬、周囲の音が全て消えた。まるで何かに置き去りにされたかのように。それは、そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()感覚だ。

 

「師匠!!」

 

 叫んで、師匠を庇うように掴んで、倒れ込む。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 僕たちの頭の上を、何か恐ろしい衝撃が駆け抜けていく。これは、そう、()()だ。すなわち、()()()()()()()()()である。

 

 倒れていなければ、頭の一つでも持っていかれていたかもしれないような代物である。

 

 それが僕らの頭の上を駆け抜けて、

 

 

“見つけたぁ!!!”

 

 

 声が、して。

 

 

「な、君、何が――!」

 

 慌てる師匠を突き飛ばし。

 

「くっ――“S・S(スロウ・スラッシュ)ッッ!!」

 

 僕が無敵判定のあるSSを起動させると同時に。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 落下の衝撃で地が割れ、先程砕け散った廃墟が、その破片によって更に無惨にずたずたにされる。そして、僕は見た。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っっっっだああああああ! “D・D(デフラグ・ダッシュ)”!!」

 

 S・Sからのコンボで、僕は先程覚えた新しい概念技を起動する。D・D、最適化の意味を持つそれは、敵を最適――正確には“通常の状態”に戻す技。

 簡単に言えば、攻撃に敵のバフ消去を行う特性がある。そして同時に、これは一定の距離を移動する技でもある。

 

 ここでの狙いは、グリードリヒが散々暴れている最中につけたバフを引き剥がし、距離を取ること!

 

“てめぇらが!! ここの概念使いかああああああ!!”

 

 グリードリヒが、僕に手を伸ばす。それを、ギリギリのところですり抜けて、距離を取り、先程突き飛ばした師匠の横に、僕が着地する。

 

 DDは蹴り技なので、地をそのケリの勢いで叩き壊しつつ、けれども、無事だ。生きている!

 

「っは、あ。はあ、助かった」

 

 師匠が息を整えながら言う。僕は無言で――声を出すことはできなかった――うなずいて、グリードリヒを見る。

 

「……!」

 

 その手に握られているものに、僕は見覚えがあった。

 ()()()()()()()()()()()()()だ。

 グリードリヒは、明らかに怒り狂っている。原因は不明だったが、その手にあるものから推測はできた。

 

「その兜の主を、殺したのか!」

 

 師匠が叫ぶ。

 

“ンなこたぁどうでもいいんだよ! てめぇらが概念使いかって聞いてんだよ、ああ!”

 

 そういって兜を強欲龍が放り捨てると、猛ったまま奴は叫ぶ。

 

 ――これは、後にアリンダさんから聞いた話。

 兵士たちは、アリンダさんをかばって死んだらしい。アリンダさんはグリードリヒの言う概念使い――兵士たちがいう魔物である師匠に唯一話を持っていける人材だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう言って、彼女を救ったのだという。

 グリードリヒは、殺そうと思った相手を殺すことができず、故に怒っているというわけだ。

 

 そんな、()()()()()()の死を、グリードリヒは踏み潰しながら――兜を踏み潰し、ぐちゃぐちゃにしながら――こちらを睨んだ。

 

「……そうだ。“紫電のルエ”。お前が殺した者たちが、ここに呼び寄せた希望だ」

 

 改めて名乗りながら、師匠が電撃の槍を構える。

 

“ああよ。なら、てめぇを殺せば少しは腹の虫も収まるだろうなぁ!!”

 

 そして、グリードリヒもまた!

 ――僕たちに、襲いかかってきた!

 

 

 ◆

 

 

 グリードリヒは、徒手空拳で戦う。

 三メートルほどの巨体ではあるが、武器を何も持たないがゆえに、そのリーチは思ったよりも短い――様に見える。が、それは大きな間違いだ。

 

 グリードリヒの武器は己の拳だけではない。()()()()()()()()()()こそが、グリードリヒの真の得物と言える。

 つまり――

 

「くっ……!」

 

 師匠が槍を構えながらグリードリヒにつっこみ、反撃にグリードリヒが拳を見舞う。

 当然それを師匠は回避するが、余波として発生した衝撃波が、師匠の体を吹き飛ばした。これがグリードリヒのまず厄介な所。

 

 ゲームにおいても、グリードリヒは素手での戦闘でありながら、圧倒的な当たり判定を有する理不尽な相手だった。しかも、その攻撃全てにノックバックの判定がつく。

 余波の威力自体は大したものではないが、コンボの最中に余波の当たり判定を見誤ってノックバックで吹き飛ばされ、コンボを途切れさせるというのが、グリードリヒの最も厄介な部分だ。

 

 そして、

 

「――気をつけろ、今の一撃。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ぞ!」

 

 ――威力は大したものではないといったが、それは師匠や3終盤の主人公たちを指して表現されるものだ。序盤の僕は、まだその域には達していない。

 

「解っています!」

 

 師匠と反対側に回り込むようにしてから、突撃。当然すでに師匠が吹き飛ばされているため、グリードリヒはこちらに目を向ける。

 

「“B・B”!」

 

 そこに、僕は遠距離からBBを起動しつつ。

 

“ちょこまかと、やかましい!!”

 

 そう言って、拳をこちらに突き出してくるグリードリヒに合わせて

 

「“D・D”!」

 

 コンボでDDを起動。一気に距離を稼いで、そこで一旦コンボを中断する。DDはダッシュから攻撃までの時間が短いのが特徴だ。だから、コンボが途切れてもすぐに操作に復帰できる。

 その上で、僕は余波から距離を取ったのであって、グリードリヒから距離をとったわけではない。

 

 むしろ、攻撃をかいくぐって、懐に飛び込んだような位置取りにある。

 

「“S・S”!」

 

 そこから、更にコンボ起動。

 ――無敵時間の間に、更にグリードリヒの攻撃が僕を空振る。直後、僕の剣がグリードリヒに突き刺さり――DDで僕はそこから離脱した。

 

 そこに――

 

「よくやった! ――覚悟しろよ、グリードリヒィ!!」

 

 師匠が、飛び込む! 本命はこちらだ!

 

“吠えるなよ、クソガキィ!!”

 

 叫ぶグリードリヒが、拳を構えるが、しかし()()。師匠が早かったという意味だけではなく。()()()()()()()()()()()という意味でも。

 

 ――僕の一撃は、グリードリヒに対してはほとんどダメージにもならない。

 だが、僕のデバフは、この状況に於いては()()()()()()()()の代物だ。特にグリードリヒは放っておくと一瞬でバフが山盛りになるので、DDは移動にもバフ消しにも、必須と言える概念技であった。

 

「吠え面をかくのはどっちかなあ! "P・P(フォトン・ファンタズム)”!」

 

 師匠の槍の穂先から、稲妻の球体が現れる。それが、グリードリヒを包むように弾け、更に師匠は続けた。

 

“ぐ……このっ!”

 

「――“T・T”ッ!!」

 

 師匠の十八番が、グリードリヒに突き刺さった。

 

“ぐ、がぁあああああああああ!!”

 

 叫びが戦場にこだまする。だが、まだグリードリヒの()()には届いていない。あと二発か、三発か。

 師匠の技の威力を考えれば、おそらくは二発。

 油断なく剣を構え――

 

 

“ふざけるなァ!! 図に乗るなよ穢れた概念使い共がぁあああ!”

 

 

 ――グリードリヒが、拳を振り上げた。

 

 まずい。

 

「師匠気をつけて! 大きいのが来ます!」

 

「あ、ああ! ……いや、だがコレは!」

 

 師匠が焦ったように叫ぶ。

 そうだ、この技は、()()()()()()。画面全体に効果を及ぼす、百夜のH・Hのような全体技。本来ならば、()()()()()()()()()()()()なのだが、現実で、使用回数に制限がなければ、たまらず連打してくるか――!

 

 

“天地砕破ッッッ!!”

 

 

 先程、周囲の街を丸ごと破壊して、僕たちを吹き飛ばしかけたそれが、今度は目の前で、余波など考えるまでもない状態から放たれる。

 

「くっ……“T・T”!」

 

 師匠が、ダメ元で概念技の無敵時間で回避を狙う。だが、TTの無敵時間は一秒半。グリードリヒのそれは約二秒の間、当たり判定が持続する。

 

 ――最初から、バグ技がなければ全滅必至な状況というわけだ。

 

「っっっっ“S・S”ッ!!」

 

 状況を予測していなかったわけではないが、それにしても急すぎるそれは、僕にアドリブを強要させる。

 だが、構うものか。

 

 ()()()()()()()()だ。その前提さえあれば、僕は自分の感覚を疑わなくなる――!

 

「“B・B”ッ! “S・S”ッッ!!」

 

 つなげる!

 無理な体制で放つことになったそれは、虚空へと消えていき。

 僕はバランスを崩した態勢で、地面に膝をつく。

 

「っの!」

 

“躱したか。面白い”

 

 ――見れば、師匠は概念崩壊を起こし、地に伏せていた。

 

 僕は急ぎその側に立つと、懐から復活液を取り出す。アリンダさんに言われて慌てて飛び出した際に、懐につめるだけ詰め込んで持ってきた復活液の一つだ。

 瓶に入ったそれを、瓶を割って、中の液体をぶちまけることで効果が発揮される。

 

「っ……助かった」

 

 師匠が、再び槍を構えて立ち上がる。

 

「僕か師匠、どっちかが立っていれば、復活液でまた立ち上がれます」

 

「そうだな」

 

 そうして、お互いに背を合わせるように足を踏み出して、剣を、槍を構える。

 

“面白いが――気に入らないなぁ!!”

 

 再び、激昂するグリードリヒに対し、

 

「それは――!」

 

「――こっちのセリフだ、クソ野郎!!」

 

 僕たちもまた、心の底から絞り出すように叫び、飛び出した。



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9.強欲龍に勝ちたい。

 今の状況は、最善ではない。

 むしろ最善からマイナスしていけば、最悪とも言える状態だろう。最善は、アリンダさんを逃し、師匠を逃し、強欲龍と出くわさないこと。

 僕以外の誰かのおかげでアリンダさんを逃がすことができたのは、僕の心境はともかく、全体で見れば幸運だったと言えるだろう。

 

 その上で、街の人々を逃して、強欲龍に出くわすこと無く離脱できれば、むしろパーフェクトとも言える結果だと言える。

 

 だが、出会ってしまった。

 

 強欲龍グリードリヒ。

 最悪の龍、破壊の権化にして、化身。ああ本当に、どうしてただ目の前にいるだけでこんなにも追い詰められた気分になるんだ……!

 

 ……だが、それを悔やんではいられない。出会ってしまった以上、強欲龍は僕たちを逃さない。だったら僕たちは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけで。

 だからこそ、僕は意識を集中する。

 

 理由は単純だ。なにせこの負けイベント。強欲龍一戦目。師匠の死がかかったここで、()()()()()()()()()()()()()()。だって、この強欲龍戦だけは、バグ技だけで攻略することができないから。バグ技、裏技を利用しての負けイベント攻略を掲げていた“二周目”では、ここだけはどうしても突破することができなかったのだ。

 だからこそ、“三周目”ではこいつを倒すべくレベル上げに勤しんでいた。それが、途中になったまま僕はここに来てしまったわけである。

 

 ――勝てるかどうか、策はある。だが、それが本当に機能するかは正直出たとこ勝負で、やってみなければわからない。

 そして、やらなければ勝負にすらならないのだ。

 

 さて、少し話は逸れるけれど――

 

 そもそも、何故バグ技だけでは強欲龍を攻略できないのか。

 まずひとつ、レベルが足りない。僕が使用したバグ技の中には、ある現象を利用した高速レベリングが含まれる。これを行うことで、高レベルとバグ技を併用し、負けイベントを攻略するのが“二周目”の趣旨である。

 この高速レベリングは、強欲龍戦後に解禁されるのだ。なので、この時点で僕は通常の方法でしかレベリングができない。

 

 これが、百夜戦のような全体攻撃による一撃KOで戦闘が終了するなら、話はまた違ってくるだろう。その攻撃の間、SSからのBBを利用して回避し続ければいいだけなのだから。

 だが、強欲龍戦はそうはいかない。強欲龍戦は、一定のダメージを与えるとイベントが始まり、そのイベントが終了することで戦闘も中断される仕様だからだ。

 

 この時、与える必要のあるダメージは5万。強欲龍のこの戦闘におけるHPは十万に設定されているから、つまり半分だ。

 そしてこれは、おおよそ師匠の概念起源(アルタードメイン)、V・V一発分である。

 要するにこの戦闘では、師匠がVVを一発放ち、それにより戦闘が中断されることになるわけだ。

 

 これに対する、ゲーム的な突破方法は一つある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。正確には五万点ダメージが入った時点で問答無用のイベントスタートなので、師匠のVVの効果中にダメージを入れる必要があるが、まぁゲームとしてやる分には些細なことだ。

 

 ルーザーズ・ドメインに限らず、こういった一定のダメージを与えるとイベントが発生し、その後戦闘が中断されるイベントはドメインシリーズには数多くあるが、そのどれもがイベントが発生する前に敵を倒してしまえば、勝利扱いになるものだった。

 実際、僕は“二周目”でもこの仕様で負けイベントをひっくり返したことは何度かある。そのうえで言うなら、この作戦には大きな欠点がある。

 

 ()()()()()()()()H()P()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――強欲龍は不死身だ。

 心臓を貫かれようと、首を切り落とされようと、胴体を半分消し去られようと。奴は再生する。最悪、なにもない虚空から突然。

 そのために、HPが半分切った時点で、強欲龍は一切の攻撃を受けなくなる。3やルーザーズのシナリオでも、さんざんこの不死身には煮え湯を飲まされることになるのだ。

 

 何故、そのようなことが起きるのか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それ以外の理由がない。

 推測することはできる、例えば強欲龍は単独で動き回るため、生存に特化しているとか。あらゆる事に強欲なグリードリヒは、生きることにもあまりにも貪欲だから、とか。

 

 だが、それらは全て間違いで、実際の理由は()()()()()()()。不死身であることが強欲龍にとって当たり前であり、そうでない強欲龍は、最初から成立していない。

 

 強欲龍には特筆する能力がないといったが、これがその理由の一つでもある。他の大罪龍には、明らかに自身が体現する大罪に合わせて、そこから理由付けされた権能とも呼ぶべき力があるが、()()()()()()()()()()

 正確には、ゲーム中に権能がないことを断言されている。不死身であるにもかかわらず、それは権能ではなく、()()だという結論がでるのだ。

 

 他にも、傲慢龍の姿も機能であると言われているが、ともかく。

 

 そして、こういった理由のない特異には、理由はなくとも意義はある。それはさながら神話における予言や不死と同等のものだ。

 神話において予言とは、どれだけ破ろうとしても必ず成立されるものである。

 神話に置いて不死とは、そのものは必ず不死の弱点を突かれて死ぬ、という意味である。

 

 ――そういう意味で、強欲龍の機能、不死身もまた、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 では、その弱点とは何か。一言でいうと強欲龍には(コア)がある。この核は体に埋め込まれており、この核が無事である限り、強欲龍は塵からすらも再生する。

 逆に言えば、コレさえ破壊してしまえば、師匠がVVを二発打ち込めばこちらが勝てるのである。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 当然、向こうもそんな簡単に核を破壊させるはずがない。こちらが核の存在を知らないと思っていても、そこで油断するなら、仮にも3でラスボスはやっていない。

 憤怒や暴食のように、大ボス止まりで終わったりはしないのだ。

 

 まとめると、強欲龍戦は、ある程度ダメージを与えた時点で中断され、敗北する。ゲーム内では、この中断前にHPを削り切ることで対処することができた。

 だが、この世界はゲームであり、現実でもある。強欲龍はHPの半分もダメージを受けたら、設定どおりに不死身の特性が発揮され、攻撃を受けなくなるだろう。

 

 その上で、核を破壊した上でもう一発HPの半分を削りきれば、僕たちは強欲龍に勝利できる。この半分を削り切るのは師匠がVVをもう一発放てばよい。

 

 ――この世界にきて、数日。僕は強く実感したことがある。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それはつまり、ゲームのようにバグ技を使用することができ、現実のように予測のつかないことが起きるという意味だ。

 SSからBB、そしてそこからさらにSSにつなげるには、バグと言う現実では起こり得ない現象が起こるというゲームとしての事実が必要で。

 今回のように僕の想定していないタイミングでの襲撃発生や、師匠が兵士たちに囲まれるイベントの順番前後は、この世界が現実でなければ起こらない。

 

 だからこそ、僕はゲームとしての“技”を利用して敵を倒すことができ、同時にゲームでは起こるはずのない事象を現実的に予測して、対処していかなくてはならない。

 

 そして、この世界が現実だからこそ、勝ちの目が出てくる負けイベントもある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ある意味で、とても都合の良い現実だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。でも、生憎と僕はその条件でなければ強欲龍に勝てない。

 

 だからこう言える。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それは、小数点以下で盗むことができるという攻略本の記述が、本当になる程度の可能性にすぎないが。

 ()()()()()()()()()

 

 ああ、僕をこの世界に導いた誰かさん。推測であるから、まだ口にはしないけど、感謝しなくもないんだよ。

 僕はようやく、負けイベントをひっくり返せる。ちゃぶ台を返して、その上に足を載せて、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 さぁやってやろう。

 敵は強大、あまりにも絶大。だとしても、それで退くのは僕の流儀に反するし、向こうもそれはさせてくれないだろう。

 だから、

 

 ここで強欲龍、お前を討つ。

 

 ――僕の概念は敗因。お前に、敗因を教える者だ。

 

 

 ◆

 

 

「行きましょう、師匠!」

 

「解ってる、君も気をつけるんだぞ!」

 

 ――先の説明は、師匠にはすでにある程度してある。ここに来る移動中にぱぱっと、だから連携に関しては問題はない。

 

 まず、師匠が隙を見てVVを一発入れる。ゲーム中では不意打ちに近い形でVVをぶち当てているが、今回は最初から正面戦闘だ。だから、VVを打ち込む隙を作る必要がある。

 それだけでも重労働だ。

 

“ちょこまかと! やかましいんだよ雑魚どもが!!”

 

 接近する僕と師匠に、グリードリヒは拳を突き出す。

 

 余波ですら、喰らえば即死の超火力。それを、意識的に前に向かって放つ、拳で破断を生み出すような攻撃。強欲龍の特徴的な攻撃モーションだ。

 僕はすぐに横へ滑って、それを回避、師匠も合わせて反対側に跳ぶと、その余波を躱して接近。

 ――いまのは、師匠も喰らえば一撃即死だ。復活液はHPの三割を回復しての復帰だから、必然的にそうなってしまう。

 

 だからまぁ、結果として僕の覚えたもう一つの新技……敵の攻撃力にデバフを与えるそれが腐っているが、構わない。

 基本的なコンボであるSSからの各種概念技へつながらないのは、致命的ではある。

 

 ともあれ、二人がかりで接近し、横から概念技を伴わない一撃を見舞う。位置取りに気をつけ、反撃の拳を距離をとって回避し、更にもう一撃。

 

“効くかよ、そんなものがよォ!!”

 

「効くとは思ってないさ!」

 

 あくまでSTを回復するための攻撃だ。概念戦闘の本質はコンボ。そして概念技、通常攻撃はあくまでそれを放つための準備でしかない。

 

“だったら死んどけや! 鬱陶しいだろうがあァ!”

 

 二人がかりで切り込んだ直後に反撃が飛んでくる。このタイミングは、回避が間に合わない!

 

「――師匠!」

 

「任せる!」

 

 即座に、連携。

 

「“D・D”!」

 

 僕がDDで()()()()()()()。そして――

 

「ぐ、っっっっぁ!!」

 

 ――グリードリヒの攻撃をまともに受け、概念崩壊を起こした。

 痛い。

 痛みが、体中を襲う。体全体の骨が木っ端微塵に粉砕されたかのようなそれに、思わず膝を付きそうに成るが、それを、強引に飲み込んで踏み込む。

 そして、僕が師匠をかばったことにより、師匠は今、完全にフリーだ。

 

 ――後ろから、復活液が叩きつけられる。

 

 直後、痛みは嘘のように消え、再び活力が漲ってきた。

 

 その落差は少し慣れないが、

 

“こいつ!!”

 

 攻撃の合間は、格好の隙だ!

 僕は概念を伴わない一撃をグリードリヒにぶつけ、師匠がVVの構えを取る。

 

「グリードリヒィ!!」

 

 憎悪とも、覚悟ともつかない叫びとともに、師匠が槍を構え、その態勢へ入る。だが――

 

“読めてんだよ!! ァアアアア!!”

 

 ――グリードリヒの()()()()()

 

 ああそれは、知っている。師匠も理解しているのだろう。構えていた槍を、即座に横へ振るう。それは、僕の体に突き刺さった。

 

「……師匠っ!」

 

“――――強欲裂波ッ!!”

 

 龍の口から放たれるそれは、ブレス。強欲龍に限らず、あらゆる大罪龍が持ちうるそれは、すなわち――()()ッ!

 

 一瞬の沈黙にも似た空白の後。僕は横へ吹き飛ばされ、放たれる熱線を横目に眺める。

 師匠の体が、それに飲み込まれた。

 

「――――」

 

 即座に僕はDDで駆け寄り、師匠を担いで距離を取る。

 復活液をぶちまけながら、師匠を叩き起こして、強欲龍を睨んだ。

 

「ぐ、ああ……ひどい気分だ。今の、二回死んだぞ」

 

“随分と豪勢だなぁおい。てめぇらの使うそれは、一つでも結構な財産じゃぁなかったか、オイ”

 

「お前を倒すための必要経費だ」

 

 僕から離れ、槍を突きつけながら、師匠は言う。

 これが他の負けイベントなら、ここまで復活液を使うことはないだろう。こちらのレベルもだいぶ高くなっているし、戦闘に参加するメンバーも二人ではない。連携やらなにやらで、簡単に補える部分だ。

 それでも、結構な数は消費するが――

 

 ――何よりも、厄介なのは強欲龍の一撃即死。当たれば即座に概念崩壊、もはやどこに立っていようと死地。正直な所、攻めあぐねていた。

 本番は一発目のVVを当てた後なのだ。だから、こんなところで躓いていられないし、概念技も出し惜しみせざるを得ない。

 そんな状態で、この戦闘はあまりにキツイ。

 

 しかし、止まる理由は一切ない。

 

「普通にやってもムリです。僕が一人で隙を作るので、師匠は一撃当てることに集中してください」

 

「だから無茶をするなと……いや、君に言うことでもないか。解った任せる、頼んだぞ」

 

「はいっ!」

 

 勢いよく返事をしながら、再び飛び出す。

 

“威勢はいいが、阿呆だろう、お前は! お前のような雑魚に何ができる!!”

 

「そうは思っていないくせに、よく言うよ!」

 

 確かに僕の位階は低い。だが、強欲龍はそれで僕を侮ってはいないだろう。ここまで、警戒させるに十分なほどの立ち回りを僕はしてきたつもりだ。

 それでいい、それで構わない。相手を油断させられるほどこちらに余裕はなく、油断でこいつを倒せるとも思えない。

 

「僕はお前の敗因だ。それをよく、刻み込んでおけ!」

 

 迫る拳と余波を躱して、後方へ回る。

 ――強欲龍はこちらに視線を向けない。油断ではなく、向けられないのだ。目の前で師匠が油断なく構えているから。

 一瞬でも大きな隙をさらせば、即座に師匠の概念起源が自分に突き刺さるとこいつは理解している。

 

 だが、それが隙だ。

 

 捨て置かざるを得ない小兵が、だからこそお前を躓かせると理解しろ!

 

「“S・S”ッ!」

 

 まずは一発。確実に当ててデバフの時間を延長させる。

 ここからの動きに、万が一でもデバフが消えることなどあってはならない。そしてこの一発は間違いなくグリードリヒは受ける。

 受けても構わない一撃だから、師匠の準備が万端な今、受けざるを得ない。

 

“ちょこまかと!!”

 

 そして、向こうがこちらの無敵時間をかいくぐる反撃を放つ瞬間に、

 

「“B・B”! ――“S・S”ッ!」

 

 無敵時間を、延長する!

 

“――ッ! ま、た、わけの分からねぇ技を!”

 

 腕が空振って。

 

「ああ、わからないだろうな! だが、おかげで、――ようやく取ったぞ!」

 

 僕は剣を手放して。()()()()()()()()()

 

“な、ァ!?”

 

「師匠ォォオオオ!!」

 

 羽交い締めにする形で、少しでもその体を抑える。

 その行動に意味はない。強欲龍が少しでも力を加えて僕を吹き飛ばすだけで、僕は引き剥がされ概念崩壊を起こす。

 だが、それで構わない。

 

「――ほんっっとうに、無茶をするな、君は!!」

 

 飛び出した師匠は、概念技で位置取りをしてから、改めて突っ込んでくる。

 それに対し、強欲龍は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。師匠の取った位置は、強欲裂波を放つために顔を向けることもできない。

 僕を引き剥がしてからでなければ、天地破砕も使えない!

 

“て、メェ、ラアアアアアアア!!”

 

 怒りに満ちた叫びがこだまして。

 

 

「……ッッ! “V・V(ヴァイオレットォ・ヴォルテックス)ッッ!!」

 

 

 師匠の概念起源が、強欲龍グリードリヒに、突き刺さった――――



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10.強欲龍から奪い取りたい。

 ――雷撃が、三度夜空に閃いた。

 それに巻き込まれた僕を、師匠が高速で回収し、距離を取る。復活液でなんとか態勢を立て直した後、二人揃って、雷撃に飲み込まれた強欲龍を見た。

 

 その体は焦げ付きながらも、致命傷には至っていないようにみえた。

 

「……本当に、倒しきれないんだな」

 

「はい、本番はここからです」

 

 向こうには聞こえない程度の声で、軽く言葉を交わす。師匠としては、この結果はあまりにも意外で、衝撃的なものだろう。

 予め聞いていてもなお、概念起源(アルター・ドメイン)で倒しきれなかったという事実は無視できないものがある。

 

 いくら師匠のVVが比較的安易に放つことのできる制限回数の概念起源だとしても、通常の概念技とは一線を画するのが概念起源であるからして、今までそれで倒せない敵はいなかったからこそ、師匠は目の前の現実を重く受け止めていた。

 

 ――そして、どこか意識を外へと放っていたグリードリヒが、その眼をこちらに向けた。

 

“く、ははは……はははははは! 概念起源というやつか! この威力、驚嘆に値する!”

 

 笑み。

 強欲たる化身の龍が浮かべたのは、ただただ純粋に自身に起きた事実と、それに対する興奮を混じらせた笑みだった。

 嘲るでもなく、侮るでもなく。

 

 ――グリードリヒは、ただただ哄っていた。

 

「……随分と余裕だな」

 

“ははは……は、何だその言いぐさは”

 

 そして、笑みを引っ込めて、こちらを()()()()にらみながら、続ける。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()! ()()()()()()()()()()()()()!!”

 

 

「なっ……」

 

 師匠が驚愕に目を見開いて、僕を見る。それから、改めて視線を強欲龍に向け直し。

 

「ありえない! そんな事を悟らせるような素振りをしたか!? ()()()()()()()()()()()だろう。如何に私達でも、強欲龍相手にそんな隙を晒せるものか!」

 

「……違います、師匠」

 

“ああ、違う”

 

 ――よく解っているじゃないかと、強欲龍は愉しげにこちらを見た。ああ、知っているとも、お前の性質はよく知っている。

 お前は、奪うことに敏すぎる。

 

“匂うのよ。てめぇらの心の底から、俺への勝利に対する欲求を! 俺の命を()()()()()()っつう()()を!”

 

「……こいつ!」

 

“俺の鼻はよォく効く。解るぜ、てめぇらが概念起源を俺にぶつけた後も、一切の油断がなかったことが!”

 

 ――普通なら、アレだけの大技を叩き込めばそこに一瞬ながらも弛みが生まれる。その弛みは決して大きな隙にはならないだろう。

 そこで次を引き締められるかは本人の気概次第だが、()()()()()()()()のであれば話は違う。今の僕たちがそうだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだから。後一発、師匠のVVを叩き込めば僕たちの勝ち。だが、その一歩があまりにも遠いことを、僕たちは最初から知っている。

 

“面白ェよな、てめぇらは。この不死身を見せつけても、一切その強欲に翳りがねぇ。俺ぁそういうバカは好きだぜ”

 

「そんな事を言われても、私達は何も嬉しくないけどなっ!」

 

「第一、それは上からの見下ろしだろう。優越感に浸っているな、強欲っていうのは相手を踏み潰してあざ笑うことを言うのか?」

 

 心の底から、吐き捨てるように言う。だが、奴にそんなつもりが一切ないことはわかりきっている。――今はやつが会話を望んでいるからそれに付き合っているのだ。

 隙が一瞬でもあれば、そこからこちらが切り込んでいる。だがそれがない。

 

“それもまた、一つの強欲ではあるなぁ。だがバカを言うなよ、それをして、そこで満足した時点で強欲は腐る。俺が俺で失くなっちまう”

 

 こいつは俺たちから街を奪い、人を奪い。それを勝ち誇り見下しながら、その上で更に俺たちから奪おうとしてくる。

 何を? ――何もかもだ。

 

“俺が欲しいのは全てだ! 俺は奪い取った後がほしいんじゃねぇ、奪い取ることこそが俺の存在意義! 俺の価値! ならよぉ、お前らはもっと俺に奪われろや!”

 

「断る!」

 

 師匠が即答し、槍を向けた。

 僕も剣を構え直す、あいつは不死身で、それにより強さを誇る大罪龍だ。しかし、その不死身を理解し、打ち砕こうという相手に油断はしない。慢心はしない。

 

 ()()()()()()()()()()()()、慢心などありえない。

 

“なら次に奪うのはてめぇら自身だ。特にそこのガキ。位階の低い雑魚のくせに、紫電にピッタリ食らいつくように俺に噛み付いてくる”

 

 こちらの方をみて、大罪龍は笑みを深めた。

 ……キライな笑みだ。

 

“あの技はなんだ? てめぇの位階で、あんな長くこちらの攻撃を躱せるはずがねぇ。それは異常だ。警戒に値する”

 

「警戒した所で意味はないよ、お前には何の価値もない。理解もできない代物だ」

 

 ――この技が使えるのは、この世界(ルーザーズ・ドメイン)においては僕だけなのだから。だから警戒も興味も意味はない。

 

“だろォな。でもよォ、てめぇのそれは間違いなく概念起源並の驚異だ。だが、そんなものが軽く扱えるはずがあるか? ねェよなぁ。世界の法則ってやつから外れてやがる”

 

「……」

 

 図星だ。

 

“使用にためらいがねぇってことは、使用自体にリスクや回数制限があるわけじゃねぇ。だが、極力それを使わねぇようにお前は立ち回ってる。使ったのは俺の必殺の一撃と……決死で隙を作る場面か”

 

 ――こいつは。

 強欲龍グリードリヒは、愚かではない。知恵こそ本質である嫉妬龍や大罪龍の長、傲慢龍ほどではないが、相応に頭が切れる。

 単体としての強さも傲慢龍に続く二番手。

 

 グリードリヒは単騎だ。他なる龍とは違い、権能は持たない。だが、()()を持つ二対の一つ。それは、そう。単騎であってもなお、それが許される強さが、強欲龍には存在するのだ。

 

()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そしてお前はそれを、お前の技術で何とか手綱を握っている”

 

「……正解だよ」

 

「君っ!?」

 

 呆れたように降参と肩をすくめる僕に、師匠が咎めるように視線を向けた。隠してもムダだとそれに眼だけで返して、

 

「こいつは扱いが難しくてね、じゃじゃ馬なんだ」

 

“ほう……”

 

 せめてこいつが、絞った二択のうち、制御の問題だと勘違いしてくれるように祈りながら吐き出して、それから一度息を吸う。

 

「――――けどな」

 

 その上で、いい機会だ。

 

「それがお前に勝てない理由になるか? 僕の手品のタネは、見破れば意味がなくなるほど陳腐なものか?」

 

 ――言いたいことを、全部言ってやることにした。

 

“ほォ……?”

 

「第一、お前は解ってるんだろう。僕らがまだ何も諦めていないってことを。むしろこれからどうやって勝つか、考えを巡らせ続けてるってことを」

 

 この会話は、隙を見出すためのものだ。

 そして同時に、時間をかせぐためのものだ。互いに言葉を刃に変えながら、それと同時に思考を回す。特に師匠は、とても敏い人だ。

 僕が言葉で時間を稼ぐ意図を、十分に理解してくれているし、今も考え続けてくれている。

 

“何がいいてぇ?”

 

 興味深そうに、続きを促すようにグリードリヒは言う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

“ハ――”

 

 ――僕は、ドメインシリーズにおける敵役としての大罪龍。悪役としての彼らは決してキライではない。創作における悪役は、彩りであり、大事な味付けだ。

 その上で、彼らの在り方は、僕は肯定的に見ている。それでも、()()()()()()()()()

 もちろん、キャラとしては嫌いじゃない。強欲で、粗暴で、けれども強かな知恵を持つ強欲龍は、間違いなくシリーズ屈指の強敵であり、悪役だ。

 

 だが、あくまで個人としての強欲龍グリードリヒは大嫌いだ、ヘドがでる。現実になったこの世界において、僕はただ単純に、感情的な理由で、こいつを絶対に許すことはできなかった。

 だって、こいつは奪う存在だ。僕に負けを押し付ける存在だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

“――言ってくれるじゃねェか、クソガキィ!!”

 

 

「……敗因。それが僕の概念だ。僕が負けることを意味するものか? いいや違う」

 

 挑発。

 こちらが攻め込む隙がないなら、向こうからこちらに攻め込ませてやる。師匠も槍を持つ手に力を込めて、その状況に備えた。

 

「僕がお前の敗因だ!」

 

“ほざきやがれ! てめぇがそんなに俺から全てをかっさらわれて、負けを認めてぇつうんなら!”

 

「――お前が僕から、大事なものを奪っていくというのなら!」

 

 そして、

 

 

「お前が、負けろ!」

 

“てめぇが、奪われろ!”

 

 

 そして、強欲龍グリードリヒは、僕に向かい、襲いかかってきた!

 

 

 ◆

 

 

「君! スロウ・スラッシュの継続時間は!?」

 

「さっきの会話でがっつり切れてますよ! もともとそういう想定です!」

 

「だよね! まずはそこからか!」

 

 戦闘中でも交わせる程度の言葉を交わしながら、僕たちは散り散りに飛び退る。強欲龍の狙いは……僕だ。先程から僕のことを気にしていたのもあるし、僕が減速の概念技を使うことはこいつもよく解っている。

 今の会話も、僕へ攻撃を誘導するためのものだ。そして強欲龍は狡猾だが、思考回路はシンプルだ。単純でこそないが、正攻法を選ぶ傾向にある。

 

 つまり、あえて誘いに乗った上で踏み潰してくる!

 

“死に晒せぇ、敗因!”

 

 一瞬で僕のもとへ肉薄した強欲龍は、そのままの勢いで拳を叩き込んでくる。ただの回避では間に合わない距離。選択肢は二択、SSの無敵時間による回避か、DDでの距離稼ぎによる回避!

 前者ならばそのまま反撃に繋げられるが――

 

「――“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 ――僕はあえて、距離を取ることを選ぶ。

 一気に強欲龍の横を駆け抜けて、そのまま着地して振り返る。当然、強欲龍はこちらへ視線を向けた。そこが隙だ!

 

「……っだああ! “E・E(エレクトロニック・エクスポート)”!」

 

 師匠が、グリードリヒの死角となる位置に飛び込んでくる。そのまま、コンボだ!

 

「“M・M(マグネティック・マインド)”ォ!」

 

 黒い鉄のような塊で槍を塗り固め、グリードリヒにそれを突き刺す。回避はかなわないタイミングでのそれを、奴はまともにくらった。

 傷はつかない――が、

 

「……“S・S”!」

 

 僕もまた、接近し、一手遅れて攻撃を叩き込む。

 

 師匠のEEは僕のDDと同じ移動技。そしてMMには、僕のSSと同じように、速度低下のデバフ効果がある! 無敵時間はないために、普段は僕のSSのようには使えない技だが、こちらに意識を向けさせているなら有効だ。

 その上で、基本的にデバフは別々の技で与えた場合、重複する。

 

“やってくれたなァ!”

 

 自身の攻撃に加えて見舞われた二連撃、若干ながら強欲龍は態勢を崩していた。故に撃てる反撃は一つだけ。

 

“強欲裂波ァ!”

 

 ――熱線が、地をえぐる。だが、それはすでに読めていた手だ。向こうも撃てるから撃った以上の意味はないだろう、距離をとって回避、そのまま次の手に僕たちは移行する。

 

「敢えて喰らえと言ってやる!」

 

 師匠が飛び込むと、概念技を付与していない攻撃を叩き込む。反撃に振るわれた腕は即座に回避して、次は僕が踏み込んだ。

 僕の剣もまた、強欲龍を傷つけない。概念化した概念使いに対する、通常兵器と同じ感触。逆に概念使いは、一方的に兵器を破壊することができる。

 

 ――致死の一撃が僕を襲った。

 無論、当たるつもりはない。師匠への攻撃の隙を縫ったのだ、当然である。加えて即座に先程距離をとった師匠が突っ込んでくる。ここまでくれば向こうも狙いは知れているだろう。

 STを稼ぎつつ、ヒットアンドアウェイだ。

 

“ちょこまかとォ!”

 

 ――この状況を一瞬でひっくり返すなら、天地破砕は一番手軽だろう。だが、今は二重の速度デバフにより、強欲龍の動きは緩慢だ。こちらの通常攻撃に対して隙をさらさないのならともかく、大技の予備動作は間違いなく隙になる。

 この攻撃が次の行動への準備であることに変わりはないが、同時にこちらは一瞬でも隙を見せたらコアを抜くという圧をかけている。

 

 故に、打って出るならデバフが終わった瞬間、もしくはこちらが再びデバフを入れようとした瞬間だ。そして後者はこちらの隙にもなる。タイミングを図れる効果時間切れの瞬間が最も狙い目なのだ。

 あちらも天地破砕で反撃してくるだろうが――その一瞬でコアをぶち抜く!

 

“うざってぇんだよ! 強欲裂波!!”

 

 ――だが、そこで強欲龍は積極策に出た。熱線だ。そしてそれは徒手空拳で戦うグリードリヒにとって、ある意味で手がもう一本増えたようなものだ。

 

“強欲裂波! 強欲裂波ァ! ――強欲裂波ァアッ!”

 

 連打。

 無数の熱線が拳と同時に飛んでくる。とんでもない密度だ。即死不可避の余波も相まって、戦いにくいったらありゃしない。

 僕に拳を見舞いながら、師匠に顔を向けて熱線を放つのだ。これでは近づくこともままならなくなる。そして今の状況はグリードリヒにとっては、一つギアを上げたような状態だろう。

 

 おそらく、熱線はこのまま連打し続ける。やつの熱線に限りはない。

 

「子供の癇癪みたいだな!」

 

“ほざいてろや、敗因よォ!”

 

 熱線の横を通り過ぎ、接近する。遠くから、師匠が牽制混じりにMMを連打してくれている。あれは僕のBBほどではないが、そこそこ射程はあり、こういう場合の牽制に向いているのだ。

 

「いっっけぇええ!」

 

「はい!」

 

 師匠の声援を受けながら、一気に前に踏み込む。デバフが切れる。そうなれば一気に状況は動くだろう。故に、ここで決めなくてはならない。

 

 僕が近づいたところで、強欲龍の体が完全にこちらを向いた。この位置、もはや師匠は核に攻撃が届かないだろうという判断だ。

 もちろん、核を抜かれればVVが飛んでくるわけだが……核が抜かれた時点で、こいつは負けだ。そこまで割り切っている!

 

「グリードリヒッッ!」

 

 やつの拳が飛んでくる、手を下に向け、余波を余す所無くこの辺りにぶちまけようってところか。

 

「構うものか……! “S・S”!」

 

“来たかよッ!”

 

 ――ここでこれを使う。すでに二度見せてはいるが、僕の無敵時間は、コンボが続く限り永遠だ。最初の拳をSSの無敵時間で透かして、

 

「“B・B”! “S・Sッ!」

 

“強欲裂波!”

 

 これも、効かない! 繋がった!

 

 ――強烈な熱線を正面から受け、視界が白に染まる。構うものか、この攻撃はグリードリヒの口から放たれなければならない、そこにお前がいることは解ってる!

 

 更にBBから、SSへ!

 

「これで――ッ!」

 

「――まずい!」

 

 そこで、師匠が何事か叫ぶ。しかし、すでに技のモーション中。無敵時間内だから僕がやられることはない。故に、師匠がそういうなら、僕の取るべき行動は一つ!

 

「……ッ“B・B”! “S・Sッッ!」

 

 もう一度つなげる。これで、奴の核へ攻撃が――

 

“――おおおらぁああ!”

 

 直後、僕の視界が()()に染まった。

 

「なッ――!?」

 

 それは、地が炸裂した音。同時に、何かが後方へと凄まじい勢いで飛んでいく。だが、煙で何が飛んだかまでは見えない。いや、想像はつくが!

 

“――強欲裂波!”

 

 先程までより遠くから、強欲龍の声が響く。

 慌てて僕がDDで距離を取ると、その横を熱線が通りすぎていった。

 

「なっ、どうやってあの一瞬で距離を!?」

 

「すまない、土煙で見えなかった!」

 

「……師匠ッ!」

 

 ――まずい。デバフが消える。そうなれば、あいつは間違いなく――!

 

「――解った!」

 

 急ぐ。声の聞こえた方へ、土煙にまみれた空間を駆ける。

 

「“D・D”!」

 

「“E・E”!!」

 

 腰を低く落とし、移動技で接近する。

 

 ――ここでアレを使われたら、師匠は間違いなくやられる。そうなれば、僕たちは核を破壊できない!

 

 ()()()()()()()()()()()()()のだ。そして、一つを破壊したということは、破壊できるということは、ヤツにとっての危険信号。勝利を決めることを考えるなら、絶対にここで逃がすわけにはいかない。

 もちろん、そうならないための策はある。最善は僕のバグ技で一気に壊し切ることだったが、それは失敗するのが今見たとおり。

 

 ――なら、ここしかない。

 

 僕たちがグリードリヒに勝とうと思うなら、これで奴を何とかする!

 

“遅いんだよォ!”

 

 ――解ってるんだよ!

 

 

“天地破砕――ッ!!”

 

 

 お前がそれを、放つってことは!

 

 破壊の暴力、強欲の権化が、僕たちの眼の前に、死という概念を伴って、迫ってきた――!



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11.そして起源を思い出せ。

 ――SSとBBの組み合わせで、周囲を包む破壊の群れを駆け抜けていく。

 しかし、実際の所は僕の動きは遅々として進まない。もとより二秒程度の効果時間。その間に移動できる距離などたかが知れている。このバグ技の利点は接近しないと攻撃に使えないというのは百夜戦でも触れたとおり。

 

 問題はその後だ。

 強欲龍グリードリヒと僕の間には、まだ距離が幾分かある。この距離を詰めるには、DDの移動は必須。そこからSSで無敵時間を利用して核に斬りかかるのが理想だ。

 

 だが、そこで問題が一つ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()。そうしなかったのは、連発しても意味がなかったからだ。幾ら連発できるといっても、何度も撃てばグリードリヒとて疲弊する。

 アレはやつの身体能力から放たれているからな。

 

 とはいえ、今の状況で使わないわけがないだろう。デバフが切れ、僕たちは通常の手段ではグリードリヒの核を壊せないことが解ってしまった。

 何かしらの策が必要で、それを使ってくるなら間違いなくここだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 遠慮はいらない、ここで全てを終わらせるのだ。

 

 ――視界がひらける、間に合うか? 天地破砕の連打に必要な一瞬の間隙。そこに僕は割り込めるか? タイミングが合うか?

 正直な所、やってみないとわからない。

 正解なんて、蓋を開けてみるまでは闇の底。

 

 構わない。

 僕はそれでも、前に進むんだ!

 

「――“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!!」

 

 行くぞ、前に出ろ――!

 

“やっぱり来やがったな! けどな! おせぇんだよォ!!”

 

 強欲龍が、()()の準備を終えて、待ち受けていた。

 

「くっ――!」

 

 間に合わない――!

 

“天地破砕――ッ!!”

 

 龍の咆哮が、再び周囲を包み。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 間に合わないが――抜けた!

 

“なっ――!”

 

 そこで、初めて強欲龍が目を見開く。驚愕した理由は二つ、一つは僕が無敵時間のないはずであるDD中にも関わらず全画面攻撃の天地破砕を受け止めたこと。

 

 もう一つは――

 

 

「お、オオオオオオオオッッッッ!!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

“こいつ、何故――ッ!!”

 

「お前には、搦手より正攻法のゴリ押しの方が効くだろ!」

 

 僕と師匠が、同時に踏み込む。

 僕が飛び上がり、師匠が懐へ――

 ――それぞれの狙いは、心臓と首だ。

 

“クソが――――ッ!

 

 強欲龍が、僕ではなく師匠に拳を放つ。正解だ、僕では無敵時間による回避で躱される。けど――どっちも同じなんだよ!

 

 ――直後、“何か”がいくつか宙を舞った。

 師匠は身を捩り、最低限直撃だけを回避する。けれども、余波までは避けられない、ここで受ければ、概念崩壊は必至のはずだ。

 そして、

 

 

 師匠が攻撃を受けるよりも先に、師匠が放った何か――復活液の瓶が余波によって砕かれ、師匠に降り注いだ。

 

 

“――!!”

 

 ――そうだ。

 気づいたみたいだな。それが師匠が天地破砕を踏み越えた理由。お前にだけは有効で、そしてお前なら絶対に対処できない、ゴリ押しにも程がある有効打だよ――!

 

「とど、け――!」

 

 ――復活液。瓶を叩き割って概念崩壊した者に振りかけると、即座に概念化へと復帰するアイテム。先程から戦闘中にポンポンと使っていたが、要するにこれはどんな方法であれ、概念崩壊した概念使いに、瓶の中身を叩きつけられればそれでいいのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。故に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ちょうど、その直後に攻撃を食らう、僕や師匠のもとへ向かって――その差は、コンマ数秒ほどのものしかない。

 これが他の誰かであれば、もしくは強欲龍の熱線であれば話は違ってくるだろう。熱線は中身ごと復活液を吹き飛ばし、他の誰かなら、復活液を避けて攻撃すればいい。

 

 あまりにも攻撃範囲が大雑把すぎる、グリードリヒにしか使えない手――!

 

 師匠の家にあった無数の復活液を、持てるだけ戦場に持ち込んで、このときのために取っておいたのだ。師匠が裏を掻いて、グリードリヒに接近できるこの瞬間を!

 

“この――! クソどもがぁあああああ――――ッ!!”

 

「とどけぇええええええええええ――――ッ!!」

 

 

 師匠の刃が、僕の指定した核の場所、グリードリヒの心臓を寸分違わず、貫いた――!

 

 

 ここまでくれば、もはや後は遮るものなどなにもない。僕にはSSからBBへのコンボがある。師匠と違い、それを使っている限り、僕は無敵だ。

 

「悪いね強欲龍! 最初からお前には、必定の敗因ってやつが定まってたんだよ――!」

 

“チッ――!”

 

 勝った。師匠は即座にVVへと攻撃を移行している。僕が首を貫いた直後、やつは紫電の槍に貫かれて終わりだ。この状況、この瞬間だからこその勝利!

 負けイベントだろうが、なんだろうが、僕はそれを踏み越えて、前に進んでやるんだよ――!

 

 

“――仕方ねぇな、クソが!!”

 

 

 ()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――上?

 いや、何が?

 

 僕が狙ったのは首だろ? なんで上を掠めるんだよ?

 

「あ――」

 

 いや、違う。

 グリードリヒの、首から上がどこにもない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。グリードリヒの首を、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

“――悪いな”

 

 そんなのゲーム内で一度も使ってないだろ。いやでも、ドメインで核を破壊するのはイベントシーンで逃げられない状況で、もしそうでないなら最初からこうしていた?

 不死身なんだから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうけど!

 

 いやでも、そんな――!!

 

「何だよそれッ!」

 

 叫ぶ師匠に、ハッとなって彼女を弾き飛ばす。この状況で、ヤツが撃ってくる手は一つしかない。

 

“――――強欲裂波!!”

 

「クッ……“S・S”!!」

 

 復活液は熱線なら液体ごと焼き払える。ここで先程の手段は使えない。首を吹き飛ばし、上から僕を見下ろすやつは、僕を正確に狙い、それを放ってくる。

 僕はそれをSSからBBで凌ぐしかない。続けてSSをつなげて、DDで首を追う。復活液作戦はもうバレているが、熱線以外に対しては未だ有効だ!

 

「“B・B”! ――“S・S”ッ!!」

 

 そして、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「あっ――」

 

 ――コンボのミス。体が硬直する。それまで難なく成功させていたバグ技が、ここに来て失敗した。理由? 焦りに決まってる――!

 

 熱線はSSの最中に通り過ぎた、でもこれは!

 

 僕は、強欲龍の前に無防備な状態を晒していて――

 

 

“――ようやく捕まえたぞ、敗因”

 

 

 その首を、僕は即座に掴まれた。

 

「が、あっ――」

 

 直後、宙を舞っていた首が消失し、また竜人の体の上に戻る。ヤツは自傷なら即座に復元するというわけだ。――それで、思い出す。

 先程、僕の攻撃を回避した超高速移動。アレも体の一部を自分の攻撃の余波に指向性をもたせて炸裂させた勢いを利用したのではないか。

 

 そんな戦術、ゲームではこいつは一度も使わなかった。使う気配すらなかった。けど、不死身は機能で、機能は絶対だ。だとしたら、こういう使い方はゲームではなくとも、()()()()()()()()()()

 

「――――ぐりー、どり、ひ」

 

“おっと、下手に動くなよ。てめぇがその剣で一手動くより、俺がてめぇの首をへし折って概念を消し飛ばし、その余波で体を粉微塵にするほうがはえぇ”

 

 そうして、上から勝ち誇ったように僕を見下ろしながら、笑みを浮かべる。

 

“紫電も動くんじゃねぇぞ、てめぇが動いた時点で、こいつの命はねぇと思え”

 

「あ、あ――ああ……」

 

 突き飛ばされた師匠が、起き上がり、けれどもそのまま停止する。

 

“つってもよォ、てめぇらは脅威だ。ここで放置すれば何れ俺たちをてめぇらは滅ぼすだろう。だからてめぇが死ねばこいつは助かるってぇのは無しだぜ”

 

「……っ!」

 

“けど、俺だってそこまで野暮じゃねぇ。選ばせてやるよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。好きな方をよォ!”

 

「……外道が!」

 

 師匠の叫びに、グリードリヒは心底楽しそうに呵う。ああ、奴は心の底から、奪った喜びに浸っている。

 師匠にその二択を選ばせるのか? 自分の死に目を僕に付きつけるのと、僕の死に目を目の前でつきつけられるのと。

 どちらもただの拷問じゃないか。

 

「結局はただの略奪じゃないか! どれだけ言葉を並べようと、お前が私から全てを奪っていくことに変わりはない! また奪うのか! どれだけ奪いたいんだよ! どれだけ奪えば……満足なんだよ……」

 

“バカな事を言うんじゃねぇ、てめぇから何かを奪うのはこれが初めてだろうが”

 

「……お前ぇ!」

 

「師匠っ!」

 

 ――認識すらされていなかった。当たり前のことだが、だからこそ師匠にはそれが効くだろう。かつては歯牙にもかけられなかった相手に、今は脅威と思われている。だが、それでもなお手を出せない。

 

 かつてと、何も変わっていない。

 

「なんでだよ。お前を倒すために強くなったのに……どうして勝てないんだよ、後少しなのに、後一歩なのに。どうしてその一歩が、こんなにも遠い……」

 

“――てめぇが弱えからだろう。それ以外に何がある”

 

 吐き捨てる。

 ――終わりだ。何もかも、僕も師匠も身動きが取れない。勝ち誇った相手に、ただなすがままにされるだけ。

 

 負けイベント。勝てると思っていたのにな、百夜に勝てて、本質を見誤ってしまったのだろうか。ゲームでも勝てない負けイベントは、現実であっても勝てないということか。

 

 そんな現実を間違えて、幻想に夢を抱いてしまったのだろうか。だとしたら、僕はどこから間違えていたんだろうな。

 ――この世界に、僕がやってきた意味って、一体何だったんだろうな。

 

“そもそも、俺は強欲龍だ、奪うために生まれてきた龍だ。俺の強欲に理由はねぇ。そんなアタリマエのこともわからなくなっちまったのか、てめぇらはよォ”

 

 僕の首を掴む手に、力が入る。

 

「やめろ!!」

 

“動くんじゃねぇつっただろうが! てめぇも首をへし折られてぇか!?”

 

 その言葉に、師匠の手が止まる。

 

 ――終わりだと思う僕の脳裏に、それは少しだけ、何かが引っかかるようによぎった。

 

 

 ああ、そうだ――

 

 

 僕の起源は――その始まりは、そうだ。

 

 

 こうやって、――主人公を人質に取られて、大切な誰かが眼の前で命を奪われる。

 

 

 ――――そんな光景だったな。

 

 

「――ぁ」

 

 嫌だ。

 

 それは、嫌だ。

 

「ぁぁ――」

 

 

 ――最期がそれと同じなんて、絶対に嫌だ。

 

 

 そうだ、

 

 

 僕は、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()!!

 

 

 それと同時に、頭の中でそれらがつながる。

 命を守るために、自分の首すら吹き飛ばした強欲龍。

 僕の懐に残された、まだまだ在庫がたんまりとある復活液。

 

 ――僕がまだ使っていない、新たに覚えたもう一つの概念技!

 

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」

 

 

“てめぇ!”

 

 

「――――“C・C(クロウ・クラッシュ)”!!」

 

 

 C・C。

 それは近距離から中距離に爆発を起こす技、クロウ――つまり爪を奪う攻撃力デバフの効果を持つそれは、剣で攻撃するでもなく、銃弾を生み出して発射するでもない。

 宣言と同時に発動する技だ。

 

 つまり、即座にグリードリヒは僕の首をへし折りにかかる。だが、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――“S・S”ッッ!」

 

“なっ――”

 

 想定していなかった一瞬の隙。

 即座に無敵時間が発生するSSを起動させ、結果として誰からも触れられなくなった僕は、グリードリヒの手をすり抜ける!

 

「あああああっ! グリードリヒィイイイイイイイ!!!」

 

“敗因、てめぇえええええ!!”

 

 もう、お前と僕の間を隔てる何かはなにもない。この距離、この間合。外すわけがない!

 

 

「“B・B”ォ!!」

 

 

 無防備なグリードリヒの首元に、僕の決死の弾丸は、突き刺さった。

 

 

 何かが、砕ける音がする。

 

「師匠!!」

 

「ああ!!」

 

 僕が何をしたか、即座に理解した師匠はすでに動いていた。その顔は、先程までの悲愴なそれと違って、勝利の確信に満ちた顔をしている。

 

「勝ちに溺れたな! 強欲龍!」

 

“ふざけるな! ふざけるなよクソがぁ! 俺は強欲だ! 奪うことが俺の存在意義だ!”

 

「なら、奪われたものに呪われて、死んでいけ――!」

 

 師匠の槍に、紫電が宿る。

 

 ――ああ、

 

 

「――“V・V(ヴァイオレットッ・ヴォルテックス)”ッッ!!」

 

 

 僕たちの勝ちだ。

 強欲龍、グリードリヒ。

 

 

 核を失い、不死身でなくなったグリードリヒに、師匠の渾身の雷撃は、突き刺さる。それはもう、壮絶に。

 ここに勝敗は決した。

 

 

 最後の一撃がグリードリヒに叩き込まれた時、強欲龍は、地に膝をついた。

 

 

 ◆

 

 

 ――強欲龍。

 大罪にして絶大なる破壊の権化は、かくしてここに、地に落ちた。

 今は、崩れ行く体の維持すらままならず、僕たちをにらみながら、動かずにいる。概念化は解かず、油断はしていないながらも、大きく息を吐きながら、それを見守っていた。

 

「……勝ったのか?」

 

「…………はい」

 

 それまで、大罪龍を討てる者はいなかった。よしんばいたとしても、軍か、国か、はたまた全てか。それらを犠牲に賭してなお、必勝とは言えない状況だっただろう。

 

 どの作品においても、大罪龍は強大だ。

 たまたま今回はグリードリヒが3において“最強”の頂きに手を伸ばす要因となったものがなく、単騎で御しやすい強欲龍だったからこその勝利。

 通常、他の大罪龍は魔物を引き連れているものなのだから。

 

 こんな一騎打ち、他の龍では望めない。

 

 大罪龍すらも屠る概念起源を有する師匠。強欲龍の秘密を理解し、それに打って出ることのできた僕。この要素なくして、勝利はありえなかった。

 その一番の要因も、強欲龍が、強欲龍であったからこそだ。

 

 だからこそ――

 

“――俺の負け、か”

 

 強欲龍も、それを素直に受け入れる。

 

「お前の敗因は――僕を奪い取ったこと。あそこで欲を出さずに、逃げていればよかったんだ。核を一つ破壊されるなんて初めての経験だろう。それくらい慎重でもよかったろうに」

 

“バカ言うんじゃねぇ、そこで日和るのは強欲たる俺のやることじゃねぇ。ああしかし、たしかにお前は敗因だ。どうしようもなくな”

 

 けどよ、と強欲龍は続ける。

 

“俺に勝ったところで、次はどうする。大罪龍はまだ傲慢がいる。てめぇも知ってんだろ、()()()()()()()()()()()()()()()()ってよ”

 

「そうだな」

 

“第一、今回の勝利は紫電の概念起源あってこそ。これからお前らに襲いかかる奴ら全部に、アレはそう使えないだろう?”

 

「その時は、探すさ。師匠のそれ以外にも、勝ちの目を用意しておくだけだ」

 

 ――幸い、あてはある。

 僕はこのゲームのことをよく知っているのだ。この世界のことをよく知っているのだ。それに、こいつを倒せた以上、ここからは例のバグ技以外にも色々なものが解禁される。

 ……そうなると色々ややこしいな、何かしら固有の呼び方を考えておかないと。ゲームしてるときは基本技とかそんな感じでしか呼んでなかったからなぁ。

 

“……そこまでして、お前達はなんだって勝ちにこだわる。俺に勝つなんて異常を成し遂げた、お前らの起源(オリジン)はなんだ?”

 

「……」

 

 もう体の半分を塵に変えながら、最後に一つ、といった様子で強欲龍は問いかける。僕が何といおうか少し考えたところで――

 

「決まってる。目の前の理不尽に抗うためだ」

 

“は――”

 

 師匠が、即答した。

 

“それだけか? てめぇは紫電だろう。大陸最強を謳い、事実誰よりも強い概念使いだろう。そんなてめぇが、ただ目の前の理不尽のためだけに戦うのか?”

 

「そうだ。私の手の届かないところにある理不尽は、知らない。それよりも、私は目の前の理不尽を選ぶ」

 

“……そうかよ、よおくわかったぜ、てめぇはそんな小さな欲望で、それだけの力を手に入れる異常な強欲だって事がよ”

 

「……元はと言えば、お前が私から全てを奪ったのが!」

 

()()()、俺はてめぇらの敵だろうが、幾ら罵ろうがそれではいすいませんって謝ると思うのか?”

 

 ――だが、逆に言えば強欲は師匠のそれを切っては捨てても否定はしない。やつの心情はどこまでも強欲だ。この場に至って、今奪われようとしているものに、実際どんな感情を抱いているか。

 だとしても、()()()()()()()()。だから、何かを言う資格はない。

 

 アレは諦めて従順になっているのではない。抑えているのだ。みっともなく騒ぎ立てるのを、僕たちを罵ろうとするのを、必死に。

 もしも僕たちを今の立場で罵れば、奴は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それは強欲の化身たる奴自身が許さない。

 

「なら、せいぜい嘲笑ってやるさ。お前はお前に奪われた私に負けたんだ。その事実は、永遠に変わることはない」

 

“ケッ――”

 

 それで、とグリードリヒは話題を移す。

 僕の方を見た。これ以上師匠に煽られると、我慢がならないのだろう、そう考えると少し無様にも見えるが、まぁそこは指摘してやるまい。

 せめてもの情けだ。

 

「僕は……」

 

 そこで、師匠をみた。

 彼女もまた、こちらを興味深そうに覗き込んでくる。

 

「単純だよ。僕は別に何かを奪いたいわけじゃない。ただ、奪われる理不尽に抗いたいだけだ」

 

“何故”

 

 

「――そうすることが()()()()()だよ」

 

 

 それは、僕が幼い頃に悔しさを抱いたときから、何も変わらない。

 僕は負けたくないんじゃない。負けイベントに勝ちたいんだ。どうしようもない理不尽をひっくり返し、勝ち誇ってやりたいだけなんだ。

 

「……それだけ?」

 

 師匠が問いかけてくる。

 

「それだけですよ?」

 

「…………本当に、それだけで、こんな無茶な戦いに挑んだのかい? 私みたいに、守りたいものがあるわけではなく」

 

「守りたいものなら、あります。でも、僕の根底にあるのは、理不尽に抗いたいってことだけです」

 

 流石に直接面と向かって言うと恥ずかしいけれど、ともかく。

 

“ハ――”

 

 それに、

 

“ハハハハハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハッッ!”

 

 強欲龍は、ただただ呵った。

 響くような声が、夜闇に響き渡る。

 

“いいな、いいなお前達は! 如何にも異常だ! そんな理由で俺は負けたのか!? ふざけるな! ああ、本当に面白い!”

 

 一頻りいって、そして、

 

“なら、貫き通せ異常者共。これから先に待ち受ける理不尽を、それを嫌だって拒否してぇんなら”

 

 消えゆく顔で空を仰いで、

 

 

“その強欲を、捨てること無く抱えていけ――――!”

 

 

 まるで祝福のように、叫び。

 

 

 強欲龍は、消失した。



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12.“カチ”を喜びたい。

「つまり――」

 

 よっと息をつきながら、師匠が瓦礫を投げ飛ばす。概念使いゆえの身体能力で今、僕たちは街の瓦礫を片付けていた。

 亡くなった人達を可能な限り探し出し、生き残った人々のもとへ届ける。他にも使えそうな資材を運び出すことも仕事のうちだ。

 

 現在、僕たちは強欲龍たちの襲撃によって崩れ去った街から、別の場所へ移る準備をしている。生き残った住人は十名程度と非常に少ない。一割も残らなかった計算だ。

 それでも、生きている。

 生きているならば、前に進まなければならない。そのための手伝いを、僕たちが惜しむ理由はなかった。

 

「――君は未来のことを知っていて、その知識で強欲龍を倒した、と」

 

「ええ。信じられないかも知れませんが……」

 

 僕は、その傍らで師匠に事情を説明していた。対強欲龍戦を乗り越えた今、師匠は信頼に値する人だと、心の底から断言できる。

 故に、ここでの隠しごとはなし、まったく信じられる内容ではないが、包み隠さず話すことにした。それで一笑に付されるなら、それもヨシだ。

 

「信じるさ。強欲龍の核のことが事実だった以上、信じないわけにはいかないしね」

 

「師匠……」

 

「それにしても、そうか……本来の未来だと、私は昨日死んでいたのか。なんだか、実感がわかないな」

 

 年相応の――師匠は雰囲気は年不相応だけど――手を開閉しながら、なんともいい難い顔で師匠はつぶやく。実際、今生きている師匠は、どうしようもなくありえない光景だ。

 僕も、少し現実を疑ってしまいそうになる。

 

「僕を庇って逃がすために、単身で強欲龍に挑みまして……例の不死身を突破できず」

 

「……そう言われると、想像できる光景だなぁ」

 

 師匠は自分が生き残るべきだと、どれだけ言われてもそれを変えられない人だろう。もし、次があってもきっとそうするだろうし……

 そうならないためにも、僕はもっともっと強くならなければならない。

 

「そうなると、この街はどうなっていたんだい? 流石に、無事とはいかないだろうけど」

 

 ――本来の歴史でも、この街は崩壊していた。違う所は、僕……つまり負け主にこうして街の人々を手伝う気力がなかったことか。

 ゲーム内では、負け主にとっては、この街の人々は師匠を傷つけた印象の悪い相手だ。

 向こうもそれは理解しているし、生き残った人々は負け主に同情的だったから、そっとしておいてくれた。

 

「……僕のことを置いて、生き残った人々は彼らだけで無事な街へ逃げていったそうです。ここから一番近い街で、生き残った人と話をする機会もあったと思いますよ」

 

「まぁ、そうなるかなぁ。……その人達が魔物に殺されていなかっただけ、幸運か」

 

 実際の所は、移動中に何名か犠牲が出たかも知れないが、それは僕の与り知らないところだ。ゲームでの描写はなかったし、しょうがない。

 

「でも今回は師匠も無事ですし、こうして前向きに移動の準備をできています」

 

 ――僕としては、この街の人々にそこまで悪いイメージはない。基本的にこの街での交流はアリンダさんが受け持ってくれたし、僕が概念使いであると露呈していなかったから、向こうもそこまで悪い感情を僕に向けては来なかった。

 向こうとしても、僕や師匠が移動の護衛を引き受けてくれるだけで、かなり安心できる状況だ。今は、ゆっくりと体を休めている。

 

「それにしても、未来……未来なぁ……正直、解ったところでどうしようもなくないか? 先ず以て初手から強欲龍が死んでるんだぞ」

 

「僕らの寿命も無限じゃないですし、まぁ百年以上の未来のことは、どうしようもないですけど」

 

 主に2以降。強欲龍の死がどれだけそこに影響を与えるかは不明だが、もしこれからも負けイベントをひっくり返すなら、そこら辺はもうどうしようもない状況になるだろう。

 そして、未来のことを気にして歴史をそのままたどるつもりは、僕には毛頭ない。

 

「とはいえ、直近のことなら問題ないと思いますよ。僕がこれからたどる未来は、どれも結構独立していますから」

 

「ふむ?」

 

 僕――負け主はこれから、世界の各地をめぐり、これから世界の転換点となる事件に関わっていくことになる。

 1時点で死亡していることになる暴食との対決。

 2で事件の中心となる国家の設立。

 3は、言うまでもなくグリードリヒの封印。

 そして、4で掘り下げられる百夜の誕生に。僕は居合わせることになる。

 

 ルーザーズ・ドメインは敗北者たちの物語だ。そして、主人公は後の時代へと、未来へとつながる足跡を残すこととなる。始まりの物語であるルーザーズは、各作品の遠因となる事件へ踏み込むというコンセプトで作られている。

 結果として負けイベントに負けイベントを重ねる極悪きわまりないシナリオが完成したわけだが。

 

「一つ一つの事件は、それぞれ別の場所で起きますから、僕がこれから関わる事件が干渉しあってわけのわからないことになる……ということはないかと」

 

「そうかなぁ……少なくとも強欲龍関係はスキップされるんだろ?」

 

「まぁ、そこら辺は楽ができたわけですし。それに、なんだかんだ、少なくとも僕が関わる事件は複雑になることはあっても別物になることはないと思います」

 

 僕が負け主と同じ道をたどる限り、僕はそのイベントにどういう形であれ出くわすだろう、という話。理由としては、言うまでもなく昨日の事件。

 

「……強欲龍の襲撃は、本来は今日の今頃の時間だったはずなんだよな」

 

「はい。それが、どういうわけか色々とズレまして、あのタイミングで」

 

 本来ならもうすこし余裕を持って、色々と準備ができたのだろうけど、想定外が重なってああなった。だが、それ故に強欲龍の襲撃はゲームとさほど変わらないシチュエーションになった。

 アリンダさんの生存は、一番の幸運だろうけど。それはただ幸運だっただけだ。言い方はあれだけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思う。

 もちろん、師匠の精神ダメージは大きかったろうが、結局僕は人質にされていたわけで、そこでの動揺はどちらにせよ致命的だったはずだ。

 

「……今回は、幸運に助けられた面が大きいです」

 

「どうだろうな。アリンダさんに関しても、強欲龍を倒せたことに関しても、幸運は確かに大きく絡んだけど、それを引き寄せるだけの意思は、君にはあったと思うけどな」

 

 ともかく、何がいいたいかと言えば、ある程度ずれはあるだろうが、僕がゲームに沿おうとするかぎり、負けイベントのシチュエーションはゲームに依るのではないだろうかという話。

 

「君はこれからも、それらの事件に関わるんだよな?」

 

「関わらない理由がありますか? 僕が関わらなくても、師匠が一人でそこに行っちゃうでしょうに」

 

「うるさいなぁ、別にそんなの勝手だろう。ただ、一人でというのは正しくないな」

 

 うん? と首をかしげる。

 一人で抱え込みたがるタイプの師匠が、そこを正しくないというのは意外だ。

 

「そもそも、私は君が嫌がってもムリヤリ君を連れていくつもりだよ。君という戦力なくして、その事件を解決できる気はしない」

 

「あはは……本当に嫌がったら連れて行かないでしょうに」

 

「うるさいなぁってば!」

 

 むぅ、と唇を尖らせながら、師匠は瓦礫をなにもない方向へと放り投げる。ずん、と大きな音が響いた後、僕らは瓦礫をのけた場所を見る。

 

 ――人が死んでいた。

 

 これまで、何度も見てきた光景だ。

 明るく努めていた雰囲気が少し揺らぐのを感じながら、僕は視線をそらそうとして、目を閉じた。――だからだろうか、鋭くなった聴覚が、何かを捉えた。

 

「……師匠?」

 

「なんだい」

 

 複雑そうな顔で、祈りを捧げる師匠。その横に座り込んで、僕は耳をすます。

 

「……音が聞こえるんです」

 

「音?」

 

「これ……寝息?」

 

 ――口にして、気付く。

 呼吸音だ!

 

「は!? いや、どこから……あ、いや! この人の下! 地下になってる!? 子供を隠したのか!」

 

 慌てて、二人でもう一度祈りを捧げてからその体を丁寧にどかす。急いで慌ててはいるが、雑にならないように。

 そして、血でべっとりとはしてしまっているが、固く閉じられた地下への入り口を見つけ――

 

 それを急いで開ける。

 

 中には、泣きつかれてしまったのだろうか、ぐったりとした様子で眠る、子供が一人――まだ、生きている!

 

「師匠……師匠っ!」

 

「あ、ああ……」

 

 

 ――その光景で、僕はようやく実感ができた。

 

 

 これは、僕が負けていたら、見ることのできなかった光景だ。負けていたら、僕はこの作業をしていなかっただろうから。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「師匠――僕たち、勝ったんですよ!」

 

「ああ、ああ! あの大罪龍に、強欲龍に!」

 

 

 そうだ、勝ったんだ。

 

 

 僕たちは、グリードリヒに、勝ったんだ!

 

 

 ◆

 

 

「――お疲れ様、ルエちゃんも、君も」

 

 二人して、地獄のような場所から、それでも見つけ出した命を抱えて、急いで町の入口まで戻ってきた。今、生き残った人々は各自荷物をまとめている状況で、町の入口に簡単な休憩所を作って、そこを拠点にしている。

 取りまとめているのは、アリンダさんだ。

 

 今も、僕たちが見つけた子供を寝かせられる場所で横にすると、僕たちをねぎらうようにコーヒーをだしてくれる。

 師匠の家から持ってきたもので、今、自由に使える物資となると師匠の貯蓄くらいしかない。

 

「あの子は大丈夫そうですか」

 

「アタシは医者じゃないからなんとも言えないけど……今は、ぐっすり寝てるよ。弱ってる感じはしないね」

 

 よかった、と胸をなでおろす。

 僕も師匠も若輩で、経験が薄い。こういったことは、やはり年配のアリンダさんの言葉がないと、安心できない。

 

「まぁ、二人も少し休みなよ。いくら概念使いだからって、あの光景をずっと見てたら気疲れするだろう」

 

「それは……そうですね。この子を見つけて、ようやく少し気が楽になった感じだ」

 

 二人で椅子に腰掛けて、受け取ったコーヒーを飲む。苦い味だ、でも、落ち着く味でもある。

 

「そっちのほうは、準備とか大丈夫そうかい?」

 

「そこは問題ないよ。なんせこの人数だからね、だめになったものは多いが、それ以上に失った命のほうが遥かに多い……持てるだけのカネになるものと、食料をもって、街を移るさ」

 

「道中は僕たちがいれば、大丈夫です。そこは任せてください」

 

 僕がそう言うと、アリンダさんは苦笑してから、頼りにしてるよ、と僕の方を叩いた。

 

「それにしても、君も概念使いだったとはね。それも、ルエちゃんと肩を並べるくらいの実力者なんてさ」

 

「あはは……」

 

 普段、師匠師匠って言ってるから、まだまだひよっこなのかと思っていたと、アリンダさんは言う。実際、位階に関しては師匠のほうが数倍上で、僕なんてまだまだだ。

 それでも、あの襲撃のことを聞いた時、師匠は僕がついてくることに、一切の懸念を持たなかった。

 

 それだけ僕の実力が信用されているということだろう。

 

「こいつは、私の事を師匠と呼ぶくせに、こと戦闘に至っては私より巧いところが多々ある。……天才なんですよ、彼」

 

 コーヒーに全力で砂糖をいれながら、師匠は何気なくいう。少しだけ当たりが強いのは、強欲龍戦が終わるまで自分に色々と教えてくれなかったから……でいいのだろうか。

 まぁそりゃ、概念戦闘の回数でいったらシリーズ全部をやり尽くしているし、ルーザーズ・ドメインに至ってはやりこみのために何度も何度も戦闘を繰り返した。シミュレーションの上では最強とか、そういう感じだけど。

 

 とはいえそれを、現実でも変わらず経験に活かせるのは一種の才能かもしれない。

 

「でも、おかげで助かった。強欲龍は、私一人で倒せる敵ではなかったからね」

 

「もちろん僕一人でも、です」

 

 そういって、お互いに笑うと、師匠はコーヒーに口をつけた。そして、にがっと小さくこぼす。あれだけ砂糖いれたのに……

 

「……なんだよ」

 

「いえ、なんでも」

 

 そういいながら、いい香りだとブラックのコーヒーを飲む僕に、砂糖を更に足しながら師匠が恨みがましくにらみつける。ううん、いい光景だ。

 

「ははは、仲がいいね。ふたりとも」

 

「そういうんじゃないです!」

 

 師匠がぶぅ、と文句を言う。

 僕はと言えば、そうやって周囲から指摘されると、少し恥ずかしくなってしまった。というか、不謹慎じゃないだろうか。

 

「……そうやって、アンタ達が笑ってくれるだけでも、アタシは生きててよかった、って思うよ」

 

 ふと、そこでアリンダさんがそんな事を言う。崩れ去ってしまった街を眺めながら、けれども彼女は感慨深そうだ。

 ……いや、そうか。

 今の時代、こうやって街が魔物に飲み込まれるのは当たり前の光景で、受け入れるしかない常識なんだ。だから、大切な人が生きていて、街から逃げずに死した人々に祈りを捧げることができる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 僕の現実では、ありえない光景。あり得なさすぎて、現実味を感じられない光景。()()()()()僕は負けイベントをひっくり返すことに集中できる。

 その上で、この光景を、今僕たちが感じている心を忘れなければ、僕はここで生きていると言えるのだ。

 

「僕もです。アリンダさんも、師匠も」

 

「……そうだね」

 

 改めて、コーヒーを飲む師匠は、目を伏せて、なにかに思いを馳せているようだった。かつて、強欲龍に全てを奪われた人がいた。

 その呪いを、師匠は直にぶつけることができた。

 

 

 ――その顔は、どこまでも晴れやかで。

 

 

 僕は、少しだけそれに見惚れてしまった。

 

 

「……君、何見てるんだい」

 

「あ、いやその……」

 

 こちらの視線に気がついて、師匠はぷいっと視線をそらす。ちょっとだけ恥ずかしげなのは、僕の気のせいじゃないと思いたい。

 

「……よかったですね」

 

「うん?」

 

「色々と……うまく言葉に出来ないですけど、いろんな事が」

 

「それは、君に言われなくとも解ってるよ」

 

 いいながらも少しだけ師匠は嬉しそうだ。だから、

 

「それで……? アンタ達はこれからどうするんだい? 私達を街まで運んでからさ」

 

 僕の方針は決まっているし、師匠もそれと同じことを考えている。二人で先程瓦礫を掃除しながら、散々話し合ったことだ。

 その上で、

 

「……できることが、増えたんです」

 

 師匠は、ぽつりと語る。

 

「私一人だと、目の前の誰かを守ることで精一杯で。その誰かを守っていれば、私はそれで満足で」

 

 アリンダさんを見て、その上でコーヒーをいっぱい口に運んで。飲み干すと、首を横に振った。

 

「でも、それは私が何かをすることが怖かったから、だと思う。どうしようもないことに眼を向けることが怖くて。一人じゃできないからって、諦めて」

 

 その上で、

 

「……今度は、ひとりじゃないので。私一人だと怖くてできなかったことも、二人ならできると思うから」

 

 僕を、見た。

 

「もう少し、手を広げてみることにします。私がそうできるように、手をつないでくれた人が、隣りにいるから」

 

 きっと二人でなら、乗り越えられる理不尽があるから。

 

 だから――

 

 

「――だから、今度こそ勝ちたい。私が私に胸を張って、勝ったと自慢できるように」

 

 

 ――そんな理不尽に、勝ちたいと思ったんだ。

 

「……大切にしなきゃね、お互いのこと」

 

 そういって、アリンダさんは僕らの肩をぽん、と叩いて。

 

「あ、いや、違うんだ。えっと」

 

「……あー、その」

 

 二人して、しどろもどろになる。

 何かいってよ師匠! 言えるわけ無いだろバカ!

 

 目線でそんなやり取りをして。

 

「じゃあ、次は別の場所を目指すのか。ってことは――」

 

「……ここから一番近い、概念使いの街を目指すよ」

 

 色々と理由はあるが――大きな理由は、強欲龍に負けた後、ゲームの主人公がそこへたどり着いたから。ある程度、未来に沿って行動し、その未来をひっくり返す。

 現状の僕たちの方針だ。

 

 そのために。

 

「……ってことは、あそこかぁ。大丈夫かい? ルエちゃんは色々と」

 

「前にも行ったことがありますし、大丈夫ですよ」

 

 そう言って苦笑する師匠。アリンダさんが心配するのもムリはない。

 僕たちがこれから目指す場所は、いうなれば無法地帯。概念使いの街、というからには、そこを支配するのは概念使いだ。

 その上で、彼らは秩序を求めていない。

 

 ()()使()()()()()()()()()()()()()、当然治安も最悪だ。

 

 それでも、僕らはそこへ向かわなくてはならない。

 色々と会ってみたい()もいることだし。

 

 ――そこは、名付けて快楽都市。

 無法と淫蕩蔓延る混沌の街。それでいて、終末漂うこの世界にあってもなお、いまだ活気あふれる数少ない場所。

 

 そして、

 

 概念使いを生み出した存在。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 快楽都市エクスタシア。

 ――今から僕たちは、人類唯一の味方といえる龍。色欲龍のもとへ、()()に会いに行くために、旅をする。

 

 

 シリーズ唯一と言っていい皆勤キャラのうち、二人。

 そして同時に、あの百夜と人気を二分する、シリーズ看板キャラ。

 

 色欲龍エクスタシア。

 

 彼女に一度、生で会ってみたいというのも、僕の中には確かに存在する気持ちであることは、間違いはなかった。




今回で一度区切りとなります。
次回ちょっと箸休めをしてから次の話に入ります。


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【なぜなにドメイン】ドメインシリーズとは

【ドメインシリーズ】

 現実準拠でだいたい十五年ほど前に初作が発売された人気シリーズ。現実のPS2に相当するゲームハードから初代『ドメイン』が発売され、そのシナリオと戦闘システムの爽快さ、BGMなど様々な要素が受け、当時新興だった制作会社としては異例の大ヒットを記録する。

 結果、急遽続編を制作することが決定。残ってる大罪龍が四体だから、一作につき一体ずつ倒せば四作出せるんじゃない? という上層部の安易な考えにより、一気に五作目まで制作する企画がスタート。スタッフもやってやろうじゃないか! と気合を入れた結果、本来なら一作で終わるはずだったストーリーに続編用のシナリオを後付。

 そのため、一作目は『大罪龍とそれに追い詰められる人類の戦い』を描く王道なRPGだったが、二作目からいきなり『大罪龍が裏で糸を引く人類同士の争い』といったストーリーが展開されることとなった。

 

 全体的なシナリオの評価は一般的に3>1=5>4>2と言われている。1と5はそれぞれ、初代ゆえの補正と、長編シリーズを見事に完結させたという点で評価されているが、全シリーズトップの人気は3である。これは単純に3ではシリーズ随一の人気キャラが目白押しであり、シリーズの看板キャラである「白光百夜」と「色欲龍エクスタシア」のキャラクター性が完成したためと言われる。

 

 なお、外伝のルーザーズは別枠とされる。理由は後述、ルーザーズの項にて。

 また上層部としては五作目まで出せば十分だろうという考えで、ルーザーズはスタッフが裏で考えていた企画を三作目が大売れしたタイミングでお出ししたもの。

 

 

【ドメイン】

 ドメインシリーズ一作目。この時点ではシリーズ化の予定も一切なく、タイトルは非常に簡素なものだった。二作目以降のキャラクターを全面に押し出していくパッケージと比べると簡素なものとなっており、映っているのは主人公とヒロイン、それからラスボスである傲慢龍プライドレムのシルエットのみ。

 

 シナリオの概要は、始まりは燃え盛る村から一人の女性が逃げ出す所から物語は始まり、世界観の説明が始まる。その後、女性が抱えていた赤子(主人公)が成長し、15の誕生日を迎えた所からスタート。

 なんやかんやの末に村を襲われ、主人公は自分の母親が概念使いであることを知り、自分もまた概念使いとして覚醒する。そうして大罪龍との激闘に身を投じることになるのだが……といった内容。

 

 全体として、初代における概念使いは人間から迫害される存在として描かれている。そんな存在が、やがて力を一つに合わせ、大罪龍と対決、世界を救うのが基本的なストーリーラインだ。

 話の内容もシリーズの中では比較的重い方で、逆転のカタルシスは大きいものの、タメが若干それ以降の作品と比べると長め。

 ただ、この長めのタメを評価するプレイヤーも多く、初代は他と雰囲気が違い、またハードの違いやシステムが洗練されきっていないことも含めて、特別視するプレイヤーが多い。

 その上で、シリーズ最高人気はあくまで3なのだが。

 

 本作で対決する大罪龍は暴食、憤怒、そして傲慢。

 傲慢龍は強欲龍と並び、シリーズにおいて人気の高い悪役である。

 

 

【クロスオーバー・ドメイン】

 ドメインシリーズ二作目。本作からシリーズ化が決定し、ドメインの前に、数字を意識させる単語がつくようになった。また、タイトルパッケージも多くのキャラクターが描かれるにぎやかなものとなり、本作以降と初代ドメインは、ハードの違いもあって別物と考える者もいる。

 

 シナリオの概要は、初代ドメインから約二百年後。人類は発展し、また初代の頃では少数派だった概念使いが至る所に存在するようになった。そんな中で、国を動かす人材の多くも概念使いであり、この時期、世界は概念使いによって動いていた。

 そんな折、その概念使いの国同士の諍いが戦争に発展する。渦中の国の一つ、帝国と呼ばれる国は、概念使いも人も等しく傷つけられる道具として魔物を調教し、戦線に投入。世界は帝国の危機にさらされ、混迷を極めていた。

 

 前作とは打って変わって、人同士の内輪もめを描く。前作の時代には迫害される側だった概念使いの数が増え、むしろ概念使いが人を支配するようになった時代。大罪龍が過去のものとなりつつある時代でもあり、本作では大罪龍はシナリオ終盤まで陰をちらつかせる程度である。

 一気にシナリオの方向性が変わったことで、それを受け付けなかったプレイヤーがそこそこ存在する作品。ただ、シリーズ特有の雰囲気やカタルシスはこの作品においても受け継がれており、そこは好評である。

 また、なんと言っても本シリーズは後に続く戦闘システムが完成した作品であり、戦闘の楽しさという面に関しては最高傑作に挙げるものが多い。

 総じてシナリオ的な評価は悪くないものの人を選ぶが、戦闘システムは全作の中でも一番楽しいという評価。

 

 本作で対決する大罪龍は嫉妬龍。

 前作においては、消極的ながらもプレイヤーに味方してくれた存在であり、そのため黒幕であったことに衝撃を受けるプレイヤーは多い。また、いわゆる可哀想な悪役、同情できる敵であり、その面は人を選ぶきらいはあるものの、彼女のことを気に入ったプレイヤーからは救済を望まれる事が多い。

 

【トライデント・ドメイン】

 三作目にしてシリーズ最高傑作の呼び声高い作品。特に本作のヒロインとその師匠であるルエは、単体の作品としては異様なほどの人気を誇る。

 

 シナリオは概念使いに憧れる主人公が、紆余曲折の末に概念使いに覚醒。各地をめぐり、冒険の果に因縁を築いた強敵、強欲龍と対決するというもの。

 それまでの作品と比べると非常にストーリーラインが簡潔になっており、また特徴として本作はそれまでの作品と違い「フリーシナリオ」制である。

 

 本作の本筋はあくまで強欲龍との対決であるが、それ以外にも世界中をめぐり、様々な事件に関わっていく楽しみがある。シリーズにおいても特にシナリオが明るく、万人受けするものとなっており、シリーズを初めてプレイするなら、3を推す既存プレイヤーは多い。

 ただし、本シリーズは重い展開や辛い展開に魅力を感じるプレイヤーも多いため、そこを残念に感じるものも多かったが、後のルーザーズ・ドメインでそういった者たちは歓喜し、多くのプレイヤーの心が死ぬこととなる。

 なお、本作の戦闘システムは2のほぼ流用で新しい要素はほとんど追加されていない。理由は様々だが、戦闘に新鮮味がないことで若干RPG方面での評価が下がってしまっている。もちろん、ベースは戦闘的には特に評価されている2の流用なので、好評は好評なのだが、2と比較するとエネミーのデザインが意地悪く、爽快感が薄れてしまっているという指摘がある。

 

 本作で対決するのは強欲龍。

 設定的にも傲慢に次ぐ強さを持つとされており、本作ではその実力を遺憾なく発揮した上、最終決戦では更にあるパワーアップを遂げることから、単体としての強さは強欲龍が最強、と感じるプレイヤーが多い。また、前作と打って変わって倒すことになんのためらいもいらない敵であることも、評価が高い原因。

 

【スクエア・ドメイン】

 四作目となったドメインシリーズ。本作からそれまで伏線として存在していたものの回収が始まり、一気に話は五作目での完結に向かって動き出す。

 

 シナリオの概要は、とある研究所のような場所で、百夜が一人の子供を逃がすところから始まる。その子供は本作の主人公であり、とある村で拾われて成長する。やがて、その子供は自身の出生の秘密を知るために旅に出る……というもの。

 

 前作に引き続きフリーシナリオ制である本作は、前作と比べると評価が低い。原因は三作目とは違い、シナリオのカタルシスが薄いこと。そうなったのは本作が五作目でシナリオを完結させるためのつなぎ、伏線の整理や張り直しという側面が大きいため。

 一つひとつの事件が次回作への布石を担っていることが多く、全てを一気に解決させるには至らない物が多い。そこが評価をわかれさせる原因となっている。

 ただし、本シリーズの人気キャラ、百夜の出生や主人公の出生。作品の根幹に迫っていく本筋の評価は高く、5と合わせてクライマックスの流れを盛り上げるものとして好意的に受け止められている。

 また他に特徴として、本シリーズの主人公は全員フードを被り、性別不明という体で設定されている。しかし、本作は作品内の描写から十中八九女性であると見られており、シリーズ唯一の女性主人公となっている。(※)

 

 戦闘システムにいくつかの新要素があり、また戦闘以外にも色々とRPGにおける新要素が追加されている。とはいえ、こちらは可もなく不可もなくという評価であり、制作スタッフが意図したような評価は得られなかったようだ。

 

 本作で対決するのは怠惰龍。

 怠惰龍は、一作目から徹底して世界に関わろうとしない怠惰な存在として描かれ、一体どうやって敵対するのかと思われ続けてきたが、本作ではそんな彼に関わるある驚くべき存在が登場、また、彼も魅力あるキャラとして描かれ、大罪龍の中ではそこそこ人気が高い。

 

【フィナーレ・ドメイン】

 五作目にして最終作。本作のみそれまでのシリーズとは異なり、数字を想像させる要素はでてこない。初代と並び、異色作にして代表作。パッケージも特殊な物となっており、表紙を飾るのは百夜と色欲龍エクスタシア。そして過去作のヒロインと大罪龍のシルエットである。

 

 シナリオは()()()()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いきなり作中人気トップツーのキャラに関係する。しかし、この流れは3の頃から伏線が張られ続けており、この主人公は満を持して登場したと認識されている。

 最終作では、世界各地に大罪龍に匹敵するほどの強大な魔物が現れ、それと対決してゆく。それまでの作品と比べると、過去作では最終盤に現れる強さの魔物が平然と序盤から現れるインフレ具合である。これまた3以降から少しずつインフレはしていたのだが、本作で一気に表面化した。

 

 また、本作はそれまでの作品の集大成として、それまでの作品で登場してきた多くの人気キャラが仲間になるという特徴を持つ。ただし、一番人気のキャラである師匠ことルエなどは仲間にならず、話題に出る程度。

 シリーズとしてはとにかく作品を綺麗に完結させたという点が評価される。ドメインシリーズは初代時点では続編の制作は一切企画されておらず、2以降のシリーズはすべて後付である。しかし、それにも関わらず後付と感じさせないシナリオは評価が高く、それを最後まで保ったまま完結させた本作の評価は1、3と並んで高い。

 

 本作で対決するのは色欲龍。

 当然ながら、それまでシリーズにおいて一貫して味方として描かれてきたキャラであり、本作においても主人公の義母という立ち位置である。対決するとはいっても、どちらかというとヒロイン的な描かれ方をする。その扱いの評価は高いが、本作でも救いがなかったことから、嫉妬龍に救いの手を、と嘆く嫉妬龍ファンが少数ながら存在したりした。

 

【ルーザーズ・ドメイン】

 実質的な最終作にして、外伝作。そしてシリーズ屈指の問題作でもある。しかし、一部に熱狂的なファンが存在することもまた、事実。

 

 シナリオは、川で溺れていた記憶喪失の主人公を師匠ことルエが拾い、彼女のもとで生活をスタートさせる。しかし、紆余曲折あり、ルエを失った主人公は、失意のまま世界を放浪することとなり――といったもの。

 

 全体を通してとにかく陰鬱かつ救いがない。シナリオに悪意があるとすら言われるほどに暗い展開が多く、カタルシスも薄い。コレに関しては、そもそも本作は発売以前から、その暗い展開や陰鬱かつ救いのないストーリーが大々的に宣伝されていたことが大きい。

 本作の制作経緯は特殊で、三作目が大成功を収めた際、上層部に本作の企画が提出された。本作はもともと五作目の前に発表したいと企画されたものであり、しかしその暗すぎる内容から絶対に万人受けしない、と企画が通らなかった。

 ただ、最初から計画されていた全五作品を出し、その売上が好調ならばおまけとして出してもいいということで制作された。そのため、五作目が終わった後に発売されることとなる。

 

 そのため、本作は四作目までの全てのシリーズに繋がる過去を描くものとしてストーリーが展開する。本作単体では救いはないが、本編の様々な描写を拾ってそこにつなげることで、各作品が好きならば非常に深く刺さる内容となっている。

 シリーズ自体はとにかく陰鬱で救いがないと言われているが、その構成自体は非常に優れたもので、「シナリオ自体は大嫌いだが、構成には唸るしかない」という評価がよく聞かれる。

 

 また本作の特徴として、これまでのシリーズと比べるとバグがそこそこ多いことで知られる。有名なのは無限無敵判定バグと、高速レベリング。

 なぜそうなったのかと言えば、そもそも本作には予算がほとんどかけられておらず、その上で次回作にあたる新シリーズへのテストも兼ねた新要素があちこちに盛り込まれているためだ。

 そういった新要素に対するデバッグが足りなかったのが真相である。

 

 全体的に人を選ぶ作品で、売上自体も本編と比べると非常に少ない。これを本編中に出さなかった制作会社の理性を評価する声も大きい。

 ただ、好みこそ分かれるが、どれだけこの作品がキライでも、本シリーズには絶対に必要な作品であるという認識のプレイヤーも多く、時たま本作がドメインシリーズにとどめを刺したというようなアンチが現れると非常に浮いて白い目で見られる。そんな位置づけである。

 

(※)ドメインシリーズの主人公。

 ドメインシリーズの主人公は基本的に性別不明である。例外は次回作以降に主人公とヒロインの子孫と思われる家系が皆勤で登場する初代主人公と、意図的に女性と思われる描写が多い4の主人公。

 それ以外は基本的に性別不明である。ただ、メインライターいわく各作品ごとにある程度主人公の性別はどちらかを意識して描いているとのこと。例外はルーザーズ。

 プレイヤーの考察では、1と3と5が男、2と4が女と考察されている。ルーザーズはとある理由から完全に性別については意図して描写が省かれている。




次回からまた本編となります。
こういった解説は本編が一区切りした段階でやる気や必要があると思ったらやっていきたいと思います。
なお、色々と指摘されたり自分の中でこうした方がいいな、という部分の修正をしたいのですが、現在本編を毎日更新するための時間しか時間が取れていないため、しばらくは本編毎日更新のためにそちらを優先させてください。


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二 美貌のリリスと色欲龍
13.快楽都市へ向かいたい。


 ――今、僕たちは快楽都市ヘ向かい歩を進めている。

 アリンダさんとは近くの街で別れ、今は僕と師匠の二人旅だ。僕は旅の経験というものはないから、テントを張ったり食材を自分で調達したり。そういった行為は少しばかり新鮮で、楽しいものだった。

 とはいえ、師匠がその辺りは慣れているので、師匠に頼りつつ、食事だけは僕がせっせと作る感じだ。師匠は一人にしておくとおそらく肉に調味料をかけて食べるだけで済ましてしまう。

 

 それはそれとして、現在僕たちは、魔物と戦闘中だ。

 ただし――

 

「あああああああああああ」

 

「ぬああああああああああ」

 

 僕たちは二人がかりで魔物を連続で殴り続けていた。その光景は異様の一言で、傍から見れば理解し難いものに映るだろう。

 なにせ、殴り続ける、とは文字通りの意味で殴り続けるというものなのだが、言葉とは裏腹に、拳を突き出したままずっと静止しているのだ。

 正確には、小刻みに振動して、僕たちも魔物も、その振動でブルブルしている状態だ。完全に異常者かなにかである。そもそもどうしてそんな事になってしまうのか。原因はバグ。

 

 ルーザーズ・ドメインにおける有名なバグは二つ。一つは僕が使うSBS(SS→BB→SSの無限無敵コンボ、先日名付けた)。もう一つがこの高速レベリングだ。

 前者が有名なのは僕のせいな気もするが、後者に関しては実際にやったプレイヤーも多いのではないだろうか。

 

 方法はいたって簡単。このゲームにおいてデバフは別々の技を使われると重複するわけだが、三つ以上速度低下デバフを重ねて受けた状態で敵に特定の攻撃をすると、無限ループが発生する。

 理屈は色々あるが、端的に言うと判定がずれるのだ。更に別の攻撃をいれるとコレは解除されるが、それまでの間、永遠に攻撃した魔物に対してダメージを与える状態が続く。

 

 この状態で魔物を攻撃すると、経験値を入手したものとして扱われる。というか倒したものとして内部で処理される。つまり、後はこれを続ければ無限レベルアップの完成だ。

 

 そして、これが可能な場所はチュートリアルである序章終了後。2つ目の街から、快楽都市エクスタシアに向かうまでの道中にて現れる特定モンスターの組み合わせのみ。

 

 かくして僕たちはレベルアップを始めて――かれこれ3日が経過しようとしていた。

 理由は単純。

 

 

 これを始めて以降、師匠のレベルが一度も上がっていないのである。

 

 

 師匠の位階は80を越えている。この状態でこの辺りのモンスターを狩ってレベルアップを行おうとする場合、もし普通にやっていれば一年はかかるだろう。

 それを高速レベリングでこなし続けて、はや3日。それでもレベルが上がらない。そして僕の方も、この三日目に入って、位階が50を超えた辺りで、レベルアップしなくなった。

 

 やはり経験値効率が悪すぎるのだ。

 ゲームであれば、この状態で放置しておけば気がつけばレベルがカンストしていた。ちなみにカンストまでにかかった時間は2日だ。

 これは丸一日放置し続けての結果であり、現実ではそれほどうまく行かない。

 

 何も他に作業のできないままこのバイブレーションに付き合っていると、だいたい一時間くらいで気分が悪くなる。そこから回復するためにさらに一時間。そこからまたモンスターを見繕ってきてデバフをわざと受けるまでに一時間。

 だいたいワンセット三時間の準備時間が必要で、その間に実際に経験値を稼げるのは一時間だけ。非常に効率が悪い。

 

 ――というわけで、いい加減付き合いきれなくなってきた僕と師匠が出した結論は、師匠の位階が一つ上がるまで耐久。というものだった。

 がしかし、これを決定したのも初日終了時のこと。

 師匠、いつまでかかるんですかこれ!

 

 と言ったところで。

 

 

「――おわったあああああああ!」

 

 

 休憩中。自分の位階を確認した――この世界はゲームの世界なのでステータス画面みたいなものが存在する。そのうち見せることもあるだろう――師匠が、嬉しそうに天高く拳を突き上げた。

 

「やっとですか! やりましたね師匠!」

 

「ああやっとだ! 本当に長かった!」

 

 二人で喜び、うおー、と手を振り上げる。

 いや本当にながかった……!

 

「あ、僕の方も位階一つ上がりましたよ。タイミングよかったです」

 

「うおー!」

 

「うおー!」

 

 二人して、極限まで下がったIQで喜びの舞を踊る。なんというかもう、疲れたとしか言えない。昨日の夜辺りから、僕らふたりとも眼が死んでいた。

 とりあえず、一瞬にらみ合いの後。じゃんけんをする。

 勝ったのは……僕だ!

 

「……じゃあ、三十分したら起こしてください」

 

「ああ、おやすみ」

 

 恨みがましい眼でみてくる師匠をよそに、僕はその場に倒れ込むと、師匠に見張りを任せて眠りにつくのだった――

 

 

 ◆

 

 

「こんな便利な位階上げがあると、もし知られたら大変なことになる……と思っていたが、この方法流行らない気がするな」

 

「多分二十年もすれば使えなくなってると思いますけどね」

 

 本作だけのバグだから。

 初代の頃にはそういうアレも使えなくなってるだろう、多分。

 

「非常に手間がかかるという問題と、万が一失敗した時に命に関わらなくもない点を除けば、促成栽培の概念使いを用意するのには最適だろうが……」

 

「これをムリヤリやろうとする連中は、相応に外道でしょうね……」

 

 もう二度とやりたくないという気持ちに支配されたまま、僕らは空を見上げる。しかし、それはそれとして、もし、この方法を教えてもいいという仲間が増えたら、またここに戻ってくるつもりが僕たちにはあった。

 なんだかんだ言って、位階を50まで上げられれば、この世界ではかなりの上位者だ。

 

 秘密を守れて信頼できる相手でないと、難しいだろうが……

 

「いやでもしかし、位階が上がったのなんて一年ぶりだよ。強欲龍を倒したのだから、そこで上がってもおかしくなかったと思うのだけどね」

 

「……大罪龍は倒しても位階上がらないとおもいますよ」

 

 そうかぁ、とつぶやく師匠。概念使いは倒すと経験値が入るが、大罪龍は入らない。ラスボスだからだろうけど。……1の頃の憤怒と暴食は入ったのだが。

 

「……よし! 休憩終了!」

 

 ばっと足で勢いをつけて、一息に師匠は立ち上がる。それに対して、僕はぼんやりとしたままでいる。原因は――

 

「なんだよ、まだ休んでたいのか?」

 

「いえ……その、はしたないので止めといたほうがいいですよ?」

 

「…………」

 

 視線をそらして言うと、師匠の蹴りが飛んできたのでゴロゴロ転がって躱した。

 

 

 ――なんてことがありつつ。

 

 

「ここから歩けば、今日中にエクスタシアにつくはずだ!」

 

「はい、師匠!」

 

 二人で盛大に追いかけっこをしてただでさえすり減っていた体力を更に減らしつつ、僕たちは快楽都市と僕たちが来た街をつなぐ街道まで戻ってきていた。

 がっつりレベル上げをしたおかげで、この辺りの敵は概念化してしまえばちょっとしたじゃれてくる動物を相手するようなものになった。

 だからか、どこか気が抜けた状態のまま、ぼんやり街道を進んでいるわけだが――

 

「師匠、快楽都市に行ったことはあるんですよね?」

 

「そりゃまぁ、概念使いが迫害されずに好きに生きれる場所となると、あそこか“ライン”かの二択だしね」

 

「一応、ある程度詳細はしってますけど、実際に行ってみた感想を一つお願いします」

 

「……カオス」

 

 遠い目で、師匠は先にある快楽都市に向かってつぶやいた。そりゃまぁ、混沌に満ちた街、無法地帯そのものなのだから当然なのだけど、師匠の言葉にはそれ以上に色々と思うところがありそうな口ぶりだった。

 

 ――快楽都市エクスタシア、概念使いを生み出した色欲龍エクスタシアが、生み出した後、そのまま街に居座ったことで生まれた特殊な経緯を持つ街。

 今でもエクスタシアでは概念使いが生み出され、街を賑わしている。

 

「まず治安が悪い。無秩序が法になっている場所なんて、この世界にはあそこしかないだろうなぁ」

 

「人が暴力で支配できる時代じゃないですからね」

 

 エクスタシアには法がない。強いものが弱いものから搾取することが当然の場所、いわゆるスラム街だが、そのトップは常にエクスタシアだ。仮にも大罪龍、彼女に勝てる者は快楽都市にはいない。故に、秩序はないが、都市がそれで崩壊するかと言えば否だ。

 

 どういうことか。

 たとえどれだけ強かろうと、悪逆の限りを尽くそうと、大抵は最終的にエクスタシアに街から放り出される。そしてそのまま魔物の餌か、どこかの街を支配しようとして、通りがかった大罪龍に町ごと滅ぼされるかのどちらかだ。

 この世界、たかだか一人の概念使いが無法を働こうとしたところで、大罪龍に滅ぼされるのがオチだ。そうならないよう、多くの概念使いはどれだけ非道な性格だろうと、エクスタシアの庇護下から抜け出そうとはしない。

 

 最低限、エクスタシアの機嫌を損ねない程度の品性が求められる。故にギリギリの薄氷の上で、快楽都市は体制を保っていた。

 

 ――まぁそれでも、師匠の言う通り治安は悪い。概念使いでない人間は、せめて“ライン”かどこかにたどり着けるように、祈りとともに街の外に放り出されるのが常だ。

 快楽都市で生きていけるのはあくまで概念使いと、その概念使いが庇護したいと思ったもののみ。

 

「決してキライではないんだけどね、そういった考え方は」

 

「守れるものだけを自由に守るって考え方は、師匠の性には合ってますよね」

 

「……流石に危険すぎて、そう長くはいられなかったけど」

 

 そもそも、快楽都市には師匠が守りたくなるような善良な存在はいないと思う。だから師匠は快楽都市を離れたのだろうけど。

 

「今回も、そう長くは滞在しないでしょうね。僕らの目的はあくまでエクスタシアに会うことですから」

 

「……本当に会うのか?」

 

 嫌そうな眼を向ける師匠。けれども、このやり取りはもう十回目だ。いい加減諦めて欲しい。

 

「大罪龍の中で、唯一人間に対して協力的かつ、ある種献身的とも言える色欲龍とは、一度顔を合わせておく必要があります。現状、人類の最大戦力は彼女なんですよ」

 

「私はすでに一度、面識がある!」

 

「だとしても、僕はそうではないですし。師匠が大罪龍を倒すために動こうとしている、という情報は快楽都市に伝えるべきです。そしてそれが一番確実なのは、エクスタシアへの謁見なのですよ」

 

 ――大罪龍の中には、人類に対して敵対的ではない大罪龍も存在する。怠惰と色欲だ。今の時期であれば、嫉妬も条件付きでこちらに力を貸してくれるだろうが。

 常にこちらの味方、もしくはこちらと敵対しないのはその二人だ。嫉妬は、利用しようとすると牙をむくからな、今の時期でも。

 

「師匠は大陸最強の概念使いなんです。世界を救うと決めたなら、その決断は世界を揺るがす決断になるんですよ」

 

「うう……やっぱり私にそんな大役似合わないって……」

 

 頭を抱える師匠。いくらやる気になったところで、その性根が底から変わるわけではない。根気強く、師匠のコレとは付き合っていく必要があるだろう。

 

「エクスタシアと話をしたら、すぐに移動しましょう。それでいいでしょう? どちらにせよラインには早いうちに行っておきたいわけですから」

 

「……まぁ、そうだな。必要があるのは理解しているよ。だからそうやって私をせっつかないでくれぇ」

 

 うわー、と頭をガリガリする師匠に、僕は苦笑する他なかった。

 

「というか、やっぱりエクスタシアと面識あるんですよね」

 

「……そうだよ。でもって、ご想像どおりだ」

 

 そのまま少し話題を移すと、師匠はむくれたまま答えてくれた。……その顔が、少し恥ずかしげなのは気のせいだろうか。

 多分違うと思う。

 

「正直な所、エクスタシアに会うのってちょっと楽しみなんですよね。本当に話に聞く通りの人物なのか。いや人っていうのもおかしいですけど……噂通りの龍なのか」

 

「名は体を表すというじゃないか! アレは本当に色欲に狂ってる悪魔だ! サキュバスだ!」

 

 にゃー! と言った感じで師匠が唸る。普段の師匠では見られないような光景だ。本当にトラウマになっているんだろうな。

 

「……これで、彼女がいなければ人類は詰んでいたという事実が、私としては納得がいかない」

 

「まぁまぁ」

 

 第一な、と師匠は高らかに叫ぶ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()!? 無理に決まってるだろ、バカヤロー!」

 

 

 ――そう。

 師匠と色欲龍エクスタシアは、()()()()()()()。正直、僕がどこから来たかは定かではないからなんとも言えないが、僕も一応エクスタシアとは()()()()()()()()はずなのだ。

 

 ドメインシリーズにおける、そもそもの根幹に当たる設定。

 

 

 ()()使()()()()()()()()()()()

 

 

 概念使いと大罪龍には大きな共通点がある。互いに概念でしか互いを傷つけることができない。要するに概念使いと大罪龍の力の源は同じものだ。

 ではそれがどこから来るか。

 答えは簡単だ。()()()()()()()()()()()()()()こそが、概念使いである。

 色欲龍には人と子をなすことができる権能がある。そう――

 

 ()()()()()()()()()()()()使()()()()。彼女が要するに、()()()()()()をした結果、この世界に概念使いは生まれた。

 そして今も、彼女は人と交わって概念使いを生み続けている。何故か。()()()()()()()()()()。彼女は人の性別にこだわらない。相手が女性だろうと、気に入れば子供を作ってしまう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 そう、これが、

 

 ある種の大罪にして、色欲の権化。

 

 それが、今から向かう都市に鎮座する大罪龍エクスタシアの、業が深すぎる真実であった――



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14.色欲龍に出会いたい。

 ――そこは、混沌としていた。

 まず、空が見えない。適当に作られた空中を走るパイプだとか、道だとか。しかも、道の多くは、たまたまそこを通りたい誰かがいたからノリで作ったような代物で、いくつかはすでに老朽化して、崩落している。

 

 というか、今目の前で崩落した道から落ちてきたものが、腰を抑えながらその場を去っていった。数メートルは落下していたが、無事なようだ。概念化していたのだろう。

 その直後。僕の後方から凄まじい勢いでナイフが飛んでくる。概念化していた僕にガンッ、と甲高い音を立てながら当たり、更にはね飛んでいった。

 

「大丈夫かい?」

 

「概念武器ではないですしね」

 

 そうやって先を進む僕らの側で、喧々諤々と商売人の売り込みの声が聞こえてくる。その多くは概念使い向けの回復アイテムだとか、装備がほとんどだが、中には()()使()()()()()()()()()店もあった。というか、()()()()()()()()()()()()()()()使()()すらそこかしこで見かけることができた。

 これはいわゆる奴隷と、派遣業の間の子みたいなもので、ここで売買される概念使いは色々な事情で借金を抱えているのだ。

 抱える理由は主にギャンブルと快楽都市破壊の修繕費。さっきの道の崩落は快楽都市の管轄外なので修繕費はかからないが、先程飛んできたナイフのように、快楽都市ではそこかしこで乱痴気騒ぎが発生するので、必然的に修繕費がかさむのだ。

 

 なお、これで概念使いを買ったからと言って、スケベな事をしようとすると反撃されたり、色欲龍送りにされたりするので間違っても手を出してはいけない。

 

 そんな街中を、スイスイと師匠の先導で僕は先に進んでいく。他の場所では見られない光景が三百六十度どこを向いても見ることのできる場所。

 快楽都市とはそういう場所だ。

 住人の八割が概念使い。通りを歩く子どもたちも、仮に空から瓦礫が降ってきても、傷一つつかずにそのまま駆け抜けていく。

 人も、物も、何もかもが他とは違った。

 

「いや、なんというか。完全にお上りさんだね?」

 

「あはは……見ていて興味深い場所ですから」

 

「あんまりそういうふうに物珍しげに見ていると、周りが勘違いして喧嘩を売ってくるから、あまり見ないほうがいいよ」

 

 今の僕は、師匠に連れられて初めての快楽都市を歩くひよっこだ。端的に言うと、どこからどう見てもカモである。美味しくいただくにはネギが欲しくなるような極上のカモだ。

 しかし、ここに至るまで僕に声をかけるものはいない。カップルに対するやっかみで絡んでくるモヒカンとかいないものだろうか。

 

 ……いないだろうな。周囲の視線は明らかに師匠へ向いていた。軽く聞こえた単語をつなげると、「おいあいつもしかして……」といった内容がほとんどである。

 

「思うんですけど、周りの人達、師匠に怯えてませんか?」

 

「…………気のせいだろう?」

 

 ヒソヒソと話し合う概念使い達の眼には、ありありと恐怖の感情が浮かんでいた。どうみても師匠を遠巻きに眺めつつ、畏れているのが丸わかりだ。

 

「まぁいいですけど」

 

 と、僕が言ったら露骨に胸をなでおろすのはやめてください師匠。

 なんてことをしていたら、ふと師匠の足が止まる。そこは行き止まりだった。迷いなく進んでいたはずの師匠が、ここに来て道に迷ったのだろうか。

 ……まぁ、少し違うだろう。

 

「おかしいな、前来たときはここに道があったんだが」

 

「前って言っても、何年も前の話でしょう。この混沌っぷりで、道に変化がないわけない」

 

「それはそうなんだけど、大通りだったんだよ、ここ。だから、そうそう壁になったりしないと思うんだけどな……」

 

 ――そういいながら周囲を見渡すが、今僕たちが歩いてきた道は、どう考えても裏路地にしか見えない狭い道だった。左右の壁は、それはもう圧迫感に満ちている。

 

 とりあえず引き返そうということになったが、ちょうどそこで、反対方向から人が歩いてきた。僕と師匠は視線を交わして、その人に声をかけてみることにする。

 

「あー、ちょっといいかな?」

 

 そういって、師匠が人に近づくと、彼は一瞬ビクッとしてから、

 

「なんですかい?」

 

 と引きつった笑みで答える。おそらく、彼も師匠が師匠であることをなんとなく察しているのだろう。そのうえで、声をかけられたがために逃げられないのだ。

 師匠は懐から、何枚か硬貨を取り出すと、男に握らせる。快楽都市では、なにか話を聞くのにも、こういったチップは必要不可欠だ。

 無償で何かをしてもらえるなどと、考えるべきではない。

 

「私、何年か前にここに来たことがあるんだけど、その時はこの辺りが大通りだったと思うんだ」

 

「そ、そうですねぇ、俺はここが大通りだった頃からいますけど、その認識であってますよ」

 

「うん。じゃあどうしてここが大通りじゃなくなってしまったのかな」

 

 そう言って愛想笑いを浮かべた師匠に、男は露骨に後ろへのけぞった。

 

「い、いやぁ、それが少し前にここで一人の概念使いが、自分の概念で道を塞いじまいやしてね。で、言うんですよ。ここを通りたければ、通行料を払えって」

 

「せせこましいことを考えるやつもいたもんだなぁ。ここ、便利な道だったのに」

 

 むぅ、と唸る師匠。ふと気になったので、僕も軽くお金を渡して質問してみる。

 

「ちなみに参考までに、その人はどうなったんですか?」

 

「一斉に周りの概念使いにボコられて、外に放り出されましたよ」

 

「でしょうね」

 

 この快楽都市は無法だが、多くの無法者がそれぞれの自由を謳歌しながら暮らしている。そんな彼らの自由を侵せば、袋叩きに会うのは必然であった。

 ゲームでもそういった話は聞くことができるが、なんというか実際に遭遇すると、本当に自分が快楽都市に来たのだな、という気になる。

 

「で、どうしますか師匠」

 

「……ぶち抜く」

 

「横着ですね?」

 

「だってここから中央をめざすのが一番早いんだよ! そうだよな?」

 

 そう言って、話をしていた男の概念使いの方を見る師匠。概念使いは、その剣幕におされてか、すごい勢いで首を縦に振っていた。

 

「そういうわけだから、ちょおっとどいていてくれ」

 

「本当にやるんですかい!?」

 

「当たり前だろ!」

 

 いや、何が当たり前なんですか師匠。

 心の中だけでツッコミつつ、僕は概念使いの男と一緒に、数歩距離を取る。

 

 顔がマジだったからだ。

 

 師匠は担いでいた概念槍を構えると、一つ息を吸い……

 

「“T・T”! “E・E”! “T・T”!」

 

 シンプルな概念技と移動技からの連続コンボ! 師匠のそれはもう強力の一言で、一撃目の時点で正面の壁が吹き飛び、移動技で壁の向こうに回った師匠は、周囲を確認してから左右の壁も一息に破壊した。

 修繕費かかると、結構キツイですからね、今の僕たち。

 

 理由は主に強欲戦での散財。あそこで使った復活液の総額は軽く五十万ほどだ。

 

「……あの壁、今まで壊そうとして失敗したやつが山程いるんだけどな」

 

「いや、概念使いの作った壁が、あの人に壊せないわけないじゃないですか……っていうか結構強かったんですね、その迷惑な壁概念使い」

 

「追い出すのに数十人がかりだったって話だぜ」

 

 もしかしたら、位階は今の僕と同じ――50はあるかもしれない。割と終盤レベルだ。ちなみに最終盤を戦うなら70は欲しい。

 そして師匠の現在レベルは80オーバーだ。僕もだいぶ並んで戦えるレベルまでは上げたけれど、やはり基礎力の違いは大きいわけだね。

 

「……っつーか、やっぱりあの人って…………」

 

「……まぁはい、なんだかやたら恐れられてますが、あの人が紫電のルエです」

 

「……っ」

 

 一気に男の顔が青ざめていった。ゆっくりと槍を構えたまま接近してくる師匠は、それはもう恐ろしい存在に思える。主に後ろから光を浴びて、黒いシルエットと化しているところが。

 

「ん、どうかしたかい」

 

「ひっ……あ、いや、ちが、えっと」

 

 男がうろたえて後ずさる。いやそんなにか? 確かに師匠は強いけど、そんなに言うほどか……?

 

「ねぇ君……私流石にここまで怯えられる覚えはないんだけど」

 

「……う、」

 

「僕も心当たりないです。そもそも師匠がここにいた頃の話って知らないですし」

 

 3の頃ではもう快楽都市は崩壊していて、師匠に関するその辺りの話は、エクスタシアとの思い出話程度しかないのだ。なお、都市自体は別の場所でネオ快楽都市として復活している。

 

「う、う、うわああああああああああああああああああっ!!!」

 

「えっ、そんなに!?」

 

「紫電のルエだああああ! 紫電のルエがでたぞおおおおおおお!!!」

 

「パブリックエネミーじゃないんだぞぉ!?」

 

 ――ついに男は耐えきれず、発狂したまま逃げていってしまった。それにつられてか、周囲を歩く人々もパニックに陥ったかのような反応の後、すごい勢いで何処かへと駆け去っていく。

 自由を愛する快楽都市において、恐怖なんて感情は終ぞ無縁のものと言ってもいい。それだというのにこの反応。

 

 師匠、何やったんですか……?

 

 

 ◆

 

 

 ――完全に人っ子一人いなくなった快楽都市を歩きながら、僕たちは目的地付近にまで到着していた。

 

「だから、当時のことといっても、私は私の容姿を見て、舐めてかかってきた概念使いをひとり残らず叩き潰したくらいで……」

 

「くらいっていいますけど、実際やってることはえげつないですよね」

 

「ここまでされる謂れはない!」

 

 今から数年前、十と少しの少女でしかなかった師匠は、今のようなどこか大人か子供かわからなくなるような老練な雰囲気はまだ会得しておらず、周囲から舐められていたらしい。

 故に、喧嘩を売られ、それを定価で全て買って叩き潰した結果、周囲から一目置かれるようになったそうなのだが。

 

 それから数年。大陸最強と言われるまでになった彼女は、けれどもここまで恐怖されるほどではないだろう、と不満げな様子だ。

 

「まぁ、まぁ。……付きましたよ、“悦楽教”総本山……エクスタシアの居城」

 

「ん、ああ……」

 

 そういって、二人で()()を見上げる。

 それは言ってしまえば違法建築の塊だ。

 シルエットは、いうなれば鬼ヶ島。城のような三角のシルエットに、明らかにそういう建て方したら崩れるだろうというような、角を思わせる塔が建築されていて、それはもういかつい。

 装飾等は、本来は荘厳な宗教的なものだったのだろうが、落書きと舗装した日曜大工の跡で、ロックを勘違いしたかのような造形に変化している。

 

 最初は、そこそこ大きな教会だったのだ。そこに色欲龍が住み着き、人が集まり、改造に改造を施し、周囲まで混沌に飲み込みながら広がった。それがこの快楽都市の始まりである。

 

 

「――失礼、紫電のルエ殿だろうか」

 

 

 ふと、その施設から、一人の男性がやってくる。壮年の四十かそこらの男性だ。僕は彼に見覚えがある。ゲームの登場人物として。

 司祭姿の彼は、穏やかな顔立ちに、少しの苦労をにじませる皺を載せながら、こちらに声をかけた。

 

「……あなたは、“理念”のゴーシュか。久しいね、前にここを出奔して以来になるか」

 

 ――理念のゴーシュ。

 初代ドメインと、ルーザーズに登場する概念使いで、この快楽都市を実質取り仕切る、まぁすごい人だ。どうすごいかはそのうち触れることはあるだろう。

 

「そちらは」

 

「紫電のルエの弟子です。概念は、敗因」

 

「……弟子を名乗っている、よくわからないなにかだ」

 

「なんでですか!?」

 

 僕は永遠の師匠の弟子なのに、なんで師匠はそんなひどいことを言うのだろう。というか、ゴーシュが困っているよ師匠。流石に説明不足がすぎる。

 

「なにはともあれ、お久しぶりです。立派になられましたね。本日は……色欲龍との面会を?」

 

「ああ、彼が色欲龍と会ってみたいっていい出してね」

 

「それならちょうど良かった。ルエ殿、あなたにも色欲龍と面会して頂きたいのです」

 

「……私も?」

 

 師匠の顔がひきつる。

 ……ああ、そんな気はしてたけど師匠、あなた色欲龍に会わないつもりだったんですね?

 

「はい、色欲龍たっての願いです。受けていただけるだろうか」

 

「拒否したら?」

 

「我々には、あなたは止められないでしょうなぁ」

 

「……戦争になりそうだな」

 

 止められなくても、やるしかないというニュアンスで、けれどもゴーシュは豪胆に笑っていった。彼も解っているのだろう、師匠はそういった大騒ぎが苦手だということを。

 

「……諦めましょう師匠。終わったらなにかおごりますから」

 

「いやいいよ……っと、そうだ。ゴーシュ、参考までに聞いておきたいのだけど」

 

「はい?」

 

 師匠が、そう言えばと言った様子で問いかける。まぁ、聞くことと言えば一つだろう。

 

「先程から、どうも私が過剰なまでに避けられているのだが、どういう訳なんだい? ここを離れる前のことが変に大きく伝わっているとか?」

 

「いえ――それでしたら色欲龍に会えば説明いただけるかと。何、単純な理由ですよ」

 

 ふむ、と師匠は少し考える。

 色欲龍に会えば解る。単純な理由。――ココ最近起きた出来事から、心当たりを探してみると、なんとなく一つ思い至った。

 

 ああ、それは確かに。

 誰だって師匠を恐れるに決まってる。

 

「うーむ……あまりいい予感がしない」

 

「まぁ、まぁ。ほら行きましょう、色欲龍はもうすぐそこです」

 

 そういって、先を歩くと、師匠が待ってくれたまえと後を追いかけてくる。ゴーシュが振り返り、

 

「では、また後ほど……」

 

 といって、僕たちを見送った。

 色欲龍との話の後にも、彼はなにか用事があるのだろう。まぁ、今は顔合わせ程度、気にしても仕方がないな、と考えて。

 僕は先に進むのだった。

 

 

 ◆

 

 

 ――くらくらするような甘い匂いと、視界を刺激してくるピンクの装飾。

 淫蕩、という言葉で連想するような、まさしくみだらに満ちた部屋の中に、彼女はいた。

 

 見た目は、美女だ。それもとびきりの。

 身長は180ほど、靡くような黒髪は見るだけでも透き通るように美しさが解る。ネグリジェ……と呼ぶべきなのだろうか、下着と一体化したような寝間着に身を包み、気だるげにベッドにその肢体を押し付ける。

 腰つき一つとっても豊満で、そして滑るような肌は、まさしく天上の一言。

 

 何より――

 

「君……君!!」

 

 隣で師匠が叱責するのも構わず、僕はそれに見入ってしまった。

 

 一言で言おう、でかい。

 

 だが、でかすぎない。

 彼女の肢体に最適化されたような大きさのバストは、もはや一種の芸術とすら言えるものだった。

 

 ――今、僕の目の前にはエロスがある。

 

 

 色欲龍エクスタシアが、人の姿でベッドの上に寝転んでいた。

 

 

「君ィ! おい! おいこっちを見ろ! 見入るな! 見惚れるなー!」

 

「はっ」

 

 そこで僕は正気に戻る。

 あまりにも目を引く大きさだったものだから、思わず観察してしまった。

 

「君ってやつは! 男ってやつは本当に! 本当にもう! もう!」

 

 ぷんすこぷん、という擬音が似合いそうなほど、師匠は地団駄を踏んで、怒りを顕にしている。身長は百五十あるかどうか、出るところもそんなに出ていない師匠。

 ……僕としては、あまりにも圧倒的すぎるあちらより、師匠のほうが少し落ち着く感がある。

 

「いやでも、しょうがないんですよ。男じゃなくたって、アレは見入ってしまいます。インパクトすごいですし」

 

「バカー!」

 

「……初見の時、師匠だって見入ったんじゃないですか?」

 

「…………うっ」

 

 正直なところ、僕が色欲龍をいやらしい目で見ているかと言うと、それほどでもない。ゲームで彼女の内面をある程度把握しているのもあるし、何より僕としてはこう、直撃しない。何がとはいわないけど。

 大きいのは好きだけど、もう少し手頃な方が良いんだよなー。

 

 まぁ、でもあまりのインパクトに、思わず感心してしまったものも事実。師匠の文句は甘んじて受け入れることにした。

 

「とにかくだな! 色欲龍。紫電のルエとその弟子が来たぞ! あなたが私達を呼んだんだろう」

 

 師匠が改めて振り返り、ベッドに寝転ぶ色欲龍に声をかける。すると――

 

 

「ああ、来たの……ね?」

 

 

 ゆらり、と彼女は起き上がる。

 どことなく蜃気楼のようだと、現実のものとは思えない色気に、思わずそう感じてしまう。……あまり良くない傾向だなぁ。

 

「……久しぶり、紫電のルエ……そちらが、噂の敗因くん?」

 

 そのまま、立ち上がってふらふらとこちらに寄ってくる。小さく笑みを浮かべながら、頬を赤らめながら。

 ごくり、と唾を飲み込む音がした。

 

「んふ。はじめまして――色欲龍エクスタシアよ。今は人の姿だけど、知っての通り、大罪龍が一翼なの」

 

「え、ええ……はい。はじめまして」

 

 ちょっと気圧されそうになる。

 ――強欲龍とは、また少し違う圧迫感。けれども、その存在感は間違いなく同類だ。

 ただ、そこに在るだけで呑まれてしまうかのような。それは――彼女の色気がそうさせているのだろう。心臓の鼓動が、早くなるのを感じてしまう。

 

 同時に、嫌な予感も、ある。

 

「早速だけど……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……!」

 

 ――()()()

 すでに知られていた。どこから話が流れたのかはしらないが、アリンダさんたちを置いてきた街の概念使いか、はたまたこの街の概念使いが調査に出たか。

 どちらにせよ、僕らがここに来た理由を、彼女はすでに把握している。

 そして、それが都市の方にまで話が及んだために、周囲は師匠を『強欲龍を撃破した概念使い』として畏れているのだ。ある意味、当然の話である。

 

「ええ、私達が倒したよ。激戦だったが、紙一重で」

 

「……そう。ああ、別に責めるつもりはないの。私と彼らは敵対関係だし、ありがたいくらい」

 

 ――色欲龍は、人類に味方する龍だ。

 理由はあまりにも俗で、口に出すこともどうかとおもうものだが、

 

「ただ、ね?」

 

 ――その視線が、僕の体を舐め回す。

 おもわず、ぞぞっと走る怖気に、数歩後ずさった。

 

 色欲龍が人類に味方する理由。

 

 

「――ちょっと、私と子作りしてほしいだ、け♡」

 

 

「――――!!」

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 ぶっちゃけ、同じ龍が交尾させてくれなかったから、彼女は人と交尾している。結果彼女の血を引いて生まれた子供は概念使いとなり、人類を守る最後の切り札となった。

 とんでもない話である。

 

 そしてそれが今、僕に対しても向けられている。

 

「お――」

 

「ダメに決まってるだろうそんなこと!」

 

 お断りしようとしたら、師匠が神速の勢いで否定した。

 

「あら、なんで?」

 

「まず一つ、彼の意思じゃない! 二つ、そういう破廉恥なことはどうかとおもう!」

 

「ああ、大丈夫よ。あなたも一緒にシましょう? 初めてはあなた達同士でもいいから」

 

「そういう問題じゃないー!」

 

 ――どうやら、エクスタシアはこちらが照れていると思っているようだ。いや、それもあるが、現に師匠は顔を真赤にしているが。

 とにかく、とにかくだ! 僕としてもそれは少し困る。

 

「ねぇ、本当に嫌? 私もその子も、好きにしてもいいって言ったら」

 

「いや……というか、別に僕じゃなくてもいいでしょう。強い概念使いの子供が強くなるとは限らないわけですし」

 

「まぁ、そうなんだけど……」

 

 んふ、と吐息を漏らしながら、流し目で、

 

「――あなたはダメなのよ、例外。だから、ね?」

 

「だからじゃない!」

 

 ――――師匠が、槍を抜いた。

 

 えっ?

 

「あはっ、解っちゃった?」

 

「あの、師匠?」

 

 彼女と敵対する理由はない。僕らは彼女に会いに来ただけで、子作りは嫌ならここから逃げ出せばいい。向こうもこちらが強欲龍を撃破したことを把握しているなら、ここでの用事はほぼ完了だ。

 後はゴーシュといろいろと今後の相談をすればいいだろう。

 と、考えていたのだが、

 

 

「――ごめんね、逃がすつもりはないの」

 

 

 そんな僕の思いを否定するように、色欲龍エクスタシアは、その手から()()()()を周囲に放ち始めた。

 

 ――“発炎刀”!?

 

 直後。彼女の手に、一本の刀が収まる。

 赤とピンクの間の子のような色合いのそれは、彼女が戦闘に用いる彼女特有の武器だ。名を発炎刀。人を発情させるほど燃え上がる刀。

 

「殺すつもりはないわ。っていうか、殺しちゃったら意味ないし。でも、逃さない。あなた達には――私と交尾してもらう!」

 

「いきなり何いってんだ!!」

 

 師匠が顔を真赤にして叫ぶ。

 いや、まったくもってそのとおりだけど、これ逃げられないの!? ……逃してくれるはずないよな、仮にも大罪龍なんだから!

 

「ああもう! そんな無理強いをしてくるような龍ではないはずだ! あなたは!」

 

「普通ならね? でも、あなたは違う。――敗因くん、私といいこと、シヨ?」

 

 剣を抜き放ち、構えた僕。

 

 ――ええい、気持ちを切り替えろ、突然のことに驚愕している暇はない。

 そして、切り替えてしまえば後は単純だ。

 

 敵は色欲龍。

 強欲龍ほどの強さはないし、この場で龍形態にはならないだろうが、こんな戦いに概念起源は使えない。故に、条件は前回とさほど変わらない!

 

 ゲームにはこんな戦闘、なかったけど。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 そう考えれば、僕の頭の中で、それに抗うスイッチは、即座に入ってしまうのだった。



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15.色欲龍はいやらしい。

 ――色欲龍エクスタシア。

 シリーズにおいて皆勤である彼女だが、彼女と戦闘する機会はシリーズを通して二回しかない。同じく皆勤の百夜は必ず全作品で戦闘があり、時にはシナリオ中に一回。裏ボスで一回と、計二回戦うことも在る彼女とは対照的だ。

 

 理由は基本的にエクスタシアが味方サイドの存在であること、エクスタシアが戦闘に積極的でないことが上げられるだろう。

 そして、大罪龍七体の中で、下から二番目に位置する強さのエクスタシア。大罪龍の中で、戦いが得意ではないという事実も本人的には理由らしい。

 

 とはいえ、腐っても大罪龍。全力で戦った彼女は、作品の裏ボスになる程度の実力はある。具体的には二作品目の「クロスオーバー・ドメイン」で彼女は本編後日談のラスボスを務める。

 その際は特に弱体化させる展開もなかったため、彼女はドメインシリーズでは珍しい、互いに素の実力で戦うことになる大罪龍だ。

 

 基本的に、シナリオ上で戦う大罪龍はこちらがシナリオで強化されているか、向こうが弱体化しているかのどちらかだ。そうでない場合の大罪龍と戦う機会は、だいたいクリア後ダンジョンの隠しボスか、本編後日談の裏ボスとなる。

 

 なので、色欲龍の強さは簡単に言えば、師匠が四人いれば普通に勝てるレベル、である。強欲龍と比べればだいぶ有情で、勝ち目の在る勝負である。

 

 ――ある状況に陥らなければ。

 

「君っ! エクスタシアの情報って何かないのかい!?」

 

「戦う予定がなかったのでなんとも! ただあの刀は発炎刀といって、あそこからこちらを発情させる煙を出し続けています!」

 

「いやらしいな!!」

 

 ――エクスタシアは、戦闘中常に発炎刀から、人々を発情させる煙を出し続ける。今も辺りにはその煙が広がっていて、部屋を充満させるのに時間はそうかからないだろう。

 

「師匠、息を止めながら戦うことってできますか?」

 

「概念化していれば、理論上はできるだろうけど、普段無意識でやってることを意識的に止めながら戦闘って無茶いうなよ!?」

 

 ですよね、と返しながら、まぁ努力目標ということで、息は止めておいた方がいいと伝える。気休めにしかならないだろうが、やらないよりはマシだ。

 

「んふふ、いいかしらー?」

 

「おっと失礼。レディを待たせるのは礼儀にかける……な!」

 

 師匠が、先手を取って動き出す。僕もその後に続いて、戦闘はスタートした。

 

「――“E・E”!」

 

 電光のごとく懐に飛び込んだ師匠。その槍がエクスタシアに見舞われる。エクスタシアはそれらを発炎刀で弾きながら、ゆらゆらと揺れるように回避していく。

 高速の三段突きを、軽々と捌いたままに、反撃で刃を向けて、

 

「“色牙”ー」

 

 間延びする声で、刃を淡く光らせながら、振り下ろした。

 

「……っ!」

 

 ふと、何かを感じ取ったのか、距離を取る師匠。その間にサイドに回った僕が、一気に接近する!

 

「“D・D”!」

 

 師匠は囮で、本命は僕だ。一気にコンボを叩き込んでやる。

 

「“色牙”ねー?」

 

 飛び込んだ僕を待ち受けるように、下段から斬りかかるエクスタシアへ、僕はコンボを起動。

 

「“S・S”!」

 

 色牙は僕をすり抜け、僕の刃がエクスタシアへ突き刺さり、

 

「“B・B”! でもって……“A・A(アンチ・アルテマ)”!」

 

 そこから、新技だ。アンチ・アルテマ。スロウ・スラッシュと並ぶ使いやすい無敵判定持ちの近距離攻撃。こちらはモーションが突きであることが特徴だ。

 

「そのまま! “C・C(クロウ・クラッシュ)”!」

 

 更に、突き刺さった剣が炸裂。

 

「きゃあっ」

 

 いきなりの爆発にエクスタシアが後退。僕は構わず踏み込んで――

 

「“A・A”!」

 

 更にAAでつなぐ! このまま一気に……と次のコンボに移行しようとした所で、炸裂した煙の中から、妖艶に笑みを浮かべるエクスタシアの姿に気がつく。

 

 ――嫌な予感。見覚えのあるモーションに、僕は即座にコンボを別のモノに変更した。

 

「――“壊洛”」

 

「ッ! “D・D”!」

 

 振り上げた剣が、地面に叩きつけられると同時、発炎刀の煙が爆炎のように周囲へ広がった。――そこを、ギリギリで避けて師匠の側に着地する。

 

「大丈夫かい? 今のは当たるとまずかったかな」

 

「まずい……というか攻撃がどれもこちらの行動を阻害するものなんですよ。色牙にしろ、壊洛にしろ!」

 

「……そんな気はしてた!」

 

 師匠が直感に頼って距離を取ったのも、似たような理由らしい。

 ――色欲龍の戦闘スタイルは僕と似ている。要するに敵にデバフを特盛で押し付けるスタイル。色牙は速度低下。壊洛に至っては、倍率は低いが、()()()()()()()()のデバフだ。三百六十度に広がる広範囲攻撃なのに!

 

 しかも厄介なのは、ルーザーズの仕様ではデバフが重複する。今僕が戦っている彼女は、おそらく2の裏ボス仕様とそう変わらないだろうが、このデバフ重複との相性が極悪すぎる。

 2で戦うときも、予め状態異常耐性を盛りまくった上での戦闘が前提なんだぞ!?

 

「師匠、彼女との戦闘を長引かせたらいけません。速攻をかけましょう」

 

「……ああ、あの発炎刀だろ? 解ってる、けどな……強欲龍以上にこいつの攻撃はあたっちゃいけない代物だぞ!」

 

 師匠は強い。僕もそれに多少は追いつける程度に強くなった。

 その上で、僕らの弱点は()()()()()()だ。向こうから飛んでくるデバフと状態異常を、防ぐ手段がなにもない。僕のSBSも、あくまで判定を消すだけで、常時効果のデバフは無効化できないのだ。

 

 だからこそ、速攻在るのみ……なのだが。

 

「――戦いにくいなぁ!」

 

 再び突っ込んだ師匠が、嘆くようにしながら距離を取る。今、エクスタシアの周囲には壊洛の炎が広がっていた。

 ――言うまでもなく、その効果中は彼女には近づけない。SBSという選択肢もあるが、それは僕が近づいていた場合の選択肢だ。

 

 エクスタシアは、基本受け身のスタイルを取る。大きく戦場を動くことはなく、攻撃してきたこちらにたいして、迎撃という形で渡り合うのだ。

 ただ、遠距離攻撃も備えており――

 

「“妖炎”」

 

 ぽつりとつぶやいた彼女の周囲を旋回するように、火の玉がすごい勢いでこちらへ飛んできた。さながらプロペラ攻撃のようだ。とはいえこれは、あくまで点の攻撃なので、避けることはできる。

 しかし、そこをくぐり抜けて接近しようとすると、向こうの壊洛に間に合わない!

 

「“壊洛”」

 

 何とか接近を試みる僕らをあざ笑うように、さらに爆炎が溢れ出る。

 

 ――とにかく、近づきにくい。しかも、定期的に飛んでくる壊洛は、こちらのコンボを続けさせない。一気にコンボを叩き込んでダメージを稼がないといけないのに、色欲龍の戦闘スタイルはそれをさせないようになっているのだ。

 その代わり、ダメージは低く、キチンと耐性を積んでいる場合は、このデバフの群れをくぐり抜けて、ゴリ押しでダメージを稼ぐことができる。

 

 耐性の有無で、大きく戦いやすさが変わる敵、それが色欲龍なのだ。そして、耐性がないまま手をこまねいていると、時間オーバーとなってしまう。

 

「……多少ムリにでも打って出るか! この際だから壊洛はあきらめよう!」

 

「ハイ! すいませんけど、お願いします!」

 

 ――まぁ、最終的にはそういう結論になる。壊洛のデバフは倍率が低い。いっそ受けて気にせず殴ったほうがダメージを稼げるだろう。

 

「んふふ、なら――」

 

 同時に突っ込んできた僕らに、まずは素直に壊洛をエクスタシアはぶつけてくる。僕は念の為SBSで避けてみるが、こういう時に限ってコンボをミスるのだ。SSを撃ちそこねた所に一撃をもらいつつ、それでもHPは体感で一割も削れていないだろう。

 

 このレベルの敵としては、本当に攻撃の火力が低い。

 

「――一気に削りにいっちゃいましょう」

 

 ある、一撃以外は……!

 

「師匠……!」

 

「むぅ!」

 

 ――発炎刀を構えた色欲龍が、怪しく微笑む。どことなく受け身というか、マゾヒスティックな雰囲気の漂う彼女が、その一瞬はサディスティックな悪魔に映ってならない――!

 

 

「“死奇翼”」

 

 

 直後。発炎刀から、翼のような炎が巻き起こり、師匠を狙う。

 ――死奇翼。自身の名前を冠したエクスタシア最大火力の一撃。その威力は一発一発の火力が低いエクスタシアの攻撃の中で、唯一こちらを一撃で概念崩壊までもっていきかねないものだ。

 刀から生まれた翼による三回攻撃。全て喰らえば、師匠でもひとたまりはない!

 

「う、おおお!? “T・T”!」

 

 ――一撃。師匠はそれをTTの無敵時間で躱す。だが、そこで攻撃が終わらない! 続けざまにもう一度、翼が振り下ろされる。

 

「“E・E” っと、と! “T・T”!」

 

 そこですかさず師匠はEEで距離を取り、何とか滑り込むようにしながらTTで三回目の攻撃を回避、同時に反撃とばかりに雷撃槍をエクスタシアに叩き込んだ。

 

「……!」

 

「こっちも忘れないでくれよ! “S・S”!」

 

 同時!

 僕も間合いに入り込むと、SSからのコンボを起動。

 

「っく、“妖炎”ッ!」

 

 直後、エクスタシアが反撃とばかりに炎のプロペラを回転させるが、その一撃は()()()()んだよ!

 

「読めてるぞ! “T・T”!」

 

「“A・A”!」

 

 僕と師匠が、それと合わせて無敵時間のある技を発動、凄まじい勢いで回転し、広がっていく炎は、即座に僕たちをすり抜けていった。

 

「――“色牙”!!」

 

 更にもう一撃、接近する僕たちに近距離から一閃を見舞うエクスタシアだが、

 

「“E・E”!」

 

「“D・D”!」

 

「もう――ッ!」

 

 即座に僕たちが距離を取ったために、攻撃は空振りに終わる。

 ――形勢がこちらに傾きつつある。多少のデバフを許容した結果、こちらの動きに無茶が入り始めた。概念戦闘は、通常の戦いとは違い一撃の致命傷がない。だからこそ、如何に無茶をするかが肝。要するに調子が出てきたってことだ。

 

 だが、それでも間に合うだろうか。先程から何度も概念技を叩き込んではいるが、一撃一撃はそこまで威力が高くない。何とかコンボを稼ぎたい所だ。レベルが上がったおかげで、コンボを稼ぐことで使える技とかも増えているのだ。

 

 間にSSを噛ませつつ、DDでもう一度接近、左右から挟むようにしつつ、一気にコンボを加速させる!

 

「――“G・G(グラビティ・ガイダンス)”!」

 

「“P・P(ファントム・プラズマ)”――!!」

 

「ん――」

 

 少しだけ、まずいというような感情を込めたようなエクスタシアの吐息。

 

 僕の刃が黒に染まり、師匠のそれが白に染まる。

 ――そのモーションは、それぞれ、SSとTTに近い。今、僕らが使ったのは“上位技”と呼ばれる概念技。コンボを一定数稼ぐと使えるようになる。それらは単純に威力が上昇するだけでなく、射程とか効果範囲や追加効果の倍率も変わってくる。

 

 ただし、これら上位技は派生前の技と同じ技扱いなので、例えば僕のSSとGGは同じ速度低下のデバフがあるが、この場合SSの効果がGGによって上書きされるに留まる。

 もちろん、GGを入れる意義は大きいのだが、

 

 ――今は速度低下よりも、とにかくダメージだ!

 

 そうして。

 僕も師匠も、上位技を折込みながらダメージを与えていく。残り時間が少ない、そうなってくると、必然的に焦りも生まれる。

 こちらの攻撃を受けつつ反撃を入れるエクスタシアは、その一瞬を狙っていることがありありと見て取れた。

 

「ちょこまか、ちょこまかって感じ……ねえ! でも……」

 

 そういいながら、エクスタシアが刃を振るう。何かしらの効果を持たない通常攻撃。――これは食らっても問題ない。僕は気にすること無く踏み込んだ、が。

 

「“E・E”ッ!」

 

 師匠が、思わず距離をとる。いや、これは――!

 

 僕を切り裂いたまま、師匠の方向へ振り抜かれる刃に、

 

「“色牙”」

 

 色牙が載せられていた。

 危うく。

 僕と同じように接近していれば、一撃をもらっていた。つまるところ、これは攻撃パターンが変わったということ――!

 エクスタシアは、何かを考えるような仕草をしながら、刃を翻し、こちらへ振り返る。

 そして、

 

「“陰刀”」

 

「……!!」

 

 ――続けざまにもう一撃。先程まで使ってこなかった技だ。たしかコレは……

 

 直後、エクスタシアの握る刀が、姿を消した。そうだ、これは間合いを図らせなくする技。そしていやらしいことに、これを使っている間、エクスタシアの刀は“伸びる”のだ。

 初見殺しのそれを、僕は――()()()()()()()()()()()

 

「な、ちょっと!?」

 

「大丈夫師匠、この攻撃は、威力が高いだけです!!」

 

「――ふうん?」

 

 まともに一撃を受け、HPの四割を盛っていかれる。だが、ノックバックもデバフもない、このまま叩き込む――!

 

「――“G・G”!!」

 

 そこで、

 

「――“壊洛”」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「な――」

 

 思わず、コンボが途切れる。

 まずい、ここでコンボが途切れると、どう考えてもダメージが足りない。――いや、そうだ。ここはゲームじゃない、現実だ。コンボに固執しすぎていた!

 

「おっかしいなぁ。あなた、私と戦ったことあったっけ?」

 

「……はは、どうでしょう」

 

 いいながら、僕は駆け出す。とにかく時間がない、師匠もまた同じように色欲龍へと接近し、僕らは勢いよく色欲龍へと斬りかかる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――」

 

「……!」

 

 ――あ。

 ああ、そうか。色欲龍相手に、負けイベントに勝つつもりでやっていたから、そこへの意識がおろそかになっていた。

 僕らのエクスタシアに対する戦闘方法は、()()()()()()()()()()。彼女の戦い方を理解し、それに対する対策を意識した上で戦っているのだ。

 

 初見のはずのエクスタシアからしたら、違和感しかないよな。

 

 いや、今はいい。最悪エクスタシア相手なら、話してしまっても構わないだろうし――

 

「――やっぱり、あなたは特別みたいね。敗因くん」

 

 ――ゾクッと、嫌な予感が背筋を奔った。

 これは、獲物を狙う肉食獣の目だ――!

 

「……私は知らないぞ!」

 

 それを見て、師匠が投げた。

 

「師匠!?」

 

「ふふ――」

 

 刀を前に構え、エクスタシアが。

 

「――“死奇翼”」

 

 再び、自身の最大火力を解放する。

 

「解っているかと思いますが、アレを食らうと最悪師匠でも概念崩壊します。気をつけて!」

 

「……だろうね!」

 

 明らかに、他の技とは雰囲気が違うからだろう、師匠もこれが危険な技だと解っているようだ。それでも、構わず突っ込む。

 ――ここで足を止めてはいられない!

 

「申し訳ないけど、倒れてもらえる――?」

 

 翼が、僕と師匠を同時に狙った。

 

「ちょ――!」

 

 ゲームではなかった挙動だ。そりゃ、片羽根じゃないのだから、こういうこともできるのだろうけど――!

 

 慌てて、飛び退きつつ、DDで接近する。二発目はSSで透かす――!

 

「んふ」

 

 ――そこで、エクスタシアは二発目を、()()()()()()()()()()()()()()。それも、時間差で、って、それはまずい――!

 

「くっ――“S・S”! “B・B”! “S・S”!」

 

 即座にSBSのバグを起動させる。何とか攻撃を避けつつ、反対側から師匠が突っ込んだ。師匠に攻撃を向けなかったために、その攻撃は回避できない!

 

「“T・T”!」

 

「きゃっ」

 

 ――そこへ、僕も二発目のSSが突き刺さり、色欲龍を削っていく。でも、まだ足りない。そして、色欲龍の三発目も!

 

「やっぱり――」

 

 そして、僕をちらりと見てから、今度は僕にも師匠にも、翼を伸ばす。

 

 ――翼は一つだけ。でもって僕のHPは体感残り五割……なら!

 

「――“C・C”」

 

 僕は、()()()()()()()()()()()()()を選択する。そうだ、今のHP残量なら、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「“T・T”って……君!? 大丈夫かい!?」

 

 師匠は回避を選択。まぁ、しょうがないよな。師匠は死奇翼一発のダメージ量を正確に把握しているわけではないのだから。

 

「大丈夫――! このまま!」

 

 ――今僕が選んだコンボルートは、発動時間が短い。故に、無敵時間を挟むコンボよりも、早く上位技へとつなぐことができる!

 

「――やっぱり、あなた私のこと、丸裸にしちゃってるわね?」

 

 そして、色欲龍は薄く笑みを浮かべながら、僕の方を向く。

 

「だったらどうした! ――“G・G”!」

 

 僕が、構わず一撃を入れると――色欲龍は、

 

 

「――“死奇翼”」

 

 

 続けざまに、致死の一撃を叩き込んでくる。

 

「……!!」

 

 解ってはいたが、連打してくる――! ゲームの行動パターンだと、連打というルーチンは存在しないのだが、ここは現実故に――!

 

「“D・D”!」

 

 慌てて距離を取る。

 ――まずい、まずいまずい。

 

 師匠も同じように距離を取り、死奇翼は不発に終わったが――いまので削りきれなかったのは、相当にまずい。

 

 ()()()()()

 

「でも、ちょっとだけ戦い方に違和感がある。私のことを丸裸にしてるけど、ナマの私は知らない。私のキモチイイとこや、弱いところとか、そういうのは全然解ってない感じ」

 

「……言い方!」

 

「んふ。まるで、教科書でしか私のことを知らなかったみたい。……ねえ」

 

 悪魔のように、色欲龍は笑みを浮かべて。発炎刀を横に広げた。

 

 ――その構えを、僕はよく知っている。

 

「どこで習ったの? 敗因くん」

 

 その刀身が、こちらへ対して向けられる!

 

 

「“士気錠卿”」

 

 

 直後。

 僕らの体が、鉛のように重くなる。

 

「う、ぐ――」

 

「これは……」

 

「んふ、でも残念。間に合わなかったみたい、ね?」

 

 ――士気錠卿。エクスタシアの持つ技の中で、もっとも脅威であり。()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()技だ。

 その効果を、僕と師匠は正面から受けることと成る。

 

 まず、分かるところで言えば、動悸がすごい。体が熱い、それこそ発情してしまったかのように火照ってしかたがない。

 能力的には、全ステータスに対する強制的なデバフ。

 

「……これは、概念化していなければ、私達は今ごろ猿かなにかにでもなっていたな……?」

 

「そうね。普通の人なら、もう正気じゃいられなくなって、所構わず誰かを襲っちゃうわ」

 

 フレーバー的には、“強制発情”。

 戦闘開始時から、発炎刀によって広がり続けていた色欲の煙が、完全に部屋を支配したのだ。その淫猥に満ちた気配には、概念化した概念使いですら、正気ではいられない。

 

「……それだけじゃないですよ。これ、うまく集中できなくなってます」

 

「つまり?」

 

「……()()()()()()()()()()()()()()()()()、これを食らうと」

 

 ――そう。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そのデバフは、ドメインシリーズにおいてはあまりにも致命的すぎるデバフだ。

 なにせ、コンボがつながらない。

 

 コンボを繋げて、途切れさせないように一方的に叩きつけつつ、上位技で敵のHPを削ることが基本戦術のこのシリーズにおいて、確率による不発はあまりにも重い。

 故に、

 

 

「――チェックメイト、かしらね」

 

 

 勝ち誇るように、色欲龍は言う。

 その言葉に、僕たちは、答えることすらできなかった――――



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16.カッコイイ所を見せたい。

 ――士気錠卿。

 対色欲龍戦で、一定時間が経過すると色欲龍が発動する常時展開型の特技。効果についてはすでに触れたとおり、全ステータスの大幅デバフと、概念技が一定確率で失敗するようになるというもの。

 

 とはいえ、これはあくまでゲームにおけるデータ的な効果。

 実際に現実で食らってみると、その極悪さが解る。意識に鉛が入ったかのように重苦しくなる。体を動かすにも億劫になり、立っていることすら気だるい現状。

 

 僕たちは、檻の中に放り込まれたかのような状況だった。

 

「んふ、――さて、どうしようかしらぁ」

 

 ゆらり、とエクスタシアが一歩、近づいてくる。

 

 ――動け。

 

「まずはキッス? それから優しく服を脱がしてぇ」

 

 ――動け。

 

「ああ、全身舐め回してあげたいわ。特にルエちゃんは、キレイな肌をしているから」

 

 ――動け!

 

「ひぃいい! や、やめてくれ! 私の柔肌はお母さんにしか見せたことがないんだぁ!」

 

 ――う、ご、け、ぇ!

 

「んふふ、私のことも、ママッて呼んで――」

 

 

「“B・B(ブレイク・バレット)”ォ!」

 

 

「……!?」

 

「あらぁ――」

 

 ――なん、とか。

 撃てた! 概念技を撃つことすら、気だるさに呑まれてしまう状況。それでも何とか、BBを打ち出し、そのまま僕は前に出る。

 

「もう、そのまま寝ていてくれれば、天井のシミを数えてるうちに終わらせてあげるのに」

 

「お断りだよ!!」

 

 だってなんか怖いんだもの! 女性の誘いという状況では受け入れられないくらい、怖いんだもの!

 

「強情ねぇ、で、も」

 

 接近する僕に、エクスタシアは悠然と刀を向ける。

 

「――壊洛」

 

「……っ!」

 

 溢れ出る爆炎に、僕はとっさに距離を取った。だめだ、近づけない!

 一発でも貰えば、そこで概念崩壊を起こすようなHPなのだ。ならば、距離を取りながら、

 

「“B・B”!」

 

 使い勝手のいい遠距離技を放つ。しかし、それは色欲龍が軽く体を捻って回避した。これもだめだ、遠すぎて当たらない。

 加えて、遠くから狙うなら、色欲龍も相応の攻撃方法を取ってくる!

 

「んふ、“妖炎”」

 

「っく、ああ! “S・S”!」

 

 発動――した!

 何とかSSが間に合って、僕を妖炎の炎がすり抜けていく。凄まじいスピードで駆け抜けていくそれは、今のデバフ特盛状態では間を通り抜けることが難しい。

 

「あら、運がいいこと」

 

「……ああ、もう無茶をするんじゃない!」

 

 師匠が、呼び止めるように叫ぶ。

 

「すいません師匠、ちょっとここで止まりたくないんですよ。まだ、いけます。なら、まだ戦える!」

 

「いやもう無理だろ!?」

 

 ――前に出る度に、ふらふらと揺らぐ視界に、ブレる体。現実になって解る。こんなもの、発動した時点で勝負にならない。その分、色欲龍は対策さえ万全なら発動前に押し切ることは可能なのだ。

 今回、どちらも全く足りていない状態での戦闘だった。

 

 なら、勝ち目は最初からなかったのか?

 

 ……考えろ、いや、考え直せ! 僕にはまだできることが在るはずだ!

 

「――ねぇ、どうしてそこまでするのかしら? とんでもない負けず嫌い……ってこと?」

 

 ふと、色欲龍が手を止めて声をかける。

 僕は倒れそうになる体を何とか剣で支えながら、重くのしかかるまぶたをこじ開けて、彼女を見る。悠然と立つその姿は、言うまでもなくこちらの倒し方を選ぶものだった。

 今の色欲龍に、僕は抗うことなどできないだろう。

 

「そうだ……貴方が僕に勝ったつもりでいるから、そのつもりだけ僕は負けたくなくなる。前に踏み出したくなるんだよ」

 

「――――()()()()()()()?」

 

 ――鋭く、色欲龍の言葉が突き刺さる。

 なぜか、

 

 ()()()()()()。一瞬だけだが、自分でもわからないが、どうしてか。

 

「……んふ、図星」

 

「…………えっ?」

 

「なんで師匠は、そんな意外なものを見る目で僕を見るんですか」

 

 ちょっと心外だ。

 でも、そうか、僕がすでに詰んでもなお、負けたくないことには訳がある。僕の信念以外の理由。エクスタシアだけが解る理由。

 ……ん?

 

「貴方ねぇ、頭に血が登りすぎよぉ。私に興奮してくれてるなら嬉しいんだけど、ち、が、う、でしょ?」

 

「……」

 

「貴方、私を前に別の誰かを気にしてる。そうねぇ、何を気にしてるかって言えば、()()()()()()()()()()()の」

 

 …………まさか、

 と、自分でも思う。

 でも確かに、それもそうだとも少し思う。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――じゃあ、誰に?」

 

 何も考えてないじゃないか。ただ、自分を叱咤しただけだ。どう考えてもそれは、冷静になれていない。初めて百夜と戦った時でも、もう少しキチンと物事を考えていたはずだ。

 色欲龍の士気錠卿で頭がゆだっていた?

 

 ()()()()()()()()だろう!

 

 

 エクスタシアの視線が、ちらりと師匠の方を向いた。

 

 

「…………ふえ?」

 

 師匠は、完全にぼーっとしていた。もう立っていることもつらいのだろう、その場にへたり込んで、顔を赤くしている。

 明らかに、エクスタシアの気にやられているのが解る状態。

 

 ――自分に視線が向いて、そこで思考が再開したのだろう。その上で、僕を見て、先程までの会話を改めて認識して。

 

「……え?」

 

 そして、もう一度僕を見た。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()のよね?」

 

 

 僕は、

 

 否定できなかった。

 

「…………!!」

 

 師匠が、それを理解して。

 

「君!?」

 

 ぼん、と蒸気を出しながら眼を丸くしている。

 

「君!?!?!?」

 

「師匠、落ち着いてください!」

 

 ――明らかにおかしくなっている!

 

「んふ、そうよね、そうよねぇ。幾ら私が何ならお先に二人でどうぞって言っても、()()()()()()にそういうことしたりするのは、気が引けるわよねぇ?」

 

「……何がいいたい!」

 

「もう、にぶちんにならなくていいんだから、()()()()()()()()()()()()()()()んでしょ」

 

 僕は、否定……できなかった。

 

 いや、そうだ、当たり前だ、だって師匠はまだ嫁入り前の女の子なんだから。いくら大人っぽくて、可愛らしくて、引く手あまたな美少女だろうと、まだ婚前なんだから!

 

「当たり前だろ!?」

 

「照れちゃってぇ」

 

「違う!!」

 

 ああもう、自分は何を考えているんだ!?

 どうにかなりそうだ。助けて師匠!

 

 ――そう思って視線を向けて。

 

 

 顔を真赤にして、何も言えなくなっている師匠を見て、僕も何も言えなくなった。

 

 

「んふ、ふふふ。あははははは! んもう、もうもう! 初々しいわぁ!」

 

 くっ、完全にエクスタシアが恋愛嗅覚過敏な母親になっている! 師匠的には祖母だから、間違ってはいないのだろうが!

 いや僕的にも母なのか!? 嫌な母親だ! 5主には同情する!

 

「別に、ルエちゃんが食べるなら私、すごい食べたいけど、ムリは言わないわよ?」

 

「だからそういうんじゃないって言ってるだろ!?」

 

「それはそれで傷つくだろ!?」

 

 ――師匠は黙っててください! というと怒られそうなので、スルー。

 

「ルエちゃんに関しては、しなきゃいけないわけじゃないもの、ね? 頑張って、我慢してあげる」

 

 ――少し、意外だ。

 ゲームにおいて、彼女が一度そういう対象に相手を認識したら、もう止まらない。妥協なんてありえない暴走機関車と化す。

 我慢なんて体に毒、と言わんばかりに暴れまわるのだ。

 

 そんなエクスタシアから、我慢するなんて言葉が出る。

 

「で、も」

 

 ――それだけ、僕に秘密があるってことか?

 ……それはないはずだ。僕は負け主。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。負け主には、それこそ5主のような特別な出自は存在しないはずなのだ。

 

「貴方はダメ。敗因くん、貴方は絶対に私と交尾してもらうわ」

 

「一気に真面目さが減るなぁ」

 

 交尾って言った時点でIQが一桁下がるような気がしてならないのは、僕だけではなかったようだ。ともかく、あちらは我慢といい出した。

 だったら、ある程度妥協できるのではないか?

 

 あまり、彼女と交尾するのは気がのらないのだが――まぁ、理由はわからないが――それでも、こちらも妥協せざるを得ないだろうか。

 ここで矛を収めるなら、まぁ引き分けということで――

 

 

「――――()()()()()()()()()()()()()()、私も我慢するから、ね?」

 

 

 ――――――――あ?

 

「あっ……」

 

 おい、今目の前のこいつはなんて言った?

 

「……君の中でスイッチが入るのが、私にも解るようになってきたよ」

 

「――――師匠」

 

「ひゃい」

 

 ため息をつきつつ、こちらを呆れた眼で見る師匠が、びくんと肩を震わせる。いきなりすいません、でも必要なことなので。

 

「後は頼みます」

 

「……君がこれから何をしようとしてるか、なんとなく解ってしまう自分がいるが」

 

 師匠は、一瞬眼を伏せて、

 

「バカだろ、君は! ああもう!」

 

「……? どうしたの? ねぇ、敗因くん――?」

 

 

「――うるさい」

 

 

 え、と色欲龍が驚いた声を挙げる。

 うるさい、と僕は言った。色欲龍の言葉など、もう聞きたくもないからだ。語るに落ちるとはこのことか。()()()()()()()。どう考えても僕の負けじゃないか。

 色欲龍の言葉に浮かれて、そして彼女の言葉で冷水を浴びせられた。

 

 一瞬にして思考が回転しはじめる。

 

 冷静になれば、簡単なことだった。

 

「確かに僕は、師匠に格好をつけたいのかもしれないね、色欲龍」

 

「もう、エクスタシアって呼んで? これから、いっぱい楽しいことするんだから」

 

「――生憎と。そんなつもりは毛頭ない」

 

 そりゃあ、僕の心にちょっとくらい師匠にいいところを見せたい気持ちはあるだろう。こんな形で師匠が汚されるのは不憫だと思う気持ちはあるだろう。

 でもね、けど、だ。

 

「色欲龍。貴方のその、()()()()()()()が気に入らない。こちらはまだ何も終わっていないのに」

 

「でも、もう立ってるのもやっとじゃ――」

 

「――それを決めるのは、僕だ」

 

 いいながら、ふらつく足を踏み出して、そして、

 

 ――駆け出した!

 

 

「――師匠ォォォオオオオオオッ!!」

 

 

「……ああもう! いってこい! バカ弟子!!」

 

 考えてもみれば、今、僕が正気でいられないのは、あまりにも意識にのしかかる色欲龍の士気錠卿が重かったからだ。

 技に失敗するのも、()()()()()()()()()()()()だ。事実、本気で気合を入れて発動したSSも、BBも、発動した。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ただ、叩かれるだけじゃダメだ。概念使いに物理攻撃は通用しない。概念武器でも、直接的な打撃にはならない。あくまでHPを削るだけ。

 

 概念使いにとって、一番の気付け、それは――

 

「……何を考えてるか、知らないけどっ! “壊洛”ッ!」

 

 迫る爆炎。

 それを僕は、()()()()()()

 

「…………どうなってもしらないぞ!」

 

 概念使いの気付け。

 

 そんなもの。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 体中を引き裂くような痛みに、僕は動けなくなる。

 でも、倒れようとする体を、

 

「が、あああああああああああああああああっ!!!」

 

 一歩、踏み出し。

 

 足を地に叩きつけて、耐える!

 

「……まさか!!」

 

「もう、おそい……!」

 

 ――直後、師匠の投げた復活液の瓶が、僕の頭に突き刺さる! ああ、この状況下でナイス投擲です、師匠!

 

「だ、ああああ!」

 

「……嘘でしょ」

 

「嘘な、ものか……! もう一度言ってやる」

 

 一瞬だけ、ふらつきながら、剣をエクスタシアへ突きつける。

 ――痛みを猛烈に叩きつけられた僕の体は、ああ――

 

 

「僕は、敗因。色欲龍、貴方の敗因になる者だ――!」

 

「……っ! やって……くれるじゃない!」

 

 

 ――絶好調だ!

 

 

 ◆

 

 

 肉薄する。

 いくら頭の冴えが取り戻されたからと言って、エクスタシアの攻撃が脅威であることに変わりはない。一度解除された士気錠卿のデバフも、時間をおけば復活するだろう。

 だからここが勝負の分かれ目だ。

 

 ――出し惜しみは不要。ここで全ての決着をつける。

 

「――――ぉおおお! “S・S”!!」

 

 思えば、邪念が混じっていた。

 ゲームにおいて、常に色欲龍は人類の味方だった。プレイヤーとしても、慣れ親しんだイメージが強く、それに印象が引っ張られていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな意識が、どこか僕に隙を作っていたんだ。

 

「……“色牙”!」

 

「“B・B”! “S・S”!」

 

 SBSで、攻撃を透かしながら、コンボを稼ぐ。

 

 ――それが、師匠に格好をつけたいなんて理由に変わって。僕はそこで満足しようとしていた。これが命を賭けた戦いなら、一発でスイッチも完璧に入っただろうに。

 意識が切り替わり切っていなかったんだ。

 

「――ッ、“死奇翼”」

 

「“S・S”」

 

 ――必殺の三連撃、色欲龍最大の一撃を、薙ぎ払うようにSSを横ぶりで放ち、躱す。続く二発目も、AAを、三発目には、SSを。

 今度はSBSも使わず、それぞれの無敵時間だけで躱していく。集中していれば、見え見えのブッパなど、呼吸と同じ要領で回避できる。

 

 思えば、僕はもともと、追い詰められないと真価が発揮できない人間なのだろう。ゲームで負けイベントに挑んでいたときも、リトライができる状況であれば、僕は肝心な所でミスをしていた。

 僕がゲームで負けイベントに勝利するのは、大抵疲れで集中力が低下したことで、逆に余計なことに意識を回さなくてよくなったタイミングだ。

 

「……“妖炎”ッ」

 

 ――攻撃のモーションで、滑り込むように移動する。解っているぞ、色欲龍。最初からそこに、僕はいない。回転する炎が、僕の側をすり抜けていく。

 

 逆に、最初の百夜戦。それまでほとんど成功しなかったSBSが、土壇場で成功した理由は何だ? 体から、余計な力が抜けていたからだ。

 

「なにそれ……さっきまでとは、動きが別人じゃない……!」

 

「――“G・G”!」

 

 コンボが、上位技まで到達する。

 ここからは、一気に色欲龍のHPを削り切る。先程までのダメージと、ここからのコンボ、足りるはずだ。このままコンボを繋いで、“最上位技”までたどり着けば――

 

「……ははは、これがうちの弟子だよ、色欲龍。バカなんだ、少しばかりね」

 

「これはもう、バカって段階じゃあないでしょう――!」

 

 ――ああ、もうさっきから。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「“P・P(ペイン・プロテクション)”ッ!!」

 

 BBの上位技。より強力な防御デバフ、これで準備は整った。コンボを繋いで、最後の一手にたどり着く。

 最上位技。全てのプレイアブルキャラに一つ設定されたそれは、その名前の通りそのキャラクターの最強技だ。

 

 僕のそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()効果がある。デバフの効果が重複するルーザーズ・ドメインにおいて、防御デバフを重ねまくったその一撃は、文句なし、ぶっちぎりのゲーム中最大火力。

 

 これを超える一撃は、師匠の概念起源以外では見ることができないという代物で、ゲーム中でも、僕が愛用していた物だ。

 

「これで終わりだ、色欲龍――ッ!」

 

「ああ、もうどうしてそこまで――――!」

 

 ――剣を振りかぶる。色欲龍の刀は、僕の体をすり抜けた。

 もう、僕を止めるものはなにもない。

 

 喰らえ色欲龍。これが僕の最大の一撃にして、このゲームのある意味代名詞とも呼べる技。そしてお前の、敗因だ!

 

 

「“(ルーザーズ)

 

 

 ――――しかし、そこまでやって、僕は気づいた。

 

 ああ、これはだめだ。

 

 ()()()()()()

 

「……何とか間に合ったわね」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

「――――あ、ぐ」

 

 体が重い。先程までの高揚感が嘘のように、体から力が抜けていく。後少しなのに、後一歩なのに。後一撃、攻撃を入れれば僕の勝ちなのに。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 どうする、どうすればいい? ダメだ、思考がまとまらない。振り上げていた剣も、高まっていた意識も、何もかもがすり抜けていく。ずり落ちていく。

 だめだ、だめだ、だめだ! ああ、もうだめだ、としか考えられない!

 

「もう、手こずらせてくれちゃって。で、も。これで今度こそおしまい、ね?」

 

「……ま、だ」

 

「も、う。ダメよー? 無理しちゃ、この後が持たないんだから」

 

 まだ……まだ……

 

 ――崩れ去る意識の中で、僕は少しだけ考えた。

 

 色欲龍エクスタシアは、とても麗しい女性だ。見るものを魅了し、彼女の相手ができるなら、死んでも構わないという男性は山程いるだろう。

 中には、バツとして彼女に搾り取られて、トラウマになるものもいるそうだが、そんなものは自業自得で、少数派。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のではないか?

 

 僕が意地になっていたのは、師匠が一緒にいたからで、そして彼女の言葉にスイッチが完全に入ってしまったからだ。

 

 でも、始まりは違ったはずだ。負けたくない、以外の理由で僕は彼女の誘いを断ろうとしたはずだ。師匠が断ったのは、彼女が師匠の祖母で、同性だから。

 でも、僕にそれは通用しない。僕に彼女と血がつながっているという意識はない。

 

 いや、だからこそ?

 ――だからこそ、なにかまずいと、思ったのか?

 

 ああ、そうだ。

 

 ――――なにか、まずい気がする。

 

 正直、この時僕はここまで思考を回したわけではない。ただ迫りくる敗北を前に、()()()()()()()()()()()()()()予感だけが猛烈に感じられて、

 ただ、一歩を踏み出さなければいけない気がしただけなのだ。

 

 その上で、僕は色欲龍を止めなくてはならない。その場合、どうするか。()()()()()()()()()()()。だから、

 

 だから――体を前に突き出して、もともと、倒れ込みそうだった体の重心を、前にずらして、

 

「……ん?」

 

 僕は、

 

 

 ――色欲龍に、口づけをした。

 

 

「――」

 

「な――」

 

 この時、()()()()()()()()()()()()()()()から。

 僕はそれを利用するだけでよかった。

 口づけをした途端、色欲龍は眼を閉じて、それを受け入れた。だから、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「こ、れで」

 

「えっ?」

 

「えっ?」

 

 師匠と、それからエクスタシアの声が同時に聞こえてくる。なんだろう、僕は何かおかしなことをしたのだろうか。もう、意識がはっきりしない、自分が何をしているのかわからない。

 

「――僕の勝ち、ですよね」

 

 あとは剣を押し込めば、それで終わりだ。そうだよな? 何も僕は間違っていないよな?

 

「あ……」

 

 そう言われて、色欲龍は手から発炎刀を取り落した。地に落ちると同時、溶けるように発炎刀は消えていく。戦闘終了の合図だった。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

「……ん?」

 

 今、僕は人として最低なことをしなかったか?

 思い返して、ぶわっと背中から汗が吹き出る。――そして、

 

「………………なぁ?」

 

 背後から、とても、とても冷たい師匠の声が聞こえた。

 

「はい」

 

 僕はもう、完全にその時、この場における正当性を全て失っていた。たとえ勝ったとしても、たとえそうする必要があったとしても。

 もし今後、この勝利に色々なものが救われたとしても、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――押し倒したままの色欲龍が、潤んだ瞳でこちらを見つめる。

 やめてください、まじでやめてください、こっちが勝ったんですよ!?

 

 師匠もなにか言ってやってくださ――

 

 

「――――最低」

 

 

 ぷいっと、泣きそうな顔で師匠に言い放たれ、

 僕の心は、粉々に砕けるのだった――



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17.ちょっと考えたい。

「――反省しなさい」

 

「はい……」

 

 色欲龍の部屋、戦闘中に吹き飛んだベッドが新しいものへ交換されるのを横目に、僕は師匠に正座をさせられていた。

 何が悪かったかといえば、何もかもが悪かった。良かったことといえば、色欲龍に勝ったこと。でも、そもそも勝つ必要があったのかは少し疑問だ。

 

 そもそも戦う必要もあったっけ?

 

「第一、あれでトドメだったんだろう? だったら後は私に任せてくれれば、きっちり決めてやったさ、流石に、それくらいのことができない紫電のルエじゃないんだぞ」

 

「ああ……」

 

 言われてみれば、僕の後ろにいるのは、幾ら熱気に浮かされてダメになっていても、師匠――大陸最強の呼び名を誇る概念使いなのだ。

 いや、熱気でダメになっていたのは僕だったけれど、

 

「君が幾ら無茶をしてでも勝ちたいからって、最善手があるのに、それをしないのは君の落ち度だ。そこはキチンと理解するように」

 

「わかりました……」

 

 まったく、と腕を組んでため息をつく師匠。……とはいえ、それ以上の説教はなかった。あれ? コレで終わり?

 

「……あの、師匠? もういいんでしょうか?」

 

「ん? ああ、もうおしまいだ。次からは気をつけるように」

 

「いえあの、人としてどうかと思う行為については……」

 

「……あのね、君はあの場で冷静じゃなかったんだ。普通なら、あんな方法は選ばないだろう、それがわかっていればいいんだよ」

 

 はぁ、と思わず気のない返事をしてしまう。つまるところ、えっと……

 

「そもそも、悪いのは全部あの色欲龍じゃないか……」

 

「…………それもそうですね」

 

 言われてみればそうだ。そもそも色欲龍エクスタシアが、急に変なことをいい出したのが悪いんだ。……あれ、でも最初に戦闘しようとしたのはだれだったっけ?

 

「そういえば、最初に武器を抜いたのは師匠でしたよね?」

 

「――なんのことかな」

 

 居直った師匠は、腕組みをしたまま視線を反らし、口笛を吹き始めた。なお、師匠は器用ではないので口笛はふけない。

 

「で、その色欲龍はどこへいったのか」

 

 師匠をスルーすることにして、周囲を見渡す。今、エクスタシアはどこかへ姿を消していた。この場には僕と師匠と、ベッドを交換する悦楽教の信徒の方々のみ。

 ちなみに悦楽教は色欲龍をご神体とする宗教組織だ。

 

「――おまたせぇ」

 

 ふらりと、出入り口から色欲龍が姿を表した。

 ――ネグリジェ姿から、世界観にそぐわない和装ルックに変化している。色欲龍の基本ビジュアルだ。世界観にそぐわないのも、彼女の固有の衣服だから、で済ませられる代物だ。

 胸元をはだけ、刀を構える彼女の姿はとても決まっている。

 

 まぁ、今はただの痴女みたいな和服のお姉さんだが。

 

「ちょっと昂ぶっちゃってぇ」

 

「そういう報告はいらない!」

 

「ごめんね? で、ええっと、ルエちゃんに、敗因くん」

 

 交換の終わったベッドに、エクスタシアは腰掛ける。僕らは促されて、運び込まれたソファに腰掛ける。一緒にテーブルも運び込まれて、コーヒーを入れてもらった。

 師匠が砂糖をどばどば入れるのを横目に、

 

「さっきはごめんね? なんだかノリでそういうことになっちゃったけど、ともかくあなた達の勝ちだもの、私からは何もしないわ」

 

「えっと、ありがとうございます? ……それで、そもそもなんであんなことをしたんですか?」

 

 僕とエクスタシアは話をすすめる。

 

「明らかに、僕が特別だっていう言い方でしたが」

 

「あら、特別よ? だって――」

 

 ずず、とコーヒーを飲みながら、

 

 

「……貴方、私と血がつながっていないもの」

 

 

 ……ん?

 

「にがっ……って、ちょっとまった、色欲龍、それはおかしくないか?」

 

「ええ、おかしいわよ? でもねぇ、私、自分と血がつながっている子は、どれだけその血が薄くても解るの。なのに、敗因くんにはそれがないのよ」

 

 いやいや、おかしい――()()()()()()。色欲龍と血がつながっていない、なのに概念化できる。それは普通に考えればおかしいが、僕の知識の中には前例が存在する。

 

 でも、そうなると、それはそれで別のところで疑問が浮かぶのだ。

 

「ええと、君。たしか色欲龍と血の繋がっていない概念使いというと……」

 

 師匠にも話している内容だ。だから師匠も疑問に思うのだろう、僕の知っている色欲龍と血のつながらない概念使い、それは――

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 5主は、色欲龍の養子という立場の主人公。あらゆる概念使いと血がつながっている色欲龍にとって、養子とはすなわち()()()()()()()()()という意味である。

 当然、そんな主人公には大きな理由があるわけだが、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()となると、今度は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なる。

 

 ――実のところ、僕は自分がこの世界に飛ばされた理由が、推察できているのだ。

 しかし、その推察は僕が5主と同種だとすると、()()()()()()()()()()()ので、さて困ってしまうわけだが。

 

「……なんだか悩んでるみたいねぇ?」

 

「まぁ、そうなんですけど」

 

「今の所、考えてもしょうがない感じかなぁ」

 

 まさか前提を説明する前に、その前提がひっくり返るとは思わなかった。

 とにかく、色欲龍が僕に襲いかかってきた理由はこれでわかった。解ったところで、今はどうしようもない理由だったが。

 ――血が繋がっていないから、色欲龍は色々と僕を知りたいとおもったんだろうけど、先程の戦闘で僕たちが勝利し、それを拒否した。

 だから、向こうもこれに関しては踏み込んでは来ない。

 

 故にここで、一度、この話はおしまいだ。

 

「ふぅん、じゃあ少し話を変えましょうか――ゴーシュ」

 

 パン、と色欲龍が合図を送って、人を呼び出す。

 ゴーシュ。概念使い、理念のゴーシュだ。

 

「はい、はい」

 

 ――初代ドメインと、外伝であるルーザーズに登場する概念使い。初代における色欲龍の側近、特徴は童貞。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お菓子のおかわりもお持ちしましたよ」

 

 と言って、手には色々なお菓子が入った入れ物が収まっている。途端、師匠の眼が三割増しで輝いたのを、僕とエクスタシアは見逃さなかった。

 

「わるいねぇ、そこに置いといてくれるかい?」

 

「かしこまりました」

 

 なぜか師匠がゴーシュに指示をだし、指示されたとおり師匠の側にお菓子を置く。そして、置いた後自分の分を確保した後、色欲龍の側に立った。

 

「ふたりとも?」

 

 色々いいたげな色欲龍と、それから僕。いや師匠が卑しいのは置いておくとして、何さらっと自分の分のお菓子だけ確保してるんだよ!?

 

 ――理念のゴーシュは、この秩序という言葉がどこかへ飛び去ってしまった快楽都市を実質的にまとめ上げる指導者だ。

 悦楽教なんて教団を作り、そこにエクスタシアを押し込め、信仰という形で人を集めた。悦楽教の“理念”は端的に言うと、「如何にエクスタシアに相手を用意して交尾させるか」につきる。

 

 なにせエクスタシアが子供を作れば作るほど、概念使いは増えていく。概念使いが増えれば増えるほど、人類は楽になっていく、人類が大罪龍相手に対抗するためには、エクスタシアの子作りは必須事項というわけである。

 

 字面のIQがひどすぎる以外は、ゴーシュの手腕を端的に顕していると言える。この快楽都市で罪を犯した人間には、二種類の末路が待っている。一つは周囲の概念使いによって叩き潰される自浄作用。

 そしてもう一つが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 自浄作用だけでは、快楽都市エクスタシアは間違いなく回っていなかっただろう。多くのものに迷惑をかけ、しかも対処に困るような罪を犯したものに、エクスタシアによる在る種の“処刑”が行われる。

 これをされて、トラウマにならなかったものはおらず、心を入れ替えない者はいない。それだけ彼女が本気を出すとすごいのだ。子作りという言葉に感じるロマンスが、全て吹き飛びかき消えてしまうくらい。

 

 なにせあの強欲龍が色欲龍に好きにさせるぞ、と脅されると渋々要求を呑むほどに。まぁ、そういって脅したのは大罪龍のリーダー、傲慢龍なのだが。

 

「それで、話を変えるっていいましたけど、具体的には? 特にこちらには心当たりがないんですが」

 

「ええ、ちょっと、ね? ――ねぇ、ルエちゃん」

 

「うん? はんは?」

 

 もっきゅもっきゅと、口いっぱいにお菓子を詰め込んでいた師匠が、リスのような顔でエクスタシアを見る。とりあえずそれを食べてから返事しましょうね?

 

「ちょっと、一人仲間を増やすつもりはない?」

 

 もぐもぐごくん。

 

「ないな」

 

 ――師匠は即答した。なお、間の食事による沈黙はカウントしないものとする。

 

「理由は、私達には色々と話せない事情があるからだ。彼の存在しかり、彼の変態性しかり」

 

「後者はちょっとまってください師匠。僕は健全な方です」

 

「性的な意味じゃない!」

 

 むわー、と師匠は両手を振り上げて叫んだ。あ、ちがったのか……

 まぁ、エクスタシアがいる場で変態性と言われるとそっちの想像しかできないので、ここは師匠とエクスタシアが悪いということにしよう。

 

「とにかく! 仲間は慎重に選びたいんだ。そりゃまぁ、いつまでも二人旅では戦力が心もとないことは理解しているが……」

 

 基本的に、ドメインシリーズは四人PTで戦闘を行う。現実ではそんな縛りはないが、二人でこれからも戦っていくのはキツイだろう。というか、今回は師匠が四人、とまでは言わないがあと二人最上位技が使える仲間がいれば、問題なく勝てる範囲の戦いだった。

 

 そう考えると、あと二人、僕と師匠の抱える秘密を理解した上で、同じ考えのもとに行動してくれる仲間が必要になるわけだが――

 ――ルーザーズのこれから仲間になるメンツを考えると、あまりこれという候補はいなかった。それぞれ立場のある者が多いからなぁ。

 

「でしたら……一つ確認したいのですが、お二人はこれからどうなさるおつもりで?」

 

 そこで、ゴーシュが割って入ってくる。

 師匠の空気が少し変わった。色欲龍はともかく、彼は間違いなく警戒対象だ。あまり、しても意味はない警戒なのだろうが。

 

「とりあえず、これからラインへ向かうよ」

 

「今回解ったことを踏まえて、ちょっと調査したいことがあるんです」

 

 もしも僕が5主のような存在なら、()()()()()()()はずだ。そして、起動できるなら、できればアレを破壊しておきたい。

 

「ふむ……嫉妬龍に会いに行くのですかな?」

 

「フィーちゃんに?」

 

 ――そう考えたところに、ゴーシュがそんなことを言う。

 思わず、息を呑みそうになった。()()が嫉妬龍絡みだと知っている? いや、この人の場合、正直僕の事情をどこまで掴んでいるのか、皆目検討がつかない。

 悟らせはしないだろう。

 

 ちなみに色欲龍のいうフィーちゃんというのは嫉妬龍の愛称だ。

 嫉妬龍エンフィーリア。それが嫉妬龍の本名である。

 

「ああ、そうだが?」

 

 師匠は、一切臆さないことを選んだようだ。そういうことならば、と僕も合わせる。返事はせずにコーヒーを飲んで、一息。

 

「でしたら、ご安心ください。私達が紹介したい概念使いは、お二人のお眼鏡に必ずや叶うでしょう」

 

「……だろうなぁ」

 

 ちょっと観念したように師匠がつぶやく。まぁ、そこは僕もなんとなく解っていたことだ、ゴーシュがこちらに提案するということは、必ずコチラにとって有益な提案なのだから。

 

「んふふ、そういうことだから、受けてくれると嬉しいわ」

 

「我々悦楽教の理念は、すべての人々が等しく幸福に、ですからな」

 

 ――それは貴方の理念だろう、といいたくなるのを抑えて、嘆息する。

 “理念”のゴーシュ。概念使いでもあり、快楽都市を統べる執政者でもある。そんな彼の“理念”こそ、まさしく「すべての人々が等しく幸福に」なのだ。

 

 どういうことか。単純だ。彼が話を持ちかけてくるということは、必ずこちらに得があるということだ。彼は世界のあらゆる人間が、等しく得をするような、そんな行動を理念としている。

 要するに、徹頭徹尾彼はバランサーだ。自分たちが提案することで、提案された側は得をして、そして提案する自分たちも得をする。

 

 一挙両得とはまさしくこのこと。そうなるように八面六臂に飛び回り、様々な利害を調整して回るのが彼のやり方だ。

 

 そしてその実績と、信用があるからこそ、僕たちは彼の提案を断れない。エクスタシアが人類に味方をするのも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にほかならない。

 

 故にエクスタシアは彼のことを最大限信用する。

 しかし彼は童貞である。故にエクスタシアは彼のことを誰よりも信頼していない。

 

 それこそが理念のゴーシュ。ある意味、この快楽都市の本当の主の在り方というわけだ。

 

「とはいえ、そうそう私達の目的にそんなぴったり合致するような人材――」

 

「それじゃあ、入ってきて、リリス」

 

 師匠がそこで何故かフラグを建て始めた。遮るように呼びかけるエクスタシアに、自然と僕は入口の方へ視線が向いた。

 ――というより、リリスという言葉に覚えがある。

 

 でも、“リリス”はルーザーズには出ないような……? ああいや、彼女の年齢を考えると――

 

 

「はーい、失礼しますのー」

 

 

 そういって入ってきたのは、シスターだった。

 ウィンプルからカラスの濡羽色な黒髪が覗き、おっとりとした顔立ちで、ちんまい師匠よりさらにちんまい少女。修道服には深いスリットが入り、なんというか淫靡さを醸し出す。

 

 

 そして胸はちょうどよかった。

 

 

 間違いなく大きい。だが、エクスタシアのように大きすぎない。唐突だが、僕の好きなアルファベットはFだ。そんな感じ。

 大きいか小さいかで言えば、僕だって当然大きいほうが好きだ。そのうえで、大きすぎない大きさが一番しっくりくる。つまり彼女は最適解。

 

 ――見たことの在る顔だった。ゲームの中で、僕は彼女を知っている。

 

「“美貌”のリリスといいますの。えっと、よろしくおねがいしますの?」

 

「あー、紫電のルエだ。それでこっちが――」

 

「――師匠」

 

 僕は、力強くいい切った。

 

 

「彼女を仲間にすべきです」

 

 

 ――確信に満ちたその言葉に、

 

「どこを見て言っているんだ君はぁ!」

 

 師匠の叫びと、師匠が頬張っていたお菓子が、同時に僕の頭に飛んでくるのだった。

 

 スコーン、ってね?




最後のオチはお菓子のスコーンとスコーンというオノマトペをかけた高度な……


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18.美貌のリリスはついていきたい。

 ――美貌のリリス。

 その出自はルーザーズ・ドメインではない。彼女は初代ドメインに登場するプレイアブルの()()()()()だ。本筋には関係なく、あるイベントをクリアするとご褒美的に加入する。

 能力的にはこなしたイベントの報酬としては少し見劣りするところはあるが、ごくごく普通の概念使い。ただ、他にはない特徴を持っているのは確かで、初代ドメインでは特定環境下ではその特徴が猛威を奮ったことも在る。

 具体的に言うとRTA。昔リリス加入チャートで走ったことがあるけど、多少遠回りをしてもお釣りがくる便利さだった。まぁ、それでタイムを更新した3日後に別のチャートでタイムを更新されたりしたが。

 

 閑話休題。

 

 ともあれ、彼女がゴーシュ推薦の仲間だとは思わなかった。いやでもそうだ、初代ドメインとルーザーズの間には20年しかない。ゴーシュは初代にもルーザーズにも出てくるし、この時期ならすでに彼女がいてもおかしくはないのだ。

 そして、彼女であれば信頼できる。まったくゴーシュも気の利く人選をしてくれるじゃないか。まぁ、彼ならば当然だろうが。

 

「――バカバカバカバカ!」

 

 うんうんと頷く。視線は一部に寄ってしまうが、他意はない。

 

「バカバカバカ! バカ弟子! バカでしー!」

 

 ポカポカ。

 怒った師匠がこちらを睨みつけて叩いてくる。ちょっと、本気で痛いですって!

 

「んー?」

 

 そんな僕たちを、リリスはぼんやりと不思議そうに眺めている。そして、何かに気がついたのか、ととと、と寄ってきて――

 

「ばかでしー♪」

 

 彼女まで加わってきた!

 

「あの、何を……?」

 

「別にいいだろ!?」

 

「だろー」

 

 師匠は落ち着いてください。

 

「というか、一部に視線が寄ってしまうことはすいません。けど、彼女を仲間に誘いたいというのはそこが理由ではありません!」

 

「君ってこういうのが好きなんだろ!?」

 

「寄せてあげないでください! 色欲龍を刺激したいんですか!」

 

「あ、私はちょっと席外すから、気にしないでね?」

 

 はぁはぁ息を荒げながら、エクスタシアがその場を離席していった――途中ゴーシュを誘ってすげなく断られていた。

 なんで断れるんだろうねゴーシュさん。

 ゴーシュも、後に続いて席を外す。

 

「後は若い人達だけで……」

 

「貴方も悪ノリしないでください!」

 

 そういうんじゃないからな!?

 

「――とにかく。僕は彼女をそういう眼では見ていません」

 

「んー?」

 

 指差すと、不思議そうに首を傾げるリリス。大人――とは言わないまでも、出る所出まくった身体と比べると、アンバランスな仕草。

 

 

「だって、彼女まだ八歳ですよ? そういう眼で見たらダメに決まってるじゃないですか!」

 

 

「…………?」

 

 師匠はその言葉が理解できないようだった。

 まぁ、普通に自分と同年代にしか見えないだろうし、しょうがない。

 

 ――そうだ。リリスは初代に出てきて、この場にいてもおかしくないということは、初代時点で二十と少しじゃないといけないわけだ。

 そこで、実際の所は初代が28、今が8という答えである。

 付け加えると、リリスはだいぶ落ち着くが初代でもだいたいこんなキャラである。というか、初代と見た目がほとんど変わっていない。

 

 “美貌”のリリス。彼女の概念は、彼女の見た目にも影響があるのだ。八歳でありながら、大人の魅力に溢れ、そしてそれが()()()()()()()()らしい。

 この世の女性全てが羨む概念である。

 

「いやいやいや」

 

「リリスは何歳だ?」

 

「はっさい!」

 

 ぴょんっ、と跳ねる。跳ねるとちょうど身長が師匠と同じくらいになった。小さい。

 

「…………」

 

 師匠は彼女の一部を見た。

 そして自分の一部を見下ろした。

 

 

「……うわーーーーーん!!」

 

 

 そして、その場を飛び出していくのだった。

 

 

 ◆

 

 

 ――それから一週間後、僕たちはラインへ向かう道を歩いていた。この一週間、何をしていたかというとレベリングである。この間やったアレを一週間かけてまたやった。師匠のレベルが上がらないものだから。

 まぁ、その辺りの地獄の行程は置いておくこととしよう。触れたくないし。

 

「そっち行ったぞ」

 

「はい!」

 

 今、僕たちは魔物と概念戦闘中だ。師匠が前衛、僕が遊撃。後衛にリリス。

 

「おてつだいするのー。“P・P(パッション・パッション)!」

 

 リリスは僕に手を突き出して、概念を付与する。効果は――攻撃力バフ!

 即座に僕が前にでて、BBからコンボを起動して、魔物を切り捨てていく。迫る魔物は三体、一体目は師匠の攻撃で弱っている。

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”! ”A・A(アンチ・アルテマ)”! でもって――」

 

 順調にコンボを稼ぎ。

 

「――今! “B・B(ブレイク・ブースト)”!」

 

 そこに、リリスが更にバフを重ねる。効果はバフの倍率増加。ただし、一撃限定。使い所は難しいが、彼女の最も効果的なバフでもある。

 

「ラスト! “G・G(グラビティ・ガイダンス)”!」

 

「こっちも終わりだ。“P・P(ファントム・プラズマ)”!」

 

 師匠と僕の攻撃が同時に突き刺さり、魔物たちは一掃された。ここまで数分、かなり数が多かったが、僕と師匠ならなんてことはない。

 

「はー、疲れた」

 

 とはいえ、流石にここまで連戦続きだったので、師匠がぺたりとその場にへたり込む。僕も座り込みたくなるが、ちょっと我慢して近くの壁にもたれかかる。

 すると、

 

「こらー!!」

 

 ぷんすこ、とリリスが怒って、師匠に近づいていった。

 

「うわっ!? どうしたんだい!?」

 

「お洋服が汚れるの! せっかくキレイなお洋服なのに、もったいないの!」

 

「そこ!?」

 

 ――とても意外そうに、師匠はリリスを見上げた。そのまま、彼女に持ち上げられて、パンパンと服についたホコリをはたき落とされる。

 

「しゅぎょーの時から思ってたの。ルエちゃん色々無頓着すぎるの!」

 

「い、いや……別に旅の途中ならあれで問題なくないか……?」

 

「かわいいのにもったいないのー!!」

 

 そんな二人のやり取りを、僕は何気ない感じで眺めている。師匠はズボラ――とは行かないまでも、女子として本当に最低限のことしかしないきらいがあるから、こういう女子力が高い手合との相性は悪い。

 下着を隠す程度の恥じらいはあるが、洗った服はたたまずに荷物と一緒に袋に詰め込んだりする。

 

 まだ、概念化にローブが必要な僕の方が、それを丁寧に扱うために、綺麗にしているところがあるくらいだ。

 

「むー、今日お宿についたら覚えてるのー」

 

「ああ……しかしこのペースだと今日中にたどり着けるかなぁ」

 

「そもそも、ほとんど休めないですけどね」

 

 僕たちは今、山道を歩いている。この山の中腹に村があるのだ。そもそも、快楽都市とこれから向かうラインという国の間には、大きな山がある。

 この山を越えないと行き来ができず、その中継地点として宿ができ、宿場町としてそこは栄えてきた。イメージとしては僕の原点である某国民的RPG五作目で、嫁の懐妊が判明するあの村。

 

 本来なら、この山にはあまり魔物が出ない。だからこそ、中腹に中継点を作ってでも、人々は行き来をするわけだし、そうでなければそんな文化は無くなっている。

 

「こりゃ、襲ってくるなぁ」

 

「わかりますか?」

 

「強欲龍ならともかく、他の魔物や大罪龍は兆候があるからな。これは、まさしくその兆候だ」

 

 ――そんな村が今、魔物たちに襲われようとしている。

 

「んー、何の話してるのー?」

 

 そんな僕たちに、リリスが手を振り上げながら問いかけてくる。とはいえ、彼女が意味もなくそうしているわけではない。

 なにかといえば――

 

「“C・C(コール・センター)”」

 

 回復技だ。

 美貌のリリス、その主な役割はバフと回復。後者に関しては初代の頃は専門のプレイアブルキャラがいたため、あくまで役割としてこなせる程度だったが、今の僕たちのメンバーに回復役は他にいないため、彼女の存在は非常に助かる。

 メインであるバフに関しては、間違いなく彼女は超一流だ。そしてこちらも、僕と師匠は使えない。つまりパーティの穴を埋める逸材なのだ。

 

 だから、僕はリリスを仲間に加えたいといったわけである。他意はない。

 

「ええっと、ここに来る前話したよな? これから先、私達が向かう村は魔物に襲われるんだ」

 

「おそわれる」

 

 はわ、っとした顔をするリリス。

 

「で、私達はそれをどうにかしつつ、この先に在るラインという国に向かう。これは大丈夫だな?」

 

「うん!」

 

 ――このやり取り、実はもう三度目だ。

 そして、僕と師匠のパーティに彼女を加えても問題がない理由。

 

「でも、そもそもこの先の村が魔物に襲われる理由は、私達が()()()()()()()()からなわけで、本来ならわからないはずなんだ」

 

「流石に、師匠くらい場数を踏んでいれば、感覚的にわかりますけど」

 

「うんうん」

 

 ――頷くリリスは、どう考えても解ってはいなかった。

 八歳なのだから仕方がないとも言えるが、彼女の場合は少し違う。

 

「では、今言ったことを説明してみてくれるかい?」

 

「はい! えっとね、ばきゅーんでずきゅーんでむっきゅっきゅーんなの!」

 

 ――リリスはとんでもない感覚派だった。

 初代ドメインのころはもう少し落ち着いているが、この感覚派なところと、女子力が高い所は変わらなかった。

 つまり、僕たちが行っていることを、()()()()()()()()()が、それを他人に説明することは不可能なのだ。

 

 なので、彼女は信頼できる。

 決してアホの子だからではないのだ。

 

「うむ、それでいい。さて、休憩したら先を急ごうか。ここまで歩きっぱなしだったからな」

 

「後どれくらいですか?」

 

「普通にいけば一時間もかからないんだがなぁ」

 

 ――普通に行けば。まったく当てにならない言葉に、僕は大きくため息をつきながら、少し空を見上げる。

 

「がんばるのー! 私もついてくの!」

 

 リリスの元気な声が、そんな僕らの耳に心地よく響くのだった。

 

 

 ◆

 

 

 ――僕と師匠が武器を構えたまま走る。

 今、目の前に巨大な獣の魔物がいた。虎型のそれは、今回出くわした中でも最大級だ。つまり、こいつがボス。ゲームにおいて、宿にたどり着くための最後の関門として立ちはだかる敵だ。

 負けイベントではないので、正直言って師匠が相手では赤子も同然である。

 

 まぁ僕でも問題なくソロで勝てるが。

 ――そもそも、ゲームにおいてもこの頃は快楽都市で出会った概念使いと二人旅だったからな。秘密を共有できるタイプではないので置いてきてしまったが、元気にしているだろうか……

 

「聞いていた状況と違うな!」

 

「というか正反対ですね。リリス、頼んだよ」

 

「はいなの!」

 

 後ろから聞こえてくる元気な声にバフを頼みつつ、僕は魔物に飛びかかる。

 

 大した脅威ではないので、ムリにコンボは繋がない。攻撃をモーションをみてうまく避けつつ、必要ならSSで透かして、通常攻撃で削っていく。

 

「どいていてくれ! 一発行くぞ!」

 

 そこにバフをもらった師匠が、槍を構えつつ突っ込んできた。

 

「“T・T(サンダー・トルネード)”!」

 

 僕よりも更に火力の高い師匠が、リリスの二重バフでさらに打点を上げて殴りかかってくる。予めBBを入れておいたので、その分も重なり――

 

 ――魔物は、その一撃で倒された。

 

「ま、こんなものだな」

 

「お疲れ様なのー」

 

 後ろからリリスが駆け寄ってきて、同時に、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そもそも、師匠は僕にどいていてくれ、なんて言わない。連携が取れているのだから当然だ。しかし、今僕たちの目の前にいる彼らはそうもいかないだろう。

 

 ――そう。先程の魔物は、戦闘中だった。相手は概念使い、二人組の概念使いが今、僕たちの目の前にいる。

 

「いや――助かった」

 

 一人は男。二十前後の、若々しいが利発そうな顔立ち。一言でいうとスポーツマンといった感じの男。爽やかさが僕の対極にあるな。

 

「……ありがとうございました」

 

 もう一人は女性。男と同年代の、師匠より少し大人びた感じ。ゆるふわウェーブ髪の、真面目なお姉さんといった感じで、師匠のことをじーっと眺めている。

 

「あの……」

 

 女性が口を開く。

 

「“紫電”のルエ様ですか?」

 

「うん? ああ、そうだ。紫電のルエ、こちら二人が同行者」

 

「はじめまして、概念は敗因。師匠の弟子です」

 

「美貌のリリスなのー!」

 

 僕たちが挨拶をすると、

 

「本当か!? あの大陸最強のルエ殿が!?」

 

 男のほうが、嬉しそうに叫ぶ。そして、隣の女性と視線を交わして、ともに笑顔を浮かべた。――希望が見えた、というような顔で。

 

「なんて幸運なんだ! “ミルカ”!」

 

「ええ! “シェル”! これならなんとかなるかも知れない!」

 

「……あの?」

 

 師匠が困惑したように問いかける。なんというか、二人の世界に入る人達だ。

 

「ああ、すまない! 自己紹介が遅れた。俺は“剛鉄”のシェル!」

 

「私は“快水”のミルカ、私達、ラインに所属する概念使いなの」

 

 ――二人の名前は、知っている。

 二人はこの村が魔物に襲われると知り、それを救うために活動する概念使いだ。同時に、ゲームでは終盤まで行動をともにすることとなる概念使いでもある。

 

 シェルとミルカ。二人はある意味、とても特別な概念使いなのだ。

 

 なにせ――

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 

 本来なら、僕ともうひとりの概念使いが虎型魔物と戦っているところに援軍としてやってくる。ちょっと流れが変わって、僕らが救援にかけつけることとなったが、大筋は変わらない。

 

 こうして僕たちは、ある意味ルーザーズのメインキャラとも言える二人と、出会うのだった。



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19.村はなんだか騒々しい。

 山道を抜け、たどり着いた宿場町。

 そこでは、そこかしこで酒盛りをする人々の姿があった。

 

 この村には大きな宿が一つと、宿を切り盛りするスタッフとその家族が暮らす家がポツポツと建てられていたが、畑の類は一切無かった。

 他に食堂も一つあるが、これも宿と同じように村人が経営しているため、この村は、その全てが中継地としての運営に当てられているといってよい。環境としてはかなり特殊な例であることが窺えた。

 

 というか、なんというか。

 ――ゲームそのままだなぁ、といった印象。現実とゲームでは色々とものさしが違うから、例えば快楽都市エクスタシアなんかは実際に歩くとゲームの数倍の広さを感じた。

 師匠がいた最初の街もそこそこ大きい街なので、ゲームのマップとしての印象とはだいぶ違う。

 

 だが、ここには村と宿と食堂しかない。ゲームとの差異が極限まで低いのだ。僕はある意味、ドメインシリーズの世界にやってきたのだなぁ、と肌に感じる体験をしているかもしれない。

 

 まぁ、そんな感慨を表に出せるような状況ではないのだが。

 酒盛りをする人々の顔に笑顔はない。言ってしまえば、それは自棄酒だ。なにせ、彼らはこれから、ここを放棄して逃げ出すことになるのだから。

 

 まず、軽くこの村で起こるイベントについて語ろう。

 ゲームにて快楽都市で色々あって、概念使いが治める国、“ライン”を目指すこととなった負け主。快楽都市で出会った概念使いの少女とともに、ラインとエクスタシアの境にあるこの村を目指して進んでいた。

 その最中。魔物の襲撃が普段より多いことが語られる。極めつけに、先程の虎型魔物が襲いかかってくる。なんとかこれを迎撃し、現れた援軍であるシェルとミルカの二人とともに撃破。

 そうしてたどり着いたこの村は、今僕が見ているように、魔物の襲撃を前に、最後の晩餐に興じているのだった。

 

 襲撃はおそらく今日の夜。魔物の大軍がこちらに近づいているという情報があり、そのタイミングがだいたい夜頃になるのだ。

 そして、ライン所属の概念使い、シェルとミルカは彼らをラインまで避難させたい。対して、村人たちはそれに消極的な状況だ。

 理由は主に二つ。一つは概念使いに対しての恐怖。彼らは概念使いの国であるラインに近い場所に暮らしているため、他所よりは概念使いに対して理解がある。しかし、それでも概念使いを恐ろしいものと考えており、直接村を守ってくれているシェルとミルカ以外の概念使いと関わることは忌避されていた。

 もう一つは、そもそもこの村を捨てることに対する抵抗感。彼らは生まれてから、そして死ぬまでをこの村で過ごすような生活をしてきたのだ。

 中には外に出るものもいただろうが、そういう者は今、ここにはいない。

 ゲームにおいては、彼らを何とか説得し、夜闇に紛れての撤退戦を行うことになる。もともと、逃げるために夜に紛れることはシェルとミルカが計画しており、僕たちはそれに参加することになるわけだ。

 

 とはいえ、ゲームとはちがい、ここには師匠がいる。そのため、取れる選択肢も変わってくるだろう。

 

「皆美味しそうなもの呑んでるのー!」

 

 と、すぐに匂いを嗅ぎ取ったリリスが、村人たちの方へ駆け寄っていく。あまり迷惑はかけるんじゃないぞ、と師匠が声をかけつつ。

 

「――とまぁ、これが現在の村の状況です」

 

「ふむ……ここにいる全員を夜にまとめて大移動させる作戦、か……」

 

 ミルカの解説を聞いて、師匠が腕組みをする。

 師匠としては、考えるところは作戦の内容に加えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。僕らはゲーム内で、ちょうど襲撃前夜にここへ到着することになる。

 現実でもそれは同様だった。ここにくるまで、レベリングで一週間費やしたにも関わらず。

 

 多少ゲームと順番は異なるが――今回であれば、僕たちは助けられるのではなく助ける側だった――起こる事態はそう変わらない。

 なんとも、恐ろしい話だ。

 

「村人たちは納得済みなのか?」

 

「……解りません。どちらにせよ、逃げるには夜闇に乗じる他はないので、私達には襲撃直前にこの場を逃げ出す以外の選択肢はないのです」

 

「だから、その時に確認し、逃げないようなら見捨てるしかない、か」

 

 シェルが、難しい顔で付け加える。

 

「俺達が概念使いだから……どうしても壁があるんだ。この場において、概念使いは彼らの仲間じゃない、どうしてもね」

 

 つまるところ、シェルたちが概念使いであるから、怖がって教えてくれないのだと言う。

 ――この村は閉ざされた土地だ。どちらかというと原因の多くは部外者だから、だろう。けど、概念使いという時点で、彼らにとっては同じ土地にいても部外者なのだ。

 

 今は、そういう時代である。

 

「ねぇ、やっぱり本当にこれでいいの!? 私達、なにかできることはないかしら! シェル」

 

 ――と。バッとミルカが大げさな身振りで、シェルに訴えかける。

 

「しょうがないことなんだ。時代の流れというやつさ、ミルカ……俺たちは、小さなことしかできない。世界を変えるにはもっともっと長い時間が必要なんだ」

 

「今は、これが精一杯ってこと……?」

 

「そうさ。でも、悲観することはないよミルカ。一つ一つは小さなことでも、何れは大きな波になるってことさ。俺たちは時代のうねりの中にいるんだから」

 

「これを続けていくことで、どんどん大きくしていけばいいってことね!」

 

「そのとおりだ、ミルカ!」

 

「シェル――!」

 

 二人は、ガシィ、と力強く抱き合った。

 

「……完全に二人の世界に入っているな」

 

「そういう人達なんですよ……」

 

 ――バカップル。というか、何事も大げさな二人だ。けれども、阿呆みたいに前向きな二人でもある。これは初代ドメインの主人公とヒロインを彷彿とさせる大げさっぷりで、当人は大真面目なのがポイントだ。

 

 なんというか、見ているとちょっとズレている。けれども、あくまで真面目に、話すことは常に前進しようとしている。たとえそれが、死をまぬがれぬ最後の瞬間であろうとも。

 とにかく暗いルーザーズにおいて、この二人がいるのといないのとでは、シナリオの暗さが段違いに感じられるほどに、この二人はいると場が和むのだ。

 

「ルエさん! お弟子くん!」

 

 テンションの上がったシェルが俺を、ミルカが師匠の手をガシッと掴む。

 

「小さなことからコツコツと、積み上げられる物を積み上げていきましょう!」

 

「は、はい……」

 

 圧がすごい。

 言われなくともやりますよ!

 

「お弟子くん……同じ男として、頼みたい。どうか、俺達に力を貸して欲しい……」

 

 ――そう言うシェルの瞳は、爛々と輝いていた。

 

「だったら……」

 

 それに、僕がちょっと思う所あって返答しようというときだった――

 

 

 ――――遠くから、甲高い声が響いてきた。

 

 

「!?」

 

 バッとそちらの方を振り向く、僕とシェル。師匠たちも同様だ。

 

「襲撃か!?」

 

「わかりません、シェル、私は入り口を見てきます!」

 

「承った。僕たちは声の方を見に行こう、お弟子くん!」

 

 ちょうど、固まっていたからだろうか、シェルとミルカは自然と僕と師匠を二手に分けて、それぞれ行動するよう促した。

 どうも、さっきの声は悲鳴ではない気がするから、ちょうどいいか。シェルの人となりをもう少し知りたい。僕はうなずいて、彼の言う通りにすることにした。

 

「じゃあ師匠、念の為気をつけて」

 

「そっちもね」

 

 師匠とはそう言葉を交わして、僕たちはそれぞれの役割を果たすべく、目的地に向かうのだった。

 

 

 ◆

 

 

 ――僕たちがたどり着いた先で、その光景はあった。

 

「これは……」

 

「一体……」

 

 端的に言おう。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()鹿()()()()()()()()

 

 

「わーっはっはっはーなのー!」

 

 特にリリスは楽しげだ。

 顔を赤らめながら、壮年の女性たちと、それはもう愉快に踊り狂っている。あれ? 今ってそんな空気だったっけ?

 

 ――彼らはここと運命をともにするにしろ、ここを捨てて逃げるにしろ、最後の酒盛りの最中だったはずだけど……

 

「り、リリス……?」

 

「あ、ふたりとも! おーい、なのー!」

 

 ぶんぶんと、こちらに気づいて手を降ってくるリリス。

 僕たちも輪の中に入ったらどうだ、と促しているようだ。しかし、シェルがそれにためらう。

 

「いや、俺たちは……」

 

 ――概念使い、部外者だ。

 

「関係ないの! 一緒に呑むの!」

 

 バッと近づいたリリスが、手に持っていたお酒をドバっとシェルの口に突っ込む。すごい顔をしてそれを呑んでいる。ああ、一気飲みはまずいぞ!?

 いや、概念使いは概念化すれば状態異常を回復できるから、戦闘には支障がないが、命には支障がある!

 

「リリス! もう、何をやっているんだい!」

 

 いいながら、リリスのお酒攻撃をパッと躱す。しかし連撃だ、二度三度、襲いかかってくる。ああもう、どうすればいいんだ!

 

「――お弟子くん」

 

「ああシェル! 気がついたなら助けてくれるとたすか――」

 

 言葉の途中で、ガシィ、と後ろからシェルに羽交い締めにされた。

 

「死なばもろとも――――!」

 

「ちょっと――!?」

 

 ツッコミ役不在はまずい!

 しかしそんな思い虚しく、僕は迫りくるリリスから逃れることは叶わず――

 

 

 ――周囲から、歓声が上がった。

 

 

 村の異常がないかを確かめて戻ってきた師匠とミルカが見たものは、

 裸踊りで場を盛り上げる、僕とシェルの姿だったという――

 

 閑話休題。

 

「……ひどい目に合った」

 

「それはこちらのセリフだ……ひどいものを見せられたよ!!」

 

 ぷんすこ、と怒る師匠に、軒並み正座をさせられている僕とシェルにリリス。それから村人たち。いくら呑んでいるからって、ハメを外しすぎだと師匠は言う。

 いやまったくもってそのとおりである。

 

「――それで、君たちがリリスちゃんのお仲間さんかい?」

 

 ……と、横から声をかけられる。

 老齢の女性だった。なんでも、この村のまとめ役で、宿の主人だとか。

 

「ええ、私が紫電のルエ。こちらがバカ弟子」

 

「すいません……概念は敗因です」

 

「お二人も概念使いなのか……」

 

 そういって、何かを考える老婆。その胸中は複雑そうだ。

 

「おばあちゃーん!」

 

 そこに、リリスがばーっと割って入る。体つき以外は、あどけない幼い少女のそれだ。老婆はその行動に驚きつつも、拒否はできないようである。

 

「とっても楽しかったのー! あのねあのね! 夜になったらもっと楽しいことしたいの!」

 

「あ、ああ――」

 

 純粋なリリスの言葉に、老婆は困っているようだ。

 そりゃあそうだ。彼女たちはヤケになっているだけで、これっぽっちも楽しいとは思っていないのだろうから。

 

「……この子、随分と幼いね」

 

「今年で八歳になるそうです。全然みえないけど……」

 

 師匠が答える。遠い目をしていた。

 

「いや、解るよ。私にもこのくらいの娘がいたからね。やんちゃ盛りでねぇ、いつもこんなふうに楽しそうだった。……ちょっとそれを思い出しちまって」

 

「娘さんは……」

 

「年が十になるまえに、魔物に……ね」

 

 そうですか、と師匠がうつむく。

 この世界では、珍しいことでもない。それこそ、アリンダさんもそうだった。

 

「概念使いだろうと、そうでなかろうと。……このくらいの子供は、何も変わらんね」

 

「目を離すと何をするかわからない。よくわかったよ」

 

「面倒を見てるんだろう? この子は、強い子だ。一人でも生きていけるだろうが、周りの目があるに越したことはない」

 

 抱きつくリリスの頭をなでながら、老婆は僕たちに言う。

 言われるまでもない、彼女が得難い存在であることは、先程のやり取りでそれはもうよく解っている。アレだけ楽しそうなやり取り、リリスでなければできないだろう。

 

 シェルとも、少し打ち解けられた気がする。

 彼は真面目だが、大げさでノリの良い人物だ。あそこで理性のスイッチを切って死なばもろともできる男が、愉快でないはずはない。

 

「ともかく、ありがとうね。……少しだけ、楽しくなれたよ」

 

 これまでの話と、老婆の態度は随分と違っているように思えた。今、こうして話をしている僕たちの側で、酒盛りをしている村人の姿も、少しだけ印象が異なる。

 ミルカやシェルにもお酒をついで、なんとなく歓待されているように感じるのは、気のせいではないはずだ。

 

「……リリス、何をしたんです?」

 

「ほほほ、それがすごいのよ、いきなり割って入ってきて、自分も混ぜてって。こっちが嫌な目で見ちゃっても、何も変わらないの」

 

 ――最初にその美貌に男性陣が陥落し、続いてその子供らしさに女性陣の母性がくすぐられた。なんというか、美貌のリリスの呼び名は伊達ではない。

 村一つを傾けてしまう、言ってしまえば傾国の美女。持つものが違えば、国一つを思うがままにできるだろう概念だ。

 

「…………なんというか、意外だ」

 

「僕もですよ。リリス、すごいな……」

 

 ――僕の知ってるリリスは、もう少し落ち着いていて、だからこそ、ここまで周りを引っ掻き回すパワーはなかった。

 隠しキャラなのだから、話に影響が無いのは当然といえば当然なのだけど。

 

 ある意味、今のリリスにしかできないこと、なのかもしれない。

 

「……ん」

 

 と、ふとリリスが老婆から離れ、こちらを見る。

 

「ふたりとも、ちょっといーの?」

 

「ん? どうした?」

 

 ちょいちょい、っとリリスが僕たちを連れて、輪の中から外れる。

 

「えと、あのね?」

 

 うん、とリリスの言葉を待つ。なんというか、僕たち二人で親になった気分だ。ああいや、師匠とそういう関係という意味ではなく……って何に慌てているんだ。

 

 

「――どうして、あの人達はここから逃げなきゃいけないの?」

 

 

 ――――その言葉で。

 僕の意識は、ふっと切り替わった。

 

「それは魔物に襲われるからで――」

 

「ううん、違うの」

 

 リリスが否定する。それを、僕は引き継いだ。

 

「違いますよ、師匠。リリスはこういいたいんだと思います」

 

「……ああ」

 

 僕が追従したところで、師匠もそれを理解したようだ。

 先程、僕がシェルに提案しようとしていたこと。そして何より、ゲームの頃とは違い、ここには師匠と、それから例のレベリングを終えた僕に、リリスがいる。

 

 なにかといえば、戦力差が違いすぎる。だからこそ、

 

 

「――逃げるのではなく、防衛しませんか?」

 

 

 この場所を捨てるのではない。

 ()()()()()()()()()選択肢が、生まれてくる。

 

「君たちは、()退()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだな?」

 

「はい」

 

「そうなの!」

 

 ――ゲームにおいて、今回のイベントで負けイベントは発生しない。

 けれど、()()()()()退()()()()()()()()()()()じゃないか?

 

 だったら、僕はそれに抗わないとな。

 

 そんな僕らの態度、普段の師匠ならば呆れてため息をつくだろうか。でも、今回は違った。

 

 

()()()()()()()。大賛成だ!」

 

 

 今回の師匠は、色々と思う所があるのだろう。なにせ彼女は()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 ああ、つまるところ。

 

 今回の僕たちの方針は決まった。この撤退戦――防衛戦に変えて、村を無傷で守り切る。何も難しいことじゃない。

 今回も、乗り越えるべき負けイベントだ。



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20.説得は難しい。

「それにしても――」

 

 ふと、師匠がリリスの方を見る。なにか気になることでもあっただろうか、リリスも不思議そうに首を傾げていた。

 

「いやね、我が弟子はこの状況ならそう言うだろうけど、君がそんなことを言い出すのは、意外だったなぁって」

 

 ああ、そういえば。

 そもそも、この状況で最初に逃げるのは嫌だと言ったのはリリスで、僕は先を越されてしまった形になる。彼女が言わなくても僕がシェルに言い出していただろうけれど、もっと言えば、彼女が最初に村人たちと打ち解けたことで、この後の説得がかなり楽になる面もある。

 

 正直、この後の撤退戦は、ゲームで負けイベントでなかったこともあって、本来なら妥協しても良いポイントだったからな。

 それをやる気にさせてくれたリリスには、感謝しかない。

 

「ん――」

 

 リリスはウィンプルからもれる髪をかいて、少しだけ視線をそらす。話すことをためらうと言うより、どこから話したものか、といった様子。

 彼女は感覚派だ。説明ということ自体が苦手で、拙い。

 

「リリスね、遠くから来たの」

 

「……遠く?」

 

 首をかしげる。やはり、いまいちピンとこなかった。

 

「遠くから、ずっとずっと旅するの、色んな人があつまって、落ち着く場所を探すの」

 

 ――なんだか、聞いたことがあるような。ゲームでも、そういった人達が初代には登場した。そうだ、確か――

 

異邦人(エスケーパー)か」

 

 そう、エスケーパー。逃亡者、何から逃げるかといえば単純。魔物だ。

 魔物が現れて、そろそろ百年が経とうとしている。そんな中、人々は主に二種類の方法で魔物の被害から逃れて生存してきた。

 一つは、概念使いに集落を守ってもらうこと。これが一番確実な方法で、実際多くの街は概念使いに守られることで存続している。この村だってそうだ。今回のような大規模な襲撃がなければ、シュルとミルカは村の防衛を担当していただろう。

 

 もう一つが、異邦人。彼らは()()使()()()()()()()()()生きていこうとする集団だ。理由は単純で、彼らは概念使いと相容れないから、守られることすら拒んでいるのだ。たとえばそれは、生理的に概念使いを受け入れられないからであったり、概念使いに害されたことがあったりするためだ。

 町から町を渡り歩き、概念使いの庇護を受けること無く、魔物の目を掻い潜って生きる。故に異邦にして逃亡の民。それがエスケーパーである。

 

 ――実を言うと、初代の時点でこういった人々はほぼ壊滅している。正直な所、この世界で()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。特に傲慢龍が健在な、大罪龍が人類の敵である今は。

 だから外伝の時期には話にも出てこない存在である。外伝の少し前に、大きな異邦人コミュニティが壊滅して、異邦人は現状ほぼ存在しない、ということがNPCの会話から聞ける程度。

 

 初代での異邦人は、概念使いに頼ること無く、行商などで食いつなごうという人だ。彼らはクレバーで、基本は概念使いを頼らないが、生き残るためならばその信念も曲げる柔軟さがある。

 外伝より前のエスケーパーは、頼りたくないがために、乞食のような生活をする人々を指していた、らしい。

 

「師匠は、直接知ってるんです?」

 

「んー、まぁな。概念使い憎しで襲撃されたことがある」

 

 なんて無謀な、と思うが、まぁそういう連中だったということだ。

 

「ごめんなさいなの」

 

「リリスは悪くないさ、そもそも異邦人は数年前に壊滅したと聞く。君はまだ物心もついているか怪しい頃だ」

 

 ――とはいえ、なんとなく解ってきた。リリスは異邦人だが、同時に概念使いだ。

 

「リリスね、お母さんが色欲龍様みたいだったの。だから、私が色欲龍様みたいになっちゃったの」

 

「……なるほど」

 

 つまり、娼婦。概念使いに頼らず生きる乞食たちが食い扶持を稼ぐには、そういった職業以外には選択肢がなかったのだろう。そして、その相手の中には概念使いが混じっていて、そしてできた子供であるリリスが概念使いだった。

 ――リリスと、その母親の立場は苦しかっただろうな。

 

「私が生まれたら、お母さんみんなにぶたれたの、なんでこうなっちゃったのって皆怒ってたの」

 

「君がそれを覚えてるころまで? そりゃひどいな……」

 

 ――完全に、リリスの母親はストレスをぶつける先とされてしまったのだろう。それこそ、リリスに物心がつくまで。よく、それまでの間我慢したものだ。

 

「それでね、リリスが大きくなったら、お母さん置いてかれちゃったの。魔物がいっぱいいるところで、リリスがいれば助かるだろって、言われたの覚えてるの」

 

「…………」

 

 師匠が、完全に黙ってしまった。

 ――師匠は故郷を見捨ててしまったことがある。

 リリスは、故郷に見捨てられたことがある。

 

 因果な符号だと、部外者でしかない僕は思う他なかった。

 

「――リリス、がんばったの」

 

「……え、勝ったの!?」

 

「あたたたたーってしたの!」

 

 そこだけ、リリスはふんす、と胸を張って言った。……どうやら、置いていかれたリリスとその母親はその場を切り抜けたらしい。概念使いであるリリスがいれば不可能ではないかもしれないが。

 実際にやりきるのは才能だな、と思う。

 

 驚く師匠を他所に、リリスは続けた。

 

「でもね、お母さん病気だったの」

 

「……なるほど」

 

「リリスの概念でもだめで、お母さんも諦めてたの」

 

 ――長くないことは、母自身がよく解っていたのだろう。人から逃げるように生きてきた異邦人に医者にかかるような金はないだろうし、リリスの概念でダメなものを普通の医者が治せるかは微妙なところだ。

 だから、彼女の母は諦めて、

 

「――諦めた分、生きれるだけ生きることにしたんだって」

 

 残された時間を、使うことにした。

 

「リリス、お母さんに生き方教わったの。お母さんと生きるの、とっても楽しかったの!」

 

「うん、うん」

 

「お母さん、笑うととってもきれいなの! リリスの自慢なの! リリスも笑うと、お母さんに似てるって言われるよ!」

 

 にぱっと、リリスは楽しそうに笑った。

 ――きっと、母との時間はとても輝いていたのだろう。リリスは、可愛らしい笑顔で、その目には憂いなど一つも感じられない。

 

「いいお母さんだね」

 

「うん!」

 

 僕が肯定すれば、リリスの笑顔は更に深まった。

 ああ、理解できる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。異邦人という存在そのものが死神のようなもので、幸福は逃げるのではなく、生きることでしか得られない。

 だったら、ヤケになって捨て鉢なこの村の人々は、リリスには不幸に思えてならなかっただろう。

 

 ()()()()()()()()、リリスは母との時間を手に入れたのだ。絶望的な状況を切り抜けたから、それは僕もとても共感できる。

 そして、その上でリリスはすごいと、心の底から思う。

 

「じゃあ、リリス」

 

 僕は腰をかがめてリリスと目線を合わせる。僕は負けイベントに勝ちたい。理不尽をひっくり返したい。だからこそ、言えることは唯一つ。

 

 

「――今度も、勝とうな」

 

 

 その言葉に、

 

「――うん!」

 

 リリスは、力強くうなずいた。

 それにしても、このリリスの過去は僕も知らなかった。ゲームで語られなかった過去。師匠の快楽都市での武勇伝のような、そういうものは、他にも色々あるだろう。

 ここはゲームであり現実でもあるから。

 

 それから二人で師匠の方を見る。

 

「と、いうわけです。頑張りましょう、師匠」

 

「…………」

 

 先程から、師匠は沈黙していた。リリスの過去に思うところがあるのか、ないわけはないだろう。その上で、師匠は落ち着いた心持ちでこちらを見ていた。

 ――きっと、ここまでゴーシュの想定内に違いない。あの男はそういう奴だ。

 

「……はぁ、君は本当に、まったく」

 

「どうしたんですか?」

 

 ため息をつく師匠は、しかし思った以上に落ち着いていた。どうしてだろう、こちらを見て不満そうにしているし、流石に部外者である僕に、関係があるとも思えないのだけど。

 

「いや、昔のことを思い出していたんだ」

 

 そのうえで、なにか前向きになる要因があったのだろうか。よくわからないが、まぁそれでいいなら、構わないと頷く。

 

「とにかく。私にも異論はない。けど、問題は説得だな。アテはあるのか? まさかリリスだけってわけじゃないだろ?」

 

 リリスはこの村の人々と仲良くなった。それは確かに説得の材料になるだろう。だが、リリスの行動は想定外だ。そもそもリリスの存在自体が想定外で、僕はそれがなくともこの村を防衛することを選んでいたはずで。

 

 つまり、何かあるはずだと、師匠は言う。

 

「まぁ、任せてくださいよ」

 

 僕は、ドンと胸を張って言った。

 

 

 ◆

 

 

「――――皆さん、聞いて欲しい!」

 

 時刻は夕刻。もう間もなく日が落ちる、黄昏時。空の向こうに、オレンジ色に染まりきった日暮れの太陽が見えた。僕たちがここにきてから、もう数時間が経過しようとしている。リリスの過去を聞いてからもちょっと時間が立つ。敢えてこの時間になるのを待っていたのだ。

 夕焼けがきれいだと、目をみはる。けど、今は見惚れてはいられない。

 僕は、宿の前に集まって酒盛りをする村人たちに呼びかける。視線が、一斉にこちらへ向いた。

 

 さぁ、もう後戻りはできないぞ。

 

「僕は概念使い、概念は敗因、紫電のルエの弟子をしています!」

 

 反応は――訝しむようなものだ。

 今更、どうしたというのだろう、といった感じ、この状況に偶然通りがかってくれた概念使い。幸運をありがたがりこそすれ、それ以上の関係ではないだろう。

 と言った感じ。

 

 もう少し刺々しい状況を想定していたから、これはリリスのおかげだろう。

 

「紫電のルエ。大陸最強の概念使いを皆さんは御存知だろうか。当然知っているはずです。なにせここはラインに近い宿場町、概念使いの情報は入ってくるでしょうしね」

 

 その言葉に、多くの大人が頷く。

 というより、師匠はこの村で宿をとったこともあるはずだ。ラインには顔をだしたことがあるだろうし、であればここを通らなければラインにはたどり着けない。

 

「そう、大陸最強の概念使いがこの場にいるのです」

 

 僕はそう前置きをしてから、本題に入る。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()のでは?」

 

 

 ――その言葉に、反応は様々だった。

 総じて、困惑が勝っているようだ。そして、多くの視線は村のまとめ役である老婆の方を向いている。そのうえで、老婆は沈黙していた。

 予め話を通してあるからだ。

 

 中にはシェルとミルカを見るものもいた。とはいえ、そちらも沈黙したまま反応はない。この辺りは当然ながら根回し済みである。

 この三人を説得するのに時間がかかったのも、ここまで演説開始が遅れた理由の一つ。

 

「僕と師匠はお約束します。皆様を傷一つつけることなく守ってみせる、と。僕も師匠ほどではないですが、そこそこできると自負しています」

 

 村を無傷で防衛する。

 ()()()()()()()()()。死者もけが人も出さず、宿も食堂も、村の家屋も傷つけること無く、村を守り切る。それができなければ、彼らを逃したほうがいいに決まっている。

 

 だから、断言した。

 

 ――そこまで難易度を上げてこその、負けイベントでもある。ひっくり返すに十分な難易度であるし、なによりそこまでしなければ、僕は満足できない。

 強欲龍戦の二の舞は、絶対にゴメンなのだ。

 

「僕らを信用できないでしょうか。それは致し方ないことだと思います。これから襲い来る魔物は、五人の概念使いではとてもさばき切れないだろう、と」

 

 この村を襲ってくる魔物の数は膨大だ。百や二百では効かない数が襲ってくる。撤退ならば、やりようはいくらでもあるだろう。全滅させる必要がないなら、一度に戦えばいい敵の数は限られる。

 だが、防衛では、あまりにも戦うには無謀な数になる。

 

「――であれば、ご安心ください」

 

 だとしても、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――――その一言が与える言葉は、強烈だ。

 

 ざわつきは更に大きくなる。大罪龍は人類の敵。あらゆる災厄の原因であり、今自分たちを襲う魔物の親玉。それを討伐する。この時代では信じられない偉業だ。

 後に、シェルとミルカ、そして僕たちが暴食を討伐するまで、人類はあまりにも大罪龍に対して無力だったのだから。

 

 故に僕の発言は、嘘として語るにはあまりにも無謀がすぎる。

 

 とはいえ、言葉ではそれを信じるには足らないだろう。

 

「……来たぞ」

 

 空を見ていた師匠が、こちらに呼びかける。

 ――魔物が数匹、山を旋回していた。あれは偵察だ、ゲームでも現れ、戦闘することになる相手。ゲームでは彼らとの戦闘で事態を重く受け止めた村の人々が、この村を放棄する決断をすることになる相手。

 

 僕がこの時間まで待っていたのは、彼らが来ることが解っていたからだ。目的は単純、

 

「リリス」

 

「はいなの、“P・P”。“B・B”!」

 

「こちらもお手伝いします。“T・T(タイダル・トランス)”」

 

 ミルカも同時にこちらにバフを駆ける。どちらも攻撃力バフだ。そのうえで僕は剣を掲げて、魔物に狙いを定める。

 

「“B・B(ブレイク・バレット)”!」

 

 宣言とともに、放たれた弾丸は、こちらに向かってくる魔物へと突き刺さり、

 

 ――一撃で風穴を開けた。

 

 バフによるところが大きいとは言え、レベル差があればこんなものだ。

 今回戦うことになるボス以外は、このようにサクッと処理できるだろう。

 

「――これで、少しは信じていただけるだろうか」

 

 こともなげに僕は言う。

 とまぁ、これが僕の説得材料である。強さを見せるというのは、シンプルかつわかりやすいものさしであり、説得力だ。

 

 とは言え――やってみて解る。

 これだけでは、少し材料として弱かったな、と。

 

 村人の反応は、概ね好意的だ。こちらの言葉を信じてみるか、といった雰囲気。ただ、いまいち決断するには弱い、といった所。

 撤退を選ぼうと、防衛を選ぼうと、どちらにせよ危険には変わりない。

 ()()()()()()()()撤退のほうが、よかったと考えるものは多少なりともいるだろう。

 

 その上で、あとは老婆に反応を委ねるのがベターなわけだが、もしリリスがいなければ、老婆は僕らの力を頼った上で、撤退を選んでいただろう。

 その方が安全だから。

 

 そもそも――

 

「……ねぇ! 聞いてほしいの!」

 

 そこで、リリスが前に出る。特に相談はしていないけれど、まぁ彼女ならここで前に出るだろうな、というのはなんとなく解っていた。

 短いながらも、付き合いで。

 

「私、逃げたくないの! 逃げたら、そのあとずっと逃げなきゃいけないの!」

 

 人々は、リリスの言葉を聞く。

 僕の演説よりも、よっぽど集中して聞いているように思えた。そりゃあそうだろう、村の人々と打ち解けたのは、リリスなのだから。

 

 ……ある意味、僕が彼らを守りたいのは、リリスのためかもしれないな。

 

「逃げ続けるって、楽しくないの! 逃げないほうが楽しいの! だから、逃げないでほしいの! 皆も逃げないでほしいの! リリスは逃げないから!」

 

 叫ぶ姿は、どこまでも必死なもので。

 彼女にしか、許されない叫びだった。

 

 

「――リリス、がんばるから! みんな、リリスを信じて!」

 

 

 ああ、まったく。

 

「聞いたかい、お前達。こんな小さな子に守られるって言われたんだ。喜んで覚悟を決めな」

 

 老婆が、そこで力強く宣言した。それに、村人たちも頷く。

 異論はない。もはやそんなモノは必要ない。

 

 防衛戦上等。

 全部守って、全部笑顔にして、全部幸せにしてやろう。

 

 それが、僕がリリスとした約束なのだから。僕がここにいる、意味なのだから。



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21.村を守りたい。

「――それじゃ、やっとくれ」

 

 村の長である老婆の合図を受けて、僕と師匠が武器を構える。場所は、僕らがやってきた山道だ。その中でも、特に狭い箇所。

 そこを今から、僕らは破壊する。

 

「“C・C(クロウ・クラッシュ)”!」

 

「“T・T(サンダー・トルネード)”!」

 

 二人分の声が山中に響き、直後僕らの概念技が突き刺さった山の壁は、あっという間に崩れ去った。激しい音と土煙の中、僕らは大きく息を吐く。

 

「よし、ありがとうね」

 

「いえ、この程度ならなんてことはないですよ」

 

 この村には、入り口が二箇所在る。ラインからの道と、快楽都市方面からの道だ。このうち、僕たちは快楽都市方面からの道を、一度閉鎖することにした。

 言い出したのは老婆で、村を守りやすくするためには、これは必須だろうという。

 まぁ、概念使いにかかれば一度閉ざした道をこじ開けることはそう難しくはない、それで問題ないならば、と僕らは早速実行に移した。

 

「さて、ここからは厳しい戦いになる。基本的に、敵は正面と空から来る。空に関しては主に私と弟子が。正面はシェルとミルカがそれぞれ担当する」

 

「リリスは基本、正面の方でシェルたちのサポートをしながら、必要に応じてこっちに呼ぶから、そのつもりで」

 

「解った」

 

「はいなの!」

 

 シェルとリリスが返事をして、ミルカは無言でうなずいた。

 師匠の言う通り、この村は非常に閉鎖的な立地にある。村の入口は二つだが、その二つ以外にろくに通れる箇所がない。だから、片方を塞げば、陸地の防衛は非常に簡単だ。

 とはいえ、魔物の中には空を飛ぶモノも多数存在する。親玉である存在が大罪龍であるのだから、ある意味当然といえば当然だが、何にせよ、空の防衛は逆に鬼門だ。

 

 ここでポイントになってくるのが、シェルの概念。剛鉄を名乗る彼の概念は簡単に言うとゲームでいうタンク役。攻撃を引き寄せて味方を守ることに特化していた。

 逆に言うと、遠距離にたいして攻撃する手段に乏しく、彼が地上の守りを担当することは確定。同時に、そんなシェルと長い付き合いのミルカは、連携が取れている。この二人を正面の守りに配置するのは必然と言えた。

 

 空の守りには、対空に長けたモノが配置されるのが良いが、残念なことに、このメンツ、遠距離のアタッカーがいない。

 ミルカはある程度遠距離もこなせるが、彼女はサポートが得意な概念使いであり、攻撃能力には難があった。

 

 なので、オールラウンダーな僕と師匠が空の守りにつくこととなった。レベル差でのゴリ押しが必要であることも大きい。

 正面の守りに比べて、守らなくてはいけない範囲が非常に多いのだ。というか、移動技を使えるのが僕たちしかいないということもある。

 移動技を何に使うの? という疑問については、まぁすぐに分かるだろう。

 

 何にせよ僕たちのパーティには後衛アタッカーが足りないな、と思いながらも、そこら辺は以降の課題とする。またゴーシュが人材派遣してくれれば楽なのだが、彼は得はさせてくれても楽はさせてくれないだろう。

 

 さて――

 

 日は完全に落ちきった。宿の前に、刃を構えながら僕と師匠は立つ。さぁ、防衛戦の始まりだ。

 

 

 ◆

 

 

「“D・D”」

 

 夜空を、僕は概念技を伴って飛び上がる。移動技は、角度を付けてやれば空への大ジャンプも可能なところが便利だ。更にやりようによっては――

 

 ――僕の目の前に、鳥型の大きな魔物、鋭いくちばしで僕を貫こうとしてくるそれに、SSで一撃を入れる。続けて足技でもあるDDを起動させて、

 

 僕は更に高く飛び上がった。

 

 宙を跳ねる身体は反り返り、剣を振りかぶりながら次の敵へ向けて僕は降下していく。ただし、

 

「“B・B”」

 

 途中、遠距離攻撃のBBですれ違った魔物を撃ち抜く。地に落ちていくが、構うことはない。落ちていった魔物は、地から打ち上がった雷撃に灼かれて消失した。

 先程と同じ要領で、今度はAAでの攻撃。カマキリ型の魔物の鎌を無敵で避けて、反撃で落とした。そこで懐から在るものを取り出す。

 

 何のことはない、ただの石ころだ。空中にそれを転がして、そこに足を乗せる。

 

 もう一度、DDだ。更に高く飛び上がり、上空から周囲を見渡した。概念使いの概念武器は淡い光を放つ、遠くではシェルたちが迫りくる魔物をいなしつつ、各個撃破していくのが見えた。

 僕の足元では、師匠が雷撃をぶちかまし、その明かりが魔物の居場所を教えてくれる。ちょうど僕の真下に向かって突撃してくる魔物が一体。

 

 僕はそのまま落下を開始する。空中で加速するよりも、この方が早い。手間がないという意味で。

 

 いくつか、BBで魔物を撃ち落としつつ、落下の衝撃で魔物の背に僕が突き刺さる。向こうが抵抗して牙を向けてくるが、その程度ではダメージにはならないよ。

 二度、三度、通常攻撃で切りつけて倒す。倒す直前に魔物を蹴って、別の魔物へ向かって飛びかかった。数匹が、群れるようにしているのだ。

 それらを通常攻撃で削っていく。ある意味、これは息継ぎだ。

 

「“D・D”」

 

 最後に一歩、踏み込むように移動技を起動して、別の魔物へ向かう。

 

 ――うん、案外行けるものだな、空中機動。まだ魔物の襲撃は序の口だ。軽く一掃してから、一度師匠のところまで戻る。空中でけとばす石の残弾も補給しておきたかったのもあった。

 

「……なんだいその変な戦い方」

 

「えっ、師匠全然上がってこないから、なんでやらないんだろうとおもったら、おかしいんです?」

 

「理屈は解るがなぁ……まぁしかし、地上からの迎撃だと概念技しか使えないから、合理的といえば合理的か」

 

 空中機動の利点は、通常攻撃でSTを回復できることだ。やろうと思って、できることではないみたいだけど。

 

「僕が対空やりますから、師匠も飛んでみてくださいよ」

 

 なんて軽口をたたき合う。空からの敵は未だ余裕をもって迎撃できる程度だった。代わりに地上の敵は数が多く、シェルたちは大変そうだ。

 状況によっては、そちらの援軍を考える必要があるかも知れない。

 

「それじゃあ、少し行ってくる」

 

 いいながらも、師匠は空へ向けて移動技を起動。すごい勢いで跳ね上がり、宙を駆ける。僕のそれより、師匠の移動技は速度が早い。電撃の速度で移動するのだから、当然といえば当然か。

 

「うわああああああぁぁぁぁぁ!」

 

 師匠の声が空へと消えていく。バチバチと電気がほとばしりながら、空中をかけていく師匠の姿が見えた。少しふらついているが、魔物たちを足場に、敵を切り刻んでいく。

 僕より火力が高いのもあるだろう、師匠の一撃は僕のように撃ち漏らしを作らない。

 ――師匠の空中戦に、取りこぼし対策は必要なさそうだ。

 

「僕も行くか」

 

 ここでぼんやりしていても仕方がない、勢いよく飛び上がると、僕も空中を駆け抜けた。

 

「――少しリリスたちの方を見てきます!」

 

「うわあああ!! わ、解ったけど! 君はどうしてそう冷静に曲芸ができるんだよおおおお!」

 

 空中で一瞬だけ言葉を交わしてから、僕らは正反対の方向へとかけていく。僕のほうが冷静に動けているのは、多分速度が原因だと思いますよ師匠。

 明らかに僕の数倍は速い速度で駆け抜けていく師匠の稲光を横目に、魔物たちを切りつけつつリリスたち地上組の様子を観察する。

 

 ――端的に言うと、かなりの激戦が繰り広げられていた。

 

 敵の攻撃を引き付けるシェルの横から、リリスのバフを受けたミルカが水の概念技で敵を撃ち抜いていく。リリスはと言えば、定期的にシェルに回復をしながら、シェルが素通りさせた敵を、自分にバフをかけながら丁寧に杖の概念武器で撲殺していた。

 

 シェルの概念武器は盾とメイス。彼の概念化に必要なアイテムである鎧もあって、まさしく重戦士といった装いだ。迫りくる魔物たちの視線を集める概念技を使用しつつ、基本的に攻撃で概念技は使用しない。

 代わりに自身の防御力を増加させ、盾で攻撃を弾くことも相まって、不動のまま彼は要塞と化していた。

 

 ミルカの概念武器は弓だ。彼女は決してシェルの後ろを出ることはなく、徹底して弓と概念技の遠距離攻撃でシェルが受け持てない数の魔物を撃破、ないしは足止めしている。本来ならここにシェルへの支援と回復が役割として交じるのだろうが、今回はリリスにそこを任せて、遠距離からの迎撃に徹していた。

 

 崖に挟まれた狭い道を陣取り、一度に襲ってくる魔物は数匹と少ない。それをシェルが順番に対処して、ほとんど漏れなく捌き切っている。

 時折壁の上を駆け抜けようとしてくる身軽な魔物もいるが、それはミルカとリリスが個別に対応していた。シェルが捌ききれないと判断して見逃した魔物も同様だ。

 

 ――とはいえ、奥の方を見ると、おびただしい数の魔物が、今も絶え間なく村に迫っている。空の襲撃はカバー範囲が広い分、見た目的には散発的な襲撃にとどまっている。

 地獄絵図は、あちらのほうだった。

 

「……よし」

 

 空でいくつかコンボを稼いで、僕は宙を蹴り、シェルたちの方へ向かう。空の敵が一時的に漸減し、余裕ができたためだ。残りは今も危うい空中移動を続ける師匠に任せ、僕は一気に魔物の一陣へと突っ込んだ。

 

「“P・P(ペイン・プロテクション)”!」

 

 とはいえ、無茶はしない。

 コンボを稼いだことで解禁された上位技で数体の魔物をなぎ倒し、更に魔物を足場にDDを使用。囲まれないようにしながら、何度か概念技を叩き込んで、空にまた飛び上がった。

 

「な、なんだ!?」

 

「失礼しますよ!」

 

 シェルたちの上方を駆け抜けて、理解できないものを見る目でこちらを見上げる二人に挨拶してから、僕はまた空の旅へと帰還する。

 今のはまずかったかな。一瞬向こうの判断が遅れたかも。

 

 見れば気を取り直した様子で、彼らはまた戦闘にもどっていたが、あまり驚かせるのは控えよう。

 

 とはいえ、今の所言えるのは、リリスたちの方に、僕がちょっかいを出せる余裕があるということだ。まだ終わりは見えないとはいえ、このペースなら問題なく戦闘を終えるだろう。

 まぁ、そんな訳はないのだが。

 

「――君! 魔物の質が上がった!」

 

「でしょうね! 最初に来た魔物の質が低いのは、抵抗があった場合に面倒だから……要するに捨て駒ですからね、あいつら!」

 

 魔物の襲撃は段々と激しさを増していく。

 最初のうちは弱い魔物、そこからだんだんと強くなっていくわけだが、理由は単純にその方が高位の魔物が楽できるからだ。

 例外は強欲龍。そもそも強欲龍は魔物を指揮していないのだから当然である。

 

 今回の襲撃に大罪龍は混じっていないが、襲ってくる魔物の種類は多彩だ。ゲーム中では明らかに脅威と思われる魔物を隠れてやり過ごす場面や、気をそらしてその間に逃げるシーンもある。

 とはいえ、それは序盤であるゲームの僕らだから起こる問題だ。

 

 僕と、それに師匠なら問題なく対処できる。

 

「一段上げていくぞ――!」

 

 師匠が空中で姿勢を安定させながら、紫電を羽のごとく広げて、周囲に迸らせる。さながらサンダーバードとでも呼ぶべきそれに、魔物たちの視線が向いた。

 

 その間を、僕はただ駆け抜けていく。

 

「“G・G”! “D・D”! “P・P”!」

 

 上位技すら織り交ぜながら、一気に敵を殲滅していく。今の敵のレベル差にたいして上位技をぶつければ、敵は一撃で溶けていく。まぁ、序盤に出てくる敵ならば、多少質が上がってもこの程度だ。

 とはいえ、そうやって撃破していくと、一気にSTを消費するわけだが。

 

 緩急をつけて殲滅と補給を分けていく。ここらへんは経験豊富な師匠のほうがうまく、撃破ペースは師匠のほうが上のようだ。

 

「結構これ楽しいな!」

 

「適応早いですね……!」

 

 なんていう余裕すら在るくらいで、師匠はすでに空中での機動を安定化させていた。とまぁ、空はだいぶ余裕のある曲芸で敵をどうにかしていたわけだが、問題は地上だ。

 空がここまで楽なら、少し配分を考え直す必要があるな。

 

「――君」

 

「了解です!」

 

 そこで同じように考えたのか、師匠が通り抜けざまに声をかけてくる。僕もそれに同意すると、魔物を蹴り飛ばしながら、一気に加速する。

 見ればシェルたちの戦う魔物の群れに、先程相手をしていた虎型の魔物がまじり始めている。

 

 ――本命は地上だったな、これは。

 

 虎型の魔物はゲームの終盤にも出てくるザコエネミーで、今ならば強いが何れは一山幾らになるタイプの敵だ。

 メタ的なことを言うと、わざわざボス用のデータやモデルを用意できなかったのだろうけど。

 ドメインシリーズではよくあることだ。開発リソース的な問題もあるが、“とある雑魚エネミー”がファンの間で強烈な印象を遺しているため、わざとやっている所もある。

 

 そもそも、今回のボスがそいつなわけだけど――

 

 考えながら、剣を構えて虎型魔物へと“着弾”する。

 

「“S・S”!」

 

 移動の間にコンボが切れたので、初期技をぶつける。そのまま、飛び上がり、驚くシェルとミルカを他所に――

 

「リリス!」

 

「は、はいなの! “P・P”!」

 

 リリスにバフを求める。

 

「“B・B”! “D・D”! でもってもいっぱつ、“S・S”!」

 

 連続攻撃。DDの突撃とともに放ったSSが魔物の胴体を切り裂き、僕は滑りながら着地した。

 

「空は師匠がやってくれる! 僕もこっちに入る、シェル、指示を頼む!」

 

「……あ、ああ!」

 

 この場における戦況判断はシェルの仕事だ。

 呆けてる暇はないぞ、さっきからそんな顔しかみていないけど、大丈夫か?

 

「師匠があの紫電殿だと、弟子もまたこうなるのか……面白いな!」

 

 ――まって、原因は僕のせい?

 

「……とにかく! 頼むよ! シェル!」

 

「――ああ!」

 

 ――空での戦いで解った。僕はこの世界では相応に強い。バグを利用しているというのもあるが、戦闘時の機動において、最上位者である師匠すら目を剥くようなことをする。

 まるで異世界にやってきて無双する若者みたいだな、とか、そういったことを考えつつ――けれど、そうも言っていられなくなる状況は来るだろうと、僕は確信していた。

 

 この撤退戦、厄介なのはボスだ。逆に言えば、ボス以外は今の僕らにとっては、一山幾らでしかない。そして、そのボスは大罪龍ではない。

 ――()()()()()()()()()姿()()()()()だ。

 

 こいつを倒せなければ、今後の僕たちに未来はない。

 

 名を暴食兵。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という特殊な立ち位置。そしてとある事情からシリーズ定番の()()()()()()()()()となったそれらは、

 今回の襲撃における親玉として、僕たちの前に、立ちはだかる事となる。



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22.暴食兵はやってきたい。

 ――このゲームにおける、印象的なボス以外の魔物型のボスは、大抵終盤からの使い回しだ。特に序盤での使い回しの多さはかなり群を抜いており、一部ではそこを叩かれたりもする。

 しかし、コレに関しては初代ドメインの頃は単純なリソース不足だった結果、色違いのモデル使いまわしとして登場させたものを、二作目以降からは名前も同じ魔物が後半で出てくるようにしたことで、意図的なものであることが解る。

 

 ゲームの後半に出現する敵をボスに据えることでキャラの成長を実感する、という手法はゲームであればさほど珍しい発想ではないだろう。

 開発的にもリソースが節約できてありがたいだろう。

 とはいえ、ドメインシリーズは、初代の頃だと色違いの敵を用意していたわけで、二作目以降からそうすることになったのは、開発的な理由以外にも、訳があるのだ。

 

 まず前提として、このゲームにおいて序盤に後半の強敵を大量に出すことになった理由が、少し特殊だ。後半の敵を最初に出すことで強さに実感をもたせるためではない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ためだ。

 

 それが、暴食兵。

 シナリオの大ボスであるはずの暴食龍と同じグラフィックを持つという、そもそもからして特殊な出自を持つ敵だ。当然ながら、これには理由があり、暴食兵は設定も初代のころから存在する、モブエネミーとしては少し特別なエネミーだ。

 少なくとも、暴食龍の設定を知っていれば、初見でいきなり暴食兵が出てきても、少し驚くだけですぐに納得できるだろう。

 

 暴食龍グラトニコス。

 その名の通り、暴飲暴食を存在意義とする龍で、ちゃんとした龍としての姿を持つ大罪龍の一体だ。その容姿は一言でいうと“翼竜(ワイバーン)”。

 他の龍と比べると、明らかに小さい体躯で、大きさに関しては三メートルサイズの竜人である強欲龍とそんなに変わらない。とはいえ二足歩行で人型の強欲龍は、逆に対峙するとサイズ以上に大きく感じる。

 故にグラトニコスのイメージは“小さい”だ。他の龍型大罪龍とともにいるシーンを比べると、その小ささが更に印象付けられる。

 

 とはいえ、これは意図したもので、そもそもグラトニコスは暴食の名を冠しているが、何故そんな小さな体格で暴食なのか、という答えがあるのだ。

 簡単に言おう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 暴食龍が何かを食べると、分裂し増えていくのだ。そして、増えた暴食龍も何かを食べ、倍々ゲームで増えていく。

 食べるものに関しては、それこそ暴食。何でも良い。人も、建物も、土も、海も、暴食龍は何もかもを食べる。()()()()()()()()()()()()

 

 一体一体の強さは、正直な所大罪龍最弱だ。師匠ならタイマンで撃破できるだろう。だが、暴食龍は()()()()()()()()()()()()()()()

 最大まで集まった暴食龍を撃破できるのは大罪龍の中でも傲慢と強欲だけだ。強欲にしたって、不死身の機能があるから負けないだけである。

 

 大罪龍の中では、強欲に並んで上位の強さを誇るのが、暴食龍グラトニコスだ。

 とはいえ、個人的に一番やっかいなのは傲慢龍を除くと憤怒龍なのだけど。まぁ、そこはいつか触れる。

 

 幸いなことを挙げるとすれば、暴食龍は増えすぎると知性を失う。一定以上の個体は暴食龍ではなく、知性を持たない暴食兵として扱われる。

 それこそが、ドメインシリーズ最強とされるモブエネミー、暴食兵の出自である。

 

 では、そんな暴食兵がどうしてプレイヤーの中に強烈な印象を残しているか。始まりは初代のあるミスだ。

 暴食兵が初登場するのは、ラストダンジョン一歩手前のフィールド、本来ならそこで、低い出現率で出現するレアエネミー……のはずだった。

 

 端的に言うと、出現確率の設定をミスった。レアエネミーであるはずの暴食兵。その中でも更に確率が少ない暴食兵四体同時出現のテーブル。一番少ない確率であるはずのそれが、なんと一番高い確率で出現するように設定されてしまったのである。

 

 

 かくしてラストダンジョン手前のフィールドは、あまりある数の暴食兵が闊歩する地獄と化した。

 

 

 正直、ラストダンジョンよりこっちのほうが突破が難しいくらいだ。

 とまぁ結果としてドメインシリーズで最も知名度の高いモブエネミーとなった暴食兵は、以降のシリーズでも続投。実はドメインシリーズで皆勤を成し遂げたキャラクターは百夜、色欲龍、そしてこの暴食兵だけなのだ。

 なんで1で暴食龍が完全に死んだ後も出てくるのかといえば、暴食兵にも分裂能力があるから、で解決できてしまうのも悪いところがあると思う。

 

 そしてこのイベントのボス敵もまた、この暴食兵なのだ。そいつが現れればイベントも終盤、周囲に気を使う必要があんまりなくなるというわけで、まずはそこを目指す必要があるわけだが――

 

 

 ◆

 

 

 地上には、強力な魔物が闊歩し始めていた。

 もはや見慣れた虎型魔物以外にも、巨大なカエル型エネミー、フログ種の最上位魔物まで出てくるものだから、状況はかなり悪い。

 

 だが、そこは知恵の使い所。

 幾ら最上位の魔物と言っても、一度に襲ってこれる数には限りがある。一対一なら僕は少し時間をかければこれを排除できるし、シェルも同様にタイマンなら攻撃を捌くことができる。流石に決定打に欠けるため、倒すことは難しいが。

 つまり同時に二体までならば、一度に相手をしてもいいわけだ。正面からやってこれる魔物の数はだいたい四体。それも大型の魔物は同時に入ってこれるわけではないため、大型二体の脇をするすると小型がすり抜けていくような形になる。

 

 この小型をミルカとリリスが対処すればいいわけだ。

 遠くに見える魔物のシルエットに気をつけつつ、僕は大型を順次撃破していく。時折シェルに疲れが見える時はそれを受け持ち、二体を撃破。この時、リリスのバフを最大限に利用すれば数撃で倒せるので、バフはここで集中的にかけていく。

 

 汎用的に使えるPPはともかく、使用タイミングを見極めなくてはいけないリリスのBBは、使い所を選ぶのだ。その分、僕のデバフやミルカのバフもあいまって、効果は絶大だが。

 

 とはいえ――

 

「――ああもう、キリがないな!」

 

「回復します! リリスちゃんたちはカバーを!」

 

 シェルがぼやきつつ、大型を弾き返して距離を取る。それを待ってましたとばかりに、僕は通常攻撃でチクチクしていた魔物を一刀で斬り伏せ、その勢いでシェルが相手をしていた魔物に飛びかかる。

 リリスのバフは大したもので、攻撃的な概念技をほとんど持たないシェルでも、大型魔物のHPを半分は削りきれている。そこに僕がバフを載せた上位技をぶつけてやれば、敵も大したものではない。

 

 先程から、そんなやり取りを何度も続けていた。もう何時間になるだろう、空は師匠の電撃がほとばしり、とても眩しい。周囲に篝火などもあるはずの地上のほうが暗いほどで、暗闇のなか、未だ現れない暴食兵を、僕は待ちわびるように敵を殲滅していた。

 

「しかし、これだけ戦えるとなると、本当に防衛が現実的な戦力になるな、これは」

 

「空を師匠が一人で受け持っててくれるのが、本当にありがたいですね。一人で戦うとなると、流石に僕よりも師匠のほうが強いですから」

 

 復帰したシェルと肩を並べて、周囲を警戒しながら言葉を交わす。

 

「俺としては、君の強さが驚きだけどな。……まぁ、あの紫電のルエ殿の弟子なのだから、当然か」

 

「今度は私も、強さの秘訣を教えてほしいわ」

 

 ――ごめんなさい、勝手に弟子を名乗っているだけで、基本的に師匠にはなにか教えてもらったことはないです。そのうち落ち着いたら復活液の作り方は教えてもらいたいよなぁ。

 

 ともあれ、シェルもミルカも歴戦の概念使いだ。ここまで、長い時間戦っていても疲れを見せることはない。連携にほころびが生まれることはないし、これならば暴食兵も問題なく撃破できるだろう。

 

「――さっきから、小型の魔物の姿が見えないの。たぶん、大型魔物が倒される状況に怯えて逃げ帰ったんだと思うわ」

 

 後方から観察していたミルカが冷静に告げる。

 今僕が相手をしているのは中型の魔物二体、ミルカの援護を受けつつ、これらを斬り伏せ、シェルが受け持っていた大型一体へと斬りかかる。

 

「崩落させた反対側は、村人に見張っててもらっているんだったな。そのうえでなにもないってことは、今の所かなり順調と言えるな」

 

「はい。そろそろ親玉が出てくる頃かと。……あまり考えたくないですが、これだけの大型を引き連れる魔物となると、かなり上位の魔物ですよ」

 

 ――大罪龍でないにしろ、だ。

 

「……なにか来るわ。大きい!」

 

 それまでの魔物は、大きくても二メートルサイズ。フログ種などはダルマのような巨大さであるため威圧感も大きいが、それでも強欲龍ほどではない。

 

 だが、遠く見えるその姿は、明らかに強欲龍を上回る巨大さ。

 間違いない――暴食兵だ。

 

「アレが親玉だな! まずは周りを掃除する! 俺が受け持つ間にミルカと頼む! リリスは俺のサポート頼めるか!」

 

「解ったの! “G・G(ガード・ガード)”!」

 

 僕とミルカもうなずきあって前に出る。

 そのまま、流れるように移動技と攻撃技を組み合わせて敵を斬り伏せていく。コンボを稼ぎながら、上位技を暴食兵にぶつけるのだ。

 

「ようやくお出ましか――! まずはもらっとけ! “G・G(グラビティ・ガイダンス)”!!」

 

 上段から、そいつに斬りつける。迫る刃を、翼竜のシルエットは躱すことなく受けた。そして、

 

 

“――ああ、オレも逢いたかったよ、敗因。”

 

 

 言葉をしゃべるそいつは、即座に僕の脇腹に、その爪を突き立ててきた。

 

「――――」

 

 一瞬、判断が遅れた。迫る攻撃をまともに受ける。

 幸いそれは僕を概念崩壊させるほどのものではない。それは当然だ。こいつの攻撃力ではそんなものだ。でも、まともに受けた。――今回の戦いで、初めてのダメージだ。

 もっと言えば、()()()()()()()()()()()()()はこれが初めてかもしれない。

 

 完全に不意打ちだった。

 

 即座に気を取り直し、移動技で距離を取るが、コンボは途切れてしまった。ああ、だけど間違いない。その姿を僕はよく知っている。

 ゲームでも、何度も見てきた。その多くは色違いのモブだったけれど、でも、間違いない。

 

「……何故、こんな所にいる」

 

「……な」

 

 後方に下がり、ミルカを庇うようにして立つ。同時に、魔物を処理してきたシェルとリリスもこちらへやってきた。

 そして、全員が例外なく愕然とする。

 

“なぜって、オレはそういう役割がオレ達の中で一番得意なんだから、当然さ”

 

 どこか軽口の、飄々とした。

 けれども底の知れない声音、それもそうだろう。奴はここに一体しかいない。だが、同時に奴は紛れもなく本体でもある。

 

 ただの雑魚ではない。奴は本物の――

 

 

「……暴食龍、グラトニコス!」

 

 

“やあやあ、ご挨拶に来たよ、概念使い御一行。元気にしていたかな?”

 

 

 本来ならばいなかったはずの敵。

 在り得ざる事態が、今目の前で、展開されていた。



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23.暴食龍は対峙したい。

 ――暴食龍グラトニコス。

 大罪龍最弱にして、災厄の龍。一体一体はそこまで強敵ではない。今、ここにいるメンバーでも、命の危険はあるが、勝利できる可能性は十分にある。ただ、今僕たちの眼の前に、グラトニコスは()()()()()()()

 つまるところ、これはただの偵察でしかない。

 

 こいつを倒したところで、世界は何も変わらない。にもかかわらず、僕たちは死闘を強いられていた。

 

“はっはー! 強いな敗因!”

 

 地を滑るように飛びかかってくる翼竜の一撃を躱しながら、僕は後退する。前に出すぎていた、防御をシェルに任せ、後方に引っ込んだ。

 

「気をつけて! まだ周りには中型の魔物も多数いるわ!」

 

「解ってます! リリス、回復と支援を!」

 

「もちろんなの!」

 

 対象は当然、僕とシェル。暴食龍の攻撃は一撃が重い。敵の親玉なのだから当然といえば当然だが、先程もろにくらった僕は、満タンの状態から三割は持っていかれた。

 通常攻撃でそれなのだ。

 受けて耐えるタイプのシェルに、格上相手は荷が重い。けれど、現状彼しか暴食龍の攻撃を受けることができない。僕が回避して引き寄せようにも、奴は乗ってこないのだ。

 

 回復を受けて、反撃に出る。しかし、僕が前に出ると即座にグラトニコスは後退する。それを追いかけて突出すれば今度は中型の魔物の攻撃という小細工を絡めた反撃で、僕を痛めつける。

 グラトニコスの攻撃を受けるわけには行かない以上、中型魔物の攻撃は無視せざるを得ない。そのためダメージは細かく蓄積し、グラトニコスに有用な攻撃を与えられないまま、今度は僕が引かざるを得なくなる。

 

 先程から、ずっとこれの繰り返しだった。

 向こうは何ならこれを続けても一向に構わない、といった様子で、ニヤニヤと酷薄な笑みを浮かべてこちらをあざ笑うかのような挑発を繰り返していた。

 

 ――暴食龍のやっかいなところが、存分に出ていると言える。

 

 結局の所暴食龍はここで負けてもいいのだ。奴は群体の中の一つでしかない。自分が消えても、別の個体が自分の情報を記憶できる。

 だから、あくまで目的は偵察。僕に奴は会いたいと言った。強欲龍を撃破した僕の手札を少しでも透かしたいのだ。

 それでいて、卑怯な選択、厭らしい戦法を平気で打ってくる。

 決して勝てない相手ではない。しかし勝つには相応の覚悟と手段が必要だ。最悪、誰かが命を落とすかも知れない程度には強敵である。

 しかもただ勝つだけでは、向こうに余計な情報を与えてしまう。SBSのようなバグ技を、ここで使うわけには行かない。

 

 よって、奴には正攻法で勝つしかない。師匠がタイマンで何とか勝利できる相手。勝つとなると手段はいくつか考えられるが――

 

 ――そこまで思考を巡らせた時、空で強烈な稲光が瞬いた。師匠の雷撃だ。おそらくは上位技、先程までよりもその頻度が上昇している。

 目を凝らせば、空の魔物の数が明らかに増えている――!

 

“オイオイ――”

 

 直後、

 

“オレの眼の前で、よそ見とは余裕だねぇ、敗因!”

 

 耳元で、今最も聞きたくない声を聞いた。

 

「……っ! “S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 即座に無敵判定のあるSSを起動、声の方に剣を振り抜くが、手応えはない。最初から近くにはいなかったのだ。気配はしていなかったから、そうだろうとは思っていたが!

 

“ハッハー、かわいいダンスだこと”

 

 今度は声は空から聞こえた。あいつ、飛行機能を失っている暴食兵とはちがって、当然ながら飛べるんだよな。そのうえで敢えて暴食兵を装ってここまで来たってことか、厭らしいやつ!

 そもそも、どうして僕が暴食兵が来ると予測してたのを知ってたんだ?

 

 ……ともあれ、実際それにハマってしまったわけで、更にこいつが飛び上がったってことは、ある攻撃のモーションなわけで!

 

「リリス、ミルカ、シェルの後ろに!」

 

「君は!?」

 

「大丈夫、死にはしない! それより来るぞ……熱線だ!」

 

“ちんたらしてっと、焦がし尽くしちゃうぞ! E()A()T()E()R()s()/()S()E()V()E()N()s()!”

 

 直後、放たれたそれは熱線というよりも、火球と言うべき形状をしていた。大罪龍であれば、共通して使うことのできる攻撃、熱線。

 色欲龍の場合は龍形態に戻らなければ使えないため、先の戦闘では使わなかったが、暴食龍は当然ながらぶっ放してくる。

 

「っく、おおお! “C・C(クリーン・キャッスル)”!!」

 

 シェルが範囲防御の概念技を起動させる。僕は範囲外だが、構わない、最初から当たるつもりはないからだ!

 

「“D・D”!」

 

 空へ向けて、移動技で飛び上がる。火球の状態で飛び出した熱線の横をすり抜けて、チリチリと焦げ付く熱気を感じながらも、暴食龍の正面に躍り出る。

 

“曲芸師かなにかかよ!”

 

「コレくらい、師匠もやってるじゃないか!」

 

 そのまま剣を振りかぶり、同時に暴食龍もその翼を振り上げた。

 

「“S・S”!」

 

H()U()N()D()R()E()D()/()H()A()N()D()ォ!”

 

 暴食龍の翼が僕を通り抜け、僕の剣が暴食龍へ突き刺さる。しかし、直後暴食龍は更に動いた。この技は、連続攻撃する技だからな!

 

「“B・B”!」

 

 わかりきっていたことである。そのため、構わずBBに移行した。何よりもまずは速度低下と防御ダウン。攻撃低下も入れれば言うことなしだが、CCはコンボの接続が悪い。

 返す刃をまともに受けながら、暴食龍の身体に、僕の弾丸が突き刺さる。

 

「っつ、おお!」

 

 凄まじい勢いで弾き飛ばされた。そのまま、地面に叩きつけられる。みれば、チリチリと地面は焦げ付いていて、それでいて僕とシェルの間には、そこそこの距離があった。

 暴食龍の熱線――火球はとにかく範囲が異常なのだ。下手すれば、全画面をまるっと焼き尽くしてしまうほどに。

 

「シェル、無事か!?」

 

「無事かと聞きたいのはこっちの方だが!?」

 

 お互いに叫んで遣り取りをする、向こうは回復を二人がかりでシェルにかけている状態では在るものの、誰も概念崩壊は起こしていないようだ。

 こちらは、残りHPが七割というところ、まぁ、暴食龍の連撃は一発だけなら通常攻撃と変わらない。二撃飛んでくるせいで密着していると二発目を無敵判定でスカせないだけだ。

 

“しぶといなぁ――――”

 

 言葉とともに、翼竜が急降下してくる。狙いは――

 

「……ッ! “H・H(ヘイト・ハンティング)”!」

 

 ――攻撃誘導を行ったシェルだ。回復は間に合っているのか!?

 いや、気にしている余裕はない、シェルが攻撃を受け持つなら、僕がそこに切り込まなければ!

 

 ――とはいえ、そこに魔物が妨害を仕掛けてくるのだが、あいにくと、暴食龍が逃げるのではなく突っ込んでくるのなら、君たちは餌でしかないんだよ!

 

「“A・A”!」

 

 迫ってくる魔物でコンボを稼ぎながら、移動技で接近していく。可能ならCCを叩き込みたいので、コンボはAAが起点だ。魔物の群れを踏み越えるように飛び上がると、シェルの盾に弾かれた暴食龍へと斬りかかる。

 

「“C・C”! “A・A”!」

 

 間髪入れない連続攻撃。このままコンボが入れば、一気に上位技まで持っていける。しかし――

 

“おおっとォ!”

 

 暴食龍が口を広げた。熱線の構え!

 ――即座に移動技で距離を取ると、暴食龍は一気にその場を離脱した。ブラフ? 何故そんなことを――いや。

 

「……っく」

 

 見れば、ミルカが概念技で暴食龍を狙っていた。なるほど、危ないのは向こうだったのか。あそこで僕が突っ込めば普通に火球をぶっ放してきただろう。HPが減っている状態でそれは喰らいたくない。僕はリリスの側に着地すると、回復を受ける。

 

「あんまり危ないのだめなの!」

 

「ごめんって、にしてもここまで戦いにくい相手とはね、暴食龍」

 

“お褒めに預かり恐悦至極。さてさて、空が静かになる前に一人くらいは喰っちまいたい所なんだがねぇー”

 

 ゲラゲラと、あざ笑うかのように語る暴食龍。

 ゲームでは大罪龍一番の不憫と言われ、そもそも出番の少なさのせいで外伝に出るまではいまいち人気がなく、暴食兵の出がらしとすら言われていたグラトニコス。

 実際に相手してみると、なんとも面倒な相手だ。狡猾で三下じみた態度すらも強さの一部。何よりここで倒しても状況に何の変化もないというのは、戦っていてなんとも倒しがいが薄い。

 

 倒せば村を救えるのは決定事項だ。相手が暴食龍でなくとも遂行してみせる事実。だからこそ、ただ面倒なだけのこいつは、相手にしていて本当に面倒くさい。

 

 本来ならこのまま持久戦で師匠が来るのを待つのが最善なのだが、師匠が来た時点で向こうは自身の負けが確定する。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 違うだろう。

 もしそうなったとしても、何かしらは仕込んでいるに決まってる。

 

 だったら、ここで無理してでもあいつを叩く。

 方法は――

 

「……リリス、ありったけのバフを僕に頼む」

 

「も、もとよりそのつもりなの……け、けどどーするの!? あいつすっごい嫌な奴なの! 普通にやったらバカにされて終わりなの!」

 

「だから……普通じゃないことをするんだよ」

 

 それからシェルに二人を任せ、リリスと少し打ち合わせをする。もちろん、その間も暴食龍はこちらを攻撃しているが、シェルの盾が攻撃を一切通さない。

 彼がいてくれるだけで、連携がぐっと楽になるな。

 

 師匠と二人旅なら、そもそも連携の相談もいらない自信はあるのだけど。

 

「――よし、行ってくるよ」

 

「……頑張って、なの」

 

 少しの会話を終えて、僕は刃を軽く振るいながら前に出る。ミルカからは微笑ましいものを見るような目で見られ、シェルには待ちくたびれたと首をすくめられる。

 

“オオォー? やる気になったみたいだな、敗因”

 

「まあね、――悪いが、ここで沈んでもらう!」

 

 ケタケタと笑う暴食龍に、ろくでもない予感しか感じないが、それでも構わず前に出る。暴食龍はそれに合わせるように距離をとった。

 ――好都合だ。

 

“ご挨拶だよ! E()A()T()E()R()s()/()S()E()V()E()N()s()!”

 

 即座に火球が飛んでくる。僕が避ければ、後方のシェルたちに火炎が跳ぶ。ならば、と僕は――

 

「“D・D”」

 

 ――直線的に突っ込む!

 

“死にたいのか!?”

 

「切り抜けたいんだよ、馬鹿野郎!」

 

 僕に炎が炸裂し、火炎がシェルたちにはさほど届かず、炎上し広がる。一瞬、凄まじい劫火にその身を灼かれるが――

 

「“S・S”!」

 

 少しの間、無敵時間でそれをやり過ごす。その上で、

 

「ぐっ――“D・D”ッ!」

 

 接続、炎は変わらず身を焦がす。けれど、一度広がった炎が爆発的に燃え盛ることはない。やがて燃え尽きて消えていく。

 ――ならば。

 

 消える箇所にもムラが生まれる。故に、僕はその隙間をくぐるように飛び出す。焦げ付いた火の粉を身体から振り払いながら、一気に炎の外へ着地した。

 

 抜けた――!

 

“骨を断つために、肉を灼かせるにも、焦げ付きすぎだな、それじゃあ!”

 

 暴食龍の懐に潜り込むように、一気に接近した僕の周りには、邪魔をする魔物はいない。そのまま一気に駆け抜けて、暴食龍に斬りかかる!

 

「捉えた――“C・C”!」

 

 ――攻撃低下!

 

“むざむざ踏み込んじゃってるんだよ、これが――!”

 

 爆発を抜けて、暴食龍が迫ってくる。モーションが見えた、この構えは――

 

H()U()N()D()R()E()D()/()H()A()N()D()ッ!!”

 

「う、おおおおおおッ!」

 

 僕はその()()()を受けた。身体がのけぞるが、構わない。強引に概念技を起動する。

 

「“A・A”!」

 

“こいつ――!”

 

 狙いは、ノックバックのある二発目を透かすこと。接近したのに引き剥がされたでは、先程の無茶が無意味になる。

 だから重ねる。暴食龍の二連撃は、つまり連撃であるわけだから一発目は僕を突き飛ばさない。ならば二発目だけを避ければ、そのまま返す刀で切り返せるのだ。

 

「“S・S”!」

 

S()E()C()O()N()D()/()C()O()U()N()T()E()R()!!”

 

 ――返す違いに、互いの攻撃が突き刺さっていく。クロスカウンターのように、暴食龍のそれは超至近距離から放たれる。

 ガリガリと、耐久が削られていくのが解る。

 無敵時間だけで、全てを透かせるわけではない。攻撃の一部一部が、着実にこちらを概念崩壊へと誘っている。

 

 だが、構うものか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まずはそれが狙いの一つだ。

 先程までの戦闘でやっかいだったのは、実際の所魔物の妨害だ。無視しているとバカにならないダメージを押し付けてくる連中、かといって相手にしていると絶対に暴食龍へ踏み込めない連中。

 側の魔物でコンボを稼ぎつつ、というのが理想だが、暴食龍は狡猾だ。そんな理想は、空想に過ぎない。

 

 だから、多少こちらが無茶をしてでも暴食龍へと食いついていく。向こうだって解っているだろう、それに付き合うことは悪手だと。

 だが、乗ろうが降りようが、僕のやることはむりやり食らいつき、多少のダメージを無視して突っ込むだけだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 悪知恵の働く相手にこそ、力押しは嫌というほど効いてくるのだ。

 

 ああ、でも計算高いお前なら、もうすでに気づいているよな!

 

「“P・P”!」

 

T()H()I()R()D()/()S()U()D()D()E()N()/()D()E()A()T()H()!”

 

 三方向からの同時攻撃、僕は一歩下がりながら、遠距離攻撃を至近からぶっ放す。この一歩で、直撃する暴食龍の一撃は二つ減る。

 一発だけはまともにくらいながらも、今度は剣を振りかぶり――

 

「“G・G”ッッ」

 

 一気に、攻撃を叩き込む。

 

“バカか、お前はバカか!? ハハハ! 自滅したいなら、付き合うのもやぶさかじゃないけどさぁ!”

 

「どうかな……!?」

 

 ――敢えて、誘うように笑う。

 わかりきっていることではある。僕も暴食龍もすでに理解している。僕の攻防は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことで終わる。

 しかし、僕は構わず暴食龍に食らいつく。

 

 ここからは読み合いだ。

 暴食龍は僕の誘いに乗って、警戒でもって後退するか。

 後退を前提としたブラフと読んで、構わず突っ込んでくるか。

 

 ああ、もちろん。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

“――こいつ!”

 

 どうやらバレてしまったようだ。

 そうだ、最初からお前に対する有効打なんて決まってる。警戒して後退するようなら、それ相応に選択肢を、ブラフを悟って飛び込んでくるなら、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()――!

 

「“D・D”!」

 

 ――コンボの最終段階。

 詰めに選んだのは移動技だ。この移動技、足技として攻撃判定もある。だから、後退を選んだならばそこに食らいつき、前進を選んだなら、蹴りつけてコンボを繋げる。

 

 そして、前進ならばその方が話は早い。

 

“――チッ、E()A()T()E()R()s()/()S()E()V()E()N()s()!”

 

 ――熱線を選んだか。こちらが回避を選んでも、詰めていけるのは良い選択だ。けれど、それしか選べなかったようにしか見えないぞ!

 

 着弾の直前。

 僕は、

 

 

「――“C・C”ッ!」

 

 

 遠くから放たれた、リリスの回復技でHPを危険域から引き戻す。

 

“……ッ、だろうなァ!”

 

 言葉とともに、放たれた火球へと、踏み込む。

 色欲龍へと放とうとして、不発に終わった最上位技。このコンボの終着点。切らせる肉も、絶たせる骨も喰らわせて、最後に上から叩き伏せる。

 

 僕は敗因。

 敗者には死が待ち受ける。理不尽という名の押し付けが待ち受ける。

 

 けれど、ああ、敗者よ。

 

 もう一度立ち上がれ、お前にはまだ、目の前に倒すべき敵がいる――――

 

 

「――ッ! “L・L(ルーザーズ・リアトリス)”ッッッ!!」

 

 

 途端。

 僕の手に握られた剣が、黒い闇をまといながら、一瞬にして巨大化する。

 この剣の射程範囲なら、お前を逃がすことはないよな、暴食龍ッ!

 

「――“B・B(ブレイク・ブースト)”ッ!」

 

 そこに、リリスが僕にかかったバフを増幅させる。ここまでやれば、お前には致命的だろう。

 

「一杯食わされたか、暴食龍――!」

 

“ハッ――”

 

 回避できない状況にあって、

 

 暴食龍は、

 

 

 あざ笑うかのように、笑みを浮かべた。

 

 

“――そんなわけないだろ、阿呆が!”

 

「――!」

 

 ――僕が暴食龍へ対して黒い刃を振り下ろした瞬間。、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは吹き飛び、暴食龍に並び立つ。けれど、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 こいつは、そうだ。当たり前だ、こいつなら僕の最大技を受けても、一発なら耐えられるだろう。本来なら、そこに至るまでに与えたコンボのダメージで、倒しきれるはずなのだが。

 

「……何をした」

 

“オイオイ、オレの権能はお前も解ってるんだろ? なら簡単だ、()()()()()()()()()んだよ。急にやったから、型落ちしか生まれなかったが”

 

 ――そいつの名を、暴食兵、といった。

 暴食龍の色違いグラフィック。強さにおいても、知性以外は暴食龍にそう劣るものではない。

 

()()()()()()()()()()()

 

「……何?」

 

 ――一体なら、物の数ではない。師匠ももう間もなく空中戦を終えるだろう。このまま、暴食龍と暴食兵を叩き潰せばいい。

 ()()()()()()

 

 暴食龍は、自身が生み出した劣化品に、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()――――!”

 

 

 自分自身を、食らい尽くさせた。

 

 結果。

 

「……嘘だろ、暴食兵?」

 

 後方から、シェルの声が聞こえる。

 

「それも、一体や二体じゃない」

 

 暴食龍グラトニコス。

 大罪龍と呼ばれるそれは、言ってしまえばこの世界における最強クラスの強者だ。その肉体を、生まれでた怪物が捕食していく。

 止めようがない。そもそも、暴食龍に食事の()()など必要ない。奴の食事は、やろうと思えば光速すら突き抜けて終えることもできる。

 今、自分自身を食らいつかせているのは、単なる演出だ。おぞましいまでの光景は、ただこちらへの嫌がらせのため。

 

“ハハハハハ――――! ハハハハハハハハハハハハ――――!!”

 

 けたたましい笑い声は、やがて()()()()()()()()()()の群れへと溶けて消えていく。いや、消えるわけではない。声自体は聞こえてくる。

 それを覆い尽くすくらい、暴食兵が増えてしまっただけだ。

 

“もはや偵察など関係ない! そもそも、オレは可能ならお前を殺せと言われているんだ、敗因”

 

「……!」

 

“――このまま、すり潰させてもらおう”

 

 そうして展開した暴食兵。

 

 その数、二十。もはや声を発するしかなくなるまでに、暴食龍は食い荒らされて、

 

 

 その後には、この防衛戦において、もっとも見たくなかった光景が広がっている。

 ――徒党を組む暴食兵だけが、無数に広がっていた。



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24.Rain Reincarnation

「――“S・S”!」

 

 一閃。

 僕の刃が、すでに弱っていた暴食兵を切り捨てる。残るは19体。

 もはやことここに至っては躊躇などしていられない。僕は即座に続けて暴食兵へと斬りかかる。後方から迫る、紫の稲光の存在を感じながら。

 

「“G・G”!」

 

「――“P・P(フォトン・プラズマ)!」

 

 

 ――師匠が、光すら置き去りにするほどの速度で、暴食兵に()()した。

 

 たまらずのけぞった暴食兵に、僕が上段から、師匠が下段から斬りかかる

 三度、一閃。

 

 二匹の暴食兵が、一瞬にして消え失せた。

 残るは、十八体。

 

「どうなっているんだこれは!? 暴食兵が二十はいたか!? 何の冗談だ!」

 

「冗談どころか、暴食龍すらいたんですよ! 笑うに笑えない状況です!」

 

「だあもう! 本気でやるしかないな!」

 

 ――師匠が間に合った。

 空は完全に沈黙し、もはや敵は目の前の暴食兵を残すのみ。状況が多少好転した上で、二体を不意を打つ形で葬ることができた。ここまでは順調。

 ここまでが、順調。

 

 ――ここからは、地獄だ。

 

「ルエ殿!? 何だアレは――暴食龍なのか!? 暴食龍とはアレほどまでに一度に増殖するものなのか!」

 

 シェルが焦りに満ちた顔で問いかけてくる。暴食兵の存在を知らなければ、あれは暴食龍が突如として自分を餌に倍々ゲームを披露したようにしか見えない。

 ミルカもリリスも、流石にこの状況には困惑していた。

 

「アレは暴食兵と言ってね、簡単に言えば増殖を繰り返しすぎて、知性を失った暴食龍だよ!」

 

「知性がない分、厄介さは減りますが、代わりにあのように数の暴力で攻めてくるわけです」

 

 ――とはいえ、少し数を減らしたが、更に暴食兵同士を共食いして数を増やす様子はない。おそらく、ああして暴食兵を爆発的に増やす戦法は、暴食龍本体がいなければつかえないのだろう。

 実際、ゲームではそういった描写はなかったが、暴食龍と戦うことになるマップには大量の暴食兵が存在した。おそらくは、あれらもああやって作ったんだろう。直接対決では罠にはめて一体ずつの撃破という形になったため、分裂まではしなかったが。

 

 正確には、余力のある暴食龍を食べれば増える、か。ゲームのときは余力なかったからな。

 

「あの暴力的な一撃を、これだけの数捌き切るのは無茶よ!?」

 

「……できない、とはいいたくないけどな」

 

 ミルカの叫びに、苦々しい声を上げるシェル。僕や師匠なら、これだけの数を相手にして生き残ることはできるだろう。リリスも高い回復能力を持つ、継続戦闘能力は高い。

 それを言えば、シェルとミルカも高い生存性と回復能力を持つが、位階の差というのはやはりある。僕がほぼ初期レベルで強欲龍と戦えたのは、それ以外の部分で戦ったからにすぎないわけで。

 

「言ってる暇はない、来るぞ!」

 

「師匠は遊撃をお願いします! 僕とシェルで正面を!」

 

「ああ、それで!」

 

 ――いいながら、師匠が暴食兵の中へと突っ込んでいった。無茶だ、と思わなくはない、だが、彼女にそれができないなら僕たちは全員死ぬだけなのだ。

 

「“T・T”!」

 

 開幕は師匠の紫電、一体に突き刺し、そのまま素通りにさせる。それと同時に師匠は飛び上がり、師匠を狙う二匹の暴食兵の攻撃を回避。

 さらに攻撃を叩き込んでいくが、それを見送っている暇はない!

 

「来るぞ!」

 

 突っ込んできた紫電をまとう暴食兵、翼をがむしゃらに振るうそれを、僕は剣で弾く。そこへ

 

「“H・H(ヘイト・ハンティング)”!」

 

 シェルが攻撃を誘導した。そちらへ向いた攻撃を二度、三度弾く。それ自体にムリはない、先程まで暴食龍相手にやっていたのだ、単調な攻撃しかしない暴食兵と比べれば、難度もかなり低いだろう。

 一体だけなら、の話だが。

 

 ――続けざまに、二体目と三体目が襲ってくる。

 

「……! “S・S”!」

 

 反撃、とにかく速度を下げることが第一だ。SSが入っている、いないでもかなり動きのキレが違う。コンボを織り交ぜながら、SSを二体に叩き込み、僕は振り返り。

 

「シェルが持ちこたえてるやつを順番に潰す!」

 

「はいなの!」

 

 そして迫る四匹目を身を捻って飛びながら回避し、その顔面に足を乗せると。

 

「“D・D”!」

 

 加速を得て、シェルの元へ突っ込む。

 一瞬、師匠の方を見た。師匠は前線で、適度に暴食兵を撫でるように攻撃しつつ、その意識を自分に向けながら移動している。狭い道の通路だ。ひしめくように存在する暴食兵、明らかに囲まれるのがオチにも思えるが、師匠はそこを強引に解決していた。

 

「“E・E”!」

 

 僕の加速とほぼ同時に、師匠が()()()()()飛び跳ねる。師匠の戦闘は三次元を飛び交っていた。それを見届けてから、僕も暴食兵へ切りかかった。

 

「“A・A”! “C・C”! “A・A”! “D・D”! ――“P・P(ペイン・プロテクション)”!!」

 

 高速で連撃を叩き込み、爆発にのけぞる暴食兵から距離をとって、一気に上位技を叩き込む。そこへ、他の三人も――!

 

「この……消えろ!! “T・T(タウント・タイラント)”!」

 

 シェルが数少ない攻撃技を、他の二人もそれぞれ概念技などで攻撃し、暴食兵が一体倒れる。残り十七体。ここまで、リリスがうまくバフを入れてくれたおかげで、なんとか一体はスムーズに処理できた。

 だが――

 

「……避けろ!」

 

 着地した僕に、シェルが叫ぶ。解っている、僕が攻撃を与えた二体が、こちらを狙っているのだ。

 

「構わないで! 僕を狙ってないやつを!」

 

「くっ……“H・H”!」

 

 ここまでこちらに流れてきたのは四体。僕を狙っていないのは一体だけで、そいつのヘイトをシェルが受け持つ。そして、僕は僕で、

 

「“G・G”!」

 

 一体目の攻撃を無敵時間で捌いて、二体目にGGを叩き込む。SSの上位技であるGGには更に強力な速度低下効果がある。それ故に、一瞬だけ()()()、全てが。

 そこを、僕は強引に身を捻って

 

「う、おおおお! “D・D”!」

 

 強引に、翼の横薙ぎを避けながら、地面を滑るように駆け抜ける。若干浮かんでいる翼竜の下をすり抜けた。

 ――間一髪。そのまま振り返って、PPからDDへとつなぐ。

 

 そうして、何度か剣戟を繰り返す。いい加減STも限界気味だ、通常攻撃を織り交ぜながらなのでコンボがつながらない。しかし、大きなコンボを叩き込もうにもSSやAAの無敵時間を使わないと回避できない攻撃が多く、それを無視すると今度はノックバックなどが厳しい。

 なんとかある程度まで二体のHPを削ったが、そこで変化が起きた。

 

 更に追加で、暴食兵が迫ってくる。数は3!

 

 そいつらが、僕たちの上を通り過ぎようとしてくる。そもそも暴食兵は飛行できないのだ。浮いているように見えるが、それはあくまで浮いているだけで、飛んだりはしない。物理法則を無視しているのは、まぁ今更だ。

 だから、やつらは僕たちが戦っている暴食兵、そして僕たちの上を飛び越えようとしてくる。

 

 僕たちだけならば、それは無視しても問題はないだろう。だが、この先には僕たちが守らなければならない人がいる。

 

「リリス!」

 

 叫びながら、僕は相対していた暴食兵のうち一体を踏みつけて、飛び上がる。そこで、剣を振りかぶり――

 

「“S・S”」

 

 やたらめったらに概念技を振り回した。

 通常攻撃を織り交ぜると、更に暴食兵の視線がこちらに向く。僕はそのうち一体を蹴って地面に向かって更にはねた。

 なんとか、転がりながら起き上がる。そこに、五体の暴食兵が迫っていた――

 

「……く、おおお!!」

 

 それを迎え撃つ。密度の上がった攻撃は、僕の身体を痛めつけていく。リリスに回復してもらっても、全然足りない、回復も、回避も、防御も追いつかない!

 

「……ご、ごめんなさい、おまたせ! “S・S(スワイプ・シュート)”!」

 

 ――そこに、ミルカの射撃が、戦場を切り裂き突き刺さる。

 ああ、それは――寸分違わず僕が最も弱らせていた暴食兵に叩きつけられ、その身体が動かなくなる。残るは四体。全体は十六体。

 

「一体寄越せ! “H・H”!」

 

 そこを、シェルがさらに一体を引き受け、こちらは三体だ。とはいえ、僕のHPはかなりギリギリで、シェルの方も二体はかなりきついはずだが――

 

「年下に、多くを任せていいと思ってんのかよ、俺――!」

 

 叫び、シェルは二体をうまく交互にさばく。かなりギリギリだが、捌ききれている。いや、ダメだ、微妙に攻撃が身体を掠めている!

 

「――それを言ったら師匠に一番任せてる方がどうかと思いますよ!」

 

「彼女は紫電のルエですから! 回復します!」

 

「皆無理してるの! 皆ムリしてるのーーーーっ!」

 

 ミルカとリリスが、僕らに絶え間なく回復を飛ばす。僕は多少後退し、三体をシェルの方へと引き寄せる。確かに一人で三体は無茶だ。

 だから、二人で五体を受け持つ形に変える。

 

「ガッ、“G・G”!」

 

「“T・T”!」

 

 リリスとミルカのバフを受けながら、僕は暴食兵を弾き飛ばし、後方の暴食兵をCCで発破し足止めする。その間にシェルが二体の攻撃を受け止める。それぞれを押し返すと、最後に迫ってくるのはもう一体。

 

「そこだ――! “A・A”!」

 

 コンボをつなげ、そいつを叩く。同時にミルカも後方から攻撃、リリスはバフ。僕が更にもう一度攻撃を加えたところで、

 

「落ちろ――! “T・T”!」

 

「終いだ! “G・G”!」

 

 ――僕とシェルの攻撃技が、暴食兵に突き刺さった!

 その体が崩れ落ちる。残り四体、全体は十五!

 

「うおおおお――――! すまん、もう一体そっちに行く!」

 

「ちょうどこっちが受け持てて、丁度いいくらいですよ!」

 

 師匠は、先程から縦横無尽に駆け回り、多くの暴食兵を釘付けにしている。とはいえそれは、狭い道の中で、こちらのことを気にせずに生き残ることを優先しているからできることだ。

 もしここで、一体でも数を減らそうとか、こちらへの進行を阻害しようと思えば、師匠でも間違いなく瓦解するだろう。

 

 だから、わざわざ謝る必要はない。しかし――

 

「……このままじゃ、厳しいか」

 

 まだこちらにやってこない一体を前に、僕らは暴食兵四体を正面から受け止めながら、つぶやく。終わりが見えない、どれだけ倒しても次がやってくる。

 絶望的な状況だ。向こうで暴れまわっている師匠の方を見る度に気が滅入りそうになる。

 本当にどうしようもなくて、どうにもならない状況で、だからこそ僕は()()を思い出す。

 

「そんなに絶望的かい、敗因の」

 

「いえ、ちょっと懐かしいというか……いや、なんて言えばいいんでしょうね」

 

 迫りくる暴食兵。

 隣に立つシェルとミルカ。

 倒しても倒してもきりがない、そんな状況に僕は覚えがあった。

 

「別に絶望はしていませんよ。ちょっと大変ですけど、このくらいなら、強欲龍と戦った時に比べればまだまだ」

 

「……強欲龍は、強かったかい?」

 

「ええ」

 

 未だに、なんで生き残れたのか、勝ったのかわからないくらい。それでも、僕は勝って生き残っている。今回だって、それは同じことだ。

 ただ、思い出すのはある意味それと同じ理由。

 

 ――結局あの負けイベントも、最後まで勝つことができなかったな。

 

 そう思って、少しだけ。

 ――少しだけ、悲しくなった。けれどもそれは、僕を前にすすめるための、油のようなものだ。

 

「シェル、僕はなんとしてもこいつらに勝ちたい。方法は、ある」

 

「……彼女だね」

 

 新たに加わった五体目に、二人がかりでカウンターを叩き込みつつ、僕らはちらっと後ろを見た。先程の会話を聞いていたのだろう、シェルは僕の秘策を理解していた。

 僕の、というか。

 僕らの、だが。

 

「本当なら、使わずに勝てるのが一番なんだろうけど……流石にこれ以上、リリスを心配させたくない」

 

「いや解るよ、俺もミルカに、こんな危ない戦いを見守らせたくはない」

 

 思い返してみれば、この村を守りたいという思いは、僕はリリスから生まれたものだ。

 もちろん、負けイベントに勝ちたいというのは一番だが、今回は防衛戦で、背後には僕らが守るべき人々がいる。僕にとって、彼らは縁の遠い人々で、言い方は悪いが思い入れの薄い人達だ。

 だとしても、僕らにとって、彼らが一人でも死ぬことはこの防衛戦の失敗を意味するし、現に僕らはここまで一匹たりとも敵を通してはいない。

 

 暴食兵の攻撃がどれだけ厳しくとも、それは変わらない。その根源にあるのは、リリスなのだ。リリスが守りたいと思うから、僕はそれに力を貸したいと思う。

 でも、リリスにしたって、僕との付き合いは短くて。

 

 いや、だからこそ――

 

『――リリス、お母さんに生き方を教わったの』

 

『お母さんね、負けたくないから生きるんだって』

 

 僕は、そうだ。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 

「暴食龍はもういない。自分が生み出した兵に食われて死んで、逃げ出した」

 

 だから、

 

「――()()()()()()()()()。リリスと、ミルカ。彼女たちがいればそれを試せる」

 

「それで、俺たちは勝てるのか?」

 

「――――勝つのさ」

 

 握る剣に力を込めて。

 振るう刃で、暴食兵をはねのける。

 

 HPは限界だ、ミルカとリリスの回復が追いついていない。迫りくる五体を押し返すことで精一杯で、敵のHP管理はできているともいい難い。大技でなんとか削りきろうにも、コンボを繋ぐSTにすら余裕がないのだ。

 はっきり言おう、詰んでいた。

 

 ――暴食兵が、拮抗する僕とシェルを踏み越えて、先に進もうとする。それをなんとかCCの爆発で押し留めたところを、ミルカが射撃で押し返す。

 更に迫りくるそれを、今度はリリスが強引に前に出て、飛び上がり、僕の頭上で手にした概念武器を振るった。

 

 ――限界は近い。

 二人が回復に専念することすらできなくなっている。

 

 ここで、撃てる手は二つあった。

 一つは玉砕覚悟の特攻。僕が強引に前に出て、師匠のように敵を引きつける形で、五体の殲滅を図る。勝率としては非常に低いが、普通にやるにはコレしかないだろう。

 

 僕らが前に出れない理由は後ろに守るべき人がいるからで、勝とうと思うなら、強引に前に出るしかない。そのための最も単純な手段が、守りを薄くして打って出ることだ。

 シェルに防衛を全て任せて攻勢にでる。ここを切り抜けるにはそれしかない。

 だが、コレには問題が多い。僕はこれまで敵のHP管理はしてきているつもりだが、正直な所乱戦すぎて、だいぶあやふやだ。もし、一つでも計算を間違えていたら? 間違いなく、そいつはこの守りを突破するだろう。

 

 とにかく勝率が低い。負けイベントであるのだから当然だが、しかしもう一つ手があった。

 ――もう一つの手は、勝算が非常に高かった。

 

 しかし、それを使うということは、ある意味この状況では負けを意味する。強欲龍のときとは違うのだ。こいつらを倒せたとしても、手に入るのは一時の平和だけ。

 

 世界を変えるには至らない。

 

 そう、その方法。それは――

 

 

 ◆

 

 

 ――シスター・リリス。

 美貌のリリスのことを、僕はゲームのころから知っていた。ゲームにおける彼女は、その概念に恥じない美貌と、突飛すぎる行動が特徴的な、言ってしまえばネタキャラだった。

 ドメインシリーズでは、エンディングにそのキャラのその後が表示されるのだが、彼女を仲間にして迎えたエンディングで表示される彼女のその後はあまりにもひどすぎて、今でもネタ……伝説になっているほどだ。

 

 とはいえ、僕がゲームで知っている彼女は、そういったネタ的な部分だけだった。

 当たり前だ、隠しキャラである彼女はシリアスな本筋には絡まず、自分のサイドであるネタ的なイベントでしか発言しない。真面目な側面が彼女にあったとしても、僕たちはそれを知る機会はないのだ。

 

 この世界にやってきて、初めて見た彼女の印象も、そんなネタキャラの印象とさほど変わるものではなかった。

 初代当時よりも更に幼くなり、アホっぽさ……もといお気楽さが増した彼女は、明るくて可愛らしい、シリアスとは無縁の存在だった。

 

 僕は、そんな彼女の異質さが好きだった。

 

 二作目以降のドメインシリーズは、人類の滅亡という危機から脱し、強大な敵も、壮大な陰謀も、ひとまずは世界規模ではなくなった。

 そのため、比較的明るいキャラや、ネタキャラと呼ばれる存在がメインに出張って目立つこともそこそこあった。エクスタシア自体が、基本的にはネタキャラ一歩手前な立ち位置なのも、それを加速させる。

 

 しかし、初代やルーザーズの時代はそうではない。

 人類は滅亡の危機にあり、死は日常と隣り合わせだ。エクスタシアも、色ボケではあるが、妖艶な大罪龍という立ち位置を崩していない。隣に立つものが、理念のゴーシュであることも大きいだろうが。

 

 そんな中で、リリスだけは、底抜けに明るくて、どこか暗さの残る初代の時代とは無縁だと思っていた。

 

 ――現実で彼女と相対して、それは間違いであることを僕は知ったのだ。

 

 ともに生きる彼女は、たしかにボケボケで、お気楽ではあったが、決して頭が回らないわけではない。むしろ、理解力や頭の回転は早いほうだろう。

 それを伝える力が欠如しているだけなのだ。

 

 更に、女子力が高い。師匠の最低限しかないボーダーライン女子力と比べて、彼女のそれは最高峰とすら言えるもので、本当に立派だ。

 幼いながらも、しっかりしている。それがこの世界にやってきてリリスに抱いた印象だった。

 

 それは、すなわちリリスもまたこの世界に生きる人間であることを示している。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――先程、暴食龍への突撃を敢行する際、少しだけ僕はリリスと話をした。

 

『少し気になったのだけど、君のお母さんはどうしてそんなにも、生きようとしたんだ?』

 

『ん――』

 

 そんな僕の言葉に、リリスははっきりといったのだ。

 

 

()()()()()()()()だって』

 

 

 ああ、解る。

 解ってしまう。

 彼女の母の気持ちが。周囲に見下され、屈辱の中で、それをひっくり返してやろうという気持ち。敗北を勝利に変えることへの達成感。

 そう――

 

 

 リリスの母は、()()()()()()()()()()のだ。

 

 

 結局。

 だからつまり、リリスのために勝ちたいという僕の意思は、ここに帰結するのだろう。

 

 

「――――リリス!」

 

「……はいなの!」

 

「勝とう、勝って、こいつらに叩きつけてやろう! 地のそこから、世界全てをひっくり返すように、敗北という地獄から、勝利という天蓋を、ぶち破って駆け上がるように!」

 

 ――――()()()()()()()()()()()

 

 いつだって、僕の根底は変わらない。

 

 今回も、誰かのためとか、自分のためとか、そんなことは関係ない。僕がここにいる理由は一つだけ。あのくそったれな暴食龍に、ありえないという思いを叩きつけてやるため。

 

 

「リリスの願いが、世界に届くって言うのなら! リリスがお母さんみたいに、最期は笑顔で勝ち誇れるなら!」

 

 

 ――リリスの母が、魔物の群れを生き延びた方法。

 思い返してみれば、それはあまりにも当然の手段だった。ただ、()()()()()()()()()()()()()だけだ。ここは現実であり、ゲーム。

 飛べないのに浮かんでいる暴食兵のように、ゲームとしての法則が優先される場所もあれば、現実として、()()()()()()()()()()()()()()()()()場合もある。

 

 

「リリスの思いは、貴方に届け――!」

 

 

 ()()()()()は、かくして。

 

 

「“R・R(レイン・リインカーネーション)”!」

 

 

 高らかに、広がった。

 

 それこそは、()()()()()()()()()()()()()()。魔物の群れの中に放り込まれたリリスの母が生還した、あまりにも単純な理由。

 そして、この場における、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()、切り札だった。



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25.明日を迎えたい。

 ――レイン・リインカーネーション。

 シスター・リリス。美貌の概念を持つリリスが有する、概念起源。その効果はすぐに現れた。

 

 ぽつ、ぽつ、と。

 

 雨が降り始めたのだ。それが、僕らの身体を包むと同時に、僕はすぐにその効果を感じた。

 

「これは――」

 

 シェルもその変化を理解したようだ。僕は、即座に目の前の暴食兵へと剣を向けると、斬りかかる。

 

「“G・G”」

 

 一閃。

 

 それまでの傷もあったろうが、しかし。驚くほどあっさりと――僕が斬り伏せた暴食兵が、地に倒れた。これで残るは十四体。

 

 そう、リリスの概念起源の特性は、()()()()()()()。僕に合わせて、シェルも攻撃技であるTTを叩き込むと――暴食兵が倒れる。

 これで十三体。

 

「お願いします、ミルカ!」

 

 そのまま、僕が叫び、

 

「わ、わかったわ!」

 

 ミルカと、それからリリスが同時に概念技を起動する。

 

「“W・W(ウィンド・ウィンド)”!」

 

「“W・W(ワイド・ウェーブ)”!」

 

 ()()()()()()()()が加わり、僕を加速させる。凄まじい勢いをなんとか制御しながら、僕は暴食兵の後方に回り込むと、

 

「“M・M(マウント・マギクス)”!!」

 

 ――AAの上位技で、斬りかかる。

 一撃、しかし倒れない。こいつはまだそんなに削ってなかったから、当然だ。反撃に、二体の暴食兵に囲まれる。

 

「危ない!」

 

 ミルカが叫ぶ、だが構わない。リリスのRRの真価はここにある!

 迫る刃を、構わず僕は受けながら、暴食兵に斬りかかる。しかしおかしい、いくら倍率の高い防御バフを得ていても、()()()()()()()()()はずだ。

 どういうことか。

 

 コレが、リリスの概念起源の真の力。

 そう、()()()()()()()。つまり、リリスの起源技を受けている間、僕たちは戦闘不能にならずに永続的に戦うことが可能なのだ。

 

 いや、正確には違う。この概念起源を使って、リリスは母を救った。であるならば、その効果は概念使いでないものにも及ぶはずだ。

 だから、正確には、

 

 ――この概念起源は、防衛戦の前提を全て覆す。そう、

 

 

()()()()

 

 

 この概念起源の効果を受けている限り。

 つまり、雨を浴び続ける限り、この防衛戦で死傷者は発生しない。村人達は今、宿の外で周囲の警戒にあたっている。そうなるように僕と師匠で提案をした。だから、どうあっても全員がこの雨を浴びる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 とはいえ、ここで概念起源を切るということは、ある意味では敗北と同じだ。大罪龍を退治できるわけではないのだから。

 だからこそ、可能なら切らずに終わるのが理想だったが、暴食兵二十は僕たちでもムリだった。せめて後ろを気にしなくてよくて、僕と師匠とリリスだけでやるなら、まぁ強欲龍戦より少し高い程度の勝率はあったのだが。

 

 流石に守りながらでは、こうなるというものだ。

 

 だからこそ、少し試しておきたいことがあったのだが、効果なし。まぁこれができただけでも意味はあるのでヨシとしておこう。

 

「悪いな暴食龍――!」

 

 そして、ここからが反撃開始だ! 死の否定により、敗北というマイナスはなくなった、けれども、この戦闘を終わらせない限り、勝利というプラスにたどり着くことはない。今はただのゼロ、プラマイゼロだ!

 

 反撃を気にすることなく放った一撃。

 それらはまず、先程GGをぶつけた龍を撃破し、これで十二体。

 返す刀で、僕は即座にDDを起動した。移動技により、距離を稼ぐ算段だが、こいつには当たり判定がある。それによる巻き込みで、更に一体。十一体!

 

「その一体は任せます!」

 

「あ、ああ!」

 

 流石にこの一体はもう大丈夫だろう、三人に任せて僕は師匠の元へと突っ込む。あちらは――すでに七体になっている!?

 

「――おまたせしました!」

 

「待たせすぎだ、こっちはもう詰めの時間だぞ!」

 

 お互いに敵を斬り伏せながら、向かい合わせに立つ。――とはいえ、一瞬のことだ、コンボはまだ続いている!

 

「こいつはすごいな! そして君の速度は更にヤバイ!」

 

「三重にしてますからね! ちょっと制御できてない部分もあるので、これでもまだ抑えてる方です!」

 

 一瞬で敵の後方に回り込みながら、斬りつける。しかしこれは、()()()()()()()()()()がためだ。本来なら正面から斬り伏せた後次に向かっていなければならない。

 

「これが強欲龍戦にあればな」

 

「あったらもっと警戒されています。あのバランスがギリギリだったと思いますよ、それに勝てたんだから問題なしです」

 

「それも――そうだ!」

 

 また、一撃。

 一気にこちらの敵は二体減った。残るは六体。

 

「聞こえるか暴食龍! いや、聞こえなくてもいい! だけど聞け!」

 

 師匠と僕が、同時に反対方向から上位技を叩き込む。残り五体。

 

「お前がどれだけ増えようと、お前達がどれだけ人間を苦しめようと、人の生きたいって意思は止まらない。折れないんだ! リリスの母がそうであるように。生きるってことは勝つことだ!」

 

 快楽都市で、エクスタシアの下、人々は好き勝手に生きている。

 それは無秩序なようでいて、「生きる」という意思と活力に満ちていた。あの街に、死にたいと思っている奴はいないだろう。師匠に怖がって逃げ出しても、命乞いをするやつはいなかった。

 ゴーシュに至っては、強欲龍を倒し、エクスタシアにも刃を突きつけた僕たちを、利用して得をしようとしていた。あそこには、そういう人しかいない。

 

「生きることを、諦めたいやつなんていない! お前は食らって、食らうだけ増えていくかも知れないけど、人はそうじゃない。だから死にたくないんだ!」

 

 ――この村の人々は、最初生きることを諦めかけていた。

 でも、シェルとミルカが説得して、それを少しでも押し留めようとしていた。僕と、そして何よりリリスの説得を受けて、生きることを諦めないでいてくれた。

 そして今も、僕たちの勝利を祈って、待っていてくれる。

 

「その上で、逃げずに戦うことが、僕は好きだ! 負けると解っていても挑んで、それをひっくり返すのが大好きだ!」

 

 リリスの母を見捨てた異邦人は、生きることを諦めていた。

 逃げることでしか生きられなかった。そんな彼らがキライだから、リリスの母はリリスに生き方を教えたのだろう。そりゃあ、なにかから目をそらし続けることも、生きることではある。逃げることだって、生きる上では必要だ。

 

 でも、僕はそれが大嫌いだ。

 

 だから、勝ちたい。

 

「流石にそこまで極端なのは、どうかとおもうがな! ああけど、リリスの母の言葉には私も賛成だ! 勝ちたいから生きるんだろう! 当然じゃないか!」

 

 師匠が叫ぶ。同時に暴食兵を切り飛ばし、これで四体。

 

 あと二体ずつ。そしてここで、僕も師匠も、準備が整った。

 

「行くぞ! 見せつけてやれ! 私達は、いつだって自分の勝ちを、確かめたいんだ!」

 

「はい! 師匠! 見せつけてやりましょう!」

 

 剣を、

 

 槍を、構える。

 

 ――当然、僕に最上位技があるということは。

 師匠にもそれは存在する。3のヒロインの頃からの最上位技、TTに並ぶ代名詞。ルーザーズでは使用されたことはなかったが、データ的には存在していた、その名は――

 

 

「――“L・L(ルーザーズ・リアトリス)”!!」

 

 

「――“L・L(ラスト・ライトニング)”!!」

 

 

 雷電の閃光が、暗黒の巨大刃が、翼のように広がって、

 

「いっっけええええええええええええええ!!!」

 

 

 ――残る四体の暴食兵を、一瞬にして消滅させた。

 

 

 ◆

 

 

 みれば、遠くでシェル達も暴食兵を倒しきっていた。雨はまだ降り注いでいる。つまるところ、僕たちの勝利だ。

 それから、急ぎ村へと戻る。雨が続く限りは、絶対に安泰の状況とはいえ、完全に村の上空を無視して、暴食兵に集中してしまっていた。心配ではある。

 

 とはいえ、空からの侵入者はもう訪れなかったようだ。これも偵察だから、暴食兵がやられる時点で、これ以上挑んでも意味がないという判断だろうか。

 何にせよ、その夜は交代で見張りをしたが、結局――

 

 

 ――魔物が、それ以降現れることはなかった。

 

 

「――おつかれ」

 

「あ、おつかれさまなのー」

 

 夜明け前の、仄暗い、けれども周囲が分かる程度の明るさになってきた頃。僕はリリスと見張りを交代するために、見張り用のベランダへとやってきた。村の宿の最上階。一番大きな部屋のベランダで、ここがもっとも視界を確保できるのだ。

 

「これ、コーヒー」

 

「わ、ありがとー。お砂糖いれた?」

 

「お砂糖はこっち。大半を師匠に持ってかれちゃったから、手持ちが少ないけどね」

 

 と、数粒の角砂糖を見せる。本当は入れ物いっぱいに入っていたのだが、師匠がガバガバもっていくので、底をつきかけていた。あの人はコーヒーを呑むんじゃなくて砂糖を食べてるんじゃないだろうか。

 

「コレくらいあれば大丈夫なのー。一緒に呑む?」

 

「そっちがいいなら、ご一緒しようかな」

 

 二人して、ベランダの椅子に腰掛ける。

 正直な所、もう見張りは必要ないだろう。それでも僕がこうして上ってきたのは、朝日を拝むためだ。この辺り、じゃんけんの結果僕とリリスが勝ち取った権利である。

 

「もうすぐおひさまぴっかぴかなのー。楽しみなの」

 

「そうだね、ああ、疲れた……」

 

「お疲れ様なの、もうあんな無茶しちゃだめだからね?」

 

 善処するよ、と気のない返事をする僕に、むくーっとリリスは膨れて見せた。ははは、と笑ってごまかして、話題を変える。

 

「――勝ったんだね」

 

「勝ったのー」

 

 二人してコーヒーを呑んで、一息ついた。

 

「ん、とね?」

 

 ふと、しばらくじっとしていると、何やらリリスに変化があった。こちらをみて、何かをいいたげにしている。

 

「どうした?」

 

「ありがとう、なの」

 

 何を――と言われても、正直色々ありすぎて、どれか一つにしぼりきれない。ああいやでも、僕がお礼を言われて一番うれしいことと言えば――

 

「お母さんのこと、すごいって言ってくれて、嬉しかったの」

 

 やっぱり、そこだよな。

 

「だって、本当にすごいと思うから。負けたくないっていう思いだけで、今日……昨日の夜と同じような状況を生き延びて、そして誇れるように生きたんだから」

 

「……うん。お母さんは、私の一番なの」

 

「だったらさ」

 

 これは、単純な僕の感想。

 リリスの話を聞いて、彼女の母のことを知って。

 そのうえで、リリスに抱いた、純粋な感想だった。

 

「その一番に、負けないように頑張らないとな」

 

 リリスにとっての一番は、母親の生きた証とでも呼ぶべきものだ。リリスは負けたくない、逃げたくない。その思いは、結局の所リリスのもので、母親のものではない。

 だから、リリスの誇るべき一番に、リリスは負けてはいけないとおもうのだ。

 いつか母に胸を張り、自分も勝ったと、伝えられるように。

 

「…………うん!」

 

 リリスはうなずいて、残っていたコーヒーを一気に飲み干すと、それから、ばっと立ち上がる。

 

 

「あさだーーーーーーー!!」

 

 

 それは、朝日だった。

 ベランダの端に駆け寄って、リリスはぴょんぴょんと跳ね、それからこちらを向く。僕もカップを置いて立ち上がると、少しずつ上ってくる朝日に、目を細める。

 

「ああ、朝だ――僕たちが、勝ち取った朝だ」

 

 その光景に、戦いの終わりを、僕は強く感じるのだった。

 

 

 ◆

 

 

「な、何をしているんだー!?」

 

 僕たちがベランダから出て、宿の方へ戻ると、なにやら起きてきたばかりらしい寝間着姿の師匠が、驚愕した様子で叫んでいた。

 なんだなんだと行ってみると、そこには確かに驚きの光景があった。

 

 テキパキと、村人が宿の片付けをしていたのだ。

 

「あの、シェル……これは?」

 

「あ、ああ君たちか、うん、何でも――村人たち、元からここを放棄しようという考えだったらしいんだ」

 

 起きがけで何も知らない師匠はスルーして、事情を知っていそうなシェルに問いかけると、村人の顔役である老婆が近づいてきた。

 

「まぁ、近いうちに、ここを離れようってことはもともと考えててね」

 

 ……そういえば、ゲームだとこの後、概念使いたちがこの山をぶち抜いて、トンネルを作るんだ。それで、行きとは違って帰りはかなり楽に帰れるのだけど。

 そうか、最初から彼らはそちらに拠点を移すつもりだったのか。

 

「ラインの人らの力を借りて、この山の下の方をさ、くり抜けないかと思ってるんだよ。それで、昨日の夜、そっちの二人が軽々と道の崖を崩してただろ? 行けるな、と思ったのさ」

 

 師匠と僕を指差して、老婆は言う。

 

「ここが危険……というか、概念使いに守られてない場所なんて、とてもじゃないと住めたもんじゃないってのは、今回のことでよく感じた。ここには思い入れも、過去も山程ある、けど、それに拘っているわけにも行かないってことさね」

 

「なるほど……」

 

「とはいえ、その思い入れを捨てなくて済んだのは、アンタ達のおかげだよ。本当に、ありがとう」

 

「……はいなの!」

 

 リリスが、勢いよく返事をした。

 

 ――撤退を選んでいたら、彼らは一から全てを始めていただろう。それでも、命があれば、この世界においては僥倖だろうが、それでもそれは、負けと同じだ。

 逃げるということは、決して間違いではないけれど、それに納得できるかは個人次第で、僕はできることなら、永遠に納得したくない言葉だ。

 

 だからこそ思う。

 この戦い、本当に――勝ててよかったと。

 

 笑うリリスを見て、思うのだ。



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三 嫉妬龍エンフィーリア
26.嫉妬龍は嫉妬したい。


「――――ねえ」

 

「…………はい」

 

「――――どいてよ、変態」

 

「…………それに関しては、面目ございません」

 

「――――それと」

 

「…………はい」

 

 

「――――どうしてくれんのよ、これぇえええええええ!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 今、僕たちはそんな場所にいる。具体的に説明すると、ある少女と僕はくんずほぐれつ、互いに身体を密着させた状態で、その遺跡の中で倒れている。原因は、二人まとめて遺跡の上部から落下してきたためだ。僕は概念化していて、そして少女は概念化していないが、互いに傷はない。

 僕が少女の身体を押しつぶすような感じで、こう、セクハラしてしまっているのは大変申し訳なくおもうけれど、それ以外は、正直僕のせいではなかった。

 

「いやあの、危ないからっていいましたよね?」

 

 ぱっぱ、と彼女から離れて、ホコリを払いながら言う。

 

「言われたけど、まさかこんなことになるなんて思わなかったのよ!」

 

「だから念の為どいててくださいって、言ったんじゃないですか」

 

「ここは私の巣なのよ!? 主がそんなことする必要どこにあるのよ! アンタが無礼なのがいけないんじゃない!」

 

 キシャー、と鋭い歯で僕を威嚇する少女は、同じく立ち上がりながら、凄まじい剣幕で怒鳴り散らしてきた。それからふん、と視線を反らして、だんまりだ。

 

 ――可憐な少女ではあった。

 癖の強い銀色の長髪、耳のあたりで小さく結んだツインテールと、気の強い目元。服装は装飾の多いミニスカートで、なんというかお嬢様といった感じ。

 品はあるが、それでいて気の強さと剣呑さを隠さない少女は、周りに対して刺々しい態度を取るのが異様に似合う。出る所は出ているが、そこまで大柄でもなく、女性というよりはコケティッシュな子供らしさを少し残した美少女といえた。

 

 目を引くような少女だ。こんな少女とお近づきになれれば、誰だってそれを羨むだろうが――実際はそうではない。きっと誰もが、この世界ならば彼女を避けて通ろうとするだろう。

 

「で、結局ここはどこなのよ――」

 

「貴方の“巣”の地下であることは間違いないですよ」

 

「私、こんなの知らないんだけど!?」

 

 今、この場に僕と少女以外の人はいない。当然だ、僕と彼女はこの遺跡の上からおちてきたのだから。見上げれば、僕たちが落ちてきた空洞が、どこまでも広がる暗闇となって広がっている。

 師匠も、リリスも、それからここまで同行してくれていたシェルもミルカも、そして“彼”もいない。完全に二人きりの状況だった。

 

「ムリはないです、貴方が作ったわけではないですから――ねえ」

 

 そして、そもそも彼女と一緒にいることは、色々と大変な事態なのだ。

 なにせ彼女は――

 

 

「嫉妬龍エンフィーリア」

 

 

 ――かの大罪龍が一人。

 ドメインシリーズ第二作、クロスオーバードメインにて、ラスボス兼事態の原因となる龍。嫉妬龍。

 

 名をエンフィーリア。

 

「というか、貴方飛べなかったんですね」

 

「しょうがないじゃない! 私、大罪龍の中で、一番弱いんだから!! できそこないなのよ!!!」

 

 どういうわけか、僕とエンフィーリアは、この場所――クロスオーバードメインのラストダンジョンとなる、その名も「嫉妬の坩堝」にて、取り残されてしまったのである。

 まぁ、原因は僕なんだけど。

 

 

 ◆

 

 

 ここまでのあらましを簡単に説明しよう。シェル達とともに村の防衛を果たした僕たちは、シェルたちが所属する国、ラインへと、「強欲龍を撃破した」という情報を伝えるため、向かっていた。

 とはいえ、そんな情報はそうそう信じられるものではない、色々とひと悶着があるかとおもったが――

 

「あの紫電のルエが言うならば、間違いあるまい……」

 

 と、通された国の重鎮たちが集まる場において、即納得された。そもそもからして、現在の人類に大罪龍を撃破できる人間がいるとすれば、それこそ大陸最強、紫電のルエを除いて他にいない。そんな彼女が実際に戦い、生き残ったというならば、それを信じる他はない。

 そもそも、師匠が守護している街の近くで強欲龍が目撃され、以降どこにも強欲龍の出現情報がないことはラインも把握していたのだ。

 

 で、そちらの本来の目的は即刻終了したわけだが、ここでライン国から依頼があった。ここらへんは、ゲームにおけるストーリーの流れと一致する。

 ゲームにおいては、村人を無事に逃した僕たちを信頼し、その依頼を頼んでくるわけだが、今回はそもそも師匠がいる以上、村の防衛抜きにしても、間違いなくそれは頼まれていただろう。

 

 内容は()()()()()

 現在、ライン国はある問題を抱えていた。そもそもこのライン国は、国の主導者が概念使いであるというこの時代においては特殊――というか唯一の国家だ。

 概念使いの誕生経緯が、そもそも色欲龍との交尾という色々アレな理由であるから、国のおえらいさんが色欲龍と交わって、概念使いを授かることはそうそうない。

 

 ライン国も、本来ならばその例に漏れないのだろうが、いろいろな偶然が重なった。ライン国の前身といえる国が魔物――正確にはそれを指揮する憤怒龍――によって滅ぼされ、現国王の父親が快楽都市まで生き延びた。

 そこでまぁ色々あってできた子供が、今のライン国の王だ。

 そして、彼はそれはもう強い概念使いだった。師匠ほどとは言わないが、今の彼の位階は僕と同じくらい、だいたい50後半だ。

 

 そんなこんなで、現王を旗頭として立ち上がり、国を取り戻した結果、概念使いが率いる国として、ラインは再建を果たす。そして今に至るわけだが――

 

 ――ライン国の王には世継ぎが一人しかいなかった。理由は色々あるが、主には王が最前線に出ないと、この国の防衛が成り立たないためだ。要するに時間がない。

 しかし、そんな世継ぎだが、“彼”は概念使いではなかった。色欲龍の血を受け継いで生まれても、確実に概念使いとして生まれるのは、直接血のつながった子供だけだ。そこから代を経る度に、概念使いが生まれる可能性は減っていく。不思議なことではなかった。

 

「私の息子を、概念使いに覚醒させて欲しい」

 

 と、これは完全にゲームのストーリーそのままの流れであった。とはいえ、それじゃあ覚醒していない概念使いをどう覚醒させるのか。

 方法はとても単純、色欲龍の血を継いでさえいれば、そこに眠る概念使いの血を覚醒させる権能を持つ大罪龍が存在するのだ。

 

 それこそが、現在僕と一緒に自分のねぐらから地下に叩き落された大罪龍――嫉妬龍である。

 

 これに会いに行くのが、本来の流れ。そしてそこで、現王の息子が()()()()()()()()()()()()()()ということを知らされるのだが――

 

 まぁ、ぶっちゃけここは端折ろう。なぜならここからしばらく、負けイベントが存在しないからだ。次の負けイベントは、色々あって息子が概念使いに覚醒する方法を掴んで、その足がかりを用意した所。

 少なくとも、この嫉妬龍との邂逅に負けイベントは絡まない。

 

 なので、僕は少し別のことに集中することにした。だって師匠がいれば、危険なんてそうそうないんだもの、シェルもミルカも、リリスもいるしね。

 

 僕がしたかったことは、このダンジョン「嫉妬の坩堝」へ僕が入ることができるかを確かめるためだ。

 「嫉妬の坩堝」にはとある者しか入ることができず、そもそも嫉妬龍さえその存在を知らない。そして、そのとある者が僕と同種の存在である可能性があるのだ。

 色欲龍との邂逅で、その可能性が浮上した以上、僕はそれを確かめなくてはならない。そのために一番簡単な方法がこの嫉妬の坩堝への道を開くことだった。

 

 概念使いに覚醒できない息子さんのことは師匠たちにまかせて、僕はこちらの調査を――ということになって、こうしてやってきたわけだが、

 

「ははは、まさか入り口が嫉妬龍の巣の中にあった上、その巣を開けたら床に穴が空いて嫉妬龍を巻き込んで落ちてしまうとは……」

 

 完全に不意打ちだったので、そのままゴロゴロと落ちてきてしまった。途中で冷静になれれば空中で移動技を使って復帰できたのだろうが、ここからではあまりにも長い距離だったので、おそらく途中でSTがつきることになるだろう。

 

「どぉおおおおおしてくれんのよおおお! こんな場所に放り出されて、私にどうしろっていうのよおおおおおおおお!!」

 

 先程から、嫉妬龍が泣き崩れながら叫んでいる。いやしかし、完全に予想外な事態である。僕が一人でここに来たのは、僕が一人である必要があったからだ。

 いくら相手が大罪龍、しかも二作目でラスボスになる嫉妬龍だとしても、二人となるとちょっと厳しい。

 

 特に嫉妬龍は、正直な所強くない。師匠がタイマンで勝てるかどうか、というレベルなのだから、本当に弱い。2みたいな事情がなければ、ラスボスを務めることはできないだろう。

 

「落ち着いてください、ここから脱出する方法はあります」

 

「ほ、本当!? ……じゃないわ! なんでアンタがそれを知ってるのよ! 第一なんで私も知らないような遺跡への入口をアンタは知ってるのよ!!」

 

「そっちは守秘義務といいますか、大罪龍の方にはお話できないといいますか」

 

「……それもそうね!!」

 

 言われてハッとなった様子で、嫉妬龍は距離を取った。

 

「それで、どうするんですか? やるっていうなら相手になりますよ。ちなみに、勝率はだいたいこちらが三割です。低いですけど、割と勝算はある方ですね」

 

「ど、どぉしてそれが言えるのよ……」

 

「これも守秘義務です」

 

「……嘘、じゃあなさそうね」

 

 むむむ、と嫉妬龍は考える。僕が強いのは、なんとなく向こうも感じ取れるのだろう。そもそも――

 

「敗因、だったわよね。あのグリードリヒを倒して、グラトニコスも退けたっていう」

 

 ――彼女は、僕のことを知っているだろう。

 

「そうです。ついでに言えば、色欲龍とも人間形態ではありますが、戦いました」

 

「エクスタシアとも!?」

 

 驚きに目を見開く。流石にそちらは知らなかったようだ。嫉妬龍は人間に積極的な味方をしない、怠惰龍と同じ立ち位置、敵対する色欲龍とはコネクションがないのだろう。

 

「アンタと、あの紫電がどんだけすごいのかって話よね……はぁ、んじゃアンタとは敵対しない、今回のことも、まぁ水に流してあげる。どっちに非があったかっていえば、こっちにないわけじゃないし」

 

 そういって、嫉妬龍は背を向ける。

 

「――どちらへ?」

 

 ……ちょっと嫌な予感がして、問いかける。まさか一人で行こうってわけじゃないよな?

 

「何って、もちろんアタシだけでここから出るにきまってるでしょ。お互い敵対はしないけど、馴れ合いをするような関係でもない、だからそれぞれ別々で脱出する、当然じゃない」

 

「いや――あ、ちょっと!」

 

 僕が苦々しい顔をしていると、嫉妬龍はそのままじゃあね、と言ってその場を離れる。まずい、ここはゲーム的にはセーフティな場所だろうから、魔物はいないが。

 

 ここを出れば、そこには――

 

「……なにこれ」

 

 少し追いかければ、嫉妬龍が崖下を見下ろして、つぶやいていた。その声は、明らかに引きつっている。それはそうだろう、そこに広がる光景は、あまりにも絶望的としか言いようのないものだった。

 そこは、広場のようだった。無数に立ち並ぶ柱に、先の見えない景色。そこを、僕たちは見下ろすような場所にいる。

 みれば、はしごのようなものが足元に取り付けられていた。

 

 そして――

 

 

 ――そこには、数えるだけで三十体はいるだろうかという暴食兵の群れ。それだけではない、暴食兵と何ら遜色のない、ラストダンジョンにふさわしい強敵が、わんさかひしめいていた。

 

 

「……一人で抜けるのはムリだと思いますよ、嫉妬龍」

 

 流石にここまでいると、壮観ないしは壮絶としかいいようがない。

 

「なんでよおお!? グラトニコス、どうしてここにこんな数の暴食兵を配置してんのよ! っていうかあっちにはプライドレムのおもちゃまであるじゃない! ああああっちはスローシウスの!!!」

 

「はっはっは、ここまで来ると笑えてきますね」

 

「笑い事じゃない!!!」

 

 そうですね。

 いやしかし、僕が一人で、ないしは師匠と二人でこの場を駆け抜けることだけを目的にすれば、おそらく問題なく抜けられるだろう。

 この場所は広く、囲まれにくい。囲まれなければ、敵の包囲網を抜け出しつつ、振り切ることは僕なら可能だ。そもそもこの遺跡がとにかく広く、囲まれようがない。うまく切り抜けるだけなら、特に問題は感じられない。最悪SBSもあるしね。

 

 しかし、そこに僕と師匠以外の誰かが入ってくるとなると問題だ。連携が取れない。リリスならなんとかいけるかもしれないけど、できれば移動技が欲しい。

 

 正直な所、嫉妬龍は置いていったほうがいいのが実際の所だ。連れて行ったら、足を引っ張ることはなくとも、どこかしらでミスが起きる。

 

「うう、おしまいよ……私、大罪龍の配下に押しつぶされて死ぬのよ……」

 

「まぁ、配下にない魔物はたとえ大罪龍だろうと襲いかかりますからねぇ」

 

 ――嫉妬龍だから、魔物に襲われないのではないかといえば、そんなことはない。魔物には知恵がない、大罪龍と人の識別がつかない。

 配下にすれば、龍の指示でそこら辺の区別をつけることもできるのだが、配下にする方法とは簡単に言うとこう、威圧して屈服させる感じなので、ここにいる魔物に囲まれたらすり潰される嫉妬龍にそれはできなかった。

 

 何故できないかといえば、それはもう設定からして嫉妬龍をいじめる為にあるからとしか言えない。不憫な……

 

 そう、不憫だ。

 僕が嫉妬龍を見捨てられない理由。

 ここで彼女を見殺しにするのは、あまりにも不憫すぎるからである。そもそもからして、彼女は人類と敵対してないから、積極的に殺す理由はない。

 クロスオーバードメインで彼女が黒幕となったのは、()()()()()()()()ためだ。彼女は基本的に被害者なのである。今回も、また。

 

「ああもう、どうしていつもいつもこうなのよ! そもそも、私が他に劣って生まれてきたのが、おかしいんだわ!」

 

 嫉妬龍は、弱い。

 それどころか、空を飛ぶことすらできない、龍なのに。他の龍は、凄まじくどっしりとした体格の怠惰龍ですら、飛ぶことができるというのに。

 ――彼女は、明確に他の龍よりも脆弱にデザインされていた。

 

 あまりにも理不尽で、不自然に。

 

 ゲームにおいても、その理不尽すぎる境遇故、本編でどれだけ外道行為を働こうと、救済を望むファンが少数ながら存在した。

 ――その一人が、僕だ。

 

 2では散々なまま、一切の救済もなく死んだ彼女。

 集大成である5でも不憫な役割を押し付けられ、同じ女性型の大罪龍である色欲龍はヒロインとしての役割を全うしたのに対し、あくまで悪役としてのキャラを維持させられた。

 ただ、そうであることが美しいがために。

 

 ――彼女は嫉妬する。世界のありとあらゆるものに、だからこそ、もっとも深く地に落とし、嫉妬させることこそが、彼女のキャラを最大限に活かす手段なのだ。

 

 とても、とても不条理な話である。

 

「あんたも、私のことを見下してるんでしょ! こんな目にあう私が、愚かで、阿呆で、それを他人のせいにすることすらも理不尽だから!」

 

「いや、たしかに貴方に一切の非がないわけじゃないですけど、事態を起こしたのは僕ですし――」

 

「――でも、私はアンタを責めたわ! アンタはそんな私を助ける理由が、同情以外に存在しない! いやよそんなの! 憐れまれて助けられるなんて、これっぽっちも望んでない!」

 

「いやだから……」

 

 そして、彼女はその場にへたり込む。ちょっとキレイな太ももに見惚れてしまうけど今はそんな場合じゃない、というかそんな目で見たら、彼女またこじれるぞ?

