内気な少女がこのすば世界に行ったようです (心紅 凛莉)
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序章 ―プロローグ―
episode 1 転生


 

 

 

 

 

――虚ろながらに、その瞳は開かれた。

 

 

朦朧とした意識の中、私は自然と周囲を見渡す。…そこは不思議な空間だった。紺と白のタイルの床。そこにある物は白い椅子。

 

周囲は真っ暗ながらも星々のような何かが煌めいている。

 

――そして、何も聞こえない。

 

私はそんな異質な空間の真ん中にある白い簡素な背もたれのある椅子に腰掛けていた。

意識がはっきりしない、そんな状態でここまで観察できたのは私的に奇跡だったのかもしれない。それくらい過去に感じた事の無いほどの経験、まるで直接頭の中に濃霧があるかのようだったのだから。

 

 

「――はじめまして、有栖川 梨花さん」

 

聞こえないと思っていた。しかしそれは私の芯に響くような女性の声、美しくも儚いその声は、静かなこの場所に確かな存在感を与えた。

 

その声は徐々に私の視界を鮮明にして行く、襲っていた濃霧が雲散するかのようにクリアになっていく。それは私に清涼剤を加えたかのような清々しさすら感じさせたのだから。

 

気付いたらいつの間にか目の前には水色の長めの、少し癖のある髪と、青を基調としたドレスのような、変わった衣装を纏った女性がいる。

その女性は穏やかな顔のまま、自分の目の前の椅子に私と同じように腰掛けていた。

 

…これは夢なのだろうか?そう考えるまで時間はかからなかったし、自然と口からそれが疑問となって出てしまっていた。

 

 

「いいえ、夢ではありません。…貴女は┈┈┈┈┈┈┈┈」

 

 

否定されたような気がした。けど…今の私に他人の話をじっくりと聞く余裕などない。それはこの状況に困惑しているからではなく…ただ、ひたすらにうとうとしていた。ようは身体に寝起きのような気だるさを感じていた。目の前の女性が何か言っているようだが、私にはよく聞き取れなかったのだ。

 

それでもこの人は誰なのだろう?ここはどこなのだろう?…と色々考えてはみたものの、やはり所詮夢だろう。そう決定付けしてしまった私は、あまり深く考えないように黙って目の前の女性を見つめていた。すると…

 

「うーん…状況が状況だから、理解が追いつかないのはわかるけど、ここまで無言を決められるとこっちもやりにくいわね……もしもーし、聞いてますかぁ?」

 

そんなこちらの態度にイライラしたのか、女性は急激に態度を変えて目の前の私の前で手を振り始めた。いくら夢とは言え、無視をするのも失礼だ。私は申し訳なさそうに謝罪し、貴女は誰ですか?と問うことにした。

 

「ちょっと…聞いてなかったの!?」

 

…どうやら私がぼーっとしてるうちに自己紹介を終えていたらしい。見れば女性の表情には驚きの中に不機嫌な様子も見受けられるように見えた。これはいけないとはっとした私は今度は慌てるようにごめんなさいと頭をさげる。

 

「はぁ…もう…仕方ないわね…、私はアクア。女神アクアよ。簡単に言うと、これから貴女を導く者、かしらね。」

 

ため息混じりに言ったと思えば気を取り直してといった感じで声を高めて名乗るアクアに、私は若干の苦笑いを浮かべていた。それにしても導くとはどういうことなのだろう?女神とかその辺は深く考えないようにした。だって夢だし。私はただ首を傾げ、その疑問を口にした。

 

「そう、導くの。貴女は15歳という若さで亡くなった。そんな貴女には選択肢が3つあるわ。」

 

…どうやら私は死んだ設定になっているらしい。まったくどんな夢なんだ、と私は俯いた。そんな私をまったく気にしないような口調で、この自称女神様は言葉を続ける。

 

その3つの選択は、というと…

 

まず1つ目はこのまま天国にいくということ。そこは何もない場所で、ただひたすらに無意味に時間を過ごすだけの場所だの、凄くつまらない場所だの、まるでオススメしないと言わんばかりの説明だった。分からなくもないが、天国のイメージが台無しである。

 

2つ目は今までと同じ世界への転生。当然ながらこれは記憶を完全に消されるらしい。これではそのまま消えるのと変わらない、とこれもまた微妙そうに説明された。

 

そして3つ目…

 

「そして3つ目は…剣と魔法の世界、魔王が暴れる世界に記憶を持ったまま転生して、勇者となって戦い、魔王を倒して世界を平和にすること!これは勿論記憶はそのままだし、おまけにちゃんと戦えるように私が直々にサポートしてあげるわ!具体的にはチートな武器や能力を授ける、みたいな感じね!」

 

この3つ目についてだけはやけに力説された気がする。内容云々よりもそれが1番の印象だった。

 

それは今やアニメ、漫画、ゲームでよく聞く言わば異世界転生…。男の子なら目を輝かせて喜んだかもしれないけど、女の子である私には首を傾げるような話だった。

 

確かに、私とてゲームや漫画は好きな部類に入る。今やスマホで気軽にMMORPGが遊べる時代。個人的にはやり込んだゲームもあるし、そんなゲームの世界に行ってみたいなどと、現実逃避気味な考えを全くもっていないわけでもない。私が首を傾げた訳は、単純にこれが夢だと思って疑っていないからだ。

 

…なんで自分の夢で、こんな男の子が喜びそうな夢を見ているのだろうか。と。

どうせ自分の夢なら、美少女の女神様じゃなくてイケメンの神様にしてもらいたい。なんてくだらないことを考えながら、私は自然に3番目を選択した。

 

あまり深くは考えてはいない。でも、1番と2番を選んだ時点で、この一風変わった妙な夢は終わりを告げてしまうだろう。それではつまらないじゃないか。

 

そんなことを考えた私は瞬時に自分の考えに自嘲した。夢だと気付いてしまえば、随分と余裕が生まれるものだな、と。

 

「そう、わかったわ。それじゃ、このカタログに武器やアイテムが載っているから、好きなのを選んでね!」

 

そう言いながらアクアがどこからか出した分厚い赤い表紙の本。個人的にはてっきり「では、貴女に合う力を授けましょう」とかなんとか言って自動的にそして神秘的に何かをもらえるのかと想像していたのでこの対応は色々とぶち壊しである。

 

本当にどんな夢なんだ、と内心頭を抱えたくなりながら、私はパラパラとそのカタログを開き、パラパラと目を通していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

それにしても長い夢だ。そしてなにより現実味を感じる。

 

何分くらいカタログを見ているだろう?どうもこの場所は時間の流れを感じにくい気がした。…もっとも夢に現実味も時間の流れもあったものではないのだが。流石にここまで長く感じると、これはもしかして現実なのかな?とほんの一瞬だけ頭によぎるも、まず今の状況の非現実性を垣間見たら夢以外の何物でもないではないか。15歳という若さではあるが、いくらなんでも今のこれを現実と思ってしまうほど、自分は子供ではない。

 

「…迷うのはわかるけどー、こっちも忙しいから、早く選んでねー」

 

ふと見たらその女神様は言葉とは裏腹に床に寝そべり煎餅らしきものまで食べ出す始末である。こんなのが現実であってたまるかと、内心嘆くのは仕方ないことだろう。

 

パラパラと何ページあるのかわからないカタログを捲っていたが、やがてその手を止めてその分厚い本を閉じた。そして私は、床に寝そべっている不機嫌そうな女神様に聞いた。

 

 

 

┈┈┈┈┈┈この本の中にある以外のものはダメなの?と。

 

 

 

それを聞いた女神様は食べてたものを全て食べ終わると、ゆっくりと立ち上がるとだるそうに私の目の前の椅子に座った。

 

「別にいいわよ、やりすぎではない限りはね。何がいいの?」

 

私は納得がいかないでいた。何故やりすぎてはいけないのだろう?魔王を倒すとかなら、むしろその方が確実性が増すのではないだろうか。

 

「その答えは簡単よ。それが魔王を倒すだけってことで収まる保証がないからよ。…まぁこれは水掛け論になりかねないから、言い方を変えるわ。天界でそういう規定があるからよ。できたらこれで納得してほしいのだけど?」

 

…なるほど。と私は小声で反応した。

 

水掛け論というのは、ようはそれはこちらが信用されていないのか?のような話になったりすることだろう。ただそれについてはわかる。

 

例えば殴るだけでなんでも倒せて、どんな攻撃も状態異常も無効にする、なんてチートにして送り込んで、もしそれが魔王を倒すだけに収まらない、あるいは魔王側に裏切るとかなればとんでもないことになるだろう。

 

それ以前に、それは世界のパワーバランスがおかしい事になってしまう。最終的にはその世界は崩壊しかねない。大雑把な見方をすれば多分こんな感じだろう、と私は納得することにした。

 

「で?何がいいの?審査はするけど、それに通るのならどんなものでも構わないわよ」

 

本を閉じた時に、私の答えは決まっていた。少し恥ずかしさはあったものの、私は女神に私のスマホを取り寄せられないですか?と聞いた。それを聞いた女神は怪訝な表情になる。

 

「は?スマホ??そりゃ取り寄せられるけど…向こうに持って行っても電波も届かなければWiFiとかもないわよ?それ以前に、充電もできないからすぐにただのゴミになるわよ?」

 

私は否定したさで首を横に振った。今から自分の欲しいものの説明をするのに、それがあったほうが手っ取り早いのだ。

 

「ふーん…まぁいいわ…。…ほら、これでしょ?」

 

空間に小さな穴が空いたと思えばそこからは見覚えのあるスマホケースがでてきた。女神は落下するそれを片手でキャッチ。改めて見ても、それは間違いなく私のだった。

これには私も盛大に面食らうことになる。いくら夢とは言え、まさかここまでこちらの思い通りに事が運ぶのは不気味である。逆に言えば夢だからこそご都合主義なのかもしれないが。

 

「で?どうするの?え?ゲームを起動したらいいの?ちょっと待ちなさい…このままじゃ電波届かないから…」

 

 

再び空間に穴が空く。あれを広げて私が飛び込んだら、夢から覚めるのだろうか?などと考えながらも、どうやら私のスマホは無事にゲームにログインできたようだ。興味深そうにスマホをポチポチしながらゲーム内のキャラクターをいじくる女神を見ながら、私は言った。

 

 

 

 

 

┈┈┈┈私はこのゲームの中のキャラクターそのものになりたい。と。

 

 

 

 

 

 

 

 

それを聞いたアクアは、少し驚いたような素振りを見せたかと思えば、少し目を細めた。そんな中私は詳しく説明していく。

 

見た目はもちろん、強さも、スキルも、装備もまったく同じにして、意識だけを自分として、私は生まれ変わりたい。せっかく異世界転生するのなら、1からリセットして始めてみたい。それは淡々としたものだった。だからなのか、アクアは無表情のまま聞いてきた。

 

「本気で言ってるの?強さやスキルに関しては、審査次第で調整がはいって普通に強力な神器…武器を持った状態くらいになる可能性が高いけど、見た目…髪の色や顔、体格、瞳の色まで全て変えるのは可能よ。貴女が本当にそれを望むのなら、私は叶えましょう」

 

 

そのキャラクターの見た目は金髪のロングツインテールに青色の瞳。華奢な外見の美少女。後頭部に紺色の大きなリボンをしていて、服装はそのゲームでゴシックプリーストと呼ばれる青色のプリースト服を可愛くあしらった感じのもの。

 

「叶えられますが…それは貴女が今の外見を捨てる、と言うことになるのですよ?それをしてしまえば、二度と元に戻すことはできません。あえて聞きます。本当に、よろしいのですか?」

 

 

…少しの間、感じた沈黙。私は噛み締めるように、ゆっくりと、だけど決意をしたように無言で首を縦に振った。

 

「…ふーん…まぁ容姿を変えて欲しいなんて言われたのは、ぶっちゃけ初めてじゃないのよね。ただ貴女の場合、今のままでも充分可愛らしいかな、って思って、少し意外に感じただけよ。」

 

可愛らしいと言われるのはあまりないので少し照れた。それはそれとして、この女神様は真面目になったり気さくになったり情緒不安定すぎはしないだろうか。こうやって見てるとまるで二重人格であるのかと疑うレベルである。

 

…この願いにしたのは単純に興味本位からだったりする。さっきも言ったが、私とてアニメやゲームは嫌いではない。実際ゲームのキャラクターのようになってみたい、と思ったこともある。だから、どうせ夢なんだから。

 

 

夢から覚める前に好奇心の向くままのことをしてみたい。ただ、それだけだった。

 

「よし、準備できたわ。始めるわよ!」

 

こちらがそう決めてから、その言葉が来るまでまるであっという間のように感じた。何故か私は不自然にその目を閉じた。何故かそうしなければいけない気がした。そして地面が軽く揺れたような錯覚とともに、私は目を開けた。

 

…とくに動いていないにも関わらず、私の目線は少し下に落ちていた。そして確かに感じたその存在は…、頭の左右にある結ばれた髪。元々茶髪だったはずのそれは鮮やかで綺麗な金色をしていた。それに思わず目を見開く。服装もどこにでもあるようなセーラー服だったのに、青を基調とした可愛らしいゴシックプリーストと呼ばれる十字架を彩るドレスへと変貌していた。

 

「うんうん、すっかり可愛くなったわよー。その青い服装も中々ね。じゃあこれからいよいよ異世界に旅立つわけだけど、その格好ならアクシズ教団に頼れば、きっと優しくしてくれると思うから困ったら訪ねてみなさい。」

 

アクアはそんな私を見るなり満足そうに首を縦に振ると、そのまま立ち上がった。

 

 

「さぁ、行きなさい、新たな勇者候補さん。魔王を討伐した暁には、どんな願いでも1つだけ叶えてあげましょう!どうか貴女のこれから進む道に、幸あらんことを!」

 

 

私は気付けば立ち上がっていた。まったりしていたと思えば突然の話の展開の速さに、私の頭は完全に置いてきぼりだった。結局他の…武器やスキルはどうなるのか、聞きたいことはまだあるのに、と思うも既に遅いようで。

 

私は…背後から迫る真っ白い光に包まれていった。





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episode 2 駆け出し冒険者の街



2話までは主人公の説明回に近いかもしれない…


 

 

ちょっとした浮遊感を感じる。そしてそれがなくなり、地面に降り立つことができた。足への抵抗は少なくて、意識しなければわからないくらいの、その先程までの足場の変化。同時に襲いかかる視界への眩しい光。

 

眩しそうにその光を片手で遮る。そして目を開くと、その光は遮るほどのものでもないと気が付く。どうやら今まで薄暗い場所にいたから、背景の変化に目がびっくりしただけのようだ。

 

わすがながらに吹く風は、自身の長いツインテールと、膝まで届いたスカートをわずかに揺らした気がした。少し鼻に感じたのは緑。踏みしめた草原から漂うものだろうか。

 

草原。そう、見渡す限りの緑の絨毯、頭上にはほとんど雲のない青色の空に心地よく輝く太陽。

 

少なくとも自身が生まれてこの方、私はこんな広大で綺麗な大地を見たことがなかった。その光景は間違いなくここが日本ではないと思えるだけの背景だったのだから。

 

そしてようやく、今更になって意識は覚醒した。ぼんやりとした私でも、今のこれが夢ではないことくらい、察するには充分すぎるものだ。

 

心地よく流れる風、足首くらいまで伸び育った草々の緑の香り。その周囲に自身の知る電柱などの人工物は一切存在しない。あえて見える人工物と言えば今いる場所から遠目に見える城壁のような壁に丸く囲まれ、赤や黄色の屋根が見える街と、更にその遠くに微かに見える崖上の如何にもRPGですと語りかけるような存在感をだす西洋風のお城くらいのものだろう。

 

比喩通り夢にまでみたゲームの中の世界のような光景に、自然と足取りは軽くなる。1歩、また1歩と歩く。間違いなく今の自分はプラスにしか感じない高揚感だけで動いている。ドキドキする、実際鼓動は高まっている。ワクワクしている、初めて遊園地に来た時のような、これからへの期待。

 

とりあえず街なんだろうと思われる場所へと、ゆっくりと歩を進める。

 

 

…それが自身に眠る、不安と絶望を押し隠していることは、頭の片隅にすらなく、私はまだ遠くにある街だけを見据え、段々と早足になっていたのだった。

 

 

 

 

 

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足取り軽かったのも最初だけの話。歩幅こそ変わらないものの、その速度は大分落ちていた。別に疲れたわけではない。今の自分の身体が、自分のやってたゲームのキャラクターを元に作られたのであれば、そのステータスは知力5:体力2.5:敏捷性2.5の比率で振っていたのを思い出す。多少は耐久性がある程度の、れっきとした後衛、魔法使いのステータスだ。調整がどの程度されているかはわからないが、元の世界の自分は典型的な文系少女。運動はあまり得意ではなかった。よって昔の自分ならとっくに軽く息を吐く程度は歩いたつもりではあるのだが、そんな疲労感はまったく感じない。では何故速度を落としたのかは、自身の背中の違和感が気になったからだ。

 

その背負っていた物を背に手を回すことで握りしめ、何も抵抗のないまま自分が視認できるように前へと出す。

 

手にしたそれは杖だった。自分の背丈と同じくらいの長さで、十字架に細かい装飾がなされたそれは、自分が初めて見る芸術品だ。しかしゲーム内ではいつも見慣れた杖。重そうな見た目に反してそれは非常に軽い。竹箒でももったかのような軽さ。間違いなくこの杖は鈍器のように叩いたりするのには不向きであろう。先端が十字架になっていて、その中央には魔石をはめ込む場所がある…のだが…、どこを探しても宝石、魔石の類は見当たらなかった。

 

 

ここで杖の説明をしよう。この杖がゲームの中の仕様のままだとしたら、魔石がない今の状態は本領を発揮しているとは言えない。

魔石の効果は属性、火、水、風、雷、土といったものである。私のやっていたゲームの仕様として、何も補助もなしに使える属性魔法というのは存在しないのだ。例えばアローという名前のスキルがある。それは宙に出現させた魔法陣から数発の魔法の矢を放つというそのゲームの初期魔法スキルである。スキルレベルや自身のステータスにより、いくらでも強くなり、序盤どころかベテランになってまでも重宝するスキルである。その魔法を更に強くするなら、戦うモンスターの弱点属性である属性を付与することである。そして属性を付与するのに必要なのが魔石なのだ。例えば火の魔石を杖に装着してアローを唱えれば、それは炎を纏ったファイアアローとなり敵を貫き燃やす。水の魔石を装着して放てば魔法の矢は氷の刃、アイスアローとなる。

 

また、属性以外にも魔力を高める魔石とかもあったりするのだが、今やそれすらもない。このままでは普通の杖だ。とはいえこれが何も調整されてないゲーム仕様のままの状態であれば、魔石はなくても魔法攻撃力を高めるだけの強さはあるはずだ。少ないお小遣いを使って課金して、最大レベルまで精錬、強化、エンチャントという能力付与までしているのだ。あくまで、仕様がそのままの状態ならの話だが。このゲーム仕様がどこまで調整されているかはわからないが、それは考えても仕方ない。じっくり観察した杖を背中に戻すと、私は再び早足でまだ遠い街へと歩を進めるのだった。

 

 

 

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やがて街ははっきり視認できるほどまで見えてくる。今まで誰も見えなかった自身の周囲には、街道を走る馬車や、私と同じようにゆっくりと歩を進める人影が見えてくる。その姿は正にRPGといった見た目の鎧姿だったり、動きやすそうな軽装に腰にナイフをぶら下げてたり、三角帽子にローブを羽織ったりと、RPGを遊んだことがある人なら誰でもどんな職業をしているのかわかるものだった。

 

そして門らしきものが見える。傍らには鎧兜を身につけ槍を持つ壮年の男性が見えた。

 

近づくに連れて意識してしまう。街にはいるのに取り調べとかあるのか?あるいは通行証がないと街にはいれないとかがあるのではないか、若干ながらも不安になったのだ。

 

そして通りかかると案の定その衛兵らしき男の人はこちらを一瞥し、声をかけてきた。

 

「おや?お嬢ちゃん、見ない顔だね?この街は初めてかい?」

 

私は流れるように頭をさげ、こんにちわ、と挨拶した。ただ緊張からか、若干ぎこちなくなってしまったけど言葉を返せただけよしとしよう。

 

こうやって歩きながらここまで来るまでに自分なりに色々と考えてはいた。この世界で生きるのに欠かせないものは衣食住以外にもある。

 

それが自身の身分証明だ。

 

まさかバカ正直に異世界から来ましたなんて言えるはずがない。少なくとも自分が逆の立場なら頭がおかしくなったのかと心配してしまうだろう。

 

だから私は、そのまま遠くから旅してここまできた。と余計な情報を出さないように簡潔に話をした。

 

「なるほど、という事はお嬢ちゃんも冒険者になりにきたのかね。若いのに大したもんだ。」

 

笑顔でそう応えた衛兵のおじさんから警戒する様子は見受けられない、私は心の中でホッと安堵した。同時に冒険者という単語は頭に強く残った。今この街に来た目的は特にない。ならまずはそれから考えてもいいのかな?とひとつの選択肢にはしようと思えた。

 

「ここは駆け出し冒険者の街、『アクセル』だ、歓迎するよ、お嬢ちゃん。」

 

そのまま門をくぐり抜けて街へと進む。さて、その街の光景に私は目を奪われた。周囲には赤、黄、緑のパステルカラーの屋根の家々が並び中央には大きな噴水、ちょっとした広場になっているようだ。家々に並ぶように露店のような屋台も並ぶ。そして先程街の外で見かけたような服装の人々だけでなく、如何にも村人ファッションといった装いの人も多く見受けられる。それを見て再び私の中のドキドキとワクワクは加速していく。まず何をすればいいのか考えるまでもなく、私はその町の中を歩いていくのだった。

 

 

 

 

 

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お店並ぶ商業街を軒並み歩き回り、住宅街らしき場所へとはいり、公園らしき広場があったのでそこのベンチに座り一息つく。

さすがに数時間歩きっぱなしだと疲労も出始める。それにお腹もすいてきていた。

街に着いたのはいいのだけど…することは沢山ある。それは生きる為の衣食住の確保。

住居はしばらくは宿暮らしになるだろう。食べる為にも食べ物を買うなりしなければいけないだろう。そしてそれにはお金が必要だ。

 

私の手荷物は今身に付けているゴシックプリーストのドレス以外だと背中にある杖のみである。お金なんて1円もありはしないしまさか杖を売る訳にもいかない。

…もとより『円』があってもまったく意味はない。この世界のこの地域のお金の単位は『エリス』なのだから。

 

それは商業街を渡り歩くことで知ることができた。武器や魔道具の値段を見てもピンと来なかったが、食べ物なんかは日本にいた時のと比較することができる。やや誤差はあるかもしれないが1エリスは日本円に換算したら凡そ1円なのだろう。安いものならパンひとつ100エリスとかで売っているのを見てそう結論付けた。

 

問題は通貨の価値はわかったものの、それを得る方法がまだ得られていないのだ。まだ日はでているがおそらく時間は午後にさしかかっていると予想している。このままではまずい。なんとか日が沈むまでにお金なり食料なり宿なり確保しなければ。宿は最悪野宿になりそうだが生まれて15年間野宿などキャンプくらいしかしたことがない。それも1人でなんて尚更だ。

 

とりあえずどこか忙しそうなお店にはいって日雇いで働かせてもらうよう交渉して金銭を得るなどしてみようか。もちろんそれもやったことはないので不安ばかりが残り、頭の中は混乱してきていた。どうしようどうしようと頭の中で連呼する。不安が渦巻いてくる。…そんな精神状態の私は休憩を言い訳にして中々動けないでいた。そんな時だった。

 

付近の住居から騒がしげな女の人の声が聞こえてきたのは。

 

 






今回紹介した主人公の武器の性能については完全にオリジナル要素です。


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episode 3 アクシズ教のプリースト

人通りのまばらな住宅街の一角、1つの民家の玄関口をノックする女性を見つけた私は、なんだろう?と興味本位で見に来ていた。

 

「すみませんー!開けてくださーい!大変なんですー!!」

 

女性の身なりは私にとって微妙に親近感を覚える感じのものだった。私より少し控え目な青が基調とされた修道服…修道服として見たら派手な部類かもしれない。さらにセミロングながらも私と同じ色の、ウェーブがかかった金髪の女性。

 

その言葉とは裏腹に落ち着いた様子のまま、声だけを出して住民を呼び出していた。そして引き戸の扉がガラッと開かれた。

 

 

「んん?なんだよプリーストの姉ちゃん、何が大変なんだ?」

 

出てきたのは仕事が終わったばかりなのか、少し汚れが目立つ作業者っぽい服を着たガタイのいい中年男性だ。女性は男性がでてくるなり迫真した顔でとんでもないことを言った。

 

 

「貴方のこの家!!悪霊が住み着いてますわ!!」

 

「……は?」

 

男性は突然の悪霊話に呆然としている。

 

「どこか体調が悪いとかありませんかっ!?夜なかなか眠れないとかありませんか!?」

 

「……い、いや、とくにねぇけど」

 

男性はただその勢いに押されまくりだ。そんな男性に構うことなく、女性は質問を続けた。

 

「…では、ひたすら走り続けると疲れてきたり、夜になると眠くなったりしませんか!?」

 

「…………そりゃするけど…そんなの誰でもそうじゃ…」

 

男性が肯定したその瞬間、女性のコバルトブルーの瞳が妖しく光った。

 

「そうでしょうそうでしょう!!それはまさしくっっ、悪霊の仕業ですっ!!もしこのままほっといたら…貴方、1週間以内に死にますよ!」

 

「は、はぁ?」

 

 

「聞こえなかったのですか!?このままほっといたら!貴方は5日以内に死にます!!」

 

「なんで期間短くなった!?」

 

 

「あら、聞こえているではありませんか。そうですよね、死にたくないですよね!?そんな貴方に朗報をお持ちしました!!アクシズ教団に入りなさい!入信しなさい!ちょうどここに都合良く入信書もあるわ!あとはこれにサインするだけっっ!それで貴方は、悪霊から護られるのよ!!さぁはやく!死にたくないでしょ!!はやく!はやく!はーやーくーっ!!」

 

 

最初は悪霊から守ってあげたい通りすがりのプリーストさんだったのに、どうやら宗教勧誘することが本来の目的なようで早口で威嚇するように入信書とペンを押し付けるその姿はたくましくも恐ろしい。できれば関わりたくない。はやいうちに離れたほうがよさそうだ。それにしてもアクシズ教…?どこかで聞いたような気がする。

 

「ええいなんか話が通じないと思ったら、アクシズ教団の人間かよ!?おら帰れ!俺の家は代々エリス信徒なんだよ!!」

 

「まぁ!?あの悪名高いエリス教ですって!?悪いことは言わないから改宗しなさい!!このままだと貴方3日以内に死ぬわよ!!」

 

「するかバカ!!おらとっとと帰れ!」

 

バタン!と勢いよく扉は閉められる。

 

「きゃーー!?誰か来てー!!ここの住人に、胸を触られたのー!セクハラよー!?」

 

「おい、ふざけんな!?!?指1本触ってねぇじゃねぇか!」

 

私は唖然としたままその場を窺っていた。これはいくらなんでもひどすぎる。

このままではあのおじさんは衛兵なり警察なりに連れていかれそうだ。流石に見過ごすのは良心が痛む。もし警察が来るようなら私が出ていっておじさんの無罪を証明してあげよう。…と思い覗いていたのだけど騒ぎを聞いて駆けつけた衛兵の人は女性の顔を見るなりやれやれまたか、と言った表情をして何も言わず立ち去ってしまった。おじさんはそれを見るなり軽く安堵してまた勢いよく扉を閉めた。

 

 

…普通はおじさんを捕まえないのなら女性のほうになんらかの注意なりあるはずなのにそれもないことで私の中で女性の危険度はかなりあがっていく。つまり彼女は衛兵の人ですら関わりを避ける人間なのだ。

 

 

「ちっ……あら?」

 

その瞬間だった。

 

自身の頭の中で警報が鳴る。今すぐここから逃げろと。疲れも空腹も関係ない、逃げろと。それは騒ぎの中心にいたプリーストの女性とふいに目が合ってしまったことで大きく警告を告げる。

 

大丈夫、距離にして50mは離れている。いますぐ全力で後ろを向いて逃げれば間に合う。そしてそう思うとほぼ同時に私は背後に目を向け…

 

 

目を向けようとした方向からガシッ!!と片手を両手で包むように掴まれた。ビクッと全身に悪寒が駆け巡る。一体誰が?この街にはこんな風に気安くしてくる友人どころか、知り合いは1人足りとも私にはいない。その答えは振り向いた先にある。そしてその相手の顔を見て、私は絶句した。

 

 

「あらあらー、明日じゃありませんでしたのー?お待ちしておりましたわ!我がアクシズ教の同志っ!!」

 

私の手を掴んだその人は、今の今までおじさんを強制勧誘しようとしていたプリーストのお姉さんでした。

 

 

 

 

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「まったく、見ていたのでしたら気軽に声をかけてくれてもよかったのですよ?でもこんな所で会えるなんて。もしかして、来たばかりで道に迷ってました?それにしても本部からの見習いプリーストなんてどんな子が来るのかと思ってましたが…まさかのっ、まさかのロリ美少女!!それもこれも熱心に布教活動をしている私へのご褒美なのですねっ!生きててよかったっ!アクア様っ、ありがとうございますっっ!!」

 

 

…現在、私は放心状態のまま、このプリーストのお姉さんに手を繋がれながら引っ張られるように連行されてます。誰か助けて。

 

そして連れていかれている最中に気が付く。どうもこのお姉さんは私を誰かと勘違いしてるようで。ただ話しかけづらい。先程のイカれた勧誘を見てしまった後だと余計にその感情は強くなる。それでもこのまま勘違いで拘束されているわけにも行かないので私は控え目に満開の笑顔で私を引っ張るお姉さんに声をかける。声をかけると言っても「あ、あの…」程度の遠慮しがちな感じだ。若干コミュ障な自分がにくい。途中すれ違う人たちは私とお姉さんを見るなりその反応は蔑むような同情するような…あるいは服装のせいで私も同類と思われているのか私を見るなりうわぁ…と引き気味な人まで現れる始末。

 

そう、お姉さんに勘違いされているのもおそらく私のこのゴシックプリーストの青色の服装が原因だろう。こんなことなら同デザインの赤色のやつもあったのでそちらにしておけばよかったと思うも後の祭りである。だって青の方が可愛かったんだもの。

 

「あらあら日が暮れてきましたわね、帰ったら食事にしましょうか、うん、お姉さん腕によりをかけちゃうわ!」

 

…気が付けば時刻は既に夕刻。空一面はオレンジ色に染まりつつあった。予定も何もぶち壊しである。今晩宿どうしよう…。

 

…あ、でも食事をご馳走してくれるみたい、これだけはめちゃくちゃ嬉しい。まさに地獄に仏。だってもうお腹ペコペコだもの、仕方ないよね。

 

 

 

 

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そうこう考えるうちにアクシズ教の教会らしき場所に到着し、私は引っ張られたまま中に入ると裏手にキッチン隣の部屋にある古ぼけた木製の椅子に座らされた。

 

「ではでは、大した物は作れませんが適当に作って持ってきますので、貴女はここに座って水でも飲みながら待っててくださいね」

 

鼻歌混じりな口調でそういうと、お姉さんは空のコップをテーブルに置き、『クリエイトウォーター』と唱える。するとコップにはなみなみと綺麗な水が注がれる。そのままキッチンへと向かうお姉さんを尻目に、私は今の現象を静かに驚いてみていた。

 

今のが魔法…?とおそるおそるコップを手に取り口に運ぶ。魔法というよりは手品を見た気分だったけどそれ以上に食欲が勝って気が付けば飲んでいた。よく冷えた水が、ずっと何も通してなかった私の喉を潤わせる。これだけでも救われた気分になった。

 

時間にして20分ほどだろうか、両手で鍋を持ったお姉さんが機嫌良さそうにはいってきた。そしてポケットにいれてた一通の手紙を取り出した。

 

「今日ははるばるアルカンレティアからお疲れ様でしたっ、お仕事は明日からするとしまして、今日はゆっくりしてください。」

 

エプロンをつけたまま笑顔でお姉さんが言う…のだけど、やはり自分にはまったく心当たりがなかった。まずアルカンレティアって何?ってレベルである。

 

と、いうよりいい加減に誤解を解かないとまずい気もしてきてる。先程の鬼のような勧誘ぶりを見るからして、私が無関係の他人だと知った時にどんなことになるのか想像がつかない。もっとも何を言われようと私は強引にここに連れてこられただけなので、徹底反論する構えではある。それを口にだせるかは今のところ不明だけど。

 

「そうそう、さっきポストをみたら、本部から手紙が届いてましたっ、きっと貴女のことが書いてあるとは思いますけど、とりあえず読んでみますね。」

 

私は思わず目を細めた。…それは100%絶対にない。その本部とやらを全く知らないのに、その手紙に私のことが書かれていたらホラーどころの話ではない。ただその内容次第では私が無関係なことがわかるかもしれない。説明の手間が省ける。寧ろそうであってほしい。

 

「ふむふむ…プリースト見習い研修の件、中止のお知らせ……えっ?」

 

祈りが通じたのか、それは私がここにいることの矛盾を知らせるものであったようだ。どういうことなの?と首を傾げるお姉さんに、ようやくと言うところか、私は声をかけて説明を始めた。

 

私は冒険者になる為にこの街に来ただけの者です、と。

 

 

 

 

 

 

 



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episode 4 私の名前とアルバイト

ようやく説明という名の説得が終わると、とりあえずせっかく作ったので冷める前に食べて、と言われたのでありがたく食事を頂くことにした。

 

パンと野菜スープという少し質素なものではあったけど特に好き嫌いはなく、むしろ長時間何も食べてなかったので胃に優しそうな食事となり、私としてはむしろありがたいくらいのものとなった。

 

「パンはいっぱいあるから、遠慮なく食べてね。それはそれとして、私ったら早とちりしちゃって、ごめんなさいね。もぐもぐ…」

 

どうなるかと思っていたものの、意外にもあっさりとあちらの落ち度を認めてくれたプリーストのお姉さんはばつが悪そうな顔をしながらもパンを食べていた。

 

「だけどそれでもこうしてロリ美少女と2人きりでお食事できるのも、よく考えたら充分なご褒美よね!!あぁ、アクア様っ、ありがとうございますっっ!!」

 

話を聞きながらも私は女神アクアのことを思い出していた。そういえばあの人は私のこの姿を見るなりアクシズ教を頼りなさいみたいなことを言っていた気がした。自分の中で不自然な形をしたパズルのピースが半ば強引に繋ぎあわさった感じがして、それは逆にスッキリしない。

 

それはそれとして、いい加減そのロリ美少女って呼び方をなんとかしてもらいたいものです、と何気なく呟いた。

 

「そうは言われても…私は貴女の名前をまだ聞いてないし……あ、というか私もまだ自己紹介してなかったわね」

 

凄く今更な感じもしたがそれはお互い様だろう。お互い食事をしながらの自己紹介というのも考えものである。こちらとしては普段はそこまででないのだけどまる半日近く何も食べてなかったのだからそれくらいは許してほしい。

 

「私はアクセル1の美人プリースト…セシリーよっ!気軽に、セシリーお姉ちゃんって呼んでいいからねっ!」

 

…とりあえず今まで通りお姉さんと呼ぶことにしておこう。それにしても私の名前…、かぁ。

 

私の名前は。有栖川 梨花。でもそれは前世の名前。姿が変わった今の姿には相応しくない気もした。有栖川って苗字は珍しくはあるけど、とりあえず見れば日本人とは見えるだろう。多分。

そんな日本人の名前を、金髪の目がブルーになった私が名乗るのも変な話だ。

 

だから私は、意識以外がゲームのキャラクターになった私は、元の身体だけでなく、元の名前までも捨ててしまおう。だから私はこう名乗る。

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈アリスです、よろしくお願いします。

 

 

 

 

有栖川だからアリス。実に安直である。だけど仕方ないよね。実際ゲームでの名前もアリスだったんだから。

 

 

「アリスちゃんって言うのね、えぇ、改めてよろしく。それで貴女は。これからどうするの?」

 

セシリーのその質問に私は沈黙した。時計がないのでわからないけど既に夜は深けている。多分20時前後だろうと予測している。ご飯をもらって話しているうちに随分と時間が経ってしまった。とはいえここから出ていったところで行く宛てもない。お金もない。

 

「アリスちゃんさえよければ、1泊くらいならして行っても、お姉ちゃんは構わないわよ。ただアリスちゃんはアクシズ教徒ってわけじゃないから無料って訳にはいかないけど…、馬小屋と変わらない程度のお布施で構わないわ。」

 

それは私にとって非常にありがたい提案ではあるのだけど…今の私は無一文なのだ。ここに泊まるとしてもお金を払うことはできない。

 

「えっ?お金がないって…アリスちゃんって、遠くから旅してここまできたのよね?」

 

グサリと痛いところをつかれた。勘のいいお姉さんは嫌いだよ。だけど少し考えたら誰もがそう疑問に思うだろう。嘘で塗り固めた事柄なんて、こんな風に穴だらけになるのは仕方がない。だけどその程度の疑問ならいくらでもごまかしはきく。

 

「旅の途中で財布を落として…。そ、それはご愁傷さまね…」

 

これが即思いついてなおかつ無理のない嘘だろう。私がそれで安堵するのも束の間、セシリーは困ったような表情をしていた。

 

「だけどアリスちゃんって、冒険者になりにきたんでしょ?確か冒険者になる為には1000エリスくらい必要になるはずよ、登録料とかで。」

 

お姉さんのその言葉は再び私にグサリと痛いところに突き刺さる。もはや死体蹴りに近い。もうやめて!アリスのライフはとっくにゼロよ!

 

「そこで可愛いアリスちゃんに、セシリーお姉ちゃんから提案がありまぁす」

 

項垂れてた私にお姉さんは凄くいい笑顔で私の肩をぽんぽんと叩いてきた。

 

「アリスちゃん、良かったら明日1日ここで働かない?やってくれたら今夜は無料で泊まってもいいし、出来高制にはなるけどお給料もだせるわ。最低でも冒険者登録できるくらいは普通に払うから、そこは安心してちょうだい!」

 

それは私にとってまさに千載一遇の申し出ではあった。今夜の寝床を確保でき、更に給料ももらえる。…それはいいのだけどどうしても気になることが2つある。1つはもちろんその仕事の内容。出来高制と言われても何をやればいいのだろうか?パッと思いついたのは聖水の販売とかだろうか?そしてもう1つ。

 

…はっきり言うと今日でてきた食事、そして古ぼけた家具、極めつけはこのボロボロの教会。どう贔屓目に見ても給料が払えるような環境には見えない。本当に払えるのだろうか。

 

「仕事の内容はー。受けるまでの秘密♪お金については大丈夫よ。生活がボロボロなのは私個人のせいで、アクシズ教団そのものにはお金はあるから!」

 

アクシズ教については話の合間合間に耳にタコができそうなほど聞かされている。そして話をする度に私の目の前に入信書を押し付けてくる。それも私がアクシズ教徒でないと知って即時である。今のところ華麗に受け流してる。多分どんな理由をつけても夕方前の勧誘を見る限り意味の無いことだろう。だからこういうのは無言で受け流す。

 

「やーん、アリスちゃんのいけずぅぅ」

 

そうしていたらあちらも無言の勧誘をしてくるようになった。セシリーお姉ちゃんはたくましすぎだよ……と、私はただため息をついた。

 

 

 

 

 

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結果から言えば私はセシリーの提案を受けることにした。何をやらされるかはわからないままだったけどそれだけでは断る理由にはならない。私の答えを聞いたセシリーはそうこなくっちゃと満足そうに喜びをあらわにしていた。

 

「それじゃあ早速明日してもらうことを教えましょう…アリスちゃんが明日やることは……これよ!!」

 

バンっと勢いのままテーブルに1枚の紙が置かれた。それを見るなり私は首を傾げる、何故ならテーブルに置かれたその紙は先程から飽きるくらい押し付けられてるアクシズ教への入信書なのだから。

 

まさか私に入信しろと言うことなのか?と一瞬過ぎるがそれはないと断言できる。何故なら出来高制という言葉があったから。入信書、そして出来高制。こうなると答えは1つしかない。

 

つまり…セシリーは明日私にアクシズ教の勧誘の手伝いをしろと言っているのだろう。

 

「うふふふ、アリスちゃんは賢いわね、その通りよ!そして安心なさい!明日の為に今から寝るまで!私がアクシズ教の勧誘の極意を基礎から教えてあげるのだから!!」

 

ゾワッと背筋に悪寒が走った。わーい、めちゃくちゃやりたくなーい。

多分今の私の瞳に光はあまりないと思われる。感じたのは虚無感と脱力感である。

 

こうしてせしりーおねーちゃんと、わたしはねるまでやくにじかんほど、かんゆうするためのもーとっくんをしたのであったまる

 

 

 

 

 

 

 

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翌日、アクセルの街の入口に見える中央広場。大きな噴水は冒険者の待ち合わせスポットとしても使われやすく、四六時中この場所は人が多く、また人の入れ替わりが激しい。まさに勧誘などをするにはうってつけの場所だ。

 

うってつけなのはうってつけなんだけど、じゃあ勧誘するかとなると色々な葛藤や羞恥心があるもので。

 

今回私がセシリーから教えて貰った《奥義》そのものは簡単なものだった。羞恥心とかを差し引けば。実行する人が限られるものの、勧誘する台詞も少ない、ましてや短期決戦。してその内容とは

 

 

あ、あの…

 

「うん?お嬢ちゃん、どうしたんだい?」

 

アクシズ教に…入って…くれませんか?

 

「えっ、しゅ、宗教かい?いやそういうのは…」

 

はいって…くれないんですか……?

 

「う、ううっ…わ、わかった、はいる、はいるからそんな顔しないでくれ…!」

 

あ……ありがとうございます…!

 

 

 

 

 

台詞だけにするとこうなる。しかし。ここにどんな状態かを入れると。

 

 

獲物を定めるとまず話しかける。

 

そして両手を祈るように絡ませて上目遣いで勧誘する。

 

大抵はこれだけでは落ちないので涙目になる。

 

今回はここで折れてくれたけどここでも折れなかった場合は離れていこうとする人を見ながら涙を流しはじめる。これにより獲物に罪悪感を与える。

 

これでも折れなければセシリーお姉ちゃんが登場してそいつを人でなし扱いする。アクシズ教をよく知ってる人ならまだしも今ひっかかった人のようによく知らない人がターゲットになるとこれで9割は落ちます。なおここまでの動作が無表情でやれるはずもなくめちゃくちゃ恥ずかしいので頬あたりは真っ赤になってますがむしろそれがいいとは昨夜練習した時に涙目上目遣いを見せたら鼻血と涙を流しながら無言でサムズアップして太鼓判を押してくれたセシリーお姉ちゃんの談である。

 

ちなみにそう簡単に涙なんてでないので予めクリエイトウォーターで目に軽く水をいれてます。綺麗な水なので意外と目が痛くない。

 

 

なお、アクシズ教をよく知る一部のエリス教徒はこの勧誘を見て悪魔の所業だと言ったとかなんとか。さらに一部では私の事をアクシズ教のリーサルウェポンと呼んだらしいが私の耳に届くことはなかった。…私がこのアルバイトで報酬を得る代わりに大事な物を失っていることに気が付くのはもう少し後の話だったり。

 

余談であるが無事(?)勧誘した方々は私がお礼を言った時の笑顔で満たされた顔をしていたとかなんとか。ごめんなさい、天然物じゃなくて作り物なんです。

 

 



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episode 5 後悔と目的

時刻ははやくも夕刻になっていた。勧誘していて慣れもでてきたものの、少し冷静になると込み上げてきたのはどうしようもない羞恥心と罪悪感。ちなみにその間の食事がとくにひどい。

 

エリス教徒が無償で他のエリス教徒に配給しているパンをわけてもらうのだがセシリーはそれを強奪しようとしていたのだ、普通に犯罪である。

結局は勧誘方法と同じように私が涙目上目遣いでわけてもらった。やっぱり恥ずかしいし罪悪感がぱないのは変わらなかったのだけど一応は相手の合意が得られているだけ強奪よりは明らかにマシだろう。

 

そしてそのパンの見た目と味には非常に覚えがあった。この世界にきて初めて食べたものとまったく同じ味なのだ、忘れるはずがない。そう、教会にやけにパンだけが大量に置いてあったのはつまりはそういうことなのだ。もはや何も言えない。

 

遠回しにそういうのはやめた方が…とセシリーに告げるとセシリーは何言ってんだこの子って顔で私を見てきた。完全にこちらがすべき顔である。

 

アクシズ教の教義にエリス教徒への嫌がらせは当たり前みたいなことがあるらしい。聞いた時はかなり引いた。そして後から知ったのだけどエリス教とはこの国の国教になるほど巨大なものらしい。通貨単位がエリスなことからもある意味日本でいうところの仏教以上かもしれない。

 

話が逸れたが昨日の今日で私はアクシズ教が嫌われている原因を充分に理解した。今後関わらないようにしようと心に決めた瞬間である。もう手遅れな気がしないでもないけど。

 

 

 

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とまあ様々な葛藤と心の中で戦いながら私はアクシズ教の教会に戻って休んでいた。セシリーはというと今日得ることができた大量の名前入りの入信書を抱えてアクセルにあるアクシズ教の総支部に行くらしい。その顔はかなりのホクホク顔であった。どうやら入信書を持っていくことで教会の運営費やらセシリー個人の報酬がもらえるようで昨日のセシリーの勧誘とこの教会のボロボロ具合を見る限りまさに納得の一言である。

 

ちなみに今日勧誘できた人の数は39名。

 

39名だ。39名もの罪の無い人達が犠牲になったのだ。中にはエリス教から改宗した人もいてしまった。恐るべしロリ美少女パワーである。客観的に言えてしまうのは私が私の顔を未だに自分として認識してしまっていないからだろう。この姿になってまだ2日なのだからそれは仕方ない。私は罪悪感でいっぱいになり頭を抱えた。内部事情を知れば知るほどアクシズ教にははいりたくないと思えた私にとってそれはそれは申し訳ない気持ちしかでてこなかった。

 

 

「ただいまぁ♪アリスちゃーん、今夜はご馳走よー♪」

 

テーブルに寝るように沈んでいたらセシリーお姉ちゃんが帰ってきたようだ。相変わらずのホクホク顔でその両手には様々な食材やらお酒が詰め込まれた袋を持っている。

 

中には屋台で買ったのだろうか揚げた骨付き肉だったり串焼きのようなものやら既に料理として完成しているものもある。この世界にきて質素なものしか食べていない私にとってそれは自然とごくりと生唾を飲み込ませたのは言うまでもない。

 

それにしてもこのセシリーお姉ちゃんなんだけど…アクシズ教云々を抜きにしたらお調子者の優しい美人お姉ちゃんて感じなだけにアクシズ教がプラスしたことでかなり色々と残念なことになってるのでそれについては本当にもったいないと思えてしまう。

 

「まだ夕食には少しはやいけどー…今日はいっぱい頑張ったしお腹も空いてるでしょ?さぁ飲んで食べて騒ぎましょう!」

 

そんなことを考えていたら様々な料理が既にテーブルに並べてあった。まるで宴会でも始めるかのような勢いに私は苦笑した。

 

 

 

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様々な濃い味付けの料理に自身の舌と胃袋が歓喜する。ただ少し冷静になると、一部何のお肉か分からないものがあったので少し怖かったがとりあえず美味しかったのでよしとする。聞くのも怖いので聞かなかった。また、何も遠慮もなくお酒を勧められたものの、15歳の私は当然飲んだことがないし飲むつもりもなかったので丁重に断りをいれてちびちびとりんごジュースを飲んでいた。この世界ではお酒に関する法律とかがないのだろうか?日本にいた時に生活していていちいち法律など意識したことがないので、その考えに違和感を持ちながらも、夢中となって美味な料理を噛み締めていた。

 

「あ、そうだ。はいアリスちゃん♪今日はご苦労様でしたっ」

 

食事もある程度進んで落ち着きを見せたところで、お姉さんはおもむろに懐から便箋を取り出し私に手渡した。

 

中に入っていたのはアクシズ教の入信書…は何事もなかったようにどけて、そして何枚かの紙幣らしきもの。初めて見るお金に、私は目をパチクリさせていた。紙幣の数字を見て驚く。この世界の文字で10000と書かれた紙幣が5枚もはいっているのだから。つまり5万エリスである。1日働いてこの額はかなり多いと思うが相場がさっぱりわからないのでなんとも言えない。

 

「本当はもう少し払いたかったんだけど…その、教会の修繕費とかにもあてたかったから…」

 

セシリーは申し訳なさそうにしているもののこちらから見たらもらいすぎである。こんなにもらっていいのだろうか。

 

「えっ?もちろんよ!アリスちゃんのおかげで、久しぶりにこんな贅沢できてまとまったお金もはいったのよ、遠慮なく受け取って。」

 

 

少し迷ったもののやはり相場がわからないしこちらとしては充分なのだ、私は笑顔でありがとうございますと返しつつ、再び差し出された入信書を丁寧にお返しした。なおこの会話の間、ずっと無言で入信書を差し出されては無言で断っているのは今更の話。

 

 

 

…とりあえず変な方向ばかりに話が進んで行って一時はどうなるかと思ったけど、結果だけを見れば2日もの間お金を使わず過ごせておまけに5万エリスものお金を得ることができた。異世界生活のスタートとしてはむしろ出来すぎではないだろうか。その内容に目を向けなければ100点満点だと思う。うん。

 

これからの目的としてはセシリーさんが言ったように冒険者ギルドってところに行くべきなんだろう。そこで冒険者カードさえ作れば身分証明にもなるらしいからそれだけの理由でも余所者の私としては是非とも欲しいところである。

 

セシリーお姉ちゃんと食事の片付けを済ました後に、私はその話を持ち出すことにした。

 

 

「う、うぅ…やっぱりそうよね。私としては…このままここでアリスちゃんがいてくれても全然構わないのだけどいやむしろ望むところバッチコイ!てまであるのだけど。」

 

たまーにアクシズ教云々抜きにしてもセシリーお姉ちゃんは妙な発言をするから気が抜けない。いやむしろこれもアクシズ教効果なのかもしれないけど。

その気持ちは嬉しいけどせっかく異世界にきてただのほほんと過ごすのもね、いやこのままここにいてまずのほほんとなるとは思えないけど、むしろ波乱万丈な日々が続きそうだけどそれは私の望むのとは大分違う気がするしやっぱりアクシズ教にはこれ以上関わりたくないし。

 

まぁなんだかんだお世話にはなったのでアクシズ教を悪く言うつもりはないし言わないのだけどそれでもここをでて冒険者としての1歩を踏み出すのは確定事項。でも単純にセシリーお姉ちゃんの顔を覗いてみるとその表情は凄く寂しそうに見えた。そうだよね、凄い性格はしてるけどこんな町外れの小さな教会で1人でいるのは誰であっても寂しい。だから私は、また遊びに来てもいいですか?と笑顔のまま聞いてみた。

 

 

「も、もちろんよ!いつでもきてくれていいわよ!アリスちゃんなら、お姉ちゃん大歓迎しちゃうんだから!」

 

セシリーお姉ちゃんの寂しげだった表情に光が宿り笑顔になる、本当に嬉しそうにしてるのを見ると、やっぱりこんな場所で1人でいるのは寂しいのだろう。

奇天烈な出会いだったけど、別れを前にした今となっては良い出会いだったかなと素直にそう思えた。

 

「ただ、行くにしても今日はもう暗いし泊まって、明日いきなさい?もちろんお布施なんてケチなことは言わないからねっ」

 

元気を取り戻したセシリーお姉ちゃんに、私は笑顔で返事をした。




セシリー編おしまい。次はいよいよ冒険者ギルド。


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episode 6 冒険者になろう

冒険者ギルド

 

様々な建物がある中、一際大きく存在するその場所に近づくにつれて、出入りする若い冒険者と思われし風貌の人々が見えてくる。セシリーお姉ちゃんに場所を教えてもらったにも関わらず、少し迷ったりして街行く人に場所を教えてもらったりしつつ、なんとかその施設に到着した。実際それは立派な建物だった。入口だけを見ると市役所のような印象を受け、まだ外にいるにも関わらず中からの多くの人の声が賑やかさを演出している。

 

中に入ればその賑やかさも納得。この冒険者ギルドは酒場も営んでいるようで、まだ午前中にも関わらず多くの人が何かを飲んだり食べたり、あるいは机に地図を広げてパーティメンバーと打ち合わせをしたりしている様子が見て取れる。酒場エリアに目を奪われていると、1人のウェイトレスの女の子がこちらに気付き、駆け寄ってきた。

 

「おはようございますー、冒険者ギルドにようこそ!お食事でしたら空いてる席にどうぞー、ギルド受付でしたらあちらになりますので並んでお待ちくださいー」

 

メイド喫茶にいたら見かけそうな衣装の女の子が営業スマイルでそう告げると、酒場エリアとは逆方向の市役所のような窓口を指さした。

 

朝食はセシリーお姉ちゃんから行く前にプレーンオムレツをご馳走になったのでとくにお腹は空いていない。ただ少し気になることがあった。

 

私がこの冒険者ギルドに足を踏み入れた瞬間、ギルド内の一部の人からの視線、そして目立たない程度のざわめきがあったことが。

 

とはいえ考えても仕方ないので私はウェイトレスのお姉さんに冒険者登録をしに来ました、とだけ告げて指さされた方向に歩を進めた。

 

 

 

 

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「ようこそっ、冒険者ギルドへ!本日はどのようなご要件でしょうか?」

 

受付の女の人の露出度の高い奇抜なファッションに私の思考は停止しかける。えっ、何これなんの当てつけですか?

私は受付の人の露出された胸元をわずかに見ながらこの世界で初めての感情を心の中に宿していた。

えぇ、女神様のおかげでチート使って美少女になれましたよ、それはいいんですよ、問題はわざわざ胸を小さくする必要があったのかあの女神様にもしまた会えるなら私は是非とも問いただしたい。わざわざ胸を小さくする必要があったの?大事なことなので2回言いましたよはい。せっかくC近くあった私の胸は今やBあるか怪しいレベルなんですよコノヤローそんな私にそんな大きなのを2つも見せ付けて自慢のつもりですか?えぇ、買いますよその喧嘩、私を怒らせる人なんて久しぶりに見ましたよ。

 

「あ、あの…どうしました?」

 

こちらが無言を貫いて凝視していたせいで受付のお姉さんは営業スマイルのまま困ったような顔をしていた。正気に戻った私は慌てるそぶりで目的を告げた。

 

えっ…何今の…?

 

これが今の感情に対する正直な感想である。決してそんなコンプレックスは抱いていない。多分、きっと、おそらく。

 

「はい、冒険者登録ですね、では手数料に1000エリスかかります。」

 

言われるままに私はトレイに10000エリスをおくと、流れるように9000エリスのお返しです、と数枚の硬貨を受け取った。どうやら日本と違い紙幣は1万エリスかららしい。

 

「ではまず冒険者について説明しますね。冒険者とは┈┈┈┈┈┈」

 

 

聞けば聞くほどその説明はゲームの中にはいったかと錯覚するものだった。職業を決めてモンスターを倒してレベルをあげて、スキルポイントをふりわけてスキルを覚えて、と。ゲームのチュートリアルをリアルで受けるとこうなるのだろうか。そういえば私の本来のスキルって一体どうなってるのだろう。説明によるとこの登録でもらえる冒険者カードには倒したモンスター履歴から自身のステータス、スキルまで見るのが可能なのだとか。どんな構造かなんて考えるだけ無駄なんだろう。魔法なんてものがある世界で原理なんてわかるわけもなくこれはそういうもの、と割り切るしかないのだから。

 

説明を聞き終えた私は受付のルナさんに言われるままに用紙に必要事項を記入していた。必要事項とはいえ名前、性別、年齢、種族くらいだ。住所欄や出身の欄があったらどうしようかと思ったけどその心配は杞憂だったみたい。

今更の話だけどこの世界の文字は見たことないものばかりなのに読むことも書くこともできるから不思議だ。転生の影響なのだろうけどこれは深く考えても仕方ない。そんなことを考えながら記入が終わる。

 

「ありがとうございます、ではこちらに手をかざしていただけますか?」

 

受付窓口の横にあるのは水色の水晶。パッと見て昔の地球儀のように見えたそれは水晶の周囲に機械的な装飾がなされていた。そっと左手をのばし触れそうになるまで手を近づけると、水晶は光を帯びて水晶の装飾が動き出す。光はそのまま水晶下におかれた冒険者カードに抽出されると、冒険者カードから文字が浮かび上がってきた。

 

「えっ…こ、これは…!?」

 

ルナさんの驚く声にギルド内のあちこちから視線を感じた。何か驚くことでもあったのだろうか。

 

「えっ、なにこれ?ちょっと待ってください…」

 

突如狼狽えるようにルナさんはカードを凝視しつつ指で項目をいじる。

 

「す、すみません。水晶の故障かもしれないです。スキル欄にいくつか既にスキルがあるのですが…その、なんて書いてあるかわからなくて…」

 

ルナさんはおそるおそる私に冒険者カードを見せてくれた。それをみた私は驚いた…というより安堵した。何故ならその謎の文字は日本語で書かれていて、スキルの内容は私がよく見知ったものばかりだったのだから。

 

ちなみにスキルが最初からあることは珍しいことではないらしい。種族やらなんやらで特殊なスキルを生まれつき持っているケースもあったり、冒険者になる前に修練を積んでスキルを覚えていたらそれが反映されるようだ。この場合読めない文字が投影されたことが問題なのだろう。

 

 

「あ、あの、どうしましょう…?何分、今までこんなことはなかったと思うので、修理に出して作り直すにしても時間がかかりそうなのですが…」

 

原因が完璧に理解できている私はとくに取り乱すこともなく落ち着いていた。むしろスキルがちゃんとあるとわかっただけで両手をあげて狂喜を表現したいほどだったりする。私はルナさんに、このまま登録を続けて問題があるのか聞いてみた。

 

「いえ、その点に関しましては大丈夫です。見たところ文字がおかしくなっているだけで冒険者カードそのものは問題なさそうですし……そうですか、ではこのまま登録させて頂きますね。それで貴女がなれる職業なんですが…正直かなり驚いてます。どんな修練を積めばこんなステータスになるんです?」

 

ごめんなさい、修練なんてこれっぽっちもやってないですなんて内心思ってたら、ルナさんは心底驚いているようにステータスの説明をしてくれた。

 

筋力は並以下、見た目通りの普通の女の子なみということだ。幸運は平均より少し下くらい。それに似合わない生命力の平均以上の高さ、そして敏捷性。

さらに知力と魔力がかなり高い。…とまぁある意味予想通りのステータスだった。元のゲームでは敏捷をあげたら詠唱速度があがったりするのだけどこの世界では特に関係ないらしい。わかっていればステータス振り直したんだけど。

 

「この知力と魔力でしたら…上級魔法職はほぼどれでもなることができます!これは凄いなんてものじゃないですよ!紅魔族でもないのにここまで知力と魔力が高い人は初めてかもしれません!」

 

興奮しているルナさんを横目に思うのはこの人いちいち声が大きい。おかげで私の周囲にはぞろぞろと人だかりができはじめている。めちゃくちゃ目立っててめちゃくちゃ恥ずかしい。…まぁ昨日の勧誘よりははるかにマシだけどそれでも恥ずかしいものはやっぱり恥ずかしい。

 

さて、職業なんだけど…元のゲームを基盤にして考えたら私が選ぶのはアークウィザードだろう。職業の特性を聞いた感じだとそれが当てはまる。だけどそれでは意味が無い。

先程冒険者カードのスキル欄を見る限りでは攻撃魔法スキルは充分に揃っているように見えた。この場合アークウィザードになってさらに攻撃スキルだけ無駄に増やしてなんの意味があるのだろうか。それなら支援スキルなどが豊富にあるほうがバランスもよくなる。攻撃魔法も支援スキルも使える万能タイプなんて最高じゃないですか。

 

「アークプリーストですねっ、すぐに登録します!」

 

そんなわけで私はアークプリーストになることに決めましたとさ。

ルナさんがそう行って駆け足で窓口に戻ると、周囲から歓声があがる。同時にひそひそとわずかにあがる声をかすかではあるが聞き取る。

 

「おい、あの子って…」「嬢ちゃん、若いのにすげぇじゃねーか!頑張れよー!」

 

だけどすぐに他の歓声にかき消された。若干の嫌な予感をおぼえるとともに、私は冒険者カードを受け取るなりそそくさと冒険者ギルドから逃げるように出ていくのでした。

 

 



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episode 7 ダストとリーン

 

 

正直に言えば登録を終えて即冒険者ギルドから出ていったのは今日の私の予定にはなかった。

 

予定としては冒険者になったらそのままパーティメンバーを探してクエストを受けてしまおうという魂胆だったのだから。

 

いきなり計画が狂ったけどすぐに修正する。ある程度見て回ったとは言っても私はこのアクセルの街についてまだまだ知らない事が多すぎた。と、いうより思った以上にこの街は広かった。だからよく使うことになりそうな施設だけでも知っておいたほうがいいと思い私は冒険者ギルド周辺を歩き回り、宿を見つけ、オシャレな喫茶店をみつけ、銭湯をみつけ、公園の屋台で軽食を買ってお昼ご飯として食べながら冒険者カードをあれこれいじったりして、そして冒険者ギルドをでて4時間。時刻は既に午後をまわって私は改めて冒険者ギルドに戻ってきた。

 

「いらっしゃいませ!冒険者ギルドへようこそ!お食事でしたら空いてる席にどうぞ!ギルド受付でしたらあちらに窓口がありまーす」

 

私の入室とともに駆け寄ってきたウェイトレスの女の子は先程とは別の人だった。客層も大分変化しているようで今のところは私に気付いて妙な視線を送ってくる人はいないようだ。

 

私は改めてギルドの内部を見渡してみる。

 

建物の中央には鎧をきて剣を携えた大きな像。それが仕切りのようになるように左手には私が先程見かけた4つの窓口、さらにその奥には大きな掲示板のようなものが見えそれは壁一面に広がっている。掲示板には、簡潔に止められた紙が何枚も見受けられる。おそらくあれが依頼一覧なんだろう。

 

一方右手には酒場スペースが広がり、中途半端な時間だからか、先程より客は少なく空き席のほうが目立って見える。

 

とりあえず私は掲示板へとその足を進めてみた。どんな依頼があるのか興味があったのだ。1人でやれそうなら、やってみてもいいかもしれない、なんて考えながら。

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

 

掲示板の前に来てみると、そこには2人の男女がいた。カップルなのだろうか?

片方は金髪の短髪で動きやすそうなラフな格好をしながらも、腰につけているのはギリギリ片手で扱えそうな剣。

もう1人の女の子は茶髪のポニーテールで華奢な美少女。気になったのはお尻に見える大きなしましま模様の尻尾。彼女は人間ではないのだろうか?また、背中に小さめの杖を携えているのを見る限り、魔法職のようだった。

 

「で、どれにするのよ?」

 

「仕方ないだろ?俺達2人だけでやるとなると限定されすぎるんだからよ。」

 

「なんでもいいけど、約束、忘れてないでしょうね…?」

 

「わ、わかってるって。リーンはもう少しパーティメンバーを信頼しようぜ?」

 

「はっ、どの口が言うか。信頼されたきゃ、もう少し日頃の行いを正しなさいよ。」

 

「はいはい、わかったわかった。…それにしても、やっぱり2人じゃきついな。今日のところは諦めないか?やるにしても2人でやれそうなクエストがないんじゃ、仕方ないだろ?」

 

「そう言ってはぐらかすつもりでしょ!そうはいかないんだから!」

 

 

…何やら口論してるようだ。話に聞き耳を立ててみた限りでは2人だけだとクエストがきついからもう1人ほしいって感じっぽい。…これはもしかしたらチャンスじゃないだろうか。

 

以前の私ならまず出来なかった。知らない人に声をかけるなんて。だけど今の私は違う。普通に声をかけるくらいなら、昨日のあの勧誘に比べたら数億倍はマシである。私はゆっくりと近づくと、2人の間に割り込みそうな位置まではいりこむ。でも男の人はちょっとチンピラぽくてこわいのでリーンと呼ばれてた女の子に目を向けて話しかけた。

 

「ん?…あ、貴女は確か…」

 

こちらに気が付くなり、リーンと呼ばれてた女の子は1歩後退した。…あれ?私避けられてる?

 

「ん…?どうしたんだリーン?知り合いか?って、めちゃくちゃかわい子ちゃんじゃねぇかおい、紹介しろよ!なぁなぁ」

 

「いや、知り合いっていうか、その…なんて言うか…」

 

「なんだよその対応はよ、流石にちょっとこの子がかわいそうじゃないか?」

 

「いや、そうなんだけど…ってダスト、待って!」

 

「やぁお嬢ちゃん、ごめんな、ツレが変な態度とって。どうしたんだ?」

 

女の子のほうが露骨に私を避けてるのが気になって仕方ないのだけど…私は男の人に向かい直して決意するように言った。私はアークプリーストです、もしよければ一緒にクエストに同行したいのですが。と。

 

「おっ?マジか?まさかアークプリーストなんて上級職がこんな駆け出しの街にいるなんてな。そっちさえ良いなら俺は構わないぜ?リーンもいいだろ?」

 

「…たくもう…可愛い子見つけたらすぐこれなんだから…」

 

「おいおい、ちょっと待てよ。その辺は否定はしないけどこの子が来てくれれば心強いのは間違いねぇだろ?」

 

「…はぁ、もう。ダスト、ちょっとこっちきて。」

 

「はぁ?なんだよ一体…わりぃ、ちょっと待っててくれるか?」

 

女の子が男の人の手をとり、そして引っ張って行ってしまった。一体なんなんだろう?こちらから死角になってそうな柱の後ろに行き、わずかに見える様子からすると、女の子が耳打ちしてヒソヒソ話しているように見える。何か嫌な予感がした。

 

 

時間にして2.3分くらいだろうか。顔を暗くした男の人がゆっくりとこちらにやってくる。…これはダメな流れだ。いや、断られるなら断られるでそれは構わない。問題はあのリーンという子が何故私を見て避けようとしているか、である。それを知る為にはなんとしてもこのふたりとパーティを組んで話を聞きたいところ。だからもはや手段は選ばない。これでダメなら2倍恥ずかしい目に合いそうだけどその時はその時。

 

「え、えっと、悪い。用事を思い出したから今回はなかったことに…」

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈パーティを組んで…くれないのですか…?

 

 

「組みます!是非とも組みましょう!」

 

「ちょ、ちょっとダスト!?」

 

セシリーお姉ちゃんが涙と鼻血を出しながら太鼓判を押す涙目上目遣いは効果抜群だ。これをやる度に大事な何かを失っている気がするけどもはや手遅れな気がしないでもない。私はそのまま女の子に向かって涙目の笑顔のまま、ありがとうございますっ、と返すと、女の子は居心地が悪そうに顔を真っ赤にして目線を逸らし

 

「あ、うん……よろしく…。」

 

と小声で返すのだった。

 

(あんな顔で言われたら断れるわけないじゃない…!)

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

さて、私達3人はギルドで自己紹介を終えた後にクエストをうけて、今は3人でちょうどアクセルの街をでたところだ。依頼内容はゴブリンの討伐。アクセルから少し離れた郊外に、ゴブリンが群れを作って住み着いているらしい。上位種のホブゴブリンがいる可能性もあるのだとか。人を襲うこともあるので退治するなり追い払うなりしてほしい、というものだった。

 

とりあえずパーティを組めて自己紹介を終えたんだけど…気まずい。

 

なぜならせっかくパーティを組めたのにまったく会話がない。むしろ2人とも私から目線を避けているように見えてこれが普通に傷付く。だけど気の所為の可能性もあるし自意識過剰なんて思われても嫌だしなんて思う私の豆腐メンタルでは何も言えないし何も聞けない。どうしたらいいかな?と思いながら歩いてたらダストが声をあげた。

 

「2人ともさがってろ!何かいるぞ!」

 

ダストはそのまま抜刀し、構える。リーンもまた背中に携えた小さめの杖を手に持ち、私も背中の十字架の杖を片手で握りしめた。

 

岩場からでてきたのはゴブリンだった。まだ指定のポイントには着いてないにも関わらずその数は多い。見た限りでは7.8匹はいそうだ。そしてまだ目的地に到着していないという油断もあって、完全に不意をつかれた形になる。とはいえこの2人もアクセルではそこそこ名の知れた冒険者である。

 

「おりゃ!」

 

「ファイアーボール!」

 

ダストがゴブリンの1匹に駆け足で接近。両手で握られた剣で力任せにゴブリンを叩き切ると同時に、リーンのファイアーボールが他のゴブリンに命中する。順調にゴブリンを倒していく。

 

私にとって初めての戦闘…なのもあり当然ながら戦闘慣れしている2人に気後れしてしまう。遅い動きとはなったものの、私は2人に補助魔法をかけると告げる。

 

「あ…いや補助は大丈夫だ」

 

「う、うんうん、この程度の敵なら大したことないし」

 

ゴブリンを倒しながら2人はこちらを見ないまま何故か気まずそうにそう言った。確かに余裕そうではあるのだけど何を遠慮しているのだろう。一応ホブゴブリンって上位種がいるらしいからその為の魔力の温存ってことなのだろうか?でも魔力の温存ならリーンも当てはまるではないか。と考えるもいらないと言われて使うのも変な話なので私も戦闘に加わる事にする。

 

緊張する。アークプリーストになって最初から少しだけあったスキルポイントを使い、使えそうな回復、補助魔法を覚えて試しに使ってみたりはしているけど攻撃スキル…私の転生特典のスキルはこの世界に来てまだ1度も使ったことはない。と言うより街中で攻撃スキルを試す訳にもいかないので使えなかったとも言う。ぶっつけ本番になる。

 

補助魔法を使うようにイメージを浮かべながら杖をかかげる。

 

《アロー》

 

術式を構築する。杖の先の宙に直径50cmほどの魔法陣が縦に水が流れるように描かれる。それは細かい装飾のようにも見え、その魔法陣の中心から半透明の魔法の矢が炸裂する。

 

2人から離れた位置にいたゴブリンに命中すると、ゴブリンは音もなく倒れる。2人は私の魔法に目を見開いて驚いていた。無事倒せたらしく、軽く安堵するもゴブリンはまだいた。だけど私の描いた魔方陣はまだ残っている。

そのまま2発目、3発目と射出される魔法の矢は、私たちに敵意を向けるゴブリンに襲いかかる。3発目を放った魔法陣は、役割を終えたと言わんばかりに宙から消えた。

 

周囲を確認する。どうやらダストの相手をしているゴブリンが最後のようで、リーンも肩の力を抜くようにふうと息をしてそれを見守ってる。とりあえずは一安心だろうかと考えてるとダストが最後のゴブリンを切り払い、終わったことを確認するとこちらに向かってくる、そして気が付く。

 

「ダスト、大丈夫!?」

 

「ん?あぁ、これくらい大したことねーよ。」

 

軽傷ながらダストの腕に切り傷があった。今の戦闘でできたのだろう。大したことなかろうと怪我は怪我。こんな時こそアークプリーストの出番である。私は相手に確認するまでもなく、杖を向けるとそのままヒールを唱えた。

 

淡いエメラルドグリーンの光は、ダストの腕の傷をみるみる塞いでいく。そして何故かダストの目が死んだ。

 

 




《アロー》 初期攻撃魔法スキル。宙に描いた魔方陣から魔法の矢が敵意を向ける者に自動的に放たれる。射出できる数はスキルレベルに依存する。ちなみに元のゲームでは6発撃てていたことから地味に弱体化している。


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episode 8 誤解と友情

「いや俺大したことないって言ったよな!?頼んでないよな!?なんでヒールしてくれたんだ!?ノーカン!今のはノーカンだからな!!」

 

突如ダストは私の両肩をその大きな両手で掴んで嘆くように猛抗議した。私は理解が追いつかず、ただ瞳をパチクリさせながら戸惑うしかできなかった。

 

冷静に考える。そもそもダストは何故ここまでヒールされたことを嫌うのか。ヒールが問題なく傷を治したのは間違いないので失敗したとかではないだろう。うん、わからない。理解できないことを理解した私はそのままの状態で聞いた。何か問題があったのですか?と。わからないなら聞く方がはやい。

 

「いや俺は金そんなに持ってないからな?ちなみに今のヒールはいくらだよ?払うにしても安くしてくれたら助かるんだけど。」

 

冷静になったようにダストは言うが私としてみれば余計に訳がわからないしもはや会話になっていない。そもそも何故ヒールを使うことでお金を払うことになっているのか。…それともこの世界ではスキルで回復したらお金を払うのが常識とでもいうのだろうか?私は思考を巡らせる。…いや、それはない。何故なら私が冒険者ギルドでアークプリーストと名乗った時のダストの反応はまだまともなものだったのだから。もしお金を払うことが常識でなおかつダストがそれを嫌っているならそもそもアークプリーストと名乗った時点であんな風に歓迎するわけがない。むしろダストの様子がおかしいのはリーンとのヒソヒソ話からだ。とりあえず金銭をとるつもりがない私は落ち着いた様子でその気がないことを告げた。

 

「は?金はいらないって…じゃああれか?言っとくが入信はしないからな!?」

 

入信…その単語でまた私の頭の中で複雑に見えてそうでもないパズルのピースがはまる。はまってほしくなかったけどはまる。もうこうなれば彼の質問1つ1つに冷静に丁寧に答えてあげよう。それがこの複雑な状況を脱出する1番の近道だと私は考える。

 

「別に何も勧誘する気はない…って…、おいリーン!話が違わないか!?」

 

「えっ、でも私昨日見たんだから!貴女が中央広場でアクシズ教の勧誘してたのを!」

 

想像とは違う話になっているからか、慌てた様子でリーンはこちらに駆けつける。私は1から説明しますから、落ち着いて話を聞いて貰えますか?とため息混じりに告げた。

 

「う、うん…それはいいんだけど…ダスト、いい加減離してあげたら?今の状態、控えめに見ても事案だからね?」

 

ジト目でのリーンのその言葉で私とダストはハッと気が付く。このやり取りの最中ずっとダストと私は向き合うようにしたままダストに両手で肩を掴まれたままだったのだから。私は状況に気が付くと顔がめちゃくちゃ赤くなってるのに自覚し、ダストはわ、わりぃ!?と慌てた様子で私から離れるのだった。

 

 

 

 

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私は私の今までの経緯を簡単に説明した。

 

冒険者になる為に遠くから旅をしてきて3日前にアクセルに来たこと。

 

その道中で財布を落とし無一文になってしまい路頭に迷っていたところアクシズ教団のプリーストの人に保護されたこと。

 

アクシズ教徒ではないことをめちゃくちゃ強調した上で、アルバイトという名目で1日だけアクシズ教の布教活動を行ったこと。

 

財布云々以外で嘘は言っていない、あえて言うなら保護ではなく拉致だったことくらいだけど些細なことだろう。うん。

以上を説明した時に、私たちの間にあった氷の壁が文字通り氷解したような錯覚を感じた。

 

「ごめん!!私はてっきりアリスがアクシズ教団の人かと思って!」

 

リーンは私に向かい本当に申し訳なさそうに頭をさげるが布教活動をしている姿を見られたのであればそれもまた仕方ないし逆の立場なら私でもそう思ってしまうだろう。

 

「俺も謝っとくぜ、悪かったな。いや俺はむしろアリスがアクシズ教徒なわけないって、信じてたぞ。」

 

「どの口が言うか!ヒールしてくれた時にめちゃくちゃ狼狽えてたでしょうが!」

 

私は内容云々よりも、ようやく名前で呼んでくれたことが嬉しかったりする。さっきまでは『貴女』とかでまず名前呼びは出てこなかったのを考えるとアクシズ教の嫌われっぷりがわかるところであり一応お世話になった身としては複雑な想いである。

 

2人がアクシズ教を嫌っている理由を聞いてみたら、普段4人パーティで活動しているダストたちは難しいクエストを受ける時に1度だけ外部からプリーストを募集したことがあるのだという。その時にパーティメンバーとなったアクシズ教徒のプリーストのハチャメチャっぷりがとんでもなかったと哀愁漂うノリで伝えられた。つまりその人が有料ヒールに有料バフにアクシズ教にはいれば無料になりますなどと宣ったのだろう。私はただその控えめに言ってクズなプリーストさんが唯一私の知る某美人プリーストのお姉ちゃんではないことを心から祈るしかできなかった。

 

 

 

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それから目的地につくまで、先程までの空気は嘘のように変わり、アクシズ教という幻の壁が陥落されたことで私達は今日知り合ったばかりとは思えないほど仲良くなれた。2人とも年齢も近く気さくなところがあるのでこちらからみても好感をもてたし、相手にとってもそんな感情をもってくれたのか、自然と会話に華が咲いていた。

 

「私がいい加減に貸したお金返せーって言ったらね、ダストが言ったの。今日受けたクエストの報酬を全部あげるから勘弁してくれってね。そういう意味じゃアリスには感謝しないとね。あのままだとクエストいかないままお流れになってそうだったし。」

 

今は掲示板の前でダストとリーンが揉めていた原因を聞いていた。どうやらリーンはダストに何回かお金を貸していて、いい加減自分の手持ちも苦しくなってきたので催促したらしい。その額は総額で4万エリス。ただそこには問題があった。今受けているゴブリン討伐の報酬は仮にホブゴブリンをも討伐成功したとしても9万エリスである。ちなみにホブゴブリンがいなく、ゴブリンのみを討伐した場合は6万エリスである。私達は3人いるので、単純にこれを3等分する必要がある。つまり、ホブゴブリンを討伐したとしても得られる額は4万エリスに届かないのだ。

 

「あー…そこはもういいわ。少しでも返ってくるだけマシってことね。」

 

あまり仲間内でお金の問題をあーだこーだ言いたくないし、と苦笑するリーンに、私はそもそもお金を貸さなきゃいいんじゃ…と小声で言う。

あまり他人の金銭事情に関わりたくないし、知ったことでは無いのだけど聞いてしまったからには少し踏み込んだ回答をしても仕方ない。

 

「うーん、そうなんだけどさ…あいつに頼まれると、色々言いながらも結局貸しちゃうのよねー」

 

その言葉に私は目頭を抑えたくなった。どう見てもダメ人間製造機です、本当にありがとうございます。借りるほうも借りるほうだが貸すほうも貸すほうである。私達が付き合いの長い友人ならダストに一言物申したりリーンにお小言をいれたくなるのだけど、流石に今日出会ったばかりの人たちにそこまで土足で踏み込んでいく度胸も勇気もない。

 

 

「それにね、今あいつが聞いてないから言うけどさ、なんかダストって、手のかかる弟みたいな感じがして、ほっとけないのよね。」

 

聞いてないと言うか聞こえない位置にいると言えばいいのか。今ダストは私達の先頭を歩いている。職業的にも剣士な彼は前衛なので自然とそうなる。それから5mほど離れて私とリーンは並んでおしゃべりしている。まぁこの位置なら大声や普通に話すならともかく、今のリーンのように小声で話す分には聞こえないだろう。正直弟というのが意外に感じたけど。私はてっきり恋人同士かと思ってたのだから。

 

「私とダストが?あははっ、ないない。」

 

平然と否定するリーンを見るからして、本当にそんな発想はなさそうだ。だけど弟としてみるなら余計に甘やかしてはいけない気もする。

 

「うっ…言われてみればそうね…そうよね。私なりにかなり甘やかしてきた自覚があるし、いい加減心を鬼にしてみてもいいわよね。うん、それがダストの為にもなるし!」

 

決意するように拳を握るリーンだけど、結局甘やかしたいお姉ちゃんオーラがでちゃうんだろうなぁ、とまだ出会ってそんなに経ってないのに、何故か確信めいたものを感じた。

 

「そろそろつくぜ、準備しとけよー?」

 

そんな会話を知ってか知らずか、前を歩くダストから声がかかる。ホブゴブリンの強さが気にはなるけど、この2人の余裕っぷりを見る限りは何とかなるだろうなと思い、その時は完全に楽観視していた。それだけに…今から見る光景は想像だにしていなかったのだから…

 

 

 

 

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目的地についた私達3人は揃って戦慄していた。ゴブリンがすみついているらしき洞穴の前にまできたのだがそこの景色は騒然としていたのだから。

 

「な、なんだこりゃ…?先客がきたのか…?」

 

洞穴の前にはゴブリンたちの死体の山。あちらこちらに血飛沫が残り、死体の体はえぐれていて臓器が剥き出しになったり、ゴブリンの頭がなくなっていたり、最近まで日本で生きてた私にはとても直視できる光景ではなかった。それでも無駄に知力が高いせいか、その状況を冷静に分析する自分もいた。口元を抑え気持ち悪さを表情にだしつつ私は告げた。

 

「そうね、これは人間の仕業じゃないわ。」

 

「あん?」

 

「武器とか魔法でやったなら、もう少し綺麗に殺せてると思うわ。このゴブリンたちは…食いちぎられたみたいになってる。つまりはゴブリンを捕食するようなモンスター…」

 

リーンが私の言いたいことを引き継いでくれたところで、周囲に重いざわめきが走る。まるで何かに見られているかのような、形容しがたい威圧感。そしてそれは洞穴の中から強く感じ…案の定洞穴から何かが出てくる。

 

「ひっ…!?」

 

リーンの短い悲鳴があがる。洞穴から転がってきたのは…大きめのゴブリンの生首。当然ながら既に息絶えてるそれを後目に、ダストは震えるように剣を構える。

 

「ホブゴブリンを…捕食したっていうの…!?」

 

驚愕するリーンに応えるように洞穴の中から赤い2つの光が見えた。下手人の目で間違いない。その口からしたたる血と涎。鋭利そうな牙。おぞましいほどの血のような赤い毛並み。2~3mはあろう巨体は、次の獲物を私達にしたようだ。ゆっくりとその姿を日の元に晒していく。

 

 

「…初心者殺し!?でも、あの毛の色は…!?」

 

「ちっ…亜種か…!?」

 

リーンが初心者殺しと呼んだそれは、巨大な1匹の狼のような虎のような獣だった。

 

 

 

 



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episode 9 イレギュラー

怖い。

 

それが3人の共通感覚だった。

 

その血走る赤い瞳は、既に私達を捕らえている。

 

それは、逃げるという選択肢を潰したことになるのだから。

 

3人ともにそれはわかっていた。獣の走る速度に人間が敵うはずがない。だから、戦うしかない。勝てるかどうかはわからない。それでも、足掻くしかない。

 

仮に今から3人、まったく別の方向に走って逃げたら運がよければ1人くらいは助かるかもしれない。もっとも、その選択をする者は私達の中には1人もいなかった。私はともかく、ダストとリーンは長い付き合いだと言う。

自身の身代わりに仲間が死ぬなんてことは自身が死ぬことよりもずっと辛いはずなのだから。

 

初心者殺し。この時の私は知らなかったが、この世界では有名なモンスターらしい。名前からして物騒なそれは文字通り冒険に慣れてきた初心者が出会うとまず命を落とす。その獰猛性からも危険視されており、目撃がある度にギルドでは最速で討伐依頼ができあがる。

 

…そのようなモンスターに冒険者なりたての初日に遭遇する私の運は一体どうなってるのだろうか。むしろ私が悪いのだろうか。誰か教えて欲しい。

 

なんて、内心嘆きながらも、私は既に今自身が使える各種支援スキルを使い終わっていた。

 

ブレイブアップ、マジックアップ、プロテクト、ブレッシング。

 

出し惜しみをする余裕はまったくない、あとは回復と転生特典スキルでどこまでやれるか…である。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

ダストが牽制するように前にでてその大きな牙に向かって剣を横凪に振るう。最初から牙を狙うのは攻撃というよりは防御の為に近い。予め1番の武器であるだろう牙を封じるが為…だけど相手の方が1枚上手のようだ。

 

「ぐっ…!?」

 

牙ほどの大きさではないが鋭利な爪を突き立ててきた。焦燥の色が見えるものの、それはダストの服をかするだけで終わる。ダストがいちはやく反応してバックステップしたのだ。

 

ダストが少し距離をとったそのタイミングを、私とリーンは見逃さない。

 

「ファイアーボール!」

 

《アロー》

 

火の玉と魔力の矢の同時攻撃に獣はたじろぐ。その一瞬をダストは狙ったかのように追撃の手を緩めない。

 

「おりゃぁぁぁ!!」

 

両手で握った剣を渾身の力で振り落とす。その斬撃は獣の前足に綺麗に決まり、そこからは少しながら流血を見せる。

 

「ちっ、かてぇ…!」

 

だがダストとしては物足りなかったようだ。前足1つ斬り飛ばす勢いで剣を振るったのにも関わらずできたのは軽い切り傷なのだからそれも仕方ない。再び後退して距離をとろうとしたダストだが予想外なことが起こる。

 

「う、うそだろ!?うわぁ!?」

 

獣はその大きな身体をそのまま利用してのしかかってきたのだ。反応しきれてもこれだけの巨体が迫ってくるとわかっていても簡単には避けられない、ましてやそれがバックステップした後なら尚更だ。

 

「マリンシュート!」

 

リーンの魔法により水の砲撃が獣に迫るがそれはあっさりと避けられてしまう。だけどダストから離れてくれた。なら私は。

 

《ハイネスヒール》

 

中級回復魔法でダストを癒す。わりぃ!と軽く声をあげながらダストは剣を構え直し、獣に向かい走る。飛び上がりその脳天に向けて剣を振り落とすと、大した手応えを得られないまま獣の頭を蹴りあげてその反動で距離をとり

 

「ブレードオブウインド!!」

 

ダストが離れて注意を引いたタイミングでリーンの風魔法が獣に襲いかかる。長く一緒にパーティを組んでいるだけあってそのコンビネーションは流石の一言である。結果的に獣の動きが止まる。

 

「ちょっとしぶとすぎ…流石に魔力がやばいんだけど…」

 

肩で息をするリーンを、獣の視線が刺したことにいちはやくダストが気付く。動きを止めたのはおそらくダメージのせいではない。思考していたのだ。今の今までダストにターゲットをとっても後衛からの攻撃と支援が鬱陶しく感じたのだろう。そして獣は疲労を隠しきれないリーンに獲物をしぼった。その瞬間獣は駆ける、疾走する。

 

「っ!?リーン!!逃げろ!!」

 

獣はダストを完全に無視したのだ。ダストが斬りかかって前脚に再び傷がはいるのも完全に無視して、私とリーンの方に走る。だけど私には想定内だった。

 

 

《ウォール》

 

転生特典のスキルその2である。自身を中心に直径約10mの魔法陣を展開し、その魔法陣を覆うように不可視の透明の壁が出現する。獣にも当然見えていないその壁に、獣は激突して弾き飛ばされる。

 

「な、何が起こった!?」

 

ダストの感想は獣にも同じようで、狼狽えてる様相が見て取れる。そして魔法陣が出現してる間は、当然私達には触れられない。獣が混乱している今が絶好のチャンスだった。

 

《ランサー》

 

特別大サービスの転生特典スキルその3。元のゲームでは上級攻撃魔法スキルの1つである。アローと同じように空中に展開された魔法陣から槍が射出されるのだが、大きさはアローの10倍近くになり、ダメージもアローとは比較にならない。半透明の巨大な槍はそのまま獣を地面へと撃ち付けるように獣の身体を貫通する。だがそれでも獣はまだ倒れない。

 

正直やばい。リーンと同じく私も残り魔力が少ないのか、疲労を隠しきれなくなっていた。貫通したと言っても、魔法の槍は貫通と同時に役目を終えて消えている。獣はよろめいているものの、まだ動けないわけではなさそうだ。既にウォールの魔法陣は消えている。ここまでなの…?と私は死を覚悟した。その時だ。

 

「なーめーんーなぁぁ!!!」

 

叫びの主はダストだった。よろめいて起き上がろうとしている獣の頭目掛けて飛び上がり、剣で頭を串刺しにした。それは今までのダストの攻撃とは少し違和感を覚えるもの。構えからその場面に至るまで…まるで槍でも扱うように。先程は弾かれたが上手い具合に骨や肉繊維の網をかいくぐったようだ。

 

獣の頭から盛大な流血がおこる。ダストは返り血をもろに浴びながらも、その剣をまだだまだだと差し込んでいく。

 

響く獣の断末魔。だけどダストはまだ油断していない、その目は剣先だけを見据えていた。そして流血が止まると同時に、獣は崩れ落ち、ダストはそこから落ちるように投げ出された。

 

 

「うげっ!?」

 

せっかくかっこよく決めたと言うのに、締まらない最後である。綺麗に尻もちをついたダストは痛そうにお尻をさすっていた。私はそれをみて、その場に座り込んで笑った。

 

「…ふふっ…ホントにかっこつかないわよね。うげっはないでしょ、あははっ!」

 

「う、うるへー…ふん…は、はははっ…」

 

私と同じように座り込んだ状態ながら、リーンは笑った。お尻をさすりながらその場で倒れ込むダストは、私達の笑い声につられるように笑いだした。

 

疲労困憊ながらも、私たちは生きてる。絶望を覚悟したにも関わらず、私達は勝てたんだ。その喜びが、3人の笑い声となってその場でこだましていた。

 

 

 

 

 

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《マナリチャージフィールド》

 

転生特典スキルその4である。自身を中心に円が描かれ、青白い光が私とリーンを包み込む。ほぼ全ての魔力を使い切った私は、それを使うとともにリーンのそばに倒れ込んだ。

 

「アリス!?大丈夫!?」

 

このスキルは魔力の回復を促進する魔法だから大丈夫なのだ。一時的に倒れ込んだものの、すぐに回復できるだろう。…元のゲームならの話だけど。

 

そう思うと冷や汗がでてきた。スキル一覧にあったからつい元のゲーム感覚で使ってみたけどこの魔法が調整されている可能性は充分あるのだから。

 

 

「そ、そうなんだ…なにこれ…?なんか…森林浴してるみたいで、すごい気持ちいい…」

 

「いやその前にさっきのすげぇ魔法といい、アリスって何者なんだよ?明らかにあんなスキル、アークプリーストにはねぇだろ?」

 

「…そーよねー、てかアークプリーストにあんな攻撃スキルあったら、ウィザードの私の立場ないしー…」

 

片や大の字で寝たままのダストと、かたやその場でリラックスするように横たわっているリーンが聞いてきた。

 

 

うん、そうくるよね。正直誤魔化しとか一切考えないまま使ったから、当然何も考えてないわけで。私は横になったまま、無言でいることにした。というか疲れすぎて考える気力もない。魔力切れの辛さを初めて体験した私が例えるならこれは全力疾走で限界を越えて走り続けてゴールしたマラソンランナーのようなそんな気分だった。

 

「……まぁ、いいか。アリスがどんなスキルを使ったって…俺達はそのおかげで助かった。それでいいだろ?リーン。」

 

「…むー。腑に落ちないけど…まぁ今はそれでいっか…」

 

無言が正解だったらしい。なんかダストがそれっぽくまとめてくれたのを聞いて、私は安堵の溜息をついた。というよりリーンの場合私とほぼ同じ状態だから考えるのもめんどくさいのだろう。その気持ちは身をもってわかる。

 

私達はこのまま1時間ほど休憩していたが、運良く魔物に襲われることはなかった。おそらくさっきの赤い初心者殺しがいたことで、他の魔物は逃げていたのだろう。

 

こうして私の初めてのクエストは、トラブルに見舞われた辛勝という形で幕を閉じた。




《ウォール》初級支援魔法スキル。魔物を弾く魔法の壁を精製するのだが、バリアーというわけではないので遠距離からの攻撃は普通に通る。接近を許さないというだけのもので弾いた時のダメージは微量。

《ランサー》上級攻撃魔法スキル。空高くから巨大な槍をメテオのように落とす魔法。属性をプラスすることで真価を発揮するが、属性がなくてもそこそこ強い。派手な見た目通り、消費魔力も多め。

《マナリチャージフィールド》消費魔力は微量だが、範囲内の自分含む味方の魔力の回復を促進する。ちなみに元のゲームでは2.3分あれば魔力が全快するのだがこのすば世界ではご覧の通り1時間かかることから大幅弱体化されている。なお、デメリットもあり、このスキルを使用している間は魔法攻撃力が半分になる。

戦闘シーン書くの難しいですなぁ…


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episode 10 討伐報告

 

うっすら夕闇になったアクセルへの帰路。たまに弱い魔物がでてきたが1時間たっぷり休んだ私達には何も問題はなく、あっさり撃退しながらもその歩は着実にアクセルへと近付いていた。駆け出しの町というだけあり、アクセル近辺の魔物は弱いものが多い。さっき出逢った赤い初心者殺しが異例であり異常だったのは言うまでもない。…そんな中、私は何回もリーンに謝罪していた。

 

「う、うん…もう大丈夫だから…気にしないで…」

 

「むしろ俺には最高の御褒美でしたありがとうございますっ!」

 

「ダストー!あんた何見るなって言ったのに見てんのよ!」

 

半ば諦めたような感じで頬を赤く染めたリーンがそう言うと、ダストは出逢ってから1番の笑顔だった。それを見て追いかけるリーン。逃げ回るダスト。

 

うん、これなんだけど完全に私が悪い。無意識だったとはいえ本当に申し訳なかったと思う。全員揃ってぶっ倒れてたのにみんな元気になってよかったなぁと誤魔化しながら、私はふいにさっきの休憩中のことを思い出す。とはいえ私に意識はなかったのだけど。

 

 

 

 

 

 

 

「う…あん……アリス…ダメ…そこは…」

 

突如リーンの甘い声が周囲に響く。周囲に人がいないのが救いなのだがダストには丸聞こえである。突然のアダルトなシチュエーションに倒れたまま首から上だけを条件反射のようにリーンに向けた。

 

「ダメなの……尻尾は弱いのぉ……」

 

もふもふもふもふ。どうやら私は傍にあったリーンの尻尾を抱き枕にしていたようだ。たまに甘噛みしてしまったり私はかなり寝相が悪かったらしい。

私としては尻尾をもふもふしているだけなのだけどそれによる艶やかなリーンの喘ぎ声にダストは全神経を目と耳に費やしていた。そして嘆くように叫んだ。

 

「何2人でにゃんにゃんしてんだ!!俺も混ぜろ!!」

 

動けないのがこれほどつらいのかと嘆くのはこの時のダストの談である。

 

「混ぜるかバカ!!それ以前に見るな!!」

 

涙目のままのリーンの叫びで私は意識を取り戻した。

 

 

 

そんなこんなで休憩時間が伸びたのは言うまでもない。身体を休める的な意味で。その時リーンが何を血迷ったのかこういうことは2人きりの時だけにしてと言われたのは聞かなかったことにする。もふもふ的な意味では非常に魅力的なのだけど私にその手の趣味はないしそれ以上進むとなるとタグを増やさなければならなくなる。私が何を言っているのか私にはさっぱりわからなかった。

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

ようやくアクセルの街に到着した。とはいえ私とリーンはともかくダストは先程の戦闘でもろに返り血を浴びたので血塗れだった。顔などは途中見かけた湖で洗ったのだが服はそうもいかない。

 

「ちっ、この服はもう捨てるしかなさそうだな。」

 

「そこはあの赤い初心者殺しの報酬に期待だねー。あれだけ強いから結構な額だと思うけど。」

 

血塗れだけでなく、牙や爪での攻撃を喰らっていたダストの服は既にボロボロだった。傷だけは私がヒールで治しはしたが、服は直すことができないので仕方ない。

そんな話をしながら、私達はそのまま銭湯に向かう。ただ私は今のゴシックプリーストの服が唯一の服なので替えがないことから、リーンに服屋を紹介してもらい、とりあえずその場しのぎの洋服を購入した後に銭湯で疲れきった身体を休めるのだった。

 

 

 

冒険者ギルドにようやく到着した。今の私の服装は青白い色のワンピース。肩にリボンがついたそれはとても可愛らしく、リーンが選んでくれたものである。とても戦闘向きではないが、普段着としては問題ないだろう。個人的にもお気に入りである。

ダストが既に入口で私達を待っていたようで、こちらを視認するなり手をあげて存在をアピールしていた。

 

「よう、待ってたぜ。」

 

そこには着替えたのか、ラフな格好なのは変わらないが先程より普段着っぽい様相になったダストがいた。街灯と冒険者ギルドの窓から見える光だけがその存在を認識させると、私達3人は並んで冒険者ギルドの窓口へと足を伸ばした。

 

「はい、クエストの報告ですね。それでは皆さんの冒険者カードの提出をお願いします。」

 

この時の受付もルナさんだった。なんかいつもいるような気がするけど休んでいるのだろうかとか余計な心配をしながらも、私は初のクエスト報告に軽く緊張していた。どうしたらいいのかよくわからないこの状態はダストとリーンの存在が非常にたのもしく感じた瞬間でもある。

 

まずリーンの冒険者カード、私の冒険者カードと見ていく。今回のゴブリン討伐のノルマは30匹である。当然ながら全然足りていない。実際私とリーンの討伐履歴を見たルナさんは微妙そうな顔をしていた。そしてダストの冒険者カードの討伐履歴を見たルナさんの目が驚きで見開かれた。

 

「これは…【白虎狼】の討伐!?貴方達はゴブリンの討伐に行ったのですよね!?」

 

私達はお互いの顔を見合わせるとともに首を傾げた。白虎狼…?あの獣の色はどう見ても赤かったのだが。3人で不思議に思っているとルナさんが他の職員に頼んで提示板から1枚の依頼書を取りに行かせる。依頼書の位置は難易度別に振り分けられていて、職員が向かった位置はこの街でも1番高難易度の依頼書が並ぶ位置だった。その依頼書を改めて確認した。

 

【白虎狼】の討伐依頼書

 

中級者殺しの変異種。推薦レベル25以上(4名以上のパーティ推薦)

元々は王都付近で発生した獣で、ゴブリンやコボルトなどを捕食するのは従来の初心者殺し、中級者殺しと変わらないが通常の個体なら避ける上位種をも捕食してしまう。人間を捕食することもあり、1級危険生物としてネームドとなる。

白虎狼との名の通り、白い毛並みだったのだが繰り返す殺戮による返り血でその毛は赤く染っている。

なお、警戒心が強く神出鬼没であり、なかなか出会えない。

 

討伐報酬金 90万エリス

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「90万…!?」

 

3人で揃ってでた感想がまずそれである。初心者殺しと思っていたあれは中級者殺しだったのかとか些細なことはさておき、取り乱しているのは私達だけでなくルナさんも同じだった。なぜなら明らかに推薦レベルも人数も足りていないのだから。ちなみに私のレベルは最初から15だった。元のゲームでは150だったのに凄まじい弱体っぷりである。ダストとリーンも同じくらいだったのでそれで倒したとは信じられないのも無理はないだろう。

とりあえず私達はルナさんに正直に今回の出来事を説明した。

 

なおゴブリンの討伐自体は失敗しているから違約金が発生するかと思ったのだが肝心の討伐対象がほとんど白虎狼により捕食されているのだからどうしようもなく、特例として違約金は免除された。ただしゴブリン討伐の報酬そのものはなくなり、私達には【白虎狼】の討伐報酬のみが支払われることになる。その額90万エリス…!

 

 

「うおおお!!」

 

ダストが歓喜の雄叫びをあげる。既に夜も深けたギルドに併設された酒場には多くの冒険者がいて、なんだなんだと人が集まってくる。そして内容を知るとともにギルド内で大歓声があがった。

 

「流石ダストだぜ!お前ならいつかやってくれると思ってたぞ!!」

 

「みんな!新たな勇者を讃えようぜ!」

 

「「「おおおぉぉ!!ダスト!ダスト!ダスト!ダスト!」」」

 

響き渡るダストコールにダストは完全にご満悦だ。リーンはただやれやれといった表情で呆れていたが私としては自分が目立ってはいないので全然OKだったりする。

 

「よぉし、お前らぁ!!俺の奢りだ!そこのウェイトレスさん!ここにいる全員にシュワシュワを出してやってくれ!」

 

「「「おぉぉぉ!!ダスト!ダスト!ダスト!」」」

 

更に勢いを増すダストコール。正直かなりうるさくなっているのだけど大丈夫なのだろうか?ふとルナさんやギルド職員に目を向けると微笑ましそうに見守っているのを見る限り問題はなさそうだ。多分冒険者という特殊な職業故の配慮なのだろうか。

 

「へぇ、随分気前いいのねダスト、そんなにお金もってるんだ?」

 

私の横にいたリーンがジト目でダストを見てその口元にはいじわるっぽい笑みを浮かべている。

 

「は?何言ってんだよリーン。金なら今はいっただろ?3人で分けても1人30万…」

 

「ダストくーん、今日のクエストに行く前の私との約束、覚えてるー?」

 

「えっ、約束……あ。」

 

今の今までテンションを最高潮にあげていたダストだったが、リーンのその言葉でまるで時間停止したかのように動かなくなった。私も忘れかけてたが今回のクエストの報酬、ダストの分は全てリーンが受け取ることになってるのだから。うまくいけば3万エリスと思っていたそれは気が付けば30万エリスである。完全にリーンの丸儲けである。

 

「そ、そんな……」

 

崩れ落ちるダスト。その顔には先程のような覇気はまるでない、とても勇者と呼ばれるには程遠い顔だった。そんな状態を見て気が済んだのか、リーンは呆れるように笑った。

 

「冗談よ冗談。流石に30万エリスも受け取れないわ。もちろん元々の4万エリスは、しっかり返してもらうけどねー♪」

 

こうして私は30万エリス、ダストが26万エリス、リーンが34万エリスを受け取ることで今回のクエスト報告はおしまいとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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episode 11 紡がれる絆と想起する絶望

「「乾杯っ!」」

 

場所はそのままギルドに併設された酒場。夕食もまだだったし打ち上げをやろうという話になり、私達3人は今日の討伐を労い、グラスをあげた。

 

もちろん良い子な私はオレンジジュースである。アルコールは昔興味本位で口にしたことがあるが味覚おこちゃまな私にはとてもじゃないけど合いませぬ。

 

「今日の飯代は俺が出すからなっ、遠慮なく食ってくれ!」

 

1番実入りが少ないはずのダストがそう告げたがいいのだろうか?私は自然な形で隣に座るリーンにその目線を向けた。

 

「いいのいいの、いつもの事なんだから。ギャンブルやら討伐で大金がはいると大抵ダストはこうなるのよ。」

 

リーンはそう言うものの26万エリス程度をこんなに派手に消費してたらすぐなくなるのは目に見えてる。既に酒場にいた全員にシュワシュワというビールに似たお酒を奢っているのだ。4~5日してお金がなくなってまたリーンに借りようとする未来しか見えない私は、何も言えず苦笑した。

 

そうしてると、視線を感じた。これは初めて冒険者ギルドにきた時と同じものだと即座に理解できたし理由ももはやわかっている。

何せ昨日の日中ずっとアクセルの一番人が集まる場所でアクシズ教の布教活動を行っていたのだ。それを見た人はかなりいるだろう。勿論二度とするつもりはないものの、私を見た人は私の事情なんて知ったこっちゃないだろう。昨日の私を見た人のほぼ全員が私の事をアクシズ教徒と思っているに違いない。このままこの街で活動するのならなんとしてもこの誤解を解かなければ私はまともにパーティメンバーを探すことはできないかもしれない。

 

「大丈夫よ、アリス。」

 

半ば頭を抱えたい苦悩に陥ってると隣から優しい口調で声がかかった。おそらく私に向けられた視線に勘づいたのだろう。

 

「あぁ、アリスがアクシズ教徒じゃないってことは、しっかり俺達が広めといてやるよ。こんな下らないことで大事な仲間を減らしたくないしな。」

 

対面に座って上機嫌にシュワシュワを飲むダストも気づいたのか、その2人の存在は非常にたのもしく感じて、私は心から安堵できた。私は自然に涙目となり、笑顔でありがとうございますとお礼を言った。

 

「あーもう、アリスは可愛いなぁ♪大丈夫大丈夫、おねーちゃんに任せておきなさいってー」

 

おねーちゃんオーラが全開になったリーンは私を抱きしめて片手で頭をわちゃわちゃと撫でてくれた。まだそんなに飲んでないはずなんだけど早くも酔っているのだろうか。流石に人の目があるので恥ずかしいけどさっき私が恥ずかしい目にあわせたのも事実だからやめろとも言えない。

 

「あ!?おいリーン!ちょっとそこ変われ!」

 

「何バカ言ってんのよ、あんたがやったらただの犯罪でしょうが!」

 

冒険者になって初日だったけど、いい仲間に巡り会えた。そう思うと、安心したように私の心が満たされてる感覚を覚えた。この感情はとても穏やかで、とても心地よかった。

 

 

 

 

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ジャイアントトードの唐揚げに、カエル肉のシチュー。ダストが適当に頼んだものはこんな感じだった。えっ?何これ罰ゲーム?

