川内と協力して艦娘にドッキリをする! (阿斗 らん太)
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加賀編

「ドッキリをしようと思う」

 

 俺と川内、いつも通りの二人の執務室で、俺は満を持して告げる。前々から考えていたのだが、ついに実行するときが来たのだ。

 

「何でまた唐突に……」

 

 会話の相手、夜戦狂いの秘書官である川内は、半ば呆れたような顔で返してくる。

 

「唐突じゃないぞ。最近艦娘と絡んでないからな、いつかはやろうと思っていたんだ」

「絡んでない、じゃなくて絡めていないだと思うよ。提督は変人だから避けられているんだよ」

 

 のっけから失礼なことを言うやつだ。大体、避けられているのは俺のせいじゃない。夜中に散々喚き散らしているこいつのせいだ。

 

「ばっか何言ってんだ。秘書官がクソうるさい夜戦馬鹿なのが主な原因だろう?」

「ひっど!? そうだとしてもその私を秘書官にしてる時点で提督は変人じゃん!」

 

 痛い所を突かれたので、聞こえていないふりを決め込み、適当に尻を掻きながら話を逸らす。こんな下らない議論に意味はないのだ。

 

「ということだから、川内には是非このドッキリに協力して欲しい」

「ドッキリといっても何をやるのさ?」

 

 あまりピンときていないのか、川内はいまだに訝しげな視線を送ってくる。

 

「そうだな……最初だし、まずはジョギング程度のものから行こうと思う」

「そう言って、猛ダッシュするのがいつもの提督なんだけど……」

 

 いやいや、そこらへんは俺もわきまえている。始めはほんの軽いものを用意したんだ。そう始めは……

 

「まあまあ、川内。さあ、これを見てくれ!」

 

 バッ! と机の下から用意していたそれを取り出す。三十センチ四方の、カラフルな文字で埋め尽くされた箱。

 

「…………………なにそれ?」

「ワヌワヌパニックだ」

 

 そう、順番にワニの歯に見立てたボタンを押していき、ハズレのボタンを押して噛まれた人が負け、というシンプルなあれだ。

 

「じゃあ、夜戦行ってきまーす」

「おい待て、まだ真っ昼間だぞ、どこへ行こうとしている」

 

 そそくさと執務室を出ていこうとする川内の肩をがっしと掴む。支離滅裂な思考・発言とは正にこのことだ。

 

「は、離してよ! 流石の私も小学生のお遊びに付き合っている暇はないの!」

「なっ!? よく聞け川内、これはただのワヌワヌパニックじゃない、わざわざ高い金を払って買った特注品なのだ!!」

 

 暴れまわっていた川内も、ようやく話を聞いてくれる姿勢を見してくれる。くそっ、説明の順番を間違えたか。

 

「ふーん、で、普通のやつとは何がどう違うの?」

「よくぞ聞いてくれた。これはな、あらかじめハズレのボタンがわかるんだ」

「ずるじゃん」

「ずるだ」

「じゃあ、夜戦行ってきまーす」

「おい」

 

 再びどこかへ行こうこする川内の首元をむんずと掴む。仕方ない、もっと焦らしたかったのだが、おそらくこのドッキリで一番大切であろう事実を耳元でささやく。

 

「ドッキリの相手は……あの加賀だ」

「……詳しく」

 

 暴れまわっていたせいか、顔が熱くなっているように見える川内が、神妙に聞き返してくる。流石は俺の秘書官だ、食いついてくれると信じていた。

 

「いいか、適当に加賀を呼び出し、三人でこのゲームをするとする。そしてこのワヌワヌパニックであれば俺たちはまず負けないだろう」

「あの負けず嫌いの加賀のことだ、何度も挑戦し、そして何度も敗北してくれるに違いない。するとどうなると思う? あの無表情を……」

「崩せる?」

「そうだ。そして運が良ければ……」

「あの加賀さんの涙が拝める??」

「そーうだ!」

 

 テンポよく俺が思っていたことを言ってくれるので、俺もどんどんテンションが上がるってもんだ。

 つまるところ、初めから我々の勝利が確定している勝負を加賀に仕掛け、コテンパンにした挙句にあわよくば泣かせてやろう、という目論見だ。

 うーん、よく考えたらこれ、実に最低な計画だな。

 ちょっとだけ実行するのが憚られたが、やめるつもりはないので、これ以上考えないことにした。

 

「以上が概要だ。協力してくれるな?」

「うーん……」

 

 ネタばらしをした後のことが怖いのか、川内はどうにも尻込みをしている。ならば、あともう一押しだ……!