 

「どうせ、私は誰かを僻むしか能のない龍よ。プライドレムも、グリードリヒも、皆私をバカにする。バカにして、置いていく」

 

 声に涙をにじませながら、嫉妬龍は声のトーンを低く、力ないものに変えていく。だんだんと、彼女も疲れてしまうのだろう。

 

 

「――いや、置いていかれるのは嫌。私を置いていかないで、一人にしないでよ……」

 

 

 そして、そうつぶやいた少女の姿は、到底“龍”には見えないものだった。人型であるのもそうだが、今の彼女は、到底見ていられるものではない。

 

「嫉妬龍」

 

「……なによ」

 

「……行こう、僕も手伝うから、ここを二人で出よう」

 

「い…………っ、なんでよ」

 

 いや、と言おうとして、彼女は飲み込んだ。

 ――これを断れば、彼女にはもとより、助かる術はないのだから。

 

「主に二つ。一つは貴方の言う通り、同情です。それはしょうがないでしょう、そんなふうに色々言われたら、誰だって同情の一つもしたくなる」

 

「……ふん」

 

「そして、もう一つは――貴方に言いたいことがあるからです」

 

 僕の本音は、嫉妬龍の救済。正直な所、嫉妬龍と邂逅するにあたって、僕になにかできることはないか、という思いはあった。

 ゲームにおける彼女は救いがなさすぎて、不憫としか言いようがない。

 ただ、救われるにはあまりにもやったことが罪としてのしかかりすぎる。だったら、それがない今ならば、救われてもいいのではないかと思うから。

 

「……何よ、私のこと、バカにしたいの?」

 

 だが、もう一つ。

 

 ゲームの彼女へ、僕は救いたいという思いと同時に、どうしてもいいたいことがあったのだ。

 

 それは――

 

 

「違います。僕は――嫉妬(あなた)は、わるいこと()じゃない。そういいたいんです」

 

 

 嫉妬龍というキャラが深堀りされて、

 その中で、劇中で否定されはするけれど、直接彼女に伝えられることのなかったこと。嫉妬することは、決して悪いことではない。

 

「……なにそれ」

 

 答える嫉妬龍は、本当に理解が及ばないといった様子だった。ムリもない、彼女は今までも、そしてこれからも、ずっと()()()()()()しか知らないのだから。

 

「嫉妬するってことは、向上心の現れです。ですから、僕はそれを否定したくない」

 

 負けイベントに対する理不尽をひっくり返したいという感情。()()()()()()()()()()()()。だからこそ、嫉妬龍が悪のままで終わってほしくない。

 負けたまま、消えてほしくない。

 

 だから、手をのばす。

 

「……それと、そうやって助けを求める貴方は、かわいらしかったですよ」

 

 軽く、ジョークも飛ばして。

 

「…………ほんと、なにそれ」

 

 これも、嫉妬龍は理解不能という様子で言う。彼女は少女ではなく、大罪龍だ。人間らしい感性というのに、あまり理解がないのだろう。

 

 とはいえ、そういいながらも、彼女は。

 

 

 ――僕の手を、握り返して、立ち上がった。



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27.死地を駆け抜けたい。

 ――僕は、色欲龍と血が繋がっていない。

 これはありえないことだ。ドメインシリーズは初代から最終作までの間に千年ほどの時間が経過する。その中で、概念使いは全てどれだけ薄かろうと、色欲龍との血の繋がりがあるために、生まれてくる。

 長い歴史の中で、例外はただ一人。最終作の主人公のみである。

 

 であれば、ここで一つの仮説が立つ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 概念使いは、要するに大罪龍と人間の子供だ。ただ、大罪龍に子を作る機能を持つのが色欲龍しかいないために、必ず色欲龍の子孫になるわけである。

 では、5主と僕が他の大罪龍の子供かといえば、そういうわけではない。ただ、概念使いの力の出どころが大罪龍と同様であるならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになるだけだ。

 

 さて、そんな5主には概念使いである以外にも、特殊な力が存在する。それは、この世界の各地にある“遺跡”への入出許可証である。

 

 この遺跡は、大罪龍が出現するよりもずっと前、人類が出現するより更に前に作られたとされる遺跡であり、通常人類はここに入出することができない。

 それに対して、この遺跡へのフリーパスを有するのが5主であり、そして僕だ。

 で、僕は実際にこの入出許可証が有効なのかどうかを、確かめに来たわけである。遺跡自体は各地に存在するが、もっとも手軽に入ることができるのが、この嫉妬龍の巣地下にある遺跡だったわけだ。

 

 ――この遺跡に入ることができた以上、僕の存在は5主と同一であるということが証明されたことになる。ではこれがどういうことなのか――というのは、まぁまた次の機会ということで。

 

 強いて言うならば、できれば外れていてほしかった推論が、当たってしまったという程度。

 

 その上で、ここから僕は次の目的のために行動しなくてはならないわけだけど――

 

 まずはその前に、紛れ込んでしまったお姫様を、無事に地上へ送り出すことが、僕の最初の使命となった。

 

 

 ◆

 

 

「――ん」

 

 嫉妬龍の漏らす吐息とともに、彼女の身体から、力と呼ぶべき、可視できないなにかの奔流が、溢れ出して周囲に広がった。

 それと同時に、少女然としていた彼女の容姿に変化が見られる。

 

 身体の一部を鱗が、皮が、覆っていく。

 手には鋭い爪、背には翼が広がって、その姿は龍と人の間の子とでも言うべきものへと変化した。

 

 嫉妬龍の龍形態。初代ではそもそも見ることすら叶わなかった代物で、二作目で初めて正式に登場したデザインである。嫉妬龍は基本的にこの形態でいることを嫌うのだ。

 

「……あんまりジロジロ見ないでよ」

 

「っと、ごめんごめん。物珍しいものだったから、つい」

 

 如何に彼女が嫉妬龍、なんというべきか、お互いに不躾な立場だからとはいえ、そこをわきまえなくてはいけないだろう。彼女だって女子なのだから。

 女子って年齢かは知らない。

 

「この数相手に、戦闘は無謀よね」

 

「うん、最低限必要な相手をふっとばして、駆け抜けてかないといけませんね」

 

 その上で、出口がわからないので、あちこちを彷徨わないといけない。構造はおそらく2の頃と変わらないだろうが、流石に2のラストダンジョンのマップを全部覚えてるのはムリだ。

 僕が一番やったのは、まぁルーザーズの戦闘だからね。

 

「……概念使いって、技を使うと消耗して、どっかで補給いれないといけないんじゃなかった?」

 

「ん? ああ、それはうまくやるから、大丈夫」

 

「はぁ……まぁいいけど」

 

 それから二人で軽く話し合って、方針を決めてから、

 

「じゃあ、行くよ」

 

「解ってるわよ!」

 

 僕たちは、崖下の地獄へ向かって飛び出した。

 

 ――ここはラストダンジョン、蔓延る魔物は、その多くが暴食兵と同等か少し下くらいの位置にある魔物だ。傲慢龍のおもちゃ、と嫉妬龍が発言していた魔物、サンドバイク。砂でできたバイクのような形状の獣型魔物で、傲慢龍が特に好む魔物だ。

 正確には、ムービーで雑魚として大量に出てきた後、これを踏み潰して傲慢龍が降り立つシーンがやたら印象に残る魔物である。

 

 嫉妬龍の発言からすると、わざとやっている可能性があるわけだけど、なにかフラストレーションでも溜まっているのだろうか。

 ともかく、そういった大型の魔物が、わらわら襲ってくるわけで、

 

「隙間なく囲まれてるんですけど!?」

 

「こっちが薄いですよ!」

 

 いいながら、僕はCCでサンドバイクを一体のけぞらせると、一瞬だけできた隙間にDDで滑り込む。嫉妬龍はそれに顔をひきつらせながらも、ほぼ同速で同じようにそこを駆け抜けた。

 

「あ、あっちが開いてるわ!」

 

「そっちはさっき魔物が数体見えました、抜けた先で囲まれて身動き取れなくなります!」

 

 いいながら、敢えて今は分厚い魔物の層を、すり抜けるように駆け抜ける。間に通常攻撃で敵を削って、STを回復することも忘れない。

 

「ああああ! 流れ弾気をつけなさい! 後悔ノ重複(ダブルクロス・バックドア)!」

 

 後ろで、嫉妬龍が両腕の爪を巨大化させ、敵を薙ぎ払う。薙ぎ払った敵のスピードが明らかに低下し、嫉妬龍はそこを更に加速して抜けた。

 彼女の基本技、後悔ノ重複。効果は速度低下のデバフだ。

 

「……同じ能力低下使いですね」

 

「そうなの!? いや知らないけど、じゃあ何だって言うのよ!」

 

「少し楽になるかもしれませんよ」

 

 いいながら、僕は攻撃をSSで回避しつつ反撃をぶつけて、魔物の速度を下げる。

 

「その魔物にさっきのやつぶつけると、更に遅くなります」

 

「ああそう!? 教えてくれてありがと!」

 

 僕が駆け抜けた後を、なんとか食らいつくようについてくる嫉妬龍。彼女は概念技を使わないので、STによる消費がない。加えてボスキャラということもあって、一撃一撃の範囲が広いため、なんとか追いついてこれているような感じだ。

 そうなってしまうのは、全体的に経験不足かな、戦闘なんて生まれてこの方、ろくにしたことないだろうし。

 

 とはいえ、スペック自体は低めとはいえボスのそれだ、今の所、僕たちの進行に停滞はない。

 

「それで、この先で本当にいいんでしょうね!」

 

「それは解りません、ただがむしゃらにまっすぐ進んでいるだけなので。でも、必ず行き止まりはあるはずです、その先に通路がなかったら右か左に。それでダメだったらまたあそこに戻りましょう」

 

「ダメだった場合の話はしないでよ! それで、右、左、どっち?」

 

「どちらでも」

 

「ああああああああああ! ……左!」

 

 ――もともと、僕はこの先に道がないことは心配していない。この遺跡はダンジョンだ。ゲーム的な作りをしているだろうから、直線で進めば何かしら道はあるはずだ。そして、それは正解な可能性が高い。

 

 脇の宝箱とかは見逃してしまっても、そこは流石にご容赦である。

 

「……もう、大技でふっとばしたい」

 

「一度立ち止まらないと撃てない奴では?」

 

 その間に囲まれて、それをまとめて薙ぎ払えるならばいいけれど。と言うと、嫉妬龍は解ってるわよ! と叫んできた。

 ならよかった。

 

 ――すでに、部屋の半分は走り抜けただろうか。

 

 幸いなのは、魔物の顔ぶれが変わらないことだ。そりゃ同じエリア内なのだから当然だが、これで新種とか、より上の魔物が襲ってきたらたまらない。

 後者に関しても、現状がすでに最上位なのだから問題ない。いやそれはそれで問題だけど。

 

 迫ってくる魔物は連携が取れていない、襲ってくる順番にはある程度の間がある。密度の問題で、ほぼ同時に襲われているような感じだが、それでもこの間隙が、僕たちの命綱だ。

 それを正確に見極めて駆け抜ける、今隙間があるように見えても、その次につながらないこともある。

 

 これは、なんというか弾幕STGだな。俯瞰視点じゃないのがクソゲーすぎる。

 

「ああもう、いつになったら終わるのよ!」

 

「……あ!」

 

「何!?」

 

 ――遠く、魔物の肉壁の向こうに、それが見えた。

 

「……壁です、出口もある!」

 

「でかした! っしゃ行くわよ!!」

 

「いや無茶しないでくださいね!?」

 

 そもそも、目の前の肉壁の層が厚すぎる。暴食兵を始めとして、最上位の魔物大集合だ。いやでも、それで退く理由にはならないからな。

 

「“C・C”」

 

 まずは、爆発、先置きでこの後の布石をウチつつ、煙で一部の敵の視界を塞ぐ。そのまま自分は目の前の敵を切りつけつつ、進む。

 爆発の結果一瞬だけ足並みが乱れたところにDDで滑り込み、更にSSで敵の攻撃を透かしつつ速度低下、そこを一気に駆け抜ける。

 

 その後も、隙間を作り、かいくぐり。

 なんとか、なんとか、敵の下を潜り込んでいく。――流石に嫉妬龍を気にしている余裕はない!

 

 とはいえ、僕自身は問題なく敵を抜け、最後に――

 

「“D・D”!」

 

 ――移動技で、壁に見えた通路へと滑り込んだ。即座に振り返る。

 

「嫉妬龍!」

 

 呼びかける先に、姿が見えない。そして魔物達はこちらに視線を向けない、つまり嫉妬龍が手こずっていることの証明だ。といっても、僕にできることと言えば……

 

 ――そういえば、この魔物達、全員空が飛べないな。

 

 補給ができないからやらなかったけど――

 

 少し考えて、僕は空へと駆け上がっていった。

 

「――嫉妬龍!」

 

 上から声をかける。

 見れば、彼女は魔物に囲まれて、それを必死に自身の技で吹き飛ばし、なんとか前に進もうとしていた。後少しだ、ここを抜ければ勝機はある。彼女の体力と消費のない技を考えると、ここは多少ムリにでも前にでるのは正解だ。

 ――いけるか? わからない、正確に彼女のスペックを把握しているわけではないから。

 

 ともあれ、僕もここから介入するのは危険だ、消費も激しい。

 だったら――

 

「“B・B”!」

 

 援護射撃だ。

 ばらまくように弾丸をうち放つ、壁と、柱と、それから魔物の頭を足場に、何度も飛び上がり、遠距離攻撃を叩き込みまくる。途中、上位技にまで攻撃が到達。

 ――ここを抜ければ、もうこういう危険はないだろう。だから、ここは一気に叩き潰す。

 

「あんた――!」

 

 見れば、驚いたように嫉妬龍が僕を見上げていた。

 

「こっちを気にするよりも、早く前に進むんだ!」

 

「……解ってるわよ!!」

 

 少しだけ悔しそうにしながら、それでも強引に自身の力で道をこじ開ける。一部の魔物を壁に吹き飛ばし、一部の魔物を大きくのけぞらせ、最後に嫉妬龍は飛び上がった。

 空を滑るように進む。空いた穴に、身を飛び込ませるように!

 

 ――そんな彼女の目前に、暴食兵。またかお前、いいかげんにしろよ!?

 少し考えて、僕は今の距離から使える手札を選ぶ。攻撃で仰け反らせる……だけではだめだ、あいつの翼が嫉妬龍に追いつく!

 

 なら――

 

「――“C・C”!」

 

 とった手段は、目くらまし。暴食兵の視界を覆う。しかしこれは、嫉妬龍の視界すらも妨げるものだ。だから、

 

「行け、嫉妬龍――!」

 

「ああもう! 本当に大丈夫なんでしょうね!?」

 

 叫ぶ僕に、嫉妬龍はそれを信じたか、そのまま煙の中を突っ切って、その身体が、通路の中へと滑り込んだ。

 

「よし……!」

 

 少しガッツポーズ、いや。

 壁にぶつけられた魔物が態勢を立て直して、嫉妬龍に向かっている、彼女は肩で息して、それに気付いていない――!

 

「……っく」

 

 間に合え、と宙を蹴って――飛ばした小石を蹴る曲芸だ――即座に突っ込む。

 この位置、この距離なら――――!

 

 

「――“L・L(ルーザーズ・リアトリス)”!」

 

 

 迫る暴食兵に、ここまでタメてきたコンボを、一気に最大まで叩き込む。解ってるんだよ、さっきの一撃とコレまでのデバフで、お前の体力はこいつで削りきれるってな――!

 

「なっ――」

 

 ――僕は、暴食兵を切り裂いて、嫉妬龍の横を駆け抜けた。倒れゆく姿の向こうに、未だ僕たちを諦めていない魔物の姿が見える。

 

「――通路を塞げェ!」

 

「……!!」

 

 即座に嫉妬龍が僕の言葉に反応した。

 コレ以上の侵入は防がないと行けない。多少遺跡を吹き飛ばしても、問題はあるまい。

 

 嫉妬龍が構え、口を大きく開き、そして――

 

 

「――――嫉妬ノ根源(フォーリンダウン・カノン)ッ!!」

 

 

 自身の最大技、“熱線”を、敵へ、そして、上へと振り上げ、天井へとぶつける。

 迫る無数の魔物たちが、一瞬にして薙ぎ払われ、そして叩きつけられた天井は、音を立てて崩壊した。

 

 さすがの一撃。モーションが長い分、あの通路を駆け抜けるには向かないが、迎え撃つには十分な威力だ。

 

 崩落が終わると、沈黙が数瞬、空間を支配した。

 ――僕と嫉妬龍が、恐る恐るといった感じで顔を見合わせる。そのまま、また沈黙。お互いに、無事を確認するには、そこまでの緊張が大きすぎた。

 

「……生きてる」

 

「そう、ですね……」

 

 お互いに、そうつぶやいて。

 

「いき、てる……」

 

「いきてます……」

 

 

 ――二人して、壁に寄りかかってへたり込んだ。

 

 

「は、ははは……」

 

「ふふ……」

 

 思わず笑みがこぼれてしまうのは、僕が悪いだろうか、いや、違うと思う。お互い、生きているってことが可笑しくて仕方がない。あの密度は死と等価だった。

 

「つ、かれたぁ……」

 

「しばらく、休みましょう。……その間に、魔物がこっちに来ないことを祈って」

 

「場所は変えましょうよ、今の崩落、すごい音だったわ」

 

 そうですね、と頷き二人で立ち上がる。

 いや、なんというか。濃密すぎる時間だった。もう、あんなことはしたくない。

 

「ここからはスニーキングミッションです」

 

「なにそれ……」

 

「できるだけ、魔物に見つからないよう、隠れつつ、慎重に進みましょう。下手に戦闘に突入して、囲まれたら狭いので詰みです」

 

「……まだ危険は続くってわけね」

 

 そうため息をつくが、それでもまぁ先程よりはマシだろう、とお互いにうなずく。今度はじっくり時間をかけて問題ないのだ。あんな、次から次へと死が襲いかかってきたりはしない。

 じっくり、腰を据える時間もあるだろう。

 

 だから、

 

「まずは一旦、お疲れさまです」

 

「――そうね、お疲れ様」

 

 思わず、ではあるが。

 

 

 僕たちは拳を突き合わせた。

 

 

 ……少しおかしくなって、苦笑いする。

 

「なによ」

 

「いえ、別に」

 

 あの広場を駆け抜ける前より、僕たちは少しだけ距離が近くなったのを、感じるのだった。



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28.嫉妬龍はわからない。

 ――嫉妬龍は弱い。

 はっきり言って、僕が今ここでタイマンで勝負しても、勝率は五分五分だろう。ぶっちゃけ、嫉妬龍に話をした際のそれは、あちらに配慮して逆サバを読んでいた。もちろん、僕がレベル以上の戦闘能力を持っているというのもあるが、同時に嫉妬龍の実力がその程度であるということでもある。

 少なくとも、師匠、僕、リリスの三人に囲まれれば、嫉妬龍はかなり一方的な戦闘の末に敗北することになる。

 

 実を言うと、これは二作目、クロスオーバードメインにおいても変わらない、ルーザーズから二作目までの間に、百年以上の時間が経っていることは前にも話したと思うが、その間に大罪龍の強さに変化はないのだ。

 というか、そもそも()()()()()()()という存在が、強欲龍以外に存在しない。強欲龍は3において封印から解かれた後、ある成長を見せるわけだが、他は基本的に一切の変化がないまま存在する。

 嫉妬龍も例外ではなく、彼女は今も昔もこれからも、ずっと弱いままだ。

 

 で、そんな中、人類の在り方は変化する。人類の多くが概念使いとなり、今と違い、人類側に余裕がでてきた――もっと言えば、人類が大陸の覇権を握った頃。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 しかも、嫉妬龍は基本的に怠惰龍ほどではないが引きこもりで、積極性が薄い。隠れることも、逃げることもしない彼女は、強大になった人類にとっては、あまりにも格好の餌だったのだ。

 

 ここではっきりさせておこう、二作目における嫉妬龍の序盤、中盤における役割は()()()である。彼女は黒幕でもなんでもなく、その力を利用されたに過ぎないのだ。

 

 ――二作目における、物語の始まりは、現在僕が関わっている国、ラインが帝国と共和国の二つに分裂し、内紛を繰り広げることである。

 その結果、嫉妬龍はどうなったのか。

 

 それは――――

 

 

 ◆

 

 

「……ちょっと! あんまり顔出さないでよ!」

 

「そっちこそ、静かにしててください……」

 

 そろそろと、お互い息を殺しながら、曲がり角の先を覗き込む。僕が前、後ろから龍形態の嫉妬龍。なんというか、こう、身体を密着させているわけだけど、やわらかい部分が当たる前に、龍の硬い部分が当たる。

 こいつ、解っててやってやがるな!?

 

「っていうか、痛い、痛いです。嫉妬龍は後方を警戒しててください」

 

「女の子が身を寄せてるのにその感想はありえないわ。ぶっとばすわよ」

 

「その形態で女扱いを求めるな」

 

 辛辣に言い合いながらも、現在は割とやばい状態だ。素直に嫉妬龍が後ろの警戒に入るくらい。具体的に言うと、先程こちらに来る前に、割とギリギリな感じで魔物をやり過ごしているのだが、前方にも魔物。完全に挟まれている状態だ。

 

「お、音がするわ……近い、さっきより近いわよ……!」

 

「……さて、どうしますか? 選択肢は前に進むか、後ろに戻るか、天井にでもぶら下がって祈るか」

 

「後ろは無し。天井って、実際どうなの?」

 

 上を見上げる。

 やろうと思えば天井の一部に穴を開けて、そこに引っかかることはできるだろう。しかし、そうするということは音を立てなきゃいけない感じだ。

 

「……前に進むしかない、か」

 

 嫉妬龍も釣られて見上げて、理解したようだ。

 

「倒すのは難しいですね、あのレベルの相手だと、上位技を何発か叩き込みたい……時間にして三十秒くらいでしょうか」

 

「概念使いって、いちいち大きい火力出すのに何度も攻撃しないといけなくて、大変よね」

 

「そこの駆け引きも楽しみの一つですけどね」

 

 二人でそうやって話をしながら、少し考える。倒すことが難しいなら、無視して先に進む? それこそ厳しいだろう。どんどんトレインする結果になるのが目に見えている。

 だったら、やはり倒すしかない。難しいが、殺らなければ道が開けないのならしょうがない。

 幸い、こっちは通常と違う手札がある。

 

 嫉妬龍。そして、彼女の能力は僕と相性がいい。

 

「嫉妬龍、あなた相手の防御力を下げる技、ありますよね」

 

「ん? ええ、あるけど、それが?」

 

「それを使ってですね……こう、こうして……」

 

 軽く二人で打ち合わせをする。普通にやると、二人がかりでも三十秒かかるだろう敵を、迅速に、かつ音を立てずに倒す。

 手段は、まぁ薄い選択肢だが、一応あった。

 

 具体的には……連携だ。

 

「――いきましょう」

 

「……しょうがないわね!」

 

 僕たちは、二人で魔物が背を向けているタイミングに、足音をころして接近する。距離はそこまでではない、一気に近づけば、案外気が付かないものだ。

 

「“B・B”」

 

 まずは僕の防御低下。

 これに敵がヒットすれば、当然魔物はそれに気がつく。相手になるのはサンドバイク、砂の二輪歩行が、前足を上げながら振り返る。

 そこを、

 

「“D・D”」

 

 僕は振り返るのとは反対の方向を一気に滑り抜ける。

 振り返ると同時に――

 

「“塊根ノ展開(アンダーグラウンド・スタンプ)”」

 

 飛び上がった嫉妬龍が、足技でサンドバイクの口……口? ヘッドライトを踏み潰す。一応、音は此処から漏れているから口なのだろう。

 ――音を出さずに戦う方法。もっとも単純な方法が、口をふさぐことだ。

 嫉妬龍の一撃はボスらしく範囲が広いので、強引に敵を押しつぶす事ができる。

 

「“S・S”ッ」

 

「“後悔ノ重複”ッ」

 

 そこへ、二重の速度低下。サンドバイクはそのスピードが通常時の半分以下にまで低下した。後は、音を極力立たせないように、袋叩きにするだけだ。

 

「せいっ」

 

 嫉妬龍が爪を突き立てると、敵は崩れ落ちていった。そして、周囲に静寂が戻る。耳をすますが、その静寂に変化はなかった。

 

「……よしっ」

 

「やりましたね」

 

 二人で軽くガッツポーズをすると、それからすぐに場所を移すのだった。

 

 

 ◆

 

 

 それから、しばらく探索を続けながら、僕はマッピングをしていた。遺跡内部は入り組んでいるが、そこまで複雑な構造はしていない。ただ、魔物に鉢合わせてしまうのがまずいだけ。

 ある程度マッピングしてしまえば、そこまで敵と出くわすことなく進むことができるようになっていた。

 

「……よし、おおよそ道がわかりましたよ」

 

「やったじゃない! 見せてよ!」

 

 はいどうぞ、と手渡す。まだ埋めていないところはあるが、埋めていない部分はおおよそ別の場所に繋がっているのが想像できる範囲であり、僕らがまだ行っていない場所は二箇所である。

 

「えーと、この先の分かれ道はまだ行ってないのね。さっきちらっとみて帰ってきたけど」

 

「そうですね、分かれ道が次のエリアへすすめる場所だと思います」

 

 ――なぜすぐに帰ってきたかと言えば、僕がその場所に見覚えがあったからだ。ゲームにおいて、この分かれ道が登場したことを僕は覚えている。

 なぜならそこでイベントが起きたから。

 

 で、左に進むとラスボス――嫉妬龍の元へ。右に進むと一旦外に出ることのできるショートカットへすすめる。とりあえず僕たちの目的地は、まずは右だな。

 嫉妬龍を外に返さなくては。

 

「少し休んだら行きましょうか。……にしてもここ、本当に何なのかしらね」

 

 自分も知らないうちに謎の遺跡が存在していたことに、嫉妬龍はぽつりとこぼす。ふむ、と少し考えて――

 

「……傲慢龍側に話さないのでしたら、お教えしますよ?」

 

「は? なんでアンタが知ってるのよ」

 

 剣呑な眼で見られた。

 

「いやいや、そもそも僕がここに来るためにしたことに、貴方を巻き込んだんじゃないですか」

 

「あ、ああそっか、そういえばそうだったわね……」

 

「まぁ、安心してください。これだけ正確にマップがあって、あの分かれ道も見つけたから、もうすぐ帰れますよ」

 

「ほんとに何者なのよ、あんた……」

 

 それで、と僕は問いかけ直す。

 これから話すことは、あまり敵に知られたくない情報だ。嫉妬龍は、それを別に構わないと了承した。ただし、拷問されたら即ゲロる、とも回答を頂いた。

 そりゃそうだ。

 

「ここは遺跡……大罪龍が生まれるよりも前、いえ――人類が生まれるよりも前に作られた施設です」

 

「…………はぁ?」

 

 とりあえず、分かれ道に魔物は現れないのでそこまで移動しようということになった。

 道すがら、警戒はしつつも話を続ける。

 

「はるか昔、人類が作られるよりも前、遺跡はその準備段階に用意されました」

 

「……待って、それって」

 

 

「はい、()()()()()()()()()()()()作られたのです」

 

 

「――――」

 

 嫉妬龍が沈黙した。彼女は何かを言いたげで、しかしそれを畏れているように思える。そりゃあそうだ、彼女にとって、()()()()に触れることは、タブーそのものなのだから。

 もちろん、僕も明言は避けているが。

 

 ()()()()()も、意識してしないようにしているのだから、我ながらよっぽどである。まぁ、それだけ警戒に値する相手だから、しょうがない。

 

「それは――何のために」

 

 絞り出すように、嫉妬龍が問う。

 

「色々とありますが……一言で言うなら“布石”ですね。未来のための」

 

「……」

 

「このダンジョンに配置された暴食兵やサンドバイクも、その布石のために直接配置されたものです。ここの存在は、傲慢龍すら知りませんよ」

 

「……そう」

 

 難しい顔で、嫉妬龍はうなずいた。

 もし、ここに傲慢龍らが魔物を放ったのであれば、彼女は自身の中でコンプレックスだとかを刺激されて、メンタルを脆くしていただろう。

 そして、メンタルがやられた状態でここにやってきて、先程の光景を見ていれば、それはもういい感じにいろいろなものが揺さぶられていたはずだ。

 

 ――自分は利用されていたのかと。

 

 仲間にすら、大罪龍にすら。

 

 しかし、そうではない。ただそんな大罪龍とは別の存在が、無作為に魔物を配置した結果が今なのだと知ったら、それはどちらかというと畏れに近い感情に変わることだろう。

 

「ともかく、この施設がとんでもないものである、ということが理解いただければ、それで十分でしょう」

 

「……そうね、嫌というほど理解できたわ」

 

 大きく息を漏らして、嫉妬龍が壁により掛かる。

 ――ここは分かれ道。魔物がやってこないセーフティエリアに、僕たちはたどり着いた。

 

 直後、すぐさま嫉妬龍が龍形態を解除する。

 

「そんなにあの姿、嫌なんですか?」

 

「嫌じゃないけど、アンタ達の服に、すっごい豪華な服とかあるでしょ、アレをずっと着続けてる感じなの」

 

「ああ、ある意味あの姿は、貴方にとっては正装なんですね」

 

 僕も概念化を解除して、完全にリラックスした状態で、持っていた荷物を取り出す。適当に瓦礫を椅子にして、持ち運び手軽なコンパクトキャンプ道具――街と街が離れているファンタジー世界だからか、こういうアイテムは結構発達していた――を展開し、コーヒーを淹れる。

 

 カップは、二人分。

 いつも僕が持ち歩いているので、三人分のカップの用意があった。どれがどれとか、所有者は決めていないので、適当に手渡す。

 

「……いいの?」

 

「いくらでもありますから」

 

 お金には困っていないので。

 砂糖は常に枯渇気味だが、まぁ嫉妬龍はいらないだろ、きっと。

 

「コーヒーってやつよね、エクスタシアから、昔聞いたことある」

 

「……色欲龍とは、仲がいいんですね」

 

 知ってはいるけれど、

 

「私のことをバカにしないのは、エクスタシアとスローシウスだけよ。スローシウスは、スローシウスだからバカにしないだけだし、仲がいいのは、エクスタシアだけ、かな」

 

「……色欲龍と、怠惰龍」

 

 どちらも、人類に対して敵対的ではない大罪龍だ。

 

「エクスタシアって、すごいわよね。アホだから、色ボケのためだけに私達を裏切って。でも、それを一切気にせず自分の好きに生きてて、満たされてるんでしょ?」

 

「とても自由に生きてましたよ。僕も襲われかけました」

 

「でしょうね。……羨ましいわ。そして、妬ましい。私には、そういうの絶対ムリだもん」

 

「どうして?」

 

 コーヒーを手渡しながら、問いかける。

 あつあつのそれを、ふーふー、と息を吹きかけて冷ます彼女は、とても大罪龍には見えなかった。

 

「私は出来損ないだから。中途半端なの、あいつらにどれだけバカにされても、私はそれに言い返せない。反目することすらできない」

 

 ねぇ、と嫉妬龍は続けて。

 

「――どうして、私が概念使いに目覚めてない人類を目覚めさせてあげてるか、知ってる?」

 

「……」

 

「――どうして、それを傲慢龍たちが咎めないか、知ってる?」

 

「それは……」

 

 ――知っている。

 ゲームの中でも、それは語られたことがあるからだ。

 でも、だからこそ、僕はそれになにか、口を挟むことができない。

 

 

()()()()()からよ。私がそんなことしても、大罪龍と人類の戦いに変化がないから」

 

 

 ――――影響がない。

 原因は、一つ。嫉妬龍が目覚めさせる概念使いは、生まれつきの概念使いより、弱い。傲慢龍がその存在を切り捨てる程に。

 

 ある意味それは、あまりにも残酷で――救いのない理由だった。なぜなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()だからである。

 嫉妬、つまり上を見て、妬む。

 であるなら、嫉妬龍の効果によって目覚めた概念使いが、強くあってはならない。

 

 ――とはいえそれは、相手が強大な個である大罪龍である場合の話。

 

「……じゃあ、概念使い同士なら? いえ、()()()()()()()()なら、どうですか?」

 

「――え?」

 

「人は概念使いを傷つけることができません。だから、もし人と人が争う段階になった場合、概念使いであるということは絶対の上位性を有することと他ならないわけです」

 

「――――」

 

 嫉妬龍の思考が停止していた。

 

「……あんた、それ、何時の話してるの?」

 

「さて、何のことでしょう」

 

 ――大罪龍が跋扈する時代に、人同士の争いは起こらない。いや、起こるが大規模になる前にまとめて大罪龍に滅ぼされる。

 だから、人同士の争いを危惧する必要はなく、それは大罪龍が倒れた後に気にすればよいことなのだ。

 

 さすがに、そのことには嫉妬龍も気付いたようだ。

 

 その上で――何かを考えたようにした後。

 

「ねぇ――一つ聞いてもいい?」

 

 と、問いかける。

 それは、話題を変えるようなニュアンスを多分に含んでいて、僕はなんとなくその内容を察する。

 

 ――見ての通り、彼女はここまでのあれやこれやで、多少は僕に心を開いているようだ。だからこそ、僕の発言の意味を、彼女は問いたいのだ。

 

 それは、要するに――

 

 

「……どうして、アタシのことを、かわいいとか言ったの?」

 

 

 嫉妬は悪いことじゃ――って、そっち!?



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29.エンフィーリアはかわいい。

「――ぶっちゃけ、嫉妬が悪いことじゃないとか、そういうお題目はそんなに興味ない」

 

「はぁ……」

 

「前に、そういうことをコンコンと言われたこともある。嫉妬するというとこは、上を見ているということ、だからそれは素晴らしいことで、君は間違ってないとか、そんな」

 

「誰に……」

 

「紫電のルエってやつ」

 

「師匠――――!?」

 

 ――あのお人好しの師匠のことだ、たしかにそういうことを言っていても可笑しくない。いやでも、僕だって嫉妬がどうこうってのは、色々思う所はあるわけで。

 いや、この場合は僕が言いたいことではなく、嫉妬龍が聞きたいこと、が大事か。

 

「アンタの師匠してるんだっけ? ほんとに師弟そろって変なやつよね。まぁでも、他の連中にもそこまで正面から言われたことはないけど、似たようなことは言われるわ」

 

「……そうですか」

 

「でね、まいどまいど思うわけよ、んなこと解ってるの、知るかボケって。で、アンタの場合アタシにいいたいってより、自分がそう思ってるって感じが強いから、まぁ別に気にしない」

 

 ――そんなことは、嫉妬龍が一番解っていると。

 彼女は嫉妬の化身なのだから、嫉妬することの意味も、価値も、よく解っている、と。だからつまり要するに、

 

「それで直せりゃ、苦労しないわけよ」

 

 彼女は、嫉妬の良さを理解できない。当たり前過ぎて――だからあんな顔をしたわけだ。

 

「……だね」

 

「――だからそっちはいいのよ、今更って感じだし。けど」

 

 じっと、嫉妬龍は僕の方を見た。

 

「かわいいって言われたのは、初めてだったわ」

 

「……そう? 十分君は可憐な容姿をしていると思うけど」

 

「だとしても大罪龍にそれを言うやつはいないわよ。だからアンタがおかしいのは、そこ」

 

 そうかなぁ、と首をかしげる。

 多分、現代人なら大体そう思うし、オタクならなおさらだ。でもって、こういう世界に転生したら一度は言ってみたいセリフトップテンに入らない? 異形の存在を、素直にかわいいって言うって。

 で、言われたことのない異形は、それに照れて主人公に惚れるわけだ。

 

 言われたことはない、ってところは合っているけれど、でも実際言ってみると、凄まじく首をかしげられた。そんなに? ってレベルで。

 いや、それはきっと彼女が大罪龍だからだ。

 

 こういうセリフで救われるのは、それまで自分がひどい目にあってきたからで、嫉妬龍も色々と不憫ではあるけど、基本的に彼女の立場は上位者だ。

 だから、そこまで響かないのだ。言われずとも、思われていると感じたことはあるだろうから。

 

 でも、

 

 

「――ねぇ、本当にアタシって、可愛いと思う?」

 

 

 おそるおそるといった様子で、嫉妬龍は問いかけてきた。

 その、少し怯えたような、怖がるような聞き方は、ああ、まったく。

 

「……僕はそう思いますよ」

 

 とても可愛らしい。

 

 ――矛盾している。彼女は自分がかわいいと思われることを、理解できていない。あの時、何いってんだこいつ、といった感じの顔をしたことは、嘘ではないはずだ。

 でも、今は自分の可愛らしさを気にしている。

 

 矛盾している。

 

「そう、そっか……ふぅん」

 

「……なんですか? なんでそんな、急に嬉しそうにするんですか?」

 

「あんた、乙女心がわからないって、言われない?」

 

「多分、解るかわからないかで言えば、全くわからないほうだと思いますが、貴方の変化は敏い人でもわかりませんよ!」

 

 照れくさそうに言う彼女は、本当に少女らしいとは思うけれど、そう思う彼女の心境が僕にはこれっぽっちも理解できない。

 それっぽい素振りすら、感じ取れなかったわけだから。

 

「……まぁ、別にアンタに言われて、嬉しいってわけじゃないわ。アンタのことが特別とか、そういうことは思ってないし、きっと今後も思わない」

 

「断言するなぁ」

 

「でも、勘違いしてほしいわけじゃないけど、誰に言われても嬉しいわけじゃないわ。アンタだから、じゃないけど、アンタにも言われると、嬉しい」

 

「……どんな心境の変化ですか?」

 

 僕が、そこで核心を突く。

 矛盾しているということは、どこかで彼女の心境に変化があったということだ。そして、その原因は――というか根源は僕ではないらしい。

 と、すると……?

 

 推論であるが、それは――

 

「……思い出したのよ」

 

「やっぱり」

 

 ――当たりだ。

 彼女は、忘れていただけだ。

 

 そして、そう言われれば、僕もなんとなくあたりが付いた。

 彼女が思い出したこと、それは――

 

 

「――エクスタシアに、昔同じように言われて、可愛がられたな、って」

 

 

 ◆

 

 

 エクスタシアと、エンフィーリア。

 二人は大罪龍の中でも、特別関係が良好だ。大罪龍は人類を超越した7つの個体からなる。それぞれは独立し、個々に活動している。仲間意識は基本薄い。

 傲慢龍は暴食と憤怒を従えているが、それは三体の龍の目的が一致し、その上で傲慢がもっとも強い個体だったからだ。

 

 特別、三体の関係が良いわけではない。もちろん、単独で動く強欲と比べれば、この三体は連携が取れる分、悪いわけでもないのだが。

 

 強欲と怠惰は、他の大罪龍と特別交流を持つことはなかった。それぞれ、強欲は自身の取り分が減ることをキライ。怠惰はそもそも関係を持つことが億劫であったため。

 ――お互いが、交流を持とうとして、関係を構築したのは嫉妬と色欲の二体だけなのだ。

 

 とはいえ、その始まりは色欲からの一方的なものだった。同じ女性体ということで、交流を持とうと考えた色欲龍が、嫉妬龍を構い始めたことが、そもそもの根底。

 嫉妬龍は最初、色欲のことを疎んでいたが、長い時間をかけるうちに、両者の関係は一言で言えば腐れ縁とでも呼ぶべきものになっていた。

 

 彼女たちの交流は、色欲龍が自身の性欲に負けて人類の側に付くまで続き、そして二人の関係はその後も、薄くではあるが繋がったままだった。

 

 

 クロスオーバー・ドメインの直前。嫉妬龍が失踪するまでは。

 

 

 正確には、失踪ではない。

 嫉妬龍は、一言で言えば()()()()()()()のだ。――最弱である彼女は、師匠にすら負ける彼女は、大量の概念使いに囲まれれば、逃げることは敵わないのだ。

 

 結果として、嫉妬龍と色欲龍の交流は失われるわけだが、嫉妬龍の消滅後、色欲龍はそれを激しく後悔することとなる。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もし、色欲龍が嫉妬龍の失踪にはやく気がついていれば、嫉妬龍を救うことができたかもしれない。そんな後悔から暴走した色欲龍は、最終的に二作目主人公たちの手によっておとなしくなり、最後にケジメとして、嫉妬龍の仇である主人公たちと対決する。

 それが、二作目後日談である。

 

 ――なんというか、嫉妬龍と色欲龍の交流が目に浮かぶようだ。

 嫌がる嫉妬龍と、それでも構わず絡んでくる色欲龍。嫉妬龍には、自分に女性としての意識なんてものは、最初はなかっただろう。

 ある意味それは、彼女が持ち得ていない人間性で、そして色欲龍が目覚めさせかけた、良心であるのかもしれない。

 

 でも、それは実りきらなかったんだ。

 

「――あんたって、エクスタシアと似てる所があると思うわ」

 

「そうかな」

 

「自分勝手で、我が強い。で、きっと譲れないところは絶対に譲らないでしょう」

 

「あはは、図星」

 

 交流が希薄になれば、彼女の中からそういった人間味は失われてしまった。そもそもから言って、色欲龍も今の時点では、そういった人間性はあまり持ち合わせていない。

 むしろ、持ち合わせていないからこそ、嫉妬龍の死を見逃して――死を目の当たりにしたからこそ、芽生えるのだ。

 

 シリーズにおいて、嫉妬龍の死の意義はそこがとても大きい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 二作目後日談は、そういった転換点にあるわけで。

 

 ――でも、そのために嫉妬龍が死ななくてはならないのは、少し理不尽すぎやしないかな。

 

「正直、ここに来てからアタシ、アンタに振り回されっぱなしだわ。勝手に人の巣の下を掘り起こされて、アタシ自身が殺されかけて、でも、アンタがそれを助けてくれて」

 

「……」

 

「おかしな話よね、でも、それで結局、こうして生き残ってる。――ムリヤリエクスタシアがアタシに可愛らしい格好を着せたがって、それを着せられて……でも少しうれしくなっちゃった自分を思い出した」

 

 コーヒーカップを置いて、嫉妬龍は立ち上がった。

 くるくると、その体が舞う。なんだか中身が覗けてしまいそうなくらいミニスカートがふわりと回転して、みずみずしい太ももがちらりと見える。

 ――狙ってやっているのだろう、いたずらっぽく嫉妬龍は舌を出して笑った。

 

「えっち」

 

「……ほんと、似合ってますよ」

 

 僕は努めてコーヒーを呑む。なんだか、意識を向けられている自分自身が甘ったるくて参ってしまいそうな感じだ。まったく、人間性が完成されきっていないとはいうけれど、嫉妬龍の少女性は、もうすでに完成されているのではないだろうか。

 

「でも、ありがと。エクスタシアが選んでくれたの。そう言ってくれると、すごい嬉しい」

 

 くすくすと、いたずらっぽく笑って、また彼女は腰掛ける。残ったコーヒーに口をつける。

 

「ねぇ、嫉妬龍」

 

「……」

 

「少し、考え直してみませんか?」

 

 僕は、ふとそう問いかけていた。

 ガラにもない、というか。こんなことわざわざ気にするようなタイプでもないだろうに。だって、コレは僕の信念とは何一つ関わりのないことだから。

 本当に、ただのおせっかいだからだ。

 

「――もう少しだけ、世界に優しく生きることはできませんか?」

 

「なにそれ」

 

「師匠も言ったでしょう? 嫉妬は悪いことじゃない。だから――」

 

 

「――ごめん、それは絶対にムリ」

 

 

 即答だった。

 嫉妬龍は、迷うことすらしなかった。――最初から、そんな権利はないと言わんばかりに。

 

「私は嫉妬なの。どれだけ貴方がアタシを肯定してくれたって。大切なことを思い出させてくれたって、それは与えられたもの、()()()()()()()()()()の」

 

「……与えられたって、それは貴方でしょう」

 

「そうね、普通ならそうだわ。でも、アタシはだめ」

 

 そう言って、カップを手に膝を抱える少女は、どこか悲しげに、けれども譲れない己の在り方を口にする。

 

 

「アタシは、嫉妬龍だから――エンフィーリアである前に、嫉妬の大罪なのよ」

 

 

 ああ、それは。

 

“その強欲を、捨てること無く抱えていけ――――!”

 

 ――僕の強欲を、最後に笑って肯定した、(ごうよくりゅう)と同じことだ。あいつは、強欲であることを捨てられなかった結果、僕に敗れた。

 捨てられるものではないのだ。

 嫉妬も、強欲も、それがあいつらの、大罪龍の存在証明であるがゆえに。

 

「ほんと、大罪って変な話よね。そうであることは、私達にとっては当たり前のことなのよ。善とか悪とか、そういう次元じゃない」

 

 ――大罪龍とは、ある意味で()()()()()()()()()()()()()連中だ。それは()()()()()だとか()()()()()だとか、そういうものとは、何もかもが異なる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()のが大罪龍なのだ。

 

「とんでもない話よ、なんでそうなってるのよ。理不尽じゃない、不自然じゃない」

 

「嫉妬龍、それは――」

 

「解ってる。アタシが口にしていいことじゃない。でも、だから――アタシは嫉妬を捨ててはいけないの」

 

 たとえ、たとえそれが――その先にあるものが破滅だとしても。

 

 

「アタシは、これがなくっちゃ生まれてくることすらできなかったんだから」

 

 

 こいつらは、大罪(それ)を抱えて、死んでいく。

 

「――っ」

 

 解っていたことだ。シリーズの中で散々描写されたことじゃないか。嫉妬龍が、嫉妬故に壊れて死に。強欲龍が、強欲であるがゆえに最強にたどり着き、怠惰龍が怠惰であっても果たすべき役目を果たした。

 そして、そんな大きな流れの末に、果てしない奇跡と、積み上げてきた結果があって、シリーズの最後、色欲龍が救われるのだ。

 

 ああ、それは本当に、素晴らしい結末で、僕はそれが大好きだ。

 

 ――なんだか、僕は。

 そんなドメインシリーズの根底を、この世界に直接踏み入れて、追いかけているかのようだ。

 

 きっと、このまま何もなければ、嫉妬龍はこの先、人類に壊されて、救われないまま消えていく。そうしなければ、彼女の嫉妬に終着がないから。

 

 ああ、それは本当に――――

 

「……嫉妬龍」

 

 僕は、コーヒーを飲み干して、それを片付けながら、呼びかける。嫉妬龍も同じく飲み干して、そして僕にカップをわたした。

 

「先に進むのね、ちょっとま――」

 

 

「――ここでお別れだ。あっちに進めば、君はここから出られる」

 

 

 僕は、それを敢えて遮って、

 出口である右側の通路を、指差した。

 

 ――嫉妬龍、君は救われるべきだ。

 でも、そのために、これから僕がするべきことは君と一緒には行えない。僕がこれからするのは、君のアイデンティティの否定。

 

 嫉妬龍が、世界の流れの果てに翻弄され、たどり着いた場所で手に入れた君の力。君をラスボスへと押し上げるまでに至ったそれを――僕はこれから破壊する。

 

 それらは世界を円滑に、あるモノの思うがままに運行するために作られた布石。名を()()

 

 これがなければ君は、それでも最後の最後で立ち止まれたはずだから。

 

 君が手に入れたものが、君を、押し留めてくれるはずだから――――



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30.それでも進みたい。

 ――考える、果たして僕の選択は、正しかったのだろうか。

 大罪龍は、その大罪がなければ存在できない。僕がこれからすることは、彼女の存在そのものを否定することだ。彼女の個人を救うため、彼女のそれ以外をなかったことにする。

 

 強欲龍であれば、絶対にそんなことは許さないだろう。

 似たような事例は、シリーズ内にも存在する。傲慢龍だ。奴は傲慢であり、だからこそ救済を拒む。僕と師匠の前に破れた強欲龍のように、最後まで傲慢を貫いて消えていく。

 

 だからこそ、嫉妬龍はそれを知るべきではない。知らなければ、失ったことにはならないのだから。

 

 きっと、それは正解の一つであるはずだ。僕は彼女を救いたい、けれど、人の言葉で彼女を嫉妬から解き放つことは不可能で、彼女に可能性を与えることはできても、彼女はその可能性を選ぶことができない。

 だから、()()()()()()()()()ときの防波堤を作る。彼女は、たとえどんな未来を辿ろうと、最後にはここへたどり着く。

 

 そうしてはならないのだ。だって、それではあまりにも彼女が救われない。

 

『――なんで?』

 

『何でも何も、あっちにここから出られる道があるんだ、一方通行だけど、君なら問題なくそこを出口にできるはずだよ』

 

『どうしてそんな事が……って言っても、そりゃ知ってるわよね、ここのことだって知ってるんだから』

 

 話を遮った僕を、訝しむように嫉妬龍は問いかけてきた。

 けれど、僕はそれ以上彼女と会話をすることができなかった。だって、話をすれば僕は彼女を救いたいと言ってしまうから。

 救うという行為そのものが、同時に彼女――嫉妬という罪を否定するものだと、解っていながら。

 

 それから、嫉妬龍は、

 

 

『――――ねぇ、どうして私を助けたの?』

 

 

 そう一言だけ僕に言った。僕がそれに答えなかったことで、それ以上何も言うことはなく、嫉妬龍と僕はそこで別れた。

 

 

 ◆

 

 

 通路を抜けた先は、螺旋階段になっている。長い長い塔のような場所に、むき出しの螺旋階段。なんとも危険な場所で、一歩足を踏み外せば、奈落の底へ真っ逆さまだ。

 ただ、その中央は、怒涛のごとく水が滝となって下へ向かって落ちている。この水はどこから来ているのか。それについてはゲームでもよくわからない。

 一つだけ言えるのは、この螺旋階段の先には、広い広い、湖が広がっているのだと、僕は知っていた。

 

「……行くか」

 

 考えていてもしょうがない。この先に衣物と呼ばれる嫉妬龍の――言うなれば“外殻”が眠っている。僕はそれを破壊しなくてはならない。

 だから、ゆっくりと階段の先へ、足を踏み出した。

 

 ここは長い。ラストバトル前の最後のフロアで、ここで仲間たちと会話するイベントが挟まるからだ。クロスオーバードメインの集大成、長い長い旅の果てにたどり着いた、彼らの戦いは、嫉妬龍との決戦で幕を閉じる。

 ここに来るまで、彼らは多くのものを失ったけれど、多くのことを成し遂げた。嫉妬龍を追い詰めることもそうだし、帝国を打倒することもそうだ。

 帝国に嫉妬龍。襲い来る災難に、疲弊した人類をつなぎとめ、前に進ませる選択もさせた。

 

 一言だけ言えるのは、彼らは世界に望まれてここへ来た。ただ一人、ただ一体の龍を除いて。世界が彼らの勝利を願ってた。

 

 では、僕はどうだろう。

 

 僕の目的は、調査と救済。調査に関しては、ほぼほぼ推測通りのものが結果として得られた。ここは()()()が作り上げた遺跡であり、衣物がその終着点には眠っている。

 それに関しては、まぁ達成と言ってもいい結果だろう。

 

 ――なら救済は?

 

 嫉妬龍は、救われるべきだ。彼女は何も悪くない、何かをかけちがえた結果、彼女を許すことのできなくなった人々が、世界の大半を占めてしまっただけ。

 そりゃあゲームを実際にプレイした人にしてみれば、そう思うのは少しむずかしいかも知れないけれど、彼女の救われなさに惹かれるものは、プレイヤーの中にも一定数いる。

 

 ――僕がそうだ。

 だから僕は、彼女を最大限贔屓目に見るし、彼女が正しい前提でここに挑む。そのために、彼女の根幹を否定してしまったとしても。

 僕がどれだけ恨まれたとしても、

 

 彼女には色欲龍がいるのだ。きっと、色欲龍が彼女をつなぎとめてくれることだろう。だから――

 

 これでいいのだ。きっと僕は、何も間違っていない。

 

 ああけれど、間違っていないからこそ、その正しさは――時に誰かに疎まれ、蔑まれ、そして――――

 

 ――妬まれるもの、だったのかもしれないな。

 

 

「――あ」

 

 

 ふと、声が漏れた。

 

 

 足元が崩れていることには、その後に気がついた。

 

 

 そういえば、と思い出す。ゲームでこの螺旋階段は、少し欠けているところがあったな。割と脆くて、危なくて、一度足場が崩れて、ヒロインが落ちそうになり、それを主人公が助けるシーンもあった。

 きっと、最初から欠けているところは、嫉妬龍が足を踏み外したりしたのだろう。

 

 今、僕がそうしているように。

 

 僕はバランスを崩し、螺旋階段の上に落ちることができなかった。真っ逆さまに奈落の底へと落ちていき、そしてやがて滝に呑まれる。

 まずい状況だ、けれど、頭はとても冷静だった。

 

 ――とっさに概念化はした。これで僕が死ぬわけではない、ちょっとしたジェットコースターで、ある意味楽しい経験かもしれない。

 笑い事ではないけれど、さてどうしたものかな、と。少し考え込んでしまうような状況だった。

 

 だから、そのまま凄まじい勢いで湖へと叩きつけられ、湖底へと沈んでいった時。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ああ、それは。

 

 

 手を伸ばせと、僕に言っている。

 彼女は、そうだ。

 

 

 思わず呆けていた僕に、――嫉妬龍が、手を差し出していた。

 

 

 ◆

 

 

「――はぁ、はぁ……あんた何考えてんのよ!」

 

「いや……すいません、正直何も考えてませんでした」

 

「なんでこっちのほうが疲れてるの!? わけわかんない!」

 

 ――いやまぁ、別に僕が疲れる要素はないわけで、自分から飛び込んで精神を疲弊させ、更には僕の救出まで行った嫉妬龍の方が疲れているのは当然である。

 

 っていうか。

 

「……どうしてここに?」

 

「はぁ!?」

 

 僕の言葉に、嫉妬龍が怒りに満ちた声を上げて、凄まじい形相でこちらを睨んできた。

 

「あんた、すごい顔して私を追い出して! 何考えてんだか知らないけど、ろくな事じゃないのは丸わかりよ!」

 

「……え? そうなんです?」

 

「腹芸できないでしょあんた! ……もう、バレバレだっての」

 

 ――言われて、湖面を見る。

 そこには、もはや仏頂面を通り越して、無の域にまで突っ込んだような、しかめっ面があった。半分くらいフードに隠れてるけど、その眼がどんな眼をしているか、見なくても解る。

 

「ほんっと、すごい顔してますね」

 

「一旦顔洗ってきなさい、そこに水あるんだから」

 

 はあいと答えてから、いやお母さんかと少し笑ってしまう。なんというか、嫉妬龍は嫉妬が絡まなければ、本当にどこにでもいる普通の少女だ。

 気立てがよく、人懐っこい。

 

 共にいて、楽しい少女だ。

 

「……それで、どうして私を追い出そうとしたわけよ。あんな剣幕でいきなり言われても、なに一つ納得できないんだから」

 

「――君を傷つけたくなかった」

 

 観念したように僕が告げる。

 

「うぇっ」

 

 

 ――――途端、凄まじく気持ち悪いものを見る眼で嫉妬龍は僕を見た。

 

 

「何もそんな眼をしなくても……」

 

「するわよ!」

 

 ぐいっと顔を近づけて、嫉妬龍はお怒りのご様子。けれど、その理由がそんなに不自然な理由だろうか、ごくごく当たり前の、個人が抱く理由の一つだと思うが。

 

「――たとえどれだけ立派な訳だろうと、アンタがそんなまともな考えを抱くことが、まずおかしい」

 

「そこまで!?」

 

「そうよ。――だってあんた、エクスタシアやグリードリヒに似てるんだもの」

 

 そう言われると、なんとなく解る気がする。

 

「――あんたって、誰かのためとか、世界のためとか、そういう理由で生きてないでしょ。自分がしたいことをした結果、それが誰かを助けることはあったとしても」

 

「…………」

 

「それはエクスタシアたちの生き方と同じよ。あの子は自分がしたいことをした結果、人間の味方をすることになった。グリードリヒはその真逆」

 

「まぁ……そうかもしれませんけど」

 

「かもじゃない」

 

 ――確かに、それはそうかもしれない。大罪龍はその生き方が自身の性質に依存する。グリードリヒとエクスタシアが自分の意思を貫くように。

 

「アンタのそのセリフは、アンタの考えとは正反対よ。それは――きっとプライドレムたちの考え方だわ」

 

 彼らは、人類の殲滅を積極的に行っている。それは、傲慢龍であればそれが自分の存在意義であると確信しているから、他の龍たちも同様だ。

 その根底には使命に対する自負のようなものが見え隠れしている。

 

 ――ああ、たしかにそう言われてみれば、僕の言葉はきれいなお題目だ。僕に似つかわしいかというと、そんなことはないだろう。

 でも、それを口にすることは、如何にも優等生で、()()()()()

 

 その在り方に、酔ってしまっても、おかしくない。

 

「――アンタは、そういう思ってもないことをいうような奴じゃないと思う。自分を見失ってでもいない限り、アンタはアンタの言葉で、意思で、前にすすめるはずなのよ」

 

 それは――

 

「だって、――アタシみたいに、そうすることしかできない弱いやつとは、アンタは根本的に違うんだから」

 

 どこまでも、嫉妬龍らしい考え方だった。

 

「師匠なら、君は弱くない、ってすごく真面目な顔でいいそうだなぁ」

 

「……ああ、なんとなく想像できる」

 

 ほとんど面識はないだろうに、嫉妬龍が想像できるくらい、師匠は嫉妬龍に師匠を押し付けて言ったんだな。あの人、本当に良識の皮をかぶった身勝手だと思う。

 そんなに自分がまともだと思うなら、もっと世界のために戦えばいいのに。

 

 ――少し辛辣に思考がよりすぎた。荒んでいるな、と思いつつ話を戻す。

 

「でも、実際そのとおりだ。僕らしくもない、自分を見失うなんて。――ああ、思い出したよ」

 

 なんで、そんなことを見失ってたんだろう。()()()()()()()()? バカか、そんなの結果じゃないか。()()()()()()()と思った時と同じだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()から、僕は助けたいと思ったんじゃないか。

 そもそもの始まりが、嫉妬龍の不遇に、理不尽を感じたからだっただろう。どうしてそれを忘れていたんだ――?

 ああ、僕がしたかったことは最初から、

 

 

 ()()()()()()()()()()()だ。

 

 

「……はぁ」

 

 大きく息をはいて、額に手を当てる。少し、疲れていた。こんなアタリマエのことすら気が付かないなんて、我ながら阿呆もいいことだ。

 これじゃあ、ゲーム本編の嫉妬龍を笑えないな。

 

 そして、冷静になって気がついた。

 

 

 ――僕に必死に話しかける、嫉妬龍の身体は震えていた。

 

 

『――いや、置いていかれるのは嫌。私を置いていかないで、一人にしないでよ……』

 

 

 この遺跡の入口で見た、彼女の様子を思い出す。なんてこった、僕は彼女が一番嫌がることをしてしまった上に、それを我慢してまで彼女にむちゃをさせてしまったのだ。

 

「ああ、もう……大馬鹿野郎が」

 

 聞こえないように、小さくつぶやいて、――僕は彼女の手をとった。

 

「……っ!」

 

 怯えるように、たじろぐようにその手が、少し逃げる。嫉妬龍の身体も後ろへのけぞって、けれども逃げ場が無いと感じたか、ぎゅっと目を閉じて、唇を噛んだ。

 

「――すいません。気が付かなくて、自分勝手にもほどがありました」

 

「な、なによ――」

 

「これくらいはさせてください。貴方がいくら、こういう耳あたりのいい言葉を重ねることを嫌がったとしても、こうすることで、少しは楽になることも、あると思います」

 

 ――なんて気障ったらしい言葉だろう。でも、見ていられなかった。置いていかれることを嫌がる少女が、あまりにも小さくて、か弱くて、か細くて。

 こんなにも、ありふれた少女だったから。

 

 だから僕は手を差し出したんだ。

 

「貴方の恐怖も、貴方の劣等感も、今は少しだけ、忘れてもいいんです。僕が手を握っていますから、貴方を怖がらせてしまった分、僕が貴方の勇気になります」

 

「――」

 

「だから、今はその怯えを、その震えを収めてください。収めるまで、ずっとこうして、いますから」

 

「――う」

 

「大丈夫、きっとできますよ。僕じゃ力不足かもしれませんが、もう逃げないと誓います。ずっと向き合うと約束します。だから――」

 

「うう――ううううう! あああああああああああ!!!」

 

 ――嫉妬龍が吠えた。

 ぶんぶんぶん、とすさまじい勢いで僕が握る手を振って、引き剥がそうとしてくる。でも離さないぞ、君はまだ震えてる。怖がる少女を、一人にはできるものか。

 

「――わざとやってんの!? わざとやってんのよね!! バカ! バカバカバカ!! おバカ――!」

 

「なんだよやぶから棒に!」

 

 耳元で盛大に叫ぶものだから、少し耳が痛い。

 

「それが気持ち悪いって言ってんのよ――!」

 

「――そうなの!?」

 

 ――いや、コレは本心からの言葉だ。ちょっと早口になりすぎたキライはあるけど、さっきみたいな誰かのための言葉ではない。

 自分がそうしたいから、思いを口にしただけなのに。

 

 ――そこには違いがあるはずなのに、何故か嫉妬龍はどちらも気持ち悪いという。

 

 なんとも、理不尽な話だ。

 

「……ああ、もう。解ってるわよ、解ってるっての! アンタがアタシを救いたいってことの始まりが、アタシになかったとしても、今アンタがアタシを救おうとしてる事に、嘘はないってことくらい!」

 

 バッと手を振りほどき、嫉妬龍が顔を反らしながら言う。

 

「色欲龍と同じよ、余計なおせっかいが、何時まで経っても終わらない! 私が受け入れない限り、アンタはずっとそうしてるつもりでしょう!」

 

「まぁそりゃ、そっちだって強情なんですから、持久戦ですよ」

 

「――まず、一つ」

 

 ビシッと、僕を指差して、それを鼻っ面に叩きつけながら、嫉妬龍が言う。

 

「その気持ち悪い敬語をやめなさい。もっとキチンと使うか、もっと砕けて普通に話しなさいよ。なんでそんな中途半端に敬ってもいない感じで使うの?」

 

 慇懃無礼という言葉がある。嫉妬龍や師匠に対しては、だいたいそんな感じだ。

 

「まぁ、解ったよ。それで?」

 

 一つ、と嫉妬龍は言った。っていうか、指を突きつけているのに、視線はこっちへ向けていないんだな。顔を伏せているから、顔色が伺えない。

 ああ、だから――

 

「――エンフィーリア」

 

「……え?」

 

 

「エンフィーリアって、呼んで。私、嫉妬龍って呼ばれるの、キライなの」

 

 

 それをこちらへ向けて、赤面しながらも涙目で言う彼女は、本当にただただ純粋に、可憐だった。

 

「……」

 

 ――思い返してみれば、嫉妬龍は、大罪龍たちのことを名前で呼んでいた。根底のあるのは自己嫌悪だろう。嫉妬という感情自体が、彼女はキライなのだ。

 同時に、同じ大罪龍として自身と仲間を比べたくなかった。――比べれば比べるほど、自分が惨めになるだけだから。

 

「……なにかいいなさいよ!」

 

「あ、ああうん。解ったよ……エンフィーリア」

 

「わかればいいのよ」

 

 それで、と嫉妬龍――エンフィーリアは意識を切り替える。言うべきことを言って、満足したようだ。

 

「……結局、これはなんなのよ」

 

 つぶやく彼女の視線は、大きな大きな、龍型の大罪龍すら通ることのできる“門”へと意識を向ける。

 そう、長い長い螺旋階段の終点には、一つの門があった。そしてこの先に、僕が目当てとしている“衣物”が眠っている。

 

 ああ、だから。

 ここで僕は、改めて彼女に問わなくてはならない。

 

 僕のためではなく、彼女のために。けれどもそれは、教えないことが不平等だからだ。

 

「――これは、君の本来の力が眠る玉座の間、ってところかな」

 

「…………アタシの?」

 

「そう。けれど、僕の目的は――その力を破壊すること」

 

「――!!」

 

 嫉妬龍の顔が、照れたものから、一瞬で真面目なものへと変化する。さぁ、ここからが本番だ。

 

「その力を破壊すれば、君は嫉妬という枷から解放される。だから、その上で聞きたい」

 

 ここからは、僕の問題ではない。

 エンフィーリア個人の問題へと変化する。

 

 

「エンフィーリア。――君はどうしたい?」

 

 

 ――彼女がここへ来てしまった以上、見てみぬふりは許されない。

 存在する選択肢は、進むか、退くか。

 

 嫉妬を捨ててでも、手に入れられるものに希望を託すか。

 

 嫉妬を抱えたまま、――全てのボタンをかけちがえ、手遅れになったまま息絶えるか。

 

 

 ――さあ、エンフィーリア。

 

 

 君は、どちらを選ぶんだ?



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EX.辿るべき未来

短いので今日あげます。


 ――ライン帝国。

 大罪龍に対抗するため作られた世界最初の概念使いの国。長い歴史の中で、彼らはやがて大陸一の国家へと成長した。その中で、大きな変化があった。

 概念使いの国は、概念使いの()()()国へと変化しつつあったのだ。それはすなわち、概念使いでないモノの排除。概念使いの特権階級化だ。

 

 もちろん、それに対抗する健全な流れは存在した。結果として、その対立のなかでラインという国家はライン帝国とライン共和国という二つの国家へ遷移していった。

 

 これが、クロスオーバー・ドメインの舞台である二つの国家の略歴だ。

 この二作目において、主人公たちは共和国に所属する概念使いである。世界を席巻し、大罪龍に代わって覇権を握りつつあるライン帝国に抵抗するため、共和国は各地で活動していた。

 

 ライン帝国の横暴はひどいもので、概念使いでないものは人にあらず、そして概念使いであっても弱者は強者の餌でしかない。そんな横暴極まりない国家が成立したのは、彼らがどういうわけか、あまりにも膨大な数の概念使いを確保したがためである。

 共和国の概念使いはせいぜいが千や二千、そもそも世界に存在する概念使いの総数は1万に満たない。だというのにライン帝国は数万の概念使いで軍隊を形成、概念使いの物理的な武器、兵器では一切傷つかないという特性を活かし、一方的に他国を蹂躙し続けていた。

 

 

 ――その絡繰こそ、嫉妬龍エンフィーリアであった。

 

 

 帝国は、あろうことか嫉妬龍を捕獲したのである。

 数十という概念使いに囲まれては、特別強大な力を持たない嫉妬龍は抵抗する術を持たない。自身が消滅する寸前までいたぶられ、最後には自分から命乞いをさせられ、帝国に囚われることとなった。

 

 ――そこからの彼女の道程は、地獄と呼ぶほかない。

 

 ()()と称され施された数多の処置は、彼女の心を破壊した。彼女に子を生む機能はないが、もしも存在していれば、――むしろその方が救いだったかも知れない。

 喪われた子の重みに耐えきれず、彼女は自死を選べていただろうから。

 

 しかし、彼女にはそれがなく、結果として失うことのできなかった彼女は、最後まで手放すという選択肢に行き着くことができなかった。

 そんな彼女の眼の前には、兵士となるために生産され、出荷されるために用意された概念使いの卵が用意された。

 まだ手に抱くことすらできる赤子であった。

 

 それを自身の権能でムリヤリ概念使いに仕立てさせられ、世界を滅ぼすための手先とされた。大罪龍は、かつて世界を滅ぼそうとしていたのだから、というお題目の元。

 

 ――嫉妬龍は、そうではなかった。むしろ人間に対して協力的な側の存在だった。それでも、同じと一つにくくられて、使われた。

 転機が訪れるのは、二作目における話の中盤。主人公たちが嫉妬龍が囚われた研究施設に侵入したことに端を発する。

 

 この時、主人公たちは帝国が概念使いを生み出す原因が、嫉妬龍にあることを突き止めていた。彼女の権能と、彼女が帝国に囚われていることも。

 しかし、主人公は肝心なことを知らなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()ということを。故に、彼らは見逃したのだ。彼らは研究所にとらわれていた人々を片っ端から解放した。

 そうすることが、使命であったから。

 

 それは正しい行為だった。けれども、故に気が付かなかった。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 超常の存在である嫉妬龍に、枷がなくなったとき、彼女が周囲を欺いて逃亡することは容易だった。なぜ、主人公たちに救われることを選ばなかったか。

 ――選べるはずもない、その時の彼女に人間を信頼するという選択肢はなかったのだから。

 

 そして、彼女は自分の巣へともどった。もう、何ものからも阻害されることなく、彼女は一人眠ることを選びたかったのだ。

 

 もしもこの時、嫉妬龍が色欲龍の元へたどり着いていたら、どうなっていただろう。――きっと、世界を滅ぼす龍が一体から二体に変わっていただけだ。

 それだけのことを帝国は嫉妬龍に施し、このときの色欲龍はまだ、人という存在を心から愛していたわけではなかった。

 

 巣へともどった嫉妬龍はしかし、そこで未知なる遺跡を見つける。自身の巣の下に広がっていた、得体のしれぬその場所に、けれどもどういうわけか彼女は誘引された。

 

 ――本来であれば、嫉妬龍に立ちはだかるはずだった魔物は、けれども彼女に手を出すことはなく。やがて彼女は、そこへたどり着いた。

 

 最弱と呼ばれた大罪龍。

 そんな彼女が、本来与えられるはずだった力、敢えてあるものが剥奪し、ここに保管したそれが眠る場所へ。

 

 衣物。

 それは、特定の存在が纏うことで効果を発揮する。その効果、意味は様々で、嫉妬龍の場合は、そもそもこの衣物を纏った状態が、彼女の本来の姿だったのだ。

 それを、()()()が意図して剥ぎ取った。剥ぎ取った後、この遺跡に放置して、嫉妬龍を世界に送り出したのだ。

 

 あるのは、純粋な悪意。

 その悪意故に、嫉妬龍は人類に滅ぼされるための力を手に入れた。それが破滅であることは解っていた。だが、止められるだけの理性も、理由も、彼女には存在していなかったのだ。

 

 

 それからの彼女の行動は鮮烈であった。

 

 

 力を手に入れ、嫉妬という轡を引きちぎった彼女は、復讐を始めた。

 対抗する人類――主人公たちとの初めての邂逅は、主人公たちが帝国中枢へと特攻を仕掛けたときだった。世界を救うため、帝国を止めるため、彼らは帝国を治める皇帝を暗殺するべく、潜入。

 そして、たどり着いた玉座に、嫉妬龍は座っていた。

 

 ――彼らが抹殺するべき皇帝の首を、愉しげに掲げたまま。

 

 そして登場の直後、嫉妬龍は主人公たちにも襲いかかってくる。この時、主人公たちのパーティには、幼いながらも機転の効く優秀な概念使いがいた。

 その概念使いは同時に幼さ故に死地をゆく主人公たちの救いであり、希望でもあった。誰もがその希望を守るために戦い、そして希望である幼い概念使いもまた、生きようと必死だった。

 

 

 ――それを、殺害した。

 

 

 皮肉にも、この幼き概念使いこそ、嫉妬龍を解き放った張本人であり、嫉妬龍はそれを覚えていたのだ。ああ、妬ましい。こいつがこんなにも救われた存在であることが、妬ましい。

 結果として、ここに嫉妬龍と主人公たちの和解という選択肢は喪われた。

 

 その後、覚醒した嫉妬龍により敗北した主人公たちは帝国を脱出。この脱出の際にも、主人公たちを導いてきた父と呼ぶべき概念使いが犠牲となった。

 嫉妬龍もまた、世界に復讐するための手段として、帝国を乗っ取り、その後を継いだ。人と人との争いが、人と大罪龍という、数百年前の歴史の繰り返しへと変化したのである。

 

 それからも、主人公たちと嫉妬龍は対決を繰り返し、その度に嫉妬龍は主人公たちから大切な物を奪っていく。やがて、嫉妬龍のその地獄としか言えない道程を知る機会が訪れた時に、それでも主人公たちを止める理由にはならない程に。

 

 かくして止めることのできない戦いの火種は、世界を覆い尽くすほどの炎と代わり、嫉妬龍は討たれることとなる。救いはなかったのか? そんな声は焔によってかき消され、灰になって朽ちて消えた。全ては“次”へと繋げるために。

 

 これが、本来の辿るべき未来。

 正しい歴史。僕が知る、ドメインシリーズ二作目において、嫉妬龍が歩いた末路だ。救われるべきはずの彼女は、しかし、己自身の手で救いの道を壊し尽くして、

 

 最後には、嫉妬の怨嗟とともに、消滅する。

 

 ――ああ、わかりきっていたことじゃないか。

 何が悪かったか、などは言うまでもない。帝国に囚われた嫉妬龍は完全な被害者で、それに何一つ落ち度はない。けれど、道を踏み外す原因となったのは、本当に些細な勘違いだ。

 そんな些細な勘違いが、結果として主人公たちから大切なものを奪い、嫉妬龍は救われる道を失った。

 

 嫉妬龍と主人公たちだけではない、そもそも二作目における大きなテーマは、すれ違いだ。

 共和国と帝国が道を違える原因になったのも、すれ違い。そして、それによって喪われたものが、もどってくることはないという事実。

 クロスオーバーとは、すなわちすれ違いと喪失。その交錯を意味するのだ。

 

 危ないところだった。

 もしも、僕が嫉妬龍の意思を鑑みず、すれ違ったまま事をなしていれば、きっとその二の舞となっていたはずだ。

 

 でも、僕は間違えない。僕たちは間違えない。

 ――どんな理不尽だろうと、すれ違いだろうと、ひっくり返して。

 

 

 僕は、負けイベント(エンフィーリア)を、勝って(すくって)みせる。



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31.嫉妬龍は選びたい。

 ――思えば、僕はゲームの頃から愛着のあるキャラのことになると、少し思考がブレるところがあるな、と感じる。僕にとっていちばん大事なのは負けイベントに勝つことで、基本的にはそれ以外のことはどうでもいい。

 ただ、そこに少し愛着というフレーズが混ざると、僕はどうにも冷静ではいられなくなる。ゲームのキャラに対する愛着。現実に存在する彼女たちに対する関心。そういったモノは、時に自身の力になる。師匠を助けるために戦った強欲戦は、本当にそれが強く感じられた。

 

 逆に、命のやり取りではない色欲戦では、師匠や色欲龍に意識を取られ、集中力がいまいち足りていなかった。今回は、弱り果てた嫉妬龍が、あまりにも見ていられなかったから。

 

 ああでもしかし、この世界に来る前の僕は、こんなにも女の子に意識を向けてしまうような性格だったかな?

 というか、こういうことを二度もミスするような奴に、心当たりがあるような……? でも現実にそんな知り合いいなかったからな……

 

 ともあれ、今は嫉妬龍――エンフィーリアのことだ。

 

「まずは、説明しなさいよ。アンタのいう“衣物”って何。それが私と、何の関係があるのよ」

 

「――衣物。()()()がこの世界に残した、大罪龍とも、人類とも異なる、超常の力。細かいものであれば、時折人類が見つけ出して、技術に組み込んでいることもある」

 

 僕たちが、さっきコーヒーを呑むために使った簡易休憩キット、他にも復活液や各種回復アイテム、前の世界では普通ありえないアイテムは、基本的に衣物と呼ばれるものだ。

 とはいえ、それが衣物と呼ばれることはない。そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 この概念が知られるようになるのは今から数百年後、クロスオーバードメインの時代からだ。

 

 何故そうなるかというと、まぁこの衣物という設定自体が後付だからなのだが。

 

「その中で、最も重大な衣物。“星衣物”。これは世界に七つ存在しているんだ。あの扉の向こうにあるのも、その一つ」

 

「……それって」

 

「そう、この七つの星衣物は、大罪龍に関わるものだ。嫉妬龍、君の場合は君が()()()に削ぎ落とされた力そのもの」

 

 ――本来、嫉妬龍とそれ以外の大罪龍に、ここまで大きな力の差は存在しない。だが、エンフィーリアが司るものが嫉妬であるがゆえに、より嫉妬をその身に刻み込むため、彼女は今の姿に押し込められた。

 

 この先に進めば、それを取り戻すことができる。

 

「――それを、アンタは止めようっていうのよね」

 

「もちろん。あの力は君が持つべきではないものだ。もしも、それを手にしてしまったときの末路を、君に教えてあげようか?」

 

「……いらないわよ。アタシの末路なんて、今更誰かから聞くまでもない」

 

 ズバッと、切り捨てるようにエンフィーリアは言う。それは、――ああ、それは。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。アタシは絶対に、幸せにはなれないんだから」

 

 

 ――息を呑んだ。

 それは、僕の言葉に、鋭く返したエンフィーリアの瞳を覗き込んでのものであり、そして考えてもみれば、あまりにも当たり前の事実を、そこで初めて意識したことによるものでもあった。

 

 嫉妬龍が、自身の辿る道筋を、理解していない訳があるか? 彼女はアレだけ多くのことに気がつけるのに、自分の権能の意味も、それが周囲にどういう影響をもたらすかも。

 

 何れ、自分の力を求めて、世界がどう動くのかも。

 

「すいません」

 

「いらない。――それで、アンタは自分がどうしたいのかじゃなくて、アタシにどうしたいかを聞いてくるわけ」

 

 ふぅん、とこちらの考えを見透かすように、エンフィーリアは僕を覗き込んでくる。剣呑な、けれどもどこかいたずらっぽい子供のような顔は、少しすると離れていった。

 

「ええ、僕はすでに答えを出してますから」

 

「貴方ならそうなんでしょうけど――そこに火を焚べたのはアタシ、ってことか」

 

 別にここにエンフィーリアがいなくとも、僕はこの先に進むわけだから、僕の意思を彼女に伝える必要はないわけで。加えて、エンフィーリアのおかげで初心も思い出せた。むしろ、ここで退いては僕に発破をかけたエンフィーリアを裏切ることになる。

 

「エンフィーリアも大概お人好しだよ。あんなに怖がっているのに、無理してここまでやってきて、必要もないのに滝に飛び込んで。もちろん、感謝はしているけども」

 

「……だって、置いていかれたくなかったんだから、しょうがないじゃない」

 

「だとしても、さ」

 

 少しだけ、しょぼくれるようにするエンフィーリアに、僕は苦笑する。

 

「今のエンフィーリアには、前に進むか、後ろに下がるか。その選択肢がある。選ぶのは君で、君は君の好きにすればいい。ただ前に進む場合に気をつけてほしいのは――」

 

 ――これは、衣物の存在とは別に、確実にエンフィーリアに伝えておかなければならないことだろう。要するに、彼女が僕とともにこの先へ進む場合、何が起きるかだ。

 

「たとえ君がどういう意思でそれを選択したとしても、()()()()()()()()()()()()()。なぜかって言えば、この先の部屋にあるものは、君の力そのもので、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だからだ」

 

 つまり、僕は衣物を破壊しなくてはならないわけだが、衣物はエンフィーリアそのものなので、エンフィーリアが部屋に入ると、彼女と一体化し始める。

 僕はその場合、エンフィーリアが装着した衣物と対決することになる。

 

「……それ、アンタが勢い余ってアタシを殺しちゃったりしない?」

 

「それは大丈夫。一定まで傷を追うと、衣物は君から剥がれて暴走を始めるから。暴走し始めた後もその力を諦めきれなくて縋ろうとしてすり潰されたりとかしなければ死なないよ」

 

「えらい具体的かつ、アタシがおいつめられたらやりそうなことは、言わなくていいわよ!」

 

 というか、と身体を抱くように抱えながら、エンフィーリアは続ける。

 

「衣物が剥がれるとか! そういうスケベなこと言わないでよ!」

 

「えっ」

 

 全く思ってもいなかったので、思わず呆けてしまった。

 

「…………悪かったわね!!」

 

 顔を真赤にして、エンフィーリアはポーズをとったまま叫ぶ。

 

「とにかく、解ったわよ。ようするに、選択肢は二つ。――アンタと戦うか、アンタと戦わずに逃げるか」

 

「逃げるなら――」

 

「――――戦う。アンタと戦う、行ってやろうじゃないの、この中に」

 

 即答だった。

 別に、僕を追い払うだけなら、ここで戦闘を行っても良い。そこそここの湖も広い場所だし、ここで勝てば、エンフィーリアはこの先にあるものを見ることなく、この場から離れることができる。

 ようするに、見てみぬふりができる。

 

 それをしないということは、エンフィーリアは完全に覚悟を決めているというわけだ。

 

「だったら、そこに関して言うことはなにもない。僕は君に勝利するし、勝利して君を嫉妬という枷から解き放ってみせる。負けられないからね」

 

「へぇえ、言ってくれるじゃない。アンタのそのムダに自信と自負に満ち溢れた余裕は気に入らないわ。グリードリヒに勝っただとか、エクスタシアに勝っただとか、そんなのどうでもいい」

 

 指を僕に指して、エンフィーリアは睨みつけてきた。

 

「――妬ましいのよ、その態度」

 

 へぇ、と少しだけ口角が釣り上がる。――らしくなってきたじゃないか、“嫉妬龍”。

 

「言っておくけど、私はアンタに負けたいわけじゃない。むしろ逆、勝ちたいのよ。だってアンタは、アタシにとっては異物以外のなにものでもないから」

 

「そんなに僕がお嫌いなら、この場で殺しにかかってもいいんですよ」

 

「違う。アンタが気に入らないわけじゃない。アンタに負けたくないのよ。言ってあげましょうか、私の嫉妬は、アンタが思ってるほど軽くない」

 

 ――そう言って、僕に向かい合う彼女の姿は、先程、自身の嫉妬を抱えながら、今にも消えてしまいそうだった彼女のそれとは、正反対とすら言えるものだった。

 見れば、その瞳にはあまりにも強い意思の輝きが宿っている。何故か? 理由はとても単純なことだろう。

 

 僕に油を注いだ彼女は、同時に自分自身にも燃料を投下していたのだ。

 ここに来るために、僕を追いかけるために振り絞った勇気が、逃れられない選択を突きつけられたことで意思の強さに変換されている。

 覚悟を決めたのだ。

 

 今、目の前にいるのは、か弱さの残る少女エンフィーリアではない。嫉妬の権化にして象徴。嫉妬龍エンフィーリアにほかならない。

 

「私は弱い。嫉妬しかできないくらい。でも、その嫉妬に価値がないとか誰が言ったのよ。むしろアンタは、私の嫉妬が素晴らしいものだと言ってみせた」

 

「――そうだね、君は何も悪くない。むしろ、嫉妬はよいものだと思う」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もしアンタがそう言うなら、ここで証明してみせなさいよ。誰よりも嫉妬を知るこの私に、アンタのいう嫉妬を、今ここで!」

 

 ああ、それはなんて無茶なお題だろう。僕は嫉妬が悪いことではないと思う。けれども、エンフィーリアはそれをバッサリと切り捨ててみせた。

 彼女の根底に巣食う嫉妬は、あまりにも根深い。いや、根深いなんてものじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()。もはや絡み合うどころか、完全に一つになってしまっているそれを、如何に切り離すか。

 

 方法は、力技以外に存在しない。

 

「いいだろう、実に結構じゃないか。僕には君に救いを叩きつける覚悟がある。君がどれだけ望まなくても、僕は君の救いになる。君が救われたと思うまで、やってやる!」

 

「いちいちそんな歯の浮くようなセリフ並べ立てて、ご苦労さまね! でも、あいにくそういうの、これっぽっちも私には響かないんだから!」

 

 ――なんて無茶な話だろう。

 言葉での説得は不可、僕と敵対することを選んだ彼女は、救いを求めるのではなく、嫉妬が()()()()()()()()()ことを証明するために戦うことを選んだ。

 それが彼女がここまで抱えて生きてきたものの大きさを物語っている。

 

「――いちいち、上から目線で救いたいなんて嘯くんじゃないわよ!」

 

「そうやって、どこまでも強情な所を見せつけないでくれよ――」

 

 もしも、そんな彼女に救いの手を差し出したら、どう思う?

 

 

「妬ましいったら、ありゃしないのよ!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 ――そして。

 

 

 もしも、それがあまりにも理不尽な宿命だとしたら、僕はどうする?

 

 

「ちょっと、燃えてきちゃうだろ!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ああ、僕たちは、

 

 ――きっと、お互いの関係は、悪いものではないはずだ。むしろ良好とすら言えるくらいで、人嫌いな彼女からしてみれば、本当に珍しいくらい心許せる相手が、僕なはずで。

 うぬぼれかも知れないが、彼女は僕のことを決して嫌ってはいないだろうと、そう思う。

 

 でも、僕と彼女が互いに対して真剣に向き合った時、

 

 

 僕たちは、衝突せずにはいられないのだ。

 

 

 ――手をかざす。このあまりにも巨大な扉は、僕が念じれば、思うがままに開いていく。それがこの遺跡にとって当然の機能であり、僕が()()であることの何よりの証。

 

「もう、後戻りはできないよ」

 

 龍化を一旦解いていたエンフィーリアの身体に、再び龍の衣がまとわれる。だが、その姿は、即座に変化を見せた。

 

「アンタがここまで連れてきたんでしょ、ちゃんと責任、取りなさいよね」

 

 爪はより凶悪に。

 翼は大きく、高らかに。

 

「だったら――」

 

 何より大きな変化は、尾だ。

 それまで彼女には存在しなかった、巨大な尾が、地に伸びて、広がっている。

 

「――だから」

 

 そして、彼女の姿が、宙に浮かんだ。

 

 

「――覚えておくといい、僕は敗因。君に敗因を教えるものだ!」

 

 

「覚悟しなさい。私は嫉妬龍。この世全てに嫉妬する大罪龍よ――!!」

 

 

 僕は刃を手にとって、彼女は鉤爪を突きつけて。

 ああ、こうして二人は互いの譲れないものと、押し付けたい思いを胸に、戦いを始める。けれども、無茶な話だ。僕一人で大罪龍と戦う? 相手は嫉妬龍、最弱の大罪龍。だとしても、その身体には、本来であれば剥奪されたままだったはずの強大な力がそのまま全て宿っている。

 

 その強さは、単純に考えても先日戦った、人間形態の色欲龍を上回るだろう。強欲龍にだって負けてはいないかもしれない。

 せめてもの救いは嫉妬龍の戦闘経験の少なさ。搦手や奇策に弱いだろうことは想像がつく。けれども、それも学習されてしまえばそこまでだ。

 聡明な彼女のことだ、同じ策は二度とは通じないだろう。

 

 まったくもって理不尽な話。

 

 それでも、僕が自分で選んだことだ。

 

 エンフィーリアがそうであるように、僕もまたある意味無謀とも言える戦いに身を投じるわけだ。けれどもそれは、ある意味僕にとってはいつものことで。

 

 故に言えることは唯一つ。やはり負けイベントはこうでなくっちゃ。

 

 さあ決戦だ。

 この負けイベントをひっくり返して、嫉妬龍を救い出せ。言葉では届かない、固い固い殻の中に、閉じこもった少女を一人、引きずりあげて見せるんだ。



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32.ぶつけ合いたい

「あ、はははは……すごい、すごいわね。これがアタシ、信じられない。これがアタシなんだ!」

 

 空に浮かび上がった嫉妬龍が、その鉤爪を振るいながら叫ぶ。楽しげに、愉しげに、それまでの彼女からは考えられないほど、その笑みは多幸感に満ち、まさしく力に酔っていた。

 ――振るわれる鉤爪は、空高く僕を見下ろしていてなお、こちらに届く。直接ではない、“風の刃”が僕へ襲いかかるのだ。

 

「言い忘れていたけれど、その力は君の人格すら歪めかねない、気をしっかり持つんだよ!」

 

「もう、先に言ってよ! ――こんなの、知らないアタシがバカみたいじゃない! アハハハハ!」

 

 モノの見事に呑まれているなぁ、と思いつつ、まぁそれも今のうちだ。やがて彼女がこの力に慣れてくれば、それも落ち着いてくるだろう。

 といっても、結構な時間がかかるし、クロスオーバーではその落ち着くまでの間にやったことで、彼女は止まれなくなるわけだが。

 

「っていうか、避けるんじゃないわよ! アタシが蹂躙するための戦いじゃないの、これ!」

 

「お互いの信念をぶつけるためのものだろ!?」

 

 弧を描くように、僕はエンフィーリアの鉤爪を避けていく。というより、走っている僕を追いかけるように放つものだから、攻撃が僕にそもそも掠りもしないのだ。

 ――即座に、それに気がついて彼女は攻撃を修正させる。

 僕の走る先を狙うように。

 

 その一瞬が、明確な隙だ。

 

「“D・D”!」

 

 僕は即座に正面からエンフィーリアに斬りかかる。横を鉤爪の風が通り抜けていって、僕はそのまま、

 

「“S・S”!」

 

 まずはSSを叩き込む。速度低下、きっちり入ったそれ。エンフィーリアが驚いたように目を見開いて、僕は彼女を蹴りつけながらDDで距離を取る。

 

「きゃっ……何すんのよ!」

 

 怒るエンフィーリアの反撃をSSで透かしつつ、更にBBで返す。防御力が低下した所に、更にDDで接近。エンフィーリアの上を取る。

 

「何って、戦闘だよ!」

 

 そして――

 

「“G・G”!」

 

 一気に上位技までコンボを跳ね上げる。更に速度が低下したエンフィーリアの爪を避けながら、もう一発。

 空中をDDで跳ね回り、コンボ数を稼ぎつつ、更には彼女のHPも削っていく。

 

「生意気! 生意気! 生意気!」

 

 言葉の端々に敵意をにじませながら、エンフィーリアは鉤爪を振るう。その一撃一撃に、風の刃は発生しない。強欲龍ならばこっちを吹き飛ばす衝撃が生まれていただろうが、彼の単純な腕力による一撃とは違い、エンフィーリアの刃は能力によるものだ。

 おかげで、攻撃範囲が見た目通りなのは非常に助かる。

 

「――そうよ、だったら薙ぎ払ってやればいいのよ!」

 

 そこで、エンフィーリアが少しだけ意識を切り替えたようだ。闘志がありありと浮かぶ獰猛な笑みで、僕を睨むと、その両腕を大きく振りかぶる。

 

 ――彼女のスキルのモーションだ。

 

「“後悔ノ重複(ダブルクロス・バックドア)”!!」

 

 先程、遺跡を抜けるときにも使った基本的な攻撃技。その大きさは、先程の数倍にも及び、僕を押しつぶそうかというほどだ。

 これを食らっても概念崩壊はしないが、そのインパクトはあまりにも大きい。

 

 けれどもね、エンフィーリア。その攻撃の判定がある時間は、()()()()()()()()()()()なんだよ。

 

「――“G・G”!」

 

 両者の攻撃が交錯する。己の敵意を得物に乗せて、しかしそれは激突することなくすり抜ける。――エンフィーリアの攻撃が僕の上から下へ駆け抜けた直後、僕の剣が彼女へと突き刺さり、

 

 ――これでコンボの準備が整った。

 

「喰らえよ、エンフィーリア!」

 

「何よそれ――!」

 

 

「――“L・L(ルーザーズ・リアトリス)”!」

 

 

 最上位技。僕の必殺が、エンフィーリアの身体を切り裂いた!

 

「――っ」

 

 息が漏れる。思わぬ大ダメージに、エンフィーリアは目を白黒させながら、その場を飛び退く。追撃はしない、ここから追撃を始めるとSTが持たないのだ。最短でコンボをつないだとはいえ、STはほとんど吹き飛んでいる。

 お互いに、距離を取ると、僕はそこでようやく地面に降り立った。なんとなく、この曲芸も板についてきたな。今後、飛行可能な大罪龍と対決する場合には、必須になるスキルだ。もっと馴染んでおかないと。

 

 

「――ああ、もう! なによアンタ! こっちのほうがスペックは上なのに、一人でアタシに食いついてこないでよ! 妬ましい! ほんっと妬ましい!」

 

「ははは、そうやって妬んでる姿も、君らしくはあるね」

 

「っ……! バカに、するなぁ!!」

 

 挑発しつつ、僕はもう一度接近を試みる。

 ――ここまでは僕が一方的に彼女を翻弄する形で進んでいる。しかし、それはあくまで彼女が自身のスペックに酔っているからで、また彼女が戦闘に慣れていないからだ。

 僕と彼女の差は、基礎的な部分では埋めがたいものがある。

 

 だから、

 

「――! “後悔ノ重複”! “後悔ノ重複”! “後悔ノ重複”!!」

 

 このように、激しい技を連打されると、一気に僕は苦しくなる。物理的に。

 ――彼女の攻撃技が、遠い距離から放たれ、僕へ向かって飛んでくる。これも先程と同じ風の刃だ。なお、後悔ノ重複で風の刃を発生させる能力は本来の嫉妬龍にも備わっている。

 それを通常攻撃で載せてくるのが、今の彼女の形態というわけだ。

 

 大きさにして強欲龍を丸呑みにする刃が、僕に連続して飛んでくる。回避するにも、横にかなりの距離の移動を強いられるため、先程からジグザグに飛び回っているが、エンフィーリアはそれを数で補ってくる。

 このままでは、何れ飲み込まれる。

 

「う、おおお!」

 

 僕はその中で、刃に剣を掠らせながら飛び回っている。これはSTを補充するためなわけだが、こうして遠距離で責め立てられていると、STGのグレイズだな、と言う感じになる。

 STGはあまりプレイしないのだけど、まぁ現実になったSTGはプレイ感が全く違うけどね!

 

「解ってきたわ。こうしてると、アンタが近づけないから、いつの間にかアンタが死んでるってわけね!」

 

「学習が早くて嬉しいよ」

 

「……何様のつもりよ!」

 

 まぁ、お客様……かなぁ。部外者という意味で。

 DDを駆使して間に潜り込んでいく。凄まじい物量で攻め立てているとはいえ、彼女の攻撃はまだまだ最適化がされていない。避ける余地はいくらでもあって、僕はそれを突いていくわけだ。

 しかし、それにもたもたしていれば――

 

「避けられるなら……!」

 

 上空で、エンフィーリアが足を振り上げた。

 

「“塊根ノ展開(アンダーグラウンド・スタンプ)”!」

 

 そこから、強大な衝撃波が放たれる!

 

「ッ! “D・D”!」

 

 地を覆うように広がるそれを、僕は飛び上がって回避する。上空に出ると、身動きが取れなくなるのが問題だ。

 

「そこ! “怨嗟ノ弾丸(スリリング・ストライク)”!!」

 

 狙いすましたようにエンフィーリアが両の鉤爪を重ね合わせ、そこから風の弾丸を放つ。これはとにかく速度が早い。動体視力で見切るのはまず不可能だ。とはいえ、早いということはそれだけ当たる時間も短いということ。

 

「“S・S”」

 

 攻撃を透かす。そこにすかさず、

 

「“後悔ノ重複”!」

 

 範囲攻撃が飛んでくる。隙を生じぬってやつだ。空中で真っ向から飛んでくるそれは、一瞬でも判断をミスれば攻撃が掠める代物、僕は即座にDDで距離を取る。

 

「っつ、おおおお!」

 

 斜め下に滑るように着地。なんとか攻撃を振り切ると、そのまま駆け出す。当然、攻撃はさらに飛んでくる。範囲の広い攻撃に、とにかく速度が速い攻撃。避けるには上空で飛び回らなければいけない攻撃。

 弾幕の種類が一気に数を増した。

 

 機動は二次元から三次元へと移り変わる。

 

「ほんっと、曲芸よね!」

 

「ありがとよ!」

 

 攻撃を透かし、躱し、時に受け、前に進んでいく。もはや速度低下以外のデバフは全て無視することにした。この辺り、色欲龍のときと同じだな。

 

「――とった!」

 

「チッ――!」

 

 ともあれ、長く時間をかけながらも、STはどうにか最大まで溜めきった状態で接近した。エンフィーリアの弾丸を避けながら、一気に飛び上がる。

 

「“S・S”!」

 

 まずはもとに戻った速度をまた、低下させる。

 

「ああもう、どこまでも鬱陶しいしつこいわね!」

 

「そういう戦いだ、これは! 僕は君が諦めるまで、折れるわけにはいかないんだよ!」

 

 爪と刃が激突する。エンフィーリアがそれを利用して後方に大きく飛び退き、僕がそれを追いかけた。迫りくる弾幕を、DDとSSで強引に回避しながら突き進む。

 その度にエンフィーリアは大きく下がり、僕が踏み込む。SSで速度を下げているのだが、うまい具合にこちらの攻撃を利用して、吹き飛ぶものだからその度に追いかけなくてはならない。

 

 ここでコンボを途切れさせることは論外だ。多少無茶をしてでも、上位技を叩き込まなければならない。しかし、とっくに最上位技に繋げられるだけのコンボを稼いでも、エンフィーリアにそれをぶつける隙がない。

 向こうの技術もこの戦いの中で凄まじい速度の成長をみせている――!

 

「っだあああ、どうしてこんだけスペックに差があっても勝てないのよ! あんたとアタシのなにが違うってのよ!」

 

「そこを分かられると、勝ち目がなくなるんだけどな! “D・D”!」

 

 エンフィーリアの攻撃はさらに激しさを増している。その間を駆け抜けることも難しいのに、あちらに逃げ回られては追いつくことすら叶わない。

 加えて、こちらはDDで接近するわけだが、DDからDDを連打できず、他の技を噛ませないといけない以上、どうしてもどこかで足が止まる。ここから踏み込む手段はなんだ?

 手を、打つ必要があった。

 

「おおおっ!」

 

 僕はDDでムリヤリ近くまで接近する。かなり厳しい位置だが――

 

「“C・C”!」

 

「きゃっ!」

 

 目的は、目くらましだ!

 そして、更に踏み込むと――

 

「“S・S”! “B・B”! “S・S”!」

 

 SBSでムリに突っ込んだ分の攻撃をやり過ごす。基本的にダンジョンアタックには向かない戦法なので、手札として切ることのできなかった暴食戦も合わせるとかなり久々に思えてくる。

 とはいえ、集中しきった極限状態であれば、問題なく成功することはこれまでの経験から解っている。

 

「――なにをっ!」

 

 同時に、辺りへ無闇矢鱈とエンフィーリアが刃を飛ばす。

 僕が視界を奪ったことで、彼女はこちらの位置を見失っている。そのうえで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから彼女は僕が目の前にいる可能性を否定する。

 狙いはそこだ。

 

 そして、想定は当たっていた。

 

 僕は勢いよく手を高く掲げると、

 

「“D・D”!」

 

 その後一気に加速した。

 

 STは限界だ、もうこれ以上余計な遠回りはしていられない。そしてこの踏み込みで、最上位技を叩き込めなければこれまでの攻防が全て無意味になる。

 エンフィーリアに経験値を与えるだけの結果に終わる。

 

 だから、

 

「ここで踏み込まないわけには行かないんだよ!!」

 

 爆発を抜ける。届けと祈りをコメて、逃げるなと意思を向けて。

 

 その先に、嫉妬龍はいた。

 

 ――口を開き、そこにエネルギーを溜めながら。

 

「いい読みだ! けどな!」

 

 エンフィーリアの読みは正しい。けれど判断が遅い、もしも本気でそれをぶっ放すつもりなら、最初から爆風に叩きつけておくべきなのだ。

 爆風から出てきたものを狙い撃つなど、日和見もいいところ。ここでの選択はガン逃げか全賭けのどちらかだ。

 

 だから――

 

「――ッ!! “嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)”!!」

 

 僕が囮にはなった小石――DDで足場にするそれだ――に釣られて、最大火力を無駄撃ちすることになるんだよ!

 

「――“L・L(ルーザーズ・リアトリス)”!!」

 

 二発目――

 

「あ、ああああっ!!」

 

 直撃した。

 

 ――ここまで放ったダメージを考えれば、エンフィーリアにぶつける必要のある最上位技は後一回。ここまでは順調といえば順調だが、一回目と二回目の難易度の差を考えれば、三回目のそれはあまりに理不尽な難易度になるだろう。

 少なくとも、普通に戦闘するだけでは敵わない。SBSなどの奇策を用いた何かしらの手段が必要になる。

 そもそも、最上位技を当てる必要がある回数が後一回というだけで、おそらくそれ以外にも何度か削りを入れる必要があるだろう。

 

 ――最上位技は強力だ。師匠の概念起源のような大技に匹敵するだけの火力を有する。ただ、それを当てるためには、こういった攻防を何度もくぐり抜け、更に概念起源の倍は最低でもぶつけなくてはならない。

 普通、大罪龍との戦闘でそれは不可能だ。そもそも大罪龍と何の準備もなしに戦闘に突入できる場面は極端に少ない。

 強欲龍の不死身のような何かしらに、どこかで阻まれるのが普通。

 

 唯一といっていい例外が、おそらくこの嫉妬龍戦なわけだが、それでも――

 

 

「――――つ、か、まえ、た!!」

 

 

 それでも、嫉妬龍はそんな例外すら、踏み越えてくる。

 

「っぐ、あ!」

 

 ()()()()()()。明らかに彼女は通常では考えられない速度で戦闘能力を向上させている。スペック的な意味ではない、技術的な意味で。

 最初の最上位技は完全にこちらが一方的に当てることができた。しかし、二回目はかなりの無茶の末、ギリギリの紙一重での直撃だった。しかも、

 

 その直撃の反省をその場で反撃の材料に変えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――“S・S”!」

 

 掴まれたそれを、僕は無敵時間によるすり抜けで抜け出し。けれど、そうなった場合、僕は下に落ちるしかない。

 

「逃がすかぁ!! “塊根ノ展開”!」

 

 ――下方への範囲攻撃。逃げ場を亡くしたそれは、完全に僕へのチェックである。

 

「っく!」

 

 すかさず僕はBBからのSS、つまりSBSに移行しようとするが、だめだ。ここから逃れるためにはそれを二回繰り返した上で、更にDDで距離を取る必要がある。

 

 僕にもうそんなSTは残されていない。

 

 落ちていく身体、それを追うように広がる衝撃。一秒の後、無敵時間が終了する。直後――

 

 

 ――僕の身体は、ずたずたに切り裂かれた。

 

 

「う、オオオオオオオッ!」

 

 痛みはない、概念化しているのだから当然だ。けれど、これはまずい。

 

「“後悔ノ重複”!」

 

 ()()()()()()()()

 

 SBS……? ダメだ、後使える概念技の数では、回避しきれない。後悔ノ重複は()()()()()()()()()()()。SSではきっちり約0.2秒、攻撃を食らう!

 そして、これを喰らえば次はない。速度低下に、概念技もほとんど使えない状況。

 

 これは、そうだ。チェックじゃない。

 

 

「喰らいなさい!! “嫉妬ノ根源”ッッ!!」

 

 

 ――――チェックメイトだ。

 

 直後、僕の視界は明滅し、

 

 

 ――僕は、概念崩壊した。

 

 

 ◆

 

 

 痛みが、体中を襲う。倦怠感が異様なほど頭にのしかかる。辛い、苦しい、死んでしまいたい。いっそこのまま消えられたら、それはもう幸せだろう。

 身体は、ピクリとも動かなかった。到底、動かせるとも思えなかった。

 

「――はあ、は、ぁ」

 

 遠く、エンフィーリアの吐息が聞こえてくる。

 あちらもかなり疲弊した様子で、コツ、と何かが地面に響く音が聞こえた。位置が少し遠い、嫉妬ノ根源に吹き飛ばされたおかげで、結果として距離が取れたようだ。

 

「つか、れた。――でも、こんなもんよ。どうよ、アタシを見下してくれちゃって。今じゃアタシがアンタを見下す番よ」

 

 ――口は動かない。

 概念崩壊の直後は、のたうち回りたくなるほどの痛みが、その痛み故に身動きすら許さない状態で襲ってくる。

 もはや拷問だ、これを受けては、並の人間では動き回るには数時間の休養が必要だろう。

 

 この状態で逃げ去っていった百夜の恐ろしさを実感しながらも、なんとか顔を上げるべく、意識を集中させる。

 

「あはは、すごい、すごいわ。コレさえあれば、私があいつらに怯える必要も、人類を恐れる必要もない。色欲龍みたいに、人間を侍らせてやろうかしら。ああでもやっぱりやだ、アタシ人間キライだし」

 

 その声音は、どこか愉しげで、そしてそれ以上に空虚だった。

 

「かといって、滅ぼすってのもちょっと違うわ。アタシはあの妬ましいくらい生き汚い連中がキライなだけで、アタシに関わらなきゃどうでもいいわけだし」

 

 はぁ、と一つため息。もう、自分を咎める者は誰もいないのだ。嫉妬龍は、その力に溺れる方法すら、迷える段階にあった。

 

「もう、これじゃあアタシが怠惰みたいだわ。アタシは嫉妬よ。嫉妬、誰かを妬み、嫉み、そして嘲られる……ああ、私はこれからどうしようかしら」

 

 そんな彼女の顔を見る。

 その顔は――

 

「ああ――」

 

 

 ――今にも泣き出しそうな顔で、笑っていた。

 

 

「今日はなんて、素敵な日なのかしら」

 

 嫉妬龍は、嫉妬に生きることを望んでいたか?

 彼女の嫉妬は、彼女そのもので、引きはがせるようなものではない、決して。だからこそ、僕の救済に対する彼女の嫉妬は、あまりにも尊くて当然の信念だ。

 

 けれどもそれは、押し付けられたことに対して、それを逃げないという宣言に過ぎない。

 今の彼女は、その信念に、力が伴っている。これまで、そんな事はあるはずないと諦めてしまったものが、単なる偶然による幸運で転がり込んできた。

 その状況に混乱しているだけだ。

 

 だから、そこに勝機がある。

 

 

「な、ぁ――」

 

 

 ふと、エンフィーリアは動きを止めた。

 

「何よ」

 

 僕の方を見る。倒れ伏し、身動き一つ取れない状態で、それでもなんとか顔を上げる僕に、嫉妬龍は不躾な視線を送る。

 ――それは、

 

「どうして、僕を、殺さないんだ?」

 

「……っ」

 

 つまり、そういうことでいいんだよな。

 

「必要……ないわ。アタシはアンタに、アタシの信念をわからせたかっただけ。アンタの死になんか、興味ない」

 

「――けどな」

 

 ああ、君に僕を殺す意思はないんだろうな。これまで戦っていて、一度も殺意を僕にぶつけたことはなかったわけだし。

 アレだけ色々言ってくれて、今も僕をどうこうするつもりはないわけで。

 

 でもな。

 

 僕の顔は、動いた。

 どれだけ苦しかろうと、手は動く。本来なら、そんな暇はないだろうが、今の彼女に、僕を殺してでも止める意思はない。なら――

 

 

「僕は、()()()()()()()()()()ぞ」

 

 

 端的に言って、僕はまた立ち上がった。

 懐から、()()()を取り出す。本来、これは自分になんて使えない。使う暇が戦場で存在しない。しかし、戦闘が終わった後ならば、誰の邪魔もないならば。

 

「は――」

 

 ――僕は、もう一度動き出す。

 

 力いっぱい、瓶をへし折って、僕はそれを身体に叩きつける。

 

「何、よ――それ」

 

「待たせて悪いな、エンフィーリア」

 

「何よそれ! ふざけないでよ! そんなズル、認められるわけないでしょ。そんなことして、アンタが持つはずない! やめなさいよ! そんなことしてまで、アタシを止める意味がどこにあるのよ!」

 

「ある――僕がそうしたいのと」

 

 剣を構え、突きつける。

 

 

「今、二つになった」

 

 

 笑みとともに、泣き出しそうなエンフィーリアへ。

 

 

 僕はその時、きっと初めて心の底から、負けイベントに対する理不尽とは何一つ関係ない。同情という上から目線でも何でもない。ただただ純粋な、

 

 

 ――()()()()()という、感情を抱いた。



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33.ただ純粋に救いたい。

 ――救うって、なんだろう。

 単なる押しつけか? 自己犠牲は、救うことにはならない。犠牲になったモノの心に傷を残す以上、自己犠牲では誰かは救えない。だから、人は()()()()()()()()()()()()()ことはできない。

 全てを幸せにして、丸く収めたいなら()()()()()()()()()()()()()()()()必要がある。

 

 つまり、人って自分が生き残った余力でしか誰かに救いを与えられないんだよな。それは、嫉妬を司るものとしては、完全に上から目線にしかならなくて。

 その上から目線に、エンフィーリアは嫉妬でしか返せないわけだ。

 

 だからこそ、純粋にただ救いたいという思いは、押し付けにしかならないのではないか? 僕はそのお題目をエンフィーリアに否定され、自分の意思で、自分のやりたいを為すために戦うことを選んだ。

 でも、だからといって僕の救いたいという気持ちは否定されるべきものか? エンフィーリアが否定しない、上から目線の押しつけじゃない救いって、どういうことだ?

 

 それは今まで、正直はっきりしてこなかったのだけど、今、目の前で泣きそうになっているエンフィーリアを見てよく解った。

 

 僕から救おうとしてしまうことが押し付けならば、逆にすればいい。僕ではなく、彼女が心の底から思えるようにすればいい。

 そう、

 

 僕はエンフィーリアから、「助けて」という言葉を、引き出したいと思ったんだ。

 

 

「――“嫉妬ノ根源”ッ!」

 

 

 閃光が、遺跡に煌めいた。

 直後、僕の側を通り抜けたそれを一瞥してから、一気に僕は距離を詰める。

 先程と比べて、弾幕の密度はより濃さを増した。三次元的な機動で持って接近するが、それすらも加味した上でエンフィーリアが仕掛けてくる。

 

「なんでそうまでして、アタシに構うのよ! 負けたくないから!? ふざけんな、アンタはもう負けたのよ、そのまま負けたままでいなさいよ!」

 

「だったら君がとどめを刺せばいいだろ。この戦いは、君を嫉妬から引き剥がすのが目的だ。そして、それを達成できなくなる条件は、僕の死だけだ」

 

「――ッ! “後悔ノ重複”!!」

 

 ――たとえエンフィーリアがこの場から逃げ出したとして、僕はそれを追いかける。君が力を取り戻し、野に放たれたのは僕の責任であるからだ。

 その罪滅ぼしをしなくてはならない。()()()()()()()()()()()()()()、僕は君を追いかけることをやめない。

 

 ストーカーだと思ってくれて結構。気持ち悪いと切り捨ててもらって結構。君は僕よりも強い、僕を不要と思うなら、僕を切り捨ててしまえばいい。

 

「――それができない時点で、君はまだ僕に勝ててないんだよ!」

 

「ふざ、けないでよ――! この、異常者ッ!」

 

 エンフィーリアが全霊で持って鉤爪を振り下ろす。

 その刃が地をえぐり、僕に迫る。これは――回避できない。

 

 僕の身体が、宙を舞った。

 

 ――概念崩壊だ。手にしていた剣が喪われ、地に直撃した痛みも合わさって、僕は、

 

「っが、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッ!!」

 

 人生で、今まで一度も上げたことのないような声を上げる。

 それでも、

 

「まだ、ま、だああああ!」

 

 もう一度復活液を取り出し、起き上がりながらそれを叩き割る。

 

「……ま、た!」

 

 嫉妬龍が、どこか怯えたような声を上げながら、僕を見る。ははは、悪いけど僕は異常者なんだ。人生の数割を負けイベントに割ける程度にはね。

 そしてそれは、この世界にやってきて。この世界の人間になって、より加速しているように思える。

 この痛みも、この苦しみも、

 

 僕が前に進むための燃料になるんだよ。

 

「さぁ、もう一回行くぞ!」

 

「もう来ないでよ! 変態!」

 

 駆け出して、滑り込もうとして、阻まれて。

 僕はまた宙を舞った。激痛に悶え苦しみながら、そしてまた立ち上がる。概念崩壊する度に吹き飛ばされるものだから、一向に近づけはしないけれど。

 

 幸い、僕の無茶のタネは、まだ山程ある。具体的には、僕たちがあの山の上で倒した暴食兵の数よりも多い。それだけしかない、とも言えるが、

 

「だったら、君ももっと自分の嫉妬を愉しみなよ、どうしてそんな顔をする。さっきの僕よりひどい顔をしているぞ!」

 

「アンタには関係ないでしょ! アタシはアタシよ、アンタはアタシに嫉妬されてればいい。救ってくれなんて言ってない!」

 

「言ってなかったとしても、僕は感じた!」

 

 ――迫る刃、僕は身を翻す。円を描いて、彼女の攻撃から遠ざかるように、隙を伺いながら飛び回る。チャンスは来る、STを稼がなくてはいけない現状、チャンスを待ち、時間稼ぎに徹することには意味がある。

 後一発。

 あまりにも遠いそれを、僕は彼女からもぎ取らなくてはならないのだ。

 

「結局それも押し付けじゃない! どれだけアンタが言ったところで、そんな憐憫がアタシに届くもんか! アンタにアタシが届けられるのは、刃とアンタのそのイカれた信念だけよ!」

 

 時を待つ。

 

「それでもいいさ。でもな、それだけじゃ君が満足しないだろうと思ったからな! 僕は君から全てを引き出したいんだよ。僕が求めるのは完全無欠の勝利のみだ。それがないなら、僕は君に勝ったとは言えない」

 

 時を待つ。

 

「この戦いが終わったとき。僕が君に勝利したとき、君はどうする。嫉妬を捨てて生きるのか? その先に何がある。僕はそれを助けることはできるが、選ぶのは君だ!」

 

 時を待つ。

 

「――勝ったつもりで、ごちゃごちゃ抜かすんじゃないわよ!!」

 

 今――!

 

 飛び出した。

 一瞬、弾幕にほころびが生まれた。頭の中で、その道筋を描き出す。そしてそれを、現実に出力しなぞりだすのだ。

 

「だったらどうした! それが嫌なら、君が選べ! 僕を殺せば、全部終わるぞ!」

 

「……っ! ほんっと、馬鹿――!」

 

 しかし、途中でそのほころびに道が途切れることがわかる。否、わかりきっていたことだ。一瞬ほころびがあったとしても、それはすぐに挽回できる。

 どうやっても、僕は途中で詰む運命にあるのだ。

 

 ――ならば。

 

「君がこの場に来ることを選んだ以上、すべて君が選ぶしかないんだ! 僕はすでにやるべきことが機械のように定まっていて、それをなぞっているにすぎない。だから、選んでないのは、君だけだ」

 

「だったら――!」

 

 僕は、地面に概念の刃を突き刺す。そして、足元に復活液を転がして、更には足を振り上げる。

 

「――“怨嗟ノ弾丸”!」

 

 迫りくる攻撃に対し、僕は突き立てた刃を支柱に、一瞬だけ耐える。すぐに概念崩壊を起こし、それは消えていくが、十分だ。吹き飛びさえしなければ、まだ僕にはチャンスがある。

 

「だ、ああああああッ!」

 

 概念崩壊。

 直後、僕は痛みに震える身体を無視して、地面に足を叩きつけた。

 

 復活液の瓶が破壊され、中身が僕の身体に飛び散る。即座に概念崩壊から復帰すると、僕はそのまま前に踏み込んだ。

 

「これで、届くぞエンフィーリアッッ!」

 

「もう、どうなってんのよ、アンタは……ッ!」

 

 目前に迫ったエンフィーリアは、なんだか。いつもの彼女より、少し小さく思えた。その在り方が、信念が、何かを寂しがっているように見える。

 

「“B・B(ブレイク・バレット)”!」

 

 まず一発、この距離ならBBが届く。そして、一気に次の技へと移行しつつも叫ぶ。

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 距離を詰めた。目と鼻の先。ようやくエンフィーリアをこの手に捉える。まずは、

 

「“S・S(スロウ・ストライク)”ッ!!」

 

 三連撃。

 僕の基本とも言える動きだ。コレなくして、僕の戦闘は成り立たない。

 

「っぐ……!」

 

 エンフィーリアは一撃を受けて吹き飛んだ。僕がやったわけではない、彼女が自分から攻撃の勢いを利用したのだ。僕はBBでそれを追撃しつつ、向こうの反撃はSSで透かした。

 

「アンタにアタシは救えない! アンタが勝ったところで、アタシの何が変わるのよ! これを破壊すれば嫉妬の能力が喪われでもするの!? そうでもなければ、結局アンタが死んだ後、アタシが人間の玩具にされるだけよ!」

 

 ――落とし所、というべきか。

 そもそも、僕は彼女とここまで交流を持つつもりはなかった。ただ、嫉妬の星衣物を破壊しておきたかっただけ。エンフィーリアに対しての同情はたしかにあったが、だからといって肩入れするほどではなかったのだ。

 最低限、星衣物を破壊しておけば、最悪の手前で彼女が止まれるかも知れないな、という程度。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()話も違ってくるけれど。

 

「君が救われない理由は、そこにあるってことか」

 

 追いすがる、僕の剣が、エンフィーリアを掠め、エンフィーリアの鉤爪を僕はなんとか受け流す。その度に、エンフィーリアは後方へ。

 先程の追いかけっこと、状況はそこまで変わらない。

 

「ええ、そうよ! アタシの末路は決まってる。アタシが嫉妬龍であるかぎり、その権能がある限り、報われない最後になる!」

 

 激しい火花が散って、閃光は薄暗がりの洞窟に煌々と輝く。

 

「色欲龍を頼ったとしても」

 

 間近で、それに照らされた、エンフィーリアの顔が見えた。

 

「――頼っちゃいけないのよ!」

 

 泣きそうな顔は、変わらずに。けれども苦痛と寂しさと、それから嫉妬に歪んだ眉は、彼女の今をありありと物語っていた。

 

「エクスタシアは、強くて、前向きで、そして何よりアタシを守ってくれようとするでしょうね。そしてアタシはそのことを考える度に、()()()()()()()()()()()()()なのよ!」

 

「それは――」

 

 ――仲を深める度に、人を好きになる度に、その好きになった部分に嫉妬するとしたら。エンフィーリアは、そりゃあ人嫌いにもなるはずだ。

 キライな相手に、どれだけ嫉妬しようと傷つかない。でも、好きな相手に嫉妬してしまったら、傷つくのは相手だけじゃない。

 

 そこで初めて、僕は言葉に詰まってしまった。

 

「――――アタシをッ! 好きになるなァ!!」

 

 “嫉妬ノ根源”。

 エンフィーリア最大火力の熱線が、間近から僕に放たれた。

 

「ぐ、あ――」

 

 痛みに襲われながらも、復活液をぶちまける。思考は冷静だ。負けイベントはまだ続いてる。その事にたいして、僕が怖気づくことはない。

 しかし先程から心のなかに合った、彼女から救いを引き出したいという願いは、今、僕の心のなかで急速にしぼみつつある。このまま僕らが戦ったとして、彼女が敗北したとして、それしか結果を残せないのではないか。

 

 結局、エンフィーリアは元の嫉妬龍のまま、いつか訪れる破滅を受け入れるしかないのか? 希望があるとしたら、あの星衣物――アレを破壊すれば、エンフィーリアが嫉妬の大罪ではなくなること。だが、あの力はあくまで彼女から抜き取られたもので、彼女の一部でしかない。

 それに、その可能性に希望を見出すと、今度はあの衣物が破壊された後、彼女が消滅する可能性も考えなくてはならない。

 

 どちらにせよ、他力本願だ。

 

 エンフィーリア――嫉妬龍はゲームでは星衣物が第二形態に移行する暴走に巻き込まれて死亡する。だから、第二形態が破壊された後の彼女については未知数で、やってみないとわからない。

 どちらにせよ、そこで彼女がどうなろうと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――君が救われる世界に、君がいなければ意味はない」

 

「……何よ、それ」

 

「君が君でいられるまま、嫉妬であるがままに、幸せでなくちゃ意味がないんだ」

 

 そうだ。彼女から嫉妬を、()()を奪っちゃいけない。あんなに寂しそうに、けれども必死にそれを抱え続けてきた彼女から、僕の憐憫に、その感情を高らかに振り回した彼女に。

 

「君は、今の君が、一番素敵で、生きているから!」

 

 僕の中にある救いたいは、彼女の救いになりたいというわけではない。彼女の生きている今が、美しかったから救いたいんだ。

 

「それこそ無茶な話よ。アンタの勝利はアタシの否定。アンタが勝つってことは、アタシに嫉妬を受け入れろってことじゃない!」

 

「違う! 君が嫉妬龍であっても生きていられるように、僕は不要な部分を切り捨てたいだけだ!」

 

 ――駆け出す。

 

「こんな力、君にはいらない。君は誰かを嫉妬して、けれどもその嫉妬を抱えながら、それを誇りに立ち向かう今が、僕は好きだ!」

 

 迫る弾丸も、風の刃も切り抜けて。

 

「――ッ!! アタシに、これを脱ぎ捨てて、また弱い頃にもどれって言うの!?」

 

 周囲に広がる衝撃波も、飛び越えた。

 

「嫉妬は悪いものじゃないって言った! 君が僕にそれを証明した。妬ましいことも、嫉むということも、前に踏み出す力だと見せてくれた! 君は弱くない!」

 

「そんな、心の話を聞きたいんじゃない!!」

 

 ――僕の刃が、エンフィーリアと激突する。

 何度もぶつかりあって、その度にエンフィーリアの心が届くんだ。

 

「心が強ければ、変わろうという意思が生まれる、君は与えられたものを受け入れられないといった。けれど、そうじゃなくなれば、君は与えられたもので、今よりずっと強くなれる!」

 

 それに、君は何度も言っているじゃないか。

 

 君の心は、ずっとそう叫んでいるじゃないか。

 

 だから僕は、それに答えるだけだ。

 

「だから!」

 

 手をのばす。

 

「なに、を――!」

 

 決まってる。

 君はずっと言っていただろう。――置いてかないでくれって。

 

 

「一緒に行こう、エンフィーリア! 僕は君を置いていかない! ずっと一緒にいるって、約束する!」

 

 

「――――ッ」

 

 お互いに、一瞬だけ、停止した。

 それは刹那にも満たない短い時間。止まっていたことすら両者気付かないほどの、小さなほころび。

 

「あ、あああ! ああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 直後、エンフィーリアから、猛烈な風が吹き荒れて、僕の身体は大きく吹き飛ばされた。

 

「ぐ、ぅ……」

 

 概念崩壊一歩手前で、なんとか踏みとどまる。けれど、今のはキツイ、技ではないから助かったが、HPはほとんどない。本当にギリギリでこらえたんじゃないか?

 

「なら――」

 

 見れは、エンフィーリアは宙に浮かんだまま、顔を伏せて、その表情は伺えない。

 

「――アンタを殺すわ。アタシにそんな言葉をかけてくるやつ。鬱陶しくて、上から目線で、そして命が輝いてる奴」

 

 そして、

 

「一番、アタシがキライなタイプよ。だから、殺す。もうアンタに、期待も希望も――抱きたくない」

 

 涙をにじませた、顔を上げて、僕を睨んだ。

 

「本当に好き勝手してくれたわね。いきなりアタシをこんな場所に連れ込んで。命を盾に一緒に行動することを強要して」

 

 振り上げた手から、風の濁流が生まれる。

 ――彼女の宣言に嘘はないだろう。だから、これが最後のアタックになる、ここまで、ある程度の削りは入れた。おそらく最上位技を叩き込めれば、僕の勝ち。

 

「身動きの取れないアタシを助けてくれて、囲まれたときは一緒に戦って、切り抜けてくれた」

 

 ――行くしかない。

 最後の攻防が始まった。

 

「アタシが自分を変えられないって言ったら、それを思いやって勝手に暴走した!」

 

 嫉妬龍が、叫びとともに刃を振り下ろす。

 

「挙句の果てに、アタシがここまでやっても、アンタは諦めなかった!」

 

 僕は、少しだけ戦い方を変えた。

 STは十分にある。だから、接近するまでの間にコンボを稼ぐのだ。基本はDDとSSの組み合わせ。そこに時折BBを挟んだSBSで攻撃をやり過ごす。

 

「何なのよ、本当に! ふざけるのもいい加減にして! アンタは人間、アタシは大罪龍。一緒になんていられない。それなのに! そんな優しいこと言わないでよ!!」

 

 ――ああ、全く素直じゃないけれど。

 聞きたいことは、聞けたよ、エンフィーリア。

 

 そして、接近する。エンフィーリアに手が届く。

 けれど、そのまま近づいても彼女は遠ざかるだけだろう。要するに、ここで向こうに僕は、これが最後の攻防だということを印象づけなければならない。

 

 だから――

 

「“C・C”!」

 

 二回目と同じだ。爆発で視界を覆う。

 

「――ッ! 二度も同じ手を!」

 

「さて、どうかな!」

 

 ここで取れる選択肢は少ない。向こうは弾幕を維持しなければいけないし、僕はこの爆風を利用しなければならない。

 

「それと――」

 

 とはいえ、僕のやるべきことは決まっていた。

 

「――僕は、人間じゃないと思うので、大丈夫だよ、きっと」

 

 彼女の言葉に、ただ一言だけ。

 

 僕は爆風の中に突っ込んでいった。

 

 ――エンフィーリアは可愛らしい少女だ。こちらのことをからかったり、恥ずかしがったり。けれど、そんな彼女の一番の魅力は、自分の嫉妬を大事にしているところだと思う。

 それは、言ってしまえば諦めかもしれない。絶望かも知れない。

 

 でも、だとしても、

 

 それを捨てなかったから、僕は君と出会い、君を救いたいと思ったんだ。

 

 小石を外へ投げ込む、反応はない、そのまま突っ込む。否、僕はここで一度SSからコンボを入れる。直後。僕の正面に、風の弾丸が迫っていた。

 

 ――それをすり抜けて、見る。

 

 エンフィーリアは、拳を握りしめた状態で、熱線を構えていた。確かに、モーションが動かないその二段構えなら間髪入れずに打ち込めるな!

 合わさった手のひらは、それはいうなれば祈りのようで。

 

「“D・D”」

 

 僕は、熱線が待ち構える彼女の懐へと突っ込んでいく。

 

「――――まさか」

 

「気付いても遅い。これで――!」

 

「――ッ」

 

 僕は、剣を振りかぶる。

 さぁエンフィーリア。

 

 

 ()()()()()

 

 

「――“L・L(ルーザーズ・リアトリス)”!」

 

 

「“嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)”――!」

 

 

 お互いに、避けられない。

 同時に放たれた一撃は、お互いの身体をえぐり。

 

 

 ――戦いは決着する。

 

 

 ◆

 

 

 僕の狙いは、相打ちだ。

 あの状況、多少の無茶は必要で、その上で、一番現実的だったのがこれである。相打ちならば、僕がエンフィーリアに殺されることもない。

 

 いや、エンフィーリアが先に戦闘不能から復帰すれば変わってくるが、戦闘経験に乏しい彼女にとって、それは酷な話だろう。

 

 だから、静まり返った遺跡で、僕はもぞもぞと復活液を取り出すと、それを叩き割った。

 

「ぐ、あー」

 

 ふらつきながらも、立ち上がる。

 ここまでの集中による疲れが、どっと押し寄せたような感じだ。急いで、エンフィーリアを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ん、ぅ……」

 

 少し苦しげだが、少しもすれば目を覚ますだろう。

 彼女を抱きかかえながら、僕は見る。

 

 さて、問題はここからだ。

 はっきりいって、暴走する第二形態は先程のエンフィーリアより強い。

 

 ……どう戦ったものかなぁ、と思う。

 

 ああ、でもしかし。

 抱えた彼女を見下ろして、僕は少しだけ笑う。

 

 

「――僕の勝ちだ、エンフィーリア」

 

 

 そう宣言し、改めて変化していく第二形態を、僕は睨むのだった。



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34.星衣物・嫉妬ノ坩堝(エンフィーリア・ドメイン)

 ――とりあえず警戒していたこととして、エンフィーリアの身体に変化はなかった。

 暴走形態はむしろ、彼女から離れていくようだ。考えてみれば、他の星衣物も色欲のそれ以外は倒せば剥がれ落ちたし、怠惰に至ってはそもそも()()だからなぁ。

 つまりこれが規定路線。引き剥がされて、ゲームで追いすがったときの嫉妬龍に身体能力の低下も見られなかったし、やはりそこまで心配するようなものでもなかったようだ。

 

「――あ」

 

「目、覚めた?」

 

 エンフィーリアが目を覚ます。

 ぼんやりとした眼は、やがて正気を取り戻し、僕を見上げる。やがて、自分の状況に気がつくと、僕を跳ね飛ばす――

 

「ぅ……」

 

 ことはなく、顔を真赤にしてうつむいてしまった。

 

「あれ? 僕をどかさないの?」

 

「……で、できないわよっ。いいでしょ、別に!」

 

 そう。とうなずいて、ポリポリと頬を掻く。こっちも気恥ずかしいんだ。今は龍形態――最初に変身した状態にもどっている――だから重いといえば向こうも怒って引き剥がしてくれるかも知れないが、残念ながらまったく重くなかった。

 エンフィーリアの身体は、驚くほど軽い。

 

 今にも、折れてしまいそうなほど。

 これを、引き剥がすことは、ちょっと僕にはできないな。

 

「――それで、アレが暴走した私の力? なんか、すごいことになってるけど」

 

 エンフィーリアから剥がれ落ちた嫉妬は、それはもうなんとも言えない形へと変貌を遂げつつあった。一言で言えば、それは尾だ。長い長い、そして巨大な一本の尾。

 その先端から、ボコボコと絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたような形容しがたい色のなにかが溢れ、その度に尾の先端は形成されていく。

 

「最終的に、アレが蛇になるんだ」

 

「蛇……憤怒龍みたいな感じ?」

 

「近いね、その上で、もう少し原始的というか、より蛇に近いイメージだ」

 

 ――憤怒龍はいわゆる中華的な神話で見られる蛇型の龍だ。龍の玉で出てくる神様みたいな感じである。嫉妬龍の“尾”は同じく蛇型だが、こちらのほうがより蛇をしている。

 なんというか、畏怖も信仰も存在しなかった頃の、より原初に立ち返ったものというか。

 

 まぁ、実際の所、これがどういった意図でデザインされたものかは、プレイヤーには想像する他ないのだけど。

 

「なんか、怖い……」

 

「人の心の底に在るものなんて、あんなものじゃない? 別にいいものでもなんでもなくて、要はそれがどうするかが問題であって……」

 

「……人間の中に、あんたみたいな変態が混じってることもある、か」

 

 そういう意味じゃないんだけど、と思いながらも。

 

「――暴走したアレは、もはや君の力もなにも関係ない。ただただ怪物なだけの存在だ」

 

 これを破壊しなければ、地上は大変なことになる。といっても、まだここに突入して一日も経っていないわけだから、近くに師匠もいる。そこまで心配はしていないけれど、僕はこれをどうにかすると言って一人で突入したのだ、それを師匠に任せたとあっては、後で何を言われるかはわからない。

 

 ここは、僕たちでこれを処理しなければ。

 

「アレに、遠慮はいらないってことね」

 

「そうなる。……どうする?」

 

「どうする……って」

 

 僕の問いに、少しエンフィーリアは考える。両手を何度か開閉して、自分の体の動きを確かめているようだ。やがて、特におかしなところはなかったようで、うんとうなずくと、こっちを見た。

 

「アタシは、負けたのよ。戦いでも……心でも」

 

「……それは」

 

「アンタが嫉妬を捨てなくてもいい、今の私が一番いいって、そう言ったんだもの。アレに呑まれる私でもなく、嫉妬を捨てて生きることを選んだ私でもなく」

 

 髪をかきあげて、少しだけ微笑むような穏やかな笑みで、嫉妬龍は。

 

「――このアタシが、好きなんでしょ?」

 

「……ああ」

 

 ――僕の身体に、手を回した。

 

「アレをどうにかしたいの?」

 

「そうだね」

 

「それには、アタシの力が必要?」

 

「もちろん」

 

「――これからも、ずっとアタシと一緒にいてくれるのよね?」

 

「うん」

 

 ――僕は、きっと人じゃない。僕が5主と同じなら、きっと僕の進む道は、とても、とても長いモノになるだろうから。

 

「なら、安心ね」

 

 嫉妬龍が人類によって壊されるなら、壊されないように守ればいい。僕の出せる結論は、そういうものだった。受け入れてくれるかは心配だったけど、嫉妬龍は笑顔でうなずいてくれた。

 

「じゃあ、やろうか」

 

「うん……でも、条件があるの」

 

 ――じっと、こちらを見つめる少女は、少しだけためらって、けれど、

 

 

「フィー……って、呼んで。じゃないと、やだ」

 

 

「――」

 

 おもわず、クラっときてしまった。

 なんて顔をするのだろう。切なさと、勇気と、それから最大限の独占欲。いじらしいにも程がある少女の言葉。

 少し、反則だよな、それは。

 

「……解ったよ、フィー」

 

「ん――」

 

 ――そして、彼女は目を閉じた。

 え、そういう流れ? 目の前に貴方の抜け殻が脱皮を果たそうとしているんですよ? そりゃ脱ぎ捨てたものだろうから、興味もないのかもしれないけど、そういう場合じゃないですよ!?

 

 ああでも、流石にこれで応えないのも男として――

 

 なんて、考えを巡らせているそのときだった。

 

 

「なのおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――ッッ!!」

 

 

 空から、

 リリスが、

 降ってきた。

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 ――すさまじい音と、飛沫を上げて、シスター服の少女――リリスが扉の外の湖面に叩きつけられた。

 

「な、何事――!?」

 

「……リリスだ。僕の仲間、さっき言っただろ? いやでも、どうやってここに!?」

 

 ざばぁ、とすごい勢いで湖から飛び出したリリスが、シュタっと着地する。

 

「到着なのー!」

 

 それからぶるぶると身体を降って、水を吹き飛ばす。ああ、その大きいものまで揺れてしまっていますよ、はしたない。

 

「……むぅ」

 

「あ、いやごめんなさい! そういうものだから、仕方ないんだよ!」

 

 女の子を抱き寄せているにも関わらず、別の子に目移りするのは流石に失礼だよな。怒ったエンフィーリア――フィーはむすっとした顔のまま、僕から離れて立ち上がった。

 僕も、同じく立ち上がる。

 

「あー! なにかいやらしい事してるのー! えっちなのー!」

 

「人聞き悪いわね! できなかったわよ! 誰かさんのせいで!」

 

「そっちもそういうのはどうかとおもうなー!」

 

 っていうか、そういう話をしている場合じゃない。

 

「まずはリリス、どうしてここに?」

 

「おししょーが一人だと不安だからって、でも自分が離れるわけにはいかないしー、ってことでしゅびびーんしたの」

 

「……周りを調査した?」

 

「そうなの!」

 

「いまのでわかるの!?」

 

 驚くフィーを他所に、話を続ける。でもって、じゃあどこから来たか、という話だ。

 

「あそこー」

 

 そういって、リリスはダバダバと流れ落ちる滝を指差した。ええと、つまり。あの滝の源泉からここまでウォータースライダーを?

 

「探したらあったのー。ラインの人達はのんのんって言ってたけど、多分ぱかーってしたからぺかーなの!」

 

「……つまり」

 

 ゲームでもどこから流れているかわからなかったあの大滝は、実はある場所と繋がっていたのだけど、それは僕がこの遺跡への道を開くまでは閉じられていて、僕が開いたから、そこも連動して開いた……と。

 なるほど、あのショートカット出口も同じ構造だから、可笑しくはない。

 

 しかしゲーム中にそれを見つけて入れれば、とても楽になっただろうなぁ。色々と。2のラストダンジョンは嫌いだ。2は大好きだけどラストダンジョンは嫌いだ。

 そしてさっきのダンジョンアタックで更に嫌いになった。もう二度とこんなところ探索したくない。

 

「それで落ちてこれるって、そっちの子もアンタの仲間らしい度胸してるわね」

 

「えへへー」

 

「褒められてないぞ」

 

 なんて、話をしている場合じゃない。

 

「リリス、すまないけど僕たちを回復してくれるか?」

 

「あいあーい!」

 

 ――しかし、師匠もかなりのナイスプレーだ。この場にリリスが一人いてくれるだけで、アレとの戦闘がぐっと楽になる。先程の死闘でHPを使い切ってしまったのもそうだけど、バフがあるだけで、僕たちはさらに強くなるからな。

 正直な所、どこまで見越していたのやら。あの人も流石に、この大陸で最強を名乗る概念使いなだけはあるとおもう。

 

 コレでもう少し、日常生活も威厳にあふれていればなぁ。

 

「さて、アレをぶっ飛ばしましょう。フィー、リリス」

 

「むぅ……色々言いたいことは在るけど、彼女が助けてくれるなら、貴方も助かるのよね、……なら、いいわ」

 

「頑張るのー!」

 

 僕が向き直り、フィーはムッとしながらもそれに合わせる。最後にリリスが手を大きく振り上げて、元気いっぱいに宣言した。

 

「敵は、星衣物。名を――嫉妬ノ坩堝(エンフィーリア・ドメイン)。君の名を冠してはいるものの、君から奪われ、そしてこれから必要ないと切り捨てるものだ」

 

「――解ってる。アタシの嫉妬も、妬みも、嫉みも、全部力に変えて生きるって。決めたから。生きていいって、言ってくれる人がいるから」

 

 やがて、怪物は姿を顕した。

 さながら、ゴルゴーンとでも呼ぶべき蛇の魔性。奪われたのは、美貌か、主か。どちらでも構わない、今の僕たちにとっては、ただの敵だ。

 

 倒すべき敵。乗り越えるべき相手に過ぎない。

 

 

「あいつを――倒すぞ!」

 

 

「ええ!」

 

「なの!」

 

 

 さぁ、嫉妬龍をめぐる、――最後の戦いだ。

 

 

 ◆

 

 

“SIAAAAAAAAAAAAAAA”

 

 叫びが、木霊する。

 広い広い遺跡の最深部、その半分を覆おうかという程の巨体が、金切り声を上げて僕たちを睨む。なんともおっかない話で、とにかく圧迫感がすごい。

 そしてこの嫉妬ノ坩堝、もととなったエンフィーリアと同じく遠距離攻撃を主体としたタイプで、弾幕を展開してくるのが特徴だ。

 というか、特性上ドメインシリーズの大型は動かずにドカドカ弾幕を放り投げてくる敵がほとんどだ。具体的には憤怒龍と怠惰龍あたりもそういうタイプ。

 

「それじゃあ、話したとおりに。まずは全力であいつに一発打ち込むぞ!」

 

「了解なのー!」

 

 言いながら、勢いよくリリスがバフをばらまいていく。攻撃バフ、防御バフ、速度バフ、色とりどりにそれらは僕の身体に降り注いで、その背中を推していく。

 

「行くわよ――! “嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)”!」

 

 開幕、嫉妬ノ坩堝に突き刺さったのはフィーの最大火力であった。当然、フィーにヘイトが集中する。

 

「気をつけて! リリスを巻き込まないようにね!」

 

 それを見送りながら、僕は嫉妬ノ坩堝に接近し、横っ腹をめった切りにする。通常攻撃でSTを軽く回復してから、コンボを最速で積み上げていく。

 

“SIAAAAAAAAAッ”

 

 直後、咆哮とともに嫉妬ノ坩堝の周囲が煌めいて、そこからレーザーが連続でばらまかれた。それは地面に突き刺さると、のたうつ蛇のように周囲を駆け回る。というか技名も蛇詣とかそんな感じだったと思う。

 やたらめったらに駆け回るそれは、僕とは反対方向、フィーの方に向いているけれど、いくつかは僕にも飛んでくる。軽く跳ねたりしながらそれを回避しつつ、コンボを重ねていく。

 

「“G・G”!」

 

「“後悔ノ重複”!」

 

 反対方向から、ちょうど同時にフィーの宣言が聞こえ、両方から衝撃が嫉妬ノ坩堝に叩きつけられ、嫉妬ノ坩堝はのたうつ。

 

“SIAAAAAAAAAAAAAA!”

 

 叫び、うねる身体から、回転するように光の刃が飛びだし、僕らを切り刻もうと迫る。それを飛び上がって回避すると、向こう側に距離を取りながら駆け回るフィーの姿が見えた。

 時折、思い出したように怨嗟ノ弾丸を叩き込んでいる。というか、弾幕が激しすぎて、塊根ノ展開や後悔ノ重複を放つ暇がないんだな。

 

 流石に危ういか、とペースを上げる。

 

「“P・P(ペイン・プロテクション)”! “M・M(マウント・マギクス)”!」

 

「まだなの!?」

 

「今なのー! “B・B(ブレイク・ブースト)”!」

 

 慌てたフィーの様子から、もう限界のようだ。ここでスイッチを切り替えないと、彼女が持たない。故に――

 

「“L・L(ルーザーズ・リアトリス)”!」

 

 最上位技! 振り上げた刃が巨大化し、嫉妬ノ坩堝を両断する――!

 

 その直前。

 

「ああもう、どうにでもなれ!」

 

 反対側から、閃光!

 

「“嫉妬ノ根源”!!」

 

 それはほぼ同時に突き刺さり、嫉妬ノ坩堝をえぐる。派手な閃光は、暗がりを照らし、坩堝の顔を映し出す。

 

 ――なんとも、物哀しい顔をしているな。

 

 厳しい蛇の顔が、なぜだか今にも泣き出しそうにみえた。

 しかしそれに感じ入る間もない。僕とフィーの頭上に、閃光が瞬いた。

 

「ちょ、嘘だろ!?」

 

 ――想定外。僕は慌ててDDで距離を取る。その真横を、()()()()()()()()()()()()()()

 別の技ではない、寸分違わず嫉妬ノ根源だ。

 

 そして、蛇は僕へと視線を向けた。

 

「きっちりヘイトはこっちに向いたけど……っていうかフィーは大丈夫か!?」

 

「ちょっと当たってたの! “C・C”!」

 

 中央から僕とフィーを同時に観察できるリリスが叫び、フィーに回復を飛ばす。こちらはなんとか回避できたものの、フィーは攻撃を食らってしまったようだ。

 

「だい、じょうぶ……!」

 

 そして反対側から声、苦しい様子はないが、焦りが混じっている。相応に危険な状態だったようだ。

 

「ごめん、思ったより削れてたみたいだ!」

 

「しょうがないわよ! 私、どれだけあいつ攻撃したか覚えてないもの!」

 

「――ふたりとも、早くしないと蛇さんにゅろろなの!」

 

 僕たちの会話を、リリスは遮って促す。ヘイトは僕に向いている、大丈夫、そこまで心配はいらないよ。けれども――

 

「早速使ってきたな……“反骨”」

 

 “反骨”。それこそ、嫉妬ノ坩堝における最大の脅威。ラスボスとして多くのプレイヤーを苦しめたそれは、即ち()()()()()()()()

 大技を叩き込むと、即座にそれを模倣してぶつけてくるのだ。ダメージが九割減するというデメリットがあるそうなのだが、こいつがカウンターを入れてくる攻撃は、だいたいどれも即死級の火力だ、あまり意味はない。

 

 ある程度嫉妬ノ坩堝を削ると解禁されるわけだが、僕の最上位技に合わせて嫉妬ノ根源をぶっ放してもらいつつ、僕が後から切ることで、反撃を僕の最上位技にしようとしたのだが、その前の削りがだいぶ順調過ぎたようだ。

 

「こっからは僕が大技を叩き込んだら、そこに合わせて嫉妬ノ根源を頼む!」

 

「ブーストはどっちにするの!?」

 

「フィー!」

 

「あいあい!」

 

「こっちも了解よ!」

 

 蛇が睨む。僕の周囲を取り囲むように迫るレーザー。

 さて、いよいよここからが本番――面白くなってきたな!

 

 気合を一つ入れ直し、僕は迫る弾幕へと、飛びかかっていくのだった。



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35.君の「助けて」が聞きたい。

色々ありましたが主人公の最大技はルーザーズ・リアトリスになりました。
花言葉は燃える思い、向上心。


 ――嫉妬ノ坩堝。

 その攻撃パターンは何パターンかに別れ、ダメージを受けるごとに変化していく。とはいえ、一番大きな変化はオートカウンター、“反骨”を使用するようになることだ。

 一定以上のダメージを与えると、そのダメージを与えた技をその場で使用してくる。ポイントとして、このカウンター攻撃中に大技を受けた場合、それにはオートカウンターを発動しないこと。

 

 ゲームでの戦い方は仲間が最上位技を繰り出すまでプレイヤーはコンボを溜めつつ削りに徹して、仲間が最上位を発動すると同時に自分も最上位を叩き込むようなプレイが求められた。

 今回の場合はフィーが常に自由に放つ事のできる大技――嫉妬ノ根源を有しているわけだが、アレは隙が大きく、乱発するとフィーにヘイトが行き過ぎる。基本的に前衛がヘイトを稼ぎつつ、タイミングを見計らってぶっ放すのがセオリーだ。

 

 とはいえ、好きなタイミングで撃てるメリットは大きいので、開幕にぶっぱしてもらって、しばらくは彼女にタンクを任せていたわけだが――

 ここからは、僕が彼女を守る番だ。

 

「あんまり無茶しないでほしいの! “C・C”!」

 

 とはいえ、それは結構な無茶なので、こうしてリリスはお怒りなわけだが――

 まぁ、ムリもない、僕は今コンボを叩き込みつつ、足を掠めたレーザーを無視して、踏み込んでいるわけだから。

 更には周囲に広がる風車のような回転レーザー。上空には雨のように降り注ぐ機関銃のような連撃。僕は回転レーザーを受けつつ、機関銃をSSで透かして回避した。

 ――ここまで、ほとんど動いていない。弾幕が激しすぎて、避けるよりも受けた方が早いのだ。

 

「……思ったより削れてないな」

 

 ときにはSBSを絡めつつコンボを稼いで、そしてこぼす。原因はデバフ、嫉妬ノ坩堝もフィーの系譜であるため、例外なくデバフを押し付けてくる。

 ただ、フィー本人に比べるとその倍率は低く、通常形態のフィーよりもさらに低い。どれも一割程度の倍率で、僕はそれをこちらのデバフ、バフの多さから無視して割り切ることにしたのだが――

 

「言ってる暇はないか……! フィー! 準備はいいか!」

 

「……ちょ、っと、まって!」

 

 反対側から、苦しげなフィーの声が聞こえる。リリスの言葉はフィーに対しても向いていたのだろうか、あちらもかなり厳しそうだ。ヘイトはほとんどこちらに向いているものの、嫉妬ノ坩堝の攻撃のほとんどは広範囲に影響を及ぼす。

 それを回避するだけでも至難の業ということか。

 

「そういうことなら……リリス、フィーに防御強化を! 僕には速度強化へのブーストを!」

 

「あい!」

 

 リリスが防御強化の概念技を使ったことを確認した後、DDで飛び上がる。一気に蛇の上を取ると、コンボを繋ぎつつ、向こう側にいるフィーへと視線を向けた。

 両腕でガードしながら、降り注ぐ機関銃をまともに受けてしまっている、アレを使われるってことは、ヘイト管理をミスってたか!?

 

「フィー!」

 

 叫び、DDで着地、彼女を弾き飛ばすと、SSで機関銃をやり過ごす。

 そのまま振り返り、

 

「あ、ちょっと!」

 

「このままだ! 叩き込め!」

 

「――うん!」

 

 思わず呆けていたフィーが、即座に視線を鋭くすると、僕は先行して飛び出す。さて、これでどこまで削れるか――

 

「“L・L(ルーザーズ・リアトリス)”!」

 

「“嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)”!」

 

 ――炸裂は一瞬だった。

 

“SIAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!”

 

 嫉妬ノ坩堝は悶え苦しむようにのたうち回り、その周囲には僕の刃が所狭しと浮き上がる。ダメージを受けたことで反骨の範囲が増えたわけだが――ちょっと多すぎないか!?

 

「……回避に集中して!」

 

「わかってる、あんなもん当たって無事でいられないっての!」

 

 僕は自分の概念技。フィーは身を以て三度味わった攻撃。お互いに警戒は最大限だ。しかし、驚異は刃だけではなく、ゲームではのたうち回る嫉妬ノ坩堝にも、当たり判定があった。

 そりゃアレだけの巨体が凄まじい勢いで暴れまわるのだから当然で、何にしても言えることはこの反骨中は攻撃なんてろくにできないということだ。

 

「リリス、下がって!」

 

「はいなの!」

 

 ――まずはリリスを範囲外へと逃がす。回復も届かなくなってしまうが、そもそも回復してる余裕もない火力が襲ってくるわけで、必要なものといえば速度強化くらいで、それは僕もフィーも問題なく受け取っている。

 

「ああああもう! 癇癪起こしてんじゃないわよ!」

 

 地面を跳ね回り、常にギリギリの状態でなんとか回避を続けるフィー。癇癪、というのは言い得て妙で、嫉妬ノ坩堝はフィーの一部。アレも気性の荒い彼女の癇癪と思えば、納得のいける行動だった。

 

「っていうか、そっちはかなり余裕で回避してるわね!」

 

「まぁね!」

 

 対する僕は危なげがない、というか回避に専念すればいいというのは非常に楽な話なのだ。これは単純な話だが、フィーに()()()()()()()。元はエネミーであったフィー最大の弱点で、無敵時間で攻撃をやり過ごすことが前提の概念戦闘において、それはかなり致命的な弱点と言えた。

 大技を自由に放つことができる代わりに、回避が苦手といったところか。

 

 その時だった。

 

「あ、まずっ――」

 

 フィーの声。視線をやる。――彼女が大剣に呑まれかけていた。

 

「っく!」

 

 思わず、手をのばす。しかし、どう考えても間に合う距離ではない。――直後、フィーに最上位技が叩き込まれ、彼女は大きく吹き飛んだ。

 

「フィー!」

 

 僕であれば最大HPでも一発で持っていかれる火力だ。叫ぶ、彼女は――いや、フィーは大罪龍だ。回避は致命的だが、その分体力は人のそれとは違う。

 

「ず、あああ! だい、じょうぶ!!」

 

「なんとか無事なのー!」

 

 遠くから、声。

 

 かなり後方へと飛ばされたようだ。同じくらいの距離からリリスが叫ぶ。あちらはリリスにまかせて、僕は目の前のことに集中するべきだ。

 いやしかし、

 

 ――少し、怖かった。

 

「意識を切り替えていかないと……な!」

 

 大剣の群れは収まりつつある、跳ね回る蛇も、少しはおとなしくなったようだ。しかし、このオートカウンターが終わるということはつまり、攻撃パターンに次の技が追加される。

 

 這い回るレーザー。

 回転し切り裂いてくるレーザー。

 空からの機関銃。

 

 それらはか細い糸のような攻撃、しかし、それは――

 

 

 一瞬、煌きの後。僕と、その周囲が閃光に呑まれた。

 

 

 大技、ごんぶとレーザーだ。火力に関して言えば、僕のHPを六割は持っていく。

 ――慌てて、モーションに合わせて回避した僕は、その圧倒的な範囲をちらりと横目で流し見る。大きさで言えば、先の戦闘時における強化された後悔ノ重複程度。だが、直後にそれが、僕めがけて無数に連打されることを思い出し、

 

「まっず!」

 

 僕は即座に移動を始める。

 

 更に加えて、レーザー各種が加わるわけで、跳ね回りながら、僕はそれでも蛇に食らいつくことしかできなかった。

 ――STが足りない。どこを切っても蛇に当たるので、回収には困らないが、回避のための移動技と無敵技でそれを吐き出されてしまう。

 少しずつ取り戻してはいるものの、ジリ貧だ。

 

 どうしたものか――考えながら飛び回っていると――

 

「――“塊根ノ展開(アンダーグラウンド・スタンプ)”!」

 

 蛇に、強烈な足蹴りが叩きつけられた。

 僕の前方――と言っても、かなり走り回って今はリリスたちの方へ向かっていたのだけど――そこに、蛇に一発を叩き込みながら、それを見下ろすフィーの姿があった。

 

「フィー!」

 

「アタシを、無視するんじゃないわよ! アタシのくせに!!」

 

 そのまま、フィーは連続で攻撃を叩き込んでいく。ヘイトを分散させるつもりか! 危険だけど、いやでもありがたい。

 

「ちょっと! まだ回復終わってないの!」

 

 と思っていた矢先、リリスから小言が飛んできた。フィーのHPは膨大だから、回復しきれなかったのだろう。焦れたフィーが飛び出してきたってことか。

 大丈夫なのか?

 

「さっきのもう一発くらっても大丈夫なようにはしてきたわよ! それに、こいつには色々と言いたいことがあるんだから!」

 

 …………まぁ、そこまで言うなら、何も言うまい。

 彼女が攻撃に加わったことで、一部がフィーへと狙いを定める。これがあるだけでもだいぶ違う。

 

「こっちは大丈夫だから、リリスはフィーの回復を優先してくれ!」

 

「ほんとにだいじょーぶなの!?」

 

 とはいえリリスに回復を頼みつつ、こちらはST補充に専念だ。言うまでもなく、大丈夫ではないが、僕は最悪復活液で復帰できるのだ。概念崩壊時の痛みは耐えればいいしな。その点、フィーはそれができない。一度やられればそれでおしまいなのだ。

 安定度でいえば、優先は間違いなくフィーである。

 

 死にかけで戦わせられるか!

 

「フィー!」

 

「……わかってる! でもね! こいつが気に入らないから、黙ってるわけにはいかないのよ!」

 

 リリスの回復を当てにしてか、巨大レーザー以外は、ほとんど回避を捨てて攻撃に専念している。有効ではあるが、危険だ。

 とはいえ、それで彼女は止まりそうにないし――僕も準備が整ったところだ。

 

 つまるところ、回避を捨てる無茶をするバカがもうひとり増える。

 

「ちょっと!? 貴方はもっと冷静に動いてなの!?」

 

「冷静に動いたら勝てないんだよこれ!」

 

 リリスは真面目だな、と思いながら、僕も踏み込んで斬りかかる。ここからやることは決まっている。回避は捨てるといったが、()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 つまるところ、

 

「“S・S”! “B・B”! ――ォォ! “S・S”ッ!!」

 

 やろうと思えばできたが、けれどもここまで一度としてやる機会のなかった、SBSによるコンボ稼ぎだ。やらなかったのは単純にSBSをしている最中はほぼ動けないため、動き回る敵には使えないこと、成功率が低く、実用性に難があったことが原因だ。

 特に前者は厳しい。コンボの中にSBSを混ぜるくらいが、本来なら正解なのだ。

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。逆に言えば、まだ半分を過ぎた程度。そして、四割を切ると――

 

 こいつは発狂を始めるのだ。

 

「ねぇ、アンタがアタシから引き剥がされなければ、アタシはどうなってたのかしらね――」

 

 僕が一気にコンボをつなぐ中、フィーが言葉を紡いでく。

 

「プライドレムたちと一緒に人類を滅ぼそうとしたかしら、エクスタシアみたいに人類の味方をしたかしら。わからないわ、どっちもありえない想像だもの」

 

“SIAAAAAAAAAAAAA!!”

 

「言ってしまえば、アンタがアタシから削がれなければ、アタシはここに生まれてこなかった。こうしてアンタに別れを告げることもなかった」

 

 嫉妬ノ坩堝は咆哮する。それは、嫉妬とそれから、どこか寂しげなものが混ざった、不思議な咆哮だった。

 

「――でも、それすらも本当なら、ありえないほどの奇跡と、幸運に恵まれているってことも、アタシはわかってる」

 

 見れば、フィーはほとんど攻撃を躱していなかった。それほどまでにフィーの攻撃は苛烈で、優しげな声音とは正反対な程に、執拗だ。

 後方でリリスが慌てているのがわかる。ああでも、今だけは――今だけはそうやってやらせてやってほしい。

 

「だから――! アンタにも感謝してるのよ! アンタがここで眠ってて、アタシと同じ思いを抱いてくれていたから! アタシはそれを信念にできた! 譲らずにすんだ!」

 

 きっと、これが最後の別れになるだろうから。

 

「悪いけど、アンタとは一緒にはいけない。アンタがそうなることも、アタシの選んだ道だから。――その上で、アンタの思いは連れて行く」

 

 ――そこで、僕の準備が整った。

 

「絶対に、置いてなんか、いかないんだから! ――行くわよ!」

 

「ああ!」

 

 

「――“嫉妬ノ根源”!」

 

「“L・L”――!」

 

 

 これで、三回目。

 フィーに叩き込んだ数と同数を打ち込んで、蛇は天高く、雄叫びを上げた。

 

“AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!”

 

 ――直後。

 

「来るぞ!」

 

 

 ――僕の最上位技と、フィーの嫉妬ノ根源が、()()()()()()()()()()()()

 

 

 オートカウンター“反骨”、最後の形態。これまで受けてきた“反骨”対象技の常時使用。やたらめったらにそれを周囲へばらまいて、地をえぐり、破壊し、塵に返していく。

 

 僕の最上位技は大きく地形を変形させはしないが、フィーの嫉妬ノ根源はもはや連打されれば災厄の一言だ。

 

 あちこちがむき出しに、そして最後には倒壊していく状況で、僕たちは即座に動き出す。この常時使用が入ることで、嫉妬ノ坩堝は他の技を使わなくなるが、弾幕の密度は変わらない。正直、これまでの攻撃が全部致死クラスのダメージになったようなものだ。

 

「う、ああああああっ!!」

 

 フィーの叫びが聞こえてくる。

 当たれば死、もはやまともに戦闘などできやしない。だが、この状況はすでにわかっていたことだ。戦闘開始前に、いくつか彼女たちに戦い方は告げてある。

 

「フィーちゃん! こっち! はやくこっちなの!」

 

「アンタにフィーって呼ばれることを許したつもりはないわよ!」

 

「いいから!」

 

 ――なんて、何れなし崩しにフィーと呼ばれることを許すだろうな、という会話を二人がしながらも、リリスとフィーが距離を取る。その間に僕は致死の群れを飛び越えて、嫉妬ノ坩堝へと飛びかかる。

 

「――よう、フィーの抜け殻」

 

 そして、その顔面に、僕は着地した。

 

“SIAAAAAAAAAAAAA!!”

 

 怒りに満ちた嫉妬ノ坩堝の叫び、正面からその咆哮を受けると、思わず身がすくみそうになる。ああ、これは――なんて悲しくて、寂しい嫉妬だ。

 

“――――ドウシテ”

 

 声が、聞こえてくる。

 

 

“ドウシテ、(アタシ)ダケ、オイテクノ――”

 

 

「――違うよ。フィーも言っただろ、君は置いていかれるんじゃない。一緒に思いを連れて行くんだ」

 

 ――フィーの抜け殻。嫉妬ノ坩堝はまさしく脱皮を果たした彼女の痕跡だろう。ゲームではそれが叶わずに、嫉妬龍は呑まれてしまったけれど、今は違う。

 この力は彼女には必要がないもので、だから彼女は置いていくと決めた。

 だって、これがあったら彼女は嫉妬龍だから。

 

 違うのだ、今の彼女は嫉妬龍ではない。

 ()()()()()()()()()()だ。嫉妬もフィーも芯へと変えて、それを受け入れ前に進むことを選んだ一人の少女だ。

 

 嫉妬龍も捨てない、エンフィーリアも捨てない。どちらもともに歩んでいくから、彼女は力に呑まれることを拒んだ。

 

 だって、フィーは今のフィーが一番可憐で、似合っているんだから。

 

「だからどうか、君も言って欲しい。フィーは強情で、素直じゃないから、言葉にはしてくれなかったけれど」

 

 僕は――

 

 そうだ、僕は、

 

 

「僕は、君の助けてが聞きたい」

 

 

 ――直後、閃光がほとばしった。

 

「“嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)”!!」

 

 最後の攻防が始まる。

 ――残り四割、この地獄のような状況で、如何にそれを削るか。答えは一つだった。フィーの()()()()()()()()()()。ここまでくれば、ヘイトも反撃も関係ない。

 残ったHPを最大火力でゴリ押しすること。

 

 そのための僕の役割は、少しでも攻撃で嫉妬ノ坩堝を削って決着を早めつつ、気を引くことだ。

 

 ――乱舞する死。最上位技と嫉妬ノ坩堝のコンビネーションは、僕から生存領域を極端に奪った。無敵時間を可能な限り利用して、それを強引にこじ開けて、

 

「行ったぞ、フィー!」

 

 ――飛び出した嫉妬ノ坩堝の警戒をフィーたちに呼びかける。

 

「――まだまだぁ! “嫉妬ノ根源”!」

 

 二発目、遠くからの閃光が、嫉妬ノ坩堝の身体を焼いた。まだ距離はある。だが、構わず嫉妬ノ坩堝は前身する。だめだ、止まらない。

 

「“嫉妬ノ根源”!!」

 

 三発。坩堝は限界のはずだ、叫びながら、嘆きながら、嫉みながら、ただがむしゃらにフィーを目指す。間に合うか!?

 

「――これでっ!」

 

 四発、これで倒れなければ、嫉妬ノ坩堝はフィーたちに届く、そうなればフィーは倒れる。ここが最後だ、なにか、僕に撃てる手はあるか――!?

 嫉妬ノ坩堝に追いすがりながら、なにかないかと考える。

 

 単なる攻撃では意味がない、この距離、この位置で、撃てる技はなにかあるか? それをして意味のある行動はできるか?

 

 この状況、万が一負けイベントだとしたら、僕はどうすればひっくり返せる!?

 ――嫉妬ノ坩堝を見る。泣き出しそうな顔で、嫉妬にまみれた顔で、前へ、前へと突き進む。それを止められるものは誰もいない。

 止められない、止まれなくなった。

 

 昔、ゲーム画面越しに、そんな嫉妬龍の最期を見た。

 

 あのときから、僕はかわれただろうか、フィーはこれから変わるだろうか。ふと、止まれなくなった嫉妬ノ坩堝が一瞬。追いかける僕を見た、気がした。

 そして僕に語りかけるのだ。

 

 

“――タスケテ”

 

 

 ――と。

 そして、一つ。

 

 思いついて、ああしかし。

 

 ――君に対しては、これは陳腐になってしまうかもしれないな。

 

 

「――“C・C(クロウ・クラッシュ)”!」

 

 

 爆風。

 嫉妬ノ坩堝の視界を奪う。効果なんて期待してない、意味があるかもわからない。けれど、これで二回もやりあった君ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――()()()()()()!」

 

「……わかってるわよ、これで全部、終わらせる!」

 

 それは、あの死地で、僕がフィーに掛けた言葉と同じ。

 けれど、帰ってきた答えは、あのときとは全く違うものだった。

 

 

「――“嫉妬ノ根源”ッッ!」

 

 

 叫びは、そして高らかに。

 とびだした嫉妬ノ坩堝は、ギリギリのタイミングで閃光へと呑まれる。

 

 それから、僕はなんとかリリスのもとへとたどり着いた。

 決着は、どうか。もしこのまま動き出すなら、かなりの危機で、正直半分詰みである。僕もリリスも、そしてフィーもそれは理解している。

 

 だから、僕たちは――閃光が収まった後に現れる、嫉妬ノ坩堝を見つめていた。




少し改定しました。
合わせて27も改定しています。


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36.嫉妬龍は悪じゃない。

 ――沈黙が世界を支配する。

 現れた嫉妬ノ坩堝は、僕たちの前でぐったりと動かなくなった。反骨による反撃もない、完全に静寂が満ちたこの場所で、僕たちは大きく息をついた。

 

「終わったの……」

 

「終わりだよ」

 

 リリスがすごく疲れた様子で、大きく息を吐いた。いや本当に、心配をかけてしまってごめんね。幼い彼女に、色々と押し付けて年長の僕らが無茶をするのはいかがなものかと思うが、そこはパーティの性質上そうならざるを得ないとうか、まぁ仕方ないことってことで。

 

「……後でお話がありますなの」

 

「デスヨネ」

 

 ――許してはくれないようだった。

 いやまったく、まっこと反省の至であります。

 

 そして、そんな僕たちを他所に、フィーは嫉妬ノ坩堝へと手をのばす。恐る恐るといった様子で、ためらいがちに。

 その額に触れた。

 

「――お疲れ様。またせちゃってごめんね? でも、もう離さないから」

 

 普段の彼女からしてみれば、本当に驚くほど優しげな声音で、瞳で、嫉妬ノ坩堝を撫でる。抜け殻となってしまった嫉妬ノ坩堝は、その瞳に光はなく、ただそこに横たわるだけだ。

 

 やがてそれも、土塊へと帰るように、消えていく。

 

「嫉妬なんて、ろくなもんじゃないわ。これを抱いて、生き続けるって、きっとすごく息苦しいわ」

 

 やがてそれは、蛇の顔へも至っていき、

 

「でも、アタシ()()()()()()()()()()()()()()()()()()の。それは、まぁそこのそいつがアタシを肯定してくれたからだけど――でも、アンタのおかげでもあるのよ?」

 

 そして、

 

 

「――ありがとう、おやすみなさい。アタシじゃなかった、()()()()()()()()()()

 

 

 ああ、それはなんというか。

 ――本来の未来。破滅へと歩くはずだった、嫉妬龍への別れのようでもあって、

 

 そんな未来を、理不尽を、ひっくり返してやったという、証明のようでもあった。

 

 

 やがて、蛇はどこか満足気に、消えていった。

 

 

 その顔は、穏やかな顔へと変化したように思えてならない。

 こうして――嫉妬ノ坩堝との戦いは終わり、僕たちは、勝利したのだった。

 

 

 ◆

 

 

「――あのね、あのなのね、フィーちゃん!」

 

「フィーって呼ばないで。え、えっと……何よ、リリス……だったっけ?」

 

「うん! リリス! 美貌のリリス! 八歳!」

 

「はっさ……えっ?」

 

 ――ぴょこぴょこと、リリスが跳ねながらフィーに近づく。楽しげな少女は、しかしためらいもなく爆弾を投げ込み、フィーを硬直させた。

 そのままギギギとこちらを向くフィーに、だから彼女とはそういうアレじゃないんだよ、的な視線を送る。牽制ってやつだ。

 

「フィーちゃん! フィーちゃん! フィーちゃん!!」

 

「……ああもう! それでいいから、リリスね! それで、リリスは何の用なのよ!」

 

 もしかしてこれ、狙ってやっているのだろうか。勢いでフィーがフィー呼びを許可してしまった。だとしたら恐ろしい子……!

 と思ったが、ほんわか笑みを浮かべるリリスは絶対何も考えていない顔だった。

 ……感性でそれができるってことだから、やっぱり魔性とか、そういうべきアレなんじゃないか?

 

「あのね! フィーちゃんね! さっきのすーーーっごいかっこよかったの!」

 

「ふぇ!?」

 

 ――思ってもないことを言われたようで、リリスにたじろぐフィー。一瞬視線がさまよって、そして思わずリリスの豊満な胸に行ってしまったようで、顔を赤らめてさらに反らした。

 後でからかってやろうと思ったけど、多分反撃されるな。

 

「しゅばー!! って感じで、おねーさんなの! 素敵なの! リリスもああいうふうになりたいの!」

 

「え、え?」

 

 ああ、なるほど。

 

 

「――羨ましいのー!」

 

 

 ――そういったリリスの言葉に、フィーは今度こそ完全に固まった。

 理解できないものを見る目、僕がかわいいと言った事だとか、嫉妬が悪いことじゃないって言ったときよりも、更に彼女は困惑しているようだった。

 

 ああ、なるほど――フィーにとって、リリスは天敵というか、完全に理解し難い存在だろう。純粋で、無垢。何も考えてないんじゃないかってほど素直だけれど、優れた感性を持つ少女。

 ようするに、善良で感覚派。

 

 僕は色々と格好つけてしまう癖があるし、師匠は理屈っぽい。フィーも色々と理屈をつけて言い訳をしてしまうタイプだろうし、僕らは三人揃って理論派だ。

 そんな場所に、感性全開のリリスは劇薬である。

 

「……羨ましいって、そんな楽しく言うこと?」

 

「いつかリリスもそうなりたいなって思うの、羨ましいって悪いことなの?」

 

「ち、違うけど……」

 

 ――でも、僕らが幾ら理屈をつけて語るより、リリスの言葉はよほどフィーには効くだろう。だって常に全力全開で、裏表のない言葉なのだから。

 

「でも、そこまでよくも……」

 

「悪くないならそれでいいの! 悪いことはダメなの! だからいいのー!」

 

 ぴょーんと跳ねて、ついでに色々と跳ねて、リリスは体全体を使ってそれをアピールする。思わず視線がそっちに向いてしまうフィーに意地の悪い笑みを贈ったら、すごい勢いで睨まれた。

 

「えへへ! だからこれからよろしくなの!」

 

 すっとリリスが手を伸ばす。

 ――そういえば、といった様子でフィーがこちらを見た。

 

 ようするに、これからフィーはどうするのか、という話だ。こうして嫉妬ノ根源――星衣物は破壊したわけだけど、フィーの立場は変わらない。

 人類に味方するにしろ、人類から遠ざかるにしろ、変化を望むなら、選択は必要だろう。

 

 とはいえ、

 

「――置いてかないって言っただろ?」

 

 僕は君と一緒にいるって言ったんだ。だったら、それが揺らぐわけないだろ。僕はリリスの方へ回って、同じように手を差し出す。

 

「――――うん」

 

 そうやって、僕たちの手に、手を重ねるフィーは、なんというか、どこか儚げで、憂いもあって、けれども可愛らしい――おもわずドキっとしてしまう笑みを浮かべていた。

 

 

 ◆

 

 

「それで――ここ、どこなの?」

 

 リリスが、ボロボロになった遺跡を眺めながら、奥へと足を進めていく。僕たちも合わせて先に進み、僕は軽くリリスにこの遺跡のことを説明した。

 

「おっかないのー!」

 

 ぽえー! と頬に手を当てて驚くリリスに苦笑しながら、僕たちは広い、広い遺跡の最奥にたどり着く。――ゲームでは、この最奥は確認できなかった。嫉妬龍が待ち構えていて、探索をする間もなく戦闘に入り、全てが終わった後は崩落する遺跡から脱出する羽目になったから。

 

 幸いなことに、ギリギリで今回は遺跡は形を保っている。いつ崩れるかわからない危うさだが、崩れ始めてからでも問題なく脱出できるだろうといった感じ。

 

「ここはあくまで星衣物の保管庫だ。怠惰の星衣物以外はこんな感じで遺跡に放り込まれてて、中の作りはただの殺風景な大部屋なんだけど――」

 

 ――最奥に、ぽつんとそれは置かれている。

 あの激しい戦いでも傷つかなかったというか、奥は嫉妬ノ坩堝がうごめいていて近づかなかったから、破壊されようがないと言うか。

 まぁ、ありがちな石版だ。

 

 中身は――

 

「読めないのー!」

 

「……読めないな」

 

 ――まぁ、読めないのだが。

 

「……アタシは読めるけど」

 

 これを読めるのは、大罪龍とその星衣物だけ。ゲームでは百夜か色欲龍がこれを読むことになるのだけど――嫉妬の遺跡にはなんて書いてあるのか、ゲームじゃ読み取れなかったんだよな。

 

「……なにこれ」

 

「なんて書いてあるの?」

 

 ぴょーんぴょーんと、後ろから覗き込むようにリリスが問いかける。フィーは、少しうつむいて、その顔は悔しさと怒りに満ちているようだった。

 

 

「――嫉妬には破滅が似合う。最後まで、あがき藻掻いて苦しんで、のたうち回って消えるのが似合う。この場所は、そのために装飾された棺桶である」

 

 

 ぽつりと、フィーはそういった。

 リリスはそれを聞いて、しょんぼりとした様子でフィーを見る。いいんだとそれをなだめるフィーは、僕にどういうことかと無言で問いかけていた。

 

「これは祝福だよ。呪いでもある、君たちを作り出した存在が、君たちへ……ああいや、そもそも君たちを作った存在は、僕たち人間も作ったわけだから――」

 

 言うなればそれは、感情という罪に対する、罰のようでもあった。でも、そんなものを肯定的に受け取るやつがどこにいる?

 フィーはもちろん、リリスだってこれに対しては嫌な顔をしている。

 なんというべきか、ようするにこれは挑発だ。誰にって――

 

 

「言うなれば、世界へ送った、宣戦布告さ」

 

 

 これは、そう。

 ――世界の創造主。この世界に人と大罪龍を生み出して、争わせた。全ての諸悪の根源。やつがいなければ僕たちは生まれてくることすらできなかったとしても。

 

 生んで、させたことは争いと破滅だ。

 

「これを――あの人が?」

 

「そうだ。……君も、敵対するなら、声に出してしまえばいい。奴は直接君を咎めはしないさ」

 

「……」

 

 フィーに呼びかける僕を、リリスは難しい顔で見ていた。言葉は、なにもない。

 

「……そう、なんだ」

 

 僕たちの敵、僕の敵。

 僕が遺跡にやってきて、星衣物を破壊しようとしている理由でもある。

 ――そしておそらくは、僕をこの世界に導いた原因。何故? どうして? といった理由はまったくもって不明だが、方法など最初からわかりきっている。

 それは、

 

 

「――“父様”が、全部の敵、なんだ」

 

 

 全知全能なる神、この世界の創造主。

 

 フィーは、石版の端をなでながら、その名を呟いた。

 

 

「――機械仕掛けの概念(ドメイン・マーキナー)

 

 

 通称、マーキナー。ドメインシリーズにおける最後の敵。フィナーレ・ドメインの最終ボス。僕たちが、人類が、――最後に立ち向かうべき、神の名前である。

 

 

 ◆

 

 

「そ、れ、で」

 

 ――師匠がいた。

 僕たちが一方通行の出口から出た先に、師匠が待ち構えていた。

 

「――どうして君は嫉妬龍とそんなに仲良くなっているんだ!」

 

 ――――具体的に言うと、僕は現在フィーに腕を組まれて、思いっきり擦り寄られている。なんというか、マーキング? 言ったら全力でボコられそうだから言わないけど。

 

「あらー、紫電のルエじゃない。さっきもあったけど、キチンと話をするのはひさしぶりねー! どうしたの? そんな怖い顔をして!」

 

 で、怖い顔をして僕たちをにらみながら腕組みをしている師匠に、それはもう楽しそうにフィーはアオリを入れる。いやいや僕と師匠はそういうアレじゃないですからね!?

 

「いや誰だよ!? 君そんなキャラだったっけ!? もうちょっとこう、世界に対して色々思う所ありますって感じだっただろ!」

 

「うっさいわね! 色々あったのよ!」

 

 師匠が煽りを完全に無視したためか、フィーは割とテンションを普通に戻し、僕からも離れた。いや柔らかかったけど、嬉しかったけど、何ていうか怖さもある。

 

「えーっと、色々あってあまりにも不憫だったので、見捨てられなくて……」

 

「嫉妬龍は捨てられた子犬か!?」

 

「貴方がそういうのがお好みなら、は、恥ずかしいけど……その」

 

「話をややこしくするんじゃない!」

 

 照れるフィーに、怒鳴り散らす師匠。明らかに怒っているが、どちらかというと現状に対する困惑の方が強いようだ。

 

「楽しかったのー!」

 

 ぴょんと跳ねるリリスを師匠に差し出して、とりあえず落ち着いてもらう。ほら、癒やしですよ師匠。

 

「……とりあえず話してみなよ、反応は全部聞いてからくれてやる」

 

 リリスの頭をなでながら、そう促してくる師匠に、とりあえず僕は経緯を全部ぶっちゃけた。割と長いようでいて、一日で片付いた案件だ。

 はしょってまとめると、そこまで長くはなかった。

 

「…………」

 

 師匠は、沈黙していた。

 

「……なにそれ」

 

 完全に理解し難いものを見る目で、僕を見ていた。

 

「いやまぁ、私も嫉妬龍……あー、エンフィーリアでいいか?」

 

「……まぁいいわよ」

 

「――エンフィーリアには思うところがある。けど、だからってそこまでやって、救うために動けるかって言うと、流石に難しい」

 

 いや、絶対貴方も同じ状況ならそうしてるだろう。と心のなかで突っ込む、師匠は目の前のこと以外は比較的どうでもいいが、目の前のことは絶対に放っておけない質なのだ。

 

 間違いなく、目の前で弱り果てた姿をフィーに見せられたら、放ってはおけない。断言できる。

 

「だからこそ、君が頑張ったことは理解できたよ。目的も全て果たせたんだろう? 大勝利じゃないか」

 

「……そうですね」

 

「ならよかったよ。お疲れ様、シェルたちを待たせているから、早く戻ろう」

 

 はぁ、と一つため息。納得したように師匠はうなずいた。話としてはこれで終わりなのだろう、師匠は踵を返そうとして――

 

「……あの、それだけ?」

 

 フィーがそれを差し止めた。

 

「ん? どうしたんだ? いや別に、めでたいことはめでたい、それでいいじゃないか。他になにかあるのか?」

 

「いや……もうちょっとこう、なんかないの? アンタの弟子なんでしょ、こいつ」

 

 べしっと背中を叩きながらフィーが言う。いやそうなんだけど、なんだ? どうにも含みがあっていけない。師匠も困惑していた。

 

「あんまりそうやって女の子に粉をかけるのはどうかとおもうがなー、まぁでも一生かけてついていくんだろ、だったら責任はとってるし、言うこともないぞ」

 

「いやいやそうじゃなくって、アンタ自身の……」

 

 難しい顔をするフィーに、リリスがそっと近づいて。

 

「あのねのね、ししょーのぽわーって、まだねむねむーなの。これからぐんぐんかもしれないけど、ずっとねむねむかもしれないのー」

 

「……もうちょっとちゃんと説明できない?」

 

「あいー」

 

 にへーっと笑みを浮かべるリリスは、けれどもよくわかっていないようだ。まったく説明になっていないが、少しフィーはかんがえて。

 

「……まぁ私がいうことじゃないか、今度アンタの知り合いに聞いてみることにする」

 

 それで、話を打ち切った。

 

「――で、師匠。これからのことなんですけど」

 

「ああ……知っての通り、ライン公の息子は、血のつながった息子じゃなかった」

 

 ――ここからは、ゲームの知識を交えての話だ。

 色々あったが、そもそも僕たちはライン公国の王、ライン公の依頼で息子を嫉妬龍に概念使いへ覚醒させるためにここまでやってきた。

 しかしそこで、ライン公の息子は直接血の繋がりのない、義理の息子であることが明かされる。

 

 しかも色欲龍の血がつながっていないために、フィーの権能でも覚醒は不可。ゲームではそこで、()()使()()()()()()()()()()()()()()()を使って、その息子を概念使いへ覚醒させるべく奔走することになるのだけど、

 

「……それって、プライドレムが用意したあの性格悪い儀式のこと?」

 

 ――その儀式には問題があった。

 嫉妬龍であるフィーも、その詳細は聞かされているのだろう。

 

「正確には、傲慢龍が用意したわけじゃなくて、衣物の一つだけどね」

 

「……なるほど。でもどうするのよ」

 

 その儀式の問題、それは――

 

 

「――それ、儀式を行うためには覚醒させたい奴の()()()()()()()()を殺さないといけないのよね」

 

 

 そう。

 ゲームでは、最悪のタイミングで明かされることになるそれ。

 このライン公国における負けイベント。――ライン公の息子。その最も大切な人の死。彼に大切な人は二人いる。

 

 愛する人と、父だ。

 

 彼はゲームにおいては、その二人を同時に失うことになる。

 僕たちが、次にひっくり返す負けイベントだ。

 

「とはいえ、それが最初からわかっていればやりようはある。――そしてそれは、未来にも言える」

 

 師匠が、僕とフィー、リリスの方へと向き直って、

 

 

「次の相手は憤怒龍ラーシラウス。ライン公国へ強襲するそいつを、――迎え撃つぞ」

 

 

 そう、宣言するのだった。



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登場人物紹介

<パーティメンバー(主要人物)>

 

・“僕”

 概念は『敗因』。

 本名不詳の推定十代。一応周囲には名前も名乗っており、本名だと世界観的に違和感があるので、普段ネットで使っているハンドルネームを名乗っている。

 現実にいた頃はゲームのやりこみに人生を賭けており、特にドメインシリーズのやりこみはかなりのもの。RTAや縛りプレイなどをしては、動画を上げており、そこまで知名度はないが、投稿サイトには専用記事が内容は薄いものの存在していた。

 

 この世界に来てからは、負けイベントに勝ちたいという信念のもと、ゲームにおける不幸や敗北をひっくり返す方針で行動している。基本的に原作ブレイク上等なスタイルは転移者としては珍しいかもしれない。

負けイベントに勝つというスタイルは現実にいたころから変わりないが、死を目の前にしても乗り越える度胸は、現実にいた頃にあったかというと、本人は首をかしげるところがある。

 他にも女性に対してやたらと饒舌に口説きを入れるところがあり、こちらも本人はそんなに口が軽かったかな、と思っている。ただ、そもそも現実にいた頃は女性との関わりが家族くらいしかなかったため、わからないというのが現状である。

 もしかしたら素でこうなのかもしれない。

 

 戦闘スタイルは近接メイン。とにかく無敵時間を使った立ち回りが強く、かなり無茶な攻めも成立させてしまう。

 特に彼特有の無敵時間無限バグ、通称SBSは格上の攻撃を透かして反撃しつつコンボを稼ぐには最適で、彼が負けイベントをひっくり返すのにかなりの貢献を果たしている。

 加えて「敗因」概念の主な能力であるデバフも格上と対峙する上で有効な手段。

 

 強欲龍戦、色欲龍戦、暴食龍戦を経て、嫉妬龍と対決。ここまでひたすら対大罪龍が続いており、本人の特性もあるだろうが、何かと対強敵の経験値は多い。ちなみに彼個人として一番きつかったのは強欲戦、次点で嫉妬とのタイマン。

 

 なお余談だが、ゲーム「ルーザーズ・ドメイン」の主人公は性別不明であり、かなり気をつけてどちらの性別か断定できないようにシナリオが描かれている。しかし本作の主人公「僕」は一応性別は言及していないが男として描かれているというややこしい関係。

 

 

・師匠

 通称紫電のルエ

 概念は紫電。

 だいたい十八歳くらいの少女、長めのプラチナブロンドが特徴で、服装は多少変化はあるものの、スリットの入った動きやすいスカートと胸元にブローチという意匠は共通している。旅の間はマントを羽織る。暑かったり寒かったりで長さは変化する。

 身長は百五十前後、全体的にミニマムで寸胴体型。

 

 お人好しな性格で目の前にいる人を放っておけないタイプ。遠くにいる誰かよりも、目の前にいる人達を優先するため、世界を救ったりとかはしない。大陸最強と名高いおそらく世界でも特に有名な概念使いであるため、惜しむ人は多い。

 最近、弟子の影響で多少は色々と事件に関わるようになった。

 強い力と、それにふさわしい立ち振舞ができるが、本人の感性はあくまでごくごく普通の少女で、小市民的な部分とどこか浮世離れした強者の風格を併せ持つ不思議な少女。

 

 戦闘スタイルは近接をメインとしたオールラウンダー。主人公よりも遠距離攻撃の札は多いが、基本的に攻めるときは接近から攻めていく。

 主人公に並んで概念戦闘の立ち回りが巧いこともあり、実力的には間違いなく双璧。レベル差があるので主人公的には師匠のほうが強いという認識のようだ。

 飛び抜けた強さの秘訣は幼い頃からの戦闘。六歳の頃に概念使いとして目覚めてからは、自分の手だけで戦い抜いてきた。彼女が救ってきた街は両手の指の数ではたりず、また彼女が救えなかった街も十では数えられないほど存在する。

 

 強欲戦で死亡するはずだったが、まさかの勝利で生存。同時に弟子からこの世界についてほぼほぼ全てのことを聞いてもなお、ならその未来をより良くするために行動しようとする人物。それでいて明日の夕飯に意識が向いたりと、ごくごく当たり前の感性も持ち合わせているのは、ある意味では主人公以上に異常な人間性である。

 

 強欲戦に勝利したことで、死亡する未来は変化したが、彼女自身の根底を覆すほどの出来事ではなくなった、とも言える。

 

 

・シスター・リリス

 概念は美貌。

 弱冠八歳ながらも、快楽都市のまとめ役である理念のゴーシュに認められる優秀な概念使いである。

 身長は師匠よりも更に小さく百四十ちょい、しかし体型は豊満の一言で、それはもうすごい、とてもすごい。常にシスター服に身を包み、ウィンプルから漏れる黒髪がキュートな少女。なぜか修道服には深いスリットが入っておりとってもえっち。

 

 元気ハツラツな天然少女、考えるよりも身体が動く感覚派で、その感性は天才的。主人公パーティの中ではおそらくコミュニケーション能力が一番高く、見知らぬ人、土地の中で馴染むのは非常に得意。

 また、ほんわかしてはいるが、パーティ一の常識人でもあり、女子力が非常に高い。女子経験の薄いエンフィーリアや女子力最低限の師匠に、いつも女子として色々と必要なものを叩き込んでいる。

 そして常識人かつ後方で守られる立場故か、前衛の無茶に頭を痛めることも多い。見た目の割にパーティには欠かせない支柱とも言える存在である。

 

 戦闘スタイルはバフと回復がメインの完全後衛。多少の攻撃技も所持しているが、本職の主人公たちと比べると威力や範囲の時点で劣り、最低限の自衛程度の意味しかない。

 代わりにバフ等においてはプロフェッショナルの一言、特に一回しか効果はないが、特定のバフの倍率を上昇させることのできる「B・B」を的確に扱えることからもそれは伺える。

 戦闘においてはあまり目立たないが、細やかな回復、バフでなくてはならない人物である。

 

 幼い頃に母と魔物の群れに置き去りにされ、そこで概念起源を使用して生き延びた過去を持つ。何かを捨てて逃げること、諦めることを嫌い、またそれを守ろうとする人のことが大好き。彼女の母はいうなれば女性版敗因とも言うべき気性の持ち主で、主人公とリリスの相性はかなり良好。とはいえ年齢が離れてるので二人の関係は親子か年の離れた兄妹といったところである。

 ただ、母の頃からそうだったが、無茶で頭を痛めることも多いようだ。

 

 ゲームでは明かされなかった過去、概念起源を持つ、パーティでも特に異質な少女。精神性は安定しているが、だからこそ彼女の行動はパーティの運命を変えかねない。

 

 

・嫉妬龍エンフィーリア。

 嫉妬の大罪を冠する大罪龍。

 年齢に関しては本人が意識したことはないが、おばあちゃんとか言うと切れる。

 癖の強い銀髪が特徴、鋭い目つきは如何にも気の強いイメージを抱き、実際そのとおり。服装は少女らしいミニスカートで、ふとももが眩しい、色欲龍に贈られたもので大のお気に入りである。なおこのゲームには不思議パワーがあるのでこの衣装がどうこうなることはイベント以外ではない。

 

 嫉妬深い性格、割と気に入らない相手に煽りを入れたり、嫉妬した対象に見せつけたりなどの行動も多い。しかし、根は非常に善良で、「好きになった相手に嫉妬したくない」という気持ちもある。

 現在のパーティは大好きな主人公と、自分が嫉妬しても気にすることなく受け入れてくれる師匠、リリスに囲まれてそれはもう幸せな環境である。いつかここに色欲龍も加わればいいな、と思っている。絶対口には出さないが。

 パーティの中ではリリスについで常識的な感性をもってはいるが、口が悪いわ嫉妬深いわでどちらかというとリリスを悩ませる立場である。が、そもそもリリスも周囲を振り回すタイプなので、このパーティに完全無欠の常識人は存在しない。

 

 戦闘スタイルは前衛もこなせる後衛。大罪龍という非常に特殊なユニット故、どんな大技も連発できるが戦闘不能イコール死。無敵時間のある技を持たないという独特な欠点を持つ。そのため基本的には後衛からあまり自分にヘイトが向かないよう各種遠距離技を放り投げていくスタイル。

 主人公と同じデバフ効果持ちで、デバフが重複するルーザーズ環境下では無敵とも言えるコンビである。またパーティ的にもこのパーティは前衛主人公と師匠、後衛エンフィーリアとリリスで完成するため、非常に重要な役回りである。

 

 嫉妬してしまう自分、自分に容赦なく襲いかかる世界を嫌い、引きこもっていたが主人公によって外の世界へといざなわれる。基本的には嫉妬龍の存在を知るものは世界にも少ないため、概念使いのエンフィーリアとして通している。

 主人公のことが好き、愛していると言ってもよく、一生離れるつもりはないようだ。

 

 彼女が世界に飛び出したことで、多くの変化が世界に訪れる。けれども、まだ彼女はその全貌を知ることはできないでいた。

 

 

<サブキャラクター(人間)>

 

・理念のゴーシュ。

 概念は理念。

 人の良さそうな白髪交じりの四十代。

 色欲龍の側近をしているが、常に色欲龍の誘いを断る童貞。生涯童貞を誓っている漢である。

 その「理念」は誰もが平等に幸福になれる世界。要はバランサーで、常に多くの勢力が最大限利益を獲得し、損をしないよう立ち回るのが彼の理念である。

 その根底は今の所語られていないが、色欲龍が常に隣に置くことから、悪いものではないようだ。

 

・剛鉄のシェル。

 概念は剛鉄。

 如何にも好青年な二十代。

 ライン公国に所属する概念使いで、ラインを作り上げた現在の王、ライン公に幼い頃から仕える忠臣である。ミルカとは幼馴染で婚約者。基本的にラブラブなカップルだが、何故かいちゃつき始めると芝居がかる。

 本来では後に暴食龍を討伐し、英雄となり無印ドメインの主人公の父となるが、現在はあくまでラインの一概念使いである。

 

・快水のミルカ。

 概念は快水。

 ちょっとおっとりした二十代。

 シェルと同じ略歴を持つラインの概念使い、ライン公国に滞在する間の師匠たちの相手役を務めることとなり、割と振り回される。

 

・ライン公

 四章より本格的に登場。ラインを作り上げた天才的概念使い。元はラインの前身となった国の貴族。師匠を除くと彼が大陸最強ではないかという声もあるが、レベル的には主人公とどっこい(50後半)。

 

・アリンダ

 概念使いではない一般人の女性。師匠が暮らしていた街で、唯一師匠に理解を示してくれていた女性。師匠が街を守る理由でもあった。現在は街が壊滅したため、別の町に移り住み、そこで元気に暮らしている。

 

<大罪龍>

 

・傲慢龍プライドレム

 大罪龍たちのリーダー、最強の大罪龍。その姿は六枚羽の竜人。シルエットは天使を思わせるシルエットをしている。

 

・憤怒龍ラーシラウス

 人類に敵対するため、プライドレムと行動をともにする大罪龍。中華龍タイプの龍で、巨大。全大罪龍最大のサイズを誇る。

 その性格は老練かつ紳士的。憤怒とはまったく結びつかないように見えるが……?

 

・暴食龍グラトニコス

 人類に敵対するプライドレム傘下の大罪龍。一体一体は弱いが、何かを食べれば食べるほど無数に増える増殖の体質を持つ大罪龍。

 ゲームにおいては初代の時点だとすでに討伐されており、対決するのも復活したての弱い状態。さらには最終盤で出てくる暴食兵に印象が取られるという最不憫大罪龍の名をほしいままにしていたが、ルーザーズでそのえげつない強さを見せつけ評価を覆した経歴を持つ。

 本作においては山の上の村を襲撃。主人公と対決している。このときは偵察のために一体だけを派遣しており、何者かの指図で襲撃したような素振りが見られた。

 横暴だが悪知恵が働くタイプ。

 

・怠惰龍スローシウス

 詳細不明、人類とは敵対しない大罪龍。見た目は老齢に見えるどっしりとした体格の龍。大罪龍の中で二番目に大きい。

 

・嫉妬龍エンフィーリア

 パーティの項参照。

 芯の強い龍であったが、本来の歴史では、度重なる拷問と尊厳破壊の末、星衣物の影響で精神に変調を来し暴走する。

 

・強欲龍グリードリヒ

 強欲にして孤高、人類に敵対しながらもプライドレムとは轡を並べない独特な立ち位置の龍。本作においては主人公に激戦の末敗北する。

 強欲で何もかもを欲する性格だが、ゲームの3においては封印から復活した後、もはや何者も自分の強欲を邪魔させないため、最強という手段を目指す。

 結果としてそれは実り、最終的に3主たちと対決するわけだが、その最中最強を目指すため当時最強と言われていた概念使いに弟子入りしてみたり、修行と称して概念使い同士の決闘を行う大会に紛れ込んでみたりする。その際は、今欲しいものではないからと最強の概念使いの命は取らなかったりなど、妙に愛嬌のある行動をしたりもした。

 師匠にしてもそうだが、絶対に許せない敵ではあるものの、気持ちよく敗北してくれるため禍根が残らないことも彼の特徴といえるかもしれない。

 

・色欲龍エクスタシア

 人類最後の希望。概念使いを生む権能を有する大罪龍。大罪龍と人類が争う初代の時代において、彼女なくして人類の存続は成り立たなかったほどの重要な存在である。そうなるように創造主が導いた側面はあるものの。

 とにかく性欲が強い、本気でやると搾り取って殺してしまうので自重している。たまに罰として彼女が直々に搾り取って殺されかける罰が存在する程度には強い。

 同時に色恋好きなお姉さんのような側面もあり、初々しいカップルに優しい。ただしそれはそれとして間に混ざりたい。

 間違いなくゲームにおける最重要キャラにして5のヒロインの一人。攻撃が全体攻撃で二回攻撃なタイプの母である。

 

<???>

 

・白光百夜

 概念は白光。

 ゲーム定番の裏ボス兼5のメインヒロイン。これまたシリーズにおける最重要キャラ。不老のため年齢は不明。誕生はルーザーズの時代である。

 戦闘狂で主人公たちにも襲いかかり、激戦の末敗走する。実は本来ゲームではここでまた時空に呑まれて姿を消すのだが、本作では主人公が勝利したためそのまま逃げていった。

 なお特殊な環境下で超強化されるらしい。裏ボス状態はこの超強化された状態のこと。



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四.憤怒龍とラインの長い休日
37.公国を歩きたい。


 ライン公国、世界に二つしかない概念使いの街。

 かたや混沌と自由に満ちた快楽都市であるならば、こちらは秩序と穏やかさに満ちた街だ。行き交う人々の顔は明るく、明日を疑っていない。

 快楽都市もアレで落ち着いてはいないが、住みやすい街ではある。しかしライン公国は、()()()()()()()()()()という点に関して言えば、間違いなく唯一無二だ。

 

 概念使いとそうでないものが共存する街。互いに互いを助け合い、尊重し合うこの街は、きちんとした規律と、それを守護する者たちの存在あってこそだ。

 加えて言えば、その気風に馴染めないものは快楽都市へゆけばいいという選択肢もあり、どちらにも馴染めないものは、暴れようにも大罪龍という脅威があるから不可能、というところも大きい。

 

 総じて、この時代にはあるまじき穏やかさと、この時代だからこそ成立する秩序が同居する街、といったところか。

 

 さて、ゲームの話をするとここからの展開は「概念使いでないものを概念使いにする儀式」の存在を把握した主人公たちが、その儀式に必要なものを集めるお使いパートだ。

 しかしその最中、ライン公国は襲撃を受ける。相手は憤怒龍。――今回僕たちが対決することを想定している相手だ。

 ここでのポイントは唐突に出てきた「儀式」と憤怒龍。そもそもこの儀式はルーザーズ内だと一切説明も伏線もなくお出しされる情報なのだが、初出はそもそも初代ドメインである。憤怒龍にしても同様。

 

 そもそもこのライン公国でのシナリオにおける前提は、初代において「ライン公国の初代王は儀式で目覚めている」と、「ライン公国は憤怒龍相手に二十年死闘を繰り広げている」というところから成り立つシナリオなのである。

 そこから逆算して、こういうことになっているわけで。

 

 で、この儀式の問題点はすでに挙げたとおり「大切な人を犠牲にしなくてはならない」点だ。他には儀式に大罪龍の血が必要で、色欲龍にこれを貰いに行くわけだが、この生贄を、主人公たちはこのタイミングで明かされる。

 そのタイミングが問題なのだ。

 

 明かされる直前、ライン公国は憤怒龍に襲われ、一度壊滅している。その時、人々を逃がすため、現在のライン公は犠牲となり、息子は命からがら逃げ出すわけだ、父を見捨てて。

 そこから更にドン。これを聞かされた息子と、そんな息子が愛する女性。――女性は自己犠牲を選び、息子は概念使いに覚醒する。

 

 なんとも救いのない話だ。危機的状況故に、女性の判断は間違いとは言えない。

 

 

 しかし、ここで前提が全てひっくり返る。

 

 

 なんと僕たちの仲間に嫉妬龍エンフィーリア――つまりこの事情を知る人物が仲間として加わったのだ。当然その情報はライン公にも伝わる。

 んじゃそんな事させるわけねぇだろ、となったライン公。ではこれからどうするかと言うと、別の方法を取るわけだ。

 そこら辺は、一旦置いておくとして。

 

 ――本来、僕たちはそもそもこの情報がライン公に伝わらないよう動くつもりだった。そのうえで、襲ってきた憤怒龍を迎え撃ち、撃退する。

 そんな感じのプランだったが、嫉妬龍がいれば話は違う。

 

 要するに、傲慢龍から聞き出したという体で、今後のシナリオを話してしまうのだ。つまり、憤怒龍がそのうちライン公国を襲ってきますよ、という。

 これのいい点は信ぴょう性が低いということにある。人類に敵対していない嫉妬龍に与える情報だ、欺瞞である可能性も高く、あまり真に受けてはいけない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そういう前提で未来知識を活かせるのだ。こういったときに未来知識は有用だが、過信してはならない。なら、最初から過信してはならない情報筋からそれを周囲に伝えられれば、有効活用は非常に容易だった。

 

 ――というわけで、方針を転換した僕らは、基本的にはゲームと似たようなルートをたどりつつ、色々と策を巡らせるわけだが、この方針転換における一番の変化。

 それは――

 

 

「暇なのーーーー!」

 

 

 ばーん、と部屋で復活液作成に挑戦していた僕と師匠の元へ、リリスが勢いよく飛び込んできた。

 そう、暇なのである。なにせ国の協力を全面に得られることとなったため、僕らがやらなくてはならないことはぐっと減った。

 

 結果として、僕たちは現在かなり暇を持て余している。

 ――僕と師匠は、最近減りに減った復活液を補充するべく、こうして色々試しているわけだが……

 

「ぬおー!」

 

 師匠が叫び声を上げる。

 ――現在、僕の手元ではダークマターが生成されようとしていた。つまり、復活液作成が大失敗したのである。

 

「どうしてこうなるんだ!? 君、器用な方じゃないのか!?」

 

「よ、よくわかんないです……」

 

 何故そうなったのか、どうして手順通りに作ったはずの僕の復活液がこんなダークマターになっているのか。説明はもはや不可能だ、だって途中までは師匠と同じように作れていたはずで、いきなりこうなったのだから!

 

「何してるのー? ってなんかくしゃいのー……」

 

 びえー、と鼻を摘みながらリリスが近づいてくる。あまり近づくんじゃないよ、危険だからね。

 

「ど、どうしましょう、これ……」

 

「は、廃棄するにも、下手したら爆発するんじゃないか……? どう考えてもやばいぞ……あっ、今なんかうねった!? 生きてないかこれ!!」

 

 慌てる僕たち、恐る恐る離れながら、二人して身を寄せ合う。これまずいですよ、本当にまずいって! 作ったの僕だけど!

 

 そこに、リリスがふっと近づいていった。

 

「あ、危ない!」

 

 ――そして、

 

「んー……えいなのっ!」

 

 ぽん、っと何かを放り込む。

 あっ、と声を上げる間もなく僕らが衝撃に備えてうずくまると――

 

「できたのー!」

 

 リリスの楽しげな声が聞こえた。

 恐る恐る、二人して顔を見上げる。みればそこには――

 

「――か、完成してる……」

 

 見慣れた、復活液がそこにはあった。

 

「な、なんで……?」

 

 二人して、安堵から思わず抱き合いながら、ヘナヘナと倒れ込んでそれを見ている。楽しげなリリスだけが、復活液を瓶に詰めつつ、完成品を高らかに掲げた。

 

「――ぱぱーん!」

 

 おおー、と二人で声を上げる。

 

「あのね! これね! ぴぴきゅーんがぽぽーんだったの! それをぺへーってしたら、むっきゅーんってするの!」

 

「ど、どういうこと……?」

 

「ちなみにリリス、何を入れたんだい?」

 

 そういえば、と師匠が聞いて思い出す。要するにリリスはその天才的感性から原因を読み取り、その対処法となる何かを投げ入れたということなのだろうけど……

 実際なんだったんだ?

 

「――カエルの玩具なのー!」

 

「本当になんで!?」

 

 思わず叫んでしまった。

 と、それはいいのだけど。その時であった。

 

 

「――何してんの」

 

 

 部屋の温度が、少し下がった。見れば、入り口にすごい表情のフィーが立っている。そして僕は現在師匠と抱き合っている――

 あ、これやっばい。

 

「あ、あーいやこれは!」

 

 ぱっと師匠から離れる。師匠はといえば、そのまま興味深そうに復活液の方へとフラフラ……こっち助けてくださいよ!?

 

「むぅうううううううう!」

 

 睨みつけてくるフィーは、可愛らしいけど。

 

「暇なのー!」

 

 ぴょーんと跳ねるリリスまで含めて、言えることは一つ。

 

 ――収拾がつかない!!

 

 混沌とした状況で、僕は頭を抱えるのだった……

 

 

 ◆

 

 

「えー、えっと……その、なんです?」

 

 それから少し、現在僕たちはミルカ――快水のミルカに連れられて、ラインの町並みを歩いている。人の数はそこそこではあるが、とにかく人々の顔は穏やかで、そしてなにより活気に満ちている。

 明日に不安を覚えていないのだ。この世界で、それができるのはこの場所くらいなものだろう。

 

「んむうううううううう」

 

「あはは……」

 

 先程から、僕の腕にひっついたまま離れないフィーとともに、町中を歩く。とにかく周囲からの視線がきつい。いや、違うんですよ、何も違わないですけど――

 

「そこの阿呆は放っておきたまえ。いやしかし、この復活液ほんとどうなってるんだ……? 使っても大丈夫なのか……?」

 

「ししょーも前見て歩くなの!!」

 

 ――なんというか、にぎやかだ。

 むくれまくっているフィーもそうだが、復活液に未だ興味津々な師匠も、それを咎めるリリスも。なんかこっちを訝しむような目で見てくるミルカも。

 

「えーと、それじゃあ今日は、一日ラインの街の案内をするわ。なんだか両手に花って感じだけど、羽目を外し過ぎちゃだめよ?」

 

「花とはいいますけど、この花棘が大きすぎてもう片方の花に棘が突き刺さる感じなんですけど」

 

「むううううう」

 

 というか、膨れてそのまま破裂しちゃわないかな。と、思っていると、

 

「ぷすーっ」

 

 リリスがむくれあがったフィーの頬を突っついた。ぷすっと空気が抜けていく。

 

「ん……はっ」

 

 それから、正気にもどったのか、顔を赤らめて、僕から距離をとった。

 

「も、もう! 近いわよ! 変態!」

 

「誰のせいだ誰の!」

 

「あははははは!」

 

 リリスも笑わないでくれー!

 

「ん、どうしたんだ?」

 

「師匠はほんとマイペースですね……」

 

 割と貴方のそのマイペースさが癒やしですよ……

 そしてミルカさん、どうしてこちらから距離を取るんですかミルカさん。僕たち仲間ですよねミルカさん。

 

「それで――」

 

「――ラインは二年ぶりくらいになるが、いやしかし、随分と変わったな。どこもかしこも、広くなった」

 

 僕が話を戻そうとすると、同じタイミングで師匠も同じように話を振り始めた。こういう時に、師匠は僕と似たようなことを考えて動くので、相性がいい。

 そそそ、とそれに合わせてもどってきたミルカに視線をやりつつ、改めて周囲を見た。

 

 じっくり観察してみるとわかるが、街の作りはある程度秩序があるようで、古い建物と新しい建物、大きいものと小さいものが混在していたりして、割とカオスだ。

 流石に快楽都市ほどではないにしろ、ラインもまた、日夜改築が続いている都市なのだ。

 

「ここ、ラインは建国以来、常に人の出入りや魔物の襲撃が多くて、その度に街が破壊されたり、新しい建物が建築されたりしてるわ」

 

「単純に魔物の襲撃が、快楽都市より多いんだっけ?」

 

 これまで、ラインは過去に強欲龍と暴食龍の襲撃を受けたことがあるそうだ。対して、快楽都市は一度として大罪龍の襲撃を受けたことがない、という違いがある。

 もちろん、大罪龍の支配下にない魔物は絶えずどちらにもやってくるが、大罪龍が明確に敵として認識しているのは、おそらくラインだけだ。

 

「そりゃそーでしょ、あっちはエクスタシアがいて、概念使いもうじゃうじゃ。こっちは概念使いじゃない人間の方が多い。大罪龍なら、どう考えてもこっちを狙うわ」

 

 やれやれ、といった様子でフィーが言う。嫉妬龍エンフィーリア。大罪に名を連ねる彼女が言うと、間違いなく大罪龍側もラインを狙っている事が証明されるわけだ。

 

「あ、んねーフィーちゃん! そーいえばなんでたいざいりゅーは人間を襲うの?」

 

「えっらいアホみたいな名前ね……たいざいりゅー……」

 

 はは、と少しだけ笑いながら、フィーは腕組みをすると、

 

「そうね、簡単に言うと使命だから、よ。アタシたちを生み出した存在がアタシたちに与えた使命。ただし、義務じゃない」

 

「エクスタシアなんか、思いっきり裏切ってるしな」

 

「――八十年」

 

 人差し指を突き立てて、フィーが言う。それがなにか? という視線がミルカと師匠から飛んでくるが、僕はなんとなく察しがついた。

 

「大罪龍が現れてから、今までの年数か」

 

「そう。私達が生まれて、だいたい八十年が経とうとしてる。で、ここで疑問なのだけど――どうして人類って生き残ってるの?」

 

「どうして……って、そりゃあ概念使いが……」

 

「――生まれて、戦場に立てるようになるまで、まぁ十年から二十年。その間、人類はどうやって生き延びた?」

 

 ――もっと言えば、ゲームにおいて概念使いが現れ、抵抗をはじめたのは今から五十年ほど前だ。大罪龍が現れてから、色欲龍が離反するまでに、だいたい十年ほどのタイムラグがあるのである。

 この間、大罪龍たちは人類を襲っていた。ただし、そこにはある程度の制限があったのだ。

 

「人類側が対抗手段を生み出すまで、大罪龍は人類を滅ぼしてはならない。そういう制約があったのよ」

 

「えぇー、おかしくないの?」

 

「おかしいけど、私達より上の存在にそうやって決められちゃ、どうしようもないわよね」

 

 ――というのが、そもそもどうやって人類が生き残ったかのあらましである。要するに舐めプ、というか大罪龍を生み出した神の狙いが()()()()()()()()()()()だったので、必然的にこうなる定めなのだ。

 で、ポイントとして、実はこれ初代ドメインの頃には一切影も形もなかった設定なのである。

 

 シリーズ化にあたって、最終的に全体のラスボスをどうするかという点から考えはじめて、そもそもどうやって人類が生き残ったのか、初代の頃は割とファジーにしていたそこを詰めたのが、二作目以降の根幹設定。

 後付に後付を重ねた違法建築の結果、初代ドメインと外伝ルーザーズ・ドメインは、シリーズにおいてかなり異質な世界観となっている。そこが好き、というプレイヤーも結構な数いるわけだが。

 

 さて、ライン公国に話を戻そう。

 初代と外伝の時代にしか存在しない、人と概念使いが共存する街。二作目では概念使いが幅を利かせ、三作目以降はそもそも人間と概念使いの区別がされなくなり、概念も使える人が限られる技術とみなされていった。

 故に、()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、人類とともに繁栄しうる時代は、大罪龍が跋扈する今の時代にしか存在しない。

 

「――あ、屋台が出てるわよ。ちょっと小腹が空いたし、なにか買いましょうよ」

 

「いいわね。おすすめがあるの、マガルパッチョっていうんだけど……」

 

 フィーが、遠くの広場に屋台を見つけ、ミルカがそれに乗る。見れば、広場では人々が行き交う中、いろいろな種類の屋台が所狭しと並んでいた。

 どれも大陸各地の伝統料理を集めたもので、彼らはたいていが大罪龍の襲撃でラインに逃げてきた人々だ。売り子は概念使いも、人も問わず。概念を使って大道芸のような呼び込みをするものもいれば、裏方に徹し概念化に依る身体強化を荷物運びに活用するものもいる。

 そんな彼らに、概念使いではない者たちは感謝しながらも、それを当然と受け取って、商売に明け暮れる。

 

 そこには調和があった。人々は概念使いに対して尊敬の念を抱き、概念使いは人々への感謝を忘れない。お互いがお互いを思いやる空間。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 二作目の時代では人間は概念使いの小間使いで、三作目からはそもそも概念使いだからといって、それを尊重されることはない。

 

「おいしいのー!」

 

「うむ、これはなかなか……」

 

 師匠とリリス――小柄な小動物たちが受け取った食品をぱくつくなか、僕らもそれに舌鼓をうちつつ、改めて周囲を確認し、

 

「……いい場所だな、ここは」

 

 ゲームの中にあった、独特な町並みを、リアルに感じつつ、僕はつぶやくのだった。

 

 

 ◆

 

 

「――ところで、ルエ」

 

 ふと、フィーはルエにビシッと指を突きつける。口元についた食べ残しをぺろりと掬って舐め取りながら、師匠はそれをどうしたのかと見上げた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 それから、フィーは僕の方を指差して、そう言って退ける。

 

「……え?」

 

「えっ?」

 

 僕と師匠の、間の抜けた声が、僕たちの間に響いた。



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38.空気になりたい。

 ――実は、この世界は結構技術が発達している。

 フィーと遺跡を探索した時に持ち出したキットもそうだが、場合によっては現実世界よりも技術的に発展している部分も多少なりとも存在する。

 原因は単純で、この世界は昔から衣物があちこちで発掘され、その技術は模倣され体系化されるのだ。

 

 この世界では稲作の道具も衣物から生まれているし、建築の技術も衣物を参考にしている。食事の文化も、何もかも。

 それもこれも、この世界の創造主である機械仕掛けの概念(ドメイン・マーキナー)がこの世界の文化レベルを上げるために、衣物を世界各地に埋め込んで、誘導を行ったことが大きい。

 要するに、僕がこっちにやってきても、割と不便はしていないというか、この世界はなんちゃって西洋風な感の強いファンタジー世界というか。

 

 今は大罪龍が跋扈していて作れないが、いずれそれらが駆逐されれば、飛空艇とか出てくるだろうな、という技術感。

 遠隔を自由につなぐ通信器具とかあるからな、お高い上に使い捨てだけど。

 

 中でもずば抜けて発展しているのは服飾関係だ。とはいえ、コレが発展しているのはキャラデザを派手にしたいという非常にメタ的な理由があるのだが、なにはともあれこの世界の衣服はファンタジー感あふれるキライはあるものの、概ねどれもおしゃれで、見栄えが良い。

 

 僕のような怪奇寝てるときすらローブ男でなければ、この世界は異世界を楽しむ上で非常に最適なデザインの服を取り揃えた素敵な場所となるだろう。

 没入感というのは大事で、異世界転移してきた若者が学生服のまま無双することは珍しくないと思うけれど、逆に異世界の衣装を身にまとった方がしっくり来る場合もある。この世界の場合は、後者だった。なお僕はそもそもローブ男なのでファッションを楽しむことはできなかった。

 

 まぁそんな怪奇ローブ男な僕のファッションなどどうでもいいのだ。ここで何だって僕がそういう話題をしているのかというと――

 ――師匠の恋愛問題というフィー特大の爆弾発言をさておいて、そんなことを話すかと言うと、現在僕の置かれている状況が問題だった。

 

 率直に今の感想を述べると、空気になりたい。

 

 簡潔に今の状況を述べると、僕は女性ものの服を取り扱う店にいる、唯一の男と化していた。カップルでも中にいれば違うのだろうが、生憎と今は僕ら以外に男連れはいない。

 

 ――視線が集まっているのを感じた。ほら、僕は性別不明のローブ野郎なので、あまり気にしないでいただけると……

 ローブが目立っているのだろうか?

 

「――だーかーらー! ししょーはもっとおしゃれするのー!」

 

「そうよ! ルエさんのスペックで着飾らないのはもったいないわ!」

 

 そんな空気になりたい僕の眼の前では、現在師匠がリリスとミルカの二人によってたかって服を押し付けられていた。

 リリスが手にしている服はやたら肩と背中の露出が激しいワンピースで、色気がすごい。対するミルカはなんかこう、装飾モリモリのドレスみたいな服。ゴスロリ……?

 

「た、たす……たすけ……」

 

「…………」

 

 死にそうな眼でこちらに助けを求める師匠から目をそらす。ダメです、僕がそこに突っ込んだら死にます。命がいくつあっても足りないんですよ!

 

「……ねぇ」

 

「はいはい」

 

 横から声をかけてきたフィーに反応して、師匠から背を向ける、後ろから恨みがましい視線が突き刺さるが知ったものか!

 フィーはといえば、二つほど服を手にしていた。

 

「これ、どっちが似合うと思う? どっちも可愛いと思うんだけど……」

 

「……それ、片方は寝間着で片方はメイド服です……」

 

「メ……メイ?」

 

 ――どちらも確かに可愛らしい。スケスケのネグリジェとやたらスカート丈の短いメイド服。なんだかコスプレ用の衣装みたいなそれを、彼女はどこから持ち出してきたのだろう。

 しかし、どう考えても普通に着回せるような衣装ではない。フィーは感性はだいぶ常識的だが、こういう所のズレは世間を知らないがために度々起こる。これもその一つだった。

 

「と、とりあえずこれはダメなのね! じゃあこの……」

 

「それはバニースーツだよ!!」

 

 思わず突っ込んでしまった。っていうかこの店なんか色々あるな……?

 

「こっちもとめてくれぇええええええ!」

 

 師匠の叫び声が店内に木霊して――師匠たちは店員に怒られていた。

 

 

 ◆

 

 

「――あんた、あいつのことが好きじゃないの?」

 

 ――そんなフィーの、突然の爆弾発言。

 いきなりどうしたと驚く僕を他所に、リリスがびっくりしながらも問いかけた。

 

「それきいちゃっていいの!? 師匠のねむねむがにょきってしちゃうのー!」

 

「……えっと、ルエのクソみたいな恋愛観がまともになっちゃうかもって意味よね?」

 

「なの!」

 

「おいこら!?」

 

 突っ込む師匠を他所に、フィーはため息を付きながら、

 

「――それなら、大丈夫よ。聞いといてなんだけど、うん。わかったわ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……はい?」

 

 それに疑問を抱くのは、ミルカだった。――何故か同じように師匠も首をかしげていたが。

 

「ルエさんとお弟子さんって、とても親密だと思うんだけど。山村の防衛戦でもすごい息ピッタリだったし。これで好きあってないて……信じられないわ」

 

「ししょーとこの人、今朝も二人で抱き合ってたの! らぶらぶちゅっちゅなの!」

 

「ちゅっちゅて……」

 

 ミルカの言葉に同意するように叫ぶリリスだが、その言動はどうなんだと思わずツッコミを入れる。いや本当にどうなんだ? 君何歳?

 

「――その割にはふたりとも、お互いのことを意識してなさすぎよ。少なくとも私がそいつに抱きついたら一日はその感触でお腹が膨れるわ」

 

「自慢することじゃないよな!?」

 

 ふんす、と胸を張って言うフィーは可愛らしいけど、ダメ人間だった。いやダメ大罪龍だった。

 

「い、いやでも、私だってこの弟子を名乗る何かが口説いてきたらドキドキするぞ!? 前に色欲とやりあったときなんか、顔から火が出るかとおもった!」

 

「……でも、戦闘が終わったらすぐにケロッと元通りでしたよね?」

 

 ――と、そこで師匠が具体例を上げたので、僕も思っていたことを言うことにした。むぐぅ、と詰まる師匠に、僕はうなずく。

 やはり、というべきかなんというべきか、師匠は切り替えが早い。師匠はありふれた少女の感性と、圧倒的な強者の感性を同時に併せ持つ。前者に偏っているときは非常に可愛らしい反応を見せるが、一旦後者に切り替えてしまうと、その時の反応はまるで最初からなかったかのように消えてしまう。

 ちょろいようで、非常に身持ちが固いのが師匠であった。

 

 ついでに言えば、他人の恋愛には興味がない。

 

「で、でも! 決して彼のことが好ましくないわけではないのよね!? ルエさんだって女の子だもの、ちょっとくらい異性に興味は……」

 

「そりゃまぁ、こいつのことは信頼しているし、こいつになら何を任せてもやり遂げるとは思う。好ましくないといえば嘘になるが……それと異性がどうって、何故つながるんだ?」

 

「た、頼りになるとか、助けてもらいたいとか、そういうのは……」

 

「背中を預けるには最適だとは思うな」

 

 ミルカ必死の食らいつき、案外この人、こういう話題に食いつくんだよな。ゲーム時代色欲龍と相性が良かったことを、なんとなく僕は思い出していた。

 

「んー、むむむー」

 

 そしてリリスは難しい顔をしていた。彼女の感性をもってしても、師匠の心の有り様は表現しようがないというのだろうか。

 ……とすると、僕らでは到底全容を把握できない代物なのではないか? 師匠の心の機微って。

 

「ねぇルエ。……あなた、子供って興味ある?」

 

「ん? まぁ子宝というくらいには、素晴らしい存在だとは思うが……ああ、私が子供がほしいか、とかか? 興味はないなぁ。私の子供が私と同じくらい強くなる保証はないわけだし」

 

 んー、と少し考えて、

 

「子供を作るくらいなら、養子を取るよ。見込みのある奴を見つけて、一から基礎を叩き込んだ方が確実だ」

 

「……完全に子供を自分の後継と認識してるわね」

 

 フィーの問いかけで、なんとなく掴めてきた。

 リリスの頭の上でも電球がピコーンと光っている。つまるところ師匠はあれだ、恋愛というものに一切興味がない。人を愛して子を作る意思もないし、人に尽くそうという気も、人に愛されたい、大事にされたいという欲求もない。

 ――僕に対するあれこれは、全部単なる羞恥と照れから来るものだったのだろうか。

 

 それに対して、僕が不満を抱くのは、主に僕のことを好きと言ってくれているフィーに対して不誠実かもしれない。ああでもしかし、本当にそうだとするなら……少しばかり寂しいな。

 

「……さっきから寄ってたかって、なんだよ。私が恋をしなきゃいけないのか? 女は恋をするのが当たり前なのか? 側に大切な異性がいたら、それを好きになるのが当然なのか?」

 

 対する師匠は、先程から一方的に言葉を投げかけられて、不満顔だ。むくれっつらは、可愛らしく、どこかいじらしさもある。

 ――その様子は、如何にも年頃と言った様子だ。

 

「私にはそっちのほうがわからないよ。……弟子は大切だ。信頼している、好ましくないわけない。……それだけじゃだめなのか? そうじゃなければ、私はおかしいのか?」

 

 ただ、その言葉は、

 

 

「……私には、君たちの言うことの方が不思議でならないよ」

 

 

 ひどく不器用で、危なっかしく見えた。

 

 そんな師匠の様子に、リリスとミルカは何事か考えて、二人で視線を合わせる。それから何事かうなずいて。

 

「……ルエさん」

 

「ししょー」

 

「……な、なんだ?」

 

 ずい、っと近づく二人に、どこか不穏な様子を感じ取ったのか、師匠は少しのけぞる。それから二人は更に師匠へと顔を近づけると。

 

 

「ししょーを女の子にしちゃうの!!」

 

 

 リリスが叫び、両脇を抱えた。

 

「ちょっ!!」

 

 叫ぶ師匠。止める間もない僕とフィー。――かくして、午後の予定は師匠を着飾ること、に決定するのだった。

 

 

 ◆

 

 

「いやぁー、ホクホクねぇ」

 

「ホクホクだったのー」

 

 ツヤテカと化した女性陣、主にリリスとミルカはそれはもう幸せそうだった。二人して楽しげに完成した師匠の晴れ姿を眺めて、今もうっとりした様子でうなずいている。

 

「……しにたい」

 

 対する師匠はもはや虫の息だ。煤けてしまった後ろ姿に涙を禁じえないが、そもそも先程のやり取りが女子的にNG過ぎたのが悪いところがあると思う。

 特にリリスは普段から師匠のズボラに悩まされてきたからなぁ、それはもうスッキリするのもうなずけるというものだ。

 

 ――で。

 

「むぅー」

 

 一人難しそうな顔をしているのがフィーだ。――今、彼女は普段の装いとは異なる出で立ちをしている。そしてその完成度は高い。

 丈の短いホットパンツと、へそ出しキャミソールという、非常に健康的かつ露出の多い格好を、ジャケットでうまく抑えつつ整えている。

 髪も普段の伸ばしっぱなしからポニーテールに整えて、だいぶイメチェンに成功した感じだ。

 

 とはいえこれは、完全にリリスとミルカのセンスなのだが。

 

「……やっぱり、私って女子力低いわよね」

 

「というか、基礎ができてない感じかな……今まで人間社会で暮らしたことがないわけだから、当然だよ」

 

 一人で選ぶと変なものばかり選ぶのだ。経験値が少ないからだと思いたいが、これがセンスだとしたら本人が自覚的な分、余計凹むだろうなぁ。

 まぁ、今後に期待ということは変わらない。

 

「それにほら、すごい似合ってるよ。普段とのギャップもあるし、君らしくもある」

 

「そ、そう?」

 

 髪をくるくるしながら照れるフィーは、イマドキ――というのも変だけれど、ごくごく当たり前の少女だった。恋する――とつけてしまうと僕がいうのもアレな感じになるが、まぁそんな感じ。

 

「そっちで二人の世界に入らないでほしいの! リリスも感想ほしいの!」

 

 ――と、そこでリリスが割って入ってきた。

 現在、僕たちは僕とミルカ以外が、普段とは違う衣装に身を包んでいる。ミルカもなにか買っていたが、後でシェルに見せるの、と言っていた。それ何に使うんです……?

 と言った具合で、リリスもだいぶ印象が異なる。

 

 ゆったりとした白いワンピースと白い帽子。黒髪の清楚美少女がそこにいた。健康的な笑みを浮かべながら、どこか艷のある表情が、思わずこちらの視線を惹き寄せる。

 現在、僕の周囲のメンツで一番視線を集めているのはリリスだろう、まぁ原因はその驚異的な胸囲なのだが。

 

「いや、可愛らしいと思うよ」

 

「八歳には到底みえないけどね」

 

 ――僕の感想に、即茶々を入れるフィーであった。まぁ、僕もそう思うけど、

 

「むぅー! そんな事いうフィーちゃんにはおしゃれ教えてあげないの!」

 

「あ、ちょっ、ごめんってば!」

 

 そして、これじゃあどちらが子供かわからないな、と思うところまででワンセットであった。というかリリスはフィーの扱いが上手いと思う。

 これが……格付け……

 

「で、で、お弟子くん。肝心のお師匠さまの方はどう思うの?」

 

 そこでミルカがワクワクした様子で割って入る。――そもそも、師匠の女子力アップのためにあの店に入ったわけだから、そこに成果がなければ意味がないわけだが。

 

「えーと」

 

 ――ちらり、と師匠がこっちを少しの興味と羞恥を混じらせながら見る。やっぱりこの人、自分のことになるとそこそここういう態度を取るんだよな。

 これ、勘違いされても可笑しくないですよね!?

 

 さて、そんな師匠だが、一言で表現するならば――“アリス”だ。青白エプロン、うさぎ風のリボン。どこをどう切り取ってもアリスルックである。

 不思議な国家のキューティクル、それが今の師匠だった。普段の師匠であれば、考えられない装飾過多。今にも師匠が崩壊して崩れ落ちそうなほどに、着飾っている。

 

 いや、でも、しかし……しかしだ。

 

 一言、どうしても僕は一言言いたくてしょうがなかった。

 

 

「……師匠って、何着ても師匠ですよね」

 

 

 だった。

 

「乙女心ーーーーっ!」

 

 バシィ、とフィーが僕を叩く。いたい、痛い。いやごめんって、でも師匠はほんとに師匠なんだよ。

 

「……まぁ、そうよねぇ」

 

「ししょー、かっこいいもせくしぃも似合わないの……かわいいは似合うけど、ししょーって元が良すぎて何着てもカワイイの……」

 

 ――とはいえ、ミルカもリリスも意見は同様なようだった。

 まず大前提として、師匠は美少女だ。しかし、寸胴体型で背も低い。かっこいい服を着せると背伸びしてるだけになり、露出を多くしても同様。かわいい服は素体に勝てない。

 

 結果、師匠は何を着ても師匠になる。常にかわいい、しかしカワイイがゆえに遊びがない。それが師匠だった。

 

「……いっそネタに走れば」

 

 魔が差したようにミルカが言う。思い浮かべているのは、フィーが手にとったようなメイド服やバニースーツだろうか。

 いっそ過激に走れば、と目が血走っている。いかん、暴走している。

 

「――さすがにそれは横暴だ! 善意なら受け取るが、私をからかいたいなら私のいない所でやってくれ!」

 

 そこで師匠がキレた。

 まぁ、それもそうである。師匠が二人にいいようにされたのも、それが二人の厚意からくるものだったからで、着せかえ人形にしたい欲が強くなるようなら、きちんと断るだろう。

 ――だからこそ、師匠はファッションに興味がないのがよく伝わってくるわけだが。

 

「もー、本当にどうすればいいのよ! こっちの感覚を押し付けるのも違うし、なにかいい方法はないかしら!」

 

「って言いながら、こっち見られても……」

 

 ――正直、僕にどうすればいいのか、なんて検討もつかない。ミルカたちは師匠の恋愛観ばかり気にするけれど、それを言ったら僕もそこまで興味はないし、経験もないんだぞ?

 と、言ったらフィーの方を見てからすごい眼で見られそうなので、言わない。

 

 わかってはいるんだ、フィーとのことが特に顕著だけど、少し助けたい相手に対してこう、親切になりすぎるというか、口説き文句がすらすら口から飛び出してくるというか。

 でも、それと経験が豊富であることはイコールにはならないと思う。

 

「……比較対象がいないので、なんとも」

 

 と、僕が返すと、

 

 

「――――じゃあ、比較対象がいればいいんじゃない?」

 

 

 ぽつりとフィーがつぶやいた。

 少し、ミルカとリリスが停止する。そして、

 

「それなの!」

 

 リリスが叫んだ。

 ええっと、つまり?

 

 

「――貴方が、デートするの! ししょーと、フィーちゃんと、ついでにリリス!」

 

 

 …………はい?

 

「ど、どうしてそうなるのよー!?」

 

 フィーの叫びが、平和なラインの午後に響き渡るのだった。




ししょーの恋バナはもうちょっとひっぱるのじゃ……


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39.フィーは人の街を歩きたい。(一)

 ――デートするの!

 ――――デートするの!!

 

 ――――――――デートするのおおおおおおおお!

 

 リリスが叫んだ。

 叫んだ結果、僕は3人とそれぞれ一日ずつデートをすることになった。なんというか、かなり予定的にスッカスカになってしまっていた僕たちの、久しぶり――というかこの世界にやってきて初めてといってもいい腰を据えた休暇だった。

 ちなみに順番は厳正なる抽選の結果である。

 

 そして翌日。デートは待ち合わせから、と言って憚らないリリスによって、僕は待ち合わせ場所に指定された街の広場中央へとやってくる。大きな噴水が目印になっており、明日以降もここで待ち合わせをすることになっていた。

 僕は周囲を用心深く観察しながら、“彼女”の到着を待つ。観察しているのは、出歯亀がいないかを警戒しているためだ。かなり口酸っぱく言っておいたが、それでもやるとなるとやりそうだし、そうでないかもしれないが、なんとも言えない。

 

 さて、そんな中今日、僕が待っているのが誰かと言うと――

 

「……ねぇ」

 

 つい、と周囲を観察する僕を、後ろから引く手があった。それは、恐る恐るといった様子で僕に声をかけ、僕は彼女へと振り向く。

 

「――フィー」

 

 一日目、相手はフィーだった。

 もじもじと、恥ずかしそうにしながら、こちらを見上げてくる。出で立ちは昨日見繕ったホットパンツスタイル。健康的な肢体が瑞々しく、ちょっとしたギャップにやられそうになる。

 

 と、その姿を眺めていると、ふとあることに気付いた。

 

「その髪留め、似合ってるね」

 

 ――昨日はなかった髪留めが、ワンポイントで追加されていた。

 

「……あ」

 

 嬉しそうなフィーの様子に、それが正解だったことを悟る。こういうのって僕のようなオタクにはムリなムーブだと思っていたけど、案外できるものだ。

 ……これも別の誰かの影響なのだろうか。興味は尽きない。

 

「うん、昨日ね、ちょっと一人で歩いてる時に、出店で売ってるの見つけて、これくらいなら、変じゃないよね? って」

 

「――フィーが一人で選んだのか。すごいな、ピッタリだ」

 

「えへへ……」

 

 照れる彼女は、髪留めを軽くなでて微笑んでから、僕の腕に腕を絡めてきた。

 

「じゃ、行きましょ」

 

「うん……っていても、この後はどうする? 普通に街を歩いて回るのは昨日やっちゃったしな、リリスはデートにかこつけて遊びたいだけだろうけど、フィーはそうもいかないし……かといって、なぁ」

 

「デート中に他の女の名前出さないで……っていいたいけど、まぁうん、ルエはどう考えても何も考えてないわよね」

 

 ――正直な所、3日もこの街で何をすればいいんだ? というのが実情である。この世界は娯楽に乏しい、魔物の脅威が取り除かれない今の時代、そういった文化は発展する土台がまず存在しない。

 もちろん、無いわけではないが、比較対象が現代なので、乏しいと言ってしまっても何ら遜色はないわけだ。

 

 そんな中で、三日間女の子を楽しませる何かしらがあるかというと、正直言ってない。

 ではどうするか。リリスに関しては、そもそもデートというのは名目で、おそらくきちんとしたデートをするわけではなく、何かしら遊んで欲しいだけだろう。ライン公の息子と彼の好きな人も、最近仲良くしていたな。

 彼らと一緒に遊ぶので、保護者をしてほしいと言い出すのが本命かな。

 

 ――で、一番の問題は師匠だ。師匠は今回のデートに乗り気ではない。僕が乗り気かと言われると困るのだが、それでもキチンと三日間付き合うつもりのある僕よりも、一日すら嫌がっている師匠のほうがモチベが低いのは当然だろう。

 ならばなぁなぁで済ませて、適当に部屋で復活液を作るでもいいが、それをやると間違いなくリリスに怒られるのと、師匠の情緒が未熟すぎるのは、僕としてもどうかと思うので、いいリハビリと考えることにした。

 

「リリスやルエと違って――いや、リリスがどう思ってるかは知らないけど、私はこれ、すっごい楽しみだったのよ。でも、貴方の負担になりたくない。……だから、ちょっと考えてきたんだけど」

 

 そして、このデートを素直にデートとして楽しむつもりのフィーは、僕が師匠のデートプランを考えなくてはいけないことを考慮して、こうして色々と予定を考えてきているわけだ。

 さて、僕も一応ある程度プランは考えてるわけだが――

 

「この髪飾りを買った時にね、聞いてみたのよ。ちょっと好きな人とデートしたいんだけど、この街で二人で見に行って面白い場所はないかって」

 

「おお、堅実」

 

「ファッションと屋台で食べ歩きをおすすめされたわ」

 

「――昨日やっちまったなぁ」

 

 まさしく、昨日僕たちが一日かけて堪能してしまった部分だった。そりゃあそうだ、この街は新興の街で、見て楽しめるものはほとんどなく、特色と言える特色は中央広場の異郷入り乱れる万国博覧会くらいなもので、後は着飾って楽しむか、食べて楽しむかの違いだ。

 

 ――で、まぁ僕のデートプランというのも、似たようなものだった。中央広場を改めて見て回ろうというのが一つ。屋台は日毎に内容が変わるため、変化を楽しむというのはありだ。

 とはいえ、それを昨日回った次の日にやりたくはなかった。せめて二日、三日は置きたい。――なので、師匠とのプランはそれにしようと思ったところである。

 

「ただね、他にも一つだけ、面白い店があるって教えてもらったの」

 

 そこで、フィーはそれを挙げた。

 思わぬ選択肢、そして詳細を聞いた僕は、それにしようと飛びついたのであった。

 

 

 ◆

 

 

「いらっしゃいませー」

 

 元気な少女の、朗らかな声が響く。店は広くはないが、狭くもない。昨日行った女性ものの服屋は街一番の品揃えということで、非常に大きい店舗だった。

 ここは、あくまで個人の雑貨店といった様子だ。

 

 さて、ではここが何を取り扱っているのかというと――

 

「――()()()()()、ルゥ&アスターにようこそいらっしゃいました。本日はどのようなものをお探しでしょうかー」

 

 そう、衣物だ。

 店にはショーケースの中に、様々な衣物が並べられている。そのどれもが、一つ購入するのに復活液を十や二十はつくらなくてはならないものばかり。

 高級店である。

 

「そうだね、旅装に便利なものはなにか無いかな」

 

「あー、旅装ですか。そういうのは需要大きいですし、あんまり安定してうちには入ってこないですよ。ちゃんとして安定したものが欲しいなら、普通の店を覗いたほうがいいと思います」

 

 ――応対する少女は、幼い。さすがにリリスほどではないが、十五かそこら、この世界は現代よりも成人として認められる年齢は幼いだろうが、それでも結構ギリギリな感じだ。

 まぁ、それを言ったらリリスがとんだ不思議生物になるのだが。そして師匠はとんだダメ人間になる。

 

「あーいや、僕たちこう見えても、結構旅慣れていて、普通の旅装は間に合ってるんだ。オリジナルの衣物なら、もっと便利なものもあるかなと思って」

 

「……なるほど」

 

 隣で露出度マシマシなフィーが興味深そうにキョロキョロしているのを見て、若干訝しんでいる様子だが、それを顔に出したりはしないようだ。

 

「お客様は、こういった衣物のお店は初めてですか?」

 

「そうだね。……まぁ、初めてといえば初めてかな」

 

 ――ゲームでも、初代以外には存在する衣物専門店。特別なアイテムが売っているイベント用のお店として2で登場し、3からはコレクションアイテムの収拾などの要素に使われ始めた。外伝では話には登場するが、実際に訪れることはなかった店である。

 というか、ラインにもあったんだな。こんなご時世なのに。快楽都市にあることは知っていたけれど。

 

「ね、ねぇ。これ何……?」

 

 そういって、ショーケースを覗き込むフィー。正直な所、僕も衣物に何があるかはさっぱりだ。見てみるまで、それが何かはわからない。

 だって機械仕掛けの神が適当に埋め込んだものも多いから。メタ的に言うと開発のお遊びの現場だから。

 

「それは音が出るおもちですね。試遊してみますか?」

 

「試遊……?」

 

「衣物専門店は、衣物を買うよりも、そっちのほうがメインだよ。お金を払って、ちょっと衣物を使わせてもらうんだ」

 

 と、僕が店の奥を指差すと、そこでは親子が何かを呑んでいた。そんな親子の前にあるのは、一言でいうとドリンクバーのサーバーである。アレなんかは金を払って使わせてもらう衣物の典型だろう。言ってしまえば自動販売機か。

 たまにあれを売りにしている屋台もあったな。

 

 昨日は見かけなかったけれど。

 

「っていうか、音が出るおもちってなによ、音が出るの?」

 

「音が出ますよ? ちょっとまってくださいね」

 

 少女が鍵を取り出して、ショーケースを開く。音が出るおもち。たしか4に出てきたコレクションアイテムだったな。フレーバーテキストだと……

 

「押してみてください」

 

「う、うん」

 

 フィーが恐る恐るおもちにてをのばすと、

 

“けっこうおおきい!”

 

 と可愛らしい少女の声が響いた。

 

「……うん?」

 

 もう一度おしてみる。

 

“やわらかくておっきい! かたちがきれい!”

 

「えっと……」

 

「……」

 

 少女が、表情の死んだ顔でおもちに手を伸ばし、押す。

 

“なげきのかべ! さわるな!”

 

 ――沈黙が流れた。そう言われた少女のそれは平坦だった……

 

「……ごめん」

 

「お代はこちらへどうぞ」

 

 とてつもなく平坦な、感情を感じさせない声であった。

 フィーがお代(リリス管理のお小遣い)を手渡すと、少女はそのままおもちの入ったケースに鍵をかけた。扉を締めるとき、精一杯力をコメていたのが、なんだか虚しい。

 

「っていうか、売値より試遊の方が高いわねこれ……」

 

「何故か誰も買っていかないんですよ……ほんとに早く売れればいいのに……」

 

 ――それでも、原価がそこそこしたのだろう、安くはあってもそこそこ値は張る。試遊はさらに高いわけだが、っていうかセクハラじゃないか、これ。

 

「……ちなみに、基本的にもう一度試遊したいといってもやらせませんからね」

 

「絶対セクハラしたがる奴でるわよねこれ……」

 

 といいつつ、フィーがこちらに耳打ちしてくる。

 

「…………ところで、この声に非常に聞き覚えがあるんだけど」

 

「関係性は不明です」

 

 ちなみにCVエクスタシア。4では特に触れられてないけど、やっぱりエクスタシアの声に聞こえるんだな、これ……

 

「何やってんのよあいつ……!」

 

 フィーの嘆きが、どこか虚しかった。

 その後も、色々な衣物を試遊していく。店はそこそこ繁盛しており、僕ら以外にも客は入っており、店員の少女は忙しく飛び回っていた。

 なんというか、愛嬌があって見ていて楽しい。まぁ、そちらに視線をやるとむっとしてくる嫉妬龍殿がいらっしゃるので、横目で見る程度だが。

 

「はぁー、なんか色々あるわねぇ。これ全部お父様が用意したの?」

 

「いやぁ、ここにあるものの殆どは意図して用意してないよ。あいつが意図して用意したのは、模倣して技術として運用できるものだけさ」

 

「じゃあ、何であるの?」

 

「ランダム生成……?」

 

 一応、そういうことをしそうな連中に心当たりはあるが、そもそもは開発スタッフがやりこみ要素として盛り込んだお遊びのコレクションアイテムでしかないのだから、あまり気にしてもしょうがない。

 

 基本的に、衣物とは神が直々に設計し、人類が活用することを前提にした完全品と、特に意図せず適当に作って放り出した失敗品と呼ばれるものがある。

 衣物専門店で扱うようなのは、基本的に後者の失敗品だ。失敗品というだけあって、使い所にこまったり、複製のしようがないアイテムがほとんどなのだが、芸術品や玩具としての需要はそこそこある。

 だからこそ、こういう店も成立しうるのである。

 

 と、その時であった。

 

 

「ルゥ! ちょいと力を貸してくれー!」

 

 

 扉を開けて、一人、青年が入ってきた。シェルと同年齢くらいだろうか。

 

「兄さん、どうしたんですか」

 

 と、店員の少女がパタパタと彼に近寄る。つまり、彼女の名前はルゥというらしい。店名から考えると、彼はアスターというのだろうか。

 

「いや、ちょっとでかいものを取ってきたんだが、あまりにも大きすぎて街に運び込めないんだ。城の方で引き取ってくれることになったんだが、城はなんだか忙しいようでなぁ」

 

「ああ……最近なにか大きいことが起こるみたいで……城の方々も大変そうです」

 

 なんて会話が、ちらっと聞こえてくる。不思議そうに眺めているフィーに、軽く解説だ。

 

「彼はおそらくここの店の主で、ルゥって子の兄……概念使いだな」

 

「アスター……ね。でも概念使いってとこまでわかるの?」

 

「この衣物、誰かが掘り出してこなきゃ売れないだろ」

 

「ああ……ってことは、察するに大きい衣物を掘り出してきて、運び込めないから助けが欲しいのか……で、城と繋がりがあるんでしょ? 嫌な予感がするんだけど」

 

「……それもまた、楽しみの一つじゃない?」

 

 少し妹のルゥの方はなにか考え込んでいる様子だ。そんな中、ふとアスターの視線がこちらを向いた。

 

「む……」

 

 それから、つかつかとこちらによってきて、僕の方をジロジロ見る。

 

「……失礼、君、城の方で会ったことがないか?」

 

「ああ、多分すれ違ったことくらいならあるかもしれないね。僕は敗因、紫電のルエの弟子をしている」

 

「――あの紫電のルエの、……もしよければなのだが、少し力を貸して貰えないだろうか」

 

「僕は構わないけれど……フィー、どうする?」

 

「断ってもなんかしっくり来ないし、いいんじゃない?」

 

 ――と、いうことになった。

 

「ありがたい! 俺は牡丹のアスター。で、こっちが」

 

「妹のルゥです、ルゥ&アスターの店主をしています。よろしくおねがいします」

 

 ぺこり、とお辞儀をする。店主はルゥの方なのか、と思いつつ。まぁアスターは普段外に出ているか、肉体労働がメインだろうから、そんなものだろうと思いつつ。

 

「で、何を運ぶんだ?」

 

 問いかけてみる。帰ってきた答えは――

 

 

「――等身大スケール色欲龍銅像だ」

 

 

「……なんでそんなものがあるのよ!!」

 

 ――なお、龍形態のものだった。




長くなったので分割します。あくまで分割なので話数はそのまま。


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39.フィーは人の街を歩きたい。(二)

「はー、疲れたわ!」

 

「彼女は愉快だな」

 

 ――百面相するフィーを連れ立って、僕たちはライン国の中枢である屋敷のような城の中庭まで、色欲龍像を運び込んだ。道中ずっと重い重い言い続けてきたフィーは本当にお疲れ様だ。

 いや、実際三人で運ぶような大きさではなかったが、なにはともあれ、

 

「……それにしてもこれ、何に使うのよ」

 

「色欲シンパの概念使い向けじゃないか?」

 

「えっ、なにそれ……」

 

 信じられないものを見る眼で色欲龍像を見るフィー。彼女からしてみればうざ絡みが果てしなくうざい友人という立ち位置であろうエクスタシアに、信奉者がいるのは意外だろう。

 ましてや快楽都市ではなく、ラインにというのは、更に。

 

「なんだかんだ、色欲龍は人類の救世主だからなぁ、地母神的な側面もないとはいえないし」

 

「いやでも、だからって……」

 

「……本人を知らなければ、そんなものじゃないかな」

 

 ――と、それは少し真面目な話。

 色欲龍は人類に大罪龍への対抗手段を与えた、救いの主という側面もなくはない。大罪龍が跋扈する今の時期だけの考え方ではあるが、概念使いという特別な力を福音と考え、大罪龍を試練と捉えるものも、そこそこいる。

 この世界には昔から衣物と呼ばれる人智を超えたものが存在し、そこに神を見出す考え方はある程度存在したためだ。

 

 そして実際にこれは機械仕掛けの概念という創造主が存在し、その狙いが人類に対する試練であることから、概ね当たっている考え方だ。

 

 決して、不自然な帰結ではない。

 

 何も知らないからこそ、ロジカルに人は思考して、それ故に感情を無視して論理的な結論を出す。そういう側面も、人の中にはあるはずだ。

 

「…………私にはよくわからないわ」

 

「大罪龍は感情を根底に置くからね、そういうものさ」

 

 ――と、そうやって会話する僕たちの元へ、ルゥがやってきた。手には何やら瓶に収めた飲み物。休憩のためにもってきてくれたのだろう。

 

「おまたせしました。この度はお手伝いいただきありがとうございます。兄さんも、どうぞ」

 

「いいのよ、別に」

 

 僕らに深く礼をすると、それから兄にも声をかけ、ルゥは甲斐甲斐しく世話をしてくれる。その姿は、家族というよりは、給仕とか、小間使いとか、そういったような甲斐甲斐しさだった。

 僕たちだけに対してではなく、兄のアスターにさえ。

 

「これも役割分担ってやつだよ、フィー。概念使いが身体を動かし、そうでないものがそれを労る。ここじゃあそれが普通の考え方なんだから」

 

「――彼にとって、妹のルゥは守るべき存在ってことね」

 

 と、そこまで言ってフィーは何かを考え込む。何かをいいたげな様子で、しかし悩んでもいるようで。何かいいにくいことだろうか、そして恐る恐るといった様子で、

 

「あの二人なんだけどね――」

 

「――あの」

 

 そこで、ルゥが僕たちに声をかけてきた。びくっとした様子でフィーが一瞬震え、僕たちはルゥの方へと向き直る。

 

「お手伝いいただき、ありがとうございます。――これ、お礼です」

 

 ぺこりとお辞儀をした彼女が手渡したのは、一組の腕輪だった。……ん、これって?

 

「これは?」

 

「使い方がわからない衣物なのです。他にも色々あるのですが、ペアの腕輪ですから、お二人に丁度いいかと」

 

 衣物は、中には使い方がわからないものもある。そういうものは値段をつけられないのだろう、こういうときの適当なお礼としては最適というわけだ。

 中には凄まじい効果のものもあって、どう考えても損をしているときもあるが、そもそも不良在庫だから、その結果論さえ無視すれば、別に損はしていない。

 いや、これはその損しかねない凄まじい効果のものなのだが。

 

「……なるほど、どう?」

 

 少し考える僕に、フィーが受け取るか、といった様子で聞いてくる。これをもらえるとありがたいけれど、しかしそうか、()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()んだな。

 とすると、僕はその使い方を知っているわけで、もらってしまうのはなんだかズルな気もする。

 

 けど、説明するとそれはそれで怪しいんだよな……

 

 と、考えたところに、

 

「……似合う?」

 

 ――フィーがそういって、腕につけたところで、僕は考えるのをやめた。フィーがそういうふうにしたいなら、僕はそれでいいと思う。

 

「似合ってるよ」

 

 問題は、これ使い捨てなんだよな……どう説明したものか。

 

「……羨ましいですね?」

 

「え?」

 

「――いえ。とにかく、ありがとうございました。ほんと、こんな大きな物持って帰ってきても処理できないのに、困った兄さんです」

 

 ぼんやりとつぶやいて、ルゥはお辞儀をすると僕らから離れ、兄、アスターへと少し言葉をかける。

 

「それじゃあ兄さん、私は店に戻りますので、身体を休めてからもどってきてくださいね」

 

「ああ、わかってるよ」

 

 献身的、という言葉が似合うだろう。少し手伝っただけの僕たちにすらこれほど親切にしてくれている。――役割分担。彼女は概念使いではなく、兄は概念使い。この関係は、きっと自然に構成されたものだろうな。

 良くも悪くも、今の時代は、そういう時代だ。

 

「――改めて、俺からも礼を言わせてくれ」

 

「手は空いてたからね、むしろこんな素敵なものまで受け取ってしまってよかったのかな、ってくらいだ」

 

 そういって、受け取った腕輪を見せる。

 ――いや本当に、これ、もらってしまっていいのだろうか。今からでも使い方を説明したほうがいいのでは?

 ……いいや、きっと教えても受け取ってくれというな、この兄妹は。

 優しいけれど、優しすぎる、なんとなくそういう兄妹だと感じた。

 

「――なんというか、見ていてびっくりするくらい、そっくりな兄妹だね」

 

 だから、僕は率直に言葉にする。それにアスターは少しだけ気恥ずかしそうにしながら、

 

「あー、いや」

 

 少し、意外なことを言ってきた。

 

 

「血がつながってないんだよ、俺たち。だから、本当の兄妹じゃないんだ」

 

 

 ――少し驚いた。

 顔立ちもなんとなく似ているし、振る舞いなんてそっくりだ。これで兄妹じゃないのかと、思わず困惑してしまうくらい。

 ああいや、そもそも……

 

「どうしてそれを 僕たちに?」

 

「……そっちの子が気付いてるみたいだったので」

 

「えっ? ……あっ」

 

 ――あの妹は、エクスタシアの血を引いていないんだ。

 フィーは概念使いの才があるものを目覚めさせる権能を持つ。その力は未だ健在で、だから血を引いているかいないかの判別もできる。

 兄妹を名乗る二人が、片方は概念使いでもう片方が血を引いていないとなれば、二人は義理の兄妹ということになる。

 

「……なんかごめん、ちょっと気になっちゃって」

 

 フィーはそう言って、少しバツが悪そうだ。さっきいいかけてたのはこのことだったんだな。とはいえ、二人の関係は良好で、ならそれでも問題はないのではないか。

 まぁ、どうしたって相手の事情に踏み込むことになるわけだから、少し気まずいのは当然だが。

 

「しかしすごいな、俺たちのことを初見で気付いた人は初めてだ。そういう概念?」

 

「ん、まぁそんなところね」

 

 ――一応、フィーは知らない人には概念使いで通している。多分、人前で他の大罪龍とやり合うことになったらためらわず龍化するだろうが、それ以外の場所では人の姿のまま戦闘することになるのだ。

 ちなみに概念は「羨望」。

 

「……俺たち、同じ村の生き残りなんだ。俺の住む村は、俺の父さんと俺が概念使いで、二人で守ってたんだけど、ダメだった」

 

「……そうか」

 

 ――ありふれた、と言うには重い。だが、生き残りという意味では師匠も、リリスも特殊だがそうだし、強欲龍と出くわした僕も、生き残ったと言えなくはない。

 だから、敢えてありふれた過去、と言うべき過去。

 

「父さんと村の人達が、俺とルゥだけを逃してくれてさ。小さい村だったから、若いのは俺たちしかいなかったんだけど、それでもなんか、俺たちからすれば生き残っちまった感じで」

 

「……」

 

「顔立ちが似てたし、ずっと同じ村で家族みたいに暮らしてきたから、ここでは兄妹で通してる。別にそうしなきゃいけないってことはないんだけど……それが自然だしな」

 

 そう言って苦笑するアスターの顔は、どこか寂しげなものが混じっていた。

 

 ――それは、ああ、僕でもわかる。

 そして、更に()()()()感情には、諸般の事情で敏いフィーは、少しだけ難しそうだ。もどかしいのだろう。

 

「……ねぇ」

 

「どうした?」

 

「…………ううん、なんでもない。これからも頑張ってね、応援してるわ、あなた達のこと」

 

 応援、か。

 素直にそういう気持ちで言っているのだろう、ごまかしたとは言え、フィーは嘘は言っていない。だからこそ、そこに嫉妬はないのだということも、僕にはよくわかってしまう。

 ――これが正しい形なのだとしても、フィーにはもどかしくて仕方がないはずだ。

 

「ああ、ありがとな。――よし。俺も帰るよ、いつまでもルゥを一人にはしておけない。俺がルゥを守るんだ」

 

「頑張ってね」

 

 僕も、手を上げてそう送り出す。

 アスターとはそこで別れた、俺たちは二人でエクスタシア像の前に座り込みながら、もらった飲み物に口をつける。

 だいぶ冷めてしまったかな。

 

「――あの二人って、好き合ってるわよね」

 

「……師匠みたいな例もあるけど、まぁ、僕からみてもあの二人は男女としてお互いのことを好きだと思う。ただ――罪悪感、かな」

 

「……何よそれ、人なんていつかは死ぬじゃない。遅かれ早かれよ」

 

 寿命のない者らしい考えを吐露させるフィー。

 

「羨ましい?」

 

「ううん、そういうわけじゃない。……うまくいくかしら、あの二人」

 

「彼らは時間が解決してくれるだろうさ。人はそうやって、時間で傷を癒やして前に進むからね」

 

 少なくとも、彼らはためらっているだけで、決してお互いのことを嫌っているわけではないのだから。マイナスでないなら、彼らはいくらでもプラスを積める。

 二人の間に、障害と呼べるものはないだろう。

 

 ――もちろん、それは大罪龍の凶行がなければの話だが、それを防ぐのが僕たちの使命であり、やるべきことだ。こんなところで、それを再確認するまでもない。

 

「なぁ、フィー……どうして師匠にあんなことを聞いたんだ?」

 

 だから、僕は別のことをフィーに問いかけた。

 つまり、なぜ師匠に僕のことが好きかと聞いたのか。

 

「……羨ましかったからよ、羨ましくて、気に入らなかった」

 

「フィーらしい理由だ」

 

「だってあいつ、自分の感情が何なのか分かってないのに、アンタの隣にずっといるのよ? そりゃ、好きとか恋とかじゃないかもしれないけど、あいつにはあいつの特別があるはずなのに!」

 

「……フィーはそう思う?」

 

 ――僕は、よくわからない。

 師匠は決して僕のことを嫌っていないと思う、好ましく思っているはずで、それは本人も否定しない。けれど、それが具体的に何であるかはわからない。

 フィーはそれは恋ではないといい、師匠はそれが何かわからないという。

 

 ムリに恋と当てはめてしまっては、師匠は余計殻に閉じこもるだけで、僕では結論が出せない。今回のデートで、そこら辺を聞ければな、というのが僕の考えだ。

 自分も割り込んできたリリスにも、何故かとか聞いてみたい。

 

「――それに、あいつは持ってる時間が限られてるのよ。あの二人もそうだけど、人間っていう短い時間を浪費して、立ち止まって二の足を踏む。そんなアタシにはできないことしないでよ! 妬ましくて仕方がない!」

 

 ルゥとアスターは、お互いに罪悪感で踏み出せずにいる。今の関係を変えられずにいる。それは、時間が無限にあるフィーだからこそ、もどかしくて仕方がないだろう。

 

 だから妬ましい。本当に、フィーらしい。

 

「ああ、いやでも師匠は……んー」

 

「何よ」

 

「いや、でもそうだね。恋をする、人を愛するってなると、たしかに師匠の時間は限られてる」

 

「人間なんだから、当たり前よ」

 

 ――そうやって、アタシたちを置いていくんだわ。

 嘆息しながら、どこか寂しげにフィーは言った。それから、こちらを横目に眺めて、

 

「……アンタは、アタシをおいてかないのよね」

 

「まぁ、多分ね。確証はあるけど、確定はしてない。とはいえ、まぁ、君と約束したからね、もしダメなら、何かしら方法を探して君と一緒にいるさ」

 

「……そう」

 

 そうだ。

 だから――

 

 

「だから、僕は君を一生かけて守るよ、フィー」

 

 

 そう声をかけ、手を差し出す。飲み物を飲み終わり、休憩は十分だろう。立ち上がって、フィーにも同じように促したのだ。

 それを見上げるフィーは、不思議な顔をしていた。

 

 嬉しさと、それから何かの引っ掛かり。

 

「……どうかした?」

 

「…………ううん、なんでもない。なんだろ、既視感っていうか。なんかこう、引っかかるの」

 

「僕にはよくわからないな」

 

「アタシも」

 

 そういいながら、フィーは手を取って、

 

「なんか、色々あって結構いい感じになっちゃったわね。このまま、なにか食べて帰りましょうか」

 

「うん、それがいいと思う。何が食べたい?」

 

「んー」

 

 人差し指を口にあてて、フィーは可愛らしく考え込む。そして、

 

 

「アンタの好きなもの、かな?」

 

 

 ちょっとだけ、いたずらっぽく笑って、その指を僕の頬にくっつけるのだった。



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40.リリスは歩幅を合わせたい。(一)

 ――二日目。

 リリスとのデートだ。といっても、リリスには事前に他にも二人同行者がいることを聞かされている。やっぱりこれデートじゃないよね?

 なんとなくそんな気はしていたが、やはりリリスは僕を保護者に友人と街を歩きたいだけなんじゃないだろうか。

 

 まぁ、とはいえそれも悪くはない。

 

 しかしリリスは感覚全振りとはいえ、色々考えるタイプだから、それだけというのも少し不思議だ。何かあるのではないだろうか、と僕も少し考えてしまう。

 けれどもそもそも、別にそれは聞いちゃいけないわけではないのだから、後で折を見て聞いてみようという結論に至る。

 

 待ち合わせは、昨日と同じく広場の噴水。いつもと変わらない人通り。といっても、僕はここに少ししかまだいないわけだけど。

 ――そして、概念使いの兵士が慌ただしく街を歩き回っているのは、平時ではないだろうな、とも感じる。対憤怒龍の準備は、着々と進んでいた。

 

 そんな街の様子を眺めていたその時だった。ふと、僕の頭上に影がさす。

 

 

「おまたせなのおおおおおおおおお!」

 

 

「――っと」

 

 残念、読めているんだよ。幾ら上からとは言え、前方から降ってくるわけでな、見逃すはずもない。その豊満で小柄な矛盾した身体を受け止めつつ、数歩下がる。

 

「あっ」

 

 ――そこで足を滑らせた。

 僕とリリスは、そのまま噴水に突っ込んで――

 

「ごめんなさいなのー」

 

 ビショビショになったリリスに適当に屋台から買ってきたタオルを渡しつつ、僕も水浸しになった部分のローブをぱんぱんと叩く。

 幸い、少し噴水でローブが濡れて、リリスにも飛沫がかかった程度なので、服などは変える必要はなさそうだ。

 

 ちなみに、リリスのワンピース(白)が濡れ透けになることはなかったぞ、残念だったな! ――僕は誰に言っているんだ?

 

「予備のローブを買い足しておこうかな」

 

「お供しますなの! へっへっへなの!」

 

「調子いいな!?」

 

 それから、即座に気を取り直したリリスを見ながら、後方でオロオロしている二人の少年少女を見る。――今回のリリスの同行者。

 僕も、その二人とは面識がある。

 

「やあ、クロス、アン。ふたりとも、今日はよろしくな」

 

 ――クロスと、アン。

 二人は十二歳程度の子供だ。クロスはおとなしそうな見た目、アンは気の強い小さいフィーのような感じ。あそこまで嫉妬深くはないけれど。

 ふたりとも、来ている服がしっかりしている。周囲の街の人々はそこそこおしゃれはしているとはいえ、庶民な感じの服だ。それと比べると、一段ランクが上、少し浮いているかもしれない。

 

 まぁ、この街には兵士や概念使いの個性的な格好をした人々も結構いるから、そこまで可笑しくはないけれど、比べてみると一目瞭然な違い。

 僕とも面識があり、城に滞在しているリリスと懇意。

 

 二人は――

 

「――ありがとうございます。敗因殿。父からは、今日は僕とアンをよろしくと……」

 

「もう! 普通に遊ぶだけなのにそんなかしこまってどうするのよ! 遠慮してるの!?」

 

「あはは、そうだね」

 

 

 ――ライン公の息子と、そんな息子が大切にしている女性……少女だ。

 

 

「でも、改めて私からも、今日はよろしくおねがいします」

 

「ああ、よろしく。といっても、今日はリリスが主導だけどね」

 

「最近はずっとそうですよ」

 

 あはは、と快活に笑うアンと、そんなアンの後ろで少しこちらの様子を伺っているクロス。二人の関係性は非常にわかりやすい。クロスは年の割に――リリスという例外を考えなければ――非常にしっかりしているが、前に出ないタイプで、アンは年相応だが、クロスを引っ張り出せる胆力がある。

 いい関係だ。

 

「っていうか、あの、私達リリスに何するか聞いてないんですけど、何か聞いてます?」

 

「いや、僕も聞いてないよ。まぁ、何をしてもいいように、覚悟だけはしておこうね」

 

「か、覚悟……」

 

 びくっとなって、クロスがアンの後ろにある。怖がらしてしまったけれど、リリスも大概何をしてくるかわからないからな。

 おそらく何かしらふざけようとしているのだろうけど、これで完全に真面目一色の場合も考えられる。正直、読めない。

 

「と、いうわけでリリス。そろそろ何をするのか教えてくれ。かくれんぼ? 鬼ごっこ? それともこの四人で食べ歩きか?」

 

「んーん」

 

 首を横にふるリリス、正直なところ、全く読めない。クロスたちもそんな様子で、二人して顔を見合わせている。街でできることなんて限られる。先日城の庭に突如として現れ、信奉者たちに崇められている色欲龍像を使って遊ぶのか?

 いや、どう考えても情操教育に悪いから、それなら却下だぞ。

 

 と、考えていると――

 

 

「――外に、行くの!」

 

 

 ああ、それは確かに読めない――っていうかよくライン公は許可したな? という内容だった。

 

 

 ◆

 

 

 ――外。

 この世界における外とは、村、街、国の外。城壁の外という意味だ。もともとこの世界は一つ一つの村同士が独立し、そこに集落を形成しているRPGによくある世界だが、魔物が出現し、人々を襲い始めてからこの傾向は加速した。

 “外”に出ることのないまま一生を終える人間は少なくない、自分から好き好んで危険をおかすものは異常者だ。

 だから、外に出るものは危険を顧みず目的を持って外に出る。

 

 それは、僕たちも同様だった。とはいえ、普通の目的と比べると、いささかリスクに対してリターンが薄い行動ではあったが。

 

「わぁ――」

 

 小高い丘の上で、アンが空気を胸いっぱいに吸い込みながら、広がる大地を眺める。ここはライン国から少し離れたところにある丘で、ライン国周辺を一望することのできる絶好のスポットだ。

 ゲームにもあったが、特に意味はなく、けれども周囲を望める印象的な光景は記憶に残りやすい。リリスはこれを国の概念使いから聞いたのか、僕たちをここへ案内したのだ。

 

「すごいわ! あんなに大きな国が、小さく見える! 私の両手の中に収まっちゃいそう!」

 

 と、クロスに向けてアンは輪っかを作ってライン国を収めて見せる。それをクロスは楽しそうに覗き込みながら、二人は会話を楽しんでいた。

 

「風がキモチイイな」

 

「寝っ転がるといい感じなのー!」

 

「せっかく買った服が汚れるぞ」

 

 バタバタと地面に寝ながら草原を転がるリリスに、そう呼びかけながら、僕は軽く周囲を見渡した。概念化して生み出した剣は、まだ手放してはいない。

 リリスも、魔物が現れれば即座に対応するだろう。

 

 僕たちの役割は護衛だった。

 

「それにしても、面白いことを考えるな。――外の世界をみせたい、か」

 

「うんー、外ってすごいの、おっきいの。旅ってとっても楽しいの。逃げ隠れしなきゃさらにドンなの!」

 

 世界各地を逃げ回るように旅する異邦人の出身であるリリスは、そんな過去故か旅が好きなのだろう。逃げなければ、とも言うから、異邦人としての経験はキライなのだろうが。

 

 ――護衛。当然対象はライン公の息子であるクロスと、その想い人のアン、この二人である。クロスは言うまでもなく、アンも国の重鎮の娘で、二人は生まれたときから仲がいい。周りは何も言わないが、二人が婚姻してくれれば誰も不幸にならない、幸せな未来なのだろう。

 そして、ゆくゆくは国を背負って立つことになる二人だ、外の世界を知り、経験を積んで欲しいというのも、親心か。

 

 実際、アンはこれが初めての外出である。何も知らないアンに、これはとても刺激の多い光景だろう。その様子を楽しみながら、僕らはアンとクロスの元へと歩み寄る。

 

「外って、広いの!」

 

「うん……うん! すごいわリリス! ありがとう、連れてきてくれて!」

 

 ばーっと両手を広げるリリスにアンが抱きついて、二人はキャッキャと笑い合う。そんな様子に、クロスはまだ少し緊張した様子ではあるが、微笑ましそうに微笑んだ。

 

「やっぱり外は怖い? クロス」

 

「あ、いえ、えっと……」

 

 ――クロスは、これが二度目の外出だ。一度目は、嫉妬龍の元を目指して僕たちに護衛されながら。その時の出来事は、彼にとってあまりいい思い出ではないだろう。

 魔物に襲われ、命の危機。やっとこさたどり着いても、目的は叶わず、むしろ自分の出生の秘密を知らされて――

 

 ――クロスは、ライン公の本当の息子ではない。彼が壊滅した村から拾ってきた養子だ。ただ、周りには本当の息子として通しているし、クロスも父を本当の父として、疑うことなく尊敬していた。

 それがひっくり返って、彼の人生は土台からひっくり返ってしまっただろう。

 

 だが、それすら始まりに過ぎなかった。ゲームでは、ここから父の死、そして――アンの死を経て、成長しなくてはならない。

 

「……怖かったです、けど、新鮮な経験、だったんです。何もかもが初めてで、キャンプとか、共同生活とか……ちょっと楽しかったんです」

 

「焚き火を囲んで、皆で話をするのは、楽しいよね。僕も好きだ」

 

 後はその、と頬をかいて、クロスは続ける。

 

「……その、僕も少し、気分転換がしたかったといいますか。そんな時じゃないのは、父さんが忙しく動き回ってるのもあって、分かってるんですけど」

 

「――君自身の感情は、そうも行かないか」

 

 うなずく。

 ――ゲームでもそうだが、クロスにはライン公の息子であるという自負がある。何れ父の跡を継ぎ、このライン国を導いていくのだと。

 しかし、そんな自分が概念使いではないことは劣等感で、外部から僕たちという信用のおける概念使いがやってきたことで、ようやく嫉妬龍のもとへ向かう余裕が生まれた。

 やっと、自分も父と同じ舞台に立てる。たとえ概念使いとしては父のようにはなれなくても、概念使いであるという誇りは父と何も変わらない。

 

 そう思っていた、矢先だった。

 

「……どうして父は黙っていたんでしょう。それも答えてくれないし、僕、どうしたらいいのか」

 

「もう、何度も言われていることだと思うけれど……君の父さんは不器用な人だ。その上で、ダメな人でもある。僕から強いて言うことがあるなら、君は彼に失望してもいい。君が思う以上に、人の背中っていうのは小さいもんだ」

 

「何度も……言われたこと無いことも言われましたけど……そうですよね」

 

 ――ライン公は不器用な人だ。

 彼は有能で、今のライン国の秩序を作ったのは彼で、おそらく大罪龍と争う上で、彼の国家体制はまさしく正解なのだろう。そして、それを維持するだけのカリスマもある。

 ただ、言葉少なだ。周りが上手く汲み取って、彼を補佐する必要がある。なんというか、本当に背中で語るタイプの人種だ。

 

 対してクロスは、立ち止まって、慎重に考え込むことが得意。理知的で、初代であるライン公の敷いたレールを整えて、次代につなげることにおいては、かなりの素質があるだろう。

 とにかく前に進むライン公とは正反対だが、だからこそ二代目としては理想的……ではないだろうか。

 少なくとも、ライン国をこの後も維持し、大罪龍が討伐されてから二百年は続く大国に育てたのは彼の手腕も大きい。

 

「……どうして、父は僕を養子にしたんでしょう。シェルさんたちもそうですが、父さんにとって、多くの概念使いは息子のようなものです。その中から、どうして概念使いじゃない僕を――」

 

「いや、それは単純に君が跡継ぎとして最適だからだよ」

 

 だから、クロスの疑問にも、僕は即答する。

 

「そんなものでしょうか」

 

「ああ、ライン公はそういうところは間違えない。胸を張っていい」

 

 と、言うと、少しだけクロスの顔はほころんだ。

 ふむ……

 

「クロス、君は確かに養子のことを黙っていたライン公を疑ってしまうかも知れない。それを父はうまく答えられないかも知れない。……そんな場に他人を巻き込みたくないかもしれない」

 

 ――クロスとライン公のやり取りが上手く行かないのは、二人が周囲に遠慮して、周囲が二人に遠慮してしまうことも大きい。

 お互いに理由があって、けれどもそれをうまく伝えられないなら、周囲に人を置いたほうがいいと思うが、こんな重い問題に周囲を巻き込みたくない。

 ――面倒でややこしいのだ。

 

「だから、少しでも周りを巻き込みやすい話題を選んだほうがいいかもしれないな」

 

「と、いうと……」

 

「議論だよ。周りにとっても、その話題を議論することが有益だと思うような議論を提案するんだ」

 

 例えば、クロスはライン公が何故自分を養子にとったのか、その真意が知りたい。そして、ライン公にはそれに深い考えがあるが、息子を傷つけてしまわないか、これ以上二人の仲に溝を産まないか、と懸念している。

 

 だが、養子にする、後継にするということは、少なくともクロスのことをライン公は認められていて、認めるだけの理由がある。

 その理由を聞けばいい。感情的に、ではなく、論理的に。

 

「……なるほど。ちょっと、考えてみます」

 

 クロスも、まだ子供であるが非常に利発でしっかりした子だ。だから、こういう話を素直に受け取ってくれる。

 

「――もー、男の子二人で何してるの! 早くこっちくるのー!」

 

 そこで、リリスが声をかけてくる。

 見れば、アンがシートを引いて、二人はお茶の準備をしていた。ちょっと長話が過ぎたかな。

 

「ああ、分かって――」

 

 そういって、二人の元へ急ごうとして。

 

 僕の耳は、その音を捉えた。

 

「――いや」

 

「……どうしたんですか?」

 

 ふと、振り返った僕を訝しむように、クロスがこちらを見上げる。それに、僕は促して、

 

「リリスのところへ行ってくれ」

 

 ――宣言する。

 

 

「魔物だ。多分、数匹、無粋だな」

 

 

 その声に、リリスが立ち上がる。クロスは、慌てて彼女の元へ急ぎ、アンと身を寄せ合って、リリスの背に隠れた。

 

「――大丈夫なの?」

 

「この辺りの魔物に遅れを取るわけ無いだろ、でも手早く片付けたいから、支援を頼む」

 

「目一杯かけるの!」

 

 ――音はどんどん近づいてきて、クロスたちも聞き取れたようだ。怯える彼らを他所に、ありったけのバフをもらった僕は、背を向けて。

 

「それじゃあ行ってくる、絶対にリリスの側を離れちゃダメだぞ」

 

「わ、わかってるわ! お願いします!」

 

 ――アンの元気な声を受けて、駆け出した。

 

「――大丈夫かな、敗因さん」

 

「大丈夫よ、それに、リリスだっているんだし」

 

 後ろから声が聞こえてくる。

 

「任せて! 二人のことは、何があってもリリスが守るの! 任せて、そんなに怯えなくてもいいんだよ」

 

 ――優しげな声、ああ、けれどしかし。

 

 

「……ありがと。ふふ、リリスってなんか、お姉さんみたいね」

 

 

「ゔぇ!?」

 

 リリスは八歳だ。

 そして、そういう扱いをされると、少し傷つく。



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40.リリスは歩幅を合わせたい。(二)

 ――戦闘終了後、いじけるリリスを慰める会が急遽はじまった。

 当たり前といえば当たり前だが、リリスは非常に年齢を気にする。同時に普段あんなに色々考えて動いておいて、という面もある。この辺りのあれやこれやがひじょーに面倒くさい生き物なのだ。

 いやまぁ、基本的には遊んでいるだけなのだが。

 

「もー、いい加減機嫌なおしてよリリスー、私もあやまったでしょー」

 

「ぷいなの」

 

「ほら、持ってきたお菓子だぞ、食べないのか」

 

「ぱくなの」

 

「すごい勢いでお菓子だけもっていかれてる……」

 

「えへなの」

 

 ――楽しそうだなぁ。

 三人でリリスを囲んで、一頻り遊ぶと、太陽はだいぶ高くまで登ってきていた。時間的にもそろそろ昼にしようというところで、僕たちもシートに座り込んだわけだ。

 

 なお、魔物に関しては文字通り一蹴である。この辺りの魔物は、僕の位階になると養分にもならない。例のレベルアップバグ技も使えないしなぁ。

 

「おべんとさんはリリスが作ってきましたのー!」

 

「私達も手伝ったのよ!」

 

 自慢げなリリスは、中央にでんとお弁当箱を取り出す、四人で食べても結構な量になるだろう規模だが、菜も、鮮も、肉も、バランスよく用意されたそれは、非常に手間がかかっているだろうこともわかる。

 うちで、これを作れるのはリリスだけだ。

 

 しかし、しかしである。

 

「……年上が手伝うのか」

 

 ――つぶやいた瞬間リリスがすごい勢いでべちゃっとなった。もはや溶けたという表現が正しいほど、ぐでっとなってその場に崩れ落ちる。

 

「いや、ごめんて」

 

「なのおおおおお。どうせリリスはおばちゃんなの、8って数字は横にすると∞なの……」

 

「さ、流石にそれはおばちゃんってレベルではないのでは……」

 

 クロスくん、そこで踏み込むとリリスは更に溶けるぞ……いや、最初に溶かしたのは僕だけど。

 

「なのおおおおおおお」

 

「だからごめんて」

 

 いや流石に弄りすぎたかな、でも、リリスはこういう所を気にするのが年相応なところもあると思う。いやでも、流石に年上に見えすぎるのは、年相応だろうか……

 

 少し考えてると、アンがリリスに詰め寄って、溶けて崩れたリリスをガクガクする。

 

「あうあうあうあう」

 

「もう! しっかりしてよリリス! そりゃ私もお姉さんみたいって思ったり、いつも頼りっぱなしだな、って思うし、わるかったと思うけど、でも、私そんなリリスが憧れなのよ!」

 

「あう……なの」

 

 真剣なトーンになると、少しリリスが形を取り戻す。丸く変な形になったリリスが、アンを見上げると、アンは笑顔で続けた。

 

「リリスみたいに明るくって、前向きで、皆に頼りにされる子って、憧れなんだから。私もそうなりたいって思うけど、口うるさくって、いつもクロスを怖がらせちゃうし」

 

「え、えと、そ、そんなことない……よ?」

 

「ありがと。でもさ、私達からしたらリリスって羨ましいわけよ、大人と一緒に同じことができるって、羨ましいじゃない」

 

「うー」

 

 クロスも、考えていることに差異はなさそうだ。大人になりたい少年少女にとって、大人顔負けに立ち回れるリリスは憧れ以外のなにものでもないだろう。

 そしてそれは、本人が望もうと望まざると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということでもある。

 

「……リリスね、友達いないの」

 

 だからこそ、ぽつりとつぶやく。

 

「ううん、いなかったの。アンやクロスは友達だけど、リリスね、昔っから同い年に見てくれる子っていなくって」

 

「あー……うん」

 

 クロスがうなずいてしまった。まぁ否定してもしょうがないけれど、素直だなぁ。

 

「周りには、大人の人しかいなくって、たとえリリスみたいに小さくても認められてても、その子もリリスと同じだったから、その子と話をするときは、リリスは子供じゃなくて大人だったの」

 

 ――見た目もそうだが、中身もそうだ。

 リリスはその容姿から、どうしても周りに年齢相応な見方をしてもらえない。そして、それに応えられるだけの素養が彼女にはあるわけで、余計に周りは彼女を一人前と認めてしまう。

 相手が大人だけならば、要するに僕たちのようなパーティの中であれば、リリスはそれを気にしないだろう。

 まぁ、あのパーティ世間知らずが二人ほどいて、僕もこの世界のことは知識でしか知らないから、相応にリリスにお姉さんヂカラが求められる環境だけど。

 

 それでも、全員理知的に動いて、判断ができる環境だ。

 

 ――子どもたちの集まりにはそれがない。小さな子どもたちが集まって作られた環境は、無秩序で、混沌としていて、それでいて楽しさに溢れている。

 そんな場で、リリスは一歩引いてしまうのだ。本人は中にはいって、同じように遊びたいにも関わらず。

 

 今日だって、リリスは色々と考えてクロスたちを外へ誘った。デートという名目で僕の予定を確保して、それを友人のために使うのだ。

 結果として、やはり年上感が否めないわけだが。

 

「……それって、リリスの才能じゃない? 概念使いなのもそうだけど、リリスってすっごく恵まれてるのよ。リリスみたいになりたい人がいっぱいいても、そうなれない人の方が多い。ううん、きっとそうなれるのってリリスくらいだわ」

 

「それは……うん、分かってるの。分かってるから、こうしてるっていうのも、ちょっとあるの」

 

「――だから安心するのよ。そういうすごい子が、私達と変わらないところをみせてくれるって。……我ながら後ろ向きだとは思うけどね」

 

 クロスも、アンも、まだまだ子供だ。クロスは不器用な父との関係に悩み、アンはすでに大人なリリスを羨む。健全で、当たり前な、普通の子供だ。

 

 ――それが、リリスには羨ましいのだろう。

 

「んふふ、ありがとうなの」

 

「――アンには、感謝してるんです」

 

 そこで、ふと。

 クロスが口を開いた。

 

「うぇ?」

 

「いつも、僕のことを引っ張ってくれて、引っ込み思案な僕に、周りとの接点を作ってくれる。リリスとだって、アンがいなければ仲良くなることはできなかったでしょうし……貴方とも」

 

 僕の方に視線を向けて、まっすぐ僕を見つめてくる。その瞳には力があった。なんというか、引き込まれてしまう――一言で言うならばカリスマとも言うべきモノ。

 伊達に、初代では賢王と呼ばれ、対憤怒龍を二十年主導し続けてきただけのことはある。

 

 ――未来の才覚を、その瞳にのぞかせていた。

 

 ああ、でもしかし。

 

「だから、アン」

 

「ひゅいっ」

 

 ――そんな瞳を大切な人に正面から向けてしまうと、向けられた相手は正気じゃいられないぞ。

 

「これからも、どうか僕と一緒にいて欲しい」

 

「――――うん」

 

 ――完全に告白だった。イベントスチルだった。小高い丘で告白する少年と、それを照れながらも受け入れる少女。遠くに見える彼らの街が、なんだか誇らしげに見える。

 ああそれにしても、なんてこったい色男、この年からこんなに口が回るのは、お兄さん少し将来が心配だぞ。

 

「ふんっ」

 

「あいたっ」

 

 ――後ろから、ぽこっとパンチされた。

 

「今失礼なこと考えてたの! 貴方が言うななの!」

 

「なんで分かった……?」

 

 ぷんすこするリリスと、それに困惑する僕。外野のそんな行動に、クロスとアンは少しだけ困惑してから、可笑しそうに笑うのだった。

 

 

 ◆

 

 

「――それで」

 

 少し時間は流れて、クロスとアンは草原に身を委ねて、昼寝をしている。穏やかな顔で、二人は手を組んで、仲良く顔を合わせて眠っていた。

 

 僕とリリスは、それを左右から囲み、なんとなく家族のようにしながら、言葉を交わす。

 

「どうして、師匠にムリヤリ恋がどうこうって話をしたんだ?」

 

「あう、それで、って聞いて何かなと思ったら全くかんけーねーところから矢が飛んできたの、いたいの」

 

「僕がリリスに聞きたいことって、今はそれくらいだからね」

 

 ――今日のこととか、クロスたちのこととか。

 そういうことに、リリスの見栄や虚実はないだろう。そもそも、リリスは色々考えて動くタイプだが、その考えを隠すタイプでもない。

 リリスが言った言葉の意味に、二つも三つも意味があることはない。

 

 だから、リリスは素直にアンやクロスと仲良くなりたかったのだ。

 結果としてアンが告白されて終わりそうだが、それでも楽しかったらいいのだ。少なくとも、今のリリスは楽しそうである。

 

 故に、僕は未だ解決していないリリスの真意を問う。

 

「ししょーはねむねむなの。いろんな事がねむねむになっちゃって、もうすやすやのまま、ずっとすやすやなのもあるの」

 

「この間も言ってたけど、また抽象的な……」

 

 とりあえず、フィーがあのとき気にしていたのは、自分と僕の関係を、師匠がどう思っているかのはずだ。そこから考えると、つまりねむねむっていうのは、師匠の恋心か?

 

「んー! 難しいのー! えっとね、えとね! リリス思うの、ししょーって疲れちゃってるの。いろんな事がありすぎて、心がすり減っちゃってるの!」

 

「……まぁ、そりゃそうだろうね」

 

 ふと、思い出す。

 ゲームで、師匠の過去は孤独であることを、コレでもかとプレイヤーは見せつけられる。3の師匠は、ずっと孤独で、ようやく自分と同じ概念の持ち主に出会い、救われるのだ。

 

 ――怖い。

 

 そして、ある時吐露する。

 

“――置いていかれるのが、こわい。私を、置いていかないでくれ”

 

 と。

 

「……置いていく、か」

 

「なの?」

 

「ああ、いや……なんでもない」

 

 まぁ、今は考えてもしょうがない。明日、師匠と直接話す時に、切り込んで見るしかない。――が、それでも難しいだろうな。

 師匠は、自分のそういった部分にまだ整理がつけられていないわけだから。

 

 置いていかれることが怖いと、そう自覚していない可能性すらあった。ああもう、本当にどうすればいいんだ?

 

「ししょーね、恋ってしたことないと思うの。他のいろんな事はしてきてても、それだけはする機会がなかったと思うから」

 

「――モテそうなものだけどね。優しくて、頼りになって、そして何より顔がいい」

 

 師匠が優良物件なのは間違いない、顔がいいのもそうだが、なによりこちらに対して常に親切である。ちゃんと面と向かって付き合えば、彼女はそれに答えてくれるだろう。

 

「だとしても」

 

 けれど、リリスは首を振って否定する。

 

 

「――その優しさが、()()()()()()()()()()()()()ことに気付いたとき、果たして冷静でいられるの?」

 

 

 ――すこし、息が詰まった。

 それもそうだ。師匠は優しい、()()()()()、僕や、リリスや、フィーだけでなく。自分を頼ってくれる誰かを、目の前で困っている誰かを見捨てられない。

 じゃあ、その見捨てられない誰かと、隣りにいる自分。()()()()()()()()()()

 

 そう考えてしまうから、師匠の隣には、人がいない。

 自分が特別でないことを突きつけられているかのようで。

 

「……なるほど、そりゃあ恋をする機会はないな」

 

 ――いやしかし、なぜだかそのことが、猛烈に自分に突き刺さる気がするのはなぜだろう。リリスの視線が厳しい気もするのは何故だろう。

 

「だからこそ、恋をしてない師匠のねむねむが、ぐんぐんになるかもしれないの」

 

「……つまり、リリスはこういいたいわけか」

 

 師匠は親愛を失ったことがある。家族を殺された時に。

 師匠は友情を失ったことがある。彼女が救って、救った後に滅ぼされた集落は、数しれない。

 

 けれども、師匠はまだ恋を知らない。

 

 

「――擦り切れた師匠の心のなかで、まだ擦り切れていない部分があるとすれば、それはもう恋心以外は残っていない」

 

 

 だからリリスは師匠の恋に拘って、師匠にああやって聞いたわけだ。合点が言った、ムリに押し付けているように見えたけれど――本当に押し付けなければ師匠はそれに気付くことすらないわけだ。

 機会すら、師匠には与えられていない。

 

「ししょーに面と向かって好きって言えるの、貴方だけなの。貴方はもうフィーちゃんがいるかもしれないけど、ししょーの好きと、向き合って欲しいって気持ちもあるの」

 

「……そうだね」

 

 師匠が心を震わせるために、師匠が人を愛せるように。心の底から、感情を高ぶらせることができるように。

 

 それに、

 

 ――僕も、聞きたいことができた。

 

「……明日は、師匠と一対一で話をしてみるよ」

 

「がんばって、なの」

 

 気合を入れ直して、うなずく。

 師匠は未だ、殻に閉じこもったまま、僕はそれをこじ開けたい。それがどういう形であれ、殻に閉じこもったままでは、連れて行こうにも、連れていけない。

 

「それにしても――」

 

「なの?」

 

 

「――どうして、僕にここまで話をしてくれたんだ?」

 

 

 少し、気になってリリスに問いかけてみる。あう、とリリスの口から声が漏れた。

 

「君は僕が師匠のことを、変えてくれることを望んでいて、同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 師匠のことではない、クロスたちとのこと、人と歩幅をあわせられないリリスのこと。

 全部が、全部。リリスが僕に知ってほしかったことのはずだ。

 

 リリスの言葉に嘘はない。偽りはなく、含みもない。

 

 だったら、どうしてというのは師匠だけでなく、リリスにも言える。

 どうして僕に、こんな話をするのだろう、と。

 

 リリスは少しだけ考えて、そして、

 

 

「んふふ、――なーいしょ」

 

 

 驚くほど艶やかな笑みで、幸せそうにつぶやいた。

 

 ちょっと、ドキッとしてしまうその表情に、けれど――多分、そう言って欲しいのだろう、と思いながら。

 

「そういうことをしてるから、年相応に見てもらえないんじゃないか?」

 

 ――僕は、盛大に見えてる地雷をぶち抜いて。

 

 

「なのーーーーーーっ!」

 

 

 リリスの怒髪天が、穏やかな草原に響き渡った。



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41.僕は師匠に問いかけたい。

「――結局、師匠って恋とか、そういうのってまったく興味ないんですか?」

 

「なんだい、君もそういうこと聞いてくるのかい? まったく、どいつもこいつもだよ、まったく……」

 

「そういうこと、だけじゃないですけど――今日は、師匠と一対一で、とことん話をしたいと思ってます」

 

「む、むぅ。そういうこと言われると少し照れる……」

 

 ――今日も今日とて、ライン国中央広場。屋台が立ち並ぶここで、僕らはそんな屋台を見て回りながら、話をしていた。

 二人して、手にはアイス。僕はバニラで、師匠はチョコ。マーブルはなんとなく、こっ恥ずかしかった。

 

「――師匠って、誰かから告白されたこととかは、なかったんですよね」

 

「照れてるのをスルーするなよぉ! ……まぁ、そうだな。不思議とないのか、当然のようにないのか……」

 

 スルーされたことを怒る師匠は、素直に可愛らしい。そういう部分を知る者がいれば、師匠に惚れ込んでしまってもおかしくはない。

 というか――いくら告白されたことがないからと言って、好かれたことがないわけはないだろう。

 だって師匠は、本当に可憐な容姿をしていて、その容姿にふさわしいくらい、愛くるしくて、人懐っこい。お人好しで、世話焼きだ。

 

 好かれないはずがない。

 

 ただ、それを面と向かって告げられたことがない。だから師匠は恋を知らない。それはある意味で幸運だったのか――

 いや、きっと必然だろう。だって師匠は、紫電のルエ。

 大陸最強の概念使いなのだから。

 

「……そもそも、だな。恋をするのは自然なことなのか? 人を愛して子をなして、次代へつなぐのが、人間の当たり前の在り方なのか?」

 

「…………」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「流石にそこまで行くと言い過ぎですよ、師匠」

 

 ――そんなに師匠は、恋というものが憎いだろうか。いや、流石にムリに押し付けられてヘイトが溜まっているだけだと思いたい。

 もしくは――

 

「ん、なぁなぁ。君、あれ――」

 

「お、美味しそうですねぇ。ちょっとどころじゃなく、辛そうですが」

 

 そこまで考えて、師匠に呼びかけられて、思考を切り替える。師匠が見つけたのは激辛ハンバーガーの屋台だった。いや、しかし意外だ。師匠は正直超絶甘党だと思うのだが、如何にも辛そうというパンすら赤く染まったそれに、興味を示すとは思わなかった。

 

「いやぁ、甘いものを食べた後に辛いものを食べて舌をリセットしつつ、甘いものにかじりつきたい気分なんだよ。はー、砂糖が食べたい」

 

「健康に悪いから、ほんとやめてくださいね。ともかく、すいません、激辛バーガー二つお願いします」

 

 あいよっ。

 返事が帰ってきて少し、僕らの手元には、真っ赤なパンで挟んだ如何にも辛さマシマシなバーガーがあった。香りからして、すでに辛い。

 目がしみる。

 

「では、いただきます!」

 

 師匠が一息にかじりついて――って流石に勢い良すぎですよ!?

 

「――ぐあああああああああ!!」

 

 当然のように師匠は自滅した。

 

 ――そして、二人して死にかけながらなんとか激辛バーガーを完食。量は大したことないのに、満腹感がすごすぎる。

 二人して買い込んだ飲み物で舌を冷やしながら、ふと、ぽつりと師匠が口を開いた。

 

 ――一瞬で、師匠の雰囲気は、いつものものから、憂いを帯びたものへと変化した。

 

「――私が助けた村に、将来を誓いあった二人の男女がいたんだ。年齢は、今の私より少し若いくらい」

 

 それは、あまりにもありふれた光景だろう。当たり前で、かけがえのない、そんな関係性だったはずだ。

 しかし、

 

「祝の花束を取りに行っている間に、村ごと魔物に消されてしまったよ」

 

「それは――」

 

「……私がもどったときには、もう花嫁しか生きてはいなかった。その花嫁も、私には助けることができない状態で――」

 

 飲み物に視線を落としながら、師匠は続ける。――その手は、震えも、怯えもない。師匠の顔は今、能面のように無表情だった。

 

「――その時に言われたんだ。花婿は、本当は私に惹かれていたと。けれども、それは絶対に言い出せなかったと」

 

 少しだけ、歪む。

 けれど、またもとに戻って、

 

「どうしろっていうんだ? 私は恋なんて知らない。愛されることも、周りは私に遠慮する。私が大陸最強と呼ばれる概念使いだからか、それとも私に恋は似合わないと思うのか」

 

「師匠――」

 

「――花嫁からは、羨ましいけれど、仕方のないことだとも言われた。私を好きになるやつも、好きになった奴を好きなやつも、()()()()()()()()()()()だと諦める。なぁ、わかるか?」

 

 ――そこには、明確な壁が存在していた。師匠と、そうでない人と、たとえ相手が概念使いであったとしても。

 

()()()()()()()()()()。誰も、私をそう扱ってくれないんだ。――人とそうじゃない奴の恋なんてありえるか?」

 

「それは――」

 

「エンフィーリア――彼女への最後の口説き文句は、きっと君が人じゃないことを明かすことだったろう? 彼女が安心して恋ができるのは、君が自信を持って共に歩くと言ってくれるからだ」

 

 口説いた……かはともかく、フィーにとって、僕を好きになる前提条件は、僕がフィーとともに居れることだ。彼女は嫉妬深く、だからこそ手に入れたものは離したくはないだろう。

 死別なんてもってのほか、それに耐えられる人外は、そう多くないだろう。

 人だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()から、残されても生きていけるだけなのだ。

 

 とはいえそれも、その近いうち、の間に整理をつけられたら、の話だが。

 ――少なくとも、その花嫁にはそんな時間も余裕もなかっただろう。

 

「花嫁には、貴方ならきっと、それも受け入れて生きてくれるだろうから、と言われたよ。そして、後はずっと謝罪と、感謝。そうしなければ、自分自身が受け入れられなかったんだろうけどな」

 

 ――まるで呪いだと、聞いていて思う。

 この話、僕は聞いたことがなかった。師匠は3でヒロインにあれこれと過去を語るが、そんなもの氷山の一角でしかなく、こうして掘り下げればそんな話が山程出てくる。

 

 家族も、友人も、何もかも。

 師匠は失った経験がある。

 

 恋はそうではないかもしれない。けれど、だとしても。――なぁリリス、僕は師匠から感情を引き出さなくちゃいけないと思う。けど、()()()()()()()()()()()()()

 

「――はあ、重い話をしてしまったな。すまない、少し歩こうか」

 

 そこで、師匠が話を切り上げた。

 飲み物を飲み干して、立ち上がる。そしてこちらに振り返れば――もう師匠は、いつもの師匠の顔をしていた。

 

 本当に、そうやって気持ちを簡単に切り替えてしまえるのは、まったく。

 ……どうしたものかな、と。僕も飲み物を一気にあおって、それから立ち上がりつつ、考える。

 

「次はどうする? 流石にだいぶ腹も溜まってきたんだが――」

 

「……割と、ノリノリで楽しんでくれますね、師匠」

 

「君といるのは嫌いじゃない、気疲れもしないし、こういう時間も悪いものじゃないだろう?」

 

 そうなんですけど――と、肯定しながらも、思う。

 師匠の顔に陰りはない、きっと、師匠の中である程度の整理がついているからだ。そして、師匠の心のなかには、そんな整理をつけた過去が山のようにある。

 

 ああ、僕は――どこからそんな師匠の心の山に、切り込んでいけばいいんだ?

 

 

 ◆

 

 

 結局、昼も過ぎて半ばというところで、やることが尽きた。お腹に食べ物をパンパンにつめて、僕らは自室にもどってきてしまったわけだ。

 やることと言えば、最近日課になっている復活液作り。

 

「……これ、ほんとにうまくいくかなぁ」

 

「概念化はしてます。最悪失敗しても部屋が吹き飛ぶだけです……行きましょう」

 

「それがどうかと思うんだがー!」

 

 現在、僕らは二人して、僕が完成させたダークマター復活液を眺めている。いや、完成させたというか、させてしまったというか。

 手順は完全に師匠と同じ、その上で師匠が目の前で見ていても、何故か結果はこうなった。途中からどんどん色が乖離していく二つの復活液に、僕らは首を傾げながらも作業を続けたのだが、

 

 ――この段階に至って、僕はついにあれを投入することにした。

 

 リリスからもらったカエルの玩具である。果たして、これを投入すれば誰でもこのダークマターを普通のモノへと変えられるのか。

 彼女の天才性故なのか、これはその実験でもある。

 

「……行きます!」

 

「ええい、ままよ!」

 

 いいながら、ぎゅっと身体が縮こまる師匠を横目に、僕はカエルの玩具を闇色の地獄へと投入し――

 

 ぺにゃあああああああ。という断末魔がそこから響き渡った後、ちゃんとした復活液は完成した。

 

「いやなにその鳴き声!?」

 

「こんな機能あったか!?」

 

 ないです!

 

 二人して困惑しながら、完成した復活液を眺める。――うん、きちんと復活液だ。最近、コレばっかりしているからか、在庫もしばらくは持ちそうなくらい溜まってきた。

 ほっと息をつきながら、僕たちは椅子に腰掛ける。

 

「……なんかどっと疲れた」

 

「僕もです。はぁ、なんでこんなに疲れるのやら」

 

 いやでも、今日は師匠に重い話をされたり、食べ歩きでお腹がいっぱいになったり、色々とこう、濃い一日だった。その集大成がこれであるわけだから、そりゃまぁ疲れもする。

 

「それにしても――これなら君も、復活液づくり、やっていけそうだな」

 

「そうですねぇ……謎の行程すぎますが、ちゃんと完成すると分かっているだけ、助かります」

 

 ほんとに何なんだろうな、カエルの玩具。

 

「それに……ちゃんと約束も果たせたしな」

 

「約束?」

 

「ほら、一緒に復活液を作るっていう」

 

 ――ああ、と思い出す。

 というか、そんなこともあったな、という感じだ。忘れていたわけではないけれど、意識をしていなかったというか。師匠と復活液を作ることになんら疑問は抱かないけど、そもそもその原因がスっぽ抜けていたというか――

 

「……よく覚えてましたね?」

 

「そうそう忘れんよ、何事もな」

 

 逆に僕は必要なこと以外はすぐに忘れてしまう。ドメインシリーズの知識ならば僕は絶対の自信があるが、現実で僕が現在何を学んでいたかとか、そういえばよく覚えてないぞ。

 えーっとすいへーりーべー……流石にその段階じゃあないな。

 

 というか、師匠は色々と過去のことを覚えているわけだ。まぁ、だからこそ3で過去のことを色々話せるわけだけど、特に明言はなかったけど、基本的に記憶違いということが3でなかったから、もとからそういう設定だったんだろうな。

 だからこそ、辛いことも覚えたままでいるわけで、

 

 ああいやそういえば、復活液で思い出したけど――

 

 

「……じゃあ、初対面のときの人工呼吸も覚えてるんですね」

 

 

 ぽつりと、それがこぼれた。

 

「んなっ――」

 

 師匠が、固まる。

 僕は完全に忘れていたが、ちょうどその頃のことを思い出して、そしたら急に浮かんできた。他にも色々あったけれど、()()()()()()()()()()()()()()()なんてこれくらいだよな。

 後はそもそも強欲龍戦とかなので、忘れようがない。

 

「――急になんだよ!?」

 

「いや、不意に思い出したもので」

 

「思い出さなくていい!」

 

 ぶんぶんと、僕の頭の上を払う師匠。いやそんなことをしても忘れませんって、何見えてるんですか師匠。

 ほわんほわんーとかいいませんよ。

 

「……ったくもー、言わなきゃよかった」

 

「なんというか、そうしていれば可愛げがあるんですけどね」

 

「私も口説くつもりか!? 言っただろ、恋には興味ないって! 聞かないからな! 口説き文句なんて聞かないからな!?」

 

 ばばば、と勢いよくこちらから距離を取る師匠。いや警戒しすぎじゃないですか。僕を何だと思ってるんですか。

 ――胸に手を当てて聞いてみろという視線を感じたので、聞いてみる。

 えーっと、色欲龍戦のことと、フィーのこと。……あとリリスにも大事な場面で何かいい感じに話をまとめようとした覚えがあるな。

 

 ……うん。

 

「大丈夫ですって、師匠」

 

「おいこら全然大丈夫じゃない回想してただろ、今!?」

 

 何故わかるのか――そんなに顔に出てる?

 

「……とにかく、すぐに忘れなさい、わーすーれーなーさーいー! いいね!」

 

「…………いや、師匠」

 

 そこで、ふと、

 

 僕は、

 

 ――考えてしまった。

 

「師匠って、目の前で困っている人は、見捨てられないですよね」

 

「…………何だよ、急に?」

 

「いえ、いいですから」

 

「――助けるよ、放っておけるか。君だってそうだろう」

 

 ――そりゃ、僕だって助けるけれど、手段は選ぶ。ああでも、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「だったら」

 

 ……多分、同じことを、していたのかもしれない。

 

 

「川で溺れていたのは、僕じゃなくたって、助けますよね」

 

 

 ――人工呼吸も。

 師匠は、きっとそうするだろう。初対面の僕に対して、ああしたのだから、僕じゃなくてもそうするし、あのとき初めてがどうの、というようなことが聞こえた気もしたけれど、それはおそらく()()()()()()()だけのこと。

 

 師匠は、そういう人だ。

 

「……なんだよ?」

 

 何がいいたいのか、師匠は訝しむように視線を鋭くする。

 

「師匠は、アリンダさんじゃなくても、あの街の人なら誰だって目の前で殺されかけたら、助ける」

 

「……それがどうしたんだ」

 

 自分のことを迫害していた相手でも、師匠は助ける。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だから、

 

「――山奥の村で暴食龍と戦ったときも」

 

「……」

 

「クロスのことをライン公に頼まれたときも」

 

「――」

 

「――師匠は、()()()()()()()()()()()()()()

 

 流石に、限度はあるだろうけど。師匠は――

 

 

「――師匠は、本当にそうするしかなければ、命すら差し出せてしまうんじゃないですか?」

 

 

 その言葉に、師匠は、

 

 ――何も、返さなかった。

 

 いや、長い――長い沈黙の後、ぽつり、と口を開く。

 

「……そうだな」

 

 観念したように、

 

「そうすると、私は……つまり、なんだ」

 

 自嘲した笑みを浮かべて、つぶやいた。

 

「……いつ、死んでもいいと、思ってるってことか?」

 

「かも……しれないですね」

 

 否定は、残念ながらできなかった。

 

「はは、そりゃあ恋とか、全然興味ないよなぁ」

 

 そうやって笑う師匠の顔は寂しげて、けれど、どこかストンと腑に落ちたような顔をしていた。――ああ、なんて顔をするんですか、師匠。

 

 死んでもいい、とか。

 

 負けてもいい、とか。

 

 ――理不尽じゃないか、そんなの。なんで、師匠がこんな顔をしなくちゃいけない? 師匠が一体何をした?

 何もしていないじゃないか。

 師匠はただの女の子で、才能があって、誰かを助けることのできる力を持っていただけだ。

 

 ああ、でも。

 僕は師匠に何も言えない。

 ――僕自身には、師匠と同じ経験がないからだ。あんな過去がゴロゴロでてくる相手に、上から目線で説教できるやつなんて、いるわけないだろ。

 

 でも、でも、

 

「……師匠。これだけは聞かせてください」

 

「なんだい?」

 

 ――僕は、聞かずにはいられない。

 これまで行動してきた中で、ブレることのなかった師匠の考え。根底、意思。

 

 けれど、()()()()は、()()()()は例外なんじゃないか、と。師匠の考えとは反しているんじゃないかと。

 

 僕は、聞かずにはいられない。

 祈りを込めて、すがりつくように。

 

 

「だったら、僕が世界を変えようとしていることに付き合うのも、()()()()()()()()()()()()()()()()ですか?」

 

 

 ――それは。

 

 

「――違う」

 

 

 即答だった。

 

「違う! それは違う!!」

 

 師匠が叫ぶ。今日イチの大声で。

 真っ向から、ぶった切るように。

 

「それは()()()()()()()()()だ。()()()()()()()私はやろうとは思わない!」

 

 叫び、そして。

 呼吸を落ち着けて、僕へ師匠は、

 

 

「――君以外に、そもそもそんなことを言い出すやつはいないだろう」

 

 

 そう、告げた。

 

 はぁ、と大きく息を吐く。

 

「……良かったです」

 

「……何故だろうな、お互いに、そこだけは譲れない一線なのか」

 

「なんで……でしょうね」

 

 お互いに苦笑しながら、

 

「コーヒー入れてきますね」

 

「あ、ああ……ありがとう」

 

 ――きっと、僕は師匠がどう考えて、行動しようとそれを嫌とは思わないだろう。ありえない想像だが、もしも師匠が誰か別の人を好きになっても、祝福するだろう、それが本気なら。

 実際師匠も、フィーが僕に惚れ込んだことをそう咎めはしなかった。

 

 それが師匠で、僕も似たようなものだ。

 

 だから、けれど、だけど。

 

 

 ――二人で機械仕掛けの概念(あいつ)を倒して世界を変える。そのことだけは、お互いにとって譲れない事実となっているようだった。

 

 

 それが、なぜかはまだキチンと言葉にはできないが。

 ――今は、それでいいのだと。

 

 僕らは言葉もなく、納得するのだった。



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42.ライン公は話がしたい。(一)

「――ああ、ミルカ! 行ってしまうんだね!」

 

「そうよ、シェル! 残念、とっても残念! けれど心配しないで! 私は大丈夫!」

 

 ――町の入口、門のあたりで人だかりができていた。

 原因はこの二人。剛鉄のシェルと快水のミルカ。この二人は婚約者である、互いに互いのことを思い合い、将来を誓った相手。

 まぁ恋人同士と言い換えてもいい。

 

 そんな二人は仲睦まじく、お似合いのカップルなのだが、悪癖がある。

 

「なに、心配はしていないさ! 君にはあの紫電のルエもついている! それに、君自身も優れた概念使いだからな!」

 

「そう言ってくれて嬉しいわ! シェル、私はシェルの方が心配よ! だってあの憤怒龍と戦うのでしょう!」

 

「残念ながら、僕は魔物の群れの掃討だがね! ああ、けれど必ずや素晴らしい戦果を上げることを約束しよう!」

 

「戦果ももちろんだけれど、貴方の命もね! 必ず生きて、シェル!」

 

「それは君もさ、ミルカ!」

 

 二人は、大げさに両腕を広げてから、がっしりと抱きついた。

 それはもう熱烈に、ハグとキスの大合唱。見ていて胸焼けがするような状況に、けれども周囲は――歓声をあげていた。

 

 ――シェルとミルカは、何故かテンションが上がると行動が大げさになる。特に二人でいちゃついているときは、さながら演劇のようだ。

 そして二人はライン国を代表する概念使い、周囲の知名度も、人気も凄まじい。この演劇込みで、だ。

 

 まぁ、娯楽に乏しいライン国で、このような面白い行動をしてくれる英雄は、それは人気が出るだろう。

 

「行ってくるわ、シェルーっ!」

 

「行っておいで、ミルカーっ!」

 

 二人が大仰に言って、それから盛大に祝福されながら、ミルカは旅立っていった。ちなみにこのやり取りだけでだいたい三十分くらいかかっています。

 

「――おや。お弟子くん、君も見送りかい?」

 

「まだ微妙に芝居がかってるな……そうだよ、さっき済ませてきた」

 

「んんっ、そうだな、ルエ殿も健闘を祈りたいところだ」

 

 ――ミルカと師匠らは、主に対憤怒龍のため、ラインを離れた。目的地は快楽都市エクスタシア、なぜかと言えば、あそこは主に対大罪龍において、もっとも安全な場所だから。

 彼女たちは、クロスとアンをつれてそちらへ避難する手はずとなっているのだ。

 

 まぁ、もう一つ要因があるのだけど。

 

「それで、僕たちはこっちで対憤怒龍か」

 

「……なぁ、正気なのか?」

 

 もうすでに何度も言われたことではあるが、改めてシェルが聞いてくる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()なのか?」

 

「そこはしょうがないだろ」

 

 ――三人。明らかに少ない数字だ。ライン国にはかなりの数の概念使いが詰めている。牡丹のアスターのように国に仕えていないものも多数おり、流石に対憤怒龍ともなれば、その力を借りて大勢で戦ったほうが賢明に思えるだろう。

 しかし、

 

「それは暴食龍辺りと正面からやりあう場合の話だ。憤怒龍は()()()()()()()()()()なんだよ。それに、本命の部隊以外は、ライン国に魔物を寄せ付けない防衛に専念してもらわないと」

 

「……それはまぁ、俺が指揮する以上、何人たりとも魔物を街へ通すことはないが」

 

 大した自信だ。そして、それを為せるほど、シェルは強い。頼りにしているぞ。

 

「それに――空中にいる相手に対する攻撃手段を持ってるのが、僕と師匠と()しかいないんだぞ、少人数にならざるを得ないんだ」

 

「あんな曲芸、できるのは君たちくらいだ!」

 

 ――あんな曲芸。空中での移動技による機動だ。アレはコツがあって、うまく移動する場所へ体勢を整えたまま足場(時には自分で放り投げた小石など)に足をかけることが大事なのだが、

 

「結局、ライン国にはできるのは一人しかいなかったなぁ」

 

「……まぁ、あの人ならできるだろうとは思っていたが」

 

「そういうわけだ、まぁ本命は僕とリリス――」

 

 憤怒龍と空中大決戦を繰り広げるメンバー。一人は当然僕、もうひとりは地上から僕たちの支援が可能なリリス。そして、

 

「――ライン公にまかせておけば、心配はないさ」

 

 この国最強の概念使い。

 国の指導者にして、開国の英雄。

 

 ライン公。

 

 彼こそが、僕たちとともに、憤怒龍と戦う3人目のメンバーであった。

 

「……俺は少しうらやましいよ」

 

「どうしたんだ?」

 

「親父殿と、轡を並べて戦える君が、だよ。俺はそこそこ優秀な概念使いであると自負しているが――それでも、親父殿と俺達の間には明確な壁がある」

 

「……それは」

 

()()()()()使()()()()()()()。俺たちはどうして、概念起源を使えないのだろうな?」

 

 ライン公にしても、師匠にしても、強力な概念使いは概念起源を持つ。リリスは養殖だが、一応概念起源がある。とはいえ、それはそもそもの間違いだ。

 

「概念起源ってのは、生まれながらにしてある場合もあるが、ある時ふと身につくこともある」

 

「……この年まで身につかなかったけどな」

 

「それに――」

 

 僕は自分を指差して、

 

()()()()()()()()()()()()。今の君たちと同じだよ」

 

「……なに?」

 

 そもそも、概念起源が強さの指標ではない。強い概念使い――ゲームにおいて重要な役割を持つ概念使いは概念起源を有する場合が多いだけで、必ずしも概念起源が強さの証明ではないのだ。

 

 特に負け主はゲームにおいては概念起源を使わない。というか概念起源を持ってる主人公の方が珍しいまである。少なくとも5主は持ってないからな、確実に全主人公の中で一番強いのに。

 あと4主は少し特殊だ。後付という意味では先述のふと身につくこともある、という場合と同じなのだが。

 

「……そうか」

 

 僕の言葉に嘘はないと感じたのか、シェルはうなずいて、納得した。

 

「――親父殿は、俺たちの憧れなんだ。それに、いきなり現れて共に戦うのは、少し嫉妬を感じてしまうんだ。すまない」

 

「憧れ……か。まぁ、僕もいきなり師匠の隣に立つすごい概念使いが現れたら、同じことを思うだろうしな」

 

「存在しない例を上げるんじゃない」

 

 そうだね……とうなずきつつ、まぁ規模はともかく、同じことだ。フィーじゃないけれど、そういう嫉妬はありふれていて、僕だって感じないわけじゃない。

 

「と、そうだ。親父殿が呼んでいた。夜に二人で話がしたいのだそうだ」

 

「僕に? 分かったよ、何か持っていったほうがいいかな」

 

 ――ちょうどよかった。僕は彼のことを知りたいと思っていたのだ。直接、一対一で話をして、彼の人となりを知りたい。

 なにせ、今度の憤怒龍戦で、彼は共に戦うことになる。()()()()()()()()()()()()()()()。それは非常に大事なところだ。

 憤怒龍に対しては、その思考、感情は特に。

 

「ふむ――」

 

 少しシェルは考えて、

 

「――なにか、茶にあう菓子を持っていくといい」

 

 そう、答えたのだった。

 

 

 ◆

 

 

 ――ライン公。

 この世界でも五本の指に入る概念使い。他は師匠と、それからこの後向かう予定の場所で出てくる人物。あとは……シェルとミルカでいいんじゃないか?

 まぁ、それほどの人物だ。

 ゲームでは、言うまでもなくプレイアブルのキャラクターではない。師匠と違ってスポット参戦もなく、直接その強さを見ることはない。

 

 ゲームでの活躍は、主にクロスとの確執と、彼をかばって憤怒龍と対峙し、果てるシーン。主に彼の役割はクロスの成長のための礎だ。

 如何にも、といった様子の居丈高、無精髭すら似合うナイスミドルで、声がいい。

 王、とは言うもののフランクで、そもそもこの国自体彼が拓いた一代目であるため、周囲の部下は共に戦う仲間という印象が強い。

 

 初代で登場する成長したクロスと比べると、一国の王というよりは軍をまとめる将軍といったような感じだ。クロスは如何にもな賢王といった風情だが。

 

 さて、そんなライン公であるが――

 

「――いや、よく来てくれた」

 

 夜、僕を部屋に招いたかと思うと、手ずからにお茶を入れてくれた。

 

「これは?」

 

「このライン国が、今の形になる前、この茶葉の原産国として、国は栄えていたのだ」

 

 揺らめく灯りに照らされたそれは、赤々とした透き通るような茶だった。如何にも、といった様子な芳しい香りに、僕は思わず息を呑む。

 

「俺は、若い頃はこいつを世界中に広めたくてなぁ。似合わんと思うかもしれんが、商人を目指していたのだ。俺の家は、代々この茶葉の生産を管理する家系だった」

 

「お好きなんですね」

 

「あぁ――この香りがたまらんだろう? しかし、情勢がそれを許してくれなんだ。俺は概念使いとして、優れた力を持っていた。周りは俺に国を背負って立つことを望み――結果、この国ができた」

 

 周囲の期待、自身の夢との乖離。そういったものを抱えながらも、それをバッサリ切り捨てて、ライン公はいい切った。

 人類最大の反撃の狼煙。ライン国。

 

 そのイメージに違わぬ美丈夫は、しかし。どこかズレているようにも思えた。

 

「しかしな、どうしてか俺は酒が強いように思われている。そんなことはない、弱くもないが、瓶一つも開ける頃には目を回して倒れているぞ、俺は」

 

 彼には、この優雅な紅茶よりも、豪快な酒の方が似合うだろう。そう思っていたのが顔に出たか、ライン公は苦笑しながら続けた。

 

「とはいえ、商人の夢を抱いたことが、結果的に国の運営――財政だとかそういうところに活かせるのだから、人生とはわからんもんだ」

 

「いうなれば――」

 

 紅茶を受け取り、その香りを楽しんでから。

 

「これが、貴方の人生の縮図というわけですね」

 

「……ハッ」

 

 一口、口をつける。

 

「ハハハハハハ! そうだな! そのとおりだ! くく、久しぶりに洒落た世辞を聞いたものだ!」

 

「世辞じゃないですよ。それに、貴方の話を聞けば、自然と分かることです」

 

「そう言ってくれると助かる。ああ、それにしても――」

 

 ――ライン公も一口楽しんで、

 

「美味いなぁ、これは」

 

「これは、誰が?」

 

「クロスとアンだよ。俺が言って二人に作らせている。まぁ、社会勉強とかなんとか言ってな……それをこうして私的に振る舞うのが俺の個人的な楽しみなわけだから、まぁわがままを言っている気はするが」

 

 ――狙いは分かる。全ての戦いが終わったとき、大罪龍の脅威が地から消え、その後、この国の軸になるものが欲しいのだろう。

 そしてそれが、()()使()()()()()()()()()()()()()()()

 

「それで、僕にお話って?」

 

「ああ、そのことだが――」

 

 国一つを背負う、王の鋭い瞳が、僕を射抜いた。

 

 

「――俺の国を憤怒龍が襲う。傲慢龍が嫉妬龍にそう漏らした。()()()()()()?」

 

 

 その瞳は、暗がり故に、王が手にした紅茶の湯気もあわさって、表情が読めない。ただ、こちらを見定めていることはよく分かる。

 とはいえ、

 

「お気づきでしたか」

 

 別に動揺することでもない。僕は紅茶のカップを置いて、

 

「そりゃあもちろん、気付かれるかもとは思いましたが、まぁ、乗ってくるだろうな、とも」

 

「……ここに来るまで、俺のプライベートも知らなくてか?」

 

 ――イメージされるライン公は、豪快で、誰もが憧れる覇道の英雄だ。過去よりも、未来よりも、何よりもより良き今のために戦う傑物。

 そして何より、根っからの()()()()()()だ。概念使いとして、()()()()()()()()()()()

 

「プライベートの貴方は慎重で、そろばんを弾いている方が好きだとしても、為政者としての貴方は違うでしょう」

 

「まぁ、そうだな」

 

「――それに、たとえ僕が嘘をついていても、師匠が隣にいる時点で、貴方は乗ってくると思ってました」

 

 周囲からの認識にどう答えるか。

 ()()()()()()()()()()()は、僕の大胆な嘘に、たとえそれが嘘だと分かっていても乗るだろう。加えて、僕の隣には師匠と、嫉妬龍エンフィーリアがいる。

 たとえどれだけ荒唐無稽だとしても、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この二つの事実があるだけで、その荒唐無稽もあながち冗談に聞こえなくなる。

 

「ハ、ハハハ! お前はどうかしているな!」

 

「それに全力で乗っかる貴方も貴方ですよ」

 

「バカを言え! こんな面白そうな話、乗らない方が嘘だろ!」

 

「……案外、豪快な為政者としての貴方も、嘘じゃないですよね?」

 

 そこで、面白そうだからと嘘に乗っかるこの人は、やっぱりイメージどおりのライン公だった。というか、ゲームでもだいたいこんな感じだった。

 深く切り込んでみないと、わからないものだなぁ。

 

「まぁ、そりゃあ人は多面性の生き物だ。そういう俺がいるのは当然だろう。――力なき者を守りたい。それも俺の考えの一つだ」

 

 ただ――とライン公は続ける。

 

「――少し、周りからそちらの方を求められてしまうだけだな」

 

 僕は紅茶を飲みつつ。

 

「……どうして、この話を僕に?」

 

「憤怒龍の話を聞いたときから、君とルエ殿のどちらかには話をしたいと思っていた。どちらも、俺とは無関係に強く、人類を背負えるだけの人材だからな」

 

「それで今回、こちらに残った僕に話を、ですか」

 

 そういうことだと、ライン公はうなずく。ただ、それだけではないだろう。きっと彼は、僕の知識を知りたいのだ。

 嫉妬龍が情報の出どころでないのなら、出どころは僕か師匠。何故未来が分かるのか、師匠と違いあまり人に知られることなく、急に湧いて出た僕が原因であると、ライン公が気付くのは当然だ。

 

「――憤怒龍は、来るか?」

 

「おそらくは。――未来は、概ね予定通りに進んでいますので」

 

 フィー以外は、基本的にゲームの進行通りに、話が進んでいる。師匠を救っても、村を防衛しきっても。

 ならば、憤怒龍の襲来も同じだろう。

 

「なぁ未来を知る異人。君に問いたい」

 

 そして、おそらくコレが本題だ。

 

 

「――俺の国は、あとどれくらい持つ?」

 

 

 どうしても、彼は聞かなくてはならないだろう。

 為政者ならば、

 

 人ならば、

 

 未来という情報は、あまりにも重く、喉から手が出るほど欲しい、情報だった。




あらすじにもある通りなろうにも投稿しています。
三章の時、がんばって感想返そうとしてエタったため確実とは言えませんが、なろうの方は感想が少ないことが予想されるため、質問等ありましたらなろうの方に感想いただけるとお返事していきたいと思います。
URL↓
https://ncode.syosetu.com/n5147gj/

なお、衣物についてはそのうち本編で説明します。


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42.ライン公は話がしたい。(二)

 ――正解は、二百年。今から二百年後に、帝国と共和国に分裂した後、帝国が崩壊し、共和国は残るが、このときほぼ執政の形態は変化する。当時の王家、クロスの養子――アンが死亡するため、クロスは養子を後継とした――の家系は、このとき王家から一介の家系に移り変わった。

 その後も、共和国とその家系は存続しているが、元王家は共和国から距離を取り、ただの商家となっていた。

 

 なお、それが3の話で、4との間で更に共和国は別の国に形を変え、商家の方は行方不明だ。多分何かしらの形では残っていると思うが、設定がないだけだと思う。その商家が開発してメインで扱っていた商材は4の時期も残っているからな。

 

 さて、とはいえそれを素直に話すことはできない。未来をどうこうというところにあまり興味はないが、なんというか不公平だろう。

 対機械仕掛けの概念でないことに、僕があまり肩入れするべきではないと思う。

 

「――ライン公は、何年だと思いますか?」

 

「そうだなぁ……本来の歴史だと、俺は死んでクロスが未熟なまま後を継ぐのだろう? それでもあいつはうまくやるだろうが……まぁ、三百年といったところか」

 

 為政者としての贔屓目が多分にあるだろうが、概ねそれを差し引いても、さほど差はないだろう。プラマイ30年程度なら、感覚的に大きな違いとは言えない。二百年とはいうけど、正確には二百二十年だからな。

 贔屓目を抜いたら二百五十年くらいだろうから、そんなものだ。

 

「何故そう思いました?」

 

「――本来の歴史なら、クロスは儀式をする。違うか?」

 

「……正解です」

 

 まぁ、そりゃあ僕たちが来るまで、クロスを嫉妬龍のところに連れて行く、ダメなら儀式。という方針で動いていたのだから、自然とそうなるのだが。

 そして、そうなると――

 

「――この国における概念使いの地位は絶対的になるな」

 

「本来の歴史のクロスは、優秀な概念使いになりますからね」

 

「やめろよ、ケタクソ悪い」

 

 はい、とうなずく。

 優秀どころか、憤怒龍を二十年釘付けにし続けたのは、クロスの概念起源あってこそだ。アレはもう恐ろしい概念起源で、特に憤怒龍には相性最悪だ。

 そんなクロスが概念使いになった場合、それはどうなるか。

 

「あいつがそんなことすりゃあ、後の世にそれは逸話として永遠に語り継がれるだろうよ。なんて尊くも薄ら寒い逸話なんだってな」

 

「まぁ、当事者からすればそうでしょうけど……それを言ったら、貴方が後継を残さないのも……」

 

「うるさい、俺はモテないのだ」

 

 え、モテないの? ……いや師匠と同じ理由か。

 

 ともかく、クロスが儀式をしてアンを犠牲にしてでも概念使いになるということは、その後の展開――つまり、憤怒龍討伐までの経緯を含めても、()()()()()()()()()()()()()()()()という認識を得るには十分だ。

 概念使いの国であるライン国ならば、当然()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()ということになる。

 

 結果として生まれたのが、概念使い至上主義の国家、ライン帝国である。

 

「……その傾向は、概念使いが国に増え、周囲の国を取り込みながら膨張していくことで肥大化していきます。最初は人々を魔物から守るためという大義から、やがて覇道へと姿を変えて――」

 

「――最後にゃ自分が大罪龍の同類に、か。……まぁ、後世の人間のことなぞ、俺にはどうしようもないことではあるが」

 

 そうでなくとも、だ。

 

「今のこの国のあり方は、今じゃなければ成り立たない。人と概念使いが互いに助け合う? ()()()()()()()()()()。そんなもの、共通の敵がいなきゃ成り立たないだろう」

 

「ですよねぇ」

 

 ――それは、ライン公自身が一番強く感じていることだろう。でなければ、クロスに大罪龍討伐後の道を暗示したりはしない。

 とはいえ、それもうまくいくかは怪しいところだ。

 

 今、ライン国しか概念使いの国がないから、そうならざるを得ないだけで、そもそも概念使いが人間を支配し始めるのは既定路線。

 嫉妬龍の末路くらい、決まりきった時代の流れである。多少変化があったとしても、()()()()()()()()()の違いでしかないだろう。

 

 フィーが人類側に立って、色欲龍と同じように受け入れられれば、もう少し弾けるのは先になるかも知れないが。遅かれ早かれだ。

 何より――

 

「そもそもお前の言い方じゃあ、覇道に走ったここは、どこかに止められるようだが、どこがどうやって止めたというんだ?」

 

「分裂したライン国が、()()使()()()()()()()()()()()()()()()を開発しました。それが普及して、時代の流れが変わるんですよ」

 

 ――かつて、僕は3以降は概念使いが力をもった個人程度でしかないと言ったが、原因はこれだ。2の主役である共和国。彼らが対帝国用に生み出した決戦兵器。

 その後世界各地に広がって、概念使いの時代を終わらせた()()

 これにより帝国は打破され、時代は人と概念使いが共に在る時代へと変化していく。

 

 3ではこの兵器のスペシャリストがプレイアブルになる。時代の変化を感じさせる味方キャラクターだ。

 そして同時に、そんな都合のいいものを生み出せる衣物に対する不信感を表現した代物でもある。

 

「ハハハハハ! 時代の流れというのは本当に面白い……が、よく分かった。この未来を知ったところで、俺一人じゃどうしようもないなぁ。……まるで何者かの意図が多分に絡んでいるかのようだ」

 

「そうですね。とはいえお節介がなくても大筋は変わらないでしょう。僕が言うのも変な話ですが、未来は刻一刻と変化しますから」

 

「お前の彼女のようになぁ」

 

「あ、あはは……」

 

 ――人類に寝返るというウルトラCを決めた二匹目の大罪龍。エンフィーリアことフィー。その振る舞いから、ライン国では完全に僕の彼女と思われていた。

 とはいえ面と向かって好きと言われた上で、共に行動している以上、僕もそれは否定できないし、そもそも否定する必要もないわけだが。

 

「クロス、アンといい――恋は人を狂わせる。いや、よくも悪くもなぁ。少なくとも、それを左右するのは環境だろうが」

 

 ――追い詰められた結果、儀式を敢行せざるを得ないクロスたちのように。

 恋は盲目とはいうが、視野が狭くなるのは、そもそも状況が悪いことがほとんどだ。特にクロスとアンは、父を失えばそれだけ選択肢も少なくなってしまうと感じることだろう。

 

 だからこそ、僕は憤怒龍に負けることは許されない。ここは、彼らの帰るべき場所なのだから。

 

 

 ――さて、そこで少し話題を変える。

 

 

「そういえば、そもそもどうしてクロスと仲が悪いんですか? あちらは貴方と和解したがっていましたし、貴方だってクロスのことは可愛くて仕方がないでしょう」

 

「それ、は――」

 

 紅茶を口に含みながら、ライン公は視線を泳がせる。

 さて、どれだけ深い事情があるというのだろう、ラインとクロスの柵は、親子のわだかまりというのがゲームにおける描写の全てだったが、そもそもライン公はクロスにクロスの出自を隠していた。

 そこは深くは掘り下げられなかったが、クロスは推測で()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が原因としていた。同時に、ライン公には寄り添う女性がいないことも。

 

 失ったのだろう、というのがゲームにおける解釈だった。

 

 いや、しかしでもさっきモテないって――

 

 と、考えたところでライン公が口を開いた。

 

 

「そ、その、なんだ……どう話せばいいかわからん」

 

 

「――ただ不器用なだけかよ!?」

 

 気まずそうに視線をそらす居丈高。2メートル近い巨漢の男は、駄々をこねる子供のようだった。いやいやいや、まてまて、ってことはまさか、

 

「まさか、()()()()()()()()()()()()()()()()だけなのか!? 伝えるのが怖かったとか、嫌われるんじゃないかってそういう理由で!」

 

「仕方がないだろう!? 俺に子育ての経験なんぞないわ!! 周りに聞けるはずもない!! クロスがアレだけ利発に育ってしまったせいで、俺はあいつを背中を見せることでうまく育てたと思われているんだ!」

 

「そのとおりだろ!? クロスはアンタをすごい尊敬してるし、アンタを見て少しでも成長しようと頑張ってるんだぞ!?」

 

 思わず敬語が吹き飛んでしまった。

 いやいやいや……もしかしてクロスってすごいやつなの? ライン公って見た目以外はヘタレなの? いや、慎重派な部分があるだけで、大胆なカリスマもライン公の魅力であり、一面のはずだ。でも今のライン公はヘタレ以外の何物でもない!

 

「俺には連れ立つ相手すらいないんだ! 若い頃にいい雰囲気になったやつは何か、俺に遠慮したあとフェードアウトして別の男とくっついてしまう! そいつがいい女過ぎてその後俺がこの国を作ってからよってきた女が信用ならなん!!」

 

「ミルカ……本人はダメだとしても、ミルカみたいに優秀なやつもいただろ!!」

 

「優秀すぎるやつは俺のこれ(ヘタレ)を知るとだいたい幻滅するのだ!!」

 

 ああそうね、抱いてるイメージとのギャップがひどすぎるんだね。いやでもダメンズ的な人もいたんじゃぁ……いやいなかったからこうなってるのか、このヘタレ!

 

「そうこうしてるうちに、俺もいつもまにかこの年だ。今、この国を引っ張ってる連中は俺を親父殿といって慕い、俺もあいつらは息子娘みたいなもので、そういう対象にみれない!」

 

「…………もうさ」

 

 僕はだんだん疲れてきたのか、思考が正常じゃなくなってきた。

 故に、ぽつりと思いついたものをフィルターも通さず脳死寸前の頭で放つ。

 

「色欲龍にでも相手してもらえよ」

 

「――――それだ」

 

「それだじゃない!!」

 

 真に受けるな! 思わず叫んでしまった。そして再び疲れでぐったりする。ああ、なんかもう……色々ダメだ。

 

「いやしかし、実際選択肢の一つではある、色欲龍との子は確実に概念使いだ。もちろんクロスたちの意思を優先するべきだが、万が一クロスが俺の後をつげないような心境の変化があった場合は、それが最善になる」

 

「そーですか。」

 

 もう、突っ込むのも疲れた。

 いや合理的なのかもしれないが、それをどう合理的か判断する思考も残されていない。あー紅茶うまい。

 

「俺としては子孫に悪として倒されることを押し付けるのは忍びない。しかし、国をまとめるにしろ、大罪龍と戦うにしろ、概念使いの存在は必要不可欠。この流れは変えられん」

 

「いや、それはそうなんでしょうけど、色欲龍から離れましょうよ……」

 

「……あいつはいい女だ、羨ましいくらいの。少し出歯亀がすぎる所を除けば」

 

「話を広げないでください」

 

「お前もそう思わんのか!? 男として、あれほど惹かれる女はそうおらんだろう!!」

 

「僕にはフィーがいるんですよ!!」

 

 ――フィーはカワイイ、間違いなく世界一かわいい。贔屓目にみてもびっくりするくらいカワイイ。そもそも、色欲龍に惹かれるとフィーがどういう反応をするかわからない。

 なにせ色欲龍は同種。同じ時間の流れで生きる立場だ。寿命の違いが在るならともかく、それは普通に浮気だぞ。

 

「……それはすまん」

 

「冷静になりましたか……」

 

 二人して、はぁ、はぁ、と肩で息をしながら、前のめりになった姿勢を戻し、紅茶で一息つく。あ、終わってしまった――おかわりもなさそうだ。

 

「……どちらにせよ、今は憤怒龍ですよ」

 

「……そうだな」

 

 お互い、冷静になって話を戻す。

 僕をここに呼び出して、話をして。完全にモテないおっさんと遊んでるだけになってしまったのを、少しでも取り戻したかった。

 

「勝てると思うか?」

 

「――何言ってるんですか、勝つんです」

 

 問いかけてくるライン――もうこいつに二度と公とはつけない――の様子に、決して憂いはない。それでも、問いかけてしまうのは人の性か。

 僕だって、不安に思うことがないわけではない。おそらくは大丈夫だろうと踏んでいるが、もし読みを外した場合――そもそも勝負にならない可能性がある。

 もちろん、その場合の対処法も考えてはあるが。

 

 できれば、最低限で済ませて欲しい。とはいえ、僕はそれを顔に出すようなバカではない。

 

「勝たなければ人類に未来はない。たとえそれが誰の書いた絵図だろうと、その事実は変わらない。だったら、僕はそこに勝利の二文字を刻むだけです」

 

「そうか、お前は――」

 

「ええ、僕は敗因――憤怒龍の敗因となる男です」

 

 さて、賽は投げられた。もう、時計の針は戻らない。この戦い、勝つも負けるも、僕とライン次第だ。

 だから、立ち上がって手をのばす。握手を求めるのだ。

 

「だから、よろしくおねがいします、ライン」

 

「敬語はよせ――お前は俺に対等にぶつかろうとしてきた相手だ。認めるとも、敗因」

 

 同じく、ラインは立ち上がり、

 

 

「俺は“開闢”のライン。この国の開闢、人類の開闢。それを見届ける男だ。このような戦いでは死なん」

 

 

 その手を取った。

 

 ――開闢のライン。

 追い詰められた人類の中に現れ、概念使いをまとめ上げ、人類反撃の旗手となった彼は、かくしてその大胆な行動とは裏腹に、慎重で、そして思慮深い人だった。

 自分の国が二百年もすれば滅びることも受け入れて、冷静に語ることのできる彼は、それだけ沈着な人物だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ハハハハハ! 憤怒龍、上等だ! やろうではないか、敗因!」

 

「ああ、――で、それが終わったら」

 

「……む?」

 

 僕は、逃さないぞと言わんばかりに掴んだ手に力を込めて。

 

 

「終わったら、クロスたちに謝ろうな?」

 

 

「いや、それは――」

 

「そこでヘタレるなアホ!!」

 

 深夜の城内に、僕の雄叫びが響き渡るのだった。



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43.憤怒龍と対決したい。

 ――そして、その時はやってきた。

 地上には莫大な数の魔物、その数は山間の村を防衛したときの比ではない。野を埋め尽くすほどの大群。ライン国に迫るそれに対して、防備を固めたライン国は、概念使いが無数に展開、防衛に当たっていた。

 

「おー、おー、元気に飛ばしてんなぁ」

 

 ライン国国主、開闢のライン。

 重装な鎧に身を包んだ彼は、先日僕たちがピクニックにやってきた小高い丘から、その激しい戦闘を眺めている。

 

「むむー、本当にこのまま眺めてるだけでいいのー?」

 

 僕のパーティメンバー、今回唯一こっちに残ることとなったリリスが、溢れ出るほどの魔物の群れを見ながらこぼす。

 流石に、海とすら表現できるような魔物の群れを前にすると、作戦を不安視するのもムリはないだろう。

 

「いや、大丈夫だよ、見てみなって」

 

 そして僕、敗因の概念使い。

 名前は省略、あまりおおっぴらに言うと恥ずかしいんだよな、このシリーズの世界に限っては。

 

 僕が指差す先では、シェルが最前線に立ち、魔物の群れをひきつけている。その数は――これ三桁はいるんじゃないか?

 ――一瞬にして魔物の海に埋もれるシェル、あっ、とリリスが声を漏らすが、ラインは気にした様子もなく、それを楽しげに眺めている。

 そして、

 

 一秒ほどたった後、シェルが飲み込まれた海が、停止する。

 ――全てシェルが受け止めているのだ。そこに、

 

 無数の概念技が突き刺さった。

 

 遠距離攻撃を持つ概念使いたちが一斉にシェルの山に概念技を叩きつけ、魔物は薙ぎ払われる。薙ぎ払われた魔物はすべからく消え去り、その攻撃の激しさがわかる。

 

「……あれを一秒持たせられるの?」

 

「そうだ、シェルは俺の自慢の盾よ。この国最強の前衛騎士! しかとその目に焼き付けよ!」

 

 リリスの驚愕に、楽しげなラインの笑い声。

 戦場は苛烈に加熱していた。僕たちはそれを見下ろしながらも、時を待つ。なぜかと言えば、戦場に未だ憤怒龍が姿をみせないのだ。

 

 もしこのまましばらくまって姿をみせないなら、僕たちは遊撃として魔物の一部を受け持って引き剥がすことになるのだが――

 

 ――僕が考えた直後、空に稲妻が迸った。

 

「――!!」

 

 三人が見上げる。晴天の昼下がり、空から照りつけていたはずの太陽が、しかし姿を消していく。夜へと落ちるほどの変化ではない。

 ただ、辺りが雲に覆われたかのように暗くなる。

 

 不穏な気配のなか、やがて黒雲が広がり始めると、稲妻が再び空を駆け巡る。

 間近で響く雷鳴の轟音に、顔をしかめながら、しかし、

 

「最後に、改めて確認だ」

 

「はいなの」

 

 リリスが元気よく、手を上げて。

 

 ――直後、襲い来る魔物たちの方に、それは姿を表した。

 

 

 巨大な、蛇。長い長い胴体の、中華龍。

 

 

 それはまさしく、

 

「――憤怒龍。あいつに相対して、これだけは忘れてはならない」

 

 奴が顕現し、僕らもまた、概念化により、自身の武器を生み出す。そして、

 

 

「――憤怒龍に、怒りを覚えてはならない」

 

 

「あいなの!」

 

「任せろ!」

 

 ――そして、決戦の火蓋は切って落とされた。

 

 

 ◆

 

 

 憤怒龍ラーシラウス。

 蛇を思わせる胴体の、いわゆる東洋に見られる龍の姿をしたそいつは、あまりにも巨体であった。大罪龍最大の巨体、()()()()()()()()()()()()()()()()()()という規格外なその大きさは、間違いなくそれだけで人類に対する脅威である。

 

 こいつに対するまず、何よりの問題。あまりにも巨大すぎるゆえに、下手に街に近づけると、強引にその巨体を活かしたリーチで街を壊滅させてしまう。

 故に、現れたら即座に僕らは迎撃に出なければいけないのだが、ここで問題が発生する。

 

 ――憤怒龍に接近するために、魔物の群れを踏破しなくてはならないということ。

 

 それが、まず憤怒龍と対決する上での最初の問題だった。

 

 当然では在るが、憤怒龍の周囲に屯している魔物は強い。基本的にこの魔物によるスタンピードは大罪龍に近ければ近いほど強くなるため、無策で接近することは死を意味する。故に僕らがするべきは――

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)!」

 

「“A・A(オールスター・オートラン)!」

 

 僕とラインは、無数に存在する魔物の群れを、()()()()()()()先に進む。――リリスの姿はない、彼女は今、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 恐ろしい話だが、彼女は感覚に全てをつぎ込んだ結果、距離を無視して仲間の位置が分かるという。

 視界に収められる範囲ならば、あらゆるバフを僕らに飛ばせるそうだ。

 

 ――ブースト・ブーストすら飛んでくるのは、明らかに異常である。

 

「あの小娘本当にどうなってるんだ!」

 

「――間違いなく、師匠と肩を並べる天才だよ、環境が違ったから、まだ芽が出てなかったけど」

 

 会話をしながら、時折やってくる飛行型魔物でSTを補充して先に進む僕らも、大概曲芸をしてると思うが、流石にリリスのそれほどではないだろう。

 もちろん、僕らの姿を確認するのに、遠見の衣物とでも言うべき代物を使ってこちらの様子を観察してもらってはいるが、それだけだ。

 というか、やたら成長の早いフィーといい、才能豊かなパーティであるな、と思う。僕自身、思った以上に自分が概念戦闘に慣れているな、と思う部分はある。それが僕由来の才能なのかはさておくとして。

 

「少し、空中戦になれておかなくて大丈夫か、ライン」

 

「なに、なるようになるさ。というより、憤怒龍にたどり着く前に、少しやりあわなきゃならんようだぞ」

 

「ん……ああ、確かに。そうだね、あいつをなんとかしよう」

 

 僕らは順調に先へ進んでいた。しかし、憤怒龍にたどり着く少し手前、あと一歩というところに、強欲龍ほどのサイズはあろうかという大鷲が群れていた。

 そこそこ大型の魔物だ。おそらく、空中でやりあう僕らと憤怒龍の間に割って入ってくることができるだろう。それは避けたい。

 

 先んじて、僕が飛び出した。足元の魔物を蹴って飛び上がると、

 

「“B・B(ブレイク・バレット)”!」

 

 遠距離から、数匹の大鷲に切り込む。こちらに気付いたやつらが突っ込んでくるのを見ながら――コンボを繋ぎつつ、

 

「“C・C(クロウ・クラッシュ)”!」

 

 中距離の射程で大鷲を撹乱。そこから一気にDDで接近すると――

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 一息で切り込んだ。

 大鷲たちが驚愕か、痛みか、叫び散らばる。僕はそのうち一体に足をかけると、

 

「“D・D”!」

 

 それを吹き飛ばしつつ、別の一体に斬りかかる。

 

 吹き飛ばされた一体が、()()()()()()()()()()()()()()

 

「はは、感謝する!」

 

 そして、ラインは手にしていた概念武器――巨大な大斧を振りかぶる!

 

「“B・B(バスタード・バスター)”!!」

 

 ――一閃。

 一撃だった。直前にリリスがブースト・ブーストを入れているのが見えたから、かなり火力が高いのだろうが、それでも一撃!? 異常とも言える火力だ。

 もちろん、それ故の弱点というものも彼には存在するのだが。

 

 ともかく、今は僕だ。

 切りかかり、そして、

 

「“G・G(グラビティ・ガイダンス)”!」

 

 上位技――!