 

「どうしたのアリス?食べないの?おいしいよー?」

 

隣からこちらを不思議そうに覗き込むリーンは当たり前のようにそれらを美味しそうに食べている。だけど流石にカエルと聞いて食欲はわかない。確かに私が元いた日本でも食用のカエルとかの話は聞いたことがある。だけど決して一般的ではない。もちろん私は食べた事はない。でもこれらはおそらくこの世界では一般的な食べ物なのだろう。その証拠に私がカエル料理と睨めっこしてる間に他のテーブルからは「おまたせしました、ジャイアントトードの唐揚げでーす」とウェイトレスさんが当たり前のようにカエル料理を運んでいる。きっと今後も食べる機会はあるだろう。

…私は諦めたようにおそるおそるスプーンを使い、シチューの中のお肉をすくいあげた。そして口に運ぼうとしたその時

 

「失礼、お嬢ちゃん。ちょっと話してもいいかな?」

 

聞き慣れない男性の声が、私の手を止めた。

そのまま見上げると、茶色い髪に鶯色のバンダナ、大きな肩当てと鍛え上げられている肉体から前衛職であることが伺える男性がいた。なんか色合いからして…地味である。

 

「テイラー!この子は」

 

「あぁ、わかってるよ。ダストとリーンが一緒にいるってことは、そういうことなんだろ?」

 

リーンが男性を見るなり慌てて立ち上がるがその男性は落ち着いた様子で返す。とくに何も話してないのにわかってると顔で表現していた。

 

「アリス、紹介するわね。この人は私達の普段組んでるパーティのリーダーでテイラー。クルセイダーよ。」

 

「よろしく頼むよ。アリス、でいいのかな。」

 

おおらかに笑うテイラーに、私は笑顔で頷き差し出された手を握り握手する。

なるほど、リーダーというだけあって優しそうだし責任感も強そうだ。しかも上級職のクルセイダー。見た目からして屈強な戦士という感じである。地味だけど。

 

そんなテイラーはそのままダストの隣に座ると、ダストとリーンを交互に見た。

 

「聞くところによれば彼女はアークプリーストだそうじゃないか。そこで提案なんだが、良かったら俺たちのパーティにはいらないか?」

 

突然の提案に私は目をパチクリさせた。正直ありがたい話だった。固定パーティを組むことができたらパーティを探す手間が省けるし、ダスト達が私のアクシズ教徒疑惑をなくすように噂を流したとしてもそんなすぐには広まりきれない可能性も高い。かなり前向きに考えていると、テイラーは言葉を続ける。

 

「もちろん自由性は認めているよ。今回のようにダストとリーンだけでクエストを受けるようなこともある。ようはパーティというグループ内で人が足りないような状況にある時に、率先して声をかける感じかな。」

 

「私は歓迎するよ。おいでよアリス。」

 

「俺もだ。だけどいいのかリーン?アリスがはいったら2つの意味でポジションをとられるかもしれないぜ?」

 

いつの間にか会話に混ざってたダストがにししと笑う。テイラーはそんなダストの言葉に首を傾げた。

 

「ふむ、ひとつは紅一点とかそういうやつだろうが…もう1つはなんだ?」

 

テイラーのその言葉にダストとリーンは私に視線を向けた。おそらくあれだろう。パーティにはいるならいずれバレるし別に隠してる訳でもないのでとくに問題ないと思った私はそのまま首を縦に振った。

 

「アリスはな、攻撃魔法スキルが使えるんだよ、それもアークウィザードの上級魔法レベルのやつを。」

 

「…なんだって?」

 

ダストの発言にテイラーは耳を疑うように目を細め、ダストの冗談かと疑う。口には出さないがダストを見る目がそう語っていた。しかしリーンを見てダストと同じように真顔なのを見たテイラーは、悩むように顔を顰めた。

本来アークプリーストとは回復、支援魔法を主体として、あるいは前衛にでて戦うこともできる職業だ。だから前衛で戦うならまだ理解できるが、アークウィザードの上級魔法なみのスキルを扱うアークプリーストなど聞いたことも無い。信じられないのは当然の話だった。

 

「それが本当なら凄いな…。王都に行っても引く手数多だろうに。」

 

「アリスは凄いけど、冒険者になったのは今日らしいのよね。経験が足りないからしばらくはアクセルにいるつもりらしいわよ。」

 

「そういえば噂で聞いたな。今日冒険者登録をした小さな女の子がいきなりアークプリーストになっただとか…なるほど、君だったのか…。」

 

テイラーは顎に手をあてて何やら考えるそぶりを見せていた。その瞬間私は察した。この流れはおそらくパーティ云々の話を無かったことにするだろうという予知めいたものが浮かんだからだ。だから私は、是非パーティに入れてください、と先手を切った。

それを聞いたテイラーは軽く驚くように私には視線を寄せた。

 

「こちらとしては大歓迎なんだが…本当にいいのかい?うちのパーティで上級職は俺だけだ。君個人で考えたら、王都でパーティを探すなりした方が実入りは大きいぞ?アークプリーストなら低レベルだろうと王都では率先してパーティに誘われる人気職業だ。」

 

私としては儲けやらなんやらは二の次だった。私は今日出会えたこの絆を大切にしたかった。私はダストやリーンと、もっと仲良くなりたいと思った。そんな私の気持ちを、正直に話した。すると隣から衝撃を受けた。

 

「ありがとうアリス…!心配しなくても、私達はもう友達だからね…!」

 

涙目でリーンが抱き着いてきた。ダストは照れくさそうに笑っている。そんな様子を見たテイラーは、ふっと笑みをこぼすとまたダストとリーンに目を向けた。

 

「いい子を見つけたな、2人とも。ではアリス。これからよろしく頼むよ。もう1人キースというアーチャーがいるんだが、そいつはそのうち紹介しよう。」

 

その言葉に私は笑顔で返事をした。

 

 

 

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まさに宴会状態だった夕食も終わり、私は酔い潰れたリーンを抱えてひと足はやく酒場から退散していた。抱えると言っても私よりリーンのほうが身長が高いので私にもたれかからせる形にはなっているがこのまま1人で帰らせるよりマシだろう。ダストは他の冒険者と意気投合していてまだまだ飲むようだ。今夜は朝まで飲むぞーとはりきっていたので、私の予想よりもお金が尽きるのがはやいかもしれない、なんて考えながら。

 

「だいりょーうょ、ありすぅー、あらしはまだよってらいからー…」

 

酔っ払いはみんなそう言うのです。ちなみにリーンの宿はクエスト帰りの銭湯前に立ち寄ったのでしっかり覚えていた。宿にはいると主人がリーンの様子を見るなり苦笑していた。先程も私とは顔を合わせてたので何も疑いもなくリーンの泊まる部屋の鍵を渡してくれた。

 

部屋にはいる。先程は入口で待っていたので部屋にはいるのはこれが初めてだ。長く泊まっているらしく、その部屋は宿屋というよりアパートのようにリーン色に染められていた。私はそっとベッドにリーンを寝かせると、そのままその場所を後にしようとする。私はまだ宿をとっていなかったのだ、だからこの宿で取れるならそれでもいいしセシリーお姉ちゃんのところでもいいのだがせっかく噂を消してくれる2人がいるのに私がアクシズ教の教会に出入りするのはあまりよくないだろう。この宿がダメなら他を探すだけだ。

 

そんな風に思っていたら、ふと目にはいったのは机の上に置かれた書きかけの手紙だった。

 

「うーん?そりぇー?それはー、両親にかく手紙らよー…」

 

まだ寝てなかったのかとリーンを見るなり、私は心に大きな闇が生まれたような感覚を覚えた。

 

「ありしゅー。ろーひたのー?」

 

心が不安と焦燥感に押しつぶされそうになった。だけどリーンに心配をかけたくない気持ちもあったので、私は平静を装い、おやすみなさいと言ってその部屋から出た。

 

……これはきっと…遅効性の毒なんだろう。

 

 

 

……

 

 

 

 

リーンの泊まる宿は残念ながら空き部屋がなかったので、私は早足で宿を探した。ただ今は誰にも出逢いたくなかった。1人になりたかった。この感情をぶつけられる相手は…もう出会えない人だから。

 

私は適当に歩いて見つけた宿を訪ねて、個室が空いてたのでそこを借りた。少し高い部屋だったけどお金はあったから問題なかった。足早に部屋にはいると、私は鍵をしめて、乱暴にベッド横に服がはいった鞄と杖を投げ、そしてベッドの上でうつ伏せになり、泣いた。

 

1度出てきた涙は止まらなかった。どこまでも溢れてきた。

 

私は……まだ自分が死んだという自覚をしきれてなかった。

 

女神アクア様に出会ったあの時。私はあれを完全に夢だと思い込んでた。だから自分が死んだなんて認識はまったくなかった。本来私はあの場所で自分が死んだという認識をすべきだったのだろう。だけどできなかった。

 

その後はめまぐるしく、そんなことを考える余裕はなかった。これは夢じゃないと自覚はしたけど、つまり私は死んだことが夢じゃないという答えまでは辿り着かなかった。

 

 

だけどさっきリーンの部屋で両親にあてた手紙を見たことで、思い出してしまっていた。

 

私にも両親がいた。でももう逢えない。お母さんの手料理は二度と食べられない。悪いことしてお父さんに怒られることも二度とない。あの場所で当たり前だった日常を味わうことが、二度とできない。

 

涙はいつまでも止まらない。なんとか止めようとしても、ひっくひっくと癇癪を起こすだけだった。

 

つらい。苦しい。お父さんに、お母さんに会いたい…!

 

だけど、仮に元の姿に戻って、元の世界に帰れるとしても…

 

あの地獄には、もう帰りたくない……

 

 

だから私は…

 

 

 

 

自殺したんだ。

 

 

 

 

 

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どれだけ時間が経ったのかわからない。

 

相変わらず私は、ひっくひっくと癇癪を起こしていた。枕に抱きついて、ただひたすらに泣いていた。そんな時だった。

 

コンコン、と扉をノックする音が聞こえてきた。

 

今は誰とも会いたくなかったし会う訳にはいかなかった。だから私はそれを無視した。

 

ガチャ…

 

扉を開ける音がした。

 

どうして…?鍵は閉めたはずなのに。…まさか泥棒?

 

そう思って対処しようと、ベッド下の杖をとろうとするけど、身体が動かなかった。

 

「突然ごめんね、だけど大丈夫。私は君の敵じゃない。」

 

それは女の子の声だった。だけど知らない声。

私はそっと声の方向に目を向けた。だけど灯りをつけないままだったので、暗くて見えない。するとその女の子は、ベッド横の椅子に座り、机の上にあるランプに灯りをいれた。

 

ぼんやりと明るくなる。

 

1番に視界にはいったのは銀髪だった。頬に傷。髪は短めで動きやすそうな軽装で若干露出が多い。ボーイッシュな見た目の女の子は優しい笑みをしたまま私と向き合っていた。

 

「はじめまして。勝手にはいってごめんね。だけど泣き声が聞こえてきたから、心配になっちゃって。」

 

どうやら私の泣き声は外の通路まで聞こえていたらしい。1人になりたくて高い個室を選んだのにまったく意味がなかった。それにしても私は確かに鍵をしたはずなのだけど。

 

「あぁ、私は盗賊だからね。鍵開けくらいは楽勝だよ。大丈夫、鍵は壊してないから。」

 

いい笑顔で言うけどそういう問題でもない。普通に不法侵入なのだから。…だけど追い出すようなことは言えなかった。不思議とそばにいてほしいと思えた。

 

「居ていいの?ふふっ、ありがとう。私はクリス。貴女は?……アリス、ね。そっか。」

 

私の名乗りに何故かクリスは不自然な反応を示した。名前が似てるからだろうか?そんなことを考えてると、笑ってたクリスは表情を変えた。

 

「今の君は『アリス』なんだ。だから、どこまでも『アリス』でいたらいい。私はそう思う。」

 

……この子は一体…誰なんだろう。だけど。

 

不思議な気分だった。まるでこの子が、私の全てを知っているみたいで。

 

今の私は有栖川梨花ではない。アリスなんだ。そして、アリスとしてまだ短いけど…素敵な仲間ができた。あの心地よい温もりを思い出したら…いつの間にか涙は止まっていた。

 

…ダスト、リーン、テイラーさん。それにセシリーお姉ちゃん。

 

そうだ。今の私は…この世界で1から生きていくんだ。前を向いて行かなきゃ。

 

「今はゆっくりおやすみなさい。そして心の傷を癒してください。大丈夫ですよ、…今の貴女は、決して1人ではありませんから。」

 

何故かクリスの言葉なのにクリスじゃない感じがした。だけどその優しい言葉は私の心をどこまでも優しく包んでくれて…、とても優しい風に纏われてるような感じがして…

 

泣き疲れたのと、今日の疲労もあって、私はそのまま意識を手放した。

 

明日からまた頑張ろう。そう心に思って。

 

 

 

 

 

「寝ました、か…。」

 

私が寝た後の部屋。クリスは私の寝顔を優しい瞳で見つめていた。

 

「まったく…先輩には勘弁してほしいですよ。」

 

それだけ言うと立ち上がり、外から部屋の鍵をかけて出ていった。

 

 

 

 

 

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窓からの光で目覚めた私はかなり落ち着いていた。とても穏やかだった。一晩泣いたからすっきりしたのかな?

 

私はベッドから立ち上がると、扉の鍵がかかってることを確認した。

 

…あのクリスって子は、夢、だったのかな?

 

確かに脳内にある銀髪の少女。今思えば不思議な子だった。私は彼女に何も言ってない。それなのに彼女はまるで私の心を読んだかのように私に言ってくれた。私が1番欲しかったかもしれない言葉を。

 

両親に会えないのは確かに辛い。だけど、それは自分で選んだ道なんだから。

 

後悔しても、反省してもいいから前を向こうと、そう思えた。

 

 

 

 

 

 



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二章 ―アクセルの街―
episode 12 時は流れて


初めてのクエストを受けてから今日で2ヶ月が経ちました。

 

私は相変わらずアクセルの街でアークプリーストとして日々クエスト三昧の日々を送っています。

あれから私はテイラーさんのパーティに入れてもらい、アーチャーのキースさんと出会い、出会った当時はそこまでなかったのに慣れてきた途端の胸が小さいから揉んで大きくしてやるだの言うダストのセクハラにブチ切れてリーンと一緒にぶん殴ったり、服屋に行く度にリーンの着せ替え人形になったり…、セシリーお姉ちゃんに街中で出逢って突然襲われたり…。あれ?なんだろう、ロクなことがないような気がする。

 

そ、そんなこんなで、毎日が退屈しない日々を送ってはいるのですが…そうそう、私の環境も大分変わりましたよ。

 

まず運良く宿は安い個室を月単位で借りることができたので、借家ながら安定して寝泊まりできる場所ができました。冒険者ギルドから割と近くにあったので、たまにリーンが遊びにきたりしますし。

 

クエストは初のクエストがあんなのだったせいか、それ以降のクエストはとくに危険もなく無難にこなしています。

 

所詮ここは駆け出し冒険者の街なので、白虎狼のような高難易度クエストはそうそう起こらないのですよ。だから必然的にアークプリーストが必要になるほどのクエストがなかなか発生しないというか…固定パーティ以外でのパーティがなかなかできないんですよね。

そんな状態ですから固定パーティも5人もいれば、フル活動するようなクエストもなかなかなくて…無理に人数増やして活動しても報酬が減るという切実なところがあるのが難しいところです。

 

 

 

 

 

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冒険者ギルド。

 

提示板のパーティメンバー募集に書き込みをして、私は呑気に朝から酒場で朝食を食べてました。サンドイッチにミルクティー、至福の時間である。

飽きない理由はなんといっても毎日サンドイッチの具材が変わることに尽きる。

今日は定番のハムタマゴレタス。昨日は卵焼きとブルーベリージャムといった感じで毎日違う。基本好き嫌いのない私にとってそれはプラス要因でしかない、たまに知らない食材が挟まってくることもあるけどこの世界では普通に食べられている食材ばかりなので慣れるためにもちょうど良かったりするし値段もお手頃価格。

 

そんな私だけどクエストはそこそここなしてお金は少しずつ貯めていた。理由は買いたいものができたから。

 

町外れにウィズ魔法店というお店を見つけてはいってみたら、そこにある品々はとても他のアクセルの魔道具屋では手に入らないような高価なものばかり。あるいは…使い道がわからない謎のアイテムもありましたが、私の狙いは魔晶石でした。

ちょうど杖にぴったりはまるフレアタイトという魔晶石が売りにだされていたのです。炎の力を宿したそれは試しに杖にセットしてみたところ、綺麗にハマり、試しにとわざわざ店主のウィズさんにレンタル料を払ってまで着いてきてもらいジャイアントトードに試し打ちしたところ、放ったアローは見事にフレイムアローとなり、ジャイアントトードの丸焼きを作り出しました。

これは絶対欲しいと値段を聞いたところ。なんと値段は300万エリス。今はウィズさんに取り置きしてもらいつつ、頑張って節約生活です。

…となるとやはりこうやって外食するより自炊したほうがいいのかな?でも料理苦手なんですよね…なんて考えながら、私はサンドイッチにかぶりつく。うーん、この味から離れるのはつらい。いっそテイラーさんに言って王都でクエスト受けませんか?とか相談してみようかな?でも私のワガママで振り回す訳にもいかない。

 

そんな悩みを頭に抱えていたら、視線を感じた。

 

この2ヶ月で私のアクシズ教徒疑惑はほぼ完全に払拭されていた。ダスト達パーティメンバーには感謝の言葉しかない。だけどこの視線はそういう視線ではないこともなんとなくわかってた。決して悪意の感じる視線ではない。

 

私がそっとその方向に振り向くと、その人は柱の後ろに隠れてしまった。

これは対応が難しい。

この視線なんだけど…実は3日ほど前からほぼ毎日感じてたりする。

何か用事があるなら話しかけてくれたらてっとり早いのだけど、とくにこちらに何か言ってくる気配もない。

どうしたものか考えながらミルクティーを口に含んで何気なく視線を移動させたら柱から顔だけだしてこちらを見てる人と目があってしまった。

 

だけどあちらは慌てるようにまた隠れてしまった。とりあえず私はきっかけを作りたかったので近くでテーブルを拭いていたウェイトレスの女の子を呼んだ。

 

「はい?追加のご注文でしょうか?」

 

私はミルクティーを注文した。それを告げたらウェイトレスの女の子は少し困った表情をしつつ注文を受けてくれた。

 

確かに以前やったアクシズ教の布教活動で知らない人に話しかけるくらいはできるようにはなったけど…だけどあの手の人に話しかけるのはちょっと難しく思えた。だからきっかけなのである。お金はかかるけど仕方ない。

 

「お客様。」

 

「ひ、ひゃい!?」

 

柱の後ろにいる人にウェイトレスの女の子が話しかけた。予想外だったのか、柱の後ろの人は変な声をあげている。この声からして女の子っぽい。

 

「こちらのミルクティー、あちらのお客様からです、どうぞ。」

 

「…え、えぇ!?」

 

女の子はかなり驚いていた。しぶしぶミルクティのはいったティーカップを受け取ると、ゆっくりこちらに近付いてきた。

 

「あ、あの…こ、ここここれ…」

 

でてきた女の子は10代後半くらいで黒髪、赤い瞳、黒とピンクを基調とした服で変に胸元あたりを露出していた。…その瞬間、以前にもでてきた謎の感情が暴れそうになったけどなんとか抑える。私は座ってください、一緒に飲みましょう?と笑顔で言った。

 

「え?い、いいんですか!?私なんかと…お茶してくれるんですか…!?」

 

お茶に誘っただけなのに涙目で喜んでいるのを見て、私は若干引いた。今見ると本当に嬉しそうにいただきます、と笑顔でミルクティーを飲んでいる。

 

……なるほど。これは昔の私に似たシンパシーを感じたけど別にそんなことはなかった。というか昔の私より明らかにひどい。

この子はおそらく重度の恥ずかしがり屋さんなのだろう。引っ込み思案なのだろう。少なくとも悪い人ではなさそうなので私は自己紹介をした。すると女の子は突然立ち上がった。

 

 

「わ…我が名はゆんゆん!!アークウィザードにして、上級魔法を操る者!!やがて紅魔族の長となる者っ!!」

 

声をはりあげ昔のヒーローのようなポーズまでとったゆんゆんの名乗りに場の空気が死んだ気配がした。というか何も言えなかった。恥ずかしがり屋ってなんだっけ?引っ込み思案ってなんだっけ?

こんな思い切った挨拶ができるなら声をかけるくらい余裕ではないだろうか。なんか馬鹿にされてる気がしてきた。

 

「あ、あの…!ごめんなさいごめんなさい!今のは紅魔族のお決まりの名乗りのようなもので…お、お願いですから引かないでください……!」

 

私の考えを読んだかのように突然謝罪されてしまった。どうしよう?この人めんどくさいかもしれない。というか明らかに私の方が年下なのに何故あちらは敬語を使ってくるのだろうか。とりあえず私は、ずっとこちらを見ていたけど何か用事があったのです?と聞いてみた。

 

「…え、えっと…その…あれ……」

 

ゆんゆんはおそるおそる提示板を指さした。その方向にあるのは確か私がパーティメンバー募集の為に張り出した紙があるはずだ。彼女は私とパーティを組みたかったのだろうか。

 

「は、はい!…よ、良かったら一緒に…クエストにいきませんか?」

 

震えながらこちらに目を合わせず言うゆんゆんを見て私はよろしくお願いしますと笑顔で即答した。確かにその性格は気になるけど固定パーティ以外ではなかなかメンバーが揃わないし彼女はアークウィザードだという。私も攻撃魔法スキルは使えるし上級職2人ならアクセルでのクエスト程度なら余裕だろう。

 

「や、やっぱりダメですよね……え?……い、いいんですか!?」

 

めちゃくちゃ驚いてる様子のゆんゆんを見てやっぱりめんどくさいなこの子…と思うのは多分許されると割と本気で思った瞬間だった。

 

 

 

 



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episode 13 お金儲けだけがクエストではない

しおり、お気に入り登録めちゃくちゃ嬉しいです。見てくれてる人がいると思うと感激です。ありがとうございますっ!




「あ、あの…初心者殺しなんて…本当に大丈夫なんですか…?私たち2人だけですよね…?前衛さんがいないんですよ…?私も前衛ができないわけではないですけど…その、流石に初心者殺しほどの相手は……。」

 

今私とゆんゆんはクエストを受けてアクセルの街から少し離れた平原にいる。ゆんゆんが言うように初心者殺しの討伐依頼を受けたのだ。

初心者殺しは以前言ったように発見されると即討伐依頼がでてくるほどの危険な魔物。危険なこともあり報酬はそこそこに美味しい。

 

アクセルには私やテイラー以外にも何人か上級職の人がいる。多分比率からして20人冒険者がいたら1人くらいは上級職な割合で。しかも中にはレベル30越えの猛者もいるのだ。しかも何故か男性ばかり。

流石に30レベルを越えるとなるとアクセルではまともにやっていくのも難しい。平均依頼難易度がもっとも高いという王都で普通にやっていけるレベルだ。ちなみにこれをリーンに聞いたら知らないと平然と言われて、テイラーやダストに聞いたらわからないと言っていたが目が泳いでいたのを私は見逃さなかった。うちのパーティの男連中のあの反応の仕方はロクなことではないのはここ2ヶ月一緒に活動して身をもって理解している。明らかに何かを隠してる気がするのでいつか問い詰めようと思っていたりもする。

話は逸れたけどそんな一部の高レベル冒険者がいるから初心者殺しの討伐依頼は取り合いになっていたりする。高レベル冒険者が請け負える数少ないクエストの一つなのだから。

今回は幸運だった。私とゆんゆんでどの依頼にするか探していたらギルド職員が新たな依頼として初心者殺しの討伐依頼の紙を貼っていたのだ。

私はそれを見るなり迷わずその依頼を手に取ってゆんゆんに確認することもなく受付に持っていった。

 

受付してて討伐依頼書を見たゆんゆんが悲鳴に似た声をあげるが、私も受付のルナさんでさえも気にしない様子であっさり受理されたのを見てゆんゆんは思わず「なんで!?」と声をあげていた。

多分ゆんゆんは後衛職2人だけで初心者殺し討伐なんてギルド側が危険と判断して受理するわけがないと思ったのだろう。だけど私には既に実績があった。既にリーンと、ダストと、テイラーと、キースと、それぞれペアで4回以上はこの初心者殺し討伐依頼を達成している。おかげで一部の冒険者からは『初心者殺し殺し』なんてかっこ悪いあだ名をつけられてしまってたりするけど報酬がおいしいので頻繁に討伐したことでダストがリーンにお金を借りる頻度が減ってなによりである。

そして今回の私のペアはゆんゆん、上級職のアークウィザードだ。下位職の人とやっても達成できるのだからルナさんが危険と判断する理由はどこにもなかった。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

早速討伐対象である初心者殺しがみつかる。これまた運がいいことに野生動物の兎を追いかけている最中のようだ。こちらに気付いていない今がチャンスと悟った私はゆんゆんに目配せした。

 

「わ、わかりました…!ライトニング!」

 

ゆんゆんの中級雷魔法が真っ直ぐに初心者殺しを撃ち抜く。思い切りのいいその魔法には討伐というよりもむしろ追いかけられていた兎を助けたいという感情が混ざっている感じがした。だけど中級魔法の一撃だけで倒されるほど初心者殺しはあまくない。こちらを見て威嚇する。そして突撃してくる。

 

「さ、下がってください…!怖いけど…前衛やってみます…!アリスさんは援護を…!」

 

腰に携えていた短剣を抜き、構えるゆんゆんを後目に私はそのまま魔法を詠唱してほしいと告げた。私の詠唱は既に終わっている。

 

《ウォール》

 

これはもはや初心者殺しの完全対策魔法になりつつあった。この魔法と遠距離攻撃が可能ならそれだけで初心者殺しを倒せるのだから。

私を中心として足元に形成された魔法陣は、いつものように不可視の壁を作り出す。そしていつものように猪突猛進してくる初心者殺しを弾き飛ばす。

 

「え、えぇ!?」

 

ゆんゆんは驚きで固まっていた。ウォールの維持時間はそんなに長くないから正直さっさと攻撃してほしいのだけど。ランサーは消費魔力がヤバいからあまり使いたくないのだ。

 

「はっ!?す、すみません。……ライトオブセイバー!!」

 

ゆんゆんの放つ上級光魔法。やはりアークウィザードなだけあって、その火力はウィザードのリーンより高めだった。光を纏った2対の剣は初心者殺しに直撃し、そのまま初心者殺しは息絶えた。

 

それにしてもここまでウォールが役に立つのは当初は想定外だった。なぜなら元のゲームでは初期から取得可能であり序盤は範囲防御魔法として使い道は高いものの敵の遠距離攻撃には意味がなく、中盤以降に上位互換の《ストーム》という広範囲殲滅の竜巻を起こす魔法を使えるようになれば産廃になるからだ。もちろん私はこれが今使える状態なのだけどなかなか使う機会に恵まれていない。元のゲームでは味方に魔法が当たるなんてことはありえないのだがこの世界ではわからないのだ。むやみに撃って味方を傷つけるわけにも行かない為のものである。

 

 

 

 

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今回受けた討伐依頼のノルマは初心者殺し3匹。つまりあと2匹残っているので私達は再び平原を散策する。そんな中、おどおどとした様子でゆんゆんは口を開いた。

 

「あ、あの、さっきの魔法陣はなんなんですか…?私はあんな魔法、見た事ないんですけど…と、いうか、あの詠唱中のリボン状になった魔法陣が、すごくかっこよかったといいますか、私もあーいうのが使えないかなぁ?なんて…」

 

もはや何度目になるかわからない私の魔法に対する疑問である。大抵の人には私の故郷で代々伝わる一子相伝の魔法だから知らないのは無理もないとごまかしている。ちなみに教えるなんてことはまずできない。全てのスキルを取得できるという冒険者なら可能かもしれないけど冒険者はスキルを取得する為のスキルポイントが通常の2倍になったりレベルアップした時のステータス上昇値が少なかったりで最弱と認識されている。そんな冒険者になるくらいなら商人なりなんなりと別の職に就いた方が一般的らしい。少なくともこの2ヶ月アクセルにいて冒険者の職業でいる人を私は見たことがない。可能性を感じる職業であることは私も思うところではあるのだが。

 

それはそれとして今回も私の故郷云々の嘘っぱちですませようとしたら、何故かゆんゆんの琴線に触れたらしい。その瞳はキラキラと輝いていた。

 

「代々伝わる一子相伝……アリスさんだけが使える唯一無二の魔法…か、かっこいい……!」

 

…やはりこの子は他の人と何かが違う感じがした。関心を持たれることは何度かあったけど、かっこいいと言われるのは初めてだった。悪い気はしないのだけど…やはり年上の人にさん付けで呼ばれるのは抵抗があったので何気なく私は言った。年上からさん付けは抵抗があるので呼び捨てにしてください、と。

 

「えっ?し、失礼ですが、アリスさんは何歳なんですか?」

 

キョトンとするゆんゆん。私はそんなに年上に見られていたのだろうか?自分で言うのも変だけど15歳なのが微妙な感じがしてるのだから。もっとも転生して知力が無駄にあがったせいか大人びた印象をもたれることもないのだけど。

 

「なら問題ないですよ、私は、13歳ですから。もう少ししたら14歳になりますけど。」

 

 

……

 

 

…………は?

 

 

時が止まった感覚が私を襲った。

 

13歳?13歳ってなんだっけ???

 

私は混乱した。世界が違うとこうまで違うと言うの?いやそうじゃない。この子が異常なのだと断言できる。大丈夫、私だけではない。親友のリーンも同じ感想を抱くことは絶対に間違いないのだから。

今の私の目の前にいる女の子は日本にいて高校生と呼ばれてもまったく違和感のない見た目だ。それが何?13ってことは去年はランドセルかるってた年齢ってこと??この豊満なボディで?やばい、犯罪臭しか感じない。私は無性にリーンに会いたくなった。あの夢の中で出会ったクリスって子もきっと共感してくれると確信している。今なら飲めないお酒を飲める気さえした。

 

 

「あ、あのー…どうかしました……?」

 

相変わらずおどおどした様子でこちらを伺うゆんゆんに、私はなんでもないです…と力無く応えるしかできなかった。

 

 



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episode 14 そして生まれた友情

それから少し探索して初心者殺しを見つけては同じようにウォールからのゆんゆんの攻撃魔法するだけな簡単なお仕事を繰り返して無事3匹目の初心者殺しを討伐することに成功した。

 

「…ぜ、前衛もいないのにこんなにあっさり終わるなんて…」

 

ゆんゆんが半ば放心めいた台詞を言うが他の人も似た感想だったりする。ちなみにダストやテイラーと組んだ場合は私は支援に回り正攻法で倒してしまう。

 

ぶっちゃけてしまえば私がウォールとアローを繰り返すだけでも討伐はできるのでソロで依頼を受けても何も問題はなかったりもする。以前の白虎狼のようなイレギュラーでもでてこない限りは。ただそれをテイラーさんに聞いてみたところ微妙な顔をされたのを覚えている。どうやら一部から依頼荒らしのような扱いをされて評判を落とす可能性があるとのこと。

ソロで討伐すれば全ての報酬を丸儲けなのでそれを繰り返すことが良い顔をされるかと聞かれたら確かにと思える部分もある。むしろこの街での平均推薦レベルより高めの依頼をソロでやってしまえるならさっさと王都とかに行けと思われそうだ。私がずっとソロでやるのなら問題はないけど私はテイラーさんのパーティに半固定といった形でお邪魔している立場である。つまり私の評判が落ちればテイラーさんのパーティの評判を落とすことになる、それだけはしたくない。

だから私は基本的にソロでの討伐はいかないようにしていた。確かにお金は貯めたいと思ってるけど何かを犠牲にはしたくないしペアで受けたとしても充分な報酬が期待できるのだから。なによりもこうやってメンバーを募集してクエストを受けることで新しい出会いがあるのもまた楽しみの一つでもある。

 

ちなみに初心者殺しの依頼の推薦レベル15以上で3人以上のパーティ推薦とのこと。

 

討伐も終わったことで、私とゆんゆんはアクセルの街へと歩を進めるのだった。

 

 

 

 

 

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冒険者ギルドの酒場。

 

依頼報告をすませて報酬をもらい、私とゆんゆんは少し遅めの昼食をとっていた。

 

「まさか…ご飯まで一緒してくれるなんて…」

 

2人でカエル肉のシチューを食べる。初めて見た時は食べたくなかったけどあの後食べてみたら鶏肉に近い味で普通においしかったので今では何も抵抗もなく食べれている。慣れとはこわい。

さて、このまま解散でもいいのだけどまだ夕方まで時間はある。今回の初心者殺しのクエストは捜索で夕方までかかると思っていたのだけど割とあっさり見つかったので予定より大分はやく終わることができた。ゆんゆんさえ問題ないならもう1つくらいクエストを受けてもいいのだけど。夕方までに終わらなくても明日やればいいだけだし。

 

「ま、また私なんかとパーティを組んでくれるんですか……!?それって、まるで固定パーティみたい…」

 

いちいち感動してるけどとりあえず問題なさそうである。うっとりしてるゆんゆんはさておき、私の手元には予めキープしていた依頼書があった。

 

 

 

 

薬の材料の調達。

 

アクセルから少し離れた湿地帯に群生しているコケ植物【マダラゴケ】の採集。こちらの用意する籠いっぱいになるまでお願いします。なお付近にはジャイアントトードなどが生息しています。

 

報酬金2万エリス

 

推薦レベル15。※最近グリーンアリゲーターの目撃情報がある為このレベルでの推薦になる。

 

なお、グリーンアリゲーターは生態系を乱す危険が高いので別途討伐依頼あり。報酬金10万エリス。

 

 

 

 

 

「それって、提示板でホコリ被ってた依頼書ですよね…それを受けるんですか…?」

 

シチューを頬張りつつも聞いてくるゆんゆんに、私は頷いた。本来採集クエストなどは1桁レベルのまんま駆け出し冒険者の受けるレベルのクエストである。採集だけなら報酬も安い。ただグリーンアリゲーターというイレギュラーのせいで初心者が受けられるものではなくなり、中級者向けになっているものの、グリーンアリゲーターが見つからない場合人数によっては赤字にすらなりかねない。だけど私が気にしたのはそんなことではなかった。

 

マダラゴケは薬の材料になるらしい。それが埃をかぶった状態ということは、おそらく未だに薬は完成していないのだろう。人体に関する薬なのか、農薬などの生活に関わる薬なのかは依頼書を見る限りでは定かではないが、これを受けることでその薬を作れるようになるのなら損得勘定なしで受けてもいいのではないかと思えたからだ。勿論何の薬なのか、ギルド側に確認をとるつもりではある。

 

「……言われてみれば、そう、ですよね……す、すごく、立派な考えだと思います!その依頼、私も手伝わせてください!」

 

先程の兎を助けていたゆんゆんならそう言ってくれると思っていたけど思った通りで私も一安心だった。ありがとうございます、またよろしくお願いしますねと笑顔で告げると、ゆんゆんはやる気満々な笑顔で返事をした。

 

 

 

 

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ギルドに確認したところ、マダラゴケは漢方の1種のようで腹痛などに効果があるらしい。ずっと誰も受けなかったことから、受けると決めた時にはギルド職員は丁寧に頭をさげてお礼を言ってきた。私もゆんゆんもこれによりやる気が増すことになる。湿地帯に着いた私達はサンプルのマダラゴケを手に持ち、グリーンアリゲーターを警戒する為にあまり離れすぎないように周囲を散策していた。

 

ただこの場所には問題があった。ウォールが使いにくいのである。

地面が一部沼地でぼこぼこしており、足場が安定しない場所では、地面を軸に描く魔法陣を構築しにくい。使えないわけではないのだけど、地面によっては不可視の壁が貼られない可能性がある。これもまた初期魔法故のひとつの穴である。

 

「あ、アリスさん、ここにいっぱいありますよ!」

 

ゆんゆんがマダラゴケを見つけたらしい。近付いてみると、岩場にはびっしりとマダラゴケが群生していた。同じような場所がもう1箇所くらいあれば、予め借りてきた籠がいっぱいになりそうである。ただグリーンアリゲーターがいる可能性があるので警戒は怠れない。ゆんゆんが採集している間に、私は周囲を見渡し警戒を強める。

 

今のところグリーンアリゲーターどころか、ジャイアントトードも出てきていない。静けさが逆に不気味に感じた。

 

ゆんゆんの採集が終わるのを確認するなりそのまま捜索を再開する。その時だった。突如沼地が膨れ上がる。

 

「きゃあああ!?」

 

泥水の飛沫がこちらまでかかる。出てきたのはジャイアントトードだ。だけど様子がおかしかった。普段ならこちらを見るなりその大きな口を開けてこちらを丸呑みしようとしてくるはずなのだが、こちらに目線が向いているにも関わらず、それをせず、そのまま大きくジャンプしようとする。

 

「ああぁぁ!?ら、ライトニング!!」

 

驚いた拍子にゆんゆんが中級雷魔法を放つ。雷に弱いジャイアントトードは痙攣してその場に倒れ込んだ。…だけどそれは間違いだった。そのジャイアントトードの下から大きな飛沫が飛んでくる。

 

「え!?」

 

出てきたのはジャイアントトードほどの大きさではないものの、それでも人1人程度なら飲み込めそうな大きさの大きなワニ。緑色の怪物はまさにグリーンアリゲーターだった。どうやらジャイアントトードを追いかけていたようで、獲物を横取りされそうになっていると勘違いされたのか、グリーンアリゲーターはまっすぐゆんゆんに向かいその大きな口を開けた。

 

ゆんゆんはジャイアントトードにライトニングを放ったばかりだ、次のスキルを打とうにも間に合いそうにない。だけど魔法を準備していたのは、ゆんゆんだけではない。

 

《ジャベリン》

 

転生特典スキルその5。いくつあるのかは秘密である。中級魔法スキルのそれは、威力的にアローとランサーの間に位置する。縦描きの魔法陣から出現した大人1人くらいの大きさの半透明の槍がグリーンアリゲーターの大きく開けた口の中へと刺さり串刺しにする。後はゆんゆんを援護するだけ。

 

《クイックアップフィールド》

転生特典スキルその6。自身と周囲の味方の攻撃速度、詠唱速度をアップする魔法陣を形成。その場は赤白い霧のような光に包まれる。ウォールと同じく地面に影響はするものの、私とゆんゆんの距離は近かったので問題なくそれは作用する。

 

「えっ…ラ、ライトオブセイバー!!」

 

突然の速度のあがりに一瞬戸惑ったゆんゆんだったがその詠唱速度は中級魔法スキルのライトニングと変わらなかった。神速の光の剣は、グリーンアリゲーターの頭に直撃を許すと、グリーンアリゲーターはそのまま沼地に倒れた。

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

グリーンアリゲーターを倒した後、残るマダラゴケを発見し採集した時には既に夕方になっていた。ギリギリ依頼を達成できた私とゆんゆんは、交代で籠を持ちながらアクセルへの帰路へと向かっていた。

 

 

「あ、あの。」

 

今は私が籠を背負っていた。筋力が見た目通りしかない私には地味に重労働である。そんな中ゆんゆんの声に、私は振り向いた。

 

「きょ、今日は、ありがとうございました。色々ありましたけど、こんなに充実した日は、初めてかもしれなかったので。」

 

もじもじとしながらゆんゆんは言葉を続ける。

 

「えっと…えっと…それで…それで…お、お願いします!私とお友達になってください!」

 

ゆんゆんは私の前にでるなり、顔を赤くして私に頭をさげた。私はただ目を細めた。この言葉に勇気がいることなのは、私は理解していた。

 

この世界に来て、友達という存在は私にとって何よりもかけがえのない存在なのだから。友達がいなかったら、あの日苦悩に悩んだ日、自分の死んでいたことを意識した日に、私はどうなっていたのかわからない。

 

セシリーお姉ちゃんに出会えたから、アクシズ教の布教活動をした。

 

アクシズ教の布教活動をしていなかったら、おそらく私はダストとリーンに声をかける勇気がなかったと思う。

 

私がテイラーの前で絆を大切にしたい、ダストやリーンともっと仲良くなりたいと言ったことを2人が受け入れてくれたから、今の私がある。

 

布教活動は一見マイナス要素だったかもしれないけど、結果的には私のプラスになっていた。……犠牲者には申し訳ないけど。

 

そんな私にとって大切なお友達が増える、これほど幸せなことはない。

 

だから私は、これからもよろしくお願いします。と。笑顔で告げた。

 

「うっ……ぐすっ…」

 

そう告げたら、ゆんゆんは泣き出した。両手で弱々しく涙を拭っていた。

 

「ご、ごめんなさい…だって、断られたらどうしようとか思ってたらこわくて……でも、受け入れてくれたのが嬉しくて…ぐすっ…」

 

もしかしたら私もあの時テイラーとダストとリーンの前ではこんな感じだったのだろうかと考えたら、なんだか恥ずかしくなってきた。ゆんゆんの気持ちが痛いくらい共感できた私はゆんゆんの横に立つと、慰めるように背中をぽんぽんと優しく叩いた。

 

「ぐすっ…ありがとうございます……こちらこそ、これからもよろしくお願いします…」

 

そういえばこの子は13歳だったんだ、歳下だったんだと思い出すと、なんだか優しい気持ちになりながらも、私たちはそのまま並んで歩き出した。新しい友達を大切に思いながら。

 

 

 

 




《ジャベリン》中級魔法スキル。アローとランサーの間の魔法。それくらいしか説明しようがない。

《クイックアップフィールド》
範囲内の自身と味方の攻撃速度、詠唱速度をあげるフィールドを形成する。代償として、そのスキルを使っている間、自分の使用するスキルの消費魔力が2倍になる。更に効果持続時間は10秒でクールタイムがあるので連発できない。


とりあえずゆんゆん編終了。


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episode 15 アークプリーストとしての依頼

ゆんゆんとお友達になってから1ヶ月が経ちました。

あれからはクエストに行く以外にも買い物とかにも付き合ってもらったり、リーンを紹介して一緒にお友達になってもらったはいいけど案の定リーンのゆんゆんへの反応が私とまるかぶりで流石親友と内心思ったり、流石に定員オーバーという理由でテイラーさんのパーティ加入は実らなかったけどリーンというお友達が増えたゆんゆんはとても嬉しそうでした。

 

さて、今の私はと言うと、冒険者ギルドの酒場にいます。

 

テイラーさんが持ってきた依頼書のメンバーを決める為に会議中だったりします。

 

今回の依頼は3人まで。それ以上だと報酬的な意味であまりおいしくない。

 

依頼を受けたテイラーさんは確定として、今いる残りのメンバー…リーン、キース、そして私の中で誰が行くか決めようとしてました。

 

これがリーンもキースも私も率先して行きたい!というほどではなく、どちらでもいいよって曖昧な感じだった為に、逆にテイラーは困っていた。そんな時だった。

 

「テイラー殿、話の中すまない。少しよろしいだろうか?」

 

テイラーにかかる女性の声に、私達は揃って声の主に目を向けた。

 

凛とした声の主は中世の女騎士を彷彿とさせる全体像。美しい金髪を後ろに編んでいて、その鎧も由緒正しき品に見えた。こちらから見た横顔は儚さと美しさを兼ね備えていて、女の私から見ても思わず見とれてしまうほどの美人だった。

 

「ダクネスじゃないか、どうしたんだ?」

 

珍しそうに聞き返すテイラーから目線をかえることなく、ダクネスと呼ばれた美人さんは丁寧な様相を崩さない。その有様は格式の高さをも現してした。

 

「聞き耳を立てていた訳ではない。ただそちらのパーティで1人あぶれる様子とお見受けした。もしよければ、その1人をこちらに貸して頂けないか?丁度クエストを受けようと思っていたのだが、私達は2人しかいない。もう1人いれば助かるところなのだ。それでその人物なのだが…」

 

ダクネスは一呼吸おいたと思えば、その目線だけを私に向けた。

 

「できたら、こちらのアークプリーストの子にお願いしたい。もちろん無理にとは言わない。そちらの意見を尊重しよう。」

 

突然のご指名に私は驚いた。とはいえ指名されること自体は初めてではなかった。理由はアークプリーストという職業上のことから。

アクセルの街は駆け出し冒険者の街。まれにプリーストくらいならいるのだけど、アークプリーストともなると私の知っている限りでは多分私を含めて2~3人しかいないだろう。

 

「ふむ…別に今回受けるクエストは、アリスが必要になるほど難易度が高いわけでもない。アリス本人が構わないなら、俺としては構わない。」

 

テイラーはそう告げるなり目線を私に移した。私としてもまったく問題はなかったので、そのまま頷く。ただこんな美人の騎士様と一緒にクエスト…流石に緊張する。嫌なわけではないけど、ギクシャクしたものになればめんどくさいとも思えてしまう。そんな中キースが口を開いた。

 

「心配すんなよアリス。ダクネスは話がわかるやつだからな。悪いようにはならないと思うぜ。……」

 

最後にめちゃくちゃ小声で何かを言った気がしたのだけどなんだったのだろうか。私がポカンとした様子で首を傾げてるとリーンが続いた。

 

「あー…うん。悪い人ではないのは確かだよ。うん、大丈夫大丈夫。」

 

何故か私と目線を合わせないリーンに不安になる。一体なんだと言うのだろうか。

 

「話は決まりだな、感謝する。アリスと言ったな、私はダクネス。今日はよろしく頼む。」

 

変わらず凛とした態度のダクネスに、私は失礼のないように緊張しながら、こちらこそよろしくお願いします。と告げた。

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

そうして私はダクネスさんに着いていき、酒場から提示板前へと移動していた。すると、こちらに向かい手を振ってる女の子が見受けられた。

 

「ダクネスー、こっちだよー!」

 

その女の子を直視した時、私はぞっとした。

こちらに向かってダクネスを呼ぶ銀髪の…頬に傷のある…マフラーとケープをつけた軽装の女の子…この子は確か…

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈夢の中で会ったような…

 

 

 

 

 

「ゆ、夢の中…?」

 

「どしたのダクネス?…あ、君は確か…」

 

私のふいにでた言葉にダクネスは困惑し、銀髪の女の子は目をパチクリさせてた。

 

「久しぶりだねアリス、元気そうでなによりだよ。」

 

銀髪の女の子は私のことを知っている。ということはあれはやっぱり夢ではなかったのだろう。私は不意にバツの悪い顔をした。初対面が初対面なので流石に気恥しすぎた。気が付けば自然な形で私は俯き銀髪の女の子…クリスから目を逸らしていた。

 

「クリス?アリスとは知り合いだったのか?」

 

「んー?まぁ、知り合いってほどではないけど、少し前に軽く顔を合わせただけだよ。」

 

クリスも流石に私が泣いてたので鍵をこじあけて勝手に部屋にはいり慰めたなんて言える訳もないだろう。私はそれにあわせるように小さく頷く。

 

「キミの噂は色々聞いてるよ。『初心者殺し殺しのアークプリースト』とかね。」

 

「そ、それはどう反応したらいい異名なんだ…?」

 

話題を変えてくれたのはいいのだけど変えた話題が微妙なものすぎて私はもはや何も言えなかった。正直その場で顔を覆い隠して蹲りたいだけあるのだから。

 

「素直に賞賛していいんじゃない?初心者殺しと言えば、名前通り駆け出し冒険者にとってかなり危険だし、一般の人も被害にあうんだし。」

 

「ふむ…確かにそうだな。」

 

「それに聞いたよ?少し前に腹痛の薬の材料を採集するクエストがでてたんだけど、儲けがほとんどないから埃を被ってたらしいけど、それをアリスが引き受けたってさ。依頼人が私の知り合いでさ、おかげで薬が作れたって、喜んでたよ。」

 

「ほう…そのようなことがあったのか。」

 

褒め殺しも正直慣れていないからやめてほしいのだけど。2人の見る私の目が本当に賞賛していて私は自分でもわかるくらい顔を赤くしていた。実際耳を触ると熱を持ってた。慣れない対応に居心地の悪さを感じた私は、今日受けるクエストの説明をお願いします、と半ば逃げ出すように言った。

 

「…あー、ごめんね。困らせるつもりで言ったわけじゃないんだ。」

 

「確かに褒め殺しは私も苦手だな。あれは気恥しい。それはそれとして、言う通りクエストの説明をさせてもらおう。これが依頼書だ。」

 

 

 

 

 

ポイズンプラントの討伐依頼書

 

アクセル南の湿地帯と森の間付近にポイズンプラントが発生しました。アクセルの木こりが木を切りにいくのに邪魔になってます。駆除をお願いします。

 

なお、ポイズンプラントは強い毒を持っているので毒消しポーションを持参するか、毒を治療可能なプリーストの方の同行を推薦します。

 

推薦レベル17 (推薦パーティ人数 3名以上)

 

報酬金 15万エリス

 

 

 

 

 

 

依頼書を確認する。なるほど。毒消しのポーションは安いものではないしそれならパーティの1人をプリーストにしたいということなら話はわかる。難易度的にも問題はなさそうだし、毒消しのスキルなら問題なく使える。私は依頼書をダクネスに返却すると、笑顔でおまかせください。と告げた。

 

「頼もしい限りだな。改めて自己紹介しておこう。私はダクネス、クルセイダーだ。」

 

「それじゃ私も。盗賊のクリスだよ。よろしくね、アリス。」

 

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

アクセルの街を出て約1時間。ジャイアントトードが生息する湿地帯が見えてくる。目的地はまだ先になるそんな場所で、ふとダクネスが口を開いた。

 

「そういえばアリス。貴女はアークプリーストという職業でありながら、アークウィザードにも引けをとらない攻撃魔法を使うと聞いたがそれは事実なのか?」

 

冒険者になってこの3ヶ月、私は自身の転生特典スキルをまったく隠すことなく使用している。なので色んな場所で噂になるのも仕方ない。私はダクネスの問いに、首を縦に振った。ポイズンプラントというモンスターが初見である以上、毒消しのスキルだけで済む可能性は低いので特に隠す必要性も感じなかった。

 

「そうか…それなら頼みがあるんだが…よければそのアークウィザードにも劣らない攻撃魔法、私に撃ってみてくれないか?」

 

 

 

……

 

 

 

 

 

……え?

 

 

 

私は耳を疑った。いや、違うよね。めちゃくちゃ自然な流れで言ってきたけど違うよね。疲れてるのかな?ダクネスさんが『私に撃ってみてくれないか?』って聞こえてしまった。違うよね?ポイズンプラントに向けての間違いだよね。

 

「む?いや、聞き間違いではないぞ。私は私に」「ダクネスーー!!」

 

 

私と同じように固まっていたのか、正気に戻った様子のクリスがダクネスの口を全力で封じにかかった。私は呆然とした様子でいたけどやっぱり気のせいだと割り切る事にした。さすがにその聞き間違いはないわー、と内心慌てながら。なので私は、機会があれば使わせて頂きます。と応える。 それを聞いたダクネスはクリスを力任せに排除すると、その目を輝かせた。

 

「本当か!?それは楽しみだ。期待しているぞ。」

 

嬉しそうなダクネスの言葉に私ははいっと返事をする。魔法スキルを見たいだなんて、割と子供っぽいところがあるんだなぁ、ダクネスさんって、なんて考えながら。そんな私とダクネスを後目に、クリスは無言で頭を抱えていた。

 

 

 

 

 

 

 

「本当に、本当に楽しみだ……ぐへへ…」

 

最後のダクネスの呟きに、私は気が付かなかった。

 

 



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episode 16 自身のスキルと疑惑

私達はそのまま談笑しながらも、湿地帯の更に奥にある森の入口あたりまで来てました。ここまでくるまでに色々と話をしたところ、初めて出会った頃の印象では堅物なイメージがあったダクネスさんは、私が思ってたよりも物腰が柔らかく、気軽に話せる人だった。

クリスに関しても最初は初対面の時の印象が気恥しいものだったけど、常に気安く陽気で明るい態度で接してくれていたので、私としてはありがたかった。

とはいえ気恥しいものはあったものの、彼女の言葉で私が元気づけられたのは言うまでもない。私は会話の途切れた合間にはいりこむように、静かにクリスにお礼を言った。その節は、ありがとうございました。と。

 

「…あぁ、それならもういいんだよ。こちらこそあの時はごめんね。今にして思うと、少し配慮が足らなかったと思うし…」

 

明るく振舞っていたものの、クリスにとっても気まずいのは同じだったようだ。頬を指で掻きながらも、目線を逸らしていた。

 

「クリス、話すのはいいがもう目的地は目と鼻の先だ。敵感知スキルは使っているのだろうな?」

 

「もちろんだよ。今のところ何も反応はないよ。」

 

先頭を歩くダクネスの言葉に、後ろをついていく形で表情だけを真面目にしてクリスは告げる。そんな時だった。

 

「…ん?待って、敵感知スキルが…」

 

ふとクリスが立ち止まる。その様子を見て私とダクネスもまた、その歩を緩めた。途端にクリスの表情が、慌てたものへと変貌を遂げる。

 

「その感じは……下だ!!」

 

クリスのその言葉と同時に、何かが地面を突き破った。それはまっすぐに私の足を絡めて、突然のそれに私は派手にすっ転んだ。

 

「アリス!?」

 

ダクネスが叫ぶと同時にダクネスの目の前にも大量のそれが壁のように突き出してきた。それの正体はうねうねとした植物の蔓。まるで1本1本が意思をもつかのように、おぞましく動く。

 

「ポイズンプラントの蔓だよ!!ごめん、索敵が遅れた!」

 

クリスは短剣を構えるとその身軽な動きで迫る蔓を避け、同時に切り裂く。一方私はなんとか抜け出そうと足に絡んだ蔓をとろうとするも、それは固く結ばっていて外せそうになかった。

 

「くっ…仲間を守るのがクルセイダーの使命…さぁこい、私が全て引き受ける!!デコイ!」

 

ダクネスのスキル、デコイが発動するなり、私やクリスに迫っていた蔓は全てダクネスへと向かっていく。その自己犠牲と凛とした様相とプライドは正に騎士と呼ぶにふさわしきものだった。おかげで私とクリスは体勢を整えることができ、ダクネスから少し距離をおくことができたのだ。

 

ダクネスはそのまま白銀の剣を鞘から抜き、構えた。両手で持ったまま大振りで振るう剣閃は、華麗に空を斬った。続いて横凪に剣を振るうと、力任せに振られた一閃は、またも空を斬る。

 

 

…そう、空を斬っているのである。かっこよく聞こえなくもないがあっさり言ってしまえば空振りである。それはすぐ目の前にある蔓であろうと、動きを止めている蔓だろうと、まったく当たる気配がない。

 

私はなんとも言えない表情でクリスに視線を寄せた。

 

「う、うん、言いたい事はわかってるよ…。ダクネスはね…その、攻撃スキルをまったくとってないんだ。それだけじゃなくて、攻撃を当てることができないんだよ。」

 

お前は何を言っているんだ、それはひょっとしてギャグで言っているのか、どちらでも構わない。今の私はそんなことを言いたかった。

 

もはや呆れ返っていると状況は動き出す。無数の蔓がダクネスの全身を絡めとる。攻撃が当たらないのだから防ぐ術はもはやないだろう。ダクネスの足はそのまま地面から離され、腕をとられたおかげで剣を落としてしまう。

 

そうしたことでダクネスは身動きがまったくとれなくなった。デコイの効果も切れたのか、一部の蔓は私とクリスに向いているように感じた。

 

「まだだ!まだ足りない!!デコイ!デコイ!デコイ!!さぁ、もっとこい!まだ私は生きているぞ!たとえ身動きできなくてその触手にあんなことやこんなことをされようと、私は騎士の名にかけて決して屈しはしない!」

 

……何故か蔓でさえ呆れているようなそんな印象を受けたがデコイの効果なのか、私とクリスに向かおうとしていた蔓は再びダクネスへと向かっていく。

 

そのダクネスの表情は、恍惚になり色気をだし、まさに今までのダクネスとは別人のようだった。…私は再びクリスに視線をよせた。

 

「…そんな目で見ないでよ…。ダクネスはね…その、縛られたり叩かれたり罵られたりすると…そのなんというか興奮する、みたいで…その…」

 

私の目にもはや光はなかったのかもしれない、そんな感じがした。

つまりドMである。控えめに言っても、安直に言ってもドMである。目の前の見たくもない光景からしてそれはもはや否定できそうにない。

 

「ふふっ……ふふふふっ、さぁアリスよ、この窮地を脱したけばお前の攻撃魔法を使うしかないぞ!さぁこい!お前の魔法を見せてみろ!!この私にその力をぶつけてみろ!!」

 

口調は凛々しいのだが顔は恍惚としたままである。もはや直視したくなかった。というより先程までのダクネスとギャップがありすぎてもはやついていけてない。…とはいえ、ダクネスの言葉も一理あった。今やかなりの数の蔓がダクネスに集まっている。おそらく森のポイズンプラントがほぼ全て集まっているのだろう。ダクネスは何度もデコイを使っているがこれ以上増える様子もない。

 

私は考えた。1つ目の手はウォールを使ってダクネスの周りの蔓を弾き飛ばすこと。…いやこれはあまり意味がない上にリスクが大きい。何故ならダクネスには既に複雑に蔓が絡みついている。この状況ではダクネスごと吹っ飛ばしてしまいかねない。それに私がウォールの届く位置に近づいてもし捕まりでもすればそれはもはや詰みになる。……そこで私の脳内に電流が走った。

 

……そうだ。何故ウォールは他の味方に当たってない?今まで何度もウォールは使ってきた。はじめて使ったのはリーンやダストといた時の白虎狼戦。ゆんゆんと初心者殺しを討伐した時も使ったし、他のパーティメンバーと使った時にもウォールの範囲内に味方がいた場面はいくらでもあった。

 

この時もその時も、リーンやゆんゆんは私の使ったウォールの範囲内にはいっていたにも関わらず、影響を受けた様子はまったくなかった。

ウォールは防御よりな魔法スキルではあるものの、カテゴリー的には範囲攻撃スキルに分類される、少なくとも元のゲームでは。ゲーム序盤はウォール狩りという名目で大量のゴブリンの中でひたすらウォールを使い素材や経験値を稼ぐことをしたこともあった。…ウォールが味方を巻き込まないのであれば、他のスキルもそうである可能性は高い。もちろんこの世界での調整でウォールがそうなった可能性もあるので、念には念をいれなければ。

 

 

私は、深く息を吐き、呼吸を整えると、魔法の詠唱にはいった。

 

《マナリチャージフィールド》

 

私の周囲が青白い光で満ちる。魔力回復の促進を感じるものの、今このスキルを使ったのはそれが目的ではない。そのデメリットが目的だった。

このスキルのデメリットは、使用中魔法攻撃力が半分になる。つまりできるだけダクネスにダメージを与えない為の保険だ。蔓自体はひとつひとつは大したことがないから、私が今から使おうとする魔法なら、おそらく問題なく倒せるだろう。

 

すると何かを感じ取ったのか、私の方に数本の蔓が迫ってくる。ダクネスは縛られ、クリスは気付けば少数の蔓の相手をしていた。自分でなんとかするしかない。

 

《インパクト》

 

転生特典スキルその7。自身の周囲に衝撃を叩き込む上級魔法スキル。上級ながら攻撃力自体はあまりない、ないのだがそれだけで蔓はバタバタと地面に落下した。

 

その様子に思わず笑みを浮かべる。この程度で倒せるなら次に使うスキルなら余裕で倒されてくれるとの確信があった。

 

インパクトは攻撃魔法スキルというよりは、それによる特性に上級魔法スキルである由縁がある。その効果は…次に使用するスキルの消費魔力の半減。

 

次に使うスキルの消費魔力はランサーよりも大きい。だからこれを使うことで魔力消費を抑えられる。魔法攻撃力もさげた、消費魔力もさげた、よって準備は整った。

 

私はダクネスへと杖をかかげて、覚悟の目を向けた。できるだけダクネスを見ないようにして。

 

 

《ストーム》

 

以前触れた転生特典スキル、これがその8になる。ダクネスを中心に超極大の竜巻が形成されると、それはまさに嵐のごとく、蔓を八つ裂きにして粉砕する。更に私やクリスの周囲にいた蔓をもその遠心力で引き寄せる。そして同じように八つ裂きにして跡形もなくほぼ全ての蔓は消滅した。

 

「うわぁぁぁぁぁ!?!?」

 

「ダ、ダクネスーー!?!?」

 

ダクネスの絶叫が森に響き渡る。竜巻が役割を終えるとともに消えると、ダクネスは力なくその場で四つん這いになっていた。

 

……やっぱり…ダメだったのだろうか?ダクネスに駆けつけるクリスを見据えながらも、私は続くように駆けつける。インパクトのおかげでまだ魔力はある。もし怪我をしているならヒールをしようと思いながら。

 

 

 

……

 

 

 

 

私は後悔していた。

 

確かにウォールの件もあり確信はあった。

 

だけどそれは確実ではなかった。

 

元のゲームではそうだとしても、この世界で同じである保証はない。

 

魔法攻撃力は半分にした。ダクネスが自ら撃ってこいと言った。他に方法が浮かばなかった。

 

どれも言い訳だ。

 

私が、仲間を攻撃したという事実は変わらない。

 

そんな罪悪感が、私には確かに芽生えていた。

 

 

結果として…ダクネスはストームの影響をまったく受けてなかった。つまり私の攻撃スキルは、転生特典スキルは味方には当たらない仕様であることがほぼ確定した。

 

だけどもしこれでダクネスが大怪我を、あるいは死にでもしたら。

 

そう思ったら、怖くなった。

 

アローなどはともかく、ランサーや今のストームはゲームで気軽に使っていたスキルとは程遠い威力で、自分の力が怖くなった瞬間でもあった。

 

ダクネスには、クリスにもだ。私は誠心誠意謝罪しようと心に決めた。

 

そう…決めたのだけど……

 

 

「何故だ!何故なんだアリス!!」

 

ダクネスは心底悔しそうに地面に拳を叩きつけた。

 

「確かに素晴らしかった!このような凄まじい魔法を躊躇なく放つお前の鬼畜さ、突如現れた絶望的な竜巻による恐怖!どれも素晴らしかった!!だが…」

 

言いたいことが既に分かっていたのか、クリスはもはや全てを諦めてた。

 

 

「何故、あれほどの攻撃だったのに私にはノーダメージなのだ!!これでは不完全燃焼にも程があるぞ!!」

 

 

……えっと、つまり。

 

ダクネスは私がスキルを使ったことではなく、私のスキルでまったくダメージを受けなかったことを嘆いていた。

 

とりあえず今の私の葛藤と後悔を返して欲しい。心からそう思った。

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

とりあえず、色々あったもののポイズンプラント自体の討伐は終わりを告げた。やっと帰れる、そう思うと大きなため息がでるだけだった。なんというか魔力も割と使ったけど今回はそれ以上に精神的な疲れが大きい。と完全に帰宅ムードになっていたのだが、クリスは警戒を解くことなく周囲を見渡していた。

 

「まだだよ。アリス、冒険者カードの討伐履歴を見てごらん?」

 

言われた通りに私は冒険者カードを取り出し、討伐履歴を見る。…しかし、そこにポイズンプラントの項目はひとつもなかった。

途端に緊張が走る。あれだけ倒したのにも関わらず1匹も倒せていないというのか。だけど周囲を見渡して、千切れた蔓が動くことはない。

 

「言ったでしょ、これはポイズンプラントの蔓なんだよ。つまり…」

 

クリスは腰にぶら下げていた短剣を手に取ると、流れるようにそれを木々の中に投擲した。するとギギャーとわずかな奇声が聞こえてくる。

 

クリスとともにその木々の中を見ると、向日葵くらいの大きさの紫色の花が痙攣を起こしていた。どうやらギリギリまだ息があるらしい。植物なのに息があるという表現もおかしいが。

 

「これを倒しておかないと、時間が経つとまた蔓が復活しちゃうからね。」

 

「ま、まて!!それは私がペットにする為に連れて帰る、だからまって…ああああぁ!?!?」

 

ダクネスの言葉を遮るように、クリスはどこから取り出したのか赤い液体がはいった丸いフラスコ瓶を取り出しポイズンプラントにポイっと投げる。それは接触とともに小爆発を起こし、ポイズンプラントは息絶えていた。植物だけど。投げたものはどうやら爆発ポーションのようだった。

 

「あぁぁぁ…くぅぅ…無念だ…実に無念だ…」

 

ダクネスがここから復活するまで、30分ほどかかった。なお、ここまでクリスの表情に光はなかった。

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

無事に討伐も済み、ダクネスもなんとか復活したので私達はアクセルへの帰路についていた。

そんな中私の心はモヤモヤした気持ちでしかなかった。…ダクネスはあんな感じだったけど、やっぱりクリスには正直に話したほうがいいかもしれない、そう決意した。すると私のそんな様子に気が付いたのか、こちらが声をかける前にクリスの目は私に向けられていた。

 

「アリス?どうかしたの?」

 

とぼとぼと、だが先頭はダクネスが歩いていた。その歩き方に来た時の凛とした輝きはもはや、ない。

クリスの呼びかけに私は先程の魔法について説明した。ゆっくりと、申し訳なさそうに。

 

私の魔法が味方を巻き込まない確信はあったものの、試したことがなかったので確実ではなかったこと。

もしかしたらダクネスに大怪我をさせていたかもしれないこと。

 

クリスはそれを不思議そうに聞いていた。

 

「アリスは、優しいんだね。」

 

俯いて話していた私は、えっ?と声を出してクリスの思わぬ言葉に顔を向けた。

 

「大丈夫だよ、ダクネスはむしろ巻き込みを望んで撃てって言ってたんだからさ。ほら、気にしない気にしないっ。」

 

笑いながら私の肩を軽く叩くクリスに、私は納得がいかないでいた。

 

「それにさ…、アリスはちゃんと考えてやったんでしょ?攻撃力をスキルで半分にするとかしてさ」

 

それを言うとクリスはダクネスの方に飛び出すように向かった。

 

「ほらダクネス!いつまで凹んでるのさ!帰ったら打ち上げにシュワシュワでパーッとやるよ!」

 

 

…そんなクリスを見て、私は目を見開いていた。そしてふと口から漏れた。

 

 

 

 

 

 

┈┈┈┈貴女は一体…何者なんですか…?

 

 

 

 

 

 

今クリスは確かに言った。私がマナリチャージフィールドを使って攻撃力を半分にしていたことを理解していた。

 

私はこのスキルのデメリット、魔法攻撃力が半分になることは、誰にも言っていない。

 

これを知っている可能性がある人は、私以外ならゲームをプレイしたことがある転生者、あるいは…私そのものを構築した女神アクア様。あるいはその女神様の関係者くらいだ。

 

女神アクアは審査と言っていた。天界の規定とかも言っていた。

 

つまり神はアクア以外にいるのだろう。

 

だけど、ふと私はクリスの言葉を思い出した。

 

 

 

┈┈┈┈「今の君は『アリス』なんだ。だから、どこまでも『アリス』でいたらいい。私はそう思う。」┈┈┈┈┈

 

 

 

この言葉もまた、何も知らない人からは絶対にでないだろう。だけど…

 

ふとダクネスを励ますクリスの横顔を見る。揺れる銀髪は、その瞳は何故かとても輝いて見えた。

 

…クリスが何者であろうと、私は確かにこの言葉に救われたんだ。なら、それでいいんじゃないかな。と、自然とそう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




《インパクト》上級魔法スキル。無詠唱で自身の周囲に衝撃波を叩き込む。ダメージは少ないが周囲の相手を確率で転倒させる。また、このスキルを使った次のスキルは消費魔力を半分で使うことが出来る。大技の準備スキルとして優秀。

《ストーム》上級攻撃魔法スキル。消費魔力はランサーより高いがウォールと違って支点を決められる。決めた支点を中心に超極大の竜巻を起こす。なお竜巻ではあるが属性は無属性である。嵐のような竜巻は、周囲の敵をも巻き込む。



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episode 17 最強の魔法

やってみたかった会話だらけ回




長かった。

 

無駄使いをしないで、必死にクエストをこなして、頑張ってお金を貯めた。

 

その結果が…今私の目の前にあるオレンジ色の結晶『フレアタイト』だった。

 

普通のゲームみたく300万貯めたら即買いと言う訳にもいかなかったので300万消費しても生活に不自由のない程度にお金を貯めてと、苦節4ヶ月、ようやくの入手であるそれは私にとって実に感慨深いものであった。私はその買いたてのフレアタイトの結晶石をお客さんがきてるにも関わらずご満悦で見つめていた。

 

「まーったく。いつまでにらめっこしてんのよ。」

 

今は私の住んでいる宿である。そこにはリーンとゆんゆんが遊びにきていた。ソファーで寛ぎながらティータイムである。ちなみにクエストは今日はお休み。

冒険者という職業の利点はまず自分のペースで依頼を受けられることに尽きる。大体普通の冒険者は週3.4つの依頼をやるかやらないかが平均的で、私のように週に7.8程度こなしてしまう人はまずいない。

 

「で、でも300万なんて凄いですよね。そんな高い買い物したことないですよ。」

 

「アリスの場合、お酒も飲まないしクエスト受注量も半端ないからむしろお金が貯まらない方が違和感あるわ。ダストに見習わせたいくらいよ。」

 

「で、でも、ダストさんが節制とか…1番想像つかないような気が…」

 

むしろリーンがお金を安易に貸すから節制も何もあったものではないと思う。そう告げるとリーンはその場で気まずそうに俯いた。

「うぅ……」

 

「リーンさん、まだお金貸してるんですか…?」

 

「私だってホントは貸したくないのよ!だけど色々言ってたらいつの間にか貸しちゃうのよ!…はぁ…アリスがうちに来てから大分減ったけど…そういえばアリスも貸してくれって言われたことあるわよね?どうしてるの!?」

 

だんだんリーンが必死になってきた。何も難しいことはしていませんよ。ただそう言われたら冒険者ギルドに引っ張っていって一緒にクエストを受けるだけなのですが。と言ってしまえば、ゆんゆんは目をパチクリさせていてリーンはどこか納得行かない様子でいた。

 

「つまり…アリスさんにとってお金貸してくださいは、一緒にクエストに行ってください、に自動変換しているんですね…」

 

「なんで普段内気なのにそういう時だけ行動力あんのよ。」

 

「アリスさんって普通に行動力あると思いますよ?私と初めてクエスト行った時なんて、1日で2つも受けたんですよ…。」

 

「あー、それ私もあるわ。まぁおかげで懐は潤ったけど…。」

 

正直行動力があると言われたところでピンと来ないのが本音である。私は私の思うがままにやってるだけなのだから。言ってしまえばゲーム感覚なのが強い気もする。まぁそれはそれとして、ダストにそう言っていたら貸してくれと言われなくなったことも事実だったりする。

 

「あれですね、遠回しにお金欲しいなら働けってダストさんには伝わってるんでしょうね…」

 

「ぐぬぬ…なるほどその手が…だけど自分の時間使ってまでダストとクエストにいこうまで思わないのよねー…そりゃあいつのことは手のかかる弟みたいに思ってるとは言ったけど、それはそれ!…もういいわ、次こそお金貸さないようにするんだから!」

 

決意に燃えるリーン。だけどその決意が実ることはないのであった…というナレーションを付けたら丁度いいのかもしれない。

 

「うるさい!!」

 

クッションを投げられてしまった。心の声がもれちゃったようです。反省反省。

 

そんな他愛の無い会話をしてたら、扉をノックする音が聞こえてきた。

 

 

扉を開けると、見事に私の身長と同じくらいの女の子が立っていた。その頭にはやや大きめの三角帽子、片目に黒い眼帯、黒いマント。ただ見た事はない子だった。

 

キョトンとしていると、少女はおもむろに見たことがあるポーズをとり…

 

「我が名はめぐみん!!アークウィザードを生業とし、爆裂魔法を操る者!!」

 

…残念、二番煎じだ。それが1番に出た感想だったりする。それにしてもゆんゆんに似ていなくはないけど妹か何かだろうか?なんて思っていると後ろから声が聞こえてきた。

 

「めぐみん!?」

 

「ゆ、ゆんゆん!?何故こんなところに!?」

 

「なんでって、その…お友達の家に遊びに来ただけよ。」

 

「と、友達!?ゆんゆんに友達!?ちょっと貴女!ゆんゆんを騙くらかして何を企んでいるのです!?理由によっては撃ちますよ!?爆裂魔法を撃ちますよ!?」

 

「やめてめぐみん!?そんなのじゃないから!本当にお友達だから!!」

 

 

……収拾がつかないと感じた私は、とりあえずあがってください。と告げるしかできなかった。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

ポットにいれてたミルクティーをだし、ソファーに座らせた。ちなみにソファーは2人座れるタイプと1人用がひとつあるだけなので自動的に蚊帳の外であるリーンが自発的に私のベッドの上に寝転んで様子を見ていた。

 

「すみません、頂きます。」

 

最初はどうなるかと思ったけどその後は思ったより礼儀正しかった。

 

「で、その子は結局なんなの?ゆんゆんの妹?」

 

リーンがベッドの上でクッキーを食べながら言う。ベッドの上で食べるのはやめてほしいのだけど。

 

「だ、誰がこんなのの妹ですか!?同郷の同級生ですよ!」

 

「こんなのって何よ!こんなのって!? 」

 

どうやら妹ではないらしい。ただ同級生…?と、私はゆんゆんとめぐみんを見比べた。…うん、見えない。見えないがゆんゆんが育ちすぎだからそれは仕方ないのかもしれない。

 

「それアリスが言ったらダメなやつと思うけど。うぷっ!?」

 

とりあえず先程のお返しにクッションを投げておく。私は悪くないです。それで私に何か用事があったのではないのでしょうか?

 

「おっとそうでした。貴女のことですよね?『アークウィザードプリーストのアリス』と言う方は。」

 

…なにそれ知らない。また異名が増えてるの?初心者殺し殺しよりマシだけどそういうのは許可とってほしい。

 

「あぁ、なんか最近ギルドでそんな感じで広まってるらしいわよ。そりゃアークプリーストなのにアークウィザード顔負けのスキル使ってたらそうなるわよね。…てか今ここのメンツ私以外全員上級職じゃない!?」

 

わなわなと震えるリーンはさておき、それが私だとしてなんなのだろうか?私は無言のまま首を傾げた。

 

「アークプリーストの分際でアークウィザードに匹敵する魔法を使うなど聞き捨てなりません、この私と勝負してください!」

 

…突然勝負と言われてもどうしたらいいのでしょうか…?クエストを受けてモンスターの狩りした数でも競うとかしか思い浮かばないのですが。と聞いたところ何故かめぐみんは狼狽えた。

 

「い、いえ。そういう勝負ではなく、火力勝負です。貴女のもつ最強の魔法と、私の爆裂魔法、どちらが上か勝負といこうじゃありませんか!」

 

……無理です。ごめんなさい。私は素直に頭を下げた。

 

「何言ってるのよめぐみん、そんなの流石にアリスさんが不利に決まってるじゃない。」

 

「アリスの最大火力って言うとあの時見せたランサー?それとも最近ダストを思い切り巻き込もうとしたストーム?あの時のダストはおかしかったわぁ」

 

「ラ、ランサー?ストーム?なんかえらく単純な名前の魔法なのですね、どちらも聞いた事はありませんが。」

 

思い出し笑いしているリーンだが私は否定した。私の最大火力の魔法となるとあれしかないだろう。使ったことは無いけど。

その名前は《フィナウ》。消費魔力がストームの4倍という魔力調整がきびしいこの世界ではネタにしかなりそうにないスキルである。今の私が使えば即魔力切れでぶっ倒れることは間違いないのだから。ちなみにインパクト込みで。

 

「1発使ったら即魔力切れって…なんかめぐみんの爆裂魔法みたいですね…」

 

「アリスの家系にも爆裂魔法みたいのがあるわけ?まぁ…私も興味はあるわね。あの竜巻の4倍でしょ?」

 

「あの、アリスさん、私も見てみたいです。どうにかお願いできませんか…?」

 

…どうやら味方はいないらしい。めぐみんは勝負したい訳だから言うまでもなくこちらの返答待ちだった。こうなっては断りづらいのもあるけど私も地味に興味はあった。使うとどれくらいの威力になるのかが。

 

そんなこんなで私達は、急遽クエストを受けに行くのであった。どうせ魔法使うから依頼受けたほうがはやいし。

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

簡単なクエストでジャイアントトード5匹倒してくださいと言うのがあったので4人で受けようとしたら流石にルナさんから引きつった顔をされた。とりあえず魔法スキルの的としてやりたいだけですと正直に打ち明けたら渋々受理してくれましたけど。

 

そんなこんなで見慣れた湿地帯にきたわけで。いつもは潜っているジャイアントトードが都合よく2匹ほど顔をだしていた。本当に都合がいい。

 

「さぁ、私からいきましょう。我が爆裂魔法をとくと見よ!」

 

マントを翻すと杖を構えて、めぐみんは詠唱を開始した。

 

 

「黒より黒く闇より暗き漆黒に我が深紅の混淆を望みたもう。覚醒のとき来たれり。無謬の境界に落ちし理。無行の歪みとなりて現出せよ!踊れ踊れ踊れ、我が力の奔流に望むは崩壊なり。並ぶ者なき崩壊なり。万象等しく灰塵に帰し、深淵より来たれ!これが人類最大の威力の攻撃手段、これこそが究極の攻撃魔法…!!」

 

……詠唱こんなに長いものなのだろうか?真似しようとしたら舌を噛みそうだ。

 

「い、いえ、とくに詠唱は決まってません。めぐみんの気分だと思います。撃つ時はエクスプロージョンと言うだけの時もありますし。」

 

ゆんゆんが冷静に解説してくれたところでめぐみんは高々と杖を掲げた。

 

「穿てっ!!エクスプローージョン!!」

 

例えるなら爆弾。それは赤い閃光となってカエルの中心に落ち、そして大爆発を起こす。確かにこれはランサー程度では比較にならないだろう。凄まじき轟音がなりやんだと思いそこを見ると、ジャイアントトードは跡形もなくなり、地面には特大のクレーターができていた。そしてバタリとその場で音がした。…見ればめぐみんはそのままうつ伏せに倒れていた。症状的にも魔力切れで間違いなさそうだ。何故そこまでして撃つのだろうと思いつつ、用意しておいたマナポーションをお裾分けした。

 

「い、いいんですか?こんな高い物を?すみません、いただきます。」

 

「それにしても本当に火力だけはやばいわね。火力だけは。アリスこれに勝てるの?」

 

「えっと…無理はしないでくださいね…?」

 

一応やる前に無理とは言っているのだけども。とりあえず今の爆裂魔法でジャイアントトードがでてきたので私は《インパクト》を使った上で詠唱を開始した。

 

杖を宙に浮かせて回転させ

 

術式を構築するとともに自身をも、浮く。

 

「う、浮いた!?」

 

「ア、アリスさん!?飛んでますよ!?」

 

両手を杖に向け術式を起動すれば、両腕、腹部にリボン状の魔法陣がそれらを囲むように駆け巡る。周囲に大小の円状で無数の魔法陣が展開されると同時に、激しく魔力を消耗している感覚を覚えた。気づけば私のツインテールとスカートは魔力の波動で浮かび上がっていた。スカートは見えそうで見えないギリギリの位置で。

 

空が晴れてきた。否、雲が割れたのだ。そこから溢れんばかりの光の塊が降臨する。そしてそれを杖に宿すようにイメージしたまま浮いていた杖を握りしめ……全力で振り落とす。

 

《フィナウ》

 

空から急降下した光の塊は、着弾点に巨大な魔法陣を形成して、ジャイアントトードを飲み込む。破壊など一切のない光の塗り潰し。そこにはジャイアントトードそのものが初めからいなかったかのように、塵一つ残さず消え去っていた。

 

そして私は久しぶりの魔力切れでめぐみんのようにその場にばたりと倒れ込んだ。

 

「…なんか…なんて言ったらいいかわからないんですけど…凄く神々しかったです…」

 

「本当にね…空が割れるとかどんな魔法よ…」

 

「……ハッ!?こ、ここここんなの、たたたたいしたことないではないですか!?なんですかそれは空が割れるとか聞いてませんよ!?あれですよ!?浮いて魔法陣だしてるのがかっこいいとか少しも思っていませんからね!?」

 

とりあえずなんでもいいのでさっさと鞄のマナポーションを飲ませてほしい私でありましたとさ。……詠唱途中から魔力の急激な減りで意識がなかったから二度とやらないと決めたのでした。

 

 

 

 




書いてて3人会話もきついのに何めぐみんきてんの!?とか思いながら書いてました()

フィナウ詠唱こんな感じです
【挿絵表示】


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episode 18 果たして勝敗は

アリスちゃんのゲーム画像挿絵とフィナウ詠唱の挿絵をいれたいんだけど上手くいかない…。そのうちいれます。




《マナリチャージフィールド》

 

マナポーションを飲んだ私はうつ伏せになったままだっためぐみんの横に座ると、魔力切れのお供であるこの魔法を使った。

戦闘中でないなら攻撃力半減はまったく関係はないので使ってみるとこの世界では割と便利に感じた。

 

……というのもそもそもゲームでは魔力切れなんてものはない。この世界では1発撃てばおしまいのフィナウも…爆裂魔法でさえもゲームのあのスキルらがあれば何発でも撃ち放題となったのは間違いないのだから。

 

そのスキルとは《チャージング》そして《マキシマイザー》というスキル。

 

チャージングは消費魔力無しでランサー1発分の魔力を回復できる。そしてマキシマイザーはチャージングの後に使うことでほぼ魔力を全快にすることができる。

これらのスキルをもってアークウィザードになっていれば爆裂魔法連発も夢ではなかったのだけど……冒険者カードに載ってる私の転生特典スキルの中にはいくら探してもそれらは見当たらなかった。おそらく女神様によりやりすぎだと判断されたのだろう。非常に残念である。

 

「あ、あの、この青白いのはなんですか?いきなり使われると少し怖いのですが。」

 

「あぁ、大丈夫よ。魔力を回復してくれるアリスのスキルだから。」

 

「ま、魔力を回復するスキル!?なんですかそれは!?聞いた事がありませんよ!?」

 

正しくは回復ではなく自然回復の促進なんだけど細かいことはいいのである。

それにしても今日はお休みの予定だったのに私は何をしてるんだろうかと若干自己嫌悪に陥っていた。

ちなみに魔力を回復ではなく吸収ならあるらしい。アンデッドのスキルらしいけど。

 

「私も前に使ってもらったことがあるんだけど…1時間くらいで魔力が全快するからかなり重宝するスキルよね。森林浴してるみたいで気持ちいいし。」

 

ちなみにこの間、ゆんゆんは残り3匹のジャイアントトードを討伐中だったりする。私とめぐみんは動けない、そしてリーンはそもそも見に来ただけだから普段着で杖すら持たずに来ててたまたまフル装備だったゆんゆんに白羽の矢がたったのである、哀れゆんゆん、後でケーキでも奢ってあげよう。

 

疲れて説明がめんどいのを察してくれたのかリーンが説明してくれると、めぐみんはわなわなと震えていた。

 

「つまり…つまりですよ!?私と貴女が組めば私は1日10回くらいは爆裂魔法が撃てるということですか!?なんですかそれは反則すぎます!チートですチート!」

 

一体何が言いたいのかわからないけど私は無視を決め込むことにした。それにしても元気ねめぐみん。同じ魔力切れ状態のはずなのに私はしゃべるのもめんどくさいのに。ちなみにチートは認めますごめんなさい、スキルどころか髪の毛1本残らず女神様によるチートです。

 

「それで!?どうでしょうか!?是非私と固定パーティを組んでもらえませんか!?貴女と私が組めば最強間違いなしですよ!いえ私だけでも最強なのは変わらないのですが。」

 

結局言いたかったのはそれですか、と私は小さく苦笑した。すると終わったのだろうか、ゆんゆんがこちらに向かって手を振っていた。

 

「ようやく終わりました…。駄目よめぐみん!アリスさんにまた迷惑かけるようなことを言ったんでしょ!」

 

「またってなんですか!?私はただ固定パーティのお願いをしているだけです!」

 

いや、またなのですよ。この勝負も元はと言えばめぐみんの言葉から始まったのだから。それにたまにパーティならまだしも固定パーティは流石に無理である。テイラーさんのパーティに入れたらいいけど定員オーバーらしいし、仮に入れられるならはいるのは先に言ったゆんゆんになるだろう。

私がテイラーさんのパーティを抜けるつもりは現状ないので完全に無理な話である。

 

「固定パーティなら、私と、リーンさん達のパーティにアリスさんは入ってるから無理だと思うわよ。」

 

「なっ!?ゆんゆんがパーティ!?」

 

「えっ、そんな驚くことなの?」

 

リーンに同意である。そういえばめぐみんとゆんゆんが鉢合わせた時もめぐみんは友達ということを信じてなかったのは何故だろう。ともあれ話が逸れそうなので助かる限りだったりする。

 

「当たり前じゃないですか!ゆんゆんですよ?一緒にいたならゆんゆんがどういう子かわかっているでしょう!?ゆんゆんには私くらいしか友達になれる人がいないんですから…あ。」

 

「め、めぐみん……い、今なんて…?」

 

見ればゆんゆんは顔を赤くしてもじもじしていた。それは凄く嬉しそうなのだけどその反応も謎だった。私としては2人は同郷の友人だとばかり思っていたのだから。

 

「なんでもないです、なんでも…ちょ、ちょっとやめてください!抱きつかないでください!私にそんな趣味はないのですよ!こら離れなさい!?」

 

ゆんゆんは勢いのまま私の隣にいためぐみんに抱きついた。とりあえず見た感じではめぐみんが素直じゃなくて、ゆんゆんが引っ込み思案であるからお互いに友達だと思ってはいるものの、なかなか歯車が噛み合わないのだろう。実際私やリーンと話してるよりも、めぐみんと話すゆんゆんはまったく遠慮のないとても自然体に感じていた。

 

「なんだかこの2人…変なコンビね。」

 

ふと私の隣にきて座り込むリーンに同意して、私達は2人に生暖かい視線をおくっていた。

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

「まったくこちらが動けないのをいいことに、好き勝手やってくれますね!……それで?すっかり忘れてましたが結局今回はどちらの勝ちになるのですか?」

 

あぁ、そういえば勝負でした。と思ったのは私だけではなかった。リーンもゆんゆんですらも忘れていたらしい。

 

「いや…そうは言ってもさ、あれをどう優劣つけろと言うの?」

 

「結果的に、アリスさんもめぐみんも、ジャイアントトードを跡形もなく消滅させちゃいましたから…」

 

「なら引き分けでいいんじゃない?火力勝負でジャイアントトードの結末が同じなら、それしかないじゃない。」

 

まさにその通りである。めぐみんも判断に困るようで、もしかしたら勝っている要素を探そうとしているのか、ぐぬぬと唸っていた。

 

「わ、わかりました。引き分けなら仕方ありません。ですが覚えておいてください!我が爆裂魔法は最強の攻撃魔法!更なる磨きをかけて再びあなたに挑みましょう!」

 

…それだと私はまたフィナウを使わなければいけないってことになるのかな?…はい、却下です♪この時の私の笑顔は凄くいい笑顔である自信があった。

 

「何故ですか!?まさか貴女はあんな素晴らしい魔法を使わないとでも!?」

 

「いやアリスの場合…あれ以外にも攻撃スキルはいっぱいあるし…。」

 

「ねぇめぐみん…そもそもめぐみんが爆裂魔法の火力をあげてまたやったとしても…またどちらも消滅させたらまた引き分けになるだけと思うんだけど…」

 

「うぐっ」

 

ゆんゆんがいい事を言いました。私は内心ゆんゆんを褒めたたえていた。なんでもいいからこの魔力切れだけはなりたくない。とことんチャージングとマキシマイザーがないのが悔やまれる。

 

とりあえずもう少ししたらご飯にでも行きますか。なんて言いながら、私たちは魔力回復を待つことにした。

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

冒険者ギルドの酒場。

 

ジャイアントトードの討伐報告をした私達は、その報酬をそのまま食事に使おうと4人で酒場にきていた。そして料理がくるなり、めぐみんはがっついた。

 

「ちょっとめぐみん、もっとゆっくり食べなさいよ。みっともないよ。」

 

「仕方ないではないですか、もぐもぐ…、ここ2日ほどまともに食べ物を食べてなかったのですから!もぐもぐ」

 

「なんでそんな状態になってるのよ!?ちゃんと食べなさいよ!?」

 

「仕方ないでしょう!?お金を稼ごうにも、パーティを組んでくれる人がいないのですから!」

 

聞いてて納得はした。めぐみんは爆裂魔法を愛するあまり、爆裂魔法とそれの強化をするスキルのみしかスキルをとってないらしい。流石にこれではなかなかパーティは組めないだろう。…なんか防御スキルしかとらないクルセイダーさんがいた気がしたけど彼女となら仲良くなれそうな気がする。

私はさっきの話の続きをした。固定パーティは無理だけど、たまに時間が合う時にパーティを組むのは構いませんよ?と。

 

「ほ、本当ですか!?いいんですか!?爆裂魔法しかできませんよ!?」

 

その時はまた回復してあげたらいいだけですし。きっとゆんゆんも参加してくれると思うし。

 

「も、勿論よめぐみん!」

 

「あ、ゆんゆんは結構です。」

 

「なんで!?どうしてそんなこと言うの!?」

 

「当たり前でしょう!?まずゆんゆんとは友人である前にライバルです!ライバルと一緒にクエストなどできるわけがありません!」

 

「えっ、めぐみん…今また友達って」

 

「言ってません。」

 

「えぇ!?言った!今言ったよ、友達って!」

 

「言ってません、というか近づかないでください気持ち悪い。」

 

「気持ち悪い!?」

 

そろそろ止めないの?というリーンの視線を感じた私はくすくすと笑ってうなづいた。本当に仲がいいなぁと思いながら。

 

 

 

 




めぐみん編おしまい!

次回『カズマ死す』(転生的な意味で)


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episode 19 ジャージ姿の少年

そろそろアクセルの街をでるべきなのかもしれない。

 

そう思った理由は、女神様のことをふと思い出したから。

 

私はこの街でただ楽しく過ごす為に転生したわけではない。あくまで魔王を倒すという使命があったりもする。もっともまったく乗り気ではないけど。

 

その理由はこの街が基本的に凄く平和なので、魔王なんてものが本当にいるのかすら怪しく感じているから。

 

とりあえず下準備としてなら、この街で充分過ごしてきた。今の私のレベルは26。だいぶ強くなってしまった。

 

でもまぁ……30になったら考えよう。うん。

 

とまぁ基本的にのんびりなのが私の信条なので。はい。

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「えっと…すみません。アリスさんのレベルを考えたらこの依頼はちょっと…。」

 

困った顔の営業スマイルのルナさんの言葉に、私はわかりました、と単調に告げてとぼとぼと酒場のカウンター席につく。

 

いつものように初心者殺しの討伐依頼を見つけたのだけど推薦レベルより11も高い私はとうとうギルド側から依頼を受けるのを断られてしまったのだ。

基本的に推薦レベルから10離れると無理な様子で、5くらいなら討伐人数次第ではといった感じ。

 

とりあえず依頼だけ受けて誰か一緒にやる人を探そうと思っていただけにこれには参った。そして今日この依頼ができないとなると今のところやれるクエストがない。そんな私はやっぱり王都に行くべきなのかなぁ、と憂鬱気味に考えていた。

 

そんな時だった。

 

冒険者ギルドに、2人の若い男女がはいってきた。それを見て私は驚愕した。

 

 

1人は深緑色のジャージを着た茶髪の男の子である。おそらく同い年か少し上くらいの。

 

ジャージ…そう、ジャージである。あんな服を目撃するのは半年ぶりである。当然ながらあの服は日本でみかけるあのジャージなのだから。

 

その男の子だけでも驚くのに、もう1人はまさに度肝を抜かされた。

 

水色の長い、軽く癖のある特徴的な髪…青色のドレスっぽい服に透明の羽衣のようなヒラヒラを纏ったかわいらしくもあり美人とも言える女の子。

 

その人はまるで…いや、まさに私の願いを聞き私をこの姿にしてこの世界に転生させた女神アクア様と瓜二つだったのだから。

 

様子を見ていると2人はまっすぐ窓口に向かう。冒険者だったのだろうか?アクセルの街は広い。半年いる私でも完全に把握できてはいない。私が知らない冒険者などまだまだいるだろう。…それともこれから冒険者登録をするのだろうか?

気が付けば私はその2人に興味深々だった。これほど興味を惹かれる人は初めてかもしれない。

 

しばらくして、力なくとぼとぼと歩く2人は、がらがらの酒場のテーブル席に座ると、とくに注文をすることもなく座ったまま意気消沈していた。

 

私は一体どうしたのだろう?と、ルナさんのいる窓口へと向かい話を聞いてみた。

 

「先程の2人ですか?冒険者登録をしにきたようなんですが…お金がなかったようですね…。」

 

ルナさんの困った口調に私はそのままお礼を言って席に戻る。そして私は考えていた。

 

確信はもてないけど、もしかしたらあの男の子は私と同じ転生者ではないだろうか?

 

私以外に転生者がいることは既にわかっていた。今のところ私は他の転生者に出会ったことはないけど、ふと虚ろな記憶を頼りにすると、転生する前に見たカタログ。あれには確かに(済)と書かれた武器や装備がいくつかあった。つまり私の前に転生した人が貰っていったのだろう。

 

つまりあの男の子は転生者で、一緒にいる女の子はもしかしたら男の子の転生特典。見た目からして瓜二つだから、女神様の分身とか下僕とかそういうのかと予想した。転生するのに仲間を望んだとかなら可能性はありえる。男の子だし、可愛い女の子の仲間がほしい、とか言ったのかもしれない。

お金がないのも転生したばかりなら納得がいく、私も最初は無一文だったしあの辛さは共感すらできる。

 

そうなると私の後輩だ。それなら助ける理由としては充分である。

私はカウンター席を立つと、近寄り難い空気をしている2人のテーブル席へとドキドキしながら歩を進めた。

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

すみません、相席してもよろしいですか?

 

私は2人のテーブル席の前に立つと男の子のほうに顔を向けて話しかけた。

 

「えっ?席はどこも空いてるわよ?」

 

男の子の対面に座る女神様に似た女の子が不思議そうに首を傾げる。その声までも、その女の子は女神様によく似ていた。私は苦笑しながら、1人では寂しいのでお話したくって、と返す。

 

「あ、はい。よかったらどうぞ。」

 

緊張した様子で男の子が告げると、私はありがとうございます♪と笑顔で告げる。男の子の顔は赤くなっていた。

 

「ちょっと何緊張してんのよカズマさん、もしかして自分にモテ期きた!とか思ってない?ありえないからね?鏡見て言ってね?」

 

「うるせーよお前は黙ってろ!?んなこたわかってんだよ!!……と、ごめん大声出して。それで君は?俺たちに何か用なのか?」

 

なんかダストに似てるなぁと思いつつも私はとりあえず、とウェイトレスさんを呼ぶ。

 

「はい、ご注文ですか?」

 

私はミルクティーとサンドイッチを3人前注文した。ウェイトレスさんは笑顔でかしこまりましたーと告げるとキッチンに向かっていく。

 

「えっとあの…俺ら金ないんだけど。」

 

気まずそうな男の子に私は笑顔のまま、このまま席に座っててもお店に迷惑なので適当に注文しました、お金は大丈夫ですので食べてください。と告げると、自分たちの外から見た様子が痛いほど理解できたのか、男の子は私が来る前より沈んでいた。

 

「…あ、はい。すみません、ご馳走になります…。」

 

「なるほどね、私はわかったわ。」

 

もはやライフがゼロの様子の男の子をまったく気にしない様子で女の子は立ち上がった。そしてめんどくさいことを言った。

 

「貴女のその服装…貴女はアクシズ教徒ね!間違いないわ!」

 

 

…何故そうなったのだろうかと私は頭を抱えた。というより2ヶ月もかけてせっかく払拭したのにまた掘り起こすのはやめていただきたい、割と切実に。

 

そんなことを思っている最中も女の子の発言は続く。

 

「仕方ないわね、今回は特別に私の正体をおしえてあげるわっ、私の名前はアクア。アクシズ教の御神体、女神アクアよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………ぇ?

 

 

 

 

私は放心状態になった。いやなんでこんなところにいるの!?てか分身か下僕かと思っていたのにまさかの本人!?それならそれで私に初対面の反応してるのはもしかして私忘れられてる!?こんなの絶対おかしいよ…!?様々な感情が入り乱れ、私は混乱した。

 

 

「あー、ごめんごめん、気にしなくていいから!?こいつ自分のこと女神とか言っちゃう頭のおかしいやつだから!」

 

慌てた様子で言う男の子は女神様を無理矢理座らせてヒソヒソと話し出した。

 

「バカ!女神なんて名乗って信じてもらえる訳ないだろうが!頭のおかしい可哀想な人と思われるだけだぞ!」

 

「はぁ?誰が頭がおかしいよ!?私は正真正銘女神よ!嘘は言っていないわ!?」

 

 

ヒソヒソ言っているつもりなのだろうけど丸聞こえである。そんな中、注文したサンドイッチとミルクティーが届くも、私は今の衝撃的な出来事にそれらがまったく口にはいる気がしなかった。

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

なんとか落ち着いた私は自己紹介を終える。男の子の名前はサトウカズマ。ほぼ転生者で日本人であると確定と見ていいだろう。

 

そんな中、私の中には悪い感情が生まれていた。とはいえちょっとした可愛いイタズラ心である。

 

理由としては私の目の前の女神様が私のことに未だに気が付いてないから。

 

もしかしたら本物の女神様ではないか?という可能性も実は頭の片隅にはあった、それほどまでに似ていたのだから。だからその場合は私を見てなんらかの反応を起こす。だからそのまま私も転生者であることを告げてお友達になりたいなとか思っていたのだ。海外旅行に行って日本人に出会った時のような気持ち的にはそんな感じである。

だけど予想外なことにアクア様は私のことを完全に忘れていた。仕方ないのかもしれない、私以外にも転生者、および天国やら日本へ転生やらいくらでもしてきたのだろう、私は所詮星々の中のひとつに過ぎないのだろう。

だけど所詮私は15歳のまだまだ子供な少女なのですよ、仕方ないとは思えてもなんとなく納得いかないこともあるのですよ。

 

もちろん危害を加えるつもりはないしできたら仲良くしたいとは思っていた。

 

だから、ちょっとしたイタズラなのである。

 

 

 

 

 

 

私は食事が終わるなり2人の前に1000エリス硬貨を2枚おく。よかったら使ってくださいと笑顔で言って立ち上がるとここから去ろうとしていた。

 

「ま、まってくれ!気持ちは嬉しいけどなんで俺たちにここまでしてくれるんだ?」

 

カズマ君のその声に私は振り向き、そっと口を開いた。

 

 

 

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈わざわざ日本から来た方を歓迎したかっただけですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

私はそのまま立ち去った。カズマ君はなんでそれを…?と戦慄していた。まるで少年漫画の主人公のようなその顔に私は内心くすくす笑いながら冒険者ギルドを後にするのだった。

 

 



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episode 20 計算違い

筆の進むままに書いたら訳の分からない話になった…カズマファンの方すみません。




カズマ君と女神様の2人と出会って1週間が経った。

 

噂で聞いた話ではあるけどカズマ君は冒険者、女神様はアークプリーストになったらしい。

とくにアークプリーストになったと言う話は即私の耳に嫌でもはいってきた。半年前の私以来の冒険者登録時の即アークプリースト転職なのだから。

とはいえ私は彼女の正体を直接聞いているのでまったく驚きはない、むしろこれで下位職だった方がビックリする。

 

そしてカズマ君の冒険者。これにも納得はいく。直接聞いた訳では無いけどカズマ君の転生特典はどういう経緯でそうなったのかさっぱりだけどおそらく女神様なのだろう。てことはカズマ君自体には何もチートは施されていない普通の学生と予想される。体育会系の体つきにも見えなかったし、もしも私が元の姿のまま何も特典を受け取らずに登録したら私も冒険者になってた自信がある。文系少女とはいえ、学校の成績は中の中くらいだったし、ルックスはアクア様が可愛いって言ってくれたのは嬉しかったけど自己評価するなら中の中、言うまでもなく運動は苦手で料理もできない、ただゲームが好きなだけの女の子。それが有栖川梨花だったのだから。

 

さて、彼らと会ったあの日に私はちょっとしたイタズラをしました。

アクア様に忘れられてて軽くイラッときたので本当に軽い気持ちだったのですが。

 

私の予定ではあの後のカズマ君の行動は2パターンでした。

 

1、アクア様に相談する。

 

あの子日本のこと知ってたぞ!?的なノリで言ってくれたらアクア様ももしかしたら思い出したんじゃないかなーという願望。

 

2、私に聞きに来る。

 

そりゃこの世界でいきなり現れた女の子が日本のこと知ってるそぶり見せたら気になるよ、何故知ってるのか!?と問いただすはず。少なくとも私ならそうする。

私はあの時名乗ったし、自分で言うのも嫌だけど私はアクセルの冒険者としてそこそこ有名なので、私の事を探そうと思えば割と簡単に見つかるはず。

 

なのに。

 

なのにまったく何も無い。

 

どんな形でもいい、再び私に聞いてきたならあっさり私は転生者でーす♪と名乗るつもり満々なんだけど、まったく何も無い。

 

答えは簡単。私の予想以上にカズマ君がヘタレだったということ。

 

1週間ですよ、冒険者になったなら流石に冒険者ギルドで何回か顔を合わせますよ。

だけどカズマ君はあれ以来私を避けてる感じがする。私が何をしたのでしょうか。ぐすん。いやしっかりやってるんだけど日本について仄めかしただけじゃないですか。

 

なんでイタズラした側がこんなにモヤモヤしているのでしょう、慣れないことはするものではないということなのでしょうか。

 

というより冷静になったらカズマ君まったく関係ないよね。私がイラッときたのアクア様だし、本当にごめんなさい。

 

うん、とりあえず…カズマ君とお話をしよう。

 

私はそう決意して、いつものゴシックプリースト服を着ると、自宅である宿の扉を開いた。

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「待っていたよ、子猫ちゃん。」

 

冒険者ギルドに向かって行くと、私はすぐにカズマ君を発見した。何故かギルドの裏路地に入って行くのが見えたので、何も疑いもなくそれを追った。そして裏路地の奥に入り曲がったところで…ジャージ姿で余裕な顔で、余裕な口調で見下すように私にそう言った。

……どういうこと…?私はカズマ君が不気味に見えた。

 

「簡単な話だよ、君は俺を待っていたんだろ?だから逆に俺が待たせたのさ。」

 

その視線に、私はただ動けずにいて、確信めいたものを感じていた。…多分私の考えは全て。カズマ君に読まれている、と。

転生者だからといっても彼自体にチートは何も無い、更に冒険者という最弱職、それにより無意識にあまくみていたのは事実かもしれない。私は歯噛みした。

 

「まず君が俺を待っていると確信したのはあの時の言葉だ。わざわざ日本に来た方を歓迎したかった、だったかな。君は意識してなかったみたいだけど、どうも俺には日本って単語を強調してるように聞こえていた。だから俺には日本という単語で俺の事を誘っていると思った。つまり俺から行かなくても、君のほうから来る。…そして日本を知っているとなると可能性としては俺と同じ日本人の転生者。だけど君はどう見ても日本人には見えない、その答え合わせはアクアがしてくれたよ。」

 

なんだか探偵の推理を聞いている気分だった。だけどこちらが犯人役なのはなんとなく心に刺さる、そんな大それたことをしたつもりはないのだけど。

 

「アクアが言うには転生特典を使えば見た目なんかも変えられる…多分性別なんかもな…つまり。」

 

…………んん?

 

 

「わかっている、君は男だろ!!そんな可愛い見た目をしていようが俺は騙されないぞ!!」

 

 

……

 

 

 

……

 

 

 

 

もはや何も言えなかった。予想の斜め上すぎてどう回答したらいいのかわからないまである。私はただ無言で首を横に振った。

 

「だから無理に否定する必要はないって、安心してくれ。このことは誰にも言わないからさ。」

 

否定も何も性別は変えてないのだ。どうすれば納得してくれるのか、考えていたら気付いたら涙目になっていた。なんとなく昔ゲーム内でネカマ呼ばわりされたことを思い出したのもあるかもしれない。

 

「男にそんな顔されてもなんとも思わないぜ、いい加減演技はやめとけよ。」

 

「ちょっとカズマ、あんたこんなところで何してんのよ?」

 

ふと気が付くと私の背後には女神アクアがいた。どうやら私の顔にはまだ気が付いてないみたいだ。

 

「ちょうどいい所に来たなアクア。さぁ答えてくれ、転生特典で性転換は可能なんだろ?」

 

「できないわよ。」

 

「ほらなやっぱり……え?」

 

「だから、できないわよ。身体に性別があるように、魂にも性別があるの。だから見た目だけは変えられるけど本当の性別だけは変えられないわ。転生後は魂の性別で生まれるはずだし、この世界にはそんな技術ないし。それがどうかしたの?」

 

「…………。」

 

カズマは何も言わず滝のように汗を流している。私は耐えきれず既に涙を流している、ひっくひっくと癇癪を起こして。自分のメンタルの弱さが嫌になっていた。…そんな時だった。

 

「カズマてめぇぇぇ!!!」

 

私の前を誰かが疾走してカズマ君をぶん殴る。……この声はダストだ。

 

「何うちの大事なパーティメンバー泣かしてんだてめぇ!!」

 

ダストに続くようにキースが駆けつけた。

 

「なにあんた私のアリスを泣かせてんのよ!!」

 

気持ちは嬉しいけどリーンのではない。

 

「アリス、もう大丈夫だ、心配するな。」

 

テイラーさんだった。私の肩をポンポンと叩くと応戦していった。

 

「う、え、あ、ちょ、ちょっと待って!?ぎゃぁぁぁぁ!?」

 

カズマ君の絶叫が、路地裏に響き渡った。

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

どうやらダスト達は私が路地裏に入っていったのを目撃した人がいてその人から私の事を聞いて不審に思い駆けつけたようだった。私はようやく泣き止むと、カズマ君とアクアさんと話がしたいので3人で話をさせてほしいと言うとダスト達はしぶしぶギルド内に戻ってくれた。

 

「本当にすみませんでした!!」

 

今はひたすらにカズマ君が土下座して謝っていた。済んだことだしもういいと言っているのだけど。

 

「それにしてもあんたご飯に冒険者登録までお金出してくれた相手に男呼ばわりって控えめに言ってクズね。」

 

「…すみませんでした…。」

 

話が進まない…。とりあえずなんとか話を変えたかった私は女神アクアに向き直し聞いた、私のことを覚えていませんか?と。

 

「…う、うーん…確かにその姿はどこかで見たような…あ。…あー!そうよ思い出したわ!確かにいたわよ!ゲームのキャラクターそのものにしてほしいって言ってた女の子が!」

 

「…お前がそもそも覚えていれば俺はこんなことには…」

 

「クズマさーん、何か言ったー?」

 

「なんでもないです、はい。」

 

カズマ君はずっと土下座しっぱなしだった。いい加減頭をあげてほしいのだけど。…そもそも何故私を男だと思う結論に至ったのだろう?