 俺は声のトーンをさげ、超真面目な顔で川内に問う。

 

「加賀の泣き顔、見たくないか?」

「…………見たい」

「よっし! じゃあ決まりだ、すぐやろう、速やかにやろう!」

 

 川内の気が変わらないうちに、そそくさとハズレのパターンが書かれた紙を渡す。

そうだ、一番重要なことをまだ言ってなかった。

 

「作戦名は、そう! 『負け負けパニック!! ~私、もう我慢できません~』だ!!」

「うーーっわ」

 

 川内は完全に白けた顔で、非難がましくこっちを見てくる。

 なんでだ。俺が一晩かけて考えた完璧な作戦名に何か文句でもあるというのか。……いや、きっとこの溢れ出るセンスに戸惑っているのだろう。

 川内の反応に、より一層自信を持った俺は高らかに告げる。

 

「じゃあ、作戦名開始だ!!」

 

 仕事の合間の時間を見つけてはコツコツと考えてきた計画がついに始まる──────

 

「あっ、協力する代わり、というわけじゃないけど、そのドッキリが終わったら夜戦していい?」

「ダメです」

 

 俺の返事に、川内は涙目で俺の胸をポコポコと叩いてくる。いやだって、ドッキリの計画でここ最近の仕事が滞ってるんだもん……

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

『あー、加賀。重要な話があるのですぐ執務室に来るように。加賀はすぐに執務室に来るように』

 

 ハズレボタンのパターンを二人で暗記した後、放送で加賀を呼び出す。すると、すぐにコンコンと扉がノックされる。メッチャはえーな……

 

「失礼します。何か重要な作戦の情報でもありましたか……?」

 

 かなり急いでここに向かったのだろう。頬がかなり上気していて、少し息も荒くなっている。いや、ワヌワヌパニックやるだけだから、そんなに急がなくていいんだが……。まあ、あの放送は嘘を言っていない。……言っていないはずだ。

 

「今から、俺たちとこれをやってもらおうと思ってな」

「は?」

「今から、俺たちとこれをやってもらおうと思ってな」

「いや、聞こえていましたけど……」

 

 机に例の特注品をそっと置く俺を、加賀は信じられない、というような目で見てくる。

 そこで、俺は川内に目で合図を送る。大丈夫、ここまでは想定通りだ。

 

「いや、提督にもちゃんと考えがあるんだよ」

「その通りだ。いいか、戦闘面において、加賀はとても優秀だ。それは俺も分かっている」

「そ、それは、当然です」

 

 加賀は、少し照れたように、しかし胸を張って答える。

これが一航戦の誇り……! しかし、その誇り、今日俺たちがボロボロにしてくれよう!!

 内心で悪役のようにほくそ笑みながら俺は、まるで作戦会議をしているかのような真面目な顔で加賀に告げる。

 

「しかし、いざという、。万が一危機に陥った時、重要になってくるのが『運』だ」

「運、ですか?」

「うん」

 

 いや、ふざけたわけじゃないから、そのゴミを見るような目はやめてほしい……

 とにかく、なんでもいいからこれで遊んでくれないと困るんだ。

 

「そうだよ、加賀さん。そして、夜戦に一番必要なのも運なんだよ!!」

「はあ」

 

 そこで、川内の援護が入る。言ってることはイミフだが、ナイスだ川内!

加賀はかなり困惑気味の表情だが、このまま畳みかけるしかない……!

 

「そう、だから運は大事!」

「そうだ、運は大事!!」

 

 ここぞとばかりに、俺と川内は交互に運を讃え続ける。こういうのは勢いが大事なんだ。勢いがあれば多少の無理は通せるはず!