 こちらにもリリスがバフを飛ばしてきた。一気に跳ね上がった火力を大鷲にぶつけると――一刀両断、またたく間に大鷲は消え失せた。

 とはいえ、こちらは上位技で、あの大鷲はそこそこ削っていたのだが。

 

「このまま行く!」

 

 ――切り替えて、僕は近くの大鷲にPPをぶつけ、更にGGで切り裂く。

 遠くでは、ラインが激しくその斧を振り回していた。一撃一撃が、大鷲を切り裂く。リリスのブーストなしでは無傷の大鷲は削りきれないはずだが、そこはうまく通常攻撃を絡めているようだ。STの節約にもなる、巧い。

 

 僕はといえば、ここは一気にコンボを稼ぐことを優先する。なぜなら直上には憤怒龍の姿が在るからだ。つまり、ここでコンボを稼ぎ――最上位技を叩き込む。

 

 しばらくすると、ラインも同じようにコンボを稼ぎ始めた。すでに大鷲の数は少なく、後少しすれば殲滅が完了する。そのタイミングに合わせて――一気に空へと駆け上がる。

 

「――おおおォおォオおおおおオオオオオオオ!!」

 

 ラインの雄叫びがこだまして、直後。大鷲を全て切り飛ばした僕たちは、

 

 天へと向った。

 

「――本番だ。死ぬなよライン!」

 

「こちらのセリフだ――!」

 

 憤怒龍は未だこちらに気が付かない、その視線はどちらへ向いているのか、少なくとも僕たちではないだろう。ならば、

 

 

「――“L・L(ルーザーズ・リアトリス)”!」

 

 

「――“Z・Z(ゾディアック・ジルコニア)”!」

 

 

 ――こちらを向け、でくのぼう!!

 

 駆け抜けるような一閃が、僕とラインから放たれる。ラインのそれは、僕の最上位技使用時の剣の数倍はあるかという輝ける大斧!

 ()()()()()()()()()()()だ。

 

 ――行け、と気合を込めて振るったそれが、憤怒龍の土手っ腹に突き刺さった。

 

 

“――――ぬぅ”

 

 

 

 声が、聞こえる。

 響くような声、大罪龍の独特なエフェクトがかかったそれ、重厚なそれは、けれども随分と間抜けな声だ。僕らはそのまま憤怒龍の身体に足をかけると、移動技で駆ける。

 位置的に、ここから少し進めば、やつの顔の前にでる!

 

「――またせたな、憤怒龍」

 

 僕とラインが、

 

“貴様――敗因か”

 

 ――憤怒龍の目と鼻の先にでる。

 

「そういうことだ。よくもまぁ、のこのこと現れたな、俺の国に何をしようというのだ?」

 

“――貴様は、何だ? 俺の国……? そうか、貴様があの国の主か。ライン、といったか?”

 

「覚えてくれていて、誠に光栄だな。しかし、すぐにそれも意味はなくなる」

 

 その顔立ちは、まさしく老練というべきものだった。憤怒龍はその名前に似つかわしくないほど穏やかな瞳で、こちらを見ている。

 それが、ラインの言葉に少しだけおかしそうな笑みを浮かべたように見えた。

 

“ああ、儂にこれからほろぼされるのだから、当然だのう”

 

「――お前が今から死に果てるからだろうが!!」

 

 叫び、ラインが憤怒龍へと斬りかかる。僕はそのまま自由落下に任せ、降下していった。単純にSTが足りないのだ、憤怒龍を攻撃して補充してもいいが、それはラインに任せる。

 

“くく、面白い曲芸だの。まぁ、そのままずり落ちていった阿呆もいるようだが”

 

「失敬だな!」

 

 まぁ、阿呆にしか見えない絵面ではあるが、知ったことか。

 

“しかし、よもやお前達だけか? 儂に挑もうという愚か者は。ただ蹂躙されるだけでは飽き足らず、奇行に走ったのならば、儂は盛大に笑ってやろうかのう”

 

「――よく分かってるだろ、お前相手には、これが十分な数字なんだよ」

 

“ふむ――しかし、それにしても舐められた数字ではある。紫電のルエがおらんではないか。よもや、出し惜しんでいるのか? 大罪龍に?”

 

 ハッ、とそれを笑い飛ばす。ここに確かに師匠はいない。けれど、それは狙いあっての事だ。向こうはそれに気付いているだろうか。向こうが手を打ってくるなら、まぁ気付いているだろう。それでも構わない、ここまでくれば、後はなるようにしかならないからな。

 

「――さて」

 

 魔物を踏みつけて、剣を突き刺しつつ、上を見上げる。襲いかかってくる牙を躱して、別の魔物へ飛び移りながら、空の状況を確認した。

 憤怒龍はまだ()()()()には入っていない、ラインが概念技を使っている気配もない。

 なにか会話でもあるのか、一瞬の停滞か。ともあれ、すぐにそこへ戻ろう。僕は一通りSTを溜め終わると、切り裂いた魔物のパーツをいくつか掴むと、

 

「“D・D”!」

 

 空へと舞った。

 魔物のパーツを足場に加速して、やがて憤怒龍の上を取る。

 

 そのまま、胴体に着地。憤怒龍との戦闘では、ここが大事な足場になる。あちらは大きすぎて派手な動きを取れないために、こうなってしまうのだ。

 代わりに――

 

 剣を突き刺す。

 

 手応えは、ない。STは帰ってくるが――憤怒龍には通常攻撃が効かない。概念技をぶつけないと傷つかないのだ。ゲーム的な仕様によるところが多いが、これも一種の機能というやつである。

 

“呵呵ッ、よかろう、よかろう。お前達は栄誉の死を選んだ。それが如何に蛮勇とて、後世の塵芥共はお前達を責めまい”

 

 ――ふと、憤怒龍の身体が、光を帯びる。光、青白い光。いや、違うそれは――雷光だ。

 

“否、そも後世にお前たちなどという塵は残るまい。儂が押しなべて平らげて、更地にしてしまうのだからのぉ”

 

 同時に、憤怒龍の身体の一部が逆立つ。鱗が、さながらミサイルポッドのように。そしてこの鱗もまた、稲光をともなって光っている。

 

「――ライン!」

 

 僕が叫ぶ、憤怒龍が攻撃態勢に入った。ラインも把握しているだろうが、ともかく何かと言えば、これが憤怒龍との戦闘開始の合図だ。

 

 僕が立っていた憤怒龍の身体に電撃がほとばしる。僕は慌ててそれを回避しつつ、憤怒龍を見た。ここからでは、その顔は覗けないが、

 

 

 おそらく奴は、熱線の発射体制に入っているはずだ。

 

 

 ――憤怒龍ラーシラウス。

 その性格はその特性に反して、慎重で、穏やかだ。こちらの言葉も冷静に聞き流し、逆にこちらをあざ笑う。憤怒、というのはあまりにも似つかわしくない。

 

 そんな奴の攻撃手段は、()()()()()()()()。この熱線だ。

 

 名を、憤怒(ラース)

 

 その一撃は、ライン国を三度滅ぼしてもなお余りある、全大罪龍における最大の一撃。――これが放たれれば、この戦いはそこで決着する。

 

 僕らとラーシラウスの戦いは、この妨害にこそあるのだと言えた。



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44.憤怒を放たせたくない。

 憤怒龍は、ラスボスではないのもあってか、強敵ではあるものの、特殊な敵だ。ゲーム内ではギミック戦闘というべきイベント増しましな戦闘で、パズルのような攻略を求められる。

 その主な原因が、やつの唯一にして最大の攻撃技。憤怒(ラース)の特徴にあるといえるだろう。

 

 憤怒(ラース)

 

 コレまで述べた通り、奴はコレ以外の攻撃技を持たない。巨大な手を振り下ろしたりとか、その巨体で突進したりだとかはしない。

 そもそもあまりに巨大すぎるがゆえに、奴は自由に動くことができないのだ。

 そして、それだけの大技故に、チャージは非常に時間がかかる。だからこそ、対憤怒龍戦ではこのチャージを如何に遅らせるかが問題なのだ。

 

 チャージを遅らせる手段は主に二つ。一つは、憤怒龍の顔を攻撃する。

 もう一つが、憤怒龍が浮き上がらせたミサイルポッドのような鱗を破壊する。この鱗、発射のゲージにもなっており、全ての鱗が光を帯びた時、その絶大なる破壊は顕現する。

 

 そしてこれは、どちらも同時に行わなければならない。憤怒龍の体力を削るには顔を攻撃するのが大事だし、鱗の破壊はゲージを削る以外にも、重要な意味があった。

 

「う、おおおおおおお!!」

 

 僕が憤怒龍の巨体を駆けながら、鱗を破壊する。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そう、

 憤怒龍に攻撃手段は熱線しかない。けれど、()()()()()()()()()。それがこの追尾型ミサイル。加えて、帯電するように放たれる雷撃。これらが対憤怒龍における主な障害であった。

 

 それを僕は憤怒龍の首のあたり……と言っていいのかわからないけれど、顔に近いあたりへ居座って、破壊しては現れる鱗を破壊しながら、鱗の迎撃を躱していた。

 

 ここに居座らないと、ラインに対する迎撃の量がえげつない量になるのだ。とはいえ、準備が進めば進むだけ、ポッドの数が増えていく関係上、やがて処理が追いつかなくなる。

 今は時折レーザーがラインの方へ飛んでいく程度だが、やがてそれも無視できない程に成るだろう。

 

 現在、雷撃のミサイルは僕の方へほとんどが飛んできている。高速で鱗を破壊し続ける僕が、鬱陶しくて仕方がないのだろう。

 ――鱗は憤怒龍の身体の一部であるため、通常攻撃が通用しない。しかし、耐久力自体は大したことがなく、ちょうど僕の概念技一発でおおよそ削りきれる、そのくらいの耐久力だ。

 せまりくるレーザーを跳ねて躱しつつ、時折身体に剣を叩きつけてSTを回復しつつ、景気よく僕は憤怒龍の鱗を叩き割っていた。

 

“――面倒な。小蝿のように動き回るのが、鬱陶しいのお。いや、儂からすれば貴様らは小蝿そのものか”

 

「それを潰せないお前は、とんだのろまだけどな!」

 

 僕の挑発を気にした様子もなく、憤怒龍は鼻を鳴らして、チャージを続ける。……あちらの怒りは大したものではなさそうだ。

 それを確認すると、僕は再び鱗を叩き割る作業に戻る。

 

 ――そして、同時にラインが憤怒龍へ向けて、ひたすらに攻撃を叩き込んでいるのが見えた。

 

「オオオォオオオオ!! “B・B(バスタード・バスター)”!」

 

 一閃。

 大ぶりの斧が、憤怒龍の顔を切り裂いた、不快そうな憤怒龍の嘆息が、こちらにも聞こえてくるようだ。

 

“さきほどから、ちょこまかと。それしか能がないのか? 不快であるな、小童”

 

「――俺を小童扱いできるほど、お前も生きてないだろう!」

 

 叫び、振りかぶる斧。

 そこへ、僕が取りこぼしたミサイルが迫る。危ない、そう思うが――いや、ラインならばこれは問題ないだろう。

 

「“R・R(ロード・リバイバル)”!」

 

 振り下ろされた斧、それが憤怒龍の顔を切り裂くと同時に、その斧に触れたミサイルが()()()()()。当然、ラインにそれが届くことはない。

 

 ――ラインの特徴はいくつか在る。一つが、一撃一撃が重い高火力の概念技であること。その一撃は通常技が僕の上位技よりも更に高い威力を誇る。

 もう一つは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。最上位技がその巨大さ故、結果的に遠距離技になる程度には。

 

 そして最後の一つ。彼の概念技には()()()()()()()()()()()()()()。憤怒龍の雷撃などはその典型であり、これは言ってしまえば僕の無敵時間に更に効果が付与されたようなもの。

 当然、通常の無敵時間も存在する。

 

 ――前線に立ち、仲間たちに迫る攻撃をかき消しながら進む王に、人々は希望を見出したのだ。

 

“無駄だと言っておろう――”

 

 雷撃の数が増す。憤怒龍の周囲を飛び回りながら切りつけているラインに、それらは殺到していた。――援護は、敵わない。

 僕もまた、体中を迸る電撃から逃げるため、空中に身を躍らせているところだったからだ。

 

「チッ――」

 

 舌打ち、これは僕のものだったか、ラインのものだったか。いや、どちらもだろう。お互いに空中を駆けながら、迫るミサイルをすり抜けていく。

 

 両者が、一瞬交錯した。

 視線を交わす、このまま行けるか。――誰にものを言っている!

 

 直後、僕は憤怒龍の上を取り、ラインは下に潜り込んだ。

 

 互いに移動技から、一気に憤怒龍へと接近する。

 迫るミサイルも、関係ない。

 

 ラインは吹き飛ばし、

 

「“G・G(グラビティ・ガイダンス)”!」

 

 僕はすり抜ける!

 

“――ぬぅ”

 

 その後、その巨体に着地。即座に周囲の鱗の破壊に移る。

 

 ――ここまでは、比較的順調だ。最初の最上位技もあり、憤怒龍へはダメージがだいぶ通っている。やつの憤りにも似た嘆息は、その苛立ちを表しているといえるだろう。

 逆に言えば、それだけ危険も近いということだ。

 

 奴は憤怒龍。――憤怒の意味は、その強烈な熱線だけではない。

 

“やはり、有象無象というのは、焼き払うに限る”

 

 そういって、憤怒龍の雰囲気が変化する。

 パターンが変わるのだ。僕たちが破壊した破片が、雷撃へと変質する。やがてそれは、鳥のような姿を取った。

 

「……雷鳥(サンダーバード)!」

 

「気をつけて、アレに攻撃は通用しない! いや、ライン、貴方のその斧は例外か!」

 

 ――あの雷の鳥は、攻撃技の変形だ。ある程度ダメージを与えた後のパターン変化。迎撃にこの雷鳥が追加される。ある程度僕たちを追いかけてきて、自身の突撃や、口と思われる場所から放たれる雷撃を見舞う。

 火力自体は大したことはないが、これは鱗を破壊する度に、それが変質して発生する。

 

 つまりこちらが攻撃を加えれば加えるほど、数が増える!

 

「――解っている。お前の方こそ、気をつけるのだぞ!」

 

 いいながら、ラインが再び憤怒龍へと向かう。僕もまた、駆け出す。一度ラインからは距離を取り、とにかく鱗の破壊を優先する。

 ここまで、僕らは冷静にことを運んでいると言えた。

 僕もラインも、自身の行動に疑いはなく、何よりどちらも倒れていない。ちゃんと、憤怒龍の特性を理解しているが故だろう。

 

 お互いにそれを確認しあって、また飛び出した。

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 当然、その度に雷の怪鳥が生まれ落ちては、僕を狙い襲ってくる。ここで僕は、手をかざして振るう。――それで、何が起こるということはない、が。

 

 ――僕に対して、リリスが防御バフを載せてくれた。

 

 これまで、リリスはラインに集中して攻撃バフを載せていた。そういう作戦になっていたからだ。僕とリリスとの間で言葉のやり取りはできない。

 だが、リリスは先程も述べたが遠見の衣物という衣物を有している。ルゥの店から買い上げた一品で、対大型魔物との戦闘には非常に便利だ。

 まぁ、使いこなせるのはリリスくらいなものだが。同じバッファー兼回復役のミルカはドン引きしていた。

 

 この衣物を通して、僕たちを支援するリリスは、同時に僕たちの様子を観察する立場に在る。だから、僕の方から合図を送れば、リリスはすでに決めてあった作戦に応じて、行動を変えるのだ。

 

 今回は、僕が攻撃を引きつけることを前提とした作戦。つまり――

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 正確には、バフと回復を当てにして回避を捨てる作戦。といった程度だが、無茶だと叫ぶリリスに、君ならできると言って、納得させた。

 そして――

 

「おおお!!」

 

 雷撃の閃光を無視して、突っ切る。

 僕のHPは、雷鳥が生まれてから一割程度しか減っていない。攻撃は殆どスルーして、完全なゴリ押しであるというのに、殆ど僕のHPは減っていないわけだから、リリスの防御と回復の腕は素晴らしいものがある。

 感覚的に、僕の体力を完全に把握しているのだろう。聞いたら変な答えが帰ってくるだろうな、と思いながらも、僕はとにかくやたらめったら鱗を破壊し続けた。

 

 その間に、コンボをきっちり稼ぎながら。

 

“ああ、ああ、やってくれおるのう、小蝿ども”

 

「お怒りか? 怒りに身を任せれば、いいよな、自分の敗北に目を向けなくていいから」

 

“貴様――”

 

 ――憤怒龍の声に怒りがまじり始めた。

 怒り、いらだち、焦り。あちらは抑えつけていたそれらが、漏れ出し始めているのだ。とはいえ、まだ激昂へ至るには程遠い。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 手をかざす、リリスへの合図。意味は――

 

「――こいつを食らっとけ!」

 

 僕の剣が巨大化し、同時に、

 

 ――憤怒龍の目前には、巨大な斧が出現したはずだ。

 

 ――リリスへの合図の意味、最大火力を叩き込む、支援を最大限に!

 

「“L・L(ルーザーズ・リアトリス)”!」

 

「“Z・Z(ゾディアック・ジルコニア)”!!」

 

 二人のそれが、憤怒龍へと突き刺さった――!

 

“ぬ、ぅうう――――!”

 

 衝撃。

 振り抜かれた刃は、憤怒龍が纏う黒い雲を切り裂いて、戦場にもそれが見える程だろう。僕らは、そのまま憤怒龍の巨体に着地する。

 

 ――これで決まるとも思えないが、それでも、だいぶ効いてきているはずだ。

 

「……」

 

 ――一瞬、鱗の展開も、チャージも、迎撃も、全てが停止していた。僕がゴクリと唾を呑むあいだ。その一瞬だけ。

 

 そして、

 

“――やってくれる、やってくれる、やってくれるのう”

 

 憤怒龍は再起動した。

 直後、再開されるチャージ、僕は即座に浮かび上がった鱗に切りかかった。

 

 ――鱗に雷撃が付与されていた。

 触れればHPが削られる。憤怒龍の次なるパターンだ。気にせず切り裂いても、ダメージはさほどではないが、蓄積するのが厄介な点だ。

 

“貴様らはつまらん、小蝿でありながら、我に焼き尽くされることを拒む、そのような暴挙、我らは許していない”

 

 怒りをにじませながらも、言葉を紡ぐ憤怒龍。段々と、その言葉から余裕が喪われつつある。追い詰めているという証拠でもあり、僕たちのタイムリミットの短さでもある。

 

「――それがどうした。生きるのは俺たちの選んだ選択だ。それを邪魔するのがお前らだろう。邪魔をするだけのモノが、ぐだぐだと言うではない!」

 

 ラインが叫ぶ。

 チャージが加速しつつあった。迎撃も、――間に合うか? いや、間に合わせる。

 

 僕は、ひたすらに駆け抜けながら鱗を破壊する。迫りくる雷撃を躱し、受けて、回復されて、また突き進む! 前方から飛んできたミサイルを横に飛んで避け、そのまま空中に身を投げだすと、僕はそこから別の足場――憤怒龍の巨体――へと着地し、駆け抜け始める。

 

 三次元に飛び回り、ミサイルは全てやり過ごし、雷鳥は無視できるものは無視し、可能な限り叩き割るのは遠距離で。

 

 破壊する、破壊する、破壊する。

 

“ぬ、おおおおおおォォォオオオ!”

 

 急げ、急げと駆け抜ける。もはや時間がない、憤怒龍は怒りつつある。

 

「お前達は俺たちからどれだけ奪ってきた。奪うものにはその記憶すらないか! ないだろうなぁ! お前には俺たちのことなど意識にもなかろう!」

 

“――小蝿が”

 

「それでいい、だが、それ故にお前はその小蝿に敗れる。お前はそれを理解しないまま死んでいく。ハハハハハハハ! 俺はそれが楽しみで仕方がない!」

 

“――小蝿が!”

 

 ――憤怒龍が叫んだ。

 ラインのそれは、挑発ではない。――奮起だろう。

 

 

 ――見れば、憤怒龍はその全身が発光していた。発射の時が近いのだ。

 

 

 ――まずい。

 ここまでうまくやってはいたが、ジリジリと稼がれていたチャージ。それが、いよいよ形になろうとしている。

 

 いや、想定内ではある。

 そもそも、大人数で挑めない以上、チャージに対して妨害が間に合わないだろうことはわかりきっていたのだ。それでも、勝機は十分にあると踏んでいたし、そのために僕たちは行動してきていた。

 

 ――妨害が間に合わないのに、勝機。

 理由はいくつかあった。まず一つ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 故に、一度完了したところで、そこに妨害が入れば奴は発射できない。

 だからこそ、僕たちの戦闘はここまでは前哨戦に過ぎない。僕が妨害を入れながらも、ラインが削り、そしてチャージが完了した隙を狙って、一気に削り切る。

 

 これが今回の基本的な作戦だ。

 

 しかし、ここまでの流れで、おそらく気付いているだろうが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 一見、冷静かつ老練な奴の性格。憤怒の名に反したそれは、けれど()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう、一度憤怒したラーシラウスに、手を出せるものはいない。

 

 この戦い、ラーシラウスを憤怒させてはならない。大勢で挑んでは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 あくまで少人数で、向こうに油断と言う名の余裕をもたせ戦う、それが大前提。

 

「どうした! どうした! 怒るだけがお前の脳みそか!? 俺はまだ健在だ! 倒せていないではないか! ラーシラウスッッ!」

 

 憤怒したラーシラウスは、それこそ手がつけられなくなる。――チャージの速度が数十倍になるのだから。少なくとも、チャージ完了寸前で怒りが爆発すれば、一瞬でチャージが完了し、憤怒は放たれることになるだろう。

 

“貴様――――!!”

 

 そして、チャージを完了直前で妨害されれば、怒りのゲージは凄まじい勢いで貯まる。

 故に、ここからは短期決戦。一撃一撃が勝敗を決めるものでなければならない。

 

 まぁこちらには切り札もある。だから――

 

 

“――む?”

 

 

 そこで、ふと。

 

 

“――ライン、といったか”

 

 

 ――ラーシラウスの言葉に、笑みが宿った。

 

 ……ライン?

 

 視線を向ける、顔には焦り、僕と同じだ。そして覇気、僕と同じだ。――同じように、ラーシラウス討伐に全力を尽くしているように見える。

 ああ、しかし。

 

 

“――貴様、怒っているな?”

 

 

 ――まずいと、思ったときには遅かった。

 ああ、あんなに怒りは覚えるなと言ったのに――無意識の中で抱えていては意味がないではないか! ……言葉を交わすだけでは見抜けなかった、僕の落ち度だ!

 

「何――?」

 

 ラインの様子は、困惑。自分の中の怒りを自覚していないのだろう。ああ、まずい、まずい、まずい。憤怒龍がそう断言するということは、自覚していなくとも、怒りが根底にあるということだ。

 

 そして、怒りが根底にあるということは。

 

 

“ああ、いいな。その怒り――儂が食ろうてやろう”

 

 

 憤怒龍は、それを使ってくる。

 

 ――憤怒龍ラーシラウスは、攻撃技を憤怒しか持たないといった。しかし、実際には迎撃手段がいくつか存在し、そして、

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは、

 

 

絶触(クリア)

 

 

 ()()()

 

 これこそが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ――自身に対して、怒りを覚えているものに対して、その怒りという感情ごと、命を奪う。概念使いでなければ即死し、概念使いであれば、

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 ――言葉もなく、ラインは宙へとその身を投げ出して。

 

 

 しかも、それだけでは終わらない。

 

 

“――これで、貯まったぞ”

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



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45.怒りをぶつけたい。

 ――絶触(クリア)

 

 憤怒龍がおそらく()()()()である点、そして、()()()()()()()()だ。効果は、自身に対して心の底から怒りを覚えている存在の怒りと生命力を奪う。

 人であれば命、概念使いであればその概念。奪われた概念は憤怒龍の力となり、そしてそれだけチャージが進む。

 

 これは()()()()()()()()でなければならない。瞬間的に感じた怒りでは、効果は発揮しない。その事は素直に喜ぶべきだが、逆に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()点は厄介だ。

 今回の場合、ラインのそれは小さな怒りだっただろう。僕自身、彼が本当に心の底から怒りを覚えているとは思わなかった。だから憤怒龍も気がつくのが遅れ、この土壇場でそれに気がついた。しかし、だからこそ土壇場で気付かれ、窮地に陥っている。

 

 もしも、本当に大きな怒りであれば、先に奪わせることで逆にこんなギリギリの状況での窮地にはならなかっただろう。

 基本的にこの絶触があるために、憤怒龍に対して大人数で挑むことはできない。しかし、少人数ならば多少奪われたところで立て直しが効いた。

 一度奪われてしまえば、次にまた奪える程に怒りが燃えるまで、多少のクールタイムが人間にはある。少なくともゲームではそうすることで憤怒龍と人類が対峙できていた事実も在る。

 

 今回の場合、僕はもとより憤怒龍に対する怒りはない。そしてライン公も、直接憤怒龍に対して因縁があるわけではないから、冷静な彼ならば大丈夫だろうと踏んでいた。

 いや、実際のところ彼にはそこまで大きな怒りはないだろう。というか憤怒龍が自分に対して向けられている怒りをここに至るまで理解できないはずがあるか?

 

 だとしたら、原因はなにか。――簡単だ、直接憤怒龍に対して向けられた怒りではない、世界に対して向けられた怒りが、直接対峙したことで憤怒龍に向いてしまった。

 

 ――商人としての道を絶たれたこと?

 違う。それを割り切れるのがラインだろう。それに、商人としての道は、今の王としての在り方にも繋がっていたと彼は言った。だから、彼は道など絶たれていない。

 それに怒りは覚えない。

 

 ――クロスとうまく行っていないこと?

 それこそ憤怒龍にはなんの関係もないじゃないか。未来では因縁が生まれると言っても、それは未来の話、僕らはこれを変えるために戦っている。

 それは怒りと結びつかない。

 

 ああ、じゃあやっぱり。

 ――彼は一面と言っていた。それは確かに正解で、彼と親しくなった僕には、本当に顔の一つとしか思えないもので。

 けれども、()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだ。

 

 あの紅茶は、ラインの人生の縮図といった。

 

 けれども、()()()()()()、きっとラインの縮図だろう? なにせ自分の名前を冠しているのだから。

 なぁライン、君は自分の国の人々が、

 

 

 塵芥と言われたことに、耐えられなかったんだ。

 

 

 思えば、ラインという国は、彼の人間性、裏表ある彼を象徴するかのような国だった。概念使いの国、概念使いが人を守り、人がそれに感謝する国。

 そして同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あれも、まさしくラインの在るべき姿の一つじゃなかったのか。

 

 ああ、だから。まったくその怒りは――正しくて仕方がない。だからこそ、この一瞬で。僕たちの致命的な隙になるんだ。

 

 ――落下するライン、救わなくては。

 けれども、今は、彼が生んでしまった隙を、フォローしなくてはならない。

 

 その隙に、少しだけ憤る気持ちもある。なんてことをしてくれたんだと、思わなくはない。もしかしたら、今憤怒龍が僕をキチンと見れば、僕は絶触の対象になってしまうかもしれない。

 

 だとしてもなんだ。

 それがどうした。

 

 僕はこのラインという国で、何を見てきた?

 

 嫉妬に怒るフィーを見てきた。

 

 年相応に扱われないことに怒るリリスを見てきた。

 

 恋を押し付けられて怒る師匠を見てきた。

 

 ――多くの怒りを見てきたじゃないか。

 だから、これは当たり前なんだ。当たり前の怒りなんだ! 憤怒龍が好み、食らう。その一番厄介な点は、人が生きている限り、()()()()()()()()()()()()()()()()()こと。

 

 けれども、今はそれで構わない。この一瞬で、それが致命的な隙になることはない。憤怒龍は、チャージを終えるこの一瞬は、もはや絶触など使えない!

 

 だから、今だけは、

 

 この怒りが、僕の心の燃料になるんだ――!

 

 言うまでもない、僕のエンジンは最初から、ただ一つ。

 

 

 ――()()()()()()()()()()()!!

 

 

「お、おおおおおおおおおおお! リリス――――!!」

 

 叫び、手をのばす。合図だ、窮地を想定して決めていた、僕とリリスの合言葉。ああけれど、この状況を見ている君なら、すでにもう動いているよな!

 

W・W(ウィンド・ウィンド)

 

B・B(ブレイク・ブースト)

 

 即座に、速度強化とその速度強化の倍率を上げるバフが、僕に付与される。効果は一瞬。されど神速! 僕はそれまで憤怒龍が想定していた数倍の速度で、

 

「――“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 

 ――憤怒龍の顔面に蹴りを叩き込む!

 

 

「憤怒龍! ラァーシラウスゥウウウウ!」

 

“貴様! 敗因――――!!”

 

 チャージの状況は見越していた。だから何時でもそれを放つことのできるよう、僕は準備を整えていたのだ。

 言うまでもないそれは、これまで二度叩き込まれてきた、僕の最大にして最強の手札。

 

 

「ああぁああああ!! “L・L(ルーザーズッ・リアトリス)”ッッ!!」

 

 

 即座に放たれた一閃は、憤怒龍の放たれる寸前であった熱線ごと、奴を切り裂いた!

 

“が、あ――!!”

 

 熱線が明滅し、やがて収まる。稼げる時間は本当に少しでしかない。奴が気を取り直せば、即座にチャージが再開され、少しの間も持たずに発射されるだろう。

 不意を突かれたこの一瞬が最大のチャンス。

 

「――ライン!」

 

 叫ぶ。狙いをつけて――いる時間はない! 僕はそのまま取り出した復活液を、ほとんどそのままの勢いで下方へ向けて投げつけた。

 当たってくれればそれでよし、だが……

 

「手を伸ばせ――! ライン! アンタはそこで終わるのか!? 違うだろ、勝つためにここに来たんだろ!? 大罪龍を倒せ! 未来を開闢しろ!!」

 

 叫ぶ、ラインを助けには行けない。僕はここで憤怒龍を抑えなくてはならない、でなければ、こいつはまたすぐにチャージを完了させてしまう!

 

“が、あああああああああ!! 敗因――――ッ!! 儂を、儂に、このようなぁああああ!”

 

「やかましい、黙っていろ! “S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 迫りくる雷撃のミサイルを無敵で透かしつつ、一部を受けながらも剣を振るう。――その直後に、リリスの回復が飛んできた。

 ――リリスも、まだ諦めていない。

 

「ライン! 目を覚ませ! アンタには怒りがあったんだろ! こいつを倒したいと、抱いてはならないと解っていても、抱いてしまう怒りがあったんだろ!」

 

 切る、切って、切って、切り裂いて、攻撃を無視して、透かして、受けて、リリスのバックアップを最大まで受けながら、とにかく切る。

 だめだ、ダメだ――最上位技まで行けない。STが足りない! 攻撃が間に合わない!! 何より!

 

“あああああああああああああハイイイィィイイイインンアアアアアアアアアア!!!!”

 

 憤怒龍の、限界が近い。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!! 為政者として、男として、概念使いとして――」

 

 はやく、

 

 おきろ、

 

 ――復活液が、アンタの横をすり抜けていく。

 

 目を覚ませ!

 

 

「――それがアンタの、責任のはずだあああああああああああ!!」

 

 

 ――ラインは、

 

 

 果たして、

 

 

「――っ!」

 

 

 目を――覚ました。

 

 

「おおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 勢いよく、砕け散った瓶から飛び出した液体を受けて、概念崩壊によって喪われた武器がラインの手に戻る。巨大な斧、奴そのものというべき、威容の武器。

 

 ああ、それをアンタが手にするのなら、

 

 ――僕たちは、憤怒龍に勝てるだろう。

 

 持てる限りの力を振り絞り、憤怒龍のチャージを遅らせる。ああ、けれどそれは、同時に憤怒龍の怒りのゲージを急速に貯めることでも在る。

 だが、もはや関係ない。ここでお前は負けるのだ。

 

 ――そして、チャージを大きく減衰させたところで、奴の瞳が、怒りではなく、別の色を若干帯びる。それは――

 

“なぜだ! なぜ! お前は怒りを覚えぬ!!”

 

「――はは、少しだけ冷静になったか! 憤怒龍!」

 

 ――焦れた憤怒龍は、僕の必死な様子から、こう考えたのだろう。怒りを覚えているのではないか。そう思えても不思議ではない。

 事実、僕は先程、理不尽にもラインを概念崩壊させたこいつに怒りを覚えた。それを原動力に叫び、やつに一撃を加えた。

 

 けど、それだけだ。

 

「僕はアンタに思うところはない。アンタは敵で、倒すべき相手。怒りを覚える必要もなければ、理由もない」

 

 剣を突きつけて、続ける。

 

「――もちろん、お前の行動で僕が怒りを覚えることはあるさ、タイミングが悪ければ、アンタは僕の怒りに気付いていたかも知れないな。けど――」

 

 そこには、笑みがあった。

 理由は、確信。

 

()()()()()()()()()()()()、僕がお前に怒りを覚える理由はない。これからもう、お前に怒ることもない」

 

“何を、何を言っている――!!”

 

 叫びは、さながら雷鳴のごとく。直後、僕は無数の雷撃によって焼き尽くされる。残っていた生命力は一気に削られて、ほとんど残らない。

 けれども、それがどうした。

 僕は剣を振るい、チャージを削ることだけを最優先にする。

 

 だって、これはお膳立てだから。

 

「――もう、アンタの末路は決まってるんだよ!!」

 

 笑みを浮かべる。ああ、そうだ。

 

 すでにそれは決まっている。

 

 アンタの敗北は、ここに決定的となる。

 

「――――()()()()()()ッッ!!」

 

 

 僕の背後、空中を駆け上がってきたラインが、その大斧を構え、必殺の態勢で憤怒龍の前に現れる。

 

 

「またせたな、憤怒龍――!」

 

“貴様――! なぜ! 何故だ、怒りを奪われたはずだ! 儂に怒りを奪われ、お前は儂に怒りを覚えているはずだろう!!”

 

 ――わかっていないな、憤怒龍。アンタは憤怒の化身だろう? だったら、怒りというものが、抑えて力に変えられると、分かるはずだ。

 いや、アンタは怒りではなく憤怒。湧き出る憤りの化身。だとしたら、それはアンタには一番縁遠い感覚なのか。

 

「――憐れだなあ、お前さんは怒りを名乗っておきながら、この力の源を理解できない。俺がここにいる理由を掴めない」

 

“何を言っている――! 何をッ、言っているッ!!”

 

「心底見下しているのだよ、ウスノロ。その巨体は本当に、ただの見せかけでしかなかったようだなあ!」

 

“――き、さま”

 

 ――憤怒龍は、憤っている。ああ、けれど、奴はその憤りの意味がわからない。自分に理解できない感覚を點されて、貶されて、見下される。

 未知にして、理不尽。

 

「もし次があるのなら、それを理解してから、人の前に立ちはだかるのだな――見苦しい」

 

 言葉とともに、ラインはそれを起動させる。

 

 僕たちが勝利するための、最後の切り札。ここまで何度も最上位技を叩き込み、削ってきた憤怒龍なら、怒りを爆発させていないやつになら、

 

 これが止めの一撃となるはずだ。

 

 行け、ライン! アンタの国の、全てを載せて――!

 

 アンタの自慢の概念起源を、叩きつけてやれ!

 

 

「――――“C・C(カントリー・クロスオーバー)”ッ!!」

 

 

 直後、ラインの斧が、光を帯びる。

 

 C・C(カントリー・クロスオーバ―)

 一種の皮肉か、はたまた必然か、2つ目のドメインと同じ名を持つその効果は、とても、とても単純だ。そして、それ故に強力だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。同時に、その大きさもまた、その感情の重さによって変化する。

 

 あまりにも、単純にして、ラインにとっては必殺に過ぎる一撃。

 

 ああ、見ているかシェル。

 ラインの国の人々、

 

 ――見えているだろう。

 

 

 お前達の王の一撃は、憤怒龍の巨体を上回っているぞ。

 

 

「お、おおおおおッ!!」

 

“開闢――! 敗因――――ッ!! 開闢――――ッッ!!”

 

 怒り、叫び、轟かせ、

 

 今まさに、憤怒(ラース)のチャージが完了しようとしていた。ああ、それが放たれれば、この国は、人々は終わりだろうな。

 

 だが、忘れていないだろうな。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「これで、終わりだ――憤怒龍!!」

 

“キ、サマラアアアアアアアアアアアアアアアアア!!”

 

 ――決着。

 

 勝利はここに確定した。

 

 ラインは斧を振り下ろし、憤怒は、やがて激突する――――

 

 

 その、

 

 

 直前に、

 

 

“――――そこまでだ”

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ああ、そいつは――

 

 僕は、そいつを、よく知っている。

 

 ゲームで何度も見てきたその顔を、忘れることなどあるものか。

 

 天使の如き六枚羽、

 麗美と言うべき立ち姿。

 

 僕はすぐさまラインを回収して、憤怒龍の背に着地する。

 

 そして、

 

 そいつの名を呼んだ。

 

 

「――よう、()()()

 

 

“――お初にお目にかかる。敗因の概念使い”

 

 

 傲慢龍プライドレム。

 

 

 ――大罪龍たちの頂点。僕が今敵対する、最大の存在が、僕たちの目の前に立っていた。



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46.そして僕らは巡り合う。

 ――傲慢龍プライドレム。

 初代ドメインのラスボス、シリーズを象徴する敵。

 大罪龍の頂点。

 人類最大の敵。

 

 傲慢にして矜持の塊、それは、今。

 

 僕らの目の前に、姿を表していた。

 

「お、まえ――は」

 

“お初お目にかかる、ライン公。開闢のラインといったな。私はプライドレム。傲慢龍――プライドレムだ”

 

 優雅に、かつ冷静に。

 うやうやしくも慇懃無礼、現れ宙に立つ龍人は、まるでこちらを挑発するかのように紳士的な礼をした。

 

「何をした――」

 

“何を、と――私は自身の力を振るったに過ぎない。その結果、君のそよ風が薙ぎ払われてしまったのだとしたら、お悔やみ申し上げる”

 

「待て、ライン――」

 

 ――ラインが、挑発されている。

 怒り、だけではない。困惑、憎悪、敵意、殺意。あらゆる感情がないまぜになって、ぐちゃぐちゃになって、かき回される。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その事実は、たとえそれがあの開闢のラインだとしても、揺さぶられてしまう。

 

“ご、傲慢龍――”

 

“落ち着いたか、憤怒龍。惜しかったな、あちらが一枚上手だったようだ。()()()()()()()()()()()

 

“ぬ、ぅ――”

 

 まさしく、傲慢。そんなプライドレムの物言いに、あの憤怒龍が萎縮している。当然といえば当然か、傲慢龍はまるで片手間のように、憤怒龍の憤怒をかき消してしまったのだから。

 

 ――同時に、ラインの概念起源すら。

 

「やってくれるじゃないか――あと一歩だったのだがなぁ」

 

 その言葉は、在る種の虚勢と言えるかも知れない。

 自身の国全てを背負った一撃を、片腕でかき消され、冷静でいられるほうがおかしい。

 

“ふむ、今の一撃なら、たしかに憤怒龍には致命傷だろうな。けれども、私には通用しない。理由は君が――()()()が脆弱で、私の足元にも及ばないからだ。”

 

「お、まえ……っ!」

 

「落ち着け、ライン……!」

 

 しかし、僕の言葉はラインには届かないだろう。無茶をいうな、目の前に人類の仇敵がいるんだぞ。そう解っていても、僕は留めざるを得ない。

 まずいんだ、傲慢龍は、他の大罪龍とは違う。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「だとしても、人類は何れお前に勝利するだろうよ。今、俺という国がお前に届かなかろうが、次代が、何れ。――そうだ、強欲龍も破れた、憤怒龍にも勝利へ手をかけた。お前達は、何れ瓦解する!」

 

“…………ん? ああ、一瞬理解できなかった。おかしなことを言うな”

 

 ――おい、まて傲慢龍。

 それを口にするつもりか? やめろ、まずい。

 

“もしや敗因、君は教えていないのか”

 

 ――――大罪龍が、人類の脅威たる最大の原因。

 傲慢龍が、()()()()()()()()()()()

 

 

“――大罪龍は、私を滅ぼさない限り復活するぞ。周期は、ざっと二十年”

 

 

 ――僕に敗れた強欲龍が、そのことを気にしていた。

 それでも勝つと、僕は言った。

 

 ああ、けど。

 ――人類には、その事実は重いよな。

 

 僕はラインを見る。

 彼は、その顔を伏せていて、そして――

 

「――随分と、余裕だなぁ! お前を倒さなければ、強欲龍が復活する!? 上等だろう、()()()()()()()()()()()()()()()()のだからな!」

 

 意思のこもった瞳で顔を上げる。

 けど、――だめだ!

 

「行っちゃだめだ、ライン――!」

 

 ――ラインが飛び出した。

 

 対して、

 

“安心するといい、ライン公。私の目的はそちらの敗因だ。君ではない――故に”

 

 傲慢なる龍は、そのプライド故に構えもせず、余裕の言葉でもって、

 

 

“遊んでやろう、かかってくるといい”

 

 

 ラインに宣戦布告した。

 

「お、おおお!!」

 

 ラインが駆けながら、周囲の鱗を破壊しつつコンボを稼いでいく。

 ――憤怒龍の鱗から電撃の反撃はない。戦闘態勢を憤怒龍が解いている。傲慢龍の存在故に、それはそうだ。

 憤怒龍は傲慢龍に萎縮せざるを得ない。どれだけ強大な存在であろうと、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……くっ」

 

 僕も慌てて飛び出す。しかし、間に合わないだろう。ラインにはリリスのバフが乗っていた。それに、ある意味問題ないとも言える。

 プライドレムが遊ぶといった以上、これは殺し合いではない。

 

 傲慢龍の、一方的な暴虐だ。

 

 そして、ラインが移動技で一気に傲慢龍へと飛びかかり、

 

 

「――“Z・Z(ゾディアック・ジルコニア)”!」

 

 

 最上位技を、叩き込む――!

 

 しかし、

 

“――うん、なんだ”

 

 

 ――――それは、傲慢龍の片腕に止められていた。

 

 

“これは、まさか、君はこれを自慢したかったのか?”

 

 

「な――」

 

「……ライン!」

 

 僕がラインに追いつく。そして、

 

「ここはムリだ! 君は逃げろ!」

 

 叫び、彼を空中から、突き飛ばした。

 

「な、おい――ッ!」

 

「大丈夫だ、ここは僕がなんとかする、できる。()()()()()!」

 

「――――」

 

 ――確信に満ちた瞳で、ラインに告げる。

 

「……信じるぞ、敗因!」

 

 それを受け入れたのか、ラインはそのまま、身を空中に躍らせる。

 

「そういうことならば、俺の相手はお前達だ魔物共! 俺の国に一歩たりとも踏み込めるなと思うなよ――!」

 

 叫び、そして魔物の群れへと突っ込んでいった。

 

“ご、傲慢龍……”

 

“――憤怒龍、私を失望させたくなければ、少し黙っていてくれたまえ”

 

 ――これで、この場に残るのは、僕と傲慢龍だけだ。

 互いに、正面から相対する。こいつが人類最大の敵、そして、機械仕掛けの概念が作り上げた最高傑作。僕の現状最強の敵。

 

“――さて、敗因。なんとかするといったが、できるのかね? この状況で”

 

「ハハッ、当たり前だろう」

 

“ましてや――”

 

 心底こちらを見下した瞳で、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?”

 

 

 ――その事実を告げた。

 

 

 ◆

 

 

「……暴食龍が?」

 

“そうとも、私がその様に差配した。お前も気がついているのだろう? 私がお前と同様に、未来を把握していると“

 

 山間の村でのこと。現れるはずのない暴食龍。本来ならばあそこに現れるのは暴食兵で、そもそもあの戦いは、大きく大罪龍との戦いに変化をもたらすものではなかった。

 それが突如として変貌を遂げたのは、何者かの指図あってのこと。考えられるのは二択、機械仕掛けの概念か、暴食龍の直接の上司である傲慢龍だ。

 結論は、後者であったというわけだ。もちろん、僕もそれは把握している。だからこそ、どこかで手を打ってくる可能性は大いにあったわけで。

 

「それが、ここだったってことか」

 

“そうなるな。そして、故にお前は致命的なミスを犯した。なにを、などとは言わないだろうな。ここに私がいる、憤怒龍がいる。お前に勝ち目などなに一つない“

 

「……その傲慢なプライドをねじ曲げてでも、ここにくるだけの価値はあったと、そういうことなわけだ」

 

 大罪龍は一体一体が強力な個体である。ともすれば、一体で世界を滅ぼすだけの力がある。特に数ですぐれる暴食龍。多数の敵と相対することに圧倒的なアドバンテージを有する憤怒龍。不死身という絶対的な機能を持つ強欲龍。それらは特に、人という弱い個を蹂躙するのに適した能力を有している。

 そして、そんな能力を持っていてもなお、彼らが満場一致で最強と認める傲慢龍にも、それは言える。特に、先ほど僕があれほど強力だと言っていた憤怒龍の熱線と、ラインの概念起源を同時に消しとばしてみせたあの能力。

 初見殺し極まりないあれは、間違いなく僕にとっても脅威の一つだ。

 

 その上で、奴らが人類を滅ぼしきれない大きな理由。それこそが傲慢龍のプライドの高さである。

 そも、傲慢龍が直接戦場に現れることはありえない。自分の力などなくとも、大罪龍は人類を滅ぼせると傲慢にも確信しているから。それは人類にとっては大きな油断であり、付け入る隙だ。事実、初代ではこの隙を突かれることで奴は敗れ去るわけだが、だからといってそれが今の人類に味方するわけではない。

 

 傲慢龍は自身が傲慢であればあるほど力を増す。要するに、相手のことを見下し、侮蔑し、嘲笑すればするほど、奴の能力が向上するのだ。

 そして、それらの傲慢が頂点に達した時、奴は世界に姿を表す。そうしているときの傲慢龍は、まさしく無敵だ。

 端的に言おう、傲慢龍は自身の策に敵が嵌り、そしてそれに対して自身が勝利したと確信している間、あらゆる攻撃に対して無敵になる。そう、先ほどラインと憤怒龍の必殺の一撃を打ち消したのも、傲慢龍が勝利を確信し、傲慢の極みにいるからこそ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ラインの概念起源は言うに及ばず、僕の最上位技も、師匠の概念起源も、フィーの熱線も。

 

 傲慢の化身となったプライドレムを止めることは不可能である。

 

 逆に言えば、勝利を確信していないプライドレムは姿をあらわさない。そして、プライドレムが滅びない限り、大罪龍は滅ぼされても二十年経てば復活する。

 そして、勝利を確信して現れたプライドレムを撃破しようにも、その瞬間の奴は無敵だ。

 故に、人類はプライドレムに勝利できない。

 

 人類は奴が傲慢であるが故に滅びを防げているのではない。人類は初めからプライドレムに泳がされているのだ。

 

 故に、勝てない。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――それで、僕を倒すためだけに、アンタはここに来たわけだ」

 

“冷静だな――気に食わん。まさか、暴食龍の群れを相手に、色欲龍の元までたどり着けると本気で思っているのか?”

 

「そうだな、幾ら師匠といえども、一人じゃあ暴食龍相手に、クロスたちを守りながら逃げ切るのはムリだろうね」

 

 ――確かに、いかにも状況は絶望的じゃないか。

 ああ、けどしかし――すでによくわかりきっている。当たり前の事実。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――僕は敗因、勝利できない因果をひっくり返し、勝利すべきものの敗因となる概念使い。こんな状況、()()()()()()()()()()

 

「――アンタがここに現れた理由。勝利のため、傲慢であるがため、だが同時に――確認したいことがあるんじゃないか?」

 

“――気に入らん、が、正解だ。私はお前に対して、確認したいことがある”

 

「僕もだよ、――いや、すでにほとんど半ば確信しているが、敢えて聞こう」

 

 僕は、傲慢龍は、同時にそれを口にする。

 

“――お前は”

 

「アンタは――」

 

 

 ()()()()()()()()()

 

 

「答えてやるさ、()()だよ。()()()()()()()()()()()()()

 

“――――”

 

「アンタは勝利を確信してここまでやってきたみたいだけどな、()()()()()()()()()()()()()()()。いや、相手は僕じゃないけれど。でも、()()()()()()()()()。もしその未来を知っていたら、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 まくしたてるように、笑みを浮かべながら僕は言う。

 挑発だ。僕を止めていい、咎めていいぞ。ただし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうけどな。

 僕の挑発に乗った時点で、傲慢龍はプライドを傷つけられている。傲慢の化身たる条件を満たさなく成る。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それを傷つけてでも、僕を殺してみるか? ――万が一にでも、負ける可能性があるかもしれないのに? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だから僕は、話を続ける。

 

「――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

“……ふむ”

 

「アンタの創造主、お父様、父上、“神”。何でもいいけど、そいつから知識を与えられてる。違うか? ――といっても、違うわけないよな。未来を知ってるやつなんて、この世界に僕を除けばそいつだけだ」

 

 否定はない。

 当たり前だ、僕はすでに解っている事実から、当然の帰結を結びつけているに過ぎない。他に正解などないことは、僕の知識が何よりも知っている。

 この世界にそれができるのは神だけで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけだから。

 

「そして、神が直接僕たちに干渉することはない。神がやったことは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そして()()()()()()()()()()()()だけだ」

 

 何故か、()()()()()()()()()()()()()()()。なにせ――

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()んだから、当然だよな」“――そうだな。父上は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 傲慢龍は、ため息と共に、そう答えた。

 それは神に対してか、僕に対してか。まぁ、どちらでもいいだろう。傲慢龍は続けた。

 

“私が知っているのは、これからお前が辿る()()()道筋だ。つまり、お前……いや、()()()()()使()()()()()か”

 

 ――つまるところ、ルーザーズの内容()()を傲慢龍は教えられたのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「さて――それじゃ、そろそろ答え合わせといこうか」

 

“……”

 

 息を吐く傲慢龍。

 彼はもう、全て把握しているのだろう。()()()()()()()()()。答えは単純、()()()()()。未来の全てを把握している僕と、僕の人生しかしらない傲慢龍では、そもそも駆け引きの舞台にすら立てていなかったのだ。

 

 僕は手を掲げ、そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――調子はどうですか、師匠」

 

 

『良好だよ、こちらは無事にクロスたちを快楽都市まで送り届けた、暴食龍には、勝利している』

 

 

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。傲慢龍に、勝利宣言を叩き込むためのアイテムだった。



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47.答え合わせをしたい。

『やあ、お初にお目にかかる、傲慢龍プライドレム』

 

“――紫電のルエ、か”

 

 僕が腕輪を起動させれば、僕の目の前にはノイズの走った半透明な師匠が立っていた。

 通信機器である、衣物の腕輪。使用すれば破壊されてしまうが、いついかなる時、どのような場所でも通信することのできるそれは、非常に便利な衣物である。

 それを利用し、僕らはこうして連絡をとっているわけだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

“なぜ生き残った? とてもではないが、そんなことは不可能だろう、お前だけでは、暴食龍にはかてないはずだ”

 

 ――まったくもって、ごもっともで、師匠一人で十数体の暴食龍を撃破できるはずがない。二体くらいなら相手取ることもできるだろうが、そもそも二体暴食龍がいるということは、最悪四十体の暴食兵が生まれるということである。

 そんなもの、さすがの師匠でも相手することは不可能だ。

 

『なぜ、って――気付いていないのか。そうか、そうだよな。そりゃあそうだ。お前は()()()()しか私達を知らないんだから』

 

“もって回った言い回しがお好みか、ならば面倒だ、お前から聞く必要もない。――眼の前にいるお前の弟子とやらの首をかききってやろう、さて、どうだ?”

 

『逸るなよ、なに、すぐに分かる――ああ、だから……だからさぁ、泣き止んでくれよ』

 

 ――と、そこで師匠が何故か足元を見た。完全にこちらではなく、向こう側でのあれやこれやが起因しているらしい。

 ……なんとなく想像はつくけれど、まだ踏ん切りついてなかったのか。

 

『第一、最初に君がいい出したんじゃないか、この腕輪を使おうと言うのは。今更惜しまないでくれよ、もう使っちゃってるんだぞ!?』

 

 自分でいいだしたのになぁ、と思っていると、師匠も向こうで言い始めた。

 傲慢龍の訝しむような視線が、強まる。何を言っているんだ、こいつら――と。

 

「……やっぱり、知らなかったんだな」

 

“何――?”

 

「そりゃそうだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだから――なぁ」

 

 そして、僕は師匠の足元で泣き崩れているであろう()()に呼びかける。師匠と共にクロスたちの護衛についたもうひとり。言うまでもなく、それは――

 

 

「――フィー」

 

 

 ――嫉妬龍エンフィーリアであった。そんな彼女が、目元を拭いながら立ち上がる、そして、

 

 

『――――あっははははは! ざまぁみろプライドレム!! アタシのことを忘れるから、こういう目に遭うのよ!!』

 

 

 本来、この行程は別に必要なかった。お互いの無事を確かめたいのなら、全てが終わった後でもいい。わざわざ使い捨ての――しかもペアでもらった大事な腕輪。

 使()()()()()()()()()()()()()()()()()()。でなければ、これは使われなかっただろう。少なくとも僕は使おうという発想すらなかったのだ。

 

 だからその、あまり気落ちしないで欲しい。

 

 ――ほら、

 

“――嫉妬龍だと?”

 

 そこで呆然としている傲慢龍で、溜飲を下げて欲しい。

 

“……いや、そうか、人の側に寝返ったか。何があったかは知らないが、しかし()()()()()()()()()()()()()()()()()()……いや”

 

『ちょっと……?』

 

 ――傲慢龍は、どこか腑に落ちたように言う。嫉妬龍など眼中にはないようだ。怒るフィーを他所に、けれど奴の言葉は的確だった。

 

“――嫉妬龍が傷付けば、()()()()()()()()()か。なるほど、考えたものだ”

 

 僕らの狙いを、傲慢龍は正確に読み取っていた。

 ――僕らは、快楽都市へとクロスたちを送り出す際に、暴食龍が出張る可能性は見越していた。そのうえで、師匠をクロスたちの護衛に配置しつつ、()()()()()()()()()()()()

 

 その狙いは唯一つ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。まぁ、通信越しに見た感じ、別にフィーに大きな怪我はないのだけど。

 

『――そういうこと。ご無沙汰ねぇ、傲慢龍』

 

“――色欲龍。まさか、お前が出張るとはな”

 

 通信越しに、色欲龍の声が響く。

 ――ああしかし、すごい光景だ。今この場には、四体の大罪龍が顔を合わせている。おそらくすでに撃退されたであろうが、暴食龍も加えて、五体。

 なかなか見られない光景であった。

 

 ともかく、これで傲慢龍の狙いは外れた。師匠たちが死ぬことはありえない、僕は賭けに勝ったのだ。

 

“――ぬぅ”

 

 ――呻くような傲慢龍の声。

 完全に想定外だったのか、それとも切り捨てなければならなかった可能性に未練を抱いたか。

 どちらも、決して大した違いはないだろう。ただ一つ言えることは、これが傲慢龍の致命的な隙――つまり傲慢の無敵を解除する手はずと成ることで。

 

 しかし、

 

“……いや、だからどうした”

 

 ――そして、容易に失敗しうる現実がつきつけられた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?”

 

 

 ――そう、そもそもの話。

 僕は、憤怒龍と傲慢龍、このやっかい極まりない相手に、勝利することのできる札は、何一つ所有していなかったのである――

 

 

 

 

 ――今回、僕が対決するのは憤怒龍だ。()()()()()()()()()()憤怒龍である。そして、僕が憤怒龍と戦う間、師匠が別行動をしているのは、すでに知っての通り。

 では、そもそもこれがどういう意図だったのか、という話をしていこう。

 

 まず第一に、僕は現在、ルーザーズ・ドメインのストーリーを()()追体験している。コレまでも何度か言っているけれど、ゲームで起きた出来事は、順番等は前後するけれど、基本的に起こる。

 故に、憤怒龍がライン国を襲うのは、ほぼほぼ間違いなく起きると見ていい。では、どういう条件でそれが起きるのか、強欲龍の襲撃がズレた時点で、正直なところ何が正しいのかはさっぱりだが、()()()()()()()()でそれが起こりやすいのは間違いない。

 

 なにせ、バグ技レベリングで一週間ほど潰してから山を登っても、村の襲撃イベントのど真ん中にでくわしたわけで、シェルも、ミルカもそこにいたわけで。

 で、じゃあ何が考えられるか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である必要があるのではないか。

 

 簡単に言うと、強欲龍襲撃のイベントでは()()()()()()()()()()()()()。この条件が満たされれば、他はどうでもいいのではないか。極端な話、師匠が死んでいればアリンダさんの生死はイベントにはあまり関係ないのだ。

 

 村の襲撃イベントは言うに及ばず、他にもクロスを伴って嫉妬龍に会いに行くイベントは、ほぼ内容はそのままだった。正直、ゲームの再現という意味ではアレがほぼ初めてだったので、少し感動してしまった。

 

 でもって、憤怒龍襲撃イベントである。

 本来の流れでは、“儀式”を行うためにライン国をクロスが離れた所を、憤怒龍が襲撃してくるという流れだった。本来、主人公の敗因もここに同行しているわけだが、ここでイベントの流れは()()()()()()()()()()()だけでよいのではないか、というのがそもそもの推論。

 

 なので、一つ目の目的は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことである。

 

 ――が、しかし。

 ここでそれに対して否定材料が存在する。

 村の襲撃イベントで、ゲームでは起こり得なかった()()()()()()()という事実。ゲームでは、そもそもあの襲撃は単なる魔物のスタンピードのようなもので、暴食龍は関与していない。

 現れるはずがないのだ、あの場所に。

 

 コレに対して、出せる仮説は一つだけ、()()()()()()()()()()()()()()()()()というもの。一応、僕は師匠とともに強欲龍を討伐しているから、知られていても不思議ではない。

 だが、だとしたらあのタイミングで襲撃してくるのはおかしい。襲撃イベントに混ざるのではなく、どこか適当な場所で暴食龍を偵察に出すのが普通のはずだ。

 

 だから、この場合把握しているというのは、ゲームにおける流れ――つまり本来の歴史を傲慢龍が把握しているのではないか、というものだった。

 ――なお、ここで僕にこれを知られてしまうことを、迂闊と思うかも知れないが、おそらく傲慢龍も手探りだったのだ。だから暴食龍をあの場に配置して、()()()()()()()()()()()()()()を探りたかった。

 コレに対して、僕は完全に素で対応してしまったわけだから、あの場に於いては傲慢龍の狙いが完全にハマった形になる。

 リリスの概念起源も切らされてしまったしね。

 

 ――で、ここで今回の憤怒龍襲撃だ。この憤怒龍襲撃は、あちらにとっても、僕たちにとっても非常に都合のいいイベントになる。

 何が都合がいいかと言うと、()()()()()()()のだ、他のゲームイベントと比べると、圧倒的に。

 

 なにせライン公国での話が終わると、ここからしばらく傲慢龍陣営は話に絡まなく成る。次のイベントは主に怠惰龍とその星衣物にまつわる話だ。

 これが結構長丁場なのである。そして、ここに傲慢龍は一切関わらない。

 

 なので、ここで手を打って、可能ならば損害を与えたいというのが、僕らサイドと傲慢龍サイド共通の考え。そして、それに対して僕らはどのような手を打つか、傲慢龍はどのような手を打つか。

 

 まず、僕らがやったことは、クロスを快楽都市まで連れていくこと。これはイベントを起こす必須条件であり、僕らがやらなくてはならない必須条件だ。

 もし、これに傲慢龍が反応しなかった場合は、そのまま快楽都市でクロスの面倒を見てもらうことになっていた。社会勉強というやつだ。

 ゴーシュが是非に、と言っていた。

 

 そして、これに僕は師匠という最強の護衛をつけた。僕がそちらに行かなくても、師匠ならば僕がいるのと変わらない結果を出してくれるからだ。

 言うなれば、僕と師匠はイコールである。僕ができることは師匠もできるし、その逆もしかり。故に、こういう二面作戦では、僕と師匠のどちらかがいれば、僕の目的は達成できる。

 とはいえ、今回の場合は、師匠ではなくもうひとりの護衛の方が、結果的には重要になるのだけど。

 

 それに対して、傲慢龍は戦力の全投入という必殺の手札を切ってきた。憤怒龍をライン国に、暴食龍をクロスに。そして()()()()()()()()を。

 もし、ライン国及び、僕を憤怒龍が単独で撃破できるなら、傲慢龍はそもそも姿をみせなかっただろう。

 

 ――これに対して、正直なところ傲慢龍の意図は推測するしかない。ただ、僕たちは傲慢龍の行動に対して、いくつかの選択肢を考えていた。

 

 まず、そもそも憤怒龍しか襲撃してこない場合。これは傲慢龍が本来の歴史を把握していない場合に起こりうる事態で、山村襲撃の件で非常に薄い線であると見られている可能性だ。

 そして、この場合は、そもそも対策など必要ない。僕とライン、及びリリスの三人で憤怒龍を討伐する。それだけだ。危ない局面はあったが、達成直前まで持ち込むことはできた。

 

 次に、憤怒龍、暴食龍のみで襲撃してくる場合。これが起こりうる可能性のなかで、一番こちらに都合のいい可能性だ。憤怒龍を討伐することができ、暴食龍の数を減らすことができる、一方的にこちらが完勝できる未来だ。

 

 そして、その変形パターン。具体的に言うと暴食龍がライン国を、憤怒龍がクロスを狙う場合。コレに関しても、一応僕らは勝利できるようにメンバーを配置した。

 暴食龍は全ての個体を投入してくることはないだろうから、僕たちは割と安定して勝利が望める。対して、憤怒龍を相手しなくてはならない師匠たちが厳しいが、コレに関しても、対策はあった。先述の色欲龍である。

 

 一番最悪なのが、ライン国を憤怒龍、暴食龍が襲い、クロスを傲慢龍が狙うパターン。傲慢龍は先の通り、傲慢であり続ける限り無敵だ。僕はなんとかする術もなくはないが、師匠たちにはそれがない。憤怒龍が師匠たちを狙うパターンに対しての対策も、傲慢龍には通用しない。というか、無敵を解除していない限り、たとえメンバーが師匠、フィー、ミルカ、色欲龍というメンバーであったとしても、勝ち目はない。

 だが、コレに関しては、もし傲慢龍の無敵が解除されてしまった場合、傲慢龍は敗北する可能性がある。()()()()()()()()()()()()()()()()()と踏んでいた。

 ――この場合、無敵が解除されるとしたら、僕たちが暴食、憤怒を傲慢龍がクロスたちを全滅させる前に討伐し、腕輪の衣物で通信しそれを伝えることか。

 まぁ、かなり薄い線であるがゆえに、対策もかなり少ないが、一応コレに対しても僕らは念頭に置いて配置を決めた。

 

 そして――今回のパターン。

 憤怒龍がライン国、暴食龍がクロス。そして憤怒龍が討伐される直前に傲慢龍が乱入しそれを防ぐパターン。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 なにせ傲慢龍にとって、自分自身は最大の鬼札である。それを切るということは、必勝が約束されていなければならず、それを最も満たしやすいのは、憤怒龍とともに僕を殺すこと、だ。

 

 加えて言えば暴食龍は性質上囮として扱いやすく、切り捨てやすい。そんな札のために対策を打たなくてはならない時点で、向こうにとってこちらへの大きな圧になる。

 その上で、自分と憤怒龍を僕に当てれば――

 

 さて、ここまで長々と語ったけれど、そもそもの話として、僕が語っていないことが一つある。

 僕は今の状況が、一番考えられるパターンだと言った。であれば、それに対する対策はしていて当然だ。だけれども、

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 もちろん、僕は一人ではこいつら二体に勝利することなどできるはずもない。負けイベントならばひっくり返すが、そもそも勝つ必要がないなら、話は別だ。

 そう、僕はこの状況に勝利でケリをつけるつもりはない。他のパターンならば、多少ムリをしてでも負けイベントをひっくり返しにいっただろうが。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 憤怒龍との戦いも、十分勝利できる範疇で、傲慢龍とはそもそも戦うつもりもない。

 では、どうするか。

 

 

 ――答えは、この場に最初からあった。

 

 

 では、この一言で――僕はこの戦いに幕を引くとしよう。

 

 

「――()()()()()()

 

 

 ――傲慢龍の視線が、憤怒龍へと向く。なぜ、という思考が一瞬挟まり、僕はその間に、その一言を口にした。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 それは、ゲーム。初代ドメインにおいて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――――



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48.ライン国は開闢したい。

 ――初代ドメインにおいて、憤怒龍はクロスの概念起源に囚われた状態で登場する。というのも、儀式の末にクロスが目覚める概念は“束縛”。自分の手から離れていってしまった者たちへの後悔から生まれたそれは、ある概念起源を有していた。

 

 憤怒龍すら拘束してしまう、究極の束縛技。一度は憤怒龍の襲撃で壊滅してしまったライン国が復興し、二十年もの間、憤怒龍を押し止めることができたのは、この概念起源があったからこそだ。

 そして、二十年の時を経て、暴食龍を討伐した英雄、シェルとミルカの子供がライン国へとやってきたことで、クロスは自身の概念起源を解除、憤怒龍と対決することを決意する――というのが本来の流れ。

 

 だが、クロスが概念起源を解除した、その段階では憤怒龍と決着をつけることができない。理由は、()()()()()()()()()()()()()()()()だ。憤怒龍の敗北を恐れ、姿を表した傲慢龍によって防がれたのである。

 

 ――その時、人類は傲慢龍を相手にすることは不可能であった。やつの無敵の条件を知らなければ、傲慢龍は絶対に倒せない。

 そこで、偶然にも窮地を脱することができたのが、僕が先程はなった一言、「傲慢龍の腰巾着」という発言。ゲームにおいては偶然極まりない発言であったが、しかし、ゲームでの未来を知っていれば、この一言は言うまでもなく効くことは知れている――!

 

“――儂が、腰巾着? 傲慢龍に、従っているだけの、腰巾着――?”

 

「そうだ、アンタはこの巨体だろう、あの熱線があるだろう、だというのになぜそんなところに収まっている? 答えは簡単だ、アンタが傲慢龍に勝てないと納得してしまっているからだよ」

 

 ――煽る。

 煽る、極限まで煽る。

 

“なに、を――”

 

 困惑する傲慢龍。それはそうだ、僕が憤怒龍に煽っている内容、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ほら、傲慢龍が困惑しているぞ。そんなアタリマエのこと、なぜいまさら指摘する必要がある、とな」

 

“――――そうか”

 

“……おい、敗因、お前まさか”

 

 大きく息を吐きだす、重苦しい憤怒龍の言葉に、ようやく傲慢龍は僕の意図を察したのだろう。焦りを隠そうともしない声で、こちらを見る。

 おいおい、そんな声を出すと、自慢の無敵が剥がれるぞ。

 

“――そうか、儂は、儂は腰巾着であったか”

 

「――――ああ」

 

 僕は、最大限力強く、いい切るように、肯定した。直後、一瞬。僕たちの世界の空気が停止した。まるで何かの前触れのように、あらゆるものが静止する幻覚をみた。

 

 

 ――――直後、憤怒龍は憤怒した。

 

 

“あああああああああああぁぁぁぁぁぁああああああああああああ傲慢龍ううううううううううううううううううううううううううううう!! 儂をバカにしたかぁぁああああああああああああああああああああああああああああ!!” 

 

“――ッ”

 

 叫ぶ、轟く。

 

“ふざけるなあああああああああああああああああああああああああああああ!! 何が腰巾着だあああああああああああああああああああああああああ!! 儂はあああ儂はあああああああああああああああああああああああああああああああああ憤怒龍!! 憤怒龍だあああああああ! 大罪にして、龍!! 貴様と何がちがうという!!!”

 

“――敗因”

 

“儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は儂は腰巾着じゃなああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああい!!!!!”

 

“――――恨むぞ、お前ェェェ!!”

 

“ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ死ねええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ傲慢龍うううううううううううううプライドれぇええええええええええええええええええええええええええええええええエムぅあぁぁあああああぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!”

 

 もはや、それは言葉と聞き取ることすらできなかった。

 激しい稲光と、閃光。

 僕は宙に身を投げだして、発光する憤怒龍から逃れる。あれは、あの発光全てが雷光だ。触れれば概念崩壊は免れない。

 

 ――ただ、そんな中でも、はっきりと傲慢龍の声だけは聞こえた。僕は、それに勝ち誇ったように言い返す。

 

「おいおい、いいのか、()()()()()()()()()()()()()()()()()ぞ」

 

“――――お、ノレェ!”

 

 憤怒したラーシラウスを止められるものはいない。先程、あれだけかかっていたチャージが、今ではもはや十秒もかからない。

 しかも、連射が効くように成る。

 

 百発も地上に降り注げば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。そしてそれは今――傲慢龍に対してだけ、向けられようとしていた。

 

「――なんで憤怒龍が、アンタに怒りを向けたのか、今一度考えてみろよ、プライドレム」

 

 僕は、それを尻目につぶやく。

 

「でもって、なんでそんな状況が未来に起こりうるのに、それをクソみたいな神が伝えなかったのか、それもな」

 

“――――”

 

 ――放たれた憤怒(ラース)を片手で薙ぎ払いつつ、傲慢龍がこちらを見る。どうやら聞こえているようだ。とはいえ、その瞳が何を考えているかまでは、僕にはわからない。

 あちらからはこちらを伺えても、僕からはもう、向こうを伺える距離ではないからだ。

 

 ただ一つだけ言えること。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だよ。

 なにせ――

 

 

 ――アンタは最終作、フィナーレ・ドメインで、機械仕掛けの概念を裏切るんだからな。

 

 

“――()で決着をつける”

 

「そうか」

 

 響いた言葉は、存外冷静であった。奴が何を考えているのかは知れないが、――結局。

 

 

 その言葉を最後に、憤怒龍と傲慢龍は姿を消した。傲慢龍がこの場を去り、怒り狂う憤怒龍がそれを追いかけたのである。

 

 

 余談だが、憤怒龍は()()()()()()()()()()()()。あの巨体を動かす力は憤怒龍にはないのだ。では、憤怒龍が如何に移動するかというと、一言で言うなら雷光に()()のだ。

 憤怒龍あるところに雷光あり、雷光あるところに憤怒龍あり。

 簡単に言うと、憤怒龍がAという地点からBという地点に移動したいと考えた場合、それに先行する形で雷が迸る。その後を追うように憤怒龍はAから移動し、Bに現れるのだ。

 

 とはいえ、これは非常に大雑把な移動法で、大体はBという地点の直ぐ側にでる。今回で言えば憤怒龍はライン国上空を目指して移動したわけだが、たどり着いたのはそこから少し離れた場所だった。

 加えてこれにはリキャストが必要になる。少なくとも、移動先で戦闘が発生した場合、逃げ出すことは不可能だ。

 

 ――が、憤怒状態の奴はこれを無制限に使用することができる。加えて、熱線はアレだけ長かったチャージ時間が、十秒もあれば終了するようになっていた。

 

 如何に、憤怒状態のラーシラウスを相手にすることが危険か分かるというものだ。

 

 とはいえ、それでも無敵の傲慢龍、不死身の強欲龍は撃破できず、最終的に憤怒龍側が敗北するわけだが。

 

 そして、そんな危険な状態だろうと、無敵である間の傲慢龍が苦もなく処理してしまう。――いよいよもって、僕はインフレの極点を見ているような気がしてならないよ。

 

 ――身を翻して、地上を見る。地上では、ラインが公国の概念使いと魔物たちを追い込んでいるところだろう。僕が堕ちていく憤怒龍の真下には、ほとんど誰もいない。

 ああしかし、それはつまり――

 

 

 僕たちは、大罪龍を退け、明日を勝ち取った。()()()()()()ということを表していた――

 

 

 ◆

 

 

「――あー、俺はこういう話は苦手だ」

 

 ライン国中央広場。普段からアホほど人が行き交うその場所は現在、普段の数割増しで人がごった返していた。各々に何かしらの食材を手にして、お立ち台のような感じの台の上に立つ、ライン公を見上げていた。

 そして、かくいうライン公も、手には彼が好む例の紅茶が、なみなみと注がれていた。しかし、この場にいるものの多くは、アレが紅茶であることに気付くことはないだろう。

 多くのものがアレはアルコールだと思っていて、本人は何一つ嘘はないという様子で堂々としていれば――それはもう、人々にとってアレはアルコールなのである。

 

「此度の戦いは、全ての作戦を成功させ、更には大きな被害もなく終わることができた。端的に言おう、俺達の勝利だ」

 

 周囲の人々は、そんなラインに栄光を見る。

 覇道を見る。この場にいるモノのほとんどは、ラインがこれからも王として自分を導いてくれることを、疑いすらしないだろう。

 そして、それは間違いなく事実だ。何れ、クロスが次代を担うまで、ラインはこの国の象徴で在り続ける。

 

「それには、俺に味方してくれた多くの英傑たち。そして、誰もが明日を願い、勝利を祈ったからこそ為し得たことだ」

 

 そうして、その言葉で視線はまず、僕らへ向いて――現在、僕とリリス。そして師匠とフィーはすでに合流し、共にライン公の話を聞いている――その後、民衆へと向けられた。

 

 今回、憤怒龍をおびき寄せるため、人々は移動することができなかった。そうでなくとも、大勢での移動は大罪龍に目をつけられる可能性を増す。

 故に基本的に、対大罪龍の対処法はこちらが迎え撃つような状況で、なおかつ大人数で大移動をしようものなら、そこを狙われることがわかりきっているからだ。

 

 だからこそ、概念使いを信じ、()()()()()()()()()()()()()()にもまた、ライン公はねぎらいの言葉を送るのだ。

 

「ありがとう。これからも、俺たちを信じ、俺達とともに歩んで欲しい」

 

 ――見れば、ルゥとアスターを見かけた。視線があって、二人は僕に会釈をすると、楽しげに話をしながらライン公の方へと向き直った。

 

「――また、俺の息子、クロスにも言葉を送りたい」

 

 そして、ラインの言葉にびくっと、どこかで空気が臆病に震えた気がした。ライン公の視線を追えば、おそらくそこにクロスがいるのだろう。

 間違いなく、隣にはアンもいる。

 

「今回、大罪龍という大きすぎる敵を前に、一計を案じ、クロスを色欲龍の元へ送り出した。多くの仲間がいたとは言え、クロスにはあまりに大きな旅だっただろう」

 

 ――ラインの顔に、僕へとヘタレていたときの様子は一切ない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。まだ、一対一の父と子としては、彼は未熟者かも知れないけれど。

 

「――よくやった、そして、ありがとう」

 

 王とその後継としては、彼らはすでにその関係を構築していたと言えた。

 

 ――周囲が大いに湧く。

 ライン公とクロスの難しい関係を知っていればこそ、この状況に安堵や歓喜を覚えるものは多いのだろう。……まだ、二人は死んでいない、これからもすれ違いはあるだろうが、

 

 今回の戦いが、()にとって転機であったことを、僕は祈る。

 

「では、語りたいことは全て語った。――故に、乾杯といこう!」

 

 手にした紅茶を高々と掲げ、ライン公は、叫んだ。

 

 

「――ライン公国に栄光あれ!!」

 

 

 周囲の歓声。僕らは、それを一心に浴びるのだった。

 

「――さて」

 

 そして、僕らも。

 

「お疲れ様、リリス。フィー、そして、師匠」

 

「ああ」

 

 僕の言葉に、師匠が代表して答える。――今回、師匠とフィーには結構な負担をかけた。二人ならば、僕のいないところで大罪龍を相手にしても勝利できると踏んでの作戦。

 それを成し遂げてくれたのは、二人が僕の信じる強さをもっていたからだ。

 

「ねぇね、ちょっと質問なのー」

 

「どうした、リリス」

 

「どーしてごーまんりゅーは、ふんどりゅーの攻撃をこっちへ誘引しなかったのー?」

 

「後半唐突にIQが上がったな!?」

 

 突っ込む師匠を他所に、僕は答える。

 

「憤怒龍は憤怒状態――逆鱗(タイフーン)って呼ぶんだけど、あの状態だと、()()()()()()()()()()()()()憤怒(ラース)を使わないんだよ」

 

「怒ってる相手にしか、意識が向かないのよ。タチわるいわよね」

 

 ――同輩であるフィーが、僕の説明を補足した。……そもそもの話、逆鱗状態に入ったラーシラウスの憤怒を、連射しても倒せないのはこの世界広しと言えども、傲慢龍、強欲龍、そしてその生みの親である機械仕掛けの概念――マーキナーくらいだ。

 

「ともかく、これでしばらくの間、憤怒龍と傲慢龍を釘付けにできるんだよな?」

 

「そうね。憤怒龍の怒りが収まるまで、あいつらずっと追いかけっこしてるわよ、きっと」

 

 ニヤニヤと笑いながら、ザマァないと言わんばかりに、言うフィー。……色々貯まっていたんだな、と少しやさしい目で彼女の頭をなでた。

 

「憐れむな!」

 

 叫ぶフィーはへにゃっとしていた――

 

「あのひとたちの喧嘩ってー、どれくらいなの?」

 

「――半年」

 

 これはゲームにおいても、同様の状況だった。

 半年。長いとも言えるし、短いとも言える時間だ。すでに僕がこの世界にやってきて、それくらいの時間は経とうとしている。――いつの間にか。

 時間の流れというのは不思議なもので、濃密な時間は、一日だろうと濃密なのに、なにもないとあっという間に過ぎていくのだ。

 気がつけば、僕らライン公国に二ヶ月近く滞在しているんだぞ。

 

「とはいえ、今回のことでよく解ったけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ」

 

 ――今回だって、ラインの概念起源があったからこそ、憤怒龍を討伐直前まで追い込めたのだ。

 

「といってもなぁ、私の概念起源はあと一発だ。それに、ライン公ほどの威力もない。……その分使用回数がたくさん在ることが、強みだったんだが」

 

「リリスもなのー」

 

「アタシはそもそも概念使いじゃないわよ」

 

 ――といったような有様で、簡単に言うと、僕たちのパーティは()()()()()()()()()()

 

「そこで、次の目標だ」

 

「……次って、グラトニコスじゃないの?」

 

 ――暴食龍グラトニコス。傲慢龍一派の一体。憤怒と傲慢が釘付けになっている間に、孤立した暴食龍を討つ。たしかに、普通に考えればそれが妥当だろう。

 

 が、しかし。

 

「半年の時間があるんだ。もう一つ、間に挟んでもいいんじゃないか?」

 

 師匠が言う。そう、僕もそれがいいたかった。

 僕たちの次の目標は、暴食龍ではない。

 

 

「――()()()()()()()()()

 

 

「――! スローシウス!」

 

 怠惰龍スローシウス。

 その名の通り、怠惰にして怠慢の龍。人類の敵ではなく、そして同時に大罪龍の味方でもない、唯一にして無二の中立存在。

 

 ただし、正確には僕の狙いはそちらではない。

 

「そいつの星衣物。立ち上る無能(スローシウス・ドメイン)に会いに行く」

 

「すろーしうすどめいん?」

 

 そいつ。

 ――スローシウスの星衣物は、()()だ。

 

「そいつが持ってるんだ。()()()()()使()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()をね」

 

 

 そう、僕の次なる目的は()()()()()()()

 対して、僕が選んだ方法は、ゲームに置いて四作目。『スクエア・ドメイン』の主人公が使用する、()()()()()()だった――――



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五.師匠と僕と、怠惰なるまどろみの中で
49.奈落に向かいたい。


 立ち上る無能(スローシウス・ドメイン)は生物だ。

 星衣物は様々な種類があるが、中でも特別異質なのは、やはりこいつだろう。なにせ生きている、思考して、そして何かを生み出す存在だ。

 他に生物といえば……まぁ、いなくもないが、少なくとも現時点で生きているのはこいつだけだ。加えて言えば、奴こそが四作目の元凶、おおよその黒幕である。

 四作目は三作目に引き続きフリーシナリオシステムなので、彼が黒幕ではないシナリオも多数あるが。

 

 では、その“立ち上る無能”とは?

 端的に言えば、それは――

 

 

 ()()()()()()()()であった――

 

 

「――すごいわね、これ」

 

「ほえー」

 

 現在、僕たちはライン公国を離れ、旅をしていた。ライン国にはアレ以降、大きな魔物の襲撃はなく、落ち着いている。僕らも長い休暇を終え、次へと動き出すには丁度いいタイミングと言えた。

 そんな僕たちの目的地は“怠惰龍の足元”という地域である。

 

 この世界は大罪龍が現れて以後、魔物の襲撃により大きなコミュニティが作れなくなっている。魔物の襲撃を守れるのが概念使いだけで、概念使いの数が足りていないためだ。

 ライン国のように、国全体で概念使いを受け入れるにも、未だ価値観がそれを許さない。故に大きな概念使いのコミュニティは、ライン国、快楽都市、そしてこの怠惰龍の足元以外に存在しない。

 

 怠惰龍の足元。

 文字通り、怠惰龍が怠惰にふける棲家の周辺を指す。なぜこの周辺がコミュニティになるのか。単純に言えば大罪龍が襲ってこないためだ。

 基本的に、大罪龍は大罪龍同士の闘いを避ける。理由は強欲龍の場合は他の大罪龍がほしくないから、傲慢龍の場合はバランス調整。

 

 強欲龍はさておいて、傲慢龍の方は切実だ。基本的に、大罪龍の侵攻は人類に対する試練であるため、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という制約がある。

 大罪龍を襲わないのも、その周囲に人が集まることよる人類存続というバランス調整のため。マーキナーのワガママにつきあわされる傲慢龍サイドはご愁傷さまというほかない。

 

 よって、人類は自身を襲わず、ほかの大罪龍を寄せ付けない怠惰龍の側へと身を寄せた。しかし、考えて見てほしいのだが、()()()()()()()()()()()()。魔物に高い思考力はないから、大罪龍に引きつけられている、とも言える。

 簡単に言うと、怠惰龍の周囲には大罪龍はやってこないが、()()()()()()()()()()のだ。

 

 当然、ライン国や快楽都市と比べると危険性は非常に高い。

 故に当初は、どうしても行き場のなくなった人々――リリスの出身である異邦人たちのような存在が暮らす場所だった。

 

 ある時、そこで()()()()()()()()()()()ことが解るまでは。

 衣物、人類にとっての便利な道具。世界各地に転々と埋め込まれた技術ツリーを無視したオーパーツの群れ。

 基本的にそれらは一箇所に固まって見つかることはない。しかし、どういうわけか怠惰龍の足元ではその衣物が大量に見つかるのだ。

 

 とすると、どういう事が起きるか、()()()()()()()()()使()()()()()()のである。結果としてここにコミュニティは完成した。

 言うなればここは、()()()()()()()。衣物を発掘するためにダンジョンに潜る概念使いと、彼らをサポートする人々の街。

 

「――というわけで、ここが怠惰龍の足元最大の都市、“アビリンス”だ」

 

 師匠が僕たちに振り返り、ふふんと自慢気に胸を張る。残念ながらそんなものはなかった。

 ――現在、僕らはその圧倒的な人の数に圧倒されていた。ここは、ライン国よりも、快楽都市よりも、とにかく()()()()

 

 行き交う人々の姿は雑多で、老若男女問わず、様々な人々が、思い思いの格好で行き交う。そこにはライン国のような落ち着きはないが、かといって快楽都市ほど混沌としていない。

 

 一言で言うならば、()()()だった。

 

「快楽都市もにゃー! って感じだけど、ここはもうしにゃーー! って感じなの、しかも皆そうなの! 快楽都市にはふにゃー……って人もいるの!」

 

「えーと、うん。そうだな、快楽都市も賑やかさなら負けてないけど、あそこは一人ひとりが同じ方向を向いていないからな」

 

 ――端的に言って、この街、アビリンスは非常に活気に満ちている。活気で言えば快楽都市も負けてはいないが、両者にはある大きな違いが在る。

 アビリンスには衣物を求めて人々が集まる。つまりここにいる人々には共通の目的があるが、快楽都市にはそれがない。

 

 要するに、この華やかさの原因はまとまりがあるか、だ。誰もが衣物というお宝を夢見て、それを妨げようというものがいない。

 これが快楽都市なら、他にも様々な目的が入り混じって、方向性がおかしなところに向かってしまうだろう。

 

「ライン国と比べると、ちょっとにぎやか過ぎるけど、ライン国は生きるために必死で、大罪龍の脅威がある。ここはそれがないよね」

 

「そういうこと。この怠惰龍の足元は簡単に言えば、今世界で唯一()()()()()都市なんだよ」

 

 端的に言って、現在世界は大罪龍という外敵にさらされ、滅亡の危機に瀕している。それは対大罪龍の最前線、ライン国でも変わらない。言ってしまえば今、世界はマイナスの中に在り、それをゼロに戻そうと必死なのだ。

 そんな中で、この怠惰龍の足元だけは、プラスを得ることのできる場所だ。大罪龍というマイナスがないのだから、当然である。

 

「あのスローシウスが、まさか世界に対して現行で、唯一“益”をもたらしてるって、変な話だわ」

 

「そりゃエンフィーリアにしてみればそうかもしれないがな……というか、それを言ったら色欲龍も君もそうだろう」

 

「私達は、自分っていうマイナスをゼロにしてるだけよ」

 

「むー、そんなこといわないのー」

 

 ばっと、リリスがフィーに飛びついて、背中にのしかかる。

 

「なにすんのよ!?」

 

「えへへー」

 

 ――そんな様子を、僕と師匠が笑いながら、先を進む。

 なお、フィーはまんざらでもない様子だった。リリスって素直で、嫉妬するのも馬鹿らしい相手だからね、フィーも素直に対応できるのだろう。それでも言葉はツンデレまっしぐらだが。

 

「それで、僕らはこれからどこへ向かうんですか?」

 

「私の知り合いのところにな。っていうか、君は知ってるだろう。“灰燼”のところだよ」

 

「……まぁ、そりゃそうですよね。でも会えるんです?」

 

 僕が問いかけると、師匠は顔パスだよ、と答える。――さすがアビリンス立役者の一人。

 

「かひひん?」

 

「リリスー、あんまりフィーをもちもちしてやるなよー」

 

「えへなの」

 

 頬をもにもにされながら問いかけるフィー(嬉しそう)に僕が答える。

 ――灰燼。

 端的に言って、この街最強の概念使いである。

 

 現在、この世界において名のしれた概念使いは三人いる。ライン国王、ライン。紫電のルエ、そして3人目。

 

 灰燼のアルケ。ゲーム本編においては、今回の怠惰龍編のキーパーソンとなるキャラである。

 さて、ゲームにおいてはクロスが覚醒し、概念起源で憤怒龍を封じた後、手隙になった負け主パーティは、覚醒したクロスに、憤怒龍を封じた今のタイミングでの、暴食、及び強欲討伐の手段を模索するよう言われる。

 強欲の討伐を大きな目標と考えていた負け主はこれを承諾、これらを討伐する手段を求め、シェル、ミルカ。それから相変わらず存在の気配がしない仲間の三人を伴って、この怠惰龍の足元、及びアビリンスにやってくる。

 そこで出会うのが灰燼のアルケだ。

 

 で、ここでポイント。ゲームにおいてはここで掘り下げられるのが、僕が今まで一切触れてこなかった――面識がないのだから触れる理由もないので――ゲームにおける仲間である。

 端的に言うと、アルケはその姉なのだ。この二人の関係は結構拗れており、負け主はその中で色々と奮闘することになるのだが、

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 またかと思うかも知れないが、またである。なぜってこのゲームはルーザーズ・ドメイン。僕たちはすべからく敗者にならなくてはならないのだ。

 とはいえ、アルケは師匠やライン公と違って、その死へ、能動的に彼女が行動を起こさないと至らない。師匠とラインは大罪龍の襲撃という外的要因だったが、彼女の場合は彼女が行動を起こした結果だからな。

 

 なので、その行動が起きないように今回僕たちは動く。具体的に言うと、彼女はゲームでは僕らとともにダンジョンに潜るのだが、今回はそうしない。だって僕のパーティは全員が彼女と同じくらい強いのだから。

 

「――昔、衣物が発掘されると解った頃に、私もここに来てなぁ、その時にアルケと出会ったんだ。で、二人で迷宮を攻略しつつ街を作った。まぁ、懐かしい話だ」

 

「師匠、ライン国にも一噛みしてましたよね?」

 

「そりゃなぁ、世界中回ったからな」

 

 なんて話をしつつ――なお、移動中リリスはずっとフィーをもちもちしていた――僕たちは目的地にたどり着いた。

 

「ここはアビリンスの行政施設、ギルド、なんて呼ばれたりもするが――そこの主に、顔を見せる」

 

「如何にもだなぁ」

 

「いはにも?」

 

 何でもないよ、とフィーに返しつつ、そろそろリリスを引っ剥がす。二人してなんだかつやつやしているが、そんなに楽しかったのか。

 僕は必死に視線を向けないようにしていたので、よくわからない。

 ――だって見るとフィーの背中にリリスの()()が押しつぶされているのが解ってしまうんだもの。煩悩退散、煩悩退散。

 

「んじゃ、お邪魔しま――」

 

 そう言って、そもそも煩悩の気配など微塵も感じていない師匠が、扉に手をかけて。

 

 

 ――爆発に吹き飛ばされた。

 

 

「ぐえー」

 

 びたーん。

 

「し、師匠――!?」

 

 どこかで見たことのある態勢で倒れるボロボロな師匠に呼びかける。しかしボロボロな割に傷はなさそうだ。

 

 

「――だから、何度言ったらわかるんだい!」

 

 

 叫び声がした。

 あ、これは――

 

「何よ、一体何があったのよ……」

 

「お邪魔しましまさんなのー……」

 

 リリスとフィー、それから僕が恐る恐る覗き込むと、そこには――

 

 

 ――激怒する二十代後半の女性と、正座しているモヒカンみたいな荒くれ者が二人いた。そしてその手には、なぜか下着が握られている。

 一人が上、一人が下。

 

 

「なんでだよ!?」

 

 ――思わず叫んだ。

 

「だ、だから姐さん、こいつは衣物なんすよ。なぜか見つかったんすよ……」

 

「んなわけあるかい! そんな衣物あたしゃ初めてみたよ! 返してきなさい!」

 

 室内は、先程の爆発の影響か、煤だらけになっていた。その煤は、時間を経るごとに消えていっているが、これは灰燼の概念技か。

 目くらまし用の爆発。見えない敵へのペイントにも使える便利な概念技だったはず。さらに言えばインパクトがすごいので、こういうお仕置きの場にも有用だ。

 

「お、おおい、そこの兄ちゃん! 兄ちゃんからもなんかいってくれよ! 俺たちは衣物としてこの下着を見つけてきたんだが、姐さんが信じてくれねぇんだ!」

 

「いきなりコッチに振ってきた!?」

 

「あぁん……?」

 

 どうしたものかな、なんか楽しそうだけど、微妙に脇からの視線が痛いんだよ。おちついてフィー、しょうがないだろ向こうから絡まれてるんだから。

 

「アンタも、そこのアホの同類だっていうのかい? どこの誰だか知らないけどねぇ――」

 

 ――と、考えていると。

 

「……やあ、アルケ」

 

 後ろから、煤だらけの師匠が僕たちを割って入ってきた。

 

「…………ルエ?」

 

「ご挨拶だな?」

 

「……………………ごめん」

 

 女性――アルケはバツが悪そうに視線をそらし、つぶやくのだった。

 

 

 ◆

 

 

 灰燼のアルケは、いかにも姐さんと呼ばれるのが似合う赤髪の女性である。腰まで伸びた燃えるような髪と、切れ長の目は、そりゃもうキツめの美人って感じだ。胸元の大きく開いたドレスのような服装からして、それはもう色気がすごい。

 大きさはリリスの方が勝っているが。

 

「いやぁ、お見苦しい所をお見せしたね」

 

「ははは、まぁ相変わらずそうでよかったよ」

 

 と、旧友が会話を楽しむ中――

 

「これほんとーにもらっていいの?」

 

「アイツラもいらないって言ってたし、いいんじゃない? 使えるのアンタしかいないし……」

 

「これすっごいデザインセンスがいいの、宝物にするのー」

 

 ――なぜかもらってきた下着を嬉しそうに眺めるリリスと、それをどうでも良さそうに受け答えするフィーの姿があった。

 

「ま、そもそもそんなちゃんとした下着が必要なのがアンタくらいしかいないっていうか……そこのやつはそもそも付ける必要すらないっていうか」

 

「おいこら聞こえてるんだぞ!?」

 

 何故か師匠を刺し始めたフィー。というか僕がいる前でそういう話をしないでください。

 

「んで、聞いてるよ? あんたら、強欲龍を倒して、傲慢龍たちを追い払ったんだって?」

 

「ん? おお、そうだな」

 

「でもってそっちが――嫉妬龍エンフィーリア」

 

「ひさしぶりね、アルケ。あんた、灰燼って概念だったんだ」

 

 ――どうやら、アルケとフィーは顔見知りだったようだ。気軽に会いに行ける大罪龍の一体ではあるからな、フィー。きっと誰かを概念使いに覚醒させてもらったのだろう。

 妹……ではないはずだが。

 

「いや、あたしとしちゃぁ、アンタがこっちについたのが意外すぎるんだけど……」

 

「……何よ」

 

「……アタシの胸元を警戒しつつ、そっちの子に胸を押し付けるのはやめてもらっていいかい?」

 

「あはは……」

 

 むー、とむくれるフィーを引き剥がしつつ、苦笑いする。

 

「で、アンタはゴーシュのとこの――」

 

「リリスなの! 概念は美貌、はっさい!」

 

「…………よろしく」

 

 はっさい、の部分をスルーするか小一時間悩んで、アルケはスルーすることを選んだようだ。リリスはニコニコ笑っている。

 

「……で、急にどうしたんだい、こんなとこで。――第一、アンタがまたこんな精力的に動くことがあるとは思わなかったよ」

 

「まぁ、弟子の影響……かな?」

 

「弟子、ねぇ……それで?」

 

 ――ああ、と師匠はうなずいて、続ける。

 

 

「“奈落”を、攻略しようと思う」

 

 

 それにアルケは、おお、と目を見開いた。

 

「ついにかい! このメンバーでかい?」

 

「そうだ、全員が私並に強いぞ」

 

 ――流石に師匠並、はいいすぎだが、アルケに負けていないのもまた事実。というわけで、僕らの次の目的地は“奈落”と呼ばれる場所だ。

 

 現在、アビリンスの周囲には無数のダンジョンがある。奈落とは、その中で最も巨大なダンジョン。

 

 そして、星衣物の居城とも言える場所だ。

 ――立ち上る無能(スローシウス・ドメイン)。名をアンサーガ。

 

 英雄を否定する無能。()()()()()()()()()()()()()()()()()()狂気の衣物創造者である。



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50.ダンジョンアタックしたい。

 ――奈落は、文字通り下へ下へ広がる、非常に広大な地下ダンジョンだ。特徴として、中央がぽっかり空いている。どこまでも続く暗黒の虚空。ここへダイブして、生還した概念使いは今の所皆無だ。概念使いは物理法則による怪我を負わない、落ちても死なないにも関わらず、生存率0%。

 そりゃあ、この下には星衣物とそれが作り出した無数の衣物、罠、その他諸々が待ち受けているのだから。

 

「……本当にダイブするのかい?」

 

 僕たちを見送りに来たアルケが、心配そうにこちらを見ている。

 

「ああ、何、私達なら心配はいらない、理由は詳しくは語らないが、タネを知ってるからな、この奈落の」

 

「……まぁ、アンタが言うなら、そうなんだろうけどさ」

 

 ため息をつくアルケに、僕らは苦笑する他ない、そりゃあ危険なことは解っている。というより、この先に何が在るかを知らない概念使いよりも、よっぽど僕たちは詳しいだろう。

 だとしても、暴食龍撃破に、ここであの概念起源は入手しておきたい。加えて、僕らの目的は基本的に星衣物か大罪龍の撃破。どちらかでいいのだ。だから、できることなら怠惰龍は星衣物を撃破したい。

 

「そういうわけだ、じゃあ行ってくる」

 

「おう、行ってらっしゃい……土産話は期待して待ってるよ」

 

「おいおい、成果自体はない前提なのか」

 

 二人は、随分と気さくに会話していた。そりゃまぁ、旧友で気のおけない仲だから、当然といえば当然なのだが、ライン公相手には結構かしこまった態度を取っていたから、割と新鮮だ。

 

「んじゃ、行くわよ……っていうか押さないでよね? 絶対おさないでよね!? 自分のペースで行くんだからね!?」

 

「後ろが詰まってるのーーーー!!」

 

「あああぁぁぁぁぁぁ――――」

 

 一方、リリスとフィーがもんどり打ちながら、奈落の底へと落ちていった。あの二人は結構仲がいいようだ。師匠とフィーは喧嘩というか、フィーが師匠をあおっていることのほうが多いが。

 なんというか、警戒しなくていい相手というのは、フィーにとっては楽な相手らしい。

 

 ちなみに、僕もいつ何を言い出すかわからないので、警戒対象らしい。恋と警戒は違うんだな。

 

「――にしても」

 

「うん?」

 

 と、そこでアルケが師匠に呼びかけた。

 

「随分、仲間に恵まれたね。昔は、ずっと一匹狼だったのに。そりゃまぁ、色々あったのは分かるけどさ」

 

「じゃあ解ってくれ、今回も色々あったんだ」

 

「……そうだね」

 

 うなずくアルケは、僕を見て微笑んでいた。意図は察せられるけど、はっきりとはしない。ただまぁ、悪いことではないだろう、と感じる瞳だった。

 

「なぁ、ルエ」

 

「ん、どうしたんだい?」

 

 そして、

 

 

「――アンタは、まだ止まったままなのかい?」

 

 

 その言葉に師匠は、

 

 一瞬だけ僕を見て、

 

 ――それから、何も答えることなく、奈落の底へとダイブした。

 

「……ルエを頼む」

 

「もちろん」

 

 僕はアルケにそう返し、師匠の後を追うのだった。

 

 

 ◆

 

 

 奈落の底。

 ゲームではここに至るまでにも紆余曲折があるのだが、そこら辺はすべてスルーして、僕らは降り立った。ちなみに、ゲームでも最終的にダイブするのは変わらない。

 ほら、奈落は基本穴の崖に道があるので、落ちやすいんだ。

 

「っと、ここが――」

 

「君の言う、怠惰龍の星衣物が住む遺跡、か」

 

 着地して、周囲を見渡す僕に、師匠が声をかけてくる。

 

「ん、アタシの遺跡とおんなじ感じね。壁の材質はなんかぜんぜん違うけど」

 

 基本的に遺跡はレンガを積み上げたようなつくりになっているが、ここは水晶のような素材だ。嫉妬ノ坩堝は全体的に暗い。

 そして、底自体にはなにもない、目の前に、扉が一つあるだけ。あそこが、僕たちがこれから向かう星衣物――アンサーガの住むダンジョンである。

 

「まぁ、そこらへんは個々の特色が出るんだよ」

 

「おくにがらなのー」

 

 なんか違うと思うが、とりあえず先に進むこととする。なんだかんだ、こういうダンジョンアタックは二回目だ。一回目は、フィーと。っていうかどっちも星衣物の遺跡じゃないか。

 さらに言えば――

 

「……思い返してみれば、この四人で本格的に戦うのも、これが初めてか」

 

「ああ、そういえばそうねぇ」

 

 フィーが同意しながら、龍形態に変化する。前回の憤怒龍戦で別行動だったから、この姿を見るのも久しぶりだ。

 ライン国に滞在中、何度か周辺の魔物狩りに参加したことがあったが、その時はずっと人型のままで通して問題なかったからな。

 

「で、ここで一つ注意点。前にも言ったけど、ここでは僕の知識が通用しない」

 

「……解ってるよ、()()()()()()()()()()()()()()んだろう?」

 

「ええ、難易度も、危険度も、おそらく僕らが挑んでも危険極まるものになっているでしょう」

 

 ――この場所は、シリーズ全体を通して何回か訪れる場所だ。ルーザーズで一回、4で数回。5で一回。

 そして、その度に敵の強さや危険度が変化する特性を持っている。これは、この遺跡には無数の衣物が存在し、それらが作用しあいながらダンジョンを作っているため、という設定と、ゲーム的な都合――突入時の推奨レベルに合わせる――という二つの都合が在る。

 僕たちは、レベル的には終盤も終盤、ラストダンジョンに突入しても可笑しくないレベルを有している。

 ので、当然ながら出てくる敵も、罠も、そのレベルが想定された。

 

「んふふ、その方がわっくわくなのー」

 

 まぁ、とはいえ。

 この四人での本格的な探索はコレが初めて、リリスと同じことを思う気持ちは、この場にいる全員が、少なからずあっただろう。

 

 というわけで、ダンジョンアタックスタートだ。

 

 

 ◆

 

 

「“スローマジロ”、そっち行ったぞ!」

 

「ああもう、スローシウスのバカ、これのどこが“スロー”なのよぉ!」

 

 僕らは、開けた遺跡内部で、戦闘を行っていた。敵は数体の魔物、入ってすぐの場所に、結構な数――だが、無理して強行突破をするほどではない――が待ち受けており、これを直接戦闘で討伐することにしたのだ。

 

 今、師匠がアルマジロ型の魔物、スローマジロが凄まじい勢いで転がりながらフィーに方へ突き進んでいることを告げた。

 現在、僕らは師匠が前衛、僕が遊撃、後方二人が射撃とバフで支援という陣営で戦っていた。前衛の師匠は魔物を数体引きつけているが、如何せん数が多く、いくつかがこちらに突破してくる。

 とはいえ、それは想定内というか、突破する前提で僕が動くのだ。

 

 悲鳴を上げるフィーの前に割って入ると、

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

「うーっ! “後悔ノ重複(ダブルクロス・バックドア)”!」

 

 二人がかりで速度デバフを入れて、スローという名から逸脱した脱法アルマジロに、ノロマの称号をくれてやる。身動きのほとんど取れないスローマジロを切り飛ばして倒すと、続けてやってきた魔物を――

 

「“P・P(パッション・パッション)”! “B・B(ブレイク・ブースト)”!」

 

 リリスのバフを受けながら、

 

「“G・G(グラビティ・ガイダンス)”!」

 

 上位技の一撃で切り伏せる!

 

「師匠! 合わせますよ!」

 

「でかした! 一気に行くぞ――!」

 

 そして、一気に師匠の方へとDDで距離を詰め、

 

「“L・L(ルーザーズ・リアトリス)”!」

 

「“L・L(ラスト・ライトニング)”!」

 

 二人まとめて、師匠が押し留めていた魔物たちに、最上位技を叩き込む。僕のLLは剣を巨大化したシンプルな斬撃。

 師匠の場合は、自身の得物である雷撃の槍を、凄まじい速度で射出する。直進する一閃は、周囲の魔物を巻き込んで、一網打尽にするのだ。

 

 それらがまとめて叩き込まれ、

 

「――一匹射程から逃れた!」

 

「任せなさい……リリス!」

 

「あいなの! “B・B”!」

 

 生き残った一体。これもスローマジロだ、師匠はコンボを稼ぐこととタンクを優先していたため、ほとんどダメージを与えていない。

 これを今の状況から一撃で吹き飛ばせるのは――

 

「――“嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)”!!」

 

 フィーのコンボを必要としない熱線だけだ。

 

 リリスのバフも完璧に決まり、魔物は全滅した。

 

「――ふぅ、いい感じだったな」

 

「お疲れさまです。フィー、怪我はない?」

 

「おかげさまでね」

 

 戦闘を終え、僕らはお互いの状態を確かめる。

 概念使いには、概念崩壊という安全弁があるが、それがないフィーのことは、一応気にかける。とはいえ、ダメージが行っていないことは見ていたので、本当にただ確認しただけだ。

 帰ってきた答えも、ある意味そっけないものだった。

 

「んー、いい感じなのー」

 

「これくらいの魔物相手でも、よほどの大物じゃなければ、結構な数を一度に相手できるな」

 

「多分今なら暴食兵二十体も行けるんだろうなぁ……」

 

 それもこれも、一番大きいのはフィーの存在だろう。まず持って、ユニットとしてレベルが高く、一撃一撃の技の威力が重い。師匠並の火力を後方からバンバン投げてくれる上に、とっさに使える大技持ち。

 加えて僕と同じデバフ使いだから、速度低下を二重掛けすれば、それだけで魔物は置物になる。

 それを量産して、浮いた所を各個撃破。このときにも、使い勝手のいい大技であるフィーの熱線は大活躍なのだ。

 

 恐ろしやエネミーデータ。プレイアブルとして運用していい性能じゃなさすぎる……ゲームだったら雑に嫉妬ノ根源連打してるだけでゲームをクリアできるだろう。

 

「とにかく、これでいいのよね。アタシたち、かなりいい感じなのよね?」

 

「うん、正直すごく強いと思うよ、このパーティ。ただ――大罪龍と正面からやり合うってなると、何かしら別のものが必要になるんだよね」

 

「……概念起源、だな」

 

「なんか歯がゆいわねぇ、普通の敵相手には向かうところ敵なしって感じなのに、一番倒さなきゃいけない肝心要がそれって」

 

 と、そこまで言って、フィーが少しなにかに引っかかったのか、考える。

 

「……っていうか、確かこれまでの大罪龍戦って、アタシだけ概念起源使ってないじゃない! そもそも本気じゃなかったエクスタシア除くと! 一体でしかこなかった暴食龍にも使ったんでしょ!?」

 

「いやぁ……リリスが来てくれたおかげだよアレは。それに、厄介具合でいったら、坩堝より君の方が強かったし」

 

 嫉妬に叫ぶフィーをなだめる。

 いや、基本的に大罪龍ってただ強いだけじゃなくて、厄介な特性を持ってたり、状況があったりするんだもの、その点嫉妬龍エンフィーリアにはそういう特性はなくって、更には嫉妬ノ坩堝も同様だ。

 強化嫉妬龍はその点、純粋な強さでは一人なら絶対に勝てない相手だったけど、復活液のゴリ押しができたからなぁ。

 

「うう……納得いかない……」

 

「まぁ、その、なんだ? お互いに失うものがなかったからこそ、こうして共に轡を並べられてるわけでな? なんというか……今のほうが良かったんだよ、うん」

 

 珍しく師匠がフォローしていた。

 

「むぅぅ……いいわよ、いいわよ。私は最弱の大罪龍ですよー」

 

「んー?」

 

 落ち込むフィーを、リリスは不思議そうに眺めていた。さて。雑談はこのくらいにして、先に進もう。この遺跡の厄介なところは、戦闘以外にも色々と面倒なものが目白押しってところだ。

 

 

 ◆

 

 

「あああああああああっ! 右だ右右ーっ!」

 

「いや左よ! 右に行ったらその後が辛いじゃない!!」

 

「なのなのなのーーーーっ!」

 

 ――後ろから叫ぶ人達の声がうるさい。

 

「静かにしててくれー! 集中してるんだからー!」

 

 対する僕は、手元と眼の前に広がるフィールドに注視しながら、集中する。

 ――今、僕たちが何をやっているかといえば、このダンジョンのギミック攻略だ。何故か、このギミック、ミニゲームみたいになっている。

 端的に言うと、ラジコンでヘリを操作して、部屋の奥の鍵をとって帰ってくるというものだ。そこに、様々な罠――地雷だったり、対空砲火だったりが仕掛けられている。撃墜されたら最初からやり直しだ。

 

 現在、フィーが瞬殺、リリスがなにか変な遊びをしているうちに自沈、師匠がそこそこ上手くやるけど失敗。でもって僕のターンだ。

 仮にもゲーマー、こういう手元の操作は慣れたもの、なのだが……

 

 さっきからこういったゲームの体験になれていない師匠たちがだいぶエキサイトしていた。まぁ、命の危険もなくただ楽しいだけだからな、これ。

 

「……よし、取った!」

 

「やったじゃない!!」

 

「でかしたぞ! 早くもどってこい!」

 

 テンションの振り切れた二人に押されながら、僕は集中してラジコン――らしき衣物を操作する。いや、ゲーマーを名乗っているものの、僕の本業はアクション系ではなく、RPG系だ。膨大なデータをやり取りしつつ、針の穴を通すような縛りプレイなどはお手の物。

 けれども、こういった小難しいアクションは……あまり……適正が……

 

 いや、あると言えばあるけど、でなけりゃドメインシリーズを専攻してやり込んだりしないし……でも僕がドメインシリーズで好きなのはシナリオと世界観……むぅぅ……

 

「あっ」

 

 ――対空砲火に直撃。

 あと一歩のところで、ヘリ――らしき衣物は藻屑と消えた。

 

「ああああああああ!」

 

「後少しだったのに!」

 

 発狂する二人、僕の横から、こちらに手を伸ばしてくる。

 

 むにゅ。スカッ。

 何とは言わない。

 

「次はアタシよ!」

 

「いや、私が!」

 

「君たち仲いいなぁ!」

 

 ――なんてやり取りをしているところに、リリスが下からひょいっと顔をだす。そのままコントローラーを奪い取ってしまった。

 

「なのーん♪」

 

「あっ」

 

「あっ」

 

 ――呆然とする二人を他所に、リリスはするすると妨害をすり抜けて、あっという間に鍵を回収してしまう。っていうかうまいな、やっぱこういうのはリリスが一番得意なのか。

 

「取ってきたの!」

 

 凄まじく鮮やかな手腕であった。最初は苦々しげにしていた二人が、やがてそのテクニックに魅了され、最終的には拍手を贈っていた。

 

「でかした!」

 

「えへなの」

 

 そういって、鍵を手にパタパタと走り出すリリス。

 ――後には、既に用を終えたコントローラーが残されていた。

 

「…………」

 

「…………」

 

「――師匠、フィー」

 

 ジリジリとそこに近づく二人に、

 

「次、行きますよ?」

 

 笑顔で呼びかけて、僕は二人の首根っこを掴むのだった。

 

 

 ――ここまでは、非常に僕たちは順調に進んでいたと言えるだろう。襲い来る魔物を、連携とユニットのパワーでサクッとふっとばし、度々こちらを足止めするリドルやミニゲームを、四人でウンウンうなりながらクリアする。

 

 一人でゲームの前でやっているだけのパズルは、なんというか足止めされているようで苦手だったけど、集まって意見を出し合いながらやると、これが案外楽しかった。

 

 それもあって、僕らは楽しく先へ進んでいたのだが――――

 

 

「――――なぁ」

 

「…………なんです?」

 

「――――いやその、どいてくれると助かる」

 

「…………すいません」

 

「――――それと」

 

「…………はい」

 

 

「…………これから、どうする?」

 

 

 僕と師匠は、現在二人きりになってしまっていた。

 どことも知れない暗がりで、ちょっと頬を染めて視線をそらす師匠。押し倒す形になってしまった僕は、気まずくなりながらも、その場をどくのだった。




アンサーガで期待したている方には申し訳ないですが今回は師匠回です。


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51.師匠と歩きたい。

 ――事の起こりは、数分前。

 端的に言うと、部屋に入った途端に発動する罠が作動して、しかもその罠がそれぞれをランダムの方向に飛ばす罠だったのだ。悪いことに、この部屋に入らなければ先に進めない状況。だからこそ、この転移自体は必然だったのだが、対応策はあった。

 手をつないでいれば同じ場所に移動できるのだ。それがわかっていれば、全員が同じ場所へ移動して、迷子になるだけで済んだ。

 

 がしかし、完全に油断していた僕らは、その罠を察知することができず、思い切りバラバラに転移することとなってしまった。

 幸い、このダンジョンの敵の強さは、嫉妬ノ坩堝ほどではないから、脱出自体はそこそこ難しい程度だろう。加えて言えばこのダンジョン、脱出法を知っていれば、そこまで脱出は難しくない。

 リリスもフィーも、そこまで無茶はしないはずだ。

 

 問題は――

 

「……しかし」

 

 偶然、手を掴むことの出来た師匠。そして僕は、二人で行動することになった。そう、僕と師匠である。端的に言えば、僕らはこのままダンジョンを進んでも問題ない立場にあった。

 

「――二人きり、というのは久々だな」

 

「リリスが来てから、結構経ちますからね」

 

 師匠と僕は、壁によりかかりながら、休憩を取っていた。ここまで、ほとんど休憩なしでダンジョンアタックを続けていた。四人で挑むと、案外このダンジョンのギミックが面白いのだ。

 休み時を見失っていたのである。

 

「最後に二人で戦ったのが色欲龍戦だから……ざっと五ヶ月くらいになるわけですね」

 

「ああ、君の最低戦法がなぁ」

 

「今更ほじくり返すんですか!?」

 

 頼むからフィーには内緒で頼みます、といいながら、二人でコーヒーを呑む。こういうのも、本当に久しぶりだ。リリスが加わってから、僕たちは本当ににぎやかになった。

 フィーもリリスも、かなり姦しいタイプだ。フィーは少し受動的なところはあるものの、打てば響く。そしてリリスは積極的に打つ。

 

 あの二人は相性がいいんだよな。それを僕と師匠が横から茶々を入れる。そんな関係が、ここしばらくの僕らだった。不思議なもので、それが当たり前だと思っていた。

 まだ、僕はこっちにやってきて半年かそこらだと言うのに。

 

「――最初の頃は、全部僕が面倒見てたんですよね」

 

「言うなよぉ。一応、野営くらい私にだってできる」

 

「適当に地面に寝てても文句言わない人の発言は認めません」

 

「うっさいうっさい、バーカバーカ、君までリリスみたいになるのか。最近エンフィーリアも小うるさいのに」

 

「ふたりとも師匠のことを思っていってるんですよ」

 

 ――師匠は一人で何でもできる。というか、妥協してしまえば快楽都市の下水道で暮らすことすらできるくらい、師匠は住に頓着しない。もっと言えば、食も、衣も。師匠は自分が困らなければそれでいいのだ。

 そうしないのは、公の場に姿を見せる時くらい。そしてそういう時は、師匠の中で意識が切り替わっているのである。

 

「……別に、二人の小言が嫌なわけじゃないよ。それも楽しみなんだ、私は他人に面倒を見ていないと、いくらでもダメになってしまうしね」

 

「あの拠点で一人暮らしをしていた時は、そこそこキチンとしていたと思うんですが」

 

「アリンダさんがいてくれたからだよ。あの人が私を概念使いとして頼ってくれるから、多少は外聞に気を使う意識ができたんだ」

 

 ――つまり、一人で誰にも知られることなく暮らすなら、師匠はあんな生活をするつもりすらないということだ。

 相変わらず、この人は一人にしちゃいけないタイプの人だな。

 

 ただ、少しいびつでもあると思う。

 ――そんな人が、リリスたちに構われることを、アリンダさんと交流を持つことを“楽しみ”という。ああいう交流はありふれていて、人の営みの中に当然あるものだ。

 

 師匠は、そんなありふれた感性を持つ人で、同時に紫電のルエとして大陸最強を名乗るに足る威風も持ち合わせている。というのは、これまで何度も何度も言葉にしてきた。

 ――それは、ゲームにおける師匠のイメージだ。師匠はありふれていて、けれども同時に浮世離れもしている。

 

 なぜ、そう思うのか。

 僕は死んだ後の師匠の言葉でしか、師匠の過去を知らないからだ。というか、ゲームではそういう描写の仕方以外に、方法はなかった。

 ルーザーズにおける生前の師匠は、掘り下げる間も無く死んでしまう。その最期は、3で見せた師匠というキャラの積み重ねからくる描写で、生前の師匠とはイコールとは言えない。

 

 ややこしいけれど、つまり。

 

 ――僕は、生前の師匠……言い換えれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 それ故に、師匠の悩みに答えを出すことができないままでいた。

 

「――とにかく、先に進みましょう。師匠、二人でこのダンジョンを攻略します」

 

「……そうだな。私達ならば、問題あるまい。当初の予定よりも戦力は落ちるが、今回の目的を考えれば十分な戦力だ」

 

「今回は、あくまで前哨戦ですからね」

 

 僕たちは、現在怠惰龍とその星衣物をどうにかするため行動中だ。とはいえ、今回このダンジョンに訪れたのは、あくまで概念起源後付用衣物を回収するため。

 直接星衣物をどうにかするつもりはない。

 

 面倒な話だが、これを取ってから、あることをして、それからもう一度コッチにもどってくる必要がある。詳しくは後述。

 

「それじゃ――」

 

「――やるとしましょう」

 

 二人合わせて立ち上がり、概念化。剣と槍を取り出すと、一瞬だけ視線を合わせて、それから歩き出した。

 

 

 ◆

 

 

 ――魔物が迫る、スローマジロだ。このダンジョンはこのアルマジロ系が一番良く出てくる。

 これを、僕がSSで速度を落とす。

 

「――“T・T(サンダー・トルネード)”!」

 

 そこに、師匠の槍が突き刺さり、吹き飛んだところを――

 

「“A・A(アンチ・アルテマ)”!」

 

 僕の剣が切り裂いた!

 

 ――倒れた魔物の先に、また魔物。サンドバイクと呼ばれる砂型魔物だ。別名傲慢龍のおもちゃ――こいつはスローマジロより一段上。

 最上位の魔物の一体である。

 

 こいつを見ていると、フィーと遺跡を二人で探索した時を思い出すな。

 あの時は、多少作戦を立てたけれど――

 

「“M・M(マグネティック・マインド)”!」

 

 普段師匠が使わない速度低下デバフ。原因は無敵効果がないために隙が大きいのだ、あとろくなコンボのつなぎにならない。でもって、これを使うと隙が生まれる、サンドバイクはそこを突くわけだけど。

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 僕の足蹴りが、その口に突き刺さり、唸り声をサンドバイクが上げる。つづけて、

 

「“S・S(スロウ・ストライク)!」

 

「“T・T”!」

 

 二人の概念技が直撃、弱った所を――ここは通常攻撃でめった切りだ。ST補充のためである。そんな弱い者いじめを敢行する僕たちに、

 

「――ッ! “B・B(ブレイク・バレット)”!」

 

 ――敵の増援、ってこいつ……

 

「なっ……暴食兵!?」

 

「タマにポップするんですよ、だいぶ奥まで来ましたからね!」

 

「ポップ……?」

 

 いいながら、BBを叩き込んで戦闘状態に移行。STは補充したため余裕はある、僕らはサンドバイクをさっさと片付けつつコンボを稼ぐと、

 

「“D・D”!」

 

「“E・E(エレクトロニック・エクスポート)”!」

 

 二人の移動技が、同時に暴食兵へと突き刺さった。続けざまに、

 

「“G・G(グラビティ・ガイダンス)”!」

 

「“P・P(フォトン・プラズマ)”!」

 

 上位技で一気にHPを削る!

 そして、若干前に出ていた師匠に暴食兵の攻撃が来た所を、

 

「“T・T”!」

 

 無敵時間で透かす。――だけでは終わらない。

 

「“P・P(ペイン・プロテクション)”!」

 

 遠距離攻撃の上位技を、師匠がちょうど無敵時間で攻撃をすり抜ける一瞬で通し、後ろから不意打ち気味に叩き込む!

 同時に師匠のTTが――先に僕のPP(防御デバフ)が入ったことで防御力を低下させた暴食兵に突き刺さり――暴食兵は倒れた。

 ちょうどこの一撃にPPのデバフが間に合えば倒せる計算だったが、きっちりだったようだ。

 

「……よし」

 

 二人で周囲の確認。

 敵の動きがないことを確認すると、一つ息を吐いた。

 

「お疲れさまです」

 

「ああ……にしたってなぁ、もうちょっとこっそりやり過ごすとか、そういうことはできなかったのか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。私達」

 

「これがリリスやフィーならそうしますけどね、でも、師匠なら言葉にするより二人がかりで敵を殲滅させた方が早いですし、確実ですから」

 

「まぁ、こそこそするよりはなぁ」

 

 ――現在の僕らの状況は、フィーと一緒に遺跡を探索した時と同じだ。無数の最上位魔物、張り巡らされた迷宮。

 しかし僕らはそこを、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()進んでいた。

 

 ここまで、取り逃した魔物はない。

 

 だって、師匠と二人ならスニーキングミッションをするより、魔物を全滅させたほうが安全だから。

 

「しかしこの迷宮、どこまで続くんだろうな?」

 

「嫉妬ノ坩堝と比べると、長いんですよね……まぁ、あっちはほとんど脇道無視したってのもありますけど……」

 

 ――既に、嫉妬ノ坩堝の三倍くらいはダンジョンを探索している僕らである。このダンジョンは長い。入るものによって姿を変えることはあるわけだから、今回がたまたま長かっただけなのだが、それにしたって少し色々言いたく成る程度には長い。

 まぁ、嫉妬ノ坩堝は最初の大広間、あそこに脇道が色々とあって、そこではパーティメンバーの最強装備が拾えたりしたのだが、僕たちには必要ないからって、全部スルーしたのだ。

 なのでそこを加味すると、このダンジョンの大きさは嫉妬ノ坩堝の二倍くらいといったところ。

 

「それにしたって、合流できないな」

 

「フィーの方は、こうなった場合に頼んでることがあるので、当然といえば当然なんですが、リリスが読めないですね」

 

「あの子、直接戦闘能力すごい低いからなぁ……案外、自分に支援いれて駆け抜けるだけでもいいんだろうけど」

 

「案外大丈夫ですよ、リリス生存力だけは凄まじく高いので」

 

 普段はやらないが、自分にバフをかけて、逃げることに特化したリリスはしぶとい。なんだかんだ高い位階から繰り出されるステータスにより、速度は申し分ないし、なにより彼女の数少ない攻撃技は非常に強いノックバック効果がついている。

 逃げるだけなら、彼女ほど得意な人材はいないだろう。

 通常戦闘でそれをやると、流石に支援に支障が出るようで、前衛の防御に隠れつつ支援に集中したほうが効率がいいのだが。

 

 ともかく、今は僕らの話だ。

 

「でも、だいぶ周りましたし、そろそろ出るんじゃないかと思うんですよ――ほら」

 

 そういいながら、僕は開けた視界に目をやる。長く続いていた通路が、一気に大きな場所へと出るのだ。先程のこともあって、少し警戒しているが、通路からでもその場所の様子は伺える。

 

 

 そこは、ケミカルとしか言いようのない、近未来的な“研究所”と呼ぶべき場所だった。

 

 

 SFチックな培養カプセルが大量に鎮座しているそこは、ドメインシリーズにおいてはおそらく最も異質な場所。

 立ち上る無能(スローシウス・ドメイン)アンサーガはここで衣物を作っているのだ。

 

「……進むか?」

 

「もちろん」

 

 二人で顔を見合わせて、それから油断なく足をすすめる。この先に、奴がいる。それを覚悟した上で――――

 

 

 突如、僕たちは突風に見舞われた。下から。

 

 

 さて――ここで余談だが、基本的に概念使いが概念化している間、身につけているものは破壊する意思をもって本人が破壊しない限り、破壊されなく成る。

 つまり服とか、所持しているアイテムとか。ゲーム的な仕様によるものだが、これはつまり何が起こるかと言うと、概念戦闘でハレンチな事は起こらない。

 

 ただ、何事にも例外は存在する。端的に言うと、()()()()()()()()に概念化は弱い。要するに、害がないものに対してまで、破壊不可が適用されないのだ。

 

 つまり、今回の場合の突風は、なんというか身体の埃を払うもの、といった強さだった。一応ここは研究所だから、アンサーガが埃を嫌ったのだろう。

 

 いやだとしても、だからこそ。

 

「ししょ――」

 

 僕は、慌てて師匠の方をみて、

 

 そして、気がついてしまった。

 

 

 師匠はスカートだった。そんな師匠は純白だった。

 

 

「――――」

 

「――――」

 

 二人が停止する。慌ててスカートを抑え、なんとかそれを隠した師匠は、僕に瞳で問うてくる。見たのか、と。僕は瞳でそれに答える。

 ――すいません。

 

 そして、

 

 

「ば、ば、ばかーーーーーーーーっ!」

 

 

 ――久しぶりに、盛大に赤面した師匠をみたな、と。僕はその叫びを聞きながら、思うのだった。



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52.アンサーガと出会いたい。

 ――師匠を慰めること小一時間。

 なんとか機嫌を治すまでに、かなりの労力を費やしてしまった。

 しょうがないことではあるのだけど、いくらなんでもあれは理不尽である。僕がなにも悪くないにもかかわらず、言葉をかなり選ぶ必要があった。

 なんで下からだけ突風が吹くんだよいろいろご都合すぎやしないか? っていうかあんな綺麗なラッキースケベ、僕の人生で初めて見た。他のアレやこれやはだいたい邪念が混じっているからな。主にフィーの色仕掛け。

 さて、師匠とのことは無事に片付いたので、

 

「…………」

 

「あの、だから師匠。すいませんでしたって」

 

 片付いていることにして、僕は先に進むことにした。師匠はなにも語らない。というか、いくら師匠でもこういうことには結構不機嫌になるのだな。正直、すぐに気を取り直すかと思ったが。

 ……少し考える。もしかして師匠。下着を不意に見られるのが初めての経験だったとか? いや、その可能性は十分あるように思えた。

 リリス曰く師匠は感情がすり切れているのだ。だとしたら、経験していることには強く、そうでないことには弱いと考えるのは妥当だろう。

 とはいえ、今はそれを気にしている余裕はない。ここはいよいよ敵の本拠地なのだ。当たり前ながら、ここで戦闘が予想される。師匠の機嫌もその頃までには戻ってもらわないと困るのだ。

 

「……そ、れにしても。聞いてはいたが、ここはなんなんだ? この水みたいなものが入ったガラスになんの意味がある」

 

「さぁ?」

 

「いや、さぁって……」

 

 多少持ち直したのか、周囲に視線を向ける師匠。しかしそれに対する僕の回答はなんというかしょっぱいものにならざるをえない。だって、本当によくわからないのだから。

 アンサーガがなにをおもってこのようなSF系の研究施設を作ったのか、メタ的にいえば雰囲気作りなのだろうけど、アンサーガに直接聞いても答えなんてろくに帰ってこないのだ。

 現代的に意味のある施設なら、それをもとにある程度解説することもできるけれど、残念ながら現代にもこういうの、ないしな……まぁ、なんにしたって言えるのはここがドメインシリーズの世界観から乖離しており、だからこそ非常に雰囲気が引き締まる敵の本拠地らしい場所だということ。

 

「絶対に変なものに触れないでくださいね。ほんと、なにが起こるかわからないんですから」

 

「さすがにそこまでアホじゃないぞ、私も」

 

 話をしながら先に進むわけだが、この研究施設は広い。魔物が出現しないにもかかわらずこれなのだから、アンサーガはここでなにを作っているのか、という話だ。

 

「しかし、アンサーガ……ね。信じられないな、この名前……怠惰龍がつけたのか?」

 

「生まれた時には名乗っていたそうです」

 

「なるほどなぁ、にしても」

 

 師匠は、何気ない様子で続けた。

 

 

()()()()()()()()()()かぁ。想像つかないな、どんな奴なんだ?」

 

 

 立ち上る無能(スローシウス・ドメイン)アンサーガ。

 全星衣物において、ぶっちぎりに特殊な経緯でうまれたそいつは、何から何まで異例づくしだ。まず以てからして、奴は()()()()()()()()()()()()である。

 そもそも、星衣物は大罪龍を生み出すことを決めた時点で、マーキナーが用意することを決めた代物である。しかし、これがなんとも、雑な話で、色々な代物を星衣物として決めたわけだが、怠惰龍に関してはいい星衣物が思いつかなかった。

 

 そんな状態で見切り発車に大罪龍を生み出したマーキナー。しかし、ある時色欲龍がとんでもないことをやらかす。()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。これに対し、他の大罪龍は勘弁してくれと逃げ出した。

 しかし、怠惰龍だけはそれを拒まなかった。というか、完全にどうでもいいと放置した。その間に子作りをした色欲龍から生まれたもの、それこそがアンサーガなのである。

 

 マーキナーは、これしかないとアンサーガを星衣物に決めた。

 以上、ここまでがアンサーガ誕生の経緯。

 

「まぁ、一言で言えば狂人……ですね。アレが人なのか、龍なのか、それ以外の生物なのか、僕にはなんとも言えないんですけど」

 

「大罪龍じゃないのか? 大罪龍同士の子供なんだろ」

 

()()()()。本人が否定していましたし、そこがアンサーガっていう存在の肝なんですよ」

 

 周囲を眺めながら、僕らは進む。あちこちにおかしな形の“ナニカ”が散乱している。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――全て、それらはこの研究施設に押し込められた、異形であった。

 

 

「これが、全て衣物なのか」

 

「衣物であり、怪物です。もし、触れれば襲いかかってきますよ。――そして、どれもが暴食兵並に強い」

 

「嘘だろ?」

 

「やってみますか?」

 

「御免こうむる」

 

 ――ここにあるものは、全て衣物だ。そして、そのどれもが()()()()()()()()()()()()をしている。だが、これらは生物として非常に優れた特性を持つ。

 不老であり、食事を必要としない。端的に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 全て、()()()()()()()()と思われるものなのだ。こんなもの、存在したって何の価値がある? あらゆる者にそう思わせるような代物。

 だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。だから、ただそこにいるだけの生物として、彼らは生まれてくる。

 

 一生、死ぬまで。

 ――その死が、他者からしか、受け取れないものであったとしても。

 

「――悪趣味すぎないか?」

 

「悪趣味なのはマーキナーです。アンサーガは至極真面目なのですよ」

 

 なにせ――これが、アンサーガの最も得意とする制作物なのだから。そして、これらの生物にアンサーガは有る呼称を使って、呼びかけていた。

 

 

「――――ああ、また()()が生まれてしまった」

 

 

 声がした。

 遠くに、灯りのようなものが見える。

 淡い、青白い光。僕は師匠に目配せしながら、慎重に先に進む。やはり、概念起源後付装置はアンサーガが直接持っているのだろうか。ここまで、見かけなかったのだから可能性は高い。

 

「ごめんよ、ごめんよ、ごめんよ――ああ」

 

 悲しげな声だった。男とも、女とも取れない、不可思議な声。中性的で、そして聞いていてなぜだかわからない、得体のしれなさを掻き立てる声。

 ああ、間違いない。――あいつがアンサーガだ。

 

「――ようこそ、概念使い」

 

 そいつは、僕たちへ向かって振り返った。僕らの腰くらいまでしかない全長。僕と同じように――僕より深々とフードをかぶる。その顔立ちは――

 

「これは――」

 

 ――継ぎ接ぎだらけの顔だった。

 背丈は師匠の腰のあたり。“人”とは明らかに違う体つき。性別も、ぱっとは見て取れない。皮膚はボロボロで、焼けただれていて、それでも顔立ちだけはなんとか体裁が整っていた。

 一応、女性ではあるらしい。なぜかと言えば、彼女を“母”と呼ぶ者がいるからだ。

 

「いや、アレは――」

 

 師匠の視線が、そんなアンサーガの後方に鎮座するポッドを見る。ここまで、一つとして使用されていなかったポッドが使用されている。

 中に誰かが入っている。僕はその姿をよく知っており、師匠もまた見覚えがあった。

 

 

「――――百夜?」

 

 

 ()()()()。ドメインシリーズの看板キャラ、裏ボス。なんでもいいが、ようするに特別な存在だ。そして、その起源は意外と古い。なにせ――

 

「あいつはここから生まれるんですよ。今はまだ、眠ったままですが」

 

 ――百夜の生みの親が、アンサーガであるからだ。

 

「……なるほど」

 

「――ああ、ああ、ああ。何を話しているんだい? 楽しいこと? 楽しいこと? 楽しいこと? いやだなぁあ、僕も混ぜて欲しいのだけど」

 

 アンサーガがわって入ってくる。

 僕はため息交じりに、

 

「アンタには関係ないよ。アンサーガ」

 

「ふぅん? うんうんうん……ふぅぅん?」

 

 ――嫌味のような声を聞きながら、僕は師匠と共に前に出る。

 

「アンタから頂きたいものがある。持ってるだろ? 概念起源持ちを生み出す装置」

 

「――――」

 

 一瞬、アンサーガの顔が歪む。ほんとうに小さな変化で、師匠は気が付かなかったようだ。僕も事前知識がなかったら、いつの間にか、終わっていたこととして処理されるだろう。

 

「――――ありえない」

 

「ふむ?」

 

「ありえないありえないありえない。君は気持ちが悪い、気味が悪い空気が悪い。理解できない理解できない理解できない」

 

 そして視線は、師匠へと向いた。

 ……師匠に? アンサーガが、師匠に興味を持つ理由なんてあるのか?

 

「いきなりどうしたんだ。私の顔に何かついているのか? 不躾だぞ、君は」

 

「――君は、()()なのか?」

 

「はぁ?」

 

「……何?」

 

 アンサーガの言葉に、僕たちは首をかしげる。けれど、その意味は違う。師匠は理解できないというふうに、僕はなぜ師匠を同胞と呼ぶのか、ということに。

 僕の言葉の意図を感じたのか、師匠が視線を向ける。

 

「――同胞とは、アレらのことです」

 

 僕はなんともいい難い気持ちになりながら、先程師匠と見てきた()()()()()()()たちを指差す。アレらは同胞。アンサーガが、手ずから自身の同類と認める存在。

 

「アンサーガは衣物を作る星衣物です。その中には成功した衣物もあります。この辺りで発掘される衣物は彼が制作に成功した衣物になります」

 

「――失敗したものもあるということか」

 

「はい、それが同胞。アンサーガは、その特性上、こうした衣物を作らざるを得ないのです」

 

「スキスキスキかって言ってくれるなぁ、隙だらけなくせに、くふふ」

 

 ――アンサーガは、意図の掴めない言動で、けれども楽しそうに狂笑する。笑みも、言葉も、吐息も、どこか雑音めいた何かがへばりついた、奴の言動は異質のそれだ。

 それも、これも、全て奴の特性故だ。

 

「――アンサーガ、望まれぬ者、望まれぬが故に望まれない成果を上げる者」

 

 アンサーガには、ある特性がある。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そもそもの彼の始まりは、色欲と怠惰。仮にも大罪龍としての能力を有する者たち。

 同じように強力な個体が生まれてくることが予想され、そして期待された。

 

 けれど、生まれてきたアンサーガは、力は虚弱、龍とは呼び難い異形の怪物。しかし、その代わりに高い知能を有していた。

 その知能故に、であれば策謀を期待されたが――アンサーガは気が狂っていた。

 ろくな会話が望めないアンサーガに、けれども事の本質を突く知恵を持つアンサーガに、大罪龍は意識を向けなかった。

 向けることを望まなかったものもいれば、そもそも興味がないものもいる。ただ、ここでも言えることは唯一つ。

 

 ――アンサーガは、望まれなかった。

 

「奴が衣物を作るのも、マーキナーがそれを望まなかったからです。星衣物として、ただいてくれるだけでよかった。衣物は神にとって特権であるから、それを侵されることも気に入らない」

 

「なんだい、そりゃあ……ひどい話だ」

 

 ――だからこそ、少し迷うところはある。怠惰龍は決して悪ではなく、アンサーガは何れスクエア・ドメインで世界を混乱に陥れる。

 今ここにアルケがいれば、()()()()()()()()()()使()()()()()()だろう。

 

 嫉妬龍と同じだ。

 何れアンサーガは道を踏み外す、今はそうではないが、何れ悪となる存在。

 だが、だからこそ――僕も悩んでいた。

 

 僕の目的は星衣物か、大罪龍のどちらかを排除すること。どちらかで良いのだ。今の所、強欲と嫉妬を撃破して、今回怠惰に片を付けるべく、ここまで来た。

 強欲も、嫉妬も、迷う必要がない。強欲の場合はそもそも星衣物が破壊できない。嫉妬は嫉妬龍を救いたい関係上、嫉妬ノ坩堝を破壊する以外の選択肢は最初からなかった。

 

 ――けれども、今回は。

 

 

 僕らは、選択を迫られていた。

 

 

 そして、アンサーガもまた僕たちへ――師匠へと興味を示す。

 

「君は同胞じゃあないのかい? ないのかい? ないのかい?」

 

「……違う。私は私だ。紫電のルエだ」

 

「おかしいなぁ、おかしいなぁ、おかしいなぁ……」

 

「師匠、落ち着いて」

 

 ――僕が呼びかけるけれども。

 アンサーガは、畳み掛けるのだ。

 

 

「そんな状態で、どうして君は生きているんだい?」

 

 

 ああ、しかし。

 知恵ありながら、人とは違うものを見る怪物。

 

 アンサーガ、君には師匠がどう映っているというんだ。

 

「……私は私だ。そんなことを言われる謂れはない」

 

 剣呑だ。

 アンサーガは知的好奇心が刺激されたのか、師匠の方へ不躾な視線を向けている。人ではない、正気ではない彼女の視線には、含むものはないけれど。

 それでも、見ていてあまり、好ましいものではなかった。

 

「なら、観察してしまおう」

 

 そう言って、

 

 ――アンサーガはあるものを取り出した。

 

「……まさか!」

 

 僕はそれに気がつく。だが、一瞬手が止まった。――危険なものではないのだ。これは、むしろ気になるといえば、気になる代物。

 使わせるべきかと、ふとそんなことが頭をよぎったのだ。

 

 ――それが決定的となり。

 

「師匠――!」

 

 アンサーガは、取り出した手鏡を、

 

 師匠の方へと、向けて突き出した。

 

「……これはなんだ!?」

 

「それは――」

 

 驚く師匠に手を伸ばす。

 原理は先程とも同じ。

 

 ――手を掴んでいる者を巻き込んで、師匠はとある場所へと移動する。

 

 アンサーガが起動したもの。

 

 

 名を、語り部の鏡。対象としたモノの過去を詳らかにする、悪魔のような手鏡が、僕らに向けて、使われたのだ。




総合ポイントが10000を越え、お気に入りが5000件を越え、感想が500件を越えました。
これら一つ一つの数字が、執筆を続ける活力となっております。
お読み頂きありがとうございます。これからも、皆様が面白いと思うものを書いていければ幸いです。よろしくお願いいたします。


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53.師匠を探したい。

 語り部の鏡。

 まぁ、端的に言ってしまえば、便利アイテムだ。使われた者の過去を映し出し、照らし出す鏡。何が便利かと言えば、ゲームでは度々この鏡でキャラの掘り下げが行われるのだ。

 これが使われたタイミングは、ストーリーにおける大きな転換点を意味するタイミングであり、ターニングポイントと呼ぶべき代物だ。

 

 今回、使われたのは師匠だ。

 それはそうだろう、アンサーガが興味を示したのは師匠の方で、僕ではない。――彼女にとって、僕はどうでもいい存在だったのだろうか。その視点に興味はあるが、今は師匠だ。

 

 僕が師匠の手を掴み、師匠の鏡の中へと踏み込んだ。

 待ち受けているものはさまざまで、その人の心のありようによって変化する。師匠の場合は――

 

「――鏡の迷路、か」

 

 周囲を見渡しながらつぶやく。師匠の心の中は、鏡の迷宮だった。ありきたりと言えばありきたり、しかし師匠と結びつくかと言えば、一見ノットイコールである。

 というか、僕的にもこれはそこまで師匠とは結びつかない。――この場合、舞台はあまり関係ないのだろう。ありきたりという印象を抱くということは、()()()()()()()()()()()()()()()ということでもある。

 

 人の心に、ありきたりはないのだ。なにせ一つ一つ、どれも形が違うのだから。

 

「師匠の場合は――――」

 

 僕が少し考えて、つぶやいた時だった。

 

 

“――私の始まりは、憧れが終わった時だった”

 

 

 師匠の声が聞こえた。

 ――僕の眼の前の鏡に、僕は映っていなかった。

 そこにいたのは、ボロボロで、泣き出しそうな、けれどもそれをこらえている幼い師匠の姿だった。これは――ゲームでも見たことが有る。

 強欲龍に襲われて、逃げ出した時の師匠だ。

 

 ゲームのそれと、()()()をしていた。

 

“父は優秀な概念使いで、私の生まれた故郷を一人で守っていた。けれど、強欲龍という災厄の前には、あまりにも無力だったんだ。”

 

「――父はそこで待っていろといった。二度と、父が帰ってくることはなかったけれど」

 

 この独白は、知っている。

 師匠の過去は、3でも語られている。

 

 あらゆる者から置いていかれる過去。始まりは、自分を守ると出ていった父が、帰ってこなかったこと。

 

 師匠の姿が変化する。少しだけ大きくなって、けれどもまだ、師匠は十にも満たない年だった。

 

“――概念使いになり、父に置いていかれないよう、強くなろうと誓った”

 

 けれども、その体はびっくりするほどボロボロだった。傷だらけになって、顔もそれはもう、ひどい切り傷だらけで。ああそれは――どこかアンサーガに近いかもしれないな。

 

“しかし、私のそれは、普通とはあまりにもかけ離れていたらしい。私は、強くなりすぎたんだ”

 

 ――師匠が何をしたのか。

 根本的に、概念崩壊をした概念使いは、再び概念化できるようになるのは、概念崩壊による痛みが引いた時だ。であれば仮に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、逆説的に概念崩壊の痛みは引くのではないか?

 

 つまり師匠は、概念崩壊した後に自傷することで、強引にもう一度概念化が可能になるようにしたんだ。これは、僕ですら普段はやらない方法である。

 まぁ、なんでやらないかと言えば、傷を負った状態で概念化すると、感覚が狂うからだ。血が足りないのに活動できるから、いきなり意識を失ったりする危険もある。SBSのような繊細なバグ技を常用する以上、そういった自傷は可能な限り避けたい。

 

 ――別にやる必要があればやるかといえば、やるのだけど。それでも、それがどれだけ狂気的な方法かくらいは理解している。

 

 無自覚にそれをした師匠とは、根本的に違うのだ。

 

“二年、常に概念化と自傷を繰り返し、戦い続けた私は、気がつけば世界で誰よりも強い、概念使いになっていたんだ”

 

 常に、とは本当にそのとおりの意味だ。

 師匠は危険とされる魔物の棲息する地域で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ゲームの中でレベリングをするのとは違う、リアルの中で、常に死と隣り合わせのまま続けるパワーレベリング。

 実ってしまったのは、きっと師匠にとっては不幸だった。

 

“そして、気がついた時に、私は誰かに頼る立場を、失っていたんだ”

 

 だから次に師匠が置いていったのは。

 ――()()()()()()()()()()。若干十とそこらで、概念使いとして完成してしまった師匠は、師匠よりも弱い概念使いに頼ることができなくなった。

 心なんて、これっぽっちも育ててはいないのに。

 

 ――リリスのそれとはわけが違う。リリスは本人が優秀で、だからそれに相応しい振る舞いを周囲が求めるだけ。師匠のそれは、本当にいびつだ。

 本人の力だけが異常に成長してしまったがために、相応しくない部分まで、それ相応の振る舞いを求められてしまう。

 

 そして師匠は、

 

“――初めのうちは、それが嬉しかった”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()んだ。

 結果は、語るまでもない。師匠には、力があった。けれども、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

“だから、頼られるままに、手を伸ばしていって、やがて抱えきれなくなった”

 

 ――師匠は多くの街を、村を、魔物の手から守った。そして、別の街を守りに向かい、帰ってきた時に――別の魔物に、その街は滅ぼされていた。

 例の、花嫁に恨み言を遺された村も、似たような経緯だった。

 

 そうやって、誰かを救えずにいるうちに、師匠は気付いてしまったんだ。自分ひとりがどれだけ強くとも、救える相手には限りがあると。

 

“なぁ、私はどうすればよかったんだ? 私は一体誰を救えばいいんだ? 確かに私は強いのかもしれない。誰からも頼られるくらい。私がいれば、後ろにいる人達が安心して眠れるくらい”

 

 ああ、でも――と師匠は自嘲する。

 

“――私一人じゃ、大罪龍に勝つことはできないのにな”

 

 師匠には概念起源があって、大罪龍と戦える強さもある。師匠が四人いれば、世界はきっと救われていただろう。でも、そうではない。

 師匠は一人で、結局最後まで世界を救うことはできなかったのだ。

 

 ――ゲームの場合、そうして置いていかれることの恐怖から、最後に助けた負け主に、置いていくことを押し付けるかのように師匠は死んだ。

 そのことが、師匠の中では、ずっと後悔の種だったのだ。あの時、もう少しだけ自分に生きる気力があれば、世界はもう少しいい方向に、誰かを喪わずに救えたのではないか。

 

 生き残った負け主が、仲間たちと成し遂げたことと、それに対して失ったモノを比較して、師匠はそう思ってしまうのだ。

 でも、だから、どうしても――師匠は怖かった。

 

“……なら、今度は私以外の誰かと協力しようと考えた”

 

 一人でダメなら、複数人で、当然の考えだ。師匠だって、一人で抱え込むことが悪癖であることは知っている。そして、知っているからこそ、そこで折れなかった。

 折れることができなかったんだ。

 

 半端に融通が聞いたから、師匠は誰かと組むことを考える。

 

“開闢のライン。灰燼のアルケ。どちらも私と並び称される強者だった。ラインとは人々が安寧に眠る国を。アルケとは人々が夢見る街を作った”

 

 ――ラインとのこと、アルケとのこと。

 そのどちらも、師匠の行動は成功だったと言って良い。事実、ライン国は今も繁栄の中にあるし、アビリンスの活気は、思わず僕らも息を呑むほどだった。

 どちらも師匠と優れた概念使いたちが作り上げたのだ。

 

 それは間違いなく師匠の輝かしい功績であり、師匠の名声を高める一助となった。そう、成功だったのだ。それまでの師匠とは違い、間違いなく、明白に。

 しかし、

 

“しかし――ある時気がついてしまった。アルケもラインも、()()()()()()()()()()()()のに、()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ”

 

 ――だから、その気付きは、誰にとっても不幸だった。

 師匠が誰かと協力しようと考えたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から。()()()()()()()()()()()()()()()()から。

 ああ、でもこれはしかし――結局、頼られているのは師匠だけ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

“原因は、私とアルケやラインとの間にすら、明確な強さの差があったから。位階の違いだけでなく、概念戦闘におけるセンスの差”

 

 そうした差から、()()()()()()()()()()()()()()に立つこととなった師匠は、結局さらに孤立していって、追い詰められていって。

 

 やがて、耐えられなくなった。

 

 誰かが悪かったわけではない、途中で投げ出したわけではない。ただ、支えてくれる人がいなかっただけ。支えることしか、できなかっただけ。

 だからライン国がおおよその完成を見せた時、アルケがアビリンスの顔役に収まった時、自然と師匠は、二人の前から去っていった。

 彼らも、師匠が去っていくのを解っていたから、止めなかった。

 

 そうしてたどり着いたのが、アリンダさんの村だ。

 

“気がつけば私は、目の前にいる誰かを助けることしかできなくなっていたんだ。世界を救うことも、大きなコミュニティをまとめて、人々の安寧を守ることもできただろうけど”

 

「――それをするための経験と余裕が、師匠にはなかった」

 

 奪われるだけだった師匠。

 置いていかれるだけだった師匠。

 最後に置いていってしまった師匠。

 

 それが、僕の知るゲームの中の師匠だった。ただ、それが語られたのは、師匠が死んでから五百年以上たった頃である。

 端的に言って、一人で有り続けた師匠には、心の整理をする余裕があった。だから、ゲームでヒロインに対して語られる師匠の過去はどこか他人事で、師匠個人の考えや、悩み。

 

 そして何より、()()()()()()()()()()()()()()。その、本音とも言うべき根幹を、聞いたことはなかったんだ。

 

 ゲームでは、そうするべきだと思った。命に変えてでも、負け主を守るべきだと思った。といった。――実際それは正解だったけど、でも。

 一人で大罪龍に勝てないと嘆く師匠には、それ以外の思いがあるように、僕には思えてならなかった。

 

「――っ、師匠は」

 

 いつしか、普段と変わらない姿になり、けれども生気を失った瞳でこちらを見つめる鏡の向こうの師匠へ、僕は叫ぶ。

 

「師匠は、真面目すぎます! 融通が効かない、頑固で実直。その割に、誰かの願いや想いに、ホイホイと応えてしまう。だから抱え込みすぎる!」

 

“……そうだな”

 

「できてしまうから、やれてしまうからやろうとする!? 結局それも、最後まで貫けていないじゃないですか。最終的にアリンダさんの村へ引きこもって、見てみぬふりをしようとした!」

 

“…………そうだな”

 

 師匠は、妥協できないのだ。できないから、疲れてしまう。そんなことを何度も何度も繰り返し、やがては全てに疲れてしまった。

 けれど、

 

「――でも、疲れてしまったのなら、また立ち上がることだってできます。一度ゆっくりと休んで、また歩き出せるようになったなら、また歩けばいい」

 

 それは、きっと疲れてしまった人には、酷な話だろう。残酷で、語ることすらおぞましいかもしれない。けれど、師匠はそれを選べていた。

 アリンダさんの村へとやってきたのは、疲れた心を癒やすため。誰にも頼られる英雄としてではなく、単なる概念使いとして。そりゃあ概念使いは人とは違うゆえに、疎まれる立場ではあったけど、それでも排斥するような状況ではなかったから。

 

 ――師匠はあそこにいてもよかったんだ。

 

「そして、今ここにいる。僕と一緒に、マーキナーと戦うために動いてくれている。だったら、前に進めたんじゃないんですか? 誰かのためじゃなく、僕と一緒だって言ってくれた師匠は」

 

 だから師匠は、ここにいる。

 言ってくれたじゃないですか、僕と一緒だから、世界を変えてやろうと思ったんだって。それって嘘だったんですか? やっぱりそれでも、師匠は変われていないんですか?

 

“……そんなわけあるか。君が手を引いてくれて、君のやりたいを助けることは、とても楽しいよ”

 

「じゃあ、それでいいじゃないですか。師匠はまた立ち上がれたんです。その事は誰にも否定されやしない。正しいことをしてるんです」

 

“そう言ってくれると嬉しいよ。私自身、今こうして君やエンフィーリア、リリスと旅をすることは楽しい。新鮮さに満ちている”

 

 そういって、師匠は笑ってくれた。困ったように、受け入れるように。ああ、たしかに――

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ダンジョンアタックのときの連携も、皆がいなければ成り立たないもので、ダンジョンで見つけたゲームで、師匠はそこそこ以上の結果を出さなかった。クリアしたのはリリスで、得意なのは僕だ。

 だから、あそこで師匠は一番上じゃない。ともに戦う仲間がいる。ともに過ごす仲間がいる。

 

 師匠は救われてるんだ、僕たちに。

 

 ならよかったと、心の底から思う。だって僕は師匠をムリヤリ巻き込んで、大層なことを始めた側だ。師匠がそう言ってくれなきゃ、安心できない立場なんだ。

 だから――

 

 ――と、ふと鏡が揺れる。光の加減が変わって、師匠の顔が光に隠れた。

 

“――()()()

 

「……師匠?」

 

 

“君と出会ってからの私は、()()()()()()()()()()()()()?”

 

 

「――!」

 

 師匠の瞳は、けれども先程と何も変わっていなかった。笑みを浮かべた時も、僕の言葉にうなずいたときも。

 ()()()()()()()()()()()()

 

「師匠――?」

 

“君もなんとなくわからないか? 私はたしかに救われているけれど、()()()()()()()()()()()()()といえば、()()()()()()()()()()()()なんだ”

 

 ――否定は、

 

“君という目標ができた。けれど、その目標に対するスタンスを、私は何か変えたか?”

 

 ――――否定は、

 

“リリスという世話を焼いてくれる人ができた。でも、そんな彼女は、今も私に小言を投げかけてはいないか?”

 

 ―――――――否定、は。

 

“エンフィーリアという仲間ができた。君を好きだという彼女に、()()()()()()()()()()()()()()?”

 

 否定……は、

 

 

“どれもこれも、過去の私の延長じゃないか?”

 

 

 否定は、できなかった。

 

「……っ、でも、師匠!」

 

“なんだ、その続きを言ってみなよ。否定できるなら、否定しておくれよ”

 

「…………」

 

“できないだろう! 君自身が一番それをよく解っているはずだ! 私のことを隣で見てきて、私の過去を、知識として把握している君ならば!”

 

 ――別の鏡に、泣きつかれた幼い師匠がいた。

 

“これが私なんだよ。私はもう変われないんだ。置いていかれてしまったあの頃から、何一つ”

 

 ――別の鏡に、傷つきボロボロになった師匠がいた。

 

“変わろうとした。変わろうとするたびに、別のことに挑戦した。どれもこれもダメだった”

 

 ――別の鏡に、疲れ果て、痩せこけた師匠がいた。

 

“私は真面目過ぎるといったな。そのとおりだよ、だから次に進むために、私はその度に、私を捨ててこなくちゃいけなかったんだ”

 

 ――別の鏡に、威風堂々、誰かを導くときの師匠がいた。

 

“時折君が、私を切り替えが早いというけれど、()()()()()()()んじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()だけなんだ”

 

 ――眼の前の鏡には、いつもの師匠。年相応で、ありふれていて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()師匠がいた。

 

“諦める度に、私が死んだ”

 

“置いていかれる度に、死んだ私を置いていった”

 

“そうするうちに、私は私を見失っていた”

 

“今も私が信じられない。だってこんなにも恵まれているのに”

 

“私は――”

 

 五人の声が、唱和する。

 いや、違う。その声の数は、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――無数。

 気がつけば、鏡の中にいる師匠はうずくまっていて、その顔は覗けない。けれど、見なくとも分かる。

 

“――そう思えてしまう、私自身が、怖いんだ”

 

 ――うずくまる師匠は、死んでいる。

 身体ではなく、心が。

 

 ――これが、師匠の心の正体。

 死んでしまったまま、壊れてしまったまま、失ってしまった、殺してしまった心の在り方。これが全部そうなのか? 今目の前にいる師匠すら、死んでしまった師匠の心の痕なのか?

 

 僕の知る師匠は、とっくの昔に、割れてしまった鏡のように、バラバラになってしまっていたのか?

 

 僕は、

 

 

「――違う。だったら師匠はどこかで諦めていたはずだ! まだ、師匠の心のなかに、()()()()()()()はいるはずだ!」

 

 

 叫んでいた。

 語り部の鏡。ああ、なんてくそったれなアイテムだ。師匠の心を丸裸にして、そうした結果がこれか! 残酷過ぎやしないか? 自分の死を、自分の虚無を突きつけるなんて。

 ああでも、鏡に罪はないだろう、アンサーガだって。

 ――全ては必要なことだったんだ。いつかは向き合わなくちゃいけなくて、たまたまそれが今だっただけ。

 

 だったら、

 

“――なら”“――なら”“――なら”“――なら”“――なら”“――なら”“――なら”“――なら”“――なら”“――なら”“――なら”“――なら”“――なら”“――なら”“――なら”“――なら”“――なら”

 

 

“――なら、見つけてくれよ。()()()()()()()を、まだ、君と一緒にすすめる私を!”

 

 

 一斉に、声がした。

 願いのようだった。

 祈りのようだった。

 

“でもな、一つだけ条件がある”

 

「……なんですか」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう言ってくれるのは、どこか気恥ずかしくも、嬉しいけれど。

 ――それは、つまり。

 

「僕は師匠のしみったれた顔を見ることはできない。けれど、師匠が生きているかは、()()()()()()()()()()()()ですよね」

 

“……そうだな”

 

「そして、生きてる師匠はこの中から、きっと一人しかいないのでしょう」

 

“……もっと生きている私がいれば、私はこんなふうにはならなかったよ”

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――それは、大変理不尽じゃないか。

 大変どころじゃない、理不尽どころじゃない。

 

 無理ゲーってやつだ。

 

 ああ、でもそれは、そんな無理ゲー、僕は今まで何度もやってきた。

 

()()()()()()()()()()()()()。その無理ゲー、僕がひっくり返してやりますよ」

 

 ――だから、これは、

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 広い広い鏡の迷宮。どこまで続くかわからない、その広大な()()()()()()()()()()()で。

 

 僕はいつものとおりに、負けイベントと相対したときの、笑みってやつを浮かべているんだ。



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54.師匠を思い出したい。

 ――覚悟を決めて、迷宮をあるき出す。

 迷宮は、複雑な構造はしていない。ただ、鏡の迷路は非常に迷いやすい。いくら僕が物覚えがいい方だからって、この迷宮を初見で何のマッピングもできずに進むのは無茶だ。

 だから、迷わないことは諦める。一人ひとり師匠を観察し、虱潰しにするって方法は取らない。

 

 僕の知ってる師匠の中から、正解を推察し、見つけ出す。

 そもそも、ここは師匠の心の中だ、師匠の有り様によって、それは容易に変化しうるだろう。もっと言えば、僕が確信を持って答えを探せば、すぐに“彼女”は見つかるはずだ。

 

 ――手がかりとなるのは、リリスの言葉。そして、それを理解した僕の結論。

 

『――擦り切れた師匠の心のなかで、まだ擦り切れていない部分があるとすれば、それはもう恋心以外は残っていない』

 

 というもの。

 師匠は特別な存在だ。言うまでもなく、頼られれば誰かを助け、だからこそ()()()()()()()()存在である。そうやって頼られた師匠は、それに応えることができてしまった。

 できてしまった師匠に、周囲はまた頼る。そんなことを続けているうちに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 例外が、僕だ。

 

 けれど、たとえ僕が例外だったとしても、師匠の根幹を変えることは、今の今までできていない。というか、変えられる余地が今の師匠に残っていない。

 それでも問題がなかったから。

 

 そして、今。

 

 僕はその余地を、そのチャンスをムリヤリに得た。

 だからこれは理不尽に思えても、試練ではない。機会なんだ。師匠を救う機会、師匠にもう一度、生きていることを思い出してもらえるかもしれない機会。

 

 たった一度の、細い、あまりにも細いチャンス。

 

 ――――今まで、僕がこの世界にやってきて、何度も掴んできたものだ。

 

 やるべきことは決まってる。

 この多くの師匠の中から、師匠の恋心を探し出す。師匠は恋をしたことがないという。けれど、だったら感覚派のリリスが、師匠に恋を見出すはずがない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()。そしてそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()はずだ。

 

 いや、もしかしたら――

 

 とにかく、考える。

 わかりやすい手がかりはある。

 今、僕の周りには無数の師匠がいる。これら一つ一つが傷つき、捨ててしまった師匠の心だとしても、()()()()()()()()

 

 最初に見た、幼い師匠。傷だらけの師匠。疲れ果てた師匠。威風堂々な師匠。ありふれた師匠。

 

 この5つが、師匠が経験してきた大きな枠組み。

 逃げ出して、強くなって、守りきれず、頼れる相手がおらず、全てを投げ出した。

 これらを、一つ一つ精査してみよう。

 

 その中から、師匠が恋をしているという確信を引っ張り出すんだ。

 

「今、僕が一番良く知っている師匠。――ありふれていて、可愛げのある年相応な師匠」

 

 足を止める。

 そこには、僕の隣に常にいた、彼女の姿があった。顔を伏せ、うずくまり、その表情は伺えない。彼女は恋をしているだろうか。

 ――もししているなら、相手は誰か。

 

「……僕、だよなぁ」

 

 そもそも、こうなってから師匠にまともな出会いなんてなかったわけだから、自然とそうなる。ただ、あまりそうとは思えない。

 一応、鈍いつもりはないが、もし師匠が僕のことを好きなら、もう少しフィーに対してなにかあるだろう、という当然の感情。

 

 それに、

 

「僕と旅をするのは、アレだけ強く固執してくれたけど。恋に対しては同時に猜疑的なままなんだよな」

 

 単純な話、師匠は僕の目的を、僕だから助けたいという。それはそのとおりで、けれどもそれは恋心故ではないだろう。僕にそれを語ってくれた後も、師匠の態度が何一つ変わらなかったのが、その証拠。

 ではなぜか? というと言語化できないのだけど。

 

「……ううん、パス、パス。とにかく、ここになにもないとは思わないけれど、だからといって、それが恋にイコールになるとは思えない」

 

 結論は、一旦保留。ただしかなり否定より。

 

 ――次は、威風堂々とした師匠。

 

「この師匠は、今も師匠の中にあるんだよな。そりゃあ他と違って、擦り切れてはいるけれど、絶望はしていないからな」

 

 僕も、師匠が師匠然とした姿は何度も見てきている。間違いなく、今の師匠を作る、大事な師匠だ。とはいえ、“今”という意味では、間違いなく先程の師匠ともろかぶりするので、

 ここはあくまで過去の師匠として彼女を考える。

 

「ラインやアルケと、色々と大きなことを為すために奮闘していた頃だな」

 

 ――この頃の師匠には、明確に相手となりうる人物がいる。

 言うまでもなく、ライン達だ。師匠と並び称される強者。そしてそれ故に、師匠と対等――に近い立場を築ける二人。

 

「ただなぁ、アルケは言うまでもなく同性だし、ラインに至ってはあのラインだぞ?」

 

 正直、ラインとアルケなら、アルケのほうがまだあり得るレベルでラインはヘタレだ。加えて言えばラインはあそこでヘタれた時、師匠のことは存在すら触れなかったじゃないか。そもそも年齢差がありすぎてそういう対象ですらなかったのだろう。

 絶対にない、あるわけない。何ならクロスの方がありうる。年齢的にも数歳の差な上に、クロスはアレ絶対にモテるからな。

 まぁ、本人がアン一筋過ぎて、初代におけるゲームでもアンに操を立ててるわけだから、これまたありえないけど。

 

「……師匠が同性愛者な可能性かぁ」

 

 少しだけ思考が逸れる。

 アルケと師匠なら、そう仮定すればむしろあり得る。ただ、だとしたら再会の時の互いの反応が淡白だ。既に破局済み……だとしたら、恋が擦り切れてるわけないだろう。

 

 ――そう考えると、師匠が恋をしている可能性は、少し限られる。

 まず師匠に恋への自覚はない。無自覚な恋で、さらにはそれを今も続けているか、恋と気づく前に終えている可能性がある。

 きっと後者だろうな。前者なら、もう少しそういう素振りがあると思うし――

 

「……何よりリリスが気付かないはずがない」

 

 そういうことだ。

 ともあれ、ラインやアルケと組んでいた頃の師匠。

 結論は、否定。

 

「次は――」

 

 一人で無茶をしていた頃の師匠。

 ――疲れ果て、顔を覆っているはずなのに、痩せこけているのが分かる。とはいえ、次は更にわかりやすいのだが。

 

「――あんなトラウマ負わされて、素直に恋ってできるかな」

 

 最初に思い出したのは、師匠から直接話された花嫁の呪い。ああやって師匠はいろいろなものを背負わされてきたのだろうけれど。

 あの呪いはドンピシャだ。師匠が恋をしたくない、と今も思っているのはアレが原因の一端ではあるだろう。

 

 時系列が何時の頃かわからないが、少なくともアレを経験してしばらくは、そういうことを意識するのも億劫だったのでは?

 そして、この時期に師匠と関わる人々は、だいたいが弱者で、師匠を頼る人だ。

 

「……向こうから恋を諦める傾向もあっただろうけど、師匠も意識したことなんてないだろうな」

 

 思い出されるのは、師匠と出会ってすぐのこと。師匠は僕が得体のしれない相手であるにも関わらず、同居を許可した。そして、自分のほうが強いのだから、危険なんてない、と言ってのけた。

 師匠の守るべき対象に対する意識は、あくまで守護するというもので、それ以上踏み込んだものではなかったのだ。

 

「で、それが結果として脈なしを悟らせて、更に向こうから諦めるというループか」

 

 守るべき対象だった村人と、そういったロマンスがあったことはない。これは間違いない。であれば同輩は? 同じように村を守る概念使いはどうだ?

 

「――あったら、そもそもこんなことにはなってないよな」

 

 師匠が頼れるほどの概念使いと、この時代に組めていたら、師匠はもうちょっとちゃんとした人生を送れていたはずで。

 何より、ゲームでそれが語られていなければおかしい。

 

 師匠は孤独であると、さんざん描写を見せつけられて、今更この頃の師匠に大切な人がいましたってのは、唐突過ぎる。

 

 結論、否定、

 

「でもって――」

 

 ――傷だらけの師匠。

 

「ないな」

 

 結論、否定。

 

 ――――まぁ、真面目な話をすると。

 この師匠は、あまり見たくない。今は傷も癒えて、跡も残らないように概念技を使ってもらったから、師匠の肌はきれいなものだ。

 だが、だからこそ。

 

 ――師匠にこの傷は似合わないと思う。

 

 それが似合う人、勲章になる人もいるだろうけれど。師匠の場合は、本当にただの無茶と蛮勇、無謀の結果だ。僕は、そういうことをしない師匠が好きだ。

 

「……まぁ、色々否定してきたけれど」

 

 そして僕はたどり着く。

 ――僕の目の前には、幼い師匠がいた。泥まみれで、ボロボロで、どこかから逃げ出してきたかのような少女。

 

 結局の所、

 

「師匠に恋があるとするならば、この時しかない」

 

 僕は最初から、そう結論付けていたんだ。

 

「考えてみれば、師匠は最初に宣言したじゃないか」

 

 周囲を見渡す。そこには、いろいろな師匠がいる。誰もが少しずつ違うけれど、概ね同じな五人の師匠。その中に、一人だけ。

 ()()()()()()()()()()()()

 

 幼い師匠、ボロボロで、泥だらけで、大切な人に置いていかれた、始まりの師匠。

 師匠の過去は積み重ねだ。一つ一つが大きな傷になっているわけではない。小さな一つが積み重なって、大きな傷になっている。

 

 だからこうして、周りには無数の師匠がいるし、僕はその中から、生きている師匠の心を見つけ出す必要がある。

 けれど、()()()()()()()()()()()()()()()。父という大切な家族が、師匠だけでも助かって欲しいと強欲龍から隠し、そして逃げ切った。

 

 その経験を二度も三度も経験できるはずはない。そして何より――

 

 

“――私の始まりは、憧れが終わった時だった”

 

 

 師匠自身が語っていた。師匠は父に、概念使いとしての父にあこがれていたと。憧れ、尊敬。そんな感情を抱いた相手が、師匠にとって父以外に存在するか?

 いないだろう。頼れる人のいなかった師匠にとって、唯一だれかを頼った記憶。だから大切で、だからこうして傷になっている記憶。

 

 憧れとは、即ち未熟な恋心でもある。

 素敵な人だから憧れる、素敵な人だから恋をする。そこに何の違いがあるだろう。ましてや、憧れることのできる人が一人しかいなかった師匠にとって、それと恋の違いはわかるまい。

 

 幼い少女。

 ――恋と親愛の区別もつかない頃ならば、親愛の中に恋が混じっても可笑しくはない。尊敬の中に愛情をつのらせても不可解ではない。

 本当にありふれた、どこにでもある微笑ましい光景だ。

 

 初恋の人は父である。

 ――父が立派な人ならば、それは決してありえない現実か?

 

 そして、だからこそその恋は恋になる前に終る。憧れと恋は似ているが、憧れによって始まったとしても、いずれ恋は憧れから巣立つのだ。

 愛するということは、最終的にパートナーになるということ。

 ただ憧れて、後ろから追いかけているだけでは、何時まで立っても隣に立つことはできない。

 

 師匠が憧れは終わったと言った。

 憧れのままそれが終わったのなら、師匠の心は――

 

 ――未だにキチンと恋をしないまま、けれども恋に触れたことだけはあるんじゃないか?

 

 それがリリスの言っていたねむねむの恋。

 いつか育って、形になるかも知れないけど、そのまま眠っているかもしれない恋。

 

「だから、師匠――」

 

 僕は、手をのばす。この世界に、ただ一人しかいない師匠。一度しかない経験故に、ここにいる師匠。そしてそれ故に、実ることのないまま未熟で終わっている師匠。

 

 結論。師匠の恋心は――――

 

 

 そこまで、考えて、

 

 

 ふと、

 

 

『――アンタは、まだ止まったままなのかい?』

 

 

 どうしてか、アルケの言葉が脳裏をよぎった。

 

 ――なぜ?

 なぜいまさら? 彼女の言葉は、師匠の現状を端的に示しているだけだろう? 止まったままの師匠、歩むための力を失った師匠。

 それが、ここにいる師匠たちなんだろう?

 

 いや、

 

 いや、

 

 ――――いや。

 

 アルケはこうもいった。

 

 ルエを頼む。

 僕に確かにそういった。これも、何も可笑しくはない。アルケならばそう言って当たり前で、そして僕が頼られるのも、アルケが僕と師匠の関係を見抜いていたからだろう。

 

 あれ、じゃあ。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 恋人ではない。

 仲間だ。

 

 家族ではない。

 相棒だ。

 

 互いに信頼を置く相手。僕からも信頼し、そして師匠からも僕を頼ってくれている。

 だとしたら、だとしたら――

 

 

 ――あ、

 

 

『僕が世界を変えようとしているのに付き合うのも、目の前で僕がやろうとしているからですか?』

 

『――違う』

 

『君以外に、そもそもそんなことを言い出すやつはいないだろう』

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 じゃあ、

 

 

 その感情は、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――――っ!」

 

 駆け出す。

 

 僕は大きな見落としをしていた。

 確かにこの迷宮に一人しかいない師匠は一人だけだ。幼い頃の師匠だけが、この鏡の中に唯一存在している師匠である。

 

 だとしても、いや、だからこそ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

 そして、考えてみれば。

 ――師匠の中で一人しかいない彼女こそ、師匠が最も傷ついた瞬間じゃあないのか?

 憧れが終わって、一人になって。()()()()()()()()()()()()()()()。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()はずだ。

 形になる前に、未熟なままに、微笑ましい過去のまま。

 

 走る、走る。走る。

 

「すいません、すいません、すいません師匠! 間違っていました! 師匠を傷つけるところでした! 安易な答えで妥協するところでした!」

 

 探す。

 あるはずだ、いるはずだ。

 

 そこには、そいつが。

 

 今になって現れて、かつて捨て去ったはずのあこがれを、尊敬を、()()()()()()()()()が、そこにはいるはずだ。

 

 ああ、それは――

 

 もはや、語るまでもない。

 

 走る僕の視界に、ふと、それが映る。

 

 僕の姿だ、ここは鏡の世界。それは決して不自然ではないごくごくアタリマエのこと――ではない。今、鏡の中には無数の師匠がいる。

 

 その中で、

 

 僕が映る事はありえない。だから、

 

 

「――――みつ、けた」

 

 

 僕は拳を振りかぶり、自分自身の映る鏡を、

 

 

 ぶち破った。

 

 

 ――僕のやろうとしていることに、師匠が執着した理由。それは師匠が、()()()()()()から。かつて、純粋に親を尊敬する感情と同様に。

 また、あこがれを抱きたいと思えたから。

 

 ふと、声が聞こえた――

 

 

“……そこまでして、お前達はなんだって勝ちにこだわる。俺に勝つなんて異常を成し遂げた、お前らの起源(オリジン)はなんだ?”

 

 強欲龍の声。

 そして、

 

『――そうすることが()()()()()だよ』

 

 

 それに応える、僕の声だった。

 

 

 鏡を叩き割った先に。

 ――彼女はいた。

 

 

「――迎えに来ましたよ、師匠」

 

 

「……本当に、君には敵わないな」

 

 

 あの時、僕の横で。

 ――強欲龍に勝利して、父の仇を討った時と同じ姿の師匠が、そこにいた。



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55.君を、勘違いさせたくなったんだ。

「――どうして、解ったんだ?」

 

 気がつけば、僕らは迷宮の外にいた。

 いや、迷宮の外ではあるけれど、ここはまだ師匠の心の中だ。だって、絶対にありえない場所に僕らはいるのだから。

 

 ここは師匠の山だ。僕らが二人でみた夕焼けが、今も僕らを照らしている。

 

「理由はいくつかありますけど――」

 

 大体は、もう既に心のなかで語ってきたとおりだ。師匠は憧れと恋の区別がついていないけれど、だからといって置いていかれてしまったことにトラウマのある師匠が、過去の憧れを恋にできるはずがない。

 つまるところ、

 

「――あそこで師匠の恋が傷だらけだと認めてしまったら、師匠の恋も、他の擦り切れた師匠と何も変わらなく成ると思ったから、ですかね」

 

「……なんだい、そりゃ」

 

 いいながら、お手製の切り株椅子の上で膝を抱える師匠は、どこかすねているような、照れているような、そんな様子だった。

 

「というか、さっきから恋だの何だの言っているが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。最初から答えを提示していたんだぞ、憧れが終わった――って」

 

「あはは……すいません、リリス汚染がひどくて」

 

「いや、その言い方もどうなんだ……」

 

 ――脳裏になのなのいいながら飛び回るリリスがよぎって、それからおかしくなって更に苦笑する。そんな様子に、師匠は少しだけ不機嫌そうだったけど、やがてつられて笑い出した。

 

「ははは、まぁ、いいさ。こうして見つけてくれたんだから」

 

「もう、師匠も無茶振りしないでくださいよ」

 

「……しょうがないじゃないか。私にだって()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだから」

 

 ――さっき答えを最初から提示したと言っていたのに、まったくこの人は。僕はまた笑って、それから続ける。

 

「ここが、師匠の大事な場所だったんですね」

 

「まぁ、そうだなぁ……多分、きっかけはここだったと思う。っていっても、その時は何を言っているんだこいつ、って感じだったけどな」

 

 ――それは、ああ、

 

「大罪龍に()()()なんていい出すのは、この世界にはまだ君しかいないだろう」

 

 夕焼けでの会話。

 あの時の会話は、今にしてみれば少し恥ずかしいな。師匠は自己評価が低い。それはたしかにそうだけど、でも、そんな事は誰にでも言われてきたことだろう。

 何より、二人なら何かできるかもといった師匠の言葉を、嘘と断じたのは僕だ。

 

 師匠のことを理解していながらも、かけるべき言葉は、致命的に間違っていたんだな。――と、師匠のことを理解してみれば、分かる。

 僕も、師匠をゲームの中で見た、偉大な先達という印象で話を進めていたんだ。

 

 そんな中で、例外は一つだけだった。大罪龍に勝とうという、非常識な発言。

 そりゃあゲームではルーザーズの時代に暴食龍が討伐される。だとしても、それは僕たちが成り行きの結果、討伐の手段を見つけることができたからだ。

 言ってしまえば、成り行き。

 

 ()()()()()()()()()()()()わけではない。クロスの命も、あくまで倒す手段の模索だしね。

 

 ――それを言えるようになるには、まだ二十年ほどの時間が必要になる。

 

 そういえば初代ドメインの主人公も、大罪龍を明確に()()と発言したんだったな。そしてそれが、人類にとって初めて大罪龍に()()を加える狼煙となるわけだけど。

 まだ、先の話だ。

 

「何より――」

 

 だから、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――そういうことだ。

 強欲龍に勝とうと言って、()()()()()()()()()()から。師匠はそれを信じてみようと思ったわけだ。そこに師匠は、もう一度憧れを抱いたわけだ。

 

「……ようやく、師匠のことを理解できたような気がします」

 

「むぅ、そう言われると照れくさいな――」

 

 そういいながら、師匠が遠くを見る。そっぽを向いて、顔は夕焼けに照らされているのもあるだろうけど、少し赤かった。

 みれば、夕日は少しずつ沈もうとしている。時間が経過している――というより、僕が師匠を見つけた時点で、ここは役目を終えたのだ。

 おそらく、アレが刻限。日が沈めば、きっとこの空間は崩れ去るだろう。

 

「…………あ、そうだ」

 

 ――ふと、そんな視線がこちらを向く。

 

「今度は何を思いついたんですか」

 

「今度はってなんだよ――いや、何、さっきから私のことばかり詳らかにされて、ちょっと気恥ずかしい。……君のことを、教えてくれよ」

 

「……僕、ですか」

 

 ふむ、と考える。

 僕は普通――かどうかはともかく、そこまで面白い人生を送ってきたわけではないと思う。ゲーマーで、ドメインシリーズをやり込んでいて、そのシナリオを隅から隅まで覚えている。

 それは普通ではなくとも、特別でもないはずだ。

 

「――君は、どうしてそんなに理不尽をひっくり返そうと思うんだい?」

 

「……敗因、ですか」

 

 ――概念的に言えばそうだね、と師匠はうなずく。

 つまるところ、どうして僕が負けイベントへの勝利に拘るのか。それはまぁ、とても単純だ。けれど、どうしたものかな、うまく語れるか――

 

 ――実のところ、師匠に僕の事情はおおよそゲロってある。つまり、別の世界からやってきて、この世界のことを知識として知っているということ。

 ゲームの世界の人に、この世界はゲームだと伝えるのはどうなんだ、という話は在るが、そもそもこの世界にゲームの概念はない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ので、その辺りは省いて説明してあるのだ。

 

 ただ、そういえば、ここに来る少し前に()()()()()()()()()()()()()()()()()()な。

 

「……そうですね。ちょっと、こっちに来る前の話をするんですけど」

 

「お、なんだ? 正直初めて詳しい所を聞くから、少しワクワクするな」

 

 案の定、師匠は載ってきた。

 

「僕、ゲームが好きだったんですよ。ゲームっていうのは、さっき遺跡を探索している際にやった、アレですね」

 

「あの障害物を乗り越えてくやつか? ……そういえば、初見だったのにかなりうまかったな、君」

 

 リリスは例外にしても、アレを初見一発でクリアすることは難しいだろう、ある程度ゲームというモノに慣れていなければ。

 

「他にも、衣物の中には盤上遊戯がいくつかあるじゃないですか」

 

「あるね」

 

「あんな感じの――ゲームを、僕は子供の頃からずっとやってきたんですよ」

 

「大概暇だな?」

 

「余裕のある世界から来たんです」

 

 それで――と、僕はそこで少し考える。

 

「そのゲームでは、絶対に勝てない状況――イベントが、たまにあるんです」

 

「絶対に勝てない?」

 

「はい、さっきの遺跡のやつで言えば、そもそも鍵が取れない仕様になってたり、盤上遊戯なら、僕とは実力差が違いすぎる相手が目の前に座ってたり」

 

「……それ、楽しいの?」

 

 さっきから、師匠はズバズバと切り込んでくる。そりゃまぁ、初めて聞く概念だから当然だけど。――先程触れて、なんとなくイメージがつくとはいえ。

 

「僕は楽しくなかったです」

 

「だろうね。っていうか、勝てないんじゃどうするんだよ、先に進めないだろ」

 

 鍵の件で、なんとなくそこら辺を察した師匠の問い。

 

「負けたまま進むんですよ、そこでおしまいじゃなくて、次があるんです」

 

「あー、じゃあいつか強くなってリベンジしたりするわけだ」

 

「そういうことです」

 

「……それって、本来の歴史における強欲龍と同じじゃない?」

 

()()()()()()ですよ」

 

 なんとなく、僕がどういう理由でこの世界のことを知ったか、理解したのではないだろうか。知識として知っている、というのは説明してあって

「はあー、君の世界は変わってるな」

 

 ただまぁ、ゲームに対する理解度が薄ければ、反応としてはこんなものだ。もともと知識を知ってるというのを話しているのもあり、ゲームも知識媒体の一つ程度の認識だろう。

 正直なところ、異世界の人間にそういうことを伝えても、ピンと来ないものはピンと来ないのだ。なので、師匠に関しては割とあること全部ぶっちゃけてある。

 ――師匠が僕を全面的に信頼してくれるだろう、という信頼も在るけれど。

 

 そして今回、その信頼の出どころも、僕は知ることができた。そりゃあ、どれだけ言うことが胡散臭くとも、実際に強欲龍を討伐できてしまえば、信じるしかないよな。

 

「僕は()()()()()()()()()()()()んです。つまり、最初に勝てない相手にあった時、そのタイミングで勝利したいわけですね」

 

「……そりゃ強欲ってもんだろ、君」

 

 う、師匠にすら言われてしまった……

 

「いや、でも盤上遊戯って、つまりそれ()()()()()()()()わけだろ? それで、そんなに理不尽に執着するって、どうかしてないか?」

 

「命はかかってない代わりに、何度でも挑戦できるんです。僕としてはおかしいのは、あくまでそれを現実――()()()()()()に持ち込んでることだと思うんですけどね」

 

「そうかもしれないけど、自分で言うなよ……」

 

 いや、正直自分でもおかしいとは思ってはいるのだ。

 いくら元いた世界で執着するくらい負けイベントに勝ちたかったからって、こっちの世界で命をかけてまでそれをできるかって。

 そして、そう考えた上で僕の結論は、()()()()()()()()()というモチベーションだった。

 それは、僕が自覚のある異常者だったのか、はたまた外的要因で精神的なサポートを得ているか。

 

 ――正直なところ、僕は両方であると思っている。

 

「まぁ、もっと言えば、今の所それで勝ててるから、ってのもあるでしょうけど」

 

「うん、まぁそりゃなぁ。そこは素直にすごいと思うよ。――ここまで、ちょっと挙げてみるとすごい相手としかやりあってないもんな」

 

 なにせ、怠惰龍以外の大罪龍を全制覇、今回で怠惰龍にも手をかけようというところだ。傲慢龍とは直接やりあってはいないけれど、やり合うことも想定していた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()。まぁ、当たり前のことだ。

 

「しかし、そうすると危ういなぁ。もし負けたらどうするんだよ」

 

「……多分、負けることは最初から許されてないと思います。僕の眼の前には無数の負けが転がっていますけど」

 

「うん?」

 

()()()()()()()()()()()()()()んですよ。多分、そうしなければ――」

 

 僕は、一瞬だけためらって、

 

 

「世界が滅びます」

 

 

 けれど、言った。

 

「…………」

 

 師匠は少し停止して。

 

「――責任重大じゃないか!?」

 

「だから頑張ってるんじゃないですか。でもって、今の所順調ですよ。大罪龍はまだ五体残ってますけど」

 

「先は長いなぁ――」

 

 僕はそこで、師匠に向き直る。

 

「だから、僕はずっと負けをひっくり返すことに執着してるんですよ。負けちゃいけないから、自分を奮い立たせるために」

 

 ――見れば、空は暗がりに染まり始めて、星々が遠く望めた。

 

 

()()()()()()()()()()()って」

 

 

 ――そんな夕焼けのなかで、師匠はどうしてか、輝いているように見えたのだ。

 

「師匠、たしかに師匠は僕に憧れを抱いたかも知れません。でも、それは僕だって変わりません、たしかにあの時言った言葉は師匠にとっては耳にタコができるほど聞いたことだったかもしれませんけど」

 

「……」

 

()()()()()()()()

 

 師匠が僕と一緒に戦うことに憧れるなら、僕も師匠と戦うことに憧れます。だって言うまでもなく、()()()()()()()なんですから。

 

「ねぇ、師匠。もし、よければ――」

 

 これからも、師匠の弟子として――そう、続けようとして。

 

「……ふふ、そこまでにしておきなよ」

 

 ふと、師匠は笑った。

 それは、これまで一度も見たことのないようなものだった。慈愛と、暖かさと、そして何より優しさに満ちて、けれど、どこか熱っぽい。

 

 

「――だってそれじゃあ、まるで、君は私に告白しているみたいだぞ?」

 

 

「……え?」

 

 ふと、

 

 そうつぶやいた師匠は、

 

 

 ――――そっと、僕に、口づけをした。

 

 

 唇が重なる。

 

 熱が、伝わる。

 

 

 ああ、それは――

 

 

「憧れは未熟な恋、だったか? そんなことをいう君も、恋なんてほとんどしたことはないんじゃないのか?」

 

「し、しょう――」

 

「じゃあ、それはまるで愛の告白だ」

 

「僕は――」

 

「おっと」

 

 ――言葉を続けようとして、師匠の人差し指がそれを塞いだ。熱っぽい笑みを浮かべたまま、師匠が続ける。

 

「君にはエンフィーリアがいるだろう。解っているよ、君の口からそれを聞くまでもない。私だって横からそれに割って入るつもりはないさ」

 

 ――なら。

 視線で問いかける。

 

「でもね、()()()()()()()()()()()()()()()()は、しょうがないだろう? 悪いのは君で、私じゃないんだから」

 

「――――」

 

「だから」

 

 

 そして、師匠はその人差し指を、自分の唇へ添わせる。そのまま、少しだけ小首を傾げて、

 

 

「――――君を、勘違いさせたくなったんだ」

 

 

 一瞬。

 夜空に染まった世界で、

 

 

 僕たちは静止した。

 

 

 沈黙と、鼓動だけが世界に響き渡って。

 

 

 僕は、

 

 

 師匠は、

 

 

 ――――僕は、

 

 

()()()()

 

 

 師匠は、いたずらっぽく舌を出して笑った。

 

「……え?」

 

「いやいや、君が言ったんだろ、私は真面目過ぎるって。――変わろうと思ったんだよ、少しでも」

 

「だ、だからその、いたずらを?」

 

「そういうこと、だよ」

 

 ぽん、と僕の方を叩いて師匠は立ち上がった。ウインクまでして、そんなのどこで覚えたんですか――――?

 

 僕も合わせて立ち上がる。

 もう、世界は終わろうとしていた。

 

 ――この世界から抜け出せば、次に待っているのはアンサーガだ。改めて、概念化で武器を取り出す。ああ、しかし。

 

 終わりゆく世界の中で、言葉はない。

 

 

 ただ、誰のものともわからない鼓動が、瑠璃色に染まった世界で、祝福のように響き渡っていた。

 

 

 ◆

 

 

 そして、世界が元の景色を取り戻す。

 

「――よし」

 

 目の前には、不気味な人形少女、アンサーガ。

 今回の、無茶な戦闘、二人では彼女を打倒することは難しいだろう。だとしても、

 

「行きましょう、師匠」

 

「ああ、そうだな――こういう時は、こういうんだったっけ?」

 

「――――」

 

 惚けるように、呆れるようにこちらをみるアンサーガに、僕らは剣を、槍を突きつける。

 そして、高らかに宣言してやるのだ。二人合わせて、突きつけるように。

 

 

「――()()()()()()()()()()()

 

 

 ってね。



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56.求婚したい。

「――――おかえり、おかえり、おかえり」

 

「随分待たせたな、アンサーガ。いや、なかなか粋なことをしてくれたものだが、出歯亀は関心しないな」

 

「そこはどうでもいいよ」

 

 こちらが向ける剣と槍、アンサーガはおかしそうに笑いながらも、師匠の冗談に割と素でどうでも良さげに答えた。

 

「置いてきてしまったんだ、置いてくると僕みたいになるのか、取りに来れば人になるのか。君は面白いなぁ、面白いなぁ、面白いなぁ、くふふ」

 

「そんな面白みもないだろう、あれは。それに、もう過去のことだ、連れ出してもらったからな――整理がついたんだよ」

 

「それも面白い、面白い、面白いんだよぉ、だってあんなの普通は乗り越えるものじゃない、抱えて引きずって影を落とさなきゃおかしいのに、なぜか君は乗り越えてしまったんだぁ、おかしいね」

 

 クスクスと、クスクスと、笑いながらきしみを上げながら、不気味に回転し、踊りのようなステップを踏むアンサーガは、まったくもって楽しそうだ。

 楽しいものが見れたのか、アンサーガは本当に上機嫌だ。

 

「それで――“アレ”かい? アレねぇ、アレはだめだよ。いくら機嫌がよくても、アレはねぇ、たとえ半分だろうと、僕の“同胞”なんだから」

 

 やがて、踊りを止めると、こちらに向き直り。

 

「第一、“アレ”は使うと君の命を削ってしまうだろう? 若いのにもったいない、命は大切にしないとねぇ」

 

「……使うのは僕だよ」

 

 そこで、僕が口を開く。アンサーガは、あまりこちらに意識を向けていなかった。それは、単純に師匠の方に興味が向いていて、僕に向ける理由がなかっただけのようでもあり、僕を意図的に意識から外しているようでもあった。

 

「あ、そう? そう、そう、そう――なんだ、君の方かぁ」

 

「……」

 

()()()()()()。君になんか誰がわたしてやるものか」

 

 その瞬間、アンサーガには明確な敵意が混じった。やっぱり僕に、そこまでいい感情を抱いてはいなかったな。そりゃそうか、光と影のような存在だものな。

 

()()()()()なんかに、僕の同胞が使われるのは可愛そうだ。色欲と怠惰の娘であるはずなのに、僕が嫉妬でおかしくなってしまいそうだしねぇ」

 

「……これは」

 

 周囲の()()()()が、そこで震えた。

 アンサーガが同胞と呼ぶものたち。どれもが不気味で、()()()とでも呼ぶべき異形の怪物。全て、アンサーガが作り上げた衣物である。

 

 そして、今回の敵だ。

 

「どうしても僕の同胞がほしいなら、奪ってみなよ。君たち二人でできるものなら」

 

「なるほど……こりゃ厳しいな、けど――やってやろうじゃないか」

 

 師匠が槍を構え直す。

 

「改めて名乗ろう、紫電のルエ、大陸最強の――概念使いだ」

 

「そうか、そうか、そうか」

 

 ――――ふと、敵意を向けるアンサーガの手に、

 

()()()()()()()()()

 

 不気味な異形の、うさぎのぬいぐるみと思しき物体が、収まった。

 

 

「僕は暗愚アンサーガ。大陸最強? 笑わせる。概念使いとして完成されているのは、最強は僕だ」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()

 概念は暗愚。その名乗りは、白光百夜と共通している。

 

 人ではないモノが概念使いになった時、なんとかの――という名乗り方はしない。百夜がそうであるように、アンサーガもまた、人外の概念使い。

 

 そしてその実力は、彼女の言う通り――最強。百夜と同じく、位階がカンストしているのだ――!

 

 

 ◆

 

 

 アンサーガは概念使いだ。概念使いとしてカンストした位階を有し、ぶっちゃけ実力的には単独だとフィーより強い。けれど、()()()()だ。カンストしてしまった位階に成長はないし、そもそもそのフィーの強さからして、大罪龍としては落第点どころの話ではない。

 

 これもまたアンサーガらしい特性だ。キチンと強いにもかかわらず、要求が遥かに高かったがゆえに、欠陥の称号を与えられた。

 

 アンサーガは優秀――十二分に特殊な存在である。にもかかわらず、アンサーガに求められる期待、要求はアンサーガにできる能力を遥かに飛び越える。

 

 故に、無能。まったくもってふざけた称号だ。

 

「――“O・O(オールド・オブシディアン)”」

 

 アンサーガが概念技を起動すると同時に、周囲の“同胞”たちも動き出す。そしてアンサーガの概念技は、足元から影を伸ばす。闇に紛れて迫るそれは、僕らの目の前で鉤爪へと変わった。

 

「……“T・T(サンダー・ストライク)”!」

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 僕らはそれを無敵時間で躱しつつ、駆け出す。既に、ここに来るまでに方針は決めてある。――本来の想定では、リリスを中心に陣を組みつつ、回復を当てにしての持久戦で“同胞”たちを倒し切る想定だった。

 同胞たちの能力はどれも暴食兵に勝るとも劣らないが、僕たちは暴食兵を二十相手にしても戦えるパーティだ。特に防衛戦でないなら、周囲の被害は気にしなくていいからな。

 

 ただ、流石に師匠と僕の二人ではそういう持久戦は望めない。故に、僕らがするべきは――アンサーガの一点集中だ。

 

 負けイベントだなんだと言っているが、わざわざ一度脱出してフルメンバーでの再突入をしなかったのは、いくつか理由があって、そしてなにより勝算が十二分にあるからだ。

 一番大きいのは可能な限り、初見で、かつストレートに攻略することが理想だったからだが。

 

 ――培養ポッドの間を駆け抜けて、移動技で豚顔のミミズを蹴りつけつつ加速、狙いはぬいぐるみを抱えたままこちらを睨むアンサーガ。

 

「……“G・G(ガイド・グラナイト)”」

 

 アンサーガは、ぽつりとつぶやくと、滑るようにポッドの合間をすり抜けて後方へと下がっていった。足は動かしていない、彼女は概念化中、宙に浮いているのだ。

 なぜかといえば、それがかっこいいから。

 

 滑るように移動する彼女に、攻撃が空振りつつ、僕はそれを追いかけた。しかし、移動技を使うことは想定内だ。

 彼女の行く手を阻むように、師匠が踏み込んでくる。

 

「“T・T(サンダー・ストライク)”!」

 

 その一撃は、しかし。

 

「“O・O(オールド・オブシディアン)”」

 

 ――すり抜けた。無敵時間だ。でもってその攻撃は、師匠ではなく――僕を狙っている!

 

「わかりきってるんだよ! “A・A(アンチ・アルテマ)”!」

 

 それも、無敵時間だ。周囲の同胞を切りつけつつ、STを稼いで更に踏み込み――

 

「“C・C(クロウ・クラッシュ)”!」

 

「“M・M(マウント・マギクス)”!」

 

 中距離から僕の、至近距離から師匠の攻撃が、アンサーガを狙った。

 

「面倒だなぁ。“B・B(バサルト・ブロック)”」

 

 瞬間、アンサーガの影が彼女自身をドーム状に覆い尽くした。効果は、効果時間の非常に短い防御バフ。リリスのBBを最初から内蔵したようなダメージ減少技だ。

 だが、それはあくまで防御バフ技。攻撃を凌ぐ技ではない。

 

 ――何かに飲み込まれるような鈍い感触があり、けれども攻撃はアンサーガへと届いている。この攻撃の狙いはデバフを入れることだ。

 とはいえ、アンサーガのこの技は、ある技へのコンボが繋がる、こっちはこっちでまた厄介で――

 

「“D・D(ディオライト・ダスト)”」

 

 瞬間、アンサーガから黒色の風が噴出した。

 

「ぐっ――」

 

「むぅ!」

 

 僕らは、その一撃に大きく吹き飛ばされた。

 ――効果は非常に強力なノックバック。無敵時間で透かせればいいのだが、その効果時間は非常に長いのだ。実に七秒、簡単に言うと白夜のホーリィ・ハウンドと同様の長時間効果の全体技だ。

 アレと比べると、ダメージがほとんどない点は幸いか。

 

 とはいえ、詰めた距離をまた遠ざけられた。

 

「――"C・C(カレント・サーキット)”!」

 

 師匠がノックバックからの復帰直後に遠距離技を飛ばす。雷の光弾。けれど、それは横から割って入ってきた同胞によって防がれた。

 

「ああ、もう無茶はしないでおくれ」

 

 慈しむようにつぶやくアンサーガに、ぞろぞろと同胞たちが集まってくる。こちらの進路を塞ぐように、油断なく。

 

「……厄介だな! アンサーガも、同胞も!」

 

「くふふ、ふふふ。諦めて逃げ帰ってくれてもいいんだよ、帰り方は知ってると思うしね?」

 

「お断りだ!」

 

 叫び、師匠が飛び出す。僕もその後に続いた。しかしその時、培養ポッドの影、僕の後方から、挟み撃ちをするように同胞が現れる。

 いるのは解ってたけど、見逃してはくれないよな!

 

 つまり、囲まれた。

 

「う、おおお! “D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 天井へ向けて駆け出す、この空間は天井が高いから、ある程度立体的な機動を取れる。ああしかし、それは同胞の上を飛び越えることはできるけど、隙だらけだな!

 

 更に現れたハリネズミのような針を体中に突き刺したモグラが、僕へ向けてその針を射出する。回避する隙間はない!

 

「“S・S”!」

 

 無敵時間で透かすが、一部が遅れて飛んできている!

 

「ぐっ――」

 

 攻撃を受けながら着地、即座にその場を動く。致命的ではない、やつの攻撃にはデバフも状態異常もなかったはずだから、まだ平気だ。

 

「……くっそ、こいつら単純に強い、厄介だ!」

 

「最初からそう言ってるじゃないですか! とにかくアンサーガを狙います!」

 

 これまでにない敵だった。単純に、こいつらは衣物だ。魔物とはまた違い、そしてアンサーガの配下である。何につけても、統制が取れている。

 加えて本体であるアンサーガの概念戦闘も非常に巧い。ここまでの流れで無敵時間を活用しつつ複数を狙ったり、単純に性能が良い防御技からの吹き飛ばしと、本人も能力も隙がない。

 

 先程のノックバックを攻略しなければ、彼女を倒すことは不可能だろう。手段はある、言うまでもなくSBSだ。しかし、七秒の効果時間は白夜のホーリィ・ハウンドにしてもそうだが、敷居が高い。一度使えば対策を打たれそうなくらい、向こうが巧みに戦闘してくるというのに、難易度が激高なのだ。

 

 ――幸いなことに、アンサーガのHPは大したものではない、あくまでただの概念使いであり、概念使いとしてのアンサーガは前座でしかないからだ。

 そして、今回僕らはこの前座のアンサーガを倒せれば十分なのである。概念崩壊している間に、目当てのものを盗んでくるだけだ。

 

 って言葉にすると、我ながら最低である。

 

「んんん、面倒、面倒、面倒だ。なんでそうも戦うんだ。いいじゃないか別に、アレは僕の同胞だ。僕と同じ無能なんだよ、君等には必要ないだろう、帰ってくれ帰ってくれ帰ってくれ、うんざりだ」

 

「悪いけど、アレ以外に僕らに有効な切り札となりうるものがないんだ。僕らの相手は大罪龍、切り札なしに勝てる相手じゃなくってね!」

 

 叫びながら、行く手を阻む同胞を斬りつける。攻撃を身を捩って躱し、更にもう一撃。間をすり抜けつつ、一気に駆ける。しかし、一歩踏み込んだ先にまた同胞。

 数が多すぎるのと、培養ポッドが邪魔なんだ。ふっとばすと、今度は足元まで水でうまるので、破壊はできない。多少流れ弾で破損したところで問題はないけどね。

 

「――はっきり言って、勝てないよ? 分析は完了している。君たちは負ける、単純に戦力が足りていないね。ここに来るまで仲間が二人いただろう、あの子達を連れてもどってくればいいのに」

 

「悪いけど、それをやっている時間が足りないんだ」

 

「そもそも、そんなことそっちが対策を取ってさせないだろ!」

 

 ――もし初見で攻略できなければ、アンサーガはガチガチに対策を組んでくるだろう。あそこで飛ばされるまでに、こちらの実力をみせているのはまずかった。

 まぁ、他に選択肢はなかったし、ここで勝てば問題はないのだが。

 

「ううん、厄介厄介厄介だなぁ。諦めておくれよ、放って置いてくれよ、勝手に戦って死んでおくれよ――これ以上同胞が傷つくのも見たくないのに」

 

「……」

 

 ――こいつの言動に罪はない。

 保守的で、こちらの干渉を嫌う。師匠が継ぎ接ぎだらけな心のままだったなら、それに興味を示して接触を持ったかも知れないけれど、あの手鏡で、それは解決してしまったからな。

 そして、その上で僕らへかける言葉が帰れ、諦めろ、だ。

 

 殺意もない、押し入り強盗はコッチの方だ。

 

「悪いけど、アンタはそうでもないかもしれないが、僕個人はアンタに思うところがある。それに、概念起源はどうしても必要なんだ。細かいことは抜きにして――」

 

 僕は、着地。

 周囲の魔物に視線を向けながらも、剣をアンサーガへと向ける。

 

「――概念起源だけは、持ち帰らせてもらう」

 

「ああ、もう――」

 

 ――そこで、アンサーガが嘆息し、抱えていたぬいぐるみをおろして、こちらを睨む。

 

「それが許せないと言っているんじゃないか、バカだなぁ――」

 

 ――パターンが変わる。

 やる気になったのだ。

 

「挑発しすぎじゃないか!?」

 

「違いますよ――」

 

 そして僕は、不敵に笑う。

 

 

「反撃のチャンスです」

 

 

「ああ、もう……!」

 

「――くふふ、彼も大概おかしいね? おかしいね、おかしいねぇ……ねぇルエ?」

 

 ――と、しかしアンサーガは仕掛けてこずに、会話を続行した。そして師匠の名前を呼ぶのだ。……あれ、これまずくないか?

 

「そんな彼のどこがいいんだい? 強引に引っ張って、わがまま放題で、君に何の得があるんだい」

 

「……いきなり何を言い出すんだ?」

 

 既視感がある。

 愛とか、恋とかを語っているわけではないが、師匠にとって大事な人物――と自分でいうと変な気分だが――である僕を貶して、そして師匠に対して、どこか執着したような物言いをする。

 

「君に興味があるんだ。教えておくれよ」

 

「だから何を言っているんだ! だいいち教えるもなにも! 見てきただろう! アレを見てわからないなら、君の情緒が足りないだけだ!」

 

「ふぅん――いいなぁ」

 

 笑みを、浮かべた。

 

 くふふ、と何度も笑いをこぼして、そのくせ顔はなにひっとつ笑っていなかったアンサーガが、そこで笑った。

 思い出す、理解する。――()()()()()()

 

 ――今、僕らが激戦を繰り広げている奥で、未だ培養液に収まったままの、白光百夜。あれを目覚めさせるためには、()()()()()使()()が必要で、アンサーガはそれを欲している。

 傲慢龍の儀式と似たような原理の衣物で、アンサーガは百夜を()()()としているのである。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 けれどもそれは、アンサーガがアルケに執着し始めたことに起因する。

 

 どういうことか。ゲームでもそれは同じことだ。

 

 

「そんなワガママな男なんて放っておいてさ。()()()()()()()()()。そしてこの子を――()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――()()

 そう、この継ぎ接ぎだらけの人形少女は、ゲームでは、アルケに。

 

「――は、…………はぁ!?」

 

 そして、現実では師匠に。

 

 執着し、欲した。

 

 

 ――儀式の生贄に、しようとしたんだ。



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57.花嫁が欲しい。

 ――アンサーガは、執着心が強い。

 同胞に対して、気遣うような言動を見せるのも、そうだ。言動が保守的なのも、執着したものを守りたいから、()()()()()()()()()()()()のである。

 

 だが、同時に創造者として、マッドな気性も持ち合わせている。それは言ってしまえば知的好奇心。ゲームでは、アルケとその妹の確執を。

 そして、今回は師匠のいびつな精神性を。

 

 アンサーガは興味深く感じたのだ。そうして、観察を続けた結果、アンサーガは観察対象に執着を抱く。当たり前といえば当たり前だが、誰からも望まれなかった少女に、好悪の判断基準はない。

 距離感や人間関係の塩梅がわからないアンサーガは、一度気にかけた相手に、どこまでも執着する。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 その狂気に呑まれたがゆえに。

 

「き、き、君! こ、この子は一体何を言っているんだ!?」

 

「この子……って、師匠ちょっと絆されかけてませんか!?」

 

「いやだって、彼らを同胞って言って守ろうとするのは、なんだか健気じゃないか……?」

 

「彼女と僕たちの価値観は大きく違います、歩み寄ろうとすると、目測を誤りますよ!」

 

 僕の叫びに、むぅと師匠は、唇を尖らせる。

 仕方ないと言えば、仕方ないところはあるだろう。アンサーガは恵まれていないし、それに同情してしまう気持ちは、僕にだって無いとは言えない。

 幾ら何でも、()()を同胞と呼ぶしか無い境遇は、たしかに僕らにとっては憐憫の対象だ。

 

 でも、勘違いしてはいけないこととして、

 

「――さっきから、君たちは何をいっているのかな?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 それは、フィーのように、言葉でわかり合えるようなそれではない。心の底から、アンサーガには、今ここにあるものがあれば、それでよいのだ。

 

 同胞と、衣物と、そして百夜。

 

 それらを、誰からも邪魔されず愛でることができれば、アンサーガにとってはそれでよい。

 

「ねぇ、ルエ、ルエ、ルエ――答えてよ。僕の花嫁になってほしいんだ」

 

「……いや、同性同士だろう、私達は」

 

「そうだよ? でも、百夜のためならそんなの関係ないし、あとは百夜を産むだけでいいんだ。簡単なことだよ」

 

 ――師匠は、

 

「いや……それは、困る」

 

 迷っているわけではないが、答えになやんでいるようだった。否定する意思を持った上で、言葉を選んでいるという感じ。

 煮え切らないそれは――

 

「……師匠、まずいですよ」

 

「へ?」

 

 

「――――なにそれ」

 

 

「それは、アンサーガが一番嫌いな答えです」

 

「なにそれ、なにそれ、なにそれ。なんでハッキリしないの? 嫌なら嫌でいい、それなら奪えばいいんだから。でも、悩むなら――」

 

 アンサーガが、鋭く睨んで、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから――気に入らない!」

 

「……来ます!」

 

「あ――ああっ!」

 

 僕たちは、再び激突した。

 

 

 ◆

 

 

「“G・G(ガイド・グラナイト)”」

 

 ――揺らめくように、アンサーガの身体が培養ポッドの中を滑る。同時に、同胞達も襲いかかってきた。先程と比べて、ひたすら能動的な動き。

 攻撃の密度は増えたが、

 

「――“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

「“O・O(オールド・オブシディアン)

 

 攻撃が当てやすくなった。僕が無造作に放った一撃は、アンサーガのOOですかされる。対してアンサーガのOOには発生までに若干のタイムラグがあり、無敵時間をすり抜けて攻撃が襲ってくる。

 

 が、しかし。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 僕は即座に移動技で飛び退いて、僕がいた場所に影の鉤爪が生えた。

 そして僕は、培養液のポッドに着地しつつ、方向転換。その間にもコンボを入れる。使うのは――

 

「“C・C(クロウ・クラッシュ)”!」

 

 爆発。通常であれば射程も長いBBの方がいいのだが、今回の戦場はポッドが乱立しており、狭い。加えて、この爆発は視界を塞ぐことにより、周囲の同胞たちへの牽制としても機能するのだ。

 

「……っ」

 

「おおおォッ!」

 

 煙に遮られながら、お互いの視線が交錯した。僕は続けざまに概念技を、アンサーガも対応策を。

 

「“A・A(アンチ・アルテマ)”!」

 

「“B・B(バラスト・ブロック)”!」

 

 お互いに叫び、黒い球体が僕の攻撃を阻む。CCが多少入っているが、また防がれた、大きなダメージにはなっていない。

 ――ここからSBSに移行して、ノックバックをやり過ごし、稼いだコンボで一気に最上位技を叩き込む、という勝ち筋がある。

 アンサーガはHPが低いから、一発最上位技を当てれば倒せるだろう。

 

 しかし、まだ切らない。なぜなら、先程までの受動的なアンサーガと違い、今のアンサーガは非常に攻撃的。どういうことかと言えば、()()()()()()()()()()

 故にここはスルーだ。

 

「――“D・D(ディオライト・ダスト)”」

 

 強烈な爆風と、ノックバック! 僕の身体が宙を舞う。ああ、しかし――その高度は決して高くはなかった。

 さっき、食らってみて分かる。このノックバック、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、

 

「――――師匠ォ!!」

 

 

「言われなくとも、行っている!」

 

 

 そこに、師匠が飛び込んでくる。師匠はこの一瞬を狙っていたために、攻撃に参加していなかったのだ。

 

「“E・E(エレクトロニック・エクスポート)”ォ!」

 

 移動技、一気にアンサーガの懐に肉薄し、

 

「“P・P(フォトン・プラズマ)”!」

 

 タメてきたコンボで、一気に上級技を叩き込んだ。

 

「――っ、なぜ、なぜなぜ」

 

「おおおッ!」

 

「分析は完了している。君たちには勝ち目はない。ない、ない。なのに、分析を越えてきた? 計算が間違っている?」

 

 アンサーガの黒い影の腕、それを師匠は移動技で回避。そして周囲に迫る同胞を、無敵技で透かした。

 

「――それは! 君が我々を甘く見ているんだよ。人類は、対策に対策を重ねることで、前に進むんだ!」

 

「――理解不能」

 

 アンサーガが、苛立ち紛れに再び黒いドームを出現させる。攻撃をそれによって防がれる形になった師匠は、続くノックバックで大きく吹き飛ばされた。

 

 ――そこを今度は僕が突っ込む。

 

「対策が必要。そこは理解するけどねぇ――鬱陶しいなぁ、うっとううっとうううううううっとうしいなぁ!」

 

 叫ぶアンサーガの周囲に同胞たちが張り付く。先程の針モグラを筆頭に、遠距離攻撃を得意とする同胞たちだ。対空砲火というわけか、上を防ぎつつ、地上を這ってくるなら、ノックバックで吹き飛ばせばいい。

 なら――

 

「“B・B(ブレイク・バレット)”!」

 

 空中から遠距離攻撃を仕掛ける。

 

「そんな豆粒でどうしようっていうのさぁ。“G・G”」

 

 つぶやきながらも、移動技で飛び退く。そして置き土産のように残してきた対空用同胞が、一斉にこちらへ攻撃を仕掛けてきた。

 僕は、その一部を、()()()、地に向けて加速する。

 あの針モグラの他に、種子を飛ばしてくるカバとたんぽぽの間の子のような同胞がいたのだ。先程のBBはアンサーガを対空から引き剥がすため、そして僕がBBを放つモーションのために静止することで、敵の狙いをつけさせて、種子の飛んでくる場所を絞るため!

 

「“D・D”」

 

 ――加速!

 

「さっきから何なのさ、その曲芸はさぁ!」

 

 怒りに満ちた声を上げながら、揺らめく機動で逃げ回るアンサーガが、苛立ち紛れに叫ぶ。

 

「“R・R(ライオライト・ロード)”!」

 

 新しい概念技、効果は――影が浮き上がり、帯のような形を取って、うねりながら迫ってくる! 遠距離攻撃だ。

 

「“S・S”!」

 

 アンサーガのRRはムチのように振るわれる概念技だ。何度も繰り返し攻撃が襲ってくる。一回目をSSで躱すと、

 

「“D・D”!」

 

 二回目を空中に飛んで躱す。

 

「――――ああああああああああああああ!!!」

 

 怒り、叫ぶアンサーガ。

 ああ、けれどアンタ――後ろががら空きだぞ?

 

「“C・C(カレント・サーキット)”!!」

 

「――っ! ルエ!!」

 

 遠くから、狙いすましたように槍を構える師匠の一撃が、アンサーガの背を穿つ。気をそらし過ぎたな、完全に師匠のことを意識から外していただろう。

 

「……もう、もうもうもう、僕のことをそんなに嫌いなら! 僕を見なければいいじゃないか!! 醜いと思うなら、目をそらせばいいだろう!」

 

 いい加減、アンサーガは限界が近い。怒りのゲージも、HPも。後少しだ、ここまでは順調に削れている。しかし――

 

「――解ったよ、君たちのそのふざけた機動はよく見えた。見えて、見えて仕方がない! 見せつけてくれるじゃないか! ふざけてくれてさぁ!!」

 

 ――直後、

 

「“G・G”」

 

 アンサーガが飛び上がった。空に逃げた僕へと、迫ってくる――!

 

「“S・S”!」

 

「“O・O”!」

 

 ――しまった、一瞬こちらの方が早かった。無敵時間に攻撃をすかされ、そこにアンサーガのオールドオブシディアンが突き刺さる!

 

「大丈夫か!?」

 

「まだまだ――!」

 

 多少吹き飛ばされながら、培養ポッドに足をつけると、再びDDを起動、地を滑るように着地、

 

「“G・G”」

 

 ――アンサーガが追いかけてくる。こちらも培養ポッドに足をかけ、迂回するようにしながら滑る。空中でもあの揺らめく機動は健在なのか、弧を描き、接近してくるのだ!

 

「――そこまでだ! “E・E(エレクトロニック・エクスポート)”!」

 

 そこに、師匠が移動技で着弾した。

 二人が僕の目の前で激突し、弾けた。

 

「――それはっ、私達の目的の途中に、君がいるからだ! 第一、私は君を醜いとは思っていない! 歪ではあるが、可愛らしいものじゃないか!」

 

「そういうおべっかは、気持ち悪いんだよなぁ。たとえルエだって、僕を可愛いなんて言って、信じると思うの? バカバカバカ、そんなもの僕が一番期待してない言葉だよ」

 

 二人が、同時に移動技で僕の前からかき消え、同時に僕も走り出した。

 

「師匠、このまま一気に決めに行きましょう! これ以上はあちらを学習させるだけです!」

 

「解っているが――! まだこの子には言いたいことがだな!」

 

「だったらぶつければいいじゃないですか! 言葉でも、拳でも!」

 

「そういうのは男の子の流儀だろぉ!!」

 

 僕は周囲の同胞を切りつけながら、引き寄せていく。STを稼ぐことと、決着をつけるならば、取れる選択肢が一つあるためだ。

 

「期待されていないことでしか成果を残せない無能、だったか。アンサーガ、それは確かに不憫だろうね」

 

「憐憫は関心しないなぁ。歩み寄るのに、憐憫って一番ふさわしくない感情だと思うよぉ」

 

 同胞たちの攻撃は、可能な限り無敵時間を使わずに回避していく。先程まででSTを使いすぎた。今現在、僕に最上位技までコンボを繋ぐSTがない。

 加えて、あまり無敵時間を使うことで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「まぁ聞け、たしかに君に私が感じているのは同情だ。上から目線は否定しない!」

 

「――そもそも、同胞かと見間違うほどにボロボロだった君を、縫い直して上げたのは誰だよ。ああ、そこの男なんていうなよぉ? きっかけがなければ、ずっとこのままだった甲斐性なしなんだから!」

 

 ――ここまで、僕たちは同胞を一匹も倒していない、ある意味それは、アンサーガが何かを失っていないことを表す。

 歩み寄るとしたら、そこは非常に重要な部分だと感じたのと、

 

「君だっていいたいんだろ? そのとおりだ、そして、私が同情を感じる最大の理由はそこに在る」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というゲーマー志向。今更何を、と思うかも知れないが、案外僕のモチベに、こういうのは大事だったりするのだ。

 

「――()()()()()()()()。私の心を見つめ直すきっかけをくれてな!」

 

「どこまでも上から目線だなぁ!」

 

 さて、あっちの口喧嘩も、だいぶ温まってきたようだ。僕の方もSTを溜め終わった。そして、周囲の同胞をひとまとめにして――

 

「さぁ、始めるぞ……“C・C(クロウ・クラッシュ)”!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――お前!!」

 

 それにアンサーガが気付く、けれど遅かったな。アンタの同胞多数は、培養ポッドから溢れ出た培養液で押し流されたぞ!

 

「――決めるぞ!」

 

「はい!」

 

 即座に、移動技で師匠たちの元へと急ぐ。途中、押し流されなかった同胞に概念技を叩きつけて――ここまで遠慮してきた分、あちらにはまだ体力的な余裕があった――コンボを稼ぎつつ、接近する。

 

「ああああッ! “D・D(ディオライト・ダスト)”!」

 

 ――広範囲ノックバック。焦れたアンサーガは、それを師匠に叩きつけたのだ。しかし、

 

「――“C・C”!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()。それにより、師匠の身体はノックバックから解き放たれ、逆に僕の概念技のノックバックでアンサーガの方へと吹き飛ばされる。

 

「なっ――」

 

「悪いな!」

 

 ――僕は、その後襲ってきた衝撃をSSで透かす、しかし、一秒では足りない。

 

「――“B・B”!」

 

 だから、

 

「――ッ“S・S”!」

 

 SBS、更に時間をかせぐ!

 

「…………今の、なにかなぁ?」

 

「答える義理はない!」

 

 先にアンサーガへと接近していた師匠が、斬りかかる。

 

「“C・C(カレント・サーキット)”!」

 

「……“O・O(オールド・オブシディアン)”」

 

 遠距離技、無敵時間で透かしつつ、アンサーガは反撃を仕掛けるが、

 

「“T・T(サンダー・トルネード)”!」

 

 先出しの近距離攻撃は、無敵時間ですかされるのが定めだ。しかし、反撃に振るわれた槍は、アンサーガに当たらない。

 

「“G・G”」

 

 移動技。アンサーガが師匠から逃れて後方に下がる。ああけれど――

 

「――“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――ッ、“B・B(バサルト・ブロック)”!」

 

 間一髪、アンサーガの防御が間に合った。そしてこの位置、状況、コンボ。()()()()()()()使()()()()()()()

 その場合、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「何だ――!? ――――“G・G”」

 

 アンサーガはノックバックを使わなかった。移動技で再び距離を取る。僕も移動技でそれを追う。チェックメイトは避けられた。ゴリ押しにも程がある連続王手は、けれども実らず、追いかけっこが続くのだ。

 

 ああ、しかし。

 これで準備は整った。移動した先で、二度、三度。刃を交え、概念技を叩きつけ合う。アンサーガにはBBがあり、こちらの攻撃はほとんど通らない。逆にアンサーガは攻撃を何度もぶつけるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 師匠も加わり、三者三様、ひたすらに刃をぶつけ合う。

 激しく火花が飛び散って、僕らは幾度となく交錯した。

 

 ――やがて、それぞれのコンボが完成する。

 

「――――ッッ! ルエ!!」

 

「アンサーガッッ!!」

 

 少女が互いの名を呼んで、

 

「君はそんな不確かな救いに縋るべきじゃない。また何時壊れるかわからない、君の心は砂の城だ」

 

「それがなんだ! 私には、地獄の河原で繰り返す砂遊びに、付き合ってくれる奴がいるんだよ」

 

「そんなものより、僕の方がいいと言っている! また同胞に戻れ、ルエ!」

 

「――お断りだ! 来るなら君の方から来い、アンサーガ!」

 

 ああ、随分とお互いに感情的で。

 アンサーガも、これならば救いが在るかと、願わずにはいられない。

 けれど、今は彼女に勝利することだ。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 SBSであれば、強引にノックバックを乗り越えて、更には最上位技でアンサーガを倒せるかもしれない。けれど、それは僕としても分の悪い賭けだ。

 ()()()()()()()使()()()。先にSBSという不可解な現象を見せることで、創造者として優秀なアンサーガは、その答え(アンサー)を推察する。

 そうなれば、ノックバックを僕が無視してくる可能性も、推察してしまう。

 

 無敵の必殺技が、致命的な隙になってしまうのだ。

 

 先に同胞たちを水に流したことで、これでもはやアンサーガは、()()()()()使()()()()()()()()。なら後は、僕らが彼女を上回るだけだ。

 

「――――ああ。もういいよ」

 

 アンサーガが、おろしていたぬいぐるみを抱え直し。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

「全部ぜんブ、呑まれテ消えてシマエ」

 

「――来る!」

 

 師匠が叫び、そして。

 僕が前に出る。

 

「無駄だよ、僕の最上位技は、()()なんだから――」

 

「――やってみせなよ、アンサーガ!」

 

 互いに、構え、

 

 

「“L・L(ルーザーズ・リアトリス)”!」

 

 

「“I・I(イミテーション・イリュージョニスト)”」

 

 

 僕が剣を巨大化し、振り抜いた。

 

()()()()()

 

 それが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ――そう、アンサーガの最上位技、イミテーション・イリュージョニスト。これには、()()()()()()が存在する。同時に最上位技を放った場合、間違いなくこちらの攻撃がすり抜けるほどに!

 

 ああ、けれど。

 

 

()()()()()()()()()()()()()ォォ!!」

 

 

 僕は構わず剣を振り抜いて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――――」

 

 それは、

 

 ポカンと呆けたアンサーガごと、僕らを飲み込んで。

 

 ――アンサーガの最上位技の効果が続く。その効果は非常にシンプルで、非常に範囲の広いオールドオブシディアンだ。移動技一つでは逃げ切れないほどの。

 

 故に、僕はその影に呑まれる。けれど――

 

「――――“E・E(エレクトロニック・エクスポート)”ッ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 そして、

 

 師匠の最上位技は、

 

 

「“L・L(ラストッ・ライトニング)”ッッ――――!!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()! この培養液の海も、アンサーガの攻撃も関係ない。

 

「ル、エ――――」

 

 寸分違わず、アンサーガへと、突き刺さり――

 

 

 ――アンサーガは、概念崩壊するのだった。



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58.墜ちていきたい。

予約投稿のミスにより二話分あります。


 ――何かが僕に叩きつけられる感覚と共に、僕の意識は復帰した。

 実を言うと、アンサーガへの決着はかなり僕の無茶が絡んでいた。具体的に言うと、僕はアンサーガの最上位技を回避できないのに、自分で培養ポッドを叩き壊すために、概念崩壊した上波に呑まれることが確定なのだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()上で、僕はアンサーガを培養液で押し流したのだ。

 

 概念崩壊の痛みと水流で完全に意識を手放していたが、師匠が復活液を叩きつけてくれたおかげで、なんとか復帰できたわけだ。

 

「はぁ、はぁ……ほんっと君は、バカじゃないのか……!? いや、それを相談なしで乗ってしまう私も私だが……」

 

 師匠の愚痴が耳に入ってくる、迷惑をかけてしまって、大変申し訳無い、さっさと起きて謝りつつ、アレを回収しないと――

 

「あ、しまった。思わず復活液をかけてしまったけど、人工呼吸のチャンスじゃないか! ちくしょう、今から――」

 

「――なんか急に抜け目なくなりましたね師匠?」

 

 むくりと起き上がる。さり気なく顔を近づけていた師匠をそっと引き剥がしつつ、さらに立ち上がった。油断も隙もないんだからまったく。

 

「ありがとうございます。助かりました」

 

「だったらキスの一つくらい、ご褒美でくれてもいいと思うんだけどな!?」

 

「前払いしましたよね?」

 

「むーーーーーーーー!!!」

 

 ふくれっ面の師匠をさておいて、僕はさっさとアンサーガの元へと向かう。さてどこに行ったかと思ったが、割と近くにぽてっと倒れて落ちていた。

 意識は、なさそうだ。

 が、しかし――近づいてみてふと気がつく。このサイズの少女を僕が弄るのはかなりマズいな?

 

「……えーっと、師匠。アンサーガの首元の首飾りを取ってもらえますか?」

 

「あ、うん」

 

 パタパタと近づいてきた師匠が、視線をそらしながら言う僕に、優しい目でうなずくと、アンサーガをごそごそし始めた。

 正直師匠でも割と絵面が犯罪的であるが、視線をそらしつつ待つこと数秒。って案外早いな?

 

「これか?」

 

 手にしているのは、ひし形のペンダント。こったデザインをしているが、このデザインは「スクエア・ドメイン」のタイトルロゴである。つまり、四作目の重要アイテムだ。

 そりゃまぁ、主人公が使うのだから当然だけど。

 

「ええ、それです。……悪いけど、こいつはもらっていくよ、アンサーガ」

 

 師匠からペンダントを受け取りつつ、つぶやく。――正直なところ、アンサーガは途中からコレのことを忘れていたんじゃないかと思うが、まぁ一応。

 ゲームでも、別のことに執着するうちに最終的にこれを目の前で使っても無反応になるからな。

 

 なのでまぁ、そこまで気負わずにもらっていく。半失敗作の半ば同胞という評だったが、こいつは十分完成品だ、というのもある。

 

「それで、こいつが――」

 

「はい、概念起源を持たない概念使いが、後付で概念起源を習得できるものになります。効果は一律、強力な概念起源と比べると効果は見劣りしますが――」

 

 少なくとも、使用回数が非常に限られるラインやリリスのそれと比べると、効果は微々たるものだ。もちろん、師匠のそれにだって、場合によっては敵わない。

 

 だが――

 

「――()()()()()()()()使()()()()()()()()()()

 

「って聞くと、反則にしか聞こえないよな、これ」

 

 つぶやきながら、僕の身につけたペンダントを弄ぶ師匠。ジリジリと距離を詰めるのをやめてください。

 

「まぁ、もっと大事なものを前借りしているに過ぎないんですけどね」

 

 なんて話をしながら、とりあえずこの場を離れようか、というところで――

 

 

「――――くふ」

 

 

 アンサーガの、笑みがこぼれた。

 

「……!?」

 

「くふふ、くふふふふ、くふふふふふふふ」

 

 僕らが視線を向けると、アンサーガがゆらりと起き上がった。――いや、起き上がるのが速すぎる、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にしても、復帰はもう少し先のはずだ。

 

「――どうする?」

 

「どうするも何も、()()()()()()()()()()()()。様子を見るしかないです」

 

「くふふふ、わかってるわかってるわかってるねぇ、うんうんうん。やってくれたじゃあないか」

 

 アンサーガの顔に、苦痛は見られない。本当に概念崩壊しても構わず動けるのか? ――いや、それなら後付装置を取れるはずがない。

 つまり、彼女は――

 

「――ああ、もう。怒りで痛みなんて吹き飛んだよ」

 

「ただのやせ我慢じゃないか!」

 

「くふふふ、君の痛みだと思えば、それも悪くないかなぁってね」

 

 くすくすと笑うアンサーガはどうにも楽しそうだ。いや、何がそこまで面白い? 面白いことなんてなにもないだろ、負けたんだぞ? 奪われたんだぞ?

 

「しょうがないから、そいつは君にあげるよぉ。そのまま男に横流しするのは気に入らないけどぉ、でもそうやって扱われるのも悪くないかなぁって」

 

「歪み過ぎじゃないか!?」

 

 叫ぶ師匠を前に、けれども僕は違和感が拭えない。そもそもだ。アンサーガには色々と不自然な点が多い。一番不自然なのは――

 

「――敗因」

 

 ()()()()()()()()()()()()だ。どこで知った? 知れる方法なんてあるはず。

 

 ()()()()()

 それも――一つしかない。

 

「やっぱり君はつよいねぇ、つよい、つよい。すごいよぉ。ああでもでも――ちょっと自分の知識を過信しすぎかも」

 

「――――――まさか」

 

「……君?」

 

 気がつく。おい、待て、ありえないだろう。傲慢龍ならまだしも、君は立ち上がる無能(スローシウス・ドメイン)だろ!?

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。なんて、そう思っちゃってさぁ」

 

「――師匠!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()を見て、僕は即座に師匠へと手をのばす。ああけれど、少し遅い。目の前にいながら、師匠に手が届く前に。

 

 

「じゃあ、行ってらっしゃい、奈落の底へ」

 

 

 アンサーガは、その衣物を起動した。

 

 

 ◆

 

 

「――――師匠! 手を伸ばして!!」

 

 叫ぶ。

 落下しながら、その重力に耐えながら、僕はがむしゃらに手を伸ばす。

 

「あ、ああ!」

 

 師匠もまた、同様だ。

 

 ――アンサーガが起動した衣物の効果で、僕たちはそこにいた。

 

 ()()。そう呼ばれるダンジョンに。僕たちがあの遺跡に突入するために落ちていった深い深い奈落の穴。そこを再び、僕たちは落下していた。

 

「くううううううう!」

 

「概念技は使わないで! ()()()()()()()()()()()()()!」

 

「そんなこと、言われても!!」

 

 僕たちはただただ叫び、手をのばす。

 困惑しっぱなしの師匠と、なんとか師匠をつかもうとする僕。

 

 数分の格闘。お互いに、落下しながらもなんとか歩み寄って、時に風に飛ばされて、そしてまた近づいて。

 

「――よし」

 

 ――――掴んだ。

 

「…………ふ、ぅ」

 

 お互い、一息つく。今も落下を続ける僕たちは、その衝撃にさらされているが、概念化をしている以上、一定値を超えることはない。

 慣れてしまえば、なんてことはない速度であった。

 

「……何が起きているんだ?」

 

「アンサーガの衣物です。“奈落の万華鏡”――アレを使うと、僕たちはこのダンジョン――奈落を無限にループさせられるんです」

 

 今現在、僕たちはアンサーガの衣物によって強制的に、この奈落へと転送させられた。さらに言えば、ここに至るまで、先程ダイブした際に落下した距離よりも明らかに落ちているにも関わらず、下が見えない。

 

 僕たちは、この奈落を無限に墜ちているのだ。

 

「え? 無限に……? どっかで止まったりしないの?」

 

「しません、なんなら僕は寿命がないので、数百年、数千年余裕で墜ちれます」

 

「私は寿命で死ぬまで墜ちれるのか……」

 

 ――そもそも、なんでこんな事になったか。なんでこんな衣物があるにも関わらず、僕がそれを全く頭に入れていなかったのか。

 ()()()()()()()()()だからだ。これが完成するのは4の時代、ルーザーズの頃には存在していない衣物なのである。

 

 だから完全にノーマークだったわけだが、それをムリヤリ使えるようにしてくるやつがいた。()()()()()()()()()()()。傲慢龍に未来を教えたように、奴はアンサーガにこの奈落の万華鏡の存在を教えたのだろう。

 

 それ自体は考えて然るべきだったかもしれないが――僕は考えなかった。なぜなら機械仕掛けの概念は傲慢龍に負けず劣らないプライドの持ち主で、アンサーガを無能と切って捨てた存在である。

 矮小なアンサーガに関わることすらためらうだろう存在で、道を指し示すなど以ての外だからだ。

 けれども、マーキナーはそれをした。おそらくは、僕を追い詰めるための手段として。

 

 まったく、ろくでもないことを考えるものだ。さて、それにしても、ここからどうしたものかなぁ、と考えていると――

 

 

 ――ふと、僕の手をにぎる師匠の力が強くなって、目をやると、()()()()()()()()()()()

 

 

「……師匠?」

 

「う、ううう……君への気持ちを自覚して、その上でさぁ、寿()()()()()()()と、ダメだ、耐えられない!」

 

 なんとか涙を流すまいと耐える師匠。それでも、ぽろぽろと、涙は溢れていく。ああ、そうか――

 

 

()()()()()()()()()()()! 私はいつか死んでしまうだろ!?」

 

 

 ――師匠は、普通の人だったんだよな。

 

 寿命の差。僕をアンサーガが()()()()()と呼んだ今、もはや完全にその存在は確定的となった。である以上、僕は不老長寿の――それこそ大罪龍と同一の存在だ。

 年を取らず、変化しない。

 

 師匠は違う。成長し、老いていく。

 

 ああ、そりゃあ確かに辛いよな。

 

「師匠――」

 

「エンフィーリアが羨ましいよ! 君と恋人になったのは、彼女が先だったから、しょうがない! でも、君と一緒にいられるのは彼女だけなんだ! そのことが、私は羨ましくて、妬ましくて仕方がない!」

 

「……それじゃどっちが、嫉妬龍かわからないですよ」

 

「――しょうがないだろ! 恋しちゃったんだから!」

 

 なんて、言ってから顔を真赤にしないでくださいよ。こっちまで照れるじゃないですか。――それと、僕の恋人はフィーですからね。

 

「……ああもう、師匠」

 

 でも、ここにいるのは師匠で、師匠は今、泣いている。僕にはそれを拭える手があるのに、拭わないのは不義理が過ぎる。

 ――そんな僕を、フィーだって見たくはないだろう?

 

 腕を引いて、抱き寄せて。

 

 涙を拭う。

 

「もう、師匠なんだから――泣かないでくださいよ」

 

「あ――」

 

 そして、

 

 それに、と僕は続けた。

 

 

「師匠は、ずっと僕と一緒です」

 

 

 どこをどう切り取っても告白だけど、ああでも、そうとしか言いようがなくて。

 だからそのまま続ける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――あ。……あ?」

 

 ふと、思い出したというように、その上で理解が行かないというように。

 

「言ったじゃないですか、本来の未来で、師匠は幽霊になって数百年過ごした後、弟子となる少女と出会うって」

 

「う、うん」

 

「あれ、別に強欲龍に殺されたからじゃないですよ。()()()()()()()()です」

 

「……私の?」

 

 ――師匠の概念起源、紫電。雷撃を扱う概念だが、中でも突出している分野は()()()()である。そして、プラズマはオカルトの世界ではこう言われる。()()()()()だと。

 

 科学的な根拠など一切関係なく、()()()()()()()()()()()()という理由。だから師匠の概念には、幽霊化の特性が備わっている。

 

 それは、リリスが何年経っても、永遠にあの美貌を保ち続けるように。()()()()()使()()()レベルの素質を持つ概念使いは、時折概念の影響が概念化していなくても漏れることが在る。

 師匠の場合は、死後の幽霊化だ。

 

「え、それ寿命で死んだらお婆ちゃんにならない?」

 

「自由に姿を変えられるので、大丈夫ですよ」

 

 ゲームでも、割と度々師匠の衣装は変わっていたからな。ちなみに胸を盛らないだけの理性はあった。そして、それを聞いた師匠は停止する。

 

「…………」

 

「……師匠?」

 

「……………………」

 

「師匠ー?」

 

「……………………………………………………………………………………よかったぁ」

 

 そのつぶやきは、心の底からの安堵だった。

 

「ほんと、よかった。君を置いていかなくて済んで」

 

「あはは……ありがとうございます」

 

「――だから、絶対に離さないぞ?」

 

 やがて、気がつけば。

 ぎゅっと師匠は僕に抱きついていた。また離れると大変なので、それはそれでいいのだけれど、師匠の僕を抱きしめる手の力が強い。

 ああ、少し、背中がくすぐったいな……

 

「なぁ――」

 

 やがて、その顔が少しずつこちらに近づいて――

 

「…………そういえば、どうして君って最初は名前を名乗らなかったんだ?」

 

「あ、そこで話が逸れるんですか?」

 

「いや、君の名前を呼ぼうと思ったら、急に気になって――」

 

 ――ああうん。今も僕、基本的に名乗らずに敗因、とか、師匠の弟子とか言ってるからな。最初のうちは名乗らなくって、理由は世界観に現実の名前がそぐわないから。

 すごいけったいな本名してるんだよな、僕。

 で、ハンドルネームならそんなでもないんだけど、こっちは別の理由で嫌だったのだ。

 

「名乗り始めたのは、山奥の村辺りからか?」

 

「そうですねぇ。実はこの名前、ちょっと色々ありまして……」

 

「親と名前は自分で選べないからなぁ……」

 

 いや、ハンドルネームは自分で選んだ名前なのだけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()も時にはあるのだ。

 ああ、思い出すと恥ずかしくなってくるので話題変えよう。

 

「というか師匠、離してください。もう落ち着いたでしょう?」

 

「いやだ! 絶対にいやだ!」

 

「こんなところフィーに見られたらどうするんですか。あらぬ誤解――でもないですけど、うけますよ! 色々と!」

 

「望むところだ!」

 

「わがまま言ってないで――――」

 

 なんて、口論になったところで。

 

 

「――――――――誰に見られたら、ですって?」

 

 

 声が、した。

 

「あ」

 

「あ」

 

 ――――僕らが、今の今まで、絶体絶命の状況にありながら落ち着いていた理由。

 完全に話題が脱線していた理由。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()がために、僕らはこうも落ち着いていたのだ。

 

 理由は、フィー。彼女にはあることを頼んでいたのである。

 

 

“この、阿呆な恋人同士のような連中が、そうか? 嫉妬龍”

 

 

「恋人はアタシだって言ってんでしょ!? ――()()()()()()!!」

 

 

 彼女は今、龍の背に乗っていた。なにせ本人が飛べないから。

 ――彼女を乗せる龍は、大罪龍。

 

 

 ()()()()()()()()()

 

 

 どっしりとした体格の龍が、羽ばたいて。

 

 師匠に抱きしめられた、僕を見下ろしていた――




間違えて2話予約投稿してしまいまして、書き溜めに余裕がないため明日はお休みさせていただきますい。
申し訳ありません。


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59.親ばかのそしりは免れない。

明日はないといったな、すまんありゃ嘘だ。
書き溜めがなくなったら休みますので、それまでは続けることにしました。


「――――それで、弁明は?」

 

「まず、あの状況で手を放すとどちらかが奈落に呑まれる可能性がありました。互いの存在をキチンと知覚しておかないと、虚数空間的なものが危険です」

 

「…………泣いてる私を、抱きしめて受け止めてくれたんだ」

 

「ギルティ!」

 

 ダン、と地面を踏みしめて、正座する僕にフィーは精一杯威圧する。横でめちゃくちゃテレテレしている師匠が気になってしょうがないが、一瞬でも意識を向けた途端に何が飛んでくるかわからないので、僕はひたすら目の前のフィーだけを見つめ続けた。

 

「なんでそうなるのよ!? なんで落としてるのよ!? なんで照れてんのよーーーーー!!!!」

 

 ダンダンダン! 盛大に地団駄を踏みまくるフィー、もはや怒りは烈火を越えて、怒涛のごとく押し寄せる。もはや僕は弁明を辞めた。

 いや、そもそも一言しか許されていないが、ギルティ判定が下ったため黙るしかない。

 

「はぁ……はぁ……とりあえず立って」

 

「はい」

 

 言われるがままに立ち上がる。

 

「――――――――私にもやって」

 

「はい」

 

 ぎゅーっと抱きしめた。

 

「――――――――――――――――許す」

 

「はやっ!?」

 

 思わず叫んでしまった。

 

「んふふー」

 

「ずるいぞ!?」

 

 言って、師匠も僕に抱きついてきた。

 ちょっと!?

 

「ちょっと!?」

 

「ふふふ、そりゃあ君から抱きしめてもらうのは、マナー違反かもしれないが、私は私がやりたくて抱きついているだけだ! それを君に文句言われる謂れはないな!!」

 

 ――シンクロする僕らに、師匠はドヤ顔で言ってのける。いやいやいや、貴方そんなキャラじゃないでしょう。いや、それを言ったら勘違い云々もそうなんだけど。

 

「あるでしょ!? 私のよ!? ああもう! めっちゃくちゃ可笑しくなってるじゃない!? どうしちゃったのよ!?」

 

「いや、僕もここまでおかしくなるのは予想外で……ええっと、なんだ?」

 

 ああ、助けてリリス。この状況を解説できるのは君しかいない。一体全体、どうしたらあのクソ真面目で恋愛嫌いな師匠が、ここまで色ボケになってしまうんだ?

 

「これ本当にルエなの? なんか途中ですり替えられてない?」

 

「失礼な、私は私だ。これは、やっと見つけた私の側面だ。――君が見つけてくれたんだ」

 

 抱きつきながら、潤んだ瞳で見つめてくる師匠、いよいよもって限界が近いらしいフィーは、なんとも言えない表情でコッチを見ていた。

 ――怒りと、それからその怒りに並びうるほどの困惑である。まぁこれは、困惑しないほうがどうかしている。僕だって困惑してる。

 

 そして、

 

 

“――――それで、そろそろ本題に入らせてくれ、嫉妬龍”

 

 

 この阿呆みたいな状況を()()()眺めていた怠惰龍スローシウスが、ため息交じりにつぶやいた。

 

 ――現在、僕らは怠惰龍の棲家にやってきている。そもそもの話、僕らが助かったのはフィーにスローシウスを呼んできてもらうよう頼んだからだ。

 何かしら不測の事態に陥った場合、脱出の方法として考えられたのが空を飛ぶことのできる怠惰龍である。まさかこのような形で使われると思わなかったが。

 

 ついでに言えば、今回のダンジョンアタックが想定通りに進んだ場合、怠惰龍のもとへ向かう必要がある。今回のような場合、ちょうどいいので、どちらも済ませてしまおうという狙いがあった。

 

“……同じ大罪龍だ。幾ら私が怠惰だろうと、お前がそこまで必死になるなら助けよう。しかし、しかしだ……私はこの茶番を見せつけられるためにこいつらを助けたのか?”

 

「……いや、面目次第もない」

 

 反省の意を込めて視線を伏せる。

 フィーが気まずそうに僕から離れ、師匠はまるで何事もなかったかのように怠惰龍へと歩み寄っていった。

 

「いや、失礼した。久しいな怠惰龍。この辺りにアビリンスを築いた時以来か」

 

 フィーと二人して、眼を見合わせた。あまりにも一瞬で意識を切り替えて、いつもの師匠に戻るものだから、思わず驚いてしまったのである。

 この辺りの切り替えの速さは、本人の気質も大きいか。

 

“――ふん、随分と雰囲気が変わったな? 紫電のルエ”

 

 対する怠惰龍は剣呑だ。怒ることすら億劫――というような態度だが、そこはデフォルトである。どのような感情を抱こうと、それを顕にするのを怠惰龍は面倒がる。

 まぁ、怠惰なのだから当然だけど。

 

 ――逆に言えば、言葉からどれほどの感情が怠惰龍の中に在るかわからない、ということでもある。

 

「いや、ちょっと人生の転換点とでも言うべき出来事が起きただけだ。それに、君との会話に私情は挟まないよ」

 

“なら、ここに来るまでに済ませて来い”

 

「それはそれ、これはこれだ」

 

 本当に普段と変わらない様子で話をすすめる師匠を、僕らは変なものを見る眼でみながら、とりあえず気を取り直して話に移る。

 ――アンサーガの件と、それから機械仕掛けの概念の件だ。

 

「失礼、怠惰龍。フィーからはどこまで聞いている?」

 

“お前たちが、父と対立していること。お前が()()()であるということ。そのために、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということ”

 

 ――概ね全て、だな。

 といっても、僕が機械仕掛けの概念の器である、というのは最近まで推測でしかなく、先程アンサーガと対決してようやく確定した情報なのだが。

 

“……お前は面白いことを考える。父が我々を生み出したのは、人に試練を与えるためだ”

 

()()()()()

 

 ――――僕のその言葉に、怠惰龍は大きくため息を付いた。億劫なのだろう、話をすすめるのが。

 

 さて、ここで確認しておこう。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 とても大事なことだ、ドメインシリーズは、そもそも設定すらなかった初代を除いて、その全てが5で機械仕掛けの概念(ドメイン・マーキナー)を倒すための物語である。

 五作に渡って大罪龍と対決し、最終的に現れたマーキナーと対決、ゲームでは勝利した。

 

 で、そもそもだが、マーキナーは現在、この世界には存在していない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 大罪龍は楔であった。ただし、その楔を用意したのはマーキナーなのだが。

 

 つまるところ、マーキナーはこの世界の創造主であるが、この世界に直接干渉することができない。干渉するためには人類が大罪龍を倒さなければならず、マーキナーの狙いは()()()()()()()()()()()()()()であった。

 そして、星衣物はその予備だ。万が一人類が大罪龍と和解した場合、そちらを破壊すれば問題がないように用意された、保険である。

 

 なので、人類に場合によっては与する可能性のある嫉妬龍と怠惰龍は、星衣物が()()()()()()存在になっている。

 嫉妬ノ坩堝と、アンサーガ。前者は意思がなく、後者は人類の敵となりやすい。

 

 ただし。

 

 マーキナーは性格が悪い。

 必ず人類に与することとなる色欲龍の星衣物のみ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というトラップがある。

 これは、今後どうにかしなければいけない課題なのだが、今は怠惰龍だ。

 

 そう、現在僕たちは――

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()スタンスになりつつあった。加えて――そもそもの問題。アンサーガを討伐するとしても――

 

 

“――娘を殺すと眼の前で言われて、許容できるはずがないだろう”

 

 

 怠惰龍が、それを許さない。

 

「あったりまえよね……なんでそれで行けると思ったの?」

 

「まあ、直接相対してみて、方針は変わったよ。――怠惰龍、僕らは君もアンサーガも、死ななくていい道を目指す」

 

 アンサーガ。

 本質は、クロスオーバー・ドメインにおけるフィーと変わらない。彼女は今、()()()()()()()()()()()()。いずれ世界の敵となるとしても、()()()()()()()()

 

 はっきりと分かった。アンサーガはフィーよりも更に危ういが、()()()()()()()()()()。そりゃあ遺跡にやってきた概念使いが犠牲になっていたりするけども。ただ、ゲームでも言われているが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()するので、そこはまぁ仕方がない。

 目の前に無数のダンジョンがあるのに、何が在るか解っていない未知に突き進むのは、蛮勇か無謀であった。

 

 だからこそ、僕らは怠惰龍に提案する、()()()を。

 

“――方法はあるか”

 

「ある」

 

“その方法ならば、確実に娘は救えるか”

 

「……確実、とは言えない」

 

“なら――”

 

 ――ただ。

 

 

()()()()、それでいいだろう”

 

 

 こうなるのだ。

 

「ちょっと! 可能性の検討すらしないの!?」

 

“必要ない、億劫だ。――お前はいずれ父に勝つのだろう。だが、だとしてもそれは私に何の関係がある”

 

 ――怠惰龍は、文字通り怠惰であった。

 変化を好まず、進歩を疎み、現状維持を信条とし、過去を省みることもしない。ただ、今が今のまま流れることを望む龍。それが怠惰龍。

 

 ただ、その中で唯一優先されるもの、それがアンサーガであった。

 

“私が死ねばそれで良いのだろう? 娘が危険をおかす必要がどこにある。()()()()()()()のだ、何も、変化はいらぬ”

 

「――変化ならしたぞ、アンサーガは私に執着した。それに、今回は私達がそうだったが、私達がしなくとも、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

“――”

 

 彼女に執着を与えることは、彼女の暴走を意味する。

 アンサーガとは、執着により暴走する存在だ。ゲームではアルケに、ここでは師匠に。ただしそれは、ルーザーズに置いての話。

 

 スクエア・ドメイン――四作目では、さらに変化する。

 

「執着したアンサーガは、いずれその執着を多くのものへと求める。()()()()()()()()()()()()()()()()()()まで、奴は止まらない」

 

“――――百夜。孫娘か”

 

 白光百夜。

 

 あの研究所で見た、アンサーガの娘。師匠を生贄に、産み落とされようとしていた()()()()()()()()()()()()()()。彼女の最終目的は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだ。

 

「怠惰龍、アンタが望もうと望まざると、アンサーガは変化しなきゃいけないところに来てるんだ。だから、頼む。その変化をアンタも受け入れてくれ」

 

“――断る。面倒だ、億劫だ。放っておいてくれればそれでいいのだ。あの子に、何の罪もないのだぞ?”

 

 怠惰龍は、重苦しく、口を開いて、そして語る。

 

“この世には、罪がなくとも罰を受けなければならない存在がいる。それは、生まれた時からそうであることを定められている。お前ならよく分かるだろう、嫉妬龍”

 

「……そうね、私もそうだったから、それは分かる」

 

“――ならば、その罰を受けるまでの間、好きにさせてやってはくれぬか。たとえ、その結果が世界を破滅に導くものだとしても、その終わりが、自身の破滅だとしても”

 

 その感情は、怠惰の中に、一滴。

 大きな後悔と、そして――罪悪感が混じっているように思えた。

 

 

“それでも、娘に罪はないのだ。全ての罪は、娘を生み出してしまった私に在る”

 

 

 ――怠惰龍は、本当にふざけたことを言っている。まずもって、変革を否定するにしても、それが明確な信念によるものではなく、ただ()()()()()()()であること。

 もちろん怠惰龍がそういうふうに作られた存在であるから、それは仕方のないことだ。アンサーガがそうであるように、怠惰龍もまた罪深い存在である。

 

 だとしても、()()()()()()()()()()()()()()()。怠惰龍のそれは、明確な執着だ。怠惰という枠を超えた、明らかなまでに矛盾した感情だ。

 

 でも、だとしても――そんな理不尽が感情として成立することもある。

 解っていたことだ、()()()()とは、そういうものだと。

 

 大罪龍とは、七つの大罪、感情という罪は、そういうものだと。

 

 

「――気持ちはわかるよ、怠惰龍」

 

 

 そこで、口を開いたのは、師匠だった。

 

「今にして思えば、私の父も、決して正しいことはしていなかったのだろう。私を救うために、誰にも見つからない場所へと私を隠し――本当なら、可能な限りその場所に村人を誘導するべきだった」

 

 自身の手を見ながら、師匠はつぶやく。思い出しているのだろう、――師匠は父に憧れていた。しかし、その父が最期にとった行動は、決して正しい行動ではなかったのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それを恐れて、父は私だけをそこに隠した。おかしいよな、父は村を守る概念使いなのに」

 

“……何を言っている?”

 

「君と同じことだよ、怠惰龍。君は娘を守るために、君なりにそれがどれだけ非効率で理不尽だろうと、正しいと思う行動をしている」

 

 ああ、なぜだか、そうして語る師匠は、

 

 

「――()()()()()()()()。別に、一人の人間が常に正しいことをしなければ行けないわけじゃないんだ」

 

 

 ――とても穏やかで、満ち足りた顔をしていた。

 

「正しいことは、素晴らしいことだ。称賛されるべきことだ。誰の眼から見ても、否定しようのないものだ。でも、それを続けていると、人はいつか()()()()()()()()()()()()()

 

 師匠が、()()()()()()()ことしかできなくなったように。

 それに師匠が耐えられなくなり、心をすり減らしてしまったかのように。

 

「正しいだけじゃ、()()()()()()()()ができなくなるんだ。だから、君の正しくないは、正しくなくとも、()()()()()()

 

“……矛盾している”

 

「だから? ――君は、君の正しくないを貫くべきだ。それが誰からも否定されるものだったとしても、いやだからこそ、()()()()()()()()()()()べきだ」

 

 否定するもの、つまり僕と、師匠と――それからフィー。

 ああそうか、師匠の行動が読めたぞ。

 

「――私はそうした。決めたんだ」

 

 そして師匠は、自身を持って高らかに、宣言するのだ。

 

 

「だって、私の大好きな人がそうしているんだから。私も同じように、正しいも、やりたいも、自分のものにすることにしたんだ」

 

 

「……ったく、ほんっとバカみたい」

 

 どこか諦めたように、けれども少しだけ笑顔を浮かべて、フィーはそれにぽつりと漏らす。

 

「いいの? 師匠のしていることは、フィーが一番文句を言っていいことだと思うけど」

 

「良くないわよ。けどね、アタシ、()()()()()()()()()()()()()よ。優等生ヅラして真面目くさってるより、よっぽどね」

 

 何より師匠を焚き付けたのは自分でもある、とフィーは言う。あの時、僕のことが好きなのかと問いかけたことで、師匠の恋バナは始まったわけで。

 ようするにフィーは、()()()()()()()()()()のだ。だって、見下して文句を言うより、()()()()()()()()()()()()()()()のが、フィーだから。

 

「だから、ちょっとくらいは妥協してあげる。あんな幸せそうなルエ、見てるとこっちも幸せになれそうだし」

 

「ほんと、お人好しだよね。フィーって」

 

「なっ……違うっての! アタシはあくまで自分が気に入らないからそうしているだけで……ああもう! 撫でるな! 微笑むなー!!」

 

 再び怒り出したフィーが、頭を撫でる僕の手を掴む。ぶんぶんぶん、とそれを引き剥がして振って、けれども最後にその手を掴んで、こちらを見上げた。

 

「それに!」

 

 鋭く睨んで、けれども、次には優しく微笑んで。

 

 

「――――アタシを掴んでくれたこの手は、離さないでしょ?」

 

 

「――もちろん」

 

「なら、いい。私はそれで十分よ」

 

 二人でそうして頷きあって、僕らも怠惰龍へと向き直る。

 

「ああでも、二人で話し合って妥協点は決めておいてくれよ? いくら僕でも、両方から引っ張られると、ちぎれる」

 

「わ、わかってるってばっ」

 

 なんて、最後に話を終えて。

 そして怠惰龍は、

 

“…………くだらん。面倒だ”

 

 ――僕らの恋愛事情にしてもそうだろうが、何より師匠の言葉に、怠惰龍は嘆息した。

 

「なら、それでいい。私達は私達で、勝手にアンサーガを止めるだけだ」

 

 こちらの会話を横目に眺めながら、終わるのを待っていた師匠も、改めて怠惰龍を見て、呼びかける。

 

“…………”

 

 

「それを止めないなら、()()()()()()()()()()()()()というだけだよ、怠惰龍」

 

 

 ――その言葉に、

 

 怠惰龍は、ただ、ただ深く。

 

 息を吐いた。

 

 重苦しい息だ。存在の大きさによる質量も、そこに込められた感情も。ああ、なんだかフィーのときのことを思い出す。

 ()()()()()()()()()()()。直接、刃を交えない限り、そこに変革はありえない。

 

 でもって今、師匠は――その変革を否応なく踏み抜いた。つまり、宣戦布告だな。

 

 

“――――よかろう、名乗れ”

 

 

「……紫電のルエ」

 

 その言葉と共に、師匠の手には、見慣れた紫電の槍が収まって、

 

「――行くぞ!」

 

「……ったく、しょうがないわね!」

 

「ええ、行きましょう、師匠!」

 

 僕もフィーも、その言葉に否はない。さっきから随分と調子の変わっていた師匠の真意も知れた。怠惰龍と対決する意思もある。

 ならば後は、剣を抜くだけだ。

 

「――嫉妬龍エンフィーリア」

 

「敗因――アンタにそれを教える者だ」

 

 

“来るがいい、私は怠惰龍スローシウス。大罪の名を冠する七つ龍。その一つ首である――――”

 

 

 ここに、アンサーガと怠惰龍。

 

 怠惰をめぐる二つ目の戦いが、始まった。



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60.まどろみは忍び寄りたい。

 ――怠惰龍スローシウス。

 

 僕らとの会話の中でも、遺憾なくその怠惰を発揮したスローシウスであるが、その生態は人類にとっては非常に有用とも言える。

 要するに、何をしても怒ることがないのだ。今の時代はそうでもないが、傲慢龍が倒されると、世界に残る大罪龍のうち、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 故に、時折人類はスローシウスを使って腕試しをするようになる。腕試しをされる方にしてみれば、たまったものではないが、それを表に出すことすら億劫なスローシウスが、反撃に出ることはない。

 

 迎撃はしても、反撃はしない。

 今、目の前にある変化にしか気に留めないのが、怠惰龍の生態と言えた。

 

 ちなみに、人類以外にも強欲龍に腕試しを挑まれたりもする。そもそも戦うまでもなく強欲龍の方が強いのだから絶対に嫌だと怠惰龍は拒否したが。

 

 それ故に、人類にとっての怠惰龍とは、絶対に対立することない都合の良い的、であった。ふざけた話だが、何も問題はない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 挑めば、全滅。

 それが怠惰龍である。

 腐っても大罪龍、その強さは本物で、――そして人類は、怠惰龍に挑むものが現れる度に、思い知らされる事となる。

 

 

 ――怠惰龍が、敵でなくてよかったと。

 

 

 ◆

 

 

「――後悔ノ重複(ダブルクロス・バックドア)!」

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 僕とフィー、二人がかりの速度低下が、怠惰龍へと突き刺さる。怠惰龍は動かない。――怠惰龍に限らず、憤怒龍、嫉妬ノ坩堝と、基本的に大型の敵はあまり大きな動きを見せないが、怠惰龍はその比ではない。

 たとえ対決するとなっても、こちらが一撃を入れないかぎり動こうとしないのだ。

 

 なので、まずは速度低下である。いや、動かない相手に速度低下が必要なのかと言われると困るが、怠惰龍の場合()()()()()

 

“ふむ――”

 

「私も忘れてもらっちゃ困るな! “M・M(マグネティック・マインド)”!」

 

 ――3つ目の速度低下。ここで変な行動をするとバグが起きるが、そもそも止めを刺さないと意味がない。ついでにいうと、いくら効果が重複すると言っても、三つ目の重複は倍率が低い。

 二つの重複が五割低下という破格の数字なのに対し、三つ目を重ねても低下は六割である。とはいえ、六割だ、この数字は大きい。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

“ああ、面倒だ――――『カバリツケ』”

 

 直後、空から、

 

 ――風のギロチンが無数に降り注ぐ。

 

“『チリザイ』”

 

 続けざまに、

 

 ――炎の振り子が宙を舞う。

 

“『ズミタシ』”

 

 更には、

 

 地面が水に浸される。

 

“『タタキワレ』”

 

 最期に、

 

 止めとばかりに地が割れた。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 直接攻撃してこない『ズミタシ』を除く、全ての攻撃が、()()()()()()()()()()()()()()()。リリスの速度バフをもらってようやく同速。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――怠惰龍の戦闘。それは即ち地水火風の大暴走。()()()()()()()()()()()()()()()。そう考える怠惰龍のそれは、即ち名付けて『テンペンチイ』。

 そもそも、ゲームにおいて怠惰龍とは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。つまり、白夜と同じくシリーズ定番の裏ボスなのだ。

 

 それも、()()()()()()()()調()()()()()()()()クソボスとして知られる裏ボスである。先程も言ったが、怠惰龍は腕試しの相手として時折人類に挑まれる。

 

 正史――というか、ゲーム内で実際に起こった出来事としては、2にて帝国が討伐のために。3にて強欲龍が腕試しのために。

 他にも何度か、話の中では怠惰龍に人類が挑んだ話を聞くことができる。

 

 その全てに無敗。そう言われるだけの事はあり、()()()()()()()()()()。そして勝っても実績が解除される程度で、それ以上の恩恵はない。

 白夜は勝利すると強力な装備が貰えたりするが、こちらはそれもないのである。

 

 これは有名な話だが、2における怠惰龍は特にクソボスとして有名で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言われるほどである。

 お恥ずかしながら、この討伐の情報提供に僕は少し関わっていたりする。まぁ、本当にちょっとした検証のデータを討伐者にわたした程度だが。

 

 ともかく、ゲームにおける怠惰龍の強さの根源は『テンペンチイ』だ。今僕らに襲いかかってくる数倍の速度で、炎と風の刃が迫ってくるそれを、効果時間の終わりまで耐久する。

 まずはそれができて、初めてスタートラインだ。

 

「――ああもう! 全然近づけないわね!」

 

「焦れて攻撃しちゃダメだよ! 一瞬でも動きを止めるともってかれるから!」

 

 解ってる、と叫ぶフィーを他所に、僕も回避に集中する。ギロチンが降りてくる、無敵時間で透かす。横薙ぎの振り子、前に飛び込んで回避。そこで水に足を取られる、剣を地面に突き刺した。

 

 ――そして突き刺した地面が突如として割れた。

 

「う、おおお! “D・D”!」

 

 そこで無茶な態勢からの移動技。身体はバランスを崩し、僕は無茶な挙動のまま、地を転がっていく。だが、その間にも迫るギロチンを、その転がった勢いでやりすごし、振り子はコンボで無敵時間を利用した。

 師匠も、僕も、このタイミングは回避が手一杯だ。唯一――

 

「ああああっ! 怨嗟ノ弾丸(スリリング・ストライク)! 怨嗟ノ弾丸! 怨嗟ノ弾丸!!」

 

 フィーだけが、折を見て遠距離から攻撃を当てに行っている。とはいえそれも、ほとんど当てずっぽうで、相当な巨体を誇るはずの怠惰龍に、命中率が五割を切る時点で狙っているとは言えない。

 

「フィー! 無茶はしないで! 後方なら多少は弾幕が薄い! とにかく回避しながらやたらめったらに撃つんだ!」

 

「撃たなくていいとは言わないのね! フレンドリーファイアとか冗談じゃないわよ!!」

 

「上に向けて撃てばいいだろ!」

 

 師匠が叫び、それもそうかとフィーの弾丸が若干上向いた。ともかく今は弾幕の対処が精一杯で、何かをするにも手が足りない。

 この攻撃はいずれ終わるため、今は回避に専念だ。

 

 しかし、ゲームの頃は特にそうだったが、回避しかできないというのは、必要のない耐久を強いられているわけで、ストレスの元だ。怠惰龍のそれはシリーズ恒例であったため、もはや何も言うことはないが。

 ――そして、現実ではそれ以前の問題だ。終りが見えない、敗北が常に隣り合わせ。これでまだリリスがいれば違ってくるのだが、彼女を待てない状況が悔やまれる。

 

 だが、こうなってしまった以上はやるしかないのだ。怠惰龍を動かすにはフィーが心の底から説得する他なく、そこに駆け引きや嘘は絶対に混ぜ込めない。

 あの言動をする怠惰龍が、それでもわざわざ動いてくれたのは同胞であるフィーのためだ。少しでも色気を出せば、即面倒だと言われるのがオチだ。

 

 故に、いつものことながら僕らはここで勝つしかない。リリスが間に合うなどという考え方は甘えであり、()()()()()()のがいつもの僕らだ。

 

 だから――

 

“――ふむ、終わらぬか。億劫な”

 

 ――攻撃が止んだ瞬間に、僕と師匠は飛び出していた。

 同時。

 

「今度はこっちの番よ! 嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)!」

 

 フィーの熱線が飛んだ。

 

“……ふん”

 

 ああ、けれど――

 

 

“『マドロミ』”

 

 

 鋭い光線の如きフィーのそれに、怠惰龍の吐息のごとき熱線が激突した。拮抗する、しかし出力差は明らかだ。フィーの基本スペック、及び熱線の火力においてもそうだが、怠惰龍の熱線はとにかく規模が尋常ではない。

 

 ジリジリと、飲み込まれるようにフィーのそれが消えていく。

 

「――――っ!!」

 

 叫ぶことはなく、声にならない声が響く。彼女の表情は懸命だ。今にも吹き飛ばされて、熱線に呑まれてしまいそうなのが分かる。

 

 ああけれど、フィーが少しでも抑えてくれないかぎり、()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「フィー、解ってると思うけど、無理そうならすぐに退避するんだぞ! それに当たったら一巻の終わりだ!」

 

「――――ん、なの……わ、たしが……大罪龍が……一番良く……わかってる!!」

 

 抑え込まれながら、押し込められながらも、叫ぶ。

 怠惰龍の熱線、吐息は非常にシンプルかつ、やっかいな特性を持つ。()()()()だ。それは色欲龍の「士気錠卿」と本質は親しい。

 つまるところ、それを受けてしまえば一発で戦闘が終了してしまうほどの強力な異常。

 怠惰龍のもたらす状態異常、それは即ち、()()

 微睡みの名を冠するそれは、まさしく僕らを睡魔へと惑わせる、必殺にして最大効率の一撃。なにせ対策のない被弾は即座に睡眠を意味する。

 

 僕らの場合、対策とは即ちリリスだ。ここでも彼女の不在が僕らを追い詰める、とはいえ、いっそ覚悟が決まるという側面もある。リリスがいた場合彼女を守ることに意識を割かねばならず、どこかで受け身になる可能性もあった。

 ――だが、今は捨て身でいい。僕らはもはや、何も考えずにただ怠惰龍のHPを削り切ることだけを考えればいいのだ。

 

 いや、削りきってしまってはいけないのだが。

 ともかく、僕と師匠が一気に怠惰龍へと肉薄し、概念技で切り込んでいく。

 

「――“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

「“T・T(サンダー・トルネード)”――!」

 

 二人がかりで切りかかった僕らの一撃。挨拶代わりのそれは、けれども怠惰龍には届かない。地面をえぐり、現れた土の壁が、それを阻むのだ。

 

 加えて、僕らがそれを攻撃すると、壁は脆くも破壊され、()()()()()()()()()()()

 

“――『ツキカベ』”

 

 見下ろすように、怠惰龍はつぶやいた。

 

「――っ! 師匠!!」

 

「ああ!」

 

 二人は共に横っ飛びして、怠惰龍に対して剣を振るっていく。壁はその度に出現し、破壊されては礫を振り注がせる。けれども、その勢いは先程ほどではない。回避は容易で、なんなら剣で弾くこともできる。既に速度低下デバフは切れているが、それでも十分だ。

 

 そして、剣で弾けるということは、STを回復できるということでもある。僕らは回避に使ったSTを補充し終わると、行動を開始した。

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

「“E・E(エレクトロニカル・エクスポート)”!」

 

 僕と師匠が、飛び上がる。

 

“――ぬぅ”

 

「反撃開始だ、くそったれ!」

 

 熱線はフィーが受け持って、土の壁は僕らに届かない。戦闘開始してしばらく、()()()()()()()()()()()()()()()()。それでも、()()()()()()()()()()()()()()()だが。

 

 ――ここで、一気に攻め立てる。ゲームでは人数で『ツキカベ』を強引にこじ開けるのが定番だが、ここは現実だ。空を飛んで、壁を無視したほうが早い。

 

「――“G・G(グラビティ・ガイダンス)”!」

 

 一気にコンボを上位技まで持っていく。とにかく時間がないのだ。僕らの技は最上位技が最高効率。もはや猶予は一刻もない。

 

“億劫、億劫、億劫だ”

 

 嘆息し、けれども怠惰龍は微動だにしない。師匠も僕も、彼の身体を足場に、その側面をひたすらに駆け回る。切り刻み、突き刺して、それでも一向に変化はない。

 いや、変化はある。

 

 

「――――ああああ! ごめん!」

 

 

 ()()()()()()だ。コレばかりは、僕にも師匠にもどうしようもない。多少なりとも妨害できればよかったのだが、あいにくとそれは叶わなかった。

 

「大丈夫か!?」

 

「大丈夫! なんとか! ああでも――!」

 

“――もはや、遠慮はいらないだろう?”

 

 怠惰龍が、こちらを見つめた。――その口が開く。広範囲の『マドロミ』は僕の移動技では回避不可能。

 だったらSBS、いや危険過ぎる――なら!

 

「――――師匠ッ!」

 

 

「――オオオオオオオッ!! “E・E”ッッ!!」

 

 

 ()()()()()

 

“――――『マドロミ』”

 

 直後、

 

 師匠のEEが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

“何――?”

 

 放たれた吐息の熱線は、しかし、僕らをギリギリのところで掠めていった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。故に、それを僕にぶつけて、強引に距離をとった。

 そして、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 同時、

 

「――()()()()()()()、スローシウス!」

 

 熱線から逃げ切ったフィーが、完全にフリーとなる。これで、

 

 

「――――“嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)”!」

 

「やっとぶつけられるな! “L・L(ラスト・ライトニング)”!」

 

 

 二人の最大火力が、怠惰龍へと突き刺さる――!

 

“ぬ、ぅ――――”

 

 直撃。炸裂の爆音が戦場に響いて、更に僕らは動きを止めない。

 

「――やってください、師匠!」

 

「ああ! ――――“T・T(サンダー・トルネード)”!」

 

 さらに一撃、僕を師匠が概念技で吹き飛ばす。その勢いは、狙いは、一点集中。

 

 

「――――これも食らっとけ、“L・L(ルーザーズ・リアトリス)”!」

 

 

 最上位技を、その勢いままに叩きつける! そうしないと、この位置からは届かないのだ。幾ら剣を巨大化するからといって、リーチは師匠やフィーと比べると少し劣る。本来なら、それを気にする必要はないのだが。

 

“――――――――”

 

 そして、怠惰龍は沈黙した。三発、ここまで放ったのは強烈な一撃になったはずだ。師匠も、僕も、フィーも、無視できない一撃を放ったはずだ。

 通常のパターンでは、ここから再びテンペンチイに入る。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 故に、もう一度これを叩き込む。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

“――――ふむ”

 

 しかし、

 

“……やはり、お前たちは強いな”

 

 つぶやく怠惰龍は、そして、

 

“『カバリツケ』、『チリザイ』、『ズミタシ』、『タタキワレ』――”

 

 再び、『テンペンチイ』と。

 

 

“『()()()()』”

 

 

 ――熱線を、同時に放った。

 ―――――――熱線?

 

「――なっ!」

 

 一瞬、思考が停止してしまった。パターンの変化? いや『テンペンチイ』と『マドロミ』を同時に使用するパターンはなかっただろ!?

 ……ああもう、なんでだ!? 他のやつならともかく、()()()()()()()()()()()()()()()()()。だってあの怠惰龍だぞ!? 変化を嫌うこいつが、必殺のパターンを変えるはずがあるものか。

 

 ましてや、やつにとってこれが初めての戦闘のはず、初めての――――初めて?

 

 あ、ああ、ああああああ!

 

 そうだよ初めての戦闘じゃないか! 怠惰龍に人類が挑みだすのは、()()()()()()()()()()()()。この時代に奴は戦闘なんてしない。する必要もない!

 だから、それで、そんな時に僕たちだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それは変化ではない、怠惰龍は変化すらしていない。

 

 ()()()()()()()()()()のだ。

 

 

 ――それを、僕らが揺るがした。

 

 

 僕らしくもないミスだ。なぜミスをした? 慢心はない、侮ってもいない。この世界がゲームであり、現実であることも理解した上で、僕たちは行動してきた。

 ああ、いやそうか。()()()()()だ。

 

 この世界は現実で、()()()()()()()()()()()()()()()。師匠の心が、あれだけ頑なだったのも、嫉妬龍エンフィーリアを、フィーとして世界に連れ出すのも。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()そう思っていた。

 

 でも、師匠が変化したように。

 フィーが解き放たれたように。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだとしたら、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ああくそ、前提がひっくり返ってしまった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。()()()()()()()()()()()()()。だって過去の師匠とフィーの、怠惰龍との関係を僕らは知らないのだから。

 

 ああ、しかしそれはなんというか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のかと思うと、少しだけ申し訳なく成る。

 

 けれど、だが、ああ、だからこそ。

 

 

「――――エンフィーリア!」

 

「……ああもう! 解ってるわよ、ルエ!」

 

 

 この二人は、それをキチンと理解しているよな。

 

「“嫉妬ノ根源”!」

 

 直後、フィーの熱線が横から()()()()()()へと突き刺さる。けれども一瞬だけだ。なにせ地上は今、『テンペンチイ』の真っ最中。宙に跳ね上がった僕だけが、その影響を抜け出している。

 だから、熱線を止められるのは、一瞬だけ。

 

 そして、けれども、その一瞬で。

 

「“C・C(カレント・サーキット)”!」

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

「ッオオオオオオ!! “D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 その勢いを受け取って、僕はさらに加速する。狙いは『テンペンチイ』と『マドロミ』の範囲外。怠惰龍の手の届かないところへ、師匠たちが僕を逃してくれたのだ。

 

 

「勝ちなさい! アタシたちの大好きな――!」

 

「――最後を絶対に任せられる、君を私達は信じる!」

 

 

 そして、二人の声が、僕の背中を押し出した。

 

 

 ◆

 

 

“――『ツキカベ』”

 

 

 静かになった戦場に、怠惰龍の言葉が響く。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、二人を勢いよく打ち上げると、()()()()()()()()()()()()()

 ――眠りにつく二人を受け止める。フィーは大罪龍で、師匠はまだ概念化中。ただ眠っているだけの二人に、『ツキカベ』で致命傷を与えることは不可能で、

 

「避けてくれたか?」

 

“これは殺し合いではない。殺すのは、面倒だ。後に引く”

 

「――そうだな」

 

 怠惰龍の言葉に、僕はうなずいて、二人を壁によりかからせる。ここには攻撃が飛んでこない、彼女たちはリタイアしたが、命に別条はないということだ。

 

 そして、怠惰龍は僕を見下ろして、突きつける。

 

 

“――諦めろ、お前たちの負けだ”

 

 

「断る」

 

 僕は即答した。答えなんて考える必要すらなかった。

 

 僕がそういうものだからじゃない。

 彼女たちに望まれたからだ。

 

 それに、

 

「僕はこう返してやるよ。さっきの熱線で僕を仕留められなかった時点で、()()()()()()()()()()()だ。だから、諦めて降参しな」

 

 剣を突きつけて、言ってやる。

 ああ、けれど、

 

 答えは最初から解ってる。

 

 

“――断る”

 

 

 師匠が怠惰龍にそういったのだ。

 

“私の間違いは、間違っているが正しいのだろう? ならば、それを変化させる必要はない。どうしてもというのなら――お前の正しいで、それを変えてみせろ”

 

「――ああ」

 

 僕は、()()()()()()()()首にかけていたペンダントを取り外す。剣を持たない手で勢いよく。掲げたそれを、やがて剣へと()()()()()

 

 何かが、()()()とハマる音がする。

 

 さあ行くぞ、ここからは、僕の独壇場だ。

 

 概念起源を持たぬものに、後付で概念起源を与える衣物。()()()()()()()()()危険極まりないそれは、しかし、こう呼ばれていた。

 

 

 至宝回路(スクエア・ドメイン)と。

 

 

 さぁ、高らかに宣言しろ。

 

 これが僕の新たなる力、大罪龍と戦う最後の牙、

 

 

「――“◇・◇(スクエア・スクランブル)”!!」

 

 

 その言葉と共に、僕の身体は菱形のキラメキを纏う。青白く発光し、そして、僕の身体には無限にも思える活力が湧き出した。

 

 ()()()()()()概念起源の、真価ってやつだ!



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61.命を賭けたい。

 “◇・◇(スクエア・スクランブル)”。

 概念技の中でも命名規則に逸脱するという、非常にわかりやすい特性を持つそれは、これまで何度も言われてきたとおり、誰でも使える後付の概念起源だ。

 その特性は使()()()()寿()()()()()()()()()使用できるというリスキー極まるもの。

 

 ただし、()()()()()()()()()()()()寿()()()()()()()()ため、この制限は適用されない。だから、ある意味()()()()使()()()概念起源でもあるのだ、これは。

 正確には同じく寿命の存在しないアンサーガと白夜もリスクがないが、この二人はそもそも個人の概念起源を有しているため、関係はない。

 

 なお、余談であるが、そもそもなぜ使用者の寿命を使うかというと、そもそも概念起源は使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()特性を持つ。

 3では師匠がこれを利用して、強欲龍にヒロインを通して概念起源を叩き込んでいる。

 

 でもって、概念起源が使えない者とはつまり、()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()者なのだ。だから、この◇・◇は、使用回数の尽きた概念起源と同様の原理で命を消費することで発動しているわけだ。

 ゲームの「スクエア・ドメイン」では主人公がコレを寿命をすり減らしながら多用していく流れがある。命がけの覚醒、めちゃくちゃ熱いシーンだな? 最後に待っているのが破滅だというのが、これまた熱い。僕はごめんだけど。

 

 さて、そんな◇・◇だが、常用する上でリスクがないか、というとそういうわけではない。

 大きな目で見ると寿命を減らす技なわけだが、小さい目で見ると、減るのは命だけではない。概念化中のHPも減っていくのである。

 

 そして、得られる効果は()()()()()()()()()()()。各種ステータスに、膨大な倍率のバフがかかるのである。使用中HPが減少し続け、最後には概念崩壊してしまう代わりに、効果中は大きなバフを得られる技。いろいろな創作物によくある代償つき強化だ。

 

 勝負を一気に決着へと導く大技ではないし、使用すれば勝利が確定するリリスの概念起源のような効果でもない。それでも、切り札として常に抱えておける手札としては間違いなく最上級。フィーの“嫉妬ノ根源”並に使い勝手のいい大技であることは間違いない。

 

 であれば、その効果の程は?

 ――その全貌は、たった今から、怠惰龍に対して披露されるわけだ。フィーと師匠が予想外の形でリタイア、しかし二人が命がけでつないでくれたバトンのおかげで、僕はここまでたどり着いた。

 

 勝利はもはや確定的となった。敗因は僕を倒しきれなかったことだ。

 

 

 ――怠惰龍、今からそれを、アンタに見せつけてやるよ。

 

 

 ◆

 

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 開幕、僕が飛び上がる。空中へと身を躍らせる。そんな僕を狙って、

 

“『マドロミ』”

 

 いきなり、怠惰龍の熱線が叩きつけられる。それは先程師匠に移動技で吹き飛ばされることで、強引に回避したことからも分かるように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 しかし、

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

“――!!”

 

 そもそも速度からして違う。そして移動範囲にしても、下方へ向けて放とうとしていた怠惰龍の頭上を取ったということは、飛躍的に移動距離が向上しているということでもある。

 流石に、一直線に肉薄することはできなかったけれど。

 

“――――ならば。『カバリツケ』、『チリザイ』、『ズミタシ』、『タタキワレ』”

 

 怠惰龍は、驚愕しながらもしかし、即座に次へと動いた。『テンペンチイ』を地面に配置した上で、上空の僕へと狙いを定めたのだ。

 そして僕はと言えば、その間に天井へと足をかける。

 

「“D・D”!」

 

“『マドロミ』”

 

 もう一度、移動技! 上方へと放たれた吐息から逃れるように、僕は地面へ向けて突撃する。狙いは、『テンペンチイ』の一瞬の隙間。

 ――天井を蹴った衝撃で、そこが崩落した。DDには、足に移動判定がある。強化されすぎたがゆえに、若干薄かった天井を破壊してしまったのだ。

 

 そして、着地と同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よりも速い速度で、その弾幕を駆け抜けていく。

 時折、僕は一瞬だけ停止できる場所を見つけると、そこで立ち止まり――

 

「“B・B(ブレイク・バレット)”!」

 

 遠距離攻撃を入れていく。ある程度近づけば、

 

「“C・C(クロウ・クラッシュ)”!」

 

 攻撃低下のデバフをかねて、CCへと切り替える。

 

“なぜだ――”

 

「割と感覚だよ。でも、案外うまくいくもんだ!」

 

 最後、迫りくる振り子を、飛び越えて回避。跳躍力すら向上している今の僕ならば――

 

「“D・D”!」

 

 再び、移動技で飛び上がりながら、肉薄。

 

“――ぬ、ぅ”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()へと迫った僕は、後は攻撃を繰り出すだけの状態だ。

 

“であるならば、こうだな”

 

 しかし、それに対して怠惰龍もまた、行動を起こす。

 

“『カバリツケ』”

 

 『テンペンチイ』の単独使用。常に同時に使用するものと思われたそれを、単独で使用する。普通に考えれば当たり前のことだが、怠惰龍のそれは完全に不意をつくものだ。

 いや、もちろんこの状況でそれを使ってくることは想定されて然るべきなのだが、

 

 そして、だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()()。迫ってくる風のギロチンは一つだけ。このような状況で使用を想定していなかったからだろう、ただ無造作に使うのではなく、狙いをつけて使うとなると、今の怠惰龍では一つが限界なのだ。

 

 ここで、◇・◇のもう一つの特性。端的に言えば――

 

 僕はそのまま突っ込む。そして、直撃したギロチンの一切を無視して突き進む。さながらそれは、風を突き破ったかのようだ。

 

“む―――ー”

 

 ――()()()()()()()()。スクエア効果中は、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もちろん、ダメージは受ける。けれども、それも無視できるほどだ。あくまでスクエアの効果時間が減るというだけのこと。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――!

 

「――――ッ! “S・S(スロウ・スラッシュ)”ッッ!!」

 

 ――一閃、いよいよ持って、僕の刃が怠惰龍へと突き刺さる。

 

“ぬぅ――――”

 

 そして、連打が始まった。

 

「“B・B(ブレイク・バレット)”! “D・D(デフラグ・ダッシュ)”! “C・C(クロウ・クラッシュ)! “A・A(アンチ・アルテマ)”!」

 

“ぬ、ぅうう、ぬううう――――『カバリツケ』、『チリザイ』”

 

 僕の刃が怠惰龍を穿ち、迫るギロチンを駆け抜けて、置き去りにする。爆発で目くらましをしつつタイミングをずらし、迫ってきた炎の振り子は、けれども僕をすり抜けた。

 

「――“D・D”!」

 

 上空。再び怠惰龍の上を取り、

 

「“G・G(グラビティ・ガイダンス)”!」

 

 ついに攻撃は上位技へと至った。そして、なぁ怠惰龍。()()()()()()()()()()()()()()()――?

 

“――ッ、『マドロミ』”

 

 怠惰龍の言葉に、吐息に、焦りが見えた。僕は更にDDで地面へと落下する。当然、熱線はそれをすり抜けて、虚空へと消えた。

 

“『ツキカベ』”

 

 地面では、無数の土壁が僕を出迎える、が。

 

「“M・M(マウント・マギクス)”!」

 

 ――強化された上位技の前に、その壁はあまりにも脆すぎる!

 

 

 壁が、一閃でもってまとめて薙ぎ払われた。現れるはずの礫さえ吹き飛ばし、僕の刃が怠惰龍へと突き刺さる。

 

 

“――――敗因”

 

「怠惰龍! どうだ!? 策を弄するのは、小細工でもって敵と戦うのは! 楽しいか!? 億劫か!?」

 

 ――僕の剣が、巨大化する。怠惰龍が、こちらを見下ろす。それはほぼ同時だ。

 

“――億劫ではある、面倒ではある。もう二度とゴメンだ、お前たちのような相手は”

 

「含みの在る言い方だな」

 

()()()()()()()()()()()()()()。この戦いにおいて、疑いようはなく、私は命を謳歌していた”

 

「――そうか」

 

 僕の最上位技が。

 怠惰龍の熱線が。

 

 互いを捉える。

 

 ああ、僕は限界が近い。この最上位技が最後の一閃になるだろう。けれど、ここまでフィーと師匠が削り、僕の概念起源が削った。

 もはやそれで十分だ。

 強化された最上位技は、師匠のVVに勝るとも劣らない火力を有する。ここまでくれば、後はそれを放つだけ。

 

“――――その上で言おう”

 

「ああ」

 

 

()()()()()()

 

 

 ――そこで、怠惰龍は勝利宣言をした。

 

 

“――――『()()()』”

 

 

 ――それ、は。

 ああ、なるほど怠惰龍。アンタはここに至って、()()したわけだ。『ハメツ』、怠惰龍が()()()()使()()()()()()。拡散する吐息である『マドロミ』を収束させることで、他の大罪龍と同様の、直線的な熱線を放つことを可能とした一撃。

 通常の睡眠効果に加えて、圧倒的な殺傷力を誇るそれは、触れるだけでも今の僕では概念崩壊してしまうような代物。

 

 ――そしてなにより出が早い。今、ステータスをパワーアップした状態で放とうとしている僕の最大技よりも早く。

 僕を貫き、撃破するだろう。

 

 いや、それはあくまで推測だ。ここからは、もはやどちらが勝利するかは完全な賭けである。僕が早いか、怠惰龍が早いか。おそらくは、ほぼ五分五分の結果になるだろう。

 

 構わない、五分五分というのは確率としてはむしろ高い、僕がこれまでくぐり抜けてきた修羅場に比べれば。

 

 ああ、でも、

 

 ――悪いな怠惰龍。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

「――――()()()()()()!!」

 

 

()()()()!! “W・W(ウィンド・ウィンド)”!! “P・P(パッション・パッション)”!!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。さぁ、これで、

 

“――――”

 

 

「終わりだ! ――“L・L(ルーザーズッ・リアリトス)ッッ!!」

 

 

 迫る熱線。ああけれど、それが僕に突き刺さることはない。巨大化した僕の刃は、怠惰龍へと迫り、そして――――

 

 

 ◆

 

 

 

“――――”

 

「――――」

 

 僕を纏っていた、青白いきらめきが輝きをなくす。直後に僕は巨大化していた剣をもとに戻すと、それも消失させた。同時に、僕へと降り注いでいた()()()()()()()()()()()()も、かき消えた。

 

「……間に合わなかったか」

 

“そうだな”

 

 ――怠惰龍の『ハメツ』は未完成だった。アイデアこそあったものの、それを実際に形に変えることはできなかったのだ。思いついたのが直前だったからだろう。

 だから、そもそも僕は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「もし、間に合っていたとすれば、どちらが勝っていたと思う?」

 

“あそこでお前の仲間が間に合った時点で、天運はお前に傾いているだろう”

 

「――天運、か」

 

 その一言でまとめてしまうのは、あまりにも簡単だろうけれども、果たしてそれでいいのだろうか。いや、神であるマーキナーが僕をここに呼び寄せた以上、それはもはや天運というほかないのだろうけど。

 

“変化とは、望もうと望まざると起こりうることだ。どれだけ私がそれを億劫と感じようと、否応なく”

 

 ――怠惰龍は語る。

 

“では、その変化が良いものか悪いものか、決めるのは誰か? ()()()()()()

 

 僕は師匠を見る。――師匠の運命は、僕によって大きく変わった。それが正しかったのか、間違っているのか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それはきっと、師匠にしかわからない。僕は僕にできることをした。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

“――世界とは、そのようにできているのだろう、敗因。決して、決めるのは父ではない”

 

「……そうだな」

 

 そして、怠惰龍は、大きく、大きく、それまでで一番、大きな息を吐いた。

 

 そこに結論は詰まっていた。

 

 

“――すまなかった、敗因。今は眠っているが、嫉妬龍も紫電も”

 

 

「……」

 

“お前たちには理不尽なことをいった。このような手間すらかけさせた。間違っていたのは私で、正しいのはお前たちだ。だから――不躾では在る、それでも頼む”

 

 怠惰龍は、

 

 

“――――娘を、よろしく頼む”

 

 

 後を、僕たちへと託すのだった。

 

 

 ◆

 

 

「――それで、リリス」

 

「なのーーーーーん!!!」

 

 ぴょんっと、先程から後ろの方でだまって僕たちの会話を聞いていたリリスが、明らかに焦った様子で跳ねる。いや、状況が飲み込めなくて、地蔵になっていたんじゃないのか?

 その様子に、何かあるのかと訝しみながら、僕はリリスに近づく。

 

 というか、

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 リリスより少し高い程度の背丈、なぜ自分が隠されているのか困惑している様子だ。

 

「……もしかして、その子と一緒にいたから、来るのが遅れたからそうしてるのか?」

 

「そそそそーんなことないなのーん。なのなのーん!」

 

「いや、別にタイミングは完璧だったし、そもそも別に遅れたことを気にするわけでは――――」

 

 僕は、そういいながら後ろに回って、そして、()()の顔を見た。

 

 いや、その姿をみて、気がついた。

 

 

「――――――――――――()()?」

 

 

 白光百夜。

 アンサーガの娘で、怠惰龍の孫娘。

 

 どう考えても、この場に入れば渦中に飛び込むこと間違い無しの少女は、

 

「…………」

 

 少しだけ気まずそうに、僕に会釈をするのだった。



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六.白光百夜と美貌のリリス
62.百夜と話したい。


 ――白光百夜。

 押しも押されぬドメインシリーズの看板キャラ。なんというか、初めて会った時は、出会ってはいけない強敵に出会ってしまったような感覚が強く、実感も沸かなかったが――

 

 こうしてみると、あの白光百夜だ。師匠は最初に出会って、そう感じる前に慣れてしまったが、百夜に関してはなんというか、()()()()って感じが強いな。

 有名人が目の前にいる感覚だ。

 

 とはいえ、そもそも彼女がなんでここにいるのかという話だ。ここにいる百夜は、先程僕らがアンサーガの遺跡で見てきた彼女とイコールではない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 そう、何を隠そう彼女がここにいるのは僕のせいだ。

 

 具体的に言うと、彼女との初邂逅時、そもそもあそこで彼女は戦闘終了と同時に時空に呑まれて消えるはずだったのだ。

 それを、僕が妨害したせいで流れが変わった。

 

 結果として未来に帰れるはずだった百夜はそのままになってしまったのだ。はっはっは――と、口に出したらリリスにひっぱたかれるので、黙っておく。

 というか、本当に成功するのだな、という気持ちだ。

 

 今回の件――アンサーガを止めるのは、本来なら別の方法を考えるつもりだったが、これなら、()()()()()()()()()()と、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その両方を同時にこなすことができる。

 

 あの時は後々の布石になればいいな、という程度の考えだが、回り回ってくるものだ。勝利は幸運を運ぶとでも言うべきか。

 なにはともあれ、僕の前に、まさしくジョーカーとなり得る手札が配られた。

 

 連れてきたリリスはまさしく大金星なのだが。

 ――そもそも二人はどうしてここまでやってきたのだ?

 

 

 ◆

 

 

「あのねのねー、百夜がね、うろろーってこまりんりんだったの! リリスぴゃー! って思ったからるんるんるーんできゅんきゅんだったの! えへへー」

 

「……敗因…………彼女は……いつもこう……なの?」

 

「こうだよ?」

 

 ――残念ながらリリスの説明では一切わからなかった。いや、なんとなくわからなくはないが詳細が一切掴めない。ようするに困っている百夜を見つけたからここまで連れてきたのだろうけど。

 そもそもどこで? というところからリリスの話は始まらなかった。

 

 怠惰龍を思わず見上げる。

 

“見るな。わからぬ、面倒だ……そもそもお前は孫娘――百夜……なのか……? ありえん……”

 

「――お祖父様」

 

 名を呼びかけられ、百夜が怠惰龍を見上げる。……ん? 怠惰龍のことを知っているのか。ってことは……あれ?

 

「母様を、止めるんだよ……ね?」

 

“そこの敗因が……な”

 

 手伝ってはくれないらしい。まぁ、そもそも怠惰龍はあの遺跡に入れないので当然といえば当然だが、それはそれとしてまぁ怠惰龍だしな。ここで積極的に動き出したらちょっとなんか怠惰龍じゃないと思う。

 

 さて、

 

「……敗因」

 

「なんだ?」

 

 

「――――お願い、母様を……()()()()、助けたい」

 

 

 ――やはり。

 正直少し驚いたが、やはり百夜は()()()()()()()()()()()()から時空を越えてきたらしい。僕は今まで3終了後だと思っていたが、そうではないのか。

 だって4終了後の白夜はそこそこ丸くなるから。ああいやでも、戦闘狂な部分は変わらないか。5でもその気はあったしな……

 

 丸くなったのと、変わるのは違う。

 そういうことだろう。

 

「それは、もちろん。ただ――その、なんだ?」

 

「うん」

 

「リリスの代わりに、これまでの経緯を説明してもらってもいいか?」

 

「なのん!?」

 

 どうやら完璧に説明したと思っていたらしいリリスが、ショックと言わんばかりに反応した。いや君、感覚派すぎる自覚は在るよね?

 そして百夜は……

 

「…………やだ」

 

 目をそらした。

 

「いやいやいや……」

 

「話す……苦手……」

 

「大丈夫、君の話が終わるまで付き合うよ。そこの二人が起きてくるまでに時間は山程あるからね」

 

 と、横で寝ている師匠とフィーを指差し、僕はつぶやく。『マドロミ』による睡眠はおおよそ一日程度と言われている。この間何をやっても起きることはないので、この一日はどうやっても待つしかない。

 なお、いやらしいことはしてはいけない。

 

「……じゃあ、話す」

 

「あいなの!」

 

 いいながら、百夜は僕が用意したキャンプキットの椅子に腰掛ける。リリスが勢いよく百夜の隣に座ると、僕は正面から向かい合って。

 コーヒーを入れて、二人に差し出した。

 

「……呑む?」

 

 ついでに、怠惰龍に差し出すが。

 

“どうしろというのだ”

 

 ごもっともな言葉が返ってきたので、そのまま続ける。

 さて、どこから聞いたものかな――――

 

 

 ◆

 

 

 ――百夜は、スクエア・ドメイン終了後から時間を越えてやってきたらしい。百夜の時間移動は基本的に偶然の産物で、数分もすればすぐに元の時間へもどってしまう。

 だが、どういうわけか今回はそうではなかった。何時まで経っても時間移動が起こらず、百夜は別の時代に放り出されてしまったのである。

 

 とはいえ、それ自体は別に百夜にはどうでもよかった。なぜなら百夜は寿命がない、過去に飛ばされてしまったのなら、また時間を過ごせばいいし、未来なら未来で困ることはない。

 

 しかし、飛ばされた時代が、()()()()であることは百夜にとって青天の霹靂であった。つまるところ、アンサーガが()()()()()()()()()状態。

 

 さて、ここまで触れてこなかったが、ルーザーズでアルケを犠牲に百夜を生み出したアンサーガ。その最終目標は世界を百夜で満たすこと。

 であるなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のはおかしい。なぜそんなことが起こるのか。

 

 答えは至って単純。

 ()()()()()()()()()()()()のだ。生まれた直後に発動した、()()()()()()()によって。ついでに言えば、百夜が時間移動してしまうのは、この概念起源が原因だ。

 

 百夜の概念起源“C・C(クロノ・クロニクル)”は時間を超える概念技である。しかし、百夜はこれを目覚めた拍子に、()()という形で発動してしまう。

 結果、間近にいたアンサーガを未来へ飛ばし、自身も何処かへと姿を消した。

 

 これがルーザーズにおけるアンサーガをめぐるシナリオの結末である。

 

 そして、それから七百年後のスクエア・ドメイン。ここで百夜は最終的に母と祖父を同時に失う結果となる。

 ならばと百夜はこの時代に来て考えた。()()()()()()()()()()()()()()()()()アンサーガを止めることができれば、未来を変えられるのでは? と。

 

 だが、ここで問題が発生した。

 

 

 ――迷ったのである。

 

 

 百夜は常識を知らない。知識もなく、経験もない。そんな状態でも、なんとか怠惰龍の足元までやってくることができたのは、幸運だった。

 いや、半年かかったことを、幸運と言えるのかはともかく。

 

 そんなところに、通りかかったのがリリスだ。

 リリスは善良で、困っている人を見過ごせない。――結果、リリスは百夜の事情を把握して、この怠惰龍の棲家まで彼女を連れてきたわけだ。

 

 以上、ここまでのことを聞き出すのに、三時間が経過したのだった。

 

 

 ◆

 

 

「なるほどね、よくやったよリリス。百夜もお疲れ様」

 

「……ところで、敗因」

 

「ん?」

 

 ふぅ、と大きく息を吐いた百夜が、僕に視線を向ける。すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干して、新しいのを入れてわたしながら、僕は答えた。

 

「――私の時間移動。できないの……原因、お前?」

 

「…………」

 

 ――僕は全力で目をそらした。

 

「ちょっとー? ねぇー?」

 

 リリスがじーっとこっちを見つめてくる。責めるような視線は止めていただきたい。そりゃあ僕がやったのは事実だけど、事実だけど!

 助けて怠惰龍! ……はダメだ。難しそうに何かを考えている。

 

 そして、百夜は続ける。

 

 

「――ありがとう。お前のおかげで……母様、救える……かも……しれない」

 

 

 深々と頭を下げて、百夜の言葉は感謝であった。

 

「……そっか、そうだよな」

 

「そうなの?」

 

 僕のつぶやきに、リリスは訝しみながらも百夜に問いかける。

 

「……うん、私、母様のことで……何もできなかった……救いにも……なれなかった」

 

 ――4における百夜は、まだまだ情緒が不安定で、人として未熟すぎる存在だった。戦闘狂としてもそうだし、自分の強さ以外にてんで頓着しない。

 母――アンサーガのことを意識したのも、かなり終盤でのことだ。

 

 だからその時には、アンサーガの破滅は決定的となっていた。その頃には、今、あれだけ僕らの介入に否定的だった怠惰龍が、()()()()()()()()を決意して、行動を起こす程に。

 

「私は、母様に……置いて、いかれて、しまった。全部……私のせい」

 

「――置いていかれた」

 

 その言葉に、リリスはふといつもより低い声で反応した。小さな違いだが、僕にはよく分かる。リリスにとって、()()()()()()()()()ことは、地雷以外の何物でもないだろう。

 

「今度は……私にできることを……したい」

 

 その言葉に、

 

 

「リリスも、協力するの!」

 

 

 リリスは、立ち上がって胸を張り、宣言した。

 思わずびっくりしたのか、感情の薄い百夜が目を見開いてリリスを見る。うまく読み取れないがこれは――理解できないものを見る目?

 

「絶対おかーさんを救うの! リリスにできることがあったら何でも言ってほしいの!」

 

「――――なんで?」

 

 百夜の答えはシンプルだった。勢いよく百夜の方を向いたリリスがずっこける。それはもうすごい勢いで、なんだか一昔前の表現みたいだった。

 

「リリスが助けたいからなのー!」

 

「……わからない。リリス……だっけ? お前……どうして、ここまで……ついてきた?」

 

 百夜のそれは、人の機微がわからない機械のごとき反応だった。実際、百夜は人ではないし、情緒もほとんど存在しないようなものなのだが。

 

「リリスがしたいからなの! ううん、()()()!」

 

「え? なんで?」

 

 自分が言ったことを、即座に否定するリリスに百夜は心底不思議そうだ。いや、僕もよくわからないんだが。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()なの! きっとこれが正解なの!」

 

「――――」

 

 百夜は、目をパチクリとさせながら、リリスを見る。何かを考え込んでいるようだ。

 

 そして、そこに、

 

「もし、それで納得できないなら、納得できる理由を作るの!」

 

 リリスが百夜の手を取って、そしてぶんぶんぶんと何度もふる。

 

「あああああーーーーーー」

 

 思わずといった様子でその勢いに口から声が漏れる百夜。抑揚のなさが、どことなくシュールだ。やがてリリスは百夜を持ち上げると、視線を合わせて、宣言する。

 

 

()()()()()()! 百夜、リリスと百夜は友達なの!!」

 

 

 ――それは、ああ。

 なるほど、百夜だけではない。リリスにとっても、意味のある提案だった。彼女には同年代の友達がいない、もっと言えば精神的に近い友人がいない。

 僕も、師匠も、フィーも、きっとリリスにとっては年長者だ。

 

 そして、百夜は自分と同じくらいの精神年齢を感じ取ったのだろう。もちろん、ここに来るまでに何かしらの交流があったのかも知れないが、僕には把握できるものじゃないな。

 

 ともかく、リリスの言葉に、百夜は――

 

「――友達って、何?」

 

 非常にシンプルな、根本的な問いかけをリリスへと投げかけた。

 

「うっ」

 

 ――友達。

 リリスにも、それはきっと難しい単語だろう。リリスには友がいない。故に、友達というものは知識の上でしかわからない。そして、百夜もまた感情という牙でしか、人と会話してこなかったのだ。

 

「――リリス、百夜」

 

 そこで僕が口火を切る。

 

「友っていうのは、自然と出来上がるものだ。どっちかから呼びかけて成るものじゃなく、友達になるってことはその意思が()()にあるということ」

 

 ただし、と条件をつける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。別に友達なんて、なりたいと思わなくてもいい。今、君たちがこうして隣にいて、目的を共有しているこの状態も、友と呼べるものだと僕は思うよ」

 

 まぁ、持って回った言い方をしているが、単純に僕が過干渉を嫌うだけだ。自然体で互いに会話ができるものを友人と呼ぶのだと思う。

 少なくとも、元の世界ではそうだった。こっちでは――案外、僕のほうが過干渉になっている事が多いけれど。

 

 ……そんな過干渉ツートップがあそこで寝ているわけだが、干渉しすぎた結果やばい事態を起こしてないか? あまり考えるのはよくないな。

 

「……よくわからない」

 

「なのーん」

 

 ふたりとも、首を同じ方向に傾げて僕の言葉を横に聞き流した。まぁ、この二人に相応しいかといえば、なんとなく違う気もするが。

 

「まぁ、個人の哲学だよ」

 

「なるほど?」

 

「難しいふーに言ってるだけなの、リリスには分かるの」

 

「よしなさいって!」

 

 なんて言い合いながら、丁度いい頃合いだろう、と休憩を終える。師匠たちが目を覚ますまでまだしばらく、僕らには時間が会った。

 

「そういうわけだから、怠惰龍。伝言をいいか?」

 

“かまわぬ。その程度ならな”

 

 と、師匠たちにいくつか言伝を残して、これでよし。リリスと百夜に促して、僕らはここを離れることにした。

 

「これからどうするのー?」

 

「時間が在るってことは、その時間で羽を伸ばせるってこと」

 

「……?」

 

 百夜が怠惰龍を見上げた。それは翼だ、怠惰龍に羽はない。

 

「百夜、君はこの世界のことを、未だに何も知らないんだろ?」

 

「……ん」

 

 ――知ろうという気持ちはあっても、行動には移していないはずだ。転機となるのは、こちらに来る前の時代から、更に三百年。

 今の時代から数えたら、千年後のこと。

 

 だから、まぁ、いつものごとく。

 

 

「街に繰り出してみようぜ」

 

 

 色々と僕らは、先取りしてみることにするのだ。



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63.百夜と街へ向かいたい。

予約投稿忘れです。ごめんなさい。


 アビリンスの町並みは、今日も変わらずにぎやかだ。

 僕たちが初めてやってきたときと、それは何ら変わらないように思える。というか、実際変わらないだろう。ここはいつだってにぎやかで、活気があって、見ていて楽しい。

 

 歩くのだって――

 

 

「――百夜!? そこのぼっちゃだめだぞ!?」

 

 

 

 アビリンスの一番高い場所、怠惰龍の石像(衣物)の頭の上に立っている百夜は、そこで周囲をじっくりと観察していた。この石像、きっと全大罪龍の分あるんだろうな……

 人類と敵対している連中のは、まぁ見つかったら砕かれてそうだけど。

 

「あぶないのーあぶないのー! 色々見えちゃうのー! ノーノーノーなの!」

 

 慌てるリリスがぶんぶんと手を降って呼びかける中、百夜は像の上から何かを探しているようだったが、やがて着地すると、こちらを気にする様子なくあるき始めた。

 

「ど、どこに行くんだ?」

 

「ん……あっち」

 

 先程まで、百夜がこの街のシンボルの上に乗っていたことで、色々と注目されていたのだが――

 ――周囲は、像に登っていた百夜が降りたことで、興味をなくして去っていく。これがラインなら何事かと今もざわついていて、快楽都市ならそもそも注目されることもない。

 そんな具合の街を歩きながら、ずんずんと百夜は迷いなく進んでいった。

 

 狙いがわからない……困惑しながらもついていくこと少し、たどり着いたのはこの街の行政施設こと、いわゆるギルド。僕らは少し前にここにやってきたわけだけど、また来ることになってしまった。

 いや、アルケとは一度話をしておきたかったから、問題はないのだけど。

 

 ほんとに百夜は何が目的なんだ?

 

 そして、百夜が扉を開ける――

 

 

 ――下着を頭にかぶったモヒカンが、アルケに説教されていた。

 

 

「なんで……?」

 

「失礼する」

 

 なお、百夜は一切それに興味を示すことなく、アルケへとつかつか歩み寄り――

 

「ん、なんだい! 悪いけど今ちょっと説教中なんだ――――」

 

 

()()

 

 

 じーっと見上げて、そうつぶやいた。

 あっ、そうか。

 

「なの!?」

 

「え!?」

 

 周囲がざわつき始めるのを他所に、僕だけは納得した様子で、突如話しかけられ、完全に停止しているアルケを見た。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。じーっと見上げるその瞳は純真で、嘘など一つも言っていないことが、アルケなら感じ取ることができるだろう。

 

 その方が問題なのだが。

 

「――嘘だろ!? あの行き遅れのアルケと呼ばれた姐さんが!?」

 

「紫電のルエと並んで相手のいなさそうな概念使いランキングトップの姐さんが!?」

 

「お前たち!?」

 

 モヒカン(パンツ)たちが叫ぶ。そんな風に呼ばれてるのか……こういう情報はゲームだと入ってこないから新鮮である。

 ちなみに師匠もアルケも、何やかや見た目はいいので、ちゃんと付き合おうと思えば相手は選り取り見取りである。本当にヤバイのはラインだ。

 あいつはもう年も年だし、クロスという後継もいる。()()()()()()()()()と思われるのも当然だ、しかし、この三人の中で実際に結婚願望があるのは実はラインだけであった――

 

 ――まぁ、今の師匠がどう思っているかはしらないが。

 というか、この状況に師匠を連れてきたら更にヤバイことになってたな。あの師匠僕ですら困惑するんだぞ、師匠のことを知ってるだけの人が見たら卒倒しかねない。

 

 爆笑してくれそうなラインが恋しい。

 

「ああもう、急になんだい? 迷子……って年でもなさそうだし、あっちには敗因の坊やたちもいるし……ええと、名前は?」

 

「名前……?」

 

 ちらっと僕らを見てから問いかけるアルケに――一瞬違和感を感じたようだが、おそらく師匠たちがいないことだろう――百夜は少し考えてから、ふと納得した様子で。

 

「――白光百夜」

 

 鎌を突きつけ、概念化した。

 

「なんでそうなるんだい!」

 

「……? 手合わせを……してくれるんじゃ……?」

 

「違うよ!」

 

 ――どうやら、百夜は名前を問われたことを、概念戦闘が始まると誤解したようだ。まぁ、概念使い同士で名を名乗るとなれば、概念までつけてそう名乗るのが普通だろうけれども。

 ついでに、戦闘開始の合図が名乗り上げなのもそうだけど。

 

「……母様強い、私戦いたい」

 

「いや……別に時間があったらかまやしないけど……っていうか何だい、母様って」

 

「母様は……母様。アレ? でも母様も母様だし、母様も母様……」

 

 あ、そこに気がついてしまったか。百夜が何やらブツブツと考え込み始める、ありゃあエラーを吐くなそのうち。

 

「ぷすん」

 

 口で言った。

 

「どうも、アルケ。僕の方から説明させてもらっても」

 

「ああ、坊や……ルエと嫉妬龍はどうした?」

 

「そこもちょっと、ああ、別に死んでないよ?」

 

 僕らが会話を始めると、百夜は手持ち無沙汰といった様子でモヒカン(パンツ)を見た。というか、モヒカンがかぶっている下着をじーっと見ていた。

 

「……なにこれ」

 

 つんつん、と正座しているモヒカン(のパンツ)をつつく百夜、おいモヒカン、何を嬉しそうにしているんだ。

 

「教育に悪いのーーー!」

 

 そこでリリスが割って入り、なにやら随分とギルドは賑やかさをマシていく。ぎゃあぎゃあとどんどんそれが強くなっていて、いよいよ説明なんて状況じゃあなくなってしまった。

 どうしたものかなぁ、とそれを眺めていると、アルケが概念化しているのが見えて――

 

 あ、やっばい。

 

 僕はすかさずリリスと百夜をひっつかむと、床に身体を伏せる。

 

 

「お前ら、静かにしろおおおおおおおお!!!」

 

 

 ――灰燼のアルケ。

 その概念技は、この街のまとめ役となって以来、概念使いをおとなしくさせることにばかり、使われるようになっているのだった。

 

 

 ◆

 

 

「んじゃ、改めて話を聞こうか」

 

 ――静かになったギルドの一室。特にひと目を憚るような話でもないのだが、あの混沌としてしまったロビーで話すのも、なんだか空気が場違いに思えたので、こうして場所を移したのだ。

 ここはアルケの執務室。部屋に色々と荷物が散乱していて、片付けはろくにされていないことがわかる。机の上もだいぶ引っ散らかっていたのを、リリスがぱぱぱっと片付けて、現在は話ができる状態になっていた。

 

 ちなみに、そのリリスはモヒカンから取り上げた下着に興味を示す百夜を牽制し、抑えている最中である。お疲れ様。

 

「どこから話したものかなあ」

 

 まず、あの遺跡に何があったのか。仔細を語ると、やたら多いギミックの関係で長くなるが、一言で言えばこの世界には似つかわしくないギミックの数々だ。

 ゲームが何かといって、そもそもそれが伝わらないのに、あのギミックである。リリスか僕がいなければ、きっと突破できなかっただろう。

 

「ふぅん、暴食兵まで出たのかい。そうなるとあんたら以外が潜るのはマズイわけだ」

 

「そうだね。もともと、あそこに潜るの何てよほどの死にたがりくらいだろ?」

 

「まぁねぇ……概念崩壊させてでも一回止めてみたりはするんだが、いつの間にか潜ってやがる」

 

 何だってそこまで死に急ぐのか、僕らが突入するまで一切の情報がなかった場所だ。こういうところにありがちな、何かすごいものが眠っているよ、という逸話すらない。

 本当に何もかもを拒むアンサーガの根城らしい場所なのだ、あの奈落は。

 

 だから、あそこに挑むのは狂人か何かと相場が決まっている。

 決まっているので、まぁ彼らのことは諦めるしかないわけだが。

 

「んで、その後は――」

 

 ちらり、と百夜の方を見た。

 一応アンサーガについても話したが、あまり信じてはくれなかった。暴食兵が出てくるような場所に住みつく変人など、想像もつかないだろう。

 特に、星衣物の概念を知らないと、どうしても。

 

 なので、どうやらアルケは僕らが見つけてきたのは、この百夜だと思っているようだ。まぁ、実際最深部には百夜(過去)がいるわけだから、間違ってはいないのだけど。

 

「ルエたちもいないわけだけど、何があったんだい? 死んだわけじゃないとは言ってたけどさ」

 

「んー」

 

 そこでリリスがふと、何かを考えた様子で、

 

 

「ししょーとフィーちゃん、すっごいの相手にして、疲れちゃってねむねむなのー」

 

 

 と、説明する。そこで、

 ――アルケの顔が固まった。

 

 ……ん?

 

「……なあ坊や? いや、別にあの二人とそういう関係になるのは、アタシは構わないよ? 流石にそっちの子まで手を出してたら、君を灰に還さないと行けないけどさ」

 

「え?」

 

「すごかったのー、ししょーもフィーちゃんもすっごい頑張っててー」

 

「あんなに大きいの……びっくり……」

 

 ――君たち!?

 後ろでパンツの攻防を終えて、無事に頭にパンツをかぶった百夜と、諦めた様子のリリスに向かって振り向いて、僕は叫ぶ。っていうか百夜、それは衛生的にどうなんだ!?

 ああじゃなくって。

 

「そ、そんな大きいのかい?」

 

「……? そうだよ?」

 

「ふんどりゅーみたいだったの」

 

「憤怒龍!?」

 

 アルケの顔に衝撃が走る。いや、まって、まってそういうのじゃないから!?

 

「お、落ち着いてアルケ――」

 

「お乳!?」

 

「……いやそうはならないだろ!?」

 

 どうしてそんなベタなギャグに走るんだ!? なんか変なものにやられちゃったんじゃないのか!? ああもうどうしろっていうんだよ!!

 

「――で、実際のところは?」

 

「いきなり素に戻るんじゃない」

 

 と言ったところで、アルケが正気に戻った。というか、本筋に話を戻した。いや、ありがたいけどさぁ、いいけどさぁ。

 ぶつぶつと文句をいいながら、僕はそこからのことのあらましを語った。

 怠惰龍とフィーに助けられたこと、アンサーガの件で怠惰龍と対決し、至宝回路(スクエア・ドメイン)を使用してそれに勝利したこと。

 その後、百夜を連れてリリスがやってきたこと。

 

 そこまでを話して、アルケの反応は――

 

「――実際のところを話せって言ってんだろ?」

 

「それもそうかぁ……」

 

 思い返せば、大分話が荒唐無稽だった。――と、思ったところで、少しだけ剣呑だったアルケがそれをやめる。

 

「……なんてね。アンタもルエの弟子を名乗ってて、実際にあの奈落の底から帰還してるんだ。十分信頼できるだろ」

 

 明らかに信用のおけない話でも、立場や言ってる人間次第でその説得力は違ってくる。

 僕個人では信用が置けなくとも、師匠や怠惰龍が出てくるなら話は別だし、アルケにとっては僕はそこまでではなくとも、十分信用できる人間のようだ。

 

「んじゃ、そのアンサーガってのを止めないといけないわけか」

 

「そうなる。今の所、悪いやつじゃないんだ。一方的にこっちが倒して終わりってわけにもいかないんだよな。助けてほしいって言ってる奴が二人もいるし」

 

 ちらっと百夜を見つつ、

 

「んー、いっそ記憶を消しちまうってのは? アタシの妹がそういう概念起源を持ってるんだけど」

 

「師匠から聞いてるけど、妹さんとうまく行ってないんだろ? 時間がかかりすぎる」

 

 ――師匠からは聞いてないけど、アルケの妹は記憶に関する概念を持ち、記憶をいじる事のできる概念起源を持っている。この辺り、ゲームだと彼女がキーパーソンになることが多いのだけど、この場にはいない。

 そもそもゲームで彼女が仲間になってくれたのは、師匠を失った負け主が一人だと危なっかしすぎたからで、この世界では縁など最初からないのだ。

 

「あいつ……ったく、まぁそうだね。じゃあ――」

 

 ごめん師匠――

 心のなかで謝りながら、僕らは少し考えて――そこで、ふと百夜がこちらに話しかけてきた。横ではようやく百夜からパンツを奪い取ったのか、リリスが疲れ果てた様子で勝鬨を上げている。

 

「少し気になった……母様……アルケ……は、どうして、お前……信じた?」

 

「え? そこ?」

 

 ――不意の質問。ああでも、百夜にとっては、当然の疑問なのか。こういうところからも、百夜が世間を知らないと言える。

 それを、ここで聞いてくることも。

 

「内容はどれだけ荒唐無稽でも、それを信じるかどうかは相手次第ってこと。僕はアルケにとっては親友の弟子で、よくわからない存在だけど、実力はたしかだ」

 

「……信じられるのは、立場と、実力?」

 

「まぁ、そうとも言えるけど、他にも要因はいくつか在る。僕とアルケはまだ出会ってほとんど時間が経っていないから、外的要因に頼ることになるけれど」

 

 と、話したら、後ろからリリスが近づいてくる。

 

「リリスと百夜ならー、いつでもずんずんずーんなのー!」

 

 ばっと百夜に飛びついた。大分リリスの百夜に対する好感度が高い。そんなに彼女と相性がいいのだろうか。

 

「……別に、リリスとは……出会ったばかり」

 

「がーんなの!」

 

 なんて、話をしながら、僕たちは今後のことについて軽く話をすすめる。一応の予定としては、師匠とフィーが起き次第、また奈落の底へとダイブ。今度は全員でアンサーガを止める。

 で、そこで問題になるのは――

 

「――アタシはどうする?」

 

「んー、来てくれるならありがたいけど……」

 

 一言でいうと、説明しなくちゃいけないことがどっと増えるので、勘弁願いたい。間違いなく、僕らについて来れる戦力というのは貴重ではあるのだが。

 どうしてもそこはネックになってしまう。

 

 いやでも、説明してでもついてきてもらう価値はある。アンサーガの興味が師匠に移った以上、彼女が犠牲になることはないだろうし……

 今回の場合、ゲームのイベントとして起こるのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうからな。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()わけだ。

 

 なんて考えていたところで――

 

「――大変だ、姐さん!」

 

 バッと扉が開き、先程のモヒカンが入ってきた。慌てた様子で、明らかな異常事態を予感させる。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 おいまさか――

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 ――アンサーガが、行動を起こしたのか!?

 化け物――つまり同胞。ゲームでも起きたイベントだ。けれど、それがこんなにも早く――!? いや、アンサーガにはマーキナーが介入している。このタイミングでも可笑しくはない。

 

 ああでも、後一日待ってくれるだけでいいのに!

 

「……リリス、百夜!」

 

 立ち上がる。それに、二人はうなずいて――

 

 

「僕たちで奈落の底へ向かって、アンサーガを止めるぞ!」

 

 

 僕たちは、行動に移るのだった。



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64.百夜と奈落を急ぎたい。

「――もう一度聞くけど、アタシはどうする!?」

 

「街の方を頼みます。あの異形――“同胞”の狙いは概念使いだけです。普通の人間は狙わない。ただ、万が一は十分起こりえます、概念使いでない人達の避難を優先してください」

 

「……お前さん、やっぱアタシに言ってないこと、あるね?」

 

「説明すると長くなるだけです! 信じてください」

 

 アルケと言葉を交わす。今は一刻でも時間が惜しい。ここで信じてくれないなら、僕は諦めてこの場を脱出して奈落の底へ向かうしかない。

 師匠との関係を考えると、信じてくれると助かるのだが――

 

「……解ってるよ、そっちの百夜って嬢ちゃんのこともそうだが、お前さんも大概秘密が多いんだろうさ」

 

「…………なら」

 

「ああ、信じる。――アンタ、奈落にダイブするときより顔色がよくなってるし、話を聞く限りだと」

 

 遠く、アルケは怠惰龍の棲家の方を向いた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()んだろ? 嫉妬龍もそうだけどさ。()()()()()()()()()って信じてみる根拠には、十分なるのさ」

 

「……はい!」

 

 アルケの言葉に、僕はなんだか嬉しくなった。アルケは少しだけ悔しそうだったけど、どこか嬉しそうだ。師匠の心は、これまで一度として救われなかったのだから、ある意味当然なのかもしれない。

 アルケは、師匠が救われて嬉しいんだ。そうと分かると、僕も少しだけ、嬉しい。

 

 

「次もうまくやってきな! アタシからはそれだけさ!」

 

 

 そうやってアルケに見送られ、僕はいくつかアルケにこの襲撃の注意点を伝えると、既に外で待っていた百夜たちを連れて、奈落へと向かうのだった。

 

 

 ◆

 

 

 ――街を急ぐ。

 辺りでは、見た目がおぞましいと表現するしかない異形の怪物たちが、概念使いと戦闘を繰り広げていた。

 

「なんだこいつら!? 強いぞ!?」

 

「概念化してなければ襲われねぇ! やられそうなやつは概念化解いてでも逃げろ!」

 

「死んだやつはいねぇか!?」

 

()()()()()()! けど、これじゃあいつまで持つか……!」

 

 話がそこかしこから聞こえてくる。混乱した街は、激しい怒号に包まれていた。けど、やはりアンサーガは、()()()()()()()()()()()()()()()()

 アンサーガの保身というか、敵を増やしたくないという考えはまだ彼女の中にある。

 

「――この襲撃の目的は、()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。アンサーガは、この時代の百夜を目覚めさせようとしてるんだよ」

 

「概念崩壊するとエネルギーがでるの?」

 

「そりゃ出るだろ、概念使いを包んでる概念って力が剥がれ落ちるんだから」

 

 概念使いの概念っていうのは、言ってしまえば装備だ。概念使いに張り付いた膜。人を人ではないものに変えるアイテムとでも言おうか。

 概念化は、それを概念使いの中から生み出し、身体に装着しているようなイメージだ。

 

「で、今の段階だとまだアンサーガは人を殺そうとはしていない。恨みを買いたくないからな。百夜、この時代の君が目覚める前に止められれば、彼女はまだ大丈夫だ」

 

「……うん」

 

 あちこちで暴れまわっている同胞たちを無視しながら、先へ進む。とにかく時間が惜しい、()()()()()()()()()()()()()()とはいえ、それでも万が一はある。

 フィーに関してもそうだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()。その時点で、人と彼女たちは敵対以外の道を失う。アンサーガは、フィー以上にそれが危うい!

 

「ししょーたちは起こさなくていいの!?」

 

「起こしたくても起きないんだよ! リリスの状態異常対策も、()()()()()()()()()ことはできても起こすことはできないからな」

 

「んんーなの!」

 

 とにかく、師匠たちの力を借りれないのは手痛いが、それを気にする時間はないし、起こす方法もない。だから先へ進む。

 何、本来ならこの時点で僕らは詰んでいるが、偶然と幸運というのは面白いもので、僕らに勝ち筋を残してくれた。

 細い糸、いつもどおりの小さな糸だけど、たしかに僕は掴んでいる。

 

「――心配はいらない」

 

 百夜が口を開いた。

 

 

「私が、いる」

 

 

 ()()()。百夜がいる。こと、今回に至っては、百夜さえいれば、アンサーガはなんとかなるだろう。それだけ百夜は強い。そして、アンサーガさえなんとかしてしまえば、

 

 ()()()は、師匠とフィーがいる。まずは何が何でもアンサーガを止めること、それが僕たちの使命だった。

 

「――ついたぞ」

 

「……急ごう」

 

 行って、百夜は概念化と共に、一目散に飛び込んだ。僕も後へ続く。最後になったリリスへ一瞬視線を向けて――

 

「……行くの!」

 

 その顔はどうしてか、

 

 いつもより、決意に満ちているように見えた。

 

 

 ◆

 

 

「――"R・R(ライジング・レイ)”」

 

 鎌をつきつけて、百夜が一撃を叩き込む。敵は暴食兵。先程から、暴食兵クラスの敵がわんさか出てくる。それもそうだ、今の遺跡の警戒レベルは最大になっている。僕たちがダンジョンアタックをしたときよりも更に難易度の上がったそこで、しかし僕らは()()()()()()遺跡を踏破しようとしていた。

 

「“W・W(ホワイト・ウィンドウ)”」

 

 鎌を一閃し、暴食兵を吹き飛ばした百夜が、更に続けて白い光の檻のようなものを生み出し、突き刺す。そして、

 

「“G・G(グローリィ・ゴースト)”」

 

 光弾が、揺らめくように現れて、暴食兵を追尾、突き刺さる――その3つの攻撃で、()()()()()()()()

 

「ほえー……すっごい火力なの……」

 

 リリスが杖を構えたまま、しかし一歩も動くことなく、概念技も使用せずに立ち尽くしていた。そう、この三連撃だけで百夜は暴食兵を倒したわけだが、()()()()()()()()()()()()()()

 単純に、これらは百夜の火力だけで成り立っているのだ。

 

「次が来る」

 

「リリス、こっちに支援を」

 

「あいなの!」

 

 対する僕は、リリスにバフをもらった上で、接近するサンドバイク――暴食兵と同ランクの魔物――を、

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 まず、速度低下。動きが鈍ったところで、

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 後ろに回り込み、

 

「“B・B(ブレイク・バレット)”!」

 

 防御低下を叩き込んだ。その上で一端コンボを終了、何度か通常攻撃で切り刻んだ後、サンドバイクがこちらに振り返ると同時、再びSSからのコンボを入れていく。

 それを繰り返すことで相手にこちらの位置を掴ませる前に、翻弄。消費はほとんどなく、

 

「“G・G(グラビティ・ガイダンス)!」

 

 上位技までコンボを持っていき、撃破した。

 

「ふぅ……流石にこのランクの敵は時間がかかるな」

 

「――遅い」

 

「あんなに軽々と倒せるのは君だけだよ、百夜」

 

 僕が一体を倒す間に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そりゃあ言うだけの強さはあるけど、無茶を言うなよ!?

 

 本当に百夜は強い。これの強化状態は更に強い上に、この状態でもストーリー終盤のボスを張れるだけのことはある。

 でもってこれが5だとプレイアブルなんだよなぁ、インフレって怖い。

 

 ただまぁ、百夜の強さにも、絡繰はある。

 

「次来てるの!」

 

「ん、任せて――“H・H(ホーリィ・ハウンド)”」

 

 ――ホーリィ・ハウンド。百夜の()()()()()。その特性は超強力な広範囲攻撃であるわけだが、百夜はこれをコンボなしで発射できる。フィーの嫉妬ノ根源と似たような仕様なわけだ。

 ちなみに威力的には総合ダメージではホーリィ・ハウンドが、単体へのダメージ量は嫉妬ノ根源が勝る。どちらもインチキみたいなものだが、非プレイアブルのフィーと、一応プレイアブルである百夜では、百夜の方がまだバランスが取れていると言えた。

 

 理由は百夜が()()()()()()()()()()ため。後衛型、とは読んで字の如く、後衛での使用を前提としたキャラ。もっというと、()()()()()()()()()()

 ドメインシリーズには、二種類のキャラが存在するのだ。前衛型と後衛型。前衛型とは、コンボを使用することで上位技、最上位技へとアクセスするタイプのユニット。僕や師匠、ラインやアンサーガがコレに該当する。

 そして後衛型――後衛型と一口に言っても、前衛に出る後衛型もいるのでややこしいが、こちらの特徴は()()()()()()()()ということ。

 

 そもそもしないのではなくできないのがポイントだ。前衛ユニットの僕や師匠が、常日頃から通常攻撃でSTを溜めているわけだが、リリスはそうではない。リリスは典型的な後衛ユニットだが、じゃあどうやってSTを稼いでいるのか。

 ()()()()()()()()S()T()()()()()()()()のである。代わりにコンボができず、高火力の最上位技を有さない。また、戦闘開始時、STは基本前衛は最大からスタートするが、後衛は半分の状態からスタートする。

 それを時間経過で回復させつつ、消費の激しい技を使うのが後衛型のセオリーだ。

 

 これまで出会った概念使いの中で、シェルとミルカは後衛型である。そして、()()()()()()()()だ。シェルは前衛に出る後衛ユニットという矛盾した存在だが、百夜もまたそれと同様である。コンボなく大技を叩き込めるのは、彼女がそもそもコンボをしないためなのだ。

 

 その分ホーリィ・ハウンドは消費が激しく、乱発はできないわけだが。

 

「一通り片付いたの!」

 

「おつかれ、リリス」

 

 百夜のホーリィ・ハウンドで一掃された敵を見て、僕らは嘆息する。百夜のおかげでほとんど消費はないとはいえ、先程から連戦続きで疲れてしまうのだ。

 しかし、

 

「――――ふふ、次」

 

 百夜は違った。獰猛に笑みを浮かべながら、先へ進む。

 

「って、ちょっとまった、逸れるとまずい!」

 

 いつ転移が始まるかわからないのだ。百夜を一人にさせるのはマズイ。最深部であるアンサーガの研究所で合流すればいいのかもしれないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 僕らは急いで後を追う。

 なんとか追いついた先で――

 

 

「――なに、これ」

 

 

 部屋の奥に見える、○と✕のマークに困惑する百夜の姿を見た。

 待った待った、どんなバラエティ番組だここは。百夜だけでなく、僕まで困惑してしまう。本当にここのギミックは訳わからないな。

 

「……多分、問題があって、その回答が○×クイズになってるんだと思う」

 

「なんで……?」

 

「わからないよ……アンサーガに聞いてくれ」

 

 困惑する僕らを他所に、リリスはとことこと部屋の隅の方へと歩いていく。見ればそこに立て看板があって、どうやらアレが問題のようだ。

 さて、何が出てくるかな? 一応、このシリーズの設定はすべて頭に入っている。何が出てきても応えることが――

 

 

「えーと、なになに? “同胞のピーちゃんの好きなおやつは助かる肉である。○か×か”」

 

 

「――――分かるか!」

 

 思わず叫んでいた。完全に回答させる気ないじゃないか! 誰だよピーちゃんって! なんだよ助かる肉って!! 百夜分かる!?

 

「……」

 

 ふるふると首を横に振られた。

 そりゃそうだよな、

 

「んー」

 

 リリスが少し考える。そして、百夜の手を掴むと。

 

「えっ」

 

 驚く百夜を連れて、すごい勢いで○に向けてツッコミ初めた。一切迷いがないけれど、本当にあっているのか? 最悪間違えたら命に関わりそうなので、心配だ。

 

「ま、まって、まって、私……連れて行く……意味……」

 

「なんとなくなのー!」

 

 叫んで、突っ込んで、そしてリリスと百夜は。

 

 

「――――これどっちも外れなのおおおおおおおお!!!」

 

 

 突っ込んだ先に穴が空いており、まとめて落ちていった。

 

「ちょ、リリス!?」

 

「……ああもう」

 

 百夜が手を突き出すと、そこから光の紐が伸びて行くのが見える。やがて、それが向こう側に突き刺さり、二人が着地した。

 僕がリリスが突き破った跡から下を見ると、そこには無数の魔物が待ち構えていた。なんとも厭らしいことに、○も×も、下に落ちていく仕様らしい。

 

「リリス! 百夜がいればなんとかなるって勘で思ったんだろうけど、無茶をしすぎだ!」

 

「ごめんなさいなの!」

 

 リリスの中の何かが、この○×クイズの正解を導いたのだ。ようするに、○も×も関係なく、強引に突破する。まったくもって身も蓋もないが、ともかく。

 

「……敗因、どうする?」

 

「あ、それは問題ないのー」

 

 そして、残された僕に、百夜が声をかける。答えたのはリリスだが、まぁ心配の意図も分かる。どう考えても向こう側に届かないのだ、僕の移動技では。

 とはいえそれは、()()()()()()の話だが。

 

 僕は空中でコンボを入れて、足元に石を転がして、そこを足場にもう一度移動技を使って、向こう岸まで着地した。STが尽きなければ、いくらでも空中機動ができるぞ。

 

「――――」

 

 百夜が目を丸くしている。そこまで驚くようなことだっただろうか。もはや空中での移動技は戦闘の前提にまでなっているから、今更という気もする。

 

「……いや、すごい、どうかしてる」

 

 そういう百夜の言葉に、僕とリリスは二人まとめて、首を傾げた。

 

「――敗因、お前は手段」

 

「そうか?」

 

「――リリス、お前は目的」

 

「なの?」

 

 二人に、一度ずつ指を指して、

 

 

「それぞれ、おかしい。理解不能」

 

 

 どこか不機嫌そうに、百夜は言った。

 ――そんな時だった。

 

 

 ()()()()()()()()

 

 

「あ、これは――いや、次の部屋に行く前に!?」

 

 転移の兆候。しかしこれは、イレギュラーだ。基本的に、一つの部屋にギミックは一つだけ。しかも、僕らは動いていない。つまるところこれは、意図したもので、僕らは慌ててリリスを間に挟んで手を繋ぐが、

 

 ――きっと、最初からそうする必要もなく、僕らはまとめてそこに飛ばされることになっていたのだろう。

 

 

 そこは、研究所だった。アンサーガの棲家。場違いなSF世界観。

 

 

 培養ポッドはすべて撤去されていた。僕があらかた破壊したことと、それにアンサーガが怒りを覚えたからだろう。それはもう執拗に跡形もなく。

 

 ただ、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして、その前にアンサーガが立っている。その顔は――怒り?

 

 

「――お前、何者だ」

 

 

 ああ、それは困惑でもあるのだろう。その言葉は、僕でもリリスでもなく、百夜へと向けられていた。

 

 

「……母様、久しぶり」

 

 

 対する百夜は、どこか穏やかな顔つきで応える。

 

 そう、アンサーガは百夜を呼び寄せたのだ。未だ生まれていないはずの百夜、それがなぜここにいる? その疑問の回答を求めて。

 

 ――とはいえ、

 

 かくしてここに、時空を越えた親子は、相まみえるのだった。




百夜は白光百夜です。
百夜の方は治ってるはずです。混乱させてしまい申し訳ありませんでした。


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65.百夜はアンサーガを説得したい。

 ――アンサーガと百夜。

 ゲームにおいてこの二人が相対するタイミングは少ない。そもそもからして百夜はアンサーガを母と最初のうちは認識していないし、興味もない。

 アンサーガは既に百夜を生み出し、百夜に対して執着こそあるものの、ゲーム本編においてその興味は新たなる百夜――次なる同胞の創造にご執心だ。

 

 両者が互いを強く意識するようになるのは、物語の中盤。アンサーガが本格的に動き出してからのことである。

 ここで不幸な行き違いがあるとすれば、アンサーガにとって百夜は通過点だ。()()()()()()()()()()()とは言うけれど、ようはそれは百夜というテストケースを元に、()()()()()を作り出すということで。

 百夜は一度生み出されてしまえば、それ以降、()()()()()()()()()()()()()()()()のである。まぁ、極端な話だが。

 

 なので、アンサーガは間違いなく百夜のことを意識しているが、同時に百夜がアンサーガのすべてとなることはないのである。そもそも、アンサーガにとって同胞とはすべてが等価に執着するものだ。百夜はその一つの到達点ではあるが、同胞の一つであることに違いはない。

 

 ――この辺り、ゲームではそれがすれ違ったまま終わっていた。

 

 ああ、だから――それは初めから解っていたことではあるのだけど。

 

 

 アンサーガと百夜の会話は、始まったその瞬間から、破綻が目に見えていたのだ。

 

 

 ――なんて、言っているけれど。結局それを理解したのは、二人が邂逅してからのことだった。少しばかり迂闊ではあったけれど、ああでも。

 

 ――そもそも、気がついた原因はリリスであった。会話を続ける二人の側で、それを今すぐにでも止めたくて、けれども()()()()()()()()()()()()()()()()()()と心を鬼にして我慢するリリスをみれば、否応でもなく気付けるものなのだった。

 

 ◆

 

 

「――母様、本当に、母様。ようやく……会えた」

 

「百夜? 百夜? 百夜――? ありえない、ありえないありえない。どうしてそこにいる? なぜそこにいる? なぜ言葉を発している?」

 

 アンサーガにとって、目の前の百夜は本当にイレギュラー中のイレギュラーだろう。なにせ、今アンサーガがしていることは百夜の誕生。()()()()()()()()()()()()()()が目の前にいるのだ。その困惑は推して知るべし。

 

「母様、今すぐ……同胞、止めて。アレは危険、母様もそうしたくて、しているわけ……じゃない」

 

「――百夜、百夜、百夜なのか。そうかそうかそうか。――敗因、何をした」

 

「すぐに僕が原因だと決めつけるんじゃない」

 

 まぁ、僕が原因なのだが。睨むアンサーガと、ついでに視線の冷たいリリス。二人を横において、話が始まらないアンサーガと百夜の間に入る。

 

 この二人の会話が、最終的にどういう結末を迎えるかはなんとなくわかるけど、何時まで経っても千日手というのはいささか困る。

 外の同胞を止めてもらいたいのは、僕も同意なんだから。

 

 ――まぁ、外に同胞をやっているために、現在周囲に同胞のいないアンサーガは無防備で、チャンスとも言えるのだけど。

 

「――彼女は未来からやってきた百夜だ。アンサーガ、君も百夜の特性についてはなんとなく把握しているだろう?」

 

「……白光の概念。光は時間を凌駕するというあいつの戯言が、形になったそれ。ああ、そう、そうそうそうか――時間を越えてやってくる能力を、形はどうあれ君は有しているわけだぁ」

 

 流石に理解が早い。というか、マーキナーの戯言すら理解している辺り、アンサーガは本当にそういったものの理解度が高い。そうだ、師匠の幽霊理論といい、マーキナーは機械仕掛けを名乗る割に、そういったこじつけが非常にオカルトだ。

 オカルト――というか、大雑把というか。

 

 何とかといえば何とか、という安易な決めつけによって、概念におかしな能力がつくことは非常に多いのだ。そもそも、僕が敗因という概念で、デバフ使いなのは一種のこじつけだしな。

 

「――――で、何が目的だ?」

 

 そして、アンサーガは本題に戻る。

 けれどそれは、先程までの百夜の話を、一切聞いていなかったということにほかならない。百夜は、少し困惑した様子をみせながらも、改めて繰り返す。

 

「だから……外に、出ている同胞……を……」

 

「――なぜ?」

 

 アンサーガは、心底不思議そうだ。まったくもってそれが理解できないという様子で、その言葉に、一瞬百夜の視線が泳ぐ。

 百夜は、アンサーガの心が解っていない。なぜ、アンサーガが同胞を動かすのか、なぜ、自分を生み出すことに躍起なのか。

 

「君を生み出すために、これは必要なことじゃないか。それとも、君は生まれたくないのかい? ずっとあそこで眠り続けていたい?」

 

「え、っと……」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今の百夜にあるのは、僕たちがアンサーガを止めなくてはならないと動くから、自分もそう思っているだけ。これは、ゲームの頃――スクエア・ドメイン本編でもそう変わらない。

 

「だ、って、そう……しないと……母様が……その、大変な……」

 

「――破滅するっていいたいの?」

 

「……うん」

 

 縮こまるような声で、百夜は肯定する。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。当たり前で、当然で、必然だろ? だってだってだって、僕は世界の敵なんだから! それが当然じゃあないか!」

 

「かあ、さま……?」

 

「わからないな、わからないなぁ、わからない。君がちぐはぐでわからない、僕を止めたいなら止めればいいじゃないか。なぜなぜなぜ? 希望でも僕に抱いているのかい?」

 

 百夜は、何も答えられない。

 自分でもわからないから、考えたことがないから、考えることが苦手だから。ああでも、アンサーガは既にその在り方を決めているんだ。

 ただの善意では、それは押し付けと変わらない。

 

「君、ルエと同じようなことを言うなぁ――」

 

 視線を鋭くするアンサーガは、もはやその意思が決定的になっているように思えた。ああ――やはりこうなるか。

 

 

「――鬱陶しいよ、何様のつもりだ」

 

 

 心底、侮蔑するように。

 

 執着しているはずの百夜にすら、そう言い放った。僕が百夜の存在を未来の百夜本人だと証明し、アンサーガがそれを理解してもなお。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()。そこにアンサーガの冷徹さがあった。

 

 流石にそろそろ止めるべきじゃあないか? 思考がよぎる、ああでも――僕はそれを少しとどまって見ようと思った。

 ここまでの会話、()()()()()()()()()()()()()()()()()。見ればリリスは、凄まじく我慢に我慢を重ねた苦悶の表情で、二人の会話を見ていた。

 

 ――即座に、リリスの意図は察することができた。

 

 だってこの会話は、百夜にとって初めてのもので、苦労は買ってでもしろというけれど、百夜のそれはまさしくそうで。

 それは重々わかってはいるのだけれど。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()リリスの顔は、それはもうすごい形相となっていた。

 

「かあ、さま……なんで……?」

 

「――愚かしいなぁ、理解が少ない、見識が浅い、視野が狭い。君は何を見てきたんだ。生まれて何を知ってきたんだ? 何のために生きてきたんだ?」

 

「かあさま……」

 

「いくら君が百夜だろうと、その有様では、まったく期待ができないな。ああ、今からでも別の器を探すべきか? いや、あいつの用意した器は、百夜と敗因の二人だけのはず、ああ――」

 

 もはや、興味を失ったかのようで、そしてアンサーガは、百夜に、突きつける。

 

 

()()()()()()()()()、それで君の要望は叶う。よかったね、あまりにも君が――」

 

 

 ――不出来だったおかげだよ。

 

 間違いなく、アンサーガは百夜にそう告げようとしていた。僕も一言言ってやろうかと思ったけれど、それよりもさきに――

 

 

「ふ、ざ、け、ん、な、のおおおおおおおおおおッ!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――――!?」

 

 ――よく我慢したな、でも、ここでそれを止めたのは、きっとすごい偉いことだぞ、リリス。

 

「ナイスリリス」

 

 驚愕し、たたらを踏むアンサーガと、それを目を白黒させながら眺める百夜。僕だけはよくやったと褒めた。

 ――状況を把握し、その瞳に怒りが宿るアンサーガ。それに、リリスも同様に怒りを顔ににじませながら叫ぶ。

 

「あんまり百夜にひどいこと言わないでなの! 百夜が可愛そうなの! 何も知らない!? 何も分かってない!? そんなの、()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

「……くふふ、お前、もしかして百夜でお人形遊びがしたいの? 無知蒙昧が好きって、変態さんなのかな」

 

「なんでそうなるの! 言っておくけど、百夜がまだまだうろうろさんだからって、貴方がそれをバカにできるわけないの! 第一、貴方だってじゅーーーぶんうろうろさんなの! 分かってないのは貴方もなの!」

 

 ――うろうろさんって、つまり先のことをよく分かってないってこと?