 

「い、いや、それはその…こんなに可愛い子が俺なんかに親切にしてくれるわけが無い、何か裏があると考えたらその…自分でもわからないうちにこんな発想に…」

 

「完全にヒキニートの発想ね。」

 

「ヒキニートって言うな!?」

 

「んまぁ、それはそれとして、私のせいで嫌な想いさせちゃったみたいだし、ごめんね。もう忘れないから!」

 

カズマ君の叫びはおいといて、アクアさんは丁寧に頭を下げてくれた。私は慌てるようにそれを止めさせた。流石に女神様に頭を下げてもらうのは恐れ多い。

 

「それじゃ、今回はこれくらいにしとくってことで♪」

 

…私としても構わないのだけどそのアクア様の切り替えのはやさに何も言えなかった。飄々とした態度でカズマ君を引っ張り起こす。

 

「ほら、もういいって言ってるんだから、帰るわよ。」

 

「あ、あの…本当にごめん!今度お金返すからさ、お金がダメなら飯でも奢らせてくれ。」

 

改めてのカズマ君の謝罪に、私は笑顔でご飯楽しみにしてます♪と告げるのだった。

 

 

 

 






一応書いておきますが転生で性転換が不可能という設定は当然ながらこの小説のみの独自設定となります。決して他のTS系作品を否定しているつもりはないので誤解なきようお願いします。


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episode 21 アリス先生のスキル講座

色々あったものの、時は流れていく。

 

あれからカズマ君とアクアさんはダクネス、めぐみんと固定パーティを組むことにしたらしい。話を聞いた時には本気でどうなるかまったく想像がつかなかったけどなんだかんだうまくやってるみたいで一安心した。

 

めぐみんとダクネスは私にとってもどちらもパーティを組んだことのある間柄ではあったので、たまに冒険者ギルドなどで見かけた際には普通に話しかけられる程度の関係にはなった。

カズマ君との距離も良好で、以前の今思えばよくわからない事件も完全に忘れられてるように接している、私にとってもこれはありがたかった。

 

「…なんかやっぱり別のゲームが紛れ込んだみたいな感じだよな。その魔法陣とか。」

 

今の私はカズマ君とアクアさんと3人でアクセルの門の前にいる。きっかけはカズマ君に頼まれたのだ。私のスキルを冒険者であるカズマ君が覚えられるか試させてほしいと。めぐみんも来たいと聞かなかったのだけど転生事情を知ってるカズマ君とアクアさんはともかく、他の人がいると話がややこしくなりそうなのでカズマ君が機転をきかせてくれた。今はダクネスと2人で1日1回爆裂魔法を撃ちにいかせているらしい、ちょっと何を言っているのかわからなかった。

さて、カズマ君に私の転生特典スキルを教えることだけど私としては何も抵抗もなかった。むしろ覚えられるものなのか私も興味があったまである。だけどカズマ君は冒険者であり、スキルポイントもそこまで多くない。まず私のスキルがどれくらいのポイントが必要なのかわからなかった。そもそも習得できるのかがわからなかった。とりあえず、と私はひとつひとつスキルを実践した。

出し惜しみもなく。

 

アロー、ウォール、ジャベリン、ランサー、インパクト、ストーム、マナリチャージフィールド、クイックアップフィールド…

 

流石に魔力切れになるのが嫌だったのでフィナウはしなかったけど。ちなみに私の未使用の転生特典スキルは後1つ。そのうち使ってはみたいけど機会がないのでまだ使ってはいなかった。

 

ひとつスキルを使うごとに私は丁寧にスキルの解説をした。それによりカズマ君が私のスキルを理解する。するとカズマ君の冒険者カードには……次々と私の転生特典スキルが表示されていった。これには私もだがカズマ君は大興奮である。

 

「これで俺もあんなすごい魔法の数々が……!……ん?」

 

カズマ君は何かに気がついたのか冒険者カードをまじまじと見つめていた。その表情はだんだん暗いものになっていく。…どうしたのだろう?

 

「いやその…スキルポイントの消費量が…なにこれ!?めちゃくちゃ消費するんだけど!?」

 

「そりゃそうよ。」

 

…結果的に私のスキルは、使ったほとんどがこの世界の上級魔法と変わらないスキルポイントの消費だったらしい。

 

「いやでもこの辺なら少しレベルをあげたらなんとか…」

 

その中でもスキルポイントの消費が少ないのをあげるとなるとアロー、ウォール、そしてジャベリンの3つだけだった。カズマ君は今でも習得できそうだと…選んだのはウォールだった。

 

「迷ったけど魔力が少ない俺だとアローやジャベリンのダメージは期待できなかったからな。遠距離での攻撃も考えたらウォールが1番有用性が高い。」

 

ちなみにカズマ君が私のスキルの中で1番欲しかったスキルは言うまでもなくマナリチャージフィールドだったりするのだけど当然ながらスキルポイントの消費量が目が飛び出るくらいに多くてカズマ君も断念せざるを得なかったみたいだった。めぐみんがパーティにいる彼にとってこのスキルは喉から手が出るほど欲しいスキルだろう。非常に残念である。

 

…ここだけの話ではあるが私の冒険者カードに表示されている転生特典スキルは全て初めからレベルMAXの状態だったりする。とことんチートである。

 

 

「それにしても転生特典ってここまですごいんだな。くそ…俺もこの強さが分かっていれば…」

 

「何言ってんのよカズマ。この女神の私を仲間にできてるのよ?ゲームで例えたらレベル99の仲間が最初からいるようなものよ。どんな転生特典よりもすごいに決まっているじゃない。」

 

実際に私から見ればアクア様は充分にすごい、アークプリーストになりたてにも関わらずほぼ全ての適性スキルを覚えている。中でも最上級であるリザレクションやセイクリッドの名をもつスキルすら使えるのだから流石女神様の一言である。ちなみにもちろん私はそこまで使えない。

 

「…何度かクエストをこなしたからお前の実力だけは疑ってねーよ。…実力だけならな…。けどな、その割にジャイアントトードに捕食されそうになったり、無駄にアンデットを呼び寄せたり、ちょっと調子に乗るとろくなことが起きないのはどういうことだよ!?」

 

私は嘆くカズマ君を見ながら、落ち着いた口調で思ったことを言った。

それでも私は羨ましいと思います。この世界に転生して、最初は1人なんです。誰もいないんです。誰かが横にいるってことは、とても嬉しいことなのですから。

 

「いや、アクアの場合は……」

 

私はカズマ君の言葉を遮るように言葉を、紡ぐ。

それが例え怒りや悲しみであったとしても、1人であればそれすらも誰にも伝えられないんです。1人で抱え込むしかないんです。それは…とても辛いことですから…。

 

「アリス……」

 

カズマ君は何か思うことがあったのか、感慨深く私をみつめていた。同時にカズマは思った。自分がどんな経緯でアクアを連れてきたのか、こんなくだらない理由を彼女に話すわけにはいかないと。

 

「…あぁそうだな、認めるよ。俺だって最初からアクアがいなきゃ、どうなっていたかわからない場面もあった。」

 

「ふふん、カズマもようやく私を認めるようになったのね、その心がけは褒めてあげてもいいわ。とりあえずまずはアクシズ教に入信して、1日3回祈りを捧げて…」

 

「それだけは絶対に断る!!」

 

それだけは擁護できず、私はカズマ君に全面的に同意するのだった。

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

そんな話をしていたら、草原方面から2人がこちらに向かってきていた。とはいえ…1人はもう1人におんぶされていたが。

 

「あれは…ダクネスとめぐみんね。もう終わったのかしら?」

 

どうやら1日1爆裂が終わったらしい。めぐみんはぐったりした様子でダクネスに抱えられていた。となると私がすべきことはこれしかない。

 

 

《マナリチャージフィールド》

 

淡い青白い光が私の周囲を円状に包み込む。ダクネスもこれの効果は既に知っているので、こちらに気付くなり何も疑うことなくその歩を私の方へと進めてきた。

 

「すまないなアリス、世話になる。」

 

「た、助かります…」

 

ダクネスがめぐみんを私のそばに座らせると、めぐみんはなにやら落ち着かない様子で私とカズマ君を見ていた。その目は期待にあふれるように輝いていて、私もカズマ君もその目の意味があっさりと理解できた。

 

「それでカズマ、例のマナなんとかフィールドとやらは無事に習得できたのですか?できたのですよね!?」

 

「あー…覚えられたは覚えられたんだけどな…スキルポイントが全然足りなくて…」

 

「当然と言えば当然だろうな。私の目から見てもそのスキルは最低でもテレポートなみのスキルポイントを必要すると予想していた。実際そうなのだろう?」

 

終始気まずそうなカズマは、私とめぐみんの周囲に広がる青白い光を見ながらのダクネスの言葉に小さく頷く。

 

本来…元のゲームの話にはなるのだがこのマナリチャージフィールド、もといマナリチャージはサポートスキルの初期魔法にあたる。魔力回復がゲーム内では簡単なので有用性もそこまで高くはない。通常攻撃で回復し、何もしないでも自然回復し、スキルにより数秒で全快できる、そんな世界なのだから。なのにも関わらずこの世界では上級魔法扱いされているのはおそらく魔力回復の概念が異なるせいなのだろう。

 

話は逸れたがカズマの話を聞いてもまだめぐみんは諦めていなかった。

 

「ぐぬぬ…ですがひとまず覚えられたのなら、いずれは使えるようになるということですね。仕方ないので今はそれを待っておいてあげましょう。」

 

「どうでもいいけどなんで上から目線なんだよ!?あと俺だってまだ色々ととりたいスキルはあるからな!?」

 

確かに固定パーティで常にやって行くとなると、そのパーティに足りないものを補うスキルの取り方ができるので無理にマナリチャージフィールドを覚えるよりも効率がよさそうだ。戦略の幅も広がるし、例えば爆裂魔法1回で仕留められないモンスターがいた場合、悠長に回復している余裕もないのだから。

 

「え?あ、うん、そうそう。俺はそーいうことが言いたかった。」

 

カズマは静かに私から目を逸らした。流石にここまで言われてまさか取りたいスキルが自分にとってかっこいいスキルがほしいとかはとてもではないが口にはできなかったのは言うまでもない。

 

「なるほど、冒険者なりたてなのにカズマは考えているのだな。」

 

「いや明らかに今のはアリスの話に乗っかっただけでしょ。」

 

アクアのするどい指摘にカズマ君はただ目を逸らすしかできなく、私はそれを見てただ苦笑していた。

 

「まぁそれはいいです。では他のアリスのスキルを覚えることはできたのですか?」

 

「あぁ、そこはバッチリだ。ウォールって魔法を取得できたぞ。早速使ってみるか。」

 

カズマがそういうなり棒立ちのまま片手を目線上にかざす。そして念じるように詠唱する。するとカズマの手の前には小さな白い魔法陣が縦状に出現し、その腕にはリボン状の魔法陣が囲むように駆け巡る。

 

「「お、おぉぉぉ!?」」

 

実際に使いながらのカズマと見ているめぐみんは大興奮だった。かくいう私も初めて使った時を思い出すとそんな感じだったのかもしれない。

 

「いくぜっ!ウォール!!」

 

カズマの掛け声に応えるようにカズマの足元には白で描かれた円状の魔法陣が展開される。そこで私はダクネスとアクアに提案した。

 

「敵意を持って近づく…?こうすればいいのか?」

 

ダクネスは剣を構えてカズマに近づく。普通なら慌てるが当たらないことはみんなわかってるので誰も何も言わなかった。そしてダクネスが剣を振り上げ魔法陣に近付いた瞬間。

 

「うわっ!?」

 

ダクネスはそのまま後方に弾き飛ばされた。一方私はアクアに何も考えず近づくように言った。

 

「だ、大丈夫なんでしょうね?」

 

不安そうにしながらもアクアはカズマに歩き近寄る。そして魔法陣内に何事もないように素通りした。

 

「あれ?なんで?」

 

「なるほど、おそらくその魔法陣は相手の敵意に反応しているのでしょう。味方を巻き込まないとはこういうことだったのですね、だからと言って我が爆裂魔法にその機能が欲しいとは思いませんが。」

 

「いやなんでだよ!?どこでも爆裂魔法が撃てるなら充分使えるだろ!?」

 

「わかってませんねカズマは。爆裂魔法で倒した敵はもちろん、終わった後の破壊の痕跡、あれを見て満足するのが良いのではないですか。」

 

「ちっともわかりたくねーよ!!」

 

 

こうしてカズマ君は、無事にウォールを取得しましたとさ。

 

 

 

 



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episode 22 日常からの一転

 

カズマ君にスキルを教えた日の帰りに、アクア様に呼び止められた。

 

「なんだかんだ貴女には散々助けられたからね。一度お礼をしておきたいと思ったの。」

 

悪い事もしたし…と小声で付け加えるアクア様は、私に青色の魔晶石をくれた。何気に私の事を忘れていたことを気にしていたのだろうか。と思いながらも杖にピッタリはまる大きさのもの。これはまさに水の魔晶石だった。

属性の付与された魔晶石はこの世界では中々手に入らないので私としてはかなり嬉しいまであるのだけど…。

 

「うん?どうしたのよ?この女神アクアの力を込めて作った唯一無二のものよ!遠慮なく受け取りなさい!」

 

問題は魔晶石の価値だった。私が今持っているフレアタイトの魔晶石は300万という額だった。ならば順当に考えてアクア様が作ったというこの魔晶石はそれと同じ値段、或いはそれ以上してしまうのではないかと考えたら簡単には受け取れない。

何より聞いた話ではあるけどカズマ君やアクア様は現在馬小屋生活という話だ。そんな生活を送っている人達からこんな価値がありそうなものを受け取るのは罪悪感が半端ない。

 

「これを売ってお金にできるなら私はとっくにしてるわよ。こんなのいくらでも作れるんだから。」

 

希少な魔晶石をこんなの扱いだから流石の女神様である。確かに女神様が本気になれば魔晶石くらいは余裕で作れそうでもある。

そしてこれを大量に作ってなお売ったりしたら…なるほど、と頷ける。

確かに莫大なお金がはいると思う、だけどそれをしてこの世界を管理しているらしい女神エリス様が黙っているだろうか?と考えたのだ。そうでなくても例の天界規定云々が関わりそうだ。ちなみにエリス様の話はこの世界で生活していると嫌でも耳にはいるのでいつからか自然と理解していた。

 

「それに、ね…」

 

アクア様はふいに私の手を両手で包むように掴んだ。気付いたら泣きそうな顔をしている。突然のそれに私はたじろいだ。

 

「アリスだけなの…アリスだけなのよ…私を女神として見てくれるのは…。私は女神なのに、本当に女神なのに、街の人からは痛い子扱いされて、カズマはカズマで私の扱いがめちゃくちゃ雑だし…。」

 

その潤んだ瞳のアクア様の様相に私は内心でドン引きしていた。ただ街の人に関しては仕方ない。まさか本物の女神様が街中を歩いていて、酒場でシュワシュワを飲んでいて親父臭くぷはーっとかやってたり、更には宴会芸までしていて、挙句の果てにはジャイアントトードの粘液で全身べとべと状態で泣きながら歩いている様子を見て誰が女神様と考えるだろうか。とても一般的な女神様像からはかけ離れすぎである。私は頭を抱えたくなった。

 

私はアクア様をなぐさめつつ、そういう事ならとその青色の魔晶石を受け取ることにした。今度少し高めのシュワシュワでもご馳走しようと思いながら。

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

それから数日後。いつものようにクエストに行こうと冒険者ギルドへと向かっていた。そんな時だった。茶色い三角帽子の私と同じくらいの身長の少女が歩いているのが見えたのだ。手には以前よりも立派になったマナタイトの杖が大事そうに握られていた。

 

「おや?アリスではありませんか。先日はお世話になりました。」

 

てくてくと歩き近付くと私は挨拶ながらも自然とその新調された杖に目配せした。それに気が付いたのかめぐみんは嬉しそうにその杖を私の前に見せるように差し出した。

 

「これですか?先日のキャベツの収穫で買いました。」

 

嬉しそうにいうめぐみんだが私はそのキャベツの事を知らなかったのでただ首を傾げる。するとめぐみんは不思議そうな顔をした。

 

「アリスは参加しなかったのですか?年に一度の大きなイベントだったのですが。」

 

そこからめぐみんから話を聞くに、先日突如緊急クエストが発令、キャベツの大群が街に向かってきたのだという。この世界に来たばかりの私ならちょっと何を言っているかわからないと現実逃避しただろうが今の私は知識だけではあるが知っていた。

この世界のキャベツは飛ぶのだ。そして春先になると遥か彼方へと向かい大群で移動するのだ。活きのいいキャベツはとても美味だという。そして今年のは特に活きのいいキャベツで1玉1万エリスでの買取りという太っ腹な状態だったらしい。

ちなみにめぐみんから聞いた話だとカズマ君はこのクエストで100万エリス以上稼いだのだとか。幸運値が高いらしい彼ならではである。実に羨ましい。

 

なお私はテイラーさんのパーティでクエストの為に遠出していたので参加できなかったのだ。非常に惜しいことをしたと後悔するも後の祭りだけどそれはテイラーさん達も同じなので何も言わないでおこうと思う。

 

「なるほど、見ないと思ったらそういうことだったのですね。それで今日は何を?………クエストですか?ですが今は高難易度のクエストしか残っていませんよ?」

 

それは意外な言葉だった。アクセルの街で高難易度の依頼しか残っていない、そんなことは半年以上この街にいる私からすればまず考えられないことなのだから。どうしてそんなことに?と聞くとめぐみんは表情を変えないまま言葉を続けた。

 

「ギルドの話ではこの街の付近に魔王軍の幹部が来たらしいです。もっとも、詳細はまだ全然わかっていないらしいのですが。」

 

私は静かに驚いた。今までずっと縁のなかった単語がごく自然に飛び出してきたのだから当然である。魔王軍の幹部…一応私も打倒魔王という名目でこの世界に来たので暇な時に簡単に調べたこともあった。魔王軍にはその中でも強い力を持った8人の幹部がいるのだとか。そして簡単なクエストが少ないのにもなんとなく理解を示せた。

アクセルの街のクエストとなると多いのはジャイアントトードやゴブリンなどあまり強くないモンスターの討伐。だけど魔王軍の幹部なんてのが来たらそれらは身の危険を感じて逃げてしまうだろう。それにより討伐対象がいなくなったクエストそのものがなくなってしまったということだろう。

 

それはそれとしてめぐみんは何処へ行くつもりなのだろう?彼女が向く方向は街の外に向いている。クエストにしても爆裂魔法を使うにしてもカズマ君達パーティメンバーのいずれかがいなければその場で倒れて帰れなくなってしまうはず。

 

「カズマは小金持ちになったからか今日はゆっくりするそうです、アクアはバイトです。ダクネスは実家に帰って筋トレすると言ってました。それで私は新たに爆裂魔法を撃てる場所探しですね、今まで近郊でやっていたのですが守衛さんに怒られてしまいまして。」

 

当たり前の一言に尽きない。私はもはや何も言えず呆れていたが同時に思った。魔王軍の幹部がいるかもしれない現状、不用意にアクセルの街の外に出ていくのは危険ではないだろうか?

 

「それはそうですがいくら私でも街中で爆裂魔法を使う訳には行きません。ちなみに言っておきますが爆裂魔法を使わないと言う選択肢はありません。紅魔族は1日1回爆裂魔法を使わないと死ぬんです。」

 

ゆんゆん、ゆんゆんは何処!?と私は必死に思った。とりあえずこの様子では諦めてくれそうにない。私は完全に諦めたように溜め息をつくなりめぐみんに同行することを提案した。クエストは高難易度しかないらしいがアクセルでの高難易度クエストなら私なら受けられる可能性はあるけどメンバー探しから考えると時間がかかるしめぐみんをほっとく訳にもいかない。めぐみんと一緒に高難易度クエストをやるという選択肢もあるにはあるが彼女のレベルはまだ高くないのでギルド側が受理しない可能性が高い。

 

「本当ですか!?アリスが来てくれるなら助かります、上手く行けば2.3回は爆裂魔法が撃てそうですし。」

 

本当に何がそこまで彼女をそうさせるのだろうと私は内心頭を悩ませながらも、めぐみんに同行するのだった。

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

「実は既に目星をつけている場所があります。」

 

めぐみんがそう言って着いてきてみればそこは崖の上に建てられた古城。白い城壁に赤い三角の屋根。それは初めてこの世界に来た時に見かけた城だと思い出すと、若干ながら感慨深くなった。当時はいかにもRPG風のお城と表現したが今となってもその感想は変わらない。

…それはいいのだけどまさかあのお城に向かって爆裂魔法を放つとでもいいたいのだろうか?

 

「察しがいいですね、その通りです。一度建物に向けて思いきり撃ってみたかったんですよ。あの古城なら今は誰もいないらしいですし我が爆裂魔法の的には…え?危ないからやめてくださいって、何を言っているんですか。」

 

やはり紅魔族はどこか感性がおかしいらしい。もし万が一誰かがいたら大変なことになる。百歩譲ってどうしてもやるならせめてあの古城の中に人がいないことを確実にすべきですと私は猛抗議した。

 

「まったくアリスは真面目ですね、そこまで言うなら仕方ありません。さっさと入ってみましょう。」

 

再び私は慌てて止めた。めぐみんは忘れたのだろうか?魔王軍幹部がアクセル近辺にいるかもしれないということを。

 

「もちろん覚えてますよ。ですがアリス、考えてもみてください?仮にあんな目立つ場所に堂々と魔王軍幹部がいるのなら既にギルドは把握しているはずです。それにあんな如何にもな場所に当たり前のようにいるはずないじゃないですか、アリスの心配のしすぎです。」

 

さぞ当たり前のように言うめぐみんの言葉には謎の説得力があった。だけど私は確実性のないことに賭けることを好まない。もし魔王軍幹部がいるようならすぐに逃げることを考慮した上で、早足で既に城へと向かうめぐみんに着いて行くのだった。

 

…その時2人は知らなかった。魔王軍幹部がこの古城にいるという情報が、2人がアクセルを出た辺りでギルドに伝わっていたことを。

 

 



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episode 23 ベルディア

入口が見つかるなり中へとはいる。

 

場所はエントランスといったところだろうか、中はとても広いものの、昼間にも関わらず薄暗く、静かで、確かにそこに何かがいるようには見えなかった。

 

左右に階段があり、その階段はどちらから通っても同じ中央階段へと続いているように見えた。

 

めぐみんは迷いなく右側から登っていき、私はあちこちを見渡しながらもめぐみんに着いて行く。

 

浅い中央階段を登ると、そこから見えるのは広間、そして最奥にある玉座…そして…確かに見える人影。

 

私とめぐみんはそれを見据えたと同時に動きを止め、逃げることもせずにただ立ち尽くしていた。

 

「…ふん、何者かが来たと思えば小娘が2人か。」

 

重厚な男性の声が城内に響き渡る。まだ遠目でしか見えないにも関わらず、確かに感じた威圧感。それが重荷になり、私とめぐみんはまったく動けなかったのだから。

 

甘く見ていた。見つけたらすぐ逃げればいいなどと思っていた先程の自分をビンタしてやりたい。そんなことを思っていると、脚鎧の独特な音が聞こえる。ガチャリ、ガチャリとこちらへ向けて近付いてくる。

 

「…ほう…小娘は小娘だが…タダのガキじゃないな。アークプリーストにアークウィザードか…。」

 

ふと私の手に何かがぶつかる感触があった。ふとそれを自分の手で確かめるとそれはめぐみんの手だった。

軽くにぎると、一瞬ビクッと反応したがめぐみんは何も言わない、ただその手からは震えだけが感じられた。

 

だから私は、ゆっくりと優しくその手をにぎった。大丈夫、大丈夫だから、と祈りをこめて。本当はそんな余裕なんてないのに。まるで自分に言い聞かせるように。

 

少しずつ、震えは和らいでいく。それを確認すると、私はそっと手を離した。

 

…そして、静かに背中にある杖を握りしめた。

 

今ここで戦えるのは私しかいない。ここは城内、めぐみんの爆裂魔法を使えばあっけなく崩壊してしまい全員ぺちゃんこになってしまうだろう。

 

めぐみんに逃げてください、と告げたかった。だけど私から声はでなかった。

 

怖かった。こんなにも恐怖を感じたのは初めてのクエストで遭遇した白虎狼以来だ。…いや、この恐怖はそれ以上だ。考えるまでもなくまだ鎧しか見えない男はあの時の白虎狼よりも格上なのだろうから。

 

「くっくっく、なるほど、わざわざ出向いてくるだけはある。駆け出しの街など捨ておくつもりだったが…どちらも中々の魔力のようだな。」

 

こちらに近付く男の全貌はようやく明らかになる。

漆黒の全身鎧、そして首から上が存在しない。右手に巨大な剣を持ち、左腕には兜付きの頭が抱えられていた。

 

「俺はベルディア。魔王軍幹部の1人、デュラハンのベルディアだ。暇潰し程度にはなってくれよ?」

 

「いえ、帰ります。」

 

「…は?」

 

めぐみんの一声に空気が壊れた感覚がした。まさかの返答にベルディアから変な声があがっている。

 

「ですから帰ります。まさか魔王軍の幹部ともあろう方がこんな小娘2人を相手にしようなどと思いませんよね。大体私達は偶然ここに探検にきただけで魔王軍の幹部がいるなんて知りませんでしたので、それでは失礼します。」

 

めぐみんはギクシャクした動きで後ろに向こうとする。だけど傍から見てそれで帰れるとは思えない。

 

「くっくっく…ハッハッハ!!確かに、魔王軍幹部である前に俺は騎士だ。戦えもしない女子供まで手を出すつもりはない。…だが。」

 

ベルディアは威圧するように私達に目を向ける。赤い眼光は不気味でしかなく、恐怖を呼び起こすには充分なそれだった。

 

「力を持つ者なら話は別だ…ぐっ!?」

 

《ターンアンデッド》

 

アークプリーストのスキル、アンデッドに特攻を持つアークプリーストの少ない攻撃魔法だった。十字架状の杖から放たれた白い光の球体はまっすぐベルディアの身体を焼いた。

 

「…くっくっく、そっちのアークプリーストの小娘はやる気らしいな。さぁこい!お前の力を俺に見せてみろ!!」

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

攻撃したことは愚策でしかなかった。

 

いや、策ですらない。例えるなら、恐怖に震えた犬がワンワンと威嚇するように吠える、あの程度のもの。

 

恐怖で支配された私の身体は気が付けば勝手に動いていた。

 

にも関わらず使ったスキルが滅多に使わないアークプリーストのスキル、ターンアンデッド。本当に慣れのみで動いていたなら私は迷わず転生特典スキルを使っていたはずだから。

 

スキルレベルの大してあげてないターンアンデッドの効果はいまひとつどころではなかった。まるでゴムボールでも投げつけているかのような手応えの無さ、相手が本当にアンデッドなのか疑問にすらなる。

 

だけど、今は…これでいい。私の攻撃がターンアンデッドだけだと認識させれば、生まれる余裕、そして油断。

 

…私の攻撃は、その時に全てを賭ける。

 

 

 

 

ターンアンデッドを皮切りに私はベルディアから距離をとる、そしてまたターンアンデッド、近付く相手から離れてまたターンアンデッドの繰り返し。

 

「随分素早いな小娘、だが馬鹿にしてるのか?その程度で俺を浄化できると思っているのか?」

 

欠片ほども思ってないが私は終始無言で攻撃を繰り返す。アークプリーストに転職した時に無駄と思えた敏捷性は確かに今ここで役に立っていた。それでも無駄打ちは魔力を無駄にするのでできる限り抑えて。

 

この世界で初めてするであろうソロ戦闘。だけどゲームの中ではいくらでもやってきた。ベルディアに似たボスもいた、その時どんな動きをしていたか、考える、思い出す。

 

まるでシューティングゲーム。離れては撃ち、回避に徹する。

 

だけどこのままこれを繰り返すことに意味はあまりない。むしろこちらが不利になる。アンデッドに疲労なんてないけどこちらにはあるのだからこのままこれが続いたら死ぬのは間違いなく私だ。

 

こわい、怖い、恐い…死にたくない。もう死ぬのは嫌。あの大きな剣を直撃で受けたら私はまず助からないという確信がある。

 

生きたい、守りたい、ただそれだけの為に、避ける、撃つ、離れる。

 

私がやられたら、次はめぐみんになってしまう。それだけは嫌…!

 

「ふん、ちょこまかと。いい加減諦めたらどうだ?」

 

ふとベルディアは攻撃の手を止めた。私はそれに合わせて距離をとったまま杖を構える。

 

「確かに小娘にしてはやる。レベルをあげればより高みに登れるだろう。だが今はどうだ?貴様の攻撃は俺には蚊ほどにしか効かぬ。所詮支援職のアークプリーストではこの程度のものだ。それに…」

 

ベルディアは入口で立ち尽くしていただけのめぐみんに目線を寄せる。

 

「攻撃はむしろお前の仕事だろう?アークウィザードの小娘よ。それとも仲間がこれだけ頑張っているのに貴様は何もできない腑抜けか?」

 

「ぐっ…」

 

めぐみんは悔しさのあまり歯噛みする。そのマナタイトの杖を両手で握りしめ、だけど彼女は何も出来ない。やる訳にはいかない。せめてここが外であれば彼女にもチャンスはあったがそれを考えるだけ無駄であった。

 

「ふん、動かずか。もういい。」

 

ベルディアはこちらに向き直ると、頭を天井に投げた。

 

「これで終わらせる。」

 

その頭は赤く淀みを持って不気味な光を放つとその赤は眼のようななにかを形成した。効果はわからない。またベルディアが突撃してくる。

 

私はターンアンデッドを放つと同時にまた距離をとろうとする。けど…

 

「もらったぞ!!」

 

ベルディアはまるで私がそちらに避けるのをわかっていたかのように真っ直ぐに突っ込んできた。これには私も予想外で反応が遅れる。

 

おそらくあの赤い眼の効果なのだろうかと思いながらも私は緊急回避をとった。

 

《インパクト》

 

自身の周囲に放つ衝撃波。すぐ傍まで来ていたベルディアはそれを受けて怯む。

 

「何!?俺の魔眼で読めないだと!?」

 

この隙だけは逃す訳にはいかない。既に準備は終えていた。杖にはフレアタイトの魔晶石が赤く光っていた。アンデッドの弱点…それは光と火。ならこれでいけるはず。

 

 

《フレアテンペスト》

 

ストームに火の属性が加わったそれは炎の超極大の竜巻になる。ベルディアを飲み込む。更に天井に投げていた頭をも吸い込む。

 

「ぐおぉぉぉ!?!?」

 

ベルディアの叫びが城内に響く。だけど相手は魔王軍幹部、これだけで終わらせるつもりはない。

 

《ヴァルカン》

 

火属性を加えたランサー。炎を帯びた巨大な槍がまだ終わらない竜巻の中に突き刺さる。そして巻き起こる爆発。

 

既にベルディアの叫びは聞こえなくなっていた。私は連続の大技に魔力切れが近く、肩で息をしていた。そんな時だった。

 

「アリス!?」

 

めぐみんの悲痛の叫びが聞こえるとともに迫り来る黒い塊。私はハッとして少ない魔力を絞り出した。

 

 

《ファイアウォール》

 

火属性が付与されたウォールは不可視ではなくなるが火の壁となり私の周囲を覆った。なんとか間に合った、それは黒い塊が来る直前だった。そう安堵したのだけど…ウォールは大して効果を発揮せず、気付けば私は腹部から激痛を感じたと思えばその場から吹っ飛ばされていた。

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

「アリス!!」

 

たまらずめぐみんは走り駆け寄った。慣れない鉄の味が口いっぱいに広がるのを感じるとそれを吐き出す。血液だった、内臓までいっているのだろうか、激痛が止まらない。

 

「…見事だったぞ、アークプリーストの小娘。」

 

黒い塊の正体、ベルディアはそのまま剣を降ろして立ち尽くしていた。

 

「正直驚いたぞ。まさかあんな隠し玉があるとはな。アンデッドの弱点である火に目をつけたのは正しい。実際こちらもかなり危なかった。だが…」

 

ベルディアは剣を取り直すと、めぐみんは震えるように私を胸に抱いてベルディアを睨みつけていた。

 

「残念だったな。俺の鎧には魔王様の加護がかかっている。これのおかげで俺に光や火の攻撃は効かぬ。…まったく効かないわけではないがな。」

 

まるで冷却するようにベルディアの身体からは煙があがっていた。確かにノーダメージではないらしい。

 

「そんな貴様にご褒美だ。これをくれてやる。」

 

ベルディアの手からは黒い炎があがり、そしてそれを私に向けると、私の身体が感じたことのない虚無感を呼ぶ、そしてその時私の意識は事切れた。

 

 

 

 

 

…薄れる意識の中にベルディアの声がわずかに残った。

 

 

 

 

 

 

「それは『死の宣告』こいつを喰らったやつは、一週間以内に死ぬ。」

 

 

 

 

 





episode2で触れていますが転生特典スキルはフィナウとインパクト、補助スキルを除き属性が付与されると名前が変わります。


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episode 24 覚悟と決意

やってしまった。

 

最後のウォールはいけなかった。

 

でもそこまでゲーム内の仕様引き継がないでいいと思うの。

 

ウォールは、ボスには効かない。

 

カズマ君にちゃんと言っておかないと…。

 

あ、あれ?そういえばどうなったんでしょう?

 

ふと意識するとここは…見たことがある、あの場所だ。そう感じた。

 

真っ暗で、白と紺色のタイルで、椅子だけがあって。真っ暗の中には星々のような微かな光が瞬いている。

 

そうだ、ここは確か私が女神アクア様と初めて出逢った場所に凄く似ている。

 

だけどその椅子には誰も座っていなかった。

 

この場所にいるということは…まさか私は…

 

「すみません、ちょっと取り込んでました。」

 

銀のとても長い髪の露出の少ない白いローブのようなドレスのような衣装の美しい女の人。突然の出現に私は目をパチクリさせていた。

 

「あの、大丈夫ですか?」

 

あ、はい。と予備動作のように告げた。若干心配そうに見つめる女の人は、それを見るなりわざとらしく咳払いした。

 

「こほん、先に言っておきます。これは夢です。」

 

 

夢なんだ…。単調にそう思った。てっきりあのまま死んだと思ってはいたものの、私はまだ生きているらしい。…なんとなくデジャブを感じた。何故なら以前は死んだのが夢と思い、今は夢なのに死んだと思おうとしていたのだから。

 

「はい、夢の中に私がお邪魔しています。本来なら私は死なないと会うことのない存在ですから。ですから、今はまだ名乗りません。」

 

名乗らない、そう言った女の人の台詞にふと思う。

 

…何処かで聞いた事のあるような声な気がする…

 

「気の所為です。…気の所為ですよ?」

 

なんとなくごまかされてるようにも見えないけどそんな台詞を言う女の人はなんだか可愛らしくてホッコリしたのはここだけの話だ。

…それで、何の用ですか…?と私は問う。

 

「貴女が死んでいない事を伝える為です。今ここで貴女が死んだと意識すると、それが現実となる可能性がありましたから。事実今の貴女はそれだけ危ういです。ですから…」

 

ふうと息を吐いて、女の人はこちらを見据える。

 

「意志を強く持ってください。そうすれば、先輩がどうにかしてくれるはずです。」

 

…先輩…?そう聞き返したところで、女の人は消えていた。とりあえず意識を強く持てと言われてもどうしたらいいのか。私は死んでないとひたすら思えばいいのか。そんなことを考えて、そしてこうなってしまった経緯を思い出すと、私の頭には1人のアークウィザードの少女の顔が浮かんだ。

 

 

……

 

 

そうだ、めぐみんは…!?

 

めぐみんは無事なの…!?

 

 

そう考え出したら、背景が段々と真っ白になっていった。

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

「セイクリッドハイネスヒール!」

 

眩く淡いエメラルド色の光が目を開けて初めて視界にはいったものだった。

 

「アリス!!良かったです!本当に良かったです…!」

 

「めぐみん落ち着け、まだ完治したわけじゃないだろ。」

 

次々と聞き慣れた声が聞こえてきた。虚ろだけどそこは見慣れない場所だった。…なんだか臭かった。

 

「変な場所で悪い、ここは俺らが寝泊まりしてた馬小屋だよ。」

 

声の主はカズマ君だった。その横でめぐみんが泣きじゃくっていた。

 

「とりあえずこれで大丈夫よ。すぐ動けるようになると思うわ。」

 

そしていつも通りな調子のアクア様。

 

……とりあえず何がなんだか…?そう思っていたら私を見て察したのか、カズマ君がめぐみんに目を向けた。

 

「めぐみん、話せるか?」

 

「…はい。」

 

めぐみんは涙を両手で拭うと、そのままその赤い瞳を私に向けてきた。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

「くっ…アリスに何をしたのですか!?」

 

「…今言っただろう。それは死の宣告だ。一週間以内にその小娘は死ぬ。これを解いて欲しければ…今ここでお前が俺を倒すか、街にそいつを連れて帰って仲間でもなんでも呼べばいい。俺は逃げも隠れもせずにここで待っておこう。」

 

ベルディアはそう言うなりめぐみんに背を向けると、ゆっくりと最奥の玉座へと向けて歩き出す。

 

「もっとも前者はオススメしないがな。後者にしてもさっさとすることを薦める。治療をしなければその深傷ではその小娘はそんなに長くはもたないだろうからな。」

 

「!?」

 

めぐみんは考えるよりはやく私を持ち上げ、肩で抱えて移動を始めた。もはやベルディアなんて眼中になかった。ただ一刻も早く治療する為に。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

「そして私はアクセルの街に入り…守衛の人に手伝ってもらいこの馬小屋までアリスを運びました。…アリス、私は貴女になんと謝ればいいか…んっ」

 

私はめぐみんの口を手で優しく抑えた。それ以上言って欲しくない。ただ、私の方こそありがとう。それだけをこめて。改めて話を聞いたカズマ君は、軽く考えるようなそぶりを見せていた。

 

「…それで死の宣告だったか?思った以上に厄介なやつだな。アクア、治せないか?」

 

「多分できるわ。」

 

「やっぱお前でもきついよなぁ……え?」

 

「だからできると思うわ。行くわよー。」

 

淡々とした口調のままアクア様はどこからか花のような大きな杖を取り出した。

 

「セイクリッドブレイクスペル!!」

 

アクア様の杖から私へと流れる光弾は、パリンと何かを割ったような音だけを残して消えていった。同時に拭えなかった虚無感が、まるでなかったかのように薄れていった。

 

「本当にあっさり治しやがった。」

 

「当たり前でしょ、私を誰と思っているのよ。」

 

女神様ですよね、と私は続け、涙目でありがとうございますと告げた。そしてグッタリする。体力は戻っても、魔力切れはまだ続いているようだった。

 

「ふふっ、とりあえず今は休みなさい。ここだと嫌だろうから、少ししたら貴女の宿まで運んでおくわ。」

 

「あ、アクア、私も…」

 

「めぐみんももう休め?気持ちはわかるけどアリス抱えてきてずっと付きっきりだっただろ?」

 

「……わかりました。」

 

力なくそう告げるとめぐみんはその場から立ち上がった。その三角帽子で表情は見えない。だけど手に持つマナタイトの杖は強く握りしめられていて、それは悔しいという感情を表していたことは誰の目にも明らかだった。そして震えが止まったかと思えば、何かを決意したように馬小屋を後にした。

 

 

 

 

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それからの私は魔力が回復してもクエストに行くこともなく、それどころか自分の部屋から出ていなかった。

 

私には確かに存在した。散々クエストをこなしてきた中で、みんなから賞賛されて、敵を倒してきて。

 

自信というか、私ならやれる。そんなことを無意識に考えるようになっていた。

 

だけど結果はあの様。魔王軍幹部が相手では仕方ない。相手が悪すぎた。

 

でも、今私が生きているのは、ベルディアの気まぐれにすぎない。

 

死の宣告をしたとしても、あの男はめぐみんには何も危害を加えていなかった。

 

ベルディアの考えによっては私もめぐみんもとっくに殺されていたのだ。

 

そう思うと、やりきれなくなる。

 

今の私は…結局転生特典であるステータスとスキルでしか戦えてはいない。

 

それらがなければ、私はただの人。その辺のゴブリンにすらあっさり殺されてしまうだろう。

 

だから強くなりたいと願うようになった。力もだけど、心を強くしたい。

 

となるとやっぱり…私はアクセルの街を出るべきなのだろう。

 

ここにいると、嫌でも甘えてしまえる仲間が多くいるから…。

 

もちろんすぐにではない。ベルディアの件はまだ終わっていないのだから。

 

 

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あれから6日が経った。私は相変わらず自分の部屋にいて、たまに宿の主人に頼んだ食事を食べるためだけにでていくくらい。今までクエストは散々やってきていたのでしばらく働かなくても問題ないくらいの蓄えはあったから生活に関しては困ることはなかった。

たまにダスト達やカズマ君達がお見舞いにきたりしたが、めぐみんが来る事はなかった。ゆんゆんも来なかったが、彼女は少し前に一旦里帰りするようなことを言っていたのでまずゆんゆんは今回の件を知らないと思うしそこはいいのだけどめぐみんに関しては心配だった。

 

 

『魔王軍幹部急襲警報!!魔王軍幹部急襲警報!!』

 

突如街中にルナさんのアナウンスが響き渡った。ベッドで寝ていた私は、ハッと飛び起きる。僅かながらに自身から震えを感じた。

行きたくなかった、怖かった。身体が震えるだけでまったく動く気がしなかった。

 

『魔王軍の幹部、デュラハンのベルディアがアクセルの門前に出没しました!!冒険者の皆さんは、至急アクセルの正門前に!戦えない方はすぐに避難してください!!』

 

アナウンスは繰り返される。同時にあの時の記憶が蘇る。

 

そんな中、宿の外が騒がしくなってきた。それに混じった足音、そして鍵をしてなかったのでそのまま開かれる扉。

 

「アリス!いますか!?」

 

その声はあの日以来会ってなかっためぐみんだった。だけどあの時の弱々しい様子はまったくなく、少し慌ててる様子ではあるものの、何時ものめぐみんだった。

 

「いましたか。さぁ行きましょう。」

 

当たり前のように告げるめぐみんだけど私は中々返事ができないでいた。そんな私の気持ちを察してかはわからない、だけど私を見ためぐみんはぐっと言葉に力を入れた感じがした。

 

「私はもう、貴女を1人にはしません!貴女1人を戦わせません!」

 

…おそらくめぐみんはずっとこれを気にしていたのだろう。私が思い悩むように、めぐみんもこの6日間、思い悩んできたのだろうか。…そう思ったら、自然と私の身体は動き出していた。

 

私はゆっくりとベッドから立ち上がる。流れるように手慣れたいつもの服を着る。

あの時に破れていた私のゴシックプリーストの服はアクア様により綺麗に直されていた。

髪をリボンで整える。縛ると同時に気持ちを引き締めるように。

杖を持つとめぐみんの元へ歩く。ふわっと長いツインテールがゆらめいた。

 

 

 

 

 




入れようとしてやめた没案

ひとりぼっちじゃないんだもの…もう何も怖くない。


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episode 25 リベンジ

 

 

正門前に向かうと既に数多くの冒険者が集まっていた。たのもしくも思う反面、それは不安をも呼ぶ。アクセルの街は駆け出し冒険者の街。そこにいる八割以上は駆け出し冒険者だ。まず魔王軍幹部を相手にして生きていられるはずがない。

と、いうよりそう考えたらギルドのアナウンスの正気を疑う。それとも戦えない人の中には駆け出しも含まれているのだろうか?

実際見渡してみるとやはり駆け出し冒険者の方が目立って見える、あくまで装備の質などから見た偏見ではあるが。そんなのことを思っていたら、強烈な怒号が聞こえてきた。

 

「貴様ら!!ふざけるな!!貴様らは支援職のアークプリーストにも関わらずたった1人で仲間を守る為に俺と戦った勇敢な年端の行かぬ少女を見捨てるというのか!?そうでないのならば何故城にこないのだこの人でなし共がぁぁぁ!?」

 

 

 

…うん、うん?

 

 

 

「美しい少女だった、幼いながらに凛とした顔立ち、仲間を守りたいという信念、そして素晴らしき才能、そんな少女が死にゆこうという中、貴様らは何をやっている!?これが人でなしでないのならなんだと言うのだ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

えっ、何これ?なんでベタ誉めされてるの!?めちゃくちゃ恥ずかしいんでやめてもらえません!?てか名前言われてないのになんで半分くらいの人が私を見てるの!?あ、アークプリーストなんてこの街にほとんどいませんでしたよ!そりゃ私を見ちゃいますよね、てか貴方魔王軍幹部の方ですよね!?なんで私元凶の方に心配されてるの!?これ傍から見たらただのいい人じゃないですか色々おかしいですよ!?

 

…と言ってる場合でもないのでとりあえず私はゆっくりと気まずそうにベルディアの見える位置まで出てみた。当然のごとくめちゃくちゃ注目を集めるので耳まで真っ赤になっていた。新手の罰ゲームにしか感じない。そんな私が出てきた途端にベルディアの動きが止まった。その顔は見えないけど酷く驚いている様子に見受けられた。

 

 

「……んぁ?…ぇ?……はぁぁぁ!?!?なんで生きてるの!?なんで呪い解けてるの!?」

 

「ぷーくすくす、ねぇどんな気持ち?絶対解かれないと思ってた呪いが解かれた気分ってどんな気持ち?あーおかしぷーくすくす」

 

「ば、馬鹿なことを言うな!?王都のアークプリーストでも解くことのできない呪いだぞ!?駆け出しの街にそんな力量があるやつがいてたまるか!?」

 

と、言われても実際解けてるのでこちらからはこれ以上何も言えないまである。ちなみに呪いのことをどうこう言われても私が死の宣告を受けたことを知ってるのは私以外だとめぐみんとアクア様とカズマ君だけなのでそれ以外の人に言われてもなんのこっちゃな話なのですよ。

 

だけど死の宣告をした張本人であるベルディアからして見ればそれが今解けてることは見ただけでわかるだろう。それを把握したようでベルディアは沈黙してしまった。そんな中、カズマ君がその場で声を投げかけた。

 

「で?そっちの言いたい事は解決したんだし帰ったらどうだ?」

 

…一応魔王軍幹部が街に攻めてきたという名目なのに帰れとはまた予想外で呆れた溜息しか出てこない。当然ベルディアはそのまま帰る訳もなかった。

 

「…馬鹿を言うな。あれから毎日毎日…毎日毎日毎日毎日城に爆裂魔法を撃ち込んで来たやつはどこのどいつだ!?なんでそんな陰湿なことするの?やられる度に修繕するのどれだけ大変かわかってんの?」

 

…仮にアクセルの街で検索サイトがあれば爆裂魔法と入力してヒットする人物は1人しかいないだろう。あの後そんなことしてたの?と半ば呆れた目線を私はそっとめぐみんに向けた。すると私の隣にいためぐみんはそのまま前へと歩いて行く。そしていつものようにマントを翻し、マナタイトの杖を掲げてポーズを決めた。

 

「我が名はめぐみん!アークウィザードを生業とし、爆裂魔法を極めし者……!魔王軍幹部のベルディア、まんまと私の策に嵌りましたね!」

 

「…貴様はあの時のアークウィザード…策だと?」

 

「その通りです、お示しした通り我が魔法は爆裂魔法。城では撃ちたくてうずうずしていたと言うのに随分と好き勝手言ってくれましたね!貴方の言う腑抜けが放つ爆裂魔法、どれほどのものか身をもって味わうがいい!」

 

完全に調子を取り戻したのはいいのだけどこちらの手の内を明かす必要もないだろうにと私はなんとも言えない顔をしていた。まぁこの方がめぐみんらしくはあるのだけど。

 

「ふん、気に食わんが挑発には乗ってやろう。アンデッドナイト!」

 

ベルディアの掛け声とともにベルディアの周囲には黒い影のようなものがいくつも出現する。そしてベルディアの命令が始まる前に動き出した。

 

「ん?おい、何処へ行く!?」

 

「…え?ちょっと、なんでこっちにくるのよ!?」

 

アンデッドナイトは全てアクア様の方に向きを変えて突撃していく。…そういえばカズマ君からアンデッドを呼び寄せるとは聞いた事があるけどまさか主人の言う事を聞かないほどとは。

 

「ちょ、ちょっと数が多いー!?」

 

必死に逃げるアクア様。それを追うアンデッドナイトの大群。とりあえず助けないと。

 

ベルディアには効き目が薄かったものの、まさか配下まで魔王様の加護とやらはないだろうと思い、私はフレアタイトの魔晶石を杖に取り付け、詠唱を始めた。これだけ広範囲なら…これが1番効率がいい。

 

《ヘルインフェルノ》

 

これが最後の転生特典スキル。《バースト》の火属性が付与されたもの。私から扇状の広範囲に展開されるマグマの塊は超速で広がり、全てのアンデッドを巻き込んだ後にベルディアをも飲み込む。マグマはぶつかるとともに小爆発を起こし、次々とアンデッドナイトを溶かして行った。

 

「馬鹿な…以前も思ったがアークプリーストの貴様が何故このような強力な攻撃魔法を使える!?」

 

「ちょっとアリス!?何ちゃっかり目立ちまくってるんですか!?私の見せ場を取らないでもらおうか!」

 

あ。と思うのも後の祭り。ついいつものように攻撃スキルを使ってしまった。それも自身にとって1番派手なやつを。というより初めて使ったので範囲くらいはゲームで理解していたものの、ここまで派手だと思わなかったのもある。

おかげで街にいる大量の観客兼冒険者からは凄まじい歓声があがってる。

 

「あれが噂のスキルか!?マジでアークウィザード以上じゃねーか!?」

 

「あんなに小さい子なのに凄いわ!」

 

「あれが『アークウィザードプリーストのアリス』か!?」

 

……うん、この戦いが終わったら私…旅に出よう。改めて心に誓った瞬間である。とりあえずめぐみんの出番はこんな取り巻きではないですよ、と言いくるめておいた。

 

「言われてみればそうですね。わかりました、トドメはおまかせください。」

 

「はぁぁぁ!」

 

草原を駆ける1人の騎士。ダクネスはベルディアに真っ向から突撃した。そして体制を立て直したアクアはダクネスの背後から走る。ベルディアは真っ向から走り来るダクネスを見据えて迎撃を試みようとした。

 

「喰らいなさい!ターンアンデッド!」

 

ダクネスに気を取られたベルディアはアクアのターンアンデッドを直撃で頭に喰らう。

 

「ぐぉぉぉ!?!?」

 

それによりベルディアは悲痛の叫びをあげる。ターンアンデッドの着弾した場所からは浄化の煙があがる。だがアクアは気に入らなかったようだ。

 

「なんか大して効いてないわね、どうなってるのかしら?」

 

「いや、めちゃくちゃ痛そうに見えるんだが。」

 

…カズマ君はそうは言うけど私もターンアンデッドを撃ったことがあるのでアクア様の気持ちはよくわかった。アンデッドが喰らうという想定よりも効いていないのだ。そして私が撃ったターンアンデッドは怯みすらしないのにアクア様が撃ったターンアンデッドはベルディアを苦痛に歪ませるには充分の威力。私は内心歯噛みしていた。これが女神様と私との差なのか、と。勿論女神様と自分を比べること自体烏滸がましいことはわかっている。それでも強くなりたいと意識しだした私にはそのアクア様との圧倒的な差が悔しくもあった。

 

激昂したベルディアはカズマとアクアに向かいその剣を大振りに振り上げた。ダクネスはそれを両手で持った剣で受け止める。

 

「ぐう…!?」

 

ダクネスは少しずつ押されていた。それを見たカズマは援護するように相手の腕に持つ顔に向けて撃った。ダメージにはならないが気を反らせるくらいにはなると思って。

 

「クリエイトウォーター!」

 

「ぐっ!?」

 

それを見たベルディアは大袈裟に距離をとった。半ば強引にダクネスから引くように後ろへと下がる。カズマの撃ったクリエイトウォーターは地面への水やりに変わる。

 

違和感があった。アクア様の撃ったターンアンデッドすら避けることなく喰らったのに今のクリエイトウォーターごときを無理矢理避けたのだ。カズマはその違和感が拭いきれなかった。一方ダクネスは下がったベルディアへと距離を詰めその両手に握られた剣を大振りに振るう。それは当然のごとく空を斬るのだがカズマは再びベルディア目掛けて撃つ。

 

「クリエイトウォーター!クリエイトウォーター!」

 

「うおっ!?」

 

2連続の水鉄砲はどちらも惜しい位置までいくものの、ベルディアには避けられる。それを見てカズマは確信した。

 

「みんな水だ!こいつの弱点は水だ!!」

 

「ぐっ!?」

 

図星だったのか反射的な反応を寄せるベルディアには、街の冒険者から次々とクリエイトウォーターが放たれる。ほとんどがクリエイトウォーターなことから運悪く中級水魔法を使える人はいないようだ。だがそんな水鉄砲ですらベルディアには脅威なのか、執拗に回避している。

 

私はダクネスに目配せする。同時に杖にはめこんだフレアタイトの魔晶石を取り外すとアクア様からもらった水の魔晶石をセットし、詠唱を開始する。ダクネスが理解したかのようにベルディアに突撃し、注意をひく。そのタイミングでノーマークとなった私は思いのままに魔法を放つ。

 

 

《エターナルブリザード》

 

吹雪のように私から扇状に射出される絶対零度の超範囲。先程の《バースト》の水属性付与により生まれた凍てつく爆風はベルディアに避ける術を与えない。ベルディアの足がとまる。必死に耐えているのがわかる。そして止まっているのなら、彼女の出番だ。ダクネスはちゃんと理解していたようだ。すぐ様ベルディアから離れ、カズマ達も距離をとる。

 

「待ってましたよこの時を!我が破壊の魔力よ、かの邪悪なる死霊に終焉を!いざ我が盟友の仇を討たん!…エクスプロージョン!!」

 

赤い爆弾がベルディアの頭上から落ちると、それは大きな爆風と爆音を呼び極大に弾け飛ぶ。見事に真芯を捉えた爆発は確かにベルディアに直撃した。…それはいいのだけど盟友とは誰の事なのか。もし私なら勝手に殺さないでほしいものである。

 

「ぐぅぅ…!?」

 

爆裂魔法の直撃を喰らってもまだベルディアは生きていた。この結果にめぐみんは歯噛みしながらも魔力切れにより倒れる。だがベルディアはかなり弱っているようだった。

 

「貴様ら…絶対に許さんぞ…!!」

 

ベルディアは自身の頭を上に投げた。それは不気味な赤い光を纏い始める。

だけどその技は既に見ていた。多分未来予知のような効果と予測したそれは既にカズマ君達に伝えていた。弱っていて頭は離れた。カズマ君にとっての正念場はここだった。

 

「スティーール!!」

 

両手を掲げて飛び出したカズマ君のスティール。武器をとれれば御の字。鎧を取れても魔王の加護とやらを無効にできる。果たして結果は…。

 

 

カズマ君は手にしたそれを見て邪悪な笑みを浮かべた。そして何を取ったのかはすぐに理解できた。天よりあった赤い存在感がなくなったのだ。つまり…

 

 

「あの…頭返してくれません…?」

 

気まずそうなベルディアの声が周囲に伝わる。既に魔王軍幹部とかそういった威厳はとっくにゼロである。

 

「アリス!ウォールだ!」

 

突然のカズマ君の声に私は反射的にウォールを唱えた。なんなのこれ、と内心混乱しながらも。

 

《アクアスクリーン》

 

ウォールに水属性がかかったそれは魔方陣から水の壁を生み出す。それに向かいカズマ君は……持っていたものを投げてきた。

 

投げられたそれは私の水の壁に弾き飛ばされる。ボスにウォールは効かないけどこれだけなら効くようである。おそらく本体扱いではないからだろう。

 

「ウォール!!」

 

カズマ君もウォールを唱えた。弾き飛ばされたそれはカズマ君のウォールに当たり弾き飛ばされる、私の水の壁へ…。

繰り返される衝突。まるでそれが…ベルディアの頭がピンボールみたいに私の水の壁とカズマ君のウォールを行ったり来たりする。当然魔法なのでダメージもある。ウォールをこんな風に使うなんて想像もしなかった。私は思わず内心ドン引きしていた。ただこの大道芸の巻き添えは二度と加担したくはないと思った。

 

「あばばばばばばばば」

 

繰り返される衝突によりベルディアの声はひどいことになっていた。これは本当にひどい。

 

「大分弱っただろ!?アクア、やれるか!?」

 

弱ってるどころか既に虫の息な気がしないでもないし頭がこのような状態で思考できるわけもなく、ベルディアの身体は静止したままだった。アクア様はそれに走り近づき渾身の魔法をお見舞いした。

 

「セイクリッド…ターンアンデッド!!」

 

浄化の光がベルディアの身体全てを包み、それはベルディアの存在そのものを根源から消し去ることに成功した。ピンボール扱いされていたので断末魔すらも許されないその様に、私はなんとなくベルディアに同情したのだった。

 

 

 

 

 






《バースト》転生特典スキルその10にあたる作中最後のスキル。フィナウに並ぶ最上級攻撃魔法スキルだが威力はストームより少し上くらいで消費魔力もストームより少し上程度。ただその攻撃範囲は全魔法スキル中最高を誇る。その魔法に火属性を付与したものがヘルインフェルノ。水属性を加えたものがエターナルブリザードになる。


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三章 ―王都へ―
episode 26 旅立ち


ベルディア討伐を成功させたその日。駆け出し冒険者の街アクセルは歓喜の渦に包まれた。それも当然、数百年ぶりともなるらしい魔王軍幹部の討伐、それもこの世界の主要戦力が揃っている王都ではなく、駆け出し冒険者の街アクセルでなのだから。

 

その歓喜は1日中終わることのなく、夜になればあちらこちらで盛大に祝われることとなった。

今回の功績者である冒険者、カズマ君のパーティと私はその狂喜の中心に駆り出されることになるものの、私は目立つのが苦手なので早々に逃げるように祝いの席という名の冒険者ギルドで開かれた宴会から抜け出し、自分の部屋へと帰ってきていた。単純にカズマ君達に押し付けたともいう。

 

さて、そんな私は長く使っていた宿で何をしているかというと、荷造りだった。決意に揺らぎはない、せっかく出逢えた仲間達と離れ離れになるのは寂しいけどこのままアクセルにいても私は何も変わらない。レベルもついに30になってしまっていた。どうやらベルディア戦での大量のアンデットナイトを倒した際に上がっていたらしい。このレベルでアクセルに居座っていても私の力がこれ以上伸びることはないだろうからそれもまた決意を固めた原因の1つでもある。

 

荷造りとはいえ、宿にあった家具のほとんどは元々備え付けられていたもの。破損してたりしたら弁償もあるけど見る限りではそのようなこともない。せいぜい買い揃えた服とか装飾品くらいで細かいものは王都で買い直すなりしたらいい。それらを全て大きめのトランクのような鞄に詰め込んでいると、最後に入れようとしていた青白いワンピースに目が止まる。

 

それは冒険者となって初めて依頼をこなした日にリーンに選んでもらったもの。もう半年以上経つのかと感慨深くもなる。リーン達テイラーパーティ一行は今クエストで街から出ていて問題なくクエストが終われば明日には帰ってくる予定になっている。ベルディア戦で姿がなかったのはそれが理由だった。

 

少しだけ気が重くなる。今ならやめようと思えばやめられる。まだ誰にも旅立つことは言っていない。…そうだ、別に誰かに言われた訳でもない、ならもう少しだけこのアクセルの街にいてもいいのではないか…。

 

…そう、考えながらも、私は鞄に思い出のワンピースをしまいこむと、勢いのまま閉じた。

それでは駄目だとわかっているから。もう、あんな恐怖は味わいたくなかったから。友達を失いかねない恐怖を。

 

それに比べたら、別れによる辛さなんて些細なことなのだから。不思議と涙は出なかった、こんな感傷を抱いていたなら、いつもの私ならとっくに泣いているはずなのに。少しは成長できたと前向きにとらえても…いいですよね。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「そうか…寂しくなるな…」

 

冒険者ギルドに来ていた。そこでまず出会ったのはダクネス。私が今の心境と今後の目標の為に王都へ行く事を告げるとしんみりした様子で項垂れていた。

 

「だがカズマが言っていたんだ、私達のパーティもいずれは魔王を倒すのを目標にしている。今はカズマのレベルもあるからまだこの街にいるが、いずれ王都に赴くことになるだろう。だから永遠の別れではない。また相見える時を楽しみにしている」

 

そう告げるダクネスは凛としていて立派な美しい騎士そのものなのだけど…つくづくあの性癖が残念でしかないと思うと、何故かその輝きは薄まって見えてしまった。本当に勿体ない…。

 

「おい、何故そこでそんな軽蔑した目で見るんだ、今はそんな場面じゃないだろう!?むしろもっと見てくれ!」

 

私が早々にその場を後にしたのは言うまでもない。

 

 

 

 

……

 

 

 

「…そうか、そろそろだろうと思っていたが、ようやく決意したか」

 

「アリス…」

 

冒険者ギルドを見渡してみるとテイラーとリーンが2人でいた。リーンはともかくテイラーの体格は割と目立つのですぐ見つかった。そして私が事情を説明するなり、リーンは俯いているがテイラーの表情は変わることはなかった。予想していたのだろうか。

 

「あぁ、とくに最近のクエストはレベルもあってアリスを外さざるを得ないことも少なくはなかったからな。先日のベルディアの件の話も聞いた。不在だったとはいえ、何もできなかった事が悔しくて仕方なかった。寂しくはなるが、王都に行くのなら俺としては賛成だ、その方がアリスの為にもなるだろう」

 

「…アリスがパーティを抜けても、私達が友達なのは変わらないんだから!辛くなったらいつでも帰ってきなさいよ!」

 

振り絞ったようなリーンの言葉に、私は嬉しくなっていた。勿論簡単に帰るつもりはないけど、確かに私が帰る場所はここにあるんだ…と思うと自然と涙ぐんでいた。これ以上話をしていると泣いてしまいかねないと思った私は、懸命にそうならないように務めつつ、ダストとキースにもよろしくと告げると2人から別れた。

 

 

 

 

 

「なるほど…王都へと旅立つのですね。…あ、すみません少々お待ちください」

 

ギルド受付のルナさんに事情を告げるとルナさんは窓口奥に入ってしまった。とりあえず受付が混んでたりしたら仕事の邪魔になるので遠慮するつもりだったが今は閑古鳥が鳴いてる状態だったのでせっかくだからと話しかけてみたのだ。

 

「お待たせしました。こちらを王都の冒険者ギルドの職員に渡してもらえますか?」

 

ルナさんが差し出したのは一通の便箋…手紙だろうか?というか拠点を移すのにそういったシステムがあったのだろうか?それならそれで話しかけたのは正解ではあったと思うけど。とりあえず私は大して気にすることなくその便箋を受け取った。

 

「アリスさん、今までアクセルでの活動お疲れ様でした。ギルドスタッフ一同これからのアリスさんの王都での活躍に期待しております」

 

ルナさんはそう言って丁寧に頭を下げた。営業的なものだろうけどそれにはルナさんのちゃんとした心がこもっているように思えて嬉しく思った。決して頭を下げた時に揺れたものをみて内心殺気立ってなどいない。裏の感情も空気を読めるはずだ、多分、きっと。

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

「えぇ!?それ本気なの!?」

 

「いやそれは驚いたけど、なんでアクアはそこまでショックを受けてるんだ?」

 

「当たり前じゃない!アリスがいなくなったら誰が私を女神として崇めるのよ!カズマも少しはアリスを見習ってもっと私を敬いなさいよ、尊敬しなさいよ!」

 

「そうして欲しければまず日頃の行いから正せ?いやもう手遅れだけどな!完全に諦めてるけどな!」

 

今はカズマ君達がいた馬小屋にいた。私が話をした途端に喧嘩を始める2人はやっぱりなんだかんだで仲がいい気がする。…本当に、羨ましい。

 

「羨ましいって…いやアリスの気持ちは前に聞いたけどさ、実際めちゃくちゃ大変だからな?未だに後悔する時あるからな?あれだ、隣の芝生は青くみえるもんなんだよ。少なくとも俺はアリスの力の方がよっぽど羨ましい」

 

「なんですってぇ!?」

 

「本音を言って何が悪いんだよ!?…あー、とりあえず元気でな」

 

「そこは俺もすぐに追いつくから待ってろ、くらい言いなさいよ」

 

「最弱冒険者の俺に何を期待してんの?そーいうのはアリスやこの前の…マツラギさん?だったか?あーいう人に任せるよ」

 

終始苦笑しか出来なかった私だけどマツラギさんって人は初耳だった。マツラギさん……日本人の苗字に聞こえなくもないけど…まさか?

 

「あぁ、俺達と同じだ。王都に行くなら逢えるかもな」

 

まさかの私達以外の日本人の転生者だった。未だにカズマ君以外の転生者には出会ったことのない私にとって出逢うのが楽しみだなぁと楽観的に考えながら私は馬小屋を後にした。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

他にもウィズさんのお店やセシリーお姉ちゃん、お世話になった人々のところへあちこち回っていたら王都行きの馬車の出発時間に近くなってきていた。既に1時間もないことを首にぶら下げた懐中時計で確認するなり私はアクセルの街の馬車待合所に行くことになった。

 

結局めぐみんは見つからなかった。別れの挨拶をしたかったのだけど仕方ない。一応カズマ君達には私の事は言ったから伝わるとは思うけど…と、そう思っていたらアクセルに入ってくる見たことのある人物が見えた。

 

あの黒とピンクの服装は…ゆんゆんだった。よくみると背中からは更に見慣れたとんがり帽子も見える。ゆんゆんもこちらを見つけたのだろう。こちらに向きを変えて歩いてくるのが見えた。

 

 

「あ、アリスさん!お久しぶりです!聞いてくださいよめぐみんたらひどいんですよ!」

 

「ひどいとはなんですか、ただ爆裂魔法撃ちに行くのに付き合ってもらったただけでしょう」

 

「私さっき紅魔の里から帰ってきたばかりなんだけど!?」

 

流石この2人だ、何気ない会話で状況が大体把握できてしまった。追記してしまうとめぐみんが友達の頼みが聞けないのですかとかなんとか言って無理矢理着いていかせたのだろう。

 

「おやアリス、そんな大荷物で今から旅行でも行くのです?」

 

めぐみんの疑問にゆんゆんも私の荷物を見て首を傾げていた。なんだか言い難い状況になってしまった気もするけど元々別れを言うつもりだったので私はそのまま説明した。ゆんゆんも居るならむしろ都合がいいとも考えながら。

 

私は今日アクセルを出て王都に行くことにしたこと、理由としてはレベル30になってしまったのでアクセルでやっていくには辛い事にしておいた。嘘は言っていない。

 

「30…ですか、随分と差をつけられてしまいましたがそういうことなら仕方ないですね」

 

ゆんゆんの背にいるめぐみんは納得している様子ではあるものの、ゆんゆんは何も言わず黙ったままだった。…よく見るとゆんゆんは震えているように見える。それを見て私は確信した。

 

…ゆんゆんとは出会ってから友達となり、ほぼ半固定パーティとして一緒にやってきた間柄だ。もしかしたら何も相談もなしに私がアクセルを去ることを怒っているのかもしれない。私はゆんゆんの様子を伺いながらも謝罪することを考えていた。しかしゆんゆんから出た言葉は驚くべき言葉だった。

 

 

 

「でしたら……私も一緒に行きます!」

 

「っ!?…ちょっとゆんゆんいきなり何を言っているのですか!?」

 

私はめぐみんに同意した。いくら友達だからと行ってもそこまで私に付き合う必要はないのだから。ただ本音を言ってしまえば…そう言ってくれたことが何よりも嬉しかった。

 

「一緒に行くにしてもレベルは足りてるのですか!?中途半端なレベルで行っても足手まといにしかなりませんよ?」

 

「……ふふっ…めぐみんちょっとごめんね」

 

ゆんゆんは断りを入れるとめぐみんを待合所のベンチに座らせて、自身の冒険者カードを私とめぐみんに見せつけた。

 

「……っ!?レベル26!?」

 

驚愕に染まるめぐみんだけどレベルについてはそこまで驚かなかった。何故なら私とゆんゆんで組む時は大抵ゆんゆんの魔法の方がメイン火力になることが多かったのでその分ゆんゆんに経験値が多く行ってただろうし。めぐみんは1日1回爆裂魔法しかできないからレベルをあげにくいのもあるのでレベル差が開くのは当然とも言える。

 

「もう少ししたらスキルにテレポートも覚えられるわ、…アリスさん…私達はパーティですよね?同じパーティのアリスさんが王都に行くのなら、私も着いていきたいです」

 

 

…そこまで言われたら断る理由もなかった。…だけど問題は多い。後1時間もしない内に馬車が出発してしまう。ゆんゆんが今から準備をするとして間に合いそうにはない。それに馬車の席が空いてるかどうかの問題もある。めぐみんも動けないのでそのままにはできない。…どうもこれは馬車を1便遅らせたほうがよさそうだ。

 

「あっ…ご、ごめんなさい私のせいで」

 

ゆんゆんは何を言っているのだろう。お友達が私に着いてきてくれるなんて言ってくれてるのにそうしない理由はないのに。…正直不安でいっぱいだったから、本当に、本当に嬉しかったのだから。

 

「アリスさん…」

 

「……まぁいいでしょう。ですが覚えておいてください、次に会うまでに私は爆裂魔法を更に極めてみせます。それこそ魔王軍幹部すら一撃で倒せるくらいに!…とりあえず行くのはいいのですがちゃんと私の事は運んでってくださいね」

 

ベルディア戦のことを気にしていたのだろうか、確かにトドメとはならなかったもののあれがきっかけで討伐に至ったのは間違いないというのに。…とりあえずめぐみんは爆裂魔法の威力ではなくて爆裂魔法を使っても倒れないように強くなるべきな気もするけど人間である限り流石にそれは難しいだろうか、とか考えながらも、私達は1便遅らせた馬車に間に合うように、慌ただしく準備をするのであった。

 

 





ゆんゆんが仲間になった!やったぁ

追記。episode1にアリスのキャラクター画像と、episode17にフィナウ詠唱画像追加しました。


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episode 27 友達の定義

 

馬車に乗り、アクセルの街が遠のいていく。

めぐみんの呼び出しにカズマ君とアクア様、ダクネスも見送りに来てくれて、アクセルの正門前で手を振ってくれていた。私とゆんゆんは馬車から上半身を乗り出して感慨深く思いながらも、手を振って返した。

ゆんゆんは元々紅魔の里から帰還したばかりだったので荷物自体は鞄から出さずにそのまま持ってきた形になる。それにしても本当に着いてきても良かったのだろうか。めぐみんともしばらく逢えなくなってしまうのに。

 

「も、もちろんですよ。パーティメンバーなのもありますし、最近だとアクセルでは私もクエストを受けづらくなってましたから…それにテレポートさえ覚えたら1度アクセルに帰って登録しようかと思ってます。これで私もアリスさんもいつでもアクセルに行けるようになりますよ」

 

テレポート…馬車で何日もかかる距離を一瞬で移動するとは羨ましいスキルである。ちなみにアークウィザードのスキルなのでアークプリーストは取得できなかった。非常に残念である。あるいは転生特典スキルに道具が作成可能なアルケミストスキルがあれば良かったのだけど残念ながらなかった。あれがあればテレポートのような魔法は使えなくてもセーブポイントという名前の登録した街にワープできる効果のあるアイテムを精製できたのだけど。それ以外にも各種ポーションや一時的に能力値を増加させるアイテムなど材料さえあればいくらでも作れたのだが。

とはいえ無い物ねだりをしても仕方ないので割愛しよう。

 

それにしてもゆんゆんは大丈夫なのでしょうか…?

 

「えっ?私がどうかしました?」

 

ゆんゆんは紅魔の里から帰還したてでめぐみんの爆裂魔法に付き合い、そしてドタバタ準備して今また王都に向かっている訳なのだけど疲れてないのだろうか?というか普通に心配になった。

 

「私なんかを心配してくれるんですか…?ありがとうございます、…そうですね、正直に言いますと今かなり眠いです」

 

だから何故いちいち自分を下に見た物言いをするのだろうと思いつつ、今は休んで欲しかったので寝て欲しいと進言した。どうせ数日はこの馬車で過ごすのだし今から寝ても問題はない。

 

「それもそうですけど…私…お友達と馬車に乗るだなんて初めてなので…なんだか勿体なくて…それにアリスさんに悪いような気も」

 

私は内心呆れながらも首を横に振った。友達が睡眠不足になるほうがよほど嫌なのである。ゆんゆんは1度立場を逆にして考えてもらいたいものです。

 

「立場を逆に…考えたこともなかったです。ただお友達は、大事にしたいじゃないですか」

 

…つまりゆんゆんは友達を自分より上に見てしまっているのだろうか?だけどそれは友達と言えるのだろうか。少なくとも私の感性でのそれは友達とは言えないまである。…今は言わなかったけど多分ゆんゆんの中では『私なんかとお友達になってくれた人は』という語句がはいりそうでもある。とりあえず今は休んで欲しい、と私が告げればゆんゆんは申し訳なさそうに頷いた。

 

「……そうですね、確かにアリスさんが私の為に無理していたら、それは嫌かもしれないです、わかりました、ではおやす…………すぅ…すぅ…」

 

相当眠かったのだろうか、喋り終わる前に眠ってしまったゆんゆんを見て私はただ溜息をついていた。普段のクエストや買い物など付き合ってもらってた時にはあまり意識していなかったけど改めて見るとここまでひどいとは。…せっかく2人きりになれたいい機会でもある、1度ゆんゆんにその辺の友達の定義を見直してもらおう。そう心に決めたのだった。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

「おや?連れのお嬢ちゃんは寝たのかい?まぁ今はアクセルに近いから構わんが王都側に近づいてきたらよろしく頼むよ?」

 

御者のおじさんの声だけが聞こえてきた。実はこの馬車旅、護衛のクエストも兼ねていたりする。そうすればお金がかからず王都にいけるので冒険者としてはそれくらいが丁度いい。ただ何日もかかる馬車の護衛はかなり大変だと聞いたので私とゆんゆんは1人は護衛として、1人は客として馬車に乗り込んでいる。交代で起きていれば楽にもなるし護衛と客で差し引き若干お金がかかるもののそれでも普通に客として乗るよりはかなり節約できる。王都の方が物価が高いと噂で聞いたのでできるだけ消費を抑えたかったのが正直なところではあるけど。

ちなみに馬車の護衛は2種類存在する。1つは敵感知スキル必須であり常に馬車の外で警戒しながら着いて行く人、もう1つは普段は馬車に乗っていて緊急時のみ戦闘に駆り出される人。私は後者にしている。というより敵感知スキルなんて盗賊のスキルなのでもっていない。そして馬車は街道沿いに走るので危険になる可能性は低い。よって敵感知スキルのある人の報酬は高めな代わりに緊急時のみの戦闘での私の報酬は雀の涙、仮に何回戦闘があろうと報酬に変わりはない。そんなシステムだったが、私はとくに気にしていなかった。

 

「お嬢ちゃんの活躍は遠目ながら見てたよ、いざという時は期待しているよ」

 

おそらくベルディア戦のことを言っているのだろうと私は恥ずかしげにおまかせくださいと返しながらも苦笑していた。王都では目立たないようにしないと、と半ば諦めるように少しずつ変わる風景を楽しんでいた。

 

 

……

 

 

 

「お、おはようございます…すみません私ったら…馬車に乗るなり寝ちゃったりして…護衛のこともあるのに…」

 

起きる早々にゆんゆんは申し訳なさそうにしていたけど既に馬車に乗って数時間、とくに戦闘があったわけでもなかったので私としては問題なかったしそれでゆんゆんが眠れたならこちらとしても満足である。

それはそれとして、私はゆんゆんにどうしても聞きたいことがあった。

 

「私にですか?」

 

ゆんゆんは予想がつかないようでキョトンとしていた。ただ目覚めたてでハッキリしていないようにも見えたけど疑問自体は簡単なものである。私はゆんゆんのことを大切なお友達と思っているけどゆんゆんにとって私は何なのだろうかな?と。

 

「え、えぇ!?私にとってもアリスさんは大切なお友達ですよ!?どうしてそんな事を聞くんですか!?」

 

予想外な質問すぎたのかゆんゆんは取り乱していた。その回答は予想できていたし嬉しいのだけどそれならそれで敬語はやめて普通に話をしてくれたらいいのに、とは前々から思っていたりする。

 

「え、えっとそれは…アリスさんのほうが歳は上ですし…そ、それにアリスさんだって大抵は敬語じゃないですか?」

 

なるほど、確かにゆんゆんの言う事も一理あった。だけど年上とはいえ1か2しか違わないし私の場合は誰彼構わず敬語にほぼ固定されているもののゆんゆんはそうではない。少なくともめぐみんと話しているゆんゆんに敬語は見当たらないのだから。何より人により使い分けする敬語というのは友達観点から見て壁があるような感じもする。

 

「そ、それはめぐみんは幼い頃からの付き合いですし………い、いひゃいれふ!?あにつるんでつか!?」

 

話している最中にも関わらず私のゆんゆんの両頬を両手で抓って引っ張っていた。なるほど、なら私もめぐみんのようにゆんゆんと接したらめぐみんと同じ接し方になるのだろうか。そう考えながらも私の瞳はゆんゆんの頬の下にある2つの大きな膨らみを見るなり邪悪に目を光らせた。

 

「……っ!?わ、わかりました……わかったからそれだけはやめてぇ!?」

 

半ば強引に私の頬抓りから逃れたゆんゆんはその2つの膨らみを両腕でガードしながら牽制していた。私は内心舌打ちしながらもそれでよしと笑って応えた。

 

「……なんだかアリスさんの……アリスの意外な一面を見た気がするわ…」

 

さん付けに反応して再び目を光らせると慌て言葉遣いを変えるゆんゆんは地味に面白かった。まぁ元々対等な関係でいたかったのが1番なので少し荒療治な気もするけどこれで変わってくれたらいいなぁと思いながらも私はちょっとした罪悪感から謝罪した。まぁ逆にそうされたら嫌ではあるし。たとえ同性でも。

ちなみにゆんゆんじゃないとこんなことはできない。私もどちらかと言えばゆんゆん側の性質の女の子なので。

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

2日が経ち位置的には王都側に傾いてきた現在、微妙に飽きてきた食事をしていた。とくに目立った魔物の遭遇などもなく、平和そのものだった。敵感知スキルもまったく反応がないようで外に見える護衛の人も欠伸をしていることが伺える。食事に飽きたとは品目に問題がある。基本日持ちする固めのパンや干し肉などがメインになる。水はクリエイトウォーターの魔法でどうにでもなるものの、あまり食が進まないことは言うまでもない。…そんな中私とゆんゆんは王都に着いてからどうするかを話し合っていた。

 

「まずは宿をとって、それから冒険者ギルドを探して、周辺を散策する感じになるのかな…」

 

とりあえずゆんゆんの言うように王都に居着くつもりなので1番は生活基盤の確保になるだろう。私はもちろんゆんゆんも王都は初めて行く場所になるのでまずは迷わないように何が何処にあるのかの把握もしたい。それらが落ち着いてようやく冒険者ギルドで依頼を受けてお金を稼ぐ、そんな感じだろうか。アクセルと王都という違いはあれどそれはアクセルに初めて来た時に私もゆんゆんもやってきたことだ。

それに王都に着いて即クエストを受けようなんてことも考えてはいない。長く泊まれる宿を見つけ次第3日ほどは観光に使ってもいいかなと考えていた。お金はそこそこあるし、堅苦しい旅でもないのだから冒険者としての気楽な感性を充分に利用するつもりだ。

 

「どうなることかと思ったけど観光と考えたら楽しそうよね。私お友達と観光なんて初めてだから今から楽しみで…」

 

まだぎこちない気もするけどゆんゆんは普通に話してくれるようになった。なによりのんびり観光なんて1人で王都行きを決めた時にはまったく考えていなかったので私としても楽しみだった。つくづくゆんゆんが来てくれて本当に良かったと思えた瞬間でもある。もちろんただ遊びに行く訳でもない、当初の目的は強くなりたくて王都に行くことにしたのだから。これからどうなるのか想像もつかないけど、ゆんゆんがいてくれたことで今は決して少なくはない希望を持てて王都に向かえていた。

 

 



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episode 28 王都ベルゼルグ

 

馬車に乗って4日。旅は順調に進んで行き、結果的に魔物や野盗などに襲われることもなく私とゆんゆんは王都ベルゼルグに到着した。

御者のおじさん曰く、ここまで平和に辿り着けたことはあまりないと言っていたことから、普段の危険性が垣間見える。

 

その城下町は大きな城壁に囲まれていて、規模はアクセルとは比べ物にならなかった。また城壁の周囲には川が流れていて、それは見た目に風情を感じると同時に、魔物などに簡単に攻め込まれないようにしているようにも見受けられた。正門には大きな橋が降ろされており、両端には非常に大きな鎖がある。そして、出入りする人々の多さもまた、アクセルとは比べ物にならなかった。

 

比べ物にならないのは人の量もだが、質も高い。冒険者らしき風貌の人は、どの人を見ても駆け出しとは程遠いように見受けられる武具で身を包み、冒険者以外にしてもお金を持っていそうな貴族や商人、またはそれらに付き添う護衛のような人達。正門の入口を守る守衛の人を見てもやはり装備品からアクセルとは比べ物にならなかった。

 

「ここが…王都…!」

 

今の私達はもしかしたら田舎者丸出しなのかもしれない。だけどそう思いながらも、私達2人は王都の存在そのものに圧巻していたのだから。…とりあえず驚いてばかりいても仕方ないと、私は王都正門へ向け歩を進める。ゆんゆんもまた、私に着いて行くようにその足を動かしていた。

 

「待て」

 

いざ門を通ろうとすればふいに声がかかった。振り向くと歳若めで真面目そうな守衛の人が私とゆんゆんを警戒するように見ていた。少し驚いたものの、私は何かご用ですか?と首を傾げた。

 

「見かけない顔だな、何か身分を証明するものは?」

 

…突然職質を受けるとは思わなかったけど私は何食わぬ顔で懐に入れていた冒険者カードを取り出し、守衛さんに提示した。ゆんゆんも少し慌てたように続く。

 

「ふむ、冒険者か。……アークプリーストにアークウィザードとはな。若いのに大したものだ。王都は初めてか?……そうか、冒険者ギルドなら正面を真っ直ぐ行けば見えてくる、行っていいぞ」

 

ただ頷くと守衛の人は私達にギルドの場所を教えてくれた。私達はありがとうございますとだけ告げると足早にギルドへと歩き出した。それはいいのだけど…

 

「…なんだか…お堅い感じがするね…」

 

ゆんゆんのヒソヒソとした声に私はゆっくり頷く。アクセルの守衛さんはもっとおおらかで優しかったのだけどどうもここの守衛さんはピリピリした印象を受けた。それは今話しかけてきた守衛さんだけではなく、他の守衛さんを見てもそれは伺えた。少し考えると、まぁそれはそうだろうな、という感想がでてきた。

この王都は日々魔王軍により攻撃されている。それが何年もずっと続いているのだとか。…だからこそ、大陸の主戦力がこの国に集結し、この国は大きく栄えた。調べた知識ではこの世界での主力国家となっている。つまりこの王都ベルゼルグは最初にして最後の砦。もしこの王都が魔王軍により敗走すれば、瞬く間に他の街などは魔王軍により侵略されてしまうだろう。だからこその緊張感なのかもしれない。

 

さて、冒険者ギルドを案内してくれたはいいけど予定では宿の手配が先だったのでどうしようか迷っていた。とりあえずギルドの場所だけでも把握しようと今向かっているのだけどどうしたものか。

 

「先に冒険者ギルドに行っていいと思うわ、確かアリスは手紙を預かっているのよね?それにギルドの人から宿のある場所とかも聞けると思うし…」

 

言われてみれば確かにそうだと私は笑顔でゆんゆんに同意した。このまま闇雲に宿を探しても時間を無駄に消化しかねないしその方がよほど効率がよかったので私とゆんゆんは冒険者ギルドへ向けてより歩を強めるのだった。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

王都の冒険者ギルドに到着した。ギルドは明らかにアクセルの街のものより大きいものの、アクセルと違って酒場の併設はなさそうだ。ゆっくり入ってみると、窓口もアクセルより多く、依頼提示板もまたアクセルより多めのスペースが確保されていた。ちらちらと見渡すと訓練場などもあるようで、少なくともアクセルのようなお気楽性はまったく感じない。逆に重苦しい雰囲気すら感じる。とりあえず手紙を出すだけ出して宿の場所でも聞こうかと私は窓口に向けて歩き、ゆんゆんはどうするのかな?と目配せした。

 

「ま、まだ依頼を受けるわけじゃないけど…わ、私はどんなのがあるか見てみるわね…」

 

そう言うなりゆんゆんは提示板に向けて歩き出したけどどことなく緊張してみえる。大丈夫だろうか?と考えるも、実は私もさっきからこのギルド内の独特の空気に緊張していたりするのでゆんゆんのことを考える余裕もなかったりする。

 

「はい、どのような要件ですか?」

 

窓口にいた人は真面目そうな30代くらいに見える如何にも事務関連のお仕事をしているといった様相の男性だった。私はアクセルから来たことを告げると、ルナさんから貰った手紙を差し出した。

 

「アクセルですか…あ、お預かりします、失礼ですが冒険者カードも提示してくださいますか?」

 

口調も表情も変えず淡々と話す職員の人はまるで機械でも相手にしてるような感じすらした。ルナさんはルナさんであの冒険者ギルドの華だったんだなぁと思えた瞬間でもある。私は冒険者カードを手渡すと、職員の人は黙々と手紙を読み始め……初めてその表情を変えた。

 

「す、すみませんが別室に案内させていただきますので着いてきてください」

 

突然の反応と対応に私はとまどった。手紙に何が書いてあったのだろうか?わからないけど着いてきてくださいと言ってる時点でこちらに拒否はないらしい。若干不安を覚えながらも私は窓口から出てきた職員に着いて行くことにした。

 

 

 

……

 

 

 

 

「どうした?…手紙?ふむ…」

 

入った別室とは…ギルド長の部屋らしい。私は何が何だかわからず混乱していながらも職員の案内のまま手前の椅子に座らされた。テーブルを挟んである偉そうな椅子に座っている立派な髭の男性は先程の職員のように黙々と手紙を読み、私の冒険者カードを拝見していた。…そしてその目が見開かれた。

 

「…このような子供がアークプリーストだと言うのも凄いが…君があの魔王軍幹部ベルディア討伐の立役者の1人だと言うのか!?」

 

本当にルナさんはなんてことを書いてくれたんだろう…。そんなこと書いたら早くも王都で目立ってしまうことは間違いないのにと私は内心落胆していた。すると職員が2人、慌ただしく中に入ってきて袋のようなものを持っていた。

 

「手紙にはこう書いてあった、魔王軍幹部ベルディアの討伐報酬をこちらのギルドで渡して欲しい、とな。金額はこちらで調べたので受けとって頂きたい」

 

そういうなり私の座る前のテーブルには次々と札束が積まれていく…。1束はおそらく100万エリスだろうけどそれが…1.2.3......10.....,..20.........まだ増える…!?

積まれた金額の合計は……なんと6000万エリス。これだけのお金を手紙を見て即座に出せるのは流石王都の冒険者ギルドと思うべきなのか、…ただ私はそれどころではなく、見た事のない大金に絶句していた。というより流石に多すぎである。

 

「そんなことはない、こちらで確認した確かな金額だ」

 

それが正しかったとしてもベルディアの討伐報酬全てを私にくれるのはどう考えてもおかしい。あれは私以外にもカズマ君のパーティも頑張ってくれたし私1人じゃ絶対無理だったのだから。

 

「何か勘違いをしているようだな。魔王軍幹部ベルディアの討伐報酬は3億エリス。報告書によると君と一緒に戦ったサトウカズマのパーティメンバー4人は既にこれと同じ金額を受け取っている。だから何も間違いはない」

 

……もはや私は何も言えずに固まっていた。王都につくなりこんな大金を渡されるとか想像すらしていないのだから。3億エリスって何…?あぁ、5人で割って1人あたりが6000万なのね…えぇ……。

 

「ふん、反応の仕方は年相応みたいだな。だが君とサトウカズマのパーティはそれだけのことをしたのだ。もっと自分とその仲間を誇りに持つといい、それと…」

 

重厚な渋い声のまま、ギルド長は僅かに笑みを浮かべていた。その目には鋭さがあり、私は何も言えずにただ座っていた。

 

「ようこそ、王都ベルゼルグへ。君の王都での活躍に、心から期待させてもらおう」

 

ギルド長がそういうなり職員2人はギルドが用意した大きな鞄に札束をどんどん詰めていた。私は未だに現実が受け止められなくて出されたお茶を手に持ったまま飲むことも出来ずただ呆然としていた。

 

 

……

 

 

 

 

 

「あ、お、おかえりなさい、突然奥に連れていかれるからびっくり……って、アリス?どうしたのその鞄」

 

自身の元々の大きな鞄に加えてそれより大きな鞄を持たされた私は放心状態だった。というよりこのままこんな大金持って城下町を歩きたくないんだけど本当にどうしたらいいのだろうか。とりあえずゆんゆんに説明はしないといけないんだけど今ここで説明はしにくい。

 

「…と、とりあえず宿に行こう?時間がかかってたから、調べておいたわ」

 

ゆんゆんのいい仕事ぷりに全私が泣いた瞬間である。私はその場で両手に持っていた鞄を落とすと、そのまま崩れ落ちるように座り込んで下を向いていた。

 

「ど、どうしたの!?本当に何があったの!?」

 

そんな私を見たゆんゆんは、ただ困惑することしかできなかった。本当にこのお金…どうしよう…。

 

 

 

 

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ゆんゆんのおかげでなんとか宿についた私は、部屋の中を見渡すゆんゆんと違いそのまま鞄を投げ捨ててベッドに飛び込んでうつ伏せになっていた。

 

「ほ、本当にどうしたの…?ギルドから出てずっと様子がおかしいよ…?」

 

…とりあえずゆんゆんには説明しなきゃいけないだろうか。……やったねゆんゆん、しばらく贅沢三昧できますよ!宿もここより高いお城みたいな宿にしちゃいますか!ご飯も豪華なのいっぱい食べれますよ!うふふっ、今夜は眠れそうにないですねっ☆

 

「アリスさんしっかりしてくださいぃ!?全然説明になってませんから!?完全に壊れてますからぁぁ!?」

 

私のあまりの豹変っぷりにゆんゆんの敬語が復活してしまったけど今の私はそれどころでもなかった。結局私が正気に戻ってゆんゆんに説明するまで1時間以上かかるのであった。

 

 

 

 





原作ではベルディアの討伐報酬はアクアの水魔法で破壊した街の修繕費で消えますがここでは使ってないので街は破壊されていません。アリスの広範囲魔法は味方に当たらないどころか地形を変えることもないので破壊したのはせいぜいめぐみんの爆裂魔法で街の外にクレーターを作ったくらいとなってます。



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episode 29 少女はピザが食べたいようです

時間をかけてなんとか落ち着けた私は宿の部屋に備え付けられていた紅茶をいれて飲んでいた。日本で宝くじでも当たったらこんな心境になるのだろうかなんて考えながらも、私はゆんゆんに事情を説明していた。

 

「6000万エリス……な、なるほど、そういうこと…」

 

話を聞いたゆんゆんはまるで先程の私の症状が移ったかのように身震いを起こしていた。とりあえず冷静に考えれば当面の金銭の心配はまったくしなくても問題はないだろう。今にして思えば別室と銘打ってギルド長の部屋で内密に報酬を授与してくれたギルド側の配慮には感謝の言葉しかない。アクセルの冒険者ギルドのように堂々と渡されたらめちゃくちゃ目立っていたことはまず間違いないのだから。

 

「そ、それもだけど…王都はアクセルほど治安が良い訳じゃないみたいだし…そ、その、窃盗とかそういうのもあるのかも…」

 

なるほどと私は納得した。確かに盗賊のような素早い職業の人にスティールされようものなら私はまず捕まえきれない自信がある。見た目からして後衛職の少女とか盗賊にしてみれば極上の獲物でしかない。またルナさんが手紙を用意してくれなければ私は口頭で伝えなければならなくなり、そうすればベルディアを討伐したこととその多額な報酬がもらえることを他の冒険者に知られた可能性が高い。つくづく冒険者ギルドに感謝の意を持ったことは言うまでもなかった。

 

「そ、それにしても魔王軍幹部を倒したのって本当だったのね…めぐみんに話は聞いてたけど…またいつもの誇張なのかと…あの子昔から話をする時に色々と盛るところがあるから…」

 

という事はめぐみんも6000万もの大金と魔王軍幹部討伐という栄誉を…!?と小声で呟きながらゆんゆんはわなわなと震えていた。私はとりあえずこの宿のお金やら全部もつことをここぞとばかりに提案してみた。

 

「だ、ダメよ!?馬車で王都では対等にしようねって約束したでしょ!?」

 

どうやら敬語云々の時に話したことを言っているようだ。あくまでそれはゆんゆんとより仲良くなりたかったから敬語の壁を払拭したかっただけなのだけど。私はその言葉に頬を膨らませて無言の抗議をすることにした。

 

「そんな顔してもダメったらダメ!それにそういうのはお友達とかそういう問題じゃないというか、むしろお友達だからこそしっかりしておきたいと言うか…」

 

変なところでしっかりしているゆんゆんに私は諦めの溜息をついていた、確かに馬車の中の話ではないが逆の立場で考えたら私も同じ事を言う自信がある。完全に馬車で放ったブーメランが今になって戻ってきていたと私は舌を巻いていた。

 

…それにしてもこんな良い子なのにゆんゆんは何故ここまでお友達が少ないのだろうと私は真面目に思った。

一般的な話、大金がはいったお友達が気前よく奢ってくれると言ったらそれを断る人はどれくらいいるだろうか。おそらく大して考えることなく受け入れる人が多数のような気がする。

 

 

 

 

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とりあえず6000万エリスものお金を無造作に置いておく訳にもいかないので金庫などを買った方がいいのだろうか。あるいはそういった魔道具などもあるのかもしれない。それに生活する上での細かい物を買う必要もあるので私とゆんゆんは散策兼買い物で街に出ることにした。

 

宿の主人にそういったものを売っている場所を聞いて改めて王都の街を歩いているが改めて見てもやはりここは広かった。この世界の他の街を知らないので比較対象がアクセルしかないのだけど少なくともこの王都以上に栄えている場所はそうそうないだろうとも思った、それだけ巨大な城下町だったのだから。

 

「あの…まずはご飯でも行かない…?その、王都に着いてから何も食べてないし…」

 

確かに私達は馬車での食事以降まともに食事をしていなかった。それに馬車での食事は日持ちするものがほとんどで飽きていたし別の物を食べたくもあったので私はゆんゆんの提案に笑顔で頷いた。

 

「あれなんてどうかな?手軽に買えそうだけど…」

 

ゆんゆんが指したのはピザのお店だった。お洒落な赤レンガの外装にも関わらず店外からも気軽に買えるように窓口のような場所で、そこには1人の女の子がいるだけで大して混んではいないようだ。私とゆんゆんは善は急げと足早にその後ろに並ぶことにした。

 

 

 

 

「まぁ、ピザを戴くのにはお金が必要なんですか?すみません、知りませんでした」

 

すると私の前を並ぶフードをかぶった少女は残念そうな表情で店主にそう告げた。…どこの箱入り娘なんだと内心呆れたのが本音でもある。

目の前の少女は地味な茶色のフード付きのローブを纏ってはいるものの、中から僅かに覗かせる純白のドレスはとても一般的なものではない。貴族の娘さんなのだろうか?フードから覗かせた金髪も相まって可愛らしい様相をしていた。

 

「そりゃそうだよお嬢ちゃん…うーん、お嬢ちゃん何処かで見たような…」

 

終始困り顔のピザ屋の店主は気まずそうに頭をかいていた。とりあえずこちらとしてはお腹も空いていたし、私は後ろからここのオススメのピザを3箱お願いします、と注文してみた。

 

「あっ…」

 

背後からの私の注文に気が付いた少女はそれを聞くなり私にカウンターの前をゆずるように動くと気まずそうに俯いていた。それを見た店主も気まずそうではあるが私の注文を受け付けた。

 

「あの、ア、アリス…?」

 

多分割り込むように私が買おうとしているのに思うところがあったのか、と考えゆんゆんの声にあえて私は反応しなかったが何故か驚くように少女が反応した。何なのだろうと考えていると梱包が終わったのか店主がピザの入った箱を手渡してくれた。

 

「1500エリスだよ、…まいどあり」

 

1箱500エリス。大きさから見るにこれくらいならアクセルで買うと1箱300エリスくらいだろうか。確かに若干物価が高いのかな、などと考えながらも私は店主にお金を払うと、そのうちの1箱を少女に差し出した。

 

「えっ…あ、あの、これは?」

 

勿論黙って自分らのだけ買うなど私にはできるはずもなかったので、良かったらどうぞ、と笑顔で手渡すと、少女はフードの中からとても嬉しそうに笑った。それを見たゆんゆんも安堵の表情をしていたことから察してくれたようだし、ピザ屋の店主もそれに気付くと微笑ましそうにしていた。

 

「よろしいのですか?ありがとうございますっ、そ、それであの…」

 

そう言うなり少女の目はゆんゆんに向いていた。予想外の視線にゆんゆんは戸惑いながらも目をパチクリさせている。

 

「今、私の名前を呼びませんでしたか?失礼ですがお会いした記憶がありませんでしたので…」

 

「え?えっと…貴女もアリスと言う名前なの?」

 

アリスと聞いた少女はハッとしてまたも気まずそうにしていた。本当になんなのだろうと私はただ首を傾げるしかなかった。

 

「す、すみません、私の聞き間違いだったようです。それよりお願いがあるのですが、もし宜しければ一緒にピザを食べませんか?1人で食べるのも、寂しいですので…」

 

私とゆんゆんは顔を見合わせると共に口元が緩んだ。特に断る理由もないし、1人で食べる寂しさを私もゆんゆんも痛いくらい理解できていたりする。2人して頷くと、少女の表情は眩しいくらいに笑顔になった。

 

「ありがとうございます、嬉しいです♪それでは近くに広場がありますので、そこで食べましょう?」

 

こちらとしてはまったく土地勘がなかったので気軽に食べられる場所を教えてくれるのはありがたい話だった。

 

 

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「わ、我が名はゆんゆんっ!アークウィザードにして、上級魔法を操る者!やがて紅魔の里の長となる者っ!」

 

綺麗にポーズまで決めたゆんゆんのおかげで広場は静寂に包まれた。最近聞かなかったけどゆんゆんにはこれがあることをすっかり忘れていたし案の定少女はキョトンとしていた。とりあえず私はフォローを入れるように彼女の故郷ではこの挨拶の仕方が当たり前なのですよと言っておいた。

 

「そうなのですね、それは知りませんでした。紅魔族の方とは初めてお会いしますが、話に聞いた事はあります。一族全員が高い知力と魔力を持ち、アークウィザードの適性を持っていると」

 

ポーズのせいなのか紅魔族が褒められてるせいなのかわからないけどゆんゆんは顔を赤くしてベンチに座り込んだ。続くように私も自己紹介をした。勿論普通に。

 

「アリス様と、ゆんゆん様ですね。私は……イリスと申します。」

 

イリスと名乗った少女の自己紹介に私は内心首を傾げた。確かに似ている名前ではあるものの、アリスと聞いて聞き間違えるほどだろうか?とはいえその辺は人の感性次第な気がしないでもないので特に何も言うことはなかった。

 

「それでは…いただきますね」

 

3人並んでベンチに座り、ピザに頬張る。…素直に美味しい。赤いトマトソースとチーズ、ハムやピーマンなどの彩りも良いバランスの具材。ピザ生地はところによりサクサクしてたりふわふわしてたりで飽きない。ピザ自体はアクセルでも食べた事はあったけど今食べるそれは前世含めて食べた事があるどのピザよりも美味しく感じた。

 

「口いっぱいにソースとチーズの味が広まって…とても美味しいです!」

 

「本当に美味しい…」

 

3人して幸せそうにピザを食べていたのだけど私は地味に気になっていた。イリスはどうしてあんな場所に1人でいたのだろう?こちらを様付けしたり、ローブの中から見えるドレスはどう見ても一般的には見えない。

 

「え…えっと…ちょっとした事からピザの事を知ったのですが、その…どうしても食べたくなりまして…こっそり抜け出してきたんです…」

 

…段々とパズルのピースが増えてきた。丁寧な口調、世間知らずな箱入り娘、とても一般的に見えないドレス、そして抜け出してきたという単語…

 

何故だろうか。まだ完全に答えが出ている訳ではないのに私はこの少女からはやく別れたほうがいいと心底で警告を出していた。…とはいえピザを食べ終わりはいさよなら、では流石に無責任のような気もした。アクセルならともかくこの広い王都で自分よりも歳下であろう少女を1人置き去りにするのも危険な気がするのだから。

私は、ピザを食べたらお家に帰りますか?送りますよ。と告げるとイリスは少し残念そうな顔をしていた。

 

「い、いえ、お二人はこれからどうするのですか?もし御迷惑でなければ、私も着いていきたいです。その…こうやって外に出る機会もなかなかないので、もっと外を見てみたいのです」

 

更に警告が心の底から響き渡る。とはいえどんなに警報がなったとしてもとっくに手遅れな気がしないでもなかった。

 

ただ生活用品を買いに行くのも味気ないのでこのまま服を見たり遊んだりしますか。と告げればゆんゆんもイリスも笑顔で頷いていた。とりあえず王都初日は遊び尽くそう。

 

 

 

 

 



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episode 30 蒼の賢者

 

 

それから私達3人は王都の街を遊びながらも駆け巡る。

 

服屋ではお互い着せ替え人形にしたり、なったり…装飾品を覗きに行ったり…街を散策してたらひったくりが逃げてる場面に出くわしてウォールで足止めしようとしたらイリスちゃんが他の冒険者から剣を拝借して鞘に入れられたままの剣でひったくり犯を滅多打ちにしてのしたりして周囲から歓声を受けたり…そんなこんなで休憩がてらに喫茶店にはいっています。

 

 

「イリスちゃん…凄く強いんだね…びっくりしちゃった…」

 

「いつも剣はおし…お家で習っていますから、それなりにですが自信はあります……あの、お気持ちは嬉しいのですが、ピザに続いてここまでしていただかなくても…」

 

私達3人の前にはそれぞれにフルーツパフェが行き渡っていた。遠慮しがちにしているイリスにゆんゆんは笑いかけた。

 

「気にしないで。さ、さっきのピザはアリスが払ったから今度は私がご馳走するわね、そ、その、せっかくお友達になれたのだし」

 

笑顔でいたと思えば恥ずかしそうに顔を赤くして目を逸らすゆんゆんだけど一方のイリスはその言葉に目を瞬かせた。

 

「お友達…私とお友達になってくださるのですか?…初めてです、私…お友達になってくださる方なんて初めてです…!」

 

イリスのとても嬉しそうな表情はまさに過去のゆんゆんを想起させるのに充分すぎた。それにしても意外でもあった。ゆんゆんの場合極度の引っ込み思案な性格やらもあるのでまだ理解できなくはないのだけどイリスに至っては欠点がまず見当たらない、あえて言うなら世間知らずなことくらいだろうか。どんな環境であろうとお友達くらいすぐにでもできそうなのだけど。

 

「私は…お家から出ることが滅多にありませんから…」

 

……つまりお友達云々以前にその対象すらいない状態ということなのか。これではゆんゆんよりも絶望的だ。ゆんゆんは本人の努力や周囲の環境次第でまだ候補が見つかるけどイリスの場合はまずその候補が最初からいないのだ。私はそっと目頭を抑えた。

 

「大丈夫だから…!私だって、アリスだってもうイリスちゃんの友達だから…!」

 

ゆんゆんもお友達がいないという苦悩は充分すぎるほど共感できるのか、その瞳は既に潤んでいた。つられるようにイリスの瞳にも光輝くものがみえた。

 

「…はい、アリス様、ゆんゆん様、ありがとうございます…」

 

「あ、駄目よ?イリスちゃん、お友達なんだから様付けはやめようね?」

 

「え…ですが…」

 

「せっかくお友達になれたのに、様付けなんてされたら壁があるように感じちゃうでしょ?」

 

私は内心…いや、既に口に出してクスクスと笑っていた。まさに馬車で私がゆんゆんに言ったことを今はゆんゆんがイリスに言っているのだから笑うなというほうが無理である。

 

「ちょっとアリス、笑わないでよ!?」

 

「…わかりました。でしたらせめてゆんゆんさん、アリスさんで……あ、不思議ですね。呼び方を少し変えただけなのに、皆さんとの距離が縮まった気がします…」

 

涙目のまま本当に楽しそうに話すイリスだけどその気持ちはこちらとしても同じなのですよ。そうやってお友達に心を許せることで距離はどんどん近くなっていくのですから。とりあえず今はさん付けで許しておきましょう。

 

「ふふっ、ありがとうございます、アリスさん」

 

 

嬉しそうに言うイリスにこちらまで嬉しくなれた。お友達って、やっぱりこういうものなのですよね。

 

 

……

 

 

 

 

それからパフェを食べ終わるなり、気が付けば話題は私達2人の話になっていた。今はそれぞれ好きな飲み物を持ち会話していた。

 

「まあっ、お二人は冒険者なのですか?それもどちらも上級職の…私も色々な冒険者の方にお会いしたことがありますが、お二人ほど若い方々はお会いしたことがないです」

 

「私達はアクセルから馬車で今朝この王都に着いたところなの」

 

「アクセルからですか!?アクセルでは最近、魔王軍の幹部が討伐されたとお聞きしておりますが」

 

それを聞いたゆんゆんは、さりげなく私に目配せした。おそらく言いたくてたまらないのかうずうずしている様子が感じられた。私は溜息混じりに首を横に振った。流石に誰が聞いてるかわからないこんな場所で言うことでもない。

それを見たゆんゆんはしゅんとした様子でいたけど納得はしたようでしゃべることはなかった。

 

「その魔王軍の幹部を討伐した方の中に、『蒼の賢者』と称えられた方がいるようなのです」

 

「……蒼の賢者…?」

 

ゆんゆんに続くように私までキョトンとしてしまった。蒼と言う意味合いではアクア様も対象になるのだけど…

 

「あ、これは王都でそう呼ばれているそうです。アークプリーストでありながら、多彩な攻撃魔法を操る青いプリースト風のドレスを身にまとった…」

 

そう言いながらも私を見るイリスの目はキラキラと輝いていた。私の今の服装と照らし合わせているのだろう。私が攻撃魔法を使えるアークプリーストであることは既にゆんゆんがバラしてしまっていたので流石に察してしまったのか。…できれば声のトーンを抑えてくれたらありがたいのだけど。目立ちたくないし。

 

「ごめんなさい…、賢者と聞きましたからてっきり私はもっとご高齢の方を想像してましたので」

 

確かにふと考えてるとイメージするのは老人な感じもする。それにしても何故賢者なのだろうか。完全に名前負けしている気しかしない。

 

「そ、そこまでは…冒険者の方がそう言い出したのがきっかけと聞いてますけど…」

 

…冒険者…仮に転生者だった場合某ゲームで僧侶と魔法使いのどちらの魔法も使える職業を賢者というのがあるからその発想からとったのであればその冒険者は私と同じ転生者の可能性が高い気がした。聞こえ的にアークウィザードプリーストよりはマシだけどやっぱり異名そのものが恥ずかしい。と、いうよりもまだ王都ではまったく活動していないのにも関わらず既にそこまで名前が売れているのは予想外すぎた。まだ討伐して5日しか経っていないというのに魔王軍幹部の討伐のネームバリューの凄まじさに私は静かに頭を抱えた。

 