 

「わ、わかったわ、そこまで言うのならやりましょう」

『おおっ!!』

 

 何とかゲーム開始までこぎつけそうだ。俺と川内は思わず歓喜の声をあげてしまう。やっぱ勢いなんだよなぁ。

 そして、加賀の参加を盤石なものにすべく、おれは更なる武器を取り出す。

 

「そう、これで運をはかるんだ。そして、それだけじゃつまらないからこんなものを用意した!!」

 

 俺はドヤァと間宮券を出す。定期的に鎮守府に来ては、甘味を作ってくれる間宮さん特製のアイスが食べられる券だ。加賀の目が、心なしか輝いている気がする。

 ここまで、用意すれば流石にやってくれるだろう。

 

「これは最後まで残った人にあげたいと思う。あ、俺が勝った場合は勝手に使うからお気になさらず」

 

 隣の川内が、やけにじっとりとした視線を送ってくるが、気付かないふりをして会話を続ける。

 

「仕方ないですね。ここまでされては、やらないわけにはいきません。しかし、私はどんな勝負であろうと負ける気はありませんよ」

「その意気だ。しかし間宮券がかかってるんだ、俺たちも本気でやらしてもらうぞ」

「ええ、そうでなければ困ります」

 

 やはり加賀は本気のぶつかり合いが好みらしい。その返事を聞くなり、俺と川内はニヤリと口の端を上げたのだった。……いや、完全に悪者だな、俺ら。

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

「じゃあ、私からいくよー!」

 

 じゃんけんの結果、川内、加賀、俺の順番になった。まあ、どんな順番であろうがやることは変わらないのだが。加賀が最初に脱落して、あとは適当に二人で白熱した勝負を演技するだけ。

 そして、計画通りに加賀を最下位にするのに成功する。そして、悔しがった加賀が次の勝負をお願いするのも、計画通りだ。

 

「くっ……!」

 

 ガシャン、ガシャン、とワニのおもちゃは非情にも加賀の手だけを噛んでいく。いやあ、楽しいなこれ。ずるといっても、やはり勝利には爽快感がある。

 何度も何度も勝っていく内に調子に乗った俺達は交互に、「運の違い、見せつけちゃったね」「んー、間宮券ゲッチュ」「やりました」などと加賀を煽っていく。計画では、ちょっと加賀の悔しさを増幅させる、位のつもりだったのにやりすぎたかこれ。

 しかしその甲斐もあってか、最初は無表情だった加賀も、頬を膨らませ、顔を赤くしてプルプルと震えている。怒っているのか、悔しがっているのか、それとも両方か。

 とにかく、もう潮時だな。加賀の表情を変えることができたのだ、ひとまずドッキリは成功したと言っていいだろう。

 俺は立ち上がり、ゲームを終わらせにかかる。

 

「もう、大体わかったんじゃないか?」

「そうだね、私と提督は五分って感じかなー。それにしても、加賀さんは運がないね」

「意外だったな。だが、いい発見だった。早めに気付けて良かった。後で記録しておこう」

 

 ちらりと座ったままの加賀の様子を覗うと、歯を食いしばりながらうつむいている。やべえ真実を打ち明けるのが怖くなってきた……。

 こんなところか、とドッキリ大成功の看板を持ってこようとした時だった。

 

「待って……ください……! もう一回、もう一回だけお願いします……!」

『おおっ!』

 

 後ろから袖をぎゅっと掴まれる。見ると、加賀が涙目で必死に訴えかけるようにこちらを見ている。あぁ~、上目遣いが堪らないんじゃぁ~。

川内共々、感嘆の声を上げてしまった。計画は文句なしの大成功だ!

 

「このままでは、終われません……! 勝ちたいとは言いません……! 一回でいいから、最下位から抜け出したいんです……!」

 

 内心で狂喜している俺を前に、加賀は必死に訴え続ける。おお……、ここまで来ると心が痛む……。

 罪悪感を悟られないよう、俺は黙って背中を向ける。

 

「…………っ!」

 

 それを見た加賀は、見捨てられたと思ったのか、大きく目を見開いている。い、いや、看板を取りにいくだけだから、そんな表情はしないでほしい。

 俺は後ろ手で看板を隠しながら、川内にアイコンタクトを送ると、川内もこくりと小さく頷く。問題なくこちらの意図は伝わったらしい。

 それを確認し、その看板を上げながら俺たちは努めて元気に大声で告げた。

 

『ドッキリ大成功!!!!』

 

 唐突な状況の変化に加賀は、わけがわからない、といった風に目をぱちくりさせている。

 

「ドッキリ……?」

「そうです、全部ドッキリだったんです」

「そう……そう、だったのね」

「はい……」

「そうでしたか。最初から変だとは思っていましたが、こんな下らない事だったとは」

 

 段々と状況を理解してきたのか、すっと無表情に戻る。が、ゴゴゴゴ……と強烈な圧を感じる。ま、まずい、完全にやりすぎた……

 