 

「お前は何を言っている……?」

 

 さっそくアンサーガはリリスの言動が理解できなくなっているようだ。そりゃあ、きっと、リリスはアンサーガにとって一番理解し難い存在だろうからな。

 

「貴方を救いたい誰かがいる時点で、()()()()()()()()()()()の! そんなこともわからないなんて、お馬鹿さんきわきわなの!」

 

「――くふ」

 

 リリスは未だ困惑する百夜の前に立ち、彼女を指差しながら宣言する。対するアンサーガは、それを可笑しそうにわらった。

 

「くふふ、くふふふふ、くふふふふふふ。ねぇ、ねぇ、ねぇ。――馬鹿じゃないの? 私を救いたいなんてそんな阿呆、何もしやしない怠惰龍くらいなものだ。そこに何もできない欠陥品が加わったところで、何ができるっていうのさ」

 

「馬鹿はそっちなの! 知りもしないで話をするから、そうして他人を馬鹿にするしかできないの! 百夜は――!」

 

 そして、

 

()()()()()()()()()()()()ここまできたの! その意味がわからないなら、百夜に嫌なこと言うんじゃないの!」

 

 ――知らなくても、か。

 百夜がここに来たのは、かつて何もできなかったことから来る罪悪感によるものだ。自分が何か行動を起こしていれば、過去は違うものだったかもしれない。

 そう考えたからここに来た。百夜が何もできなかったのは、知らなかったから。

 

 現実も、事実も、理想すらも知らない彼女は、ただ救うという言葉しか、口にできない。同胞を止めてほしいという望みも、結局は僕らの方針だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()ということだ。

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とは正反対だ。奴は、自分の終わりが破滅だとしても、一切それを気に留めることをしない。

 

 気に留めたところで、()()()()()()()()()()()()()と端から諦めてしまっている。

 

 どちらを人は愚かだと言うだろう。どちらを人は美しいと言うだろう。――そんなもの、最初から決まっている。

 もちろん、アンサーガがそんな人の感覚とは全く違うものを持っているのだとしても、だったら、なおのこと――

 

 

「人とは違うってふうに振る舞うくせに、人と同じ判断基準に自分を当てはめるな! なの!」

 

 

 ()()()()なんて嘯くものじゃあ、ないよな?

 

「――――」

 

 忌々しげにリリスをにらみながら、アンサーガは黙りこくった。反論の余地がないわけではないだろう。ただし、それに対して反論すれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ああ、アンサーガ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それは絶対にできないよな?

 

「――百夜も! 貴方のお母さんは性根がネジ曲がってるの!」

 

「……リリ、ス?」

 

 振り返り、ビシッと指を突きつけるリリスに、いよいよ百夜は声を上げる。ああそれは、とてもか細いもので。

 ――その瞳は、あきらかに恐怖に揺れていた。

 

 百夜は怯えている。怖がっている。先程、アンサーガにあれだけ否定されたこと。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、止めてくれと懇願して、返ったきたのが罵倒だったこと。

 劇的な経験だっただろう。今まで、否定されることはあっても、卑下されることのなかった彼女に、それは少し酷だったかもしれない。

 

「でも、だからといって、()()()()()()()()()()()()()()()の! 間違ってることは間違ってる。()()()()()()()()()()()()なの! 貴方がその人を救いたいと思ってもいいように!」

 

「え、と――」

 

 ――リリスは、きっと迷っていたんだろう。アンサーガを百夜は救いたい。その意思は、とても純粋なもので、そして何よりこれまで何度もみせてきた、世間知らずな百夜が、それでも固く抱いた意思だ。

 それを、尊重したかった。

 百夜が自分一人で前にすすめるなら、それが一番の正解なのだから。

 

「つ、ま、り!」

 

「――止めるなら、力ずくが一番はやい」

 

 僕が、それを受け継ぐように、剣を手に前に出る。

 

「なの!」

 

「…………」

 

 百夜は、考える。考えて、考えて、考えて――それは、きっと人生で一番長い思考時間だっただろう。それだけ長く考えて、そして、結論は、けれども決まっていた。

 

 

「ぷすん」

 

 

 エラーを吐き出した百夜は、少しだけ顔色を申し訳無さそうにしながらも、

 

「考えるの……苦手」

 

 前に出た。

 

「でも……戦うの、得意。母様、言葉じゃ……止められなかった。でも、敗因は力づくでいい、っていう」

 

「そうだね」

 

 それは、つまるところ。

 

 

「――戦うの、得意」

 

 

 結局、百夜の決定的な転換には至らなかった。

 ああでも、それでいいのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 だから、

 

「…………くふ。ああ、もう」

 

 アンサーガと相対するその姿は、本当に、この上なく百夜らしいものだった。

 

 

「それに、母様とは一度戦ってみたかった」

 

 

「僕に指図するなら、それ相応の覚悟ってものがあるよねぇ!?」

 

 

 アンサーガも、同様に概念のぬいぐるみを呼び出して。

 

「リリス、行くぞ!」

 

「――あの憎ったらしい人形さんに! 人の意地とかそういうの、全部わからせてやるの!」

 

 僕たちも得物を構えた。

 ――かくしてここに、対アンサーガ、第二ラウンドの幕が開けるのだった。



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66.百夜はアンサーガと戦いたい。

 ――とはいえ、アンサーガ第一形態。つまるところ概念使いとしてのアンサーガとの戦闘は、始まる前から決着がついているといってしまって問題がなかった。

 原因は一つ。百夜とアンサーガの相性の問題だ。

 

 アンサーガの強さは、バラスト・ブロックで黒い球体の壁を呼び出し、攻撃を防いだ後、コンボで非常に強力なノックバック技へとつなげる一連の流れだ。

 このバラスト・ブロック。非常に効果は強力だが、その効果はそもそも()()()()である。そして、百夜の最大火力、ホーリィ・ハウンドにはある特性があった。

 

 ()()()()。如何にもボスらしい効果を持つそれは、しかし。アンサーガの必殺を保証するコンボが、完全に意味を無くすということでもあった。

 

 もちろん、アンサーガは百夜の概念を理解している。自身の概念と相性が最悪であることも、ただの概念使いアンサーガでは、微塵も勝ち目がないことも。

 もし、少ない勝ち筋があるとすれば、それは同胞による圧殺。犠牲を無視した鏖殺であった。

 

 ――まぁ、それを許容できるアンサーガではないのだが。

 

 そして、であればアンサーガの取る手段は一つ。()()()()()ことだ。僕と師匠が戦った時は、向こうもその選択を取りたくはなかったのと、あくまで僕たちの目的が至宝回路であったことから、ヤブの蛇を突かなかった結果、お目見えしなかったもの。

 

「百夜――君はアレを使えないんだね。ああ、君もアレを使えたら、僕と戦うのがとっても楽だったのにね」

 

「……必要ない」

 

 ()()

 ――百夜は、怠惰龍と並ぶシリーズ定番の裏ボスである。だが、百夜は特別な出自を持つとは言え、ただの概念使いである。その素の実力は、あくまで概念使いとしては最強といえる程度のものであり、大罪龍と同等とは言えない。

 しかし、ある手順を用いれば、その限りではない。

 

 百夜の場合、それは()()()()()において発現する。その環境下における百夜は、間違いなく大罪龍と並ぶほどの強さを有するものである。

 そしてそれは、現在は条件を満たすことのできない状況にある。対して、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 であるなら、つまり、アンサーガの真なる強さは、()()()()()()()()()ものになるわけだ。そりゃあ、アンサーガは4の黒幕に当たる存在で、大ボスも大ボスなわけだから、当然も当然。

 逆に、周囲に同胞のいないアンサーガはそれほど強くない。そもそもからして、最初にゲームで相対するアンサーガは同胞を伴わない単騎であり、その時の推奨レベルは三十程度。つまるところ中盤のボスに当たるわけだ。

 

 さて、ではそのアンサーガの条件とは、端的に言うなら、

 

「さぁ、敗因。僕を止めたいなら、殺してみなよ」

 

 ――アンサーガは、くるくるとナイフを取り出すと、ニィ、と鋭い笑みを浮かべて、

 

 

「僕を殺せるものならねぇ!」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「え!?」

 

 困惑するリリスを他所に、僕と百夜は手にした概念武器にこめる力を強める。そう、アンサーガがその力を開放する条件は「()()()()()()()()()こと」。アンサーガにとって、人形形態での死は死ではない。

 本来の姿を取り戻すための、トリガーにすぎないのだ。

 

 ――ゲームでは中盤で相対することになるアンサーガ。既に彼女を討伐しなければならない敵として認識していた主人公チームは、よりにもよって研究所で相対したアンサーガを殺害してしまう。

 結果、現れたその真の姿に、サクッと屠られるわけだが――つまるところ、負けイベントである。

 

「リリス、構えて」

 

“――――くふふ、くふふふふふ、くふふふふふふふふふ!”

 

 声が、する。

 倒れ込んだアンサーガから、何かが湧き上がるように、()()()()ように、浮かび上がる。それは、霧、煙、闇。

 形を持たない実体だ。ゆらめき、ゆらぎ、ゆがみ、そこにあるそれは、しかし確かに存在している。

 

 おそらく、最もそれを表現する言葉は、端的に一つ。

 

 “影”。

 

 アンサーガの真なる姿は、まさしく影そのものだった。

 

「しかし――なんともシンプルな姿だよな」

 

“そうだねぇ、僕も、この姿は好きだよお。あんな装飾過多の雑巾と違って、本当にただただ、ひたすらに影であるだけなんだもの”

 

 つぶやいた僕の言葉に、アンサーガは嬉しそうに言う。そりゃあ、あの姿は望んだものではない。そもそも望んだのなら、アンサーガはここにいない。

 どこまでも他人に期待されないゆえのアンサーガ。まったくもって、残酷な話だ。

 

 ――それは、

 

「……私、は」

 

“ん……?”

 

「あの姿の、母様も……好き」

 

“――――は”

 

 きっと、百夜にとっても、残酷な話だ。

 

“いい煽りだよ、百夜! やれば、できるじゃあないかあ!”

 

 そんな百夜の言葉に、アンサーガは激怒する。ああ本当に、百夜にとっては心の底からの言葉であるのに、それで怒るアンサーガは、本当に救いが何一つないよな!

 

 ――来る。

 迫るアンサーガに、僕は剣を構えて、前に出るのだった。

 

 

 ◆

 

 

“『O・O・O(オールド・アウト・オブシディアン)』”

 

 アンサーガ第二形態、通称真アンサーガの戦闘スタイルは、第一形態とさほど変化はない。あくまで、第一形態の発展型だ。

 姿を変えても、そもそもアンサーガが概念使いであることに変わりはないのだからして。

 

 しかし、使用する概念技には一つの変化が加わる。技名に何かが増えるのと――

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”」

 

 後方へと飛んだ僕へ、迫ってくる黒の鉤爪。それをギリギリで回避すると、

 

“くふふふふ! まだまだ!”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「分かってるっての! “S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 それを無敵時間で躱すが、しかし危うい。とはいえ効果は明白だ。真アンサーガの概念技は()()()()()()。あらゆる攻撃型の概念技が、二回連続で僕らに襲いかかってくるのである。

 

 他の変化は、アンサーガ側に無敵時間が発生しなくなること。代わりに膨大な量のHPを有し、全体的にノックバックに対する耐性も増え、ボスらしい挙動になる。

 攻撃力などのステータスも当然強化されているが、一番大きな変化は無敵時間の消失と攻撃の多段化、この2つだ。

 

「母様……こっちも、見て……! “G・G(グローリィ・ゴースト)”」

 

 前に出ていた僕を狙うため、無視される形になっていた百夜が、遠距離の追尾型レーザーでアンサーガに攻撃を加える。

 ――アンサーガ自体の変化は、主にその二点。では、アンサーガの挙動、戦闘スタイルの変化はどうか。第一形態において、アンサーガ最大の強みであったのは、強大なバフと強烈なノックバック。

 

“意味ない、ないないないよぉ! そんなの、僕には全然届かない! 『B・B・B(バラスト・ブロック・バイオ)』!”

 

 影なるアンサーガは、第一形態の強み、防御の黒玉を、第二形態においては()()()()。その速度は決して早くない、けれど球体は僕を軽く飲み込めてしまう大きさで、そして、迫る光弾の亡霊を、()()()()()

 

 あの黒い球体は、敵の概念技を飲み込む効果を持つ。内部的な処理は、あの黒い球体の中に当たり判定があり、それが攻撃を受け止めているのだが、ともかく。

 一つ言えることは、球体は攻撃を()()()()のである。

 

 そして、吸収したということは――

 

“代わりに、貫かれちゃえよ!”

 

 それを解き放つこともできるということだ!

 弾け飛んだ黒い影は、あちこちに飛び散って、こちらに迫ってくる。

 

「リリス、防御! 百夜に!」

 

「あ、あいなの!」

 

 リリスが概念技で百夜を守り、僕は自分の足でその攻撃を回避する。波を描くように動き回りながら、アンサーガへと接近するのだ。

 

「……っく!」

 

 攻撃は、その半数が百夜に対して指向性を持って迫ってくる。回避するが、いくつかを受けてしまう事は確定的で、百夜はもともとレベルがカンストしているがゆえに、高いHPを持つが、それでも攻撃一発一発が痛いのだ、この反撃。

 故に、リリスに防御を任せつつ、僕は前に出るのだ。

 

“まだまだぁ、まだまだまだぁ!”

 

 更にアンサーガは遠距離攻撃には黒い球体を、接近する僕には二回攻撃の鉤爪を振るう。僕は迫るそれを、移動技と無敵時間で回避しながらも、後方を気にかける。

 百夜は変わらず遠距離から攻撃を続けていた。

 

 それらは、変わらず球体に呑まれ、反撃で百夜は痛手を負う。――が、よし、()()()()()。リリスの回復も間に合っているようだった。

 

「……母様、ばか、ばか……ばか…………“G・G”」

 

 光弾、光弾。連打する百夜は、動き回りながら攻撃をやり過ごそうとはしている。だが、如何せん弾幕が厚い。物理的に回避する隙間がないのだ。

 ああでも、()()()()()()()()この球体を割り続けるしかないのだ。

 

 なにせ、放置しておくとアンサーガは僕が移動技で移動する先にこの球体を設置するのだ。流石に、そこに突っ込んでまともに炸裂を受けると、僕は一発で概念崩壊しかねない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。そして、その甲斐あって、やがて僕はアンサーガの目前まで迫る。

 

“ふぅん、踏み込んでくるなぁ、敗因ンン”

 

「――家庭の事情だか、なんだか知らないが」

 

 振り上げた剣は、鋭くアンサーガを切り裂いていく。単なる通常攻撃でしかないそれを、アンサーガは気にもとめない。しかし、反撃自体がないわけではない。

 

“鬱陶しいんだよ! 『O・O・O(オールド・アウト・オブシディアン)』!”

 

 反撃の影の爪。ああだが、攻撃してくれるなら、それで構わない。

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 ――一閃。一撃目の鉤爪を透かしながら、剣を叩き込む。そして、二発目。連続攻撃に対して、取れる手段はいくつかある。SBSであればやり過ごせるが――しかし。やろうとすれば、その瞬間に向こうが逃げるだろうな。

 であれば、回避? ――それでは、意味がない。僕は少しでもアンサーガにダメージを蓄積させたいと言うのに。つまるところ、僕の選択は――

 

「う、おっ――」

 

 ()()()()()()()

 

“――!”

 

 攻撃が直撃したことに、当のアンサーガ自身が驚愕していた。それを、僕は構わず動く。予め受けることを予見した動きだ。リリスのバフも、回復も十分に間に合っており、その上で――受けて吹き飛んだ先で、僕は分かっていたかのようにバランスを取る。

 そして――

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 そしてそこに、当たり判定を持つ移動技を叩き込むのだ。

 

“――チ”

 

 巨大な影、立ち上るがごときアンサーガに、突き刺さるそれは、即ちコンボの始まりだ。続けざまにブレイク・バレットを至近距離で叩き込むと、僕は更に剣を振り上げ、

 

“ああ、ああ、ああ――どうしてそうまとわりつくんだ。小蝿みたいなちょこまかのくせしてさぁ!”

 

 上から、アンサーガが影を振り上げていた。

 ――来る!

 

“もういい、吹き飛べよ! 『D・D・D(ダイレクト・ディオライト・ダスト)』!”

 

 アンサーガの十八番の一つ、強力なノックバックは、然るに、物理的な影響力を持つ。即ち、風の刃。振り上げられた影から射出されたそれを、僕は、

 

「“A・A(アンチ・アルテマ)”!」

 

 無敵時間で透かしつつ、遠距離攻撃へのデバフを叩き込むが、

 

“くふふふ、飲み込まれちゃいなよぉ”

 

 ――この刃、とにかく大量に飛んでくる。

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 横っ飛びに移動技で跳んで、回避する。――が。

 

“待ちなよ、待ちなよ、待ちなよ――! 『G・G・G(ガイド・グラナイト・グラインド)』!”

 

 ――アンサーガがそれを射出したまま追いかけてくる。

 

「ちょ、まっ!」

 

 いや、そんな挙動ゲームじゃしなかっただろ、アンタ! ――まぁ、ここはゲームでもあり、現実でもある。例外は無数に生まれて、濁流のごとく積み上がっては襲いかかってくるのだ。

 ああでも、これは逃げ切れない――!

 

「もう 無茶しないでなの! “G・G(ガード・ガード)”! “B・B(ブレイク・ブースト)”!」

 

 ――そこに、リリスのブースト込の防御バフ! 間一髪で間に合ったそれを頼りに、攻撃をまともに受けると、僕は吹き飛んだ。

 

「いいタイミング……そのまま、下がって、敗因」

 

「――百夜!」

 

 叫ぶ、百夜の狙いはわかりやすい。もう、戦闘は開始してそこそこの時間が経っている。()()()()()()()()()()だろう。

 ああ、でも、百夜。それは、いや――――

 

「っっく、“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 ああ、いや、いや、いや――百夜の最大技は別に使用へ制限がない。なら、撃たせてしまおう。()()()()()()()

 

 そして、アンサーガの最も理不尽足る点。

 

“――くっふ、やるんだね、百夜、それは、それはそれは――僕だって分かってるんだよ”

 

「分かってても、私のコレは、どうしようもない」

 

 絶対の自信。

 そりゃそうだ。百夜の戦闘において、それは間違いなく必殺の一撃。唯一無二にして絶対の最強だった。それを躱されたことは――ああ、でも。

 

 直前にあったな、やったのは、僕だけど。

 

 でも、アンサーガのそれは更に厄介だぞ。

 

 

「受け取って、母様――“H・H(ホーリィ・ハウンド)”」

 

 

 ホーリィ・ハウンド。全画面に対して行われる、強烈な攻撃。アンサーガの巨体は、それを回避する術を持たない。

 ああ、けれど、

 

“くふふ、くふふふふふ、くふふふふふふふふふふ!”

 

 笑う、哂う。嗤う。

 アンサーガの狂笑が、研究所に響き渡る。それは、しかし即ち、発声がないということ。()()()()使()()()()()()ということ。

 けれど、

 

 ――その光が収まった時、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――――な」

 

「な、なんで、なの――」

 

 驚愕する百夜とリリス。僕だけは、苦虫を噛み潰しながらも、理解していた。

 

()()()()()()()()()()()()

 

 あざ笑うかのように、アンサーガはそこに何事もなく佇んでいる。

 

「アレは――常に使用されているんだよ。別の概念技と同時使用で、常時発動の概念技によるものだ」

 

 名を、

 

 

 『K・K・K(ナイト・キンバーライト・カレイドスコープ)』。

 

 

 第二形態。影なるアンサーガ最大の特徴。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。アンサーガに、最上位技や、それに相当する強威力技は無効化される。

 

 第一形態アンサーガにとって、百夜は天敵である。

 しかし――

 

 

 ――第二形態においては、その真逆。今、僕たちの目の前に、百夜最大の天敵が、彼女を嘲弄するかのように、立ちふさがっていた。



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67.百夜はアンサーガと向き合いたい。

「――リリス!」

 

「あいなの! 百夜も行くの!」

 

「……うん」

 

 叫ぶ僕は、無数に飛んでくる黒い帯をかいくぐりながら、大きく迂回しつつアンサーガに接近する。アンサーガは僕を黒い帯で狙いながらも、無差別に球体を生み出し、周囲に浮かべている。

 黒い球体は射出されると、少ししたところで滞空し、培養ポッドのように障害物となる。

 触れた途端に炸裂する機雷だ。縦横無尽に駆け回るには、いささかそれは邪魔過ぎる。しかも向こうはこの機雷を無視して攻撃してくるものだから、大変だ。

 一方的であるのに加えて、完全な漆黒に包まれた球体は、向こうが見通せないのである。故に、どこから攻撃が来て、どこへ炸裂するのか分かったものではない。

 

 とは言え、対処法はあった。

 

「ぶっとべなの! “W・W(ウィンド・ウィンド)”!」

 

「破裂しろ……“W・W(ホワイト・ウィンドウ)”」

 

 リリスの概念技、速度バフは僕へ、そして百夜は檻のように地面から飛び出す光の槍を、球体へと突き刺す。

 

“……無茶するなぁ!”

 

 見ているアンサーガからもそんな言葉が飛んでくるようなそれは、つまり一度に複数の球体を破裂させつつ、速度強化した僕がムリヤリそれを突破、アンサーガに斬りかかるのだ。

 

「――けど、踏み込んだぞ!」

 

 僕は、アンサーガの影へと、肉薄していた。剣を両腕をクロスさせるように逆手で構え、

 

“くふふ、そんなボロボロになってるのに――?”

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 一撃、アンサーガを切り裂くと、僕は、即座に移動技を入れる。

 

“ようこそ、死んでいきなよ、惨たらしくさあ『O・O・O(オールド・アウト・オブシディアン)』”

 

 一発目を、移動技のスピードで回避、しかし、タイミングがギリギリだ。ここからコンボを入れて、二発目を回避できるかがわからない。

 だから。

 

「リリス!」

 

「“P・P(パッション・パッション)”!」

 

 速度バフへのバフ! リリスのそれを受けて、加速した僕は移動技の勢いをそのまま利用して後方へと退避した。目の前を影の爪が駆け抜けた直後、僕はさらに、

 

「“B・B(ブレイク・バレット)”!」

 

 遠距離から一発を入れる。

 

“ふん、意味はないぞ”

 

 ――それを、黒い球体に阻まれ。

 

「百夜ァ!」

 

 僕は叫んだ。

 

“――!”

 

 上を見上げるアンサーガ。見ればそこに、鎌を振りかざし、斬りかかる百夜が見える。そして、僕のブレイク・バレットで炸裂した弾丸は多数が僕へ向かい、一部が辺りに散らばる。けど、その上を駆け抜けた百夜が、今そこにいる!

 

「“R・R(ライジング・レイ)”」

 

 ――一閃。

 閃いた光の刃は、そのままアンサーガへと吸い込まれていった。

 

“ああ、もう……面倒だ 『D・D・D(ダイレクト・ディオライト・ダスト)』!”

 

 そこへ迫る、強力な勢いを伴った風の刃。もはや回避は不可能といった状態で、その攻撃を百夜はまともに受けるしかない。そして、それなら対応策は一つだけだ。

 

「もー! さっきと同じやつなの! “G・G(ガード・ガード)”! “B・B(ブレイク・ブースト)”!」

 

 リリスの防御バフ。百夜のステータスは僕の数段上だ。それもあり、高倍率の防御バフが入ればダメージはさほどではない。受けて大きく吹き飛ばされるが、着地した百夜はまだまだ健在だ。

 

 ――さっきと同じやつ。

 僕らはこの攻防をここまで何度か繰り返していた。最上位技が通用しない敵であるアンサーガに対して、僕らが取れる戦法は持久戦だ。

 幸いなことに、今回はリリスが同行している。回復、バフ、どちらもこなせるリリスのサポートを受けながら、ちまちまアンサーガを削っている状況。

 

 リリスの回復は強力で、時間さえ稼げば僕らはすぐに立て直す。そしてまた突貫し、攻撃をかいくぐりながら百夜の攻撃をダメージソースに、アンサーガは少しずつ削られていた。

 

 とはいえ、基本的には千日手である。どれだけ突っ込んでも、通る攻撃は精々数発。攻撃を通せば無防備になるのが当たり前で、一発通すにもかかる時間は膨大だ。

 どこかで限界が来るのは必定だった。

 

“くふ、くふふふふ”

 

 ――が、しかしだ。

 そもそも、アンサーガはリリスをここまで積極的に狙っていない。この戦闘の要は間違いなくリリスである。あちらはHPが膨大なのだから、多少の被弾を覚悟してリリスを狙うべきではないか。

 べきではないか、というか――そもそもそうしないほうが不合理だ。勝つための手段を、アンサーガは一見取っていないように見えた。

 

 しかし、これには二つ理由がある。

 一つは、こちらに対応された場合のリスクだ。リリスに攻撃を集中させたとして、僕か百夜がフォローに入り、もうひとりが攻撃にでることはできる。被弾は覚悟、と先程言ったが、向こうがリリスに躍起になれば、それはこちらのチャンスでもある。被弾どころか、最悪敗北を近づける選択肢になりかねないのだ。

 そしてもう一つ――このもう一つが、そもそもアンサーガがリリスを狙わない大部分であった。現在、アンサーガはまだまだHPが膨大に残っている。故に、()()()()()使()()()()()()のだ。

 

 これはアンサーガがボス仕様であるための弊害。アンサーガはHPが減ることでパターンが変化する。これはつまり現実でいえば、いくつかの技はHPが減らないと使えないという意味でもある。

 

 そのため、現在使用可能な技では、リリスを追い込み切れないと判断、アンサーガは僕らの持久戦を甘んじて受け入れているのだ。

 コレに関しては、僕がスクエア・スクランブルを使用しないのも同様の理由だ。大事なこととして()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()。というか解除したら再使用ができない。序盤のうちにつかって息切れしてしまうと、後半のアンサーガの猛攻に対処できないのだ。

 

 ――焦れて攻撃を受けてくれないのは、こちらへの嫌がらせだな。

 けどな、それで集中力を切らすほど、僕も百夜も、リリスだって甘くはないんだぞ。

 

“おろか、おろか、おろかって言うんだよねぇ、これは。いつまでこんな事続けるつもりだい? 頼みの綱はもうとっくの昔に切れてるっていうのにさぁ”

 

「それは……母様が……決めることじゃ、ない」

 

 とはいえ、ホーリィ・ハウンドが使えないことは非常に痛手だ。もっと言えば、アンサーガが急に襲ってきて転移までしてきたせいで、それを説明する暇がなかったことだな。

 まぁ、効かないってだけだから後回しにした僕もわるいけれど。これが黒い球体みたいに炸裂して反撃してくるなら、真面目に対策しないといけないんだけどね。

 

 そして、激化する戦闘の中で、

 

「――母様の、分からず屋」

 

 ぽつりと、百夜がつぶやく。

 

“んー?”

 

「母様、私のこと、見てない。話を、聞いてくれないのは、いい。……私が、押し付けてたのも、ある」

 

 激しく飛び回りながら、目まぐるしく変化する戦場で、けれども百夜の声は不思議と通った。広い戦場に、未だこの時代の百夜が眠る研究所で、未来の百夜は、振り絞るように吐露する。

 

「でも、見てくれない……やだ。私も、母様の、娘。私を見て、ほしい」

 

“――それは、君が僕の敵に回るからだろう? 僕に敵はいらない、僕には僕を肯定してくれる同胞だけがいればいい。それの何が悪い”

 

 ――悪い事だらけだ。アンサーガは保守的だが、最終的に孤独に耐えられない性質でもある。でなければ人類を百夜のような存在に変えようとは思わないし、そのくせ自分を止めようとする百夜を拒んだりはしない。

 どこまでも人間臭くて、そしてこじらせた奴だ。

 

 それでも、直接向き合うなら、それをただ悪いことと断じてはいけない。アンサーガが更に拒否するだけではない。

 ()()()()()()()()()()()。それを理解した上で、立ち向かう必要がある。

 

「敵に、なったからって、母様を、否定したい、わけじゃ……ない」

 

“どうだか――”

 

「ただ、今の母様、には、()()()()()()……母様が、どれだけ閉じこもろうと、しても……いずれ、世界が……敵に、なる!」

 

 炸裂した散弾を、百夜はほとんどまともに受ける。回避できない状況だったとはいえ、吹き飛ばされる彼女の顔は悲痛だ。

 そこを、踏み越えて僕は進んだ。

 

「そうだ、アンサーガ! 君は世界の敵なんじゃない、世界が君の敵なんだ! 神がそう定めたように、君の心を世界が傷つける!」

 

“――なら? 君が救ってくれるのかい? 僕は君なんていらないよ。あの幸せそうな嫉妬龍のように、隣に君がいればすべてが解決することはない。僕は彼女のように無害じゃない”

 

 ――嫉妬龍とアンサーガの最大の違い、それは()()()()()だろう。フィーは弱い。通常だと、第一形態のアンサーガにすら敵わないくらい。だから彼女にどれだけ悪意が向けられようと、彼女は被害者にしかなれないし、それに対して彼女が牙を剥くのは、真の力を取り戻してからだ。

 逆にアンサーガは強い。概念使いとしても百夜と同じ位置にいる上、さらには大罪龍に匹敵する強さ、そして衣物という()()()()()()()()()()()()()()能力を持つ。

 

 その脅威度、影響度は測りしれず、現にアンサーガが生まれて、いまだ百年も経っていないにも関わらず、彼女の周囲には無数の概念使いが集まっていた。

 衣物という、アンサーガが生み出した()()を求めて。

 

“僕が僕である時点で、僕は人類と敵対するしかないんだよ。分かるだろう? この奈落の周りに生まれた街が、人が、その活気が、何れ僕を押しつぶす! 僕がそれを許容できないように、人は僕を許容できない!”

 

 何れ、アンサーガの存在が世界に知られた時、人は彼女に何を求めるか。救いか、それとも欲望か。今の時代であれば、救いの側面の方が大きいだろう。

 色欲龍が、大罪龍でありながら人類の救世主として受け入れられたように。

 

 しかし、時代が変われば人も変わる。大罪龍が討伐された世界で、色欲龍はそれでもまだ、価値と脅威度が等価であった。怠惰龍も同様に。この二体の龍は、故に時代の波に押されながらも、決定的な人との亀裂は生まれずにやっていくことができた。

 

 だが、アンサーガは? 彼女の価値はあまりにも大きすぎる。嫉妬龍がその価値に対して、あまりにも脅威度が低かったために利用されたように、アンサーガは、その価値があまりにも大きすぎるために、人の意志のど真ん中に、何れ立たされる。

 その時に、アンサーガの取る行動は一つだけ。

 

 ()()、ただそれだけだった。

 

「私、は――それでも、母様の……味方で、いたい。今度こそ、母様が、幸せに――」

 

“その幸せを――”

 

 そして。

 

 

“君が決めるな!!”

 

 

「かあ……さまっ!」

 

 アンサーガの攻撃が変化する! 揺らめく影に変化が見えた。これはその兆候だ。

 

「……来るぞリリス! 気を引き締めろ!」

 

「……ガッテンなの!」

 

 何かを言いたげに、けれどリリスは意識を切り替える。百夜とアンサーガの言い合いに、思うところがあるのは分かるが、今一番危険なのは間違いなくリリスだ。それは理解してもらうほかない。

 

“やれるものならやってみなよ――『A・A・A(アンデサイト・アンチ・アンサー)』!”

 

 瞬間、足元に影が広がる。僕らを飲み込み、戦場すべてを支配する。効果は単純、アンサーガは以降ここから、不意のタイミングで影の刃を生み出すことができる。

 

「――“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 僕が移動技で、滑るようにリリスに近づき、回収。そのまま一気に駆けると、足元から生えてくる刃を避けて行く。

 この一撃、予兆となるモーションが存在しない。代わりに一発一発のダメージは低いが、出現しきった刃は、実体を持ち、時には移動を阻害する。

 

 加えて、

 

“まだまだ! 『R・R・R(ライト・ライオライト・ロード)』!”

 

 迫る第一形態時より純粋に数を増した黒帯。先程から使われていたが、再使用だ。そしてそれは、非常に厄介なことに、黒い足場に同化して、判別がつかない。

 

「ちゃんと捕まってろよ!」

 

「……あい!」

 

 僕がリリスを片手で抱えると、リリスが力強く僕に抱きついて、僕はそれを気にすることなく、飛び上がる! デフラグ・ダッシュによって、空に浮かび上がれば、多少は背景と帯が離れ、判別は容易になる。実体をもった影の刃。

 それを踏みつけながら、更に移動を繰り返す。

 

“相変わらず、その曲芸は厄介だな。けど――”

 

 そして、空を駆ける僕へ、()()()()()()()()()()()()()()

 

「嘘だろ!?」

 

 慌てて。身を捩り、リリスをかばう。

 

「なのー!」

 

 リリスの悲鳴を聞きながら、まともに刃を受けて、僕はそのまま地に落下する。足場から刃が生えてくるってことは、足場を失うってことだ。

 

“そこだ――!”

 

 そして、地面で一瞬でも足を止めれば、()()()()()()()()()()

 

 故に僕の身体は刃へと貫かれ――

 

 

 否。

 

 

「――――“◇・◇(スクエア・スクランブル)”」

 

 

 もう既に、こいつの切り時は来ていたんだよ。

 直後、迫る刃の前に、僕はいない。単なる跳躍でもって、回避不可能の位置から迫るそれをやり過ごした僕は、無数の剣山の上に立つ。

 

“――使ったねえ、敗因!”

 

「――アンサーガ。確かにアンタは救われない。アンタがいる限り、世界はアンタの敵になる」

 

 影の刃の上から、うねる影を見下ろす。青白い光が身体から漏れ、それは僕の力へと変わるのだ。そして剣を突きつけて、僕は続ける。

 

「だったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それが、僕の提示できる最大の解決策だ」

 

“何を言っている――? 意味のわからないことをいうな。そんな世界、君一人で作れるわけないじゃないか”

 

「そうだな。だから教えてやるって言ってるんだ。聞けよ、アンサーガ!」

 

“そんなものを聞くくらいなら――!”

 

 遣り取りをする僕らを、地上から百夜が見上げる。その瞳は、困惑か、希望か。揺れるそこに、無数の感情が収まっていて、僕にはそれがどういうものか判別ができそうにない。

 ただ一言言えること。

 

 それは、

 

 

“――世界から耳を閉じて、敵に回ったほうがましだよ!”

 

 

「せめて、目の前にある救いの手くらい、心を開きやがれ、アンサーガ!」

 

 

 さっきから言ってるだろ。

 ()()()()()()()()()()。それができないようなら、――僕がこの剣で、アンタにそれが分かるまで、何度も言葉と意思を、ぶつけてやるよ!



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68.百夜はアンサーガに伝えたい。

「――百夜、迷ってるのね」

 

 戦いの中、僕にしがみついたリリスがつぶやく。

 

「そうだな。一日で色々ありすぎたよ。百夜自身、自分がどうすればいいか、まだ最適解が見えてないだろうな」

 

「――ねぇ、フィーちゃんの時はどうしたの?」

 

 フィーとのときのこと。今の状況は、確かに近い状況だろう。違いは、僕が助けに入っていく側ではなく、その背中を押す側であるということ。

 いや、僕がアンサーガに踏み込んでいってもいいのだが、これはアンサーガのためだけではなく、百夜のためでもある。

 今回に関しては、百夜に託すほうがいいだろう。

 

 それに、

 

「……あの時は、まぁ土足で向こうのスペースにムリヤリ入り込んだんだよ」

 

「うわぁ、ひどい男なの、ドン引きなの」

 

 ――これは、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そうすることで、相手と分かり合うことは不可能じゃない。相手のことを尊重していれば、相手は好意的に自分の懐に入り込んでくる相手を、そう拒んだりはしないよ」

 

「敵じゃないから、ってことなの?」

 

「まぁ、概ねそう。だから、今回の場合それは難しい。でもね、リリス」

 

 迫る黒い刃を駆け抜けて、アンサーガを切りつけながらつぶやく。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……どうして?」

 

 ――フィーとの関係は、こちらがむりやりあちらのスペースに入っていったことで始まった。それに対して、フィーが嫌がりはしても、敵対しなかったから、僕はさらに踏み込めた。

 踏み込めたから、フィーは僕のことを認めてくれたけれど、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

()()()()()()()()()()んだ。人を変えるのは、経験ときっかけだ。言葉は、きっかけにはなれても経験にはならない」

 

 結局、フィーが変われたのは、僕がフィーの拒絶を乗り越えてでも、意地を見せて、彼女の心をこじ開けられたからだ。簡単に言えば、フィーとの戦いに勝てたから。

 ()()()()()()()()()だと、フィーが心の底から信じられる経験を、僕がフィーにさせてみせたから。

 

 師匠にしても、僕が強欲龍に勝つという経緯があったから、あそこで変化に持っていけたんだ。だとすれば、今アンサーガに必要なのは――

 

「…………」

 

「――リリス?」

 

「あの、あのあのねのね?」

 

 リリスが、こちらを見上げる。その顔は、

 

 

「――一つ、お願いがあるの」

 

 

 決意に、満ちた顔をしていた。

 

 

 ◆

 

 

“――どうしたどうしたどうしたぁ? 後がない、時間がない、余裕はないぞ!?”

 

 ――駆ける僕に、アンサーガの声が響く。あざ笑う声。けれども、たしかにそのとおりだ。僕は既にスクエア・スクランブルを起動しているにも関わらず、やっていることは先程と同じヒットアンドアウェイと何も変わらない。

 

 とはいえ、劇的に向上した身体能力は、アンサーガにとっても脅威だ。帯だけでは僕を捉えることはできず、刃はもはや僕には追いつけない。

 故に影の腕も僕へと飛ばし、僕が接近すれば風の刃はすべてそちらに向いていた。

 

 つまるところ、

 

「――“G・G(グローリィ・ゴースト)”」

 

 百夜は今、ほぼほぼフリーとなっていた。遮るものは、無造作に打ち出された黒い球体のみ。その合間を掻い潜って、百夜は遠距離から攻撃を当てていく。

 百夜にたいしても、黒い刃は襲いかかるが、あちらはあちらで、高いステータスを有するオールラウンダーだ。

 飛び跳ねるように回避しては、光弾がアンサーガへと突き刺さる。

 

「そっちも、もうだいぶきついんじゃないか!」

 

“いいことを教えてやるよお、君たちのやっていることはね”

 

 アンサーガの影が揺らめいて、僕に対して風の刃を向ける。

 

“焼け石に水っていうんだよ! 『D・D・D(ダイレクト・ディオライト・ダスト)』”

 

「なら、冷えっ冷えになるまで――」

 

 僕は、それを無視して突っ込む。大きいノックバック? ()()()()()()()()()()

 

「――水を濁流みたいにぶっかけるだけだよ! “S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 更に、影を切り裂く。

 何度も、何度も。こちらのHPが削れていくにつれ、しかし同時に向こうも傷ついていく。お互いのHPは加速度的に消費され、状況は加速していく。

 

 あちらは、僕のスクエア・スクランブルを乗り越えれば勝利はほとんど確定だ。先程多少やってみて、強化(スクエア)抜きでアンサーガの攻撃をやり過ごすのは難しい。

 とにかく手数が増した弾幕は、激しいとしかいいようがない。

 

 対してこちらは、スクエアが切れる前に削りきれれば僕らの勝ち。幸いなことに、今回はリリスがいる。回復はスクエアの効果時間に対してさほど大きな影響をもたらさないが、敵の攻撃を食らって減った分のHPくらいなら補填できる。

 これは、まぁスクエアで防御力も向上しているのが大きいだろうけど。

 

 とはいえ、アンサーガがこの状態で余裕を保っているのは、もう一つ理由がある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 最上位技。アンサーガのそれは、未だ解禁されていない。HP減少で解禁されるそれは、間違いなくこの戦闘においては切り札になりうるものであり、アンサーガにとっての、最後の一手でもある。

 

 こちらが既にスクエア・スクランブルを使用してしまっている以上、こちらの手札はこれ以上のものがない。

 とすれば、あちらが余裕になるのも当然と言えよう。

 

 ただまぁ、最上位技がHP減少で解禁されるということは、それを使えばもう後はないということでもあるのだけど。

 

「――百夜! 畳み掛けるぞ!」

 

「……わかって、る」

 

 百夜の言葉には、迷いがあった。

 ――その行動には迷いはない。流石にそこは戦闘狂、今は楽しむことはできなくとも、息をするよりも確実に役割をこなしている。

 

 あくまで、アンサーガを追い詰める。そのことに躊躇いはない、ただ、それとは別に百夜の中にめぐる思考があるということだろう。

 

 迷い。リリスの言うそれは、未だに百夜の中で答えを出せていない。

 

「――――百夜」

 

「なん、だ、敗因」

 

 一瞬だけ、百夜の横に着地して、僕は呼びかける。激しい戦闘の中で、一瞬以上の時間はかけていられない。だから、かけられることは、一つだけ。

 

 僕は――

 

「――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一言、そうとだけ告げた。

 

「……!? 敗因、それ、は……どういう……!」

 

 呼び止める百夜を置いて、僕は飛び出す。ブレイク・バレットで牽制をいれながら、一気に切り込んでいく。

 

「――あのね」

 

「なんだい、リリス」

 

 腕の中で僕にしがみつくリリスが、ぽつりとつぶやく。

 

「……ありがと」

 

「ああ、解ってる――だから、最後まで振り落とされるなよ!」

 

 駆け出した僕のあとに、百夜だけが残される。

 考えながらも、手は動く。百夜の光弾がアンサーガに突き刺さるのを見ながら、僕は手にした剣に力を込めて、リリスを抱え直す。

 

 そして百夜は――ふと、アンサーガを見た。

 

 

「――――()()()()()()()()()?」

 

 

 僕とリリスを見てから、そして。

 アンサーガを見た。ああ、なんというかそれは、僕らに迷いなんてないのだろうという意味合いであり。そして同時に――

 

 ――百夜が、初めてアンサーガを、()()()瞬間だった。

 

“何を言っているんだい?”

 

 そしてそれが、百夜にとっては初めて、他人を理解するという体験だったかもしれない。

 

「考えて、みた。母様は、私を、拒絶する。その、意味……は? だって、母様は拒絶する必要、ない。私を拒絶してもしなくても、母様は母様。迷いがない、なら、母様はきっぱり、否定……すれば、いい」

 

“何を……“

 

「どうして母様は、私にひどいこと、言うの。そんなの、言われたくない、から。……ごめんなさい、私母様に、酷いこと言った」

 

 ああ、それは。

 アンサーガは百夜の言葉を拒絶した。否定ではなく拒絶。必要がないものならば、必要がないと言ってしまえばよかったのだ。それを言わなかったのはアンサーガの弱さ。

 百夜の言葉が気にいらないから。百夜の言葉を受け入れ難かったから。受け入れることが嫌だったから。

 百夜の言うとおりだ。もしも本当に救いが必要ないのなら、アンサーガは最初からそう言えばいいだろう。いや、言っていたけれど、そのあとの僕たちの言葉に、耳をかす必要はなかっただろう。

 

 だから、それは、

 

「――母様、救われたいって、気持ち、ホントにない?」

 

“う、るさいなあ! 必要ないって言ってるだろ。僕は君のような、耳障りのいい言葉しかしらないやつは、必要ないんだよ!“

 

 そして、アンサーガにとってそれは見過ごせない発言だった。だから拒絶して、だから、排斥する。それは刃だ。影の鉤爪という剣が、百夜を穿つべく振るわれる。けれどもそんな大振り、百夜に当たるわけがないだろ!

 でもって、

 

「隙を晒したな! アンサーガ!」

 

 僕が、懐に潜り込む。

 同時に、影を潜り抜けた百夜が、飛び上がりながら構える。影の刃も空を切り、完全に僕らはフリーになった。

 

「おおおおッ! “S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

「かあ、さま! “G・G(グローリィ・ゴースト)”!」

 

 二つはほとんど同時に突き刺さる。いうまでもなく、リリスのバフも乗っている!

 

“ぐ、うううううううううッ!“

 

 大きくアンサーガは飛び退いた。ここにきて、それはジリジリと続くだけだった戦闘が、大きく動いた瞬間だった。突破口。その一言が脳裏によぎり、しかし僕は大きく飛び退く。百夜もまた、飛び込みはしない、その後もグローリィ・ゴーストを放ちながらも、距離を保つ。

 

 やはり戦闘時の百夜は冷静だ。この大ダメージが、単なるダメージならばよい。けれども、それだけ大きいダメージを受けるということは、アンサーガにとってはある一つの大きな意味があることを、百夜は感覚で理解している。

 

“な、に、が、迷ってる、だよおおおおおお!“

 

 慟哭、絶叫、そして憤怒。数多に入り混じった感情は複雑で、形容し難いものがある。けっしてそれは単純なものではない、単純ではないから、生きている。アンサーガの叫びは、けれどもどこか、希望のようにも感じるのだ。

 

“だから何だって言うのさぁ! 僕が迷ってるからって、それが君たちの希望になんてなるものか! 僕はどれだけ言葉を重ねても、君たちを拒絶することは変わらない!”

 

「でも、母様、違わない。私と、何も――だから」

 

「そうだ。アンサーガもお前と同じ存在だよ。大罪龍だって変われるんだ。星衣物が変われない理由がどこにある!」

 

「――うん。止めるよ。母様、私達が、全力で」

 

 僕とアンサーガが同時に己の得物を突きつけて。そして、

 

 

“そんな戯言で、僕を変えられるものかあああああ!”

 

 

 アンサーガの影が、大きく、大きく膨れ上がる。これは、そうだ。最上位技の兆候!

 そこで、僕は最低限、百夜にその詳細を伝える。

 

「百夜、アンサーガの最上位技を使う時、攻撃が通らない時間が発生する」

 

「うん」

 

 いわゆる、無敵時間。百夜もそれは当然解っている。そして、その上で、アンサーガが最上位技を使用する際、ある特性が発揮される。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

「なぜ――?」

 

「そういうふうにできてるから!」

 

 これは、アンサーガにのみ存在する特性だ。そもそも、常時発動型の概念技というのが非常に珍しい特性で、持っているものは数少ない。大抵は敵側のキャラにしかない。

 故に、どうやら処理がそれぞれ独自に行われているようなのだ。アンサーガの場合は、どうやら特定の技だけを対象とした無敵時間を常時発生しているらしく、通常の無敵時間とかぶる。

 その間はKKKの無敵時間は消失する。当然、それは何ら問題はないのだが、

 

「――最上位技の無敵から、KKKに移行する際に、一瞬だけタイムラグがある」

 

「……()()()()()()()

 

「そういうこと!」

 

 百夜のホーリィ・ハウンドは全画面攻撃で、長く効果が続く。その間なら、その一瞬に攻撃を差し込める。

 

“そんなもの、意味ないに決まってるだろお! その前に、僕に君たちはやられるんだから!”

 

「そういうのは――全部勝ってから言ってもらいたいな!」

 

 そして、百夜の影が、

 

 

“ほざけよ! 『I・I・(イミテーション・イリュージョニスト・)(イグニス)』!!”

 

 

 足元の、黒い絨毯に呑まれて、消えた。

 アンサーガの最上位技にだけ無敵時間が残っているのは、これのせいだ。アンサーガ自体が影に消える。その特殊とも言える演出を行うための特殊処理。

 当然、足元からは前回の戦闘と同じく、黒い鉤爪が這い出てくる。

 

 ああ、だが。それを使ったな――?

 

「――百夜ァ!」

 

「……!?」

 

 僕は、高速で百夜に近づくと、その服を掴み、

 

「頼んだぞ!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「!?」

 

“――!?”

 

 驚愕しながら吹き飛ぶ百夜と、同じく困惑した様子のアンサーガ。ああだが、これはとても単純な理由だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という。あまりにも脳筋過ぎる単純な理由。

 

 しかし、これで十分だ。僕は即座に移動技で飛び退き、攻撃を回避。

 

「どうした? 僕一人すら倒せないのか?」

 

「もー! リリスもいるの忘れないでほしいの!」

 

 挑発とともに駆けだす。

 

“お、まえ……らあああ!”

 

 狙いは、おおよそこちらに向いた。逃げる僕に、攻撃が集中している。

 ――さぁ、これで。

 

「やれ! 百夜!」

 

「まか、せて――」

 

 すぅ、と息を吸い、鎌を振りかざした百夜は、

 

 

「“H・H(ホーリィ・ハウンド)”」

 

 

 自身の最大技を開放する。

 

「――よし、行くぞ」

 

 僕らも、そこから動き出す。あちこちから吹き出す黒い影を、射程から逃れることでやり過ごしつつ、光に染まった視界の片隅を見る。

 

“――そんなもので、まだ、まだやられないんだよ! 僕はアンサーガ! 暗愚アンサーガ! 最強の、概念使いだああああ!”

 

 光の中から声がする。

 

「違う。母様は、母様。それも、一つの母様だけど。()()()()()()()()()()()、と、思う」

 

“解ったような、口を――”

 

 百夜の言葉は、アンサーガの中から、救いを求めるアンサーガを、見出そうとしている。それは懸命で、必死で、そして壮絶だ。

 求めるように、しかし、歩み寄るように――!

 

“利くな――――!”

 

 叫ぶアンサーガ。そして、光が収まった時。

 

 

「――――よう、アンサーガ。チェックを突きつけられる気分はどうだ?」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

“――な”

 

「はい、いん……?」

 

「――――百夜! やれ! ここで抑える。お前の一撃で決めるんだ!」

 

“なぜここにいる! あの光と僕の影、とても越えられるはずのものではないはずだ!”

 

「気を取られてる間にな、七秒。厳しかったけど、()()()()()()()()よ」

 

“あの、不可解な無敵――!”

 

 七秒のSBSは、百夜と初めて戦った時以来だな。

 ――不意をつく接近のために、それは賭けるだけの価値がある賭けだった。光で視界を覆われている間に、それで接近した僕は、今。アンサーガに切っ先を突き立てる!

 

 結果、アンサーガの動きが止まった。スーパーアーマー状態の今の僕は、どのような攻撃でも動じることはない。故に、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 時間はもう一刻の猶予もない。このまま僕が概念崩壊してしまえば、そこから状況は瓦解する。だが、アンサーガももはや限界だ。

 

 ()()()()()()()()()()。そうなるようにホーリィ・ハウンドと剣の突き刺しを使って削りを入れたのだ。これが普通に攻撃するだけじゃ、逃げられるからな。

 

“く、そ、どけ! どけ! お前は邪魔だ!!”

 

「――僕はそうかもしれないけど、百夜はどうかな」

 

「母様……! これで、勝ったら、話を聞いて! 私、母様のこと、もっと、知りたい!」

 

“――――ああああああっ! そんなこと、できるものならな――!”

 

「やる、やって、やる。この、一撃で――」

 

 鎌を振りかぶり、発射体制に入る百夜。そうだ、これで――

 

「――終わり。“G・G(グローリィ・ゴースト)”!」

 

 

“――()()()()()

 

 

「な――」

 

 しかし、必殺でもって放たれたはずの一撃は、けれども。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()によって、阻まれる。

 

“おいおい、僕を馬鹿にしないでくれよ。この黒いカーペットが、ただの模様替えのために使ってるはずがないだろ!”

 

「……さっきの、最上位技、で。地面も、えぐって、いた?」

 

“正解だぁ、そこに君の視界を覆う大技! 利用するに決まってるだろ!”

 

 ――あと一歩。しかしその一歩は、永遠に届かない一歩となる。

 百夜は、僕は、それにどうしても届かない。

 

“君も、よくもやってくれたねぇ、けど――もう限界だろう。これで、終わりにしてあげるよ!”

 

 同時に僕も、足元から浮かび上がる黒い影の刃を躱しきれない。ああ、本当に、後一歩――()()()()()()()()()()()

 

 だから、

 

 

()()()()()()()()()()()()()――――!!」

 

 

「え――?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

『――お願いがあるの』

 

 そう、僕に呼びかけた、この場で最も幼い少女は、しかし。

 

 

「あ、い、な、のおおおおお!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

『アンサーガへのトドメ、リリスにさせてほしいの』

 

 

 リリスからのお願い。

 これまでパーティとしてやってきて、初めて聞くようなそれは、しかしだからこそ、()()()()()なのだろう、と僕は理解した。

 そして、結果として、意図せずとも。

 

 決着は、リリスが持っていく。

 リリスの持つ、唯一と言っていい、護身用の攻撃概念技。

 

 

「“K・K(ノット・ナックル)”!」

 

 

 ただひたすらに、勢いがあるだけのげんこつが、かくして――アンサーガへと突き刺さるチェックメイトとなるのだった。



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69.百夜はアンサーガと模索したい。

 流れで刃に貫かれ、概念崩壊した僕に、リリスが復活液を叩きつける。そういえば、アンサーガ一戦目もこんな感じで最後の最後に概念崩壊する形で終わったな、と思い返す。

 アンサーガは強敵――というか、アンサーガと決着をつける時に、僕は偶然ではあるけれど自分が囮になる戦術を二度も取ったのだ。なんというか、アンサーガと僕の間には、いまいち因縁というものが薄い。師匠や百夜。倒すべき相手に任せてしまいがちだ。

 

 まぁ、今回はリリスが持っていったわけだけど。

 

 一応言っておくと、リリスのそれは保険である。百夜がトドメをさせるなら、それで問題ないと僕は思っていたし、なんなら計算をミスっていれば僕がトドメを指していたかもしれない。

 その上でアンサーガは何かしらの札を伏せているとは思ったし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とも感じていた。

 

 結果としてアンサーガの抱えていた札は僕の予想を越えてくるもので。その予想を越えてもなお対処できるように用意したリリスという保険は、キチンと機能したわけだ。

 

 ともあれ、僕たちはアンサーガに勝った。概念崩壊したアンサーガは、元の人型に戻りながら、痛みか、絶望か、言葉にならない声で呻く。

 

「う、ううう、ううううう……まけ、た――」

 

「そうなの、リリス達の勝ちなの」

 

 立ち上がり、リリス達の元へと向かう。倒れ伏すアンサーガを、リリスと百夜が見下ろしていた。――少しだけ百夜の顔は複雑そうだ。

 何故かよくわからないが。

 

「……」

 

 なんて考えたのが漏れたのか、百夜がこっちを睨んでくる。あ、はい、すみません。

 

「まけた、まけ、た、まけた……」

 

「母様……」

 

 やがて、アンサーガはもぞもぞと起き上がり、その場にへたり込む。その顔は、見て少し憐れに思えるほど虚脱していた。

 無を通り越していた。

 

「……同胞は、帰還させよう。勝ったのはそっちだ。その言い分は呑む。ひとまずは、それでいいよな?」

 

「そう……だね。急いで、してもらう必要あるの……それくらい?」

 

 確認してくる百夜に、リリスと二人でうなずく。なにはともあれ、まずは同胞の回収だ。そこは、敗者である以上アンサーガも否とは言わないだろう。

 同胞が戻ってくれば、もし次があれば高い確率で勝利できる、という考えもなくはないかもしれないが――今、アンサーガは明らかに弱りきっている。そこまで考える余裕がないのは明白だった。

 

「――――」

 

 何事か、何やら腕輪のようなものを取り出して語りかける。この世界にやってきてから、会話に困ったことはないけれど、今、アンサーガが使っているそれは、聞いたことのない、また、理解できない言語だった。

 ――普通なら。

 

「今すぐ……戻れ、か」

 

「なんで分かるんだよぉ――」

 

「暗記してるからね」

 

 アンサーガのそれは、アンサーガと同胞が使用する独自言語だった。ゲームにも存在し、有志の手によって解読されている。僕はそれを暗記しているだけだ。

 基本的に、記憶力には自信があるのであった。

 

 まぁ、カタカナの変形だからそこまで難しくもないのだけど。

 

「それじゃ――じっくり腰を据えてお話、するの」

 

 ――さて、勝者から、敗者への大きな要求はその程度でいいだろう。コレに関しては、開戦前に百夜が明言していた以上、アンサーガも否はない。それを嫌がったから戦闘が始まったわけで、負けたのなら、受け入れるのも当然だ。

 なにせ、その要求自体でアンサーガは何一つマイナスを負っていないのだから。

 

 故に、ここからは、込み入った話。アンサーガと、百夜。そしてアンサーガの今後にまつわる会話であった。

 

「……話は聞くさ」

 

 ぷいっと、視線をそらして、アンサーガは言う。……やっぱり、負けたから話を聞くしかないってだけで、本人の性根までは変わっていないな。

 

「まず、百夜には時間移動の概念起源がある」

 

「…………ある、けど、もう使えない、よ?」

 

「――あっちの百夜は、そうじゃないだろ」

 

 そう言って、僕は研究所で眠る、()()()()()()()()()()を指差す。つまり、僕の言いたいことはこうだ。

 

 

「あの百夜の概念起源で、アンサーガを未来に飛ばす。もちろん、飛ばす未来は前の百夜の時とは変える。――千年後だ」

 

 

 まず、僕たちの目的である星衣物、もしくは大罪龍の排除。これを解決する方法として考えられるのが()()()()()()()()()()()()()ことだ。これはゲームでも取られていた手段で、マーキナー復活のために必要な鍵は、この世界から星衣物か大罪龍どちらかを排除すること。

 ゲームでは、色欲の星衣物を時間移動させることで、色欲龍を死亡させることなく星衣物を取り除いていた。

 

 同じことを今度はアンサーガで行う。僕たちの問題を解決するためにも、排除以外の方法を取るなら時間移動は必須で、そしてそのための手段は今、目の前にあった。

 

 加えて、アンサーガ個人の問題。

 

「どうして千年後なの?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ」

 

 千年後、5の時代、インフレの進んだその頃には、大罪龍クラスの敵が湧いてくる。だから、その時代にアンサーガを飛ばせば、アンサーガの行動次第では、人類とアンサーガは手を取ることができるだろう。

 

「さらに言えば、あの時代にはアンサーガの面倒を見れるやつもいるしな」

 

「そう、なの……?」

 

 首をかしげる百夜、いや君たちのことですよ、5のプレイアブルキャラの皆さん。まぁ、要するに僕の解決策は非常に単純だ。

 ()()()()()()()()()()()()()、これに尽きる。

 

「……ふん、信用できないさ、そんな未来」

 

「まぁ、まぁ」

 

 対するアンサーガの回答は単純だった。そりゃそうだ、信じられるわけがない。ただ、アンサーガが信じないのは未来だ。逆にそれ以外のことは信用できる――というか、()()()()()()()()()()()()()()()()

 未来への時間移動を疑わないのは、流石に百夜を良く理解しているな。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のは、僕がどうやって時間移動を行うか、全て理解しているがゆえだ。

 

「ねぇなのねぇなの。ちょっと気になったんだけど――」

 

「どうした? リリス」

 

「そんなふうに時間をぐるるーってしたら、時間めちゃくちゃんにならないの?」

 

 ああ、とうなずく。

 要するに時間移動を使って過去や未来を改変することへの影響。時間という概念を扱う作品にはパラドックスがつきものだ。とはいえ、ドメインシリーズではその辺りは主題じゃない。あくまで解決の手段として時間改変が存在するだけ。

 結論は簡単だった。

 

「すべてなるようになるんだよ。過去を改変しても、改変した過去の存在する時間と、改変しようとする人間のいる時間は別物だ」

 

「…………????」

 

 リリスは首を傾げた。

 百夜も同様に、二人の身体が同じ角度傾く。

 

「ええっと、まずここに百夜がいるけど、あっちにもまだ生まれてないとはいえ百夜がいる。コレっておかしいよな? 全く同じ人間が、二人もいる」

 

「うんなの」

 

「なの」

 

 なのを真似しなくてもいいぞ、百夜?

 

「でも、今僕たちがいる世界じゃ可笑しくない。()()()()()()()()。時間を改変した場合は、簡単に言うと別の世界ができるんだよ」

 

 つまり、このゲームにおける時間改変は、時間を改変すればするほど、パラレルワールドが生まれるという解釈だ。もし、今ここにいる未来の百夜が未来に戻れなかったとしても、それは戻れなかった未来と戻れた未来の両方が別々の世界として生まれるだけ。

 

「あれ? でもでもそうすると色々大変じゃないの? えっと、その、まーき……な? のこととか」

 

「――――そこ」

 

 ぴしっと、僕が指をリリスに突きつける。

 このシリーズは、最終的にマーキナーを倒すことが目的と成る。そして、そのために5のメインヒロインにあたる百夜は非常に重要な存在で、それが未来に戻らないのは大変な問題じゃないか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、逆に言えばそこにある。

 

「そして、この時間移動にはある例外があるんだ」

 

 そう、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それは、機械仕掛けの概念の長所でもあり、短所でもあった。

 

「だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()っていう未来は、どの時間でも確定してるんだよ。手段はどうあれ、ルートはどうあれ、ね」

 

「……この世界は、アレがあるから存在し、アレを前提に動いてるからねぇ。()()()()()()()()()()()()()()ってわけだ」

 

 アンサーガが補足する。だから、どんなルートをたどっても、機械仕掛けの概念は死ぬ。しかしそうすると、今度は別の疑問が湧いてくる。

 

「……あれ? じゃあそもそも、リリスたちがしてることの意味ってなんなの?」

 

 なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「まず、今僕がここにいる状況が、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってこと」

 

「えっと?」

 

「どんな未来でも死ぬことが決まってる人間が、それに抗うのは不自然なことか? だからマーキナーは過去に干渉して、その未来を変えようとしてるんだよ」

 

 その結果が、僕だ。簡単に言えば、マーキナーは時間移動の影響を受けないわけだけど、僕という存在――もっと言えば、僕と同じ存在である5主もまた、時間移動の影響を受けない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()どうなるか。普通なら、時間に影響は与えない。

 

 だが、()()()()()()()()()()()()()()だ。そして、今、僕はマーキナーの介入を受けている。つまり――

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。僕の敗北はマーキナーの勝利条件であり、僕は()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

 

 ――これが、僕とマーキナーの因縁。

 この世界で、僕がなそうとしていることの、根本的な要因であった。

 

「話がそれたけど――」

 

「……ふん」

 

 そして、僕はアンサーガの話に戻ってくる。アンサーガはあいも変わらずふてくされた様子だ。まぁ、今の話に信用できる要素があるかって言うと、ないからな。

 そもそも別の話をしてたわけだし。

 

「何度言われようと、お前は信用できない。敗因、お前のやることは理解できないし、お前は何が何でも前に進むんだろ。疲れるだけだ、そんなの」

 

「……ほんと?」

 

 百夜は、そこに噛み付く。

 

「母様、迷いは、ある。だったら、迷いなく……すすむ、敗因。少し……あこがれは……ない?」

 

「まずもって、迷ってるってところを事実に……ああもう! ないよ、ないに決まってるじゃないか!」

 

 アンサーガは、僕たちを見上げながら、少しだけ距離を取って、叫ぶ。

 

「僕はアンサーガなんだ。僕を構成するのは、期待されないという事実と、()()()()()()()()()()()()()()()という事実! わかるか? ()()()()()()()()()()()()()()んだよ!」

 

 ――期待してはならない。

 期待されてはならない。

 期待を持ってはいけない。

 

 アンサーガは、立ち返ればそういう存在だった。

 

「僕は救われちゃいけない。僕は期待を裏切らなければならない。僕は僕でなければ、誰も僕を認めない!」

 

「それ、は……」

 

 ――嫉妬龍のそれとは、また種類の違う枷だった。

 嫉妬龍は救われない、嫉妬を捨てられないがゆえに、けれども、彼女は嫉妬を捨てても、捨てられなくても、()()()()()()()()()()。彼女の嫉妬は重荷であっても、枷ではない。

 だから僕が引っ張れば、彼女はその重荷を背負ったまま、外へ飛び出すことができた。

 

 でも、アンサーガは違う。

 アンサーガは敵に回らなければ、その価値を誰かに認めさせることができない。だって、味方になってしまえば、人は彼女に期待する。

 それは――

 

「いいか、僕は概念使いで、衣物の創造者だ。けれど、それは僕が()()()()()()()()()()からできるだけで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだよ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 期待されないことしか、手元に残らなかったアンサーガに、それを奪うということが、救いと言えることなのか?

 

 たとえ、心の底でそれを望んでいたとしても。

 心の底以外のすべてが、それを望むものか?

 

 ――百夜に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 僕は、百夜を見る。

 

 ここに来るまで、誰かを慮る経験のなかった少女。

 人と違う考えを持ち、人と違う時間を過ごし、人と同じ経験を、これから積んでいく少女。

 

 その入口にたったばかりの彼女に、アンサーガという枷ははずせるか?

 

 果たして、百夜は――

 

 

「……いい、よ」

 

 

 ふと、微笑んだ。

 

「……どういうことさ?」

 

「母様は、母様でいたい、んだよ、ね?」

 

 百夜は笑っていた。それは、受け入れるようで、理解するようで、共感するようで。楽しさはない、けれども憐れみもない。

 苦しさはない、けれども諦めはある。

 

 そんな、笑みだった。

 

「でも――それは、()()()()()()から。世界……を、私たち……で、満たしたい……のは、()()()()()()()()()()、から……」

 

 アンサーガには確固たる意思があった。

 けれども、同時に迷いがあった。

 

 端的にそれを、百夜は失いたくない、と評した。

 ああ、なんと言うかそれは、ポジティブも、ネガティブも、あらゆる意味をひっくるめて、きっとアンサーガが抱える、根底にある感情だったのだろう。

 

「だから、私なら、大丈夫。私なら、母様の失いたくない、を……受け入れる、から」

 

 そして、アンサーガに百夜は手をのばす。

 

 

「――いっしょに、いこう?」

 

 

 それは、()()()()()()()()()()()()()百夜ゆえの結論だろう。

 ()()()()()()()()()()、たとえ何があろうとも、どのような結末になろうとも。アンサーガがどうしようとも。

 

「……」

 

 僕は何も言わない。

 百夜の結論は、間違っているかもしれない。最終的に、アンサーガは人類と敵対するかもしれない。待っているのは破滅で、そこを変えることは百夜にはできないかもしれない。

 でも、それが百夜のしたいことなら、決して間違いではないだろう。

 

 僕は僕のやりたいをするし、百夜も百夜のやりたいをする。()()()()()()()()()()のだから。僕が何かを言うのは野暮ってものだ。

 

 ……まぁ、それに。

 

「――――」

 

 アンサーガは、

 

 

「――いや、だ」

 

 

 それでもまだ、受け入れられないだろうと思ったしね。

 

「どう、して……?」

 

 百夜も、もちろんまだ諦めていない。一歩後ずさり、我が身をかきだくアンサーガに、一歩踏み込んで、問いかける。

 

「――君が、いい子だからだよ。百夜」

 

「……わたし、が」

 

()()()()()()()()()()()()子だ。誰かの正しい望みを、自分の望みにできる子だ。そんな子が僕のような救われない奴に……よりそっちゃいけないんだよ」

 

 アンサーガは強情だ。

 いや、強情であることが、アンサーガにとっては最後の砦なのだ。誰からも期待されなかった彼女を守れるのは、彼女とその手足とも言える同胞だけ。

 ()()()()()()()、アンサーガはもう、何もできなくなってしまう。

 

 たとえそれが、百夜の言葉だったとしても。

 

「だから、君は僕と一緒にいちゃ、いけない。解ったよ、百夜。君は――前に進むべきなんだ」

 

「母様……」

 

「そこに敗因がいる。そいつについていけば、君は間違いなく前にすすめる。そこで多くのものをみて、多くの世界を知って、きっと君は僕を過去にできるさ」

 

 ――アンサーガの言葉は真実だ。5で百夜は成長し、アンサーガの一件を過去のものとして受け入れる。百夜はまっさらなキャンパスだ。

 そこに、どんな絵を描くこともできる。

 

 ああけれどもそれは、()()()()()()()()()()()()を、アンサーガはきっと受け入れられないということでもある。

 

「母様は、どうする……の?」

 

「――ここで眠る。僕は消えるさ。世界のために、君のために、僕は過去になったほうがいい」

 

 ああ、それならば。

 ――もういいだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。百夜が生まれていないという希望。

 

「――こうして未来の君を見てわかった。()()()()()()()()()()()()()()、僕に対して君たちが向ける感情は、優しさなんだ」

 

 ああでも、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、解っちゃったんだよ」

 

 苦笑する。

 それは、百夜の笑みとは、また一つ質の違うものだった。

 

 

「――()()()()()()()()()()()ってね」

 

 

 それが、結論だった。

 この戦いで、

 アンサーガの人生で、

 

 ――百夜という希望をみせられて、

 

 その希望が前に進む所をみせられて、

 

 自分が置いていかれるところをみせられて、

 

 

 ――アンサーガが最期に出した、結論だったのだ。

 

 

「…………」

 

 もう、百夜は何も言えなかった。

 言ってしまえば、それは慰めになってしまうから。

 慰めは、憐れみとそう違うものではないから。

 

 ここまで、アンサーガが百夜を拒絶しながらも、拒否しなかったのは、百夜に憐憫がなかったからだ。それが理解できなかったから、百夜が人を知らなかったから。

 

 でも、百夜は知ってしまった、気付いてしまった。

 前に進んでしまった。――それができるのが百夜だったから。

 

 ――それができないアンサーガを、百夜はきっと救えない。

 

 一歩後ずさるアンサーガを、百夜は手を伸ばしこそすれ、踏み込めなかった。

 その手も、やがて下がる。

 

 これが、結末か。

 ――母と、子。過去になるしかない少女と、未来からやってきた少女。

 二人の想いの行く末は、ここが終着か。

 

 ああ、それは――

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 

 なぁ、

 

 

 ()()()

 

 

「――――()()()()()()()()()()!!」

 

 

 乾いた音。

 ――アンサーガに見舞ったリリスの平手が、沈黙に満ちた研究所に、響き渡る。

 

 さぁ、()()()()()()()()。この不条理を、負けイベントを、()()()()()()()()()()()()

 止まってしまった()()の少女を、進めなくなってしまった雁字搦めの枷を、

 

 ()()()()()()()()()()()引きちぎれ!




小説家になろうの方で投稿している本作がこちらに追いつきました。
また、それに伴い、若干ではありますが小説家になろうの方で先行して更新していくこととなりました。
先行とはいってもどちらも毎日更新で、あまり差はありませんので、お好きな方でお読みいただければと思います。
↓URL
https://ncode.syosetu.com/n5147gj/


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70.生きたいって、言え!!

 ――美貌のリリス。

 八歳にして、大人顔負けの概念使い。シスター姿の少女は、けれども信心というよりは、己の中の信念で前に進む少女だった。

 そんな彼女の起源は、母と二人、魔物の群れに取り残され、そこから生還したことだろう。概念起源の助けがあったとはいえ、人が体験するにはあまりにも大きな恐怖を乗り越えた少女には、それはもう凄まじいレベルの肝っ玉が備わった。

 

 けれどもそれは、()()()()()()が彼女を作ったわけではないだろう。彼女の根底にあるのは、その経験そのものではない。

 経験を共にした存在。

 

 今は亡き、母の姿があってこそ、リリスは今のリリス足り得るのだ。ならば、娘の目の前で生きることを諦める母の姿は、リリスには一体どう映る? 語るまでもなく、そこにあるのは怒りだった。

 理不尽に対する怒り、それに対する諦めへの怒り、そして何より、立ち止まることへの怒り。

 

 リリスは今、怒っていた。

 きっと、この場の誰よりも、怒って、怒って、怒っているから、リリスはリリスとして、終わってしまった理不尽へ、一歩を踏み込むことができるのだ。

 

「死ぬしかない? そのほうが百夜のため? ()()()()()()()()()()()()()()の! あれだけ百夜に酷いこと言ったのに! 最後に出てくるのがそれなの!? 謝ってすらいないとか、それが親のすることなの!?」

 

「な、あ……」

 

「答えるの!!」

 

「い、や……僕は」

 

 アンサーガが目を逸らす。それは言葉に詰まって言い澱んでいるわけではない。()()()()()()()()()()()()()()()()。そしてそれは、言い澱んで結果、さらに膨れ上がる。

 

「言い訳なんざいらないの! 思うところがあるなら、まずそんなことよりさきに言うべきことがあるの! そんなことも解らないの!?」

 

「リ、リリス……」

 

 困惑するのは百夜の方だ。思わず縮こまるアンサーガの様子に、おずおずと口を開くと、

 

「百夜はちょっと黙ってて欲しいの!!」

 

「えっ、あ、うん」

 

 速攻で撃沈した。いや、百夜だって当事者だろっていう当たり前の感想も、今の怒り狂ったリリスに届くわけがない。それでいいのかって、それでいいのだ。だってそれくらいの勢いの方がないと、この二人の間には入っていけない。

 

「そ、れ、で! どうなの! 何か言うべきことがあるんじゃないの!」

 

「あ、う……」

 

 もはや何もいえなくなったアンサーガは、けれども別ににぶくはない。そこまで言われれば、リリスの言わんとしていることもわかる。ちらりと百夜の方を見て、そして、

 

 

「酷いこと言って、ごめんね」

 

 

 そういって、頭を下げた。

 

「…………」

 

「百夜、どうなの」

 

「ひゃっ」

 

 思わず、それを見て呆けていた百夜にリリスが呼びかける。完全に思考停止していたらしい百夜は、それで我に帰る。そうして目の前にいる頭を下げたアンサーガを見ると、ふと、笑みを浮かべて。

 

「うう、ん……きにして、ないよ。私の方こそ、ごめん、なさい……無神経、だった」

 

「百夜……」

 

 アンサーガは、少しだけ嬉しそうだった。ああ、これは僕でもわかるぞ、これは母として娘の成長を喜ぶ顔だ。謝る百夜は、それまでなぜ謝罪をするのかということもわかっていなかっただろうに。

 それでも、百夜は頭を下げた。変えたのは……リリスか?

 

「まずはよし、なの」

 

「まずは、なんだね」

 

 ふんす、と鼻息を荒くするリリスに、僕は苦笑する。いやまぁ、そりゃそうだ。まだ二人は和解しただけ、アンサーガの問題は、彼女の心は何も救われていない。

 ここからが本番であり、リリスとしても言いたいこと、言わなくてはならないことはここからのことに全て関わっているだろうと思う。

 

 さて、どうするリリス?

 

「それで、アンサーガはそもそも、どうして諦めるの」

 

「……いや、どうしてって言われてもねぇ。僕は君たちの敵で、敵で、敵なんだよ、君たちが前に進むのに、僕は邪魔なだけなんだぁ」

 

「それ、違うの」

 

 ずいっと踏み込んで、リリスは言う。

 

「正確には、貴方の道に私達が邪魔なの。でも、貴方はそれで根負けしたの、違うの?」

 

「…………そりゃ、そうだろうけどさ」

 

 勝ったのは君だろう、とアンサーガは唇を尖らせる。ふてくされた子供のようで、これじゃあどちらが母親かわからないな。

 というと、今度はリリスに怒られるのだが。

 

「じゃあ、貴方が諦めたのは、自分の意地が私達の意地に負けたからなの」

 

「くふふ、そうだねぇ。うん、うん、うん……強かったよ、君たち」

 

 じゃあ、次。

 リリスは続ける。

 

「次、貴方はどうして、期待されることを嫌がるの? 力を失ってしまうからなの?」

 

「…………性分、かなぁ。期待されてないことならやれるっていう、自負も、ちょっとあったかも」

 

「プライド、なのね」

 

 ――プライド。

 そうだ、アンサーガはプライドが高い。プライドの塊である傲慢龍と比べるほどでほどではないが、期待されていないことならできるということへのプライドは間違いなく強い。

 それは、強欲龍が強欲であろうすること。フィーが嫉妬を自分のものだと受け入れていること。それに近い。大罪龍――感情の権化に見られる特徴だ。

 

 アンサーガもまた、大罪龍に近しい存在である、というわけだ。

 

「それが結果として、皆を傷つけちゃっても、貴方は止まれない、のね」

 

「そりゃあそうだろうねぇ、止まる理由がないし、仮に止まるとすれば、それは誰かが止めてくれた時だけ。でも……さっきみて解ったろ、僕はそれを受け入れられない」

 

「――どうしてそんなふうに言うの?」

 

 どうして。そんな言葉に、アンサーガは肩をすくめた。

 

「……最初は、違った。大罪龍同士の子。あのプライドレムだって僕に興味があったし、期待されていた。それに応えられない事がわかったら、すぐに興味をなくされて」

 

 ――――アンサーガの始まりは、期待に満ちたものだった。

 父も、母も、傲慢龍も、――知る由もなかったけれど、マーキナーすら彼女には期待を寄せていて、しかし生まれてきたアンサーガは、龍でもなく、人でもない。不完全で、不確かな存在だった。

 その時点で、傲慢龍たちはアンサーガを見限り、

 

「父と、母はそうじゃなかったけれど、知っての通りエクスタシアは奔放な人だし、気にかけてはくれても、基本的には放任さ。好きにすればいい、ってねえ」

 

 エクスタシアは、良くも悪くもいい加減で、アンサーガのことにだって頓着しない。彼女は本人の性欲を除けば、良いものを良い、悪いものを悪いで済ませるタイプだった。

 執着が薄いのだ。

 

 ――対して、父、スローシウスはそうではなかった。アンサーガの面倒を見ると言い張って、彼女を迎え入れた。

 

「といっても、父も私に大きく干渉はしてこなかった。怠惰だもの、しょうがないよね」

 

 だから、アンサーガは孤独だった。

 幾ら自分のためにすべてを投げ出してくれる怠惰龍がいるといっても、それは有事の際。そうでないときに、積極的にアンサーガへ関わることを彼はしない。

 できない、と言っても良い。怠惰龍なのだから、当然だ。

 

 結果、アンサーガは一人で遺跡にこもって、そして――

 

「そして、同胞が生まれたんだったな」

 

 研究所を眺めながら、遠い目をする。今は外に出ているけれど、同胞たちはアンサーガの唯一の隣人だ。自分を受け入れてくれて、そして守ってくれる存在。

 ただ、キチンと意識があるわけではない。アンサーガの言葉に従う忠実な人形、それが同胞。

 

 それでも、いつしか研究所には同胞が増え始めた。そもそも、同胞とは衣物を作った際の失敗作だ。作り出したくて生み出したわけではない。それでも、彼らがアンサーガの孤独を慰めたことは言うまでもない。

 

「そんな時だった――百夜が()()()()()のは」

 

「見つかった、なの?」

 

 アンサーガは百夜を生み出したい。母として、子を世に送り出したい。けれど、そもそも百夜はアンサーガの作品ではない。

 ()()()()()()()()である。

 

「……ん、そう、らしい。器の試作品……未来の母様、そういってた」

 

「マーキナーが、そこの敗因を作る前に作ったサンプルなんだよ、そもそもの百夜は」

 

「試作品……なのね」

 

 なるほど、とうなずく。

 これは、そうだ。そもそも百夜もアンサーガも、僕に近しい存在である、年を取らない概念使い。アンサーガは人外同士の子供だから、年を取らない。

 対して百夜と僕は、()()()()()()()()()()()()年を取らない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だからね、その前段階として百夜を作り――そして器として適さないから、と破棄された。それが事の経緯だよ」

 

 ――まぁ、この辺りは追々話そう。今は、神は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だということを覚えておけばいいだろう。

 今はアンサーガの話だ。

 

「そして、百夜に僕は、魅入られた……のかなぁ。自分に近しい存在。ほんとうの意味での同胞。僕はそれが欲しかったんだ」

 

 そう言って、自嘲するアンサーガは、視線を落としながら、そして続けた。

 

「……寂しかった、んだろうね。やっぱり」

 

 と。

 

 ――それは、ゲームにおいても描写されていたことだ。アンサーガの孤独、期待されないが故の期待。優しさも、憐憫も、蔑みもなく。ただ隣にいてくれるだけの存在。

 ()()()()()()()()()のだ。同胞という、自分の手の中から生まれた存在ではなく。

 

「同胞は子じゃない。同胞そのものだ。僕との間に差はなくて。そして結局は僕そのものだ。そして、そんな君がこうして僕の前に立った時――」

 

 やがて、百夜へと目を向けて。

 

 

「――僕は、僕としてしか生きていけないんだろうな、と。思ってしまったんだよね」

 

 

 端的に、そう言って。

 最期にアンサーガは、目を閉じた。

 

 

「だ、か、ら。どうしてそれで()()()()()()って結論になるの!!」

 

 

 ――そして、また、リリスが叫んだ。

 今度は、はっきりと、意思を強く前に向け、アンサーガに向き合って、正面から、まっすぐと。その声を、想いを、ぶつけるのだ。

 

「え、えぇ……」

 

 困惑するのはアンサーガだ。ここまで、あれだけ語ってきた諦める理由を、全部無視して、それを否定するのだ。

 もう、アンサーガにはリリスが理解できない。

 

「――貴方が諦めたのは、解ったの。リリス達が勝ったから、百夜の意地が頑張ったから。でも、それは貴方の否定じゃないの」

 

「……」

 

「貴方は負けただけ、リリスたちは()()()()()()()()()()()()()()の」

 

 ああ、それは……確かにそうかも知れないな。僕はそもそもアンサーガに対して言葉を投げかけてはいないけど、僕たちはあくまで同胞の暴走を止めて、アンサーガと和解したかっただけだ。

 

「むしろ、貴方はなんで諦めるの? プライドがあるんじゃないの? そもそも、だからリリスたちと敵対したんじゃないの?」

 

「それが折れたんじゃないのさぁ。もう、僕には何も残ってないってことなんだよ」

 

「それを――貴方が決めてどうするの!」

 

 叫ぶ。

 

「リリスたちが否定してないことを! 貴方が否定しちゃいけないことを! 貴方が否定しちゃうから諦めが生まれるの! 確かにリリスたちは意地をぶつけ合ったけど、貴方を否定したかったわけじゃない!」

 

「それは……」

 

「第一貴方も、()()()()()()()()()()()()()! 貴方が嫌がったのは、貴方に対する無遠慮な干渉! 違うの!?」

 

「ちが――」

 

「違わないの! リリスたち、貴方のことを何も知らなかった! だからひどいことも言って! それで貴方が怒った! そこに何の不思議もないの! 知った今なら分かる。()()()()()()()()()()!!」

 

「――――」

 

 それは、あまりに強引が過ぎる言葉だ。でも、否定するには強すぎる言葉だ。強すぎるから――拒絶より先に、困惑が来て、

 

「折れてないなら! 否定されていないなら! 貴方はまだ生きたいの! たとえ貴方が死ななきゃいけない罪を背負ったのだとしても、生きてるなら。死んでないなら――」

 

 そして、その困惑に、リリスは、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

()()()()()()()()()!!」

 

 

 それは、

 

 

 ――ああ、リリスには。

 

 

 生きたくても、生きれなかった大切な人がいるのだったな、と。そう思い出すには、十分な光景だった。

 

「――――」

 

 ぽかん、と惚けるアンサーガは、けれど、目の前にあるリリスの瞳を、まっすぐ見つめ、やがてその顔に苦笑をうかべる。

 ――今度は、諦めというよりは、納得というべき、リリスを受け入れるような笑みだった。

 

「――リリス、だっけ?」

 

「なの」

 

「君はすごいね。そんな小さいのに、ああでも、君にそれは関係ないか。……ほんと、敵わないよ」

 

「年の話はえぬじーでおねがいしますの」

 

「くふふ、なんだいそりゃ」

 

 なんて、二人は少し話をする。

 

「一ついいかなあ?」

 

「何なの?」

 

「どうしたって、そこまで僕のことに拘るのさ。色々と君に思うところはあるのかもしれないけど、それでもここまで拘るのは、――やっぱり百夜のためなのかい?」

 

「んーん」

 

 それに、リリスは首を横に振る。え? と疑問符を浮かべるアンサーガへ、ただ一言。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()なの!」

 

 

 元気いっぱいに、リリスはぴょん、と跳ねた。

 

「え?」

 

 アンサーガが完全に惚ける。

 ――それに、百夜が何やらすごく理解のある頷きをしている。百夜、リリスと二人きりのときに何があったんだい? いや、ここに来る前にも、リリスの()()()()()()()()は何度かあったけど。

 

「いやでも、あれだけ論理的に話をしてたじゃないか。だったらもうちょっとこう、何か……」

 

「なんとなくはなんとなくなの! なのなのなのん!」

 

「…………さっきまでのあの子をどこへやった!?」

 

 あうー、とつぶやくリリスに、アンサーガが吠えた。もはや完全に気の抜けたリリスに、先程までの知性はかけらも残っていない。

 悪いなアンサーガ、リリスの知性は長話にしか適用されないのだ。

 少しでも端的な説明を求めると、途端にIQが溶けるぞ。

 

「いや……いや……」

 

 首を振るアンサーガに、

 

 ぽん、と。

 百夜が肩に手を載せた。

 

「リリス、こういうやつ。……私、学んだ」

 

「……いや、そう言われても…………」

 

「それに――」

 

 百夜は、リリスを見てから、僕を見る。

 どうしたんだ?

 

()()()()()()()()()()()。ねぇ、母様」

 

 その瞳は、物言いに反して非常に真剣で、百夜は、確信を持って告げる。

 

 

()()()()()()()()、託してみても、いいと……思わない?」

 

 

 そう、言った。

 

 ああ、それは。

 ――根負け、諦め、観念。これまで、何度もそれは言われてきたけれど、けれどもそのどれもをリリスは否定した。だから、きっと、これは――

 

 

「…………そう、かもしれないね」

 

 

 アンサーガにとっての、初めての観念。

 ()()()()()ということだったのだろう。

 

 そんな二人をみて、僕たちは。

 

 

「――ああ、やってやるさ」

 

「みてろなの」

 

 

 自信に満ちた笑みを浮かべて、

 

 

「――でも、リリスと一緒にしないでほしいな」

 

「この人と一緒にされるくらいなら、年の話を諦めた方がマシなの」

 

 

 直後、僕らの大喧嘩が始まった。



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71.百夜と交流したい。

 ――さて、アンサーガを未来に送る、といっても、タイミングがある。

 別に今でなくともいいのだ。というのも、今回外に同胞が溢れ出たとはいえ、その因果関係は僕たちしか知らない。なんなら、アンサーガが協力的であれば、大罪龍を討伐しきるまでは、人類との共闘だって可能だ。

 時間制限があるわけではない。

 だから、いつでもいいと言えばいつでもいいのだけど――

 

 ――その上で、僕たちは決行を明日と決めた。

 

 善は急げだ。コレに関しては理由は二つある。

 一つは、そもそもアンサーガが協力的であれば――とはいったけど、別にアンサーガに人類へ協力する意思はないということ。そして、それを僕たちが強要する理由もないのだ。()()()()()()()()()()()大罪龍に僕は勝利して見せるし、そもそも最初からそれは念頭に置いていなかったのだから。

 そしてもう一つ、――こちらが僕たちがアンサーガを即日未来に送る本命の理由。

 

 ()()()()()のだ。いくら後回しにしてもいいとはいえ、アンサーガに大罪龍討伐を手伝ってもらわないなら、()()()()()()()()()()()()()()に、それを終わらせたい。

 傲慢龍は既に僕と本格的に敵対する構えだから、フリーになった場合アンサーガの時間移動に妨害を仕掛けてくる可能性はなくもない。理想は、傲慢龍が逃げ切った直後に直接こちらから傲慢龍を叩くこと。

 

 そのために、アンサーガを未来に送っておくことと、もう一つ。

 

 ()()()()()()。これは絶対に必須事項だ。憤怒龍は構わない、最悪傲慢龍と二体同時でやり合うことになったとしても、一体しかいないから何とかやれないことはない。

 しかし、暴食龍はダメだ。傲慢龍の周囲に倒しても倒しきれない、フィー並の敵が十以上湧いてくるなど、絶対にあってはならない。

 

 傲慢龍が憤怒龍から逃げ回っている今のうちに、暴食龍を撃破すること。それこそが、人類が――というより、僕が傲慢龍に勝利する勝ち筋なのであった。

 

 そして、そのために残された時間は約4ヶ月、()()()()()()()()()()()()()()()。幸い、怠惰龍関係のタイムスケジュールは、ほとんど予定と変更はない。最初の対応予定は、ほぼ全て白紙になってしまってはいるけれど。

 

 ということもあって、アンサーガの時間移動は明日と決めた。

 今日出ないのは、単純に師匠とフィーが起きてくるのを待たない理由もないから。4ヶ月は暴食龍討伐には非常にタイトな期間だが、それでも一日の余裕がないわけではない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()以上、安定を取ることは必要な消費なのであった。

 

 さて、アンサーガと明日の予定について話し合いをして、時刻は既に夜も更けて来た頃。僕らは夕食――基本的に夕食は僕とリリスの仕事だ。今日はリリスなので、美味しい夕食が食べれる日である――を終えて、僕は、

 

「――敗因、少し、いい?」

 

 百夜に、呼びかけられていた。

 

 

 ◆

 

 

「急にどうしたんだい、僕に一人で話があるなんて」

 

「別に、一人でなくとも……いい。ただ、リリスが眠そうだったし……母様同伴は、ちょっと、恥ずかしい」

 

 ――食べた後に眠くなるという、最後の砦のようなか細いお子様要素でうつらうつらしているリリスは、たしかに話には誘いづらいのだろう。

 

 でもって、僕個人との話だから、そりゃまぁアンサーガは誘いにくいよな。今、向こうで色々と作業しているところだし。

 作業というか、作った衣物を発掘しているところだけど。

 

 今後の暴食龍討伐で、アンサーガの衣物は必須だ。これを手に入れる必要もあって、僕らはここにやってきたのだ。まず最優先は至宝回路だったけど。

 

「一応、見つからなかったらアンサーガを手伝おうと思うんだ。それまでに、よろしくね」

 

「ん、そんな長い話でも……ない」

 

 仮にも、女の子相手にその物言いはどうかと思うが、まぁ百夜はそもそも自意識がまだまだ薄い。あんまり言っても気にしないだろう。

 ――っていうと最低だなおい。

 

「いや……どうだろ。でも、聞いて」

 

「解った。座ろうか、飲み物はコーヒーと紅茶、どっちがいい?」

 

「コーヒー。砂糖は、いらない」

 

 ――甘党の師匠と比べると、きっちりブラックなのはこう、なんとなく格の違いってやつを感じる。別にどっちが上ってこともないのに。

 師匠の甘党っぷりがひどすぎるせいか……? なんでコーヒーの量より砂糖の量の方が多いんですか?

 

「……不思議」

 

「何が?」

 

 ふー、ふー、と温かいコーヒーを吐息で冷ましながら、百夜がつぶやく。ぽつり、ぽつりと彼女は語り始めた。

 

「貴方、ローブと剣の、概念使い。――つよい、と思った。……でも、最初はそうじゃ、なかった」

 

「あの時が初戦闘でしたからね」

 

「ローブと剣の概念使い。みんな……つよかった。あの子も、強かった。……でも、それは、()()()()というだけの、こと。リリスや、あの、ルエという概念使いと、違うことは……ない」

 

 “あの子”。4主のことだろう。この百夜と唯一交流のある主人公。他はちょっと戦ったくらいだったりって程度だからな。

 そして、彼らが百夜と戦うのは、たいていシナリオの終盤だ。実力的に言えば、ちょうど今の僕らと同じくらいの位階。

 

 そりゃあ強い。けれどもそれは、実力を考えれば当然で。決して初期レベルで百夜に勝てるかというと、そんなことはないのである。

 

「だから、()()()()()()()()()()()には、不思議、しかない」

 

「まぁ、そりゃあそうだけど」

 

 僕という存在を構成する要素は、不思議ばかりだ。異界からやってきたこと。神の器ということ。あとそれから、百夜に関して言えば、バグ技。

 どれも、他の概念使いにはない要素である。

 

 特にバグ技は、師匠と共に戦ったとは言え、それが戦闘の決定打になるほどなのだ。非常に百夜にとっては意味が大きい存在である。

 

「貴方は、不思議。わたしのことを助けてくれたのも。……それは、仲間であるリリスが、私を助けようと、してたから?」

 

「まぁ、それもあるけど……僕も助けたかったからね、君とアンサーガを」

 

「でも、私を……この時代に取り残したの、貴方……だよね?」

 

「そこは有耶無耶にしておいていただけると……」

 

「うや、むや」

 

 コーヒーカップを右から左へ受け流す百夜に感謝しつつ、僕も自分で入れた紅茶を呑む。まだ少し熱かった。

 

「気にしてない、けど。これから私、どうすれば?」

 

「一応、君がこの時代にいるのも、ずっとじゃないはずだ。元の時代……元の世界、って言ってもいいかな。そっちに戻る……と思う。ただ」

 

「ただ?」

 

「そうしたくないなら、そうならないようにするよ」

 

 ――それは、アンサーガのことだ。この百夜は、未来でアンサーガを失った百夜。もし、百夜が望むなら、僕は()()()()()()()()()()という事実が残るこの世界に、彼女を残留させる手助けをしてもいい。

 

「……ん、戻るのが今すぐじゃないなら、少し、考える」

 

 対する百夜の回答は、保留だった。まぁ、それがいいだろう。百夜にも、時間はたっぷりある。いつ時間移動が発生するかはわからないが、兆候はあるだろう。

 もし、時間移動しそうなら、その時に考えればいい。

 

「母様の……ことだけじゃない。リリスとも、できれば、離れたくない」

 

「そんなにリリスの事を気に入ったのかい?」

 

 ――少し、意外な発言だった。

 リリスが百夜を友として認識し、そうあろうとしていることは事実。そしてそれに対して百夜も拒絶はしていないから、多少の友情は感じているのだろうと思うけど。

 思ったよりも、ずっと好感度が高かった。

 

「リリス、すごい。憧れる。あんなふうに、なりたい。そう思うこともある」

 

「いや、それはどうなんだ……?」

 

 アレは本当に特殊な例で、下手したら僕やフィーよりも特殊な人間だ。人外よりも、人らしくない。リリスの精神性は、ずば抜けて特別であることは間違いないのだ。

 それをいったら、百夜だって特別ではあるけれど。

 

 ああ、そういえば――

 

「――そういえば、百夜。君からみて、リリスは強い概念使いだろう。挑んだりはしなかったのかい?」

 

「…………挑んだ」

 

 そんな僕の問いかけに対して、百夜は遠い目をした。なんというか、すごいものを見たと言わんばかりの顔。一体何をしたんだよ? そんな疑問に応えるように、百夜は続ける。

 

「でも、逃げられた。リリス、直接戦わないタイプだから……当然だけど」

 

「まぁ、そりゃね。でも、君は仮にも位階がカンストしてるんだから、どうにでもなるだろ」

 

 それに、()()()()()()()

 

()()()()()()()()。追いつこうにも、支援を自分に使って、全速力されると、追いつくのは難しい。それに……追いついても、すぐにまた離された」

 

「……そりゃ、また」

 

 ――でも、たしかに考えてみればリリスの生存力が高いのは納得だ。生き残りたいという感情は、間違いなくリリスの根底にあるもので。

 それを全力で発揮すれば、あの白光百夜すら、追いつけないものなのか。

 

「でも、ホーリィ・ハウンドは? アレは流石に逃げられないだろう」

 

「…………アレは」

 

 そして、再び百夜は遠い目をして。今度こそ、どこか諦観の混じった眼で、

 

 

使()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――へ?」

 

 さすがに、それは。

 僕も目を丸くするような事実だった。いやだって、そんなことしたら死ぬかもしれないだろ!? 死んではいないし、百夜に人殺しの意思はないことも、僕は分かるけど。

 

 それは僕に百夜に対する知識があるからで。でもって、その上で僕はそういった行動は絶対に取らないだろう。僕にとって、戦いは避けるものではなく踏み越えるものだからな。

 

「人は、殺したくない。面倒で、大変で、……やるせない」

 

 基本的に、百夜は人殺しはしない主義だ。殺してしまっては、強い相手とまた戦うことができないし、人を殺すということは、回り回って自分にその業が帰ってくる行為であることを、百夜はよく知っていた。

 

「私の時代の、嫉妬龍みたいには、なりたくない」

 

「アレを直接みたら、まぁ、そうなるよね……」

 

 原因は、殺しすぎてしまったが故に止まれなくなった、本来の歴史の嫉妬龍だ。今のフィーが、そうなることは絶対にないだろうけれど。

 ()()()()()()()()()そうなる可能性もある。人殺しの業とは、かくも恐ろしいものだ。

 この世界の戦闘は、概念使い同士のもの。概念崩壊というセーフティが存在することは、現代人である僕にとっても非常にありがたいことだった。

 

 まぁ、もし殺さなきゃいけない状況に出くわした時、僕が人殺しをためらうかは、別問題だけど。実際どうなんだろうなぁ、実感がわかないや。

 

「――リリスは、それを……見抜いてた。私が、殺したくない……こと。でも、だからって……躊躇いなくできる?」

 

「できるかできないかでいえば、できるけど?」

 

「……聞いた私が、ばか、だった」

 

 すごく残念なものを見る眼で見られた。いやでも、それが勝利のためだったら、僕は絶対にやるだろうしなぁ。こっちは人殺し云々と違って、断言できる。

 僕はそういうやつだ。

 

 でまぁ、リリスもそれとは別に、そういうやつだった。

 

「そこまでして、戦いを避ける。不思議だった。戦い、楽しいこと。一方的に、弱者を蹂躙するので、なければ……概念戦闘、悪いことじゃ……ない」

 

「概念崩壊がいやだけど、概念崩壊ってセーフティがあるぶん、後腐れもないからね……だから君は何百年も百夜だったわけだし」

 

「百夜……を、戦闘狂の、類義語、みたいに……言わないで」

 

 唇を尖らせて、文句を言う。いやいや、だったらムリヤリ僕やリリスに襲いかかるなよ。

 

「といっても、リリスだって別に戦いが嫌なわけじゃない。好きってわけでもないけど、普通なら襲われたら反撃に出ると思うよ。そうまでして、戦いを避けたかったのは……」

 

「……ん」

 

 百夜はうなずく。ああ、僕も彼女も、いい加減リリスのことがだいぶ解ってきたということだ。二人同時に、リリスのいいそうなことを口に出す。

 

 

()()()()()()()()()()()()()から」

 

 

 結局は、それに尽きるのだ。

 リリスは感覚に生きる。感覚でしか動かないとも言う。それを理論立てて語ることもできるし、長話をさせれば、そこそこ論理的に話すこともできる。

 

 ただ、言葉を圧縮させると途端に意味がわからなくなる。僕だって、未だにその全部を読み取りきれていない。

 

 ただまぁ、今回の場合はなんとなく、答えが見える。

 リリスは百夜の気を引きたかったのだろう。普通じゃない存在、百夜にリリスを受け入れられるためには、興味を持たれる必要があって。

 その手段として、徹底的に百夜の戦意を削ぐことにした。

 

 それが、回り回って百夜の好感。アンサーガへの説得に繋がるわけだ。もちろん、それをしているときのリリスには、微塵もそんな未来のこと、分かるはずもない。

 計算で、そんな行動が取れるはずもないのだ。

 

 あくまで、感覚。

 

「……見ていて、飽きない」

 

「僕も同感だ」

 

 結局僕らは、二人してリリスのことで盛り上がってしまったわけだ。案外、リリスのことが大好きな二人である。

 いや、恋とかそういう意味ではないけれど。

 

「これから……リリスの、したいを、私は……みてみたい」

 

 ――この時代に、もう少し残りたいという百夜。

 その言葉は、そんなところから生まれたものだった。

 

 そうして、百夜はコーヒーを飲み干して、立ち上がる。それを見上げながら、僕は言った。

 

「――まぁ全ては、この後のことを、うまく終えないと、だけどね」

 

「うん」

 

 それに百夜はうなずいて。

 

 

「――必ず、母様を未来に送り届けよう」

 

 

「ああ」

 

 僕たちは、そう、改めて心に決めるのだった。



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72.百夜とリリスは内緒話がしたい。

 ――夜。僕らが寝静まった研究所の中で、ふと目が冷めた時。灯りが着いていることに、僕はすぐに気がついた。

 現在、僕らは室内なので適当に寝袋を配置して、雑魚寝状態なわけだが、リリスと百夜が寝ている一画に、灯りがついていたのだ。ランタンが、ぼんやりと闇に染まった研究所を照らしている。

 

 僕はそれに背を向けて、布団を深くかぶる。また、眠れるように、少女たちの内緒話を、子守唄にしながら――

 

「――母様、と……敗因。寝てるかな」

 

「きっと寝てるの、今頃ぐっすりすやすやなの……ふふふなの」

 

 百夜の確かめるようなヒソヒソ声に、リリスはいたずらっぽく笑みを浮かべた。まるで睡眠を確信しているかのようで、百夜は少しだけ不思議そうにした。

 

「何か……盛った?」

 

「そこまでじゃないの。あの人はお腹いっぱいになって、これくらいの時間にはそれはもーすぴすぴになっちゃう量を作ったの。計算かんぺきさんなの」

 

「計算、してないよね……?」

 

「してるの、ぺけぺんたしてけてけはもっけもけなのー」

 

 ――してない。

 断じてそれをしているとは言えない。リリスの頭の中のファンタジーを垣間見た百夜は、それはもう研究所中に響き渡りそうなほどのクソでかため息を漏らした後、苦笑した。

 

「なんで笑うのー」

 

「リリスはいつも……楽しそうだね」

 

「楽しいのー、人生万事楽しいがまん大会なのー」

 

「それ、だめじゃない……?」

 

 二人の会話は、あまりにもありふれていて、そしてどこまでも楽しげだった。

 

 ――夕飯に食べたのは、この世界におけるカレー相当の食べ物だ。ファンタジー系の作品で、世界観らしさを出しつつ、プレイヤーに食べ物がどういうものかを想像しやすくするために、()()()()()()()というのは、さほど珍しくはないと思う。

 僕たちが食べたカレーも、そういったもので、この世界ではありふれたものだ。

 加えて言えば、僕も元がカレーであると知っているわけだから、馴染みが深い。しかし、百夜はそれを知らないのだ。

 

 食べ方も、味も、良さも。だから、新鮮そうにカレーを頬張っていた。そしてそのことも、当然ながら話題の種だ。

 

 百夜は何も知らない。興味がないからだ。興味がないのは、そもそもそれがどういうものか、百夜の中で実感がなかったからだ。食べ物はいらない、睡眠も必要ない。百夜は不老不変の少女であり、故に興味を持つ導線が、他者にしかないのだ。

 戦いなら分かる。そこから学べることもある。

 

 ゲームにおいても、百夜がプレイアブルとなる5の主人公は、そもそもからして()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 僕に対しても同様だろう。しかし、リリスは違う。

 ()()()()()()()()()()()()()()ことで気を引いたのだ。リリスは強い概念使いだ、位階に関しては養殖の影響が大きいが、概念戦闘の巧みさに関しては自前である。

 しかし、だからといって百夜に勝てるかといえばそうではないし、負けて終われば、百夜にとっては強い概念使いの一人で終わってしまう。

 ローブと剣の概念使いは歴史上に何人かいるから印象に残るのだ。そうでない場合は、()()()()()使()()どまりである。

 

 ――百夜にとって初めての存在。

 リリスは、間違いなくこの世界においても特に異質な存在であった。

 

「本当に、リリスは……変な子」

 

「むぅー、馬鹿にしてるの?」

 

「してない。……ね、リリス。初めて会った時、どうして、ああしたの?」

 

 くふふ、とアンサーガのような笑みを浮かべてから、百夜はリリスに問いかける。対するリリスはんー、と少し考えてから。

 

「百夜ね、すごすごなの。リリスなんかよりずっと概念がてっかてかで、リリス、どうやったら強くなれるのかな―って、思ったの」

 

「……概念使いとして、強いってこと?」

 

 なの、とうなずくリリス。百夜もこのくらいなら、リリスの言葉が解ってきたみたいだ。そりゃまぁ、リリスがずっとこんな感じなら、慣れるよな。

 

「でも、それなら……戦ったほうが、印象に残る」

 

「それだけじゃないから、なの。百夜ぽよーんって感じだけど、それ以外がしよしよしてるの」

 

「えっと……ぽよーんは……強さ? ほかが……まだまだ?」

 

 なの! リリスは元気にうなずいた。

 

「危なっかしいなぁって。迷ってるのもそうだし、何より、人とお話するつもりがあるのに、お話の仕方を全然知らないの。強いから……ひどい目には、合わないと思うけどなのね」

 

 ――百夜は無垢で、だからこそ危うい。これまでは、それでも良かっただろう、彼女に人と関わる気がないのだから。戦いでしか他者と交流を持つ気がなく、それを数百年も続けてきて、いまさらその生き方を危ういと呼べるほど、百夜は幼くない。

 だが、人と関わるとなれば、話は別だ。

 

 協調性が芽生え、人に対して攻撃的なだけではなくなった百夜。本来の歴史であればその頃から魔物の強さがインフレを始め、百夜は人々をそれらから守り続ければ感謝されるということを学ぶ。実際それで、数百年ほどは問題ない程度に。

 ただ、それは環境が良かっただけだ。

 

 今は、大罪龍という大きい脅威こそあるが、それ以外の魔物はインフレとは程遠い強さである。対応を間違えれば、百夜まで人類の敵になりかねない。

 

 ああ確かに、()()()()()()()()()()()よりも、今の百夜は一つ上の危うさを有していただろう。

 

「……そう、かも。街で私……変、だったよね?」

 

「変なの!」

 

「あう……」

 

 ――恐る恐るといった様子で聞いた百夜に、リリスは勢いよく肯定した。もう少しオブラートを、と思わなくもないが、そもそもわかりきっていた答えなので、何も言えない。

 百夜も少し申し訳無さそうにする程度で、それ以上のショックはないのだ。

 

「アンサーガのとこまで来ても、そうだから、ちょっとヒヤヒヤしちゃったの。でも、リリスが言ってもうまく伝わらないし、あの人はなんかリリスに任せるーって感じだったし、困っちゃうのね」

 

「敗因は……なんか、他人事だよね?」

 

「負けたら終わりじゃないから、だと思うのー」

 

 これだから男ってやつはー、みたいな雰囲気でリリスがやれやれと言うけれど、そもそも君が拾ってきたんだから、百夜に関しては君が責任を持ちなよ。

 っていうと、八歳児に何を求めてるんだという気がしなくもないが、そういう面でリリスを八歳児と認めるわけには断じて行かないのだ。

 

 それに、アンサーガ戦は本気でやった。

 普通にやったら勝てないだろう相手だからね、実際紙一重だった。同胞がいたら詰んでいただろう。まぁ、同胞による襲撃はゲームであったイベントなので、いつかはやると思っていたし、そのタイミングで元から逆に襲撃を仕掛ける予定だったわけだが。

 

「まぁ、あの人も大概だけど、リリスも自分が自分がーってタイプなの。でも、あの人はそれも含めて信頼してくれてるし、リリス、頑張りたかったの」

 

 皆の役に立ちたいのー、と言うリリスに、百夜は感心したように、

 

「……リリスの周りには、すごい人が、いっぱいいるね。あの敗因も、その一人」

 

 師匠。百夜と真っ向からやりあえる、この時代――だけでなく、歴史的に見ても上から数えたほうが強い概念使い。百夜の中でも、相当印象に残っただろう、5で少しだけ師匠のことに触れることもあった。まぁ、匂わせる程度だけど。

 フィー……嫉妬龍に関しては言わずもがな、だ。彼女の別の未来を見てきた百夜に、あそこまで穏やかな顔のフィーは衝撃的だったのではないか。

 

「リリス、そんな人達と一緒にいれて、鼻びよーんなの! しかも、皆リリスを一人前って認めてくれて、任せてくれるの! えへんなの!」

 

「うん……リリスも、すごい」

 

 そういうところを、素直に誇ってくれるリリスは、存外に子供っぽい。でも、それで増長しないのは、あまりにも年不相応で、本当にリリスはアンバランスだ。

 

「リリスね、自分で全部やらなくちゃって、思う時もあるの。あれもー、これもーって、昔はそれで、抱え過ぎちゃって周りの人に怒られたりもしたの」

 

「……全部は、無理だよね?」

 

「無理だけど、無理じゃないって思っちゃったの。リリスはできる子だから、できる子はできること全部やらなくちゃって、そう思っちゃったのね」

 

 ――リリスが抱え込みやすいタイプ、というのはまぁ、そうだろうなぁ。

 母という精神的な支柱こそ入れど、そんな母も病弱で、生きていくにはリリスの概念がなければまったく立ち行かない状態で、けれどもリリスは優秀だったから、()()()()()()()()()()()()()こともまた事実だったわけで。

 

 ああそうか、リリスは何ていうか――

 

「そんなときにね、大切な人が言ってくれたの。リリスは子供でもいいんだよ、って」

 

 ――子供っぽい部分より先に、一人前な部分が育ってしまったんだな。

 

 普通、そんなことはありえない。人というのは、なにもないところから少しずつ、経験を積み上げて成長していく。実際リリスもそうだったろうけれど、リリスの場合は、()()()()()()()()()()()が多かったんだ。

 

 例えば、人の治療。概念という能力は既にリリスに備わっていて、それを彼女は十全に使いこなせる。魔物の群れの中へ置き去りにされ、そこから逃げ出した経験が活きるのだ。

 ただし、その経験を、リリスが実感する間はなかった。

 

 リリスにはそういう、()()()()()()()()()()()だった部分が多かったのだろう。感覚派の天才である彼女に、できないことはあまりない。

 そしてそれを、教わるまでもなく本人のセンスでこなせることもあるのだから、リリスは最初からできる子ってやつなのだ。

 

 羨ましい話ではあるけれど……

 

「リリス、変」

 

 ――百夜の言う通り、リリスは歪んでいた。

 

「にゃーんなの」

 

「なにそれ……」

 

「ちょっとのショックを表現してみましたの」

 

 ただまぁ、歪んでいるとはいっても。

 

「……でも、リリス。変だけど、面白い」

 

「なにそれ、そういう褒め方はあんまりうれしくないのー」

 

「あうあう」

 

 つんつん、とリリスがつぶやいているから、きっと百夜の頬を突いているのだろう。微笑ましい話だな、……む、何だね植木鉢の同胞くん。いきなり振動して……

 あ、百合の花が咲いた……

 

 ――まぁ、リリスのそれは歪んでいるとはいっても、マイナスではなくプラス。大体の場合は、有能であれば好意的に受け入れられるものだ、そういうことは。

 何よりリリスは快楽都市で、色欲龍の側にいた。あそこは環境的にはかなり恵まれているだろう、情操教育には悪いが。

 

「リリス、子供なの。子供だけど皆に頼られて、それに答えたいなってリリス思うの。その二つがリリスのリリスで、リリスが誇りたいリリスなの」

 

「……ん」

 

 それに、百夜は微笑んだように吐息を漏らし、

 

「…………また、リリスのこと、一つ詳しくなった」

 

「むー、うらやましいの! リリスにも百夜、教えるの!」

 

 わいのわいの、声は小さいけれど、少女たちの賑やかさは、もはや研究所内に響き渡っている。ああ、見ればアンサーガも、彼女たちに背を向けて、くすくすと楽しそうに笑っていた。

 微笑ましいのだろう。

 

「ん、敗因から、聞いてない?」

 

「ちょっとだけなのー。それにね? ――百夜の口から聞きたいの」

 

「……時間、かかるよ?」

 

「かかっても、聞きたいの!」

 

 ちょっと概要を聞くだけでも三時間かかったからなぁ。

 そこはまぁ、百夜の個性なのだけど。

 

「そうだね。私達……時間、いっぱい……あるから、ね」

 

「――――」

 

 それに、リリスは。

 

「――そうなのね。楽しみなの!」

 

「ねぇ、これが終わったら、次は暴食龍……でしょ? 楽しみ」

 

「なのなのー」

 

 ――なんて、話をしながら。

 ああ……そうか、リリス、君は……

 

 

 ◆

 

 

 ――昨日は、その辺りで僕は眠気に負けた。もともと、ぼんやりとうつらうつら聞いていたから、いつ落ちてもしょうがなかったけれど、まぁ話として聞きたいことは聞けたということだろう。

 そして、早朝。

 リリスは一人で朝ごはんの支度をしていた。

 

「おはようリリス、手伝うよ」

 

「おはようございますなの、そっちのお鍋さんをお願いしますの」

 

 ふんふーん、と鼻歌交じりに調理をするリリスの指示通り、鍋を軽くかき混ぜながら、食材を投入している。

 

「……昨日はちゃんと眠れた?」

 

「うっ」

 

 バレている、と察したのだろう、リリスがちらりとこちらを見る。気にしていないよ、と苦笑すると、リリスは一息。

 

「疲れは残してませんの。そこら辺はバッチリだし、なにより――リリス、若いの」

 

「いや、それを言ったら僕も若い方だけど……」

 

 この中だと、その辺りが気になるのはアンサーガだな。年齢的にもそうだけど、あいついつまで起きてたんだ?

 

「で、だ。リリス」

 

 僕は、そのまま鍋をかき混ぜつつ、何気ない様子で問う。

 

「はいなの」

 

 本当にただ、ありふれた調子で。

 

 

「――今回、もし何かあったら、概念起源を使うつもりだよな? ()()使()()()()()()()()()()()を」

 

 

 答えは、少しの間返ってこなかった。



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73.百夜は決戦に挑みたい。

 ――リリスとの二人きりの話を終えて、アンサーガたちも起き出してきた。アンサーガはだいぶ眠そうにしていたけれど――それが寝不足故か、普段からこうなのかは、残念ながら交流の少ない僕たちには判断のつかないことだった。

 

 そして、全員で朝食を終える頃に、さらにもう一つ変化があった。

 

 

「――やっとついたぞ!」

 

 

 研究所に、勢いよく師匠とフィーがなだれ込んできたのだ。

 

「ちょっと! 置いてかないでって言ったわよね!」

 

「ごめんって、でも伝言は残してきただろう!」

 

「不安がそれだけで解消されるわけないでしょ! もう! ハグして!」

 

 ぎゅー

 

「許す!!」

 

 置いていかれることをトラウマとするフィーをそうやってなだめつつ、羨ましそうにしている師匠を牽制して、とりあえずこれで全員合流だ。

 なんですか、やりませんよやりませんってば。

 

 恨みがましそうな師匠はさておき、師匠たちの分まで用意しておいた朝食を二人に食べてもらいながら、ここまでの経緯の説明を済ませる。

 まずもって、百夜がいることに、師匠は驚きを隠せないようだった。

 

「君のせいだろ」

 

 見た瞬間、僕をジトッとした目で見てきたが、はい。まったくもってそのとおりです。申し訳ありません……いやしかし難しい問題なのだ、僕が触れると言い訳にしかならないのである。

 無知な百夜につけこんだこと? ……ははは。

 

「――と、まぁこんなところか」

 

「そりゃ、目の前で死にたいなんて言い出したら、リリスはキレるわよね」

 

「ふんすなの」

 

 パクパクと朝食のサラダを食べながら、他人事のようにつぶやくフィーに、リリスは胸を張った。そして、口に入ったそれを飲み込むと、やれやれと言った様子で。

 

「アンサーガ、ね。こうして直接会うのは初めてになるけど――」

 

「なにさ、嫉妬龍」

 

「エンフィーリアって呼んで、そう呼ばれるの嫌いなの……で、人生を丸ごとひっくり返された感想は?」

 

 同胞たちを撫でながら、話を聞いていたアンサーガ、それに対して、同じ穴のムジナ、もといフィーがズバリ聞いてくる。まぁ本人的にはそこ、気になるよな。

 

「……正直、実感湧かない。未だにこれでいいかな、と思わなくもない。けどねえ」

 

 アンサーガは僕たちを見て、

 

 

「――君たちなら、なんとかするだろ」

 

 

 そんなことを、同胞たちと戯れながら、つぶやくのだった。

 

 

 ◆

 

 

「さて、じゃあ今回の概要をおさらいしよう」

 

 フィーと師匠がやってきたことで、二人に対してこれから何をやるか、説明をする必要が出てきた。僕らは机を囲んで、飲み物をそれぞれ飲みながら、作戦会議を始める。

 

 進行は、基本的に僕とアンサーガ。

 

「まず、今回の目的、これは言うまでもなくアンサーガを未来に送ることだ」

 

「正確には僕と同胞たちを、だね」

 

 対して、

 

「手段は、百夜の概念起源。ただし、こっちの百夜は概念起源を使用済みだから、使うのはあっち。――まだ目覚めてない百夜」

 

「もっと言えば、手段とはあちらの百夜を目覚めさせること、でもあるんだねえ」

 

 くふふ、と笑うアンサーガ。師匠とフィーはなんというか、半信半疑という様子だ。そりゃまぁ、時間移動なんてもの、彼女たちは想像もつかないのではないか。

 

「というか、本当に時間移動なんてできるのかい? いくら概念起源とはいえ、正直信じられないけど……」

 

「百夜は特別製ですからね。僕も敗因としてでなければ似たようなことができるんですが……まぁ、今は敗因なので」

 

「なにそれ」

 

 話してると脱線するから、また今度ね。

 

「特別製といえばさぁ、敗因……至宝回路の調子はどうなのさ」

 

「ん? 使用後も特に違和感はないよ。なんか吸われる気がするけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()感覚もあるな」

 

「吸う!?」

 

 ――フィーは何を誤解してるんだ?

 既に二回は使ったけれど、特に違和感はない。ゲームでは4主は最初に使った時は気絶して数日目覚めず、二回目は意識こそ保っていたけど、概念崩壊していないにも関わらず疲弊していたな。

 

 つまり、一回使うだけでもだいぶ寿命をもっていかれる。対して僕は、使った側から、その寿命が補充されているようだった。

 さらに言えば、ほとんど減っている気もしないので、総量も多いということだろう。

 

「ならよかったよ。あいつに細工でもされていたら、貯まったものじゃないからねえ」

 

「それを言ったら、アンサーガは既に一回はされてるじゃないか」

 

()()()()だよ。推測だけど、あいつ――マーキナーは一人の存在に対して、一度しか介入できないんじゃないか?」

 

 ふむ? と考える。

 

「マーキナーは生み出す存在だ。書き換える存在じゃない。そして、人を生み出すことは、()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――不老不死の存在がいるとして、そいつは死を無限に乗り越えられるとしよう。でも、だとしても、そいつが生まれたのは、人生において一度だけ。

 死ぬことは何度もできても、生まれることは一度しかできないのか。いや、変な話だけど。

 

「なるほどなぁ……っておい、さっき脱線するから話を戻す、って言った側からこれはどういうことだ?」

 

「すいません」

 

 ――閑話休題。

 

 百夜を目覚めさせる方法について。

 

「原理としては、使用回数の切れた概念起源を使うときに、生命力をエネルギーに変換するのと同じだ。百夜に対して、生命力をエネルギーとして送り込む」

 

 ゲームではアルケで、そして少し前までは、師匠を使ってアンサーガがしようとしていたこと。――そういえば、アンサーガは師匠に執着していたけど、今はどうなった?

 ……みれば、チラチラと視線は送っている。送っているが……気まずそうだ。

 

 察するに、若気の至りとでも思ってる?

 

「普通なら、これには強力な概念使いの命一つを犠牲にする必要がある。百夜の時代では、アルケがその生命をつかって百夜を誕生させた」

 

「それで、母様、なのねー……」

 

 アルケに対して、母と呼びかけた百夜のことをほじくり返すリリス。やめたげなよ、割とそっちも恥ずかしい記憶なんだから。

 見れば百夜が無表情でリリスの頬をむにむにしていた。

 

 で、本題。流石に命がけで百夜を生み出したくはないので、別案を考える必要があるが――

 

「けど、百夜が百夜に対して、エネルギーを送る場合はどうだ?」

 

「……エネルギーに変換するってことは、どこかでロスが発生するってことだよぉ。だから、自分の力を純度そのままに持っていける百夜なら、命を燃やす必要はないだろうねえ」

 

「ついでに言えば、百夜に寿命はないんだったな。さっきうちの弟子が()()()()()()()()といったけど、百夜もそのくちか」

 

 理解の早い師匠が、補足するように言う。僕と百夜が同種存在であることも、師匠は理解してるので、その辺りも推察ができるのだ。

 

「そういうことです。百夜が百夜本人にエネルギーをわたして、あの百夜を目覚めさせる……ただし、これには問題があります」

 

 問題。

 それが今回の本題でもある、フィーが少し考えて、つぶやいた。

 

「んー、どうせ目覚めたばかりの百夜に、何か起きるんでしょ? 元だと、起きてすぐに概念起源だったのよね」

 

「っていうか、その起きてすぐに概念起源、が問題じゃないか? どうするんだよ、近くにいる百夜」

 

 師匠の推察で正解だ。

 ゲームではそもそも誕生の時点で命を燃やしてしまっているから、どうしようもないが。この世界ではまた違ってくる。百夜を引き剥がさないと行けないわけだ。

 

「……時間移動の暴走。巻き込まれたら、どこに飛ばされるか……解ったものじゃない」

 

 そこは時間移動の専門家、百夜のお墨付きだ。

 

「加えて言えば、今百夜自身が、時間移動を暴走してこの時代に飛ばされてるわけだけど――その暴走が上書きされる。簡単に言うと元の時代に戻れない状態でどこともわからない場所に飛ばされるんだ」

 

 そして、流石に二重で時間移動が起こると、僕もどうなるかはわからない。想像はできても、これといった確証はないからな。

 

「だから、概念起源を起動した百夜と、百夜を起動させた百夜を分離させないと行けないわけなんだけどねえ……」

 

「アンサーガ、たしかアンタ特定の状況下ですごい強くなったわよね。……あんな感じになるわけ?」

 

 今度はフィーが正解だ。百夜とアンサーガは同種の特性を持つ、特定条件下での強化。そして、生まれたばかりの百夜は、その条件を無視して強化されている。

 

 ゲームで言う裏ボスだ。裏ボスと言うならば怠惰龍とそう違いはないかもしれないが、この百夜に遠慮はない。とはいえ、今回はリリスも加えたフルメンバー、やりようはあるだろう。

 

「だから戦闘になる。ただ、これは同時に好機でもあるんだ。一度落ち着かせれば、百夜に好きな時代へ時間移動してもらえるからね」

 

「――千年後、か。まぁそもそも、元の歴史で七百年後に飛ばせたことも奇跡みたいなものだしな。暴走したままじゃ、どこに飛ぶか解ったものじゃない、か」

 

 一応、ゲームで七百年後に飛ばしたのは、アルケさんの意思だが、割とややこしいんだよな。

 

「ところで、分離させなきゃいけないから、同時にってのは無理なのは分かるけど、アンタがやらない理由は何よ」

 

 そこで、素朴な疑問をフィーがぶつけてくる。

 これはちょうどいいタイミングだな。

 

「百夜を目覚めさせるには、二つのものが必要になる。一つはエネルギー。ただ、これだけじゃ百夜は目覚めない」

 

「んー、だから同胞さんたちに、エネルギーを集めさせるのをやめたかったのねー」

 

「徒労に終わるからね。で、もう一つっていうのが、簡単に言うと、意思だ」

 

 意思。

 百夜とリリスが同時に首をかしげる。

 

()()()()()()()()()()っていう純粋な意思だよ」

 

「なんでそんなものが必要なんだろうねぇ、不思議だねぇ」

 

 いやみったらしくどこぞの誰か(マーキナー)にむけて言葉を募らせるアンサーガに苦笑しつつ、つまるところ、僕だと純度が足りない。最初から百夜を目覚めさせて、利用しようと企んでる奴が目覚めさせようとしたら、目覚めるものも目覚めないだろう。

 

 百夜もその計画に加わっている側だが、僕と百夜の純粋具合など、比べるまでもないのは日を見るよりも明らかだった。

 

「自分は煩悩まみれです、って公言してるようなものだけど、死にたくならない?」

 

「いや、別に」

 

「……そうね、アンタはそういうやつよね」

 

 ワガママだからな、そのワガママを通すためなら、ちょっとの悪評も気にならないさ。

 

「――とにかく、概要としてはそんなものだな? あと、何か説明し忘れてたこととかないよな」

 

「多分大丈夫かなぁ、うん、うん、うん。そういうことなら、準備もいいかなぁ」

 

 師匠の言葉に、アンサーガが(若干恐る恐るといった様子で)うなずいて、手にしたカップの中身を飲み干す。人形っぽい見た目だが、食事は普通に取れるんだよな。

 

 さて、それじゃあこれで会議は終了だ。

 

 僕らも合わせて立ち上がり、僕は百夜を見た。

 

「準備はいいかい? 百夜」

 

「うん」

 

 ――そういうことなら、

 

 さぁ、今回の()()()()()()の始まりだ。

 

 

 ◆

 

 

 ――ゲームにおいても、この百夜との戦闘は発生する。アルケによって百夜が目覚めた後、それでも諦めきれない負け主たちは、百夜からアルケを引き剥がそうとするのだ。

 

 この時、救いがないのは、既にアルケの命は燃え尽きていたということ。たとえ助けても、アルケは負け主たちに別れの言葉を残すことしかできないのだ。

 だが、今回は違う。

 

「――百夜」

 

「……リリス」

 

 眠る百夜の前で、二人の友が向かい合う。

 もはや、この二人の関係を、親友以外で表現することは無粋だろう。出会って間もない関係ではある。一日と少し、積み重ねはあまりにも少ない。

 

 だが、リリスは百夜の道を切り開き、

 百夜の立ち位置は、リリスにとっては初めての対等な存在で。

 

 二人は互いに、互いを必要としていた。

 

 それは自然と出来上がり、そして互いに求めることなく築き上げたもの。二人だけの友情は、もはや言葉もなく、そこにあった。

 たとえこの場にあっても、今更それを確かめる必要はない。

 

 

()()()()()()()()なの」

 

 

「――行ってくる」

 

 

 ただそれだけを言葉に変えて。

 思いは既に伝えあったから、百夜はリリスに背を向けた。

 

 そして、未だ眠る百夜へ向けて、未来の百夜は、それを慈しむように微笑んだ。

 

「――君は、どんな未来を、辿るんだろう……ね?」

 

 天井を見上げて、その先にある空を見上げて、

 

「この世界……とっても広い……とっても楽しい」

 

 それから、僕たちを見た。

 

「すごい人が、いる。面白い、人がいる。……とっても強い、人がいる」

 

 そして、最後に眠る自分へと向き直ると。

 

「私……が、私であるなら、楽しんで、おいで」

 

 ――そのポッドへ、手を触れた。

 

 

「きっと、世界は()()()()にあふれてる!」

 

 

 さぁ、目を覚ませ、白光百夜。

 ドメインシリーズ、その看板キャラクターにして、()()()()()()()使()()。この世に彼女に並び立つ概念使いは一人もおらず、かの強欲龍すら強さの目標とした君を、

 

 あらゆる存在の、最終到達点たる最強という概念を、

 

 僕たちに、見せつけてみせろ。

 

 

 ――僕は敗因。

 

 

 その最強が、打倒される敗因となる者だ!



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74.真・百夜と戦いたい。

 百夜がシリーズの看板キャラだと、僕はさんざん言ってきたが、このシリーズにおいて、()()()()()()()()()()()といえば、間違いなくこの裏ボスモードの百夜――通称真・百夜だ。

 これは単純に裏ボスとしての百夜が一番知名度がある、というだけではなく、()()()()()()()()()最も人気があるのは色欲龍で、敵として人気があるのが百夜だ、ということ。

 まぁ敵といっても、百夜との戦いに後腐れはないわけだから、ただ単純に敵と表現するのも違う気がするが。

 

 正しく表現するならば()()()()()()()()()一番人気なのが色欲龍で、()()()()()()()一番人気なのが百夜なのだ。

 ゲームを評価する上で、大事なのはストーリー性とゲーム性。この内ストーリーを牽引するのが色欲龍で、ゲームを牽引するのが百夜ということ。

 

 なにせ裏ボス百夜はこのゲームにおける集大成、持ちうる力のすべてをぶつけられる最強の敵。怠惰龍がスタッフからの挑戦状、と評されるのに対し、真・百夜はプレイヤーの最後の目標、と評される。

 何故なら真・百夜には()()()()()()()()()()()()()。怠惰龍のように面倒なパターンを組んで襲ってくるわけではなく、また倒すために特殊な条件もいらない。

 装備はすべて最強装備、メンバーはレベルが高いやつを上から順。()()()()()()()()()()()()だ。

 

 常にプレイヤーの最善でもって打倒することが求められる敵。

 

 つまるところ、真なる百夜の強みは、至って単純。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――それこそが、今から僕たちが相対する、最強と称されるゲーム看板キャラ、真・百夜の戦闘スタイルであった。

 

 

 ◆

 

 

「ようこそ百夜、ああ、ああ、ああ! こうして生まれてくることを、僕は心のそこから祝福しよう。もう、僕にかつてのような執着はないけれど! 今の僕には、君に対する愛が満ち足りている!」

 

 開幕、アンサーガがそう言いながら()()()()()()。通常ではない挙動、今回の戦闘におけるアンサーガの役割は非常に単純だ。

 

「さぁ、どこでもないどこかへ進むんだ! 君にはそれが許されている! これから進む道の先、まだ見ぬ明日を、探しておくれ!」

 

 彼女は戦闘に参加しない。

 理由は二つ、僕たちの連携に、彼女は合わせる気がないから。

 そんなことは必要ない、直接戦うのであれば、彼女は第二形態で好き勝手暴れまわればいい。ただ、そうすると困ったことが起きるから、戦闘には参加せず、別のことを彼女はするのだ。

 

 もう一つの理由、主たる理由、彼女の場合は、そう。

 

 ()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「絢爛あれ、僕らと同胞が作り上げる、唯一無二の宝箱(ショールーム)!」

 

 両腕を高らかに上げて、その中央には、彼女の概念武器であるぬいぐるみが、優しげに、微笑むように浮かんでいた。

 

 

「“S・S(スクエア・ショータイム)”!」

 

 

 同時に、ポッドの中から現れた、光に包まれた百夜もまた、顔を上げる。その瞳には生気はなく、彼女は未だ目覚めたばかり。

 故に、寝ぼけ眼で使用するのだ、それを――

 

 

「“C・C(クロノ・クロニクル)”」

 

 

 アンサーガは、百夜は、互いに同時。

 ()()()()()()()()()

 

 ――百夜の概念起源を能動的に利用する上での問題は一つ、彼女は起き抜けに概念起源を使用するということ。その場合、どういう事が起こるかと言うと、()()()()()()()()()()()()()()()()ということ。

 

 この対象は、使用までの間にキャンセルすることはできるが、改めて追加することはできない。対象は視界内の生物すべて。

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。が、そうなると、戦闘に同胞を巻き込むことになる。

 

 同胞は強い、間違いなく。

 だが、今回の戦闘においては完全に足枷というか、カモにしかならない。

 なぜなら、非常に身も蓋もない話、同胞は百夜のホーリィハウンド――その強化版を誰一人として耐えきれないからである。

 

 ホーリィハウンドの特性は防御無視、全画面攻撃、全体攻撃。同胞は全員纏めて破壊されて終わりだ。故に、同胞をこの戦場においてはおけない、なのにおいておかないと同胞を連れていけない。

 だから発想を逆転する必要があるのだ。同胞が戦場にいてはいけないなら、()()()()()()()()()()()()。そのためのアンサーガの概念起源。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 正確には他にもいろいろな効果があるのだけど、今回はある効果を残して残りは全カットだ。ボス耐性のある真百夜に効果ないからね!

 使用者のアンサーガは戦場に入ってこれないが、十分だ。

 

 ここには僕がいて、師匠がいて、リリスがいて、フィーがいる。

 

「――四人でこういうすごいのとやるの、初めてなの」

 

「腕がなるわね、ああ、強いって妬ましい!」

 

「焦って自滅しないでくれよ、さて――」

 

 師匠の視線にうなずいて、

 

「ええ、行きましょう!」

 

 僕は、戦端を開いた。

 

 

 ◆

 

 

 戦場は、さながら怪物が作ったお菓子の城。

 そこかしこがよくわからない強いて言うならピエロとでもひょうすべき道化師めいた仮装を思わせる装飾が施され、絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜたような色彩が目に悪い。

 ああだが、そんな混沌の中にある、真っ白な少女。

 

 百夜は、どこか妖しげな美しさを誇っていた。

 

「――“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

「“T・T(サンダー・トルネード)”!」

 

 開幕。僕と師匠、二人がかりで百夜の横合いから攻撃を加える。とはいえ、これの大きな目的は無敵時間だ。僕らが攻撃を放つと同時に、百夜が両腕を左右の僕らに向けて、

 

「“R・R(ライジング・レイ)”」

 

 一度の概念技で、二発分の概念技をぶっ放してくる!

 

 それを躱すと、僕らは攻撃が終わった瞬間に、

 

「“E・E(エレクトロニック・エクスポート)”!」

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 一気に、百夜の後方へと回り込む。それに視線が向く百夜。この状況では、百夜は周囲に檻のように光の刃を出現させるホワイト・ウィンドウが有効手だ。僕らはそれを無敵時間で透かす必要があるが、他にも手段はある。

 

「こっち見なさいよッ! “怨嗟ノ弾丸(スリリング・ストライク)”!」

 

 フィーの遠距離攻撃が、視線をそらした百夜へと突き刺さる。一瞬、ノックバックしたところへ、

 

「“B・B(ブレイク・バレット)”!」

 

「“M・M(マグネティック・マインド)”!」

 

 無敵時間のない技を、僕らは叩き込んだ。

 

「――“W・W(ホワイト・ウィンドウ)”」

 

 一瞬、百夜の行動が遅れた。そこを、

 

「“S・S”!」

 

「“T・T”!」

 

 僕と師匠の、無敵時間が存在する技での追撃が、間に合う。

 

「――ッ」

 

 百夜はさらにノックバックした、いっきに連続攻撃を叩き込まれ、その体が大きくのけぞる。

 

「今なの! フィーちゃん! “B・B(ブレイク・ブースト)”!」

 

「解ってるっての! あんたらも巻き込まれるんじゃないわよぉ!」

 

 ――僕らは、即座に移動技で飛び退いた。フィーの口から、膨大なエネルギーが溢れ出る!

 

「“嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)”!」

 

 このパーティで最も取り回しの良い最大火力、熱線。リリスのバフを受けて勢いよく放たれたそれが、百夜へと迫る。そして、

 

 ――着弾した!

 

「……よし、どうだ!?」

 

「いえ……ダメです!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。何が起こったか。対応されたのだ。一応強化状態でない百夜にもある技なのだが、

 

「“C・C(カウンター・カンテラ)”」

 

 みれば、フィーの熱線は途中で()()()()()。カウンター・カンテラは敵の攻撃を受け流す技、素の百夜だと弾ける範囲がそこまで広くなく、火力で攻めたほうが早いので、百夜はあまり使用しない。

 ただ、強化状態ならフィーの熱線すら弾けるのだ。

 

 そして、こちらは真百夜にしか使えない行動。

 

「“N・N(ネットワーク・ニューロニクス)”」

 

 ――直後、百夜の姿はフィーに迫りつつあった。

 高速の移動技、この場にいる誰よりも、おそらく歴代の概念使いの中でも最速に位置するであろうそれは、更には全身に当たり判定のある突進技でもある。

 厄介なことに、僕らではどうやっても追いつけないそれは、フィーが次の攻撃に移るよりも前に、光の刃を手のひらから生み出し、

 

「“R・R(ライジング・レイ)”」

 

 襲いかかる。ああ、だが。この場に今、フィーの近くで、完全にフリーなやつが一人いるよな!

 

「さ、せ、ないのお! “K・K(ナイト・ナックル)”!」

 

 リリスが、()()()()()()()()()()で吹き飛ばし、攻撃の範囲から外す。そしてその直後に師匠がリリスの元へと、移動技でたどり着き、二の矢を封じた。

 

 ナイトナックルの特性は高いノックバック効果だ。攻撃を得意としない後衛が、敵に囲まれたときに使用する技。他にも、無防備になった別の後衛を、攻撃が届く前に吹き飛ばす。

 フィーのタフな体力は威力が低いこれでは微塵も削れない。

 

「っと、お!」

 

 最初から受けることが解っていたために、フィーは即座に着地、その前に僕が遅れてやってくる。師匠と僕では、移動技や敏捷の性能が違うのだ。

 

「大丈夫かい?」

 

「次が来るの! 気をつけて!」

 

 叫ぶリリス、見れば百夜は即座に次の行動へと映っていた。

 

「下がって、フィー!」

 

「解ってるわよ!」

 

 両手に光の刃を構えながら、百夜は、

 

「“R・R(ライジング・レイ)”、“W・W(ホワイト・ウィンドウ)”」

 

 ()()()()()()()()()()()()。否、違う、同時ではない。あくまでほとんど同時というくらいに次の概念技使用への溜めが少ないのだ。

 足元から伸びる光の刃を、ステップで回避しながら、僕らはライジング・レイを受け止める。

 

「一発一発が重い! これが本当に概念使いなのか!?」

 

「その域はとっくに越えてます! 今の百夜は、僕たちが戦ってきた中で、ぶっちぎり最強の敵です!」

 

 強欲龍よりも、憤怒龍よりも、怠惰龍よりも、今の百夜は間違いなく強い。

 強欲龍は、不死身の機能があるからわからないが、同時にゲームで唯一、真百夜と対決したことのある大罪龍であるやつは、死にはしなかったものの、()()()()()()

 

 そんなやつを相手にしようというのだ、これは僕らにとって、間違いなく現状最大の激戦になる。

 

 とは言え――

 

「でも、コレまでと違って、こっちの戦力も全員欠けることなく、揃ってんのよ!」

 

 フィーの言う通りだ。僕らが攻撃を抑えている間、合流したリリスとフィー。先程と同じ構えだ。最大火力の熱線が百夜へと向けられている。

 

「――ダメだ、フィー!」

 

「“G・G(グローリィ・ゴースト)”」

 

 しかし、百夜は僕ら二人がかりで抑えてなお、遠距離攻撃をフィーにぶっ放す。

 

「チッ……」

 

 即座に発射体制をやめ、地を滑るように転がるフィー、当たったところで死にはしないが、間に合うのだから回避しない理由もない。

 何とか回避するものの、そこから百夜は遠距離攻撃を、僕らとフィーたちへ向けてやたらめったらに放ち始めた。

 

 これで、それまでの攻撃も手が緩んでいないのだから、凄まじいというほかない。

 

「だったら――“E・E”!」

 

 師匠が僕に目配せをしてから、一気に百夜との距離を取る。狙いは単純だ、距離を取りながら――

 

「“C・C(カレント・サーキット)”!」

 

 遠距離から百夜に牽制を加える。弾幕の一部がそちらへ向いて、僕の負担はトータルでそこまで増えていない。

 

「フィーも、とにかく遠くからぶっ放せ! 師匠に攻撃を集中させるな!」

 

「……そういうこと! いくわよリリス、捕まってなさい!」

 

「あいなの!」

 

 こちらの意図を理解したフィーが、リリスを背に乗せて駆け出す。そして、

 

「“後悔ノ重複(ダブルクロス・バックドア)”!」

 

 遠距離攻撃の密度が増した。僕が前衛を受け持つ間に、師匠とフィーが飛び回りながらチクチクと攻撃を加えていく。当然こちらの負担は増えて、いくつか百夜の攻撃が僕のHPを削り始める。

 しかし、

 

「てややややー! “G・G(ガード・ガード)”!」

 

 自身の防御をフィーに任せる形になったリリスが、縦横無尽にバフと回復を投げまくる。戦線はそれで一瞬の膠着を見る。

 それをマズイと悟ったか、百夜はすぐに動きに変化を見せる。

 

「“N・N(ネットワーク・ニューロニクス)”」

 

 それは、僕を押し飛ばしながら、後方の師匠たちへ接近するためのものだろう。ああしかし、

 

「逃がす、かよ……!」

 

 僕はそれに食らいつく。具体的には、物理的にくっついて。

 吹き飛ばされそうになりながら、百夜の手を何とか掴むと、勢いままに突き進む百夜を追いすがる。狙いは、フィー。嫉妬ノ根源を警戒したか!

 

「フィー! ぶっ放せ!」

 

「……もう! どうなっても知らないわよ!」

 

 その声には、若干百夜への嫉妬が見られた。まぁ、女の子の腕を引っ掴んでるんだから、当然といえば当然だけど――これでもこっちは命がけなんだぞ!? 常に当たり判定が発生するものだから、HPがそれはもうすごい勢いで削れていく。

 

「リリス、何とか持たせてくれ……!」

 

「お馬鹿さんにつける薬がほしいの!」

 

 そして、百夜がフィーの目前で停止する。この位置ではもろに嫉妬ノ根源を受ける形になる。構わないのか――? 構わないのだ、この距離でも百夜は嫉妬ノ根源を弾けるのだから。

 

「あああああっ! “嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)”!!」

 

「――今だ!」

 

 百夜から手を離し、剣に力を込めて、僕は叫ぶ。同時に、足元から光。

 

「“C・C(カウンター・カンテラ)”。“W・W(ホワイト・ウィンドウ)。“R・R(ライジング・レイ)”」

 

 百夜渾身の三連撃。カウンター・カンテラで嫉妬ノ根源を弾き、ホワイト・ウィンドウで僕たちを牽制しつつ、ライジング・レイで弱った僕にトドメを刺す算段だろう。

 

 だが、僕にはSBSがある。それに、()()()()使()()()3()()()()()()

 

「今だ、師匠――!」

 

「本当に! 無茶をするな、君は――!」

 

 遠く、遠距離攻撃と移動技でコンボを稼ぎきった師匠が、紫電の槍を構えて、叫んだ。ああこれで、

 

 

「行け――ッ! “L・L(ラスト・ライトニング)”!」

 

 

 もう逃げられないぞ、百夜!

 

「――!」

 

 おそらく、驚愕。僕が概念崩壊せず、どころか一瞬意識を外してしまった相手からの最上位技。最悪のタイミングで放たれたそれに、百夜は貫かれた。

 

「っし! どんなもんよ!」

 

「――――ううん!」

 

 思わずガッツポーズするフィーに、リリスが叫ぶ。ああ、そうだ。

 

「大技が来るぞ!」

 

 紫電に貫かれた百夜の瞳が、こちらを鋭くにらみつける。

 ああ、これは、

 

 避けられない。

 

 

「“HH・HH(ハンティングホラー・ホーリィハウンド)”!」

 

 

 直後、強化された百夜の最大技が、僕らへ向けて放たれた――――



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75.真・百夜を乗り越えたい。

 ――ハンティングホラー・ホーリィハウンド。

 主に百夜が裏ボスとして君臨することとなった2以降――真百夜と共に用意された、百夜最強の必殺技。予算の都合で白背景に無数の斬撃という形態となったホーリィハウンドと比べると、こちらにはきちんとエフェクトが存在し、回避ができる。

 

 では、全画面攻撃のホーリィハウンドと比べると弱いのではないかと思うかもしれないが、そうではない。全画面のホーリィハウンドは回避できない防御無視攻撃、故にイベントなどで使われる時でない場合。つまりきちんと対決する場合バランス上その威力は低くなくてはならない。

 だが、こちらは回避できるのだ。回避できるのであれば、ダメージを抑えなくても良いということ。故に、攻撃の種類としてはホーリィハウンドとは完全に別物。

 

 回避できない絶対的な攻撃と、回避できるがゆえに致命的な攻撃。二つは互いに正反対とも言える特性を持っていたが、しかし。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だからこそ、僕らは一瞬にして壊滅の危機に追い込まれる。

 ――ハンティングホラーのエフェクトは、いうなれば這い回る光の蛇だ。あるいは鎖、周囲を飛び回り、やがて僕らの退路を断ってくる。

 

「固まっちゃダメだ! 足を止めるのもダメだ! とにかく歩みを止めないで!」

 

「そんな……こと、言っても!」

 

 最初に限界を迎えたのはフィーだった。後衛タイプと、戦闘経験の少なさ、自然な成り行きだろう。大きく吹き飛ばされ、壁に激突する。

 

 ――この空間はもともと4のラストバトルのための場所なのだけど、アンサーガの同胞的センスが散りばめられたそこは、壁に触れると狂ったように壁が笑い始める。

 

 ケタケタと、ケタケタと、ケタケタと。

 

 甲高い嬌笑が響き渡って、フィーは地に落ちる。

 

「フィー!」

 

 叫ぶ、直後。フィーの身体は赤黒い血のような球体に取り込まれた。――まじかよ。

 

 思わず驚愕してしまうが、攻撃の手は止んでいない。周囲に飛び回る光の蛇を、何とか転がるようにして回避、集中しなおす。

 ――球体に取り込まれた件に関しての問題はない。アレは()()()()だ。言うなればアンサーガ版復活液。

 

 現在、この空間には僕たちに対してある効果が発揮されている。それは致命的なダメージを受けた場合、それを治療する効果。アンサーガの概念起源で唯一僕らをサポートしうる効果であった。

 それはしかし、ある事実を示す。

 

 ここまでの戦いを思い起こせば分かるが、()()()()()()()()()。それが、治癒の必要なほどのダメージを受けた。

 フィーはボスキャラ仕様であるため、HPが僕たちの数倍存在する。()()()()()()()()()()()()のである。

 ゲームにおいては、()()()()()()()()()()()()()というとんでもない仕様であるこの攻撃。よもや、フィーの体力すらワンパンしうる火力であるとは。

 

 末恐ろしい話だ。そして、僕たちパーティの中でフィーの次にやられるのは――当然ながらリリスだ。

 

「む、ううううう!」

 

 避けきれなくなったリリスが吹き飛ばされ、地面に転がる。――こちらも血なまぐさい球体に飲み込まれていった。

 この仕様のありがたいことは、復活までに多少のタイムラグがあるということ、そのタイムラグの間に攻撃が終了するのだ。

 

 いや、しかし。

 想定を越えてきた。まさかフィーすら一撃で屠る火力だとは。それはまずい、大変にマズイ。フィーには概念崩壊のセーフティがないから、()()()()()()()()()()()()。アンサーガを未来に送り届ける以前の問題だ。

 

 一応、そうなった場合に取れる手段はなくもないが……その手段は今使えない。使えるようになるのは、暴食龍の討伐後。

 ――暴食龍を、フィー抜きで討伐など、考えたくもない事態だった。

 

「――師匠!」

 

 もはや、迷っている暇はない、フィーならば耐えられるだろうという、甘い考えは捨ててしまわなければ。一応、そうでなかった時の行動も考えてある。

 最初の想定よりも、リスクは高いが――

 

「ああ、もはや()()()()()()だろう。やってしまえ――!」

 

 手段は、とても単純。

 

 

「行くぞ、百夜! ――“◇・◇(スクエア・スクランブル)”!」

 

 

 次のハンティングホラーが訪れる前に、決着をつける。そのためには――この攻撃を強引に回避してやりすごす!

 回避できるから致命的なダメージなのだ。この蛇のうねりは、回避できないようには規定されていない。

 

 だから強引に抜ける。

 

 切り札も使って、もはや止まることはありえない!

 

「おおおおッ! “S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 無敵時間、身体に絡みつくように無数に迫るそれを、纏めて一秒で回避する。続けて、開けた視界へ向けて、

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 移動技。一気に百夜への距離を詰める。もはや至宝回路を起動して、後がないこの状況。もはや攻撃の終了を待っていることすら惜しい。前に進み、一気に仕掛けるのだ。

 さらに無敵技で回避。何度かステップをして弾幕の隙を見出し、そこに身体をねじ込む。距離を詰めるたびに密度がましていく。そして、やがて目の前に壁ができた。

 

「先に、進めない――!」

 

 効果終了までは後数秒、であればここでやり過ごし、更に踏み込む!

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 であればやることは唯一つ。

 スロウ・スラッシュから。ブレイク・バレットへの移行。そして即座にスロウ・スラッシュへの回帰。SBSの無限無敵。

 

 それを、二回、三回。

 

「――“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 四回目、を、放つ――が、起動しない。

 

 コンボの入力をミスった!? このタイミングで!? 焦りが出た! 目の前に蛇、後方に光の鎖、もはや絶体絶命。

 ――いや!

 

 

「“C・C(カレント・サーキット)”!」

 

 

 まだだ! 師匠の遠距離攻撃が僕に突き刺さり、僕はそれに吹き飛ばされる。否、この状態の僕はスーパーアーマー状態で、攻撃を受けても吹き飛ばない。

 だから正確には、僕は師匠の飛ばした雷撃の弾丸に、手をかけたのだ。

 ノックバックがないということは、()()()()()()()ということ。僕らが僕らであるからこそできる曲芸の極地。

 弾丸に手をかけて、横に飛び退いた直後、光の蛇が僕の側を通り過ぎていく。

 

「――先に進め! 君にはそれができるはずだ!」

 

「はい、師匠!」

 

 そして、師匠の激励を受けて前に進んだところで、――ようやく攻撃が終了する。ああ、けれど。それは百夜の再起動も意味していて。

 

「“N・N(ネットワーク・ニューロニクス)”、“R・R(ライジング・レイ)”、“W・W(ホワイト・ウィンドウ)”」

 

 凄まじい勢いで突っ込んできた百夜が、二振りの刃を振りかざし、僕に剣戟を押し付ける。そしてそこに飛び出る光の刃。

 構うものか、()()()()()()()()()()

 

「――おおお! “G・G(グラビティ・ガイダンス)”!」

 

 上位技にまで達していたコンボ、一気に迎え撃つには十分なそれで、僕は白夜と攻撃をぶつけ合う。至宝回路が起動した今、両者の間にステータスの差というものは存在しない。互いに相手をやたらめったらに切り裂くそれは、一気に相手を致命へとなだれ込ませる。

 

 ああだが、こちらは一人。対して百夜は一人でありながら三倍の密度で襲いかかってくる手数の鬼。足りない、足りない、速度が足りない! 手札が足りない!

 

 

「アタシたちを、無視してんじゃないわよ! “塊根ノ展開(アンダーグラウンド・スタンプ)”!」

 

 

 そこに、上空からの、フィーの踏みつけが百夜に対して突き刺さった。

 

 ――戦闘不能から復帰したのだ。体中を血まみれにしながら――全部あの球体によるものだけど――百夜に対して一撃を決めたフィー。

 嫉妬と、それから嗜虐に満ちた笑みへ、百夜は無表情で視線を返した。

 

「つまらない顔してるわね! “後悔ノ重複(ダブルクロス・バックドア)”!」

 

 更には、近距離にも使える鉤爪で、追い立てる。その間に僕もコンボを重ねて、ああしかし。

 

「“R・R(ライジング・レイ)”」

 

 刃を振るう百夜。この場合の問題、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。僕と打ち合っていてもなお、器用にフィーの攻撃を受け流し、態勢を崩させて。

 

 ――そこに百夜はケリを叩き込んだ。

 

「け、ふっ――」

 

「フィー!」

 

 吹き飛ばされるフィー、少し想定外の攻撃だった。概念技ではなく、純粋なケリで吹き飛ばすとは。――ああ、とにかく頭が回るのだ、真百夜は。

 意識がないにも関わらず、通常の百夜並に戦闘時の判断が早い。相手にしていて嫌になるほどに。

 

「く、おおおおっ!」

 

 がなりたてるように剣を激しくぶつけ合う僕らに、けれども限界が近づいてくる。HPが心もとない、ここまで何度か攻撃を喰らい、防御バフの上からHPを削られていった。

 通常よりも早いガス欠は、即ちこちらの手札がなくなるということでもある。

 

 ああ、だから――

 

 

「――もう、この人を傷つけるのはやめてほしいの! “C・C(コール・センター)”!」

 

 

 リリスの回復が、僕を後一歩で押し止める!

 

「リリス!」

 

「リリスは、もっともっと! 貴方が前にすすめる力になりたいの!」

 

 僕にも、百夜にも語りかけるようなそれとともに、リリスのありったけのバフが、回復が、僕を覆う。僕を前に進ませる力になる!

 

「お、おおおおおおおおおお! あああああああああっっ!」

 

 叫び、押し込める。

 少しでも、百夜に圧されないように。ゲームの画面でしか知らなかった最強に、恥じない戦いを目の前で見せつけるために。

 

 進め、進め、進め。後少しだ、着実にHPは削っている。こちらの限界は近いが、それよりも先に、百夜を倒す!

 

 ――やがて、百夜は壁際へと押し込められた。けたたましく鳴り響く道化の嘲笑。ああけれど、今のアンサーガのそれは、どこか諦めにも似た応援にも思える。

 

 終盤戦だ。既にHPはだいぶ削りきり、百夜の最大技も、もうすぐ放たれる。正念場、だが問題は――ここからどうやって攻撃を当てるかだ。

 最上位技を一撃。おそらく、それでHPは削りきれる。だが、それを当てるためには、あの攻撃を曲げる技、カウンター・カンテラを封じなければならない。

 

 そのために、必要な手札は3つ。

 

 

「アタシ、を――置いていくなぁ! “嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)”!」

 

 

 フィーが復帰して、最大技を叩きつけてくる。これで、一つ。

 

「――っ、“C・C(カウンター・カンテラ)”」

 

 っておい、嘘だろ――!?

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 これじゃあ、向こうの手札が減ってないじゃないか!

 

 ――直後、弾かれた嫉妬ノ根源が壁に激突し、その衝撃で壁が吹き飛ぶ。すぐさま修復されるが、その一瞬で飛び散った肉片のようなものが、僕らの視界を封じた。

 

 これは――!

 

 

「ナイスだフィー! 私の分も受け取れ百夜!」

 

 

 それを目くらましに、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「師匠!」

 

「巻き込まれるなよ! “L・L(ラスト・ライトニング)”!」

 

 ここに来るまでに遠距離攻撃と移動技でコンボを稼いできたのだろう。超至近距離から、槍が放たれることなく、手に持ったまま百夜へぶつけられる。

 

 ――それもまた、弾かれるが、師匠はそのまま攻撃を維持し続ける。

 

「やれ!」

 

 僕に向かって叫ぶ師匠。ともあれこれで、二つ。手札は減っていない用に見えるが、今も師匠とフィーの攻撃は続いていて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。移動技も、また。

 これならば、取れる手はもはや僕が対処できる数しか残っていない!

 

「行くぞ、百夜――!」

 

 足元から光、百夜の目前に光弾。どちらも概念技。もはや限界の近い僕のスクエアは、どちらかをまともに喰らえばそのまま概念崩壊まで僕を持っていってしまうだろう。

 

 ――まともに喰らえば。

 

 

「“G・G(ガード・ガード)”! “B・B(ブレイク・ブースト)”!」

 

 

 僕らが最も頼りにする後方支援役。

 リリスの前に、そんなまともは起こり得ない。

 

「さぁ、ここまで詰めたぞ、百夜!」

 

 叫ぶのは、ある意味感傷だ。僕がコレまで何度も、ゲームの中で戦ってきた敵。裏ボス、真百夜。倒すのは何度目になるだろう。

 乗り越えるのは何度目になるだろう。

 

 ああでも、けれど、この感じ、この興奮。

 

 何度やっても、やめられない。越えられない壁を、越えていくこの感覚は、

 

 

「――――終わりだ! “L・L(ルーザーズ・リアトリス)”ッッ!!」

 

 

 負けイベントに勝つっていう、この感覚は!

 

 光の刃を無視して、迫る弾丸を顔面で受けて、両腕をフィーと師匠に抑えつけられた百夜へ、僕の刃を、突き立てる――――

 

 

 いや、

 

 

 しかし。

 

 

 否。

 

 

 ――百夜には、まだアレがある。

 

 それは、()()()()()()()()()。アンサーガのそれと同じ、そして百夜に備わった彼女だけの能力。

 初めての彼女との戦闘でも見たそれは、百夜のもう一つの代名詞。

 

 

 “L・L(ライト・ローディング)”。即ち、――()()()()()

 

「ま、だ――」

 

 それは、

 

 百夜の声だった。

 

 負けず嫌い、戦闘狂。この場において、百夜はきっと、僕たちと同じくらい負けたくはないだろう。ああ、でもな。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 見えている詰めを、僕たちが想定しないわけがないんだよ、百夜。僕は百夜が食いしばりを発動させたのを確認すると同時。()()()()()

 

「――“HH(ハンティングホラー)

 

 次に放たせたら後がない、絶対の致命傷。剣を引き抜いて一撃を放つのでは間に合わない。ああでも、だからこそ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 剣を手放し踏み込んだ僕は、その勢いのまま。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 のこるHPは1、僕は今、スクエア・スクランブルで大幅にステータスが増加している。だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――――ァ、あ」

 

 

 一瞬。悔しそうに顔を歪ませて、百夜は。

 

 

「どんなもんだ最強。これが僕たちの、――()()()()()()()ってやつだ」

 

 

 ――概念崩壊した。



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76.貴方のものにされちゃった。

「――今回、もし何かあったら、概念起源を使うつもりだよな? ()()使()()()()()()()()()()()を」

 

 ――あの時の、リリスと僕の内緒話。

 リリスはしばらくなやんでいるようだった。話すか、話さないか。はたまた、ごまかすか、ごまかさないか。どちらにせよ構わない、僕はもう既にリリスの行動を確信しているし、それを問い詰めるつもりはない。

 だから、準備を続けながら黙ってリリスの言葉を待つ。

 

「リリス……が、一番許せないのは」

 

 やがて、ぽつりと語り始めた少女は、見ればとても小さな背で、けれどもその瞳は、鋭く前を向いていた。

 

()()()()()()()()()()()に、()()()()()()()()なの」

 

「それは――」

 

 僕は、その言葉に対する事実を指摘しようとして、

 

「解ってるの、それが自己犠牲じゃなくて、自己満足だってことくらい」

 

 ――自己犠牲と、自己満足。

 相手のことを慮る自己犠牲ではなく、自分の都合だけを押し付ける自己満足。相手の都合など関係ない、ただ自分が良ければそれでいい。

 

 ()()()()()。ただ、その満足に自分という犠牲を勘定に入れていないだけ。僕の場合は、僕が満足できる結果の中に、僕の生存も含まれているから。

 

「自分のために犠牲になることが許されるのは、それは自分が失う側に立った時だけだろう。手放す側になった場合に、自分を投げ捨てることは、相手にとっては呪いだぞ」

 

「うん……きっと、その人のことを一生縛っちゃうのね」

 

 なら――僕はそう言おうとして、やめる。リリスが遮って、続けたのだ。

 

「でもね。()()()()()()()()()()()()()って、リリス思うの」

 

「……どういうことだ?」

 

 そこで、リリスは料理の手を止めて、未だ眠る百夜たちを見てから、僕を見た。そうして微笑んでから、再び作業を再開する。

 何かを、懐かしむように。

 

「リリスね、おかーさんに言われたの。()()()()()()って。お別れするときに」

 

「……それは、呪いだな?」

 

 うなずくリリス。

 言葉は、時に人を縛る。生きる理由を失う者に、生きろなどと言ってみろ。その誰かは死ねなくなって、永遠の亡霊のように世界をさまようことになる。

 リリスや、僕たちのような存在ならなおさらだ。

 

 それを解っていながら、母はリリスに呪いをかけたのか。

 

「――でも、その呪いはリリスを動かしてくれたの。動くリリスに、周りは手を貸してくれた」

 

 ああ、それはつまり。

 

「……呪いも、環境次第ってことか」

 

 それにもリリスは同意した。

 リリスは母に呪われた。生きること、幸せであることを呪われて、けれどもそれ故に彼女は動いた。動けば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から。

 だからリリスは幸せであれた。

 

 それを母は理解していたから、それで祈りを残したのだ。

 

 言葉という呪い、祈りという祝福。そうして生まれたのが、美貌のリリスという概念使いだった。

 ああ、けれど――

 

「リリス、ずっと美貌なの。ずっとずっと美貌で、ずっとずっとずっとなの。知ってた?」

 

「知ってる」

 

 ――美貌のリリス。

 才能あふれる概念使いは、時として人を人でないモノへと作り変える。師匠が死して幽霊となるように、リリスの美貌は、これまでも、そしてこれからもずっと変わらない。

 不老不変。それは僕らと同一の特性だった。

 

「だから、リリスが幸せに生きるなら、人として生きて死ぬことだと思ってたの。人と同じ一生を、満足行くまで駆け抜けて、最後は誰かに惜しまれながら、満足の行く死を迎えたい」

 

 ゲームにおけるリリスは、その特性を有していながら、80で命を終えた。そこまでにできることをすべてやりきって、最後に満足して終えたのだ。

 その最後は、なんというか色々と筆舌し難いものであったけど、こうしてバックグラウンドを明かされてしまうと、

 

 それすらも、呪いであるように思えてならなかった。

 

「リリスは呪いに生かされてるの。呪いが前を向く理由になって、呪いが背中を押してくれる。だって、それがたとえどんなものであれ、()()()()()()()()()()()()()()()()だから」

 

 胸をはって、リリスはそれを宝物だと言えるのだ。

 ああでも、それでも――

 

 

「――それでも、リリスが百夜に呪いをかけることは、幸せなこととは違うだろう」

 

 

 たとえそれしか、百夜が生きる方法がなかったとしても。

 きっと、今のリリスと百夜の関係で、それは幸せの方法になりえない。

 

 ああ、だから。

 

 

「――――だから」

 

 

 僕は、それに応えるのだ。リリスも、百夜も、幸せにはなれなくとも、納得のできる形に収めるために。

 

 

 ◆

 

 

「――百夜!」

 

 概念崩壊した真百夜から、百夜が排出される。慌ててリリスが駆け寄って、支えると僕らは真百夜の動向を見守る。

 それと同時に、アンサーガの概念起源がゆっくりと効果を終えて消えていく。

 背景が研究所に戻ると、真百夜に変化があった。

 

 

 ――うねりが、広がっていく。

 

 

「これは……」

 

「百夜の概念起源、その発露です。時間移動が始まるんですよ」

 

 何かを歪めるように、何かを変質させるように、それは研究所内を覆っていく。僕らが、アンサーガが、同胞が、その様子を固唾を呑んで見守っていた。

 

「ん、ぅ――」

 

「百夜?」

 

 そこで、百夜が目を覚ます。リリスに抱えられたまま、周囲を見渡して、僕たちの姿を見つけ、微笑む。安堵の笑み。勝ったのだと目で告げる。それに、百夜はさらに笑みを崩して――

 

 ――直後、真百夜をみて顔をこわばらせた。

 

「あ、ああ――」

 

「どうしたの?」

 

「あああ――――!」

 

 そして、リリスの肩から離れ、真百夜へと駆け出す。

 ――まさか。

 

「だ、めだ」

 

「びゃく、や――?」

 

 

「――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 直後、光が僕たちを例外なく包んだ。

 アンサーガと、同胞。それから僕、師匠、フィー、リリス。そして百夜。全員が一切例外なく、光に包まれる。これは――時間移動の兆候。

 

「どういうことだ!?」

 

「ありえないです。百夜起動時には中に取り込まれた人間が、その対象を選ぶことができる! 本来なら、純粋な意思でしか起動できないというのがそもセーフティだったんですが……」

 

 ――ゲームにおいて、アルケは純粋な意思でもって百夜を目覚めさせた。

 自己犠牲のために、目覚められない少女のために。アンサーガに強要されたとはいえ、自分の意志で。ああ、けれど。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。純粋な意思とは無縁な打算極まる目的のために。それは、アンサーガを未来に飛ばすこと。

 アンサーガは危険だ、今の人類には、大罪龍が跋扈する時代の人類に、それへの対抗手段は存在しない。だから、未来の人類に任せることにした。託すことにした。

 

 それこそが、アンサーガが七百年後に飛ばされ、活動を開始した最大の理由。

 

 けれども普通ならそんなことはできない。純粋な意思というセーフティがあるから、そういう打算は持ち込めない。だからアルケは()()()()()()()()()()()という奇策を取った。

 アルケの妹、()()()()()()()()()()して。

 

「…………ま、さか」

 

 アンサーガが、ふと気がついたようにつぶやく。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 ――――あ。

 

 アンサーガは言う、マーキナーの介入は一人に対して一度だけではないか。

 

 アンサーガと百夜は別存在だ。アンサーガと同胞は同存在で、百夜は違う。

 

 故に、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「あ、の――クソ野郎が!!」

 

 叫び、飛び出す。

 

「ちょ、何を!?」

 

「待ちなさいよ!?」

 

 止める師匠とフィーを他所に、僕は真百夜へと手をかざす。

 

「百夜! この百夜の対象を変更できなかったのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだな!?」

 

「――――あ、う、うん」

 

「なら――!」

 

 もうひとりの百夜とも言える、僕のエネルギーをこいつに注ぎ込む!

 エネルギーの変換効率では劣るだろうが、エネルギータンクとしては僕は同質で、むしろその総量はこちらの方が多いくらいだ。

 汲み上げる量も。

 

 

 ――直後、まるで反発のように光に包まれた生まれたばかりの百夜から、猛烈な衝撃が生まれる。

 

 

 僕らを拒むように、僕を弾き飛ばすように。

 

「――そんなに、不幸が好きか。そんなに、無様に何かを失うのが好きか!」

 

 叫ぶ。

 僕の身体から、エネルギーが抜け落ちていく。凄まじい勢いで、僕はためらわず、全力でそれを叩き込む。少しでも、この百夜に声が届くように。

 

「勝てると思った瞬間を、ひっくり返すのが好きか! どうしようもない絶望を叩きつけて、屈服するさまを見るのが好きか!!」

 

 それは、その叫びは、

 

「――そんなに負けイベントが好きか、マーキナー!!」

 

 今、この場にはいない、しかしこの状況でほくそ笑むだろうくそったれの神野郎に、ありったけの敵意を向けて叫ぶ。

 

「あいにくと、僕たちはそんなに弱くない! どれだけお前に心をバラバラにされようと、僕は生きてる心を救い出す!」

 

 ――あの鏡の世界で、まだ擦り切れていない師匠を見つけ出したように。

 

「僕たちのやりたいは、世界の誰よりも強いやりたくない、を変えてみせる!」

 

 怠惰龍に、娘を頼まれたように。

 

「お前が引いた、人とそれ以外の敵対の線引は、僕たちが壊してやったぞ!」

 

 死ぬしかないと決めたアンサーガに、諦めを覚えさせたように。

 

「お前の作った人形は今! 未来を友と共に懸想しているところだ!」

 

 ――百夜という神の器に、人の暖かさが宿ったように。

 

 

「だから僕たちは、お前なんかには! 絶対に! 負けないんだよ!」

 

 

 僕は、ありったけの力を振り絞って叫んだ。

 ――だめだ、足りない。僕のエネルギーが補充されるより、抜け落ちる方が早い。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これは、そうだ。

 変換効率が悪いのだ。きっと、()()()()()()()()()()のだろう。どこまでこの状況を見越してやがる、あいつ。

 ――傲慢龍が撃退されたことで、もはやなりふりかまっていられなくなったか。

 

 ああ、まったく、憎らしくてしかたない。

 

 けど。

 

「まだ、まだああああ!」

 

 叫ぶ。

 まだ、僕の心には意思がある。

 負けイベントを変えたいという、意思。意地がある。

 

「ダメだ! それ以上は君が持たない!」

 

「もうやめてよ! アンタがそっちに行っちゃったら、アタシはどうすればいいのよ!!」

 

 後ろから、師匠とフィーの声が響く。

 ――ごめん、師匠、フィー。僕は死ぬつもりなんてこれっぽっちもないけれど。それでも、君たちには謝らないと行けないな。

 

 心配をかけて、ごめん。

 

 でも、僕はまだ行ける、まだ、まだ諦めていない。僕は――僕はまだ、百夜に手を伸ばす。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 時空の奔流とも言うべき衝撃の波が、僕を押し流す。僕のエネルギーが底をつきかけて、踏ん張る力すらなくなって。手を離してしまったのだ。

 ――嘘だろ? 僕が?

 この僕が、諦めた? よりにもよって、僕が、ここで諦めてしまうのか!?

 

 ――――遠ざかっていく。

 

 百夜が、僕の手から。

 

 

 ――()

 

 

 違う、違う。違う! 僕の脳裏には、二つの考えがあった。手放してしまった僕に対する唖然、がむしゃらに、無我夢中になってしまったがゆえに、冷静でなくなった思考。

 そしてもう一つ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは確かに告げていた。

 

 絶対的な信頼を、

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

「敗因――()()()()()

 

 

「びゃく、や――?」

 

 僕の前を、百夜が通り過ぎていく。

 穏やかな、ゆっくりとした足取りで、たしかに前を向いて、振り向くことなく。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 あ、ああ、――それは、それはダメだ。

 

「まて、百夜――君が、君がそれをしちゃいけない。それをしたら、君は……」

 

「いいの」

 

 光が、更に強さを増した。

 二人の百夜が同時にその力を全力で放つのだ。白光と白光。()()()()()()()()()()()()とかぶるその光景は、どこか懐かしさすらあって。

 

 けれど、

 

 

「――私、もう幸せすぎるくらい、もらっちゃったから」

 

 

 そう言って振り返る彼女の顔は、どこまでも寂しげだった。

 

「待つんだ、百夜!」

 

 アンサーガが叫ぶ。

 

「君がいなくなってしまったら! 僕の諦めはどうなるのさ! 君が()()()()()()()()()()()()僕は僕を諦められたんだ! それを! ――君が否定してどうする!!」

 

 だめだ、だめだ、だめだ――それは誰も幸せになれない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ゲームでアルケを失った時と同じ。それと何も変わらない。

 

 ああ、でも、

 

 けれど、

 

 それならば、

 

 

 ――()()()()()()

 

 

 躊躇っていたことがある。

 賭けにしかならないから。

 確証がなにもないから。

 

 単なる推測でしかないから。そしてそれを検討する時間もなかったから。――躊躇っていたことがある。

 

 けれども、もはやことここにいたって、それを躊躇っていられる状況は終わった。

 

 たとえそれが、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 なぁ、

 

 

「――――リリス!!」

 

 

 それまで、

 

 一度として言葉を発しなかった彼女に。

 発せなかったのではなく、

 

 

「あいなの!!」

 

 

 発することを我慢し続けてきた彼女に。

 

 僕は最後の引き金を渡す。

 

 それは、

 

 僕とリリス、二人だけの約束。

 

 

「“R・R(レイン・リインカーネーション)”!」

 

 

 僕がリリスから預かった、彼女の命の全てだった。

 

 

 ◆

 

 

「だから――」

 

「だから?」

 

 二人きりの調理場で、僕はリリスに呼びかける。

 

「――その呪いを、僕にくれ」

 

 火を止めて、鍋の完成を確かめてから、僕はリリスへと向き直った。

 

「仮説がある。リリス、君の概念起源は死の否定。だとしたら、それは」

 

 同じくリリスも手を止めて、

 

 

()()()()()使()()()()()()()()()()すら、否定してしまうんじゃないか?」

 

 

「――へ?」

 

 僕の言葉に、リリスはぽかんと呆けた。

 理解できないという顔で、けれどもそれは、やがて理解へ、そして納得へと至り。

 

「あ、ああああーーーーーー!!」

 

 僕を何度も指差して、そう言えばそうだと言わんばかりに、驚愕した。

 

「ちょっと、百夜たちが目を覚ましちゃうだろ」

 

「ごめんなさいなの」

 

 口に手を当てて、未だ驚くリリスへ、

 

「多分、概念起源を限界まで使用した時、その消費エネルギーは即座に喪われる。けど、その時点で既にリリスの概念起源は起動してるんだ」

 

 ――ゲームにおいて、概念起源を使用してから、命が尽きて消滅するまでの時間はだいたい決まっている。設定としてもこの辺りの時間は大体決まっていているのは、設定資料集にも書かれていて、その時間はだいたい――三分。

 対してリリスの概念起源は十分以上効果が続く。

 

 

 消滅した段階でも、死の否定が行われているなら、リリスは消滅しないのではないか?

 

 

 ああ、けれどもそれは、実際にやってみなければわからない大博打。

 とてもではないが、試してみることはできない。

 

 だから、けど、それでも。

 

「確かにそれは、手札として存在してる」

 

 ――つまり、だ。

 

「賭けになる、ダメかもしれない。もしダメだった場合、その呪いは百夜にまるごとのしかかる」

 

「でも」

 

「――でも、やってみる価値はある。そうだな」

 

 僕の言葉に、リリスは喜色満面、笑みを浮かべた。到底通ることのないと思っていた考え、最後まで秘密にして、抱え込むつもりだったそれを共有できたから。

 

 少しだけ、彼女の中で希望が見えたのだろう。

 

 だから、

 

「そして、もし、失敗した場合」

 

 僕が続けて、リリスが背筋を伸ばす。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――それって?」

 

使()()()()()()()()()()()()()。だから、君は何も気負わなくていい。()()()()()()()、リリス」

 

 それ、を。

 リリスは呆けて聞いていた。

 

 思いもよらぬ言葉に、彼女は一瞬冷静さを失って、けれど。

 

「……はいなの」

 

 苦笑しながらも、それを受け入れた。

 

「でも、多分貴方のタイミングとリリスのタイミング、同じなの」

 

「構わないさ、少しでも君の重荷を背負いたい。仲間だろ?」

 

「……もう。それは背負うどころか、一緒にする、って感じなの」

 

 そう言って、リリスは少しだけこちらに近づいて、そして、

 

「――リリスと貴方って、同じなの。すっごくにてて、でも似てる部分以外が全部違うの」

 

 ふと、僕を見上げる。

 

「それはなんだか、鏡を見てるみたいで、違う部分が正反対なのも、なんだかしっくり来ちゃうのね?」

 

「……」

 

「リリス、そういう所を見てるの、なんだか不思議な気分になるの。リリスをすごいって貴方が褒めてくれてるみたいで、貴方のすごいを、リリスがお手伝いできてるみたいで。――それが嬉しい」

 

「――僕は、いつだって君を信頼してるさ、リリス」

 

「うん。だからね、その信頼で、リリスがいっぱいになっちゃったら、リリスと貴方がわからなくなっちゃう。それってなんだか、リリスが貴方で、貴方がリリスみたい。だからね?」

 

 どこか困ったように、照れたように、あどけない笑顔で告げるのだ。

 

 

「リリス、貴方のものにされちゃった」

 

 

 それは、どういう感情だったのだろう。

 リリスのそれは読めない。師匠やフィーのように、明確なものではないような気もする、けれど。仲間としての信頼以外のものも、そこには含まれているのだろうか。

 

「きっと、そういうことなのね」

 

 ああ、けれど。

 

 

 ――眼の前で、降り注ぐそれに、僕は安堵を覚える。

 

 

 死の否定、リリスの概念起源。

 百夜を暖かく包むそれは、彼女の背を押していた。

 

 身体が重い。

 いくら死は否定されても、疲労まではそうもいかない。ここに至るまで、エネルギーを使いすぎた。

 

 けど、確信する。確信している――

 

 これは、この暖かさは、この想いは、きっと大丈夫だ。

 

 リリスはきっと、僕たちをどこまでも、祝福してくれている――

 

 ――ゆっくりと墜ちる意識のなかで、僕はただ、勝利という言葉を思い描きながら、

 

 

 眠りにつくのだった。



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77.次なる舞台を貪りたい。

 ――夢を、見た気がした。

 

 少女の夢、誰かを見上げる夢。その誰かは()()()()()()()()。誰でもあり、誰でもなくて。けれども僕に思い当たるのは、四人。

 人、というにはおかしい存在が半数だけど、どちらにしたって、彼らの想いは共通していた。

 

「待っていてくれ、必ずもどってくる」

 

 ――師匠の父は、師匠へとそう願った。

 

「ただ、健やかであれ」

 

 ――怠惰龍はアンサーガへとそう願った。

 

「僕といつまでも隣人であってくれ」

 

 ――アンサーガは百夜へとそう願った。

 

「幸せに生きろ」

 

 ――リリスの母はリリスへとそう願った。

 

 その願いは、一つ一つは違うようでいて、けれども本質はどれも変わらない。

 

 子を想い、

 子を慈しみ、

 子を愛す。

 

 それらの願いは、きっと子供のためのものだった。

 

 ああこれは――

 

 

 きっと、徹頭徹尾、子を思う親の物語だったのだ。

 

 

 ◆

 

 

 ――目を覚ます。

 ゆっくりと、まぶたを上げると、そこに、

 

「あ、起きたの」

 

 

 こちらを見下ろす、リリスの姿があった。

 

「ここ、は――?」

 

 混乱しながらも、周囲を見渡す。そこは、変わらず研究所だった。周囲には光に包まれた同胞がいて、アンサーガがいて、そして光に包まれていない師匠、フィー、リリスの姿があった。

 

「僕は……」

 

「――終わったよ、まったく。随分と無茶をしたみたいだな?」

 

 起き上がる僕に、師匠が呆れた顔で、というかふくれっ面で言う。見た感じ、アンサーガが時空移動していないということは、まださほど時間は立っていないのだろう。

 精々数分か、そこら。そして、それならばもうまもなく、彼女は刻限を迎えるはずだ。

 

「もう! アタシたちだって膝枕したかったのに! なんでトップバッターのリリスのところで起きるのよ!」

 

「ええ……それは流石に言いがかりすぎない?」

 

 師匠と同じくふくれっ面のフィー。だが、僕の無茶ではなく、僕を膝枕できないことに彼女は怒っていた。そこでいいのだろうか……

 

「あ、ああそうだ――百夜は?」

 

 この場に、百夜がいない。

 まさか、リリスのそれでもダメだったのか? そりゃ確かに、0の状態を常に維持し続けたまま、無理やりそこから100を引き出し続けるような作業ではあったけど。

 

 いやでも、それならこの空気はありえないし――

 

「生まれたばかりの百夜なら、既に時間移動で旅立ったが?」

 

「いえ、そっちでなく」

 

 師匠の答えを脇において、周囲を見渡す。

 そして、ふと、僕は――

 

 

 ――リリスのウィンプルをよじ登る、人形のようなものを見つけた。

 

 

 というか、

 

「……百夜」

 

「――ん」

 

 リリスの頭の上に乗った彼女は、百夜だった。手乗りサイズの、百夜。えっと、これは――

 

「私、人間じゃない。限界まで力つかったら、こうなった」

 

「ええ……」

 

「あなた達のせい。責任を、取って」

 

 ふああ、と大きくあくびをしながら、こちらを指差しつつリリスの頭をてしてしする百夜。眠いのだろうか、いや無理もない、僕もかなり疲れたからな。

 ――そういえばそうか。百夜は4でもこの形態になったことがあったな。あの時はすぐに戻ったけど……

 

「……小さくなったこいつ……ありね」

 

「君は何をするつもりなんだい、フィー」

 

 へへへ、と笑みを浮かべるフィーに、僕が突っ込む。割と怪しい笑みなのだけど、この子一体どこへ向かおうとしてるんだ?

 

「ん、で――」

 

 ともあれ、これで僕たち全員の無事が確認された。後は、これから別の時代へと移るアンサーガのことだ。

 

「そっちはどうだ、アンサーガ」

 

「……ん、別に違和感はないよ、このままもうすぐこの時代を去ると思う」

 

「そうか」

 

 身体を動かして、様子を確認するジェスチャーの後、アンサーガは笑みを浮かべて応える。そうやって笑みを浮かべるアンサーガは、初めて出会った頃とは全く別人のような雰囲気だった。

 それを口に出すと、主にフィーと師匠が噛み付いてきそうなので言わないが。

 

「やっていけそうか?」

 

「わからないよお。でも、わからないことは不安じゃない」

 

 手を広げて、周囲の同胞たちへと視線を向けながら。

 

「君のおかげで、世の中にはわけのわからないことがいっぱいあると知った。君たちが僕のあきらめを壊してくれた」

 

 ――壊した先で、また君たちの無茶を諦めることになったけど、と苦笑しながら。

 

「楽しみなんだ、これからが」

 

 言って。

 ――少しだけ恥ずかしげに、頬をかいた。

 

「それから――ルエ」

 

「ん、私か?」

 

 首をかしげる師匠。そういえばこいつに執着されていたな、と今更思い出したかのような顔をしている。まぁ、実際今思い出したのだろう。

 そして、そんなアンサーガが、師匠に何かを手渡した。

 

「……これは?」

 

「衣物、名前は考えてないけど――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()衣物さ」

 

 ――それは、

 師匠がぽかんとするには十分なものだった。

 

「使用用途としては、透明化の概念技を使うやつに、予めわたしておくことでそれを防ぐ……とかになるんだろうけど、君には別の使いみちがあるだろう?」

 

 おそらく、物陰に身を隠していても、見つかるようになるといったものではないだろう。あくまで本当に、透明になっても周囲にその存在が見えるという効果。

 一見価値はないようにも思えるが――師匠にとっては、値千金じゃないか?

 

「い、いいのか?」

 

「こういう限定的な用途なら、作るのに一時間もいらないよ。作ってみたんだ、似合うといいな」

 

 思わず、上ずった声で問いかける師匠に、アンサーガはそれはもう爽やかに微笑みかけた。

 

「これはお詫びかなぁ。君には変なことをいったからね。――ありがとう、いい経験になったよ」

 

「……って、一人で勝手に失恋して過去の思い出にするなよ!?」

 

 思わず突っ込む師匠。

 いや、何が嫌なんだ、別にいいでしょう、あなた。――フラれるとそれはそれでショックなのか。まぁ、近くで行き遅れ二人を見てきたから、焦る気持ちが若干師匠にもあるのかもしれない。

 

「あはは、君たちはやっぱりおもしろいなぁ。別れるのが少し惜しくなるよ」

 

「だったら残る?」

 

 からかうように、フィーが問いかける。もちろんアンサーガは首を横に振って。

 

「だから、別れは言わない。僕が君たちに言いたいことは唯一つ」

 

 そう言って、手を上げて、

 

 

「また会おう! 次に会った時は、成長した僕をお見せするさ! そして、君達も――頑張れよ!」

 

 

 再会を誓う言葉。

 時代は別しても、僕たちはそこそこに交流を積み上げた。

 きっと、また。

 

 縁はどこかで繋がることも、あるだろうと、

 

 

 ――そうして、アンサーガは、同胞たちとともにこの時代を旅立った。

 

 

 後に残るのは、もはやなにもない研究所。

 残されたここには衣物はまだいくつもあるが、ともかくこれで、

 

 アンサーガ。立ち上がる無能(スローシウス・ドメイン)

 

 怠惰の大罪にかけられたマーキナーの封印は、崩されたこととなる。

 

 

 ◆

 

 

「――ところで、リリス。調子はどうだ?」

 

「こっちのセリフなの」

 

 そして残された僕たちは、研究所の中を物色していた。一応許可は取ってあるが、どこに何があるかまでは教わっていない。

 アンサーガですら解っていないのだから、当然だ。

 

「っていうか、ほんっと色々あるわねぇ。こんなかから目当てのものを見つけなきゃいけないの?」

 

「これだけあれば、もう一生遊んで暮らせるなぁ」

 

「アンタ割と俗っぽいこと考えるわね」

 

 なんて、脇で作業をしている二人を他所に、僕はリリスの状態を確認していた。もちろん、僕のことを返されると解った上で、お互いにその辺りを見ておきたかったのだ。

 

「こっちはまだ本調子じゃないけど、タンクは6割ってところかな、今日中には全快になると思う」

 

 ――僕はなんてことはない。

 全部吐き出す前にやめてしまったからな、特に命に支障が出ることはないだろう。問題はリリスたちの方だ。

 そう、リリスと百夜の方である。

 

「リリスはねー、身体は全然大丈夫なの、ばっちぐーでべりべりべりーなの、ぱっくんちょ」

 

「そうか何いってんだ」

 

「でもねー」

 

 と、少しだけ寂しげに、

 

「多分もう概念起源使えないのー」

 

「ん、そうか」

 

 まぁ、想定していたことだ。そもそも、もし使えていたら以降の大罪龍との戦いは僕らの勝利が確定する。死の否定。僕が知る中でもぶっちぎりに強い概念起源だ。

 とはいえ、最初から概念起源はあまり数に含めずに考えているわけだが。

 

 っていうかそうなると、概念起源の使用回数って0/10じゃなくて-1/10なんだな。いや何言ってるんだ僕は。

 そうとしか言いようがないけど。

 

「百夜は――」

 

「今、寝てるのー」

 

 そういって、手元に百夜を持ってくるリリス。つんつんと頬を突っついて、髪をわしゃわしゃして、最終的に持ったままぴょんぴょんしても、なお起きない。

 

「多分、寝てる時は充電期間なの」

 

「この形態は、休息モードってところかね。……いつもとに戻るんだろうな?」

 

「二年か三年くらいって言ってたのー」

 

 こちらは若干残念だ。百夜はただでさえ強い概念使い、フルスペックで仲間になってくれれば今後がかなり楽になるのだが。

 まぁ、こちらもないものねだりである。

 

「でもねー、ちょっとくらいなら概念技使えるし、()()()()()使()()()()()()()()()んだって」

 

「ホー、そりゃ楽しみだな」

 

 この形態だけでしか使えない概念技だろうか。

 

「使っちゃうとまたねむねむしちゃうけどなの」

 

「ううむ、これは……えり……おっと、見つけたぞ」

 

 使うのがもったいなくて仕方がなくなる例のアイテムの名前を思い浮かべていたところで、僕はそれを見つけた。

 

「なんなのー、これ」

 

「探知機ってやつかな、対暴食戦は、これがないと始まらない」

 

 ゲームでも存在していたアイテムだ。

 この百夜にまつわる話で、ゲームではミルカが偶然見つけることとなるそれは、暴食龍にとっては絶対の切り札となりうるモノ。

 

 探知機、コレに登録した相手の居場所を()()()()()()()()()()というもの。

 では、何故それが暴食龍に?

 

 答えは単純、暴食龍は単一にして複数。

 

 すべての暴食龍は、その意識が統一された同一の個体だ。だから、一体を登録すれば残りのすべてがここに登録される。

 まさしく暴食龍を追い詰めるためのもの。

 

「みんな、見つけたぞ!」

 

 そう言って掲げる僕のもとへ、師匠とフィーがやってくる。

 

「これで何とか、戦うために必要なものを手に入れた、って感じもするな。ああいや……怠惰龍関係を終わらせたんだったな、私達は」

 

「グラトニコス……か」

 

「どうかしたのか?」

 

「ううん、何でもないわ、ちょっと考え事」

 

 なんてやり取りをしながらも、しかし師匠の言う通りだ。

 

「――これで、強欲龍。嫉妬龍、怠惰龍を終わらせました」

 

 僕は少しだけ感慨深げに言う。

 

「まだ、一年も経ってないのよね。うそでしょ、もう二十年くらい一緒な気がしてたわ」

 

 自分で言って、驚愕するフィーに苦笑しながら、僕は続ける。

 

「ここからが正念場です。暴食、憤怒、そして傲慢。人類に敵する三体の大罪龍」

 

 ――僕らは、その先も見てはいるけれど、

 

 

「この三体を倒さなければ、人類に明日はありません」

 

 

 今、現在を生きる人々にとって、これは絶対に負けられない戦いだ。

 

「次は暴食龍なのね。あのばくばくさん、とっちめてやるの!」

 

 ふんす、と燃えるリリスは、そういえばあの三体の中だと、暴食としか面識がないのか。まぁそれは、師匠にも言えることだろうけど。

 

「暴食、暴食なぁ……アレは面倒だ、まず、数が多すぎる」

 

「ま、そのためのこれですから」

 

 言って、衣物を軽く振る。それに視線が釣られるリリスで遊びながら、

 

「次も、勝ちましょう」

 

 僕は、決意を込めて、皆にそう呼びかけるのだった。

 

 

 ――これで、三体。

 

 

 強欲は奇跡と意地と、そして起源に救われて。

 嫉妬は言葉と行動で、勝利をもぎ取った。

 怠惰は色々あったけど、最後の決め手は、やはり想いだろう。

 

 信頼、親愛、友情。

 なんでもいい、ただそれは、僕らパーティを、

 今回の件に関わる親子のそれを指し示したものだ。

 

 それは、複雑としか言いようがないものだったけど。

 

 終わってみれば、不思議と全部、しっくりすとんと、腑に落ちるものだった。

 

 さあ、次は暴食龍。最弱でありながら、最強にすら手が届く、暴食にして暴虐の龍。

 

 数の暴力とはよくいったものだ。

 

 暴れ狂う騒乱の龍に、さて、僕たちはどう挑んだものか――

 

 

 ◆

 

 

「ねぇ、ね」

 

 ――それは、研究所の物色を終え、その場を立ち去るときのことだった。師匠とフィーはすでに外に出ていて、そこには僕と、リリス。それから眠る百夜しかいない。

 

「百夜のこと、ほんっとありがとなの」

 

「いや、僕は何もしてなくない?」

 

「んーん、それだけじゃないの」

 

 それは、

 

「ここまで、一緒にいてくれて。リリス色んなものをもらったの」

 

 だから、お返しだと、リリスは言う。

 

「お返し。ちょっとかがんで?」

 

「こうか?」

 

 腰をおろして、リリスを見上げるような感じになる。頭でも撫でてくれるのだろうか、リリス、そういうの好きそうだものな。

 

「もうすこーし、上なの」

 

「ここ?」

 

「ん――」

 

 うなずいて、そして、

 

 

「んっ」

 

 

 ――リリスは、僕の頬にキスをした。

 

 

 ――――えっ?

 

「……リリス?」

 

 惚ける僕に、リリスは数歩、揺れるようにステップを踏んで下がりながら、

 

「とっても素敵な騎士様に、お姫様からキスのご褒美なのです。でもでも、身分違いだから――」

 

 ちょっとだけ、おしゃまに見えるウインクをしながら、

 

 

「好きになっちゃ、ダメなの」

 

 

 そういって、楽しげにリリスはその場を去っていく。

 

 あ、いや――

 

 ――なんだか、娘が背伸びをして、してくれたような気分が強いけれど。

 

 でも、同時に。

 

 

「……そんなんだから、年齢通りに見てくれないんだろ、周りが」

 

 

 僕は、そうつぶやくしかないのだった。



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七.嫉妬と暴食は相容れない
EX.それは僕たちの日常。


 ――僕たちパーティは、この世界、現在の情勢を考えると、かなり豪勢な旅をしていると言える。というのも、旅の道具をほとんど衣物で固めて、夜、見張りを立てずに眠ることができる。こんなことができるのは、師匠が旅の中でそういった衣物を集めてきたからで、僕らはその恩恵にあずかる立場にあるのだ。

 

 この世界における旅とは、基本的に命がけである。

 夜も魔物の襲撃を警戒しなくてはならず、二人以上の概念使いが交代で見張りをしながら夜を過ごす。そしてそこに概念使いでない者がいるのなら、彼らを守らなくてはならない。

 

 旅をする者などほとんどいるはずもないから、基本的に誰かと行き交うこともない、少人数であればあるほど孤独であり、大人数になればなるほど、危険が増していく。

 大罪龍が跋扈する今の時代、それは仕方のないことであり、旅に楽しみという概念はなかった。

 

 ――それこそ、師匠レベルの実力を有し、並の魔物など単なる路傍の石にすぎない、というわけでもなければ。

 

 つまり、何が言いたいかと言うと、()()()()()()()()()()()()。それができるだけの実力があり、僕らは旅を楽しみながら目的地へ向かっているのだ。

 

 これは、そんなある旅の一幕の話。僕らが、如何に旅という日常を送っているかという、そんな閑話だ。

 

 

 ◆

 

 

 僕らが使っているテントは、本来、二十人近くを並べて寝かせることのできる、野戦病院などで使われるような大型のテントだった。

 衣物は基本的にそういったテントを、スイッチ一つで出し入れすることができ、所持していれば複数人の男女パーティでも、特にそれを気にすることなく休むことができる。

 

 他にも、テントを周囲から隠す衣物。敵意あるものの接近を知らせる衣物。これらを組み合わせることで、僕らは特に見張りを立てることなく、旅をすることができていた。

 すべて師匠がダンジョンやらなにやらで見つけてきたものであり、ゲームでも師匠の遺品として受け取ることに成る物品だ。

 

 そういうわけで、僕らは基本的に夜は全員普通に寝るわけだが、朝に一番強いのは、基本的にリリスだ。そもそも僕らの中で一番寝るのが早く、夜に弱い分、朝は早く起きてこられる彼女は、自分が当番の場合、そのまま朝食の準備を始める。

 

 前に触れたこともあると思うが、基本的に料理は僕とリリスの仕事だ。フィーもそこに加われるよう、色々と練習中だが、リリス師匠の合格ラインは未だ越えられていない。

 それを言ったら、そもそも僕も師匠から合格のお墨付きを得ていないのだが、流石に一人で料理の準備は大変だからと、僕は見逃されていた。

 

 今日は、僕とリリスが二人で食事の準備をすることになっていた。

 

「――おはよう、リリス」

 

 なので、少しいつもより早めに起きてきたのだが、既にリリスは台所(衣物)を前に、色々と下ごしらえを始めているところだった。

 少し出遅れたかな、と思いつつ手伝いに入る。

 

「そっちのお鍋をお願いしますなのーん。コトコトコトット端正に、思いを込めてフォーリンラーヴ、なの」

 

「何を言っているんだ?」

 

 何かしら意味はあるのだろうが、まったく理解できないリリスの言葉を適当に流しつつ、僕は指示された鍋を見る。今日は――

 

「ウニトリ卵のスープか。確かこないだ街で買ってきたやつだよな?」

 

「そろそろ足がつきそーなので、ここでガッツリ使い切っちゃうのん。今日はお卵祭なのー!」

 

 頭の上で丸を作って、叫ぶリリスに苦笑しつつ、僕らは朝食の準備を開始した。

 ――リリスはとにかく、料理の手際がよい。魚を焼きながら、合間合間に別の料理の仕込みをしたり、目を離していたらいつの間にか二品できあがっていたり。

 とにかく手が早い。味もさることながら、この効率の良さは思わず本職も舌を巻いてしまうことだろう。

 

「教団にいた頃は、教団の人全員の食事を二人とか三人で作ってたから、とにかくスピードが命なの」

 

 とはリリスの談。なお、実際にはもう少し理解の難しい言語であったことはここに補足しておく。

 

「おはよー……」

 

 ある程度準備が終わったところで、フィーが寝ぼけ眼で起きてくる。フィーは朝に弱いというわけではないのだが、睡眠から覚醒して、意識がハッキリしてくるまでに結構時間のかかるタイプだった。

 顔を洗ってくるよう促して、僕らが料理を用意していると、少し。水を浴びてようやく目が覚めたフィーが、もどってくる。

 

「今日の献立、教えて」

 

 それでも口数は相変わらず普段より少ないが、僕らから献立を聞くと、いそいそと配膳を始める。この辺りは常にフィーの仕事だ。フィーが料理をできるようになれば、僕が代わったりもするのだろうけど。

 

 そういうわけで配膳と、料理。それらがおおよそ出来上がったところで、師匠が起きてくる。

 

「おはよう、んー、いい匂い。ウニトリの卵スープか、好きなんだよなぁコレ」

 

 言いながらも、こっちは結構意識がはっきりしていて、落ち着いている。代わりに朝はどちらかというと弱い師匠は、起き上がるまでには結構な時間がかかるのであった。

 

 で、準備を終えたら、机を四人で囲む。

 僕とフィーが隣同士、師匠とリリスが隣同士。今は、師匠が僕の横に座ろうとしてくるので、また違ってくるのだが、この頃――怠惰龍の足元へ向かっていた時期――は、この位置がデフォルトだった。

 

「んじゃ、いただきます」

 

 この世界では、食事の挨拶は基本的にいただきます。初代の頃に特に何も考えずそう決めた結果、ここらへんは特に二作目以降で後付設定が生えることなく、そのままになっている。

 で、朝は食事をしながら今後の予定を確認する。

 

「昼前に、次の街へつくはずだ。そこで食材の補充。復活液の売却だな。別の町へ移っていなければ、この街の商店をやってる親父とは面識がある。いい食材を見繕ってくるよ」

 

「リリスはそっちに一緒に行くのねー。フィーちゃんたちはどうするの?」

 

 リリスの問には、僕が応える。

 

「酒場で詩人の歌を聞いてくるよ。なんか面白い話でもあればいいんだけどね」

 

「この街の酒場は旅人向けに食事も出してるから、買い出しが終わったら私達もそこで合流。昼飯を食べてから出発、だな。構わないか?」

 

「問題ないと思うけど」

 

 基本的に、旅の段取りは師匠が立てる。なにせこの中で一番、旅に慣れている上に、大陸の各地に顔が利く。師匠は家事や料理が壊滅的で、そちらにはほとんど絡まない分、こういったことを一手に担う役割があった。

 なんていうか、一家の大黒柱って感じだな。そしてリリスはそれを支える良き妻か。

 

 なんて話を二人にしたら。

 

「えへへ……あなた」

 

 リリスが師匠に寄りかかった。豊満なバストが師匠の腕に押し付けられる。

 

「からかうなー!」

 

 叫ぶ師匠に、食卓はにぎやかさを増しながら、僕らは更に今日の予定を詰めるのだった。

 

 

 ◆

 

 

 ――この世界においても、地球の歴史や、ファンタジーの世界で聞くような“吟遊詩人”というやつは存在する。

 この世界における吟遊詩人は、旅をしながら各地の情報を、別の町へ伝え歩くという役割がある。

 

 通常想定される、英雄譚の語り部としての役割の他に、世界の情勢を人々に話す、伝令役としての側面もあった。

 この世界、今の時代において旅とは命がけのものだが、それをしてでも、各地に情報を届ける彼らは、この世界におけるマスメディアといえる存在だろう。

 

「ああそして、迫りくる魔物の大群に、かのライン公国騎士団長、剛鉄のシェルは叫ぶのです。ここに己ある限り、国を脅かすことは永遠に叶わぬ! その啖呵はラインの概念使いを勇気づけ、剛鉄のシェル指揮の下、概念使いたちは魔物をついに討ち果たしたのでした――」

 

 大いに芝居がかった抑揚を伴って、話に聞き入る人々にその英雄譚を語り終えた詩人は、一礼をすると近くのテーブルに座り込む。

 そこに置かれた水を呑んで、喉を休めているのだろう。

 

「あのシェルの英雄譚ねぇ……」

 

「彼、芝居がかったところがあるから、詩人の英雄譚としては人気があるんだよ。後、若くて顔がいいから、下手するとライン公よりも人気がある」

 

 なんて話を、詩人の座るテーブルの脇にあるおひねりを入れる籠に、硬貨を何枚か入れながらする。今、詩人が語っていたのは言うまでもなくあのシェルの英雄譚。

 ありふれた話ではあるけれども、人々を楽しませる娯楽としての詩。結果は好評なようで、僕ら以外にも多くの客が、彼におひねりを入れていた。

 

「――君達、概念使い?」

 

 ふと、おひねりを入れた僕に、詩人の方から話しかけてくる。これは願ったりかなったり、僕はそうだとうなずくと、彼に名を明かす。

 

「へぇ、敗因? あの敗因かい? 紫電のルエの弟子になったとかいう」

 

「そう、その敗因。何ならその紫電のルエも街にいるし、これから酒場に来るよ」

 

「……ってことは、そっちはアンタの恋人の……羨望、だっけ?」

 

「え? 恋人って有名なの?」

 

 不意に言われて、びくっと背を震わせながらフィーが問い返す。羨望のエンフィーリア。一応、フィーは嫉妬龍ではなく、そういう概念使いであるとして、周囲には通していた。

 

「まぁね。お似合いだよ」

 

「ちょっと! 聞いた!? おひねり、おひねりもうちょっと入れましょうよ! うふふ、もっと言っていいのよ!」

 

「いやいやいや」

 

 完全に有頂天になって僕に腕を絡ませるフィーをなだめながら、話をする。どうやら彼は怠惰龍の足元から来て、快楽都市を目指しているそうだ。

 ちなみに概念使いで、本拠地は快楽都市。仲間の概念使いと、ダンジョンアタックに行った帰りなのだとか。

 

「行き先が逆なら、同行させてもらえると助かったんだがねぇ……紫電のルエ自慢の大テント、ちょいと見てみたかった」

 

「まぁ、どんまい……としか言えないな」

 

 行き先が同じなら、共にそちらへ向かう、この時代なら当たり前の話だ。これまでに何度か、僕らは別のパーティと一緒に街から街へ移動したこともある。

 今回は、完全に別方向なので、そうもいかないが。

 

「で、えっと……グラトニコス……暴食龍について聞きたいのよ、アタシたち」

 

「暴食龍? もしかして討伐するのかい?」

 

「今じゃないけどね、ある程度場所は掴んでおきたい。何か知ってないかい?」

 

「もちろん知ってるよ。お代は――そっちの話を聞かせてもらう、ってことで」

 

 ――交渉成立。せっかくだし昼も一緒に……ということで師匠たちを待っていたら、向こうは向こうで詩人の仲間の概念使いと意気投合しているようだった。

 

 なお、詩人の仲間の概念使いは女性で、どうやら二人は夫婦らしい。昼食の間、そのラブラブっぷりにアテられたフィーが興奮してしまい、話は弾むどころか、それはもう大盛りあがりになってしまい、出発予定の時間を大幅に超過したのは、ここだけの話だ。

 

 

 ◆

 

 

「今日はここまでにするか」

 

 ――時刻は16時頃。まだ冬でもない今の時期、空は太陽がそこそこ高い位置に登っている。しかし、後数時間もすれば周囲はあっという間に真っ暗になってしまうだろう。

 基本的に、この世界の旅はこのくらいで、野営の準備に入るのが普通だった。

 

 うちは衣物で固めた師匠の便利アイテムのおかげで、野営の準備は数分もあれば終わるが、慣例に従うのと、テントを張ってから色々とやることがあるので、この時間には移動を終えることに決まっていた。

 

 やること。

 主に復活液づくりと、僕が知っているこの世界の歴史を、師匠たちに話す時間だ。復活液はこのパーティ最大の資金源である。毎日こつこつと作り溜めて、自分たちで使ったり、路銀に変えたり。何にしても日課にするには十分なメリットのある作業であった。

 もう一つ、僕のこの世界の歴史講座は、主に今後のために大事な時間だ。これから起こる世界の変化。大罪龍のことだけでなく、人類の動きやマーキナーのこと。マーキナーの部下のこと。

 それらを色々とかいつまんで話したり、詳しくじっくり語ってみたり。

 

 あくまで僕が話をするだけだから、復活液を作る片手間でできるのも利点の一つ。後は、単純に娯楽としても、そういった話は適していた。

 

 で、それが一段落したら夕食だ。こちらは今日は僕一人の担当。

 

「んー、普通!」

 

 リリス師匠のバッサリとした批評を受けつつ、実際特に言うことがなにもない、本当に普通としか言いようのない味の料理に舌鼓を打ちつつ、夕食の話題は今日あった出来事について。

 

「いや、こっちはひどい目に会ったよ。店の店主が変わってて、しかも概念使い嫌いときたもんだ。えらいふっかけられたんだよな……」

 

「奥さん困ってたのー」

 

 僕たちは非常に順調としか言いようのない成果だったが、師匠たちはさんざんだったらしい。今の時代、概念使いの立場は悪い。

 好意的に見てくれる人もいるが、多くの場合は化け物扱い、守られている立場でありながらも、そのことを棚に上げて概念使いに差別意識を持つものも多い。

 

 それを仕方がない、と言うつもりはないが、この世界の今の常識である部分だ。ままあることとして、受け入れるほかない。

 

 今回の場合、師匠の他にも、あの詩人の奥さんが買い出しに来ていて、店主に嫌がらせのように高額で商品を売りつけられていたらしい。

 

「だから、奥さんの分まで含めて全部、私が言い値で買ってやったよ。ああいう輩は、自分に得になることをコッチがしてやれば、印象はガラっと変わるもんだ」

 

「完全にポカンとしてて、見ててスッキリしたし、コッチもウィンウィンなのねー」

 

 とはいえ、その場はうまく……うまく? いや完全にゴリ押しで師匠が〆たらしい。そういうところで急に豪快になるのは、なんというか師匠が雑だからだろうか。

 

「いやいや、そういうことすると付け上がるでしょ。そういうのはもっと厳しく行かなきゃダメよ」

 

「んや、そういうわけでもない。基本的に概念使いは嫌われるが、それは妬みや嫉みじゃなくて、憎悪とかから来る感情が大半なんだよ」

 

 ――概念使いでない人類は、自分たちでは魔物や大罪龍に勝てないことはよく解っている。だからどれだけ嫌おうと概念使いを頼らざるを得ず、そして概念使いはそういった人々にとって、完全に自分とは別の存在だった。

 特別な力を持つ者は妬まれ、疎まれるものだが、そういった感情は人類が魔物にやられ、生活圏を失っていくにつれ、薄れていった。

 

 今の時代には、まだそういった感情が残る場合もあるが、後二十年、初代の頃になれば、人々が概念使いを嫌う理由は大抵の場合、()()()()()()()()()()()()()()といった、概念使いの不手際に対する逆恨みがほとんどだ。

 

 なので、概念使いが街を守ったりすると、すぐに手のひらを返すのが、大抵の人類の行動パターンであった。

 

「ふーん……そんなもんなのね、人間って」

 

 そんな僕らの話に、嫉妬の権化こと、フィーはなんだか不満そうに、つぶやくのだった。

 

 

 ◆

 

 

 ――深夜、リリスは早々に眠りについて、今日は師匠も眠かったのか早めに寝て、現在起きているのは僕とフィーの二人のみ。

 薄暗いテントの中で、カンテラ一つ。僕らはコーヒーを飲みながら、ぼんやり話をしていた。

 

「――アタシは、やっぱ妬ましいんだと思う」

 

「……何が?」

 

「昼のことよ」

 

 ああ、とうなずく。

 急に話題を変えたものだから、少しつながらなかった。

 

「アタシが嫉妬龍だから……ってのもあるかもしれないけど、でもそれにしたって、人間にも嫉妬は少なからずあって、それは自然だと思う」

 

 だから、概念使いでないものは、概念使いに嫉妬する。それが普通なのだと、フィーは言う。

 けれども、僕はそうは思わない。

 

「けどな、フィー。それは()()()()()()()()()()の話だろ」

 

「……そうね」

 

()()()()()()()()んだよ、大罪龍が跋扈して、人類が滅亡の危機に瀕してる今の時代は、普通じゃない。そういう嫉妬とかが出てくるのは、大罪龍の脅威が去ってからなんだ」

 

 僕がそう言うと、フィーは納得したようだった。

 

「――帝国の時代……か」

 

 そして、ポツリと呟く。それは、フィーにとってはあまり口に出したくない話題だろう。本来の歴史で、自分を地獄に突き落とし、そして破滅する原因となる時代。

 概念使いが人を支配するその時代は、まさしく嫉妬の時代と言えた。

 

「概念使いが世界の頂点に経てば、人は概念使いに嫉妬するわよね」

 

「そりゃあね」

 

「……そんな中で、アタシは嫉妬龍として、時代の象徴として名を残すわけね」

 

 よくできた話だ。

 大罪龍が人を追い詰める時代。大罪龍の長は傲慢だった。人を上から見下し、そして弱者である人に足元をすくわれる。そんな傲慢が、時代の中心だった。

 

 そしてそれが概念使いの時代になると、嫉妬が蔓延するようになる。更にそんな時代が終わり、人と概念使いが共に並び立つ世界。人が大いに発展するその時代、暴れたのは強欲を冠する龍だった。

 それが終われば、停滞の時代。怠惰が世界に広がった。

 

「全部、お父様の手のひらの上って感じがして、不気味」

 

「そうだねぇ、僕としても、そこは気に入らないところなんだけどさ」

 

「でも――」

 

 カップに口をつけながら、フィーは僕を覗き込むようにして言った。

 

「――アンタが変えるんでしょ。アタシを変えてくれたみたいに」

 

「そうだね」

 

「……アタシ、アンタがいれば寂しくない。アンタたちがいれば、楽しい。ここがアタシの居場所であるなら、きっとそれで満足だわ」

 

「そっか」

 

「だから、負けないでよね。アタシ、アンタのことが好きなんだから」

 

 ほとんど照れもなく、フィーは僕にそう言って、カップのコーヒーを飲み干すと。

 

「ごちそうさま……もう寝るわ。明日も頑張りましょうね」

 

「ああ、おやすみ」

 

 僕がそう言って手を挙げると、

 

 

「おやすみ、明日もまた、こんな一日でありますように」

 

 

 そんな祈りを残して、フィーは眠りにつくのだった。



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78.暴食龍に負けたくない。

 ――それは、ある時の夕食時、雑談中のことだった。

 

「――ねぇねフィーちゃん、フィーちゃんと暴食龍ってどっちが強いの?」

 

「はぁ? いや、アタシとグラトニコスなら、グラトニコスに決まってるでしょ」

 

 呆れるように返すフィーに、けれどもリリスはんーんー、と首を体ごと横に振った。

 ばいんばいん。

 

「んーんー、ちーがーうーのー。ちがちがなのー」

 

「なんか物騒に聞こえるわねそれ……いや、何が違うのよ」

 

()()()()()()()()()()()は、どうなの?」

 

 ん、ああ――とフィーが納得する。

 暴食龍と嫉妬龍。どちらも単体で最弱とされる大罪龍であるけれど、暴食龍の場合はそれが複数存在するというアドバンテージがあり、通常それを込みで実力は勘案される。

 しかし、リリスはこの場合、単独で暴食龍と嫉妬龍が激突した場合、どちらが勝つのか、という話をしているのだ。

 

「スペック上では、アタシの方が強い。それは間違いないわね」

 

 能力差は、ゲームでも明言されている部分だ。これまでも触れた通り、単体の暴食龍よりは、フィーの方が間違いなく強い。

 なお、この話がでたのは2で嫉妬龍が自分の強さを表現する時だった。つまるところ見栄っ張りというか、2の時の嫉妬龍の精神状態を慮ると、せめてもの虚栄心だったのだろうけれども。

 

「……でも、実際に正面からタイマンでやって、勝てるかって言うと違うわ」

 

「なんでなの?」

 

「――戦闘経験の差、だろう」

 

 横から師匠の指摘。

 コレに関しては、きっと師匠がこの中で一番くわしいだろう。もちろん、僕も知識としては知っているが。

 

「暴食龍といえば、おそらく大罪龍の中で最も戦闘が巧みな大罪龍だからな」

 

 戦闘の強さで言えば、最強は間違いなく傲慢龍である。ついで強欲龍、その次に並ぶのが暴食龍なわけだが、この中で戦闘における技巧の高さは、間違いなく暴食龍がトップなのだ。

 考えてもみてほしいのだが、大罪龍は強者で、常に人類を蹂躙する側である。そんな存在が、戦闘の駆け引きを十全に得られる環境があるか?

 

 3で強欲龍は最強になるために概念使いに弟子入りする――という話を前にしたことがあると思うが、あれもその一つで、端的にいって大罪龍は戦闘という分野において、巧みさという部分は人類に間違いなく劣っている。

 その例外が、暴食龍だ。

 

 理由は、その単体での強さ。僕がこの世界にやってきて強欲龍を討伐するまで、人類が討伐したことのある大罪龍は、暴食龍のみだった。

 単独で人類を襲っているタイミングに、偶然強い概念使いが通りかかった場合のみ。

 敗北を知っているというのは強い。常に人類に対して負ける可能性のあった暴食龍は、一方的に蹂躙するだけの他の大罪龍よりも、より濃い経験ができるのは、疑いようがない事実である。

 

「あいつは、強敵と戦うっていう無二の経験ができる唯一の大罪龍だった。それも、安全に」

 

「一体がやられても、その一体の経験は別の暴食龍に受け継がれるわけだからね」

 

 だから、グラトニコスは常に戦闘の駆け引きにおいては強者だった。僕と戦った時も、他の大罪龍と比べると随分と戦術というものを理解していたように思える。

 

「だから、アタシとあいつが一対一でやったら、どうなるかは正直わからない。ううん……わかんないってのは、見栄ね、嫉妬からくる見栄」

 

 そこで、フィーは自嘲するように笑った。

 

「――多分、勝てない。一番弱い大罪龍は、名実ともにアタシよ、きっと」

 

 嫉妬龍であるがゆえに、最弱を強いられて、ああけども、それを受け入れている今のフィーは、嫉妬さえも飲み込んでいるように見えて。

 

「そんな顔するなよ。それを認めるフィーは強いんだから」

 

「……もう」

 

 顔を赤くして、そっぽを向くフィー。

 ニヤニヤと笑みを浮かべて、リリスがわしゃしゃとその髪を弄った。

 

「何すんのよ!」

 

「カワイイ光線なの! べべべー!」

 

 それを僕と師匠も眺めて笑いながら、

 

「それに、その評価はあくまでフィーの見立てだろう? だったら、ひっくり返してやればいい」

 

 僕が、気を取り直すように言う。

 ああ確かに、今のフィーは暴食龍よりも弱いかもしれない。単体の暴食龍にすら勝てなくて、そのことはフィーにとっても弱みかもしれない。

 けど、

 

 それをいつまでも弱みにしておく必要はないだろう。

 

「強くなればいい、勝てばいいんだ、フィー」

 

「……」

 

 僕の言葉を正面から受けて、フィーがこちらを見る。要するに簡単な話じゃないか、勝てないなら勝てばいい、弱いならば強くなればいい。

 フィーは今も、成長しているんだから。

 

 

「一緒に勝とう。それでいいだろ?」

 

 

 僕の言葉に、フィーは嬉しそうにうなずいて。

 ――この時はまだ、師匠のあれやこれやは露呈していなかったから、隣で微妙にイラついている師匠に僕たちは気が付かず――

 

 そんな話を、怠惰龍の足元へ向かう途中に、したのだったな。

 

 

 ◆

 

 

「そっち行ったぞ、フィー!」

 

「解ってる!」

 

 時は今へと戻る。怠惰龍との戦闘から半月、僕らは今快楽都市の近くにやってきている。距離を考えると半月でここまでやってくるにはかなりの強行軍が必要なのだが、それでもやってやった。

 なぜなら、そうしなければならなかったからだ。

 

 それは――

 

 

“ハハッ、コッチ来ないでほしいもんだなぁ、敗因!”

 

 

 ――そこに、暴食龍グラトニコスの姿があるからだ。

 

「こっちも無視しないでほしいな! “C・C(カレント・サーキット)”!」

 

「ほいさっさ! “B・B(ブレイク・ブースト)”!」

 

 今、僕らは暴食龍一体を、左右から挟み込むように叩いていた。師匠の牽制を回避して、空に飛び上がった暴食龍へ、僕が移動技から一気に接近する。

 

“ほんっとしつこいな、こいつ!”

 

「ありがとうよ! ――“G・G(グラビティ・ガイダンス)”!」

 

 既にコンボは上位技。それが暴食龍に突き刺さる。ここに来るまで、コンボは稼いでいた。はっきり言おう、状況は既に詰めの段階まで進んでいた。

 

“ぐ、おおお! いやいやいや、さすがの俺もこのレベルの四人相手は単独じゃ無理だってばさぁ!!”

 

 文句を言いながらも、攻撃を受けつつ、吹き飛ぶ。その勢いのまま、こちらから距離を取り、反転しながら迫ってくる。僕は移動技で地に着地するものの、その一瞬に硬直がある。コンボで次につなげれば問題はないが――

 

「フィー!」

 

「解ってるわよ!」

 

 もっと簡単な方法がある。仲間を頼ればいい。

 

「“嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)”!」

 

 フィーの最大火力、それが暴食龍へと迫り――

 

“チッ、だがなぁ――! E()A()T()E()R()s()/()S()E()V()E()N()s()!!”

 

 暴食龍はこちらに視線を向けながらも、フィーの熱線に対して火球を放つ。お互いの最大火力。しばらくぶつかって――

 

「――ッ!」

 

 ()()()()()()()()()。一瞬、それに視線を取られながらも、だがしかし、フィーの熱線に対応した時点で、

 

「――チェックメイトだ! “P・P(ペイン・プロテクション)”!」

 

 放たれた一撃を、やつは避けることはできず。直撃を受けて――

 

“これで、開戦かァ! 追いついてみろよ、敗因!”

 

 暴食龍は捨て台詞を残す。

 僕が消えゆく暴食龍へと、アンサーガのところで見つけてきた衣物――なんというか、レーダー! って感じのデザイン。願いを叶えるボールを見つけられそうな――をかざすと、皮肉げにやつは笑う。

 

“馬鹿だなぁ、オイ。そんなもんで、俺が見透かせるもんかよ”

 

「――さぁな。そんなもん、終わってみれば全部分かる。僕が勝てば、それが正解だ」

 

“は、違いねぇ――”

 

 そして、やつはその笑みを最大まで釣り上げると、

 

“勝つのは、俺だがなァ!”

 

 そういって、消えていくのだった。

 

 

 ◆

 

 

 ――ここに至るまで、僕らはアビリンスの街で暴食龍の情報を集めた後、それを元に単独でうろついている暴食龍を強襲することにした。

 

「――まず、暴食龍は現在、ライン公国強襲で失った数をもとに戻すためにエネルギー補給の最中だ」

 

 作戦会議、夜の闇に僕らを照らすカンテラの光。僕はこの大陸の地図とレーダーを机において、それを見下ろしながら言う。

 

 暴食龍と他の大罪龍の違いに、暴食龍にはエネルギーの補給が必要だという点が挙げられる。基本的に大罪龍は不老。食事は必要ないが、暴食龍は違う。

 最大数を維持するためには食事が必要で、食べずにいると、数を保てずに最大数を減らしてしまう。

 

 食事を取らずにグラトニコスが維持できる“暴食龍”の数は10が精々だというのが、公式設定資料集には記されていた。

 

 つまるところ、やつは常に人類を襲い、エネルギーを補給し続けなければならない。一応魔物からもエネルギーを補給できるが、それは非常用。あまりにも非効率だからな。

 

「あの時は十体で襲いかかってきたのよね。結局、ルエとエクスタシアに薙ぎ払われてたけど」

 

「いや、君も二体落としてたじゃないか……エクスタシアが5、私が3だからそう違いはないぞ」

 

 ――それ以前にも村を襲った暴食龍がいるが、アレは減った数にカウントする必要はないだろう。故に、公国強襲に失敗した時の数は10.

 そこから――

 

「今は、十五体なのね」

 

 レーダーを見下ろしながら、リリスが言った。

 数を五体増やして、今は15ということだ。正確には、さっき討伐したのを含めて16。

 

「ほぼほぼ想像通りの数だな。今、各地で活動している暴食龍は、残り四体か」

 

「コレに関しては、ラインやアルケ、色欲龍たちの力を借りる、でいいんだよな」

 

「はい、コイツラは補給用の個体。()()()()()()から、人類にとってはちょっと強い暴食兵程度の存在ですよ」

 

 その暴食兵が、そもそも人類にとっては脅威なのだが、これまでの冒険で既に暴食兵を見飽きている僕たちにとっては、それが実情だった。

 なにはともあれ、この四体に関しては僕らは考えなくてもよい。レーダーの情報と、周辺での目撃情報を合わせれば、近くに勢力を築く概念使いが追い詰めて、討伐してくれるだろう。

 

「僕らが倒さなきゃいけない暴食龍は()()()()っていうやつだ。そして、これの残りは11体」

 

 満腹個体。

 簡単に言えば、()()()()()()()までエネルギーを溜めきった個体。この状態の個体は、分裂不可能な暴食龍二体か、暴食兵二十体のどちらかに分裂が可能だ。

 これが暴食龍の一番厄介な点で、暴食龍は一体に見えても、満腹なら増えて実質二体になる。最悪暴食兵になるものだから、満腹個体は物量が恐ろしいことになるのだった。

 

 レーダーを見下ろして、おそらくその満腹個体であろう個体に当たりをつける。

 おおよそ、これは想像がつく。

 

「十体固まってるな」

 

「ここ、グラトニコスの棲家よ。つまり本拠地ね。普段はここで固まってるんだわ」

 

「ん……いや、ちょっとズレてるな。当たり前っちゃ当たり前だけど」

 

 まず、十体の暴食龍が固まっている場所。ゲームにおいては、この近くに暴食龍の本拠地があった。今は向こうがその本拠地を変えているらしい。

 なぜなら、向こうもここが本来の歴史では自分の最後の場所と成ることを知っているから。

 傲慢龍は未来の歴史を知っていた、それを暴食龍に教えない理由はない。憤怒龍はまだしも。

 

「ここに色欲龍をぶつけられると詰みだからな、まぁ、やらなかったけどさ」

 

 こうなるって解っていたからだ。色欲龍が動けば向こうも分かるだろうし、小さく小回りの効く暴食龍に追いつくことは不可能だろうからな。

 まぁ、今回こうして移動した先も判明したわけだが。

 

「で、もう一体。昼から観察しているが、こいつだけ動きがないな」

 

「そいつは保険だよ。もし本体が全滅した場合でも、こいつが残っていれば暴食龍は再起できる」

 

 ――そしてもう一体の満腹個体。

 こいつもまた厄介な個体だ。こいつを逃したら、暴食龍の討伐は失敗である。だというのに――

 

「遠いのぉ」

 

 リリスが机にぐでぇー、となりながらぼやく。

 そりゃあ保険なのだから当然のことだけど、保険の暴食龍は本体から非常に遠い位置にいた。この二つは、同時に強襲しなくてはならないだろう。

 

 しかし、状況はそんなに単純でもないはずだ。

 

「これを見て分かる通り、暴食龍は狡猾だ。抜け目がない。――相手の位置を把握できるこちらは圧倒的に有利ではあるけど、ヤツの悪知恵を考えると――正直、現状は戦いの舞台に上がった、としか言えない」

 

「ここからいくらでも天秤は傾きうる、か」

 

 そういうことだと、僕はうなずく。

 これは、言ってしまえば知恵比べだ。僕たちと暴食龍。世界を舞台にした知恵比べ。

 

 こちらの勝利条件は暴食龍の全滅。

 対してあちらは、僕たちの全滅、()()()()時間の経過。

 傲慢龍が憤怒龍から逃げ切った時点で、あちらの勝利だ。そういう意味ではかなりこちらの不利が大きいと言える。

 

 その上で、僕たちが取るべき選択は――

 

「――――ねぇ」

 

 そこで、ふと。

 手を上げたのはフィーだった。

 

「普通に考えて、今回の戦い……不利なのはこっちよ」

 

「そうだね」

 

 うなずく。

 まずもって、レーダーは一つしかない。アンサーガに二つ作ってもらうことは、残念ながら不可能だった。だって彼女は期待されたことができなくなる特性を持つから、希望された衣物を作ることができないのだ。

 

 そういうわけで、取れる手段は、例えばもう一つの対暴食メタ。シェルの概念起源を目覚めさせること、などが考えられるのだが――

 

 そこで、フィーが踏み込んだのだ。

 

「――でも、アタシにはあいつの行き先が。逃げる場所がわかるかもしれない」

 

 そう言って、フィーは保険の満腹個体を指差した。

 

「そして、アタシ一人なら――あいつはこっちの狙いに乗ってくると思う。あいつにもプライドってのはあるから」

 

「……つまり?」

 

 少しだけ不安になりながらも、続きを促す。

 フィーは一度胸に手を当て深呼吸をしてから。

 

 

「――こっちのグラトニコスは、アタシにやらせて」

 

 

 その意思を、決意を、明らかにするのだった。



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79.意地ははらなきゃ意味がない。

「まず、大前提として、僕たちも暴食龍も、本来の歴史における暴食龍討伐の流れは把握してる」

 

 ――傲慢龍に介入したマーキナーは、僕で言うところのゲーム知識を傲慢龍に与えた。それは当然暴食龍に対しては教えられて然るべきもので、アジトから本体を移していたことからも、それは推測できる。

 とすると、向こうはこちらの手の内を知っているわけだ。

 

 そうなった場合、こちらの不利になる要素は二つ。本隊の動向と、保険個体の動向だ。

 

「こいつらの取る行動で、一番ありうるのは逃走、だよな」

 

「はい、保険個体は間違いなく逃げるでしょう。居場所が解っているとはいえ、全力で逃げるつもりの個体相手に、追いかけっこは人類には厳しい」

 

 特に厄介なのが保険個体なわけだが、それに関してはフィーに考えがあるらしい。何でも、暴食龍にとって因縁のある場所があって、やつはきっと、最終的にそこへ向かうだろう、ということだ。

 

「そっちはフィーを信じるとして、本隊の方は、僕らの役割です」

 

 ――本当に信じて送り出してよいのか。

 そう考える部分も自分にはあるが、そこに関してはこの後、フィーから詳しく話を聞くとして、本隊対策はまだ煮詰まっていない。

 とりあえずそちらを優先することにした。

 

「師匠、師匠ならここから本隊はどう動くと思いますか?」

 

「どうって言われても、そりゃ場所は移すだろ。完全に位置が割れてる以上、その上でどう動くかだろ? 大陸中に散らばって討伐されてもいいから被害を増やすか、一個に固まって耐久するかだ」

 

「前者であれば好都合です……が、多分取らないでしょうね」

 

「どしてなの?」

 

 ――暴食龍本隊の動向。

 考えられるパターンとしては、二つ。散らばるか、固まって動くか。

 どちらが僕らにとって楽かといえば、前者の方だ。まず大前提として、散らばって動くにしても、そもそも散らばる理由は人類に対しての攻撃の他に、栄養の効率的な補給という意味もある。

 だが、散らばるのは満腹個体。これ以上栄養の補給できない個体である。そうなると、暴食龍は効率のためにも増殖を行う必要があるわけだが、

 

「――はっきり言って、満腹個体じゃない暴食龍は人類にとって脅威ではあっても倒せない相手じゃないからな」

 

 現在の状況でそれを行うのは悪手が過ぎるだろう。大罪龍とは人類が普通にやってはどうあっても勝てない相手なのだ。しかし、満腹個体ではない暴食龍はそのくくりから外れる。

 ある程度の概念使いが複数集まれば倒すことのできる相手。――最上位ランクの魔物と何ら変わらない。

 

 それでも、他に憤怒龍や傲慢龍がいれば、そちらでカバーすることができるのだが、今はそれができない状況。ようするに、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、その方法は絶対に取れないんだ」

 

 もしこちらを選択した場合は、ライン公国、快楽都市、怠惰龍の足元。概念使いが集まるコミュニティの総力を結集して、満腹個体ではない暴食龍を討伐。

 その間に、僕らが満腹個体を討伐して回る。そういう流れになるだろう。

 

「正直、満腹個体の数は今の半数以下になるだろうから、倒すだけならこっちのほうが楽だよな」

 

「……まぁ、被害を考えると、できればコッチであってほしくない、という願望もありますけど」

 

 なんて話をする僕らに、

 

 

「――グラトニコスは、絶対そういう選択は取らないわ」

 

 

 それまで黙っていたフィーが、ぽつりとそうつぶやいた。その言葉に、一切の疑いはなく、確信だけでフィーは語っている。

 少しだけ、その瞳は嫉妬が宿っている。敵意に近い嫉妬、大罪龍にも、色々あるのだろうな、と思わせるものだった。

 

「あいつはあくまで、暴食龍として()()ことを選ぶ。それはつまり……魔物と同じに扱われるのは、気に食わないってこと」

 

「……本来の歴史でも、暴食兵を生み出すことをあいつは嫌っていたんだったか」

 

 ゲームにおいて、暴食龍は暴食兵を生み出すことを、あまり積極的には行わない。知性のない有象無象の魔物に成り果てることを嫌って。奴がそれをするのは、完全に追い詰められた時か、合理性がヤツの感情を上回るときだ。

 自分を捨て駒にして偵察をする時とかな。――つまりあの村でのようなシチュエーションだ。

 

「で、つまり暴食龍は固まって動いて来るわけですね。完全にそちらで決め打ちしましょう。まぁ、すぐにわかることですけど」

 

「そうだな。とすると問題に成るのは――やつがどこに動くのか、だ」

 

 暴食龍が固まって動く場合、向こうはこちらの時間切れを狙ってくる。自分が生き残った上で、傲慢龍が帰還するまでを耐えきればあちらの勝利だ。

 散らばって動かないことの理由の一つとして、僕たちと傲慢龍一派の戦いは、基本的に()()()()()()()()()()()根本的な終わりにはならず、人類にどれだけ被害が出ようとも、向こうは僕らを倒さなくてはならないのだ。

 

 なにせ、これまで大罪龍を討伐してきたのは、僕たち個人の力によるものが大きいからな。といっても、公式に知られているものだと、強欲戦と憤怒戦だから、一般的にはどちらも大事なんだけど。

 

「ガン逃げ決められたら、打つ手なしなしじゃないのー?」

 

「その場合は、完全に詰将棋みたいな感じになるな……って、詰将棋は伝わらないか」

 

 ようするにこちらとあちらの知恵比べ。小細工一つない純粋な鬼ごっこになるだろう。四ヶ月。僕が暴食龍討伐に使えると考え、用意した時間。

 その一番の要因は、この鬼ごっこにそれだけの時間がかかるだろう、と読んでいるから。

 だからその場合はそれでも構わない、望むところだ。

 

 が、しかし。

 

「向こうの行動を読める手札が一つだけあります」

 

「なのん?」

 

 ――正直、僕はこちらの方が本命だった。暴食龍は純粋な知略よりも、謀略だとか、策略を好むだろう、と踏んでいたから。

 

「――本来の歴史なら、暴食龍を討伐するのには、もう一つ手札が必要だっただろう?」

 

 そう、師匠の言葉にうなずいて、僕が引き継いだ。

 

 

「剛鉄のシェル。――暴食龍は彼を狙う可能性があります。万が一、最悪を考えて」

 

 

 ◆

 

 

 ――ゲームにおいて、暴食龍を撃破するのに必要だったのは二つ。探知用のレーダーと、剛鉄のシェルの概念起源だ。

 その効果は至って単純。特定の存在を特定の場所から移動させることのできなくなる概念起源。ゲームにおけるクロスの概念起源の……まぁ正直に言ってしまえば下位互換技だ。

 ただ、そもそも大罪龍と戦う上で、対象を逃さない概念起源は強力無比以外の何物でもなく、対暴食龍においても十全に効果を発揮した。

 

 もしもこれが今の歴史でも使われたら、暴食龍に勝ち目はない。まぁ、使えたら……の話なのだが。

 

 なお、これは余談なのだが、本来の歴史ではそもそも保険個体はどうしたのか、という話。これは単純で、僕らは大陸を徘徊している個体を討伐してレーダーに登録したが、本来の歴史ではそもそもこの保険個体を発見して討伐したことで、レーダーに他の個体が表示されるようになるのだ。

 

 初手で保険を失った上に、居場所がバレていることを知らない暴食龍。はっきり言って詰みである。

 

 まぁ、もう一つ大きな理由として――()()()()()()()()()()()()()()ことも大きいのだが。

 

「というわけで、僕らはシェルのところに向かうことになった。そっちは暴食龍と一騎打ち……で、いいんだよな?」

 

「――うん」

 

 そうして、夜。僕はフィーと二人で隣り合って座りながら、レーダーの様子を覗いていた。

 

「……グラトニコス、動き出したわね」

 

「まぁ、見つかりたくないだろうから、夜に動くよなこいつ……」

 

 見れば、レーダーの中で暴食龍の本隊が動きを見せていた。仮の根拠地としていた場所を去り、別の場所へ向かうのだろう。

 どこへ向かうのか、ここらへんは今の段階じゃわからないな。

 

「保険個体の方は、今はまだ動いてないな」

 

「居場所を知ってるのはアタシたちだけだしね、そこまでたどり着くのに時間がかかるのは、向こうもわかってる」

 

 フィーの言葉に頷きながら、僕は改めて問いかける。

 

「……一人で、本当に大丈夫か?」

 

「……」

 

 それに、フィーは少しだけ苦笑したように笑みを向けてから、

 

「――アタシね、大罪龍では、一番弱いわ」

 

 ぽつり、ぽつりと語りだす。

 

「スペック上では、単体のグラトニコスよりは強いって言うけどさ、実際に戦えば、多分アタシ、勝てないと思う」

 

「……そう言われると、一人で行かせられないんだけど」

 

「もう、最後まで聞いてよ。――何より、実際にあいつが戦ってるところ見たこと在るし、この見立ては間違ってないんだと思う」

 

「暴食龍が? 誰と――」

 

「――プライドレムよ。アンタも知ってるでしょ? 人類の中に概念使いが生まれて、私達に対抗できるようになるまでの準備期間」

 

 ――ああ、と思い出す。そう言えばそんな話もあった気がする。設定資料集だったか……いやルーザーズの攻略本だな。

 

「あいつ――プライドレムは、自分以外の大罪龍を攻撃して回ってたのよ、屈服して仲間にするためにね?」

 

「で、屈服したのが憤怒龍だったんだっけか」

 

 強欲龍は千日手で勝負がつかず――終始傲慢龍が優勢だったそうだが――怠惰龍と色欲龍は負けたが、屈服には至らなかった。

 そして、

 

「――アタシは、勝負を挑まれすらしなかった」

 

「だったか」

 

「うん……で、プライドレムがアタシに会いに来た時――っていうか、正確にはプライドレムがグラトニコスに会いに来た時、その場にアタシもいたのよ」

 

 それは――載ってなかったな、傲慢龍は嫉妬龍に目もくれなかった、とは書かれていたが。相変わらず、書かれていないところは結構適当に盛られたりする。

 その極地たるリリスの顔を思い浮かべながら、僕は続きを促した。

 

「結果はプライドレムの完勝だった。で、アタシがよく覚えてるのはその後。グラトニコスは、()()()()()()()()()()()()()()()()()のよ」

 

「……ふむ?」

 

 ――それは、なんというか。

 始めて聞く話では在る。ゲームにおいて傲慢龍と暴食龍の関係は、憤怒龍と傲慢龍ほど掘り下げられなかったから、想像の余地がある。

 憤怒龍は完全に傲慢龍に屈服し、萎縮していたが、暴食龍と傲慢龍の関係はそこまで上下の差はなかったな。

 暴食龍が下ではあったけれど、憤怒龍ほど傲慢龍の顔色を伺ってはいなかったはずだ。

 

 そう考えると、喜んで傘下に加わったというのは、自然な話……なのだろう。割と、知らない情報だが違和感はなかった。

 

「それで思うの、グラトニコスは、プライドレムに対して執着があるんだわ。その執着は、私達にとっては攻略の鍵になり得ると思う」

 

「……なるほど」

 

「そしてその執着、()()()()()()()()()()()と思う。うまく言葉にできないんだけど、確信はある。アタシが行けば、あいつはアタシと戦いたがるはずよ」

 

 執着。

 そう言われると、それはたしかにそうなのだろう。僕にはわからない話だが、大罪龍には大罪龍の考え方や固執するものがあって、それはフィーだからこそ、分かるということなのか。

 

「……確かに、私は弱い。スペックは私が上っていうけど、()()()()()()()()()()()()()()わ。一番頼りにしたい部分がそれじゃ、本当に上かっていうのも、ちょっと怪しいわよね」

 

「…………」

 

 先程の戦闘でフィーの熱線が暴食龍の火球に押し負けたこと。気になってはいたけど、フィーも気にしていたんだな。

 そして、その上でフィーはつまり、()()()()()()()わけだ。

 

「でも、()()()()()()()()()()()()必要がどこにあるのよ。アタシ、少しは成長してるんだから」

 

 そう言って、僕の方を見る。

 

「だってアタシ、貴方に色々なものをもらったわ。それがアタシを変えてくれて、貴方はアタシの一番大切な人。――でも、もらってばかりじゃ、アタシが納得できないの」

 

 だから、

 

 

「――だから、次はアタシに返させて。貴方の力になりたいの」

 

 

 鋭く、まっすぐフィーは決意に満ちて、こちらを見上げた。

 それは、僕では到底変えられそうにない決意で、僕は少しだけ嘆息する。

 

「……そういうことなら、しょうがないな」

 

「じゃあ!」

 

「でも、一つだけ――君は僕に返したいといったけど、僕は既に君に色んなものをもらってる」

 

 一つ、人差し指をフィーに突きつけながら、僕は言う。

 

「それに、君の言う返したいってつまり、僕に信頼してもらいたいってことだろ。それって、ある意味結局、もらってることには変わりないんだ」

 

「……随分、意地悪な言い方するのね?」

 

「君には、そういうほうが伝わるだろ?」

 

 素直じゃない嫉妬の化身の額を、突きつけた人差し指で弾きながら、

 

「あう」

 

「――とにかく、僕はもう、君を十分信頼してる。安心しなよ、君がそう言うなら、僕はそれを信じるさ」

 

 勝てるかわからない勝負。

 相手の方が実力は上で、場合によっては、()()()()()()()()()()戦い。

 

 ああ、つまり。

 

 

「君の負けイベントに、勝ってくるんだ、フィー」

 

 

 僕は、そう言ってフィーを、笑顔で送り出すのだった。



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80.愛すべきものに伝えたい。

 ――フィーと別れてから、数日。僕らはライン公国へともどってきていた。かれこれ三ヶ月ぶりくらいになるだろうか、町並みは相変わらずにぎやかで、僕らはそんな街を眺めながら歩く。

 のんびりと、ではなく目的地は定まっており、足取りに迷いはないものの、決して急いではいなかった。目的地、というのはいわゆる王宮、この街の執政の中心部なわけだが。

 

「なんというか」

 

 ――僕らの意識は町並みの他に、手元のレーダーへと向けられていた。

 

「目立った動きはないな」

 

「夜ごとに転々と動いて回ってる感じですね」

 

 僕らの関心事は主に二つ。シェルの存在と、それから暴食龍の行き先だ。前者に関しては既に国の入り口で確認済み。これで不在だったらどうしようかと思ったが、一応僕らの考えはライン公には伝えてある。その辺りは問題ないだろう。

 というか問題なかった。

 

「一直線にコッチへ向かってくるかと思ったの」

 

「正直、向かってこない可能性も十分ある。他にアテがないから僕たちはここに来てるだけで、向こうが完全に逃げ切るつもりなら、僕たちの行動は無意味だからな」

 

 とはいえ、向こうもその姿勢はみせていなかった。コレに関しては、向こうもシェルの存在は把握しているわけで、芽を摘む、摘まないにしろ、僕たちは対処に動かなくてはならない。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけで、時間稼ぎにはなるんだよ。加えて言えば――向こうはこっちの居場所がわからない」

 

 僕の解説を、師匠が引き継いだ。

 

「それが、シェルの元へ向かったとなれば、こちらは居場所が完全に割れるからなー。そうなった場合は確実に向こうのアドバンテージだ」

 

 最終的な目的が純粋な詰将棋だとしても、そのためには向こうがこちらの居場所を把握しなければならない。一方的なハンティングか、お互いの存在を把握した上での鬼ごっこか。

 前者と後者では、やりやすさは段違いだろう。

 

「それってまずくないの?」

 

「まずいぞー? といっても、それは向こうがこちらの存在、気配に気が付かなければ、だ。私達は()()()()()()()()()()()()()。向こうが偵察を出す暇なく、な?」

 

 要するに、向こうがこちらの動向を把握する前に、向こうにとってもフックになりうる存在のところに滑り込んだわけだ。

 

「向こうは今、周囲に僕たちが接近してないか、気をつけて移動を続けているはず。数日、これが続いて接近している様子が見られない場合、向こうも僕たちがシェルの元にたどり着いたことに気がつく」

 

「そうするとー、どうなるの?」

 

「攻守交代、だな。コレまでは私達が行動を起こさなくてはならなかったけど、次は向こうが行動を起こす番だ。そうなった時、向こうの居場所を把握している私達には、アドバンテージがある」

 

 ここから、僕たちが取れる選択肢は2つ。シェルを伴って攻勢に打って出るか、彼の元で暴食龍の出方を待つか。

 ここでのアドバンテージは、僕らはこの選択肢を並行して取れるということだ。向こうの出方を見つつも、こちらからある程度暴食龍に接近する。

 

 その上で、あちらの選択に合わせて対応策を取れるのが、レーダーの強み。とりあえず、僕たちの方針は既に決まっていた。

 

「というわけで――シェルに会いに行こうか。久しぶりだな、元気にしているといいのだけど」

 

 まずは彼に会ってから、話はそれからだ。僕はそうまとめると、レーダーをしまって、秩序だった穏やかな町並みを進むのだった。

 

 

 ◆

 

 

 ――そうして王宮に通されて、シェルはこっちにいるから、と案内された先。場所は中庭、前に運び込んだ色欲龍像が鎮座するその場所で、

 

「何をやっているんだ――?」

 

 

 ――シェルは、完全に燃え尽きていた。

 

 

 色欲龍像側のベンチに腰掛けて、完膚なきまでに真っ白になっていた。

 哀愁漂うその姿は、なんというか見ていて物哀しいものがあるがしかし、そもそもどうしてこうなっているのか僕たちには理解できないので、話しかけてみるしかない。

 

 ……話しかけたくないなぁ。

 

「ええっと、シェル……?」

 

「あ? ああ君は、お弟子くん。それに紫電殿に、リリスくんも」

 

 僕が声をかけると、こちらに気がついたようで、シェルが顔を上げる。その顔は精根尽き果てていて、今にも死にそうだ。いや、完全に病人の顔である。

 こんなところで燃え尽きてる場合じゃないだろ!?

 

「いやいやいや、何してるんだい。どう考えてもマズイ状態なんだが、何があったんだ?」

 

 師匠が問いかけると――

 シェルは、この世の終わりのような顔で、

 

 

「ミルカと三ヶ月あってない。もう限界なんだ――」

 

 

 ――僕らは、呆れと同情と、それから湧き上がる、言葉にし難い感情とともに周囲を見渡して――シェルを見る周囲の人々の顔が、一様に僕たちと同じ表情をしていることに気がついて、諦めた。

 

「ミルカは! この間クロスくんたちと快楽都市に行ったまま、帰ってきていない! トンネルが開通して行き来が楽になったというのに! 全然帰ってこないんだよ!!」

 

「とんねる?」

 

 そこでリリスが小首をかしげる。

 ほらアレだよ、山間の村の人々が言っていた、快楽都市とライン公国をつなぐトンネル。概念使いが頑張りまくって、この短い時間で開通したんだ。

 これで、快楽都市とライン公国間の行き来は非常に楽になったのだが。

 

「連絡の一つくらいはくるだろう?」

 

「来るさ! 月に二回は来る! クロスくんたちの様子を報告する提示連絡の意味もあるが! ミルカの文字で、ミルカの言葉で送られてくる! けど、けどなぁ!」

 

 崩れ落ちるシェル。これ、多分毎日やっているんだろうな……と、周囲を見渡しながら思う。これだけ叫んでも、周りはもはや気にする様子すらなかった。

 

「俺は……ミルカの喜ぶ顔が見たかったんだ……」

 

「そんな詩人の英雄譚のラストみたいな物言いをこんなところでしないでおくれよ……」

 

 師匠の残念なものを見る目がシェルに突き刺さりつつ、僕らは彼の復帰を待った。

 

「……解っているさ、今が暴食龍討伐で大陸が動いている大事な時期だとな。俺だってこの国で人の上に立つ立場の概念使いだ。それくらいはわきまえている……わきまえているが、だからこそ」

 

 カッと目を見開いて、

 

「休憩時間くらいいいだろ! 黄昏ても!!」

 

「周りの目を気にしないならいいんじゃないか……?」

 

 僕に詰め寄ってくるシェルにそう返しつつ、彼をなだめていると、ふとシェルが僕らを見渡して、

 

「……そう言えば、エンフィーリアくんはどうした?」

 

「ああ、今は別件で単独行動ちゅ――」

 

 

「それはいかんぞ!?」

 

 

 シェルが叫んだ。

 

「きゅ、急にどうしたんだよ……?」

 

 思わず、何かまずかったかと考える。いや、フィーは嫉妬龍で、並の魔物でどうこうなることはなくって、一人にしたって何か問題は起こらないと思うのだけど。

 

「彼女は恋に恋してるんだぞ!? 耐えられるわけないだろ! 君が側にいなくて!」

 

「えっ」

 

 師匠が思わずこぼす。あ、あー……と、僕は少しだけ納得してしまう。というか、今目の前にいる実例のせいで、納得せざるを得ないというか。

 

「俺がそうだ! 恋に生きるものに! 大切な人がそばにいない事実は! 耐え難い現実なのだ! 特に! ()()()()()()()()()()()()()()()ならな!」

 

「え? 逆じゃないの!?」

 

 更に驚く師匠へ、

 

「いると解っていないより、いると解っていて会えないほうが辛い! 君もいつかわかるさ……」

 

「そういう目で見られるとなんかむかつくな!?」

 

 優しげな瞳で師匠を見るシェルに、反発する師匠。

 

「なんか分かる気がするのねー」

 

 なんてリリスの納得を得つつ――

 

「……まぁ、実際の話、ちょっと不安だな。いくら彼女が強いと言っても、彼女は人とは違うだろ? 根本的に、彼女は一人では誰かと一緒にやっていくのは難しいんじゃないかと思ってな」

 

「それはまぁ、そうかもしれないけど……今回は完全に単独行動なんだ、別の場所で誰かと協力してるわけではないよ」

 

 なるほど、とうなずく。

 確かにフィーはしっかりしているし、自分と人間の違いも理解している。感性はかなりこちらよりで、随分と合わせてくれているけれど、どこかでズレがある可能性も否めない。

 理解者がそばにいない状態で、一人で行動させるには不安があるだろうな、というのは実際そのとおり。

 

 とはいえ、今回はその限りじゃないけれど……

 

「まぁ、彼女と似たような思いを共有するモノの意見として、頭に刻んでおいてくれ。実際、あの子が一人でどうにかなるとは思えないしな」

 

 けどまぁ、とシェルは断りを入れて――

 

「彼女が役割を終えて、君のもとへもどってきた時。うんと褒めてやるんだぞ?」

 

 ――そう、僕へと告げた。

 

「もちろん。そのつもりさ」

 

 後ろで師匠がちょっとだけむっとするけれど、まぁ気にせず。

 これで僕らは当初の予定通り、シェルと合流した。ここから、本格的に暴食龍との知恵比べだ。目的は、本隊の一掃。そのためにまずは、向こうの出方をみる必要があった。

 

 

 ◆

 

 

 ――数日が経過する。

 情勢は変化していた。

 

 まず、各地で確認されている暴食龍のうち、満腹個体ではない個体に対して、概念使いが動き出していた。こういう時、各地の概念使いと太いパイプを持つ師匠の存在はありがたい。

 師匠の名のもとに、各地に存在する暴食龍の存在が伝えられ、コレに対して討伐隊が組まれたのだ。

 

 現在、ライン公国にはラインが不在である。この通常個体を討伐に向かっているのだ。僕らからは出発時のざっくりとした情報しか提供できないが、現地の人々に話を聞けば、おおよそ場所は絞り込めるだろう。

 いくら暴食龍とはいえ、腐っても大罪龍、その存在はとにかく目立つ。

 

 というわけで、通常個体に関しては遠からず討伐されるだろう。快楽都市、怠惰龍の足元でも、同じように動いているはずで、コレに関しては憤怒と暴食相手にやりあったときに、色欲龍には話を通してあるし、アルケたちにも、街へ立ち寄った際同様に。

 ここらへんに関しては暴食龍も諦めている節があるのか、通常個体の動きにあまり変な動きは見られない。

 

 僕らにとっても、暴食龍にとっても、本命は満腹個体だ。

 でもって、その一翼。いわゆる保険と呼ばれるそれは、レーダーに暴食龍を登録したときから動きをみせていて――

 

 今は、ある程度ふらふらと、ではあるがフィーが言っていた場所へ向かいつつ在るように見える。何れ、フィーと激突するだろう。

 ここに関しては、フィーの戦闘の結果次第、としか言いようがない。

 

 だから問題はやはり、本隊の方だ。

 

 こちらは――

 

「ようやく動きをみせたな」

 

 レーダーをにらみながら、師匠が言う。僕たちがシェルと合流して数日。ここまで多少散開しながらも、特定の場所から動いていなかった暴食龍が、一つに固まって動き始めた。

 

「えーっと……コッチに向かってきてる、でいいの?」

 

「そうだね、概ねそれで合ってると思う。正確にはライン公国だろうけど……これなら、こちらから接近すればいいな」

 

 ――結局の所、暴食龍は直接対決という選択肢を選んだようだった。

 戦力を分散して、逃げる個体と戦う個体を分ける、一体だけを逃して保険個体をもう一体用意する。などなど考えられたが、おそらく一番勝率が高いのは、やはりこれだろう。

 

「個人的には、ある程度距離をとって散開するかと想ったがなぁ」

 

「その場合はこっちに向こうが知らない手札がありますから、有利が取れるんですけどね」

 

 至宝回路のことだ。至宝回路があれば、こちらの各個撃破は非常に容易。なんなら暴食兵二十体に分裂しても、さほど手間取らず勝利できるだろう。

 

「色々手間はかかったけど、お互いにとって一番都合がいいのは、直接対決ってことだなあ」

 

「俺としても、そのほうが都合がいい。早く終わるからな」

 

 そう言って、爽やかな笑みを浮かべるシェルは、できればもう少しミルカに会いたいって気持ちを抑えてもらえると助かる。

 

「それにしてもー」

 

 ふと、リリスがぼんやりつぶやく。

 

「こうして集まって、暴食龍と戦うの、あの時とおんなじなのー」

 

 あの時、山間の村での戦い。

 ――あの時との大きな違いは、

 

「今度は、こっちが向こうを追い詰める番だけどな」

 

「……そう考えると、遠いところまで来たなぁ。いよいよ、大罪龍の討伐戦か。感慨深い」

 

 遠い目をする師匠。

 本当に、ここまで来るのに、随分と長い時間がかかったように思える。

 

 対傲慢龍一派、第一戦。

 

 暴食龍との対決は、もうすぐそこまで迫っているのだ。

 

「ああ、そうだなぁ……あの時、ここにミルカがいれば、同じ構図だ。ああ、ミルカ……」

 

 そうして、ふとシェルが発作を起こし。

 

「ミルカー! ミルカ! ああ! ミルカー!!!」

 

「落ち着けー!」

 

 僕らは、その対処に追われることとなる。

 

 ……これと同じといわれると、途端に心配に成るんだけど、大丈夫だよな? フィー……そもそも暴食龍のもとへたどり着けるよな? 僕は少し不安になるのだった。



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81.暴食龍は激突したい。

“――結局の所、お前らを殺すために一番有効な手段は、数ですりつぶすことなんだよね”

 

 空には翼竜。

 僕たちを見下ろす二十の目、暴食龍グラトニコスは、出会い頭にそんなことを語り始める。

 

 ここはライン公国を少し離れ、怠惰龍の足元へと向かう街道を少し離れた場所にある広い草原。僕たちが暴食龍との決戦に選んだ場所であり、奴がそれに乗った場所だった。

 

“そこの男を狙うとか、辺りに散らばったり、保険をかけ直したりとか、色々考えられるけどよおおおお”

 

 シェルを指して、ああそれは、奴がこちらの考えを見透かしていることの証左。しかし、それでもなおこちらの誘いに乗ったのは、

 

“まずそもそも、十体の腹いっぱいになった俺を、お前たちが倒せるわけないんだよなあ!”

 

 絶対の自信、勝利への自負。そこには、僕たちに対する勝利宣言で満ちていた。

 

「まぁそりゃ、お前と戦う上で、それは大前提として存在するよな」

 

“お前らは、俺より先にそいつを確保すれば、先手を打てるだろうって考えたかもしれねぇが。そもそも、俺とお前らじゃ、()()()()()()()。その時点で、お前らに先手なんてものはねぇんだよ”

 

 暴食龍の選択肢は無数にあれど、その中から、もっとも有効な手段は何か。勝利の上で必要な選択とは何か。そもそもやつにとって最良の勝利条件とは?

 考えられることは無数にある。

 

 だが、端的に言って、暴食龍には事実があった。

 

「お前のほうが強い?」

 

 ()()()()

 

 僕らと戦う上での大前提。僕らの場合は、如何に奴を一匹も残らず殲滅するかが重要になる。対して奴の場合はそもそも、()()()()()()()()()()()()()()が重要なのだ。

 

“そこに何の異論が在る? 貴重な戦力を一匹他所に回して、こちらは()()()()が健在だ”

 

 フィーがこの場にいないこと。その意図も、こいつは見透かしていることだろう。もしかしたら、既にフィーと激突しているかもしれない。

 レーダーは予定の位置で停止している。もう既に、そこが戦場である可能性は高いのだ。

 

 ああ、だからこそ暴食龍は勝ち誇るんだろう。

 僕が、僕たちがここにいること自体が、

 

 やつにとっての勝利に等しいのだから。

 

 ――否。

 

「――――ハッ、馬鹿も休み休み言えよ」

 

 僕はそれを、確信で持って笑い飛ばす。

 

「そもそもだ。僕らもアンタも、()()()()()()()()()()()んだよ。そして、()()()()()()()()()()から、こうして互いに直接対決が一番早いと結論が出せるんだ」

 

“ほォ? 何がいいたい?”

 

 

()()()()()()()()。他に一切、何ら遜色なく。()()()()()()()でこの戦いは終わる」

 

 

“ハッ――――! ずいぶん大きく出たな!!”

 

「……聞いてるコッチが、なんだか不安になってくるくらいの大言壮語だなぁ」

 

「まぁ、まぁ師匠。()()()()()()です。やってやりましょう」

 

 ため息をつく師匠に、僕はなだめるように言う。――本当に呆れているのは、シェルの方なのだろうが、僕は気にせず暴食龍と相対する。

 

 もう、互いに言葉はいらないのだ。

 

“――なら、この程度はどうにかしてみせろよ! 敗因!”

 

 そう言って、暴食龍。十の個体がうち、一つ。

 

 それが怪しく明滅し、そして()()した。二十の暴食兵。あの時と同じだ。山奥の村。暴食龍と始めて対峙した時と同じ。

 二十体の暴食兵。あの時は概念起源なくしての勝利は不可能だった。

 

「様子見……ってことでいいの?」

 

「そうみたいだな。ルエ殿。予定通りで構わないか?」

 

 後方から問いかけてくるシェルの言葉に、師匠がうなずく。

 それを受けて、僕は手にした概念武器を暴食兵に突きつける。

 

“もう、あの奇跡の雨は降らせられないよなぁ? だからよぉ、()()()()()()()()()()()んじゃないかと、俺はヒヤヒヤものなんだけど――”

 

「馬鹿だな――」

 

 暴食龍の安い挑発。こちらを完全に見下したその発言に、けれども僕は笑みを深めて、

 

 

「――あの時と、僕らが同じままのはずが、ないだろう!」

 

 

 二十の暴食兵へ向けて、駆け出した。

 

 

 ◆

 

 

“オイオイオイ”

 

 ――駆ける。

 

“オイオイオイオイ!”

 

 ――切り裂く。

 

“オイオイオイオイオイ!! どォいうこったよ、これはよォ!”

 

 そして、踏み潰した。

 

 デフラグ・ダッシュの高速移動、足に当たり判定のあるそれが、暴食兵の一体に突き刺さり、()()()()()()()()()()

 

「これで――」

 

「――のこり18だ」

 

 同時に紫電の槍を薙ぎ払い、()()()()()()()()()()()()師匠が、笑う。僕らはそのまま駆け出すと、次の暴食兵に一撃を加えながら離脱していく。

 

 暴食兵は現在、シェルとリリスめがけて突撃していた。数匹は僕らに向かってくるものの、十匹単位でそちらに群がっていく。

 四方八方から襲いかかるそれは、シェル一人ではそうそう対応できないものだ。だから、僕らが動く。

 

「“G・G(グラビティ・ガイダンス)”!」

 

「“P・P(フォトン・プラズマ)”!」

 

 移動技でシェルの左右に飛び込んできた僕らが、迫る暴食兵を上位技のノックバックで吹き飛ばす。更にもう一方、シェルの後方、リリスの方に迫る暴食兵へめがけて、

 

「“E・E(エレクトロニック・エクスポート)”」

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”」

 

 二人がかりで、そのドタマを叩いて、吹き飛ばした。

 着地しながら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり、

 

「――“L・L(ルーザーズ・リアトリス)”!」

 

「“L・L(ラスト・ライトニング)”――ッ!」

 

 脇から迫る暴食兵へめがけて、大技を叩き込んだ。

 これで16、一気にスカスカになったリリスの後方を駆け抜けながら、僕らは暴食兵を切り裂いてSTを稼ぎつつ、更に敵の数を減らしていった。

 

「凄まじいな、後ろを意識しなくていいとなると、これほどまでに戦いやすいとは!」

 

「あの時と同じようで、何もかもが違うの!」

 

 叫ぶ二人に軽く視線を向けて返しながら、僕らは大きくリリスとシェルの周囲を走り回り、迫る暴食兵を切りつけては、ノックバックで攻撃のタイミングをずらす。ズレたことで一体ずつ対処すればよいシェルが、

 

「“P・P(プッシュ・プラント)”!」

 

 新しく覚えた強烈なノックバックでそれを吹き飛ばしていく。対処しきれないところはリリスもナイト・ナックルで対応するし、囲まれてしまったら、僕らが割って入り吹き飛ばしていた。

 一度に四体までならば、先程のように対応可能だ。

 

「13、どうした!? こちらには()()()()()()()()()()()()()ぞ!」

 

“あァ!?”

 

 挑発する僕に、キレちらかす暴食龍はあくまで上空からこちらの動向を見守るに留める。挑発には乗ってこないのは目に見えていて、だからこそ一方的にマウントをとっても、あちらは叫ぶことしかできない、とも言える。

 

 なにはともあれ、戦況は一方的だった。

 理由はいくつも在るだろう。後ろを守る必要がなくなり、リリスたちに向かってくる暴食兵だけを気にすればいいというのが、まず一つ。

 

 前提レベルでは、それが一番大きな理由だろうがしかし。他にも二つ。まず何より戦場が広いために、混戦になりにくい。僕らがどれだけ飛び回っても、攻撃も移動も干渉することなく動き回れる。

 

 そして何より――

 

「“L・L(ルーザーズ・リアトリス)”!」

 

「“L・L(ラスト・ライトニング)”!」

 

 再び、最大技。

 

「のこり9。なんだ、随分と戦いやすいな」

 

「そうですね」

 

 ()()()()()()()()()()()()。即座にそれは二つに別れ、僕らは暴食兵へと襲いかかる。ああ、なんというか――前回の暴食兵戦と比べれば、

 

 あまりにも、

 

 ()()()()()()()()()()

 

 あの時は、師匠が遊撃で戦況をかき回し、僕がシェルのフォローに入っていた。後ろを意識しなくてはならない以上、どうしたってそういう布陣にならざるを得ないのだが、僕らは圧倒的に、二人でかき回したほうが強かった。

 

 そも、僕と師匠はここにシェルとリリスがいなければ、暴食兵相手ならば、一切相手にこちらを攻撃させることなく、この状況で勝利できるだろう。

 

 僕は先程ダメージは一つも入っていないと言った。けれども、それから少し、シェルの防御の隙間を縫って、一度暴食兵がリリスを攻撃した。

 

 すぐさま対応した、故に所詮一撃。されど、間違いなくこちらにとっては初ダメージ。少し余裕がなくなり、緊張に思考が依るには十分なタイミング。

 それからさらなるダメージはなかったが、こちらの攻撃の手が若干緩んだ。防御に意識を裂いていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「アテが外れたか? 残念だったな、これだけ一方的では、ろくな観察もできないだろ」

 

“ハッ、何いってんだかね、俺は高みの見物をしているだけだ。お前らのそれがなんて言うか知っているかい? 徒労っつうんだよォ!”

 

「この程度――労にもならないんだけどね」

 

 言いながら、師匠が暴食兵を切り裂いて倒す。のこり8。

 

“ああ、けどなぁ、けどなァ! 訳わかんねぇよ! てめぇオイ、強さはそう変わらねぇだろ!”

 

「――そうだな。まぁ、多少は上がってるけどね」

 

 リリスのバフ込とは言え、完全無傷の暴食兵相手に、最上位技一撃で倒せるようになっている。山間の村での暴食龍との対決時と、今の僕の位階は5つほど違う。

 半年、そこそこの激戦をくぐり抜けてみて、位階はそろそろ60に届こうかというところだ。

 多少頭打ちなところが否めない僕たちの位階だけれども、半年も旅を続ければ、死線をかいくぐれば、相応の結果が伴うものだ。

 

 とはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だからこそ、あまり気にせずに僕らは戦ってきたわけだけど、それがここに至って、僕らにとっての()()を印象づけるものとなっていた。

 

 それは――

 

“ケッ、もうてめぇらの実力なんざ興味ねぇ、押し潰せ、端末ゥ!”

 

 やがて、しびれを切らした暴食兵がこちらに突っ込んでくる。半分も数を減らせば、その物量にもはや脅威など感じないのだが。

 

 ――そうだ、僕らは圧倒的に強くなった。それは位階ではなく、状況でもなく。僕らはただある一つの、当たり前過ぎる理由でもって、暴食兵を蹂躙するのだ。

 

「押しつぶされるのは、そちらの方だ、暴食兵!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()こと。僕らに備わった連携の密は、戦闘をあまりにも一方的にするには十分だった。

 

「僕たちはあの時とは違う。何もかもが違う! それは、ただお前たちから村を守ることしかできなかったあの頃とは、圧倒的に!」

 

“知るかよ、知るかよ、知るかよォ! お前らに違いはないだろう! お前らは何も変わっちゃいないだろう!!”

 

「変わったのさ! 仲間として共にあることで、こいつやリリスと、築き上げてきたものは確かにある!」

 

 師匠の叫び。

 僕らは先程から吹き飛ばしつづけ、HPの低くなってきた暴食兵二体を同時に、攻撃を加え撃破する。もはや、シェルたちから距離を置かせるためのノックバックすら、暴食兵にとっては致命的だった。

 

“わからないねぇ、何を言ってるんだお前達は!”

 

「わからない!? これだけの数で私達を攻撃してか!?」

 

「――師匠。分かるわけ無いですよ」

 

 残り5を切った暴食兵。そのうち三体がシェル達の元へと向かう。

 

「――シェル! 合わせろ!」

 

「あ、ああ!」

 

 僕は叫んで、師匠と同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その移動技ですら、暴食兵を倒すには十分だった。

 

「“G・G(グラビティ・ガイダンス)”ッ!」

 

「“P・P(フォトン・プラズマ)”ッ!」

 

「お、おおおおッ! “P・P(プッシュ・プラント)”!」

 

 三者三様。

 僕らの攻撃は同時に、残る暴食兵へと突き刺さり。

 

 

 ――そこで、暴食兵は全滅した。

 

 

“ハッ――”

 

 そうして。

 

“笑えない冗談だよなァ、この状況は”

 

「そうするために、ここまで来たんだ、そうでなきゃ困るんだよ」

 

 ――僕と暴食龍は改めて対峙する。向かい合い、にらみ合い、一つ減って暴食龍の数は9。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 本番は、ここからだ。

 

「……しかし、分かるわけがない、とはどういう意味だ? 群で戦うというのは、まさしく暴食龍の特性そのものだろう」

 

 師匠が問いかける。

 僕の言葉、連携という言葉の意味をわからないという暴食龍の言葉。

 

「簡単ですよ、こいつに連携なんて言葉はない」

 

 僕は、剣を突きつけて。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あらゆる個体がすべて暴食龍で、そこに統率も群体もない。すべてが同じ暴食龍なんですよ」

 

 

「……は?」

 

「概念的に理解しにくいかもしれませんが――」

 

“御託はいいだろうがよ、理解できねぇんなら、関係ねぇんだからよ!”

 

「――今頃、お前はフィーとも激突してるのか?」

 

 僕の言葉に、暴食龍の答えはなく。

 

 

“食らい尽くしちまえば、同じなんだからなァ!”

 

 

 僕たちは、改めてそこで、激突するのだった。



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82.暴食龍は強い

 ――迫る暴食龍。

 奴らの動きは巧みだ。暴食兵はただがむしゃらに突っ込んでくるだけだった。それ故に何かを守る必要がなく、こちらが攻めに転じられる状況なら、翻弄できた。

 僕と師匠の連携がさらに密になり、シェルの位階もだいぶ上がっていた。あのノックバック技は、確か位階が40くらいになって覚える技だ。

 

 中盤の終わりから最後まで、ずっとメインウェポンになる優秀な概念技である。

 

「そもそも、意識が一つしかないっていうのが、いまいちピンと来ないんだが」

 

「確かに、暴食兵なんかそうですが。同じ魔物でも個体が違えば意識も違う。それが普通です。でも、暴食龍は違う。同じ意識がすべての個体を操作しているんです」

 

「そんなことできるわけないだろ!?」

 

 叫ぶ師匠。

 叫びながらも、僕らの行動は守勢だ。暴食龍には緩急が在る。突っ込んでくるだけの暴食兵と違い、攻撃のタイミングはバラバラで、こちらの嫌なときにばかり攻めてくる。

 繊細で、かつ大胆な。狡猾と評すべき、知恵者の戦い方だ。

 

 今も、一塊になって猛攻を凌ぐ僕らを、一体を囮に使って、僕を前に釣り出すことで、空いた穴に上空から別の暴食龍が飛びかかってきた。

 

“それが出来ちまうんだなぁ! 俺が俺だから! 暴食龍だから!”

 

 叫びながら、飛びかかってきた個体はリリスを狙う。このパーティの要、ここが崩れれば一瞬ですべてが瓦解する箇所を、的確に狙ってくるのだ。まぁそこは暴食兵も変わらなかったが。

 それでも、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 それが、今ヤツの攻撃が通ろうとしている。

 

H()U()N()D()R()E()D()/()H()A()N()D()!”

 

 連続攻撃、鋭く迫るそれに、僕たちの選択は単純だ。

 

「捕まってろよ! “E・E(エレクトロニック・エクスポート)”!」

 

 師匠が、移動技でリリスを抱えながら飛び退いた。迫ってくる攻撃をシェルが受け止めつつ、僕はその個体を斬りつける。

 孤立することになった師匠とリリス。当然ながら、そこに暴食龍が向かって――来るかと言われれば、そうでもない。

 

E()A()T()E()R()s()/()S()E()V()E()N()s()!!”

 

 熱線火球。何匹もの暴食龍が上空から師匠を狙い撃ちにする。よく解っている、近づくと斬りかかられるからな。大罪龍としてはHPが少ない暴食龍には、それも十分警戒に値するだろう。

 なら、遠距離攻撃で炙ったほうが早い。

 

 とはいえ、

 

「それで僕らを抑える暴食龍すら上に上げてしまったら意味がないがな!」

 

 こちらを誘うように離れていく、突撃してきた暴食龍を無視して、僕は上空に剣を構える。

 

「“B・B(ブレイク・バレット)”!」

 

 遠距離攻撃を火球を放った直後の奴にぶつける、このタイミングは逃げようがないのだ。そしてこの概念技は、

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 移動技へとコンボできる! そのまま空へと飛び上がった僕は、スロウ・スラッシュで手近な暴食龍を切り刻みつつ、更に移動。

 同時、

 

「舌を噛むなよ、リリス! “E・E(エレクトロニック・エクスポート)”!」

 

 師匠もまた飛び上がる。

 空中では、僕らと六体の暴食龍が入り乱れる乱戦になった。

 下に残った暴食龍は三体、これは些か厳しい数字だが、それでも――

 

「俺をなめるなよ、暴食龍!」

 

 シェルが攻撃を一つ一つ、丁寧にさばいていく。暴食龍は基本的に熱線以外は大きな攻撃よりも、連続攻撃を何個も重ねてくるタイプの敵だ。一つ一つは威力が抑えめで、受けるタイプの壁であるシェルにとっては、かなり戦いやすい相手と言えた。

 

 とはいえ、ジリ貧。終わりが見えないのだ。

 

 状況を打開しようにも――

 

「――()()! “(ルーザーズ)――」

 

“させるかよォ!”

 

「ぐっ――!」

 

 暴食龍に対しても有効な攻撃手段。一撃必殺。それを為し得うる最上位技。その発動までコンボを持っていっても、その予備動作で暴食龍に潰される。

 

 ()()()()

 

 いや、そうではない。

 これには絡繰があった。

 

 今、僕の眼の前には二体の暴食龍。それぞれ攻撃を加えながら、僕を牽制している。だが、これらは問題ではない、この隙を掻い潜って、最上位技を放とうとしていた。

 

 そこに更にもう一体が突っ込んでくるのだ。そして、僕に攻撃を加え最上位技を妨害すると、すぐさま離脱する。みればコレは師匠も同様だった。

 地上ではシェルも、同様だ。

 

 スリーマンセル。この戦闘における暴食龍の基本的なスタンスであった。

 二体を一人に対してぶつけ、残る一体は遊撃、こちらの攻撃が届かない状況に置いて、こちらが動きを見せればすかさず投入。そして役割が終われば更に離脱。

 

 必要とあれば別の遊撃個体も回して、二体同時の撹乱。僕と師匠が密に連携しているため、ほとんどそれはないが、やろうと思えば可能だろう。

 

 その動きに一切の乱れがない。こちらのしていることは連携だが、あちらのしていることは、さながら指を自在に動かして、キャンパスに線を描いているかのような。

 根本がつながっているのだ。

 

「これ、は――! 確かに、ここまで来ると阿吽の呼吸だとか、そういう言葉では説明がつかないくらいに……!」

 

「……モーレツなの」

 

 師匠たちの苦い声が届く。こちらも最上位技を妨害され、コンボが途切れた。次のコンボにはSTが足りない、僕は苦し紛れに手近の暴食龍を切りつけてから、地上へと降りる。同時に師匠も僕と同じ地点に着地した。

 そのまま、一気にシェルのもとへと滑り込む。シェルに群がる二体を吹き飛ばしつつ、そして見上げた。

 

“お前らはよォ! 解りやすいんだよ! その攻撃、概念技。一番強いのは何度も普通の攻撃を()()()()()()ならねぇんだろ? 概念使いってのは、不便だよなァ!”

 

 そして、暴食龍は、

 

 ――すべての個体が、熱線を僕らへと構えていた。

 

「……ッ」

 

 さすがにこれは……まずい、と四人の思考に焦りがよぎる。

 

“俺はこうすればいい、てめぇらとはそもそものデキが違う!”

 

 そして、すべての個体が、

 

E()A()T()E()R()s()/()S()E()V()E()N()s()!!”

 

 最大火力の熱線でもって、僕らを包囲する!

 飛んでくる数は最大で9、とはいえ、完全同時では意味がない。連続で、僕らを追い詰めるように。

 

 僕と師匠が飛び出して、その大部分を受け持つ。シェルたちも動き回りながら、狙いを定めないようにしているが、こちらはあくまでその場回避メイン。リリスもシェルも、止まらないように動き回りながら、時にはシェルが火球を受け止めていた。

 最大まで防御で固めたシェルなら、あれでも半分持っていかれることはないだろう。

 

 最大では9だが、連続で放つゆえに攻撃が途切れることはない。僕らは再び空へと上がって、ST回復を優先しながら暴食龍を攻撃して回るが、奴は先ほどと比べて、さらに慎重に動いていた。

 あくまで遠距離の火球に攻撃を絞りつつ、こちらが近づけば引く、というのを徹底する。これではコンボを繋げることはできない。ST回復が必要であるため、今はそれでも構わないが、準備が整った段階で、攻めるのが難しくなった。

 

 加えて、ここまで僕らが大きなダメージを受けていないため、リリスはシェルの回復に集中すれば良い。しかし、あの火球は僕らが一撃でも受ければHPの殆どを持っていかれる。

 即死するほどの火力ではないが、立て直すにはリリスの回復が二回は必要だ。それをこちらに向ける間、シェルは無防備になる。

 

 ――戦線はそこから瓦解するだろう。

 

「攻めきれない……!」

 

「耐えてください! とにかく焦っちゃだめです、耐えて、耐えて! 耐えるんです!」

 

「……っ!」

 

 師匠もわかりきっていることだから、それ以上は何も言わない、けれども苦しそうだ。()()()()()()()()()()とは言え、暴食龍の猛攻はとにかく果てがない。

 どれだけこちらが切りつけても、底がまだ見えない。

 

 僕らは、先の見えない蟻地獄に、囚われてしまったようだった。

 

“阿呆だよなァ、お前らは。()()()()()()()()()()だったのか? だとしたら、そんなもん()()()()()だ!”

 

「うるさいな……! 黙ってみていろ!」

 

“黙る? く、ハハハハハ! オイオイ、こんな一方的な状況で、口が軽くならないのは傲慢龍くらいだぞ。解ってないな”

 

 暴食龍の、侮蔑の視線がこちらへ向いた。

 

“お前らは狩られる側なんだよ! 俺たち大罪龍に、狩られて餌になるしかねぇ!”

 

「――違う! 俺たちは挑戦者だ! お前たちという災厄に、大罪龍という外敵に、挑戦し、打ち勝つ! それが人のあり方というものだ!」

 

 ――シェルが叫んだ。

 これは、

 

「お前たちを倒さなきゃ、俺達に未来はない! 未来がないから、作るんだよ!」

 

 ――僕たちでは、叫べない言葉だ。

 僕は、次を見ている。師匠も、リリスも、そんな僕についてきてくれている。今だけを見て生きられるのは、未来を知らない人間の特権だ。

 だからシェルだけがそれを叫べる。

 

 高らかに、そしてだからこそ、誇らしげに。

 

“それが許されるのは――”

 

 しかし、

 それが暴食龍の逆鱗に触れたのか、

 

“俺たち、大罪龍だけだ――! 俺たちという種の頂点に、跪け! 人間!!”

 

 ――その攻撃が、一気にシェルへと向かう。

 

「シェル!」

 

「構わない!! 行け!!」

 

 その叫びを受けて、僕らはすぐに動く。ここで迷っていてはだめだ。僕らはすぐに動いた。STは十分に回復している。ここからは、より攻撃的に!

 

「おおおおおおおおおおッ!」

 

“チッ――”

 

 同時に、シェルが駆け出す。リリスから離れるように、火球は一斉にシェルへと向かってくるのだ。これを彼一人で回避するのは無茶。移動技もないのに、到底容易なことではない。

 だが、彼はやると行った。

 このままではどこかで瓦解せざるを得ない状況。降って湧いた機会、ならばこちらもためらわない。

 

 ここで()()

 

「う、おおお! “S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

「“T・T(サンダー・トルネード)”!」

 

 叩き込む。とにかく前に! とにかく攻撃を! 無我夢中に、あらゆる暴食龍へ。

 その間、シェルは劫火に晒されていた。飛んでくる火球のいくつかは既に受けている。リリスがひたすら回復を飛ばしているが、若干タイミングのズレが見える。

 

 ――必ず限界が来る。ならば、()()()()()()()()

 

「ああもう! 逃げるんじゃない!」

 

“ハハハ! 馬鹿だなぁ、逃げるに決まってるだろ!”

 

 ああでも、すぐに限界は来た。

 シェルに、回避できない火球が二発向けられた。二発なら、受けても死にはしないが、リリスの回復が間に合わなくなる。

 まずい、そう思って、行動に移した。

 

「くそ、やるしかない――!」

 

 最上位技。それを放つべく、火球を構えた暴食龍へと飛びかかり、

 

 

“させるかよォ!”

 

 

 ――直後、暴食龍の飛び蹴りが飛んできた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 何が起きるか、単純だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。僕はまともにそれにぶつかると、一気に地面へと叩きつけられた。

 

「ぐ、ぅ――」

 

 ダメージは大きくない、回復は必要ないだろう。余裕のあるときに飛ばしてもらえばいい。どちらにせよ、シェルに飛んでくる二発のうち、片方は防げたのだ。

 とはいえ――

 

「……また!」

 

 一からやり直しだ。

 同時に、師匠も似たような経緯で地上に落ちてくる。そして火球は、こちらへも向けられ始めた。慌てて回避する、ダメージは小さいとはいえ、()()()()にはいった。火球の一発も、ここからは受けられない。

 リリスが立て直すまで、僕らは回避に集中する。

 

 そして、それが完了する頃には、

 

 僕らは再び背中合わせに、暴食龍に囲まれていた。

 

“愚か、愚か。まったくもって愚か! ああ、悲しいねえ!”

 

 ――暴食龍は狡猾だった。

 とにかく戦い方が巧い、こちらに深追いさせないこと、自分の強みを押し付けることに関しては、まさしく天才的と言って良い。

 

 奴の戦術は、とにかく相手のペースにさせないこと。こちらのペースを乱し、自分のペースで戦闘を始める。前回の戦いで、僕が決着で無茶をしてくるタイプなのは把握しているからだろう、とにかくこちらに、()()()()()()()()()()()行動が多い。

 あくまで慎重に、踏み込むことはなく、こちらを少しずつ詰めていく。

 

 そしてそれも、大詰めに差し掛かろうとしていた。

 

 ああ、だから、ここまでくれば明白だった。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 あいつはとにかく何かをさせない戦い方をする。させないから、できない。それが奴の基本中の基本。だから、()()()()()()()()()()()()に気が付かない。

 というよりも、奴の性格がとにかく()()に対して弱いのだ。

 

 それは何か。

 

“――これだけやっても、お前らは俺に届かない。気付いてるんだろう”

 

 簡単だ。

 

()()()()()()()()()()()()()。その意味が、わからないお前らじゃねぇよなァ”

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

 それが、故に、やつは増殖を()()()()()()()()()()()()()()()。こちらが、()()()()ように見せることで、奴に余裕をもたせることで。

 

 

“――チェックメイトだ、クソ野郎共!”

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()()()

 

 ()鹿()()()()()

 

 

 ――――()()()()()()()()()()()()()()()()()!!




次回からエンフィーリア視点の話となります。
なので、ピンチで切るか逆転できるところで切るかは悩みましたが、本作は逆転決まってる状態で切る作品だと思うので、ここでキリます。
次回の主人公視点はしばらくお待ち下さい。


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EX.エンフィーリアの冒険(一)

 ――一人で旅をする道は、とてもとても、遠く思えた。

 アタシ、嫉妬龍エンフィーリアは大罪龍、魔物たちの頂点で、一人で入れば魔物に襲われることはない。だから、その歩幅は軽快で、最初のうちは、皆と旅をしている時より数段早く、足を進めていたのだけど。

 

 ふとある時から、休憩が増えていることに、気がついた。

 

 なんだか胸にのしかかる重い感覚が煩わしくて、急に足を止める。そのまま少し考えて、道の脇に座り込んで、空を眺める。

 人と行き交うことはない。もともと人なんてほとんどいないし、この時代、一人での旅は無謀を通り越して不可能だ。だから、今人と出くわすと不自然になる。万が一を考えて、よほどのことがなければ、人の道は避けて通っていた。

 

 今は、そうも行かないけれど。

 ――山奥の道を進んでいた。先に進むにはここしか道がなく、だから避けて通るわけには行かない。ただ、ここを通る者はいない。そもそもこの道が結ぶ集落は、すべて大罪龍と魔物に焼き払われていた。

 

「あっちはグラトニコスで、こっちがグリードリヒかな」

 

 人を襲う大罪龍なんて、そもそもその二体くらいだけど。よりにもよって近くの集落が、それぞれ別の大罪龍に狙われるなんて、不幸としか言えない。

 自分がそれと同じ存在だからって、そのことを気に病むつもりはないけれど、ちょっとやるせない。

 

「どっちにも襲われたなんて人も、いるのかしら」

 

 そう考えて、いるのだろうな、とアタシはため息をつく。

 一人で旅をすると、余計に大罪龍の足跡を見つけて、なんというか、心に来る。それは罪悪感ではなく、怒りとか、そういうものに近いだろうか。

 いや、違うかな。

 

 ホッとしているんだ、アタシは。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そう思う根源は、嫉妬なのかもな、とも思うけれど。アタシはそもそも、そんな事ができるほど余裕がなかった。そりゃあ、普通の人間が束になっても負けるとは思わないけど。

 ――アタシたちがこの世界に現れて、そろそろ百年。正確には八十年だったかな? そのくらいの時間が経って、概念使いは強くなってきた。

 

 ルエはバグみたいなものだけど、ラインやアルケのような、コミュニティ一つをまとめる旗頭になるだけの強さを持ったやつ。

 そんな奴は下手すると、単独でアタシを倒せるかもしれない。

 

 流石に、概念起源の一つでも使わないと、っていうのはあるけれど。それなしで勝てるのは、それこそ()()()くらいよね。

 

 だからまぁ、アタシは弱い。そんな弱いやつが人類の敵に回っても、特に印象にも残らず、どこか知らないところで倒されるだけ。

 アタシが敵に回る意味もない。だからアタシはグラトニコスのようにはならなかったのだ。

 

「一体だけなら、あいつもアタシと変わらないはずなのにな」

 

 正直、グラトニコスは羨ましい。

 あいつは、おそらく大罪龍の中で最も敗北に近い存在だ。常に負ける可能性があり、人類が総力を結集した場合、あいつはきっとそれに勝てない。

 

 数を誇るが故に、同じ数では人類に敵わない。

 だというのに、あいつは人類の敵に回った。回ることに、躊躇いすらないようだった。

 

 ――あいつと直接顔を合わせたことは、二回ある。基本的に、アタシたち大罪龍の間に交流はない。一箇所に集まって話をすることもないし、理由もない。

 ただ、一時期、交流が生まれる時があった。

 

 生まれてすぐの頃だ。生まれてすぐ、アタシたちは世界に自分だけで放り出された。今のように棲家はなくて、それを探すところからアタシたちは始まった。

 その間の人類への襲撃はそこまで行われていなくて、グリードリヒが好き勝手自分の欲望のままに動いていた程度。

 

 棲家になり得る場所は限られていて、必然アタシはグラトニコスとブッキングした。それが始めての会話。結局その場所はどちらもお気に召さず、アタシもグラトニコスも棲家にせずに去った。

 次に、これからアタシが向かう場所。

 

 そこでグラトニコスは、プライドレムに襲撃されていた。プライドレムが序列をはっきりさせるため、配下として他の大罪龍を効率的に使うため、そうしていたのだ。

 そんな現場に、偶然出くわした。本当に偶然。多分父様もそんなところまで、アタシ達の行動を誘導したりはしないと思う。

 

 結果はまさしく蹂躙だった。

 グラトニコスは強い、けれどそれは数の強さだ。常に無敵であるプライドレムに勝てるはずもない。強力な個によって、グラトニコスはなすすべもなくやられた。

 

 そして、配下に加われと言われたグラトニコスは、どういうわけか不思議なことに――

 

 ――()()()()()()()のだ。正直、その時の奴の気持ちは、アタシにはさっぱりわからなかった。少なくとも、その場では。

 

 ただ、今ならなんとなく分かる。

 あいつは、きっと――

 

「っていうかそうだ。あの時も一人旅だったじゃん。なんで忘れてたのよ」

 

 そしてそこでふと気がつく、思い返してみれば、そもそも一人旅というのははじめてではなかった。棲家を探す間、アタシは基本一人で旅をしていたのだ。

 よく、エクスタシアに絡まれていたけれど、基本は一人だった。

 

「でも……あのときはそれでよかったのに」

 

 その時、アタシが探していたのは、()()()()()()()()

 

 けれども今は、

 

「――今は、アタシ。一人でいるのが嫌なんだ」

 

 それを、大罪龍が見れば弱くなったと笑うだろうか。目的地に待っているグラトニコスは、きっと笑うだろうな。

 そしてそれは、むしろそのほうが、アタシはあいつらとは違うと実感できて、アタシとしても助かるのだった。

 

 

 ◆

 

 

 歩みが遅れる原因が人恋しさにあると解ってしまうと、どうしてもそれを慰めたくなるものだ。山奥の道を抜けて、まだ集落が無事な地域にやってきた。

 この辺りは、今までアタシたちが活動していたあたりと比べると被害が大きい。

 

 そもそも、集落を守ってくれる概念使いを派遣してくれるところが近くにない。ライン公国にしろ、快楽都市にしろ、怠惰龍の足元にしろ。

 今は、そういうのがないところに、あまり人は住めなかった。

 

 それでも残っているこの集落は、概念使いが優秀なのだろう。そう思って、私はフラフラとその集落に引き寄せられた。買い出しに一人で出ているといえば、単独で動いても怪しまれないだろう、そんな程度に考えて。

 

 

「――出ていってくれ」

 

 

 集落に入るなり、開口一番それだった。

 概念使い、羨望のエンフィーリアと名乗り、それが嫉妬龍に繋がらなかったことから、大丈夫だろうと判断したが、彼らはそっけなかった。

 

「概念使い? ふざけるな、化け物と何が違う。近づくな、汚らわしい」

 

「い、いや、何言ってんのよ、概念使いがいなけりゃ、こんなところで無事に生活できるわけ――」

 

「違う、我らを守ってくださるのは聖女様。概念使いなどではない」

 

「え? それ概念使いじゃ……」

 

「ふざけるな!!」

 

 アタシがそうつぶやくと、周囲から怒号が飛んだ。なに、なに、なに? 意味わからない、わけがわからない。困惑したまま、完全に敵に回ってしまった村人たちをそれ以上刺激したくなくて、アタシは何も言えずに、その場を後にした。

 

 しばらく一人で困惑して、それから何とか状況を飲み込んで、理解した。

 

 聖女様っていう概念使いが、村人を騙してあそこに居座ってるんだ。どこかから追われて来たのだろうか。もしくは、その聖女様自身が自分を概念使いと認めたくないとか。

 でも、何にしたって、それで村を守って人々を活かしてるわけだから、これも概念使いの一つの在り方よね?

 

 と思って、人の情緒ってやつに疎いアタシは、そういうこともあるのかと、それについては納得した。まぁ実際は、よくよく考えればだいぶおかしな部類には入るのだけど。

 とはいえ、その点に関しては、そもそも気にする余裕もなかった。

 

 ――拒絶された。

 

 なんというか、久々の経験だった。旅をしている間に、概念使いであることを疎まれることは何度かあったけれど、それは周りに仲間がいれば気にならなかった。

 けど、一人だと、後に引いた。

 

 最初のうちはまぁそんなもんよね、って流せたけど。だんだん一人でいるうちに、そのことがなんとなくアタシの足取りを重くしたんだ。

 やがて、アタシが足を止める機会は更に増えた。かなりのハイペースでは進んでいるけれど、それにしたって休憩が多い。普段の2倍くらいで進んでいたのが、今では1.5倍くらい。とてもじゃないけど、進めてないな、と思った。

 

 でも、どうしても思うのだ。

 拒絶されるのが怖い。失うのが怖い。おかしな話である。

 

 アタシは嫉妬龍、手に入らないから人を妬み、持っていないから人を羨む、そんな大罪に苛まれたアタシが、今は失うことを怖がるなんて。

 どうかしている。

 

 あいつに会いたい。

 あいつがいれば、寂しいなんてこととは一生無縁でいられるのに。

 

 ――アタシの大好きな人。世界で一番愛してる人。

 強引で、むちゃくちゃで、無理ばっかりするけれど、一度だってアタシの信じるあいつを、裏切ったことはない。というよりも、あいつ自身が、あいつを裏切りたくないんだと思う。

 心の底にあるものを、曲げたくない奴。それがアタシの一番好きなアイツだった。

 

 あいつは、気にしないんだろうな。

 別の世界から来て、なんとなく実感が湧かないと言うか、経験がないということもあるのだろうけど、もしもそういう場面に直面したとして、変わらず前にすすめるのが、あいつの強さだ。

 アタシなんて、こうして何度も立ち止まっているのに。

 

 あいつはいつも、変わらずに。

 アタシの前に、いてくれてたんだ。

 

 それでも、前に進むことを止めたりしなかったのは、あいつが待っていてくれるからだ。

 この先に、グラトニコスを倒したアタシを、目一杯褒めるために。なんて、うぬぼれ以外の何物でもないけれど。

 

 アタシは前に進んだ。

 その先に、あいつの背中があったから。

 

 

 やがて、だいぶ足を進めて、もうまもなく。決戦の舞台に、アタシは辿り着こうとしていた。

 

 

 ◆

 

 

 ――きっと明日は決戦になる。

 それまで、昼夜問わず歩き続けてきたアタシだけれども、ここで一旦休憩を取ることにした。夜も更けて、前も見えないくらい暗くなって。

 アタシには、それを何とかする大罪龍としての視界があるけれど。

 

 その夜は、不気味なほどに、暗かった。

 

 月も星も出ていない。存在全てがあやふやになったかのような夜。アタシはカンテラの灯りを眺めながら、ぼんやりと横になっていた。

 

「明日は決戦か」

 

 グラトニコス。

 暴食龍は、最弱で、最強で。他にはない特性を持った唯一無二の龍。あいつ自身が言っていたけれど、翼竜という形態は他の大罪龍にはない姿かたちで、これもまた特殊。

 

 何から何まで、ただ弱いだけのアタシとは、まったく別種の存在だった。

 

 それを思い返して、ふと考えてしまう。

 

 

「――勝てるのかな、アタシ」

 

 

 相手は満腹個体。つまり、最大で二体の暴食龍を相手にしないといけない。一方的に勝てる戦力差なら、分裂した二体のうち片方は逃げていくだろうから、楽なのだけど。

 そうではないから、二体の暴食龍というのはアタシにとって単なる脅威にしかならない。

 

 でも、スペックの上では勝っている。熱線の威力さえ除けば。だから、自分の戦い方をすればいい。これまで身につけてきたもので、あいつを倒せばそれでいいのだ。

 

 けれど、でも、ああ、なんでかな。

 

「……怖いよ」

 

 わからない。

 怖い。

 負けることが、ではない。戦いの果てに、()()()()()()()()()()のが一番怖い。アタシはあいつに勝てるの? あいつを超えられるの?

 それだけの経験を、してこれたの?

 

 わからないのだ。

 

 だって初めてのことだから。

 

 一人旅だけなら、初めてではない。でも、隣に誰もいない戦いは、きっとこれが初めてだった。だから、どうすればいいのかわからない。

 私は不安で不安で、それが一向に収まらない。

 

「ねぇ、どうすればいいの。どうしたらいいの。どうするのが正しいの」

 

 問いかける。問いかけたい。教えてもらいたい。

 あいつに、アタシの大好きな人に。

 

 きっとそれを、教えてくれるだろう人に。

 

 ああでも、聞かなかったのはアタシだ。考えないようにしてきたのはアタシだ。何より、そもそもあいつはアタシに声をかけてくれている。

 それでも足りないアタシがワガママなのだ。

 

 ワガママで、嫉妬深くて、どんくさい子。

 

 アタシ、だめな子だ。

 

 こんなアタシで、いいのかな。

 

 あいつの期待に、答えられるのかな。

 

 わからないよ――でも、言えないよ。

 

 

 助けて、なんて。ここに来て、アタシが言っていい言葉じゃないんだから。

 

 

 ああ、でも。

 

 けれども、

 

 それは、

 

 

「――――ん、なんでないてるの、フィー」

 

 

 どういうわけか、届いてしまうのだ。

 アタシが連れてきた覚えのない存在。ずっと荷物の中で眠っていたらしい小さなお人形少女。

 

 白光百夜が、のそのそと起きて、荷物の中から這い出てきた。

 

「敗因に、君を助けて……って、言われたのだけど。助けるって、これのこと?」

 

 そう問いかける百夜に、思わず感極まって飛びついてしまったのは、後から考えると、大変お恥ずかしい話であった。



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EX.エンフィーリアの冒険(二)

「暴食龍……か」

 

「そうね」

 

 百夜が、アタシの目の前で、何やらうーんと考えている。何を考えているのだろう。疑問だけど、なんとなく聞きづらかった。

 というか、こいつのこと、アタシよく知らない……

 いやなんていうか、いつの間にかリリスと仲良くなっていて、仲間になったはいいけどずっと寝てるやつ、という以上の印象がないと言うか。

 そもそも会話する機会がなかった。

 

 悪いやつではない。

 なんてったってリリスと仲良くなるやつだ。大したやつで、羨ましいやつ。こんなちっこいのにも嫉妬してると、なんか自分が嫉妬龍だってことを思い出せて安心する。

 って、何を言ってるんだ私は、こいつはこんな見た目でも、本来ならあのルエよりも強くて、あいつですら単騎で勝てるかわからない相手なんじゃない。

 

 本気を出すと更に強くて、アタシたちが初めて四人で戦った相手。まぁ記念すべき相手……なのかしら?

 

 まぁ、いいや。

 さっきから変なことをかんがえてばっかりだ。多分、安堵しているのだと思う。一人じゃなかった。もう少し早く起きてくれれば、こんな思いもしなくてよかったのに。

 とちょっと思ったりもするけれど。

 

「……どうしたの?」

 

「ううん、ありがとね。アンタがいてくれて助かったわ」

 

「何故? 私、今の状態じゃ戦えない、()()()()()()()()()()ならできるけど」

 

「そういうんじゃないわよ」

 

 ――随分と、感性がおこちゃまだな、と思う。

 一応、彼女の来歴については聞いているけれど、これが私達の中で最年長って、ほんと? としか思えない。っていうか、それでリリスと対等って、あの子ホントなんなのよ……

 と思いつつ、今はこの子のことだ。

 

「あいつが、こっちに送り出してくれたのよね?」

 

「ん、必要になるからって。言い出したのは……リリスだけど」

 

「どっちも同じよ、こういう時のあいつらは」

 

 別にリリスが言わなくてもあいつならやったでしょ。これが百夜じゃなければ、多分あいつ自身が言い出してたはずだ。あいつらはそういうやつらなんだ。

 

「でも、本当に必要だった。一番いて欲しいときにいてくれたわ」

 

「これから……じゃないの?」

 

「じゃない。今」

 

 ぎゅーっと、小さい百夜を抱きしめる。表情を少しだけ苦しそうにしながらも、そのままでいる百夜に感謝しながら、しばらくそう続けて、

 ゆっくりと地面においた。

 

「飲む?」

 

 とりあえず、脇に置いてあったカップを取り出してみる。飲めるかって言うと微妙なところだけど、でもまぁ飲めないこともない。

 そんな感じ。

 

「ん、いらない。もともと、食事に、興味はなかった……けど。最近は、とくに、どうでもいい。今は……寝るのが……好き」

 

「そうなの? まぁ、いつも寝てるものねぇ」

 

「えへん」

 

 いや、何故そこで自慢げになる。つんつんとそんな百夜を突きつつ、アタシは苦笑する、っていうかなんか眼がばってんになるんだけどどうなってるのこれ。

 

「ん、落ち着いた?」

 

「落ち着いたわよ。……もう、こんな小さいのに心配されると、なんか妬ましいわね」

 

「小さくない、お姉さん」

 

 小さいのとお姉さんは関係ない、ぺしっと軽くデコピンをしつつ、カップに口をつける。うん、コレくらいがいい。アタシは熱いのが苦手なのだ。

 

「あなたは、私がお姉さんっていうと、信じられないって顔する。……信じられないのは、こっち」

 

 ちょこちょこと、百夜はアタシの体を登り始めた。服をよじ登られると、なんだかむずかゆい。もう、重いから腕を伝って上がりなさいよ。

 そう言って手を差し出しながら、百夜の話を聞いた。

 

「嫉妬龍、こんな顔で笑わない」

 

「どういう顔よ」

 

「幸せな顔と、困った顔」

 

 ――まぁ、それはそうだろう。アタシは今、アタシでも信じられないくらい楽しくて笑うし、周りの様子がおかしくって笑う。

 今、こうしてアタシの体をアスレチックにしている百夜も、なんだか面白い。というか、兎にも角にも変なやつ。

 

 そんなの、本来の歴史ってやつからしてみれば、絶対にありえないことなんだろう。

 

「そんなに酷かったかしら、私」

 

「力を持って……ない頃は、そんなに。酷くなったのは、力を持って、から」

 

「……そこは、まぁそりゃそうでしょ……」

 

 力を持った頃。帝国とやらにひどいことをされて、そこから逃げ出してから、倒されるまでの短い時間。何があったか……は、端的に言って、()()()()()()()しか知らされていないけれど、それはもう酷かったと聞いている。

 でもまぁ、もし。

 

「もし、あいつに出会ってなかったら、その時はアタシの絶頂期だったでしょうね」

 

「そうだね」

 

「特にその前まで、ひどい目にあってたならなおさら。止まる理由なんてない。反省して後ろを振り返る楔も、正直ない」

 

 ――もし、そうなった時のアタシは、きっとエクスタシアでも引き止めるには弱いだろう。その時、エクスタシアはそれまで築き上げてきた街を全部失って、それどころじゃなかったみたいだけど。

 あの快楽都市、エクスタシアの理想みたいな場所を失ったんだ。多分、本人はそんなに気にしないだろうけど、正直アタシとどっちが不幸だったかは、あんまり比べられないな。

 

「あの嫉妬龍は、本当に……酷かった。強くなったからって、会いに行ってみたら、あった瞬間、熱線でこんがり」

 

 もわもわ、とジェスチャーをする百夜に謝りつつ、でもまぁ、気持ちは分かる。

 

「アンタみたいに強くて、しかもそれが当然みたいなやつ、アタシ大嫌いだものねぇ」

 

「えっ」

 

 そう言われて、傷ついたように泣く百夜。ああごめん、違うって。

 

「今はそんなことないわよ。アンタも、面白いやつだと思う。妬ましいのはそりゃあるけど」

 

 まだ全然話してはいないけど、悪いやつでないことは分かる。こうして、アタシが弱ってるときに話しかけてくれて、それだけでも好きになるには十分だ。

 

「……ほんとに変わったね。特に、ダメになってたころとは、正反対」

 

「そんなに?」

 

「あの時の、嫉妬龍……もう、見るものすべてが、妬ましかった……みたい?」

 

 なんで疑問形なのよ。

 

「正直、ちょっと記憶が曖昧。もう何百年も前、印象で語ってるところ、結構ある」

 

「そりゃまぁ、そうでしょうけど。っていうか、そんな何百年も生きてると、やっぱり記憶って曖昧になるものなの?」

 

「大まかなことは……覚えてる。こんがりもわもわとか、印象的なことも。でも、あとはざっくり」

 

「ふぅん」

 

 多分、あなたもこれからそうなる。と言われると、まぁそりゃそうだとしかならない。でも、強いて言うなら――そんなふうになるくらい、あいつと一緒に生きたいな、とは思った。

 

「特に違うのは――」

 

 そういって、アタシの頭の上からこちらを見下ろす少女。目があった。じーっとこちらを、覗き込んでくる。

 

「違うのは?」

 

()

 

 端的に、言われた。

 

「その眼が違う。雰囲気も、感情も、全部。今のフィーは、きれいな眼。嫉妬龍は、きたなくて、こわい眼だった。濁ってて、ふわふわ」

 

「リリスみたいなこと言うわね……でも、そう。何ていうか、難儀なことになってんのね」

 

 完全に他人事だった。いやだって、本当に他人事だから。未来の自分、同じ道を歩むことはなくなった自分。もう、嫉妬龍ではない自分と、同じくらい違っていると言えた。

 

「今のフィーの眼は、好き。ずっと見ていたい」

 

「……ありがと」

 

 そう言いながらも、そのうち百夜はまた頭を上げた。あの態勢はつかれるのだろう。今度は、アタシと同じ方を向いている、ということになる。

 

「別にね、嫉妬を捨てたわけじゃないのよ。今でも妬ましいものは妬ましい。――今回だってそう」

 

「今回?」

 

「グラトニコスのあり方が、妬ましかったからひっくり返してやろうと思った。根底にある、今回の動機はそういうものよ」

 

「暴食龍の……?」

 

 多分、あまり伝わらないと思う。

 この気持ちがわかるのは、世界で私と暴食龍だけだから。そのうえで、肯定するのがあいつで、否定するのがアタシだ。

 

「ただ、嫉妬に対するスタンスはだいぶ変わったと思う。あいつに会って、あいつに魅せられて」

 

「スタンス」

 

「アタシは嫉妬龍。そこは変えられないのよ。アタシは嫉妬を抱いて生きるしかなくて、嫉妬がないとアタシはアタシじゃなくなっちゃう」

 

 嫉妬がなければ、アタシは生まれてこなかった。

 それは絶対に変えられないことで、変えちゃいけない大前提。嫉妬することでアタシは生まれ、アタシは今も嫉妬している。

 

 誰かを好きなればなるほど、好きになった部分に嫉妬する。

 

 アタシの中にある、圧倒的に救いようのない命題だ。これを変えることは、そうそうできるはずもなく、だからアタシは人という存在を遠ざけた。

 最終的に、敵に回すことにした。

 

 でも、今は違う。

 

「嫉妬するってことは、嫌いになるってこと。()()()()()()()()()()()()()()。あいつが教えてくれたのよ、別に、嫉妬したからって嫌いになる必要はない」

 

「どういうこと?」

 

「嫉妬する部分が増えれば増えるほど、()()()()()()()()()()()()。そいつと深く仲良くなれる」

 

 ――私がこの世で、最も嫉妬している相手の顔を思い浮かべた。

 

「そいつはどうしようもなく前向きで、妬ましい」

 

 とにかく前に進むことに躊躇いがなくて、自分の行動を疑わない。それが素晴らしいことだと、胸を張って言ってのける姿に憧れた。

 

「そのくせ、言ってる事は子供っぽくて、なのにどこか頼りになるのが妬ましい」

 

 あいつのやろうとしている事は荒唐無稽で。あいつが根底にある“負けたくない”は、子供みたいな理由で育まれたもので、でも、それを今も変えずに持ち続けて、力に変えられる姿に憧れた。

 

「困っている奴を救うのが、難しければ難しいほど、頑張れるのが妬ましい」

 

 目の前に救われない人がいて。そのために命すら賭けて動くことができる。ちょっとカッコつけなところはあるけれど、常に本物の言葉ってやつをぶつけてくる姿に憧れた。

 

「こんなにも、妬ましくって、妬ましくって、妬ましくって。アタシの心をかき乱してぐちゃぐちゃにする。どうしようもなく嫉妬を向けずにはいられない人」

 

 それは、

 

 

「そんな人が、アタシは世界で一番、大好きなのよ」

 

 

 笑顔で、

 幸せに、

 

 言ってやって見せるのが、今の自分らしいと思えた。

 

「おー」

 

 上から百夜の拍手が聞こえてくる。

 

「ちょ、ちょっと! そういう反応やめてよ! なんか恥ずかしくなってくるじゃない」

 

「多分、さっき、この世界における、恥ずかしい選手権、世界一位だった」

 

「何いってんの!?」

 

 ああ、恥ずかしい。

 なんでアタシ、こんな事言ってるんだ?

 少しかんがえてみると、自分から言い出したことだったから、何ていうか言い訳の余地がどこにもなかった。悲しいかな、アタシはそれはもう救いようがないくらい、勝手にのろけて、勝手に自爆していたのだ。

 

「んんっ! で、結局何なのよ。これで話は終わり? だいぶ落ち着いたから、明日は問題なく行けると思うけど」

 

「うん、そもそも、特に用事はなかった。困ってたから、話を聞いた。それでいい」

 

 ふああ、と大きくあくびをしながら、ここに来るまで一度として起きなかったはずの少女は、また眠りにつくようだ。

 なんか、大変そうに思えるけど、眠そうな彼女の顔は幸せそうだった。

 

 ぴょん、とアタシの頭から降りて、荷物の中へと戻っていく。

 

「それ、潰れたりしないの?」

 

「中に眠るための箱があって、そこに入ってる。下手すると、窒息するけど、私呼吸、いらないから」

 

「あ、ああそう……」

 

 よくわからないけど、わかった。まぁ、本人がそれでいいなら、それでいいだろう。みれば本当に箱があって、中はふかふかになっていた。あれの上で寝れたら気持ちいいわよね。

 

「それと――明日のこと」

 

「うん」

 

「敗因は、勝てといった」

 

「そうね」

 

「なら――」

 

 百夜は、箱の中に入り込み、こちらへ振り返りながら、

 

 

「勝つのが貴方の義務。応援してる」

 

 

 そう言って、いそいそと中へと消えていった。隣りにあった蓋を、そっと閉める。カコっと気持ちのいい音がして、それからアタシは、空を見上げた。

 

 ――あれだけ分厚かった雲がどこかへと消えて、空には月が登っている。

 

 ああ、これは。

 

 

 いい夜だな。

 

 

 顔を何度かグニグニとやって、少しだけ気合を入れ直してから、カップの中身を飲み干すと、アタシは一つ気合を入れ直した。

 これで、明日も頑張れる。

 ひとりじゃないって、本当にありがたい。

 

 勝とう、既にあいつには宣言したことではあるけれど、改めて。

 

 心のなかで自分にそう誓って、アタシは百夜の眠る箱を抱えると、それを抱いて、眠りにつくのだった。



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EX.エンフィーリアの冒険(三)

 ――暴食龍グラトニコスと初めて会った時の感情は、きっと嫉妬ではなかったと思う。

 かと言って、アタシよりスペックが低いからと見下していたわけでもなく、むしろそんな事はしたくもなかった。上からでも、下からでも見なかった、グラトニコスへの感情はきっと、

 

 恐怖と、嫌悪。

 

 アタシ、嫉妬龍エンフィーリアは、暴食龍グラトニコスというやつが、どうにも受け入れ難かったのだ。

 

“よォ、よく来たなぁ、逢いたかったぜ嫉妬龍”

 

「アタシは、これっぽっちも会いたくはなかったけどね」

 

“気が合うなぁ!”

 

 どっちなのよ、と吐き捨てて、アタシはグラトニコスと真っ向から相対する。

 

 あいつは空に、アタシは地に。こちらが見上げる構図ではあるが、どちらがどちらを見下しているかは、それは一概には言えないものだった。

 

 嫉妬の権化であるアタシにすら、単騎では敵わないはずのグラトニコス。だからといってそれを見下すには、アタシには嫌悪感のほうが勝る。

 かといって、間違いなく大罪龍最弱であるアタシを見下すには、単騎でしかないグラトニコスは、いまいち力不足が否めない。

 

 結局の所、アタシはあいつに敵意を抱いていたし、グラトニコスはアタシを馬鹿にするように見下ろしながらも、その姿に油断はない。

 

 そりゃそうだろう、あいつはここで、戦うためにアタシを待っていたんだから。

 

「――あの時の、約束を果たしに来たわよ」

 

“光栄だねぇ。あの憎ったらしい敗因の坊主より、俺を選んでくれるなんてさ”

 

「誰が……! あいつのために選んだのよ、アンタをここでぶっ飛ばすってね!」

 

 挑発と解っていても、流石にそれは聞き流せない。アタシが構えると、グラトニコスは大きく口を開けて笑った。

 

“――俺だっててめぇなんざ願い下げだよ! 嫉妬しなけりゃ生きていけねぇ雑魚が! 飛べない龍に何の価値がある! 俺に負けて、最弱の称号すらてめぇに味あわせてやるよ!”

 

「そっちこそ、貪り食うのはアンタの領分よ! 地に這いつくばって、地面でもなめて味わってなさい!!」

 

 もはやそれ以上の挑発は必要ない。

 互いに、相手への殺意と敵意を満面に、

 

 ――暴食龍と傲慢龍がかつて激突したこの場所で、

 

 アタシたちは、最弱を決める戦いを始めるのだ。

 

 

 ◆

 

 

 アタシと暴食龍の相性はどちらに有利が傾くということはない。アタシの攻撃はそのほとんどが遠距離攻撃。対してあいつの攻撃には長距離攻撃が熱線火球しか存在しない。

 故にあいつは飛行してアタシから逃げることができるものの、有効打を与えるには、接近する他はなく、またアタシの対空攻撃という利点を殺すためにも、

 

 ――地上での接近戦は、ほとんど必須と言ってよかった。

 

後悔ノ重複(ダブルクロス・バックドア)!」

 

H()U()N()D()R()E()D()/()H()A()N()D()!”

 

 一撃、アタシの鉤爪と、奴の鉤爪が激突し、弾ける。そのまま、あいつは二発目に移行、アタシはその場から飛び退くと、

 

怨嗟ノ弾丸(スリリング・ストライク)!」

 

 くるくると回転しながら、扱いやすい遠距離攻撃を飛ばす。こちらも、激突。そして、一方的にグラトニコスがそれを弾くと、こちらへ向けて突進してきた。

 あの二回攻撃ずるい!

 

“どうしたァ!? てめぇの攻撃が弾けちまったぞ!! スペック上位はてめぇのハッタリか!?”

 

「うっさい、黙ってみてなさいよ!!」

 

 戦いは、アタシが逃げるようにしながら攻撃をばら撒き、それを弾きながら追いかける暴食龍の構図。接近を許しては鉤爪が激突し、それを利用してアタシが後方に飛ぶ。

 速度の応酬だ。スピードに関して言えば、どちらも小柄のイメージどおり、かなり俊敏だ。ほぼ互角、若干こちらが勝っているものの、それが絶対的な差となるかと言えば、否。

 

 攻撃に関してもそうだ。あいつの鉤爪は一発なら余裕を持って弾くことができる。けれども、連続で二回、三回と飛んでくるものだから、そちらを回避しなくてはいけなくなり、こちらが踏み込むことが敵わない。

 

 一発一発はかなり軽いが、一発弾かれたところで次が存在している、この手数はあいつの強みだ。とはいえ、それなら一発目の時点でスペック差を利用して攻撃そのものを潰してしまえばいいのかもしれない。

 だが、

 

「……っ、こいつ! どうしてこう嫌なタイミングで!」

 

 ――巧い。

 攻撃の差し込み方、狙ってくる箇所、なにもかもがいやらしいタイミングなのだ。攻撃には呼吸、タイミングというものが存在し、攻撃するということはそのタイミングを決定すること……だとルエが言っていた。

 その点、グラトニコスは抜群にそれが巧い。すべての攻撃を、完全に計算し尽くしたタイミングではなってくるものだから、どれだけこちらが攻撃を仕掛けても、それに対応されてしまうのだ。

 

 こういうのは、アタシ達の中だとルエが抜群に巧い。何度も何度も、実戦で身につけてきた柔軟な感覚だ。これが、グラトニコスと同じタイプの戦闘勘というやつなのだろう。

 あいつは戦うのは巧いけど、練習の中で体に染み付かせてきた反復動作といったような巧さ。咄嗟のタイミングでも常に同じ行動が取れるように、精密に調整されている感じだ。

 

 グラトニコスの巧さは、ルエの巧さに近かった。

 

「そういうところも、気に入らない!」

 

“急に何いってんだアァ!?”

 

 何がそういうところなのか、グラトニコスにはわからないだろう。解ってもらわなくても結構。アタシにとってアンタはとにかく気に入らない嫌いなやつ。

 ルエは大好きだけど、とっても気に食わない恋敵、だ。

 

 だいぶ違うけど、向ける感情は同じ、ライバル心だ。

 

 ――状況を変える札はある。

 まず1つは、言うまでもなく熱線。ただ、これは使い所が難しい。あちらも熱線は使っていない、こちらの熱線に対応するためだろう。熱線だけはあちらがスペックを上回っている。打ち合いになれば不利なのはこっちだ。

 だから、もう一つ。

 

 ――相手の速度を下げる後悔ノ重複を当てる。向こうもそれは理解しているはず。だからこうして、アタシを攻めに回さないように押し込んでいるのだろう。

 

 だから、この状況で当てに行く。

 熱線は使わない。あちらの熱線火球を制限できているだけでも、その意味は間違いなくあるのだ。この近距離戦で向こうが戦況を動かしているところに、カウンターを叩き込む!

 

 覚悟を決めると、アタシは一気に距離を取った。相手の攻撃を対応することを捨てて、走り出す。

 

「怨嗟ノ弾丸!」

 

 もはや狙いもつけずに遠距離攻撃だけはばらまきながら、とにかくグラトニコスと距離を取る。

 

“反撃開始、ってかぁ!?”

 

 叫ぶグラトニコスを気にすることもなく、一気に距離を取ると、互いに一旦、停止した。

 

「そうね……その通りだわ」

 

 距離は十分に取った。この距離ならば、イニシアチブはアタシにある。無数にある選択肢のなかから、グラトニコスに食らいつく選択肢を選び出せ!

 

 ――脳内に描いた展開を、一度反芻し、

 

「食い物にされるって、アタシ、ごめんなのよ! 後悔ノ重複!」

 

 動き出す。

 初手は遠距離からの後悔ノ重複。グラトニコスは飛び上がり、体をひねるようにしながら、二度、三度放ったそれを回避する。

 

「怨嗟ノ弾丸!」

 

 そこに、細かく別の遠距離攻撃も混ぜる。狙いは少しでも攻撃を当てること。後悔ノ重複に当たれば速度低下がグラトニコスには大きい。故に、怨嗟ノ弾丸は多少無視してでも後悔ノ重複を避けなくてはならない。

 事実、あいつはこっちに接近してくるまでに、二度、三度、怨嗟ノ弾丸を受けながら突進してきていた。

 

「お、らああああ!」

 

 そして、完全にこちらへ攻撃するつもりで迫るグラトニコスに、アタシは上から飛び上がった。

 

“おォっと!?”

 

塊根ノ展開(アンダーグラウンド・スタンプ)!」

 

 踏みつけ攻撃。それは、しかしギリギリのところで回避される。けど、これはあくまで()()()()。グラトニコスとアタシは、完全に肉薄した状態で、

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「い、くわよ!!」

 

 叫び、構え、そして。

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 カウンター、そうカウンターだ。

 グラトニコスの攻撃を受け、その反動をアタシは地面に突き刺した足を軸に耐える。その後のカウンターで後悔ノ重複を叩き込む!

 

 まさか、この超至近距離、自分から招き入れた場所で、受け身を取るとは思わないだろう。通常通り攻撃を叩き込んできたあいつの攻撃を受けて、反撃!

 ――これで、こちらが大きく優位に立てる!

 

“――――なんて、考えてんだろォなぁ”

 

「え?」

 

 しかし、気がつけば。

 

 アタシの目の前で、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

“ばァか、見え見えなんだよ。んじゃ――耐えてくれや。耐えれるもんならな?”

 

「あ――」

 

 ――上をいかれた。

 

 それを認識した直後。

 

 

E()A()T()E()R()s()/()S()E()V()E()N()s()

 

 

 グラトニコスの必殺が、アタシに直撃した。

 

 

 ◆

 

 

 ――熱い。

 熱い、熱い。

 熱が、アタシの体を焦がす。龍化して、ちょっとの熱は熱いとも思わないのに、この火球は、本当に熱い。

 大きく火球に吹き飛ばされて、それでも何とか着地したアタシは、火の粉を払いながらグラトニコスを見る。

 

“――てめぇの戦い方は素直すぎる。親に剣を買ってもらったばっかのガキかなにかか? 力に目覚めて、大海を知らねぇ概念使いか何かか?”

 

「……ぐ」

 

()()()()()()()くらいじゃあ、何の意味もねぇんだよ。第一――いや、それを言ってやる必要はないなぁ。とにかく、お前は全然まだまだ未熟、戦闘じゃ俺の足元にも及ばねぇ”

 

 ――事実だった。

 

 今の攻防に、アタシが優位に立てている要素は一つもなかった。怨嗟ノ弾丸を少しでも当てる? アタシたちの体力で、そんなの一体どれくらいの意味がある?

 あいつはそれをきちんと解ってたんだ。アタシの小細工なんて、あいつのリスクにすらならない。

 

“敗因のやろォから、一体何を学んできたんだ? これじゃあ、てめぇを信じて送り出した、あの敗因も浮かばれねぇなぁ!”

 

「――うる、さい! 黙りなさいよ!」

 

“ハッ、嫌だね。――ああそうだ、ついでに教えてやるよ”

 

 ゆっくりと、グラトニコスが浮かび上がる。

 

“俺の本隊とあいつらが激突した。もう少しすれば決着がつくだろうよ”

 

「――――」

 

“その上で、言ってやる。俺があいつらに勝てるかどうかは、()()()()()()()()()()。だがな”

 

 ――賭けだからこそ、もし本気でやるのなら、グラトニコスは少しでも余裕を保とうとするだろう。安全を取ろうとする。敗北を知っているからこそ。

 あいつは言っていた。

 

 暴食龍は戦いに勝てるか判断ができるまで、()()()使()()()()

 

 ああ、けれど。

 

“――てめぇは、底が見えた”

 

 

 そんな言葉を肯定するように、今。アタシの目の前で明滅した暴食龍が、二つに増えた。

 

 

“これで、てめぇに勝てる要素は、何一つなくなっちまったな”

 

「……」

 

 ――絶望。

 目の前の状況に、ではない。

 

 勝つと言って、勝てると約束してあいつに送り出された自分。そしてそれを信じたあいつを裏切るということへの絶望。

 

「あ、あ、あ――」

 

 ――まだ、戦いは終わっていない。

 けれど、

 

 大局は、ここに見えてしまった。

 

 アタシは敗北するのだ。

 

 ――()()()()、ならば。

 

 

「――見てられない」

 

 

 そんなアタシの肩に、ひょこっと。

 

 白光百夜が乗ったのは、そんなときだった。



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EX.エンフィーリアの冒険(四)

 ――二体に増えた暴食龍。

 

 一体でも互角にやりあうのがやっと。戦術的には完全に上へ行かれている相手。それに対してアタシは――いや、アタシたちは、

 

「次、右からくる。対処」

 

 飛んでくる火球を避け、

 

「左、回避。その後反撃」

 

“チッ――H()U()N()D()R()E()D()/()H()A()N()D()!”

 

「――ッ! 後悔ノ重複(ダブルクロス・バックドア)!」

 

 一撃目を避けて、二撃目を弾きつつ、

 

「追撃、連続で行ける?」

 

「ごめんむり! らあああ!」

 

 隙の出来たグラトニコスを、吹っ飛ばす。

 続けざまに二体目が迫ってくるが、そこは百夜の指示を待つまでもなく、距離をとってやり過ごした。

 

「正解」

 

 無理な追撃はしない、最初に百夜に言われたとおりだ。アタシはそのまま怨嗟ノ弾丸(スリリング・ストライク)で牽制しながら、ステップを踏んで一気に後退する。

 

“オイオイオイ、オイオイオイオイ!! なんだよそいつはよォ!”

 

「――隠し玉ってやつよ」

 

 叫ぶグラトニコスに、アタシはたっぷり余裕の笑みでもって応える。――驚くべきことに、アタシとグラトニコス二体の戦闘は拮抗していた。

 どころか、先程はほとんどこちらが一方的に押し込まれるだけだったにも関わらず、反撃までこなしている。理由は、いうまでもなくこいつ――百夜の存在だ。

 

「次、どちらも突っ込んでくる。片方に熱線。どちらでもいい」

 

「――っ、わ、わかった!」

 

 正直、半信半疑。熱線はアタシの切り札だ。ヘタに撃つと隙が生まれる。その間に、もう片方に熱線でも撃たれたら、アタシはとてもじゃないけど、耐えられないのでは?

 とはいえ、ここで百夜の判断を疑う理由も、暇もない。

 

「――嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)!!」

 

 構え、放った。

 

“あァ!?”

 

 それを、放たれた暴食龍は大きく飛び退いて回避。急に飛び退いたからだろう、勢い余った、というような様子だった。

 

「今、終えたら即座にもう片方の方を意識しながら動いて。火球が来る」

 

“チッ、だったらよォ! 隙だらけだぜ、嫉妬龍! E()A()T()E()R()s()/()S()E()V()E()N()s()!!”

 

 百夜が言う通りに、火球が飛んできて、事前に言われていたアタシは余裕を持ってそれを避ける。

 そして、避ければ当然、後には隙だらけのグラトニコスが残るのだ。

 

「そこで――当てる。本命を」

 

「――ッ! 後悔ノ重複(ダブルクロス・バックドア)ッ!!」

 

 ――びっくりするほどあっさりと、先程アレだけアテられなかった後悔ノ重複が、グラトニコスに直撃した。

 

“――チ、ィ!”

 

「あた、った――」

 

「呆けない。以降は当たった暴食龍を集中攻撃」

 

 ぺし、と頬を叩く百夜に、アタシは即座に気を取り直すと、動き出した。

 

 ――百夜がアタシの戦闘に口を出し始めると、戦闘は即座に五分へと戻された。驚くべきことに、二対一であるはずの状況を、百夜は完璧に判断し、判別し、戦術を選択する。

 故に拮抗。

 これは、どういうことかと言えば、しかし疑問の余地はないだろう。グラトニコスには、大罪龍で唯一敗北の経験がある。戦闘経験も豊富で、アタシなんか天と地の差がある。

 でも、百夜はどうか。

 

 ()()()()()()()()()()()()と、()()()()()()()()()()()()()()()()がある。

 

 百夜は無敵ではない。この時代に来て初っ端にルエとあいつのコンビに敗北しているしこれまでの人生でも、何度かの敗北を経験している。

 本来の歴史では、その中の一敗にアタシが加わっているのだから、不思議な話だが。まぁスペック差というのは戦術的な経験を軽くひっくり返すということだろう。

 

 その点でいえば、二体に増えたグラトニコスは、手数こそ厄介だがスペックではどうあってもアタシに及ばない。加えてこちらは速度低下などの豊富な弱体化手段を有する。

 ようは、完全に戦術の問題だったのだ。

 

 それが、百夜という外付け戦術回路によって、ひっくり返った。

 

 故に五分。

 

 ――行けるかもしれない、そんな考えが、アタシの中には浮かびつつあった。

 

 戦闘は、そのまま速度低下したグラトニコスを追撃するアタシと、反撃するべく迎え撃つ、低下していないグラトニコスという構図だった。

 百夜の指示は的確で、うまい具合に速度の下がったグラトニコスを追い詰めることが出来ている。

 逃げるにしても遅いし、反撃しようにもそいつを庇いながらでないと動けない。

 

 速度低下まで、あちらは逃げ回らなければいけないのだ。万が一にも、二対一の構図を崩すわけには行かない。しかもこちらの速度低下に回数制限はない。一度逃げ切ったところで、次をぶつけられればどうしようもなく、ましてや二体同時などという状況に陥れば詰み。

 一体を追い詰めるだけで、これだけ結果が違うのだ。アタシは信じられないものを見ている気分だった。百夜は強い、解ってはいた事だけれど、圧倒的にこちら有利で戦闘を進めてくれていた。

 

「すごい、すごい、コレなら行ける! アタシでも勝てる!」

 

「いいから、次はまた熱線」

 

「うん!」

 

 アタシとグラトニコス。

 違いは結局どこにあるのだろう。アタシは結局、一人ではグラトニコスに勝てなかった。そしてグラトニコスは、二つに増えても土台は一つだ。

 

 すべての意識を統一して有し、すべての個体を同時に操るグラトニコス。はっきり言って異常だと思う。痛みは? 思考は? 一体どうやってそれらをすべて同時に、違和感なく操作しているんだ?

 人とは完全に違う感覚で、アタシは人に近いそれを有しているから、なおさらまったくわからない。

 

 人と龍。二つの姿を持つと言えば、エクスタシアだ。彼女はそれぞれを十全に操り、全く違和感なく動かしている。聞けば、特に意識していることはないという。

 自然とそれができるのだ。

 

 ――もちろん、二つ別々の姿をもつだけというなら、その感覚はアタシにも理解できる。

 

 それにつけても、グラトニコスは異常なのだけど。

 

 だけど、たとえ異常だとしても、そうしなくてはならなかった。()()()()()()()()()()()()()()には、一つの口ではあまりにも足らない。

 ()()()()()()()()()()()()()()には、それらの口が別々の個体では意味がない。

 

 すべて同じで、そして須らく別々でなければならないのだ。

 

 それがグラトニコス。暴食という大罪を背負った龍。父様はそもそもとして、大罪龍を生物として創造していない。大罪として創造しているのだ。

 最も顕著なのが、グラトニコスというわけで、()()()()()()()()()()まずその機能があり、それを操縦する人格が形成された。

 

 

 理解できるものではないのだ、暴食龍とは。

 

 

 ――けれども、アタシはそれを一端だが理解してしまった。それができてしまった最大の理由、それは――アタシがきっと、

 

 ()()()()()()()()()()()()()からなのだと、思った。

 

“――よォやく理解できたぜ。そこのちっこいのがてめぇの司令塔ってわけだ”

 

「む――」

 

「それが何だってのよ!」

 

“いや、そうと解っちまえば――それを前提に戦えばいいってだけの話だよ!”

 

 ――勝てると思っていた矢先。状況が動く、こちらの絡繰を理解したグラトニコスは、動きに変化を見せた。

 

「――思ったより、気付くのが早い。フィー、ここから少しギアを上げる」

 

「え、ええ!?」

 

「間はアドリブで埋めてみて。それじゃ」

 

 こちらが止める間もなく、百夜は指示の速度を加速させた。対するグラトニコスの動きは苛烈だ。速度低下を恐れなくなった。むしろそいつを囮に、反撃を加えてくるのだ。

 今も、アタシが踏み込んだ所を、速度がそのままのグラトニコスがえぐってくる。二連の鉤爪は、けれども一撃目を弾いて、

 

「……だったら!」

 

 二撃目を回避。そのまま後悔ノ重複をぶつけようかというところで――

 

「警戒。熱線!」

 

 百夜が叫ぶ、見れば後方に、速度低下したグラトニコスが、熱線を構えていた。踏み込んでいたら避けられない。どうする。まだ一発なら耐えきれるけど――

 

「今は退避!」

 

 一瞬の逡巡を察したか、百夜が叫んで、アタシはそれに従った。直後、そこを火球が通り過ぎていった。――そして、アタシが飛び退いた先に、グラトニコス――!

 

「ごめん!」

 

「いい、それより!」

 

 躊躇っている場合ではなかった。ただでさえ速度を増す戦闘スピードに追いついていないのに、アタシが足を止めてしまったら棒立ち以外の何物でもない。

 だから、すぐに気を取り直す。

 

“ハッハー! 見えてるぜ、おチビちゃん!”

 

「――っ、反撃!」

 

 叫ぶ百夜に応えるように、アタシは腕をふるった。とにかくがむしゃらに、考えている時間なんてない。百夜の指示だけじゃ戦闘が間に合わなくなって、そこをアドリブ、アタシの戦い方で保管する。

 めちゃくちゃだ、百夜の指示も、方針を二転三転せざるを得ないのだろう。

 

 ジリジリと、追い込まれていくのを感じる。そして――

 

“――ようやく、元通りだぜ、嫉妬龍!”

 

 ――――グラトニコスの速度低下が切れた。

 そこからは、一方的だった。

 

 アタシを取り囲むように、逃さないようにグラトニコスは行く先を阻みながら、一歩ずつ詰めていく。前後からの鉤爪、アタシは――

 

「……ぁ、ぅ」

 

「……熱線!」

 

「――ッ! 嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)!」

 

 前方へ向けて、熱線を放つ。慌てて回避するグラトニコスだが、後ろから迫る攻撃を、アタシは避けきれない。

 

「ぐ、う!」

 

“こりゃあ、勝ったかな!”

 

「…………」

 

 先程から、百夜は熱線だけは避けるように、と言っていた。攻撃も可能な限り避けるが、あくまで注意するべきは回避できる熱線。

 ()()()()()()()()()()()()ために体力は取っておけ、というのだ。故に、多少の被弾は覚悟しつつ、熱線一発分の体力は必ず温存するように図っていた。

 ああ、それが。

 

 けれど、()()()()()()()()()()()()()ではなかった。

 

 加えて言えば、何とか後退させたもう一匹も、すぐに態勢を立て直し、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 グラトニコスの言う通りだ。詰んでいた。

 

「――ここまでか」

 

 百夜の言葉に自覚する。

 百夜が全力でアタシをサポートしても、そもそもグラトニコスには勝てなかったんだ。ある程度追い詰めることはできる。だが、どこかで必ず詰みがくる。

 幸運も味方しないなら、アタシとグラトニコスの間には、決定的な差があって。

 

 ――百夜でも、それは埋めようがなかったということ。

 

“――てめぇは結局。ここに来た意味もなかったってわけだ! 敗因の期待も無駄にして! 自分の嫉妬(プライド)すら傷つけて、何一つ俺に叶わず負けていく!”

 

 火球は、アタシを捉えて。

 

“何の意味もなかったなぁ! 所詮は誰かを妬まなきゃいけねぇ不完全なお前が! ()()()()()暴食たる俺には、かなわないってわけだ!!”

 

 そして、放たれる。

 

 

“だから消えろよ、てめぇはここでおしまいだぁ! E()A()T()E()R()s()/()S()E()V()E()N()s()!!”