「…あの、よければスキルを見せてもらったりとかできませんか?」

 

見せるのは構わないのだけどいくら被害の心配がないとはいえ攻撃魔法には変わりないので街中で使ったら騒ぎになることは間違いない。とりあえず私は機会があれば、とだけしか言えなかった。なお一方ゆんゆんは…

 

「蒼の賢者……かっこいい……」

 

黙っているかと思えばやっと呟いたのがこれである。よく忘れていたけどこの子の感性はわからない。もとい紅魔族そのものの感性なのかもしれない。

 

 

 

 

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喫茶店を出た時には既に午後4時すぎ。ピザ屋でイリスと出逢ったのがお昼前だったので時間としては5時間近く遊んだだろう。流石にイリスはぼちぼち家に帰らないと家の人が心配しているのではないだろうか。普段外出しなくて黙って家から出てきたなら尚更…とそこでふと思った。

イリスは間違いなく貴族以上の出の者だろう。服装や言葉遣いなどからそれは間違いない。そんな彼女が長時間行方不明になっているとなれば家では大騒ぎになっているのではないだろうか。

流石に充分遊んだことだし、そろそろイリスを家に送ることを私は提案した。

 

「…はい、そうですね。仰る通り家の者が心配している可能性は高いです…」

 

落ち込んだ様子で話すイリスだけどこれについては仕方ない。流石にお友達になったとはいえなりたてだし即家庭事情まであれこれ言う訳にもいかない。勿論物申したい気持ちはかなりあるが。

 

「でもずっとお家から出してくれないなんて…いくらなんでもそれは…」

 

どうやら私の気持ちとゆんゆんの気持ちはほぼ同じだったようだ。私はイリスに家の場所を聞くことにした。これから案内するからでもあるけど場所さえわかればお友達としてこれから何かできるかもしれない、そう思って。

 

「いいえ、いいんです。お家にこれ以上迷惑をかける訳にもいきませんし」

「そうですね、すぐにでもお戻りくださいアイリス様」

 

ふと知らない女性の声に振り返る。…気が付いたら私達は視線がキツい印象を受ける剣を携えた女性と、数人の兵士らしき人達に囲まれていた。

 

「クレア!?」

 

イリスがクレアと呼んだ女性は金髪に前髪の一部分に青いメッシュがかかっていて顔立ちの整った、ダクネスとはまた方向性の違う凛とした騎士のように見えた。突然の囲まれるという対応にゆんゆんは怯えるようにしたままでかくいう私も似たようなものだった。

 

「探しましたよアイリス様、そして…」

 

心配したような顔でイリスに駆け寄った女性は視線をするどくさせて私とゆんゆんに向けた。

 

「待ってくださいクレア!彼女達は決して悪い方々では」

 

「…御安心くださいアイリス様、先程の会話は途中からですが私も聞いておりました、この者達にアイリス様をどうこうする意思はおそらくないとも思われます…ですが」

 

そう言いながらも、イリスは他の兵士達により連れていかれていた。イリス…いや、アイリスは悲しそうな視線をこちらに送ることしかできなかった。

 

「非常に心苦しいのだが…お前達には『王女誘拐』の容疑がかけられている、悪いが着いてきてもらうぞ」

 

「えぇ!?!?」

 

私達は2つの意味で驚愕していた。1つは誘拐扱いされていることだけど…これはこれで問題だけど100%誤解なのでおそらくどうにでもなる、問題はもう1つだ。

 

「……王女…様…?」

 

ゆんゆんの驚きはもはや力無く、瞳に光を感じさせない。私としてもこれは驚いた。位の高い貴族の家の子くらいは思ってはいたけどまさか…

 

「…やはり知らなかったようだな。あの御方の名前は…『ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス』この王都ベルゼルグの第一王女であられる御方だ。…知らなかったとはいえ、容疑がかけられている以上私は君達を拘束しなければならない。無いとは思うが逃げようなんて考えるなよ?」

 

あちらもこちらが逃げる気がないのはわかっているのか、私の周囲にいた兵士達のほとんどはアイリスを守るように付き従っていた。勿論そんな愚をするつもりはない、そうすれば誘拐云々を肯定したと言われても文句は言えないのだから。私とゆんゆんは連れていかれるアイリスを眺め、ただ呆然としていた。

 

 



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episode 31 決意表明

初の別キャラ視点で。




 

私はゆんゆん。紅魔族のアークウィザードです。

 

私は今、お友達のアリスとともに王都まで来てました。

 

きっかけはあまりにも突然。普段アクセルで活動していた私は私用で少しだけ里帰りしてました。そして帰ってきたのはいいものの…アクセルの街の入口でめぐみんに捕まり、最初は嫌だって言ったんだけど友達の頼みが聞けないのですかと言われたら気が付いたら同行してました。…と、友達の為なら、仕方ないよね。

 

そして爆裂魔法を使っためぐみんを背負い、アクセルに帰り着くと馬車の待合所には金髪ツインテールと青いドレスのような服装が特徴のアリスさんの姿が。数少ないお友達がそこにいたので私は迷うことなく声をかけた。

 

するとアリスさんはレベルの問題でアクセルでの活動が難しくなったのでこれから王都に行くとのこと。私の頭は真っ白になりました。

 

私にとって今みたいに気軽に話せるお友達は本当に少ない。リーンさんと仲良くなれたけどそれはあくまでアリスさんがいたから。

そんなお友達が、王都へ行く。アクセルからいなくなる。

 

「私も…一緒に行きます!」

 

気が付いたら自分でもわからないうちにそう言ってた。背負ってためぐみんはかなり驚いてた。

 

自分のレベルも26でアクセルでやって行くにはきびしい、私とアリスさんはパーティメンバーだから。どちらも後からつけた理由だった。

 

ただ、このままアリスさんと離れてしまったら、私はまた1人になってしまう気がして、怖かった。

聞く話によるとめぐみんには既に固定パーティがあるらしいから頼れない。もっともめぐみんはお友達である前にライバルである私とは組めないと言っていたのでもとより頼ることができない。

リーンさんに言えばテイラーさんのパーティに入れて貰えるかもしれないけど…断られるのがこわいし、何よりもアリスさんのいた場所を奪うみたいで嫌だった。

アリスさんが承諾してくれてから、一気に目まぐるしい忙しさになったし、アリスさんにも迷惑かけてしまったけど、アリスさんはまったく気にしてなくて、むしろ私なんかが一緒に来てくれることを本当に嬉しそうにしていた。

 

そして馬車でお話をした際も色々あった。まず私の敬語が気に入らなかったらしい。私はアリスさんも敬語ですよね?というと「めぐみんとは普通に話してますよね?それに人により変わる敬語というのはお友達として壁があるようで私は悲しいです」と言われてしまうと私は慣れないながらも普通に接するようにした。

するとアリスが言ったことがよくわかった。最初は慣れなかったけど気が付いたら自然とめぐみんと話すようにアリスと話せるようになっていた。

凄く心の距離が近くなったような気がして、同時に思った。

 

そっか……壁を作っていたのは、私だったんだ。

 

色々な理由をつけて、遠慮して、確かに私はあちこちに壁を作っていた。それがなくなってしまえば、こんなにも相手を身近に感じる。

勿論それは簡単に踏み込んではいけない領域。もし相手に拒絶されるものならその壁は更に大きくなる。だから私は、それが怖くて無意識のうちに踏み込まなかった。

 

まだまだ人との間の壁の踏み込み方は難しくて、でもアリスは私の壁を自然に壊してくれて…私もそうありたいと思った。

 

王都に着いて街を歩いていたら、ふとピザ屋さんを見つけて、私は自然にそこに行きたいと言った。

内心自分でも驚きの行動だった。少し前の私なら、行きなくないと言われたらどうしようとか考えちゃってまずそんなことは言えないと思う。

 

そしてそのピザ屋さんで、女の子に出会った。

後にイリスと名乗ったその子は、お金がなくてピザが買えないみたいだったから、買ってあげようかな?と少し迷ったけど…ここでのアリスはイリスの後ろから注文を始めた。確かにイリスは買えないんだから仕方ないかもしれないけど、イリスを無視したその行動に少しだけ幻滅した。

だけどそうじゃなかった。買ったピザは3箱。何食わぬ顔で1箱をイリスに手渡すその様子を見て、私はこっそり心の中でアリスに謝ってた。同時にこんな風に自然にできちゃうのが凄いとも思った。

 

成り行きでイリスちゃんと一緒に遊ぶことになった。

あちこち回って、すごく楽しくて、休憩がてらに寄った喫茶店で私はふいに言ってしまった。私達はお友達だからって。

言ってすぐに照れくさかったと同時にやっぱり拒絶されたらどうしようと怖くもあった。

だけどイリスちゃんは、本当に嬉しそうだった。イリスちゃんにはお友達がいないと聞いてなんだが親近感までわいていた。

 

だけど…

 

そんなイリスちゃんは、実はこの国の第一王女……アイリス様だった。

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

私とアリスは無言のまま、クレアさんに着いて行ってます。拘束するとは言ったものの、縛ったりはしていないのでアイリス王女に言っていたことは本当なのだと少し安心。…だけどそれでも怖い。あくまでアイリス王女の目前だからこうしている可能性もある、私とアリス、クレアさんだけになった途端に手のひら返しされるなんてこともあるかも…。

 

私達の前を数人の兵士の人に囲まれて歩く王女様は、時折心配そうな顔でこちらを振り向く…ふと目が合ったけど、私は反応できずにいた。だけど王女様は…私の隣にいる人の顔を見て、少し戸惑うように微笑んだ。

 

「ゆんゆん…大丈夫、大丈夫ですから」

 

アリスはアイリス王女と目が合った途端に微笑んでいた。こちらは大丈夫ですよ、と安心させるように。ふと背中をさするアリスの手。言葉通りの感情が伝わってくる、だけど…彼女の手もまた、震えていた。…やっぱりアリスも怖いんだ。なのに、なのにアリスは自分よりも私やアイリス王女を元気づけようとしていた。

 

 

……

 

 

王城に正面からはいる。アイリス王女は早々に別の場所に移されて、私とアリスは地下へ向かっているのか、下へと続く階段を降りて、ひとつの部屋にはいった。

 

そこはテーブルと椅子が4つある、お城にあるとは思えない簡素な応接室のような感じがした。

 

「汚い場所ですまないが、座ってくれ」

 

アリスは気にしない様子で席につくと、私はその隣に座る、そしてテーブルを挟んだ対面にクレアさんが座ると、テーブルにベルのようなものを置いた。

 

「…これが何かわかるか?」

 

アリスはその質問に首を傾げていたけど私は知っていた。確かあれは嘘を見抜く魔道具。嘘をつけばベルが鳴る、わかりやすいもの。

 

「その通りだ、そちらの子は知らないようだから実践してみよう。…今は雨が降っている」

 

チリーン、と大きくも小さくもない音が部屋に響く。今は晴れていたので雨と言う嘘に反応したということ。

 

「先に謝罪しておく。私個人としては君達2人をアイリス様の友人として丁重にもてなしたいくらいなのだが…こうやって王女誘拐容疑がかかっている限りは正規の手段で取り調べをしなければ解放はできないんだ」

 

こちらを安心させるようにそう言ってくれているクレアさんの言葉に私は安堵の溜息をつく。どういった経緯で私達が誘拐犯扱いされているのか気になるけどそれを聞いて答えてくれる気もしない。…そして質問が始まった。

 

「ではまず…君達はアイリス王女と分かっていて一緒にいたのか?」

 

「…身分が高い女の子くらいは思っていましたが、流石に王女様と気付いたのは貴女が来てからです」

 

私もアリスと同じように応えるけど、当然ベルは鳴らない。クレアさんは視線をベルに移すと5秒ほどみつめて…こちらに向き直るとまた口を開いた。

 

「では君達の素性を簡潔に教えてくれるか?」

 

「冒険者です、よければこれを参考にしてください」

 

分かってたかのようにアリスは冒険者カードを出して、私もそれに習う。そしてアリスの言葉は続く。

 

「元はアクセルで活動してましたがレベルがあがりアクセルでやっていくのは辛く感じてきてましたのでゆんゆんとともに今朝王都に参りました」

 

…どうでもいいけどどうしてアリスはこんなに受け答え慣れてるのだろう、少なくとも私1人だったら緊張して何も言えないか余計な事しゃべるとかしそうなだけに今のアリスはかなり頼もしかった。そして冒険者カードを見るクレアさんの表情が変わる。

 

「…片や15歳でレベル30のアークプリーストに…片や14歳でレベル26のアークウィザードの紅魔族…そろそろ本題にはいろう。アイリス様とはどのような状況で出会い、共に行動をしていた?」

 

それからもほとんどアリスが答えてくれて私は頷くだけだった…これ、私がいる意味あるのかな…?というよりも私も、多分アリスも、イライラしてたかもしれない。こういう尋問は初めてされたけど嘘を見抜く魔道具があるのだからもっと単刀直入に聞けばいいのに。

 

 

……

 

 

 

「質問はこれで終わりだ。2人の疑いは完全に晴れた、本当にすまなかった」

 

そういうなりクレアさんは丁寧に頭を下げた。私は単純にホッとして胸を撫で下ろしていた。一方アリスは特に気にする様子もなく、嘘を見抜く魔道具のベルをじっと見つめていた。

 

「私はゆんゆんが嫌いです」

 

突拍子もないアリスの発言に私が思わず、えぇ!?と声を上げると同時にチリーン、と音が鳴る。それを聞くなりからかわれていた事に気がつくと顔を赤くしてしまう。それを見たクレアさんはふっと口元で笑っていた。

 

「なるほど、面白いですねこれ、せっかくなのでここで宣言しておきましょうか」

 

アリスはそのまま私に向き直ると、真剣な眼をしていた。何を宣言するのか想像もできなかったけど少しだけ緊張した。

 

「2週間前、私はめぐみんと2人で古城にはいり、魔王軍幹部のベルディアと戦いました。めぐみんは戦えなかったから私1人で。一矢報いたと思ったけど結果は惨敗でした。あの時、私とめぐみんはベルディアの考えによっては殺されていました。とても悔しかった、めぐみんを守れなかったことが。だから私は強くなりたい、そう思ってこの王都に来ました。大切なお友達を守りたいから。ゆんゆん、貴女はそんな私と一緒にいてくれますか?共に戦ってくれますか?」

 

ここまで…1度もベルは鳴らなかった。私はもちろんクレアさんも絶句していた。

 

アリスは…めぐみんと変わらない小さな体の彼女は、アークプリーストでありながらたった1人で魔王軍幹部と戦ったと言った。私がアクセルにいない間にそんなことがあったなんて…

 

そしてアリスは、お友達を守れる強さが欲しいから、その為に私と一緒にいてくれるか、戦ってくれるのかを聞いた、私に迷いなんてあるはずもなかった。だって…私だって、大切なお友達は守りたいのだから。

 

私は勢いよく返事をした。もちろんベルは鳴らない。

 

「ありがとうございます、ゆんゆん」

 

そこには重荷がとれたようなアリスの健やかな笑顔があった。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

話を聞いていたクレアは驚愕した様子を崩すことなく、アリスを見ていた。

 

「魔王軍幹部のベルディアと一騎打ちしただと…?奴は王都の精鋭が何人もかかって返り討ちにしてきた魔王軍随一の武道派だぞ…」

 

「当然ですクレア、彼女は王都で噂の『蒼の賢者』なのですから」

 

そのまま扉が開かれると、そこには美しい純白のドレスにティアラをつけたアイリス王女がいた。とたんに私は緊張してしまう。あの時はなんともなかったけどイリスちゃんは実は王女様…頭撫でたりめちゃくちゃ失礼なことをした気がする私は滝のように冷汗をかいていた。

 

「ゆんゆん、馬車で私が言った事、思い出してくださいね」

 

小声でのアリスの言葉が私にそっと囁かれたと同時に、アイリス王女は私達の元へと近付いてくる。途端に緊張が高まる。目の前に一国の王女様がいる、私なんかの前に…。

 

「あの、此の度は本当にごめんなさい!誘拐犯扱いされたことも、私が本名と身分を偽っていたこともです」

 

「なるほど、アリスとアイリス、確かに似てますね」

 

えっ、と私はアリスの言葉に変な声をあげてしまった。というか、アリスは王女様を前にしてどうしてここまで自然体でいられるの…?

 

「あ、あの…」

 

「私は大丈夫ですよ、事情聴取なんて初めてしたのでいい経験になりましたし、身分を隠すのも仕方ないでしょう、あんな街中でアイリスがいたら大騒ぎになってましたでしょうし」

 

私は混乱していた。何故アリスはこんなに態度がいつも通りなの!?と。王女様を思い切り呼び捨てにしてるしどうしよう、クレアさん絶対怒ってるよね?とクレアさんを見ると同時。

 

「…先程の件は謝罪するが…アイリス様への無礼な口の利き方は軽視できないぞ」

 

「…どうしてでしょう?私とアイリスはお友達ですので、お友達として接しているだけなのですが」

 

「…!?」

 

アリスの当たり前のように放つ言葉を聞いてアイリス王女は本当に驚いて…嬉しそうに微笑んだ。今日1番の笑顔なのは間違いなかった。

 

「貴女は…私の身分を知った上で、本当にそのようなことを言ってくださるのですか…?」

 

「勿論ですよ。それとも、アイリスにとってあれはなかったことにしたいのですか?だとしたら凄く寂しいのですけど」

 

そんな会話を聞いていて、私はアリスの言葉を思い出した。馬車での会話……敬語が云々じゃなくて…相手の立場で考えるってこと。

 

「そんなことはありません…!本当に、…本当に私とお友達になってくださるのですか…?」

 

「…はい。ゆんゆんもそうですよね?」

 

アリスの言葉にアイリス王女は私の方に振り向いた。……そうだよね、私は何を考えていたのだろう。王女様だからといって、イリスちゃんであることは変わりない。ここで王女様だからと態度を変えたら、アイリスちゃんは悲しむと思った。だから、相手の気持ちで考えて、私は…

 

…はいっ、私だってアイリスちゃんのお友達なんですからっ!

 

緊張は隠せないので敬語にはなったけど思った事は言えた。そう答えたら、アイリスちゃんは嬉しそうに涙を流して喜んでいた。この状況でクレアさんも文句を言う訳にもいかず、ただアイリスちゃんを見守っていた。

 

ここまでまったくベルが鳴ることはなかった。それに気付いたクレアさんはどことなく笑っていた気がしました。

 

 

 

 



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episode 32 一撃必殺の最強スキル

視点アリスに戻ります。


…めちゃくちゃ緊張しました。

 

まさか一緒にいた子がこの国の王女様とか思うはずもないし、王都初日から何故こんな爆弾イベントが発生してるのでしょうかね、いや王女様とお友達になれたと考えたら決して悪い事ではないのだけど何故か誘拐犯扱いされてたし物騒な国ですね。どこかで聞いたベルゼルグは脳筋って言葉の意味がようやくわかった気がする。言わないけど。

 

いざ事情聴取を受けるとしゃべるのは私ばかり、ゆんゆんもうちょい頑張って!私本来こんなガツガツおしゃべりするキャラではないのですよ。おまけに誘拐犯云々と関係の薄いような質問までくるし、もっと単刀直入に誘拐犯ですか?と聞いてくれたらそれで終わるのではないか、とも思ったけど遠回しに色々聞くのは誘拐犯じゃなくても別の思惑を探る為なのかもしれない、別にやましい事は何一つしてませんので何聞かれても問題はないんですけど。

 

そんなこんなで無事終わったのでふと落ち着いたら私は嘘を見抜く魔道具に興味津々でした。試しにゆんゆんが嫌いですって言ってみたらチリーンとなってゆんゆんが真っ赤になっててほっこりした。

 

…嘘を見抜く魔道具…ふと考えて、私はゆんゆんに自分が王都に来た本当の理由を告げた。お友達を守れるようになりたい。だけど1人ではどうにもならない。守りたいけど守られたい、だから私はゆんゆんに聞いてみた。私と一緒に戦ってくれますか?と。

 

ゆんゆんはそれに心地よい返事をしてくれて、凄く嬉しかった。けどやってしまった。

 

クレアさんがいることをすっかり忘れててベルディア戦の話をしてしまった。どうしよう、ややこしい事にならなきゃいいんだけどと思ってたらアイリス王女様のご登場。

 

王族としての正装なのかわからないけど綺麗な装飾のティアラに純白のドレスはまさに王女様って感じでした。とはいえ王女様との接し方なんて私にはわかりません。とりあえず変に態度変えるのもおかしいかなと普通に接してみたらクレアさんがめちゃくちゃこわかった、なんか腰にある剣を握って今にも抜きそうだったし内心冷や汗ものでしたよ。そうだ、困った時はゆんゆんに振っておこうとゆんゆんに振ったらアイリスちゃんとはお友達ですから!とまさかのちゃん付けに私もびっくり、いや呼び捨てにしてた私も私なんだけど。だけどアイリスは凄く嬉しそうにしてたからこれでいいのかな、クレアさんも気付いたら怒りが収まっていたみたいだし。

 

ただこれで帰れると思ったらそういう訳でもありませんでした。ふいに私がベルディア戦のお話をしたせいで私はベルディア討伐の詳しい話をアイリスに強請られてお話することになりました。

 

そんなこんなで今は場所を変えて普通に豪華な応接間に案内されてご丁寧に紅茶までいただきました。

 

とはいえベルディア戦をそのまま話したら一部ひどいので少し内容をいじったというか端折ってお話しました。ベルディア戦の詳しい話はゆんゆんも知らなかったみたいでアイリスとクレアさんとゆんゆんは私の話をじっと聞いてました。…そんな中でやはりと言うべきか、1番興味をもたれたのは私のスキルでした。そしてアイリスの気になる発言も。

 

「なるほど、話には聞いていましたがララティーナも活躍していたのですね」

 

……はて?ララティーナとは誰だろう?戦った私達5人の中にはそんな名前の人はいないはずだった。けど聞こうとしたらゆんゆんに先を越されてしまった。

 

「ヘルインフェルノ…って凄そう…私は覚えてないけど、アークウィザードのスキルにもインフェルノという火属性の上級スキルはあるけど…」

 

ヘルインフェルノはバーストに火属性が加わった元のゲームでは最上級魔法の1つだったりするし名前が似てるのは偶然なんだけど。バースト自体の範囲が物凄いので見た目だけならめちゃくちゃ派手で流石のめぐみんも猛抗議してたのを思い出した。

 

「やはり信じられないな、それ程の魔法でありながら味方や地形に何も影響を与えないとは…、それが真実なら街中に魔物が攻めてきても、防衛で乱戦になったとしても多用できる素晴らしいスキルではあるが…」

 

「私、是非そのスキルを見てみたいです!」

 

アイリスはそのつぶらな瞳をキラキラさせていた。正直王族に自身の力を見せてしまうのは目立ちたくない私としては非常によろしくないのだけど断れるような流れでもない。とはいえまさか街中でやる訳にもいかないし、まさか王女様を連れて街の外まで行く訳にもいかない。

 

「私も興味がある、賢者殿さえよければそのスキル、ここの訓練所でやってみてくれないか?今の時間なら誰も使ってはいないだろうし広さも充分にある」

 

やはり退路はないようで。私はしぶしぶながらも首を縦にふると、アイリスとゆんゆんはとても嬉しそうにしていて、クレアさんに着いていき訓練所へ向かうことにした。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

訓練所は言われた通り凄く広かった。地面は硬い砂利で踏んだ感じでは学校の校庭のような。壁は石造りであちこちに練習用なのか剣や槍が立てかけられていた。

さて、とりあえずスキルを使うにしても私のスキルは私が敵対したものと私に敵対するもの、どちらかがないと発動はできないのだけど壊していいものはあるのでしょうか。

 

「それならあそこの…あれを好きにして構わない」

 

クレアが指したのは藁で包まれた棒のようなもの。おそらく木剣とかで叩いて訓練するサンドバッグのようなものだろう。それは他のと比べてボロボロになっていたので処分するにはちょうどいいのか体良くゴミ掃除に使われている気もしたけど私は杖を構えて、行きます。と告げると魔法を詠唱した。

 

いつものように駆け巡る私の周囲の魔法陣は杖にセットされたフレアタイトのおかげで赤くなり、連動するように杖の中心のフレアタイトが赤く輝く。

 

 

《ヘルインフェルノ》

 

私から扇状に放たれたマグマの熱風は広い訓練所の中の全てを飲み込み尽くした。標的にしていた棒は即座に跡形もなくなり、更に広すぎる範囲のマグマはクレアやアイリス、ゆんゆんまで巻き込んでいた。見た目上では。

 

「…ぜ、全然熱くありませんね…」

 

「こんな凄まじいマグマなのになんともない…夢でも見ているようだ…」

 

「一体どんな術式をしたらこんな出鱈目な構築ができるのですか!?凄すぎますよこれ!?」

 

…………ん?

 

ふと知らない女の人の声が聞こえてきた。よく見ると紺色の帽子をかぶったブロンド髪の若い女の人がそこにいた。見た感じは魔法職のように見えるけどどなたなのでしょう?

 

「えっ?わ、私…アイリス様と一緒にずっといたのですが…」

 

ということはあの簡素な応接間からずっといたことになる。魔法職にも関わらず盗賊の隠密スキルが使えるのだろうか?流石王都の魔法使いと私は素直に賞賛した。

 

「えぇ!?そんなことできませんよ!?」

 

「あ、すみません、紹介を忘れていましたね、こちらはレインと言いまして、私の先生兼護衛をしてくださってる方です」

 

レインと呼ばれた女の人はその紹介に続くように丁寧に会釈した。それにしても身内であるアイリスからも忘れられているとはなんとも不遇な人である。私は自然に同情の視線を向けていた。

 

「そんな目で見ないでください…!コホン…お初にお目にかかります賢者殿、ご紹介頂いた通りでアークウィザードのレインと申します」

 

とりあえず自己紹介を返したけどその賢者殿というのは真面目にやめて欲しいのだけどクレアさんといいこの人といいなんとなく言いづらい。まぁ王城なんて一介の冒険者である私なんかが早々来るわけもないし今だけだと考えたらどうでもいいか、とも思えてしまった。

 

 

……

 

 

 

 

それからスキルについて散々聞かれたけど原理やら術式やら私にわかるはずもなく、前の言い訳である一族に伝わる一子相伝のスキルなのであまり口外はできないと突っぱねておいた。非常に残念そうにしていたレインさんの表情に心が痛むけど教えようにも私もわからないのだから教えようがないのだ。

 

更にクレアさんからは王城で働かないかとまさかの勧誘を受けたのだけど私はあくまで冒険者だしそれを受けたらゆんゆんを1人にしてしまうので丁重にお断りしておいた。これもまたアイリスが残念そうにしてただけに心が痛む。…ただアイリスについてはこのまま帰ってしまえば何も変わらない。今回抜け出したことでアイリスへの監視の目がより強くなるだろう、それでまた幽閉に近い状態になるのはアイリスが可哀想すぎる。

 

だから私は、こっそりアイリスを呼んだ。

 

「どうしましたか?アリスさん」

 

アイリスは今後外に出たいのだろうか?今のままでは何も変わらないし自分からもっとわがままになって外に出たいとアピールすべきではないだろうか。

 

「…それはそうなのですが……もちろん何度か外に出たいと言ったのですが…クレアは中々聞いてくれなくて…」

 

…なるほど、つまりクレアさんが許可を出せばどうにでもなるのか。と私は口角を僅かに上げた。ならば私の某美人プリーストさんから教わった秘伝のスキルがあればなんとかなるかもしれない。

 

「そ、そのようなスキルがあるのですか?私、知りたいです!」

 

このスキルを使うには可愛さ、幼さが必須となる。アイリスは見事にそれらをクリアしている。ならば後はクレアさんを堕とすだけである。私は秘伝のスキルを丁寧にアイリスに伝授することにした。

 

 

そして場所はお城の正門前。決戦の時は来た。私達の見送りにアイリスは勿論、クレアさんとレインさんもいた。1度認識したらわかるようになるとはやはりレインさんは無意識に隠密スキルを使っているのではないかと疑ったけど今の本題はアイリスである。私はその様子を静かに見守ることにした。

 

 

「クレア、話があります」

 

「…アイリス様?今は客人の前なのですが、急を要することなのですか?」

 

「はい…私は…私は外にでたいのです、お城の外はとても楽しかったです。…どうか私に外出の許可を頂けませんか?」

 

「アイリス様…それは…」

 

やはりクレアさんはアイリスに弱いようだ。困った顔をしたまま目を逸らしている。実際王女様が気軽に外に遊びに行ける訳がないのはわかっている。だけどこれは秘伝を使えば間違いなくいけると私は確信した。私のクリエイトウォーターで準備は終わっている。

 

 

 

 

┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈お願いします、クレア……

 

 

 

その瞬間、クレアさんは紅の流水を吹き出して吹っ飛ばされるようにその場で倒れた。…アイリス…恐ろしい子…!

 

「ク、クレア様ぁぁ!?」「クレア!?」

 

レインさんが倒れたクレアさんを介抱し、アイリスはただ驚き、私はゆんゆんの呆れたようななんともいえない視線を必死に目線を逸らして避けていた。私は悪くないです、はい、私は悪くないです。大事なことなので2回言いました。

 

なお、結果的にアイリスの外出については週1回護衛でクレアさんとレインさんのどちらかが着くことでなんとか許されたそうな。ただしレインさんからはアイリスの秘伝《涙目上目遣い》は禁止されることとなったのだった。

 

余談ではあるが、倒れたクレアさんはレインさんが見たこともない幸せそうな笑みを浮かべていたとかなんとか。

 

 



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episode 33 王都でのクエスト

 

王都初日からまさかの王女様と鉢合わせしたあの日から早くも4日目。私とゆんゆんは予定通り3日目までは衣食住の完全な確保と周辺の散策に時間を費やしました。

 

初日で出会ったクレアさんの発言で気が付いてたのだけどゆんゆんは14歳になっていた。いつの間に?と聞いてみたら紅魔の里に帰ってる間に迎えてしまったらしいので、大分遅れてしまったけどささやかながら私は誕生日パーティをすることにした。

 

するとゆんゆん、ガチ泣き。

 

一体どうしたのか聞いたところ、彼女は誕生日パーティをお友達がしてくれた事が生まれて初めてだったらしい。…とはいえ、誕生日パーティってそこまでお友達同士でやるものかな?と私は首を傾げたけど。両親に祝ってもらったことならあるけどわざわざお友達が来て祝ってもらったことはない。…ネットゲーム内でならめちゃくちゃ祝ってもらった事があるけど。

…いや、落ち着こう。何故か悲しくなってきたけど落ち着こう。

別にお友達がいなかった訳でもないし。…あ、でも…。この世界に来てから感じたお友達という人は……やっぱり前世にはいなかったかもしれない。

 

だって…いたら…ね。…多分…私はこの世界に来ていないと思うから。

 

…とりあえず盛大にお祝いしましたよ。お友達相手にこういう事をするのは初めてだったのでどうしたらいいかわからなかったし、料理は作れないしで大変だったけど、可愛いクマのぬいぐるみをプレゼントして、大きなイチゴのケーキを買って、2人だけだったけど宿でお祝いしました。

最初は泣いてたゆんゆんだったけど、凄く嬉しそうにしてたから、とりあえずやって良かったと思えた。ただ惜しかったのはアクセルにいた時に祝えたらなぁ、と。ダスト、リーン、キース、テイラーさんとか、めぐみんに、ゆんゆんとは面識がまだないけどカズマ君やアクア様、ダクネスにクリス。いっぱい祝ってくれそうな人がいたんだけどなぁ。

 

とりあえずゆんゆんがテレポートを覚えたら、1度アクセルに戻ってみようかな。まだ来て間もないのに気が早いかな?

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

王都3日目にゆんゆんの遅れたお誕生日祝いをして、次の日からはようやく王都でのクエストをスタートさせようと4日目の今日、冒険者ギルドに来てみました。

 

改めて依頼書を見ると…これはきつい、が正直な感想。

何故なら1日で終われるようなクエストがまずない。アクセルのように気楽に半日とかで終われるようなものがない。理由としては移動時間や討伐ノルマの数などがある。

 

ワイバーンが街道に巣を作りました。3日以内に20匹以上討伐お願いします、報酬80万エリス、推薦レベル30(4人以上のパーティ推薦)

 

マンティコアの討伐、洞窟にいるマンティコアの尾を10本採取してください。報酬60万エリス、推薦レベル35(3人以上のパーティ推薦)

 

などなど…アクセルでやった白虎狼が可愛く見えるようなクエストばかりが並んでいた。ちなみに今のふたつがもっとも低難易度である。

 

流石にこれは後衛職2人じゃきつい。せめて前衛職が1人欲しい。

 

金銭面で考えたら余裕があるから私はクエストを受けなくても問題はないけどゆんゆんはそうは行かない。それに私はレベルをあげたくてこの王都に来たのだから金銭面は二の次だったりする。

 

後は前衛職の人を見つけてパーティに誘うという選択もある…にはあるのだけど…。

今見た通りこの王都のクエストは推薦レベルが高いものばかり。なので既にパーティを結成した上で冒険者ギルドに集まる人が多い。アクセルのように酒場がないから待つのも苦痛である。

 

そんなわけで中々クエストを始めることができないでいた。とりあえず今提示した2件だとできそうなのはマンティコアのほうだけどここでも問題がある。

マンティコアは洞窟内にいる。つまりはダンジョンだ。

ゲームのように気軽にダンジョンに入る訳にもいかない。ダンジョンの中は暗く、罠などもあり、何より魔物の庭である故に奇襲などもありえるのでそれらに役立つスキルが必要になる。

これらをほとんど解決できるのは盗賊。敵感知スキルに罠感知スキル、罠抜けスキル、鍵開けスキルと便利なスキルが豊富、ダンジョンに行くなら盗賊1人は入れることが鉄則とまで言われているらしい。あとはアーチャー系統の人が持つ暗視スキルがあれば完璧。

暗視スキルがなくても松明や魔法で明るくする方法もあるにはあるけどこれは魔物に自分の位置を教えるだけでもあったりするので危険である。…そして当然ながら、私にもゆんゆんにもそれらのスキルは一切ない。しかも後衛職なので奇襲でも受けようものなら即座にアウト。

確かに強くはなりたいけど命の危険に晒す訳にはいかない、それで自分やゆんゆんが死んだりしたら本末転倒にも程がある。そう思っていたら…

 

「あれ?アリス、久しぶりだね、王都に来てたんだ?」

 

聞き覚えのある声に私はふと振り返るとそこには美しい銀髪で頬に傷のついていて軽装にケープとマフラーを巻いた少女…クリスがそこにいた。

 

今の私にはクリスが女神様のように見えた。おそらく私の目は期待と希望でキラキラしているに違いない。

 

「えぇ!?……いやだなもう、女神様だなんて大袈裟だよ、…それで隣の子は?」

 

大袈裟なのはクリスのような気もする、女神様って表現しただけでここまで驚かなくてもいいのにと私は首を傾げる。そして隣の子、ゆんゆんはそれを聞くなりいつも通りの反応をした。

 

「わ、我が名はゆんゆん!アークウィザードにして、上級魔法を操る者!やがて、紅魔の里の長となる者!」

 

…もしかして初対面の人と出会い話す度に毎回これをやるのかと私は内心頭を抱えた。それもギルドの中で声高々と言うものだから周囲の人はなんだなんだとこちらに注目する始末。これには私もクリスも苦笑しかできない。

 

「…あ、うん、よろしく…その…ちょっと目立っちゃってるし一旦喫茶店にでもはいろうか?」

 

「っ!?ごめんなさい、ごめんなさいっ…!」

 

顔を赤くして謝るゆんゆんの背中をぽんぽんと叩いて慰めながらも私達3人は冒険者ギルドを後にした。

 

 

……

 

 

 

 

「なるほどねー、確かに後衛職2人だけだとよほどレベルが高くないと少し厳しいかもしれないね」

 

近場にあった喫茶店に入って私とゆんゆんはクリスに王都にいる経緯を説明した。…それにしてもクリスはどうして王都にいるのだろうか?てっきり活動拠点はアクセルとばかり思っていたのだけど。

 

「私がアクセルで活動してたのは友達のダクネスがいたからだよ。あの子は王都で行動するのに色々と問題があったりするから…あ、この辺は事情が特殊だから深くは聞かないでね?…まぁそんなダクネスも今や無事に固定パーティを見つけたみたいだからね、今の私は王都メインで活動してるわけ」

 

「王都で活動って…おひとりでですか…?」

 

「もちろんたまに王都の冒険者と組む時もあるけど基本は1人だね、確かに受けられるクエストは中々ないけどこの王都ではアクセルより難易度が高い代わりに報酬もかなりいいから、クエスト自体が少なくても稼ぐならやっぱりこっちかな」

 

「そ、そうなんですか…そ、その…」

 

ゆんゆんは私をチラチラと見ながらもクリスに何か言いたいようだったが私は何も言わずにジュースを飲んでいた。相手は私の知り合いではあるから確かに私が言えば話は早いのだけどクリスならよほど事情がない限りは手伝ってくれる可能性は高い。だからこそあえてゆんゆんに任せた。主に交渉という経験値稼ぎの為に。

 

「も、もし良かったら…私達と一緒にパーティを組んでくりぇましぇんか!」

 

…惜しい、噛んでしまった。慌てて「く、くれませんか?!」と言い直すゆんゆんはめちゃくちゃ可愛くてホッコリしたのは言うまでもない。対象であるクリスも楽しそうにクスクスと笑っていた。

 

「んー…私も王都ではクエスト以外にも色々やってるから常に組むのは無理だけど、こうやってたまに出会った時なら構わないよ、アリスの強さは知ってるし、ゆんゆんもアークウィザードなんでしょ?ならこちらとしてもありがたいよ」

 

正に渡りに船である。ただクリスも盗賊職であり前衛という訳でもないので、若干の不安はあるものの、それでもあのまま私とゆんゆんでクエストを受けるよりは全然マシだし王都でのクエストは完全にクリスが先輩だ。色々勉強させてもらおう。そんな想いから私は笑顔で、こちらでもまたよろしくお願いします♪と告げたのだった。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

「バインド!!」

 

「行きますっ!カースド・ライトニング!!」

 

クリスが手前の…人の顔と獅子の身体、蠍の尻尾を持つ魔獣マンティコアをバインドで拘束して一時的に動きを制限、その間にゆんゆんの黒い大きな雷…上級魔法であるカースド・ライトニングが的確にマンティコアを貫いた。

 

あの後ギルドに戻り受けたのはマンティコアの討伐、及びマンティコアの尾を10本集めるクエスト。最初は不安ではあったものの、いざやってみたらクリスは本当に頼もしかった。敵感知スキルや潜伏スキルで先制をとり、見つけるなりバインドで拘束、そして私やゆんゆんが魔法で殲滅。予想以上に理にかなったやり方だった。

 

「敵感知スキルに3匹くらい反応があるよ!気を付けて!」

 

クリスが言うとともに現れるマンティコアの群れ、バインドで1匹ずつ拘束していたら間に合わない。

 

「ワイヤートラップ!」

 

マンティコアの足下から飛び出すワイヤーは群れで動くマンティコアを数秒足止めするものの、すぐに引きちぎって動き出す。だけどその数秒があれば私としては充分だ。

 

《フリーズサイクロン》

 

アクア様より賜った水の魔晶石をセットした私はストームを詠唱し、放つ。それはマンティコアの群れをまとめて氷の竜巻で巻き込む。元のゲームでのマンティコアは火属性だったのでこっちでもそうかなと思い試してみたが大当たりだったようだ。3匹のマンティコアは竜巻が消えるとともにその場に倒れ伏した。

 

ふうと一息つくとクリスは次々と器用に倒れたマンティコアの尾をナイフで切って回収して判別し…4本のうちの3本をその場に投げ捨てた。

 

「当たりは1本だけですか…」

 

「ここはまだ浅い階層だからかな、なかなか大きなマンティコアはいないみたいだね」

 

というのもこのクエスト…マンティコアの尾ならなんでもいい訳ではなかった。一定以上の大きさの尾でなければクエスト品として受理されない。現状12匹ものマンティコアを狩りしたのにも関わらず当たりの尾は3本だけ。浅い階層にいるのは比較的マンティコアの数が少ないから。奥に入ればいいのだけど当然危険度は増す。

そして12匹という数は地味に多い。上級魔法でなんとか倒せる程度には強いマンティコアだ、途中たまに軽傷を負ってヒールなどをしていたせいで魔力も残り少なかった。

 

「私も敵感知スキルとかで常時魔力を消費してるからぼちぼちきついかな。今日はこれくらいにして、外に出て野宿の準備をしようか」

 

こうやって洞窟の外に出て野宿、そして寝る時は魔物の襲撃に備えて交代で見張りとして起きておく。全員が充分に回復したらまた洞窟にはいりマンティコアの討伐の繰り返し。運が良ければ2.3日で終わる感じのクエストであった。

 

 

……

 

 

洞窟を出ると外は既に暗くなり、闇夜に紛れた星々が綺麗にその空を彩っていた。クリスは収納用の魔道具を取り出すと、そこから人数分の毛布やらなんやら取り出していく。ゆんゆんもまた、収納用の魔道具から大きめのバスケットと水筒を取り出すなり、手頃な岩場をテーブル代わりにして皆が食べられるように置いていった。

 

「それは?」

 

「えっと…、サンドイッチを作ってきました。日持ちが効く食料ばかりだと飽きちゃうかなと思いまして…」

 

クリスが首を傾げるなり聞くと、ゆんゆんは恥ずかしそうにしながらも岩場にそれらを並べていく。私はその付近にティンダーと呼ばれる初期魔法スキルで薪に火を起こすなりゆんゆんのそばへと向かった。

 

「それはありがたいね、日を跨ぐクエストだと食事は簡潔になりがちだし」

 

クリスに同意だった。馬車でも食べたけど日持ちする食料となると固めのパンに干し肉、あとは果物が多い。固めのパンは文字通り固くて食べにくく、干し肉は固い上に塩っ辛い。必然的に私の馬車旅の後半は果物ばかりになっていた。ゆんゆんはアクセルにいた頃でも、丸一日かかるようなクエストならこうしてお弁当を作ってくれていたので私としては初めてではなかった。可愛らしくてスタイル抜群で料理もできる、同じ女としては本当に妬ましい限りである。

 

「…なんでだろう…褒められてるはずなのに嬉しくない…」

 

「…あはは…」

 

何故か俯くゆんゆんと、乾いた笑いしかでないクリスの姿がそこにはあった。

 

 

 

 

 

 

 



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episode 34 王都防衛戦





 

 

 

食事も終わり、座り込むなり歓談をしていた。こういった野宿はこの世界に来てから初めてでは無い。テイラーさんのパーティにいた頃に既に何度か経験していたので、慣れた…とまでは言わないけど特に躊躇することなどはなかった。それにこうやって仲間と会話していると割と楽しいものでもある。設備を最小限にしたキャンプのようなものだった。

 

「さて、今からだと後6時間くらいで夜が明けると思うから2時間ずつ交代で見張りを立てて寝るとしようか。順番としてはゆんゆん、私、アリスでいいかな」

 

「え…でもそれだとクリスさんが…」

 

ゆんゆんが躊躇う理由は単純に真ん中であるクリスが1番満足に休めないから。それも当然だろう。2時間寝てまた2時間起きてまた2時間寝るなんて下手したら逆に疲れそうなのだから。

 

「いや、これがベストなんだよ。今魔力が1番残ってるのはゆんゆんだし、1番魔力の消費が激しいのはアリスだからアリスはすぐにでも休む…べき…」

 

《マナリチャージフィールド》

 

私がそれを唱えると、青白い光が私達3人を包み込む。魔力の回復を促進するそれは1時間もあれば魔力を全快することができる。クリスはこれを忘れてたのだろうか?

 

「いや…忘れていた訳じゃないけど…いやなんか本当チートだよねそれ、マナポーション売ってる人に謝ったほうがいいよ?」

 

そうは言われてもそれを言ってしまえばヒール使う度にポーション売りに謝らなければならないのだろうか?実際こういったスキルがあるのだから仕方ないとしか言えない。

 

「はいはい、とりあえず順番はそのまま!話は終わりー!ほら休むよー!ゆんゆんよろしくねー!」

 

何故か知らないけど拗ねてしまった。クリスは投げやりに告げるとマナリチャージの範囲から出ない程度に少し離れてそのまま毛布にくるまってしまった。

 

(あ、あの、多分だけど先輩っぽく振る舞いたかったんじゃないかな…?ほら、ここに来る前に私のことは先輩と呼んでもいいよ、とか言ってたし…)

 

ゆんゆんの耳打ちに私はなるほどと納得した。確かにそんなことも言っていたし最初はせんぱーい♪と呼んで遊んでいた。悪い事したかなと思うも後の祭りである。個人的には私のことを心配してくれてたようなので大丈夫とアピールしたかっただけなのだけど。

 

リーンが言っていたようにこのフィールドにはリラックス効果もあるので私はゆんゆんに後はよろしくお願いしますと告げると早々に眠りについた。

 

 

……

 

 

 

 

それから合計で3日間。このように休んでは狩りを繰り返して、ようやく10本目のマンティコアの尾を手に入れる事ができた。その間に狩ったマンティコアの数は40にも及ぶ。これで1人当たり20万エリスの利益は…はっきり言うと割に合わない。アクセルで報酬5万の依頼を4つした方が絶対に楽だと断言できるからだ。

 

「なんとか終わったね…本当はもっと奥に行けばもう少し早く終わったかもしれないんだけどね…」

 

「私もテレポートさえあれば少なくとも夜は宿で寝たりできるようになるんですよね…取れるようになったら最優先でとります…うぅ、帰ったらすぐにお風呂に入りたいです…」

 

言ってしまえばこれならワイバーン退治の方が楽だったのかもしれない、ワイバーンがどの程度の強さかは知らないけどおそらく推薦レベルからしてマンティコアとそう変わらないだろう。あちらなら20狩ればいいだけで終わっていたものの、それもまた後の祭りである。まぁアクセルでも割に合わないと感じる依頼は何回かあったし今回はハズレということになるのだろう。

 

だけど収穫もあった。マンティコアを狩ることで私はレベル31に、ゆんゆんはレベル28になっていた。とりあえず強くなりたいと思う私としてはそれが1番の収穫であった。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

「ようやく帰り着いたね、2人ともお疲れ様。どうだった?王都の初クエストは?」

 

「…今までアクセルというぬるま湯に漬かっていたことがよくわかった気がします…」

 

王都の正門前。ゆんゆんと私は連日の戦いでへとへとの状態だった。そんな中クリスだけはケロッとした様子でいるのを見ると流石の一言だった。先輩と敬いたくなることこの上なしまであった。

 

「あははっ、まぁ今回は割に合わないハズレクエストだったけど、2人にはいい経験にはなったんじゃないかな?」

 

クリスが笑いながらそんな事を言った…その時だった。

 

 

 

『魔王軍急襲警報!魔王軍急襲警報!』

 

周辺の空気が重苦しいものへと変わると感じた瞬間、突如周囲は混乱に包まれる。

 

『魔王軍急襲警報!守衛、及び冒険者の方々は正門前へ、非戦闘員の方々及び街の皆様は大至急避難してください』

 

守衛らしき人達はガチャガチャと鎧の音をたてて正門前に並んでいく。冒険者らしき人達は並ぶ訳では無いがその周囲に転々と集まっている。また、戦えそうにない商人のような風貌の人、街の人と見られる人達は早々に城壁の中へと駆けていく。

 

「あちゃー…時期的にそろそろかと思ってたけど…まさかこのタイミングとはね…」

 

クリスはバツの悪そうな顔をし、周囲を見渡しながら頭をかいていた。ゆんゆんは不安そうに辺りを見回している。

 

「あの…これって…」

 

「王都に来たなら当然聞いたことがあるでしょ?この国は常に魔王軍から攻撃を受けているって」

 

そう、この国は魔王軍から襲撃を受けている。

聞いた話ではあるが間隔は月に1回か2回程度で、時には万に近い魔王軍の軍隊が攻めよってくる。守衛、及び冒険者はそれらが来る度に現状返り討ちにしている。…これは実際に起こっているから慌てるものなのだけど、ゲームに置き換えたらレイドボスのような一種のイベントのようなものだ。定期的に襲ってくる魔王軍。それらを打ち倒す冒険者という名のユーザー。魔王軍というくらいだから敵はそれなりに強いだろう。それが敷き詰めるように集まり攻めてくる…一体どれくらいの経験値が稼げるだろうか、想像もつかない。

こんな事を何も知らない人に言えば激怒するだろう。だけど強くなりたいと思う私には是が非にでも参加はしたいと思える。私には超広範囲のスキル、バーストがあるのだから。……とはいえ、流石に今は勘弁して欲しかったのが本音である。何故なら私達はたった今クエストを終えて帰還したばかり。これからまず3日間クリエイトウォーターで洗ってきた身体を洗うためにお風呂にはいって、ギルドに報告して、あとは打ち上げでもしようか、という空気だったのに色々と台無しである。

 

 

「やはりいたか、諸君らの活躍、期待しているぞ」

 

ふと声がしたので振り返るとそこには金髪に前髪の一部に青のメッシュがかかった一見貴族の男装のような女性の騎士…クレアさんがいた。

 

「クレアさん!?どうしてここに?もしかして今回の防衛に参加するのですか?アイリス王女の護衛は大丈夫なんです?」

 

「アイリス様ならレインがいるからな、何も心配はいらない。今回私がここに来たのは賢者殿と紅魔族の君に興味があってな」

 

ゆんゆんの焦燥しつつの質問にクレアさんは表情を変えないまま応える。心配がいらないというのは毎度起こるこの防衛戦でそこまで攻め込まれたことがないという実績も含まれるのだろう。…というかこれ私が参加することが確定しちゃってる流れなんですけど。流石にクエスト帰りでへとへとなのでしんどいのですけど。この襲撃が異常事態というのなら無理にでも参加はするのだけどこれはそうじゃない、日常なのだから。だからこそ先程のようにレイドボスのようなゲーム的な発想が浮かんでしまう。

 

「が、頑張ります…!」

 

ゆんゆんは背中に携えていたショートロッドを手に持ち構えた。どうやらゆんゆんはやる気らしい。私だけじゃなくてゆんゆん自身も見られていることへの緊張からか、その動きは少し固いけどいつものゆんゆんなら無理ですと訴えるパターンなのだけど…これはおそらく私とゆんゆんの考え方の違いだろう。

私は先程も言ったように日常である以上はこの襲撃を危惧してはいない。一方ゆんゆんは王都を守りたいという想いからの正義感で動いている。もし負けたら国が滅びる、お友達のアイリスも無事ではすまない。そんな想いはゆんゆんを見るだけで嫌でも感じ取れたし、おそらく私の発想がドライすぎるのだろう。

…私は諦めたように背中にある杖を取り出した。そしてクリスのいた場所へ目を向けると…既にそこにクリスはいなかった。

 

「あれ?クリスさん何処に行ったのかな?」

 

「誰か探しているのか?あいにくだが時間はあまりないぞ」

 

クレアさんが言うとほぼ同時に周囲が騒がしくなってきた。怒号のようなものも聞こえたと思えば…それはまさに魔王軍の進撃の音だった。前衛の守衛や冒険者達は既に走り立ち向かっている。まさに乱戦に近い状態になりつつあった。だけど私にはそんなものは関係ない。私はクレアさんに今回の敵の詳細を尋ねた。

 

「今回は火属性の魔物が多いらしい。火を纏ったり、吹いたりするのが多数見受けられている」

 

やれやれ弱点属性まで決まっているとはまさにゲームのレイドボスみたいな感じだなと私は内心苦笑した。そして火属性ならアクア様より賜った魔晶石がある。

私は水の魔晶石を杖にはめこむ。そして魔物の姿が見えてきて…詠唱を開始した。

 

「おいお前!?何をやっている!?この状態で攻撃魔法を撃つつもりか!?」

 

「誰かあの少女を止めろ!!味方が巻き込まれるぞ!?」

 

「あの子ってアークプリーストだろ?ギルドで見たことあるぜ、支援魔法じゃないのか?」

 

「私はアークプリーストですがあのような詠唱は知りませんよ!?」

 

 

……あー、うん。そりゃそうなりますよね。私の詠唱により生まれる魔法陣に多くの人が注目していた。…これは考えてなかった。いや、少し冷静になれば考えられる事態のはずなのに私は何をしているのだろう?…ともあれ、詠唱しているからにはもはや魔法は止まらないし、クレアさんもゆんゆんも固唾を飲んで見守ってる。

 

 

《エターナルブリザード》

 

私を中心に放たれる絶対零度の猛吹雪は扇状に展開し、それはどこまでも伸びていく。守衛や冒険者を巻き込んだ脅威の大寒波は次々と魔王軍の部隊を凍らせ、砕き、破壊して行く。巻き込まれたと錯覚した守衛や冒険者はそれによりしばらく混乱していた。

 

「うわぁぁ、凍る!?!?…………あれ?」

 

「なんだこれ…?魔物だけがどんどん凍っていく…」

 

がやがやとあちらこちらで声が上がっている。私はその状態に完全に固まっていた。そして誰かが声をあげた。

 

「……っ!皆の者今が好機だ!一気に攻めたてろ!!」

 

「「「.……お、おぉぉぉ!!」」」

 

喋り方からして守衛の人なのだろうか、その人の掛け声で守衛や冒険者の前衛部隊は一気に押し攻める。後衛部隊もそれに続くように駆け足で進む。

 

「…ここまでとはな…大したものだ」

 

「す、すごい…あんなに遠くまで…」

 

ふと冒険者カードの討伐モンスター履歴を見た。…マンティコアから何も倒してなかった私の討伐履歴は…197匹増えていた。そしてレベルが33になっていた。……これはおいしすぎるのだけど…間違いなくめちゃくちゃ目立ってるんだけどどうしよう。

 

「まだ前線には数多くの魔王軍がいるだろう、まだいけるか?」

 

「わ、私も頑張りますっ…!」

 

私とゆんゆんはクレアさんに背中を押されるように、前線へと駆けていくことになった…。も、もう帰りたいのだけど…。

 

 

 

 



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episode 35 魔剣の勇者

 

 

 

初参戦の王都防衛戦は2時間もかからない内に魔王軍の撤退という形で幕を閉じた。私は前線に近い位置まで移動した後にクレアさんの手前何もしない訳にはいかずもう一度《エターナルブリザード》を撃ち、魔王軍の前線をほぼ壊滅させた。

ゆんゆんもまた、広範囲に攻撃が可能なスキル、ライト・オブ・セイバーにより順調に魔王軍を撃破していった。結果的にほぼ見ているだけだったクレアさんだったけど私とゆんゆんの奮闘に満足したのか終わったと同時に褒めたたえてくれた。

 

そしてここまで目立ってしまうと既に【蒼の賢者】と一部で有名になっていたその異名は王都中に轟くことになるのは言うまでもなく、ゆんゆんはゆんゆんでその蒼の賢者の相棒として活動しているまでが王都中に知られることになってしまった。

 

 

レベルが上がったのは嬉しいのだけど…その代わり大切な何かを失ってしまった感がパないです。というか元々アクセルを出るのを決めた最終的なきっかけはベルディア戦でめちゃくちゃ目立っちゃったことが何より大きい気がする。そう考えたら王都もあまり長居はできないかもしれない。まだ来てから1週間も経ってないのになんということでしょう、世界が私に優しくない。自業自得?あ、はい、返す言葉もございません。

 

 

「やぁやぁ、2人ともお疲れ様!すごい活躍だったね」

 

「クリスさん!?何処に行ってたんですか!?心配したんですよ!?」

 

王都内に入るなりクリスがひょこっと出てきた。ゆんゆんに同意するように私もクリスを見ていたけど本当に何処にいってたんだろう?

 

「ごめんごめん、さっきいたクレアって人さ…なんで2人と知り合いなのか知らないけど…私はちょっと苦手でさ…」

 

なんだか話辛そうに言うクリスに違和感があったけど確かにクレアさんとクリスはなんとなく相性が悪そうな気がしないでもない。片や堅物エリート騎士、片や自由な盗賊、某怪盗と某警部みたいな構図が自然と浮かんでしまった。

まぁ誰にでも苦手とする相手くらいはいるだろうと私もゆんゆんもそれに関しては特に追求することもなかった。

 

「とりあえず色々あったけど、お風呂はいってギルドに報告しないとね。あ、報告は防衛戦の分も忘れずにね!」

 

目まぐるしく戦いの中にいたせいか、戦う前まで疲労感しかなかったことを思い出すと…私とゆんゆんは自然とその場に背中合わせに座り込んだ。

 

「…なんかふと思い出したら…すごく疲れました…もうここで寝ていいですか…?」

 

「いや駄目だよ!?こんな道の真ん中で寝てたら怒られちゃうよ!?」

 

私としても今回はゆんゆんに同意しかできなかった。こんなに戦いにあけくれたのは初めてかもしれない。なんかもうどうでもいいから休みたかった。

 

「アリスまで…ほら、まずは宿に行くよ?連れていくんだから私もお風呂借りるからね!」

 

そう言うなり私とゆんゆんはクリスに引きづられるように宿へと向かうのだった。おやすみなさい…

 

「だから寝ないでよ!?」

 

 

 

 

……

 

 

 

 

数日後。

 

私とゆんゆんは冒険者ギルドに来ていた。今までと違うのはギルドに入るなり視線がめちゃくちゃささる。これダメージあるんじゃないかと疑うくらいには刺さりまくってました。あの防衛戦が終わり、2つほど依頼を終えた私とゆんゆんのレベルはそれぞれ36と33。防衛戦で得た経験値が美味しすぎた結果でもある。…アクセルにいたままだったらまずこうはなっていない。ゆんゆんも無事テレポートを取得でき、私も念願だったセイクリッド・ハイネス・ヒールやセイクリッド・ブレイクスペルを取得した。少しはアクア様に近付けたかな?とちょっとした自信もついてきていた。ゆんゆんもテレポートを覚えたことだし、王都で名前が広がりすぎたので一時的に沈静化を狙うためにも、近々アクセルに1度帰ろうかとそんな話もゆんゆんとしていた。

 

そんな中…私とゆんゆんはギルドに入るなり他とは違ったクエストの募集を見かけた。

 

 

 

緊急・ミノタウロスの討伐依頼

 

王都から東にある小さな村がミノタウロスに襲われて被害がでています。このままだと村が滅んでしまうので至急討伐お願いします。ミノタウロスの数は10体ほど確認されてますが、どれくらいいるかは不明です。全滅させるか追い払うかお願いします。

 

報酬各100万エリス (推薦レベル40)

 

……正直、この依頼を見た時に衝撃を受けた。まず冒険者に依頼する前にさっさと国が兵隊を率いて討伐に向かったりはしないのだろうか?が1番に出た感想。…ただ忘れてはいけないのが、この国は常に魔王軍に攻撃されていること。この国の国王は、自ら兵を率いて魔王軍との戦いの遠征に出ているらしい。それでいて今他の兵隊がその村の救助に迎えば、この国の防御は更に手薄になるだろう。魔王軍がいつ攻めてくるのかわからない以上は防衛を疎かにする訳にもいかない。だからこそ兵を割くことができない故にこうやって冒険者ギルドに緊急依頼として出された。この報酬の出処はこの国そのものだと言われたら納得である。

 

これは緊急クエストなのでギルド側が人数を募っているものだ。そうなると推薦レベルに届いていない私とゆんゆんでは受けるのは難しそうだ。受けたい気持ちは強いのだが。

 

「アリス、その…あそこの人がそのミノタウロスの討伐に私達も来て欲しいと言っているのだけど…」

 

ゆんゆんがこちらに駆け寄りながらもそう告げる、何やら気まずそうにしているように見えるけどどうしたんだろう?

 

「それがその指名してる人がね…この王都でも有名な【魔剣の勇者】さんらしいの名前は…」

 

「君が最近話題になっている【蒼の賢者】さんかい?初めまして、僕の名前は…」

 

ゆんゆんが話してるとその背後からゆっくりと近づく青年が見えてきて、その顔を見るなり……私は絶句した。

 

おそらく私の目に光は今、灯っていない。

青い全身鎧に茶髪にサークレットをつけた青年。顔立ちは整っていて誰もがイケメンと賞賛するだろう。そんな人を…

 

私は…彼を知っていた。

 

「ミツルギだ、今回のミノタウロス、早急に叩かなければと思っていたんだ。どうかよろしく頼む」

 

「で、でも、私達で大丈夫なんでしょうか…?その、レベルも足りてないのですが…」

 

ゆんゆんの言葉を無視して、響夜…先輩…。と私は小さく口に出してしまっていた。小刻みに震えていたのが自分でもよくわかった。どうしよう、私はどうしたらいいのだろうと脳内で必死に訴えた。彼の顔をまともに見れなかった。だけど必死に落ち着くように私は自己紹介をした。

 

「アリス……?どうしたの…?」

 

明らかに隠しきれていなかった私の状態には流石にゆんゆんも気が付いた。もちろんそれはミツルギさんも一緒だった。

 

「…今…君は響夜先輩と…そう言わなかったか?どうして僕のことを?」

 

「ど、どうしたんですか?その、貴方は魔剣の勇者さんなんですよね?でしたら、その、この国では有名ですし、知っていてもおかしくはないと…」

 

「…いや、そういうことじゃなくて……話してる場合でもないか。こうしてる間にもミノタウロスは村を襲撃しているだろう。どうか君達の力を貸してほしい、レベルについては気にしないでくれ、ギルド側が何か言うなら僕が説得するさ。君達の防衛戦での活躍は僕も遠巻きながら見させてもらった、だからこそお願いしたいんだ」

 

「も、もちろんです!アリス、本当に大丈夫?」

 

…私は少しだけ間を空けて、大きく呼吸をして、息を整えた。…そうだ、今はこんな事を考えている場合じゃない。村が襲われているのだから。

私はふと落ち着いたそぶりを見せるとそのまま首を縦に振った。

 

「…心配だが今は時間が惜しい、【蒼の賢者】の力、当てにさせてもらうよ」

 

普段なら異名に嫌悪感を持ったりする私だけど今はそんな状態ではなかった。彼の声が聞こえる度に心臓が押し潰されてるような錯覚を覚えた。彼は私に気が付いていない。落ち着こう…、今の私はアリスなんだ。

 

有栖川梨花ではないのだから…

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

ゆんゆんのテレポートで村から1番近いと思われる場所にとんだ。運が良かった。最近そこで依頼をこなしていてゆんゆんはテレポート登録したままだったのだから。村とは目と鼻の先。そしてその村からはもくもくと煙があがっているのが見えた。

 

「ありがとう…さあ、行こうか…手遅れにならなければいいけど…」

 

ミツルギは腰に携えていた魔剣グラムを抜いて村へと駆ける、その走りからは早く助けたいという気持ちが伝わるようだ。ゆんゆんもまた、そんな彼の後に続くように走り…ふと違和感を感じて後ろを振り返る。

 

「アリス?…アリス!?」

 

ゆんゆんの呼ぶ声に私は俯いていた頭をハッとしてあげた。色々と考えているうちにテレポートで飛ばされていたことにも気が付いていなかった。

 

「本当に大丈夫なの…?今のアリス…全然大丈夫そうに見えないわよ…?」

 

切り替えないと。心からそう思った。今はそれどころじゃない、罪の無い村の人達が襲われているのだから…助けないと。私はゆんゆんに謝罪すると同時に大分離されてしまったミツルギの後を追う。それを見たゆんゆんは未だに私の事を心配するように見たままそれに続いた。

 

 

 

……

 

 

 

結果として、ミノタウロスは7割ほどがミツルギさんが倒してしまった。

 

ゆんゆんは残りの3割。私はといえば精々序盤の支援魔法と軽傷を負った2人にヒールをしたくらい。

 

村は救われたし、ミツルギさんも私に何か言うことはなかった。

 

ただゆんゆんは私の事を事ある度に心配そうに見ていた。

 

 

この依頼を終えて王都の冒険者ギルドに帰り、報告した際に私は大したことはできなかったから、と報酬の受け取りを拒否し、静かにゆんゆんを置いて冒険者ギルドから逃げるように出ていった。

 

「アリス!?」

 

ゆんゆんの叫ぶような呼び声が聞こえたけど、今の私にはゆんゆんに合わせる顔がなかった。もちろん、その横で動揺するミツルギさんにも…。

 

……

 

 

 

 

……私は結局、まだ有栖川梨花でもあるらしい。

 

 

 

 

 

 

……御剣響夜……キョウヤ先輩、彼は…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……私が…自殺することになった……きっかけの人なのだから……

 



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episode 36 どうしようもない過去

切っ掛けを作ったのは確かにキョウヤ先輩だった。

 

だけど……これに関しては完全に私が悪い。

 

だからこそ、キョウヤ先輩に合わせる顔がなかった。

 

罪悪感で押しつぶされそうになる。想起した有栖川梨花の記憶が私を蝕む。

 

まさかこの世界に彼がいるとは思わなかった。

 

これは…過去を断ち切るチャンスなのか

 

それとも、過去を償う私の試練なのか

 

ただどうしたらいいのか、私にはわからなかった。

 

ミノタウロス討伐の時、私はじっと彼を見ていた。

 

魔剣グラムの力なのか、キョウヤ先輩の力なのか、強大で巨大な牛の怪物、人型で大きな斧を持ったそれは、どれも一撃で倒されていった。

 

そんなキョウヤ先輩は、活力に満ちていた。

 

一方私は…まともに詠唱すらできない状態でいて、私は2回ほど他のミノタウロスに襲われたけど、ゆんゆんが何とか助けてくれた。

 

何度もゆんゆんは私の名前を呼んだ…けど、私はやっぱり立ち直れなかった。

 

それによる罪悪感で、私はゆんゆんにも顔向けできなかった。

 

本当に、情けない。

 

きっかけは夢だと思って、この姿を変えた。

 

だけど完全に変わりたかった私は、名前をも捨てた。

 

そして強くなった。私は変わったと思った。…だけど…

 

私は何も変わっていなかった。変わりたいと嘆いていたあの時の私のままだった。

 

私の自殺した切っ掛けはキョウヤ先輩。だけど、キョウヤ先輩が死んだ切っ掛けは……私なのだから。

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

闇夜に染まる王都の街は僅かな街灯と建物からの明かりに照らされていた。私は冒険者ギルドから出た後、宿にも戻らずに薄暗い公園のベンチに1人座っていた。

その場所はアイリスとゆんゆんとピザを食べた場所。土地勘のまだあまりない私は、ここくらいしか1人になれる場所を見つけられなかった。

 

「……っ!やっと見つけた!」

 

突然の声に私はハッとして俯いていた頭をあげた。…声の主は青い鎧で身を包んだ…ミツルギさんでした。こちらを見るなり駆け寄ってくる、私の心拍数があがる。逃げ出したい気持ちになる、だけど私は動けなかった。

 

「色々聞きたいことはあるけど…僕は君に先輩と呼ばれてずっと考えていたんだ、僕を先輩なんて呼ぶ人は……いや、なんでもない…」

 

公園に僅かながらの風が吹き抜けた。だけどその風の音すら聞こえない。ミツルギさんの声だけが私の聴覚を支配していた。…おそらく先輩と呼ぶ人は前世にしかいないと言いたかったのだろうけど、仮に私が元々この世界の人間だとしたら、そう言ってしまえば的外れでしかないと思ったのだろう。

そんな彼は…何も言わない私を気にしているのか気まずそうに言葉を続けた。

 

「……今から言う事の意味がわからないのなら、僕の話はそこで終わりだ…、だから1つだけ聞きたい。……君は日本という言葉を知っているか?」

 

それは凄く遠回しな質問だった。当然ながら彼は私と同じように転生者であることを隠しているのだろう。それは言い紡いだ言葉からも察せられた。…実際私が転生者であることは同じ境遇であるカズマ君と転生させた張本人であるアクア様しか知らないこと。

 

……この質問は分岐点。私がここでとぼけてしまえばそれで話を終わらせることは可能かもしれない。

確かにそれをしてもミツルギさんは簡単には納得しないだろう。だけど彼が私を転生者と疑っている理由は私が彼をキョウヤ先輩と呼んだことだけ。私の国では尊敬する相手に先輩とつけるとか適当な嘘をつけばしぶしぶながら納得する可能性はある。

それに彼はおそらく転生特典で姿まで変えられることは知らないと予想できる、実際ある意味私以上の裏技を使って女神様を特典として連れてくるという荒業を成し遂げたカズマ君でさえも最初は姿を変えられることまでは知らなかったしこの話をした時に俺もイケメンになっておけばよかった、などと言っていた。

 

何よりも彼にその確証があるなら私にもっと直接的な言葉で聞いている可能性が高い。そう思えた。

 

 

…だけど、本当にそれでいいのだろうか。

 

私の中で何かが訴えてくる。この話をしたら…おそらく彼は自分を責めるかもしれない。あるいは私を責めるかもしれない。だけど話をしたいという気持ちがどんどん強くなる。

 

質問されてどれくらい時間が経ったのか、私にはわからなかった。

 

10秒かもしれないし10分かもしれない、1時間と言われても驚きはしない程度には時間の流れを感じていた。…それでも彼は…私の言葉を急かす事なく、ずっと待っている。

 

……おそらくこれを乗り越えなければ、私はずっと何も変われない。

 

これが多分、有栖川梨花としての唯一やり残したことだろうから。

 

だから私は……どれくらい経ったかわからない静寂の中、力なく返事をした。

 

「……なら…君も転生者なんだね…?」

 

再び私は頷く。そして重苦しい口を、私はゆっくりと開いた。

 

……1人の少女の話をします。聞いて貰えますか……?

 

ミツルギさんは、それに頷くと少し距離を置いて私が座っていたベンチに腰掛けた。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

こことは違う世界。日本という場所に、1人の少女がいました。

 

名前は有栖川梨花。中学三年生で、15歳になりたての、大した取り柄もない、探せば何処にでもいるような、漫画やゲームが好きなだけの少女。

 

だからと言って暗いわけでもなく、特別明るい訳でもない。何もかもが平均的な少女。

 

とある日、少女は通学中でした。片手にはスマートフォンを持ち、イヤホンをつけてゲームを楽しんでました。

 

更に朝の通学時間とあって、その時の少女は寝ぼけてました。

 

だからこそ気が付かなかった。自分の目の前を通ろうとする大型トラックの存在に。

 

ふと気が付いたら少女には大きな衝撃がかかりました。耳にしていたイヤホンは外れ、スマートフォンは地面に落とし、画面はヒビだらけになっていた。

 

少女は何かに前方から弾き飛ばされたようだった。だけど目の前に止まっている大型トラックではないことは明らかだ。もしそうなら少女は無傷でいるはずがないのだから。

 

ふと視線をトラックの前にやると、茶髪の学ランを着た男の人が、血塗れで横たわっていた。

 

その瞬間に察した。少女は彼に助けられて、彼は少女を庇って犠牲になったのだと。

 

……後に知る男の人の名前は御剣響夜。即死だったらしい。

 

少女が後から知ったその人は類稀のないルックスと優しい性格で地元の女の子からはアイドル的な存在だったようだ。

 

と、いうのは少女は知らなかった。ゲームに夢中だった少女は、異性に興味があまりない子だったから。

 

…そこから少女にとっての地獄は始まった。

 

彼に想いを寄せていた人はいくらでもいた。そんな人達が少女の、歩きスマホなんかで、想い人が亡くなったことなんて許せるはずがなかった。

 

まずこの歩きスマホによる悲劇はマスコミの格好の餌食となる。それにより少女の周囲では状況が加速した。

 

テレビドラマで再現されたようなイジメの数々は一通り受けた。机に花が添えられて、その机には安直に死ねと書かれてたり、中には御剣さんを返してという文面にはひどく少女の心に堪えた。

 

トイレにはいれば待ち構えてたかのように頭上からバケツごと水を被せられ、離れてる間にお弁当の中に虫やゴミや塵クズなどがいれられたり、体操服や上履きは見るも無惨に切り裂かれたり。

 

直接的な暴力はほとんどなかった。だけど逆にそれが厄介だった。それらの行為は少女を学校から遠ざけるには充分すぎるものだった。何よりそれらによって少女は先輩を殺したと完全に思うようになっていた。

 

だけど家に引き込もっても少女が許される事はなかった。部屋の窓は何者かにより石を投げられて割られて、それが1度や2度ではなかった。

 

脅迫めいた手紙や家の壁にスプレーで人殺しと書かれて、流石に両親の通報で警察も動いたけど、犯人は特定できなかった。

 

少女の唯一の味方は両親だけだった。多くなかった友人はこの事件以降少女に関わろうとしなかった。…そんな唯一の味方は…少女のせいで喧騒は毎日のように続いた。

 

母は引っ越そうと言っていた、おそらく母も少女の母親ということでなんらかの被害を受けたのかもしれない。少女のせいで辛い想いをさせてるのが少女はとても辛かった。

 

父はそれで逃げて何になる、立ち向かわないと駄目なんだ、それに仕事があるのに安易に引っ越せるわけがないだろうと言った、むしろ後半が本音のように聞こえた。前半をやれと言うにしてもそれは少女にとって到底できるものでもなかった。

 

少女に味方は…もう、いなかった。

 

 

もはや少女は存在してはいけない人なんだと思ったら、行動は早かった。

 

誰もが寝静まった深夜。少女は2階の屋根に登って、怖いという感情を押し潰して、下に見えるコンクリートの壁にぶつかるように狙って…飛び降りた。

 

深夜なだけあって虚ろな様子のままそれをした少女の前には、気が付いたら水色の髪の美しい女の人がいた。

 

意識がはっきりしなかった少女は、話を聞いて…ゲームのキャラクターそのものにして欲しいと願った。

 

その時はどうせ夢なんだから面白そうなことをやってみようみたく思ったけど、違った。

 

少女は、自身という存在を心から捨てたいと思っていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

重苦しい空気に押し潰されるような感覚がした。

身体がまったく動かなかった、だけど私のせいで命を落とした彼にはなんとしても言わなければならなかった。だから、そっと私は無理矢理にでも立ち上がり、ベンチに座る彼に向かい…その頭を深々と下げ、謝罪した。

 

ごめんなさい…ごめんなさい…と意思はあるものの力なく、どんなに謝っても許される事ではないのはわかっている。そして同時に全てを話した事を後悔もしていた。

私が転生者である以上、前いた世界で私が亡くなったことは嫌でも繋がってしまう事、つまりこの場所に私がいることがその証明になってしまうから隠しようがなかったとはいえ、私は話してしまった。

 

 

「……そうか…僕が死んだ後そんな事に…」

 

ミツルギさんはベンチに力なく座ったまま俯いていた。戦っていた時の彼とは違い、今の彼は弱々しくすらあった。彼が罪悪感を持っているのはすぐに理解できた…彼は何も悪い事はしていないのに。

 

「…ごめん、正直なんて言えばいいか思い付かない。あの時の僕は…何も考えていなかった。ただ君が…有栖川さんが危ないと思って気が付いたら飛び込んでいた……だけど、ひとつだけ言える事はある」

 

ミツルギさんはそのまま顔をあげると、本当に私を心配しているのが伝わってくるような、そんな真っ直ぐとした目をしていた。

 

「有栖川さんはもう許されていいのだと思う、例え世界中の誰がなんと言おうと…彼女は充分に罰を受けたんだ。だから僕は…有栖川梨花さんを許す」

 

その言葉に…思いもよらないその言葉に、私の瞳からは次々と雫が落ちた。それは止まることがなく、いつまでも流れ続けた。なんて言えばいいのかわからなかった。ただその場に立ち尽くして、私はその涙を拭うことなく、泣いた。

 

そんな私に彼は立ち上がり、そっと頭を撫でてくれた。暖かな温もりが確かに私の心に伝わってきた。

 

「今まで辛かっただろう…今の僕は君が泣き止むまでこうすることしかできないけど…」

 

私は何も言えず、ただ彼の優しさに甘えるように、ずっと溜まっていたものを、前世から引き継いでしまったそれを、何時までも流し続けるのだった…。

 

 

 

 

 

 

 



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episode 37 この罪悔やむ少女に祝福を



ミツルギさん視点




 

僕の名前は御剣響夜(ミツルギキョウヤ)、日本から来た転生者だ。

 

女神アクア様から魔剣・グラムと呼ばれる神器を賜り、魔王を倒して異世界を救うという使命を受けた僕は魔剣のおかげも大きく、心身共に鍛えられ、この世界でも1番魔王軍の脅威に脅かされている王都でも【魔剣の勇者】と呼ばれるようになるくらいには奮闘してきた。

冒険を初めて間もない頃から世話になっていた仲間、フィオとクレメアもいてくれたこともあり、順調に成長できたと思う。

しかし…偶然アクセルに寄ったところ…なんとあの女神アクア様が檻に閉じ込められているではないか。どうしてここにアクア様がいるのか疑問はあったが僕はすぐさま救出に向かった。…結果的に勘違いなのはわかったのだが、僕はその過程で女神アクア様と行動をともにする男、サトウカズマと決闘することになった。

相手は最弱の職業(冒険者)、僕は当時レベル37のソードマスターという上級職。勝敗は誰の目にも明らかだっただろう、実際僕も…今思えば完全に油断していた。結果はサトウカズマによりスティールで魔剣を取られ、それに動揺した僕は見事に返り討ちにあうことになった。油断、慢心、それは確かにあったものの、どんなに言い訳しようと敗北の事実は覆らない。…今思えば完全に上から目線だった、サトウカズマにもそのパーティメンバーにも現れたその傲慢な心が僕の何よりの敗因だ。僕はこのままでは仲間に合わせる顔がなかったのでパーティを解散し、1から自分を見つめ直すことにした。

 

そして今、レベルは45になり僕はかつての自信を取り戻しつつあった。そんな時に噂を聞いた。アークプリーストにも関わらずアークウィザード顔負けのスキルを使う【蒼の賢者】の異名を持つ少女のことを。実際に僕は防衛戦で彼女の魔法を見た。味方を一切傷付けず敵を一網打尽にするその魔法は僕の心を大いに震わせた。それに僕がパーティを再結成したとしても職業構成はソードマスターの僕と盗賊と戦士という前衛寄りのスタイルだ。打倒魔王を謳うのであれは優秀な後衛職は是非とも欲しかった。彼女は僕のパーティにうってつけだった。

 

そんな想いを抱いていたらチャンスが舞い込む。とはいえ犠牲になっている人達からしたらたまったものではないのだが…。王都の東にある村をミノタウロスが襲っているから討伐してくれという緊急クエストだ。そして偶然にも、蒼の賢者である彼女は今この冒険者ギルドにいるのだという。ならばその実力を見込んで是非とも共闘してみたかった。

 

……だけどこうして顔を合わせたものの、僕と目が合った瞬間から彼女の様子はおかしかった。まるで状況がわからなかったがそれは僕を見てからなのはおそらく間違いない。…もしかしたら僕の知らない内に彼女に何か失礼なことをしてしまったのだろうか?と思っていたら彼女から微かに響夜先輩と呼ぶ声が聞こえた。

 

…これはどういうことなのか…?今僕はミツルギとしか名乗っていない、だからキョウヤと下の名前が出てくるのは不自然だ。

それに先輩…?先輩なんて呼ばれ方をしたのはこの世界に来て初めてだ。それこそ元の世界ではよくあった…が……?

 

元の世界…?つまり彼女は僕と同じ転生者で僕の知り合いだとでもいうのか?…いや、少なくとも僕の前世の知人に彼女のような綺麗な金髪で青い目をした女の子などはいない。謎ばかりが深まるものの、今は考える時間はなかった。ミノタウロスを討伐に行かなければこうしてる間にも被害が増えてしまう。

 

蒼の賢者の相方である紅魔族のアークウィザード、ゆんゆんはテレポートを持っていて偶然にも村の近くに登録してあったらしい。これは実に幸運だった。

 

戦闘にさえなれば彼女も変わるかと思ったが彼女は最低限アークプリースト(支援職)としての役割を果たすくらいでどう見ても以前見た蒼の賢者としての強みはまったくなかった…むしろ不意打ちを喰らいそうになり相方の子に助けられてる場面まである始末、彼女は本当にどうしたんだ…?

 

無事に依頼が終わったものの、ギルドに戻ると彼女は報酬も拒否してそのままギルドから立ち去ってしまった。

 

すぐに後を追おうとするゆんゆんを僕は止めた。既に夜になる、少女1人を街中とはいえ送り出す訳にも行かなかった。ちょうど聞きたいこともあった、僕はゆんゆんに宿で待つように説得するとゆんゆんは渋々ながら了承してくれた。

 

ゆんゆんを宿まで送り、そして探しに探して夜の公園にひとつの気配がした、ようやく僕は蒼の賢者…いや、アリスを見つけることができたんだ。

 

 

 

……

 

 

 

そうして彼女からようやく話を全て聞くことができた。

 

まさか彼女が…かつて僕が助けた中学生の少女であったと聞いた時は本当に驚いた。

 

僕はその話を聞いて……怒りの感情で拳を震わせていた。もちろん彼女に対してではない、日本という社会に対してだ。

 

確かに彼女は歩きスマホという、僕の生前でも問題視されつつあったことをした、彼女に非がまったくないわけではない。だけどあの日本に歩きスマホなんてしている人が一体何人いるのか?そんなもの街中を歩いていたら誰でも何も考えずやっていたことだ。いざ被害が出たからと彼女を責めるのはどう考えてもおかしい…!

 

それにいじめをした奴らもだ。僕を慕ってくれてたという気持ちは素直に嬉しい、だけど彼女を責める行動で僕が喜ぶと本気で思っているのか…!?これでは僕は何の為に身を呈して彼女を救ったんだ?そいつらのしたことは僕の死を完全に無駄にしただけじゃないのか…!?

 

様々な憤りが僕の心を支配していた。これらをぶちまけるのは簡単だ、だけどそれをすることが彼女を真に救うことになるのだろうか?

 

彼女自身もまた、僕を死なせてしまった罪悪感で心が砕けそうになっているんだ…下手なことを言えば逆効果になりかねない。

 

なら…彼女が1番欲しい言葉はなんだ…?考えるんだ御剣響夜…考えて考えて考えろ…!

 

 

 

……

 

 

 

…そうして頭を駆け巡り、僕が出した結論は…『許す』ということだった。

 

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

 

時間はかかったが…彼女はようやく落ち着いてきたのか…段々と泣く声が小さくなってきていた。僕は変わらず彼女の頭を撫で続けていた。その柔らかい髪はとても触り心地がよく、以前アイリス様にもしたことがあったが彼女の髪はアイリス様に近い、繊細で美しいものだった。

 

「…あ、あの…」

 

ようやくアリスは口を開いてくれた。僕は安堵した様子でもう大丈夫か?と聞いてみた。すると彼女は顔を真っ赤にしていた。

 

「……は、はい…その…もう大丈夫ですから…解放してくれると…その恥ずかしくて……」

 

それを聞いて僕は謝罪しながらもその手を放した。冷静に考えてみると彼女にしてみたら確かに恥ずかしいだろう。ともあれ話はこれで終わりだ、僕にとっても彼女にとってもこれはあくまで前世のこと。遺恨がない訳ではないが考えても仕方ない…それに僕らは今異世界を確かに生きているんだ。ならやるべきことは過去を振り返ることじゃない、前を向いて進むことだ。

 

「…そうですね…あの…今日はごめんなさい、そしてありがとうございました…」

 

どうやらまだ本調子とは行かないか…それも仕方ないだろう。何せ15歳の少女なんだ。この世界では大人にはいる年齢だが日本では義務教育をしているギリギリの年齢の子供なのだから。とりあえず後はゆんゆんの元へ送ることだけだな。

 

「……あっ…」

 

ふとゆんゆんの名前を出したことで状況を思い出したのだろう。彼女は今まさに心配している。勿論ゆんゆんにもそうしたようにアリスをこのまま1人帰すつもりもない、宿の場所はわかっているから送り届けるつもりだ。

 

「……貴方が人気だった理由…なんだか分かってきた気がします…」

 

…僕としては特に人気があった自覚はないのだけど…まぁそう言ってくれることは悪いことでもない。

 

…今はただ思うのは彼女が自殺したことでいじめをしていた人達に少しでも罪悪感が芽生えていることを切に願うばかりだろう…流石にそこまで自分がいた国が腐ってはいないことを思いたいものだ。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

ようやく宿が見えてきたと思えば…宿の入口には先程見た人物がいた。…ゆんゆんだった。…まさか僕が送った後部屋にも入らずずっと待っていたのだろうか?今見えるゆんゆんの見た目はクエスト帰りのフル装備のままだ。2時間くらいは経っているのだけど夜は冷えるし風邪を引かなければいいのだが。

 

なんて考えていたら彼女はこちらに気が付いたようだ、そしてその表情はアリスを見るなり涙ぐんで…駆け寄り……アリスに抱きついた。

 

「アリスのバカ!バカバカバカ!!すっごく心配したんだから…!!」

 

「…ごめんなさいゆんゆん……そ、その…くるしいです…」

 

そんな様子を見て、僕は微笑みを隠せていなかった。とりあえずこれ以上僕がここにいるのも野暮だろう…最後の仕事をしたら、帰るとするか。

 

僕はゆんゆんに近寄ると、アリスのおかしかった理由を話した。

 

アリスは昔、僕に似た人に酷い目に合わされたらしい、それで僕を見てそれを思い出したみたいだ。だけど既に誤解は解けたから何も心配はいらないよ、という嘘。

 

流石にここまでなったらアリスからゆんゆんに事情を話さなければならない、だけど正直に言う訳にもいかない。それはアリスだけでなく僕の転生事情も暴くことになるのだから、嘘をつくのは心苦しいがアリスならわかってくれるだろう。

 

「そうだったのね…、もう大丈夫、もう大丈夫だからね…!」

 

「ゆんゆん……だからくるしいです……」

 

アリスはふと僕と目が合うなり小さくその頭をさげた。どうやら嘘の理由としては問題なかったようだ。僕としても一安心だった。

 

さて、これ以上ここに居るのは本当に野暮ってものだろうね。昔読んだ漫画のキャラクターの台詞を借りるなら……

 

御剣響夜はCOOLに去るさ。…なんてね。

 

 

「あ、あの…!ありがとうございました!」

 

おっと、気付かれずに去ろうとしたのだけどゆんゆんに気付かれてしまったようだ。…だけど僕がすることは変わらない。僕は振り向かず、そっと片手をあげた。また会おうという想いを込めて。

 

今度こそ…この罪悔やむ少女(有栖川梨花)に祝福を祈って、僕はその場を去ることにした。

 

 





御剣響夜さんをどこよりもかっこよく書きたいと思って書いたらこうなりました()


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四章 ―始まる異変―
episode 38 王都への爆撃


 

 

ある意味私の転機となったあの日から1ヶ月経ちました。

 

あんな事があったからか、正直ミツルギさんに逢うのはめちゃくちゃ気まずいんですよね。感謝はめちゃくちゃしているのですけど。

私が荒れた理由まで考えてくれるんだから頭があがりませんでしたよ、正直ゆんゆんにどう説明しようかまったく思い浮かばなかったので。

 

あれからはミツルギさんが率先してパーティに誘ってくださるのですがあの方のレベル45とちょっと離れすぎてることもあって遠慮しがちなのですよね、気にしないから大丈夫と言われてもこちらが気にするのですよ、こちらのレベルに合わせてもらう訳にもいかないですからね。ミノタウロスの時は緊急でかつ冒険者の集まりが悪かったので例外なのです。

 

ちなみにあの防衛戦以降1ヶ月が経ちますが魔王軍が攻めてくる様子は今のところまったくありません。風の噂では私の超広域魔法(バースト)にビビって無闇に攻められなくなったんじゃないかとか聞いたけど私なんかの魔法ごときでビビるなど魔王軍ともあろうものがそのようなことがあろうはずがございません。と言ったらゆんゆんにドン引きされた。何故なのでしょう?

 

さて、今日はというと…なんと王室から私とゆんゆんに名指しでクエストの依頼がはいったのです。ギルドから聞いた時はびっくりしましたよ。どんな依頼なのかドキドキしながらも今は王城へと向かっています。…というのも指定した時間に王城に来るようにとしか書かれてなかった。

 

「一体どんな依頼なんだろうね…?」

 

ゆんゆんは相変わらずのおどおどした様子で私に聞くけど皆目見当も付かないのが本音である。というよりこの子は防衛戦とかミノタウロス戦とかやる時はバリバリやる子なのに普段はこの調子。多分本人に自覚はないのだろうけど追い込まれたら本気を出すタイプなんだろう。

とりあえず依頼主が依頼主なので万が一にも遅刻する訳にも行かないから普段朝が弱い私も今日は早起きでしたよ。いつもならゆんゆんが起こしてくれてますもん。

朝食も本来宿で食べられるんだけど私達のとった宿の料理はハズレの部類だったようで正直あまり美味しくない。なので昼夜は外で食べて朝食はゆんゆんが作ってくれてます。14歳にして完全に新妻みたいなことしてるんですけど見た目は育ってるから違和感がまったくない。さぞいいお嫁さんになることでしょう、旦那になる人が羨ましいことこの上ない。こうやって一緒に歩いてても誰が見ても私のが歳下と思ってるんでしょうねぃ、まったく妬ましい。

 

「…なんでどんな依頼か聞いたらそんな目で見られてるの私…?」

 

それは自分の胸に聞いてみよう。二つの意味で。と口では言わないけど目で訴えておいた。

というか私のこの身体はちゃんと成長するのだろうか。この世界に来て身長や体重をまったく測ったことがないのでわからないのだけど自分としては転生してからこの7ヶ月特に変わった気はまったくしないし胸もまったく大きくならない。…今度アクア様に会ったら聞いてみよう。絶望的な答えが帰ってこないことを心から願うばかりである。

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

そんなこんなで王城に到着するなりこちらに気がついた守衛の人が駆け寄ってきた。守衛の人が向かってくるのは後ろめたいことがなくてもなんとなく怖い。

 

「アリス様とゆんゆん様ですね、お待ちしておりました。シンフォニア卿が中でお待ちです、ご同道願います」

 

こちらの依頼書を見せるまでもなく応対されてしまった。話が早くてたすかるのだけど。私とゆんゆんはお願いしますとぺこりと頭を下げて守衛さんの後を着いていく。ちなみにシンフォニア卿って人はクレアさんのことだ。これも後から知ったのだけどこの国のもっとも偉い貴族の1人にあたるらしい。偉い人とはわかっていたけどつくづく凄い方に目をつけられたものである。アイリスの件で知り合ってから城で働くよう勧誘されたり、防衛戦では普段クレアさんとか来ることはまずないのに私達を見にわざわざ出てきたのだから。

 

「アリスさん、ゆんゆんさん!お久しぶりです!」

 

以前の広く綺麗な応接間に案内されて中にはいると同時にこちらに駆け寄ったのはアイリスだった。約1ヶ月ぶりとなる再会に私とゆんゆんも笑顔になる。

 

「コホン、アイリス様、お行儀が悪いですよ。王女が客人の元へ駆け寄るようなことがあってはなりません」

 

そんなアイリスの後ろから着いてくるように近づき咳払いをして咎めたのはクレアさん。それを聞いたアイリスは少し不服そうではあるものの、渋々ながら下がり応接間のソファーに腰掛けた。

 

「よく来てくれたな、まずは座って欲しい。…客人にお茶を出してくれるか?」

 

「畏まりました」

 

クレアさんが後ろにいるメイドさんに目配せすると、メイドさんは丁寧に会釈して既に用意されていた高級そうなポットでティーカップに紅茶を淹れていく。それらが人数分テーブルに置かれるとメイドさんは計算されたように狂いもなく元の位置に戻る。

 

やはりこういう場は苦手である。私もゆんゆんも変に緊張してしまうのだけど王城という場所故にそれくらいは覚悟していた。問題は依頼内容なのである。

 

「依頼は簡単だが責任は大きいぞ…、それはここにいるアイリス様の護衛だ」

 

「…っ!?」

 

ゆんゆんが思わず口に含んだ紅茶を吹きかけギリギリ我慢した。…危なかった。そのまま吹いていたらアイリスの顔に直撃してその場でクレアさんの抜刀により首が飛ぶのは避けられない。私はまだリザレクションを取得してないのだからいきなり死亡フラグを出さないでもらいたい。実際リザレクションなんて王都でも使い手は1人か2人しかいないらしいのだが。とりあえず私達は詳細を聞く事にした。

 

「君達がアイリス様と出会った日に、私とアイリス様でちょっとした約束をしただろう?アイリス様の外出のことを」

 

その話を聞いて内心冷や汗をかいた。今思えばアイリス様に余計な事を教えた罪で罰せられててもおかしくはない。私が教えたのは今のところバレてはいないようだけど。

 

「確か…クレアさんやレインさんが護衛につくことで週に1回だけ外出を許可するという…?」

 

「あぁそれだ。そこで問題なのだが…私もレインも忙しくてな、アイリス様に付き添いたい気持ちは強いのだがほぼ日中ずっと城を空けるとなると少し難しいのだ、そこで私は君達に目をつけた。防衛戦でも実力は見させてもらったし近隣の村のミノタウロスも討伐してくれた事は聞いている、それだけの実績があれば護衛としては申し分はない」

 

…ごめんなさい、ミノタウロスの件は私はほとんど何もしてません。ミツルギさんのお力がほとんどです。とは流石に言えないし、ゆんゆんも討伐はしてるから気まずいものの何も言わずにいた。

 

「できればこれから毎週やってくれたらこちらとしては有難い、無論報酬もだす」

 

そう言いながらもクレアさんは1枚の用紙を私達に見えるようにテーブルに置いた。そしてそれを見るなり私もゆんゆんも絶句した。

 

「…い、いくらなんでもこんなに頂けません!」

 

その額250万エリスである。しかも各と書いてあるので私とゆんゆんで合計500万エリス。それを毎週だから生活するだけならそれだけしていれば物価の高い王都でも遊んで暮らせることは間違いない。貴族様とは金銭感覚がおかしいのだろうか?

 

「何を言っている?この国の第一王女アイリス様の護衛なのだぞ?」

 

言いたい事は分かるのだけど王都の中で日中アイリスの傍にいるだけでこんなに貰えていいわけが無い。ゆんゆんもそれは同意見のようだ、私達2人は顔を見合わせてひとつの結論を出した。……この依頼の拒否という選択だ。

 

「……本気で言っているのか?」

 

その答えは予想外だったのだろう。穏やかな顔つきだったクレアさんはきつい目線でこちらを睨んでいた。隣に座るアイリスも不安そうにこちらを伺っている。

 

…依頼は拒否する。だけどアイリスを連れて王都の街中を日中過ごすのはまったく問題はない。

 

「……どういう事だ?君達は何を言っている?」

 

「クレアさん。…私達はアイリスちゃんと、お友達なんです。お友達と一緒に街で遊ぶのに、お金なんて必要ありません」

 

私はゆんゆんの言葉に当然のように頷いた。分かりやすく言ってしまえば依頼は受けるけど報酬はいりません、…でも構わないけどお友達と遊ぶのに依頼なんてお仕事めいた口実を加えたくない。勿論遊ぶと言っても仮にこの依頼を受けた時と同じようにアイリスを危険に晒すことはないことを誓うつもりである。

 

「…ふふっ、そういう事か。それはすまなかった、冒険者というものはそういう者だと認識していたのでな、どうか許して欲しい」

 

「…では…?」

 

クレアさんが丁寧に頭を下げると、横にいたアイリスは目を輝かせていた。ややこしい言い回しをしたせいか不安にさせてしまったようだ。

 

「…それはそれとして…今は構わないがその呼び方は城の者の前ではあまりしてくれるなよ?色々と問題が起きるからな」

 

と、クレアさんから決まり事を押し付けられた。

街中ではイリスと呼ぶ事。クレアさんやレインさん以外のお城の人間がいる時はアイリス様、アイリス王女と呼ぶ事。王都の外へは絶対に出ない事。何かあればすぐ城に連れて帰ること。夕刻までには帰還すること。などなど。仕方ないとはいえ過保護なものばかりであった。

 

こうして私とゆんゆんは週1回、日中アイリスと王都の街で遊ぶことになりました。

 

 

……

 

 

 

早速と言う事で私とゆんゆん、アイリスは城を出て、今は貴族の屋敷が並ぶエリアにいた。どれも無駄に大きいので場所をとりすぎな気がするが貴族の屋敷故に仕方ない。

この城下町は王城を囲むように貴族の屋敷が並び、さらにその外周に一般的な住宅街、商業、工業街、そして城壁といった感じになっているので王城に行くには貴族のエリアを通らなければならない。

今のアイリスの格好は王女とわからないように違う服装にしている。青を基調とした服に帽子、ミドルスカートと動きやすそうでもありパッと見では王女には見えないだろう。

 

さて何処に行こうか…と思い3人で話していたらそれは起こった。

 

 

 

貴族の屋敷が1件、突然大爆発を起こしたのだ。位置は私達がいる場所からなんとか視認できる程度だったので私達に被害はまったくなかったが何事かと周囲が慌ただしくなる。王都の中心部に近いこんな場所で爆発が起こる…これは異常事態以外の何ものでもなかった。

 

ゆんゆんとアイリスは爆発して煙が上がっている貴族の屋敷を不安そうに見つめていた。…アイリスには大変残念だけど今日の外出は中止せざるを得ないだろう、先程の約束にもあったように何かあれば城に連れて帰るが充分にあてはまるのだから。この爆破がテロ行為などの可能性もある以上このまま遊びに行く訳にもいかないし爆発した家の人が心配だ。怪我をしているならそれこそアークプリーストである私の出番である。

 

それを2人に告げると、アイリスは残念そうに俯いていたけど状況が状況なので渋々ながら了承してくれた。私はゆんゆんにアイリスを王城に帰すことをお願いして、爆発した貴族の屋敷へと1人駆けて行った。

 

 

 



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episode 39 謎の魔晶石

 

爆心地から逃げようとしているのか、高貴な身なりの人や執事、メイドらしき人などとすれ違いながらも私は爆発したと思われる屋敷の前に到着していた。慌てて走ったので軽く肩で息をし呼吸を整えながら周囲を見渡すと、門前には壮年の守衛の人が2人ほどいて、他に人影は見えなかった。

これが火事とかならば野次馬が集まりそうなものなのだが、起こったのは爆発、まだ爆発するのではないかと避難していて人が少ないのではないかと予測できたし、実際それは先程見た通りだ。

肝心の屋敷…だったものを見上げるように見てみる。それはほぼ瓦礫の山のようになっていて、中に入ることは難しそうだ…それが大人なら。

よく見てみると私1人ならなんとか潜れそうな隙間は数箇所見受けられる、中に入って人がいれば治療することは可能かもしれない。私は自然な足取りで屋敷内に入ろうとした。

 

「君、ここは危ないから入っては駄目だ!」

 

そんな私にすぐに気が付いたのか、守衛の人が駆け寄ってきた。私はすぐさま冒険者カードを取りだし、自身がアークプリーストであることを告げた。

 

「…君のような少女がアークプリースト…?まさかその容姿…噂に聞く【蒼の賢者】なのか?」

 

怪訝な表情をされてしまった。だが不本意な異名も今役に立てば何でも良かった。守衛のおじさんはどうするか迷っているようでいて、それに不審に思ったのか、もう1人の守衛さんがこちらに近付いてきた。

 

「どうした?そのような子供に構っている場合じゃ…」

 

「いや待ってくれ、これを見て欲しい」

 

手に持ったままだった冒険者カードを見せてなにやら小声で話し始めた。どちらにせよ結論を急いで欲しいのだけど。仮に中に人が残っていたとしたらあまり猶予はないのだから。

そんなことを思っていたら、最初に話しかけた守衛さんは私に冒険者カードを返すと、申し訳なさそうに口を開いた。

 

「正直ありがたい、今調べ始めたばかりで状況もよくわかっていないのだ、協力してもらえるか?ただ中に入るのは危険だからやめておいた方がいい」

 

私はコクリと頷くとそのまま隙間に向けて早足で移動した。やめておけと言っているのに行こうとしている私を見て2人の守衛さんは慌てた様子を見せるがこちらとしては最初から中にはいるつもりはない、その隙間から中を覗くだけである。

 

私は瓦礫の隙間から中を覗き込んでみるが、当然ながら瓦礫のせいで中は暗くほとんど何も見えなかった。これでは余計に中にはいるのも危険だと判断した私は隙間の中に声をかけてみた。

 

「……だ、誰かいるのか…?早く助けろ…!」

 

すると偉そうなおじさんの声が聞こえてくる。その声は怒声を含んだようでもありなんとなく弱々しくも感じる。助けたいのはやまやまだけど中の様子がわからないと動くのは難しい。助けろと言うことは自身で動く事はできないのだろうと推測はできるものの、それだけでは足りない。私は中の状況を聞いてみた。

 

「…ちっ……ワシは今瓦礫で足を挟んでしまい動くことはできん…他?…ワシの周りにはメイドと執事が1人ずついたが…そんなことはいい、さっさとワシを助けろ!!」

 

帰ってきたのは舌打ち、続いて自分の状態から言って自分のお世話をしてくれている人を気にしない様子で自分を優先するその言い方には嫌悪感しかでないのだが人間危なくなると自身を優先するものなのかもしれないと自分に言い聞かせてた。その声にも嫌悪感がないと言えば嘘になる。私とて15歳の年端のゆかぬ学生でしかなかった存在、生理的に受け付けないのだ。

何よりも私はどこかで期待していたのかもしれない、自分のことはいいから使用人を助けてやってくれ!なんて言うようなドラマチックな台詞を。勝手に期待しただけと言われたらそれまでだがこうも真逆で返されると落胆も大きい。

…それでもなんとか状況を整理できた。…そして私にはこれをどうにかできる方法がある。

 

私は立ち上がると背中の杖を取りだし、構えると詠唱を開始した。白い魔法陣が私の周囲を駆け巡る。

 

「なっ!?この状況で魔法!?どうするつもりだ!?」

 

「いや、蒼の賢者の魔法は確か…」

 

後ろにいた守衛さん2人が声を出すが事態は一刻を争う、構っている暇はない。私は詠唱の終わりを確認すると杖を掲げて使い慣れたその魔法を唱える。

 

《ストーム》

 

瓦礫の山の中に魔法陣が光ると同時に瓦礫の下から極大の竜巻が出現し、一部の瓦礫を上空に吹き飛ばす。あくまで一部なのは私がその一部の瓦礫だけにしか敵意を向けていなかった為。よって私は、どかせたい瓦礫に次々と敵意を向けていく。中から絶叫が聞こえてくるが気にしない。

するとそれは奇妙な光景になった。すぐにでも何もかもを吹き飛ばしてしまいそうな中で、瓦礫がひとつ、またひとつと上空に飛ばされていくのだ。ストームが終わりそうになれば再びストームを使う。こうしないとせっかくどかせて上空に飛んでいる瓦礫がまた落ちてきてしまう。…ただこの結果は私の思っていたのと大分誤差があった。

瓦礫はストームで破壊されて小さくはなっているものの、まだまだ落ちたら危険な大きさだった。想定では瓦礫を粉々してから吹っ飛ばすつもりでいたのに面倒なやり方になってしまったと私は内心舌打ちしていた。おそらく建物自体が頑丈な造りだったのだろう。…そしてそれを繰り返すうちにようやく人影が見えてくる。私はストームにより瓦礫を飛ばしながら守衛さんに頼んだ。

 

「今のうちに中にいる人を助けだせって…こ、この竜巻の中にはいるのか…?」

 

「た、確かに噂通り…人に被害は出ていないようだが…」

 

2人の守衛さんは狼狽えながらも竜巻の中に突入し、唯一しゃべれていた貴族のおじさんを抱えるなり外へと移動する。…個人的には先に使用人の人を助けてもらいたいのだけど聞くからに性格の悪そうな貴族のおじさんのことだ、ろくな事を言わないに決まっている。…私情を挟まないと決めた以上もはやどちらでもいいのだけどストームの消費魔力は割と大きいのだ。レベルがあがり魔力があがった今だからこうして連発できるけどそれでも限界はある。早めに救出してもらいたいものである。

 

続いて残り2人の使用人の人達を救出を終えるなり私は魔法の詠唱を停止した。周囲に離れることを告げると、竜巻が消えると同時に多少細かくなった程度の瓦礫がどかどかと元の場所へと落下した。そしてそのうちの1つが私の頭にぶつかった。

 

…痛い…。キーンと感じる痛みを我慢しながらも思わずしゃがみこんで頭をさする。どうやらたんこぶができたようだ、それは軽く膨れ上がっていた。…そして頭に当たったものを見て…私は興味本位で拾い上げた。

 

手にしたそれはテニスボールくらいの大きさで明らかに割れた感じになっている黄色っぽい色の魔晶石だった。ただ魔晶石とはいえ私が常時しているように綺麗な形ではないし大きいのでこのままでは杖にはめこんだりは難しそうだし効果が分からないものをむやみに使いたくはない。この家にあったものだろうか?ただそれは焼けたように燻り、綺麗な光沢はまったくない。それでも僅かに魔力を感じた。…とりあえず私はそれを持ったまま救出された人の元へと移動した。

 

 

 

 

 

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救助した3人の元に近付く。守衛さんの話では使用人は2人ともかろうじて生きてるらしい。私は急ぎ足でその人達に近付くとすぐさま回復魔法を使った。

 

《ハイネスヒール》

 

エメラルドグリーンの光が使用人さん達を包み込むと彼らの顔色は少しずつ良くなって行く。本当はセイクリッド・ハイネス・ヒールと洒落こみたいのだけど大分ストームを使ってしまった。まだ終わってないのに魔力切れで倒れる訳にもいかないので保険での処置である。

 

「このワシを差し置いて使用人を治療するなど…ふざけてるのか?」

 

ふざけているのはどう考えても貴方です、と言いたかったけど私はぐっと堪えた。こんな場面で言い争っても何も意味は無いし貴族なんかに目を付けられてもろくな事にはならない確信がある。何よりこうして姿を見て余計に嫌悪感は増す。如何にも太った偉そうな貴族。見た目からしてやはり生理的に受け付けない。

私は重病の方を優先しただけです、と告げれば貴族のおじさんは、ふんっ、と不機嫌そうに顔を背けた。もはやただの子供でしかない。これほどヒールしたくない人もいないと思うのだけど私情を殺しておじさんに近付くと足を怪我していたのでヒールをしておいた。守衛さんが貴族のおじさんに聞いた話だと屋敷には今いる3人しかいなかったらしいのでひとまずこれで終わりのようだ。頑張ったよ私、よく我慢したよ私。

 

とりあえず怪我を治したところで私は先程飛んできた魔晶石のようなものを貴族のおじさんに見せてみた。

 

「…ん?なんだそれは?ワシは知らんぞ。魔晶石のようだが色は汚らしいしどうせ安物だろう、勝手に持って行くがいい、報酬代わりだ」

 

……自分の物でもないのに報酬代わりに差し出すのは正直どうなのだろうか。とことん腐った貴族様だ。そしてこれを報酬にすることで他の何かを要求させないようにしているのだろう。嫌悪感からかそんな風にとことん悪く考えてしまう自分にすら嫌気が刺してくる。元々報酬欲しさにやったことではないから報酬自体はどうでもいいのだけど救助活動してここまで気分が悪くなるとは思わなかったのが本音である。まぁ貰えるなら貰ってしまおうと投げやりめいた考えには至った。

 

とは言え魔晶石その物に私は詳しくはない。近々アクセルに帰るつもりなのでその時にウィズさんにでも見てもらおうと、その魔晶石らしきものを懐にしまいこんだ。……と、ここで思い至る。

 

この魔晶石…貴族のおじさんは知らないと言っていた。という事はもしかしてこの魔晶石はもしかしたら今回の大爆発の原因ではないだろうか?と私は先程の瓦礫の山に向かい辺りを見渡してみた。

 

すると私が拾ったものより小さいが、それはそこら中に落ちていた。やはりこれが爆発の原因である可能性が高い。1番大きいのは貴族のおじさんが私にくれたので遠慮なく貰っておくとして、その他のものは証拠品として守衛さんに渡しておこう。我ながらちゃっかりしたものである。

 

すると周囲が騒がしくなってきた。王城からようやく援軍が到着したのか、10人近い兵士達がいた。その後ろに見覚えのある子を見かけた。…もちろんゆんゆんだ。どうやらゆんゆんが話をして兵士の方々を連れてきてくれたようだ。

 

ここでやれる事はもうない。守衛さんには既に複数の魔晶石の欠片を渡している。私はゆんゆんの方に向かい歩いていった。とりあえずお腹空いたのでご飯でも行きたいなぁと思いながら。

 

 

…後に結果として大爆発の原因がこの魔晶石であることが確定する。そして新たな騒動に巻き込まれることを、この時の私は知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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episode 40 悪徳貴族

アレクセイ・バーネス・アルダープ

 

今回大爆発を起こした屋敷の所有者であり、アクセルの街の領主。その名前は調べれば調べるほど悪評しか出回っておらず、何故今もまだ普通に上位貴族の一角として君臨できているのか疑問でしかない。ただ言えるのは彼はあちらこちらから恨みを持たれており、今回の屋敷倒壊もその恨みによる犯行ではないかと有力視されていたようだ。爆発した物を調べたところ、非常に希少なものであるコロナタイトと呼ばれるエネルギー結晶体であることが判明した。そのような希少なものだとすると出処はかなり限られるという。…ところまでが私があの事件の後にクレアさんから得た情報だった。

 

その時にコロナタイトについて私はクレアさんに聞いたのだけど、何がどうなったのか分からないがコロナタイトの欠片の所有権は屋敷を爆発された被害者であるアルダープになったそうだ。どうやらコロナタイト自体の価値がかなり大きいものらしい。…それならそれで1番大きな結晶体を私に報酬として渡したことを無かったことにしそうなものなのだけど…これも後から知ったことだけど蒼の賢者はシンフォニア卿のお気に入りであると貴族の間では吹聴されているらしい。そうなればアルダープとしても安易に手を出すことはできずにいる為に今の所返却云々は言われていない。自分の知らないところで自分の名前が大きくなりすぎである。私個人の地位が高くなった訳ではないけど、クレアさんと関わることで自然と蒼の賢者にはシンフォニア家という後ろ盾があるように広まっているらしい、そんなことは全くないのだけど。地位やら名誉やら興味が全くない私としては嘆かわしいことこの上ない。そんな希少なものなら私も普通に返して構わないのだけどクレアさん曰く受け取っておけとのこと。クレアさんですらも、アルダープには良い印象を持っていないようだし、私の後ろ盾になってる噂も悪いようには捉えていなかった。

 

そんなこんなの話があってコロナタイトの出処まではまだ判明していないらしく、私としてはもはや無関係なので忘れ去ろうとしていた。

 

 

 

……

 

 

 

 

 

それから数日後、私はゆんゆんとともに王都にあるテレポートサービスに並んでいる。

テレポートサービスとは、文字通りテレポートでの移動を使い他の街などに行けるサービスで、馬車よりも値が張る代わりに一瞬で目的地に到着できるサービスである。ゆんゆんがテレポートを覚えて割と時間が経つのだけど未だにアクセルに戻っていなかったので、登録しに行こうという話になっていたのだ、前々から予定していたのだけど、依頼などで中々きっかけが掴めずようやくという形になった。1ヶ月と少ししか経っていないのだけど王都での生活が目まぐるしすぎてもっと長くいたかのような錯覚すら覚える。再会したい人がたくさんいるし、今回のアクセルへの帰還は私にとってまるで里帰りのような心境だった。

 

「めぐみんやリーンさん、元気にしてるかなぁ」

 

その心境はゆんゆんも同じようでワクワクしている様子が見てとれた。その両手には大量のお土産として、王都で売っているケーキやクッキーなどのお菓子の数々。馬車で帰るならクッキーはともかくケーキなどは難しいが今回はテレポートによる移動なので一瞬だ、王都での有名なお店のものなのできっと喜んでもらえるだろう。

 

 

 

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無事テレポートにより、私とゆんゆんはアクセルの街の正門前に到着した。アクセルの街にはテレポートサービスはないので完全に片道になるのだけどそこはゆんゆんがいるので今から王都に戻ろうとしても一瞬で行けてしまう、本当に便利なスキルである。

 

さてと周囲を見渡して………私は絶句した。

 

「……あれは…?」

 

正門から少し離れた位置に、とてもこの中世をモチーフとしたような世界には相応しくない巨大な黒い物体の残骸が私とゆんゆんの目に入る。

それはあちこち既に破壊されているが、原型を思い描こうとしたらおそらく蜘蛛のような形をしていそうだ。そしてそれは全て機械のようなロボットのようなそんな印象を受けた。

 

「おや?あんた達は確か…」

 

ふと声がかかった方向に私とゆんゆんは振り向く。そこには以前私とゆんゆんを王都まで連れて行ってくれた御者さんがいた。馬車も近くにあるのでこれから出発するのだろうか。

 

「お久しぶりです、その節はどうも…あ、あの、あれは一体…?」

 

「んん?なんだ知らないのか。あれはデストロイヤーだ」

 

「デ、デストロイヤー!?デストロイヤーって、あのデストロイヤーですか!?」

 

「あぁ、王都までは話が行ってなかったのかい?先日アクセルに向かってきたこいつは、ご覧の通り討伐されたってわけだ」

 

「デストロイヤーを討伐…しかも駆け出しの街アクセルで…!?」

 

ゆんゆんは興奮した様子でいるけどこちらとしては完全に置いてきぼりである。私はただひたすらに御者さんとゆんゆんの表情を交互に見渡していた。ですとろいやーって何??としか出てこない。

 

「機動要塞デストロイヤーよ、あれが通過したらアクシズ教徒以外は塵も残らないって言われているのよ」

 

機動要塞って時点で世界観がぶち壊しすぎる。この中世ファンタジーっぽい世界はいつの間にSF系の世界とコラボしたのだろうか。更に言うとどれだけ世間の人々はアクシズ教徒を人間扱いしていないのだろうか、でも何が起きてもセシリーお姉ちゃんとかは無事のような気がしないでもないから何も言えない。そんな事を考えて頭を抱えていたら御者さんは出発の時間らしく馬車に乗り込んでしまっていた。とりあえず詳しい話はアクセルの中で誰かに聞こうと切り替えると、私とゆんゆんはアクセルの街の中に入っていった。

 

 

 

……

 

 

 

 

私はゆんゆんにデストロイヤーについて詳しく聞いていた。

 

機動要塞デストロイヤー。

 

小さめのお城程度には大きいそれは、この世界の天災と言われている。かつて科学が発達した国が対魔王軍決戦兵器として作ったものであるが、完成と同時に謎の暴走を起こし、世界中を走り回っている。動力には無限に等しいエネルギーを確保可能なコロナタイトが使われており、内蔵されている装備は対接近用に作り出されるゴーレム、遠距離狙撃が可能な巨大なボウガン、そして何よりも強いのはデストロイヤーの巨大な胴体と8本の蜘蛛の足そのものを馬並に早い速度の移動による蹂躙。

防御面も硬い金属が使われていて物理攻撃は効果が薄く、では魔法ならと言われたらそうでもない、対魔法障壁…つまりバリアーが常備されている。

対魔王軍決戦兵器なのに肝心の魔王城は結界で守られているので、被害にあうのはそれ以外というなんとも言えない兵器だそうな。

 

なるほど、そんな無敵の兵器が駆け出し冒険者の街のアクセルで破壊されたとなれば確かにその驚きは納得である。だけどこの街には駆け出し?と聞かれるとちょっと首を傾げたくなる人も割と居たりする。最たる例は水の女神アクア様だろう。あの人は知力が少し残念なこと以外はスペックがやばすぎる。更に爆裂魔法の申し子めぐみんもいる。あの爆裂魔法ならバリアーさえなんとかできたらどうにかなりそうにも思える。

 

ただそれ以前に思うのはそんな天災がアクセルを襲おうとしていたのにも関わらず、まったく知らずに何もできなかった事は個人的に悔しい。この世界に来てから半年も過ごした街なのだから思い入れは強い。私は少しだけ居心地が悪そうにアクセルの街を歩いていた。

 

さて、とりあえずはゆんゆんもいるしめぐみんに逢いたいところなのだけど何処にいるのだろう?彼女はカズマ君と違って宿で生活していたような気がするけど…1人を探すよりも冒険者ギルドに行った方がてっとり早いと感じたので私はそれをゆんゆんに提案してみた。

 

「そうね、王都の冒険者ギルドに慣れてきたけど私はやっぱりアクセルの冒険者ギルドの雰囲気が好きだし」

 

時刻はまだ早朝ながらも私は朝食をまだ食べてなかった。今日アクセルに来ると決めてからは是非ともアクセルの冒険者ギルドに併設された酒場のサンドイッチとミルクティーを頂きたいものである。お値段もリーズナブルで味もよし。ゆんゆんの言葉に頷くと私は冒険者ギルドへと歩を進めていった。

 

 

 

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「アリスさん!ゆんゆんさんも!ご無沙汰してます!」

 

冒険者ギルドに入るなり窓口前で清掃していたルナさんが駆け寄ってきてくれた。まだ早朝だからかギルド内は閑散としているものの、このアットホームな空気は王都の冒険者ギルドではまず味わえない。ゆんゆんもそれは同じのようで綻んだ表情をしていた。

 

「お久しぶりです、ルナさん…と言ってもまだ1ヶ月くらいしか経ってませんけど…」

 

「そうなんですよね…たった1ヶ月なんですよね…そのたった1ヶ月でも貴女達の噂はここまで届いてますよ、蒼の賢者さん♪」

 

少し意地悪っぽい言い方で言う笑顔なルナさんに私は苦笑した。ここでも初心者殺し殺しやらアークウィザードプリーストやら変な異名をつけられて愚痴を言ったことがあるせいか、私が異名自体を微妙に思ってることを知っているからこそ出てくる言い方だ。ゆんゆんは羨ましそうにこちらを見てるけどできるなら代わって欲しいまである。

 

「ふふっ、少し意地悪な言い方でしたね。ですがたった1ヶ月でここまで名声が届くなんて魔剣の勇者ミツルギさん以来ですよ」

 

「あ、ミツルギさんでしたら私達もパーティを組んだことがあります、凄く強い人でしたよ」

 

談笑しながらも私はギルド内に他に知り合いがいないか見ているが…早朝だからか冒険者の数はほぼ見えない。これは少し妙に感じた。確かに私がいた頃も早朝の冒険者ギルドはそこまで人はいないものの、今日は少し少なすぎる気もする。まるで冒険者ギルドの休業日にお邪魔してしまったのかと錯覚するほどだけど当然ながら冒険者ギルドに休業日なんてものはない。

 

「あー…そ、それはですね…」

 

理由をなんとなく聞いてみればルナさんは言いにくそうにしながら目線を逸らした。何か特別な理由でもあるのだろうか?