『す、すみませんでしたあ!!』

「いえ、謝罪はいりません。その代わり、今度は小細工なしのものでもう一度やりましょう。まさか、普通のがないなんて言いませんよね?」

 

 ガチギレの加賀を前に、万事休すと思ったが、幸い見本のために買っておいた改造前のやつが偶然残っている。

 

「い、いやあるぞ、ちょっと待ってろ」

 

 急いで例のなんの仕掛けもないワヌワヌパニックを裏の部屋からもって来る。にしても、まだゲームが続行されるとは。よほど負けず嫌いなのだろう。

 俺のその様子を、加賀は疑惑の目でにらみ続けている。

 

「こ、これはなんもしてないから! いや、ほんとに!!」

「そうですか、まあそれもやってみればわかることです」

 

 こうなったらもうやるしかない……! そして、ゲームの準備が整う。

 

「順番は……」

「先程と同じでいいです」

「はい……」

 

 結果、川内からボタンを押していく。今までにない緊張感の中、川内が押したのはあたりだった。……くそっ!

 

「……よ、よし! ハズレじゃない!」

 

 言葉では喜んでいるものの、川内はどこか残念そうにしている。その気持ち、痛いほどわかる。

 

「次は私ですね」

 

 これは正真正銘、小細工なしの公平なゲームだが、やりすぎてしまった後ろめたさもあってか、加賀の勝利を強く願ってしまう。せめてこの一回だけは勝たせてあげたい……。

 見ると、川内も同じような表情をしている。先程の微妙な反応もそのせいだろう。運ゲーな以上、俺たちは願うことしかできないのが悔しい。もしかするとさっきの方がハズレが分かっていて良かったまである。

 そして、慎重な顔でボタンを選択していた加賀は、ついに意を決したように一つのボタンを選んだ……!

 今の俺たちの願いを叶えられるのはお前しかいないんだ、頼んだぞワニ……!

 俺と川内がゴクリと喉を鳴らし、全員の緊張が最高潮に高まる中、押したボタンは──────

 

 

 ガシャン

 

 

『あっ…………』

 

 

     ◆ ◇ ◆

 

 

 結局あの後、『また、私を騙したのですね……!』と目尻に涙を浮かべた加賀に全力で頬を叩かれた。くそー、まだジンジンする。これもすべてあの空気の読めないワニのせいだ。心底あのワニのアホ面が憎たらしい。

 

「ねぇー、私が勝った分の間宮券ちょーだい!」

「何言ってるんだ、あれは加賀を釣るための作戦で、お前にあげるものは何もない」

 

 俺と同じように、顔に真っ赤な手形を付けた川内が間宮券をねだってくる。いいよな、こいつは能天気で……

 

「えー!! せっかく協力したのに! そんな意地悪するんだったら二度と手伝ってあげないんだから!」

「わかったわかった、じゃあこうしよう。一対一のワヌワヌパニックで勝ったらなんでも言うことを聞いてやる」

「なんでも? ほんとに??」

「ああ、ほんとのほんとだ、男に二言はない」

「言ったかんね! 後からなかったとか許さないから!」

 

 ブーブーギャーギャー喚くので、仕方なく折れることにする。だがな、俺に負ける気はないぞ。勝って逆になんでも言うことを聞かせてやる! なんも俺が勝ったら何もないとは言ってないからな! ふははは!

 

 

 

 果たしてどうなったかというと、俺は負けた。

 

「やったー! 勝ったぁーー!! 何にしようかなー、何を頼もうかなー」

「どうせ夜戦だろ。いいだろう、好きなだけ行ってくるがいい……」

 

 くそー、露骨に喜びやがって。今日は徹夜で書類を終わらせるしかないか……

 

「それもいいんだけどね……」

「夜戦じゃないのか?」

「うーん、やっぱ保留にしとく!」

 

 なんだそりゃ……

 これから先、常にこいつに何を要求されるかおびえながら過ごさにゃならんのか。

 

「今はいい、ってことだから! 忘れないでね!」

「うん、善処しとく」

「あっ、これ忘れるやつだ」

「はいはい、なんもないんだったら書類やるぞ。かなりヤバいんでお願いします」

「うえー、分かったよ……」

 

 正直助かったってことは黙っておこう。調子に乗らせるとダメだからな。

 次のドッキリも川内に協力させようと決心し、俺は書類の山を見つめるのだった。

 

 

 




 ここまで読んで下さりありがとうございます。
 次のターゲットは那珂ちゃんの予定です。


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