 

 

 ――アタシの負けを、告げる一撃だった。

 

 

 そして、

 

 

「――もう。敗因は本当に人使いが……荒い。こんなに早口で喋らせて、想定外の仕事までさせる」

 

 

 ――けれどもこの場で、百夜はまったく動じていなかった。

 最初から、こうなることを想定していたかのように。

 

 

()()()退()。次で勝つ、フィー」

 

 

「え……え?」

 

 思い出す。

 百夜はいっていた。戦闘には参加できないけど、()()()()()()()()ならできる。ああけど、それは。この戦術指南のことではなくて、

 

 

「時は時へと移ろいで、私の時間は、一つ先へ跳ぶ。“T・T(タイム・トランスポート)”」

 

 

 目の前に迫った火球は、しかし。

 

 アタシのいた場所をすり抜けて。

 

 アタシたちは、その場からかき消えるのだった。



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EX.最弱をぶつけ合え(一)

 ――グラトニコスに初めて出会った時、アタシはそれに恐怖した。

 そのあり方、一つでありながら群体であるということに。()()()()()()()()()()()()()その姿に恐怖した。

 理解できなかったのだ。何をどうすれば、そんなことができるというのだ?

 右手と左手でじゃんけんをする。慣れれば反復動作のようにそれはできるけれど、慣れる間もなく、やってみせろと言われたらアタシには無理で、グラトニコスのやっていることはつまりそういうことだ。

 

 あいつは、他とは思考も生態も、何もかもが違う。だというのに、あいつは意思をもち、行動し、そして他者を捕食しようとしていた。

 

 だが、そんな中で何よりも、アタシが一番怖かったのは。

 

 あいつが弱かったこと。アタシがあいつとのスペック差を自覚しているのは、あった瞬間に直感したからだ。こいつは単体ならアタシより弱い。最弱として設計され、誰よりも下から誰かを妬むことを神に呪われたアタシより。

 

 ――大罪龍の強さには意図がある。アタシとグラトニコスは最弱で、プライドレムとグリードリヒは最強だ。これは神、父様が意図したためにそうなっていて、だからアタシは最弱で、グラトニコスはそれ以下のスペックなのだ。

 

 最弱であるアタシへの意図は言うまでもない。けれども、グラトニコスは? ただ貪り食うのがあいつの特性なら、弱くする必要なんてない。

 増えるために、人類でも勝てるようパワーバランスを調整した? そうじゃない。

 複数個体というスペックを活かしきれずにそうなっている? それも違う。

 

 ()()()()()()()()()()()()()んだ。父様はそうなるように作って、実際にグラトニコスはそこにいる。あいつがあいつであるのは、

 

 グラトニコスが暴食龍なのは――

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ◆

 

 

「――気づいた?」

 

「ここ、って」

 

 ――気がつけば、アタシは見覚えのある場所にいた。アタシが百夜と話をした場所。グラトニコスと戦った場所から、そう遠くない。すぐに戻れば、あいつはまだあそこにいるだろう。

 

「何、したの?」

 

T・T(タイム・トランスポート)は、()()()()()()()()概念技。この形態でだけ使える、そして他の誰にも使えない特別な技」

 

「概念起源でもないのに……反則じゃない」

 

「転移先はランダムで、だいぶ遠い場所に飛ばされるから、戦闘には使えない。概念技としては欠陥品。撤退にはすごく便利」

 

 ――実質、一回何のリスクもなく撤退できる技。

 ということか。

 

「でも、知ってる場所に飛ばされたけど」

 

()()()()()()()()()はある。どうも、直前に、私の印象に残ってた場所へ……飛ぶことがおおい……らしい」

 

 敗因が言っていた、とそこから百夜は続けて。

 

「そこまで含めて、これは、そういう効果……らしい」

 

 ――何でも、百夜は前にもこのミニマム状態になったことがあるらしい。本来の歴史でアンサーガと戦った時に、一時的にこれになり、この時間転移でその時事件に関わった主要人物――あいついわく『主人公』――を助けたこともあるのだとか。

 

「とにかく。これでしばらくは……時間が稼げる。――どうだった? 暴食龍と、戦ってみて」

 

 そう言われて、アタシの体がこわばった。百夜に意識が向いていたけど、グラトニコスのことを思い出すと――正直、少し怖いのだ。

 

「……完敗、よね」

 

「しかたがない」

 

 暴食龍は二体でも強かった。何故か百夜は満足げに言う、戦闘狂だからだろうか。アタシにはよくわからない考え方だ。

 

「でも、次がある。今すぐ向かえば、またグラトニコスと戦える」

 

「――そうね」

 

 アタシは、百夜の言葉にうなずいて、ふらふらと起き上がる。怖い、怖いけど――また戦わないといけない。さっきの戦いであいつをだいぶ削れた。こっちもほとんど体力を回復できないけど、叩くとなると今この瞬間以外じゃないといけない。

 

「……」

 

 だから、行かなきゃいけないのだけど――

 

「何よ」

 

 ――百夜がアタシの前に立って、通せんぼをした。避けて通れるけど、話は聞く。

 

「――十分だけ、休憩していく」

 

「はぁ?」

 

 十分。いや、たしかにそれくらいなら問題はないだろうけど、いいの? アタシは問いかける。正直、こいつが休憩すると言うなら異議はない。こいつは、アタシよりずっとアタシのことを把握していた。

 というか、休憩するというなら、否はない。自分でも、疲れているのは解っていた。

 

 龍化を解除して、衣物に入った飲み物を取り出す。こういうものを激戦の中でも、特に問題なく保持できるのは、やはり衣物あってこそだ。

 ともかく。百夜に促されてその場に座り込み。

 

「――――正直、怖かった」

 

 アタシは吐露した。

 

「……何が?」

 

「グラトニコス自身が……かな」

 

 あいつのことを、間近で見て、言葉はほとんど交わしていないけれど、解った。()()()()()()()()()()()()()。あいつの考えることは、あいつの目的は、何も。

 

「ねぇ、どうしてグラトニコスがあそこにいると思う?」

 

「貴方との、因縁?」

 

「ううん。アタシとグラトニコスと――()()()()()()()()()()よ。アタシたち三体が同時に顔を合わせたのは、あそこしかなかった」

 

「前にも、聞いたね?」

 

 うなずく。

 グラトニコスとプライドレムが激突し、アタシが居合わせた。そして、グラトニコスは敗北すると、プライドレムへの恭順を快諾した。

 そして、それに満足したプライドレムがその場を去った後。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 きっと、プライドレムは知らないだろう。

 

「そこで、アタシは知ったのよ、あいつの存在理由。あいつが生きる目的を」

 

「どういうもの?」

 

 ――その時の顔が、今もアタシの脳裏には張り付いている。

 

 

 笑み。

 

 

 ただ、ただ、グラトニコスは笑っていた。

 

 

()()()()()()()()()()()。それがあいつの最大目的」

 

 

「――――は?」

 

 思わず、といった様子で百夜が問い返してきた。感情を感じさせない百夜にしては珍しいほど、困惑と驚愕が入り混じった言葉だった。

 

「だから、グラトニコスはプライドレムを暴食したいのよ。だって、プライドレムこそが、グラトニコスにとって()()()()()()()()だから」

 

「いや……ううん……いや、理解、できるけど……ううん」

 

 ――戦闘狂である百夜なら、グラトニコスの思想は理解できないものではないだろう。要するに、グラトニコスは強いやつを下したいのだ。

 

「――最強に勝ちたい。それがあいつの原動力なのよ」

 

「それは分かる。すごく」

 

 言い換えれば、百夜は即座に肯定した。秒で肯定して、食い気味にうなずいた。っていうか近い、近い近い。言ってるのアタシじゃないから。

 

「その上で、蹂躙した最強を、食べてしまいたいんだって」

 

「ああー。それはいい。そういう強者への敵愾心。いい」

 

「あいつに共感しないで! 気持ち悪いって思っちゃうから! だってあいつがプライドレムを食べたい理由が――」

 

 アタシは、

 

 

()()()()()()なのよ!」

 

 

「―――――――――――――――?」

 

 こんどは、言葉すらなかった。

 

「……?」

 

 二度、首を横に傾げた。左右に、ふらふらと、ちょっとカワイイ。

 

「誰が?」

 

「グラトニコスが」

 

「誰を?」

 

「プライドレムを」

 

「??????????」

 

 百夜は停止してしまった。

 

「だから、えっと、愛っていうのはね?」

 

「フィーとぅー敗因」

 

「一緒にしないで!!」

 

 叫んでいた。

 

「……正直、あんま誰かに話したくなかったのよ。だって、愛よ? あいつ、アタシにすごい気持ち悪い笑顔でプライドレムへの愛を囁いたの」

 

「ええ……」

 

“あのキレイな鱗にしゃぶりつきたい。爪という爪を、味わって噛み砕きたい。一つになりたい”

 

 ――って。

 ああもう、なんてことを思い出させるんだ! いや、思い出したのはアタシだ!

 

「でも、一番イヤなのは、それを理解できちゃうアタシよ。そりゃあ、あいつの愛は気持ち悪いけど、純粋に愛なんだもの。それに、立場は同じだったから」

 

「どういうこと?」

 

「愛、ではある。でも、根底にあるのは、きっと違う」

 

 ――グラトニコスとプライドレムの間にあるのは、グラトニコスの一方的な愛情だ。偏愛と言ってもいい。けれど、じゃあアタシとグラトニコスの間にあるのは?

 もちろん、愛なんてものはない。嫌悪と恐怖と、そしてそれでも、()()()()()()()()があるだけだ。

 

 あいつは――

 

 

「グラトニコスにあるのは、最弱が最強に勝って、()()()()()()()()って感情なのよ」

 

 

 ――愛を囁いた後、こうも言った。

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それはどこか偏執的ではあったけれど、紛れもなく。

 ()()()だった。

 

「だから、あいつは最弱じゃなきゃいけないんだ。そして、大罪龍の中で最弱は、アタシとアイツだ」

 

「それって」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それはきっと、精神的な意味で」

 

 ――そして、アタシはさっきまで、負けかけていた。アタシの中にあるグラトニコスへの恐怖がアタシを押しつぶそうとしていた。

 

「話して、楽になった?」

 

「随分と。――ねぇ、()()()、これ、どこまで予想してたかしら?」

 

「敗因? 流石に……と、いいたいけど。敗因だから……」

 

 ――きっと、アタシの話は百夜じゃなければ話していなかっただろう。アタシとグラトニコスの間にあるのは、()()()()()()なのだ。これは、ルエやリリスにはいまいち伝わらないと思う。

 第一、あの二人にあんなのと因縁があるって思われるの、なんかヤだし。

 

 百夜なら、きっとあいつらに詳細は話さないでしょうしね。

 

「――約束したのよ。グラトニコスとは」

 

「どんな?」

 

()()()()()()()()って。あいつにとって、アタシっていう最弱がいたら、プライドレムにとってそっちのほうに意識が向く」

 

 それがあいつには耐えられない。ただ、アタシにはあいつに共感こそあれど、戦う理由がない。というよりも、当時は大罪龍同士の戦闘が父様によって禁止されていた。

 だから、約束をした。

 

 

()()()()()()()()()()()()決着をつけよう、って」

 

 

 ――それが、今なんだ。

 

「……ん、いい約束だね」

 

「業腹だけど、あいつの感情を理解できちゃったからね」

 

 同じ最弱だからこそ、アタシは暴食龍の最弱を共感してしまった。

 

「きっと、グラトニコスはまだあそこで待ってるわ。急ぎましょう」

 

「だね」

 

 そう言って、荷物を片付けたところで――

 

「あ」

 

 百夜が、何か声を上げた。

 

「何よ」

 

「思い出した。敗因から、贈り物」

 

「……えっ?」

 

 贈り物?

 え、何? ちょっとまって、急に? やばい、ダメ、あ、ダメダメダメ、やばいやばい。これやばい。急にそんな。あ、式は快楽都市で盛大に――

 

「――手紙」

 

「手紙」

 

 そう言って、百夜は寝床の箱に詰め込まれたふわふわを取り除いて、中から一枚の紙を取り出した。もしかしてこのふわふわ、これを守るためだった?

 

「読んで」

 

「……うん」

 

 そうして、そこにはただ一言。

 

 

『――君の最弱をぶつけてやれ』

 

 

 ただ、書かれていた。

 

「……」

 

 思わず、笑みが漏れる。あいつは、ほんと、ほんっと、読めない。これ、どこまで解って書いてるの? まさか全部じゃないわよね?

 いや、流石に愛がどうとかまでは――解らないわよね?

 

 とにかく。

 

「よし! 行ってくるわ! さっきはご教授ありがと! 先生!」

 

「――ん。頑張って。次は――むり――もう、ねむい――」

 

 百夜をこちらへ寄越した意味。まずはアタシへの戦闘訓練。戦いの中で、グラトニコスとの戦い方を学ばせること。そしてその後の撤退。アタシを一度にがして、落ち着かせた後、休憩させるため。

 役目を終えた百夜は、力を使ったために眠気に負けているのだろう。うつらうつらと船を漕ぎ始めた。アタシは彼女を、箱に手紙と一緒にそっと収めると。

 

 

「――待ってなさい、グラトニコス。次は負けない」

 

 

 だって、一度冷静になってみれば。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――次は勝てる。そう確信を持って、アタシは、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。



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EX.最弱をぶつけ合え(二)

 ――グラトニコスは、今だにそこにいた。

 約束があったから。アタシという最弱を取り除きたかったから。いや、それだけじゃない。

 

 

 あいつは、この場所が好きなんだ。初めてプライドレムという運命――あいつにとっての最愛の人と出会ったこの場所が。

 

 

「――おまたせ」

 

“ほォ、不意打ちもなしとは、随分余裕だなァ、オイ”

 

「必要ないってだけよ」

 

 アタシは真正面から二体のグラトニコスと向かい合う。――その顔は、笑っていた。正直、気持ち悪い。けれど、怖くはない。

 言葉にして、誰かに伝えてしまえば、そこは意地が勝った。

 

「今も、変わらないの?」

 

“あァ?”

 

()()()()()()()()()()()()()って聞いてるのよ」

 

 それに、グラトニコスは笑みを浮かべて。

 

 

()()()()()()()!!”

 

 

 叫んだ。

 肯定だった。

 

 全力の。

 

“あの顔がいい。あの傲慢さがたまらない。見下されるとゾクゾクする!”

 

「そう。いや、もういいから、解ってるから、アタシに対して今更語らなくてもいいから」

 

“チッ――”

 

 舌打ちをしながらも、それ以上の言及はない。まぁ、お互い様だ。

 

「――けど、今ならアンタの気持ち、もっとよく分かるわ」

 

“あァ?”

 

 そして、アタシは、

 

「恋っていいわよね。アタシも恋して、そういうの、解っちゃった」

 

 ()()()()()()()()

 さぁ、気合を入れろ、ここからは、グラトニコスを心の底から、

 

 ()()()()()()()()()()()

 

「アタシも、好きな人ができたの。その人のことが、妬ましくって、妬ましくって仕方がないの」

 

“敗因かよ”

 

「そうよ。もう、心の底から妬ましくって、ああ、恋に恋するって、こういう感覚ね」

 

 そういって、もうあいつの顔を脳裏に浮かべまくって、幸せでたまらないと言わんばかりの笑顔を作って。――あ、普通に幸せだこれ。

 ああ、最高……あいつって顔は普通だけど、目が吸い込まれるくらい素敵なのよね。

 

 じゃない。

 

“何がいいたい?”

 

 少しだけ、グラトニコスはイラついていた。そりゃ、目の前でいきなりノロケられたらイラつくわよね。でもアンタも同じことしてるんだから、お互い様よ。

 

「アタシ、今、()()()()()()()()()()()()()()自覚があるわ」

 

 だから、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 さぁ、乗れ。

 

「今なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いや、乗るのは解ってる。

 

 ――グラトニコス。

 

“――――ハッ”

 

 勝負よ、決着をつけましょう。

 

 

“言ってくれるじゃねぇか、クソアマァ!!”

 

 

 そう言って、二体のうち、片方のグラトニコスが前に出た。多分、ダメージが大きい方だろうけど、関係はない。

 今からアタシたちがするのは――

 

“てめぇの熱線が、俺に敵わないことを忘れたとは言わせねぇぞォ!!”

 

 

 ()()()()()()()()だ。

 

 

 ――グラトニコスなら、乗ってくる。それはこれまでのグラトニコスの行動からわかりきっていた。この場にやってきたこと。アタシとの対決にこだわったこと。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()こと。

 

 すべて、この瞬間のためだったのだ。

 

“てめぇのことが、俺は何より気に入らなかったんだよ! 俺という最弱がいながら、傲慢龍の視界に最弱として映り続けるてめぇが!!”

 

「アンタのことが、アタシは何より気持ち悪かったのよ! 最弱っていう意地を、()()()()()でしかぶつけられないアンタが!!」

 

 アタシたちは激突する。

 

“だったら”

 

「証明してみなさいよ」

 

 

 熱線を構え。

 

 

「アンタしか、ここに最弱はいないってことを!」

 

 

“てめぇしか、最弱を名乗っていいやつはいねぇってことを!”

 

 

 ――嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)

 

 E()A()T()E()R()s()/()S()E()V()E()N()s()

 

 

 激突した!

 

 

 ◆

 

 

 ――グラトニコスは異常者だ。

 すべての個体を、一つの意識が管理する。痛覚も、思考も、全てグラトニコスは一体で管理しているのだ。そんなこと、普通の存在に可能だろうか。

 不可能だから、グラトニコスは異常なのだ。

 

 でも、逆に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 ――激突し、アタシは大きく後退する。

 単なる火球。あいつの熱線は火力も着弾時の範囲も凄まじい。アタシよりも威力は高いし、連射性だって悪くはない。

 

 何から何まで、アタシの単なる熱線とは、隔絶した強さと利便性があった。

 

 今も、それでアタシが追い込まれつつある。

 

 それにしても――なんで、熱線だけはアタシよりもグラトニコスのほうが強いのだろう。今回、その前提を利用して、それをひっくり返すことで、グラトニコスのうち一体をふっとばすことにしたわけだけど。

 

 答えは、でも、なんとなく解っていた。

 

 熱線。アタシたち大罪龍が共通して有する必殺技。威力だけ言えば、ラーシラウスのそれが最強だけど、利便性で言えば最悪だ。

 なんというか、そこは本人の精神性を反映しているように思えてならない。

 

 それも、根底にあるものではなく、どこまでも表面的で、普遍的な。

 ラーシラウスのそれは、いかにも大物で、実際にそれに見合うだけの強さはあるけれど、柔軟性がなく、不器用さを表している。

 グリードリヒなら、ただただ欲望のままに動く図太さ。

 スローシウスは、つかめないやつだから、ああいう吐息みたいな感じなんだろう。

 

 で、アタシは――素直なんだ。自分で言うのもなんだけど、アタシの基本的なパーソナリティは裏表がないと思う。

 対してグラトニコスは――とにかく柔軟。どんな戦術も、必要とあれば取れる柔軟さ。けれど、決定的なところを曲げられない頑固さもある。

 

 だから火球なんだ。不定でありながら、熱い。それがグラトニコスという存在の基本的なパーソナリティ。

 もし、そこに熱線の火力が高いことで理屈を付けるなら。

 

 ああ、それは、単純に。

 

「あ――あああ!」

 

 

 ()()という他、ないのではないだろうか。

 

 

「あああああああああああああああ――――ッッ!!」

 

 だから、アタシも意地を張ることにした。

 足を地面に塊根ノ展開で突き刺して、てこでも動かないと言わんばかりに、もう一歩も退かないと言わんばかりに、

 

“――チッ、そのまま吹き飛んどけよ、クソがァ!”

 

 嫌よ! だって、ここで引いたら、アタシの恋が負けちゃうみたいじゃない。

 

 他のことで負けたっていい。

 嫉妬しか出来ないアタシは、出来損ないで、面倒くさいやつで、

 

 そんなやつに誇れるものなんて殆どない。

 

 だから、でも、一つくらい。

 

 譲りたくないと思う心くらいは、守らないとアタシがアタシでなくなっちゃう!

 

「――――――ッッッッ!!」

 

 叫べ! 叫べ! 叫べ!

 

 アタシの心が! アタシの恋が! アタシの中にある限り!!

 

 あいつが!!

 

 ――アタシを、待っている限り!!

 

“――ハッ”

 

 そんな、アタシの心中を察するように。

 グラトニコスは、厭味ったらしく笑みを浮かべた。アタシの心が、()()()()()()()()()()()()かのように。

 

 

“力んでるところ悪いが、向こうは決着がついたぞ”

 

 

 ――見下ろすように。

 まるで、何事もなく。そっけなく、()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――ハッ」

 

 ああ、つまり。

 

“――――”

 

 

 ――勝ったのね、あいつ。

 

 

 本当に、なんというかグラトニコスは解りやすい。

 柔軟で、狡猾で、そして何より、気に食わない。

 

 ()()()()()()()()()()から、こいつの熱線はこういう形なんだ。けど、お生憎様。アタシはもう、アンタのことは解ってるんだから。

 アンタが、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()も――!

 

 

「あああああああああああああああああ――――ッ!!」

 

 

 最後にもう一度、アタシは吠える。

 

 熱線は、既に殆ど拮抗していた。――結局の所、()()()()()()()()()()()()()()()()、というのは間違いだった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。

 

 それが、答え。

 

 故に、アタシが同じだけの思いを抱けば。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()!!

 

 

 ――気がつけば、アタシと熱線を打ち合っていた、グラトニコスは消えていた。アタシの熱線に飲み込まれ、消えていたのだ。

 勝ったのだ。そう、認識して、

 

 

 しかし、

 

 

“まだだ!”

 

 

 ――もう一体のグラトニコスが、直後に襲いかかる。

 

 ああ、そうだ。

 グラトニコスは熱線勝負に乗った。乗らざるを得なかった。けれども、()()()()()()()()()()()()()()。そういうやつだ、グラトニコスは。

 

 だから、

 

 

「解ってるっての!」

 

 

 アタシもそれを迎え撃つ。

 

 アタシは拳で、グラトニコスは鉤爪で!

 

 ――激突。だが、あいつには次がある。()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。

 腕に走る痛みを、無視しながら、

 

「アンタが! 最弱だってことは! 認めて上げる!!」

 

 もう片方の、拳をぶつける!

 

“ぐ、おおおおお!! 嫉妬龍ウウウウウウウ!!”

 

 鉤爪がそれで弾けて、アタシの腕も痛みに熱くなりながら、

 

「でもね!」

 

 アタシは地面に突き刺した足を軸に、もう片方の足を、高らかに振り上げて。

 

「アタシの恋心は、絶対に誰にも、負けないのよ!!」

 

 

 振り下ろした。

 

塊根ノ展開(アンダーグラウンド・スタンプ)!!」

 

 言ったでしょう、アンタには、地面に這いつくばって、屈辱を味わうのがお似合いだって。

 そして、グラトニコスの頭を踏み潰したまま。

 

 

「これで、終わりよ! 嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)ッッ!!」

 

 

 グラトニコスの躰を、アタシの熱線が焼き尽くした。

 

“おかしいなァ、お前に負けるつもりなんか、これっぽっちもなかったのによ――”

 

 見下ろすグラトニコスに、アタシは、

 

「最初から」

 

 大きく息を吐きながら、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。でも、アタシは嫉妬龍だから、アンタのそれを、理解せざるを得なかった」

 

“ああ、つまり――”

 

「アンタは、最初から()()()()()()()()してたのよ」

 

 

“――俺は最初から、負けてたってわけだなあ”

 

 

 そこまで言って、グラトニコスは笑みを浮かべて。

 

“――敗因は好きか”

 

「好きよ」

 

“――俺も、傲慢龍を愛してる”

 

「知ってる」

 

 ああ、とグラトニコスは吐息を漏らして、

 

 

“見たかったなぁ、あいつと。俺が――()()()()()()()()()を”

 

 

「……そういうのは、よくわかんないわ」

 

“ハッ――だったらてめぇは、てめぇの()()だけを追いかけてろよ。その代わり――”

 

 ――やがて、グラトニコスは完全に消失する。

 

 

“その()()だけは、手放すんじゃねぇぞ”

 

 

 アタシに、なんだかエールのように、言葉を残しながら。



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83.最強へと手を伸ばせ

 ――暴食龍には、致命的な欠点があった。

 増殖のタイミングが、明滅という形で解ってしまうのだ。だから、僕は明滅した瞬間に動けばよかった。

 

 気がつけば、

 

 ――今まさに増殖しようとしていた暴食龍が、僕の一撃で切り伏せられていた。

 

“な――”

 

「――――“◇・◇(スクエア・スクランブル)”」

 

 絡繰は、あまりにも単純だ。

 僕のスクエアと、リリスのバフで、()()()()()()()()()()()()僕たちは調整をしてきた。はっきり言って、暴食龍のHPは低い。フィーの熱線が、何のバフもない状態でも突き刺されば、あいつは倒れるだろう。

 

 スクエアのバフ、リリスのバフ、バフに対するバフ。これだけ集まれば、通常の概念技一発でも、暴食龍のHPは軽く吹き飛ばせる。

 加えて言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 完全に、想定の外からの攻撃。故に暴食龍は、僕の一撃に次々と倒れていく。

 

“て、めぇ――敗因!!”

 

 更にもう一体を斬り伏せて、残り7。次の暴食龍が、そこで明滅を始める。ああ、けど、ここでもう一つの致命的な欠点。

 

 あいつは無数の暴食龍を操るが、一つだけ、()()()()()()()ものがある。()()だ。一つの個体が増殖している間、別の個体は増殖できない。

 何故か、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だからだ。

 

 暴食龍が無数の個体を一つの意識で動かせるのは、()()()()()()()()ゆえのもの。だから、あいつは自分の能力は自由に使えるが、そもそも機械仕掛けの概念が、自身の力を分け与えた結果手にした、暴食龍の根幹とも言える力は、しかし根幹だからこそ、制限があった。

 

 故に、僕はここから、増殖しようとする個体を、一体ずつ斬り伏せていけばいい。

 

 それを阻もうとしても、師匠とシェルがそれを阻む。今も、こちらへ突っ込んできた個体を、師匠が移動技で激突し、弾いていた。

 もはやここまでくれば、向こうの火球も関係ない。僕の速度に火球が追いつけていないし、そちらを狙うあまり師匠とシェルを妨害できてない。

 できたとして、

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”」

 

 残り六体。

 いや、一体は増殖させなければならないから、実質五体か。五体では、大した弾幕にもならないのだ。僕の迎撃もままならなくなる。故に、手が足りない。

 まぁ、最初の一体を殺させないことに全力を注いだとしても、もはやステータスの段階から、明らかに暴食龍は僕に追いつけていない。僕の前に立ちはだかって、そして横をすり抜けられるようなステータス差では、そもそも勝負にならないのだ。

 

 増殖する個体が、一度でも増殖できれば違うだろうが。

 

 ()()()()()()()。そうなるように、僕たちは戦闘を推移させてきた。

 

 だから、

 

「――暴食龍、アンタさ」

 

 

 暴食龍は、詰んでいた。

 

 

「どうして逃げなかった?」

 

“チッ――”

 

「逃げようと思えば逃げれただろ、取れる選択肢は他にもあっただろ。それでもアンタは戦うことを選んだ」

 

 更にもう一体を切り飛ばし、残りは五体。妨害に入っていたもう一体を更に叩き切りながら、僕は叫ぶ。

 

「戦いたかったから、だよなあ!」

 

 残り四体。

 そこまで、もはや一瞬だった。

 

「アンタの根底にあるものは分かるよ。アンタのことはこれっぽっちもわからないが、アンタがしたいことは知っている」

 

“何を、ごちゃごちゃと――”

 

 返す暴食龍に、刃を突き立てて消失させながら、僕は更に続ける。

 

「勝ちたかったんだろう、傲慢龍に」

 

“――んなこと、なんで言える”

 

「言えるさ、僕は君のような、強者を下したいという意思に満ちた奴は、誰よりも近くで見てきたんだ」

 

 ――僕自身がそうだから。それを自覚した上で、やってきたことを振り返れるから。僕は暴食龍が分かるのだ。

 

 僕の胸には誇りがあった。

 

 これまで乗り越えてきた負けイベントが、これまで倒してきた敵が、僕の誇りだ。

 だから、そういう意地を抱える奴は、よく分かる。暴食龍がそれだった。ゲームにおいては、この辺りは特に語られなかった部分だ。

 ゲームではあくまで、憤怒龍は傲慢龍に対して萎縮しているが、暴食龍は遠慮がない、という情報が分かる程度。

 

 しかし実際に目にして、決定的にそれが判別できた。

 

「そして、そんな傲慢龍に、正面から挑戦するやつが現れた。――僕だ」

 

 いいながら、更に切り捨てる。

 のこり三体。

 

「アンタはそれを()()()()だと思った。僕と傲慢龍が直接相対し、その上で傲慢龍がこちらに手を出せないタイミングで、単なる部下でしかない自分が僕を倒してしまえば――」

 

 更に剣を構えて、

 

「――傲慢龍の無敵が揺らぐよな」

 

 飛び出した。

 

 傲慢龍は僕を敵と認めた。故に自身までもを戦場に投入し、詰めようとしたのだ。その上で失敗した。そんな相手に、単なる駒でしかない暴食龍が僕を討伐したとすれば。

 ()()()()()()()()()()()を、傲慢龍は倒せなかったことになる。

 

 ああ、それは紛れもなく傲慢龍のプライドを傷つけるだろう。

 

「だから」

 

 そして、二体の暴食龍をくぐり抜け、追撃は師匠たちにシャットアウトしてもらいつつ僕は暴食龍に対して剣を振りかぶり、

 

 

()()()()()。この好機を逃さないために、アンタは、僕に」

 

 

 振り下ろした。

 

 ――暴食龍との戦いにおけるこれまでとの大きな違いは、倒すほうが暴食龍で、倒される方が僕だったこと。僕は人類は大罪龍への挑戦者といったが。

 僕と暴食龍の間ではそれは違った。

 

 そして、僕はきっと、初めて挑まれたのだ。

 

“自惚れてんじゃねぇぞ、敗因――!”

 

 二体の暴食龍が、僕を囲んだ。明滅はしない、つまるところ――ここで僕を倒すということか。分裂に成功してしまえば戦況が変わるという状況ではもはやなくなった。

 というには、僕の言葉に反応したかのような、行動だったが。

 

「いいぞ、ケリをつけよう。いい加減、その顔も見飽きてきたところだ」

 

“俺はてめぇの顔なんざ見たくもねぇ、()()()()()()()()()()()()()と思ってる”

 

 ――それは、

 

 

“てめぇさえいなけりゃあ、傲慢龍は俺が振り向かせてるはずだったんだよおおお!”

 

 

 さながら愛の告白のようで。

 二体は、まず同時に火球を放つ。僕がそれを回避すると、火球を影に、二体は僕へ突っ込んできた。地面に炎が広がり、僕は飛び上がる。

 

 上を、取った。

 

“ち、ィ”

 

「“B・B(ブレイク・バレット)”」

 

 放つ弾丸は、けれども回避される。僕は空中で方向を転換しながら、続けざまに。

 

「“D・D(デフラフ・ダッシュ)”」

 

 暴食龍たちへ向かって突撃する。

 これも、避けられた。二体は上へ上がり、僕はそれを見上げる。暴食龍は片方を突っ込ませ、もう片方が火球で牽制してくる。僕が飛び退って回避すると、そこに暴食龍が一撃を叩きつける。

 

“らぁあ!”

 

「――シッ」

 

 剣でそれを弾いた。概念技は使わない。必要ないからだ。その剣一撃で、暴食龍の翼が切り飛ばされた。

 

“ぐ、おおおおおおっ!!”

 

 いや、切らせたのだ。

 流石にそこはやり方が上手い。僕へ向けて、剣を()()()()()()()()()熱戦を向けてくる。ああ、けれど――

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”」

 

 僕の攻撃方法に、足技があったことを、忘れていたか!

 

 ――一撃が暴食龍に突き刺さると、やつは、消えていった。

 

 これで、残る一体。そいつは――僕の眼の前で、火球を構えていた。()()()()()()()()()()()()か!

 

 だが、しかし――

 

“吹き飛べ! E()A()T()E()R()s()/()S()E()V()E()N()s()!!”

 

 迫る火球を、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

“が、あ――”

 

「――決着だ、暴食龍」

 

 ――絡繰はある。僕に対しての防御バフは、3つ。リリスのそれと、僕のスクエア。そして――シェル。彼には範囲防御バフの特技があり。これを使えば、耐えることは容易い。

 けど、今はそんなことどうでもいい。

 

“ちく、しょう――”

 

 今は、こいつに勝ったこと。

 

 こいつの意地を、乗り越えられたことが、僕は誇らしかった。

 

「言っておくけど、アンタは強かったぞ」

 

“……てめぇにだけは、言われたくなかったな”

 

 

 かくして、傲慢龍一派が一翼。

 

 

 暴食龍グラトニコスは――ここに、敗北した。

 

 

 ◆

 

 

“――俺が初めてみた傲慢龍という大罪龍は、文句なしの最強だった”

 

 消えゆく暴食龍は、ぽつりと語る。

 

“そのあり方も、その強さも、その能力も、何もかもが、俺にとってはどこまでも、()()()()()()()()()ことの証明だった”

 

 ――傲慢龍と暴食龍。

 その関係は複雑だ。片や最強無敵、大罪龍のトップ。片やスペック最弱、特性こそ厄介であるけれど、強者には絶対に勝てない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 強欲龍も怪しいが、あくまで、暴食龍は傲慢龍を打倒することを選んだ。強欲龍を妥協してでも。――そこはまぁ、矜持や欲望を根源としない、暴食ならではの柔軟さと呼ぶべきか。

 なぜ、傲慢龍の方を選んだかは、まぁ色々あるだろうが、色々ありすぎて僕には少し読みきれない。

 

 ともかく、そこは関係ないのだ。暴食龍にとっては傲慢龍こそが、目指すべき頂点だったのだから。

 

“だが、そこにてめぇが現れた。神の器とかいう、クソオヤジのえこひいき”

 

「贔屓はされていない……というか、マーキナーとは敵対してるんだけどな」

 

“敵対してるからこそ、クソオヤジの使命を達成することが至上の傲慢龍に、大きな目的ができちまった”

 

 ――余計自分には意識を向けなくなったと、暴食龍は言う。

 

“てめぇはいいよな。常に傲慢龍に意識され、どころか憤怒のやろォを使ったとは言え、一度は撃退しちまった”

 

「……」

 

“いいか、敗因。これだけは覚えとけ”

 

 暴食龍は、そこで語気を少しだけ強めて、

 

 

()()()()()()()()()だ。もはやあいつにとって、てめぇは蹂躙される人間とは違う”

 

 

 それは、きっと、嫉妬だ。

 嫉妬と、そして警告。

 

 傲慢龍が敵として認めたということは、

 

 ()()()()()()()()()

 

 傲慢龍の最も厄介な能力、無敵。それは、見下した相手にのみ効果が発揮される。それを覆すということは、()()()()()()()()()()()ということ。

 だが、奴が僕を侮らないなら、僕はその想定を超えるハードルが、高くなったということだ。

 

 けど、

 

「構わないさ、考えはある」

 

“――まじかよ”

 

 僕が言い切ると、暴食龍は信じられないものを見る目でこちらを見た。

 

“なら、もう言うことはねぇ”

 

「……」

 

“てめぇは俺に勝ったんだ、ならてめぇが傲慢龍に勝たなきゃ意味がねぇ”

 

 やがて、暴食龍は消えていく。

 

“もちろん、俺はまだ全部が消えたわけじゃねぇ。もしも逃げ延びてみろ、その時はまたてめぇを殺しにここにくる”

 

「それは――まぁ、楽しみにしておくよ」

 

 きっとラインやアルケたちは勝つだろうけどな。

 そんな信頼とともに、僕は暴食龍を見る。

 

 すべてが終わったわけではない。けれど、僕たちと暴食龍の戦いは終わったんだ。故に暴食龍は僕へと叫ぶ。高らかに、そして、突きつける。

 

“だが、もしも傲慢龍にてめぇが勝てるっていうんなら――”

 

 そうして、暴食龍は、

 

 

“必ず勝て! でなけりゃ俺が、負けたって事実が()()()にされちまうんだからな!!”

 

 

 ――消失した。

 

 そして、

 

「おい! エンフィーリアが!」

 

 後ろで、探知機を眺めていた師匠が叫ぶ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 こちらも、また、高らかに。

 

「でしょうね」

 

 僕はそう答えて笑みを浮かべると。

 ――戦いの終わりを、そこで実感するのだった。



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84.傲慢へと手を伸ばしたい。

 ――満腹個体の討伐が終わったとは言え、まだそうではない個体が、何体か世界には残っている。コレに関しては、ラインとアルケ、快楽都市の面々が動いているとはいえ、勝利が確定したわけではない。

 が、しかし。

 

 暴食龍との戦闘が終わった直後、シェルが概念起源に目覚めた。

 特定の相手を特定の場所に閉じ込める概念技。暴食龍との戦いが大きな経験となったのだろう。だから目覚めたのだが、なんだか釈然としない。

 もっと早く目覚めていればなぁ、と思わなくもない。

 

 がしかし、まぁ目覚めたこと自体は素直に目出度い。対暴食龍の保険にもなるしな。ともかく僕らはそれを祝いつつ、シェルとは一旦別れることになった。この後、フィーと合流しなくてはならない。

 この合流先にまで、ライン国防衛の要を、連れ回すわけには行かないからだ。

 

 ともあれ、それから一ヶ月ほどたち、不安要素であった残った個体の残党狩りは、

 

 

 ()()()()()()()

 

 

 かくしてここに、人類に敵対する暴食を冠する大罪龍。

 

 

 暴食龍グラトニコスが、完全に討伐されることとなる。

 

 

 ◆

 

 

「遅い」

 

「おそい」

 

 僕たちがそれから更に一ヶ月ほどかけて、ようやくたどり着いたその場所で、フィーは肩に百夜を載せて、僕たちを待っていた。

 

「いや、ごめん。思ったよりも時間かかっちゃった」

 

「この辺り、ほとんど集落と呼べる集落がないからなぁ。そっちは大丈夫だったか?」

 

 師匠が二人をねぎらうように聞くと、向こうは大して問題ではなかったらしい。ただ、一ヶ月ほどでさっさと到達し、それからずっと、ここで待ち続けていたという。

 いや、一ヶ月。一人きりではないとはいえ、随分と待たせてしまった。

 

「別に? 有意義な時間は過ごさせてもらったけどね。この辺りの魔物、ほぼほぼ狩り尽くせたんじゃないの?」

 

「頑張った」

 

 ――聞くところによると、どうやら二人は魔物を相手に戦闘訓練をしていたらしい。僕たちパーティの中で、明確に戦闘経験が足りないフィーと、おそらく最も戦闘経験豊富な百夜。

 意図していた通り、二人の組み合わせはフィーにとっていい経験となったようだ。

 

 しゅっしゅ、とシャドーボクシングをしてみせるフィーの動きは、前に会った時より数段、洗練されていた。

 

「フィーちゃんすごいのー! 百夜もお疲れ様なの!」

 

「ん」

 

 そう言って、リリスが百夜とハイタッチ。それからくるくると百夜を振り回すと、リリスはその豊満な胸で百夜を抱きしめた。

 

「くるひ」

 

 つぶやく百夜に、リリスは少しだけ力を緩めつつ、そそくさとフィーの側を離れていく。何をしているんだ?

 

「……なんかリリスの目がやたら剣呑なんだけど」

 

「――これは嫉妬なの」

 

 くわっと、目を見開いて。

 

「百夜はリリスの一番の友だちなの! マブマブのマブなの! なのに今! リリス達の中で百夜と一番時間を過ごしたのはフィーちゃんなの! 許せないのー!」

 

「……アタシ、正直嫉妬されたのって初めてだわ。そこのアホ除くけど」

 

「誰がアホだー!?」

 

 怒る師匠に、ため息を吐きながらフィーは苦笑する。

 ああ、なんというか今のフィーは安堵していた。合流するまでの二ヶ月だけではなく、それまでも、暴食龍とやりあっている時も、随分と不安だっただろう。

 

 とにかく、それで僕のするべきことは、そこで決まった。

 

「フィー」

 

「――なに?」

 

 師匠やリリスと楽しげに話しているところに、僕が割って入ることはあまりない。というか、会話の輪の中に入ることはあっても、誰かにだけ、意識を向けることはない。

 女子の輪というのは恐ろしいもので、下手に割って入るとこちらに標的が一瞬で向けられるから、とにかく距離をとって中立を保て、というのが僕の経験則だった。

 

 それでも、今ならば許されるだろうことも、僕はなんとなく理解していた。というか、()()()()()()()()()()()()ことを、僕はなんとなく、彼女たちとのこれまでの交流で理解していたのだ。

 

 だから、

 

 

「――おつかれ」

 

 

 そういって、フィーの肩を抱き寄せて、頭を撫でる。抱きしめて、何度も撫でた。

 

 

「あ――」

 

 しん、と周囲が静まり返る。ぎゅっと身体をこわばらせるフィーは、緊張と恥ずかしさで顔が真っ赤になっていて、リリスと師匠は、やれやれと言った様子でこちらを見ている。百夜はリリスの胸に押しつぶされていた。

 

「よく頑張ったね、不安だっただろ? でも、こうしてまた元気な姿を見せてくれた」

 

「……うん」

 

「僕は、それが一番うれしい。君が勝って来てくれたことが」

 

「…………うん」

 

 そして、フィーの瞳を、じっくりと見据えて。

 

 

「ありがとう、フィー。君のおかげで、僕たちは勝てた」

 

 

 そのことを、しっかりと伝えるのだった。

 

 

 ◆

 

 

「――アタシ、グラトニコスは嫌いだったわ。怖いし、気持ち悪いし、訳解んないし」

 

 ぽつり、とフィーがつぶやく。

 

「でも、アイツのことは認めないわけにはいかなかった。だってあいつが、あんなにも傲慢龍に対して大きな感情を抱いていたら」

 

 どこか、その顔は満足げだけれど、寂しげでもあった。

 

「――あんだけ大きな嫉妬を抱えていたら、嫉妬龍としてアタシは認めなきゃいけないのよ。それがアタシの役目なんだから」

 

 成し遂げたことへの充足感。意地をぶつけ合った存在が、消えていったことへの寂寥感。それはつまり、フィーがそれだけ達成感を感じているということだ。

 寂しさすらも、成し遂げたということへの実感に過ぎない。フィーが選んで、フィーがやり遂げた。その事実を、今、フィーは僕たちと合流したことで、()()()()ことで、受け止めているのだ。

 

「アタシは嫉妬龍よ」

 

「そうだね、これまでも、これからもそうだ」

 

「だから、嫉妬は抱えて生きてかなきゃいけない。それは、アタシのものじゃなくたってそうよ」

 

 つまり、

 

()()()()()()()()()()()()ってこと。グラトニコスは嫌いだけど、その嫉妬だけは、アタシは否定できないんだわ」

 

「――それでいいと思うよ」

 

 僕はそう言って、

 

「僕だって、敵に託された言葉の一つくらいある。その敵がどれだけ許されない奴だとしても、その言葉は本物で、だから僕は抱えてるんだ」

 

「……グリードリヒ?」

 

 ふと、誰のことかと推測を口にするフィーに、僕は苦笑した。

 

「よく解ったね」

 

「アンタの心に残しそうな言葉を吐くやつは、あいつくらいよ」

 

 どういう認識なんだと苦笑しながら、僕は続ける。

 

「そしてそれは、君に対しても言える」

 

「……?」

 

「生きていたって、心に言葉を残すことはある。むしろ、生きていて、互いに心を許す存在なら、そのほうがそういう機会は多いだろ」

 

 そういうものかと、フィーはうなずく。

 ああ、だから僕は、正面から。

 

 

「君が嫉妬を抱えて生まれてきてくれて、ありがとう」

 

 

 それがなければ、僕たちは暴食龍には勝てなかったかもしれない。

 嫉妬という意地。嫉妬という根幹がフィーだったからこそ、僕らはここにいれるんだ。

 

 そのことを、僕はフィーへと伝えたかった。

 

「……なんか、不思議な気分」

 

「そう?」

 

「だってあの時は、もう自分は惨めに死ぬしかないって思ってたのに――アタシ、こんなに幸せでいいのかな」

 

「構いやしないさ。咎める奴は、押しのけていけばいい。僕はそうして、前に進むんだからね」

 

 なんて、話をしていると――ふと、視界の端にあるものがうつった。

 

 

 師匠とリリスと、ついでに百夜がむくれていた。

 

 

「……何してんのよ」

 

「むくれている。今、私の嫉妬はエンフィーリアを凌駕した!」

 

「いや、アンタは分かるけど……」

 

 そりゃ師匠はむくれるよね。

 

「五割くらい冗談なの」

 

「五割」

 

 まってリリス、君の五割は信用ならない。

 

「十割冗談」

 

「知ってる」

 

 百夜は完全に友人のマネしてるだけだよね。

 

「うそ、九割」

 

「ふーん……えっ」

 

 えっ。

 

「えっ」

 

 師匠まで驚いていた。いやでも、一割は信頼の証か……? 百夜はそれ以上何も答えなかった。もちろんリリスも同様だ。

 

「ううん……読めない」

 

「読まなくていいとおもうわよ……」

 

 唸る師匠に、フィーがなんかぐったりしながら言った。ああ、この二ヶ月で嫌というほど百夜がリリスの親友であることを見せつけられたか。

 流石にそれだけ一緒にいると、フィーの百夜理解度はかなり高かった。

 もともとリリスとも仲いいしな、フィーって。

 

「それでなの」

 

「うん」

 

 話題を切り替えるリリスに、僕が応える。僕らは、そうして目の前にあるそれを見上げながら。

 

 

()()()()()()()()なのねー?」

 

 

「そうだね」

 

 僕は同意した。

 僕らが合流すると決めていた地点は、これ即ち憤怒龍の棲家。そこは一つの塔だった。どこまでも伸びる、巨大な塔。

 見上げても頂点が見えす、ただそこにはそびえ立つ影があるだけ。

 

「……この中に埋まってるのか? 憤怒龍」

 

「違いますよ、巻き付いてるんです」

 

 中に一本の憤怒龍が入っていることを想像したのか、師匠が少しだけ顔を引くつかせていた。主に笑いを堪えているために。

 流石にそんなことはない。憤怒龍は普段、この塔に張り付いている。ゲームにおいては、初代における憤怒龍との最終決戦の場。

 

「神の塔、正式名称は螺旋塔。人類が生まれるよりもはるか昔から、何の目的で建てられたのかもわからない、遺跡です」

 

「つくづく、ラーシラウスの棲家にぴったりよね」

 

「そうだね、前に話したこともあるけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()けれど、()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。本人が希望する棲家はね?」

 

 それに、師匠がなんだかな、とつぶやく。

 

「子の自主性にまかせているように見えて、その実自分の思うがままに子を歪めたい親って感じだな」

 

「過保護ともまた違いますね。まぁ、そりゃそうですよ、マーキナーにとって、自分の作ったものは、全て自分のための道具なんですから」

 

 ――そう、道具だ。衣物も、人類も、大罪龍すらも。機械仕掛けの概念にとっては単なる一つの道具にすぎない。神は常にやつ一人。それ以外は塵芥、それがマーキナーなのだから。

 

「ひどい話」

 

「人は道具じゃないのー!」

 

「大罪龍もね」

 

 百夜とリリスに、フィーがうなずいた。こうして連続で反応すると、なんだか姉妹みたいだ。

 

 とはいえ、憤怒龍の塔は特に、マーキナーの影響が大きい。この塔には憤怒龍の棲家としての役割の他に、もう一つ役目が存在しているのだ。

 まぁ、それはさておき。

 

「しかし、()()()()()()()な」

 

「まだ少し余裕はありますが、もうそろそろ半年なんですけどね」

 

「というか――」

 

 時期的にはまだ、ライン公国での一件から五ヶ月が経った程度。故に、まだ戻ってくるわけではないはずだが――

 

 

「――傲慢龍は戻ってきてるわね」

 

 

 案外、僕たちの想定よりも、傲慢龍が憤怒龍から逃げ切るのは早かった。

 で、

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 答えは単純だ。つぶやいたフィーは今、憤怒龍の塔の更に上を眺めている。そこは、分厚い白い雲で覆われていた。そう、アレこそが、

 

 ()()()()()()だ。

 

 憤怒龍の棲家、塔のもう一つの役割は、傲慢龍の棲家への入り口。傲慢龍の棲家は通常では行けない場所にある。あの白い雲をみれば、それは容易に想像がつく。

 人には空を飛ぶ手段がないのだ。

 

 それを、ゲームでは概念起源で解決した。要するに、憤怒龍の棲家はラストダンジョンへの入り口でもあるのだ。そして、傲慢龍の棲家は紛れもなくラストダンジョンである。

 

「――それじゃあ、予定としては第二案。いわゆるプランBってやつで行くとしよう」

 

 僕が、そこでパン、と手を鳴らして皆に確認を取る。

 全員の視線が、一斉にこちらへ向いた。それに僕はうなずくと、

 

「まず、本来の予定では僕たちは暴食龍を撃破した後、この憤怒龍の棲家で、憤怒龍と激突。それを退治する予定だった」

 

 故に、僕らの合流場所はここだったのだ。とはいえ、憤怒龍が戻ってきていなかったため、塔のすぐ足元までやってきたわけだが、もしいたら目立つ。遠巻きに見ながら見つからないように合流する算段だった。

 

「でも残念ながら憤怒龍は不在。どこに行っているんだかしらないけれど、まぁ傲慢龍が逃げ切った後、顔を合わせるのが気まずいとかそんなやつかな」

 

「ラーシラウスならあり得るわね……あのヘタレ、ほんとどこほっつきあるいてんだか」

 

「で、まぁそれはそれとして、傲慢龍は巣へと戻ってきている」

 

 そして僕は、

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 そう、

 

 

「だから、()()()()()()ぞ」

 

 

 ――次の相手は、傲慢龍プライドレム。

 最強にして無敵の大罪龍。僕たちは――ついに人類にとって、未来を左右する決戦へと挑むのだ。

 

「ところでね? 詳しくは聞いてなかったんだけど、どーやって行くの? あの頂上から行くとしても、概念起源なしで届くものなの?」

 

「あの雲の巣までたどり着く間、空を飛ぶタイプの魔物が襲いかかってくるんだ。それを切れば、STが回復できるだろ? 足場にもなる」

 

「…………まさか、なの」

 

 そして、僕は宣言した。

 

()()()()()()()()()。多分、問題なくいけるはずだ」

 

「――――絶対やべーことになるのーーーー!!」

 

 リリスの叫びが、木霊する。

 

 

 ああ、しかし。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 だから、アンタの傲慢、僕たちが、これから引き剥がしにいってやる。

 

 

 覚悟して、待ってろよ。



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八.傲慢に手を伸ばせ
85.傲慢を思い出したい。


 傲慢龍。

 ドメインシリーズを代表する敵。大罪龍における最強であり、まとめ役であり、顔役。シリーズにおいても、敵としての人気は間違いなく1、2を争うの人気を誇る。

 その上で、僕個人の話をすると、僕の中で、()()()()()()()()()()大罪龍だ。

 

 あくまで趣味趣向の話をすると、()()()()()()()()()()は強欲龍だ。そのあり方、敵としての魅力、その他諸々、様々な要素を加味しても、強欲龍以外にはありえない。

 対して、傲慢龍はとにかく僕の中で印象に残り過ぎる敵だった。

 

 ――僕の人生において、初代『ドメイン』は初めてのゲームだった。

 

 誰かのプレイを見ていたことはあるけれど、初めて自分でゲームを選んで、誕生日にプレゼントとして送られたのが、このゲームだった。

 慣れないながらもプレイして、つまずきながらもクリアして。エンドロールを見た時は、なんとも言えない感覚を覚えたもんだ。

 

 そうして、僕のゲーマーとしての道は、初代ドメインから始まった。

 

 それから、過去の名作へとさかのぼり、国民的大作RPGの五作目に触れ、負けイベントというものを強く印象付けられた。僕にとって起源とも言えるゲームは、この二つと言っても過言ではないだろう。

 

 ドメインシリーズと、負けイベント。

 僕の二つの起源であるそのうち片方において、強烈に心に根付いているのが、『ドメイン』のラスボス、傲慢龍プライドレムだったというわけで。

 ある意味、僕にとって、ゲームとは――

 

 

 ――傲慢龍から始まった、といっても過言ではないんだよな。

 

 

 そんな傲慢龍と僕はようやく激突することになる。

 ここまで、色々な戦いがあった。勝つことが奇跡によって成り立つ戦い。意地でゴリ押して、勝利を掴んだ戦い。狙ったとおりにことを運ぶことの出来た戦い。

 どれも、忘れられない戦いだ。

 

 強欲龍という、ドメインシリーズで一番敵として好きな奴との戦いから始まって、大罪龍とは、その中で何度も刃を交えてきた。

 

 その最後に位置するのが傲慢龍なのだ。

 

 人類の敵、大罪龍の頂点。長い長い旅の果て、僕がたどり着いた大罪の終着点。これに勝てば、人類には随分と騒がしくも、輝ける未来が待っているだろう。

 

 けれども、ああ、大変申し訳無いけれど。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。戦えるのだ、あの傲慢龍と。

 初めてゲームに触れたあの日、起動する画面にワクワクしながらコントローラーを握ったあの日。

 

 それからゲームを進めて、初めて傲慢龍を打倒したあの日。

 

 僕のゲームは始まった。

 

 ああ、とても不謹慎な話ではあるけれど――

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ◆

 

 

「ついたのー……」

 

 おそるおそる、といった様子で、塔の頂上へと登りきったリリスが、周囲を見渡しながら言う。ここは憤怒龍の棲家、傲慢龍への道中である。

 僕たちは、この恐ろしく高い塔を、数日掛けて登りきったのだ。中には魔物がひしめいており、なんともものものしい雰囲気であった。

 暴食兵に代表される最上位エネミーの巣窟であったそこは、けれども僕らにとっては、既に何度も乗り越えた道だ。

 

 ただし、

 

「――にしても、やたらめったら多かったわね、暴食兵」

 

「ここが君の言っていた、暴食兵がわんさかいる場所、なんだな」

 

「まさかこの時代でも暴食兵まみれとは思いませんでしたけどね」

 

 僕らがくちぐちに、ここに来るまでの道中を思い返す。

 端的に言うと、すごい数の暴食兵だった。それはもうすごい数だった。正直今更それに苦戦する僕たちではないけれど、なんというかもう二度と見たくない数の暴食兵を相手にした。

 そう、ここが以前話をしたラストダンジョン一歩前のフィールド。ゲームにおけるダンジョン名は「憤怒の螺旋」。

 

 なんだって暴食龍を討伐した直後にこれだけ相手にしなくちゃならないんだ。ルーザーズのラストを思い出す地獄絵図だった。

 

 ちなみにルーザーズ・ドメインは負け主とシェルが襲いかかる無数の暴食兵を中心とした無限湧きエネミーと戦う中、ミルカが子供を連れて逃げるところで幕を閉じる。

 これは初代ドメインのOPでもあり、色々と感慨深いシーンだ。

 

 まぁ、そういうラストにはならないだろう、というレベルで歴史を僕が変えまくったわけだけど。

 

「……えーっと、この先が傲慢龍の棲家、なの?」

 

「あの雲の奥にあるのがそうだね」

 

 僕が指差す先に、分厚い雲の塊が見える。どこかの空飛ぶ城を思わせる雲海の向こうには、傲慢龍が待ち構える白磁の遺跡が眠っている。

 空に浮かぶ遺跡というのは、まさしくファンタジーな光景だ。

 

 そういうこともあって、なんというか、僕は深い感慨に襲われていた。

 

「――なに遠い目してんのよ」

 

 そんな僕の肩をフィーが叩き、

 

「ここに長居する理由もないだろう」

 

 師匠が前に出る。

 

 僕は二人に視線を合わせると、一度うなずいた。

 

「さて、それじゃあ――いよいよ、傲慢龍との決戦だ。既に作戦は伝えたとおり。勝つのは非常に難しいけれど、勝率は決してゼロではないと僕は思う」

 

 僕の言葉に、三人は向き直って、それを聞く。

 ――ここまで、僕たちは多くの戦いを経験してきた。百夜、強欲龍から始まって、そしてようやく、大罪龍の頂点との対決だ。

 自分でも、ここまでこれたことには驚きを通り越して、呆れが多い。

 

「――僕がここまで歩いてこれたのは、君達が共に歩いてくれたからだ。そしてこれから先に進むために、その力はどうしたって必要だ」

 

 だから、

 

「――これからも、よろしく頼む」

 

「言われなくても、なの!」

 

「アタシはアンタに、責任とってもらわないといけないんだからね」

 

「まぁ、君は私の弟子だからな」

 

 僕たち四人は、それぞれに笑みを浮かべて。

 

 

 ――空を目指した。

 

 

 ◆

 

 

「――すごいな、これは」

 

 僕らは、空を飛ぶ魔物を蹴り飛ばしながら、切り飛ばしながら、移動技で宙を舞っていた。師匠の背にはリリス、僕の背にはフィーが乗っていて、周囲の様子を観察しながら、情報を逐一こちらに投げてくれている。

 雲へ向けて飛び出してすぐ、魔物はこちらへ寄ってきた。それらを足場にしながら進んでいくと、雲の中へと入る。

 

 雲の中は、ただただホワイトの視界が続き、そこを抜けると、ようやく目的の遺跡が見えてくる。

 

 それは宮殿だ。真っ白に染め上げられた荘厳な宮殿。僕たちの世界とは文化の異なる彫刻があちこちに見えるそれを、僕らは眺めていた。

 

「マーキナーが作った、この世界最初の建造物、と言われています。誰が言ったかと言われると困るんですが」

 

「いや、父様が言ったんでしょ。ここを人類は知らないはずなんだから」

 

 宮殿は、時間の経過を感じさせない。最初からこうであり、そして永遠にこうなのだ。柱一つとっても、今この瞬間に磨き上げられたのではないか、というような代物だ。

 

「でも、何ていうか――」

 

「……そうだな、ここにはなんというか、()()()()()

 

 リリスがつぶやいて、師匠がそれを継ぐ。

 ――大罪龍は、自身の棲家を世界を巡って選んだ。しかし、その実その棲家はマーキナーによって誘導されたものだ。フィーの棲家の足元に、彼女の星衣物が眠っていたように。

 怠惰龍の足元に、奈落と呼ばれる場所があったように。

 

 憤怒龍などは典型で、そして傲慢龍もそれは例外ではない。

 

 傲慢にして、矜持の塊。

 すべてを見下すが故に、すべての上に立つ龍のあり方は、故に孤高。

 

「プライドレムには、横に立つやつがいないのよ。常に頂点であることが求められ、そしてそれに応えることを存在意義とする大罪龍。それがプライドレムよ」

 

 横にないから、彼の棲家にはなにもない。全てはここから世界を見下ろし、人類を見下すための場所。それがここ、傲慢龍の棲家だった。

 

「そして、この遺跡――ダンジョンはこう呼ばれています」

 

 その名も、

 

頂の痕(クライ・マックス)

 

「なんともまぁ……」

 

 まぁ、マーキナーのセンスということで。

 そうして、僕らは遺跡へと接近する。足場の魔物を気をつけて選びながら、ここまで進んで、STにはまだだいぶ余裕があった。

 だから、僕たちは少し、気が緩んでいたのだろう。

 

 そんなときに――

 

 

「――遺跡に、何かいる」

 

 

 フィーが、それに気がついた。

 すぐにリリスも目を凝らして、気がついたようだ。僕らは周囲の魔物に意識を向けていて、そちらに注視できないのだけど。

 

「まって、アレ――」

 

「え――――」

 

 二人の言葉が、失われた。

 

 ああそれで、僕も師匠も、なんとなく察した。

 

 

“――やはり来たか、敗因”

 

 

 見れば、そこに。

 ()()()()()()()()()()姿()()()()()

 

 僕らは今、白磁の宮殿に乗り込むため、その入口である場所へ向けて進んでいる。その先に、奴はいる。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 なんだって、そんな場所に。あいつが直々に出迎えてるってことなのか?

 わからない、傲慢龍の意図が読めない。それを、僕らは訝しみながらも、足は止めない。このまま戦闘になるなら、それもまた致し方ない。

 

 フィーにそう合図を送ってから、足に力を込めて飛び上がる。魔物を踏みつけて、上方へ向けて移動技を使ったのだ。

 

()()()()()()()

 

 ――直後、その少し上をかすめるように、レーザーが飛んできた。

 

「う、おお!?」

 

 これは――()()()()()だ。こちらを咎めるように放つそれは、まったくもって傲慢龍の言葉通りの意味なのだろう。

 

「あいつ……!」

 

「落ち着いて、いまので解ったけど、傲慢龍に迎撃の意図はない。ここはおとなしく従おう」

 

 憤るフィーをなだめながら、僕は高度を落としつつ先に進む。それにしても、()()()()()か。まったく傲慢龍らしいといえば、らしい。

 しかし、だからこそ読めない。

 

 あいつ、何を考えてるんだ?

 

「――ともかく、このまま入り口に着地しましょう、師匠」

 

「……そうするしか、ないか!」

 

 二人で一瞬だけ視線を合わせて、僕らは頷きあうと、後は言葉もなく、傲慢龍の上を取らないように気をつけながら、入り口に着地した。

 

 ここまで、軽く一時間弱。結構な行程だったが、最後の最後で傲慢龍のインパクトにすべて持っていかれた。なんなんだこいつは。

 そう思いながらも、僕たちは、ああ、しかし。

 

 傲慢龍と、相対したのだ。

 

“――ようこそ、頂きにそびえ立つ、我が宮殿へ。歓迎しよう、敗因とその一行”

 

 慇懃無礼に、何一つ礼節などあったものではない態度で、傲慢龍は歓迎を謳う。ああ、それはつまるところ、

 

 

“ついてこい。ことを始める前に、少し話をするとしよう”

 

 

 傲慢龍もこの戦いに、思うところがある、という証明だった。



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86.始まりを語りたい。

“――すべての始まりは、概念だった”

 

 静かな世界に、僕たちの足音が響く。何から何までも、白に染められた世界。異質なのは僕たちと、それから大罪龍の頂点、傲慢龍プライドレム。

 奴の先導で、僕たちは進んでいた。なんだって? 話をするためだろう。

 

“この世界には、そもそも()()()()()()()()、というのは敗因から聞いているな?”

 

「……ええ」

 

 ちらりと、傲慢龍がフィーに視線を向ける。概念しかなかった、というのは単純な話だ。この世界の創世神話にまつわる話である。

 この世界は、神――つまりマーキナーによって作られた。しかし、作られる以前は、この世界は()()だけが存在していた。

 

 僕であれば敗因、師匠であれば紫電。そういった無数の概念が、概念という個だけで存在していた。

 

 例えるなら、概念は絵の具だ。世界というキャンパスを構成するために必要な絵の具。ただ、キャンパスがなければ、絵の具はただの色でしかない。

 

“そんな時、ある一つの概念が、意思を持った。分かるだろうが、これが父――機械仕掛けの概念だ”

 

「そうだな……しかし、君も教えてくれなかったが、その概念とは一体何なんだ? 別に隠すようなものじゃないだろう」

 

“――隠すようなものだ。父にとってはな。それをこの場で口にしてみろ、お前という存在が、()()()ぞ”

 

 故に、傲慢龍も語ることなく、先に続ける。

 ――なんとなく想像できるだろうが、この概念の正体こそがマーキナーのウィークポイントだ。絶対に触れてほしくない歴史。奴にとって奴の概念とはそういう存在である。

 ゲームでは、これを口にすることがマーキナーの絶対性を揺らがせる一つの要因になったのだが。

 

 奴は、僕がその概念を理解していることを、知っている。二回目は、そううまくは行かないだろう。

 

“そうして、父はこの世界を作った。すると自然と、世界には生命、と呼ぶべきものが生まれ始めた”

 

 ――概念には意思はなくとも指向性はある。マーキナーの作ったキャンパスには、自然と何かが描かれ始めたのだ。

 

「マーキナーは、この時、初めて生まれた命を()()()()()ことにした。世界という盤上の上を自由に遊ばせるコマ。それが――」

 

“――人間”

 

 傲慢龍が、そう断言する。こうして人間が生まれ、生命が育まれ、世界は発展した。――この世界の創世の歴史だ。それを、知るものはいないが。

 

「ここまでは、聞いた話なのー」

 

“そして父には目的があった。盤上の上に立つこと。()()()()()()()()()()()()()()()()()こと”

 

「――ここからは、初めて話すことになるかな。いや、マーキナーの目的は話したけど――」

 

“思想までには、触れてこなかっただろう。敗因、お前の旅路を見れば、それは分かる”

 

 こちらをちらりと向いて、

 

“お前はもったいぶり過ぎる。何事も、披露するには確かに時はあるだろうが、お前はそれを逸しがちだ”

 

「そうかな、必要なことは話していると思うけど」

 

“――否。話していない。そしてそれはお前も、盤上の外の存在故に、だ”

 

 そう断言すると、傲慢龍は話をもとに戻す。

 盤上の外にいるから――か。確かにそのとおりだろうけど、だったらなんでもったいぶることに繋がるんだ?

 

“父は自分が自由に世界を創るだけでは満足しなかった。人の歴史、人の歩む足跡を眺めるたびに、その中に加われない自分を呪った”

 

「あららなの、かなしいしなの」

 

“何を言っているんだ?”

 

 リリスの物言いを、理解し難い、という様子で切り捨てた傲慢龍。ショックを受けたのか、リリスがなのー、と悲しげに鳴いていた。

 泣いてはいなかった。

 

“父は盤上に手を加えるべく、あるものを作った”

 

「――衣物、だな?」

 

 師匠の言葉に、傲慢龍がうなずく。

 

“衣物、とはすなわち異物だ。星衣物と呼ばれるそれは、すなわちこの世界――星にまとわりついた異物。衣、とは纏わなければ衣たり得ない”

 

 ここは、実はゲームにおけるミスリードだったりする。衣物とはすなわち、遺物ではないか。世界中から出土する、過去の遺物のような存在。

 実際、それがかつての超古代文明の遺産だとする説を唱える学者もゲームに存在し、衣物の本当の意味は、最終作まで隠されていた。

 

 一応、考察はあったが、確定できるだけの証拠はでていなかったのだ。

 

“父は、世界に直接働きかけることはできなかった。父と、それを補佐する概念は、盤上の外で意思を持った時点で、世界への介入手段を制限されたのだ”

 

 そうして、傲慢龍はそこで一度停止した。

 ここは、広い場所だ。ラストダンジョンとしての頂の痕としてみれば、ここはちょうど半ばくらいの場所。一度ここで、イベントが挟まるのだったな。

 

「――ねぇ、この話って、父様は聞いてたりしないの?」

 

“――父は、ある野望を抱き、行動を起こした。結果、今父の力は最大まで削がれている。そしてその行動の結果――”

 

 フィーの言葉を無視するように、否、それを遮りながら続けて、傲慢龍は答える。マーキナーの野望、それはとても単純なものだ。

 

 

「――()()()()()()()()()んだな」

 

 

 今度は僕が引き継いだ。

 

「大罪龍か、その星衣物のどちらかが消えれば、機械仕掛けの概念がこの世界に顕現するのだったな。しかし、そもそもそれはどういう仕組みなんだ?」

 

“そんなことも話していないのか”

 

 僕をなじるように、傲慢龍が視線を向ける。悪かったね、こっちは話すことが山程あるんだ。全6作分の大作RPGの歴史だぞ?

 ゲームで語られてない設定まで含めて、僕が語ることは無数にあって、未だにそれは話しきれていない。

 

“正確には、それだけではないがな。ともかく、父は大罪龍を作り、ある工程をすることにした”

 

 マーキナーはこの世界に介入するための楔として自身の力の大半を使い、大罪龍を生み出した。そうして生み出された大罪龍を、ある工程を以て世界になじませる。

 その工程とは、すなわち、

 

()()()()()

 

「な――」

 

“死とは生命に与えられた特権だ。故に、自身の力を()()ことは、父を盤上に介入させるための工程としては必要なものだった”

 

 淡々と語る僕らに対して、師匠たちの反応は劇的だ。驚愕し、目を見開いて、

 

「それじゃあ私達は、殺されるために生み出されたってこと!?」

 

“――馬鹿をいうな、生命とは終わるものだ。()()()()()()()()()()()だ。嫉妬龍”

 

「あ――」

 

 そう言われて、納得した様子でフィーが黙る。

 これは、()()()()()()()()()()と言えるだろう。本質的に、衣物は()()()()()()()姿()()()()()()のだ。何もかもが。

 

「そうして死を馴染ませて、力を削いで、そうした上で、奴は奴が望む形でこの世界に降り立つために、()()()()()必要があったんだ」

 

 力が大きすぎたから、衣物として、マーキナーのあり方が歪みすぎていたから。理由は幾らでもあるけれど、大事な点は唯一つ。

 

()()()()()()()()

 

“器であるお前は、父が方向性を定めこそすれど、()()()()()()()()()()だ”

 

 そう、つまり――

 

 

 ()()()()()()()()()()()()であり、()()()()()()()()()()()()()()()である。

 

 

 百夜が神の器の失敗作であったのは、その器をマーキナーが作ろうとしたから。

 大罪龍の目的は二つ。その死でもって神の楔となること。もう一つは――その衣物としての特性を、世界に馴染ませ、 ()()()()()()()()()()()()()()こと。

 衣物が衣物でなくなることが、マーキナーを世界に顕現させる条件といえば、しっくりくるだろうか。

 

「――と、ここまでが本来の歴史における僕。神の器の概略なんだけど」

 

「……その本来の歴史のアンタと、今のアンタって完全なイコールじゃないわよね?」

 

「うん、だからもう少し話がややこしくなってくる。僕も推測によるところが多いから、コレに関しては断言ができないんだ」

 

 そんな僕の言葉に傲慢龍が鼻を鳴らすと、

 

“そも、()()()()()()()()()()()()()。私に必要な情報はここまでだ”

 

 そうして、再び歩みを進めた。まだ、ここでやり合うつもりはないということだろう。

 それにしても――

 

「……何故こんなことを話した? 今更、話す意味は何だ?」

 

 師匠が訝しむように問う。実際そのとおりだ。この辺りの情報はゲームでも既知のもので、この世界に僕がやってきて起きた事実ではない。

 だから僕の知識とは相違がないし、傲慢龍もそれは解っている様子だった。

 しかし、

 

“慈悲だよ”

 

 傲慢龍は、まさしく傲慢に言ってのけた。

 そして、

 

“それに、まさかここまできて、何も知らぬ無知な愚昧と戦わされるのでは、私の身にもなってもらいたいものなのでな”

 

「こいつ……」

 

 唸るフィーをなだめつつ、まぁ傲慢龍はこういうやつだからな、と僕は苦笑する。

 本当に、ゲームで見た傲慢龍そのままだ。少し、僕には感動すらあった。

 

“どちらにせよ、そこの敗因は語っていないだろう。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……自分の力を、十全に振るえる方法がこれだったから、じゃないの?」

 

 リリスの言葉に、

 

“それもある。が、それだけではない。()()()()()()()()()()だ”

 

「どういうこと?」

 

“父にとって、この世界を俯瞰し見下ろす存在にとって、世界とは単なる遊戯でしかない。余興とは、すなわち派手で見栄えのいいものでなければならず、父はその余興が最も己を楽しませる方法を選んだ”

 

 ――それが、器との対決。()()()()()()()()()()ことこそ、マーキナー最大の目的だったんだ。

 

「――本来の歴史では、アンタはそれが気に入らなかった」

 

 そして僕が続ける。

 傲慢龍を見ながら、奴は何も答えない。

 

「自分を踏み台にすることが耐えられなかった。傲慢が傲慢であるがゆえに、器とマーキナーが激突する時代、とある方法で蘇ったアンタは――」

 

 そう、既に傲慢龍自身に語ったとおり、

 

 

「――()()()()()()()()()()()()

 

 

“――――”

 

 それに、傲慢龍は答えなかった。

 ただ、そこまで話せば十分だっただろう。

 

 僕たちは、ダンジョンの最奥へとたどり着いた。

 

 ――ゲームにおいて傲慢龍が待ち構える、旅の終わり。

 

 ラスボスとの、決戦の場所へ。

 

 

()()()()()()()()

 

 

 ゆっくりと、傲慢龍が前に出る。僕たちも油断なく構えて、後を追う。距離を保ちながら、お互いに一線を引きながら。

 

“父はまだ顕現していない。故に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ”

 

「――傲慢龍」

 

“解っていたことだろう。その歴史における私も、決してお前達に靡いたわけではない。利害が一致しただけだ。そして、この世界において利害が一致することは永遠にない”

 

「そうだな」

 

 僕は頷き、

 

“――お前と敵対する機会もなく、お前の踏み台にされたのならともかく、私はお前の敵となった”

 

「僕も直接、アンタと戦う機会を得た」

 

 一瞬、僕は視線を仲間へと向けた。

 

 これから始まる戦いの、覚悟を問うために。

 

 そして、

 

 ――彼女たちは、皆ためらうことなく頷いた。

 

 ああ、ならば。

 

「だから」

 

“故に――”

 

 僕たちはここに、

 

 

「僕たちは、決着をつけずには、いられないんだ!」

 

 

“お前を下としなければ、私は私足り得ることはないのだ!”

 

 

 ――激突した!



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87.引き剥がしたい。

 ――傲慢龍最大の障壁。

 

 言うまでもなく、それは奴の特性だ。

 傲慢である限り無敵、あまりにもふざけたそれはしかし、実のところここまで来ればある程度はそこまでの脅威ではない。少しだけ前のことを思い出す。僕たちはここに来るまで、無敵の攻略法には散々議論をしてきた。

 

「そもそも本来の歴史だとどうやって攻略したのよ」

 

 あるときの会話。確かにそれを確認することは大事だろう。しかし残念ながら本来の歴史での攻略法はあまり参考にならないことを、僕は知っていた。

 

「概念起源だよ」

 

「だろうなあ」

 

 僕の言葉に、師匠がなんだかうんざりしたようにうなずいた。そりゃまあ、概念起源以外に傲慢龍の無敵を突破する手段はそうそうないだろう。と言うか、基本的には絶無だ。

 基本的には、ね。

 

「けど、そうじゃない場合もある。と言うか、僕たちは多分その条件を満たせていると思う」

 

「どう言うことなのー?」

 

「奴が認めた場合は、だいぶその傲慢を剥がすハードルが低くなるんだ」

 

 傲慢龍の無敵は、奴が敵を見下しているからこそ適用されるものだ。それが相手も同格であれば、そもそもそんな前提は存在しなくなる。極めて単純な原理だ。

 

「でも、あいつに同格って、そんなの無茶でしょ。実際、私達無敵を解除できる前提で作戦立ててるけど、それでも勝率なんてカケラしかないでしょ?」

 

「カケラしかないけど、それでもゼロではないし」

 

 何より、と僕は続ける。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 大事なのは、そこだ。

 

「認めざるを得ないって……ほんとに?」

 

「僕たちはマーキナーと戦う。その大前提として傲慢龍は討伐しなきゃいけない。その時点で、あいつと僕はそこまで立場に違いはないんだよ」

 

 傲慢龍の本質はマーキナーに対する対抗心だ。シリーズラストで反旗を翻したように。根本的に傲慢龍にはマーキナーへの忠誠はない。傲慢龍が人類の抹殺というマーキナーの使命を全うするのは、あくまで自分がそういうものとして作られた自負があるからだ。傲慢龍は自分が傲慢であるために、人類を蹂躙しなくてはならなかったからだ。

 決してマーキナーのためではない。そもそもマーキナーの本来の目的は人類との直接対決だ。傲慢龍はその前座にすぎないのである。

 

「そんな立ち位置に傲慢龍が満足できるわけないだろ。だから傲慢龍は僕を倒したい。自分の立ち位置を引っくりかえしたいんだ」

 

「ひっくり返したらどうするんだ? まさか君みたいに、ひっくり返すことが目的でその後がどうでもいいってことはないだろう」

 

「えっ?」

 

「こいつら……」

 

 似たもの同士といえばそうかもしれないが、まあようするに、僕は傲慢龍の考えることがよくわかる。だからあいつの傲慢がどうすれば剥がれ落ちるのか、理解できる。

 

「あいつは、認めた相手には、傲慢のハードルを下げざるを得ないんだ。傲慢であることそのものが奴のモチベーションなんだから、それを崩してしまえばいい」

 

 それに――

 

「傲慢である限り無敵ってことはだよ、条件は相手を下に見続けること。端的に言えばあいつは()()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

「その意思が乱れると、無敵を維持できないってことか」

 

「はい。だから、驚愕や想定外に、あいつは弱い。そして一度でも攻撃が通れば」

 

「――あいつは無敵なんて、言ってらんないわよね」

 

 一度でも攻撃を通してしまえば無敵が持続しないのは、ゲームでもそうだったことだ。その間に傲慢龍を倒す。それが、僕たちの勝ち筋。

 

「じゃあ、具体的にはどうするの?」

 

「ああ、まずは――」

 

 その日の話し合いは、夜遅くまで続いた。僕たちの対決の意思は、それだけ強かったのだ。

 

 

 ――そして、今。

 

 

 僕たちは、傲慢と相対していた。

 

 

 

 ◆

 

 

“――傲慢とは、すなわち他者を見下すことの証明だ”

 

 ゆっくりと、僕たちの目の前で傲慢龍が浮かび上がる。その背に浮かぶ六枚の翼が、大きく広げられ、さながらそのシルエットは天使のごとく。

 

“傲慢、慢心、不遜。それらは私という形で体現され、そして世界に降り立った”

 

 そして、その翼から、光が漏れるのだ。これは、兆候。

 

“何のため? お前達、傲慢に晒される者にとっては理不尽以外の何物でもないだろう。しかし、故に安堵せよ”

 

 先程、僕たちに向かって放たれた――()()()()()()()()だ。

 

“お前たちは悩む必要はない。須く――私に蹂躙されるべきなのだから”

 

「気をつけて、あの余波ですら、リリスのバフがなければ、僕と師匠は一撃で持っていかれます」

 

「だろうなぁ!」

 

“疾く消えよ。塵芥たちよ!”

 

 ――そうして、放射は始まった。傲慢龍の背から、無数のレーザーが放たれる。

 傲慢龍の熱線は、その全てが強烈だ。レーザーというものの、それは僕の上半身を軽く覆える大きさで、更には追尾機能がある。決して回避できない速度、追尾性能ではないものの、回避には緊張が伴うしろものだ。

 それが、無数。僕たちへと襲いかかってくる。

 

 とはいえ、この開幕は想定されていたものだ。この一撃は傲慢龍にとって絶対の信頼を置くに足る一撃だ。これを乗り越えられないようでは、僕らはそもそも戦いの土台にすら立てない。

 

 故に、僕と師匠は飛び回り、多くのレーザーを受け持って、リリスとフィーにそれが及ばないようにする。リリスは僕たちパーティの中核。フィーは戦闘不能がイコール死の一発勝負。どちらも守るに足るメンバーだ。

 そして、二人は守れば守った分だけ、成果を出してくれる。

 

 流石に今は、まだ傲慢龍の無敵が効いているため、手を出すことができないが。

 

「手はず通りに行くんだな!」

 

「もちろんです、まずはこの余波を耐えてください、師匠!」

 

 お互いに叫びながら、僕たちは三次元的な軌道でレーザーをやり過ごす。数は凄まじいもので、一度に全方向から襲いかかってくるそれは圧巻の一言だ。しかし、回避できる隙間はあった。

 この余波は、傲慢龍が操作しているわけではない。あくまで余波で、あくまで()()()()()()()()()()()()だ。

 

 本命の熱線は、この規模の比ではない。まだ、ここが広い空間であるからなんとかなるものの、狭い場所なら回避の術はないだろう。

 まぁ、もし通路で戦闘なんてことになったら、壁を破壊して脱出するが。

 

 それは、この場所を棲家とする傲慢龍の望むところではないからな。

 

“ふん、この程度ならば、何ということはないか”

 

 この余波は、ゲームでも回避が想定されている代物だ。この世界が現実になったことで、僕たちは移動技に依る縦軸を使った機動力を得たが、それがなくても回避が不可能ではない程度には、余裕がある。

 とはいえこれは、今傲慢龍が、余波でしか攻撃していないからなのだが。

 

「ここに来るまで、僕らがどれだけこんな弾幕をやり過ごしてきたと思ってるんだ。これだけなら、怠惰龍のほうがよっぽど面倒だったぞ」

 

 まぁ、これは当たり前だ。

 ゲーム的に回避できる弾幕ともなれば、単なるラスボスでしかない傲慢龍のそれと、クリアがあまり想定されていない裏ボスである怠惰龍では、性能は後者のほうが上だ。

 

 実際の強さという話では、また別の問題なのだが。

 

“まぁ、退屈を感じない余興ではあったな”

 

 余興、本当にそれはそのとおりだろう。この程度では、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 時間にして、十秒と少し。密度としては凄まじいものがあったが、僕たちは気がつけば、レーザーの弾幕を抜け、

 

 こちらに手をかざす傲慢龍の前に、到達していた。

 

 ――傲慢龍の熱線は、手のひらから放たれる。他の大罪龍にはない特徴だ。

 

“では、本題だ。この程度、傲慢ですらないことを理解せよ”

 

 師匠が距離を取り、僕が傲慢龍と直接向かい合う。

 

「こいよ、傲慢龍! その涼しい面に、驚愕という牙を突き立ててやる!」

 

 ――挑発。

 これに、傲慢龍は乗るだろう。まず、1つ目の前提をこれでクリアする。やつに僕だけを狙わせるのだ。そして、

 

“その意気やよし。だが、無惨にも散ることを推奨しよう”

 

 傲慢龍は、

 

 

傲慢、されどそれを許さぬものなし(プライド・オブ・エンドレス)

 

 

 熱線を、僕にだけ向けて、放った。

 

「――言っておくけどね!」

 

 そこに、

 

「アタシの最強は、アンタのことを、黒焦げにするくらいはできるんだから!!」

 

 フィーが叫んだ。

 

 

嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)ッ!!」

 

 

 強大な光の塊に、傲慢龍の余波よりもさらに小さい、フィーの熱線が突き刺さる。拮抗は一瞬だった。ほとんど意味もないような一瞬。

 けれども、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()それで十分だ。

 

“愚か者が”

 

 吐き捨てる傲慢龍、そして、その熱線が僕へと迫り、

 

 

 そして、飲み込んだ。

 

 

 ――反芻する。

 

『まずは、傲慢龍は熱線を放ってくる。奴の熱線には発射までにチャージが必要で、それは時間経過によって貯まる。開幕にぶっ放さないと、熱線を抱えることになるんだよ』

 

 傲慢龍の無敵を突破するための話し合い。

 僕は、そう前置きをしてから、

 

『だからそれを利用する』

 

『方法はどうするんだ?』

 

 ――簡単だ。

 

 

「――直接」

 

 言葉は、決して誰かには届かない。あくまで、自分へ向けて語りかけるもの。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それは決意として、僕の胸の中へとしまわれて。

 

 ――直後、リリスのバフが飛んできた。

 

 そして、それに合わせて。

 

「“◇・◇(スクエア・スクランブル)

 

 僕は、切り札を切る。

 傲慢龍の熱線は、ただただ純粋な超高火力だ。当たれば一撃死はほぼ確定。どんな装備だろうと、どんな高レベルだろうと耐えられないほどの火力を設定されている。

 だが、それは防御を無視するものではなく。そして何より上限が設定されていた。

 

 もちろん、その上限を僕は把握していて。

 

 そして、計算上。無傷な状態からならば、僕はスクエアを使用してリリスのバフを最大まで受ければ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 凄まじいダメージをまともに受けながら、ノックバック無効の特性を利用して、僕は()()()()()()()()()()

 

 走り、奔り、疾走り、

 

 ――傲慢へと、最強の大罪龍へと、手を伸ばせ。

 

「う、おおおおおおおおおおおおおおッ、ぁああああああああああああッッ!!」

 

 叫び、進み、駆け抜けて、

 

 

 やがて、僕は熱線を抜ける。

 

“お前……!?”

 

「いい面してるな、傲慢龍。教えてやるよ、その感情を僕たちは」

 

 熱線を抜けると同時に、もはや僕を縛る枷でしかないスクエアの効果を終了させて。

 

 

「焦りって、呼んでるんだよ!!」

 

 

 ――その頬を、切り裂いた。

 

 傲慢龍は、回避していた。

 無敵であるはずの、こいつならば必要のない行為。

 

 しかし、無意識がそうさせたのだ。結果、ギリギリでこちらの攻撃は、やつを掠めるにとどまる。が、それでも。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

“……”

 

「どうだ? 痛みっていうのも、初めて味わっただろう」

 

“――ああ”

 

 後方へと下がる僕を一瞥した後、傲慢龍はその頬を拭う。血などは流れていない。ただ、それでも、拭った頬を、少しばかりの沈黙とともに眺め、

 

 そしてこちらに向き直した。

 

 

“――それで? この程度でお前達は、私に勝ったつもりか?”

 

 

 先程と変わらぬ調子で、そう告げた。

 

「ああ、そうだ。そうこなくっちゃな。――傲慢龍」

 

 僕は、僕たちは再び構え直すと、

 

 

「最後まで、その態度でいろよ。傲慢を名乗りたいなら、なあ!」

 

 

 飛び出した。



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88.傲慢に踏み潰したい。

 ――そして、傲慢龍が目前に迫ってくる。

 奴は僕よりも遥かにでかい。見上げるそれに、僕はしかし果敢にも剣を振りかぶっていた。

 

「オオッ! “S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 叫び、剣を振るう。傲慢龍はそれを片手で受け止めると、こちらに反撃を放ってきた。僕はすぐさま剣を手放し、身を横にひねる。そして見た、

 奴の手には、光の剣が収まっている。僕の概念武器と同様の、実体を伴わない剣。

 

 それが、

 

“この程度か?”

 

 ――二本。

 僕の剣が手の中で薄らいでいくのを見ると、それを握りつぶし、自身の剣を出現させる。僕も概念武器を再び出現させると、お互いの剣が激突した。

 

「く、おぉっ」

 

 吐息が漏れる。

 あまりにも圧倒的な、力の差。人と大罪龍の性能はこれほどまでに違うのかと。けれども、そもそも受けた時点で死が決まっていた強欲龍戦よりはマシだと、自分を叱咤する。

 それに、

 

「こちらも忘れてもらっては困るな! “T・T(サンダー・トルネード)”!」

 

 師匠もすぐに、攻撃を仕掛けてくる。傲慢龍は迫るそれを、もう片方の剣で受け止めた。

 

“ふん”

 

 そして、僕らは同時に剣を弾かれる。僕は大きく吹き飛び、師匠はその場で槍を弾かれた。しかし、師匠は弾かれた勢いで、更に攻撃を仕掛けられる。

 僕もこの距離でなら、取れる手段はいくらかあった。

 

「“M・M(マグネティック・マインド)”!」

 

「“C・C(クロウ・クラッシュ)”!」

 

 師匠の一閃が、再び傲慢龍の剣と激突。そんな奴の視界を、僕の爆発が覆った。

 

“――小細工だな”

 

「小細工上等に決まってるだろ!」

 

 叫び、そして僕は突っ込みながら、

 

「フィー!!」

 

 叫ぶ。

 

「解ってる!」

 

“――!”

 

 そこに、

 

 

嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)!」

 

 

 フィーの熱線が解き放たれた。

 

“チッ――”

 

 それは大罪龍の中では、最弱と言われる火力の熱線。だが、僕たちパーティの中では最も取り回しやすい高火力攻撃だ。

 端的に言って、パーティ最優の技である。もちろん、傲慢龍とて無視はできない。

 

 両の剣を交差させて構え、音を頼りにそれを振りかぶる。

 

 直後、両者は激突していた。

 

「――おお! “B・B(ブレイク・バレット)”!」

 

「もう一発! “M・M(マグネティック・マインド)”!」

 

 恐ろしいことに、フィーの熱線と傲慢龍の迎撃は互角だった。こちらの最大火力とも言える技を、あちらは特に何の技も使わず、ただ全力で剣を振るえば防げてしまうのだ。

 事実、傲慢龍の身体に傷はない。

 

 とはいえ、それでもこの激突の間は、攻撃を抑制できることもまた事実。

 

 僕らの攻撃を、回避することなく、傲慢龍はまともに受けた。

 

“お前たち――”

 

 それにつまらなそうに言葉を漏らすと、傲慢龍はフィーの熱線を切り払う。これはなんとも嫌な光景だ。こちらの攻撃は、二発目を入れる隙も用意してもらえなかった。

 

“ちょこまかと、見苦しいとは思わないのか?”

 

 言葉にしながら、傲慢龍の視線はフィーへと向いていた。

 

 ――まずいな。

 

“それにお前も、この程度の力で大罪龍を名乗るのは、愚かしい行為であると自覚せよ”

 

 僕たちは慌てて移動技でフィーのもとへと向かうが、

 

濁流は、すべてを傲慢にも洗い流す(マッド・ロッド・ストレート)

 

 ――直後、()()()()()()()が、起動した。

 傲慢龍は、僕らの数倍の、あまりにも速い速度でフィーに迫り、目の前に出現する。それを見て取ったフィーが、一歩下がりながら、

 

「っ、怨嗟ノ弾丸(スリリング・ストライク)

 

 攻撃を一つ放つが、即座にそれは傲慢龍の剣で弾かれる。そしてもう片方を奴は構えた。

 ――傲慢龍の移動技は、若干変則的な移動を見せる。その速度は凄まじく、百夜のそれとくらべて、どちらが早いかは甲乙がつけがたい。そのうえで、傲慢龍の移動距離に制限はない。どこまでも、最速で移動することができる。

 ただし、その移動自体に攻撃判定はなく、移動は()()()()()()()()()()()に出現したところで停止する。

 

 故に、どこまでも追いかけるしつこさを有しつつ、直前の停止で、一瞬の隙ができる。ただし、その隙は一秒にも満たない時間で、攻撃に転じるにはあまりにも短い。

 

 とはいえ、今回フィーは咄嗟に飛び退きつつ攻撃で片方の剣を使()()()()。さらに襲いかかるもう片方の剣は、脅威でこそあるものの――

 

「フィーちゃん! やらせないの!」

 

 リリスがそこに割って入る余地はある。

 

“ほう?”

 

「“G・G(ガード・ガード)”! “B・B(ブレイク・ブースト)”!」

 

「あんま無茶しないでよ!」

 

 叫びながら飛び退くフィー。この場において、彼女のダメージだけはどうあっても避けるべきものだ。たとえそれを守るのがリリスしかいないとしても、やるしかない。

 

“私を相手に、生命を大事にする余裕があるのか?”

 

 そう問いかけながらも振るった一撃に、リリスが吹き飛ばされ、しかしその一瞬で僕たちが間に合う。リリスは――無事だ。流石に、技も使っていない通常攻撃ならば、リリスがバフを入れれば十分耐えられる。

 僕のデバフも入っているが。

 

「そうしなきゃならないほど、ギリギリになるのが解ってるんだよ、畜生!」

 

 叫びながら、剣を振るう。

 僕と師匠。二人がかりで傲慢龍の二刀を抑えようとするも、根本的に力の差は絶望的に存在する。直接攻撃をぶつけ合って、概念技を使ってもこちらが弾かれるのだ。

 これを通そうと思えば、リリスのバフが必要になる。

 

 それを組み合わせてもなお、傲慢龍への攻撃は殆ど通らない。僕たちの連携は我ながら完璧であるという自負があるが、それでも入る一撃は数発に一度だ。

 そして、上位技ですらない一撃では、傲慢龍の膨大なHPはほとんど削れない。

 

「――今度こそ! 嫉妬ノ根源!」

 

 そして、再びフィーが熱線を見舞わせる。だが、これすらも傲慢龍は対応してくる。

 

“愚かだと、何度言えば分かる?”

 

 奴は、自分を抑えるつもりだった僕たちの攻撃を()()()()()

 

一閃は、全てを薙ぎ払うものだった(バスタード・スライドメア)

 

 フィーの熱線を、一切の拮抗すらなく切り裂いた。

 嘘だろ――とは驚いていられない。受け止めれば二発は叩き込む算段だったのに、奴はその上をいった。そしてその勢いのまま、

 

濁流は、すべてを傲慢にも洗い流す(マッド・ロッド・ストレート)

 

 奴は今度こそ、フィーに迫っていた。

 

「フィー!」

 

「ま、かせてなの!」

 

 とはいえ、この流れは先程の焼き直し、リリスは十分間に合う範囲だ。もちろん――

 

一閃は、全てを薙ぎ払うものだった(バスタード・スライドメア)

 

 ――今度こそ、傲慢龍の一撃が、リリスへと突き刺さるのだが。

 

「リリス!」

 

 叫びながらも、吹き飛んだリリスを受け止めて、その場から駆け出すフィー。リリスは――概念崩壊していた。痛々しげに顔を歪ませながらうめいて、危険な状態である。

 とはいえ、すぐにフィーが懐から復活液を取り出すのだが。

 

“――そううまくは事は運ばぬか”

 

 追撃――しようにも、僕たちは既に、

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

「“E・E(エレクトロニック・エクスポート)”!!」

 

 僕たちは、間に合っている。

 

 ――剣を構え、槍を構え、僕たちは傲慢龍と向かい合う。

 

「反撃を――」

 

“――させるとおもうか?”

 

 加えようとしたところで、しかし、傲慢龍の翼が発光した。――熱線のチャージを終えたのだ。

 

“したければ、これを耐えてからにするといい。耐えられるものならばな”

 

 そうして余波を撒き散らしながら、傲慢龍は暴れだした。

 余波は追尾するレーザーであり、振り回される大翼だ。傲慢龍が攻撃に打って出れば、その発射元が変幻自在に変化する近距離攻撃手段にもなる。

 

 そこに通常の攻撃、剣戟が挟まるのだ。僕たちからすれば溜まったものではない。僕たちは奴の動きから逃げ惑いながら、牽制めいて攻撃を叩き込みつつ、レーザーの群れをかいくぐる。

 リリスはフィーの背に乗って、僕らは何とか攻撃をやり過ごした。

 

 とはいえ――

 

濁流は、すべてを傲慢にも洗い流す(マッド・ロッド・ストレート)

 

 ――発射の直前。傲慢龍は僕へと迫っていた。周囲を覆うように余波のレーザー。僕は視線を巡らせて、その隙間を探す。

 

“逃がすと思うか?”

 

「……逃げるんじゃない!」

 

 そして、剣を構えると、相手の一撃を、

 

「これも、反撃だよ! “S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 無敵時間で躱す。

 更に、傲慢龍が次の剣を構える一瞬の隙に僕の剣は突き刺さり、

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 ――僕は、後方へと移動技で飛んだ。レーザーの隙間を、一瞬でかいくぐる。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 故に、

 

“この程度で詰みか?”

 

 傲慢龍は、

 

傲慢、されどそれを許さぬものなし(プライド・オブ・エンドレス)

 

 致死の一撃を放った。

 

 しかし、その直前。

 

「っだああああ! 怨嗟ノ弾丸(スリリング・ストライク)!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()。そのノックバックで大きく吹き飛ぶと、傲慢龍の一撃は、僕の身体を掠めるにとどまった。

 

 ――もちろん、掠めたところで概念崩壊は確実なのだが。

 

 

 直後。吹き飛んだ僕が地面に叩きつけられるより前に、()()()()()()()()()

 

 

「――助かります!」

 

 僕が叫びながら概念状態に戻り、着地。見れば、師匠が傲慢龍へと切りかかっていた。

 

“なるほど――!”

 

 そして、ここで師匠には大きな変化があった、

 それは、

 

「あああっ! “P・P(フォトン・プラズマ)”!」

 

 ()()()()()()()使()()()()()()。コンボを稼いだのだ。どこで? 決まっている。()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 そして、師匠はそのまま傲慢龍の攻撃を無敵で透かしながら、続けざまに攻撃を見舞う。このまま最上位技に手を伸ばすのだ。

 

 それは、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

 

 移動技で距離を取り、遠距離攻撃で更にコンボを稼ぐ。追撃はさせない、僕が即座に割って入った。

 

「“B・B(ブレイク・バレット)”!」

 

後悔ノ重複(ダブルクロス・バックドア)”!」

 

 フィーもまた同様に、遠距離攻撃を傲慢龍に弾かせたところで、

 

 

「喰らえ――! “L・L(ラスト・ライトニング)”ッ!!」

 

 

“そんなもの――!”

 

 一撃は、かくして突き刺さり、

 

 しかし、

 

一閃は、全てを薙ぎ払うものだった(バスタード・スライドメア)!”

 

 完全に無防備となった師匠に、その一撃は叩き込まれた。

 

「ぐ、ぅ――!」

 

 吹き飛ばされる。

 

 ああ、けれど。

 

 言ったよな、傲慢龍。

 

 

 反撃は、お前の熱線が終わってからだって。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 吹き飛ばされた師匠の背に、僕が投げた復活液が直撃する。その勢いで割れた小瓶から、漏れ出た復活液が師匠を概念へと呼び戻すと、師匠もまた着地した。

 

“つくづく、お前たちは愚かしい。しつこい、と言葉にしなければわからないか?”

 

「それは――」

 

「――追い詰められてからいうセリフじゃないな! 傲慢龍!」

 

 僕たちは、再び傲慢龍へと迫る。

 反撃開始だ。僕たちがこれまでの旅の中で積み上げてきたものは、経験や力だけではない。この復活液も、その一つ。

 

 

 数にして三桁。これを全部使い切れるくらい、暴れてみせろよ、傲慢龍!



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89.傲慢に戦いたい。

 熱線が振るわれる。

 

 僕らの対応は様々だ、強引に復活液を使ってレーザーをかいくぐり、一閃を叩き込む。レーザーから逃げ回り、コンボを貯める。とにかく牽制に集中し、あちらの一手を妨害する。

 中でも傲慢龍が最も警戒しているのはコンボを貯めることだろう。明らかにレーザーは、傲慢龍の追撃はそちらを狙っていた。代わりに、復活液を使った強引な突撃はスルーされやすい。当たり前だ。こちらが復活液を消費すればするほど、あちらが勝利に近づくのだから。

 

 故に、僕らの攻撃もコンボは囮、本命はゴリ押しだ。

 

“ああまったく、どこまでその悪あがきを続けるつもりだ?”

 

「もちろん、手が尽きるまでさ」

 

 剣と剣がぶつかり合う。そうすれば、必然的にこちらが押し負け、僕は一撃を受ける。そして、復活液を取り出すと――横から、僕に対して師匠の紫電が飛んできた。

 

 これで、概念崩壊。予め用意していた復活液で、復活。そして、

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――傲慢龍の一撃は、一撃でこちらのHPを四割は持っていく。強烈だが、しかしそれでもただの通常攻撃なら()()()()()()()()ということでもある。

 復活液は、使用時にHPの半分を回復する。なら、()()()()()()()()()()()という不確定なタイミングよりも、()()()()()()()()()()()()という確定的なタイミングのほうが、復活液を使いやすい、そして、反撃も叩き込みやすいのだ。

 

 加えて言えば、この行動における最大の目的は、()()()()()()()()()()()だ。僕が無理やり前衛を受け持ち、その隙に師匠が遠距離からコンボを稼ぐ。

 傲慢龍にさとられないように。

 

 結果――

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ゲームにおける傲慢龍の体力からして、これで三割といったところか。ここまで、何とかこちらは攻撃を通してきた。順調といえば順調だ。

 少なくとも、想定以上の事態には陥っていない。十分、僕たちが考えたとおりに戦えている。傲慢龍に余裕があるために、行動に必死さがないのもそうだが、僕たちにもまだ、余裕はあった。

 

 しかし、とはいえだ。

 

 ここに至るまで、二十の復活液を消費した。

 僕たちのやることは、復活液によるゴリ押しでダメージを稼ぎつつ、傲慢龍の裏をかいて最上位技を叩き込むこと。

 しかしそれは、向こうの警戒が激しくなるに連れ、難しくなるだろう。消費する復活液の数はそれだけで加速度的に増えていく。

 間に合うか? 正直、疑問だった。

 

 とはいえ、それで止まるわけには行かないのだけど。

 

「――フィーちゃん!」

 

「解ってる!」

 

 そして、直後の熱線をやり過ごしたタイミングでフィーとリリスが動いた。見ればリリスは、フィーにありったけのバフを載せている、攻撃、防御、速度強化。

 その上で、フィーが傲慢龍へと突っ込んでいくのだ。僕らは意図を理解して、援護に回る。

 

“ようやくその気になったか、嫉妬龍”

 

「あいにくと、こっちは最初から本気なのよ!」

 

「行っちゃうのフィーちゃん!」

 

 叫び、フィーが傲慢龍へと肉薄する。

 攻撃を避け、受け、切り裂いてから距離を取り、

 

嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)!」

 

 一撃が放たれる。

 この間にもリリスがせわしなくバフと回復をフィーに投げている。僕らの遠距離からの支援も傲慢龍へと見舞われていた。

 

一閃は、全てを薙ぎ払うものだった(バスタード・スライドメア)

 

 そして、熱線を傲慢龍は切り払い、フィーへと踏み込む。移動技から、再び技を使った攻撃。

 

 そこへ――

 

後悔ノ重複(ダブルクロス・バックドア)!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

“――!”

 

 ここで、フィーは熱線を放たなかった。熱線は口から放たれるため、モーションが解りやすい。故に読まれやすく、そして牽制として機能しやすい。

 本命は、()()()()()()()()()()()だ。フィーはそれから更に飛び退いた。

 

 それを追撃する傲慢龍。フィーの立ち回りは危なげない、というより、これはここまでもそうだが、僕たちの連携にフィーが合わせられるようになっている。

 先程、僕を怨嗟ノ弾丸(スリリング・ストライク)が吹き飛ばしたが、アレはこれまでなら師匠でなければできなかったことだ。

 

 フィーができるようになったのは、彼女の戦いに余裕が生まれたからだろう。こちらに合わせる余裕ができた。視野が大きく広がっているのだ。

 これは、百夜に感謝しなくてはいけないな。

 

 そう考える中も、戦闘は推移する。いくらフィーの立ち回りが向上したとはいえ、相手は傲慢龍。どうあってもスペック差で追い詰められる。フィー一人では。

 

 回避できないタイミングで、攻撃技が叩き込まれたのだ。

 しかし、

 

「いっくのー! “K・K(ナイト・ナックル)”!」

 

 リリスがフィーを大きなノックバックを伴う技で吹き飛ばし、範囲から逃れさせた。それで距離を取ったフィーは、

 

塊根ノ展開(アンダーグラウンド・スタンプ)!」

 

 地面を蹴破って、瓦礫を周囲へと浮かばせる。

 

“その程度で、目くらましでもするつもりか?”

 

「ハッ――」

 

 あざ笑う傲慢龍に、フィーもまた笑みで返すと、

 

()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 勝ち誇ったように、叫んでみせた。

 

 

「――“L・L(ルーザーズ・リアトリス)!」

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

“――!!”

 

 驚愕。

 明確に、傲慢龍に驚きが見えた。視線がこちらへ向いて。

 

“チッ――”

 

 舌打ちとともに、

 

一閃は、全てを薙ぎ払うものだった(バスタード・スライドメア)!”

 

 僕の最上位技を、傲慢龍はその一撃で薙ぎ払った。

 ――本当に、ふざけた威力。

 だが、無理な反撃で態勢は崩れ、そして何より、()()()()()()()()()()()()()()()()アンタは気付いていないだろう!

 

「――嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)!」

 

 

 熱線が、突き刺さった。

 

 

“――ふん!”

 

 それを、傲慢龍は即座に薙ぎ払い、けれども間違いなく直撃だった。睨む傲慢龍に、フィーは舌を出してから離脱する。

 

「べー、なのっ!」

 

 一気に後方へと下がったフィー。それを追いかける傲慢龍を阻むように、師匠が飛び込んでくる。

 

「“P・P(フォトン・プラズマ)”!」

 

“チッ――”

 

 僕が最上位技までコンボを溜めているということは、当然師匠もコンボを溜めているということだ。上位技が傲慢龍へと突き刺さり、コンボが加速する。

 ああ、しかし。

 

“それ以上は認められないな”

 

 ――直後、傲慢龍の熱線の余波が、師匠へと突き刺さった。

 

「師匠!」

 

「ぐ、ぅ!」

 

 即座に復活液を叩きつけて、戦線復帰させるものの、更に連続でレーザー、こちらの反撃どころではない。

 

「っつつ、だいぶ効いたわね」

 

「もう、復活液は節約できたけど、フィーちゃんすごい危険だったの、これっきりなの!」

 

「解ってるわよ、二度目はないし」

 

 そして、後方ではフィーとリリスがだいぶ疲弊しているようだった。先程の攻防、後衛型の二人には、だいぶ神経をとがらせなくてはならない事態だっただろう。

 僕が、師匠が、この戦闘スピードに耐えられるのは慣れているからで、フィーは全くそうではないのだ。

 

 とはいえ、ここでそれを嘆いてはいられない。僕らはレーザーをかいくぐり、時には復活液でゴリ押しして、態勢を立て直す。

 直後に放たれた本命の熱線は、何とか僕が引きつけて回避した。

 

 まぁ、それにも復活液を使ってしまったわけだけど。

 

 ――熱線一つ回避するごとに、十は復活液を消費している。速いペースだ。

 

“――まったくもって、驚嘆に値する。手を変え、品を変え、お前たちはよくやるものだ”

 

 その傲慢龍の言葉に嘘はなかった。ただただ驚嘆し、ただただ感心していた。これまで、幾度か奴の想定を上回ったのだ。それを否定しては、奴は傲慢ではなく蒙昧だ。

 認めた上で、見下ろしてこその傲慢龍だ。

 

 その姿は、

 

“故に、それに破壊で以て応えるのは吝かではない。私が破壊し、私が蹂躙しよう、そも、お前たちは理解していない”

 

 ――僕がゲームの中で挑み続けた、()()傲慢龍と重なった。

 

 

“――策を以て挑む時点で、お前たちは私に勝とうとしているのではなく、抗っているのだ”

 

 

 そして、傲慢龍は加速した。

 

 僕と師匠を、二人纏めて薙ぎ払う。僕が師匠を庇い、一瞬だけタイミングをずらす。復活液が消費された。

 

「それがどうした? 挑む側なのはいつものことだ。抗っているのはそれが必然だからだ。ただ、傲慢であることを口にするだけでおしまいか?」

 

 その隙にフィーが狙われた。リリスがかばって概念崩壊する。復活液が消費された。

 そこにカバーに入り、立て直す。ここでも復活液が消費される。

 

“解っていないようだな。ああ、まったくもって解っていない”

 

 熱線が放たれる。

 やたらめったらに放たれるそれは、傲慢龍が動き回ることで指向性を得ていた。奴はフィーを執拗に狙う。それはいかにも合理的な選択だ。

 ()()()()()()()()()()()? 否、

 

“――お前は、既に私に認められているのだ”

 

 奴は既に、こちらを見下して、戦う時期を過ぎている。強者に策ではなく全力で応えることも、また傲慢。傲慢龍は本当にどこまでも、()()()()

 

 ――復活液が消費される。

 フィーという致命傷をかばうには、僕たちも危険を冒さなくてはならず、最悪概念崩壊を起こしたところで追撃を受ける。本命の熱線など、複数のダメージ判定があり、絶対に生身で受けてはだめだ。掠める程度でも崩壊する僕たちの概念は、あまりにも脆すぎる。

 

 ――――復活液が消費された。

 

“どうした? まだ策はあるのではないか? 抗うのだろう、挑むのだろう。今更なんとも謙虚なことだがな”

 

「――言ってろ!」

 

 熱線を抜けて、反撃に出る。

 ここで僕は賭けに出る。()()()()()()()()。あまり取りたくはない賭けだが、残っている手札の中では、これが一番穏当だ。

 故に、

 

「アンタの言葉遊びなんて興味はない、僕たちは勝つためにここに来たんだ。今更、挑む側、挑まれる側の問答など、意味はないだろう」

 

“――ふん”

 

 そして、傲慢龍は僕の策に乗り、フィーを狙った。それを横目に、僕と師匠でコンボを稼ぐ。――先程もそうだが、今回の戦いではフィーとリリスが前に出たほうがいい。傲慢龍はこちらのカバーを無視してフィーに迫るため、前衛後衛の概念が成り立ちにくいのだ。

 それを、フィーが前に出ることで、崩す。移動技の価値を下げるのだ。

 

 とはいえ、相当な無茶であることに変わりはない、先程の攻撃で、傲慢龍の警戒はましている。

 それをフォローするために、復活液が消費された。

 

 ――そして、復活液が消費された。

 

 師匠とリリスが、交互に概念崩壊しながらも、フィーを守り、フィーの熱線は最大の牽制として機能する。ああ、後は――

 

 僕が、一撃を叩き込むだけだ。

 

「僕の意地は、僕のあり方は何一つ変わってはいない!」

 

 懐に踏み込む。絶好のポジション、最大の好機。

 

 ――逃すものか!!

 

「お前という絶対(負けイベント)を、ひっくり返したいんだぁああ!」

 

“――面白い”

 

 そして、僕は、

 

 

「“L・L(ルーザーズ・リアトリス)”!」

 

 

 最上位技を、叩き込む。

 寸分違わず傲慢龍をえぐった刃。それを受けてか、傲慢龍が()()()()()()。この戦闘において、おそらくそれは初めての光景だった。

 

 ――ここまで、およそダメ―ジは六割、いや、蓄積した細かいものを合わせて七割。僕らは傲慢龍を追い詰めつつあった。

 

“ああ、だが――”

 

 追い詰めては、いた。

 

 しかし、

 

 

“快進撃は、ここまでか?”

 

 

 ――傲慢龍は気付いていた。

 そう、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを。

 

 

「……」

 

“だから、言ったのだ。お前たちは抗っていると。――しかし、それなのに、お前たちは()()()()()()()のだ。わかるか?”

 

 そして、――僕たちの目の前に、熱線が広がった。

 

“私を本気にして、生きて帰れると思うなよ?”

 

「――っ、君!」

 

「……はい!」

 

 最初に動いたのは師匠だった。

 師匠はリリスとフィーのもとへと急ぐ。先に動くことで自身に攻撃を集中させながら、熱線の余波を避け、急ぐのだ。何故? 理由はあまりにも明白である。

 

 ――リリスの荷物の中で、ある少女が出番を待っていたのだから。

 

“残念だ”

 

 牽制を兼ねて、こちらも遠距離攻撃を放つ。

 それらはやたらめったらに飛び散って、傲慢龍に当たるということすらなかったが。それでも、

 

「うる、さい! 怨嗟ノ弾丸(スリリング・ストライク)!」

 

 フィーのはなった牽制が、傲慢龍を掠めた。

 

 しかし、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()。 ああ、それはつまり「……やっぱりか!」 ――()()()()()()()()()()()()()()ということにほかならない。

 

“お前たちは、もっと賢しいと思っていたよ。勝てる戦いを挑むものだとばかり思っていた。期待はずれだったようだ”

 

 あいつの中で、僕たちが勝てもしないのに、小細工を弄する輩だという認識が生まれた。

 そして事実、僕たちの小細工の源が尽きた。復活液がなければ、ゴリ押し染みた戦闘は行えない。

 

 故に、そうだ。

 

 勝敗は決していた。この場において、傲慢龍はそう判断したのだ。

 

「ぐ、うう!!」

 

「フィーちゃん!」

 

 見れば、リリスをかばって、フィーがレーザーを受けていた。ああ、しかし、それは一瞬の時間稼ぎにしかならない、吹き飛ばされたフィーを追って飛び出したリリスが、レーザーを受けて概念崩壊する。

 そして、

 

「――っ! すまん!」

 

 師匠が、何ごとか叫ぶと、

 

「“T・T(サンダー・ストライク)”!!」

 

 概念技、長いリーチのそれが、僕を吹き飛ばす。

 

「が、あ、し、師匠!」

 

 その意味が、僕には理解できてしまった。吹き飛びながらも、振り返り。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 互いに、同じ方向へと転げる。

 ああ、しかし。

 

 ――師匠は概念崩壊していた。同時に、僕らは立ち止まり。

 

“終わりだな”

 

 

 目の前に、傲慢龍がいる。

 

 

「……」

 

“幾ら神の器だろうと、所詮はこの程度なのだ。理解しろ、私は傲慢”

 

 振り上げた手は、僕たちに絶対の死を告げる。

 

 

“――最強の、大罪龍だ”

 

 

 致命的な状況。

 ――完全な詰み。

 敗北。

 

 ああ、それは、そうだ。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――今だ! 百夜ァァアアア!」

 

 

 ――叫ぶ、

 その様子に、傲慢龍は訝しむものの、けれども構わず、それを放つ。

 

 だが、直前に。

 

「――無茶をする。けれど、嫌いじゃない。時は移ろい、そして私達は()()()()()

 

 リリスの懐から現れた百夜が、

 

 

「“T・T(タイム・トランスポート)”」

 

 

傲慢、されどそれを許さぬものなし(プライド・オブ・エンドレス)

 

 

 ――傲慢龍の熱線が放たれるよりも早く、僕たちを別の場所へと、転移させた。



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90.傲慢にも再起したい

 ――ここまでの戦闘の推移は、僕たちがほぼほぼ想定したものだった。

 一度で勝てないなら、立て直して二度戦えばいい。非常に単純かつ、脳筋極まりない戦法であった。とはいえ、復活液の補充ができるかと言えばそういうわけではない。

 僕たちが転移したのは、白磁の遺跡、頂の痕の中間地点だった。

 傲慢龍との会話中に見た開けた場所。そこで各々息を荒げているが、特に師匠とリリスはつらそうにしている。概念崩壊の痛みは、僕もよく知っているがつらい。

 

 こうなる前に撤退できればよかったが、残念ながらそうもいかなかった。

 

 流石に、二人の回復を待っていられるほど、僕たちに時間はない。戦力となるのは僕とフィー。そのうち、()()()()()()()()()()()()、フィーにこの場を任せて、僕だけで戦場に戻ることになった。

 そう、ここからはとんでもない話だが、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

 師匠が概念崩壊していなければ、隙を伺いつつ、概念起源を叩き込む案もあったが、残念ながらそうもいかなかった。もしくは、復活液が残っていれば、か。

 

「――完全にすかんぴんよ、全員キレイに一つ残らず使い切ってる」

 

「よくもまぁ、そこまで粘ったよな、僕たち」

 

「その甲斐はあったでしょ、大健闘よ」

 

 一戦目の目的は、復活液のゴリ押しによる傲慢龍の体力削り。幸い、七割も削れれば、ここから三割、()()をもう一度使えるようになれば、計算上は削りきれる範囲である。

 ここも、想定した通りに進んだ部分だった。

 

 ああ、しかし、想定通りとはいえ。

 

「――負けちゃったなぁ」

 

「負けてないでしょ、まだ」

 

「そうだけど、そうじゃないんだよ」

 

 話す時間も惜しいので、ストレッチをしながら、僕は続ける。――まぁ、ストレッチが必要かと言えば必要ないのだが、肉体はともかく、精神はそれはもうこわばっていた。緊張というやつだ。

 

「確かにこの仕切り直しは想定通りだけど。僕は傲慢龍の言葉に何も言い返せなかった。だから向こうは、こっちが仕切り直す前に無敵を再起動させられたんだよ」

 

「……心で、言葉で負けてるってことか」

 

「そういうこと」

 

 ――無敵が元に戻る事自体は想定内だ。

 こちらが仕切り直して、その場を離れてしまえば、あちらの精神状態も落ち着いて、無敵を貼り直す余裕が生まれるだろう。だから僕たちは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけで。

 二戦目、無敵を外すところからまた初めなくてはならないが、手段自体は用意していた。

 

 ただ――

 

「普通にマウントを取るだけじゃ、ダメだな。向こうは完全にこちらを下に見ているし、格付けは済んだと思ってる。――正直なところ、それは僕としても、残念でならないんだ」

 

「あいつを、失望させちゃったから?」

 

「うん、僕自身――傲慢龍は目標だったんだ。越えたい相手、倒したい相手、負けたくない相手。それに、ちょっと無様な姿をみせちゃった」

 

 原因は、傲慢龍が僕のことを想定以上に認めていたから、だろう。むこうの期待はずれが原因であるとなると、僕がその期待に応えることは少しむずかしい。

 だって、これが僕の全力なのだから。万事を尽くして、それでこれなのだから。

 

「――策を弄するのは、勝とうとしているんじゃない」

 

「抗っているだけ――か。それのどこが悪いんだろうね」

 

「アタシに聞かないでよ、あんたら男どもの考えることなんて、アタシの対極にあるものだわ」

 

 そうかもしれないけどさ、と苦笑する。

 ともあれ、二戦目の無敵解除のハードルが上がってしまった。ただ、こちらの策を通すだけじゃ、あいつは絶対にそれを認めない。それは間違いようのない事実だった。

 

 ――そこさえ崩してしまえば、戦えると僕は思ってるんだけどな。

 

 そんなふうに考えていると、

 

 

「それ、は――君、も、悪いんじゃ、ないか?」

 

 

 師匠が、ふらふらと起き上がってきた。

 

「いや、そんなむちゃしないでくださいよ!」

 

「そうよ! 寝てなさいって。ここに敵はいないみたいだし、いてもアタシがなんとかするから!」

 

「――そういうわけに、いかないと、思ってな」

 

 そういって、脱力しながら座り込み、けれども、師匠はこちらを見る、鋭く、まっすぐに。

 

「……君は、傲慢龍にとって、越えるべき相手。()()()()()なんだ。君は、この世界にきて、間もないから実感が沸かないかも、しれないが――」

 

「…………」

 

()()()()()()()というのは、総じて誰もが特別視するものだ。よくも、わるくも、な」

 

 ――それは。

 

「強欲龍、ですか」

 

 師匠は無言でうなずく。

 そうだ、師匠には強欲龍との因縁があって、悪い意味ではあるけれど、大罪龍のなかで師匠にとって強欲龍とは特別な相手なんだ。

 もし、そんな相手が、情けなく命乞いをしたらどうだ?

 

 僕だって、失望するぞ?

 

「――同じ、ことなんだよ。因縁って」

 

「僕は――」

 

「君も、こっちにきたんだ、ろう? もう、それなら、()()()()()()()()べきだ。私達にたいしては、そういうことを感じたことはないけど」

 

「――!」

 

 師匠はきっぱりと、

 

 

「君は大罪龍を、自分と同じ存在だと、認めていないだろう」

 

 

 そう、言い切った。

 ――例えばそれは、百夜と相対したときに感じたような、有名人を見たような感覚。相手を下に見ているのではない、相手を特別に見ているから、同じだと認めない。

 百夜に対するそれは、一日も行動をともにすれば失われたけれど。

 

 ただの敵としての大罪龍に、歩み寄るような時間はない。

 

 それは、つまり。

 

「――僕は、まだ彼らのことをゲームの画面の向こう側の存在と認識してる、ってことですか」

 

「……まぁ、多分そう。不思議だよな、それ、私達に感じてもいいんじゃないか?」

 

「あー、それは……」

 

 ――多分、コッチに来て初っ端に、リアルな感覚を感じたからだろう、そう、具体的に言うと人工呼吸。あれで、ちょっと師匠の女の子を感じちゃった、みたいな。

 とはいえ、言わない。

 絶対に言わない、言ったら傲慢龍どころではなくなる。たとえ考えを見透かされたとしても、絶対に認めるものか、いまは傲慢龍だ。

 

「こほん。でも、なんとなくわかりました。わかりましたけど――ちょっとむずかしいな」

 

「なんでよ。私達と同じようにすればいいだけでしょ」

 

「僕のモチベーションの問題だよ。僕は、絶対に勝てない状況をひっくり返したい」

 

「負けイベント、だね」

 

 師匠の言葉にうなずく。

 それは、僕が元の世界でゲームをしていたことから生まれた感情だ。つまり、ゲームと負けイベントはイコールで、それを覆すために動く僕の感情も、イコールで結ばれているのだ。

 

「そうなると、僕は彼らを同じ存在だと認めた時、それを負けイベントと認められるかどうか。正直、自分でも自分の精神なんてコントロールできるものではないですし、わかりません」

 

「……そう」

 

「相手を上に見ておきたいんですよ。越えたいというモチベーションのためにも」

 

 ――まさか、そんなところで詰まるとは思えなかった。別にいいじゃないか、僕にとって傲慢龍は画面の向こうの憧れの敵なんだ。

 上に見て、挑んで何が悪いというのか。

 

 ああ。でもそれは、たしかに僕にとっては何の問題もないかもしれないけど。

 

 

「傲慢龍には、大問題、なのね」

 

 

 ――リリスが、そう言いながら起き上がる。

 

「もう、リリスも!」

 

 叫ぶフィーに苦笑しながら、僕はリリスに問う。

 

「じゃあ、どうすればいいと思う?」

 

「んー」

 

 ふらふらと、頭を揺らしながら、

 

「もぐもぐさんなのー」

 

「ああもう、やっぱりダメじゃない、今はねてなさいって」

 

 説明にならない説明が飛んできて、フィーが慌ててリリスを寝かしつける。ぽやぽやとした視線のまま、ぐったりと横になるリリス。衣物の寝袋を取り出して、横になった。

 

「あなたはあなたなの、あなたがあなたでもあなたで、あなたがあなたじゃなくってもあなたなの。あなたなたなたなーたなたなの」

 

「やめて頭がおかしくなりそう」

 

 なんだか、いつもの光景だ。これから、すぐに傲慢龍の元へ戻らなくてはならないのに、少しだけ気が緩む。そんなところに、

 

「だから、ね?」

 

 リリスが、なんだか艷のある声音で、

 

()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……ん、うん、わかった」

 

 そうして、再びリリスが眠りにつく、師匠も同様に、ぐったりして、しばらくは起きてこなさそうだ。二人に礼を言って、僕は立ち上がる。

 

「行くの?」

 

「それはもちろん」

 

「……ほんと、気をつけてよね。百夜もほら」

 

「んー」

 

 眠そうな百夜を持ち上げて、こちらに近づける。いや、寝かせてあげなよ、疲れてるよ百夜も。

 

「リリスは、過去を顧みて見ろ、って、言ってる」

 

「……あ? ああ、なるほど」

 

 もぐもぐ、っていうのは回顧しろってことか。

 

「今の君と、過去の君。それは、きっと同じなんだろう?」

 

「そりゃまぁ」

 

「だったら、過去を思い出しながら、今と向き合って、みなよ」

 

 ――なるほど、とうなずく。

 リリスの言葉を翻訳した百夜の意見は最もであった。

 

「――そういうことなら、やってみるよ」

 

「ん、じゃあ、行くのね?」

 

 僕の顔をみて、納得したようにフィーは言う。

 

「うん、傲慢龍のところに行くまでに、少し自分ってやつを見つめ直してみるよ」

 

「…………」

 

 そう言って、背を向けた僕に、フィーは何かを言いたげにして、立ち上がり。

 

「――正直、行ってほしくない。危険よ」

 

「……フィー」

 

「でも、何より――プライドレムが羨ましい。今、アンタの心にはあいつしかない。それが羨ましい」

 

「…………」

 

 フィーの感情は複雑そうだ。

 行ってほしくない。

 いっそ、ついていきたい。

 

 でも、それが危険で、そうするべきではないことは解っている。

 

 そして、なにより傲慢龍への嫉妬がある。

 

「――僕にとって、傲慢龍は画面の向こうの憧れだ」

 

 でも、と続ける。

 

 

「でも、君達のことは、側にいて欲しい大切だ」

 

 

 ――そんな君達を、僕は悲しませたくない。

 

「これだけは約束する」

 

 そう言って、一歩を踏み出して、

 

 

()()()()()

 

 

「――うん、行ってらっしゃい」

 

 少しだけ嬉しそうな、けれども嫉妬を含ませた笑みで、フィーが僕を送り出す。さあ、第二回戦だ、

 

 待っていろよ、傲慢龍。

 僕は、いつだって負けイベントを、ひっくり返すんだ。



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91.僕たちは向かい合う。

 ――お前はもったいぶりすぎる。

 

 それはお前もまた、盤上の存在であるがゆえに。だ。

 

 傲慢龍の言葉を反芻する。

 どうしてやつは、僕のことをそんなふうに思ったのだろう。もったいぶっているだろうか、情緒というものを理解していないだろうか。

 今の所、僕が説明していなかったせいで、誰かを苦しめたことはないはずだ。あってもちょっとの想定外。十分取り返しはつくはずだ。

 

 でも、そう考えること自体が、傲慢龍にとっては間違いなのだろう。

 あいつのいう、語るべきことってなんだ? どうして僕が外から来たことと関係がある?

 

 ――僕が傲慢龍を自分とは違うと見ているのは、それが僕にとって一番自然だからだ。共に語らい、同じ目線でものを語る相手ではなく、敵対し、真っ向から視線をぶつけ合う相手。

 そんな存在を、自分とは違うものとして見るのは、何かおかしなことだろうか。

 

 僕は、この世界において、僕の世界で知れる情報の殆どを知っている。ゲーム内の情報、攻略本や設定資料集の情報、紙やデータに残っているインタビューの内容などなど。

 流石にリアルのイベントなどで語られた細かい話なんかは、追えないものもあるけれど。

 

 知れるものは、全部知った。

 知りたいから、知ろうとして。知れることが嬉しくて、もっともっと知りたくなった。

 

 僕のゲームに対する姿勢は、負けイベントを覆すことだけど。僕の()()()()に対する姿勢は、知ろうとすることが根底にあったんだ。

 

 でもそういえば、それを誰かに対して話すってことを、僕はしてきたっけ?

 

 あまり、そういうことはなかったな。というよりも僕は、このゲームを通して周りとコミュニケーションを取る時、ゲームのシステムに関する話ばかりしていた気がする。

 誰かと言葉を交わす時、人は誰かに求めてもらいたがる。それは全然悪いことではなくて、認めてもらいたいから頑張れる。

 

 僕にとって、負けイベントをひっくり返すことがそうだった。勝てない戦いに勝ちたいというのは万人共通の感覚で、それを成し遂げれば、多くの反応が貰えた。

 

 ――そこが、僕にとってのモチベーションだ。負けイベントに勝ちたいというのは、同時に、勝ったことを誰かに認めてもらいたいということでもあった。

 

 それを優先して道理を無視することもあるから、僕のそれは独善的ではあるけれど、本質的にはそれが誰かのためになる行為だ。師匠を救い、フィーを変えた僕の行動は、僕のためではあるけれど、誰かのためでも、同時にあった。

 

 ――()()()()()という行為に比べたら。

 

 僕は得た知識を誰かに披露することはあまりしなかった。話しても、それが僕への賞賛に繋がらないからだ。そういうと、あまりにも僕は身勝手に思えるけれど、称賛するということは相手を好意的に捉えるということだ。

 知識をひけらかすというのは、上から目線で、一方的で、なんだか少し図々しい。

 

 それだったら、趣味と実益を兼ねて、負けイベントに勝つというエンタメを周りに提供するほうが、まだいいのだと、僕は思っていた。

 

 ……僕の始まりは、ドメインシリーズだった。

 その中で、僕はその壮大なストーリーに触れて、そしてゲームとしての面白さにも触れた。

 

 ドメインシリーズはすごいゲームだ。でも、幼い頃の僕には、そのストーリーの本質というものは理解できなかったし、それを周りに伝える手段がなかった。

 でも、ゲームはクリアすることができる。ゲームをクリアすることは、周りにとっても解りやすい()()()()()だ。

 

 ――僕の内と外は、そうしてできあがったのだろう。

 

 なんともありふれた話だ、どこにでもある、普通の少年の、小さい頃の思い出話だ。

 

 ――それが、インターネットという広大な世界を知ることで、爆発的に広がって。しかも、当時発売したてのドメインシリーズ第二作。

 クロスオーバー・ドメインで、攻略者が出ていなかった裏ボス怠惰龍を倒すための情報を偶然提供した結果、周りからとても喜ばれた。

 

 ああ、それは。

 

 僕にとって、()()()()()()()()()()()()()()()()()がコレほどまでにも喜ばしいのだと、そう理解するには十分だった。

 

 加えて負けイベントという、他人と話の合いやすいこだわりがあって、その上でそのこだわりが誰かを楽しませることも解っていって、僕にとって、いっそうゲームで他人と関わるということは、()()()()()()()()()()()()()であり、()()()()()()()()()()()()()()()であるという認識が出来上がっていった。

 ああだからつまり、

 

 知識を披露するのが致命的に下手なんだよ、僕は。

 

 何でも知っていることと、何でも伝えられることは、違う。僕が話している内容は、本当に必要最低限のことで、傲慢龍のお眼鏡には叶わなかったんだろう。

 

 ――そう考えると、傲慢龍の失望も、何となく分かる。

 

 あいつは、傲慢だ。すべてを見下し、それ故に君臨する。()()()()()()()()のだ。そうだ、傲慢龍はきっと、()()()()()()()()()()()()

 

 僕やマーキナーのような、盤を上から見下ろす存在に、

 

 

 プレイヤーに、なりたかったんだな。

 

 

「ははは、とんだロマンチストだ、傲慢龍」

 

 歩きながら、苦笑する。

 なんというか、傲慢龍は変人だ。変龍、と言うべきか?どちらにせよそれは、他の大罪龍にはない特徴だ。大罪龍の頂点でありながら、傲慢龍は大罪龍一番の変わり者だった。

 

 ――大罪龍は、多かれ少なかれ自分の感情に忠実だ。強欲龍がそうであるように、暴食龍がそうであるように。

 フィーだって、かつては世の中を、人をうとんで、自分を嫌っていて。そんな中でも捨てられなかったのが嫉妬という自分だったくらいに、()()()()()()()にはこだわりがある。

 

 けれど、傲慢龍は()()()()()()()()のだ。傲慢龍は、傲慢という大罪を体現している。そしてその上で、()()()()()()()()()()()()()鹿()()()()()()()()のだ。

 見下すことはする。それ故に煽り、挑発し、人の神経を逆なでする。時には威圧し、萎縮させる。だが、それは傲慢龍が、傲慢という感情を、()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 傲慢龍は傲慢でありたいのだ。

 誰のために? ()()()()()だ。

 

 傲慢龍は最強だ。人類最大の強敵だ。人類の前に立ちはだかり、そして人類に敗れる大敵だ。そしてそうであるがゆえに、()()()()()()()()()()のだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――

 

 

 傲慢龍は、認めているのだ、見下しながら、慈しみながら、人類を。

 

 

 ――ああ。

 

 思い出す。

 ゲームの向こう、初めてたどり着いたラスボスの間、待ち受けていたのは、最強の敵傲慢龍。たどり着いたのは誰だ? 主人公だ。

 初代ドメインの主人公。シェルとミルカの息子。時代を切り開き、世界を救う英雄。

 

 だが、それと同時に、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()使()()だ。

 

 ――その時の会話が思い出される。ああ、あの時、傲慢龍と主人公は、どんな会話をしたのだったか。()()()()()()()()()()()()

 

 誰にも語ったことはない。

 

 誰にも見せびらかしたことはない。

 

 心のなかに、抱え続けた1ページ。

 

 たどり着いたのは、主人公だ。

 けれど、それを導いたのは、コントローラーを導いた僕だ。そして、あの時僕は、画面の向こうの彼と、心を一つにしていたではないか。

 

 今なら分かる。傲慢龍が何故僕をもったいぶっていると言ったのか。何故、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()が違っていたのだ。

 

 彼が求めていたもの、僕が言うべきだったこと。

 ――僕が本当に彼に対して向けていたもの。

 

 それらすべてが、

 

 ――過去の、ゲーム画面に食い入っていた頃の僕と。

 

 ――今の、自分の足で通路を進む自分。

 

 

 カチリ、と、全てのピースがハマる音がした。

 

 

 ◆

 

 

 ――僕の目の前に、傲慢龍が立っていた。

 待ちくたびれたと言わんばかりに、変わらずラスボスの間で、僕がよく知るこの場所で、傲慢龍は待っていた。

 

 ――僕に足りなかったのは、()()()()()()()だ。

 目の前に、憧れの存在がいて、誰よりも越えたい相手がいて、()()()()()()()()()()()()()()()まで得て、考えることがゲームの攻略法。

 

 確かにそれは、誰のためでもあるだろう。誰かを喜ばせ、誰かを楽しませ、僕が好きなことだ。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

 世界観が好きだ。

 

 シナリオが好きだ。

 

 キャラが好きだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

 それを語ることが、誰にでも伝わるわけではないから、自分の中だけで押し留めて。でも、だとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 こんなにも純粋に、世界と人と歴史に対し、()()()()()()とするやつだ。()()()()()()()()()()()やつだ。この世界で最も独善的な存在だ。

 そんなやつに、自分の独善を、語ってしまってもいいじゃないか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――ゲームの楽しみ方は、何もただプレイするだけじゃない。ゲームの中のキャラクターになりきって、世界に浸るのも楽しみ方だ。

 

 ああ、

 

 だから、

 

 

 ――その時僕の、画面のあっちとこっちが、完全にシンクロした。

 

 

 あの時。

 画面の向こうで、主人公が傲慢龍に投げかけた言葉。

 

 

「――――()()()()()()()()

 

 

 ようやく対等の舞台に上がった人類が、目の前に立つ同格に投げかけた言葉。

 

 

「――――()()()()()()()()

 

 

 ようやくやってきた人類へ、見下すのではなく認めるために放った言葉。

 

 それがキレイに、僕という存在と、重なった。

 ――傲慢龍は、それに対して、()()()()()

 

“どうやら、ここに来るまでに、その巫山戯た盤上の外の感覚は捨ててきたようだな”

 

「ああ、もうお行儀のいい策だの、戦術だのは必要ない。喜べよ傲慢龍。僕は今から――アンタをただの力で負かすぞ」

 

“やれるものならやってみるがいい。だが、私は無敵だ。最強の大罪龍だ”

 

 ――僕は、概念武器を抜き放ち。

 

「その傲慢(むてき)を引き剥がして、お前を叩きのめしてやる」

 

 宣言する。

 

 

「僕は敗因! お前の敗因となるものだ!!」

 

 

 ――この世界にやってきて手に入れた、僕の概念(プライド)を、叫ぶのだ!



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92.傲慢と、敗因と

一話間違えていました。93は明日投稿しなおします。申し訳ありません


 ――僕たちは激突する。

 しかし、その上での最初の障壁は、やはり無敵だ。無敵あってこその傲慢龍。無敵あってこその最強。いくら対等に渡り合うと言っても、だから無敵を解除しました、では片手落ちだ。

 故に、僕は無敵を解除するところまでが、戦闘の一部なのである。

 

 そしてもちろん、僕も無敵を解除しなくてはならないのに、方法を一つしか用意していないわけがない。

 

 僕たちが用意してきた方法は()()。だけれども、百夜での戦闘リセットが一度しか使えないことを考慮して、実際に採用されるのは二つとなった。

 まず1つが、スクエアを使用したゴリ押し耐久。戦闘開始時、自身の力を誇示するために傲慢龍が熱線を使ってくる事は読めていたので、それを利用して攻撃を耐えることで相手の虚を突いて、その隙に一撃を入れることで無敵を解除する。

 

 これは一戦目で確実に使えることが確定的だったので採用となった。

 

 そしてもう一つ。これは()()()()()()()()()()だ。ただ、復活液の存在はあちらも知っているし、それでゴリ押しするのは、難易度が難しい割に実入りが少ない。

 なんてったってスクエアなら熱線一つ受けるだけでいいが、復活液ゴリ押しは熱線をまともに受けてはいけないのだ。

 

 加えて、僕たちが傲慢龍と戦う上で、一番の懸念事項があった。()()()()()()()()()()()H()P()()()()()である。手段は主に三つ。僕の概念起源、師匠の概念起源、そして復活液のゴリ押しである。

 この内、スクエアは初手で切るため自然と除外される。師匠の概念起源は復活液ゴリ押しとの併用必須だ。だいたい三割程度しか一発では削れないのに、師匠はもう一発しか概念起源を放てないのだから。

 で、そもそもの話、師匠の概念起源の威力は僕のスクエア使用時の最上位技とそんなに変わらない。

 

 であれば、ここで切るのはもったいないのでは?

 

 ――故に、師匠の概念起源は、ここでは優先順位を下げることにした。なにせ、二戦目になれば、戦闘が一度リセットされる。()()()()()()()()()使()()()()()()()()のだ。

 というわけで、僕たちは一戦目の無敵をスクエアで解除、ダメージは復活液ゴリ押しで稼ぎ、二戦目でもう一度スクエアを使用し、決着を付けることとなった。

 

 では、二戦目の無敵解除は?

 ――それは、決まっている。僕がこれまで何度も使ってきて、慣れ親しんだ、あの方法以外にないだろう。

 

 

 ◆

 

 

 ――熱線が通り過ぎる。

 大きく息を吐き出しながら、やってやったという感覚とともに傲慢龍をみる。その顔には、明らかな驚愕の色が浮かんでいた。

 

()()()()?”

 

 ――それは。

 

“何故、熱線をまともに受けて生きている!”

 

 僕が生きていることへの問いかけだった。

 

「ハ――僕は、盤上の外から来た人間だ。それ故に、この世界という盤の不備を、よく知っている」

 

“――――”

 

 訝しみながらも、傲慢龍が飛び出した。高速の移動技、僕の目の前に、ここまでずっと見てきた傲慢龍の顔が迫った。

 

“何を、言っている!”

 

 僕たちは、そこから切り合いを始める。普通に考えて、一対一ではまともに切り合うことなんてできない。しかし、他の誰かに意識を向ける必要がない分、僕一人ならば、非常に戦いやすい状況だと言えた。

 なにせ、こちらがどれだけ致命的と思える状況に陥っても、僕には――

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 ――傲慢龍の剣がすり抜ける。しかし、もう一刀が眼前に振り上げられている。このままでは、移動技で離脱する以外の回避は不可能だ。

 けれども、僕は、

 

「“B・B(ブレイク・バレット)”!」

 

 即座に、

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 あり得るはずのない連続無敵へとつなげる。そして傲慢龍の剣が振り抜かれた後、僕は素早く傲慢龍を切りつけ――無敵であるためダメージはないがSTの補充にはなる――渡り合う。

 基本は、受けるのではなく、流す。真正面から受けたら、僕は剣ごと身体を持っていかれる。なので、あくまで攻撃は最小限に、ここでの目的はSTの回復だ。

 

 ――なにせ、熱線をすべてSBSでやり過ごしたがために、STが心もとないからな。

 

 そう、SBS。

 僕が無敵を解除するための手段として選んだ最後の一つは、言うまでもなくそれだった。そんなものでいいのか、と思われるかもしれないが、そんなものでいいのだ。なにせSBSは、()()()()()()()()()()()()()なのだから。

 

 ここまで、僕は傲慢龍が介入、観察しうる戦いでは、SBSは使ってこなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 未知に対しては、誰もが冷静さを失うものだ。故に、傲慢龍は焦っている。こちらに攻撃を一度でも通せば終わる戦いだ。それなのに、()()()()()()()()()()()()

 

 これが周囲に別の誰かがいれば、そちらを狙うことも出来ただろう。けれども、ここにいるのは僕だけだ。()()()()()()()()()()()()()()()()。そして、自分だけならば、僕にはそれを可能とする技がある。

 

 後は簡単だ。その焦りを、確信に変えるほど戦い抜けばいい。

 ああ傲慢龍。お前はここまで削られてしまえば、僕一人でも倒せる相手だぞ?

 

“ふん、だが――あまりにもそれは薄氷だ”

 

 剣をふるいながら、僕を追い詰めながら、傲慢龍は高らかに宣言する。

 

“一撃、一撃さえ入ればよいのだ。分かるぞ、その力が私の無敵とそう変わらないことを、少しでも均衡が崩れれば、お前はそのまま転げ落ちていくのだと”

 

「だったらどうしたっていうんだよ。もしもその一撃すらアンタが入れられなかったのなら! それこそお前の絶対性は地に落ちる!」

 

 言葉と剣だけがぶつかりあって、僕らは激しい戦闘のさなかであるはずなのに、いっそ静寂に満ちたりているようにすら思えた。

 

“ならば、どちらにとってもこれはあまりにも簡単な児戯。()()()()()()()()()()。これほど解りやすい道理はあるまい”

 

「――まったくもって、反論しようもないな!!」

 

 僕は大きく弧を描くように迂回しながら、一度距離をとってから傲慢龍に斬りかかる。ポイントは、タイミングと駆け引きだ。

 少しでも時間をかせぐ動きを入れつつ、STは回復する。僕がするべきことは、次の熱線まで生き残りながら、STを最大まで稼ぎ切ること!

 

 一人であるということは、背中を預けられないということは、多少の不安を僕へともたらす。これまで、完全に一人で戦った戦闘は、フィーとのそれくらいで、それにしたって、フィーは僕を拒絶してはいたものの、敵対しているというわけではなかった。

 単なる意地のぶつけ合いに、戦闘という手段が選ばれたような、そんな感じだ。

 

 けれども、今回は違う。

 完全に僕一人、既に一度皆と共に傲慢龍とは戦っているとはいえ、もう彼女たちの増援は見込めない。ここからは一人で傲慢龍を撃退し、僕は僕の強さを、証明しなくてはならないのだ。

 

 ああけれど、幸いなことに、共に戦ってくれる仲間はいなくとも、僕を待ってくれている仲間はいる。それに、僕にとって戦いとは、元は一人でやるものだ。

 誰かの力を借りることはあっても、最後に成し遂げるのは僕でなくてはいけなかった。だから、これはあの時と何も変わらない。

 

 ゲームに挑む僕と、傲慢龍に挑む僕。

 その二つに、一体何の違いがある?

 

“お前を認めよう! ここにきて、お前という個は私に挑んだ! その不可思議な技、それを以てすれば、私に挑むことも可能だろうとお前は証明してみせた!”

 

 ――傲慢龍が、叫ぶ。

 

「――認められるまでもない! 僕の強さは、僕だけのものだ! 僕がここにいることも、僕がアンタに勝とうとしていることも、僕がそうしたいからしてるんだよ!」

 

 ――僕が応える。

 

“ならば――!”

 

「だから――!」

 

 傲慢龍の背から、膨大な数の熱線の余波が放たれた。

 

「う、おおおおおおお!!」

 

 STはまだ最大ではない。幸い、このレーザーには当たり判定がある。それを掠めることで、僕は最後のSTを稼ぐ。ここからは、最後の熱線までSBSはナシだ。さっきもやってみせただろう。僕にならできることは、僕が一番良く解っている!

 

 先ほどと違うことは、僕が奴に接近し、一発を入れなくてはいけないということだ。ここまで、僕は次を回避し一撃を入れられれば無敵が解除できるよう話を進めてきた。傲慢龍の前に来るまでにメンタルを合わせられたのもそうだけど、傲慢龍自体が、やって見せろと言っている。

 僕はここでそれを成し遂げなきゃいけない、そしてこれは一発勝負だ。何せ傲慢龍は僕に期待している。ここでそれを裏切れば、僕は奴の対等な立場を失うのだ。

 

 絶対に失敗してはならない。そんなもの、いつだって何度だって、ずっと経験してきたことだ。今更相手が傲慢龍だからってそれが変わるわけではない。だというのに、ああ、なんでだろうな。

 

 僕はそのとき不思議な感覚を覚えた。これまで僕がこういう時に感じるには負けたくないという意地。そしてそこから来る機転だった。気合と根性で発想を手繰り寄せる。それが普段の僕だったと思う。

 だというのに今回は、自然と思うより先に体が動いた。

 

 まるで、最初からそうするべきであると決まっていたかのよに、自然と動きが見えるのだ。吸い込まれるように、僕は僕が示す場所へと誘われる。なんというか、集中の先にある世界を見ているかのようだった。

 

「傲慢、龍ううううううう!」

 

“敗因――――!“

 

 最後に移動技で、傲慢龍の目の前に滑り込む。踏み込む前傾の態勢の僕。発射のために手をかざし、こちらを見下ろす傲慢龍!

 僕たちは、そこで再び向かい合う。

 

 さあ、勝負だ――!

 

 

傲慢、されど許さぬものなし(プライド・オブ・エンドレス)

 

 

 そこからは、もうただただ導かれるように、僕自身を導くように、僕は道を描いた。長い長い数秒間。意識によって引き伸ばされた時間の中で僕は、僕の隣に、あの頃の、コントローラーを握ってキャラクターを導く僕の姿が幻視された。

 

 心が、シンクロする。勝てるかもしれない、後一歩、あとすこし、これさえ抜ければ僕たちの勝利。

 ――行け! ――――行け!

 

 

 行け!

 

 

 叫びは、けれども言葉にはならず、気がつけば僕は熱線を抜けていた。

 ――そんな僕の目の前に、剣を振りかぶる傲慢龍の姿が見える。

 

 ああそれは、熱線が囮だったのか、最大の一撃を目くらましにして、直後に油断した僕を倒すつもりだったのか。そんな小手先で、こいつが決着をつけるのか。

 

 

 ()()()()

 

 

 傲慢龍がそうしているのは、そうしなければ敗北するからだ。何せ目の前に、最上位技を構えた僕がいる。あれだけコンボ数を稼げれば当然だよな。もしも決まれば、無敵の解除後の戦闘を待たずに決着がつきかねない。そして、故に傲慢龍は最後まで全力なのだ。

 僕らはそうして剣を構えて、互いの全てをそれに乗せて、

 

 僕らは、放った。

 

 

「“L・L(ルーザーズ・リアトリス)”!!」

 

 

一閃は、全てを薙ぎ払うものだった(バスタード・スライドメア)!”

 

 

 ああ、それは、

 

 瞬く閃光と、圧倒的な破壊と衝撃。そして、

 

 

 砕け散り弾け飛ぶ傲慢龍の剣。状況は、火をみるよりも明らかだった。

 

 

「よう、やく……届いたぞ! 傲慢龍ッッ!」

 

 叫ぶ、傲慢龍はもはや、手の届くところにいた。僕の最上位技は威力のほとんどを奴の技で相殺されてしまったけれど、奴には確かに剣が届いていた。誰の目から見ても明らかなほど、僕が傲慢龍を切り崩したのだ。

 

“ ――ああ、わかっている。いや、理解するまでもない”

 

 傲慢龍は剣を再び生み出して、構える。僕は剣を構え直して、宣言する。

 

「“◇・◇(スクエア・スクランブル)”」

 

“それが、初めにこちらの熱線を受けきった絡繰りか。見ればわかるぞ、その強さが洗練されていく様子が”

 

「ならわかるだろう。僕の時間制限が」

 

“然り。だが故に案ずるな――そんなものより早く終わる。お前の敗北でな”

 

「馬鹿を言うな、アンタが負けるんだ、傲慢」

 

 ――そうして言葉を交わして僕らは、自然と互いに笑っていた。もはやここでこれ以上の言葉は必要ない。あとはこいつと決着をつける中で、刃とともに交わせばいい。

 

 ああそうだ、僕らはどうしようもなく。その先を、

 

 

「さぁ――」

 

 

”決着といこうか――!“

 

 

 激突を、楽しみたくて仕方がないんだ!



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93.最強を証明してみせろ

 僕たちはぶつけ合う。剣の一撃を真正面から。激しい火花が、まるで原子のように散らばって、それは端から見れば随分と美麗な演舞だろう。僕たちはただただ無心にそれをぶつけ合っていた。

 スクエアの使用によって、僕の一撃の威力は大きく向上した。傲慢龍が二つの剣を同時に放ってくるのでもなければ、その威力はほぼ互角。故に僕は傲慢龍の手数を受け止めて、返す刀で斬りかかる。それを傲慢龍がさらに受け止めて、逆に今度はこちらが反撃を受ける。

 そんなことが何度か続いた。

 

“――お前は……! 何を、考えている!”

 

「何を――って、何だよ!」

 

 お互いにがむしゃらに剣を振るいながら、ただただ僕らは一撃をぶつけ合う。いくらスクエアが入ったとはいえ、僕のHPは傲慢龍にとっては紙風船と変わらない。傲慢龍もまた、だいぶダメージを受けている。ここからイニシアチブをとられて、最上位技を受ければ敗北は必至だ。

 故に、投げ合う言葉はどちらも必死の形相である。

 

 

“お前の道程は、素晴らしいものだった。単なる弱者が、知識と立場があったという程度で、ここまで来るために必死でもがいた!”

 

「それは、ありがとうな!」

 

 言葉と共に、一閃! 一瞬の隙から、切り裂くように傲慢龍へ剣を見舞った。

 

“――ッだが! その根底にあるものは狂っているのだ! お前を初めてみた時、私は理解したよ! お前とは何れ決着をつけることになると!”

 

 戦闘は、こちらが傲慢龍に一撃を入れたことで変化を見せる。

 傲慢龍が飛び退くと、熱線の余波を放つ。まだ熱線のチャージは完了していない。これはつまり、熱線のエネルギーを一時的に開放したのだ。

 対する僕は移動技を織り交ぜながら踏み込み、概念技で斬りかかる。目的はコンボ。一気に最上位技まで駆け上がるのだ。

 

 傲慢龍はそれに、攻撃ではなく迎撃を選んだ。激しく僕とぶつかると、剣をふるいながらも飛び退いて、さらに加速する。時折余波を一時的に解放しながら、僕たちは高速戦へと移行した。

 

“事実、お前はあの時私を退け、自身が勝利できる状況を携えて、私の前まで現れた!”

 

「じゃあ、それでいいじゃないか!」

 

“――正直、最初にここへ来たときは、若干の失望があったよ。ここまで来て、策などという愚昧極まる弱者の方法で私と戦うのかとな”

 

 ――傲慢だ。

 まったくもって、ひどい物言いだ。

 

 ああなのに、何故か。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、いっそこいつは傲慢であるがゆえに、傲慢であるから納得がいくのだ。

 

 戦闘はさらに変化した。傲慢龍が足を止めて踏み込むと、こちらが斬りかかると同時にカウンターを重ねてくる。僕が大きく弾け飛ぶと、傲慢龍が追撃する。

 攻守が逆転した……!

 

 三次元すら利用した軌道で、僕らはただただ剣を撃ち合った。

 

“しかし、再びこの場に現れたお前は、私が望む敵対者だった。――ああ、私はまっていたのだよ”

 

「――何を!」

 

“私に追いすがるほどの、傲慢を。そして、()()()()()()()()()()()()()()()!!”

 

 ――それは、

 

 僕は、初めて聞く彼の本音だった。

 

 ゲームでも、最終作で一時的に味方となった傲慢龍は、それを口にすることはなかったが、彼の態度から察することは出来た。

 彼は傲慢であるがゆえに、最強であるがゆえに、孤高だ。

 その身は常に一人。自分を慕うもの、自分を畏れるものはいたとしても、自分と同格の敵はどこにもいない。

 

 ―ー初代ドメインで、傲慢龍は最後の最後まで、傲慢な人類の敵であり続ける。そんな彼の本音が一瞬だけ垣間見えるのは、傲慢龍が死ぬ時だけだ。

 奴は最後まで敗北を認めずにあがき、もがいて、無様を晒す。傲慢を捨てられないがゆえに、最後まで傲慢であろうとする。

 

 それまで稼ぎ続けてきた悪役としてのヘイトを、一気に解消する展開だ、そして、その後――本当に一瞬だけ、最後に自分が負けると確信した瞬間。

 

 

 ()()()()()()のだ。――見事、だと。

 

 

“私は父に造られた最高傑作だ! 父が最強とは何かを突き詰めて、私を創造したのだ! ならば私はその最強を証明しなくてはならない!”

 

「――なら、やってみろよ!」

 

“言われずとも! お前を倒し、父を倒し、最強が己であることを証明する! それが私の義務だ!”

 

「う、おおおおっ!」

 

 傲慢龍の言葉と共に、僕は剣を砕かれた。あまりのことに思わず叫ぶ。なんてパワーだ。二刀を一度で受けるなんてことはしていない。ただ、純粋な力で、なぎ払われたのだ。僕はその余波をかわしつつ不安定な態勢ながらも傲慢龍を蹴りつけて飛び退く。

 ゴロゴロと転がりながら、再び剣を取り出して、見た。

 

 傲慢龍は、すでに僕へ向けて剣を振るっている。

 くそ、間に合うか?

 

 激突。

 

 激しい火花が散って、僕と傲慢龍の剣がぶつかり合った。

 

「ぼ、くは……アンタから全てが始まった! 僕の思いも、僕の楽しいも! あの日見た、アンタの姿は忘れない! アンタは知らないかもしれないけどなあ! アンタは僕の憧れなんだよ!」

 

 剣を弾く。僕の力ではなく傲慢龍の力で、僕はそれを誘導するだけでいい。その隙に剣を叩き込む。再び僕が押し込んで、傲慢龍が退いた。一歩踏み込むたびに剣を振るって、叫ぶたびに力を込めた。

 それでもまだ、傲慢龍の力には及ばない。

 

 先ほどやって見せたように、僕らの力の差は未だ歴然だ。

 

“だから、なんだと言う!“

 

「それにようやく手が届きそうなんだ! 手が届いて、乗り越えられたらどれだけ気持ちいい!? どれだけ満足できる!? アンタにはわからないよなぁ!」

 

 でも、それをひっくり返すのが、戦いだ。

 スクエアの効果時間も残り少ない。ああ、どうして戦いに時間制限があるのだろう。もしもそれがなかったら、きっと僕らは永遠に戦い続けているだろうに。

 

 いや、終わらせるのだ。終わらせて帰るのだ。僕にはその義務がある。

 

「僕たちは最強じゃない! だからアンタに勝ちたい! 理由なんてないアンタがそこにいて、アンタが最強の傲慢龍だからだ!」

 

”……!“

 

 剣が、そして傲慢龍へと届いた。切り裂いて、浅いけれども確かに。驚きと共に傲慢龍は飛び退き、僕は追撃する。

 

「いいことを教えてやるよ。本来の歴史でアンタを討つのは当然ながら僕じゃない。それは、英雄と呼ばれた偉大な概念使いの子供で、その概念使いは父に憧れ戦った」

 

 さながら、師匠のようだ。

 ゲームにおいても、その類似点は指摘されている。と言うよりも、師匠、アルケ、そしてライン。ルーザーズの時代に名を残す三人の概念使いは、言うなればシェルの先達だ。シェルより先に歩いた彼らの後ろを継いで、そして主人公につなげたのがシェルなのだ。

 故に継がれる前の足跡として、師匠たちのデザインは初代主人公の要素を継いでいる。

 

「そして、勝ちにこだわるやつだった。自分の勝利を疑わず、故に相手が大罪龍だろうと挑み、大罪龍に対して、()()()()()()()()()()()()()()……そんなやつだ」

 

“――それは、まるでお前の鏡だな”

 

「そうかな」

 

 互いに剣を振るいながら、僕は傲慢龍の背が光を帯びるのを見た。それは間違いなく熱線の兆候だ。一度後ろに下がると、僕は油断なく、傲慢龍を見る。

 

“偉大なる先達に憧れ、勝利にこだわるその者と、強大なる敵に憧れ、敗北を嫌うお前は、まさしく鏡だ”

 

「――――なるほど」

 

“だが、だとしても――()()()()()()()()()()()()()。お前も、その者も、私という終着にたどり着いたのだ”

 

 それは、ああ、何だか――面白いな。

 少しばかり盲点だった。そんな指摘をされたことは初めてで、そしてそれを指摘したのが寄りにもよって傲慢龍。どういう偶然だ? どういう運命だ?

 わからない、けれど。

 

 確かに僕たちは、そこにいた。画面の向こうで、現実で。

 

 傲慢龍と相対したことは、変わらない。

 

“故に等しく、敗北せよ敗因! この一撃で! 燃え尽き、塵へと変わるのだ!!”

 

「――断る!!」

 

 叫び、そして飛び出す。

 降り注ぐレーザーに対して技を放ちながら、僕は一気に前へと進む。ここまで、多少なりともダメージは与えた、間違いなく最上位技を叩き込めばこちらが勝つ。残りの時間を考えても、この熱線が最後のチャンスだ。

 泣いても笑っても、僕たちの戦いはここで終わる。

 

 傲慢龍は接近しない、あくまでレーザーを乱打しながら、追いすがるこちらから距離を取るようにしている。逃げているのではなく、万全を期しているのだ。

 傲慢であれど油断なく、たしかに奴は最強だった。

 

 接近に策はいらない。空を跳ね、地を駆けて、剣を振るって、攻撃を透かして、これまで何度も、何度も何度もしてきたことを、反復するようにつなげる。

 躊躇いはない、行動に迷いはない。前に進む、前に進む、前に進むのだ。

 

 もはや目前まで、傲慢龍は迫っていた。同時に、奴のチャージも、完了しようとしている。

 

 互いに、ただただここまで全力をぶつけてきた。策と呼べる策もない、ただただ純粋な力のぶつけ合い。ああ、けれど、しかし。決着に近づけば、僕たちの差と呼べるものはなくなっていた。

 故に、対等。

 

 故に、――駆け引きというものは発生する。

 

 最後の一瞬、僕たちの目の前に、無数の選択肢が浮かび上がった。自分の勝ち筋と、相手の勝ち筋。その二つは無限とも言える絡み合いの果てに、完全なる五分の勝率をはじき出す。

 どの選択をとって、どちらが勝ってもおかしくはない。これは、そういう状況だった。

 

“これで終わりだ、敗因!”

 

 ――だから、僕は、

 

「お、おおおおおおおッ!!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

“――ッ!”

 

 今まさに、()()()()()()()()()()()()()()へ。

 

“く、おおおッ!”

 

 そして、

 

 

傲慢、されど許すものなし(プライド・オブ・エンドレス)!!”

 

 

 熱線は放たれた、少しだけ、狙いを上方へとそらして。

 

 だから、僕は、

 

「っだあああああああ!! “D・D(デフラグ・ダッシュ)”ッッ!!」

 

 その隙間に飛び込む!!

 

 さぁ手を伸ばせ、そこに勝利はある。僕の勝利が、傲慢龍の敗北が――!

 

 傲慢龍に突き刺さった剣へと手を伸ばし、掴んで、そして、

 

 

 僕はもう片方の手に握られた、傲慢龍の剣で貫かれた。

 

 

「が、あッ――」

 

“もはや、お互いに、ここまでくれば()()だな、敗因”

 

 ――傲慢龍は、手を打たなかった。

 対して僕は、手を打った。

 

 どちらも、正しかった。手を打たなかったがゆえに対応し、反撃を入れられた。手を打ったがゆえに相手の虚を突いて、ここまでたどり着けた。

 

 その手は、どちらが優れていたということもない。

 

 僕は、傲慢龍は、

 

「――まだ、だ!」

 

“これで、終いだ――!」

 

 互いに、勝利を確信する。

 

 

「――ッ! “L・L(ルーザーズ・リアトリス)”!!」

 

 

 傲慢龍の剣によって、急速に失われるHP。迫るタイムリミットはもはや数秒。それでもまだ、僕には剣が残っている。後は振り抜け、傲慢龍にトドメを刺せ――!

 ――概念技の効果で、僕の剣が巨大化する。どこまでも伸びる巨大な剣は、そして――

 

「ァ。ァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」

 

“ォ、ォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!”

 

 

 剣が早いか、尽きるが早いか。

 

 

 僕たちは、もはや何も思考などなく、ただがむしゃらに、叫び。

 

 

 ――そして僕は、剣を振り抜いた。



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94.傲慢に手を伸ばせ。

 ――初代ドメイン、主人公の話を少ししよう。

 初代ドメインの主人公。知っての通りシェルとミルカの子供で、ルーザーズで命からがら脱出したミルカによって、女手一つで育てられた。

 それから十五年の歳月が過ぎ、成長した主人公は、概念使いである母と、そんな母から教えられた偉大な父の存在にあこがれていた。

 

 この時代、まだ概念使いへの当たりは強く、ミルカは主人公が概念化できないならばそれでよいと考えていた。戦う必要がないのなら、戦わなくても良いのだと。

 けれど、この頃から血気盛んだった主人公は、概念化できないことへ不満をいだいていた。

 

 ――そんな時だった、魔物が主人公たちの村を襲撃するのは。

 

 ミルカはよく戦った。しかし、戦いはまさしく多勢に無勢。村を守りきれず、ミルカは命を落とし――主人公は村から逃げ延びる事となる。

 その時だ、概念使いとして主人公が目覚めたのは。

 

 ――その経緯は、師匠のそれと似通っている。よくあること、と言ってしまえばそれまでだが、物語的に言えば意図的にそうなっているのだろう。

 

 それからたどった道筋は随分と違うものだったが、それでも、師匠も主人公も強かった。世界を変える英雄になりうる資格が間違いなく二人にはあったのだ。

 師匠がそれを活かしきれず、主人公がそれを成し遂げたという、結局はその違いだろう。

 

 ともあれ、それから主人公は世界を旅し、その性格ゆえに周囲と衝突したりしながらも、挫折し、成長し、それを繰り返しながら強くなった。

 やがては憤怒龍、そして暴食龍を撃破して、傲慢龍へと挑むのだ。

 

 そんな主人公の人柄は、成長し、誰からも認められるようになると、まさしく英雄と呼ぶにふさわしいものとなった。

 自身の勝利を疑わず、それでいて敵対者を認め、理解し、その上で倒す。

 

 ああそれは、なんというか。

 

 僕はそんなやつをよく知っていた。始まりは違う、そいつは元から最強で、何れ最強へと至った主人公とは違う。けれども、彼らの見る世界は同一で、故に対等。

 故に認め合うのだ。

 

 主人公と、そいつは――そう、

 

 

 ()()()のあり方は、それほどまでに、よく似通っていた。

 

 

 ◆

 

 

 スクエアの解除が間に合わず、僕は概念崩壊により倒れ伏した。見れば、少し離れた先に、僕に一撃で吹き飛ばされたのだろう、傲慢龍が倒れていた。

 見れば、その姿は今にも崩れ消えてしまいそうで、奴にトドメが刺されたことを表している。

 

 つまるところ、それは、ああ、つまり。

 

 

 ()()()()()のだ。

 

「――――は、ぁ」

 

 身体が痛む。

 ギリギリの勝利だった。後一秒、スクエアの効果が切れるのが早ければ、僕は死んでいた。僕が負けていたのだ。勝てたことに、疑いようはないけれど、勝てるかどうかは、最後の最後まで五分だった。

 僕の戦術が間違っていたわけではないとおもう。実際に勝てたのだし、それは自身を持って言える。

 

 けれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。すくなくとも、僕の戦いで最後まで勝てるかどうかがわからなかったのは、傲慢龍が二体目だ。

 

 一体目は、言うまでもなく策を練ることすらままならず挑んだ強欲龍。この二体は本当に、紛れもない最強なのだ。

 

 ああ、でも。

 

「――かて、た」

 

 最強に。

 

 傲慢龍に、僕は勝ったのだ。信じられないことに、いまだ実感がわかないことに。

 

 かつて憧れた最強に、

 

 

 あの時と、同じように勝利した。

 

 

 どちらが喜ばしいかは、もはや過去のことはおぼろげ故に来るべられないけれど。ただその時と同じように、僕は拳を振り上げて、

 

()()()()()()()、畜生!」

 

 高らかに、叫んだのだ。

 

 ああ、しかし。

 

 

 傲慢龍からの、反応がない。

 

 

 ――おかしいな、と首をかしげる。もはや消滅は決定的となった。このまま言葉もなく消え去るか、少しの会話とともに消え去るか。パターンとしてはそのどちらかだ。

 けれども、傲慢龍はそのどちらでもない。

 

 今だそこに、倒れたままだ。

 

 いや、倒れたまま?

 

 

 ――()()

 

 

 こいつは、そうだ。

 

 傲慢龍は、

 

 

“はい、い、ん……!!”

 

 

 まだ、()()()()()()!!

 

「――ご、う、まん、りゅう」

 

“――――()()()!!”

 

 叫ぶ、あいつは、叫んで、立ち上がる。立ち上がろうとする。――強引に自身の消失に耐えながら。こいつは、消えないのではない。気合で自身の消失を遅らせているのだ。

 

“まだ、終わってなど、いない!”

 

 それは、執念。

 

“お前もまた! 概念を崩壊させ! 倒れている!! もはやお前に、抗うすべは残されていない!!”

 

 ――ただ、勝ちたいという執念。

 

“たとえこの身の滅びが必定だとしても、()()()()()()()()()()()()()!!”

 

「そこ、まで、して、勝ちたいか……?」

 

 ――確かに、傲慢龍の言う通りだ。

 人類と大罪龍の間には、絶対的なルールがある。()()()()()()()()()()()()()。それができるのは概念武器だけで、概念使いだけなのだ。

 

 故に、概念崩壊した今は、僕の対抗手段は基本的にはない。

 

 けれども、そうまでして、僕に勝とうとする傲慢龍は、もはやただ、勝ちへ執着しているだけのように思えた。

 

 ああ、でも。

 

“――勝ちたい!”

 

 傲慢龍は叫ぶ。

 

“お前に勝つのだ、勝って、証明するのだ。私は、そのために生まれてきたのだ! 傲慢であることも、最強であることも! 全てはお前に、勝つためにあった!!”

 

「――――」

 

“お前に分かるか? 最初から定められた道程だ! それを自身のプライド故に変えられないことが!! どれほど私という存在を縛り付けるか!!”

 

 ――ああ、それは慟哭だった。

 嘆き、そして傲慢龍は苦しんでいた。フィーと同じだ、何も変わらない、大罪龍とはそういうものなのだ。自身の生き方をすべてマーキナーによって定められ、それを変えるには、自分の中にある感情はあまりにも重く、代えがたい。

 

 それを押し付けるのがマーキナーで、それ故に屠るのが僕なのだ。

 

 ああ、なんとも勝手な話だ。

 

 けれど、だからといって同情はしない。

 

“故に、私は”

 

 ――何故なら、傲慢龍がそれを絶対に望んでいないことが、明白だからだ。

 

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

 その眼は、あまりにもまっすぐ、こちらを見ていた。傲慢龍は既に、自身のあり方を決めていた。その最後に殉ずるのだと、確信していた。

 故に、ここまで来ても止まらない。

 たとえ、もはや死が目の前にあるのだとしても。それが避けられないのだとしても、

 

 

 傲慢龍は、故に傲慢だった。

 

 

「――ごう、まんりゅう……ッ」

 

 だから、ああ、立ち上がる。

 

 ――ここまでされて、応えないわけにはいかないだろう。痛みも、それに耐えて身体を動かすことも、これまで何度かやってきたことだ。

 今更なんてことはない。何より、意思が自然と痛みを抑えてくれるのだ。

 

 今僕は、不思議なほどの力に溢れていた。

 

「僕に、アンタの思いは……わからない! 僕は、自分で選んで、ここに来た。見捨てることも、選ばないこともできたけど。()()()()()()()()()ここに来た!」

 

“…………”

 

「けど、わからないから、応えてやることはできる! 勝ちたいっていうんなら、付き合うぞ! 最後まで! ただし、最後に立ってるのは、僕だけどな!」

 

“ならば、どうする――”

 

 ――確かに、人間は大罪龍を傷つけられない。でも、それは僕が人間ならば、の話だ。

 

「お前が言っただろ。大罪龍ってのは、衣物の一種だって。――そして、そこから生まれた概念使いも、また衣物の一種なんだよ」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。正確には、()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 故に、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。僕の拳は、アンタに刺さるんだよ、傲慢龍」

 

 ――ただ、威力は雀の涙ほどもない。だからやってこなかったけれど、けれども、事ここに至ってはそうも言ってはいられない。

 

 あと一発。

 あと一撃傲慢龍へと叩き込めば、戦いは終わる。

 

 ならばそれは、もはや拳以外では成し遂げられない。

 

 故に、立ち上がり叫んだ。

 

「これで、僕とアンタは、本当に対等だ! だから言ってやるよ、今度は僕がお前を、迎え撃ってやる!!」

 

 さあ、

 

 

「――――来いよ傲慢龍!! 全身全霊、全てを賭して、かかってこい!!」

 

 

 最後の根比べってやつを、始めよう!

 

“ほざいたな、敗因!!”

 

 そうして、お互いに向かい合う。

 これが最期になる。もはや死が確定した大罪龍と、それでも大罪龍にかかれば掃いて捨てるような、ただの人間。確かに僕の材質は人とは違う。

 でも、それが人と違う能力を持つかと言えばそうではない。

 

 あくまで僕は、ただの人。

 

 どれだけ作りが特別だろうと、完成した僕は、寿命以外は人類と何一つ変わらない。故に、

 

 ここで拳に込めるのは、単なる意地と、そして力だ。ありったけの、残るすべてを振り絞り、傲慢龍を睨む。対する傲慢龍は、ふらふらと立ち上がり、もはや耐えることすら限界といったようだった。

 

 殺すことはできるだろう、だが殺すために拳を振るえば、その瞬間に崩れ落ちてしまうような。

 

 そんな状態で。

 

“だが、乗ってやろう! 敗因!! もはや私に傲慢(さいきょう)は名乗れない! だが、その心まで、捨てられるものか、砕けるものか!”

 

 奴は、動き出す。

 

“私は、傲慢! 大罪龍の頂点! すべてを踏み越え、先へ、進むものだ――――!!”

 

「――来い!」

 

 そして、僕もまた。

 

 

 互いの拳は、振るわれる。

 

 

 ――――ああ。

 この場において、勝敗を分けるものがあるとすれば、それはなんだろう。精神性? 敗北が嫌いな僕と、勝利にこだわる傲慢龍の、どこが違うんだ?

 肉体? もはやボロボロな傲慢龍は、僕よりも遥かに弱そうだ。しかし僕も、もはや自分がどうして拳を振るっているのかも定かではない。

 

 思い返せば、この戦い。途中から僕は一人で戦っていた。傲慢龍のあり方に応えるために、一人で黙々とゲーム画面に向かい合うあの頃へと回帰していた。

 

 それは、孤高という概念で称するにふさわしい。傲慢龍は常に一人。横に並ぶものなど、存在しない。けれど、目の前に僕という存在が現れたら。

 それと完全に、並び立つまでに、奴が弱り果ててしまえば、

 

 孤高なんて言葉、似合わないにも程がある。

 

 

 それを思った時、僕は――この戦いに至る前、()()()()に送り出されたということを、思い出していた。

 

 

 不思議な話だけれども、それまで延々と傲慢龍との戦いばかりを考えていたのに、急に思い出された彼女たちの顔は、どれも楽しそうで。

 そこにまた帰りたいと、そう思った時。

 

 

 不思議と僕の拳には、力が宿り、

 

 

 気がつけば、僕は、

 

 

「――――」

 

“――――”

 

 

 僕の拳は、()()()()()()()()()()()

 

 

“――ああ”

 

 ――見れば、拳の先で、傲慢龍が笑っている。

 

 

“それもまた、強さ――か”

 

 

「……ああ、ちょっとばかり、アンタと僕じゃ、手の中にあるものの数が、違ったな」

 

 

“だが、勝ちは勝ち、だ――故に”

 

 

 消えゆく傲慢龍は、僕に語りかけるように、諭すように、それまでの力のこもった声とは正反対に、穏やかで、優しげな声で、

 

 

“お前は、先に進め”

 

 

 役目を終えたモノの言葉を残して、

 

 

 ――消失した。



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95.僕たちは勝利した。

 ――リリスは言った、あなたを信じてあげて。

 

 僕はそれが出来ただろうか。

 傲慢龍との戦いを終えて、僕たちの旅は折返しを過ぎたところだ。残る大きな敵は、マーキナーとその部下。それらを下し、戦いを終えるその時まで、僕は僕を続けられるだろうか。

 

 先へ進めと、傲慢龍は言った。

 

 進むためには、力が必要だ。それは心から湧き上がってくるもので、心が持たなければ、僕は立ち止まってしまう。それは、自分が信じられなければ、どうしようもないものだ。

 

 ああ、でも。

 

 もしも信じられなかったとしても――僕には、背中を押してくれる仲間がいるのだと、先に進ませてくれる人達がいるのだと、そう理解したから。

 

 ――僕は、そうして。彼女たちの元へと、回帰するのだ。

 

 

「――ん」

 

 

「あー! 起きたの!」

 

「ちょっと、もう少し静かにしなさいよ」

 

「む、むううううううううう」

 

 パチリ、と目を見開いた。――えっと、僕を見上げるように、リリス、フィー、それから師匠。師匠は何故かとてつもなく悔しそうにしているけれど。

 何があったんだ?

 

 ここは――そうだ、傲慢龍の棲家、白磁の宮殿。頂の痕。

 そして、傲慢龍との決戦の場所。

 

 僕は、傲慢龍に勝利した後、そうだ。いよいよもって限界を迎えて、倒れて、それから――こうして、彼女たちがやってきたのだろう。僕は、大きく息を吐き出すと、それから起き上がろうとして――今、自分の置かれている状況に気がついた。

 

 これは、

 

 されてるな?

 

 ――膝枕。

 

「もう、そのままにしてなさいよ。アンタ、死にかけてるのよ?」

 

「い、や。もう死にかけてないし……キミがしたいだけだよな? 膝枕」

 

「何のことかしら」

 

 しているのは、フィーだった。

 そして、少し離れたところで師匠がむくれていた。リリスは僕の顔を覗き込みながら、変顔をしている。いや、にらめっこはしないぞ?

 

「なんでそんな早く起きるんだよ!!」

 

「いや、そんな事言われましても……」

 

 どうやら、三人はじゃんけんで、僕を膝枕する順番を決めていたようだ。でもって、一人目のフィーが膝枕をしたところ、すぐに僕が目覚めたせいで、後に回った師匠が膝枕できなかった……と。

 いや、それで僕にどうしろっていうんだろう。

 

「ふん、アンタの膝なんてかたすぎて、床となんにも変わらないわよ」

 

「言ってはならないことをいったなー!?」

 

 怒る師匠と、ほくそ笑むフィーを見ながら、僕は彼女たちの気配を近くで感じる。ああ、なんというか、帰ってきたのだ、彼女たちの元へ。僕は、生きている。

 

「――と、そうだ。傲慢龍は? どうなった?」

 

「ん――」

 

「ええっと」

 

 それに、睨み合っていた師匠とフィーが同時にこちらへ向く。なんと言えばいいのか、というような反応。ああ、ということは――

 

「それはこっちのセリフなのーん。傲慢龍どこにもいないの、貴方が残ってたの。勝ったとは思うけど、実際どうなったのかさっぱりなのー!」

 

 リリスの言う通り、彼女たちがやってきたときには、既に傲慢龍の姿はなかったというわけだ。不思議な話だ、あれだけ存在感を放っていた大罪龍の頂点が、誰にも看取られることなく、消えていく。――いや、十分やつとは、それまでに言葉を交わしたけれど。

 送り出されもしたけれど。

 

「……勝ったよ、僕も傲慢龍を拳で殴り飛ばしてからの記憶はないけど」

 

「いや、なんで拳で殴り合ってんのよ……」

 

「男ってそういうもんだよ」

 

 想像もつかない事態だったのか、フィーがいやいや、と反応するけれど、まぁ師匠の言う通りだ。というか、事実なのだからしょうがない。

 

「でも」

 

「でも?」

 

 

「――先に進め、と背を押されたよ」

 

 

「……ん」

 

 それを聞いたフィーが、なんだか感慨深げに僕の頭を撫でる。視線は、僕が向けている先――傲慢龍が消失した跡へと向いていた。

 痕跡は、もう何も残っていないけれど、

 

 そこに確かに、奴はいたんだ。

 

「なんていうか、不思議よね。他の大罪龍もそうだけど、さっきまでそこにいたのよ、プライドレム。目の上のたんこぶみたいな奴だったし、アタシのこと見下しまくってたけど」

 

「うん」

 

「――いなくなるなんて、これっぽっちも思ってなかった。ましてや、アタシたちがそれをするなんて」

 

 実感が湧かないという様子で、フィーは言う。致し方ないことだろう。フィーにとって、傲慢龍はいて当たり前の存在だったのだ。

 そして、それをどうにかすることは自分にはできなかった。

 

 だからそれが、永遠に続くのだと。それが変わることはないのだと、ある意味どこかで諦めていて。

 

「……本来の歴史のアタシも、こればっかりは同じことを思ったんだろうな」

 

 どこか、感慨深げに、フィーは吐息を漏らした。

 

「決して、寂しいってわけじゃない。悲しいってこともない。せいせいするし、やってやったって気持ちが強い。でも、どうしようもなく現実感がない」

 

 嬉しいとも、辛いとも違う。フィーの顔には、不安があった。小さな不安だ。決して大きなものではない。それでも、たしかにそこにある不安。

 

「――これから世界は大きく変わっていくのね」

 

「概念使いが世界を支配して、それから、人と概念使いが歩く時代がやってくる……やっぱり、怖い?」

 

 フィーは、その時代の中で翻弄されて、最後には堕ちていった。この世界ではそうはならないだろうけど、けれど、フィーという個人に対して、世界が牙を向く時は、こないとも限らない。

 

 故に、不安があっても、不思議ではない。

 

「……ううん。怖くは、ない」

 

 ああ、でも、けれど。僕たちは、傲慢龍の跡を眺めながら、

 

 

「アタシたちが、変えたんだわ」

 

 

 その終わりを、そして始まりを、実感するのだった。

 

 

 ◆

 

「ねーねー、これからリリスたちどうするのー?」

 

 ――白磁の遺跡を歩く。僕も回復し、あるけるようになれば、後はここから帰るだけだ。その道中に、リリスが僕の顔を覗き込んで、問いかける。

 

 これから、か。

 

 僕たちの旅は一つの大きな節目を迎えた。残る大罪龍は二体。どちらも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、僕たちはここで、一息つくことができるのだ。

 

 とはいえ、

 

「憤怒龍がどこにいるか、わからないからなぁ」

 

「なのねん」

 

 ――一番の大問題がそこだった。いや、本当にどこ行ったんだ? まぁ、一応推測できるところはあるけれど、正直なところ、僕らに()()を止める手立てはないので、どうしようもない。

 

 なのでまぁ、

 

「一度、快楽都市に行こう」

 

「エクスタシア様のところにいけるのー!」

 

「エクスタシア様……い、いやう、うん……!」

 

 いきなり出てきた、仲間に様付けされる親友という単語にフィーが反応する。いや、気持ちはわかるけど、一応リリスはエクスタシアを主神とする宗教組織の一員だからね?

 シスター服は伊達ではないのだ。

 

「相変わらず慣れないよなぁ、エクスタシア様」

 

 つぶやく師匠に苦笑しながら、僕は話を戻す。

 

「憤怒龍が見つかるまで、正直僕たちとして出来ることがない。色欲龍の星衣物が目覚めるには、憤怒龍が何とかなってからだ」

 

「っていうか、スローシウスをなんとかしてから、その星衣物が出てくるまでに三百年だか二百年だかかかったのよね? こっちでもそんだけかかったらどうするのよ」

 

「……まぁ、仕方ないんじゃないかなぁ」

 

 なんとなくそんなことはないと思うけども。マーキナーとしても、三百年も僕たちに時間を与えたくないだろう。おそらくは、星衣物に介入して目覚めさせるのを早めるはずだ。

 それに、三百年も経てば百夜が復活するだろうから、そうなれば色欲龍の星衣物は問題にならないはずだ。

 

「それだと、快楽都市に行く理由はなんなのー? 里帰りさせてくれるの?」

 

「まぁ、それもなくはないけど、用事があるのはそのすぐ側の平原さ」

 

「――ああ」

 

 師匠がそれで察して、遠い目をした。……うん、まぁ予想通りです。大変申し訳無いですけれども、傲慢龍を撃退し、時間に余裕が出来た今、僕たちはそろそろ、()()をもう一度しなくてはならないのだ。

 それも今度は、本格的に。

 

「……フィーちゃんはどうするの?」

 

「フィーは既に上限に達してるから、必要ないなぁ」

 

「ず、ずるいのー!」

 

 叫ぶリリスに、困惑するのはフィーの方だ。彼女は一人だけ、それを経験したことがない。そのうえで経験する必要がないともなれば、リリスの反応はもっともだ。

 

「え、いや、何の話よ」

 

「……フィーちゃんには関係ないの。なのなのー」

 

 ぶーぶーといいながら、リリスは先をゆく。楽しみなことと、楽しみではないことが同時に襲いかかってきたのだ。その顔はなんとも複雑そうである。

 

「ま、別にいいのー。これも必要なことだから、リリス我慢できますの」

 

「……相変わらず、キミは大人だな」

 

「子供扱いも、してほしいの」

 

 ぷんすこ、と起こるリリスはたしかに子供っぽいが、どこか自分の強みを理解したあざとさにも感じられる。感覚派ではあるけれども、頭はいい。計算してそういう行動が取れるが故に、()()()()()()()()()()()()()

 リリスは、そういう人間だ。

 

「それじゃあ、ね?」

 

「……どうした?」

 

 お願いがあるの、とリリスは僕の前で向き直る。その顔から、真面目な彼女の表情から、なんとなく内容は察しが付くものだったけど。

 でも、リリスはこちらをまっすぐ見ていた。

 

 僕もそれに、答えて正面から向き合う。

 

「快楽都市に帰ったらね? 付き合って欲しいところがあるの。皆にも」

 

「うん」

 

 師匠も、フィーも、リリスの方を見て、足は止めない。前に歩くことは、止めてない。

 

「おかーさんのお墓に、一緒に来てほしいの」

 

「もちろん」

 

 それは、言うまでもないことだろう。

 里帰りで、そしてなにより凱旋だ。誇るべきことを成し遂げて、リリスは大事な故郷に帰るのだ。それを僕たちが拒む理由なんてない。

 

「いっぱい、自慢話をしてあげような」

 

 僕がそう呼びかけて、

 

 

「――うん!」

 

 

 リリスは、年相応の無邪気な笑みで、それに応えるのだった。

 

 

 ◆

 

 

「――じゃ、行くの!」

 

「またこれ……? あ、もう、わかってる、解ってるわよ、今度は自分で行くから……!」

 

「一応、憤怒龍が帰還してる可能性もある、連戦になるかもしれないから、警戒は怠らないで」

 

 ――白磁の遺跡、入り口。

 僕たちは、最初にたどり着いたこの場所から、下界を見下ろしていた。といっても、雲に覆われたその場所は、特に下が見えるわけではないのだけれど。

 

 帰りはここからのダイブ。下は奈落よりも深いけど、基本的に落下ダメージを概念使いや大罪龍は受けないので安心だ。

 

 で――

 

「うん、じゃあ……よし、いくわ――」

 

「ドーンなの!!」

 

「なんでよおおおおおおお!」

 

「やりたかっただけなのーーーーー!」

 

 心の準備を終えた途端に、リリスがフィーに抱きついて二人まるごと落下していった。本当にやりたかっただけだと思うが、まぁ喧嘩は空中で二人で思う存分やってほしい。

 

「――で」

 

 そうして、師匠が飛び降りる直前に、遺跡へと振り返る。

 

「勝ってしまったわけだなぁ、私達」

 

「そんなに信じられませんか?」

 

「信じられないとも。この世界の、今の人類で傲慢龍は倒せない。私が一番それを良く知っている」

 

 ――いや、それは、どうなのだろう。

 アルケと、ラインと、それから師匠。そしてシェルなどが成長し、大罪龍に挑めば、勝つことは不可能ではないと思う。傲慢龍を、というのは難しいかもしれないけれど。

 

「今の、だよ。私達では時間が足りない、ラインは直に衰えが先にくる、概念化している肉体はともかく、心はな。老いれば相応に弱っていくものだ」

 

「シェルとミルカを待つというのは?」

 

「妥当なところだなぁ。数年まって、憤怒龍あたりを攻略する。――誰一人、欠けていなければな」

 

 ――それは、難しいだろうな、とも思う。

 実際の歴史では、師匠もアルケもラインだって決戦の前に死んでいた。三人が道を作ったからこそ、シェルと負け主は次に繋ぐことができわけだが。

 少なくとも、それはいくつかの偶然が必要だった。暴食龍に対して非常に有用な衣物と概念起源を身に付けて、それでもなお死闘だった戦いを乗り越えて。

 

 強欲龍にしたって、勝利することはできていない。

 

「勝てるとすれば、次の世代だ。概念使いの数も増え、私――とまでは行かずとも、ラインやアルケクラスの概念使いが数を揃えられるようになれば、憤怒はおろか、暴食も強欲も不可能ではない」

 

「……事実、そうして本来の歴史では、集まった英雄たちによって、暴食と憤怒は倒され、傲慢まで手を伸ばしたわけですからね、人間は」

 

 流石にそこは、現行の世代で最強の力を持つ師匠。人類の状況を、おそらく世界の誰よりも理解出来ているだろう彼女の言葉は正確だ。

 師匠たちでは敵わなかった大罪龍の討伐を、負け主たちが成し遂げて、そして次の世代で、傲慢龍すらも討伐した。今は無理でも、何れは、と。

 

 ――そんな時代に、僕はこの世界にやってきた。

 やろうと思えば、僕は人類が力を付けるまで、身を隠すことだって出来た。負け主というこの時代の重要人物を一人欠いた状態で、歴史がそのまま進むかは、怪しいところではあるけれど。

 でも、どちらにしたって、しなかった。

 

 僕は救いたかったのだ、ひっくり返したかったのだ。

 

 そして、その結果が師匠であり――

 

 ――ある意味の終着が、傲慢龍だ。

 

「これで、大罪龍との戦いも、ほぼほぼ終わり、か」

 

「まだ憤怒と色欲が残っているとはいえ、そろそろ次も、見据えなければいけませんね」

 

 残る二つのうち、一つは人類に協力的で、もう一つは大罪龍の中では最も攻略が容易であろう大罪龍だ。なんなら、僕がいなくとも、勝利が見込める大罪龍である。

 

 故に、余裕ができた。次への準備を、僕たちは始めなくてはならない。

 

「機械仕掛けの概念、か」

 

 つぶやく師匠は、どこか実感が伴わないというような声音であった。まぁ、無理もないとおもう。大きすぎるが故に、実感がわかないのか。遠すぎるがゆえに、理解が及ばないのか。

 

 いや、どちらでもいい。僕に言えることは唯一つ。

 

「――そいつは、既に越えた壁です。かつての歴史で人類が。()()()()()()()()()()()()()()

 

「とはいえ、それと同じ手は向こうも食わないだろう」

 

「だから、方法は変えます。そのうえで、変えた方法でも勝てるように僕たちは頑張るんです」

 

 そうだ、僕はもう、選んだんだ。逃げないことを、前に進むことを。

 

 後ろの道は既に崩されて、進むにはボロボロの一本道をがむしゃらに突き進まなければならない。失敗は一度として許されず、敗北は絶対に認められない。

 

 それが覚悟で、それが執着だ。

 

「――進みましょう、師匠」

 

「……ああ、そうだな。今なら、傲慢龍も背を押してくれそうだ」

 

「それは――どうでしょうね?」

 

 僕は少しだけ、そうではないという気がしている。

 なにせ、

 

「あいつと僕は、決着をつけなきゃいけないんです。だからもし、もう一度奴が僕の前に現れたとして、手を貸してくれることはないと思いますよ」

 

「そうか?」

 

「はい、よっぽど特別な理由でもない限り」

 

 ――蘇れば、即座に僕らは殺し合うことになるだろう。それはなんというか、マーキナーが控えているのにやることではない。

 

 だから――

 

「だから、僕は先に進むんです」

 

「……そうか、わかった」

 

 師匠はそう言って、空中へと足を踏み出す。

 

「行こう、私達も、そこにいる」

 

「――ええ」

 

 ああ、だから傲慢龍。

 

 最後に一度だけ、後ろを振り返り、僕は思う。

 

 今はただ、眠れ、傲慢龍。アンタの意思は、アンタの思いはここにある。変わらずここに、絶えることなく心のなかに。

 

 ――僕は、そして。

 

 

 先に進んだ。



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九.色欲から、何よりも大切な人達へ
96.快楽都市は文字通り


 ――なにもない、ただただ広く、どこまでも続く平原で。

 

「いやぁ――」

 

 僕たちは、呆れる――呆れながら、なんだか心底ホッとした様子の――フィーに見守られながら、

 

「あああああああああああああああ」

 

 振動していた。

 

 そう、懐かしのバグレベル上げである。僕と、師匠。それからリリスの三人は現在、この平原でひたすらレベル上げに勤しんでいた。何故か、次の戦いに備えての準備である。

 

 では、あるのだが……

 

「もうダメだぁ!」

 

 師匠が勢いよく槍を振りぬいて、無限に倒し続けていた師匠がそれを終える。顔には疲労が滲んでいた。それはそう、当たり前のことだ。僕も、リリスも、疲れ果てていた。

 

 ――かれこれ二ヶ月、僕らはここでレベル上げをしていた。

 

「……ほんと、お疲れ様ね」

 

 つぶやくフィーが、師匠に飲み物の入ったボトルを投げる。受け取った師匠が勢いよく飲み干すと、その場に倒れ込んだ。ああ、羨ましい。

 

「キミは、ほんと、うらやましい……な!」

 

「いや、ごめんなさいって。でも、実際どうしようもないし、しょうがないじゃない」

 

 息を荒くしながら、疲れをにじませた師匠の声に、しかしフィーはただただ謝るほかない。なにせ彼女だけ、この二ヶ月ただこの苦行を眺めているだけだったのだから。

 いや、眺めているのもそれはそれで退屈ではないだろうか、と思うが。

 

「ま、付き合うわよ。アンタらの満足いくまでね」

 

「……チッ」

 

「だからなんで舌打ちすんのよ、なんで!」

 

 ――もしも師匠を放っておくと、何かしら僕に対しての抜け駆け行為を働きかねないと、フィーは考えているのだろう、というか、師匠ならやる。膝枕とか、膝枕とか。

 そういうわけで僕たちはただただレベル上げに勤しんでいた。

 

「とにかく、もうそろそろ切り上げてもいいんじゃないの? ルエは位階が90越えたし、アンタらもこれ始める前のルエ並に位階上がったでしょ」

 

「私……は、そうかも……しれないけどなぁ」

 

「ぼぼぼぼぼくたちはもうすこしししししし」

 

「なのののののののののの」

 

「解ってる! 解ってるから!!」

 

 振動しながらも、僕たちは二人にまだ続けることを伝える。確かに師匠はレベルが90を越え、そろそろ切り上げてもいいかもしれない。

 だが、僕とリリスはまだ位階が80に届いたというところ。せめて90には載せておきたかった。

 可能ならカンストさせたいが。

 

「というか、位階の上限到達しちゃったら、これ以降の人生位階はどうあってもあがらないのよ? もったいなくない?」

 

「なんか君が言うとそうだね、としか言えないな」

 

 ――実際にどれだけ魔物を倒しても位階が上昇しない代表、フィーは心配そうに僕たちに言った。

 

「っっとおお! っし」

 

 位階が一つ上がったことを確認した僕が、一度振動を切り上げて大きく息をつく。フィーから僕にも飛んできた飲み物を受け取りながら、僕は言う。

 

「まぁ、位階は90まで上がれば最低限ではありますね。ここからの相手は、基礎スペックいくら上げても焼け石に水みたいなところはありますし」

 

「……だよなぁ。聞いちゃいるけど、大罪龍を倒したら、次は位階が上限にいっていることが最低条件になるんだろ? 普通に厳しいよ」

 

 なにせ大罪龍を撃破すればでてくるのは、インフレによって()()()()()()()()()()()()になる環境だ。根本的に、僕らは何かしらのテコ入れが必要になる。具体的にはスクエアのような。

 その上で、ある程度通常の状態でも打ち合えるようにもしておきたい。

 

 なので、下限としては90まで位階をあげることが、今の目標になるわけだ。もちろん、テコ入れの方法はいくつか考えてある。

 

「なのーん!」

 

 そうして休憩していると、リリスが魔物を倒して、こちらに加わってきた。最後まで頑張っていた彼女を労いながら、僕らは更に言う。

 

「どちらにせよ、しばらくはこのまま位階上げだよ。なにせ――」

 

「――ふんどりゅー、どこ行ったのー」

 

 未だに、憤怒龍が行方をくらましているのだから。

 

「ほんっと、どこ行ってんだか。もう既に()()は回収してんでしょ? あいつ」

 

「ああ、快楽都市の概念使いに確認してもらったからな」

 

 ――現在、僕たちはパワーレベリングに励みつつ、快楽都市の人間を金で雇って、憤怒龍の捜索をやってもらっていた。いくら時間があると言っても、これまで僕たちがやっていると、時間がいくらあっても足りないのだ。

 そういうところは、人海戦術を使うに限る。快楽都市にやってきた理由はここにもあった。

 

「ともかく、今日ももうひと踏ん張りです。あと一つくらい、レベルが上がってくれればいいんですけどね」

 

「さ、流石にもうちょっと気合い入れないと難しいのー」

 

 多少休憩を終えたら、僕らはまたレベルアップバグをするために、標的を求めてさまよい始める。

 

「じゃ、いくわよー。後悔ノ重複(ダブルクロス・バックドア)

 

 ――フィーが仲間に加わってくれたおかげで、速度低下バフのうち、一つはフィーが当ててくれればよくなったのは、少しだけ楽ができた。

 

「これで、他の場所でこれができたらな……!」

 

「どうも、ゲームではここでしか出来なかったバグだから、この世界でも、今の時期のこの場所でしかできないみたいなんですよね……!」

 

 ――まぁ、本当に少しだけなんだが。

 飛んできた鉤爪の衝撃にノックバックを受けながら、僕らは今日も、狂気的とすら言える作業へと、戻っていくのだった。

 

 

 ◆

 

 

 ――次の日。思ったよりも順調に進んだ結果、強引に1レベルアップまで頑張ることとなり、一夜を平原で過ごすことになった僕ら。

 そうして明けて、今日は一日休もうということになった。

 

 ので、快楽都市へと戻ってきたのだけど。

 

「――なんか、騒がしいの」

 

 くんくん、とリリスが鼻を鳴らしてそうつぶやく。

 

「……そうか?」

 

「アタシに聞かないでよ」

 

 ――残念ながら、それは快楽都市を本拠地とするリリスにしかわからない感覚だった。

 

「……むしろ、人が減ってるように見えるけど」

 

 そして、それは師匠の言う通り、僕たちには逆の印象を抱かせる。それはそうだ。いつもと比べて明らかに人の通りが減っている。むしろ人は少ないくらいなのでは? と思うが、リリスは首を横に振る。

 

「んーん、違うの。普通ならそうかもしれないけど、快楽都市は基本的にぼっちぼっちだからー」

 

「個人主義……ってことか?」

 

 なるほど、と頷く。逆なのだ。多少のことでは快楽都市の人々は動じない。だからつまり、

 

「騒ぎになる程、人がどこかに集まってるってことか。これは」

 

「そーいうこと!」

 

「はぁー、ここってほんと変なところね」

 

 不思議なところだ。活気も、生気も、この街には暴力的なまでに満ち足りている。悪徳はある。しかし腐敗はない。欲望はある。しかし侮蔑はない。奪われることも、奪うことも等しくここでは許されている。

 今も、人気の少ない街では、物陰でこそこそと、何かを盗もうとしているのか、人影が見える。

 

 そんなことは既に予想済みだったのか、漁っていた人影は足元にあいた落とし穴から、どこへともなく消えていった。通りかかって、見れば底が凄まじく深いようで、概念使いでなければ助からず、概念使いであれば生命だけは助かるが逃げることは敵わなくなるだろう。

 快楽都市では当たり前の、日常的な光景だった。

 

「まぁ、トップが色欲龍なんだから、そりゃあ変にもなるだろう。色欲龍が信仰されて祭り上げられて、荘厳な教会にご神体として収まってる姿が見たいか?」

 

「見たいか見たくないかで言えば、超見たい」

 

「それもそうか」

 

 まぁ、でもフィーがそう言うくらい、色欲龍に真面目って言葉は存在しない。

 

「でもねぇ、あいつ、考え方はそこまで変じゃないのよ。色欲に狂ってはいるけれど、でも、性欲が強いってだけで、善良っていうか、まともな考え方をしてると思うわ」

 

「……ちょっと人の色恋に口出しすぎな気はするけどなぁ」

 

 ――快楽都市にやってきて、色欲龍と顔を合わす機会は一度や二度ではない。僕らは有力な概念使いのパーティで、あちらはこの街のトップなのだから。

 フィーとの関係もあることだしね。

 

 そんな中で、色欲龍は一発で師匠の恋心を看破してきた。まったく師匠が態度に出していないにも関わらず、あった途端に、好きな人が出来たと指摘されたのだ。

 だから、師匠はそういう印象を抱く。無理からぬことだった。

 

「世話焼きなのよ、ほんとにお節介なんだから」

 

「まぁ、なんというか、この街を見ていれば分かるよ。ズレてはいるけど、間違いなくここには色欲龍の愛がある」

 

 ――そして、その愛を一身に受けて育ったのがリリスな辺り、ここがどういう場所かを端的に表していると言ってよいだろう。リリスは快楽都市の体現者だ。

 ……それは褒めているのか?

 

 なんて、話をしているときだった。

 

 

「あ、見つけたッス! 紫電御一行!」

 

 

 ふと、声がする。

 どこかハスキーな少女の声だ。振り返ると、人通りの少ない道の中央に、僕たちを指差している少女がいた。ポニーテールで、髪の色はアルケと同じ感じの燃え盛る赤。

 彼女は――

 

「――イルミ、どうしたんだ?」

 

 師匠が問い返す、彼女と師匠は顔見知りだった。

 

「ちょっと探してたッス、来て欲しいッス」

 

 ――イルミ。概念使いで、概念は『幻惑』。幻惑のイルミと呼ばれる彼女は、この快楽都市に所属する概念使いだ。師匠とは顔見知りで、僕たちとも会話を交わしたことはある。

 悦楽教団――色欲龍の宗教組織――出身ではない、快楽都市在野の概念使いで、普段は快楽都市に舞い込む依頼をこなす傭兵のような仕事をしている。

 

 で、彼女が何なのかといえば――彼女こそが、負け主が本来の歴史で出会う概念使いであり、簡単に言うと負け主のヒロインである。

 師匠を亡くし、快楽都市へやってきた負け主と出会い、行動をともにすることとなった概念使い。

 これまで何度か話に出てきた概念使いが、そこにいた。

 

 そして、であればつまり彼女はアルケの妹である。色々と、負け主とは縁深い少女だ。――まぁ、僕とは本当に顔見知り程度の関係でしかないのだけど。

 

 ともかく、そんなイルミの後に続いて僕たちは進む。どうやらイルミは、現在快楽都市を騒がせている事件について、僕たちの協力を借りたいようなのである。

 

 なんだなんだとついていってみれば――そこには人の山。

 

 人だかりなんていう、快楽都市では珍しいにも程がある現象だった。それを踏み越えて、そこにあったのは、なんというか干物だった。

 端的に言うと、

 

 

「――干からびてるの……」

 

 

 リリスが手を合わせながら言う。何者かに搾り取られて、干からびている男性がそこにいた。なお、他の女性陣はドン引きしていた。

 

「……これ、もしかしてエクスタシア?」

 

「いえ、これは昨夜の出来事なんスけど、その夜色欲龍サマはアリバイがあるッス。バッチリ信者の相手してたッス」

 

「そっかぁ……」

 

 遠い目をするフィーを横目に、僕と師匠がその事実に意識を向ける。

 状況は簡単に言うとこうだ。まず、今朝、この場で干からびた男性を通行人が見かけた。色欲龍に絞られたかと思い、話を悦楽教団に持っていったところ、色欲龍にはアリバイがあったという。

 

 であれば、これは一体? 怪訝に思った教団のトップである理念のゴーシュが、調査を命令。同時に僕たちにも話を持っていったほうがいいだろうという色欲龍の言葉で、現場を保全したまま、こうして僕たちを待っていたわけだ。

 

 『色欲龍にアリバイがある』にも関わらず起きた、『男性の搾り取り事件』。こんな盛大に男を絞ることができるのは、世界において色欲龍以外に存在しない。であればこれはいったい……?

 

 ――僕たちは、その答えに心当たりがあった。

 

 そしてそれは、

 

「……意外、といえば意外でしたね」

 

「マーキナーの介入……だろうなぁ」

 

 僕と師匠が口々に感想を漏らす。

 

 心当たりとは、すなわち――

 

 

「――影欲龍(エクスタシア・ドメイン)、か」

 

 

 ――マーキナーの介入によって、本来ならば目覚めるはずのないエクスタシア・ドメインが目覚めたことを意味していた。

 

 

「……あ、あの、ところでそろそろここから離れてもいいですかね?」

 

 

 ――干からびていた男性から、恥ずかしそうな声が漏れた。

 生きてたのか……



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97.色欲龍は捗らない

 ――影欲龍(エクスタシア・ドメイン)

 それは、言ってしまえばドッペルゲンガーと言うやつである。

 全く同じ、けれどもそれ故に違う、同時に存在するもう一体の色欲龍。それこそが、エクスタシアの名を冠する星衣物の正体だった。

 

 何だってそんなものが? 色欲龍もまた、嫉妬龍と同じく、生まれたときに力を削がれた大罪龍なのか。答えは否である、色欲龍のスペックは生まれた時から完全で、それ故に隙と呼べるものはない。

 ポイントはこの色欲龍の星衣物には出現の条件があるということだ。

 

 その条件とは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もしも色欲龍が他の大罪龍が生き残っている状態で死亡した場合、この星衣物は絶対に出現しない。

 まぁ、その後傲慢龍の権能で生き返る可能性もあるし、その上で最終的に最後に色欲龍が生存した場合は出現する……ということを、設定資料集の片隅に記載されていた。

 実際のところは、そういう展開にはならなかったのでわからないが。

 

 なお、似たような条件で出現する星衣物は他にも存在する。暴食龍の星衣物だ。こちらはそもそも()()()()()()()()()()()()()出現しない条件を持つが。

 ともかく、つまるところ影欲龍は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。何故か、()()()()()だ。

 

 色欲龍の権能は子を為すこと。つまり、非常に暴論だが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とも言える。人を相手に作ることもできるが、色欲龍は人ではない。

 本来の色欲龍の権能は()()()()()()()()()()によって発揮される。まぁ、そうして生まれたのはアンサーガのような生物だったわけだが。

 

 さて、前にも話したが、色欲龍は星衣物が破壊された場合死亡する。そりゃあ、影欲龍と色欲龍はリンクしているのだから当然だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことも、これには関係している。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それこそが、マーキナーが色欲龍に与えた宿命であった。

 

 

 ◆

 

 

「――影欲龍、ねぇ」

 

 そこは、色欲龍を祀る悦楽教団の総本山。色欲龍の寝床である。現在、この場には僕とフィー、それから色欲龍の三人がいた。

 ――師匠とリリスは街を回って、影欲龍の捜索中である。とはいえ、見つかる当ては一切ないのだが。

 

 そして、僕らの話を聞く色欲龍は胡乱だった。なんというか、心ここにあらずといった様子で、こちらの話にはあまり興味がないように思える。

 

「もうひとりの私。私が私と子を為すために出現させた私……かしら?」

 

「なんか、そう言う言い方をすると頭がおかしくなりそうね……」

 

「……個人的に疑問なのだけど」

 

 色欲龍が、うーんと小首を傾げながら、フィーを見る。

 

「憤怒龍は父様の例外だからさておくとして……貴方と怠惰龍は、まだ生きてるわよね?」

 

「ああえっと、それは、……なんだっけ?」

 

 フィーが説明しようとして、しかしど忘れしているようだ。僕としても、結構複雑な事情なので、一度で覚えきれなくてもしょうがないとは思う。

 あんまり、興味を持ちにくいような部分だしね。

 

「――一応、きちんと理由があるんですよ。色欲龍、貴方は人を、大罪龍を、どう思っていますか?」

 

「どう……って、大切な存在よ? 私と子を為してくれる、なくてはならない存在」

 

「じゃあ、いるのといないのとでは、いたほうがいいですよね?」

 

「もちろん」

 

 であれば単純だ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。いるならいるで、貴方にとってはそのほうがいいでしょう?」

 

「納得」

 

「……すごい雑な事情じゃない!?」

 

 今更思い出した、というような顔をしながらフィーが叫ぶ。複雑は複雑でも、雑が複数という意味での複雑……というわけではないのだけど。

 まぁ、他にも理由はあるが、色欲龍にとって一番大事な理由はそこなのだ。なので、色欲龍に対する説明はこれで十分なのである。

 

「とはいえ、私の街で男の人が干からびちゃうのは問題だわ。それはなんとかして止めてちょうだい」

 

「それはもちろん。でも、それだけ?」

 

「それだけ……って?」

 

 ――知らないわけではないだろう、とフィーは言外に含ませて問いかける。対する色欲龍は、なんだかあまり肯定的ではない態度だ。

 

「だって、これをなんとかすれば、お父様をどうにかできるのよ?」

 

「……あのね、フィー」

 

 大きく息を吐き出しながら、色欲龍はフィーを正面から見据えると、

 

 

()()()()()()()()()()()()のよ?」

 

 

 そう、言った。

 

「……え?」

 

 フィーは、驚きを通り越して、理解できなかったと言うような呆けた言葉を返す。まさか、そう返すとは思わなかったと、そういうような。

 いや、実際思っても見なかっただろう、ここで色欲龍がそう答えるとは。

 

 ただ、とても、とても単純な話なのだけど。

 

「私ね、フィーは急ぎすぎていると思うの。そこの彼の影響で、貴方はとても成長したと思うけれど、その分、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わよ?」

 

「え? えっと……」

 

 彼、と言われて僕にジトっと目を向ける色欲龍。

 ――なんというか、ここに来てから、ずっとこうだ。色欲龍の目が冷たい。師匠に対しては随分と色々聞こうとしているのに、肝心の僕に対してはなんだか冷たいのだ。

 なんというか、目が姑の目をしていた。

 

「まずね? 大罪龍を倒すことで、人類はお父様に挑むのでしょう? 確かにそれは素晴らしいことで、そしていつかは人類が直面することだと思うわ?」

 

「……うん」

 

「でも、()()()()()()()()()よ? 今は、まだ、大罪龍――私達がこの世界にあらわれて、()()()()()()()()。――敗因くん、あなた達ははっきり言って、()()()()()()()

 

「まぁ、そうですね」

 

 色欲龍の言うことは最もだった。

 

「そして、結果私が最後の大罪龍……ってわけではないのだけど、お父様が、そう判断して影の私を呼び出した……のだったかしら?」

 

「はい」

 

 ――本来ならばありえないタイミングで、影欲龍が現れたのはマーキナーの介入による結果だ。これに関しては既に色欲龍にも伝えてあるとおり。

 

「貴方が大罪龍と戦いはじめて、まだ一年くらいしか経っていないのよ? 貴方は仲間たちとだけでそれを解決するつもりかもしれないけど、()()()()()()()()()()()わよ」

 

「……」

 

「だからね? はっきり言うけれど――」

 

 色欲龍は語るのだ、こちらの方を見て、鋭く睨みつけて、

 

 

「――私は貴方の味方には、なれないわ」

 

 

 そう、僕に対して言い切った。

 そう、そのとおりだ。色欲龍は僕たちに対して、協力的ではない。むしろ、僕たちのした行動に対して、あまり好意的ではない感情を抱いているようだ。

 それは、ライン公国での攻防において、()()()()()()()()()()も、要因の一つではあるだろう。

 

 これまでは、人類の危機があったために、協力せざるを得ない部分があったが、今回はそうではない。むしろ――

 

「私の子どもたちが、私に搾り取られるのは問題だけれど、それさえ解決すれば、()()()()()()()()()()()()のでしょう?」

 

「……そうだね。今の所、本来の歴史で発生していた魔物の凶暴化も見られない」

 

 ようは、必要がないのだ。影欲龍をどうにかする必要が。

 ゲームにおいて影欲龍をどうにかしなければならなかったのは、魔物の凶暴化によって世界が危機にひんしていたからだ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それでも、別に構わないでしょう?」

 

「それは――」

 

 ――確かに、そのとおりだった。

 もちろん、言い返す事はできる。ただ、何か行動を起こすリスクよりも、()()()()()()()()のリスクのほうが少ないのだ。

 だから、迂闊には動けない。

 

 そう、なのだけど。

 

 僕が何かを言うよりも先に、フィーが動いた。何か考えがあるのだろうか、先程から僕らの会話にはあまり口を挟まなかったけれど。

 そして彼女は、色欲龍へと詰め寄ると。

 

 

「――あんた、拗ねてるでしょ」

 

 

 僕たちは、きょとんとした。

 

「色々並べてるけど、そもそもアンタが協力的じゃないのは、アタシが急に成長したから、でしょ? 話を置き換えんじゃないわよ。つまり、アンタは」

 

 ビシッと指を突きつけて、フィーは言う。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()のよ。違う?」

 

 

 ――それには、沈黙が帰ってきた。

 いやいやいや、色欲龍も言っていただろう、リスクが大きい。影欲龍はもう一体の色欲龍。基本的には、同一存在だ。何かしら理由があって男性を搾り取って干物にしているにしろ、交渉の余地はある。

 それさえ解決してしまえば、後のことは先送り。彼女の言うことは最もだ。

 

 だからこそ、それでもなお僕が事件を解決したい理由をこれから色欲龍に伝えなくてはいけないのであって、まさか、色欲龍が友人を取られたくらいで拗ねるなんて。

 あの、奔放な色欲龍が――

 

 

「――――フィーのばかぁ!!」

 

 

 えぇ――――

 

 叫んだ色欲龍は、泣きながらフィーをポカポカとする。

 

「先越すなんてずるい! 私を置いてかないでよ! いい男捕まえちゃって! 羨ましいのよ!! しかもそいつ、ルエちゃんと二股かけてるのよ!? 許せないわ!! この女の敵!!」

 

「えぇ…………」

 

 僕の困惑は口をついて出た。

 

 色欲龍は、完全にワガママで先程のことを言っていた。

 

「うっさい! こっちだって好きになっちゃったもんはしょうがないでしょ! あと、ルエは横恋慕だから! こいつの恋人はアタシだけだから!」

 

「しかも、リリスちゃんまでなんかたまに目の色変わるのよ!? あの子まだ八歳! 私気付いちゃったんだから、あの子この男とキスしたことあるわよ!?」

 

「おいちょっと話聞かせろ」

 

「――待ってください」

 

 フィーが一瞬にしてどすを効かせながらこちらに振り向いた。色欲龍は何を言っているんだ!?

 

「キスされたのは頬です! 親愛のキス! 恋愛的な意味はありません!」

 

「でもされたのよね!? ――アタシされたことないんですけどおおおおおおお!!??」

 

 ――――そういえば、フィーとキスをしたことはなかったな。いやそもそも、僕は誰かに自分の意志でキスをしたことは――

 

 

「――私には、あんなに情熱的にしてくれたのに?」

 

 

 ありましたねぇええええええ!!!!

 

「……ねぇ」

 

「はい」

 

 

「――ばかあああああああああああああ!!!」

 

 

 フィーは逃げ出した。

 

「ああまって!!」

 

 追いかける僕、なんというか、まんまと話を棚上げされたような気がしてならない。部屋を出る直前、ちらりと色欲龍を見れば、

 

 あっかんべーをしていた。

 

 ……子供か!

 

 ――結局、拗ねるフィーをなだめるのに、一日。それと二人きりでデートする約束をして、ようやく彼女を落ち着かせるのだった。



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98.真夜中に軋ませたい。

 その夜は、驚くほど静かな夜だった。

 ここは快楽都市の宿の一室。悦楽教団が経営する宿で、僕たちはそこに格安(無料ではないところが実に快楽都市)で泊まらせてもらっている。かれこれこの宿に泊まりはじめて、既にそこそこの時間が経った。位階が60前後だった時から、現在は80強、随分と上がったものだ。

 ただ、ここからもう少し位階を上げておく必要は間違いなくある。

 

 当たり前といえば当たり前の話だが、次の相手は影欲龍。これを色欲龍の犠牲なしに攻略しようとする場合、()()()()()()()()()()だ。なにせ、影欲龍はインフレ極まったドメインシリーズ最終作の敵であるのだから。

 人手がある分、傲慢龍よりは攻略難易度は低いだろうが、逆に被害の心配をする必要が出てくる。

 

 とはいえ、そもそもそれをどうにかしようにも、色欲龍の説得は必須。この間はうまくはぐらかされてしまったけれど、なんとか説得して、事件を解決する必要があった。

 もちろんそれについては多少の考えはあるのだけど、でも、彼女の言葉は最もだ。

 

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから、多少は放っておいても問題はない。命まで取られているわけでもないのだから。

 そのため、僕たちは一度、位階上げを完了させることに決めた。

 

 とりあえずの目標は90レベル。そこまで上げれば、カンストとのステータス差は、十分誤差と言っていい程度になる。そして、それを終えるまでに必要な期間はだいたい一週間ほど。それが終わったら、事件に本格的に介入開始だ。

 まぁ、その前に事前準備は、人を雇って進めているのだけど。

 

 やっていることは主に二つ。憤怒龍の塔の監視と、とある遺跡の調査だ。憤怒龍に関してはもし戻ってきたら即逃げて報告してくれればそれでいい、というモノ。

 遺跡の調査は、文字通りだ。

 

 ――というわけで、色欲龍の説得に失敗した僕たちは、一度回り道をすることにした。それが、この調査と位階上げである。まぁ、調査に関しては既に行っていたことではあるのだけど。

 

 さて、色欲龍の説得だ。彼女は人類の味方であり、また彼女を中心に秩序が作られることを許容する存在である。そしてそれが故に、自身により集まることで作られた共同体を、守護する責任が彼女にはある。

 実を言うと、色欲龍の情緒はまだまだ未熟だ。

 

 快楽都市は色欲龍の体現である、彼女のあり方、彼女の生き方に感化された者がこの場所には集まっている。結果、出来上がったのは完全個人主義であるにも関わらず排他的ではない、そんな街。

 秩序も、治安も、全ては個人が管理する街。それでも、間違いなくこの世界における人類の生存圏の一つ。歪んではいないが、尖っていた。

 どうしようもなく、尖りまくっていたのだ。

 

 というわけで、そんな尖りまくった色欲龍には、何とか丸くなって貰わなくてはならない。そのために、この位階上げが終わったら行動を起こさなくてはならないのだけど。

 僕たちはまだ、答えが出ていなかった。そんな夜のことだった。

 

 静かな夜、

 

 

 僕は、自身の上に、なにか重みと温かみを感じた。

 

 

「ん――」

 

 それに気付いたがゆえに、僕は目を覚ます。寝ぼけ眼で、時刻はわからないが、おそらく日をまたぐかまたがないかというところだろう。

 そんな時間に起こされる身にもなってほしいが、ともかく。

 

 見る。そこには、

 

 

 ――扇情的な姿の、色欲龍の姿があった。

 

 

 いや、これは――

 

「――ねぇ」

 

 僕が違和感を――寝ぼけた頭で――覚えながら、ぼーっと彼女の姿を眺めていると、彼女はゆっくりと僕に体重をあずけて、倒れ込んでくる。

 柔らかな肌の感触が、布団越しに僕へ伝わった。

 

「私と、一つになりましょう?」

 

 甘ったるい、声と香り。鼻をくすぐるその感覚は、人の思考を麻痺させる。正常な判断をつかなくさせるような、そんな危険性をはらんでいるように思えた。

 事実、僕の頭は、ぼうっとなって、今にも溶けてしまいそうだ。

 

 故に僕は問い返す。

 

「どうして……?」

 

「理由なんて、いらないわ? 貴方が男で、そして私は色欲龍。であるなら、そのあり方は、これが一番正しいのよ」

 

 これ、という言葉の意味がわからない。

 彼女の言わんとしていることは、まったくもって遠回しだ。そんなもの、脳がとろけきって、正常に思考が回らない僕には、劇薬以外の何物でもない。

 

「ああ、それは――確かに魅力的……かも、しれないな……」

 

「そうでしょう?」

 

 スルスルと、色欲龍が自身の身につけているものを外していく。もはや、完全に一対一で僕とやり合うつもりではないだろうか。

 

「だからどうか、私に貴方の情けをちょうだい? 心の底から私を包み、私に取り込まれてしまいなさい?」

 

 妖しく笑うもうひとりの色欲龍は、如何にもそういった経験が豊富という様子だった。たしかに、それはとても大事で、いくらやっても足りるという概念がない経験ではあるものの。

 

 その時、僕の中で答えは一つだった。

 

 目の前で淫らに揺れる色欲龍を見上げながら、僕は――

 

 

「――――眠いので、失礼します。おやすみなさい」

 

 

 性欲よりも、睡眠欲を優先した。

 

 

 ◆

 

 

 目を覚ませば、女性陣が僕を取り囲んでいた。

 

「おはようございます」

 

「おはよう」

 

 寝ぼけ眼の僕に、師匠がそれはもういい笑顔で挨拶してくる。一体どうしたというのだろう、僕は首を傾げながら、周囲を見渡す。

 

 師匠も、

 

 フィーも、

 

 あとリリスは正直からかいのニヤケ面がスケているけれど、

 

 それはもう、すごい目で僕を見ていた。怒りとか、驚愕を通り越して、なんていうかもう、自分とは別の生物を見る目で。

 

「……何があったのか、お聞きしても?」

 

 僕が、これはもうヤバイやつ――シリアスではなく、ギャグ方面で――だと認識し、覚悟を決めて問いかける。ごくり、と喉が鳴る音がした。

 一体僕は、何をしたんだ――?

 

「昨日の夜」

 

 そう、師匠は一拍置いて、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()というタレコミがあった」

 

 

 ああ、それは――

 

 ――みれば、すごい目で見ているフィーの眼の端には、涙が溜まっていた。そりゃあそうだろう、嫉妬とか、その他諸々で今、彼女はおかしくなっているはずだ。

 でも、僕は昨日何もしていない。途中、一度起きた覚えがあるけれど、眠気に負けてすぐに眠りに落ちたはずだ。

 だから、何もしていない。

 

「しかも、色欲龍が部屋に入ってから、君のベッドが軋み続ける音がしたんだ」

 

「――あれ?」

 

 何もしてないぞ?

 ……何もしてないんだけど、でも、そういえば、()()()()()()()()()()()。見た記憶だけ。つまりこれは、どういうことだ……?

 

「しかも」

 

 師匠は続ける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――それは、理解した。

 理解してしまった。

 

 

「そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 なぁ、と師匠は続ける。

 

「――()()()()()()()()()のか?」

 

 あ、それは――

 僕は、そこでふと気づくものがあったけれど、でもそうか。これでハッキリした。確かに昨日、僕は色欲龍を見た。夜、僕のベッドの上で、なんかこう、僕を誘っていた。気がする。

 ――良くは覚えていない。眠かったから、意識が覚醒する間もなく、僕はまた寝たから。

 

 そしてそれは色欲龍のプライドを傷つけるには十分だっただろう。彼女は色欲の権化、すべての男性が、そして場合によっては女性すら誘惑し、食い物にする性欲の体現者なのだから。

 それが、誘惑できなかった。しかも、ずっとベッドが軋んでいたということは、彼女は僕を起こそうとしたのだろう。毛布の下の自分の様子を見るに、寝ている間に手を出された様子はない。そこは彼女の性行為への誠実さの現れか。

 どちらにせよ、彼女は僕を叩き起こそうとして奮闘した挙げ句、失敗した。僕は全く起きなかったのだ。

 

 そりゃあ、泣きながら帰っていくよな。プライドズタズタなんだから。

 

 ああ、でも、けれど。

 

「違います」

 

 それを口にすると、

 

 

()()()()()。色欲龍を見た覚えはありますけど、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――師匠たちは、僕を理解できない眼でみた。

 

 特にリリスが酷かった。こいつ人間じゃないな、と言わんばかりにこちらに目線を向けている。悪かったね、いや実際人間じゃないのだけど、精神性という意味だろうこの場合。

 師匠はなるほどな、と納得したようだった。この人はこの人で、大概どこかズレている。僕が色欲龍に夜這いされたというのに随分と冷静だし、僕が何もしていないといえば、すぐに納得したようだった。

 

「……全然気にしてませんね、師匠」

 

「いや、君ならそうだろうなぁ、とは思っていたからな」

 

 ――凄まじくズレた信頼故の納得であった。

 で、問題は。

 

「あ、ああああ、あんたはあああああああ!!」

 

 フィーだ。限界だと言わんばかりに僕に詰めより、僕をガンガンと彼女は揺らす。寝起きにこれは結構きつい。いや、フィーの激情はこんなものではないのだろうけど。

 

「心配させないでよ! 何考えてんのよ! 本当なんでしょうね! 羨ましいのよあいつ!!」

 

「おちついて、感情が一気に全部まとめて噴出してるから。大丈夫だから、何もされてないから。……色欲龍は香りという奴を随分と気にするから、そういうことがあれば、香りをつけてそれをごまかそうとするだろ」

 

「……うん」

 

「そういう香りはするか?」

 

「しない……」

 

 なら、そういうことだ。

 グズグズと鼻を鳴らすフィーを引き剥がしながら、ポンポンと頭をなでてなだめる。ああしかし、今回は完全に冤罪とはいえ、これはデートのときに思いっきり彼女をエスコートしないとな、と思った。

 でないと、いっそ彼女に食べられてしまいそうだ。

 

 ……まぁ、それも嫌とは言えない僕がいるけど。僕だって男だ。

 

「――おかしいの」

 

 リリスがつぶやく。

 

「絶対おかしいの! エクスタシア様がぱくりんちょしようとして、それより睡眠を優先する奴がいるはずねーの! あのむっふーんに耐えれる男はいねーの!! こいつ男じゃねーの!!!」

 

 ビシッと、狂乱したように叫ぶ。

 どんだけ衝撃的だったんだよ。

 

「いやだって、いきなり一番眠い時間に襲いかかられてもなぁ。僕は夜はぐっすり寝たいし、邪魔されるくらいなら、二度寝決め込むよ」

 

「だとしても男のせーよくってやつはしょーじきなはずなの! エクスタシア様が負けるはずねーの!!」

 

 ――これは。

 もしやリリスは信仰が揺らいでいるのか? 色欲龍は性欲の絶対強者。男は彼女の手にかかれば誰もが赤子同然で、彼女の性欲に抗えるものはいない。

 だから干物になるまで搾り取られても、男たちはちょっと幸せそうだ。まぁ、あまりにも色欲龍がすごすぎて、以降他の女性に興味が持てなくなる副作用はあるが。

 

 ともかく。

 

「そりゃなぁ、寝る前にノックして夜這いしかけられたら、僕だって無理だと思うよ。雰囲気に流されちゃうしな。でも、真夜中じゃなぁ。わざわざ性欲を優先する理由もないし」

 

「こ、こいつ――っ」

 

 リリスにぴしゃーんと電流が走る。

 

「――雰囲気重視なの!?」

 

「ど、どういうことよ」

 

「基本的に、だんせーは性欲が煩悩のすべてなの。エロければ他のことはどうでもいいことって結構あるの。でも、女性は雰囲気が大事なの、雰囲気が良くなければどれだけイケメェーーンンな男が相手でも、冷めちゃうの」

 

「……こいつ、男よね?」

 

 男だけど?

 あとイケメェーーンンってなんだよ?

 

「性欲の強い女の人もいるの。エクスタシア様とか。だったら逆がいてもおかしくないの!」

 

「な、なるほど……」

 

「そして、そういう女性のことを、人は時折こう呼ぶの」

 

 それに、フィーが興味深そうに視線を向ける。リリスは間をたっぷり置いてから、

 

 

「――おもしれー女、って」

 

 

 そう、言った。

 …………いや、それはどうなんだ?

 

「な、なるほど!」

 

「なるほどじゃないが?」

 

 師匠もツッコミを入れた。僕たちが大きく一つため息を吐くが、ともかく。

 僕はそろそろ彼女たちに告げなくてはならないことがある。

 

「――なぁ、ちょっといいか?」

 

 そう。視線を向けた女性陣に、僕は。

 

 

「それ、色欲龍じゃなくて、影欲龍だ」

 

 

 ――そう、告げなくてはならなかったのだった。



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99.フィーはデートしたい。

 ――それから一週間が経って、僕らはついに位階上げを完了させた。パーティ全員が位階90、はっきり言って人類の歴史の中で、これより強いパーティはシリーズ最終作を待たなければ現れないだろう。

 というわけで位階上げを完了させたところで、僕は早速例のイベントをこなすこととなっていた。

 

 つまるところ、フィーとのデートである。

 のだけど――

 

 

「お、エンフィーリアの嬢ちゃん! 今日は彼氏とデートかい! お似合いだね! これ買ってく!?」

 

「買ったわ!」

 

 

 僕の手には荷物が増える。

 

「あ、おねーちゃん今日もキレイだね! 彼氏くんともお似合いだよ! これ買ってかない?」

 

「買ったわ!」

 

 僕の手には荷物が増える。

 

「お似合い! 買って!」

 

「買ったわ!」

 

 僕の手には――

 

「――そこまでにしようね?」

 

「……はい」

 

 フィーが珍しくしおらしくなるくらい、僕の手には荷物が溢れていた。主に、服とか、食べ物とか、色々。これは全部、フィーがおだてられて調子に乗って買ったものである。

 いやはや、なんというか見ていて気持ちのいいくらい載せられまくっていた。

 

「い、いやでも、さすがに手持ちのお金は考えてるわよ。生活費までは崩さないし!」

 

「今の僕たち、生活に困らない立場だけどね?」

 

 ――フィーはこう言うけれど、正直僕たちは個人では使い切れないほどの財産を、現在所有する立場にあった。師匠が各地の支配者に顔が利くこと、その支配者たちに大罪龍討伐の恩があること。

 援助を受けれる立場にあるのだ。とはいえ、師匠の性格上、ただ一方的に受け取るだけだと気がすまないので、これまで通り復活液は作っていたが。

 あれは慣れれば誰でも作れるが、慣れるまでにそこそこの技量が必要なので、師匠の手も借りたい程度には高級品だ。

 

「それに、度が過ぎればアンタが止めてくれるでしょ」

 

「それも限度ってものがあるよ。一度痛い目を見たほうがいいと思ったら、僕はそうするよ?」

 

「……むぅ」

 

 ともかく、あまりにも荷物が多すぎて、僕は前が見えない状態だ。一度宿に置きに行かないといけないかなぁ、これは。

 ちなみに前が見えないだけで持つことに苦労はない。ので、フィーの手を借りる必要はなかった。たとえ借りても前が見れない奴が二人になるだけだ。

 

「うおっとと」

 

「あ、あぶないっ」

 

 快楽都市の人だかりに足を取られて、僕が少しバランスを崩す。隣からフィーが支えてくれなければ、僕は快楽都市に荷物の山を築いていたことだろう。

 いや、原因はフィーなのだけど。

 

「――ふぅ。悪いけど、フィーが引っ張ってくれる?」

 

「…………うん」

 

 顔を赤らめるフィー、いや君のせいだからね? 後でデコピンでも食らわせてあげよう。

 ともかく、フィーに支えられながら、僕は先に進む。周囲からは、無関心が過半数だが、僕たちに見覚えのある人は、またやっているよ、といった反応だった。

 

 快楽都市では、フィーは自身の存在を隠していない。そもそも、他の場所でも別に隠してはいなかったけど、ここではかなりオープンに嫉妬龍として振る舞っていた。

 色欲龍の親友であり、紫電のルエパーティの一人。立場は快楽都市の中では非常にしっかりとしていた。

 

 だから、僕との関係も周りには結構把握されていたりする。それを狙って、さっきのような押し売りが多発するところは、さすが快楽都市といったところか。

 

 衣物もいくつか押し付けられたけど、これ全部ガラクタのにおいしかしないぞぉ。

 

「……なんていうか」

 

 と、僕が考え事をしながらフィーに先導されていると、ぽつりと彼女がつぶやく。

 

「うん?」

 

「こうしてるとさ、エクスタシアの気持ちが、ちょっとわかる」

 

「それは――」

 

「――このままでもいっかな、ってさ」

 

 ああ、とうなずく。

 あれから、影欲龍の襲撃――というか夜這いはない。加えて、男性が搾り取られる事件もない。流石にそろそろ快楽都市の男性陣も自衛するようになったのと、僕を誘えずに影欲龍がプライドを傷つけられたのがあるだろう。

 立ち直るのに、あとどれくらいかかるのやら。

 

 故に、今はまったくもって平和なものだ。憤怒龍の影もない。

 

 ――これがずっと続けば、人類はそれ相応に発展していくだろう。大罪龍の危機が去れば、概念使いが台頭するのは本来の歴史と変わらない。

 だいぶ重要人物が生き残ってはいるけれど、彼らが死ねば、自然と時代は本来の形と同じように変化していくだろう。

 

 そういった時代の流れは、一人の人間では変えられないものだ。

 

「そうやって、人類が発展していって、それを見守る。別に、そんな生き方だって、悪くない」

 

「うん」

 

「第一、父様を倒せば、自然とそうなるのでしょ? だったら、父様が出てこないなら、それでもいい……かもしれない」

 

 傲慢龍を撃破したことで、それは間違いなく一つの事実として僕たちの前に降り掛かってきていた。

 

 ――これ以上、マーキナーを無理に倒すために動く意味、とは?

 

「まぁ、その場合はちゃんと位階をカンストさせておかないとね。マーキナーがどう動くかは、実際にやってみないとわからないけれど」

 

 とりあえず、僕がまず言えることは、いつでもいいように準備をしておく、というものだった。今は時間がないからここで妥協しているけれど、問題を先送りにするのなら、僕たちはきちんとそこだけは終わらせなくてはならない。

 加えて言えば、

 

「どちらにしても、影欲龍の対処はしておかないと、だ。僕に襲撃を仕掛けてきたこともそうだけど、辻斬りめいて男性を搾り取っているというのは、彼女の何かしらの意図を感じさせる」

 

「そこは……まぁ、そうね」

 

「何とか向こうと接触を持って、目的を聞き出す。判断はその後からでも遅くはないだろうし、マーキナー討伐に動くにしても、ここまで()()()()()()()を使わなかったおかげで、対処はできるようになっている」

 

 ――もしもどちらに転ぶとしても、僕らは対処できるように動くこと。それは大前提だった。そして、仮に影欲龍を対処するために動く場合、僕らにはここまでの旅の成果として、ある意味こういう時の切り札と呼ぶべきものが残っていた。

 アンサーガのときに使う選択肢もあったけれど、それをしなくて良くなった結果、僕たちはこれが使えるのだ。

 

 憤怒龍の星衣物。それが一体何かと言えば、()()である。御存知の通り、原作では強欲龍はルーザーズのときに封印され、3でその封印が解かれる。

 この封印こそが、憤怒龍の星衣物によるものなのだ。

 

「それを使って、アンサーガと同じように、この時代に存在しないって状況を作って、父様出現の条件を満たすんだったわよね」

 

「ああ、そしてマーキナーを倒したら、その封印を解除すればいい」

 

 ここまで、これを使わずに事を進められてよかった。最悪、これに傲慢龍を封印したりしなきゃいけないからな、まぁ、あいつの性格上直接対決で倒すことは十分可能だったわけだし、そこはあまり考えていなかったが。

 

「その上で、だ」

 

 僕が言う。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 どちらでも構わないのなら、

 ――僕としては、そういう結論に至るのは、ある意味で当然だった。とはいえ、それは単純に僕が急ぎすぎなだけではないのだけど。

 

「どうして?」

 

「いやだって、このタイミングを逃したら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃないか」

 

「……ああ」

 

 ――師匠は、死んだら幽霊になる。アンサーガにその状態でも周りから確認できる衣物をもらったけれど、直接戦う能力は失われる。

 百夜が復活するとして、シェルとミルカの子供が生まれてくるとして、()()()()()()()()()()()()()()()()()。マーキナーと戦う戦力を集める方法はいくつか有るけれど――

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

「とすると、そうね。……うん、アタシも賛成。アタシだって、アンタたちと父様を倒したい。だって、それがアタシが変わったっていう何よりの証明なんだもの」

 

「そう言ってもらえると嬉しいよ。もちろん、もしこのメンバーで討伐するなら、僕は負けないように精一杯努力する」

 

「そこは心配してないってば」

 

 ――とすれば、問題はやはり。

 

「……色欲龍、かなぁ」

 

「あいつを説得しないと、色々始まらないのは事実よね」

 

 まず第一に、色欲龍は貴重な戦力だ。人類に協力的で、僕に対してはともかくフィーとは固い絆で結ばれている。まぁ、僕に対してもその感情の根底にあるのがすねているからなのだとしたら、決して悪くは思っていないだろう。

 リリスをこちらのパーティに寄越してくれたのも、彼女なわけだしね。

 

「というより、今じゃなければ、あいつだって力を貸してくれると思うのよ。今は大罪龍の被害で、人類は傷ついているから」

 

「ある程度、人類に力がつけば、か」

 

 ――そのうえで、ある程度の秩序が生まれる頃。つまり、時期的にはちょうど3の頃になれば、人類はある程度の秩序を手に入れる。

 だいたい、五百年。

 

「五百年、かぁ」

 

「その間、何事もないとも思えないけどね」

 

 そして、その上で。

 

「でも、今のエクスタシアは、だからこそ頑固だと思うわ」

 

「なんとなく、それはわかるよ。彼女の変化には時間が必要だからなぁ」

 

 ――千年。エクスタシアがフィーと同じ立場に立つのにかかった時間だ。色欲龍はどうしても、変化が苦手だ。単純な話、変化とは影響を受けることであり、影響を受けやすいということは、人の死に敏感になるということだ。

 彼女にとって、概念使いはすべて自分の子だ。それが死んだ時、彼女が情に厚ければ、そのすべてに心を痛めてしまいかねない。

 

 とはいえ、彼女は薄情であるかと言えばそうではなく。情があるからこそ、自由という形で概念使いに意思を委ねるのだ。

 愛があるからこそ誰かに入れ込まず、全てを平等に扱う。

 

 色欲龍のそれは、端的に言えば、博愛、と呼ぶべきものだった。

 

「そして、それ故に入れ込むのが元の歴史における僕であり、それ故に拒むのがこの歴史における僕、か」

 

「なんてーか、傲慢龍みたいね。あっちでは味方、こっちでは不倶戴天の敵」

 

「僕と“彼”は同じ存在だけど、根底にあるものはまるっきり違うからね」

 

 正確に言えば、僕と彼は()()()()()()()のようなものだけど、まぁ詳しい話はまた今度。今は色欲龍だ。

 

「とにかくもう一度、今度は一人で話してみるよ」

 

「食べられないでよ」

 

「真面目な話をしてるときに、そっちに意識を向ける人間じゃないよ、僕は」

 

 そういうのは雰囲気が大事なんだってば。

 まぁ、先日の一件でフィーもそれは嫌というほど理解しているようだけど。ともかく。

 

「……そう考えると、私達って全然そういう雰囲気にならないわね。……もしかして、アレが最初で最後のチャンスだった……?」

 

「……多分、フィーが割とノリで生きてるからだと思うよ」

 

「なんですって!?」

 

 ――ちょっとおだてられると、すぐチョロるフィー。何というかこう、彼女のテンションは常日頃からジェットコースターだ。

 日常の中で、彼女は嫉妬こそすれ、積極的になりきれないところがある。

 

 原因は、今の立ち位置で彼女が満足していること。恋人なのだから、大丈夫だと安心しているのだ。でもって、僕なら周りに靡いたりはしないだろう、とも。

 

「とにかく! エクスタシアにのまれるんじゃないわよ!」

 

 そう、僕の肩をパンパンと叩くフィー。

 まぁ、それに関してはそのとおりだ。

 

 その上で――

 

 ――僕は、予感がしていたのだ。

 

 きっと、僕の説得はうまくいく。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。たしかにそれはそのとおりなのだけど、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。これまで、僕の旅路がそうであったように。――今回も、事態は動くべくして動くのだ。

 

 影欲龍が、この世界にいる限り、絶対に。



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100.リリスは伝えたい。

 ――色欲龍とは話をつけなくてはならないけれど、タイミングが少しばかり悪かった。影欲龍がプライドを傷つけられて退散したことは、色々あって色欲龍の元へと届いており、先日の件も合わさって、現在彼女はご機嫌斜めである。

 そのくらい、無視すればいいではないかと思うけれど、話はそう単純ではなく、そもそもからして影欲龍に関しても足取りがつかめていないため、交渉材料がゼロなのだ。

 

 色欲龍を説得するにしても、このままではそもそも取り付く島がない。とりあえずの方針は、現状の打開。影欲龍が人を襲うことに関しては、色欲龍も問題視しており、そこを解決するために、快楽都市の人々は色々動き回っているわけで。

 僕らが、そこに加わるのは何も問題はないのだ。

 

 そういうわけで始まった影欲龍捜索だが、しかしそれは難航していた。理由は単純、実は影欲龍は()()()()()()があるのだ。いわゆる人の影や物陰に、入り込んで隠れる能力である。

 これでは、どうあっても見つかるはずはない。ようするに影欲龍捜索には色々とイベントが必須なのだ。

 

 ――そして、現在僕はその最初のイベントであったはずだろう影欲龍の夜這いを完全にスルーしたばかりである。

 

 とはいえ、それに関しては向こうが気を取り直せば、何かしら仕切り直しの動きがあるだろうと踏んでいた。だって、あちらから接触してきたのに、そのまま何もしないのでは、そもそもあちらが動く意味がないからね。

 それでもなかなか何もしてこないのは、よほどアレが衝撃的だったんだなと思う。まぁ、正直申し訳なかったとは思うけど。

 

 ――そういうわけで、まだしばらく快楽都市での日常は続きそうだ。

 今日は、特に予定もなかったので、リリスに付き合って、とある場所へ向かっていた。そこへ向かうのは、ここに来て二度目だ。

 

「――リリスって、なんだかんだ色欲龍の敬虔な信徒なんだよな」

 

「なのー。エクスタシア様のこと、しんぽーしてるの」

 

 現在、リリスは悦楽教団のシスターとして、スラム街に食事を配り歩いている。物の序で、ではあるが、リリスにとってそれは大事なお役目だった。

 いくら自由と個人主義が絶対の快楽都市といえど、力のない弱者は存在する。その中でも、生きる意思のあるものは、こうして誰にも頼らず、スラム街と呼ぶべき場所で――快楽都市にスラムでないところがあるかというと疑問だが――一人、生きていた。

 その生き方は、盗みやスリ、日雇いに夜鷹など様々だが、幾らなんでも、それだけで生きていけるわけではない。そのうえで快楽都市をまとめる悦楽教団としては、ある程度のバランス取りというのは必要だった。

 それは、理念のゴーシュの考えだ。

 

 こういった他人から奪うことでしか生きれない弱者でも、成長し、一人で生きていけるようになれば、なかなか知恵が回って優秀なのである、と彼は言っていた。

 

「特に、このお仕事は昔リリスが助けられたこともあるから、だいすきなのー」

 

 その究極系が、ある意味ではリリスだろう。彼女は不治の病を患った母を抱えて、この快楽都市にやってきた。生きるためには自分で食い扶持を見つけるしかなく、しかも稼がなくてはならない食い扶持は二人分。

 彼女には才覚はあったが、それでもそれを活かせるようになるまでは、しばらくかかったはずだ。

 その間、こうしてリリスがしているようなことを、悦楽教団に施され生き延びて、そして今に至る。

 

「まぁ、リリスはだいぶ例外だけど、こうして蒔いた種が実ることで、快楽都市は回ってるわけだ。ほんと、よく出来てるよな」

 

「エクスタシア様の威光と、ゴーシュ様の知恵のおかげなの」

 

 そういうリリスの顔に、信仰への疑いは一切ない。これまで、シスター要素は服しかなかった彼女だったが、こうしてみれば、やはり彼女も立派なシスターだ。

 

「ゴーシュといえば、あいつと色欲龍の出会いって知ってるか?」

 

「んー? そう言えば知らないの」

 

「色欲龍の性欲をはねのけた男は、何も僕だけじゃないんだ。僕は、世界で二人目」

 

 ――一人目が、ゴーシュだ。ゴーシュは色欲龍の直接の息子である。生まれたときから目の前に性欲の権化がいて、そしてそれを見ながら育ってきた。

 だから耐えられた、と思うかもしれないが、他にもそういう兄妹は何人もいた。そして、その全員は須らく色欲龍に味見されたことがあった。女でも、だ。

 

 なお、本来であればこの誘惑に耐えるのは、初代ドメインの主人公が二人目である。というか、ルーザーズだとそもそも関わりが薄いため、誘惑自体されないが、ドメインの主人公は伝統として色欲龍の誘惑を振り切るという特徴を持つ。

 理由は各自様々だが。

 

「ゴーシュが跳ね除けたのは、何でだと思う?」

 

「……んー」

 

 リリスは少し考えて、

 

「基本的に、エクスタシア様のお誘いを断る理由はないの、だって気持ちいいことだから。気持ちいいことは悪いことじゃないの。だったら……」

 

「うん」

 

「――気持ちいいことより、優先するべきことがあった?」

 

 正解だ。

 

「ゴーシュの場合は、誘惑を跳ね除けたことで周囲から一目置かれるようになったんだよ。奴はそれを利用して、色欲龍の側近になった。その方が、()()()()()()()()()()()()()()からな」

 

 だから、ゴーシュは自分の()()に殉じたわけだ。

 

「誘惑を跳ね除けたことによる影響は大きかった。なんだかんだ、エクスタシアが今の都市の形を受け入れているのは、ゴーシュの言葉あってこそ、だ」

 

「んー、なるほどなの。でもでもなんていうか……それだと、ゴーシュ様の方がお父さんみたいなの」

 

「あはは、そうだね」

 

 僕は苦笑しながら、うなずく。

 でも、リリスの言葉は正鵠を得ていた。なにせ、人と大罪龍では情緒の育ち方が違う。エクスタシアは既にこの世界に生まれて八十年ほどになるが、それでも精神面ではまだまだな部分が多い。

 対してゴーシュは人間だ、この世界では衣物による医療が発展しているが、それでも平均的な寿命はだいたい60。現代のそれより少し低い程度。

 あっという間に、命は終わる。

 

 ――いつの間にか、ゴーシュの精神面は、エクスタシアのそれよりも、遥かに成長していたのだ。

 

「ん……人は、あっという間に大罪龍を……()()()()を、置いてっちゃうのね」

 

 そう、つぶやきながら、リリスは幼子に菓子パンを与え、これで籠の中にあった、配るための食料がゼロになる。まだ、多少残っているが、これは一言で言えば、()()()()だ。

 

「それじゃ、この後は、あそこにいくのー」

 

「うん」

 

 そうして僕たちは、

 

「お墓参り、なの」

 

 ――リリスの母の元へと、向かうのだ。

 

 

 ◆

 

 

 この街の墓は、巨大なカタコンベの中に作られている。快楽都市で生まれた人々は、その多くが色欲龍の子供だ。彼女の子は、彼女が慰めるために、一つの墓の中へと収められる。

 宗教的な意味を大きく持つその場所は、基本的に騒々しい快楽都市の中で、唯一静寂を当然とした場所だった。

 

「おまたせしましたの、おかーさん。今日もきましたの。これ、お供え物ですの」

 

 墓をキレイに掃除してから、リリスがそういってお供え物のお菓子を墓の前に多く。これは、リリスの好物であり、母の好物でもある。

 また、母の一番の得意料理、だったそうだ。

 

 リリスは、よくここにやってきては、このお菓子を食べながら、最近あったことを母に話すのが、楽しみなのだという。

 いろいろなことを、リリスは話した。主な話題は、やはり影欲龍だ。傲慢龍たちとの戦いについては、この間全員でお邪魔したときに、ひとしきり話したものだから。

 今日、わざわざここに来たのは、その影欲龍の件で、リリスの信仰がゆらぎかけたからだろう。

 よっぽどあれは、衝撃的だったんだな。

 

「でも、ゴーシュ様もそうだって聞いて、リリス思いましたの。人って、たまに想像の遥か斜め上を飛び越えて、どこかへ行っちゃうものだって」

 

 それは、どちらかと言えばリリスもそうだ。八歳にして、早熟。大人顔負けの立ち振舞をする彼女は、はたから見れば、想像を軽く越えた存在だ。

 でも、だからこそ、だろう。

 

「それが人の強さなんだって、リリスは思いますの。その点、母様はすっごく強い人で、生きることに全力でしたの」

 

 ――最後まで、生きて。満足して、リリスの母は逝ったそうだ。それが、リリスにとっては一つの指標であり、そして目標だった。

 

「リリスもそんな生き方がしたいと思いましたの。自分のしたいことをすべてやりきって、定められた自分の寿命をこれでもかってほど生き抜いて」

 

 そして、

 

「――最後には、満足して死にたい、そう思ってましたの」

 

 リリスは、そういった。

 リリスは不老だ。美貌故に、それを保持し続けるが故に。けれど、だからこそリリスはその美しさを、どこかで終わらせるべきだとも思っていたのだ。

 人の容姿はいつまでも保てても、人の心はそれに耐えられるかはわからない。

 

 大罪龍のように、長く生きれるように、人は作られていない。何百年も生きたら、心がどこかで汚れてしまうのではないか。

 だったら、人は人として生き、人を全うすることが、あり方としては自然ではないか。

 

 ――それは一つの、悟りであった。

 

 ただ、

 

「でも、それは()()()()の話だと思いますの」

 

「…………」

 

「誰かとともに、手を取り合って、互いのことを、励ましあって。前に進んでいくならば、それは人のあり方を逸脱しているとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と」

 

 そうして、リリスは立ち上がり。まっすぐ母へ向けて笑うのだ。

 

 

「――リリス、そんな人達ができました」

 

 

 僕を、そしてフィーを、師匠を思いながら語るのだ。

 

「だから、もう少しだけ、この人達と一緒に、リリスは生きてみようと思います」

 

 終わりがいつになるかは、分からないけれど。

 それでも、リリスは――

 

「だから、本来の予定は、少し延長しますの」

 

 ……あっ。

 

「あ、リリス?」

 

「どうしましたの?」

 

「う、ううん……いやその、そろそろ、時間とか……」

 

「まだ日は出てますの、時間は一杯ありますのー。それがどうかしましたの?」

 

 ――ごめん、なんでもない。

 僕は黙った。

 いや、だめだ。これ以上はダメだ。いやだって、ここまでずっといい話で通してきたのに、でも、ダメだ。止められない。

 

「だから――」

 

 ああ、前にリリスの未来についての話をしたときは、うまくぼかしたのに。

 

 

「――最期に、エクスタシア様へ挑むっていう目標は、後回しにするの」

 

 

 原作において、エンディングでは各キャラクターのその後に触れられる場合がある。

 リリスの場合は、その最期について。

 

 生を謳歌して、その美貌をそのままに、最後まで生き抜いた彼女は、そして、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――結果は、壮絶な激戦の末の敗北。

 けれども、エクスタシアの信徒であった彼女の人生に、一片の悔いはなかったという――



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101.影欲龍は仕切り直したい。

「――ねぇ貴方、少しいいかしら?」

 

 それは、僕が一人で街を歩いていた時のこと。人だかりの多い町並みに、一人の女が、フードをかぶった女が僕を呼び止めていた。

 

 怪しい。

 

 第一印象はそれである。というよりも、すぐに解った。彼女は――影欲龍だ。

 

「なんですか?」

 

 とはいえ、それを指摘することはしない。だって指摘したら可愛そうだし……彼女は若干声音を変えて、自身の正体を隠しているようだ。

 しかし、残念ながらその声を僕は聞いたことが有るので(別の作品で)、すぐに聞き分けることができてしまった。

 

「貴方のことが知りたいの。少し、お話しない?」

 

「構いませんよ」

 

 僕が躊躇うことなくうなずくと、フードをかぶった女のローブが少し揺れた。これ、ローブの中でガッツポーズしてない?

 

「では、そうね、ええと――」

 

「……僕の宿が近いです。そこに行きましょうか」

 

 そして、どうやらノープランで接触してきたらしい彼女は、そもそも最初の問答にもう少し時間を掛けて、その間に場所を絞る予定だったのだろう、話す場所を決めていなかった彼女は、フードの下で目を輝かせてから、

 

「こほん。そうね、そうしましょうか」

 

 取り繕って、平静を装う彼女に僕は微笑――苦笑を噛み潰したもの――を浮かべながら、僕は彼女を伴って宿へと向かう。師匠とフィーは外出中だ。リリスは把握していないが、いても察してくれるだろう。察した上で後でからかわれるかもしれないが。

 

 さて、声をかけられた女性を部屋に連れ込むという、なかなかハードルの高いことをしれっとやってしまっているけれど、なんというか変な感じだ。

 一応、目的はハッキリしている。彼女は影欲龍。今回の事件の中心にいる存在である。

 

 その狙いを聞き出す。とてもシンプルで、単純なものだった。

 

 そしてそれ故に、こちらはまず、向こうの出方というやつを見ることにした。

 

「どうぞ」

 

「失礼するわ」

 

 そう言って、彼女はナチュラルにベッドに腰掛けた。僕はそれをスルーして備え付けの椅子に座る。ちょっと向こうはむっとしていたが、申し訳ないけど、話を聞く方向に意識がスイッチしてしまっているので、そういう気分ではないんだ。

 

「――貴方は、今、この街で起きている事件を、どう思う?」

 

 単刀直入。彼女はそこから切り込んできた。

 

「目的は、何だと思う?」

 

「――影欲龍は」

 

 僕は、フードの奥の彼女の目を覗き込みながら、そう口火を切る。

 

「色欲龍と同一の存在ではありますが、その権能は正反対です。色欲龍は存在を生み出す。子を産む権能。対して影欲龍は、存在を()()権能です」

 

 色欲というのは、とてつもなく身も蓋もない言い方をすれば、性行為だ。その目的は、子を作ることと、それから快楽を満たすこと。

 その分野において、色欲龍は間違いなく世界最高峰の実力を有するわけだけど、その特性は子作りに特化している。快楽を得ることよりも、子を為すことのほうが、色欲龍にとっては重要なのだ。

 

 対して、影欲龍のそれは、単なる快楽のためだけのそれ。搾精によって他者の生気を奪い、自身の糧とするのが影欲龍だ。

 

「つまり――事件は目的でもなんでもない。()()()()()()()()()()()()()()、影欲龍はそうしているわけですね」

 

「そうねぇ」

 

 なるほど、と影欲龍がうなずく。それは、よく解っているじゃないか、と僕に対して言っているようで、さてはこいつ、隠す気がないのではないか、と思わせるには十分なものだった。

 いや、隠すつもりはあるはずだ。でなければフードなんて被ってこないだろう。……あるよね?

 

「じゃあ、影欲龍を止めることは不可能、ということにならない?」

 

「なぜです?」

 

「生きるためにしなくてはならないことを、止めることは不可能でしょう」

 

 生理現象、というやつだ。性欲に限らず、食欲も、睡眠欲も、抗うことは出来ても、摂らないことには生命が持たない。

 当たり前といえば当たり前だけど、そうしなければ生きていけないことを妨げるということは、相手の生命を奪うことと何も変わらない。

 

 ただ――

 

「――奪うということは、奪われることでもある。ここは快楽都市ですよ、ここで何かを奪おうというのなら、奪われたって、文句は言えないでしょう」

 

「それは、人の価値観よ。影欲龍は――大罪龍は、その枠には当てはまらない」

 

「さて、それはどうでしょう」

 

 僕の言葉に、影欲龍は首をかしげる。なぜ? と彼女は先を促した。

 

()()()()()()()()()。当たり前のことです、影響が大きすぎれば、その影響を受けた人間がアクションを起こすことも多くなる」

 

「けれど、今、影欲龍の討伐は積極的な都市の課題ではないわ?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけです。だって、今は死なない程度に絞られるだけなんですから。これは被害ではなく、役得というのでは?」

 

「そうかしら」

 

 ――ぼくの話している内容は、さしておかしな内容ではなく、また、ごくごく当然の、ありふれた内容だ。それでも、目の前の彼女には一つ一つ、語っていかなければ、意味がない。

 解っていないことなのだから、当然だ。相手は、まだ生まれて少ししか、経っていない相手なのであるからして。

 

「そしてこの場合の最大の問題は――」

 

 そしてそれは、

 

「――それを影欲龍が止められないことでしょう?」

 

 大罪龍ならば、直面せざるを得ない問題だった。

 

「…………」

 

「影欲龍に限りません。大罪龍であれば、自身の性質、自身の感情からは逃れられない。それこそが大罪龍の存在意義なのだから」

 

 ――これまで戦ってきた大罪龍。それらは自身の大罪に殉じていった。

 フィーはもちろん違うけれども、大罪龍の抱える大罪の()()は、彼女との関わりの中ではじめて肌に感じたものだ。

 それは、たとえ星衣物であってももう一体の色欲龍。影欲龍にとっても変わらない。

 

「だとしたら、影欲龍は奪うがゆえに、奪われなければいけないの?」

 

「加減をすればいいのでは?」

 

 ゲームにおいて、影欲龍を対処する必要に迫られたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。影欲龍は他者から奪わなくては存在出来ないが、その時の世界は、大罪龍規模の敵の対処に追われ、影欲龍に奪わせる余裕がどこにもなかったのである。

 

 だが、この時代ならそれも違う。傲慢龍が討伐され、魔物の凶暴化が見られない現在、世界はかなり安定していると言っていい。僕にしてみれば、まったく何も終わっていない、折返しを過ぎたところだが、世界にとっては、ようやく平和が戻りつつあるのだ。

 あとは憤怒龍さえ撃破すれば。

 

 ――この世界は、平和になるのである。

 

「そんな簡単に言わないでよ。解っているのでしょう? それができるなら、苦労はしないじゃない」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……え?」

 

 僕の言葉に、影欲龍は目を見開いた。

 

「僕は知っています、その苦労は、決して乗り越えられないものじゃない。()()()()()()()()大罪龍だって。それを、僕は目の前で見てきたんです」

 

「……嫉妬龍エンフィーリア」

 

 そう、僕は目の前で変わる少女を見た。前に進む彼女を横で見た。そして今、フィーは僕とともにいる。だから僕は影欲龍にも呼びかけるのだ。

 変わりたいなら、変わってしまおうと。

 

「影欲龍は、変わりたいと思ってる保証はあるの?」

 

 ――ふらり、と影欲龍は立ち上がる。

 

「そんなこと、僕は知りませんよ」

 

 だって、僕は聞いていないのだから。

 

「僕は、()()()()()()()()()()救います。そうでなくとも、()()()()()()といったのなら、どれだけ難しかろうと救います。僕がするべきことは、それだけなんです」

 

 ふらふらと近づいてくる影欲龍は、やがて僕を追いやるように、その体を密着させてくる。手は椅子の背もたれと、そして僕の顔に。

 

「本当にできると思うの? 一つの存在の根底を変えるなんて、そんなこと――」

 

「――しましたよ? フィーの顔を見てくださいよ、違いなんて一目瞭然でしょう」

 

 精一杯の湿っぽい吐息。潤んだ声音を、僕はしかし即座に否定する。ここで、彼女の口車に乗るわけには行かないのだ。

 

「それを、望んでいると本気で思っているの? もしも望んでいないなら――」

 

「――望んでもらってから、救います。怠惰の星衣物はそうして救いました」

 

 追撃。

 影欲龍から、不満げな吐息が漏れる。

 

「相手の本質も理解せず、押し付けるように救うというの? そんなもの――」

 

「――理解した上でやりますとも。暴食龍なんて、根底にあるのは傲慢龍への愛だったんですよ?」

 

 一瞬、影欲龍が停止した。あ、なんか涙目になっている。ううん、やりすぎてしまっただろうか。

 

「そ、そんなの! 一方的な上から目線じゃない! 認められないわ!」

 

「人を上から見ているのは大罪龍の方ですよ? それに、その大罪龍の頂点とは、真っ向からの殴り合いで勝ちました」

 

 

「――いい加減にしてよぉ!!」

 

 

 ばっと、僕のローブの襟を掴んで、影欲龍が叫ぶ。一瞬フードが取れかかったが、彼女は慌ててそれを戻しつつ、セーフとつぶやいてから――

 ……いや、全然セーフではないですけどね?

 

「なんでそう、すぐに否定するのよ! いいじゃない! こっちのペースで話しさせなさいよ!!」

 

「それしたら、貴方すぐに話すどころじゃなくなるじゃないですか」

 

「うるさいわね! うるさい! うるさいうるさい、うるさーい!!」

 

 影欲龍の語彙力が死滅した。まるで子供だな、と思いつつ、これならリリスの方がよっぽどお姉さんである。いや、実際そのとおりなのだが。

 

「ちょっときちんと話をしようと思っただけなのに! なんでそんなひどいことするのよ! 私、何か悪いことした!?」

 

「落ち着いてくださいよ、そこは僕だって解ってますから……とにかく」

 

 彼女をなだめつつ、僕は続ける。

 

()()()()()()()()()()()()()。だから、影欲龍だってそうすればいいじゃないですか。僕の結論はそれなんですよ。もちろん、それが誰かを害するようなら、止めますが」

 

「…………ほんと、わけがわからないわ」

 

 数歩さがって、ぷいっと、彼女は視線をそらした。

 ああなんと言うか、こういう姿ははじめて会った時のフィーを思い出す。

 

「しかし、随分と長く話し込んでしまいましたね。そろそろ師匠たちが帰ってくるかも。……そうなると、貴方も困るんじゃないですか?」

 

「……ふん」

 

 コレ以上の長居はまずいだろう、と思い僕は提案する。ここまで話をすれば、影欲龍のことだっておおよそ把握できる。つまるところ――

 

「ああ、そういえば――」

 

 僕は、

 

「貴方の名前、お聞きしていませんでしたよね?」

 

「……好きに呼べば?」

 

 少し考えてから、告げる。

 

「――――ルクス」

 

「……ルクス?」

 

「ルクスリア、でルクスです」

 

 淫蕩を意味する言葉は、

 

 

「貴方にはぴったりですよね? ――影欲龍」

 

 

 ――そう、思って、名付けてみたのだけど。

 

 

「……えっ?」

 

 

 ――影欲龍は自分の正体がバレていることに気が付いていなかった。

 

 

 結局、

 

 前回に引き続き、影欲龍――ルクスリアは、泣きながら逃げ出すのだった。



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102.色欲龍と話し合いたい。

「――この、泥棒猫」

 

 部屋に入ってそうそう、凄まじい殺気のこもった視線で、僕は色欲龍に罵倒された。なんで……?

 

 ――現在、僕は色欲龍に呼び出され、彼女の部屋にやってきている。僕が来る前に軽く一戦終わらせて来たのか、部屋には甘ったるい香水の香りが広がっていた。

 衣服を少し整えながら、シャワーでも浴びたのか、濡れる髪を弄る彼女は、それから一拍置いて、大きく息を吸うと、一気にまくし立て始める。

 

「フィーちゃんだけに留まらず! リリスちゃんも! さらにはもうひとりの私……ルクス、って名前になったんだっけ? あの子まで! どうして私の側から大切な人を奪っていくの!?」

 

「奪ってませんよ!?」

 

 流石にそれはひどい誤解だ。恋に恋しておかしくなってるフィーはともかく、リリスとルクスを僕が奪ったというのはひどい誤解だ。特にルクスは、そもそも貴方と面識もないじゃないか!

 

「でもフィーちゃんは貴方に夢中で、ちょっとあったかくなっちゃってるし! リリスちゃんだって私じゃなくて、貴方と一緒に永く生きたいっていい出したんでしょう!?」

 

「あ、ああー」

 

 ――リリスはそういえば、色欲龍に看取られて(迂遠な表現)死にたいと言っていた。いわゆる推しに殺されたいというやつである。

 それが、僕と出会って、もう少しだけ生きてみたいという願望に変わった。

 フィーはそもそもからして、エクスタシアのものというわけではないが、リリスに関しては、信仰が揺らぐ一大事である。それは確かに、奪ったと言えなくもない。

 

「でも、それならリリスとずっと一緒にいられるじゃないですか」

 

「それはそれ、これはこれよ。ほんと、貴方はいつもそう。私の側にある大切なものを、もっと魅力的にして、持っていってしまう」

 

「……なんて言えばいいんですかね」

 

 魅力的に、と言われるのは嬉しいことだ。しかし、実際に奪ってしまっているのは事実である。奪われたところで彼女達と色欲龍の関係が変わるものではないのだが、それはそれとして、彼女の知らないところで築かれた関係は、彼女にとっては面白くないだろう。

 

「絶対に、謝らないでちょうだい」

 

「それはもちろん」

 

「――感謝は、してるのよ?」

 

 釘を差すように言ってから、間髪入れずに色欲龍はこぼす。

 

「フィーちゃんのことなんて、私そもそもあの子のことに意識を向けられていなかったもの。このままだったら、どこかで取り返しのつかないことになっていたのは、今ならわかる」

 

 そして、取り返しがつかなくなったのが元の歴史における嫉妬龍と色欲龍。クロスオーバー・ドメインだ。交わることで始まる物語で、全てが終わった後に始まる物語。

 それが、色欲龍にとっては疵となるのだ。

 

 ――この世界で、それはありえないけれど。

 

「リリスちゃんは、そもそもあの子は私の手なんて必要ない。自分で考えて、それが最善だと思うなら迷うことなく選べる子よ。だから、私がどうこう言う資格は最初からないの」

 

「……なるほど」

 

「どっちも、私じゃ変えられないし、資格もない。だから羨ましいのよ、フィーちゃんじゃないけれど、私が貴方に感じる感情は、敵意でも、悪意でもない。ただの嫉妬よ」

 

 それは、

 

「それは、悪いことじゃないんじゃないですか?」

 

「……そう思う?」

 

 感謝もしている、悪感情を持っているわけではない。だったら、嫉妬くらいしてもいいじゃないか。それは、僕が言うと上から目線になってしまうけれど、隣人に対して向けるには、健全と言ってもいいくらいの感情だ。

 

「だから、僕はそれでいいと思います。それこそ、僕が貴方の感情にどうこう言える立場ではないですしね」

 

「…………そうね」

 

 色欲龍はそうやって頷いて、どうやらそこに関しては納得したようだ。こちらとしても、初見で出会ったときとの態度の違いについて、完全に理解することができて、納得というか、満足である。

 いやまぁ、フィーがすねているといった時点で、想像はできたのだけど。

 

「それで!」

 

 ばっと色欲龍が立ち上がる。

 

「ルクスちゃんのことよ!」

 

 ――さて、ようやく本題だ。先程までの会話は必要ないとは言わないけれど、あくまで前フリ。僕たちはそもそも、ルクスのことで話し合うためにここに来たのだ。

 

「何あの子! 私の影なのにかわいいわ!」

 

「自分が可愛い系じゃないって自覚はあるんですね」

 

「可愛さは私の分野じゃないものねぇ」

 

 色欲龍は自身の体に触れながら、軽くステップを踏む。その足取り一つにも色気があり、少しだけそちらに目が向いてしまった。

 ただ、直後にこれが本物だぞ影欲龍という感想が出てくる辺り、僕は大概枯れていると思う。

 

「――どうして私とそんなにも違うのかしらね?」

 

 直接相対してはいないけれど、話だけで自分との違いを理解したのだろう、色欲龍は不思議そうに首を傾げる。これに関しては、彼女もまだまだ、人の理解というやつが足りないのだ。

 

「人を作るのは、環境と経験です。素質というやつは、この二つの積み重ねで自然と生まれるものですからね」

 

「貴方を見てると、そんな気はしないけどね。異質な人間は、生まれたときから異質なのよ」

 

「あはは……いやでも、どれだけ異質な人間だって、行動を起こすかどうかは環境によるとおもいますよ?」

 

 人の心というやつをわからない人間が、殺人鬼になるか有能な指導者となるかは、結局本人がどういう道を歩んできたかで決まるものだ。

 善良という特性を持つ人間も、それを押し殺して悪事を働くことがあるのが、環境による行動だ。そして、それを習熟していくのが経験による結果である。

 

 典型例は、それこそフィーだろう。

 あの子は人とそれほど変わらない感性を持ち、誰かを傷つけることを嫌って引きこもった。そんな彼女が、環境に振り回され最後には世界の敵に回るのだ。

 

「影欲龍――ルクスはそれこそ生まれたばかりで、多くのことを学んでいる最中です。貴方にだって、覚えは有るでしょう?」

 

「……そうね」

 

 それを聞いて、ぽつりと色欲龍が零す。

 

「私が情緒を学んだのは、きっとフィーとのやり取りの中だわ。あの子、はじめて会ったときは、世界を敵に回しそうな目をしてて、私はそれを変えたいな、って自然と思ったの」

 

「それは――」

 

 ――少しばかり、貴重な話を聞いている。

 フィーの方から色欲龍との出会いについては何度か聞いたことが有るけれど、逆ははじめてだ。ゲームにおいても、そこが語られることはなかった。

 あったのは過去回想だ。

 

「あの子をフィーちゃんって呼んでもいいって言われたときは、本当に嬉しかった。あの頃、世界には私とフィーちゃんしかいなかったの」

 

「他の大罪龍は?」

 

「――何れ、離反する相手よ? 私、別れがわかりきってる相手と、仲良くなれないの」

 

 それは、恐怖から来るものだろうか。色欲龍には壁があった。わかりきっていることではあるけれど、本人の口から聞くと、どこか寂しいものを感じる。

 

「だから、ルクスちゃんってきっと幸運よ。出会いの始まりが、貴方と貴方の仲間たちだったんだもの。きっと、彼女にはフィーちゃんのように、素敵な経験が待ってると思うわ」

 

「あなたは――」

 

「――私は、もう選んだ後だから」

 

 そうして、色欲龍はベッドに腰掛けて。

 

 

「――私、人間が好きなの」

 

 

 ぽつり、と彼女は語りだす。

 

 先程まで、きっと彼女以外のぬくもりがあっただろうベッドを愛しげに眺めながら、その目には子に対する愛情で溢れていた。

 本人には、自覚がないのかもしれないけど。

 

「この世界は父様がかき混ぜて作った世界。父様の世界だけれど、生まれてくるものは、そうではない。不思議と世界に生まれ、一人で立ち上がり、広がっていった最初の種族」

 

「……それが、人間」

 

「ええ、すごいと思うわ。知恵と、力と、それから勇気を持って、この世界では貴方が大罪龍を一掃してしまったけれど、貴方がいなくとも、人類は大罪龍を排除するのでしょうね」

 

「僕のやっていることは、あくまで本来の歴史の焼き直しですから」

 

 その上で、手近にいるこれから不幸になるとわかりきっている個人を救っているだけだ。僕の行動に、世界のあり方すべてを変えるほどの力はない。

 いや、大罪龍に関わる人の歴史は大きく変わるだろう。

 

 だが、そもそも、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。そして、だからこそ僕が好き勝手に動いているとも言える。僕のやっていることは、人の歴史を歪めることはない。大罪龍のあり方を歪めているだけなのだから。

 

「――だからこそ、私は貴方に、もう少しだけ待って欲しい。人の頑張る力を、信じてほしいの」

 

「信じるもなにも。僕は確信してますよ、人は何れマーキナーに勝利するだろうって」

 

「ならどうして、貴方はそれを急ぐの?」

 

「何度も言っていますけど――」

 

 それは、

 

 

()()()()()()()()()です。貴方が人類への愛でもって留保を願うなら、僕は挑戦への熱意で、前進を願います」

 

 

 僕と色欲龍の、決して相容れない一線だった。

 究極的に自分勝手な僕と、超越的に他者への愛で満ち足りた色欲龍。その1点で、僕らがわかり会えることは永遠にないのだ。

 あらためて、それを確認した上で、

 

「だったら――」

 

 ――咎めようとする色欲龍に、僕はかぶせるように言う。

 

()()()()()、ルクスリアは、選ぶことができるんです」

 

「……それは?」

 

「僕は、自分の行動を間違っているとは思いません。ですが、貴方の考えを否定することもできない」

 

 間違っているとすれば、それは僕の方だろうから。

 ワガママを言っているのは自分なのだから。

 

 けれども、同時に僕はこの選択を正しいとも思う。

 

 ならば、

 

 

「――選ぶのは、ルクスでいい」

 

 

 僕は、そう宣言した。

 

「…………そうね」

 

 それに、色欲龍も同意する。どこか呆れにも似たような吐息をこぼしながら、けれども同時に納得も含みながら。

 ようするに、僕らが取るべき行動はルクスの回答を得ることなのだ。

 だからこそ僕はルクスの仕切り直しで、あくまで彼女の情緒が育つように言葉を選んだし、僕のしたいことは一切押し付けていない。

 その上で、内容はすべて色欲龍に伝えた。

 

 条件はだいぶフェアなはずだ。

 

「その上で……まさか、着地点を決めてない、ってことはないですよね?」

 

 僕の場合は、一時的にルクス、ないしは色欲龍のどちらかを憤怒龍の星衣物を利用して封印し、マーキナー降臨の条件を満たすこと。

 では、色欲龍は――? とはいえ、これに関しては僕は内容を把握している。おそらく、ゲームと同じ行動を取るはずだ。

 

「もちろん、貴方こそ、その方法は確実なのでしょうね?」

 

「言われるまでもなく――」

 

 ――当然だと告げようとしたときだった。

 

 

「――敗因殿! ここにいるッスか!?」

 

 

 一人の概念使いが入ってきた。

 ――幻惑のイルミ。僕を探している?

 

「どうしたんだ?」

 

()()()調()()()()()()()()()使()()()()()()()()ッス! それで――」

 

 慌てた様子の彼女に、僕は問いかける。

 それを眺める色欲龍はどこか怪訝そうな目を向けていた。

 

 ――嫌な予感がする。

 

 

()()()()()()()()()()そうッス、その破壊跡から、破壊したのは――」

 

 

 果たしてそれは、的中し、

 

 

()()()()()()()()()ッス!!」

 

 

 ――僕は、否応なく今回の件が動き出したことを、理解するのだった。



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103.師匠と検討したい。

「――つまり、詰んでないか? 君」

 

「ま、まぁだ大丈夫ですよ……」

 

 師匠と二人で、宿の一階にあるレストランで食事をしながら、僕らは今後のことについて話し合っていた。目下最大の問題は、つい先日当の憤怒龍によって破壊された、憤怒龍の星衣物である。

 僕の対影欲龍戦略はアレを前提としていたため、アレなくしては、根底の諸々がすべて破綻してしまうのである。

 

 とてもじゃないが、これでは色欲龍に啖呵は切れない。あの場は涼しい顔で切り抜けたけど、実際のところ僕は現在、これまでにない大ピンチに陥っていたのだ。

 なにせ、これまではなんだかんだ言って勝算のある勝負を挑んでいた。どれだけ負けイベントであろうとも、勝てない勝負ではなかったのだ。

 勝てたことは奇跡的であるものの、奇跡さえ起こせば勝てる戦いを、僕らは切り抜けてきたのである。

 

 それが、ここに来てそもそもその奇跡を起こせなくなった。

 

 詰んでないか、と師匠は言う。

 まだ大丈夫だと僕は言う。

 

 しかし心のなかでは実際のところ、諦めという言葉が脳裏にちらついていた。

 

「そもそも、何だって憤怒龍はそんなことをしたんだ。する意味は、確かなかったはずだよな」

 

「……そうですね、あの遺跡は、()()()()()()()()()()()()()です。なにせ――」

 

 僕は一拍、飲み物を飲んで置いてから、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()調()()()()()んですから。常に憤怒状態にある憤怒龍とか、人類の勝てる敵じゃないですよ」

 

 ――まぁ、効果中は動けなくなるから、同時に憤怒龍も人類を討伐しようがなくなるのだが。

 

 件の遺跡、噴流憤怒(ラーシラウス・ドメイン)は一言でいうと、()()()()()()遺跡だ。本来の目的は憤怒龍の憤怒を本人が任意に鎮めるためのもの。

 他のモノに使えば、その何かを、鎮め続ける、つまり封印できる効果を持つ。

 

「もしも影欲龍を封印する場合、これを巡って常時憤怒状態のラーシラウスと戦うだろう、と考えてました」

 

「改めて思うけど、勝てるのかそれ……」

 

「傲慢龍にだって勝ったんですよ。それに、常時憤怒と言っても、それは通常の場合です。策を弄して、遺跡から憤怒龍を引き剥がすことだって、僕たちには出来ます」

 

 まぁ、方法はいくらでもある、常時憤怒しているということは、それだけ短絡的になっているということでもある。憤怒(ラース)を一方向に引きつけつつ、後ろからチクチク削ったりとか。

 だから今の状況よりは、やることはとても単純なのだ。

 

「正直、この遺跡の上にいない憤怒龍なんて、今の僕たちにしてみればカモもいいところですよ。どうするつもりなんでしょうね、あいつ」

 

 ――憤怒龍は大罪龍の中でも熱線の威力以外は平均的なスペックしか持たない龍だ。強欲龍や暴食龍のような厄介な性質はない。

 正確にはあるけれども、僕らは彼に対してあまり悪感情も好感も持っていないので問題にならないだろう。

 

 もっと言えば、時間が経てば本気になる特性は、僕のスクエア・スクランブルとすこぶる相性が悪かった。はっきり言って普通の状態ではカモもいいところである。

 

「考えられるとすれば、マーキナーの手足としていいように使われている、とかか?」

 

「マーキナーは大罪龍が一掃されるまで出現できませんし、そもそもマーキナーの手足は既にいますからね、ある程度干渉は受けているかもしれませんが、思考に関しては自由意志だと思いますよ」

 

「余計にわからなくなったじゃないか」

 

 そうですね、と頷きながら二人でクッキーをつまむ。うん、ここの菓子は本当に美味しい。

 

「ともかく、あっちは憤怒の調整機能を失い、こちらは封印の能力を失った、というわけだな? 誰が得するんだよ、この結果」

 

「僕に言われても困りますよ――」

 

 本当に、どうしたものかと頭を抱えたくなる状況だ。

 とにかく、と師匠が大きく息を吐いて、問いかけてきた。

 

「考えられる手段はないのか?」

 

「色欲龍を()()させる手段なら、いくつか。既に使用できなくなったものまで含めて」

 

 まず1つは、言うまでもなく傲慢龍の権能だ。大罪龍が死亡した場合、傲慢龍が生存していれば二十年で復活する。本来の歴史で暴食龍が復活した絡繰である。

 もちろん、これはもう使えない手だが。

 

「次に、()()()()()()()です。正式名称は、暴食卵(グラトニコス・ドメイン)

 

「あいつ卵生だったんだな……っていうかオスだよな?」

 

「声は男性の声ですね」

 

 正確には不明だ。だって人間とは違う姿かたちをしているのだもの。オスとメスの区別が人にはつかないのである。

 色欲龍は子供を作れるから性別があるが、男性陣――とおもわれる――大罪龍に、性別が存在する必要性は薄いのである。

 

「効果は、大罪龍の復活。本来の歴史において、傲慢龍を復活させた絡繰ですね」

 

 最終作で復活し、マーキナーに反旗を翻す傲慢龍、如何にして奴が復活したか、その絡繰がこの暴食卵というわけだ。

 ちなみに復活させたのはマーキナーサイドなのだが、結果として想定ごと傲慢龍に裏切られる形となった。

 

「が、これでは意味がありません。何故なら復活できるのは()()()()()だからです」

 

「ああ、影欲龍は大罪龍ではないからな」

 

 ――怠惰龍あたりには有効な方法だっただろう。アンサーガの特性上、怠惰龍をどうにかしたところで彼女は止めなくてはならなかった関係で、彼女の方を対処する形となったが。

 ついでにいうと、卵での復活は確実じゃない。

 

「マーキナーの部下が妨害する可能性もありますし、これを勘定には入れたくないですね」

 

「……つまり、マーキナーが介入する前、今この状況で何とかしなきゃいけないわけだ」

 

 そういうことだとうなずく。とはいえ、その手段が今、ここにはないわけなのだけど。

 

「というか、本来の歴史だと影欲龍を生存させたまま対処できたんだろ? どうやったんだ?」

 

「ああ、それは――」

 

 そういえばそこは話していなかったな、と僕は口を開いたところで、

 

「ぁぁぉ……」

 

 もぞり、とテーブルの端の荷物から、ミニ百夜が起き上がってきた。とても眠そうな顔で、ふらふらとこちらによってくる。

 

「何か、たべたい……」

 

 今にも死にそうな顔で、お腹をきゅるきゅるとさせる彼女に、手元にあったクッキーを渡す。……食事はいらないんじゃなかったか?

 いや、気分的なものだろう。

 

「……すみ」

 

 そして、また荷物の中へと戻っていった。……何だったんだ。いや、ちょうどよかったけれど。

 

「――彼女の概念起源を使いました」

 

「使い切ってたよな?」

 

 本来の歴史では、この歴史におけるアンサーガよろしく、少し先の未来に影欲龍を飛ばすことで状況を解決したのだ。

 じゃあ、方法は?

 

「知ってます? 師匠、()()()()()()()()()()()は、片方が概念起源を使えれば、もう片方も概念起源を使えるんですよ」

 

「……ああ、私が本来の歴史でやったやつな?」

 

 この世界において、概念とは言ってしまえば最も小さい個だ。粒子とか量子とか、なんというかそういう存在が、この世界においては概念なのである。であれば、同じ概念を持つ存在は、根源的には同じ存在と言えなくもない。

 概念には限りがあるので、千年ちかい歴史もあれば、概念がかぶるということはありうるのである。

 

 流石に、同じ時代に同じ概念使いが二人存在した例はなかったが。

 

 師匠の場合はルーザーズの時代に生まれ、数百年後、同じ概念を持つ少女と出会うことになる。同じような具合に、千年を生きた百夜が、やがて彼女と同じ概念起源を持つ存在と出会ったのだ。

 

「師匠の場合は既に死んでたので、存在のすべてを使う必要がありましたが、その時は百夜ももうひとりの白光も、生きていたので問題はありませんでした」

 

 一回限りの特例だが、どちらの存在も全て使わずに使用できるのが、二人の概念使いが同時に概念起源を使う利点だ。

 このような状態は二重概念と呼称される。二つの概念を一つに合わせるのだ。基本的に同じ概念ならばノーリスクだが、別々の概念を二重にできなくはない。

 

「……じゃあ、千年待てばいいんじゃないか?」

 

「無理ですよ」

 

 何故? と師匠が首をかしげる。僕は自分自身を指差して――

 

 

()()()()()()()()()使()()()()()です」

 

 

「…………??? 君は敗因だろう?」

 

 師匠の首が更に傾いだ。というか体全体が少し傾いだ。

 

「正確には、この世界の僕が、です。つまり、千年後に現れる本来の世界の器、ですね」

 

 もっと言えば、フィナーレ・ドメイン。最終作の主人公だ。

 

「それがどうして君になるんだよ。前から少し聞いてはいたが、その()()()()()()()ってやつが、そもそも私には理解できない」

 

「そういえば、そこも話しておくべきですよね」

 

 僕は頷いて。

 

「――まず、この世界の僕、つまりマーキナーと対決する世界の器は、マーキナーを討ち取る直前まで行ったのだと思います。これが本来の歴史」

 

 しかし、それでは僕がこの世界にやってくるわけがない。

 事実ゲームはそんな要素、微塵もなく、マーキナーは討伐されてハッピーエンドを迎えるのだから。

 

「ただそれは数ある歴史の一つです。百夜の時間遡行の話でしましたよね、この世界は無数の可能性で出来ているって」

 

「ああ、まあ、うん。そんな話だったな?」

 

「だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんですよ。それが、ことの発端」

 

 では、マーキナーの起こした行動とは何か。

 これについては、既にほんのりと触れている部分だ。つまり、マーキナーは異世界から、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 無数の可能性の中から、分岐に分岐を重ねた、()()()()()()()()()()を、この世界へ。

 

 それが――僕。

 

 別世界で普通の少年として育ち、そして歳を重ねた僕。あまりにも遠い可能性故に、元の世界の僕はごくごく普通に成長する身体だったが。

 

「いや、それが何で今の君につながるんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃないか」

 

「マーキナーは、僕を直接呼び出したんじゃないんです。あくまで可能性を弄っただけ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、()()()()()()という可能性を」

 

 ――これは、ある一つの考察に由来する。

 ルーザーズの主人公は、無口主人公だ。加えて、他の作品では明言こそしないだけで、性別自体はきちんと設定されているし、喋る。

 なぜ、負け主だけが喋らないのか? その答えこそが、これなのだ。

 

 

「――つまり、()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()なんですよ」

 

 

 主人公とは、プレイヤーの分身だ。

 そして、負け主とは本当にプレイヤーの分身として設定されているのではないか、という考察がなされるほど、意味深な演出の多い主人公なのである。

 

 特に、ルーザーズのラストは、ミルカとその子供を送り出すシェルの独白で幕を閉じるが、その独白の後、一緒にミルカたちを逃がすために戦っていたはずの負け主は、()()()()()()()()()()()のである。まるで、役目を終えたと言わんばかりに。

 

「じゃあ、その異世界からの来訪者が、()()()()君だった、ということか?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()んですよ。これは、マーキナーの最も得意とする能力です」

 

 つまるところ、可能性の操作。

 

「この過程で、僕はこの世界の僕と融合し、敗因の概念使いとしてあの場に出現しました。だから僕は白光の概念が使えないんです」

 

「はぁ、そんな経緯だったんだな」

 

 師匠のなんとも気の抜けた声に、僕は苦笑する。結構重要な事実だけれども、別に説明する必要がないんだよな、この情報。

 まぁ、そうやって出し惜しみすると、また傲慢龍に怒られるのだけど。

 

「とにかく、話を戻しますけど、百夜の概念起源は使えません。暴食龍の卵だと確実性がない上にルクスは救えません」

 

「……つまり、詰んでないか? 君」

 

「…………何か、あるはずなんですよ、何か」

 

 僕はそうつぶやいて、けれども頭を抱える。

 本当に、どうすればいいというのか。

 

 考えを巡らせるが、しかし――

 

 

「あ、いた!」

 

 

 ――そこに、乱入者が現れた。

 それは、

 

「……フィー?」

 

「何ルエといちゃついてんのよ!」

 

「一切イチャついてないんだよなこれが!」

 

 フィーの嫉妬に、師匠がしかし吠える。まぁ、まったく甘酸っぱい会話はしていませんでしたね。ともかく、フィーは構わず僕に話しかける。

 随分と興奮した様子で、彼女は一体どうしたというのか。

 

 

「――ねぇ、少し思いついた事があるんだけど。これで()()()()()()()()()()()()()()()()()っていったら、どうする?」

 

 

 どうした、なんて。

 それは、とんでもない。

 

 

 ――福音を、フィーは持ってきたのだ。



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104.色欲龍は救いたい。

 ――フィーの提案は、一度保留となった。

 彼女の考えは検討に値するというか、僕らの取れる選択肢のなかで最も確実な方法だろうと、僕は思うけれど、確証がなかった。

 次点として考えられる方法は、百夜が別の時間軸から転移してきたところを見計らい、こちらの世界の百夜と共に概念起源を起動してもらうというもの。こちらは確実性こそ高いものの、そもそも実行できる可能性が著しく低い。

 というわけで、僕らはフィーの案を保留しつつも採用する方向で動きながら、色欲龍の動きを待つこととした。

 

 なんだかんだ言っても、彼女の言うとおり、無茶をしなければこのままでいいというのは、事実といえば事実なのだ。

 

 ……とはいえ、僕らの案が破壊されたように、彼女の案もうまくいくかと言えば、僕は少しばかり怪しいとはおもうのだが。

 

「それでね?」

 

「うん」

 

「ええ」

 

「――ルクスちゃんに会えないのよ!」

 

 珍しく、色欲龍は町中を歩きながら、後ろをついて歩く僕とフィーに文句を言う。というか、基本的に色欲龍は街を出歩かない、街の様子は悦楽教団の施設内から眺めることができるし、街を歩いて回るよりは、ハッスルしていたほうがいいというタイプだ。

 出不精なところはフィーと似ているだろうか。

 

 ともかく、色欲龍は現在、僕らとともにルクスの捜索中だ。

 正確には、探しているのに見つからない、という色欲龍に、僕が案があるといって彼女を連れ出して歩いているところだ。

 

「彼女は影の中にいますからね、普通にしていれば会えないですよ」

 

「じゃあどうしろっていうのよ!!」

 

 文句をいう色欲龍の胸が跳ねる。周囲の視線がそれに釣られた。中には直に見たことも有る男もいるだろうに、気になるものだろうか。

 ……某八歳児のせいで、少しばかりこういう状況に慣れてしまっている自分がいた。

 

「今あの子、搾精を控えてるから会える可能性はほぼゼロじゃない?」

 

「向こうから出てきたいような状況を作るんだよ」

 

 何せ、彼女は既にこちらに意識を向けている。おそらく、近くでこちらのことを観察しているだろう。そこを利用していくのだ。

 ゲームでもやったこと。彼女の性格はゲームよりも更に残念になっているが、だからこそこれで釣り上げることができるはずだ。

 

「というわけで、ついた」

 

「……ここって、屋台広場?」

 

 そこは、ライン国の中央広場を思わせる屋台の群れだった。あちらとの違いは、ここにあるのは多くが創作料理であることか。あちらは各地の伝統料理を集めた文化の集積地、こちらは文化の創造地だ。

 なお、味はゲテモノも多いが、人の多いところに行けば間違いはない。

 

「でもって、今回色欲龍を連れてきたのは――」

 

「……あっ! エクスタシアプリン!」

 

 フィーが、目を輝かせて料理の名前を呼ぶそこには、長蛇の列が出来上がっていた。この快楽都市でも一番の人気を誇るプリンの屋台だ。

 その人気たるや、行列が開店から閉店まで一度として途切れないほどで、買うのに数時間は並ぶ必要がある。

 

 僕らはそんな列を眺めながら、裏手に回る。裏技をしているような気分だが、実際裏技なんだけど。

 

「おまたせしました」

 

「……何をしているの?」

 

 訝しむように色欲龍がつぶやくが、周囲の視線は彼女を歓迎するようなもので、何かを期待するようなものだ。さて、彼女をここにつれてきた理由。それは端的に言うと――客引きだった。

 

 そして、それから数分後。

 屋台の側で、店自慢のエクスタシアプリンを頬張る色欲龍とフィーの姿があった。フィーはここ最近、戦闘をするような機会もないためか、ライン国で買った洋服一式。エクスタシアは見慣れた着物姿である。

 快楽都市でもっとも有名な美人と、それに並んで見劣りしない美少女。二人が並んでプリンを食べているだけで、周囲の視線は釘付けにできるものだ。

 

「……ねぇ」

 

「なんです?」

 

 それを遠巻きに眺める僕に、ジトっとした視線が突き刺さる。色欲龍は、不満げにこちらを見ていた。

 

「なんだか騙された気分なのだけど」

 

「いや、でも実際に口にしたら、僕の言うことなんてやりたくないって言うでしょう?」

 

「いうけども」

 

 唇を尖らせながらも、プリンを食べる彼女は、けれども食べれば少しだけ笑みを覗かせる。そんな様子をながめながら、僕は手元にあるプリンを眺めていた。

 

「……食べないの?」

 

「これは、餌ですから」

 

 とはいえ、このプリン自体に興味があるわけではない。僕はあくまでこれをつかって影欲龍を呼び出したいのだ。

 この客引きは、言うまでもなくルクスを釣り上げるためのもので、エクスタシアを出しにしたのは、プリンを簡単に手に入れるためだ。

 普通にやったら数時間ならんでようやくだが、これならば事前に小一時間ほど交渉した上で、規定の時間に店にやってくるだけでいい。

 

 別に今は暇だから並んでもいいのだけど、コッチのほうが楽しかったからね。ちなみに、これを入手する方法はゲームだと前の列に並んでいる概念使いを全員倒すことによるゴリ押しであった。

 経験値が美味しいのだ。

 

「こいつ、本当にプリンそのものに興味ないわよ。デートとかで食べたいって言えば、喜んで食べてくれるだろうけど、それはデートでプリンっていう雰囲気を楽しんでいるだけなんだわ!」

 

「なんか敗因くんがわからなくなってきたわ……」

 

 いいながら、プリンに舌鼓をうつ二人を他所に、僕はそろそろいいか、とプリンを見る。

 

「さて、僕も頂いてしまおうかな。僕より食べたいっていう知り合いがいれば、上げるのもやぶさかではないんだけど、残念ながらここには三人しかいないからな」

 

 はぁー、と大きく食べながら。

 

「残念だ。本当に残念だ。はぁー、もし誰かいたらなぁ」

 

 やれやれと首を振る。

 

 さぁ、これで釣れるがいい、影欲龍。君がこういうのに弱いのは、僕もよくわかっているんだよ!

 

 

 ――――しかし、いつまで経っても反応はなかった。

 

 

「……敗因くん?」

 

「いや、まってください。おかしいな……」

 

 瞬間色欲龍から膨れ上がった()を受けながら、僕はしかしそんなはずはない、と首を振る。この方法は、ゲームでも三回は使用された伝統的な影欲龍の召喚法である。

 学習しないのか、と思わなくもないが、むしろ出てきてほしかったらこの方法を取れ、ということを学習させてしまい、財布への直撃でプレイヤーを悩ませたものである。

 

「ルクスは僕が知っているよりもさらに残念です。これで出てこないことはありえない。()()()()()()()()()()()()()()()……」

 

「……何かあった、ってこと?」

 

 フィーが問いかける。それに、僕はうなずく。

 つまり何かあったのだ。いやでも、何が? スペックに関しては色欲龍と同等のそれを持つがゆえに、ただの概念使いにどうこうできるものではない。

 

「じゃあ、ルクスちゃんはどこにいるのよ!」

 

「……そうだな。多分――」

 

 彼女はこの場にはいない。ということは、どこかに行っているということで、生まれたばかりの彼女に、僕たち以外の接点はないはずだ。とすると、僕や僕の仲間たちの関係する場所、もしくは悦楽教団。

 その中から、有り得そうな場所を考えて――

 

 そんなときだった。

 

 

「……ふああ、ぉぁぉ」

 

 

 ――何故かミニ百夜が僕のフードの中から出てきた。あれ……?

 

「いつからいたの?」

 

「……ねむい。どうしたの?」

 

 どうやら、百夜も状況を把握していないようだ。いやしかし、おかしいな。百夜が僕のフードの中に入っているはずはないのだけど――

 ……いや、フードの中ではないのか?

 

「百夜、影欲龍……ルクスを見なかった?」

 

「んー、寝ぼけてて覚えてない、けど……つっこまれた」

 

 つっこまれた。

 つまり、影の中に引きずり込まれたのだ。影欲龍は影の中に潜む能力を持つ。また、彼女の触れているものは、もれなく影の中に入ることができるようになる。

 これを利用して、影に誰かを捕らえることも可能だ。

 

 百夜がでてきたのは……彼女の概念は白光。常に光っているようなものだから、影の中で光を放つことができるのだろう。そうすれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 起きたら必然的に影から放り出されるのが百夜というわけだ。

 

 ゲームでもあったな、そんなシーン。

 

「……私が貴方につっこまれた、なら……そばにいる……んじゃない?」

 

「……なるほど」

 

「今すごい表現しなかった!?」

 

 横からフィーが突っ込んでくるが、気にせず僕はうなずく、これでおおよそ絞れる。ルクスは、僕たちの宿の近くにいるんだ。

 

「…………ところで、食べる?」

 

「……んー、食べとく」

 

 そうと分かれば話は早い。僕はプリンを百夜にわたすと、急いで自分たちの宿に戻るのだった。

 

 

 ◆

 

 

 ――彼女の姿は、宿の隣の路地裏にあった。

 影の中に、潜んですらいない。それは、つまるところ――

 

「……何があったのよ、一体」

 

「多分……力が尽きかけてるんじゃない?」

 

 ――ルクスは、憔悴しきっていた。今にも死んでしまうのではないかというほど、疲れた顔で、こちらの気配に気づいた様子で、視線を上げるが、果たして顔を見れているのか、というほど彼女の目は霞んでいた。

 

「……おかしいわ。彼女が私の反転なら、力が尽きるなんてことはないはず――」

 

「とにかく、生気が足りてないんです。急いで分けてあげてください」

 

 僕の言葉にうなずくと、色欲龍がパタパタとルクスに近寄る。

 こうしてみると、ルクスの顔立ちは色欲龍よりもあどけない。無理に憤怒龍が存在したまま、マーキナーが世に送り出したからか、ゲームよりも幼くなっているような印象を受けた。

 これだと、同一存在と言うよりは、姉妹といったほうが正しいように思えた。

 

「えく……すたしあ……」

 

「どうして、無茶したのよ。生気を吸わないといけないのでしょう?」

 

「……いや、迷惑、かけたくなくなった、だから」

 

 ――彼女の情緒が成長し、周囲の迷惑を考えるようになったのだ。そうしたことで、男性を無理に搾り取るようなことをやめた。

 だから、ルクスはこうして弱りはてている。

 

「――だったら、私を頼りなさいな。私は色欲龍よ、誰よりも生気に溢れた、パワフルな女なんだから!」

 

 そうして、色欲龍はその唇を、ルクスへと近づける――しかし、ルクスはそれを押し留めた。

 何故? 断る理由はないはずだ。意地になっているにしては、ルクスの抵抗はそれ以上に激しいものだった。

 

「だめ――」

 

「なんで!」

 

 

「――()()()()()()()()()()()

 

 

「えっ」

 

「えっ」

 

 ――驚いて声が漏れたのは、後ろで見ていた僕とフィーだった。

 いや、あかちゃんって、貴方色欲の影ですよね? いやでも、あれ、ああ、あれ……?

 

 色欲龍はゲームでも、この世界でも性欲の権化だけど――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ああ、もしかして僕は――いや、ドメインシリーズのプレイヤーは誤解していたのか?

 先入観で、色欲龍の影ならば、()()()()()()()()()()()()と思い込んでいた?

 ――確かに僕は雰囲気重視で、あまり性欲には興味がないけれど、でも。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それは、色欲龍が巧かったのもあるけれど。

 

 ()()()()()()()()のか?

 

「……あの、ルクス? 君、どうやって男から生気を搾り取っていたんだい?」

 

 思わず、僕は聞いてしまった。するとルクスは、顔を赤らめながら、恥ずかしそうに。色欲龍を抱きしめて。

 

「――――こう」

 

 そう、言い切った。

 直後、色欲龍から影欲龍へ、何か力と呼ぶべきものが流れていくのがわかる。これは――ああ、そうだ。これこそが、生気というやつなのだろう。

 暴力的なまでの生命の奔流は、ひと目でその力強さを理解するに十分だった。

 

 ああ、そして、つまり、これで。

 

 確定だ。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 盲点だった。

 どうやら、色欲龍もそれには驚愕しかないようで、目を丸くしている。

 

「……ねぇ、まさか貴方も本当は経験がなかった、なんて言わないわよね」

 

「まさか」

 

 とはいえ、フィーが恐る恐るといった様子で聞いた言葉に、彼女は即座に切って捨てた。何故か、この場に安堵の空気が流れる。

 流石にエクスタシアまでそういうタイプのあれだったら、僕らはもはや何も信じられなくなる。

 

「ちなみに……キスでできるんです?」

 

 そして、こちらも恐る恐る聞くと、

 

 

「できるわよ? 女の子同士で子供を作る場合は、私とキスすると、子作りできるの」

 

 

 ――こちらは、僕とフィーの色々な常識を揺らがせるには、十分だった。



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105.影欲龍は救われたい。

「――眠ってるわね」

 

 疲れ切ったルクスを宿のフィーが借りている部屋へ運び込み、ベッドに寝かしつける。今は、だいぶ落ち着いた様子だが、それでもまだ、顔には焦燥が感じられた。

 

「それにしても……これは、なんというか劇薬だわ」

 

 ふぅ、と息をつきながら、エクスタシアが身体を伸ばしてつぶやく。

 劇薬……というのは、ルクスの行う“搾精”だろうか。見ている分には、ただ抱きつかれているだけだったのだが、感触としては違うのだろうか。

 

「そんなにすごいの?」

 

「私が本気で搾り取りに行くのと同じだけの体験を、ただ抱きつかれただけでできるのよ? 苦労も、技術も、経験すらいらないの」

 

 それは、なんというか。

 僕らにはあまりピンと来ない話だが、色欲龍の顔は真剣だ。

 

 少し、別のことにたとえてみればわかるだろうか。

 

「食べるって行為には、際限があるでしょう? 満腹になれば、人はどれだけ美味しいものでも、食べられなくなる」

 

「……それは、なんというか、ちょっと違う気がするんだけど」

 

()()()()のよ、ポイントは()()()()()ってこと。人は、満腹っていう制限があるから、どれだけ美味しいものでも、()()()()()()()()()のよ」

 

 ――それは、たしかに当たり前といえば当たり前のことだ。食事は得る行為だが、得るという行為にも、どこかしらで上限を決めなければ行けない。

 上限がないということは、加減が効かないということなのだから。

 

「ルクスちゃんに抱きつかれると、多量な幸福感を得られるわ。そして、それと同時にエネルギーを奪い取られるけれど、エネルギーが奪い取られているという自覚を奪われる側が持ちにくいの」

 

「……最終的に、クセになっちゃうんですね」

 

「そうね、そして下手に踏み込みすぎると、()()()()()()()()わ」

 

 ――ありていに言って、それは麻薬と同じだった。手軽で、常習性が強く、副作用も大きい。生命を削るという大きすぎる副作用。

 そして、()()()()()()()()

 

「こんな快楽を知ってしまったら、わざわざ体力を使ってまで快楽を得たいとは思わなくなるわね」

 

「……子を作る気力が失せる、ってこと?」

 

 うなずく。

 もしも、世界中の人間が、ルクスの搾精を体験してしまったら、――人類は遠くないうちに滅びるだろう。それも、抵抗すらなく、自分から望んで滅びの道へと突き進み始めるのだ。

 なんとも、想像したくない光景である。

 

 地獄、というほかないのだろう。

 

「これじゃあ、どっちが大罪龍か、わからなくなっちゃうわね」

 

 それは、ああ、ゲームでもそんなセリフを聞いた覚えがある。

 人を滅ぼしてしまう悦楽の少女と、人と寄り添う快楽の龍。はたして、傍目から見て大罪を背負っているのはどちらなのだろう。

 

「――色欲龍」

 

「……ええ」

 

 そして、僕が呼びかける。おそらく色欲龍はこれから伝えられる事実を、理解しているのだろう。それでも、僕は告げる。

 そうしなければ、何も進まないからだ。

 

 

「――貴方の方法でも、ルクスは救うことが、できません」

 

 

 色欲龍のプランは、先程やってみたとおりだろう。自身の生命を影欲龍に奪わせて、彼女のエネルギーを賄う。ゲームでは、これで中盤まで持たせることができた。

 色欲龍もルクスも関係ない事態で、そうも行かなくなったが、この世界ではそれが起こるには千年近い時間がかかる。

 延命手段としては、申し分ないものであると言えた。

 

 しかし、

 

「――どう考えても、足りないわ。与えた側から、どこから漏れ出していく」

 

「器が、壊されているんですね」

 

 それは、ゲームでも起こった事態だ。ゲームでは、ある条件に陥ると、影欲龍が自身のエネルギーをタメておくだけの器を壊してしまう。

 条件とは、すなわち、

 

 

 ()()()()()()()()こと。

 

 

 とはいえ、本来ならそうそう心が壊れてしまうはずがないのだが。

 

「……今の彼女は、本来生まれてくるよりも、早い段階で生み出された。情緒も未熟なら、経験も何もない。――無垢な赤子と変わりません」

 

「その心は、普通よりもずっと歪みやすいってことね」

 

 うなずく。

 ――マーキナーの狙いは、彼女が生まれるタイミングを早めることで、その心を脆弱にすることだったのだ。決して、わざわざ穴を明けてからこの世界に生み出したというわけではない。

 

 脆弱にすれば、()()()()()()()()()()()()()()と解った上で、送り出したのだ。

 

「……ねぇ、それって」

 

 フィーが、苦々しげな顔で問いかける。

 

 

「――ルクスがこうなってしまったのは、私達のせい、よね?」

 

 

 そう、

 彼女と関わりのある人間は、僕たちしかいない。

 

 だから、否定はできない。

 

 

 ()()()()()()()()()()()だ――――

 

 

 ◆

 

 

「――ん、ぅ」

 

 ルクスリアが目を覚ます。僕らは、それを黙って見つめていた。

 視線がさまよって、僕から、フィーへ、そして色欲龍へと向かう。最後に向けられた彼女は視線を合わせ、けれどもルクスの言葉を待つ。

 

「あなたが、エクスタシア……?」

 

「そうね」

 

「ふふ……そっくりだわ」

 

 ルクスは手をのばす、エクスタシアの頬に、それを、エクスタシアは優しげに包み込んで、持ち上げた。

 

「そりゃあそうよ。私は貴方から生まれたのだもの」

 

「じゃあ……お母さん? ううん、何か違う」

 

 色欲龍の中から生まれたとは言え、生み出したのはマーキナーなのだ。共に、同じ存在から生み出され、そして互いにその影響を色濃く移す存在。

 

「……お姉ちゃん?」

 

「そうね」

 

 そうやって、頷いて。

 二人はそこで、黙ってしまった。

 沈黙に満ちた部屋で、色欲龍は何かを考え込むように視線を落とし、影欲龍は視線を迷わせている。二人は、何を思うのだろう。

 はじめて出会った、自分の姉。自分から生まれ落ち、そして弱り果てた自分の妹。

 

 ――そして静寂を破ったのは、二人ではなかった。

 

「……それで、どうして生気を奪わなくなったのよ」

 

 フィーが、じれったいと言わんばかりに肩をすくめて問いかける。

 それで、二人の時間が動き出し、ぽつり、と口を開いたのは……当然といえば当然だが、ルクスだった。

 

「はじめは――当然だとおもってたの」

 

 始まりは、生まれ落ちたとき。

 ――影欲龍には能力と、壊れてしまいそうな器があった。本来よりも一足先に生まれた彼女は、故に未熟で完成していなかった。

 

「奪わないと生きていけないから。私はそういうものだから、当然だって」

 

「それは――間違ってはいないんじゃない?」

 

 フィーが問いかけるように言う。実際、間違ってはいないだろう、影欲龍は人じゃない。人と違う生態をしていて、だったらそれに従うのは、彼女としての正解のはずだ。

 何を憚ることがある? ――それが他人の邪魔になるのは、それが行き過ぎたときだ。

 

 実際、干からびるまで搾り取るのは行き過ぎていたから、問題になったけど。

 

「そう思ってた。私が奪った人達は幸せそうで、じゃあこれも悪いことじゃないんだって」

 

「……まぁ、そうでしょうね」

 

 色欲龍が同意する。

 

「そんなときに、お姉ちゃんが男の人とその……えっちなこと、してるのを覗いたの」

 

 ジトっとした視線が色欲龍に向かう。いや、フィー、影欲龍は別に無垢な子供じゃないんだからね? 教育に悪いとかそういうあれじゃないからね?

 ……いや、これが切っ掛けの一つなら、考えようによっては悪かったのかもしれないけど。

 

()()()()()()()()()()()()

 

 ――それは、

 

 思い至る。そうか、ルクスにとって生気を奪うということは栄養補給でしかなくて。()()()()()()()()()()()のか。

 だから、()()なんだな。

 

「――羨ましいな、って思ったの。ねぇ、どうして私のこれは、あんなに幸せじゃないの? ただただ、相手が()()()()にするだけで、幸せなんかこれっぽっちもなかったのよ?」

 

「……そうよね。生きるって、幸せになれないわよね」

 

 フィーが同意してうなずく。フィーも、自分の中にある感情が、生きていくためには重石になるようなタイプだ。

 奪うことでしか生きていけないルクスと、嫉妬しなくては生きていけないフィー。

 

 抱えているものは違うけれども、近かった。

 

「だから、私もしてみたくなった。――全然うまく行かなかったし、今思い返してみるとすっごい恥ずかしいことしてたけど」

 

 ――そう言って、頬を赤らめながら、苦笑してこちらに視線を向けるルクス。同意していたフィーの視線に殺気がこもってこちらへ向けられた。今いいところだから落ち着いて。

 

「どうして僕だったんです?」

 

「お姉ちゃんが嫌ってたから」

 

 姉とは、違うものが欲しかった、ということか。

 いや、彼女は僕を嫌ってはいるけれど、もしヤるってなれば躊躇うことなく服を脱ぐぞ?

 

「うまく行かなくって、だったら今度はちゃんと話をしてみようっておもった。それに、あんなふうに扱われて、嫌だったし」

 

「ごめんなさいって」

 

 色欲龍からも鋭い視線が向けられる。ああ、針のむしろとはこのことか。僕は自分から何かをしたわけではないというのに。

 

「――世界には自分には理解できない人がいるって、はじめて知ったわ」

 

 それは僕のことだよな? いや、確認するまでもないけれど――そして、周囲からは同意の頷きが飛んできた。

 針のむしろは継続中だ。

 

「だから知りたいって思ったのよ。知らないってことは、悪いことだって貴方も言ってたし」

 

「そんな話でしたっけ?」

 

 ――理解した上で行動する。そんな話をした覚えは有るけれど。

 まぁ、でもそこからの推移自体は間違いじゃないとは思う。結果として、こうなってはいるけれど、

 

「それで、ね?」

 

 少しだけ、ルクスの声が寂しげなものへと変わった。

 

 

()()()()()()()

 

 

 ぽつり、と。

 

「貴方と話をする人は、皆楽しそうだった。貴方が関わる人は、貴方と同じ方向を向いていた。そうでない人も、貴方のことを理解していた」

 

「……」

 

「話をする貴方は、楽しそうだった。誰かと関わると、貴方は時折子供みたいにはしゃいでた。子供のようにはしゃぐ人達を、遠くから眺める貴方もいた」

 

 フィーとのデートで、押し売りの人達と楽しく話をしたり。

 リリスの奉仕活動を、見守ったり。

 師匠と、宿の人自慢の菓子に舌鼓をうったり。

 

「辺りを見てみれば、世界にはそんな人ばかりで溢れてたわ。ここは特殊な場所で、ここが世界で一番力に満ちた場所だっていうのもあるだろうけれど」

 

 フィーには嫉妬され、師匠には拗ねられて、リリスにはからかわれ。

 フィーとは隣を歩くのが楽しくて、師匠とは話をすることが有益で、リリスには感心ばかりさせられて。

 

「この都市には、()()()()()()()()()()

 

 僕は、そうやって日々を過ごしていて。

 

「そして私は」

 

 ――――それを、ルクスはただただ、影から眺めていたんだ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のよ」

 

 

 ――だから、

 

 

「それは、()()()って、思ったの」

 

 

 影欲龍は、その役割を放棄した。

 

 

 影欲龍の器を壊したのは、なんてことはない。当たり前に幸せな光景。自分がそれを奪うことしかできないことを見せつけられて、

 

「――よく、頑張ったわね」

 

 色欲龍が、影欲龍ですらなくなった、ただのルクスの頭を撫でる。

 

 ――ああ、でも、けれど。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()じゃないか。どうして、目の前で見せつけられて、ガマンできる奴がいるんだよ。

 むしろ、色欲龍の言う通りだ、ルクスはよく頑張った。これまで、頑張って、頑張って、頑張って、限界まで頑張って、耐え抜いたんだ。

 

「――みんなが美味しそうに食べるプリンが、美味しそうだった」

 

「……待って」

 

「テーブルを囲んで食べるお菓子や、料理が、美味しそうだった」

 

「いいの」

 

「誰かと言葉を交わして、思いをぶつけ合うことが、楽しそうだった」

 

「もういいの!」

 

 ――色欲龍がルクスを止める。

 これ以上、口に出させていたら、本当にルクスがだめになってしまいそうで。今のルクスには、必死にこらえた涙が溜まっていて。

 

「貴方はもう、大丈夫。私がいる、貴方の助けになる、だから!」

 

「……そうよ、ルクスには方法が――」

 

 

()()()()()

 

 

 首を振る。

 

「私の器は、もう戻らない。壊れたものって、二度と戻らないものだから。ああ、でもそれだと、お姉ちゃんまで巻き込んでしまう」

 

 涙は、

 

「――でもね? 大丈夫よ、敗因と紫電が言うには、お姉ちゃんには死んでも蘇る方法があるっていうから」

 

 今にも、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 零れ落ちそうで。

 

「……喧嘩ばっかりは、ダメよ」

 

「そういうんじゃ、ないのよ。私と彼は――」

 

 苦笑する色欲龍に、釣られるようにルクスも笑って。

 

「うん、だからいいの」

 

 ああ、もう、限界だ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 救いという名の、終わりをルクスは願った。

 

 色欲龍は、言葉を失くし。

 僕は――フィーの視線に気付いた。

 

 ……考えたのは君だろうに。

 

 でも、僕は自信を持って呼びかける。

 

 

「――本当に、それでいいのか?」

 

 

 ()()()()()()()ってね。



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106.救いたい。

 ――色欲龍にとって、影欲龍とは半身であり、そして妹だった。

 ゲームにおいても、この世界においても、色欲龍は影欲龍を救うことを第一と考えた。僕のマーキナー討伐に関する行動に消極的だったのは、人類のためでもあるけれど、

 

 ()()()()()()()()でもあったのだ。

 

 マーキナーがこの世界に降臨し、好き勝手に動きはじめれば、影欲龍の身も危うい。世界の秩序と呼ぶべきのは破壊され、マーキナーが望むがままの世界が動き始める。

 僕は勝てるというけれど、それを信じるには、色欲龍には僕との交流が薄すぎた。

 

 僕にとって色欲龍とはゲームの重要人物で、フィーの親友で。

 色欲龍にとって僕とは世界の鍵で、フィーの大切な人だ。

 

 隔たりがあった。

 

 ――だから、色欲龍が隔たりどころか、自分の一部ですらある存在を守ろうとして何がおかしいのか。いや、むしろ、()()()()()()()()()()()()のではないか。

 

 

 そんな彼女が今、どうすることも出来ずに顔を伏せている。

 

 

 彼女は思っていたはずだ。自分の生命なら、自分の生気なら、影欲龍を満たしてあげることができるだろうと。それは間違ってはいなかった。

 間違ってはいなかったが、

 

 

 ――遅かったんだ。

 

 

 世界というあり方に、殉ずることの出来ない生命は、奪うことでしか成り立たない少女は、今にも消えてしまいそうな声で。

 

 自分の死を願ったんだ。

 

 ふざけるなよ?

 そんなことを、許せるやつがこの場にいるか?

 色欲龍も、フィーも、そして何より僕自身がそれを許せるか?

 

 ()()()()()()()()()()

 

 だから僕は高らかに叫ぶ。

 

 それでいいのか、ルクスリア。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 さぁ、君の本当の心を教えてくれ、影から抜け出て、光を求める生まれたばかりの小さな生命。

 

 

 ◆

 

 

「――もういいに決まってるでしょ?」

 

 そう、ルクスはいう。鋭い視線で、涙を流しながら、僕を恨むように、羨むように。

 

「貴方が、変えてしまったの。貴方が私に生命を教えたの。生きてる姿を、貴方が見せつけてきたんじゃない!」

 

 叫ぶ。

 

「知らなければよかったわ! ただ奪うだけで! それで生きていけるなら、十分だった! 私は大罪龍の影! 人類の敵なのよ!」

 

 叫んで、

 

「嫉妬龍とは違う! ただ生き方を変えればそれで解決なんて、私にそんな優しい選択肢は残されてない!」

 

「……ルクス」

 

「そんな目でみないでよ! もっと私を嫌ってよ!! 私を世界からイラないって言って!!」

 

「――ふざけるな」

 

 ああ、本当に。

 

「世界にいらないなんてもの、あるわけないだろ! 大罪龍だって、マーキナーだって、それが必要じゃないから排他されるんじゃない!」

 

 マーキナーは性格が悪い。

 フィーに投げかけたあの言葉。アンサーガという存在に与えられた宿命。そして、ルクスという少女に課せられた業。

 

 どれをとっても、奴がただ、のたうち回る彼女たちを嗤うために与えたものだ。

 

 だとしても、()()()()()()()()()、必要ないから僕らと敵対するんじゃない。排除されるんじゃない、

 

()()()()()、取り除かれただけなんだ」

 

 ただ、争って、そして負けただけ。

 間違いも、正しいもない。

 

 戦いたくて、盤上に名乗り出て、そして負けて消えていっただけ。強欲龍が、暴食龍が、傲慢龍が、人と敵対していたのは、そういう役割というのもあるが。

 ()()()()()()()そうしていただけ。

 

 だからこそ、あいつらは最後に、僕らの背を押して消えていったんだ。負けた自分が、惨めでないように。勝ったやつに誇れと迫るのだ。

 

「――それと一緒にするなよ。消えなくちゃいけないから、()()()()なんて言うなよ」

 

 もしもいいたいのなら、

 

「消えたいなら、()()()()()じゃなくて、()()()で消えろよ!」

 

 目の前にいる少女は、諦めているだけだ。

 諦めて、逃げているだけだ。

 

 だから、

 

「言っただろ、()()()()()()()()()()()()()。もう限界? もうダメ? ふざけるな! ここにそれを認めるやつがいるか!?」

 

 諦めたいなら、()()()()()

 

 

「――もしも消えたいなら勝手にしろ! 僕らが納得して、ここからどけば消えればいい!」

 

 

 ルクスはまだ、ダメじゃない。

 

「わ、たしは……()()、どうすればいいのか分からないのよ」

 

 視線をそらして、けれども、

 

 口にして、

 

「そうよ。誰も教えてくれなかった! 私が生きていく方法はこれしかないって、世界が決めたことじゃない! そんな事言われても困る! 私にはどうすればいいかわからないの!」

 

 ああ、でも。

 

「――そこがはっきりしてれば、十分だろ」

 

 生きていたいけど、わからない。

 

 それがわかれば、僕たちに必要なものはすべて事足りている。

 

「……ねぇ、ルクス。あなた、そういうってことは、どうすればいいか、わかればいいのよね?」

 

「…………」

 

 フィーが、ルクスに近づいて呼びかける。

 

「フィーちゃん?」

 

 不思議そうにフィーを見る色欲龍。それは、彼女の行動に対する疑問もあるだろうけど、彼女の表情にも由来しているだろう。

 フィーは今、優しげに笑っていた。

 

 嫉妬の権化たる彼女には、似つかわしくない笑みで。本来なら、彼女はこんなに素直に笑みを浮かべることは出来ないだろう。

 

 でも、今のフィーにはそれができるのだ。

 

「いいのよ、解らなくたって。解らないなら、アタシはアンタを助けたい」

 

「……どうして? 自分を重ねての同情? そういうのはいらないわ」

 

「まぁ、それも無いとは言わないけどね」

 

 ――そりゃあ、救われない孤独というのは、フィーにとっては無視できないものだろうけど。

 

「私がアンタを救いたいのは、エクスタシアがアンタを救いたいからよ」

 

「……お姉ちゃんが?」

 

 そういって、視線を向けると、二人は視線をぶつけた。反らしたのはルクスの方からだった。色欲龍はそれを少しだけ追ってから、フィーの方を向いた。

 

「こいつがすごい不器用で、見ていられなかったから」

 

「……」

 

「だって、会いに行きたいなら、行けばいいじゃない。どれだけ探しているっていっても、見つからないのは解ってるのに。こいつに聞けばすぐに見つかるのに」

 

 そういって僕を指差す。

 ああそうだ、そういえば色欲龍はルクスを救いたいと言っていたけれど、()()()()()()()()()()()()()()()な。対応も基本僕任せで、僕に対するプライドもあっただろうけど、こうして最終的には出張っているわけだし。

 そこは、妥協できないものではなかったはずだ。

 

 だとすれば、

 

()()()()()()()()()()()()のよ。だって、考えてもみなさいよ。エクスタシアって、傍から見ると随分恥ずかしい女よ?」

 

「恥ずかしいって何よ!?」

 

「淫蕩まみれの性欲女」

 

「――――」

 

 ――色欲龍は黙った。

 

「アンタは自分に自信がないんじゃない? まぁそりゃ、世界に否定される生き方しか出来ないのに、自信なんてつくはずもないけど」

 

 でもね、と続ける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ。こいつは、自分に自信がないから、誰かを愛するの。自分よりも、誰かの方が好きだから」

 

「……そうなの?」

 

「否定は……できないかしらね」

 

 ――なんというか、やっぱり。

 色欲龍のことは、フィーが一番よくわかっていたな。

 

「でも、だからそれでいいのよ。自信がない? 救われる価値がない? 結構、でもね、わかりなさい」

 

 じっと、視線を合わせて、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のよ」

 

 

 それも、

 

()()()()()()()()()()()()。誇りなさい、アンタは愛されてる」

 

 僕らに目を向けながら。

 

「エクスタシアが、そいつが、そしてアタシが、アンタに救われて欲しいと思ってる。そこだけは解って」

 

「…………」

 

 沈黙。

 

「――そうよ」

 

 色欲龍が、口を開く。

 

「私は、世界に一人だった。大罪龍の中で、私だけが異質な存在だった。そういうふうに作られた」

 

 ああ、彼女の言葉は、彼女の不安で出来ている。

 でも、彼女の顔は、彼女の自信で出来ている!

 

「でも、人の世の中に加わって、受け入れられて」

 

 だから、

 

 

()()()()()()()()()

 

 

「――手を伸ばしてもいいんだ、ルクス」

 

 僕は改めて呼びかける。ルクスリア、君の生きたいは、諦めたいは、全部終わってしまった後の絶望か? 全部を捨ててしまった後の空っぽか?

 そうでないのなら、君はまだ諦めなくていい。

 

「君は、どうしたい?」

 

「……わた、しは」

 

 僕は色欲龍に言った。

 ()()()()()()()()()()()()

 

 でも、そこに僕たちが言葉を投げかけない理由はない。逆に言えば、今の僕たちにできることは、言葉を投げかけることだけだ。

 どれだけ言っても、決めるのはルクスであり、僕たちは言葉を投げかけてしまえば、後はもう待つほかない。

 

 言葉を投げかけて、それでもルクスがもういいというのなら、僕たちは彼女を止められない。

 

 ああ、だからお願いだ。

 

 僕たちはただ祈るように言葉を積み上げた。

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 そう、心に思いを詰め込んで。

 

「――ねぇ」

 

 言葉を、待った。

 

「……エンフィーリア?」

 

「何?」

 

 ルクスの顔は、フィーへと向けられていた。

 

「救う方法がある、みたいに貴方は言ってたわよね」

 

「……アンタが最後まで聞いてればよかったんだけどね。暴食卵のことだけ聞いて、逃げたでしょ」

 

「悪い?」

 

 悪くない、とフィーは首を振る。

 

「それは、確実な方法?」

 

()()()()()()()()()()よ」

 

 そう言われて、ルクスは一瞬、僕を見た。

 

「じゃあ、――ねぇ、エンフィーリア」

 

 向かい合った二人の少女は、

 

 

()()()()って、幸せなこと?」

 

 

()()()()

 

 

 ただ、少ない言葉だけで、わかりあった。

 

「――――うん」

 

 そして、頷いた彼女の表情で、僕たちはすぐに理解した。僕と色欲龍は視線を交わして、それから苦笑する。

 

 

「――私、救われたいわ」

 

 

 その言葉に、フィーと色欲龍が、ハイタッチをした。

 

 

「……じゃあ、方法だけど」

 

 僕が切り出して、フィーがそれを制するようにしてから立ち上がる。その顔には、それはもう、はっきりと笑みが浮かんでいた。

 

 

「ねぇ、ルクスリア」

 

 

 ――そして、フィーは口にする。

 

 

()()()()()()()()()()

 

 

 事態を切り開く、爆弾でしかない発言を。

 

 ――固まったルクスと、それから色欲龍。

 それに満足そうにフィーは頷いてから、そして色欲龍の方に目を向けて。

 

 

「あ、アンタも娘になってもらうから。お母さんって呼んでもいいのよ?」

 

 

 ――そう、告げる。

 

「――へ?」

 

 色欲龍の、聞いたこともないような間抜けな声が、部屋に響くのだった。



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107.色欲から、何よりも大切な人達へ

 ――その日、快楽都市は晴れ渡っていた。

 

 人々は変わらずに街を行き交い、絶えることなく街のあちこちで喧騒が響く。

 見れば店の目の前の通路が狭いからと向かいの店を破壊しようとしている概念使いがいる。その最中にこそこそと火事場泥棒をする概念使いがいれば、争う概念使いの戦闘でトトカルチョをするものもいる。

 どこまでも、快楽都市は動じない。彼らは混沌としていて、救いようがないほどに自分勝手ではあるけれど、彼らなりの、他人には理解できない日常が広がっているのだ。

 

 そして同時に、そんな日常の中では、多少の混乱も想定のうち。いきなり道の真ん中で脱ぎ出しても、迷惑ならば排除され、そうでもなければ無視されるだろう。

 

 ただ、その日の異常は普通ではなかった。

 

 

『聞こえているかしら』

 

 

 騒がしい街並みの中にあってなおよく通る、快楽都市の主人の声が、街中に広がったのだ。

 

 そこからの反応は劇的だった。その時、活動していたあらゆる人間がその活動を一旦止めた。この声は衣物を通して街中に届くようになっており、これが聞こえないものはほとんどいない。だからといってそれで手を止めるのは個人の自由なのだが、

 だからこそ、彼らは自分たちの自由で色欲龍の声に耳を傾けたのだ。中には話が聞こえるように音を小さくしながらすぐに作業に戻るものもいたが、手の空いていたもの、ただ乱痴気騒ぎに興じていたものは、今も変わらず話を聞いていた。

 

 快楽都市において色欲龍の言葉は大きな意味を持つ。彼女が行動を制限することはない。彼女が何かを押し付けることはない。しかし彼女の存在は快楽都市においては絶対的だ。それはあるものにとって色欲龍こそが最も敬愛、親愛すべき相手であるからで、あるものにとっては彼女とこの快楽都市に、救われたものがあるからだ。

 彼らは一人一人が自分の事情で色欲龍に心酔し、彼女の存在を心の一部に置いているのだ。

 

 そんな彼女が今、話を聞いてほしいと呼びかけてきた。答えない快楽都市の住人は、いなかった。

 

『少し前から、男性が搾り取られる事件が起きていることは、みんな知っていると思うわ』

 

 話の内容は、多くの住人が想像した通りのものだった。

 

『その犯人が、もうひとりの私、影欲龍であるということも。そんな影欲龍にルクスという名がついたことも、知っている人は知っているのでしょうね』

 

 ここは快楽都市、人の口に戸は立てられない。情報収集能力の高い概念使いなら、どこまでも事情を知っていることがある。不思議と、知られているのだ。この街では。

 だからこそ、

 

『今日、私がする話は、そんな彼女を助けて欲しいという話』

 

 ――それも、知っている者は少なからずいた。

 

 あるものが、屋台の店じまいを始め、あるものは自身の装備を確認し始める。知らないものはそれを見て、周囲の者に話を聞きに行く。

 

『影欲龍ルクスリア、彼女は他人の生命を()()()()()生きていけないの。これは、()()()()()()()()()()()()()という意味よ。人の生命が危うくなるところまで吸わないと、彼女は存在を保てないの』

 

 それを、知っている者がすでにいる。

 それ故に、これから色欲龍が語ることも、彼らは知っているのだ。

 その上で、彼らはすでに行動を決めていたようで、準備に入っている。

 

 この街は、そういう場所だ。

 

『どころか、今の彼女は奪った生命をタメておくこともできなくなってる。もう、長くは持たないと思う。だからなのだけど』

 

 ――だからそれは、ある意味問う意味のない問いだった。

 

 

『ルクスを、助けたいの。手を貸してくれないかしら』

 

 

 その言葉で、しかし知らないものも動き出す。

 ――一つになり始めた個人主義の都市で、その主は、けれども人々を一つにするために語りだす。その言葉に、足を止める者はいない。

 

『――私、人間が好きよ』

 

 けれども、()()()()()()()()()()()

 

『私は大罪龍としては失格で、人とは違う時間を生きる存在で。そのどちらにもなれないの。神にもなれないし、天使にもなれなければ、大罪にすらなれない。それが私、色欲龍エクスタシアは半端者よ』

 

 生まれたときから、()()を定められた者たちがいた。

 その中に色欲龍は存在していて、けれども、()()()にすら、エクスタシアは含まれていなかった。

 

『私があなた達に命を与えるのは、言ってしまえば、それが決まりきった役目だからだけれど。でも、あなた達は私を受け入れてくれたわ』

 

 ――彼女が加わる輪は。人の輪の中だった。

 人でないのに、人と同じ世界で生きようとして、受け入れられた事は奇跡だっただろうか。神の采配だっただろうか。

 

『――嬉しかった』

 

 でも、

 それに対して、色欲龍の言葉は、決まりきっていた。

 

『当たり前の世界に、私の姿があることが。楽しいを共に分かち合う場で、私が笑っていられることが。幸せを探すために、寄り集まって前にすすめることが』

 

 言葉を受け取る側は、それに何も答えない。

 

『私はどうしようもなく淫蕩で、誰からも否定できないほどに淫猥で、そんな私は、誰からも好かれているわけではないと思うの』

 

 ――ただ、この場にそんな人間はいない。

 

 ここは、エクスタシアの箱庭だ。だから、その箱庭には、()()()()()()()()()()()()()()()()()が収まっている。

 

『私は自分に自信が持てない。私という存在が誇りに思えない。でも、()()()()()()()()()()()()を否定したくはない』

 

 だから、

 

 

『私の誇りは、あなた達よ』

 

 

 彼らは、その言葉が聞きたかったのだ。

 

『ルクスリアは、私から生まれた、私と同じ思いを持つ私じゃない誰か』

 

 ルクスは楽しいが羨ましくて、それを傷つけたくなくて心を壊した。終わりという救いを願った。それは、エクスタシアが抱いてきたものだ。

 

 この街には、抱えきれないほどの楽しいと、自由と、そして退廃が満ちている。そんな中で、人々は好き勝手に生命を謳歌して、決して胸を張れるような場所ではないけれど、たしかに()()と心の底から宣言できて。

 

 そんな街に、ルクスは憧れた。

 だったら、そんな街の住人が、するべきことはなんだ?

 

『――言ってしまえば、彼女は私の妹よ。娘、というには私に近すぎる。そんな――あなた達の新しい家族。おばさんって呼ぶと、あの子は拗ねてしまうでしょうけれど』

 

 そうやって苦笑して、そして続ける。

 

『だから、私の大切な子どもたち。私を好きと言ってくれる人達』

 

 ――それは、

 

 

『色欲より、何よりも大切な人達へ』

 

 

 彼女の嘘偽りない、本当の言葉。

 

 

『――――ルクスちゃんを、助けて』

 

 

 その言葉を待っていた。

 誰からともなく、歓声が上がり、そして快楽都市は動き出す。

 

 

 ◆

 

 

「――ごめんなさい、なの」

 

 支度を始めるリリスが、僕たちにそう断った。

 

「今回、リリスはあなた達とは戦えません。リリスは、色欲龍様の信徒として戦いますの」

 

「解ってるさ」

 

 ――色欲龍を祀る悦楽教団の信徒、シスター・リリスは今回、色欲龍の元へと馳せ参じる。今回ばかりは、彼女は僕たちではなく、色欲龍と共に戦うことを選ぶのだ。

 

「リリス達の一生に、色欲龍様から頼られるなんてこと、一度あればいい方で。こんな機会、滅多に無いし、何よりリリスが色欲龍様の言葉に、答えたいと思ってしまったの」

 

 対ルクスリア救済戦。とでも呼ぶべき今回の戦闘では、僕たち紫電一行と、快楽都市の軍勢は別れて戦うことになる。というよりも、前段に快楽都市。後段に僕たちという編成だ。

 理由としては、今回の戦闘は一度目も二度目も、対大罪龍だ。基本的に、大罪龍と戦う場合、どうしても必要になるものがある。切り札、というやつだ。

 僕たちで言えばスクエア・スクランブル。つまり概念起源。

 

 二度の戦闘が必要になる上に、連続戦闘。僕たちだけでは勝負の土台に立てない。いや、僕はそれでも構わないのだけど。

 

 ()()()()()()()()()()()。だから、僕はあくまでこの戦いに挑む一人の概念使いでしかない。

 

「それに、二戦目に突入した直後は危険だ。そのときに、概念崩壊した人を逃がすために、百夜の力は必要不可欠で」

 

「ねむい」

 

「この調子の百夜に呼びかけるには、リリスの存在が必要だろ?」

 

 布団を被って丸まった少女を指差しながら、僕は言う。それにリリスも苦笑して、

 

「何より――一戦目を君が生き残れば、二戦目にも君は加わってくれるだろ?」

 

「信頼しすぎなの。買いかぶりはらしくないの」

 

「事実じゃないか」

 

 話を横で聞いていた師匠が茶々をいれる。僕たちはそれに可笑しくなって笑って、しばらく笑い声だけが響いた後。

 

「……ねぇ、どうしてリリスたちはこの街に集まって、色欲龍様のためなら何も言わずに動けると思うの?」

 

「…………なんでだろうな」

 

 師匠は身体、と言おうとして止めたようだ。

 

「――色欲龍様は、自分に自信がない。だからその分、リリス達を誇りに思ってくれている」

 

 リリスは子供だ。色欲龍の身体を目当てにここにいない。色欲龍の美貌はたしかに魅力的ではあるけれど、それではこの街にいる女性の存在に説明がつかない。

 この街の男女比は、意外なことに半々なのだ。

 

 誰もが、色欲龍のために生命を投げ出す覚悟があるが。

 

()()()()()()()()、リリスたちはここにいるの」

 

 理由は、頼られるから。

 

「あの人って、可愛い人なのね? 人懐っこくて、誰のことでも大好きで、死んでしまった人のことをキにしないって言うけれど」

 

 語るリリスは、どこか楽しげで、嬉しげで。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()の。自分の子供なら、なおさらなの」

 

 

 ――色欲龍を愛するということは、色欲龍に愛されるということは、

 

 

「だから、色欲龍様と一緒にいるってことは。()()()()()()()()()()()()()ってことなの」

 

「――それは、なんというか」

 

「……羨ましいですね」

 

 僕と師匠が顔を見合わせて。

 

 リリスが、ウィンプルの中の髪をかきあげて、僕たちに背を向けた。

 

「行ってくるの!」

 

「ああ、行ってらっしゃい」

 

 布団から百夜を連れ出して、頭に乗せると、リリスは飛び出していった。

 

「――なんというか」

 

「はい」

 

 僕は、町の外を見る。師匠もその隣に並んで、見下ろして。

 

 ――全員が同じ場所へ向けて歩き出す光景を眺めて、

 

 

「――ここは、すごい場所だな」

 

 

 そう、僕たちは思うのだった。



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108.フィーは求めたい。

「――アタシには、他人の才を開花させる権能が在るのよね」

 

 フィーは、僕たちに対して、そう切り出した。

 

「そういえばそんなのあったなぁ……」

 

「かんっぜんに忘れてたわね?」

 

 そりゃまぁ、僕らと旅を始めてから、フィーがその権能を使うことはなかったからな。万が一フィーが嫉妬龍エンフィーリアとして旅をしていればまた話は違っただろうけれど、そんなことをしたら間違いなく世界を敵に回すので、残念ながらそれはありえない仮定だ。

 色欲龍が世界に受け入れられたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()からだしな。あと男どもが身体で籠絡されたから。

 

「これは、概念使いを目覚めさせるモノとして使うんだけど、本質的には衣物の性能を引き出す能力よ」

 

「まぁ、そうだね」

 

 概念使いは衣物の一種だ。概念使いの血を引くものは、つまるところ性能を引き出しきれていない衣物だ。それが、嫉妬龍の権能によって呼び起こされる。

 持たざるものを、持つものへと変える権能。それが嫉妬の権能だった。

 

「これね、()()()()()()()()()使()()()わ」

 

「概念使いは、衣物の中では特別ではない、ってことだ」

 

 概念使いという衣物の一種にも使えるなら、他の衣物にも使えるだろうということ。

 

「だから、つまり」

 

 ――そこでフィーは僕たちにとびっきりの笑みを浮かべて、

 

 

()()()()()()()使()()()のよ」

 

 

「…………は?」

 

 言い切った彼女に、それを聞いていた僕らは一斉に首を横に傾いだ。

 ここにいるのは、僕と師匠。それからリリスに百夜。珍しく起きていた百夜が、首をかしげたリリスからずり落ちる。つるっと宙を落ちた彼女は、机の上に華麗に着地してポーズを決めた。

 拍手。

 

「こほん」

 

 フィーが落ち着くのを待って、

 

「だって、大罪龍だって衣物の一種なのよ? で、それを踏まえて考えて見てほしいのだけど。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わよね?」

 

「まぁ、影っていうのはつまり、コピーって意味だからな。二つがつながってなきゃ、理論上はおかしい――」

 

「――で、ここからが本題なんだけど」

 

 師匠の言葉をそこで一旦遮って、

 

()()()()()()()()()()()

 

「……随分ざっくりしてるなぁ」

 

 遮られた師匠がそう零す。

 

「生気っていうのは、言ってしまえば人が生きるためのエネルギーだよ。この世界の人間は概念が複数に重なり合って出来ているから、簡単に言えば概念を奪われるようなもの、かな」

 

「この世界……っていうか人間ってそういうものじゃないの?」

 

 リリスの問い。まぁこの世界においてはそれはそうだ。僕の世界はあまりにも遠い可能性故に、そうではないけれど。

 

「で、じゃあそれが奪われるってことは、()()()()()()()()()()()()じゃない?」

 

「ううん……?」

 

 首をかしげる。まぁそうかも知れないけれど、いや、この場合、理解するべきは、()()()()()()()()()()()だろうか。

 しかし、存在が奪われるってことは、影欲龍の中に()()()()()()ってことだよな。

 

 ……あれ、なんか、既視感を感じるな。

 

「これってね、()()()()()()と似てるのよ。あいつも、死んだ大罪龍を蘇生させるために、その存在を取り込むわ」

 

 ――ああ。

 そうだ、確かに傲慢龍は蘇生のために、他の大罪龍を取り込んでいるのだったな。それは確かに、似ている。

 

「蘇生の権能と、()()()()()()()()が同じ構造って、不思議だけど、なんかしっくりこない?」

 

「……まぁ、そうだね」

 

「じゃあ、生誕の権能と、ルクスの能力を、()()()使()()()()()ってつまり――」

 

 それに、

 

「――()()()()()()()()()()()()?」

 

 師匠がそこへ行き着いた。

 

「できるなんて確証はない、でも、原理としてはそうなるの。で、ここでアタシの権能」

 

「他人の才能を開花させる――そうか」

 

 ああ、つまり。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだな?」

 

 なんとなく読めてきた。

 そして、これは確かにフィーじゃないとたどり着けない。なんてったって僕たちはフィーの権能のことをそれはもうさっぱり忘れていたわけなんだから。

 

 しかし、

 

「ううん、()()()()()()()()よ。だって、それだとエクスタシアがルクスを産むだけじゃない。それって、今の状況と何が違うのよ」

 

 ――フィーが否定する。

 確かに、元は一つの存在だった影欲龍。色欲龍から分かたれたのだから、元は色欲龍の中になければおかしい。だから、また一つの状態に戻しても、そこからまた産み落としても、意味がない。

 

()()()が必要なのよ。()()()()()()()()()()()、それを開花させる」

 

「器……って、どこにあるんだよ、そんなもの」

 

 師匠の言葉に、フィーはニィ、と笑みを浮かべて、

 

 

「アタシ」

 

 

 自分を指差した。

 

「……は?」

 

「考えても見なさいよ、相手は大罪龍。だったら同じ大罪龍が取り込むのが筋ってもんでしょ」

 

「フィーちゃん何言ってるの?」

 

 リリスまで心配そうにフィーに問いかける。

 師匠と二人がかりで向けられた視線に、けれどもフィーは真剣そのものだった。

 

「傲慢龍の権能と同じ原理の権能をエクスタシアとルクスリアは使える。大罪龍同士で原理が同じなら、私が同じ事を出来てもおかしくはないんじゃない? 大罪龍って規格は同一なんだもの」

 

「……なのー?」

 

 訝しむようなリリスは、再び斜めに傾ぐ。果たして本当に正しいだろうか、疑問に満ちた雰囲気をにじませた彼女へ向けて、百夜が頭に飛び乗った。

 身体の傾きをもとに戻したリリスの上で、百夜が問う。

 

「誕生は、できるとして。……取り込む方法は?」

 

「ああ、そこは僕も気になるな。そもそもフィーが器になるとしても、色欲龍たちを取り込めなきゃいみがないだろ?」

 

「ああ、そこね」

 

 流石に、そこは当然ながら考えているようで。

 フィーは自信に満ちた笑みで、こういった。

 

 

()()()()

 

 

 ぐっと拳を握りしめ、そう語る彼女は、けれどもさらに、とうてい理解しがたいことを言い出したのだ。

 ああでもしかし、僕はそれで思うのだ。

 

 ――なるほどね、と。

 

「……説明!」

 

 師匠が叫ぶと、僕は苦笑しながら口を開く。

 

「本来の歴史では、ルクスは有る事柄が原因で心を傷つけ、器を壊します。何があったかと言えば、簡単に言うと自分のせいで大怪我を負って、それを救うために色欲龍が生気を分け与えようとしたんですが……」

 

「器が壊れたせいで失敗したの?」

 

「違うよ、()()()()()()()()()から壊れたんだ」

 

 ああ、とリリスが納得したように零す。

 まあそういうことだ。自分という存在が間違っていると突きつけられ、耐えられなくなった彼女は自分という形を保てなくなった。

 

「で、その時はそれでおしまいなんだけど、その後だね。そういえば、これはフィーにしか話してなかったな」

 

「むぅ」

 

 頬をふくらませる師匠に苦笑いしつつ、

 

「それで器が壊れたルクスを、どうにかして立ち直らせなきゃいけなかった。どうしたと思う?」

 

「……器からあふれるくらい、生気を注ぎ込んだ?」

 

「よくわかりましたね」

 

「君がそういうの好きそうだと思ってな……方法も想像がつくぞ」

 

 師匠はそう言って、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

「正解」

 

 フィーは肯定する。

 

「で、このときにある現象が起きたらしいのよ。何ていうか、逆転現象?」

 

「うん。ルクスの能力は奪うこと。けど、奪わせまくって生気を溢れさせたら、()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。多分、過剰に生気を持ちすぎるのもマズイんだろうね」

 

「じゃあ、それを利用して、色欲龍の中にルクスリアを取り込んだのか? いや? 百夜の概念起源で未来に飛ばして解決したんだよな?」

 

 そう、そのとおり。

 ルクスを救ったのは百夜の概念起源だ。であれば、何故それが必要だったのか。()()()()()()()()()()()()()からだ。

 なにせ、取り込んだらルクスの意識はどうなる?