理由として思い浮かぶのはまずアクセルの正門前にあったデストロイヤーの残骸。あれの懸賞金はかなりのものらしい。報酬がはいって真面目に働く人が減ったのだろうか?

 

「い、いえ。デストロイヤーについてはほとんどカズマさんのパーティで倒したので他の冒険者の方に報酬が出ることはありませんでしたが…その…」

 

「カズマさんって…確かめぐみんが入ってる!?」

 

これはまた驚きの答えが帰ってきた。あんな大きな機械をカズマ君のパーティだけで倒したというのだからゆんゆんは勿論私も驚くのは言うまでもない。

まあ先程も予想したようにカズマ君のパーティにはアクア様やめぐみんもいることだし驚くものの、できっこないとまでは思わない。ではこの閑散としたのには別に理由があるということになる。そして私もゆんゆんも、その理由を聞いた時に耳を疑うことになった。

 

 

「その…リーダーのカズマさんがですね…国家転覆罪で捕まってしまったんです…」

 

 

 

 

 

 



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episode 41 緊急クエスト『カズマ君の無罪を勝ち取れ』前編

 

 

突然告げられたそれは私を混乱させるのに充分すぎるものだった。

何故デストロイヤーを倒したことが国家転覆罪になるのだろう?完全に真逆の対応である。デストロイヤーについて話はゆんゆんからしっかり聞いている、英雄視されるなら理解出来るしそれが自然の流れだ。なのにも関わらず国家転覆罪。国を陥れる行為ということなのだろうか?…ということはデストロイヤー云々は無関係で、それ以外でカズマ君が何かをやらかしたのだろうか?とはいえカズマ君の性格や人柄は私なりに分かってはいる。私は被害にあったことは無いけど確かにセクハラめいた事をすることもあるらしい話は聞いてるし仲間から鬼畜扱いされる場面もある。だけど私にはカズマ君が国を陥れるようなことをする動機もメリットもないように思えた。

 

 

 

「その話、私も混ぜてもらおうか!」

 

甲高い声が早朝の静かな冒険者ギルド内に響き、私達はギルドの入口に向きその声の主を見た。そこには小柄ながら堂々とその場に立ち杖を掲げてマントを翻し、片方眼帯で片方の赤い目を光らせるめぐみんがいた。

 

「めぐみん!」

 

「久しぶりですねアリス。ついでにゆんゆんも」

 

「ついでってなによ!?…ってそうじゃなくてっ!めぐみんのパーティのリーダーさんが捕まったってどういう事なの!?」

 

「まったく、王都で少しはメンタルが鍛えられたかと期待してみればゆんゆんはやはりゆんゆんでしたか、話はしますがその前に朝食をとらせてください、深夜に爆裂魔法を撃ったので正直くたくたです」

 

言い方はいつものめぐみんながら、確かに今のめぐみんは少しふらついているように見える。おそらくようやく歩けるようになったからだろうか。というより何故深夜に爆裂魔法を撃つ必要性があるのか余計に謎が増える始末。

 

《マナリチャージフィールド》

 

その場でいつものこれを展開すればその範囲はギリギリめぐみんに届き安らいだような顔を見せていた。

 

「あぁ…これですこれです…はやくカズマにも覚えてもらいたいものです」

 

とりあえずそのカズマ君の話をしてもらわないとこちらとしてはどうしようもない。仮にデストロイヤーが関係するにせよしないにせよ、パーティメンバーであるめぐみんならある程度の事情は把握しているはずだ。

それにめぐみんの言う事にも一理ある、私がここに来たのは顔見せもあるが朝食を摂る為でもあったのだから。

こうして私とゆんゆんは話を聞く為に酒場のテーブルにつくことにした。

 

 

 

……

 

 

 

 

テーブルにつき、私は3人分のサンドイッチとミルクティーを注文した。久しぶりにゆっくりメニューを見てもいいのだけど状況が状況だしそのような余裕もあまりない。余裕がないのに朝食摂ってる場合かと言われたら返す言葉がないけど。

だされたサンドイッチの具材はハンバーグ。それに千切りされたキャベツが多めに入っている。朝から重いなとは感じなくもないけど今いるこの場所は冒険者ギルド。クエスト前に朝食を摂る冒険者もいるのでスタミナがつくようにとのギルドの配慮なのかもしれない。重いのを考えなければハンバーグが入っても値段は変わらないのでそれだけを考えたらお得感はある。

 

ちなみに今もマナリチャージは使用中なのでテーブルを覆うように青白い光が立ち上り、若干ながら異質な光景になっていることでルナさんは苦笑していたが今のギルドはほぼ人がいないので許して貰えた。

 

 

「さて…何処からお話しましょうか…とりあえずカズマが捕まったのはデストロイヤー戦が原因で間違いありません」

 

「一体あの時何があったのですか?」

 

ルナさんも詳細までは知らないようでテーブルの傍に立ったまま話を聞こうとしていた。一応このギルドの職員である以上は私達とともに椅子に座り話を聞く訳にもいかないのでこの状態なのだろう。

 

「とりあえず2人は何も知らないのでデストロイヤー戦について簡潔に話していきましょうか」

 

そう言うなりめぐみんはデストロイヤーとの戦いを大まかではあるものの、話し方はまるで英雄伝を話すような誇張されている場面もありながらではあったが私達はその詳細を知る事ができた。

 

デストロイヤーがアクセルの街に迫っている。その脅威に街の人は逃げる事を最優先しようとしたし、めぐみんやアクア様もそれは同じだった。だけどダクネスは違った。この街をなんとしても守ろうとしてこの街に残ると言い出したらしい。

更に意外な事に、カズマ君も残ると言った。せっかく手に入れた屋敷を手放してたまるか!と言っていたらしい。屋敷…?ベルディア戦の報酬で買ったのだろうか?と疑問に思ったが話の腰を折るのも悪いので何も聞かなかった。

 

そしてカズマ君はデストロイヤーの特徴を知るなり次々と作戦を立案していき、途中駆けつけた魔道具店の店主ウィズさんの参戦によりその作戦の成功はより現実味を帯びるようになった。

まずはアクア様のセイクリッド・ブレイクスペルで魔法障壁を破壊。

成功したらめぐみんとウィズさんの2人で爆裂魔法を使い破壊する。…ウィズさんが昔名の知れたアークウィザードだったのは知っていたけどまさか爆裂魔法までも使えるとは思わなかったのでこの話は私やゆんゆんを素直に驚かせた。

 

これでデストロイヤーは完全に足を失い、作戦は成功したかに見えた…が、まだ終わらなかった。動けなくなったデストロイヤーは自爆する警報を鳴らしたのだ。それにより逃げようとするも、ダクネスはそれでも街を守る為に引かなかった。説得するがそれでもダクネスは応じず、デストロイヤーの内部に突入してしまう。それを見たウィズさんは動力源さえどうにかできれば自爆を止められるかもしれないと言い、もはやそれしか手が無かったのでカズマ君はアクア様とウィズさんを連れてダクネスを追った。

 

ここからめぐみんは場に居なかったので細かい様子はわからないが、中にある動力源…コロナタイトは暴走していて爆発間近だったらしく、手段としてはウィズさんのランダムテレポートしか思い浮かばなかった…らしい。

 

…ここまで聞いて私の中で点と点が繋がってしまっていた。

カズマ君の指示によりウィズさんのランダムテレポートで飛ばされたコロナタイト…。コロナタイトなんて伝説級らしき物がそういくつもあるはずがない、時期もピッタリ一致する。

つまり王都で起きた大爆発の原因は、言うまでもなくそのランダムテレポートによるコロナタイトなのだろう。

 

なるほど、結果として見れば屋敷が倒壊しただけで怪我人は出ていない。いや、出ていたが私が治療した。ただ爆発した位置的には王城の目と鼻の先…これが国家転覆罪となった理由なのだろう。私的に思うのは国家転覆罪ではなく国家転覆未遂なのだと思うけど。

 

私はこれを聞いて深く考えた。この世界の裁判がどのようなのかはわからないがおそらく王都で見た嘘に反応する魔道具を使う可能性は高い、それなら無罪、あるいはカズマ君の罪を減らせる可能性はあるのではないか。

 

……それにしてもそれが深夜に爆裂魔法を撃ったことはどう関係あるのだろう?

 

「大きな声では言えませんがカズマを脱獄させる為です、私が爆裂魔法により刑務所の所員の注意を引いてる間にアクアが手引きする予定でしたが残念ながら失敗しています」

 

…むしろ失敗して良かったのではないだろうか?脱獄なんてしようものならそれはカズマ君が罪を認めたと思われても仕方ないし今後カズマ君がまともに冒険者生活を送れなくなってしまう。犯罪者として追われることになってしまうのだから。カズマ君のパーティで唯一良識のあると思われるダクネスは止めなかったのだろうか?

…カズマ君の幸運値はかなり高いらしいが今回は運が無かったのだろうか…いや、爆破現場の傍に私がいた事はある意味運が良かったと言えなくもない、あの場に私がいなかった場合死者が出ていた可能性はあったしあの屋敷はストームですら簡単には壊れない様子だったのでコロナタイトの爆発が屋敷1件に留まったのも屋敷の頑丈さ故にだ、考えようによっては幸運ともとれる。死者の有無によっては心象も違ってくるし、あれが普通の屋敷とかならまだ広範囲に被害が出ていた可能性は高いのだから。

 

とりあえずもう少し情報が欲しいし私にも全く無関係ではない。実際に被害が出た現場にいたのだから上手くいけばカズマ君の弁護が可能かもしれない。

私はアクア様とダクネスがどうしているのかめぐみんに聞いてみた。

 

「アクアは屋敷で寝てます、ダクネスは裁判の為に色々と手を打っているようです、詳しくは聞く暇もなかったのですがダクネスはそういう方面に顔が効くらしいです」

 

…その2人ならダクネスに会った方が何かしら収穫はあるかもしれないけど今は私とゆんゆんの持つお土産をどうにかしたいと考え、私はルナさんに皆さんで食べてください♪とケーキを1箱渡し、めぐみんに屋敷に連れてってもらうことにした。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

アクセルの郊外、墓地の近くにあるその屋敷はとても大きかった。築何年かは素人目では分からないがそれなりに経っていると思われるものの、その大きさはかなりのもので、とても10代の冒険者の所有物には見えない。扉を開ければメイドか執事あたりの使用人が丁寧に挨拶してきそうだ。

めぐみんが言うには元々幽霊屋敷だったのを格安で購入して、除霊することで住めるようにしたとのこと。確かに女神アクア様がいるのだから余裕で可能そうではある。

中に入っても立派な造りで部屋も多い、めぐみんやダクネスも住んでいるらしいがそれは道徳的にいいのだろうかとは思ったものの、自分には無関係なので深く追求はしなかった。本人達がいいのならいいのですよきっと。

 

入ってすぐにソファーでだらけるアクア様を見つけたので今はお土産のケーキを食べて貰っていた。

 

「もぐもぐ…んーー、おいひー♪」

 

「確かにこの味わいはアクセルのケーキでは味わえませんね、あ、もう1つ頂きます」

 

「あ、私も♪」

 

「めぐみんさっきサンドイッチ食べてたよね?まだ食べるの…?」

 

「何を言っているのですかゆんゆんは、甘いものは別腹ってアクアが言ってましたもぐもぐ、…それにケーキなんてそんなに日持ちしないのですからさっさと食べてしまうべきです、もぐもぐ」

 

割と多めに買ってきたケーキだがアクア様とめぐみんの2人で半分以上はなくなってしまっていた。その様子には流石に私とゆんゆんも苦笑しつつドン引きである。できたらせめてダクネスの分は残しておいてほしいのだけど。他の人はクッキーを配るしかなさそうだ。

 

「もぐもぐ……ねぇ、そういえばさ、アリスの隣にいる子は誰なの?見たところ紅魔族みたいだけど」

 

「あ、すみません挨拶が遅れました、紅魔族のゆんゆんです」

 

「ふーん、ゆんゆんね、よろしく……ん?」

 

アクアは何故かわからないが違和感を感じた。何がおかしいのだろうか、今の会話の流れは特におかしなことはない、ごく普通のものである。……むしろ普通であることがおかしいと気が付いたのはめぐみんが先だった。

 

「ゆんゆん!?なんですかその腑抜けた挨拶は!?いつもの紅魔族流の名乗りはどうしました!?」

 

「……めぐみん、私はもうあの挨拶はしないわ」

 

「ゆんゆん!?」

 

この世のものを見ているとは思えないような目線を向けるめぐみんだけどそこまでなのだろうか?凡人である私には到底理解出来そうにない。…よくよく考えたらゆんゆんはミツルギさんの時には既にあの名乗りはしてなかったような気がする。とりあえずめぐみんにとっては爆弾発言だったらしい。

 

「族長の娘ともあろう者が何を言ってるのですか!?」

 

「違うわめぐみん、族長の娘だからよ!!」

 

「っ!?」

 

「アリスに相談したことがあるの、王都でこの名乗りは正直どうなのかなって…そしたらアリスは言ってくれたのよ、無理にする必要はないって。…だけど私だって紅魔族であり族長の娘…だからしなければいけないと思ってた…でもアリスは言ってくれたの!恥ずかしいならゆんゆんが紅魔族の長になった時に廃止にしたらいいんじゃないですか?って、それは目からドラゴンの鱗が落ちたような気分だったわ!」

 

正直紅魔族の名乗りなんて全く興味なかった私は当時適当にそう言ったのだけど…、ゆんゆんのその台詞を聞いた途端、めぐみんは私に飛びかかり、勢いのままに私のツインテールを掴んで引っ張った。…っ!?痛いです痛いです痛いです!?!?

 

「アリス!?貴女何ゆんゆんに余計な事を吹き込んでるのです!?わかっているのですか!?貴女は紅魔族のアイデンティティを崩壊させようとしてるのですよ!?」

 

「めぐみんやめて!?アリスが痛がってるでしょ!?」

 

「…っ!?ゆんゆんが呼び捨て!?いつの間に呼び捨てする間柄にまで!?アリスだけはそんな人じゃないと信じてましたのに!?これは裏切り行為ですよ!!」

 

もはや支離滅裂で何を言いたいのかわからないし余計に私のツインテールを引っ張る力が強くなる。いやとれちゃうからと思うほど痛いから本当にやめてほしい。…私はそっとめぐみんの眼帯を抓るように持ち、思い切り引っ張った。…温厚な私だって怒るのですよ?

 

「…っ!?ま、待ってください!?アリスはそんなカズマみたいな鬼畜なことはしませんよね?それめちゃくちゃ痛いですから…やめっ…やめろー!?ヤメロー!?」

 

めぐみんの言葉を聞きながら笑顔で眼帯を引っ張る力を強める。多分今の私は目が笑っていない状態だ。…そして私は思いのまま、その眼帯から手を離した。

 

…パチーン!!と大きな音がした。

 

「いったいっ!?目がぁぁぁ!?!?」

 

目を両手で抑えて悶絶するめぐみんを横目にゆんゆんはぼそりと呟いた。

 

「…話が進まない……」

 

「いつもの事ね、ゆんゆんもケーキ食べたら?」

 

そして終始マイペースでケーキを頬張るアクア様であった。

 

 






めぐみんのヤメローヤメローが狂おしいほど好きです()


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episode 42 緊急クエスト『カズマ君の無罪を勝ち取れ』中編

閑話休題。

 

完璧に話が脱線していた私達だったけどダクネスの帰還によりそれは思い出された。カズマ君のめちゃくちゃ怒ってる顔が幻視できたような感覚がして少し罪悪感を覚えた。

 

「全くお前達は何をやっているんだ…」

 

ダクネスが帰って来て一番の台詞がこれである。それもそのはず、アクア様とゆんゆんはケーキを食べてて、私とめぐみんはじゃれ合う様に取っ組み合いの喧嘩をしていたのだから。

 

「とくにアリスには一番驚いたぞ…君はもっと大人しい印象だったんだが…」

 

個人的にも前世含めてこんなに暴れたのは初めてでもある。これが前世の私なら罪悪感とかが大きく出そうなのだけど、今やってみた感想としては妙にスッキリして楽しかったのもあったりする。喧嘩と言ってもどちらも半ば笑いながら頬を抓ったりとかのレベルなのでゆんゆんもアクア様も特に止めることはなかったしむしろ何をやってるのかしらと呆れた様子で見られてた。ちなみに先程の眼帯パチーンは流石に痛そうだったのですぐにヒールしました。そんな私はダクネスの言葉に顔を赤くして俯いていた。

 

「それでダクネス?収穫はあった?」

 

アクア様の質問にダクネスは軽く挙動不審になると同時に少し落ち着いた様子で顔を顰めた。その様子はあまり良い収穫とは見えない。

 

「裁判は明後日の昼に行われると決定した。今回訴えてきたのは被害者であるアルダープだ。正直かなり難しい裁判になると思う」

 

はて?訴えてきたのは国ではないのだろうか?だからこそ国家転覆罪などという容疑がかかっていると思ったのだけど。それに難しい理由もよくわからない。現状知り得た情報だけでもカズマ君を無罪にすることは難しくはないはずだ。

 

「そうだな、確かにカズマが無罪であることは私も充分にわかっている、問題は相手がアルダープだと言うことだ」

 

「何よそれ?どういう事?」

 

「アルダープは力のある貴族だ。アクセルの街の領主にして王都でも顔が効く、あいつがその気になればちょっとした証拠などがあれば即有罪に出来るほどの権力があるということだ」

 

「なんですかそれは!?そんなの裁判の意味がないではないですか!?」

 

めぐみんに同意である。予想はしていたけどこの世界の裁判は日本の裁判と違って権力が絡んでしまえるらしい。確かにそれではどんなに無罪を主張したとしても勝訴するのは難しい。

 

「……一部の貴族もそれには疑問に思ってはいるようなのだが…アルダープはどういう訳かそういった尻尾を出さないんだ、実際にあいつが関わる裁判ではこれだけの理由でと裁かれた者も多い、だが何故か分からないが…その当時の裁判に参加した者はそれでその時は納得しているらしい」

 

状況を整理すると少しでもカズマ君に黒の気配があればそれはアウトということになる。…それでは流石にきびしいしダクネスの表情にも納得がいく…だけど…だから諦めるのですか?という話でもある。

 

「そんな訳には行きませんよ、カズマは…カズマは爆裂魔法しか使えない、どのパーティにも入れなかった私をパーティに入れてくれた人なのです…、こんな下らないことで終わらせるなんて、私が許しません」

 

「めぐみん……、あ、あの、何ができるかわかりませんけど、その、私も力を貸しますので、どうか諦めないでください!」

 

「……それを言うなら私も同じだ、攻撃を当てられないクルセイダーである私を何だかんだでパーティに入れてくれた、まだ短い時間ではあるが、とても充実していたと思う。まだ私は…こんなことでこのパーティを終わらせたくはない」

 

「はぁ…、まぁ魔王倒すまでは死なれたら困るし、部外者まで協力してくれるのに私が参加しない訳にも行かないわよね…とはいえどうするのよ?今回は力押しでって訳にはいかないでしょ流石に」

 

アクア様の言葉で皆が押し黙る。カズマ君を有罪にしたくない気持ちは皆同じだけどそうする考えが浮かばないのだ。いや、正確には浮かんではいる。おそらくダクネスは既に。だからこそ難しいと言ったのだろうから。

 

カズマ君を確実に助ける方法…それは彼が100%無罪であると誰の目にも認めさせるしかない。

 

「……そうなるな。いくらアルダープでも完全に白の者を黒とは呼べないだろう、だがそれは非常に困難なことだ」

 

それでもやるしかない。カズマ君はもちろん助けたいけど、それとは別にアルダープって人が個人的に気に入らない。

 

とはいえ困難なことには変わりはない。それはカズマ君が日常で健全で真面目な冒険者なら全く問題はないことなのだ。だけど彼はお世辞にも健全で真面目とは言えない。そもそも健全で真面目な冒険者など見たことがない。冒険者なんて基本は荒くれ家業。私とかゆんゆん、ダクネスとかは比較的真面目方面かもしれないけど全くの真っ白か?と聞かれたら素直に首を縦に振る自信はない。でもそれでもなんとかしなければいけない。状況は絶望的だけど100%ではないのだから。

 

とりあえず情報が欲しい私は、なんとかカズマ君と面会が出来ないか聞いてみた。

 

「…多分少しの時間なら大丈夫だと思うが…アリスやそちらのゆんゆんも協力してくれるのか?」

 

「わ、私はこの件に関してはその…役に立てる事が浮かばないし、そのカズマさんって人とも面識はないけど…でもめぐみんのパーティがなくなるのは…」

 

自信無さげに言うゆんゆんの一方、私はそれなりに役に立てる自信はあった。今回の被害者アルダープの屋敷が爆発した時に偶然にも現場にいたのだから被害者側の状況で嘘やでっち上げがあれば即座に指摘できる。

 

「そうなのか!?確かに被害者側の正しい情報がこちらにあることは武器の1つになる、偶然にもアリスが帰ってきてくれたのは本当に幸運だ」

 

「カズマさんの幸運値は無駄に高いからねー、この場合は悪運っていうのかしら?」

 

「どんな運でも構いませんよ、カズマを助けられるなら!」

 

こうして私達は出来る限り情報交換していった。どんな些細なことでもいい、カズマ君の無罪の確率が1%でもあがるなら…

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

翌日の朝。昨夜は結局カズマ君の家に泊めさせてもらった。お風呂は広くて部屋も空いていたので私もゆんゆんもそこはありがたかった。気分転換に夜冒険者ギルドに行くと様々な人達で賑わっていたしテイラーさんのパーティに会うこともできた。私としてもひと時の楽しい時間を過ごせた。お土産としてクッキーの箱を渡せばお酒のつまみとして食べられ、苦笑してたら朝のギルドの閑散模様の訳も知れた。

 

どうやらほとんどの冒険者はカズマ君の無実を訴えて彼が捕まっている刑務所に集まっていたらしい。当然相手にはされないだろうがその慕われていること自体は確かにあちら側にも伝わるはずだ。結果的に私の王都での話よりカズマ君の話が多くなったけどそれでも情報は得ることができた。

 

そして私は今、ダクネスと2人でその刑務所の前にいる。朝早く寒くもあったが刑務所というだけあって重苦しい空気を感じる。城壁並の高さの壁を伝うように歩き、ダクネスが刑務所の人と話をつければ、あっさりと面会を許可してくれた。

…どうしてこうもあっさりと行くのだろうとは思ったけど、私は何よりカズマ君から話を聞きたかったので、ダクネスに離されないように足早にその後を追った。

 

 

……

 

 

 

ダクネスは表で待っているという。元より面会は1人しかできないらしい。私は窮屈な窓が真ん中にある部屋でカズマ君を待っていたら、看守の声とともにカズマ君がゆっくりとでてきた。

 

「…アリス…久しぶりだな…」

 

私は悲しい気持ちになった。当然ながら窓越しに見えるカズマ君の顔には覇気がない。目は虚ろになっていて気の所為か少し痩せているようにも見えた、あるいはやつれているのか、だ。

 

「かっこ悪いところ見せちゃったな…それで…何を聞きたいんだ?」

 

面会時間は少ないので手短に聞きたいことを聞くしかない私は若干早口になりつつも予め聞こうとしていたことをメモにしていて、それをひとつひとつ聞いていた。どの質問にも、カズマ君は力無く答えていて、ふとカズマ君が疑問を口に開いた。

 

「なんか…アリスって真面目だな。」

 

思わぬ言葉に私は首を傾げた。確かに無駄話も一切ないまま質問はしたけどそれをしに来たのだから当然だ。…その時ふと思った。カズマ君は何故ここまで元気がないのだろう?

 

「いや…昨日セナって検察官の人から色々聞かれた時にポカやっちゃってな…嘘を感知する魔道具ってのがあってさ、それで俺は言ったんだよ。俺はテロリストではないってさ」

 

それでベルが鳴らなかったならむしろそれは最大の無罪証明になるのに何故カズマ君はその状態なんだろう?私には話の意図が見えなかった。

 

「その後の質問でさ…貴方は魔王軍の幹部と関わったことがありますか?って聞かれてな…、いいえって答えたら…ベルがなっちゃってさ……って違うぞ?これには理由があるからな?ここだと話せないから、その辺は俺のパーティの誰かに聞いてくれ!」

 

私は驚いた様子で聞いていたが、どんな理由があるのかわからないがそれは確かに致命的だ。私が頭を悩ませていると、看守の人が来て面会の終わりを告げに来た。

 

「ここまでか、…その、来てくれてありがとな…」

 

哀愁漂うその様子には私の知っているカズマ君の姿はまったくなかった。正直この土壇場で致命的な欠陥が見つかり困惑もしているがそれについては事情を聞かなければどうしようもない。私は去り行く彼に、絶対に助けますから!と根拠のない言葉を心を込めて投げかけた。…彼は何も言わなかったが、その口元には僅かながら笑みを感じた。

 

 

魔王軍の幹部と関わったことがある…、それは聞けば誰もが戦慄するのは間違いがない。とりあえず話を聞かないといけない…。だが聞いたとしてどうなるのだろう?少なくともこの場で言えない話なら後ろめたいことではないのか?そう思いながらも、私は絶望的に感じていた。この裁判に勝てる可能性がなくなったに等しいと感じたのだからそれは仕方なかった。

 

 

 



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episode 43 緊急クエスト『カズマ君の無罪を勝ち取れ』後編


カズマ君視点


 

 

 

俺の名前は佐藤和真、日本から来た転生者だ。

色々あって、このろくでもない世界に来てしまった。特典として連れてきた女神は頭が残念だし、ようやく仲間になった爆裂娘は爆裂魔法しか使えないくせに1日1回しか撃てないし、次に仲間になったクルセイダーは攻撃が当たらない上に自ら攻撃を無駄に受けたがるドMだし。

そんな俺だけど、なんだかんだでうまくやってきたし、慣れてきた今ではこいつらが居てくれて良かった、なんて柄にもなく思う時もあった。

同じ転生者であるアリスには最初は酷い事を言ってしまったものの、彼女は変わらず接してくれてかなりお世話になった。普段鬼畜だのクズだの言われている俺だが、彼女にだけは頭が上がらない。

 

魔王軍の幹部のベルディアと戦った時、俺たちの誰か1人でも欠けていたらまず勝てなかったかもしれない。勝てたとしても、あちこちに被害を出して借金を背負っていた未来しか見えない。…実際にベルディアを討伐した時にもらった6000万エリスは…アクアがウィズの店で高価でかつ産廃な魔道具をぶっ壊して弁償したり、めぐみんがふいに撃った爆裂魔法でつい郊外の建物やらをぶっ壊して弁償したり、他にも色々不幸なことが起こってあっという間になくなってしまった。勿論アクアの分もだしめぐみんの分は既にほとんど実家に仕送りしたらしいし、ダクネスなんかエリス教の教会に全額寄付したっていうからな。6000万エリスが入った次の日に曰く付きの屋敷を格安で買えていて本当によかった。それがなきゃ本当に何も残らなかったからな。

 

そんな中襲ってきたのは、機動要塞デストロイヤーとかいうどう聞いても日本人が名付けたであろう天災。せっかく買った俺の唯一の財産を失ってたまるかと出向いたものの、そいつは簡単には倒せなかった。ウィズの助けがなきゃ完全に詰んでたな。

 

なんだかんだでデストロイヤーは俺たちのパーティとウィズだけで倒せた。後はそれの報酬待ちでウハウハ状態だったんだが…次に俺を待っていたのは地獄だった。

 

俺の指示でウィズがランダムテレポートで送ったコロナタイト。そいつは王都の貴族様の屋敷を爆破してしまったらしい。それが王都だったことも問題があったみたいで、俺は国家転覆罪っていう濡れ衣を着せられてしまった。

 

そうして牢屋で過ごしていたら、アクアが脱走を計画してきやがった。気持ちは嬉しいけど今逃げたら罪を認めるようなものだろうが、と俺はそれをするつもりはなかった。

そしてセナとかいう巨乳堅物検察官から尋問されて…俺はポカをやってしまった。魔王軍の幹部と関わったことはあるか?と聞かれて、ないと答えたらベルが鳴ったからだ。そしてそれは俺にとって覚えがある。その魔王軍幹部ってのは、俺にドレインタッチを教えてくれた魔道具店の店主ウィズのことだからな。いくらなんでもウィズのことを魔王軍の幹部とバラす訳には行かない。

 

そんなこんなで詰んだと思っていたら…アリスが面会に来た。

彼女は真剣な面持ちでずっと俺に質問を続けた。俺がポカやった話をしたらアリスは確かに動揺していた。おそらく彼女はウィズが魔王軍の幹部であることを知らないのだろう。彼女なら俺たちのように受け入れるとは思うけど、そりゃ知らなきゃあんな顔になるよな。

…だけどアリスは去り際に、絶対に助けますから!と強く言ってくれた。それは虚勢だとすぐにわかったけど…アリスの必死な気持ちが、なんだか嬉しくなった。そうだよな…アクアも、めぐみんも、ダクネスも、諦めてはいない。そんな中俺だけが諦めるってのは、違うよな…。

 

ダメで元々だ、こうなったらどこまでも足掻いてやる。…そんな気持ちのまま、俺は裁判に行くことになった。

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

裁判会場の風景は俺の想像していた通りのものだった。

裁判長が一番高い位置にいて、その下には司会のように進行する検察官のセナ。そして俺から見て左側には、金髪の太った中年親父の偉そうな貴族…こいつが多分アルダープってやつだろう。そして右側には俺の弁護人。アクアとダクネス、めぐみんとアリスまでもがいてくれた。こんな事は言いたくないがその中で頼れそうなのはダクネスとアリスだけだ。もはやこの2人に俺の命運はかかっていると見ていい。

 

…そしてその裁判を囲むように…360°野球の観客席のような場所には傍聴人が見える。ほとんどが見知った顔だった。ダストやリーン…リーンの横にいるピンクと黒の衣装の子は見たことがないけどこっちを心配そうに見ていた。他にもテイラー、キースもいれば名前は知らない赤髪の女の子とか…アクセルの冒険者ギルドで見知った奴らはほぼみんな来ているように見えた。

 

観衆が多いこともあって、裁判所内はざわざわと声が飛び交う。そんな声をかき消すように裁判長はハンマーをカンカンと鳴らした。

 

「静粛に!静粛に!…これより、被告人サトウカズマの裁判を行う!」

 

とうとう始まっちまった。だが俺は諦めてはいない。諦めたらそこで裁判は終了なんだよ、大体俺に罪がない証拠も充分にあるんだ。

 

「裁判長、領主という立場の存在を脅かした今回の事件は、まさに国家を揺るがしかねない事態です。何よりもあの領主の屋敷は王城のすぐ側にあり、王都ベルゼルグを狙った可能性もあります。以上のことから、被告人サトウカズマに国家転覆罪の適用を求めます」

 

「異議あり!今回の事件はデストロイヤーの自爆からアクセルの街を守るために止むを得なく行った不慮の事故です!弁護人として無罪を求めます!」

 

すかさずめぐみんが言ってくれた。捕まった時は割と薄情だったのに今のめぐみんには真剣さが伝わってくる。

 

「そうよそうよ、何より領主や王城を狙ったって証拠がどこにあるのよ!」

 

「証拠も何も、実際に被害が出ている」

 

「だ、だからそれは不幸な事故だって…」

 

「その不幸な事故を装って今回の事件を起こした可能性もあるだろう?」

 

黙って聞いていればさっきからずっと話は平行線のままだ。大体疑いばかりでそれらに証拠がないのはどちらも同じだろうが。

 

「大体、カズマは国家転覆罪なんて起こせるような人間ではない」

 

「そうよ、ヘタレのカズマさんをなめないでよね!根拠を持ってきなさいよ!」

 

一体こいつらはどっちの味方なんだと俺はただ問い詰めたかった。なんで味方のはずの人の言葉で俺はいちいちダメージ受けてるんだ?

 

「根拠か…いいでしょう。サトウカズマのパーティはほぼ毎日のようにアクセル近隣に爆裂魔法を放ち地形や生態系を変えるだけでなく、建造物までも破壊」

 

「うぐっ」

 

あ、めぐみん詰んだ。ていうかそれ俺じゃなくてめぐみんだろうがとツッコミたいがサトウカズマのパーティとなってるから俺が責任を負うことになるのな。もう爆裂散歩はさせないと心に誓ったのは言うまでもない。

 

「更にデストロイヤー戦にて、サトウカズマはアンデッドのスキル、ドレインタッチを使ったと報告もある。これは魔王軍と繋がりがある証拠にもなる!」

 

くそっ…痛い所を突いてくる。ドレインタッチはウィズから教えてもらい取得したスキルだ、だからこの件に関しては誤魔化しが効かない。黙秘権を行使するしか俺に手はなかった。

 

「ひとつ、よろしいでしょうか?」

 

「君は確か蒼の賢者の……質問を許可する」

 

「目の前に嘘を見抜く魔道具があります、ですからそこにカズマ君がテロリストでも魔王軍の手先でもない、と証言したら良いのではないでしょうか?」

 

ナイスだアリス!ずっと黙っていたから不安になったが、それはチャンスを待っていたんだな!俺はアリスが言うと同時に、この裁判会場の誰にでも聞こえるように声高々と発した。

 

俺はテロリストでも、魔王軍の手先でもない!!

 

その瞬間、ベルは鳴らず…裁判会場は静寂に包まれた。大体…この発言はこの裁判の前に既に言っているんだけどな。

 

「そ、そんな!?」

 

検察官のセナが驚愕の表情を浮かべている。一気にいい流れになってきた。このまま俺の無実を証明できれば…!

 

…そう思って…思い出す。それは俺が尋問の時にやらかしたポカ。あれは…どう説明すればいい!?ここまで来てウィズを売る訳にも行かない…。これがうまく誤魔化せなければ、俺は…

 

「ふむ…これでは証拠として不充分ですな…被告人サトウカズマは無罪…」

 

そんな俺の心配をよそに裁判長は俺に無罪をくだそうとしていた。だけどずっと黙ってたこの領主が不敵に笑ってやがる。

 

「ダメだ。こいつは有罪だ」

 

案の定アルダープから待ったの声がかかる。裁判長はそのまま動きを止めて震えるようにアルダープの顔色を伺っている。…くそっ、なんだよこれ!?こんなのが許されていいわけがねぇ!

 

「ワシとしても全うな理由はあるのだよ」

 

アルダープはそう言うなり検察官のセナに目配せした。それを見てハッとしたかと思えば、セナは水を得た魚のようにはするどい視線を取り戻していた。

 

「…そうでしたね、ではサトウカズマ。被告人は魔王軍の幹部と関わったことがあるとされている、これについてはどう言い訳する?」

 

周囲がざわめく。無理もない、ウィズが魔王軍の幹部であることを知っているのは俺たちのパーティメンバーだけだ。そしてウィズのことをバラす訳にもいかない。これが説明できなければ…俺は国家転覆罪とやらからは逃れられても魔王軍幹部と交流があると別の罪をかぶせられかねない。

 

「それなら私が説明しますね」

 

その声はアリスだ。俺は思わず彼女を睨むように見てしまった。いや俺だけじゃない、アクアやダクネス、めぐみんも慌てているように見える。まさかアリスは…ウィズのことをバラすつもりなのか!?

 

「魔王軍の幹部と関わったことがあるか、ですよね?…それならカズマ君だけじゃなく、私もありますよ?」

 

更に周囲がざわめいた。アリス、お前は何を言ってるんだ?今だけは理解ができない。これじゃウィズのことをバラさなかったら俺だけじゃなくてアリスだって捕まってしまう可能性が高いのに…。

 

「…貴様、どういうことだ?」

 

ガチャガチャと音が聞こえる。地面に足鎧がぶつかる独特の音だ。アリスの発言で兵士の人達が確保の為に動き出したのか?どうするつもりだよ…!?

そんな俺の想いは間違いなく絶望に向いていた。

 

 

 

 

 

「それは関わったこと(・・・・・・)ならありますよ?魔王軍の幹部ベルディアとの戦闘という意味で、ですけど」

 

 

 

さぁっっと血の気が引くのを感じた。言われてみれば確かにそうだ。関わるという意味ならベルディアとの戦闘も間違ってはいない。だけどそれは屁理屈に聞こえなくもない。そう聞こえないようにする為なのか、アリスは口を止めない。

 

「そもそもカズマ君は先程テロリストでも魔王軍の手先でもないと既に証明していますし、それで説明はつきますよ」

 

「…で、では、ドレインタッチはどう説明するつもりだ?」

 

「…そんなの簡単じゃないですか、魔物のドレインタッチを見て覚えた。そうですよね?カズマ君」

 

…言い方は悪いが確かにリッチーであるウィズは魔物だ。それにアリスの質問は必要最低限にしているからこれなら俺でも答えられる。…俺はその質問に間髪入れずに返事をした。当然、ベルは鳴らない。

 

「だそうですよ?戦った魔物からスキルを得るのは職業である冒険者としては一般的なことだと思いますけど」

 

そして俺が返事をした後に詳細を加える。これもうまい。戦った魔物からと質問に入れられてたらベルは間違いなく鳴っていた。ここで大事なのはあくまでその対象である魔物と敵対であることを示せたことだ。ドレインタッチを取得してることが問題じゃなくてそれを親密に教えてもらったことが問題になるからな。この方法もこれだけなら指摘される可能性があった。だけど最初に俺はテロリストでも魔王軍の手先でもないと公言して真実であることが確定している、その力は強い。

 

その瞬間、手札がなくなったセナはその場で崩れ落ちた。完全にこちらの勝ちだ…!

 

「ふんっ…冒険者風情がいい気になりおって…まだ終わってはおらんぞ」

 

ちっ…俺は目立たない程度に舌打ちした。どうやらここまでなってもこのアルダープは諦めていないらしい。

 

「あぁ、認めよう。確かにここまで来たらお前に国家転覆罪は適応されない…だが…」

 

アルダープがしゃべると同時にまた静寂に包まれる。これ以上何があるのか分からないが国家転覆罪はないと認めたんだから少なくとも死罪とかにはならないだろう。

 

「それでもワシの屋敷を破壊した賠償請求はできるのだよ」

 

「それは必要ありません」

 

「…っ!?」

 

アルダープの言葉を遮るようにアリスが発言した。なんか気が付いたらドヤ顔してて可愛かった。

 

「爆破された際に発生したコロナタイトの欠片…あれらは全て貴方が回収してますよね?あれの価値でしたら屋敷の分はなんとかなると私は聞いていますが?」

 

「ぐっぐぐっ…どこでそんな事を…」

 

「シンフォニア卿からですけど」

 

「…っ!?」

 

 

何故かアルダープはもはや何も言い返せないのか悔しそうに歯噛みしているだけでいた。シンフォニア卿ってのが誰だか知らないけど。それを見たダクネスは畳み掛けるように声を発した。

 

「弁護人として発言する、今の証言を纏めよう。確かにカズマはランダムテレポートという博打によりアルダープ殿の屋敷を爆破する結果となった。だがそれをしなければアクセルの街は悲惨な末路になっていただろう、そしてその屋敷の賠償については送り込まれたコロナタイトという形で補填がとれている。屋敷が爆破されたという精神的被害はあるものの、彼はアクセルの街の領主だ、まさかそれを許さないとは言うまい。更にカズマについては今までの供述で魔王軍と無関係であることは証明されている…これ以上、カズマに罪を咎める者がこの中にいるのだろうか?」

 

長々と続くダクネスの演説に、一時沈黙するが、次第に傍聴席のあちらこちらから擁護の声が木霊した。元より皆根っからの気持ちは同じだったようで、この状況に異を唱える人はいなかった。それは検察官のセナ、そしてアルダープは…狼狽えた様子で何かをうわ言のように呟いていた。

 

「…これは…どうなっている…何故だ……マクスは何をしている…!?」

 

微かながらの声だったし傍聴席が騒がしかったが、俺はアルダープの言葉を確かに聞いた。マクス?一体なんの事だ?

それについてはさっぱりわからないしそれよりも…どうやらまた借金生活になるのかと思いきや、これすらもアリスに救われたようだ。周囲の視線はほぼ全て裁判長に集まっていた。呆然としていた裁判長は咳払いをして…

 

「…被告人サトウカズマは無罪とする」

 

その一言で、まるで祭りが始まったかのような大歓声が裁判会場を包み込んだ。…俺は自然とその場でガッツポーズを決めていた。

 

 

 

…は、いいのだが。

 

勝訴が決まった瞬間、俺のパーティメンバーの3人は全員がアリスの方に駆け寄り、勝利を喜んでいた。

 

アクアは抱擁して、めぐみんはハイタッチして、ダクネスは珍しく凛々しい顔で握手していた、いやそりゃアリスのおかげなのは認めるけどもう少し俺にも何かあってよくないか??むしろそこ俺のポジションじゃないか??

 

そして傍聴席からのアリスコール。あれ?俺は??

 

 

 

…ふっ。

 

 

 

 

 

……ちきしょー!!!!

 

 

 

 

そんな俺の叫びは、誰にも聞こえていなかった…。

 

 

 

 



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episode 44 見通す悪魔

幕間のような何か。





 

 

裁判の日の前日、私はなんとかカズマ君の無罪を証明したくて様々なことを調べたものの、それは完全に手詰まりだった。

 

刑務所からの帰り道、私はダクネスにカズマ君の言っていたことを聞いてみた…が、ダクネスからは「私から言える事じゃないから話をしておく」と言われた。どうやら思ったより深刻な問題のようだ。

カズマ君にはベルディア以外の魔王軍の幹部と面識がある。そして勿論それは表側には出せない。更に言えばダクネスと私の2人だけでも話しにくく、許可を得る必要がある。つまり…

 

その魔王軍の幹部は意外と身近に存在していて普段はその正体を隠している。

 

カズマ君のパーティは基本アクセルの街にいるのでまさかアクセルの街にいる…?と考えるものの、流石に魔王軍の幹部ともなればおそらく人間ではない。そんな人がアクセルの街にいただろうか?今のところ人外は女神アクア様くらいしか思い浮かばなかった。まさかアクア様が魔王軍幹部な訳がないし本人に言ったらめちゃくちゃ怒られそうだ。

 

もう1つヒントが舞い降りた。カズマ君が言えないということはその魔王軍の幹部を庇っている。つまりその魔王軍の幹部は友好的な存在。

 

魔王軍の幹部ということは勿論強いはず。…整理しよう。

 

カズマ君達と友好的で、強い力を持つ。これがどちらも当てはまる人は…

 

ダクネスは引き続き今日もカズマ君を救う為に情報を集めるというので私はダクネスと別れた後に魔道具店を訪れていた。…ウィズ魔道具店と看板があり、今は真昼間だけど営業はしていないようだ。状況が状況だし仕方ない。…そう思いながらも扉をノックしてみる。

 

コンコン…

 

すると中から僅かながらに足音が聞こえる。ゆっくりとした足取りで、こちらに近付くなりその扉が開かれ、カウベルがチリンチリンと鳴る。

 

だけど出てきたのはウィズさんでは無かった。長身で黒いタキシードを着ていて…黒髪に顔には白と黒の仮面をつけている人。多分男性かと思われる。

 

「む?すまないが今は休業中でな、あいにくポンコツ店主は留守なのだ」

 

ウィズさんはいないらしい。そう思うと肩を落として帰ろうとして…すぐに足を止める。

…いやこの人誰?が最初の反応だった。ウィズさんのお店はアクセルに居た頃はそこそこ通っていた。今持っているフレアタイトの魔晶石はもちろん、ここには良質なマナポーションなどもあるのでよく買っていたのだ。それ以外は触りすらしなかったけど。まぁ軽く常連だったけど今私の前にいる人は見たことが無かった。ポンコツ店主呼ばわりはウィズさんには悪いけど否定はしない。

 

「吾輩か?吾輩は見通す悪魔のバニル、ポンコツ店主の友人のようなものだ」

 

 

…私の目は点になった。

 

当たり前のように悪魔とか言ってるんですけどどういうこと!?今のところ敵意みたいのは感じないけどどう考えても駆け出し冒険者の街でエンカウントしていい存在じゃないよね!?しかもバニルって言ったこの人!?バニルってあの魔王軍幹部のバニルさん!?確定じゃないですか!?その友人ってことはウィズさん魔王軍の幹部確定じゃないですか!?

 

以前にも言った気がするけど魔王軍とその幹部については私なりに調べたことがある。バニルは討伐報酬2億エリスくらいの賞金首だったはずだ。自称魔王より強いかもしれない見通す悪魔のバニル。恥辱やらの感情が好物で比較的害はないらしい。…私が知っているのはその程度のことだった。

 

「…ふむ…なるほどな」

 

私が呆然としていたらバニルは私をじっと見つめている。害はないとあっても魔王軍の幹部だ、私は自然と警戒するように身体に力をいれていた。背中の杖はいつでも取り出せるようにして見つめ返すようにバニルを見ていた。

 

「そう警戒するな、蒼の賢者と呼ばれしアークプリーストの少女よ。まずは中に入るがいい」

 

一方のバニルは本当に敵意がないのか、こちらの警戒体制をあっけらかんと流して扉を開ききるとそのまま店内に入ってしまった。

 

見通す悪魔というのは本当なのだろう。何も言ってないのに私を蒼の賢者と呼ぶ辺りは。私は警戒を解かないまま、ゆっくりと店内に入ることにした。

 

 

 

 

……

 

 

 

店内に入ると右手にはテーブルと椅子があり、バニルは茶を淹れるので待っていろと告げると店奥に入っていってしまった。…正直困惑しかしていなかったがとりあえずテーブルの傍にある椅子にちょこんと腰掛ける。見慣れた店内なのにやけに重苦しいのは自身の心情の問題だろう、はっきり言えば腰掛けたにも関わらずまったく落ち着く事ができない。

 

「ちっ、あのポンコツ店主め、ロクな茶葉を置いてないな…すまぬな、文字通り粗茶であるが飲むがいい」

 

テーブルに丁寧に置かれるティーカップ。中身は紅茶のようだ。どうでもいいけどなんで私はこんなにもてなされているのだろう?

 

「それは丁重にもてなさなければなるまい?何せこんな店に300万エリスもの大金を落としていくようなお得意様だ」

 

300万エリス…それは今も私が持つフレアタイトの魔晶石のことだろう。とことん見通されている。私は少し警戒を解き、出された紅茶をゆっくりと口に含む。どうやら言葉に一切嘘はないらしい。その紅茶は安物の茶葉なのかわからないけど私好みの味に感じた。これも見通したのでしょうか?

 

「それで、汝はポンコツ店主に何の用があってここに来たのだ?」

 

あ、そこは見通してくれないですか。…とはいえ私はなんとなくここに来たものの、ウィズさんに対してどうするつもりだったのだろう。ウィズさんは魔王軍の幹部なんですか?とかまさか聞ける訳もない。…いやカズマ君達と普通に交流しているところを見る限りはカズマ君の名前を出せば割とあっさりネタばらししてくれそうな気もするけど。…私は何となく寄ってみただけです、と返すも、バニルは妙に興味ありそうに私を見ている。

 

「なるほどな、汝は今絶望しているようだ、もっともそれは吾輩の好みの悪感情ではないがな…そんな汝に助言をくれてやろう」

 

今度は見通したのですかね。なんだか対応が面倒臭いなぁとは思いつつも絶望していた自覚はある。はてさて助言とはなんなのだろうか?私は目をパチクリさせながら聞いてみた。

 

「無いものは作ればいい、言葉で遊べ、攻めたなら緩めるな…以上だ」

 

私はキョトンとしか出来なかった。まったく意味がわからない。ふと顎に手を置き考えるそぶりをみせて私は思い悩む。全てを明日の裁判に当ててみると…

 

無いもの…?私に今無いものはカズマ君を救えるもの…。それがないなら作る…?

 

言葉で遊ぶ…?…つまりは言い回し方で優位に立てばいい…?

 

攻めたなら緩めるな…?作ったもの、言葉で遊んだもの、所詮どちらもハリボテでしかない。だからそれらが瓦解する前に攻めたてる……!?

 

まるで脳内にあるパズルのピースが思い思いのままに繋がっていくような感覚が私の中に確かに存在した。途端に思考がクリアになる。…まだ具体的な考えは構築されていない。だけど私の中には確かに明日の裁判の方程式が刻まれていた。

 

「ほう、頭の回転がはやいではないか。礼など要らぬ、元々は吾輩の友人を庇っている面もあるようだからな、ならば友人として手を貸しただけに過ぎぬ」

 

なんなんだろうこの悪魔さん。普通に良い人にしか見えないのだけど。悪魔じゃなくて天使じゃないだろうか?何よりも大分気持ちが楽になった。ここに来てよかったと思えた瞬間でもある。

 

「それはそうと毎晩寝る前に胸をマッサージして大きくしたいと望む少女よ、見通したところ、効果はほとんどないからやめておくことをオススメするぞ?……これはこれは大変美味な悪感情、ご馳走様である♪」

 

なんなんだろうこの悪魔。普通にセクハラにしか感じないんだけど。悪魔ってレベルじゃないくらい悪魔なんですけど。何よりも羞恥心でいっぱいで顔を上げられないんですけど。ここに来るんじゃなかったと嘆いた瞬間でもある。

 

ゆんゆんでさえ知らないはずの秘密をあっさり暴かれ、日頃の努力と未来への希望を同時に無くした私は赤裸々顔なまま何も言えないで、この場を立ち去ることにしたのだった。

 

…というか身近の子が大きすぎるのですよ!?しかも歳下であれで更に最近また大きくなったとか聞いた時には裏の感情が暴走モード突入待ったナシ状態でしたよ!剣と魔法の世界なら胸を大きくする魔法くらいあってよちくせう!

 

店を出た後の私の内心の嘆きに呼応するように、ウィズ魔法店からフハハハハハハととても嬉しそうな笑い声が聞こえた気がしたのは多分幻聴ではないのだろう。私あの人嫌いかも。人じゃなくて悪魔でした。

 

そんな感情しか持てなかったけれど、彼の助言のおかげでカズマ君は次の日、完全勝訴という形で救われることになるのでした。

 

 



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episode 45 お引越し

カズマ君が勝訴したその日の夜、冒険者ギルドの酒場ではベルディア討伐の時のような大宴会が開かれた。中央辺りのテーブルにカズマ君のパーティと私とゆんゆんが席に座り、それを囲むようにアクセルの冒険者に囲まれていた。

…これはベルディアの時のように抜け出すのは難しそうだ。360°囲まれているのだから逃げ場がない。この宴会のお金は冒険者達で集めたお金でやってる故にお金は要らないらしいので私は諦めたように夕食として戴くことにした。

 

本来アクセルに来たのはゆんゆんがアクセルの街にテレポート登録をする為である。それが終わったらその日で帰るか1泊くらいして帰ろうと思っていたのだがそれがもう3日以上もアクセルに滞在している。もっともカズマ君の件で慌ただしくあったし急いで王都に戻る理由もなかったのでいいのだけど。週1のアイリスと遊ぶのは明後日にあたるので問題はなかった。

 

カズマ君の屋敷を見て思ったけど私もぼちぼち宿暮らしをやめて拠点として家を買うべきだろうか。お金ならベルディアの報酬は未だに手を付けてないから余裕もある。宿の利点である食事は朝食だけゆんゆんが作ってくれて昼夜は外食なので特に王都の宿に未練はない。

 

「それなら俺の屋敷に住んだらどうだ?」

 

何気ない会話に私も家を買おうかな?と呟いてみたらカズマ君がそう言ってくれた。思わぬ誘いに私は目を瞬かせていた。気持ちはありがたいけど…流石に男の人と暮らすのは抵抗を感じる。とはいえ対象はカズマ君だけだしアクア様やめぐみん、ダクネスもいるのだが。というかそうなると仮定した時にゆんゆんも一緒になるのだけどいいのだろうか?ゆんゆんがどうしたいのかも聞きたいところでもある。

 

「…めぐみん達と一緒に…!…そ、その、私なんかがご迷惑じゃなければ私は構いませんけど…」

 

「ゆんゆんならむしろ大歓迎だ、紅魔族って聞いた時は流石に警戒したけど、挨拶は普通だったし、可愛いし、大人しい感じの常識人みたいだしむしろ来てくださいお願いしますっ!!」

 

「えぇ!?」

 

テーブルの上から土下座するように頼み込むカズマ君と可愛いと言われたからか来てくださいと言われたからか顔を真っ赤にしてるゆんゆん。それにしてもゆんゆんも変わったなぁと思える瞬間でもある。以前なら私なんかがお邪魔して皆さんの仲がいい場の空気を壊したりしたら悪いし…とかもじもじ言ってそうだし。それにしても何故そこまで住居人が欲しいのだろう?

 

「住居人というか…まともで優秀な仲間が欲しい…」

 

「おいコラ、それならとっくにカズマの目の前にいるのですが?何か不満があるなら聞こうじゃないか!」

 

「……とりあえずは爆裂魔法以外の攻撃スキルとってくれ?」

 

「無理ですね、私は…爆裂魔法しか愛せないっ!」

 

「……そーいうとこだぞ?」

 

答えが分かりきってるのか終始冷めた対応するカズマ君に私は苦笑した。そして考える。確かにこれは非常にありがたい話でもある。2日間お世話になってあの屋敷は居心地が良かったし、お風呂は広いし、ゆんゆんと2人でいるよりずっと賑やかだ。王都に行かなきゃ行けない場合はゆんゆんのテレポートがある故に私とゆんゆんは今や拠点はどこでも問題はない。…だけどカズマ君のパーティメンバーという訳ではないので家賃くらいは支払おう。 それでどうだろう?

 

「いや家賃なんか要らないんだけどな、アリスは命の恩人に等しいし俺だってそれくらい考えてるんだぞ?」

 

「とかなんとか色々言ってちゃっかりハーレム要員増やしてんじゃねーぞ!滅びろ!!」

 

「そうだぞふざけんな!!」

 

「あんたアリスとゆんゆんに何かしたら今日拾った命落とすことになるからね?」

 

ふいにカズマ君の背後から頭をグリグリしだしたのはダスト、そしてキースである。そして私とゆんゆんの後ろにいたのにいつの間にかカズマ君の首根っこ掴んでるリーンさん怖いです。

 

「馬鹿言うなよ!?なんなら俺のパーティに聞いてみたらいいだろ?そんなことをした事はない!」

 

リーンやダストの拘束を振りほどき強気な姿勢でそう言い放つカズマ君だったけど…、肝心のパーティメンバーの視線はめちゃくちゃ冷たかった。

 

 

「…私この前寝込みを襲われそうになりましたけど」

 

「…私は風呂で鉢合わせて背中を流せと強要されたが」

 

 

.……

 

やはり考え直した方がいいのだろうかと割と真面目に頭を抱えた。当然のごとくカズマ君は男性冒険者から袋叩きにあい、ゆんゆん含む女性冒険者からは最低、と軽蔑の眼差しを送られることになるのであった。

 

 

 

……

 

 

 

 

色々あったものの、ゆんゆんも前向きだったので私はカズマ君の提案を受けることにした。テレポート登録はカズマ君の屋敷の庭に設定しておき、部屋はそれぞれ元々空き部屋を使っていたのをそのまま使っていいことになった。

 

宴会も大人しくなったところで私達6人は家に帰り、カズマ君とアクア様は飲みすぎで即部屋にはいり就寝、めぐみんとゆんゆんも夜が遅いのでお風呂にはいって寝るとのこと。一方私はダクネスに話があると呼び出され、居間として使っている暖炉や赤いソファーがある部屋に来ていた。

 

「アリスには驚かされてばかりだな、まさかお前からシンフォニア卿の名がでるとは思わなかったぞ」

 

ダクネスは気分良さそうに赤ワインを口に運ぶ。見た目からしてもダクネスは酒場でシュワシュワを飲むよりとこちらの方がかなり似合っていた。…性癖云々はもはや何も言うまい。

シンフォニア卿の名前を出したことは結果論でしかないし嘘も言ってない。あの時アルダープはコロナタイトの件を何処で聞いたか聞いてきたので正直に答えたに過ぎない。もっともそれでベルが鳴らないことでアルダープからして見れば貴族間である私にはクレアさんの後ろ盾があるというデマを信じた形になるのを狙ってなかったと言えばベルは鳴るだろう。(嘘になるだろう)

 

「とにかくクレア様と交流があるのなら私の事も話しておかないとな、これはカズマにしか話してないんだが…」

 

ダクネスは身に付けていた金細工のネックレスを外すと、手の上に置きその装飾を私に向けて差し出した。

 

「我が真名はダスティネス・フォード・ララティーナ。この国の懐刀と言われている家系の娘だ」

 

…正直に言えばダクネスが何を言っているのかわからなかった。ダスティネス家のことならクレアさんと知り合った後に軽く貴族について調べたので知ってはいた。以前アイリスがララティーナもベルディア討伐で活躍したのですねと言ってたことからもはや嘘と言う事はないだろう。

別にそれはいい。初めて見た時のダクネスがそう名乗ったらやっぱりかぁと納得すること請け合いだ。

 

……だけど完全に性癖を知った今となってそれを受け入れるかと聞かれると…うーんと唸ってしまうのは仕方ない。

 

「だから何故お前は途端にそんな目で見るんだ!?今はそんな場面ではないだろう!?…いややめろとは言っていない、むしろ続けてくれ」

 

私は途端に目を逸らした。なんでそんな名門の貴族の娘さんがこんな事になってしまったのだろうと思うのは誰に聞いても許されるはずだ。とりあえず近付かないでくださいと冷めた対応をしてしまうのも許されるはずである。

 

「あふん…その冷たい対応、ゴミを見るような目…カズマほどではないがアリスもなかなかやるな!!」

 

……それはひょっとして褒めているつもりなのだろうか、全く嬉しくない。私はそのまま寝ますと言って、部屋を後にした。此処に住む弊害としてカズマ君は意識してたけどここにある意味それ以上にやばいのがいてやっぱりやめようか割と本気で悩んだ瞬間だったりする。

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

翌日、カズマ君の屋敷に住むことが決まった以上は王都の宿を取り続けるだけお金の無駄なので善は急げと私とゆんゆんはテレポートで王都の宿に帰って荷物を纏めて宿を引き払い、カズマ君の屋敷に戻りお互いの部屋で荷物の整理をしていた。暇だから、とアクア様とめぐみんが手伝ってくれている。今はアクア様がゆんゆんの部屋にいて私の部屋にはめぐみんがいた。なんとなく意外に感じた。

 

「何が意外なのです?別にゆんゆんなら何時でもいじれるからいいのですよ、それより今はアリスです」

 

こちらが荷物を整理しているのにめぐみんは私の荷物をガサゴソと漁っていた。一体何を探しているのだろうかと見れば、めぐみんの手には不格好で黄色い結晶体が握られていた。

 

「…見たことがないですね?なんですかこの魔晶石のようななにかは?」

 

私は本棚の整理をしながらそれの名前を言った。何気に本も地味に貯まってきていた、主にこの世界の事柄の勉強用に集めたのだけど理解してしまうとゴミでしかない。扱いに困ったものである。

 

「は?…コロナタイト!?なんでそんな危険なものをこんな無造作に置いているのですか!?馬鹿なんですか?馬鹿なんですね?馬鹿なんですよね??」

 

唐突に馬鹿を三回も言われてしまった。確かに危険なものではあるけど火種を加えない限りはただの魔晶石でしかないし問題はない…というとフラグにしか聞こえないけど何もしない限り危険がないのは事実である。デストロイヤーのコロナタイトはあくまで長期間稼働してたのが不意に止まった為の暴走であーなっただけで本来は中々暴走などしない。その辺はリサーチ済である。

 

「そ、そうですか、ならいいのですが」

 

まぁこれが原因でカズマ君は濡れ衣を着せられることになったのでめぐみんとしてはあまりいい思い出がないのは確かだろう。

そこで思い出した。このコロナタイトをちゃんと調べる為にウィズさんに見てもらおうと思っていたのだ。

 

「でしたら今から行きますか?片付けもほとんど終わったでしょう、暇ですから付き合いますよ」

 

片付けもほとんど終わったというか、めぐみんはほぼ私の荷物の物色とかしかしてない気がするのだけど。この子絶対片付けとか掃除始めてすぐ昔の漫画とか見つけたら読んじゃうタイプだ。

 

私はため息混じりに了承すると、ゆんゆんを誘いに部屋を覗くが見る限りまだ時間がかかりそうだし案の定アクア様もめぐみんのようにゆんゆんの荷物を物色してるしお手伝いとは何だったのかと遠い目をしたのは言うまでもなかった。

 

 





調子に乗って1日2回投稿してたらストック切れました。次回更新遅れるかもですm(*_ _)m


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episode 46 ウィズ魔法店の店主

 

「いらっしゃいませ!…あぁ!アリスさんお久しぶりですっ、裁判の弁護、凄くかっこよかったですよ!」

 

ウィズ魔法店の扉を開きカウベルが鳴るなり聞こえた声の主は茶髪のロングヘア、紺色の厚手のローブを来た店主ウィズさんだった。どうやら裁判は見に来ていたらしい、それを聞くなり私は照れくさくなり苦笑気味になりながら愛想笑いを浮かべた。

 

「お邪魔しますよウィズ。それに裁判の弁護でしたら私もしっかりしていたのですが」

 

「あ、あぁ、めぐみんさんもいらっしゃいませっ、はい、しっかり見てましたよ、お二人共元はと言えば私のせいで本当にごめんなさい…」

 

正直めぐみんは爆裂魔法云々で完全に黙殺されていたのだけど一応弁護はしていたのでウィズさんとしてはそれを指摘するのは心苦しかったのだろう。完全に困った笑いが表情にでていた。

そういえばウィズさんの友人は今日はいないのだろうか?正直あまり会いたくはないけど裁判の勝利は彼の助言によるものが大きい。今日会えたら一応お礼くらいは言っておこうと思ったのだけど。

 

「私の友人…?もしかしてバニルさんにお会いしたんですか?昨日までは確かに留守を任せてましたけど…今はいないですね。約束でもされていたんですか?」

 

いないならいないで全然構わなかった私は気にしない様子で首を横に振る。約束などしていないししたくもない。会えないならそれでいいのである。そんな様子を見たウィズさんは察したのかただ苦笑していた。

 

「あー…そういう事ですか。バニルさんは人間に危害は加えないので…あ、バニルさんに会ったということは…その…」

 

ウィズさんは言いづらそうにモジモジしている。バニル自体は討伐報酬もでている賞金首だ。魔王軍幹部ということも世間一般的に知られている。つまりそのバニルと友人ということは、そういう事になる。

 

「あ…やっぱり私が魔王軍の幹部でリッチーであることは知られてしまいましたか…その、アリスさんなら大丈夫と思いますが、お願いしますからどうか御内密にしてくれたら…」

 

……別に誰にも言うつもりはないのだけど私は新たな事実を知ってしまった。確かに魔王軍の幹部と確定づけてはいたがリッチー…アンデッドの王とまでは知らなかったのだから衝撃を受けたのは当然でもある。

とはいえ考えたら魔王軍の幹部なのだからそれくらいの大物でないと務まらないだろう。それに今更何かしらやばい事があるならカズマ君達がそのまま親密にしている訳がない。

 

「…ありがとうございます、改めて言いますが私なんて、なんちゃって幹部ですから、ただ魔王城の結界の管理を任されているだけですから」

 

人間に危害を加えてはいないならこちらとしても気にする理由はない。…と言いたいけど気になることもある。ウィズさんはもし私達がその魔王城の結界の管理を放棄してほしいと言えば応じてくれるのだろうか?でなければ魔王を倒すことになる際にウィズさんを敵に回すことになる。

 

「…結界自体は、8人の幹部が残り2、3人になれば…デストロイヤーの結界すら破れたアクア様の力で可能とは思いますけど…」

 

…それはつまりなんちゃって幹部であろうとあくまで魔王軍幹部としての最低限の義務は果たすという風に捉えてもいいのだろうか?例えば私達はベルディアを討伐したがウィズさんからしてみれば仲間を殺されたわけだけどそれについてはどうなのか?そもそもウィズさんはどちらの味方なのだろうか?私としてはこれだけをどうしても確認したかった。

 

「その辺は私達のパーティでも既に言及してますから大丈夫ですよ」

 

私が気が付けば真に迫ったような表情になっていたからか、めぐみんは心配そうにこちらを見ていた。…とはいえこちらの気持ちも分かってもらいたい。仲の良かった常連のお店の店主さんが魔王軍の幹部だなんて言われたらそれはショックでしかない。例えカズマ君達が問題ないとしていても簡単に割り切ることはできない。

 

「ごめんなさいアリスさん…1つずつ説明しますね。まず私はリッチーになった時に魔王様から結界の管理だけでもいいからしてくれと頼まれたので、本当にそれ以外はやってませんし一般的に私には討伐報酬はでていません」

 

ウィズさんは私の聞き方に怯えるように淡々と話していた。なんだか罪悪感すら湧いてくるけどこればかりは私としても本人の口から直接聞きたかった。決してカズマ君のパーティでは楽観視しそうだから心配だなんて思っていない、多分、きっと。

 

「ベルディアさんについては知り合い程度でして…仲がいいというわけではなかったです、友人と呼べる方はバニルさんだけでしたね」

 

「そこまでは私もカズマ達と聞いていますね」

 

「…付け加えるのなら…例えば後1人魔王軍の幹部を倒せば、魔王城の結界を破壊できる、となった時には…私は結界の管理を放棄しても構いません。……出来たら放棄して即魔王城に乗り込むとかそんな流れにして欲しいですけど…」

 

ウィズさんの表情は真剣なものだった。そしてならば何故今やらないか?とは聞かなかった。理由が理解出来たからだ。

仮に今結界の管理を放棄したとしたら魔王軍はどう思うだろうか?それは単純に魔王軍に対する裏切り行為でしかない。討伐されたとかならともかく、そうしてしまえば報復に来る可能性もある。そうなればこの駆け出しだらけのアクセルではひとたまりもない。ベルディアの時とは違い、元魔王軍幹部への報復となれば他の魔王軍の幹部が2、3人とかで攻められてもおかしくはない。それこそ今まで以上の脅威となる。ウィズさんはそれを恐れているのだろう。

 

私はそれを聞くなり謝罪し、静かに頭を下げた。

 

「あ、謝らないでください!元はと言えば、そうなってしまった私が悪いんですから…それに皆さんには私の事を庇うことで余計な気苦労をかけてしまいましたし…」

 

「やれやれ、お互い謝っているならそれでいいじゃないですか、この話はこれくらいにしておきましょう?」

 

お互いに謝っていたらめぐみんに止められ、私とウィズさんはほぼ同時に苦笑しか出来なかった。確かにこのままでは話が進まない。

話題を変えるためにもと、私は懐に入れて置いたコロナタイトの欠片をウィズさんに見せた。

 

「…まさかこれって…コロナタイトですか!?欠けているとはいえこの大きさなら軽く億はいきますよ!?」

 

「っ!?」

 

私より先にめぐみんが声にならない叫びを発していた。元より価値については知っていたしクレアさんから聞いた時に既にめぐみん以上に驚いている。だからこそアルダープを追い込めたのだから。私はこれの使用用途についてウィズさんに詳しく聞きたかったのだ。

 

「…コロナタイト自体が伝説の超レア鉱石と呼ばれているんです、今軽く億は行くと言いましたがちゃんとした価格はわかってないんですよ、なぜなら今言ったように伝説の超レアですからまず市場に流通していません。ですからこれの使用用途と言いますと…デストロイヤーを動かしていた時のようにエネルギーを供給する以外となると…調べてみないとなんとも…」

 

つまりウィズさんならそれが調べられるのだろうか?それなら是非ともお願いしたいところだけど。勿論お金は払うしウィズさんならフレアタイトを買った私がこのコロナタイトをどの様に流用したいか理解しているはず。

 

「はい、勿論分かってますよ。アリスさんの杖に使えそうなら、こちらでも杖にはめ込めるように加工も施しますけど…?」

 

それはいたせり尽くせりすぎるものだった。断る理由は見当たらない。拠点もカズマ君の屋敷にしたのでいつでも取りに来ることは可能だ。私はウィズさんにコロナタイトを手渡すと、そのままウィズ魔法店から立ち去ることにした。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

帰り道。お昼ご飯がまだだったので屋敷に戻り皆を誘ってご飯にしようかなとか考えていたらめぐみんが私の背中辺りに手を伸ばした。

 

「アリス、貴方の背中と杖の間に何か挟まってましたよ?これは手紙でしょうか?」

 

めぐみんが手に持つ手紙が入っているように見える封筒。それには封をするように1枚のシールが貼られていた。…この世界の技術でどうやってこんなシールを作ったのだろう?と見てみると、そのシールには見覚えがあった。

 

それは白と黒の仮面の図柄をしていた。忘れるわけもない、この仮面はバニルと同じものなのだから。

 

「バニルとは先程話していたウィズの友人でしたね、アリスが世話になったらしいですが…読んで見てはどうです?」

 

私の背中にいつの間に入れたのか知らないけど、おそらく私宛なのだろう。私は仮面のシールを破らないようにそっと剥がし、中にある手紙に目を通した。

 

 

 

拝啓・蒼の賢者と冒険者サトウカズマのパーティよ

 

今回、吾輩はダンジョンを入手することに成功した。

そこで魔王軍幹部ベルディアや機動要塞デストロイヤーを倒した冒険者である汝らに吾輩は挑戦状を送り付けることにした。

場所はアクセルで有名な初心者向けのダンジョン、キールのダンジョンだ。

こちらが用意した様々なトラップやモンスターを退け、見事吾輩を倒してみせるがいい!

吾輩はいつまでもダンジョンの最奥で待っておいてやろう

なお、吾輩を倒した暁には、吾輩の最高のお宝を持っていくがいい!

 

ちなみに来る気がないのであれば汝ら全員の恥辱を得る為にあらゆる噂をアクセルの街に流すのでそのつもりでな。

 

 

地獄の公爵にして魔王軍幹部のバニルより

 

 

 

…私はそれを見て血の気が引くのを感じた。

 

「…なんですかこれ…?半ば強制イベントになってませんか?というよりなんでダンジョンなんですか!ダンジョンでは私の爆裂魔法が使えないではないですか!?」

 

違うそうじゃない、ツッコミどころはそこじゃない。と言いたいのだけど私は呆然としていた。

ウィズさんと同じく無害な存在であるはずのバニルからの挑戦状。これの意図が、私にはさっぱり分からなかった。

 

 

 

 

 

 

 



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episode 47 私の成長

 

 

 

「嫌だよ!?俺は行かないからな!ようやく裁判から解放されてなんでまたすぐに魔王軍幹部となんか戦わなきゃいけないんだよ!?」

 

屋敷に戻ると全員集まっていたので私とめぐみんが見た手紙を皆に見せると真っ先にカズマ君のこれが飛んできた。気持ちはわからなくもないけど行かないなら行かないで面倒なことになるからできれば来て欲しいのだけど。

 

「まったく往生際の悪い男ですね、そもそも私達のパーティの最終目標は魔王討伐でしょう?ならこれは避けられないもののはずですが」

 

「ボスイベントの間隔が短すぎるんだよ!これがソシャゲなら運営に抗議してるレベルだぞ!?」

 

「カズマはたまに本当に訳の分からない事を言うな…、だがトラップもあるダンジョンとなるとカズマは来てくれないとパーティとしては困りものだ」

 

「お前は俺が罠感知したら解除する前に飛び込んで行くだろうが!!どっちが困りものだよ!?このドM!!」

 

「ば、馬鹿な事を言うな!あれは偶然…そう、本当に偶然運が悪く引っかかってしまっただけだ!大体私がドMなどと…んっ…」

 

「……今興奮したろ?」

 

「こ、こここここ興奮してなどいない!!」

 

ご覧の有様である。ただダクネスが言うようにこの中で罠感知を持っているのはカズマ君だけだしこちらとしても来て欲しいのは事実。クリスに頼むのも悪くないけど彼女はこの件は無関係だしそもそも彼女は神出鬼没だからなかなか出会えない。

 

「まったくこれだから引きニートは、悪魔がこの女神である私に喧嘩売ってきてるのよ?行くに決まってんじゃないの!」

 

「…いや、仮に行くとしてもお前は留守番な?あと引きニートってのをやめろ?」

 

「はぁ!?なんでよ!?この優秀なアークプリーストである私が行かなくてどうするつもりよ!!」

 

「お前が来たらダンジョン中のアンデッドが群がって襲ってくるじゃねぇか!!それにアークプリーストならそこにお前より飛び抜けて優秀なアリスがいるからお前はいらん」

 

「……っ!?ちょっとなんでそんなこと言うのよ!?私いつも頑張ってるのよ!?謝って!!謝ってよ…うわぁぁぁん!!ゆんゆんーー!カズマがひどいのぉぉぉぉ」

 

まずアクア様より飛び抜けて優秀とか有り得ないので勘弁して頂きたい。一方アクアに泣きつかれたゆんゆんは何故か動揺しながら私を見ていた。…何が言いたいのだろうか?

 

「……いやその…そういえばアリスってアークプリーストだったんだなぁ…って」

 

「言われてみればそうですね、基本アリスは攻撃魔法主体ですから忘れてました、何故アークプリーストなんです?」

 

ぐさりと突き刺さるものを感じた瞬間だった、完全に飛び火である。まさかのゆんゆんの裏切りに全私が泣いた。何故と聞かれても攻撃スキルは最初からあったから支援回復魔法を使えるようになりたくてアークプリーストになったとしか言えない。それにカズマ君達と組んだ時は私なんかより優秀なアークプリースト様がいるので攻撃に専念しているだけなのだから。

 

 

《セイクリッド・ハイネス・ヒール》

 

眩いエメラルドグリーンの光が部屋の中の全員を包み込むと、皆を癒すように瞬き続ける。

 

「…なんで使ったの?」

 

「あ、さっきタンスにぶつけた足の小指の痛みがひいた」

 

なんでと言われてもゆんゆんが忘れているようだから思い出させようと使ってみただけである。なんならもう一度使っても構わない。呪われているならセイクリッド・ブレイクスペルでもいいくらいだ。そしてカズマ君よかったね。あれ地味に痛いもんね。

 

「えっと…その、ごめん…いやいらないから!?私どこも怪我してないから!?」

 

私はゆんゆんにひたすらヒールを連打した。きっと脳細胞が傷ついて忘れているに違いない。治してあげなくては。おっと逃げた、追いかけなければ。

 

「何これ!?別に痛くないのになんか怖い!?アリスはアークプリーストだから!立派なアークプリーストだからぁぁ!!」

 

「…ヒールを使って追いかけ回すとは新しいですね…」

 

「…何気に彼女もアークプリーストであることを誇りに思っているのだろう、だがもし私にやる時は攻撃スキルで頼むぞ」

 

呆れ顔で言うめぐみんと穏やかな真顔で言うダクネスだけど…いや真顔で言われてもやりませんよ!?いい加減少しは自重を覚えて欲しい。というか出会う度に遠慮がなくなってて次に会うのに恐怖すら感じるまである。あ、既に一緒に住んでるからいつでも会えますね♪…やだぁぁ!?

 

 

 

「…この2人(アリスとゆんゆん)が加わればまともになると思いきや…なんでこういつも話が進まないんだ…?」

 

「いえ、そもそもカズマがきっかけですからね?無自覚なんです?馬鹿なんです?あぁ、馬鹿でしたね」

 

「うるせーよ!?」

 

本当に話が進まないとため息をつきたかったが気が付けば私もその原因の一端を担ってたことに気づくとやっぱりため息をついた。はやくもこのパーティのペースに引き込まれているけど…なんだかんだ楽しいからいいやとも思えてしまった。

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

翌日の早朝。散々駄々をこねたカズマ君だったけどなんとか行くことにこじつける事ができた。とはいえ私とゆんゆんは今王都にいる。ゆんゆんのテレポートで飛んだからだ。何故ならば今日は週に1度のアイリスと遊ぶ日。よってバニルの挑戦は明日以降に持ち越しである。なお今回は同道する人がもう1人いた。

 

「…やはりテレポートは便利だな。しかし…本当に…本当にアイリス様の護衛をしているのか…?」

 

ダクネスだった。昨日ゆんゆんがつい口を滑らせたことでダクネスは飲んでいた紅茶を盛大に吹き出しめぐみんに直撃して何故かめぐみんがゆんゆんを追いかけ回すという惨劇が起こったりしてダクネスの正体を知っている私はそのきっかけを1から説明することにしたのだ。まぁクレアさんと同格の貴族なら心配するのもわかる、実際もう何度もアイリスを送り出しているクレアさんも毎度のことのように心配そうにしているし。

 

「あまり護衛とまで意識してないのが本音かもしれないです…最初はそうだったんですが、その…アイリスちゃんも護衛を意識していると勘づいちゃうのか気を使わせちゃうんですよね…」

 

ちなみに私は最初から100%遊ぶ気でしかなく護衛なんて全く意識していない。普通に遊んでいるだけである。そもそもこれは依頼ではあったものの依頼ではない。お仕事ではない。つまりお休みなのだ、お友達と遊ぶだけなのだ。勿論何かが起こればお友達として助けるのは当然のことでもあるしそれで何度も問題なく過ごせているので今にもダクネスが胃に穴が空きそうな顔をしているのが理解できない。

 

「…いや確かにわかる、お前達の言うことも一理ある、だが忘れないでくれ…アイリス様はこの国の第一王女なんだぞ…?万が一でも何かあれば国が傾く事態になりかねないしそうなればお前達も当然無事ではすまないのだぞ…?」

 

完全に見解の相違である。確かにダクネスの言うこともわからなくはない。だけど仮にアイリスに何かあった際に1番に国がどうとか私達がどうとか出てくるのは遺憾でもある。まずはアイリス本人が大事に決まっているのだから。いくら第一王女と言えどそれ以前にアイリスは1人の人間なのだから。身分、境遇云々よりもまずは1人の人間アイリスを大事にしたいという考えは理解してもらえないのだろうか?

 

「…悪いが理解することはできないな。それは私とアリスの境遇の違いだろう。間違っているとまでは言わないがこの際2番目でもいい、私の言う事も取り入れてくれ…。それに誤解をして欲しくないのだが私とてアイリス様本人も大事に思っている」

 

…どうやら熱くなりすぎたのかもしれない。気が付いたらダクネスと言い争っているかのような雰囲気になってしまった。ゆんゆんは何も言えず心配そうに私とダクネスの様子を伺っていた。

 

思えば何故こうも言い合っていたのか自分でもわからなくなってしまった。何故ダクネスがアイリス本人を蔑ろにしている前提になってしまっていたのだろうか?そう思ったら私は慌てるように謝罪していた。

 

「あ、あの、どちらもアイリスちゃんを大事に思ってる事は変わらないと思うから、だからその…」

 

「…そうだな、私としても少し熱がはいってしまったようだ。この空気のままアイリス様に会うわけにもいかないしな…こちらこそすまなかった」

 

とりあえずクールダウンする為にもアイスクリームでも食べていくとしよう。

ウィズさんの時といい、最近の私はどこかおかしい気がする。…昔の私ならこう面と向かって誰かに自分の想いをぶつけるなんてまずできなかったし考えられない。裁判の時だってそうだ。いくらカズマ君の為と必死になっていたとしてもあんな大勢の前で喋れるようなメンタルはなかったはずなのだが。

 

……多分理由はゆんゆんかもしれない。

 

基本的に私もゆんゆんもどちらも元々は引っ込み思案な側だ。だけどどちらもそれだと何も進まず、なんとかするしかないと必死に足掻いて…、私なんかの為に王都まで着いてきてくれたゆんゆんの為に頑張りたくて、それが1番現れたのは多分アイリスと出会って誘拐疑惑で捕まった時だろう。

そんなゆんゆんもまた、私に頼ってばかりではいけないと思ったのか、少しずつ自分を前に出すようになったと思う。

私達は王都に来て1ヶ月と少ししか経っていなかったけど、それでも確かに大きく変われていたようだ。

 

今の私なら、きっと大丈夫。迫る魔王軍幹部との戦いとなるけど、今の私なら頑張れる。ベルディアの時のような苦悩はもう味わいたくない。

 

絶対に皆を守ってみせると、心からそう思えた――

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

少し寄り道して落ち着いた私達は、改めて王城に到着。すると憲兵の方々はダクネスを見るなり姿勢を正してビシッと敬礼した。これには私はともかくゆんゆんはびっくりである。

おろおろしているゆんゆんはさておき、城の中に入ると待ち構えていたようにすぐにアイリスが飛び出してきた。

 

「お待ちしてました!さぁ行きま……ララティーナ!?」

 

「ご無沙汰してます、アイリス様。今日はこの2人に同道しまして、私も共に行こうかと思い馳せ参じました」

 

その場で姿勢を下ろし丁寧に告げるダクネスを見て思った。誰だこの人はと。常にこうあれば尊敬できる騎士であり貴族様なのに。何故ドM属性なんて追加してしまったんだと思っても仕方ない。

それはそれとして私は違和感を感じていた。それは今のアイリスの格好にだ。当然外出するのでお城で召されている純白のドレスではないが以前の青を基調とした服装でもない。

 

「これですか?皆さんは冒険者なのですよね?でしたら私もそのようなスタイルでいた方が自然と思いまして♪」

 

とても楽しそうにアイリスは自身の纏う衣装を見せつける。それはカチューシャに動きやすそうな軽鎧風の服、足鎧までついて腰にはどう見ても普通じゃない剣が携えていた。

 

……そのまま冒険に出てもおかしくないスタイルだった。

 

何故か分からないが嫌な予感がしたのは…きっと目の前のダクネスも私の隣のゆんゆんも同じだろうな、と自然に思った。

 

 

 







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episode 48 王女様とダクネス

 

 

嫌な予感は拭えないもののそれ以前に気になることもある。クレアさんやレインさんの姿が見えないのだ。いつもなら大抵はアイリスの横に立っているのに今日はどうしたのだろう?