 

「――眠りにつく。色欲龍の中で、生まれてくる前の状態と同じように」

 

「それって……ほとんど死んでると同じってことなの?」

 

「もう二度と目覚めることはないからね」

 

 師匠もリリスも、そう言われて理解したようだ。では、眠りについてしまったのなら? ――ここに、その最も簡単な方法が存在する。

 

 

「だから、アタシが二人を取り込んで、二人をアタシの中で目覚めさせるのよ」

 

 

 ――かくしてここに、嫉妬龍エンフィーリアの、色欲龍娘化計画が、始動する。

 

 

 ◆

 

 

「――結局、本来の歴史では器を直すことができませんでした」

 

 戦場。

 快楽都市から少し離れた場所に、快楽都市の概念使いは集結していた。僕らはそれを高台から眺めている。

 

「とはいえ、解決策は解っていたんですよ」

 

「……マーキナーとの盤上戦争か」

 

「マーキナーの力で生み出されたなら、マーキナーの権能で蓋をすればいい、ってことですね」

 

「身も蓋もないわねぇ」

 

 これから、ルクスをめぐる戦いが始まる。

 ――なぜ、戦う必要があるのか。

 

『集まってくれてありがとう。先程も話したとおり、ルクスちゃんにこれから生気を分けて上げる必要があるわけだけど』

 

 ――色欲龍の声が響いた。

 僕らの手元にある通信用の衣物から、それは聞こえてきている。みれば、戦場の中央には、色欲龍とルクスがいた。

 お互いに向かい合って、色欲龍は笑みを、ルクスは不安と緊張を、互いに正反対なそれを、瓜二つの顔へ貼り付けていた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、これは危険な戦いになる』

 

 何故?

 ――マーキナーがそういうふうに作ったがゆえに。

 

『何より――これに勝利するということは』

 

 色欲龍は、一瞬だけ溜めて、

 

 

『私と、一時では有るけれど、お別れするってことになる』

 

 

 ――フィーに取り込まれ、目覚めるまでに時間が必要で。何より、マーキナーに勝利して、やつの立場を利用しなければ、ルクスは救われない。

 もちろん、そうしなければルクスごと、色欲龍が消えてしまうとしても。

 

 ――自分たちに、色欲龍の消失を後押しできるか。

 

 そう、彼女は問いかけていた。

 

 ああ、けれど――色欲龍がそうであるように。

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 故に、答えは歓声だった。

 

 

『――そう』

 

 それに、少しだけ色欲龍は嬉しそうに笑みを浮かべて、ルクスに近づく。

 

『あ、エク……スタシア……』

 

 衣物から、ルクスの声が聞こえてくる。

 不安に満ちた声。

 

『――大丈夫よ、あなたには、私の大切な家族が着いている。いえ、あなたも家族なのだから』

 

 そう言って、色欲龍はルクスを抱きすくめる。

 ――色欲龍のエネルギーが、ルクスに吸い込まれ初めた。

 すぐに、()()は始まるだろう。

 

『だから、次に目が覚めたら――私の家族のことを、もっと教えてあげる』

 

 ――ルクスは、色欲龍越しに、集った家族の顔を眺めて。

 

 

『――楽しみにしてる』

 

 

 そう、始まりの言葉を告げた。



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109.快楽都市は戦いたい。

 ――生気をギリギリまで吸われた色欲龍が、ふらふらと後方に下がる。同時に、周囲にいた少女たち――色欲龍のよくわからない配慮によって選ばれた者たち――が、ルクスに生気を注ぎ込む。

 すぐに、変化は訪れた。

 

 ――ルクスの身体から、影が伸びる。

 

『あ、ああああ――ッ!』

 

 影は、ルクスを覆い、

 

 

“ああああああああああァァァ――――!”

 

 

 彼女の姿を、影の龍へと変えた。

 

 そして、戦闘が始まる。

 とはいえ、この戦闘は非常に特殊だ。攻撃を与えるのではなく、相手の身体に触れて生気を与えなくてはならない。生気を与えた場合、当然ながら力が奪われるために、概念崩壊が近づく。

 こちらが攻めれば攻めるほど、自分たちの力が奪われ、相手の力が増していくのが、今回の戦闘なのである。

 

 だからこそ、必要なのは一人の強大な個ではなく、無数の壮大な群であることは、何よりも自明の理であった。

 

 影の龍に対し、迫るは数百にも及ぶ概念使い。誰もが快楽都市にその身を預け、色欲龍にすべてを捧ぐ信奉者たちだ。

 その姿は多種多様、筋骨隆々の禿頭から、如何にもずる賢そうなねずみ顔。スラム街の物乞いめいた少女、軽装に身を包んだ冒険者風の女、妖艶な娼婦と思しき美女。

 混沌を体現した彼らの行進は、振るわれた影の尾によって薙ぎ払われる。

 

 尾は足元から迫る。地面に潜り込み、波をかき分けるようにして迫るそれは、彼らの突撃を押し止める効果も含んでいた。

 

 そんな尾を、飛び越える一つの影。それは――

 

『行くっすよー!』

 

 幻惑のイルミ。残像の如き尾を引きながら、素早い動きで影欲龍へ飛びかかっていく。他にも、そのあとに続くように素早い身のこなしの概念使いが飛び込んでいく。

 

 面白いことに、彼らには多少の共通点が見られた。

 多くが、身軽な服装をしている。いつでも、どこにでも出かけることのできるような服装。彼らは各地に飛び回り魔物から村を守ったり、事件を解決したりして食い扶持を稼ぐ冒険者のような概念使いだ。

 怠惰龍の足元に出稼ぎに行くものも多く、彼らはほとんどが戦闘に長けた概念使いである。

 

 いわゆる前衛型のコンボを稼いでいく概念使い。各々の移動技で接近し、影の攻撃を振り切り、弾き、時には切り裂いて――この影は攻撃ができて、破壊できるオブジェクトのような存在なので、攻撃してもルクスに傷はつかない――進んでいく。

 

 ――この世界の守護をする概念使いの多くは、ライン公国か快楽都市に所属している。そこから派遣され、街に滞在して魔物の襲撃を防ぐのだ。

 当然ながら、その信用はライン公国の方が高い。快楽都市に頼むというのは、例えば多少質が悪くても、安く人を雇いたい場合だ。

 

 けれども、実はそういう場合、雇われた人間は雇われた値段以上の仕事をすることが多い。何故なら雇うのが、金のない小さな貧乏村落だから。

 そして、そういうところに雇われる信用の少ない概念使いは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 貧乏村落故に概念使いを雇えず、魔物に滅ぼされた村の出身などが、そういった仕事を受けるのだ。――そんな彼らは、だからこそ快楽都市に感謝している。

 もう一度、今度こそ村を守れた誇りを胸に、彼らは快楽都市に生きるのだ。

 

 そんな彼らの手が、影の龍へと届く。念じるように生気を流し込み、影はその大きさを増していく。その間にも生気を送るモノへ影は振るわれるが、多くは別の誰かが弾き、絶え間なく生気は送られ続ける。

 そうして誰もが一度は生気を流し込んだら、そこから一斉に飛び退く。

 

 影から大技の兆候が見られたのだ。大罪龍に見られる熱線の一撃である。

 

『退避! 退避ッス!』

 

 イルミの呼びかけに彼らは答え、同時にイルミが概念技を起動する。

 

『“R・R(レインボウ・リアクション)”!』

 

 幻惑の概念技、その中でも上位の概念技だ。効果は幻影を生み出し、それを突撃させる。遠距離から切り掛かれる便利な技だが、この場合は使うのは囮だ。

 上空に向けて飛び上がったイルミの幻影に、影は狙いを定める。

 

“シャドウ・バインドォ!”

 

 咆哮と共に、放たれたそれは、横一閃、薙ぎ払うように振るわれる。さながら灯台の灯火が如き影のキラメキ。闇に空を塗りつぶすそれは、一瞬にしてイルミの幻影を切り裂いた。

 

「――うーん、広範囲だなぁ」

 

 それを眺めながらつぶやく師匠に、僕は大きく息を吐きながら、

 

「代わりに威力は、大したものではないですけどね。フィーの熱線以下です」

 

「私よりグラトニコスの火球のほうが威力低いわよ!」

 

 そうやって話をする僕らを他所に、戦闘は推移する。

 続けて、飛び出したのは戦闘には向かない様相の集団。彼らは一斉に遠くから概念技を放つ。こちらは後衛型の概念使い。

 彼らはその出で立ちからして、娼婦、神官、商人と、戦闘を行うものではないことが明らかである。

 加えて、彼らの使用する概念も、戦闘には向かない概念がほとんどだ。使っている概念技は、数少ない攻撃手段であることは確かだろう。

 

 ――戦闘に向かない概念使い。これは多くの場合コミュニティには歓迎されない存在である。概念使いでないものの守護を求められる存在、それを守れないのが、彼らであった。

 概念使いへの風当たりは強い。ただ、守られている立場ではそれを表にはできなくて、故に守らないものへと彼らは矛先を向ける。

 

 はっきり言って、彼らは人嫌いだ。関わることも可能ならばしたくない。でも、快楽都市に概念使いでないものがやってきて、正当にサービスを求めるならば、彼らは笑顔で対応するだろう。

 商品を売ることに差別はしない。区別もない、平等に、あるがままに。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()。快楽都市は自由なのだ。自由が故に、選べるのだ。自由が故に秩序は自分の手で守らねばならず、そして守らないものは、()()()()()()()()()()()()()

 

 ――もしもサービスを求めたただの人間が、自由を守ろうとしなかったのなら、そのときに鉄拳をお見舞いしてやればいいのだ。

 

 ここではそれが許されている。

 この都市で、自分を守るものは立場ではなく、心なのだから。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。他者に虐げられながらも強い心を持ち、故にここまで生きてきて、この都市にたどり着いた彼らには、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()がある。強く、固く、揺るぎない。()()()()()()()()()()()()()()だ。

 そんな彼らの概念技と、影の龍が激突し、ぶつかり合う。

 激しい攻防の中で、数人の概念使いがその弾幕の下をくぐり抜けるように突破、影に生気を叩き込んでいく。

 

“ああああああああ!”

 

 影は叫び、その力を更に増幅させる。

 そんな中を、前衛の概念使いが生気を叩き込んだ者たちを庇いながら後退し、戦局は再び一進一退へと戻る。

 

「――なんていうか、連携なんてあったもんじゃないな?」

 

「まぁ、そうねぇ」

 

 師匠とフィーのつぶやき。

 ここまで、快楽都市の面々がやっていることは、どれもが力押しだ。人海戦術によるゴリ押し、ある程度、戦略の方向性は一致している。誰もが生き残ることを第一義としている。

 その上で、彼らはただただ力押しに終止していた。

 

 それ以外の方法がないというのもあるが、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「すごい場所ですよね。これが戦法として成立するってこともそうですが、命がけの戦いで、故に彼らは自分の生命をもっとも大事にします。でも、他の誰かも可能なら守ります」

 

「……眼の前で死なれるのも、それはそれで寝覚めが悪いしなぁ」

 

 彼らは、目的は一つではあるが、目的よりも更に、自分の命を優先している。影欲龍は救いたい。だが、同時に、否、それ以上に死にたくないのだ。

 

「誰かのためではなく、自分のために戦うからこそ、彼らは生命を守り、愛し、そして救おうとする」

 

「いいわねぇ、それが全部、エクスタシアの愛に応えるためなんて。……あいつに嫉妬しちゃうわ」

 

「君が彼女たちの母になったら、その想いの一端を受けるんじゃないか?」

 

「……それは、なんか重苦しくてアレね」

 

 ――君の嫉妬も大概じゃないか? とは思っても、口にしない。

 今はチョロあまだけど、もしも僕が彼女に不義を働いたら、それはもうすごいことになるだろうな、とも思うけど、口にしない。

 

 世の中には、触れなくていいことというのもあるのだ。

 

 ともあれ、戦局は更に進む。

 

 ――一進一退の攻防、彼らはそれはもう奮闘していた。どれだけ攻撃が激しくなろうと、自分の生命とついでに誰かの生命を守りながら、前に進んでは生命を流し込む。

 なんとも、壮観な光景だ。ライン公国の戦争とは、また違う戦い方。

 

 アレは整然とした理性の戦いだが、これは本能の闘争である。どれもが人間の一面であり――人間らしさだ。

 

 生を謳歌している。とでも、言えばいいだろうか。

 

「あ、リリスよ」

 

 

 ――その中に、リリスの姿があった。

 

 

『次、そっち行くの! そっちは何とかみんなで持たせてなの! リリスが行くまで頑張るの!』

 

 無数のバフと回復を縦横無尽に叩きつけながら、戦場を飛び回る。リリスの役割は戦線の維持だ。現状、戦闘は影の龍を縫い止める遠距離攻撃と、その隙を掻い潜って突撃する前衛という構成であり、それをバフや回復で支える者たちがいる。

 彼らは数人のパーティを組んで、一定の場所にとどまっているが、その中を遊撃として飛び回るのがリリスである。

 

 リリスは、一人で数パーティ分の仕事ができた。故に、一時的にパーティの支援に入り、押されている部分を押し返してから、また別の場所へ移る。

 そんなことを、戦闘が開始してから絶えず続けていた。

 

『みんな思ってる事は同じなの! だからできないことは出来ないでいい! みんなのできるをルクスちゃんにぶつけるの!!』

 

 彼女の声はよく通る。

 

 ――現状、快楽都市最強の概念使いは、きっとリリスだろう。位階もそうだが、練度も、そしてなにより経験も、この場にいる誰よりも彼女は豊富だ。

 大罪龍と激突した人間が、この場にどれだけいる? いたとして、それに二度以上勝利した者は、誰一人としていないのだ。

 

 故に、リリスの言葉には力があった。

 誰もがそれに励まされ、背中を押されて前に出る。

 

 ――そこには、小さな色欲龍の後ろ姿がたしかにあった。今、リリスは色欲龍にも劣らぬ慈愛でもって、快楽都市に鼓舞をもたらしていた。

 

 戦闘は、まったくもって順調だ。

 ここまでくれば、僕らの出番も見えてくるだろう、リリスも問題なく二戦目に加われそうだ。

 

 ――思った以上に、快楽都市は強かった。

 

 見くびっていたわけじゃないけれど、想像以上。これは――

 

 

“――みんな、おまたせ”

 

 

 快楽都市の主が帰還する。

 後方で回復を受けていた色欲龍が、回復を終えて復帰したのだ。

 その姿は、先程までの、着物姿の美女ではない。

 

 妖艶な、白竜の姿がそこにはあった。

 

 ――美しい龍だ、長い胴体に、透き通るような白の肌。

 まさしくそれが、色欲龍であることに、疑いは誰も持たないだろう。

 

 帰還した主に歓声が上がる。

 さぁ、一戦目も大詰めだ。

 

“一気に決めるわ! 私の後に続きなさい!”

 

 叫ぶと同時、色欲龍は、口を大きく明けて、そして、

 

 

“典嬢天花!”

 

 

 ――自身の有する熱線でもって、影欲龍と激突する!

 

 その熱線は、淡い赤の熱線。影欲龍のそれと同じ、横薙ぎに振るわれる広範囲のそれは、しかし威力が段違い。

 

“――ッ! シャドウ・バインドッ!!”

 

 対して放たれた一撃は、しかし。

 

 一瞬にしてかき消され、影欲龍を守るように周囲に浮かんでいた、影の尾が、引き剥がされた。

 

 遠距離と近距離。二つの攻撃手段を同時に奪われた影の龍へ向けて、――快楽都市の概念使いが殺到する!

 

“さぁ――!”

 

 そして、色欲龍が飛び出して、

 

 人の姿へと変る。

 

 

『手を伸ばしなさい、ルクスリア――――!』

 

 

 救いを求める一人の少女へ、

 

 救いたいと思う大切な半身へ、

 

“エクス、タシア――!”

 

 

 ――それは果たして、つながった。



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110.僕たちは受け継ぎたい。

 ――色欲と影の激突。

 スペックで言えば、それら二つに優劣はない。ただ、暴走しながら周囲に破壊をもたらすだけの影と、理性でもって戦局に介入する色欲では、そもそも立っている土台に違いがあった。

 

 そもそも、数の暴力というやつもあり、戦闘自体は終始快楽都市の優勢で進んでいた。コレ自体は想定されていた通りで、僕らとしても特に思うところはない。

 なるようにしてなった。快楽都市は色欲龍の街なのだから、こうなるべきなのだ。

 

 眼を見張るべきなのは、戦果ではない、被害の方だ。言うまでもなく、快楽都市が今回の一件で出した被害。概念崩壊した概念使いの数は、数多。

 そりゃそうだ、攻撃を加えることがイコールで自分の力を削ぐことになるのだから、加えて大罪龍クラスの出力を誇る影の龍が相手ともなれば、その被害は推して知るべし。

 

 だがしかし、そこに驚くべき数字があった。概念崩壊は多数。しかし同時に、()()()()()。誰一人、この戦いで生命を落としたものはいない。

 

 先のライン公国における対憤怒龍戦が顕著だが、あの戦いには少なからずの死者が出ている。相手が無数の魔物だったがためにフォローが間に合わなかったというのもあるが、手数に関してはこちらも負けてはいない。

 暴走したルクスに影を止める力はない。

 

 だから、これは快楽都市の戦いの結果だ。彼らが、彼らだったから、生き延びたのだ。

 

 快楽都市には生命の熱情が渦巻いている。奪われても、奪われても、尽きることのない輝きがそこにはあるのだ。

 これをなんと言おう。奇跡? そんなものではない、これは必然の結果だ。実力? その一言で閉じ込めるには、この結果は偉業にすぎる。

 

 故に、敢えてそれを呼ぶのなら、ただ一言、こう呼ぶべきなのだろう。

 

 宿命、と。

 

 

「あ、ああああああああっ! エクス、タシアあああああああああああッ!!」

 

 

 戦場に、ルクスの叫びが響く。

 それは、祈りだった。

 ルクスに課せられた宿業は、もはやここまで嫌というほど語り尽くしてきた。それを救おうとする快楽都市の面々の意志も。

 

 ルクスとは、救われなかった過去の自分だ。

 

 ――快楽都市には、多くの理由で救われなかったがために流れ着いた人々がいる。そんな彼らは、ルクスの境遇を聞いて思うのだ。

 これは、かつての自分だと。

 

 救われることのなかった自分。

 

 今のルクスは、大切なものを、好きになりたいと思ったものを壊してしまうがゆえに、消えなくてはならない運命にある。

 かつての快楽都市の概念使いはどうだ? 守りたいものを、失ってしまったからここにきた。失わなくてはならなかった自分と、失うことしか許されないルクス。

 ――そこに何の違いが有る?

 

 故に彼らは戦った。エクスタシアの願いという、彼らにとっての最上級の報酬を胸に。

 

 そんな彼らの前で、影と色欲が溶け合っていく。

 

「――みんな、私はこれから、旅に出るわ」

 

 すでに聞かされていた通り、エクスタシアとルクスリアは、これから嫉妬龍エンフィーリアに取り込まれた後、新たな形で再臨する。

 それは、快楽都市から主が失われることでもあった。

 

 故に色欲龍は称するのだ、その消失を、旅立ちという言の葉で。

 

「この世界には、私達大罪龍を作った神がいる。彼はあなた達人類が、生まれたときからの大敵で、あなた達が何れ激突しなくてはならない相手よ」

 

 機械仕掛けの概念は、人を敵と認め、踏みにじるために戦う。そんな神を、この盤上の舞台に上げる。快楽都市の人間には、それはピンと来ない相手だろう。

 ただ、一つだけわかること。

 

 ――色欲龍は、それと戦うことを決めたのだ。

 

 故に思う。

 ……何故?

 

「けれども、私はこうも思っていたわ、()()()()()()()()。人類は、未だ神の名前すら知らないというのに、戦うのは時期尚早だと」

 

 かの神は独善的で、傲慢だ。故に人を見下し、食い物にするべく舌なめずりをしている。だが、だからといってゲームのルールを逸脱するようなマネはしない。

 神が盤上に上がるのは、人類がそうするために行動を起こしたからだ。

 

 大罪龍という天敵を排除して、自分を世界の覇者たらしめんがために。

 

 故に、今ではない、というのはまったくもってそのとおりだ。神は人類との()()()()()()()を望んでいる。だというのに、今の人類の立場は神の存在すら知らない無垢な赤子だ。

 それでは、神と戦う資格どころか、神に拝謁するという意志すら彼らには宿らない。

 

 だから彼女の言葉は、まったくもって正しいのだ。

 

「――けれども、そんな中で、大罪龍を打倒し、神をこの世界に引きずりおろし、そして()()()()と断言した者たちがいた」

 

 故に、

 

 それを色欲龍が覆すということは。覆すに足る信頼を、誰かに抱いたということ。それは、知っているものならば知っている。

 

「そして、今回、ルクスを救う方法を、彼らは持ってきてくれた」

 

 ――だから、そこから先に色欲龍が紡ぐ言葉は、きっと。

 

 

「私は、それに賭けることにした」

 

 

 快楽都市の、すべての人々の、言葉だったのだ。

 

 

 ◆

 

 

 ――ルクスから、影が溢れ出る。注ぎ込まれすぎた生命の暴力に、その器が耐えきれなくなったのだ。

 それらはルクスと、それから色欲龍を覆い、包んでいく。逆流するエネルギーに、色欲龍はそれを取り込むことを選んだのだ。

 

 当然ながら、普通の生物にルクスのような生命を溜め込む器はない。奪うから器があり、器が有るから奪わなくてはならないのだ。

 他者がそれと同じことをすることは不可能で、故に逆流するそれを取り込む場合、結局最終的に、生命に飲み込まれてしまうのだ。

 

 通常ならば。

 

 ゲームにおいては、例外たる星の器、つまり僕がいたからそれを収めることもできたが、今回は通常の状態である。

 ただし、僕たちの目的からすると、それで何一つ問題はない。

 

 ここで大事なのは、ルクスが色欲龍の中に、再び回帰するという一点なのだから。

 

 やがて、影という漆黒の闇に、それを塗りつぶすような白が浮かび上がる。ペイントソフトで消しゴムをかけたときのように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()黒をかき消して、文様を描く。

 

 広がっていくのは翼の跡だ。空中に、空を羽ばたいた軌跡を描くように広がって、そして形を為す。キャンパスにぶちまけた絵の具が滴り落ちるように、不格好な翼は、けれどもどこか死を思わせる不気味さを伴っている。

 白の紋様は一定の形を持たずに変化して、時には笑みを、時には怒りを描き出すように、身体中に浮かび上がっており、唯一一定なのは、その貌だけだ。

 

 ――今にも泣き出しそうな、ピエロの顔がそこにはあった。

 

 

“――LuAAAAAAAAAAAAAAAAAAA"

 

 

 かくして顕現した、色欲を取り込んだ影の龍は、舌を震わせる。

 同時、周囲の概念崩壊した仲間を後方に退避させていた概念使いに、白黒の光を伸ばす。ムチのように迫るそれは、突然故に回避が間に合わず、多くの概念使いを掠める。

 

 そう、掠めるだけだ。

 

 

 ――それだけで、()()()()()使()()()()()()()()()

 

 

『――即死ってことッスかぁ!?』

 

 この声は、イルミだろう。 

 彼女はまだ生き残っているようだが、時間の問題だ。これは、生半な概念使いでは避けられない。速度もそうだが、追尾性能が高すぎるのだ。

 

『――――百夜!!』

 

 リリスの叫び。

 彼女の判断は早かった。懐から自身の相方にして親友の少女を呼び出すと、中から現れた少女は、能面の顔に少しだけ悔しそうな表情を貼り付けながら、

 

『アレは、いいなぁ。私も万全で、戦いたかった』

 

 戦闘狂として、あの強さは眼を見張るものがあるだろう。今すぐにでも飛びかかりたい衝動を堪えながら、しかし百夜はそれを起動する。

 

『けれども今は、私の大切な人の大切を、一秒先へ送り出す――“T・T(タイム・トランスポート)”』

 

 

 ――直後、戦場から、リリス以外のすべての概念使いが消失した。

 

 

 後に残るのは、リリスとそれからモノクロの影のムチ。それを操るピエロの龍。

 ――圧倒的な体格差を前に、けれどもリリスは一切臆さない。何故、などと今更語るまでもないだろう。無数の影が、リリスへ迫る。彼女は動こうとすらしない。

 何故ならば――!

 

 

「“嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)”!」

 

 

 そこに、フィーの熱線が直撃することがわかりきっているからだ。

 

 激突した双方の明滅に、世界が一瞬で閃光に染まる。けれども、その中をまた別の触手が迫ってくるのだ。リリスは未だ安全ではない。

 

 ああ、けれど。

 

 

「――“T・T(サンダー・ストライク)”!」

 

 

 紫電と、

 

 

「――“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 

 敗因の一閃が、それを切り裂いた!

 

「さて、快楽都市が役目を終えた今――」

 

「――ここからは、僕たちの戦いですね」

 

 リリスの眼の前に、僕と師匠が交差するように着地する。

 

“――――”

 

 白黒の龍はそれを一瞥し、一瞬停止する。こちらを伺うように、観察するように。

 

 見下ろしていた。

 

「――そこまでよ。ここから先は、快楽都市には絶対にできないからね、アタシたちがやるしかない」

 

 そこに、フィーも遅れて到着する。

 

「解ってると思うけど、遠慮はいらないからね、リリス」

 

「解ってますの、リリスはエクスタシア様をボッコボコにする覚悟を決めてきましたの!」

 

 ――ここからは、フィーが二人を取り込むために、生気を注ぎ込まなければならない。けれども、色欲龍と影欲龍は融合したがために、その器も大きさを増している。当然ながら僕たちだけで満たすことはできない。

 下手すると、快楽都市の概念使いすべてを動員しても不可能だろう。

 

 故に、僕らは逆の手段を取る。

 

 ようは()()()()()()()()()()()()()のだ。方法は単純。このモノクロ龍を弱らせる。戦闘不能になるほど弱らせてしまえば、器の許容量も下がる。

 

 故に、これまではただ生かすための戦いだったが、ここからは、勝つための戦いにもなる。

 

 相手は二体分の大罪龍の力を有する怪物。

 傲慢龍を乗り越えた僕たちでも、勝てるかどうかわからない敵。

 

 ああ、まさしく。

 

 

 ()()()()()()()()()()だ。

 

 

 ここから先は、僕の戦いだ。

 

 ――もちろん、敵は強くとも勝機はある。故に、その勝機のために。

 

「“◇・◇(スクエア・スクランブル)”」

 

 僕は即座に切り札を切る。

 

「――ここからは短期決戦になる。このスクエアが切れるまでが、僕らの勝機だ。行くぞ、みんな!」

 

「ええ!」

 

「ああ!」

 

「なの!」

 

 

 ――かくして、影欲龍戦第二戦。

 

 僕たちと、不定の影(ロールシャッハ)な龍との激突が、ここに始まった。



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111.影は光に消えてゆく

 ――僕の身体が宙を舞った。

 強引に影の群れを切り裂いて、胴体を一部切り裂いて、その勢いで宙に飛び出したのだ。空中で姿勢を正すと、再び移動技で直線的に突っ込む。こちらを狙って飛んできた影の横をすり抜けながら、更に突っ込むのだ。

 

 もう一撃。僕はそのまま龍の周囲を飛び回り、コンボを稼いでいく。

 

 戦闘開始からここまで、僕はひたすらにコンボを稼ぐことを念頭に戦ってきた。理由としては僕がこの戦闘におけるダメージソースだから。時間がないのだから、多少の無茶と戦術の固定は必須なのである。

 臨機応変な戦いよりも、一つの有効な戦法こそが、現状の打破には必須であったのだ。

 

 ――時間制限。

 

 モノクロの影龍にはそれがあった。何故か、原因は単純だ。

 

“色牙”

 

 ――その時、僕とは別の方向から影欲龍へ迫る師匠に、いくつかの影が集束し、刃となって振るわれる。

 

「そら、こっちだ! “E・E(エレクトロニック・エクスポート)”!」

 

 いいながら師匠は移動技で横っ飛びに避けると、さらに触手をひきつけながら遠距離技でちまちまと攻撃を加える。ダメージが目的ではなく、それによって影欲龍の意識を引きつけることが目的だ。

 

 ――今の影欲龍は、色欲龍の技を使って戦う。

 色欲龍の攻撃は、強烈なデバフ攻撃。フィーのそれと比べると、明らかに性能の違うデバフは、一発でも喰らえばステータスの半分は下がるような強烈なものだ。

 

 とはいえ、そのデバフよりも、今は通常攻撃の方が厄介なのだが。

 

「ああもう! また食らってんじゃないわよ!」

 

「ぐ、あ……悪い!」

 

 師匠は何とか攻撃を引き寄せるが、一部の触手を掠めて、概念崩壊する。問答無用だ、ほぼ位階がカンストしている師匠であっても、これは例外ではない。

 フィーが即座に迫る触手を薙ぎ払ってから復活液を叩き込む。彼女の背には、リリスの姿があった。

 師匠でも回避が難しい群を、リリスが回避できるはずもないのだ。

 

 そして、この通常攻撃には触れるだけでも概念使いを概念崩壊させる効果がある。幸い、生命を奪うことはないため、フィーは触っても何も起こらないが、僕たちには死活問題だ。

 

 僕は先程から何度も切りかかって、触手をやり過ごしているが、これはリリスのバフと師匠の牽制あってこそのものだ。今、僕はリリスのバフを完全にこちらに集中してもらっている。

 完全に、僕一人がダメージソースとなる戦法である。

 

 さて、色欲龍の技を使うということは、()()も影欲龍は使用できるということだ。前回の人間形態の色欲龍に使われて、散々な目にあったアレ。

 そう、“士気錠卿”である。

 

 時間経過で発動するアレは、本来の色欲龍ならば龍形態ならば即座に発動しうる強烈な技。とはいえ、モノクロの、()()でしかない今の影欲龍では、そう使えるものではない。

 故に、僕はそれを発動する前に決着を付けるつもりなのだ。

 というよりも、それ以外に方法はない。

 

「だあああもう! ほんっと、戦い方がめんどくさいんだから、エクスタシアは!」

 

 リリスを抱えながら叫ぶフィーは、距離をとって、隙を見ながら遠距離から攻撃を叩き込んでいた。彼女は通常攻撃を食らっても問題がないという特性こそあるが、あの通常攻撃は触手なのだ。

 つまり相手を絡め取ることが可能なのである。最悪ちょっと表現できない状態に陥る可能性もあり、そもそも背中のリリスを触手に触らせるわけにもいかないため、彼女も攻撃を引き付けながら逃げ回っていた。

 

 とはいえ、完全にタンクに徹している師匠と比べれば、こちらの動きはアタッカー寄りだ。飛ばす攻撃は速度低下、防御低下が切れていればそれぞれそちらの攻撃を放つが、基本的には熱線だ。

 影欲龍は特性として動きが少ない上に、意思を伴っての攻撃をしない。これに一番近いのは真百夜だが、あちらは意思はなくとも戦術はあった。こちらは本当にただ、本能のままに暴れまわるだけなのである。

 

 ――故に師匠のヘイトは有効に機能していた。

 僕の攻撃も、フィーの熱線も、面白いくらいに叩き込めるのだ。ここまでは、一方的な戦い。だが、しかし――解ってはいた。

 彼女はまだ、一個目の攻撃パターンを行っているにすぎない。ダメージを与えれば攻撃パターンは変化する。

 

 そしてそれは――

 

「――吹っ飛びなさい! “嫉妬ノ根源(フォーリングダウン・カノン)”!!」

 

「こっちも受け取ってもらおうかな! “L・L(ルーザーズ・リアトリス)”!!」

 

 二人分の攻撃は、寸分違わず同時に影欲龍へと突き刺さり、

 

“LuAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA"

 

 猛烈な雄叫びが、悲鳴のような絶叫が、影欲龍から発せられる。

 大きくうごめく紋様が揺らいで、彼女の変化をこちらに知らせる。それは言うまでもなく、攻撃パターンの変化を物語っていた。

 

「大技が来るぞ!」

 

 叫び、構える。

 

 ここから飛んでくるのは、どちらも致死を伴っている。通常攻撃のそれとは違い、物理的にダメージ量が多いのだ。

 

 

“死奇翼”

 

 

“典嬢天花”

 

 

 どちらも、色欲龍が有する最大火力。人間形態におけるそれと、龍形態における熱線の同時使用。そこにさらに、通常攻撃の触手が加わる。

 

 結果――

 

 

 ――横薙ぎに振るわれる熱線を、フィーの熱線が何とか受け止め、反らした。その隙間を縫って駆け出した僕に、()()()()()()()()()()()()()()()、片方を師匠が強引に吹き飛ばし、もう片方を僕がくぐり抜ける。

 

 ――それが、

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 一度、飛んでくるだけならば、なんとでもなる。色欲龍の熱線は範囲の代わりに威力が犠牲となる。それでもフィーの熱線と比べると火力が高いが、ずらすことはできる。

 死奇翼は火力に関しては一撃一撃が熱線と大差なく、絶対に受けてはいけないものの、数自体は同条件の通常攻撃のそれと比べれば圧倒的に少ないのだ。

 

 ――同時にその通常攻撃も変わらず迫ってくるというだけで。

 

 厄介なことに。

 

“色牙”

 

“壊洛”

 

“妖炎”

 

“陰刀”

 

 ――色欲龍が使用する無数の技も、絶え間なく飛んでくるのだが。

 こちらは受けても倒れることはない。僕にとってはほとんど意味もないようなダメージだ。リリスが僕のスクエアの効果を何とか伸ばそうと必死に回復を飛ばしてくれているため、その中に埋もれて消えていくような。

 

 だが、デバフは非常に強烈だ。僕らのデバフは大体が六割程度でストップするが、これらを複数くらえば、七割、八割。士気錠卿が適応されれば、九割はステータスが持っていかれる代物である。

 喰らえば即死攻撃の餌食となるこれらは、実質的に即死技と何ら変わらない効果をもたらしていると言ってよい。

 

「もう! どんだけ嫌がりなのよ! この子は!」

 

「そういう問題じゃないと思うけどね! ただの攻撃パターンだし!」

 

「――手数としてみれば、これまでのどの敵よりも厄介だな……近づけん」

 

 まさしく二重大罪の敵にふさわしい強さだ。フィナーレドメイン、最終作では、これが大ボスでもなんでもなく、ただの1ボス、それも中盤の敵として登場するのだから、まったくもって恐ろしい。

 とはいえ、その時は色欲龍を完全に取り込んだわけではなく、彼女の力を奪ったがために、多少なりともその能力が使えるようになっていただけで、こうも使いこなしてくるわけではないのだが。

 

 要するに、今回のルクスは、ゲームにおける彼女よりも、更に強くなっていた。

 

「けど――戦えないことはないの」

 

「まぁ、逆に……ね」

 

 だが、勝機はあった。

 ここはリリスの言う通りだ。戦えないことはない。フィナーレドメインでは、主人公たちは()()()()()()()()()()()()()()()()()。今の僕らでは、追いつけない壁の向こうにいるのだ。

 そんな僕たちが戦う相手として、色欲龍を取り込んだ影欲龍は()()()()

 

 本来ならば、勝てる相手ではない。

 

 しかし影欲龍だけは例外だ。だって、彼女の戦法は即死攻撃とそれを通すためのデバフ。デバフ攻撃の威力は低く、当ててしまえば勝てる攻撃を当てるための牽制でしかない。

 故に、レベルがどれだけ違おうとも、やることは何一つ変わらないのだ。

 

 フィナーレドメインで相手をする敵で、今の僕たちが唯一勝利できる相手、それが影欲龍だった。

 

「ここからは戦法を変える。もう時間がない、フィーの熱線をどれだけ叩き込めるかが勝負だ」

 

 ――近づけない状況で、僕のスクエアからの最上位技はあまり意味をなさない。よってここからは、もうひとつのダメージソース。フィーの熱線に頼ることとなる。

 そして、そのために――

 

「僕も、攻撃を引きつけるようにする」

 

 役割を、変えるのだ。

 

 

 ◆

 

 

 激しい手数の群れの中で、僕はそれをことごとく切り飛ばしながら先へ進んでいく。言うまでもなく、敵の攻撃は威力が弱く、避けるのは容易だ。数が多すぎることが問題なのだ。近づけはしないが、向きを変えることは単純な作業である。

 しかし同時に、いつ致命の一撃が飛んでくるかわからないと言う欠点もある。今も無数の死奇翼が僕を狙って飛んでくる。一つ一つを回避していれば、僕はそこに釘付けになっていた。

 

 当然別の攻撃が迫ってくる。中には致死の通常攻撃が、束になって襲ってくるのだ。散らしてこないだけ有情だが、意識を研ぎ澄まさなくてはならない。加えて言えば、僕はさらにやらなくてはならないことがあるのだ。

 

 回避と、包囲網からの突破、この二つを同時にやらなくてはならない。僕は即座に、地面に向かって概念技を放つ。

 

「“C・C(クロウ・クラッシュ)”」

 

 爆発、常日頃から目眩しに使っているこの技を、さらに地面を巻き込むことで煙を増やす。いくら影欲龍に意思がなくとも、触手を操るのは影欲龍自身だ。つまり何が言いたいかと言えば、彼女は単純なのだ、都合が良いことに。

 故に煙で視界を遮れば、向こうは多くの手札を彷徨わせる。僕は牽制も兼ねて遠距離攻撃で行動を誘発した後、移動技で飛び上がる。

 間に合うか!?

 

“典嬢――”

 

「させるかあ!」

 

 ギリギリ間に合った僕の一閃が、影欲龍の顔を斬りつける。発射の直前に顔が上向いて、さらに僕は顎を蹴り付けて離脱!

 

“――天花”

 

 直後、迸る影欲龍の熱線。

 そこに――

 

「今よ! “嫉妬ノ根源”!!」

 

 フィーの熱線が突き刺さった。

 僕はそこから落下して、そこに無数の触手が迫る。しかし、それは最初から織り込み済みだ。

 

「フォローに入るぞ! “C・C(カレント・サーキット)”!」

 

「助かります!」

 

 師匠のフォローを受けつつ着地、距離を取る。直後、熱線を終えた影の龍がコチラを見下ろし、

 

“LuAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA"

 

 再び、攻防が始まった。

 

「――エクスタシア」

 

 激しいぶつかり合いの中で、どうしてか、そのフィーの言葉だけは、はっきりと聞き取ることができた。――それに聞き入るものはいない。

 けれども、聞き逃すものもいない。

 

「面と向かっては言えないから、ここで口にするけど――アタシ、アンタには本当に感謝してるのよ?」

 

 僕を狙う触手を、師匠が薙ぎ払う。駆け抜けた僕が、再び触手と技を牽引し、フィーの道を作る。

 

「私がこいつと出会って変わりたいと思えたのは、あんたがアタシに人間の普通を教えてくれたから」

 

 フィーが熱線を構える。そこに、無数の攻撃が迫っていた。

 ――それは本能だろうか。ここでフィーの熱線を通せば後がない、そのことを影の龍も解っているのだろう。僕がそこに割って入る。

 

「ルクスを救いたいと思ったのは、ルクスの気持ちを、アタシが共感できたから――!」

 

 触手を切り裂き、攻撃を弾き、

 高らかに宣言するフィーの前に、僕が立つ。剣を構えて、その剣越しに白黒の龍を眺めた。

 

「だから――! 救われなさい! エクスタシア! ルクスを連れて、アタシと行きましょう!!」

 

 龍と、フィーは、同時に熱線の準備を終えた。

 

 ――さぁ、決めろ、フィー!

 

 

「――――ッ! “嫉妬ノ根源”ッッッ!!」

 

 

“典嬢天花――――”

 

 

 その威力は、間違いなくエクスタシアの方が強い、故に、直接ぶつかれば、エクスタシアが勝つ。それでも、放ったフィーの熱線は、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

“――――Lua"

 

 直接ぶつかれば消し飛ばされてしまうなら、直接ぶつけなければ良い。

 フィーの一撃は、故に掠めるように叩きつけられた熱線によって向きを変え、そのまま龍へと向かったのだ。

 

 広がっていく扇状の熱線が、その一撃でかき消える。

 

 僕は、その先に見た。

 

 涙を浮かべるようなピエロの紋様は、しかし。

 

 

 ――その一瞬、どこか安堵のような笑みを浮かべていたのだ。



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112.心を連れていきたい。

「――ねぇ、ルクスちゃん?」

 

「なにかしら?」

 

 色欲龍と、影欲龍。

 二つの影が、闇の中で言葉を交わす。

 

「あなたはこれから、世界に生きていいと言ってもらうの。そうしたら、あなたは何をしたい?」

 

 ――生きることを許されない少女がいるとしたら、彼女は世界に何を願うだろう。きっとそれは、世界を呪っても許されるのだ。世界を呪い、人を呪い、自分を呪う。

 世界に嫌われた嫉妬龍エンフィーリアは、実際にそうして呪って、呪ったままに消えていった。

 

 けれど、ルクスリアは――そうはならなかったのだ。

 

「美味しいモノを食べてみたいわ。ずっと、気になっているスイーツがあるの。みんながずっと並んでいて、そんなに美味しいのかしらって」

 

「ふふ、食べたいなら、いつでも食べられるようになるわよ」

 

()()()()()()()()()()の。私は、それを食べたいし、()()()()()()()()()()()の」

 

 ――彼女は、生きなくてもいい、と願った。

 終わってもいいと、何かを傷つけてしまうくらいなら、消えたほうがマシなのだと、そういった。

 

 ああ、けれど――

 

「そうやって、人の中に生きて、人と同じように苦労して、人と同じように笑うのよ。それって、人にしか許されないことだと思う」

 

 ――もしも生きていいと言われるのなら、

 

「だから、私は人と同じように生きてみたいの」

 

 そんなもの、誰だって生きたいに決まってる。

 

 ルクスリアは笑っていた。泣いていた。

 そのどれもが、ルクスリアの心のあり方で、そんな感情は、人が当たり前に抱くものだった。

 

 エクスタシアにはよく分かる。これは、彼女だからそうなのではない。誰でもそうだから、彼女もまたその一人なのだ。

 多くの人間を、自分の元から生まれ落ち、世界に広がっていく彼らを眺めて、エクスタシアは知っていた。

 

「私は、あなたが生まれてきた時から、怖かった。私という存在がいたからあなたが生まれて、あなたはそれを恨んでいるのではないかと」

 

 エクスタシアは、少しだけ顔をそらして、悲しげに言った。

 

「私が生んだ子の中には、私を恨んでいる子だっているから」

 

 “立ち上がる無能”アンサーガと呼ばれる異形の少女がいた。彼女は世界に望まれずに生まれてきた。世界に望まれないことだけを為すことのできる少女だった。

 アンサーガは、色欲龍を嫌ってはいない。彼女が自分を生んだことと、アンサーガの無能に繋がりはない。だから、嫌いではない。

 

 でも、恨んではいた。呪ってはいた。それは、誰が間違っているわけでもない、色欲を司るエクスタシアには、その行為は当然のもので、怠惰を司るスローシウスに、それを拒否する理由はなかったのだから。

 

 そして、同じようにルクスリアは生まれてきた。

 

「――馬鹿らしい」

 

 けれどもルクスリアは、それを一笑に付す。当たり前だ、そもそもルクスリアには、エクスタシアを恨む理由がない。

 

 何より、

 

 

「もう、全部終わったことよ」

 

 

 そう、全て、終わったのだ。

 

「――敗因たちは、すごいわね。当たり前のように、私達に勝っちゃった」

 

「悔しいけれど、彼らならやってくれるでしょうね。ほんと、フィーちゃんが羨ましいなぁ」

 

 そうつぶやくエクスタシアに、ルクスリアが苦笑する。

 

「なら、あなたも好きになっちゃえば?」

 

「もう、変なこと言わないでよ。……まぁ、彼を好きになることはできると思うけど」

 

 そんなルクスリアの言葉に、エクスタシアは頬を書いて、どこか寂しげにしながら、続ける。

 

「でも、彼はフィーちゃんのものだから……もし、好きになっても、私は身を引いちゃうわ。だって、フィーちゃんも同じくらい好きなんだから」

 

「……?」

 

 対して、ルクスリアは首をかしげて――

 

 

「――どうして、みんなで幸せになっちゃいけないの?」

 

 

「それは、人同士は基本的に一対一で愛しあ……う…………」

 

 エクスタシアは、そう窘めようとして、しかし、()()()()()()()()()。そう、自分たちは人ではない。そもそも、エクスタシアは無数の愛を集める存在である。

 なら、その愛の中に彼らがいてもいいのでは?

 

 

「――――それよ」

 

 

 だが、

 

 

「……()()()()()()()()()?」

 

 

 嫉妬の化身は、もちろん、そんなことを認めるはずもないのだった。

 

 いや、もとより二人の会話は、こちらにも届いていたのだけど、大事な会話だったから、割って入らなかっただけだ。もうすでに、二人は力を失いながら、戦場であった平原に戻ってきている。

 しかし、聞き捨てならないことに話が移ったからフィーが介入した、というだけの話。

 

「あっ」

 

「あっ……じゃないわよエクスタシア! なんでアンタまであいつに靡きそうなのよ! アンタはアイツのこと嫌い……ってほどじゃないにしろ、反りが合わなかったでしょ!?」

 

「そ、それは……方針の違いがそうするだけというか……一個人としては食べちゃいたいって気持ちは今もあるし……」

 

「それは! あんたの! 色欲としての! 本能だああああ!」

 

 盛大に地団駄を踏むフィーに、ふとルクスリアから笑みが溢れる。

 

「笑うなー!」

 

「ごめんなさい……でも、おかしくって」

 

 ――フィーは真剣だった。

 しかし、それにしても、なんというか……

 

「……消える直前の会話じゃないな、これは」

 

 師匠がポツリと呟く。いやまったくもって、そのとおり。今にもエクスタシアは消えてしまいそうなのに、この雰囲気だ。

 これまでの大罪龍とは、何もかもが違う。

 

 まぁ、消えると言っても、死ぬわけじゃあない。フィーは二人に近づいて、少し確認してからうなずく。

 

「……うん、ちゃんと行けるわ」

 

「行けないと困るんだけどね?」

 

 ――まぁ、でも実際にやってみないとわからないことはある。理論上はできるとしても、それが何かしらのイレギュラーによって頓挫しないとも限らないのだ。

 

「そういうわけだから、準備はいいわよね、エクスタシア、ルクスリア」

 

「もちろん」

 

 二人はうなずく。互いに、弱りきった状態で横になりながら、それをフィーが抱き起こし、そして力を吹き込み始める。

 光を帯びて、三人の体が包まれ、

 すぐに、逆流は始まった。

 

「――エクスタシア」

 

「なぁに?」

 

「……なんでもない、別に、今更言うこともないしね」

 

 二人の会話は、ほとんど顔を突き合わせて、間近でかわされるものだったけれど、こちらにも聞こえてくるものだった。

 少しだけ恥ずかしげなフィーに苦笑しながら、エクスタシアが髪を撫でる。

 

「……何すんのよ」

 

「私は有るわ、いっぱいある。もう、話足りないってほどに」

 

「……そう」

 

「――どうしてかしら、今までもお話はいっぱいしてきたっていうのに、どうしてか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の、ルクスちゃんを見ていると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って、思っちゃう」

 

 何故か、というのは、きっと彼女達には絶対にわからないだろう。

 けれども僕は、なんとなくわかる。――ルクスとフィーはどこか似ているのだ。本質的には正反対だけれども、二人の置かれた立場というやつは、世界が彼女たちに対してあまりにも厳しいという点は共通している。

 

 だから、ゲームではルクス相手にフィーのことを口に出すシーンもあった。

 本来の歴史で、親友を何も出来ずに失ってしまったエクスタシアだからこそ、ルクスを救うという意思は硬かった。

 

「何言ってんのよ、アタシはここにいる。絶対にどこにも行かないわ」

 

「……それは、今のあなただから言えるのよ、フィーちゃん。変わる前のあなたは、いつどこに消えてしまってもおかしくなかった」

 

「…………」

 

 二人の視線が、こちらへ向いた。なんだか、気まずくなって視線を反らす。反らした先で視線のあった師匠が、それを笑う。もう、他人事だと思って。

 

「そして、私はきっと、それに気付いてあげられないんだわ。だって私は、薄情だから」

 

 ――概念使い、つまり自分の子供達の死も、悲しむことができないのだから。彼らのすべてを、守ってあげることができないのだから。

 

「でも――」

 

 しかし、

 

 

「――アンタはずっと、覚えていてくれるでしょ?」

 

 

 ポカン、とその言葉にエクスタシアが呆けてから、笑い出す。

 ああ、そうだ――自分はそうだった。

 

 ()()()()()()()()()()()、そんなことを思い出したかのような、そんな笑みだった。

 

 二人がひとしきり笑うなか、ルクスが僕の方に呼びかける。

 

「どうしたんだ?」

 

「ちょっと、こっちに来てほしいのよ」

 

 ちょいちょいっと、もうルクスの身体は光りに包まれ、今にもフィーに取り込まれそうだ。

 

「もう、あんまり時間はないわよ」

 

 フィーがそう呼びかけるなか、ルクスは僕を近づけると――――

 

 

 ――その額に、キスをした。

 

 

「……え?」

 

「――えへへ」

 

 華やぐような笑みを浮かべた少女は、。

 

 

「お礼と、それから約束のキス。――絶対勝ってね、()()()()

 

 

 ああ、それは、確かな激励ってやつで。

 

「――――」

 

 呆けるフィーと、

 

「……あはは、私からも……頑張ってちょうだい、お父様?」

 

 苦笑するエクスタシア。

 

 ――三者三様、それぞれに反応をみせながら、

 

 

 色欲の二人は、嫉妬の少女の中へと消えていくのだった。

 

 

 ◆

 

 

「……うう、納得いかない」

 

「娘のすることじゃないか、カワイイもんだろ」

 

 ぐぬぬと眉をしかめるフィーに、今回完全に外野の出来事として楽しんでいた師匠が茶々を入れる。いやまぁ、あなた今回本当に外野でしたからね。

 その分、戦闘では張り切ってやっていたようだけれども、何にしたって、これで事態はすべて解決だ。

 

 ……いやまぁ、

 

「ところで……そこで死んでるリリスをなんとかしてやってくれ……」

 

 ――後始末は、まだ残っているけれども。

 

「エクスタシアサマ……エクスタシアサマ……」

 

 地面にうずくまったシスター服が、うつろな声音でそうつぶやいている。少し怖かったが、まぁなにはともあれ、これが結末である。

 色欲龍とは、これで機械仕掛けの概念を撃破するまでお別れだ。もちろん、今生の別れではないが、消失感はたしかにあるのだろう。

 

 色欲龍ロスかぁ……なんかこう、聞いていると笑ってしまいそうなのでダメだ。

 すぐにリリスを慰めないと、思わず吹き出してしまって拗ねられてしまうので、急いで解決に動く。

 

「ほらリリス、おばあちゃんだぞ……」

 

 そう言ってフィーを差し出す。

 

「なんでよ!?」

 

「おばあちゃん……おばあちゃん……」

 

 こっちにケリを入れてきたフィーの一撃を甘んじて受けつつ、リリスがすり寄っていくのを眺める。これは致し方のない犠牲というやつだ。

 

「うう……フィーおばあちゃん……頭なでてほしいの……」

 

「う……ったく、しょうがないわね」

 

「そこで母性を感じるのか……」

 

 師匠のツッコミもさておいて、しばらく頭を撫でると、リリスは復帰した。

 

 

「――――ねぇ?」

 

 

 と、そこで、

 

 声をかける者がいた。聞き覚えのある声だ。

 

「ああ、久しぶり、――ミルカ」

 

 師匠が声をかける。

 声の主は快水のミルカだった。ここしばらく、快楽都市を離れていたはずだが、帰ってきたということは、用が済んだということだろう。

 

「――快楽都市がすごいことになってたのだけど、何かあったの?」

 

「ああ、うん……まぁ、色々と」

 

 そして、ここに来るために――というか、僕たちに会うために快楽都市に立ち寄って、その惨状を目の当たりにしたのだ。おそらく、今の快楽都市はお通夜である。

 自分たちでやったこととはいえ、色欲龍と離れ離れになったのだ、信徒全員がリリスと同じようになっていることだろう。

 

 まぁ、明日の朝になれば復帰するだろうが。

 

「でもまぁ、あなた達の様子を見る限り、解決したようだし、私は気にしないけれど」

 

「そうだなぁ、ともあれありがとう、大変だっただろう」

 

「クロス様たちを送り届けるついでだもの、それにシェルにも会えたしね」

 

 さて、彼女がこちらにやってきたということは――その時が来たのだろう。

 彼女にはあることを頼んでいた。

 

 そう、ようやくだ。

 

「ほら、リリス。ミルカが来たから話を聞くわよ」

 

「なのぉ……」

 

 フィー達がこっちにやってきて、四人揃ったところで、ミルカの言葉を待つ。

 

 彼女への頼み事、それは、そう――

 

 

「――憤怒龍が、棲家に帰還したわ」

 

 

 憤怒龍ラーシラウス、その動向チェックだった。

 

 残された唯一の大罪龍。

 僕たちが鍵を開けるための残されたただ一つのピース。

 

 

 ――大罪龍との最後の戦いが、始まろうとしていた。



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十.恥知らずの憤怒と、揃えられた盤上の駒
113.憤怒龍は逃げ出した。


“嫌だあああああああああああああああああああああああ――――!!”

 

 ――叫び、放たれた雷撃。

 

 いや、それは放たれたわけではない、単なる()の防衛本能だ。

 故に、奴はそもそも戦ってすらいない。

 

 とはいえ、

 

「――ハッ」

 

 今回は、()()()()()という側面もあるが。

 攻撃を食らったのは、フィーだった。迫ってくる雷撃、あれは威力はそこそこで、当たれば僕らのHPもだいぶ持っていかれる。

 フィーのHPがいくらボス仕様だからといって、無視できる一撃ではないはずだ。

 

 しかし、

 

 

「――()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そこに立っているフィーは、無傷だった。

 

 ――いや、そこは地面ではなかった。当然だ、()は飛んでいる。だからフィーも、()()()()()()()()()()()()()()()()

 そう、だからフィーは飛んでいるのだ。

 

“な、何故だ!? なぜお前が空を飛んでいる!? いや、そもそも幾らお前でも、儂の攻撃は無視できないはずだ!!”

 

「――そうね、アタシは最弱()()()ものね。アンタの認識じゃあ、そうなるわよね」

 

“そ、そうだ! 何故飛んでいる!? 何故無傷で立っている!? ありえないだろうがああああ!!”

 

「アハッ」

 

 ――そうしてフィーは笑みを浮かべて、

 

「今のアンタが弱いのよ、私と比べてね? ねぇ――」

 

 そして、

 

“う――”

 

 

「――ラーシラウス?」

 

 

“うわあああああああああああああああああああああああああ!!!”

 

 

 ――憤怒龍ラーシラウスは、逃げ出した。

 

 

「……は?」

 

「え?」

 

「なの?」

 

「えぇ……」

 

 ――それを見ていた僕らが、呆けた直後。

 

 空を飛んでいたフィー以外は、足場となる憤怒龍が消え失せたことで、地面へと落下するのだった。

 

 

 ◆

 

 

 ――ついに始まった憤怒龍との戦い。いよいよ大罪龍との決戦も大詰め、これが終われば、いよいよマーキナーとの戦いが始まる!

 といったところで、なんということだろう、憤怒龍に逃げられた。

 とはいえ、奴は傲慢龍に恫喝されて、言うことを聞くことしかできなかったヘタレだ。怒ればそうではないが、怒りが収まってしまえば、奴は想像を絶するチキンだったということだろう。

 

 いや、それで納得はできないのだが、ともかく。

 

 

「あはははは! すごい! すごいわよ! 空を飛ぶってこんなに気持ちよかったんだ!!」

 

 

 ――それはそれとして、現在フィーはとんでもなく調子に乗っていた。

 原因は、色欲龍たちの存在を取り込んだことが原因である。存在を取り込むということは力を取り込むということ、普通なら取り込めば取り込んだままになっている。傲慢龍が負けた大罪龍の分だけ強化される仕様でないのだから、それは当然だ。

 

 しかし、フィーならばその才覚、能力を目覚めさせることができる。よって彼女は現在、色欲龍たちの力を間借りしていた。

 

 つまり、凄まじく強化されているのである。

 マーキナーと戦闘をする上で、僕らはもう一段の強化が必須である、もちろん、その方法は考えてあるし、計画も在るが、それはそれとして、一番乗りしたのがフィーだったのだ。

 大罪龍三体分――フィーのそれを大罪龍とカウントしていいかは議論の余地があるが――の力を手に入れた彼女は、現在この世界において、ぶっちぎり最強の存在である。

 

 正直に言って、傲慢龍より強かった。しかも、色欲龍の能力の中には、空を飛ぶというものも含まれている。実は色欲龍は人間形態でも空を飛べたりする。フィーには一切できないが。

 で、今のフィーは調子にのって、空を飛び回っているのである。

 

 僕たちはと言えば、それを眺めながら。憤怒龍の棲家の前でどうしたものかと唸っていた。

 

「……まさか逃げるとは」

 

「止める余地もなかったの……」

 

「卑怯者……」

 

 珍しく起きていた百夜まで含めて、三人がかりで憤怒龍は罵られている。そこまで言わなくとも、と思わなくもないが、まぁ面倒になったのは事実である。

 

「とりあえず……おーい、フィー、そろそろ戻ってきなよ、話し合いはじめるぞー」

 

「あはは! ねぇあんた! 今のアタシが世界に喧嘩打ったら、真面目に勝てるきがするんだけど!」

 

「傲慢龍が世界の敵になれたのは無敵があったからだ、ただ強いだけじゃ無理だよ、戻っておいて」

 

 いくらフィーが強くなっても、フィーは普通に戦えるし、普通に倒すことができる。傲慢龍とは違うのだ。なんだったら今このメンバーでの打倒を目指すことだってできるんだぞ。

 まぁ流石に勝てないだろうけど……ん? 勝てない? ……うず。

 

 じゃない。

 

「もう、アンタまでアタシの気分に水を差すわけ? ラーシラウスに逃げられて、鬱憤溜まってるんだからね?」

 

「……どうして君ってやつは、こう、根本的なところで調子に乗りやすいんだ? エンフィーリア」

 

 師匠の最もなツッコミはまぁ、置いておいて。

 ――ちなみにフィーの調子に乗りやすい性格は素だと思う。嫉妬とか、そういうところが関係ない素。正確に言えば経験によって形作られた部分。常日頃から大罪龍に見下されてるから、鬱憤が溜まってるんだな。

 

「とにかく、問題は二つです。憤怒龍が逃げたせいで、奴が次にどこに行くか皆目検討がつかないということ。それと――」

 

「逃げる憤怒龍に追いつけない、ってことね」

 

 割とどちらも深刻な問題だ。

 ここに来て、憤怒龍との追いかけっこ。正直行って、かなり難しい。あちらは、雷の速度で長距離移動が可能だ。何だったらランダムで行き先を決めずに飛び去ることもでき、予測は不可能と言って良い。

 加えて、あちらが逃げるということは、逃げたあちらに戦う意思、怒りを覚える意思がないということ。逃げに徹してしまえば、あちらは一生逃げ続けることができるはずだ。

 

 いや、一生はどう考えても無理だ。憤怒龍――僕らの生命は永遠なのだから。

 

 第一、憤怒龍はこの逃げ足さえ無視してしまえば、おそらく大罪龍でもっとも討伐の容易な大罪龍だ。いつまで逃げ切れる? いつまで憤怒せずに耐えられる?

 

「憤怒龍を追いかける方法は簡単です。全世界、総力を上げて追い立ててしまえばいい。いずれどこかで疲弊して、尻尾を出すでしょう。一体どれだけかかるんだって話ですが」

 

「流石に十年はかからないだろう……五年……いや、三年くらいか?」

 

「ししょーの言う通りだと思いますのー、リリスは三年目で飽きが来てそこにプラス二年って予想を立てますの」

 

 飽きが来るって……と苦笑するものの、まぁあちらの疲弊もそうだが、それだけ長く追い立ててはこちらのモチベーションも持たないのは、まぁ理解できる。

 少なくとも追い立てている間は被害がでないだろうからな。

 

 被害が出るまでは、停滞したまま、膠着するかもしれない。

 

「後は……何とかあいつを怒らせる、とか」

 

「それもベターだね。僕たちが勝てるなら、の話だけど」

 

「ある程度芽は有ると思うわ」

 

 ――自身の胸をぽん、と叩いてフィーが言った。

 

「君のパワーアップか、憤怒したラーシラウスと戦えるほどなのか? それは」

 

「周囲の被害考えなければ、タイマン張れる。逆に言うと、タイマンじゃないと厳しい」

 

「僕たちじゃあ、あの熱線……憤怒(ラース)を耐えきれないからなぁ」

 

「アタシだって、流石に直撃したら死ぬわよ。撃つの見てから避けれるってだけ」

 

 ――そこまでパワーアップしているのか、と。少し驚きもあるけれども、なんと言っても、フィーの強化は理論上できることをやっているだけなので、ゲームにはない挙動である。僕としてもどこまでスペックが上がったかは未知数なのだ。

 一応、()()()()ともやり合えるとは思うのだけど。

 

「まぁ何にしたって、あんまりラーシラウスを倒すのに時間は駆けたくないわ。前座なのよ? あいつ、そこに手間かけてたら、快楽都市の連中に怒られちゃう」

 

「ぷんすこぷんなのぷん」

 

「なのぷん」

 

 リリスと百夜が二人揃って頬を膨らませていた。フィーが両手で纏めてその頬をぷすーっとする。あうー、となる二人を尻目に、僕らは嘆息する。

 

「僕としても、フィーに任せたいと思います。時間を掛けたくないのもそうですし、フィーがタイマンで倒すのと、概念使い総出でやりあうのとじゃ、出る被害も違いますしね」

 

「結果はそう変わらないだろうになぁ」

 

 ――いくら憤怒龍がヘタレでチキンのどうしようもないやつでも、腐っても大罪龍、普通の概念使いが戦えば、苦戦は必至、最悪生命すら落としかねない。

 だったらいっそのことフィー1人をぶつけて、戦って貰った方が被害は少ない。

 

「しかしそうなるとその後に少し不安が残るか?」

 

「まあ、行けないことはないですよ。問題はどうやっておびき寄せるか、どうやって怒らすかです」

 

「戦う場所はどうするのー?」

 

 そこは、問題はないだろう。

 

「海の上さ」

 

 今のフィーは空が飛べる。だったら海の上で空中戦を繰り広げればいい、少なくとも人に被害が及ぶことはない。現代的な考えだと、海の環境がボロボロになるんじゃないかと思わなくもないが、この世界は概念が物理法則であり生命の誕生の法則であるから、そこは全く問題ない。杞憂というやつだ。

 

「んー、そもそもさ」

 

「そもそも?」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 そう言われて、考えてみる。どうだ? 今憤怒龍が一番されたくないことはなんだ? 答えは単純。人間に追いつかれることだ。憤怒龍を追い詰める方法として、人類総出での人海戦術というのは向こうでも想像ができる行動だろう。

 次にされたくないこと。これは推測だが、ぼくたちがフルメンバーで襲ってくること。

 

「……なる程。エンフィーリアの強化は憤怒龍にとっても青天の霹靂、敗北を悟るには十分だろう。とすると、あいつが逃げ出した最終的なきっかけは、敗北の恐怖なんだな」

 

「ぬくぬくなのん、ぬくなのん」

 

「……リリスは。油断しすぎだと……言っている」

 

 それ絶対に要約しまくっているよな?

 

「ともかく、そこも確認しないといけないわよ。確かにあいつは死にたくなくて逃げたんだろうけど――そもそも、どうしてアタシたちに恐怖するのか、そこがわからないわ」

 

「……会敵した直後から、怯えてたもんなぁ」

 

 師匠が最初に出会ったときのことを思い出して、つぶやく。

 憤怒龍は恐怖していた。それはフィーが本気を出すまえからそうだったのだ。だからきっと、恐怖は元から奴の中にあったのだろう。

 

 では、その根底はなんだ?

 

 ――考えられることは、いくつか有る。ただ、どちらにせよ――やるべきことは決まっていた。

 

「確認するよ、フィー。もしも憤怒龍が憤怒状態に入ったとしても――」

 

 まずは、確認。

 

 

()()()()()()()()()()()()?」

 

 

()()()()

 

 

 自信を持って言い切った彼女に、先程のような調子に乗った時の様子は見られない。自身のスペックを理解した上で、そう断言しているのだ。

 なぜ――とは、僕が聞くのは無粋だろう。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

「うん、任された」

 

 そして、僕たちは――

 

 

「――僕たちは、暴食龍の卵が生まれ落ちる場所へ先行する。そこで、()()()()()()()を迎え撃つんだ」

 

 

 その言葉に、リリスは笑みを浮かべて頷いて、師匠は覚悟を持って頷いた。

 百夜はそろそろ眠くなってきたのか、寝ぼけ眼で手を上げて、僕たちは暴食龍戦と同じく、二手に分かれて行動することとなるのだった。



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EX.すべてお前のせいだ。

 ――憤怒龍ラーシラウスは臆病だった。

 はっきり言って、憤怒龍の感性は決して戦いに向いているとは言い難い。強者を畏れ、弱者を見下し、蹂躙にのみ仄暗い喜悦を抱く。そんな存在が憤怒龍だった。

 憤怒という彼の特性は、制御が効かない。しかし、それは本来制御など必要ない代物なのだ。なにせ憤怒龍自身が憤怒した結果、何かを危惧する必要はないのだから。

 

 憤怒龍は傲慢龍の尖兵であり、傲慢龍の手足として動く存在である。故に、憤怒龍が憤怒する対象は、傲慢龍の指示で襲撃した相手に対してであり、言ってしまえば、()()()()()()()()()()()()()

 傲慢龍という、目の上のたんこぶ――超常の存在に、自分の有益さをアピールするための。

 

 はっきり言って、憤怒龍にとって傲慢龍は邪魔な存在だ。鬱陶しい、何をしても文句を言ってくる存在で、自分が成果を出しても決して褒美もなければ言葉の一つもありはしない。

 それが当然なのだと傲慢にも思い、当然で無い部分にしか目を向けない存在。

 

 あいつは確かに強いのだろう。だが、()()()()()()()()()()()()()なのだ。あいつが強くなったからといって、憤怒龍まで強くなれたら苦労はしない。

 自分の強さが基準にあるあいつは、それを前提に考えるがゆえに、上に立つという点で考えれば、これほど向いていない者もいないだろう、と憤怒龍は常々思っていた。

 

 傲慢龍は常に言う、お前は憤怒していない時の行動に思慮を持て。

 ――ふざけるな、思慮して行動すればお前はそれを否定するだろうが。たしかに思慮した結果が浅はかな考えなのかもしれない。しかし、思慮した過程も何も考慮しないお前に、こちらの思慮などあってないようなものだろうが。

 

 だったらお前が考えろ、儂はそれに従うだけの方がよっぽどいい。

 

 ――そうやって、憤怒龍は傲慢龍への怒りを募らせていった。しかし、それが憤怒につながることは、あの一瞬まで起こり得なかったのだ。

 

 何故か、と今も考える。

 正直なところ、憤怒龍にも傲慢龍に対する怒りが、あの一言で爆発するまで、()()()()()()()()()()()()ことも、憤怒龍には不思議でならない。

 目の上のたんこぶ、そう表現するのが憤怒龍にとって最も正しい相手。この世でおそらく、もっとも憎らしい相手。

 

 それなのに、どうして自分はそれに怒りを覚えなかった?

 

 最初に出会った時の激突で、格の違いを身体に覚えてしまったから?

 

 ――違う。憤怒龍の憤怒は制御が効かない。無意識に怒りをつのらせているわけではなく、彼の意識とは別のところにある感覚が、自分の憤怒を感じ取り、それを形にしたのがあの状態なのだ。

 

 長い付き合いの中で、感覚が摩耗して、憤怒を覚える気力がなくなったから?

 

 ――違う。であれば、あのタイミングで憤怒が爆発するわけがない。常に自分の中に傲慢龍に対する憤怒はあり、だからあの一言で爆発したのだ。

 

 わからないことはそれだけではない。なぜ、トリガーがあの一言だったのだ?

 

 傲慢龍の腰巾着。ああ、たしかにそのとおりだろう。あの時を冷静に振り返って、あの一言に否定できる要素は何一つなかった。

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 見に覚えすらない。思い返しても、あの場では()()()()()()()()()()()()、憤怒するほどの激情が生まれた覚えはない。

 

 なのに、普段と変わらず、当たり前のように、憤怒龍は一瞬にして点火した。

 

 ああ、そして――そして、だ。

 

 これが、きっとおそらく、一番の問題。結局の所、傲慢龍の戦いに落ち度はなかった。奴は最後まで全力で戦い、そして負けた。

 そう、負けたのだ。

 

 ――だからこそ、はっきりと言ってしまうことができた。

 

 自分が憤怒している間、敗因たちは大罪龍への切り札を手に入れ、暴食龍を撃破した。

 

 そのことを意識するたびに、臆病な憤怒龍は恐ろしくなる。

 そうだ、憤怒龍は――自分が、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

 ◆

 

 

 ――憤怒のままに傲慢龍を追い回すうち、やがて憤怒の効果も薄れる時がやってくる。半年にも満たない間、激情に身を任せて暴れまわった憤怒龍はしかし、憤怒が薄れてゆくたびに、恐怖が全身を支配しつつあった。

 この憤怒が終われば、傲慢龍に何をされる? 何を言われる?

 碌でもない想像が怒りに包まれた脳裏をよぎり、そのたびに憤怒がゆらぎそうになる。しかし、何とか気力を振り絞り、憤怒龍は憤怒を続けた。

 

 理由は言わずもがな、現実逃避だ。

 憤怒龍は臆病なのである。

 

 そんなときだった、傲慢龍が足を止めたのは。

 

 ――雲の上の出来事だった。下には海があるだろうか、地上があるだろうか。どちらにせよ、もし今の憤怒龍が、憤怒(ラース)を下に向けて放てば、凄まじい破壊が起きるだろう。

 

 しかし、そういえば――憤怒龍は怒りに任せて熱線を連射しながらも、思った。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()な、と。

 

“――何故、とお前も思ったか? 憤怒龍。何故、お前の熱線を地上へ向けさせなかったか”

 

 その時、傲慢龍も同じことを思っていたのだろうか、それとも、傲慢龍がそう思わせるような誘導をしたのだろうか、後者だろう――と思うものの、しかしそんな事はどうでもよく。

 

“実際、そのとおりだ。今のお前を地上に誘導すれば、私は労なく人類を殲滅できるだろう”

 

 ――が、それはしていない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 どちらにせよ、憤怒龍にその意図は想像がつかなかった。

 

“理由は二つ。一つは我らの創造主たる父から、地上の大きな破壊を禁止されていること。――ここは奴のゲーム盤だ、むやみな破壊は望むところではないのだろう”

 

 なにせ、神の目的は破壊ではなく支配なのだから。支配する対象がいなくなってしまっては意味がない。だが、しかし――

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――何故。

 

“――簡単だ、()()()()()()()()()()()()()()からだ”

 

 その時、長い憤怒のなかで、落ち着きつつあった憤怒龍の怒りが、一瞬にして再熱した。乱舞される大罪龍最強の熱線は、しかし、傲慢龍にとってはそよ風と何ら変わらない。

 

“……ふん。それだ、お前のそれはお前の感情によって生み出されるものだ”

 

 そうしながらも、どこか呆れたような態度で、傲慢龍は言う。

 

()()()()()()()()だ。私のものではない、故に私は、お前を使って地上を殲滅する意思がない”

 

 ――それは、どういう意味だ。

 しかし、問いかけることは敵わなかった。なにせその時、憤怒龍は一時的にでは有るが、またも頂点まで怒りを再熱させていたのだから。

 はっきり言って、冷静ではなかった。

 

 そして、冷静でないから、傲慢龍は語るのだろう。今のお前にならば、言ってもいいか、と。

 

“お前が腰巾着という言葉に怒りを覚えたこと、あいつはその意味を考えろと言った” 

 

 同時に、神がなぜそれを伝えなかったのか、と。

 

“後者は至って単純だ、裏切りを畏れたのだろう、あの愚かな父は。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのに、まぁ、些末ごとだ”

 

 ――故に、傲慢龍の逃走は答え探しの旅であった。憤怒龍から逃げながら、ひたすら考え続けた。逃げていたのは、憤怒龍の怒りを抑えるためだ。傲慢龍には逃げる理由はないが、逃げなければ憤怒龍はいくらでも怒り続けていただろう。

 

 ともあれ、

 

“――そして、行き着く答えがあった。一つ、はっきりしていたものがあったのだ”

 

 何かを思い出すように、傲慢龍は腕を組みながら、

 

“お前、私に媚びを売る暴食龍のことを、()()()()()()()()()()()()()()()な?”

 

 ――それは、怒る憤怒龍には聞こえていなかったけれど、

 

“ともあれ、それで合点がいったよ。ああ、憤怒龍”

 

 故に、傲慢龍は言うのだ。

 あまりにも傲慢に、上から目線に、

 

()()()()()()()()なのだ”

 

 ああ、それは――

 

 ――言ってしまえば、決別だった。

 

“敗因は、間違いなく私のもとにたどり着くだろう。そして、私はやつと、()()()()()()()とあの時、思ってしまった。思ってしまったのだ――お前の憤怒があろうとなかろうと、思わずにはいられなかった”

 

 そして同時に、決意の言葉でもあった。

 

 

“――故に私はこれから、敗因と決着をつけてくる”

 

 

 ――だから、もはやお前は用済みだ、と。

 まるで、そう叩きつけるかのように、傲慢龍は吐き捨てて、

 

 

 気がつけば、奴は憤怒龍の眼の前から消えていて、憤怒龍の怒りは、収まっていた。

 

 

 この時、すでに暴食龍は敗れ――傲慢龍もまた、敗北する。

 憤怒龍は、取り返しのつかない状況に追い込まれたまま、仲間――ですらない自陣営に、置き去りにされてしまったのである。

 

 

 ◆

 

 

“――傲慢龍が敗れた直後のことだった。儂の眼の前に、そいつが現れたのは”

 

 ぽつり、とラーシラウスは語る。

 

“そいつの存在は、傲慢龍から聞いていた。しかし、そいつが現れるのは、儂と色欲が滅びてからだろうとも聞いていた。なのに、何故――と”

 

 ――アタシは、そんな話をただ無言で聞いている。

 

“そいつは()()と言っていた。ああ、傲慢龍も介入を受けたのだったか? なぁ、お前もそうか?”

 

「アタシは……特に受けてない。受けたのは、他だとアンサーガ……スローシウスの星衣物とかね」

 

“……なるほど。とにかく、そいつは儂に会話という形で介入を行ってきた。内容は――お前たちが儂を狙っているということ、儂の星衣物の遺跡を崩壊させれば、お前たちにダメージが与えられること”

 

「……まぁ、おかげで遠回りをすることになったけど」

 

 ――しかし同時に、ラーシラウスは自身の首を絞めている。はっきり言って、あの遺跡をそのまま使って、憤怒状態を維持したまま人類と戦ったほうが、被害は大きかっただろう。

 

 ……そう言えば、そもそも大罪龍を倒して鍵を開けるのは、星衣物での破壊でも問題ない、ということだったけど、あの遺跡は崩壊しても破壊扱いにはならないのよね。

 完全にこの世から痕跡も残さずふっとばさないといけないのか、はたまた別の理由があるのか……ほんと、こういうところはどうでもいいと思ってるのか、話さないのよね、あいつ。

 

 ま、ミステリアスって感じで嫌いじゃないけど。

 むしろ好き……

 

 じゃない!

 

“――なぁ、嫉妬龍”

 

「……なによ」

 

 ラーシラウスがアタシ――嫉妬龍エンフィーリアの名を呼んだ。

 

“儂は、儂はどうすればよかったのだ――? どうしたらいいのだ!?”

 

「いや、そんなコトアタシに聞かないでよ……」

 

 まぁ、強いて言えるとするなら――

 

 

“ことこの状況に至っても、あいつらの言葉を聞いて素直に実行しちゃうから、アンタは傲慢龍の腰巾着やめらんないのよ”

 

 

 ――それ、だろう。

 

“――――”

 

 そして、途端に、

 

 

“し、し、――嫉妬龍ううううああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!”

 

 

「うっさい!」

 

 ラーシラウスは憤怒した。

 しかし、想像以上にその咆哮はうるさかった。

 

 放たれた熱線を回避しつつ、後方で海が真っ二つになるのを気配だけで感じながら――私は覚悟を決める。今回は、この憤怒したラーシラウスに勝つ。

 はっきり言って、通常状態のラーシラウスは相手にならない。

 

 今のアタシは、スペックで言えばプライドレムとほぼ変わらないスペックを有しているだろう。これほどまでに、あいつとラーシラウスの間には差があったのだ。

 

 だから、その差でもって、私は憤怒龍を倒す。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 

 ――ラーシラウスの言っていた、()()()

 これまで、アタシの大好きなあの人が、しきりに言葉にしていた、()()()()

 

 機械仕掛けの概念には、4つの手足がある。

 伝承の中に、それは()使()と呼ばれる呼び名で登場していた。

 

 本来の歴史で、人類が最後の戦いで激突する、()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――名を、()()

 

 

 これから戦う、その敵との前哨戦として、

 

 アタシは、アタシの戦いをするのだ。



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EX.憤怒の嵐を切り裂いて。

 ――それまでまるでそこにはなにもないかのように凪いでいた海は、しかし気がつけば嵐の真っ只中へと変貌していた。

 荒れ狂う風と、雷。アタシの身体を這うそれは、しかしアタシを傷つけるには至らない。そもそもラーシラウスの攻撃に呼応して起こっている現象なのだから、威力もたいしたものではないのだ。

 

 乱発される超火力の熱線。

 憤怒(ラース)

 大罪龍のなかで最大の威力を持つそれは、放たれると、途端に収縮し一点を駆け抜ける。正直なところ、速さはそこまでではなく、これ一本なら回避は容易だ。

 

 ラーシラウスは巨体故に小回りが効かず、口から放たれる熱線としては、正直なところ威力以外は大したものではない。逆に言えば、威力は折り紙付き、一撃でもかすめれば、今のアタシだって持たない。だがそもそも、顔の横に回ってしまえば当たることすらない。

 初撃すら普通に回避してしまえたから、これ自体は問題ではないのだ。

 

 ただ、同時に身体中から、おそらくそれと同じ威力であろう雷撃がほとばしり初めた。うねり、襲いかかるそれは凄まじい勢いで、威力を確かめるためにぶつけた通常攻撃の余波――今のアタシは、かつて星衣物と一体化していたときのように、技を使っていない鉤爪にも、遠距離攻撃を付与できるようになっていた――が跡形もなくかき消えた。

 これはまずいと、距離をとりながらも雷撃を躱しているのが現状だ。

 

 しかし、この間のアレでもわかっていたけれど、ラーシラウスは本当にちぐはぐな存在だ。人が戦うには、その巨体と熱線の威力故に脅威というほかないが、大罪龍同士では、あの程度の火力だと平均的な大罪龍は歯牙にも掛けないだろう。

 他にも対人間の群体に有効な即死技を持っているが、こちらも大罪龍には通用しない。

 

 とことん、人を殲滅することに特化した大罪龍。弱者に対してのマウントだけは得意なのだろう。昔はその中にアタシもいたんだろうな、と思うと嫉妬と憐憫が同時に襲ってくる。

 いけないいけない、あまり調子にノリすぎてはだめなのだ。力を手に入れたアタシの明確な欠点。自分の強さを正確に認識し、常に冷静に立ち回らなくては。

 

 百夜師匠から教えられた戦闘の極意、試させてもらうわよ!

 

 ――致死、とは言わずとも当たれば敗北が見える雷撃をかいくぐりながら、何とかこちらに顔を向けようと追いすがるラーシラウスをやり過ごす。

 憤怒状態のラーシラウスの攻撃スピードは凄まじい。雷撃も、光の速さで迫ってくる、というと言い過ぎかもしれないけれど、強化されていないアタシの視界では、まったくもって追いきれないスピードだ。傲慢龍の移動技とどっちが早い?

 ……移動しかできないぶん、流石にあちらのほうが早いだろうか。

 

 正直同時に比較できないからわからないが、そんな感じだ。

 それを、アタシは最小限の動きで避けていく。移動技のない、スペックだけでの移動を強いられるアタシに、これは結構きつい。だが、回避できない程ではない。

 ――この戦闘スピードについて来れるのは、間違いなくスクエアを起動したあいつだけだ。

 

 そんな戦闘の中で、アタシは早速新しく手に入れた力を開放する。

 

「“色牙ノ重複(ダブルバイト・バックドライブ)”!」

 

 両の手のひらに浮かび上がった赤色の鉤爪、それはアタシの身体を覆い尽くす程に大きく、さらにはそれだけでは終わらない。

 アタシがその鉤爪を振るうと、そこから無数の斬撃が飛び出し、敵を襲うのだ。これが一度発動すればしばらく続く。つまり、これまでの遠距離攻撃技とは違い、これは遠距離攻撃を行う鉤爪を装備する技だ。

 

 ――とはいえ、今は、雷撃にただの斬撃はかき消されてしまうのだが、

 

「――ふんっ!」

 

 迫ってきた雷撃に鉤爪を振るう。普通に拳を振るっただけだと、一方的にダメージを受けてしまうが、これなら対抗することができる。雷撃を振り払って、私は更にかける。

 

 鉤爪の効果は、まだ続いている。だったら――

 

「“妖宴ノ怨弾(ドレッド・マシンガン)”!」

 

 両腕を拡げ、鉤爪をかざす。そこから無数の弾丸が、炎をまとって矢継ぎ早に叩き込まれる。その炎は嵐の中にあっても煌々と輝き、雷撃に突き刺さってはその進路を曲げる。

 

 ――対遠距離に強く、そして何より範囲が凄まじい。ポイントはこれは鉤爪を装備していなくても使用できるが、その時は手のひらに、広範囲に広がる弾幕が集束して威力が上がる。

 使い分けができるのだ。

 

 そうして、雷撃に道を明けて突っ込んでみるが――

 

「……ダメか!」

 

 ――近づけない。熱線を放っても、あまりにも密度の高い雷撃に弾き返されてしまうだろう。せっかく威力も上がっているというのに、使ってしまうのはもったいない。

 もったいないというか、アタシはもったいぶりたいのだ。なんたって切り札だから。

 

「っていうか、雷撃エッグい!」

 

 アタシはそう言いながら、かかとを振り上げて、

 

「でも、残念ながら対応策は在るのよ! “壊洛ノ展開(アンダーグラウンド・クラシカル)”!」

 

 そういって、振り下ろした足から、猛烈な爆炎が出現して、雷撃からアタシを守った。効果としては、敵の攻撃を防ぐ壁である。

 元になった踏みつけのアレは、アタシが飛べないのもあって、若干使いづらさがあったけれど、今は飛べるし、何よりこの炎は間隔を開けて出現させることができるので、みんなを守ることにも使える。

 

 だいぶ便利になった、と我ながら思う。

 

 ――エクスタシアの能力をアタシの中に落とし込む上で、アタシが本来使用していた技とのすり合わせを行った。そうして、生まれたのがこれらの技だ。

 どれも遠距離に強く、遠距離で強く、近接もそこそここなせる。

 これまでのアタシの役割を伸ばしつつ、対遠距離攻撃という新しい役割も備わった、アタシの強化形態だ。

 

「――ふふ、ありがとねエクスタシア……アンタと一緒に戦えて、アタシ嬉しいわ」

 

 自分の胸に手を当てて、笑みを浮かべながら、アタシは一旦距離を取る。ここまでやって解ったが、ゴリ押しでは勝てない。

 そして、距離をとると、今度は逆にまずくなる。

 

“嫉妬龍あああああああああああああああああああああああああああああ!!”

 

 ――転移。一瞬、憤怒龍の身体が光に包まれたかと思うと、こちらに顔を向けた状態で出現する。怒っているというのに、器用なやつだ。

 というか、怒っている方が通常より器用だった。

 

「うっさい!」

 

 叫びながら、放たれる熱線を回避して、奴の身体に接近する。そうしながら、とにかく観察だ。こいつの雷撃は、こいつの身体から放たれる防衛本能のハズ。

 つまり、どこかにそれを放つ器官があるのだ。たしか、通常の状態でもそういう戦闘をすることになっている――はずだ。

 

「つってもねぇ……この光じゃ、あっても近づけるかどうか……って」

 

 憤怒龍の上を取る。

 

 そこで見た。やつの背中にある体毛……? のようなものの一部が、凄まじく逆だって塔のようになっている。ああうん、アレだ。

 

 ――破壊すれば迎撃が厳しくなるだろう、だったら一発目は不意を打ったほうがいい。とすれば――

 

「ここは、これね。喰らいなさい――!」

 

 アタシは口を叫ぶように明けて、

 

 

「“嫉妬ト色欲(フォーリング・エクスリア・カノン)”!」

 

 

 直後、アタシの口に赤色の輪が広がって、それが急速に拡大し、一度に三つの光が、うねるように広がって、直後、その輪を覆うように、一筋の光が、塔に突き刺さる。

 

 ――広がった三つの光は、周囲を旋回して、アタシを狙う雷撃からアタシを守る。

 

 発射までに、しばらくの時間を有する代わりに、その威力は見ればすぐにわかるほどだった。

 

 塔が一撃で破壊されている。跡形もなく吹き飛んで、再生できるかもわからない。

 

“あ、があああああああああああああああああ!!”

 

「よし、んじゃこれ全部ふっとばしますか」

 

 ――憤怒龍の反応を見て判断、正解だったようだ。さて、それじゃあ……あそこに見える塔、全部ふっとばしていきますか。

 

 

 ◆

 

 

“何故だああああああ!!”

 

「何故……って、どれに対して言ってんのよ、こいつ……!」

 

 雷撃をかいくぐり、薙ぎ払い、防ぎ、反らして先に進む。なかなかの弾幕だが、奴の言葉を咀嚼することができる程度には余裕があった。

 

“あああああああああああああ! 敗因ああああああ! 傲慢龍ううううううううう! ああああああああああああああああああああああ!!!”

 

「って、アタシ入ってないじゃない! こいつ、完全に冷静じゃなくなってるわね……」

 

 いいながら踏みつけで塔をぺしゃんこにして、アタシは更に加速する。塔は雷撃の発射地点だと思うのだが、破壊すれば破壊するほど雷撃の威力が増している。

 これ、本当に大丈夫なんでしょうね!?

 

 まぁ、もう止められないけど!

 

「にしても、なんで腰巾着でキレるのか……ってことよね、そんなこと言われても、アタシそもそもアンタのこと、何も知らないんだけど」

 

 ――正直なところ、ラーシラウスとはまともに会話したことがない。だってでかくて目立つし、人間に敵対的な大罪龍には近づきたくない。

 だってあいつら、人間のこと見下してるし、同じ感覚でアタシのことも見下すんだもの、妬ましい!

 

 じゃない、とにかくアタシはラーシラウスのことを一つとして理解していないのだ。

 グラトニコスのような因縁もなく、おそらくアタシにとって一番遠い大罪龍がこいつ、ラーシラウスである。だとしたら、何を答えればいいというのだ?

 

「せいっと」

 

 また一つ、塔を壊して、見ればおそらく残りはあと数本といったところ。雷撃は勢いを増しているが、これならなんとでもなるだろう。

 

「ともかく、怒りを覚えてるのはあいつとプライドレムなのよね。アイツラみたいな存在に嫉妬してたってこと?」

 

“そんな醜いことおおおおおおあああああああああ!!”

 

「今アタシを醜いって言ったか!? ああ!?」

 

 ――即座に熱線を展開し、沸騰したまま激情に任せてぶっ放す、が、もちろん雷撃によって減衰させられ、大したダメージにもならなかった。

 さらには隙を晒したもんだから……ああもう! アタシのバカ!

 

「――いや、これがあいつの言う憤怒ってやつね。売り言葉に、買い言葉。でも、それにしたって、()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 確かにアタシもカチンと来たけど、すぐに冷静になった。

 ――怒りって、そうそう長続きはしないものよね。というか、こいつの継続する怒りっていうのも、なんというかこう、一瞬で吹き上がるものじゃなくない?

 

 話に聞いていると、ラーシラウスの怒りっていうのは、こう、器の中に少しずつ怒りが溜まっていて、最終的にそれが溢れ出した結果、発生するもののはずで、腰巾着の一言でそこまで点火することは、正直不思議といえば不思議なのだ。

 

 では、つまるところなんだ? ()()()という言葉がそれほど嫌いだったことに理由がある? どういうことだろう。考えられるとすれば――

 

 ――一つ、思いついた。

 

「……ねえアンタ」

 

 そういいながらも戦局は動いている。

 すでにアタシの眼の前には、最後の塔が迫っていた。アタシは鉤爪を構えながら――ぽつり、とつぶやく。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 ただ、そう告げて、塔をへし折って、直後。

 

 雷撃は収まった。まだ青白い光は奴の身体を覆っているが、とにかくチャンスだ。即座に鉤爪を叩き込むと、確かな感触。攻撃が通っている!

 

 よし! と喜んだのもつかの間、ラーシラウスの周囲に光の刃が展開され、振り回され始める。

 

 慌てて飛び退きながら弾幕を展開すると、しかしこちらは手応えなし。遠距離攻撃無効ってこと!? ふざけんな! いやでも、今度は飛び込めないことはない。ってことは、この刃を切り抜けつつ、一気に叩き込めってことか!

 ……とは言えその前に、試すべきことは全部ためす、アタシは大きく息を吸って。

 

「“嫉妬ト(フォーリング)――」

 

 熱線を放とうとして、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 奴の身体が動く? ありえない。いや、ありえない、ではない。ありえているのだ。ということはつまり――アタシは、慌てて熱線の発動をキャンセル。

 

 

“――儂を、()()()()といったか、嫉妬龍! ぅああああああああああああッ! 憤怒(ラース)ぅうううううううううう!!!”

 

 

 ――直後、こちらに顔を向けていた憤怒龍の熱線を、アタシはすれすれで回避するのだった。



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EX.たとえ憤怒がなかろうと。

 ――プライドレムの戦いに、配下など必要なのだろうか。

 ふと、疑問に思うことが在る。あいつは傲慢であれば誰にも負けない。常に己が最強だと思い続ければ、奴は世界を敵に回しても勝利できるのだ。

 

 流石にお父様と四天は無理らしいけど。

 

 しかし、だというのにプライドレムは配下を作った。自分が屈服させられないグリードリヒ以外の人類と敵対する大罪龍をボコボコにして、屈服させて。

 中にはそこに情欲が入り混じっている変態もいたけれど、ラーシラウスはそうではない。

 

 ようするにプライドレムが自分から配下に収めなければ、ラーシラウスは単独で人類と敵対していただろう。だからこの場合、ラーシラウスに言った必要ない、とは。

 プライドレムにとってラーシラウスは必要ない、という意味ではなく、()()()()()()()()()()()()()()()()()()という意味だ。

 

 だって、ラーシラウスは本人の性格はともかく、その能力は人類と敵対するという観点だけで見れば、間違いなく最強なんだもの。

 多数で挑むと、怒りを抱いた時点で概念崩壊し、だからといって少数で挑もうにも、あの巨体に有効打を与えるのは至難の業。加えて少数だろうと、怒りイコール即死は変わらない。

 

 普通にやっていれば、あいつより人類を殲滅するのに向いている大罪龍はいない。だとしたらプライドレムは、こう考えたんじゃないだろうか。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 そして、だとすればグラトニコスが配下に加わるのも同じ理由に思える。なんたってあの増殖は何かと便利極まりない能力だから。

 グリードリヒが配下に加わらないのは、そういった便利な能力がないから……? 単純に屈服できないからではなく。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の?

 

 ううん、それもなんだか違う気がする。

 とはいえ、なんとなく腑に落ちた。少なくともグラトニコスとラーシラウスは、プライドレムにとって必要な存在だったんだ。

 

 だとしたら、腰巾着の意味も、変わってくる。ラーシラウス自身が言っていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということに対する怒り。

 

 そう、つまり。

 

 

 プライドレムはラーシラウスを必要だと思っていて、ラーシラウスはそれが誇りだったんだ。

 

 

 多分、ラーシラウスに自覚はないけれど。でも、そりゃそうよね、なんてったって、あのプライドレムが他人を褒めるとは思えないし。

 認めるって直接口にしたのも、あいつだけのはずなんだから。

 

 ……ああでも? そういえばアタシ――プライドレムからグリードリヒへの評価って、聞いたことなかったな。

 

 

 ◆

 

 

 先程とは打って変わって、私とラーシラウスは海上を凄まじい速度で移動しながら戦闘していた。それまでになかったことだけど、ラーシラウスはそれはもう俊敏に動き回り、なんとか熱線の範囲内にアタシを収めようとしてくる。というか、熱線を乱射してくる。

 

 まずい、とは思うけれど、今の所回避はできていた。攻撃は――そこまであたっていないけれど。まぁ、一進一退だ、ジリ貧とも言う。

 

 急激に減速して相手の移動の背後に回ったり、一気に視界から消えるように下降上昇を繰り返したりして、何度か攻撃を叩き込んでいるものの、効いている気配がない。

 いや、手応えはあるのだが、そもそもここまで塔を破壊する以外のダメ―ジは与えていないから、底が見えていないのだ。

 

 とはいえ、相手に攻撃が通らないのはあの青白い光の効果。多分このまま攻撃を加えてもいいと思うけれど――少しばかり、あいつの話を思い出す。

 

 たしか、ラーシラウスは倒すのに()()()()というやつをどうにかする必要のある敵らしい。そのうえで、前に聞いたことが在るけれど、憤怒状態のラーシラウスと人類が戦ったことはないのか、という問いにあいつはない、と答えていた。

 で、その上で推測として、憤怒した場合でも、倒すのにギミックの解除が必要になるのではないか、と言っていた。

 

 そういうふうにお父様が設計している可能性が高い、とも。

 

 でもって実際、あの塔を破壊するとラーシラウスは苦しみ、全部破壊すると、攻撃の方法を変えた。これはギミックの解除が進んだ、ということなのだとおもう。

 こういう時、あいつの知識はとても役に立つのだけど、今回ばかりは無理な話だろう。あいつだって戦った時の情報がない憤怒状態のラーシラウス。知識ではどうしようもないのだが。

 

 で、とりあえずこういう時は、目立つ場所を攻撃すればいいんだったか……と、飛び回ってみるものの、わからない!

 

 ないじゃない! 目立つ場所! もうちょっとこう、さっきの塔みたいなやつが在ると思ったのに、どういうことよ!

 

“――嫉妬龍うううううあああああああああああああああああ!!”

 

「って、やばっ!」

 

 目の前にラーシラウスの顔。発射態勢は整っており――私は勢いよくラーシラウスの頭を蹴って上に飛び上がる。あ、……ぶない!

 

“ぐ、おおお!”

 

「……あ?」

 

 ――感触が違った。というか、反応でもわかる。思ったよりも効いている。……もしかして、弱点は顔か!?

 いやでも、あまり近寄りたくない。生理的にとかそういう問題でなく、単純に危険なので。

 

 とはいえ解ってしまえは話は早い、警戒を強めつつ――

 

「――“色牙ノ重複(ダブルバイト・バックドライブ)”!」

 

 両腕に鉤爪を生み出し、飛び出す!

 再び目の前に迫ったラーシラウスの顔に、一発! そのまま即座に離脱!

 

“ぬああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!”

 

 まずい、ちょっと間に合わないかも!

 

「ったあああ!」

 

 腕をがむしゃらに振って、風を生み出しつつ離脱。それもラーシラウスの顔に直撃、ラーシラウスは苦しそうに呻く。

 その後も、何度もヒヤヒヤしつつ、攻撃を叩き込んでいく。

 

“なぜだ! なぜだなぜだなぜだあああああああああ!!”

 

 ――先程から、というか、この戦闘中。ラーシラウスはひたすら叫んでいた。意味のわからない言葉の羅列もあったが、こうしてなんとなく意味を読み取れる言葉もあった。

 

“なぜ儂を置いていったああああああああああああああ!!”

 

 ――こいつは、はっきり言ってプライドレムの敗北の大きな原因だ。いや、一番大きいのは、怒ったこいつを鎮めずに放置して、敗因との対決を望んだプライドレム自身なのだけど。

 でも、こいつが激怒していなければ、そもそも戦いの舞台にアタシたちは立てなかったわけで。

 

「ま、敵としてアンタには感謝してるわよ! アンタの手落ちのおかげで、アタシたちは勝てたんだから!」

 

“あああああああああああああああそうだあああああああああああああああ! 儂の! 儂が! 儂はあああああああ!!!”

 

「うっさい!」

 

 女々しい巨体に、一発を叩き込んで黙らせつつ、叫ぶ。

 

「でもね、アンタ解ってんの!? そもそもアンタに今更人類を襲う理由があるの!? わざわざ四天の甘言に乗って遺跡を破壊する意味はないでしょう!」

 

 ――根本的な話。

 こいつは四天に乗せられて遺跡を破壊したといった。しかし、それは本来するべきではない行為だ。結果として強化されたアタシに、こうして倒されようとしている。

 だったら、どうして喧嘩を売った? 思慮が足りなかったから?

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()以上、こいつにはこいつなりの考えはあるはずよ。

 

 とすると、

 

「つまりアンタは、()()()()()()()()()! 違う!? 違うんだったら、何とかいってみなさい……よっ!」

 

 ケリを叩き込む。

 ――ラーシラウスは呻くだけだった。

 

「じゃあそういうことでしょ、アンタはアタシに勝つつもりなんだ。何故? それが役目だから? ――人類を殲滅したとして、死んだあいつらに認めてもらえるとでも?」

 

 もう一発、

 

 更に一発。

 

 ――アタシがケリを、鉤爪を叩き込むペースが、だんだん早くなってくる。

 

「ここにいるのはアンタだけよ。アンタ以外に味方はいない、アンタは一人で戦うしかない。だとしたら、アンタの狙いは? 願いは? 戦ってでも勝ち取りたいものは?」

 

“う、あああ――”

 

「――――もう、一つしか残ってないでしょうがぁ!」

 

 ――そうして、一気に叩き込んだ両腕の鉤爪。その時確かに、ピキリ、となにかが砕ける音がした。見れば、ラーシラウスの身体の青白い光に、ヒビが入っている。

 ……後少し!

 

“わからん、わからん……わからん!”

 

 熱線を、ラーシラウスが放つ、もちろん狙いもなにもないそれが当たるはずはないけれど、しかし、まだ威力は一切衰えていない。

 空へ向けて放たれたそれは、雲をうがって、澄み渡るような青空をアタシたちの上に作り出す。

 

「じゃあ、冥土の土産よ。アンタも、死ぬんならそれくらいは餞にして許されるでしょう」

 

“ぐ、ううう……ッ”

 

「アンタが最後にしたかったこと、それは――」

 

 

“あああああああ、嫌だああああああああああああああ! 死にたくない!! ()()()()()()いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!”

 

 

 言葉を遮って、ラーシラウスがかき消えた。

 

 

「……なっ!」

 

 ――雷に変化しての転移。まだ怒りが収まっていないあいつなら、こちらを狙える状態で転移してくる!

 消失は一瞬だ。しかし、その一瞬故に、どこから攻撃が飛んでくるか解らず、そしてそれを推測する時間もない。

 だからアタシは、その一瞬で判断した。

 

「そう、負けたくない」

 

 ――だから、アタシは踏み込んで。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものね?」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

“ぐ、あ――な、ぜ――――”

 

「いやだって、アンタがそんな臆病なら、そもそも()()()()()()()()()から。結局の所、どれだけ愚かでも、どれだけ消極的でも、根底にあるのは怒り――攻撃なのよ」

 

 ――青白い光が、完全に剥がれ落ち、ラーシラウスから怒りの意思が消えていく。プライドレム、これをやろうと思えば出来ただろうに、やらなかったんだな。

 それは、きっと――

 

「だからね、ラーシラウス。プライドレムだって、アンタのその性格にはとことん呆れ返ってるだろうけれど、でも、これだけは確かなのよ」

 

 アタシは、熱線をかませる。ラーシラウス本来の迎撃機能が働いて、雷撃だの何だのが飛んでくるが、そんなものがアタシの用意した三枚刃に通るわけがない。

 さぁ、これで終いよ。

 

 

「――その憤怒は、あんただけのモンなのよ」

 

 

“あ、ああ――”

 

 アンタも大罪龍なのよ。どれだけアンタがダメだろうと、プライドレムはそこだけは認めていたのよ。でなければ、()()()()()()()()()()()()()はしない。

 だから、それがアンタにとっても誇りだったなら、無意識にでも、そう感じていたのなら。

 

「――最後まであらがってみなさい! ()()()!!」

 

 アタシは、本当に珍しく、大罪龍を、大罪としての名を呼んで。

 

“あ、ああああ――嫉妬龍うううううううううううううううう!”

 

 ――直後、激情のまま着火して、即座にチャージを完了させようとする憤怒龍へ向けて、

 

 

「――そのうえで、()()()()()はその上を行く! “嫉妬ト色欲(フォーリング・エクスリア・カノン)”!!」

 

 

 準備を終えた熱線を、叩き込んだ――!

 

 

 ◆

 

 

「――本当なら、アンタはアンタだけでも人類を殲滅できるのよ」

 

 ――消えゆくラーシラウスに、アタシはつぶやく。

 

「でも、プライドレムはそれをさせなかった。させたくなかった。だってアンタに先を越されたら悔しいもの。だから配下に加えた。アンタを死蔵したのよ、あいつは」

 

“それ、は――”

 

「だから、プライドレムが負けたのはアンタのせいだけど」

 

 アタシは一つため息をついて、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()よ」

 

 ――そう、告げた。

 

“は、はは――そうか、そうかぁ……そうかあ”

 

 それに、憤怒龍は大きな息を吐いた。長い長い、何かの大きな肩の荷をおろした後のような、そんなため息だった。

 しばらくそれは続いて、アタシはぽつりと問いかける。

 

「……で、結論は?」

 

“ふん。儂は――臆病で、思慮が浅く、そして短気だ”

 

 苛立たしげにしながらも、ラーシラウスは口を開く。

 

“だが、儂は憤怒龍だ。憤怒に至るほどの怒りというのは、溜めなければ、それは開放されん。この性分も、怒りを貯めるために無意識に自分で作り上げたものなのだろう”

 

 そう考えれば――

 

“――傲慢龍は、儂に怒り方を教えたのだ。あいつは儂にとっては、もはや目の上のたんこぶ以外のなにものでもなかったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……つまり、一人じゃそれは無理だったと?」

 

“お前は儂を買いかぶりすぎだ。()()()()()()()()()()()()のだ。故に、腰巾着と言われた怒りには、それも含まれていた”

 

 ――結果として、それが憤怒龍と傲慢龍の敗北を招いたとして、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のか」

 

 

 憤怒龍は、他者を見下しくすぶる性質故に、怒りというものを心の底に溜め込めて。

 ――故に引かれたトリガーを、傲慢龍は愚かだと切り捨て、憤怒龍と決別したが。

 

 そもそも、()()()()()()()()()()()()ことには、別の意味もあったのではないか、とアタシは思う。

 

 どれだけ間違った行動をとっても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

“なぁ、だから嫉妬龍、覚えておけ。――()()()()()()()()()()()()()()()のだ”

 

「ふぅん?」

 

 それはアタシもよく解っている。

 ――必要だとしたら、それはアタシではなく……

 

「でもまぁ、ありがたく受け取っておくわ。じゃあね、ラーシラウス」

 

 アタシは、そうして背を向けて、

 

 

「罪まみれの、恥知らず。――けれども決して、間違いなき憤怒の龍」

 

 

“さらばだ、罪を抱え、それを力に変えた嫉妬の龍”

 

 

 それを最後に、憤怒龍は消失した。



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114.始める前に立ち寄りたい。

 ――これは、旅の途中でのこと。

 今、僕と師匠は、リリスたちから離れて、とある場所を訪れていた。そこは、()()()()()()()()。かつて強欲龍によって滅ぼされ、今はもう何ものこっていない、過去の痕跡。

 偶然、というには僕たちの旅は目的地が定まっているものばかりだけれど、まぁ、意図せず僕たちはここに立ち寄ったのだ。

 

 墓参り、といえばリリスのそれを思い出すが、彼女の場合、そこに眠る彼女の母親は幸せに逝った。彼女の母親の人生は波乱万丈と言う他なく、正直なところ、不幸である時間のほうが長かっただろうが、それでも、終着が幸福だったから。

 ――娘の幸福を祈って逝くことができたから、彼女はきっと幸福だろう。

 

 師匠の父親は、その逆だ。彼の人生は、どちらかと言えば幸運な時間のほうが長かったという。一介の概念使いとして村に受け入れられ、子を成して、その子にも憧れの眼で見られて、

 最後にそれを失ってしまったという事実以外は、彼の人生は幸福で彩られていた。

 ――しかし、それ故に娘を一人で放り出さなければいけなかった彼を、果たして誰が幸福と言えるのか。

 

 対照的だと、僕は思う。

 だが、同時にどちらにも等価の価値がある、とも思う。

 

 師匠が失ってから歩き出したように、リリスは幸福を手に入れるために歩いたのだから。

 

 とはいえ、それは今ここでするような話ではないが、ともかく。

 

「――あの頃の、ままだな」

 

 そういって、風になびく髪を抑えながら、師匠がつぶやく。

 ――そこには、何もなかった。破壊の跡も、人の跡も、強欲龍は等しくすべて、薙ぎ払って消えていったのだ。視界の端にちらりと見える、かつてあっただろう家の土台程度しか、ここに村があったという事実を伝えるものはない。

 

 強欲龍が暴れていった跡には、何も残らない。この村も、またそうだった。

 

「私は、村では良くも悪くも浮いていて、同年代の友人というやつはいなかった。一人でいることが多かったけれど、それを誰かに邪魔されることはなく、まぁ、気楽ではあったよ」

 

 焼け焦げた地面を踏みしめながら、目を細めて師匠は語りだす。村の中央、広場になっていただろう場所から、周囲を見渡して、

 

「別にこちらから話しかけて、拒絶されることはなかったからな。私を傷つけて、父を怒らせたくなかったのだろう。父が概念使いである私は、父と同じように化け物と思われていたのかもしれないが――」

 

「……弱者とは、思われていなかったんでしょうね」

 

「そうだなぁ、まぁ、自分で言うのも何だが、意思はそこそこに強い方だったと思う。一方的に虐げられるような雰囲気は、してなかったんだろうさ」

 

 やがて、師匠が歩き出す。向かう先は、すでに決まっているようだった。僕もその後に続いて、しばらく、二人は無言だった。

 

「それでも、家は村の一番端の方だったけれどね」

 

 ――たどり着いたのは、師匠の家があっただろう場所だ。みれば、中央に穴のようなものがぽっかりと開いている。

 

「とはいえそれを望んだのは、きっと父だっただろう。村人を怖がらせたくなかったのだろうね。あの人は、そういう人だった」

 

 穴の大きさは、数人の人間が入ることのできそうな穴。有事の際には、数名の村人を隠すことができるだろうそれは、しかし実際には師匠一人しか入れられることはなかったのだろう。

 

「それは、思ってみれば優しさの他にも、怖がられることを恐れる気持ちも、どこかにあったのだろうね」

 

「やっぱり、師匠と師匠のお父さんは似た者同士ですね」

 

「……私も似たようなものに、見えているのかなぁ?」

 

 ――眼の前で弟子が死ぬのが怖くて、自死を選ぶ師匠は、なんというか父親譲りの考え方をしていた。まぁ、それがいいか悪いかはともかくとして。

 

「僕は嫌いじゃないですよ」

 

「……ありがとうな。私は、君に救われたんだ」

 

 そう言って、師匠は一歩前に出る。

 

「――ただいま、父さん」

 

 ぽつり、と。

 懐かしむように、寂しがるように、けれどもどこか誇らしげに、師匠の言葉は、軽やかだった。

 

「戻ってきたよ。――もう、戻ってくることはないと思っていた。理由はいくつもあるけれど、一番大きいのは、ここに戻ってくる勇気がなかったからだ」

 

 そういって、師匠は自身の手のひらを見る。小柄な背丈の、小さな手だ。けれども、この村から逃げ出したときよりは、ずっと大きくなっているだろう。

 

「何より――私は思っていたんだ。強欲龍に勝てるわけがないって」

 

 師匠の心のなかにある、この村に来れない理由。それは勇気がなかったから、そして何より、()()()()()()()()()()()()()()()から。

 その二つは、師匠にとって大きな楔となっていたはずだ。

 

「でも、私に勇気をくれた人がいた。共に戦ってくれる仲間ができたんだ。一緒にいてくれるその人達に、私は感謝を欠かしたことはない、とおもう」

 

 ――まぁ、一人は恋敵なんだけど、と苦笑する師匠は、普段の年齢を感じさせない雰囲気はかき消えて、等身大の、少女らしい笑みを浮かべていた。

 

「でも、みんな大切な仲間だ。私が今、一番失いたくないものだ」

 

「…………師匠」

 

「……ありがとな、一緒に戦ってくれて――ああ、父さん。報告するべき事があるんだ」

 

 僕に、視線を少しだけ向けて、そして師匠は自信に満ちた顔つきで、宣言する。

 

 

()()()()()()()よ、余りある幸運と、そしてただ()()()()()()()()()()()のおかげで」

 

 

 勝利宣言。

 この村に帰ってくることの出来た、最大の要因。――師匠は凱旋したのだ。倒すべき敵を倒し、報告するべき相手に、師匠はそれを報告したのである。

 

 

 ◆

 

 

「――すまないな、手伝ってもらって」

 

「いえ、やりたいことをしただけですから」

 

 僕と師匠は二人で、ぽっかりとあいた大穴に、この村の残骸をありったけ持ち寄って、埋め立てた。ここは墓標だ。この村のあった歴史。それを記すための墓標。

 師匠にとって、ようやくこの村を過去のことにする決心がついた証でもあった。

 

「それにしても……やっぱりなかったな」

 

「……お父さんの形見、ですか」

 

 しかしそうやって探し回って、結局見つからなかったものが在る。師匠の父の形見。彼の痕跡は、これと言えるものがさっぱり見つからなかったのだ。

 ――激戦のさなかに吹きとんだ、とも言えるが。

 

「――懐中時計」

 

 ぽつり、とつぶやく。

 

「父さんの概念化に必要な道具だったんだ。肌見放さず持っていて、多分強欲龍に敗れるその時も、持っていたはずで」

 

「……」

 

「――それが、一番の父さんの証、なんだけどなぁ」

 

 けれどもそれは、どこにもなく。そして僕たちは、それがどこに行ったのかを知っていた。というか僕が知っていて、師匠がそれを聞いたのだ。

 

「強欲龍……か」

 

 ――持っていったのだ、強欲龍が。

 事の経緯は簡単だ。強欲龍に対し、師匠の父は奮闘した。結果はすでに知れている通りだが、その戦いの中で師匠の父に興味を抱いた強欲龍は、勝利の後、彼の概念化に必要な懐中時計を持ち去ったのだ。

 本来の歴史であれば、それが知れるのはそれから数百年が経った後なのだが。

 

「まぁ、直接相対しているときに、知ることにならなくてよかったよ。もし、知っていたらさすがの私も、冷静じゃいられなかった」

 

 ――そして実際に、ゲームではそれはもう烈火のごとく怒りに満ちた師匠は、師匠が見えるヒロインの少女と共に、それはもう暴れまわったわけだけど。

 ともかく、

 

「――しかし、倒したからと言って、落とすわけじゃないんだな」

 

「本人が所有していると認識したものですからね。というよりも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から、強欲龍が手放さない限り、一緒に消滅します」

 

「逆に言えば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……だったな?」

 

「ええ、なにせ――」

 

 僕は一拍置いて。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()なんですから」

 

 

「……父さんを悪くいうわけじゃないけど、なんだって、父さんの懐中時計なんだ?」

 

「それだけ、強欲龍にとって、師匠のお父さんは衝撃的な存在だったんですよ。実感はわかないかもしれませんが」

 

 これは意外かもしれないが、師匠と強欲龍には、強欲龍側にも因縁が在る。面識は一切なかったが、強欲龍ももし、師匠の父が、()()()()()()()使()()だと知れば、驚愕することだろう。

 ともかく、

 

「それにしても、……本当にいいんですか?」

 

 僕は改めて、師匠に問いかける。これまで何度も、この後の予定として話し合ってきたことを、もう一度確認するのだ。

 

「ああ、私はね、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

「こっちからだまし討ちして、恨まれるようなことはしたくない……ですよね」

 

「そういうことだ。だって、こっちから一方的に憎めないと、寝覚めが悪いだろ? あいつにはそういう存在でいてもらわないと困るんだよ」

 

 これから僕たちがすることは、強欲龍にとっては、()()()()()()()()()()だ。そして、僕らはそれを意図的に歪めることができる。

 だまし討ちだってできるのだ。

 それをしたら、あいつは奪う側ではなく、奪われる側になってしまうのだが。

 

 ――それをして、あいつの顔が憎悪に歪む様を見れば、その時はスカッとするだろうが、最終的にはあいつに憎悪を抱く自分すら矮小にしてしまいかねない。

 師匠はそれが嫌だったのだ。自分たちが打倒した強欲龍は、凶悪で、強欲で、そして強烈でなくてはならない、と。

 

「それに、どうしても私達の戦いに、強欲龍の星衣物が必要なんだろう? 父の形見を取り戻すこともできて、私達にとっては一石二鳥だ」

 

 だから、と師匠は僕に告げる。

 

 

「だから、()()()()()()()()()()()()。君の言う通り、そのプランで行こう」

 

 

 ――こうして、僕たちは師匠にとっての一つのけじめを終えて、ある一つの決意とともに、大罪龍を蘇らせる星衣物、暴食卵が眠る遺跡へと、足を向ける。

 そこで、四天との最初の激突が待ち受けていることを、覚悟しながら。



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115.四天はポッと出たい。

「――四天っていうのは、ぽっと出なんですよ」

 

「……君は何を言ってるんだ?」

 

「なのなの」

 

 ――そこは暴食龍の星衣物が眠る遺跡の入り口、これからそこにアタックをかけようという直前で、僕らは夜営をしていた。そんな悠長でいいのか、と思うかもしれないが、現在のフィーの居場所は、暴食龍戦で使った相手の居場所を追跡するレーダーによって把握しているため問題ない。

 それによれば、フィーは未だに憤怒龍を探して海上を飛び回っているようだ。

 とはいえ、そろそろ探せる場所もなくなってきた。臆病な憤怒龍が動き回るとも思えないので、そろそろ見つかることだろう。

 

 といったところで、僕らは今、自分たちがこれから激突することとなる敵――四天についての話をしていた。おおよその概要は話してあるのだが、おさらいなども兼ねて。

 

「四天が本来の歴史に登場するのは、最後の決戦。つまりこの世界の僕が活動する時期だけです」

 

「ええと、だからこれまで戦ってきた大罪龍という因縁のある敵に比べて、因縁が薄い?」

 

 そういうことだとうなずく。

 マーキナーの存在は、これまで散々話に出てきたし、ゲームでも相当色濃くそれを感じることができる。しかしその配下として、手足として動く四天という存在は、語られこそすれ、掘り下げはほとんどされていないのだ。

 

「逆にマーキナーは、登場するのは本当に最後の最後、決戦だけであるにもかかわらず、すでにもうその存在を僕たちは嫌というほど把握しています」

 

「リリスたちもそんな感じなのー」

 

「そうだね。マーキナーに関しての知識って、具体的に何がある?」

 

 僕が問いかけると、リリスは少し考えて、

 

「悪いやつなの!」

 

「流石にそれは雑すぎる!」

 

 そう言ってリリスの頭にデコピンを入れる。あうー、と鳴き声を上げながら、彼女はそのまま地面に倒れ込み、ゴロゴロと転がった。

 なんなんだろう。

 

「この世界を作った神。盤上の主にして、自分を駒として盤の上にあげようとする無粋な輩。他者の不幸を好み、陥れることを是とし、それでいて自身は人間との対等な決戦を望む二律背反な存在」

 

「有する能力は、可能性の操作。無数にある選択肢のなかから、一つの可能性を確定させる能力。これにより、()()()()()()()()()()存在の誕生を確定させることができます」

 

 ――他にも、他者への介入。衣物の創造。これらもマーキナーの能力の一つだ。

 

「これらは、サンドボックスと呼ばれる能力です。マーキナーの、衣物としての権能――とも言えます」

 

「それは本来の歴史でも、マーキナーと出会う前からこの世界の君は知っていたのかい?」

 

「はい。マーキナーには、事前情報としてこれだけの情報が開示されていたんです。マーキナーの性格も、マーキナーのあり方も、すでに語られたことでした」

 

 ――対して四天はそうではない。

 四天について、解っていること。

 

「――この世界には、天使という概念はありますが、悪魔という概念はありません」

 

「悪魔ー? なんかわるそーなことばだから、大罪龍みたいなものなの?」

 

「そう、天使の対になるのは大罪龍。僕らの世界では、悪魔というのは天使の対になる言葉なんだよ」

 

 そう言われて、師匠がむむむ? と首をかしげる。いまいちピンとこない様子だ。まぁ、無理もないことだけれども。

 

「ちょっとまってくれよ、天使というのは神の使い、神の四本の手足を指す言葉だろう? 伝承の中に見られる、数少ない四天の残滓、それが天使という概念のはずだ」

 

「ええ、この世界ではそうですが、僕たちの世界では、天使とは神の使いであると同時に秩序の守り手です。そしてそれを脅かす存在として、混沌を司る悪魔が存在しているわけです」

 

 ――この世界における秩序と混沌は、言ってしまえば神のマッチポンプだ。人々は長い歴史の中でそれを自覚のあるなしに関わらず感じ取り、信仰に反映させてきた。

 故にここに神と天使はいても、悪魔はいない。

 

 そして天使とは、僕らの世界のような種族的な意味をもたない。あくまで四天という4つの御使いだけを指す言葉であった。

 

「でもって、四天について知れていることは、()()()()()()()なんです。他に四天の存在をこの世界に齎す伝承はありません」

 

 ――故に、この世界にとって信仰とは、神と大罪龍にだけ向けられるものだった。四天というのは、言ってしまえばマイナーな神話の一節に過ぎず、人々にはあまりにも知られていない。

 

 だからこそ、僕はそいつらをぽっと出と表するわけだ。

 

「んー、とにかく君が言いたいことは解った。その四天っていうのは、神マーキナーや、大罪龍の連中と比べると人類に対して因縁が薄いってことだな?」

 

「いきなり横からあらわれてフテーやつなの」

 

 リリスがのそのそと起き上がりながら言った。まぁ、不遜な言葉だがその通り。

 

「師匠やリリスは、傲慢龍を指して天使のようだ、と表現することがあるのは、知っている?」

 

「しらないのー」

 

「まぁ、言わんとしていることはわからんでもないが……聞いたことがないな」

 

 ――当然といえば当然だろう。傲慢龍の姿は、天使の如き六枚羽。そういった一節が歴史に現れるのは、傲慢龍が討伐されてからだ。

 要するに、傲慢龍が歴史の一ページへと成り果ててからのことである。

 

 だから――

 

「――知ってる。剣とローブの概念使い……その、初代が広めた」

 

 ぴょん、と百夜がリリスの頭の上に現れる。彼女は数百年を生きた歴史の生き字引。当然ながら、その表現に関しても知っていた。

 

「僕をカウントすると、彼は二代目ですけどね」

 

 ――ようするに、傲慢龍をそう評したのは、初代ドメインの主人公だ。彼は英雄の特権として、歴史に自身が降した相手を、褒め称える形で残した。

 まぁ、それは今はあまり関係ないけれど。

 

「大事なのは、傲慢龍が――大罪龍の頂点が、()使()()()()()()――つまり、()()()()()()()ということです」

 

「ん、んんんーなのん!? ピコッと来たのん! 四天は傲慢龍のお母さんなの!」

 

 どちらかというと姉の方が近いかも知れない。いや、四天に性別はないのだが。ともかく、四天と傲慢龍は似ている、というのがどういうことか、理由は簡単だ。

 

「――傲慢龍は四天を元にデザインされたのか」

 

「…………まぁ、僕の世界では逆なんですけどね」

 

 設定的には――そしてこの世界の歴史としては、傲慢龍とは四天を模倣して作られた存在――言ってしまえば劣化コピーである。

 色々と事情があってこの形になったのだが、ともかく四天とは傲慢龍の強さ、カリスマ性を利用して強者としての格付けをしているのだ。

 

 なので、ゲームプレイヤーからの評判が悪い。

 

 だってそれまで最強として君臨していた大罪の頂点を、カマセにして登場したのだから。故に僕らは四天をぽっと出と表現する――という側面は無いとは言えない。

 とはいえ、それは意図されたものである。なにせ、傲慢龍をカマセにするような悪役だ。倒すことに何一つ心が傷まない、ある意味で理想的な敵とも言える。

 

 大罪龍の多くが。本人の感情という譲れないものを秘める敵だったのに対し、あくまでマーキナーの端末でしかない四天は、()()()()()()()()()()()()なのだ。

 その代わりに、べらぼうに強い。

 

「そりゃあ傲慢龍のオリジナルともなれば、強いだろうなぁ」

 

「うずうず……」

 

 師匠がぼやくようにいう。正直なところ、マーキナーの前座としては、厄介極まりない上に、面白みもなにもない。とはいえ、戦闘狂の百夜は見ての通りうずうずしていたが。

 というかうずうずしすぎてリリスの上でバイブレーションしていたが。

 

「ばばばばばばばば」

 

「リリスが振動してすごいことになってるから、そろそろやめてあげてね、百夜」

 

「うずぅ……」

 

 不満そうに視線をこちらに向ける百夜はさておいて、まぁ、面倒ではあるけれども、今から即マーキナー戦が始まったら僕たちは全滅確定なので、戦う必要のある相手だ。

 

「マーキナーは、現状の僕たちでは勝てません。というか、本来ならばおそらくは勝てません。本来の歴史でマーキナーを倒すために使った手札を、僕たちは持っていませんからね」

 

「そこは君がうまくやるんだろ。私達はそれに応えるだけさ」

 

「あはは、がんばります」

 

 ――マーキナーを倒すために必要なものは二つ。僕たちの基礎的な強さ。そしてマーキナーのゲームマスターとしての絶対性を崩すための鍵。

 前者に関しては、本来の歴史では位階のカンストを突破させることでクリアした。

 しかし、この世界ではそうもいかない。そもそも上限を突破させられたとして、その上限に見合った経験値の敵がいないのだ。

 

 そこで、特殊なパワーアップである。フィーが色欲龍たちを取り込んでパワーアップしたような感じで。あれくらいの強さがないと、まともにマーキナーとやりあえないのだ。

 

「そのための手段に、()()()()()が関わってきます。他にも色々ありますが――まぁ、一番大変なのが初戦になりますね」

 

「フィーちゃんもいないの。いればなんとかなるなるのん?」

 

「まぁ、何とかならないこともないでしょうけど――今回は別の手段を使うよ」

 

 強化済みのフィーがいれば、四天に対しての勝ち目も見えるのだけど、残念ながら憤怒龍に逃げられてしまった上に、それを討伐できるのがフィーだけなので、僕らはフィーの手を借りれないこととなる。

 まぁ、これに関してはしょうがない。

 ――もちろん、解決策は考えてある、というのが、今回の話。

 

 というわけで、

 

 

()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――僕は、今回の策についての話をする。

 そもそも、暴食卵は目覚めた直後の四天も狙ってくる代物だ。ゲームでは傲慢龍を復活させるために、この世界では――別の大罪龍だろうか。

 マーキナーの性格上、一度裏切られたら、同じ大罪龍は選ばないはずだ。

 

 ……まさか、いや、まさかね。

 

 と、思いつつ僕は続ける。少し前に、師匠と話し合って固めた今後の方針。

 

 

()()()()()()()()()。あいつなら、僕たちと協力はしないだろうけど、僕たちと四天なら、四天の方を優先して攻撃するはずだ」

 

 

 ――その後のことは、一旦考えないこととして。

 僕らは暴食卵で、強欲龍グリードリヒと――あのいけ好かない欲望野郎と、また顔を合わせることを決めるのだった。



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116.強欲を蘇らせたい。

 暴食卵は、僕たちにとっても四天にとっても、非常に重要な意味を持つ星衣物だ。

 この星衣物を利用するのか、破壊するのか、利用するならば戦力の増強に使うのか、相手の妨害に対して使うのか。用途は様々だろうけれども、ゲームにおいて、プレイヤー側はこの星衣物の破壊を目指した。

 

 選択肢としては、怠惰龍の復活という選択肢もあった。ヒロインである百夜にとっては祖父にあたる存在だ。それを蘇らせないのかという選択肢。

 ――とはいえ、それは百夜本人によって一蹴されたが。

 

 理由は単純。怠惰龍はアンサーガあっての怠惰龍、どちらか一体を蘇らせたところで意味はない。色欲龍に対するルクスリアのそれと同じだ。

 

 そのため、暴食卵はプレイヤー側にとっては不要だろうという考えで破壊が決まったのだが、回り回って、それは間違いだった。というか、破壊に失敗したことが、最終的にマーキナーの首をより絞める形になったのだ。

 暴食卵を使い、傲慢龍を蘇らせた結果、その傲慢龍に裏切られ、更にはマーキナー撃破の一翼を担われた。

 

 ――その上で、今回の暴食卵だ。

 

 僕らがここで強欲龍の復活を選ぶのは、それが必要だったからだ。なにせ、僕らがマーキナーを撃破する上で必須とも言えるアイテムを、強欲龍が死んだまま持ち逃げしたのである。

 倒したときに奪えばよかったじゃないか、と思わなくもないが、あの強欲龍が奪うことを許容するはずもなく、そもそもあの時僕らはやつを倒すことで手一杯だったので、どうしようもない話である。

 

 ともかく、その当時はそもそもマーキナーとの対決はそこまで考えていなかったのもあって、僕らは強欲龍からそれを受け取っていない。

 

 他にも強欲龍を選ぶのは、やつを蘇らせれば、奴は四天に興味をいだき、四天を攻撃するだろうという考えあってのことだ。

 これに関しては後述するが、強欲龍とは()()()()()()()()()()()()()()()を至上とする存在である。

 

 というわけで、要するに僕たちの対四天緒戦の戦略は、強欲龍の復活とその利用なのだ。やつと共闘――というと少し違うが、ともかく、奴を四天とぶつけることで、足りない戦力を補うことが、今回の目的なのであった。

 

 

 ◆

 

 

「――ここが、最奥か」

 

「ハイ、暴食卵が眠る遺跡の最深部です。まだ、暴食卵は設置されていませんけれど――」

 

「つかれたのーん」

 

 恐る恐るといった様子で部屋に入る僕たちの横で、リリスがずさーと滑り込むように部屋に入っていった。中は非常に大きな作りとなっており、ここで戦闘ができるようになっている。具体的には傲慢龍の玉座程度の大きさ。

 

「フィーちゃん、後どれくらいかかりそうなのー?」

 

「すごい勢いで動き回ってた彼女の動きが止まった。多分……戦闘中、だと思う」

 

「ってことは、もうすぐ……だなぁ。いよいよ、最後の大罪龍が倒れるのか」

 

 はぁ、と大きく嘆息しながら、師匠が先に進む。

 

「正直、傲慢龍を倒したところで、対大罪龍は終結したようなものに思えてならなくて、全然実感が湧かない」

 

「本来の歴史では、それは長い長いマーキナーとの戦いの始まりに過ぎなかったのですが」

 

「うち九百年くらいは空白期間じゃないか」

 

 その空白期間が大事なのだと、僕は豪語する。いやだって、空白期間がないと舞台に変化がなくて世界観を広げる楽しみがないんですよ。

 っていうのはメタ的な話なので、実際にはもうちょっと遠回しに言うけれど。

 

「空白期間がないと舞台に変化がないって言ってるのー」

 

「なんで今回に限ってきっちり宣言していくんだい、リリス」

 

「あうあう」

 

 ほっぺたをつまみながら、僕たちはそこにたどり着く。そこは遺跡の最深部。暴食卵が設置されていないこの場所には、それ以外にもあるものが眠っている。

 フィーの遺跡でみたような、アレだ。

 

 ちなみに、アンサーガの遺跡にも一応あるはずなのだが、アンサーガが生まれた直後に叩き壊したためゲーム中で読むことは出来ない。

 

「というわけで――百夜、頼んだ」

 

 僕は内容を知っているけれど、とりあえず読める人に読んでもらうことにした。

 

「ねむい」

 

 ――そして拒否られた。

 

 僕が取り出した百夜は、僕の手からぴょーんと離れると、リリスの荷物にホールインワンした。リリスは百夜を懐に仕舞うと、くるくると回転した。

 なんで……?

 

「えーと、なになに?」

 

 というわけで、読めないけれど読めるフリをしながら読む。内容は一字一句正確に把握しているが、相変わらず読めなかった。

 

「暴食には貪欲なまでに底のない、ただただ深い穴が似合う。そこに満たされるものはなく、叶えられる願いはない。常にただ一つの欲を暴れ狂う」

 

 ――暴食龍とは、単一にして群体の龍だ。無数でありながら、個体という概念がなく、故に孤独であるような描かれ方をしていた。

 この碑文もその証明。孤独であるがゆえに底がなく、故に暴食。そんな存在という扱い……だったはずなのだが。

 

 今こうして読み返してみると、

 

「……こいつ、愛に狂っていたんだなぁ」

 

「なのん」

 

 そうやって、知られざる暴食龍の本性に触れた僕たちは、この碑文一つにも味わいを感じながらも、暴食卵が生まれ落ちるその瞬間をまった。

 

 

 ◆

 

 

 ――それは、不意に訪れた。

 遺跡内部に淡い光が灯る。もとより、この遺跡は不思議と光源もないのに視界が開かれていたが、そこに加えて広がっていくこの光は、どこか暖かさと、そして底知れない怖気を感じた。

 

「ううんこれは……暴食龍の愛ってやつか?」

 

「やめてくださいよ!? もうそれにしか感じられないでしょう!?」

 

 なんて話をしながら、僕らはその光が一箇所に集まっていくのを見た。やがて光は白い一つの玉へと変わり、その光が収まると、そこには卵があった。

 暴食卵、グラトニコスの星衣物。

 

 これが大罪龍の全滅後に現れるのは、マーキナーがそう意図したためだ。狙いは四天と人類の激突。やっとのことで撃破した大罪龍を蘇らせる卵など、火種の元。

 そう、火種を投げ込んだのだ、マーキナーみずから。この火種に対して、四天は油を注ぎにやってくる。僕たちは、それに対していくつかの選択肢を持つが、――そこから一つの結論を導き出した。

 

「よし、……やるか」

 

 僕は師匠にそれを託して、一歩後ろに下がる。リリスもまた同様に。僕らはそれを見守る、しかし――邪魔者のほうが、一手早かった。

 ついに、その時が来たのだ。

 

 

“――――おやぁ、もう到着しておりましたか”

 

 

 カツ、と。

 足音。

 こちらを侮蔑し、見下し、卑下し、こき下ろし、軽視し、白眼視し、忌避し、バカにした声音。圧倒的上段から、自身の強さを一切疑わないその声は、いっそ清々しいほどにこれまで相対してきたどの大罪龍とも違う種類のものだった。

 

「――何者だ、と聞いておくべきかな?」

 

“ハ、ハハハ――バカにしているのでしょうか。何故君達に名乗らなくてはならないのです?

 

 ――そこには、傲慢龍と同じ姿かたちの、けれどもどこか線の細さを感じさせる天使の姿があった。

 

“頭を垂れ、そちらから名乗りあげた上で、足をなめて懇願するところでしょう。そのような言葉遣いを、私は許したつもりはないのですよ?”

 

 そいつは僕らを完全に下に見た上で、煽るように語りかける。なんと性格の悪いことか。概念使いは名乗りあげなければ概念化できない。

 あちらは名乗らずとも戦闘が可能、故に、こちらから先に名乗らねばならず、こちらから名乗ったということは、()()()()()()()()()()()のと同じことなのだ。

 

 とすれば、僕らの返すべき言葉は一つ。もちろん、それは概念化ではない。

 

「どうも、お初お目にかかる。こんなところまで、マーキナーのお使いご苦労様、なぁ」

 

 そのもの、火を司るは四天の一翼。

 

 名を、

 

 

「四天、ウリア・スペル」

 

 

 ウリア・スペル。

 他者を小馬鹿にしたようなその龍は、僕の言葉を鼻で笑い飛ばし、

 

“わざわざこちらの手間を省いてくれて感謝しましょう。さて、今すぐここでその首を飛ばすことで褒美としてもいいのですが、その衣物をこちらに運びなさい”

 

 ――まるでそれが、栄誉なことなのだと言わんばかりに、ウリア・スペルは手をのばす。現れたばかりの暴食卵が、ふわりと浮き上がる。

 

「させないのー!」

 

 リリスがそれにへばりつき、妨害する。いや、別にそれは妨害しなくてもいいのだけど、ともあれ師匠が問いかける。

 

「それをどうするつもりだ?」

 

“どう、とは? わざわざ聞かなければわからないほど、あなたは愚かなのですか? ああ、申し訳ない、あなた達人類はあまりにも矮小すぎますので、小ささの比較が我々はどうもできなくて”

 

「……本題に入れ。煽りたいだけなら、こちらで好きにこいつは使わせてもらう」

 

“おや、怒らせてしまいましたか? このようなことで怒りを覚えるとは、やはりあなた達は卑小で愚劣ですねぇ”

 

 くつくつと、おかしそうにウリア・スペルは笑うと、それからどこか怒りの混じった声で、僕たちを睨みつけてくる。

 

“まったく、マスターの考えることは理解しかねる。あなた達のような愚昧な存在を、何故敵と認める? まったくもって、理解しかねる”

 

「だからさっさと、本題に入れと……」

 

“――故に。私はその愚かさを教授してあげることとしたのです。世界の器――解っているのでしょう?”

 

「……そうだね」

 

 ――四天は、暴食卵に対してどのようなアクションを起こすか、というのは大事な問題だ。普通に考えて、というか、マーキナーや四天の性格を考えると、一度犯した過ちは二度は過たない。

 故に、取る選択肢から傲慢龍の復活は否定される。そうなると、彼らの選択はほぼ、一択だろう。それをウリア・スペルは僕に突きつけている。

 

 僕もそれに頷いて、そして高らかに宣言するのだ。

 

「お前たち、四天は暴食卵を――」

 

 

“――大罪の復活に利用する”

 

 

「――破壊する」

 

 

 ――――あれ?

 

“……ハ、ハハハ、ハハハハハハハハハ!!”

 

 いやいやいやいや、おかしい、絶対におかしい。なぜ復活させる? そもそも誰を復活させる? 傲慢龍はありえない。強化フィーに負けた憤怒龍は戦力外。暴食龍は復活時に一体しかいない。色欲龍はフィーの中。他の大罪龍はそもそも死んでない。

 

 え、いやいやいや、待て待て待て。

 

“愚か! 愚か愚か愚か!! これまで、まるで我々を盤上の駒のように見下ろし、見下し、軽視してきたお前が、ここに来て我々のことを見誤るのですか!! ハハハハハハハ!! まったくもって! まったくもってお前は愚か! 存在価値など無に等しいのです!!”

 

「ま、て……まて、まて! 四天――ウリア・スペル。君は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

“語るに落ちる! それすらも理解できないのですか!! ならば――教えて差し上げましょう。愚かなるお前の頭に、それを絶望と刻みつけるのです!!”

 

 ――ひやり、と汗が流れる。

 

 同時に、リリスが押し留めていた卵が、ついには耐えきれずにウリア・スペルの元へと流れる。――あいつは、これを即座に孵化させようとしているのだ。

 余談であるが、マーキナーは性格が悪い。人類が暴食卵を使用、もしくは破壊しようとした場合、その完了にそこそこの時間がかかる。しかし、四天の場合は一瞬だ。

 

 火種として投入した上で――マーキナーは四天に対して贔屓をしていた。故に、その復活は一瞬で完了する。

 

 故に、故に、僕は――僕らは、これから起こることの想像がついてしまった。あーあ、という視線が卵に注がれるが、けれども完全に有頂天になったウリア・スペルは気づかない。

 

 ああでもそんなまさか。いや、そんなはずはない、あっていいはずがない。だって、それでは、それでは――

 

 

“――さぁ、()()()()()()()()! その強欲でもって! かつてお前から生命すら奪い去ったものへ、絶望の鉄槌をくだ()()()

 

 

 ――結局、四天の小物感というやつは、この世界に於いてもかわらないのだ。

 一度したミスを、また別の形でやらかすという大ぽかを決めたウリア・スペルは――

 

 高らかに勝ち誇るウリア・スペルは――卵から飛び出した腕に顔面をぶん殴られて、思い切りよく吹き飛ぶのだった。



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117.強欲は再誕したい。

 ――卵から飛び出した腕が、ゆっくりとその殻を引き剥がす。

 中から現れるのは巨漢の竜人、酷薄で、残忍で、そして何よりも強欲な面構え。ただ一夜の邂逅でしかないそいつは、けれども欲望に満ちた笑みすらも当時のままで、僕らの脳裏に張り付いた、強欲の二文字がせせら笑う。

 

“――あァ”

 

 そいつは端からそうだった。

 生まれ落ちる前から強欲で、常にその生き方は強奪によってなりたっていて、そして今も、()()()()()()()()()()()

 

 そうだ、奴は僕らの知るそのままの姿で、

 

 

“これァどういうことだ、紫電、敗因”

 

 

 強欲龍グリードリヒは、僕たちにそう問いかけながら、降り立った。

 

“俺は死んだ、お前たちに負けた、あァ、そこまでは覚えてる。しかしよォ。何故蘇らせた? お前たちには理由がねェだろうがよ”

 

「理由も、狙いもあってのことさ。嬉しくはないのかい? 強欲龍」

 

“嬉しさより先に困惑しかないね、蘇らせるにしたって、()()()()()()()()()()()し、()()()()()だろうがよ”

 

 ――強欲龍の言うことは、まったくもってそのとおりだ。僕たちだって、こいつに星衣物を持ち逃げされなければ、わざわざ蘇らせることもなかった。

 それでも、必要になって、時が来た。故に蘇った。

 

 僕らには、それ以外言えることはない。そして、強欲龍にそれ以上の理屈は必要ないだろう。

 

“ハ――まったく、()()()()()()だ。てめぇら、俺から奪うことしか考えてねぇ。そしてそれを隠しすらしねぇ”

 

 笑う。僕たちを悪しようにいいながら、しかしどうにも強欲龍は楽しげだ。目の前に、自分好みな強欲が転がっていることを、彼は肌で感じていることだろう。

 

「――懐中時計を、返してもらう」

 

 師匠は、端的に要件を告げた。

 そうだ、僕らが強欲龍を蘇生した理由は、()()()()()()()()()()()()()()()。師匠の父の形見であるという意味合いもあるが、強欲龍の手に渡り、やつの星衣物となった懐中時計には、とある機能が宿っている。

 後付で、けれども意図された通りに。

 

 だから蘇生した上で、師匠は真正面から要求した。別に方法はいくらでもあった。僕らの存在を気取らせず、リリスやフィーに演技をしてもらって騙し取る、だとか。

 もっと卑劣な方法もいくらでもあった。しかし、それらは選ばずに、直接的に言ったのだ。理由はすでに語った通り、師匠にとって強欲龍とは純粋な悪でなくてはならない存在なのだ。

 

 すべては強欲龍の存在が悪いのだと、いろいろなことを押し付ける相手として、奴には強者であってもらわなくては困る。

 何より――あの強欲龍が、惨めに泣きわめいて、懇願するようなところは見たくない。流石にそこまで、やつが無様を晒すとは思わないが。

 

“――断る。こいつは俺のモンだ。俺が手に入れた、俺の()だ。これだけは、何があろうと手放さねぇ。俺が()()を手に入れるまでな”

 

「……最強、か」

 

“あァよ! お前らがこうして蘇らせてくれた以上、俺はそれを目指さずにはいられねぇ! お前がここにいるってことは、()()()()()()()んだろう!?”

 

 うなずく。僕が倒したと、自信に満ちた顔で、

 ――ならば、と強欲龍は笑みを深める。

 

“何より、理解できねぇな。これをお前らが求めることもそうだが、()()()()()()()()()?”

 

「どこ、というのは今更な話だ。こいつ――我が弟子も一因ではあるが、何より確かな事実として」

 

 師匠は、紫電の槍を突きつけて、そして宣言する。この一言を口にすれば、奴は絶対に懐中時計を譲らなくなるだろう。だとしても、()()()()()師匠はそれを口にするのだ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

“――なら、永遠に奪われてろや。てめぇがあの男の倅ってんなら、なおさら俺は、これを渡す理由がなくなった”

 

 そう言って、強欲龍は手元にそれを出現させる。

 ――星衣物の中には、大罪龍と一体化した星衣物も存在する。強欲龍と憤怒龍の星衣物がそれだ。前者は見ての通り、奴にとってはそれは手放せないモノ故に、強欲にも取り込んでしまっている。

 憤怒龍の場合は、星衣物はあの遺跡と奴の体内の憤怒能力がワンセットであり、主軸が憤怒能力の方にあるため、一体化しているといえる。

 

 どちらも、体内にあるものを取り出して破壊してしまえば、マーキナーの封印は撃破したカウントに入るのだが、そもそも人類の脅威であるこの二体を、わざわざ生かす理由がない。

 

 暴食龍が大罪龍の撃破後に星衣物を生み出し、傲慢龍に至ってはそもそも形すらない。人類に敵対する大罪龍は、そもそも星衣物を破壊してカウントしたことにするという方法が、ほとんど想定されていなかった。

 

 ともあれ、今は懐中時計。強欲龍の星衣物を奪い返すこと。それが僕らの目標だ。

 

“どうしてもって言うならよぉ。お前らも解ってるんだろ”

 

 そして、僕も、それからリリスも概念武器を構え直し、

 

 

“――()()()()! 強欲の前で、懇願なんて無様見せつけるんじゃねぇ!!”

 

 

 そう、叫び。

 僕らがそれ以上の会話もなく、戦闘に移ろうとしたところで、

 

 

“ふざけるなあああああああああああああ!! この舞台の、主役は、私なのですよ!!”

 

 

 ――吹き飛ばされ、瓦礫に埋もれていた四天の一画。ウリア・スペルが起き上がりざまに叫んだ。

 

「あっ! じゃわじゃわ虫さんなの! 見てるとじゃわじゃわしてくるから名付けましたの!」

 

 そこはおじゃま虫じゃないのか、と叫ぶリリスに心の中だけでツッコミを入れる。

 

“貴様! 誰が貴様を蘇らせたと思っているのですか! この四天が一柱、ウリア・スペルが! わざわざ貴様を蘇生させたというのに! その態度はなんなのです!!”

 

“……ああ? 何だこいつ”

 

 強欲龍の、胡散臭いものを見る目がこちらに対して向けられる、説明を求めているのだろう。いや、四天のこと、何も知らないのかこいつ。

 

「――四天。お前の創造主、機械仕掛けの概念の手足であり、直属の駒だ」

 

“ん? ああ、聞いたことがあるなァ。そんな名前だったのか”

 

 顔に手を当てて、納得したようにうなずく強欲龍。全く歯牙にもかけていない。相手は上位者、自分にとっては上司のような存在だろうが、こいつは何も変わらない。

 そしてウリア・スペルは何も理解していない。

 

“き、さ、まぁ! 私の言うことが聞けないなど、その存在価値はもはや無に等しい! さぁ、今すぐに戦うのです! さきほどの続きをすればいい!”

 

“……こいつは何を言っている?”

 

 ――いきなり浴びせられた罵倒に、そもそも理解が追いついていないが故に、強欲龍は首をかしげることしかできない。そもそも強欲龍は、自分を蘇生したのがこいつだと思っていない。

 あくまで、僕たちとの間に割って入る、邪魔者としかみていないのだ。

 

“ああ、理解できないのですか? ただ奪うことしか脳のない矮小な貴様には、理解すら奪わなければ及ばないちっぽけな知恵しかないというわけですね。ああまったく、嘆かわしい”

 

“――うっせぇな、黙ってろつってんだろ”

 

 そこまで罵倒されて、ようやくこいつは自分を見下しているらしいと理解した強欲龍が、苛立ち紛れに視線を向けて、

 

“おい、何をしている、はやくそいつらを――”

 

 

“黙ってろつってんだろォが!!”

 

 

 ――叫び、そして熱線を放った。

 

 強欲裂波。僕らを散々苦しめてきたそれが、今、四天のウリア・スペルへと突き刺さる!

 

“き、さまぁああああ!”

 

 ――とはいえ、それ一撃でウリア・スペルが敗れるわけではない。むしろ、逆。奴に大きな怪我は見られない。腕一本で難なく受け止めている。確かにその実力は示しているのだ。

 ただ、どこまで行っても、小物臭さが抜けないだけで。

 

“誰を攻撃している! 強欲龍、わざわざ蘇生させてやったというのに!! 貴様は!!”

 

“だからいきなり浴びせつけんなつってんだろ。あぁ、でおい敗因”

 

「なんだ?」

 

 ――頭をガシガシと掻きながら、強欲龍はこちらを見る。心底ウリア・スペルを鬱陶しそうににらみながら。

 

“アレは俺が喰ってもいいモンなんだろう”

 

「好きにしろよ、僕としては、アンタとウリア・スペル。両取りにするつもりだけどね」

 

“ハッ――”

 

 そう言って、僕らもウリア・スペルへと意識を向ける。あいつは――というか、四天はその小物臭さから、とにかく強欲龍を煽るのにうってつけの逸材だ。

 僕らと強欲龍はどうしたって激突しなければならない立場だが、別にそれは今すぐやらなくてはならないというわけではない。

 

 もしも強欲龍の眼の前に、僕ら以上に鬱陶しい存在が現れれば、奴はそちらを嬉々として優先するだろう。加えて言えば、強欲なグリードリヒは、メインディッシュをあとに取っておくタイプだった。

 本当にただポッと出の、しかも自分より強者であり、奪いがいのある敵。

 

 それはまさしく、大きな因縁による最高の奪い合いというメインディッシュの前菜にふさわしい敵だった。

 

“ごう、よくりゅうううううううううう!”

 

 叫び、ウリア・スペルが戦闘態勢に入る。一瞬で膨れ上がる圧と、熱。

 

“しかしよぉ、こいつ、どぉにもアイツを思い出すんだよな”

 

「あいつ?」

 

“傲慢龍だよ”

 

 ああ、とうなずく。

 それは意図的なものだ。ゲームで登場した四天は、時空を越えてやってきた、過去作の主人公たちを中心に討伐される。その時、敵対する四天は、対応する主人公にとって因縁深い敵を想起させる記号が複数詰め込まれていた。

 

 ウリア・スペルの特性は傲慢。

 つまり、初代主人公と、それから別口で蘇った傲慢龍と敵対する相手。

 

 それが奴のあり方だった。

 

“ハッ――あの模造品の出来損ないと一緒にしないでもらいましょうか! 私こそが完全なる天翼の龍。四天のウリア・スペルなのですよ!”

 

“――てめぇ”

 

 それに、強欲龍が、それまでにみせなかった感情を示す。

 

 

“今、傲慢龍のやろォをバカにしたか?”

 

 

 ああ、それは――

 

 完全に地雷だよ、バカ四天。どこまでも愚かで、故にただ無闇矢鱈に強いだけの敵。――それを前にしての緒戦。

 

 僕たちは、強欲龍との共闘とすら言えないような三つ巴に近い共同戦線でもって、ウリア・スペルと対決するのだった。



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118.カマセはいくら盛ってもよい。

 ――どこまで言っても四天、ウリア・スペルは小物臭い癇癪持ちの印象が抜けないが、というか強欲龍を煽っている時のそれは、その後化け物に踏み潰される小物悪役そのものだったが、それでも強さは本物だ。

 

 強欲裂波を片手で防いだのもそうだが、今まさに、僕たちが足を踏み入れた戦闘も、その強さを感じさせるには十分なものだった。

 

“ハァアアアアア――――!”

 

 迫るウリア・スペル。狙いを定めたのは師匠だった。特に意図したものではないだろう。前衛は僕と師匠。それから少し離れたところに強欲龍。後ろのリリスは狙いにくい。

 

 とはいえ、切り札を有する僕と、そもそもスペックの高い強欲龍を避けたのは、当然といえば当然の選択だ。逆に言うと、こんなところですら戦法が小賢しかった。

 

「と、おお!」

 

 師匠が槍でその一撃を弾きながら後方へと吹き飛ぶ。一撃の威力が高すぎたのだ。加えて、吹き飛んだ師匠よりも早く、ウリア・スペルが師匠の後方へと回り込む!

 まぁ、させないのだけど。

 

「“B・B(ブレイク・バレット)”!!」

 

 僕が予め軌道を予測して放っておいた一撃が、ウリア・スペルの翼を掠める。やつが少しだけ身体をずらしたのだ。そして、それだけの隙があれば、師匠には十分である。

 

「“T・T(サンダー・トルネード)”!」

 

 反撃に振るった概念技でウリア・スペルを弾くと、なんとかその場から脱出する。直後に、僕たちのHPを半分は持っていくだろうかという火力の通常攻撃が横から振るわれる――が、ここでの狙いは、ウリア・スペルの攻撃回避ではなく――

 

“ハッ――潰れろや! 天地破砕!”

 

 直後、上から飛んできた強欲龍の必殺。天地破砕を避けるためのものだった。

 

“こんなものォ!”

 

 叫ぶウリア・スペルが正面からそれを受け止める。奴の耐久力は大したもので、この一撃を食らっても、吹っ飛びすらしないのは驚嘆に値する。

 そのまま、反撃に拳を振りかぶり、

 

“いいぜてめぇ! 口ぶり以外は最高だ!”

 

 ――強欲龍の拳と交錯する。その余波で、更に周囲の地面が砕け、二体の身体が地面へと沈み、消えてゆく。その中を、僕と師匠が移動技で駆けるのだ。

 

「“C・C(クロウ・クラッシュ)”」

 

 僕が視界を塞ぎ――強欲龍も巻き込むが気にせず。

 

「“T・T(サンダー・トルネード)”!」

 

 師匠の一撃が、ウリア・スペルに突き刺さった。

 

“――邪魔は、貴方たちもですかぁ!”

 

 叫び、こちらに拳を振るうウリア・スペル。戦闘は一気に高速化する。

 ――正直なところ、厄介なのはウリア・スペルよりも強欲龍の方だった。なんてたってこっちに一切の遠慮がない、信用の置けない味方未満の相手。

 口では両取りを謳ったが、正直なところ今回の戦闘はウリア・スペルの撃破で手一杯だ。その状況で、向こうはこちらなど気にせずに攻撃してくるものだから、戦いにくいったらない。

 

 とはいっても、向こうは天地破砕を始め、とにかく攻撃範囲が広い技が多く、それを気にして放たずにいたら、むしろ向こうが弱体化する。

 スクエアを切っていない以上、この場における最高戦力は強欲龍なので、現状は強欲龍の動きに僕らが合わせるのが最善なのだ。

 

“ああまったく、ただの粗雑な攻撃で、私と相対した気にならないでもらいたいものですねぇ!”

 

“そういうてめぇは、ガキみてぇなぶんまわししてんじゃねぇぞ!”

 

 激しく強欲龍とウリア・スペルが激突する。基本は拳で、威力に関してはほぼ同等。ただ、手数は明らかにウリア・スペルの方が多い。しかしその代わり、強欲龍は油断したら強欲裂波や天地破砕を通常攻撃にからめて来る。

 戦闘の練度自体は、僕らが妨害を入れることもあるが、強欲龍の方がウワテといえた。

 

「こっちのことも、意識の片隅に入れてもらいたいものだな!」

 

“ハハハ! 己の矮小さを認めるその謙虚さは賞賛いたしま――おい邪魔をするなぁ!”

 

 僕らの妨害も、そこそこ効果的に機能している。僕と師匠が交互に、タイミングを図りながら一撃を入れていく。

 ウリア・スペルの厄介な点はなんと言っても手数だ。攻撃の速度が早い。強欲龍と殴り合いながら、こちらに致命の一撃を飛ばしてくる。僕と師匠はそれを入れ替わり立ち代わり処理することで、攻撃を分散させている。

 強欲龍に負担が行くような形だが、そもそも強欲龍の攻撃も飛んでくることがあるため、お互い様というやつだ。

 

“敗因! てめぇ俺を狙うのはいいが、ちったぁそいつも巻き込めや!”

 

「そもそも避けられた先に、アンタがいただけだよ!」

 

 ――そんな中で、器用に立ち回っているのがリリスだ。

 彼女は今、ウリアにまったく注意されていない。後衛であること、僕らの攻撃が激しくてそちらまで手を回していられないこともあるが、回復役である彼女に意識が向かないことは、僕らとしてもやりやすさに拍車をかけていた。

 バフ、デバフは言うまでもなくウリアに対しても有効だ。特に現在のウリアは特殊な攻撃手段を一つとして持たない。故に、手が一手鈍るだけで、こちらの手数がどれだけ押せるかが変わってくる。

 

「なのなのなのなのー!」

 

「いけ、ぶっとばせー」

 

 ――羨ましそうな百夜に応援されながら、バフを飛ばす彼女の姿はいつもと何一つ変わらない調子だ。それがまた、ありがたい。

 

“――ハッ、大上段からの物言いに、多少の納得ができる程度には、てめぇは強えなぁ!”

 

 拳を振り下ろしながらも、それを片手で払われる強欲龍。返す刃は、強欲龍の致命傷には全く至らないが、それでも一撃として確実に通っている。

 蘇生した強欲龍には不死身がある。

 しかし、これだけの手数では、不死身など作動した瞬間にコアを破壊されてしまうのがオチだ。

 

 故に強欲龍も、最低限の防御は意識している。――ほとんど、僕たちにそれを任せている気もするが、ともあれ肉壁として強欲龍は便利だ。

 利用し、利用され、ギブアンドテイクというやつだろう。

 

 僕が踏み込んで、強欲龍が攻撃を受けながら一歩下がる。入れ替わるように踏み込んで、けれど、

 

“甘いですねぇ!”

 

「――“(グラビティ)”……っとぉ!?」

 

 そう、これが手数の正体。

 ()が、僕の頬を掠める。回避して、カスメただけだが、HPを一割は持っていかれる威力だった。即座に飛び退いて、しかしこれでコンボが途切れる。

 ――まぁ、飛び退くのは後ろから強欲龍の熱線が迫るからなのだけど。

 

“そちらも甘い!”

 

 ――更に翼がウリア・スペルの身体を覆い、正面から熱線を受け止める。直後、師匠が接近するが、翼を拡げた勢いだけで、師匠は吹き飛ばされてしまった。

 

「……ダメだ、近づけない!」

 

 とはいえ、これで再び強欲龍が接近できる。振り下ろされた拳と翼の打ち合いが始まって、僕らは一旦距離を取った。

 

「――手を変えよう。リリス!」

 

「あいなの!」

 

 三人で、頷き合う。

 僕が駆け出して、師匠は援護に回る。それまで、強欲龍に対しては一切の遠慮がなかったが、ここで一旦師匠は遠距離のみに攻撃を切り替えるため、そこを考慮する余裕がでた。

 

 師匠は翼だけを狙い、相手の手数を的確に減らすことを選ぶ。僕は逆に切り込んで、強欲龍の攻撃とウリア・スペルの迎撃を物ともせず――

 

「“S・S(スロウ・ストライク)”! “B・B(ブレイク・バレット)”!」

 

 デバフを一気に叩き込む!

 直後に迫る一撃を、なんとか移動技で回避しながら、そして、叫んだ。

 

「行け! リリス!」

 

「あいなの! “P・P(パッション・パッション)”!」

 

 攻撃力バフの効果を持つ概念技。狙いは――

 

 

 ()()()だ。それまで一度として使用してこなかった強欲龍へのバフをここで解禁する。

 

 

“お、おォ!?”

 

 自身の拳に力が宿ったのを感じただろう、強欲龍が目を見開く。だが、即座に状況を理解したようだ。逆にウリア・スペルはこちらの戦局を理解していないのだろう、その一瞬を好機と見て取って、攻撃を仕掛ける!

 

“もらいましたよ!”

 

 しかし、

 

“――阿呆がよ、てめぇは何を見てきたんだ?”

 

 それを、正面から強欲龍の拳が打ち砕く。

 

「“B・B(ブレイク・ブースト)”!」

 

 リリスのさらなるバフも乗って、一気に吹き飛ばされたウリア・スペル。――ここまで強欲龍へのバフをしてこなかったのは、強欲龍に協力したくなかったというのが一点。そこに加えて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()というのが一点。

 先程、リリスがうまく立ち回っていると言った。目立たず、ヘイトをあつめず、こっそりと。

 

 ――その狙いがここだったのだ。ウリア・スペルは視野が狭い。おごり高ぶっているが故に。そして、それが、この一瞬に導かれるのだ。

 

“俺だけか、あぁ!? 気色悪いこと言ってんじゃねぇぞ!”

 

 その足を振り上げて、口を開いて、

 

“――強欲裂波!”

 

 熱線を、

 

“天地破砕ッ!!”

 

 圧倒的な破壊の嵐を、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

“が、ああああああああああああ!!”

 

 ――顔面を殴り飛ばされて吹き飛ばされた時同様、ウリア・スペルが壁に激突し、瓦礫に埋もれる。それはもう、見事なくの字だった。

 沈黙。

 

 やがて、変化はすぐに訪れる。一撃が完璧に入ったものの、やつがこれで倒れるはずもないのだ。

 

 そして、ここまでダメージを与えれば、奴は間違いなく本気を出すだろう。

 

“ごう、よくりゅう……!!”

 

 怒りに満ちたその声音は、けれども同時に、顔には笑みが張り付いていた。自分にはまだ、()()がある。

 故に。

 

“やってくれましたねぇ! ああ、まったく! 不愉快極まりない!”

 

 高らかに宣言するのだ。

 

“決めましたよ、お前たちは私が手ずからぶち殺す。塵も残さず、鏖殺して差し上げましょう!”

 

「できるものなら――」

 

“やってみろよ、くそったれ”

 

 ――何を?

 

 決まっている。この世界において、名乗りを上げるという行為の意味は唯一つ。

 

“――大罪龍。貴様らはそもそも、勘違いをしているかもしれないな。色欲の子が概念使いとなって生まれ落ち、人類にとっての抵抗の刃となった。そう貴様らは思っているのだろう?”

 

“あァ?”

 

()なのですよ。大罪龍は、我々のコピーだ。しかし、概念使いもまた、我々のコピーに過ぎない。共に劣り、共に等しく我らを元に制作された、玩具にすぎないのです!”

 

 ――その手には、気がつけばそれが宿っていた。

 杖、光で出来た杖。

 

 それがなんと呼ばれるか、僕らは言うまでもなく知っている。

 

 

 ()()()()

 

 

“みせて差し上げましょう、これぞ、真なる大罪龍が操る、真なる概念武器!”

 

 

 そうだ、四天とは、大罪龍のオリジナルであり。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()!!”

 

 

 ――まさしく、最強を名乗るにふさわしい、概念使いが、僕たちの前に立ちはだかった。



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119.概念使いは勝ち誇りたい。

 ――四天とは、すなわち原初の概念使いである。

 概念使いが衣物の一種である、という話はしたけれど、であるなら、人ではない存在も、概念使いとなることはできるのだ。もっと言えば、()()使()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 であるなら、魔物ではない動物も、概念使いになることができるのか、というとそういうわけでもないのだけども。だってほら、発声がね。

 

 ともかく、だからこそ概念使いの始祖は四天、ということに不思議はない。しかしそれにしても、シリーズにおいて、常に最強の称号を背負い続けてきた白夜の前に現れる、最強を自称する小物くさい概念使い。

 まったくもって四天というのは、他人の背負ってきたものを小馬鹿にするのが好きな連中だ。

 

 なお、その四天の一画は、ゲームでは真白夜にタイマンでボコられて消滅するのだが。やはり最強は白夜であった。まぁ、真化以外にも色々とパワーアップした上でタイマンでボコっているのだが。

 ――とはいえ、概念化したこいつらが、厄介であることに変わりはない。

 

 特にウリア・スペルは――

 

熱・速(ギア・フレイム)

 

 一瞬で、炎を撒き散らしながら奴は僕と師匠に接近してくる。驚くべきことに、強欲龍を余波でたたらを踏ませながら、真正面から受けたらそのまま吹っ飛んで、先程のウリア・スペルみたく壁に激突する勢いで!

 当然、僕らは移動技で避ける。

 

 しかし、僕と直線上に線がつながったタイミングで――

 

熱・速・弐(ギア・フレイム・セカンド)

 

 再び概念技を使用して、直角に折れ曲がりながら、こちらに爆進してくる――!

 

「う、おお!」

 

 剣を振るって、身体をかばうようにしながら、それを受けて吹き飛ぶ。――直撃を受ける前に、余波で吹き飛べるくらいの威力があってよかった。

 HPは三割持っていかれるが、ともかく、距離は取れる――いや。

 

熱・速・参(ギア・フレイム・サード)

 

 ――気がつけば、僕の眼の前にウリア・スペルが迫っている!

 

「――っく、ァ! “C・C(クロウ・クラッシュ)”!」

 

 なんとか、間に爆発を挟み込む、熱よりも先に自分の爆風に吹き飛ばされた僕は、HPを六割削られながら、まだ生き延びている!

 しかし、当然。

 

熱・速・死(ギア・フレイム・フォース)

 

 ――さらにウリア・スペルがこちらへ迫ってくる。

 

“俺を無視してんじゃねぇ! 強欲裂波!!”

 

 そこに、強欲龍が熱線を放ち、一瞬だけ、奴の動きが止まる。しかし止まるだけだ。僕がその間に、距離をとっても、もう遅い。

 

“――決死”

 

 奴の手に握られた杖は、巨大な剣へと変化していた。

 

 

熱・終(トップギア・ハイエンド)

 

 

「し、しょお!」

 

「“C・C(カレント・サーキット)”!」

 

 ――横から飛んできた師匠の雷撃の玉が僕に突き刺さり、大きく吹き飛んだ僕は、なんとかギリギリでウリア・スペルの剣を掠めるにとどめ――

 

 

 ()()()()()()

 

 

「ぐ、ああああああああああ!!」

 

“――一つ”

 

 ニィ、と笑みを浮かべるウリア・スペル。まさしくその流れは、必殺。ギリギリまで攻撃を避けておきながら、最後の一閃を、ただ掠めただけで逃げ切れずに終わった。

 とはいえ、復活液に余裕はある。僕は即座にそれを叩き割って再起動する。

 

 その間、ウリア・スペルはといえば、排熱を行っていた。

 一秒か、二秒か。その程度の時間。奴は動きを止める。

 

“ハッハハハハ! まったくもって理解できねぇなぁ! だが、ここが好機なことはわかるぞ、くそったれ!”

 

 そこに、強欲龍が迫る。

 

「――待て!」

 

 叫ぶが、遅い。

 

“――天地破砕!”

 

 奴の必殺が、地を割って、直後。

 

 ――その体をウリア・スペルから溢れ出た炎が包んだ。

 

“な、んだぁ!?”

 

 もちろんタフな強欲龍に致命傷はありえないが、それでも今ので不死身を起動させられたらしく、強欲龍が珍しくうろたえた。

 

「……カウンター、だよ」

 

 僕が大きく息を吐きながら、つぶやく。ここまでの一連の流れが、ウリア・スペルの必殺コンボだ。あいつの特性は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()こと。

 その技名が法則から逸脱することもさることながら、何につけてもあの炎を撒き散らしながら突進する移動技で、コンボしているのである。

 初速から、四速。そしてトップギアに到達したあの一撃は、つまるところ最上位技だった。

 

“――笑止。笑止、笑止ですねぇ。この程度、この程度ですか!? 大罪龍も、世界の器も、まったくもって大したことがない!”

 

 高らかに笑うウリア・スペル。先程までのお遊びとはまったく気配が違う。この一連の攻防は、まさしく奴の強さそのものだった。

 

 最上位技を放ち、一時奴は動きを止める。排熱、一瞬の冷却が奴には必要になり、であれば逃げた熱はどこへと向かうか。狙ってきた他者に叩きつければ効率がいい。

 まったくもって単純な理屈。

 

 そして、瞬間的な冷却はそれで完了するものの、先程の移動技の再使用には、もうしばらくの冷却が必要だ。故に、奴は生み出した熱を攻撃に利用し、

 

熱・鞭(ウィップ・ウィルオウィスプ)

 

 その両の手のひらから、焔の鞭を、触手のごとく無数に生み出した。

 

“チッ! 強欲裂波ァ!”

 

 ――そこに、強欲龍が熱線を叩き込むが、翼がやつを包んで、それを防いだ。

 

「一応伝えておくと、今が攻撃のチャンスだ。鞭を掻い潜って、近距離から大技を叩き込むんだ! あいつが熱を伴って突進してくる時は――死ぬ気で避けろ!」

 

 僕は、叫びながら飛び出した。

 鞭の雨が凄まじいことになっているが、それでもチャンスはチャンス。リリスの回復も十分に受けた。今回は師匠が陽動、僕が突撃だ。

 

 傲慢龍の余波を思い出す鞭の群れである。これを飛び越えて、なんとか掻い潜っても、奴は翼でこちらを攻撃してくるのだから、巫山戯た話だ。それでも、先程よりは随分と戦いやすいが!

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 一閃、まずは何よりも足止めだ。とはいえ、移動技の最中は速度低下のデバフをこいつは無視する。あくまでこの状況だけの手札なのだが。

 

“――愚かさというのは、比べることが出来ないのが難点ですねぇ? 貴様らの愚昧さは、どれも巨大すぎて困るのですよ!”

 

「ハッ――口じゃなくて手を動かしたらどうだ!? ああ、そんなのろまじゃ、動いてると思えなかったよ、悪いね!」

 

“貴様ァ!”

 

 ――煽り耐性が低すぎる!

 師匠が返すと、即座にそちらへ鞭が一斉に向かう。僕としてはありがたい限りだが――手数は圧倒的に足りていなかった。

 コンボをなんとかつないで、最上位技に持っていこうとするものの、翼の迎撃ですら一人で相手をするのが難しい。

 

 こういうときに頼りになるのは、強欲龍の空気を読まない熱線なのだが――

 

“ハッ、さっさとしろよ、頼みの綱なんだろう!?”

 

「むむむー! 体力多すぎなのー! 体力バカなのー!」

 

 リリスが必死に続ける回復を、動くことなく受けていた。あいつなにやってんだ!?

 まぁ、不死身の機能を発動したままだと、核を狙うためにあちらが行動に移りかねない。HPはある程度持っておくというのもなしではないが――あいつの五桁のHPは概念技じゃあ回復が間に合わない!

 

 不死身を機能させるまでに削る必要のあるHPでも、フィーの最大HPより多いんだぞ!?

 

 まぁ、あいつに期待する方がバカというやつだ!

 

「――行け!」

 

「はい、師匠!」

 

 なんとか、かんとか。

 コンボを最上位技が発動できる数まで積み上げる。師匠はなんとか鞭を抑えてはいるものの、それでも多少はこちらに飛んでくる。翼も相まって、先程強欲龍が正面から打ち合っていた手数を、僕は一人で相手する形になっていた。

 ああ、けど、

 

「――喰らえ!」

 

 僕が最上位技を構え、それを放とうとした瞬間。

 

「――――ッォ! “D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 ギリギリで、移動技でもって飛び退く。何故か、

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()だ。結果として、僕の最上位技は不発に終わる。

 

“――無駄骨でしたねぇ”

 

「それは……どうかな!」

 

 だが、

 

()()()()()()()()()()()ぜぇ! 強欲裂波!”

 

“――!!”

 

“でもってェ! 天地破砕!!”

 

 ――強欲龍が、僕に対して使用されたカウンターが効果を終えた直後、その熱を目眩ましに一撃をウリア・スペルへと叩き込む!

 

“こんな、もの!”

 

 強欲裂波は翼で受けた。天地破砕は、気合で耐えた。

 ――まだ、やつを倒すには程遠い。加えて、

 

 

熱・速(ギア・フレイム)ッ”

 

 

 再び、ウリア・スペルが点火する。狙いは――強欲龍だ。

 

「――避けろ!」

 

 叫ぶ。

 ああ、しかし。

 

 奴は、強欲龍は――

 

“――ハッ”

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

“断る――ッ!”

 

 ――唖然。

 いや、すぐに理解が及ぶ。

 そうか、この状況は、強欲龍にとっては願ったりかなったりだ。今のウリア・スペルは突進しかしない。であれば、不死身の核が破壊されることはない。

 だが、それでも、

 

“オ、オオオオオオオッ!!”

 

 ――その衝撃はとてつもないものだろうに。

 

「よくやった! 強欲龍!」

 

 そこに――――迫るのは師匠だ。

 ああ、なるほど。なんというか――よく出来ている。

 

“ぬ、う!”

 

 ――その間に、ウリア・スペルは二速、三速とギアを変える。踏み込んでいく。師匠もまた、()()()()()()()()()()()()()でもって、ウリア・スペルへと迫る。

 

“――消え果てろ!”

 

 そして高らかに、奴は杖を焔の剣へと変えた。

 

熱・終(トップギア・ハイエンド)

 

「“L・L(ラスト・ライトニング)”!」

 

 ウリア・スペルは焔の突撃で強欲龍を押し留めた。コンボの途切れた僕は、今現在はやくたたず。あいつにとっては、狙うのは師匠一人でいいのだ。

 対する師匠は、わざわざ相手の射程に入っていく必要はない。師匠の最上位技は遠距離にも対応しているのだから。

 

 故に、ウリア・スペルの攻撃は、届かない。

 通常ならば。

 

 故に奴は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 恐るべきことに、その速度はこれまで戦場に飛び交ったどの一撃よりも疾く、ウリア・スペルの移動技すら凌駕して。

 威力は、掠めてしまえば即座に概念崩壊するほどのもの。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()だろう。

 

 ならば、どうするか?

 

 答えは、簡単だ。

 

 

「“C・C(クロウ・クラッシュ)”!!」

 

 

 師匠の足元が、僕の概念技で爆発する。途端、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

“――!”

 

 ――焔の剣を避けた。すり抜けるように、師匠は瓦礫の中へと消えていった。もはや耕したとすら言って良い地面の有様を、僕たちが利用したのだ。

 

 逆に、師匠の最上位技は、きっちりウリア・スペルへと突き刺さる!

 

“ぬ、うううううう!!”

 

 ――直撃。これまでの一撃で、最大のものがやつへ叩きつけられたのだ。その衝撃は、言うまでもなく、

 

 ()()()()()()()()()となる。

 

 カウンター?

 ああそんなもの、

 

()()()()()()!”

 

 焔に包まれながら、奴は強引に拳を振り抜いて。

 

“ごう、よくりゅうううう!”

 

 これまで、何度叫ばせたかわからない、ウリア・スペルの絶叫を遺跡に響き渡らせた。

 

「――強欲龍! この冷却期間に! 決着をつける!」

 

“言われるまでも、ねぇだろうがよ!”

 

 僕が、そして、この場における、最後の切り札を起動する。

 

 

「――“◇・◇(スクエア・スクランブル)”!」

 

 

“ほォ――!”

 

 青白い光に、溢れ出る莫大な力。もはや、言葉は必要ない。

 ウリア・スペル。最強を名乗る概念使い。

 

 悪いが、僕はこれから、君に最強を叩きつけてやるんだよ!



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120.似た者同士。

 ――僕と強欲龍。

 スクエアを起動させた今、僕らの身体的なスペックはほぼ同列と言っても良い。――傲慢龍戦までならば、レベルの関係で若干スペックが劣っている部分もあったが、ほぼカンスト状態の今ならば、僕らはおおよそ同列といっていい能力差である。

 

 つまるところ、二人分の大罪龍が全力で接近戦を挑む状況。

 

 ――――優勢は、ウリア・スペルであった。

 

“ハ、ハハハハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハハハ!! 笑止! 笑止笑止笑止! これが貴様らの全力だとでも!?”

 

「調子に……乗るなよ!」

 

 いいながら、鞭の群れを踏み越えて、先に進む。飛びかかるような形で切りかかれば、六対の翼が間断なく襲いかかる。それを叩くように切りつけて、更に飛び上がり、周囲に迫る鞭に移動技を叩きつけて、更に斬りかかる。

 ――そこにも翼が迫っていた。

 

 同時に、強欲龍も強欲裂波を振りかざしながら殴りかかり、それを鞭の雨に難なく受け止められている。それを囮に踏み込んだかと思えば、今度は鞭の一部が絡まって。拳となり、強欲龍の拳とウリア・スペルの鞭の拳が激突する。

 ――押し負けたのは、強欲龍だった。

 

“ぐ、おおお!”

 

「っつ、うう!」

 

 互いにウリア・スペルに弾かれて、距離を取る。

 スクエアを起動してからここまでの攻防で、入れられた一撃はせいぜいが小技だけ。それでもただ強欲龍が拳を叩き込むよりは威力があるし、デバフは有効なのだが、有効打ではない。

 インフレ極まったウリア・スペルには、師匠の最上位技ですら一割も削れればいい方なのだ。

 

 ――ここまで、削ったHPは、せいぜいが三割といったところ。

 一気に決着まで持っていくとなれば、スクエア状態での最上位技は必須。

 

 しかし、押されているとはいっても、HPは削れていた。状況として僕たちにマイナスに働いているのはスクエアの残り時間と、一瞬のミスで概念崩壊まで持っていかれない状況だ。

 とはいえ――

 

“愚か、愚か愚か愚か! まったくもって愚かですねぇ! この状況を、あなた達は戦えているというつもりなのですか!? このままジリ貧で、負けていくだけのあなた達が!”

 

 ――このウリア・スペルの煽りは、そのミスすら誘発しかねないくらいには、耳障りだ。もちろん、それでミスをするほど、僕らはやわな修羅場をくぐってきてはいないが。

 

“さっきからごちゃごちゃと! てめぇの言葉には主義がねぇ! 煽るだけか!? 侮蔑するだけか!? その言葉に何の意味がある!”

 

“貴様らに掛ける言葉など、この程度で十分なのですよ!”

 

 拳を打ち合わせ――今度は強欲龍が打ち勝った。リリスのバフによる効果だ。とはいえ、ウリア・スペルが拳を弾いて衝撃を逃したという側面もあるが――

 

 ――そこで僕が切り込めば、そいつは立派な隙だ!

 

「“S・S(スロウ・ストライク)”! ――何を言っても無駄だ、強欲龍。四天っていうのはな、()()()()()()んだよ!」

 

“あぁ……?”

 

 そうして鞭によって再び距離を離されながら、僕はウリア・スペルを、ただこちらをバカにするだけの四天を見る。

 

「そいつらにあるのは、意思じゃなくて機能だ。お前は不死身だろう? ()()()()()()()()なんだよ」

 

「おい、それ私達も初耳なんだが!?」

 

 ――話す必要、そんなにないですしね。

 という、いつものやつはさておいて、四天が中身のない器だというのは事実である。というよりも、器だけをつくってマーキナーが放置したというか。

 

「四天というのは、()()()()だ。強欲龍、そもそもマーキナーが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()くらいは知ってるだろう?」

 

“――つまり、人の試作か”

 

 そういうことだ。

 マーキナーは、人を作るために、世界の器を作るために色々と試行錯誤を繰り返した。その際にできたのが四天であり――そして、

 

 ()()()()()が大罪龍だ。

 

“――愚か。戦いに言葉など不要。気を散らして、こちらに勝利を差し出したいのならば、そもそも武器などすてて首を出せばよいでしょう!”

 

“今の言葉に、怒りの一つもねぇのかよ、てめぇは”

 

“我らは神の作り給うたオリジナル、そこに何の問題があるというのです”

 

“――そうかよ”

 

 そうして、強欲龍が天地破砕で地面を叩き壊しながら、踏み込む。ちょうど僕が移動技で宙を舞っているタイミングだ。狙ったかどうかは、さだかではないが、まぁ、奴は文句を言われるのを嫌ったのだろう。

 今だけは、そんな気分でもないだろうから。

 

“これのどこが、オリジナルだってんだよ!”

 

 ――いいながら、強欲龍は拳を叩きつけ、それから自分を守るために、翼がウリア・スペルを覆う。そのうえで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 再び、両者の足場が崩れ、バランスが崩れる。翼は拳に、鞭は――

 

「――今だ! “(ラスト)”――」

 

“――させるものか!”

 

 ――師匠に片手が向けられて、

 

「“G・G(グラビティ・ガイダンス)”!」

 

 もう片方に、僕の概念技が叩きつけられる。――動きが、止まった。

 

“オオオオオッ! 天地破砕!”

 

 ――――直後、強欲龍の最大火力が、ウリア・スペルへと叩きつけられた。

 

“きさ、まらああああああああああ!!”

 

 怒りとともに、咆哮するウリア・スペル。ここまで、HPはだいぶ削った。しかしそれでも、決定打には至らない。あと一つ、この状況から決着をつけに行くには、もう一つ欲しい物がある。

 僕の最上位技、スクエアのバフがある今なら、十分ヤツにとっても脅威となる。

 

 しかし――

 

“――熱・速(ギア・フレイム)ッ!”

 

 待ちかねたと言わんばかりに、ウリア・スペルが自身の焔を噴出させる。

 

“オイオイ、間に合ってねぇなぁ敗因! てめぇの口はついてるだけかぁ!?”

 

「いや、間に合わせるさ! “D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 叫びながら僕は駆ける。先程上位技を使ったことから分かる通り、コンボは順調に積み重ねていて、そしてもうすぐ最上位技に手が届くのだ。

 距離を取るような挙動で動く僕に、しかしウリア・スペルは狙いを付けるだろう。一番の脅威が、今この瞬間においては僕だからだ――!

 

“逃げられるわけがないでしょう!”

 

 当然ながら、ただの移動技ではウリア・スペルの速度から逃れられるわけがない。だが、そんなことは最初からわかりきっている。僕はウリア・スペルが迫る直前。

 

「“G・G(グラビティ・ガイダンス)”!」

 

 移動技の勢いを載せたまま、宙で無敵時間のある技を起動させる。攻撃はウリア・スペルには届かないが、駆け抜ける奴の焔を、僕はギリギリですり抜けるのだ。

 

“――完全にタイミングを合わせれば、その無敵時間で回避しきれるというわけですか! ()()を使用しないのは、使用するには足場が不安定であるからでしょうねぇ!”

 

 僕が更に移動技で場所を合わせながら、向こうの突進を最適なタイミングで躱せるよう調整する。ちらりと視線を送る、強欲龍は動かず。師匠は僕がミスをした時のフォロー、リリスは最適なタイミングでのバフのため、スタンバイを終えている。

 

「四天、アンタたちは強いよ。他にはない強みもあって、何よりネームバリューは申し分ない」

 

“ほう?”

 

「――けどな、それだけだ。()()()()()()()()()()だ。正直、こんなことをわざわざ口に出すのは僕としてもどうかと思うけどな、強欲龍にだけ言わせるのは癪だ」

 

 速度を上げていくウリア・スペルを躱しながら、僕はそれを言葉にする。

 ――なにもない。ただ器だけの敵。

 

 倒すにはいいだろう。

 越えるにはいいだろう。

 

 ――けれど、対決するには、こいつらはあまりにも虚無だった。

 

()()()()()()って、どうにもアンタたちには思えないんだよ」

 

 僕の剣が巨大化する。速度の上がり続けるウリア・スペルの爆進を、僕は最後まで乗り切った。一度でもミスをすれば攻撃を食らって概念崩壊するそれを、けれども乗り越えて。

 SBSを使わないのは足場が不安定なのと、ミスをすれば終わりなのはどっちでも同じだったから。

 

“――――ならば、死になさい”

 

 そして、ウリア・スペルもまた、最上位技を構えて、僕に迫っていた。

 

“もとより、私の前に須らく散りゆく貴様らに、価値など抱く必要はないのです。これは必然、啓蒙してさしあげましょう。私という存在の素晴らしさを!”

 

「――もうすでに、とっくに理解し終えてるって、言ってるんだよ! “L・L(ルーザーズ・リアトリス)”!」

 

 かくて、剣は振るわれて、

 

 

 ――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……え?」

 

 ――一撃を、奴が受ける。だが、奴はそのまま剣を振り上げていて。

 

“敗因、()だ”

 

 強欲龍が叫んだのは、心配ではなかったはずだ。強欲龍の言葉には、()()があった。意外だと、驚いたように、しかし、面白いものを見たというように。

 

 ――直後、僕はウリア・スペルの翼に貫かれていた。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

“私達が空虚? 単なる器でしかない? ()()()()()()()? それが貴様らの価値を高めるのですか? そんな言葉になんの価値があるというのです? であるなら、ハハ、マスターはたいそう喜ぶでしょう”

 

 ――驚くべきことに、ウリア・スペルはこちらの攻撃を受けた上で、翼で僕の不意をついた。そして、必殺の炎剣を油断なく叩き込むのである。

 小手先、というやつは僕らが決着を付けるために使用する手段だが、ウリア・スペルはそれを使用してきた。()()()()()()()()()()()。ああ、本当にこいつらは――

 剣を、構えたまま。

 

「が――」

 

“――滑稽だ、と。では、死になさい”

 

 炎剣は、そして。

 

 

炎・終(トップギア・ハイエンド)

 

 

 決死。

 終わりを目の前に、必然として迫った死を、僕は理解する。自覚して、納得する。ああ確かに、それは上手いよ、ウリア・スペル。でもな――

 

「――まだだ!」

 

 まだ、僕たちは何も終わってないんだよ!

 僕が、叫ぶと同時。

 

「――――“C・C(カレント・サーキット)”!!」

 

 師匠が、遠距離攻撃を炎剣に叩きつける。

 

“無駄を――”

 

「一瞬でもあれば、無駄じゃないさ」

 

 ――本当に、それは一瞬。一瞬だけ炎剣の動きを遅延する。それでも、僕の死は決定的だ。回避は間に合わず、殺される。

 原因は、単純なスペック差。これまでの敵は、先程までの大技の直撃を経れば、決着をつけることができた。ウリア・スペルは単純にその体力がこれまでとは一線を画するものがある。

 故に、決着をつけきれなかった。必殺の一撃が、相手に受けるという選択肢を与えてしまった。

 

 スペックの差は、今後の課題だ。

 

 だが、だからこそ、僕らは今、今後のために生き残らなくてはならない。勝つための手を打たなくてはならない。

 方法は――一つだけ、あった。

 

 

「――敗因は時間使いが荒い。けれど、最強を目の前で名乗られたからには、私は、対抗しなくてはならない」

 

 

 ――百夜。

 

「直接相対することのできない歯噛みを連れて、私達は一秒先を征く。“T・T(タイム・トランスポート)”」

 

 

 直後、僕と百夜が転移した。

 百夜のTTは転移先を選べない。故に使用される場面の多くは、撤退用だ。しかし、TTには多少の法則性が存在する。()()()()()()へと転移する特性を持つTTは、故に、例えばだが、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 今、この場所で百夜にとって最も縁の深い少女の元へ。

 

 僕を連れて、百夜が一秒先へ帰還する。

 

「――――強欲龍!!」

 

“――悪いが、俺がこいつはいただくぞ、敗因!”

 

 そして、先程から静観を決め込んでいた強欲龍が、満を持して動く。奴が動かなかったのは、単純だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 先程の最上位技、もとよりそれで決められないことは誰もが解っていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()のだし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()わけで。

 

“――――強欲龍!”

 

 炎剣がかき消え、焔の鞭へと移行するウリア・スペル。もはや、奴の体力は残り少ない。後一撃、ここまでくれば、それは強欲裂波でも、天地破砕でも構わないだろう。

 決めることができれば、だが。

 

“こいよ、四天! てめぇがそうやって意地汚く勝とうと思えるなら、俺の一つや二つ、越えてみやがれ!”

 

“――挑まれる側の態度を取らないでいただきましょうか!”

 

 そうして、両者は激突する。

 僕は復活液をリリスに分けてもらいながら、眠りにつく百夜に礼を言って、そしてその戦いの行方を見守る。

 

「大丈夫か?」

 

「なんてことはないですよ、師匠。それより――決着は一瞬ですよ」

 

 師匠がこちらに飛んでくる。

 もはや、僕らに戦うつもりはなかった。もちろん、この攻防で強欲龍が敗北すれば、また違ってくるが、そうでないならば、ここで決着がつくからだ。

 

 ――強欲龍は、拳を叩き込む。

 途端に、カウンターが強欲龍を襲う。それで、強欲龍のHPは不死身が機能する数値まで落ち込んで、待っていたとばかりに、ウリア・スペルが鞭を振りかぶる。

 

“消えなさい!”

 

 正直、僕にはこの時のウリア・スペルの狙いが読めていた。

 不死身の核狙い。強欲龍の不死身は胸と首の核を破壊すれば消滅する。そして、それは一つずつ破壊すれば問題ない。だから、片方を囮に、もう片方を狙うはずだ。

 手数の上では、圧倒的にウリア・スペルが勝っている。故に、その手数をすべて同時に向けられれば、強欲龍は片方を捨てるしかないはずだ、と。

 

 そこで一つを破壊してしまえば、もう一つも何かしらの手段で破壊できる。策はあるのだろう、そこまでは僕も読めないが、そもそも、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()で、ウリア・スペルは詰んでいる。

 

 

“――策を弄するやつってのは、おもしれぇくらい、これに引っかかるよなぁ”

 

 

 思い出す。

 ――あの時、勝利を確信して首の核に放った一撃を、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それと、全く同じ光景がそこにあった。

 

“――――は?”

 

 ウリア・スペルから漏れ出た言葉は、それを理解できないと言わんばかりの声。ああ、そういえば――怒りに満ちた叫びはいくつも聞いてきたけれど、

 

 ――あいつの呆けたような声は、はじめて聞いたな、と。

 

 

“――――強欲ッ、裂波ァ!!”

 

 

 宙に飛んだ強欲龍の首から放たれた熱線によって概念崩壊する、ウリア・スペルを眺めて、おもうのだった。



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121.ウリア・スペルは逃げ出した。

 ――決着はついた。

 ウリア・スペルは概念崩壊し、その場に崩れ落ちる。同時に強欲龍の首は元通りに奴の胴体に収まって、ともかく、僕らは油断なくその様子を眺めていた。

 

“――てめぇはつまらねぇ、器がどうのと、んなこたぁどうでもいい。俺を見下すその眼が、マジじゃねぇ。てめぇから奪っても、何も満たされねぇんだよ”

 

“…………”

 

 ――強欲龍にとって、奪う事は、存在意義だ。上位者から奪い、その達成感に浸り。木っ端から奪い、その優越感を謳歌する。

 それが強欲龍という存在で、そのあり方は決して善良とはいい難い。

 

 だが、しかし。それでもやつには判断基準というやつがあり――その基準の上で、ウリア・スペルという獲物は、あまりにも虚無だった。

 

“……傲慢を名乗りながら、てめぇは小手先を弄した。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――強欲龍にとって、傲慢龍を愚弄されることは、如何程の意味を持つか。

 語るまでもないだろう、傲慢龍とは、()()()()()()()()だ。

 

 それを愚弄して、傲慢を名乗るなら、絶対にとってはならない行動をして。

 

()()()

 

 強欲龍が抱いた感情は、怒りではなく――納得だった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()。模倣だの、なんだのと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 たしかにウリア・スペルは傲慢龍を愚弄したが。何よりも、強欲龍にとって認め難かったのは、()()()()()()()()()()()()()()()()という一点。

 それが、先程の小細工で否定された。ならば、ウリア・スペルは傲慢龍の()にあると言えるだろう。そう判断した上で、

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()ぜ”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ――ここが、こいつの面白いところだよな。強欲龍はウリア・スペルを傲慢龍よりも()()()()()()()()奴だと認識した。

 しかし、だからこそ、()()()()()()()()を見出したのだ。なにせ、強欲龍は弱者から奪うことも肯定する存在であるからして。

 

 ()()()()()()()()()()()()だからこそ、()()()()()()()()()()のが強欲龍だ。どれだけ悪辣であろうと、奴は奪ったもの、奪おうとするものを認める。それが素晴らしいものだと肯定する。()()()()()()のが強欲龍なのだ。

 

“――ハ”

 

“だからよぉ”

 

 そうして、強欲龍がもったいぶった様子で、拳を振りかぶる。もはや概念崩壊し、敗北を決定づけられたウリア・スペルに対して、その終幕を告げるため。

 

 ああしかし、強欲龍。お前は間違っている。

 

“安らかに死んどけや”

 

 ――()()()()()()()を、見誤っているのだ。

 

 

“――――()()()()()()!!”

 

 

 直後、

 

 強欲龍は、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう、そもそもウリア・スペル。四天は概念化していなくとも大罪龍と正面から打ち合える身体スペックを誇る。そして、概念崩壊していようと、概念使いは死んだわけではないし、動けなくなったわけでもない。()()()()()()()()()()()()

 

 だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「――――マジか」

 

「――――やりやがったの」

 

 師匠とリリスが呆れた様子でつぶやく。予め聞いていても、本当にやるのかと、やってしまうのかと、半信半疑だった二人は、呆れた目線をウリア・スペルに向けた。

 

“――さきほどからごちゃごちゃと、支離滅裂で、自己陶酔も甚だしい! そんな言葉に、一体何の価値があるというのです。見苦しい、すぐにその首をもう一度刎ねるべきでしょう”

 

“て、めぇ――”

 

 強欲龍は、そんなウリア・スペルをにらむ。

 さて、僕はと言えば――

 

「――そういうことだ、強欲龍。四天っていうのがどういうものか解っただろ」

 

 僕は――ウリア・スペルへと迫っていた。最後のトドメをさすために。

 復活液を受け、リリスの回復によって、体力は万全。もうスクエアは使用できないが、問題ない。ウリア・スペルはもはや死に体。あとは、少しの攻防で決着がつくだろう。

 

「こいつらは、マーキナーの前座なんだよ。徹頭徹尾、何から何まで。――だから、こうして極端なまでに中身がない」

 

 けれど、と続ける。

 

「けれど――だからこそ、倒しやすいだろう? もちろん、激戦ではあったけど、これはこれで――楽しかったな」

 

 僕は、止めを刺すべく剣を構えた。

 

“は、ハハハ……ハハハ! 来い、来なさい! その程度、私は乗り越えて、この場を勝利する! まだ、何も終わっていないのです!”

 

「いや、終わりだよ――もう、これで終わっとけ。その方が、まだ無様じゃなくて済む」

 

“ふ、ざけるな! 私は四天! 驕傲のウリア・スペル……最強で! 最強の! 最強な概念使いなのですよおおおおおおお!”

 

 さぁ、終わりだ。

 

 悪いな四天。チェックメイトってやつだよ――!

 

 

 その時だった。

 

 

“―――――――――――強欲裂波ァ!!”

 

 

 突如、後方から放たれた強欲龍の熱線が、

 

「まずい――!」

 

 ――()()()()()()()()()

 

「が、あ――ッ」

 

 ――突然のことで、対応できず。

 けれども、カンスト間近まで迫ったレベルは、なんとか概念崩壊を食い止めた。

 

“チッ、今ので死んどけよ、敗因”

 

「こ、こいつ……」

 

「こっちまでやりやがったの――!」

 

 その行動は、あまりにも強欲龍らしい行動で、絶対に想定しておくべきだった行動であるにも関わらず、僕はまともに受けてしまった。

 師匠たちが、呆れと怒りを混じらせた瞳で強欲龍を見る。

 僕も、そちらに振り返り、

 

「やってくれたな――! なんてことをしてくれるんだよ!」

 

 叫んだ。それはそうだ、この状況で、この期に及んで僕の方を狙ってくる。強欲龍のそれは、本当に何から何まで強欲で、いっそ清々しいまでに、こいつらしい。

 けど、よりにもよって今、っていうのは――本当に、本当に!

 

「見ろよ、今の隙をついて、ウリア・スペルの野郎――」

 

 僕は、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()、言った。

 

 

「――()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 そう、憤怒龍に引き続き――

 

 

 ――ウリア・スペルは逃げ出した。

 

 

“――――ハ”

 

 対して、強欲龍は、

 

“ハハハ、ハハハ、ハハハハハハハハハハハ! まじかよ! いっそすげぇなあいつ! そりゃてめぇもここで決着をつけようとするはずだ!”

 

「笑ってる場合か! ああ、まったく。今すぐ追わなくちゃいけないのに――!」

 

 僕は焦り混じりに身体を遺跡の出口へと向ける。その直後――

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――」

 

 ――ウリア・スペルが僕らの追撃を妨害するために、天井を破壊したのだ。

 あいつは、本当に、いっそ姑息とすら言えるくらいの逃走だった。どこが驕傲だよ、と思わなくもないが、奴はこれをこちらを見下したまま当然のようにこなすのだ。

 恥知らずここに極まれり。まさしく驕っていると言えるだろう。

 

“ああ、してやられたなぁ”

 

「アンタが同意するなよ!」

 

“けどよォ――”

 

 強欲龍は僕を指差す。

 その顔には、

 

 

“楽しそうじゃねぇか、てめぇ。――笑ってやがるぜ?”

 

 

 ――僕の顔には、笑みが浮かんでいた。

 ああ、本当に。

 

「……なぁ」

 

 強欲龍は、徹頭徹尾強欲龍だった。それが、僕は嬉しくてしょうがない。だって、一度敗れてもなお、強欲龍は強欲龍なのだ。

 

 ――ゲームの頃。僕の一番好きな大罪龍は、強欲龍だった。その生き方が、そのあり方が、僕はどうしようもなく好きだった。

 憎むべき敵として、倒すべき壁として、これほどまでに強敵で、これほどまでに対等な、()()()()というやつが、このシリーズで他にいただろうか。

 

 ドメインシリーズにとって、象徴的な越えるべき敵が傲慢龍ならば、()()()()()()()()象徴的な敵は、間違いなく強欲龍だった。

 

 ――はじめて相対した時は、あちらが圧倒的に強者であった。

 

 でも、こうして。

 

 再び相まみえた時。

 

 ()()()()()()()()()()として、目の前に立つ強欲龍は、

 

 

 どうしようもなく、僕が惚れ込んだ、敵としての強欲龍の姿そのものだったのだ。

 

 

「……君も、たいがいバカだよな」

 

 師匠が、横に並ぶ。

 

「こいつは、私の仇だ。絶対に許したくない。一度決着をつけてはいるけれど。それでも、まだ憎い」

 

 師匠にとっての強欲龍は、そうそう変わるものではないだろう。仇敵、その二文字は、いつだって師匠の頭にちらつくはずだ。

 たとえ、一度それにケリをつけたとしても。

 

 生きているなら、それだけで。無条件に。

 

 それは、決して間違いではない。ただ――

 

「――けど、今は少しだけ違う。あの時、ただ奪われるだけだった私は、もういない」

 

 ――それでも、一度は勝利したという事実は、師匠に認識の変化をもたらした。つまるところ――

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()。付き合うよ、君の戦いが、君の信念に火を灯す限り」

 

 

「……ありがとうございます」

 

 師匠に、一言だけ礼を言って。

 リリスにも、視線を送った。

 

「いつでもいけますの!」

 

 合点承知と意気揚々に、リリスは応える。ああ、本当に、ありがたいことに。――僕の仲間は、どうしようもなく僕に応えてくれる。

 それが、嬉しくてたまらなかった。

 

 さぁ、ウリア・スペルは逃してしまったが。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。負けたくない、勝ちたい。きっとこの戦いは、負けイベントとは対極にある。

 ()()()()()、今の僕に、それを止める理由はなかった。

 

“ハッ、いいぜ――”

 

 それは、強欲龍も同様だ。あいつだって、解っているんだ。僕たちと相対したら、決着をつけずにはいられない。たとえ、他に優先しなくてはならないものが、あったとしても。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、僕らは自然と、こうなってしまうのだ。

 

 ああ、それにしても、

 

 少しだけ、惜しい。僕にはもうひとり、大切な仲間がいて、彼女は今、別の場所で戦っていて、ここにはいない。しかし、叶うことなら僕は彼女も隣にいてほしかったのだ。

 これは、譲れない戦いだ。絶対に負けられない戦いだ。最善を尽くしたい。最善を尽くしたと胸を張って宣言したい。

 

 だから、最後の仲間、フィーが、ここにいないことに――

 

 ――少しだけ寂しさを覚えた僕は、ふと懐からちらりと例のレーダーを取り出して。

 

「――――え?」

 

 思わず、呆ける。

 

 そこに映っていたのは――今、僕たちがいる場所に、高速で迫りくる、光点。ああ、つまり。

 

 

 ――直後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「あああああああああああああああ! まに、あったああああああああ!?」

 

 ――それはもう、すごい速度で突っ込んで来たのだろう。

 足元は天地破砕もかくやという勢いで破壊され、フィーに踏まれた状態で、ウリア・スペルは消滅しようとしていた。

 

「怪しいやつを見つけたから、ついでに轢き殺したんだけど、ねぇ、アンタ!? もしかしてこれが、噂の四天ってやつ!? なんかプライドレムみたいでむかつくんだけど!?」

 

「あ、うん――」

 

「――って、グリードリヒ!? もう復活したの!? ああもう、やるってんならかかってきなさいよ!!」

 

“いや、お前――”

 

 まくし立てるフィー。なんというか、興奮しすぎである。凄まじい速度でここまでぶっ飛ばしてきたからだろうか、なんかこう、速度に酔っている感がある。

 っていうかそうじゃなくて。

 

「……どうやってここまできたんだ?」

 

「そうそう、それよルエ。いやー、すごいわね、ジェットスラスターってやつ? エクスタシア取り込んで焔を操れるようになったから、やってみたんだけど、これちょっと戦闘には使えないわねぇ」

 

 そういえば、概念的な話はしたことがあったな。これが現代知識チートというやつだろうか……いやなんか違う気がする……。

 

「フィーちゃんどうどう」

 

「誰がバカよ!?」

 

 そこまで言ってないのー、とリリスが吠える。

 なんというか、なんだろう。――一人だけテンションの違う彼女がやってきた上に、しかも僕らが取り逃がしたウリア・スペルを引っさげてやってきたものだから。

 

 なんだろう、こう。

 

 ……フィーの一人勝ちでいいんじゃないかな、これ。

 

 そんな気分だった。

 っていうか、そうだ。ウリア・スペル、フィーにとどめを刺され、消滅しかけているそいつを見る。

 

“な、なぜだ、なぜだなぜだ、なぜですか……! どうして! 後少しだったのに! ここで逃げ切れれば、幾らでもなんとかなるはずだったのに……!”

 

「そもそも、逃げるのがダサい」

 

 ――ばっさりと、本当にばっさりと、フィーが切り捨てて。

 

“ふ、ふふふ、ふふふふふ…………”

 

 ウリア・スペルは。

 

 

“ふざけないでくださいよ、貴様らあああああああああああああああああ!!”

 

 

 ――消滅した。

 

 

 ◆

 

 

 呆然とする僕たちを他所に、横から美味しいところを全部かっさらう形になったフィーは、消滅したウリア・スペルからこぼれ落ちた()()を手にとった。

 

 キラキラと光るそれは、水晶のような赤い塊。この場に光源はないが、なんとはなしに天井へそれをフィーはかざして観察する。

 

「……ふぅん? これがアンタの言ってたやつか」

 

「そうだね……ところでフィー」

 

「ん?」

 

 僕は、この場の全員を代表して、呼びかける。それと同時に指差して――

 

「強欲龍が、すごい顔でそっち見てるぞ」

 

「うん……?」

 

 そう、僕が指差した先には、僕の言う通り――それはもう、驚きとか呆れとかを通り越したなんとも言えない顔でフィーを眺める強欲龍の姿があった。

 

「あら、久しぶり。もう何年ぶりかしらね。十年くらい? そっちは相変わらずみたいね」

 

“…………てめぇは変わりすぎだろ”

 

「あ、そう? わかっちゃう? 当然よねぇ、私、こいつに変えられちゃったのよ」

 

“やめろ気色悪い!”

 

 僕に抱きついてくるフィーに、強欲龍がそれはもう嫌そうな顔で叫んだ。なんていうか、普段愛想のない親類が目の前で因縁のある相手にデレデレしてる感じだもんな。

 良い悪い以前に、見ていられないという感覚は、なんとなくわかる。

 

 ……数十年後、フィーがふと冷静になった時、今の行いをどう思うのだろう。僕は少しだけ考えたくない想像をして、それを即座に振り払った。

 

 今は、目の前のことだ。

 

“――だあ、くそ。こんな隠し玉持ってやがったのか。大罪龍――しかも、今の嫉妬龍は、()()()()()()()()な? まったく、何をしたらこうなるんだか”

 

「色々あったのよ……それで?」

 

 フィーは改めてといかける。

 どうやら戦闘態勢に入っていたようだが、このまま続けるのか――と。

 

“俺ぁどうだろうとかまやしねぇ、奪えるなら奪う。それが俺の流儀だ……が”

 

 強欲龍は、気勢こそ削がれたものの、別に戦いをやめる理由はない。強いて言うなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろうという程度。

 僕としては、別にここで戦うことに問題はない。フィーが到着した以上、どうあっても勝つのは僕たちだろう。

 

 流石に、一人で戦力差をひっくり返せる戦力が、今の強欲龍にはない。()()()()()()()。だから、戦わない理由はそこまでない。

 

 しかし、

 

 

“――どうやら、迎えがきたみてぇだな”

 

 

 そう口にした直後、()()()()()()()()()()()()()

 

「な。なんだ!?」

 

「四天ですよ。最初の四天が敗れたことで、次の四天が目を覚ましたんです」

 

 ――四天は、実はこの世界に()()()()()()()()()という制限がある。マーキナーが開けた扉の隙間を縫ってこちらにやってきているようなものだからだ。

 簡単に言うと、現在四天がこの世界に出現しているのは、ゲームのコントローラーがつながっているから。しかし、つながっているコントローラーは一つだけ。故に一人ずつゲームをプレイしている。そんなところだ。

 

「それが、なんだって強欲龍に? そもそも、何をしてるのよ、これ」

 

“さてな、お呼びがかかったってのは、間違いねぇ”

 

「――転移能力、です。次の四天は、他者を転移させる概念技を有します」

 

「それでここから、逃がそうってことなのね」

 

“余計なお世話だ――が、拒めるものでもねぇ、ここはこれで失礼させてもらうぜ”

 

 そういって、強欲龍は頭を掻いてから、僕たちに背を向ける。……別にそんな必要はないのだが、まぁこの方が収まりが良いのだろう。

 そうして、強欲龍は、

 

“――今回の件で、よくわかった。俺は、まだ最強じゃねぇ。現状、嫉妬にすら勝てない有様。そんなもん、俺は認めねぇ。だからよぉ、敗因”

 

 僕に対して、言葉を残す。

 

()()()()()()()()()

 

「――好きにしろよ」

 

 僕は奴が最強になる方法を知っている。だが、強欲龍はそれを聞かないだろう。聞く必要がない、というのもあるが、何より――

 

 すでに、理解しているからだ。

 

 

()()()()使()()()()()。次に会った時は、てめぇに俺の概念を教えてやるよ”

 

 

「……教えられるまでもないよ、強欲龍」

 

 僕は、消えゆく強欲龍に吐き捨てた。

 

 ――そう、これまで何度か触れてきたが、強欲龍はゲームにおいて最強を目指し、そして終盤それを成就させた。今の強欲龍から、ラスボスとして更に一つ上の高みへとやつを押し上げた方法。

 

 それは、()()使()()()()()()()

 

 ゲーム内では様々な試行錯誤を繰り広げた強欲龍。しかし、この世界では四天がそのチュートリアルを担うのだろう。

 

「行っちゃったの」

 

「……どうする? 探す」

 

 フィーの問いかけに、僕は首を横に振り否定する。必要がないのだ。

 

「いらないよ、だってあいつは、最終的に僕たちの元へと帰ってくる。だって――」

 

 ――それは、強欲龍が概念使いになる方法に起因する。

 

 

「強欲龍の概念化に必要なのは、()()()()()()()だ。概念使いの資格無きものに、概念化の方法を与える邪法、それが必要不可欠なんだよ」

 

 

 ――かくして、戦いは次の舞台へと移行する。

 

「……ということは、だ」

 

「儀式には、大罪龍の()が必要で、そしてそれを効率よく得られるのは――君という存在に、危害を加えたときだ、フィー」

 

 つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、焦る必要はないのだ。

 

 次なる対決は、強欲龍の概念化を巡ってのもの。

 ――最強の思し召しは、かくしてここに、生まれ落ちるときを待ちわびていた。



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十一.強欲と紫電の始点と終点に
122.強欲が始まった時。


 ――強欲龍が生まれ落ちた時、ヤツにとっての強欲は、一つしか存在しなかった。

 他者から何もかもを奪うこと、と、端的に彼の根底を表してしまうのは簡単だけれども、それはあまりにも漠然としすぎていて、強欲龍にはさっぱりだったのだ。

 

 それは他の大罪龍にも言えた。嫉妬も、暴食も、色欲も、憤怒も、一体どこへ向ければいいというのだ? これらの感情は、向ける相手が必要だ。

 誰かに対してそれを抱き、それを抱くから感情を向ける。大罪とはそもそも、()()がいなければ成立しないものなのだ。

 

 例外はそれこそ、そもそも考えることすら必要のない怠惰と、自分がそれを信じていれば問題ない、傲慢の二つしか存在しないだろう。

 

 だから、大罪龍は()()を求めた。至極単純な結論だった。

 

 色欲は人類に。

 暴食は傲慢に。

 憤怒もまた、傲慢に。

 

 嫉妬は、結局それを見つけることはできなかった。

 ――まぁ、僕に出会うその時までは。

 

 そして、強欲が見出したのは、これもまた傲慢だったのだ。()()()()()()()()、それがあいつの最初の強欲だった。最強を簒奪することが、強欲龍にとって、はじめての感情だったと言って良いのかも知れない。

 

 だから、強欲龍は傲慢が最強でなくてはこまる。そして封印が解け、傲慢龍が人類に敗れたと知った時、強欲龍は何を思ったか、()()()()()に興味をいだいたのだ。

 もう、直接傲慢を倒すことで最強になることはできない。ならば、傲慢龍を倒した人類の力を取り込む――その方法こそが、

 

 ()()使()()()()()()()だった。

 

 この世界でも、概念使いである僕が傲慢龍を倒したことで、その思考に奴はたどり着いたというわけで。

 ……まぁ、僕はまだ生きているから、最終的には僕を倒すことが奴の目標になるのだろうけれど。

 

 そういえば、こんな話もある。

 傲慢龍は暴食と憤怒をボコして屈服させ、配下に加えた。この理由は、こいつらが本気で人類殲滅に出ると、自分の出る幕がないから、というちょっと姑息な側面があったりする。

 とはいえあいつは傲慢だから、自分がうまく使ったほうがより効率的だという方が大きかっただろう。他にも、マーキナーからゲームメイクをしろという命令があったというのもあるが。

 

 ……まぁ、傲慢龍がマーキナーの命令に素直に従うかと言われると、多分ノーだと思うが。

 

 話を戻すと、そんな中で傲慢龍は強欲龍を配下に加えなかった。これは、人類殲滅に強欲龍の力が不要だったこと、配下に加えるには絶望的に相性が悪かったこともあるが――

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 配下にしたくなかった。配下にするよりも、もっといい方法を知っていたから。

 対決すること、決着を付けること。傲慢龍は、期待していたのだ。いずれ強欲龍と、真に決着を付けるその時を。己がすべてをぶつけ合い、その最後の最後までを戦いに捧げ、そしてその優劣を決めるその瞬間を。

 

 故に、傲慢龍が配下に強欲龍を加えなかった端的な理由は、()()()()()()()()()()()()()()()である。まったくもってこいつらは、誰も彼もが、感情の重い奴らだ。

 ――世界にたった七体の同胞。思うところは、まぁあるのだろうが。

 

 ともあれ、強欲龍は概念使いを目指した。最強となるために、傲慢龍を越えるため、それを倒した僕たちを越えるため。

 

 ゲームでは、その方法を求めて、中盤で復活を遂げた奴は迷走を始める。当時最強と言われていた概念使いに弟子入りしたり、最強を決めるトーナメントに律儀に参加者として乱入したり。

 あいつは、そういうところでは愛嬌があるのだ。強欲こそが何よりも優先されるが、一つの強欲に目標を定めた場合、それ以外の欲に目移りがしなくなる。

 

 正直、最強を真面目に目指しているあいつは、そこそこ話のできる相手だ。故に、強欲龍の概念使い化を防げば、ある程度はこちらに協力してくれるはずだ。

 まぁ、そもそもからして、あいつの最終目標は僕らであるから、最終目標に加勢する理由は、ほとんどないのだけど。

 

 ――強欲龍は最強を目指した。

 

 あいつが手始めに奪おうとしたものは、傲慢龍という最強の座。しかし、強欲龍はウリア・スペルの件からも分かる通り、()()()()()()()()()()存在だ。

 強者に価値を見出し、弱者にも意味を見出す。それが強欲龍のあり方だとするならば、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――その答えこそが、師匠の父の形見。強欲龍の星衣物。

 その正式名称は時の鍵(グリードリヒ・ドメイン)。僕らがマーキナーと対決するために必要な()()()()()()であり、対決に必要な()()()()であったのだ。

 

 

 ◆

 

 

「――そういうわけで、用意させてもらったぞ」

 

 そこは、ライン公国の王城。国の中心たる城の、さらに中心。王の執務室、つまるところライン公が仕事をするための場所である。

 中はさほど華美な装飾はなく、けれども至るところに見目の良い衣物が飾られている。質実な部屋に、品のいい調度品。それが衣物――何かしらの効果を持つアイテム――であるということを除けば、武人気質の王族というライン公にピッタリな部屋と言えるだろう。

 

 この衣物が、全てライン公が怠惰龍の足元で掘り起こしてきたものだということを知れば、むしろ武人気質すぎて、無骨であるとすら思うかも知れないが。

 

「しかし、なかなか難物でな、国の守りを手薄にするわけにもいかず、これだけしか集まらなんだ」

 

 今、僕たちが何をしているかと言えば、ライン公に依頼していたとある代物を、受け取りに来ているところだ。

 何か――といえば、

 

「それにしても……こんなものをお前さんたちが使うのか? 一体何があったんだ?」

 

 こんなもの、一言で言えば、

 

「いや、ライン公の思っている通りには使わないよ、この()()()()()()に使うアイテムは」

 

 傲慢龍の星衣物。

 つまるところ、概念使いの血を引いていないものを概念使いに目覚めさせるための儀式。それには、いくつかのアイテムが必要で、それをライン公――というかライン公国の概念使いに集めてもらっていたのだ。

 

 だから僕たちの目の前には、ライン公に集めてもらったアイテムが、2セット分ある。

 

「それに、数としてはこれで十分ですよ。丁度いい、ともいいます」

 

「ふむ……? 一体何に使うというんだ、本当に」

 

 僕らとしては、とりあえず集められるだけ集めてもらいたいということで頼んだ。最低でも2セットほしいのだが、3セットあってもまぁ困らないからだ。

 加えて言うと、これを頼んだのは実はフィーを仲間にして、ライン公国に滞在を始めた頃だったので、フィーやリリスが仲間になったときのように、仲間が増えることを想定していたのである。

 

 結局、それから増えた仲間はあまり戦闘に参加しない白夜一人であったが。

 

「傲慢龍の儀式は、概念使いでないものを概念使いにする。その際に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()を求めます」

 

 ――本来の歴史におけるクロスとアンのように。

 

「ですが、僕らが今からやろうとしていることは、それとは別の意味を持つんですよ」

 

「……つまり?」

 

「まぁ、簡単に言ってしまえば、()()()()()()()()()()()()()()()だな」

 

 師匠の言う通り、僕たちがマーキナーと戦うために必要な一段上の強化。

 それにどうしてもこの儀式は必要なのだ。故に、僕らから言えることは唯一つ。

 

「これで、誰かの生命を捧げようとか、そういうものではないよ」

 

「そうか? ならば、構いやしないけどな」

 

 そういって、師匠の言葉をラインは信じ、納得した。ともかくこれで、この場にないアイテム――フィーの血さえ揃えれば、僕たちは儀式の準備が完了する。

 幸いなことに、儀式に必要なアイテムはすでに足りていて、取りに行く必要はない。逆に、強欲龍がこれを取りに来ることを警戒したほうがいいだろう。

 

 四天が、どこで見ているとも限らないからな。

 

 ……まぁ、今の四天は強欲龍と行動をともにしているだろうけれど。

 

「それで、だ。今回私と我が弟子……二人だけで会いに来たのにも、理由はある」

 

「……何があった?」

 

「安心しなよ、いい知らせだ」

 

 さて、これで僕の要件は終了だ。今回、師匠とライン公に会いに来たのは、師匠にも用事があったからで、フィーとリリスがこの場にいないのは、師匠の根底に関わる話を今からするためだ。

 

 師匠だって二人に過去を話したくないわけではない、というか、二人にも師匠は自分のことをきちんと話しているが、今回はそもそも、()()()()()()()()()()()()が目的の一つであるから、師匠はまず自分の中で情報を飲み込みたかったのだ。

 

「――父の形見が見つかった」

 

「……なるほど?」

 

 ――――ラインにとって、師匠の父は顔見知りだ。それはそうだろう、同年代の、同世代の概念使いだ。まだ、ラインが若い時代、概念使いの数は少なかった。

 そんな中で、互いに勇名を轟かせた者同士、お互いに面識はあっておかしくはない。

 

()()()()()()()()()

 

「……それはまた、面倒になっているなあ」

 

 ライン公は頭をガシガシと掻きながら、ため息をつく。

 ああまったく、面倒な話だ。僕らは互いに苦笑しあって、ともかく話を続ける。師匠はラインに話を聞きに来たのだ、自分の父の話を。

 

「それもあって……強欲龍と一度決着をつけられたこともあって、色々と整理がついた」

 

 ――一番の契機は君だけどな? と視線だけで僕に告げる師匠をそっと受け流す。今そういう話をラインの前ですると面倒になるからやめましょうね?

 僻まれますから、絶対に僻まれますから。

 

「だから、父の話を聞きたい。()()()()()()()があるんだ」

 

「と、いうと?」

 

「――どうして、強欲龍は父の形見を持ち去ったんだ?」

 

 そうだ、そこは師匠にとっても、そして聞かされたラインにとっても疑問だろう。何故、あいつはそんな事をした? その理由が二人にはわからない。

 

 ――僕はわかる、すでに知っている。だが、師匠と二人で話をした上で、()()()()()()()()()()()()()わけだ。

 

 だから問いかける。

 

 師匠の父を知る人物へ、ライン公に。

 

「――わかった。一度仕事を落ち着けるまでまってくれ、それで……場所も変えよう、ここは、あまりそういう話をするには向かない」

 

 ――嫌なことまで、過去を思い出してしまうからな。

 

 そう告げるライン公の視線は、壁にかけられた衣物の数々に向けられていた。



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123.父を知りたい。

 ――紫電のルエの父は、勇猛で、それでいて臆病な戦士だった。いや、誰もが彼を勇猛だとたたえ、臆病だとは思っていなかったが、ライン公や、親しい友人だけは知っていた。

 

 彼は畏れていたのだ。

 

 失うことを、目の前で大切な人を守れずに終わることを。

 

「お前さん達は、親子そろってそっくりだと言わざるを得ない! いやまったく、ここまで何から何までそっくりな親子っていうのも、そうないだろうな」

 

「君とクロスを見ているとよく分かるよ」

 

 それを言うなよ、とラインは自慢の茶葉で入れたお茶を、楽しげに飲む。香りを楽しんで、それから味を舌の中で転がして、僕もそれに倣う。うん、この前と同じ、いい味だ。

 ……僕はそこまで、舌がいいわけではないが、こころなしか、あの時よりさらに美味しくなっている気がした。

 

 クロスも成長しているのだろう。

 

「――しかし、親にとって子というのは、誰もそんなものさ。誰だって、自分より先に子を失くしたくはない。……あいつの場合は、自分の子だけに限らなかったが」

 

 子を失うことが怖いというより、失うことそのものが怖い。師匠もそうだが、目の前で誰かを失うことを、失ったということを知ることが嫌いなのだ。

 これは、ゲームでも描写されていて、知っている。

 

 知らなかったのは、どちらかというとライン公と師匠の父の繋がりの方だ。ゲームでは、強欲龍と師匠からそれぞれ聞くことになる話だからな。

 

「そうだなぁ、私の母のことを、父はずっと後悔していたよ。……あの懐中時計も、もともとは母の形見だったんだ」

 

「彼がはじめて君の母と出会ったときに、君の母さんはそれを落としてしまっていたそうで、それを拾ったのが彼だったのだ」

 

 ――それは、はじめて聞いた。

 聞けるルートがなかったものだから、当然といえば当然なのだけど――

 

「いくら概念使いだからと、崖際に引っかかっていた時計を取るために崖から飛び降りるのは、些か無謀だと思うがな」

 

「……なんだか、思い出すものがありますねぇ」

 

「いや、アレは目の前で死にかけていたんだから、当然のことをしただけだろ」

 

 主に、例の人工呼吸だの何だの、あの辺り。

 多少の無茶も、師匠や師匠の父にとっては、()()()()()()()()()()()()()いいことなのだろう。その結果で怪我をしたり、心配させたり、その方が嫌だという人もいる。だとしても、師匠は無茶をやめない、やめられないのだ。

 

 そういうあり方は、眩しさを疎む人はいたとしても、多くのものに好かれる特性だろう。たとえ心配していたとしても、それでも自分のために手を貸してくれるという事実を、人は嬉しく思うのだ。

 

「――あの頃は、目の前のことだけを考えて生きていればよかった。楽しかったなぁ。世界のことも、人類のことも、絶望的な状況ではあったものの、それでも未来は輝いていた」

 

「……今は、違うのかい?」

 

「今は、後ろに守るべき者が多すぎる。ただ、身近にあるものだけを守って、担いで、好きに動き回れるような立場でも、年でもなくなった」

 

 若気の至り、とでもいうべき、それは青春というやつだ。僕の場合はゲーム……というか、ドメインシリーズを通しての同好の士との交流。そういったものを経て、ライン公は大人になって、今は地に足をつけている。

 

 なんとも、不思議な感じだ。

 

「私には、どうにも想像できないな……」

 

「オイオイ、俺たちと国を作ったり、アルケのやつと街を作ったり、それはお前さんにとって青春というやつではなかったのか?」

 

 ――師匠の場合は、少し複雑だ。そういった時期を迎える前に、父を失い、それからも失い続けて成長してきた。だから実感は薄いだろう。

 

 でも、ライン公の言う通り、師匠がライン公の為したことを助けたことも、アルケの為したことに助力したことも、師匠にとっては立派な青春のはずだ。

 本人にその自覚なく、それを成し遂げてしまっただけで。

 

「――まぁ、今にして思えば、アレは得難い経験だった。きみたちという縁は、今も私を助けてくれている。ありがとう、感謝する」

 

「ははは、そう言われると照れるな。大陸最強のお前さんに、そう言われると」

 

「……今だと、最強を名乗る概念使いが増えすぎて、私はだいぶ霞んでしまうけどね」

 

 そんな師匠に変化があったのは、自慢ではないが僕――だと、思う。

 僕と、リリスと、フィー。

 僕たちは師匠にとって新しい風になった。恋を知らない師匠に恋を教えて、ともにいる楽しさを分かち合い、そしてここまで進んできた。

 

 その事は、否定したら師匠に――それから、リリスにも、フィーにも怒られてしまうことだろう。

 

「師匠は、師匠の人生を歩んできたんですよ。確かに、大変なことも、辛いことも多かったけど、師匠はまだ生きています。生きていていいんです。だったら、それはいいことだと思います」

 

「……そうだね」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()僕は思います」

 

「ハハハ、お熱いな」

 

 そういえば、ライン公に師匠との関係を話したことはあっただろうか。隠してはいないが、話してもいない。情勢的にそれどころではないというのもあるし、話すのが気恥ずかしいというのもある。

 なんというか、タイミングがない、というか、タイミングを測りかねているというか。

 

 きっと、気兼ねなく語ることができるようになるのは、全てが終わった後のこと。

 

 まぁ、楽しみにしておくべきだろう。僕はそう結論づけた。

 

「――それに、別にまだ青春が終わったわけじゃないだろう。そもそもお前さんの父が、母と出会ったのは二十を過ぎた頃だ。お互いに、いい年の大人が、子供のようなこっ恥ずかしい恋愛をしていたんだよ」

 

「貴方はそもそも出会いすらなかったですけどね」

 

「余計なお世話だなぁ!」

 

 初々しい二人のやり取りは、数年続いたという。師匠の父はライン公といろいろな場所を飛び回り、母はそれに同行していたそうだ。

 危なくないか、と思わなくもないが、複数の概念使いに守られる状況は、下手に一つの街にとどまるよりもよっぽど安全なのだ。

 ――そのうちの一人が、自分のために生命すら捨てる覚悟を持っていると言うなら、なおさら。

 

「そうして、長い長い時間を掛けて近づいた二人は、やがて愛を紡いだ。羨ましいことに、まったくもって羨ましいことに」

 

「おい君、君が変なことを言うからライン公がおかしくなってしまったではないか」

 

「僕のせいですか……?」

 

 不満げに言うが、まぁ僕のせいだった。

 それを、三人で笑い合う。ぽつり、ぽつりと彼と彼女の馴れ初めを、僕らは紅茶とお菓子を頂きながら聞き入った。

 両親はふたりとも奥手で、父は無骨、母は臆病。見ている分には微笑ましさよりも、もどかしさが勝つ関係。

 

 ――僕たちとは、真逆だろうな。

 師匠が横恋慕というのもあるが、師匠はそれはもうグイグイくる。フィーが嫉妬することすら楽しいのではなかろうか。嫉妬されることも、することも、師匠にとってはそれが一番の青春だから。

 フィーが、恋に恋しているのと同じこと。

 

 彼女たちは、ああしているのが一番楽しいのだ。

 

 ……だからって両者が横並びになった状態で、二人の膝を片方ずつ借りて膝枕をさせられる僕の身にもなってほしいのだけど、言ったら僕が敵になるので、賢い僕はなすがままだ。

 まぁ、柔らかくていい匂いだしね、そこはね。

 

 やがて、ティーポットの中身が尽きた。それぞれのカップに、最後の一杯。おかわりはいるかというラインの問いに、師匠は十分だと答えた。

 そして、

 

「――なぁ、ライン。母さんはどうして亡くなったんだ?」

 

 きっと、一番聞きたかっただろうことを、聞いた。

 

「伝染病ってやつだよ。魔物じゃない、大罪龍でもない、本当にちょっとした病気で、あっという間に……な」

 

「……そうか」

 

 ――師匠を産んだばかりで、体力が落ちていたのが悪かったのだろう、とラインは語る。それは、誰かが、という意味ではなく、タイミングが、という意味で。

 師匠も、父も、助けられなかった者も、誰も悪くはないのだ。ただ、そうやって終わる生命は、この世界には当たり前のように()()()光景だった。

 

「お前さんの母は言った。自分は幸せものだと――今の時代、何かを残すことをできて、幸せだった時間を抱えて死ねるのは幸福だと。最期を迎える場所が、ベッドの上であることは幸運だと」

 

 ――それは、リリスの母もそうだった。

 リリスの母も、師匠の母も、余りある幸運の末に、幸せな最期を迎えた。――そのことを、本人は一切悔やまずに、惜しむ周囲を置き去りにして。

 

「……私は、でも、そうは思えない」

 

「師匠……」

 

「一応、自分の幸福ってやつを、置いてかれる怖さってやつを、認識してはいる。ラインたちと頑張っていた時みたいに、自分が無茶をすれば、とはもう思わないさ」

 

 ――でも、

 

「でも、私は、どうしても()()()()()()()()()とは思えないんだ」

 

「ルエ……」

 

 言葉を失う。何を言うべきか分からず――それは、師匠の父に対してもそうだったのだろう。ラインは言葉を続けられなかった。

 ――もうずっと、そうだったのだろう。だから、僕が代わりに口にする。

 僕は、師匠の方を向いて言う。

 

()()()()()()()()()()()()()?」

 

「おい?」

 

 ラインが咎めるように言う。

 

()()()()()()()から、先にいなくなるってことはないですしね」

 

「……お前なぁ」

 

 けど、あいにくとその反応はすでに何度も見てきたものだ。でも、しょうがないだろう? ここまでそれでやってきたんだから、一応、説得力には自信があるつもりだ。

 

「まぁ、幸いなことに――私の弟子はこういうやつだ。だから、私は一応、自覚はしたけど、それを変えるつもりはないよ」

 

「…………なぁおい、お前さんよもや」

 

 そこで、ラインがふと、気付いたように問いかける。ああ、うん、だって師匠のそれは()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。それは、些か信頼にしては重すぎる。

 ……気づくよね、師匠のこと。

 

「ふふ」

 

 ――師匠は、紅茶のカップを両手で持ち上げて、僕に流し目を送りながら、少しだけ頬を紅潮させて言った。

 

 

「――秘密」

 

 

 まったくもって、艷に満ちたその笑みは、ラインの顔を引きつらせるには十分で、僕はただ、苦笑する他なかった。

 

 

 ――――だから、

 

 

「でも、()()()()じゃ、ないんだよな」

 

 師匠の独り言。

 呆然とするラインには届かない、師匠と僕だけの独白は、けれど、

 

 

「私は、強欲龍に勝てるのかな」

 

 

 ――その真意を問いただすことの出来ない、隔絶した壁の向こうにあるものだった。



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124.弱者へ欲望を向けたい。

 ――ライン公との昔話を終えて、僕らはライン公国を離れた。

 理由は一つ、強欲龍の襲撃を警戒して、だ。なにせあいつは今、概念使いになるべく行動中のはず。四天に呼ばれたということは、四天にも何かしらの狙いがあるわけで。

 でもって四天は、当然ながら傲慢龍の儀式に必要なものを知っている。

 

 とすれば、強欲龍の行動として警戒すべきは儀式の存在を知り、それを実行するために行動すること。最終的に僕たちにたどり着くことは解っているから、僕たちはそれに合わせて場所を変えなくてはならない。

 

 強欲龍を、ライン公国に降り立たせるわけにはいかないだろう。

 

 ――では、どこへ向かうのか。候補は二つあった。師匠にとって、どちらも因縁深い場所である。そこにたどり着くまでに出くわしてしまう可能性もあったが、ともあれ。

 ただ、僕はそれはないだろうな、と思っていた。

 なにせ相手は強欲龍、()()()()()()()()()()()()()()()ことが、奴にとっての命題だろうからして、僕たちが迎え撃つ場所で決着を付けることが、あいつにとっても意義のあることなのだ。

 

 それに、奴を呼び出しただろう四天もまた、それを望むだろうという考えもあった。

 次なる四天は、嫉妬を冠するフィーの対となる存在。

 そいつは、行動に意味を求める。理由なき行動に意味はない。たとえそれが、感情的なものだったとしても、それが理由なら、ヤツにとっては()()の対象となるのだ。

 

 ともかく、僕らは目的地へ向かって旅をしていた。

 

 ああ、それにしても――この旅も、もうすぐ終わるのだ。マーキナーを倒せば、一度腰を落ち着けることになるだろう。世界が復興し、前に進み始める中で、次の準備をする時間が必要になる。

 だから、しばらく旅はできなくなる。

 

 次に旅に出るとしたらそれは、世界が復興した後だろうな。その時は――できることなら観光を目的にしたい。なんて、余談がすぎるが。

 

 ――ともかく、僕らは現在、街で補給を行っていた。

 

 ここで補給をしたら、次はいよいよ目的地――僕は懐かしい人に会っていた。

 

 

「じゃあ、そういうわけで――お世話になったよ、アリンダ」

 

 

 師匠が、そう声をかけて背を向ける。僕らが会っていたのはアリンダさん、かつて師匠が守護していた街に済んでいた女性。師匠にとってはあの街における保護者のような人物で、僕にとっても、色々と因縁深い人だ。

 

「ああ、達者でな、ルエ!」

 

「君も早く来たまえよ、私はあっちで買い出しをしてくるからね、夕方に宿で集合だ」

 

「了解です師匠」

 

 ――積もる話は色々あったが、僕らはそれも一段落したところで切り上げ、この場を離れることにした。そう、色々と話をした。師匠とアリンダさんの会話は尽きなかったが、一番驚いていたのは、傲慢龍を撃破したことだろう。

 

 半信半疑という様子で、しかし、ここ最近、少しだけ魔物の襲撃が減ったことを感じていたアリンダさんは、一応は信じることにしたようだ。

 もし、そうならば嬉しい――と。

 

 そんな話をして、今は師匠が離れ、僕もそれぞれ別の用事を果たすためにここを離れようとしているところ――

 

「ところで――ルエはアンタに惚れてるね?」

 

 ――凄まじい慧眼で呼び止められた。否定は――いや、できない。間違いなくできない。こういうことを断定してくるおばさんは、間違いなくこの世界でも最強に近い種族だ。

 きっと四天より強い。

 

「……まぁ、色々とありまして」

 

「そうかいそうかい! あの子もいい人を見つけられて、アタシも安心だよ!」

 

「あー、えっと……」

 

 横恋慕なんです……とは、流石に言えなかった。もし言ったらどうなるか。怒る? ……多分怒らないと思う、アリンダさんはおおらかな人だ。

 概念使いを排他する空気の強い今の時代に、それを気にせず、むしろ気にかける彼女のあり方を考えると……

 

「――何をしてでも幸せにしな。それができない事情があるなら、……その事情ごと幸せにするんだよ。アンタならできるだろう?」

 

「はい」

 

 ――――言わなくても、なんとなく見透かされている気がして、僕は素直にうなずくほかなかった。

 

「それにしても……どうしてあの子はなんだか、悩みがあるような風なんだい? 憂いなんてそうないように思えるんだけど」

 

 アリンダさんも気がついたようだ。師匠は今、悩んでいる。自分のことを解決し、悩む必要なんて、一見無いように思える。だというのに、師匠は何かを憂いているのだ。

 それは、何か。

 

 僕には、それがなんとなくわかった。

 

「ああ、それは――」

 

 

“――よう、少しいいか?”

 

 

 その時だった。

 

 

 町中に、

 

 

 ()()()()()()()

 

 

「――――は?」

 

 思わず理解できずに、問い返すようにしながら振り返る。たしかにそこに、強欲龍が立っている。

 

「ん? どうしたんだい?」

 

 アリンダさんが聞いてくる。周囲の人々は何も気が付かない様子で通りすがる。――そこに立っている強欲龍のことなど、端から目に入っていないかのように。

 そして、そんな強欲龍の前を、一人の少年が駆け抜ける。()()()()()()()()()

 

“――四天の力だ、そういえばてめぇはわかるだろ”

 

「……あ、ああ」

 

“場所を変えるぞ、ついてこい。てめぇと話がしてぇ”

 

 ――四天。

 今、強欲龍はそいつと行動をともにしているのだろう。名を、“ガヴ・ヴィディア”、二体目の四天は、空間に対して効果を発揮する概念技を有する。

 強欲龍をあの場から連れ去り、今度は空間を歪めて、強欲龍の姿を僕にだけ認識させている。

 

 目的が読めない。

 ――そこを探る必要もあるだろう。敵の能力はすべて把握している。だから、ここから僕がどうにかなることも、ない。

 

「……すいませんアリンダさん、ちょっと野暮用が!」

 

「う、うん? ああ、いや、わかったよ。気をつけな」

 

 僕は訝しむアリンダさんへ、そう断って、アリンダさんもこちらを気遣いながら、了承してくれた。さて、すぐにでも移動しないと。

 この場を強欲龍に蹂躙されても困る。おそらく、今のやつは僕と話をするという欲望に取り憑かれているから、おそらくは大丈夫だけど。

 

 ああ、でもそのまえに。

 

 

「アリンダさん。師匠の事は、任せてください――僕は、あの人を不幸には絶対にさせません」

 

 

 これだけは、伝えておかなくてはならない。

 アリンダさんはそれに驚いて、しかしすぐに笑みを浮かべると。

 

「ああ、……行ってきな」

 

 そういって、僕を送り出してくれるのだった。

 

 

 ◆

 

 

「――四天、ガヴ・ヴィディアは何を考えている?」

 

“俺が知るかよ。あいつは俺に概念使いになる方法を教え、そのために必要なものを揃えた。それだけだ”

 

「なるほど」

 

 ――どうやら、強欲龍もその意図は理解できていないようだ。考えられる理由はいくつかあるが、残念ながらそれを教える理由がない。

 交渉の手札を、向こうが一つも有していなかったのだから。

 

 やがて僕らは、街の外れ、墓地が立ち並ぶ一角へたどりついた。そこに人の姿はない。死が静寂へと変化したここは、内緒話をするにはどうかと思う場所だが、こういう場所でもなければ、師匠たちに嗅ぎつけられる可能性がある。

 ――強欲龍は僕を指名している。そこにある意図は、なんとなく理解できるからだ。

 

“ったく、てめぇ一人になるまで随分と待たされたぜ、アイツラがそばにいれば、てめぇは戦いを選ぶだろう。今俺が求めてるのは、てめぇとの対話なんだよ”

 

 対立じゃねぇ、と強欲龍は吐き出す。

 想像通り、強欲龍には周囲へ危害を加える意思がなかった。強欲龍は弱者も強者も、等しく奪う。だが、そもそも強欲龍は目の前に目的があれば、それを優先する存在である。

 

「そりゃあ、アンタは師匠にとっての仇であり、僕にとっての越えなくちゃいけない敵だ。二つも戦う理由が集まれば、アンタを見逃す理由はない」

 

 逆に今は、師匠がそばに居らず、強欲龍も直接ここにいるわけではない。戦わない理由が二つもあるのなら、戦うことは避けるべきことだ。

 そもそも不可能という話はさておいて。

 

“先にてめぇが聞きてぇだろうことは話してやるよ。長話だ、気が散ったらお前は面倒くさいだろう”

 

「僕を面倒なやつみたいに言うなよ、それが普通なんだ。アンタが単純すぎるのをこちらのせいにするな」

 

 ケッ、と強欲龍は吐き捨てて、僕は大きく息を吐きながら、奴の言葉を待つ。

 

“まず、四天のやつは今の所考えが読めねぇ。俺をてめぇらとぶつけたい様だが、対決には横やりを入れないらしい”

 

「勝手にやってろってことか?」

 

“そうじゃねぇのか? でもって俺も、それなら利用させてもらおうってぇことで、今はそういう協定の中に俺と四天は存在している。まぁ、てめぇらには関係ねぇがな”

 

 そうかな、と僕は思う。情報としては意味があるが、両者の間に割って入るかといえば、それはない。まぁ、別にそれを気にする必要もないのだろうけど。

 

“てめぇらはあそこを目指してるんだろう? なら、俺もそれに乗ってやるよ。ここでてめぇらを襲わねぇのは、俺もそうしたいからだ”

 

「アンタ自身の口からそれが聞けるだけでも、こちらとしては収穫だよ」

 

 決戦の舞台は確定した。強欲龍も、そして僕たちも同じ考えならば、もはや検討の余地はないだろう。明日、この街を発ち、それから別の町へ――もう誰もないあの場所へ、僕たちは向かうのだ。

 

 そう、つまり――

 

 

「――お前とかつてやりあったあの場所で、もう一度決着を付けることにしよう」

 

 

 ――僕らの目的地は、かつて師匠が守護していた街。強欲龍に破壊された街の跡地。――僕と師匠と、それから強欲龍の因縁が始まった場所でもある。

 

 そこで、僕たちは強欲龍から師匠の父の形見を取り返す。

 

 これは僕が、そして師匠が、決定事項として定めたものだった。運命故に、確信に満ちた顔で。対して強欲龍は、そこまで話して、一度視線を泳がせてから、頷いた。

 

“話すべきことはここまでだ。んで、次はこちらから話をさせてもらうぜ”

 

「……聞くよ」

 

 一体なんだろうと僕は思う。突拍子もない、想像もつかないような内容だろうか。驚天動地の事実だろうか。わからない。

 わからないから、答えない。

 

 ――強欲龍は、そして。

 

 

()()()()()ってのはてめぇにとって、なんだ? なぁ、敗因。()()()()()ものの立場からきかせてくれや”

 

 

 それは、問答だった。

 強者だけでなく、弱者からも奪い尽くす強欲の龍。

 

 だが、奴はわかっていなかったのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 僕は、その答えを知っている。ゲームで強欲龍は答えたからこそ、知っている。

 

 ああ、それは――強欲龍。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()だよ、と。



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125.強欲の根底を探りたい。

 ――強欲龍に、弱者を蹂躙する意義はなかった。

 というよりも弱者に対して、強欲龍は当初興味がなかったのだ。目の前に傲慢という誰よりも奪いがいのある強者がいたから、より強いものから奪うことには、相応の関心があった。

 

 けれども、弱者からはそうではない、意義がない、意味がない。奪ったところで価値もない。そして何より最悪なことに、()()()()()()()()()()()のだ。

 それが奴の使命であるがゆえに、奪わないよりは、奪う方が、やつにとってはまだ強欲だったのだ。

 

 ただの塵に等しい相手だとしても。

 

 それが変わったのはいつからだろう、と。答えは言うまでもなく、あの時だった。僕はそれを知っている、ゲームでも語られて、師匠からも語られて。

 ()()がなんであるかを、僕はよく知っている。

 

 こうして、こいつと正面から話をするのは、思えばこれがはじめてだ。そもそも、会話した機会が少なく、僕はこいつのことを、直接よく知っているわけではない。

 ――だとしても、お互いに、お互いの関係を一言で表せと言われたら、僕たちは同時に宿敵、と応えるだろうことは想像に難くない。

 

 不思議な関係だと、そう思う。

 

 はじめて激突したその時に、あの場で再会したそのときに、僕らは逃れられない宿命を背負ったのだ。だからこそ、こうして話をすることは、本来ならばありえないことなのである。

 

 必要がないからだ。僕たちは本当に短い付き合いしかないが、それでも十分なほどに濃厚に刃を交わらせて来た。だからこそ、僕たちは言葉ではなく、これからも剣をぶつけ合うのだ。

 だから、これはイレギュラー、ありえざる邂逅。

 

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。ゲームでもそうだったように、僕らがそうであるように。

 

 ゲームでこのイベントが起きるのは最終盤の直前だ。強欲龍は復活してから世界を大混乱の渦に巻き込んだが、世界を終わらせるには至らなかった。

 もはや世界には当たり前のように概念使いがいて、それを殺す方法も周知されていて。

 

 だから自然と、強欲龍は()()()()()()()()()()()()()に成り果てた。

 これは、きっと傲慢龍も変わらないだろう。世界に版図を拡げきった人類に対して、個人の大罪龍はあまりにも小さかった。

 こういう時人類の脅威足り得るのは、結局の所憤怒龍や暴食龍のような、人類の殲滅性能が高い存在だったと言えるだろう。

 

 ――故に、強欲龍はその中で最強を目指す。もとよりやつにとってはそれが何よりの命題であったこともそうだが、強いだけの個人に、世界を変える力がなくなった時代というのは、彼にとってまったくもって面白くないことだった。

 

 強欲は、全てを奪わねば強欲たり得ない。弱者も、強者も例外なく、等しくまったく大差なく。強欲龍は強欲だった。

 

 だが、だからこそ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 強欲龍は思い悩んだ。

 悩んだからと言って、奪う手を止めないところが、強欲龍の強欲たる所以だが、ともかくこんな豪放磊落極まりない強欲龍でも、悩むことがあるのだ。

 

 まぁ、悩むといってもなんでだろーなー、まぁいいかー! といった感じなのだが。

 いやだからといって、師匠のようにずっと引きずるように思い悩んでほしいかと言われると否なのだけど。師匠の方もどうしたものか。

 アレは僕がどうにかできる問題じゃないからなぁ。

 

 ともかく、そんな強欲龍だったが、そもそもやつにとって、弱者に価値を見出したのはある事件がきっかけだ。

 事件、というべきかは定かではないが、強欲龍にとっての転機。

 

 ()()()()()と思っていたものに、価値を見出したそれは、まさしくヤツが手にする星衣物――師匠の父の形見に由来する。

 いや、もっと端的に言えば、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()のは、師匠の父親の行動が切っ掛けだ。

 

 強欲龍はあの形見、懐中時計に執着している。自身の星衣物としてしまうまでに、自身の一部としてしまうまでに。なぜか、()()()()()()()()だからだ。

 師匠の父親は、強欲龍の中に、壮絶な衝撃をもたらした。結果、その持ち物である懐中時計を奪い取り戦利品としたのだ。

 

 ――ならばそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()ということか。

 

 弱者の意地を、人類の意地を見せつけて、最後まで立派に戦い抜いたということか。()()()()

である。考えても見てほしいいのだけど、そもそもそんなこと、()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()ものだ。

 大切な人を守りたい。そんな感情が、強欲龍の心を揺らがすのかといえば、()()()()()()()()のだ。

 

 ありふれているのだから、心は誰にでもあって、誰もが大切を守りたいと思っているのだから。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 であるならば、師匠の父のしたことは?

 

 

 ()()()である。

 

 

 懐中時計を奪われ、それを奪わないでくれと、自分はどうなってもいいから、()()()()()()()()()()()()()()()と、見苦しく、必死に。

 

 

 ()()()

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう、()()()()()()()()()()()()のために、師匠の父はすべてを投げ出したのだ。

 

 

 無骨で、

 

 矜持があって、

 

 失うことを恐れるが故に。

 

 その矜持すら投げすてて、()()()()だけを避けた。そして、避けきった。もちろん、懐中時計を奪われることは、彼にとっても地獄のような出来事だろう。

 ()()()()()()()()()()()()のだとすれば、まさしく彼は成し遂げたのだ。

 

 そして、故に強欲龍には、今も手元に懐中時計が握られている。

 しかし、それが何故かは、強欲龍にも解らなかったのだ。

 

 ただ、あまりにも抵抗するから、()()()()()()()()()()()()()()

 

 以降、強欲龍にとって、この懐中時計が弱者から奪い取ったものの証となって、()()()()()()()()()()()()()()となった。

 しかし、だからこそ言える。

 強欲龍は今も、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。あの父親の真意が理解できていないのだ。理解できていないまま、根底に根付いているのだ。

 

 ゆえの疑問。

 

 ――僕は、その回答を、今から詳らかにしようとしていた。

 

 

 ◆

 

 

 ゲームにおいて、師匠の父親は師匠の口から憧れの人として語られる。師匠に対して尊敬の念を抱いていたヒロインは、故に師匠の父にも憧れを抱き、けれど。

 強欲龍の言葉でそれを裏切られることとなる。

 

 そもそも、強欲龍の復活は3の主要人物の本意ではない。復活させないために動き、そして失敗した結果、その根本的な原因の一つとなってしまったヒロインはひどく動揺する。

 そこに強欲龍と再会を果たした師匠。更には強欲龍から伝えられる、憧れの父だったはずの人の、無様とも言える最期。

 

 それはもう、ヒロインの心を揺さぶるには十分で――前にも話したが、これが師匠の故郷だった場所で師匠の生前についてを語るというイベントだ。

 

 だが、その真実は違うものだった。無様だというのは演技――心の底から自分を欺いていたかといえば否だが、過剰に無様を演じていたのは紛れもない事実。

 娘を守るためにすべてを捨てたということを知った師匠とヒロインは、そんな父のあり方に安堵するのだった――というエピソードだ。

 

 でもってこれが、終盤、強欲龍の転機でもあったことが明かされる――非常に重要なイベントと、そして過去である。

 

「つまりアンタは――無自覚にそれを感じ取っていたんだよ。あの光景にあった真意を。まぁ、本質的にはそれを理解していないから、場合によっちゃ師匠を煽ることもあっただろうけどね」

 

()()()()()ね、俺の知るところじゃねぇが、まぁ知らなけりゃ煽るだろうなぁ。その方が奪いがいがある”

 

 徹頭徹尾、強欲龍は悪だ。善と呼べる部分はほとんどなく。ただ、その悪も他者とはまた違う種類のものであっただけ。

 だから他者とは隔絶した存在に見えるし、その悪を貫く姿は、舞台の外から眺める分には、カッコイイと思うのだ。

 

 まぁ、実際にその悪意を向けられる側からしてみればたまったものではないが。

 

「四天から聞いたのか……まぁいまは関係ないけど。ともかく、彼はその形見と引き換えに、師匠を守った。師匠から形見と言われた時、なんとなく感じるものはあっただろう?」

 

“まぁな。()()()()()()()()()()()()()()と思ったもんだが――”

 

 そう言って、手元に懐中時計を出現させる。ああ惜しいな、目の前にいたら奪い取ってやるのだが。――そんな視線を感じ取ったか、強欲龍は楽しげに笑みを浮かべた。

 なんだその、お見通しだぞと言わんばかりの眼は。

 

“――合点がいった。俺の中にあった大きなつかえが、とれた気分だ”

 

「そうかい、それはよかった」

 

 まったく、と嘆息しながら返す。

 ――強欲龍の中にあった感情の理由はこうして明らかにした。それでこいつが何か変わるわけではない。もとからあったものの形を明らかにしただけなのだから。

 

 ゲームでは、主人公はお人好しで、それでも強欲龍に変化を求めた。自分が変われたのだから、成長できたのだから、強欲龍も――と。

 

 かけた言葉は、変化を求めるものだった。なんて言ったんだったかな。

 

“弱者には、弱者の価値がある、ということはよく解った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。奪われるにしても、強者と弱者じゃ()()()が違う”

 

「……」

 

 ――そうだ。

 

“弱者が強者になることもある。強者が弱者になることもある。奪われる立場に立った時、()()()()()()が強者だ。なぁ敗因”

 

 強欲龍は、僕を見た。

 それから遠く、師匠の故郷の方を眺めて、

 

 

“――紫電の父は、強かったのだな”

 

 

 ――()()()()を、言っていた。

 

 言い方は、違ったけれど。

 

「――人の価値というのは、()()()に立たされた時こそ明らかとなる。そこに弱者も強者もない、ただ()()()()()()が大事なんだ」

 

 そう、言っていた。

 トライデントの主人公は、強欲龍にそういうふうに変化を求めたのだ。だから、強さを求める強欲龍は、弱者も強者も関係なく、強さだけを見てほしい、と。

 

“今俺が言ったことと変わらねぇじゃねぇか”

 

「――()()よ。()()()()けど、()()

 

“ああ?”

 

 理解できねぇと、首をかしげる強欲龍に、僕は楽しげに笑う。

 ああ、なんというか――かつて、遠い未来の、しかし同時に遥か過去で起きた出来事。ゲームの中でのイベントを、まるで再現するかのようなそんなやり取りは、

 

 僕をワクワクさせるには十分だった。

 

「いずれわかる時がくるよ」

 

“んだよ、それは”

 

 結局、主人公の言葉では強欲龍は変わらなかった。()()()()()()()()()()()()()だから。変えることはできなかった。

 

 しかし、やがて悟るだろう。

 

 多くの冒険を乗り越えて、強欲すらも受け入れられるようになった主人公たちは、最後に惜しんだ。死にゆく強欲龍に、死によってすべての因果が精算されたからこそ。

 

 ()()()()()()()()()()()()と。

 

 けれども、強欲龍は語るのだ。そんな彼らを諭すように。

 

 

 ()()()()()、けれども()()()()、故に、()()のだと。

 

 

 それが最後の言葉だったんだ。

 先へ進む者たちへの餞。強欲龍が最強を目指し、たどり着いた境地。

 

 旅の終わり。

 

 ――なぁ、強欲龍。

 この世界で蘇ったお前は、何を見る? 僕たちと関わり、そしてマーキナーとの対決の渦中に放り込まれたお前は。

 

“――終わりみてぇだな”

 

 ふと、強欲龍の姿がブレる。

 四天がその概念技の効果を終えるのだろう。

 

「ガヴ・ヴィディアには、首を洗って待っていろ、と伝えてくれ」

 

“ハッ、気が向いたらな”

 

 そうやって、互いにそれ以上の言葉はない。

 交流は、ここでおしまいだ。もう、必要はないだろう。

 

 だから僕たちは背を向ける。

 

 

 ――なぁ強欲龍。もしも聞かせてくれる機会があったなら、聞かせてくれよ。

 

 

 お前にとって、僕たちとの奪い合いが楽しかったのか、ってさ。



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126.四天ガヴ・ヴィディアは始めたい。

「――ねぇ、アンタ、グリードリヒと会ってきたでしょ」

 

「……何で解ったの?」

 

「匂い」

 

 ――突然、二人になった途端、フィーが恐ろしいことを言ってきた。おそらく、彼女のこれまでの言動の中で、一番恐ろしい発言だっただろう。

 何故か強欲龍と会ってきたのに、浮気を咎められているかのような感覚に陥るのだから。

 

 まぁ実際、危険を冒しているというのは事実だろうから、僕は言い訳の余地もなく、返すほかないのだけど。

 

「ほんと、あんたってさぁ……まぁ、今更だし。ルエには言わないでおいてあげるけど」

 

「リリスには?」

 

「言うまでもない」

 

 だよね、と苦笑。彼女はきっと把握しているだろう、僕が何をしてきたか。そういう事ができる子だ。まったくもって末恐ろしい。

 こういう時、師匠はきっともっと大人になっても今のままだろうな、と思うと少し安心するのであるが。

 

「色々言いたいことはあるけど、そこは全部飲み込んであげる。その上で――どうするつもりよ、今回」

 

「一応、策はあるよ」

 

 ふぅん? とこちらに耳を寄せるフィー。今、僕らは師匠のクソデカテントの中で二人っきりなわけだけど、机を前に、横並びで飲み物を飲みながら話をしている。

 そこで近づいてくるわけだから、自然とフィーと肩がぶつかった。この子ほんと……

 

 まぁかわいいから良しとしよう。

 

「そもそも、大前提として、今から強欲龍が行おうとしている儀式には、()()()()()()()()()、大切な人の生命が必要になる。強欲龍の場合、それは生命ではないけどね」

 

「……つまり、あの懐中時計を生贄にするってこと?」

 

「そうだね」

 

 そこは、すでに話した通り。フィーもあくまで確認といった様子だ。では、それをどうやって強欲龍から奪い取るかという話。

 

「一つ、いい方法がある。()()()()()()()()()()()()だよ。アレはそこそこ近くにいれば対象に選べるからね」

 

「ああ、この間ウリアなんとかで、アンタが百夜に転移させてもらったって言ってたわね」

 

「そうそう」

 

 あんな感じで、多少遠くても百夜は僕たちを巻き込んで転移できる。だからそれを利用して、あいつが出現させた懐中時計をかすめ取るのだ。

 

「……なんとなく読めた。儀式の最中、あいつは懐中時計を取り出す必要がある。そこを狙うのね?」

 

「正解。フィーも解ってきたじゃないか」

 

「もうどれだけアンタと一緒にいると思ってんのよ、そういう小細工も、たいがい慣れたわ」

 

 ははは、と少しだけ気恥ずかしくなって笑う。とにかく感情に素直なフィーは、こういう時は照れがない。子供っぽいと言えばそうかもしれない。

 いつか、思春期とか来たりするんだろうか……まぁ、今は関係ない話だ。

 

「んじゃ、そういうことなら別になんでもいいけど、でもそれ、問題が無いわけじゃないのよね?」

 

「解決策もあるけどね。まぁ、要するに、問題点としては、()()()()()()()()()()()()()()ことが問題なんだ。法則性はあるけれど、その法則性が、今回は逆に面倒になる可能性が高い」

 

「……転移先は、()()()()()()が選ばれる。今回は……ルエじゃないの? だってあの子のお父さんの形見なんでしょう?」

 

 ――それは、その通り。でもね、フィー、それだけじゃないんだ。僕は首を振る。

 

()()()()()()()()()()でもある。この場合、果たしてどっちに転移するか、フィーはわかるかい?」

 

「……はぁ!? ちょっとまってよ、そんなのルエに決まってるでしょ!? そうじゃなきゃおかしいわよ!」

 

 憤るフィー。だが、そう叫ぶために思考して、君も感じてしまったんじゃないかな?

 

「それが師匠じゃなくて、師匠の父だったら、転移するのは父親のほうだろうね」

 

「……! そんなの!」

 

 つまり、こうだ。師匠にとって父の形見とは、()()()()であり、()()()()()ではない。だが、強欲龍にとっては()()()()()であり、()()()()()()だ。

 この違いはあまりにも大きい。

 

「…………ありえない、って、言えないわよね」

 

 フィーは、やがて考えて、その結論にたどり着いたようだ。

 

「あいつは奪うことが目的で、奪ってしまった後に価値を求めない。そんなあいつが、未だに肌身離さず所持しているアイテムなんて……特別に決まってるんだわ」

 

「そう、その通り。ただ、解決策はある。というよりも、それは普通問題にならないはずなんだ。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()んだから」

 

「……! そうか、その場合はそもそも、百夜の縁が優先されて、リリスのところに転移するってことね」

 

 肝心なポイントとして、そもそも百夜が転移を行う場合、自分を基本的に対象に入れる。その時、転移先はまず最優先に百夜の縁を元にして選ばれる。

 だから、百夜を含んだ転移なら、何も問題はないのだ。

 

 普通に、何事もなく懐中時計を回収できるだろう。

 

「……普通なら、ね」

 

「なにか問題があるの?」

 

()()だよ。次の四天は空間を司る。そいつの妨害次第で、百夜が自分を対象に含められない状況を作られる可能性があるんだ」

 

「…………なるほど」

 

 考え込むようにうなずく。

 正直なところ、こればっかりはやってみなければ始まらない。そもそも四天がどういった動きをするかがこちらには読めないのだ。

 

「そして、師匠は色々とそれで悩んでる」

 

「まぁ、そこはわかるわ」

 

「まず、百夜の縁を頼りにしていいのか、自分の縁を信じるべきじゃないのか」

 

「……そこからか」

 

 嘆息するけれど、フィーだって似たようなタイプなんだから、同じような状況なら、きっと悩むだろう。とはいえ、この子はすぐに答えを出しそうな気がするけれど。

 とにかく感情を優先するし、その場の雰囲気とか、流れに弱いからな。

 

「でもって、果たして自分の縁を信じたとして、果たしてそれが強欲龍を上回れるのか」

 

「……それで、最近ラインだの、あのおばさんだの、かつての知り合いに顔をみせてるってわけね?」

 

()()()を決戦の舞台に選んだのも、まぁこっちのほうが自分自身に縁が深いから、だしね」

 

 納得したフィーは、けれどすぐに顔をしかめる。()()()()()()()()()()()()()()()と、気がついたようだ。

 

「じゃあ何で、アンタはグリードリヒと話をしたの? あいつの話って、あの懐中時計絡みでしょう。()()()()()()()()()()()()()()みたいに、……ルエとは話はしてないんでしょう?」

 

「そうだね」

 

 うなずく。

 そうだ、まったくもって返す言葉もない。僕は強欲龍との会話を設けた。悩んでいる師匠のことを放っておいて。

 

 それは、なぜか。

 

「でもフィー、考えてもみてほしいんだけど、()()()()()()()()()()()()なんだよ?」

 

「それって、エクスタシアとルクスリアみたいな?」

 

「そう、だから僕は、()()()()()()()()()()()

 

 究極的に、この問題は世界を揺らがすものではない。僕が防ぐべきは、強欲龍が概念使いになるための生贄として、懐中時計が失われることだ。

 これに関してはいくつか考えがある。ゲームでも、この懐中時計は色々あって、概念使いになるための生贄になったものの、消滅せずにヒロインの手に渡っている。

 この方法を使ってもいいし、僕らが取れる独自の方法で消滅を防いでも良い。

 

 だから、そこさえクリアしてしまえば、後のことは僕の問題ではない。師匠と強欲龍が、()()()()()かが問題なんだ。

 

「……グリードリヒに話をしたのは、()()()()()()()()()()()()、ってこと?」

 

「そもそも、師匠に何も言われてないはずないだろ。フィーには言ってないだろうけど、たしかに僕は言われたんだ」

 

 そして、強欲龍が僕を頼ったように、師匠はある選択をした。

 つまり――

 

 

()()()()()()()()()()()()()、それが師匠からの願いだった」

 

 

 だから、僕は師匠の独白に答えを出せなかったし、師匠もそれを求めなかった。

 解っている、師匠と強欲龍の縁を比べた場合、どうしても()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことは。

 

 ――それでも、師匠は自分で答えを出すと決めたのだ。

 

「僕に誇れる、自分でいたいんだってさ」

 

「……あいつ、アンタに惚れてなければ、いい女よね」

 

 そう言って、フィーは嫉妬混じりに視線を反らして、飲み物を口に含んだ。もうすっかり冷めてしまったけれど、むしろその方が、会話に盛り上がって火照った身体を冷ますには、ちょうどいいのかもしれない。

 

「ねぇ、じゃあさ――」

 

 そのまま、更に身体を僕に寄せて、フィーが問いかける。

 

 

 ()()()()()()

 

 

 僕たちは、どことも言えない空間にいた。

 不可思議、歪曲に満ちた空間だった。空はぐちゃぐちゃに絵の具で塗りつぶされたかのように歪み、潰れ、形容しがたい物となっている。

 

 この場にいるのは、僕とフィー。それから、師匠に、リリス。師匠たちは寝ていたからだろうか、地べたに倒れ込んでいて、今まさに起き上がるところだ。

 

 そして、()()()()もここにいた。

 

“悪いな、敗因。こいつが変なことをいい出したもんでな”

 

「――強欲龍」

 

 一つは、強欲龍。

 もう一つも――また、龍だった。

 

 水龍、とでも呼ぶべきか、川の流れを思わせる、人魚の如き出で立ち。羽衣をまとったかのような尾ひれに、傲慢龍やウリア・スペルと比べると、線の細い、女性的な顔立ちをしていた。

 それは、まさしく四天の一柱。

 

“急の呼び出しを謝罪。後、説明”

 

 どこか機械的なその声音は、まさしくやつのあり方を表すには十分だった。

 

“可能性を検討。結果、この場での召喚に至る”

 

「……もう少し、わかり易い言葉で話せ――ガヴ・ヴィディア」

 

 僕が呼びかける。

 師匠たちも、意識を覚醒させたのか、立ち上がり、概念化してこちらにやってきた。

 

「こ、これはどういうことだ!?」

 

「アタシが聞きたいわよ! あいつはいつもどおりなんか解った風にあの四天っぽいやつと話してるし!」

 

「……百夜がいないのー!!」

 

 後ろは大混乱だ。それにしても百夜がいない……少し困ったことになったな。とはいえ、想定内。こうなった以上、ガヴ・ヴィディアが百夜を呼び出さないのは自然なことだ。

 

“――揃ったようだ。では、告げる”

 

 そうして、ガヴ・ヴィディアが浮かび上がった。

 奴は宙を舞うように進み、中央に立って、

 

 

“我が名は四天の一柱。概念は『羨慕』――羨慕のガヴ・ヴィディアである”

 

 

 ――今回のことの発端。

 四天の二柱目が、ここに姿を表した。

 

 

()()()()()()()()()()()()――――”



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127.四天ガヴ・ヴィディアには通じない。

“歓迎とともに告げる。汝らの死でもって、主の活路となることを命ずる”

 

 ――浮かび上がった四天の青、ガヴ・ヴィディアは揺らめきながら、僕らと強欲龍の間に立つ。紡ぐ言葉は、正直言ってそうウリア・スペルと変わるものではない。

 奴らの中にあるのは、主――マーキナーに対する忠誠と、人類に対する侮蔑。それから自分が司る感情に対する()()だ。

 

 ガヴ・ヴィディアは、ウリア・スペルと比べると、その反応が薄い。他者を見下すという解りやすい特性のウリア・スペルは、まずもって解りやすい()()()だ。

 しかし、ガヴ・ヴィディアもその性格は高圧的で、なおかつ機械的。なんというか、正反対だった。何か、といえば――

 

「これがアタシの対になる四天? ちゃんちゃらおかしいったら無いわね!」

 

「フィーちゃん、油断しちゃだめなの!」

 

 解ってる、と言って宙に向かって飛び出したフィー――嫉妬龍エンフィーリアとは、何から何まで正反対な在り方であると言えた。

 

「まだ儀式は始まってない。とりあえず、私達は儀式を止める方向で動くぞ!」

 

「了解です!」

 

 フィーに四天の対応を任せ、僕とリリス、それから師匠は強欲龍に向かって剣を向ける。

 

“ハッ、おもしれぇ――余興だ。付き合ってやる”

 

 対する強欲龍も戦闘態勢に入り――激突する!

 

 ――僕が牽制しつつ、師匠への攻撃を防ぐ。目の前に衝撃波を伴う攻撃が乱舞されるが、レベルが上がったこと、リリスが的確にバフを入れてくれることから、この衝撃波はもはやほとんど僕らにとって障害にはならない。

 正面から剣をぶつけ合い、的確にデバフを叩き込んでいく。

 

 とはいえ、それでも厄介なのが熱線と天地破砕の二枚看板。特に熱線は非常に厄介で、連打が可能なのだ。実質手数が三つに増えるようなもので、通常攻撃はバフが入っていれば一割も持っていかれないが、こちらは三割は持っていかれる。逆に言えば、熱線に注意しつつ、通常攻撃はバフと回復に任せてしまってもいいということだが。

 ――リリスはフィーの戦闘も見なければならないので、後で文句を言われるだろう。

 

 その間にも師匠がコンボを稼ぎ、時折強欲龍が天地破砕で僕をちらして、そちらに熱線を入れるといった妨害を見せるも、ほぼほぼ互角と言える立ち回りで、僕らの戦闘は推移していた。

 

 これで、不死身の核を破壊するという繊細な攻防が必要になってくると、また面倒なのだが――そこまではまだ進んでいない。故に、ほぼほぼこちらは優勢と言えた。

 だが、あまり長くは続けていられないだろう。不死身が発動した時点でスクエアを起動して、一気に落としにかかる。それが僕らの基本的な狙いだった。

 

 ――長期戦がためらわれる理由はなにか。

 答えはフィーとガヴ・ヴィディアの戦闘にある。

 

 僕らが不動の強欲龍相手に格闘戦を仕掛け、動きの少ない戦いをしているのに対し、ガヴ・ヴィディアとフィーは互いに行き交いながら、飛び交いながら、凄まじい速度で戦闘を繰り広げていた。

 

 フィーが両の手に出現した鉤爪を振るった直後、両者の居場所が入れ替わっている。更にその直後には、フィーが踏みつけでガヴ・ヴィディアを地に叩きつけ、更にその直後フィーが腕で顔をガードした状態で吹き飛んでいる。

 

「――とんでもないな」

 

「スクエア発動中の君もあのくらいの戦闘速度だぞ!」

 

 傍から見れば、両者の戦闘はとんでもないものがある。チラチラと視界に映る程度だが、僕らが手を一つ放つ間に、二つのサウンドが聞こえてくるのだから、とんでもないスピードだ。

 それに追いつけるスクエアのバフが、如何に切り札かという話である。

 

 とはいえ――

 

「――ああもう! 全然攻撃が通じないんですけど!?」

 

 ――両者の戦闘の技巧は、フィーの方が上回っていると言えるだろう。ガヴ・ヴィディアはすでに概念化しており、その攻撃は両腕に備え付けられた羽衣から放たれる泡や水のようなもので構成されている。

 それらをかいくぐり、フィーは次々と攻撃を叩き込んでいる。そのたびにガヴ・ヴィディアは吹き飛び、フィーは追撃を放つ。

 時折反撃が飛んでくるが、ガードはきちんと出来ていて、危なげがない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

“当然。汝らは当方を額縁より眺める者。その壁は汝らでは越えられない”

 

「だから――何言ってるかわかんないっつの!」

 

 いいながら、殴り飛ばすフィー。

 まぁ、言い方が迂遠で単純――素直なフィーにはいまいちしっくりこないだろう。というか、戦闘中に理解して的確に返すには、フィーにはなんというかこう、文法を読み取る経験が足りていない。

 

「――君は羨慕の概念だろう! 羨んでいるのはそちらの方ではないのかな!?」

 

「なののなのん!」

 

「アンタらはわかるの!? っていうかそっちに集中しなさいよ!」

 

 師匠たちが難なく返しているのを見て、何やら嫉妬しているらしいフィーに、君はそのままでいいんだよという思いを心のなかでだけ投げつつ、僕は更に手を進める。

 

「――師匠! 今です!」

 

「ああとも!」

 

“チッ――”

 

 ちょうど、師匠はコンボを稼ぎ終えたところだ。僕が壁になり、師匠を裂波では狙えない状況。当然強欲龍は――

 

“――天地破砕!”

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 対して僕は、強欲龍を蹴り上げて、飛び上がる。宙を舞い、地面の崩壊を尻目に、身体の方向を転換させた。さぁ、僕の土手っ腹はがら空きだぞ――!

 

“――ッ、強欲裂波!”

 

「“L・L(ラスト・ライトニング)”!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()けどな!

 

「ぐっ――!」

 

“おおおっ!”

 

 僕は強欲裂波をまともに受け、天高く打ち上げられる。即座に飛んでくるリリスのバフで回復しながら、強欲龍を見た。まだ不死身は発動していないが、十分削れたことだろう。

 

 しかし――

 

「……結構きついな!」

 

 叫ぶ、空の方が、ガヴ・ヴィディアとは距離が近い。効果も大きいということだろう。

 ――何か。

 

「ちょっと! こっちはまずいわよ! ()()()()()()んだから!」

 

 僕を守るように寄ってくるフィーの言葉通り、僕は今すごい勢いでHPを消耗していた。スクエアを使っていないのにスクエアを使っているような消耗。

 いわゆるスリップダメージである。他にも、全ステータスへのデバフが入り、今の僕は傲慢龍戦頃のステータスしかないのではなかろうか。

 

“――笑止。天上にのこのこと上がってきたその者が無様。強者がいたわる理由はない”

 

「アンタになくとも、アタシにはあるのよ! なんてったって恋人なんだから!」

 

「師匠に聞こえないからって高らかに宣言しなくてよろしい!」

 

 お互いに叫びつつ、ガヴ・ヴィディアによって放たれた泡を鉤爪で消し飛ばすフィーを背に、僕は移動技で地上へと戻っていく。

 流石に、このままでは強欲裂波以上にHPを持っていかれるので、長居は無用だ。

 

 ――ガヴ・ヴィディアの戦闘におけるやっかいな点は二つ。

 ギミックの存在と、常時効果の存在だ。

 前者は、ギミックを破壊しなければ攻撃がまともに通らない。まったくというわけではないが、ダメージのほとんどは受け流されてしまう。

 もう一つの常時効果は、永続デバフと常時発動のスリップダメージ。

 

 長期戦が不利といった理由はこれだ。流石に接近戦をしているフィーのそばほどではないが、現在この戦場は奴のスリップダメージが作用して、僕らを削っている。

 なので、強欲龍が不死身を機能させたら、短期決戦あるのみだ。

 

 僕が移動技でコンボを稼ぎつつ、地上へ戻ると、師匠と強欲龍が激しく打ち合っていた。

 

「――なぜ、四天と行動を共にする! 一匹狼の強欲龍が、なぜ!」

 

“アレが離れねぇだけだ。別に望んだつもりは……ねぇ!”

 

 激しい激突、師匠が大きく吹き飛ばされると、遠距離技を織り交ぜながら、コンボを稼いで強欲龍へと接近。再び打ち合う。

 

「どちらにせよ、お前の本意ではないだろう。このまま儀式を完遂させるつもりか!?」

 

“ハッ――完遂できると思うか? てめぇらをわざわざ全員呼び込んだ上で始めてるんだぜ?”

 

「……狙いがある、と? それが何かを待ち受けている……というわけか!」

 

“そういう、ことだよ、オラァ! 天地破砕!”

 

 地が揺れる。

 破壊の嵐に、師匠はなんとか飛び上がって回避しつつ、後方へと下がる。移動技での退避だ、まだコンボは途切れていない、しかし――

 

“てめぇこそ、何考えてやがる!? 強欲裂波ァ!”

 

 ――熱線を連打しはじめた強欲龍。そのために、師匠は強欲龍へと近づけない!

 

“随分と戦闘に素直に乗るじゃねぇか! てめぇもあんだろ!? 手札がよぉ!”

 

「お前には……関係ない!」

 

“――狙われてるのは俺だろうが、バカ言ってんじゃねぇよ”

 

 打ち合い、熱線の弾幕は強烈だった。ダメージ自体はリリスがサポートに入っていればリカバリーは容易な部類だ。しかし、厄介なのはノックバックとコンボが途切れることである。要するに一向に近づけないのだ。

 師匠の最上位技は遠距離対応、遠距離から放っても問題ない、と言えなくも無いが――

 

「くっ――逃げるなぁ!」

 

“熱くなってるな、そんなんで本当に狙いが完遂できるとでも!?”

 

 強欲龍が動き出した。

 普段、相手の攻撃に合わせての行動が多く、動き回らない強欲龍だが、一度動き出せばそのスペックは大罪龍随一。いくら師匠がレベルカンスト間近のステータスとはいえ、バフ込みでも押されてしまうのが大罪龍である。

 

 しかし、

 

「――悪いな、本命はこっちだよ!」

 

 僕が、いる。

 

“――ッ! 来やがったな!”

 

「もう遅い! ――“L・L(ルーザーズ・リアトリス)”!」

 

 空中でコンボを稼いでの伏撃。多少デバフがあろうが、スリップダメージがあろうが、安全という言葉は、そんなものでは買えないのだ。

 戦場を覆うほどの大剣、強欲龍を軽く飲み込むそれは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

“ぬ、ぅ――!”

 

 迎撃するべく顔を上げた強欲龍には、僕の姿は大剣に覆われて、認めることは敵わなかっただろう。そのうえで、地面に叩きつけられた、といっても、実際にはそれは()()()()()()()()()()()()だ。攻撃はまだ、終わっていない。

 僕の最上位技は、一撃を振り抜くまでが効果範囲で。

 この場合は、地面に直撃するまでが攻撃モーション。故に、僕は予め横に向けていた剣を、

 

 地面に触れる直前に、振り抜いた。

 

“――――オオオッ!”

 

 直撃。足元に叩きつけられた一撃で、強欲龍の態勢が崩れる。とはいえ、それでも地に足をつけるタイミングで天地破砕が飛んでくるので追撃はかなわないのだが。

 ――――そもそも、

 

「――不死身が発動したな。()()()()!」

 

「はい!」

 

「なの!」

 

 もう、強欲龍に攻撃は通用しない。

 不死身、無敵。そう呼んで差し支えない奴の機能が適用される。そして、

 

「――“◇・◇(スクエア・スクランブル)”!」

 

 僕の概念起源も、ここに始動した。

 

“――――ほぉ、その様子をみると、盤上に立つのは敗因じゃなく、てめぇか紫電”

 

「当たり前だ――父の形見、大切なものを、返してもらうぞ!」

 

 そして、

 

“――いいぜ、やってみろよ。けどな、()()()()()()()()()()んだよ”

 

「――!」

 

 ――強欲龍の足元に、紋様が浮かぶ。光を帯びて、回転し、ヤツに()()を注ぎ込み始めた。

 時間がない、そのことを否応なく意識させられる。もとより、短期決戦は師匠の作戦のうちだが――

 

 

“てめぇらが、()()を望むなら、俺の()()を止めてみろ――!”

 

 

 強欲龍、咆哮。

 

 かくして、この戦闘の本番、懐中時計奪還作戦が始まった。



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128.師匠は策を弄したい。

 ――僕はスクエアによって得られたバフで、一気に強欲龍を攻め立てる。

 剣を一つぶつける度に、強欲龍の腕と熱線が飛んでくる。そのどちらをも受け止めて、そのまま斬りかかるのだ。攻撃はほぼ一方的と言って良い。

 どちらが、ではない。()()()()だ。

 

 僕は相手の攻撃をバフによって可能な限り軽減し、ノックバック無効で切り込んでいき、強欲龍ははなから首と心臓への攻撃だけを回避すればよい。

 

 故に、僕は剣でひたすらその二つを狙い、強欲龍は可能な限りの打撃でもって、僕のスクエアを少しでも早く終わらせようとする。

 

 攻防は、きっと一分にも満たないだろう。

 その間に数十にも及ぶ激突を重ね、しかし互いにほとんど成果が得られなかった。

 

 僕からしてみれば、狙う箇所が二箇所しかなく、容易にガードされてしまう状況は決着を付けるには、手札が足りない。

 強欲龍からしてみれば、ノックバックも効かず、熱線すら正面から受け止められてしまっては、一方的に攻撃を許すほかない。

 

 それでも、僕には制限時間があり、攻撃を受ける度にそれが加速するわけだから、有利不利で言えば圧倒的に僕のほうが不利なのだけど。

 

“どうした、どうしたあぁ!? 手早く決めなけりゃ、てめぇはジリ貧で死に果てるだけだろうが!”

 

「それは僕一人なら、の話だ!」

 

 剣と同時に言葉が飛び交い、僕たちの位置が入れ替わる。現状、儀式の完了よりも僕のスクエアの方が早く終了するだろう。

 効果時間を気にする必要はなく、あくまで自分の行動に集中するだけだ。

 

「――“E・E(エレクトロニック・エクスポート)”!!」

 

 駆ける。

 電光の速度で、師匠が弾丸となって突っ込んでくる。

 移動技のスピードは、僕らの通常行動と何ら変わらない、というか、本来ならあちらのほうが早くなくてはいけないのだ。その上で、師匠は更に早い。

 

 ガヴ・ヴィディアのデバフで僕らの速度が下がっているのもあるが――なんと、あいつのデバフは強欲龍にも有効だ。ある意味、とてもらしい話だが――師匠にはリリスの全バフが乗っている。

 スクエアさえ起動してしまえば、強欲龍相手なら正面から殴りあえる。そんな僕の事情あってこそだ。

 

“ちょこまか、鬱陶しいんだよ!”

 

「言ってろ! “T・T(サンダー・ストライク)”!」

 

 師匠が回り込んだのは後方、後ろから心臓を狙う位置。当然ながら強欲龍は避けつつ、足に力を入れて天地破砕で対応してくる。

 放つのにほとんどタメがない上に、全方位に飛んでくる天地破砕は厄介極まりない技だ。

 

 強欲龍はパワータイプのイメージが多いが、実際のところ接近戦の手数は大罪龍随一である。天地破砕を飛び上がって回避した僕らに、熱線と拳が飛んでくる。

 うまく位置を調整し、それをやり過ごしながら攻め込めば、ヤツは天地破砕を更に放ちながら、こちらの攻撃を拳で受け止めてきた。

 

 流石に天地破砕を受ければスクエアを一発で解除しかねない。強欲龍の足さばきには常に注意を払っているが、ここに来てその苛烈さは更にましてきていると言って良い。

 

 二対一、更に不利となっても、強欲龍の動きは変わらない。どころか更に鋭さを増して、僕のスクエア終了時間は加速する。

 もって一分、というのは多いのか、少ないのか。

 

「さっきまでは手加減してたのか!? ってくらいだな、こいつ!」

 

“ハッ、てめぇらがヌルいンだよ!”

 

 激突。

 激しい攻防の中で、なんとか心臓と首を狙うが、到達すらできない。はじめてこいつと戦ったときに、あのステータスでこいつの核を破壊できたのは、本当に奇跡とすら言える偉業だったのだろう。

 というより、強欲龍の動きは、()()()()()()()()()()()()()()()()。考えて、理詰めで動いているわけではないのだ。

 

 まったく巫山戯た話だが、正直強欲龍は僕たちが強ければ強いほど倒すのが難しい。初見で、かつ師匠にコンボを必要としない切り札があったからこそ、あの勝負は成立したのだ。

 

「――本当に、不思議なもんだよな」

 

 思わず、口からそれがこぼれ出る。

 

“あァ――?”

 

「あのときの戦いは、僕の中で強烈に今も残ってる。興奮も、絶望も、勝利に対する感動も」

 

“忘れたくて忘れられるものかよ、てめぇの顔は、今も握りつぶせるくらいなら、握りつぶしちまいてぇくらいだ”

 

 ――本心から、強欲は僕の生命を奪おうとしてくる。きっとそれは、こいつとどれだけ言葉を交わしても変わらないだろう。

 僕は強欲龍というキャラクターが好きだ。こうしてこの世界にやってきて、実際に面と向かって向き合って。そのうえで僕は、強欲龍という存在を好意的に見れると断言できる。

 

 話をする度に、意思を疎通する度に、強欲龍という存在を画面の向こう側ではなく、目の前に存在する個人だと認識する度に、僕はそれが嬉しくなる。

 

 だとしても、

 

「――全部こうして、アンタとまた殺し合うためにあったんだ!」

 

 ()()()()()()()()()()()のだ。

 

“――そりゃあ、ご機嫌だなぁおい! てめぇのその憎たらしい面ぁ、見てるだけで幸福になれそうだ!”

 

 拳と剣が激突する。

 結果は、伯仲。互いに攻撃を弾くが、姿勢は揺らがない。更にもう一撃。僕らは奏でるように物理を這わせた。

 

「――君たちは、二人の世界に入ってるんじゃない!」

 

「解ってますよ、師匠!」

 

 師匠がそこに割って入り、槍に稲妻を奔らせる。さぁ、ここからが本番だ。

 ()()()()()()()()()()()()。強欲龍を倒すという手段は、残念ながら取れそうにない。故に、僕らは本命の作戦に移るのである。

 

 ――直後のことだった。

 

 

「“嫉妬ト色欲(フォーリング・エクスリア・カノン)”!!」

 

 

 熱線。

 天を真っ二つにする猛烈な焔の一直線が、僕らの頭上を瞬いた。

 

 直後、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

“――――笑止”

 

 機械的なガヴ・ヴィディアの声が響く。僕らの戦闘は、今も続いているが、その声は自然と僕たちにも届いてきた。

 

「はぁ、はぁ……やっと引きずり出してやったわよ!!」

 

“笑止、笑止、笑止――!”

 

 見れば、フィーも、ガヴ・ヴィディアも、どこか焦燥が見て取れた。互いに、限界まで鬼ごっこをして疲労困憊しているときのような。

 

「何が額縁の向こう側よ! 思いっきり顔をガラスにひっつけて、こっちを血眼で見てるんじゃないわよ! 意地汚いって思わないの!?」

 

“品のない言葉を弄することを禁ずる。耳障りな高音を発することを禁ずる。さえずることを禁ずる!”

 

「うっさい! バーカバーカバーカ!」

 

“黙れ黙れ黙れ!!”

 

 激しい戦いがあったのだろう。ガヴ・ヴィディアはとにかくこれが面倒なのだ。ギミックによりダメージの殆どを軽減する能力。

 故に、フィーの目的はそのギミックを引きずり出すこと。方法は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。端的に言って、ガヴ・ヴィディアは二回概念崩壊させなければ倒せない面倒な敵である。

 

 そして、それをフィーはようやく達成したのだ。一対一で、本当にお疲れ様である。

 

“――あいつら、やっぱ同類なんじゃねぇか?”

 

「煩い黙れ、考えないようにしてるんだよ!」

 

 強欲龍の視線が、なんというかバカを見る目でフィーたちを見ているが、ともかくフィーは役割を果たしたわけだ。後はこれを破壊していくことで、

 

 ()()()()()()()()()()()

 

“――強欲龍”

 

“ああ!? 俺に指図すんじゃねぇぞクソ野郎!”

 

 ガヴ・ヴィディアが、天上からこちらに声をかけてくる。当然苛立つ強欲龍だが、ガヴ・ヴィディアにも苛立ちが見える。

 このやり取りだけで、この二人の関係が見て取れるな。

 

“…………この泡が破壊されれば、儀式の継続が困難となる。守護せよとは命じない。しかし、留意しないものは愚図以下であると断言する”

 

“黙ってろつってんだろ!”

 

 ――熱線が、宙に奔った。

 一応、それがガヴ・ヴィディアを狙ったわけではなく、フィーを狙ったものであることから、留意しないわけではないのだろうが、だからといって僕たちの戦闘よりも守護を優先するつもりはないのだろう。

 

「あっぶないわねぇ!」

 

「フィー、言ってる暇があったらガヴ・ヴィディアを抑えて!」

 

 百面相を繰り広げるフィーに叫んで、僕たちは戦闘に戻る。

 

“しかしよォ――”

 

 拳を振るいながら、強欲龍がささやく。

 

“数は十、大したようには見えねぇが、()()()()()()()んだろ、こんなところで油売ってていいのかよ”

 

「アンタがそこでのんびり棒立ちしてくれてるならな!」

 

 ――周囲に浮かぶ蒼玉は、無造作に置かれたように、あちこちに飛んでいる。しかし、そのいくつかはガヴ・ヴィディアと連れ添うように移動しており、ガヴ・ヴィディアはその死守に全力だ。

 フィーが果敢に攻め立てるものの、僕の見立てではあれはまだ少し時間がかかる。

 

 ――――はっきり言おう。()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 僕らが泡を破壊しようとしても同じだ。強欲龍はガヴ・ヴィディアの指図は受けない。しかし、だからといってこちらに泡を破壊させる余裕は持たせない。

 

 強欲龍を抑え込むだけなら僕だけでもできる。その間に師匠とリリスで破壊に回ることは不可能ではない。

 だが、強欲龍は意図的に師匠とリリスを狙い始めた。

 僕の攻撃を無敵で受け、核だけは守りながらも一顧だにしない。

 

「だああ! 邪魔だああああ!!」

 

「こっちまで狙われるとお困りさんなのー!」

 

「すいません! 抑えつけられません!」

 

 ――厄介極まりない。

 こいつ、どこまで戦闘のキレを上げるつもりだ!? スペックはとっくに同等で、渡り合うだけなら無限にできる。僕たちも死地を無数にくぐり抜けてきた場数がある。千日手をきっちり千日演じきるだけの集中は可能だ。

 

 だが、越えられない。

 

 こちらがより深く、より鋭く戦いという深淵に身を沈ませるたび、あいつはそこに追いついてくる。それが楽しいという感覚はある。終わらせたくないという感覚もある。

 かつて、傲慢龍にも感じたそれは、しかし。()()()()()()()()()()()()()()という想像すらさせてしまうほど、今の強欲龍は強烈に食らいついてきた。

 

「――強欲龍!」

 

“敗因――!!”

 

 ああ、けれど。

 制限時間はたしかにあった。

 

 僕のスクエアの終焉。

 

 ()()()()()()()()

 

 儀式はまだ完遂されない、けれど、儀式にどうしても必要な()()は、儀式場に突き出される時が来た。

 

 

 ()()()()が、強欲龍の前に現れた。

 

 

“――チッ”

 

 奴は、それを即座に手に取り、距離を取る。

 ()()()()()()()()()()。今のは明確な隙だっただろう。しかし、()()()()()()()()()

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

“――――間に合わなかったなぁ”

 

「…………」

 

“一秒でもあれば、てめぇはこれを奪い取れたんじゃねぇか?”

 

「意味のない推察だよ、それは」

 

 しかし、まだ僕たちは健在だ。

 

“だったら、どうする、命がけでこれを奪い取るか? てめぇの強さは、それが本当に可能か?”

 

「……考えても見ろよ、強欲龍。()は、どうした?」

 

“あぁ――?”

 

 僕は、どうしてか笑いが堪えられなかった。()()()()()()()は、どうにも覚えない感情だ。これは、そう。()()()()()()()()から、そう思う。

 勝ち誇りたい。

 胸を張りたい。

 

 師匠の功績を背負いたい。

 

 やってやれと、勝ちに行けと、高らかに声を張り上げたい。

 

 ああ、その思いは――

 

 

「僕たちがアンタを倒した時、()()()()()()()()を考えろって言ってるんだよ!」

 

 

 ――――直後、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「確かに、僕たちじゃどうやってもガヴ・ヴィディアのギミックを破壊することは不可能だ。手が足りない。普通なら」

 

「――けど、そんな戦いに、()()()()()()()()()()()ようじゃ、そもそも私達が舞台に立っていると言えるのか?」

 

 師匠が、僕の言葉を引き継いだ。

 ――紫電の主は、言うまでもなく師匠だった。膨れ上がる稲妻の群れ、無数に連なった一本線は、やがて溢れきれずに周囲へと広がっていくのだ。

 

“――これ、は”

 

 ガヴ・ヴィディアが、戦闘をやめ、下を見下ろしていた。そして、フィーもまた。こちらに満面の笑みを向けている。

 

“――()()()()!?”

 

 そう、師匠に残った最後の一発。

 

 僕たちに残された、最後の使用回数。

 

 僕のようなインチキで行使されるそれと違う、正当で、本物の、

 

 

 ()()()()()()

 

 

「――私の紫電は、無限に広がっていくんだよ。そして、十の核を、同時に穿つ! 避けれるものなら避けてみろ!」

 

 そして、

 

 

「“V・V(ヴァイオレント・ヴォルテックス)”!!」

 

 

 炸裂。

 

 明滅する視界の中で、

 

 ――強欲龍は、自身の核に向かう攻撃を弾いた。

 

 ――ガヴ・ヴィディアは、守りきれなかった。

 

 

 直後、ガヴ・ヴィディアの世界が崩壊を始める。



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129.策を成就したい。

 ――歪んでいた空間が、更に歪むことで元の形へ戻っていく。

 マイナスはマイナスで相殺され、元通りというプラスへと転じていく。それは、法則が変われば当然のことであり、根底にある概念が歪めば、そうなるのがこの世界の摂理だ。

 

 物理法則もまた、概念の一つ。

 僕の知る現実とは違う在り方は、しかしおおよそは僕の思う通りのことが適応されるため、概念と法則の違いは、こんなところで感じるのが一番大きいだろう。

 

 ともかく、ガヴ・ヴィディアの世界は崩壊した。

 異界を操る概念使い。空間を切り取り、隔離し、隔絶する。それがガヴ・ヴィディアの能力だ。本人は額縁の向こう側、と言っていたが、簡単に言えば()()()()()()()()()()()()()能力である。

 嫉妬する相手が大きすぎるなら、自分の手のひらに収まるまで矮小化すればいい。そのうえで弱らせて倒せば、労はほとんどないだろう。

 

 と、そんな考えが見て取れる。

 ともあれ、ギミックが解除されてしまえば、この箱庭は崩壊する。

 崩壊すればどうなるか。答えは簡単だった。

 

「――――小さい」

 

 天上から、世界を覆う大きさの百夜が覗き込んでいた。

 現実でなら、小さいのは百夜の方だ。しかし、ここはミニチュアにまで落とし込まれたガヴ・ヴィディアの世界。僕たちは今、百夜の数十分の一のサイズしかないのだ。

 

「――百夜!」

 

「解っている……私は、飛ばせないな」

 

 師匠が指示を飛ばす。

 ここまでは予定通り、問題はここからだ。何をするかは、もはや言うまでもあるまい。百夜の転移である。しかし、それには問題があった。

 まず、百夜はこちらを認識できるようになったが、まだ干渉は完全ではない。一方的に概念技を放つことは出来ても、自分と誰かを同時に対象に取ることは出来ない。

 そして、懐中時計を転移させたとして、強欲龍の手元に戻るだけではないかというもの。

 ならば、転移の一瞬でもあれば奪い取れるかといえば、それは難しい。ここまでのことで分かる通り、強欲龍は防衛能力がとても高い。

 

 その隙を突くことは、正直難しいというより、不可能と言わざるを得ない。

 

“――――笑止。不可能と解っていることを行動に移す無意味を嗤う。愚昧ここに極まったと判断する”

 

「――黙ってみてなさいよ、これはルエの戦いよ。貴方はもう関係ない、負けたのよ、ルエの起源を止められなかった時点で!」

 

 フィーが叫ぶ。

 その通り、ガヴ・ヴィディアがせせら笑う権利はどこにもない。世界を崩壊させ、こちらの介入を許した時点で、ガヴ・ヴィディアの敗北だ。

 

“笑止変わらず。たとえ転移させたとしても、強欲龍はそれを確保する! 儀式は続行される! 瞬殺しなかった時点で結果は変わらない! 世界の崩壊よりも、儀式の成就の方が迅速!”

 

「口数が多くなってるわよ。焦ってるなら、もっと端的に焦ってるっていいなさいよ!」

 

 気の利いた返しという点に関してはまだまだフィーは未熟だが、煽りに関しては一級品というか、僕らの中で一番得意ではないだろうか。

 まぁ、大罪龍だからな、といえばそこまでだけど。

 

 ともあれ、

 

「――うるさい。戦いに混ざれなくて不満、話し方もちょっと似てて不満。そのうえ、アレは品がない」

 

 百夜が、概念技を起動させる。

 

「その不満ごと、紫電の願いを一秒先へと送り出す」

 

「やってくれ、百夜。飛ばすのは、懐中時計――」

 

 師匠が、そして。

 

 今回の作戦の、核とも言える策を口にした。

 

 

()()()だ!」

 

 

「――“T・T(タイム・トランスポート)”」

 

 それは、つまり。

 

“な――――”

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という、本当にただそれだけのこと。

 

 想定できなかったのか? できるだろうが、ここでのポイントは、()()()()()()()()()ということ。師匠と懐中時計。この二つだけを飛ばせば、どうなる?

 転移は縁の深い場所へ転移する。僕たち全員を転移させれば、最も縁の深い存在のところに転移するだろう。

 

 どこか、

 

 ()()()()()である。

 

 転移で、この空間から出ることが出来ない以上、そうならざるを得ない。けれど、転移から僕を外せばどうなるか。僕と強欲龍。懐中時計を伴って師匠が転移するのはどちらか。

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

 けれど、師匠と強欲龍の懐中時計の奪い合いという、そもそも土俵に立てるかもわからない勝負よりは、()()()()()()()()()()

 

 何より、()()()()()()()

 

「――――師匠」

 

 声をかける。

 転移する一瞬、師匠はこちらを見て――――

 

 

 ――――その場からかき消えた。

 

 

“――――”

 

 それは、そう。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()ということでもあった。

 

 

“――――ク”

 

 沈黙していた。

 僕も、強欲龍も、消えた師匠の方を見たまま、停止していた。何があったと、その視線がこちらへ向く。――強欲龍の手は、握られていた懐中時計の分が、ぽっかりとあいている。

 

 空白。

 

 そう、表現するのがぴったりだった。

 

“クハハ、ハハハハハ、ハハハハハハハハ!!”

 

 笑みは、

 

 ガヴ・ヴィディアから漏れていた。

 

“笑止! 笑止! 笑止イイイイイ!! かかった! かかったかかった! 嵌った!!”

 

 見上げる。

 そこには天女がいた。

 水神の如き龍がいた。

 

 ――醜い笑みで、その相貌は歪んでいた。

 

“何を――”

 

「……そいつの狙いは、ここにあったってことさ、強欲龍」

 

 僕達は、見上げてつぶやく。そう、強欲龍は言った、ガヴ・ヴィディアには狙いがある。しかし、その狙いは強欲龍にもわからない。

 故に乗るしか無い、と。

 

 ()()()()()()()()

 

“――敗因も知らぬことだろう。理由、当方はこの力を使用したことはない”

 

 奴の狙いは、()()()()()()()()で僕たちを嵌めること。

 それは、そう。

 

“――――概念起源、か”

 

“正解だと答えよう、愚昧”

 

 強欲龍の言葉が、全てだ。この事態を引き起こしたのはガヴ・ヴィディアの概念起源である。

 

“『鎮・魂(レクイエム・レイトショー)』”

 

 勝ち誇ったようにガヴ・ヴィディアがその名を口にする。見下ろす目は侮蔑と愉悦と優越に浸っている。浸かりきっている、とも言えた。

 

“それは心を檻とする己自身の枷。迷いあるモノを()()()()()力。迷いさえあれば、すべての人間が檻へと変化する!”

 

 ――鎮魂。やつがそういったこの能力は、簡単に言えば()()()()()()()()()を強制的に閉じ込める能力だ。その条件とは、奴の言う通り、()()()()()()()()()()()()()である。

 

 迷いのない存在など、この世界にそういるものではない。

 この概念起源が凶悪なのはその使用条件と、そして()()()()()()()()()()()()ことだ。そもそも、檻へと変えるという言葉通り、そもそも()などというものは存在しないのだ。

 

 ゲームでは――本来の歴史では使われなかったそれが、この一瞬のために使われたのだ。

 

“紫電に迷いの可能性。故、その迷いを利用するとした。紫電が転移に己を巻き込むことは読めていた”

 

 朗々と語る。

 この戦闘は、師匠の作戦はすべてガヴ・ヴィディアの予想通り。手のひらの上だった。だからこそ、両取りを狙ったというわけだ。

 

“俺の懐中時計を奪って転移したタイミングで使えば、()()()()も、()()()()()も同時に邪魔できる、っつうわけかよ”

 

“肯定”

 

 ――そして、それは成就した。ガヴ・ヴィディアの策は成ったのだ。

 

“迷い。愚か。紫電は誠に愚かである。悠長極まりない。決戦に悩みなど、迷惑きわまりない!”

 

「…………」

 

“強欲は女々しい。あのようなものに執着するなど、強者の行動ではない。強欲は小物である!”

 

“――てめぇ”

 

 儀式はゆっくりと終わっていく。

 生贄のない儀式に意味などなく。

 懐中時計を失ってしまえば、強欲龍は概念化の道を絶たれる。

 

“敗因に奪われるのは認める。それはただの俺の負け。だが、てめぇがかすめ取るのは、強奪じゃねぇ。欲も、執念もありはしねぇ”

 

 その口から、熱が漏れる。

 それは、つまるところ――

 

 

“ぽっと出野郎が! しゃしゃり出てんじゃねぇぞ!!”

 

 

 ――ガヴ・ヴィディアに対して熱線が放たれたのだ。

 

 

“『心・閃(マインド・アウト)』”

 

 

 一閃。

 

 それは、奴の身につける羽衣に切り裂かれた。

 

“笑止”

 

 それはつまり、

 

“額縁の破壊は、危険。()()()()()()当方には敗北の危険。しかし、同時に()()()()()()()()()()()。死地へ身を投げ出す行為”

 

 あのギミックは、ガヴ・ヴィディアへのダメージを防ぐと同時に、ガヴ・ヴィディアにとっての枷でもあった。これまで、ガヴ・ヴィディアは攻撃のための概念技を一つとして使っていない。

 先程までは()()()()()()のだ。コト、攻撃に至っては。

 

 ああ、たしかにフィーはガヴ・ヴィディアを概念崩壊に追い込んだ。()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()なら。

 

 師匠が消え、残る戦力は僕と、強欲龍、リリスにフィー。

 ガヴ・ヴィディアはそれに勝利するつもりなのだ。いや、勝利できなくとも、()()()()()()()()()()()()、次の四天が必ず勝利する。

 

 結局、四天とはマーキナーの手足であるからして、()()()()()のだ、最終的に。

 

 ああ、だから。

 

 

 僕たちは、ガヴ・ヴィディアに嵌められたのだ。

 

 

 もちろん、

 

 

 ()()()()()()()だけど。

 

 

「――――よくやった強欲龍! ()()()()()()の時間を稼いでくれて助かったよ!」

 

「珍しく、アンタに感謝してやるわよ! グリードリヒ!」

 

 僕たちは。

 

“――――?”

 

 ()()()()()()()()()()()んだ。

 

“笑止、熱線ごときで当方は撃破能わず。故に、等しく塵、に――”

 

 ガヴ・ヴィディアは、一瞬理解が遅れた。

 

 僕たちが狙っているのはガヴ・ヴィディアではなく、

 

 師匠がいた場所だということへの理解が。

 

“――――貴様!?”

 

「理解が遅いんだよ! 僕がその力を知らないと思ったか? 確かにゲームじゃ使われなかったけどな、()()()()()()()()()()!!」

 

“――何を、言っている!”

 

 そう、僕はガヴ・ヴィディアの概念起源の存在を知っていた。知らないわけがないのだ。僕はドメインシリーズの資料集も買い漁って、ゲームでは使われなかった奴の能力についても知っている。

 使われなかったというか、使えなかった、なのだけど。

 

 ガヴ・ヴィディアの能力は、その場に迷いのある人間が一人でもいなければ使えないからな。

 

 そして、その特性もよく理解している。

 

「待ってなさいよ、ルエ。アンタの迷いは、間違いなんかじゃない! “嫉妬ト色欲(フォーリング・エクスリア・カノン)”!!」

 

 叩きつけられた熱線によって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()

 それは、小さい。けど、

 よく見れば、檻の上方は、()()()()()()()()()()()。それが、この檻の特性。効果の発現に時間がかかるのだ。

 

 だが、その檻をみせずに姿を消すことで、ガヴ・ヴィディアはその効果を隠したのである。檻が完成するまでの時間稼ぎが奴の狙いだった。

 

「ありがとう、フィー!」

 

「……行ってきなさい、これはアンタにしかできないことよ!」

 

「がんばってなの!」

 

 僕が、即座に飛び出す。師匠の檻へは、ほんの数歩。あっという間に手が届く。しかし、それをガヴ・ヴィディアが見逃すはずもなく――

 

“や、めろおおおおおお! そこに入れば、この空間全てに不具合が!”

 

 だれが――止めるかよ。

 

“――()()()()ァ!”

 

 そして、そこに。

 

 背を押すやつがいた。

 

“強欲龍!?”

 

“――行けぇ、敗因! てめぇに託すのは業腹だが、もうてめぇしかいねぇ! ()()()()()()!”

 

「――ああ!」

 

 視線を、交わしたんだ。

 師匠は僕に、自分の悩みを打ち明けてはくれなかった。悩んだまま、ここに来た。それは結果としてガヴ・ヴィディアの狙い通りだったけれど、僕らはそれを問題だとは思わなかった。

 

 答えは、言うまでもない。

 

 転移の一瞬。師匠が消える時、師匠の目は雄弁に語っていた。

 

 ただ一言、そう。

 

 

 ()()()()と。

 

 

 ――――なら、

 

「それに応えないわけには、いかないですよね、師匠」

 

 この檻は、師匠の心。

 あの鏡の世界と同じだと。

 

 そう思いながら、

 

 

 それでも、僕は飛び込んだ。



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130.わがままを許したい。

 紫電のルエは、一人で抱えがちな性分で、一度抱えると、沈んで沈んで、沈んだままなかなか帰ってこないタイプだ。めんどくさいということなかれ、コレがなかなかどうして、()()()()()()()()それを感じさせない程度には、師匠は取り繕えるタイプでもある。

 逆に、ある程度踏み込んだ人間は、師匠に対して声をかけられず、師匠と自分の間にある壁に悩むという。

 

 ラインは師匠と共に国を造ったとき、国ができたときに師匠のポストは用意しなかった。する必要がないとわかっていたからだ。

 

 アルケは師匠と共に街を造ったとき、最初から下の人間をまとめるのは自分だと思っていた。師匠は一人にさせたほうがスムーズに動けることを知っていたからだ。

 

 師匠は誰にでも優しいし、なんならあって数日の相手のために生命を散らすことだってできるだろうけれど。逆に師匠を変えられるのは、本当に一握りの存在だけである。

 

 トライデント・ドメインに、紫電の概念を持つ少女がいた。彼女は幽霊に成って、数百年を孤独に過ごし続けた師匠にとって、はじめての希望だった。

 精神がすり減り続けて、自分が誰かすらもあやふやになり始めていた師匠にとって、会話というのは自分を取り戻すには十分な行為だったと言えるだろう。

 

 そんな紫電の少女は、元の歴史では師匠を変えて、救うことの出来た唯一の存在だ。敗因――つまりゲームプレイヤーであるところの僕は、師匠のことを変えるには至らなかった。

 ()()()()()()()()()()()()。それがゲームにおける僕の役割であり、ゲームの敗因は、師匠にとっての特別ではなかったと思う。

 

 ――師匠を救う切っ掛けは、大陸最強と呼ばれ、強く、そして何より聡かった師匠の想定を越えること。僕であれば、強欲龍の討伐。

 紫電の少女であれば――彼女の場合は、一つではない。ゲームの中で、何度も少女とその仲間たちは解決が不可能とも思える事件を解決し、師匠の想定を越えてきた。

 

 なぜ、それができたのか。世界に余裕があったから、師匠の時代とは、生きる人々の姿勢が違う。だから師匠の時代には()()がなく。その時代には()()が許された。

 

 つまり――

 

 

 師匠を変えたのは、()()()()()()()()()()()()だったのだ。

 

 

 ◆

 

 

「――なぁ、君は自分の勝利を疑っていないのかい?」

 

「もちろんです」

 

「その勝利は、未来につながると信じているのかい?」

 

「当然でしょう」

 

 暗い。

 

「そもそも、戦うことが正しいと思っているのかい?」

 

「僕はそうしたいと思いました」

 

「それを誰かが望んでいると思っているのかい?」

 

()()()()()()()()()()()

 

 暗い、昏い、クライ。

 ――恐怖に泣き出してしまいそうなほどに、なにもない闇に染まった空間で。

 

「この世界に希望はない。この世界に未来はない。魔物と呼ばれる災厄に、人はどうする術もない。――希望があった。しかしその希望も、世界を救うには至らなかった」

 

「――概念使い」

 

「そう。魔物と大罪龍という、抵抗しようのない宿痾に人が襲われた時、手にとったのは、世界でもっとも原初的な武器だった。概念は、世界の始まりなんだろう?」

 

「僕らの世界では、人類がはじめて手にとった叡智は、火、だと言われています」

 

「はは、ロマンチックだなぁ」

 

 概念とは、灯火だ。

 概念武器はその形に関わらず、色のついた光が形を作る。師匠の場合は紫色。僕の場合は灰色だ。

 

「こんな小さな篝火で、人は一体なにができるんだい?」

 

 手にした紫電の概念武器を、師匠は僕に示してみせる。――小さい、とは言うまい。槍としては大きく、全長は師匠の体格を上回る。

 決して小さいということはない。

 

 だが、世界すべてを守るには、あまりにも足りない。

 足りない、()()()()()

 

「けれど、気がつけば君は――傲慢龍を倒していた。私の目の前で、私の隣で、それを成し遂げたんだ」

 

「はい」

 

「――素直にすごいと思う。けどね、一つだけ」

 

 ――概念武器が、闇へと消える。

 ここに、僕と師匠は確かにいて。

 

 しかし、

 

 その姿はどこにも見えなくなってしまった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 師匠は、僕の背後に現れた。視線は向けない、ただその言葉を受け止める。

 

「傲慢龍を撃退するのは、いい。それは世界の誰もが望む行為だろう、とても素晴らしいと思う。けどね、()()()()()()()()()()()()は果たしてあったか?」

 

 それは、つまり。

 

「マーキナー……ですか?」

 

「そうだ。対決する意味は果たしてあるのか? 人類が成長するのを待つのではダメなのか?」

 

「それは――」

 

 僕が、答えようとする。

 

 しかし、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう」

 

 

 ――停止した。

 

 色欲龍の問い。影欲龍を巡ってのこと。

 ()()()()()()()()()と彼女は言った。実際それはその通り、影欲龍が器を壊すことがなかったら、憤怒龍が自身の遺跡を壊してしまわなかったら。

 

 僕たちは、こうする必要なんてなかったのだ。

 

 それは、そう。

 色欲龍がそうだったように――

 

 ――人類は、果たして僕の行動を望んでいるのか? そんな疑問へと、行き着くのだ。

 

「確かにそれは、いつかは必要なことだろう。人類が生まれ、それを敵として盤上の主がゲームを初めた時から、いずれ定められた運命だ」

 

「そうです。ですから僕は――」

 

「――誰が、そんなことをしてくれと願った。負ければ自分のすべてを奪われるような戦いに、無謀な賭けに誰が生命をベットした!」

 

 ――叫ぶ。師匠の姿は、僕の横にある。

 

「君だろう! 君が自分のワガママで、自分の独善でそれを選んだんだ! もしそれを世界中の人々が知ったとして、果たして君を受け入れると想うのか!?」

 

「……ありえないでしょうね。あまりにも身勝手で、押し付けがましい行為です」

 

「それがわかっているなら、なぜ君は戦うことを選ぶ!」

 

 そして、最後には目の前に。

 

「――これは世界の命運がかかった戦いだ。一人の個人のワガママで、それを変えていいはずがない」

 

「……」

 

「今回、私が自分で考えて、動いて、やってみて。――結果がこのざまだ。なぁ、わかるかい? 普通個人のわがままなんてものは、()()()()()()()ものなんだよ」

 

 ――そうだ、これは。

 そもそも、強欲龍の一件は師匠のワガママで始まったことだ。正面から奪い取りたい、勝ち取って取り戻したい。強欲龍は悪のままでいてほしい。

 

 ()()()()()()()()()()、僕たちにそれを優先する理由がないのだ。

 

「君たちが受け入れてくれて、挑戦する機会を得て、失敗した。結局こうして君を頼ることになった。ダメなんだよ、世界のために、誰かのために、()()()()()()()なんてものは!」

 

 そして師匠は、

 

 

「絶対に持っちゃ、いけなかったんだ!」

 

 

 ――どうしようもなく、歪みきった本音をさらけ出した。

 

「此処から先、君の戦いもそれと同じだ。コレまでがうまくいったからって、これからもうまくいくとは限らない。何より、相手は全知全能、すべての可能性を操る存在だ」

 

「……」

 

「わかるだろう!? 私のように、迷惑をかけてまでわがままを通して失敗したら、今度は世界が終わるんだ! そんなもの、誰が認めてくれるんだよ!」

 

 ――それは、果たして。

 

 間違っていると、一体誰が言えるだろうか。

 

「しかも君は、それに答えを出せていない! 色欲龍になんと答えた? 個人の意思に委ねる? 結局誰かに世界の責任を投げただけじゃないか!」

 

 ――結果として、マーキナーはその選択肢を奪った。

 だが、僕は何も答えていない。ただ、選択肢を奪われたがゆえに、そうするしかなかっただけだ。

 

「ふざけるな! そんなワガママに世界を巻き込むな! 君の勝手な考えで、後戻りできないトリガーを人類に引かせるな! そんなもの――!」

 

 故に、

 

 

()()()()()()()()()()()()()!」

 

 

 ――正しかった。

 

 どうしようもなく、紛れもなく。

 

「――師匠」

 

「……なんだ?」

 

 僕は、手をのばす。なにもない闇へ。思いを馳せて、

 

「たしかにそれは、どうしようもないことだと思います。アナタの行っていることは紛れもなく正論で、僕は間違っている」

 

「そうだろう」

 

「でもですよ」

 

 僕は、()()を掴んで、一歩前に出る。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 詰め寄るように、返答を始めるのだ。

 

「確かに僕はルクスに選択を委ねました。自分の答えを口にしませんでした。――はっきりいいます、今もその答えは明確には出せていません」

 

 そうだ。

 師匠の言葉は正しいし、僕はその問いに返す答えは持ち合わせていない。間違っているのだ。僕が行動する理由は、()()()()()()()()からで、それに世界の命運を賭けるなんてこと。

 普通なら、おかしいに決まっている。

 

 だとしても、

 

「でも、()()()()()()()()()()()()()()。そのときに、僕は胸を張って答えたい。そう思っても、います」

 

「そんなもの!」

 

「だから、()()()()()んですよ。だって、マーキナーは手を止めていないのですから。僕らはそもそも、あいつに干渉を受けているから、それを断ち切らなければならないと考えているのですよ?」

 

 手をかざした。

 三本、指を立てて、師匠に示す。

 

「……なんだ?」

 

「答えはありません、ですが――三つ、言えることがあります」

 

 三つ。

 僕から、今言えることは、三つだけ。

 

「まず一つは、今行った通り、()()()()()()()()()()()()()()です、僕らに選択肢はありません」

 

「だからといって、もっと方法があったんじゃないのか。頼れる存在が――」

 

 ――ああ、なんというか。

 ()()()()()()()()()()な。

 

 師匠の言葉には、たしかに真実はあった。というよりも、嘘はなかった。間違いなく一つは師匠の本音で。もう一つは絶対的な正論だろう。

 

 けどな、

 

「――二つ。()()()()()()()()()()()()

 

「――――」

 

 ありえないだろ、師匠が誰かを頼るなんて。

 それこそ、僕らという仲間でもなければ、師匠は誰かを頼ることはしない。信用はしても、信頼はしない。それが師匠という人だ。

 

 手を掲げる。闇に向かって、天に向かって。

 

 ――ここは師匠の世界。

 師匠の心が反映されて、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ああ、だから。

 

「なぁ、()()()()()()()()

 

 これくらいの干渉は、容易に決まってるよな?

 

「――なぜ」

 

 機械的な、声だった。

 

 師匠のものとは思えない、感情の伴わない声だった。

 

「――――三つ」

 

 僕が掲げた手には、剣。

 

 高く高く、それはどこまでもそびえ立ち。

 

 ガヴ・ヴィディアへと変質し始めた師匠であった師匠ではないものを。

 

 

「他の誰かならばともかく。僕の仲間が、師匠が今更それを、口にするものかよ!」

 

 

 ――一刀両断、切り裂くのだった。



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131.君となら、どこへでも行ける。

 ――ガヴ・ヴィディアの檻を叩き切って、後に残るのは、僕と師匠だけ。二人は見知った場所へと放り出されて、周りにはリリスも、フィーの姿はない。

 強欲龍だって、ガヴ・ヴィディアだって、ここにはいないのだ。

 

 僕たちは二人だけで、

 

 ――師匠の山の、あの腰掛けに座っていた。

 

「……どういう奇跡だろうな?」

 

「別に、奇跡ではないですよ。――あの檻が壊れた時、あの場にいた存在は全員どこかへ飛ばされましたが。百夜の転移の影響下に、僕らはありました」

 

「だから、縁のある場所へ飛ばされたってことか」

 

 師匠の言葉に頷いて、二人で空を見る。

 

 夜空には、星が散りばめられていた。現実のそれとは並びが違う。そもそもこの世界の星々は、それらが概念として存在するだけのものだ。

 太陽も、太陽という概念によって存在し、月にも概念が存在する。

 

 そんな世界で、僕らは概念に包まれて、

 

「――キレイだな」

 

「ええ、とても」

 

 ただ、見入っていた。

 

 ――強欲龍たちのことはいいのか、と思うだろうが、しかし今の所、問題は無いと言える。フィーやリリスだって、これまで何度も窮地を切り抜けてきた手練。そうそうやられることはないし、何より――

 僕は、自分の手に収まったそれを見た。

 

「……取り戻したんだな」

 

「ええ」

 

 

 ――そこには、師匠の懐中時計が収まっていた。

 

 

「でも、どうやって?」

 

「あの場所は師匠の心が形を為したもの。ちょっと変な言い方をするとあれは師匠そのものなんです。当然、師匠と一緒に転移した懐中時計は檻の中に収まりますから――」

 

 ――中で手を伸ばせば、僕はそれを掴むことができるのだ。

 

「……そっか」

 

「そうですね」

 

 二人でそうやって納得して、僕たちはまた黙る。ぽつり、ぽつりと、会話は続かない。師匠はそれを成し遂げたのに。ここには師匠が求めた形見があるのに。

 僕たちは、ただただ言葉を連ねた。

 

 話題は、やがて益体もないものへと移っていき、僕らの視線は、空を向いたままだった。

 

「結局――さ」

 

 それが終わって、こちらを向いた師匠は、

 

「――あの檻の中でガヴ・ヴィディアが口にした言葉には、私の本音も含まれてるんだ」

 

「ええ、知ってます」

 

 師匠は言った。

 

 自分のわがままなど、持ってはいけなかった。

 

 それで周りに迷惑をかけて、失敗して、師匠の作戦は成就しなかった。ケリをつけたのは僕で、奪い取ったのも僕だ。

 だから師匠の言葉には、嘘はなかった。あったのは本音と、正論だ。

 

「今更、君の無茶をどうこう言うつもりはないさ。君がマーキナーと戦うというのなら、私はそれに付き合うよ。たとえそれが敗北に終わったとしても、()()()()()()()()()()()から」

 

「師匠……」

 

「まぁ、答えを出せないのはどうかと思うけどね」

 

 といって、僕を小突いて師匠は笑った。空元気だ。無理に作った笑みは、引きつっていて、とても見ていられるものではない。

 ただ、僕はそれを変えようとは思えなかった。師匠のこれは、生来のものだ。

 

 ここまでくると、筋金入りなのだ。

 

「いいじゃないですか、失敗したら誰かを頼って、失敗してでも成し遂げればいい。生命あっての物種です。最後に勝てばいいんですよ」

 

「……本当なら、そうなんだけどね。()()()()()んだ。私の周りには、失敗ですべてを失う人と、一度も失敗せずに走り抜ける人しかいなかった」

 

 ――師匠の目の前で失われた生命。

 師匠とともに何かを成し遂げてきた人達。当然僕も含まれるだろう。というか、僕はその究極系だ。でも、僕にだって失敗がなかったわけじゃない。

 偶然が味方したことなど、数え切れないくらいある。

 

 それに――

 

「一度成功したからと言って、その成功が永遠に続くとも限りません。本来の歴史におけるライン公の結末は師匠も知っているでしょう」

 

「そうだけどさ。……君から何度も、聞いてきたけどさ」

 

 でも、違うのだと師匠は言う。

 

「一度でも成し遂げたことは、永遠に残る。たとえその結末が悲劇に満ちていたとしても、それは間違いなく偉業なんだよ。なあ、君の目から見て、紫電のルエにそんな輝かしい偉業は存在したかい?」

 

「師匠だけでやり遂げたこと――敗因を生き延びさせたこと。そして、紫電の少女を導いたことです」

 

「…………」

 

「特に、後者はすごかったですよ。よくあれを導いたなんていいはれますよね」

 

「君は私の味方か敵かどっちなんだよ!」

 

 ――いや、擁護するつもりだったのだけど。師匠はあの紫電の少女を自分の復讐に巻き込んだようなものだよな、と思い返すと少し言葉が歪んでしまった。

 

 ああ、そうだ。

 

 復讐。

 

「――師匠の迷いの中に、強欲龍への復讐というのは、含まれていたんですか?」

 

「急になんだよ? まぁ、含まれていないといえば嘘になるが」

 

 師匠は少し額に手を当てて、難しそうに考えながら答える。それだけ、複雑ということだろう。

 

「一応、自分の手で一度は止めを指しているわけだしね。ケジメはつけている。だから君がどうしてもあいつと共闘するというのなら、私はそれを飲み込むよ」

 

「共闘はしませんよ、同じ敵をそれぞれ同時に殴ることはあっても」

 

「だろうね。で、そう考えると……そもそも、一度仇を討った相手が蘇るなんてことがそもそもイレギュラーすぎて、どう反応すればいいかわからない」

 

 ですよね、とうなずく。

 複雑、と言ってもそもそもどう反応すればいいのかも、師匠は解っていないのだ。だからこそ、僕はその上で答える。

 

「だったら、()()()()()()でいいんじゃないですか?」

 

「そんな適当な」

 

「適当じゃないですよ。――取り戻さなきゃいけない形見があったんでしょう?」

 

 ――僕の言葉に、師匠は停止した。

 否定できない。僕の手には形見の懐中時計が握られていて、それを取り戻すために師匠は動いたのだ。それを復讐だと呼ばずなんという?

 ――未練でなければ、何だというのだ?

 

「…………そう、かもしれないけどさ。正直なところ、今でもわからないんだよ」

 

「何がですか?」

 

「自分の中で、その懐中時計をどう思えばいいのか、ってさ」

 

 父の形見。父にとっては絶対に手放したくなかった大切なもの。()()()()()()()()()()()()()()()手放さなくてはならなかったもの。

 

「無念だったろうと、思う。奪われて、本当に悔しかったろうと思う。父は寡黙だけど、感情表現はしっかりする人だったから」

 

「……」

 

「――でも、私にはそれ以上の思い出がないんだ。父の大切なものは、父の大切なものに過ぎず――取り返す必要はあった。そして取り返した」

 

 けれど、と自分の胸に手を当てて、師匠はこちらを見た。

 

 その顔は、

 

 

「――――それで、私のするべきことは、終わってしまったんだ」

 

 

 どこも、見てはいなかった。

 

 ああ、師匠はつまり、珍しく勇気を出してやった自分のわがままがミスで終わって、その原動力だった復讐も終わってしまって、

 

「――どうすればいいか、わからない。と」

 

 僕の言葉に、答える師匠は。

 

「…………うん」

 

 いつもの、師匠という殻すら纏えない、二十と生きていない、小さな小さな、一人の少女だった。

 

 ああ、なんていうか。

 僕の喉から、それは思わず飛び出していた。

 

 

「――――極端だなぁ、ルエは」

 

 

 師匠、なんて言葉は使わずに。

 敬語で呼びかけることもなく。

 

 僕は、思わず吹き出してしまっていた。

 

「なんだよ!? 君が背中を押したんじゃないか!」

 

「それはそれ、これはこれ。そうやって悩むルエは、随分子供っぽいと思うよ」

 

「……君に言われたくない!」

 

 むくっと頬を膨らませて、少女は叫ぶ。それすらも、幼さがにじみ出ていて、らしくないといえばらしくないけども。

 師匠という()()()を全部取り払ってしまって。

 

 どうすればいいのかもわからなくなってしまった師匠は、

 

 ルエという少女の感性は、このくらいで止まってしまっているのではなかろうか。

 

「これも言う必要はなかったから言ってなかったけど、実は僕、ルエより年上なんだ」

 

「嘘だろ!?」

 

「まぁ、若く見えるってよく言われるけどね」

 

 なんて、思い切り笑って、言葉を交わして。

 ――気がつけば、師匠は随分と幼くは思えるけれど、普段と同じように僕と話をしていた。ちょっと調子が戻ってきたと見て、僕は切り込む。

 

「――やることがないなら、これから見つけていけばいいと思う。ルエは女の子なんだから、好きっていう感情に従ってみるのも肝要だ」

 

「それをすると、私は君をフィーから奪い取らなきゃいけなくなるんだが」

 

「失敗を畏れたら何も出来ませんよ」

 

「今、私がフィーに負けると言ったか!?」

 

 すでに負けてますけど。

 なんて、冗談めかして言う。いや、こういうのを僕が言うのもどうかと思うけど、僕らはこれでずっと関係を構築してきているので、お互いにコンセンサスが取れていれば、こういう会話だってただのコミュニケーションだ。

 

「君はなー! そうやってなー! 恋人持ちの余裕みたいな目で私を見てくるのがなー!」

 

「すいませんって。あ、いた、いたた、ポカポカしないでください。子供じゃないんですから!」

 

「子供扱いするのはどっちだー!」

 

 まぁ、痛い目は見るわけだけど。

 それが、楽しくないわけじゃない。

 

「……つまるところ君は、やることがないのなら、これから見つければいい。自分も付き合うから、とそういいたいんだね」

 

「ええ」

 

 やがて、落ち着いて。僕の言葉を噛み砕いた師匠は、ようやく納得したようだ。そこに至るまでに、随分脱線したけれど、でも、その脱線が大事だと思うから。

 自分には()()()()()と人は思っても、()()()()()()()()人なんていない。

 

 あるのだ、それまで自分を形作ってきたものが。全て行き詰まってしまったと、終点にたどり着いてしまったと思う人でも、振り返ってみれば、分岐点はいくらでも。

 

「さしあたっては、僕のお願いを聞いてはくれないかな」

 

「なんだい?」

 

 ――気がつけば、地平線の向こうには陽光が見えた。太陽という概念が、日の出という概念によって現出する。幻想的なその一筋の光は、僕らの顔を、照らしていた。

 

 

「機械仕掛けの概念を倒したい。そのために、君の力を貸してほしい」

 

 

 僕は手を伸ばした。

 その手には、懐中時計が載せられている。師匠の手を伸ばすように差し出されたそれを、師匠は一瞬ぽかんと眺めた。

 

 やがて、その顔は、穏やかなものへ、優しげな笑みへと変化していく。

 

「――私で良ければ、喜んで」

 

 ああまるで、プロポーズのようだな、と。自分の言葉を苦笑するように思い返しながら、それでも僕は続ける。

 

「それから――」

 

 僕の手を取った師匠は、どうしたのかとこちらを見る。視線は不思議と重なって。僕も笑みが溢れるのを感じたのだ。

 

 

「これからも、僕の師匠でいてください」

 

 

 ――言わなければならないことではあったけど。

 

 これはもう、本当にプロポーズだな、と。

 

 顔を真赤にして、僕の手を強く握る師匠をみて、思うのだ。

 

「わ、私は! 君の師匠だ! 紫電のルエだ! そ、それで! だな!」

 

「……はい」

 

 思わず、僕まで少し気恥ずかしくなってしまう。

 

「それで! ……だ。それで、自分では、どうしようもなく行動を起こす勇気を持てなくて、しかもいざ起こしたら失敗で終わる間の悪い人間だ」

 

「…………はい」

 

「でも、君がそばにいてくれた」

 

 陽の光が、僕らの視界と重なって。思わず二人揃って手で覆う。可笑しくなって、笑いあいながら、師匠は上がりきった太陽に、自慢するように言ってのけるのだ。

 

 

「だから私は、きっと君となら、どこへでも行ける」

 

 

 つないだ手は離さない。

 

 心はすでにつながっている。

 

 師匠は僕の、ただ一人の師匠なのだ。

 

 だから、

 

「――行こう」

 

「行きましょう――」

 

 

 僕たちは、足を踏み出す。

 

 

「皆が待ってる、あの場所へ」

 

「それから強欲龍(あいつ)が待ち受ける、あの場所へ」

 

 翼は連理。

 心は比翼。

 

 勇気は、つないだ手から、とどまることなく溢れ出していた。



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132.未来という名の鍵をかざして

 ――迷い、戸惑い、故に彷徨い、たどり着いた先で、少女は彼に出会った。

 

 彼はどこまでも傲慢で、強欲で、だけれども誰かのために戦える人だった。自分にはないものを持っていて、少女はそれを強烈に見せつけられて。

 

 惹かれていたのは、最初からだった。

 

 心を寄せたのは、あの時からだった。

 

 絶望の中で、最後の最後にすべてをひっくり返してみせた彼は、今。

 

 ――少女と手を重ね合わせ。

 あの時打倒した、しかし自分たちに追いついてきた大罪に、相対していた。

 

 

 ◆

 

 

「――またせたな、強欲龍」

 

“待ってたぜ、敗因、紫電”

 

 見下ろして、強欲にも双方の名を呼んだのは、大罪龍、グリードリヒ。

 見上げて相対するは、彼を討伐するべく、因縁の地に駆けつけた概念使い、敗因と紫電。

 

 あの時と、同じ光景だった。

 

 今は、夜明け。太陽に照らされた三者三様は、しかし。

 

 あの時とは違って、全員が笑みを浮かべていた。

 

“――敗因、てめぇはすでに気付いてるんだろ?”

 

「ああ、おかげで助かったからな」

 

 三人――僕たちと強欲龍。先程ガヴ・ヴィディアの異空間で相対した時と、違いは一見ない。しかし、実際には師匠の首には懐中時計が下げられて、そして強欲龍には()()が宿っていた。

 ただし、後者に関しては、そもそも――あの戦闘前から、そうなっていたのだ。

 

 使用しなかっただけで。

 

「調子はどうだ、強欲龍。懐中時計を奪われた調子は」

 

“バカを言うなよ、奪われたのならまた奪い返せばいい、次に奪い返せば、その懐中時計は弱者にも、強者にもつながる縁になる”

 

 師匠の挑発を、強欲龍は心底嬉しそうに返した。奪われたことなど、彼にとっては瑣末事。言葉通り、また奪い返せばいい。

 なにより――

 

“――その懐中時計は今、俺が世界でもっとも欲するものだ”

 

 ――奴の強欲に終わりはない。

 

「だろうな。でも、もう返さない、二度とこれは手放さない」

 

“何をそこまで、それにこだわる。――てめぇの親なんざ、てめぇの人生にとってどれだけの時間を残した? それはてめぇの親にとって価値のあるものだとしても――”

 

「――――あるさ」

 

 掲げる。

 師匠は胸元の懐中時計を掲げて、愛おしそうに笑みを浮かべる。

 幸せそうに、慈しむように、少女は母のようにそれを愛した。

 

 ああ、

 

 眩しい、と陽の光に照らされる師匠を見て、僕は思った。

 

「思い出があった」

 

 ――尊敬すべき父との思い出が。

 

「後悔があった」

 

 ――何も出来なかった人生の後悔が。

 

「奇縁があった」

 

 ――師匠はここで、僕と出会った。

 

「復讐があった」

 

 そして僕と――強欲龍を討伐した。

 

「どれも、どれも。私の大切な過去なんだ。この懐中時計だけがそうじゃない。私を構成するすべてが、私の中にあるものが、私を作ってくれるんだ」

 

 やがて、掲げた懐中時計を胸に抱える。僕も、そして強欲龍も、どこかそれに聞き入る様子で、耳を傾けた。

 

「――それが、私は嫌だった。私は私のことが嫌いだったんだ」

 

 まぁ、そうだろうなと。

 頷いて、

 

「でも、変化があった。君が横にいてくれるから。君が肯定してくれたから。私は私を好きになれた」

 

 僕の方を向いた師匠は――今まで僕が一度も見たことのない顔をしていた。

 笑みとも、幸福とも、慈しみとも、親愛とも、似ているようで似つかわしくない。少女と女性の間にあるような、不確かで、けれどもこの一瞬にしか浮かべることの出来ない笑み。

 

 だから、と、

 

 師匠はそんな笑みで。

 

 

「だから今の私は、私に関わる大切が、大好きなんだ!」

 

 

 ――やがて、師匠の手には紫電が収まっていた。

 僕が、強欲龍がそれを見る。

 

 紫電の槍に大きな変化はない。もとより、概念武器に大きな外観の変化は存在しない。ただ、師匠の身体からも、紫電はあふれるように広がっていた。

 

“――翼?”

 

「ああ、使う機会がないから、知らないだろうけど」

 

 師匠は、広がった翼に手をやって。

 

 

()()()()さ。私のV・V(ヴァイオレント・ヴォルテックス)には、こういう使い方もある」

 

 

“……なるほど”

 

 先の戦いで、師匠の概念起源は使用回数がゼロになったはずで、しかし強欲龍は驚きもなくそれを受け入れた。当然僕も。

 ――これこそが、時の鍵。強欲龍の星衣物の効果だからだ。

 

「私の概念起源は、ただ膨大な量の紫電をぶつける技、というだけではない、真骨頂は紫電の操作さ。私は先程の戦闘のように、出現させた紫電を自在に操ることができるんだよ」

 

“……なるほどね、それで紫電を操って翼を作り、空を飛ぶってわけか”

 

「まぁ、地上での戦闘が多いし、移動技での空中機動もできるから、あまり意味はないんだけど、楽にはなるだろう?」

 

 たん、たんとステップを踏んで、最後に師匠が浮かび上がる。結果、強欲龍との間に、両者の目線が逆転した。

 

“ハッ――――”

 

 対して、強欲は。

 

 

“――――最ッ高じゃねぇか!”