 

「今日はクレアもレインも忙しいようで、私1人で待っていたんです。お城の中ですし衛兵の方々もいるので護衛は必要ありませんと私が強く言ったのも大きいかもしれません」

 

これから遊びに行くことで常に楽しそうに話すアイリスにはいつも癒される。それでいて私はなるほどと納得した。抑止力がいないからこそのこの服装と言う訳だ。流石にこの格好ではクレアもレインも止めにかかることは間違いない。ただアイリスの言うことにも一理ある。

私は遊ぶ為と割り切ってはいるものの、だからと言って護衛という概念を完全に捨て去ったつもりまではない。だからこそこうしてアイリスを迎えに行く際は、私もゆんゆんもクエストに行くのと同様に完全武装状態だ。冒険者としての普段着と言えばそうかもしれないけどそれでも身分を隠す為にラフな格好でいたアイリスと並んだ時には若干の違和感は拭えないのかもしれない。

…本当にそれだけの理由でアイリスが武装した格好なら問題はないかもしれない。だけどせめて帽子くらいはつけてもらわないと普通に身バレは有り得るのだけど。とはいえ今の格好に帽子は流石に似合いそうにない。

…少し考えて私は自身の後頭部に付けているお気に入りの紺色のリボンを解くと、アイリスの後ろに回り、それでアイリスの髪を束ねた。

 

「わわっ、アリスさん?」

 

肩まで届いていたアイリスの髪はお団子のように後頭部にまとまり、それを見たゆんゆんは楽しそうに持っていた手鏡をアイリスに見せた。

 

「確かにこれなら一見アイリスちゃんと思わないかも…それに凄く可愛くなりましたよ!」

 

「そ、そうですか?普段髪はあまり触らないので少し恥ずかしいですが…その、嬉しいです♪」

 

元々アイリスはそんなに王都の街の人の前に顔を出すことはない。だから髪型が変わるだけでも意外とわからなくなるものだ。一方ダクネスはそんな私達の一連の流れを見て驚愕の表情で固まっていた。ダクネスが思った以上に私達がアイリスに対して気安すぎたせいでもあるかもしれない。ただアイリスの本当に嬉しそうな表情を見て半ば諦めたようなため息をついたかと思えば微笑ましそうにアイリスの傍に近寄った。

 

「とてもお似合いですよアイリス様」

 

「ありがとうございます、ララティーナ。それでこれから街に行くのですから、私の事はイリスと呼んでくださいね?言葉遣いも普通に接してくれないと、私の身分が気づかれてしまいますよ?」

 

「そ、それは…!?」

 

これには予想していなかったのかダクネスは面食らったようにたじろいでいた。私達に着いてくるならこれくらいは想定内のはずなのだけど。どうやらダクネスとしては完全に『アイリス様の護衛』と認識していたからかそこまで考えに至らなかったのかもしれない。

 

「……ぜ、善処致します…」

 

「…ララティーナ?」

 

「うっ……わかりま…わかった……イ、イリス…様…さん…」

 

全然善処できてないと頬を膨らませたアイリスは可愛らしかった。それにしてもダクネスは頑なすぎる。私としては私達よりもダクネスの方がアイリスの気持ちは理解できるものだと思っているのだが。

 

「…それはどういう意味だ…?」

 

「あ、あの…さっきから気になっていたんですが…ララティーナさんって、ダクネスさんのことですか?」

 

「…あっ」

 

どうやらダクネスはゆんゆんに正体をバラしてないのを完全に忘れていたらしい。この際だから言ってしまってもいいのではないかと思うのだが。カズマ君は知ってるようだしアクア様やめぐみんにも近い内に話すつもりなのだろうしそれなら順番がおかしい気もするけど今や一緒に住んでいるゆんゆんに言っても問題はないはず。

 

「…そうだな…すまないゆんゆん、よく聞いてくれ。私の真名はダスティネス・フォード・ララティーナ。ダスティネス家の一人娘だ」

 

「……えぇ!?」

 

それを聞くなりゆんゆんはある意味アイリスが王女と知った時よりも驚いている。気持ちはわかる、あんな性癖持ちが王家に近しい貴族の出という身分だなんて思うはずがない。ある意味最高の隠れ蓑なのだから。

 

「…す、すみません、ララティーナ様、私ったら家で色々と失礼なことを…!?」

 

「お、おい待てゆんゆん!?私は別に…!」

 

さてさて、ゆんゆんの反応は天然でこうなっているのだろうけど私としてはよくやりましたゆんゆんと褒め讃えたいくらいの気持ちだった。突然のゆんゆんの対応に困惑気味なダクネス…もといララティーナ様に向かい私は丁寧に頭をさげた。私としてもララティーナ様に対する無礼の数々、真に申し訳ございません、と。

 

「…いやだからやめてくれ…!?まず私をララティーナと呼ぶな!!」

 

「……ララティーナ?今の貴女なら私の気持ちを理解して頂けるのではないでしょうか?」

 

「アイリス様…!?そ、それは…」

 

ようやくダクネスは理解したのか、ララティーナと呼ばれた恥辱で顔を真っ赤にしながらも声も出せずに縮こまってしまった。私が言おうとしたこともアイリスが言ってくれたし、まさに計画通りである。少しだけ間を空けてダクネスはようやく落ち着いたのかその顔をあげた。…それはもはや諦めたようなぐったりしたものだった。

 

「…わかりましたイリス…では私の事もダクネスと呼んでいただいてもよろしいですか?」

 

「…っ!…はいっ!よろしくお願いしますね、ダクネスっ♪」

 

対してアイリスは本当に嬉しそうに笑顔で返事をした。ようやく落ち着いたかと私も笑顔になる。ゆんゆんはまだ少しおどおどしてたけどアイリスの言葉を聞いてなんとか落ち着いたようだ。

 

……それにしても不意な出来事とはいえ、アイリスとゆんゆんには感謝の言葉しかない。何故なら思わぬところでダクネスの弱点を知ることができたのだから。

もし次にドM全開で迫られるようなら「お戯れがすぎます、自重してくださいませ、ララティーナお嬢様」とでも言ってやろう。そう思うと私は内心ニヤリと笑っていた。

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

「さぁ、クエストに行きましょう!クレアとレインには内緒ですよ♪」

 

城から離れて歓楽街にきたところでアイリスがとんでもない爆弾を投下してきた。ものすごくいい笑顔でそう言うのだけど流石にそれは能天気な私でも看過できることではない。ダクネスにはあー言ったもののカズマ君に次いで国家転覆罪の疑いをかけられるのは真っ平御免である。

ぶっちゃけてしまうと予想してはいた。以前私とゆんゆんがクエストの話を話題として出した時のアイリスの顔はそれはもうキラキラと純粋に憧れますオーラを醸し出していたのだから。

 

「アイ……イリス、流石にそれは駄目とわかるでしょう?お友達に迷惑をかけるものではありませんよ」

 

当然の如くダクネスからストップがかかる。偶然とはいえダクネスがいてくれて良かった。私とゆんゆんなら色々言われて押し通された可能性があるだけに。

 

「そうは言いましても…この街もある程度回りましたので飽きてしまいまして…」

 

「それでも我慢してください、本当なら私としてはこうやって街に出ているだけでも心臓が止まりそうな想いなのですから…」

 

そう言うダクネスは実際に自身の胸を抑えて苦しそうにしていた。私としてもこればかりはダクネス寄りの考えだけど何か手はないものかと考えるものの…クレアさんから出された条件をクリアできる案は浮かびそうにない。

 

「…あ、あの…これも駄目かもしれないけど…例えばアクセルの街に来てもらうとか…」

 

「…っ!?本当ですか!?アクセルといえばあの冒険者サトウカズマがいるのですよね?私、是非お会いしてみたいです!」

 

しまった、天然(ゆんゆん)が地雷を踏んでしまった。ゆんゆんの提案を聞くなりアイリスは再び目を輝かせていた。…同時にダクネスの目は死んでいた。…それもそうだろう。私から見てもカズマ君と鉢合わせるのはいい影響があるとは思いにくい。とりあえず私は行くにしても流石に街の外にでるのならクレアさんから許可を得なければいけないですよと言うとダクネスの目に光が戻った。覚えてもいないリザレクションを使えてしまったと錯覚した気分だった。

 

「そ、そうですね、クレア様の許可があれば吝かではありません!」

 

流石に街の外に出る事をクレアさんが良しとするはずもない。アイリスは少し不満そうだったけど渋々了承してくれた。ゆんゆんはゆんゆんで失言だったと気が付いたのかバツの悪い顔をしていたけどこうなれば結果オーライである。とりあえず今日もまた王都の街で楽しんでもらおうと私達は歓楽街を進んでいった。

 

 

……

 

 

 

数時間が経ち、ダクネスは不思議そうな顔で私に近付いてきた。

 

「気になったのだが…常にイリスとゆんゆんが手を繋いでるのは何故だ?」

 

それは私達がアイリスと過ごす際の基本的なスタイルだった。手を繋がなくてもいいけどできる限りどんな時もゆんゆんが近くにいることは絶対だ。アイリスに悟られないように私から手を繋ぐことも少なくはないけど。

 

「だからどうして……?…なるほど」

 

ダクネスはふと納得したように安堵した顔を見せた。おそらくダクネスが考えていることは正解だろう。

ゆんゆんにはテレポートがある。だから有事の際にはすぐにでもアイリスを王城前まで飛ばすことが可能だ。それだけではない、お花摘みなんかでもゆんゆんのテレポートでそうするようにしている。アイリスが孤立することを避ける為に。

また、食事に関しても完全にではないが気を配っている。食べる時は基本的にアイリスが食べたいものと同じものを頼んで私やゆんゆんが先に食べたり、あるいは個別に配られるものならさりげなく私やゆんゆんのどちらかのものと交換したり。やっていることは完全に護衛の役割だけどクレアさんから頼まれて自然な形でそれらをやるようにしていた。決してアイリスに気を使わせないようにさりげなく。

 

「…だったら最初から教えてくれ…そこまでしているのなら私もあそこまで胃を痛めることもなかったんだが…?何より護衛としてしっかりやっているようにも見える…」

 

その言葉には否定しかできない。あくまでも私の定義でアイリスはお友達なのだから。

アイリスというお友達と一緒に問題なく遊ぶ為にこのような処置をしているだけ。普通ここまで自然にやるのは私にもゆんゆんにも無理だ。だけど私としてもゆんゆんとしても、共通する認識はお友達はとても大切な存在だから。お友達の為にと動く私とゆんゆんは強いと言いきれるくらいの自信はある。だからアイリスとお友達でいられる為にと思えばこの程度のことは何の苦にもならないし率先してやってもいいくらいある。

 

 

…特に私の場合、この世界に来て初めてお友達というものを知ることができたから、大切にしたいと思えるのはごく自然なものだったから――

 

……少し余計な事まで話したかもしれない。ダクネスは黙って俯いていた。

 

「それは…普通に護衛をするよりもかなりハードルが高いことではないか…?」

 

言われてみればそうかもしれない。形式的には護衛する上でそのそぶりをアイリスには一切見せずにお友達として仲良く接している。だけどだからなんだと言うのか、私とゆんゆんのお友達に対する想いは尋常ではないのだ。それでクレアさん達が納得してなおかつアイリスが笑顔でいてくれたら何も問題はない。…そんな私の気持ちを聞いたダクネスは、軽く衝撃を受けたような顔をしたと思えばその顔はすぐに安らいでいた。

 

「…そうか。1つ聞きたいのだが…、そのお友達には私も入れてもらえるのか?」

 

突然の申し出に少し驚いたものの、私は笑顔で頷くことができた。ドM対策は完璧なので断る理由がないし何より一緒に暮らすルームメイトでもあるのだから、仲良くしたいと思う気持ちは本物だった。

 

「2人ともー?そろそろ次に行きますよー!」

 

「イ、イリスちゃん、そんなに慌てなくても…!」

 

ふとアイリスの声が聞こえてくる。顔をあげればアイリスはゆんゆんを引っ張って楽しそうに走っていた。私はダクネスに微笑みかけると、ダクネスは苦笑混じりでありながら楽しそうにアイリス達の後を追うことにした。

 

ダクネスとしてももしかしたら気軽にお友達と付き合うことは少なかったのかもしれない。クリスがいるけど彼女は中々出会えないし。だからこそ、私が頷くことで見れたダクネスの表情は本当に嬉しそうだったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 



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episode 49 急襲

視点変更―無し―

初の試み第三者目線


 

時刻はぼちぼち夕刻になろうとしていた。いつもならばアイリスを王城へと連れ帰ることを考える時間帯だ。…しかし、自然な流れで確かに不自然なことが起きていた。自然な流れなので誰もがそれに気が付かない。

 

状況は相変わらずアイリスが先導してゆんゆんの手を引っ張り、そしてその後をアリスとダクネスが追うような形。出店でクレープを買って食べたり、公園の噴水を眺めたり、行動的なアイリスにより目まぐるしく場面は変わっていく。今もなお、アイリスによる先導が続いているのにようやく違和感を感じたのはダクネスだった。

 

「アリス、聞きたいのだがこの先は何があるんだ?」

 

「…この先は行ったことがないです、ダクネスは知らないのです?」

 

「…あぁ、私の拠点はアクセルだからな。王都にもよく来るがこのような裏路地にまで入ったことはないし普段入る必要もない」

 

裏路地と表現されたその場所は夕刻近いとはいえ、まだ日が天にあるのにも関わらず薄暗い。本来遊ぶという名目で王都を駆け回るアイリス達にとって今居るこの場所はまず縁のない場所に等しい。アイリスは何故こんな場所に来たのか、今も尚走っているのか、わからないがこれ以上この先に進んでも遊べるような明るい場所があるようには見えない。

 

「…イリス!ゆんゆん!ちょっと止まってくれるか?」

 

そんなダクネスの真に迫るような声にアイリスもゆんゆんもまた、その足をピタリと止めた。振り向けば2人ともに何かあったの?といった感じでキョトンとしている。その表情にはこのような場所にまで来ている疑問は全くなさそうだ。

 

「イリス、迷いなくこの奥を目指してますがこの先には何があるのです?」

 

「アリスさん?……そういえばそうですね…」

 

「えぇ!?イリスちゃんもわからないで来てたの!?」

 

 

アイリスから奇妙な答えが返ってくる。理由もなくこのような人のいない薄暗いところに来たというのだからこれが奇妙ではなくなんなのか。アイリスが普段天然で謎行動をとるような性格なら呆れながらも笑い話にもなろうものだがアイリスは若干世間知らずな面はあるもののそのような性格ではないし過去そのようなことをしたこともない。この状況は4人に緊迫感を与えるには充分なものだった。とくにアイリスには。

 

「…本当に私は何故こんなところに…?」

 

「…とにかく、この先に用事がないと言うのなら戻るべきです、時間的にもそろそろ城に帰る頃合でしょう。…2人もそれで構わないな?」

 

困惑するアイリスに対してダクネスも不安を隠せていなかった。ゆんゆんはダクネスの言葉に震えるように首を縦に振り、アリスは何をすることもなくただそこに立ち尽くしている、まるで何かに集中するように。

 

「…アリス?どうした?」

 

「……視線を感じます、それも複数の」

 

「…っ!?」

 

女性は視線に敏感と言う話をよく聞くがアリスのそれはそれどころの精度でもなかった。彼女はこの世界に来てから様々な奇怪な目で見られたりしている経験から敵感知スキルほど優秀ではないが敵対視するものなら即座に感じ取れるくらいのものは持っている。一気に緊張が高まる、アイリス以外の全員が武器を構える。

 

…本来それは悪手だ。何の為にゆんゆんはアイリスの傍に常にいるのか。即座にテレポートを使えばそれで終わる問題だった。幸い全員近くにいるのだから敵がいるとしてもまずはアイリスの安全を優先すべきだ、冷静な判断ができたならゆんゆんもすぐにそうしていただろう。

 

「…おいゆんゆん、早くテレポートを!」

 

「…え?……っ!?は、はい!!」

 

しかしゆんゆんは冷静ではなかった。突然の状況に即座に対応するほどの強靭なメンタルは彼女にはない。それでもダクネスの一声ですぐ様思い出すようにゆんゆんはテレポートの詠唱を始める。次第にその詠唱に呼応するように4人は光に包まれていく。だが…その詠唱は1秒遅かった。

 

「行きますっ!テレポー――……っ!?――っ!!」

 

後1文字言えば発動したであろう転移魔法は光包むだけで術者の残り1文字を待つだけなのに…その残り1文字が出てこない。

 

「…ゆんゆん?…っ!?まさか沈黙の魔法か!?」

 

よく見えばテレポートの光とは別に周囲には白い霧のようなものが充満していた。…それは沈黙の魔法―サイレント―で間違いなさそうだ。

 

「――っ!」

 

これが影響するのはゆんゆんだけではない、アリスもまた同じだった。そしてアイリスも。誰一人喋れないかと思いきや1人だけ無事な者がいた。

 

「くっ…全員固まれ!敵に隙を見せるな!」

 

それはダクネスだった。彼女はクルセイダーでありそのスキルポイントは全てを防御寄りに振っている。それは状態異常からの守りも例外ではない。もっともダクネスが効かないからと言ってそれは戦力的にはあまり意味は無い、沈黙は魔法詠唱やスキルを阻害する状態異常なのだから。それでも戦力的には意味がなくても戦略的には意味があった。まずこうして他の3人に指示を出すことができた、…それだけと言われればそこまでだが。

 

「なんだ?クルセイダーなどいたのか、情報になかったぞ」

 

「誤差の範囲だろう?俺達のすることは変わらねぇよ」

 

1人、また1人とその場を囲むように姿を現していく。数は8人。それぞれが20~30歳ほどの若い男で王都の華やかさとは無縁そうな様相、見た目的には盗賊やら山賊やらと言った方がしっくりくるような者ばかりだった。

 

「おいおい、金髪のガキは2人いるぞ、どっちなんだ?」

 

「そこまで知らねえよ、どっちも攫っちまえばいいだろ?」

 

「貴様ら…!」

 

ダクネスは剣を構える。だがダクネスの攻撃は当たらない。それは少なくともアリスとゆんゆんは理解していた。勿論ダクネスとて理解している。だからこそダクネスがやる事は時間稼ぎ、防御に徹してダクネスからは攻撃を仕掛けることはしない。そうしないと攻撃が当たらないことが気付かれてしまう。だが術者2人はどちらも優秀なメイン火力、沈黙さえ治れば返り討ちにする、あるいはテレポートで最悪アイリスだけでも逃がす、どちらでもできる。

 

お喋りな賊だが目的は理解できた。金髪のガキを攫うつもりだという。この中で金髪はゆんゆん以外の3人、ガキ…子供の容姿を持つのはアリスとアイリスの2人。そして目的が誘拐となればアイリスがターゲットの可能性は高い。

それに伴い、アイリスの周囲を囲むように3人が背中合わせになった。相手は数が多い、流石にダクネス1人での対処は難しい。これが低能な魔物ならダクネスのスキル『デコイ』で全ての敵意を引き受けることも可能だがそもそもデコイは知能が高い人間などには全く効果がない。また、賊がダクネスの攻撃が当たらないことに気付いた場合はダクネスを完全に無視してアイリスを攫うことにするだろう。

…状況は最悪だった。あえてマシな事柄をあげるなら、今喰らった沈黙の魔法は魔道具によるもののようだ、その証拠に賊の中に術士らしき者は見当たらなかった。

 

 

ダクネスの目の前の2人の賊が同時に片手剣、片手斧をそれぞれ大振りに振るい襲いかかる。攻撃ならともかく防御ならダクネスはそこらのクルセイダーよりも強い。手に持つ白銀の両手剣でそれらを同時に受け止める。重厚な金属音が静かな場所で響き渡る。そして2人同時にも関わらず鍛え抜かれた剛腕は強引にそれらを押し払うことすら可能にした。

 

「この女…なんて馬鹿力だ!?」

 

「おい、このクルセイダーはこっちに任せてお前らは獲物を狙え!」

 

尻餅をつきながらも賊達は諦めない。何が目的でそこまでさせるのか、意を決したように他の賊も動き出す。今度は3人がダクネスに向かい、残り3人はアリスやゆんゆんに向かっている。ゆんゆんは片手に短剣を構えているが誰が見てもわかるようにその身体は恐怖で震えている。通常でも難しいのに大の男の攻撃を凌げるようにはとてもではないが見えない。これはダクネスも覚悟をした…その時だった。

 

「ぐわっ!?」

 

「馬鹿な、魔法だと!?まだ沈黙が切れるにははやいはずだ!?」

 

見ればアリスの持つ杖は先端の十字架が丸く光っていた。アリスがそれを振るうと賊に向けて光弾が発射される。それに当たる賊は次々に倒されていくがそこまで威力は高くないようだ、賊達はすぐに立ち上がった。

 

《パワーウェーブ》

 

これはアリスの持つ転生特典スキル。ただしそれは詠唱を経て攻撃したりするもの…アクティブスキルではなく、通常攻撃での遠距離攻撃を可能とするパッシブスキル。魔力の消費もないそれの威力は実際に杖で殴った程度の威力でしかないので非力なアリスが使ったところでダメージはさほど無かった。それでも魔法が使えないとタカをくくっていた賊が警戒して動きを制限するには充分なものだった。

 

「――っ!!」

 

アリスの背中側から聞こえた続く鈍い金属音。ダクネスのそれと違い受け止めたのはゆんゆん、アリスの牽制により多少落ち着けたのか、迫る片手剣を両手で支えた短剣により受け止める事に成功した。…だが彼女は所詮アークウィザード、腕力で大の男に適うはずもなくダクネスの時とは逆に横凪に払われてしまい体制を崩してしまう。短剣から離された片手剣は無情にもゆんゆんを狙い振り落とされる。

 

そして衝突による大きな金属音が鳴った―

 

「…こ、このガキ!?どこにそんな力が!?」

 

ゆんゆんを庇うように前に出たのはアイリス。その両手にはあのどう見ても普通ではない剣、持ち主曰く『なんとかカリバー』。剣を持つその少女の表情はいつもの様な愛らしいものではない、片手剣を振り落とした賊の目の前の少女は幼いながらも凛々しく王族としての気品をも備えた1人の美しい剣士に見えた。沈黙によりスキルは使えない、だがただの賊を相手にした彼女にとってそれは何のハンデにもならなかった。剣で強引に抑え込むと同時に流れるような一閃は、煌びやかで見る者を魅了すらしそうになる。

 

「――っ!?」

 

1人を撃破した。前に出たアイリスに横から違う賊が襲いかかる。同時にアリスにも別の賊が。ダクネスは今もまだ3人もの賊を抑え込んでいる。

アリスはすぐ様光球を飛ばして賊を怯ませる、その後ろから迫る身軽そうな男がニヤリと笑ったのを確かに見た。

 

「スティール!!」

 

両手を伸ばした賊の手にはアリスの持っていた杖が握られていて、それ見たアリスの表情には焦燥の色が見えた。スティールは盗賊のスキル、効果は窃盗。対象の持つ装備やアイテムをランダムで盗む。ランダムとはいえその効果は使用者の幸運値が判定に左右し、その賊はそれが高かったようだ。狙い通りの成果に盗賊は気持ち悪い笑みを浮かべていた。

 

それと同時にアイリスは横から迫る賊の攻撃を目視するまでもなくしゃがむことで回避し、起き上がると同時に下から上へと剣を振り上げた。隙のない斬撃は賊を切り裂き流血をみせ、そのままその身体は派手にふっ飛ばされるとアリスと対峙していた盗賊にぶつかる。

 

「ぐっ…!?」

 

盗賊はそれによりアリスから奪った杖を落としてしまう。その場のほとんどの者の視線がアリスの杖に集中した。

 

アリス自身が、強引に3人の攻撃を押し返したダクネスが、剣による牽制を続けるアイリスが、そして杖を落とした盗賊が強引に斬られた仲間をどかせて拾いに行く。

 

「…アリス!!」

 

声の主はゆんゆん、ゆんゆんが即座に回収した杖はそのままアリスに投げられ…アリスはそれを掴み取る事に成功した。長く感じた沈黙は終わりを告げたことをゆんゆんの声が証明していた。これなら反撃できる…が。

 

「…みんな集まってください!…《ウォール》!」

 

アリスのウォールが発動すると同時に全員がアリスの傍に揃った。何も知らない賊は一斉に襲いかかるが全ての賊はその場から弾き飛ばされる。そして沈黙の効果が切れたのならゆんゆんがする事はひとつしか無かった。

 

「…テレポート!!」

 

「くそっ!!待ちやがれ!!」

 

賊の叫びが聞こえてきたと同時に、アイリス、アリス、ダクネス、ゆんゆんの4人は光に包まれると同時にその場からいなくなる。アリスとゆんゆんが取った行動は反撃ではなく、アイリスの身の安全を1番に考えたことでの撤退だった。

 

 

 

 

 



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episode 50 お友達の意味と重さ


どうでもいい話ですがSimejiという変換アプリをいれてまして、今ゆんゆんって入れたらキーボード上にゆんゆんがいっぱい降ってきて思わず吹きました()



王城正門前。

 

夕闇が夜へと変わりそうになり、太陽と月が同時に端々に顔を見せている。正門前には2人の守衛がいるだけで他には誰も見当たらない。

 

そんな静かな場所に、突然出現した4人に守衛は驚き警戒する。だがその姿を見るなり問題ないと判断すれば今までより姿勢を正し敬礼をしている。

問題ないと判断されたのは当然ゆんゆんがテレポート登録をしているのを知っているからだ。本来一介の冒険者が王城の傍にテレポート登録するなど許されるはずがないのだがゆんゆんは特例である。何よりアイリスの安全の為の処置なのだからとクレアが勧めたほどなのだから。

 

敬礼する守衛に返礼し、門をくぐり扉の前の誰もいない場所でゆんゆんは申し訳なさそうに深々と頭を下げた。

 

「ごめんなさいっ!私がもっと早くテレポートを使っていたら…!」

 

泣きそうな顔と声で言うゆんゆんだけどこの中に責め立てる者は誰もいない。三人からしてみれば当然である、ゆんゆんのおかげでこうして逃げることが出来たのだから。

 

「ゆんゆん、サイレントが来たのはこちらも予想外でしたし仕方ありません、私としては今回はいい教訓になりましたよ、それにダクネスもいてくれて助かりました」

 

「そうですよゆんゆんさん、今ここにいるのはゆんゆんさんのお陰です」

 

今回の件は本当に運が良かったとしか言えない。…おそらく単純にあの8人を倒すだけで終わるのであればそれはアイリスだけでも可能かもしれない。だがアイリスはあくまで護衛対象なのだ、先程はゆんゆんを守る為に動いてくれたがそれすらも運が良い。今回のアイリスは偶然にも武装していたのだから。

アイリスが武装してなければ、ダクネスが居なかったら、魔法が使えずほぼ無抵抗な2人では多勢に無勢、まず間違いなくアリスとアイリスは連れ去られていて更に誘拐対象ではないゆんゆんは下手をしたら殺されていてもおかしくはない。

 

アリスとしてもいい教訓で済ませられるような問題ではないと理解はしていた。だけど本心でもあるし、こうして全員無事でいられたのなら次に活かすことが出来るのだから。何よりもアイリスが言うようにテレポートを持つゆんゆんがいなければどうなっていたかわからないのだから。

 

「アイリス様…」

 

突如ダクネスはその場で片膝をつき頭を下げる。凛々しくもありそれは騎士として慣れた動きながら丁寧であり夕日に染まるその姿は絵画のようにも見えた。

 

「此度は私の友人、ゆんゆんを救っていただき誠にありがとうございました…同時にアイリス様に剣を抜かせた償いは…必ず…」

 

「顔を上げてください、ララティーナ」

 

対するアイリスもまた、風貌は騎士のようにありながらその眼差しと声は慈愛に満ちていた。ゆっくりとダクネスに近づき、そしてその肩に自らの手を置く。

 

「いいですか?ゆんゆんさんは私にとっても大切なお友達なのです、ですからそれに対して何かを言う必要はありません」

 

「…アイリス様?」

 

ダクネスは違和感を感じた。目の前のアイリス王女が誰かと被って見えたのだ。そしてその被って見えたのは誰なのか、ダクネスはすぐに理解し、思考を巡らせて…戦慄した。もはや2人にお友達と言われてめちゃくちゃ嬉しそうにしているゆんゆんなど眼中にすら無い。

 

「お友達は助け合うものです、そのお友達のピンチを救うのは至極当然なのですよ?私、お友達を助ける為なら…なんだってします!」

 

 

 

 

…当時2人に護衛を任せたクレアは安堵していた。アリスとゆんゆんの人柄からまずアイリスに悪影響を及ぼすことはないだろうと。

そしてそれはダクネスとて同じだった。身の回りの…自分のパーティメンバーに比べたら余程の常識人。問題など全くない。その考えが問題だったと気が付いてしまった。まず比較対象がある意味レベルが高すぎた。

 

アリスとゆんゆんに感化されたアイリスは、何よりもお友達を大切にする。したいと思う、そう感化された。…一般的な思考であればそれは悪い事でもないが一国の王女の思考としては…はっきり言ってしまえば非常に宜しくない。

 

…もしもアリスやゆんゆんが死んでしまったら…アイリスは悲しみ、その原因に憤怒するだろう。

…例えるなら三國志。樊城の戦いで関羽や張飛を失なった蜀の優しき盟主劉備は義兄弟を失った悲しみと憤怒で復讐鬼へと変貌してしまった。その義兄弟を大切に思う優しき心が故に。

ダクネスは三國志など知る由もないが、それに似たような未来を想像してしまった、友人という一個人の為に国が動く訳にはいかないのだ。

 

…今ならまだ間に合う。自身の考えすぎかもしれない、確かに友人を大切に思う気持ちは素晴らしいものだ、だが何事も行き過ぎてはいけない。

 

ダクネスは決意した。なんとか自分の手でアイリスの方向性を正してみせようと…。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

王城に入るとすぐにクレアが出迎えた。そしてアイリスの姿や他の3人の疲労した様子から尋常ではないことを察したクレアは険しい顔つきになっていた。今回の襲撃は報告せざるを得ない、それだけ大きな問題だ。何故あのような場所に行ったのか、分からないこともある。

 

 

「以上が、今日起こったことの全てになります…」

 

応接間に通された3人はクレアに全てを説明した。

 

アイリスの姿は3人の冒険者姿に馴染む為にアイリスが自ら着ていたことから、先程起こった賊の誘拐狙いの襲撃まで。話を全て聞いたクレアだがそれでも険しい顔つきは変わらなかった。

 

「…ダスティネス卿には迷惑をかけて申し訳ない…。それで気になることがある、何故沈黙の効果が切れて即座に撤退した?諸君らの腕なら生け捕りにして口を割らせることもできたのではないか?」

 

それは確かにできないことは無かった。魔法さえ問題なく使えればアリスかゆんゆんどちらかがいただけでも負ける事はなかっただろう。

 

「…全てはアイリスの身の安全の為です」

 

「ほう…?」

 

「確かに不可能ではなかったと思います。ですがあの場では不確定要素が多すぎました。敵はあの8人だけだったのか?もしかしたら増援が来たかもしれません。サイレントの魔道具をまた使われる可能性もありました、ですので何よりもアイリスの身を1番に考えた結果です」

 

アリスは淡々とながら正直に話した。それをクレアは納得するように頷きながら聞いていた、クレアとしては満足の行く答えだったようだ。何よりもこれはゆんゆんと事前に打ち合わせしていた結果なのだ。だからこそアリスのウォールに合わせるようにゆんゆんはテレポートをスムーズに行えた。

 

「そうか…話はわかった。…それで心苦しいのだが…この件が明るみに出るまではアイリス様の外出の件は今後禁止とする」

 

「…っ!」

 

横から聞いていたアイリスはとても残念そうに落ち込んでいたがこうなってしまえばやむを得ないだろう。あの賊は誰かから雇われているように感じたことから黒幕がいる。その黒幕が見つからない限りはどうにもならないしアイリスが危険に晒されるのをクレア達がよしとするはずもないのだから。

そんなアイリスの表情にクレアは気まずそうにしていた。確かに外出はできないがせめて、と言葉を続けた。

 

「君達に頼みたいんだ。たまにで構わないから…この王城に、アイリス様に会いに来てくれないか?」

 

「も、もちろんです!」

 

即座にゆんゆんが反応し、アリスも頷く。それを聞いたアイリスからは暗かった表情が明るくなったように思える。アイリスにとってももはや外出云々よりお友達と会う事の方が楽しみになっていた。

そんな様子をダクネスは複雑な感情で見ていたが、クレアはそれを不思議に思うだけで特に気にする様子もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

クレアやアイリスと別れ王城を出たアリスは考えていた。

 

不可解な事が多すぎると。

 

まず今回の襲撃について、賊の目的は何者かに指示されての金髪の子供の誘拐。この言い方はつまりアイリスのことを王女とは思っていない。そもそも王女誘拐を企むのならば率直にアイリス王女と教えればいい。

可能性としては今回の賊があくまで金髪の子供を誘拐するという名目で動いたことで、それが王女誘拐となれば賊が事の大きさに萎縮するかもしれないのであえて王女の事を伏せていたということも考えられる。

…だけどもしそうじゃないとしたら?金髪の子供がアリスの事の可能性は全くないのか?ただアリスが誘拐される理由も根拠も浮かばないしこの考えは推測でしかない。これをダクネスやクレアに話して捜査を混乱させる訳にもいかない。

 

それにアイリスがあの場所に誘導された方法も謎のままだ。アイリス自身があの場所まで行ったのは本意ではなかったのだから誘導されたのは間違いない。だがどうやって?この世界の魔法については詳しく調べたことのあるアリスだがそのような魔法は見た事も聞いた事もない。魔法のエキスパートである紅魔族のゆんゆんならば何か知っているだろうか?

 

「ゆんゆん、人の思考を操る魔法などはあるのですか?」

 

「……アイリスちゃんの件よね?…私も考えたけど精神誘導系統の魔法は全くない訳じゃないけど…今はほとんど現存しないはず…、それもかなり至近距離でやるならまだしもあんな周囲に誰もいない状況だと…」

 

ゆんゆんは思い出すように思考を巡らせるが現実的ではないらしい。専門外なダクネスはただ黙って聞いていたが自然と疑問を声に出した。

 

「例えばそれが人間ではないとしたらどうだ?」

 

「…っ!それなら可能性はあるけど…でもまさかそんな…」

 

「…その方面も考えた方がよさそうですね…」

 

つまり人為的な力から外れた存在が関与している可能性すらあるということになるその事実はゆんゆんとアリスを恐怖で震え上がらせた。それと同時にふと思い浮かぶ…人智を越えた力を持つ者、偶然にもその存在は身近にいて近々対峙する予定でもある。

 

魔王軍の幹部にして見通す悪魔のバニル。…勿論人智を越えた存在なら他にも同じく魔王軍の幹部であるリッチーのウィズ、あるいは水の女神アクアもいる。

 

だが形式的にこの事件は一国の王女が絡んだ事件だ、クレアにも当然他言無用と念を押されているのでアクアやウィズに安易に話していいことではない。だが見通す悪魔のバニルならこちらが言うまでもなくこの件は把握している可能性がある。ならばこの件を聞ける存在はアリスの周囲にはバニルしか浮かばなかった。

 

 

 

……

 

 

 

アリスにとって考える事も多かったがそれ以上に即座にやることができたアリスはゆんゆんとダクネスも連れて王都の魔道具のお店に来ていた。アリスやゆんゆんにとって沈黙の状態異常は今更ながら脅威であると認識したのだから善は急げ、それに対抗できる魔道具やアクセサリーを買う事に何も躊躇はない。…ウィズの店で買う事も考慮したアリスだったがアリスは知っていた、あの店にまともすぎるものはほとんど揃っていないことを。

 

「あるにはあったけど……高いね…」

 

そのアクセサリーは宝石でも売るかのようにガラスケースの中に飾られていた。沈黙耐性を50%増加させる指輪、お値段1000万エリス。

 

完全に対策できるならともかくこの効果で1000万エリスはちょっと手を出しにくいがどうやらこの世界では完全に状態異常対策をできるものは神器くらいしかないのだという。神器など滅多にお目にかかれる物ではないし今できる最大限の対策をするとなればアリスとしては買わない理由はどこにもなく、それを2つ購入してゆんゆんに片方を手渡そうとしていた。

 

「…アリス?まさかとは思うけど…」

 

「ゆんゆんの言いたい事は分かります、こんな高価すぎる物はもらえないとでも言うのでしょう?ですが私と今後もパーティを組むのでしたら受け取ってもらいますよ?これはゆんゆんへのプレゼントではなくパーティメンバーとしての装備品なのですから」

 

そんな様子をダクネスは気恥しそうに見ていた。確かにアリスの言う事は間違っていない、あの襲撃の際にこの指輪があれば確率にはなるがもっと安全に事を成せた可能性が高いのだから。…とはいえ同じ形の指輪は2人の仲の良さを見せつけるようにも見えるし見る人によってはそれ以上にも見えなくはない。ダクネスの気恥しさはそこからきていたしゆんゆんもそれに気付くと顔を赤くしていた。指輪というアクセサリーの持つ意味は日本でもこの世界でもあまり違いはないようだからそれは仕方の無いことだった。

 

「……えっと、それなら…借りるだけ、うん、借りるだけだからね!」

 

「…?よく分かりませんが装備してくださるならそれで構いませんよ?」

 

一方のアリスはそこまで考えていない様子でただ首を傾げていた。ゆんゆんはそれを指にはめるなりどことなく幸せそうにしていたのだがアリスがその意味を知ることはないままだった。

 

 



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episode 51 束の間の休息

 

 

2日後の朝、カズマの屋敷にて。

居間のソファでぐったり寛ぐカズマ、その隣で黒い子猫をわちゃわちゃと撫でてるめぐみん、居間の隅にあるポーション棚ではアリスとゆんゆんが品定めをしている。そんな中居間に入って来たアクアは、ソファの後ろからポーション棚にいる2人を不思議そうに一瞥したと思えば、興味本位な様子のままソファに座るカズマに声を掛けた。

 

「ねえねえカズマさん」

 

「はいはいカズマさんです」

 

「あの2人どう思う?」

 

「……というと?」

 

アクアが疑問視した2人とは今まさにキールのダンジョンに向かう為の準備をしているアリスとゆんゆんである。一見ダンジョンに持っていく物の確認などを入念に行っているだけにも見える。

 

「いいですかカズマ」

 

「はいカズマです」

 

「分かりませんか?普段より距離が近いしあの指に光るものを見てください」

 

「言われてみれば……ってペアリング!?」

 

仲睦まじく会話するアリスとゆんゆんのそれぞれの左手の人差し指には小さな透明色の宝石が乗っていてそれを特殊な金属で包んでいるように見える指輪が見える。それは素人目から見ても高額であろうと思わせるものだった。それを見たカズマは小声ながら驚愕する。

 

「えっ?何?まさかあいつらってそういう関係!?女の子同士で!?」

 

「まぁ流石にそれはないのですが」

 

「えっ?違うの?めぐみんなんで分かるの??」

 

アクアは混乱するようにめぐみんの目に顔を向けるとめぐみんは無表情な様子で黒い子猫を片手で撫でながら2人の手に目を配った。

 

「いいですか?カズマが思っているような関係ならまず指輪をつける位置は左手の薬指になるはずです、ですが2人は左手の人差し指につけています」

 

「ふむふむ、言われてみればそうね、それでどう違うの?」

 

「左手の人差し指は積極性を引き出したり精神力を高める意味合いがあります、まぁ2人ともに性格や魔法使いなのを考慮したら妥当な位置につけてますね」

 

淡々と話すめぐみんだが若干不機嫌そうな様子にカズマは首を傾げる。そして妙な震えを起こしたと思えば黒い子猫はめぐみんから逃げるように離れていった。

 

「へぇー、それでめぐみんはなんでそんなにイライラしてんだ?」

 

「別にそういう訳ではありませんが何故かゆんゆんが幸せそうだと落ち着きません、爆発しろって思います。もう打ちますね?爆裂魔法」

 

「何でだよ!?どんだけ性根腐ってんだよ!?友達が幸せそうなら一緒に喜んでやれよ!?」

 

「なにおう!?カズマにだけは性根が腐ってるとか言われたくありません!」

 

徐に杖を掲げるめぐみんからスティールを使うまでもなく杖をぶんどるカズマ。冗談のように言うが本当にやりかねないのがめぐみんなので怒鳴りながらもカズマにとっては命懸けであるし、反論するめぐみんの意見もまたごもっともな話である。

 

 

「何してるのよめぐみんったら…」

 

「アクア様とめぐみんはダンジョン前でお留守番らしいですから…その鬱憤をカズマ君に晴らしているのでは…?」

 

一方2人はダンジョンに持っていくポーションなどを纏めていた。毒消しのポーションなどアリスやアクアが入れば必要はないが先日用意していなかった沈黙を回復できるポーションなども視野に入れていた。

状態異常を回復できるポーションがあるのならアクセサリーなどいらないのではないかと思われがちだが、この世界のポーションは基本的に相場が高い。傷を治すポーションでさえ万単位が当たり前。例えばウィズの店で売っていてアリスもよく買うマナポーションの効果は、微量の魔力を回復する程度にも関わらず3万エリスもする。そんな高価な物をクエストで順次使っていたら完全に赤字である。王都のクエストでプリーストが優遇される理由の1つにもなっている。

だが今回は魔王軍幹部であるバニルとの戦い、出し惜しみする訳にもいかないだろう。

 

今回のパーティメンバーはダクネス、カズマ、ゆんゆん、アリスの4人になった。

アクアはアンデッドを呼び寄せる体質故に、めぐみんに至っては爆裂魔法しか撃てず、ダンジョンの中で撃つ訳にもいかないので順当なメンツであるとも言える。

 

「カズマ、わかってますよね?必ずバニルとやらをダンジョン入口まで誘き出すのですよ?」

 

「わかってるよ、アクアもめぐみんも魔王軍幹部で悪魔が相手なら有効な攻撃手段があるからな」

 

当然この2人が真っ当な理由で納得するはずもないのでこのような手筈となっているのはカズマの口実によるものである、同時にカズマの日頃の苦労が伺えた瞬間でもある。

 

「おや?めぐみんのそばにいなくていいのですか?ちょむすけ」

 

「にゃー」

 

正座座りで鞄に荷物を詰めていたアリスの足の上にちょこんと黒い子猫ちょむすけが座り甘えるようにその愛らしい顔をアリスのお腹にすりすりとしていた。これにはアリスも癒されまくりである。そっとその頭を撫でると気持ち良さそうにつぶらな瞳を閉じ、されるがままになっていた。

 

「めぐみん、この子ください」

 

「駄目に決まってるでしょう!?大体ちょむすけを知ってから何回目ですかそれは!?」

 

「だってこの額の十字架とか私とお揃いじゃないですか、私の為にいるような子猫じゃないですか、この蝙蝠みたいな羽根が本当に猫なのか疑問ですが可愛いからセーフです、可愛いは正義です」

 

「どうでもいいですが一緒に住んでる限りはいつでもそうやって可愛がれるでしょう?それで我慢してください」

 

めぐみんの言葉にアリスは頬を膨らませながらもちょむすけを撫で続ける。

このちょむすけ、全身真っ黒の子猫の様相でありながら額には赤い十字架、更に背中には蝙蝠のような小さな羽根が生えているのでアリスとしては本当に猫なのか疑問でしかないのだが秋刀魚が畑で採れてキャベツが空を飛ぶ異世界なんだ、これくらいの誤差はあるだろうと深く考えることなく受け入れている。

 

「私はクロって名前にしたかったのに…」

 

「ちょむすけ可愛いじゃないですか、ただメスなので違和感はありますけど」

 

めぐみんのネーミングセンスはアリスにとって心擽られるものが多い。皆が微妙な顔をする中本気で可愛いと思っている。最近ではカズマが新調した刀の名前、ちゅんちゅん丸。これもまた心底カズマが嫌がるなかアリスだけは可愛いと褒めたたえていた。

ちなみに紅魔族の独特な名前ですらアリスは可愛らしいと思っている。兎に角可愛いものが大好きな一面はめぐみんとゆんゆん以外を微妙な顔にさせたのは言うまでもない。

 

そんな癒しの時間は終わりだと告げるように、新たに扉が開かれる。

 

「皆準備は終わっているか?そろそろ行こうと思うのだが…」

 

ダクネスが勢いのまま居間に入ると全員に目配せする。準備は終わりちょむすけと戯れてたアリスはそっと床にちょむすけを降ろすと立ち上がる。頷くことで返事とする。

ゆんゆんもまた準備は終わったとベルトポーチの紐を閉めた。そしてカズマはあまりやる気そうには見えないものの、ゆっくりソファから立ち上がるとふうと息を吐いた。

 

「それじゃアリス、ゆんゆん、今日は宜しくな。そっちのが高レベルだし、頼らせてもらうぜ」

 

「こちらこそ頼りにしてますよ、リーダー。期待してますからね♪」

 

「いやそれならリーダー譲るわ、最弱職に何期待してんだアリスは?」

 

「ご謙遜を、このパーティでカズマ君以外がリーダーなんて考えていないですよ」

 

アリスにそう言われるとカズマはそっと頬を掻く。アリスのからかい無しの純粋な気持ちが届いたようだ。半ば諦めたような顔をしたと思えば、それでもいつものクエストよりは幾分かマシだろうと確信がカズマにはあった。

 

何せ今回は余計なことをしでかす駄女神と、我慢のできない爆裂娘と入れ替わりで王都で大活躍している2人が加入しているのだ、これがカズマにとって心強い以外何が浮かぶというのか。そう思えば自然とカズマにもやる気はでてくる。そのやる気は他パーティにも伝わる、ただ2名を除いて。

 

「ま、私はどうせお留守番ですし?ちょむすけと戯れておきますよ」

 

「私もどーせお留守番だしー?いっそ酒場で飲んでいようかしら?」

 

「着いてきたいと思うならデメリット解消しようとしろよ!?」

 

どうやらカズマの口実は完璧ではなかったようだ。いじける2人にカズマ以外の面々は苦笑するしかできなかった。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

キールのダンジョン

 

アクセルから最も近い位置に存在するこのダンジョンは本来初心者向けとされていて、アリスもまたテイラー達のパーティにいた頃には出向いたことのあるダンジョンである。だが近頃謎の自爆モンスターが乱入しているとの通報が冒険者ギルドに寄せられており、ギルドから立ち入り禁止を余儀なくされている。

その原因はいつの間にかアリスの背中にあったバニルからの挑戦状によりわかっていた。

ただ立ち入り禁止の状態で立ち入るのも後々面倒そうなので、冒険者ギルドには許可を取り、調査という名目で立ち入ることになった。

 

このダンジョンの階層は地下2階。そこまで深くもないので単純に攻略するだけなら半日もかからないのが一般的だ。だが新たな階層が発見されたらしく、そこには元のダンジョンの持ち主、キールがリッチー化して存在していたのを、以前カズマとアクアが浄化したらしい。

 

そんなダンジョンを進む4人は、あまりにも何もない状態に拍子抜けしていた。

 

「挑戦状にはトラップやらモンスターやら書いていたが…ここに来るまで見事に何もなかったな…」

 

そこは既にキールのダンジョンの2階奥。ダクネスを先頭にしてカズマが敵感知、罠感知をしながら続き、アリスとゆんゆんもそれに続く。更にカズマが来たことのあるキールがいた部屋に入る。

 

「…なんだこれ?前はこんなのなかったぞ?」

 

「…これはどういう事だ…?」

 

部屋の隅には大穴が空けられていた。奥には深淵より深し闇しか見えず、とても初心者向けとは思えない雰囲気を誰もが感じた。思わずカズマがごくりと唾を飲む。

 

ふと木で作られた看板が目に入れば皆がそれに注目した。

そこには『バニルのダンジョン』と丸文字で書かれていて看板の端には白と黒の仮面の絵までがある。そんなコミカルな看板はこの雰囲気に全く似合っておらず、逆に不気味でしかなかった。

…どうやらカズマ達はまだ入口にすら入ってなかったらしい。

見れば下へと続く階段を、ダクネスはワクワクしながら、カズマとゆんゆんは震えながら、そしてアリスは無表情で見えない闇を見つめていた。

 

 

 








おまけ(本編とあまり関係ありません)



「時にアクア様、貴女に再会したら是非とも聞きたいことがあったのですが」

「うん?どうしたのよアリス、神妙な顔をしちゃって」

「この姿になれたのはアクア様のおかげです、ですが1つだけ不満があるとすれば…前世より胸が小さいんですがそれについて」

「…貴女episode1読んできなさいよ、貴女なんて言ってる?」

「えっ」

「私はゲームのキャラクターそのものにしてほしいとは聞いたけど胸をどうこうしろとかは言われてないわよ?」

「…あっ」

アクア完全勝利


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episode 52 バニルのダンジョン

 

緊張が高まる中、暗視スキルを持つカズマが先頭になり続くようにダクネス、ゆんゆん、アリスと一列で狭く暗い入口へと足を踏み入れる。

 

「今のところ敵感知も罠感知も大丈夫そうだけど…え、これマジで俺が先頭で行くの!?」

 

「だから言ってるだろうカズマ、私が先頭に出ると!!」

 

「駄目です、敵感知と暗視、罠感知と揃っているカズマ君なら1番安全ですのでこのままお願いします」

 

言いながらもアリスは関心していた。こうしてアーチャースキルの暗視と盗賊スキルの敵感知と罠感知を全て持つ冒険者という職業は思った以上に優秀だ。確かに一般的に戦闘になると他職に遅れをとるかもしれないがクエストは戦闘だけではない。少なくともダンジョンにおいてカズマ以上に頼れる存在をアリスは知らなかった。

 

しばらく歩くと松明のような灯りが見え、ひとつのフロアにでた4人は周囲を確認する。カズマが何も言わないので今の所は安全なんだろう。…と、皆が思っていたらカズマはピクリと反応した。

 

「正面に2匹!!反応が強いぞ!!」

 

カズマが叫ぶとともに待っていたぞとダクネスが前に出て白銀の剣を両手で構えた。赤い眼光が見えたと思えば湧き出てきたのは人間の顔に獅子の身体に蝙蝠の羽根と蠍の尾…マンティコアが(つが)いで姿を現した。

 

「なんだこの合成獣みたいのは!?」

 

「マンティコアの番いかっ、見るのは初めてだが問題はない、さぁ来い!」

 

襲いかかるマンティコア2匹、それも番い。ダクネスは即座にデコイを使いマンティコアを待ち構えた。その直後

 

「地獄の炎よっ!荒れ狂えっ!上級火炎魔法(インフェルノ)!!」

 

「…天空より墜ちろ、炎獄の槍…《ヴァルカン》!」

 

ゆんゆんの放つ上級火炎魔法は片方を極大の炎で焼き付くし、アリスの放つフレアタイトにより火属性が追加されたランサー(ヴァルカン)は炎を帯びた巨大な槍を召喚しもう片方のマンティコアに直撃すると、どちらの攻撃もそれらを撃破することに成功した。そしてそれを確認するなり一息ついたゆんゆんの目はキラキラと輝いてた。

 

「ねぇアリス?アリスの魔法って普段口頭の詠唱はなかったよね?今のは?」

 

「……めぐみんが考えてくれたのです…うぅ…恥ずかしい…」

 

「そんな事ないわ!凄くカッコよかったわよ!」

 

詠唱を後悔しているのか顔を赤くして俯くアリスにゆんゆんは紅魔族の琴線に触れたのかそのキラキラした眼差しを変えずに羨望の気持ちでアリスを称えていた。

 

「流石だな2人とも、こんな強そうな魔獣が一撃なんて……ダクネス?」

 

褒めたたえようとしたカズマだったがダクネスの異変に気が付く。ダクネスはその場で立ち尽くし仁王立ちの状態でプルプルと震えていた。そんなダクネスを見たカズマは諦めたように察した。

 

「…先へ進もう…」

 

振り絞って出たダクネスの言葉はそれだけだった。それを聞いたアリスもゆんゆんもまたカズマと同様に察した。

ダクネスは攻撃を喰らいたかったのだ。初めて見るマンティコアという魔獣の攻撃を肌で感じてみたかったのだ。見れば歯噛みまでしていたダクネスの顔はよく見えないが悔しそうにしているのがわかる。その性癖故に。

 

「…いや、お前らは何も悪くない、悪くないからそんな気まずそうな顔をする必要はないからな??むしろ気にせずどんどん頼む」

 

「「あ、はい…」」

 

カズマの言葉にアリスとゆんゆんは共に気まずそうに返事を返すしかできなかった。

 

 

 

……

 

 

 

 

ザッザッ…と、力強い足音がダンジョン内に響く。ダクネスのものだった。またも狭い通路を通っているのだが今回は灯りがある為に通路は見通すことができ、それならカズマの暗視スキルがなくても大丈夫だろうとダクネスが先陣を切ってでたのだが先程のことがありダクネスは不機嫌そうにしていた。

 

「…お前な…気持ちは全くわからないから共感はできないしわかりたくもないが状況を考えろ?相手は魔王軍の幹部なんだぞ?だったら道中の魔物なんてあっさり終わった方がいいに決まってるだろ?」

 

「カズマが何を言っているのかわからないな、私は至って正常だぞ?…そう、ただ盾としての役割の果たせないまま終わったことを騎士として嘆いているだけだ!」

 

「明らかに今思い付きましたって言い方してんじゃ………敵感知に反応きたぞ!また大きいのが2匹だ!…アリス、ゆんゆん!後ろだ!」

 

呆れ顔で着いてきていたアリスとゆんゆんだがカズマの一声でハッと頭を切り替える。狭い通路でありながら灯りはあるので視認することは容易だった、バッサバッサと音が聞こえてくると自然とアリスとゆんゆんは構えた。

 

「えっ…?グリフォン!?」

 

ゆんゆんの驚嘆とともに姿を見せたのは鷲の頭に獅子の胴体と手足、鳥の翼を羽ばたかせていたグリフォンというマンティコアと同じ程度の強さと大きさの魔物。

 

「アリス、ゆんゆん、下がるんだ!お前達は私がしっかり守って…」

 

「…猛き燃えて舞踊れ…紅蓮の嵐よ…《フレアテンペスト》!!」

 

ダクネスが庇うようにアリス達の前にでたと同時にアリスが放ったストーム(フレアテンペスト)による超極大の炎の竜巻は2匹のグリフォンを引き寄せると切り裂きながらもその身を焦がす。黒焦げになったグリフォンはどちらも息絶えたようでその場で倒れ伏した。一方アリスは未だに詠唱に抵抗があるのか恥ずかしげにしながらも疑問を口にした。

 

「…妙ですね、グリフォンが普通にいるはずがないです」

 

「ん?なんでだよ?ダンジョンなんだから色んな魔物がいるだろ?」

 

「違うんです、カズマさんも依頼書を見た事ありませんか?グリフォンとマンティコアは普段から縄張り争いをするほどの犬猿の仲なんです、こんな風に同じダンジョンにいることはまずありません」

 

ゆんゆんの説明を聞いてカズマは確かにと頷く。アクセルのギルドの提示板でも高難易度クエストとして確かにあったのを見た事があったのを思い出したのだ。今いる場所はマンティコアと遭遇した場所からあまり離れていないことも考えるとそれは不自然なことだ。

 

「…おそらく今のグリフォンは私達が通った後に何処かから転移してきたのだろう。いやそんな事はどうでもいい、重要なことではない」

 

「…お前な…今のは位置的にも仕方ないだろ?」

 

もはやダクネスが何を考えているのか理解しているカズマの突っ込みは早かった。アリスとゆんゆんもこれには苦笑するしかできない。

 

その後もワイバーンやら王都でクエストを受けるとメジャーとも言え、なおかつダクネスが戦ったこと…もとい攻撃されたことのない魔物が少数で出てくるものの、王都での活動がメインであるアリスとゆんゆんにとっては敵ではなく、ダクネスが攻撃を喰らう前にその全てをあっさり撃破してしまった。

 

なお、相変わらずアリスは詠唱を口頭でしていた。めぐみん発案の詠唱をそのまま。勿論アリスはそんなことをしなくても魔法は使えるので本来しなくてもいいことなのだがこれには理由がある。

アリスの魔法は魔法陣からの槍や竜巻などなど、召喚によるものが多い。それはイメージすることで術式が構築されるので単純になんとなく撃つよりも口で言うことでよりイメージしやすくなるのだ。実際に詠唱はスムーズに進み、若干ではあるが魔法の威力も高まっていた。決してめぐみんの自己満足なだけではない真っ当な理由があるからこそ、アリスも恥ずかしながら詠唱をすることをやめなかった。慣れたいという気持ちも大きいのかもしれない。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「ふふっ…」

 

 

ダクネスは不敵に笑っていた。

 

それは決して穏やかなものではない、和やかなものでもない…何かが切れるような音とともに出た笑いなのだから。

 

「アリス!!ゆんゆん!!貴様ら…ぶっ殺してやるっ!!」

 

「「えぇぇぇ!?」」

 

「なんでだよ!?」

 

ダクネスがキレた。

 

鬼の形相でアリスとゆんゆんを追うダクネス。

 

必死に逃げるアリスとゆんゆん。

 

容赦なくダクネスを後ろからドロップキックするカズマ。

 

その場で倒されるダクネス。それはもう、盛大に前のめりに。

 

「…何をするカズマ!?味方を攻撃するなど正気か!?…いいぞもっとやれ!」

 

「鏡見てもう1回言えよ!!マジで何やってんの!?それとやらねーよ!?」

 

「お前に私の気持ちが分かるか!?まるで次々と出てくる御馳走が消えていくようなこの気持ちが分かるか!?」

 

「永遠に理解できねーよ!?アリスとゆんゆんが何をした!?」

 

性癖の暴走とはかくも恐ろしい。次に魔物が出てきたらダクネスに任せた方が良さそうだと、アリスとゆんゆんは心からそう思った。

 

……思ったのだがこれ以上とくに魔物が出てくることはなく、しばらく歩くと下へと続く階段が見えてきた。どうやらまだまだゴールは先らしい。既に疲労を隠しもしない様子のパーティ一同ながら、アリスは考える素振りを見せたと思えばその疑問を口にした。

 

「皆さん思い出してください、このダンジョンは誰のダンジョンですか?」

 

「「「あっ」」」

 

アリスの言葉に誰もが反応し、全員は何も言わずに固まってしまった。面識がなくても有名な悪魔であるバニルがどんな悪魔かくらいは皆知っているか事前に聞いていた。…このダンジョンはバニルのダンジョン、つまりあの羞恥やらの感情と好む悪魔のダンジョンなのだ。ダクネスの様子を見て今頃フハハハハと高笑いをしているに違いないし、そうなるとこのダンジョンのマンティコアとグリフォンがどちらも出てくるという異質なことにもなんとなく頷ける。先程のダクネスが言ったように魔道具で転移でもさせたのだろう。あくまで出てきた魔物はどれも1.2匹の少数だったことからも、あの魔物らが元々この場に生息している訳では無いことは充分に予測できるものなのだから。

 

「くっ…やはり悪魔などろくなのがいないな…!!」

 

ダクネスが怒りの声をあげるが他3人のダクネスへの視線は実に冷めていた。

 

「いやお前が性癖自重すれば済むだけの話だろ、ララティーナ」

 

「そうですよ、少しは自重してください、ララティーナお嬢様」

 

「え、えっと…私もそう思いますララティーナさん」

 

次々と飛んでくるララティーナコールにダクネスは完全に恥辱に飲まれて両手で顔を覆いその場にしゃがみこんでしまった。

 

「ララティーナと呼ぶなぁぁぁ!!!」

 

これすらも見通す悪魔の狙い通りなのだろうかと思えば、ダクネス以外の3人は諦めと苦笑しか出てこないのは言うまでもなかった。

 

 

 

 



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episode 53 バニルのダンジョン その2

階段を降りて見えたフロアは掘って進めたような穴蔵に等しい。それでも周辺の壁には魔道具の一種なのか仄かな灯りがあり、それはダンジョンのあちらこちらに設置されている。それでも奥を見ようと思えば薄暗い。

改めてフロアを見渡してみれば、丁度中央の位置に目立つように赤と金で彩られた宝箱が1つ存在していた…が。

 

「アクアやめぐみんがいたら間違いなく開けていただろうけど…あんなあからさまなもん誰が開けるか…」

 

「とはいえ敵感知や罠感知は問題ないのですよね?開けるだけならタダと思いますけど」

 

「…えっ、開けるの?いや確かに問題ないけど、本気で開けるの?」

 

カズマがダクネスやゆんゆんに目を向ければ、やはりどちらも中身が気になるようだ。チラチラと宝箱を見たり目を逸らしたりして落ち着かない様子でいた。そうなるとカズマ自身も興味を持ってしまう。

 

だが先程このダンジョンはバニルのダンジョンと認識を改めたばかりだ。例え罠ではないとしても警戒してしまうのは仕方ないもの。それでも…気になってしまっては開けずにはいられない。冒険者だもの、目の前に危険のないとわかっている宝箱があれば開けるのは当然である。

 

「し、仕方ねーなぁー、それじゃあ代表して俺が開けてやるかぁ、いやまったく興味はないけどな?みんな気になるようだしな?」

 

下手くそな口笛を吹きながら宝箱に近付くカズマは傍から見て不審者以外の何者でもないがそれよりも中身が気になる3人はワクワクしながらもその様子を見守る。

 

カズマが宝箱に手を置き力を込めると、その箱はあっさりと持ち上がり、ゆっくりと中が見えてくる。

 

「…こ、これは…!!」

 

「…ん?――っ!?」

 

カズマは中身を見るなり狂喜の声をあげ、ダクネスはそれを見るや否や、宝箱を強引に閉じようと力任せに叩いた。…カズマの手が入った状態で。

 

「ぐおぉぉぉぉぁぁぁいたぁぁぁぁぁ!?!?」

 

カズマは悲痛の叫びをあげるが手が挟まっているので抜くことができずにその場で痙攣を起こしている。

 

「カズマ君!?」

 

「ダクネスさん、どうしてこんな…!?」

 

「いいか!お前達が見てはいけないものだ!!絶対に見るな!!そしてカズマは力を緩めてやるからゆっくりと手だけを出せ、中身は出すな!出したらぶっ殺す!」

 

ダクネスは顔が茹でダコのようになり、若干涙目でいるその様子からくる怒号は尋常ではなく、本人すらもできれば見たいものではなかったのだろう。カズマだけでなくアリスやゆんゆんもまた身震いを起こしていた。

 

 

 

 

 

「ヒール……!だ、大丈夫ですか?」

 

「サンキュ…あー、マジで手首がスッパリなくなったかと思った…」

 

カズマの両手首にアリスがヒールをかけるとゆんゆんも心配そうに見ていた。一方ダクネスは探索用に持ってきたロープで宝箱をぐるぐる巻きに縛り付けていた。顔は未だに茹でダコのように真っ赤になったままだ。

 

「中身を見たお前なら理由がわかるだろう?少なくともこの子達の精神衛生上宜しくない、さぁ、治ったなら先に進むぞ!」

 

どうやら一刻も早くこの箱から離れたいらしい。中に何が入っているのか気にならないことはないがアリスとゆんゆんは顔を見合わせて苦笑を重ねると、嫌な予感しかしないので気にしない方向で行こうと決意した。

 

「へいへい…じゃあダクネス先頭でよろしくな…」

 

カズマがそう言うなりダクネスは足早に動き出し、アリスとゆんゆんもダクネスに続く。最後尾に着こうと移動をするカズマは誰も聞こえないようにそっと呟いた。

 

……スティール、と。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

再び散策に戻ると次は少し広めの通路に出た。灯りはしっかりしておりそこそこ見通すことができるがカズマはこの通路に出るなり険しい顔つきをしてした。

 

「罠はないけど敵感知スキルにめちゃくちゃ引っかかってる、みんな気を付けろ!」

 

この言葉にアリスとゆんゆんは警戒態勢をとるも、先程の件があるので率先して攻撃しようとは思っていない。2人が横目でダクネスを見ればダクネスはようやく来たかとかなり張り切っている様子だ。2人にめんどくさいとしか感想が出ないのは当然のことであった。

 

「ふっふっふ…待ち侘びたぞ…!さぁ来い魔物よ!!」

 

白銀の剣を両手で構えたダクネスは早くも興奮状態、まるでお預けをずっと食らっていた犬のように。もし彼女に尻尾があればはち切れんばかりに振りに振っていただろうと誰もが思う。

 

「来るぞ!前方に3つ!」

 

カズマの掛け声とともに通路奥からは小さな3つの影が飛び出してきた。一見マスコット人形のように見えたそれはどれも白黒の仮面と可愛らしいサイズのタキシードを纏っている。…それはまさにバニルを可愛くあしらったかのような人形だった。

 

「あの見た目…バニルです!?」

 

アリスの声とともにダクネスに向かい飛びつくバニル人形、ダクネスはそれに向かい剣を大振りに振るうとひとつの人形にぶつかり、それは小爆発を起こした。

 

「…接触したら爆発する人形みたいですね……?カズマ君?ゆんゆん?どうしました?」

 

冷静に分析するアリスの横でカズマとゆんゆんは信じられないものを見るかのように固まっていた。

 

「ハッハッハッ!!皆見ろ!!」

 

ダクネスは一心不乱に剣を振り続ける、すると次から次へと人形が爆発して行く。

 

「…ダクネスの攻撃が…」

 

「…当たってる…!?」

 

次々とバニル人形は出てきて更にダクネスへと突撃するがそれらは全てが剣にぶつかり爆発している。繰り返す、剣にぶつかり爆発しているのだ。

 

「ハッハッハッハー!!私の攻撃が!!どうやっても!!当たる!!ぞぉぉ!!」

 

つまりバニル人形から剣へと向かっているのでダクネスの動きや剣技は全く関係がない。アリスはいち早くそれに気が付いたが攻撃が当たることで喜んでいるダクネスを見るなり言うのも野暮かと何も言わなかった。

 

…そこでアリスに電流が走る。それはアリスが矛盾に気が付いた合図だ。思わずカズマに視線を移す、するとカズマもまた、アリスに視線を寄せていた。彼もまたこの致命的な矛盾に気が付いたのだから。

 

あのダクネスが、攻撃が当たる事によって、喜んでいる。つまり、逆を言うと攻撃が当たらないことは彼女にとってマイナスなのだ。

 

 

「…カズマ君、もしかして同じ事考えていませんか?」

 

「…多分な」

 

やはり、とお互いの視線と言葉で確認し合う。心が通じ合った瞬間、後は当人にこの思いをぶつけるだけ。

 

 

 

 

「「普段から攻撃を当てたいなら両手剣スキルをとれよ!!(とりましょうよ!!)」」

 

 

 

 

カズマとアリスの思いがダンジョンいっぱいに木霊した。ゆんゆんは呆れ返ったように見ているだけである。一方粗方バニル人形の進撃が止んだのか、ダクネスはカズマ達に振り向いた。

 

「それだけはできない」

 

これ程理解出来ないこともない、それに尽きる。あれほど嬉しそうに剣を振るっていたダクネスはその言葉を聞いて誰よりも冷静に平静に無感情でそう言い放った。もはやカズマもこれには突っ込む気力も起きずにげんなりしていた。

 

 

……

 

 

 

次第にカズマの敵感知スキルにも引っかからなくなり探索を続けると、ようやく次の降り階段を発見した。…まだ続くのか?と全員がぐったりした瞬間でもある。全員が肉体的よりも精神的に疲れていたのだから無理もない。時間もかなり経ってしまっている。

 

「…ゆんゆん、此処をテレポート登録できるか?できるなら一旦アクアやめぐみんの所に戻りたいんだけど…」

 

「そ、そうですね…かなり時間が経ってますし、正直疲れましたし…」

 

「リーダーが言うなら異論はありませんよ、一旦戻りますか」

 

「そうだな…皆魔力もかなり使ったと思うしこの下にバニルがいるとしたら今の状態ではかなりきびしいかもしれない」

 

3人は口を揃えて言いたかった。今の精神的疲労のほとんどがお前のせいだよ!と。実際カズマは喉元まで出かかっていたが疲労がそれを言わせるのを拒否したようだ。なんともスッキリしない顔をしたまま、全員は予め登録しておいたキールのダンジョン入口にテレポートで飛ぶことになった。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

キールのダンジョン入口

 

外は既に茜色に染まっていた。時間からしたらおそらく夕刻だろう。ろくな食事もとらないまま帰った4人にアクアとめぐみんは気が付くなり声をかけた。

 

「おかえりー、って、もう終わったの?」

 

「いや、思ったより時間とられたから途中で戻ってきた」

 

「時間って…キールのダンジョンですよね?何故そこまで時間がかかるのです?」

 

「ダンジョンの最奥にバニルのダンジョンがあったんだよ…この分だと1度アクセルまでテレポートで飛んでから明日また来た方がいいかもしれないな…なぁゆんゆん?テレポートはまだ使えるか?」

 

カズマの問いにゆんゆんは疲労困憊の様子で首を横に振る、どうも魔力切れ手前のようだ。

 

 

「ではここで1時間ほど休憩してアクセルに戻りましょう。…《マナリチャージフィールド》」

 

アリスはゆんゆんの傍に座ると優しく労うようにその魔法を使った。青白い霧状の光がアリスの周囲に立ち込めるとずっと敵感知や罠感知スキルを使い魔力が少なかったカズマも近くに腰掛けた。

 

「ホント便利だよなこれ、迷ってたけどやっぱり俺も取るべきか」

 

「やっとその気になりましたか、それがあれば爆裂散歩が捲ろうというものです」

 

「いやお前裁判のこと忘れてるだろ?爆裂散歩は今後禁止だ!!」

 

「っ!?!?何を言っているのですかカズマ!?そんなことになったら私は生きて行けません!!」

 

ギャーギャーとカズマとめぐみんが言い争っているのを横目にアリスはその場で座り込んでうとうととしていた。気付けばゆんゆんもまたうとうととしていて2人はお互いの肩を寄せ合いすぅすぅと眠りについていた。そんな様子をアクアは不思議そうに眺めていた。

 

 

「……あの二人本当に普通の友達なのかしら…?」

 

「…あの2人の友達の定義とアクアが思う友達の意味は異なるからな…とりあえず私も休むか」

 

「えっ、何よそれどういう意味!?ちょっとダクネスさーん!?気になるんですけどー!?」

 

夕闇が夜に変わる空を見上げながらダクネスはそっと地べたに座ると微笑ましそうな顔でいた。ふとアリスとゆんゆんに目をやるとダクネスには仲の良い友達というより姉妹のように見えたからだろう。

そんな中、カズマがひょいと立ち上がり俺も休みたいとめぐみんから離れようとした拍子に、何かが地面に落下した。

 

「…カズマ?服から何か落ちましたが?ダンジョンの戦利品ですか?」

 

「…っ!?ダメだめぐみんそれはっ!?」

 

カズマが大慌てで拾いに行くがめぐみんはすぐさま拾うとめぐみんは顔を赤くしていた。

 

「…カズマ…?これはなんですか?」

 

「違うんだめぐみんそれは!!まて!やめろ!!」

 

慌てるカズマの制止も聞かずにめぐみんはプルプルと震えながらそれを力を振り絞って放り投げて、そして杖を握りしめた。その表情には恥辱と嫌悪感しかない。

 

「エクスプロージョン!!」` 

 

「俺のお宝がぁぁぉぁ!?」

 

めぐみんの拘りの詠唱もなく、はるか遠くに投げ飛ばされたそれは大爆発とともに無惨にも欠片もなくなる。めぐみんは悪は去ったと満足そうにその場で倒れ、カズマは大泣きして、アクアは訳がわからず首を傾げて他の皆は爆裂魔法の爆音で目を覚ますのだった。

 

 

 

 

 








「めぐみん、ダクネス、あれって結局何だったのです?」

「言いたくない」「知りません」


真実は闇の中


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episode 54 バニルの真意

 

バニルのダンジョンを途中攻略まで果たした翌日、一行は屋敷に戻り疲れを癒してからウィズの店に来ていた。もしかしたらウィズがあのダンジョンについて何かを知っているのではないか?未だに先が見えないバニルのダンジョンは少しでも情報が欲しい。そんな想いから店の扉を開けば、いつものようにチリンチリンとカウベルがこちらの入店を店主に知らせてくれた。

 

「…いらっしゃいませー…」

 

いつものように店主のウィズが出迎えてくれたものの、その様子にはまるで元気がない。というよりも薄い。肩辺りは透けてしまっている。皆が唖然とする中1番にゆんゆんが叫んだ。

 

「ウィズさーん!?」

 

 

 

 

 

ウィズの治療は難航した。まず慌てたアリスがウィズの種族をうっかり忘れてヒールをしたことで状況は悪化。即座に体力が1番ありあまっているダクネスからドレインタッチをしてもらうことでなんとか事なきを得ていた。

 

「ごめんなさいウィズさん…ウィズさんがリッチーだということを完全に失念してました…」

 

「いえいえ!!元はと言えば私がリッチーなんかになってしまったのが悪いのでっ…どうか頭をあげてください…!」

 

「…それで?今回は何であんな風に成仏しかかってたんだ?」

 

アリスが涙目でウィズに謝罪し続けるが話が進まないのもありカズマが割って入るように尋ねるとウィズは気まずそうに俯いた。

 

「えっと…実は以前アリスさんからコロナタイトの調査と加工を依頼されたのでやっていたんですがその…とんでもない事がわかりまして」

 

「コロナタイトっ!?!?なんでアリスがそんなもん持ってんだ!?」

 

これにはカズマだけでなくダクネスやアクアも驚く。めぐみんは説明済みでゆんゆんもまたコロナタイトをアリスが入手した日に話していたので驚きはない。ゆんゆん以外のパーティメンバーにはろくな思い出がない代物なので引きつった反応を示されるのも無理もない。

 

「裁判の一件で言いませんでした?私はコロナタイトが送られたアルダープさんの屋敷の近くに偶然いたのですよ、それを救助した際に報酬代わりに持っていけと渡されましたので遠慮なく頂きました」

 

「えっと…皆さん誤解されてますがデストロイヤーのコロナタイトは暴走してあーなっていただけで本来はそう簡単に暴走するようなものではないので大丈夫ですよ?…それでそのコロナタイトなんですが、どうやら太陽の属性を秘めていることがわかりまして…」

 

「太陽の属性ってなんですか!?聞いた事ありませんよ!?」

 

めぐみんが筆頭に食いかかる。アリスも聞いた事はないが同時にウィズが何故あんな状態になっているか察することが容易にできてしまった。太陽、つまり日光と同属性なのだからそれを加工などしようとしたらその属性の影響が加工者にも行くのは間違いない。リッチー、つまりアンデッドであるウィズからしたら神聖魔法や光属性と並んだ天敵だ。それに気付くなりアリスは罪悪感でいっぱいになってしまった。

 

「あの…重ね重ね本当にごめんなさい、ウィズさん…」

 

「わ、私でしたらこの通り大丈夫ですから!本当に気にしないでください!それに加工なら既に終わりましたので、持って行って頂いて大丈夫ですよ!」

 

ウィズの慌てた様子からはむしろ早く持って行って欲しいとまで聞こえてしまうのにはアリスも申し訳なさそうに俯く。カウンターを指さされたので見てみれば、それはキラキラと美しく綺麗に加工がなされた白黄色の魔晶石だった。原型から半分ほどの大きさになったそれを杖にはめ込むとそれは妙に馴染んだ感触を思わせる。

 

「それでお代なのですが…、加工の際に希少な道具を使ったりしましたのでその…1200万エリスほどかかるのですが…」

 

「「「1200万!?」」」

 

この金額にはダクネスとアリス以外の全員が驚いた。とは言えアリスにとって確かに痛い出費ではあるものの、アリスにはベルディア討伐の報酬がまだ残っている。先日指輪の件でようやく手を出したくらいでまだ4000万エリスは残っていることになる。

 

「流石にそこまでは今持ってきていませんので後日でよろしいですか?」

 

「は、はい!勿論何時でも大丈夫ですよ!」

 

それを聞いたウィズの反応はとても嬉しそうだ。久しぶりにまともな物が食べられると言う声がその表情から嫌でも伝わってきてしまうのにはアリスも苦笑気味でしかいられなかった。

金額でも驚くがアリスが何の変哲もなく払えてしまえるのも違和感があったのか、めぐみんが震えるように尋ねた。

 

「ふ、普通に払えちゃうのですね…?正直驚きました…」

 

「王都でのクエストってそんなに稼げるの!?」

 

アクアが疑問の声をあげるが流石に王都でもあっさり1200万という大金を稼ぐのは難しい。アリスはそれこそ首を傾げた。何故そこまで驚くのだろうかと。

 

「…えっとベルディア討伐の報酬ですけど…ゆんゆん以外の方は貰ってるはずですよね…?」

 

「…えっ…?あ、あー、そうね!そういえばそんなのもあったわね!」

 

アクアは慌ててそう言うものの、ゆんゆん以外の他のメンツはげんなりしていた。特にカズマは。まさか様々な賠償で即座に消えたなどアリスが知る訳もなく情けなさすぎて話そうとも思えない。結局アリスとゆんゆんはカズマとアクアのげんなりし、めぐみんは何故か気まずそうにしている様相を不思議そうに見ているしかできなかった。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「バニルさんのダンジョンですか?…すみません、初耳です」

 

コロナタイトの件で忘れかけていたがようやく本来の目的であるバニルのダンジョンについて聞いてはみたものの、残念ながらウィズすら知らないようだ。

 

「それにしても…本当は私がダンジョンを提供する契約だったはずなんですが…その話は個人的に少し複雑ですね…」

 

「と、言うと?」

 

「元々私とバニルさんの契約でそうなっていたんです、ただ最近ここに来た時に近くに良さそうなダンジョンを見つけたから見てくるとだけ告げて、それ以来会ってないんです…」

 

「あ、あの…そもそもその悪魔さんは何故ダンジョンが欲しかったのでしょう…?」

 

ゆんゆんの疑問はアクア以外の全員が思ったことでもある。バニルという悪魔は魔王軍の幹部ではあるものの、人間に対して肉体的な危害を加える者ではないことはわかっていた。なのにこのような挑戦状などと回りくどいことをした理由が見当もつかない。

 

「バニルさんはその…昔から破滅願望がありまして、同時に魔王軍の幹部も辞めたがってましたから…」

 

「で、でもそれだと…」

 

破滅願望などに共感は全く出来ないが魔王軍の幹部を辞めたがってもいる。だけど魔王軍の幹部を辞めるとなるとそれこそベルディアのように討伐でもされない限りはバニルの破滅願望と相まってウィズのようにいざとなれば結界の管理を放棄するのようには行かないのだろう。…そう思うとアリスやゆんゆん、カズマ達にしても気が重く感じた。如何に悪魔で魔王軍の幹部であろうが、ウィズにとっては友人であると言う。それを倒さなければならないことは、友人の定義が重いアリスとゆんゆんには特に辛いものなのは言うまでもない。もっとも倒せるかどうかはまだわからないのだが。それでも敵対しなければいけない事実は辛いものだった。

 

 

「それがバニルさんの望んでいることですから…」

 

それは儚い笑顔だった。どこか遠い目をしているようなウィズの様子に一同はこれ以上何も言えず、気持ちを切り替えることに決めた、アクア以外は。

元よりアクアは相手が悪魔なので遠慮するつもりは初めから全くない、ないのだが彼女は不満そうにしていた。何故ならお留守番だから。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

バニルが望んでいることだから。その言葉は真実なのだろう。だからこそウィズはアリスの依頼を完遂させたことになるのかもしれない。結果論ではあるがコロナタイトは太陽の属性を持つという、ならば悪魔に対しても効果がある可能性は高いし実際に効果がある属性へと変貌を遂げていたことをアリス達は確認した。

 

「…これは光属性ですね…」

 

「えぇ…」

 

太陽の属性と聞いてどのようになるかアリスが試したところ、それは光属性に変換されていた。ますます悪魔への特攻に繋がるものだし魔王軍となればそのような魔物に出会う事も珍しくはないだろう。ありふれた属性になったことでめぐみんは残念そうにしていたがアリスとしては光属性の魔晶石など聞いた事もないし新たな戦力としては申し分のないものだった。

 

「残念ですね、どうせなら空にある太陽が降ってくる魔法とか使えたら気分爽快になりそうなんですけど」

 

「そんなんできたら世界滅びるからな?言ってる事が完全に魔王だからな!?いや多分魔王でもそこまで考えないからな!?」

 

「冗談に決まっているでしょう、何をそんなに興奮しているのですかカズマは」

 

「お前が言うと冗談に聞こえないんだよ!!」

 

アリスが知るだけでも以前廃城に爆裂魔法を撃ちたいと言い出し、その後結局やらかしてベルディアを怒らせている実績を持つめぐみんだからこそである。アリスとしては自身のやられた仇討ちのようなノリでやっていたとは思いたいものの、思うところはカズマと完全に同じだった。

 

 

 

 

 

 

 

属性の確認もできたところでカズマ、ダクネス、アリス、ゆんゆんは再びテレポートによりバニルのダンジョンの下り階段前まで来ていた。例によりアクアとめぐみんはお留守番である。

 

「今日こそは頼むぞダクネス、昨日みたいになってたら…永遠にララティーナと呼ぶからな」

 

「分かっている…昨日の私はどうかしていた…、アリス、ゆんゆん、済まなかったな…いやそれもこれもバニルのせいだ、そうに違いない!」

 

間違ってはいないかもしれないが結局ダクネス次第なところもあるのでアリス達は何も言えずに苦笑していた。実際普段だと昨日のように攻撃を喰らう前に殲滅してしまうことはダクネスとしても初めてだったのだろう。アリスとゆんゆんの優秀さが伺えてカズマとしては全く文句はないがダクネスとして不満だったのは仕方ないのかもしれない。

 

「もうさっさと終わらせて帰るぞ…こんなダンジョン二度と来るか…」

 

その気持ちは全員が同じだった。動機としては微妙なものであることは間違いなくそれでやる気が出るかと聞かれたらそれもまた微妙でしかない。そんな微妙な気持ちの状態で、一同は階段を降りていった。

 

 

 









太陽が降ってくる云々でカズマがツッコミいれた時のめぐみんの反応は迷いました。そもそもこのすば世界の宇宙の定義とかどうなってるのだろう。「何を言っているんですかカズマは、あんな小さいのが落ちてきたくらいで世界が滅びる訳ないじゃないですか」とか入れても良かったのですが話がまた無駄に脱線しそうで…w


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episode 55 決戦

階段を降りるなり周囲を見渡そうとするもその必要はないと一同は気が付く。何故なら広いワンフロアの薄暗い洞窟の中、何よりも目立つように長身でタキシード姿、顔には白と黒の仮面をつけた男がそこに1人立ち尽くしていたのだから。

 

「フハハハハッ、昨日は大変美味な悪感情、誠にご馳走様であった!吾輩こそがもしかしたら魔王より強いかもしれないとお馴染みの魔王軍幹部にして七大悪魔の一席、地獄の公爵バニルである!」

 

早口で自己紹介を終えたバニルは満足そうにそう言い放つと悠々自適にこちらを見下ろしている。

 

「…貴方は何故このような…?」

 

「ふむ、抱き枕がないと満足に眠れない少女よ、それはポンコツ店主から聞いておろう?理解しろとは言わぬが吾輩には長く生き過ぎた故なる飛びっきりの破滅願望があり、汝らならそれを実現できると考えて実行に移した次第だ」

 

アリスはその場で顔を赤くする。例の胸の件云々よりはまだマシではあるがそれでも恥ずかしいことに変わりはない。他の3人は穏やかな表情で慰めの視線を送りそれが更に羞恥を呼ぶのは言うまでもない。

 

「フハハハハッ、これまた美味な悪感情、ご馳走様である♪」

 

「つまりあんたは、ウィズと違って俺達に倒されない限りは魔王軍幹部として立ち塞がるってことか?」

 

「その通りだ、こっそり宝箱からスティールしてまで取り出したエロ本を爆裂魔法で消し炭にされた哀れな男よ。汝らの悲願でもある魔王討伐は吾輩を倒さぬ限り、絵空事でしかないということになる」

 

「は、はぁ?エロ本??何それ??全然知らないなぁ??」

 

バニルの発言で必死にごまかすカズマだが女性陣の冷たい視線がカズマに突き刺さる。完全に自業自得ではあるもののカズマは心底後悔していた、やはり開けるべきではなかったと。

 

「御託は結構だ、つまり貴様は魔王軍の幹部として私達の前に敵として立っている、それが分かればそれで充分だ」

 

「あ、あの、貴方はウィズさんのお友達なんですよね?だ、だったら、戦わなくても、もっと穏便に…」

 

剣を構えるダクネスと、狼狽えた様子で説得を試みるゆんゆんだがバニルの態度は変わらない、あくまで小馬鹿にしているような、あるいはまるで舞台のステージに立って悪役を演じているような…そんな様子にも見受けられる。

 

「フハハハハッ、くどいぞ!常にそこの男にどんな酷い事をされるのか期待している鎧娘よ!それとたまに怖い夢を見るなり同居する友人に一緒に寝て欲しいと頼む娘よ、吾輩はポンコツ店主とは違う、そこは曲げられん!」

 

「き、期待などしていない!?」

 

「そ、それだけは言わないで!?」

 

情報が一気にはいり混乱するものの一同の思考は軽くパニックになっていた。なお後者に関してアリスはただ苦笑するしかない。ゆんゆんとしてはめぐみんにでも知られたらたまったものではないと慌てる始末。仮に今ここにめぐみんがいたら大爆笑して煽っていたに違いない。

 

「ええい、貴様と話していると頭がおかしくなりそうだ!!行くぞ!!」

 

そんなパニックの最中、ダクネスは意を決したようにバニルへと剣を振り上げ飛びかかる。だが当然ながらバニルは最低限の動きで易々と避けてしまう、最低限というかほとんど動いていない。

 

「フハハハハッ、どうした?あの人形のように華麗に捌いてみるがいい!もっともあの人形は自ら汝に突撃していたからこそ汝のへったくそな剣技でも当たったのだがなぁ!!」

 

「うるさい黙れぇぇ!!」

 

激昂するダクネスだがうまくバニルを引き付けている。ただカズマはともかくアリスとゆんゆんは動きにくかった。ウィズの友人という事が尾を引いていることもあるがとくにアリスにとっては裁判の件で知恵を貸してくれた恩人でもある。…だが相手がやる気であり、こうして魔王軍の幹部として君臨している以上は避けられない戦いだと割り切って攻撃に転じる。

 

とはいえダクネスとバニルの距離が近すぎる。なのでゆんゆんが攻撃するのはきびしい。だからこそアリスは動く。見通されてるかもしれない、ならばこの攻撃をこの狭いフロアでダクネスの相手をしながらどうやって躱すのか、そんな想いでアリスは杖にコロナタイトの魔晶石をセットする。

 

杖を掲げて詠唱すると、光り輝く魔法陣がキラキラとアリスの周辺を彩り、薄暗いダンジョンでのそれは流石にバニルも即気が付く。

 

「…む?…これは!?」

 

バニルから焦燥の声が聞こえる。結果を見通したのか?ならばその焦燥はこちらにとってはプラスのはず、そう信じて思いのままに魔法を放つ。

 

「行きますっ…!《パニッシュメント》!!」

 

アリスの光属性が付与されたバースト(パニッシュメント)がバニルだけでなく、今いるフロア全体に光の波動が流れ行く。これにはダクネスのみならずカズマやゆんゆんも巻き込まれるがアリスの魔法は敵対する者、敵視する者にしか当たらない。

 

「ぐぅぅぅぅ!?」

 

バニルは両腕で仮面を守るように覆い隠し、歯を食いしばり必死に耐える。だがそこは魔王軍幹部の大悪魔、この程度では終わらない。

 

「フ、フハハッ!!中々やるではないか!蒼の賢者と呼ばれし少女よ!流石の吾輩も今のは驚いた!」

 

「ライト・オブ・セイバー!!」

 

「むう!?」

 

バニルがダクネスから距離を取ったところでゆんゆんの十八番、上級光魔法による光の剣がバニルに襲いかかる。…が、バニルは初動で腕を掠めるも、残りは全てを回避しきる。すぐさまダクネスが切りかかるが、当たり前のように避ける。

 

「あまり意味はなさそうだけど…狙撃!狙撃!」

 

カズマの弓による援護攻撃も加わるものの、それすらもバニルは避ける。だが先程までの余裕はあまり感じられない。カズマの狙撃とダクネスに気を取られている今こそ追撃のチャンスでもある。だからこそ広範囲魔法にして回避しづらい状況に持ち込む。

 

「《ルクスヴォーテクス》!!」

 

アリスの詠唱とともにバニルの足元から飛び出すのは光属性を得たストーム(ルクスヴォーテクス)。神聖なるエメラルドグリーンに輝く極大の竜巻、それはバニルの全身を包み込み竜巻の内部で繰り返し刻み続ける。

ちなみに詠唱がないのはまだめぐみんに考えてもらってないからである。アリス個人ではとても浮かびそうにないのだ。

 

「ぬおおぉぉ…!!」

 

バニルの悲痛の叫びが聞こえる。…と同時に疑問に思う。何故アリスの攻撃だけがまともに当たるのか。確かに最初のバーストはフロアを全て包み込むほどのものなので避けようがない。だが今のストームに関しては見通してさえいれば避けようはあるはずだ。

更に疑問なのはバニルがこちらに対してまったく攻撃してこない点があげられる。魔王軍の幹部ともあろうものがまさか攻撃手段がないわけではないだろう。まさか破滅願望とやらをそのまま実現したいが為にあえて無抵抗なのか?否、それなら攻撃を回避する必要性はない。

 

「何故だ…?蒼の賢者と呼ばれし少女よ、何故汝の魔法に関してだけは見通すことができぬ…?」

 

答えの一つは意外にも早く明かされた。バニルはアリスの魔法に関しては見通せないようだ。

とはいえアリスとしては見通す条件も何もわかっていない。そこでアリスはふと思い出した。

 

思い起こすのはかつてのベルディアとの1VS1の戦い。あの戦いで確かに不自然な場面が存在した。

それはベルディアが頭を天へと投げて、その頭が赤く不気味に輝き眼のようなものを形成した時、確かにベルディアは狼狽えた。

アリスがインパクトを使って緊急回避したあの時にベルディアは魔眼が効かないと狼狽えていたのだ。今のバニルの様子はそのベルディアの時と似ているようにアリスは感じた。…とはいえその理由はわからない。

 

だが竜巻が完全にバニルの動きを封じている。これはチャンスでしかない。後数秒で終わる竜巻が消え去る前にと、皆は総攻撃を決意した。ダクネスがまた剣を大振りに構えて切りかかる。カズマとゆんゆんも続く。

 

「狙撃っ!狙撃っ!」

 

「カースド・ライトニング!!」

 

黒き雷光が竜巻の中のバニルを襲う、続いてカズマの狙撃の1本の矢はバニルの足に刺さる。これが絶妙だった。

狙撃が足に当たると同時に竜巻は終わる。ダクネスの斬りかかりは間に合わなかった。いやこれがベストタイミングだった。

ダクネスが普通に剣を振るったところで止まっているバニルにすら当たる確率はほぼない。だが今のバニルはカズマの狙撃で足元をふらつかせ、倒れるところだったのだ。倒れ込もうと前のめりになったところにダクネスの剣が直撃…奇しくもバニル人形と同じような形になった。

 

 

「…バ、馬鹿な…吾輩がまさかこのようなところで…!?」

 

 

驚嘆するバニルはそのまま後ろへと倒れ込むとともに、その身体全体が砂のようになりボロボロと崩れ落ちた。バニルがいた場所には砂の山とバニルがつけていた仮面だけが残った。

 

「………倒した…のか?」

 

フロア一帯がしんと静まり返っていた。カズマがおそるおそる砂の山を見ているがまだ生きているならカズマの敵探知スキルが発動するはずなので一同は軽く息を吐く。残った仮面は戦利品になるのだろうか?正直欲しいとは誰も思わないが。

 

「…不可解です。どうしてバニルは攻撃してこなかったのでしょう?」

 

「…言われてみればそうだな…確かにこっちが一方的に仕掛けたけど反撃する余裕くらいあったよな…?」

 

カズマもまた不思議そうに思うもののやはり敵感知スキルに反応はない。それでも呆気ない終わりに、カズマは終わったと本気では思えなくなっていた。本当に終わったのか?と疑心暗鬼になっている理由をカズマは内心必死に探していた。

 

相変わらず今いるフロア一帯はしんと静まり返っている。

 

カズマは不安を拭えずにいた、それはアリスやゆんゆんにも自然と伝染した。ふと砂の山の上に落ちている仮面を見れば、それはあれだけの攻撃後なのに傷ひとつ無く綺麗に残っていた。

 

「…敵感知スキルは問題ないのだろう?悪魔に特攻のある光魔法をあれだけぶつけたのだ、もう大丈夫だろう?」

 

ふいにダクネスは砂の山に近付いた。剣は既に鞘の中。もっとも剣を構えていたとして何も変わらないのだがその時は訪れた。

 

砂の山の上に落ちた仮面から突如光線が飛んできたのだ、これには油断などしてなくても反応は遅れ、案の定それはダクネスに直撃を許す。

 

「ぐわぁぁぁぁ!?」

 

「ダクネス!?」「ダクネスさん!?」

 

ダクネスはその場に倒れる。ふと見ればダクネスは気絶しているようで動きそうにない。あのダクネスが、防御スキルしかふっていないダクネスが油断していたとはいえ一撃で倒されたのだ。ダクネスを心配する気持ちも強いがそれ以上に緊張と戦慄が駆け巡る。

 

それは戦いが終わってはいないことを告げる無慈悲なものだったのだから。

 

 






次回投稿は7/10の12時になります


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episode 56 黒を白へと

 

「フハハハハッ、残念ながらそう簡単に終わる訳にもいかぬ!何、安心するがいい、その鎧娘の命に別状はない」

 

その声は仮面が発しているというよりフロア内一帯に放送しているかのよう響き渡ると同時に、砂の山の上にあったバニルの仮面の右目部分が不気味に赤く光る。一方アリスはダクネスの身を案じるあまりすぐさまダクネスの傍へと駆けつけようと走る。

すると気絶していたと思われるダクネスはゆっくりと立ち上がった、どうやら無事のようだとアリスは安堵する。アリス達から見て背中を見せているダクネスの顔は見えない。

 

「ダクネス!無事で良かっ」「アリス止まれ!!ダクネスから敵感知スキルが反応してる!!」

 

「…っ!?」

 

カズマの叫びにアリスはもう少しでダクネスの元へたどり着くという位置で止まりそのまま立ち尽くすダクネスの背中を凝視する。

やがてこちらを振り向くダクネスの顔にはいつの間にかバニルの白と黒の仮面が装着されていた。

 

「繰り返すが鎧娘の命に別状はない、だがこの身体は借り受けさせてもらった。吾輩としてはそのまま憑依しても良かったのだがどうもこの鎧娘の意識を残したままだと良くない未来が見えたのでな」

 

つまり身体を失ったバニルは代替として意識のないダクネスの身体に憑依して使っているということになる、これは下手に攻撃できない。少なくともゆんゆんやカズマは。

 

「つまり仮面が本体ってことかよ!くそっ…どうする…?」

 

ダクネスが乗っ取られたことでこちらには実質前衛がいない、普通に戦おうにも詠唱が必要になる魔法スキルはバニルが見れば即座に阻止するだろう。

 

カズマは考える。この状況を打破する方法を。…少しだけ間が空いた。それは数秒ながら思考も相まってカズマには若干長くも感じたがカズマはそのまま思ったことを述べた。

 

「作戦タイム!!」

 

場の空気が一気に冷めた気がした。少なくともアリスとゆんゆんにとっては。対するバニル仮面のダクネスは不思議そうに首を傾げる。

 

「ふむ?どういう意味だ?」

 

「そのまんまだよ!ちょっと相談する時間をくれ!」

 

カズマの言い方は半ばヤケクソだ。確かに現状アリスにもゆんゆんにも打開策はないのでそれが通りさえすればいいが普通に考えたらまず通る訳がない。バニルはさも当然のように告げた。

 

「ふむ、確かに仲間の1人をこちらが借り受けているので少しばかりフェアではないな、許可しよう」

 

許可が降りた。

 

…何故か許可が降りた。もはやアリスとゆんゆんはただ呆然としていた。もちろんダクネスが奪われピンチなのに変わりはないのだがそれでも既に場の空気は破壊されていた。しかし…

 

「いくらでも時間を使うがいい。…だが、こうして吾輩が鎧娘に憑依している間、鎧娘の生命力はどんどん失われている、今のところは余裕はあるが、できる限り早めに終わらせるのを薦めるぞ」

 

そんなバニルの重い言葉に再び場に緊張が高まっていた。この許可がバニルの余裕によるものだと知れば、そうなるのも無理はなかった。

 

 

……

 

 

 

バニルはそう告げると少しばかりカズマ達から距離をとった。作戦とやらを聞かないようにする為の配慮だろうか、見通されたら意味もない気もするがそれでもカズマはアリス、ゆんゆんと顔を合わせるなり小声で相談を始めた。

 

「とりあえずこの中でまともに攻撃できるのはアリスだけだ、アリスならあの仮面だけを狙うことも可能だろ?」

 

カズマは確信めいたように聞くがアリスの表情は冴えないまま俯いて申し訳なさそうに首を横に振る。それにはカズマも半ば焦る。いきなり破綻されてはどうしようもないがとりあえずカズマは話そうとしているアリスの理由を聞くことにした。

 

「…私の魔法は敵視した者と敵意がある者にのみ効果がありますので…今の状態ではバニルの意思を通したダクネス自体にも敵意があるのです、なので私の魔法でも今のままではダクネスに当たると思います」

 

理由を聞いてカズマは思い出した。確かにダクネスそのものから敵感知スキルが反応したことを。

更にバニルの仮面はアリスのバーストやストームでもダメージがあまり感じられなかったので仮面を破壊することを狙うとなるとそれ以上の火力が必要になるだろう。

 

「…ならダクネスさんの意識さえ戻れば…?」

 

「ゆんゆんの言う通りですね、それならおそらくいけると思います」

 

「そうか…それとめぐみんから前に聞いた事があるんだけどアリスにはめぐみんの爆裂魔法に匹敵する魔法があるんだよな?今使えるか?」

 

「…使えば魔力切れにはなるでしょうけど使えると思います…」

 

それは失敗したら詰みということにもなる。ゆんゆんは何も言えずにいたがカズマはずっと考えを巡らせる。その顔は真剣そのものでとても頼りになるパーティリーダーとしての顔だ。気付けば2人してカズマに惹かれるように見とれていた。

 

やがてカズマが1人納得するように小さく頷く。それはカズマの考えがまとまった合図だった。

 

「よし…まずダクネスは俺がどうにかして意識を取り戻させる」

 

「…可能なのですか?」

 

「そこはいきなりの賭けになるけどな。で、俺とゆんゆんはバニルの足止めだ、ゆんゆんは足止めに使えそうなスキルはあるか?」

 

「あ、足止めだと…麻痺にするパラライズに、足元を泥沼にするボトムレス・スワンプがあります」

 

「麻痺はダクネスに効かない可能性があるからやるなら泥沼のほうだな、それでその間アリスはその魔法の詠唱をしてくれ、時間はどれくらい必要だ?」

 

「…30秒あれば確実と思います」

 

30秒はアリスなりにかなり余裕を持たせた数値にあたる。まずアリスもまだ1度しか使ったことがないスキルなのでどれくらいかかるかなどは覚えていなかった。

 

「わかった。ゆんゆんはテレポート2回分の魔力は残しておいてくれ、失敗は考えたくないがもし失敗したらゆんゆんは単独でテレポートしてアクア達を連れてきてくれ」

 

「わ、わかりました!」

 

作戦は大方伝わった。ならばすぐにでも実行に移すべきである…が、アリスは俯いたままだった。

自分が失敗してもアクアがなんとかしてくれる可能性がある、それは保険としては上出来だ。女神であるアクアならなんらかのアクシデントを起こす可能性はあるが頼りにはなるだろう。もっともそのアクシデントが怖いからこそカズマは最終手段にしているのだろうが。…だがアリスとしてはなんとしても自分でやりたかった。友達を守る為に、強くなる為に王都まで行き、レベルもあがった。

今こそ友達であるダクネスを助ける為に力を使うべき…なのに後一歩の自信が持てないでいた。

 

カズマはそんなアリスの様子を見て、デストロイヤー戦前の緊張するめぐみんを想起していた。気付けばアリスは小刻みに震えている。ならばカズマはアリスにどのように声をかけたらいいか、それは自然にカズマの口から出ていた。

 

「大丈夫だって、アリスならやれる、友達を助けるんだろ?」

 

カズマに背中をポンと叩かれたアリスは目をパチクリさせた。友達を助ける…アリスにとって友達という意味の重さ、大切さを再確認させる。それは何よりも勇気を与えていた。

失敗を恐れても仕方ない、ならば足止めを買ってでてくれた2人の為にも、そしてダクネスの為にもやれることをやろうと思えた。そう思えばアリスは自然と頭を上げていた。

 

「…やりましょう」

 

今こそ王都で頑張ってきた成果を見せる時、この力を友達を助ける為に使う時。そんな想いから覚悟を決めたアリスが見ればカズマもゆんゆんもまた、覚悟を決めた表情で頷いていた。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「おや?作戦タイムとやらはもういいのかね?吾輩としてはいつ来ても構わんが」

 

陣形は正面にカズマ、手にはちゅんちゅん丸を持っている、後ろにはアリスとゆんゆん。アリスはダクネスが意識を取り戻すと同時に即時詠唱にはいるように、ゆんゆんは詠唱するアリスを守るように。

 

そしてカズマは、1歩前にでた。

 

 

「おいダクネス!!何時まで寝てる気だ!さっさと起きろ!!」

 

カズマの呼び声が終わるとともにしんと静まる、どうやら反応はなさそうだ。それを聞いているバニルは失笑する。

 

「ふっ、何をするかと思えば…この状態でもきびしいと言うのに鎧娘は吾輩が憑依する直前に意識を失っているのだぞ?起きるわけがなかろう?」

 

「ダクネス!!さっさと起きないと人には言えないようなあーんなことやこーんなことをしちゃうぞ!!いいのか!!」

 

「フハハハハッ!無駄だ無駄だ!鎧娘の意識を戻すことなど「あ、あんな事やこんな事だと!?」…な、なにぃ!?!?」

 

バニルの台詞の中に確かに聞こえたダクネスの声。これにはバニルも見通していない限りは驚くしかない、実際本日出会って1番の絶叫だった。

 

「カズマ!?一体私に何をするつも「ええい、うっとおしいわぁ!!」

 

一方アリスはそのあんまりな内容に詠唱が若干ながら遅れていた。確かにわかる、ダクネスを呼び起こすならそれ以上の台詞はないだろうとわかる。だけど自然とそんな言葉が出てしまうのはもしかしたらカズマは実際そんな感じなのかと思ってしまったら自然と軽蔑の視線を送ってしまう。

 

それでも即座に切り替えて膨大な魔力の消費を抑える為にインパクトをその場で唱えたアリスの詠唱は始まり、 軽い衝撃波とともに動作に移る。手に持っている杖をそっと魔力で浮かせれば、直立した杖はその場で横回転を始める。そしてアリス自身もまた、ふわっと宙に浮いた。

 

浮いたことには流石にカズマも驚きを隠せないがそれもまた即座に切り替える。同時に異様な様子にバニルも流石に気が付いた。

 

「…天空引き裂き極光よ、我招きし無音の衝烈となり降り注げ…」

 

「む?何をするかわからんが黙ってやらせると思うな蒼の賢者よ!」

 

詠唱を確認してからのバニルの動きははやい、その詠唱を止めようとアリスの元へ走り出す。

 

 

 

……

 

 

 

 

その頃、キールダンジョン入口では

 

「…めぐみん、あれは何かしら…?」

 

アクアが空を見上げれば、ちょむすけと戯れていためぐみんもまた、空を仰ぐ。

 

「…こ、これはまさかアリスの!?」

 

キールダンジョンの上空の空からは雲が割れ、大きな光が降臨しようとしていた。めぐみんは慌てるようにちょむすけを肩に載せるとそのまま立ち上がり、キールのダンジョンへと走る。

 

「ちょっとめぐみん!どうしたの!?」

 

「何をしているのですアクア!早く行きますよ!」

 

「え、えぇ!?も、もう!なんなのよ!?」

 

松明に火をつけるとめぐみんはそのままダンジョンへと入っていく、アクアは訳の分からないままそれに続くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ボトムレス・スワンプ!!」

 

「バインド!!」

 

バニル(ダクネス)の足元の床は突如大きな沼になり、ダクネスの両足を飲み込んでいく、そしてカズマのバインドによる無数のロープがバニル(ダクネス)を縛り付けた。その間にもアリスはめぐみん考案の詠唱を続け、アリスの周囲には無数の魔法陣が構築されて行く。杖に宿るコロナタイトの魔晶石はその白黄の輝きをより強めていき、次第にスパークを引き起こす。

 

「…我が望むは眼前の黒を白へと(いざな)う美しき調べ、それは汝に(あまね)く浄化とならん…」

 

「ぐっ…ぐぐっ…ふんっ!!」

 

バニルは縛り付けているバインドによる縄を力任せに引きちぎり、そして沼から跳躍した。あと少し、あと少しで詠唱が終わるのに間に合わない。1秒1秒が物凄く長く感じている。それだけバニルの速度は速い。

 

「ボトムレス・スワンプ!!」

 

再度ゆんゆんがバニルの足止めにと泥沼を精製するがそれは見切られていた、あっさりと跳躍することでバニルはそれを回避したのだ。するとカズマはアリスを守るようにバニルの前に立ち塞がった。

 

「そこを除け!小僧よ!!」

 

バニルは片手にダクネスの剣を持ち、大きく振り被ろうとしていた。いつものダクネスなら当たる心配は皆無だが今はバニルだ、例え避けたとしても当たってしまうだろう。

 

「ウォール!!」

 

「な、なにぃ!?」

 

カズマのウォールが発動すると、バニルはカズマのすぐ手前で不可視の壁にぶつかり逆方向に弾き飛ばされた。それはカズマの賭けだった。バニル自体は魔王軍の幹部、ボスと呼べる存在だろう。だから通常ならばウォールは効かない。しかし今のバニルの耐性はダクネスの耐性をそのまま使っている状態だ。だからこそダクネスにも通用するウォールは今のバニルにも通用するとカズマは睨んだ、結果はご覧の通りである。

 

「ぐっ…まだ「これ以上は動かせはせん!!」…ぬううっ!?」

 

天井が輝き始めると焦りを覚えるバニルだが立ち上がると同時にその場に金縛りのように硬直した。ダクネスの意思が前に出ている、これで不安要素はなくなった、後は全身全霊を込めてその光を落とすだけ。

 

 

「現界せよ聖なる輝きよ、白より白く塗りつぶせ…かの者に大いなる福音を…!《フィナウ》!!」

 

アリスは掛け声とともに杖を両手で握りしめて頭上へと掲げて勢いのまま振り落とす。そうすれば極大の魔法陣がバニルを中心に形成され、ダンジョンの天井を突き破るかのようにすり抜け、全てを白に変えし極光がバニルへと降り注ぐ。

 

 

「こ、これは…!?…フ、フハハハハッ!!見事、実に見事だ!!蒼の賢者とその仲間達よ…!!」

 

全てを覚悟したバニルの笑い声が木霊する。やがて眩しいばかりの極光は消え行き、同時にその声は息を潜め…全てが終わったその場にはダクネスが倒れていた。ダクネスの顔からは綺麗に仮面がなくなっており、それを見てアリスもまたその場に魔力切れを起こし倒れ伏した。

 

周囲は静かだった。カズマもゆんゆんも無言でいた。アリスにとってそれは不安を呼ぶが、2人はフィナウの威力に改めて絶句しているだけだった。

 

ダクネスの安否も気になるがバニルはどうなったか、今のところ何も音沙汰はない。…アリスはそっと冒険者カードを取り出し…そして討伐履歴をチェックした。その結果…

 

 

「……カズマ君、ゆんゆん…終わったみたいです…」

 

倒れたその場で眺めた冒険者カードには確かにバニルの文字が刻まれていた。

それを確認できたカズマはハッと気がついたようにダクネスの元へ、ゆんゆんは倒れたアリスの元へと駆けて行った。

 

 

 







追記。

どうも最近時間が中々取れなくなりスランプ気味もあって、文章がうまく書けません。申し訳ないですが次回投稿も遅れると思います。


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episode 57 困惑バニルさん

正直出来としていまいちですがあげました、次回更新はまた未定です


 

フィナウ

 

爆裂魔法と並ぶ威力でありながら違いは明らかすぎるものだ。まずアリスの魔法の特性上、その痕跡を残すことは無い。爆風もクレーターも無い。しかし収束された全てを白に変える一撃の巨大な光の柱は神々しく無慈悲。カズマやゆんゆんからして見ればそんな圧巻する一撃がダクネスに直撃してなお無事なのには違和感が拭えない、例えアリスの魔法の特性を知っていたとしても。だからこそ2人は絶句した、あの全てを終わらせる光を浴びて助かるはずがないと確信めいた錯覚を持てるのだから。

 

終わったみたいです。そう告げたアリスの心境は複雑だった。その場に倒れたまま再び冒険者カードを見れば、そこにはバニルの文字が見えた。間違いなく討伐した証だ。

魔王軍の幹部にして大悪魔の討伐、それだけなら喜ばしいものだった。

 

「…ウィズさんにどんな顔をして会えばいいのか…わかりません」

 

「アリス…」

 

その言葉を聞いたゆんゆんはアリスの傍に座り込んだまま俯いた。どんなに理由を並べようが、ウィズが納得していようが、それでもウィズの友人をこうして死なせてしまった。友人を死なせてしまった。友人を…。

 

もし自分の友人が殺されたらどう思うだろうと、アリスはそっとゆんゆんに視線を寄せた。悲しげに項垂れたゆんゆんを見ていたら、自然と涙が溢れてきていた。勿論ゆんゆんとバニルでは境遇が違いすぎる、それでも短絡的に考えてしまったら心が痛い、でもどうしたら良かったのか分からなかった、アリスはそんな悲痛な気持ちを涙で表していた。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

一方カズマはダクネスの様子を見ていたが意識がないものの呼吸はあるのを確認して安堵していた。するとドタドタと複数の足音がダンジョン内に響くのを確認し、それが近づいていることに気が付けば自然と自分達の降りてきた階段に顔を向けた。すると案の定見知った顔がこの場に集う。

 

「はぁ…はぁ…、や、やったのですか!?」

 

「めぐみん…ちょ、まっ…てぇ…」

 

めぐみんとアクアだった。2人はここに来るまでずっと走ってきたのか肩で息をしていた。ダンジョン内に今やモンスターが全くいないとはいえ2人だけでここまでこれたのはカズマも驚いたがアクアの存在を視認するなりその声をあげた。

 

「あぁ、終わった。アクア、ダクネスを診てやってくれ」

 

アクアは呼吸を整えながら周囲を見渡し遠目からいつものめぐみんのようにぐったりしているアリスを見つけると、おそらく魔力切れだろうと軽く納得したようにダクネスの元へ駆けていく。めぐみんは興奮気味にアリスの元へと近付くが頭の良い彼女もまたアリスとゆんゆんの状況を見て察した。

終わったのだろうと。そしてこの友人を過剰に大事に思うこの2人のことだ、バニルを倒したことでウィズに対して罪悪感にかられているのだろうと察してしまった。本来ならフィナウの件で私も見たかったとか色々言いたかったもののこの状況ではとても言えそうにはなく、そっとアリス達の傍に近付き、お疲れ様ですと小さく労った。

 

 

 

 

 

いつまでもこうしている訳にはいかないとアリスは落ち着くなりゆんゆんからマナポーションを受け取り飲み干すと即座に《マナリチャージフィールド》を唱えて回復を待つ。一方カズマはこのフロアの奥に鎮座するひとつの宝箱を発見するが…。

 

「…いや絶対開けない。今度はもう絶対開けない」

 

もはやトラウマになっているカズマは頑なに開けることを拒んだ。それを見た何も知らないアクアは当然のように首を傾げる。

 

「なんでよ?確か手紙には倒したら宝がもらえるとか書いてたじゃない?」

 

そう言いながらもアクアは近付きすぐさまその宝箱を開けた。ニコニコと期待の笑みを見せていたアクアの表情は段々と怒りに変わっていった。

 

「…な、なんなのよこれはー!?」

 

カズマは1人怒り狂うように宝箱に八つ当たりするアクアを見ながら、どうせこんな事だろうと思ったとヒラヒラと飛んできた1枚の紙をキャッチして見ていた。『スカ』と簡素に書かれたその紙を。

カズマもまたアクアのように八つ当たりしていたかもしれないがアリスの様子を見た後だと不思議とそんな気持ちにはなれなかった。ふうと息を吐くとそっと手に持つ紙を放し、それはヒラヒラと地面に落ちる。

 

(…やっぱり理解できないな、悪魔の考えることなんてな…)

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

翌日。

 

戦いの疲れを癒した一行は冒険者ギルドにバニル討伐とキールのダンジョンの報告に来ていた。

魔王軍の幹部バニルの討伐、それは冒険者ギルドとしては両手を挙げて歓喜する事態であり、実際アリスが冒険者カードを見せた時に受付のルナは驚き声をあげていた。

朝ということで冒険者の数は疎らであったがそれでもその話を聞いた面々は驚き、称え、歓声をあげていた。

 

討伐報酬2億エリスという額はアクセルでは直ぐには用意できないとなり、後日受け取れる流れとなった。

 

「…なぁ、提案なんだけど」

 

冒険者ギルドから出てきた一行は重い足取りでウィズの魔道具屋へ向かっていた。そんな中呆けた様子でカズマが口を開いた。

 

「今回のバニルの討伐報酬さ、全部ウィズにやろうと思うんだけど、駄目か?」

 

「はぁ!?」

 

カズマの提案に真っ先に喰いかかったのはアクアだった。信じられないものを見るかのようにカズマの胸ぐらを掴んでグラグラと揺らしていた。

 

「何言ってんのよ!?あんた正気!?」

 

「私は別に構いませんよ」

 

「ちょっとめぐみんまでどうしたのよ!?」

 

「いえ、そもそも私は今回何もしてませんので」

 

「…うっ!?」

 

言われてみればとバツの悪い表情になるアクア。自然とカズマを解放するなり気まずそうにしていた。というのもめぐみんと同じくアクアもまた、今回は何もしていない。精々終わった後にダクネスにヒールをかけたくらいだ。

 

「わ、私も構いませんけど…その…」

 

ゆんゆんはただ言い淀んでいたがその気持ちは理解できた。お金を贈ったところでウィズの友人であるバニルが帰ってくる訳でもない、それは逆にウィズに対して失礼に当たらないだろうかと不安を表していた。

 

「俺達はまだデストロイヤーの報酬待ちだからいいだろ?ゆんゆんも問題ないみたいだし後はアリスとダクネスなんだけど…」

 

「私も構わない…アリスはどうだ?……アリス?」

 

ふと一行が立ち止まる。アリスは俯いたまま何も言わずに歩き続ける。まるで放心状態、ふとめぐみんが追いかけて顔を覗き込めば、それでも気が付かないのか思い詰めた表情のままただゆっくりと歩いていた。

 

「アリス!!」

 

「…っ!?は、はい!」

 

耳元でめぐみんが呼べば流石に気が付いたようでビクりと背筋を伸ばして返事をしたアリスを見て、誰もが感じた。

 

重症だ、と。

 

アリスは昨日からずっとこの調子だった。心ここに在らずで、ただ俯いて。

皆が心配して話しかける度に大丈夫ですと力の無い返事をする。ゆんゆんですらここまで酷くはない。少なくとも、こんなアリスをゆんゆん含め誰も見たことは無かった。

ひたすら自身で突きつける罪悪感はアリスをただ蝕んでいた。

 

「いい加減にしてください!何時までそうしているつもりですか!」

 

「わ、私は別に…」

 

「いいえ大丈夫ではありません!気持ちは全くわからないとは言いませんよ?でも仕方なかったじゃないですか!」

 

「…っ!」

 

めぐみんの声が突き刺さる。その場で俯いているアリスはより罪悪感を強く持っていた。あぁ、気が付けば皆に心配をかけてしまっている、確かにこの状態でウィズに会うのは卑怯かもしれない、1番悲しいのはおそらくウィズで、自分ではない。

 

「アリス、この件に関してはお前1人の問題じゃない」

 

「…」

 

ダクネスは穏やかでいてどこか儚い笑顔をしていた。そっとアリスの肩に手を乗せると、そのまま優しく言葉を続ける。

 

「少しだったが、私の中にアイツはいたからな、だからバニルが本当に望んでこうなったことは間違いない。…アリスは何も悪くないんだ、ウィズになら私も一緒に頭を下げよう」

 

「ダクネス…」

 

「バニルが消える直前にな、私はヤツの感情を感じ取れたんだ、どうやら破滅願望とやらは本物らしい、本当に嬉しそうにしていた。それこそ未練などなく、な。理解は難しいとは思うが…きっとこれで良かったんだと思う」

 

「……はい」

 

短く返事をしたアリスは、そっと顔をあげた。とりあえずウィズに謝ろうと。ウィズのことだから今のダクネスのように儚い笑顔で大丈夫と言ってくれるだろう、その優しさすらもアリスには痛いものだったが、それでもまずは謝らないと。

 

そんな気持ちからアリスが歩を進めると、自然と他のメンバーもそれに続いた。アリスの足取りは先程のような力無きものではない、ゆっくりではあったけど、その1歩ずつには確かな力強さを感じ取れた。

 

「バニルか、まぁ確かに悪いやつじゃなかったよな」

 

ふとカズマがもらせば、ダクネスも頷いた。

 

「あぁ…エリス教徒である私が悪魔に対してこんなことを言ってはいけないが…その…嫌いなヤツではなかったよ」

 

 

 

……

 

 

 

ウィズの魔道具屋の入口の前に着き、自然とアリスの緊張は高まった。そっと手を伸ばして扉を開けばカウベルが店内に鳴り響く。

 

 

「いらっしゃいませー」

 

いつものウィズの声が聞こえてきた。そして…

 

「フハハハハッ!いらっしゃいませお客様方!おや?どうしたそんな顔をして固まって?まさか吾輩が本気で滅んだとでも思ったのか?ところが残念!この通りピンピンしておるぞ!フハハハハッ!!」

 

タキシード姿の上からピンクのエプロンをつけたバニルがいた。その様子はまるで憑き物がとれたかのように活き活きとしていてテンション最高潮の状態だった。

 

「それはそうと、鎧娘よ。嫌いなヤツではなかったよとか恥ずかしいことを言っていたが吾輩は悪魔故に性別はないので汝の告白には答えられないのだが」

 

「う、うわぁぁぁぁ!?」

 

ダクネスが一撃でやられてしまった。その場にしゃがみこんで両手で顔を隠しているダクネスにいつものように「美味な羞恥の感情ご馳走様である♪」と言ったところでカズマがわなわなと震えながらバニルを指さした。

 

「お、おおお前…!?あんなの喰らってまだ生きてたのか!?」

 

「む?吾輩とてあれほどの攻撃は予想外であったぞ?おかげでしっかり逝くことができたわ、フハハハハッ!」

 

「いや生きてるじゃねぇか!?」

 

「何を言う、よく見るがいい!」

 

バニルはカズマにその顔を近付けると自身の仮面の額部分を力強く指さした。そこにはよく見ると『Ⅱ』の文字が刻まれている。

 

「この通り今の吾輩は1度死んだことで残機が減って2代目バニルさんということだ!」

 

「なめんなっ!!」

 

フハハハハッと店内に響き渡るバニルの笑い声、怒り荒れるカズマ、しゃがみこんで顔を隠すダクネスと状況はカオスになっていた。ウィズに至っては苦笑しかできていない。

 

「あ、あの…それで貴方は…これからどうするんですか?」

 

そんなカオスな状況ではあったがゆんゆんがおそるおそる問う、その質問はカオスだった空間を落ち着かせるには充分なものだ。気付けば全員の視線がバニルに移っていた。

 

「吾輩は今後この店で働くことにした、なお魔王には魔王軍幹部は昔から1度死んだらやめると言っておったのでな」

 

「…では…もう貴方を…」

 

「む?」

 

ずっと無言で震えていたアリスがここでようやく口を開いた。その目は涙ぐんでいて、思わずバニルは半歩後退した。

 

「…貴方を倒す必要は…もうないんですよね…?」

 

「…い、如何にも…、戦いたいと言うのなら受けてやらんでもないが今の吾輩は魔王軍の幹部ではない」

 

その瞬間にアリスの感情は爆発した。生きててよかった、ウィズを悲しませることにならなくてよかった、もう戦わなくてもいい、そんな想いが爆発するとアリスはその場で座り込んで大泣きしてしまった。これにはバニルも呆気にとられるばかりである。

 

「…ウィズさんはお友達なんでしょう?…でしたら…あまりお友達を心配させないでください…!」

 

「……友情の概念が異常に重い少女よ、それは価値観の押し付けだ。…とはいえ今後このようなことはない、なので安心するがいい」

 

そんなアリスにウィズはカウンターから出てきてアリスの頭を優しく撫でていた。ゆんゆんと立ち直ったダクネスはアリスを優しげに見守り、アクアはたじたじになった悪魔を煽りたかったがやれやれと息を吐き、カズマとめぐみんは無言でそんな様子をどこか微笑ましく見ていた。

 

「…やれやれ、その感情は吾輩の好みの感情とは違うのだがな…」

 

もはや嘆きに近いバニルの独白は誰の耳にも入らなかった。

 

 

 

 

 

 



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五章 ―勇者と賢者―
episode 58 再び王都へ



視点アリス+「アリスの台詞付」の形にしてみます。形式がコロコロ変わってすみませんm(*_ _)m






 

 

 

数日後。

 

私とゆんゆんは王都に来ていました。…と、いうのも本来私とゆんゆんはカズマ君達と同じパーティではないので前回のような魔王軍幹部とか絡めば一緒するケースもありますが普段はそうもいきません。

理由としては少し前のミツルギさんと同じで、レベル差です。私のレベルはバニル討伐もあり44に。ゆんゆんは41になっています。

とはいえカズマ君達も低いわけでもないのですが、カズマ君のパーティで1番レベルが高いのは意外にもめぐみんだったりします。そのレベルなんと33。

どうやらデストロイヤーにトドメを刺した際に一気に上がったようです。その次のカズマ君が26。カズマ君に関しては暇を見てウォールと狙撃を使い例の初心者殺しをやっていたんだとか。

 

閑話休題(それはそれとして)

 

「アリス…その…本当に大丈夫かな…?」

 

「心配しすぎですよゆんゆん、何時ぞやのようなことにはなりません」

 

ゆんゆんの心配している事は数日前にバニルに言われた事がきっかけ。それは衝撃的なものだった。

 

『せいぜい気を付けるのだな、蒼の賢者と呼ばれし少女よ。王都での襲撃、狙いは汝なのだから』

 

 

私が聞くまでもなくバニルはこのように言ってきた。問い詰めたところでそれ以上教えるとなると対価が必要になると言われてやめておいた、悪魔と取引とか怖すぎますもの。何よりも狙いが私と分かっただけでも収穫だ、それならさっさと自分を餌にして犯人を捕まえてしまいたい、そんな想いが強かった。私を狙ったことも気になるけどあの事件のせいでアイリスは週に1度しかない貴重な時間を潰されたんだ、絶対に許さない。

 

勿論無策ではありません、まずはスキルで対策。

アークプリーストはクルセイダーと同じようにスキルに聖なる加護という1部の状態異常耐性があります。とはいえこれは耐性値を25%程度あげる微妙なものですがそれでも呪いや睡眠、麻痺、沈黙などの異常耐性をあげられる以前までは数値が微妙なことでとってなかったのですが今はしっかりとりました。ないよりはマシというやつです。

 

更に沈黙などを回復するポーションも常備するようにして、準備は万端いつでもかかってきなさいなのですよ。

 

「とはいえ…いつ来るかわからないような襲撃を待つ暇もありません」

 

「う、うん…」

 

狙いが私と分かったところで、いつ襲撃に来るかまではわからない。だったら今まで通り王都でクエストを受けて活動してればそのうちやってくるのではないか、という目論見で私とゆんゆんは2人で冒険者ギルドへと足を運ぶことにしました。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

午前中の冒険者ギルドとあって中はそこそこに強そうな冒険者の面々が存在する。依頼を探そうと提示板に移動すると見知った顔を見かけた。

 

「ん?…アリスにゆんゆんか、久しぶりだね」

 

こちらに気が付くなり軽く手を振ってきたのは青い鎧が印象的なミツルギさん。未だに私はこの人には頭があがらないのだけど彼はそんなことお構い無しに絡んでくるから少し苦手だったりする。嫌いとかではないのだけど、男の人にあまり慣れてないからかもしれない。カズマ君はそーいう対象に何故か見れないというか周りに美少女いっぱいいるからね、とりあえず除外。

 

「お久しぶりですミツルギさん、今日はクエストです?」

 

「うん、丁度いいクエストを見つけたから今はメンバー待ちかな、君達が来てくれたら心強いのだけど良かったらどうかな?」

 

そう言うなりミツルギさんは私達に依頼書を見せてくれた。

 

 

 

 

 

ティラノ・レックスの討伐依頼

 

 

 

 

王都とエルロードの中間地点にあたる街道にティラノ・レックスが現われ、エルロードまで行く旅人や商人が通行困難な状況になっています。

おそらくはぐれであり、確認された討伐対象は一体になります、至急討伐お願いします。

 

 

 

 

討伐報酬 180万エリス

推薦討伐レベル 42 (3人以上のパーティ推薦)

 

 

 

 

 

 

私はそれを見て異常に感じた。私は見たことは無いが調べた限りではティラノ・レックスとは本来魔王領付近に生息する獰猛な恐竜だ。エルロードとは逆方向に位置するのでそんな所にいるのはどう考えてもおかしい。

 

ちなみにエルロードとはカジノで栄えた王国らしい。

 

「何故こんなところにティラノ・レックスが…?」

 

ゆんゆんも同じ感想を持ったようで考えるそぶりを見せている。

 

「そこまではわからないがこのままでは人々が満足にエルロードまでの行き来ができなくなってしまっているからね、それで良かったら…」

 

「分かりました、よろしくお願いします、ミツルギさん♪」

 

「うん…わかった、それでは仕方ないね、また今度にでも…え?」

 

私の答えを聞くなりミツルギさんは分かっていたかのように呟き、踵を返して去ろうとしたところでピタリとその足を止めた。一体どうしたのだろう?

 

「えっ?う、受けてくれるのかい!?」

 

「?…えぇ、断る理由はありませんし、ゆんゆんも構いませんよね?」

 

「う、うん、私は大丈夫だけど…」

 

推薦レベルも問題ないしこれは上手く行けば1日か2日で終わるような美味しい依頼だ。ティラノ・レックスがどれくらい強いかわからないけどまさか魔王軍幹部より強いことはないだろう、それも一匹だけだし楽なお仕事だ。

それなのにまるで私達が断ること前提でいるミツルギさんの様子は首を傾げるしかできない、本当になんなのだろうか?

 

「あ、いやその…僕が誘う度に断られていたからね、もしかしたら嫌われているのかと…」

 

「…えっ」

 

どうやら思ったよりミツルギさんはナイーブだったようだ。私としては今まで数回誘われて断っていた理由はレベルが離れすぎていたりミツルギさんが持ってくるクエストの推薦レベルが足りなかったりしたから断っていただけで別に彼が嫌いだから避けていたわけではない。

 

「そんなことはないですよ?何より嫌いになる理由がないですし」

 

「そ、そうですよ、感謝はしてますけどそんな風には…」

 

「そ、そうかい?ありがとう、それじゃ今日はよろしく頼むよ」

 

どうも思い込みが激しい性格は変わっていないようだ。カズマ君に聞いた話だとアクア様を無理矢理拉致したと勘違いした上に難癖つけて決闘を申し込んだらしいのだから、それも当時37のソードマスターがレベル1桁の冒険者に。

彼の名誉の為にせいぜい美化させてもらうとミツルギさんは思い込みが激しいのでカズマ君を女神様を攫った悪党くらいにしか思っていなかったのだろう、思い込みの激しい故に。

更に一緒にいるダクネスやめぐみんも弱みを握られていると勘違いしてミツルギさんは引き抜きをしようとしたらしい、思い込みが激しい故に。

おかしいなぁ、生前そんな噂は聞いた事なかったはずだけどここまで空回りした残念さであそこまでモテるのだろうか?…まぁルックスだけでモテていた説もあるけど多分生前はその思い込みの激しさがプラスに働いていたのかもしれない。それにその思い込みの激しさ故の行動力に私は当時助けられたのだからそこまで悪くも言えないまであったりする。

 

 

その話はこれくらいにしといて、忘れてはいないけどミツルギさんには私が狙われる事を話しておくべきなのだろうか。

 

…うん、不安だ。

 

何故なら彼の持つ残念性である思い込みの激しさにある、私が狙われることを話したらどうなるだろうか?

おそらく私に何気なく近付いた無関係の人にまで剣を向ける可能性すらある、向けるだけならまだいいけどその相手に怪我までさせてしまったら【魔剣の勇者、辻斬り】と明日の朝刊の三面記事に載ってしまうことは避けられないし元はと言えば私が原因なので私のせいでそんな余計な罪を着せる訳にも行かない。

以上の事を考えると彼に私の事を話すのはやめておいた方がよさそうだ。

 

思わずため息が出てしまう、なんか私の周りって変な人多すぎません?今更?そうでしたよちきしょー。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

ティラノ・レックスの目撃地点までは馬車で半日近くかかるので今から行けば目的地に付くのは夕方くらいになる。そこで探索して見付けたら討伐、見付からず夜が深けてくるようならゆんゆんがその場でテレポート登録した上で王都までテレポートで飛べば次の日はそのままテレポートで現地まで飛べる。

 

そんな訳でこれなら食料はお昼ご飯だけあれば充分なので日持ちする食材に拘らなくて済む、馬車の中でおいしいご飯を食べて帰りはテレポートだからそれ以上の荷物はいらない。まさにテレポート様様である。

 

「なるほど、確かにそれは楽しい移動になりそうだね、本当にテレポートは便利で羨ましいよ」

 

「便利な女ゆんゆんですね」

 

「なんかそれ嬉しくない!?」

 

最近私のゆんゆんへのからかい方がめぐみんに似てきている気がするけどあそこまで悪意はないのできっと許してくれる、うん。

 

そんな訳でギルドに頼んで冒険者移動用の馬車と御者さんを依頼する。アクセルにはこんなシステムはないけど王都では普通にある。地味に馬車の貸出料と御者さんの人件費としてお金はかかるけどメンバーの中に馬車なんて動かせる人がいないのだから仕方ない。

 

「よろしく頼むよ、っておいおい、若くて可愛い女の子2人にイケメンが1人か?まったく羨ましい限りだな、ははっ」

 

御者さんは気楽な感じの30手前くらいの青年だった。人当たりのよさそうな様子はこちらとしても安心できる。

 

「道中よろしくお願いします」

 

「あぁ、任せてくれ、ただ俺は戦えないからな、悪いが魔物が来たら守ってくれよ?」

 

「は、はい!頑張りますっ」

 

ミツルギさんが対応して握手をし、ゆんゆんも元気に応える。私もまたぺこりと頭を下げると同時に御者さんの身なりなどを怪しまれない程度に確認する。

 

私はあくまで狙われている。だからこうやって初対面の人に気を許すつもりはない、本当に戦えないのか?どこかに武器は隠してないか?

見れば腰に小さな短剣が見えるがそれだけで疑うのも失礼な話だ、これから魔物の生息地に行くのだから戦えなくても最低限の武装はするだろう、短剣1本で恐竜相手に何ができるかはわからないけど。

 

この件が解決するまでこうやっていちいち初対面の人を相手に警戒しなければいけないのかと思えばそっとため息を吐きたくなる、気疲れするし相手に対しても申し訳ない。

 

…何よりもこうして考えたところで私を狙う理由が思い浮かばない。あるとすれば私の魔法くらいだろうか?でもだからと言って攫おうとするのはやはりわからない。

 

「アリス、馬車の準備できたみたいよー!」

 

考え込んでいたらゆんゆんの声が聞こえてきた。見ればミツルギさんが御者さんとともに荷物を積むのを手伝っている。

 

「ごめんなさい、すぐいきますー!」

 

私はそう告げると様々な想いを隠すように馬車へと乗り込んだ。

 

 

 



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episode 59 勇者の苦悩

「噂で聞いたよ、魔王軍幹部のバニルを倒したそうじゃないか、僕もうかうかしていられないな」

 

「ミツルギさんがいたら心強かったんですけどね」

 

街道沿いに馬車が走る中、ただ景色を見ている訳にも行かず自然と雑談に興じていた。

それにしても確かに倒してこうやって冒険者カードに刻まれているのはいいけど当の本人は元気にウィズさんのお店で働いているのだけどそれはいいのだろうかと疑問に思うだろう。当然ながらウィズさんの店が普段客入りが少ないとはいえ全く人目につかない訳では無いのでバニルの存在は既にアクセルの1部の冒険者により確認されている。というよりもあれからバニルは当たり前のように早朝の街のゴミ掃除やらに精を出し既に近隣住民の主婦と仲良くおしゃべりしているという。聞いた時は意味が分からなかった。

冒険者ギルドとしてもバニルがアクセルの街にいることは周知なのだが、そこはウィズさんが上手く話して説得したらしい。

冒険者ギルドから見たウィズさん個人は元冒険者で腕利きのアークウィザードとしてしか見ていないので改心した悪魔をウィズさんが監視するという名目でいるので大事にはならなかったそうな。実際に監視されているのはウィズさんのほうなのだが、お店の経営的な意味で。

 

「僕ももっとレベルをあげたいのだけど…最近パーティを組むのが難しくなってね…1人でやろうにも限界はあるし…」

 

思い悩むミツルギさんのレベルは前回と変わらず45。追いつけそうである私としては嬉しいけどミツルギさんとしてはそうもいかない。

と、いうよりも意外なのだがミツルギさんは魔剣の勇者として王都で名前が売れている反面、1部の冒険者からは割と嫌われていたりする。

理由としては僻みもあるのだろうけど私としてはその行動力にもあるのかもしれないと思っている。

 

そんなことを考えていたら馬車から少し離れた平原に一匹の翼竜、ワイバーンと対峙する冒険者らしき人達の姿が見えた。おそらくクエストをこなしているのだろう。ただどうやら苦戦しているようだ。

 

パーティ編成は見る限り3人、若い男性の剣士とパッと見性別のわからない中性的なウィザードらしき人と女性のアーチャーと思われる、流石に見た目だけでは細かい職業まではわからない。

 

「あの人達…大丈夫かな…?」

 

「厳しそうだね、ちょっと僕が行って助けてくる」

 

「いやダメに決まってるじゃないですか、何を言っているのですか」

 

「…っ!?アリスこそ何を言ってるんだ?あのままではやられてしまうかもしれないんだよ!?」

 

はい、ミツルギさんの無駄に強すぎる正義感スイッチが入りました。勿論本当に危ないのならクエストどころではない、命の危機なのだから助けるのが人として正しいだろう。とりあえず説明がめんどくさいので私が行くしかなさそうだ。

 

「御者さん、馬車止めてください、私が行きます」

 

「あ、あぁ、気をつけて!」

 

御者さんはすぐに馬車を止め、ミツルギさんが何やら言っているけど私は無視して馬車から飛び出し、その冒険者達の元へと向かう。パーティの人達はワイバーンに夢中で私に気が付かないようだ、このまま後ろから支援してしまおう。

 

「ハイネス・ヒール!」

 

前衛をしていた剣士の人は突然の回復魔法に驚くが私の姿を一瞥するなり安堵したようにワイバーンに向き直した。

 

「誰だか知らないけど回復感謝するよ!みんな、もう少しだ!」

 

「あぁ!」 「うん!」

 

剣士さんの掛け声で士気が上がったようだ。声からしてウィザードの人は男の子のようだったけど特に関係ない。私は一通り支援魔法を使い、やられそうなワイバーンを見るなりもう大丈夫だろうと馬車へと走る。

 

「あの子って蒼の賢者!?あ、ありがとうございました!」

 

「本当に助かりました!蒼の賢者さん!」

 

「いえいえ、頑張ってくださいね♪」

 

これはMMORPGでよくある辻支援というやつである。ほぼ善意のみなので恨まれるようなことはまずなく、このように感謝されることが多い。ゲーム大好き少女だった私としては正にゲームに入り込んだようなこの世界のルールの順応は早かったと思う。おかげで蒼の賢者のイメージは王都でもかなり向上傾向にある、別にそんなことが目的でやっているわけではないのだけど。

 

「お疲れ様、でも僕が行っても良かったんじゃないかい?」

 

馬車に乗り込み出発したところでミツルギさんがこんなことを聞いてきた。その瞬間に確信した、この人は私よりもこの世界の先輩にも関わらずこの世界のルール…もとい冒険者としての根本を理解してなさすぎる。そしてこれこそが彼が1部の冒険者から嫌われている由縁なのだろう。

 

「あ、あの…ミツルギさんがあのまま向かっていたらどうしてました?」

 

ゆんゆんとしても考えは当然私と同じのようで、言いにくそうではあるが聞いてみていた。ミツルギさんは不思議そうな顔をするものの、さも当然といった表情でいる。

 

「勿論ワイバーンを倒していたさ、その方が確実に安全だろう?」

 

「はぁ…」

 

予想通りの答えにゆんゆんはため息を隠せなかった。私としてもこれについては呆れるばかりである。

 

「ではあの冒険者の人達は何故ワイバーンと戦っていたのでしょう?」

 

「それは…おそらくクエストでは……あ」

 

「ではそのままミツルギさんがあのワイバーンを倒していたらそのクエストはどうなってます?」

 

「……」

 

落ち着いたところでようやく自分のやらかそうとしていたことにミツルギさんも気が付いたようだ。気まずそうな顔をしている。

あの冒険者の人達はクエストでワイバーンを狩りに来ていたのだろう。ならばそれをミツルギさんが救助という名目で横取りしてしまうとどうなるか。当然ながらクエスト達成にはならず、他のワイバーンを探したり最悪クエスト失敗となり違約金を払わなければならなくなる。ミツルギさんのあの躊躇のない動き方からして実際に救助という名の余計なお世話は初めてではないと確信がもてるしこれが1部の冒険者に嫌われている原因だろう。

 

だが勿論クエストどころではなく本当にピンチの場合もあり、そういった人達は感謝しているだろうがその辺のさじ加減は難しいのかもしれない。

 

基本的に冒険者というのは生活の為にやっている人が多い。打倒魔王軍などと考えて冒険者でいる人々はほんのごく1部だ。だからこそあのように悪意のない善意による行動は恨まれても仕方ないのである。一方私の場合は支援のみなのでクエスト失敗などの影響は一切ない。ようはやり方の問題なのだ。

 

ではそんな不幸にも善意の被害にあった人達はどうするか?これも対応が難しい。冒険者ギルドとしてはこういった横槍行為は禁止にはしていない、禁止としてしまえば本当に危ない場合助けることができなくなってしまうからだろう。だから冒険者ギルドに泣きついてもミツルギさんになんらかの処分があることはない。

それに本人は悪意0%の1000%善意でやってるので余計にタチが悪い。助けられた冒険者も苦笑しつつ泣き寝入るしかないのだ。

これが普通の冒険者なら文句のひとつもあるかもしれないが相手は王室にも呼ばれたことのある有名な魔剣の勇者だ、助けられるような弱い冒険者が太刀打ちできるはずもないという現状だった。なのでそうならない為にはそもそも助けられるような難しそうなクエストを受けるなと言われたらその通りでもあるのかもしれない。

 

 

「言われてみると思い当たる節が多いかもしれないね…思い直したら恥ずかしくなってきたよ…」

 

「ミツルギさんって、以前は他の方と固定パーティを組んでいたのですよね?何も言われなかったのです?」

 

カズマ君達から取り巻きのようにいるパーティメンバーの話は聞いたことがあった。あまり気持ちのいい捉え方はしていなかったようだが。

 

「フィオとクレメアのことかな、彼女達は基本的にキョウヤのやることなら正しいから大丈夫と言ってくれてたから気にしてなかったんだけど…」

 

平然と話すミツルギさんの言葉を聞いて私はそっと頭を抱えた。本来足枷となるべき仲間が促進したことで歯止めが効かなくなっていたのだろう。同時にふと前世でのミツルギさんの狂信者を思い出して個人的にはいい気持ちはしないのが本音だったりする。

 

そういえばその2人は今どうしているのだろう?私としては未だに出逢ったことがないので興味があった。無論話に聞く限りでは出逢いたいとは思わないのだけど。妙なイチャモンをつけられる気しかしない。

ただミツルギさんのパーティの内部事情なんて聞く気にもなれないしちょっと踏み込みすぎな気がするので聞けないが正しいのかもしれない。

 

「フィオとクレメアとは…パーティを解散したんだ…」

 

「えっ…?」

 

聞けないと思っていたらまさかのミツルギさんの方から話してくれるようだ。私とゆんゆんは黙って彼の話を聞くことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

フィオとクレメア。

 

彼女達との出会いはアクセルの街、ミツルギさんがまだこの世界に転生したての頃に声をかけられたのがきっかけらしい。

それから固定パーティを組んでやってはきたものの、魔剣グラムの力が大きく、基本的にミツルギさんが率先して討伐してきたことでレベルは瞬く間に2人と離れていき、彼がレベル37になった頃の2人のレベルは20前後だったそうだ。

カズマ君に負けたことで誰にも頼らず自分を見つめ直したいとミツルギさんが言い、1度パーティは解散、ただその当時は時間をおいてまたパーティを組むつもりだったようだ。

 

だけど最近再会した2人とミツルギさんには明らかな意識の違いがあった。

 

ミツルギさんの最終目標はあくまで女神アクア様から賜った魔剣グラムを誇りに魔王討伐という大きな目標を持っている。

対して2人としてはそこまで考えてはいない、せいぜい大好きなミツルギさんと居れたらそれでいい程度のものだ。

ミツルギさんとしては出逢った当初からその目的について話してはいたものの、2人はそこまで考えてはいなかったらしい。

 

だからこそ生まれた亀裂。その違いはレベル差にでていた。

 

再会したフィオとクレメアのレベルはどちらも25前後、ミツルギさんのレベルは45。とてもではないが対等なパーティとは言えない、このまま組んでもミツルギさんの足を引っ張るだけなのは間違いないだろう。

無論元からレベル差は大きくあったので何を今更と思うかもしれないがこれはお互いの意識の問題に直面したからこそ生まれた亀裂でもある、レベル37のミツルギさんが45になるのと20前後の2人が25前後になるのにかかる苦労は雲泥の差なのだから。

いくらミツルギさんが大好きとはいえ2人にも冒険者としてのプライドも少しながらあったようだ、このままパーティを戻したとしてミツルギさんの迷惑になるだけだと確信したのだ。

勿論ミツルギさんは昔からパーティを組んだ仲間である2人との別れをよしとはしなかった。気にしなくていいから着いてきてくれと言ったらしい、2人にとってそれが何よりも残酷なことなのかも知らずに。

 

もはやここまでレベル差があり、そのままパーティになれば周囲の目はどのように見るだろうか?寄生、取り巻きなど、まず対等な仲間として見る人はいないだろう、これが残酷でなくてなんなのか。

 

だからこそ2人はミツルギさんから離れた、ミツルギさんのことが大好きな故に、これ以上負担になりたくはないと。

 

 

……ミツルギさんと同じく、私もチートを受け取っているからこんなことを私が思うのはおかしなことなのかもしれない。だけど仮にもしミツルギさんにグラムがなかったらどうなっただろうとふと考える。

 

まずここまでレベル差が出来ることはなく、もう少し対等な仲間でいられたのではないだろうか。

私の場合はのんびりアクセルでクエストをこなしてきたからそうでもなかったがミツルギさんの場合はトントン拍子でレベルをあげてそのまま即王都で活躍を続けてきた。境遇の差も大きいのはただ不運としか言えない。

 

ただ遅くはなったけどパーティ解散はミツルギさんにとっても良かった事ではないかとも思えた、そのまま2人が取り巻きでもいい、ミツルギさんと居れたらと考えていたらミツルギさんの状態はなお酷くなっていたのかもしれない。

 

 

 

私と隣に座るゆんゆんは顔を見合わせてお互いの気持ちを理解した。そっと2人で頷くと、2人してミツルギさんの方に顔を向けた。

 

「ミツルギさん、もし良かったら私たちと固定パーティを組みませんか?」

 

「えっ!?」

 

突然の申し出であったからか、ミツルギさんは呆気に取られたような表情をしてました。でもその表情はすぐに綻び、少し嬉しそうでもありました。

 

「ほ、本当にいいのかい?」

 

「勿論ですよ、貴方さえ良ければ…条件はありますけどね」

 

「条件?」

 

「はい、条件です。これはゆんゆんと組んだ時にも言ってます…、パーティを組む以上、私達の関係は対等です、仲間である以上助け合いはしますけど、一方的なものはなしです」

 

言わないけどようは前のパーティみたく甘やかしまくりな調子だとこちらが困るのですよ。もっともミツルギさんにそんな気があってもそんな施しは受けるつもりはありませんけど。

ミツルギさんは少し考える素振りを見せて、力強く頷いてくれた。

 

「…わかった、それじゃあこれからよろしく頼むよ」

 

「こ、こちらこそよろしくお願いします!」

 

「はいっ、よろしくお願いしますね♪」

 

こうしてミツルギさんがパーティにはいってくれることになりました。私達としても前衛の仲間は欲しかったのでちょうど良かった。

 

やがて馬車は目的地に近付き、太陽が沈みかけていた。本番はこれから…です。

 

 

 



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episode 60 変異種ティラノとの戦い


お昼休み使って書いてたらなんとか書けたので即投稿。次回は明後日かな…




 

 

時刻は夕暮れ。予め指定されていた目的地に着いたので馬車から降りて周囲を見渡す。

 

街道から見えるのは見渡す限り広大な平原と森、岩場。夕暮れ時ながらその平原は一面を見渡せて、オレンジが照らす平原の草々は風に揺れる。

 

…と幻想的な光景に目を瞬かせていたけど、すぐに現実に戻る。

 

「…いませんね、ティラノ・レックス」

 

「全長5m以上あるらしいからこの平原にいたらすぐにわかるはず…ということはおそらく…あの森の中か…」

 

「さ、流石にもうすぐ暗くなるのに森の中は…」

 

ちなみに馬車と御者さんは既にゆんゆんのテレポートにより王都に帰還させている。少し探していないのであればこちらとしても一旦王都に帰ってから明日の朝にでも来るしかない。

 

「あの岩山を登ってみたらもう少し見晴らしがいいかもですね」

 

「だ、大丈夫かな…?結構高いけど…」

 

岩場は平原と森の間を遮るように存在していて、凸凹していて登れなくはなさそうだ、1番高い岩山に登れば森も一望できそうではあるけどはてさて私に登れるかな。

 

「待ってくれ、ここは僕が行くよ」

 

いざ登らんと岩場に走ろうとしていた私に制止がかかる。おそらく危険だからミツルギさんが引き受けようとしているのだろうけど私としては先程馬車で対等な関係でいたいと話したばかりだ。

 

「ミツルギさん、馬車で言いましたよね?」

 

「あぁそうだね、だけどこういう事は仲間以前に男として譲るわけにはいかないな、女の子が率先して危険なことをしようとしているのを男として黙って見ている訳にはいかないだろう?」

 

そんな事を言うミツルギさんの顔は真剣そのものだった。ゆんゆんを見ればキョトンとして首を傾げている。ようは私と同じでよくわからないのだろう。

 

「う、うーん…そういうものなのです?」

 

「そうだね…、ようは男はカッコつけたがりって事さ、僕の顔を立てると思って任せてくれないかい?」

 

それを聞いて私は悩むように考えているとミツルギさんはそのまま岩場に向かって行ってしまった。言われてみればダストやキース、テイラーさんにもそんな一面はあったような気もする、ミツルギさんほど堂々とはしていなかったけど。

 

「…男の子ってめんどくさいですね…」

 

「う、うん…そう言われたら…その、少し不安になってきたと言うか…その…」

 

私がそんな事を呟けばゆんゆんは顔を赤くしてもじもじしていた。何か照れさせるようなことを言ったつもりはないのだけどどうしたのだろう?

 

「不安…ですか?」

 

「う、うん、よく考えてみたら私って、男の人とパーティ組んだことあまりないから…」

 

「…あー」

 

言われてみれば私が知っている限りではゆんゆんが男の人とパーティを組んだのは最近バニルと戦った時のカズマ君くらいしか記憶にはない。

私としてはテイラーさんのパーティにいたのでそんなことはないのだけどゆんゆんの場合はテイラーさん達を紹介したにも関わらずパーティを組むことはなかった。もっともこれはゆんゆんよりも男共の対応が原因なのだけど。

 

まずダストは出会うなりゆんゆんをナンパし始めた。私が13歳の子に何してるのですか!と言ったら物凄い驚いてガッカリしながら引き下がったけどまぁその気持ちはわからなくもない。

キースやテイラーさんもそこまでではなかったけどゆんゆんに対する視線が胸にいってたのは私もリーンもすぐ理解できたのでおしおきしておきましたけど。

まぁそんなわけで結局ゆんゆんがパーティを組めたのは私とリーンしかいなかったという。

とはいえ胸に目が行っちゃうのはゆんゆんの服装にも問題がある気がする。

 

「昔から気にはなっていたのですがゆんゆんはどうしてそんな胸元を強調した服装なのです?」

 

「えっ…ど、どうしてって…その、紅魔族としては割と普通のファッションなんだけど…」

 

ふむ、と私はふと考えるように思い巡らせる…とはいえ紅魔族の比較対象がゆんゆん以外だとめぐみんしかいないのも困りものだ。

 

「めぐみんはそこまで露出高くないような…」

 

「…あの子は…強調する胸が…その…」

 

「ほう、私の胸に対して言いたい事があると言うのなら聞こうじゃないか!」

 

「っ!?!?め、めぐみん!?」

 

ゆんゆんは慌てて周辺を見渡す。しかしながらめぐみんはどこにもいない、いる訳が無い。

 

「あの、今のは私なんですが…そんなに似てました?」

 

「えぇ!?」

 

即興でめぐみんの声真似をしてみたのだけどそこまで似ていたのだろうか?自分としてはよくわからないので首を傾げておいた。

 

「似ていたなんてレベルじゃなかったんだけど!?」

 

「そんなことよりミツルギさんは登りきったようですね、こちらに向けて手を振ってます」

 

「そ、そんなことって…今はいつものアリスの声なのに急にめぐみんと話してる感覚になってきた…」

 

見れば私が言ったようにミツルギさんは岩山のてっぺんに登りきり、こちらが向くなり周辺を見渡している。ただどうやらターゲットは見当たらないようだ。その場で首を横に振っていた……その時だ。

 

「……ねぇアリス…あの岩山…」

 

「…なんか動いてるような気がしますね…」

 

ゴゴゴゴッと揺れ動くミツルギさんの足場、これにはミツルギさんも驚きふらついている。岩山からはゴロゴロと小石が落ち、そしてそれが起き上がるようにすればその動きで足場を失ったミツルギさんはそのまま落ちてしまう。

 

「ミツルギさん!?」

 

「くっ…!」

 

ミツルギさんは落下体勢にも関わらずそのまま魔剣グラムを抜くとそのまま足場だった岩山に思いのまま横から剣を突き刺した、それにより刺したグラムを両手で掴み宙ぶらりんの状態になった。その動きはハリウッド映画でも見ているかのようだ。

 

『ぐおおぉぉぉぉ!?』

 

何処からともなく絶叫が響く、それは正にミツルギさんの足場であった岩山から聞こえてきた。

 

「まさかこれがティラノ・レックス…?」

 

「誰ですか5mくらいとか言ってたのは、これそんなものじゃないでしょう!?」

 

起き上がった灰色の恐竜は5mどころか10mはありそうだ。その大きさは元やっていたゲームのレアモンスター、アルコイリスを彷彿とさせる。

 

…アルコイリス…?

 

ふと思い出した。元ゲームでのアルコイリスというモンスターは実装された時はそのレベルに見合わぬ強さと凶暴性で話題にすらなった。強靭な守備と突進したり暴れまくるので攻撃するのも一苦労。そんなモンスターの対処法は様々であり、その中のひとつには今私が使えるスキルによるものがあった。

 

今の状態はミツルギさんが巨大な岩山だったものがその場で暴れ、振り回されている状態だ、このままでは振り落とされてしまう。

だけどゆんゆんはもちろん、私もまともに攻撃をする訳にはいかない、下手に攻撃すれば余計に暴れてしまいそうだ。

 

だけどかつてゲーム内でやったようにやればミツルギさんの安全を確保できるかもしれない。意を決したように私はコロナタイトの魔晶石を杖にはめ込み、詠唱を開始した。

 

「ミツルギさん、攻撃しますので衝撃に備えてください!」

 

「…っ!?……わ、わかった、君を信じよう!」

 

信じると言ったミツルギさんと同じなのか、ゆんゆんは不安そうではあるものの私に何も言うことはなく、信頼と希望をその目線で私へと投げかけていた。次第に魔晶石がスパークを起こす、私を駆け巡る魔法陣は光属性特有の優しくも強い光を放つ。

 

「神聖なる全てを貫きし槍よ、かの者に天の裁きを…!《バニシング・レイ》!!」

 

それは光属性が追加されたランサー(バニシング・レイ)、白銀に輝きし巨大な1本の大槍は光と共に空に構築された魔法陣から降り注ぐとその巨大な体躯を一直線に撃ち貫く。

 

「ぐっ…」

 

揺れ動くミツルギさんだけど振動はすぐに収まる。一瞬呆気に取られるものの動かないならチャンスだ、そう考えたのかミツルギさんは足で蹴るようにグラムを引き抜くとそのまま落下し、地面まで残り2mくらいで再びその巨大な体躯へとグラムを突き刺す。それでも巨体が動くことはなく、そのままミツルギさんは地面へと飛び降りた。

 

ランサーの追加付与効果として停止という状態異常がある。使った私も忘れていたけど。以前ゲーム内ではその効果を利用して巨大なモンスター、アルコイリスの動きを一時的に止めていたのだ。ただ停止時間はそこまで長くはない、やがてその巨体は動き始める、それでもミツルギさんはそのまま体制を整えるように私達の元へ盾となるように走り、そして改めて向き直る。

 

「助かったよ、ありがとう」

 

「まだまだここからですよ、行きますよ?ゆんゆん」

 

「う、うん!」

 

体長10mは余裕であるだろう巨体、まさに見た目そのものはティラノサウルスのようだが鱗の色は灰色、そして先程のミツルギさんが刺した箇所はぶくぶくと泡立っている。

 

「あれって…回復してる…?」

 

「私の攻撃もあまり効いてはいないみたいですね…」

 

「…なら、回復が追いつかないほど攻撃すればいい…!援護は頼んだよ!」

 

「「はい!」」

 

ミツルギさんが両手にグラムを構えて駆ける、私とゆんゆんはすぐ様魔法の詠唱にかかる。恐竜はその場で身震いを起こしたように揺れ動き、ドスンドスンと地響きを鳴らし私達へと向かって来る。

ミツルギさんは跳躍するとともに向かい来るその恐竜の爪をグラムで一閃、華麗に切り裂いたと同時にそのまま恐竜の腹部へと斬撃を加えた。

 

やっぱりこの人は強い、私が見た近接の職業の人の中でも間違いなくトップにはいるだろう。頼りになる前衛の存在に自然と詠唱に力が入る、以前のミノタウロスのような醜態はもう晒せない、汚名を返上したい、本人はそんな事を思ってはいないだろうけど私にはそんな想いが強く存在していた。水の魔晶石に付け替えた私の杖は淡い青色に輝く。

 

「顕現せよ絶氷の刃よ、狂い踊りて凍てつかせ!《フリーズ・サイクロン》!」

 

「闇色の雷撃よ、我が敵を撃ち貫け!カースド・ライトニング!!」

 

恐竜の足元に魔法陣が出現し、そこへ極大の氷の竜巻が出現すると、無数の氷牙は恐竜を斬り裂く、ミツルギさんがそれに合わせるように距離を取ればゆんゆんの放った黒き雷光はその竜巻にまとわりつくように駆け回る。

 

私はミツルギさんとゆんゆんのちょうど間に位置する場所に立ち、追加で詠唱を始めた。

 

「まだ回復してます、攻撃を緩めないでください!《クイックアップフィールド》!」

 

私がそう唱えれば、私を中心に地面にはオレンジ色の霧状の粒子が出現する。攻撃速度と詠唱速度を大幅にあげる効果のあるそれは、まさに今の状況にぴったりの支援魔法だ。

 

「これは…!」

 

「カースド・クリスタルプリズン!!…インフェルノ!!…カースド・ライトニング!!…ライト・オブ・セイバー!!」

 

ミツルギさんの目にも止まらぬ斬撃は本人すら驚き、続いてゆんゆんの鬼のような上級魔法乱舞が炸裂する。

 

ある箇所は燃えて、ある箇所は凍りつき、ある箇所は静電気に連動するようにスパークを起こす。もはや虫の息となった恐竜は、ゆんゆんの怒涛の連続魔法によってその場に倒れ伏した。倒れた時には今までで1番の地響きが鳴り、それは数秒にも続いた。

 

呆気に取られたミツルギさんだったが、次第に状況を把握したようにこちらに振り向き、駆け寄った。

流石にゆんゆんは魔力ギリギリまで使ったせいか肩で息をしながらその場に座り込んだ。

 

私はクイックアップフィールドの展開を終えるなり、その場でふうと一息ついて、ゆっくりとだけど穏やかに告げた。

 

「お疲れ様でした…♪」

 

本当に強く頼りになる仲間に逢えた、そんな喜びから、自然と笑顔になっていた。

 

 

 

 

 

 



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episode 61 新たな幹部の影



投稿は明日だと言ったな、あれは嘘だ。
基本4000文字目標にしてて今書いたら6500越えてました、感想いっぱいきたのでやる気でちゃった♪←






 

―王都の冒険者ギルド―

 

無事討伐を果たした私達は翌日の朝、念の為に他にいないか散策し、森の中まで探したが他にティラノ・レックスと思われる魔物は見当たらなかった。

 

ただあのティラノ・レックスはどう考えてもおかしい、それが私達3人の出した結論だった。

まず本物を見たことはないが、予め調べたティラノ・レックスの皮膚は赤色、更に大きさは5m前後で少なくとも10m越えなどは確認されていない。

更に異常な自然治癒能力、ティラノ・レックスにそんな能力はない。だからこそ今回の件は異常と感じ、私達はその件を冒険者ギルドに報告することになった。

 

 

冒険者ギルドのギルド長の部屋。

 

窓口でその件を話したら慌てた様子で職員が奥に引っ込み、しばらくして否応なしにこの部屋まで案内された。

私としてはベルディア討伐の際に来たので2回目となるがゆんゆんはもちろん、ミツルギさんもこの部屋に来るのは初めてのようだ。

 

「まさか魔剣の勇者と蒼の賢者がパーティを組んでいるとはな…こちらとしては頼もしい限りだが」

 

相変わらずお髭が立派な大柄なギルド長はそれが本心なのかとても感慨深い様子で私達を見つめている。

…というかゆんゆんも入れてあげて!が正直なところ。私と常に一緒に行動しているのに何故かゆんゆんには異名がつかない、何故なのか。

 

「さて、まずは討伐履歴を見せてもらえるか?」

 

「ひ、ひゃい!?」

 

ふと見ればゆんゆんはガチガチに緊張していた。やれやれと私は目立たない程度にそっと背中を摩ってあげた。それで落ち着いたのかはわからないけどゆんゆんはテーブルの上に冒険者カードを提出し、ギルド長はそれを受け取る。

 

カードにはティラノ・レックス(変異種)と記されている。

 

「やはりお前達もか…」

 

「…どういうことですか?」

 

お前達も、と言った。それはまさか似たような事例が他にもあったということなのだろうか?ミツルギさんは固唾を飲んで言葉を待っている。

 

「今日までに似たようなことが4件発生している、いずれも変異種でありもはやこれは異常事態だ…更に言えば討伐報告をしてきたのはお前達だけだ」

 

「なっ!?…では他の3件は…」

 

ミツルギさんの問いにギルド長は無言で首を横に振る。…つまり…討伐できなかった、そしてギルド長の深刻な顔からして…おそらく亡くなってしまったのだろう。私は自然に拳を作っていたし、ゆんゆんは悲愴の表情でそれを隠すように両手で顔を覆い俯いてしまった。ミツルギさんも悔しそうにそのまま歯噛みしている。

 

冒険者とは常に死と隣り合わせの職業だ。このようなことになるのは珍しいことではない。ふと昨日ギルドで見かけた冒険者は、明日にはいなくなっている可能性すらある。それでも死という概念は元日本人の私やミツルギさん、そしてまだ歳若くそのような経験が浅いゆんゆんには辛い話でしかない。

 

「その3件の依頼…全て僕達で受けます!やらせてください!」

 

相談もなくギルド長に告げたミツルギさんだけど気持ちは私やゆんゆんも同じだった。ミツルギさんの言葉を聞いたゆんゆんはそのまま決意を秘めた顔をあげていたし私も同じだ。

 

「それは頼もしい限りなのだが…3件ともにいたはずのモンスターが全ていなくなっているんだ、無論これは他に討伐されたわけではない、だからギルドの調査員はこの3件を調べてひとつの結論を出した、君達の情報を照らし合わせても間違いないだろう」

 

「どういうことですか?」

 

ギルド長の表情は重く険しいままだ。私達は生唾を飲み込むように答えを待っていた。そして驚きの答えを聞いたのだから。

 

「今回の件、全ては合成獣によるものだ、そして合成獣といえば魔王軍にそれを研究している者がいる」

 

「…魔王軍…!」

 

「……そう、魔王軍の幹部にして強化モンスター開発局局長、グロウキメラのシルビアだ。実際シルビアの目撃情報もある、おそらく間違いないだろう、こちらの見解としては新たに作った合成獣のテストのような形で野に放っていたのかもしれんな、それなら既に回収されたと見れば現状の説明はつく」

 

魔王軍の幹部、グロウキメラのシルビア。私の調べた知識だとベルディアと並ぶ好戦的な側に当たる、少なくともバニルやウィズさん側ではない。というか今思えば本来この2人が異常な立ち位置にいるだけで本来魔王軍幹部とはそういうものだ。

 

「我々としては今後より警戒する所存ではある、君達も何か情報がはいれば教えて欲しい」

 

「…わかりました」

 

ミツルギさんは力なく座ったまま俯いた。私としても亡くなった冒険者のことを考えて憤りを感じるものの、今の状態ではどうしようもできない。精々がまた変異種モンスターが現れた時に討伐することくらいだろう。

 

「話はこれで終わりだ、今回の討伐ご苦労だったな。追加報酬を加えておくから窓口で受け取ってくれ」

 

 

 

……

 

 

 

それから一週間。

 

固定パーティとなった私達はほぼ毎日のようにクエストを受けるようになった。新たな犠牲がでないように変異種が発生していそうな依頼はギルドから率先して回してもらえるようにしてまでやってきたものの…魔王軍幹部のシルビアはおろか、変異種モンスターすらも出会えないままだった。

 

そしてこの件で正義感の塊であるミツルギさんはかなり心身共に堪えていた。正直に言えば私とゆんゆんも連日のクエストでくたくたでもある。だけど想いは同じだったから、私もゆんゆんもそれについて何か言う事はなかった。

 

それとは別に例の襲撃の件も気を張っていたが今のところそれもないままだった。私個人としてはこれも相まってくたくたを通り越してぐだぐだである。

 

 

そんなある日の朝。

 

―アクセルのカズマ君の屋敷―

 

いつものように王都へクエストを受ける為に私とゆんゆんは朝食を食べていた。今日で8日連続…正直ここまでハードスケジュールでクエストを受けたことはなかったので疲れが顔に出ていたのかもしれない。だからこそ他の住人から心配されてしまう。

 

「…アリス、ゆんゆん、まさか今日も王都に行くつもりですか?少しは休んではどうです?」

 

「あぁ、話は聞いたがいくらなんでも無理をしすぎだ、いざと言う時に動けなくなったら本末転倒だぞ?」

 

めぐみんとダクネスだった。テーブルの向かい側に座った2人は本当に心配そうにこちらを見つめていた。これには私もゆんゆんも食べる手を止めて自然と俯いてしまう。

 

「…正直私もそんな気はしてたんですけどね…」

 

「全く貴女達のやる気を少しはカズマにも分けてもらいたいですよ、カズマはバニルとデストロイヤーの報酬がはいって完全に引きニート状態ですからね、お陰でこちらはゆんゆんとレベル差が広がるばかりですよ」

 

呆れ顔で言うめぐみんに私とゆんゆんは苦笑しかできないがこちらとしてはカズマ君のやる気の無さを少しはミツルギさんに分けてもらいたいまであったりする。特に例の件があってクエスト意欲が半端ない。私達が何も言わないせいかミツルギさんは遠慮なしに休みなしでクエスト三昧だし、最も私達もそれを今めぐみん達に言われるまで気にしていなかったのもあるけど。

 

そう思うと疲れがどっと出てきた。ふいにそのまま食べかけの朝食を横目にテーブルに顔を伏せてしまう。

 

「ゆんゆん、今の体調はどうです?」

 

「う、うん…私も今言われて気が抜けたから…なんだか凄く疲れて…」

 

2人揃ってダウンしてしまった。これにはめぐみんもダクネスも呆れるばかりである、恥ずかしい。

 

「全く…、姉妹みたいに仲がいいとは思っていたがそんなところまで似なくてもいいと思うぞ?とにかく今日は休むといい」

 

「とは言え…ミツルギさんが待っていると思うのでどの道王都には行きますよ…休むにしてもそれは伝えないと…」

 

心配してくれる気持ちは嬉しいしミツルギさんも言えばわかってくれるだろう。とりあえず朝ごはんを終えたら行くだけ王都に行かないと、なんて思っていたら居間側の扉が開き、家主が顔を出した。

 

「おっす、おっ?もう朝飯できてるんだな、悪いなゆんゆん、いつも作ってもらって」

 

「お、おはようございます、い、いえ、家賃も払わず住ませてもらってますからこれくらいは…」

 

「おはようございます、カズマ君。首の調子はどうですか?」

 

「おはようアリス、いや…まだ少し違和感が…」

 

そう言いつつカズマ君は片手で首を抑えている。聞いた話だとクエストの最中木から落下して首を盛大に捻ってしまい、痛みが引かないらしい。アクア様が治療したにも関わらずに違和感が残ったままというのはこちらとしても違和感しかないのだけどどうしたら回復魔法すら効かない状態になるのだろう?

そしてこの話をするとダクネスもめぐみんも気まずそうに顔を逸らしているのもわからない。

 

「大丈夫ですか?なんならヒールしますけど」

 

「あぁ、痛いって訳じゃないから大丈夫だ、ありがとな!」

 

私がそういうなりカズマ君まで気まずそうにしている。うん、謎だ。とはいえこちらの件で頭がいっぱいなのにカズマ君のことを考えている余裕もあまりなかったりするし、自然とため息がでる。

 

「あ、そうだ、アリスにゆんゆん、良かったら近々俺達温泉旅行に行くつもりなんだけど2人は来ないか?」

 

「温泉旅行…ですか?」

 

「あぁ、俺も首の違和感がとれないし…だったらいっそ旅行でもしようかなって」

 

カズマ君の提案に私は目をパチクリさせていた。思えばこの世界に来てからそのような考えを持ったことは過去に1度もない。そして聞いたからには是非とも行きたい。隣に座るゆんゆんにちらりと目配せしてみる。

 

「……お友達と一緒に…温泉旅行……」

 

ゆんゆんはトリップして完全に自分の世界に入っていた。うん、この反応なら聞くまでもなく行きたいということだろう。

 

……そこで閃いた。

 

「ゆんゆん、ぼちぼち待ち合わせ時間が近いです、とりあえず休むにしても王都に行かないと」

 

「あ、あぁ、うん!」

 

そこからの私達の食事のペースは圧巻だった。私は閃きにより、ゆんゆんは温泉旅行という素敵ワードで水を得た魚のように元気になり、そして食べ終わるなり屋敷から飛び出したのであった。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

―王都冒険者ギルド―

 

早朝ながらギルド内にはそこそこ冒険者がいる。そんな中ミツルギさんは依頼提示板の横の壁に腕を組んでもたれかかり目を閉じていた。

 

「おはようございます、ミツルギさん」

 

「……」

 

返事がない、どうやら眠っているようだ。そんなミツルギさんは寝ているにも関わらずその顔色はあまり良くはない。

私達がこれだけ疲れててミツルギさんが疲れていないはずもなく、まさに気力だけでやってきたのもまた私達と同じなのだろう。…なるほど、この状態は傍から見れば心配しない訳にはいかない。きっと先程のめぐみんやダクネスもこんな気持ちになったのだろうと少しだけ気まずくなった。

 

「ミツルギさん、起きてください」

 

とりあえず腕を掴んで揺さぶってみる。ゆんゆんは心配そうに見ているだけだ、いや起こすの手伝ってよ。

 

「…んっ……はっ!?ね、寝ていたのか僕は!?」

 

「お、おはようございます…だ、大丈夫ですか?」

 

ふと気付けばギルドにいる人達のほとんどから視線がこちらに向かっている。まぁこんなところで寝ていたらそうなりますよね、と思わずため息をついてしまう。

 

「ミツルギさん、とりあえずここからでましょう、お話があります」

 

「…あ、あぁ、そうだね…すまない…」

 

気まずそうなミツルギさんを連れて、私達は冒険者ギルドから出て傍にある喫茶店に行くことにした。こうやって冒険者ギルドで気まずくなってここに来るのも何度目だろうか、なんて呆れながらに考えながら。

 

 

 

 

ミツルギさんは朝食も食べていなかったようなので軽食を頼み、私とゆんゆんは紅茶を注文する。しばし食事を摂ってもらい、落ち着いたところでミツルギさんがその口を開けた。

 

「それで、話とはなんだったのかな?」

 

「はい、私達のパーティでリーダーって決まってなかったので、この際決めておこうかと思いまして」

 

私の言葉にミツルギさんは軽く考える素振りを見せる。個人的にはミツルギさんで文句はないのだけど、ここ1週間一緒にクエストを受けてそれでは駄目だと私なりに判断した。はっきり言ってしまうとミツルギさんはリーダー向きではない、少なくともテイラーさんという優秀なリーダーを見てきた私としてはこれだけは覆せない。

パーティリーダーに必要なのは冷静沈着性が1番だと思っている。ミツルギさんにそれがないとは言わないが忘れてはいけない、彼には思い込みの激しさ故の残念性があることを。リーダーがそれ故の暴走をしてしまうと…というかこの一週間暴走していたようなものだが、実際パーティは休み無しの連勤で疲労困憊だ。リーダーはブレーキ役を兼ねないといけない。

そう考えたらダストやキースをなんだかんだでまとめあげるテイラーさんや、曲者三人娘をまとめるカズマ君は尊敬に値するとまで言えてしまう。

 

「…それは構わないけど…どうやって決めるんだい?」

 

「無論考えています、投票制にしましょう」

 

「…投票制?3人しかいないのに…?」

 

「やり方は簡単です、自分以外の誰かを投票します、これは引き分けの可能性がありますからそうなったら別の方法を提出しますね」

 

そういうなり私達3人は用意した紙に自分以外のこの人にリーダーになってほしいと思う人の名前を書く。書き始めて見れば意外にも誰もが悩む様子もなくすぐに書き終わる。そして1人ずつ開票する。

 

「ではまずは私から…ゆんゆんです」

 

裏返していた紙をひっくり返し、ゆんゆんの名前を書いた紙をテーブル中央に寄せた。

 

「じゃ、じゃあ…私は…アリスで…」

 

ゆんゆんはそっと紙を開いて私の名前を書いたそれを私と同じように中央へと寄せる。そしてそれを見たミツルギさんの口元は軽く笑っていた。

 

「そういうことか…なら、リーダーは君になるな」

 

どこか諦めた様子でミツルギさんは紙を開く、そこには私の名前がかかれていた。

 

……ちなみにこれは完全に茶番である。何故からこれを始めた時点で私かゆんゆんかどちらかがリーダーになることは確定しているのだから。

 

まず自分には投票できない、このルールがあり、更に私とゆんゆんはミツルギさんの名前を書かないと打ち合わせしていたら。

その時点で絶対にミツルギさんの名前がでることはない。ミツルギさんが自分の名前を書けないのだから。

だから必然的にミツルギさんの出した答えがそのままリーダーになる。単純なことなので流石にミツルギさんは勘づいたようだけど笑っていることからして特に文句はないらしい。

 

それなら私はリーダーとして思うがままにさせてもらうだけだ。

 

「では不肖ながら私がリーダーとさせて頂きますね♪まず本日のクエストですが皆様疲労困憊の様子なのでお休みとします!」

 

私が無い胸を張り進行するとゆんゆんは嬉しそうにしていて、ミツルギさんも苦笑気味ながら悪くは捉えていないようだ。よし、それならどんどん提案しようじゃないか!

 

「そしてっ、まだ細かい日時は決まってませんが近々パーティ結成のお祝いを兼ねて皆で温泉旅行に行きたいと思いますので予定を空けておいてください♪」

 

「お、温泉旅行!?」

 

流石にその発想は全くなかったのだろうか、ミツルギさんは驚いた様子で目を瞬かせていた。

 

「私もありませんがミツルギさんは過去旅行とかしたことありますか?」

 

「い、いや、それはないがいくらなんでもそれは…」

 

「いいですかミツルギさん、これは遊びではありません、日頃の疲れを癒す為のあくまでクエストの一環なのです、拒否権はありません、リーダー命令です!」

 

物は言いようである。かなり強引な気はするけど。

言わせないけどどうせ遊んでる間に魔王軍が攻めてきたらとかそんなことを言うつもりなのだろう。いや言わせないけど。

 

なおそこまで言うとミツルギさんはまるで諦めたように肩の力を抜いて脱力感を顕にしていた。

 

「…はぁ…わかったよ…リーダー命令なら、従わないとね…」

 

私は見逃しませんでしたよ?

 

そんな風に言いながらも、ミツルギさんの口元は確かに緩んでいたのですから。まぁこんなこと言ってますが私個人は遊ぶ気満々なのですけどね!

 

温泉旅行に期待を膨らませながら、今日は帰ってそれぞれ休むことにしましたとさ。

 

 

 









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episode 62 勢いでの言動は後悔を生む





 

 

 

―王都―

 

ミツルギさんと別れ、とりあえずそのまま帰って家でゴロゴロしようかなと思ったけどせっかく王都まで来たのでおやつでも買ってから帰ろうと、私とゆんゆんは2人で街を歩いていました。

 

「ね、ねぇアリス…?」

 

ふとゆんゆんが落ち着かない様子で私を呼ぶ。振り向けばその表情はどこかぎこちない。さっきまでは正式に温泉旅行が決まって凄く嬉しそうにしていただけにこの様子には疑問しか浮かばない。

 

「どうしたのです?なにやら挙動不審ですが」

 

「きょ、挙動不審って…!…いやその…よく考えたらお友達と旅行というのも初めてなのに男の人まで一緒というのが…その…嫌じゃないんだけど…なんだか緊張するというか…」

 

「……」

 

その発言に私は盛大に面食らうことになる。冷静に考えたらゆんゆんの言う通りだ。私はパーティメンバーという名目で男の人…それもあの御剣響夜先輩を旅行に誘ったのだ。旅行ということは泊まりや食事を共にすることはもちろんのこと期間中常に一緒にいることとなる。クエストで異性と寝食を共にすることは過去あったけどそんな色気のないものではない。我ながら随分と大胆なことをしでかしてしまっていたようだ。…とはいえ流石に部屋は別にするし、まさか温泉に一緒にはいるわけではない。…そう、これは私の前世でなし得なかった修学旅行のようなものだ、うん。

 

「お、おおお落ち着いてくださいゆゆゆんゆん、べべ、別にカズマ君達もいい、いるのですから」

 

「アリスこそ落ち着いてよ…やっぱりあまり考えてなかったのね…自然に男の人を誘えて凄いなぁとは思ってたけど」

 

「いや無理ですよ!?止めてくださいよ!?」

 

「止めれるわけないじゃない!?そ、それにその…カズマさん達がいることもまずいような…」

 

心の中で自分に言い聞かせて落ち着いたつもりがまったく落ち着いてなかった。というかこういうノリは普段はゆんゆんの担当なんですけどと声を大にして言いたい。しかしカズマ君達がいるのもまずいとはどういう事だろう。

 

「…まずい、ですか?」

 

「…だってミツルギさんとめぐみん達のパーティって…」

 

「……」

 

そうだった。ふと思い返すと私とゆんゆんがミツルギさんと固定パーティを組んだ話をカズマ君のパーティの面々に教えたところ揃って微妙な顔をされていた。

カズマ君達とミツルギさんはアクセルでの揉め事以来出逢っていないらしいので突然旅行を一緒にするとなってもお互いに気まずいことは間違いない。

とはいえ私達3人で温泉旅行に行くとなるとそれはそれで今更ながら気まずいし誘ってくれたカズマ君にも悪い気がする。

 

「…別々に行くことも可能ですができたら皆で行きたいですよね…」

 

「う、うん…、で、でも、考えようによってはチャンスにはならないかな?」

 

「…チャンスですか?」

 

「えっと…これを機にミツルギさんやカズマさんが仲直りできたらいいとも思うし…」

 

そ れ だ 。

 

何故思い付かなかったのだろうか。ゆんゆんの言う通りこの旅行で一緒することはミツルギさんが打ち解けるチャンスにもなる。ミツルギさんはアクア様を敬愛してるし間違った方向へと行かなければミツルギさん次第で仲直りは難しくないのではないだろうか。そうと決まればミツルギさんにカズマ君達と一緒することを伝えなくては。舵取りは私がなんとかするしかないだろう。

 

「…とりあえず今日はおやつ買って帰りますか…」

 

「前に買ったケーキが好評だったからあれでいいかなぁ?」

 

「そうですね、カズマ君は勿論、ダクネスもあまり食べれなかったですし」

 

なんかもう精神的に疲れてしまった。明日はまたクエストを受ける為にこの王都に来るつもりなのでその時にミツルギさんに相談してみようと、そんなことを考えながらケーキ屋さんの中に入っていった。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

翌日。

 

改めて本日はクエストとなる。屋敷で怠惰の権化のように過ごした私は気持ちを切り替えてゆんゆんと共に王都へと来ていた。

とは言え今日は改めてミツルギさんに旅行へのカズマ君達の同行を説明をしなくてはならない。なおミツルギさんが来るという事は未だにカズマ君達には言えてなかったりする。

 

いつものように冒険者ギルドへと足を運べば、私達はすぐにミツルギさんを見つける事ができた。流石に今回は起きているようで、ゆっくり休めたのか顔色は良さそうだ。軽く手を振るなりこちらへと近付いてくる、もっともその表情は気まずそうではあるけど。

 

「おはよう、…その、昨日は見苦しい姿を見せてしまったね、それと1週間もの間連続でクエストに付き合わせてしまって本当にすまないと思ってる」

 

「おはようございます、私は大丈夫ですからお気になさらないでください」

 

「お、おはようございます、私も大丈夫です。それに私達も何も言いませんでしたし…」

 

そんな挨拶を交わしていたら私はあちこちから視線を感じた。決して悪意やらは感じないのだけどふと耳に意識を集中するとこんな声が聞こえてくる。

 

 

「あれは魔剣の勇者と蒼の賢者か?パーティを組んだって噂は本当だったんだな」

 

「勇者さんはあーいう子が好みなのね…美少女でお似合いではあるけど少し歳の差を感じるわ」

 

「くそっ…やっぱ男は顔なのかよ!」

 

「魔剣の勇者って確か前は違う子達を連れてなかったか?女の子を取っかえ引っ変えかよ」

 

 

ちょっと意識するだけでこの有様である。どうせ噂するならゆんゆんもいれてあげてください…じゃなくて聞こえないように言って欲しいまである。

自分で言うのも恥ずかしいのだけど蒼の賢者の異名は今や王都の冒険者のほとんどが知っている、魔剣の勇者は言うまでもない。

そんな知名度の高い2人がパーティを組んだとなれば下手したら新聞に載るほどの事態らしい、というより実際載っていたようだ。気付いてしまえば当然ながら居心地が悪い、私は目で訴えるようにミツルギさんに目配せしてみた。

 

「…うん、とりあえず場所を変えようか」

 

ため息混じりの言葉には即座に頷く。もはや冒険者ギルドからの喫茶店行きがテンプレになりつつあるのにはこちらとしても同じような気持ちになる。とはいえ現状王都以上に経験になりうる場所はないので妙な噂に対しては無視を決め込むしかない。

 

 

……

 

 

この1週間でミツルギさんはレベル46に、私はレベル45に、そして変異種ティラノの経験値が美味しかったのかゆんゆんのレベルは44に。レベル的にも職業的にもバランスがとれた良きパーティとなっている。流石に40を越えてしまえばレベルは中々上がらないのだけどそれでも討伐クエストを受けるのに何も不自由のない素晴らしいパーティになったと思う。

 

ソードマスターのミツルギさんはクルセイダーほどの防御力はないものの、まさに攻撃は最大の防御を体現したスタイル。パーティの壁となりモンスターの攻撃を魔剣グラムで華麗に捌く。はっきり言えばこの人1人で終わってしまうクエストも珍しくはない。

 

私はアークプリーストでありながら転生特典による攻撃魔法を使える。それは味方や地形に影響はないのでミツルギさんがモンスターに突っ込んだ状態であっても気にせず援護攻撃できる強みを持つ。もちろんアークプリーストとしての支援魔法や回復魔法もあるのでいざという時の生命線にもなりうる。

 

アークウィザードのゆんゆんは爆裂魔法以外の様々な上級魔法を取得していて複数のモンスターがいる際には私以上に活躍する。私にも広範囲攻撃魔法はあるが消費魔力が高いので無闇に連発はできないし何よりも私より攻撃魔法が多種多様、更にテレポートという便利スキルがありパーティには欠かせない存在だ。

 

欲を言えばもう1人、個人的に狙っている人材がいる。

 

近距離及び遠距離火力、回復及び支援と揃っているのにこれ以上は贅沢だと思われるかもしれないがこれはバニルのダンジョンに赴いた際に嫌という程実感した、私とはまた違った視点の支援職、盗賊職だ。

敵感知スキルにより常に警戒して安全性の確保はパーティにとってかなり大きいし盗賊は攻撃以外にもバインドや状態異常攻撃による援護が可能、よって私が今1番欲しいと思っているのは王都でも活動している盗賊のクリスである。

 

問題は彼女は基本的に神出鬼没なのでなかなか出会えない、私とゆんゆんが王都に来て初めてクエストを受けた時に一緒したくらいでそれ以降は全く会えていないのだ。

勧誘しようにもそんな状態なので半ば諦めているのだが出会えた際には熱烈に勧誘する所存でいる。本当に普段彼女は何をしているのだろう。

 

話は大分逸れたものの、私達3人はいつもの喫茶店にて、今日のクエストの打ち合わせをしていた。

 

「ギルドに確認はしてみたけど結局この1週間、今日に至るまで変異種のモンスターは確認されていないらしい、勿論幹部のシルビアの姿もね」

 

「…となると無理に張り詰めても仕方ないですし、しばらくは通常クエストをこなして行くしかないですね…」

 

無論私を狙っているらしき影も現状全く音沙汰はない。この2つの暗躍には頭を抱えるばかりだ、常に気を張っていないといけないし肉体的にも精神的にも疲労が溜まっていく、やはりこんな状態なので気分転換に温泉旅行は良い案とも思った。誘ってくれたカズマ君には感謝しかない。

 

「それはそれとしてミツルギさん、温泉旅行の件で決まったことがありますので説明したいのですが宜しいですか?」

 

「…あ、うん」

 

その話を切り出すなりミツルギさんは気まずそうにしていた。もしかしたら後々考えて私と似たような心境に至ったのかもしれない…、けどここで私が同じようになった方がより気まずくなる。なので私は自分の感情を押し殺すようになんとも思ってませんよオーラを強引に引き出す、そんなオーラはないけど気分の問題だ。

 

「ミツルギさん、あれですよ、ようは修学旅行のようなものです」

 

「…な、なるほど、確かにそう考えたら幾分か気が楽になるね…」

 

「??しゅうがくりょこう??」

 

どうやらこちらにはそんな風習はないのだろうか、ゆんゆんは訳が分からないよとでも言いたげに首を傾げている。

 

「あー…僕のいた国での風習だよ、学生の時にね、学校の皆と学ぶ為の旅行をするんだよ、そうだな…例えばこの王都の事を知りたいのなら実際に王都に来た方が話だけよりも分かりやすいだろう?」

 

「ミツルギさんのいた国ではそんなことがあるんですね…」

 

ゆんゆんは納得したように頷くが実際この世界で修学旅行は難しいだろうなとも考えた。何故なら私達のいた日本と違いモンスターがあちらこちらに跋扈する世界なのだから。学生となると満足に戦えないだろうし学ぶ為の旅行が命懸けにも程がある。

 

「あれ?ということはアリスのいた国も??そういえばアリスのいた国の話ってあまり聞いた事がないような…」

 

「そ、それよりも詳細が決まったのなら聞きたいな!教えてくれないか?」

 

「そ、そうですね、ゆんゆん、私の国の話はまたそのうちするから、えっと、まず行き先ですが…」

 

慌てるようにミツルギさんが話題を切り替えてくれた。私としてもこれには冷や汗物だったしありがたい。断片的に日本の説明をするくらいなら構わないかもしれないがそれにも予め考えを巡らせておきたいし突然聞かれても余計な内容まで話してしまいそうだ。

とりあえずはぐらかしたけどこれについても考えなきゃいけないのかと内心頭を抱えた。

 

「行き先は水の都アルカンレティアです、これはアクア様の希望だそうで」

 

「あ、アクア様!?まさかアクア様も一緒にくるのか!?」

 

これは流石に予想外だったのか、ミツルギさんは思わず立ち上がり、テーブルにその身を乗り出していた。ただこの状態だとアクア様単独での参加となってしまうのでそれについても説明しなければ。

 

「アクア様と言いますか…アクア様含めたカズマ君のパーティ全員が参加する形になってます」

 

「…っ!?」

 

それを聞いてミツルギさんは落ち着くように席に座ると、なにやら思案しているようだ。やはりカズマ君達と一緒に行くのは気まずいだろうか。不安に思いながらミツルギさんの言葉を待つ。

 

「…そういう事か…まずは礼を言わないとね、切っ掛けを作ってくれることを感謝するよ、ありがとう」

 

「切っ掛け、ですか?」

 

「あぁ、佐藤和真のパーティと親しいのなら僕の話も聞いているだろう?僕とあのパーティはアクセルで揉めて以来それっきりだったからね、次に会う事があれば謝りたいとずっと思っていたんだ」

 

どうやらこちらの心配は杞憂だったようだ。流石にちゃんと謝罪すればカズマ君達も悪いようには思わないだろう。こちらとしても一安心である。

 

「それにしてもアルカンレティアか…アクア様が選ぶのもわかるけど…うん…」

 

「…何か問題があるのですか?」

 

私は地名だけは聞いたものの、そのアルカンレティアという場所については全く知らなかった。ただ行き先を聞いたダクネスとゆんゆん、めぐみんは微妙な顔をしていたし、私自身も何処かで聞いたことはある気がするのだけどどうも思い出せない。こうして目的地を告げてミツルギさんですら微妙な顔をしている。

 

「…水の都アルカンレティア、僕も行ったことはないが確かに水が綺麗で温泉が有名な場所らしい。…それと同時に有名なのは…」

 

「…アルカンレティアは、あのアクシズ教の総本山なの…」

 

言い淀むようにゆんゆんが続けた。私はそれを聞いて一瞬何を言っているのか分からなかった。

 

アクシズ教団…思い返せば苦い思い出しかない。私はそんな場所に行って無事に気を休めることが出来るのだろうか?どうにも嫌な予感しかしなかった。

 

「あ、アリス!?アリスー!?」

 

どこか他に温泉地はないかな…?私は現実逃避するようにそんなことばかり考えて放心状態になっていた。

 

 

 

 

 

 



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episode 63 突撃お宅訪問



投稿時間アンケート協力ありがとうございました!圧倒的12時だったのでこのまま行きますね。




 

 

―カズマ君の屋敷―

 

その日の夕刻。色々あったもののクエストをなんとか終わらせて、私達はアクセルにあるカズマ君の屋敷前にゆんゆんのテレポートで帰宅したところだった。

 

「…驚いたな…この大きな屋敷があの佐藤和真の所有物とは…」

 

今回はゲストがいらっしゃってます、もちろんミツルギさんです。

私としては旅行へ行く当日に会って謝罪すればいいと思っていたのだけどミツルギさんは早い内に会わせて欲しいと言ってきた。

確かに私は許してくれると確信しているものの、実際にミツルギさん達が揉めた現場を見ていないのでこればかりは当人達によるもの、私とゆんゆんは完全に蚊帳の外だ。

手ぶらで行くのも失礼だとミツルギさんはわざわざ王都で高級酒を買ってその手に持っている。お酒大好きアクア様はこれでまず許してくれるだろう。

 

「おや?帰っていたのですね、アリスにゆんゆん…と…」

 

門を潜って見えたのはめぐみんだった、普通に買い物をして来たのかいつものようなとんがり帽子や杖はなく、ラフな軽装にローブを羽織った一見すれば村娘のようなスタイルではあるが、赤と黒を基調としているのは彼女なりのこだわりなのかもしれない。なお手には食材が入っているらしき籠が持たれていた。

 

「…久しぶりだね、お邪魔しているよ」

 

「…貴方は確か…マツラギさんでしたか」

 

「ミツルギだ!」

 

個人的には何故間違えるのかわからない。最初はネタでやってるかと思いきやアクア様は勿論、カズマ君もダクネスですらもミツルギさんの名前を覚えていないのだから。

 

「めぐみん、みっつのつるぎと覚えたら覚えやすいかもですよ」

 

「ほう…なるほど、みっつるぎさんですね」

 

「いや…うん、もうそれでいい…」

 

もはや諦めた様子のミツルギさんに軽く同情すると同時に適当な覚え方を教えたちょっぴりの罪悪感を持った私は多分楽しんでたりもするかもしれない。ゆんゆんはただ苦笑してたけど。

 

「めぐみん、皆いますか?ちょっとしたお話があるのですが」

 

「多分いると思いますよ?少なくとも私が買い物に行く時には全員いましたので」

 

そういうなりめぐみんはてくてくと歩き屋敷の扉を開け中に入っていく。今日の夕飯の当番はめぐみんなので買い物してたのだろうと結論付けると、私とゆんゆんも後に続く。

 

「入っていいのかい?」

 

「勿論ですよ、私とゆんゆんのお客様なのですから」

 

ミツルギさんの強ばった表情での疑問に、私は笑顔で応えた。何より入らないなら何しに来たんだという話になる。

ミツルギさんは、少し安堵したような顔つきになると、そのまま私達に着いていくように歩き出した。

 

 

 

……

 

 

 

 

「おかえり、アリス、ゆんゆん……と…カツラギさんだったか?なんであんたが?」

 

「ミツルギだ!!…コホン…お邪魔するよ、佐藤和真」

 

居間にたどり着くなりソファで寛ぐカズマ君が出迎えてくれたけど案の定ミツルギさんを視認するなり怪訝な表情を浮き彫りにしていた。そしてやっぱり名前を間違える始末。

 

「カズマ、彼の覚え方はみっつのつるぎと覚えたらいいらしいですよ」

 

「なるほど、ミッツ☆ツルギさんか」

 

「だからミツルギだと言っているだろう!?全く君という奴は…」

 

「騒がしいわねー、なんなのよ一体?」

 

私が妙な覚え方を教えたことでの罪悪感を再び楽しんで…もとい噛み締めていると階段を降りて居間に入ったのはアクア様。寝ぼけ眼を擦っている様子からして今まで寝ていたのだろうか?その証拠に水色のパジャマ姿だった。

 

「アクア様!?お久しぶりです、今度こそ僕のことを覚えて…」

 

「うーん?……あぁ、確か小林さんだったかしら?」

 

「ミツルギです!!」

 

もうやめて、ミツルギさんのライフはとっくにゼロよ!と言いたくなることこの上ないまであったりするし小林さんってもはや1文字も合っていない。

というより名前ネタでどこまで引っ張るつもりなのだろうか。そんなことまで考えていたら居間に新たな人物が入ってきた。

 

「どうしたんだ?今日はいつにも増して賑やかだが…?」

 

「あ、ダクネス、ただいまですよ」

 

「あぁ、おかえりアリス、ゆんゆんも…それとそこの者は……確かミツルギ殿だったか?」

 

「ミツルギだ!!」

 

「……いやそう呼んだだろ?」

 

「はっ!?…あ、はい…」

 

もはやミツルギさんは疲労困憊だった。これなら帰り際にダンジョンでも潜ってモンスター狩りしてた方が彼にとっては絶対に楽なことなのだろうと私は確信めいた何かを感じた。…ともあれこれで全員が揃った。カズマ君に目を向けると何しに来たんだこいつ?という思いをその顔で表現していた。

 

「ミツルギさん、全員揃いましたし、要件を伝えてはいかがですか?」

 

「…うん、そうだね…佐藤和真、ならびにそのパーティメンバーの方々」

 

気を取り直すように姿勢を正したミツルギさんは、カズマ君に目を向けて、アクア様、めぐみん、ダクネスへと一瞥すると、手に持っていた荷物を床に置き、深々と頭を下げた。

 

「遅くなったが…以前は誤解からの数々の非道な行い、本当にすまなかった」

 

それを受けた面々は揃って目を丸くし、カズマ君は周囲の仲間達を見渡していた。…次第にカズマ君はやれやれといった様子で息を吐く。それを見た私は軽く安堵していた、横目でゆんゆんを見れば、私と同じようにホッとした仕草を見せている。

 

「何の話かと思えばいつのことを言ってるんだよ、そんなこととっくに忘れてたぞ」

 

「ふっ、そう言うなカズマ、こうやって律儀に頭を下げてくれているんだ」

 

呆れたようにカズマ君が言えば、微笑みながらもダクネスがそう返す。室内の雰囲気は和やかなものだった。予想はしていたけど私もゆんゆんもこの様子を微笑みながら見ている。

 

「それにその件はあの時勝負して決着がついてるだろ?だからあんたが気にする事は何一つねーよ」

 

「佐藤和真…すまない…ありがとう…」

 

「だからもういいって、アクアもいいだろ?」

 

カズマ君はソファの後ろに立っているアクア様に目を向けるがアクア様は心底どうでも良さげで、見ればミツルギさんの足元をずっと気にしていた。

 

「ねぇねぇ、高橋さん、貴方のその荷物って、もしかしてお酒?」

 

「ミツルギです……、はい、手ぶらで来るのも悪いと思い…」

 

そんなミツルギさんの言葉を全く気にしないでいつの間にかアクア様はミツルギさんの足元にある荷物の封を開けた。

 

「ちょ、やだこれ王都の中でも飛び切り高いやつじゃない!?」

 

お土産に満足したのか、完全にミツルギさんを無視してアクア様はとても嬉しそうに酒瓶をまるで我が子を抱くように胸に抱いて居間から立ち去って行った。

 

「……なんかすみません、うちのアクアさんが」

 

誰もが唖然とする中、静寂をごまかすようにカズマ君が言った。あえてさん付けにしたのはミツルギさんがアクア様のことを敬愛しているのを知っているからだろう、そんな配慮がその台詞から感じられた。なおミツルギさんは完全にその心がノックアウトされていたのは言うまでもない。

 

 

 

……

 

 

 

「と、言う訳でして、今回の旅行にミツルギさんも一緒に行くことになりました」

 

場がようやくまともな空気になったところで私は改めてミツルギさんと固定パーティを組み、それでいて王都での変異種事件からの一緒に温泉旅行行きましょう的な提案までの流れを全員に説明した。

 

「旅行の件は問題ないですが…固定パーティを組んだことは聞いてましたがアリスがパーティリーダーとは驚きましたね、てっきりそこのみっつるぎさんかと」

 

「そうか?私はアリスならリーダーとしてちゃんとやれると思う、昔のアリスなら分からないが、今のアリスは芯が強い」

 

正直芯が強いと言われてもピンと来ないまである私は少し恥ずかしげに首を傾げていた。ダクネスの表情を見る限り本気で言っているようにはみえるのだけど。

 

「私って…そんなに変わりました?」

 

「「変わったな」」「変わりすぎです」「もはや別人かも…」

 

「…えぇ…」

 

ちなみにカズマ君とダクネス、めぐみん、ゆんゆんの順番で次々と言われた。流石に別人は傷つく。それも1番長く一緒にいるゆんゆんから言われるのは辛い。

 

「あ、えっと、変わったと言っても、良い意味でだからね?」

 

「そうだな、言い方が悪かった。アリスのそれは成長しているということだと思うぞ」

 

「……下げて持ち上げるのは反則です…」

 

めちゃくちゃ恥ずかしい。バニルがいたらめちゃくちゃ喜んでそうって思えるくらい今の私は自分の顔の赤さを自覚できている。

そんな中話に入れないミツルギさんは落ち着かない様子で屋敷の中を見回していた。それに気付いたカズマ君は何やら思い出したのか不敵な笑みを浮かべる。

 

「これなら文句は無いだろ?あの時は馬小屋なんかにアクアを泊まらせるなとか言ってた気がするけど」

 

「…その件はもう忘れたんじゃなかったのか?まぁ確かにこれなら文句は…」

 

どこか誇らしげにカズマ君が言えば、ミツルギさんはバツが悪そうにしていた。そんな中カズマ君がとんでもない爆弾を投下してきた。

 

「なんならお前もここに住んだらどうだ?アリス達とパーティ組んでるなら一緒にいた方が効率がいいだろ?」

 

「「「「えぇぇぇ!?!?」」」」

 

その瞬間私を含めた女性陣全員が絶叫をあげた。いや別に嫌ではないし既にカズマ君がいるからもう1人男の人がいても変わらないだろうとかカズマ君は考えているんだろうけどそれとこれとは話が別だ。ミツルギさんも予想外すぎたのか呆気にとられている。

 

「…ありがたい申し出だが丁重にお断りさせてもらうよ、確かに効率はいいだろうけど僕はそこまでデリカシーに欠ける男ではないつもりだ」

 

「えっ、それじゃ俺がデリカシーに欠けまくりみたいじゃ」

 

「カズマにデリカシーなんて言葉はありませんよね?」

 

「あるわけが無いな」

 

「まぁないですね」

 

「む、むしろあるんですか…?」

 

「お前らなぁ…」

 

ピキピキと青筋を浮かべるカズマ君を横目に、めぐみんは持っていたエプロンを装着してキッチンへと向かう。このいじり慣れもどうなのかと思うけど気付けば私も慣れてしまった。…何より私が変わったと言うのならそれは皆の影響が大きいと思うのだけど。

 

「さて、いい加減に夕飯を作りますかね。みっつるぎさんも食べていくのでしょう?ゆんゆんも手伝ってください」

 

「えっ、あ…うん!」

 

いつもなら当番じゃないと渋るゆんゆんだけど今は話が別だった。自然にミツルギさんの分も作るとなったことは、ミツルギさんを受け入れてくれたってことなのだから。それには私も嬉しくなったし、ミツルギさんの表情も幾分か綻んでいた。

 

「ありがとう、ご馳走になるよ」

 

これで悩みのひとつは解消された。後は来たる温泉旅行で心身ともに安らぐだけだ。アルカンレティア行きはアクア様のワガママにより変えられなかったけどそこは仕方ないと割り切り、私はこの世界で初めての旅行に期待を膨らませていた。

 

 






もしかしたら1部の読者様はこのカズマ綺麗すぎね?とか思っているかもしれませんのでカズマの名誉(?)の為に補足しておきます。
カズマの屋敷に住むと基本カズマにとってはサブ戦力扱いです。
更に今回のように断られても心象は大分違うでしょう、何かあれば手伝ってくれるかもしれないという2段構え。


ちなみにアリスやゆんゆんを誘った時にも似たような考えがあり、誘い文句も嘘はついてません。むしろまともな女の子がそばに欲しいという考えは割と切実だったりする。

基本どちらもアリス視点で書いているのでカズマのそういった細かい意図が省かれてる感じですね。

やっぱりカズマさんはカズマさんでした()



……アンケートのゆんゆん多いですね、予想はしてましたが普段アリゆんしてるやんまだ足りないか!?w


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episode 64 悪魔対策

 

 

 

「アリスとミッツさん、ちょっといいか?」

 

場所は変わらずカズマ君の屋敷。夕食も食べ終わりミツルギさんもあまり長居するのも悪いと帰るような話をしていて、ゆんゆんが王都まで送りますと言ったのだけどテレポート2回による往復は地味に魔力を消費してしまうのでアクセルで宿をとると決めていたのだがそんな中カズマ君が声をかけてきた。

というよりめぐみんのみっつるぎさんといいカズマ君のこの呼び方といいもはや固定になっているのだけどこれは素なのだろうかギャグなのだろうか、本人達は至って真顔で呼んでいるので判断に困るしミツルギさんも完全に諦めてるし。

 

「どうかしました?」

 

とりあえず呼ばれるままにソファに座るカズマ君の元へ近付くとミツルギさんもそれに続く。カズマ君の顔はなんとなく困ったような感じで呼ばれた理由は見当もつかない。

 

「今はいいけどアルカンレティアに着いたらお前らのアクア様呼びは禁止な」

 

「えっ?」

 

「……察しはついたが一応理由を聞こうか?」

 

私は予想外の事柄に不思議に思ったけどミツルギさんは理解しているようで落ち着いている。というより突然何故こんなことを言うのだろう…、と少し考えて私も理解することができた。

アルカンレティアはアクシズ教の総本山、つまり右も左もアクシズ教徒だらけ。そんな中でアクア様と敬愛を込めて呼んだらどうなるだろうか。

 

「その顔はアリスも理解したな?勿論アクアにも無闇に名乗るなと忠告はしておくけどアクアの存在がアルカンレティアでどう捉えられようとロクなことにならないのは間違いない」

 

仮にアクア様がアルカンレティアでその女神としての存在を露見したらどうなるだろうか?アクシズ教徒にとって自身の信じる女神様が降臨されていると大騒ぎになるのは間違いない。

そしてアクア様が女神であると信じられなかった場合もまずい。

何故ならアクシズ教徒にとって狂信している女神様の名を騙る不届き者と思われる可能性すらある。

つまり、どちらに転んでものんびり骨休めをしたいこちらにとってロクなことにならないのは間違いない。…それなら別の場所に行けばいいのにとも思ったけど。

 

「…別にアルカンレティアじゃなくてもいいのですよ…?」

 

「それ以上言うな…俺だって気持ちは同じなんだよ…だけどアクアのやつがどうしてもって聞かないんだよ」

 

げんなりして告げるカズマ君の顔は疲弊しきってきてそれには私もミツルギさんも何も言えずになんとなく同情の念を送っておいた。

 

「なぁミッツさん、前にアクアを連れていきたいとか行ってたよな?な?」

 

「……確かにそんなことを言った気もするがよく考えたら女神様は遠くから讃えてこそのものだと思うからな、僕としては遠慮しておくよ…」

 

口ではこんなことを言ってるミツルギさんの顔はかなり引きつっていてカズマ君から完全に目を逸らしていた。先程のお酒の件と今回の話と合わせてアクア様の深いところを察してしまったのだろう。そんなミツルギさんの様子を見るなりカズマ君はけっ、と毒を吐くようにやさぐれていた。

 

 

 

……

 

 

 

 

そんなこんなで時は流れて。

 

アルカンレティアへの温泉旅行の全行程が決まった。なんとウィズさんの参加も決まったらしく、これでアルカンレティアへの旅行の人数は8人となった。アルカンレティアへの道のりはアクセルから馬車を使って2日近くかかる距離ではあるものの、一方で王都からテレポートサービスで飛ぶという手段もあったりする。

正直私としては馬車での移動は勘弁願いたいのが本音だったりする、主に食事が原因で。ゆんゆんもまた同じのようで移動時間を考えたらクエストひとつは受けてしまえるではないかとミツルギさんも同意。

 

ただカズマ君達にしては初めてアクセルからの旅になるわけでテレポートでひとっ飛びは味気ないものらしい。その気持ちはわからなくもないし私もアクセルにずっといたまま当日を迎えていたら同じ感想だったかもしれない。

 

ともあれカズマ君達とウィズさんが出発して翌日に私達3人は王都からテレポートサービスによる移動でアルカンレティアに向かうことになった。

 

 

 

 

……

 

 

 

話は変わってカズマ君達が旅行に行く前日。ふと屋敷でアクア様と2人きりになれた。カズマ君は1人どこかへ行き、ダクネスは実家に一時的に帰っていてめぐみんとゆんゆんは旅行の為の買い物に行っている。ちなみにこの日の私達のクエストはお休みだ。アクア様はるんるん気分で旅行の支度をしていて、本当にアルカンレティアへ行くのが楽しみに見える。確かにこれは下手に行先の変更を促すのは難しそうだ。

 

「そういえばアリス、前々から思ってたんだけど貴女悪魔に狙われたりしてない?」

 

「…悪魔ですか?」

 

ふと悪魔と言われて思い当たるのはウィズさんの店にいるバニルくらいしか思い浮かばない。というより悪魔なんて早々頻繁に出会いたくない。…そんな呑気なことを考えていて、私に戦慄が走った。

 

今アクア様は狙われてると言った。悪魔はさておき狙われてるという点では心当たりはある。ありまくる。

 

「…狙われてるというのはどういう事ですか…?」

 

「そのままの意味よ、貴女の服や前にあげた魔晶石は私の力が込められているのよ?つまりこの女神アクア直々の加護が働いているわけ」

 

「……初耳なんですけど…、詳しく聞かせてもらいたいのですが」

 

「あら、言わなかったかしら?…まぁいいわ、その加護は身に付けている貴女だけじゃなくて周りの人にまで効果があるわけ、まぁあまり離れすぎたりしたら難しいかもしれないけどね」

 

何気なく言われた事柄は私にとって非常に重要なことだった。そこまで聞いて私はあの襲撃を思い出す。あの襲撃の発端は遠く離れていたアイリスに着いていく形であのような人気の無い場所にまで誘導された。だけどそれ以降そのようなことはない。

…だがもしも、犯人がしないのではなくてできないだけなのだとしたら。あの襲撃以降私は基本的にゆんゆんと離れることはほとんどなかった、ミツルギさんに対してもだ。そもそも襲撃される可能性があるのだから安易に味方から離れるような真似はしない。だからこそ私の服によるアクア様の加護で守られていた。なので犯人は襲いたくても襲えなかった。…そう考えると辻褄は合う。

 

「それでね、結構前からその服、微量だけど悪魔の匂いがするのよね、その度に私が浄化してたんだけど」

 

「…アクア様、今度美味しそうなお酒買ってきますね」

 

そういうなり私は居間から足早に出ていく、最後に見たアクア様の顔は訳が分からずポカーンとした少し間抜けなものだった。

 

 

自室に戻り、ベッドに寝転ぶとそのまま物思いに深ける。自分の中であの襲撃のことを整理していた。

 

まずアクア様の言う事に間違いがないのならあの時アイリスを誘導したのは悪魔の力によるもので間違いないだろう。そしてあの日の後も何度か私や私の周囲の人を操ろうとしていたが私の服によるアクア様の加護でそれは無効になっていた。

 

つまりこの服を違う服に変えてから王都に行けばまた襲撃がある可能性は高い。

 

……だけどそうなるとどうしたらいいのか。襲撃が来る可能性が高いと分かっているこの状態でゆんゆんに協力を頼むのは…正直に言うと怖い。

確かにあらゆる対策はした、だけど次はどんな手を使ってくるかわからない。あの襲撃での場面が頭の中にフィードバックする、ゆんゆんが攻撃を受け止め弾き飛ばされ無常に剣を振るわれたあの時の光景が。あの時はアイリスが助けに入ってくれて事なきを得たものの、次も大丈夫という保証はない。

 

もしもゆんゆんに何かあれば私は……――

 

そこまで思い詰めて、ふと思い直す。…正直ここまで思い詰めていたのに頭を切り替えられた自分に驚いた。

切っ掛けは王都行きの馬車で私がゆんゆんに言った言葉。…相手の気持ちになって考えること。

仮にこの状況が、私のこの状況がゆんゆんのもので、ゆんゆんがそれを私に隠して1人でなんとかしようとしたら私はどう思うだろうか。

 

きっと私はゆんゆんに本気で泣きながら怒ると思う、私はそんなに頼りにならないのですか、と絶対に言う自信がある。

 

それを今、私はしようとしていた、これではゆんゆんに怒られても泣かれても殴られても文句は言えない、流石にゆんゆんが殴るのは想像つかないけど。

 

ではどうしたら正解になるだろう。私は考えを巡らせる。

 

…これは既に私1人でなんとかなる問題ではない、少なくとも悪魔が絡んでしまっている以上それは間違いないかもしれない。

だからと言ってやっぱり無闇に他の人を頼るのも申し訳なさがある、例え相手の立場で考えたとしてもそんな簡単に割り切れる事でもなかった。

 

悪魔の力と聞いて真っ先に対処法を求められるのはバニルだろう。しかしバニルからは既にこれ以上の情報の開示には対価が必要だと言われている。あの時は悪魔と契約なんて怖すぎるし嫌な予感しかしないので断ったけどそもそも対価というのがなんなのか…それが分からないしこれは聞くしかない。

 

そうと決まれば善は急げ。私はベッドから飛び起きるなり寝ていて乱れた髪を整えるとそのまま部屋を出て屋敷を後にした。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

―ウィズ魔法店―

 

相変わらず閑古鳥が鳴いているようで店はおろかその周辺にも人っ子1人見当たらない。というより周辺にお店が全くない場所なのでこのお店を知らない冒険者も割といたりする。私も当時この街に住み始めてからこの店を見つけるまでに1ヶ月かかっていたりする、それも見つけたのは偶然見知らぬ街の散策という名目でなのだから。

 

「いらっしゃいませー」

 

扉を開けるとカウベルが鳴り響き、いつものようにウィズさんの優しげな声が聞こえてくる。

 

「こんにちはウィズさん」

 

「アリスさんでしたか、先日はありがとうございました、お陰様で旅行に行けるほどの余裕もできました♪」

 

先日と言うのは例のコロナタイトの加工代金である1200万エリスのことである。こちらとしてはあの後のバニル討伐での2億エリスは結局4人で分けることになったので5000万エリス貰えているし全く痛手にもなっていない。ウィズさんに渡すつもりだったけどバニルが生きているのに渡すのも変な話だろう。

 

「…ところでバニルさんはいます?」

 

「バニルさんですか?バニルさんならカズマさんと商談があると言って出かけましたが…お会いになりませんでした?」

 

「……商談…ですか?」

 

カズマ君は屋敷にはいない。ちょっと外を散歩してくると言って出ていったきりだったがなんとなく納得はした。商談の内容はさっぱりわからないけどまさかバニルがあの屋敷に来れるはずがない、来てしまったら女神と悪魔の戦争が始まってしまう。そうなると屋敷も無事ではすまないどころの話でもなくなる可能性があるので別の場所でやっているのだろう。

 

…それにしても出鼻をくじかれた感が否めない。中々思い通りにいかないものだと内心苦笑してしまう。とりあえず世間話でもしてついでにストックが少なかったマナポーションでも買って帰ろうかなと店内を見回してみる。そこでふと思い至る。

 

「ところでウィズさん、対悪魔用の魔道具とかあったりしますか?どんな形の物でも構いませんので」

 

「アリスさんが魔道具を求めるのは珍しいですね…それも対悪魔用…何かあったんですか?」

 

ウィズさんの心配そうな視線と声に私はしまったと内心後悔した。よく考えたらこんな注文してしまえば不審に思われるのは当然だ、どうも私にはあまり余裕がないらしい。…とりあえず嘘ではない程度に話すしかないか。

 

「アクア様に言われたんですよ、私が悪魔に狙われてるって…それで怖くなって何か対処法があればとバニルさんを尋ねたのですがいないのなら魔道具でなんとかならないかな、と思いまして」

 

「そうでしたか…それは怖いですよね…そういう事でしたら少し待ってくださいね、探してみます」

 

身震いを起こしながら共感してくれるのは親近感を感じていいのだけどこの人リッチーですよねと思い出すと苦笑しかできない。というよりリッチーと聞いた今となっても違和感しかない、どう見ても美人の優しいほわほわお姉さんにしか見えないし。

なんて考えていたらお店の奥からガラガラと物音が鳴り響く。一体奥にどのように魔道具を置いているのか不安でしかない。

 

「お待たせしました、3つほど見つかりましたよ」

 

「本当ですか?…で、どのような物なのです?」

 

見つかったのは3つと言う。ただこのお店はウィズさんのお店。初めて来た際にこのお店の魔道具のガラクタ具合は身をもって知っている。あまり期待はしない方がいいだろう。

 

「1つ目はこちらになります、これは悪魔が近くにいると光を放って知らせてくれるのですよ!」

 

そう言ってウィズさんが見せてくれたのは透明のビー玉のようなものに細いチェーンがつけられているシンプルなキーホルダーのようなものだ。確かにこれなら警戒するのにもいいかもしれない。ただ問題はデメリットだ。

 

「…ちなみにデメリットは…?」

 

「デメリットは…半径1mまで近付かないと反応しません、更に持っているだけで索敵に必要な魔力が消費されます」

 

「…2つ目お願いします」

 

半径1mだけなんて狭すぎるとか持ってるだけで魔力消費とか呪われてるんじゃないかとか色々言いたかったけど言うだけ無駄なので言わない。買わなければいいだけなのだ。ウィズさんは本当にガッカリしているけど逆に何故売れると思うのか本当に理解できない。

 

「良い品なんですけどね…2つ目はこちらですね、悪魔から受けた攻撃を無効化します!」

 

「…無効化…ですか…」

 

ウィズさんが出したのは特に変哲もない黒いマントだった。正直に言えばこれも立派な対悪魔用装備なのだろうけどこれはデメリットを聞くまでもなく無用の品だ。既にアクア様の加護があるのにそれ以上の効果を見込めるとは思えない。私はそのまま首を横に振ることでいらないことを無言でアピールした。

 

「これもダメですか…3つ目はこちらになります、これは見えない悪魔から攻撃やなんらかの魔法などを受けた時に反応して悪魔のいる位置を知らせてくれます、遠くにいる悪魔でもバッチリ捕捉しますよ!」

 

そう言ってウィズさんが取り出したのはまるでの〇太君がしてそうな大きなレンズの丸眼鏡。これはかなり使えるのではないだろうかと期待を膨らませてしまうものの、問題はデメリットだ、私はそっとウィズさんに視線を向けてそのデメリットの詳細を待つとそれを察したウィズさんはゆっくりとその口を開けた。

 

「…デメリットは効果が現れると悪魔の位置以外何も見えなくなりますね、眼鏡を外すと見えますが外した瞬間に効果がなくなります」

 

これは微妙なデメリットだと私は頭を抱えるように考える。確かに私1人ではこの眼鏡があっただけではあまり意味が無いけど仲間がいたらどうだろうか。

位置さえ分かれば仲間を誘導して悪魔の場所を突き止められるし襲撃はなくても悪魔の力が日頃私に向いているらしいのでこれなら襲撃を待つまでもなく悪魔を見つけることができる。

 

「…これはおいくらですか?」

 

「買ってくださるのですか!?こちらは500万エリスになります!」

 

凄く嬉しそうに言うウィズさんだけどこれっきりの効果で500万エリスはいくらなんでもきつい。払えないわけではないけどきつい。流石に即決はできない。

 

「ウィズさん…その…もう少し安くなりませんか…?」

 

「うーん…アリスさんはお得意様ですし…そうですね、わかりました!では400万エリスでどうです?」

 

少し悩んだようにウィズさんがそう言うけどこの眼鏡効果が限定されすぎてて多分50万でも買い手がつくのは難しそうだと思いながらも私は決断する。それでも今の私が欲しいことに変わりはないのだから。

 

「ではそれで買います!」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

元よりバニルの手を借りない限りはこれしか手がなさそうだし痛い出費ではあるけどそこは仕方ない。何よりこの頭を悩ませる事態の進展を祈って、私はこのカッコ悪い丸眼鏡を買うことにしたのだった。

 

 



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episode 65 謎の喫茶店

さぁアルカンレティアへ……まだ行きません()




 

 

 

―アクセルの街―

 

丸眼鏡を買ったもののすぐに行動を起こすつもりもない。慌てなくてもこの服がある限りは今のところ問題なく過ごせている、ならばとことん準備を重ねて安全性を重視した上で挑むべきだし何よりも旅行は明後日に迫っている。だから今は色んな悩みを忘れて、温泉旅行で心身共に癒したい。

まだどうなるかはわからないけど自分にとっての解決の糸口ができたことはそれだけでも私の心を落ち着かせてくれた。ウィズさんには感謝しよう、少し痛い出費だったけど。

 

 

そんな事を考えながら昼間のアクセルの街をゆっくりと歩く。

 

やっぱりこの街は落ち着く。活気もありどこか和やかで、王都ほど大きくはないけど決して小さくはない街。この世界に転生して初めて来た場所だからこそ愛着があるのかもしれない。

街の外から吹く風は草原と牧場の藺草の香りを運び、自然と共存する人工物の数々は見た目も彩りも絵画のように見えてしまう。なんでこんなに綺麗な街なのに領主はあんなのなのかと思うけど別にこの街の素晴らしさは領主のおかげではない、そこに住む街の人々皆の生きている証なのだ。

 

気が付けば見慣れない建物が見えた。どうやらぼんやりと歩いているうちに普段行かない場所に来てしまったようだ。一瞬だけまさかと警戒するけど今はいつもの服を着ているし私は普段からのんびり屋でもあるのでそれはないかと考えを改める。

改めてその建物を見ればそこまで大きくはないけど見た感じ喫茶店だろうか、ピンク色があちこちに見えてなんだか可愛らしさをアピールしている感じがした。

 

そういえばお昼ご飯を食べてなかったことに気が付くとともに首にぶら下げていた銀の懐中時計を開く。時間は12時半、いい具合にランチタイムといったところか。このまま屋敷に戻っても多分アクア様しかいないし新地開拓の勢いでこのピンクの喫茶店にはいってみようかな?と私は足を運んでみた。

 

「いらっしゃいませー……ひぃ!?」

 

入口前には白い髪の小さな女の子が箒を持って掃除していた。随分可愛らしい子だけど私としては初めて見かける顔だ。ただ私の顔を見るなり驚いて怯えているように見えるのだけど一体なんなのだろうか。

 

「あ、あの…どうしました?」

 

「い、いえ、なんでもないです!すみませんすみません!」

 

何故か女の子は半泣きしながら謝りはじめてしまう始末。うん、わからない。私が何か怖がらせるようなことをしてしまったのだろうか。ここまで一方的に謝られるとむしろ罪悪感しかでてこない。

 

「何故そんなに謝っているのです?なんでもないようには見えないのですが…」

 

「ほ、本当になんでもありません!どうかお構いなく…」

 

私はできる限り少女を落ち着かせるように優しく言ったつもりなのだけどそれでも落ち着く様子はないようだ。これには私も困惑するものの、お構いなくと言われてしつこく話しかけるのも悪いかなと思い、私はお店の中へと足を運ぶ。すると頭を下げていた少女はなにやら慌てだしているけど私は足を止めなかった。

 

「いらっしゃいませー…っ!?」

 

中に入るなり私は呆然としてしまった。理由は内装とウェイトレスさんの姿にある。店内はピンク1色であしらわれており、アクセントに赤と黒が入った印象。そしてウェイトレスさんの姿がやばい。まるで水着のような露出の高さ、それでいて背中に蝙蝠のような羽、そしてピンク色の長い髪で非常に色っぽい。

 

「…えっと…ここは、喫茶店なのですよね?」

 

「えっ…あ、はい!ようこそいらっしゃいました!おひとり様ですか?」

 

際どい格好をしたウェイトレスのお姉さんは明らかに挙動不審ながらも営業スマイルを崩さないまま接客を続けている。うーん、日本で言うところのコスプレ喫茶なのだろうかと私は何となく居心地の悪さを感じた。ただのコスプレならいいのだけどちょっと露出がひどい。日本でやったらまず警察が介入しそうなレベルだ。ただここは日本ではないのでその辺は割り切るしかないだろうか。

 

「…あ、はい、私だけです」

 

言いながらも後悔する。1人で喫茶店というのもなんとなく寂しいものだ。これなら1度屋敷に帰ってアクア様を誘えば良かったかなとも考えながらも案内された席についた、……けど。

 

「お客さんは男の人ばかりなのですね…」

 

見渡す限り客の数はそこまで多くはないのだけど視認した限りでは男の人しか見当たらなかった。このコスプレといいもしかしたら男の人をターゲットにした喫茶店なのかもしれない。ますます居心地が悪くなるばかりだ。

 

テーブルに添えられていたメニューを見れば最低限の喫茶店としての品目しかない。サンドイッチ、オムライスなどの洋食からコーヒー、紅茶、オレンジジュースなどの飲み物。

 

「サンドイッチとオレンジジュースでお願いします」

 

「か、畏まりました、少々お待ちください」

 

ウェイトレスさんは確認をとるなり早足で行ってしまった。一体何をそんなに怯えているのだろうか。それにこの窮屈な感覚はなんなのだろう。まるでダンジョンの中に入ったような感覚には流石に落ち着かない。

 

…そこでアクア様の言ったことを思い出す。もしかしたらこの感覚は今現在例の悪魔という存在が私の周囲にいることを示しているのか、それに私の服にかかっている加護が反応しているのか、そう思ってしまえば呑気にはしていられない。私はその場で杖を構えて立ち上がった。

 

「…っ!?」

 

するとこちらから見えるウェイトレス全員が私を警戒する。怯えるようにしていたり敵意を見せたり様々だがこの反応は予想外だった。私としては以前襲撃してきたことを想定して身構えたのだが、このウェイトレス達は私を恐れている。これは下手したら全員人間ではない可能性すら見えてきた。何故こんなアクセルの街中で堂々と喫茶店をしている人達が?ただこうして立ち上がって杖を構えたものの、攻撃すべきなのかも判断が難しい。そもそもこのウェイトレスの人達を警戒していて立ち上がった訳では無いのでこの状況には戸惑いも大きかった。

 

「…聞きたいのですが…貴女達は人間ではありませんよね…?」

 

「……」

 

1番近くにいたウェイトレスに声をかけたものの、相手は何も言わず動かない、いやむしろこちらを怖がっていて動けないが正しいのかもしれない。

流石に攻撃をしかけてくるのなら容赦するつもりはないけどこうも怖がられるとやりにくい。例え人外の存在であってもこの街にはウィズさんの例があるのでこちらとしては危害を加えるつもりがないのなら手を出す気は無い。

 

 

「…貴女達が人に害なす者ではないのならこの杖は収めます、ですから質問に答えてくれませんか?」

 

それでも私は例の襲撃での悪魔を想定していたので、その顔は強ばっていると思われる。落ち着こうとすれば自身の胸の鼓動が聞こえそうになる、結果言い方が鋭いものになってしまったかもしれない。ウェイトレスさんはその場にへたりと崩れるように座り込んでしまった。

 

「アリス!待て!!」

 

そんな中ふと聞き覚えのある声が聞こえてきた。振り向くとそこには金髪の赤い服を着たかつてのパーティメンバー、ダストがいた。よく見れば後ろにキースも見える。

 

「ダスト、キース!?」

 

「とりあえず落ち着け!ほら、お姉さんはやく!」

 

「は、はい!す、すみません、ご注文のサンドイッチとオレンジジュースです…」

 

急ぐように料理を持ってきたウェイトレスさんがテーブルに向かい、同時に崩れるように座り込んだウェイトレスさんは他の人達が肩を貸して起こし、店の奥へと運んでいた。気付けば悪者のような私の有様に罪悪感が浮かぶ。

チラリと見ればごく普通のありふれたサンドイッチとオレンジジュースがテーブルに置かれていた。とりあえず知り合いの存在で少しは落ち着けたけど私の服に意識を持っていけば未だに何も変わってはいない。おそらくこれは変わらずこのウェイトレス達のせいなのだろうと確信はした。だけど話を聞いてからでも遅くはない。

 

「…説明して、くれるのですね?」

 

「あ、あぁ」

 

聞くなりダストは安堵したようなそぶりを見せるものの落ち着きがない、それはキースも同じのようだ。とりあえず話してくれるのなら問題はないかと私はそのまま席に座る。ただ出された物を口に入れる気にはなれなかった。

 

 

 

……

 

 

 

 

視点変更―サキュバス先輩―

 

 

私達サキュバスはこのアクセルの街の隅に表向きでは喫茶店を経営している。だけど裏は違う、男性の客から気持ち程度の金銭と生気をもらうことで客が望むどのような夢をも見せるというものだ。

無論生気と言っても微量の物で客の生活に支障はない。平和的なこのシステムは男性冒険者に好評で、私達も安全に生気を得ることができる。

何故このようなまどろっこしいやり方をしているか、それは私達サキュバスは種族的には悪魔とはいえ下級悪魔、流石に駆け出し冒険者程度になら勝てるがレベル20を越えた中堅冒険者あたりになると手も足も出ない。つまり弱いのだ。悪魔として、魔物として人間を襲い生気を奪っていたら私達は瞬く間に冒険者に絶滅させられてしまうだろう。

だからこそこのような方法をとってはいるものの、そもそもサキュバスという存在そのものが人間の女性にしてみれば完全に害悪たる存在である。それもそうだろう、自分の意識している異性が寝取られでもしたらたまったものではないということだ、だからこそ私達はこうしてひっそりと男性冒険者のみを客として扱い、今日まで安全にこの街で存在できていた。

 

しかし、今日…恐るべき存在が来店した。

 

普段から稀に女性のお客様が来店することはある。だからそれに対しての対策はきちんと組んでいる。あくまで普通の喫茶店としてもてなせばいいし二度と来ないように料理の質は落としてある。美味しいからまた来るなんてことのないように。

 

だから今回の客は私達にとって度肝を抜かされた。

 

今やアクセルどころか王都でも活躍する蒼の賢者と呼ばれる高レベルのアークプリースト、アリスという可愛らしい女の子だ。

その存在は私達の中でも有名だ、何故なら本来の客である男性冒険者から夢に出してくれと頼まれたことは数えきれないほどにある。

 

女性の上に高レベルの冒険者、さらに私達の1番の天敵である上級職のアークプリースト、私達が恐れて警戒する材料は完全に揃っていた。

 

なんとかここはただの喫茶店と銘打って帰ってもらわなければならない、そしてできれば二度と来ないでほしい。気付けば私達は自然と警戒するようにしていた。だけど…流石に高レベルのアークプリーストは誤魔化しきれないようだ。

 

「…聞きたいのですが…貴女達は人間ではありませんよね…?」

 

この言葉が聞こえてきて私達全員は恐怖に震えた。何を早まったのかいちかばちか襲いかかろうとする大バカな子がいたので私は慌てて抑えた。仲間に死にに行くような真似をさせる訳には行かないから。

どうするか戸惑っていると客の中から声をあげて静止させようとする男性がいた。最近この店に入り浸るようになったダストとキースという青年だ、確か彼らは彼女とパーティを組んでいた仲だったらしい。こうなったら彼に託すしかないと、私達一同は彼らに期待の視線を送っていた。

 

 

 

 

 

 

視点変更―アリス―

 

 

「――っと言う訳だ、だからできたら何事もなかったようにここから去ってくれたら助かる、なんならここの支払いは俺達がしてやってもいい」

 

私はダストとキースからこの店の事情を1から説明されていた。

 

2人曰く、このお店は私の思う通り低級悪魔達が切り盛りしているらしい。だけどここの店員に人間に対する敵意はなく、共存を望んでいる。

私に対して怯えているのは私が有名なアークプリーストだから、確かに悪魔にとってアークプリーストは天敵だろうとそこは納得した。

この悪魔ちゃん達は見た目は美人揃いなので男性冒険者の溜まり場になっているのだとか。

 

ここまで聞いて、私はそっと杖を掲げた。

 

「…おい、アリス?何を…」

 

不審に思ったのかダストが聞いてくるが私にはどうにも腑に落ちない点があった。

見た目が美人の低級悪魔なんてあれしかいないではないか、そんなことくらいは予め魔物について調べている私なら即分かる事だ。その種族はサキュバス、そう思えばダストとキースは嘘は言っていないのだろう。だけどそれだけでは納得ができない。

 

「大丈夫ですよ、悪いようにはしません」

 

私は言葉とともに魔法を詠唱する。杖の先端が丸く白い光に覆われると、ウェイトレスの人達、もといサキュバス達は恐怖に震えている。まぁ知った事ではないのだけど。

 

「セイクリッド・ブレイクスペル!!」

 

私はダストに向けてその白い光を照射した。杖から放たれた光の球はダストに直撃して、程なくして消えた。…手応えは…なかった。

 

「い、今のは…?」

 

ダストは驚き硬直して言葉がでないようだ、代わりにキースが聞いてきた。

 

「セイクリッド・ブレイクスペルですよ、呪いなどの効果を無効化するものです」

 

流石にアクア様ほどの力は未だにないのでベルディアの死の宣告とかの解除は多分無理だけど低級悪魔のスキルくらいなら私でも余裕で無効化できる。

 

サキュバスのスキルには魅了(チャーム)という異性を誘惑して意のままに操るスキルがある。私はこれがダストに使われていないか試したのだ。流石に私では魅了されているのか見た目ではわからないので。

 

ただダストを見る限りでは変わった様子はない、これはつまり魅了を受けていなかったということになる。そう思えばダストの言うことに嘘はないのだろうと、私は自然とオレンジジュースを口に入れ、飲み込むとサンドイッチを手に取り、食べ始めた。

 

…多分私は今微妙な顔をしていると思う。まずい訳では無いけど特に美味しいとも思わない。例えるなら無機質なコンビニのサンドイッチを食べているような感じ。そんな私の顔をキースは落ち着かない様子で見ていた。

 

「…頼むアリス、ここの事はどうかリーンや他の女性冒険者には…」

 

「…さっきも言いましたが害をなさないなら私は何もしませんよ、事情も分かりましたし誰にも喋りません」

 

サキュバスという存在についても前世やってたゲームの知識と合わせてあるので存在そのものが女性にとって悪なのは理解している。だけど私個人としては私含む人間に特に害がないのならどうでもいいが本音だったりする。知り合いの男性陣がここにいようと何とも思わない…まぁミツルギさんが居たらちょっと嫌かもしれないけど、イメージが崩れる的な意味で。

私自身が恋愛事情にうといせいなのかもしれないがこれは昔からなので仕方ないことだ。いくら見た目が変わっても心はそのままなのだから。

出されたサンドイッチも特に美味しいとも思わないし、二度と来ることはないだろう。口元を拭くなり私は立ち上がる。

 

「それでは、奢って頂けるそうなので遠慮なく。ご馳走様でした」

 

なんとなく無心でそう言っていた。もしかしたらやっぱり心底には嫌悪感もあるのかもしれない、こんなドライでいても私も1人の女の子なので。

店を出るまでの間、サキュバス達とダストとキースの気まずそうな視線はずっと私に向いていた。そんな居心地の悪さから私は足早に帰路へとつくのだった。

 

 

 

 






勿論夢云々のことはアリスは知りません。仮に自分が夢のネタにされていると知ったら全力で店を潰すと思います()


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六章 ―アルカンレティアにて―
episode 66 たまにはノーマルなラブコメを


サブタイトル通りです()はよアルカンレティア行けやとか言わない!