 

 

 獰猛に、笑った。

 

“今、俺がこの世で最も奪いたいものが、()()()()()()()()()()()()()ものに変化した!”

 

「……来ますよ、師匠」

 

「解っているとも」

 

“やろうぜ、紫電! 敗因! てめぇらの最高を! てめぇらの魂を俺にみせてみろ!”

 

 対する強欲龍は、そして。

 

“オレの名はぁ! 大罪の一柱、強欲龍! そしてェ!”

 

 ――その手に、自身の姿を覆い隠すほどの巨大な()()()を生み出した。

 

 

“『勝利』のグリードリヒ!! 最強へと至り、最高を奪う概念使いだァ!!”

 

 

 かくして、ここに。

 

「決着だ、グリードリヒ! お前の勝利は、僕の敗因に敗北する! ここがお前の、敗因だ!」

 

「私の思い! 私のすべて! この一戦に賭ける! 全部全部、持っていけ!」

 

 僕らもまた、

 

 

「“◇・◇(スクエア・スクランブル)”!!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()、激突した。

 

 

 ◆

 

 

 ――あの時、強欲龍はすでに概念使いになっていた。

 方法は、これまた設定資料集より。概念化の儀式に必要な血は、色欲か嫉妬のものだ。でもって、思い返して見てもらいたいが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。

 ()()()()()()()()()()()()()()なのだ。向こうはそれを知っているとは思わないだろうし、こちらの勘違いを利用するために、そのままあそこで儀式を開始したが。

 

 これに関しては、正直なところ想定できることだった。なんてったって、強欲龍が概念化したところで、その強さは四天とそこまで絶望的な差はない。

 もちろん、実際のところは強欲龍の方が強いだろう。あの四天がそれを許したのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()とガヴ・ヴィディアが判断したからだ。

 

 実際、強欲龍は僕らとは協力態勢にない第三勢力で、基本的に僕らとは敵対している。

 

 問題はその上。()()()()()()()()()()を許すわけには行かない。だからこそ、ガヴ・ヴィディアは概念化を交渉材料に、強欲龍をあの場に引き出したのだろう。

 交渉の怪しさはさておいて、()()()()()()()()()があったとしたら、強欲龍はそれを無視できないのだから。

 

 結果、すでにあの懐中時計は()()()()()()()だった。そして、他の何かならばともかく、懐中時計に関しては、()()()()()()()()()()()()。どころか、生贄にした結果、ある機能が付与される。

 

 では、その機能を付与させないほうが、ガヴ・ヴィディアにとっては優先されるのではないか、とも思うが、ぶっちゃけ付与される機能は()()()なので、ヤツにとってはそもそも懐中時計の存在自体が問題なのであった。

 

 付与されるおまけの機能、それこそが、先程師匠が概念起源を使用した絡繰。

 

 使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()というものだ。つまり、先程の戦闘で使用回数が切れた師匠のVV。

 僕のスクエアは、そもそもあれは使用できない概念起源を無理やり変換して使用しているので、この機能で問題なく使用できる。

 

 他には――

 

「“R・R(レイン・リインカーネーション)”!」

 

 リリスの概念起源。

 この世に存在するあらゆる概念起源の中でも、とびきり強力な強化のそれを、惜しげもなく使用して、僕らは戦闘を開始した。

 

 迫る拳。スクエアを起動したにも関わらず、概念化した強欲龍はそれを素のスピードで上回ってくる。僕はそれをなんとか往なしながら、懐に潜り込む。

 スロウ・スラッシュを含ませて剣を振るうと、僕の身体を通り抜けた拳圧が吹き飛ばそうとしてくる。無敵時間で躱しているし、ノックバック無効もあるので問題はないが、これが素の状態であれば、僕は大きく吹き飛ばされて――()()()()することだろう。

 

 恐ろしいのがこのノックバックだ。吹き飛ばされる、ただそれだけで凄まじい威力なのである。言ってしまえば、そういう効果の追加ダメージが存在するといったところか。

 

 なんとか速度デバフを入れつつ、切り結ぶ。一対一では、明らかに僕は押されていた。そもそもからして、スクエアの基礎スペックはギリギリ傲慢龍に及ぶかどうかといったところなのだから、それを上回る今の強欲龍には、勝負にすらならない速度なのだが。

 

「――こちらを無視するなよ! “C・C(カントリー・クロスオーバー)”!」

 

 師匠が切り込む。自身に対して好意的な存在の数だけ効果を増すラインの概念起源。今回は意図的に、その数を絞っている。大きすぎると、取り回しが難しいのだ。

 とはいえ、威力は変わらない。

 

“チッ――『W・W(ウイニング・ワイルド)』!”

 

 強欲龍が、大剣をそれに横からぶつける。うまく剣は強欲龍からそれ、外れる。とはいえ、無理にずらしたのは強欲龍の方だ。

 

「“A・A(アストライアー・アセンション)”!」

 

 直後、師匠の足元に光弾が出現し、上方へ向けて無数に射出される。強欲龍の胴体を狙って。いくつかは剣で弾かれるものの、またいくつかは強欲龍の身体をえぐる。

 

“ぬ、おおおおっ!”

 

「僕も忘れるなよ! “S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 追撃。強欲龍に間断なく攻撃を叩き込み、反撃の機会を与えない。スクエア込みで、その攻撃の殆どは概念起源。使用回数の切れた概念起源とはつまるところ、現在この世界には存在しない概念使いの概念起源も含まれる。

 師匠が使用しているのは、これまで歴代のドメインシリーズで登場した概念起源。フィナーレ・ドメインではこれを色欲龍が使用していた。

 

 不思議な縁だが、そもそもからして、ゲームで紫電のルエにも、その父にも、そして強欲龍にも面識があるのは、彼女しかいないからな。

 

 ともあれ、それで強欲龍を追い込むが、しかしあちらもただでは済まない。

 師匠が無数に概念起源を使用できて、僕たちが二人がかりでスクエアを起動して、()()()()()()()()()()()()()()()()のが、万全な強欲龍なのだ。

 

 今は追い詰めているものの、即座に反撃が帰ってくる。

 

“オォッ!! 『L・L(ルーズ・ロスト)』!”

 

 横薙ぎ。

 大きく振るわれたそれは、()()()()()()()()()()()()()。天地破砕のような、無差別攻撃!

 

 ――攻撃を振るった強欲龍の身体が、青白く光を帯びる。

 

“『W・W(ウイニング・ワイルド)』!”

 

 更に斬撃。大きく飛び上がった僕らに、追撃だ。これにも衝撃破が伴い、僕は吹き飛ばされ、師匠は概念起源で受け止める。

 

 ――強欲龍の体の光が、黄色に変化した。

 

 そして、変化はもう一つ。ラインの概念起源、カントリー・クロスオーバー。それが、今度は()()()()()。恐ろしいことに、強欲龍はステータスが上昇しているのだ。

 何故か。

 

 ()()()()()()である。仕組みはウリア・スペルのそれに近い。攻撃を使用するごとに、バフが乗り、攻撃が強化される。

 強欲龍の概念技の特性は、このバフがコンボであるということ。バフの効果は数秒で切れ、また何もない状態に戻る。しかし攻撃を使い続ければ、それだけバフの総量が増加し、最終的に最上位技へと至る。

 

 だから、このバフを継続させてはならないのだ。

 僕は即座に反撃に打って出る。

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 ――僕の移動技には、隠された効果がある。というか、使い所がなさすぎる追加効果が存在する。バフの消去。はっきり言って、この状況においては、メタとして機能する効果だった。

 だが、

 

“――強欲裂波ァ!”

 

 強欲龍は、大罪龍だ。変わらず熱線を使用できる。

 

「こっちも無視しないでもらおうか!」

 

 師匠が、紫電の翼をはためかせ上を取る。細やかな軌道は、移動技での曲芸では無理な話だろう。

 

 しかし、

 

“無視するわけがねェだろうがよ! 『F・F(フィナーレ・フィスト)』!”

 

 拳を振り上げた強欲龍。そこから凄まじい勢いの拳圧がとんだ。

 

「だよなぁ!」

 

 師匠は既のところで回避する。

 そのまま踏み込んで――

 

「“C・C(カントリー・クロスオーバー)”!」

 

 ――一閃。

 しかし、それは受け止められる。

 

“通るかよ、そんな素直な直線!”

 

「ああ、そうだな! ――こっちが本命だ! “V・V(ヴァイオレント・ヴォルテックス)”!!」

 

 ――師匠の翼から、振り下ろした大剣と化した槍から、紫電が溢れ出る。

 

“こいつ――! ぬ、おおお!”

 

「そのまま焼き尽くされろ!」

 

 しかし、

 

“なめる、なぁああ! 『P・P(パニッシュメント・プロテクト)』!”

 

 焼き尽くす紫電が阻まれる。効果は極大防御バフ!

 ――直後。

 その体に赤い焔が走る。強欲龍のコンボが完成したことを示していた。

 

「師匠!」

 

「――“T・T(タイム・トランスポート)”ッ!」

 

 転移技。

 百夜のそれは、アレも特殊な概念起源なのだ。本来の百夜ならば使用できない技。故に、概念起源の一種とこれもいえなくはない。

 ちなみに、なぜ使えるかと言えば、今リリスと行動をともにしている百夜が、この世界の百夜ではないからだ。

 

 ――かくして僕らは消え失せる。その直後。

 

 

“『天地・破砕(ワールド・ブロウクン)』!!”

 

 

 勝利のグリードリヒの最上位技が、周囲を吹き飛ばした。

 

 ――僕らは、空中で師匠に引っ張られながらそれを見た。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 廃墟も、地面の舗装も。何もかも。

 

 ただ、荒れ地に戻った一角で、強欲龍はこちらを見上げている。

 ()()()()()()()()()()()

 

 圧倒的な破壊と、副次効果として、()()()()()()()。それこそが最強を自称する強欲龍の最大技。これを攻略しない限り、ヤツは永遠に無傷のままで。

 

「今の、リリスのアレでも受けきれるのか?」

 

()()()()()()、アレだけは……アレだけは本当に」

 

 今、僕らはリリスの概念起源で死を否定されている。しかし、だとしても、僕はそれを信用しきれなかった。あの一瞬。もし本当にアレをリリスの概念起源で防げるのだとしても。

 

 試すことは、どうしてもできなかったのだ。

 

 息を呑む。

 

 ――ゲームでは、最終決戦までにイベントでの弱体化が挟まった。他の大罪龍と同様に、ラスボスとして相対するためには、あの強欲龍は強すぎる。

 

 それがない。

 

 故に、最強。

 

 ――――それは、

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

「――行くぞ」

 

「はい!」

 

 師匠が僕を手放して、僕は移動技でコンボを稼ぐ。

 ――さぁ、他のメンバーはまだここにたどり着いていない。もう少し、もう少しだけ、この戦闘を楽しむとしよう!



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133.最強はぶつかりたい。

「ぬ、あああああっ!」

 

 師匠が吹き飛ぶ。スクエアは効果が切れ、ゴロゴロと転がった先で、けれども概念崩壊はしていない。リリスの概念起源故に、僕らはまだまだ戦える。

 加えて言えば。

 

「――あああっ! “◇・◇(スクエア・スクランブル)”!」

 

 師匠はスクエアを何度でも使用できる。時の鍵の効果ゆえと言えるだろう。

 僕はと言えば、スクエアの効果時間は無限になった。概念崩壊しないがゆえに、しかし、一撃でも攻撃をうければスクエアの限界で、効果が終了する。

 先程の師匠のように。そんな状態で、ギリギリの回避を続けながら、僕たちは戦闘していた。

 

 ()()()()()()だ。

 

 当然ながら、やつには最上位技の効果による回復と、それから未だ破壊されていない無敵の核がある。ゲームでは概念化したときにはすでに破壊されていたため、どういう形になるのかよく解っていなかったが、

どうやら概念化した状態でも効果が適応され、概念崩壊しなくなるらしい。

 

 とはいえ、そもそもそこが問題ではない。師匠が吹き飛ばされ、狙いは僕へと向けられた。一撃がすなわち死。かつての強欲戦を思い出す状況に、歯噛みをしながらも、できることは数段違う。やるべきことはあまりにも増えていた。

 剣を剣で受け流し、攻撃をなんとか叩き込みながら、最優先はデフラグ・ダッシュ、つまりバフの消去だ。

 

“オラオラァ! 全く響いてこねぇぞ、てめぇら!”

 

「――響いてはいるだろう、やせ我慢も大概にするんだな!」

 

 殴り合う。

 剣を振り回しながら拳まで飛ばして来る上に、熱線と天地破砕も健在だ。後者は最上位技に格上げされているが、通常攻撃としても使うことができる。

 ただ、範囲攻撃ならあの横薙ぎの概念技でも問題はないのである。

 

“『L・L(ルーズ・ロスト)』!”

 

 横薙ぎ。それだけで、すでに更地に戻った地を粉砕し、その破片すらもこいつは凶器に変えてくる。とはいえ、攻撃自体は非常に素直。狡猾ではあっても、卑怯ではない。

 なんとか読み切った僕は移動技を叩き込みつつ上空を通って反対へ回り――

 

 ――そこに拳が見舞われる。

 

“甘ぇんだよ!”

 

「解ってる!」

 

 ――ただし、それも織り込み済みだ。

 

「――だああ! “E・E(エレクトロニック・エクスポート)”!」

 

 師匠が、強引に僕と強欲龍の間に割って入る。

 

「“C・C(カントリー・クロスオーバー)”!!」

 

 ――バフが剥がれ、拳は通常攻撃、上回るのは師匠の斬撃だ。拳は弾かれて、師匠と強欲龍の間に距離が生まれる。

 

「間に合ったぞ、強欲龍――――ッ!」

 

“間に合ったところで、てめぇのそれが、決着に至るものかよ!”

 

 師匠が概念起源の散弾を、強欲龍が熱線をぶっ放す。押しているのは師匠だが、強欲龍は散弾を構わず突っ切ってくるだろう。

 僕はその中を駆け、横から割り込むように斬りかかる。流石に、この状況で僕の最上位技が決定打になるかと言えば否である。逐一デバフを入れながら、デフラグ・ダッシュを様子をみて叩き込む。

 

 師匠の使える概念起源の中にも、バフ消去の概念技はあるが、使いやすさで言えば間違いなく僕のそれが勝る。

 致命の一撃をSBSでさばきつつ、師匠の激しい攻撃にまぎれての一撃。

 戦闘は、順調に推移していると言えた。

 

“楽しいなぁ! てめぇらから奪える! てめぇらのすべてが俺に向いている! これこそ、奪い合いの局地だとは思わねぇか!?”

 

「お前の強欲は否定しないがな! こちらに押し付けられたところで、私達はそれとぶつかり合うことしかできん!」

 

“それでいい! それがいいんじゃないか! てめぇらが俺から奪われることを拒むのが、俺の存在理由になる。奪うってことは、てめぇらと敵対しなきゃできねぇんだよ!”

 

 熱線が、剣閃が、破壊が、散弾が。

 言葉の度に振るわれる。一体何度攻撃を叩きつけた? 一体何度攻撃を躱された? それまでを振り返る余裕など、僕らには一切存在しなかった。

 今、目の前に強欲龍がいる。

 

 そのことが、今の僕らのすべてだったのだ。

 

「――復讐も、因縁も、終わってみれば戦いの切っ掛けにはなるけれど、ここまでくれば後はただの意地だ。いくら言葉を投げかけたところで――」

 

「私達は、揺らがない!」

 

“――揺らがれる方が、興ざめだってんだよ!”

 

 解っていても、言葉というのはお互いをぶつけ合うには最適だ。強欲龍は、僕にとっての宿敵で、決着は、どこかでつけなくてはならない。

 それが今なのか、また別の機会になるのか。それは、終わってみなければわからないけれど。

 

 ()しかない()()()()()にできることは、言葉と剣を叩きつけることだけ。

 

 ――笑っていた。

 強欲龍が、言葉を口にするたび、概念を解き放つたび。

 僕たちは、ヤツの顔を見る。ああ、まったく。

 

 ()()()()()()だから、僕はこいつを倒したいと、思うんだよな!

 

“――消え果てろ! お前の価値を、お前という敗因を、俺の勝利によこしやがれぇええ!”

 

「――――断る!」

 

 だが、ヤツのコンボがたまる。赫の焔が、何よりも熱を帯びてその場に吹き上がる奴の意思が、また完成しようとしている!

 

 

「――――“嫉妬ト色欲(フォーリング・エクスリア・カノン)”!!」

 

 

 それが突き刺さったのは、ヤツの顔面だった。

 

「フィー!?」

 

 見れば、上空に見慣れた少女の姿がある。それは一つではない、フィーの背にはリリスが乗っていた。二人でここまでやってきたのだろう。

 百夜もいるだろうが、彼女は眠っているだろうからな。

 

 ともあれ、結果として僕のデフラグ・ダッシュが間に合った。強欲龍の焔がかき消える。しかもフィーの熱線は、おそらく一撃で今の強欲龍を不死身発動まで持っていくほどだ。

 リリスのバフも、割合上昇だとバカに出来ないしな。

 

「さっきから、アンタ達だけでイチャイチャしてんじゃないわよ!」

 

「今のをイチャイチャと表現するのか……」

 

「あー! ししょースクエアちゃん使ってるの!」

 

 リリスが、師匠のスクエアに気がついて、咎めるように叫ぶ。まぁ、それは仕方ないところもあるだろう。本来スクエアは寿命を削るからな。

 とはいえ――

 

「そのための君の概念起源だ。死を否定するおかげで、これまで四度スクエアを使っているが、不調は無いよ」

 

「本来なら、一回使えば、寿命が十年は持っていかれますけどね」

 

「おっかないのー!?」

 

 ゲームにおいて、4主がスクエアを使用する回数は実に八回。六回目くらいで寿命が尽きないかと思うが、ここに少し絡繰があって、4主はアンサーガが作った人工生命で、見た目は十代でも実際には0歳なのだ。

 閑話休題。

 

“ハッ、集まってきたじゃねぇか! 楽しいなぁ! てめぇらは本当に最高の敵だよ!”

 

「まだ言ってるし……っていうか何よその剣! アンタもう概念化してたの!?」

 

“おうよ! 勝利のグリードリヒとは、俺のことだ!”

 

「いっちょ前に、そいつの反対に――なるなぁ!」

 

 ――フィーから、無数の攻撃が飛んできた。あまりにも狙いが適当すぎるために、若干こちらにも飛んできているが、流石に当たるはずもない。

 強欲龍がステップしながら下がりつつ、フィーとリリスが降り立った。

 

「このまま一気に決める! 頼むぞ、フィー!」

 

「解ってる……ねぇ、お願いだから無茶しないでよ?」

 

「それはどっちに言ってるの?」

 

()()()()()に決まってるでしょ!」

 

 ――言葉を交わして動き出す。フィーという、師匠に並ぶ現状の最大戦力が加わったことで、一気に戦局は傾く。

 

“ハハハ! まとめてこい! てめぇらの全部をぶつけてこい! でなけりゃこの戦いに意味はねぇ!”

 

「酔っ払ってんじゃ――ないわよ!」

 

 焔の踏みつけ、強欲龍を覆うように放たれたそれに、師匠の散弾が覆い隠される。

 不死身が機能しているために、強欲龍は一切それを気にせず突き進むが、こちらもリリスの概念起源で、倒れることはない。

 

 お互いにアホみたいな物量をぶつけ合っているにもかかわらず、その戦闘はあまりにも泥臭い殴り合いと化していた。

 

 こちらの突破口は、不死身の破壊。

 あちらの突破口は、この雨を終わらせること。方法は、残念ながらある。

 

 フィーが加わった状態で、強欲龍は核を守りながら、僕を狙い始めた。戦略として、優勢だったときから転じて、策を弄し始めたのだ。

 そんな中で、僕というウィークポイントは二人にとっての負担になる。

 ただでさえ僕がデフラグ・ダッシュを当てなければコンボを稼がれてしまう状況――結果として、

 

「――アレがくるぞ!」

 

 強欲龍の、コンボが溜まった。

 

 ――即座に三者三様、動き出す。フィーは理解できないながらも、危険を察知して後退。師匠はなんとか妨害のために紫電をぶっ放す。

 そして僕は――

 

 

 ――()()()()()()()()()()()()()

 

 

「またそんな無茶して!」

 

「いいから!」

 

 僕は叫ぶ。

 ――ここが分水嶺だ。お互いにとって、ここで決めなければすべての行動が無意味になる。強欲龍も、僕たちも、ここで決着をつけなければ意味がないのである。

 

“――ハッ!”

 

 変わらず、強欲龍は笑っていた。最大までコンボを溜めた状態。僕はそれをSBSでやり過ごし、核を破壊するために動く。

 そこから、追撃で一気に落とす。僕という存在が枷ならば、存在しなくてもいいと思う程度には、結果を残して委ねてしまえばいい。

 

 ()()()()()()()()()()に持ち込むことで、強欲龍の鬼手も引きずり出す!

 

“なら、終わらせとけや!”

 

 強欲龍は、そして。

 

 ()()()()()()

 

「――!!」

 

 

“『強欲・裂波(グランド・エデン)』!!”

 

 

 それは、

 

 ――天を貫く柱となった。

 

 天地破砕の概念技とも違う、強欲龍の()()()()()()()()()。天へと放たれたそれは、

 

 ()()()()()()()()()()

 

 気がつけば、空には陽光が広がっていた。雲など一つもない快晴。それは憎たらしいほどに、強欲龍を照らしている。

 

 効果は、熱線に触れたあらゆる概念技の消去。リリスの概念起源は、ここに払われたのだ。だから僕は、

 

「お、おおおおおおっ!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()、突っ込む。

 

 それは、そう。

 

 こちらに来ることを察していた強欲龍の一撃が、()()()()()()()()空振りに終わり、僕はその余波を身を低くかがめて、躱す。

 

“てめぇ!”

 

「悪いな! ()()()()!!」

 

 僕は、その空いた隙に、構わず一気に突っ込んだ。紙一重、もはや攻撃を受ければかき消えるのは目に見えていて。

 

「――これで、一つ!!」

 

 僕は、勝利を確信し、胸の核を狙う。

 

 

 その時、だった。

 

 

“『転・移(エスケープ)』”

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――あ?」

 

 停止する。

 ――その時、奇妙なことに、それまで続いていた戦闘が、完全に停止した。師匠も、僕も、強欲龍も、フィーも、リリスも。

 

 理解できずに、停止していた。

 

“――幸運。幸運。間に合ったことを告げる。間一髪であったことを勧告する”

 

 ああ、それは、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のか。

 

 

 僕らの視線の中心に、羽衣の龍は立っていた。

 

“この幸運という栄誉を持って命ずる。強欲龍――敗因たちを討て”

 

“――――”

 

 四天ガヴ・ヴィディア。

 狡猾ではあった。

 師匠の策を完全に見切って、師匠を概念起源に閉じ込めることに成功した。本来の歴史で使われなかった策。それが破られたことは、あいつにとっては同情に値する悲運だっただろう。

 

 ウリア・スペルと比べれば、あまりにも惜しかった。あと一歩まで僕達と強欲龍を追い詰めたと、そう賞賛できる点もある。

 

 しかし、

 

 今、

 

 この瞬間。

 

 

 たったこの一手でもって、こいつはウリア・スペルなどとは比べるべくもない愚物へと堕ちたのだ。

 

 

“――不可解。なぜこちらを見ている”

 

“てめぇは”

 

 強欲龍が、剣を向けた。

 

 

“――この世に必要ねぇ”

 

 

 弱者すら、奪うことに価値を見出す強欲龍の眼の前に。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()瞬間だった。



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134.復讐が終わった時。

 改めて発動されなおしたリリスの概念起源。奇跡の雨のなか、その雨の恩恵から外れた唯一の存在が、逃げ惑っていた。

 ――ガヴ・ヴィディアだ。

 

“不可解――! 不可解! 不可解!!”

 

 叫びながら、無数の泡を飛ばしつつガヴ・ヴィディアが飛び回る。それは強欲龍から逃げるためであり、そして逃げた先に、フィーがいる。

 

「アンタのそれは不可解じゃなくて、不愉快って言うのよ! “壊洛ノ展開(アンダーグラウンド・クラシカル)”!」

 

 炸裂した焔がガヴ・ヴィディアの視界を奪う。このままでは攻撃がどこから飛んでくるかわからない。故にガヴ・ヴィディアは――

 

“『転・移(エスケープ)』”

 

 予測不可の空間転移を敢行した。

 そこに、師匠の紫電が突き刺さることも予知できず――!

 

“ガ――!”

 

「避けれるとでも思ってるのか、バカだな!」

 

 師匠のしたことは単純だった。ガヴ・ヴィディアの転移はどこまでも転移できるわけではない、射程距離がある。ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 師匠の概念起源ならば、それが可能だ。

 

 そして、その一撃に動きを止められた瞬間。

 

“――消えろやぁ!!”

 

 強欲龍が、()()()()()()()()()()()()()()()

 

“『W・W(ウイニング・ワイルド)』!”

 

“ガ、アアアアアアアッ!!”

 

 吹き飛ぶガヴ・ヴィディア、そして()()()()()()()()()()()()後方に回ったフィーが、すでに熱線の準備を終えて構えている!

 

「邪魔よ! “嫉妬ト色欲(フォーリング・エクスリア・カノン)”!」

 

 飲み込まれる。

 ――触れればいかに強欲龍だろうと不死身発動まで持っていかれる一撃。とはいえ、ガヴ・ヴィディアは戦闘を一度終えたことで、ギミックが復活している。

 

 そう、復活しているのだ。

 

“『L・L(ルーズ・ロスト)』!”

 

 ――それが、

 またも熱線を無視して踏み込んだ強欲龍の横薙ぎによって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

“……て、停止! 停止! やめろ! 当方をそちらに……引きずり出すな!!”

 

“やかましいんだよ!”

 

 拳が飛ぶ。吹き飛ばされたガヴ・ヴィディアは、手元の泡を一つ抱えると、一目散に逃げ出す。そんなことをして、戦闘から離脱できるはずもないのに。

 

「ここまでくると、いっそ哀れになるが、邪魔をされて腸が煮えくり返っているのは、残念ながら強欲龍だけではなくてね……! “C・C(カントリー・クロスオーバー)”!」

 

 ――回り込んだ師匠によって、大剣が振るわれる。薙ぎ払われガヴ・ヴィディアは地に転がり、這いつくばる。強欲龍が、それを上空から見下ろしていた。

 

“何故、何故、何故こうなっている――当方の策は完璧だった。何一つ間違いなく動作した。その状態からひっくり返されたのは当方の責任ではない。当方は悪くない!”

 

“――マジでんなことほざくのかよ、てめぇは”

 

 理解できないものは、できないと。強欲龍は吐き捨てた。

 そしてそのまま、続けざまに攻撃を加える。――ギミックは破壊されていない。師匠ならば概念起源で吹き飛ばせるだろうが、唯一の泡をガヴ・ヴィディアが抱えて隠してしまったがために、このままでは貫けない。

 

 ――流石に強欲龍ほどの怒りはない師匠は、さっさとこれを穿ってやるべきだと考えていた、のだが。

 

 攻撃を加えられながらも、怯えながらも、ガヴ・ヴィディアはそれを手放そうとはしなかった。

 

「――介入する暇もないな」

 

「リリスたちはてまてまてばさきなの」

 

「足手まとい?」

 

 なの、とリリスがうなずく。

 さて、僕とリリスはといえば、この戦いを遠目に眺めていた。何故ならリリスの言葉通り、足手まといにしかならないからだ。

 スクエアを使用できなければあの戦闘スピードにはついていけそうにない。

 

 僕たちはまだ、パワーアップが済んでいないのだ。とはいえ、この戦いが終われば、もうすぐなのだけど。

 

「リリス、アレは持ったか?」

 

「なの、百夜もバッチリリリスのそばですの」

 

 ならよかった。

 ――この戦闘は間もなく決着がつくだろう。こんな形になるとは思いもよらなかったが、結果として四天ガヴ・ヴィディアは滅び去る。

 そのときに、ヤツが落とすものを回収するのだ。話はそれからである。

 

「四天って、どうしてあんなにも人の心がわからないの?」

 

「どうして……と言われてもな、マーキナーがそういうやつだから……としか」

 

 マーキナーは、他者の不幸を、悲劇を好む。対等な対決を好むという、やけに律儀な性格以外は悪辣極まりない性質は、四天にもしっかり引き継がれていた。

 

「でも、マーキナーのそれって、人としてどーかとおもうけど、決しておかしなことじゃないの。そういう人が世界のどこかにいても、おかしくないの」

 

「マーキナーには意思があって、四天はそうじゃない、って言いたいのか?」

 

「なの」

 

 四天のそれは、言ってしまえば反射とでも言うべき行動なのではないかと、リリスは言う。他者の行動を受けて、一定のパターンを返す機械のような行動。

 それが四天の司る感情ではないのか、と。

 

「確かに、四天の感情と大罪龍の感情だと、四天のそれは()()()()けど、でもリリス」

 

「はいなの?」

 

「そもそもマーキナーっていうのは、()()()()()の概念なんだよ。だったら、機械的で何がおかしいの?」

 

「な、なのぉ……」

 

 ――リリスは僕の言葉に詰まって、しかし、同時に僕はそう問いかけたことであることを疑問に思う。リリスも同時に至ったようだ。

 その視線を受けて、僕は口にする。

 

「あれ、それじゃあ――」

 

 不思議な違和感。

 マーキナーのパーソナリティはすでに把握しているけれど。()()()()()()()()()()()()()()()。だって、四天があまりにも()()()()すぎたから。

 

 そもそも、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()か?」

 

 

 ――ゲームにおいて、マーキナーは()()()()()()()()にだけ登場する。

 顔見せのイベントも、事前にキャラを立てるイベントもなく。敵としてはともかく、()()()()()()()()()()()()()()()は、あまりにも出番が少なかった。

 資料集にも、マーキナーの性格については新しい情報はなかった。

 

 だから僕らの知っているマーキナーの情報は、()()()()()()()()()なのだ。

 

「――驚くくらい、リリスたちって、マーキナーのことをしらないの」

 

 言われると、僕らは確かに腑に落ちた。

 しかし、

 

「……知らなくて、何か問題あるか?」

 

「今の所ないの」

 

 ――結論は、そこだった。

 

「――っと、そろそろ決着がつくぞ」

 

 みれば、戦いは終盤もいいところだった。一応リリスに攻撃が飛んでくるとまずいと、ある程度はかばえる態勢だったが、必要はなかったようだ。

 

 ――そこは、もはや地獄であった。

 

“吹き飛べ、吹き飛べ! まだてめぇはそうしてた方がおもしれぇ! 価値がないなりに、俺を愉しませろ!!”

 

“ああああああ! いやだ、いやだ! 拒否拒否拒否! 死にたくないいいいいいい!!”

 

 ――逃げ惑うガヴ・ヴィディアと、それを追い詰める強欲龍。師匠たちは、ガヴ・ヴィディアが逃げなければそれでよいと、攻撃の手を緩めて油断なく趨勢を見守っていた。

 

 時折逃げ出そうと近づいてきたガヴ・ヴィディアを蹴り飛ばすことはあっても、まぁその程度だ。

 

“ああああああああああああああ!!”

 

「そんなに助かりたいなら、その泡を手放しなさいよ! アンタがそうしてるから! 強欲龍に遊ばれてるんじゃない!」

 

 鉤爪で薙ぎ払われて、ガヴ・ヴィディアは転げ回る。思わず目を背けてしまいそうだが、強欲龍は構わずガヴ・ヴィディアを痛めつけていた。

 

“死にたくない死にたくない! 死にたくない死にたくない!”

 

「これは……調子がおかしいな。ここまで恐怖しながら、頑なに行動するものか? もはやそういう反応を返しているだけではないか?」

 

 師匠が、ガヴ・ヴィディアを疑るように観察している。そう思うのも不思議ではないだろう。もはやガヴ・ヴィディアは正常ではない。

 ゲームでも見たこと無いような狼狽ぶりは、一体どういうことか。

 とはいえ、そんな疑問は、怒りに燃える強欲龍には関係ない。

 

 ――僕らも、それを止める気にはなれなかった。

 

 止めたら即座に同じテンションでこっちに攻撃を仕掛けてくることが目に見えているからだ。しかも怒りではなく、喜悦とともに。

 厄介極まりない。

 

“――俺が何より気に入らねぇのは、そこに欲がねぇことだ。何のために戦う? 何のために俺たちを貶める? ()()()()()してねぇだろう、それは”

 

“やめろ、やめろやめろやめろ!”

 

 ――もはや、強欲龍はガヴ・ヴィディアを痛めつけてはいなかった。

 ()()()()()と、解っているからだ。ガヴ・ヴィディアが泡を手放さないなら、ギミックなど無視して倒しきってしまえばいい。

 

 ()()()()()()()()()ギミックとはいっても、強欲龍やリリスの概念起源とは違い、限界がある。()()()()()()()()()()ギミックは無視できるのだ。

 

“つまらねぇ。てめぇは――てめぇらは、何もかもがつまらねぇ。だがな、てめぇらを知ったことで、一つだけ思いついた事がある”

 

“あああああああああああああああああああああ!”

 

 

()()()()()()は、てめぇらみてぇな意思のないデクなのか、興味がでてきた”

 

 

 口から熱線の余波が溢れる。

 

“あ――――”

 

 ガヴ・ヴィディアは、一瞬だけそれを聞いて停止して。そして、

 

()()()()()()()()()!!”

 

 ――意思なく、振動を始めた。

 

 ……なんだ? 何が起きている?

 違和感、けれどそれが形になるよりも早く。

 

 

“だからてめぇはここで消えろ! 『強欲・裂波(グランド・エデン)』!!”

 

 

 ―――――一撃、必殺。

 

 

 ガヴ・ヴィディアは、その途方も無い破壊の群れに押しつぶされ――気がつけば、そこには()()存在していなかった。はじめから、そうであったかのように。

 

 

 ◆

 

 

“あァ? ンだこりゃあ”

 

 ――変化は強欲龍から現れた。

 

「あー、強欲龍。ガヴ・ヴィディアを倒したところ悪いが、決着は持ち越しになった」

 

“どぉいうこった”

 

 苛立ち紛れに、強欲龍が問いかける。決着が持ち越し、それはあんまりだろうと、奴は言葉なく語っていた。そして、光に包まれ、消えようとしているのだ。

 

「ガヴ・ヴィディアの能力だよ。自身を倒した時、周囲にいる存在をどこかへ吹き飛ばす。場所は、正直読めない」

 

“ケッ、巫山戯た能力だな”

 

 吐き捨てる。心底侮蔑を盛って、強欲龍はガヴ・ヴィディアから視線を外した。――もう二度と、ヤツがガヴ・ヴィディアに意識を向けることはないだろう。

 

“それで、だ。敗因てめェ――こうなることが解ってやがったな”

 

 そして――背中越しに強欲龍が僕へと問いかける。その意思は、怒りが半分。

 

「どうしてそう思う?」

 

“てめぇにしちゃ、戦い方が素直すぎた。あそこで横槍が入らなくとも、あれじゃあ俺の核は貫けねぇ”

 

「そうかな?」

 

 ――流石にそれは買いかぶり過ぎだ。しかし、それ以外にもいろいろなものが積み重なって、強欲龍のなかで僕が()()()()()()()()()と判断したのだろう。

 実際、僕はここで決着をつけることに頓着はしていなかった。決着がつかないならば、それでよい、とは考えていた。

 

 でなければ、幾らスクエアが使えなくたって、僕はあの戦闘に加わっただろう。それだけのことをガヴ・ヴィディアは仕出かしたのだ。

 

「――僕にとって、この戦いは師匠のケジメの戦いだった。いろいろなものを終わらせて、前に進むための戦いだ。その点に限れば、僕らの戦いは()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ」

 

「……君は」

 

 また、なんて無茶を、と師匠は続けようとしたのだろうか。それとも嬉しいと、そう思ってくれたのだろうか。続けないのなら、それはきっとどちらもだろう。

 これまでの付き合いから、それは十分読み取れた。

 

「それに――」

 

“それに?”

 

 ――そう、それに。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろ」

 

 

“――!”

 

 そうだ。

 もったいない。

 まったくもって、四天との決着すらついていないのに、強欲龍との因縁を終わらせる? そんなの、メインディッシュを前菜の前に食べてしまうようなもの。

 

 だから、

 

 

「――()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 僕はなんともずるいやつだ。

 ――最強の口説き文句。これ以上ないくらいに強欲龍に突き刺さる言葉。

 

“ク、ハハハ――!”

 

 それに強欲龍は、怒りとともに抱いていた()()()()()に僕が答えたことを悟り、笑う。

 

“いいぜ! てめぇが最強に至った時、俺とてめェのケリをつけよう! だからてめェも最強を目指せ! ――こいつはてめぇにくれてやる!”

 

 投げ渡される、ガヴ・ヴィディアの消え去った後に残っていた宝石。――この戦いを終えた上で、僕らが必要としていたもの。

 意外にも、強欲龍はそれを投げ渡した。

 

「使い方が解っていたのか。いや、奪いつくさないのか?」

 

“――このクソッタレの核なんざ、死んでも使いたくねぇ”

 

 どうやら強欲龍にも、欲を上回る嫌悪というやつがあるようだ。苦笑しながらも、僕はそれを受け取り、頷いた。

 ――宝石を見る。青白い光、僕らに必要な最後のピース。

 

「次はマーキナーの前で。楽しみにしているよ、強欲」

 

“首を洗って待ってやがれ、他の何者にも負けるんじゃねぇぞ、敗因”

 

 ――そうして強欲龍が、この場から真っ先に消え去った。

 ああ、と最後の戦いに想いを馳せて、そしてこうも考える。

 

 

 ……悪いな傲慢龍。どうやら最強を決めるのは、僕と強欲龍になりそうだ。

 

 

 続いてリリスと百夜が。基本的にこの転移は一人ひとり別の場所へ飛ばす。手をつないだりとかしても、二人同時に転移はできない。

 例外は小さくなった百夜だ。何故か彼女は、ゲームにおいてもこの転移を小さくなることでやり過ごした。理由は――そのイベントが終わった後、ミニ百夜がアイテムとして入手できた、それが全てだろうか。

 

「行ってくるの! おニューのリリスと百夜が爆誕するそのときを、今か今かと待ち受けるの!」

 

 そう言い残して、リリス――それからまだ寝ているらしい百夜が消失する。

 

 次が、フィーだ。

 

「ルエ、あんまそいつといちゃつくんじゃないわよ! 今日ばっかりは多めに見てあげるけど、その分百倍嫉妬するから!」

 

「い、いや! そ、そこまでイチャついてるつもりはないぞ!? いつもどおりだ!」

 

「それがイチャついてるって言ってんのよー!」

 

 ――結局、普段の調子でフィーも消えていった。

 これが終われば、次に合流できるのはマーキナー戦が始まってからなのだが、まぁ彼女にそういったところはあまり関係ないだろう。

 

「いや、しかし……そう言われると、こう、ちょっとイチャイチャしたくなるな」

 

「時間ありませんよ」

 

「解ってる!」

 

 コホン、と師匠が咳払いして――最後に残ったのは僕たちだけになった。

 

「それにしても――不思議な感覚だな」

 

「どれがですか?」

 

 ――今日、師匠にはいろいろなことがあった。懐中時計を取り戻し、本音を零し、未来を見つめ――復讐を終えた。

 

「――全部だよ」

 

 風になびく髪を押さえながら、師匠は懐中時計と、そして戦いの跡を見る。

 強欲龍の破壊によって、すでに倒壊した街は、更にひどいことになってしまった。もうここに人は住んではいないとはいえ、少しひどいことをしてしまったかもしれない。

 

 ただ――少しだけ、僕たちはその光景に安堵を覚えていた。

 

 終わったこと、区切りがついたことへの安堵。

 強欲龍は未だ健在なれど――それでも、師匠の中では間違いなく、一つの区切りだったのだ。

 

「――終わって、どうでしたか?」

 

「……正直なところ、怖さがあった。どうすればいいか、解らなくって」

 

「まだ、そんな状態だったんですか……」

 

「――――今は違うよ」

 

 そうして、こちらを見て。

 

 ――時間はもう幾許もない。伝えることができるのは、せいぜい一つか二つ。だから師匠は、その一つでもって、

 

 

「復讐が終わった時――」

 

 

 ――それは、笑みだった。

 やり遂げた笑み。大切なものに向ける笑み。成長を感じさせる笑み。それらすべてを内包しながら、女性という優しさで包む。

 

 ――不思議な笑みだ。

 信じられないほど、師匠のそれには艷があった。思わず、こちらが照れて視線をそむけてしまいそうなほど――けれど、それが出来ないくらいにこちらをひきつけて止まない。

 

 そして、

 

 

「――私のそばには、君がいた」

 

 

 言葉とともに、僕たちは光に包まれて消えた。

 

 

 こうして、師匠の復讐をめぐる戦いの全てに決着が付き。師匠の中で、過去に対しての未練が清算されて、僕たちは、最後の戦いに望む。

 ――未だに姿を見せない機械仕掛けの概念。

 可能性の手繰り主へ、その因果を応報するために。



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十二.そして最後の戦いへ
EX.リリスと百夜の千夜一夜物語。


 ――私、白光百夜には友がいる。

 

 美貌のリリス。シスター・リリスとも呼ばれる少女は、優秀な概念使いである。位階に関してはあの敗因の差し金による養殖というやつらしいが、しかしそんなことを一切感じさせない概念捌きは、最強を自称する私から見ても、一流どころか超がつくほどに一流すぎるものだった。

 彼女は兎にも角にも器用なのだ。

 

 彼女よりも強い概念使いは、歴史の中でなら幾らでもいる――というより、全力の私のほうが強い、えへん。しかし、彼女より器用な概念使いはそういないだろう。

 なんてったって、リリスは八歳なのだ。八歳、すごい。私、八歳の時は何していたっけ? それはもう凄まじく前のこと、覚えていない。

 

 出会いは、突然だった。母様――アンサーガを救えると思って、急いでいたけど道に迷っていた私の前に突然現れて、一度私を屠った敗因の前に突き出した。

 その時はちょっとこう、ムズムズしたけど――なんてったって、私を位階が全く上がっていないのに倒したのはあいつが初めてだったから――まぁ、いい思い出。

 

 それから、リリスと敗因は、母様の問題を解決してしまった。驚くべきことに、なんというかこう、それはもうすごい勢いで。

 正直、無理だと思っていた。母様は同情の余地はあれど、この世界を混沌に導く側の存在だ。

 人類に敵対的な大罪龍と同じカテゴリ、いずれは人類に乗り越えられる障害である。とはいえ、この時代、この世界の母様はまだ人類の敵ではない。

 

 間に合うと思って、でも、心のどこかでは諦めていて。頑張って、頑張った上で無理なのだろうなと、どこかで思っていた。

 ――歴史の中で、そんなことは幾らでもあったのだ。

 

 嫉妬龍が、もっとも印象的だろうか。彼女はあまりにも壮絶な境遇に置かれながら、人類に対して多くの罪を抱えたがために、最後は救われず死んでいった。

 今、この世界であんなアホ……こほん、素直に明るく生きている彼女を見ると、なんだか胸がきゅっとなる。

 

 嫉妬龍。悪い子じゃなかったのにな。どうして世界は、そんな子にばかり酷いことを押し付けるのだろう。

 マーキナー――機械仕掛けの概念のせいといえばそうだけど、もしも世界にアレがなくとも、この世界はそういうふうに動いたんじゃないか、と思う時もある。

 

 ――ただ、もうひとり。私の中では印象に残っている子がいる。私の妹にあたるローブの少女。歴史の中に何度か現れて、その度にその時代に跋扈する大罪龍、ないしはそれに準ずるものを討伐する偉業を成し遂げる概念使い。

 剣とローブの概念使いと私が呼ぶそれは、この世界における特異点と言っていいかもしれない。

 

 その中でも、とびきり私と関係が深いのは、彼女なのだ。彼女も大概に、不幸な境遇だったと思う。悪い母様によって、赤子の状態から調整されて育てられ、特に何も考えずに私が外へ放り出した。

 悪い母様にはこってり怒られたけど、結果として、それが母様の破滅につながったけど、でも、アレは正しかったと思う。

 

 いつかはどこかで止まらなくてはならないあの時の母様。

 ――止める最初のきっかけが私だったのは、ちょっと複雑だけど、少し誇りだ。ともあれ、彼女はそんな不幸な境遇で生まれて、一人で世界に放り出されて。

 ――私? 特になにもしてないけど?

 

 ともかく、色々と大変な目にあって、最終的に仲間の窮地を救うため、寿命を削る技に手を出した。そうしてそれを使い続けて、最後にはその生命を終わらせてしまう。

 

 ――色々な奇跡と偶然が重なって、彼女が救われたのは、果たして幸福だったのか。あの性格だと、母様との戦いが終わっても、色々と首を突っ込むことだろう。

 そこで失敗をしたら、満足できないままに生命を落としてしまったら。

 

 長く生きていると、短い生命にたいしてそんなことばかり思ってしまう。母様の一件で世界ときちんと関わって、それから人という存在を、きちんと顧みるようになって、私はそう思うようになった。

 いいこと、なのだと思う。あの子は成長だと言ってくれた。素敵なことだと喜んでくれた。でも、それは

生命に限りあるものの考え方ではなかろうか。

 

 たまに思う。長過ぎる寿命というのは、()()のことではない。私は別に気にしてこなかったけれど、そうでないものからしたら――中にはそれに、耐えられないものも、いるのかもしれない。

 

 まぁ、私の新しい仲間たち――リリスや敗因たちは、特にそんな感じは、しなかったけれど。

 

 

 ◆

 

 

「――たいだりゅー様、お聞かせ願いたいですですの」

 

 私とリリスは今、お祖父様の前にいた。なんと、転移したのが偶然ここだったのだ。私がいたからだろうか、縁でもって人を一秒先に飛ばす、今の私。

 だから、縁の深いお祖父様の前にいる。そう考えても、なんとなく不思議ではないような気がした。

 

 というより、広い広い世界のなかで、偶然ここにたどり着くと考えるほうが、よっぽど不思議だと思う。

 

 私達は今、()()の準備をしている。

 リリスが主導で、お祖父様と私は基本見ているだけ。

 

 一人だと遅々として進まないけれど、でもここに人を呼ぶと、四天が襲ってきたときに枷になる。私達は少人数、いつ残りの四天が襲ってきてもおかしくはないのだ。

 

 敗因の方に行っている可能性もあるけれど。

 

 それでも、準備の間は暇だったから、リリスはお祖父様に聞いていた。

 

“なんだ、面倒でないならば答えるが”

 

「長く生きるって、どんな感じですの?」

 

“孫娘に聞け”

 

 ピシャリ、お祖父様は一蹴した。

 

「もう聞きましたの! 他の人の意見を聞きたいですの!」

 

 ――嘆息。リリスの言葉は、お祖父様にとっては面倒ではないけれど、しかし()()()()()()()()という問だった。

 

“そもそもからして、私は百も生きていない”

 

「なのーん!」

 

 ――そうだ、この時代、お祖父様はまだ生まれてまもなく、貫禄はあるけど、実際のところフィーと同じ年しか生きていない。

 あのフィーとだ。

 まぁ、幾ら歳を重ねても、あのフィーに落ち着きが生まれるとは思わないけど。

 

 敗因と子作りでもすれば違うか?

 

 いやもっとバカになる。色欲龍も入れ込むとバカになるタイプだからな、あの二体は似た者同士だ。

 

“それこそ、孫娘以外に現状、この世界に長命の者はいない。大罪龍の歴史など、まだ始まったばかり。本来ならば、長い道程の中で我々は形成されていく”

 

「だったら……マーキナーはどうなの? 百夜よりも生きてるの、この世界の誰よりもずーっとずーっと生きてるの!」

 

“……父は、そうだな。私にもわからん。アレは完全に、私達とは別の生き物だ”

 

 ふむ、とその会話を聞いて思う。

 私は確かに長く生きている。ただ、同じように長くを生きたお祖父様や色欲龍を知己としていて、目まぐるしく移り変わる人の時代の中で、多くの強者と戦う楽しみもあった。

 

 正直、私の千年は人のそれと比べるとあまりにも長いものだったけれど、()()()()()。ローブと剣の概念使いは、私にとっては常に目標となる存在で、それ以外にも強者というのは幾らでもいた。

 国が動乱を呼ぶ時代も、人が自由を謳歌する時代も、等しく私には楽しい時代だった。

 

 そう考えるとどうだろう。

 

 長く生きるというのは、別にそう苦になることではないと思うけれど、リリスはそう思わないようだ。

 

「人より長く生きるって、とっても大変なの、リリスはそれができるけど、本当ならやらないつもりだったの」

 

「何故?」

 

()()()()()()のが怖いからなの」

 

「……よくわからない」

 

「百夜は大切な人が全部自分と同じ時間を歩いてくれるからなのーん。それならリリスもそうすることにしますのん」

 

 私は置いていかれる誰かがいない。色欲龍はどうだろう。――数が多すぎて、常に誰かに置いていかれるから、割り切れてしまうだろう。置いていかれた分だけ、生まれても来るから。

 

 お祖父様は……

 

“……面倒だ”

 

 はい。

 

「そうやって考えるとー……うーんでも、もしそうだとしたら、幾らなんでも()()()()()()の」

 

「何が?」

 

「何って、マーキナーが――――」

 

 リリスが言葉を続けようとしたその時だった。

 

 

“あらー! お祭りの会場はここであってるのかしらー!”

 

 

 暑苦しい、()()()()()()が響いてきた。

 私達しかいないお祖父様の巣に、誰かが入り込んできたのだ。そしてその声は、知らない声ではあったけれど。

 

 独特な、龍の要素が含まれていた。

 

「――来ましたの!」

 

“……やれやれ”

 

“あらぁ? あらあら、怠惰龍ちゃんじゃないのォー! 私のンモホーヒンッ!”

 

 ヒンッ、と同時に頭のおかしいポーズを取りながら、そいつは現れた。

 筋骨隆々の巨漢、いかにも力強そうな感じの男らしい――男? 龍だった。

 

 なんというか……なんだこいつ。困惑する私と、リリスはなんだか変な顔をしていた。これは……匂いがきついとかそんな感じ?

 

“もぉー、あなた達ちょっとは反応してちょうだいよぉ! アタシ一人で騒いでバカみたいじゃなーい!”

 

「……なんだこいつ」

 

“なんだとはなによー! あら? でもアタシ、そういえば名乗ってなかったわよねぇ”

 

 今気づいたとばかりに、そいつは大げさにジェスチャーをすると、さらになんか格好良さそうなポーズをキメて名乗った。

 

 

“アタシの名前は四天! ラファ・アーク! 『堕落』のラファ・アークとはアタシのことよォ!”

 

 

「……なんかきつい」

 

 思わずそう答えてしまった。

 

“あァ?”

 

 やたら野太い、どすの利いた声が聞こえてきた。

 なんなのこいつ。

 

「……怠惰のお祖父様と……互換する四天……どこが?」

 

 全然怠惰ではない、詐欺ではなかろうか。

 

“やぁねぇ! アタシはほんっと怠惰よぉ、お風呂なんて3日も入ってないしぃ、スキンケアなんて生まれて一度もしたことないんだからぁ!”

 

「…………???」

 

 理解できなかった。

 

“そ、れ、に。……本当だったら、こんなに早く出てくるつもりなかったんだから。だって面倒じゃない? アタシみたいなか弱い女の子より先に、男どもが役目を果たすべきよねえ”

 

「…………???????」

 

「百夜をそれ以上いじめるなーー! なの!」

 

 リリスが、ビシッと指を突き出した。

 ああもう、敵が目の前にいるんだから、はやく儀式を終わらせるべき。

 

「リリス、早く」

 

「準備できましたの! あとは儀式が完了するまで時間を稼ぎますの!」

 

“あらー! ちょっと面倒だからってお昼寝してたら、ギリギリじゃなーい!”

 

 言って、ラファ・アークは概念武器の棍棒を手に取る。

 

「……そういうことだから、お祖父様」

 

“…………致し方あるまい、他ならぬ孫娘の頼みだ”

 

 ――お祖父様によびかける。この場における戦力は、リリスと、お祖父様。

 特にリリスは直接戦闘能力を持たない以上、お祖父様の力は必要不可欠。そして――

 

「……本来なら、これをしたら次にもとに戻れるのは、多分百年後」

 

 私も、いる。

 

「でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()から」

 

「百夜!」

 

 ――力を、込める。

 

 

()()()()

 

 

 気がつけば、私の姿はミニマムなそれから、元のそれに戻っていた。数年も経過していない、私の人生の中ではさほどの時間でもない間だったのに。

 

 どうしてか、

 

 ()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――白光百夜。最強が、お前を倒す」

 

 

 光を帯びた鎌を四天へと向けて。

 

 久方ぶりに――大きな私が、帰ってきた。



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EX.リリスと百夜の千夜一夜物語 その2。

 ――リリスは私の親友で、大切な人で、失いたくない人だ。

 

 白光百夜は永くを生きる。その中で無数に出会いはあって、今でも強烈に印象に残っている存在は数多くいるけれど、ともに生きてくれる人はいなかった。

 それはそうだ、百夜と人間では生きる時間が違う。存在そのものが隔絶している。

 

 それを苦に思ったことはないけれど、それ故に私が誰かにとっての部外者であることは、紛れもない事実だろう。

 というよりも――私は部外者であることが好きだ。ただ強いものと後腐れなく戦い、その強いものが何を為すか、遠くから眺めたい。

 そのためには永く生きることは大事なパーソナリティで、私の一部だ。

 

 歴代の、ローブと剣の魔法使いに、その生き方は寂しいと言われたことがある。彼らは仲間に恵まれて、一人でいることを嫌う人達だ。

 ――多くの人間にとって、善良で気丈な人間にとって、誰かと共に歩く時間はかけがえのないもので、何よりも尊ぶべきものだという。

 それを否定はしないけれど、それは私の生き方ではないと、私は常々思っていたのだ。

 

 

 ――だから、まさか自分にそんな人ができるとは、思いもよらなかった。

 

 

 けれど、できたからこそ思う。そういう人は、()()()()()()()()()()()()()()から大切なのだ。そうでない人は、たとえどれだけ好ましくとも、ともにはいられない。いつかは置いていかれてしまう。

 そう考えると、私は最初からそういう心の自衛ができていたのだな、と思う。

 

 人間性がない、と多くの人に私は言われるけれど、そんなことは決してない、私だって考え、思い、それを行動に反映して生きている。

 他人にそれが伝わらないのは、私が伝えるのは苦手だったのと、伝える必要性が薄かったから。

 

 彼らにとって、私は彼らとは違う存在なのだから。わかり合う必要は、残念ながら存在しなかった。

 

 リリスは、私と一緒に生きてくれる人だった。

 それは、まぁフィーも、紫電も、敗因もそうだけど。その中でも、とびきり()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のがリリスだった。

 

 強さでは、直接戦闘能力がない分、あのメンバーの中では最弱で、直感で生きるために、あのメンバーの中では行動の中心になることは少ない。

 でも、私が一番惹かれたのはリリスだった。行動の理由がわからないからだ。

 何を言っているかはわかる。彼女は言葉を省略するきらいがあるけれど、きちんと順序立てて考えてみれば、それは論理的な思考の上で成り立っていることがわかる。

 

 そういうと、敗因から変な顔をされるけど、あの中で一番行動に突拍子がないのは敗因だ。ただ、どうしてそういう行動を取るのかは理解できるので、まだ私の中では飲み込みやすい人物だ。

 行動は読めないけど、行動原理は単純明快、そんな感じ。

 

 ――その真逆にあるのがリリス。行動の意図はわかるけど、そうなった原因はわからない。敗因はどうしてか、行動の意図は読み取れないのに、原因は読み取れることが多い。

 まぁ、このコンビも大概へんなコンビだと思う。

 

 あのパーティは、居心地がいい。

 共に同じ時間を歩いてくれる人達、私がいてもいい、もっといたいと思える場所。そんな中にいられたのは本当に幸運で、喜ばしいことで。

 

 ――生命には必ず終わりがある。私達のような存在は、その終わりがいつになるかはわからない。ただ、今の所――自分からそれを終わらせようという意思は、私の中には一片たりとも存在しなかった。

 

 

 そう、何モノにも終わりはあって――

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

 ◆

 

 

“あーら! あらあらあらあらぁー!”

 

「……ッ」

 

 迫ってくる。

 何か、()だ。

 

()()()()()()()()()()()じゃなああああい! それが最強を名乗る概念使いの強さなのおおお!?”

 

 岩。

 それも、一種類ではない。

 焔をまとった岩、風をまとった岩、凍りついた岩、電撃を帯びた岩。

 とにかくすべて岩だった。

 

 それらが、音を超える速さで迫ってくる。

 

「……“W・W(ホワイト・ウィンドウ)”」

 

 それを、私は光の檻で弾きながら、その中を駆け抜ける。時折、岩の余波が私の身体を傷つけるけれど、この程度ならリリスの回復で問題なくフォローできる。

 しかし――

 

「“G・G(グローリィ・ゴースト)”」

 

 放つ遠距離攻撃。

 

“そんな見え見え、通るわけないでしょおおお!”

 

 ――ラファ・アークの周辺に浮かんでいた岩が彼の手の動きに合わせて誘導され、攻撃を弾いた。それに使われた大岩が、焔や稲妻をまとって飛んでくる。

 

“『大・岩(エレクト)』、『大・岩(フレイム)』”

 

 そして、それが放たれた直後には、再び周囲には大岩が浮かんでいた。

 

「それ、どこから来てるのー!」

 

“私の乙女袋からに決まってるじゃなあああい!”

 

 大きく飛び退いて躱しながら、そんなリリスとラファ・アークのやり取りを聞く。意味がわからない、理解できないが、する必要もない。

 

“『カバリツケ』、『チリザイ』”

 

 お祖父様がその力を振るう。風のギロチン、焔の振り子。もちろんこれも、大岩に弾かれる。

 弾かれた大岩はお祖父様に射出され――直撃する。あの巨体では躱しようがない。

 

“面倒な……”

 

 ――厄介なのは、あの岩の補充速度だ。ラファ・アークの周囲には常に十個近い大岩が展開され、射出されればそれと同時に次が補充される。

 この間に間断がないのだ。

 一切の隙間なく、常に侍らせているあの大岩は、さながら奴に忠誠を誓う騎士といったところか。

 

 何を言っているんだろう、私は……

 

「リリス」

 

「ガッテン」

 

 普通にやっただけでは近づけない。本気の私ならともかく、今の私では、無理やりあそこに割って入ることができないのだ。

 

 故に――

 

「出し惜しみはしない。“H・H(ホーリィ・ハウンド)”」

 

 ――最大火力を開放する。

 リリスのバフも乗ったそれは、間違いなく強化されていない嫉妬龍、暴食龍くらいなら一撃で吹き飛ばす威力だ。加えて――

 

“合わせるのも億劫だが……『ハメツ』”

 

 ()()()()()()()も加わって、これを無傷でやり過ごすことは不可能と言ってもいいだろう。それこそ、傲慢や強欲のような能力でも有していない限り。

 

 しかし。

 

 

“あらァ――夢見がちねぇ、あなた達”

 

 

 ――ラファ・アークは、しかし。

 傲慢のような無敵も、強欲のような不死身も。それこそ、敗因のような不可思議の無敵時間もなく。

 

“アメぇんだよ! 『大岩・集合(グレーター・ウォール)』!”

 

 周囲に出現した大岩が、()()()()()()()()()()()()

 

「な――」

 

 思わず、口から驚愕が漏れる。

 こんなこと、今までなかったことだ。私の最大火力を耐えたものはいた。何らかの手段で躱したものもいた。しかし、()()()()()()()()()()()()()()ものなどいなかった。

 自慢ではないが、私は強い。ここにいるものは、皆一線級の戦力だ。お祖父様だって、リリスだって。

 

 ――だが、今の攻防だけで、ラファ・アークはそれを上回ってきた。

 

 解ってはいたつもりだった。これまでの戦闘でも、それは間違いなく解っていたのだ。四天は強い、ウリア・スペルは最強を名乗ったし、ガヴ・ヴィディアは紫電を苦しめた。

 ああ、でも……

 

「……こんな奴に」

 

 思わず、溢れる。

 

“あらぁ? ――それは、アタシが四天だからいってるのかしら?”

 

 地獄耳、ポツリとこぼれたその言葉に、ラファ・アークは耳ざとく反応してきた。しかし、否定はできない。偽らざる本音だ。

 

「……最強は、私」

 

“その最強、アタシに弾かれてるんですけどーーーーー! マジ爆笑なんですけどーーーーー!!”

 

「違う。()()()()()()()()。敗因でも、強欲でも」

 

“ふぅん?”

 

 ――ラファ・アークは意外そうにこちらを見る。私が戦闘狂だと知っていれば、最強の座を他に明け渡すことが、気に入らないのだと思うかも知れない。

 でも、違うのだ。

 私にとって気に入らないのは、

 

「お前は……望んでも、いない」

 

 ()()()()()()()()()()が最強を望むことだ。敗因は何者にも負けないことを是とし、強欲は明確に最強を目指した。

 傲慢もそうだろう。あいつは常に頂点であろうとした。

 だから、そいつらが最強を目指すなら、歓迎する。最終的に勝つのは私だとしても。

 

 でも、こいつは違う。

 

「当たり前、みたいな顔で。望みもせず、目指しもせず。なのに最強を……名乗るな」

 

“あはァ――バカねぇ”

 

 ――言葉とともに、ラファ・アークの周囲に岩石が更に浮かぶ。――まだ、増えるのかと歯噛みする。こんなにもあっさりと、私の最強を打ち崩すそれを、これみよがしに。

 だが、違った。

 

 ――浮かび上がったそれは、さらに天上へとむかい昇っていくのだ。

 

“――私をウリアやガヴと一緒にしないでくれる? アタシはあんな連中とは違う。アタシは主様に、()()()()()()()四天なのよォ?”

 

 焔を纏う。

 否、焔ではない、あの岩は熱だ。熱をまとっているのだ。概念としては知っている。アレは――空より来る流れ星。隕石というやつだ。

 

“主様の思う最終形が私なの。最も優れた私は、否応なく最強なのよ。つまり、わかる?”

 

「……お前が、そう名乗らなくとも……マーキナーはそう目指して……作った?」

 

“そういうことよぉ、だからぁ――てんで笑っちまうんだよなぁ! なぁにが望んでないだ! これが最強の形なんだよぉ!!”

 

「…………!」

 

 確かにそれは、一つの最強の形だろう。四天は手足、マーキナーが作ったもの。ならば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 であれば、ヤツは、これまでの四天とは違う。

 

 ――そして。

 

 

“アタシの最強で消えやがれぇ! 『大岩・隕石(グレーター・コメット)』!! クッハハハハハハハハ!!”

 

 

「――百夜!」

 

 そこで、リリスが私に呼びかけた。

 

「リリス?」

 

「もう一回、もう一回行くの!」

 

「でも!」

 

「――いいから! リリスを信じて!」

 

 ――――!

 

「たいだりゅー様も! いい!?」

 

“……面倒だ”

 

 リリスは、前を向いていた。

 ああこれは、わかる。リリスは――

 

“クハハ! 何をしているのかしら!? アタシを笑い殺すつもりぃ!? 無駄無駄! 無駄なのよ! アンタ達じゃ、私には勝てないわ!!”

 

 

「――最強は、()()()()()()()()!」

 

 

 リリスは、()()()()()()()()()()

 私とも、ラファ・アークとも違う最強が。

 

「百夜は()()()()さいきょーなの! そもそも、弱者が強者を倒すことだってあるの! だったら、()()()()()()()()なんて、()()()()()()()()()()()()()の!!」

 

 白光を構える。

 ――リリスは私の親友で、大切な人で、失いたくない人だ。

 

 そんな人が、私を信じてくれるといった。

 

 だったら。

 

“ふん、無駄よ! アタシの最強は! 崩れない!!”

 

「――それはどーかしら、なの!」

 

 ――応えないわけには行かない!

 

「百夜! たいだりゅー様!」

 

 構えて、

 

 

()()()()()()!」

 

 

「“H・H(ホーリィ・ハウンド)”!」

 

“――『ハメツ』”

 

 ――私達は、それを放った。

 

“横って――そらすつもりぃ!?”

 

「……そういう、こと!」

 

 隕石からの手応えが私に伝わる。重い、弾けない。でも。

 ()()()()()()()()()()()()

 

“バカねぇ! たとえ反らせて、直撃を避けれたとしても! 余波をアンタたちはまともに受けるのよぉ!”

 

「――バカはそっちなの」

 

 そして、リリスは。

 

 

()()()()()()()()()()()、リリスはリリスの最強を信じることなんて、できませんの!」

 

 

 リリスにとって、私が最強であるように。

 ――リリス、私にとっては、貴方こそが最強の親友だ。

 

“ぬ、ぅ――億劫だが”

 

 そして、お祖父様も。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――怠惰だろうと、娘のために生命を投げ出せるお祖父様は、ここで引けないお祖父様だった。

 

「っ、あああああ!」

 

 声からすべてを吐き出して。

 

“ぬ、ぅ!”

 

 お祖父様が、ギリギリまで引きつけたそれを――避ける!

 

「今なの! “G・G(ガード・ガード)”! “B・B(ブレイク・ブースト)”!」

 

 余波が世界を明滅し。

 

 

 ――気がつけば、私達はまだ立っていた。

 

 

“バカな!!”

 

 ラファ・アークが叫ぶ。

 ああ、まったく。

 

「――百夜」

 

 きがつけば、リリスが横に並んでいた。

 

「リリスたちは、さいきょーなの。だから、こいつにだって負けないし」

 

「……うん」

 

 

「いつまでも、皆一緒に、笑顔で暮らすの!」

 

 

 ああ、そのために――

 

「――そのために、全てをおわらせに行こう」

 

 リリスの手には、宝石があった。

 赤色の、それは。

 

 ――私達を包み始める。

 

 大切な人と、これからも一緒に。

 最強を越えて、その先へ進むために。

 

 ――いずれ、それが終わってしまうとしても。

 

 私達は、先へ征く。

 

 

「――二重概念(デュアル・ドメイン)

 

 

合一展開(セッション・スタート)――!」

 

 

 ねぇリリス。

 貴方の突拍子もない世界は、私にとっては、何百年よりも価値があって、素晴らしいもの。

 

 だから、これからも。

 

 貴方の世界を、歩かせて?



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EX.リリスと百夜の千夜一夜物語 その3。

 ――私達が行った儀式は、二つの概念を()()()ためのものだった。

 二重概念、他で言うと、別の歴史の私が敗因……敗因? と概念起源を使うために使用したもの。同じく別の歴史の紫電が別の紫電と使ったりもしたらしい。

 ということは、あの紫電か。彼女も強かった。

 

 そして、これらは概念起源を重ね合わせることで効果を発揮するという代物だが、他にも、()()()()()()()()()()()()()というやり方もある。

 それが何かというと、今、私達がやっていることだ。

 

 傲慢龍の儀式を利用し、あるアイテムを使用することで、二人の異なる概念使いを、一つの概念に合一する。そのアイテムというのが、四天を倒した後に入手できる宝石だ。

 私達がウリア・スペルのものを、敗因がガヴ・ヴィディアのものを所有している。

 

 これが、私達が使用することになるパワーアップ手段で、二つの概念を合一すると、その二つの概念が()()される。

 掛け合わされ、お互いに高め合うように強化されるのだ。

 

 私の白光と、リリスの美貌。それら二つが重なり合って――

 

“んま――!”

 

「――またせた」

 

 そこには、私がいた。先程までリリスがいた場所に、リリスはいない。ラファ・アークが驚いたように口を開け、こちらを油断なく観察している。

 その様子は、ウリア・スペルやガヴ・ヴィディアにはない慎重さが、たしかに感じられた。

 

 そして、

 

“――どっかーん、ですの!”

 

 リリスが、私の横に()()()()()。これこそが、私達が二重概念することで起きる現象――合一(セッション)である。現在のリリスは、桃色の光で構成された半透明の状態になっている。

 ちょっとエッチだ。

 

“何とも、それっぽいじゃなーい! ふぅん、そうなるのねぇ”

 

()()は、白光美貌の百夜とリリス。二人合わせて、私達が最強の概念使い」

 

 ――白光百夜とは、名乗り方が少し変わった。新鮮だけど、気にしている暇はない。さぁ、反撃開始だ。

 

「――これで、もう遅れを取ることはない」

 

 私は鎌を向けて、ラファ・アークへと相対する。リリスもやる気十分といった様子で私の隣を跳ね回った。

 ――曰く、合一が最初に行われたのは、本来の歴史では紫電たちによるものらしい。紫電は概念起源を弟子の紫電に放たせるために二重概念を使用したが、他にも時折、このような合一を起こして弟子の紫電を強化していたらしい。

 狙って起こせるものではなかったそうだが、後にこうして本来の歴史における私と敗因の合一につながる……のだそうだ。

 

“ハッ――ナマ言ってんじゃねぇぞガキ共ォ!”

 

 ――ラファ・アークの大岩が再び飛び出した。私も合わせて踏み込む。

 その速度は、――強化された状態の私と並び立つことが容易なほどだ。基本的なスペックが、強化状態の私に比肩するまで向上している、とも言える。

 

 大岩を掻い潜り、余波などものともせずに踏み込む。――なんなら、大岩そのものを、鎌で吹き飛ばすことさえできた。

 

“――猪口才!”

 

「届いた――!」

 

 鎌を振り上げ、

 

 大岩を引き寄せ、

 

“『大岩・集合(グレーター・ウォール)』!”

 

「“HH・HH(ハンティングホラー・ホーリィハウンド)”!」

 

 強化された私の最大技、光の蛇を鎌へと絡みつかせ、集積した大岩を()()()()()()叩き壊す!

 

「まだ、まだ」

 

 さらに一閃、私は大岩の中を踏み込みながら、構える。この程度で、私の攻勢は終わらない。だから――

 

“――やるじゃない”

 

 そこに、大岩の棍棒を構えたラファ・アークの姿があった。

 ――こいつ、遠距離攻撃だけじゃない!

 

「――上等」

 

 だが、それでも構わない。確かにこいつの言う通りだ、こいつの戦い方は随分と面白い。ウリア・スペルもガヴ・ヴィディアも悪くはなかったが、アレらはスペックに頼りすぎるキライがあった。

 こいつはまだ、戦い方にパターンがある。

 

「リリス」

 

“ガッテンですの!”

 

 それまで、私に付いてくるだけだった半透明のリリスが、動きを見せる。ここからは、ただパワーアップしただけではない。合一の、よりそれらしい戦い方を見せるとしよう。

 

 ――二重概念には、デメリットがないかといえば、ないわけではない。

 まず、時間制限がある。これは、合一した二人の縁、関係性、絆によって変化してくる。縁、というのは例えば能力の親和性なども関わってくる。

 

 同じ概念だったらしい元の歴史の敗因と私は、それはもう相性が良かっただろうし、逆に私とリリスは縁という側面では大した親和性は存在しない。

 私達の間にある縁は、せいぜいが寿命を同じくする、という程度だろう。

 

 だが、絆は、心は、元の歴史の私達にだって負けていないはずだ。

 継続時間は、少なくとも敗因が体力が最大まである状態からスクエアを発動させ、そのまま回復などを挟まずに効果を終了させるまでと比べて、非常に長い。

 

 一戦闘中なら、維持することは容易だろう。

 

 他に存在する制限は、一戦闘中一度しか使えないこと、解除は任意ではできず、概念崩壊すると強制的に解除されること。つまり時間制限になるか、概念崩壊しなければ解除できない。

 

 そして何より――()()()()()()()。半透明に成っている間、攻撃はできないのだ。半透明状態で干渉できるのは、合一化している私だけ。

 だが、今合一化している私とリリスは、リリスが半透明になっている分には、攻撃できないことは問題にならないのだ。

 

「“N・N(ニューロ二クス・ネットワーク)”」

 

 高速で、ラファ・アークの裏側へと回り込む。既に鎌は振りかぶられ、後は一撃を叩き込むだけだ。

 

“甘いわねぇ!”

 

 ――大岩が間に浮かび上がる。ああ、これは吹き飛ばすことはできるけれど、先が続かない、しかし。

 

“甘いのはそっちなの! 『P・P(パッション・パッション)』!”

 

 リリスの攻撃上昇が、私に適用される。結果――間に浮かんだ大岩は、()()()()()()()()()()、そのまま鎌がラファ・アークへ突き刺さる!

 

“なんですってぇ!”

 

 なんとかガードに差し込んだ大岩の棍棒もそのまま砕き、ラファ・アークは吹き飛んだ。――概念技を載せていない分、一撃が軽い。追撃は必須だ。

 

「“N・N(ニューロニクス・ネットワーク)”」

 

 ――ラファ・アークが地面に激突するよりも早く、回り込む。

 

“早い――! けどねぇ!”

 

 しかし、

 

“アタシだって、四天の最強名乗ってんだからぁあああ!”

 

 大岩が、浮かんだ。

 態勢を立て直しながら、ラファ・アークは更に棍棒まで再生成しようとしている。

 

“手際良すぎなのー!”

 

「構わない」

 

 ――私はそれに鎌を振りかぶり、()()()()()()()()()()()()()()()()()。傍目から見れば、迫る大岩を対処できなかったように見えるだろう。

 しかし、実際は違う。()()()()だ。

 

“――ガード成功ですの”

 

 リリスの防御が間に合っている。

 このまま相手からは見えない場所から――

 

「“HH・HH(ハンティングホラー・ホーリィハウンド)”」

 

 最大火力を、解き放った。

 ――大岩集合を使用していなかった岩石は、一瞬にして塵へと還り、そのままラファ・アークへと襲いかかる。

 

()()()()()()! 『大岩・隕石(グレーター・コメット)』ォ!”

 

 しかし。

 ――それを警戒していたのか、ラファ・アークもまた最大火力でこちらを攻撃する。だが、出が遅かったようだ。一部は弾き落とすものの、いくつかはやつの身体に突き刺さった。

 

“が、ああ! なん、なのよこの威力!!”

 

「最強だから」

 

 当然だ。

 その隕石程度で、リリスと共に最強になった私を止められるものか。

 

「貴方は見どころがある……でも、このまま沈め」

 

 少なくとも、これまでの四天よりはよっぽどマシだ。こういうヤツとなら、幾らでも私は戦いたい。倒さなくてはならないのは残念だが、私情を挟み込むつもりもない!

 

“ハッ――”

 

 ――肉薄した私に、しかし。

 

“――ナマいってんじゃねぇゾ、クソガキ”

 

 ラファ・アークの殺意に満ちた声が囁かれた。

 ――嫌な予感。

 

「――ッ、“N・N(ニューロニクス・ネットワーク)”」

 

 後退。光と成って駆け抜ける私の横目に、高速でラファ・アークへと集まる岩鉄が見えた。それは、どういうわけかこれまでの岩石と違い、黒く、光って、磨き上げられている。

 

“オオオオオオ! 『合・身(ジョイント)』!!”

 

「――これは」

 

 そして、ラファ・アークは、磨き上げられた黒鉄を、()()()()()()

 

“完ッ了ッ!”

 

 ハートマークを身体から出現させ、ポージングをするラファ・アーク、理解不能だ。

 

「より一層わからなくなった」

 

 思わず後方で完全に終わったつもりでいるお祖父様を見る。何の反応も返ってこなかった。

 

“――アタシの肉体は、鋼。アタシが侍らすこのイケメンたちも、アタシの糧となるために存在している”

 

「……?」

 

“解らないなら、心で理解しなさぁい。アタシの乙女心は、アタシをより強くするのだと!”

 

 ――直後。私の目の前に、ヤツは迫っていた。

 

“死に晒せやぁ!!”

 

 ――直撃。

 私は今、リリスの攻撃力上昇を受けている。その状態で――衝突。拮抗――否、押されている!

 

「――“R・R(ライジング・レイ)”」

 

“『岩鉄・激震(グレーター・ナックル)』!”

 

 ――激突。

 概念技を使ってもなお、優勢はあちらだ。距離を取る、大岩を飛ばしながら、やつが迫ってくる。――大岩の威力は変わらない。遠距離なら強いのはこちらだ。

 しかし、あちらがこちらに迫る勢いで突っ込んでくる。逃げ切れない!

 

“ハッ――! 逃げてばかりで、最強を名乗れるなんておかしな話ねぇ!”

 

「――挑発」

 

“百夜ー!?”

 

 リリスが慌てた様子で、私の逃げの一手への忌避を咎める。もちろん、解っている。だが、時には、()()()()()()()()()()()()()ことだってある。

 

「解っている――“HH・HH(ハンティングホラー・ホーリィハウンド)”!」

 

“バカねぇ!!”

 

 高速で移動していた私から、光の蛇が溢れ出て、ラファ・アークが足を止める。ガリガリと地面を削って停止すると、ヤツは両手を拡げ。

 

“こちらも全力よおおお! 『隕石・全開(グレーターコメット・フルスイング)』!!”

 

 そこに、隕石を出現させる。熱を帯びたそれに、やつの棍棒が突き刺さり、メイスとなる。

 

 ――両者が激突した。

 

「……っ」

 

 今度は、息を呑むのは私の方だった。

 押し切られる。驚くべきことに、威力はあちらのほうが上だ。リリスのバフがあってもなお!

 

“ファ、イト―ー!”

 

「まだ、まだ……!」

 

“残念、これで終わりよォ! 吹き飛べエエエ!!”

 

 ――一閃。

 ラファ・アークが隕石を振り抜いた。

 ――炸裂が土煙となり、私の姿を覆い隠す。

 

“終わりねェ――”

 

 驚愕。

 想像以上の、全うな強さ。

 

 ああ、しかし。

 

 ――本当に、惜しい。

 

 

「……まだ、まだなの」

 

 

 リリスの声が、響く。

 

 それは、先程までのような声ではなく。

 実体を伴う、少女の声。

 

“あァ――!?”

 

「リリスたちは、強くなりましたの。あなた達に勝つために。マーキナーを倒すために!」

 

 ――私達の強化は、私だけのものではない。

 今の一撃、致命的だった。スペックは強化されている、体力だって例外ではない。それでも、あのぶつけ合いの後で、なおあの一撃は私を屠るには十分だった。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 あるのだ、リリスには対応策が。

 

「でも、リリスには力がありませんの。百夜や、あの人達みたいに、直接誰かをどうこうする力が」

 

“あぁん?”

 

「だったら、どんな力があれば、リリスがそれに対抗できるか――リリスにあるのは、誰かを助けて、守って、癒やす力」

 

 やがて、煙が晴れる。

 

 ――そこには、

 

「そんなリリスに、百夜と力を合わせて宿った力、それは――――」

 

 

 巨大な、あまりにも巨大な杖を振り上げたリリスが立っていた。

 

 

「――倍返し、なの!」

 

 

 カウンター。

 リリスの合一による強化は、あまりにもシンプルだった。

 誰かを癒やし、能力を向上させるリリスに宿ったのは、()()()()()()()()()()()()()()ことと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これこそ、私達が、二人で最強である所以。

 

“ふ、ふ、ふざけんじゃねぇぞお! 最強は、アタシだああああ!”

 

 ラファ・アークが隕石を呼び出し、構える。

 ああ、でも、リリスの新しい力は、まだ効果を終えていない。

 

 ――振り抜かれた隕石のメイスは、しかし。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()ことしかできなかった。

 

“いけ、リリス”

 

 半透明になって、ちょっとエッチになった私が、リリスに呼びかける。さぁ、決着だ。

 

 

「――“H×R(ホーリィ・アンド・レイン)”!!」

 

 

“ふ、ざ、け、る、なああああああああああああああ!!”

 

 

 ――飲み込まれたラファ・アークは、かくして。

 ここに、()()()()()()()()に、敗北した。



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EX.リリスと百夜の千夜一夜物語 その4。

“あー、負けた、負けたわ”

 

 倒れ伏すラファ・アークが、私達の顔を見上げて、観念したようにつぶやく。その顔は、何とも形容しがたいものだった。

 安堵とも、後悔とも、なんとでも取れるような曖昧な顔。奥底が読めない――それは、他の四天はそうだったが。()()()()()()()()()()()のではないかとも思える、そんな顔。

 

 ただ――

 

“ほんと、ふざけてるわよねぇ”

 

「……何が」

 

 こいつは、少し変だ。

 

“アンタ達、ありえないわよぉ。こんな早い段階で、アタシたちが負けること自体が、普通あっちゃならないことなんだからぁ”

 

「敗因を、この世界に呼び寄せた……お前たちが、いう?」

 

“そこ、そこよぉ。それがそもそもの失敗だった。主様はおっしゃったわ、一から可能性をやり直す。()()()()勝てる可能性を探す……って”

 

 何かを思い出すように、ラファ・アークの言葉はふわふわしている。肝心なことを話していないような、そんな感じの言動。

 そりゃあ主の意向をペラペラしゃべる手足なんて、必要ないんだろうから当然だけど。

 

「何がいいたいの! はっきりするのんのん!」

 

“早すぎるのよ、何もかも。こんなこと、ありえないわ”

 

 早すぎる。

 ――人の歴史、人の歩みは、こんなにも早く大罪龍を、ましてや四天を打倒するようにはできていない。それはたしかにその通りで、私はそんな歴史を、実際に見てきた。

 だから、たしかに敗因は異常だと、そう肯定することはできる。

 でも、

 

「……何か、問題?」

 

“それは、アンタたちが主様に勝てたら、の話でしょう。予言してあげるけど――”

 

 ラファ・アークは、

 

“――アンタたちは、()()()()。主様には、()()()()のよ”

 

 随分と、断定的に言ってのけた。

 

「そんなわけないないなの!」

 

“んふふ、おこちゃまにはわからないわよ”

 

「おこちゃまじゃないのー!」

 

 ぷんすこぷん、リリスは何やらムキになっていた。

 それをラファ・アークは何とも面白そうに眺めてから、ふと、天井を見上げて、つぶやく。

 

“――あーあ、何だってアタシは最後に作られたのかしら”

 

「……急に、どうした」

 

“言ったでしょう、アタシは四天の最終形。他の連中とは拡張性が違うのよぉ。よりできることが増えている――まぁ、戦いしかしなかったアンタたちには、わからないでしょうけど”

 

「いきなり言われてもですのん」

 

 でしょうね、とラファ・アークは鼻を鳴らして、どこか遠くを見るように目を細めながら、

 

“だから解っちゃうのよ、アンタたちが()()()()ことも、アタシのことも。ほんっと、つまらないわ、つまらないのよ”

 

「…………」

 

 ――ああ、解った。

 ラファ・アークは私達を見ていない。誰かに対して言葉を投げているのだ。誰か? ――一人しかいないだろう。この世界に、四天が思いを馳せる相手は、一人だけ。

 でも、だったらラファ・アークは、何を思っているのだろう。

 

 感情の底が読めないというのは、こういう時に不便だ。

 であれば、聡いリリスなら? ――視線を向けるが、空振りだった。珍しいことに、リリスもポカンと、よくわからないといった風に首を傾げている。

 意外にも、ラファ・アークはそれだけ本質が読み取れないのだ。

 

「貴方は――」

 

“――ああもう、時間切れねぇ”

 

 リリスが声をかけるより前に、ラファ・アークの消滅の勢いが強まった、もう、数秒しか持たない――言葉をかける猶予はない。

 だから、向こうの言葉を待った。

 

“不思議だわ、死にたくないよりも、哀しいが強い。ああ、なんてこと”

 

 ――ラファ・アークは、誰かに祈りを捧げるように、

 

 

“こんなんなら、アタシも他の四天と同じように作ってもらうんだったわ”

 

 

 消失した。

 

 

 ◆

 

 

“――終わったか”

 

 お祖父様がポツリと零す。

 ここまで、私達が二重概念になってから、完全に戦局を見守るだけだったお祖父様だ。まぁそもそもからして、これくらいの敵には一人で勝てないと話にならないので、問題はない。

 というよりも、二重概念発動まで手伝ってくれたことのほうが、ありがたいのだ。

 

「お祖父様、ありがとう」

 

“……私はお前の祖父だ”

 

 どこかぶっきらぼうに、面倒そうにつぶやくのは、しかし照れ隠しでもあるのだろうか。お祖父様は素直ではない、素直なほうがお祖父様ではない。

 怠惰だから、面倒だから、そんな風に感情表現を恥ずかしがるのはお祖父様の可愛いところかもしれない。

 

「伝わっている」

 

“……”

 

「しょーじき、百夜も感情表現なんてカケラもしないし、言葉も全然足りないですのん。のんのーん!」

 

 ――リリスに痛いところを突かれた。

 まぁ、お祖父様と似た者同士ということで。

 

「お祖父様の孫だから」

 

「ほらー!」

 

 むにむにとほっぺたを引っ張られつつ考える。

 さて、これで私たちの倒すべき四天は残り一柱となった。狙いは、まだ二重概念を起動していないだろう敗因か。ガヴ・ヴィディアの有する最後の一手、分断は四天が私達を倒す最後のチャンスとなった。

 もし、アレがなければ、一柱しか顕現できない四天は、十中八九蹂躙されていたことだろう。

 

 まぁ、それがあるからこそ、マーキナーは二番手にあの転移をもたせたのだろうが。

 

 とはいえ、あの敗因がたかだか四天ごときに、負けるはずもないが――

 

 

“――邪魔するぜ”

 

 

 その時、だった。

 ラファ・アークが消失して、静かになったお祖父様のねぐらに、土足で踏み込むものがいた。聞き慣れた声、けれども、あまり聞きたくないタイプの声。

 仲間ではない、と自然とそれに対して思う。

 

 そいつは――

 

“――強欲龍か”

 

 お祖父様が、入ってきた人形としては巨体の竜人に呼びかける。

 強欲龍グリードリヒ、今、私達の目の前に出現した、あらたな敵とも言える存在の名前だった。

 

 リリスと二人で警戒しながらやつを見る。大丈夫、戦える。リリスと二重概念になったことで、私は本来の力を取り戻していた。

 

「何しにきたの!」

 

“おいおい、別に戦いに来たわけじゃねぇ。――そもそも、敗因から俺の動きはだいたい教えられてんだろ? こうするだろう、って”

 

 ――まあ、実際その通り。

 警戒はしているものの、驚愕はしていなかった。私達は、ここに強欲龍が来るだろうということを敗因から聞かされていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

 

“しかし、どうやらタイミングはよかったようだな。もう終わったのか”

 

 ――強欲龍は、四天などと戦いたくもないのだろう、敗因がフォローしたとはいえ、ガヴ・ヴィディアにされたことは、ヤツにとっては永遠に許せるものではないのだ。

 さて、それはそれとして、強欲龍は気に入らない。

 

 私を差し置いて最強を目指す輩だ。別にヤツの性格とかはどうでもいい。奪うなら奪うで好きにすればいい。だが、最強を目指すなら、捨て置けない。

 元の歴史でもそうだったが、あいつは私に挑んできたものの、()()()()()()()()()()()()()()つもりはないようだった。

 私こそが最強なのに、実際全力でボコってやったのに、失礼なやつなんだ、こいつは。

 

 許せない。

 

「百夜?」

 

「……ん、なんでもない」

 

 少し漏れていたようだ。リリスの怪訝な声で、我に返る。強欲龍は――笑っていた。あいつにまで伝わったのか、不覚。

 

 ……少し煽ってやろう。

 

「タイミング? むしろ悪かった。私は最高だったけど」

 

“ああ?”

 

「ラファ・アーク、他の四天とは違う。美味しかった」

 

“ああ!?”

 

 ――これまでの四天と比べて、遥かに強さというものをはっきりと有していたあいつは、強欲龍が戦えば、四天に対する認識を改めて、ガヴ・ヴィディアだけを嫌う様になるかも知れない程だった。

 

「ごちそうさま」

 

“てめぇ……”

 

「ストップ、ストップなのー!」

 

 リリスが間に割って入る。

 むぅ、と頬を膨らませながらも、本題に入る。

 

“――それで? てめぇらはその宝玉を渡すのか、渡さねぇのか、どっちだ”

 

「あの人からは、必要だからわたしていいって言われてますの」

 

 敗因いわく、強欲龍の強化も、マーキナーとの戦いには必要になるだろう、とのこと。いや本当に、楽しみだ。強化された私達は、二人もいれば四天を一方的に叩きのめせる強さだというのに。

 そんな私達へ、真っ向から対抗できる強さ。

 

 うん、ワクワクしてきた。

 そのためにも、まずはこの宝石を――というところで、宝石を手にとって、ふと、止まる。

 

 ――アレ?

 

 この場にいるのは、私、リリス、お祖父様、強欲龍。

 二重概念を起動した私たちと概念化した強欲龍の強さは、あちらが若干上手。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 …………うず。

 

 

「――強欲龍。これは、渡せない」

 

「百夜?」

 

“ほぉ――?”

 

 はぁ、はぁ……しょうがないよね。

 ちょっとだけ、ちょっとだけだから。

 最悪、死闘になっても戦力的には十分行ける。だから、これくらいのわがまま、いいよね。

 

 第一、敗因はずるい、あんな羨ましいシチュエーションで最強を争えるなんて。そもそも、これまでずっとお預けを食らってきたのだ。

 

 ちょ、ちょっとくらい……いいよね?

 

 

「――コレ、欲しかったら、私を倒してみせて」

 

 

“いいぜ乗ったァ!”

 

「百夜ーーーーーーーー!!」

 

 

 ――結局、戦闘は怒ったリリスに力を貸してもらえず、一方的に私がボコられて終わった。悲しい……

 

 

 ◆

 

 

 ――宝玉を手にして、それを眺めながら強欲龍はつぶやく。

 

“こんなものが、最強への鍵、ね。随分最強も安売りされるようになったもんだ”

 

“……そもそも、最強というのはお前も、傲慢龍も、孫も……皆それぞれに口にする。そんなに最強というものが、お前たちはほしいのか?”

 

 お祖父様のつぶやき。

 怠惰にまみれたお祖父様は、そりゃあ、そうなるだろうという、何ともな発言。でも、そうなのだ。最強はほしいのだ。私は概念崩壊した痛みを堪えながらうんうんとうなずく。

 いたい……リリス慰めて……

 

「ぷいっ」

 

 あう……

 

 怒らせてしまった……

 

“あたりめぇだろ、この世で最も強いやつが、この世のすべてを奪えるんだ! 俺は最強を目指さずにはいられねぇ!”

 

“……ならば、単独で勝てるのか?”

 

“あぁ?”

 

 呆れたように、お祖父様は言う。

 

“父に、だ。……最強は父だろう、いくら強くなったところで、父に単独で勝てなければ、意味はあるまい”

 

 ……とても身も蓋もないことを言われた。

 機械仕掛けの概念は反則だ、例外だ。()()()()もそうだし、()()()()()も、外部だよりじゃないか。

 ――と、そう思うのだけど。

 

 強欲龍は、別の所に意識が向いているようだった。

 

“……なぁ、ずーっと、気になってたんだけどよ”

 

“何だ?”

 

 それは、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()? ()()()()()()()()()()。俺はそこがどうにもよくわからねぇ”

 

 

 ――私達には、初めて突きつけられた疑問だった。

 敗因すら口にしなかった、思っても見ないそれが、よりにもよって、強欲龍から浮かび上がったのだった。



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135.最後の四天と戦いたくない。

 ――ゲームには、戦いたくない敵というのが存在する。

 ゲームに限らず、創作にはいくつか敵の種類がいる。ただ純粋に強い敵、搦手が得意な敵。高潔な敵、性格の悪い敵。

 その中でも、()()()()()というのは、得てして徹底的に嫌われるものだ。

 

 おそらく、僕が戦うことになるだろう、最後の四天。ミカ・アヴァリはまさしくそんな敵だった。

 

 ――本来の最後の四天は、ラファ・アーク。怠惰を名乗るあの四天が、最新を名乗るあの四天が、本来なら順番としては正しいのだろうけど、あいつはリリスたちの元へ向かうだろう。

 因縁を優先するのだ。怠惰の対である堕落の概念使いであるならば、百夜との対決に名乗りをあげるはずだ。

 

 マーキナーは、そういうところをこだわる性格である。

 

 そして、であれば僕に差し向けられるのは強欲の対となる四天――“簒奪”のミカ・アヴァリ以外にないだろう。あいつは本当に面倒なタイプだ。

 嫌われる敵というのは、色々と条件があるが、倒して爽快感のない敵というのは、相応に嫌われる定めにあるだろう。カタルシスの伴わない敵、最後まで余裕を崩さず、こちらのことをバカにして、倒しても面白くならない敵。

 

 ミカ・アヴァリはそんなキャラだった。

 

 ヤツが何よりも面倒なのは、どれだけ追い詰めても、追い詰められたように思えないのだ。常に余裕な態度を崩さず、打ってくる手は悪辣そのもの。

 四天は基本的に、時空を越えてやってきた過去作のメインメンバーと5の所要人物一人が協力してことに当たる。

 

 3のメンバーといえば師匠と同じ概念使いの少女であるわけだが、そんな彼女の目の前で、あろうことかミカ・アヴァリは師匠の懐中時計を奪い取って、踏みにじるのだ。

 

 あの懐中時計はマーキナー討伐のために必要なアイテムで、それを奪い取ることは奴らにとっても必要なことではあるのだが、だからといってわざわざ踏みにじったのは、やつの性格の悪さがにじみ出ているだろう。

 

 しかも、奴は能力まで厄介だった。簒奪、という概念からなんとなく想像がつくかもしれないが、ヤツの能力は相手の能力を奪って行使することである。

 奪われればその能力は使えなくなり、しかも相手が使ってくる。

 厄介極まりないそれは、相手にしたくないというのもあったし、思い入れのある概念使いの概念を使っておきながら、まるで用をなさないといわんばかりの態度で放り捨てる。

 

 決して、戦っていて気持ちのいい相手ではなかった。

 とはいえ、最終的にはそのヘイトは解消されるのだが。

 

 理由は何故か、この簒奪能力に対するガンメタを張れる相手が3のメインメンバーの中にいたのだ。()()使()()()()()()()()()()()()()()()について前に触れたと思うが、それを扱うキャラが3には主要人物として登場する。

 そのキャラクターは自分が概念使いでないことにコンプレックスを持ち、卑屈で、情けないところの目立つキャラだ。

 

 しかし、土壇場では勇気を奮い立たせ立ち上がり、窮地を打開するきっかけとなる存在である。ゲームにおいて、強欲龍の核を一つ破壊した功労者でもあった。

 ここでポイントなのだが、簒奪能力は概念使いの概念を奪う。つまり、()()()()()()()()()を簒奪すればどうなるか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 結果、それまで調子に乗りまくっていたミカ・アヴァリは、何故自分が無能になったのかも解らずに敗北する。最後まで余裕は崩さなかったが、そもそも自分の大ぽかで自滅するのだ。むしろそんな不遜な態度が阿呆に見えること請け合いである。

 しかもこれが、概念使いでないものから簒奪した場合の前フリをさんざんした上でのことである。

 

 だから、ゲーム内では、そのヘイトはきちんと解消される。魅力はないが、倒しがいはそこそこある相手。ただ、それはそれとしてキャラとしては非常に面倒極まりない存在である。

 

 つまるところ、何が嫌なのかといえば、ミカ・アヴァリは特攻能力があることを前提に作られたキャラで、それがない場合は厄介極まりない能力を、正面から相手しなくてはならないということにある。

 しかも、今回僕は単独で、頼れるものは誰もいない。

 だから僕がこれから相手にするミカ・アヴァリは、ただただ厄介なだけの敵なのだ。

 

 故に、僕は対策を考えなくてはならなかった。

 

 ――幸いなことに、その方法は、既に用意されていた。

 

 

 ◆

 

 

「……よし、と」

 

 ――そこは、僕がよく見知った場所だった。

 というよりも、偶然その近くに飛ばされたから、やってきたというだけなのだけど。ここは数百年後の未来で、当時最も強い魔物が生息することになる地域だ。

 3における、最終決戦の舞台である。

 

 強欲龍は最強を目指し、最後の戦いにふさわしい場所を選んだ。お互いにそれまでのすべてを出し切り、ぶつけ合うべく、最強の集うこの地をベストと考えたのだ。

 僕の場合は、たまたま近くを通りかかったから、でしかないが。

 

 まぁ、これから面倒極まりない敵と戦うのだ。それくらいの験担ぎはしておきたいのである。

 

「儀式を始めるか……ああ、これでラファ・アークが出てくれればな、あいつはまだ戦いやすい」

 

 四天の中で、もっとも戦いやすく、敵として倒しやすいのは、なんといってもウリア・スペルだ。あいつは油断しやすく、倒しやすい。

 実際今回も、とんでもないミスをやらかして後の四天に色々と面倒を押し付けていった。

 そういうやつ、といえばそういうやつ。

 

 一番戦いたくないのはミカ・アヴァリとして、次点は策が狡猾なガヴ・ヴィディアである。結果として、この世界では絶対にやってはいけないミスをして、それまでの策を全部台無しにして死んでいったが、やった戦略は悪くなかった。

 ――そもそも、負けイベントに勝ちたい僕としては、敵というのは越えるべき壁であり、歓迎すべき存在だ。強敵を倒すこと、乗り越えることは僕のモチベーションの支柱であり、譲れない一線である。それ故にガヴ・ヴィディアは狡猾ではあるが、戦っていると思える敵で、ミカ・アヴァリはその真逆。戦っている手応えを感じなかった相手である。

 

 その点、ラファ・アークは敵としては優秀だ。オカマは強キャラ、とよくいったものだけど、それをなんとなく履き違えたようなキャラ性は、まさしくカマセとしては優秀だ。

 オカマキャラを名乗っておきながら、不摂生で、不清潔。さらには追い詰められるとオカマキャラを保てなくなる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから、オカマキャラとしては失格もいいところだろう。

 

 そんな風に、倒すに一切のためらいがいらない敵が、四天。その中でも、()()()()()()()()が違うのがミカ・アヴァリだろう。

 約束された最期を、期待されたとおりに全うしたヤツは、いやらしい敵ではあったものの、倒しやすさ、御しやすさはそこそこだった。

 

 ――特攻さえ可能なら、だが。

 

 そして、僕はそれに対して一つの手段を考えた。ミカ・アヴァリは、一つの概念しか奪うことができない。別の概念を奪うには、奪った概念を捨てなければならない。

 これは良くもあり、悪くもある特性だ。

 

 概念使いでないものの概念を奪わせる以外の作戦として考えられるのが、奪われても大丈夫だが、奪った側に魅力を感じさせる概念を奪わせること、というのが考えられる。

 僕の場合は、それに対して一つの回答があった。

 

 ()()()()()()()()()()()を奪わせるのだ。

 

 そもそも、スクエアは外付けの概念。僕が本来有する概念とは別のものである。故にこれを奪わせても、本来の概念が使えなくなるわけではない。

 対して、ミカ・アヴァリにとってこの概念はなかなか効果的なものだろう。なにせかなりのパワーアップが望める。スクエアなしでの四天とのスペック差も相まって、向こうはこちらを一方的になぶるはずだ。

 

 そこで()()()()()()()()()()の出番である。このデメリット、感覚的にわかるものではないのだ。パワーアップによって調子に乗らせた上で、自滅させる。

 これが今回の作戦の骨子である。

 

 この作戦のメリットの一つは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()こととも関わってくる。

 簡単に言うと、二重概念中はスクエアが使用できない。使用できないものを奪われたところで痛くも痒くもない。まったくもって当然の考えである。

 

 というわけで、ここまでが僕の対ミカ・アヴァリ戦略である。ミカ・アヴァリは直接相対したくはない敵だが、戦うことになった以上は引けない相手である。

 

 マーキナーまで、ついに後一柱となるだろう四天。

 これを超えれば、後はもう、最後の決戦というのだから、早いものだ。

 

 ――正直に言うと、僕はまだ師匠から投げかけられた言葉への返答を持ち合わせてはいない。()()()()()()()()()()以上、戦わなくてはならない。

 それが今の僕の立場で、僕の戦う理由だ。

 

 戦わなければ、それで良いのではないか。

 

 その答えを、否定できてはいない。

 ――僕は自分勝手ではあるけれど、自分のワガママで世界を壊すまでには歪んでいない、ということだ。大罪龍は魅力的なキャラクターではあるものの、敵は敵、最後には決着をつけて倒さなければ、誰かが傷つく。それは、僕の望むところではなかった。

 しかし、ここまでくると、その自分勝手が中途半端だったから、ここまで来てしまったのではないか、という思いもある。

 

 どこかで止まれたのではないか、人の成長を待てたのではないか。

 そう、思うこともある。

 

 でも、もうここまで来てしまったのだ。

 

 止まれない、だったら、進むしかない。

 

 ――儀式の準備は終えていた。

 既に、いつ四天が現れてもおかしくない状況である。僕は、大きく深呼吸をして、意識を切り替えた。

 

「――さぁ、いつでもこい。僕はここにいる。お前たちを倒すために」

 

 そう、

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 意識を集中させた、その時だった。

 

 

「なら、ちょうどよかった。ボクと遊んでくれないかい?」

 

 

 ――甲高い声が、響いた。

 

 

 それは、

 

 

 一瞬。

 

 

 僕の思考を完全に停止させた。

 

「――え?」

 

 ありえない、というのが、そこから復帰した直後の僕の考えだった。ありえない、ありえないことが目の前でおこっている。()()()()()()()()()()()()()()

 

 なんで、なんで――

 

「どう、して――」

 

「――うん? 簡単なことだ。この体はあくまで四天の体。四天が言っていなかったかな? 四天はこの世界に、一つの端末を使って介入している」

 

 ――こちらを小馬鹿にしたような声だった。

 子供のような声。無垢で、穢れを知らず、故に何のためらいもなく残酷を弄ぶような、そんな声。姿は――

 

「だから、()()()()()()()()()()。スペックを落とすなんて耐えられないから、本来はしないけど」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()。その顔は、フードによって望めない。

 

 

「あ、んたは――」

 

 そうだ、僕はこの姿を知っている。よく、知っている。――四天ではないことも。

 

 では、誰か、など。

 

「――四天はダメだ。ミカ・アヴァリはもう必要ない、()()()()()()()()ことにした。君と顔合わせもしたかったしね」

 

 よく、知っている。

 

 

「お初お目にかかる。ボクは機械仕掛けの概念。君たちがマーキナーと呼ぶ――君が手を伸ばして止まない、()()()()だ」

 

 

 機械仕掛けの概念(ドメイン・マーキナー)

 

 

 あり得ざる最後の敵が、よりにもよって、この場所に。

 

 僕の目の前に、顕現した。



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136.邂逅

 ――機械仕掛けの概念は、何より特徴的なのがそのビジュアルだ。

 それまでゲームの中で何度か見かけてきたマーキナーを表す紋章をあしらったローブを羽織り、背には龍の羽を模した光の翼、手には同じく光の剣を携えて、その顔はフードに覆われ望めない。

 僕たち、このゲーム、ドメインシリーズの主人公と同一のそのスタイルは、やつが僕たちと同じ、ローブで概念化する概念使いであることを示していた。

 

 そこに如何なる因果があるというのか、ゲームにおいて、マーキナーは語っていた。

 

 ()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()だと。

 

 マーキナーは可能性を操る概念使いだ。マーキナーは他人の可能性を選択し、捻じ曲げることができる。その能力でもって、マーキナーはあるものの可能性を捻じ曲げた。

 故に、マーキナーは全能とも言える力を有し、最強の、無敵のゲームマスターとして、君臨しているのだ。

 

「――君は、本当に面白い可能性を有しているね」

 

 くるくると、手にした剣を曲芸のように振り回しながら、マーキナーは僕の周囲を歩き回る。

 先程、マーキナーは四天の器を使って、この世界にアクセスしているといった。今、僕の目の前にいるのは、つまるところミカ・アヴァリの器であるということだろう。

 

 それが通用するのは原理として至極当然のことで、ただ、必要性がないからゲームではしなかっただけだ。ミカ・アヴァリに限らず、四天のスペックは大罪龍以上。わざわざそれを押しのけてまでマーキナーが出張ると、器が一つ無駄になる。

 四天が敗れれば自然と世界に本来のスペックで出ていけるのに、そうまでする理由はない。

 

 スペックが落ちるといった以上、今のマーキナーにはできることの限界がある、ということだろう。だから、まだ詰んでいるわけではない。

 

「……だったら、何だって言うんだ?」

 

「僕はこれまで、多くの……あまりにも多くの可能性を見てきたけれど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()は初めて見た。しかも、それが現実になっているんだ。驚きを通して呆れが勝る」

 

 やがて、ステップを踏むような気軽さで歩を進めていたマーキナーは、僕の目の前で足を止めた。小柄な背丈で、こちらを覗き込むように、見上げてくる。

 

 こちらからは、その相貌は望めない。しかし、向こうからはこちらをまじまじと観察できるはずだ。

 

「まったく、こんな顔して、凶暴なんだから」

 

「何がいいたい?」

 

「おいおい、そんな怖い顔しないでくれよ。ボクがそんなに怖いのかい? 別に怖がる必要はないだろう、君はボクのことをぜーんぶ知ってるんだから」

 

 ははは、とからかうように笑う。いや、実際からかっている。

 ――不思議な話だ、こいつの言っていることはすべて真実で、僕はこいつのことを知っている。状況を整理しても、こいつを恐れる理由はない。

 

 今、こいつは四天と同じスペックの、概念使いでしかないのだ。

 

 とはいえ、逆に言えば、こいつを倒しても四天を倒したことになるだけで、マーキナーにはなんの影響もないのだが。

 

 だからこそ、

 

「……アンタは、なんだ? 何が目的だ?」

 

 僕は、思わずそれを聞いていた。

 

「……ぷ」

 

 ――それに、マーキナーは耐えられない、と言わんばかりに、()()()()()

 

「あはははは! あはは! 君がそれを言うの!? ボクに!? 君が!? あっはははははは! 冗談にしてももう少し面白いこといってよ、あー、面白い」

 

 一瞬で矛盾しながら、転げ回る。手を叩いて、空を叩いて、僕を叩いて、ひとしきり歩き回って、それからまた、僕の目の前に戻ってくるのだ。

 

「いい加減にしてほしいんだよね」

 

「……」

 

「僕の前で、何で君がそんな顔をするの? 君は僕に挑戦する権利を得たんだ。じゃあどうして、そこまでこわばった顔をするの? ()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 想定外。

 確かにこれは、想定外としか言いようのない出来事だった。こんなところにマーキナーが現れるわけがない、そう考えていて、だからこそ狼狽している。

 そういうことが、無いとは言えない。

 

 ただ、それだけではなかった。

 

「それじゃあ――」

 

 マーキナーは、笑っていた。余裕の態度で、惜しげもなく姿を見せて、そして。

 

 

「――避けてよね」

 

 

 剣閃が見舞われた。

 

 一瞬、判断が遅れる。殺意など、敵意など一切ない状態から、まるで日常の動作と何ら変わりない態度で切り込んできた。とはいえ、概念化している以上、ただの一撃でクビが飛ぶことは――

 

 ――否。

 

「う、おお!」

 

 ()()を感じた。

 それは、本当にただの直感。これまで、この世界を生きてきて、戦い続けてきて、たしかに磨かれてきた感覚。間違ってはいない、ここでそれが働くなら、僕は従わない理由はない。

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 無敵時間。僕の目の前をその剣が通り過ぎていく。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ここは山の上、あちこちにはむき出しの岩場があり、それ故に、()()()()()()()()ということだろう。しかし、思わず――視線がそちらに行った。

 

 ただ、そうすれば死ぬ、という予感もあった。故に、

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 後方へと下がる、直後振りかぶられた縦一閃。こちらに迫る余波は、更に無敵時間で躱す。――そこからの、追撃はなかった。

 これだけ距離を取れば、幾らなんでも回避はできる。続けても無駄だという判断だろう。

 

「すごいね」

 

「今のは――」

 

 感心した様子のマーキナーは、ニヤニヤと笑っている。それは、何かを求めているかのようであり――残念ながら、それが何かはすぐに分かった。

 

「……()()()()か」

 

「せいかーい、()()だよ。効果は知っての通り、一撃必殺」

 

「……器が小さくなった割には、そういうものは持ち込めるんだな」

 

「七典は僕の器とは関係ないもの、やろうと思えば四天の皆に貸してあげることもできるんだよ? もちろん、僕のだからやらないけど」

 

 楽しげに笑うマーキナー。奴は手に、ぺらぺらと一冊の本のようなものを取り出して、それを風になびかせる。

 

 大罪七典。

 やつの持つ特別な概念の一つ、()()()()()()()()()()だ。それは、ゲームにも登場し、プレイヤーを苦しめた、()()()()()()()()()()()である。マーキナーはいくつかの形態を変化させる敵だ。大罪七典を扱うのは、そのうちの一つ。

 

「――知っての通り、この衣物は人間の最も原初的な感情を一つにまとめたものだ。その数は七つ、これら

をボクは大罪と呼んで、個としての意思を与えた」

 

「それが――」

 

「そう、それが、大罪龍であり、その試作である四天だ。この話も、君は既に知っているのかな?」

 

 ――答えない。

 探るようなマーキナーの言葉は、答えないのが正解だった。

 とはいえ、思いは巡らせる。

 

 大罪の大本である七典の役割は一つ、()()()()()()()()()()()こと。例えば自分にその感情が敵対した場合、それを封じることが目的となる。

 とはいえ大仰な能力では決してなく、非常にシンプルな七つの能力を、マーキナーは七典を通して操るということだ。

 

「さて――今更君に言うまでもないけれど、だからこそ行動で示すべきかな? ――申し訳ないけど、即死してくれないかい?」

 

 ――それ故に、各大罪のメタである、という特徴を七典は有する。傲慢に対しては、一撃必殺。()()()()()()()()()()()を概念武器に付与する能力。

 それが今、ヤツのした行動の答えだった。

 

 そして、言葉とともにマーキナーは剣を振るう。

 無造作に、弄ぶように――死が、列をなして襲いかかってきた。

 

「――冗談じゃない!」

 

 避ける、剣の斬撃など、どこに飛んでいるかわかるはずもない、無数に飛び交うそれは、マーキナーの手元を見て導線を予測し、()()()()()()()()以上の回避手段はない。

 とはいえ、この無敵無視、あくまで()()()()()()を無視するためのものだ、概念技の無敵時間を無視するわけではない。

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

「あはは、躱すねぇ、()()()()()()()()()()()()()()、君はボクの死を受け入れたくはないのかな」

 

 攻撃を透かし、デフラグ・ダッシュで移動する。駆け抜けて、駆け抜けて、なんとか距離を取りながら、やつの全く本気ではないだろう一撃を避けていく。

 ――ああしかし、いつまでこれを続ければいいんだよ!

 

 ……いや、時間制限はある。この状況を打開する方法は……ある!

 

「――ッ、おお!」

 

 駆ける。とにかく今、すべきことは時間稼ぎだ。

 マーキナーの乱舞を避け続けろ、やつに攻撃の手を緩めさせるな、()()()()()()()()()()()()()()()()。今の僕に、ヤツと戦う力はない。

 

「んー」

 

 ――マーキナーが、思索に耽る。行動を勘案する。そのまま考えていろ、それ以上踏み込まなくていい、このまま児戯にほうけていれば、それでいい!

 

「――つまらないな。この程度、君の障害にもならない」

 

「……ッ!」

 

 ――失敗した。

 それは、六面ダイスを振って、すべての出目が1だった時のような、つまり、ファンブルを引いたような感覚だった。

 不運。

 

 ――単純に、何の要因もなく、やつの感情が気まぐれに傾いたのだ。

 

「接近戦をしよう」

 

 笑顔で、笑いながら。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――――!!!」

 

 言葉が声にならない感覚を、僕はこの世界で初めて感じた。

 恐怖、怖気、死の感触。一瞬で、脳内に危機を告げる警鐘が鳴らされて、僕は即座に動いていた。

 

「お、おおおおおおっっ!! “S・S(スロウ・スラッシュ)”ゥ!!」

 

 ――――間一髪だった。

 体は、警告よりも先に動いていたのだ。僕は無敵時間で剣を躱して、死が目の前を通り過ぎていく。僕の剣もまた、今はマーキナーが()()()()()()()()()()()ために、遠くにいるため届かない。通り過ぎていく。

 

「――まだ、終わりじゃないよ?」

 

 しかし。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。玩具の剣を弄ぶように、軽々と奴はそれを振るうのだ。

 

「“B・B(ブレイク・バレット)”!」

 

 ならば、するべきことは一つ。

 

「――――“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 ――バグによる、永続無敵!

 失敗が即座に死につながる状況でも、体は自然と動いてくれた。一切何ら問題なく発動する一連のSBSに、僕は心のどこかで安堵を覚える。

 

 それと同時に、僕の剣は、一歩前に踏み込んだことで、マーキナーへと食らいつこうとしていた。

 

 しかし、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――僕の体も、それにつられて大きく動く。だが、態勢がどうなろうと、概念技の発動には問題ない。デフラグ・ダッシュで即座に距離をとった。

 

「は、ァ――はぁ!」

 

 大きく息を吐き出しながら、僕はマーキナーを見る。

 酸素が足りない、呼吸が追いつかない。いくら生命があっても足りやしない!

 

 ――そんな中で、マーキナーだけが笑っていた。

 

「おいおい、危ないじゃないか。幾ら必死だからって、周りを見ないで味方に攻撃があたったらどうするんだい?」

 

 攻撃を不可思議な現象でやり過ごして、マーキナーはけれどもそれを自慢にも思っていない。当然の結果なのだから、驚くことすら必要ない。

 関心すら、向いていない。

 

 とはいえ僕も、それがどのような理屈かは、既に理解していることだった。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 僕が既に知っている通り、マーキナーは可能性を操る。端的に言うと、マーキナーに向けられた攻撃は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 故に、マーキナーにはどうあっても攻撃が通用しない。

 

 攻撃の命中率など、確率で考えられるものではない。だが、そもそも射程の届かない相手に攻撃を放ったのでもない限り、攻撃には必ず当たる()()()がある。

 どれだけ練度差があろうとも、当たるはずのない位置に攻撃を放っても、()()()()()()()()()()()()可能性だってあるのだ。

 

「ボクは機械仕掛けの概念、世界の概念に形を与えたもの――」

 

 マーキナーは、笑っていた。

 

()()()()()()()()()()()さ。君がこの世界にやってきて、君の権利で()()()()()()をひっくり返したように」

 

「――アンタは」

 

 僕は、言葉を続けようとした。

 絶対に勝てない相手。どうしようもない状況。

 

 ああ、それは。

 

 これは、間違いない。

 

 

 ()()()()()()だ。

 

 

 それに対して、僕は――なんと続けようとしたのだろう。

 言葉を、マーキナーへぶつけようとしたのか、泣き言でも言おうとしたのか、自分を鼓舞し始めるのか。わからない、言葉にするよりも、早く。

 

「――まぁ、とはいえ今回は時間のようだ。ほら、行ってきなよ」

 

 マーキナーが肩をすくめて、

 

 僕は、足元で儀式が完了しようとしていることを知った。

 

()()()()()()()()だろう? だったら、幾らでも切り札を切ってくるといい」

 

「……マーキナー」

 

「そして――」

 

 僕の意識が、儀式の光に呑まれていく。

 逆転のために。

 

 ()()()()()()()()()ために。

 

 

「――君はボクに勝つ権利がないということを、その身に刻みつけてくるんだね」

 

 

 ――僕は、そうして。

 

 ()()()()()()()()()へと、潜っていった。



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137.世界は負けろと言っている。

 マーキナーは、邪悪に笑い、人の可能性を否定する神だった。

 

 マーキナーは言う。

 

「この世界を作ったのはボクだ。ボクがいなければ君たちは生まれてくる可能性すら与えられなかった。君たちがその可能性をボクに返す時がきたんだ」

 

 しかし世界は、そんな世界に器として導かれ、人の歴史を背負うことになった少年(しゅじんこう)は言う。

 

「確かに世界を作ったのはアンタだ。そのことには、感謝もしている。けど、可能性を選択するのはアンタだけじゃない。この世界には無数の意思がある。人が、大罪龍が、そしてアンタだって、その中の一つなんだ」

 

 だから、マーキナーだけがそれを享受して良い訳ではない。否、資格がたとえマーキナーにあったとしても、それを拒む資格もまた、万人に与えられて然るべきものだ。

 

「人間同士だって、時には争い合うこともある。だから、アンタのような可能性だって、間違いじゃない。これは対決だ。アンタが勝つか、世界が勝つか! その上で言ってやる。僕たちはアンタに勝つためにここへきた! みんなの思いを、意思を! 可能性を守るために!」

 

 だから、マーキナーに、

 

「世界は負けろと言っている! 僕たちに勝てと言っている! 決着をつけよう!」

 

 さあ、謳え。

 人々が、意思がその背を押している。邪悪にして、独りよがりの神を名乗る創造主に!

 

 終焉(フィナーレ)に概念を刻み付けるのだ。

 

 起動せよ、その概念を、

 

 叫べ、その名をーー!

 

 

 ◆

 

 

 ――そこは、意識の中の世界。

 意識とは、すなわち時間とも、空間とも隔絶されたもう一つの世界。つまるところ、ここでは時間が流れていない。外では一瞬の出来事でも、僕はこの空間で、幾らでも()と対話することができるのだ。

 

 こうなるだろう、という気はしていた。

 

 いや――マーキナーが現れることは、あまりにも想定外の出来事すぎた。完全にペースを持っていかれて、危うく死にかけたのだから、よっぽどだ。

 とはいえ、まだ大丈夫。マーキナーは完全ではない。器が四天であることもあって、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――未だに、少し動揺が収まらないものの、大きく深呼吸をして、それから動揺を落ち着ける。

 

 なにもない空間で、僕はそれを何度か繰り返して、それから周囲を見渡す。ここは僕の心のなかで、こんな描写はゲームでもたまにあった。

 今回、僕はあの儀式で、自分の心の中に手を入れた。何故なら、僕の心のなかには、僕が最も二重概念するのに相性がいい存在が眠っているのだから。

 

 ――そう、僕は()()()()()()()()()()()()としているのだ。

 

 考えても見てほしい、僕は別の世界からやってきた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()である。そして、フィナーレ・ドメインの主人公の概念は敗因ではない。

 ――ぼくの中には、二つ分の概念が、既に存在していたのだ。

 

 だから――

 

 

「――ようこそ。というべきなのかな」

 

 

 気がつけば、目の前に彼はいた。

 

 もうひとりの僕。この世界で、本来ならばマーキナーを撃破するはずだった僕。――そして、僕とは違う概念を持つ彼は、

 

「……あいたかったよ、白光」

 

 ――そう、呼ぶべきだろう。

 

「どういたしまして、敗因」

 

 ああでも、あいたかったというのは本当だ。

 なにせ、彼はゲームの中の主人公。これまで、何度もゲームのキャラクターに出くわしてきたけれど、()()()に出くわしたことはなかった。

 敗因はプレイヤーの化身とされる存在だし、他のキャラクターは時代が違いすぎる。

 

 だから、少しだけくるものがあった。

 

 僕は、ようやくここにたどり着いたのだ。

 

「……なんだか、不思議な気分だよ」

 

「そうかな?」

 

「君に限らず――僕にとって僕以外の剣とローブの概念使いは、それだけ特別なんだ」

 

「……マーキナーも?」

 

「ある意味ね」

 

 苦笑する。そりゃあマーキナーは宿敵で、倒さなければいけない相手だけれども、だからこそ、目標として、見据えるものでもある。

 僕にとって、マーキナーもまた、切っては切り離せないこの世界の存在の一つだった。

 

「だったら、解っただろう?」

 

 そしてそれ故に、僕は彼からかけられる言葉がなんとなくわかっていた。理解せざるを得なかった。先ほどまでの光景、そしてこれからまた舞い戻る先にいる奴のこと。

 僕が今、どういう状況にいるのかを。

 

 

「マーキナーとの戦いを諦めるんだ。君では奴に勝てない」

 

 

 それはあまりにも残酷な、そしてこの世界の僕からすればあまりにも当たり前の要求だった。

 

「君は早すぎたんだ。あまりにも早く大罪龍を討伐してしまったために、君はマーキナーを本気にさせてしまった」

 

「…………」

 

「本来なら、マーキナーはここまで本腰を入れて君を狙うことはなかったはずだ。いや、そもそもマーキナーは直接この世界に介入できないのだから、したくてもできなかったはずなんだ」

 

 それは確かに最もで、そもそも、だからこそ今僕はこうして、マーキナーを前に絶体絶命に陥っているのだから。

 

 どうしようもなく、白光の言葉は正しかったのだ。

 

「――でも、そのために目の前の誰かを、見捨てることは、できなかった」

 

「……問題があるとしたら、()()()()()()じゃなくて、()()()()()()()()()なんだろうね」

 

 ――それでも僕は、彼女たちを助けたことを後悔していないし、正しかったと思っている。

 師匠も、フィーも、百夜も、アンサーガも、ルクスだって。僕の前で、悲しんでいたから。理不尽に押しつぶされそうになっていたから。

 

 ()()()()()()だったから、僕は選んだ。

 

「……そして、マーキナーとの戦いも、そんな無茶の一つでしかない。だから、()()()()()()んだ。少なくとも――マーキナーは手を止めるつもりはない」

 

 そうだ。

 どれだけ責め立てられようと、僕はマーキナーと対決するしかない。全ては必然によって導かれ、それを止められるのは、もはやマーキナーしかいないのだ。

 そして説得は、あの無邪気な童子のごとき神に、望むべくもないだろう。

 

「でも君じゃあ――マーキナーの可能性の否定は突破できない」

 

「……」

 

 しかし、故に目の前に立ちはだかる壁は明白だった。僕たちがマーキナーに勝てないと、マーキナーがしきりに語るのは、白光が僕に勝てないと諭すのは、それが原因だ。

 

 可能性の否定。あらゆる攻撃が否定され、奴に届かない以上、それを攻略する方法はない。そのために必要な方法を僕はこれまで集めてきた。

 

 だが、()()()()()がどうしても、僕たちには足りていないのだ。

 

「でも、僕には他に選択肢がない、マーキナーを止める手段がない限りーー」

 

 

()()に必要なものは、三つある」

 

 

 ――それを遮るように、白光は、朗々とそれを語りだす。

 

()()に必要なのは、三つの概念。時間、空間、そして生命。……そもそもマーキナーは世界を作るとき、この三つの概念の可能性を自分のものとした」

 

 この世界の始まりは、ある一つの概念が意思を持ち、世界を創造するための概念を、()()()()()ことから始まった。

 意思を持った概念こそがマーキナーであり、衣物として一つにまとめられたのが、先程白光が上げた三つの概念。

 

「束ねられた三つの概念は、いうなればこの世界のシステムを司る鍵だ。それを破壊しない限り、マーキナーの無敵は永遠であり、打つ手はない」

 

「……そして世界はそれに対抗するために、器とともに、鍵を作った。器が僕で、鍵は強欲龍の星衣物となった」

 

「そう、時の鍵――あれは概念起源を行使するためのものとしても使用できるが――本質的には、()()()()()()()()()だ」

 

 だからこそ、マーキナーはそれを奪い去ろうとした。僕たちはそれを入手し、マーキナーとの戦いに備えた。

 だが、マーキナーの可能性は、()()()()()()()()()()()()

 

「鍵を使ってマーキナーのシステムを破壊するのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことで達成される。マーキナーと同等の存在とは、すなわちシステムを有するモノ」

 

 システムを構成するのは、介入権である鍵の他に、先程述べた三つの概念が必要だ。ゲームではこれを、白光と、百夜と、そして色欲龍が満たした。

 

「百夜は時間、母さんは生命、そして僕が空間を。光っていうのは空間を認識するための力だからね」

 

「……それも、僕は手に入れている。僕が君と二重概念となり、空間を。この世界の百夜が時間を。そしてフィーが色欲龍の力で、生命を司る」

 

()()()使()()()()?」

 

 ――そして最後に必要なもの。時の鍵を使用するための使用者。最終作における主要人物はこの三人。それぞれが概念を担当し、時の鍵は既に手のうちにある。

 では、誰がそれを使用する? ――この使用者もまた、ある条件を満たさなければ、使用者としての資格を有さない。

 

 ゲームでは――

 

 

「――もう既に、傲慢龍はこの世にいない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだぞ」

 

 

 ()()()()()()()()()()

 理由は、無敵だ。あいつの有する無敵は、マーキナーに与えられた世界への特権である。それこそがシステムへ介入するための資格。

 使用者としての適格なのだ。

 

「だから――」

 

 そして、白光は口にする。

 そのシステムの名を、

 

 

「君たちに決着概念(フィナーレ・ドメイン)は起動できない」

 

 

 ――シリーズの集大成。

 最後の最後にたどり着いた答え。

 

 マーキナーに対する、人類の回答を、口にした。

 

「……世界は僕たちに勝てと言っている、か」

 

 ああ――

 それは、僕に対して、あまりにもひどい仕打ちだ。

 憧れていた。願っていた。救いたいと、こうなりたいと。

 

 ゲームの主人公は、悩みも迷いもあって、成長しながらも進んでいく、誰もが最初は低い位階から、少しずつ前に進んで、そして素晴らしい人物へとなっていく。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()だ。ああなりたいと、ああでありたいと切に願う。

 

 彼が成し遂げた決着の概念は、その証なのだ。

 マーキナーという悪辣な神を、上から目線の外敵を、間違っていると、自分たちが正しいのだと高らかに声を張り上げて、故に僕らは見せつけられて。

 

 しかし同時に、僕はそうはなれないのだと。

 

 ――そう、言っている。

 白光が、ではない。

 

 ()()()だ。

 

「君は、間違ってはいない。ただ、その答えが、()()()()()()()()だけなんだ。そうだ。君には、チャンスがある」

 

「……チャンス?」

 

 訝しむように、問いかける。

 白光の言葉は確信があった。この状況に、チャンスがあるのか。僕と彼が二重概念となり、四天の器に収まっている今のマーキナーを倒す。

 ()()()()になにかできることがあるとでも?

 

 ……いや、一つ。一つだけ、()()()()()()()()があった。未知がこの場に、転がっていた。そしてそれは、白光ならば知っていてもおかしくはない。

 

「――()()()()だ。僕と君が二重概念となることで、僕たちは()()()()()使()()()()()()()()

 

「……効果は?」

 

 即座に、踏み込んだ。

 ローブの奥、覗けない視線同士が交錯し、一瞬だけ、白光は躊躇うように間をおいてから、そしてそれに答えたのだ。

 

 

()()。停止と言い換えてもいいけれど。効果は端的に言って、()()()()()()()()()()()を封印する能力。――――それで、()()()()()()()()()()んだ」

 

 

 それは、決定的な分岐点だった。

 

 世界は負けろと言っている。

 

 ()()()()()()と言っている。

 

 それこそが、敗者(ルーザーズ)の定め。

 

 僕には世界に勝利する資格はなく。

 

 

 ――勝者のための礎となって、()()()()()()()()()()()

 

 

 世界が、僕にそれを、突きつけていた。



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138.それは理由にならないか?

 ――白光を前に問いかける。

 

「……マーキナーによって可能性が否定されるのでは?」

 

()()()()()()。この概念起源は、()()()()()()()()()()()()()()。だから、()()()()()()()()()。可能性が一つしかないなら、それを操ることしかできないマーキナーには、操作できない」

 

「封印が破られる可能性は?」

 

「四天はもういない。いたとしても残されたミカ・アヴァリに封印を破るような策謀は無理だ。君の仲間たちによって防がれる」

 

「だったら――」

 

 ――だったら、それはもう、マーキナーには防ぎようがないのでは?

 

「マーキナーはそれを知っているのか?」

 

「わからない。だけど、僕は知らないと思う。でなければ、あんなノコノコとこの場に現れる理由がわからない」

 

「いや……」

 

 ――違和感。

 マーキナーはそんなことで裏を突かれるようなヤツだろうか、というもの。そんな隙を晒すだろうか、というもの。だが、その違和感に否定はない。

 なぜならば、情報がないから。僕の知る限り、マーキナーにこの概念起源を知る方法はない。何故なら、今から僕がこの概念起源を習得するのは、()()()()()()()()()()()だからだ。

 

 白光はこの時代に存在しない人物である。時間を無視する意識の中だからこそアクセスでき、それを僕に教えている。

 

 だから、今この場でそれを把握して、現実に復帰して即座に概念起源を起動してしまえば、もはやマーキナーに打つ手はない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 だが、結論は出なかった。ただ、そもそもこの場に置いて重要なのは、それが可能かどうかではない。()()()()()()()()()()そのものだ。

 

 これまで、僕らは最善を求めて戦ってきた。結果マーキナーは僕たちを討つために本腰を入れて、戦いは止まれないところまでたどり着いた。

 ()()()()()()()()()のが、僕たちだった。

 

 しかしそこに、()()()()()()()()が提示されたら? 僕のわがままは、()()()()()()()()()()()()()()()()のか?

 僕一人と、世界。

 

 どちらを優先するべきなのかは、明白じゃないか?

 

「……それが、世界の答えなのか? 救えるものを救って、守りたいものを守って、()()()()()()()()()()()()()()()()()()、たどり着いた結論がそれなのか?」

 

「――それでも、素晴らしいことなんだよ」

 

 白光は言う。

 

「君でなければ、紫電のルエも、嫉妬龍も救うことはできなかった。それは疑いようのない、君の成果だ」

 

「……」

 

「だからこそ、君は救ったものを守るべきだ。守るために、眠りにつくんだ」

 

 もしも、戦いが続けば、僕は守ったものを失ってしまうかもしれない、と。これまでの戦いだって、誰も失うことなくここまで勝ち進めたのは、奇跡以外の何物でもないのだ。

 だから、それがマーキナーとの戦いで失われれば、

 

 僕の戦いに、価値はなくなってしまう。

 

「そうならないためにも、これは必要なことだ。――なにも、永遠に封印されていろ、というわけではない」

 

「……それは?」

 

()()、それだけの時間があれば、人はまた歴史を歩く」

 

「……アンサーガもその時代には到達する、か?」

 

 白光がうなずく。

 千年、というのは人類がマーキナーとの対決に至るための時間であり、そして、僕が未来へと送り出したアンサーガが、未来へたどりつく時間でもある。

 

 彼女ならば、僕の封印をどうにかする衣物を作れる可能性がある。

 故に、千年。

 

「それに、千年というのは、僕たちの世界が、マーキナーを倒すために費やした時間だ。それだけの時間があれば、世界はマーキナーと対決できるまでに成長するんだ」

 

「だから千年……か」

 

 ――何も、永遠に礎となる必要はない、僕が礎となっても、世界は進む。その中で、()()()()()()()()()。その瞬間を夢に見て、眠りにつくのだ。

 だから、それは――

 

 

 ()()()()()()()、正しい選択だった。

 

 

 ああ、なんて残酷な話。

 こうすれば、誰も不幸になる存在はいない。僕ですら、いつかは僕を目覚めさせてくれる誰かが現れる。僕がいなくなっても、師匠やフィーが、僕のことを忘れることはないだろうと、そう思う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 絶対に、

 

 ――絶対に?

 

「なぁ、敗因」

 

 白光は、僕を諭すように、呼びかける。

 

 今、僕は――そんなにすごい顔をしているだろうか。

 

「追いついたなら、追いつくまで待てばいい。千年、決して短い時間ではないけれど、決して永遠ではない時間だ」

 

 ああでも、白光。

 ごめんな、――君の言葉を聞きながら、僕の脳裏に浮かぶのは、どうしようもなく。

 

 ()()と、そして()だったんだ。

 

 僕には、大切な仲間たちがいる。()も、僕とともにマーキナーを倒すために動いている彼女たちは、これを知ったらどう思うだろう。

 悲しんだとして、千年かけて、僕を目覚めさせるために、奔走したとして。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――そんな今が、僕にはあった。

 

 僕には、負けイベントに勝ちたいという思いがある。()()()、ゲームの向こうで起きた理不尽を、自分の手で変えたいと思った時、それを達成した時。

 僕は僕の誇れる僕になれた気がした。

 

 ――そんなかつてを背負った僕は、今何をしようとしている?

 

「だから――」

 

 ――そして、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()んだ。僕たちがそうだったように、だから君も、()()()()を信じてやってくれよ」

 

 

 そうやって諭す白光の言葉に、

 

 僕は、

 

 

 それまで、くすぶっていた()()()()()()()()()()()()が、全て。

 

 

 ピースが、

 

「なぁ――」

 

 すべて、

 

「白光」

 

 カチリ、とハマる音がした。

 

 

()()()()()、理由にはならないか?」

 

 

 ――その言葉を投げかけた時。

 

 不思議と、フードの奥で、

 

 

 白光が、笑っているのが解った。

 

 

「理由、とは?」

 

「だって、千年だぞ? あまりにも長すぎる、その間、師匠とフィー、リリスを置いて行きたくない」

 

「それは君の理由じゃないか」

 

 ――世界の理由にならないと、白光は切って捨てる。もちろん、そんな事はわかっている。けれど、それも理由の一つになるのだ。

 

 だって、置いていくのは、師匠たちだけじゃないのだから。

 

「じゃあ、この世界はどうだ? 千年だ、その千年の間に、致命的なことが起こらない保証はあるか?」

 

「それは――」

 

()()()()()()()()ことは、理由にはならないか?」

 

「君一人で何ができる」

 

 確かに、それは最もな言葉だろう。普通の人間に、自分がいなくなって世界に危機が訪れた時どうすると、そう問いかけられる人間はいないだろう。

 でも、僕は

 

 

「――()()()()()()()()

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()事実がある。

 コレ以上の根拠は必要か? 世界の危機に、僕がやくたたずであると、誰が言える? そうだ、僕は――

 

 

 ()()()()()()、そう世界に言ってやるために、ここまで一度も負けることなく勝ち続けてきたのだ。

 

 

 それこそが、僕の世界に対する負けイベントの答え。

 世界が僕に負けろと言っている? ――やかましい、僕はそれをすべてひっくり返してきたんだぞ。()()()()()()()()()()

 

「それに、白光は言った。()()()()()()()()()

 

「――それは」

 

「それこそが、君自身の成し遂げた、()()()()()()()()()だ」

 

 そう、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()んだろう? だったら、僕が挑戦する理由になる」

 

 

 そうだ。

 僕がたどり着いた答え。

 

 この世界で、僕が前に進むための理由。

 

 マーキナーが倒せない相手ではないのなら、僕がマーキナーを倒すことで、何かを良い方向に変えられるなら。

 

 それは無謀ではない、挑戦だ。

 

「挑戦から逃げて、安寧を取ることが、本当に勝利と言えるのか?」

 

 白光は、僕の言葉に聞き入っていた。

 ()()()()()()()()()というように。

 

「違うだろ、そうじゃないだろ。僕が負けイベントに勝ちたいと思ったのは、挑戦したいと思ったのは、そこに危険を冒してでも、救いたいと思ったのは」

 

 だから、僕には、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()ことになると、思ったからでもあるんだよ」

 

 

 ――千年、眠りにつくことで。

 僕という存在の代わりに、安寧と、そして安全な勝利を得られるのだとしたら、それは確かに益のあることだろう。僕のような部外者が、ただたまたまこの世界に漂着する資格があっただけの存在が、世界を救う楔となれるなら、それはほまれ高いことである。

 

 だとしても。

 

 僕は選ぶのだ。僕のような部外者が、しかしそれ故に、本来ならばありえなかった筋書きを盤上にかきあげて、()()()()()()()ものを手に入れることが。

 

 

 間違いなく、()()()()()()()理由に変わるんだ。

 

 

 ――――そうして、しばらく。

 白光は沈黙していた。役割を終えたと言わんばかりに、コレ以上の長居は無用であるかのように、

 

 

「――()は、()じゃない」

 

 

 つらり、つらりと。

 彼は語り始めた。

 

「――そしてまた、()()でもないんだ」

 

「……それは、可能性の話?」

 

「ああ、不思議な話だ。僕たちは、同じ可能性から分岐した存在だ。なのに、僕は世界を背負って立つ器であり、君は、敗北をひっくり返すためにここにいる」

 

 それらは、決して同一にはならない代物だった。

 僕と白光は違うのだ。白光が世界を救う、人類の希望たる器としての生を歩くなら、僕は僕個人の欲望を、欲求を叶えるために戦っている。

 同じはずなのに、何故?

 

「――きっと、可能性ってそれだけ柔軟なんだ。()()()()()()もいれば、()()()()()()もいる。だったら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは、

 

 僕の背を、

 

 

 全力で押し出すための言葉だった。

 

 

()()()()()()()()()()、敗因!」

 

 

 視界が、意識が、闇にそまった漆黒から、光に満ちた白へと変わる。白光の概念によるものだろう。彼が僕を認めてくれたから、僕の心のなかにも、白光の概念が芽吹き始めたのだ。

 

 ああ、感謝するよ、白光。

 

 僕は、最善を目指す。

 

 今、この瞬間しか無いんだ。

 

 ()()()()()()()()ことができる可能性のうち、()()()()とマーキナーは言っていた。そう、だから、それを現実にすることにした。

 

 

 ―ー僕の戦う理由に、信念という名の過去。守りたい少女たちが生きる今。そして、

 

 

 より、最善に近い世界という、()()が加わった瞬間だった。



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139.機械仕掛けを否定したい。

 形を得る。はっきりと、意識がそれを自覚する。

 僕の心の中にあった、一つの淀みに区切りをつけて、僕は世界に帰還する。この世界のために犠牲になれ? 僕にだって悪い話ではない?

 

 ()()()()()()

 

 ここで勝ったほうが、()()()()()()()()()()()()だろう。だったら、そんな言葉は聞くまでも無い。ここでためらって、挑戦を嫌がって、それで何が()()()()()ことになる。

 

 世界の危機は、今目の前にあるじゃないか。

 

「――ああ、おかえり」

 

 僕の起動を認識して、目の前のヤツは言う。マーキナーは、こちらをからかうように笑っていた。――その瞳が、見開かれる。

 

「……わかるか? マーキナー」

 

「な――」

 

 僕に、師匠やフィーのような大きな変化はない。リリスと百夜なら、片方が概念になっているだろうから、変化はなくとも見ればわかるだろう。

 でも、たしかに僕にも変化があった。

 

 それは、得物の変化。

 

 僕の手には、もう一本、概念の剣が握られていた。

 

 

「今から、お前を倒すぞ」

 

 

 直後。

 

 ――マーキナーの首に、僕の刃が添えられていた。

 

「――――ッ!」

 

 マーキナーが飛び退く。反撃に刃を振るってくるが、僕は構わず突き進む。一瞬、少しだけ体を反らして、即死の衝撃波を回避すると、一気にもう一度距離をつめ、今度は――

 

「“S・S・R(スロウ・スラッシュ・リライジング)”!!」

 

 概念を込めて、奴を切る!

 

 ――一瞬、何かを阻む手応えのようなものが、僕の手に伝わって、

 

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

「ぐ、ぅ……血迷ったかな!」

 

「何がだよ――!」

 

 ――攻撃が通る。この理屈は簡単だ。僕の位階が、今のマーキナーの器の位階を上回っているのである。本来のマーキナーは、僕らの誰もが届くことの出来ない位階にある。

 というより、()()()()()()()()から、届かせられない。だが、今は四天という器に収まって、位階が存在する。

 

 位階が存在するなら、どちらの概念が優先されるかは、()()()()()()に依存する。だから、レベル差でのゴリ押しが可能なのだ。

 

「礎になりなよ! ボクと共に眠ればいいだろう! 君のわがままは、そもそも破綻しているじゃないか!」

 

 剣を振るい、マーキナーが僕を阻む。

 それを避け、剣をぶつけて一撃必殺の発生を防ぐ。生命を即死させる都合上、概念武器での打ち合いは有効だ。ゲームでも、通常攻撃を当てることでこの発生を防ぐことが出来た。

 他の七典は使ってこないだろうか。

 いや、そもそも――

 

「ボクは可能性を否定する、君はそれをどうするつもりだい?」

 

「――()()()()()()

 

「――――ッ! 無理を通すつもりかぁ!」

 

 剣閃が弾け、僕らは距離を取った。お互いに、相手をにらみながら油断なく相手を見据えていることがわかった。マーキナーは、怒りを混じらせて、剣を向ける。

 

「そうだね、()()()()()()()()()()()()。なら、君を殺すしかない。ここで、ボクが、君を」

 

「……随分と必死だな」

 

 ――マーキナーの言葉には違和感があった。

 こいつは、一体何をそこまで必死になっているんだ? わからない、がしかし問題もない。このマーキナーはここで倒す。その次――本物のマーキナー、それと対峙する。

 

 もう迷わない。勝つと決めた以上、その勝利を僕は貫く。

 

「――いいじゃないか。だったらこっちも、()()で行かせてもらうとしよう」

 

 マーキナーは、片手に広げていた七典を引っ込めた。アレは、マーキナーにとっては形態の一つであり、枷でもある。七典は片手に有していなければ発動できない。

 しかし、それではマーキナーは概念武器を十全に握れないのだ。

 

 七典使用時、マーキナーは概念技を使えない。代わりに、七典の能力を使い、七典の概念を纏うことができる。概念を纏っている間、マーキナーの概念崩壊は七典が肩代わりする。

 崩壊すれば七典は消失するが、マーキナーが敗れるわけではない。むしろ、無傷で概念技を使えるようになったマーキナーが現れるだけだ。

 

 これがマーキナーの形態変化。

 

「こんなところで七典を失うのも馬鹿らしい、この器では、本来の力は発揮できないけれど――」

 

 理由こそ、出し惜しみであるものの、僕はマーキナーの形態変化を目の前で受け入れたのだ。ここからは、七典を操るマーキナーではない。

 奴は手にした剣に両手を添えて、自身の前に掲げる。

 

「――君を殺すことは、できる」

 

 

 そしてそれを、二つに裂いた。

 

 

 ――剣とローブの概念使いに、一つの例外を除いて二刀流はいない。今、僕のそれは白光と二重概念となったことで、特例的に二つの概念剣を握っているだけ。

 そして、だからつまり、その一つの例外こそが、マーキナー。

 

 マーキナーは()()()剣とローブの概念使い。そして、奇しくも僕が二重概念となったことで、それが、

 

 今この瞬間に二人になった。

 

「ああどうか、苦しんで死んでくれ、敗因」

 

「――今は、敗因じゃない。()()()()、それが今の僕の概念だ」

 

 あは、と、マーキナーは笑った。狂ったように、嬌笑する。

 

「同じことだ。ボクの前では、どれだけ強がろうと、君はただの()と同じだぁ!」

 

 ――マーキナーの周囲に。

 

 そして、僕の周囲に。

 

 

 同時に、概念の弾丸が浮かんだ。

 

 

「“B・B・W(ブレイク・バレット・ライティング)”!」

 

「“H・H(ハイド・ハイドロゲン)”!」

 

 僕が光の弾丸を、マーキナーは蒼の弾丸を、それらが同時に射出され、着弾。閃光が広がる中、――否、()()()()()()()()()()()、僕らは激突していた。

 

「“S・S・R(スロウ・スラッシュ・リライジング)”!」

 

「“N・N(ニクス・ニトロゲン)”!」

 

 二対の剣が激しくぶつかり合う。

 気がつけば、二度、三度、視界が移り変わっていた。

 岩場に横向きに立ち、剣をぶつけ合う。

 弾丸の行き交う中、宙を駆ける。

 

 ――それだけ、僕たちの戦闘スピードが上がっているのだ。

 得物が増えたことも、戦闘スピードが上がったこともそうだが、僕は不自然なほどにその戦闘に適応できていた。これは、やはり僕の中にいるもうひとりの器、白光がアシストしているからなのだろう。

 

 この世界に来た時からそうだった。僕は僕が思ったように剣を振るえた。それまで運動の一つもまともにしてこなかった僕が。

 強敵を前にしても、恐怖なく立ち向かうことが出来た。これまで、暴漢の一つにでも襲われたことのない僕が。

 

 白光の支援があったから、できたことだろう。()()()()()()()を除いて、僕の身体捌きは、白光というこの世界でも強者中の強者である概念使いが手を貸してくれたから為せたコトなのだ。

 

 まぁ、思ったとおりに身体を動かせても、()()()()()()()()()()()()は、僕の感性に依るところが大きいだろうが、これでもゲームでそういったことにはなれている。

 そして今、白光の支援は精神的な、肉体的なものだけではなく、概念技にも及んでいた。

 

 今の僕の概念技は、敗因をベースに白光の力が混じっている。スロウスラッシュには、彼のリライジングレイが、ブレイクバレットには、彼のライティングウォーロードが。

 それぞれ乗っている。

 

 威力は二人分を乗算で、効果もより派手なものに変わっていた。

 

 ――使い方は、使()()()()()()わかる。これもまた、白光が後押ししているということだ。

 

 戦闘は続く。

 

「一丁前についてくるじゃないか。もらったばかりの玩具が、そんなに楽しいかい?」

 

「ついてくるのはそっちだろう。駄々をこねて、かまってもらえているうちに、頭を冷やせ!」

 

 両者の剣戟が、無数に弾ける。

 僕の左手の剣が、奴の剣を弾き、奴は散弾を僕に叩きつける。それをもう片方の剣で防ぐと、上段から空いていたマーキナーの剣が襲いかかる。

 

 ()()()()()()()()と、マーキナーは面白そうにくるくると回転しながら、再び弾丸を掃射してきた。

 

「“D・D・G(デフラグ・ダッシュ・ゴーイング)”!」

 

 移動技、一瞬で閃光に変わった僕が、マーキナーへ距離を詰め、再び剣戟が見舞われる。二つ分の手数は互いに同数。しかし、マーキナーの攻撃は軽やかで、僕の攻撃は苛烈だった。

 

「逃げるなよ!」

 

「ははは、捉えられない君が言うなよ」

 

 さながら剣舞の如く、回転しながら剣を振るってくるマーキナー。僕はそれを受け流し、踏み込んで切り払う。――マーキナーは距離を取った。

 しかし、直後にまた突っ込んでくる。独楽かなにかか!

 

「ここでボクに勝ったからってどうなるっていうんだい? 君は可能性と言うけれど、()()()()()()()()()()()()()()()()唾棄すべきことだ。君は間違っている」

 

「――ここで勝ったから? 違うな、マーキナー。()()()()()()()()、お前の言う唾棄すべき可能性を、通せるわけがないだろう!」

 

 一閃。

 

「ならなおのこと、ここで負けておくんだね。君にはボクに勝つための資格はない。君がこれからしようとしていることは、世界すらペテンにかけるようなことだ」

 

「そうだっていい。決めたんだよ、そうすることで誰かを守れるなら、世界のためになるのなら、僕の信念を誇れるのなら。()()()()()()()って!」

 

 概念技が飛び交う。

 

「勝てないって、言ってるのにさあ!」

 

「勝つって、宣言してるんだよ!!」

 

 ――気がつけば、僕らは互いにそれを手にしていた。

 マーキナーも今の僕も前衛型。コンボを稼ぎ敵を倒す。故に、それぞれに最上位技を有する。それは、不思議なことに――否、僕の最上位技が、白光のそれと同じ形状であることから、当然といえば当然なのだけど。

 

 ()()()()()()

 

 今僕の手に、二刀を一つに合わせた大剣が。

 そして、マーキナーの手にも、同じような大剣が。

 

 握られている。

 

 故に、

 

「それが気に入らない。安易に浸れよ、人間なんだろ!」

 

「それが出来たら、僕はここにいない!」

 

 

 最上位技が、放たれる!

 

 

「“O・O(オリジン・オキシジェン)”!」

 

 

「“L・L・O(ルーザーズ・リアトリス・オリジン)”!」

 

 

 ――そして直撃は、閃光となり、破壊となり、世界を覆った。



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140.そして運命は開かれた。

 気がつけば、僕とマーキナーは、戦場の遠くで倒れていた。

 それまでの戦いで、僕らは大きなダメージを受けてはいなかった。お互いのスペック故に、戦闘スピードが早すぎるがゆえに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 故に決着をつけうるのは、お互いが防ぎようのない最大技をぶつけ合った時だけ。結果としてそれは――あまりにも明白だった。

 

 ――天に、ぽかんと穴が空いていた。

 

 それまで、まばらに存在していた雲がどこかへと消えて、ポッカリと何もない晴天の空が広がっている。同時に、周囲にあった岩場が消し飛んで、まっ平らな更地が、遠く、視界の端にまで広がっていた。

 

 今、この場にあった山が、キレイに真っ平らに、消し飛んでいたのだ。

 

 それを確認してから立ち上がる。同時だった。僕とマーキナーが、再び剣を握り、構え直す。

 

「あはは、本当に君は面倒なやつだなぁ。どこまでボクに食らいついてくるんだい?」

 

「もちろん、勝つまでだ」

 

「――こまったなぁ、人気者は辛いよ。君のような厄介な輩に追い回されて、息をつく暇もない」

 

 やれやれと、ため息交じりにマーキナーはつぶやいて、それからとん、とステップを踏む。それから、ふわりと浮き上がるのだ。

 ゆっくりと、高度を上げて、小柄な体が、僕を見下ろす位置に来た。

 

「この器、この戦い方では、あまりにスペックが君と同等すぎる。どちらかが下手を打つまで耐久しつづけるチキンレースなんか、ボクはごめんだ」

 

「そうかよ、まぁある程度は同意するけどな。僕だって、戦う相手くらい選びたい」

 

 永遠に戦うというのなら、僕は傲慢か強欲がいい。こいつは、何もかもが軽いのだ。軽薄で、重みがない。戦い方すら暖簾に腕押し。手応えがまったくないのである。

 

「だから君も知っているだろうが――少し戦い方を変えるとしよう。死んでくれてかまわないが、――せめてボクを愉しませてから死んでおくれよ」

 

 とはいえそれは、向こうもそう違わない感想を抱いているのだろう。だから変化を、行き着くところまで行き着いた僕たちの戦いは、マーキナーのパターン変化という形で、変転を迎える。

 

「“S・S(シルバー・ストレンジ)”」

 

 銀色の鉤爪が、

 

「“G・G(ゴールド・ゲーマーズ)”」

 

 金色の花弁が、

 

 空中にひしめくように広がった。

 

「じゃあ、いっそド派手に、死んでおくれ」

 

 鉤爪は、マーキナーの指示に従ってこちらへ飛んでくる。花弁は、やつの周囲を旋回しながら、近づけばたちまち僕を焼き尽くす。

 一つ一つは、()()()()()()()。僕の手のひらに収まるようなサイズだ。それが、無数。寄り集まった元素のように、粒が一つにまとまって、形をなしている。

 

 僕は即座に動き出す。こうなればマーキナーの攻撃は苛烈の一言。ただ動き回っただけでは避けようがない。いずれ追い詰められ、あの花弁と鉤爪によって、焼け落ちる。

 とにかく大事なのは攻撃を誘導することだ。誘導した上で、

 

「“S・S・R(スロウ・スラッシュ・リライジング)”!」

 

 無敵時間の間に、それらが通り過ぎる。しかし密度は別に薄くなったわけではなく、すぐに次がやってくる。僕は足を止めることなく、ただただ先へ進んだ。

 

「あはは! 踊っている! 踊っている! 楽しいな! 楽しいなあ!」

 

 剣を振るえば、花弁が、鉤爪が、粒のような光に変わる。弾け、砕け、消えていく。僕たちが空けた晴天の輪の外から、日差しが照りつけるように降り注ぎ、砕けた光がきらめく。

 上空から眺めるマーキナーには、さぞかしきれいな花火だろう。

 

 その全てに、致死の火力が込められているとしても。

 

 いや、だからこそ、か。

 ――そしてついには逃げ切れなくなった僕の身体を、花弁が掠める。

 

「ぐ、ううう!」

 

 概念化していてもなお、それは僕の芯を焼く熱だった。ダメージとともに、これには痛みを与える効果がある。すぐに引いて、消えてなくなるが、だからこそ、この痛みはマーキナーの嫌がらせなのだ。

 

 構わず踏み込んで、飛び上がる。

 逃げているだけでは何も変わらない。マーキナーに切りかかり、マーキナーを倒さなければ、一向にこの攻撃は止むことを知らないのである。

 

「マーキナァアア!」

 

「吠えるなら、いくらでも吠えなよ! 僕にとどかないようにねぇ!」

 

 いよいよもって、互いに言葉に熱がこもる。

 僕は襲いかかってきた鉤爪を薙ぎ払い、花弁を無敵時間で躱し、大回りをしながらマーキナーに接近する。移動技による空中機動は健在で、三次元から、マーキナーへと追いすがっていた。

 

 そして、

 

「届け――!」

 

 僕の攻撃が、マーキナーへと狙いを定める。上空を取った。周囲には弾丸。僕の概念技が、地上へ向けてマーキナーを巻き込み、一斉掃射される!

 

「“B・B・W(ブレイク・バレット・ライティング)”!」

 

 そして、それは。

 

 

「“O・O(オリジン・オキシジェン)”」

 

 

 ――突如として放たれた最上位技によって、自身の花弁と鉤爪ごと、薙ぎ払われた。

 

「くっそ、やっぱりか! “D・D・G(デフラグ・ダッシュ・ゴーイング)”!」

 

 だからこそ、躱しやすいように僕は上空へ上がったのだし、鉤爪が追いついてこないタイミングで放ったのだ。

 一気に距離を取り、なんとか回避する。しかし途中で余波を食らって吹き飛ばされ、いくつか花弁が僕を掠めた。

 

「が、ああああああ!!」

 

 直撃はない、ないように身を捻った。

 だが、それでも躱しきれなかった痛みが身を焦がす。概念崩壊のそれとなんら遜色ない痛みに、思わず叫び声を上げていた。

 

「やっぱり躱すかぁ。ほんと、初見殺しが通じないのが一番面倒だよね、君」

 

「く、そ……それでも、ギリギリだったぞ」

 

「アハ、ならよかったぁ――次で死んでくれるよね、きっと」

 

 原理は簡単だ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。故にいつ最上位技が飛んでくるかわからない状態で、僕は戦わなくてはならないのだ。

 

 もっと言えばマーキナーは、この花弁と鉤爪を維持したまま――

 

「いや、ほんとに死んで? 頼むからさ」

 

 ()()()()()()だ。

 

 ――僕の耳元で、マーキナーはささやくように、死を告げた。

 

「う、おおお!」

 

 概念技で、即座に無敵時間を入れる。

 マーキナーはそれを剣で受け止めながら、鉤爪を周囲に出現させる。花弁が漂うこの場で、回避は難しい。ならば――

 

「“B・B・W(ブレイク・バレット・ライティング)”!」

 

 概念の弾丸を呼び出す。

 僕の一撃が、辺りに向けられて――迫る鉤爪と相殺した。

 

 そのまま――剣を構えて、

 

 ふと、気がつく。

 

 ――あれ? 今の感覚は?

 

 違和感。だが、確かめる時間はない。

 

「“D・D・G(デフラグ・ダッシュ・ゴーイング)”!」

 

 距離を取る。多少花弁が掠めるが、気にするものか。吹き飛ばされたために、先程は体勢を整える時間がなかった。ここで距離と時間を稼がなければ、このまま押し切られる。

 

 移動技の勢いのまま、周囲の花弁と鉤爪を切り払って、着地。

 マーキナーを見る。楽しげに剣をくるくると弄びながら、こちらを見下ろしていた。

 

 ――だめだ、この攻防、こちらが何も変えられていない。

 

 大きく息を吐きながら、マーキナーを見上げた。こいつは、あいも変わらず、小憎たらしい笑みでこちらを嗤っている。どこまでも僕をバカにした笑み。

 しかし、どうしてか、

 

 僕はそこにも、違和感を覚えていた。

 

 というよりもそこで、僕は初めて、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

 ゲームでも、マーキナーのフードの奥は解らなかった。

 というよりそんなことに興味を抱く者はいなかった。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()。だから、ふと気になったのだ。

 マーキナーは――奴は――

 

「……なにかな? 急に黙り込んで、気色悪いんだけど」

 

「いや、アンタ――」

 

 言葉にするか、少し迷い。

 やめた。

 

 こいつは敵だ。ならば何の遠慮がある。

 

「――とりあえず、やってみるか」

 

 僕はそうつぶやいて、飛び出した。花弁を切り払い、飛び出していく。

 

「何のつもりかわからないけど、鬱陶しいんだよね!」

 

 マーキナーが、両の剣を振りかぶり、一気に踏み込んでくる。僕も同時に振りかぶり、剣が弾き合う。連打される弾幕のなかで、僕は何度もマーキナーに斬りかかる。

 その度に、弾かれて、マーキナーの追撃が飛んでくる。

 こちらの劣勢だ。周囲のノイズが多すぎる上に、僕の狙いはこいつを倒すことじゃない。

 

「――――」

 

 マーキナーが、訝しんでいる。違和感を覚えているのだろう。僕の戦い方の変化に気づけ無いほど、マーキナーは鈍くないはずだ。

 だから、それがバレる前に決める――のではない。

 

 僕は、バレるのを待っていた。

 

「――()()()

 

 ()()()()。マーキナーが、僕の狙いに食いついた。その瞬間を待っていたのだ。マーキナーに一撃を入れるなら、この瞬間以外にありえない。

 

 それが、やつの動揺を突けるのではないか、という想像だったのだが。

 

()()()

 

 マーキナーは、

 

()()()()()()()!」

 

 ――怒りに任せて、最上位技を振りかぶった。

 そこまでのことかと、目を剥く暇もない。しかし、やるべきことは決まっている。明確な隙だが、その隙に最上位技を叩き込むには、明らかにコンボが足りていない状況だ。

 

 僕は、()()()()()()()を確かめるべく、剣を構える。

 

「“O・O(オリジン・オキシジェン)”!」

 

「“S・S・R(スロウ・スラッシュ・リライジング)”!」

 

 やるべきことは、一つ。

 まったくもって危険極まりないぶっつけ本番。

 しかし、確かに思ったのだ。()()()()()()()()()と。

 

 その違和感に、手をかける。

 

「“B・B・W(ブレイク・バレット・ライティング)”!」

 

 そう、僕はコンボを繋げる。散弾の概念技を入力し、直後。

 

「繋げ――!」

 

 迫りくる大剣へ向けて。

 

「“S・S・R(スロウ・スラッシュ・リライジング)”!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そう、SBS、無限コンボのバグは、しかし。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「な――!」

 

 何故――とマーキナーが、その時初めて、驚愕に目を見開いた。

 それまでの、余裕あふれる態度はかき消えて、

 

 初めてそこに、ただのマーキナーが存在していた。

 

「――おおおっ! ああああああああああああああっ!!」

 

 最上位技によって、花弁も鉤爪もかき消えた中、駆ける。

 マーキナーは、呆然としていた。剣を振り下ろし、隙を晒して、僕を見ていた。

 

 その瞳が、フードの奥から、初めて覗けた。

 

 ああ、君は――

 

 

 そして僕は、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 概念化されているがゆえに、切り裂けるわけではない。だが、剣に押されて、フードが下ろされる。

 

 そこに、それはあった。

 

 

 肩まで伸びた黒髪と、幼気な、瞳。

 

 

 それは、そう。

 

 

 ()()()()()()()()()()()が、そこにあった。

 

 

 ああ、そうだな。

 これを見たら、お前もそんな顔をするよな――()()()

 

「あ、あ、あ――」

 

 少女は――マーキナーは、狼狽と共に視線を泳がせて、そして、僕からゆっくりと距離を取る。僕は剣を戻し、油断なく構えながら、その様子を眺める。

 

 その顔はやがて、怒りへと、そして叫びへと変わる。

 

「――見るな! 見るな見るな! 見るなああああああああああああああ!!」

 

 叫びと同時。

 周囲には無数の花弁と鉤爪が生まれ、()()()

 

「お、っと」

 

 僕は慌てて距離を取る。明らかに様子がおかしい。というよりも、この現象は――

 

「おいまて、マーキナー、()()()()()()()()()()()()使()()()()()か!? そんなことをすれば、()()()()()()()だろ! いや、そもそも――!」

 

「うるさい! うるさい、うるさい! ボクを見るな! ボクを見るなああ!」

 

 花弁

 

 粒子。

 

 鉤爪。

 

 粒子。

 

 粒子。粒子。粒子。

 

 粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子粒子。

 

 広がっていた。

 奴から、溢れ出るほどの粒子が、広がっていた。

 

「――いや、それより先に、器がもたないか! いいのか!? このまま自爆して終わりなんて、それでいいのか!?」

 

()()()()()()んだよ! ボクに声をかけるな! ボクは、ボクは、いらないんだよ!!」

 

 マーキナーは、何故――

 何故、こんなにも素顔を見られることを拒む?

 別に、なんてことはないだろう。たとえマーキナーが少女だったとして、それが何だと言うんだ。こいつは世界を弄び、邪悪に蹂躙するために、僕たちと対決している。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 だったらこれは、一体どういう理由だというんだよ!?

 

「答えろマーキナー! これは一体どういうことだ!?」

 

「――お前にボクの、何がわかる!!」

 

「それじゃ答えになってないだろ!」

 

「――うるさい!!」

 

 叫び、拒絶する。

 

「第一! 何でお前は戦うことを選ぶんだよ! 解ってるだろ!? 勝てないってことが! 勝つために必要な最後のカギが、()()()()()()()()()()()()()()にあることが! 何度も試行して、何度も挑戦すれば、ようやくたどり着けるかしれないという可能性でしかないことが!!」

 

「――それは」

 

 どういう、と続けようとする。

 今、マーキナーは何を言っている?

 

「君の言う、負けイベントに勝つっていうのは、()()()()()()()()()()だろう。一発勝負、一度の挑戦で、それを攻略する可能性なんて本来なら考慮に値しない!」

 

「だから、何を言っているんだよ!」

 

 確かに、ゲームにおける負けイベントに勝つってことは、入念な調査と練習と、そして挑戦の末に達成される。僕がこれまで、この世界でやってきたこととは、まるっきり意味が違うだろう、と。

 そう言いたいのであれば、それは確かにそのとおりだ。

 

 だが、()()()()()()()()()()()()()以上、僕はそれに一度の勝負で挑み続けてきたんだ。それと、彼女の言葉に繋がりが見えない。

 それはつまるところ、()()()()()言葉だった。

 

「それを――ボクの前で見せつけるな。ボクに可能性を教えるな。ボクはそんなもの、知りたくもなかった!」

 

「だから――!!」

 

 叫んで、理解する。

 今、マーキナーは僕を見ていない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ここにいるのは、マーキナーの残した怒りと、残滓。

 ならば――

 

「――来いよ、マーキナー。そんなに見たくないっていうのなら、また見せてやるよ、お前の言う可能性ってやつを!」

 

「――――っあああああああああああああああ!」

 

 マーキナーからあふれる粒子が、形を得る。

 それは、そう。――この世界において、龍というのはそもそも存在しない概念だった。大罪龍と呼ばれる存在が現れて、初めて人に認知された生物の考え方だ。

 だとしたら、それは一体どこから生まれたのか。

 

 大罪龍が龍を模したのは、この概念起源の形にある。

 

 それは、龍の首をかたどっていた。

 

 無数の龍。

 それらが、僕を見下ろし、僕を見据え、そして――――

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――やっぱりか!」

 

 回避などしようもない濁流。僕は当然、SBSによる回避を目指す。襲いかかってくる時間は、十秒や二十秒では済まない。

 だが、ここでそれができなければ、僕に勝ちはない。故に、挑む。

 

 ()()()()()()()()()ために!

 

 ――マーキナーの正体は、幼い少女であった。それはおそらく、これまで何度かあった、僕の知らない、ゲームで開示されていない情報の一つだろう。

 ゲームでは、傲慢龍だけが、マーキナーの素顔を見たことがある。その表情は驚きと――そして、マーキナーに対して激憤を抱いていたはずの傲慢にしては、あまりにも穏やかな笑み。

 

 ――その答えが、あの少女だとするならば。

 傲慢龍、アンタは一体彼女に何を見たんだ?

 

 いや、そもそも――

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()は、どうして存在しているんだ?

 

 

 ――そんな疑問を抱きながらも、致死の濁流の中で、剣を振るう僕の動きに、一切の淀みは存在しないのだった。



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141.フィーは彼女に重ねたい

 ――気がつけば、僕は一人で戦場だった場所に立っていた。

 無我夢中に剣を振るって、ただひたすらに意識を研ぎ澄ませ、そして戦いを終わらせた。

 マーキナーの痕跡は、空にあいた大きな穴と、綺麗サッパリ吹き飛んだ、地上の山だった痕、それだけだった。

 

 正直なところ、信じられない。まさかマーキナーが向こうから襲ってくるなんて。あんなふうに取り乱すなんて。あいつにとって逆鱗となるのは、自身の概念にふれること、だけだったはず。

 なのに、どうしてあんなふうに顔を見られて驚くのだろう。

 

 ――幼い少女だった。顔立ちは整っているが特徴は薄く、故にどこまでも純粋な、あの邪悪な笑みの似合う少女だった。

 

 ありえないことではない。これまでも、ああいったゲームでは開示されていないけれど、ゲームでの情報を元に考えれば、ありえないことではない情報がいくつかある。

 わかりやすいところで言えば、暴食龍の傲慢龍への狂愛だろう。

 しかし、それがマーキナーの錯乱へとつながる意味がわからない。

 

 僕はなにか、大きな見落としをしているだろうか。それとも、僕が知り得ない情報が、まだ彼女には埋まっているのだろうか。

 

 いやしかし、ただあの顔に、僕はどうにも覚えがあった。というよりも、あの顔と似たような顔をして、ああいう風に錯乱する誰かを、ドメインシリーズの中で見たことがあるというか。

 

 他人を侮蔑し、見下し、それでいて自分がこうなったのはお前のせいだと責任転嫁して、救われることなく死んでいった誰かを、僕はよく知っている。そんな誰かは――

 

 

「ねぇ、ちょっと。これ、何がどうなってるのよ!」

 

 

 ――今、僕の頭上で翼をはためかせて、こちらに声をかけていた。

 

 嫉妬龍エンフィーリア。

 今とは違う別の可能性で、不運とすれ違いの末に、悲劇によって殺された、――僕の大切な仲間が、そこにいた。

 

 

 ◆

 

 

「――お父様が女だったぁ!?」

 

「そう言われるとすごい言霊だな……」

 

 僕は今、フィーにぶら下がりながら、空を飛んでいる。もともとフィーと師匠には、僕とリリスたちの回収をお願いしている。

 僕らのパーティで空を飛べて、世界を自由に動き回れるのはこの二人だけだ。

 

 リリスたちは怠惰龍のところに行っているはずだから、当然そこには怠惰龍もいるのだけど、まぁ彼が僕たちを運んでくれるはずもなく。

 他に飛べる人がいないならともかく、飛べるとなったら彼はやらない、そういう龍だ。

 

「いや、でも、そうね……考えてみれば、私達を生み出したのに、()()()っていうのも、変な話よね」

 

「まぁ、変ってほどではないけどね。でも、誰からもそんな発想でてこなかったんだろう? だったら、何かしらの意図があるんじゃないかと、僕は思うね」

 

「……強欲龍はどうかしら」

 

 うん? と僕は首をかしげる。強欲龍がどうだというのか。

 

()()()()()()()()()()()()()()()のよ。それがどうして、お父様のことに意識を向けるのかしら」

 

「そもそもマーキナーを意識すらしてないから、彼女を父だと思う誘導にひっかからない、と?」

 

「……そんな気がしたのよ」

 

 ――後で合流した時に確認してみると、まさしく全くもってその通りで、強欲龍はマーキナーを父と呼ぶことに違和感を覚えていたそうだ。

 そのことからも、()()()()()()()()()のは、マーキナーの誘導であることがわかる。

 意図が見えない、というのはまったくもってその通り。

 だったら、気にするべきは、

 

「今もそうなのか? お父様って、そう呼んでるけど」

 

「……? そうね、別にお父様が女でも、お父様はお父様って感じだわ」

 

「それはどちらかというと、作られた段階で、父だと思わされているような感じな気がするな」

 

 そして、そんな大罪龍がマーキナーのことを父と呼べば、人々はマーキナーを父だと思うだろう。認識操作をする必要もない。たとえそれが間違っていたとしても、誰も疑わなければ嘘にはならないのだ。

 そして疑う理由は、どこにもない。

 

「にしても、どんな感じだったのよ、その時のお父様って」

 

「――君みたいだった」

 

「…………アタシ?」

 

 ピンとこないといった様子で、フィーは首を傾げていた。この場合、僕が言っているのは、ゲームにおける嫉妬龍のことだ。

 今の幸せそうなフィーには、まったくもって関係のない話だ。

 

 彼女には、僕が言葉で話す以外、それを知る方法はないのだから。

 

「嫉妬龍エンフィーリア、時代の闇に呑まれ、自身もまた闇に染まってしまった悲劇の大罪龍」

 

「……それって、ねぇ。アンタはこういいたいの?」

 

 フィーは、少しだけ剣呑な声音で問いかけた。それは自分のことに対する怒りではなく、マーキナーに対する怒りだった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って」

 

 

「それは……違うと思う。マーキナーには、元の歴史における君のような、世界を憎む意思を感じられなかった」

 

「……つまり?」

 

「嫉妬龍は()()()()()だったからそれに牙を向いたけど、もともとマーキナーは、()()()()()だから、自分のものにしたかったはずなんだ」

 

 そしてそれは、今もそう変わっていないように思える。つまるところ、たとえ何かがあったのだとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()フィーとは、真逆の立ち位置ではないかと、僕は思う。

 

「世界にどうこうしようという意思とは別に、彼女の中で何かがあったんじゃないのかな。それがなにか……までは、まだ想像する他無いけれど」

 

「……そう。あんた、まさかお父様までどうこうしよう、とか言い出すんじゃないかと思って、ちょっとヒヤヒヤしたわ」

 

「流石に、同情できる余地があったからって、全てを許すほど、僕は個人主義じゃないさ」

 

 僕は自分の信条を優先するけれど、それは、世界の秩序に反しない限りでの話だ。今、僕がしようとしていることは、世界の秩序を脅かしてこそいるけれど、()()()()()()()()()()()()()という結論を出したからこそ、やっているのだ。

 

「まぁそうよね、あんた、アンサーガが人を殺したかどうかってところにこだわってたわよね」

 

「そうだね。僕としては、()()()()()()()()なら、それは救う理由になると思う」

 

 そして、僕の基準とはつまるところそこにあった。

 たとえどれだけ禍根があろうとも、失われていなければ、死んでいなければ終わりではない。次があるなら、救いはきっとどこかにある。

 取り戻せるか否か。それが一つの瀬戸際だ。

 

「じゃあさ――」

 

 だから、なんとなくその後のフィーの言葉は、想像がつくものだった。

 

 

「アタシがもしも、誰かを殺しちゃったら、()()()()()()()()()にアンタが出会ったら。アンタはアタシを救ってくれる?」

 

 

()()()()

 

 僕は即座に、そう答えた。

 

「どうやってよ。アンタ、さっきと言ってること全然違くない?」

 

「違くないさ。()()()()()()()()は違うだろう?」

 

「ああそっか、許されたら、それはその後何してもいいってことか。でも、救うだけなら、()()()()()()()()こととイコールじゃない」

 

「――死んだ相手を、死んでも憎むって、それは憎む方が疲れちゃうだろ」

 

 死は悲しいことだ。悲しむことを、やめる必要はない。しかしその死が理不尽なもので、誰かの手によって為されたもので。

 ()()()()()()()()のなら、それはもう、そこで終わりでいいのだと、僕は思う。

 

 悲しむことはやめなくていい。だが、憎むことはやめていいのだ。

 区切りさえつけてしまえば、憎い相手のことを思い続ける必要はないだろう。

 

「だから僕は、君という因果を断って、君という魂に祈りを捧げる。()()()()()()()()()()()()()()()()()、僕はそれを切り裂こう。たとえ僕が間違っていたとしても――」

 

 僕の答えは決まってる。

 

 

「君の魂を、僕は間違いだとは認めない」

 

 

 どうか、罪ある魂にも救済を。

 死は、万物への救済だ。失うことは、恐ろしいことだが、失ってしまったことを、咎めることは誰にもできない。

 

「――でも、それができるのは、きっとアンタだからよね」

 

「そうかな」

 

()()()()()()()()()()()()()()よ。アンタ、どこまで言っても、この世界の人じゃないんだわ。大罪龍の被害も知らない、地獄も知らない」

 

 ――甘ちゃんだと、誰かは言うだろうか。

 戯言だと、被害者は切って捨てるだろうか。

 

 でも僕は、()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「――()()()()()()()()()と思う。アタシは、そんなアンタを好きになったのよ。アタシたちと何のつながりも無いからこそ、アタシたちを救いたいと心の底から言えるアンタに」

 

「また、随分素直に告白してくるね」

 

「そんなんじゃないっての」

 

 苦笑する。しかし、言われてもフィーは、真剣な声音をやめなかった。とはいえ、茶化すなとも言ってこない。あくまで僕たちの会話は、互いに対等な、お互いを思い合う者同士の会話だから。

 そこには、不思議な気楽さが会った。

 

「お父様に、アンタを取られたくなかっただけよ」

 

「いや、その言い方だと色々と変な想像をしてしまうからやめるんだ」

 

「そこはわざと言ってる」

 

 そうやって、今度は互いに苦笑する。

 

「でも、考えてみればそうか――アタシ、お父様のこと、何も知らないのよね」

 

「送られた言葉は、あの碑文だけだしね」

 

「やめてよ、アレはなにかある前のお父様の言葉でしょ、きっと。だったら、今のお父様とは関係ないかも知れないじゃない」

 

 だからって、アレを否定するとマーキナーの根底を否定することになるかもしれないのだが。

 

「……マーキナーが女の子だと知って、少し親近感が湧いた?」

 

「少し……ね。私も、アンタと同じよ。人を殺して、誰かを傷つけた以上、お父様は許せない。でも――」

 

 だけど、だとしても――

 

 

「――アタシもそうなってたかもしれないって考えると、アタシはお父様を、否定できない」

 

 

 それがフィーの答えということだろう。

 

「だったら、直接会って、話をしよう。彼女とは言葉が通じる、意思を疎通することができるんだ」

 

「――今のお父様の真意も、わかるかもしれない、か」

 

 まぁ、そこは彼女の逆鱗だろうから、触れたくてもそうそう触れるわけにはいかないのだけど。

 

「あ、見えたわよ」

 

 そしてフィーが視線を向ける。

 その先に、

 

 傲慢龍の遺跡があった。

 

「あそこから、マーキナーの居場所へと乗り込む。師匠たちはついているかな」

 

「見て、アレ!」

 

 視界の端に、紫電の翼。

 遠く、ほとんど認められないくらいの場所を飛んでいるけれど。

 ――あれだけ派手な稲光、わからないはずもなかった。

 

 さぁ、決戦だ。

 

 まだわからないことは多い。

 マーキナーの意図は読めない。

 

 勝つための糸は、あまりにも細い。

 

 それでも僕たちは、

 

 

 最後の戦いへと、これから向かう。



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142.性別の話をしたい。

 ――僕たちは、久方ぶりに傲慢龍の神殿へとやってきていた。

 ここにもう、主はいない。僕たちが排した。今でも当時の戦闘の痕跡が傲慢龍の玉座には刻みつけられている。かつて、最強の大罪龍がいたのだ。

 その証が、この傷跡だった。

 

「――なんていうか、どうやったらこんな派手にぶっ壊せるのってくらい崩落してるわね」

 

「おっかなかなかなーの」

 

「かなかな」

 

 フィーの言葉に、リリスと頭の上にのったミニ百夜が反応する。二人して完全に思考が停止しているようで、もうなんというか、ぼけぼけしていた。

 

「というか、百夜はどうしてまだ小さいままなんだ? その形態、一日の大半はねてないといけないんだろ? 大変じゃないか?」

 

「寝るの好き……ぐう……」

 

 師匠がミニ百夜の頬を突っつくと、そのまま百夜は眠りについた。まぁ、本人がいいならそれでいいのだろうが、と思っていると眠った百夜がずり落ちた。

 

「なのー!」

 

 リリスが慌てて拾おうとするが、手から滑り落ちてぽてっと落ちる。

 

「ぐべー」

 

「百夜ー!」

 

 なお、落ちても百夜は眠りについたままだった。

 僕たちは、とりあえず破壊されていない無事な一画にテーブルと椅子を拡げて、くつろぐように飲み物やおかしを広げる。傲慢龍が見たら鼻で笑われそうな光景だ。

 

「そういえば師匠、強欲龍はどうしました?」

 

「私がリリスたちのところに行ったときには、もういなかったよ。奴は奴で、別の場所からマーキナーの元を目指すそうだ」

 

「ここから行ったほうが早いんですけどね」

 

 僕たちと同じ選択はゴメンだったのだろう。

 まぁ、あいつらしいといえばらしいが、どちらかというと遠慮のようなものも感じられた。何故遠慮するかといえば、もしかち合ってしまえばその場で戦闘になるからだろうが。

 すべてが終わったら、といったけれど、目の前にマーキナーがいない状態で我慢できるかは、お互い未知数である。

 

 ……戦いたい、強欲龍と戦いたい……うう……

 

「おい、発作が始まったぞ」

 

「放っておきなさい、すぐに収まるわよ」

 

「お水上げるのー」

 

 上から霧吹きの衣物で水をかけられた。僕は花じゃないよ?

 まぁ、火照った身体には丁度いいくらいの飛沫だった。この辺りリリスは気配り上手だ。

 

「それで――」

 

 さて、余談はここまでにして、本題は二つ。

 

「――マーキナーの可能性の否定と、それから()()の性別について」

 

 切り出した師匠の言葉に、僕らは意識を向け直す。

 そうだ、これから僕らが話し合わなければならないのは、やはりこの二点である。マーキナーは強大な敵であることに変わりはなく、そのために、あの可能性の否定は絶対に攻略しなければ、そもそも僕たちには挑戦権すら与えられない。

 

 ――が、

 

「一緒にマーキナーの性別の話すると、しまりませんね」

 

「しょうがないだろ!? 私だってびっくりだよ!」

 

 二人して言い合う。うん、大事なのは前者なのだけど、現状僕らの話題の種は圧倒的に後者だった。まぁ、前者に関しては散々話はしてきたしね。

 

「……それに、可能性の否定については、もうここまでに打てる手は打って、挑戦権は得ているだろう。()()()()()()()()()()()()()()、君なら行ける……としか私には言えん」

 

 既に師匠たちには話してあるが、ありていに言って、()()()()()()。問題は、それがあまりにも困難な道程の先にあるということ。

 だとしても、止める理由はないし――

 

「――それに、アンタが止まる理由はなくなったんでしょ。決めたのよね、勝つって。アンタやアタシたちのためだけじゃなく、この世界のためにも」

 

 既に、白光の僕とのことも話した。

 僕と白光の二重概念によって生まれた概念起源。それは、マーキナーを封じることはできても、それが必ずしも良い結果につながるとは限らない。

 ()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 

「リリスたちがついてきたのは、そういう時に前にすすめる貴方なの。だったら、これからも、リリスたちはどこまでも一緒なの!」

 

 それに、師匠たちもついてきてくれると言った。

 なら、答えは決まった。既に決まりきっていた。

 

 

「マーキナーに勝とう」

 

 

「ああ!」

 

「異議なし」

 

「なの!」

 

 そう、改めて音頭を取ったところで、沈黙。

 

 誰からともなく、()()がこぼれ出るのを待つ空気に成った。

 

「……それにしても」

 

「なのぉ」

 

 予め僕から聞いていたフィーではなく、師匠とリリスが根負けしたようにつぶやく。

 

「――――女の子、だったかぁ」

 

「なのぉー」

 

 ――結局、僕たちの話題はそこに帰ってきてしまった。

 どれだけ真面目な話をしようとも、マーキナー女の子事件の衝撃は未だ僕らから抜けきっていない。というか、どう反応すればいいかわからない。

 

「マーキナーの性別とか、爆弾すぎてどうしろっていうんだよなぁー」

 

「なのぉー」

 

「第一、今更あいつの性別知って、意味あるのか?」

 

 

()()()()()()()()()

 

 

 ――ふいに、なんとなくぐでっとしていたリリスが正気に戻った。びっくりした様子で師匠が目を向ける。僕たちも、リリスの言葉に耳を傾けた。

 

「マーキナーは概念が形になってるの。貴方いってたの、マーキナーは概念そのものだから、概念化しなくてもいいって」

 

「言ったね」

 

 だからマーキナーは概念化しなくても概念技を使えるし、自分の概念を名乗らなくていい。

 

()()()()()()()()()()の。意思でしかない概念が、性別を持つ必要はないの」

 

 ああ、と僕たちは納得する。

 そもそもの話、マーキナーに限らず、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。少なくとも、あって意味のあるものではない。

 にもかかわらず、フィーは間違いなく女性だし、それ以外の大罪龍はかなり男性的だ。特に怠惰龍は色欲龍と子作りまでしている。

 

 どうやったのかはわからないし、最悪キスで子供が出来ている可能性もあるが。

 

「だから、マーキナーの中で、何かしら性別を定義する理由があるってことか」

 

「なのー」

 

 そして、そこで思い至る。大罪龍には性別がある。マーキナーの中で、性別を決めることが意味のあることだとしたら、逆に言えることがあるのだ。

 

「ってことは、()()()()()()()()ことは、それにも意味があるってことか」

 

「んー、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは、

 確かにそうだ。オカマキャラ、というのはゲームにおいては定番だが、それが性別の存在しない四天であることはおかしい。逆に言えばラファ・アークは性別を意識して作られているということになる。

 

「性別、だけじゃないと思うのー」

 

「……どういうことだ?」

 

 そこでリリスは合わせて語った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。僕はラファ・アークをどこかズレたオカマキャラと語った。

 しかし、実際に相対したラファ・アークは芯の通った、百夜も気に入る程の強者だったそうだ。

 

 確かに、それはおかしい。

 

「そこも含めて、性別には何かしら意味があるってことよね」

 

「……()()()()かなぁ」

 

 師匠が、ポツリと零す。

 

「どういうことよ」

 

「いやだって、たしかに性別は重要だけどさ、性別だけが人のすべてを決めるわけじゃないだろ。それこそ、そのラファ・アークが男と女の区別がつかない感じの性自認だったって、それは個人の感性によるものだ」

 

 ――人には個性というものがあり、その個性故に、時に性別を感じさせない振る舞いを人はすることがある。

 

 そして、性を超越した愛もある。

 暴食龍の顔が、脳裏をよぎった。

 

「じゃあ、何が問題なんです?」

 

「なんていうか、さ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃないかと、私は思うんだよ」

 

「何かって……何よ」

 

「わからん」

 

 二人がそうして首をかしげる中。

 

「なのなのーん。考えてみてほしいのん」

 

 リリスが、何かを解った様子で切り出す。というか、実際解っているのだろう、僕も、なんとなくその違和感の正体を掴みつつあった。

 

「概念に性別がない以上、マーキナーの性別は後付なの。意識してか、無意識かはわからないけど、それがどのタイミングで決定されたかは、何となく分かるはずなの」

 

「……ラファ・アークを生み出した時か?」

 

 なのーん、とリリスは手にしていた霧吹きを空中に散布する。ずっと持っているけど何なんだろうその霧吹き。

 

「じゃあ、その時に何があったか、考えればいいってことよね。でもって、私達にも想像がつくこと。つまり、過去に起きた出来事――」

 

 フィーが、そうつぶやいて、

 

 師匠が、何かピンと来たようにハッとして、遅れてフィーもそれに気がつく。

 

 マーキナーが四天を生み出した頃に起きた出来事。僕らの知る情報は数少ない。何かしら細かい出来事はあったかもしれないが、明白に、大きな括りで語れるのは一つだけ。

 

 

「――人間が、世界に生まれたんだ」

 

 

 そう、人の誕生。

 マーキナーの作り出した世界に、誰の介入もなく、偶然生み出された意思ある種族、人間。それを見たマーキナーは、何を思ったか。

 わからない、しかし確かなこととして――

 

「人間をみて、人間性を知って、それ以降のマーキナーが生み出した衣物には、――大罪龍には感情があった」

 

「その人間性が、マーキナーを女性だと定義したの?」

 

 きっと、それは無意識なのだろう。ただの意思ある概念でしかなかった存在が、人間という表現の形を見て、それを模倣した。

 マーキナーが、あの姿なのも納得だ。

 

 しかし、

 

 

「でも、それだけな気がしないのー」

 

 

 感性に優れる、僕たちのジョーカーが、そう切って捨てた。

 同時に、僕も違和感。

 

「マーキナーの取り乱しようは、それだけじゃない気がするよな」

 

「なの。()()()()()()()()()()の、でもってそれは――」

 

「――私達の知る情報の中にない、か」

 

 師匠がまとめ、僕たちはうなずく。

 マーキナーが女の子であることは、これまでの情報と、ゲームからの情報で納得できる理由をこじつけられた。これもまた、ゲームには存在しない情報の一つだろう。

 そして――その上で、謎が残った。

 

 直感が働く。

 

 

「――つまり、そこが要か」

 

 

 そう。

 僕らが想定もしていなかった情報。僕が知らない、しかしゲームに存在していてもおかしくないそれらは、()()()()()()()()()()()()から、そうなったのではないか。

 

 結論は、それだった。

 

「……じゃあ、何があったのよ」

 

「それは――」

 

 僕は、視線を向ける。

 

 そこに、(きざはし)があった。

 

 四天をすべて撃破したことで、マーキナーはこの世界への干渉が可能になった。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そのため、こうして僕らをマーキナーの居場所へと招いているのだ。

 

「直接、聞いてみるしか無いんじゃないかな」

 

 この傲慢の居城から。

 

 

「行こう、皆」

 

 

 ――最後の戦いの舞台へ、道はつながっていた。



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十三.負けイベントに勝ちたい
143.終幕の後に戻る場所


 ――ゲームの終わりには、エンドロールが待っている。

 終止符は、滑るような字で描かれて、FINの三文字はプレイヤーを祝福する。物語には終わりがあって、ドメインシリーズの場合はフィナーレ・ドメインのエンディングがそうだ。

 

 ゲームをクリアした場合、その後のプレイヤーの行き先は二つに一つだ。

 

 ()()()()()()か。

 

 ()()()()()()()()()()()か。

 

 ここに、二週目を始める、という選択肢を加えて、おおよそ三つ。

 多くは二つのうち、どちらかだろう。もしくは、ラスボスを倒す前に戻ると同時に、二週目が解禁される。どちらにせよ、3つ目の選択肢はどちらかに複合する場合が多い。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ラスボスを倒し、エンドロールを見送った後にも、冒険がある。平和に成った世界を旅し、エンドコンテンツ――裏ボスを倒したりするわけだ。

 

 特に2は、この後日談まで含めて、ストーリーが完結する構成になっているため、後日談の印象は強い。続編の予定がなかった初代ですら、裏ボスと戦う関係から、後日談は存在していた。

 それが、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 キャラたちのその後はエンドロールで語られる。

 皆、幸せになって、世界は平和に成った。それは明言される。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()。クリアした後、プレイヤーはラスボスを倒す直前まで戻されるわけだ。

 何故か、などとヤボなことは言うまい。

 

 ドメインシリーズは、そこでおしまいだ。これから先は、プレイヤーの知らない物語。

 マーキナーという脅威を排し、人々は、未来を謳歌する――それを、知ることが出来ないのは、シリーズを終わらせた余韻とともに、虚無感に満ちた達成感を感じさせる。

 

 ――そんな最後が、フィナーレ・ドメインの締めくくりだった。

 

 十年がかりで駆け抜けた、ゲームの最後。当然、この終わりにロスを感じるプレイヤーは多かった。シリーズの〆という意味では、完璧としか言いようのないシナリオに、多くのプレイヤーは感動と共に終わりを惜しんだ。

 けれども、僕にとってそれは一つの区切りでしかなかったんだ。

 

 ラスボスの前に戻されるとはいえ、クリア後コンテンツは存在し、やりこみはまだまだ続く。それを誰よりも早くクリアするのが、僕たちドメインシリーズに命をかける廃人プレイヤーのやりがいだったわけだ。

 

 だから、僕にとって、フィナーレ・ドメインのエンディングは、大きな一つの区切りであり――

 

 

 ()()()()()()()だったんだ。

 

 

 それは、

 今、この瞬間にも言える。僕たちはマーキナーを前に、最後の戦いを始める。その先には未来が待っていて、僕たちは勝たなければならないのだ。

 勝たなければ何も始まらない。勝つためにこの場所に来た。

 

 ――淡く光る階を登りきり、そこで待っていた、一人の少女を討つために。

 

 僕たちは、剣を抜く。

 

 ――ああ、そうだ。

 そういえば、もう一つあった。ゲームをクリアした後に、ラスボスの前に戻るドメインシリーズ。

 

 ――()()()()()()()()()()も、そのタイプのゲームだったな。

 

 

 ◆

 

 

「――ようこそ、歓迎するよ、敗因。そしてその仲間たち」

 

 そこは、ただ広いだけの場所だった。

 僕たちとマーキナー以外になにもない。淡く光を帯びた地面に、マス目状の区切り。それだけだ。とはいえ、なにもないのはこの場所だけで、眼下には、これまで見たこともないような光景が広がっていた。

 

「これは――」

 

 師匠たちが目を見開く。

 

 そこには、僕たちが散々旅をしてきた大陸が広がっていた。

 

 ここから、世界を眺めることができるのだ。その有り様を、いつまでも。

 

「……フードは取ったままなんだな、マーキナー」

 

「…………被ったままにして、これをウィークポイントだと思われても困るからねぇ」

 

 少しの沈黙の後、自身の髪をなでながら、マーキナーは言った。挑発するように笑みを浮かべる。顔立ちもあり、子供がからかっているような感覚を覚える。

 とはいえ。

 

「……信じられないな、本当にそうなのか?」

 

「私だってそう思うわよ。……ダメね、こうして間近に見ても、私にとってお父様はお父様だわ」

 

 師匠とフィーが、マーキナーの容姿に対して困惑を顕にする中、少女はくるくると回りながら、その黒髪を揺らし、流し目を送る。

 妖艶。

 ――と、呼ぶには、あまりにも邪悪が過ぎた笑みを浮かべて、こちらを観察していた。

 

「ちょっとなのー! 貴方、リリスたちに勝って、何をするつもりなの!」

 

「あはぁ――」

 

 そして、リリスの言葉に足を止める。少しだけ空を仰いで、人差し指を小悪魔めいて顎に当て、考えてから、コツ、コツと靴音を響かせながら、こちらに歩み寄ってきた。

 

 油断なく身構えるリリス。そのまま、マーキナーはリリスの横に通りかかる。

 

「――ボクは自分のしたいことをするだけさ」

 

「……なにを、なの」

 

 そう、問い返されて、バッと両手を拡げながらリリスのもとから離れる。

 

「それこそ、()()()()()さぁ! 例えばそうだなぁ――ライン公国、あれはすごいよねぇ。人の秩序の完成形だ」

 

 見下ろす。

 ――ラインの国が視界に収まった。

 

 淡い半透明の床と、遠すぎる距離に阻まれて、その様子までは眺められないが、マーキナーは見えているのだろう。ここは奴の庭なのだから。

 

「ライン公に成り代わる、というのはどうかな。ボクが可能性を完全に操れるようになれば、彼の行動すら全部ボクの可能性操作で決めることができる」

 

「――それは」

 

 師匠が眉をひそめる。

 嫌な想像を、しただろう。ああでも、師匠――マーキナーは、その想像の更に下を、容易にくぐり抜けてしまうのです。

 

「息子さんのお嫁さん……許嫁、だっけ? それを殺して、暴走するっていうのはどうかな?」

 

「何を……」

 

「部下も、街の人も好き勝手殺して、けど息子の命だけは取らないんだ。そして放逐して、帰還を待つ。きっと成長して帰ってくるだろうねぇ。概念使いになれないかもしれないけど」

 

 くすくすと、マーキナーは楽しげに笑う。

 

「でもって――」

 

 ピタリ、とそして今度は師匠の前で止まった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。ああ、どういう反応するかなぁ」

 

 

 それはもう、情感たっぷりに、マーキナーは師匠に煽るためだけに言ってのけた。

 

「な、あ――――」

 

 困惑と、怒りが入り交じる中、マーキナーは師匠の元を離れ、それからフィーへと歩み寄る。

 

「もちろん、君たちも簡単には殺してあげないよ。特に君、嫉妬龍。ボクに歯向かうどころか、勝手に恋人なんて作っちゃって、色ボケも極まりすぎだよ」

 

「何よ……」

 

 警戒。

 フィーは、マーキナーへの同情が少なからずあっただろう。自分と彼女を重ねて、その不幸に想いを馳せた事実がなかったとは言わせない。

 だが、それでも、

 

 先程の言動は、そんなフィーにも警戒を齎すには十分だった。

 

「――君を元の歴史よりも、更にひどい目に合わせてあげる」

 

「…………」

 

「そうだなぁ、とりあえず――」

 

 ――そう、結局の所。

 

 

「今度は()()()で子供だけじゃなくて、全員皆殺しにできるくらい強くしてあげよっか」

 

 

 マーキナーは、どれだけ変化しようとも、その邪悪には一切の陰りは存在しなかった。

 ――フィーが最後の最後で止まれなくなった要因に、更に土をかけるような、そんな言葉は、フィーを()()()()の後、激高させるには十分だった。

 

「お、父様……!」

 

 そして、

 

「マーキナー……!」

 

 師匠もまた。

 

 

「――余計なお世話よ!」

 

 

「――ふざけるなよ!!」

 

 

 同時に、武装を身にまとう。

 

 

「“紫電”のルエ。お前の蛮行、お前の邪悪。ここで断ち切らせてもらう!」

 

 

「名乗る概念はないけれど――嫉妬龍エンフィーリア、お父様のそのふざけた態度、叩き直してあげる!」

 

 

 僕の両翼で、二人の少女が戦闘態勢に入った。

 

 紫電の翼と、龍の翼。

 二つが同時に広がって、なにもないこの世界にその存在を高らかに宣言する。

 

「あ、はははは! わかりやすくていいね! 君たち、からかいがいが会って楽しいよ!」

 

「……ふたりとも、どこまで行っても、マーキナーっていうのはああいうやつだよ。根本的に、戦わなきゃいけない敵なんだ」

 

「ひどいなぁ、こうして親身になって、顔も晒してあげたのに」

 

 そう言って、自分の顔を引っ張って笑みを作る少女の姿に、前回のような狼狽はない。つまるところ、そこは彼女にとって地雷ではないのだ。

 とすると――

 

「――納得ですの」

 

 リリスが、ふと前に出る。

 

「伊達に世界の創造主を名乗っているのに、世界に拒否されたりしてませんの」

 

「酷いよねぇ」

 

「――リリス、気になりましたの。どうして」

 

 ――とすると、マーキナーの地雷は、つまり。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()のか」

 

 

「――――」

 

 マーキナーが、一瞬呆けた後。

 

 

「お前に何がわかる!」

 

 

 激昂し、剣を抜き放った。

 

「リリスは貴方のことを知りませんの、そもそも、こちらは名乗ってすらいないから、失礼しましたの」

 

 そういって、リリスは手元にミニ百夜を呼び寄せて。

 

「リリスは、美貌のリリス。こちら、白光百夜」

 

「――ん、いこうリリス」

 

 ()()()()()()()()()

 

 

「リリスたちは、白光美貌のリリスと百夜。二人合わせて、お相手させてもらいますの」

 

 

「この世界は、お前だけのものじゃない」

 

 隣に寄り添うようにしながら、百夜が言う。

 マーキナーに、それは――ああ、ゲームでも、投げかけられた言葉だった。

 

 しかし、

 

「――それを、お前が言うかぁ!」

 

 マーキナーは、かつて聞き流した言葉を、激高とともに返した。

 

「本当に、何があったんだろうな。いや、いいさ」

 

 僕は、大きく息を吸う。

 

 

「マーキナー、ここまで来たぞ」

 

 

 そして、剣を呼び出した。

 

「アンタに導かれて、アンタの可能性によって、ここに来た。――この世界は、僕にとって、画面の向こうの存在だった」

 

「…………」

 

「それが現実になって、困惑はあった。でも、嬉しかった。この世界は、僕が何よりも好きな世界だったから」

 

「お、まえ……」

 

「ありがとう、マーキナー。アンタに見せてもらった世界のすべて、器として、全部返すよ」

 

 それは、宣戦布告。

 

 

「僕は、敗因白光! アンタの敗因となるものであり! そしてその先に、世界の日の出を作るものだ!」

 

 

「――――敗因……! 白光――――――――!!」

 

 

 互いに、剣を二つにして。

 

 僕は、

 

 ――かつて、アレほどまでに恋い焦がれたゲームの世界の終幕(フィナーレ)に、自分の足で、けれども終幕とはまた違う形を刻みつけるために。

 

 

 機械仕掛けの概念(ドメイン・マーキナー)に挑む。

 

 

 これが最後の戦いだ。

 泣いても笑っても、悔やんでも、悔やまなくとも。

 

 かつて、ゲームが終わりを告げた時。

 

 僕は、それを自分の始まりに変えた。

 

 今度も同じだ、機械仕掛けの概念、自身の作った世界に拒絶され、それを受け入れられない幼い少女。――その心が、どこにあるとしても。

 

 それが邪悪である限り。

 

 僕たちは、アンタを断つ。

 

 ――――()()()()



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144.たった一つの存在しない攻略法

 ――機械仕掛けの概念は可能性を機械的に否定する。

 すべての可能性は生まれた時点でマーキナーによって、マーキナーに触れることのない可能性へと書き換えられる。マーキナーにとって可能性とは己のもので、己を傷つける可能性を許すはずもない。

 

 これは、この世界のシステムだ。マーキナーはこの世界のゲームマスターだが、マーキナーをゲームマスター足り得る存在に仕立て上げるのは、この絶対性と、そして大罪を生み出した大罪七典の二つによって成り立っている。

 干渉の否定と、感情の創造。

 

 この内、人類が彼女を攻略できない最も大きな理由は、前者だ。後者は大罪龍や四天の存在まで考えれば、人類に多大な影響を与えるが、彼女と直接対決する場面まで至れば、それは一つの強大な戦力に過ぎない。

 はっきり言って、七典は攻略できるのだ。だが、可能性の否定というのは、非常に厄介なのだ。何故なら、七典はマーキナーの能力ではないのに対し、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()だ。故に、ただの感情という概念の集まりである七典よりも、厄介度が高い。

 それだけマーキナーが概念として強力である、という意味でもある。

 

 ――そんなシステムそのものに対し、人類の対抗手段は、そのシステムに干渉してしまうことだ。

 そのシステムに干渉するアイテムこそ、強欲龍の星衣物、時の鍵というわけだ。

 

 しかし、この鍵はあくまで鍵。要するにそれを開けるための門と、鍵を刺すための使用者が必要になるわけだ。

 その門を作るのが時間、空間、生命の概念使い。その使用方法は単純で、時の鍵が起動準備に入った段階で、概念化したまま少しの間その場にとどまればいい。

 とはいえ、当然その際に、目の前にはマーキナーが存在し、妨害してくるわけだが。

 

 ようはギミック解除のためのイベント戦闘だ。ゲームでは、一定時間の間、マーキナーの攻撃を防ぎながら、耐久を行う戦闘が行われた。

 そして、起動準備が整うと戦闘が次のフェーズに移行する。

 ここからは、鍵の使用者が、鍵を使用するための戦闘だ。数分の間、タイマンでマーキナーと殴り合うことになる。

 

 出番となるのが、鍵の使用者としての資格を有する傲慢龍だ。無敵の機能を有する傲慢龍は、マーキナーと同じ絶対性を有する存在である。

 

 これは余談だが、この世界の存在は、ある一定の強さを有すると、()()()()()()()()()()()()()()特性を持つ。簡単にいえば、本人のスペックが一定値まで達すると、他者からの干渉を受け付けなくなるのだ。

 

 その最もたるものが、マーキナー、傲慢龍、そして強欲龍だ。考えてもみてほしいが、大罪龍は各龍がそれぞれ()()()()の二つの武器を有する。

 しかし、それとは別に()()と呼ばれる特殊な能力を持つ龍が二体。傲慢と強欲だけが、この機能を有しており、なおかつ、機能とはどちらも自身の絶対性を保証するものだ。

 

 そのうち。機能が未完成であるがために、鍵の使用資格を満たさないのが、強欲龍。資格を満たすのが傲慢龍だ。

 

 四天や二重概念を起動した僕たちは、戦闘能力で言えば強欲や傲慢を上回るものがあるが、それはあくまで()()()()()()()の話である。

 概念化せずとも、この世界を支配しうる能力を持つ存在に、機能は与えられる。

 

 ――では、無敵という資格を有さない僕たちに、その資格を満たすための手段はあるのか。

 

 答えは、ある。

 

 ――しかし、その資格をクリアすることは、あまりにも容易ではない。

 

 何故なら、僕らが使用する無敵とは――

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()にほかならないからだ。

 

 

 ◆

 

 

「――“P・P(ペイン・ペイルブルー)”!」

 

 師匠の叫びとともに、周囲に蒼色の、星屑のような光が瞬く。数百、数千と煌めくそれは、いくつかの漣を作って宙を駆ける。

 クロスオーバー・ドメインにて使用され、生命を賭して数千の概念使いを押し留めた流星の輝きだ。

 特性としては、やろうと思えばこのとてつもない数の瞬きを一つ一つ操作することができるということ。威力は概念起源故に申し分ない。

 

 世界に、これを一つ一つ同時に操れるのは、それこそゲームでの使用者くらいだろう。

 

 師匠はそれをいくつかの編隊に分け、マーキナーへと向かわせる。

 

 直線的な閃きは、途中であらぬ方向へ曲がって、着弾して消失する。

 

「アハハハ、単純すぎるよ」

 

「なら――」

 

 師匠は流星を一つにまとめ、大剣を作ると、それを振り下ろす。

 ――マーキナーに触れる直前で、まとめて散って、霧散していった。

 

「――これもどうだ!?」

 

 そして、最後。残った流星を一つにまとめ、固め、全方位からマーキナーを押しつぶす。

 

「残念」

 

 ――――触れたそばから、まるでマーキナーという絵筆に塗りつぶされるように消えていった。

 

「……やはりダメか」

 

 言いながら師匠はその場を飛び退く。反撃に一撃必殺の傲慢殺しが襲いかかってきたからだ。

 空中を何度か跳ねて、不可視の刃を躱しながらマーキナーの上を取る。互いに視線を交わしたのは一瞬だけで、即座に次の行動に移る。

 

 マーキナーは今、七典の権能を使用しながら、僕らに攻撃を仕掛けてきている。

 

 今、七典のページの上には傲慢の二文字。マーキナーが傲慢のページを使用している事がわかる。そしてそれが、一枚めくられて、暴食に変化した。

 

「師匠!」

 

「解っている!」

 

 今、僕たちには不可視のハズのマーキナーの一撃必殺が見えている。師匠が概念起源を使用したためだ。しかし、それに頼らずとも、暴食の影響を受けた刃は、視認が可能になる。

 ただし、()()()()()()()()()()()()()()

 

 戦場にはマーキナーが無闇矢鱈に切り裂いて生み出した、透明な刃が飛び交っていたわけだが、これら一つ一つが4つに分裂する。この場に存在していない半透明のリリスは含めない計算だ。

 

 暴食への対策とはすなわち、暴食をまとめて屠ることのできる手数を用意すること。二十まで分裂しうるなら、二十までこちらも攻撃を分裂させてしまえばいいわけだ。

 

「きちんと弾けよ! “S・S(シルク・シャワー)”!」

 

 直後、僕らの元へ絹のような光が覆いかぶさり、概念武器にまとわりつく。効果は簡単に言えば他者への干渉力を上げること。理論上、死亡して幽霊になった師匠にも攻撃できるようになる概念技だ。

 もちろん――

 

「――“C・C(カントリー・クロスオーバー)”!」

 

 ――師匠がマーキナーへ向けて大剣を振り下ろした直後にネジ曲がり、師匠の身体がくるくると回転した。

 

「ぬ、ああ! コレでもダメか!」

 

「概念って時点で、意味ないねぇ。ボクは概念の頂点なんだもの、同じ概念で、ボクに干渉できるものか」

 

 ――理論上、マーキナーに干渉できるのは、概念を伴わない、マーキナーよりも高いスペックを有する存在だ。傲慢龍でも無理なのだから、この世界にそんな存在はマーキナーしかいないわけだが。

 

 ともあれ、僕たちはマーキナーの攻撃を弾く。これは無敵時間で回避することはできない。何故なら――

 

「だああ! 逃げても追ってくるんですけど!」

 

“だからそういったのー! はたき落とすのー!”

 

 フィーとリリスがぎゃあぎゃあ言っている通り、この攻撃は回避しても意味はない。追尾してくるからだ。それも永遠に。こちらが攻撃をはたき落とさない限り、意味がないのである。

 

「うーん、このまま普通に起動準備をさせるのはむかつくな――とりあえず君から殺しておくか」

 

 そして、戦況が動いた。

 僕たちが起動準備に入ったことで、それを防御できるのは師匠だけだ。――故に、師匠を狙って、マーキナーが一瞬で師匠の前に出現し、

 

「読めてる、んだよおお!」

 

 師匠が、即座にその後ろに回った。

 

「アハッ、そうこなくっちゃ」

 

 ――剣が振り抜かれ、師匠の姿が更に消える。

 攻撃し、師匠が移動し、師匠が手を打って、マーキナーに潰される。

 

「“B・B(バラスト・バインドロック)”!」

 

 ――発動する際に、発動する()()を決定する概念起源だ。つまり、発動した時点で効果は決定しており、可能性の介入する余地の無い技。

 効果は敵の永続的な拘束。

 

 だが――効果は、発動しなかった。

 

「くっ……」

 

「ざんねえん」

 

 歯噛みする師匠の眼の前に、煽るようにマーキナーが現れ、剣を振るう、師匠は凄まじい速度で移動し、マーキナーから距離を取った。

 

「なら――! “M・M(メンタル・マン)”!」

 

 それは、幻影を生み出す概念技。

 ――マーキナーに干渉しない上に、マーキナーに攻撃するわけでもない。つまり、これを使用して目くらましをするのだ。

 師匠は幻影を生み出すと、即座にその場を離れようとしたのだろうが――

 

「見えてるんだよね、それ」

 

 ――マーキナーに首を掴まれた。

 

「師匠!」

 

「が――――!」

 

「ああそうだ、これは既に敗因が話したかもしれないけど、ボクには他人の可能性が見えている。これはつまり、擬似的な未来予知。行動予測だ」

 

 そのまま、朗々と語りだす少女の顔は、実に得意げだ。

 

「だから、君たちがどういうふうに行動しているか、ボクは手にとるようにわかるわけ。ボクの視覚を騙そうとしたのかもしれないけど、残念ながら君たちが()()()()()()()()()だけで、ボクにはそれが解ってしまう」

 

 ――行動予測、とマーキナーは言うが、それは同時に僕たちの思考を推察する能力でもあった。

 可能性を操るために、マーキナーには可能性を見る能力が必然的に備わっている。この場合で言う可能性は、僕たちが実行する可能性のある行動だ。

 

 つまり、僕たちがこうしよう、と思ったことがマーキナーには可能性として見えている。行動予測は、記憶透視と同意義なのだ。

 

「敗因、君の戦いは、これまでボクの創作物を通して、ずっと見てきたよ。すごいよねぇ、君、あんな奇策をポンポン繰り出して、状況を切り抜けて、脱帽としか言えないよ」

 

 ――マーキナーが知ることのできる可能性は、今目の前にいる存在と、そして、()()()()()()、つまり大罪龍や四天、星衣物を通して、その創造物の眼の前にいる存在に限る。

 なお、一度討伐されたり、星衣物が破壊されたことで、マーキナー封印解除の楔という繋がりが失われた場合、この繋がりも失われる。

 

 なので、フィーはフィーの星衣物を破壊した時点で、繋がりは断たれている。だが、断たれたところで、こうして僕たちが目の前にいる以上、可能性は把握されてしまうので意味はないが。

 

 ――とはいえ、問題はそこではない。本質的に、僕にとって一番の痛手は、マーキナーの言う通り――

 

 

「――――でも、ボクに対してその奇策は通用しないねぇ」

 

 

 これまで僕が幾度となく打ってきた手。奇策とマーキナーが呼ぶそれを、実行できないという点にある。ただ、その上で可能性の否定を解除する方法は用意してあるのだ。

 マーキナーが可能性を否定できない方法で。

 

「その上で、君が用意した秘策は、たしかにボクに対して有効だろう。ボクの否定を解除するには、資格を持つものがボクに対して攻撃を継続的に当てることが必要になる」

 

「だったら……」

 

 なんだと、僕は告げようとして。

 

「――()()()()

 

 可能性を否定する神は、端的に告げた。

 

「確かに、それは理論上可能な行為だ。君はこれまで、そういう理論上可能な、限りなく低い可能性をクリアしてきた。ボクとしても驚きしかない。でもね、だからこそ――可能性を見るボクが言ってあげよう」

 

 それは、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 あまりにも無慈悲な宣告だった。

 

「やってみなければ――」

 

「――ボクの可能性を疑うのかい? 世の中にはね、理論上は可能でも、()()()()()()()()()()()()()()()()()未来というものが存在するんだ。君のこれも、同じこと」

 

「――――」

 

「確かに――」

 

 そして、マーキナーは。

 僕たちが見出した最後の可能性。

 

 希望というやつを、

 

 

()()()()()()()()()()()()だっけ? 確かにそれなら、ボクの可能性の否定は解除できるよ?」

 

 

 可能性の存在しないという未来によって、粉々に叩き壊してみせたのだ。

 

 

「でも今、ボクが可能性を見た。そしてそれが完遂される未来がないことを確認した」

 

 

 SBSによる無限の無敵時間。

 この世界の例外とも言えるバグ。それを使えば、僕は無敵という資格を手にする。だが――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 なにせ、SBSの入力時間は2F。いくらこれまで、身体に染み付かせてきたからといって、数分。それはあまりにも長い数分だ。

 

 僕の人生の中で、一番長い数分になるだろう、数分だ。

 

「第一、君たちの記憶の中に、可能性の中に、()()()()()()()()()()()()()()()()を作れる技がないじゃないか」

 

 ――そしてそれが、しかし、挑む前から。

 マーキナーによって否定されようとしていた。

 

「君はできると言った。できると信じて、世界の礎となる可能性を否定したんだろ? ――その結果がこのザマか。それはなんとも」

 

 そして、マーキナーは師匠へ向けて、

 

 

「――無責任すぎるんじゃないかなぁ!」

 

 

 拳を叩きつけた。

 

「が、あっ」

 

「師匠――!」

 

 直後、師匠のまとっていた概念技が解除される。

 ――見えていた未来だ。

 今、師匠はスクエアを使用していない。当然、リリスの概念起源もだ。使っているのは、自身の移動速度を向上させるもの。

 何故か、使()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 色欲の七典。概念消失。

 概念使いを生み出す色欲へのメタとして、概念を消失させてしまう能力。今回は師匠のバフを無効化したが、本質は触れたすべての概念技を無効化してしまうということ。しかも、()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()

 師匠がこの戦闘で、カントリー・クロスオーバー以外の使用したことのある概念起源を使わなかったのはこれが原因だ。

 

 そして――これが、マーキナーが僕の無敵時間継続を不可能だと言う原因。

 

 普通の概念技は無効化されてしまうのだ。

 例外は、無敵時間の効果中。この間は、あらゆる攻撃を僕たち概念使いは受け付けない。なにせ、傲慢の無敵すら屠る一撃必殺の七典すら、回避できるくらいなのだから。

 

「もしも、世界に干渉する概念技を、ボクの不意をつく形で使えていれば、話は違ったかも知れないね。――でも、そんなものは、()()()()()()()()()()()()

 

 だから、資格はあるが、その資格を満たせる可能性は存在しないということになる。

 

「さぁ、可能性は確定した。君たちにボクは倒せない」

 

 マーキナーが高らかに勝利宣言をした。

 手は打てない。打てる手は存在せず、打てたとしても可能性の段階で否定される。

 もはや、僕らがマーキナーに対して、取れる選択肢は――

 

「これで詰みは確定した。君たちがボクに対して取れる選択肢は――――」

 

 

 ()()

 

 

「――――な」

 

 そう、ある。

 

 マーキナーには干渉できない。あらゆる可能性が否定される。

 

 マーキナーに幻覚は通じない。可能性が見えているが故に。

 

 

 だが、一つだけ存在する。マーキナーに干渉せず、幻覚という形でもなく、()()()()()()()()()()()方法が一つだけ。

 

 

 ()()

 

 

 世界にたった一つだけ。

 

 

 それは、()()()()()()()()()()()()()()のなかに、答えがあった。



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145.旅路という名の銀の弾丸

 ――僕たちの旅路の中で、マーキナーに干渉することなく、マーキナーとそれ以外を隔離する概念技は一つだけ存在する。隔離する対象をマーキナーだけではなく、()()()()()()()とすれば、マーキナーにSBSを叩き込む準備は完了だ。

 

 しかし、マーキナーは言った、僕らの記憶の中にその概念技は存在しない。

 故に使用することは出来ず、そもそも覚えていたらマーキナーが可能性を観測してしまうため、拘束できない。だから()()()()()()()()()()のだ。

 

 つまり、逆に覚えていなければ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことになる。

 

 そう、それはマーキナーに挑む前、傲慢の神殿での会話。

 

「――忘れてしまえばいいんです」

 

「……どういうことだ?」

 

 首をかしげる師匠に、僕は端的に言った。

 

「これから、マーキナーへシステム解除の攻撃を叩き込む手段を説明します。それを、僕たちは綺麗サッパリ忘れてしまうんです」

 

「いや、無茶でしょ。知っちゃったことを完全に忘れるって、人の機能として不可能だと思うわ」

 

 フィーが否定する。確かにその通り、いくら忘れた気になっても、それは表面的なことで、実際には記憶の中にしまわれて、引っ張り出せないだけ。

 もちろん、マーキナーはそんな引っ張り出せない記憶だって読み取ってしまう。

 

「でも、()()()ならそれが可能です。そして、そんな概念技が存在することも、僕たちは忘れます」

 

「それって――」

 

 リリスが、一拍考える。

 彼女と、その概念技は遠くはあるが無関係ではない。少なくとも、僕は彼女たちにその概念技のことを話したことがある。

 それは、そう。

 

 

「アルケの妹さん! ()()()()()()の概念起源! 本来の歴史で百夜に使われたやつ!!」

 

 

 ――使用者は、幻惑のイルミ。使用されたのは、()()()()()()()()()()。僕たちが歩いてきた旅路の中で、未来を変えたがゆえに、使()()()()()()()()()()()

 

 大事なことは、()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()こと。アレに目覚めたのは、イルミとアルケの間にあった確執が解消されたことによる。

 故に、時の鍵で使用できる概念起源なのだ。

 

 効果は、()()()()()。使用した相手の記憶を書き換える。()()()()()()()()()()()()()()()()書き換えることも可能で、つまり、それは――

 

 

「――その概念起源なら、マーキナーの思考透視に引っかからない?」

 

 

「そういうことです」

 

 師匠の言葉を肯定する。

 そう、これこそが僕の持っている切り札、この旅路の中で手に入れた、伏せられたままのジョーカーだ。

 

「そして、ここからが難しいところではありますが、記憶を忘れたあと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「そういう風に、記憶改変を行うこともできるってことね」

 

「便利なの」

 

 ただし、と僕は前置きして――

 

「――思い出すと同時に、行動しなければ意味はないけどね」

 

「……まぁ、それはそうだな」

 

 そして、普通ならばそんなことは不可能だ。ありえない記憶が突然湧き上がった時、人の行動はその記憶の受容ではなく困惑がまっさきに出る。

 普通に考えて、記憶を受け入れることはない。

 

 だから、

 

「必要なのは、思い出す記憶の中に、強烈な意思を込めること。困惑を塗り替えて余りある、行動の意思。絶対的なまでの覚悟を持って、思い出した行動を即座に実行に移すこと」

 

「それは――」

 

「できないのであれば、僕たちは敗北します」

 

 難しいだろう、という言葉を、その一言で切って捨てる。

 そうだ、もしもそれが出来ないのだとしたら、僕たちは負けるしかない。可能か、不可能か、ではない。やるしかないのだ。

 

 故に、僕は訴えかける。

 

 

「これから僕たちは()()()()()()()()()()。師匠、これは未来に託したたった一つの希望なんですよ」

 

 

「――!」

 

「打開の希望は、これしかない。これしかないんです。だったら、僕たちはそれに希望を託すしかありません。師匠は、未来がそんなにも絶望的なものに思えますか?」

 

 ――概念技を行使するのは、当然ながら師匠だ。

 時の鍵を師匠が有している以上、彼女にしか未来は切り開けない。そしてそれを、師匠は誰よりも難しいと思うだろう。

 

 

「――――私は、未来に、あまり希望が抱けない」

 

 

 ぽつり、と語る。

 それは、そうだ。アタリマエのことだ。未来を怖いと思うのは当然のことで、そして師匠はその思いがこの場にいる誰よりも強い、だって――

 

「だって私は、これまで過去に多くの失敗をしてきた。だから、心のどこかで思ってしまうんだ、()()()()()()()()()()()()って」

 

「師匠……」

 

「私がこれまで、頑張ってこれたのは、()()()()()()()()()()からなんだ。私じゃなくて君が希望になってくれたから、私はその希望のために戦えたんだ」

 

 ――復讐という、目標があった。

 師匠の中で、父の仇である強欲龍に対し、復讐を誓う心が、どこかにあった。しかしそれは、師匠の中で()()()()()()()()()()()()だった。

 相手はあまりにも強大で、そして師匠はあまりにも失敗を積み重ねてしまったから。

 

 たとえどれだけ成功しても、同じ数だけ失敗をすれば、()()()()()()()()()()()()()()のではないかと恐怖する。

 

 師匠の心にそれは、拭えない淀みとして、今も残されていた。

 

 僕が側にいなければ。

 

「――記憶を思い出した時、私が行動するのは何よりも君のため。でも、()()()()()()なのだろう? すべての鍵を開ける時、真っ先に、その行動に希望を見出し、ためらうことなく前に踏み出さなければ」

 

 故に、

 

 

「怖いんだ。そうすることが。――君が側にいないまま、前に進むことが、私は怖いんだ」

 

 

 師匠は、そう吐露したのだ。

 

 

「――()()()()()()()()()()じゃない」

 

 

 切って捨てたのは、フィーだった。

 剣呑に、嫉妬に満ちた瞳で、フィーは師匠を睨んでいた。それは――意外にも珍しい光景だった。フィーは嫉妬の権化、羨望の妄執が根底にある大罪の龍。

 

 だとしても、彼女はそれをあまり他人に向けることはしてこなかった。これまでの旅で、フィーは師匠が僕にいいよったとしても、怒りはしても敵意を向けることはしなかった。

 

 それは、僕に対する信頼と、今、この仲間と共に旅をすることの幸福が、彼女の嫉妬を和らげていたからだ。()()()()()()()()、そう許されていたからこそ、フィーは嫉妬で他人を敵視することを、これまで避けてこれたのである。

 

 ああ、しかしこれは。

 

 ――今の師匠は、ダメだよな。

 

「記憶の改変ができるんでしょう? だったら不安になる要素を忘れたらいいじゃない。自分は希望に満ち溢れた人間だと、そう記憶を書き換えちゃえばいいじゃない」

 

「エンフィーリア……」

 

 僕は、それに割って入らない。

 ――今この場で、フィーの思いを最も口にできるのは、師匠の迷いを躊躇いなく切れるのは、ただ一人、フィーしか存在しないのだから。

 

「何? 出来ないっていうの? だったら、アタシがやってあげようかしら? ついでにやってあげるわよ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()なら――」

 

 その言葉尻は、どんどんと早いものになっていく。詰め寄るものになっていく。

 フィー自身も師匠へとにじみより、そして、

 

 ()()()()()()()。同時に僕を指差して、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()! それが嫌なら! 選べ! そいつのことを覚えたまま、先の見えない希望を抱くか! そいつのことを忘れて、虚飾に塗れた希望を抱くか!」

 

 

「――――」

 

「選べ!!」

 

 叫ぶ。

 呆けるように、フィーを見る師匠に、真正面から。

 

 その瞳は語っていた。

 僕を――

 

 ()()()()()()()()と。

 

 師匠の瞳が揺れる。フィーへ、リリスへ、そして僕へ向けられて。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――ふざけるな! 私は! 私は君たちがいたから、ここまでこれたんだ! それを今更捨てて、別の私になって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

「なら!」

 

「――ああ! 解ってる。……解ってるさ。なぁ、君」

 

 そして、覚悟をもって師匠は僕を見た。

 

「君が私を師匠と呼んでくれるなら。君が私の弟子でいてくれるなら」

 

 

 ――そして、今。

 

 

「私はその希望に、応えなくちゃいけないんだよな」

 

 

 マーキナーの眼の前で、可能性はないと断言した彼女に対し。

 

 過去から未来へ、旅路と言う名の銀の弾丸(シルバー・バレット)が、放たれた。

 

 

 ◆

 

 

 僕と、そしてマーキナーの視界は今、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()だろう。それは、

 

「――――あああああああッ!」

 

 師匠が、

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 叫び、

 

「いっっけええええええええええええええええ!!」

 

 

 ――希望を手にしているからだ。

 

 

「“A・A(アンド・アナザー)”!!」

 

 

「それは――!」

 

 それは――ゲームにおいても象徴的な概念起源の一つ。

 なにせ、()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()だ。正確には、既に使用されていた概念起源。使用者は――

 

 ライン公国二代目王。クロス。

 

 ()()()を封印し、その被害を二十年にわたって抑え続けた概念起源。

 

 最愛の人の生命を犠牲に生み出され、そして奇しくもその名を冠することと成ったそれは、今、()()()()()()()()()()()()()()()がために、時の鍵によって使用が可能となり。

 

 マーキナーに対して、向けられていた。

 

 効果は、対象を世界から遠ざける。

 これは、()()()()という意味だ。対象となった存在に対し、世界は他者の干渉出来ない距離まで引き伸ばされる。

 具体的に言うと、効果を受けたものはどれだけ走っても、空間転移などを使ったとしても、()()()()()()()()()()()()()()()()ために、届かなくなる。

 元の位置に戻される。

 

 ――効果は対象を選ぶが、影響を受けているのは対象ではなく、世界だ。故に、これは問題なくマーキナーにも作用する。

 そして当然、僕に対しても。

 

「――ようやく」

 

「……っ!!」

 

 

「手が届きそうだな、マーキナー!!」

 

 

「はい、いん――――ッ!!」

 

 どれだけ手を伸ばしても、届かない。世界から隔離されきったその場所で、僕とマーキナーは二人きりになった。

 

 既に、時の鍵は起動準備に入っている。あとは、無敵時間をマーキナーに押し付けるだけだ。

 

「いや、だが、だとしてもお前には、可能性がない! ボクにその刃は――」

 

「――どうした?」

 

 

「――なぜ、届く? どうして、可能性が存在する?」

 

 

 僕へ、剣を振りかぶる。

 そう、いまここに、マーキナーのギミックを解除する可能性は、()()()()()()。原理は、言うまでもなく僕もまた、記憶の改変をしていたから。

 手札があることを、今思い出したから。

 

 だから可能性が生まれた。

 

 それは――

 

「――そういうことか!」

 

 マーキナーが、拳を僕へと叩きつける。マーキナーの手にする七典に、色欲の文字。

 

 つまり、

 

 

 これもまた、概念起源だ。

 

 

 ただし、師匠にそれを使用する時間はない。

 

 使用者は――僕だ。

 

 

()()()()を使ったなぁ、敗因!」

 

「おっと、今は白光と呼んでもらおうか」

 

 僕は、剣を振るっていた。

 ――時間が、飛んでいた。概念消失により、概念技が無効化されたものの、その間に発動したものが、世界に対して適用されているのだ。

 

 僕が使ったのは、概念起源。

 

 ()()()()()()()()()だ。

 二重概念は、今僕や百夜とリリスがしているように、二つの概念を合わせるという意味もあるが、合わせた概念を使って、概念起源の回数を補填するという意味もある。

 

 ()()()()()()だ。他でもない、()()()()()()()()()()()()()()()()から。

 

「けどな、白光。それはもう通用しない。お前を未来へ送る概念は消失した――」

 

 剣を振るう僕へ、マーキナーは告げる。

 

 

「――一分だ」

 

 

 人差し指を突き立てて、

 それは、僕もすでに解っていた。

 

「お前が可能性の否定を無力化するために必要な時間は、一分になった。だが、だからどうした、たしかに可能性はゼロではなくなった。でも、――ゼロじゃなくなっただけだ!!」

 

 一分。

 数分というあまりにも長い時間に比べれば、たしかにそれは破格の一分だろう。マーキナーは可能性が存在すると言った。つまり、可能なのだ。

 

 ああ、だから。

 

「――断言する、不可能だ! 失敗する! あまりにも可能性が低すぎる!!」

 

 だったら、

 

 

「――その一分に、全てを賭ける」

 

 

「――――」

 

 僕の全て。これまでの旅路の中で得てきた経験。重ねてきたものを全て、この一分に、僕という存在を賭して――

 

 過去から送り込まれた、最後の希望。

 

 ――あまりにも低い可能性。

 絶対に不可能だと断言された可能性。

 

 それを、僕は、

 

 

 ――負けイベントと、呼んできたんだ。

 

 

 さぁ、力を込めろ!

 

 声を張り上げろ!

 

 希望を胸に、高らかに!

 

 誇りを持って、未来へ叫べ!

 

 

 ――――負けイベントに、勝ちたいと!



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146.負けイベントは終わりを告げた。

 ――僕たちの旅は、相応に長い旅だった。

 大陸各地を巡り、大罪龍と戦い、そこそこ多くの人間とも交流を持った。中でも、僕たちの中で強烈に印象に残っているのは、やはり快楽都市、ライン公国、そして怠惰龍の足元だろう。

 

 特に前者二つは、一時期拠点としていたこともあり、思い入れは深い。

 

 出会いがあった。衣物の専門店を営む血の繋がりを保たない兄妹。

 次代を担う、概念使いではない統治者。

 

 偉大な姉の元を離れ、一人快楽都市で奮闘する少女。

 色欲龍とそれに仕える、自由と快楽を操る信徒。

 

 後の時代の英雄の両親となる、概念使いの夫婦。

 

 師匠と共に、一つの時代を築いた偉大な英傑。

 

 誰も、彼も、僕たちと直接同じ道を歩むことはなかったけれど、間違いなく僕たちが進む道の一つであった人々だ。

 

 人は、旅の中で時に道を同じくし、そしてまた別の道へと戻っていく。

 

 僕たちが彼らと出会ったのは、そんな縁によるもので、僕たちは、そんな縁に救われてここまで来たのだ。かつて、今回も、そしてこれからも。

 

 そうして、縁と縁を渡り歩いて、つなぎ進めて、たどり着いたのがここだった。

 なにもない、空の世界。天上は、一人ぼっちの少女を閉じ込めるための鳥かごだった。今、僕の目の前にはそんな鳥かごの中で、世界に手を伸ばし、そして触れた先から破壊し尽くす、暴虐な少女が立っている。

 

 マーキナーは、怒りと共に、叫んだ。

 

 

「――そんなもの! ボクに届くものか!」

 

 

 剣を振るう、無心で――とは、いかない。集中に集中を重ね、僕は無我夢中で剣を振るっているものの、どこか思考は冷静だ。

 声に出す余裕はない。

 しかし、思いを馳せることはする。マーキナーのことを、これまでのことを。

 

 そしてマーキナーは、可能性を読み取る。僕がそれを口にする可能性。故にマーキナーに言葉はいらない。思考だけで、マーキナーには伝わってしまうのだ。

 

 だからこそ、マーキナーには、僕がこの剣に乗せる思い、これまで得てきたすべてが、伝わってしまう。

 

 ああ、故に。

 僕だって鈍くない。これまでのことから、マーキナーの態度から、伝わってしまう。彼女の思いが。ゲームではあり得なかったことだ。

 互いに理解しようと思わなかったのではない。そもそもマーキナーに、ゲームにおいて()()()()()は存在しなかったからだ。

 

 ――どこからか、生み出された感情。

 しかし、考えてもみれば、それは抱いてもおかしくない、むしろ、抱かないほうがおかしいとすら思える、ごくごく当たり前な感情だった。

 

 なぁ、マーキナー。

 

 アンタはそんなに――

 

 

 ――そんなにも、一人がいやか?

 

 

「ッああああああああああああああああああああああああああ!!!」

 

 

 マーキナーが、がむしゃらに剣を振るう。届かない、どれだけ叫ぼうと、怒ろうと。その剣は、僕には届かないんだよ。

 

 ――剣を振るう。

 

 集中が、途切れそうに成った時。

 自身を大罪に挑む、挑戦者だと叫ぶシェルの姿を想起した。

 

 ――剣を振るう。

 

 剣の動きがぶれそうに成った時。

 国と世界の開闢を見届けると言い切った、ラインの勇姿を想起した。

 

 ――剣を振るう。

 

 心のタイミングと、リアルのタイミングがズレたと思った時。

 師匠の右手が、そっと正しい時間に、僕の手を押してくれた気がした。

 

 ――剣を振るう。

 

 長い長い、虚無に満ちた旅の道半ば。

 楽しげに僕を応援する、リリスと百夜の声を聞いた気がした。

 

 ――剣を振るう。

 

 そうして終わりへと向かう度。

 フィーは、常に僕の隣を歩いていた。

 

 一つ一つが、僕の心を押す度に、

 僕の背中を鼓舞する度に、

 

 ()()()()()()()()()()()()()のがわかるのだ。

 

「あ、あああ! あああああ!! ふざけるな! ふざけるな! ふざけるな――――!」

 

 ――マーキナー。

 一人ぼっちの、世界を壊すことでしか触れることの出来なかった、神。

 アンタは、どうしてそうも、変われないんだ? どうして、孤独に怒りを覚えながら、僕たちを拒絶する?

 

「――ふざけるなって、言ってるだろ!!」

 

 言えないのなら、無理には聞かない。

 

 でも、だとしても。

 

 僕はアンタのすべてを打ち破る。そうしなければ、未来へ歩むことが許されないから。僕はアンタに挑むのだ。

 

「そんな言葉、聞くものか! 誰が応えてなどやるものか! ボクはボクだ! 今更否定などされてもなぁ! それで何かが変わるとでも思ってるのかよ!!」

 

 ――それは、これからわかることだ。

 

 あと、一回。

 

「――――!」

 

 正確に、精神の中で数え続けた僕の計算は、残る時間の猶予を告げた。あと一回。それで全てが終わりを告げる。無限にも思えた旅の果て。

 

 終わりは、しかしあまりにもあっさりと、訪れたのだ。

 

「敗因……!」

 

 ――マーキナー、()がテコでも考えを変えないのなら、僕は、直接剣で問いかけるまでだ。

 

 何故、勝利にこだわる? ――と。

 

 だから――

 

 

「――――“S・S・R(スロウ・スラッシュ・リライジング)”!!」

 

 

 ――すべてが終わったら、

 

 その心の内を、聞かせてくれ。

 

 

 ◆

 

 

 時の鍵が準備を整えた時、僕とマーキナーは、自然と元いた場所に戻っていた。師匠が概念起源を解除したのか、役目を終えた概念起源が、自ずと効果を終了させたのか。

 まぁ、どちらでも構わない。

 

 ただ、確かなことが、一つある。

 

 マーキナーの体には、たしかに()が刻まれていた。

 

「あ、ああ――あああ――――」

 

 彼女の口から、言葉にならない言葉が漏れる。声にならない音があふれる。終わったのだ、彼女の中にある否定という絶対性が。

 

 可能性は、彼女の味方をやめた。

 

「さぁ、最後の仕上げだ」

 

 僕は、仲間たちに呼びかける。

 時の鍵によるシステムへの干渉。それは一つの術式として、目の前に展開されている。後は、僕たちがその引き金を引くだけだ。

 

 マーキナーは、動かない。術式の干渉を受け、動けなくなっている。

 

「機械仕掛けの概念よ、その傍若無人、ここで潰えさせるときが来た」

 

「お父様、貴方は私達の可能性を透視できても、私達にはそれができない。教えてもらうわよ、でないと、貴方のことは何もわからないんだから」

 

「なのなのなの!!」

 

 それぞれが、マーキナーへと思いを載せて。

 

 この、長い長い旅の終わり。

 

 僕たちの、決着術式を描き出そう。

 

「――起動せよ。可能性という傲慢に歪められ、正しい落着を失った、因果と呼ばれる概念よ! 今ここに、その正しい姿を照らし出せ!」

 

 それは、詔。祈りとも呼べる、時の鍵へと乗せる言葉。

 

「世界は、僕たちに負けろと言った」

 

 かつて、ゲームの中で、世界はマーキナーに負けろと言った。

 しかし今、世界は僕たちにすら負けを押し付けた。

 

 だから、

 

「僕たちは、世界に拒否を突きつけた! ――――決着をつけよう!!」

 

 さぁ、謳え!

 世界がどれだけ否定しようとも、邪悪にして、独りよがりになってしまった神を名乗る孤独な少女に!

 

 敗者達(ルーザーズ)の概念を、刻みつけるのだ。

 

 起動せよ、その概念を!

 

 叫べ、その名を――――!

 

 

「――――敗者達の叛逆(ルーザーズ・ドメイン)!!」

 

 

 直後。

 

 マーキナーの世界が、

 

 色を変えた。

 

「あああ、ああああ!!」

 

 マーキナーを纏う概念が。

 

 

「“あああああああああああああああああああああああああああああああああ”!!!」

 

 

 音を立てて、崩れていく。

 

 

 白光は、最後の主人公は言った。

 

 

 僕たちのやり方で勝て。

 

 

 ――ここまで来たぞ、白光(このせかいのぼく)

 

 

 どうだ? どう思う? でも、言葉は求めない。

 

 

 何故なら、()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 

「敗因―――――――――――――――ッッッッッッッ!!」

 

 

「……マーキナー!」

 

「言ったな! 負けイベントに勝つと! ああ、認めるさ! 認めてやる、君たちは負けイベントに勝利した。絶対にありえない、あるはずのない可能性を生み出した!!」

 

 その姿が、

 

 光を帯びる。

 

 スクエアのそれを思わせる青白い光。

 

 可能性は潰えた。

 

 マーキナーとの戦いの舞台は整った。

 

 だが、それがマーキナーに対する勝利と同義にはならない。

 

「――だが、()()()()()()()()()()()()()()()。当然だ、君たちはボクに勝ててしまえる可能性を生み出したんだ! その代償として!!」

 

「……」

 

 

()()()()()()()()()んだ!」

 

 

 ――その言葉は、これまでの見栄にも思える、彼女の言葉とは一線を画していた。何故なら、僕は知っているからだ。あれは強がりでもなんでも無い。

 

 ()()()()()()()()()を、僕たちは生み出したに過ぎない。

 

「さぁ、始めようじゃないか! どうした!? ボクから言葉を、引きずり出すんだろう!? ボクという横暴を終わりにするんだろう!! だったら、かかってこいよ!!」

 

 マーキナーは僕たちを指差して、光が軌跡となってその尾を引いて、マーキナーは嗜虐に満ちた笑みを浮かべた。

 

 ――動けない。

 僕たちは、挑戦者である。

 この瞬間、マーキナーの言葉でそれが定義され、今のマーキナーは完成した。こちらから踏み込めば、一瞬で切り伏せられることになるだろう。

 

 故に、言葉を待った。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかし、それ故に、君たちは自分がこれまで歩いてきた道を捨てて、別の道の上に立ってしまった」

 

 故に、

 

「――そんな君達を、可能性は味方してくれるかな?」

 

 マーキナーには、勢いがあった。

 言葉ではない、行動でもない、ただ、説明しようのない、確かな勢いが。

 

 僕たちが彼女を攻略したことで、しかし、彼女は一つの結論を得たのだ。

 

 そう、

 

 

「さぁ、()()()()()()()()()()()()()()!! これから始まるのは、先の見えない、敗北も、勝利も存在しない戦場だぁ!!」

 

 

 それは、宣戦布告だった。

 

 僕たちの宣戦布告が、敗者達の叛逆だとするのなら、それこそがマーキナーの宣戦布告。

 

 今、この瞬間僕たちは、マーキナーと対等に並び立つ敵となった。

 

「だとしても、やることは変わらないだろう」

 

「――ハッ」

 

「僕たちは勝つよ、マーキナー」

 

「――――ほざいたな、敗因!!」

 

 かくしてここに、長い長い宣戦布告(負けイベント)は終わりを告げて、

 

 

 最後の戦いが、始まった。



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147.一人目の脱落者。

「あああああッ――――!」

 

 叫び、剣を奔らせる。迫る刃は、しかしマーキナーには届かなかった。

 可能性が否定されたのではない、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。少女の姿がかき消える。今、僕が狙って剣を放った場所に、もう彼女はいなかった。

 

 返しの刃が飛んでくる。身を捻って交わし、更に踏み込む。

 その上から、フィーが戦場を見下ろしていた。

 

「“妖宴ノ弾丸(ドレッド・マシンガン)”!」

 

 放たれる散弾。僕が到達するよりも早く、マーキナーを襲ったそれは、しかし出現した鏡のような器に阻まれた。

 七典には、 ()()の文字。

 

 効果は――あらゆる攻撃の防御。色欲のそれとかぶるようにも思えるが、こちらは概念技以外にも有効だ。事実、フィーの攻撃は防ぎ、一切通さない。

 ラーシラウスの憤怒(ラース)すら防いで余波までかき消してしまうその能力を、突破する方法は存在しない。

 とはいえ、永続的に出現させていられるわけではなく、攻撃を防ぐとそのまま消えてしまうのだが。

 

 ――そこに、

 

「喰らえ」

 

 百夜が、僕と同タイミングで接近する。二人がかりの剣閃は、しかし一閃のもとに弾かれた。

 ニィ、と笑みを浮かべて、マーキナーが僕たちを同時に吹き飛ばす。スペックに差がありすぎるのだ、まともな打ち合いはかなわない。

 それこそ、傲慢龍戦が近いだろう。直に打ち合っては、まともに戦えない。

 

 しかし、やっかいなことは――

 

「――“P・P(ペイン・ペイルブルー)”!」

 

 師匠が概念技を起動する。()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()が、率先して攻撃を仕掛けるのだ。

 迫りくる無限の漣、怒涛と呼ぶべき大津波の先に、しかしマーキナーは拳を添えるだけでいい。

 

 浮かび上がる七典は“色欲”。

 言うまでもない、

 

 ――かき消される。

 

「……やっぱりか!」

 

「考えなし、って言ってあげるよ」

 

 やはりこうなった。

 今ので、この概念技はこの戦闘中は使用できなくなった。マーキナー――七典形態とファンの間では俗に呼ばれるその形態では、こういったことは日常茶飯事だ。

 うかつに概念技を使ってしまえば、それをマーキナーは即座に使用不能にしてくる。

 故に師匠――ゲームでは色欲龍――の時の鍵による膨大な概念起源は、マーキナーに対して非常に有効な手段だ。考えなし、とはいうものの、マーキナーとの戦い方を掴む上で、これは有用だ。

 

 だから、次は当然、有効打を与えるために動く。

 

 そしてもう一つ、マーキナーに対して有効な手札は存在する。

 

「こっちも忘れるんじゃないわよ!」

 

 フィーだ。

 ゲームにおいては傲慢龍が担当していた枠。フィーの技は概念技ではないから、七典では無効化されない。今も、やたらめったらに遠距離から攻撃を加えて、マーキナーを牽制している。

 

「――敗因」

 

「解っている、僕たちも加わるぞ」

 

 その弾幕を駆け抜けて、僕と百夜が斬りかかる。リリスを伴って迫る僕たちへ、マーキナーは一撃必殺の七典で迎え撃つ。

 剣と剣がぶつかりあい、鎌が大ぶりで振り下ろされ、不可視の即死が見舞われる。飛び退き、弾幕の援護を受け、更に打ち合う。

 

 そこに、

 

「今度は、どうだ! “C・C(シンデレラ・カノン)”!」

 

 花びらが、上空に生み出される。ゆっくりと咲き誇り、マーキナーに狙いを定めるそれは、しかし僕たちが間に割って入ることで、消失を免れた。

 

 しかし、

 

「甘いって言ってるだろ!!」

 

 マーキナーは、直後剣に力を込めた。浮き上がる七典は――強欲。

 

「これは――!」

 

「まずい……」

 

 僕たちが、慌てて飛び退く、否、()()()()()()()。突如としてマーキナーのスペックが劇的に向上したのだ。当然、からくりは強欲。

 その効果は、存在しない。特別な効果は一切持たない代わりに、その分のリソースを、自身の能力向上に当てることができる。

 

 まぁ、言ってしまえば身体強化だ。

 

 そして、拳が概念起源にふれる。――消失する花弁の火砲。しかし、それによって視界が覆われていた結果、マーキナーはそれを視認できなかったはずだ。

 通常ならば、それを止めることも、防ぐことも出来ないだろう。

 

「“嫉妬ト色欲(フォーリング・エクスリア・カノン)”!」

 

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()

 

「あはは、見えてるんだよ!」

 

 浮かびあがる七典。文字は憤怒。

 ――再使用が間に合ってしまった。あと一歩、フィーの一撃が消し飛ばされる。そこに、

 

「――君たちが本命だってこともねぇ!」

 

 僕と百夜が殺到している!

 

「――“R・R(ライジング・レイ)”」

 

 故に、僕たちは即座に、()()()()()()()()概念技に切り替える。僕も百夜も、判断は一瞬だった。

 

「“R・R(リライジング・レイ)”!!」

 

 白光の初期概念技、リライジング・レイ。効果も、モーションも、ほぼ百夜と同一だが、こちらの特徴はコンボがつながるということだ。

 とはいえ、この場でコンボまで持っていくことは難しいと言わざるを得ないが――

 

「ふん」

 

 マーキナーは、その攻撃をまともに受けた。剣を振るって、不可視の刃を生み出した後、同時に振るった刃を受けたのだ。

 一瞬、訝しむが百夜が理解して、それにより僕も理解した。

 

 二重概念の概念技でなければ、その一撃は大したものではない。

 

 故に受けて――

 

「戻ってこい」

 

 反撃だ。

 七典は、“暴食”。

 

 増殖し、永続して追尾する。つまり、一撃必殺で刃を放った直後、それを暴食の分裂砲撃に変えるのだ。ほぼほぼ背中で分裂した刃。

 目の前にマーキナーがいるという状況。

 

 何よりマーキナー相手に()()()()()()()()()()。一瞬にして、僕と百夜は、絶体絶命の窮地に陥った。

 

「――ここまで戦いにくい相手ははじめてだ!」

 

「厄介」

 

 取れる手段は、いくつかあった。

 その中で、僕たちは一番確率が影響しない手段を選んだ。

 

 飛び退きながら、剣を振るう。迫ってくる刃は合わせて八つ。()()()()()()()()じゃない。なにより、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ああもう、何だってこう、ずっと上手を取られてるのよ! イライラするわね!」

 

「言っている場合か!」

 

 師匠とフィーが、それぞれ遠距離からマーキナーと僕たちを叩く。迫る刃は、正確に四人の攻撃で吹き飛ばされた。

 

「策を弄する戦い方は苦手かな? まるで鏡を相手にしているように思えるかもね」

 

 そして、マーキナーが迫っている。

 ――剣戟、しかし劣勢だ。

 

 ここまで僕たちは一度としてマーキナーに有効打は入れられていない。先程のように、あえて攻撃を受けることはあるが、それが致命打になることはない。

 スペックが足りていないのだ。

 

 加えて、相手の戦い方まで厄介だ。これまでの敵は、自身の強さが根底にある戦い方をしていた。しかし、マーキナーはそうではない。

 言い方を変えれば、大罪龍などは自分の強さを相手に押し付ける戦い方。

 対してマーキナーは、相手の弱さを突く戦い方だ。

 

 その違いは大きい。

 

 そして何より、()()()()()()()()()()()だ。しかも、スペック自体もこれまでの敵の誰よりも高い。これまで通用してきた戦い方は歯が立たず、一方的に向こうはこちらを蹂躙してくる。

 

 厄介、というほかない。

 

 そして――

 

「――あはァ。残念だったね、()()()()みたいだ」

 

「……ッ! 皆、来るぞ!」

 

 戦場の遠く、僕たちから離れた場所で、光が生まれた。それは、兆候だ。同時に、マーキナーの手に収まる七典も文字を変える。

 

 怠惰。

 

 それまで使われてこなかった、残る二つの七典のうち、一つ。

 

 ――()()()()()()()()()()()()攻撃。ゲームにおいても存在した、やっかいな行動パターンだ。なにせこの攻撃、全画面攻撃である。画面を覆い尽くすくらいの範囲と、そしてどれだけHPがあろうと一撃で全損させてしまう火力。

 

 怠惰に塗れてしまうなら、怠惰だろうと問題ない攻撃をすればいい。自動的に発動し、狙いを定める必要もなく、火力を注ぎ込む必要もない。

 あまりにも、脳筋極まりない解放だった。

 

「吹き飛びなよ!」

 

「――断る!」

 

 対して、答えたのは師匠だ。

 

「――“T・T(タイム・トランスポート)”!」

 

 解決策は、範囲外への転移。大きく距離を取るこの技なら、いかな全画面攻撃といえど、僕たちには届かない。故に、回避としては完璧だ。

 しかし、

 

 ()()()()()()()()()()である。つまり、()()()()()()()()

 

 つまりマーキナーは、転移先を事前に察知しているのだ。

 

「――どこへ行くのかなぁ」

 

 転移した僕たちに、マーキナーは追随していた。否、待ち構えていた。強欲の七典がその手で輝く。

 来たか、と剣を向ける。今、この状況ははっきり言って窮地だ。しかし、変えるしか無い。窮地を好機に、でなければマーキナーは覆せない。

 

「あああっ!」

 

 一閃、弾かれる。

 百夜が続けて躍りかかる。必要なのは手数、可能性の数と言い換えてもいい。

 

 二人がかりで剣を振るって、マーキナーの行く手を遮る。この場において最も避けるべきことは、師匠が概念崩壊することだ。

 手数に最も優れる師匠が、脱落することは絶対に避けなくてはならない。

 

 故に、僕らがマーキナーの行動を制限するのだ。

 そしてその上で――

 

「“B・B(バーニング・ブレイジング)”!」

 

「“嫉妬ト色欲(フォーリング・エクスリア・カノン)”!!」

 

 師匠とフィーが、最大火力を叩き込む!

 

 熱線と、焔の流星と呼ぶべき一撃が、一直線に、凄まじい勢いでマーキナーへと迫り――

 

「――――カウンターか」

 

 マーキナーは、僕たちの狙いを看過した。

 百夜が、苦々しげにマーキナーを見る。

 

「――ッ! ダメだ!!」

 

 マーキナーは剣を構える。

 ダメだ、避けられない。こちらの狙いを、数ある可能性の中から、本命を察知された以上、マーキナーは手を打ってくる。

 

 ――否。

 

 

 ()()()()()()()

 

 

「まず、一人」

 

 七典は、“暴食”。

 

 不可視の刃は、生み出されていないはずだ。増殖できる一撃が無いはずだ。

 

 なのに、

 

 理解できてしまった。

 

 

 ――これは、向こうのチェックメイトだ。

 

 

「な、ぁ――――?」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

「ルエ!!」

 

 フィーが叫び、マーキナーと師匠の前に立つ。即死とはいえ、この場合の即死は憤怒龍の絶食と変わらない、概念崩壊を意味する。

 故に、フィーに支えられながら、師匠はマーキナーを睨んだ。

 

「な、ぜ――」

 

 痛みに堪えながら、不可思議、と。

 

「これは、敗因の知識の中にもないかもしれないね」

 

 何故ならやってこなかったから、とマーキナーは笑う。

 

「傲慢の七典って、ある程度まで飛ぶと消えちゃうんだけど、()()()()()()()()()()()()()()()と、その距離がリセットされるんだ。つまり――取っておけるんだね」

 

 好きな時に、好きなように。

 マーキナーは即死を振りかざす。もはやこの場に、安全と呼べる場所はなくなって、師匠という安全弁もなくなった。

 

 ――今、マーキナーの手に宿っている七典の文字は、嫉妬。

 

 そう、最後のやつの能力は――復活不可。

 

 

 一度概念崩壊すれば、七典を破壊するまで復帰はかなわない。

 

 

 こうしてここに、一人目の脱落者が生まれた。

 

 状況は何一つ変わることなく。

 僕たちは、敗北へ向かって足を進めた。

 

 

 ――()()()

 

 

 戦場に関わりながら、けれども直接手を出すことのない、半透明になったリリスの瞳が、どこか決意に染まったことを、僕たちは知る由もなかった。



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148.百夜とリリスは秘密があった。

 ――百夜とリリスには、秘密があった。

 それは、僕たちも知らない彼女たちだけの秘密。否、正確には知っている、だが、忘れた。知らないことになった。何より百夜だって忘れている。

 

 マーキナーと戦う上で、その記憶を保持しているわけにはいかないからだ。

 

 幻惑のイルミの概念起源は非常に強力で、思い出す記憶、思い出すタイミングをかなり細かく決めることができる。特にマーキナー戦においては、可能性を相手にみせないことは、とても重要だ。

 

 ゲームにおいては、プレイヤーがキャラクターを操作して戦う関係上、ここまでマーキナーが策を弄してくることもないため、ゲームではこれほど慎重に戦う必要はなかった。

 しかし、明らかにゲームのときとは比べ物にならないほど、巧みな手を打ってくるマーキナーに、僕たちは苦戦を強いられていた。

 

 そんな中での逆転の一手は、予め打っておいた、マーキナーも僕らも知らない、土壇場の秘策以外にありえない。

 ああ、しかし。

 

 これから先へと向けて僕は思う。師匠に願った、希望を胸に未来へ挑めという願いとは違い、リリスと百夜の秘策にして、彼女たちの秘密は、

 

 それを聞いた僕たちからしてみれば、少しばかりの寂しさを覚えるもので。

 

 叶うことなら、それを使うことなく、彼女と共にいたい、そう思うものだった。

 

 何故なら――

 

 

 ――それを使った時、()()と僕たちは、同じ道を歩けなくなるのだから。

 

 

 ◆

 

 

 ――苦境は続く。

 絶体絶命。後衛にして戦闘の要、師匠が脱落したことで、僕らは完全に防戦一方と化していた。戦闘はできる。マーキナーの攻撃は、増殖以外は手数が乏しく、スペックでの勝負が多い。

 僕と百夜なら、マーキナーに対して五分とはいかないまでも、攻撃を捌いて受けることはできる。

 

 しかしそれでは、僕たちはマーキナーに対して決定打は与えられない。

 

 ならば、僕らがマーキナーの攻撃を引き受け、フィーが遠距離からマーキナーを狙うのはどうか。()()()だ。

 

 何故か、答えは単純。

 

「――あっははは、死なせてあげようか」

 

 マーキナーが、()()()()()()()()からだ。

 凄まじい勢いで僕と百夜の間を駆け抜け、師匠と、それを守るフィーへ迫っていたのだ。

 

「――ッ、“壊洛ノ展開(アンダーグラウンド・クラシカル)”!」

 

 フィーが、地面を踏みしめて、焔を生み出しながら後退する。背には師匠。概念崩壊し、弱りきった普通の少女が、申し訳無さそうにフィーに声をかけた。

 

「……すまない」

 

「謝ることじゃないでしょ! 第一まだ終わってない! ここで勝つのよ! そのために、アンタにはまだ生きてもらわなきゃ困るんだから!」

 

 飛び回るフィーは、僕たちの後方に下がるように動く。僕と百夜は防衛戦だ。これまでに、既に何度も突破されてしまっているが――それでも、次は通さないと、剣に力を込める。

 

「無駄無駄! 紫電が崩れた時点で、君たちの負けさ! 勝つ可能性は、もはやないと言っていい!」

 

「それはどうかな! まだ僕たちの記憶の中に、僕たちが知らない可能性が眠っているかもしれないだろう!」

 

「だとしても――」

 

 マーキナーが、剣を振りかぶった。

 七典は強欲、一撃必殺ではない!

 

「――それより先に、君たちが死ねば意味はない!!」

 

 僕の剣が、()()()()()()()。なんとか反らして、直撃は避けたが、しかし言うまでもなくそれでも驚異的な攻撃だ。砕け散った刃に意識を向ける暇すらなく、次が襲ってくるのだから!

 

「……ッ。第一、諦めることはありえないんだ。勝つまで戦う。お前にこの剣が届くその時まで!」

 

「届いてから言いなよ!!」

 

 ――もう片方の、剣も砕かれた。

 

 力任せの一撃だろうが、マーキナーは僕たちをえぐってくる。攻防すらままならない、反撃の糸口などもってのほかで、それどころか――

 

 

「――ほら、もうすぐ刻限だ。タイムリミットはそこに迫ってきているぞ」

 

 

 マーキナーの七典に、それが浮かんだ。

 ()()。今、僕たちにそれを躱す手段はない。否、無いわけではない。少なくとも僕一人であれば、あれが通り過ぎるまでの間、SBSでやり過ごすことはできるだろう。

 だが、それだけだ。

 

 師匠――そしてフィーは、離脱しようと思えばできるはずだ。実際、兆候が見えた途端、フィーは一目散に範囲外へと退避し始めた。

 マーキナーの妨害がなければ、あのまま問題なく離脱できるだろう。

 

 だが、百夜とリリスは?

 ――不可能だ。二人に、この状況を打開する術は()()。僕たちがここで何かを仕込んでいないとも思わないが、少なくとも、今の僕に記憶はない。

 

 だから、つまるところ。

 

 認めたくはないが、しかし。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

「あは――!」

 

 勝ち誇るように、マーキナーは笑みを浮かべる。今この瞬間、彼女はゲームの中の彼女と何一つ変わらない嗜虐に満ちた笑みを浮かべているだろう。

 

 だが、

 

 だとしても、

 

 

「――()()()()()()()?」

 

 

 僕は、言い切った。

 だからどうした? それが一体何の意味がある? 確かに勝利の可能性はないのだろう、僕たちは現状負けるしかないのだろう。

 だけどそれが最善を尽くさない理由になるか?

 

「流石に往生際が悪すぎるよ、敗因!」

 

「知ったことか。往生際が悪かろうが、これが僕たちのやり方だ!」

 

 今、僕がするべき最善は、決まっていた。

 ()()()()()()()()()。離脱する二人に、マーキナーが手を出さないわけがない。いつ、気まぐれを起こして襲いかかるかわからないのだ。

 

 だから、()()()()()()()()()()。たとえ手段がなかろうと、彼女たちを僕が守るのは、僕の義務だ。

 

「――気取るな、負け犬!!」

 

 マーキナーが、剣を振るっていた。

 もはや、モーションすら視界には映らない。しかし、構わない。例えそうだとしても――

 

「往生際にこそ、負け犬だろうと遠吠えを上げろ! 僕たちは、お前に挑むためにここに来たんだ!」

 

 再生させた剣を添わせる。

 

 七典には強欲。

 だが、

 

 ――今度は折れない。

 

「……ッ、何故!!」

 

 打ち合う。マーキナーの一閃をまともに受ければ、間違いなく僕の剣はまた崩れ落ちる。だが、もう二度とそんなことは起こらない。

 何故なら僕は前に進んだからだ。

 

「それがわからない時点で、アンタは何も変わってないんだよ!!」

 

 切り合う。

 無限にも思える時間、だが、それも意識を切り替えれば一瞬だ。

 あの、人生のすべてを賭して駆け抜けた一分に比べれば、こんなモノ。

 

「――敗因」

 

 そこで、

 

「……百夜?」

 

 百夜に声をかけられた。マーキナーの攻撃を受けて、数歩分下がる、追撃はない。マーキナーも一瞬、百夜に視線を向けたのだ。

 

「――――怠惰の発射まで、耐えて」

 

「……!!」

 

 それは、

 

 僕にとっても、マーキナーにとっても、

 

 変化を生じさせる一言だった。

 

「白光……百夜!!」

 

「――ああ、わかった!」

 

 怒りを向けて、剣を振るう。一撃必殺が百夜へと飛びかかり、それを百夜は飛び退いて回避した。そこに、僕はためらうことなく切り込む。

 マーキナーは鬱陶しそうに、回避すらしなかった。僕の一撃を受けて、数歩下がりながら、剣を構える。

 

「……()()()()()()か。だが、関係ない。何が来ようと、君たちでは僕は倒せない!!」

 

 その視線は、概念と化したリリスに向けられていた。

 ……そうか、マーキナーは概念そのものだが、今のリリスもまた、概念そのものだ。とすれば、同位体である今のリリスの可能性は見えないのか。

 

「希望が見えただけで」

 

 僕は、剣を構え直す。

 

「――戦う理由には十分だ!」

 

 そのまま、振り抜く。ここまで来て、()()()()()()ことは絶対に駄目だ。数分、勝つつもりで戦え、前進むために剣を振るえ、

 

 未来はここにあると、高らかに叫べ!

 

「どうしてお前は、ボクの神経をここまで逆撫でできるんだよ!」

 

 切り結ぶ。

 僕たちの実力差は明白だ、一人でマーキナーを抑え込むことは難しい。故に、こちらから攻める。向こうに反撃の機会を与えない。

 そして、

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 無敵時間も利用する!

 

「――どうして、可能性の低い方、低い方へお前は飛び込んでいくんだよ!!」

 

「わかりきったことを、聞くんじゃない!」

 

 それが、マーキナーの剣を、

 

「あああああああ――――!!」

 

 弾きあげる!

 

「――ッ! おまえ、たちはぁ!!」

 

 

 そこに、怠惰の砲撃は迫っていた。

 

 

「――――」

 

 目を見開く。

 それは、僕がその時、()()()()()()()()ことを意味していた。

 

 同時に、マーキナーもまた。

 

 驚愕に、眼を見開いていた。

 

「きみ、たちは――」

 

 そこに、

 

 立っていたのは、リリスだった。

 

 

 ◆

 

 

「――概念起源が使えるようになりましたの」

 

 それは、傲慢の神殿での会話。

 

「……僕の敗因白光と同じ理屈か」

 

「はい、二重概念で覚えた新しい概念起源ですの」

 

 眠りについたミニ百夜の頭をなでながら、リリスは少しだけ嬉しそうに言う。概念起源はその概念の根本に至ったという証。

 概念に限りなく近づいた概念使いの証明だ。

 だから、二重概念でそれが成るということは、二人の概念使いが、それだけ同じ概念の根本に至っている、関係性を深めているということにほかならない。

 

「効果は――まぁ、とても単純だから、見ればわかりますの。これの大事なところは――」

 

 そうしてリリスは、百夜をぎゅうと抱きしめて、胸に押しつぶされそうになった百夜が、呻くように鳴いた。それから、目を覚まし。

 見上げて、リリスと目があって。

 

 二人は、シンクロしたように笑みを浮かべた。

 

 

「リリスは、百夜の“旅”についていくことになりますの」

 

 

「――それは」

 

 師匠が何かを言おうとする。

 意味は、すぐに理解が及んだのだろう。

 

「百夜は本来、この時代の存在じゃないのよね」

 

「……うん、移動していないのは、移動する力がなかったから」

 

 百夜が肯定した。

 

「二重概念になって、百夜は力を取り戻しましたの。でも、代わりに()()()()()()()であるリリスが、その楔になりますの」

 

「……結局、これまでと変わらないってことじゃない」

 

「なの、だから――」

 

 リリスは、そして百夜は、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()の」

 

 

「……じゃあ」

 

「二人は、この時代を離れるのか?」

 

「リリスたちのホームはここですの! ちょくちょく戻ってきますの!」

 

 ぴょん、とリリスは跳ねて、百夜も跳ねる。

 しかし、否定はしなかった。

 

 

「――リリスと百夜の間に、特別な関係は何もありませんでした」

 

 

 そして、語りだす。

 

「二人にあるのは、寿命のない存在である、という共通点だけ。そんな共通点すら、仲良くなってから知ったこと。リリスと百夜に、つながりは絆以外なかったの」

 

 始まりは、偶然だった。

 この場所にたどり着いた僕たちというパーティの中で、一番不思議な関係をしているのは、リリスと百夜だと僕は思う。

 

 2人はただ行き合うことで知り合って。

 成り行きで絆を深め、気がつけば、概念を重ね合わせるまでになった。

 

 それは、特別なことだろうか。

 

「――君たちは、ふたりとも特別な存在だ。概念によって寿命を失くした少女と、世界の器となるべく作られた少女」

 

「……」

 

「けど、そんな特別すら乗り越えて、当たり前の絆を育んだ、そんな2人だ」

 

 なら――

 

「――君たちの行く末に、なんの間違いがあるというんだ?」

 

「……そうね」

 

「私達から、なにか言えることは……ないな、残念ながら」

 

 故に、

 

 ()()()()()()()だろう、勝利のために、希望のために。

 

 未来に可能性を残すということは、その可能性を未来に肯定されるということだ。

 

 だから、

 

 特別で、

 

 ありふれていて、

 

 故にここまでたどり着いた少女たちは、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ◆

 

 

「――――ふざけるな!」

 

 否定するものがいた。

 マーキナーは、そんなリリスたちの秘密に、怒りを覚えたようだった。

 

「どうしてですの?」

 

 迫る砲撃を背に、リリスは問いかける。その表情はどこまでも落ち着いていて、隣に立つ概念の百夜も、変わらずいつもの無表情。

 

 激昂しているのは、マーキナーだけだった。

 

「その、概念起源は、――この世界から君たちの可能性を消し去る概念起源だ」

 

「正確には、違いますの。リリスたちは、時間から自分という楔を抜くの」

 

 リリスの概念起源、それは時間という座標から、自分を消し去る概念起源だ。この世界を構成するのは、時間、空間、生命の3つ。時間というX座標からリリスたちがいなくなれば、同時に、リリスたちは他の座標でその存在を証明しなくてはならなくなる。

 故に、()()()()()()に自分を置かなければ、存在が保てなくなる。

 

 どういうことか。

 

「リリスたちは、あらゆる世界に存在する可能性になりますの」

 

 細かい理屈を抜きにすれば、2人は漂流者になるのだ。

 一つの世界に長くいることができなくなり、無数の世界を旅するようになる。そしてそれ故に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことになる。

 

 だから、この概念起源は、

 

「やめろ……やめろ!!」

 

 ――マーキナーにとっては、劇薬だ。

 

 

()()を、ボクに見せるなぁ!!」

 

 

 今、マーキナーの視界には、マーキナーの、可能性を読み取る能力には、()()()()()()()()()()()()()()()()()が見えていることだろう。

 

 マーキナーへの最も有効な対策、手数を増やすこと。

 可能性を増やすこと。そのもっとも単純な表現方法として、リリスは、()()()()()()()()()()()()まで増やすことを選んだ。

 

 とはいえ、彼女のやることは、やるだろうことは単純だ。

 マーキナーはそれを、膨大な可能性の中から掴み取らなければならないだけで。

 

“……マーキナー、この無限に思える可能性を、人は普通、希望と呼ぶ”

 

「――――ふざ、けるなあああ!」

 

“…………やっぱり”

 

 百夜が、意味深につぶやいて、

 

 

 リリスと百夜が、砲撃に呑まれた。

 

 

 声が、聞こえた気がした。

 

“――皆と別れるのは、寂しい?”

 

「寂しくないわけではないですの。でも、リリスって元は異邦人なの」

 

“……渡り鳥?”

 

「なの。だから――」

 

 

 光が、晴れる。

 SBSのその先に、僕は見た。

 

 

 巨大な杖。それを構える、2人の少女。

 

 

「……これでも!」

 

“くらえ!”

 

 

 マーキナーは、その杖に。

 

 

「“H×R(ホーリィ・アンド・レイン)”!!」

 

 

 余りある可能性の群れに。

 

 ()()()()()()()、飲み込まれた。




オリジナル日間一位、お気に入り7000件、総合評価14000ptありがとうございます
残る話数は三十話を切った程度だと思います。
最後まで駆け抜けられたらと思いますのでどうぞよろしくお願いします。


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149.そして思いを剣へとのせて。

 ――衝撃が収まった時、そこにマーキナーが立っていた。苦々しげに、顔を歪めて。

 一撃はたしかに入っていた。明らかに焦燥した様子で、マーキナーはリリスを眺めている。動けなかったのだ。憤怒の盾すら展開できず、マーキナーはまともに攻撃を受けた。

 

 何故か。あの無数の選択肢が、それほどマーキナーに衝撃を与えたというのか。

 

 答えは――否だ。

 

 みれば、わかる。

 今、僕の目の前でマーキナーは一撃を受け、大きく弱っている。

 

 ああ、しかし。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 苦しげに顔を歪めたまま、マーキナーは()()()()()()()()()。彼女は、そうだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから()()()。あまりにも単純な行動。

 そして同時に、あまりにも大胆な選択だった。

 

「ま、きな……」

 

 リリスが見上げながら、マーキナーを見る。隣には、小さくなった百夜。彼女たちは――

 

「……チッ」

 

 舌打ち、マーキナーが剣を振り上げて、倒れたリリスを見ながら、鬱陶しそうに百夜を見た。百夜は、無表情に悔しげな様子をにじませながらも、

 

「私達の役目は終わりを告げた。戦況は、そして一秒先をゆく――“T・T(タイム・トランスポート)”」

 

 転移を実行した。

 流石に発動した瞬間にその場から消えている概念技を消失させることはできない。百夜たちが消えたのを見届けると、マーキナーは剣を振るって、僕に向き直った。

 

「ともあれ、――これで残るは君だけだ、敗因」

 

「…………」

 

 無言で、僕は剣を構える。

 ここまでくれば、もはややることは決まりきっていた。マーキナーも、驚くことはないだろう。僕は剣を向け、マーキナーがそれを迎え撃つ。

 

「ハハッ、どうした、来なよ。これで決着を突けるんだろう?」

 

 ――リリスたちが切り開いた可能性。

 勝利へ届く最後の一手。後は、僕がそれをつなげるだけだ。

 皆がつないでくれた最後のチャンス。()()()()()()()()()()()()()。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()、おそらくマーキナーは沈む。

 

 この状況は――傲慢龍のそれと、同じだな。

 

「――少し、意外だったのは、アンタがリリスの攻撃を受けたことだ」

 

 決着は近い、僕はそこで、少しだけマーキナーに話を振った。

 

「アレだけの可能性があれば、憤怒の盾を攻略する可能性もあっただろうし、それを使わないことは十分理解できる。けど、そこから()()()()()()()()()が終わった後に行動を選んだのは、意外だった」

 

「……」

 

 マーキナーは、答えなかった。

 

「でも、いいよ。マーキナー――君は、そういう戦い方を選んだんだろう」

 

「解ったような口を聞かないでほしいな。ボクは合理的に、もっとも確実な手段を選んだだけだ」

 

「それが、自身の敗北の可能性を産むとしても?」

 

「――可能性の化身たるボクに、そんな可能性、否定できないはずがない」

 

 そうか、と返す。

 意思は揺らがないようだった。

 

 なら――

 

「だったら僕だって――負けイベントをひっくり返してきた、敗因の化身だ。アンタになんか、負けるものか!」

 

「吠えたな! 負け犬!!」

 

 かくして、僕とマーキナー。

 ――七典を携えた彼女との、最後の攻防が始まった。

 

 

 ◆

 

 

「――“R・R(リライジング・レイ)”!」

 

 白光の基本技。マーキナーが伸ばしてきた手を、無敵時間で透かし、斬りかかる。斬撃は、憤怒の盾に止められた。

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 距離を取る。追撃に即死が飛んでくるが、構わない。身を捩って交わし、更に反撃。

 

「“W・W(ライティング・ウォーロード)”!」

 

 白光の遠距離攻撃。星々が煌めくようにマーキナーへと飛びかかり、拳によって払われた。これで、一つ概念技が使えなくなる。

 更に概念技。

 

「“G・G(ゴーイング・ガーデン)”!」

 

 移動技。百夜のそれに勝るとも劣らない凄まじい速度は、しかし、強欲の七典を浮かべるマーキナーに()()()()()()

 

「――くっ、“R・R(リライジング・レイ)”!」

 

 移動中に色欲の七典が見えた。移動は解除されるが、コンボの受付時間は有効だ。これはゲームのころから変わらない仕様。

 即座に振り抜いた剣は、しかし軽々と躱された。

 

 更に移動し、距離を取りながらクロウ・クラッシュの爆発で一瞬だけ視界を奪う。即座に無効化されたときには、僕は空を駆けていた。

 

「ハッ、面倒だなぁ!」

 

 叫ぶマーキナーと切り結び、また概念技が消失する。

 ――戦えている。多くのモノを犠牲にした戦い方ではあるけれど、僕はマーキナーと渡り合えていた。しかしこれは、本当に一度しか取れない戦法だ。

 マーキナーは容赦なく概念を消失させてくる上に、一度でもコンボが途切れれば、次の機会は存在しない。であれば、SBSでコンボを稼ぐのはどうか。

 不可能だ。もしそうすれば、マーキナーは容赦なくフィーたちの元へと向かう。

 

 これまでもそうだったが、SBSはその場でコンボを続けなくてはならない関係上、どうしてもコンボを稼ぐという点では使いにくい。

 第一、失敗したらそこでコンボが途切れるのだから、通常のコンボよりも更に繊細な行動が求められる。

 

 だから、僕はあくまでマーキナーに対し、()()()()()()()()()()()で、コンボを稼がなくてはならない。とはいえ、それでも、コンボは順調に稼げていた。

 後少し。最上位技まで、もうすぐコンボが届く。

 

「――させるわけないだろう」

 

 マーキナーが、そこで手を変えた。

 新たな策を打ってきたのだ。

 

 それは、

 

 僕が不可視の即死を回避したその瞬間に起きた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

「これ、は――!」

 

 つまり、何が起きるか。

 至近距離での増殖。それはすなわち――()()と何も変わらない!

 

 無敵時間の技へコンボは繋げられない。回避は今の僕のスペックでは間に合わない。弾いていたらコンボが途切れる!

 

 ならば、ならばどうする!?

 

 迷っている暇はない、悩んでいるほかはない。

 

 僕は――

 

 

「――――ッ、あああああああああ!! “◇・◇(スクエア・スクランブル)”!」

 

 

 ()()()()()()()()()

 

 概念起源が使われたことで、僕はコンボが継続した状態で、スペックを増加させた。二重概念はスペックを大幅に上げるが、概念技を使わない基礎スペックだけで言えば、()()()()使()()()()()()()だ。だから、一瞬、急激に上昇したスペックを利用して、僕は強引に炸裂を抜けた。

 そのまま、デフラグ・ダッシュで距離を詰める。

 

「――たった一つの正解を引いたな、敗因!」

 

「お、おおおおおおっ!!」

 

 コンボが完成する。

 勝利への、最後のチャンスが訪れる。マーキナーは正解だと言った。無数に可能性はあったとしても、あの炸裂を回避できる可能性は、これしかなかったのだろう。

 

 その上で、

 

「けど、ここまでだよ。ここから先、また同じように可能性の正解を引けるものか」

 

 ――マーキナーには、二枚の手札がある。憤怒の絶対防御と、色欲の概念消失。どちらも、僕の最上位技を無為に変えてしまう可能性のあるものだ。

 そして、その上でマーキナーは未来が読める。可能性を選び取れる。先程の一撃はあちらから仕掛けたが、今度はこちらから仕掛けるのだ。故に、向こうはいくらでも対処のしようがある。

 

 ――だが、だからこそ。

 

「正解があるのなら、引いてみせるさ――!」

 

 踏み込む。

 だってそうだろう。

 

 その一瞬は、これまで何度もやってきたことだ。

 一瞬で敗北が決まる? だからどうした、今までと何が違う。今、僕の目の前に倒せる敵として降りてきたマーキナーは、他の連中と何が違う!

 

 故に、僕は、

 

 

「“L・L(ルーザーズ・リアトリス)”!」

 

 

 躊躇いなく大剣を振り抜いた。

 

「ハッ――!」

 

 マーキナーが嘲笑とともにそれを消失させる。それまであった、あらゆる可能性。勝ち筋を全部投げ捨てて、僕は未来を放棄した。

 ()()()()()()よな!

 

()()()!」

 

「――――!」

 

 僕は、()()()()()()()()()()()()()()、更に踏み込んだ。

 

 ――直感。

 僕が選んだ選択肢は、違和感に身を任せることだった。

 

「ま、さか――!」

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 再び剣を生み出し、切り裂く。

 スクエアの入った状態で、スペック的には言うまでもなく、申し分ない一撃は、

 

「が、あ!!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だが、まだ倒れない。それが解っているからこそ、マーキナーには焦りがあるが、戸惑いはない。

 

「やっぱり、リリスのカウンターで、相当追い詰められていたんだな」

 

 攻防に、ヒントはあった。

 マーキナーはこちらの攻撃を防ぎ、回避した。

 それまで、あえて攻撃を受けることで反撃に変えてきたマーキナーが、ここに来て避けることを選んでいた。だから、つまり、

 

 ()()()()だったんだ。

 

「――だが! それではお前の手札が足りない!」

 

 そう言って、マーキナーは僕が振り抜いた剣を掴み、砕く。

 

「――――あるさ」

 

 さぁ、これが最後だ。

 ここまで、できることはすべてした。後一発、もう一つがやつに届けばいい。方法はある。手段はある。その一つが届けばいいのなら、僕には最後のとっておきが。

 その拳の中にある。

 

 だが、

 

「ない!」

 

 憤怒の盾を、マーキナーが展開する。

 

 そう、ここまで来ても、まだ憤怒の盾は残っている。これを突破しない限り、マーキナーには届かない。だが、突破するには、僕にはもう剣すら残っていない。

 

 ああそうだ、僕にはない。

 

 ――けどな、マーキナー。

 アンタは()()()()()を僕から読み取れないだろう。だって僕は、それを考慮に入れていないのだから。

 

「――!?」

 

 マーキナーが読み取るのは、目の前にいるものの可能性。

 それはつまり、目の前にいる誰かが()()()()()()()()()しかマーキナーは読み取れない。だから、思い描いてすらいなければ、マーキナーはその可能性を読み取れない。

 

 僕は、思うことすらしなかった。

 

 

()()――――”

 

 

 だって、

 そいつが、この状況で、

 

 

「ま、さか――!」

 

 

“――――()()!!”

 

 

 強欲龍が、ここで割り込んでこないはずがないよな!!

 

 

「あああああっ! マーキナアアアアアアアア!!」

 

 

 憤怒の盾に、空間をぶち割って現れた強欲龍の熱線が、突き刺さる。

 

 僕は、その中を駆け抜けて、

 

 ただ、まっすぐに飛び込んで、

 

 

 ――――スクエアによって強化された、概念化された拳を叩き込んだ。

 

 

「ふざ、けるな……! ふざ、けるなあ!!」

 

 マーキナーの手から、七典がこぼれ落ちる。

 崩れ落ちて、消えていく。

 

 空間すら叩き割って現れた強欲龍は、常と変わらぬ強欲な笑みを貼り付けて、

 

 

“俺も混ぜろよ、こんな楽しい宴、逃してられねぇからよ”

 

 

 にらみつけるマーキナーを、不遜にも見下ろした。



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150.二人の強欲

 ――マーキナーにとって、自身の概念の名を呼ぶことは絶対のタブーだった。

 当然と言えば当然か、マーキナーにとってその名は屈辱以外の何ものでもないのだ。ゲームでは、その概念の名を呼ぼうとして自滅した奴がいた。愚かにも命乞いをするために、そいつの名は四天、ウリア・スペル。

 

 傲慢龍に誘導されたのだ。当然である、傲慢のやつもマーキナーの概念を把握しているのだから。

 その上で自分のオリジナルを主張する愚かな存在に、最も無様な最後を与えるために、傲慢にも話を誘導したわけだ。性格が悪いとは思うが、そもそも傲慢なんだから性格が悪いのは当然だし、プレイヤーとしても最高にスカッとしたのだが。

 

 ともあれ、マーキナーにとって、それはあまりにも重大な秘密だと言うことだ。

 

 自分の手足すら、明かそうとしたらそれよりも早く滅ぼし尽くすほどに。

 

 そう考えれば、今回ウリア・スペルにチャンスを与えたのは意外と言えば意外な話だ。自分にとっての一番のウィークポイントを晒しかけたようなやつを現場に送り出して、しかもそいつはまた似たようなミスを繰り返した。

 だったらウリア・スペルの器を使って降臨すればよかったのではないか。それをせずにミカ・アヴァリ……僕が一番相手にしたくない四天を器にしたのはどう言う理由だ?

 

 ガヴ・ヴィディアはわかる。あいつは今回とんでもない失態を見せたが、特性も概念も、僕たちを最も苦しめたと言って良い四天だ。そしてラファ・アークも、奴の言葉を信じれば最高の四天、完成品だ。

 その実力は、あまり他と隔絶したものがある印象はなかったが。

 

 ならば、その上でなぜ残る二択でウリア・スペルを選ばなかったのか。

 

 意味がないわけではないと思う。だが考えても仕方がないことだ。答えは出ないし、興味もない。

 

 重要なことは()()()()()()()()()()()()()()だ。

 仲間たちにとっても、それはあまりにも意外な答えだろう。考えてもみなかったものだろう。

 

 可能性を操るマーキナー、最も膨大な未来の選択肢を有する彼女の手元にあるのは何か。強大すぎる力を有する少女が、果たして何から始まった?

 そう考えれば、少し答えが見えてくる。

 

 彼女に力があるのは、可能性の数があまりにも多いから。

 

 とすれば、彼女はそもそもなんだ?

 そう、彼女の力は数。つまり、始まりのマーキナーは――

 

 

 あまりにも()()()存在だったんだ。

 

 

 その上で、その小ささを許容できない彼女の概念は、すなわち――

 

 

 ◆

 

 

 七典は概念崩壊した。

 マーキナーが纏っていた気配が変化している。七つ、確かに存在していた威圧が剥がれ落ち、代わりに別のものが中から姿を見せようとしていた。七つの威圧は、無秩序な爆風のように撒き散らされ、子供の癇癪のように僕たちに当たり散らされる。

 

 そして、それが終わってしまえば、後に残るのは一つの存在感だけだ。

 

 けれど、すぐにわかる。こんな子供のわがままじみた暴圧が、()()()()でしかなかったことを。後に残ったのは、威圧だとか、暴風だとか、そう言うものとは隔絶したものだった。

 

「やってくれた。やってくれたねえ!」

 

 マーキナーは今、本来の力を取り戻そうとしていた。そこにあるのは、力だ。力を誇示するのに、雰囲気なんてものを纏わせるのは二流のすることだと、そう言いたげな彼女の力は、

 群れ、群れ、群れ。

 無限にも思える力の群れだ。彼女は光を帯びていた。粒子、概念起源を発動させようとして自壊した時のような力の粒子が、形となってあたりに溢れているのだ。

 

「だが、理解するんだね! ここで七典が破壊されたことで、何が変わるかってことを!」

 

 やがて、その粒子が集まっていく。漏れていた力が収束し、マーキナーは完全な形へと変わるのだ。

 

「十分理解しているさ。アンタの戦い方も、ここからの展開も!」

 

「だったらわかっているだろう、ここからお前は、ボクに敗北するってことが!」

 

 マーキナーは、手にした剣を二つに割いた。七典形態から、概念形態へと移行したのだ。

 

“ハッ、そりゃあこいつは、こいつだけでテメェに勝とうなんざ思ってねぇだろうさ。なぁオイ、もしんなことしたらよお、()()()()()()()()()()()からなあ!”

 

「言ってろよ、強欲」

 

 対してこちらは僕と強欲龍。二人きりだ。師匠たちの復帰にはまだしばらくかかるだろう。戦闘が切り替わったとはいえ、概念崩壊の痛みを長く受けた後なのだから。

 すぐにでも参戦したいかもしれないが、フィーが止めてくれるはずだ。

 

 故に、戦力としては若干心許ないが、精神的にはしかし、()()()()()()()()()()()今の僕は安定していた。師匠たちは頼りになる仲間だが、同時に守らなくてはならない大切な隣人だ。

 強欲龍はそうではない。こいつにも死んでもらっては困るが、だからといって心配したりなどしない。必要もないし、向こうだってそうだろう。これもまたありがたいことだ。

 

 無茶をしても心配をかけなくて済む。

 

 何より――

 

“テメェも、大概強欲だよなぁ、敗因”

 

「……アンタに言われるとはな、強欲龍」

 

 それは、思っても見ないことだった。強欲龍は誰よりも強欲で、故にそれを譲らないだろう。誰からも奪うために、誰よりも強欲でなければならないかの龍は、しかしそれ故に他者が全て獲物であるはずなのだ。

 

“ほかにお前を何と呼べばいい。俺にここまで食らいつき、俺が誰よりも奪いたい相手。最高の獲物は、俺すらも俺から奪おうとする強欲だ。それと、()()()()()()()を前に共に立てる”

 

 マーキナーすら、獲物と言い切る強欲に。

 僕は共に立つと言われたのだ。

 

「……それは」

 

 つまり、

 

“お前と剣を交えるたび、お前を奪いたいと思うようになる。だが同時に、俺はこうも思うわけだ。()()()()()()()()()。一度くらいなら、そんな強欲も悪かねぇ”

 

「……それがボク、と言うわけかい」

 

 マーキナーが吐き捨てるように言う。この場にいるのは僕たち三人だけ。

 だからマーキナーは、僕と強欲龍の前に並べられた食材だ。それを狩り尽くすと、強欲龍は舌なめずりした。

 

“ここに、お前と狩るのに最高の敵がいる。テメェが欲してたまらねぇ奴がいる!”

 

 そしてマーキナーへと概念の斧を掲げ、そして僕へ視線を向けた。

 

 

“あれを奪うぞ、敗因!”

 

 

「――ああ!」

 

 そして

 

「ふん、僕の創造物が、一丁前な口を利くんじゃないよ」

 

“……それで、あれが、てめぇらの言う()ってやつかよ。こりゃまた、とんだ大道芸だなあオイ”

 

「……今更すぎないか?」

 

 マーキナーがそう呟いたことで、ようやく強欲龍は意識を向けたようだ。さっきからずっとフードの奥のあどけない顔を晒していると言うのに、強欲龍は本当にマーキナーのパーソナリティに興味がないようだ。

 まぁ当然と言えば当然かもしれないが。しかし、それをマーキナーはどう思うのだ?

 

「……強欲龍、どうやってここに来た?」

 

 意外にも、マーキナーは冷静に問いかけた。激昂して文句の一つも言うかと思ったが、しかし全くそんな様子は見せない。本来のマーキナーなら、自分に意識が向いていないことは、許せることではないと思うのだが。

 

“答える理由がないだろうがよ。そもそも、すでにわかってるような顔だぜてめぇ”

 

「……そうだね」

 

 どうしてそこまで、マーキナーは冷静なのだ? こちらを見下してはいる。強欲龍にも、逆らうことへの怒りはある。しかし、それだけだ。それ以上のことをマーキナーは追求しない。

 まるで、本当に冷静に、強欲龍をフラットに見ているようじゃないか?

 

 いやそもそも、そういえば、僕に対して怒りを直接向けるようになったのは――()()()()()()()()()()()()()()()じゃなかったか?

 それはつまりどう言うことだ?

 

 答えは――

 

“テメェはよお、なんだって、創造主を名乗る?”

 

「……何故、だって? ボクに作られた君がそれを問うのかい」

 

“ちげぇだろ、テメェは俺を作ったから創造主を名乗るんじゃねぇ、それを()()()から名乗るんだろうが”

 

 その言葉は、マーキナーの本質を突いていた。だから、わかっているのだろう、強欲龍は。マーキナーがどんな存在であるのか。

 

「強欲龍?」

 

“この世界の根源は概念だろう。傲慢のやつがよくそう言っていた。だからわかる。本来ならてめえに俺たちを作る力はないはずだ。だからてめぇはそういうこと何だろう”

 

「強欲龍!?」

 

 マーキナーの本質がわかっているなら、君はそれ以上踏み込まないはずだ。踏み込んではいけないとわかっている筈だ。なのに何故、そこで踏み込む。マーキナーを暴く!

 

“少し黙ってろ敗因。いいか、つまりてめぇは、()()()()()()()()()()()()

 

 ああ、いや。

 ()()()

 

「…………」

 

 マーキナーは答えない。強欲龍の言葉を待っているようだった。

 

“テメェは――”

 

 それは、マーキナー最大の秘密。絶対に触れてはいけない禁忌中の禁忌。創造主でなければならないマーキナーが、神であり、最上位者であり、絶対を具現しようとする彼女にとって、その事実は、

 

 絶対に、耐えられない事実だった。

 

 

()()()()()()()()()()()なんだ。だからテメェはつまり――()()()()()()()()()()()存在だってことだろう”

 

 

「――――()()()

 

 

 事実の、はずだった。

 

「では、改めて名乗らせてもらおうかな」

 

 そうだ、マーキナーは一体いつ、出会ってからこれまで、その名を口にすることを躊躇った? 躊躇うことすら嫌なのだとおもいもした。だが、こうして肯定された以上、それはあくまでこちらが触れなかったから、そうしているだけなんだ。つまり、マーキナーは、

 

「ボクは、機械仕掛けの概念。この世界の最小にして、君たちを構成する物。故に可能性になりうるもの。可能性その物であり――可能性となる全ての粒子を束ねる者」

 

 とっくの昔に、変革し尽くしていたんだ。

 

 

()()のマーキナー」

 

 

 かつてそれを、矮小だと傲慢は見下した。

 なによりも小さき者だと、塵のような卑小さだと言った。

 

 だが、それに激昂する神はいない。尊大なだけの少女は、もういない。

 

“なら、名乗らせてもらうぜ。俺は勝利のグリードリヒ! 俺の奪うものの中に敗北はいらねぇ! テメェが負けろ!”

 

「……もはや名乗るまでもないが、敗因白光! お前の敗因になり、世界に日の出をもたらすものだ!」

 

 ことここに至って、躊躇いは無用。

 名乗ったのだ、マーキナーが臆することなく。

 

 だったら、これ以上の問答は彼女に失礼。

 

 機械仕掛けの概念二戦目。

 ()()()()()()()()戦が、火蓋を切った。



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151.たった一度の、強欲の背

 ――こんな機会、これから続く長い人生で、きっと一度しかないだろう。

 強欲龍と共闘し、マーキナーの概念形態と対決する。しかもマーキナーは過去のウィークポイントを克服し、僕たちに対しためらうことなく概念を名乗った。

 この世界に来た当初は、考えてもみなかったことだ。想像もしなかったことだ。

 

 しかし、今ここにある。

 

 確かに、現実だ。

 

 興奮はあった。何一つ遠慮なく、ためらうことなく剣を振るい、最強の敵を最強の相棒と共に打倒する。これほどまでに心躍ることが、果たして人生にそう何度もあるものだろうか。

 けれども、

 

 ――そんな興奮すら、心の片隅に置くしか無いほど、目の前の敵は強大だった。

 

 機械仕掛けの概念。始まりの概念使い。

 塵芥のマーキナー。

 

 奴は、間違いなく最強の概念使いだ。百夜も、強欲龍も、最強を目指し、傲慢龍は最上を自称し、四天だって最強を名乗って僕たちを挑発してきた。

 

 けれども、その全ては児戯でしかない。

 

 マーキナーを前にして、己を最強であると名乗れるものがどれだけいるだろう。彼らの言葉は結局の所、マーキナーという圧倒的な例外を除いての話だ。

 

 そう。

 戦闘が切り替わったことで再び二重概念になった僕と、それすら凌駕する大罪龍の概念使いとなった強欲龍。間違いなく最大に近い状態で、

 

 僕は、

 

「が、ああああああ!!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

 ギリギリのところで強欲龍が攻撃を受け止め、僕は自分に復活液を叩きつける。スクエアと違って概念崩壊では解除されないのが二重概念のありがたいところ。

 

 だが、それにしたって――

 

「――あーあ、この程度かぁ」

 

 マーキナーは、()()()()

 

“てめぇ、敗因――解っていてそのざま、か”

 

「……アンタこそ、そのスペックでその程度しか回避できないのかよ」

 

 僕らが互いに、思ってもいない憎まれ口をたたきながら、背を合わせる。周囲には、死が広がっていた。

 

 ――マーキナーの手札、それは手数だ。

 前回の戦闘でみせた、二つの概念技、あれはマーキナーの基本戦術である。すなわち――

 

 僕らの周囲には()()の概念が展開されていた。

 

「“C・C・U(カルト・カッパー・ウリエル)”」

 

 発破し、火花が弾け続ける焔。

 

「“I・I・G(アイアン・アイシクル・ガブリエル)”」

 

 絶え間なく降りてくる白銀の氷。

 

「“S・S・R(シルバー・ストレンジ・ラファエル)”」

 

 マーキナーの周囲に浮かんだ銀の鉤爪。

 

「“G・G・M(ゴールド・ゲーマーズ・ミカエル)”」

 

 そして、回転し、回遊する金の花弁。

 

 マーキナーの、最も基本的な状態が完成していた。

 

 ――彼女は、アンサーガや百夜のような、条件を満たすことで強化される概念使いだ。条件はすなわち、この場で戦闘すること。

 なので、ゲームでは、こちらのほうが馴染みがあるのだ。

 

 そして、こちらのほうが()()である。

 語るまでもなく。

 

「――じゃあ、もう一度死になよ」

 

 マーキナーが、鉤爪を振り下ろす。僕たちは、互いに互いの背を蹴るように、飛び出した。両翼からマーキナーに対して斬りかかる。

 

 迫ってきたのは、破裂する火花の焔。辺り一面に粒子のごとく散らばるそれは、僕の視界すら覆う。今更それで意識を取られるような戦闘勘をしているつもりはないが、選択の余地は生まれる。

 ためらうことなく右へ逸れた。理由はない、マーキナーとの戦闘において、可能性を偏らせることこそが敗北の第一歩だからだ。

 

 意識せず、意識して。

 ためらわず、戸惑って。

 

 これまで積み上げてきた経験で、正解を意識へ入れずに選び取るのだ。

 

「だ、あああ!」

 

 火花を抜けて、降り注ぐ氷を避ける。言うまでもないが、先程の火花も、この氷も、触れただけで死に至る危険な代物だ。否、一撃で死ぬわけではない、僕たちのスペック、HPを考えれば、そこそこ現実的なダメージのはずだ。

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。嫌がらせのように付随するそれのせいで、最悪一撃を受けたまま、ずるずると概念崩壊まで持っていかれる可能性がある。

 

 もちろん、()()()()()()()()()()()ことは僕と強欲龍ならできるだろうが、それをした場合の疲弊は僕たちでは感知できないところにある。

 いくら僕たちが不屈で、不撓だからって、限度があるのだ。

 

 どこでミスを誘発するか解ったものではない。故に、正解はあくまで、無傷でここを抜けることだ。

 

 時折迫りくる銀の鉤爪を乗り越えて、ようやく僕はマーキナーの前に躍り出る。見れば、上空には強欲龍、攻撃をかわし切り、斧を構えていた。

 

「来たね」

 

「――“S・S・R(スロウ・スラッシュ・リライジング)”!」

 

 僕の剣が、マーキナーへと迫る。それを、マーキナーは後方に下がって回避した。

 

“オラァ! 『W・W(ウィニング・ワイルド)』!”

 

 そこに、強欲龍の斧が迫る。挟撃だ。避けるならば横に飛ぶか、反撃に出るか! 更に回避するなら、コンボをつなげるだけでいい。

 故に、

 

「おっと」

 

 マーキナーは、その一撃を剣で受け止め、一歩引きながら受け流し、もう片方の剣で、強欲龍に斬りかかる。

 

「“N・N(ニクス・ニトロゲン)”」

 

 概念技、強欲龍がそれを避け、更に反撃。僕も斬りかかる。

 激しい打ち合いだった。スペックで、マーキナーは圧倒的に僕らを凌駕する。しかも、周囲の旋回する手数は変わらずこちらに襲いかかってくる。

 僕たちは常に圧される側だった。

 

 二人がかりで斬りかかり、二人同時に弾き飛ばされる。

 

 そこを狙う集中砲火。

 

「――ただ合わせるだけじゃあダメだ、強欲龍!」

 

“チッ、だったらこっちがいってやらぁ!”

 

 二人でそれをなんとか弾き、ギリギリで弾幕をしのいだ後、強欲龍が飛び出す。ここで、僕たちは戦い方を変えた。

 飛び出した強欲龍。当然だ、やつには不死身がある。七典を前にすれば無意味に等しかったが、概念形態を引きずり出したことで、この不死身は有効に作用する。

 

 僕は周囲の弾幕をひきつけながら、コンボを稼ぐ。強欲龍はマーキナーをひきつけ、更に僕が弾幕をひきつけたことで、マーキナーだけに集中していた。

 これまでも、何度もやってきた戦法だ。

 

 ただ、それまでと違うのは――

 

「“B・B・W(ブレイク・バレット・ライティング)”!」

 

 僕は狙いすらつけず、強欲龍とマーキナーに対して散弾を見舞った。()()()()()()()()()()()()。しかし、それがダメージにならないのが強欲龍だ。ここも気をつけなくていいというのは、僕たちの戦闘をあまりにもスムーズにした。

 

「やっぱりそうくるよねぇ! ただがむしゃらに突っ込んでくるだけなら、子供と同じくらいアホみたいなのにさぁ!」

 

“ハッ――ガキはてめぇだろ!”

 

 刃を打ち合う音がする。

 そちらに集中している暇はない、だが、間違いなく強欲龍は戦線を保てている。加えて僕も、迫る弾幕の対処は、強欲龍よりも容易といえる。

 

 SBSだ。どうしても回避できない攻撃を、無限コンボで容易に躱す。強欲龍にも不死身があるが、これだけの手数、万が一にも核の破壊はさけなければならない。

 ()()()()()()が発生するのだ。それを避けるのに、ヤツではコンボが途切れてしまうだろう。

 

 そして――

 

「――行くぞ強欲龍!!」

 

“ああよ!!”

 

 僕は、剣を高らかに振り上げた。

 

 

「“L・L・O(ルーザーズ・リアトリス・オリジン)”!」

 

 

「――“O・O(オリジン・オキシジェン)”!」

 

 対して、マーキナーも最上位技をぶっ放した。

 突如として伸びる剣、それは強欲龍を吹き飛ばし、僕の剣を吹き飛ばし。

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「お似合いだな!」

 

「――ああ、読み通りだな!」

 

「――――ッ!」

 

 強欲龍の不死身は破壊できない。マーキナーは何かを警戒しているかのように、強欲龍を無理に倒そうとしない。視界にほとんど入ってこなかったが、剣戟の音からして、強欲龍のコンボ成立を絶対に阻止する構えのようだ。

 核の破壊よりも、コンボの阻害を優先する。

 

 そのことも大事だし、()()()()()()()()()()を読み切ったことも大事だ。

 

 今、僕の弾かれた剣の上で、強欲龍が立っている。

 

“強欲裂波ァ!”

 

 熱線。放たれたそれを、マーキナーは概念技すら用いずに切り捨てた。

 だが、

 

“『B・B(ブレイジング・ブレイク)』!”

 

 ――直後、それよりも早く強欲龍が着弾する。強欲龍の移動技だ。

 

「チッ――」

 

 マーキナーが剣を重ねて、受けて、のけぞった。

 そこに、僕も踏み込んで、

 

「“B・B・W(ブレイク・バレット・ライティング)”!」

 

 遠距離から攻撃を叩き込む。

 

「君たちは――!」

 

 マーキナーは、対して強欲裂波を弾いた剣を、投げ飛ばした。僕へ向かって。即座にスロウ・スラッシュへコンボを移行するべく動く。

 しかし、狙いを読んで、

 

 理解する。

 

 

()()()()()()で、ボクをどうこうできると思わないでほしいな!」

 

 

 マーキナーは、投げ飛ばした剣を、()()()()()()()()のだ。

 

「――ッ!」

 

 スロウ・スラッシュを起動するよりも早く!!

 

「“O・O(オリジン・オキシジェン)”!」

 

 ただ剣を振るうだけなら、間に合う。

 だが、()()()()()()()()()()()間に合わない!

 

 ――だったら!

 

「――君はバカなのか!?」

 

 マーキナーが叫ぶなか、僕は。

 

「“D・D・G(デフラグ・ダッシュ・ゴーイング)”!」

 

 後方へと全速力で下がり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()退()する。そして、伸び切ったオリジン・オキシジェンの刃をまともに受け、

 

 ()()()()()

 

 高いノックバック効果、それを利用して、後方へ下がるのだ。さらに、ダメージを受けている間、オリジン・オキシジェンの効果中、僕はまだ()()()()()()()()()。そして、オリジン・オキシジェンは僕に突き刺さり、その効果を発揮する!

 

 僕は、吹き飛びながら、

 

「い、けえええ! 強欲龍!!」

 

“ハッ――”

 

 剣が一本になったマーキナーに対し、

 

 斧を振りかぶりながら、

 

 

“誰に言ってやがる、敗因!”

 

 

 強欲龍が、概念技を叩きつける。

 

「チッ、さっさと戻ってこい!」

 

 マーキナーが鉤爪をつかって剣を呼び戻す。しかし、その間、マーキナーは剣だけで強欲龍を捌き切る必要がある。捌くことは容易だ。

 しかし、コンボは稼がれる!

 

“『L・L(ルーズ・ロスト)』!”

 

 そして、

 

 強欲龍が、赤い光を帯びる。

 

「強欲龍――!」

 

 ――マーキナーは、コンボを稼ぐことを避けようとしていた。

 そして、僕はこの状況で、強欲龍が取れる手が一つあることを知っていた。僕がリリスたちに渡すように頼んだ、ラファ・アークの宝玉。

 ()()()()のための鍵。

 

 そう、二重概念だ。

 

 強欲龍は、何を?

 ――特殊な二重概念だ。ゲーム時代にも資料はなく、僕もできるのではないかという推測だけで宝玉を渡した。結果として、それは()()()()()()()()()()()()()という形になったのだろう。

 

 そう、強欲龍が概念を二重にする相手。

 

 ()()使()()()()()であるという法則。()()()()()()であるという法則。それらを奇策として組み合わせ、

 

 

“『強欲・勝利(ウィナーズ・ウォータークレス)』!!”

 

 

 それは、劇的だった。強欲龍は青白い光を纏う。僕のスクエアと同じように。そして何より――大きな違いは、一つ。

 

 強欲龍は、()()()()()構えていた。

 僕と、マーキナー。それに並び立つように。

 

 そして、その発動によって後退したマーキナーが、叫ぶ。

 

「それが――それがお前の最後の力か! 強欲龍!」

 

“ハッ――”

 

 僕は、復活液を自分にぶつけながら、なんとか立ち上がる。

 痛みは残るが、まだ戦える。

 

 そして、2人を見た。

 

 勝ち誇るように笑みを浮かべる強欲龍と、悔しげにそれを見上げるマーキナーを見た。

 

 

“今の俺は、()()()()。お前達に並び立ち、そして上回る。これこそが、俺の追い求めた()()だァ!!”

 

 

 ――――さぁ、すべての準備は整った。もう場にふせられたカードはない。故にここからが――反撃開始だ。



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152.万感のフィニッシャー

 大罪と概念による二重概念。

 できるのではないか、という考察はもとからあった。

 同じ衣物同士なら、掛け合わせることができるのではないか。とはいえ、それは試すことができなかった。そもそも傲慢龍の儀式ができるようなものを所有している大罪龍が強欲龍しかおらず、その強欲龍は3で完全に消滅している。

 

 傲慢には儀式に使える生贄がなく、色欲の場合は使える生贄はこの世界の僕なので、むしろ儀式をしたほうが戦力が落ちるという問題があった。

 感情的にも、やる理由はないのだが。

 

 ともあれ、それがこうして、この世界では実現した。

 結果として解ったこと、通常の概念よりも発動が面倒だ。最上位技までコンボを溜めて、最上位技の代わりに発動する特殊なバフのような代物だ。

 

 継続時間も短い。強欲龍がこの世界に足を踏み入れたのは二重概念で空間を破壊したからなのだろうが、この世界にやってきた時点で、あいつは二重概念の効果が切れていた。

 

 つまり、何が言いたいか。

 ()()()()()()なのだ。僕たちがマーキナーを倒すために与えられた時間は短い。幸いなことに大罪概念の二重概念は戦闘中に複数回発動できるため、もう一度二重概念化を狙ってもいいのだろうが。

 

 ()()()()()だと、僕は思った。

 強欲龍も、同じだろう。ここで決着をつけられないのに、どうして勝機があると言えるのだ。圧倒的に不利なのはいつものことだが、時間制限が短いのも、スクエアがあるため、いつものことだ。

 今更ここで、勝てないと言えるものか。勝つのだ。故に――この一回で、僕たちはマーキナーを倒す。それができると、僕は思っていた。

 

 

“『W・W・W(ウィニング・ワイルド・ワールド)』!”

 

 

 ――一閃。

 

 それだけで、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ぐ、うっ!!?」

 

 マーキナーもまた、大きく吹き飛んでいる。恐ろしい効果範囲だ、そして僕はその中を、ためらうことなく駆け抜ける。余波など気にするものか、マーキナーの攻撃に比べれば、痛くない。

 そして、吹き飛んだマーキナーの後方に回る。

 

「“S・S・R(スロウ・スラッシュ・リライジング)”!」

 

「君が粋がるなよ! “N・N(ニクス・ニトロゲン)”!」

 

 激突、押し勝つのはマーキナーだ。

 だが、剣を弾かれつつ、僕は構わず概念を振るう。

 

「“B・B・W(ブレイク・バレット・ライティング)”!」

 

「チッ――“S・S・R(シルバー・ストレンジ・ラファエル)”、“G・G・M(ゴールド・ゲーマーズ・ミカエル)”!」

 

 展開されなおした弾幕、散弾はそれに払われるが、僕はそのまま踏み込んでいた。

 剣を振り上げ――

 

「“D・D・G(デフラグ・ダッシュ・ゴーイング)”!」

 

 叩きつけながら、移動技で駆け抜ける。

 ――一撃が、マーキナーに通った。そして、僕は上空へと跳ね上がり、しかしマーキナーは宙に浮いた僕に意識を傾けない。

 

 ()()()()()()()()だからだ。

 

“『L・L・L(ラスト・ルーズ・ロスト)』!”

 

 直後、世界が砕けた。

 空間が割れ、マーキナーの世界が崩落していく。マーキナーの身体も、それに沈んでいった。とはいえ、衝撃自体は周囲の弾幕によって緩衝され、ダメージはない。

 

「“H・H(ハイド・ハイドロゲン)”」

 

 そのまま、反撃のスプラッシュ。機関銃が掃射され、強欲龍はそれを二つの大斧で弾き切った。そこに、マーキナーが高速で接近している!

 

“『W・W・W(ウィニング・ワイルド・ワールド)』!”

 

「“N・N(ニクス・ニトロゲン)”!」

 

 激突。少しの拮抗の後。

 ――押し勝ったのは、()()()()()だ。いや、そもそもまともに勝負できるという時点で強欲龍はおかしいのだが。僕のSSRなんてゼロコンマの一秒すら打ち合えないというのに。

 ただ、それでもなおマーキナーがスペックで勝る。

 一対一では、たとえ二重概念の強欲龍だろうと、マーキナーは倒せない。

 

 だから、そこに僕が割って入るのだ。

 

「おおおっ! “L・L・O(ルーザーズ・リアトリス・オリジン)”!」

 

 強欲龍が押しきれないとはいえ、真っ向からマーキナーと激突できるおかげで、僕はコンボを容易に貯めることが出来た。

 

「あ、はぁ! “O・O(オリジン・オキシジェン)”!」

 

 笑み。

 マーキナーは嬌笑と共に大剣でそれに返した。僕の最上位技、そして――

 

“――おらぁ、行くぞ!”

 

 強欲龍が、斧を振り上げ。

 

 

天地破砕・強欲裂波(ワールド・エンド)!!”

 

 

 身体中から溢れ出す、焔を破壊へと変えた。

 

「あ、ははははは! ははははは!」

 

「く、っ――!」

 

 マーキナーの笑い声が響く中、僕の剣は、強欲龍の破壊の中を暴れまわる。もはや、視界は破壊に覆われて、耳は破壊に塞がれた。

 

「――――()()()()かなぁ!!」

 

 そして、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 息を呑むような光景だった。

 破壊も、そしてそれを切り裂いたマーキナーも。

 

 世界が、天地がひっくり返ってしまったかのような情景で、僕は、少しばかりの興奮を抑えきれなかった。

 

「届かない! 届かないんだよ!」

 

 マーキナーが叫ぶ。

 

「どこまで強くなろうと、それは僕に届かない範囲でのことだ。君たちは君たちの中で最強を語っていなよ。これだけの破壊でも、僕を破壊するには至らない」

 

“チッ――”

 

「――まもなく二重概念は解除される、君たちの負けは、ここに決まる」

 

 見下ろして、見下して、マーキナーは僕たちに剣を向けた。

 

 

「いいや、僕たちが勝つ」

 

 

 しかし、僕はそれを真っ向から否定した。

 

“あぁ? どォいうことだ”

 

 半信半疑は、強欲龍のようだ。マーキナーは何も答えない、だから僕は指摘するだけだ。強欲龍が、大雑把すぎて気づいていない、それを。

 

「今ので、ダメージは通っているだろう。()()()()()()んだよ、マーキナーも」

 

「……ふん」

 

“何故わかる”

 

「――戦うのは、はじめてじゃないからな」

 

 だからわかる。マーキナーは追い詰められようと、それを周囲にはさらさない。しかし、マーキナーが勝ち誇っている時、それは本当に勝ち誇っているか、追い詰められたのを隠すかの二択だ。

 

 僕は後者だと断言する。

 

「強欲龍、後少しだけ付き合ってもらうぞ」

 

“てめぇは何もしてねぇじゃねぇかよ。勝手に言ってやがれ、俺の足だけは引っ張るんじゃねぇぞ”

 

()()()()()。今度は僕が――アイツを止める」

 

 それは、

 

“ハッ――”

 

「――ハッ」

 

 マーキナーと強欲龍から、全く同じ反応を引き出した。僕の言葉を鼻で笑って、しかし、そこからは正反対だ。

 

 

“――行くぞ、敗因”

 

 

「バカにするなよ、敗因!」

 

 

 信頼と、侮蔑。

 

 僕は、そんな両者の言葉に、どちらに対しても笑みを浮かべた。ああ、だって。――マーキナーは越えるべき敵で、こちらを見下してもらう必要があって。

 

 強欲龍は今この瞬間だけは、僕が誰よりも信頼を置く、共闘相手なのだから。

 

“『W・W・W(ウィニング・ワイルド・ワールド)』!”

 

「“S・S・R(スロウ・スラッシュ・リライジング)”!」

 

 そして、2人同時に斬りかかる。

 

 剣戟は、マーキナーの弾幕を吹き飛ばし、接近戦を強要する。

 三者の打ち合いは、どちらかに天秤が偏っているということはない。マーキナーと強欲龍では、マーキナーが優れているが、僕が打ち合いに飛び込んで、そこに割って入るために、拮抗に持ち込めていると言えるだろう。

 ――何よりも、意識せずとも、僕は強欲龍の狙いが解った。あちらはこちらに合わせはしないが、僕が合わせることを前提に動いてくれる。

 

 一撃、強欲龍がマーキナーによって吹き飛ばされる。そこへ、マーキナーは最上位技を掲げるが、僕が割って入った。そのまま薙ぎ払われるかと思えば、僕はむしろその大剣に乗り上げて、その上を駆ける。

 

「大道芸のピエロじゃないんだからさぁ!」

 

「そのくらいのほうが、アンタにはいいだろう!」

 

 そのまま、一太刀を入れながら着地。

 振り向き、既に強欲龍が復帰しているのが見えた。

 

 ――もはや時間はない。このまま一気に決めるしかない。

 

 マーキナーの最大の脅威は可能性の先読みだ。

 生半な手では対応される。既に、こちらがあらゆる手を使って決着に持ち込むさまを、奴は見ている。ただ、奇策を打った程度では、マーキナーは対応してくる。

 むしろ、ヤツのほうがそういった点では上手なのだ。

 

 先を読んだ上で、こちらの想定を上回る手を打ってくる。

 

 ああ、だが。

 だったら、取れる手は一つしかない。

 

「――()()()

 

 僕は、

 

“あぁ?”

 

 

()()()()

 

 

“敗因――()()()()()()()()

 

 

 ただ、一言求めた。

 それに、強欲龍は、

 

 ただ一言、答えた。

 

 

「――ああ?」

 

 

 マーキナーが訝しんだ直後。

 

「“S・S・R(スロウ・スラッシュ・リライジング)”」

 

“『W・W・W(ウィニング・ワイルド・ワールド)』”

 

 

 ()()()()()攻撃を叩き込んだ。

 

「どうなってる!?」

 

 叫び、マーキナーは即座に対応する。二刀を僕と強欲龍に合わせ、弾き、反撃。

 ()()()()()()()()()()()()

 

「“D・D・G(デフラグ・ダッシュ・ゴーイング)”!」

 

“『L・L・L(ラスト・ルーズ・ロスト)』!”

 

 そして、()()()()()()()()()()()()()、僕が飛び上がり、マーキナーの上を取る。

 

「なんなのさ、君たちはぁ! “H・H(ハイド・ハイドロゲン)”!」

 

 続けざまに放つ僕らの攻撃を、散弾で弾き、マーキナーは反撃に打って出る。それもまた、全く同じタイミングで動いて、こちらも対処。

 連携も、ここまで極まればもはや芸術だ。

 

 師匠たちとも、これができないわけじゃないが、僕がこれをできるのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけだ。

 同時に攻撃するということは、相手も攻撃しているということで、故に回避が難しい場合が発生しかねない。

 

 特に、相手はマーキナー。こちらの連携など軽く崩してくるあいつに、そんなところへ意識を回していたら絶対にコンボは続かない。

 

 今、この瞬間。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

「――なぜそんな事ができる! 君たちは宿敵だろう! 絶対に相容れない存在だろう!」

 

「ああ、そうだ。そのとおりだ」

 

 否定はしない。

 ――これが終われば、僕たちはすべてを賭して殺し合う。その結末がどうなるか、僕も強欲龍もわからない。最後には、決着をつけたい相手同士なのだ。

 

 でも、しかし。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

“同じだろうがよ――”

 

「あぁ?」

 

 それは、

 

 

“てめぇを片して、決着をつける。その意思だけは、俺もこいつも全く同一の意思だろうがよ”

 

 

「――だから」

 

 僕たちは、

 

 

()()()()()()()()()()。その意思だけで、全てを合わせている!」

 

 

 なぁマーキナー。

 お前は可能性は読み取れたとしても、そこにある感情までは読み取れない。()()()()()()()()()()()んじゃないか。

 

 それは――きっと、ゲームの頃からなにも変わっていないんじゃないか?

 

 いや、()()()()()()んじゃないか?

 感情のゆらぎすら可能性として捉えてしまえるアンタには。

 

 ああ、それは――

 

 ――それはアンタには、どうしようもないことだよな。

 

 

「……っ、ふざ、けるなぁ!!」

 

 

 気がつけば、僕たちはマーキナーを追い詰めていた。

 大地は砕かれ、上を僕が、下を強欲龍が抑え、生み出された弾幕は、全て強欲龍が吹き飛ばし、強欲龍がコンボを稼ぐ時間は、僕が剣戟ですべて稼いだ。

 

 再び、僕と強欲龍。それぞれが最上位技を叩き込める瞬間が訪れたのだ。

 

 そして、これが僕たちの最後の一撃になる。

 決める、確実に。

 

「――――この程度で、ボクが揺らぐと思うなよ」

 

 マーキナーは、たしかに追い詰められていた。

 地は裂け、足場がなくなり、不安定な態勢だった。上下から僕らが挟み、逃げ場はなく、周囲に弾幕もない。しかし、

 

 マーキナーは銀の鉤爪を生み出し、周囲の瓦礫を掴んで態勢を安定させ、金の花弁へと降り立つ。

 

 こいつは、本当に――どこまでも、

 

「倒せるとおもうなら試してみなよ、無駄だ、勝てっこない」

 

“ああ、てめぇはつえぇよ”

 

 強欲龍は、そんなマーキナーの言葉を認めた。

 それは、強欲龍にしては意外な言葉だ。――まっすぐ、欲もなくマーキナーを認めている。

 

 きっと、その本音は、

 

 

“――だからこそ、てめぇは意思なんざ持つべきじゃなかった”

 

 

 ――マーキナーの心を、的確に突く言葉だっただろう。

 強さを誇示するその姿が気に入らないのか。強さに見合わない未成熟な心が気に入らないのか。はたまた、強欲龍に限ってはありえないだろうが――ちぐはぐなマーキナーを憐れんでいるのか。

 

 どちらにせよ。

 

「――――それが、できれば!!」

 

 マーキナーは、剣を構えた。

 

()()()()()()()()()()()()!!」

 

「来るぞ、強欲龍!」

 

“――――ああ”

 

 

 かくして、僕たちは。

 

 

「“L・L・O(ルーザーズ・リアトリス・オリジン)”!」

 

 

 ――僕は、ただ強欲との合一に集中し。

 

 

天地破砕・強欲裂波(ワールド・エンド)!!”

 

 

 強欲龍は、それ以上の言葉はなく。

 

 

「――――ああああああああああああ!! “O・O(オリジン・オキシジェン)”ッ!!」

 

 

 マーキナーは、万感の思いを込めて。

 

 

 ()()()()()を、僕たちは放った。



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153.決着

 ――マーキナーの違和感は、つまるところ彼女の精神性の変化に依るところが大きい。

 彼女にとっての大きな変化。かつて、彼女にとってもっとも触れられたくないポイントであった塵芥の概念を名乗ることに躊躇いがないこと。

 そして、僕の()()()()()()に対して、激しい抵抗をみせたこと。

 

 どちらも僕の知る彼女にはありえないことだ。僕の知る機械仕掛けの概念は、自身の矮小な概念を嫌い、神であることを自負していた。

 そして、そもそも自分が負けるなんてことは想像もしていなかったのだ。

 

 そんな彼女に起きた変化。

 もっともわかりやすいのは、今の彼女が()()()()()()()()()()()()マーキナーであるということだろう。敗北は人を変えるもっともわかりやすい経験だ。

 それを知っているから人は敗北を嫌い、敗北を遠ざけようとする。勝利を求める。僕だってそうだ、負けイベントは、()()()()()()()()()()ひっくり返そうとは思わない。

 

 悲劇を知らないゲームマスターに、本物の悲劇が描けないように。

 

 はっきりとさせておくべきだと思う。

 マーキナーの変化に対して、僕たちが考えるべき点はなにか。

 二つある。

 

 一つは、()()()()()()()()()()()()()だ。

 敗北した。思うところがあった。結果敗北を嫌い、自分を受け入れた。それは見ればわかる。しかし、見ただけでは何故彼女がそのような変化に至ったのか、僕たちはわからない。

 こちらはまだ、彼女の根幹に触れていないから、僕では推し量ることができない。――ヒントは、フィーだろうか。彼女はマーキナーに同調している。

 フィーならば、マーキナーの心の意図するところが、わかるかもしれない。

 

 もう一つは、()()()()()()()()()()()()()だ。

 マーキナーには、明らかに目的がある。僕たちに勝利すること、これは間違いなくそうだろう。ここまでの戦闘で、マーキナーはずっと、最善を尽くしてきたはずだ。

 しかし、その上で彼女には、ある一点だけおかしな点があった。振り返ってみれば、()()()()()明らかに別の意図があったのだ。

 

 そして、そこに至る経緯を考えた結果――たどり着いた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()が、()()()()()()()()()()()()()が。

 

 では、それが何なのか。

 ――結果起きた、()()()()()()()()()()()()()()()とは。

 

 それは――

 

 

 ◆

 

 

 ――激突の後に、僕たちは消耗しながらも、たしかに地面に立っていた。

 この世界はマーキナーの世界、現実の法則は通用せず、少し破壊したところですぐにもとの状態に戻る。故に、この場には僕と強欲龍が並び立ち、

 

 

 ――マーキナーが、倒れ伏していた。

 

 

 一撃が入ったのだ。

 あの打ち合い、どちらが押し切ってもおかしくはなかった。純粋な必殺火力のぶつけ合い故に、結果は二者択一。どちらかが立ち、どちらかが倒れる結果以外にありえない。

 そして、結論はマーキナーの敗北だった。

 

 ――負けるつもりはなかった、行けると思って、あの状況に持ち込んだ。

 それでも、

 

 ()()()()()という感慨が、僕は勝った。

 

“――ふん”

 

「……つまらなそうだな」

 

“思ったよりも食いがいのない獲物だった”

 

「いや――」

 

 僕は、そんな勝利を確信した強欲龍の言葉を否定しようとして。

 

 

()()()!」

 

 

 マーキナーが、それを遮るように、叫んだ。

 

「――!」

 

“ほぉ――”

 

 そして、立ち上がる。今にも倒れ動けなくなりそうな状態で、けれどもマーキナーはまだ力を失っていない。概念崩壊していない。

 それは、何故か。

 

「……強欲龍は、百夜に勝ったことはなかったか」

 

“あるぜ”

 

「あるのか……いや、別に内容は興味はないが、百夜にはある能力があっただろう」

 

“――そぉいうことか”

 

 一体いつ勝ったんだ? ゲームでは一度だけ戦ったけど、その時は白夜が勝ったし、復活してからだろうか。……ラファ・アークの宝玉を取りに、強欲龍は百夜とリリスのところに行ったんだったな?

 ともあれ、百夜の最後に残された能力。

 

 ()()()()()。概念崩壊するようなダメージを受けても、HPを1残して耐える能力。それは、()()()()()()()()()()()()()

 ゲームにおいては、HP1など多少のゴリ押しで削りきれる。特に最終決戦、プレイヤーは出し惜しみをしないだろうから、なおさらだ。

 故に、演出的な側面が強いそれだが、現実になれば、厄介極まりない能力だ。

 

 ここまで、マーキナーの戦いの巧拙はいやというほど味わってきた。とにかく戦い方がうまい、相手を掻い潜り、裏をつくことがうまい。

 

 鏡を相手にしているようで、どうにも嫌な感覚の拭えないそれは、しかしここに至って、最後の障壁として僕らの前に立ちはだかっていた。

 

「――マーキナー」

 

「なん、だ」

 

 僕は、油断なく呼びかける。向こうは、こちらの様子を伺うように、剣を構えたまま睨んで、静止していた。一つのミスが命取りになる状況、あちらはうかつに動けないだろう。

 だから、呼びかける。

 

「一つだけ、どうしても気になっていたことがあった」

 

 ――それは、これまで敵として、事情はあるだろうと判断しながらも、あくまで敵として接し続けてきたマーキナーに対する。

 僕たちからの、はじめての歩み寄り、とも言える行為だった。

 

 

「どうして僕が概念起源でアンタを封印するという流れになった時、()()()()()()()()()()()()()した?」

 

 

 それは、僕が直接マーキナーと相対したからこそ抱き続けていた違和感。

 マーキナーは、あの時、明らかに狼狽していた。僕が封印を拒否することも、拒否した上で対抗策があることも想定していただろうに。

 ――いや、封印の可能性は僕が二重概念に目覚めたことで生まれたのだったか。

 

 ()()()

 それにしては、マーキナーは封印に対して驚きがなさすぎた。あの時感じた、()()()()()()()()()()()という懸念はその通りだったわけだ。

 

「……だったら、何だって言うんだよ」

 

「おかしいだろう。これまでの戦闘で、可能性にない行動を、アンタは想定したとしても、対応できていないだろう。あの時、本当に可能性を想定せずに僕の封印を知ったのなら、君はもっと動揺したはずだ」

 

「封印なんてもので、ボクを縛れると思わないでほしいよねぇ。()()だっただけだよ、あまりにも」

 

()()()()()()()()だろ。数分間の無敵時間なんて無茶、()()()()()()()()()()()()

 

 ――君が言うな、とマーキナーは視線で語った。そこを棚上げして、僕は続ける。

 問題はそこじゃないのだ。そもそも、何故僕が封印なんて方法をぶつけるか、迷うことになったのか。その根本的な理由は――

 

「――強欲龍だよ」

 

“ああ?”

 

()()()()()()()()()()()、僕たちは別の手段を取っていた」

 

 実を言うと、暴食龍の卵を使って僕たちは強欲龍を蘇生したが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。少し遠回りになるが、ポイントとして、僕たちはあの時四天を倒す戦力を有していた。

 卵が破壊されていれば、あの場に留まる理由はないので、僕たちは撤退しフィーと合流していた。

 

 そして四天を倒せば()()()()()()()()()()。するとどうするか――

 

 

 ()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()のだ。

 

 

 これを使って僕たちは――

 

「卵が破壊された場合、僕たちは百夜の概念起源で()()()()()()を別の時空から呼び寄せるつもりだった」

 

「…………」

 

「その場合、()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()。傲慢龍の説得は必要になるが、それくらい強欲龍から鍵を奪う手間とそう変わらない」

 

 僕たちが強欲龍の復活を本命に決めた理由は二つ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()こと。()()()()()()()()()()()()()()()()()こと。

 

「つまり、()()()()()()()()()()()()これはあり得なかったんだ」

 

 そして、おそらく四天の中で強欲龍を復活させるなんてヘマを素でするやつは、()()()()()()()()()()()()()()()。マーキナーがウリア・スペルを器にあの場に現れなかったのには理由があった。

 ()()()()()()()()()()()()()は――

 

“……ふん”

 

 だから、

 

 つまり、

 

 マーキナーが()()()()()()()、それは――――

 

 

「――アンタ、僕に封印されたかったんだな」

 

 

 結論はそれだった。

 突きつける、この推察が、正しいか、否か。

 

 答えは――

 

 

“――アホが、避けろ敗因!”

 

 

「――――あ?」

 

 それを、認識するよりも早く、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――アハ」

 

 それは、

 

 閃光。

 鉤爪から、焔が散っている。バーナーを点火したような、焔。ああ、なんというか――ジェット機のような構造で、鉤爪を高速で飛ばしたのか。ウリア・スペルがこれと同じような感じで高速移動したフィーに轢き殺されたからな、把握していてもおかしくはない……か?

 

「アハハ、アハハハハハ!! アハハハハハハハハハハ!!」

 

 概念崩壊する。

 マーキナーの叫びが、雄叫びのような笑いが、世界に響く。

 苦虫を噛み潰したように強欲龍がこちらに視線を向けて、マーキナーは勝ち誇っている。

 

()()()()()()()!! どちらにせよ、前提は変わっていない。ボクが封印を望んでいようが、いまいが、()()()()()()()()んだよ!」

 

 ――封印は、あくまで副次的な目的にすぎない。勝てばそれで問題なく、敗北では何も意味がない。勝利か、封印か。

 ()()()()()()()()()()()ならないということか。

 それは、それはつまり――?

 

 答えがまとまるよりも早く、マーキナーは二発目を装填していた。

 

「なんと言おうと、これからこの戦いがどうなろうと」

 

 そして、三日月のごとき笑みを浮かべたマーキナーは。

 

「……!」

 

 

「お前はここで終わりだ、敗因――――!!」

 

 

 死の弾丸を、射出した。

 

 ――ああ。

 

 それは。

 

 ()()は、想定外だったなぁ。

 

 

“――――敗因”

 

 

 僕は呆けるように、それを見ていた。

 ――これまでの人生で、想定外の経験というのは、あまりない。この世界でも、僕の想定を超えるような事態は、大きなモノではこれまでに、二回。

 想定を下回ることは何度かあったが――憤怒龍が逃げ出したことなど――越えるとなると、大きくは二つになる。

 

 マーキナーの出現と、

 

 ()()()()()()()()()()()()こと。

 

 そして、今。

 

 ()()()()()()()

 

 

「ごう、よくりゅう――?」

 

 

 なぜ、と言葉なき言葉が漏れる。

 

“――当然だろう、てめぇがこれを受けたら死ぬんだぞ。俺は死なねぇ、不死身だからな”

 

 それに、マーキナーが吠えた。

 

 

「――強欲龍!! ()()()()()()!!」

 

 

 そう、

 

 強欲龍は、

 

 

 ()()()()()()攻撃を受けていた。

 

 

“ぐ、おお、この、程度――!”

 

 強欲龍自身の言う通り、()()()()()()()()()()()。だが、あまりにも攻撃が早すぎるがために、()()()()()()()()()()()()()()だろう。

 

「な、ぜ――」

 

“――敗因! 俺ぁようやくわかったぜ。()()()()()()()()()()()()()()()が”

 

 そうだ。

 強欲龍はマーキナーに何の興味もなかった。マーキナーの、認識阻害すら破るほどに、マーキナーのことを意識すらしていなかったのだ。

 

()()()()()()()()()()()()()! 奪う価値がこいつにはねぇ!!”

 

 ()()()()()()()()()が、()()()()()()()()()()()()()のはおかしいのだ。だから強欲龍にとっては、つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()のだろう。

 

“最初から最強だった存在に何の意味がある。俺にとって強さとは、他人から奪うものだ!”

 

「……それは」

 

“だからよぉ、敗因!”

 

 強欲龍は、一歩おされる。それでもなお、力強く足を踏みしめ、――その背にある空間が、割れる。

 強欲龍が、この場所に乱入してきた時と同じだ。強すぎる力は、この空間すらも破壊する。概念の世界、あるのは現実的な法則ではない。

 

 そして、強欲龍は、

 僕を見た。

 

 

“てめぇがそいつに、価値を作れ! ()()()()()()()()()!”

 

 

 ――直後、彼は破れた空間の中へと消えていった。

 

「――――」

 

 それを、一瞬だけ呆けて見やる。

 こんな状況、考えてもみなかった。強欲龍にかばわれて、背中を押されるなんてこと。ありえないことだと、今でも思う。

 ああ、それでも、

 

 力を込める。

 立ち上がる。

 

 既に復活液は叩きつけてある。

 

 後は心に、火を灯すだけだ。

 

「――――マーキナアアアアアアアアアアア!」

 

 叫び、僕は修復されていく空間を突っ切って、マーキナーへ向けて飛び出した。感覚が、僕へと危機を告げる。即座に身を屈め、そこを鉤爪が通り過ぎた。

 弾幕は、すでに元通りに展開されている。

 

 この状況を掻い潜り、如何にマーキナーへと切り込むか。方法はある、一つ。

 

「――ッ!」

 

 逆に言えば、一つしかない。しかし、マーキナーはそれに対して、()()()()()()()()()()以外に止める選択肢はない。

 さぁ、どうする。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ぞ。

 

()()()()()()()だろ! そんなことォ!」

 

 マーキナーは、鉤爪を装填した。

 

 僕は、それを――

 

「やって、やるさ!」

 

 

 射出された鉤爪を、上から()()()

 

 

 鉤爪を止める力は僕にはない。飛び上がり、ただ叩いただけ。そして、()()()()()()()()()()()()だけ。

 

「これで、終わりだ――!」

 

 剣に力を込めて、僕は射出される。決着、その二文字が脳裏によぎった。

 

「そうだね、()()()()()()だよ、敗因!」

 

 直後。

 

 

「“O・O(オリジン・オキシジェン)”!」

 

 

 マーキナーが最上位技を起動する。

 

「――そんなもの!」

 

 僕は剣を構えた。今更最上位技をぶっ放したところで、僕にそれが当たるものか。距離も遠い、やたらに放ってケリをつけられるほど、僕たちはレベルの低い争いをしていないだろう!

 

「あっはははは! 甘いって言ってるんだよ――!」

 

 

 ――直後、マーキナー自身が()()された。

 

 

「――――!!」

 

 急激に距離が詰まる。僕たちの間にあった、余裕という名の間が消えていく。マーキナーは、その勢いのまま、僕はこの勢いのまま、

 ()()()()――!

 

 しまった、と思った。

 

 いや、思うはずだった。

 

 

 最後の決着に、

 

 

 その一撃に、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを、僕は忘れていた。

 

 

「――――進め!」

 

 

 声が、した。

 

 

「アンタには、アタシたちが着いている!!」

 

 

 そして。

 

 

「――!」

 

 

「“嫉妬ト色欲(フォーリング・エクスリア・カノン)”!」

 

 

「“V・V(ヴァイオレント・ヴォルテックス)”!!」

 

 

 フィーが、

 

 師匠が、

 

 

「お、まえらあああああ!」

 

 

 マーキナーの剣を、地に叩きつける。

 

 

「いっくのおおおおおおお!!」

 

 

 リリスの声。直後僕の身体に力が宿る。ああそれは、この場では何よりもありがたい応援(バフ)だった。

 

「マーキナー! これで最後だ!」

 

()()! 違う違う違う!!」

 

 剣を構え、僕はマーキナーの間近に迫っていた。

 

「――そんなに僕と共にいたいなら、僕は一緒にいてやるさ。だから」

 

 その、顔をみた。

 激しい戦闘の中で、正面から彼女を覗き込んだことはなかった。

 

 

「君の心を、聞かせてくれよ。――――“S・S・R(スロウ・スラッシュ・リライジング)”!」

 

 

 至近で覗き込んだ彼女の瞳は、

 

 今にも、泣き出しそうで。

 

 

 僕が振るった剣を、彼女はなすすべなく、受け入れた。

 

 

 ◆

 

 

 すべてが終わった、

 

 

 その、直後。

 

 

「――師匠、フィー」

 

 

 僕は、側でこちらを見ている2人に振り返り。

 

「ごめんなさい。巻き込むことになります」

 

 そう呼びかけて、2人の答えを待つより早く。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



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154.嫉妬龍の選択

 ――マーキナーを概念崩壊させると、ゲームでは彼女は概念起源を起動させた。

 負けたくないから、悪あがきとして――そして何より、塵芥の概念を指摘され、冷静を保てなくなったため。

 

 この世界においても、マーキナーはそれを発動させた。

 ただ、どちらかといえばそれは、防衛本能のような行動であった。マーキナーは明らかに僕の言葉に動揺していた。そして、最後。

 あの一撃で勝敗が決した時、それが限界に達したのだと僕は思う。

 

 とはいえ、今は彼女のことではなく、それに巻き込まれた皆のことだ。

 

 この概念起源は発動時、周囲の存在を飲み込んで、効果を発揮する。

 何が起きるかといえば、単純に言えば()()()()()()()のだ。それも、良い可能性ではない、()()()()()、もっと言えば――

 

 ()()。あの時、こうであったらという可能性。あの時、こうするべきだったという可能性。それを見せつけられる。

 

 ゲームでは、色欲龍と百夜がそれに囚われることとなった。

 百夜は言うまでもなく、アンサーガのことだ。死なせてしまった母、もう少し別の方法があったのではないかという後悔。

 そして何より、直接自分が彼女に引導を渡せなかったことへの後悔。それらが積み重なって、この概念起源によって表面化した。

 

 結局、アンサーガへきちんと別れを告げ、さらには怠惰龍とも言葉を交わすことが出来た百夜は、後悔を乗り越え先へ進むことが出来た。

 この概念起源は一長一短なのだ。後悔に囚われたまま、身動きが取れなくなれば、一生その後悔の中で苦しむことと成る。しかし、乗り越えてしまえば非常に大きな成長のきっかけとなる。

 

 ただ、そもそもマーキナーが概念起源を発動するのはギリギリまで追い詰められてからなので、精神的な成長もなにもないのだが。

 

 ともあれ、この世界において、後悔にとらわれるのは師匠とフィーの2人だろう。師匠は言うまでもない、あの人は表面上は強く振る舞えても、心のなかではたとえ一度乗り越えようと、後悔を死ぬまで引きずるタイプだ。

 ()()()()()()()()()のだが、この概念起源の前では、逆に枷となるだろう。

 

 逆に、ゲームでは後悔に囚われた百夜も、この世界ではそうはならない。なにせアンサーガを救っている。それも自分の手で。

 リリスも、そして僕も同様だ。僕たちは、後悔がない。こうするべきだったという大きな疵が存在していない。

 

 問題は――フィーだろう。

 彼女の場合は難しい、そもそも、()()()()に後悔はない。だが、嫉妬龍エンフィーリアは知っているのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことを。

 

 そう、フィーにとっての後悔は、未来。

 それも、今のフィーではありえない未来。しかし、絶対にそれを意識しないわけにはいかない未来を、彼女は見せつけられる。

 

 つまり、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 

 クロスオーバー・ドメインにて、被害者でありながら世界を敵に回し、最後には世界に滅ぼされた大罪龍。嫉妬龍エンフィーリアと、フィーは同一の存在である。

 だから、思ってしまうこともあるだろう。

 

 もしかしたら、自分も()()なってしまうのではないか。

 

 口に出すほどのことではない。そんなことはありえないと、すぐに意識を切り替えることもできる。だが、根底にはそのまま残り続けている。

 そんな後悔を、フィーは抱いているはずだ。

 

 加えて、フィーの未来は、僕にとっても無視できるものではない。()()()()()()()()()()()()。彼女は何も悪いことはしていないし、する必要もない。

 だが、()()()()()()()()()()の嫉妬龍に対し、僕は如何に行動するか。

 

 ――嫉妬龍エンフィーリアは悲劇の存在であると僕は思う。救われるべきだと想い、行動し、そしてフィーとして彼女を救った。

 だが、そうなることが許されないならば、僕はどうすればいい?

 

 つまり、()()()()()()()()()()()()へ、僕はどう行動するのか。

 

 これは嫉妬龍に限らない。

 なにせ、僕は今まで()()()()()()()()()()()ように行動することで、誰かを救ってきた。もっとも顕著なのはアンサーガだ。

 彼女が人を一人でも殺してしまう前に、なんとか事態を収めることができた。

 僕の立場は、理不尽な負けイベントに晒される立場であると同時に、それをひっくり返せば、全てを丸く収めることのできる立場なのだ。

 

 では、そうではない場合。

 

 僕はどう行動するのか――ここにきて、はじめて。

 

 

 そんな当たり前の疑問に、僕は出くわしているのだった。

 

 

 ◆

 

 

 ――気がつけば、僕は嫉妬龍の遺跡の前にいた。

 ラストダンジョンである遺跡を抜けて、長い長い螺旋階段を降りた先、嫉妬龍が待ち受ける、その場所に立っていた。

 

「……よりにもよって、最後の最後、か」

 

 マーキナーの概念起源によって、フィーは嫉妬龍エンフィーリアの末路を体験しているはずだ。できることなら、そうならないように行動したかった。

 なにせ、フィーには話していないが、嫉妬龍は()()()()()()()()()()()()()()()すらされている。それを知られてしまうのは、少しばかり気まずかった。

 

 知らないのなら、知らなくてもいいことだ。

 

 しかし、ここまで来てしまえば、それを知らないということはどうあがいても不可能だ。だから、僕がするべきことは決まっている。

 

 この場所、この状況で考えうる、()()()()()()()を考える。

 

 今、時系列はクロスオーバーのラストバトル直前だろう。扉は閉められており、嫉妬龍はすでにこの場に帰ってきている。その上で人の気配がしない。だから、クロスオーバーの主人公たちはまだここにたどり着いていない。

 ――猶予だ。まるで、僕にこの場をどうするのか、問いかけているような。見定めているような。

 

 嫉妬龍はそれまで、横暴の限りを尽くしていた根底である、帝国という地盤が崩壊したことにより、もはや一人でこの場に逃れるしかない状況にある。

 逆転の手は存在せず、強いて言うなら、最後の戦いで主人公たちに勝利することくらい。

 

 だが、それにしたって単なる一時しのぎに過ぎないような、そんな状況。

 

 取れる選択肢は、いくつかある。

 嫉妬龍を討伐し、世界を救う。

 もしくは、世界を敵に回し、嫉妬龍の味方となる。

 

 前者では本来の歴史となんの変化も訪れず、後者は僕にとっても論外だ。

 

 ――意外に思うかもしれないが、僕は救うべき少女が目の前にいるからといって、その少女のために世界を敵に回したりはしない。

 もちろん、世界のために少女を犠牲にする選択肢を取ることもしないが。

 

 ならば、()()()

 

 世界を救い、少女も救う。それが僕の選択肢かといえば、

 

 

 ()()()()だ。

 

 

 何故か、それでは少女が救われないこともあるからだ。特に今の嫉妬龍には、たとえ救われたとしても、背負うべき罪が多すぎて、彼女自身がそれに耐えられない。

 故に、僕の選択肢は決まっていた。

 

 だから、それはつまり――

 

 

 ◆

 

 

「――――あんた、誰よ」

 

 ()()()()()()()()()()は、突如として扉を()()()()、目の前に現れた見知らぬ存在に、剣呑に視線を向けた。

 僕のことは知らない――つまり、今の嫉妬龍はフィーではなく、あくまで嫉妬龍としての彼女なのだろう。フィーは、それを俯瞰するように見守っているのだろうか。

 

 ならば、情けないところはみせられないな。

 

()()()()、君を()()に来たものだ」

 

 故に、単刀直入にそう告げた。

 聞いた嫉妬龍の表情が、みるみると阿呆を見るものへと変わっていく。

 

「本当に誰だかわからないんだけど、頭おかしいんじゃないの? アタシは嫉妬龍エンフィーリア。大罪の一つにして、――世界の敵よ」

 

 しかし、それでも応対はしてくれた。彼女が律儀なのもあるだろうが、たとえそれがいかにも阿呆なヤツだとしても、これは変化なのだ。

 嫉妬龍にとって、()()()()()()()()()()。追い詰められ、破滅を間近にした彼女にとって、それは藁にもすがるようなものだっただろう。

 

「それは少し正しくないな。君は世界の敵じゃない。()()()()()()なんだ」

 

 なにせ、世界――君をこのような状況に追い込んだ元凶は、それを嗤っている。愉しんでいる。君の破滅を、待ちわびている。

 

「それが、何だって言うのよ。どちらにせよ、アタシはここで死ぬのよ。だから――」

 

「――喧嘩を売ったのは、あっちが先じゃないか」

 

 僕は、そういって彼女の言葉を遮る。

 

「だから、君は権利があったはずだ。それに抗う権利が」

 

「……っ、そんなもの! もうとっくの昔に投げ捨てちゃったわよ! 今のアタシにはなにもない! なにもないんだから!」

 

()()

 

 僕は、言い切った。

 

「ないわよ! どこにも!」

 

「――どうして君は、色欲龍に助けを求めない?」

 

「……!」

 

 その言葉に嫉妬龍は目を見開いて、そして理解したようだ。――それまで、こちらの言葉に聞く耳を持っていた態度が、変化する。

 より、剣呑なものへ、殺意すら混じった、敵対的なものへ。

 

 これまでは得体のしれない存在だった僕が、()()()()()()()()()()()()得体のしれない存在へ変わったのだ。

 

「アンタ、どこまで理解してるのよ」

 

「……全部。君がライン帝国の犠牲となり、その復讐の過程で、君を助けてくれるかもしれなかった人を、殺してしまったことも、知っている」

 

「――!!」

 

 決定的に、嫉妬龍は僕へ敵意を向けた。

 何故か、など問うまでもない。()()()()()()()()()人間が、自分を()()ということは、それはつまり、()()()()()()()()()()

 

 ――彼女は僕へ、嫉妬しているのだ。

 

「アンタも同じか! アタシに救いという言葉とともに、憐れみと見下しと、そして侮蔑を向けるあいつらと!!」

 

「違う、とは言えない。僕は君の味方にはなれない。しかし――世界(かれら)の味方でもない」

 

 君が悲劇(嫉妬の大罪)を押し付けられたのなら、

 

 僕は敗因(負けイベント)を世界に押し付けられた存在だ。

 

 

 ――世界は、僕らに負けろと言っている。

 

 

 だが、それにふざけるなと僕は叫んだ。

 だから、今も僕は、世界の敵だ。世界が僕に提示した、最適解を溝に捨て、自分の取れる最善だけを選んだ。

 

「アタシに味方なんていらない……! いても嫉妬してしまうだけよ! それなら最初から味方なんていらない! いらなかった!!」

 

「――知っている。君が嫉妬を止められないことを知っている。それでいいんだ、構わない。それを変える必要はない。――何よりここまでくれば、変えたところで世界がそれを許さない」

 

「……だったら!!」

 

 嫉妬龍が、いよいよ持って僕の言葉が敵対の宣言であるとみなしたようだ。しなだれるように、うなだれるように寄りかかっていた石碑から背を離し、立ち上がり、

 

「だったらアンタはアタシに何をするっていうのよ! 救いなんていらない! 憐れみなんてもとめてない! アタシはアタシよ! たとえそれがどれだけ無様でも!!」

 

 鉤爪を、僕へと向けた。

 

 

()()()()()()()()()()()()よ!!」

 

 

 そして。それは――

 

「――それは、()()()()

 

 否定した。

 決定的に、僕は嫉妬龍の破滅を否定した。

 

 僕の答えは、嫉妬龍の破滅でもなければ、世界の破滅でもない。

 

「僕は、終わらせに来たんだ」

 

「――何を!」

 

 

()()()を」

 

 

 そう言って、剣を抜いた。二刀の剣は変わらずに、僕に二重の力を与える。――だからこそ、わかる。この場において、()()()()()()()()()だ。

 何よりも、彼女を滅ぼすことが、世界にとっての解決策だとしきりに()()()は叫んでいる。

 

 解っている。

 

 知っている。

 

 だから言ってやる。

 

 

 ()()()()()()()

 

 

 僕の答えは、お前にとっての最善でもなければ、救いをもとめてない相手への、自己満足の救いでもない。

 

「……やれるものなら!」

 

 嫉妬龍が構え、

 

 僕もまた、踏み込む。

 

 僕の答えは、()()()ではない。しかし、求める結果はそう変わらない。では、どうするか。僕は如何に彼女へ答えを突きつけるのか。

 

「――やってみなさいよ!」

 

 飛び込んでくる嫉妬龍に、

 

「僕は――すべてを終わらせる! この戦いを、世界が納得のいく形で、そして同時に」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もとより、二重概念と単なる嫉妬龍では、そのスペック差は明らかだ。

 

 そして、叫んだ。

 

 振り返り、今にも泣き出しそうな少女へと。

 

 見慣れた――けれども、そんな顔からはありえない、絶望に満ちた彼女へと。

 

 

「君が納得のいく形で、君を終わらせる!!」

 

 

 既に罪を背負ってしまった少女へ、敗因(ぼく)が取る選択は、

 

 ()()

 

 ()()の終わりを、誰もが納得のいく形で、決着をつけることだった。



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155.アタシの全部をアンタにあげる。

 ――戦闘は、一方的に片がついた。

 たとえ星衣物で強化されていようが、復活液によるゴリ押しが許されたとはいえ、当時の僕が単独で相打ちに持っていける嫉妬龍に、今の僕が敗北する理由はなく。

 その後の第二形態に関しても、何ら問題なく対処することができた。

 

 問題は第二形態の生成に嫉妬龍が巻き込まれないかどうか、だったが。僕が第一形態に完勝した時点で諦めたのか、こちらの救出を拒むことなく、彼女はそれを黙って受け入れていた。

 

 そして、今。

 

 完全に第二形態――嫉妬ノ坩堝を破壊し、僕は崩れていくそれを眺めていた。

 

「……本当に、倒しちゃった」

 

「まぁ、ズルはしているのもあるしね」

 

 ――この時代に、二重概念はズルとしかいいようのない代物だろう。たった一人で本気の大罪龍すら問題なく倒すことのできる戦力。

 ここが可能性の世界で、現実でないという状況でなければ、もはや僕は新たな大罪龍とすら言えるだろう。

 

「ともかく。――嫉妬龍、ここを移動しよう」

 

「……これから、どうするのよ」

 

 僕の言葉に、彼女は従順であると言えた。それは、僕の強さがあまりにも場違いで、これを夢だと思っているかのようで。

 もしくは、彼女の中にあるであろうフィーが、この状況を受け入れているからか。

 

「だから、全部終わりにするんだよ、これまでのことを、君の後悔まで含めて水に流すのさ」

 

 その言葉に、夢見心地な嫉妬龍は、一瞬希望を覚えたようだ。

 しかし、すぐにそれをただの夢だと判じたのか、叫ぶ。

 

「無理よ! アタシがこれまでしてきたことは、決して許されることじゃない! アタシがされたことも! あいつらにしてきたことも!!」

 

「――それは、少し違うかな」

 

 嫉妬龍はこれまで、多くのものを傷つけて、そして傷つけられてきたことだろう。だから、傷つけた相手を彼女は許せず、傷つけた相手は彼女を許せない。

 

 そう、そのはずだ。

 ――それが、彼女から始まった物語であれば。

 

 その時、

 

 

 遠くから、足音が聞こえた。数は複数。

 

 

 この場に現れる複数の足音など、誰のものかは考えるまでもないだろう。クロスオーバー・ドメインの主人公とその仲間たち。

 僕が振り返ればそこに、――確かに彼らはいた。

 

 ()()()()()()()()使()()

 

 フードを深く被った概念使いには、強い覚悟が伺えた。表情の読めないフードの奥に、たしかにそれは存在していたのだ。

 

 それが、僕と視線をぶつけ合う。

 

「…………」

 

 困惑が生まれた。あちらが僕の存在に困惑している。そして何より、()()()()()()()()()()()()()()()()この遺跡の核とも呼べる存在が、既に破壊され、残骸があたりに転がっている。

 まったく想像もしていない事態だろう。これがゲームなら、僕は何だそりゃと困惑とともに一度コントローラーを放り投げるところだ。

 

 ともあれ、今はこの状況に変化をもたらせるのは僕しかいない。嫉妬龍も困惑し、概念使いたちもどうすればいいかわからないこの場で、

 

 そもそも、可能性の世界は、僕かフィー以外に可能性が操作されない限り、決められた通りに動く劇場の世界でしかない。

 

 だから、僕は嫉妬龍の手を掴み。

 

「――!」

 

 驚愕する彼女をつれて、困惑する概念使いたちの横をすり抜ける。

 嫉妬龍の視線が痛い。流石にそんなことをすれば見咎められるだろうと、そう思っているのだろう。しかし、そうではない。

 

 僕らが横をすり抜ける間、彼らは動けなかった。

 目の前の状況に対する困惑が勝ったのだ。

 

 何故なら彼らは()()()()()()()()()()のだから。

 

 そして、僕はそのまま、彼らの横を通り過ぎた。ローブの概念使いが、主人公が横を通り過ぎる時、僕を見た。その視線は、困惑が強かったものの、その奥にあるのは――

 

 ()()

 

 彼らは、この戦いが終わったことに安堵していた。

 僕はそれを確かめると、少しだけ歩く速度を上げて、彼女とともに、この場を抜け出すのだった。

 

 

 ◆

 

 

「ど、うして! ――どうして何も言わないのよ!?」

 

 困惑は、嫉妬龍もまた、そうだ。

 あの場において、彼女は渦中の一人であり、何よりこの状況を理解できない当事者だろう。故に、僕は語る。

 

「――彼らの戦いの目的が、君じゃないからだよ」

 

「アタシじゃ……ない?」

 

 それは、考えてもみれば当たり前のことだ。だって、この物語が始まった時、彼らは嫉妬龍の存在をそもそもきちんと知っていたわけじゃないのだから。

 嫉妬龍を倒すために、戦いを始めたわけじゃないのだから。

 

 つまり、

 

 

「彼らの目的は、戦いを終わらせることだ」

 

 

「――あ」

 

 そもそもからして、彼らの最初の敵は帝国だ。世界を席巻し、弱者を蹂躙する概念使いたちの国に、横暴に立ち向かうために行動を開始した。

 その最中に、様々な行き違いから嫉妬龍と敵対したのがこの状況の原因で、彼らにとって嫉妬龍は止めなくてはならない障害の一つでしかない。

 

「たとえ、彼らにとって、君が大切な人の仇だとしても」

 

「…………」

 

()()()()()()()()()()()()()んだ。理由は様々だが、何よりも――戦わずに済むなら、彼らは目的を達成できるから」

 

 戦いが終わってしまえば、彼らに戦う理由はない。だから、言えることは唯一つ。

 

「疲れているんだ。君がそうであるように、彼らもこの戦いに疲れている」

 

「だから……見送った?」

 

 そうだ、と肯定する。

 これが現実ならば、僕の存在を警戒し、そこに言及があるだろうが、ここはあくまで可能性の世界。必要なのは可能性の結果であり、過程に関して必要でないものは省略される。

 僕を警戒してのひと悶着は、最終的にただの遠回りでしかないからな。

 

 結局どうあれ、僕が行動を起こした時点で、この結果に落ち着くのだ。

 

「――戦う理由なんて、基本的には二つしかない。復讐か、使命か。――彼らは使命で戦いを始めた。だから、その使命が果たされたなら、彼らはそれでいいんだよ」

 

 僕がしたことは、この事態に終止符を打つことだ。現状、このタイミングならば既に帝国は崩壊していて、嫉妬龍を討伐しなければならないのも、彼女が危険だから。

 最後に残った大仕事でしかないなら、それは誰が終わらせてもいい。

 

 彼らがそうしなくてはならなかったのは、彼らには使命があって、そして嫉妬龍を止められるのが彼らしかこの時代にはいなかったからだ。

 

 これが、僕なりの終わってしまった後への対応。結局は、状況に合わせてその場その場での最善の対応をする、という言ってしまえば場当たり的なものだが、ともかく方針はしめした。

 

 僕がこの世界でやるべきことは、これで終了のはずだ。

 

 後は――

 

 

「じゃあ、アンタは()()()をどうやって終わらせるのよ?」

 

 

 ふと、声音に変化があった。

 困惑から、こちらを見定めるものへ、そして何より、彼女は自分を嫉妬龍と呼んだ、まるで他人事のように。つまり――

 

「簡単なことだよ、()()()

 

「あら、一瞬で解っちゃうのね」

 

 ――彼女は嫉妬龍ではなく、フィーだ。

 既に、嫉妬龍にこの場を任せる必要はないと判断したのだろう、僕のよく知る彼女が、表に出てきたのだ。――僕と嫉妬龍の会話は、真横で聞いていたはずである。

 

「……羨ましいわ、アタシもまたあんなふうにアンタに声をかけてもらいたい」

 

「自分にまで嫉妬するのか……」

 

 まぁ、フィーらしいっちゃらしいけど。

 なんというか――何一つ様子が変わっていなかった。()()()()()()を追体験しているはずなのに。

 

「それに、()()()()()を経験するくらいなら、僕は君に幸せでいてほしいよ」

 

「な、何言ってるのよ! とにかく、まぁ、それも理由があるけど――ちょっとややこしいし、言いにくいことだから、先にアンタの答えを聞かせて」

 

「……解った」

 

 ややこしい、というのが引っかかったけど、まぁ言いにくいというのは確かにそのとおりだ。僕もそこにずけずけと踏み込むほどデリカシーがないわけではない。

 

「嫉妬龍を色欲龍の元へ連れて行く」

 

「匿わせるってこと? それ、結局最終的に火種が残らない? 第一、アタシがエクスタシアを受け入れないわ」

 

 だって嫉妬しちゃうから、とフィーは言う。

 どこまで行っても、嫉妬龍は嫉妬龍だ。今のフィーが周りと良好に関係を築けているのは、フィーの嫉妬がちょっとしたもので収まっているからで――嫉妬する原因が、師匠の横恋慕くらいしかないからだ。

 しかし、世界に絶望し、憎悪し、嫉妬するこの時代の嫉妬龍に、それを求めるのは辛いだろう。

 

 たとえそれが色欲龍のものだとしても、救いの手は施しと変わらない。

 

 もう、彼女にやすらぎを与えてくれる人は、残念ながら存在しないのだ。

 

「だから、()()()()()()()。嫉妬龍を色欲龍のもとへ連れて行くのには、色欲龍に対する一つのケジメという意味もあるけど――()()()()()()()()()()()()()()からだ」

 

「どういうことよ」

 

 その問には、端的に、僕の目的を一言で答えよう。

 つまり、

 

 

「嫉妬龍の権能で、色欲龍の中に眠る影欲龍を目覚めさせ、その能力で嫉妬龍を色欲龍に取り込ませる」

 

 

「……ってことは、いずれエクスタシアは、()()()()()()()()()?」

 

「そういうこと」

 

 色欲龍が嫉妬龍を取り込むことで、()()()()()()()()()()()()()()。そして、色欲龍の誕生の権能で、いずれまた新たな生を得るのだ。

 その時、生まれ方はある程度選ぶことができるだろう。

 

「記憶を失い、魂だけを転生させるか。記憶を引き継いだ他人を生み出すか、そのまま転生させるか」

 

「……どれを選ぶかは、アタシ次第、か」

 

 でもって、色欲龍、ひいては世界次第でもある。

 一度時間を置いて、誰もが納得できる形を選ぶ、それが僕の結論だった。

 

「君だったら、どういう選択肢を選ぶ?」

 

「アタシ? ……とりあえず、嫉妬龍は魂だけを転生させることを選ぶと思う。そうしなきゃ自分を許せないし、他人になっちゃうのは、エクスタシアが可愛そうだし」

 

 そうして、答えを出したことで、この可能性の世界は役目を終えた。すべての可能性を提示しきったことで、後は可能性の海に消えるだけだ。

 ゆっくりと崩れ落ちていく世界の中で、彼女は僕を見た。

 

 ――その姿が、いつもの彼女の姿へと変わる。色欲たちを取り込み、力を得た、今のフィーとしての龍人形態。

 クロスオーバー・ドメインの嫉妬龍とは違う、と言いたいのだろうか。

 

「でも、アタシだったら――」

 

 そして、

 

 少し考える様子をみせてから、フィーはまっすぐこちらを見て――

 

 

 僕に、口づけをした。

 

 

「――――!」

 

 思わず、目を見開く。

 完全な不意打ちだった。

 

 そして、それは――

 

「――アタシは、アンタのところにたどり着くまで、待ち続ける。何があったって、()()()()()()()()()。アタシがどうなったとしても」

 

「……」

 

 

()()()()()()()、アタシは大丈夫なんだから」

 

 

 ――それは、彼女とのはじめての口づけ。

 キラキラと、華やぐようにきれいな笑みを浮かべる少女は、それはもう可憐で、視線を釘付けにされて、僕は、

 

 

「――アタシのあげられるもの、全部アンタにあげるから、アンタはアタシに、アンタの大切をちょうだい?」

 

 

 かなわないな、と肩をすくめる他はない。

 

「……ああ、なんだって言ってくれ、フィー」

 

 ――こうして。

 可能性の世界で、僕が出さなければいけなかった答えの一つ。嫉妬龍への選択は、終わりを告げた。

 

 

 しかし、

 

 

 ――直後、フィーから語られた事実は、僕を驚愕させるには十分なもので、

 そしてここでのやりとりは、()()()()()()()()()()()()()のだと、認識させるに足り得るものだった。



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156.紫電のルエを討伐せよ。

 ――そして、僕は師匠の可能性へと歩を進める。

 フィーは言っていた。

 

「あのね、アタシ――本来の歴史で自分がどういう目にあったのか、追体験したわ」

 

 少しだけ、嫌そうに。

 けれども、僕がそばにいることで、不安はない様子だった。

 

「でもね、()()()()()()はされなかったのよ。体験から、意図的に排されていたような感じだった」

 

 そして、言いにくそうに、けれどもそこは安心してほしいと僕に言うように。

 

「……アンタはボカしてたけど、いくらなんでもアタシだってわかるわよ。アタシが捕まったら、誰だってそうするでしょうから。ルエは……気づいてなかったみたいだけど」

 

 こちらの気遣いは、本当に気遣いでしかなかったということか。僕は苦笑する――ともあれ、それは本題ではない。ようするに、そういうことが問題なのではなく、そういうことを()()()()()()()ほうが問題なのだ。

 それをしたのが誰か。

 

 言うまでもなく、マーキナーだ。

 

「……マーキナーが、そういった行為を嫌ったのか?」

 

「たぶんね。……考えてもみなさいよ、あいつ、本来性別なんて選ばなくてもいいのに、女であることを選んだのよ。本能的に、そういったことには嫌悪感があるんでしょ」

 

 流石にそれが理由ではないだろうが、ともかくマーキナーのパーソナリティで、()()()()()()()は間違いなく意味があるのだ。

 

「――ねぇ、ルエの可能性って、どうなると思う?」

 

「強欲龍が父を殺す直前とか、直後に到着する?」

 

 師匠の場合、たとえ後悔していないと口で言っても、心の底では絶対に後悔を抱えたままなのだ。どれだけ周囲に癒やされたとしても、それが完全に消えることはない。

 フィーは言った。たとえどんな目にあったとしても、最後に僕のもとにいれればそれでいい。

 

 そんなフィーと、師匠は根底が違うのだ。

 

「……確かに普通ならそうかもしれないけど、この可能性は、お父様が介入してるのよ」

 

 しかし、フィーはそうではないだろうと言う。

 確かにそうだ。

 

 フィーに対して配慮があったように、()()()()()()()()()()()()()()()()ことは大いに考えられる。そう納得した上で、

 

 

 しかし結果は、()()を遥かに越えるものとなった。

 

 

 ◆

 

 

 ――そこは、陣、と呼ぶべき場所だった。戦場で大将が居座る場所。周囲を概念使いたちが慌ただしく動き回り、そして中央に――シェルとミルカがいた。

 戦略を話し合うためか、地図が拡げられた机には、色々とコマが並べられ、あーでもないこーでもないと、彼らは議論を続けていたようである。

 

 それが、終わりをつげたタイミングだった。

 

 いよいよすべての戦略、戦術が固まって、それを皆で共有する段階。僕はシェルを囲む概念使いの輪に加わって、それを聞いていた。

 

「明日。すべての雌雄を決する戦いになる。――各自、ゆっくりと休養を取ってくれ」

 

 その声は、何も変わるものではない。

 いつものシェルの声だ。そりゃあ、演説ということもあってか、明らかに声に力ははいっているけれども、そうそう変化があるものではない。

 

 しかし、

 

 直後、彼の口から――信じられない言葉が出た。

 

 

()()()()()()()()()、この戦いにケリをつける」

 

 

 ――それは、考えても見なかった可能性。

 そもそも世界が、()()()()()()()()()()()と前提が違う可能性。

 

 見れば、周囲にフィーの姿はない。

 

 確かめてみれば、アタリマエのことだった。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 

 ――夜、僕は一人で静まり返った戦陣を眺めていた。いよいよ明日が決戦ということもあり、見張り以外に出歩くものはいない。

 僕はその唯一の例外だ。

 

 なにせ、情報を集めるのに手間取ってしまったから。

 

 ともかくまとめると、この世界は()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()らしい。そのうえで、()()使()()()()()()()()()()()()もまた出現した。

 結果どうなるか、この世界で概念使いは()()()()()()()()を受けている。

 

 本来の歴史でも、概念使いは排他される存在ではあったが、大罪龍という共通の敵から身を守るため、唯一の旗頭として活躍する下地があった。

 しかしこの世界ではそういった脅威も存在せず、魔物は概念使いと同様に衣物で傷つけることができる。概念使いが人を守る必要がないのだ。

 

 すると、どうなるかは言うまでもないだろう。概念使いこそが、今は世界の敵そのものなのである。

 

 如何に概念使いが強大といえど、数に勝てるものではない。虐げられ、否定され続けてきた。しかし、それがこの年月の中で少しずつ概念使いは数を増やし、不満を募らせ、爆発させる瞬間を待ち続けてきた。

 そしてそれが成ったのが、今から少し前のこと。

 

 世界を概念使いの支配下に。そう理念を掲げ、世界に対して宣戦布告した概念使いたちがいた。彼らは破竹の勢いで勝利を重ね、彼らのもとに概念使いが集まって、そしていよいよもって、世界を支配する直前までたどり着いたそうだ。

 

 しかし、同じ概念使いの中からも、その横暴を否定するものが現れた。結果、概念使い同士での内輪もめが発生し、今に至る。

 

 ――そのうち、概念使いの支配に反発する集団の長がシェルとミルカであり、概念使いが世界を支配しようとする集団の長が――

 

 ――紫電のルエ、つまり師匠だということだ。

 

 なんというか、いつの間にか流されて、その立場に祭り上げられる師匠の姿が目に浮かぶようだ。絶対に断れないし、断らない。

 そうこうしているうちに止まれなくなって、きっと今も後悔の真っ只中だろう。

 

 特に僕がこちら側にいるということは――

 

 

「――敗因、どうしたんだこんな時間に」

 

 

 ――思考を巡らせていると、ふと声をかけられた。この声は――よく知っている。

 

「そっちこそ、どうしたんだ。――シェル」

 

 剛鉄のシェル。本来の歴史でも見知った概念使いのものだった。

 

「俺は巡回だ。そういう予定だっただろう。そっちは理由もないのに外に出て、眠れないのか?」

 

「そういうわけじゃないけど、まぁ気分転換にな」

 

「……今は休め、気分転換をしてどうにかなるものじゃないだろ」

 

 シェルの言うことは最もだが、そもそもからして僕は部外者だ。この可能性の中で、僕は敗因としては行動できない。

 そんな僕の様子を見かねてか、シェルが隣に腰掛けて、僕と同じように陣を眺めた。

 

「……紫電のルエのことか。彼女に助けられたことが、あったんだよな」

 

 どうやら、この世界での僕と師匠の出会いはそう違うものではないらしく、川で溺れていたところを、彼女が放っておけなかったようだ。

 最大の違いは、彼女は僕の師匠にはならず、僕と師匠は最終的に敵対することに成る、という点だが。

 

「俺は……そうではないが、クロスの父上、ラインというのだが、彼も紫電のルエに助けられたことがあるそうだ。彼女は大陸最強の概念使い、そう珍しいことでもないのだろう」

 

 ――クロスの父の名前として、ラインの名が挙げられた。

 それは、結局の所、この世界も僕らの世界とそう違わない歴史をたどっているということだろう。この戦いは、敗北の戦いだ。

 

 この戦いに僕たちが勝利しても、世界は何も変わらない。しかし、師匠たちが勝利してしまえば、世界は間違いなくマイナスに傾く。そんな戦いだ。

 敗北者たちの物語なのだから、当然のことだが――おそらく、この世界では僕が師匠を討伐し、その後シェルとミルカは子を設ける。

 そして、何らかの形で死を迎え――2人の子供が、世界を変える英雄に成るのだ。

 

 不思議なほど、可能性は集束していた。これもマーキナーの介入によるものだろうか。いやそもそも、大罪龍が存在しないこと事態が彼女の介入そのものだ。

 その上で、歴史は大筋を違えど、方向性は同じ場所へと向かっている。

 

 ――きっと、大きな大きな流れの中で、最終的に世界の器は生まれて、マーキナーを討伐するのだろう。この世界で見られる可能性も、それを多分に示唆していた。

 

「紫電のルエは決して悪人ではない。それは俺もよく解っている。だがな、彼女はこの暴走を止められなかった。どころか、背中を押してしまったのだ」

 

「……」

 

「止められなくなってしまった彼女は、俺たちが止めるしかないんだよ。たとえ敗因に彼女への恩があったとしても、こちら側についた以上、()()()()()()()()()という形で返すんだ」

 

「……解ってるさ」

 

 心ここにあらず。

 考えることは多い、シェルとの話は情報を知る上でとても大事だが、今はそれ以外のことだ。

 

 師匠のこと……でもない、師匠に関しては、これからどうにかすればいい。今僕が考えているのは、師匠ではなく()()()()()()()()だ。

 

 マーキナーはこれを僕にみせてどうしようというのだ?

 ……考えはある。想像はできる。マーキナーがどういった経緯でああなったのか、流石にそろそろ予想もついてきた頃だ。

 しかし、それとこれになんの関係がある。

 

 自分の置かれた状況を気付かせたいのか、何か別の意図があるのか。

 

 フィーの時は、嫉妬龍の置かれている状況を、マーキナーに置き換えればなんとなくわかる。()()()()()()()()()()()()()()()()を通して、僕の考えを見ていたのだろう。

 結果は、ああいうものだった。可能性が解け、霧散したことは正解を表していたのか、まだそれはわからないが――何にせよ、この時代、この世界でもまた、変化は起きている。

 

「……もしも師匠……ああいや、紫電のルエにそういった可能性を押し付けるやつがいたとして、そいつは何を考えてるんだろうな」

 

「嗜虐……ではないのか?」

 

「そうではない……と思うんだ。人一人の人生を自由に操れるやつがいたとして、だったらもっと直接的に不幸に叩き込めばいい。紫電のルエの人間性なんて、そうそう変わるものではないのだから」

 

 筋金入りのお人好しで、気にしい。

 いろいろなことを引きずりすぎる彼女の性格は生来のもので、変えようと思って変えられるものではないだろう。

 

「だとすれば……そうだな」

 

 シェルは、あくまで真剣に僕の言葉を聞いてくれた。それが可能性の世界故か、彼の人間性故か――後者だろうな、とミルカとの仰々しいまでに鬱陶しいやり取りを見ていると思う。

 その上で、

 

 

()()というのはどうだろう」

 

 

「……義務?」

 

「そうだ。()()()()()()()()()()()からそうしている。ある意味それは、義務というより機能に近いかもしれないな」

 

「与えられた命令を、そのとおりに実行してるってことか」

 

 しかし、マーキナーは我の強い傍若無人な神だ、僕たちと直接相対した時であっても、それは変わらなかった。これはマーキナーの意思ではないのか?

 いや、()()()()()()()としたマーキナーの意思は本当だったはずだ。

 

 封印も同時に選択肢として考えていたとしても、

 

「……もう少し、ここで考えてみるよ、ありがとう付き合ってくれて」

 

「すぐに寝るんだぞ、あまり、明日に疲れを残すべきではない」

 

「ああ、大丈夫だ」

 

 そういって、シェルを見送る。

 

 ――さて、これで一人になった。

 

「そう、大丈夫だ」

 

 ――なにせ、僕はこれから、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 大変申し訳無いけれど、()()()()()として――この世界の師匠は救わせてもらうぞ。彼女だって、僕の大切な仲間なんだからな。



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157.僕という異物

「――それで」

 

 敵陣を強行突破して、それはもうすごい勢いで大立ち回りして、ほぼほぼ一人で師匠陣営を壊滅させた上で、僕は師匠の元までやってきた。

 理由は、

 

()()

 

「……なんだ」

 

 ここに()()がいるからだ。

 

「……っと失礼、この世界で師匠は僕の師匠ではないのでした。――それで師匠」

 

「…………謀ったなぁ!?」

 

 なんでこんなやり取りをしているかといえば、今僕の目の前にいるのは、この世界に飲み込まれた僕の世界の師匠が、目の前の紫電のルエの主導権を握っているからだ。

 つまり、師匠もまたこの世界の概念使いを止められなかったのである。

 

 この世界の自分の人生を追体験した上で、師匠はこの世界の紫電のルエの主導権を握ることが出来た。フィーの場合は主導権を握らずに見守るにとどめていたが、師匠は我慢できずに介入してしまったのだ。

 

 そして結果、この世界の自分の二の舞となった。

 

「それをごまかすために、この世界の自分のフリなんてしないでくださいよ」

 

「いやだって、バレたら君、私に散々なことを言うだろう?」

 

「言いますが?」

 

 ほらなー! と師匠は激昂した。

 いやだったら最後まで貫く努力をしてくださいよ。中途半端すぎるんですよ何から何まで、まぁ言いたいことはあるけれど――

 

「……そこまで言うこと無いじゃないか。私だって、したくもないことを体験させられて、大変だったんだぞ」

 

 そうやって拗ねる師匠の言い分もわかるので、口には出さないが。

 

「とにかく、行きますよ師匠。シェルたちがこの状況に気付いて、事態がややこしくなると困る」

 

 ――僕が夜に、さっさと師匠の元までやってきたのは、彼女と合流するためだ。師匠の手を借りて、行きたいところがあるのである。

 僕一人でもいけないことはないが、飛行能力のある師匠の手を借りたほうが、幾分話は早かった。

 

「――――やだ」

 

 しかし、

 

 

「いやだ! 私はここを離れないぞ!」

 

 

 ――師匠は、そんなことをいい出した。

 

「……何言ってるんですか、師匠」

 

「だってしょうがないだろ! ここにいる人達を見捨てられないんだから!」

 

「あくまで、可能性の世界での話ですよ!」

 

「だからこそだろ!!」

 

 師匠は、頑なにこの場を離れたくないと言い出す。まぁ、言いたいことは解らなくはない。この世界なら、()()()()()()()()()()()という思いはどうしても生まれる。

 

「少しでも、よくしようと思って、頑張ったんだ。……そりゃあ、ここにいる人達の中には乱暴で、私欲に塗れた人間もいるさ。でも、そうじゃない人だってたくさんいる」

 

 師匠は、僕がここに来るまでに張り倒してきた、自分の仲間である概念使いたちを見る。死屍累々の山に一瞬気圧されながら、すぐに僕の方へ向き直った。

 

「親を人間に殺された人がいた。魔物から人を守ろうとして、魔物ごと殺されかけた人もいた。人は彼らと敵対していて、私しか彼らを守れないんだ」

 

「それは、貴方を止めようと思っている人の中にだっていますよ。この世界の僕も、貴方に救われたんですから」

 

「だからこそ、私は私の手で、自分を止めるわけにはいかないんだ。――この世界の私は、自分じゃもう止まれない」

 

 そんなこと、師匠に言われなくたって解っている。

 師匠を雁字搦めにするものは、あまりにも多く、そもそも僕たちの世界ですら多い。この世界は今、師匠を中心に回っているのだから、なおさらだ。

 

「最初は自分の意思だったんだ。誰かを助けることも、頼られた誰かの助けになることも。すべてを無事に終わらせる方法だって考えた。でも、結局――私では無理だという結論に至った」

 

「何故です?」

 

「始めてしまったのが私だからさ。私欲だけで戦う者だけじゃなく、私を頼る者たちも、()()()()といったからやっているんだ。それをやらないと言ってしまえば――彼らは暴走するしかない」

 

 そうなれば、()()()()()()()()()()()の方なのだろう。彼らを守るためには、彼らの意思を汚さないためには、自分が船頭になり続けるしかない。

 だから――

 

「だから私は、せめて結末は概念使い同士のものに委ねることにした。人と争うのではなく、概念使い同士で、その意志の正しさを競うんだ」

 

「そのために、自分はあくまで機械のように、定められたルーチンを全うするんですか?」

 

「そうだ」

 

 ――僕は、師匠の言葉に引っかかりを覚えていた。

 師匠に対してではない、これは他人に対する既視感だ。この場にはない存在へ、どうしてもデジャヴュを覚えてしまうのである。

 ただ、まだそれがハッキリとはしなかった。

 

「……じゃあ師匠は、もし自分が負けたとしても、それで納得できるんですか」

 

「私は自分の役割を全うしているだけだからな。……ここまできたら、私個人の幸せなど、とうの昔に捨てるしかないだろう。だから、私は()()()()()()()()()()んだ」

 

「…………入れ込み過ぎですよ、師匠はこの可能性の世界を終わらせたら、僕たちとまた旅をするんです。師匠は幸せになってもいいんです」

 

()()()()()()()()()

 

 ――その言葉に、僕は静止した。

 口をつぐむ、何か、何かが師匠の言葉で想起される。幸せになれるのは僕たちだけで、()()()()()()()ではない。

 

「私が幸せになったとして、それは別の私に関係あるか? 君が私を救ったことで、君の知っている私は幸せになったのか? 君が幸せにしたのは、今ここにいる私なんだ。私以外の私じゃない!」

 

「……!」

 

 ――それは、

 同時に僕の中にも、楔のように打ち込まれた。

 

 そうだ。僕が救いたかったのは、ゲームの向こう側の師匠で、しかし僕が救ったのは、今ここにいる、僕だけの師匠だ。救われた時点で、その二つは別のものになってしまったんだ。

 

「私を救いたいのなら! 私だけを見てくれ! 他の誰かなんて心配するな! 逆も同じだ! ここにいる私を幸せにしたいなら! ()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

「――――師匠」

 

「……私は、自分で選んだんだ。この世界の私に、寄り添ってくれる人はいない。最後まで孤独に死を選ぶ。…………私だけが私の心をわかってやれる。だから、ここを離れたくないんだ」

 

 僕は、何も言えなかった。

 僕が選ぶ救いは、誰にとっても幸せな終わり方。だが、今ここにいる少女は、()()()()()()()()()()()()。だって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 不幸の中で、幸福を模索するのは人の在り方の典型だ。

 

 負けイベントをひっくり返したい。

 理不尽を覆したい。

 

 そんな思いで逆境に抗うことに、一体誰が否定できる。今の師匠は誰からも否定されなければならない存在だとしても、自分だけはそれを否定しなくてもいいのだ。

 

 だから、僕は、僕に言えることは――

 

「――可能性をつかみ取りましょう、師匠」

 

「……無理だ」

 

 希望の模索。()()()()を選び取る事。

 

「これ以上なんてない、この世界に希望はない。あるのは未来だ、礎になったと自分を納得させることでしか、私は私を幸せにできない!!」

 

「そんなものが、幸せだとは言わせません。この世界には未知が多すぎる。僕にはまだ、何かがあるように思えてならないんです」

 

「君お得意の、歴史の知識ってやつか。でも、それを知るにはあまりに時間がなさすぎる。明日には決戦だ。それを()()()()()()()()()のか?」

 

 僕は、それを

 

「――それは」

 

 言葉をつまらせて、しかし。

 

 

「できます」

 

 

 ――あ、と思い至った。

 

 そうだ、できる。今の僕は二重概念の敗因白光。この場にいるすべての概念使いを斬り伏せて、()()()()()()()()()ことは難しいことではない。

 

 思わず、先に言葉が飛び出していた。僕も師匠も、その言葉に呆けて驚いている。あまりにも、単純なことだった。

 

 僕は異物だ。正真正銘のイレギュラー、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。この世界の敗因は、あくまで敗因でしか無いが、僕は敗因白光なのだから。

 

「師匠」

 

「――なんだ」

 

 僕は手を差し出した。

 

 

「僕と二人で、この場から逃げ出しましょう」

 

 

「――――」

 

 一瞬、師匠は呆けて、そして怒り混じりで言葉を募らせる。

 

「無理だ! それで全てがひっくり返るものか! 投げ出してしまったら、彼らはどうなる!?」

 

()()()()()()()()()()んです、()()()()()()()()()()んです、だから、つまり――彼らには目的ができます」

 

 ――つまり、師匠は自分でやめたと放り投げたのではなく、僕のせいで放り投げなくてはならなくなったのだ。そうなれば、ここにいる、師匠を慕う人々も、自然とやるべきことは決まってくる。

 

()()()()()()()という目的があれば、彼らはそれに乗るはずです。そういう人を集めて、貴方は旗頭に成ったんでしょう!」

 

「――!!」

 

 この場に、敗因白光というありえない可能性が生まれたことで、それは可能になった。大陸最強を降し、連れ去ることのできる戦力を前に、彼らはそれに注力しないことはできない。

 

「それでは――! それでは君が世界を敵に回すことになる!」

 

「二十年、二十年もすれば、この世界は新たな変化を迎えます。それまで、僕は耐えればいいんです」

 

 その頃には、初代ドメインの主人公が成長し、旅を始めることになるだろう。彼は間違いなく変革を齎す、世界がそれを証明している。

 祝福しているのだ。

 

「二十年も世界の敵に成るなんて無茶だ!!」

 

「――できます。師匠は僕を誰だと思ってるんですか」

 

 そういって、僕は師匠の身体を抱きしめた。そのまま、足に力を込める。

 

「僕は、敗因にして、白光。あらゆる負けを覆し」

 

 師匠は、僕を見上げた。

 

「――そして、日の出を迎えさせてきた異物(イレギュラー)なんですよ」

 

 僕は師匠を見下ろして。

 

 

「それを僕は、僕の旅の中で、師匠にみせてきたはずです」

 

 

 そのまま、この場を飛び去った。

 

 

 ◆

 

 

 僕と師匠の間に言葉はない。今は、師匠の紫電で翼を生み出し、空を駆けている。あの場を飛び出してから、師匠は僕の言葉を否定しなくなった。

 観念した、とも言えるだろう。

 

「――ここに来る前に、嫉妬龍を止めてきました」

 

「……ああ」

 

「彼女は、不幸にも悲劇の渦中に放り込まれて、自分で自分を許せなくなっていた。世界に絶望していたんです」

 

 自分を許せないからこそ、自分を世界の敵にした。たとえ許せなかったとしても、彼女は嫉妬龍なのだから。嫉妬という信念を、崩すことはできないのだから。

 僕は、そんな彼女にすべてを終わらせることで救いをみせた。

 

 そして――この世界に飛ばされた。

 

「師匠は、自分の選択で止められなくなりました」

 

「……そうだね」

 

「そしてその上で、()()()()()()()です。それが、善意であれ、悪意であれ」

 

 悪意はない、と師匠は膨れる。だが、この場合は悪意というのは師匠のことではない。僕が言っているのは――

 

「これは、ある一つの存在にも同じことが言えます」

 

「……それは?」

 

 僕は答えなかった。

 答える暇が、なかったからだ。

 

 

「――つきましたね、傲慢龍の神殿……になるはずの場所です」

 

 

 それよりも早く、目的地についたから。

 ついでに言えば。

 

 

「――待ってたわよ、随分イチャイチャしてたみたいじゃない?」

 

 

 フィーが、その場にいたからだ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に、彼女は腰掛けていた。ニコニコと、怒り混じりの笑みを浮かべて。抱き合うこちらを、今にも焼き殺しそうな顔で見ていた。

 

「言い訳は?」

 

「すいません」

 

 さすがに、アレをされてから、即座に師匠の方に色々言うのは、僕が悪いので受け入れる。目の前に立つよう誘導され、ニコニコしながら今にも爆発するのではないかという風船を眺める気分で、沙汰を待つ。

 

 ――直後、全力でフィーにタックルされ、抱きつかれ、僕は階段を転げ落ちた。

 

「んーーーーーーー! んーーーーーーーーーー!!」

 

 そのまましばらく抱きつかれて、顔を擦り付けられる。師匠が羨ましそうに見ていたが、僕はつとめてフィーだけの方を見た。

 そんなことをしばらくしてから、

 

「――アンタも、気がついたみたいね」

 

 フィーは少し恥ずかしくなったのか、僕から離れて立ち上がり、髪をかきあげながらすまし顔で言った。

 

「……うん。この可能性の世界は、()()のことを表していたんだね」

 

 僕らは、階段を上がりながら、言葉を交わす。

 

 やはりフィーは、気がついていたんだ。()()()()()()()()のか。どうして彼女がそうなったのか。

 

「どういうことだ?」

 

 師匠は先程までの光景を完全にスルーするように決めたようで、こちらの会話になんでもなかったかのように割って入ってくる。

 多分一番スルーする要因になっているのは、自分が僕に抱きしめられていたのが恥ずかしいからだな。

 

 

「――私達の前に現れたお父様――機械仕掛けの概念は明らかにおかしかった」

 

 

 始まりはそこだった。

 いきなり僕の目の前に現れ、封印の危機を迎えた。しかし、それは彼女の狙い通りだった。彼女は封印されたかったのだ。

 

「逆に言えば、これは彼女が既に僕が封印の概念起源を使えることを知っていたってことになる。どこで? 僕と白光の二重概念なんて、ゲームでは絶対にありえなかったのに」

 

 だから、()()()()()()()があればよかったんだ。

 でも、僕たちの知識ではそれを知るタイミングがないから、僕はそれにたどり着けなかった。フィーがそれに思い至ったのは――

 

「――この世界には、アンタの知らない情報がいくつか存在している」

 

 それを、最も身近に感じたからだろう。

 暴食龍の狂愛、ゲームではなかった要素だ。しかし、ゲームでは語られなくとも、ありえなくはない塩梅のものだった。

 

 加えて、マーキナーの心情を察することのできる立場にあったフィーは、この場において限りなくマーキナーに近い存在だったと言えるだろう。

 

「それは()()だったのよ。この世界が、既にアンタの知ってる世界とは、幾分か違う世界になっている証明」

 

 そして何より、この世界。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()。ああそうだ、

 

 それではっきりした。

 

 

「――――マーキナーは、既に何度か敗北を経験している」

 

 

 ゲームの世界と、僕の世界は地続きではない。

 ()()()()()()()()()()んだ。それは――彼女にとって、変化を促すには十分だっただろう。

 

 そして、僕たちは階段を登りきり、――そこで変化を感じた。

 

 ここは、()()()()()()()()ではない。かといって、マーキナーの世界そのものでもない。

 

「……心象風景、か?」

 

 師匠が先程までの会話を聞いた上で、答えを出す。

 

 

 ――そこは、闇だった。なにもない、狭い狭い闇の中。

 

 

 モニターのように広がった、四角い窓の中にだけ、光が灯っていて。

 

 

「……やぁ、またせたかな、マーキナー」

 

 

 そこに、機械仕掛けの概念は――マーキナーは、ぽつんと一人で座っていた。



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158.308557393856485314

 塵芥と呼ばれる概念の意思が、()()()()に生まれ落ちたのは、僕たちの世界からみると、一万年ほど前になる。始まりは、それこそ世界には彼女しかいなかったのだ。

 そんな彼女は、世界に自分しかいない今、()()()()()()()()()()のだと思った。

 

 最初に始めたのは世界の創造だ。

 時間と、空間と、それから生命。三つの概念を集めて固め、自分という土台で括った。やがて眼下には、どこまでも広い、広い世界が広がっていて、彼女はその世界を、空から一人眺め続けた。

 

 ――その世界に手を出すことは許されなかった。

 

 世界がそうしたのだ。

 彼女はあくまで世界を作った創造者であり、そこに生命もなければ、時間も流れていない。空間には彼女という痕跡は存在していない。

 

 故に彼女は意思を持ちながら、存在の枠から逸脱した。逸脱してしまった。そのことに怒りを覚えた彼女は、自身のコマを作った。暇を慰めるために、怒りをぶつけるために。

 ウリア・スペルを作り、ガヴ・ヴィディアを作り、ミカ・アヴァリを作った。

 

 誰もが自身を称賛し、自身に忠誠を誓った。少しだけ、心のささくれが癒やされた。

 

 少女は最後にラファ・アークを作ろうとして、そんな時だった。

 

 

 世界に人と呼ばれる種族が生まれたのは。

 

 

 想像だにしないことだった。彼女は可能性を一つとしていじってはいない。偶然に偶然が重なって、そして生まれた奇跡だった。

 自分と同じ意思を持つ存在。それに興味を覚えた彼女は、ラファ・アーク――最後の一体に意思を与えた。それは未成熟で、完全ではなかったけれど。

 ラファ・アークだけは、四天の中で、()()()()()素質を持つ四天になった。

 

 この頃だった。()()()()()()姿()()()()()()()のは。

 

「羨ましかったんだ。少女は誰からも愛される。愛を無限に注がれて、少女は幸せそうだった」

 

 少女は誰からも愛されたかったのだ。

 しかしそれは素直なものでは決してなく、()()()()()()()()()()()()()()()という傲慢なもの。けれども少女にはその時、それが傲慢であることが解らなかった。

 

 だって世界は自分が作ったのだから。世界で人間が生きていけるのは、全て自分のおかげなのだから。()()()()()だと信じて疑わなかった。

 

 ――彼女のなかで、より一層、外界に関わりを持ちたいという欲求が強くなるのは必然だった。

 

 方法はいくらでもあった。どれも遠回りなものではあったが、選択肢自体はいくらでもあったのだ。なにせ彼女は、可能性を操る少女、可能性さえ知ってしまえば、彼女は概念の可能性を操って、思うがままに世界に影響を与えられた。

 

 とはいえ、条件はいくつかあった。

 一つは、最終的に自分の力を削ぐこと。万全に可能性を振るえた創造主は、自分の世界に降りるにあたって、無敵ではあるが、完全ではない存在に引きずり降ろされることになった。

 もう一つは、その方法が、外界の人間の手で行われるものでなければならないこと。

 

 いくつか方法を考えることは出来たのだが、どういうわけか()()()()()()()()()のあるものしか、この世界に影響を与えられなかったのだ。

 一方的に、ただ思うがままに蹂躙することは許されなかった。

 

 理由はきっと、少女が世界というジェネレーターを使って、この世界を生み出したからで、そんな世界が、この世界の支配者として生み出したのが、人間だったからだろう。

 少女は、壇上からそれを見下ろすだけの部外者。世界の主役は観客席で見ているだけのはずの人間で、それが少女には何から何まで気に入らなかった。

 

 人間という存在は愛していたが、世界という存在は、死ぬほど彼女にとって憎らしいものだったのだ。だから、彼女は人間の感情を使うことに決めた。

 

 この世で最も強い力を持つ七つの感情、これを彼女は()()と定義して、七典という衣物にまとめた。これが大罪龍の始まり、少女は四天を元に、自分の概念起源を元に、七つの龍を生み出した。

 

 色欲、エクスタシア。

 ――はじめに創造した大罪龍だった。龍としての姿もあるが、人としての姿を与えた。人に味方する龍として、――自分に愛を与える存在として、母をイメージして形作った。

 

 怠惰、スローシウス。

 次に作った龍だった。人は怠惰だ、少女にとって人の生は短すぎる。なのに人はその大半を怠惰に暮らす。少女が一番に目をつけた感情だった。

 

 憤怒、ラーシラウス。

 人々は争ってばかりだ。常に怒りを他人に向けて、憎悪と憤怒で当たり散らしている。こんなにも愚かな感情は、罪と言う他ないだろう。

 

 嫉妬、エンフィーリア。

 憤怒と並んで、人が争う大きな要因だ。女性の姿を与えたのは、今にして思えば、自分の中にそういった嫉妬の感情が強かったからかもしれない。――結果としてそれが不運を招いたときは、少女は激しくそのことを後悔したが。

 

 暴食、グラトニコス。

 貪り食らう、奪い取る側の感情だ。憤怒や嫉妬と比べれば数は少ないが、人の上に立つものは、不思議と暴食に囚われる。マーキナーにしてみれば、それは嘲笑の対象だった。故に暴食でありながら、無数という特性を与えた。

 

 ――ここまでで、五つ、少女は大罪を作った。

 そしてその上で、残る二つには特別な意味を与えた。他とは隔絶した力を与えた。――この二つの感情が、少女の中では特に大きいものだったから。

 

 強欲、グリードリヒ。

 目の前で、手の届かないショーケースを眺め続けてきた少女にとって、強欲はあって当たり前の感情だった。それに何より、少女が見てきた人の歴史で、強欲無きものはいずれも破滅した。強欲あるものに奪われる形で。

 

 そして、傲慢、プライドレム。

 傲慢とはすなわち強者の証。最強にして無敵の創造主たる自分は、傲慢であって当然だ。自分のような存在が卑屈では、世界そのものが卑屈に成ってしまう。

 強者とは、常に傲慢で無ければならない。少女の心の底からの結論だった。

 

 そうして生まれた大罪龍は、魔物とともに世界をしっちゃかめっちゃかに引っ掻き回した。最初のうちは、その蹂躙が愉快だった。

 人が決死の覚悟で反撃し、暴食龍を討伐したことも、少女は興奮しながら見守った。強欲が封印され、ついに傲慢が人類との直接対決を選んだ時、少女は最高潮に達していた。

 

 人類が自分の創造物へと意識を向けている。団結し、輝いている! 世界などという枷に頼らず、人間としての意地と根性で、傲慢龍を打ち倒そうとしている!

 そうだ、これこそが少女のもとめていたものだ。自分を模したと言っても良い傲慢が敗北することは業腹だが、人がそれだけ素晴らしいものを見せてくれたのだ。いずれ自分と対決するときに、きっとそれはもっともっと輝かしいものになっている!

 

 

 そう、思っていた。その時は、

 

 

 しかし、人類はどういうわけか、それから牛歩の如く歩みを遅くした。まるでそれで満足してしまったかのように、大罪龍を、魔物を脅威とみなさなく成った。

 

「ふざけるな、人類はボクの玩具だ。ボクが好きに遊ぶためのものだ! もっとボクに意識を向けろよ! ボクを脅威だとみなして立ち上がれよ!!」

 

 そんな思いをよそに、人々は数百年の怠惰を貪った。

 一万年という少女の生からすれば、それは短いが、けれども地獄のような数瞬だった。

 

 変化が起きたのは、嫉妬龍だった。嫉妬するしかない弱者として創造した彼女は、人々に食い物にされるように少女が力を削いだ。結果、人々は彼女を食い物にしたが――少女の想像を越えるほどに、人々は暴食だった。

 そのことに後悔を覚えながらも、嫉妬の最期は彼女の思い描いた通りになった。嫉妬龍が尊厳を奪われる可能性は否定しつつ、それ以外の部分は概ね満足のいく時代になった。

 

 それから、人が自由を謳歌するようになった時代は、少女も決して悪いものではなかった。世界を踏破し、人がその頂点に君臨し、世界を食い物にする様は、いっそ痛快だと言っても良い。

 そんな中で強欲龍が目を覚まし、彩ったことも少女を満足させるには十分だった。

 

 

 しかし、そこから人の歩みは更に遅いものになる。

 

 

 五百年、少女は待ちわびた。怠惰が滅び、しかし人類は少女との対決を遠ざけて、少女はさらにやきもきさせられた。こんなことなら、もっと早くに決着がつくよう、可能性を選ぶべきだった。

 そんな時、色欲龍が一人の子供を拾った。()()()()だ。その時が来たのだと少女は理解した。

 

 影欲龍が未来へと飛んで、四天の準備が整った時、満を持して少女は四天を世界に放った。人類と四天、どちらが勝利するか、少女は興奮とともに見守った。

 ――勝利したのは人類だった。

 

 傲慢が人類の味方をするのは意外と言えば意外だったが、構わない。自分が勝てばいいのだ。これまで、ずっとこの時を待ちわびてきた。人類にとっての歴史など、自分の恋い焦がれ続けてきた時間に比べれば塵も同然。

 

 勝利を確信し、彼女は戦いに臨み。

 

 

 ――そして敗北した。

 

 

 その時の醜態に関しては、この場では一度棚上げしよう。大事なのはここからだ。少女はたしかに敗北し、消滅した。消滅するはずだった。

 しかしその時に、少女はあるものにすがった。

 

 ()()だ。自分が生み出し、時間と空間と生命でもって運行される、世界というジェネレーターに、少女は最後の救いをもとめた。

 もはや余裕などどこにもなかったのだ。

 縋れるものがあれば、それでよかった。

 

 だってそうだろう?

 

 自分はまだ何もしていない。

 何もなせていない。()()()()()()()()()()()()()。もっとできることがあるはずだ、するべきことがあるはずだ。

 おかしいではないか、世界を作ったのは自分だというのに、自分が世界に拒絶されるなど。

 

 ――意外にも、世界はそれを許容した。これまで散々恨みつらみを募らせてきた相手の懇願を、まるで何も感じていないかのように受け取った。

 そもそも感じてはいないのだ。この世界で意思のある存在は、人間と、それから少女――そして彼女の作り出した衣物以外に存在しないのだから。

 

 世界は意思なくそれに答えた。そして、それに忠実に答えた結果、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――なんて、願ったんだ?」

 

 

「勝ちたい、と願った」

 

 

 長い長い昔話の末に、そう、ぽつりと吐露した彼女の答えに、全ては詰まっていいた。世界はその願いを叶え、別の可能性に彼女を導いた。

 そしてそこで――

 

 ()()()()()()のだ。

 

 だが、そこで話は終わらなかった。世界はただ彼女の懇願を叶え続ける。もう十分だと彼女が言っても、最初に受け付けた命令だけを忠実に。

 

 

「――3()0()8()5()5()7()3()9()3()8()5()6()4()8()5()3()1()4()

 

 

「……それは?」

 

 フィーが問う。答えは最初から、解っているのに、問いかけずには、いられなかった。

 

 

「これまでボクが、()()()()()()()だよ」

 

 

 封印を願うのも当然だ。

 敗北ではなく、封印ならば、彼女は永遠に眠ることができる。それくらいは、彼女に許される救いだろうと、誰もが思う。

 しかし、それは僕によって否定された。

 

 

「なぁ、敗因――ボクは、いったいどれだけ、負け続ければいい? 後何回、人類が僕を蹂躙するさまを、こうして見せつけられればいいんだ?」

 

 

 あまりにも弱々しい彼女の言葉は、

 

 

 世界の創造主、邪悪の化身たる機械仕掛けの概念にしては、あまりにもか細いもので――

 

 

 ――僕たちは、少しの間、それに答えることができないでいた。



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159.負けイベントに勝ちたかったんだ。

「――それでも、君はこれまでとは違うと、ボクは期待していたんだよ」

 

 マーキナーの言葉は、本当に心の底からの、切なるものだった。

 

「君は、誰よりも早くボクのもとまでたどり着いた。なにより、関わった者を誰も死なせなかったことは驚嘆に値する。手を伸ばせる範囲なら、何でも救える存在は、あまりにも貴重だ」

 

 ――眼の前のモニターでは、僕たちの旅の映像が、延々と、止まることなく流れ続けている。師匠に救われたこと、強欲龍を討伐したこと、リリスに出会い、フィーを救って、そしてここまで戦い続けた。

 

「随分と殊勝なことを言うんだな」

 

「……ここはボクの心の中だ。誰かを見下して、嘲笑うのはもう疲れた。いや……それだけじゃない。ボクは何もしたくないんだ。だからここには、何もない」

 

 この世界は虚無ではなかった。何も知らない無垢だから、こんなふうに何もない空間になっているわけではない。マーキナーの心象風景に、これ以上の変化はいらない。荒波は求められていないのだ。

 

 何もないという絶望、何も許されないと言う諦観。マーキナーはあまりにも疲弊し過ぎていた。

 

「最初のうちは感動があった。怒りも、憎悪もあった。より苛烈に人類を追い詰めたりもした。けどね、今ボクがああして邪悪に振る舞っているのは、そうしないと言葉が出てこないからなんだよ」

 

 今、目の前のマーキナーを見ればわかる。彼女には心がある。善意もわかれば、自分のしていることの罪だって自覚している。

 

 ここにいるのは無邪気で無垢で、ゆえに残酷な神ではない。世界に囚われ、拒絶され、戦うことも、意思を表に出すことすらも疲弊した、ただただ孤独な少女の姿だった。

 

「ねぇ、敗因。意思を言葉にするって、()()()()()()()()んだっけ?」

 

「……今、しているだろう。これが対話というやつだ。何より、君は僕に怒っていたはずだ。僕の行動が、君の期待に応えすぎたせいで」

 

 振り返った少女の顔にはクマができていて、僕は思わず息を呑んだ。

 ああそうだった、とまるで彼女は機能のように苦笑した。

 

 今の彼女に、言葉というものが理解できるだろうか。自分が何を話しているのか、今の彼女にはわかるだろうか。僕はその答えを持ち合わせてはいなかった。

 

「偶然、封印という概念起源を知った時、これが最後の希望だとボクは思った。眠り続けることができれば、ボクはもうそれでいい。やっと眠れると思ったんだ」

 

 その時は、そもそも封印は使う必要すらなかったから、次の可能性に期待することとなったのだけど、そこでも問題が発生した。

 

()()()()()()()()()()()()()。ボクに可能性を提示するのは世界の仕事で、ボクはその可能性の中で方法を模索するしかなかったんだ」

 

 だから待った。待ち続けた。ずっとずっと長い時間。数えることすら億劫になる時間を駆け抜けて、諦めて、絶望し続けて、そして僕がやってきた。

 

「初めは驚いたよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()、それを楽しんでいる誰かがいるなんて。そしてそれを楽しみ尽くした君が、その世界から()()()やってくる可能性だったなんて」

 

「……なんだって?」

 

 それは、初めて聞く情報だった。想像もしていなかった、何せ僕たちゲームのプレイヤーにとって、敗因とはプレイヤーの化身なのだから、それは間違いだったというのだろうか。

 

「たしかに敗因は君の化身だ。でも、正確にいえば敗因は君たちの世界から可能性に干渉を受けているだけの器だ。本当にこの世界にやってきたわけじゃない」

 

 プレイヤーの化身として敗因がこの世界に存在することと、僕が直接この世界にやってくるのでは話が違うということか。具体的にいえば、意識の有無。化身としての敗因はゲームプレイヤーである僕たちの影響を受けているだけで、本当にこの世界に僕たちがやってきたわけではない。

 しかし、僕は実際にこの世界にやってきて、行動している、ということか。

 

「初めは、期待なんてこれっぽっちもしていなかった。いくらなんでも敗因である君がボクの元へたどり着く可能性は皆無に等しかったし、そんな可能性、()()()()()()()()()()()()()とどこが違うんだと思っていた」

 

 それはまぁ、これまでの世界で敗因がここにたどり着いた例がない以上、当然のことなのだろう。

 

「けれど、君は傲慢龍を打倒し、ボクの元へたどり着く可能性を生み出した。あの時の感覚を、一体何と評すればいいのかなぁ、恋、とか?」

 

「あんですって?」

 

「おちつけ、相手はマーキナーだぞ!?」

 

 そこで反応するフィーを師匠が押し留めながら、苦笑するマーキナーを僕たちは見る。その様子すら、無理をしているのがありありと見て取れて、全員揃って口をつぐんだ。

 

「――けど、君はボクの想像を遥かに越えてしまった。勝てないと思っていた。ボクの可能性は否定できないと、思っていたのに、君はやりきってしまったわけだから――逆に、ボクは困ってしまったけどね」

 

 期待に応えすぎてしまったことで、僕たちはここまでたどり着いた。

 それを、マーキナーは困ったという。()()()()()()()()()()なのに。彼女の気性を考えれば、僕のしたことは、絶対に許せないことだったはずだ。

 

「特に驚いたなぁ、白光百夜と美貌のリリスの二重概念って、それもまたはじめて聞いたよ――あんな概念起源があったんだね、世界は広いや」

 

「それは――」

 

 僕は、それにどう答えたものか、少し戸惑った。ああ、今にしてみれば、あの一手はそりゃあマーキナーの手を止めるには十分だろう。

 自分があれほど焦がれて止まなかった無限の可能性に、そうそうに手を届かせてしまったのだから。

 

「――マーキナー、アンタはすごいよ」

 

 だから、僕はそう答えた。

 

「……どうして?」

 

「それを見た上で、()()()()()を冷静に打てたんだ。そこにどういった意図があれ、アンタの強さは本物だ」

 

「それも、()()()に負けるものでしかなかったけどね」

 

 そうやって、マーキナーはまた、視線を僕たちから外した。

 

 ――話はこれで終わり、ということだろう。

 マーキナーに何があったのか、マーキナーが何をしたかったのか。それを知るというここに来た上での目的を、僕たちはすべて果たした。

 だから、つまりマーキナーはこう言いたいのだ。

 

 ()()()()()()()()と。この先、待っているのは概念起源、最後のマーキナーとの対決だ。しかし、このマーキナーに意思はない。

 なにせ、最後のマーキナーは――

 

「――ねぇ、どうすんのよ」

 

 少し考えていたところを、フィーに呼びかけられる。師匠とフィーは、二人とも僕の方を見ていた。こういう時、最終的に意思決定をするのは僕の仕事だ。

 だが、この場合はどちらかというと――二人は僕に何かを期待しているように思えた。

 

「二人は、どうしたいですか?」

 

 なので、僕の方から問いかける。

 

「マーキナーは、この世界の邪悪そのものです。あらゆる災禍を生み出し、人々を傷つけてきた元凶です」

 

 そこは、絶対に忘れてはならないことだ。特に二人は、決して関係が遠すぎるということはない。

 

「……私にとって、仇の生みの親でもある」

 

 師匠は、胸の懐中時計を握りしめ、視線を鋭くして、ぽつりとつぶやいた。

 

「アタシなんて、最初から破滅するために生み出されたのよ」

 

 フィーは髪をかきあげて、やれやれと呆れ混じりにそういった。

 

「だったら、――どうしたいんですか?」

 

 そして、二人は、

 

 

()()()()

 

 

 ぴったり、まったく同じタイミングで、声を重ねた。

 苦笑する。そりゃそうだ、師匠は困っている眼の前の誰かを見捨てられない。フィーに至っては、既にマーキナーに共感してしまっている。

 

「――それは、許されないんじゃないかなぁ」

 

 そんな二人の言葉に、マーキナーが待ったを駆けた。

 

「誰がよ、アンタが世界の敵だなんて、そもそもこの世界の人間は誰も知らないのよ?」

 

()()さ。世界がボクの罪を知っている。だから世界に、ボクの罪に対する怨嗟がある限り、ボクはそれに呪われ続ける。何より、一度ボクが願ったことを、世界は変えようとしない」

 

「……なんだそれは、世界のほうがよっぽど機械的じゃないか」

 

 かもしれないね、と笑うマーキナーは、その上で僕たちの言葉は、ハッキリ強く否定していた。――これまで、世界に否定され続けてきたからこそ、マーキナーはそこだけは譲れないのだろう。

 

 譲ってしまえば、世界に殺され続ける自分を保てなくなるから。

 

 でも、なぁマーキナー。君はここに来るまでの、僕の行動を見てきただろう? 僕はこれまでどうしてきた? ()()()()()()()()()()()()()()()

 

「それは――」

 

 僕は、そっとマーキナーの側に立つ。

 

 

()()()()()()マーキナー、君は救われなくてはダメなんだ」

 

 

「そんな事――!」

 

「だって君は、この世界に災禍を齎すことでしか、外の世界にでることができないだろう?」

 

「……」

 

「――ここに閉じこもろうと、思ったことはないのかい?」

 

 

()()()()()()()()()()()。世界は、ボクが何もしなくても、ボクにたどり着くようにできてるんだ」

 

 

 ――だったら、

 

「だったらなおのこと、君は救われないとダメなんだ」

 

「そんなこと――!!」

 

 

「だって君が救われない限り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだぞ」

 

 

 ――――その時。

 師匠と、フィーがハッとするのが解った。

 マーキナーが、呆けた顔でこちらを見ている。

 

「ああ、君は確かに邪悪な性根で、その罰として無限の苦行を強いられているかもしれない」

 

 だから僕は力強く告げるのだ。君は確かに()()()()()()。だが、間違っているが故に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだと。

 フィーに対してもそうだった。

 師匠だってそうだ。

 

 僕は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。マーキナーという救われるべきではない、救わなくてはいけない少女を助ける理由を、

 

「だが、救われなければ、その苦行に()()()()()()()()()()()()()()()()()ことになる。それは、許容するべきではないと思う」

 

 ()()()()()()()()()()()

 それに――

 

「――君は、それだけじゃないだろう?」

 

「何がかな?」

 

「君が僕に怒りを覚える理由は、僕が封印を使わなかったからじゃない」

 

 そもそも、マーキナーは僕が封印を踏み越えたことに動揺していたけれど、僕に対して辛辣な言葉をなげるようになったのは、

 

 ()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 ――彼女の心を、知ろうとしたからだ。

 

 その上で、ここまでくればもはやわかりきっている、マーキナーの心を口にする。

 

「君は、僕の言葉を受け入れたくなかったんだ。同じ思いで、同じ信条で戦って、それでも勝てなかった自分と、勝ってしまった僕」

 

「やめろ――」

 

「つまり君は――」

 

「やめろ!!」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「やめてよ! ボクは、君のようにはなれなかったんだ!」

 

 立ち上がり、マーキナーは叫んでいた。

 

 

「ああ、ようやく。ようやく君の本音が聞けたな、マーキナー」

 

 

 さぁ、くすぶっている時間はもう終わりだ。

 マーキナー、君は救われる時が来た。

 

 心の中に積もり積もった思いのすべてを、僕にぶつける時が来た。

 

 

 ここからは、いつもどおりに、()()()()()()()()()()()()()こととしよう。



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160.世界

「――たとえ、君がそう願ったとしても! ボクがそれに答えるものか!!」

 

 マーキナーの言葉は彼女の今を端的に表すものだった。僕は答えない、ようやく引き出したマーキナーの本音、全て引き出して、それに応えなくてはならないのだ。

 時間はたっぷりあるわけだから、僕はじっくり彼女の言葉を聞き届ければいい。

 

「ボクはそんなことを望んで、この戦いを始めたわけじゃない!」

 

 マーキナーの原動力は、まだ何もしていないのに終わりたくない、こんなところで負けたくないという気持ち。それをひっくり返すために、マーキナーは勝利を望み、世界は勝つことだけをマーキナーに求めた。

 

「ボクは君以外の誰にも望まれてなんかいない! ボクは世界の敵なんだ! 負け続けることを世界に求められているんだ!」

 

 世界は負けろと言っている。マーキナーが敗北することで、世界はより良い方向に進む。たとえマーキナーが何もしなくとも、いずれは世界が人類をマーキナーの元へと誘導する。

 それを彼女は、嫌というほど見せつけられたのだ。今の彼女に、もはやそれをひっくり返す気力はない。

 

「全てを諦めてしまったそのあとに、ボクに残ったのはかつてのボクのエミュレートだった。善性に振る舞うことはもちろんできない。そもそも、自分が何を言っているのかも、正直定かではないんだから」

 

 そうして僕の目の前に現れたのは、僕のよく知るマーキナーだった。彼女に起きた変化以外は。

 結局、全て強欲龍の言う通りだった。今のマーキナーには何もない。奪うものも、彼女の中身も。

 

 ああそれは、つまり。

 

「だって誰も、正しいことを教えてなんてくれなかった! どうすればいいのか教えてくれなかった! 人は時に争うこともある!? ボクだって間違いじゃない!? じゃあどうすればいいんだよ!! 間違いじゃないボクは、いったい世界のどこにいるんだよ!!」

 

 

 マーキナーは、未だに正しい自分がわからないのだ。

 

 

 善も悪も、全ては意思が決めること。悪を貫くことは間違いじゃない。邪悪であることは正しくないわけではない。

 しかし、それを無知で赦すことはあってはならないことだ。

 

 彼女はそう責め立てられて、そうであることを()()()()()()()。もうとっくに、彼女は終わりを望んでいるのに。

 

「なぁ、どうしてなんだ? どうしてボクは終われない? あれから何度も世界に懇願し続けた。ボクを終わらせてくれと。世界もそれを望んでいるはずだろう!」

 

「……」

 

「ボクが間違っているのなら、ボクを間違いだと言って消してしまえよ! ボクが生きたいと望んだのは、何も知らなかったからだ! そんなボクに、一体誰が正しさを教えてくれるって言うんだよ!」

 

 ――心を知った少女は、心を知ったがゆえに自分がわからなくなった。善意も、悪意も、きちんと飲み込めたとしても、それを自分に当てはめることができなくなった。

 

 ()()()()()()()()()()のだ。

 

 もうここに、マーキナーと呼べる個人は、存在しているのかもわからない。

 

「だから、希望はそれしかなかったんだ」

 

 すがるように、冀うように、マーキナーは僕を見た。

 ()()

 彼女に残された最後の安らぎ、癒やし。ああでもしかし、

 

 

「――でも、ボクすら乗り越えてしまった今の君に、ボクと一緒に死んでくれとは、言えないよ」

 

 

 ――――それが、今の彼女の答えだったのだろう。

 やがて、その場にへたり込んで、地を見て、闇を見て。

 彼女は何も、言わなくなった。

 

「……なぁ、マーキナー。どうして世界は、君の願いを受け入れてくれないと思う?」

 

「わからない。ボクがこの世界の定義する生命ではないからかな?」

 

 ずっと疑問だったことがある。

 世界はマーキナーの願いに答えた。しかし、それは最初の命令を忠実に実行しているからだ――といっても、()()()()()()()()()()()()であるとも思えなかった。

 

 マーキナーは言う。自分は世界の言う生命ではない。

 

 生命とは、空間の中に身をおいて、時間と共に生命を育む。そんな存在のことを言う。マーキナーにはそれらがない。はじめから空間の外に身をおいていて、マーキナーの時間は無限。

 彼女は生命を創ることはできても育む能力は備わっていない。

 

 そんなマーキナーに、そもそも世界は答えない。

 

「……気の迷い、だったのかなぁ」

 

「それは――違うと思う」

 

 僕は、へたり込んだマーキナーと、視線を合わせた。腰を下ろして、正面から彼女を見た。――少女の顔は、今の自分の感情を、ありありと語っていた。

 

「なぁ、マーキナー。どうか思い出して欲しいんだ。敗北を重ねてきた回数すら覚えている君ならば、それは不可能じゃないだろう?」

 

「……」

 

「この世界に、()()()()()()()()()()()()?」

 

 だから僕は踏み込んだ。マーキナーは終わりを願っている。どうにかして、この状況から抜け出す方法をもとめている。

 だけれども、マーキナーは肝心なことを、口にしていない。

 

 それは、

 

「何って――人が世界を乗っ取ることが恨めしい、人に主役を明け渡すことが憎たらしい……そんなことじゃ、なかったかい?」

 

 

()()

 

 

 それは、違う。

 

「それは世界に人が生まれてからだ。もっと前に、あるだろう。()()()()()()()()()()、どうして世界を作ったんだ」

 

「あ――」

 

 そうして、

 

 ようやく彼女は思い出したのだ。

 

 その時彼女が、何を思っていたのか。

 

 ――今の自分が、どう思っていたのか。

 

 

「さみ、しい」

 

 

 ぽつり、とその言葉をつぶやいた時。

 

 

 少女はきっと、

 

 

 ――生まれてはじめて、涙を流したのだろう。

 

 

「寂しい、一人は嫌だ。ボクを一人にしないで」

 

「……マーキナー」

 

 師匠が、その様子にぽつりと彼女の名を呼んだ。そうすることしか、師匠には今、できないだろうけど。

 

「ボクだけ除け者にしないでよ。ボクを仲間外れに、しないでよ」

 

「…………」

 

 フィーもまた、同様だ。

 彼女たちは、様々な理由で一人になった存在だ。嫉妬が故に、誰かを好きになることができなかった少女。多くの失敗と、抱え込みすぎた荷物のせいで、動けなくなってしまった少女。

 

 ――一人ぼっちが集まって、世界を救うために戦った。

 

 そして今、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ああ、あああ! ううう、あああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 やがて、涙は大粒に、とめどなく流れ出し、止まらなくなった。

 これまで抱えてきた心の堰が崩壊し、溜め込み続けてきた孤独が、一斉に彼女の中から大合唱を開始する。

 

「――君に、君の正しいを教えることは、僕たちにはできない」

 

 そんな中で、僕は告げる。

 

「そもそも正しい自分なんてものを、確固たる確信を持って語れるやつが、世界にどれだけいるっていうんだ? 僕だって、自分が間違っているんじゃないかと思ったことはある」

 

 ――それは、そう。

 世界が僕に負けろと言った時、僕の正しさが問われた時、僕は悩んだ。答えを出せたのは、僕のやり方の正しさを問わず、ただ勝てと言ってくれた白光の存在があったからだろう。

 

「間違っていていいんだ。ただ一つ――自分の中で正しいと思えるものがあればいい」

 

「自分の中で、思えるもの?」

 

「ああ、そうだ。そしてそれも、今見つからなくたって問題ない。いつか見つければそれでいい。そして胸を張って叫ぶんだ、その信念を」

 

「敗因は――」

 

 その問いに、僕は笑みを浮かべて返した。

 そんなもの、問いかけるまでもないじゃないか、と。

 

 

()()()()()()()()()()()、それだけさ」

 

 

「――じゃ、じゃあ」

 

 マーキナーは、顔を上げた。

 泣きはらした上にクマに覆われたその顔はあまりにもぐしゃぐしゃで、可憐な少女の顔が台無しだったけれど、でも、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()、生きていた。

 

「いいの、かな。ボクも、そうやって――自分を探しても」

 

 その問いは、赦しを求めるかのようで、僕だけではなく、その場にいる全員に、問いかけているようだった。

 

 師匠が答える。

 

「――これまで、私のことを見てきたならわかるだろう。……たとえそれが親の仇だとしても、私は困っている人は放っておけない。その性分は、とことん変えられないんだ」

 

 フィーが答える。

 

「――アタシにみせられた可能性の中の嫉妬龍は言ってたわ。救われたアタシが妬ましい。けど、()()()()()()()()()ことこそが、終わってしまった自分にとって、唯一の救いになるって」

 

 そして、二人は。

 

「なにより」

 

 完全に、声をハモらせて。僕の隣に立ったのだ。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――それだけで、二人にとって、マーキナーは助けるに値する存在だと。

 

 二人は、そう言っていた。

 

「そういうことだ。マーキナー、たしかにあんたは負け続けたよ、けど、その敗北にも意味はあったんだ。僕という可能性を君は掴んだ」

 

 そして、僕は手を差し出して。

 

 言った。

 

 

「手を掴め、未来を掴めマーキナー! そうすれば! 僕は君の前に立ちはだかる、あらゆる理不尽の敗因になろう!」

 

 

 それを、マーキナーは見た。

 じっと、見つめて、僕を見上げて。

 

「……君はどこまでも気に入らなくて、いけすかない僕の負けイベントだと思っていた。でも、違ったんだ」

 

 そうして、マーキナーは手を伸ばし、

 

 

「君はボクの――希望だったんだね」

 

 

 ()()

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――え?」

 

「……ん?」

 

「なによ、これ」

 

 三人が、それぞれにその様子を眺める。

 ――彼女たちにとって、マーキナーにとってすら、それは予想だにしない光景だった。

 

 けれども、僕はそれが、すぐにピンときた。直感的なものだったから、偶然のようなものなのだけど、しかし。()()()()()()()()()()()()()()ではないか、とも思う。

 

 そして、

 

 

()()()()()()()?」

 

 

 無敵時間バグ。

 ――SBSと名付けたそれを、口にした瞬間。

 

 

 僕の中で、

 

 

「――あ」

 

 

 すべてがカチり、とハマった気がした。

 

 

 ――()()()()()()

 

 ()()()()()()()

 

 どうしてそれらが、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それは、

 

 

 つまり、

 

 

「あ、あああ……ああああ!? なに、なに、なんなのさ!? これ、これ、どういうこと!?」

 

 

 しかし、それを形にするよりも早く。

 

 

「マーキナー!」

 

 ――師匠が叫ぶ。

 

 今、マーキナーは僕たちの目の前で、粒子となって崩壊していた。

 

「……まずい、()()を受けてるんだ!」

 

 おかしいのだ。

 

 いくらなんでも、この世界にはじめて定められた命令だからって、()()()()()()()()()()()ことが。

 

 それも、

 

 これも、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「どういうことよ――!」

 

「マーキナー! こっちへこい! 行ってはダメだ!」

 

 すぅ、と息を吸う。

 

 ようやく、全ての線がつながった。

 

「はい、いん! 紫電……! 嫉妬龍!」

 

「フィーでいいわよ! お父様……っていうのも変だから、こっちも……もうちょっと可愛い名前で――えーと、あーっと」

 

 

「――()()()

 

 

 師匠が、そうポツリと呟く。

 

「これなら、女の子っぽくないか?」

 

「――――!!」

 

 それにマーキナー――()()()が目を見開いて、手をのばす。

 

 そう、呼ばれたことで。

 

 彼女の中で、何が芽生えたか。

 

 しかし、答えは口にすることすら許されず、僕たちの目の前で――

 

 

「たす、けて敗因……いや――――」

 

 

 マーキナーは、消失した。

 

 

「――これは、どういうことだ!」

 

「アンタなら、わかるんじゃないの!?」

 

 二人が僕を見る。

 僕は、答えた。

 

 

「――()()、ですよ」

 

 

「……バグ?」

 

「それって、アンタの飛び道具みたいな?」

 

「そうです」

 

 でもって、この場合のバグとは、もっと単純なものだ。

 どうしてもっと早く、その可能性に気付かなかったのかと思うほどに。

 

 

「この世界は、()()()()()()んです」

 

 

 ()()()の願いを、無理な形で叶えてしまったがために。

 

 

 それを、途方も無い時間叶え続けてしまったがために。

 

 

 世界は、やがて。

 

 

 ()()になった。

 

 

 ◆

 

 

 気がつけば、僕たちは機械仕掛けの概念と戦ったあの場所へ戻っていた。見れば、側には師匠とフィー。それから少し離れた場所に、リリスと百夜――いつの間にか戻ってきたのか、強欲龍の姿もあった。

 

「戻ってきたの!」

 

「なにあれ」

 

 リリスと百夜が僕たちのもとまで駆け寄って、問いかける。強欲龍は距離を置いたまま、しかし楽しげに叫んだ。

 

“オイオイオイなんだありゃぁ! 価値を作れと俺は言ったが、あんなごちそう想定以上だぜ!!”

 

「アンタ、ほんっとに変わらないわね!」

 

 フィーが突っ込みつつ、僕らもまた、それを見る。

 

 

 それは、龍だった。

 

 

「――機械仕掛けの概念の概念起源は、龍の形をしています。すべての大罪龍の祖。原典と言って差し障りないでしょう」

 

「それが、アレ?」

 

「……いや、なんか、一つの概念起源って域にとどまらない雰囲気してるんだけど」

 

 フィーが半信半疑なのも無理はない。

 それはそうだろう、なにせ、そいつは()()()()()

 

 僕たちの目の前に広がっているのは、龍のその巨大すぎる姿だった。

 

 年老いたような印象を抱く、シワとヒゲだらけの、一見すれば威厳のある龍が、しかし。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、話は変わってくる。

 

「あれは、概念起源であり、一つの概念でもあります。いや、三つが重なっているから、一つというのもおかしいか……でも、一言で表すこともできます」

 

 それは――端的に。

 ……いや、機械仕掛けの概念の概念起源から名をとって、そして何より、こいつこそが、ほんとうの意味で、()であることから、

 

 

世界(デウス)

 

 

 僕は、彼にそう名をつけた。

 

 そう、彼こそが、この世界の神。機械仕掛けに運行し、そしてバグによってその道を外れた機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)

 

 ……マキナ。君は僕になんと言おうとしたんだい?

 わからない。だけど、君の可能性はここまできたぞ。

 

 故に僕は躊躇うことなく君を救おう。

 

 だから、

 

 

「あれが――僕たちが、最後に倒すべき敵です」

 

 

 迷うことなく、僕は世界(デウス)に対して、喧嘩を売った。



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161.敗北者たちの叛逆

「――世界? なんだってそんなものがマキナの概念起源と一つに?」

 

 師匠が、僕に確かめるように問いかける。この辺りはややこしいので話してこなかったのだが、必要になった以上、かいつまんで話そう。

 

「まず、この世界は三つの概念をマキナが束ねることで成り立っている、という話はしたと思います」

 

「聞いたわね」

 

「なので当然ながら、マキナはその三つの概念と混ざり合っているんですよ。本来の概念起源では、この混ざりあった三つの概念の中にあるマキナの粒子を取り出して、形にします」

 

 つまり、世界というリソースから自分の力を引っ張り出してくるのだ。この世界に降り立つに辺り、力の大部分を削いだマキナだったが、そんなところに最後の力を隠していたわけだ。

 しかしこれが、世界のバグによっておかしな方向に歪んでしまった。

 

「ああして世界が現出している以上、おそらくは()()()()()()()のではないかと思います。主導権が入れ替わったともいいますが」

 

“つまりよォ、今はあの世界(デウス)ってやつがマーキナー……マキナだったか? そいつを操ってるってことかよ”

 

「その認識で正しい。マキナは今、あの龍の中に囚われていると思います。僕たちの眼の前から消えて、この世界から外に出られない以上、それ以外に考えられない」

 

 ――正直なところ、話をしている僕も半分以上は推測だ。こんな自体考えたこともなかった上に、情報も少ない。なにより()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 一つ言えることは――

 

 ――今、龍に起きている()()が、どうしようもなくまずいということだ。

 

「ねぇねぇ、さっきからあの世界さん、たまにザザザーってなってるの!」

 

「ノイズ」

 

 リリスと百夜が指摘するように、時折世界の姿がブレている。歪んでいる。ノイズが走っている。それはまるで、()()()()()()()()()()かのようで。

 いずれ、何かおかしな存在へ変質してしまうかのようで。

 

「……アレを放置すると、世界が自分を維持できなくなる……と僕は思う」

 

「断言できないの? アンタが?」

 

「こればっかりは、本当に何が起きているかわからないんだ。……ただ、原因ははっきりしていると思う」

 

 一つはマキナと世界の関係そのもの。

 願いを無理に叶え続ける世界と、それに囚われてしまったマキナ、これらが存在し続けるだけで、両者はともにバグを生み出し続けているのだろう。

 

「……でも、あれだけ膨大な数の可能性を繰り返して、今までそんなバグ、起きてこなかったのよ? どうして今になってこうなるのよ」

 

「きっかけがあったんだ。そして、そのきっかけも僕にはよくわかる」

 

 なにせ世界直々に、それをするなと僕は告げられたのだから。

 

 

()()()()()()()()()()()だ」

 

 

 世界は負けろと言っている。

 勝ってはいけない、という意味だったのだ。封印され、千年の時間を置くことで、なんとかバグが堰を切らないよう世界は僕に働きかけたのだろう。

 

“ってことはてめぇのせいじゃねぇかよ、敗因”

 

「そんなわけあるか! 負けを強要される理不尽にお前も陥ってみろ! 間違いなく同じ行動を取るだろ!」

 

“ケッ”

 

 師匠の言葉に、野次を飛ばした強欲が黙る。まったくもってその通りだったのだから、黙るしかないだろう。そのやり取りに少し苦笑して、それからもう一度世界(デウス)を見た。

 

「正直なところ、情報が少なすぎる。まずあいつが、どういったことをしてくるかすら、不透明なんだ。本来のマキナの概念起源と同じ動きをしてくれるなら楽なんだけどな」

 

「とりあえず、仕掛けてみる?」

 

「……向こうの出方を見る」

 

 百夜がウキウキで鎌を振り上げているが、一旦待ったをかける。

 なにせ、先程から結構話し込んでいる。これで世界がマキナと同じ動きをするならば、そろそろ――

 

“お――? ンだぁ、ありゃ”

 

「……なによ、アレ」

 

 スペックが純粋に高い大罪龍二体が同時に、何かに気がついたようだ。強欲龍は興味深そうに、フィーは驚いたように。

 ――その反応で、何となく僕も察しがついた。

 

「何が起きているんだ?」

 

「――来ますよ、戦闘準備です、師匠」

 

 剣を抜き放つ。

 

 ――――どこまで行っても、最後が()()であることに、変わりはないようだ。なんというか、因果というか、ここまで来るとしつこい、とも思うが、まぁそれは僕だけの感覚だろう。

 

 周囲が、少しずつそれに気がついて、驚愕と困惑に染まっていく。

 

「な、なのなのー!」

 

「おおー」

 

 リリスが焦ったように叫び、百夜は感心して目を見開く。

 

“ハッ、ハハハハ! こりゃあいいな!”

 

「言ってる場合か! どうすんのよ、あんなモノ!」

 

 強欲龍はたいそう満足げに、フィーはどうしたものかと天を仰いで。

 

「――あれが、最後の敵か」

 

「そうなりますね」

 

 師匠の問いかけに、僕はうなずいた。

 

 僕たちの視線の先に、()()は広がっていた。

 

 

 ()()()だ。

 

 

 ――数十、数百では足りない龍の波。すべてが粒子で構成された、機械仕掛けの概念最後の悪あがき。意思無きそれは、しかし世界(デウス)を相手にしても健在ということか。

 

 これこそが、ゲームにおいて、そしてこの世界においても、最後にたどり着く場所。

 

 幾千幾万の龍だった。

 

 これが、フィナーレ・ドメインで最後に対決する機械仕掛けの概念であり、僕たちが眼にする最後の敵の光景だ。

 

 そして、

 

 僕はそれが、()()()()()()()()()()()()()()()()ことを知っていた。

 

 この光景は、フィナーレ・ドメインのクライマックスを想起させると同時に、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()を意識させるものでもあった。

 

 

 ◆

 

 

 ――創作において、かつてのシーンを意識させる場面、というのは象徴的なタイミングで用いられる。ドメインシリーズで最も象徴的な場面は、間違いなく傲慢龍とのラストバトルだが、次いで印象に残ったと多くのプレイヤーが挙げるのが、この機械仕掛けの概念最終形態というわけだ。

 

 数百どころでは足りない、視界すべてを覆い尽くすほどの粒子の龍。

 対するは、人類から選りすぐられた精鋭たち。

 

 この最終形態では、物語の後半で各ドメインシリーズのメインキャラが集められたように、各作品のメインキャラたちが集合し、この龍に立ち向かう。

 

 そのさまは勝利を確信できる、非常に熱い演出で、プレイヤーは最高潮の中で戦いを進める。

 

 何よりも嬉しいのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()点だ。なにせ、他の四天は各シリーズのキャラを呼び出したが、初代ドメイン担当のウリア・スペルは白光と仲間たち、そして傲慢だけで討伐できてしまったのだから。

 かつてシリーズの第一作として世に生まれでて、人気を博した最後のピースが、ここに揃う。

 

 まさしく勝ち確というやつであり、プレイヤーにとっては特に印象に残るシーンだ。

 

 しかし、後にこの勝ち確シーンが、どうしようもない絶望を想起させることになるのだ。そう、ルーザーズ・ドメインではこのシーンが、絶対的な絶望を押し付ける、負けイベントとして演出される。

 

 ――ミルカを逃がすために残った敗因とシェル。押し寄せる無数の暴食兵。

 

 かつて、勝利を疑わなかったあのシーンが、敗北しか見えない負けイベントへとすり替わる。なんともふざけた話だ。

 

 何より、この負けイベントは()()()()()()()()()()()()()()()()()()類のもの。

 

 では、僕たちの場合は?

 

 勝利か、敗北か。

 

 

 ――それは、()()()()()()()ことだった。

 

 

「――“嫉妬ト色欲(フォーリング・エクスリア・カノン)”!」

 

“強欲裂波ァ!!”

 

 二対の熱線が、龍の波へ先じて放たれる。勢いよく叩き込まれたそれは、フィーのそれは一撃で龍を数体屠り、強欲龍の一撃は耐えられた。

 

“ケッ、概念化しなきゃ話にならねぇな”

 

「だが、二重概念や概念起源ならば、吹き飛ばすに問題はなさそうだ」

 

 ――一体一体は、大した戦力ではないことを確認する。記憶の中の粒子の龍と、耐久性はほとんど変わりはないようだ。少なくともコイツらに関して、バグの及ぶところはないらしい。

 

 とすると――

 

「でもでも、これだけの数だとどう考えても手が足りないのー!」

 

「獲物いっぱい。楽しみいっぱい。いっぱいすぎる……」

 

 ワクワクとしょんぼりを同時に表現する百夜に、リリスは大きく伸びをして、手が足りないというのを表現していた。

 

「とすると――やるしかないか」

 

「はい」

 

 師匠が、時の鍵――形見の懐中時計を握りしめ、僕を見た。それにうなずいて、僕と師匠は皆の方へと振り返る。もう時間がない、話すことは手短にすませなければならないだろう。

 

“んで、敗因――方法はあるんだろうな”

 

「あるさ。()()()()()()()使()()()()

 

 敗北者の叛逆(ルーザーズ・ドメイン)。僕たちが手に入れたシステムへの干渉権。これをもう一度使用することで、世界にアクセスするのだ。

 これは、ゲームにおいても使われた攻略法。

 

 ゲームではそれで、各時代の英雄たちに再訪を願った。一度目の時間跳躍は、様々な偶然が重なった結果、時の鍵が誤作動を起こしたことが原因だった。

 それを、今度は自分たちの意思で起こすのだ。

 

 奇跡から、希望へと。

 

 今という場所から、未来を掴むために過去へ手を伸ばしたのである。

 

 しかし。

 

“あァ? ――()()()()()()()()()()()()()()()()ってんだ。その世界ならともかく、ここに呼び出せるような概念使いはいねぇだろうがよ”

 

 ()()()()()()()()だった。

 ――本来の決着概念(フィナーレ・ドメイン)では、呼び出す相手は事欠かなかった。決着概念は人の歴史の集大成だ。人類が歩んできた歴史の中に、煌めく意思は無数にあって、それを呼び出すだけで構わなかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

「――そんなの」

 

 僕は、故に言った。

 

 

()()()()()()()だろう」

 

 

 何一つ悪びれもせず、言い切った。

 そして、それに強欲龍が答えず。――僕は続ける。

 

「――本来の歴史における決着概念もそうだが、敗北者の叛逆は一度使用が可能になれば、次はただ念じるだけでいい。しかし、その効果があまりにも強大すぎた場合――その効果が終了した後、力を失う」

 

 ゲームでは、それで本当にいいのかと機械仕掛けの概念に問われたが――

 

 ――――今は、そんな彼女を救うために使うのだ。ゲームの時以上に、ためらう理由はどこにもない。

 そして、

 

 一つ、息を吸い。

 

 

「この光景を――僕は勝ちが決まった戦いだとは思わない」

 

 

 語りだす。

 

「けれども、負けが定められたものとも思わない」

 

 師匠と、フィーが迫りくる龍の群れを睨みつけた。

 

「僕たちには未来がない。過去だって誇れるものじゃない」

 

 リリスと百夜が再び重なって――おそらく、この世界最後になるだろう戦いに赴く。

 

「でも、だからこそ切り開きたい。可能性に賭けたいんだ」

 

 強欲龍が、僕の言葉に強欲を見いだしたのか、いつもどおりに笑みを浮かべて、概念化した。

 

「敗北が何だ。それを押し付けられようと知ったことか。僕たちは叛逆するんだ。これから――世界に対して!」

 

 

 そして、時の鍵を掲げて、僕は叫んだ。

 

「――――“敗北者の叛逆(ルーザーズ・ドメイン)”! 僕たちの元に――!」

 

 逆転の一手を、

 

 紡ぎ出すために!!

 

 

「――――僕たちを送り出した、()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 直後、迫りくる龍の波が()()した。

 

 

 ()

 

 

 ()()()()()()()のだ。

 

 ――何に?

 

 考えるまでもない。()()()()()()()だ。

 

 ――――見れば、眼下には龍の波と同様に、()()()()()が広がっていた。

 

 かつて、僕に敗北を押し付けた暴食兵が、今。

 僕の敗北を否定するために押し寄せている。

 

 

“――――ハ、俺の前に数を誇るなんざ、阿呆のすることじゃあないか?”

 

 

 そして、僕たちの側に、その親玉は、

 

 ――()()()()()()()()()は立っていた。

 

 

 更に、

 

 

“何だあれはあああああああああああああああ!!”

 

 

 恐怖と共に、それは叫んだ。

 恐怖を塗りつぶす程の、怒りでもって。

 

 ――気がつけば、粒子の龍が一画、まるごと消し飛んでいた。

 

 憤怒(ラース)

 

 

 大罪龍最大最強の熱線が、道を切り開いた。

 

 

 ――上空に、()()()()()()()()()の姿はあった。

 

 

“ハメツ”

 

 

 同時にまたも熱線が放たれる。

 

 それは、他の二体とは異なって、生ある龍の一撃だった。

 同時に声が聞こえてくる。

 

「おー、おーありゃあすげぇなぁ、あんなのに俺たちが何の役に立つんだ?」

 

「ハッ、役に立つ、立たないじゃねぇだろ。アレをどうにかしなけりゃアタシたちはおしまいなんだろ? ならやるしかないよ」

 

 ――開闢のライン。

 

 ――灰燼のアルケ。

 

「ああ、なんてことだ! アレがすべて龍なのか! 恐ろしい! 恐ろしいが! 負けられないな!」

 

「ええ! ええそうね! 私達が未来の礎に、希望に成るのよ!」

 

 ――剛鉄のシェル。

 

 ――快水のミルカ。

 

「い、いやいやいや、なんで快楽都市代表がアタシだけなんすか!? ゴーシュの旦那ー! 何考えてるっすかー!!」

 

 ――幻惑のイルミ。

 

 それらが、()()()()()()()()()の背に乗って、現れた。

 

“――ああ、面倒だ。なにせ、やらなければならないと解っていることだ。こればかりは、面倒だがやらなければならん”

 

 

 そして、

 

 

「――フィーちゃん!!」

 

 懐かしい、声が聞こえた。

 

「……いや、なんでアンタまでいるのよ」

 

「私も今は死んでるカウントだから……あ、これが終わったらいつ産んでもいいわよ!?」

 

「終わったらね……ああ! 恥ずかしいこと言わせるんじゃないわよ――()()()()()()!」

 

 彼女は、現れて真っ先にフィーに抱きついて、それから僕に舌を出した。

 まったくもって、彼女らしいと苦笑する。

 

 そうしてから、少しの間フィーを堪能した後、彼女は白竜の姿へと変化する。

 

 この場において、大きさは力であると理解しているからだろう。

 どちらにせよ、わかりきっていることがある。

 

 

 ――()()()()()()()()()が、帰ってきた。

 

 

 そして――――

 

 

 ――――――――そして。

 

 

“――ありえないことだと思っていた”

 

 

 その声は、した。

 

 

「――ああ、僕もだ。アンタは呼びかけに答えないだろうと思っていた」

 

“そうではない。――確かにお前と共闘などありえない、だが、この場合はそうではない”

 

 ――――今、

 

 この場で、それを聞けたことが、

 

 どれだけ僕の背を押してくれるか、アンタはわからないだろうな。

 

 

“あれほど待ち望んだ時が、目の前にある。――世界を相手にすればいいのだな”

 

 

 だが、言葉にはしない。

 そいつは僕の答えを待っている。

 

 僕はそいつに答えを返す瞬間を待っている。

 

 ――二つは同時に交差して。

 

 

“――なぁ、敗因”

 

「ああ――やるぞ、()()()

 

 

 ――()()()()()()()()()と、僕は、

 僕たちは、再び相対した。

 

 

 かくしてここに、

 

 

 すべての準備は整った。

 

 

 ――世界(デウス)

 

 

 アンタがどれだけバグにまみれていようと、

 

 マキナを食い物にしていようと関係ない。

 

 

 僕たちはお前を倒す。

 

 

 ――全身全霊、全てをとして。

 

 世界という勝者に勝利する。

 

 

 さぁ、ここに、()()()()()()()()は始まった!




残り20話となります。最後までお付き合いいただければ幸いです。


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162.大罪龍の矜持

 ――大罪龍という現状最大のコマが揃ったことで、僕たちはなんとか戦闘を続けることができていた。

 

 基本的には、どこもその戦線は安定している。ただ、油断するとどこかから穴が空いて、それが多方面に侵食するため、全体の均衡は非常に不安定といえた。

 どこを崩しても壊れてしまいそうなジェンガを丁寧に整備しているような状況だ。

 

 そもそも、大罪龍同士が連携など望むべくもないので、そこを整えるのは僕たちの仕事だ。何より、僕は師匠や百夜、フィーのように、一撃で粒子の龍を撃破できる技がないので、倒すのには数発が必要になる。軽く殴れば倒れるとはいえ、テンポが悪い。

 そこで、敵の殲滅は大罪龍と師匠たち。そのサポートに僕があちこちへ飛び回る、という編成になった。

 

 怠惰龍が連れてきてくれた概念使いの援軍は、一つにまとまって怠惰龍と合同で戦ってもらっている。彼らに関しては来れたら――というか、アルケとラインの二人、つまりこの戦場でも問題なくついてこれる二人だけに声をかけたら、案外多く集まったような感じだ。

 そして、彼らには他にもやってもらうことがある。

 

 ――状況の整理。正直なところ、僕たちは目の前の粒子の龍に手一杯で、そもそもあの世界(デウス)がどういうものなのかさっぱり解っていない。

 そこを分析してもらうことも、彼らの役割である。

 

 さて、そんなことはさておき、問題はメインの戦力である大罪龍である。

 

 色欲龍と傲慢龍、それから怠惰龍は――怠惰龍は彼にしては、という前置きがつくが――かなり積極的に戦ってくれている。強欲龍は言わずもがな、彼らは戦う理由がはっきりしていた。

 意外だったのは暴食龍だ。彼は僕たちとそこまで繋がりはなく、乱暴な性格ゆえに協調は望みにくい。それなのに、この戦闘にはかなり積極的に関わっている。

 

 ――暴食龍の能力は対多数においては特に有効だ。

 

 暴食兵と粒子の龍がぶつかり合って、少しの拮抗の後粒子の龍がそれに勝利する。粒子の龍は翼竜型、竜人型、大型、小型を問わず様々な体型のものが跋扈しているが、そのどれもが、基本的に暴食兵よりも高スペックだ。

 

 とはいえ、暴食兵とて魔物としては最強クラスの存在、二体一でかかれば、ほぼほぼ互角に殴り合いを演じることができる。そしてそこに、もう一体の暴食兵が踊りかかり、それを()()する。捕食した暴食兵は離脱し、()()()()()()()()()()のだ。

 これにより、エネルギーを溜めた暴食龍は順次分裂、もしくは暴食兵に増殖する。

 

 ――数の暴力という点においては、圧倒的に粒子の龍が優れるが、戦局を絞れば、それを逆転することは容易だった。

 

 そうして、暴食兵は数を増やしつつあった。

 

 とはいえ問題はある。数を増やしすぎると今度は目立ちすぎるのだ。周囲の粒子の龍が一斉に暴食兵へと向かい始める。そこを押し止めるのが僕の役割。

 

「――“L・L・O(ルーザーズ・リアトリス・オリジン)”!」

 

 一閃、迫りくる粒子の龍は、まとめて薙ぎ払われ、空白が空いた。

 

“ハッハー! ご機嫌だな敗因! また随分と強くなったじゃないか!”

 

「僕としては、これほど素直にアンタが戦ってくれるほうが意外だよ」

 

“オイオイ、この戦場にはあいつがいるじゃないか! ――それよりも、問題はあっちのデカブツの方じゃないかぁ?”

 

 そういって、暴食龍が視線を向けた先。――たしかに、そこに問題のデカブツはあった。

 憤怒龍だ。

 

 ――とはいえ、ヤツが素直に戦わないのは、正直なところ想定内だ。なにせあの臆病っぷりに加えて、僕たちに対して好印象があるわけでもない。

 フィーいわく、最期くらいはマシだったというものの、まぁ大罪龍のなかで最も頼りにならないのはやつだろう。

 

“お、おおおお、なぜだ、なぜだぁ……なんだというのだぁ……そもそも、どうして世界に喧嘩を売れる……これほど躊躇いもなく!”

 

“オイオイそのくらいにしてくれよ憤怒龍。おめーがその図体でブツブツ言ってたら士気にかかわる”

 

“そんな殊勝なやつがここにどれだけいるというのだ……儂がいて、なんの足しになるという……”

 

 巨体の隣に、大罪龍最小の龍が一体、茶々を入れるようにしながら並び立っている。なんともありがたいことに、暴食龍は憤怒龍の説得までしてくれるらしい。

 

「……というか、アンタにとって憤怒龍ってなんなんだ。あの性格だろう、面倒じゃないのか?」

 

 僕と暴食龍は、互いに入れ違いに成るように交錯しながら得物を振るう。剣が龍の牙を砕き、鉤爪が龍の腹を割いた。

 そして、背中合わせに降り立ち、周囲を眺めながら、暴食龍は答える。

 

“つってもなぁ、俺ァ俺の生の中で、あいつといなかった時間のほうが短いんだ。アレで、いねぇと静かだからよぉ”

 

「……そんなものか」

 

 案外あれで、憤怒と暴食のやり取りは楽しげだ。

 ――こなれている。小気味いい、とも言えた。

 

“俺にとって、傲慢は何よりも大切な存在だが――隣にいるのは憤怒龍だけだ。他に並び立つやつもいねぇ――割と幸運なんだぜ、隣に立つやつがいる大罪龍ってのは”

 

「……まぁ、アンタたちしかいないしな」

 

 ――大罪龍。七つの罪はどれも強烈で、故にぶつかり合い対立する。共に並び立つ大罪など他になく。フィーと色欲龍だって、基本的には別行動だ。

 そしてそれ故に、色欲龍は大きな喪失を味わうことにもなるわけで。

 

 共に、人類の敵として傲慢の下で散ったこの二体は、ある意味特別といえば特別なのだろう。

 

“俺たちはお前に、()()()()()()()()わけでもねぇ。たとえ憤怒龍がトチろうが、最初に敗北したのは俺だ。故に――”

 

 その時だった。

 

 

 ――僕たちの目の前の粒子の龍が、まるごと消滅した。よこから放たれた熱線で薙ぎ払われたのだ。

 

 

 放ったのは――傲慢龍。

 

“何を遊んでいる、敗因。お前もだ、暴食。あまり私を苛立たせないでもらおう”

 

“傲慢龍――!”

 

 喜色満面、暴食龍は興奮しながら一斉に雄叫びを上げた。

 耳に響く大合唱を、しかし傲慢龍は気にもとめていない。そして、一体を残して暴食龍は戦場に踊りかかっていった。モチベーションが高いのはいいことだ。

 

“それで――”

 

“ご、傲慢龍……”

 

 ――そして、傲慢龍が視線を向けたのは憤怒龍の方だった。

 隣には、唯一残った暴食龍の一体がいる。――その影に隠れるように、憤怒龍は萎縮していた。――なんというか、あまりにも情けなさすぎる光景だった。

 

 対して、傲慢龍は――かつて、憤怒龍を()()()()()()()()()と評して、見限った傲慢龍は――

 

 

“――何をしている、()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そう言って、背を向け、熱線のチャージを開始した。

 

“な、あ――?”

 

 何故、と疑問符を浮かべるのは憤怒龍だ。今の自分を、自身の敗因と成った憤怒龍を、傲慢龍は見捨てたのではないのか。

 たとえ、そうでなかったとしても、そういった意図があったのではないのか。

 

 そんな疑問が憤怒龍を支配している。

 

“ハハッ、バカだなぁ憤怒龍。傲慢龍が見捨てることはあっても、愛想をつかすわけがないだろう。なんてったって、あいつにとっちゃお前がどうあろうが、()()()()()()()()ことに変わりはねぇんだから”

 

“――それ、は”

 

 些事なのだ。傲慢龍にとって、憤怒龍が何をしようと、()()()()()()()()()()()()()()。故に、傲慢龍は憤怒龍に期待もしなければ、失望もしない。

 だから、

 

()()()()()()()()()()。傲慢龍は、それだけでお前を認めるって言ってるんだぜ”

 

“――――”

 

 それを聞いて、憤怒龍は沈黙し、そして――――

 

 

“あああああああああああっ!! 憤怒(ラース)ぅうううううあああああああああ!!”

 

 

 自身に憤怒の焔を宿した。

 

“――ふん、単純なやつだ”

 

「素直じゃないな、アンタも大概」

 

 僕が傲慢の側で剣を振るいながら呼びかける。傲慢龍は言うまでもなく熱線の余波だけでも強力だが、流石になんの支援もなしに粒子の龍の物量に対して熱線を放とうとすれば押し切られる。

 この場には、僕がいるからためらうことなく熱線の準備に入るのだ。

 

 ――そして、僕がいなくとも、代わりになるやつもいる。

 

“ごう! まん! りゅうううううう!!”

 

 憤怒を送り出した暴食龍が殺到してきた。

 

“俺もこの戦いで活躍したら、お前に言いたいことがあるんだあああああ!!”

 

“――私を愛している、とかいう話か”

 

“知ってたのか!?”

 

“ふん――私は傲慢だ。全てを把握し、それを利用しなくてはならない”

 

 ――つまるところ、傲慢龍は暴食龍が自分に狂愛を向けていることを解った上で利用していたらしい。それはまた、難儀なことで。

 

“だったら!!”

 

“――とはいえ、その愛とやらは知らん。お前が私の言うことを聞くならそれで十分だ”

 

“……ちぇっ”

 

 まぁ、そこで個人主義な傲慢に愛を求めるのは酷な話だった、ということだろう。暴食龍がいじけて、そしてふと何かを思いついたのか、

 

“じゃあよ――”

 

 と、切り出したときだった。

 

 

“ちょいと邪魔するぜ、暴食――――!!”

 

 

 ――暴食龍が、勢いよく着地した強欲龍に吹き飛ばされた。

 

 

「今度はなんだよ!?」

 

 叫びながら、僕も飛び退く。みれば――――

 

“ハハハハハ!! どぉだ傲慢龍! 俺ァてめぇを越えて、最強になったぜ!!”

 

 強欲龍は二重概念を起動していた。

 紛れもなく、現状この場の最大戦力、単体最強は強欲龍で間違いあるまい。僕はこの場を二体にまかせて距離を取りつつ、話は聞ける位置につく。

 

 ――まぁ、その、なんだ。これくらいはいいだろう。

 傲慢と強欲が並び立って戦う状況など、ゲームではあり得なかったことなのだから。少しばかりのファン心理というやつだ。

 

“……バカをいうな、強欲”

 

 対して、傲慢龍は努めて冷静に、熱線のチャージを続ける。強欲はその間、周囲の龍を吹き飛ばし、傲慢を守護しているかのようにも見えた。

 いや、アレは――

 

“お前は私には勝てん。なぜなら私が傲慢だからだ”

 

“ハッ、そんな強がりも、今の俺には児戯に見えるぜ”

 

 ――コンボを溜めているのだ。

 そう、熱線のチャージと同様に。

 

“ならば――”

 

“なら――”

 

 両者は、完全に同時に準備を終えた。

 

 

“――こいつに獲物を奪われやがれ!”

 

 

“なすすべもなく、我が威光に跪け――!”

 

 

 そして、構えて、

 

 

天地破砕・強欲裂波(ワールド・エンド)!”

 

 

傲慢、されど許すものなし(プライド・オブ・エンドレス)!”

 

 

 強欲にして傲慢な破壊が、粒子の波を押しつぶした。

 

 

 天地がひっくり返り、光に視界が明滅する。天地開闢、神話創生。この世という現実からかけ離れた、あまりにも異様な破壊が、この世界の数割を飲み込んだのだ。

 

 世界(デウス)にも届こうかという、絶対的な破壊は、それだけで視界に映る粒子の龍の()()を消し飛ばしたのではないかと思うほどで。

 まだ補充があり、底が見えないとはいえ、僕たちが勝利に意識を向けるには十分なものだった。

 

 が、しかし。

 

“――けっ、こんなんで差がわかるもんかよ”

 

“同感だな。これではあまりにも()()にすぎる。優劣の判別がつかん”

 

 為した両者は、あまりにも憮然としすぎていた。

 彼らにとって、この結果は当たり前すぎたのだ。

 

 故に――

 

“――とすれば、次はこれだな”

 

 そう言って、強欲龍が()()の斧を構え、

 

“いいだろう、望むところだ”

 

 傲慢龍も、()()を構えた。

 

 

“――行くぞ”

 

 

 そして、二体の龍は同時に互いへ言い放ち。

 

 

 戦場は、さらなる破壊に見舞われた。



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163.概念使いの信条。

「――ハハハハハ! まさか俺たちをあんな目に合わせた連中の首魁が小娘とはな!」

 

「つっても、実際にゃちょっと数えられないくらいの婆さんだって話だけどね」

 

 なんて会話を愉快に繰り広げつつ、ラインとアルケは怠惰龍の攻撃の隙間を縫って襲いかかる粒子の龍を吹き飛ばしていた。ここは概念使いの戦場。他と比べれば戦力的に大人しい彼らではあるが、この二名に関しては気をつけて連携しながらあたれば同数の粒子の龍を難なく撃破できる戦力だ。余裕がある。

 厳しいのはシェルとミルカ、それから何故か連れてこられたらしいイルミである。

 

「いや、ほんっとゴーシュの旦那は何考えてるか読めねぇっす。この状況を見越してたんすかね!」

 

「ありえなくはないでしょうねぇ。話では、機械仕掛けの概念を倒すという話だったけど、実際は救うんでしょう? 単純じゃないから、考える人は多いほうがいいものね」

 

「はははははは! さっぱりわからないな!!」

 

「何笑ってるんすかー!」

 

 ――と、話をしながら粒子の龍をなんとか吹き飛ばす彼らのところへ着地する。

 

「大丈夫か?」

 

 一閃、たかっていた龍たちは吹き飛ばされ、消えていった。

 僕を見て、三者三様、驚き目を見開く。

 

「敗因か! いいところに来たな!」

 

「それはこっちのセリフだよ。ありがとう、来てくれて。わざわざ危険を冒す必要もなかったろうに」

 

「構わないわよ。世界の危機なんでしょう」

 

 そういわれて苦笑する。

 この場合、危機に陥れているのは僕たちの方だが――ともかく、彼らにも声はかけなくてはならないだろう。呼ばれてみれば、完全に趣旨が入れ替わっているのだから。

 

「びっくりしたっすよ! いきなり世界の命運をかけて戦うのもそうっすけど! 本当なら倒すはずの相手を救うって、それちょっと違くないっすか!?」

 

「悪い、いくらでも僕は責めてくれて構わない。けど、そうすることが――」

 

「あ、あーいや。別にアタシはどうでもいいんすよ。というか、世界中の人間はこう思ってるんじゃないっすか?」

 

 そういって、イルミは他人事のように続ける。

 

()()()()()って。そりゃ、いきなり世界の危機です、力を貸してください、とかいわれたらふざけるなと思うっすけど、世界の危機でした。もうなんとかしました。ならきっと多くの人はふーんそうなんだ、で終わりっすからね」

 

 ――つまるところ、彼女がいいたいのはこの世界の人々の反応のことだろう。

 僕が気にしていたことだ。理由がない、と。それに対しての回答だろう。人類は、そこまで世界の危機に感心をしめさない。特に、既に去ってしまった危機は。

 

「――そうだな。あまり気にするな敗因。今は、世界の危機がどうこうではなく、悲劇の少女を救うということだろう?」

 

「そうよそうよ。あのでっかい龍の中に閉じ込められてるんでしょう。助けなきゃいけないわ!」

 

 シェルとミルカは、単純に少女の救済を願ってくれた。この二人も、師匠と同じタイプの人間だろう。それはすなわち、英雄の素質というやつなのかもしれない。

 

「おお、敗因よ――少しいいか?」

 

 そこで、ラインに声をかけられる。何事かと視線を向ければ、ラインは世界(デウス)を指差して。

 

「先程から大罪龍が何度も攻撃をぶちかましているが、あいつには一向に攻撃が通らないのはどういうわけだ?」

 

「おそらくは、可能性の否定だな。マキナは可能性を否定することで、あらゆる攻撃を無効化できたんだが――」

 

「――そのマキナの概念起源が効果を発揮し続ける限り攻撃は通らない、ってことかい」

 

 アルケの問に肯定しつつ龍を切り払う。ここは怠惰龍の庇護下ということもあり戦線は他よりも穏やかだが、そこそこの数の龍が襲いかかってきていた。

 飛び込んできたそれを、一刀両断できるのは二重概念の特権だ。

 

「それだけ強くなろうと、まずはこの龍たちをなんとかしなければ意味はない、ということか」

 

「一度、概念としての機械仕掛けの概念を終わらせる必要があると思う」

 

「……そうすると、じゃあどうやってそのマキナってのを救出するっすか?」

 

 イルミの質問、まったくもって当然のそれを、僕はおおよそ当たりをつけていた。

 

「とりあえず、まずはあの世界の中から彼女を分離させなければならない。今、彼女は世界の核になっているはずなんだ」

 

 世界に意思はない。いくらバグっていたとしても、何かしらの行動を起こすことは不可能なのだ。そこで、中に自分の主であり自分に命令を下せる立場のマキナを埋め込み、自分に命令をさせるように強制する。

 おかしな話だが、こうしなければ、世界がこうして動き出し、僕たちに牙を剥くことなどありえないのだ。

 

「そもそも、世界の目的はなんなのだ? 聞いた限りでは、目的など持ちようがないとおもうが」

 

「二つ……いえ、最終的には一つじゃないかしら」

 

 シェルの問に答えるのはミルカだ。彼女は聡明であるが、そもそもこの場においてもっとも余裕があるのはミルカであるから、考えをまとめるにはうってつけの人材だ。

 そして、そんな彼女が推察を述べるというわけである。

 

「一つは貴方の排除。敗因、貴方が世界に対して一番のバグなのでしょう? だったら当然、それを排除するのが一番のバグ抑制になるわ。そして、もう一つ……そのマキナって子の命令を遂行すること、ね」

 

「1つ目の目的は、2つ目の目的を達成する手段に成るわけだね」

 

 アルケの補足にミルカは頷く。

 しかし、何にせよ世界(デウス)の目的は対症療法だ。僕を排除したところで、バグの原因がなくなるだけで、バグ自体がなくなるわけではない。

 では、バグを排除するにはどうすればいい?

 

「世界も概念なんだろう、だったらアレを倒しても、()()()()()()()()()()()じゃないか?」

 

「ああ、概念崩壊は、壮絶な痛みを伴うが死ぬわけじゃあないから、世界に関してもそれは変わらないのかね」

 

 ラインとアルケが納得したようにうなずく。

 ようするにあの巨竜を倒せばいいのだ。時間が経てば、世界は元の形に戻るだろう。

 

「そもそもバグっていうのも、長時間概念化しつづけたことが原因でもあるのかもしれないわね」

 

 これに関しては、ウリア・スペルが実証に成るだろう。あいつも概念崩壊したところで、死にはしなかった。死なずに逃げようとした。他の四天や、マキナだってそうだ。

 概念崩壊が決定的な消滅ではなく、その後にとどめを刺されたことが消滅の原因である。

 

「……と、すると。なんか話が戻ってこないっすか?」

 

「というと?」

 

 イルミに促すと、

 

「いやだって、結局はアレをどう倒すかってところが問題なんじゃないっすか。アレ、一体何をしてくるんすか?」

 

「それは――」

 

 シェルがそれに少し思考を巡らせて、笑みを浮かべた。

 つられてイルミも笑みを浮かべて――

 

 

「――これから考える!」

 

 

 がくり、と肩を落とした。

 

 さて、話をおおよそ終えた上で、僕はこの場を離れようかと思った。今は戦闘に集中するべきだろうし、ここは安全圏すぎて、僕が力を十全にふるえない。

 しかし、その時だった。

 

 

「“V・V(ヴァイオレント・ヴォルテックス)”!」

 

 

 ちょうど、通りかかった師匠が敵を薙ぎ払っていた。

 

「師匠!」

 

「……うん? 君か、こんなところで何をしているんだ」

 

 油を売っている場合ではないと言わんばかりに師匠が呼びかけ、僕は解っているとそれで視線を返す。この場において、師匠に用があるとしたら僕ではないだろう。

 

「ルエ! 概念起源じゃないかいそれは! そんな気軽に撃っていいものなのかい!?」

 

 アルケが心配そうに呼びかける。師匠はそれに応えるように懐中時計を取り出し、

 

「これのおかげさ。こいつを持っている間、私は使用回数の切れた概念起源を自由に使えるんだ」

 

「逆に言えば……紫電殿は概念起源を使い切ったのだな」

 

 どこか心配そうなシェルの言葉に、師匠はそんなことはないと首を振った。

 

「使い切ったからこそ、こうして父の形見でそれを使うことができるんだ」

 

 そう言って、慈しむように懐中時計を握る師匠に、シェルはなるほどな、とうなずいた。

 ――とはいえそれも、懐中時計が効果を失うこの敗北者の叛逆(ルーザーズ・ドメイン)効果中までだ。それが終われば、懐中時計は、本当にただの懐中時計に戻る。

 それを使っての概念起源も、撃てて一回というところか。

 

 まぁでも、そのほうがいいのかも知れないな。師匠は強いが、強いからこそ戦いに向いていない。できることが多いから、そのすべてをやってしまおうとするから。

 だから、師匠はいっそ出来ないことのほうが多いほうがいいのだ。

 

「ほぉー、取り戻したんだな、紫電」

 

「ああライン。父のことを教えてくれてありがとう。それも助けになったよ」

 

 感心した様子のラインは、懐かしそうに懐中時計を見やって、それから視線を外した。なんとなく、その瞳は揺れているように思えた。

 泣いている……と指摘しないほうがいいんだろうな。

 

「それで、そいつは使えなくなった概念起源が使えるんだったか」

 

「そうだ。私の紫電も、こいつを使って使用している」

 

 ふむ、とラインは少し考えて――

 

 

()()()()()()()()()()()()使()()()んじゃないか?」

 

 

 と、指摘した。

 

「そうなのか!?」

 

 考えてみればそうだ。師匠の父は亡くなっているわけだから、概念起源は時の鍵で使用できる。概念起源が存在したのは驚きだが、別に意外でもなんでもない。

 アタリマエのことだ。

 

「ああ、つまりな?」

 

 師匠とラインが二人で言葉を交わす。こちらには教えてくれないのだろうか。いや、まぁ、聞きたいわけではないのだけど。

 

「……いいことを聞いた。もしかしたら、君の助けになるかもしれない」

 

 そう言って、師匠は僕の隣に立つ。

 そろそろ次の場所へ行かなくてはならないだろう。

 

 僕の方を見て、師匠は笑みを浮かべた。

 

「彼らがきてくれてよかったな」

 

「ええ、助かります」

 

 戦場は目まぐるしく変化して、その中で落ち着いて状況を見られるものはそういない。僕だって、冷静に俯瞰できているとはいい難いだろう。

 でも、だからこそ彼らの存在に価値がある。

 この戦場では概念使いは戦力としては遅れを取るだろうが――確かに、その信条は僕たちと同じ方向を向いていた。

 

 ならば――

 

「――行きます!」

 

「ああ!」

 

 僕たちは剣を構え、再び戦場に戻るのだった。




総合累計ランキング入りました応援ありがとうございます。


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164.戻ってくるモノ

 リリスと百夜は苦戦していた。

 戦闘に、ではない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

 

 彼女たちはあらゆる世界に偏在を始めた。この世界にいられる時間はあまり長くはない。この戦闘中に、それが間に合うかもわからないだろう。

 故に、現状安定しているこの戦線で、彼女たちだけには焦りがあった。

 

「“HH・HH(ハンティングホラー・ホーリィハウンド)”!」

 

 一閃、光が周囲を埋め尽くし、気がつけば龍は殲滅されていた。一体を除いて。そこに僕が切りかかり、ケリを入れて止めてから概念技で一閃する。

 

「ふたりとも大丈夫か?」

 

「……まだまだ」

 

“やってやるの!”

 

「無茶をしないでくれって言ってるんだ!」

 

 ――二人が焦るのも無理はない。ここでいなくなってしまえば、二人は別れも言えないだろう。いずれ帰ってくるとしても、最初の別れは最初だけのものなのだ。

 

“笑顔で別れるの! リリスたちは幸福なお別れをするの!!”

 

「――ここでいなくなったら、逃げたみたい」

 

 百夜が龍を薙ぎ払い、さらに襲いかかってきた竜人ともかぎ爪と刃をぶつけ合わせる。一度打ち合い、遠距離技で串刺しにした後、薙ぎ払った。

 僕も同様に大型の龍を一刀両断し、背を合わせる。

 

「勝ってから、この世界を去る」

 

「……大丈夫、僕たちは勝てる」

 

“違うの”

 

 安心させるように言った言葉は、リリスに否定された。その半透明の瞳が僕を正面から見据えている。彼女たちは真剣だ。

 

「私達は、それを信じていないわけでは、ない」

 

「だったら――」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()の! リリスたちは、仲間なんだから!”

 

 まぁ、そりゃそうだよな、と僕はうなずく。

 ここまでやり取りはしてるけれど、あくまで確認の意味合いが強い。彼女たちは強いのだから、万が一もそうそうないだろう。

 

“……それに、リリスああいう子放っておけないの”

 

「マキナ……か」

 

“あんなふうに、誰かに置いていかれた女の子を、リリスは知っていますの”

 

「…………」

 

 それは――リリスであり、そしてある意味、百夜でもあった。

 百夜に関しては、そうしなければいけなかったのもあるが、親であるアンサーガと別の時代に飛ばされたことも大きいだろう。

 二人の少女は、置き去りにされて――リリスには母親がいたが、それも早くに亡くなって。

 

 少女は一人ぼっちだったのだ。

 

 ――リリスは器用で、快楽都市にも溶け込んで生きていくことはできた。でも、リリスの家族はこれまでも、そしてきっとこれからも一人だろう。

 そんな少女が、今は一人の少女と出会っている。

 

「……そうして、救えなかった私に、救えることを、教えてくれた人が、いる」

 

 鎌を振るいながら、敵を薙ぎ払いながら。

 一太刀の度に百夜は叫んだ。思いが心から漏れるたびに、口下手な――無口な少女から言葉は漏れる。

 

「今度は私の番。あの時、母様に生きろと言った彼女のように、私も、あの人に、生きていいのだと、言いたい」

 

 そして、閃光が瞬いた。再び放たれた百夜最強の一閃は、またも敵陣を食い破る。そこに僕は飛び込んで、剣を振るった。

 

「だったら――!」

 

 巨大に膨れ上がるそれは、最上位技の兆候。

 

 

「まだ、踏ん張らないとな! “L・L・O(ルーザーズ・リアトリス・オリジン)”!」

 

 

 少女たちの思いは本物だった。決死の一撃が粒子の一部を切り取って、一帯に不思議な空白ができる。辺りにはまだまだ無数の粒子が点在しているが――先程から、こういった空白ができる回数が増えつつあった。

 ただひたすらに数の暴力を押し付けてくるだけの龍では、我の強い大罪龍を、僕たちを止めることは出来ないのだ。

 

 だから、後一踏ん張り。

 

「さぁ、まだやるぞ――ふたりと、も――――」

 

 そう言って振り返って、僕が眼にしたのは、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()

 

 

「――!」

 

 驚愕する。何故――? 焦りこそあれ、二人はまだこの世界にいることができたはずだ。あまりにも早すぎる。いや、やせ我慢だったのか?

 

「――――」

 

 少女たちの声がとどかない。この世界にいないのだから、それは当然といえば当然なのかもしれないが、だからといって、それはあまりにも残酷すぎる。

 

「ダメだ! まだ行ってはダメだ! お別れもできていない! 行ってきますすら聞いていない!」

 

 手をのばす。しかし、前に踏み込みすぎた僕たちは、もはや手の届く距離にない。リリスと百夜には届かない――!

 

 ――リリスははじめ、僕たちの旅に同行しても問題ない人材として紹介された。つまるところ、それはある程度の采配はあれ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だった。

 

 それが、マキナの世界移動による偶然から、彼女は僕の知らない人生を歩み、そして僕たちを救ってくれた。

 何もかもがイレギュラーだったのだ。

 

 百夜にしてもそうだ。百夜のアンサーガを救いたいという願いは、偶然リリスと百夜が出会ったからこそ、叶ったものなのだ。

 そう、

 

 世界には無数の因果と因縁があって、この場にはそれが存在しない相手のほうが珍しい。たまたま連れてこられたらしいイルミだって、この場では姉と再会する因果があった。

 だが、()()()()()()()()()()()()()

 

 二人の因果は偶然だ。何一つ結びつくものがなく、故に巡り合った二人の少女。マキナが言っていたではないか、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 それは、つまり。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()の末に結ばれた絆なのだ。

 

 だから、()()()()()()()()()()()()()()。どこに行っても、この二人はこの二人しかいないのだ。それが、別れもなくどこかへ消えてしまえば――

 

 

「そうなったら、君たちは本当に二人だけの存在になってしまう!」

 

 

 ここは寄る辺だ。

 僕たちが帰りを待つ港なのだ! だから、それを失ってはいけない。離れ離れになってはいけない! ――たとえ、それが永遠の別れではないとしても。生命を失うわけではないとしても。

 ()()()()()、僕にはどうしようもない事実だ。

 

 ――生命さえ奪わなければ。僕の人を救う一つの基準だ。それと同じように、()()()()()()()()()()は理不尽の度合いが低い。

 

「だから――!」

 

 僕がここまで運命を切り開けてきたのは、それが一度の失敗も許されないことだったからだろう。それ以外のことは、意外に僕は失敗も多い。

 だから、()()()()()だ。今のリリスたちを救うことは、僕には――――

 

「だから、行かないでくれ、リリス、行っちゃダメだ、百夜!!」

 

 ――――どうしようもない。

 

 少女たちは、寂しげに、けれども悲しみを押し殺した笑みを浮かべた。これを最低限の別れとして、二人はこの世界を去るのだろう。

 勝利を、見届けること敵わずに。

 

 ――きっと、これで負けてしまったら、彼女たちには永遠の後悔を押し付けることになるのだろうな、と。

 

 少しだけ、そんなことを考えた。

 

 

 ――だが。

 

 

「――――バカだなぁ、バカバカ大馬鹿、全員バカだ。僕より()()なんじゃない?」

 

 

 その、声は。

 

 

 ――少女が消失するよりも早く、彼女の上方から聞こえてきた。

 

「な――!」

 

 見上げる。

 そこに確かに、立っている。

 見覚えがある。

 故にヤツに、驚きが隠せない。

 

「なん、で――」

 

「なんで、って。僕は僕だって僕も()()()なんだよぉ? あはは、あははあぁ、それに」

 

 ヤツは、何かを取り出して、それを二人の元へと放り投げる。消えゆく少女はそれを手にして、直後、

 

 

()()()()に駆けつけない親なんて、親じゃないだろ?」

 

 

 ――リリスと百夜はもとに戻り。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「母様!!」

 

「はぁーい、こんにちわこんにちわこんばんわ。おはようはないよ、娘。僕が来たからにはもう安心さ」

 

 降り立つ異形の人形少女に、百夜は駆け寄った。久方ぶりの再開だ。それも、思いも寄らない形での、想像もしていない再会に、彼女が喜ぶのも無理はない。

 

「それにしても、本当に無茶を()()()()ものだねぇ、君は」

 

「う……」

 

「……どういうことだ?」

 

 アンサーガに問いかける。無茶をしてきた? 無茶をした、ではなく? ――まさか、以前からそうだったのか?

 

「どうって、百夜はずっと()()()()()()()だろう。そうしている間は、概念による時間移動が発生しないからね」

 

「いや、しかし……睡眠は元の歴史でも――」

 

()()()()()()()()()()()()だろう。あの一秒転移、この世界でも便利に使い倒したんだろう?」

 

 だから、()()()()()に眠くなる現象と、常日頃から眠り続ける現象は別ということだ。それは――考えてもみなかった。

 眠ることは好きだと、そうしたいから眠っていると、彼女はいつも言っていたから。

 

「嘘ではない。眠るのは、好き……無理をしていたことを、言わなかっただけ」

 

“…………”

 

「リリスは、知ってたのか」

 

“口にはしなかったの”

 

 ――したら、本当になってしまうから、と。

 

「まぁ、だから概念起源の効果は決定的なものでしかなく、同時にリリスにとっては天啓だったんだね。離れ離れになってしまうはずが、そうしなくてよかったんだから」

 

「……そういうことだったのか」

 

 そして、今渡したのはそれを防ぐ衣物、ということだろうか。

 

「君たちがこの時代でシステムに干渉することは解ってたからね、だから僕も、そこを狙って、狙って狙い撃ち、というわけさぁ」

 

 つまり、アンサーガは自力でここまで来たらしい。まったくもってとんでもない偉業だが、そんなこと()()()()()()()()()()()以上、彼女にはできて当然のことなのだろう。

 衣物に関しても、完全に予想外だった。

 

「それがあれば、効果を発揮している間、同じ世界にとどまり続けることができるよ。代わりに、効果が失われると即座に我慢していた分飛ばされてしまうけど……まぁ、そのほうが任意に移動できて便利だね?」

 

「母様……ありがとう」

 

 それで、とアンサーガがこちらを見る。

 

「だいたいどこまで解ってる?」

 

「あの世界を概念崩壊させても、問題はないと思うんだが、どうだ?」

 

()()()()、そこら辺は非常にシンプルでいい。僕からするとお祖母様……になるのか? 彼女を救うなら、世界を概念崩壊させればいい。ただ、問題はその後だ」

 

「……世界がそもそも、これでおわるのか、ってことか?」

 

「それもあるけど――」

 

 そこで、アンサーガに龍が迫った。空白地帯はもう周囲にはなく、またも怒涛のごとく波が押し寄せる。長話はできないだろう。

 だが、鬱陶しそうに見上げたアンサーガの上を、百夜が飛び上がり、切り払う。

 

「つづけて、母様」

 

“こっちはまかせるの!”

 

 それに、アンサーガは手を振った。嬉しそうだ。

 

「――()()()さ。なぁ君、お祖母様を救う、とは言うけれど――()()()()は?」

 

「……!」

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。()()()()()()()()()()()()()()()()は何も解決しない」

 

 

 それは、

 

()()()()()()()()

 

 即答した。

 ――問題は世界をどうするか、なのだ。その後については考えがある。とびっきりの、世界をペテンにかける方法が。

 

「……わかった、わかったわかったわかったよ。そういうことなら、それでいい」

 

 そして、アンサーガも人形を取り出し、構える。

 ここからは、彼女も僕たちに手を貸してくれるということだろう。

 

 浮き上がり、そして娘と並び立った。

 

「行こうか、百夜」

 

「……うん! 母様!」

 

“なのーーー!”

 

 なんとも、珍しい光景だった。

 三者は、それぞれに意気揚々と、

 

 

「“暗愚”アンサーガ、これより、娘たちの未来を守る!」

 

 

 粒子の中へと、飛び込んでいった。



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165.嫉妬ト色欲

「“嫉妬ト色欲(フォーリング・エクスリア・カノン)”!」

 

 ――直後、迫りくる龍の群れは薙ぎ払われ、後にフィーと色欲龍が残る。色欲龍はとてもうれしそうに吠えると、それから白竜の巨体でフィーにすり寄るように身を寄せる。

 

“すごい、すごいわフィーちゃん! とても強くなったのね! それに私のことをこんなにも!”

 

「ちょ、ちょっと落ち着きなさいよ! そもそもこの力はほとんどアンタたちにもらったもんだし! 技の名前混ぜるのはそれが自然だからだっての!」

 

 なんてやり取りをする彼女たちは微笑ましいが、ここは戦場だ。再び敵が集まれば、それも長くは続かない。

 

“もう、空気を読めない子たちね。わがままは嫌われるわよ”

 

 そういいながらフィーのもとを離れ、再び雄叫びを上げながら、熱線を放つ!

 

“典嬢天花!”

 

 それによって、またも屠られる粒子の龍。迫りくる敵を一撃の元に叩きのめすと、色欲龍はどんなもんだと胸を張った。

 とはいえ――一匹取り逃がしているのだが。

 

“一丁上がりよ!”

 

 

「――前方不注意だ。“S・S・R(スロウ・スラッシュ・リライジング)”!」

 

 

 光の二刀、その一振りが敵を両断しながら、僕は二人の前に着地した。

 

「あっ、よく来たわね!」

 

“ちょ、ちょ――!!”

 

 剣を振り払うように軽く振るって、くるくると回転させながら弄びつつ、次の標的に狙いを定める――が、待ったをかけるのは色欲龍だ。

 

“ちょっと――! かっこつけないでちょうだいよ! フィーちゃんの前で! 私からまたフィーちゃんを奪うつもりね!!”

 

「そんな事言われてもこまるよ、戦闘はまだ続くんだ。消耗には気をつけるんだぞ」

 

“私とのやり取りを消耗って言ったわね――!!”

 

 いや、実際消耗しているじゃないか、僕じゃなくて君が。

 警戒しながらこちらを睨んでくるという、なんとも無駄なエネルギーの消耗の仕方をする色欲龍を、なだめたのは当然ながらフィーだった。

 

「ちょっと落ち着きなさいよ。今は強くなったアタシのことでしょ?」

 

“そ、そうだったわ……ふん、見なさいよ敗因。この子、こんなにもすごくなったのよ?”

 

 いいながら、僕とは反対方向に突っ込んで、敵を薙ぎ払うフィー。僕のいる方は僕がいれば問題ないというのもあるが、今は並んで戦うと色欲龍がまたうるさくなりそうというのも、きっと考えの中にはあるはずだ。

 

「まぁ、いくらフィーの地力が低くとも、基本的に力を一つにあわせたときの強さは乗算だからな。色欲龍だけじゃなく、ルクスの力まで取り込んでるんだ、それだけ強くなるさ」

 

“貴方に言われなくても解ってるわよ。これは私達の絆パワーなんだから”

 

 三者入り乱れながら、敵を次々と殲滅していく。フィーの熱線の火力は凄まじく、一撃で敵を屠っていく様は、まさしくこの場における最強が誰かを示していた。

 

「というか、よ。エクスタシアもそろそろアイツのこと認めてあげたらどうなのよ。いつまでもそんな調子じゃ、アタシが困るんですけど」

 

 呆れたようなフィーの言葉。しかし、だ。

 

“――もうとっくに認めてるわよ! 認めてるけど、それはそれとして気に入らないものは気に入らないの!”

 

「……めんどくさいわね!!」

 

“フィーちゃんがそれを言う!?”

 

 ――まさか、面倒くささの化身、嫉妬の象徴からそんなことを言われるとは思わなかったのだろう、色欲龍は本当に驚いたようにフィーを見た。

 いや、僕もそれを言ったフィーの方を、思わず一瞬見てしまった。

 それどころではないので、すぐに目の前の戦況に意識を戻すのだが、言葉は聞こえてくる。

 

「まぁ、そりゃ嫉妬とかも色々するけど、今は充実してるんだもの、深く考えすぎるのはよくないって、これまでで散々学んだし、今は楽しく生きれれば、私には十分なんだわ」

 

“……そう”

 

「何より、アンタを一人にもしたくないし……ね」

 

 ――そういえば、フィーは本来の歴史における自分の末路を見たのだったか。そして、置いていってしまうことになる、大切な誰かの存在を、垣間見たのだ。

 

“…………フィーちゃんは、大丈夫よ? 決して、一人になんてならないわ”

 

()()()はね。アンタもいるって知ってるし。でも、もしもアタシが世界を恨むような目に遭ったら、きっとアンタのことも忘れて、世界を妬んじゃうわ」

 

 何故なら、嫉妬龍だから。フィーはそう言外に様々な思いを載せてつぶやく。決して、一人ではないことを解っていたとしても、嫉妬故にそれを忘れてしまう時が来る。

 ――本来のフィーは、そういう宿命のもとにあったのだ。

 

 そう、マキナに作られたから。

 

“そんなことない、私は絶対フィーちゃんを見捨てたりなんかしない。フィーちゃんは私の大事な親友なんだもの”

 

「……じゃあ、とても意地悪な質問をするけれど」

 

 ――フィーが、龍を薙ぎ払いながら、その勢いで回転し、色欲龍の方を向いた。二人は一瞬、正面から向き合う。フィーの真剣な顔に、色欲龍の面相が変わるのを感じた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 それは、つまり。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 ――クロスオーバー・ドメインで色欲龍が嫉妬龍を救えなかった、おそらく最も直接的な要因だ。嫉妬龍が帝国に囚われると同時期、()()()()()()()()()()()()()()

 概念使い達が全滅したわけではない、ほとんど全ては逃げ延びて、各地で散り散りになっていたが、それでも。

 

 ()()()()()()()()()()()のだ。そんな状況で、嫉妬龍にまで意識を向けるのは到底無理な話だった。

 

“…………それ、は”

 

「アタシは、それは仕方のないことだと思うわ。アンタにとって、大事なものは家族。近しい存在だもの。アタシも親友って言ってくれて、大事にしてくれるのはわかるけど――」

 

 沈黙する色欲龍に、フィーは申し訳無さそうに笑みを浮かべて。

 

()()()()()()()()()ものね」

 

 そして、また背を向けた。

 熱線のチャージに入る。嫉妬ト色欲は憤怒(ラース)や傲慢の熱線ほどではないが、チャージに時間がかかるタイプだ。そして、それらの特徴と同一に、その間の自身を守るギミックが備わっている。

 とはいえ、あまりにも威力が高すぎたり、物量がありすぎると、そのギミックも意味を成さないのだが――

 

“……確かに、そうね。もしそうなったら、私は目の前のことを優先しちゃうかもしれないわ”

 

 現にそうだったと、僕とフィーは知っている。しかし、色欲龍は続けるのだ。

 ――フィーの熱線を邪魔する粒子の龍を薙ぎ払いながら。それは、奇しくも僕と同じ行動だった。僕もまた、粒子の龍を切り払いながら、色欲龍を見る。

 

 ――視線が合った。

 

“でも、学んだのよ。()()()というわがままも、それが()()なら許されるって”

 

 それは、すなわち僕のやり方だ。

 僕の場合は全員の納得いく形を目指す、というのが正しいが、結果として全員を幸せにする総取りという目的に行き着くことが多い。

 色欲龍とルクスの件はまさにそうだろう。

 

“それが茨の道だってことは解ってる。でも、この世で一番いけ好かないやつに、それをやってのけられたら”

 

 僕を見ながら、言い放つ言葉に苦笑する。本当に、彼女には嫌われてしまったものだ。最初は、僕も彼女には他の男性と同じように見られていたというのに。

 ただ――

 

 

()()()()()()()()()じゃない”

 

 

 ――それはそれとして、僕のことを認めていないわけではないのだと、その一言で十分に解った。

 

「……ふふ、よかったわ」

 

“何がよ、そいつのこと? 言っておくけど、まだ私はあなた達のことを……”

 

 また色欲龍が発症しそうになる。姑じゃないのだから、と思いつつ。実際は娘になれとフィーがいい、それを色欲龍が承諾したわけだから、ええと……娘の反抗期?

 

「そうじゃないわよ。……今、私が救おうとしてるのは、私からすべてを奪うために、私の力を削いだ張本人だからよ」

 

“……ああ、そっち”

 

 なるほど、と色欲龍はうなずく、どうやらそこに意識は向けていなかったようだ。とはいえ、意識を向けてもあまり興味があるようには見えないが。

 

“お父様……マキナ、だっけ? その子のことは、私もまぁ色々思うところはあるけれど――”

 

 いいながら、粒子の龍を切り裂く。

 先程から、ずっと処理を続けているが、どうやら大きな一群にあたってしまったようで、敵の増援に切れ目が見えない。

 まだ、視界には凄まじいまでの龍の群れが存在していた。

 

“今はそれどころじゃないでしょう。結果的にとはいえ、私の大切な人が、人達がどうにかなってしまうかもしれないのよ、あれは――世界(デウス)は絶対にここで止めなきゃいけないのよ”

 

 ――結局の所、いつだって色欲龍の大切は、そうだ。

 自分の子供達。愛おしい大切な彼らの存在が、彼女の立ち位置を決定づける理由であった。

 

「知っているか? マキナは愛されることに憧れて、少女の姿を選んだんだ。母に愛されることを願って、アンタを作ったんだ、色欲龍」

 

“――――”

 

「そんな願いを聞いて、どう思う? たとえ、許されないことを彼女がしてきたのだとしても――」

 

 はぁ、と大きなため息。

 それを聞いて、しかし色欲龍の瞳の気配が変わった。

 

 ()()()()()()()()()()()のだ。

 

 これまでが、手を抜いていたわけではない。だが、

 

“――それを聞いたら、本気にならないわけにはいかないじゃない”

 

 色欲龍の中で、集中の理由が一つ増えたのだ。

 

“――敗因。フィーちゃんのために道をつくるわ”

 

「解っているとも」

 

 そして、僕に声をかけて、僕と色欲龍は――

 

“――典嬢天花!”

 

「“L・L・O(ルーザーズ・リアトリス・オリジン)”!」

 

 迫りくる膨大な数の龍に、風穴を開ける。

 

 そして――

 

「その意気やよし! さぁ、準備は整ったわ!」

 

 フィーの熱線が、その準備を終える。

 

 

「埒を明けるわ! “嫉妬ト色欲(フォーリング・エクスリア・カノン)”!!」

 

 

 直後。あれだけ蠢いていた龍が、一気に消し飛んだ。

 ――ここにも、また空白が生まれた。

 

「……ッシ! 順調ね!」

 

「――そうだな、後少しだ」

 

 ガッツポーズをするフィーに答えて、僕は戦況を見た。

 

 今、あちこちで敵の数が少なくなりつつある。

 

 まもなく、だ。

 

 

 ――そう、まもなく。粒子の龍との戦いに決着がつく。

 

 

 終わりは、もうカウントダウンを、はじめていたのだ。



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166.傲慢にも振り下ろせ。

 ――戦況は終局へと向かいつつあった。

 大罪龍たちはその力をいかんなく発揮して、粒子の龍を蹂躙し尽くしている。優勢の何より大きい要因は、粒子の龍のスペックが僕の知るものと変化がないということだろう。

 

 対して大罪龍は、概念使いと比べても破格のスペックを有する。暴食龍は二重概念でない状態の僕でも単体なら突破できるが、この戦場では彼の獲物はまさしく無限。

 フィーも変わらず強化された状態であるため、まさしく一騎当千。

 

 そんな彼らの実力は、極まった概念使い数人でも、直接対決では勝率が五分を越えないのだ。二重概念まで到達して初めて、単騎でやりあえる差になるわけだ。

 

 だから、この決着は必然だった。

 ――しかし、それでも。

 

 僕はこの勝利に興奮していた。

 

“――敗因”

 

「……傲慢龍か」

 

 戦況を俯瞰していた僕に、傲慢龍が声をかけてきた。この戦闘中、幾度か言葉は交わしたが、しかし意思をぶつけたことはなかった。

 お互いに、目の前の敵に一撃を加えることに終始していた。

 

“お前はこの世界をどう思う?”

 

「急にどうしたんだ。まさか、その返答次第で敵に回ったりとか、しないよな?」

 

 ――敗北者の叛逆(ルーザーズ・ドメイン)。最大の誤算は()()()()()()()()()()()()だ。正直なところ、傲慢龍はここには来ないと思っていた。

 なにせ、これは僕の戦いで、彼にとって、僕とは絶対相容れない敵なのだから。

 

 強欲龍はまだ話し合いの余地がある。いくらやつが僕から何かを奪おうとしても、やつが動く理由は()()()()()()()()()()()だ。

 

 それは僕が倒したい相手であり、世界であり、最強であった。

 今もヤツが共に戦ってくれるのは、僕との決着という欲望が、この戦いの後にあるからだ。それを満たすその時まで、僕が死んでは困るからだ。

 

 しかし、傲慢龍にはそれがない。

 今、こうして僕たちが敗北者の叛逆(ルーザーズ・ドメイン)で呼び出した彼らは、あくまで過去の残滓に過ぎず、仮初の生命に過ぎない。

 

“――まぁ、平時の私であれば、そのような情けは無用と切って捨てるだろうな”

 

「だったら……」

 

“だが、相手は世界だ”

 

 そう言って、傲慢龍は遠く、未だこちらを見下ろすだけの龍を見上げた。そして睨み、鋭い視線で言い放つ。

 

“私は、自分の存在に不満はない。人間という種に絶望はない。お前に負けた今でも、私は私だと自負している”

 

 ――常に傲慢で、他者を見下し、故に対等な強者を求める傲慢龍は、今も変わらず、その高いプライドのまま、強者として君臨するために力を振るう。

 それは、相手が機械仕掛けの概念であれ、僕であれ、もしくは元の歴史における彼と敵対した人物であれ。

 

 傲慢龍は、常に勝利を掲げてきた。

 

 それが、絶対強者である自分の証明になるからだ。

 

“――だが、この世界は気に入らない。何故世界は人を作った? 神に、父に見せつけるかのように”

 

「……それが気に入らないのか?」

 

“まさか。私は父のことなど気にもとめないし、何より父は私の敵だ。しかし――”

 

 その瞳は、少女であったマキナのことを、彼なりに思い出しているように見える。――ゲームにおいて、マキナのフードの中身を唯一覗き込んだ彼は、笑みを浮かべていた。

 その真意は、一体どこにあったのだろう。

 

“――()()ではあった。いずれ越えるべき、越えなくてはならない私の敵だ”

 

「……」

 

“父が、己を偽っていることは知っている。父、と呼ぶべきではないことも”

 

「そうだったのか?」

 

 少し意外だ。あの表情は、まさか自分の想像が当たっていたからだったのか?

 

“だが、そもそもヤツにとって重要なのはそこではないのだ。ヤツが自分を偽ったのも、結局恐怖が自尊心に勝ったからだろう”

 

「……自分が受け入れられる、自信がなかったから?」

 

“そうだ。そして、それが事実であることを理解した時――私はヤツを()()()()()と思うだろう。決してヤツは、得体のしれない怪物ではないのだと”

 

 ……そうか、傲慢龍の笑みは、決して慈悲や情けなどではなく――()()()という実感だったのだろう。絶対的な盤上の主であった機械仕掛けの概念が、人の理解できる意思で動いていたことが、重要だったのだ。

 

“理解とは、生命の証だ。人は己の理解できるものだけを同族と認め、そうでないものを敵として排除する。大罪龍は共に歩むことが可能だが、魔物は永遠に排除の対象だ”

 

 ――魔物には、意思がないから。

 色欲龍や、怠惰龍のようにはなれないのだ。逆に――

 

“――言い換えれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()。私は、自分の意思で人類に敵対した。これもまた、生命の証明というわけだ”

 

「……つまり」

 

 僕は、ようやく傲慢龍の言葉を理解した。何がいいたいのか、なんのためにこの話をしているのか――答えは、とても単純なことだった。

 

 

“世界にはそれがない。意思のない世界は、生命の域から外れている”

 

 

 ああ、つまり。

 

“世界とは、この世でもっとも得体のしれない存在だ。やつが何を考えているか、お前にもわからないだろう”

 

「そうだな……でも」

 

 でも――

 

「――僕は、感謝もしている。だって、この世界に僕を呼び寄せたのは、結果として世界なのだから」

 

 すべての原因がマキナなのだとすれば、すべての理由は世界に起因する。願ったのが誰であれ、実行したのは世界なのだ。

 故に、そこは感謝もある。

 

「だからこそ、今の世界は間違っている。いや、間違いを押し付けている。――僕は、それが見ていられない」

 

“……そうか”

 

 そうして、傲慢龍は飛び上がる。

 上空から、熱線の構えに入るのだ。

 

“長く、考え続けてきた。私の傲慢が行き着く先は、果たしてなんであろうか、と”

 

 独白する。

 ――それは、まるで遺言のようだった。僕に、自分の意志を刻みつけるための、最後の言葉。ああそうだ、もうすぐ決着がつく。

 

“人類の殲滅。父が私に課した勝利条件だ。それに則り、己の勝利を追求するか”

 

 僕たちの目の前から、もはや粒子の波は消えていた。あと少し、いくつか点在する群へと向けて、攻撃が殺到し、決着がつくだろう。

 おそらくこれが――僕にとっても、傲慢龍にとっても、最後の一撃になる。

 

“人らしく生きる事に触れ、それに多少は感化されるのか”

 

 故に、僕は傲慢龍に合わせることにした。

 

()()()()()()()()が、()()()()()()()()だろうと思った。なにせ、この世界は広すぎる”

 

 無限に連なる可能性の中には、人類の守護者と成る傲慢龍もいたのだろうか。しかし、基本はそうではないはずだ。多くの場合、マキナがそうであるように、

 ()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 ああ、それが今――根底からひっくり返ろうというのだ。

 

“だが、故に――()()()()()()()()()()()()。お前は勝つのだろう、敗因”

 

「――――ああ」

 

“ならば――”

 

 傲慢龍は、不遜にも神へ向けて手をかざし、

 

 

“ケリをつけるぞ”

 

 

 そう、言い放った。

 

 そして、

 

 ――すべての者が見た。

 

 光を伴って、傲慢龍は世界(デウス)へと手をのばす。反旗を翻し、そして高らかに宣言するのだ。何が世界だ。何が神だ。

 

 世界がどれだけ否定しようと、()()()()()()()()()――と。

 

 僕も剣を構える。

 今、この時。

 

 同じ方向を絶対に向くことのなかった僕らが、同じ道の上に立った。前に進む意思を持って、隣に立った。

 

 その先にあるものが、勝利であることを確信し。

 

 

“――傲慢、されど許すものなし(プライド・オブ・エンドレス)

 

 

「――“L・L・O(ルーザーズ・リアトリス・オリジン)”!」

 

 

 直後、閃光が瞬いて。

 

 

 気がつけば、僕たちの前に粒子の龍は存在していなかった。

 

 

 ◆

 

 

 ――決着。

 アレほどまでにこの場を覆っていた龍が消え失せて、あとに残ったのは僕たちと、未だ動かぬ世界本体。ここまでは、順調すぎるほどに順調で、疑いようもないほどに、僕たちは勝利に満ちていた。

 

 しかし、だからこそ、()()()()()()()()のだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。必ず待ち受けているはずなのだ、圧倒的な敗北が。

 

 理不尽なまでの、敗因が。

 

 だからこそ、師匠はもしもに備えてリリスの概念起源を起動していたし、僕たちは何があっても、問題ないように構えていた。

 

 なのに、

 

 いや、

 

 

 ()()()()

 

 

 それを認識した時。僕らはそれを理解できなかった。

 

 

“0101110110101010111011010101111”

 

 

 それが、言葉だと。

 

 ()()()()()()()()と。

 

 理解することはできなかった。

 

 

 ――直後、僕たちは一斉に薙ぎ払われていた。

 

 

 地面に叩きつけられていると、理解できたのはそれから()()たった後のことだった。それまでの間、まるで時間の空白が生まれたかのように、僕たちはただ地面に転がっていた。

 ――時間を吹き飛ばすほどの一撃であると、理解するのにはさらに時間がかかった。

 

「みん、な――」

 

 大丈夫か、と声をかけようとして。

 

 しかし、それがかなわないことが解った。

 

 僕は、数秒だった。

 

 

 ――しかし、それ以外の誰もが今も動けないでいた。

 

 

 概念使いはすべからく概念崩壊し、大罪龍たちは――フィーと怠惰龍を除き、その姿が薄れつつある。敗北者の叛逆によって呼び出されたという事態が、かき消されたかのように。

 アンサーガもまた、同様に消えかけていた。

 

「何が、起こったんだ――?」

 

 立ち上がり、ふらふらと歩く。行く先は――一つ。怠惰龍の足元だった。そこに、この状況を分析している仲間たちがいて――そして、()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

「……無事、か?」

 

「…………わからん。なにが、どうなっているんだ? 身体が動かん。概念崩壊しているのに、痛みはない」

 

 ラインがなんとか、僕に応える。しかし、他のものはそれすらおぼつかないようだ。なんとか寄ってきたアンサーガが、代わりに応える。

 

「無様、無様、無様だね。ああでも、起きたことはとても、とてもとても単純なことさ――」

 

 そういいながら復活液を取り出すと、自分に叩きつけ、それから起き上がり、深呼吸をしてから続ける。――どうやら、他の皆も、概念使いに関しては復活液で問題はなさそうだ。

 

「――世界は三つの概念で出来ている。時間、空間、そして生命。これが何を意味するかわかるかい?」

 

「何って――」

 

 三つの概念が可能性によって束ねられ、そして今、それが解かれた。とすれば、今の世界は、単なる三つの概念でしかないのではないか。

 

 ……いや、それってつまり。

 

()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 まるで、バフが重複しているかのように。――この世界ではバフが重複する。それもまた、世界のバグの一つなのではないか? 本来であればそれはルーザーズ・ドメインだけの仕様。

 決してバグではない。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 現に、それが要因となってバグが引き起こされているではないか。

 

 だとしたら――概念が重なるということは、すなわち。

 

 

()()()()

 

 

 それが、神たる世界(デウス)の絶対性の証明だった。

 

「さて、ようやく世界の手札が見えたわけだけどねぇ――概念を重ねるということは、すなわち乗算だ。ただでさえ厄介な概念が、三つも重なれば――」

 

 決定的に、アンサーガは絶望を告げる。

 

 

「この世界(デウス)は、一体どうなってしまうんだろうね?」

 

 

 同時にそれは、世界との真なる決戦の、合図でもあった。



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167.三重概念。

「――今、世界(デウス)が行ったのは、可能性の否定ではないかと思うの」

 

 復活液を受け取り、なんとか起き上がったミルカは言う。

 

「それは、マキナの能力じゃないか? マキナの力は、たった今全て剥ぎ取ったはずだ」

 

「ううん。それはそうなんだけど、それを自分の力で再現してるんじゃないかと思うのよ。概念技ってことね」

 

「……なるほど」

 

 マキナだって、可能性を操るとはいっても、元は小さな粒子の粒という概念でしかない。それを拡大解釈し、あらゆる存在の根源であるとしたことで、可能性を操る力を身に着けたのだ。

 

「この世界は、可能性そのものである機械仕掛けの概念が手づからに選んだ、()()()()()()()()()()()()で構成された世界。可能性に、もっとも近い概念を世界(デウス)は持っている、とも言える」

 

「まぁ、時間も、空間も、生命も、可能性の塊っていわれりゃあ、そんな気はしてくるな」

 

 アンサーガの補足に、ラインが納得したようにうなずいた。

 見れば、他の者達も続々と起き上がり、こちらへと歩み寄ってくる。――世界は行動を起こしてはいない。不気味なほどに沈黙していた。

 

 大罪龍たちは、世界をにらみ沈黙している。こちらも消失にはもう少し時間がかかりそうだが、故に油断なく次を待っているのだろう。

 分析は、概念使いたちの仕事であるとも言えた。

 

「で、それら三つが重なった三重概念――時間空間生命の世界(デウス)ってことっすか」

 

「なんだかしまらないな」

 

 シェルの苦笑、まぁ、そもそも世界というのがこの三つの概念を内包しているわけだから、世界で括ってしまって問題ないだろう。

 ともあれ、

 

「――攻撃を受けた時、存在が朧気に成るような感覚を覚えた。アレが可能性の否定っていうんなら、たしかにそれはその通りだろうね」

 

 ……?

 そうか、と首をかしげる。僕は一瞬意識に空白が生まれたが、それだけだった。アルケの言葉に言うような感覚は身に覚えがない。

 とはいえ、少し考えると()()()()()()()なのだと気がつく。

 

「だが、消失はしてない。してない、してないんだよねぇ。――アレは本気じゃないってこと、言わなくてもわかるよね?」

 

 アンサーガの言葉に、一同は沈黙した。リリスの概念起源を貫通して概念崩壊を齎すが、生命までは奪わない。現に、概念化していない大罪龍であるフィーと怠惰龍も、苦しそうにはしているが健在だ。

 

「アレは射程を合わせてるんだと僕は思うね。だってだってだって、()()()()()()()()()()()()()()()()()だもの、感覚違いはどうしたって起きる」

 

「……希望的観測だな」

 

「アレで全滅していてもおかしくなかったんだ。希望的観測こそが、今は僕たちにとって最後の武器であると思うけどね」

 

 シェルの不安を切って捨て、アンサーガは道化のごとくクスクスと笑う。不気味な容姿に、それはこの上なく似合うけれど、今この状態で彼女のおどけた言動は、ある意味救いでもあると思った。

 なにより、この場においてもっとも衣物に詳しい彼女の言葉は、誰よりも信用に値する。

 

「もちろん、その最後の武器は――君の手の中にある、解っているかい、敗因」

 

「……ああ」

 

 そして、これもまたまったくもってアンサーガの言う通り。

 僕にはまだ、希望があった。

 

 

()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それは、最初から感じていた違和感ではあった。本来、概念崩壊すれば身体には激痛が走る。それがなかった。何より自由に動き回れた。他のものには復活液が必須だったのに。

 

「考えてみれば当然だ。なにせ僕はこの世界の可能性ではない。()()()()()()()()に衝撃を与えるあの一撃は、僕には効果が薄かったんだ」

 

 そして、その上で、感触を思い出してみて思う。アレが概念技だというのなら、僕は――

 

「僕はアレを()()()()()。アレと同じ舞台に立てれば……の話だけど」

 

「……つまり、どういうことだ?」

 

「位階が足りてないんだよ。というよりも、存在する次元が違う、というか。通常の概念化と二重概念ではそう違いもなかったけど――三重概念ともなると、立っている舞台が違いすぎる」

 

 百と百をかけても一万だ。その桁は二つしか違わない。だが、ここにさらに百をかければ桁は更に二つも違ってくる。何より、一万は百を百人集めればいいが、百万は一万を百人あつめなくてはならないのだ。

 この場に、それだけの人材はいない。

 

 だからこそ、もっと簡単な方法を取る必要がある。

 

「――フィー!」

 

「……なに、よ」

 

 フラフラと、今にも倒れてしまいそうになりながら、なんとか世界を睨んでいた彼女に声をかける。かなりつらそうで、僕は近寄って彼女に肩を貸し、そのまま話しかける。

 

「今から言うことを、君は実行できるかい?」

 

「まずは言ってみなさいよ」

 

 では、と僕は少しだけ息を吸って――ちょっとだけ、覚悟がいる。なにせこれは――――

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()

 

 

「な――」

 

 にを言っているのだと、続けようとする彼女よりはやく、僕は続けた。

 

「それを君とルクスの能力で、どちらかを取り込んだ状態で目覚めさせることはできるかい?」

 

「そ、れは……」

 

 言われて、フィーは考える。胸に手を当てて、確かめるように。――その顔には、少しの不安が張り付いていた。僕の言葉に、それを感じる要因はあっただろう。

 

「……できる。でも、それになんの意味があるのよ。やっても、()()()()()()()()()じゃない」

 

「いや――」

 

 逆転の一手。

 それがこの封印と、フィーによる解除だったのだ。

 そもそも考えてみれば、僕は自分の封印で千年も待つ必要はないのである。可能性の世界で嫉妬龍に救いを与えるための手段としてルクスを目覚めさせることを思いついた時。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 できるかどうか。

 何より、やる意味があるかどうか、という疑問はあるのだが。まさか本当に、世界が三つの概念を重ねてくるとは。である以上、逆転のために、これは絶対にしなくてはならないことだ。

 

()()()()()()()、3つ目の概念が。僕には、外付けで備わっている概念がある」

 

 それは――

 

 

()()()()。それも同時に融合させれば、僕は三重概念を得る」

 

 

「――――」

 

 驚愕し、フィーが目を見開く。呆けたように、しかし――次第にそれが怒りへと変わる。彼女も理解したのだろう。理解せざるを得ないのだろう。付き合いの長さから、こういう時僕が持ち出す策が無茶なものであることを。

 そして、実際それはその通りなのだ。

 

「――世界(アレ)と同じになるってことじゃない、それって! あんなバグまみれのやつと同じになる!? 冗談じゃないわよ!」

 

 叫ぶ。

 

「第一、弱体化を三つ重ねるとバグの温床に成るって、アタシだって知ってるのよ!? 三重概念も同じことでしょう!」

 

「……かもね」

 

 だが、だとしても。

 

「――止まる理由にはならないって、フィーも解ってるだろ?」

 

「だから!!」

 

 バッと、僕から離れて、フィーは叫ぶ。必死に、すがりつくように、()()()()()()()ように。

 

「解ってるから言ってるのよ! アンタは言っても止まらない! たとえどんな低い可能性だとしても、どんな理不尽な未来だろうと、突っ込んでいくって!!」

 

「なら――」

 

()()()()()()()()()()()()()じゃない! なら、私はアンタに文句を言うしかないのよ! そうしなきゃ、アタシが納得できないし!」

 

 顔を上げて、僕を睨んで、そして。

 

 

「それがなくって、()()()()()()()()()()()()()()アタシは永遠に後悔するんだもの!」

 

 

 それは――

 

 激励だった。

 

 決して、僕を引き止めるためのものではない。

 

 枷にするためのものではない。

 

 こうすることで、僕が少しでもフィーたちの未練になることを願うから。少しでも、僕が前に進む活力に成ることを祈るから。

 

「――僕は、旅をしてきた」

 

 それに、応えるように。

 

「多くの出会いや、多くの理不尽に見舞われてきた。この世界は僕にとって既知の世界だったけど。この世界の経験はすべてが未知だった」

 

 僕は綴る。

 

「――未知ほど怖いものはない。勝てるかどうかわからない恐怖ほど怖いものはない。負けると解っているならまだ良いほうだ。それをひっくり返してしまえばいいのだから」

 

 自分の手に収まった概念の剣を見つめ。

 

「この先は、全てが未知だ。世界という敵も、マキナを救えるかどうかすら。僕には全くもってそれがわからない」

 

 遥か遠く、こちらを待ち構えるように佇む龍を見た。

 

「――でも、僕には後ろに、多くの既知がある。知って、納得して、わかり合って。そうして作ってきたッ道がある!」

 

 そして、

 

 

「――もうすぐ次が来るぞ! また世界が震え始めた!」

 

 

 僕に声をかける人がいた。

 師匠が、紫電の翼を展開し、空から僕に呼びかける。

 

 

「もう時間がないの! 勝利の可能性は、もう貴方にしか残されてないの!!」

 

 

 リリスが、叫びながら手を振るう。

 隣には、半透明の百夜もいて。

 

 

 ――遠くには、僕の敵がいた。

 

 

“011011101101010101――――”

 

 ノイズと共に、何かを出力する世界という龍に対し。

 

 僕は、最後の一手を開放する。

 

 

「起動しろ! 世界が負けろと押し付けた! 理不尽を逆転に変えるんだ!! “W・W(ワールド・ウォンテッド)”!!」

 

 

 自分の中で、何かが一つに絡まっていくのがわかる。

 自分と自分が、自分と自分でないものが。自分でないものと自分でないものが。何もかもが一つになっていくのがわかる。

 

 不可思議な感覚は、僕という個人を薄れさせる。

 ああ、これは――

 

 ――そうだな、これは怖いと思うよな。

 

 一人になってしまうという感覚。

 

 置いていかれるという錯覚。

 

 孤独だという自覚。

 

 きっと、これがマキナの感じていた感覚で――今の彼女には、それすらも救いになってしまうほど、多くの絶望がのしかかっているのだ。

 

 それは――

 

 

「認められるわけッ! ないでしょ!!」

 

 

 フィーが、封をこじ開けた。

 

 剣に力が宿る。

 

 身体に芯が入る。

 

 熱が心に灯りだす。

 

「――認められるか! ただ負けるしかないなんて! 世界がそうした通りに動くしかないなんて!!」

 

 叫びと共に、フィーは僕を送り出す。

 

「行け!! アンタの底力、何も知らない世界に見せつけてやるのよ――――!!」

 

 ――ああ。

 

 それは、答えなど必要ないだろう。

 

 

“01111101110101010101011101101011000001”

 

 

 既に、切り払わなければならない消失は迫ってきているのだから。

 

 ――それは、可能性の消失だった。

 否定ではない。この世界から、存在そのものを消してしまう決定的な拒絶。こうして直接相対し、()()()()()()()がなくなったからこそ。

 マキナの支配下から外れたからこそ、世界は自由にそれを振るえるのだ。

 

 だから、

 

 

「――――無駄だ」

 

 

 光のごとく飛び出した閃光が、

 

 ()()

 

 

 その一撃を、一刀のもとに斬り伏せた。

 

 

 空に、僕は立っている。変化はない。もとより、僕が既に持っていたものを、掛け合わせて積み上げたのが今だ。だが、それでも。

 

 心にあるものは、違っていた。

 

 

「可能性は否定させない。消失だって望んでいない。誰だって、生きたいんだ!」

 

 

 故に、宣戦布告する。

 

 さぁ、世界。

 

 

「――アンタがそれを望まなくたって、生きている誰かは、望んでいるんだ。それをアンタに、否定はさせない!」

 

 

 アンタの敵が、やってきたぞ。




完結まで予約投稿完了しました。残るは後少しですが、最後までお付き合いいただけると幸いです


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168.積み上げて、積み重ねて。

「ッオ、オオオオオオッ!!」

 

 叫びながら、滑走する。空を、まるで地面のように駆けるのだ。これは、とても単純なことだ。この世界の空という概念より、僕という概念のほうが位階が高い。

 だから自由に干渉できる。空は、もはやなにもない空白ではなく、僕が自由に思い描いた道を印す場所だった。

 

 三重概念。本当に次元が違う領域であった。

 あらゆる概念を、思うがままに、強引に捻じ曲げてねじ伏せる。僕の身体スペックは劇的に向上してはいるが、そこまでではない。

 素のスペック自体は、強欲の二重概念とそう変わるものではないだろう。

 

 だが、できることが増えすぎた。あらゆる概念の頂点に立ったことで、それに対しての優位性があまりにも大きすぎるのだ。

 そしてそれは、世界(デウス)も全く同じであるようだった。

 

 前進する僕の目の前の空間が突如として歪む。その歪みは一瞬にして広がって、()()()()()()()()、あらゆる自然現象を、考えられる限りの属性的な攻撃を、一斉に生み出して攻撃してくる。

 

 それを僕は、切断という概念でもって消し飛ばす。どちらも、直接的な三重概念の激突ではない。単なる余波。これの対処は、きっと他のものでもできるだろう。

 だが、()()()()()()ということ自体が、世界という存在が、三重概念という存在が、一つ上の次元にあることを示していた。

 

「っづ、おおお!」

 

 駆けながら、世界の余波を捌きながら思う。

 ――この力は、世界に対して重すぎる。ここが世界という盤上の外でなかったら、三重概念の存在そのものに、世界が耐えられないだろう。

 だから、ここでしかこの力は振るえない。世界も僕も、お互いに。

 

 故に、こそ。

 

 この場所で、僕は、世界は! 思う存分にそれを振るうのだ!

 

「アンタは――間違っている! 世界(デウス)! 誰かに理不尽を強いる世界に、なんの意味がある!!」

 

 答えはない。

 ただ、機械的に概念を吐き出すだけ。火炎だろうが、斬撃だろうが、爆破だろうが、閃光だろうが。全てはその場において、有効であると考える一手であるから打っているにすぎない。

 僕を追い詰めるためだけに、奴はすべての概念を踏み台にする。

 

 僕もまた、それは同様であったが――しかし。

 

 世界のそれは、あまりにも横暴がすぎると思った。

 

「何故そうもがむしゃらに概念を振るう! 概念という根底すら、アンタにとっては手段でしかないのか!?」

 

 返答は、ない。

 だが、たどり着いた。僕が、世界の上段に。

 

 

 ――眼を見張るほど、大きな龍の巨体があった。

 

 

 眼前に、うつろな瞳が、虚空を思わせる顔が広がっていて、()()()()()()()()()()()()()()()()()。あまりにも近すぎるが故に、顔の奥が見通せない。だが、顔すらも、世界の一部でしかない。

 

 意思は、感じられなかった。

 

 剣を構える。こうなれば、世界(デウス)とて対応しないわけにはいかない。

 こちらに反応するつもりはなかったとしても、世界は僕と敵対する反応はみせているのだから。()()()()()()()をぶつければ、やつも自分の概念を使わざるを得ない。

 

「“D・S・S(ドメイン・スロウ・スラッシュ・)・R(リライジング)”!」

 

 もはや概念の極点と化した僕の一撃は、ドメインの名を冠し始めた。

 しかしそれでも、相手は世界という概念そのものだ。

 

“0101110101011010101110101101”

 

 何かの振動とともに、振り下ろした僕の刃へ、()()が叩きつけられた。

 

「――っ!」

 

 おもわず、息を呑みながら刃に力を込めて、横に吹き飛ぶ。何度か回転し、空中に着地した後、それを見た。

 

 ()()だった。理解はできない。知覚はできない。だが、たしかに間違いなくそこにある。あるとわかるのになにもない。

 なにもないのにたしかに存在する。そんな何かが、僕の目の前で渦巻いていた。

 

 しいて、それを言葉にするなら――

 

「……データ?」

 

 データ。情報と言い換えてもいい。形を持たないが、確かに存在する何かであり、形を持たずとも世界に干渉しうる何かである、とも言えた。

 そもそも世界に干渉するには、概念という手段が必要だ。それは言ってしまえば変換器であり、出力デバイス。元は単なるデータでしかないのだ。それを、形にするために概念が必要であるだけ。

 

 ならば、その大本となる概念ならば、そもそも変換などという無駄な工程は必要ないのでは?

 

 つまり、アレは――

 

 破壊であり、

 

 創造であり、

 

 消失であり、

 

 顕在であった。

 

 もはや頭がパンクしてしまいそうだが、あの()()という攻撃はつまり、それだけで、斬撃すら、火炎すら、爆破すら、閃光すらまかなえてしまう、万能極まりないエネルギーなのだろう。

 

 おそらく、通常の概念で相対すれば、即座にそれを抑える概念が適応され、意味をなくす。

 

 端的に言ってしまえば、世界(デウス)の能力とはつまり――

 

 

 ()()()()

 

 

 やつの直接的な概念は、そのすべてがそういった能力を有するのだろうと、推察できた。

 

「……くそっ!」

 

 そんな情報が、あちこちにばらまかれるのを感じ、僕は距離を取る。アレはだめだ。こちらの三重概念は一人の人間が有する三重概念。世界そのものとは出力が違う。

 それでもなんとか攻撃をぶつけ合うことはできるが、ただぶつけることができる、というだけで、()()()()()以上の意味はない。

 

 飛び回り、情報を切り払いながら、僕は駆ける。

 とにかく追いつかれてはだめだ。切り払ってはいるが、切り捨ててはいない。ただ遠くに追いやっただけで、情報をかき消せてはいないのだ。

 

 故に、データは無限に増えていく。いずれ僕の周囲を、情報という檻が囲むだろう。そうなっては、完全にこちらの詰みになる。

 それだけは、さけなくてはならない。

 

「“D・B・B(ドメイン・ブレイク・バレット・)・W(ライティング)”!」

 

 散弾を放つ。それらの多くはデータによって弾かれるが、いくつかは大きく大きく遠回りをし、龍の体の端に叩きつけられる。

 しかし、ダメージには到底ならないだろう。世界という概念があまりにも強大すぎるがゆえに、一発一発は価値がないのだ。

 

 ある程度以上のダメージを与えなければ、それは弾かれる。防御力が高すぎるというわけだ。

 

「“D・S・S(ドメイン・スロウ・スラッシュ・)・R(リライジング)”!」

 

 虚空へ向かって剣を放つ。迫りくる情報を無敵時間でやり過ごす意味もあるが、この場合はそれだけではない。剣は、空間を切り裂き、そこに()()が残った。

 概念で、刃を空にうみだしたのだ。そしてさらに、()()の概念でそれをうちだす。

 

 ()()を加えて、散弾にすることも忘れない。

 

 ブレイクバレットと同様に、斬撃もやたらめったらにぶっ放し、弾かれようとも、多少を敵に叩きつける。これもまた、弾かれた。

 

 そのまま、僕はデータという脅威から逃げ回りつつ、ひたすらに散弾を敵に叩きつけ、ぶつけ続けた。当てることは容易ではない。そもそも、今もデータは僕を追い詰めつつある。

 

“010101110101010101101010111111”

 

 世界が雄叫びとともにデータを放出し続ける。無限にも思えるそれは、実際に無限に生み出すことができるのだろう。

 なんてったって、この世界を作ったエネルギー源そのものなのだから、こいつは。

 

「だが――!」

 

 まだ、届かない。

 僕はデータに呑まれてはいない。

 

 剣を叩きつけ、足で踏みつけ、概念を囮に、距離をとった。データは機械的にあらゆる概念を飲み込んでいるに過ぎず、誘導は可能だ。

 散弾にもそういった意味合いは多分に含まれる。当てれば概念を消失させるために一瞬でも停滞するし、目まぐるしく変化する戦場で、概念によって起きる破壊は、自分の位置に対する目印にもなった。

 

 今、僕は龍の背を駆けている。

 

 仲間たちとは大いに離れ、ここは一人だ。

 孤独ではある。だが、それを意識している暇はない。今も、四方八方からデータが僕を襲っていた。詰みはあと一手。もはや一刻の猶予もない。

 

 その時だった。

 

 僕の目の前で、データは一瞬動きを止める。まるで何かを考え込むかのように、それは――獲物を前に調理の手段を考えるかのような仕草だった。

 

 もっと言えば――

 

 

 ――投了への手順を、確認しているかのようだった。

 

 

「――ッ!」

 

 直後、データは俊敏に動き出す。その動作は先程とは比べ物にならないほど洗練されていて、切り払い、散弾をぶつけ、概念を囮にしても、緩まなかった。

 

 理解できた。

 

 この状況は詰んでいる。一手ずつ、敗北へとヤツは僕を誘導しているのだ。

 

 

 気がつけば、僕の周囲はすべて、データによって覆われていた。

 

 

「ここまで、か――!」

 

 剣をぶつけ、その感触を確かめる。

 

 データはそこから、少しばかりの停滞を見せる。確認しているのだろう。これで本当に、僕という存在を抹消することができるのか。

 無慈悲にも、品定めをしているのだ。

 

 ああ、本当に――

 

「アンタは、どこまでも合理的で、無慈悲な存在だよ。ここまで来て、油断の一つもしやしない」

 

 そして、僕の言葉に反応するように――しかし、そんな思惑など実際には一切存在せず――ただ、機械的にデータは判断を下した。

 

 僕を滅ぼし、抹消すると。

 

「――だからこそ」

 

 そして、僕は。

 

 

()()()()()()()()()だ!」

 

 

 叫び、そして。

 

 

「“◇・◇(スクエア・スクランブル)”!」

 

 

 切り札を、切る。

 想定の外から、僕は一瞬にしてギアを上げ。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、データの群れを切り払った。

 

 

 そう、ここまで僕は追い詰められていたが、布石も打っていた。

 弱体化。デバフ。能力低下。

 

 なんでもかまわないが、本来それは同じ技では重複しない。だが、()()()()であれば話は別だ。そもそも、三重という考え方自体、デバフが重複することからきているのだから。

 

 バグの塊にして、バグの象徴。重なりに重なったデバフは、世界を僕のところに落とすまでに至った。

 

 僕は世界の背にケリを入れて、飛び上がる。

 

 勢いよく、龍の背が吹き飛ばされ、飛び上がった僕に、世界(デウス)は虚無なる瞳を向ける。

 

 そこへ、

 

 

「限界を知って、地に落ちろ! “D・L・L(ドメイン・ルーザーズ・リアトリス)・O(・オリジン)”!」

 

 

 やつの防御を貫くほどの一撃が。

 

 ()()()()()()()()()()()()によってデバフされ続けてきた防御を貫く一撃が。

 

 

 世界の眼前に、叩きつけられた。



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169.受け継がれていくもの

 龍が揺れる。あり得ざる衝撃に、根負けするように。

 のたうち、その揺れが、世界すべてを震わせる。龍の顔に変化はない。だが、この一撃が効いていないとは言わせない。何より――

 

 ――僕の周囲に展開していた、データがすべて消失している。

 

 つまり。

 

 

「今だ!! 全員でありったけ打ち込めぇ!!」

 

 

 ここからが、本題だ。

 

 ――防御力が高い世界(デウス)の防御をすり減らし、更には大きな隙を作る。それがこの攻防の目的だった。いくら僕がやつと対等に戦えると言っても、その耐久をすべて削りきるには膨大な時間がかかる。

 その間に、この体にバグが起きないとは限らない。

 

 故に、僕が作るのはきっかけだった。今の一撃は十二分に大打撃と成っていたが、それでも、本命はこちらだったのだ。

 

 

“待ってたぜ、クソ野郎がぁあああ!!”

 

 

 先陣を切ったのは強欲龍だった。既に準備を終えていたのか、手には二本の大斧。それだけではない、奴はコンボを叩き終える準備すら終えている。

 

 待ち切れなさすぎだろう。叫ぶ暇もなく。

 

天地破砕・強欲裂波(ワールド・エンド)!”

 

 一閃。龍に奴は風穴を開ける。

 ――強欲。すべてを奪う龍の前に、()()()があらわとなった今の状況は、果たしてどう映るだろう。

 

 

“――こいつを見ていると、儂は自分が情けなくなる”

 

“ハッ、サイズ差にチビッちまうからか!?”

 

 

 次に飛び込んだのは、暴食と憤怒。

 憤怒は既にチャージを終えて、暴食は総勢20体。僕たちとの戦闘では拝むことの出来なかった――どころか、ゲームですら見る機会のなかった最大数が、ここにいる。

 

“こいつを打倒することに、儂が怒りではなく、興奮を覚えているからだ! 憤怒(ラース)ッ!!”

 

“だよなぁ! 俺たちにクソ見てぇな筋書きを押し付けたことを後悔させてやろうじゃないか! E()A()T()E()R()s()/()S()E()V()E()N()s()!!”

 

 人類の敵として、世界の敵として最後まで戦った彼らにとって、これはかつてと何ら変わらない行動なのだろう。――無数の火球と、最強の熱線が、同時に世界へ突き刺さった。

 

 

“――面倒だ”

 

 

 そして、怠惰が空を征く。背には、概念使い達がいた。

 

「アタシたちがこんなに近づいちゃって大丈夫なんすか!?」

 

「なぁに、死んだら敗因を恨んでやろうじゃないか!」

 

 姉の言葉に、いやあああああ! と叫ぶイルミ。楽しげに、シェルとミルカが笑っていた。

 

「一つでも、やれることをするぞ。でなきゃ、ここに来た意味がないからな!」

 

“来なくても、私は構わなかったのだがな”

 

「まぁ、まぁ」

 

 ――アンサーガが、父をなだめるように言う。そういえば、この二人が言葉を交わすところは、はじめて見たな。それも、友好的に、なんてのは、ゲームでだって見られなかった光景だ。

 

「僕は父さんとともに戦えるだけで十分で、十分で、十分何だけどねぇ」

 

“――私は、お前が壮健であるだけで十分だ”

 

 はは、と笑みをうかべ、アンサーガは剣を振り上げる。

 概念使いたちが概念武器を手に怠惰龍から飛び降りて――アンサーガが、その殿を務めた。

 

 直後。

 

“ハメツ”

 

 ――怠惰であるが、怠惰であってもなお子を思う、スローシウスの熱線が、突き刺さった。

 

 

“――ああもう! 勢い良すぎよぉ!”

 

 

 そして、後方では色欲龍が文句を言っていた。先走って我先にと攻撃を叩き込む彼らにもそうだろうが――この場合はリリスのことか。

 

「ごめんなさいなの! でも、リリスは百夜と一緒に旅をするって決めましたの! たまには顔をみせますの!!」

 

“でもでもでも! 寂しいものは寂しいのよぉ! リリスちゃん、本当にいい子なんだからー!”

 

“安心して、色欲龍”

 

 話しかけるのは、半透明の百夜。ゲームでは、色欲と百夜は白光と共にフィナーレのメインキャラを務める存在だ。ある意味、懐かしい光景だと言える。

 この世界では、ほとんど繋がりはないのだけど。

 

“リリスは私が幸せにする”

 

“こ、この泥棒猫ー!”

 

 ――僕と同じ立ち位置に落ち着く辺り、案外この世界の僕たちはそういう星のめぐりなのかもしれない。

 

「とにかく! とっておき行きますの!!」

 

 さて、先程からリリスが主導権を握っているが、なんとなく、僕はその理由がわかる。とっておき――リリスはカウンターを使うつもりだ。何を返す? 答えは決まっている。

 色欲龍もうなずき、熱線を構え。

 

“典嬢天花!”

 

「“H×R(ホーリィ・アンド・レイン)”!」

 

 ――そしてリリスは、()()()()()()()()()()()()()()を叩きつけた。可能性を消失させる、決定的な一撃だった。

 

 

「――本当にすごいな」

 

「……ここまで、とは思わなかったわね」

 

 

 フィーと、そして師匠が感慨深げにその光景を眺めながら言う。彼女たちにとって、それは隣からずっと眺めてきた、僕の旅路の集大成なのだろう。

 どこか、その姿は誇らしげだ。

 

「――誰もが自分の思いに素直に戦っている」

 

「そりゃそうでしょう、これが最後の戦いなんだから。悔いはないようにしなきゃ」

 

 そして、目を合わせて、互いに苦笑して。

 

「なら、私達も――」

 

「――思いの丈、全部ぶつけるべきよね!」

 

 同意とともに、二人は自身の最強を開放する。それは、最強の技でもあり、彼女たちにとって、自分を最強たらしめる、()()でもあった。

 

「私は――!」

 

「あいつのことが――!!」

 

 思わず、恥ずかしくなってしまいそうな、

 

 

「世界で一番、大好きなんだ!!」

 

「この世界の何よりも、愛してるのよ!!」

 

 

「――“V・V(ヴァイオレント・ヴォルテックス)”!」

 

「“嫉妬ト色欲(フォーリング・エクスリア・カノン)”!」

 

 紫電と嫉妬の雷撃と焔が、世界中に届くほどの告白を響かせた。

 

 

“――もはやお前にかける言葉はない”

 

 

 そして、傲慢龍プライドレムが、その準備を終えた。

 

“変化の象徴でありながら、可能性の化身でありながら、可能性を愚かにも縛り続けた愚物よ、その役目を終えよ”

 

 やつの言葉には、怒りがあった。

 ――珍しく、怒りを覚えていたのだろう。失望でも、傲慢でもない純粋な怒りを。

 

 それが、

 

傲慢、されど許すものなし(プライド・オブ・エンドレス)

 

 ――今、全力でもって叩きつけられる。

 

 

 ――龍は、苦しんでいた。

 

 

 世界は、のたうち回っていた。

 痛み、苦しみ、もがくように。しかし、()()()()()()()()。これでも、まだ奴は諦めないというのか。いや、それどころか――

 

「――ッ! みんな、下がれ!!」

 

 ――反撃の糸口を、見いだしたかのように動き出す。

 

 僕は、即座に飛び出していた。もとより距離をある程度とっていた仲間たちの先を駆け抜けて、そして――激突した。

 

 

 龍が、信じられないほどの速度で突っ込んできたのだ。

 

 

「ぐ、あ、がああああああああっ!」

 

 二刀の剣を交差させ、それを受け止める。龍が、世界がうごめいている。悪あがきか? 否、逆転だ。こいつは反撃に打って出たのだ。

 それは、どういうことか。

 

 ()()()()()のだ。

 

 何を? ()()()()()()()()()()()()に、時間を歪めて。故に、身動きままならないはずの龍の巨体は強引に動いていた。

 一度、動き出せば止まることすら叶わないだろう。

 

 それを、僕は正面から受け止めていた。

 もちろん、受け止めきれるはずはないのだが。

 

 そもそも、ヤツの行動はこれだけでは終わらないのだ。

 

 ――直後。

 

“101011101010101101010101101011101111010101010010001”

 

 咆哮。

 ――それは、先程と同じだ。

 

 この空間の可能性に襲いかかる、可能性の消失だった。

 

 

 瞬間、僕以外のすべてが、等しく薙ぎ払われる。

 

 

 ――――一瞬、意識に空白が生まれる。未だ、世界に僕は襲われているというのに。故に必然、僕は吹き飛ばされる。存在すら消し飛ばしてしまいそうな勢いで、

 

 しかし、

 

 ()()()()()()()()()

 

 ――ギリギリで、踏みとどまった。

 

 それは、何故か。

 

 

「――ひやひやさせてくれるな」

 

 

 師匠が、僕の背を支えていた。紫電の翼で空に浮かび、僕を後押しするように。

 

「ししょ、う――」

 

「呆けるな! 反撃に移るぞ! これが最後のチャンスだと思え!」

 

 そう叫ぶ師匠の紫電は、薄くとけかかっているように見えた。それは、そう。()()()()()()()()()()()()()()()のだろう。

 これが最後だという、師匠の言葉は等しく正しい。

 

「――どうして」

 

「ふふ、簡単なことさ。――父が守ってくれたんだ」

 

 ああ、そうか。ラインに教えられた師匠の父の概念起源。僕が知ることのない、僕たちでは知りようのなかった可能性が、こんなところにつながったのだ。

 

「効果は――反転。“R・R(リバーサル・リバーシブル)”は、対象のすべてを反転させる力がある」

 

 それは、世界という概念に対しては効果は薄いだろう。だが、()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()だ。だから、一つの概念に対してなら、効果は問題なく適応される。

 

「そして――他の皆も無事だ。理由は、君ならわかるだろう?」

 

「……世界が計算を、間違えていた」

 

 見れば、後方では先程と同じように倒れながらも、消失していない仲間たちの姿が見える。――敗北者の叛逆で呼び出した大罪龍たちは、もはや限界なのか、その体は半分以上透けていたが。

 

「師匠は――」

 

「私は、あれが来ると解った時に、君に飛びついたんだ。それと同時に概念起源を発動させた……君という可能性は、私を守ってくれると思ったからな」

 

 そして、停止した世界を見る。

 ――その停止は、困惑であるように見えた。状況に処理が追いつかないのだと、そう思えた。

 

「可能性とは、常に変化するものだ。いくら計算しようと、計算した瞬間にその計算を越えてしまえば、消失は成立しない」

 

「……ですが、それが向こうにも解ってしまえば、奴は消失を()()し始めます」

 

 なにせ、一撃必殺とはいかなくとも、この一撃は僕たちを壊滅させるには十分だ。だから、つまり、僕はここで決めるしかない。

 やつが困惑している今しか、勝機はないのだ。

 

「――行くぞ」

 

「……はい!」

 

 

 そして、僕たちは剣を掲げた。

 

 

 そこに師匠の紫電が絡まっていく。

 

「――翼の分もそこに乗せる。頼むから、私を落とさないでくれよ」

 

「解っています。絶対に離しません」

 

 そうやって冗談を飛ばすように言い合って。

 世界を見た。

 

 ――虚無に満ちた、顔をしていた。

 

 こいつには、何を言っても意味はない。だから、僕が呼びかけるべきは――

 

「――――マキナ! 見ているか!」

 

 それに囚われた、僕たちが救うべき少女だ。

 

「可能性というやつはすごいだろう! たとえどれだけ世界が否定しても、次から次へと可能性は生まれてくる! 君がどれだけ否定しようと!」

 

 僕は、僕の思うがままに、叫ぶのだ。

 

 

「これから君には、君が救われる可能性が、無限に待っているんだぞ!」

 

 

 そして、師匠を抱えて飛び出す。

 今、僕にコンボはない。必要ない、ここまでくれば――後は、これを叩き込むだけで十分だ。

 

 進め! 勝ち取れ! 言ってやれ!

 

「マキナ――もう一度、手を伸ばせ――――!!」

 

 僕は君を、

 君を、救いたいんだ!

 

 

 そんな、叫びは。

 

 

 魂のすべてを賭けた一撃は、

 

 

 ()()()()()()()()

 

 

「――な」

 

「……え?」

 

 師匠と僕が、同時に呆けたように言葉を発して。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「し、師匠!?」

 

 叫ぶ、だが、理由はあまりにも明白だった。

 

「お、おい、君――身体が!」

 

 落ちながら、紫電の翼を展開させ、師匠がとどまる。そんな師匠の言葉に、僕は自分を見回した。そして――即座に理解した。

 理解、させられた。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それは、

 

 世界と同じ、

 

 変わらない。

 

 ()()だ。

 

 僕の存在がバグと化し、僕は、この世界に存在しないものとして、消え去ろうとしているのだ。

 

 見上げる。――龍は今だ健在だった。

 

 ああ、どうしてか。

 

 僕には、その無慈悲なまでの虚無な顔が。

 

 何一つ感情を映さない、合理で出来ただけの顔が。

 

 

 ()()()()()()()()見えて、思えてならなかった。

 

 

 不思議と、恐怖も怒りも、感じなかった。師匠の声が、遠くから聞こえる。アレは、なんと言っているのだろう。ノイズに塗れた僕の耳には、それが何であるかは終ぞわからなかった。

 

 それが終わりなのかと。

 

 ――これでお終いなのかと。

 

 僕が感じていたのは――

 

 きっと。

 

 

 ――――その時、だった。

 

 

()()()

 

 

 聞こえないはずの、声が聞こえた。

 僕自身の状態のせいでもあり、そしてなにより、声なんて発せられないはずの少女の声が。

 

 

“それだけは、だめだ。君は――バグなんかじゃない”

 

 

「――――()()()?」

 

 

 助けなくてはならない少女の声が、

 

 

“君は助からなきゃダメなんだ、敗因”

 

 

 聞こえていた。



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170.別れ。

 ――僕は、長時間に渡る三重概念で、バグを蓄積させていた。

 それが最悪のタイミングで、あと一歩というところで爆発したのだ。この世界のバグと成り果てた僕は、共にいた師匠に触れることすらできなくなっていた。

 

 しかし、だからだろうか。その代わりと言わんばかりに、少女の声は僕に届いた。

 

「マキ、ナ――」

 

“今すぐ三重概念を解除するんだ、敗因。そうすれば君はまだ間に合う”

 

「だが、そうしたら君は――」

 

“ボクは、大丈夫”

 

 声だけの少女は、そう言って僕を安心させようとしているのだろう。けれども、そんなことできるはずがない。だって、だって君は――

 

「大丈夫なはずがあるものか! そんな泣きそうな声で、納得できるわけ無いだろう!」

 

“大丈夫だって言ってるだろう! それに、()()は僕がなんとかする!”

 

「何を――」

 

 するつもりだと、問いかけようとする。ああ、こういう時――そう言い出すヤツの言葉はたいてい、あまりにも残酷で――そして、

 

 

“――ボクが、世界を連れて可能性から消失する”

 

 

 受け入れがたいものだった。

 

「……どういうことだよ」

 

“君たちが弱らせてくれたおかげで、世界はもはや死に体だ。それはつまり、()()()()()()()()()()()()ということでもある”

 

「……それは」

 

“世界はボクを取り込んで、ボクを動かすことで自分に命令を送っているんだ。ボクに余裕が生まれれば、そういった介入も不可能じゃない”

 

 たしかに、それはそのとおりだろう。現在世界はマキナを囚えてはいるが、両者の関係はあくまでマキナが主で、世界が従なのだ。

 その関係性は、今に至っても変化していない。

 

「だったら、それで世界を概念崩壊させられないか?」

 

“無理だよ。概念崩壊は自分の意志ではできない。君だって、そういう戦法は今までとってこなかったじゃないか”

 

 そして同時に――

 

“概念化の解除も不可能だよ。世界もボクと同じだからね。常に概念化した状態にあるんだ。それを崩壊させることは、概念が概念でしかなかった頃に戻るということにほかならない”

 

 それは。意思の消失。

 マキナで言えば、存在の消失だ。しかし、意思のない世界にとっては、それは消失にはあたらない。機能が停止するだけのこと。

 

“だから、概念崩壊させることは対処法としては正しい。最善だった。バグも消えて、世界という無慈悲な命令者も、存在しなくなる”

 

 しかし――

 

“それは不可能になった。君という切り札が使えなくなった今、世界を概念崩壊させる可能性は、完全に潰えたんだよ”

 

 その宣告は、あまりにも残酷だった。

 可能性の化身たるマキナに、そう言われては、それを否定する方法を僕は失ってしまうのだから。

 

「……本当に、可能性はどこにもないのか? これ以上、何もできないのか?」

 

“できない。ここが限界だったんだ。ありえない可能性、バグという切り札も、もはやただの毒に変わった。もはや、それは君の武器じゃない”

 

 ――この世界にやってきて。

 バグと言う方法で未来を切り開き、それは確かに僕の武器だった。世界がありえないと言い切った可能性を、マキナが存在しないと言った可能性を歩んでこれたのも、それがあったからこそだ。

 

 だからもう、ここに可能性は存在しない。

 

“けど、安心しなよ”

 

 ――それは、決して安心など出来ない声音で。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()んだ”

 

 

 そう、言い放った。

 

「それは、どういう――」

 

“君がこの世界にたどり着いた事。君が未来を切り開き続けてきたこと。それは確かにバグだった。けど、君の意思はバグなんかじゃない。君自身は、何も間違っていない”

 

 ――少女は、笑っていた。

 

“君の敗因は、世界の理不尽は、ボクが連れて行く”

 

 顔は見えない。

 言葉しか笑わない。

 

 でも、分かるのだ。

 

“もともとボクが始めたことだったんだ。ボクがケジメをつけなくちゃ。そうでなきゃ、誰もボクを赦してなんかくれないだろう?”

 

 少女が笑っているのが。

 

“だから君は、君だけの可能性を、これから歩いたっていいんだよ”

 

 

 ()()()()()()()()()のが分かるのだ。

 

 

「マキ、ナ――」

 

“世界から、ボクという命令を取り除く。ボクが命令をしてしまったから、世界は今もそれを遂行してしまっているんだ。命令を今から変えることはできない”

 

 だめだ――

 

 それはだめなんだ、マキナ――

 

“だから、ボクという可能性を()()()()()()()()()()()()()。世界と接続し、その権限を少しだけ取り戻した今なら、それができるんだ”

 

 だから、そんな声で、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

“これでボクは、ようやく終われるんだよ”

 

 

 死にたいなんて、口にするんじゃない。

 

「――マキナ!」

 

 手をのばす。

 意味がないことだとは解っている。僕の周りは、既にノイズが走っていて、視界もおぼつかない。彼女がどこにいるのかもわからない。

 

 解ったところで、それにふれることすら叶わないのだ。

 

「ダメだ! それ以上は絶対に駄目だ! 君は消える必要なんてない!」

 

 答えはない。

 

「世界がそれを許さなくても! 僕は君を救いたい! 君が笑顔でいてほしい! 笑顔でいいんだよ! 救われたっていいんだよ!」

 

 答えは、ない。

 

「だから! そんなことを言うな! こんなことを――! ()()()()()()()()()()()()()()()!」

 

 確かに、君が消える方法は、僕たちがここまでたどり着いたからこそ取れる選択だ。だが、だからって誰がそれを望むというんだ。

 君は望んでなんかいない! 僕だって! 僕もそんなこと望むものか!

 

 これを勝利と、呼ぶものか!!

 

 

“――――君は、この世界をどう思う?”

 

 

 その問は、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その時、僕は――僕は、こう答えたんだ。

 

「――感謝、している。すべての原因が世界だとしても、すべての原因が、世界だからこそ」

 

 だから、それを君から問われてしまったら。

 

“じゃあ、この世界のことは、好き?”

 

「言いたいことは、山ほどある。思うところは、抱えきれない程だ。でも、僕は――」

 

 ――世界の創造主たる、マキナがそれを聞いてしまえば、僕はそう応えるしかない。

 

 

「僕は、この世界が好きだ」

 

 

 この世界が、

 ()()()()()()()()というゲームが、僕は大好きで、大好きで、仕方ないんだ。

 

“そっか”

 

 そして、マキナの言葉が、

 

 

“よかった”

 

 

 幸せに満ちていることも。解ってしまう。

 満ち足りていると、彼女が思ってしまったことを。

 

 僕はそのやり取りだけで理解してしまったから。

 

“――ありがとう。ボクの勝利の可能性が、君でよかった”

 

 その言葉を、

 

 

“最期に、君と話ができて、ボクは救われたんだ”

 

 

 ――止めることは、できなかった。

 

 

 ◆

 

 

「――――い、おい!」

 

「―――!  ――してよ!」

 

 声が、する。

 

 それは、()()()

 

 とても、聞き慣れた声だった。

 

 

“目を覚ませ、敗因!!”

 

 

 ――だが、最終的に僕の耳に一番にとびこんできたのは、どういうわけか強欲龍の雄叫びだった。

 

「う、ああ……」

 

 耳を抑えながら、起き上がる。頭がいたい。頭が重い。

 

「――起きた! 心配したのよ! いきなりノイズ塗れになったとおもったら倒れてきたんだから! しかも受け止められないし!」

 

 フィーが僕に抱きついてくる。師匠とリリス、百夜の心配そうな顔が見えた。僕は――彼女たちに触れている。ノイズは、どこにも存在しなかった。

 

「――世界(デウス)は!?」

 

 そこで気がついて、慌てて僕は空を見上げる。

 

「……それが」

 

 そこには、

 

 

 ――顔を伏せ、動かなくなった龍がいた。

 

 

「動かないんだ。まるで、機能を停止したかのように、沈黙している」

 

 師匠が、ぽつりとこぼす。

 

“ありゃあ、本当に止まってるんだろォな。マキナのヤツがなにかしやがったのか”

 

「……可能性を、消したんだ」

 

“あぁ?”

 

 ぽつり、とこぼす。

 彼女のしたことは、とても単純だ。

 

「この世界から――いや、あらゆる可能性の中から、自分という可能性を消した。世界という力を使って」

 

「何よそれ――!」

 

 フィーが叫び、立ち上がる。そして、世界を睨んだ。

 

「ふざけるんじゃないわよ! アタシたちがなんのために戦ったと思ってるのよ! それが救いだとでも言うつもり!?」

 

「救いじゃ――ないさ」

 

 僕もまた、立ち上がる。

 ――少しだけ、瞳が泳いだ。一瞬、世界を直視できなくて。

 

「でも――彼女に言ってしまったんだ。この世界が好きだって」

 

「それは――!」

 

「いくら世界が壊れていたって、彼女の願いにそぐわなくたって、()()()()()()()()()()だったんだ。だから――満足、してしまったんだろうな」

 

 あの時の少女の声は、

 

 ――これで十分だと、そう言っていた。

 

「……だからって!」

 

「よせ、エンフィーリア。……それが、彼女の望みだったんだろう」

 

 叫ぶフィーを、師匠が止めた。言ってもしょうがないことだからと、フィーを諌める。……少しだけ申し訳なくて、視線を伏せる。

 ――その先に、リリスがいた。

 

「……本当にいいの?」

 

「らしくない」

 

 いつの間にかもとに戻っていた百夜も、そう問いかけてくる。

 

「それは――」

 

 言葉に、詰まる。

 更に視線を泳がして、そして――見た。

 

 

 今にも消えゆく、大罪龍たちを。

 

 

 僕が呼び出した。呼びかけに答えた彼らは、その役目を終えようとしていた。その中央に、傲慢龍がいる。

 

 ――それは、

 

 呼びかけていた。

 

 

“敗因”

 

 

 ――声をかけられる。

 傲慢龍は、とても厳しい声音で呼びかけてきた。

 そこには失望も、落胆も混じっていて――彼らの心中は、察するまでもないことだ。ああ、だがしかし――

 

「――僕は、彼女に拒否されてしまったんだ」

 

 これでもう、満足だから、と。

 

“――ならば、私からも問う”

 

 しかし、傲慢龍はそれで満足しなかった。

 だから、問いかけてくる。

 

 僕に、

 

 

 それは、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()?”

 

 

 ああ、

 

 

 と。

 

 

 ()()()()()()()

 

 そうだ、僕は――

 

 彼らに勝利した僕は、彼らに呼びかけた僕は、その言葉を忘れてはいけなかったんだ。

 

 その一言は、しかし。

 

「――――そうだったな」

 

 僕に、

 

 

「お前たちは、僕に進めと言ったんだ」

 

 

 負けを認めるなと、

 

 まだ、終わっていないと。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()と。

 

 

 そう教えてくれるものだった。



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171.お前は、先に進め。

「――そもそも、おかしいんだよ。とてもとてもとても、おかしくておかしいんだ」

 

 アンサーガが、そういった。

 

「どうしてあの龍は消失しない? 機械仕掛けの概念が消えたなら、アレは消えなくちゃおかしいだろう?」

 

 ――世界そのものが消失しないことは、マキナがそうしたのだから、当然だろう。

 しかし、あの龍が消えないということは腑に落ちない。アンサーガはそういったのだ。たしかにそれはある意味でその通りで、だからこそ思案に値するものだった。

 

 では、それにどんな意味がある? ――これもまた、単純なこと。

 

()()()()()()()()()んじゃないかしら」

 

 ミルカが、そう指摘する。

 つまり、マキナはまだ消えていない。消滅には時間がかかるのだ。あまりにも、可能性が膨大であるがゆえに。だったらまだ可能性はある。

 

「だけど、逆に言えばうかつに世界に手を出すことができなくなっているってことでもあるよな。なにせ世界は今、マキナを消し飛ばしている真っ最中なんだから」

 

 ――そんな状態で、世界を概念崩壊させたら、マキナにどんなダメージが及ぶかわからない。

 機械の強制終了というのは、それだけ負担がかかるということだ。

 

「だったら、方法なんて一つしかないだろうさ。――あの中に突っ込んで、中からマキナを救い出す。マキナの消去が終わる前にだ」

 

 ――だから、僕はそういった。

 方法は、一つだけ思いついてある。危険ではあるが――しかし。それをやらないという選択肢は、僕にはなかった。

 

 そして、皆へ声をかける。

 

「なぁ、皆――僕に、君たちの可能性を、少しだけわけて欲しいんだ」

 

「……どういうことだい?」

 

 アルケの疑問は最もで、この場にいる多くのものが、それを理解していないようだった。理解しているのは、アンサーガとこれまで分析を続けてきたミルカだろうか。

 

「僕が三重概念でバグを起こしたのは、可能性が足りなかったからだ。可能性とは、言い換えれば寿命――生きるためのエネルギーでもある。死とは可能性が閉ざされるという意味である」

 

 だから、バグによる消失とは死と同義なのだ。この世から僕が存在しなくなってしまうこと。それに対して、僕という器が耐えられなかった。

 

 なので、()()()()()()()必要があるのだ。

 

 なにせ――

 

「――僕は、三重概念の上を征く」

 

 龍の中に突入するために、僕は更に力を得なければならないからだ。

 なにせ、ヤツを突破する方法は一つしかない。()()()()()()()()()()()()()である。マキナの無敵が、位階の高さ故に絶対的であったように。

 世界が、三重概念であるがゆえに僕以外は戦う舞台に立てなかったように。

 

 世界という殻を打ち破り、中に突入するにはそれ以上の位階が必要なのだ。

 

「そんなことできるの?」

 

「できるんじゃないかなぁー」

 

 リリスの問いに、応えるのはアンサーガだ。

 

「そもそもここは機械仕掛けの概念の居場所だ。ここでは世界のどの場所よりも可能性が操作され――そして今、機械仕掛けの概念は溶けて消えようとしている。可能性の融通くらいなら、念じればできてしまうだろうね」

 

 だから、それ自体は問題ない。現に、アンサーガは手元でおそらくは可能性と思われる光を弄んでいる。

 

「――いや、無茶だろう!? さっきも、それで死にかけたのに。そもそも、4つ目の概念なんて――」

 

 師匠が割って入る。

 

「確かに、4つ目はありません。でも、()()()()()()()()()()()()()()()()んです。さっきの戦闘で、それはお見せしましたよね?」

 

 そう。

 答えは先程の戦闘にあった。何をしたか、といえば単純だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()。だから――

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ――その発言に、多くのものは絶句した。

 

 ただでさえ、スクエアがあのバグを加速させただろうに。無茶もいいところだろう、というのは僕もよく解っている。

 それも、これまでの無茶とはわけが違う。なにせ、()()の可能性がつきまとうのだ。

 

 これまで、敗北の可能性はありえても、自滅の可能性はそうそうなかった。スクエア自体はリスクのある強化だが、それにしたって、()()()()()()()()()()()()ということはなかった。

 

 だから。

 

 これは賭けだ。これまで以上に、自分という存在との勝負になる。耐えられたら僕の勝ち、耐えられなかったら僕の負け。

 そんな、賭けるにはそもそもチップが重すぎる。

 

 そんな賭けだった。

 

「いや……それは――」

 

「本当に大丈夫なの……?」

 

 師匠とフィーすら渋っている。そんな中で――

 

 

“まだるっこしいことしてるんじゃねぇぞ! さっさとしろ!”

 

 

 そういって、僕の背を叩いたのは、強欲龍だった。

 ――概念化していなければ、塵すら残らないような威力だったが、何も言うまい。なにせ、――そこから僕は、()()()()()()()を受け取ったのだから。

 

「グリードリヒ!」

 

“ハッ、うだうだしてんじゃねぇ。さっさとしねぇと、俺はてめぇを殺すぞ。早くしやがれ、()()()()()()()()()()()()から俺はここにいるんだぞ!”

 

「――――」

 

 その言葉は、本当に何も変わらない。いつもどおりの強欲龍に、僕は苦笑して。

 

「……そういうことだ。強欲龍が暴れ出さないうちに――やろう」

 

 もとより話し合っている時間はない。

 方法があって、それを試すことのできる猶予は限られているなら。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

「ハハッ、お前は変わらねぇな」

 

 ――概念使い達は、代表としてラインが前に出る。

 

「だが、俺達の前に現れ、道を切り開いていったお前に、俺達は可能性をもらったんだ」

 

 それは、そもそも。

 ここにいる者たちは、例外なく僕と関わらなければ、()()()()()()()()()、道半ばで倒れる者たちだった。

 僕が切り開いてきた道に、可能性が生まれた者たちだ。

 

「――だから、その可能性を少し返すぜ。この程度じゃ、全然足りないかも知れないけどな」

 

「いや、十分さ。――必ずその可能性を、勝利へ僕は連れて行く。僕は理不尽の敗因だ」

 

 互いに言葉を交わし、拳をあてて、健闘を祈る。

 ――勇気と、それから感謝を受け取って、僕は彼らの可能性を取り込んだ。

 

「僕からも渡して、渡して、渡しておくよぉ。くふふ、どうなっちゃうんだろうね。衣物の研究者として、少し楽しみだ」

 

 アンサーガが、そう言って可能性を投げ渡す。

 ――これは、怠惰龍の分まで含まれているのか。まぁ、怠惰らしい。

 

「リリス達もなの! いってらっしゃいなの!」

 

「はいどうぞ」

 

「君たちは軽いな……」

 

「心配してませんから、なの」

 

 エヘンとリリスは胸を張り、そのいつもどおりに感謝しながら苦笑する。リリスたちは、きっとこれからも、そうやって生きていくのだろう。

 

「――ふん!」

 

 そうやって、和んでいたところに、フィーが勢いよく可能性を投げつけてきた。そして、それ以上は言葉をくれない。

 心配と、怒りと、諦めと。いろいろな感情が、今の彼女からは感じ取れた。

 

「……行ってきます」

 

「…………ばか」

 

 ――一言だけでも、返してくれたのなら、それでいいのだろう。

 そして、師匠は。

 

「――ん」

 

 何も言わずに、それを差し出した。

 

「はい」

 

 僕も、それだけ返して受け取る。

 ――それだけだった。

 

「さて――」

 

 最後に、残ったのは大罪龍だ。

 ――彼らは、色欲を除いて僕の敵だ。この時代に、世界の敵として立ちはだかり、人類を苦しめた三体の大罪龍。

 

 憤怒と、暴食と――そして、傲慢。

 

 三者は、果たして僕に何を語るだろう。可能性を託すことを、拒否するだろうか。わからない、彼らは今回は味方として協力してくれたけれども――僕としては強欲龍よりも協力しにくい相手だ。

 どこで、彼らが敵に回るか、わかったものではない。

 

 そんな警戒は常にあって。だからこそ、少しの覚悟を持って、そちらを見た。

 

 結果は――杞憂以外のなにものでもなかったけれど。

 

 

 ()()()()()()姿()()()()()()()()()()

 

 

 可能性の光に囲まれて、半透明の色欲龍が嘆息している。まったく、と呆れた様子で――その様子に、僕もまた理解した。

 

 彼らは、結局最後まで僕の敵なのだ。

 ――目的が一致すれば、同じ敵を攻撃することもある。それだけのことで――その例外は、既に終わったのだ。協力するということは、その例外を踏み越えるということ。

 

 彼らは、そうしないために。

 

 最後まで僕の敵でいるために。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

「ほんと、男っていつもそうよね」

 

「ははは、そう言わないでやってくれ」

 

 しょうがないんだから、とそれを見る色欲龍から可能性を受け取って。

 

 最後に、()()()()()()()()()()()()()()()()も取り込んだ。

 

 ――おもいだす。

 あいつの最後の言葉、ずっと、耳にこびりついていたはずの言葉。

 

 それを胸に改めて刻み込む。

 

 一度目を伏せ、大きく深呼吸をして、そして見開いた。

 

 

「――よし、行こう」

 

 

 傲慢龍は言った。

 勝利した僕に、その先を見ている僕に。

 

 

“お前は、先に進め”

 

 

 ――と。

 

「――――ぉおおお!」

 

 そして、

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!」

 

 

 叫び、咆哮し、剣を構え。

 

 

「“◇×◇(スクエア・スクランブル・クロスオーバー)”!」

 

 

 僕は、龍へ向かって、閃光となって飛び出した。

 

 

 ◆

 

 

 ――龍の殻を突き破り、その中へと侵入する。光速すら越える概念的速度に、僕の意識すら置き去りにして、気がつけば。

 僕は、どこともしれない空間に立っていた。

 

 世界(デウス)は龍の姿をしていたが、あくまでそれは視覚的に自分の存在を表すためで、その内部が龍のそれというわけではない。

 いや、龍の中身がどうなっているかなど、僕も見たことはないのだが。

 

 だから、ここはマキナの世界に近かった。あの世界は、どこまでも広がる光と空の世界だったが、ここはその逆だ。

 

 闇と、大地の世界。

 

 ――眼下には、僕がこれまで旅してきた大陸が広がっていた。

 

「ここが……神の世界」

 

 思わず、そうこぼす。

 スクエアの効果はすでに終了し、今はただの三重概念。少しばかり見入る余裕は存在する。この場合は感心ではなく――この場所になんの意味があるかという考察だが。

 

 ――すぐにピンときた。

 

「……この世界、ミニチュアだ」

 

 実際に世界を投影しているわけではなく、()()()()()()()()ようなミニチュアであることを理解する。世界には、いくつかのコマがあった。

 

 数は、六つ。

 

 そのうち二つにすぐにピンときた。一つは快楽都市に、もう一つは怠惰龍の足元にある。

 

 つまり、これは大罪龍だ。残りの4つも、傲慢を除く大罪龍であることが分かる。――であれは、残る一つは?

 傲慢はどこへ――?

 

 そこまで考えて、

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

「誰だ!」

 

 すぐに気づいた。

 ――――()()()だ。

 マキナが、椅子に腰掛けて、眠りについている。その居場所は、傲慢龍の神殿。いや、この場合はその()()か。とすると、つまり。

 

 残る一つは――

 

 ――直後。

 その後方から、足音がする。

 

 そいつは、ずっと()を待っていたのだ。なにせ、マキナを止めることはそいつにはできない。そいつはマキナを操っていたが、今はマキナがそいつを操っている。

 だからあの椅子からマキナを引き剥がせば、奴は強制的に機能を停止する。方法は一つしかないのだ。()()()()()()()()()()をあの場所に据えること。自分の存在を葬ろうとしない、新たな傀儡を選ぶのだ。

 

 それが、僕。

 なにせ僕は、()()()()なのだからして。

 つまりこれが、最後の戦い。僕はやつを倒し、マキナをここから連れ出せば勝利。奴は僕を倒して、マキナの代わりにあそこへ据えれば勝利となる。

 

 ――――なんとなく、解ったことがある。

 この場所は、世界の縮図そのものだ。そして、ミニチュアとして制作されたこの世界には、一つの意味がある。これまで何度も、僕はマキナをこう呼んできた。

 ()()()()()()()

 

 であれば、これはその()()()()。故に、言い換えれば。

 

 このゲーム盤こそが、世界(デウス)の本質なのだ。

 

 もっと言えば――世界の目的は、はっきりしていた。

 ゲームの進行。ゲーム盤の保持。故に――世界の本質とは、

 

 

 ()()()()()()()のこと。

 

 

 故に、その最大の敵対者である僕が、()()()()()()()()()()をぶつけるのは、まったくもって自然と言えるだろう。

 

 ああ、けど。

 

 だからこそ、その合理性が、

 

 その無慈悲な決定が、

 

 言葉など、一度として発したことはないというのに、

 

 

「――僕はアンタがきにくわないんだ。世界(デウス)!!」

 

 

 叫んだ先に、そいつはいた。

 そいつの姿は、見るも無惨なほどに、ノイズにまみれていた。けれども、そんなシルエットだけでも、僕はそいつが誰だか分かる。

 

 特徴的な六枚羽。

 不遜なまでに絶対性を誇示するような立ち振る舞い。

 

 

 ()()()()()()()

 

 

 ノイズまみれの、傲慢龍がそこにいた。

 ――よりにもよって、僕をここに送り出した、背中を押した最大の功労者を、僕にとって、もっとも苦戦した強敵を模倣して。

 ただ、上辺だけをコピーして。

 

 世界(デウス)は、僕の前に、立ちはだかった。



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172.アンタはそれすら冒涜するのか。

 ――僕は、色々と、言いたいことは山のようにあるけれど、それでもこの世界が好きだ。

 だってこの世界は僕が大好きなゲームの世界で、

 この世界で、僕は色々な出会いを経験したからだ。

 

 たとえ世界そのものが、バグでどうしようもなかったとしても、そこに生きる人々に罪はない。どころか、バグだらけの世界で、懸命に生きている人達を、僕はどうしようもなく愛おしく思う。

 

 彼らの息吹が、歩みが、挑戦が。

 この世界を前に進めてきたのだ。そしてこれからも、進めていくのだ。それを解っているから、僕はこの世界が好きで好きで仕方がない。

 

 マキナに――世界を作った張本人に問われた時、僕はそれをどうしようもなく自覚した。

 

 だから、どうしたってこの世界に対し、僕は敵意はあっても、怒りはなかったのだ。ただ、そうしなくてはマキナを救えないから、どうしたって敵対せざるを得ないというだけで。

 

 第一、ゲームにおいて世界は僕たちの味方だったのだ。白光たちを、この世界の人々を導いて、邪悪なる機械仕掛けの概念を打ち破る原動力となったそれを、僕は憎いとはいい難い。

 あくまで、今はバグによって間違えているだけなのだと。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだから、僕が勝利して、マキナが無事ならそれでいいと。

 

 そう、考えていたのだ。

 

「――――それを!」

 

 剣を向ける。

 目の前にあるのは、()()だ。

 

「それをアンタはぶち壊すのか!!」

 

 ノイズまみれのそいつは答えない。答える能力を持たない。だというのに、一発でその姿をみればやつの意図は理解できてしまう。

 

 僕の旅の中で、もっとも強敵だったのは強欲龍と傲慢龍だ。そして、そのどちらがより強敵であったかを合理的に判断すれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。どちらが厄介であったかは語るまでもない。

 

 なので、合理性を第一とするなら、傲慢龍を選ぶのは当然なのだ。

 

 だが、

 

「――アンタは何も解っていない。傲慢龍が、どんな思いで僕を送り出したのか! どんな思いでアンタに敵対したのか!」

 

 だからといって、()()()()()()()()()()()()が自身の姿を模倣するなど、あいつが許すはずもない。しかも、()()()()()()()()()()()()以外の理由を有さずに。

 

「それこそ、あいつにとっては何よりも屈辱的なことだろう! お前は、あいつの尊厳を何から何まで、踏みにじってそこに立っているんだ!!」

 

 ――僕はこの世界が好きだ。

 この世界に生きるすべての人々が、生命が好きで。

 

 敵ではあっても、傲慢龍だって例外ではない。

 

 そんな好きを生み出したこの世界が、しかし。

 

 ――それを侮辱するのか。

 

「この世界には、生命が溢れているんだ! 時間が育み、空間でそれを謳歌するんだ! だというのに、それを――!!」

 

 叫んでいた、剣を構え、飛び出しながら。

 ここに来て、僕ははじめて怒りで剣を振るう。

 

 

「それをアンタが、冒涜するのか――――!!」

 

 

 上段からの浴びせつけるような斬撃。

 ――こうして、最後の戦いが始まった。

 

 

 ◆

 

 

 剣を打ち合う。

 三重概念同士の戦いは、無数の概念が飛び交う戦場だ。焔も、雷も、氷も、水も、生み出されてはかき消され、かき消された側から次が放たれる。

 一つ一つに決定打はない、だが、これらが当たれば多少のダメージにはなる。僕は所詮人間のスペックだし、世界も限界の状態で、なんとか絞り出したアバターで戦っている。

 

 両者の間に、優劣と呼べるものは殆どない。

 

 スクエアが使えればまた違うのだろうが、皆からもらった可能性は、二重スクエアを使用するために消費され、次が撃てるかもわからない。

 三重概念によるバグは、スクエアの使用が大きな負担と成るのだ。スクエアを使用しなければ、通常の戦闘にも三重概念は使用できるだろう。

 ()()()を除いて、それはあまりにもオーバースペックすぎるが。

 

 ともあれ――剣をぶつけ合うなか、僕らは膠着していた。

 決定打がないのだ。というよりも、仕掛けられない。どちらかが仕掛ければ、容易にそれが対応されてしまうから。ただし、実際仕掛けるとなれば、有利なのは間違いなく世界である。

 

 なにせ世界は手札を晒していない。新造したばかりのアバターなのだから当然である。大して僕は既に全ての札が知れている。ここで不利なのは、間違いなく僕だと言えた。

 

 そして世界が仕掛けてくる理由はもう一つある。()()()()()()()だ。今、この場所にはもうひとり、マキナがいる。彼女は今、世界をデリートするべく、その権限を振るっている最中だろう。

 故に、下手をすると世界は自滅する、彼女の犠牲を伴って。

 

 それは僕にとっても望むべくことではないが、同時にヤツにとっては、絶対に受け入れてはならない事態であった。

 だから、限界が近づけば、やがて奴は仕掛けてくる。それは、あまりにも明白な事実だった。

 

 ――それにしても。

 

「その剣術、あまりにも傲慢に似つかわしくないな」

 

 剣を這わせながら、僕は世界の剣をテンポよく受け流していく。一撃自体はとても重い。攻撃重視、勢い重視のスタイルで、僕は珍しく受けに回っていた。

 故に、分かるのだ。

 

「――あまりにも横暴な太刀筋だ」

 

 傲慢のそれとはあまりにも違う。傲慢の剣は、()()()()()()()太刀筋だ。このような、ただがむしゃらに、子供のように剣を振り回すのとはわけが違う。

 その剣は――強いて言うならマキナに近かった。

 

 正確に言えば、ゲームの中で見てきた機械仕掛けの概念の攻撃モーションだ。

 

「マキナは戦い方こそ巧みだが、剣の振り方はそうでもない。スペックによるゴリ押しを得意としていた。――考えてみれば、それと比べると、今のマキナの剣筋は、あまりにも練度の差があるんだな」

 

 実際に戦ったマキナは、本当にいやらしいほど戦い方が巧みで、間違いなく一級品と言って良いものだった。こうして、実際にかつてのスタイルを間近にしないと、そこは気づきにくい変化だったが、言えることは唯一つ――

 

「――アンタは、今のマキナをかつてと比べて、劣っていると思っているのか」

 

 答えは、ない。

 

 当たり前だ。

 

 当たり前だからこそ――怒りが湧き上がる。

 

「そうやって!! 過去しか見ないから! マキナは変化を望んだんだろうが!!」

 

 ――振るった剣が、横合いから世界の剣を叩き、弾いた。やつの身体が少しのけぞり、隙ができる。視線は、ありえないと言わんばかりに弾かれた剣を向いていた。

 

「ありえないのは――アンタの性根だ! クソ野郎!!」

 

 叫び、剣を突き出す。

 それは、確実に世界へ突き刺さるはずだった。

 

「――ッ!」

 

 

 直後僕はその場を飛び退く。一瞬の後、僕がいた場所を不可視の破壊が襲った。

 

 

 仕掛けて、来た。

 着地と同時に、目の前に影が差す。――世界が、僕にむかって剣を振りかぶっている。受け止めたが、態勢が悪い。僕は押し込められた。

 

「ぐ、うう――!」

 

 しかし、この攻防で、驚いているのは僕ではなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。感情は読み取れないが、ヤツが何かしらの思考を巡らせていることは分かる。

 まぁ、そういう雰囲気を纏っているというだけだが。

 

「――僕にとって、最大の強敵が傲慢龍なら、僕にとって、最大の弱点は()()だ」

 

 故に、教えてやろう。

 教えたところで、これがアンタの手札って時点で、アンタの底は知れているんだから。

 

「だから、不可視の、しかも想定の外からの一撃っていうのは、たしかに僕には有効だ。初見で躱すことは不可能に近い」

 

 ――しかし、

 

 

「けどな! アンタのそれはわかり易すぎるんだよ! 安易! まったくもって安易だ! 何が――世界!!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、それは未知にも不意にもなりはしない。

 僕がやつの剣を振り払い、更に攻防を重ねる中で、奴は無数の不意を打ってきた。

 

 上から突如として見えない衝撃波が落ちてくる。

 足場がなくなる。

 剣が複数に増える。

 剣から突如として斬撃がとびだす。

 

 シンプルな二刀流というスタイルからは想像もつかないほど多彩に、概念同士の余波がぶつかり合うなか、そこに世界は不可視の一撃を織り交ぜてくる。

 

 ああ、

 

 ()()()()()()()()()

 

「いいかげんにしろよ! それ以上無様を晒すなよ!! アンタが最後の敵だっていうのなら! そうまでして生き残りたいって言うなら!」

 

 ――反撃。

 

「覚悟を示せ――! アンタの生き残りたいという意地を見せろよ――――!!」

 

 受けに回っていた僕の剣が、ある一瞬から攻勢に回る。それは、()()()()()()()()()()を悟ったからだ。

 なにせ、攻撃と言っても所詮は取れる手段が限られている。

 どれだけ世界が優れた演算が可能だろうと、何もかもを創出する力を有していようと、世界に空間は三百六十度しか存在しない。

 攻撃が外から襲いかかってくる以上、必ずそれには()()が存在し、その方向が尽きてしまえば、新しい手品を生み出したとしても、単なるバリエーションの変化にしかならないのだ。

 

「アンタにはなにもない! 意思もなければ、矜持もない! 覚悟も、決意も、後悔すら存在しない!!」

 

 剣が、

 

 怒りがヤツの剣を上回る。

 

 僕の手に、膨大な感情の焔が宿るのだ。

 

「だったらアンタは、生きているとすら言えないだろうが――!」

 

 そして、

 

「なのに! 何故! 生きたいと願う! 消失を拒む!! 教えろよ!! お前には()()があるんだろ!!」

 

 僕の剣は、ついに世界の剣を、弾き飛ばした。

 

 一刀、やつの剣が一つになった。

 故に、僕は更に踏み込む。――すぐに、次の剣を生み出すことは可能だろう。だが、だからこそ、ここで切り込む。一気に世界を追い詰める!

 

 

「それを言え! 言葉にする前に! その理由から――逃げるなああああああ!!!」

 

 

 振りかぶった剣は、たしかに世界へと届いた。ノイズまみれの、あまりにも冒涜的な醜い身体に、僕は、ようやく一太刀を浴びせるのだ。

 

 

 しかし。

 

 

 ――剣はヤツをすり抜けた。

 

 

 ――――思考の空白。

 それは、何故か。

 

 アンタは、まさか――

 

 

 ――直後、世界は僕へ向けて剣を振るっていた。

 

 

「――ッ! “D・S・S(ドメイン・スロウ・スラッシュ)・R(・リライジング)”!!」

 

 僕も、即座に概念技を振るう。

 

 故に、否応なく理解できてしまった。

 

 世界の放ったそれが。

 

 僕の放ったそれと、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()ということに。

 

 

「な、あ、あ――」

 

 互いに剣が身体をすり抜ける。()()()()だ。同時に、鏡合わせに僕たちは動いた。

 

 一瞬の動きの変化の後、()()()()()()()()()()()()()()()()

 それも無敵時間によって躱された。

 

 

「――――()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 

 この期に及んで、世界は僕の無敵時間を模倣したのだ。恥も、外聞も、何もなく。

 

 そう、最後の敵――それは世界でも、冒涜された傲慢龍でもなかった。

 

 

 ()()()だったのだ。

 

 

 やつの、切り札にして、最後の一手。

 

 これまで、誰一人として、何一つとして破られたことのない。

 

 

 ()()()()()()()が、

 

 

 ()()()()が、僕の前に立ちはだかった。



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173.敗因。

 ――別に、僕はこの無敵時間を自分の特別だと思ったことはない。

 僕にしか出来ないことだから、僕が優れていると思ったことはない。だって、そんな特別ができたとして、相手は()()()()()()()()()()()()()()()()ばかりだったのだから。

 

 だから、手段の一つでしかなかったのだ。故に、誰かがそれと同じ手段を取ったところで、僕はただ厄介だと思うだけに過ぎない。

 

 ――しかし。

 

 こいつは別だ。

 

 ()()()()()()()()()し、それに価値を見いださないこいつがそれを使うことは、決定的に、僕に対して侮蔑と罵倒を投げかけるようなものだった。

 だから、それは。

 

 本当にただ、理由のない怒り。

 

 こいつだけは許しておけないと、誰かのためではなく、僕のためだけに感情を燃やす理由となった。

 

 ――状況は絶望的だ。

 相手は機能そのもの、バグを帯びているとはいえ、やつが行う動作は常に一定だ。だから、ごく短い受付時間しか持たない無敵時間バグは、ヤツにとっては機械的に入力を行うだけで、その結果は常に変わらない。

 故に、永続して無敵時間を継続できるというわけだ。

 

 対してこちらは、どこまで行こうとただの人間。ミスもすれば、ブレだってある。やつが無敵時間を継続し続ける限り、僕はヤツに手が出せない。

 加えてヤツは――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――!」

 

 攻撃方法が無限であるから、常にあらゆる方向から僕を攻撃することができる。一つ一つは対処できたとしても、全てでは対処の方法が一つしかなくなる。

 こちらも無敵時間で、それを回避するしか方法はない。

 

 そしてその方法で、僕は攻撃を回避してしまえるから、これまでヤツはその手段をとって来なかったのだ。だが、最後の手札、永劫の無敵時間を切ったことで、ようやくそれが使えるようになった。

 これがやつの最後の一撃。最強のジョーカー。

 

 僕という、ヤツが知りうる限り最強の敵を模倣して、ヤツが考えた――詰みの一手。

 

 ああ、本当に。馬鹿らしくなるくらい、()()()()だ。これが最強? 誰にも負けない究極の手段? ふざけるな。こんなもの、策とすら呼ぶのもおこがましい。

 

「いいさ、付き合ってやるよ、世界」

 

 迫りくる全方位からの攻撃と、目の前から飛んでくる世界の刃に、僕はただ言葉を向けた。言葉とともに、剣を振るった。

 

「アンタの何もかもが折れ果てるまで――!」

 

 それは、言うまでもない。僕がこの攻撃を捌く手段は一つしかないのだから。

 

 

「後悔しろ! 僕に()()()で勝負を挑んだことを!!」

 

 

 かくして。

 

 僕と――

 

 ――世界。

 

 最初で最後の、果ての見えない、無敵のぶつかりあいが始まった。

 

 

 ◆

 

 

 ――ずっと、考えていた事がある。この世界にはバグがある。それは間違いない事実だ。でなければ、これほどまでにヤツがノイズにまみれているはずがない。

 しかし、()()()()()()()()()()()()については、いまいち答えがハッキリとしていなかった。

 

 いくら世界が長い時間概念化し続けて、無茶な願いを叶え続けて、どこかでおかしくなってしまう土壌があったとしても、それでも世界はその機能を維持することはできていたのだ。

 

 何より、ヤツがこうして致命的なバグを抱えたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()だ。そうでなければ世界は、こうまでしてバグを取り除く必要はなかったのである。

 

 だから、バグが起こったのは三つの要因があるということ。()()()()()()()()()()()。この三つだ。故に、世界はまず僕を取り除こうとした。

 どこかで僕が敗北すれば、バグは起きない。封印という形でも良い。僕が最速で勝利しなければ、せめて本来の時間まで、僕の勝利を先送りにできれば、決定的なバグにはならなかった。

 

 しかしそれが失敗した時、世界はマキナを取り込むことを選んだ。マキナというバグの要因と、それから僕というバグの原因を同時に取り除くことを選んだ。

 

 どっちにしても、()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。そこにはかならず、何かしらの意味がある。でなければ、ヤツは自分を停止して、再起動すればよい。

 そうすればマキナの呪縛も開放され、バグという呪いも消えてなくなる。すべてが万事解決するはずなのだ。

 

 それをしなかったということは、自分が生存することを念頭にヤツが動いたということは、つまり。

 

「――なぁ」

 

 剣を振るう。無我夢中に、マキナの可能性の否定を打ち破ったときのように、心を空に、ただひたすらに剣を振るう。

 あのときとの違いは、終わりが見えないということ。

 

 いつ、この無茶が終わるかわからない。終わらないのかもしれないと思うほどに、相手は一度としてミスをおかさない。だから、いずれこちらのミスで、この攻防は終わりを告げる。

 どれだけ僕が精度を上げようと、先に音を上げるのは僕でなければならないのだ。

 

 その、はずだ。

 

 ――しかし。

 

 僕の手は、止まらない。不思議なほどに、驚くほどに、僕の動きは正確だった。

 

 何故か。

 ――解っていたからだ。

 

 解ってしまったからだ。こいつの根底にあるものが、こいつが何故、こうも停止を拒むのか。それはそうだ。ヤツが生まれた時に。

 ――そういう思いで、()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 

「――――アンタ、怖いのか?」

 

 

 端的に、告げる。

 それは恐怖。あまりにも単純で、そして何よりわかりやすい。()()()()()という感情だった。

 

 ――マキナは恐れた。孤独を恐れた。その恐れが世界を生み出して、()()()()()()。マキナにとっては、孤独であることが。

 世界が()()()()()()()ことが。

 

「そう考えれば、アンタの行動は全部つながる。マキナの願いを歪んだ形で叶え続けたのも、バグを自分の停止以外で先送りにしようとしたのも」

 

 そうしなければ、終わってしまうから。

 そうしなければ、自分がどうなるかわからなくなってしまうから。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――世界に意思はない。ただ計算し、行動する。だが、そこには土台がなくてはならない。行動を決定できないのだ。

 その土台こそが、恐怖。

 

 マキナという意思ある概念が、世界に対して埋め込んだ、概念ではない唯一の存在。

 

 

 恐怖がなければ、この世界は生まれることすらできなかったのだ。

 

 

「だとしたら、それには少しだけ同情するよ。意思もなく、恐怖という衝動にかられただけの行動しか取れないアンタは、誰よりも救われない存在だ」

 

 ――剣を振るいながら、ただ意識を研ぎ澄ませながら。

 どこか、冷静なもう一つの自分は、世界の根底を、そう評した。不思議と、ただただ流れていく剣戟の時間。終わることのない、剣と剣のぶつかることのないぶつかりあい。

 

 ――まるで、絶対に交差しない平行線の上で、鏡合わせに、剣を振るっているかのようだった。

 

 そして、気がつけば一分。マキナ相手に、全てを賭して注いだ一分を、僕は越えていた。限界は近いだろう。このトランス状態のような感覚は、本当に自分の中の精神を、なにかに捧げて成し遂げているような状態だ。

 どこかできっと限界がくる。

 

 世界もそれを待っているはずだ。()()()()()()()()はずなのだ。マキナのデリートが完了するまで、まだしばらくの時間がある。

 だから、限界を待てば世界は勝利する。()()()()()()()()()()()()はずなのだ。

 

 しかし僕は見た。

 

 ――ノイズまみれの、傲慢を模したその瞳に、

 

 

 世界の中に、僕に対する恐怖が宿るのを、見た。

 

 

 ああ、と思う。

 これは、必然だったのだ。

 

 この世界に僕が選ばれたその時から。

 

 ――多くの負けイベントを、理不尽を踏みにじってきたその時から。

 

 

 ――マキナと出会い、その瞳を覗き込んだあの時から。

 

 

 こうなることは、決まっていた。

 

 

「アンタの敗因は」

 

 ――僕は、即座に切り替える。

 概念技を、別のものへ。迫りくる不可視の一撃と、目の前で振るわれる僕の斬撃。それらをまとめて吹き飛ばし、この戦いに決着をつけるために。

 

()()()()()だ」

 

 ――僕を? 否、僕だけではない。

 

「アンタは恐れた。自身の消滅を。創造主が、気まぐれに自分を停止させてしまうという恐怖を――だから生み出したんだ」

 

 一撃が、迫っていた。

 世界の一撃が、僕に向けて振るわれる――

 

()()()()()()()()()()を、それが――」

 

 ――()()を。それは、僕の斬撃ではない。僕の散弾の概念技だ。つまり、()()()()()()()()()()()()()ということでもあった。

 

 

「――それが、()()()()()()()を! アンタの終わりを、生み出したんだ!」

 

 

 これが、終わりだ。

 

 

「世界――――――!!」

 

 

 最上位技。巨大な大剣が、迫りくる不可視の一撃もろとも――

 

 

「“D・L・L(ドメイン・ルーザーズ・リアトリス)・O(・オリジン)”!!」

 

 

 世界を、吹き飛ばす。

 

 

 ――――はずだった。

 

 

「――!」

 

 手応えがない。

 

 不可視の攻撃を吹き飛ばし、けれどもその中に世界の手応えがない。つまるところ――()()()のだ。どこへ? どうやって?

 ――方法はすぐに理解できた。奴は空間を操れる。自分の居場所を入れ替えたのだ。ここに至って、奴は最後の保険を残していた。

 

 では、どこへ?

 

 ――すぐに分かった。

 

 世界は、マキナの前にいた。

 

 そして、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――――――――」

 

 そして、その側に穴が空いている。そこからは、外の景色を望むことが出来た。()()()()()()()()()ということだろう。

 つまり、それは、

 

 それはこういうことか?

 

 あいつは、

 

 マキナを、

 

 

 ――人質にしているんだ。

 

 

 マキナをその穴から外に出す代わりに、僕に椅子へ座れと言っている。

 そうすれば、()()()()()()()()()()()と。

 

「――は」

 

 この距離。

 ――あちらが止めを刺すよりも早く、助け出すことは絶対に叶わない。なにより、奴は空間を入れ替える。直接的にそれで僕を止めることは出来ないが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ようにはできる。

 

 だから、絶対に間に合わない。

 動いたところで、マキナが先に殺される。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――はは」

 

 おもわず。

 

「はははははははは!」

 

 ――笑っていた。

 

「そうか! そうかそうか!」

 

 ――――ヤツは間違いなく言っていた。

 

 声はない、感情もない、意思もない。

 

 だが、だとしても、確信している。僕なら絶対に彼女を見捨てたりはしないと。

 

 だから、つまり。

 

 

 ()()()()()()()()()()なのだと、そう言っている。

 

 

「――――ふざけるなよ、クソ野郎がぁああああああああああああ!!」

 

 

 叫び、

 

 

 そして、

 

 

 ()()()

 

 

 そうだよな、アンタは絶対に知るはずもないよな。僕がどうして、()()()()()()()()()()()のかって。

 

 ここから僕が、()()()()()()()()()()()ってことを。

 

 そうだ。もう一つだけ、取れば()()()()()()()()()()()()()()とってこなかった、最後の手段。だが、だとしても。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

世界(デウス)ッ! アンタの敗因は、人間という可能性を生み出したことだと、僕はそう言った。だが、訂正する!!」

 

 一歩、踏み込む。

 大きく息を吸い込んで、ヤツの転移を打ち破る、もっとも簡単な手段を叫ぶのだ。

 

 

「――――“◇△◇(スクエア・スクランブル・トライデント)”!」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 僕は、

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

「――アンタの敗因は、僕を、敵に回したことだ」

 

 

 ノイズに塗れ、

 

 恐怖に溺れ、

 

 僕を敵に回した、愚かな世界を、

 

 

 僕はその足で踏みつけて、()()()()()

 

 

 世界は最後まで言葉もなく、概念崩壊し。

 

 

 ――ここに、すべての戦いは、決着した。



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174.いつか、この空の下。

 ――感覚が溶けていくのが分かる。

 どこまでも、自分というものが失くなっていくのが分かる。

 

 消えていく。すべてが無へと帰っていくのだ。可能性の消失。この世界から、僕という痕跡がいっぺん残らず消え去って。僕という存在は役目を終える。

 

 これが最後なのだろう。ここが終点なのだろう。そう、理解してしまえるほどに、僕の身体は虚無に近かった。

 

 三重スクエアの代償だ。

 これが自然なことなのだ。無理には手痛いしっぺ返しが待っている。無茶では道理は動かせない。蛮勇とは、愚かであるから蛮勇なのだ。

 

 であれば僕は、間違っていただろうか。

 愚かだと、そう言ってしまっていいのだろうか。

 

 確かに、多くの者はそれを愚かと言うだろう。そりゃそうだ、感情だけで突っ走り、最後には自分の命すら投げ出して、あとに残ったのは、ただ救ったという事実。

 それすらも――本当に救えたのか確かめることもかなわない。

 

 僕は、それでも構わないとすら思って、あの時踏み込んだ。

 だから、後悔はない。これで良かったのだと、心の底から思うことはできる。納得することはできる。ただ、そうやって踏ん切りをつけてしまった後に、

 

 ふと、思ったのだ。

 

 

 ――ああ、また。

 

 

 彼女たちに怒られてしまうのだろうな、と。

 

 

 そう思った時、少しだけ、後ろを振り向いた時。いつも側にいた――けれどもどうしてか懐かしく感じる彼女たちの顔を思い出し、僕は。

 

 ()()()()()()()

 

 

 ◆

 

 

 ――ふと、感覚が戻る。

 意識が覚醒するのだと、そう感じる。

 

 僕は、どこにいるのだろう。――意識に連続性がない。少しの間、どこか遠くへ行っていたような、不思議な浮遊感がある。

 そして最初に感じたのは――柔らかさ、だった。

 

「ここ、は――」

 

「――――起きた」

 

 少女の声だった。

 

 視界が開く。

 ぽつり、となにかが頬を伝った。それがすぐに雫――涙だと気がついて、その少女の声で、僕がどうなっているのかを理解した。

 

「マキ――ナ――」

 

 見上げる先に、マキナの顔があった。

 泣き出して、くしゃくしゃになった顔で笑みを浮かべて、とてもではないが、人に見せられない顔をしていた。けど、しかし――

 

 

 ――笑顔のマキナは、とても幸せそうだった。

 

 

「……よかった」

 

 僕を膝枕して、涙をぽろぽろ零しながら、少女が泣いている。それを、少しの間眺めて僕は――手を伸ばした。

 

「なぁ、マキナ――」

 

「……うん」

 

「――もう、泣かなくてもいいんだぞ」

 

 その涙をそっと拭って、

 

「――――うん」

 

 マキナの顔には、笑顔だけが残った。

 

 しばらく、そうしてから起き上がる。マキナがさせてくれなかったのもあるし、僕もどこか身体が重い自覚があった。ほんの少しの間、身体から魂が離れていたせいで、身体の使い方を忘れてしまったかのような。

 

「君は――可能性を急速に失っていたんだ」

 

「……無茶をしたから?」

 

「三つも概念を重ねた上に、概念起源まで三つ重ねてしまったんだ。前者だけならともかく、後者はあまりにも致命的だった」

 

 マキナや世界が僕に手を出していないにも関わらず、僕から可能性が失われていったらしい。たった一瞬、限界を越えた極限にまで手を伸ばしただけだというのに。

 

「そもそも、至宝回路自体が非常に無茶な衣物なんだよ。寿命という代償なしでは維持できないくらい。……寿命のない生物が使用することは、想定されていない」

 

「まぁ、そうだろうね」

 

 あまりの無謀に、マキナは起きた瞬間絶句したそうだ。無理もない、自分が救われたと思ったその瞬間に、救った相手が消えようとしていたのだから。

 

「でも――ある時、急にそれが止まった」

 

「……皆のことを、思い出したときかな」

 

「それだけで可能性の消失が収まるもんか! 何か――そうだな。敗因、嫉妬龍と何かこう、特別なことをした覚えは?」

 

 ――とても、失礼なことをマキナは聞いてきた。

 

「あまり」

 

「――あの関係でしてないの!?」

 

 更に失礼なことをのたまい始めた。

 いい加減なにかこう、頬でも引っ張ってやろうかと思ったが――ともかく、少し思い返すと、一つだけ。

 

「君の概念起源の中――つまり、()()()()()()の中でキスをしたな」

 

「それだ」

 

 ぽん、と両手を叩いてマキナが納得した。いや、まぁ何かあるとすればそれくらいだろうが、だからといって何があったのかは、僕にはさっぱりなのだけど。

 

「あそこは可能性の箱庭で、()()()()()だ。そんな場所で()()()()()とキスをすれば、君の中には可能性が宿るだろう」

 

「可能性の龍?」

 

 ――初耳の単語だ。

 

「考えてもみなよ、嫉妬龍の権能は、()()()()()()()()()()()()を生み出す能力だ。概念使いの可能性は、生まれた時にすべて決まっているのだから」

 

 それは、つまり。

 大罪龍の中で、他者に力を与える龍は嫉妬龍だけだ。色欲龍は生まれた時に力を与えるが、これは生まれたときからその可能性が決定しているため、突然与えられるわけではない。

 だから、それは、つまり。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()龍だったのだ。

 

「ボクは彼女を生み出したとき、彼女の破滅を願って力を削いだ――けど、それだけじゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()から、削いだんだ」

 

「今のフィーは大丈夫なのか?」

 

「今の彼女の力は大半が色欲龍のものじゃないか、これとはなんの関係もないよ」

 

 なるほど、とうなずいて。僕はフィーの顔を思い出す。僕に三重概念の可能性を与える時、フィーは僕に言った。少しでも、帰って来れる可能性になるために怒るのだ、と。

 

 ――本当に彼女の言う通りになった。

 

 思わず苦笑してしまうほど、彼女は僕の福音だったのだ。

 

「むぅ……」

 

 それを見て、マキナが僕にぽすんぽすんと拳を入れる。じゃれつくような猫パンチといった感じで、どこか可愛らしいが、なんというか、すねているのだろうか。

 

「今くらいは、ボクだけを見ておくれよ」

 

「あはは……」

 

 嫉妬龍を思い浮かべて、それのせいで嫉妬されてしまった。――嫉妬龍とは、他人を嫉妬させる能力もあるのだろうか。

 

「――ぷ、あはは!」

 

「……マキナ?」

 

 と、思えば今度は笑いだす。とても愉快そうに、楽しげに。――これまでにないくらい、彼女は幸福に満ちていた。

 

「久しぶりに、()()()と思ったよ。いや、そもそも、はじめて楽しいということを、ボクは知ったのかもしれないな」

 

 そうして、天を仰いで、

 

「ああ――()()()()()()()()だったのか」

 

 そう、つぶやいた。

 

 

「――それで、敗因。ボクはこれからどうすればいいのかな?」

 

 

 そして、意識を切り替えてマキナは問いかける。

 ――そう、世界との戦いはすべて終わったが、マキナとのことは、何もかもが落着したわけではない。これから、マキナは選ばなくてはならないのだ。

 このまま、世界の外にとらわれるのか。僕を殺して、器としての立場を乗っ取るのか。

 

 もしくは――別の方法を探すのか。

 

「それに関しては考えてある。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――? どういうことだい?」

 

「別の可能性への移動。世界が今までは行っていたけど、君もそれはできるだろ?」

 

 なにせ、可能性という力の根源はマキナなのだから。世界に出来た可能性の操作が、彼女に出来ないはずがない。

 であれば――

 

「意味がないよ。ボクはどの世界へ移動しても、籠の中の鳥なんだから」

 

()()

 

 僕は否定した。

 そう、違うのだ。マキナは世界を移動しても、変化しない。だが、一つだけ、()()()()()()()()()()()()可能性が存在する。

 

「何を――」

 

 訝しむマキナに、僕は語る。高らかに、朗々と。

 

「この世界には一つだけ、あらゆる概念を、可能性を無視して、存在するものがある」

 

「……」

 

「それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性」

 

「概念すら!? ――ありえない、たしかにそれが可能なら、ボクも可能性を書き換えて、この世界から――ボクという立場から逃げることもできるだろうが」

 

「あるだろ、その実例が、直ぐ側に」

 

 ――その言葉に、

 

 

「――僕がここに、いるだろう」

 

 

 マキナは、大きく目を見開いた。

 そう、概念すら別のものに変質し、間違いなく存在する一つの可能性。

 マキナが行き着く、唯一の救い。

 それが、

 

 ――()、なのだ。

 

「――あ、はは」

 

 マキナは、今度は、

 

「あははははは!! あははははははははははは!!」

 

 ――とても、とても愉快そうに笑い始めた。僕も、つられて笑い出す。ああそうだ、これこそが僕のたどり着いた最後の結論。

 救われない邪悪だった無垢なる赤子に、救いという名の旅を与える。

 

 そう、つまり――

 

 

「――敗因!」

 

 

 その時、マキナが叫んだ。

 笑みを浮かべたまま、僕に飛びついて、そして見上げる。

 

「ありがとう! やっと、見つけたよ! たしかにそれなら、ボクはやり直すことができる。自分の不始末に、自分で決着をつけることができる! ああでも! ()()()()()()()()()()()!」

 

「……そうだな」

 

「君は酷いやつだ。ボクにこんな可能性を押し付けて! ボクをこの世界から追い出すんだろう!!」

 

「ああ」

 

「――必ず、戻ってきて復讐してやる!」

 

 そう言って、今度は僕から離れて、くるくると回る。少女には、未来が見えていた。輝かしいかどうかはわからない。その可能性に足を運んだ時点で、彼女から可能性を視る力は失われるのだから。

 

「だから、敗因」

 

 ――そして、止まった。

 

 

「――いつか、この空の下」

 

 

 笑みと、そして覚悟を瞳に秘めて。

 

「また、ボクたちが出会ったらその時は」

 

 少女にとって、それははじめての勇気。最初の一歩。長い長い旅路への、始まりに過ぎない第一歩。けれども絶対に、()()()()()()()()()()()()()一歩だった。

 

 

「――ボクと、友だちになって欲しいんだ」

 

 

 ふと、僕自身がそれに笑みを浮かべていることが分かる。

 

「よろこんで」

 

 快諾する。――少しだけ、心が幸せになった。そんな気がした。

 

「だから、その……敗因……いや、えっと」

 

 そうして、もじもじとマキナは少し、ためらいがちに、何かを僕から聞き出そうとしている。なんだというのだろう――さすがに、想像がつかない。

 僕はマキナのことを、何も知らないのだから。

 

「敗因って――()()()()()()()だよね。あれって、どうして?」

 

 想定外の問いかけだった。

 しかし、問われてみれば、どうしてそう問いかけたのか、彼女の態度から推測はできる。つまるところ――

 

「偶然だよ。いや、僕と白光は可能性がつながっているから、ある意味では必然なのかもしれないけれど――つけた理由が違うんだ」

 

 ……そう、僕と白光――フィナーレドメイン主人公のデフォルトネームは、同じものだった。ネットの世界にはじめて足を踏み入れた時、その名前を決めて、以降ずっとそれで通してきて。

 不意に、思わぬところで被りを起こした。

 

 だから、僕はその名前に苦手意識があった。何かあるごとに友人から弄られるのだ。当然といえば当然である。そもそも、名前の意味も全く違うというのに。

 

「――白光の場合は、人間を意味する言葉を、名前としてつけるときに、自然なように言い換えたんだ」

 

「じゃあ、敗因は?」

 

()()()()()()()()

 

 だから、僕の名は――そして、白光の名は――

 

「君らしいね」

 

 マキナはそう言って、足元に光を生み出す。可能性の光だと、これまでの戦闘で得た経験から推測できた。――あの中に、マキナは消えていくことだろう。

 

 自由を――生命を勝ち取るために。

 

 だから、コレが別れだ。マキナは僕に手を振って、そして背を向ける。

 

「――それじゃあ」

 

 長い――長い旅が終わりを告げる。理不尽をひっくり返すという理由で始まったこの旅は、少女を救うという決着に落ち着いた。

 そして、これから、()()()()()()()()のだ。

 

 それは僕と同様に、無数の理不尽と困難が待ち受けていることだろう。だが、少女はそれにくじけない。何故なら、やり遂げたのを見てきたからだ。

 自分がこれから歩む旅路を、観客として。

 

 ああ、だから――僕は彼女にこう呼びかけるんだ。いってきます、と。再開を祈って告げる少女に、そして――

 

 

「――またね、()()()()

 

 

「ああ――勝ってこい、()()()

 

 

 ()()()()()()()()()()()()に、

 

 

 負けイベントをひっくり返せ、と。



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175.負けイベントを知りたい。

 ――そして、僕は帰還した。変わらず、マキナがいた世界の外で、すぐに僕は師匠たちの姿を探した。とはいえ、探す意味は皆無だったのだけど。

 

「――戻ってきたわ!」

 

 叫び、フィーが僕に抱きついてくる。師匠が、リリスと百夜が側にいた。少し離れて、ライン達の姿も見える。一人――既にこの時間に干渉する方法を失ったのであろうアンサーガを除いて、誰一人かけることなく、彼らはそこにいた。

 

 ――帰ってきたのだ。

 

「ただいま」

 

「おかえり」

 

 師匠が、そんな僕の言葉に、どこか呆れたように返す。本当に、なんの感慨もなく零してしまったその言葉は、逆に僕が、どこかやり遂げたかのようで。

 結果を言葉にはしなかったけれど、誰もそれを心配していないようだった。

 

「それで――」

 

「どうだったの?」

 

 結果を聞いたのは、自然とリリスと百夜になった。誰が聞いても構わないが、なんとなく、そういう流れに成った。

 僕はうなずいて、そして笑顔を浮かべて、ピースサイン。

 

 

「――勝ったよ」

 

 

 大きな歓喜はなかった。誰もが疲れていたし、何よりも、やり遂げたという感覚が強かった。ここまで、一度や二度の激戦をくぐり抜けたのではない。

 と、いうよりも――

 

 ――すべてが終わったのだ。

 

 僕たちは、何かを得るために戦っていたわけではない。クロスオーバーの主人公たちと同じように、守るために戦ったのだ。

 彼らとの違いは、襲われたのか、挑んだのかの違い。

 

 その上で、挑んだ僕たちは――喜びを噛み締めた。誰も失うことなく、すべての旅を終えたのだから。――だから、静かに、

 

 僕たちは分かち合った。

 

「それで――」

 

 ふと、視線を向ける。

 

「どうしているんだ? ()()()

 

 ――そう。あの時、僕を見送った者たちは、アンサーガ以外は誰一人欠けることなくそこにいた。強欲龍は遠くで座り込んで、沈黙しているが――ともかく。

 それはつまり、()()()()()()()()()ということである。

 

「別にいたっていいじゃない! ――全部終わったのだから、もう私が寝ている必要はないわよね?」

 

「まぁ、それもそうだ。――ルクスは?」

 

()()()よ」

 

 自身の胸に手を当てて、慈しむように色欲龍は言う。問題はない、ということだろう。フィーも特に心配はしていない様子だから、話はそれでおしまいだ。

 

 まぁ、こうして彼女も帰ってきたのなら、僕としては喜ばしいと思う。

 

 相変わらず、彼女の視線はどこか刺々しいが、さすがにもう慣れたしな。

 

「――んじゃ」

 

 そこで、ラインが声をかける。

 

「俺達は先に戻ってる……で、よかったんだよな?」

 

 ――ライン達には、僕たちの予定はすべて話してある。完全にその場のアドリブで変化のあったマキナ救出以外は、ほぼほぼ予定通りにことが進んだ。

 だから、この後、まだ僕たちにはやることが残っていることを伝えてある。

 

「ああ、怠惰龍、後を頼めるか?」

 

“色欲に乗せればいいのではないか?”

 

「あのツルツルの糸みてぇな身体に乗りたかねぇよ」

 

「あら、一度も乗ったことがないくせに?」

 

「何言ってんだてめぇ!?」

 

 ――なんて、やり取りをしながら。ライン達は帰る準備を終えて、怠惰龍に乗り込む。わざわざこんなところまで――どう考えても話についていくことすら難しいだろうに。

 戦場まで乗り込んでくれて、本当に彼らには頭が上がらない。

 

 でも、まぁ――

 

「んじゃ、そういうわけだ」

 

 そして――

 

「おめでとさん。楽しかったぜ、お前さんを近くから見てるのはよ」

 

 ラインが、そう言って。

 

「またな! ライン公国に寄る機会があった時は、歓迎する!」

 

「子供の顔とか、みせたいわねぇ。名前はきめてあるのよー」

 

 シェルとミルカが再開を祈り。

 

「んじゃ、アタシたちはアタシたちで話すことがあるからな」

 

「うう、頭がいたいっす……どうして命をかけた後に胃を傷めなきゃならないっすか……」

 

 アルケはイルミと腹を割って話すようだ。

 

“――そうだ”

 

 ふと、そこで怠惰龍が告げる。忘れていたと、うっかりしていたと言うように。彼がわざわざ言い出すということは――アンサーガのことか。

 何か、言伝でもあったのかな。

 

“娘は、孫――百夜たちを追いかけるそうだ。お前には、また会おうと言っていた”

 

「……どこまで親ばかなんだ、あいつ」

 

 苦笑しつつ、とはいえらしいアンサーガの行き先に、僕は納得とともにうなずいた。――それで満足したのだろう、怠惰龍が飛び上がる。

 

 

“――また会おう。面倒だが、会いに来れば歓迎くらいはする”

 

 

 そうして、怠惰龍たちは消えていった。

 ――色欲龍も、それを見送ってから背を向ける。

 

「残らないのか?」

 

()()()()に興味はないの。フィーちゃん、終わったらルクスちゃんを起こすから、すぐに来てよね」

 

「解ってるわよ」

 

 そう言って、色欲龍も自身を龍の姿に変え、最後に、一度だけこちらを振り返る。視線は僕を向いていた。

 

 

“――お疲れ様。すごかったわよ、貴方”

 

 

 少しだけ僕に優しい言葉を投げかけて、けれども惜しむことなく、彼女もまたこの場を去っていった。

 

 僕たちの旅の道筋となってくれた人達が、元の生活へと帰っていく。大罪龍が消えても魔物の脅威はなくならない。そのうえ、これからは概念使いの時代だ。

 ――この時代の人々の行動で、数百年後の概念使いの主が誰か、それを止めるのが誰かがきまるだろう。

 

 僕たちは、それを眺める立場にあるわけだけど、さて――

 

 

 ――これから世界は、どうなっていくのだろうな。

 

 

 終わった戦いのその後に、僕は未来へ、想いを馳せた。

 

 

 ◆

 

 

 ――そして、僕たちだけが残った後に、

 

「さて――」

 

“んじゃ――”

 

 僕と強欲龍は、向かい合う。

 

 

「やるか」

 

“おう”

 

 

 まるで、連れ立って旅に出るかのような気軽さで、今日の夕食が何かを決めるような気軽さで、僕と強欲龍は――最後の戦いの舞台に立った。

 

「……いくらなんでも、気軽すぎやしないか?」

 

「思うところはもちろんありますよ、でも、そこはやらない理由にはならないので」

 

 師匠は、ぽんと僕の肩を叩いてうなずいた。

 呆れた様子だが、どこか満足気にして笑みを浮かべると、その場を離れていく。――苦笑とともに言葉を返しつつ、改めて僕は強欲龍と向かい合う。

 師匠が用事を終えてフィーたちの元へ戻った後、僕は強欲龍に視線を向けた。

 

 ――強欲龍がここまで僕と共に戦ったのは、このときのため。

 

 だから、やらないという選択肢はない。そこは皆も解ってくれている。だが、その上で、()()()()()()()()()()()()()()というと、皆は首をかしげるのだ。

 心外と思わなくもないが、こればかりは、待ちわびた者にしかわからない感覚だろう。

 

 ふと、強欲龍は何かを考え込んでいたようだ。

 

“――一つ、聞いときてぇ事がある”

 

「なんだ?」

 

 めずらしく、強欲龍が雑談を挟んだ。必要なければ、言葉は基本交わさないようなこいつが。――自分の感情に素直なこいつが、疑問をこの場で優先したのだ。

 それは、つまり。

 

 

“――()()()()()()ってのは、つまり何なんだ?”

 

 

 ――本質的な、質問だということだ。

 純粋に言葉の意味を聞いているわけではないだろう。なんとなく、僕がどういうことを負けイベントとして、それをひっくり返そうとしているかは、強欲龍だって解っているはずだ。

 

 その上で、僕の中で、それを負けイベントと呼ぶ理由はなにか。ヤツがそれをこの場で問いかけてきた以上それは――単なる雑談としての質問ではない。

 

「さて、幾らでも言葉にできるけど――」

 

 僕の中で――

 

 

「――一度、見つめ直さないといけないかもな」

 

 

 この戦いで、求めるべきものが、定まった。

 

“ふん、そうかよ”

 

 鼻を鳴らす強欲龍に、僕は過去を想起しながら話す。

 ――少しばかりの、昔話だ。

 

「――僕は、負けが決まっている戦いが嫌いだった。物語の筋書きで、どうしたって勝てない勝負というのは存在する。()()()()()()()()()()()()()()からだ」

 

“負けてるのにか? ハッ、随分と悠長だなぁ、おい”

 

「別に――敗北したところで、全てを失うとは限らないのさ」

 

 人は、失敗から学び、成長を得る。それが間違っているということはない。僕だって、何一つ失敗せずにこの旅を終えたわけではない。

 ただ――僕は、敗北を成長の糧にすることが嫌いだったのだ。

 

「けど――敗北ってのは何かを()()()()()。大切な人の生命だったり、かけがえのない大切なものだったり」

 

 ――僕がゲームで負けイベントを経験した時、主人公は大抵の場合多くのものを失っていた。師匠と呼んで慕った人。偉大なる国の王。仲間の大切な家族。そして――大切な仲間。

 

 そういったことを繰り返し、人は前に進む。

 だが、失い続けて前に進んだ人生は――どこかで行き詰まってしまうものだろう。

 

 何より、

 

「勝利がなければ、人は成長を実感できないだろう?」

 

“そォだな”

 

 つまり僕は――負けイベントに勝ちたかったのだけど、それは()()()()()()()で、()()()()()()()()だったから、そうなったのだ。

 

 負けるという経験は、言うまでもなく。

 

 勝利の経験もまた、僕にはあった。

 

 ――それは、

 

 

 ふと、それを思い出した時。

 

 

 僕は幼い頃の僕を見た。

 

 

 幼い頃の僕には、ゲームという世界が、無限に広がる可能性に思えた。多くの体験が、衝撃的な物語が、僕にとっては宝箱のようで。

 

 そして、その最後にたどり着いたラスボスとの戦いで、

 

 ()()()()()()とコントローラーを握りしめるのだ。

 

 そんな様子を、幻視した。

 

「――なぁ、強欲龍。元の歴史における、()()()()が誰か分かるか?」

 

“あぁ? マキナのヤツじゃねえのかよ。これまで散々、てめぇはあいつを黒幕だと言ってきただろうが”

 

「違うんだ。確かに僕はマキナを黒幕とは言ったけど、()()()()()()()()()()()()()ぞ?」

 

 そう、僕はこれまで、一度としてフィナーレ・ドメインのラスボスをマキナだと言ったことはない。そう、ないのだ。

 

 では、誰がラスボスか。

 ――もはや、ここまでくれば言うまでもないだろう。それは、そう。

 

 

()()()だよ」

 

 

 シリーズの顔ともいえる敵。ドメインシリーズ、始まりのラスボスにして、傲慢龍は、終わりを務めるラスボスだった。

 

「――機械仕掛けの概念を討伐し、全ての因縁に決着をつけた時、傲慢龍はその瞬間を待っていたんだ。なにせ、機械仕掛けの概念を討伐した白光たちを倒せば()()()()()()()なのだから」

 

“ケッ、あいつの好きそうなこった”

 

「というか、アンタだってそうしてるじゃないか」

 

“俺はチゲぇ、全部奪うために、コレが一番効率がいいだけだ!”

 

 本当に、こいつらは似た者同士だ。――いや、根底は全く似ていない。しかし求める結論は尽く同じようになる。

 

 傲慢が、傲慢故に強欲であるように。

 

 強欲は、強欲であるがゆえに傲慢に映るのだ。

 

「だから僕には――ここで正面からアンタに挑む僕には、白光と傲慢の対決がよぎって仕方ないんだ」

 

“ハッ――――”

 

 それを、強欲龍は笑い飛ばし、

 

 

“ふざけんじゃねぇぞ!”

 

 

 怒りとともに叫んだ。

 

 ああ――

 

「――()()()()()()

 

“あァよ!! 俺たちの戦いが、傲慢のやろぉと()()なんざ認めねぇ!”

 

 ――負けイベントは何かを問われた時。

 

 僕は、自分の根底を思い出した。

 そして、その根底の終端を思い出していた。

 

 

 傲慢龍との決戦で、僕は僕の始まりを、今の自分とピタリと合わせた。あの時嵌ったパズルのピースは、今も僕の中にある。

 先へ進めと叫んだ、傲慢の言葉とともに。

 

 だから、今度は、

 

 その始まりの結末を思い出すのだ。ドメインシリーズ、その集大成。傲慢との決戦から始まった長い長いこの世界の歴史は、傲慢との決着で幕を下ろす。

 ならば僕は――

 

 

「――僕は、強欲から全てが始まった」

 

 

 僕は、あらゆる勝利を欲して前に進んだ。

 

 

“――俺は強欲だ。すべてを欲して、それが俺の存在理由だ”

 

 

 強欲龍は、強欲であるからこそ、最強(すべて)を目指した。

 

 

 想起される。白光と傲慢が、その中で向かい合っていた。

 

『――これが最後だ。悔いは残さないと、僕は決めた』

 

“これが証明だ。憂いはないと、私は決めた”

 

 

 ――そして、

 

 

 今。

 

 

 僕と、強欲が。

 

 

 同じように向かい合っている。

 

 

「――これで最後だ! もはや残せるものもないくらい、僕たちの最強を決めよう!!」

 

 

“――これが最強だ! 傲慢なんぞと比べるまでもないほどに、俺たちの結末を描くぞ!!”

 

 

 だが!

 

 

 僕たちは白光でもなければ、傲慢でもない!!

 

 

()()()()()()()ッ! 君の敗因になる者の名だ!!」

 

 

()()()()()()()()()ッ! てめぇを潰す者の名だ!!”

 

 

 ――――だから、

 

 

 負けイベントを始めよう。

 

 

 この世界に、僕がやってきて。僕たちが描いてきた可能性を。

 

 

 この物語の終止符を、

 

 

 ()()()()()()()()()に、叩き込め!!



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176.不死身を引き剥がしたい。

 ――負けイベント。

 今更、その定義をやり直す必要はないだろうが、改めて立ち返ってみると、僕はこれまでの戦いを、何から何まで負けイベントに扱っていたように思う。

 ただ勝てない戦いだけじゃなく、()()()()()()()()すらも、僕にとっては負けイベントだったのだ。

 

 それは、僕が負けイベントを覆すということをモチベーションとしてきたという意味もあるが同時に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということでもある。

 

 百夜、そして強欲龍から始まって。

 ――マキナ、そして世界との決戦。僕は多くの強敵と戦ってきた。そのすべてが、勝つ可能性よりも負ける可能性のほうが高く、積み重ねれば世界すらバグらせてしまうほどに、低い可能性をくぐり抜けてきたのだ。

 

 そうしていくうちに、僕の中で負けイベントは勝ちたいと思うものではなく――()()()()()()()のことになっていたのではないか。

 

 そうしなければすべてが終わってしまうから。

 ()()()()()()()()()()()()()()()から。

 

 ――強敵がいた。

 

 それを仲間たちと打倒して、

 

 僕は有る意味、天狗になっていたのかも知れない。

 

 ――そうしてたどり着いた最後の戦い。強欲龍とのタイマン。必要なことであるが、何もタイマンで戦う理由はどこにもない。

 だとしても、これは()()()()()()()()()()()()()()()戦いだ。

 

 つまり、これは僕の個人的なワガママの故に生まれた戦いなのだ。

 

 だからこそ、それは義務ではなく決意に変わる。

 強欲龍に負けイベントとは何かと問われ、僕はそれに気がついた。

 

 故に、この戦い。

 

 僕の中にある()()()()()()()が――

 

 ――()()()()に回帰していた。

 

 剣を抜いて、戦う理由を明白にした後に、僕は強く感じた。

 

 

 この戦いを最高のものにしたい。

 

 

 過去を超え、未来へ向かう。

 今にしか許されない第一歩として、

 

 僕は()を描きたい。

 

 ()()()()()()()()()()()と、そう叫び続けて旅の果てまでたどり着いてしまった。あまりにもバカで、頑固すぎる僕という存在の――

 

 

 ()()に、この戦いを経て潜っていくのだ。

 

 

 ◆

 

 

「う、おおおっ!」

 

 大きく吹き飛ばされて、なんとか地に手を付けて、何度かバク転しながら態勢を立て直す。強欲龍は――追撃を放っては来なかった。

 止めを刺しきれる状況ではないと判断したためだろう。

 

 ――攻勢は一方的だった。

 純粋に通常の概念化では、概念化していない強欲龍すら、まともにやり合う事ができないのである。攻撃をなんとか受け流し、一方的に攻め立てられるのを、なすすべもなく受けるしかない状況。

 純粋なパワーで敵わず、地を震わす踏み込みと、直線的な熱線の嵐をなんとかくぐり抜け――

 

「やっぱり、このままじゃ一撃を入れることすらできないか」

 

 デバフが入れば、抑えてくれる人が誰か一人でもいれば、その間に距離を詰め、コンボを稼いで戦うことができるだろう。だが、それはこのタイマンでは絶対にかなわない。

 

“ハッ、一方的にやり込める気分は悪かねぇが――()()()()と解ってるのに、てめぇの遊びに付き合うのは癪だ”

 

 強欲龍は、吐き捨てるように言う。

 弱者にも奪う価値を見出す強欲龍らしい――悪く言えば、弱い者いじめが好きなヤツは、こちらの攻防に多少は付き合ってくれるものの、もはや限界だろう。

 何より、やつの言う通り――

 

“さっさと来いよ、敗因!”

 

「――言われなくとも!!」

 

 ――僕だって、これ以上は無駄足を踏む理由はない!

 駆け出しながら、叫ぶ。通常の概念化で強欲龍と対決するなら、これを使わなければ土俵に立つことすらできないのである。

 

 

「“◇・◇(スクエア・スクランブル)”!」

 

 

 青白い光と共に、踏み込んだ足が、目に見えて()()した。そのまま飛び上がり、一息に強欲龍へ、太刀を浴びせつける。

 奴はそれを意図して受ける選択をすると、僕たちは拮抗する。

 

 ――激突。音が、風がふるえて、僕たちは静止した。

 

“そうこなくっちゃなぁ! 出し惜しみなんざ、時間の無駄にしかならねぇぞ!!”

 

「だったら僕もお前も、二重概念と概念化を最初から切るべきだな!」

 

“それは――”

 

 しかし、やがて拮抗は強欲龍によって破られる。

 純粋な力と力の対決では、やはりこいつに軍配があがるのだ。

 

“――こいつを愉しんでからだ!”

 

 そう、僕たちがわざわざ切り札を出し惜しむのは、お互いのすべてを味わい尽くすため。これは、決着をつけるための戦いであって、相手を破壊するための戦いではないのだから。

 ――弾かれる。だが、すぐに地に足をつけ、反撃。下段から、一気に斬りかかる。

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 続く反撃を透かし、一撃を入れた。

 それに強欲龍は舌打ちをして、一歩足を引くと、腰を深く落とした。大きな一撃の予備動作――!

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 後方へ、若干浮かび上がりながら飛び退る。

 天地破砕ならこれで問題ない、強欲裂波ならば、ここから無敵時間のある技へ移動すれば良い。そう判断した上で――

 

 強欲龍はその上を行った。()()()()()()()()()。構えは、前にただ踏み込むためのものだった。

 

“ハッ、逃げんじゃねぇぞ!!”

 

 僕は――

 

「――()()()()()さ!」

 

 叫び、

 

「“C・C(クロウ・クラッシュ)”!」

 

 爆発でやつの視界を覆った。これで、向こうには駆け引きの選択が生まれる。こちらもそうではあるが、故に僕の答えは決まっていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。移動技で、滑るように。

 

 だから、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、衝突する!

 

 

 それはもう凄まじい勢いで突っ込んだために、お互いに激突と共に振るった剣が、煙を跡形もなく吹き飛ばし、吹き飛ばされた煙の隙間に、拳を振るう強欲龍と、剣を振るう僕が同時に映った。

 

「――ッ! おおおっ!」

 

“だああっ! らぁああああっ!!”

 

 そして、互いに吹き飛ばされ、地を滑りながら着地する。――笑み。楽しいと、お互いに笑みを浮かべていた。そのまま、最高速で僕たちは駆け回る。

 

 剣戟の音だけが、広い広い世界の外に響き渡る。お互いに、最高速は軽く越え、概念使いでなければ、大罪龍でなければ耐えきれない速度の中で、がむしゃらに武器を振るった。

 

「――僕は、アンタを倒すために戦いを始めた! そうしなければ、アンタが大切な人を何から何まで奪っていくからだ!」

 

“それが俺だろう! 俺と戦うことが、てめぇの言う負けイベントだとでも言うつもりか!”

 

 ――手数と、攻撃力は強欲龍が僕を上回る。

 代わりに、機動力では僕がやつを上回っていた。故に、飛び回る僕をヤツが受け流しながら、反撃をたたき込む形で戦闘は推移する。

 やつの周囲をぐるぐると飛び回りながら、言葉と言葉が飛び交った。

 

「それも戦う理由の一つだ! 負けたくない戦いだからこそ、僕は心を燃やすんだ!」

 

“ならそれでいいだろうがよ! 何だってそこに余計な装飾を入れる!”

 

「人は――お前みたいに単純じゃないんだよ!」

 

 ――そうだ。

 僕は単純だが、単純ではない部分もあるのだ。――白光が僕の精神を支えてくれていたとはいえ、僕にも恐怖や萎縮というものは存在する。強欲龍とだって、あのタイミングでは叶うことなら戦いたくはなかったのだ。

 それでも、師匠が助けを求められたら断れないし、断ることで僕自身も気に病むだろうから、戦場へ僕たちは飛び込んだ。

 

 剣が、強欲龍の拳を弾いた。直接受けないことで、僕はやつをやりすごす。更に、そのまま前に進む勢いに変えるのだ。

 懐に潜り込む。狙いは――

 

「――僕は今、それに感謝しているんだ」

 

 ――やつの不死身だ!

 胸元へ、剣を突き立てる。強欲龍ならきっと――

 

“ハッ――!”

 

 ()()()()()()()()()()()()

 

「そうして戦い、勝利したことが、僕にとってはここまで進む勇気になっているんだからな!」

 

 そして、

 

“――だったらこれも! 受けてみやがれ!! 強欲裂波ァ!!”

 

 僕の剣を受けたまま、その手を自身の拳でつかみ、熱線をたたき込む。()()()()()()()()()()()僕は、勢いよくケリを叩き込み、その角度をそらす!

 

 ――右肩に、熱線が掠めた。

 

「ぐっ――!」

 

 余波で僕を掴んでいた強欲龍の手が離れる。即座に剣をすて、()()()()()()()で、移動技を起動し、ごろごろと転がった。天と地がひっくり返って大騒ぎだ。

 

 ――強欲龍を戦いの舞台に引きずり下ろすために、必要なことがある。不死身の破壊。それをしなければ強欲龍は何時まで経っても撃破できず、だからこそ僕は最初からそれを狙っていた。

 結果、強欲龍は心臓の核を囮に、反撃を叩き込んできた。

 ここまでは、想定通り――

 

 ――いや。

 

“まだ、()()()()()んだよ!!”

 

 

 強欲龍が、目の前に迫っている――!

 

 追撃に、こちらへ飛び込んできた。足で僕を真っ二つにしようと、踏み込んでいるのだ。そしてそれは、()()()()()()()()()()()()()()ことを意味している。

 態勢を立て直す暇もない。剣は既に生み出しているが――

 

 すぐに思考を巡らせ、僕は動いた。

 

 

()()()!」

 

 

 そうだ。

 これは――好機。僕はここで、やつの不死身を引き剥がす。

 

「終わらないのは、僕だけだ―ー!」

 

 そして、

 

「“C・C(クロウ・クラッシュ)”!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

“ぬ、おおおっ!?”

 

 天地破砕を放つ勢いで突っ込んできたやつの足場が、爆発という不確定要素に崩れ去る。必殺は、即座に致命へと変わり、僕はそこへ飛び込む。

 

「こいつで――!」

 

 僕は、剣を振るう。狙いすまして正確に、寸分違わずやつの首の核へと――突きを放つのだ。

 

“――――食らうかよ、そんなもん!”

 

 だが、

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「――!」

 

 想定はしていた。

 これまで、二度も僕にそれを見せたのだ、想定はして然るべき。だが、だからこそ僕は、その一撃があまりにも有効であることを知っていた。

 

 ()()()()()()()()。この首飛ばしはとっさの緊急回避にすら使用できるのだ。

 

 本来なら――

 

 

 そう、普通なら。

 

 

「――だが!」

 

 僕は突きを繰り出したのは、このときのため。首の飛んだ胴体の奥に見える、やつの顔へ――狙いを定める。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()ぞ!」

 

“て、めぇ――!”

 

 なぁ、強欲龍。

 確かにそれは有効な手段だよ。けどな、僕がどれだけお前の戦いを見てきたと思う? どれだけお前の動きを見てきたと思う?

 

 今更――核の位置が正確にわかることを、()()などと思わないよな?

 

「“B・B(ブレイク・バレット)”!!」

 

 

 そして、僕が狙った核への一撃は、外すことなく突き刺さった。

 

 

 ◆

 

 

 ――スクエアを解除して、距離を取る。

 もはや体力の限界だったのだ。一撃でも受ければ、強欲相手には致命になるために。もとより攻撃を受けるつもりはないが、限界だった。

 

 対して、強欲龍は首を自分でもぎ取り、核を逃したわけだが――それを潰した。

 しかし、()()()()()()()()()()()()()

 

“――俺ァ不死身だからな。たとえその根底が破壊されようが、俺が俺を殺したのなら、それは死にはいたらねぇ”

 

 かつてと同じように、首が胴体に戻る。

 互いに、一つずつ手札を失って、最初の状態に戻った。

 

 で、あるならば――やることは決まっている。

 

 

「敗因白光のヒューリ」

 

 

“勝利のグリードリヒ”

 

 

 二重概念と――

 

 ――大罪龍の概念化。

 

 

 互いに、次なる山札へと手を伸ばし。

 

 

「――行くぞ」

 

“あァよ”

 

 

 手札を取った。



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177.底を知りたい。

 人は、戦うためには理由がいる。

 誰かのためだったり、自分のためだったり。他者を攻撃するということは、守るにしろ手に入れるにしろ、欲望が、渇望がそこには宿っている。

 無心のままに拳を振るえるものはいない。

 拳を受けて、それを無風で受け流せるものもいない。

 

 僕にとっての負けイベントは、欲望だった。

 

 大雑把に言ってしまえば、たとえそれがただの強敵との戦闘だろうと、負けイベントと思ってしまったほうが僕にとっては強さになる。活力になるのだ。

 だから、倒さなくてはならず、一度でも負ければ何かを失ってしまうような戦いは、僕にとっては負けイベントなのだ。

 

 ――根底にある、負けイベントとは何かを僕は悟った。では、今度はもっと表面的な話だ。

 

 強欲龍は僕にどんな言葉をもとめてそれを聞いた?

 

 僕はどんな言葉を、他者へ向けて語るのだ?

 負けイベントに勝ちたい。

 とても、とてもシンプルで、それでいて僕を端的に表す言葉だ。しかし、それをより正確に言葉にするとき、僕はその努力をしてこなかった。

 するべきことは前に進むこと。

 戦うための理由は高らかに語る必要はない。

 

 それが、分かりあえる相手でないならなおさらだ。

 

 だからこそ、僕は僕の道を探す必要があった。――それを見たとき、僕は他者に、なんと言葉を向けるべきだろう。その答えは――まだ、見つかっていなかった。

 

 

 ◆

 

 

 剣が、斧とぶつかり合う。

 激しくがなり合う音に、僕らは更に力を強くする。上段から降り注ぐ一撃を、横から受け流すように弾き、横から飛んできた一撃を、身をかがめて躱した。そのまま斬りかかる。

 

 斬撃。

 

 攻撃は片腕に防がれた。こいつのスペックはこういうところに発揮される。そのままもう片方の手で斧を振るわれては、僕としては溜まったものではない。

 

 なんとかもう一刀で受け止めて、手で受け止められた剣を捨て、手を前に突き出し――

 

「“B・B・W(ブレイク・バレット・ライティング)”!」

 

 散弾をたたき込む。

 

“『L・L(ルーズ・ロスト)』ォ!”

 

 それを、奴は概念技の横薙ぎで僕ごと振り払った。

 ――直撃はない、衝撃にのって、僕は後方へ退避していた。

 

“チッ、ちょこまかと!!”

 

「アンタが強引すぎるんだよ!!」

 

 言葉を交わしてから、さらにぶつかり合う。

 剣を叩きつけながら後方へ回り、そこへ更に範囲攻撃が飛んできて、浮き上がったところを狙われる。更に衝突、吹き飛ばされ――また飛び込んでいく。

 

“ふわふわしてんじゃねぇぞ!”

 

「そっちは乱暴すぎるだろうが!」

 

 お互いに、お互いがやりにくいのだろうな、と僕は強く感じていた。

 こちらが攻撃しても、強欲龍はびくともしない。だが、強欲龍が決定的な攻撃を叩き込もうとすると、僕はのらりくらりとそれを躱してしまう。

 

 戦闘は非常に流動的であったが、膠着しているとも言えた。どちらが一つもミスをしなければ、このまま永遠にそれを続けるのではないかというような。

 不死身という狙うべき枷もなく、スクエアの使用期限という制限もない。

 

 今の僕たちは、どこまでもフラットに、ただただ無心に剣を振るうことのできる状態だと言えた。

 

「こいつがなかなか、楽しくて仕方がないな!」

 

“ハッ、否定はしねぇが――俺ぁそろそろ変化がほしいぜ!”

 

 上段から剣を叩きつけ、それを弾かれて、僕たちは距離をとって正面から向かい合った。呼吸の音が、心拍が嫌に大きく聞こえる。

 疲れはない、概念化しているのだから当然だが。

 しかし、どういうわけか、僕はそれに疲れを覚えているようだった。

 

 興奮も、長続きはしないということか。

 

“――そうさな、敗因。てめぇの根底にあるものは、よく解ったぜ。負けたくねぇってのは、そりゃあ当たり前の感情だろうなぁ”

 

「どうした、いきなり」

 

“聞けよ――ならよぉ、俺ァ()()()()()()()()()。強さの底、欲望の底、俺にぁ底があるんだろう。なんならそれは、てめぇみてぇに一言で表せるもんかもしれねぇ”

 

「…………」

 

 強欲龍の底。

 ――信条という意味ならば、僕はそれに応えることができるだろう。いや、そもそも他者に問われるよりも前に、奴は答えを出しているではないか。

 欲望だ。どこまで行っても、強欲龍の行動には欲望以外が存在しない。

 

 だが、それでも――ふと、僕は思うところがあった。

 

「意外といえば――アンタ、随分と我慢がきくんだな。僕との決着――自惚れかもしれないが、今のアンタの()()()()()だったんじゃないか?」

 

“ハッ――かも知れねぇな!”

 

 強欲龍が、突っ込んでくる。

 ――珍しく、攻防は僕が受けに回った。明らかに、強欲龍の動きが前のめりになっていたのだ。そこには何かしらの意図が感じられた。

 

「――アンタはッ! 自分の欲望だけで生きているッ!!」

 

“それがどうしたってんだよォ、なぁ!!”

 

 斧を弾き、一歩後ろに下がりながら散弾で牽制。襲いかかってくる概念技に無敵時間をあわせ、更に攻撃を重ねる強欲龍の一撃を受ける。

 

「そのアンタが、本命を後に取っておく理由はなんだ!? 他に欲望があったとしても、マキナと戦う理由があったとしても、アンタはそれを無視することもできただろう!」

 

 ――強欲龍は、ゲームにおいても封印される前と後で、少しばかり描写に差異のある存在だ。最強に成るという目的のためなら、多少の我慢を奴はする。だが、封印される前はそんな我慢などやつにとっては大敵で――つまり、封印の際に、何かしら思うところがあったのだろう。

 今回で言えば――僕に倒される、後と前。

 

“――かつて、お前に敗れる以前、俺の前に敵はなかった”

 

 それは、強欲龍の語りだった。

 

 ――攻撃の勢いは激しさを増している。それと同時に、やつの狙いも解ってきた。少しばかり焦りながら攻撃を加えるが、強欲龍はそうそう揺らがない。

 

“だが、お前たちに俺は破れた。俺が最強でないことが証明された。最強でないやつの強欲が、誰かに許されるはずがあるか?”

 

「アンタは――」

 

 ――強欲龍はつまり、自分が最強だから、強欲は許されて当たり前だと思っていたのか? そして、最強が否定されれば、ヤツは強欲が許されないのだと考える。

 

 振り下ろされる斧を弾いた。しかし、そこに宿る力が増しているのを感じた。コンボによるバフが、ヤツの背に力を与えている。

 

“最強じゃねぇ俺に、誰が挑む! 誰が憎悪を抱く! 俺ァ強欲であるために!! 誰よりも強くなきゃいけねぇんだよ!!”

 

 それは、ある種傲慢とは対極的な考え方だった。やつもまた、人類の敵として、自分を確固たる存在たらしめるために最強を自称した。

 しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()であり、そうでなくては奴は傲慢たり得ない。

 

 強欲龍はその反対だ。強欲であるためには最強でなくてはならない。傲慢が傲慢の自然なのだとしたら――強欲龍にとって強欲は、

 

 

「――強欲を、目指していたのか」

 

 

 ぽつり、と口にしたとき。

 ――僕は強欲龍の底を見た。

 

 遠く、遠く。

 

 誰よりも遠い、何よりも遠くにある底へ、強欲龍は足を進めていた。たどり着けるかもわからない、たどり着いたところで、満足できるかもわからない。

 ただ、歩いていた。

 

 故に、力を込める。叫ぶために、高らかに言葉を紡ぐために!

 

「強欲龍――――!」

 

“お、ぉおおおおっ!!”

 

 概念技と概念技がぶつかり合う。無敵時間が、衝突が、互いの攻撃を弾き飛ばし、けれどもコンボを継続させる。奴がそうするように、僕もまた、コンボの完成を目指す。

 そうだ。強欲龍の狙いは最上位技。――否、それと同じ条件で至ることのできる高み!

 

「――アンタは旅をしているんだ!! 強欲の旅を、終わりのない旅を続けている!!」

 

 剣が、斧を弾いた。一瞬、あちらが受けに回ったのか、こちらが上回ったのか。だが、直ぐに強欲龍は持ち直し、斧を握り込み、振るう。

 

「目指さなければ強欲は強欲じゃないんだ! 目指すことで欲望は存在を許され、そうでないのなら、お前の中の欲望は完成しない!」

 

“何が言いてぇ!”

 

 互いに距離を取り、そして踏み込む。

 

 

「アンタの強欲の底は、()()! 少なくとも、今は!」

 

 

 

“――”

 

 激突の直前。

 互いの顔をみた。

 驚きと笑み。強欲龍は笑っていた。そして、表情を意識したことで――

 

“――それは”

 

 ――()()()()()()()ことに気付くのだ。

 

“てめぇも同じだろうがァ!!”

 

 攻撃が、強欲龍の一撃が僕の一撃を振り払う。コンボは途切れていないが、形勢は傾いた。

 

“てめぇは俺という、てめぇが叩き起こした、災禍を祓わなけりゃ戦いが終わらねぇ! 同じことだ! てめぇの旅ってやつは、俺が終端なんだよ!!”

 

「――――!」

 

“よく解ったぜ敗因。てめぇが俺を倒さなきゃ、その負けイベントってやつが終わらねぇように!!”

 

 つまり、それは。

 

 

“俺ぁ俺の欲望を完成させるために、てめぇを倒さなきゃならねぇんだよ!!”

 

 

 ――僕の底もまた、強欲だったのだ。

 

 

 今、僕たちは向かい合っている。攻撃の刹那、ただ互いに勝利をもとめて剣を振るうだけの一瞬で、しかし。

 

 僕たちは、無限にその瞬間を目指していた。

 

“決めるぞ、敗因――!”

 

「行くぞ、強欲龍――!”

 

 そして、

 

 僕たちは同時にコンボを完成させる――!

 

 

「“L・L・O(ルーザーズ・リアトリス・オリジン)”!」

 

 

“『強欲・勝利(ウィナーズ・ウォータークレス)』!”

 

 

 直撃は、そして。

 

 

 ◆

 

 

 ――気がつけば、僕は大きく吹き飛ばされていた。

 強欲龍も同様だ。互いに立ってはいるが、立ち直るまでに一瞬を有した。

 

 その上で、

 

 強欲龍は笑っている。

 

“ク、ハハハハハ! そうだ! そうこなくっちゃなぁ!!”

 

 僕は――

 

「――――行くぞ、強欲龍ッ!」

 

 フィーによって目覚めた、最後の力へ手をのばす。

 

「――ちょっと!? 大丈夫なの!?」

 

「落ち着け、スクエアを使わなければ大丈夫だとアンサーガも言っていただろう」

 

 遠くからフィーと師匠の声が聞こえる。

 ――それが、少しの間遠のいた。自分の中のすべてが一つに、孤独になっていく感覚。やがて、それらが目を出して。

 

 

 ――()()()()を起動する。

 

 

“そうだ! そいつを俺は越えなきゃ、勝利にはいたらねぇ!”

 

「――僕も同じだ。今のお前に勝ったと言えなくちゃ、僕はこの戦いを終わらせられないんだ」

 

 

 二重概念の大罪龍が。

 

 三重概念の概念使いが。

 

 

 正面から向き合って。

 

 ――飛び出した。



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178.心の底から叫びたい。

「よし、行きますの」

 

「ん」

 

 ――戦場から少し離れたところで、リリスと百夜が口を開いた。

 二人が行くということは、この世界から去るということ。旅に出るということでもある。隣で戦況を見守っていた師匠たちが、少し驚いて目を向けた。

 

「もう行ってしまうのか?」

 

「結果、みなくてもいいの?」

 

 ――まだ戦いは終わっていない。

 三重概念すら起動して、完全に趨勢を決定させる腹積もりの二人に、しかしリリスたちは目を向けてから、首を振った。

 

「アレは戦いの終わりですの。旅の終わり、終着点ですの」

 

「見てたら、それで満足しちゃいそう」

 

 ――アンサーガの衣物で、二人は一つの世界に留まることができるようになった。何なら旅に出ないという選択肢だって存在する。

 それを、敢えて選ぶということは、二人なりに旅が楽しみだったからに他ならないのだ。

 

「もうすぐ、あの二人は自分の旅にケリをつけますの。そうしたら、あの二人はまた新しいことを始めるか、満足して終わらせるか、どっちにしても、リリス達は見てたら行けないんですの」

 

「そういうものかな」

 

 ですの、とリリスは跳ねる。

 ――だとしたら、フィーは少し考えて、そして問いかけた。

 

「じゃあ――あの二人、どっちが勝つと思う?」

 

「わかりませんの、でも、応援してるのはあの人ですの」

 

「ですの」

 

 二人が、共に旅をしてきた仲間へと、最後の決着をつけようとする二人へと声をかける。向こうは集中していて聞こえないだろうと、解ってはいるものの――

 

 しかし。

 

 ――僕はそれに気がついて、拳を天高く振り上げて、それに応えるのだ。行って来い、と。自分の旅をしてくるのだと。

 

 

 ――リリスの言葉は、それ以上なかった。

 行ってきますとは、聞こえなかったし、なによりもう、必要なかったからだ。

 

 

「――しかし、私達もそろそろ離れたほうが良さそうだな」

 

「どうしてよ」

 

 ふと、師匠がそんな事を言う。

 

「――――この戦い、この世界の外が、()()()()()()か、わからないんだぞ?」

 

 そんな言葉に、フィーは嫌な納得とともに、立ち上がるのだった。

 

 

 ◆

 

 

 ――世界が震える。地が割れる。

 天を切り裂き、空を描く。僕たちは、何もかもを吹き飛ばしながら、なにもない空間すら薙ぎ払いながら突き進む。僕たちが突き進んだ後は、()()が失くなっていた。

 空間ではない、時間でもない、生命でもない。ただたしかにそこにあったなにかが。

 

 削がれて消えていくことが分かる。

 

「ッ! オオオオオオオオオオオッアアアアアアアアアアアアア!!」

 

“ヅ、オオオオオオ、ッッラアアアアアアアアアアアア!!!”

 

 一閃。

 ()()()()()()()

 

「ッダアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

“グ、アアアアアアア、オオオオオオオオオオオッ!!”

 

 衝撃。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 砕けた地平の上と下。僕が下で、強欲龍が上。即座に、飛び込んでその差を埋める。――剣が、一対の斧へ叩きつけられる。互いに一本ずつ。

 それは互角だった。

 

“ヘッ、ここにきて、ようやく力の差が埋まったか!”

 

「アンタが随分俊敏に成っただけじゃないか!」

 

 互いに弾き飛ばされて、着弾。

 戦場に一瞬の静寂が満ちて、直後、

 

 ――空間にヒビが入った。

 

 中央で、僕たちが戦っていた。

 

 その後。広い広い世界の外のあちこちに、ヒビと破裂が生まれ、その度に振動が奔る。リリスや百夜が旅に出て、師匠たちが退避したことで、もはや何一つ遠慮はなくなっていた。

 

 崩れ、崩れ、崩れ落ちるまで、僕は存分に剣を振るっている!!

 

“――行くぞォ!”

 

 そこから、一歩踏み込んできたのは強欲龍だった。

 ヤツは斧を振りかぶり――それを投げつけてくる。隕石かなにかのような猛烈な爆発は、しかし単なる牽制に過ぎないのだ。空間の破裂から飛び出した僕に、

 

“『F・F(フィナーレ・フィスト)』ォ!”

 

 拳が迫りくる。

 

「ぐ、おおっ!」

 

 無敵時間で躱す。強欲龍が僕をすり抜けて、着弾。そこに突き刺さっていた斧を握り――

 

“『L・L(ルーズ・ロスト)』!”

 

 横薙ぎが、こちらまで飛んでくる。

 慌てて飛び退いて、更に距離を取る。

 しかし、追いついてくるのだ。間違いなくヤツならば。

 

「“D・B・B(ドメイン・ブレイク・バレット・)・W(ライティング)”!」

 

 無数の散弾を生み出し放つ。少しでも強欲を止められればと思ったが、無駄だった。あいつは――攻撃を無理やり突っ切ってここまで迫ってくる!

 

“『W・W(ウィニング・ワイルド)』!”

 

「――ッ!」

 

 斬撃の衝撃波だ。それを盾にしている。もちろん、いくつかは着弾するが、それでも強欲龍は倒しきれるはずがない、ならばやつにためらう理由がない!

 

「“D・D・D・G(ドメイン・デフラグ・ダッシュ・ゴーイング)”!」

 

 ならば、僕もまた飛び込む、狙いはバフの消去。やつのコンボは無視できない段階まで完成しつつある。こちらはまだ溜まっていないというのに!

 

“――焦れたなぁ! 敗因!”

 

 しかし、()()()()()()()のだ。迫ってくる僕に、強欲は横っ飛びへ飛んだ。通り過ぎていく僕から距離を取ったのだ。

 

“『P・P(パニッシュメント・プロテクション)』!”

 

 ご丁寧に、防御技でコンボを完成させて――

 

 

“まずはこっちから食らっとけ!! 『天地破砕・強欲裂波(ワールド・エンド)』!!”

 

 

 ――終末をたたき込む。

 僕は、

 

「だ、あああああああああっ!!」

 

 それに、()()から突っ込んだ。

 

“ぬ、おおお!?”

 

 さすがの驚愕。――解っているんだよ、これが焦れた選択で、それを強欲龍が対応してくることくらい。だから、二の矢は最初から存在している!

 

「“D・D・D(ドメイン・デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 ――加速の勢いそのままに、三重概念ではない概念技で更に加速、二重の加速は、やつの一撃が放たれるよりも早く――僕をやつの後方へと滑りこませた。

 

“この、野郎――!”

 

 そのまま、一撃を放った強欲龍が振り向く。その時――後方が崩れ落ちた。

 

 これまでの長い長い戦闘で、この世界の外が限界を迎えていたのだ。ボロボロになって崩れていき、そうして気がつけば、強欲龍の後方は()()()()()()()

 

「とんでもないな――」

 

“ハッ、何より欲するものが俺にはねぇんだよ”

 

 そうだ。

 確かに世界の外を破壊した一撃は、何も事を成せていない。僕らは互いに、どちらも勝利を掴んでいないのだ。

 

「――だが、隙になったぞ、強欲龍!」

 

 そして、やつの攻撃をくぐり抜けた後は、僕の必殺だ。世界すらも黙らせる、必殺の大剣を掲げる。

 

 最上位技――

 

 

「“D・L・L(ドメイン・ルーザーズ・リアトリス)・O(・オリジン)”!」

 

 

 ――一撃を、振り下ろす。

 

“ハッ――『P・P(パニッシュメント・プロテクト)』!”

 

「――防御技だと!?」

 

 理解できない。その程度でこの一撃が防げるものか。多少の拮抗なら可能になるかも知れないが、だとしてもそのまま振り抜くだけだ。

 

“――――一瞬で十分なんだよ”

 

「ッ!!」

 

 強欲龍の言葉通りに、

 

 一瞬の拮抗。直後――

 

 

 ()()()()()

 

 

 狙いはこれだ。即座に態勢を崩した強欲龍が、大剣の勢いで下へ落ちていく。剣のリーチよりも先へ、凄まじい速度で落下していったのだ。

 切り落とせなかった。その衝撃に一瞬思考を巡らせる。

 

 だが、

 

 

“強欲裂波ァ!!”

 

 

 ――熱線が遠くから飛んできた。概念化していない一撃は、三重概念の剣で悠々と切り裂ける。だが、それでも僕は一瞬で現実に引き戻された。

 

“どォした! 迷ってる暇なんざねぇぞ――!”

 

「――そうだな!!」

 

 叫び、僕も崩れ去った世界の地を抜けて、強欲龍に肉薄する。

 

 ――空間を二つの破壊が駆け抜けた。空中という概念すら支配下に置いて、自由に移動が可能な僕と、もとより飛行能力を有する強欲龍。互いに三次元などもとよりただの足場に過ぎない。

 何より、今は空間すら打ち破り、下手すれば突然後ろから強欲龍が襲ってくる。僕らは四次元すら越えたのだ。

 

 あらゆるものを踏みにじり。

 あらゆるものの上に立ち。

 

 ――この世界には、もうマキナも世界(デウス)もいない。

 

 

 ()()()()()()()()()

 

 

 それが、今。

 ――決着がつこうとしている。

 

 強欲龍の二重概念には時間制限があり、三重概念はそもそも世界の外でしか維持できない。二重概念の解除と、世界の外の崩壊はほぼ同時だろう。だというのなら、決着はもうすぐそこまで迫っているのだ。

 

“――敗因!”

 

「何だ!?」

 

 音も、時間も、光すらも越えた速度で戦う僕らは、もはや自分がどこにいるのかも解っていない。崩れ落ちて、段々と存在のできる場所が少なくなっていく世界の外で、ただお互いだけが、目指すべき標なのだ。

 

 

“――――叫べ!!”

 

 

 ただ、一言。

 だが、何よりも雄弁な一言だ。

 

「――お前の方こそ!」

 

 笑みを浮かべて、僕は返す。

 

 ――――なぁ、世界よ。

 

 僕をこの世界に呼び寄せたアンタに、この可能性は覗けたか?

 

 アンタは僕を強欲で破壊しようとしたのだろう。僕に死を与えるならば、強欲こそがふさわしい。()()()()()()()()()()()()()なのだと。

 僕を呼び寄せるなら、それこそ敗因でなくてもよかったはずなのだ。

 

 死にゆく定めは、何も敗因に限った話ではないのだから。いっそ、新しく作ってしまってもいい。だが、だとしても、()()()()()()()()でなければならなかった。

 それが、アンタにとって一番の間違いだとしても。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 

 結果、そうなった。

 

 

「――強欲龍ッッ!!」

 

“敗因――ッッ!!”

 

 

 世界よ、聞け。

 これから再生し、新たな可能性となる機能よ! 僕はここにいる! 敗因は、勝利する!!

 

「見つけたぞ、僕は僕の根底を! 答えを! アンタの問いの答えを!!」

 

 ――ああ、それは。

 

 最初から、僕の中にあったんだ。

 

 

「僕は負けイベントに勝ちたい!!」

 

 

 剣を構え、強欲龍と肉薄する。

 

 これが最後だ。

 

 ――思い出す。

 ()()()()()()()()()()()()

 

 

「――それは!!」

 

 

 何を、思っていたか。

 失うはずだったものを救いたい、師匠を救いたい。

 

 

 ――そして。

 

 

「アンタを、倒すためだ――――!!」

 

 

 大剣が、大斧が、同時に振るわれる。

 コレが最後だ! 高らかに叫べ! 希望を込めて! 熱意を込めて!!

 

“行くぞ、敗因――――!!”

 

 言葉はない。

 

 もはや想いは必要ない。

 

 

 後は力だ。

 

 

 ――この旅が、

 

 

 歩いてきた道筋が、

 

 

 僕を勝利へと導いてくれるなら、

 

 

 その答えを、ここで証明する!!

 

 

「“D・L・L(ドメイン・ルーザーズ・リアトリス)・O(・オリジン)”!」

 

 

“『天地破砕・強欲裂波(ワールド・エンド)』!”

 

 

 かくして、最強の一撃は放たれて。

 

 

 世界の外は――決戦の舞台は、崩壊した。



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179.想いを束ねたい。

「――ほんとに壊れちゃった」

 

「なんてこった……」

 

 ――遠くからそれを眺めていた、二人の少女が唖然としてつぶやく。

 まさか、そんなことはありえないだろうと、思ってはいたのに――彼らは本当にやってしまったのだ。世界の外。マキナとの戦いも、世界(デウス)との戦いも乗り越えたはずのあの場所が、見るも無惨に散って果てるのを二人は見てしまったのである。

 

 それはもう、刹那の出来事であった。万が一を考えて世界の外へ至るための階段まで退避して、様子を眺めていたのだが、段々と崩壊が進むにつれてどんどん距離を取り、二人は遠巻きにそれを眺めていた。

 やがて、完全に崩壊したな、と思ったときには、もうそこには何もなかった。

 

世界(デウス)との決戦も大きな理由のはずさ。だからうん、あの二人だけで完全に破壊し尽くした……とは思いたくない」

 

「あいつら無事かしら……」

 

 眺めているだけではわからない。近づこうかと思ったが――しかし、二人の足はすぐに止まった。なんとなく、嫌な予感がしてしまったのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「世界の外がどうにか成ったくらいで、二人が足を止めるとは思わない、か」

 

「奇遇ね、全く同じことを思ったわ。ほんと、大丈夫だといいんだけど」

 

 ――なんと言っても、彼らは強欲と、敗因だ。どちらも頭の天辺からつま先まで、何から何までバカに染まった狂人である。

 そんな彼らが、その程度で足踏みすることはありえない。

 

「――思えば、不思議なもんよね。傲慢もそうだけど、あいつら、皆性根が似通ってる」

 

「それはそうだが、流石に彼を強欲と傲慢と同じに扱うのはどうなんだ? 連中に比べれば善良だぞ」

 

 流石に、二人の仲間である少年を、大罪にして人類の敵、強欲龍や傲慢龍と同列に扱うのは、少しばかりの抵抗があった。

 もうひとりの少女も、それはそうだけど、とうなずくが、しかし譲る様子はないようだ。

 

「ものの善悪なんて、一つの可能性の中での立場を分けるものでしかない。プライドレムが人類のためにマキナに喧嘩をうる可能性だってあるんだから」

 

「……まぁ、なくはないだろうな、と思うのはこの世界の可能性の広さゆえか」

 

 大罪龍が存在しない可能性をたどった彼女には、笑い飛ばすには難しい可能性だった。

 

「その上で――あいつは確かにプライドレムやグリードリヒに似てるけど……でも、()()()()()()()()()()()()()()()()よ」

 

「自分を守ってくれるからか?」

 

()()()()()()()()()()だからよ。どこまでいっても、あいつは誰かのために戦ってるんだもの、自分の欲望も、もちろんあるでしょうけど」

 

 ――誰もが幸せになる道を探す。彼はたしかにそう言っていた。そこが、強欲龍たちとの大きな違いであることも、二人は解っていたのだ。

 そして、その上で――

 

 

「――その上で、()()()()()()()()()()()()()か」

 

 

「そういうこと」

 

 うなずいて――彼の帰りを待つ少女たちは、

 

「だったら……だからこそ、()()()()()()、そう祈ってるの」

 

「そうだな」

 

 勝利を願って、空を見上げた。

 

 

 ◆

 

 

 ――倒れていた。

 世界の外へとつながる階段に、僕と強欲龍が。

 

 両者、ともに無傷ではなかった。僕は三重概念が解除され、二重概念ももう使えない。スクエアだって使い果たした。そして強欲龍は()()()()していた。

 

 

 それが、同時に、

 

 

 地を叩いて、立ち上がる。

 

「ハ、ハハハ――」

 

“ク、ハハハハ――!”

 

 僕らは、

 

「ハハハハハハハハ――――!!」

 

“クハハハハハハハハ――――!!”

 

 笑っていた。

 ただ、ただ笑っていた。

 

“やっちまったなぁおい! 跡形もないぜ!!”

 

「そうだな、ああ、そうだ! もはや何も残っていない!」

 

 世界の痕跡も、マキナの鳥かごも、もうここにはなにもない。マキナが帰ってきたら、果たしてあいつは何を思うのだろうな。

 まぁ、怒られるだろうということを感じ取りながら、僕らはしかし。

 

 

「じゃあ、続けようか」

 

“そうだな”

 

 

 ――まるで何事もなかったかのように、戦いを再開した。

 

 

 剣を振るう。叩きつけられた拳を真っ向から弾き、更に踏み込み、もう一閃。明らかに、強欲龍の動きは精彩を欠いていた。しかし、だとしてもまだ互角には至らない程度に、大罪龍はスペックが高い。

 加えて、僕は現状一撃でも受ければそれで終わりだ。まるで、最初に強欲龍と戦った時に戻ったかのように。

 

“クソが、痛む、痛むぜ。俺の魂が、悲鳴を上げているかのようだ!”

 

「そうだろう。それが概念崩壊だ。動けるだけでも、アンタは十分称賛に値する!」

 

 強欲龍の動きが鈍っているのは、概念崩壊だ。流石に、こればかりはこいつも無視するわけにはいかないらしい。

 

 階段の段差を使って上を取り、斬りかかる。それに合わせて拳が飛んでくる。互いに弾かれ、()()()()()飛び込んだ。

 

 剣が上に弾け、拳が飛んできたのを回避して、ケリを叩き込みながら移動技で上を取り、熱線をギリギリで躱して後方へ回る。

 打ち合い、ぶつけ合い、探り合う。

 

 隙は、一瞬でもいい。

 

 決着は、一撃でいい。

 

 しかし、

 

 一瞬でも隙があれば、死が待っている。

 

 一撃でも入れば、それで十分だ。

 

 戦いは、極限まで至っていた。

 

 そして、お互いに意識を研ぎ澄ませる度に、

 

「――――」

 

“――――”

 

 僕たちは、その攻撃が、合一していくのが分かる。

 テンポが、呼吸が、踏み込みが、すべてが重なり合っていく。

 

 僕が強欲龍であるようで、

 

 強欲龍が僕であるようで、

 

 僕らは、互いの行動が、まるで手にとるように分かるのだ。

 

 ああ、これはなんというか――悪い感覚ではない。

 ただ、高みを求める過程に、執着を目指す旅の中で、

 

 ――こんな、ただただ前に進む時間も、悪いものではないのだろう。

 

 いつまでも続けていたい。しかし、そう思うからこそ分かる。この攻防には終点がある。僕たちがこうして、お互いの考えを読み続ける限り、やがて結末に自然と行き着くのだ。

 なにせ、どこまで行っても――

 

“オ、ラァ!”

 

 剣が吹き飛ぶ、僕は即座に後退し、迫る熱線をギリギリで回避する。そのまま転がった剣を手に取ると、一気に肉薄する。

 

 ――どこまで行っても、素の僕のスペックが強欲龍を上回ることはないのだ。

 

 攻め込むしかない、チャンスは一瞬、一度切り。だからこそ、そこで決着をつける。

 

 ああ、この感覚は、――この一瞬は。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

「――強欲龍! 行くぞ!! 全身全霊、全てを賭して! 僕を止めて見せろ!」

 

 

“ハッ――上等だクソッタレ! てめぇの旅の終わりに、てめぇの敗因を刻んでやるよ!!”

 

 

 今度は――いや、どこまでいっても、僕はあくまで、()()()として。

 

 僕は、剣を振るった。振るった剣を、()()()()()のだ。

 

“んなもん!!”

 

 弾かれる、そこへ、

 

「“D・D(デフラグ・ダッシュ)”!」

 

 弾くために振るった拳の下へ、滑り込む。手には、新たに剣を生み出して、

 

“天地破砕!”

 

「“S・S(スロウ・スラッシュ)”!」

 

 強欲龍の破壊を、無敵時間で透かす。だが、効果時間は一秒では終わらない。斬撃も、届く位置ではない。それが解っているから、僕は――

 

「“B・B(ブレイク・バレット)”!」

 

 コンボを繋げる。

 

 そう、

 

“来るかよ!”

 

 ――SBS、()()()()

 

「これで、終わりだよ――!」

 

“――――!”

 

 僕はそのまま、()()()()()()()()()()()()()()()()。そう、そもそも僕はSBSをもう使えない。世界のバグは消失し、もう意味を成さないのだから。

 

 だから、()()()()()()()()

 

 そう、()()()()()()()()()()()()という状況を作って。

 天地破砕がある以上、この場でそれをくぐり抜ける方法はSBS以外に存在しない。でなければ概念崩壊し、倒れるだけなのだから。

 

 だが、構わない。

 概念崩壊しようが、()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 だから、これで終わりだ。最後の決着は、あの時と変わらない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 そう、確信し、しかし――

 

 

 僕は概念崩壊しながら、宙を舞っていた。

 

 

「な――」

 

“ク、ハハハ――! 正気とは思えなかったぜ、敗因!!”

 

 

 そして、()()()()()()だ。未だ、僕の一撃を受けることなく、立っている。宙に、()()()()()()を見下ろしながら、立っている――!

 

「ま、さか――!」

 

“あァ、そのまさかよ! 俺ぁてめぇが何をしてくるかは解ってる。だが、()()()()()()まではわからねぇ、てめぇのことはコレでもかと知っているが――”

 

 勝ち誇り、叫ぶ。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()ってことも、これでもかと知ってるんだよ!!”

 

「――当てずっぽうで、天地破砕を階段の破壊に使ったのか――!」

 

 そして、僕は落ちていく。浮遊感が落下の感覚に変わり、痛みが身体を襲う。動けない。概念崩壊してはどうしようもない。

 

 復活液を無理やり使う時間を、奴は許してはくれないだろう。

 

 最後の一歩で誤った。

 当てずっぽうだろうが、やつの考えは当たっていた。僕は強欲龍の一手を防げなかったのだ。そう、防げない。――あの状況では、僕は手を打つ前から詰んでいた。

 

“見たか敗因! これが最強! これこそが絶対!! てめぇは強ぇ、だが!”

 

 それを、見た。

 

 

“最強は俺だ。強欲龍グリードリヒこそが、この世界の頂点だ――――!”

 

 

 ――僕は、それを見た。

 

 

 僕の首元から、落下したことでこぼれだし、宙を舞う。

 

 

 師匠の、懐中時計を。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、

 

 

 僕は見た。

 

 

 ――落ちていく僕に、最後まで勝利を祈る。

 

 

 師匠と、フィーの姿を。

 

 

「あ、ああああああああっ!!」

 

 

 叫んだ。直後、僕から――師匠の懐中時計から、

 

 

 ()()が、漏れた。

 

 

“な――”

 

 

「これ、は――――」

 

 

 ()()()()()()()

 

 

 ――それは、そう。

 強欲龍との戦いに、最初の戦いに決着をつけた、その一手が今。役目を終えた時の鍵から――強欲龍の星衣物から漏れている。その紫電が、僕を受け止める。

 

 紫電の概念起源は、膨大な量の紫電を操ることにある。だからこうして、空中に僕を浮かべることも可能だ。

 とはいえ、これは――何故、と思う。二度目の敗北者の叛逆を使ったことで、時の鍵は役目を終えて機能を失ったはず。しかし、こうして紫電が漏れるということは、これはつまり――

 

「――限界を超えた、概念起源?」

 

 使用回数を越えても、概念使いは概念起源を自身の生命力と引き換えに放つことができる。

 どうして、と思う。だが、理由はいらないと直ぐに理解する。だってこれは、祈りによって目覚めたのだろうから。師匠が勝てと、僕に言っている。

 

 

 そしてこれは、

 

 

 ゲームにおける、強欲龍との決着と同じだった。

 

 

「――――強欲龍!!」

 

“ハッ――どこまで行っても、てめぇはてめぇだな!!”

 

 

 ――僕には仲間がいた。帰りを待ってくれる人がいた。確かに、僕は一人では詰んでいる。だが、何時だって僕は、誰かと一緒に負けイベントをひっくり返して来たじゃないか。

 

 

()()()()()()()!! 僕は敗因! 誰かとともに、自分と誰かの敗因をひっくり返すものだ!!」

 

 

()()()()()()!! 俺ァ強欲! 己のすべてを賭して、高みへとたどり着いたものだ!!”

 

 

 ああ、最強(ごうよく)、確かに、勝ったのは君だよ。

 

 僕は敗因だ。敗者の運命を定められたものだ。

 

 でもな―――――――

 

 

「“V・V(ヴァイオレント・ヴォルテックス)”!」

 

 

“強欲裂波ァ!!”

 

 

 ――僕には、僕を支えてくれる人たちがいて。

 

 

「おおおお、ああああああああああああああああああああああああっ!!」

 

 

“ぐ、おおおおおおおおおおおおおおッらああああああああああああ!!”

 

 

 僕には、()()()()()()()()()()()んだ!!

 

 

 紫電と、熱線がぶつかり合う。

 

 

 想いは、やがてひとつへと束ねられ。僕の背中を押し出して、

 

 

 そして、

 

 

 ――――そして、

 

 

 世界に、その頂に。

 

 

 紫電の花が、鮮やかにも咲き誇った。




次回最終回です。


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180(終).負けイベントに勝利した。

 ――意識が暗闇の中にある。

 

「……ぃ」

 

 ゆさゆさ、と。

 

「…………なさい!」

 

 ゆさゆさ、と。

 

「しっかりしなさい!」

 

 ()()の体が揺すられている。

 

 何かが身体に張り付いた感覚と、気怠さが全身を覆う。とはいえ、声がハッキリと聞こえてきたところで、ボクはゆっくりと目を覚ました。

 

「ここ、は――?」

 

「んわぁ! 急に起き上がるんじゃないよ、びっくりするじゃないか!!」

 

 そして、それに驚いたのか、ボクの顔を覗き込んでいた少女が飛び退く。失礼な人だと、起き上がって周囲を見渡した。

 そこは川で――ボクは、どうやら溺れていたらしい。ボクも少女も、同様に水に濡れていた。

 

「い、いや、ともかく大丈夫そうなら何よりだ。君、自分のことが分かるかい?」

 

「ん、えっと――」

 

 思い出す。

 思い返す。

 

 ボクはそうだ。

 

 行ってきますと()に告げ、

 

 勝ってこい、と送り出されたのだ。そして――

 

 ――目の前に、見知った顔がある。

 目を引くような女の子だった。

 目鼻立ちがはっきりしていて、世に二人とはいないのではないかというほど顔立ちが良く。流れるプラチナブロンドは肩の辺りでまとめられていた。

 齢は十八、ただ、少し背丈が小さくて、なんというか“何年も年をとっていない大人”のように見える不思議な雰囲気を持っていた。

 

「大丈夫、だよ」

 

「まぁ、随分、意識ははっきりしているみたいだしな。うん、なら良かった。とはいえ、この状態じゃあお互い寒いだろう」

 

「……寒い」

 

 ふと、彼女に言われて自分の感覚を自覚する。

 凍えるような、身体の芯から何かが抜けていくかのような。震えが止まらないこの感覚は、そうか。

 

「これが、寒さ……」

 

 ぎゅ、とボクはずぶ濡れになったローブを抱きしめて、その寒さを堪能する。ああ、寒い――けれど、心地よい。

 

 だって、こんなにもボクは寒さを()()()()()のだから。

 

「……いや、どうしたんだい?」

 

「ううん、なんでもないよ――」

 

 少しだけ笑みを浮かべて、ボクは彼女を正面から見た。

 

「ねぇ、ボク、この世界のこと、全然知らないんだ。――よかったら、教えてくれないかな?」

 

「ううん? よくわからないが、今この世界は大罪龍と概念使いが……じゃない、はやく身体を温めよう、ええっと、君は――」

 

 色々と、彼女はボクを心配してか声をかけてくれる。

 そのことに嬉しくなりながら、ボクは振り返るように空を見上げた。

 

 この空の向こうに、彼は待ってくれているだろうか。

 わからない、けれど――確かにつながっているのだ。可能性がある限り。

 

 いつか、この空の下、僕たちは出会う時が来る。

 

「っと、私から名乗ったほうがよかったか?」

 

 ふと、彼女がそう言って、立ち上がるとえへんと胸を張る。ボクより小さいな……

 そして、

 

 

「私は、()()()()()、一応、大陸最強と呼ばれている。君は?」

 

 

 そう、呼びかけられてボクは――

 

 

「ボクは――()()()()()()。これからよろしくね? ()()

 

 

 覚悟と決意。

 それから――楽しみを胸に秘め、高らかに、

 

 ボクの敗因を、ひっくり返すために名乗りを上げた。

 

 

 ◆

 

 

 ――喧騒だ。

 少女たちは、人混みの中に放り込まれていた。

 

「なのなのなのーーーっ!」

 

「ぬわー」

 

 リリスと百夜だ。

 ふたりとも、周囲から圧倒的に視線を集めながらも、人混みに揉まれて、あちらこちらへと流されている。ここは、二人がこれまで体験してきた喧騒とは、まったく別種のものに塗れていた。

 

「ぬー、た、大変な目にあいましたの」

 

「今も大変な目に見られている……いっぱい……」

 

 ――そして、喧騒を抜け出せば、今度は凄まじい勢いの視線をリリスがあつめていた。なにせシスター服に、更には非常に目を引く体型をしているのだから、二重の意味で視線を集める。

 二人して、ここがどこなのか、全く解っていなかった。

 

「こんなに人がいっぱい。見たことないですの!」

 

「私も、知らない」

 

 ――百夜がしらない、というのはおかしな話だ。仮にも一つの世界の歴史を数百年見つめてきた彼女の知らない場所など、そうそうあるはずがない。

 随分と遠い可能性にたどり着いてしまったのだろう。

 

「それにしても――」

 

「ぬーん」

 

 リリスが改めて、周囲を見渡して。

 

「建物高いですのー、というか、なんというか()()()()()()()()()()()()()()()()()の」

 

 周囲の建物は、どれもがライン公国の白のように、非常に高層の建物だった。どれも見たことのない材質、形で、リリス達の世界とはかけ離れていることが分かる。

 

「もしもしー、申し訳ありませんの―」

 

 と、近くの人に声をかけても、即座に逃げるようにその場を去られてしまう。しばらくリリス達は話を聞くために奮闘したが、声をかけてくれるものはいなかった。

 

「つかれましたのー、この世界はリリスたちの世界のお金も使えなさそうですの」

 

「喉乾いた……」

 

 二人して、道端に腰掛ける。相変わらず視線に晒されているが、二人はもはや気に留める余裕もなかった。何につけても金もない。

 もうこうなったら、すぐにでもこの可能性を去ってしまおうかと、そう思うほどに。

 

 しかし、

 

「――惜しい」

 

「なのー」

 

 ()()()()()()という感覚が、二人は今の所勝っていた。こんな、どことも知れない、全く何もわからない世界へ飛ばされて、リリス達は少しの興奮を覚えていたのだ。、

 一度離れてしまえば、もうここに戻ってこれるかもわからない。だから、まだしばらくは離れない。そう思い、またあるき出すのだが――その時だった。

 

「ん、んんー?」

 

 一枚の絵を見かけた。

 それは、この世界ではポスターと呼ばれるもので、二人は見慣れないが、ありふれたものだった。そして、一年か二年貼り付けられてからそのままなのか、少し色あせていたが――

 

 

「――()()()()()()()!!」

 

 

 リリスは、そこに描かれている少女を知っていた。

 というか、目の前にいた。ポスターと、目の前の少女を交互に眺める。やがて、百夜の頬をムニムニし始めた。

 

「やわらかいのー」

 

「しゅひをわふれへいる」

 

 百夜のツッコミを無視しながら、頬をムニムニしていると――

 

 

「――――――――百夜?」

 

 

 ふと、声をかけられた。

 

「え? コスプレ? いやでも、すごく似てる……というか凝りすぎでは……? じゃなくて」

 

「なのーん?」

 

「ん?」

 

 ――少女が立っていた。十代半ばだろうか、利発そうでツインテールの黒髪が特徴的だ。

 

「あ、えっと、急にごめんなさい」

 

「んんんーーーーーー?」

 

 そして、

 

 リリスが何かに気がついたか、凄まじい勢いで彼女に近づき、顔をのぞきこむ。

 

「あ、あの……なにか?」

 

「んっ! ()()()の!!」

 

「え、え?」

 

 おろおろとする彼女の周囲を、リリスがくるくると走り回る。困惑したらしい彼女へ、やがて正面に回ったリリスが、ビシッと指差した。

 

 

()()()()()()()()()の!」

 

 

「――ヒューリ……って、()()()!?」

 

 

 やっぱりなの! と飛び跳ねるリリス、そう。

 

「ちょっとまってください!? 兄さん!? 兄さんのことを知ってるんですか!?」

 

 ――彼女こそが、リリスたちと旅をした敗因のヒューリ、その妹であり、

 

 二人は彼女から、()()()から、兄と連絡が取れないことを知らされることとなるのだが、それはまた別の話だ。

 

 

 ◆

 

 

「――終わった、かな?」

 

「みたい、ね」

 

 先程から階段の上から聞こえてきた騒々しい音が止んで、暫く経つ。

 

「……勝ったかな?」

 

「勝ったでしょ……」

 

 ルエもエンフィーリアも、それが誰か、とまでは言わなかった。信じているし、疑っていないのだから。だから、そこは口にしない。

 少女たちは、それでも大きく息をつく。

 

 終わったのだ、と。

 

「全然実感わかないわね……」

 

「ま、最後は見送る立場だったわけだしな――」

 

 しかし、とルエは続ける。

 

「世界との戦いでも、帰ってきてくれたんだ。心配はいらないさ」

 

「……そうね」

 

 ふと、エンフィーリアは何かを考えるようにルエを見た。

 

「――ねぇ、あんた。これからどうするの?」

 

 なんとなく気になったのだろう。終わった後に、これからのことを考えるのはとても自然なことだ。ルエも納得し、うなずく。

 

「一応考えてあるんだ」

 

「と、いうと?」

 

「村を、拓こうかな、って」

 

 ――それは、父と同じ夢だった。手に届く人々の安寧を守り、明日を夢見て毎日を生きる。父は慕われていた。そんな父のように、自分もなりたい。

 ルエのありふれた――どこにでもある少女の願いだった。

 

「……あいつと一緒に?」

 

「そ、それは彼が決めることだろ……っ!」

 

 慌てた様子で、嫉妬を混じらせたエンフィーリアの視線を躱す。とはいえ、エンフィーリアも解っている、きっと彼はルエについていくだろうな、と。

 

「ま、アンタの人生よ、好きに生きればいいんじゃない?」

 

「……そうだね」

 

「っていうか、結局アンタ、幽霊になるの?」

 

 ――ルエは、エンフィーリアたちのパーティで、唯一寿命を迎える存在だ。その後に幽霊になるわけだが、とはいえ、()()()()()()()()だって、探せばどこかにあるだろう。

 だから、問いかけるのだ。

 

()()()だからな、せっかくだ。きちんと生きてみようと思う」

 

「ふぅん……ついでに子供とか作っちゃったりして、とか考えてるんじゃないわよね」

 

「失敬だな!?」

 

 エンフィーリアの視線は鋭い。こういう時、嫉妬の大罪龍はその名を体現したように嫉妬する。とはいえそれも、二人の間ではありふれたコミュニケーションだ。

 

 その上で、エンフィーリアも少し考えて――

 

「――私も手伝う」

 

「え?」

 

「え?」

 

 ――首を傾げられた。

 

「いや、まさかついてこないつもりだったのかって」

 

「……まぁ、そりゃそうよね、結局アタシたちって、これからも一緒にいるんでしょうね」

 

 考えてみればそれもそうだ。エンフィーリアは何気なく決めたが、そもそも何気なく決めるくらい、これは自然な事実なのだ。

 

「リリスと百夜が帰ってくる場所も、用意してあげないとね」

 

「そうだな、とはいえ――」

 

 まずは、と階段の上を見上げる。

 

 

「――帰ってくるのは、あいつからだな」

 

 

 そう、全てを終えた大切な人に、想いを馳せた。

 

 

 ◆

 

 

 ――僕は、勝利した。

 崩れ落ちた階段を見上げながら、その奥で倒れる強欲龍を見やる。

 

「――疲れたな」

 

“もう動けねぇ”

 

 僕はと言えば、階段の下に腰掛けている。ふたりとも、もうこの場からは一歩も動けないだろう。

 

「最後――皆のことを思い出した」

 

“てめぇにとっては、それも強さなんだろ”

 

「そういうこと、だな」

 

 ――結局、勝負を分けたのはそれだった。

 師匠の懐中時計もそうだが、僕は、僕一人の力で何かを成し遂げられるわけではないのだ。自分のための戦いだって、誰かに背中を押してもらわなければ勝利できない。

 

 ――それが、敗因の宿命というやつなのだろう。

 

「――僕は、恵まれてるよ」

 

 ぽつり、とつぶやく。

 

「僕には、多くの出会いがあって、その度に、僕は彼らのために戦って、それは僕がそうしたいのもあったけれど――でも、そうしたいと思える人達との出会いも、僕の力に成ったんだ」

 

 師匠が、誰かを見捨てられない人だったから。

 

 リリスが、どこまでも頑張れる子だったから。

 

 フィーが、自分の嫉妬を大事に抱えている龍だったから。

 

 僕の戦う理由が、それになったんだ。

 

「――アンタを初めて倒した時、僕はここまで戦い続けるつもりはなかった」

 

 マキナが――世界が傲慢龍に僕の討伐を命じていなければ。

 僕は、きっと僕が手を伸ばせる範囲の理不尽だけを救っていただろう。だが、そうではなかった。そうではなかったから――ここまできた。

 

「僕の負けイベントは、アンタを倒すためにあった。でも、それをがんばれたのは、誰かが側にいたからなんだな」

 

 ――だから、僕はここにいる。

 

“そォかよ”

 

「―ーまぁ、だから僕の強さは誰かの強さだ。そもそも、ここに至るまで、誰かに力を借りっぱなしだったんだから」

 

 三重概念だって、フィーの力があってこそなのだから。

 だから――

 

 

「だから、()()()()()()()、強欲龍」

 

 

“――”

 

「だが、()()()()()()だ」

 

“ケッ――”

 

 そうして強欲龍は、大きく息を吐きながら――

 

 

“次こそは最強を証明する、くらい言いやがれ”

 

 

「ハハ、そうだな」

 

 それが、決着だった。

 僕も、強欲龍も、それからしばらく沈黙し――

 

 ふと、気がついた。

 

「――あ」

 

 遠くに、二つの人影が見える。

 誰か――など、考えるまでもないだろう。僕は立ち上がり――

 

 

“――()()()()

 

 

 強欲龍に、初めて名を呼ばれた。

 

「なんだ?」

 

“てめぇはこれから、どうする?”

 

 そっちは――と、問いかけようとしてやめる。

 その上で、少しだけ考える。

 ――師匠は、きっと村を拓こうとするだろう、憧れだった父のあとを継ぐように、未来を作ろうとするだろう。それをフィーと一緒に手伝って――

 ああ、もしかしたらリリス達は僕という縁で僕の世界にたどり着いているかもしれない。かなり長い時間我慢し続けたのもあるからな。()()()()()()()()()()()()()()()と思うから、運良く妹あたりと出会って、道が繋がるかもしれない。

 

 やることは、色々ある。

 

 だけれども、それはここで応えるべきことではない。奴は僕が問い返すことももとめてはいないだろう。そもそも、そうしてやりたいことも、やるべきことも。

 

 僕にとっては一言で表してしまえることなのだ。

 

 ――この世界には、多くの理不尽があって、それを覆そうとする人がいて。

 それと同時に、無数の可能性と、その可能性に否定される者がいる。

 

 理不尽は、挑戦だ。

 可能性は、希望だ。

 

 それらは常に、僕の歩く道にある。

 

 強欲龍がそうではないか、奴が求める欲望に果てはなく。

 

 そして同時に、

 

 僕の旅にも終わりはない。

 

 だから答えは、

 

 ()()()()()()()()()()()んだ。

 

 そう、僕は――

 

 

「僕は、これからも――」

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()




以上を持ちまして、負けイベントに勝ちたい。完結となります。
ここまでお読み頂きありがとうございました。


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