誤字報告ありがとうございます、何度も見直しているのですがお恥ずかしい限りです。そして何度も見直すので自分の書いたSSが面白いのかさっぱり分かりません、感想もっとください(直球)





 

―王都テレポートサービス前―

 

とうとう待ちに待った温泉旅行の日がやって来ました。昨日の早朝にカズマ君達はアクセルから馬車でアルカンレティアへ向かっていて問題がなければ今日の昼から夕方辺りにはアルカンレティアに到着するはずだ。

お金に余裕があるカズマ君は今回完全な客として馬車に乗っているらしい、護衛の人も別にいるので戦闘になることもないだろう。アクセルからアルカンレティアまでの道のりは比較的魔物と遭遇しにくいと聞いているし仮に遭遇してもアクア様、めぐみん、ダクネス、さらにウィズさんと揃っているので心配する方が失礼かもしれない。

 

私達3人はと言うと、ミツルギさんの希望もあって昨日までバリバリクエストを受けてました。本来王都のクエストは1日で終われるようなものはまずないのだけどその理由の8割は移動距離にある。だけどこちらにはテレポート持ちのゆんゆんがいるのでその移動時間は単純に半減できる、だからこそ昨日の内に受けたクエストを終わらせることができ、夜はゆっくり休んだ上で、今は午前10時、こうして王都でミツルギさんと待ち合わせしているのだけど…。

 

「……眠いです」

 

はい、眠いです。昨晩はこの世界で初めての旅行が楽しみすぎて満足に眠れなかった。最後に時計を見たのは3時半くらいだったと思うからおそらく4時くらいまでは起きてた。起きたのは午前8時だから4時間は寝ているのだけど前日のクエストの疲れが完全に取れているとは言えない。こんなので大丈夫だろうかと思うものの…うん。

 

「……zzZ」

 

「ゆんゆん、いくら何でもここで寝たらまずいです」

 

「……う、…うん……ごめんねアリス…今日が楽しみすぎて昨日一睡もできなくて…」

 

背中をポンポンと叩いて揺するとこんな答えが返ってきた、まさに上には上がいるってことである。ぶっちゃけ2人して眠いので時間ギリギリまで2度寝しようかとも思ったけど起きれる気がしないので10時半の待ち合わせなのにこんなに早くこの王都テレポートサービス前にいたりする。なんだか開始からグダグダ感が半端ないです。とりあえず飲み物でも買ってきて目を覚ましてもらうしかない。

 

「ゆんゆん、飲み物買ってきますからここで座って待っててくださいね」

 

「う、うん……わかったぁ…………」

 

今はテレポートサービスの待合所のような一室、その中のベンチに2人して腰掛けていたのだけどゆんゆんのうつらうつらした様子に不安になるものの、私は1人立ち上がり近くにある出店で飲み物を買いに動く。ゆんゆんの荷物の中にこっそり私の水の魔晶石を入れておく。

 

…ゆんゆんから距離を取れば案の定感じる悪魔の力。今までは気が付かなかったものの、こうして意識を向ければなんとなくだけどわかる事がわかった。念の為にゆんゆんの持ち物にアクア様の魔晶石を入れておいてよかった、それがなければ離れるとともにゆんゆんが操られていた可能性が高い。おそらくこれは王都にいる時だけ受けているのだろう、アクセルにいる間は特に感じることはなかった。

つまりこの力の持ち主は王都にいることは間違いない。本当なら凄く怖いけど逆に考えたらこれはチャンスでもある。私が王都にいる時のみ常時悪魔が狙ってくるのなら私はそれを逆手に取り、悪魔を追跡する術を得ているからだ。勿論今はまだできないけど旅行が終わったら皆に協力を仰いで解決するつもりでもある。…大丈夫、みんなと一緒なら魔王軍幹部だってなんとかなったんだから。そう思い、決意するように私は本来の目的の為に足早に移動を開始するのだった。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

飲み物を買って待合所に戻ると案の定ゆんゆんはベンチに座ったまま背もたれに身体を預けてすやすやと眠っていた。待合所には係の人がいるから荷物の窃盗などの心配はないのだけどそれにしても無防備すぎである。

私は隣に腰掛けるなり懐中時計を確認する。時刻は10時45分、テレポートサービスの予約時間は11時なのでそろそろミツルギさんが来ないと焦るのだけどどうしたのだろうと辺りを見渡してみる。すると入口で待合所の中を見回している男の人がいた。ただ一瞬誰だかわからなかった。

 

「…ミツルギさん?」

 

「…っ!…あぁ、そこにいたんだね、いつもと服が違うからすぐには気付かなかったよ」

 

「それはお互い様ですよ、鎧以外の格好を初めて見ましたよ」

 

ミツルギさんの服装はいつもの青い鎧姿ではなく、黒いジーンズに白いシャツの上には青いチェック柄の服をマントのように羽織っている。このまま日本にいてもおかしくはない。ただ腰には魔剣グラムがしっかり帯刀してあるのでこのまま日本にいたら銃刀法違反で捕まるだろうけど。

そして私の服装もいつもの青のゴシックプリーストではない。赤いチェックのスカート、黒の長い靴下にローファー、胸には赤い大きなリボン、そして黒のブレザー。勿論いつもの杖はそのまま持っている。

【挿絵表示】

 

実はこの服もまたアクア様に作ってもらったのだ。勿論アクア様の加護もついているのでこの服でも問題なく対悪魔装備として機能している。

それにアルカンレティアに行ってまでアクシズ教徒扱いされるのも嫌なのでそれ対策でもあるしこの服装なら王都で無駄に名前が売れた蒼の賢者とはパッと見誰も思わないだろう。制服に杖がミスマッチすぎるけどそこは仕方ない。

 

「その制服はもしかして…」

 

「…はい、本来通うことになるはずだった高校の制服ですよ、アクア様に無理を言って作ってもらいました。修学旅行って言ったら着てみたくなりまして」

 

そう、この服のデザインは私が進学予定だった高校、ミツルギさんが通っていた高校の女子の制服なのだ。単純にあの高校の制服は可愛いと私のいた街では人気だった。なので今回着ることでミツルギさんに喜んでもらおうかな、と安直に考えていたのだ。

 

「…そうか…」

 

「…あっ…」

 

感慨深くあった私のふいに出た言葉にミツルギさんは影を落としたように俯いた。それを見て私は今言ったことを取り消したくなった。本当に安直だった、こんな姿を見せたらミツルギさんが前世を思い出すのは当たり前だ。それにこれでは私が未だに死んだことを引きづっているように見えなくもない、勿論そんな気はないものの、せっかくの旅行のスタートから暗い話題にする必要は全くない。

 

「あ、ち、違うんですよ、未練とかじゃなくて単純に可愛い制服でしたから着てみたくて!…そ、その…似合ってますか?」

 

慌ててミツルギさんの前に立ち上がり、私は恥じらいもなしに見せつけるようにその場で元気にターンを決めた。赤いチェックのスカートと私の頭のツインテールがふわりと揺れる。ただやってみて少し後悔する、誤魔化したい気持ちが大きかったのかもしれない。普通ならこんな恥ずかしいことまずやれないしやりたくない。

 

「あぁ、凄く似合っている、可愛いよ」

 

「……あ、ありがとうございます…」

 

自分の考え無しの行動にかなり恥ずかしくなっているのにまさかの追い討ちである。本当にこの先輩はずるい。なんで全く躊躇なくそんな風にど直球に女の子を褒めることができるのか。男の人に面と向かってこんなことを言われたのは当然私の人生で初めてだ、おまけにあのミツルギさんに。

そりゃ私は恋愛感情が乏しいのでミツルギさんを見てもイケメンとは思ってもそれ以上は普段思わないのですよ、それでもやっぱり私も女の子なのですよ、イケメンに面と向かって可愛いとか言われたら嬉しいし恥ずかしいのですよ。

 

そ、その…ミツルギさんもかっこいいですよ…

 

「ん?何か言ったかい?」

 

「な、なんでもないです…!!」

 

余計に私の羞恥は加速する、おのれバニルめ、何処にいる!?何故ですか!?声が出ない!まるでろくに喋ることができない昔に戻ってしまったような感覚が私を襲った。そりゃいつもの鎧姿を見慣れているから今の格好には少しだけドキドキしましたよ、だけどミツルギさんに言われたから言い返そうとしただけなのに声が全然出ないのはなんでなのですか!?ゆんゆん相手なら自然に可愛いとか言えるのに!

 

「そ、それよりその服はどうしたのです?どう見てもその服は…」

 

日本のでは、と言いかけて止める。言うなと言われた事はないけどなんとなくこの世界で日本のワードを言うのもよくないという暗黙の了解みたいなものがある、ただこれだけでもミツルギさんは理解したようだ。

 

「…実はこの手の服を専門に売っているお店があるんだよ、……大きな声では言えないけど、日本の転生者が服屋を営んでいるんだ」

 

「ひゃう!?……そ、そうなんですか…」

 

もしかしてミツルギさんの中身はバニルではないだろうかとまで思ってしまう。突然耳元で囁かれたらそりゃ私でも慌てますよ!?まさかミツルギさん狙ってやってませんか!?と声をあげて聞きたいくらいあった。そりゃ転生者とか安易に誰が聞いているかわからない場所で話すことではないかもしれないけど。

…まぁそれはそれとして興味はある、いつもの服もいいけど日本の服は正直に言えば欲しい。やっぱり日本の服の方が着慣れているのもあるし屋敷で過ごす普段着として是非欲しい。

 

「そのお店って、女性物もあります?」

 

「あぁ、確かあったと思うよ、良かったら今度一緒に行こうか」

 

「本当ですか?ありがとうございます♪」

 

良かった、これで日本の服が手に入ると思うも束の間…いやいや、ありがとうございます♪じゃなくて…これ冷静に考えたらデートの約束してませんか、物凄く自然な流れで受け答えしてしまったのだけどどうしよう。いや別にパーティメンバーの一人と服を買いに行くだけだし!そんなに意識する必要ないし!…何かいちいち自分に言い聞かせてて恥ずかしくなってきた、今日の私は本当にどうしたのだろうか、多分寝不足でテンションがおかしなことになっているに違いない、そうに決まってる。……いい加減にしてくださいよバニルめ!!

 

 

…こうしてドギマギしている間、私は全く気が付かなかった。

 

(……どうしよう、起きるに起きれない…えっ?何この空気めちゃくちゃ入りにくいんだけど…!?)

 

ゆんゆんが既に起きてて寝たフリをしていたことに。

 

 




次回、ようやくアルカンレティアへ!…引っ張りすぎとか言わない!

アンケートぼちぼち締め切りますね( 'ω')圧倒的ゆんゆん


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episode 67 暴走するアクシズ教徒

 

 

―アルカンレティア―

 

正確にはアルカンレティアの入口にあるテレポートサービスに私達3人は到着した。

テレポートを補助する魔法陣から降りて簡易的な建物から外に出る。すると見えるのは巨大な噴水。

噴水からは大量の綺麗な水が溢れ、その下にはとても広大で美しい湖、それが1番最初に視野に入ったものだった。

続いて見えるのは神秘的な造りの橋、湖の上を渡れる巨大な橋と、橋の上から見えるのは水に滴る美しい女神様の像。パッと見アクア様なのだが内情を知ってる人から見ればもはや別人に見えるので不思議である。とまぁ兎に角水の都というだけはあり、どこを見ても水が第一印象に残るのだが、私達にはそんな景色を楽しむ余裕は全く無かった。

 

 

「ようこそ水の都アルカンレティアへ!観光ですか?入信ですか?お仕事ですか?入信ですか?参拝ですか?入信ですか?少しでも入信と思った貴方!アクシズ教徒になれば毎日を自由に楽しく過ごす事ができますよ!今ならアクア様の教えが書かれた有難い教本と洗剤をプレゼントしております!」

 

「ここはアクシズ教の総本山、アルカンレティアです!どうです貴方、アクシズ教に入信しませんか??アクシズ教は水の女神アクア様を崇拝する素晴らしき教えですよ!今ならアルカンレティアの温泉の割引券と洗剤がついてきます!」

 

「知ってますか?アルカンレティアで作られた洗剤は…飲めます!!」

 

とまぁ色んな意味で大歓迎状態だった。まさか建物の外に出ただけでここまで猛烈な勧誘を受けるとは思ってなかったので驚き以前にドン引きである。それと洗剤を飲む必要性がわからないのだけど何故そこを力説しているのだろうか。

 

「これは…」

 

「…何時にも増してすごい…」

 

「セシリーお姉ちゃんがいっぱいいます…」

 

プリーストらしき女性に囲まれて右往左往している私ははぐれそうなゆんゆんの手を握り、強引にその場から抜け出そうとするも中々動けない。特にミツルギさんは大ピンチだ。私達の3倍増しでパワフルなプリーストのお姉様方に囲まれていらっしゃる。

 

「ちょ…君達、待って…落ち着いてくれ…!?」

 

「見て皆!!ものすごいイケメンがいるわ!ほら貴方、貴方こそアクシズ教徒になるべき逸材ですわ!!さぁ、この入信書にサインを…あ、ついでにこの婚姻届にもサインしてもよろしいですよ♪」

 

「ちょっと貴女!!抜け駆けはずるいわよ!!こんな年増はほっといて、向こうでお姉さんとお茶しないかしらー?♪とりあえずまずは入信書にサインするところから…」

 

「出会ったばかりで婚姻届にサインとかできる訳ないだろう!?いやすまないが離してくれ…!?」

 

「ちょっと邪魔するんじゃないわよ!貴女の方が年増でしょうが!!この売れ残りプリーストが!!」

 

「なんですってぇぇ!?私は売れ残ってるんじゃないの、私に相応しい高貴な方を待っているだけなのよ!売れ残りはそっちでしょうが!!」

 

…今ほど隠密スキルが欲しいと思ったことはないかもしれない。それほどに今の状況は最悪だ。ただ思ったよりミツルギさんは冷静だったようだ。2人のプリーストのお姉さんが取っ組み合いの喧嘩を始めたことでわずかに人波に隙間ができた。

 

「アリス、ゆんゆん!走るぞ!僕に続いてくれ!」

 

言うより早くミツルギさんは人混みを掻き分けるように走る。私は手を繋いだゆんゆんを引っ張りながら走る、ゆんゆんも疲弊しながら走る。というより寝不足のせいで辛そうだ。ざっと見てアクシズ教徒のお姉さんが20人はいるみたいでこれは追いつかれると思ったらテレポートで新たな客が来たようだ、そちらの獲物に引き寄せられるように追っ手が二分する。

 

それでも全力で走っていれば、次第に諦めたのか追ってこなくなった。どうやら持ち場から離れすぎたので戻ったのかもしれない。それを確認するなり3人揃ってその場で呼吸を整えていた。

 

「…どうしましょう?はやくものんびり温泉で過ごせる空気じゃないのですが」

 

「奇遇だね、僕もそう思っていたところさ…」

 

「うん…私も…」

 

3人揃って綺麗にため息を吐く。これは前途多難すぎるがカズマ君達が来るまでに宿の確保をしておかないといけない、こちらが早く到着する見込みだったので予め頼まれていたのだ。

 

「とりあえず先に宿を確保しましょうか」

 

「確か1番高い宿にしてくれって…言ってたね…」

 

「とは言え僕らにはこの街の土地勘はないからな…誰かに聞くにしても嫌な予感しかしないのだが…」

 

再び3人揃ってため息がでる。なんというか序盤から強烈すぎた。今回ばかりはアクア様を恨みたいまである。口に出したらその辺のアクシズ教徒から火炙りにでもされそうだから絶対に言わないけど。

 

「確かこの街にもエリス教の教会はあるはずですよね…?」

 

「…うん、エリス教なら国教だからこの大陸のどこにでもあるはずだね」

 

エリス教徒ならまだまともに接することができるはず。ただ問題はそれが何処にあるかもわからないことか。…本当に前途多難だ。やはり無理にでも違う場所を推すべきだったかもしれないが後の祭りである。

 

「すみませんー」

 

そんな時に突如声がかかってきたので振り向くと、大きな荷物を持った女性がいた。私達は顔を見合わせるが誰の知り合いでもないようだ、揃って首を傾げている。

 

「はい、宅配サービスですー、貴方にお友達から荷物が届いてます、こちらにサインをお願いしますー」

 

「ぼ、僕の友人から?と、とりあえず受け取ろう」

 

困惑しながらもミツルギさんは宅配の女性からペンを受け取りサインをしようとする。…私が昔よく見かけた用紙に。

 

「ミツルギさん、その紙をよく見てください」

 

「……えっ?」

 

水色の1枚の用紙、それはこの世界に来て間もない頃めちゃくちゃ見た。書いてもらう側だった私はよく覚えていた。そのアクシズ教への入信書のことを。

 

「こ、これは…」

 

ミツルギさんはペンを紙につけようとしたところで寸止めした。自然と生唾を飲み込み冷や汗すらかいている。

 

「ちっ!!」

 

宅配サービス?の女性は盛大に舌打ちすると荷物を抱えたまま颯爽とその場から走り去った。

もはやサインするなら何でもいいらしい、そこに教えから背くものはないのだろうか、ある意味犯罪なのだけど。

 

「…とりあえず全面的にサインする時は注意しないとまずそうですね…」

 

「…前から思ってたんだけどサインしても無視すれば問題なくはないかい?」

 

「あ、あの、ミツルギさん、その考えは危険ですのですぐに改めた方が…」

 

「えっ?」

 

ゆんゆんの忠告に同意するように私はうんうんと頷く。そもそも無視できるような代物ならあのアクシズ教徒がこんなにも執着してサインを求める訳がない。

 

「大抵はペンの方なんですけど、おそらく契約の魔法がかかってると思います、その状態で名前を書けば覆すことが不可能になります」

 

「そんな魔法が…失念していたよ、2人とも流石は術士なだけあるな」

 

ミツルギさんは身震いしつつ賞賛するけどゆんゆんはともかく私はこの世界に来た初日にセシリーお姉ちゃんからその詳細を聞いていたので知っていただけなので気まずいことこの上ない。今思えば契約とかアクシズ教徒が嫌う悪魔のようなやり方なのだけどその辺は大丈夫なのだろうかとも思う。

 

その時だった。

 

「アリスちゃぁぁぁぁん!!」

 

突如砂煙を巻き上げてこちらへと向かってくる人影と非常に聞き覚えのある声が響き渡る。頭の中で警報が鳴り響く。

魔王軍幹部と対面した時でもこのようなことはなかったのにその警報は止まらない、嫌な汗が流れる。そうだ、逃げなくてはと思った時には時既に時間切れ。ガバッと勢いのまま抱擁されて思わず倒れそうになるもなんとか踏みとどまる。

 

「セシリーお姉ちゃん!?どうしてここに?」

 

私に一直線に飛び込んできたのはかつてアクセルの街で色んな意味でお世話になったセシリーお姉ちゃんだ、いつもの青いプリースト服に身を包んだその人を見ればミツルギさんもゆんゆんも硬直したまま動かない。

 

「セシリー…」

 

「お姉ちゃん……?」

 

どことなく青ざめているように見えるのは多分気の所為ではないのだろう。というよりふいのお姉ちゃん呼びに余計な誤解を生んでいる気さえする。

 

「あの、違いますよ?呼んでいるだけで血の繋がりとかはないですよ?確かに同じ金髪で青い目をしてますけど他人ですよ?」

 

「それはひどいわアリスちゃん!?私達、一緒に同じ屋根の下で過ごした仲じゃないの!?」

 

「2泊しかしてませんよね!?ずっと一緒にいたみたいに言うのはやめてください!?」

 

今思えばやっぱり初日にこの人と出会ったのは運が悪かったのかもしれないとまで思う始末。とりあえず面倒だけど説明しなければ。ふと時間を見れば正午を回っているのもあり、落ち着いて話すには丁度いいのかもしれない。

 

「ところでアリスちゃんはどうしてここに?」

 

「とりあえずお互いに自己紹介やらしたいのでどこかご飯食べれる場所とかありませんか?なんならご馳走しますので」

 

「あら本当に?それじゃあこのアルカンレティアで随一の美味しいレストランを教えてあげるわ!お姉ちゃんに着いてきなさい!」

 

奢りと聞いて張り切って歩いて行くセシリーお姉ちゃん、もといセシリーさんに着いていくように目で訴えてみた。呆然としている2人だけどギクシャクした様子のまま私に続く。二人共に目が『エ』の字になっていた。うぅ…そんな目で見ないで…。

 

そんな落ち着かない様子のまま私達はセシリーさんに着いていくことになった。

 

 

 

……

 

 

 

 

レストランにたどり着き、席につくなり私はセシリーさんとの関係を説明した。これは下手に隠すと余計に面倒なことになりかねないと予感した私はアクセルに来たけど財布を落として困ってたところをセシリーさんに拉致…じゃなくて保護されて食事と寝床のお世話になって、本人の希望でお姉ちゃん呼びしていて更にアルバイトとしてアクシズ教の布教活動までしていたことまでそれはもう包み隠さず。

同時にゆんゆんとミツルギさんは初対面なので自己紹介もかねて挨拶した。いちいちセシリーさんが興奮していたけどそこは割合しておく。

 

 

「な、なるほど、そんな事があったんだね…」

 

「びっくりしたわよ、髪も瞳の色も一緒だしお姉さんって本気で信じるところだったわ」

 

「それなら信じても問題ないわ、血の繋がりなんて些細なこと、私とアリスちゃんは運命の赤い糸で結ばれているのだから!!」

 

「ごめんなさいセシリーさん、ちょっと黙っててください」

 

「っ!?アリスちゃんが冷たい…でもそんなアリスちゃんも可愛いからお姉ちゃん好きよ♪」

 

ダメだこの人、早くなんとかしないと。私は思わずどこかにデ〇ノートが落ちてないか探してしまいそうになるほど現実逃避したい気持ちでいっぱいだった。

…とはいえめちゃくちゃプラス思考で考えるとセシリーさんに出逢えたのは運がいいともとれるかもしれない。何故かと言うとこの人ならアルカンレティアについてはなんでも知っているだろう、こうしてレストランにも案内してくれたし宿ももしかしたら良い場所を知っているかもしれない。

 

「ところでセシリーさん、私達は観光でここに来たのですがもしオススメの宿とかあれば教えて欲しいのですが、多少高くても構いませんので」

 

「そうだったのね、ただ私も宿は普段泊まる訳では無いから詳しくはないけど調べることはできるわ、アリスちゃん達の為だもの、素敵な宿を探してあげるから期待していいわよ!」

 

ふいに聞いてみたものの、嬉しい答えが帰ってくる、これには私も自然と笑顔になった。ようやく落ち着ける、これが大きい。というより身体を休めることがこれほど大変なのかとも思ったけど。

 

「本当ですか?ありがとうございます♪」

 

「いいのよ、お昼ご飯をご馳走になるんだもの、それくらいは任せておきなさい」

 

どうなるかと思ったけど案外上手く宿が見つかりそうで他の2人も一安心の様子でホッとしていた。私としても前途多難な状態だったのが解決できてようやくゆっくりできそうだと安堵の息をもらす。

しかしこれで終われば良かったのだがセシリーさんのコバルトブルーの瞳は妖しく輝き、それはゆんゆんとミツルギさんに向けられた。…何故か背筋が凍る思いになった。

 

「ところで…ミツルギさんにゆんゆんさんだったかしら?」

 

「…はい?僕に何か?」

 

「あ、はい、どうしました?」

 

突然の問いかけに2人は不思議そうに首を傾げている。私としても何が言いたいのか想像もつかない。勿論嫌な予感しかしない。落ち着こうとそばにあった水を飲む。

 

「アリスちゃんは貴方達にはあげないからね!!」

 

その瞬間私は盛大に口に含んでた水を吹き出した。ミツルギさんはポカーンとしているしゆんゆんは私の吹いた水の直撃を喰らうしで大惨事に。私は慌ててハンカチを取り出してゆんゆんのそばに駆け寄って水を拭き始めた。

 

「ゆ、ゆんゆんごめんなさい!」

 

「あ、うん…私なら大丈夫…」

 

「駄目よアリスちゃん、そういうご褒美は私にやってくれないと…」

 

「本当にごめんなさい、お願いですから黙っててください!!」

 

全くぶれない様子のセシリーさんを横目に思うのはやっぱり出逢うべきではなかった。今の私には心からそう思えた。

 

 

 





当然ながら契約の魔法云々は独自設定です。でもありえそうとは思う


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episode 68 悪魔との邂逅 ―マク■■■■―

 

 

―アルカンレティア・高級ホテル―

 

食事も終わり、セシリーさんがアクシズ教ネットワークを駆使して人気の宿を調べてくれた結果、お城のようなホテルを見つけてくれてチェックインして今に至る。勿論レストランを出る時もホテルへのチェックイン時もしっかりアクシズ教の入信書が出てきたので丁寧に突き返しました。

 

アクシズ教ネットワークとは単純にその辺にいるアクシズ教徒の住民に聞き込みするだけのものだ。ちなみにセシリーさんはホテルに案内してくれるとお仕事があるからと去っていった。どんな事をしてるか知らないけどお仕事中にレストランでご飯食べていたのだけどそれはいいのだろうか。多分いいのでしょう、アクシズ教教義にも汝我慢することなかれ、やりたい事はやりたい時にやるべしとかあるらしいし。

ちなみに部屋は二人部屋を4部屋とっておいた。男性であるミツルギさんはカズマ君と一緒になることが確定で私は自然な流れでゆんゆんと一緒にいる。残り2部屋は適当に別れてくれるだろう。

 

そんな訳で部屋にいるのだけどこれがまた広い。ふかふかの大きなベッドが2つあってテーブルの上には高そうなワインが籠に入って置かれている、私もゆんゆんも飲まないし後でアクア様にでもプレゼントしておこう。

窓も大きく、そこからはアルカンレティアの街並みを一望できてしまう。こんな豪華な部屋に泊まったことはないので落ち着かないまであったりする。

 

「ねぇアリス、私思ったんだけど…めぐみん達ってどうやって私達と合流するの?」

 

疲れ果てていたのと睡眠不足が原因でグロッキー状態なゆんゆんは部屋にはいるなりベッドに倒れるように寝てそのままの状態だったりする。

 

「あ、そうですね、ゆんゆんちょっと荷物失礼しますよ」

 

私は断りを入れるなりゆんゆんの鞄から水の魔晶石を取り出す、本来アクア様の力が宿っているそれは信仰心のある街にいるからか、淡く綺麗な青色の光を放っていた。

 

「…それってアリスが普段杖につけている魔晶石よね…?」

 

「アクア様曰くこれの位置が把握できるから大丈夫だそうです」

 

なんでも自分の力が込められているから察知するのは簡単らしい。後はそれを頼りにアクア様達がホテルにチェックインして名前を言えばホテルの受付の人が部屋に案内してくれる手筈になっている。これならわざわざアルカンレティアの入口で待ちぼうけする必要もない。

 

「ふーん……ねぇ、そういえばミツルギさんといいアリスといいなんでアクアさんをアクア様って呼ぶの…?」

 

「…えっ」

 

予想外の質問に思わず舌を巻く。正直に言っていいものかすら判断に困るしダクネスやめぐみんは本人が名乗ったところ全く信じて貰えなかったらしいのでそれでいいのだけど私から言ってしまうのは流石に躊躇する。

 

「それにー……その魔晶石作ったって聞いたけど…そんなこと普通無理だよね………」

 

ゆんゆんの声が段々小さくなってきた。ふとゆんゆんに近付くとすうすうと静かな寝息をたてていた。そりゃ一睡もしないままここまで来て既に午後3時ですしいつ限界が来てもおかしくはなかったけどようやくといったところか。そんなゆんゆんの寝顔を見ていたらこちらも眠くなってきた。

 

「おやすみなさい、ゆんゆん」

 

可愛らしい寝顔を見てたらなんだか安らいだ気がした。ゆんゆんの身体にそっとシーツをかぶせると、私もまた隣のベッドに横になる。

ミツルギさんとはしばらく休むと言ってあるので問題はないだろうとそのまま私は意識を手放した。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

真っ白い空間にいた。

 

どこを見渡しても果てしなく続く白。それに終わりは見えない。

 

だけど不安にはならない。むしろ逆に安心する。

 

きっとこれは加護なのだろう。女神様の加護。それが目に見えたらこのようになるのだろう。何故か私の頭にはそんな確信があった。

 

そんな中見えたのは黒い手。それは私に掴みかかろうと襲ってくる。

 

「……っ!?」

 

思わず身構える、だけど私に触れるまであと少しというところで止まる。気付けば私自身が発光しているような状態で、その光にぶつかり黒い手は消滅する。

 

だが黒い手はひとつじゃなかった。2つ目、3つ目と襲いかかる。

 

だけどやっぱり私に触れることは適わない。

 

「ヒュー……、ヒュー……」

 

無音の中、突如木霊する音。

 

…これは音なのだろうか?ふと聞こえたそれは不気味に感じた。

 

風が吹いただけのようにも聞こえて、誰かが口ずさんでいるようにも聞こえる。

 

「ヒューヒュー、今は近くにいないんだね」

 

聞こえたのは少年のような声、私は確かにそれを聞いた。だけど周囲には誰もいない。次々と出てきていた黒い手はいつの間にか消えている。

 

「ヒューヒュー……、寂しいよ、ヒューヒュー……」

 

「……誰?」

 

貴方は誰ですか?何処にいるの?と聞きたかったのに、声が詰まってこれしか出なかった。

 

「僕?僕はね…マク――」

 

「アリス!アリス!」

 

途端に声が聞こえなくなり、女の子の声が私を呼ぶ。

 

この声はゆんゆんだ。そう思ったら、白い空間全体が大きく光り輝き出した。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

「アリス!!」

 

ふと目を開けると見えたのはシャンデリア。そして心配そうに私を見つめるゆんゆんの顔。

途端に私は瞬きを大袈裟にしてしまう、そして今のは夢だったのかなと思うのにかかる時間は体感5秒前後。

 

「……ゆんゆん?」

 

「良かった…大丈夫なのアリス?凄くうなされてたし凄い汗だよ?」

 

そう言われて重く感じた身体を起こすと、暑くもないのに汗だくだった。率直に言えば気持ち悪いし思い出すとまたあの声が聞こえてくるような錯覚を感じて私はその場で蹲った。

 

「少し怖い夢を見ました…」

 

気付いたら身体の震えが止まらなかった、まるで夢の中の黒い手に掴まれているような錯覚すら覚える。怖い――そう思っていたら私の身体を優しい圧迫感が包んだ。

 

「大丈夫、もう大丈夫だからね…?」

 

感じたのは母性。ゆんゆんが私を抱きしめてくれたことでその安堵感は、次第に私の身体から震えを取り除いていった。私に余裕はなくて、それに甘えるように抱き返した。それだけで心に温もりを感じた。

 

次第に呼吸が落ち着いたことを自覚した。自然と抱きしめる力が強くなる。いつもなら遠慮するのだけど今の私にはそんな余裕はなかった。

…ただふと目を開けば第三者の痛い視線を感じて私はそっと目線をそれにずらしてみた。

 

「あのー…一応私もいるのですが」

 

「「…っ!?!?」」

 

多分めちゃくちゃ早かったと思う。めぐみんと目が合った瞬間、私はゆんゆんから離れて距離をとった。ゆんゆんもまた顔を真っ赤にして同じように。多分私の顔も今は赤いと思う。

 

「いやそれ以前にゆんゆんは私がいることを知ってましたよね?夕食に呼びに来たのですからね、もしかしてわざとやってます?なんだか夕食を食べる前なのに既にお腹いっぱいなんですがどうしたらいいと思います?」

 

「だってその…アリスが心配だったから…」

 

「はいはい、では私は夕食に行きますので2人はどうぞお構いなくここでイチャイチャしておいて下さい、それではお幸せに」

 

「ちょ、ちょっとめぐみん!?そういうのじゃないから!?」

 

めぐみんは呆れ顔のまま部屋から出ようと去っていく。ゆんゆんが何やら言ってるけど寝起きのせいか段々と頭がぼんやりしてくる。だけどさっきのような怖さはもう、なかった。

それにしてもめぐみんが居るということはカズマ君達御一行は無事に到着したらしい。夕食と言ってたから時間は18時~20時辺りだろうかと首にぶら下げていた懐中時計を開けば19時半と結構時間が経っていた。

 

「アリス、めぐみんの話だと皆食堂にいるらしいからそろそろ私達も…」

 

ゆんゆんはそう言って部屋から出ようとするものの、私としてはこのまま行く訳にもいかなかった。私はベッドから立ち上がるなり自身の状態を確認すると、案の定身体中が悪寒による汗で侵食されていた。…こんな風になるのは初めてで流石に動揺する。

 

「うーん…流石にこのまま行きたくないですね…シャワーを浴びたいです…先に行ってください、すぐに向かいますので」

 

「う、うん、それなら私も一緒にはいる」

 

「…そうですね、さっき私の汗がついちゃってると思いますし」

 

それ以前にここに来てからそのまま寝ていたのでリフレッシュするのにも良さそうだ。そう思えば行動は早かった。ブレザーは予め脱いでいたのでそのまま首元のリボンを外すとソックスを脱ぎ捨て、カッターシャツとスカートだけの状態でシャワールームに向かう。

 

「…広いですね…」

 

シャワールームと言っても現在日本であるようなユニットバスのようなものではない。西洋風のその場所はユニットバスの3.4倍の広さがあり、磨かれた白い大理石のような何かで床や壁が覆われている。魔道具による灯りで中はとても明るく、どこか神秘的な感じもした。

 

服を全て脱ぎ、脱衣室の籠に入れればそのまま頭の細いリボンを外す。そうすれば今までツインテールにまとまっていた長い金髪の髪は静かにまとまって重力に逆らうことなくバサリと落ちれば、私の足にも届きそうなほどに長く存在を意識させる。

 

「…いつも思うけど凄く綺麗な髪よね…羨ましいなぁ…」

 

「…私としても誇りたいのですが手入れがめちゃくちゃ大変です…」

 

前世での髪はセミロングといったところだった。だからここまで長い髪に最初は戸惑ったものの、今では慣れたもの。時間がかかるのがネックなのだけど。髪の手入れだけでお風呂タイムの半分以上を使ってしまうのだからそれはもう大変である。これもまた転生前には全く考えなかった苦労のひとつだ。

 

シャワーといっても天井に設置された魔道具から流れるもので、それはもはやシャワーというよりも雨に近い。だからこそ範囲も広く、私とゆんゆんが同時に浴びれるほどの余裕がある。

 

「……ゆんゆんってお母さんみたいですね」

 

「えぇ!?急にどうしたの!?」

 

つい思った事が口にもれてしまった。あっ、と呟けば私はシャワーを浴びながら無言で俯いた。いくらなんでもこれは恥ずかしい。けど言ってしまったなら仕方ないと開き直りに近い何かが私の感情を支配していた。

 

「母性がものすごいですし、これからはゆんゆんママと呼びましょうか」

 

「やめて!?それだけはやめて!?」

 

ゆんゆんの顔を見れば嫌がっているというより恥ずかしがっているが正しいのかもしれない、そんなゆんゆんの様子には既に自分が優位に立ってると確信してその悪ノリは加速する。

 

「ゆんゆんママだと長いですね、ゆんママにしましょうか、ゆんママー♪」

 

「ちょ、ちょっとアリス!?今の状態で抱きつかれるのは流石に…!?」

 

今の私とゆんゆんはシャワーを浴びているので勿論今の状態は服を一切着ていない。そんな状態にも関わらず私は思いのまま抱きしめた。悪ノリに見せてるけど実は違ったりもする。

 

まだ恐怖は完全に消えてないのだ。あの少年のような声は常に頭の中で響く、それは幻聴で、私の恐怖心が生み出しているとわかっていても。

 

「アリス……?」

 

「ごめんなさい、ゆんゆん…少しだけこうさせてください…」

 

身体の震えが再び蘇る。悪寒を感じる。恐怖心からぐっと腕に力がこもる。なんで私がこんな目に合わなきゃいけないの、とあの声に嘆きたくなる。

 

「大丈夫、もう夢は終わったんだから…」

 

そんな私にゆんゆんは優しく頭を撫でてくれた。それに合わせるように震えが、悪寒が、恐怖が薄れていく。

…ふと我に返ると流石にやりすぎたかなと思うと今の状態は私としてもかなり恥ずかしい。慌てて離れようとする。すると足元がぐらついた、こんな滑りやすい場所にも関わらず、まぁ私が悪いのだけど。

 

「アリス、そんなに動いたら危ないよ…」

 

「ごめんなさい、もう大丈夫ですから…あっ…」

 

「…きゃぁぁぁ!?」

 

そして案の定転ぶ。頭を打ったりしたら大変なので私の片手はとっさにゆんゆんの後頭部に伸びた。そのままの状態で盛大に転んだ。

 

その瞬間、シャワールームの扉が勢いよく開かれた。

 

「ちょっと!!どれだけ待たせるつもりですか!?何二人して呑気にシャワーなど……浴び……」

 

扉を開けためぐみんはそのままの状態で硬直した。それもそうだろう。

友人2人がシャワールームで倒れ込んでお互いを大事そうにしながら抱きしめているのだから。

 

「……めぐみん!?これは違うから!ちょっとした事故だから!!」

 

「えぇ大丈夫ですよ私は分かってますから。それよりお構いなくイチャイチャしてろとは言いましたけど私としては冗談のつもりだったのですがまさか二人がここまで進んでいるとは思いませんでした、すみませんお邪魔しました、今度こそお幸せに」

 

早口で告げられたまま勢いよく扉が閉められた。これには私も何も言えない。言う余裕すらない。

 

「だから違うってばぁぁぁぁ!!!」

 

ゆんゆんの絶叫は虚しくシャワールームに響き渡るだけだった。

 

 

 






ベッタベタだなぁ(遠い目)


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episode 69 温泉に入ろう!

 

―アルカンレティア・ホテル食堂―

 

流石に待たせすぎたと慌てて食堂へと走ったけどこのホテル広すぎて散々迷ってたどり着くまで無駄に時間がかかってしまった。部屋にテレポート登録してたゆんゆんを見て大袈裟だなと思っていたけどそんなこともなかった。

 

そして食堂に着いたら着いたでアクア様が私のそばに来るなり私の手を引っ張って皆から離されてしまった。どうしたのだろうか。

 

今は食堂を出て、通路を少し歩き人気のないソファなど置いてる簡易的な休憩室のような場所だ。そこまで歩くとアクア様はこちらに振り向いた、その表情は険しい。

 

「アリス、何があったの?悪魔の気をめちゃくちゃ纏ってるんだけど?ちょっと女神としてほっとけないレベルなんですけど?」

 

言われた瞬間私は目を逸らした。と言うより気付くのが早すぎる。私としても念の為にセイクリッド・ブレイクスペルや浄化の魔法を使っておいたのだけど効果はなかったようだ。

何よりこの件に関しては旅行が終わってから話すつもりだったのでアクア様が即気が付いたことは私にとって最悪ともいえる。

 

「…すみませんアクア様、皆を心配させたくなくて…」

 

「……わかったわ、皆には言わないから、とりあえず私には話しなさい?」

 

気が滅入っていたせいか、少し涙ぐんでしまった。そんな様子に同情したのか、アクア様は溜息まじりに言うとそのまま傍にあったソファに腰掛ける。私もそれに続いた。

 

「……夢を見たんです…」

 

「夢?」

 

そこから私はアクア様に夢の詳細を事細かく伝えた。できるだけ理解してもらえるように。アクア様は難しい顔をしていたけど次第に納得したように表情が晴れると、私に掌を向けて力を込めた。

 

「私の加護を避けて意識だけをアリスに送ったんでしょうね、そんなことできるのはウィズんとこの仮面レベルの悪魔よ?それともあの馬鹿悪魔の仕業なのかしらね?」

 

「いえ、それはないと思います、彼がその存在のヒントをくれた部分もありますし」

 

もしかしたらバニルを庇うような発言が気に入らなかったのかもしれない。その時のアクア様の表情は少し不機嫌に見えた。

 

「……ふーん。とりあえず私の加護を強化しておいたからこれなら意識のいの字もはいらないはずよ、浄化もしておいたしもう大丈夫だから安心しなさい」

 

そう言うとアクア様はソファから立ち上がるなり、私にその手を差し伸べた。

 

「ほら、はやく行くわよ?皆ご飯待ってるんだからね!」

 

少しだけ、間が空いた。差し出された手を取ろうとするも、手が、身体が動かなかった。

 

「ちょっと!?どうして泣くのよ!?」

 

それでもゆっくりとその手を取ると同時に私の涙腺は緩んでいた。一瞬何故涙が出たのかわからなかったけどすぐに理解した。

私は今のこの仲間達の存在が凄く嬉しいのだろう。『あの時』には全く存在することの無かった味方が、仲間が、友達が、親友がいることが。

 

この時…あの夢の恐怖が、かつての前世での孤独と重なって怖かったのだと自覚した。

 

それが取り払われると、嗚呼こんなにも清々しい。

 

頼りになると感じた瞬間は幾度となくあった。でも今日感じたものは何よりも大きかった。

 

もし前世で…こんな人達と出会えていれば……――

 

そう一瞬考えて、首を横に振ることで落ち着けた。

 

だってあの前世があって死んだからこそ、今この人達と巡り会えているのだから。

 

それはなんとも皮肉な巡り合わせだな、と、私は内心この境遇を複雑な想いで笑っていた。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

食堂に戻ると広いフロアにも関わらず居るのはカズマ君達だけのようだ、どうも今日泊まりに来た客は私達だけらしい。近づくにつれて皆の心配そうな視線が私に刺さる。流石に待たせすぎてしまったと思うと自然と俯くようにその視線から目を逸らした。

 

「すみません、大変お待たせしました」

 

時刻は既に20時半、1時間も経つのに皆私を待つ為に、食事には未だに手をつけられていないのにはちょっとした罪悪感が芽生えた。

 

「あぁ、問題ない。かなり疲れていたようだな、今日は食事が終わったらまたゆっくり休むといい」

 

どこか安らいだ様子でダクネスが告げると、他の人もそれに続くように言葉を投げかけてくれた。

 

「僕もさっきまで寝ていたし、寝不足な上に今日の出来事の後では仕方ないだろう、すまないな皆」

 

「別の意味で疲れているだけのような気もしますけどまぁいいでしょう」

 

「ちっとも良くないから!!さっき説明したでしょ!?」

 

雰囲気から察するに誤解は解けているようだがめぐみんのいたずらっぽい笑みには私も苦笑せざるを得ない、しばらくいじられそうなのだから。

 

それにしてもカズマ君は疲れ果てているのだけど大丈夫なのだろうか?どことなくぐったりしていた。

 

「あの、カズマ君?もしかして待たせすぎちゃいました?」

 

「いや…俺達は夕方に此処についたんだけど…やっぱり俺達もテレポートにしとけば良かったなぁ…と」

 

「…あぁ…なるほど、馬車の移動は退屈ですし食事も味気ないですからね…」

 

「いやそういうのじゃなくて」

 

「?」

 

ぐったりしたままのカズマの嘆くような言い方には流石に首を傾げた。何かあったのだろうかとウィズさんを見ればウィズさんも苦笑している。

 

「聞きたい?聞きたいか?道中ダクネスがモンスターを呼び寄せてアクアがアンデッドを呼び寄せておまけにようやく着いたらアクシズ教徒の連中に揉みくちゃにされた話なんだけど聞きたいか?」

 

「…いやそれ既に言ってますよね…その、お疲れ様です…」

 

そんなカズマ君の愚痴を聞いていたら待ちきれなかったのかめぐみんは既に目の前のご馳走を勢いのままに食べていた。それに続くように他の人達もスプーンを手に食事を始める。

別にお堅いなんらかの集まりでもない、こうやって私が来るまで待っててくれただけでもありがたいし文句はないのだけどめぐみんの食べ方はいつもながら完全に女の子を捨てている。

 

それを横目に私も料理に手につける。流石に高級ホテルなだけあってその味は王都のレストランにも引けを取らない美味しさだ。空き皿が出来るとすぐさま違う料理が運ばれてくる。特にめぐみんとウィズさんの周りが目まぐるしい。

 

「美味しい…凄く美味しいです…あぁ、幸せ……」

 

幸せそうに料理を次々に口に運ぶウィズさんを見て思うのは普段パンの耳がご馳走と言ってる人がこんな豪華な料理を食べて胃がびっくりしないのだろうか。リッチーだからそういうのはないのかもしれない。

 

「そうだ皆さん、食事が終わったら温泉に行きませんか?アルカンレティアの温泉は初めてなので凄く楽しみにしてたんです」

 

そういえば此処に来た本来の目的としては1番に温泉だったと気がつけば、私としても楽しみになってきた。アクア様のお陰で落ち着いたとはいえ、心労的にしんどいのでリフレッシュしてしまいたい。

 

「お供しますよ、私も楽しみにしてましたので♪」

 

「温泉なら私も行きたいけど…」

 

「流石にアクアはやめておいた方がいい、いくらなんでも飲みすぎだ」

 

「むぅぅぅ……」

 

アクア様は既にお酒を呑んで完全に顔が真っ赤だ。というよりアクア様が温泉に入って大丈夫なのだろうか、確か以前から触っただけのポーションやら紅茶やらを浄化して水に変えてしまったらしいのだけど。

 

「いやお前が温泉に入るのは駄目だろ、完全に失念してたけど」

 

「はぁ!?なんでよぉぉ!?」

 

「佐藤和真、いくらなんでもそれは…」

 

「あぁ、ミッツさんは知らなかったな、こいつは液体に触れるとどんなものでも浄化して水にしてしまうんだよ」

 

「確かにそんなことがありましたね、アクアには気の毒ですが部屋にあるお風呂で我慢してもらいましょう、あれもかなり豪華な造りでしたし」

 

案の定カズマ君がつっこんでくれた。流石にそんなことになったら大騒ぎになることは間違いない、ミツルギさんは絶句してるし一緒に入らなくて済んだからかウィズさんはホッとしている…というよりそんな異常なことまでできることを知られているにも関わらず未だにアクア様を女神だと信じてないダクネスとめぐみんなんだけど私としてはそちらの方が疑問に思ってしまう。薮をつつくような真似をするつもりもないので何も言わないけど。

 

 

 

 

……

 

 

―ホテル内温泉脱衣場―

 

 

さてさて温泉なのですが先に言っておきましょう。

 

ウィズさんと入ることをこれ程後悔するとは思っていませんでした。

 

今はアクア様以外の5人の女性陣でいるのですが、あれですか、これが脅威(胸囲)の格差社会というやつですか。ウィズさんはダクネスよりも大きい。勿論ダクネスも大きい。

 

「凄いなぁ…あんなに大きくて美人さんで…羨ましい…」

 

「ほう、それは私に対する当てつけですね、その喧嘩買おうじゃないか!!」

 

「えぇ!?」

 

めぐみんと完全に意見が一致した瞬間である。それだけ大きくて他が羨ましいとかなら私はどうなるんだ。…とはいえもはや考えるだけ虚しいのでさっさと温泉に入ってしまおうと私はタオルを身体に巻いて引き戸を開けた。

 

そこは絶景だった。綺麗に加工された白い石は床や湯船に扱われ、星空を見渡せる露天風呂。湯気が立ち込み、温泉は白いにごり湯になっている。正直に言えばこれだけの設備をこの世界で実現出来ていることに驚きだ。そして広い上に今のところ他の客はいないので完全に貸切のようだ、下手に他の客がいたら気を遣うのでこれは運が良かった。

 

「こんな大きな温泉は初めてみましたね…」

 

「私も…凄いねこれ…」

 

「こんな広い温泉を私達だけで貸切ですか♪本当に贅沢ですねー♪」

 

ウィズさんは嬉しそうに掛け湯を行うと私達もそれに続く。この世界での温泉は初めてなのでマナーというか勝手がわからないのだけどそこは周りに合わせておこう。普通だと温泉に入る前に身体を洗ったり、タオルを外したりするのだけど皆を見ていると掛け湯だけでタオルを巻いたまま入っていた。いいのかなと思いながらもそれに倣った。

 

「ゆんゆん、少し奥に行ってみましょうか」

 

「う、うん」

 

温泉に浸かりつつ湯気で見えにくい奥へと進む。いい感じに岩場があるのであそこに落ち着こうと近付くと、人影が見えた。

 

「あ、あれ?」

 

「どうしたの?アリス」

 

相変わらず湯気で見えにくいのだけど確かに人影が見えた。目を凝らして見ても今見たら誰もいない。…というよりも誰かがいることはおかしい。

 

「…今誰かいたような…」

 

「えぇ!?だって脱衣場には私達の服しかなかったよ?」

 

ゆんゆんの言う通り脱衣場には私達以外の服は見当たらなかったので誰かがいるはずがないのだ。そう考えると恐怖心が生まれる、まさかまた悪魔とかそういった類なのだろうかと身構える。

だけど怖がってはいられない、今は横にゆんゆんもいる。今は無防備ではあるけどこのままの状態でも転生特典の魔法は使える。今は杖もない私程度では仮に夢に出たバニルクラスの悪魔だった場合歯が立たないのは目に見えているけどそれでも友達は守らないと。

 

そんな虚勢から、私は進んだ。何時でも詠唱できるようにして。私が無言で進むと、ゆんゆんはゴクリと生唾を飲み私の後ろに着いてくる。

 

そして影が見えた場所につくと同時に温泉から大量の気泡が溢れていた。ビクリとして私は立ち止まった。

 

「ぷはぁ!?」

 

そして温泉の気泡から飛び出した顔を見て私の目の光は消えた。

 

「…なんだカズマさんだったのね……」

 

「……お、おう」

 

「…………え?…カズマさんが…なんで…!!」

 

違う意味で恐怖に震えた。何故カズマ君がここにいるの??だってここ女湯ですよ??

そう思ってしまえば危機感を感じた女の子のすることは1つしかない。

 

 

「「キャーーー!?!!」」

 

私とゆんゆんは端に置かれていた木製の風呂桶を投げ付けた。これでもかと投げ付けた。次第にこの騒ぎでは流石に他の3人も気が付く。

 

「どうした!?……な、ななななな!?何故カズマが此処に!?」

 

「待て!お前らまずは俺の話を…ぐはぁ!?」

 

投げた桶がカズマ君の頭にクリーンヒットする。だけど話をするなどそんな余裕はない、あるはずもない。私とゆんゆんは一心不乱に桶をあるだけ投げつける。

 

「いいからさっさと後ろを向きなさい!!」

 

めぐみんが桶を追加して更に加速する。予想外すぎる事態にもはや歯止めは効かない。

 

結局騒動が収まったのは、カズマ君が何も言わず温泉に浮き上がった状態になってからだった。

 

 

 




スランプ再び…。上手く文が書けません、次回また遅れるかもです…


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episode 70 緊急クエスト『カズマ君を有罪にしろ!』

 

 

―ホテル内温泉―

 

羞恥による勢いのままに行動した結果、カズマ君はどざえもんのようになり、私は怒りの感情を顕にしていた。

確かにスケベな一面もあったけどそこは男の子だし仕方ないのかなと考えていたけどまさかここまで堂々と犯行に及ぶとは思わなかった。

 

「見損ないましたカズマ君、ここまでやる人ではないと思っていたのですが」

 

その結果カズマ君を見る目が白けたものになるのは仕方ない。多分今の私は人に向けたことのない目をしていると思う。

 

「…しかしいくらカズマでもここまで堂々とするだろうか?何か事情があったのではないか?」

 

「女湯にいる事情ってなんなんですか!?というより事情があればいてもいい訳ではありませんよ!」

 

「確かにそうですが…」

 

「ね、ねぇアリス落ち着いて?気持ちは分かるけど…」

 

気が付けば皆落ち着きを取り戻していて私だけが未だに騒いでいるようにも見える。というより私が騒いでいるおかげで逆に皆が落ち着いているような気さえする。こんな状態で私だけが荒れていても仕方ないかと半ば強引にため息をついた。

 

「……すまない、落ち着いて聞いてくれるだろうか?」

 

突然の声に身構える。何故なら声は男性のものでその姿は見えない、だけどカズマ君ではない。

 

「……ミツルギさん?」

 

まさかのミツルギさんである。カズマ君に続いてミツルギさんまでもがこの場に居てしまっているというのか。ただ姿が見えないことと、ミツルギさんの落ち着いた対応で先程のように取り乱すことはなかった。見渡せば皆温泉に浸かったまま互いの意思を視線で確認している。

 

「ミツルギ殿、これはどういう事なのだ?カズマはまだしも、貴方までここにいるとは…」

 

「僕も不思議に思って1度出て調べたんだけど…どうやら手遅れだったようだね…とりあえず言うから落ち着いて聞いて欲しい」

 

相変わらずミツルギさんは声しか聞こえない。おそらく最奥にいるのだろうか。ミツルギさんはいちいち声を張り上げていることからそう予想できた。

 

「この温泉は…混浴だ」

 

 

 

……

 

 

 

んん?

 

「混浴…?そんな事はどこにも…」

 

「このホテルの決まりでね、どうも時間帯によって混浴の時間帯とそうでない時間帯に別れているらしいんだ、僕達はそれを知らなかったから……」

 

「……」

 

沈黙が訪れる。誰もが喋ろうとしない。ぷかぷかと浮かぶカズマ君は微動だにしない。めぐみんはおそるおそる近付くとカズマ君を揺さぶっていた。

 

「……大変です、カズマが動きません」

 

「!?…アリス、すぐにヒールを!!」

 

「えっ、あ、はい!?!?」

 

そこからはてんやわんやの大混乱だった。焦燥と羞恥とが入り混じる中、私達はカズマ君の救出に踏み込んだ。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

ゆっくり温泉に入っている余裕は全く無くて、私達はすぐに温泉から上がりフロントに殴り込みに向かった。するとぐうの音も出ないほどちゃんとした説明を受けた。

このホテルでは毎日21時から24時までの3時間のみ、男湯と女湯の間にある壁を取り払い混浴にしているのだという。なおそのことについては各部屋にあるホテル設備の説明にしっかり記されていて、更にチェックインの時にもその話はされていたそうな。…だけど私もカズマ君もそれぞれチェックインした際には疲れきっていてまともにその話を聞いていなかった。説明がきちんとされているのなら落ち度はこちらにある。

 

今回の不幸の積み重ねはまずチェックインをしたのが私とカズマ君だけで他のメンバーはロビーのソファで待機していたこと。私もカズマ君も疲労によりまともに話を聞いていなかったこと、ホテルの設備なんてわからなければ後で調べればいいと安直に考えたこと。安直に考えたものの誰一人温泉設備についての注意書きを見ていなかったこと。そして時間がちょうど21時になってから入ったこと。脱衣場の前には混浴かそうでないかの表記があるのだがちょうど切替の時間だったので混浴と表記されていなかった。なお出た時に見れば混浴と表記されていた。

 

以上のことが皆に伝わると、皆して何も言えずにその場のソファに座り込み俯いていた。

 

「…まずは本当にごめんなさい、私がちゃんとチェックインの時に説明を聞いておけば…」

 

「それを言うなら私達も同罪だ、受付を任せきりにした上にそれぞれ確認をしていなかったのだからな」

 

ただ言い訳をするのなら時間帯による混浴など誰が予想するのだろうか。確認を怠ったと言われればその通りなので何も返せないのだけど。やり場のない気持ちが支配していてそれは皆して同じのようだ。

 

「それでカズマ、弁明があるなら聞きますよ?答えによっては爆裂魔法を撃ちますので慎重に答えることをオススメしますが」

 

「待て、それだけはやめろ、俺だって混浴のことは知らなかったんだよ!!」

 

「それを信じるとして、では何故あの場で潜って隠れようとしていたのです?アリス達が近付く前に声をあげれば良かったのでは?」

 

「確かにな…、アリス達のいた場所からミツルギ殿がいた場所まではかなりの距離があったみたいだからな、混浴と知っていて近付いた可能性も…」

 

「おい待て!?少しは俺の事を信用してくれよ!」

 

今のメンバーはカズマ君、ミツルギさん、ダクネス、めぐみん、ゆんゆんと私。アクア様は飲み過ぎで食後に部屋に戻ったのでこの件は知らない、ウィズさんは自分は特に被害を受けていないからと同じく部屋に戻った。よく考えるとウィズさんは温泉にいた時も奥に来ることなく浸かっていたので多分唯一この旅行を満喫できている存在なのかもしれない。こっちは温泉に入って余計に疲労がたまった気しかしないのだけど。

 

「佐藤和真、とりあえずこちら側の状況を話すぞ?それをどう受け取るかは分からないが…」

 

「ぐっ…」

 

ミツルギさんがそう言うとため息をつく。置かれた立ち位置はカズマ君と全く同じだったはずなのに事件が終わってミツルギさんは特に責められてはいない。むしろカズマ君を止められなくてすまないとまで言っていたし、こちらを配慮して見えない位置から動かなかったし責める理由がない。

 

私達はミツルギさんの話を聞くことにした。

 

 

 

…時は遡り―視点・無し―

 

 

―温泉・男湯側―

 

ぽちゃん、と湯が落ちる音が聞こえる、そんな静かな温泉。客は2人しかいない、ミツルギとカズマである。2人は身体を洗い掛け湯をして温泉に浸かると、2人して息を吐きゆったりしていた。

 

「それにしても…君とこんな風に旅行することになるとは…初めて出会った時は考えもしなかったな」

 

「そりゃこっちの台詞だ、…それにしてもめちゃくちゃ広いな…奥が全く見えねぇ…」

 

カズマは温泉に浸かりながらも奥を見ようとするも、そこは湯気がたちこもり全く見えなかった。それでもこの時は特に動く事はなかった。

 

だがふと聞こえて来るのは女性陣の声。これにはカズマの耳がピクピクと反応する。視線が見えぬ奥へと向く。

 

「佐藤和真、まさかとは思うがこの僕の前で覗きなんてしたりしないだろうな…?」

 

「は、はぁ!?なに言ってんの!?そんなことするわけねぇし!?ちょっと声が聞こえたから気になっただけだし!?」

 

明らかに声が上ずっている様子にミツルギの目線はよりきつくなっている。

 

「……じゃあ聞くけどよ、ミッツさんはあいつらが何を話しているのは気にならないのか?」

 

「なっ!?いや、僕は…そ、そんなことないぞ!」

 

僅かに動揺を見せたことでカズマの目が光る、ここは押すべきとカズマの直感が働いた。

 

「まぁまぁ、別に何も覗く訳じゃないんだからさ、奥に行けば壁があるだろうしそこまで行って少し聞き耳立てるだけだから」

 

「い、いや、盗み聞きとは関心できないな、おい佐藤和真!何処へ行く!?」

 

ミツルギの言葉を半ば無視してカズマは動く。奥へと足を進めていく。ミツルギはこのままではいけないと少し間を開けてカズマの後に続く。

 

「なんだよ、やっぱりミッツさんも気になるんじゃないか」

 

「誤解しないでもらおうか佐藤和真、僕は君が覗きをしないように見張りに行くのだからな!」

 

「はいはいそういう事にしておいてやるよ」

 

ニヤニヤと笑いながらカズマは進む、それを歯噛みしながらも着いて行くミツルギ。…そしてミツルギは違和感を感じた。

 

「待て佐藤和真、確かにこの温泉は広いが…いくらなんでも広すぎないか?未だに壁が見えてこないのは不自然だ、女性陣の声からしてこのまま行くと鉢合わせるかもしれないぞ?」

 

「何言ってんだよ、混浴じゃないんだからそんなことあるはずないだろ?」

 

カズマは構わず進むがミツルギはその違和感を捨てることができなかった。確かにカズマの言う事はわかるが万が一ということもある。その万が一が起こってしまえば下手したらパーティ崩壊までありえる。

 

「いいから止まれ、万が一という事もある。僕は1度戻って調べてくる、絶対にこれ以上奥に行くんじゃないぞ!」

 

そう告げるとミツルギは真っ直ぐに帰っていった。カズマは大袈裟だなと思いながらも一応その場に留まっていた。

 

 

5分ほど経っただろうか。カズマはそのまま湯に浸かっていたことで少し眠くなり欠伸をしていた。そんな呑気にしていたところで聞こえてくる声。

 

「あ、あれ?」

 

「どうしたの?アリス」

 

ふと聞こえてきたのはアリスとゆんゆんの声。しかもカズマから見ても僅かながらに湯気の向こうから人影が見える、それは距離にしてそう遠くはない。これにはカズマも慌てて岩陰に隠れた。

 

(なんで!?ここ男湯だろ!?なんであの2人がいるんだ!?)

 

「今誰かいたような…」

 

「えぇ!?脱衣場には私達の服しかなかったよ!?」

 

そのまま岩陰に潜むカズマは自然と潜伏スキルを使った。こんなところでバレたら人生終わりだ、何としてもそのまま逃げ切ってみせると思い少しずつ岩陰から移動する。

 

(潜伏スキルを使っているからバレないはずだ…このままさっきの位置に戻れば…いや…)

 

これは失敗は許されない。潜伏スキルの有用性はわかっているが万が一がある。皮肉にも先程のミツルギの言葉だ。その万が一に今出くわしているのだから。カズマはそのまま息を大きく吸い込み、湯の中に頭を潜らせた。そしてそのままゆっくり波を立てないように慎重に動く。だがその時カズマは知らない。2人がその倍以上の速度で近付いていることに。

 

慎重に動きすぎたせいかあまり距離は稼げていないがそれでもカズマとしては湯気で見えないであろう位置までは移動したと自覚していた。

 

(ここまで来れば見えないだろ…1度上がって呼吸をし直して…)

 

「ぷはっ!?」

 

ふうと息をつくのも束の間だった。ふと振り返ると光を失った目のアリスと思い切り目が合ったのだから。

 

「なんだカズマさんだったのね…」

 

どこか安心したようにアリスの後ろにいたゆんゆんが言う。そして力無くカズマは返事をした。

 

「お、おう…」

 

終わった。完全に終わった。アリスは小刻みに震えてゆんゆんも安心した顔が一変して驚愕に変わっていく。

 

「…………え?…カズマさんが…なんで…!!」

 

もはやカズマは力無く目を逸らし俯いていた。そんな中響く2人の悲鳴と共に押し寄せる大量の風呂桶。ガンガン当たるがそれどころではないと我に返る。ちゃんと話せば分かってくれるはずと信じて。

 

「どうした!?……な、ななななな!?何故カズマが此処に!?」

 

するとダクネスも加わり状況は更に悪化する。それでもカズマは説得を諦めない。諦めたらそこで人生終了だからだ。

 

「待て!お前らまずは俺の話を…ぐはぁ!?」

 

どちらが投げたのかはわからない。木製の風呂桶が綺麗に頭にヒットした。意識が持っていかれそうになる。

 

「いいからさっさと後ろを向きなさい!!」

 

めぐみんからの桶乱舞が完全にトドメになった。再び頭を強打したことで、カズマはその場で白目のまま意識を手放した。

 

 

 

……

 

 

 

時は元に戻り。―視点アリス―

 

 

―ホテル・ロビー―

 

「佐藤和真の言い分をまとめると、ざっとこんな感じになると思う…」

 

話が終われば全員疲労を隠せないような顔をしていた。確かにおかしなことはないし今回のケースは事故に等しい。幸いタオルを巻いていたので見られた訳でもないし私としては許してもいいかなと思った。

 

「以上が弁護側の主張ですね、ではどうしますか?ゆんゆん裁判長」

 

「えぇ!?」

 

なんか始まった。どこから持ってきたのかめぐみんはいつの間にかキツく見えそうな眼鏡をかけて、それはどことなくセナさんに似ていた。

 

「やめろ。頼むから裁判ごっこだけはやめろ、未だにトラウマなんだからな…」

 

「何を言ってるのですか被告人カズマは、これはごっこ遊びなどではありません、ちゃんとした裁判です。この通り嘘を見抜く魔道具も借りてきました」

 

「無駄に本格的!?なんであるの!?なんでそんなのがあるの!?」

 

テーブルに置かれたベルは私も見たことがあるものだ、本物であることが伺える。ふとフロントのスタッフに目をやればこちらに気がついたのかいい笑顔でサムズアップしていらっしゃる。流石アクシズ教徒、ノリがやばい。

 

「ちっ…なら言ってやるよ!!俺は覗きを狙ってあそこにいた訳じゃない!!混浴だということも知らなかった!」

 

必死にカズマ君が叫ぶ。ベルは鳴らない。完全に勝ち誇った顔をしている様子のカズマ君にめぐみんは面白くなさそうだ、当然私も。

 

せっかくだから憂さ晴らしにこの遊びに付き合ってあげよう、配役はめちゃくちゃ嫌だけど。そんな事を思っていたら有無を言わせぬ様子でカズマ君が追い討ちをかけた。

 

「ほらゆんゆん裁判長!判決を頼むぜ!!」

 

名指しされたゆんゆんは戸惑いながらも辺りを見回す。実際カズマ君に落ち度はないように見えるしゆんゆんとしても許しているだろう。だけどそうはさせない。

 

「え、えっと…ではカズマさんは無z「ストップですよゆんゆん」…っ!?」

 

私の声にゆんゆんの言葉は止まる。私は鋭い視線をゆんゆんに送ると、ゆんゆんはあわあわと震えていた。

 

「駄目ですよ、この人は有罪です」

 

「ぶふっ…!?!?」

 

私の言葉に我慢が出来なくなったのかダクネスが盛大に吹き出した。まさか私がアルダープ役をするとは思わなかったのだろう。今もおかしそうに笑っている。私も釣られそうになったけどここは我慢しておく。

 

「私とて根拠なく言っているわけではありませんよ?」

 

私がそういうなりめぐみんに目配せする。あの時のアルダープと同じように。これにはゆんゆんさえも笑いを堪えている。

 

「ふっふっふ…そうでしたね…では聞きましょうか被告人カズマ、貴方は何故アリスに気付かれた時に即座に声をださなかったのですか?みっつるぎさんのようにこちらに声をかけていれば驚かれはするものの今回程の事にはなっていなかったと思うのですが?」

 

「えっ?いや、それは…」

 

ちなみにめぐみんとは一切打ち合わせをしていない。つまり私はめぐみんに無茶振りをしたわけなのだけどそこは流石知能の高い紅魔族の天才、見事にアドリブを発揮してくれた。とはいえこれは先程めぐみん自身が聞いてはぐらかされた質問ではあるのだけど。

 

「…いや、お前ら俺が声を出したところでどうしたよ?多分同じ未来になってると思うんだけど」

 

「そんなことはありませんよ、少なくとも私は。裁判長、これは仲間を信頼していない、いわゆる侮辱罪になると思いますよ?」

 

もはやゴリ押しだった。多分私は既に笑いを隠しきれていない。ミツルギさんでさえも口元を抑えて笑いを堪えているし、ゆんゆんもそれは同じだった。

 

「で、では被告人カズマさんは有罪で…明日の昼食奢りの刑に処します!」

 

「おいおい…なんだよそれ…」

 

ゆんゆんの判決にカズマ君以外の全員がどっと笑う。カズマ君は呆れ顔だったが諦めたように項垂れていた。

 

「ふむ、ゆんゆんにしてはまともな刑を思いつきましたね、皆さん明日は存分に喰らい尽くしましょうか」

 

「いや加減してくれよマジで…」

 

気付けば全員が笑っている。私達にはこんな終わり方が1番相応しいのかもしれない。これにて裁判は閉廷。残念ながらカズマ君は有罪となりましたとさ。

 

 

 

 







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episode 71 ゆんゆんとるんるんデート



大変遅くなりましたm(*_ _)m



 

―ホテル・ロビー―

 

疲れも大きくあってぐっすり眠れた翌日。私達8人はロビーに集合して今日は何をするかを話し合っていた。

 

「流石にこの人数で観光するには少し多すぎるからな、そこでこんなのを用意した」

 

カズマ君の提案で出されたのは8本の割り箸のような棒。それには赤、白、黒、青の四色が各2本ずつ塗られている。

 

「なるほど、ペアを4組作って回るわけですね、まぁいいんじゃないでしょうか」

 

「僕も特に異論はないよ」

 

他のメンバーも文句はないようでそれを確認しつつカズマ君は色のついている部分を見えないように手で隠す。そして1人ずつクジを引いていった。

 

「僕は青だな…」

 

「小柳さんかぁ、まぁいいわ、私をしっかりエスコートしなさいっ!そう、女神であるこの私をっ!」

 

ミツルギさんの言葉にアクア様が反応した。手に持つ青の色が付着された棒を指揮棒のように振りながらアピールしていた。昔の苦手意識はないようで私としても安心できた。

 

「…ミツルギです、アクア様と共に観光ができるとは光栄です、こちらこそよろしくお願いします」

 

「ミッツさん、分かってはいるだろうけど…」

 

「心配するな佐藤和真、二人でいる時はアクアさんと呼ぶようにする」

 

「いやそれもなんだけどな、そいつ放ったらかしにしておくと何をしでかすか分からないからしっかり手綱を握っておいてくれ、なんなら首輪とリードをつけてもいいから」

 

カズマ君の顔は至って真面目そのものである。もしかしたら少し前のミツルギさんなら激怒したかもしれないけど今はそんなこともなく、何も言えずに苦笑している。

 

「ふふっ、こーいうのって楽しくていいですね、私は白です♪どなたですかー?」

 

「おっと白なら私ですね、よろしくお願いしますよウィズ」

 

2組目はウィズさんとめぐみん。続いてダクネスとゆんゆんがクジを引く。

 

「私は黒だな」

 

「私は赤です」

 

そして私が最後に引く訳だけど残るクジは2本。黒を引けばダクネス、赤を引けばゆんゆんと一緒になる。どちらかなと何も考えずにクジを引くと棒の先の色は赤。ゆんゆんとペアになったようだ。個人的には大抵ゆんゆんと一緒なので気楽と言えば気楽なのだけど。

 

「ふふっ、なんかいつも通りですね。よろしくお願いしますよゆんゆん」

 

「う、うん」

 

「てことはダクネスは俺とか」

 

「ふっ、ならばしっかりエスコートしてもらおうか」

 

そんなわけでそれぞれペアが決まった。行先自由の夕方にホテル集合という計画性無しのぶらぶら観光になりそうだ。ただこういうのも悪くないとも思える。

 

「なるほど、つまりカズマの奢りは明日に持ち越しという事ですね」

 

めぐみんによりしっかり釘を刺されたカズマ君はがくりと項垂れていた。私としては半ば冗談だったので必要ないことなのだけど。それにしてもその奢りが私は気になった。ゆんゆんが提案するとはとても思えないのだから。とりあえず2人きりになったら聞いてみようかなと思いつつ、それぞれのペアは思いのままに移動を始めていた。

 

 

 

……

 

 

 

 

―アルカンレティア・歓楽エリア―

 

私とゆんゆんはとりあえずぶらぶらと歩いてみた。今回ゆんゆんが一緒なので見知らぬ街でも迷う心配は全くないのが強みである。迷ったらゆんゆんのテレポートでホテルまで飛べばいいのだから。

今いる場所に名前はないがにぎやかで人が多く、露店なども多いので歓楽街のようなものかといった感じ。いちいち布教活動をしてくる輩が多いのだけど、私達はそれを素通りすることが出来ていた。

 

「今日はいつもの服なのね」

 

「実は昨日アクア…さんから聞きまして、どうも全く勧誘を受けなかったらしいのですよ。なのでもしかしたら服装でアクシズ教徒と思われて勧誘されないのではないかと思いましたが…ビンゴだったようですね」

 

今の私の服装はいつもの青いゴシックプリーストドレスである。もはや気慣れているので落ち着くし、此処に来るまではアクシズ教徒扱いが嫌で着なかったのだけど勧誘が来なくなるメリットがあるのならむしろ着るべきと判断した。おかげで私は現状勧誘を全く受けていない、ゆんゆんはたまに勧誘されてるけど。私が隣にいるからか気持ち少なめにも思える。

 

「うん、昨日の服も凄く可愛かったけどアリスはやっぱりその服が1番似合ってると思う」

 

「ふふっ、褒め言葉と受け取りましょう、それより昨日のなんちゃって裁判で気になったのですが、ゆんゆんの提案にしては意外な判決でしたね」

 

「…あー、それはね…その…」

 

私が聞けばゆんゆんは迷うように目を逸らした。軽く周りを見回してるようにも見える。私が首を傾げていると、ゆんゆんは1枚の小さな紙を私に差し出した。

それを見れば『判決が有罪なら明日の昼食奢りの刑』と書かれている。つまりあの提案は本来ゆんゆんのものではない。そしてあの裁判を始めたきっかけは誰だろうか、更にゆんゆんを裁判長に仕立てあげた人は誰だろうか。…つまりはそういうことである。

 

「なるほど…あの時の私達はめぐみんの掌の上だったという事ですか」

 

「う、うん…カズマさんには悪いと思ったのだけど…」

 

「まぁ気にしなくていいのではないですか?カズマ君も今や何も気にしていない様子ですし」

 

実際今のカズマ君はおそらく私達の中で1番稼いでいる。デストロイヤー、バニルの討伐報酬、更にバニルとの商談でいずれは億単位のお金が入るのだとか。何をすればそうなるのかはわからないけど流石の幸運値である、代わりにその反動が他で出ている気がするけど。昨日の一件がいい例だ。

私としてはもはや本人が良いならいいやと投げやりなのだけど、いくらカズマ君がお金を持っているとはいえそれとこれとは話が別だ。少なくともゆんゆんにしてみれば。カズマ君は拾ったお金で今の状態になったわけではない、全てカズマ君の手腕で得たお金なのだから。デストロイヤー戦は話でしか聞いていないので割愛するが少なくともバニル戦はカズマ君なしでの勝利はなかっただろう。それは私達が何よりも知っている。それにお金ならカズマ君ほどではないが私達もある。だからこそ今回の旅行は全員自費での参加だ。ウィズさんは反動で貧乏に戻らないか心配ではあるけどそこはバニルさんのお仕事ということで。

 

 

 

 

閑話休題(このすば)

 

 

 

 

 

さてさて、ただ歩くのも疲れるだけなので私とゆんゆんはアルカンレティアの玄関、あのテレポートサービスから出てすぐに見えた大きな噴水のある広場に来ました。改めて見てみると絶え間なく湧き出る綺麗な水はただ眺めているだけでも飽きない。来たばかりの時は勧誘の波でまともに見れなかったけどこうして落ち着いて見てみれば綺麗なものだ。

 

「改めて見ると凄く綺麗だね…」

 

「そうですね…昨日のアレが嘘のように心落ち着きます」

 

それは絶景だった。露店で何かを買って食べたり喫茶店でお茶をしながら会話に花を咲かせるのも悪くは無い…だけどこうしてあえて何も話さずじっと流れる水を見つめながら何も考えずに過ごすのも悪くは無いと思えた。

今思えばこの世界にきてここまで頭を空っぽにしたことは初めてかもしれない、毎日が退屈とは無縁で、慌ただしくて。

 

「…アリス?」

 

とはいえゆんゆんもいるのにひとりの世界に入り込むのもよろしくない。こうやってゆんゆんと2人きりなのも最近ではなくなってしまった。家に帰ればカズマ君達がいて、クエストではミツルギさんがいる、それは悪い事ではない、コミュニティの輪が広がるのは私にとってもゆんゆんにとっても喜ばしいことだ。

 

「どうしましたか?」

 

「う、うん…ちょっと話がしたくて…」

 

私の視線は常に噴水に向いていてゆんゆんを見ることはなかった。

勿論コミュニティの輪が広がるのは悪いことではないけれど、私にとってゆんゆんは一緒に居て当たり前の存在でもあるのかもしれない。他の人がいても私は気が付くとゆんゆんの名前を呼んでいる。それはきっと2人きりで居た時間が長かったせいだろう。

 

「えっと…そのね…私にとってアリスは尊敬できる目標なの」

 

「……突然ですね、理由を聞いても…?」

 

流石にそんなことを言われたのは私の人生において初めてだ。恥ずかしいし照れてしまう。私なんかのどこを尊敬できるというのか私にはさっぱり分からない。

 

「…アリスが私と初めて出会った時のこと、覚えてる?」

 

「初めて…確か私がミルクティーをウェイトレスさんに運ばせて…」

 

「うん、それ。あの時はびっくりしたわよ」

 

苦笑混じりにゆんゆんは言うけど私としてもあの当時の挨拶は苦笑で返したくなるほどのものだったりする。確かこちらに声を掛けてこないで様子を伺ってばかりだったので引っ込み思案でコミュ障なのかなと思っていたらあの紅魔族の名乗りだ。

 

「こっちは馬鹿にされてると思いましたけど。初対面の人にあんな名乗りできるなら普通に話しかけるくらい訳ないでしょ、と」

 

「えぇ!?…その、ごめん…」

 

「ふふっ、今となってはいい思い出ですよ」

 

今となっては本当にいい思い出ではあるのだが私としてははっきり言えばゆんゆんの第一印象はあまり良くない、めんどくさい子ってイメージが強かった。だけどあの日一緒にクエストをやってきて本当に良い子なんだなと思ったし友達になって欲しいと言われた時も不快感はまずなかったし私としてもお願いしたかったくらいあるのだから。

 

「そ、それでね、怒らないで聞いてよ?その…実はあの日より2日ほど前からずっとアリスの事見てたの。いつも朝に1人でご飯を食べてたしパーティの募集もしてたから…私と同じように1人なのかな…って」

 

「別に事実ですから怒りはしませんけど…」

 

それ以前に知ってたとは言わないでおこう。捉え方によってはストーカーなんだけど今となってはゆんゆんの人となりを知っているので言うのも野暮だろう。テイラーさんのパーティに入ってはいたので厳密にはあの時だけ1人になってただけのもあるけどそれも今やゆんゆんは知っているし。

 

「つまりね、その…私と似た感じの人だったら、そのパーティを組んでくれるかなって思って…」

 

「…まぁそれは私も少し思いましたけど…似ているという点では」

 

付け加えるなら似てるとは思ったものの私以上にひどいとは思ったのだけどそれもまた言い難い。ちなみに似ているとは内面的なものであって見た目ではない。

 

「だけど一緒にクエストをやってみて、全然そんなことはないって思ったの、自分の考えをしっかり持ってて、それに行動力もあって…しかもそのアリスの芯の強さは会う度に強くなっていって…1番凄いって思った時は…王都で捕まった時かな…あの時のアリスは凄く頼りになって、かっこよかったし…」

 

「……」

 

今思えば私はゆんゆんと一緒の時は無駄に張り切っていたのかもしれない。だってゆんゆんが率先して動かないから私が動くしかないのだから。本来人を引っ張る行動力なんて私には皆無だったものだ。人に言われてなんとなく動くのが当たり前、前世ではむしろそれだった。それでなんとでもなっていたのだから気にしたことすらなかった。

だけどこの世界に来て、それでは生きていけないと感じたら、そうするしか手はなかった。流されるも何も流す前提がこの世界の私にはないのだから。

 

「今でもミツルギさんが入ってくれてパーティリーダーとして何も問題なくやれてると思うし、アリスが最初からそんな感じだったらそこまでは思わなかったのかもしれないけど、アリスは私と出会って時間とともに凄くなってて…それが羨ましくて…」

 

「…ゆんゆん、ゆんゆんも私から見れば充分変わってると思いますよ、勿論良い意味で、です」

 

「え?……そ、そうなのかな…?」

 

「気になるならめぐみんにでも聞いてみてはどうです?絶対変わったと言うと思います、少なくとも私が初めて出会った時のゆんゆんなら今のような自分の想いを長々と述べたりはまずできません」

 

そうなのだ、私が変わったと言うのならゆんゆんも間違いなく変わっている。カズマ君達は今とあまり変わりのないゆんゆんとが初対面だったので実感が薄いと思うけど私より昔からの付き合いであるめぐみんなら間違いなく断言できるだろう。

 

「ダクネスが言っていたじゃないですか、それは成長しているってことらしいですよ、自分では実感はありませんがゆんゆんが成長してるのは私が断言出来ますよ」

 

「…うん、うん…アリス、ありがとう…私が成長できたって言うのなら、それはアリスのおかげだと思うから…」

 

感慨深く胸を抱きしめるように言うゆんゆんの台詞に私は穏やかに笑った。笑ってしまうのも仕方ない。

 

「ふふっ…やっぱり私とゆんゆんはどこか似ているのかもしれませんね、私が成長できたと言うのなら、それはゆんゆんのおかげだと最近思っていたところです」

 

「…っ!…な、なんかこれ…恥ずかしいね…」

 

「言わないでくださいよ、私だって我慢してるのですから」

 

「「ふふっ…あはははっ」」

 

2人して顔を赤くして、お互いを見合わせておかしくて笑う。気恥しさを誤魔化すように笑う。数秒の2人の笑い声が終わると、私とゆんゆんはほぼ同時にまた顔を見合せた。

 

「これからもよろしくお願いしますよ、私の大事な相棒さん」

 

「…っ!うんっ!こちらこそよろしくね!…ぐすっ…」

 

少しだけ、ほんの少しだけゆんゆんの目は潤んでいたし今にも泣き出しそうなのだけど私は何も言わなかった。茶化すような空気でもなかったし、涙の理由は嬉し涙だろうし、それさえ分かれば私としては充分だった。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

「……あの……そこのラブラブカップルの御二方……」

 

 

ふと男の人らしき声が聞こえた。とは言え私達はカップルではないので関係はないけど。ゆんゆんは慌てるように周囲を見回しているけど何故そこまで慌てるのだろうか。

…だけど何か視線を感じた。視線に敏感すぎるのも考えものだとため息をつくなり意識をそちらに持っていく。その視線は…噴水の下の湖から感じて、私はそっと視線を湖に移した。

 

「あ、やっと気づきましたか、逢瀬のお邪魔をしてしまい大変申し訳ないのですが、できれば助けてくださると…勿論この状態でも女神アクア様のお膝元にいるようで心落ち着くのですが…」

 

湖を見れば…司祭のような格好の男の人が縄で縛られて湖に流されていた。ただぷかぷかと浮いていてたまに噴水の水の直撃を受けては

 

「あばばばぶぶぶくぶく……!?」

 

と溺れかかっている。流石にこの状況には混乱しかしない。私が呆気にとられていると、ようやく湖の方に気が付いたのかゆんゆんは噴水の下を見るなり表情を驚愕に変えた。

 

「きゃぁぁぁ!?!?」

 

うん、アクア様とか言ってるし間違いなくアクシズ教徒の人だろう。それも見た目はとても偉そうだ。ほっといて逃げようとも考えたけどゆんゆんは助ける気みたいだし嫌な予感しかしないけど私はゆんゆんに着いていくようにやる気なく救助へと向かった。

 

 

 

 

 

 




デェトのお邪魔虫襲来、一体何者なんだ(棒)

次回はいつかな…(遠い目)


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episode 72 アクシズ教の最高責任者

―アルカンレティア・最下部の湖―

 

助けると意気込んだゆんゆんだったけどそれには難航した。まずどこから噴水下の湖まで降りたらいいのかわからないからだ。私達が噴水を眺めていた場所から湖までは15~20mくらいあるのでまさか飛び降りる訳にも行かない。

 

というより私としては一刻も早く逃げ出したかった。理由は頭の中で鳴り響く警報。私の勘が告げていた、あの男の人はセシリーさん以上にやばいと。君子危うきに近寄らずとはよく言ったものだがそんなレベルでもない。何故かわからないけど関わりたくないのだ。

 

「アリス!こっちから下に行けそう!」

 

「…あ、はい…」

 

それでもゆんゆんは助ける気満々だ。助けたことでめちゃくちゃ後悔する未来しか見えないのだけど正義感に縛られたゆんゆんの行動力はすごい。私なんてとても敵わない。

回るように長いカーブの大きな下り階段を降りて見れば見えるのは湖の畔。ただ深そうだし安易に飛び込む訳には行かない。

 

「少し危ないですが…湖の上をフリーズで凍らせてみますか…」

 

「私は初級魔法とってないから…アリスお願い…!」

 

私はティンダー、クリエイトウォーター、フリーズの初級魔法だけは取得している。なんだかんだでクエストで重宝するからだ。ウインドブレスとクリエイトアースは使い道がわからないのでとっていない、カズマ君はその2つを合わせて目潰しにしたりして器用な使い方をしていたけど。

 

「…フリーズ!」

 

湖の上から足場を作るように1部だけをフリーズで凍らせる。そっと凍った箇所に足を乗せればとりあえず大丈夫そうなのでフリーズを繰り返して男の人の傍にたどり着くことに成功した。

 

「おぉぉ……、ありがとう、本当にありがとう…今日はなんと運がいい日だ…まさか美少女2人に介抱されるとは…アクア様、ありがとうございます…」

 

近くに寄ってみれば男の人の詳細がわかる。偉そうな青い法衣に身を包んだ灰色のような薄い茶色のような色の長くはない髪、鼻下と顎に添えられた同じ色の長すぎない立派な髭。言ってる内容はともかく穏やかで優しそうな印象は受ける。

足場のフリーズがいつまで持つかわからないのでゆんゆんが男の人の縄を短剣で切る。縄が解けるなり自分で動けることを確認した私達は湖の上から足早に移動を開始した。

 

 

 

……

 

 

「ありがとうございます、おかげで溺れずにすみました、いくら死ねばアクア様の元へ行けるとはいえ、私もまだまだこの世に悔いはありますからな」

 

「…い、いえ…、そ、それで貴方はどうしてあんなことに…?」

 

法衣の男性は見た目50歳前後だろうか、肌の艶が綺麗な感じがするがそれくらいかなと思われる。それにしても死ねばアクア様の元へ…は今死んでも絶対行けないのだけど、とも言えない。まさか現世にいるだなんて思う訳もないから仕方ないのだが。

ゆんゆんの質問に法衣の男性は恥ずかしそうに頭を掻いている。

 

「いやぁ、お恥ずかしい。実は聖堂にある女性教徒の更衣室を覗いていたのがバレてしまいましてな」

 

「なるほど。そうだったんですか…………ぇ?」

 

 

 

案 の 定 こ れ だ よ 。

 

 

これがまるでお菓子をつまみ食いしちゃいましたみたいに言うのだから一瞬何を言っているのか理解できなかったまであったりする。

ゆんゆんは早くも目に光を失っていてそっと私に目配せする、いやそんな目で見ないでください怖いです。

 

「おまけにその時私がかぶっていたパンティがその女性教徒のものでね、いやぁ酷い目にあった」

 

「…アリス、さっきの縄拾ってくるから待ってて…」

 

「おや?あんな縄など必要でしたか?」

 

「はい、貴方をまた縛って湖に投げないといけませんから」

 

「はっはっは、お嬢さんは冗談が好きなのかな」

 

「本気ですけど」

 

「えぇ!?」

 

いや、えぇ!?って何故普通に驚いているのか。口調と見た目は穏やかな司祭なのに話す内容がただの変態なんですけど。これは見た事のないタイプの変態さんだ。見た事のある変態さんはダクネスだけでお腹いっぱいなのでこれ以上は御遠慮願いたい。

 

「…ゆんゆん、とりあえず行きましょう、用事は済みました」

 

「う、うん…」

 

「あ、あぁ、お待ちください!」

 

司祭の男性は私に近づくとそのまま片膝をつきその頭を下げた。突然の行動に私はただ目をパチクリさせていた。

 

「挨拶が遅れました、私の名前はゼスタと申します、助けていただいたお礼がしたいのでどうか私にご同道いただけないでしょうか?」

 

「そ、…その、そこまで丁寧に応対してくださらなくても…」

 

「それがですね…、貴女を見ているとこうしなくてはいけない気がしまして…なんと言いますか…貴女様からは何やら神聖な気配を多分に感じます、これはまさか…」

 

ゼスタと名乗ったこの人は丁寧な姿勢を変えることはしない。そして神聖な気配とやらにも心当たりはありまくる。つい昨日アクア様が私自身に悪魔避けの為の本気の浄化と加護を与えてくれたのだから。信仰対象の加護なのだからこの人がなんらかの形で感じ取れてもおかしくはないのかもしれない。

とはいえ、関わりたくないのが1番の本音である。さりげなく貴女が貴女様に変わってるしアクア様の加護に気付いているのならこの状況は非常によろしくない。

 

「お願いします、どうか私を踏んでください…あぁ!?お待ちください!」

 

「ゆんゆん、行きますよ!」

 

私はゆんゆんの手を取り全力で逃走を開始した。これ以上この人に関わるのはまずい。非常にまずい。そんな予感しか私にはしなかった。

 

 

 

 

……

 

 

―アルカンレティア・???―

 

「はぁ…ごめんなさいゆんゆん、走らせちゃいまして…」

 

「ううん…私こそごめん…」

 

勢いと嫌悪感に委ねて走った結果、私とゆんゆんは見た事のない場所にたどり着いた。とりあえずゼスタさんは追っては来てないようで一安心である。

 

それにしても此処は何処だろうと辺りを見回してみる。まず目に付いた建物は大きな神殿のようだ。白と水色が彩ったこの場所はアルカンレティアでも高所に位置し、遠目に見えるアクア様の像はこの神殿へと向いている。

…もしかしたらまだ安心はできないかもしれない。この神殿はどう見てもアクシズ教徒の本部とかそんな感じに見えなくもない。

 

「ゆんゆん、テレポートで一旦ホテルへ戻りましょう」

 

「う、うん、そうだね…」

 

「あら?アリスちゃんにゆんゆんさん、どうしてここに?」

 

テレポートを使うまでもなく聞き覚えのある声に軽く怯えるように振り向くと、そこには神殿から出てきたらしいセシリーさんがいた。不思議そうにこちらを見ているが次第に笑みを浮かべだした。

 

「もしかしてお姉ちゃんに逢いたくなったから来ちゃったのかしら?ねぇねぇアリスちゃん♪来ちゃった♡って言って!それが駄目ならこの紙にサインして♪」

 

「どちらも嫌です!此処には迷い込んできただけですから!?」

 

この紙とは言うまでもなくアクシズ教の入信書である。確かにアクア様を慕ってもいるけどそれとこれとは話が別だ。信仰の方向性が違うのである。

 

「相変わらずいけずねぇ…ならゆんゆんさんはどうですか?……ちなみにアクシズ教では同性愛や身分差の恋なども推進していますよ♪

 

「えぇ!?…………け、けけけ結構です!!」

 

後の方はセシリーさんがゆんゆんに耳打ちするように言ったので何を言われたのか聞き取れなかったけどゆんゆんにとって揺らぐ内容だったのだろうか、それを言われてゆんゆんの顔は真っ赤になってしまっている。返事をするまでに無駄に間があったのも気になる。

 

「…ゆんゆん?」

 

「えっ!?なんでもない!なんでもないから!!」

 

「まだ何も聞いてないのですが…」

 

思わず首を傾げてしまう。そこまで取り乱す内容なのかと興味もあるがゆんゆんを見ればひどく恥ずかしそうなので触れないほうがよさそうだ。

 

「うふふっ、アリスちゃんはもう少し歳をとったら教えてあげるわ♪」

 

「……私ゆんゆんより歳上なのですけど」

 

「えっ」

 

時が止まったような感覚がその場を支配した。私が幼く見られている訳ではない、ゆんゆんが見た目より大人びていすぎるのだ。だから私にダメージはない。多分、きっと。

 

「…私が14で、アリスが15ですね…」

 

「14!?えっ、14!?!?」

 

ここまで狼狽えたセシリーさんは初めて見たかもしれない。私とゆんゆんを物凄い速さで見比べている。どうせ見比べるならめぐみんとゆんゆんで見比べてほしい、あの子なら同郷で同い年だから比較対象としてはバッチリだ。それをめぐみんの目を見て言え?私にそんな残酷なことはできません。

 

「え、えっと……」

 

「ま、まぁいいわ、せっかく来たのだから中に入って?アクシズ教自慢の本殿をお姉ちゃんが案内してあげるわ♪」

 

流石セシリーさん、切り替えがはやい。私とゆんゆんはお互いに顔を見合わせる。ぶっちゃけここから離れてどこか行く予定があった訳ではないのでこちらとしては問題はないのだけど相変わらず嫌な予感しかしない。何せあのアクシズ教の総本部なのだ。

 

「……中に入った途端襲いかかって来るとかありませんよね…?」

 

「その点は大丈夫よ、本部の人達は基本YES美少女NOタッチ精神が浸透しているわ!」

 

つい昨日出会い頭に抱きついてきた人がいる件について。本来セシリーさんはアクセルにいるらしいから自分のことは除外したのだろうか。

 

「ゆんゆんはどうしたいです?」

 

「う、うーん…ちょっと怖いけど私は別に…」

 

言いにくそうに言葉を紡ぐゆんゆんだけどおそらく内心は行きたくないのだけどなんだかんだ昨日お世話になったセシリーさんの誘いを断るのも申し訳なさがあるのだろう。それに関しては気持ちは私も全く同じだった。思わずため息がでる。

 

「…わかりました、では少しだけお邪魔させて頂きます…」

 

「よ、よろしくお願いします…」

 

「うんうん、そう来なくっちゃね♪お姉ちゃんに着いてらっしゃい!」

 

「美少女2人と一緒に観光案内ですか、良きかな良きかな」

 

「「っ!?!?」」

 

最後に聞こえた声に私とゆんゆんは硬直した。この声はつい先程聞いていたあの人の声なのだから、逃げてきたあの人の声なのだから当然だ。

 

「おやおや、逃げたと思ったら来てくれているとは…はっはっは、なるほどお二人はツンデレ属性でしたか、これは私の慧眼でも見切ることはできませんでした」

 

もはやツッコミをする気力すらない。というよりまともに話せば話すだけ無駄な気さえする。そんな中セシリーさんはその存在に気が付くなり一瞬だけ不機嫌そうな顔つきをしたのを私は見逃さなかった。

 

「あらゼスタ様、おしおきはもう終わったのですか?」

 

「ええ、心行くまで湖を堪能させてもらいました、まるでアクア様のお膝元にいるようで心安らぐ一時でしたよ」

 

「全然反省していないので今回の被害者に報告しておきますね♪もっと堪える罰にしておけと」

 

「はっはっは、セシリーさんは冗談がお上手ですね」

 

「勿論本気です♪」

 

「デジャヴ!?」

 

流石のセシリーさんでもセクハラな変態さんは許せないらしい。終始笑顔のままの会話に私とゆんゆんは完全に置いてきぼりになっていた。むしろこの会話に入ろうとも思わないのだけど。

というよりこの状況はチャンスかもしれない、ゼスタさんとセシリーさんは何やら話し込んでるし今のうちに逃げられるのではないだろうか。

 

……もっともそんな考えは甘いものだと気が付くのはすぐなのだけど。

 

「ほほう……なるほど、貴女があの(・・)アリス様でしたか…」

 

ビクッと身体が金縛りにでも合った感覚を私が襲う。まず『あの』とは何を指して言っているのかそれが問題だ、王都で呼ばれる蒼の賢者としてならまだ問題はない。だけど私にはもう1つの可能性を予感していた。思い出すのも嫌すぎる例のアレがあるのだから。

 

「アクセルでの1日のみの伝説…勧誘人数39名という偉業を成し遂げ一部の者からはアクシズ教のリーサルウェポンとまで畏れられたアリス様…」

 

「えっ…ア、アリス…?」

 

そう言うゼスタさんの目はキラキラと輝いていて…ゆんゆんの目は困惑の色をしていた。それもそうだろう、1日布教活動をしたとは言ったが39名も勧誘したとは言ってはいない。

私は今すぐにでも、ここから逃げ出したい気持ちでいっぱいになっていた。

 

 

 

 

 



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episode 73 アクシズ教義!はいっ!


やりたいことがーあるのならー、やりたいうちにーやっちまえーー


遅くなりました。一気に暑くなりましたね、皆様熱中症にはお気をつけください。



 

 

 

 

想起される私の黒歴史。それはこの世界に転生してまだ右も左も分からない時、アクセルの街で生きる為に行ったアクシズ教の布教活動。

知って後悔するも後の祭り、39人もの人を犠牲にしておいて知らぬ存ぜぬではすまないし済ませる訳にもいかない。

そんな事実が私に重くのしかかる。いたたまれない気持ちになりそれは表情に出ても仕方ないことだった。

 

「おや?どうなさいましたかアリス様、顔色が優れませんが」

 

「……私が勧誘してしまった人達は…その後どうしているのですか…?」

 

「ん?どういう事ですかな?」

 

私の質問にセシリーさんもゼスタさんも不思議そうな顔をした。キョトンとしたその様子はまるで私がおかしなことを聞いてるようにも見えてなんだか納得がいかない。

 

「どうしてるって…残念ながら半分ほどはアリスちゃんが信徒じゃないと知って抜けていったわね」

 

「えっ…?」

 

意外な答えに私は静かに驚く。それはそうだ、あれだけ強引な勧誘をしてまで得ている信徒なのだ、そんな簡単に抜けられるものなのだろうかと疑問に思うのは私からすれば当然とも言える。

 

「そ、そんな簡単に抜けちゃえるんです?」

 

私の疑問をゆんゆんが口にしてくれた。ゆんゆんとしても、いやアクシズ教徒でない人なら誰しも疑問に思う事は間違いないと私としては断言できるものなのだ。セシリーさんは何やら困ったような様子でいるしゼスタさんは顎に手を当ててなにやか思案している。

 

「ふむ、どうやら貴女達は我々アクシズ教徒を誤解している様子なのでこの際ですから説明しましょう、…確かに私達はエリス教徒よりも少ないアクシズ教の尊厳を守ろうと日夜必死になって布教活動を行っております、ですが誰でも信徒になればいいと言う訳ではありません、あくまで御神体であるアクア様への信仰心、これは絶対です。なのでそれを持てない方がアクシズ教徒を名乗ったところで私達としては意味が無いのです」

 

「少しばかり強引な布教活動なのは私も分かってるわ、だけどとりあえず入信さえすれば、その後にでもアクア様の教えを理解して貰えたらそれで立派な信徒になるのよ、それができない人は私達としても去るのを追うつもりはないわ」

 

…正直いきなりこんな風に真面目に返されても反応に困るのがこちらの率直な感想である。私もゆんゆんもどう返したらいいのかわからず黙りしていた。とりあえず私はどこか無意識にアクシズ教徒はなりふり構わない無法者集団だと思っていたのだけどその考えは少しばかり改めてもいいのかもしれない。

 

「ごめんなさい、私…アクシズ教徒の方々を少し誤解していたようです…」

 

「わ、私も…」

 

「別にいいのよ、そんなのは慣れっこだからね。なんなら2人ともこれを機にこの入信書にサインを…」

 

「それはやめておきます」

 

当然それとこれとは話が別である。予想は出来てたので割と冷静に対応できた気がする。というよりさりげなく少し強引と言ったが全然少しではすまない。

 

「何をそんなに抵抗するのかしらねぇ…アクシズ教は誰もが抱く性癖や内なる想いを存分に解放できる素晴らしき教えなのに…」

 

セシリーさんは理解できない様子でいるが真面目に考えたら言いたい事は理解できる。

確かにアクシズ教の人は基本的に自重というものがない、皆思い思いのままに心を解放してやりたい放題やっている。それは本人からしてみればストレスフリーで実に楽しいだろう。…だけど普通の人は人目を気にするのである。

 

アクシズ教は全てが許される教え。同性愛者でも、人外獣耳少女愛好者でも、ロリコンでも、ニートでも、アンデッドや悪魔っ娘以外であれば、そこに愛があり犯罪でない限りすべてが赦される。

アクシズ教徒はやればできる。できる子たちなのだから、上手くいかなくてもそれはあなたのせいじゃない。上手くいかないのは世間が悪い。

自分を抑えて真面目に生きても頑張らないまま生きても明日は何が起こるか分らない。なら、分らない明日の事より、確かな今を楽に行きなさい。

汝、何かの事で悩むなら、今を楽しくいきなさい。楽な方へと流されなさい。自分を抑えず、本能のおもむくままに進みなさい、それが犯罪でない限り。

汝、我慢することなかれ。飲みたい気分の時に飲み、食べたい気分の時に食べるがよい。明日もそれが食べられるとは限らないのだがら…。

 

要約すれば今がよければそれでよしの至上快楽主義である。聞こえは悪いものではないのだけどこれの内容によっては他人が絡むとろくなことにならない場合が多い、これこそ一般的にアクシズ教徒が嫌われている由縁である。

 

他人の目を、場合によっては他人の迷惑を気にしないのであれば悪くないのかもしれない、だけど私にはどうしてもそんな気にはなれないし何よりアクシズ教にはいるまでもなく今のままで満足できている。

 

 

 

……

 

 

 

 

「そういえばアリスちゃんが勧誘した人、今ここにいるわよ?」

 

「えっ」

 

セシリーさんの何気ない唐突な宣告に私は動揺を隠しきれていなかった。それもそうだろう、何も知らなかったとはいえ私のせいで人生を狂わされた被害者と言ってもいい人と再会など気が重たすぎる。本人に抜ける選択肢もあったとはいえ今なおアクシズ教徒として残っていることはどういう状況なのか想像もつかないが私は単純に恐怖を覚えていた。

 

「今は懺悔室に行ってたようだけど……あ、終わったみたいね、ほらあの人よ」

 

セシリーさんの指す方向に目を向けると私にとって見覚えのある一見商人風の人がいた。白髪にターバンを巻き、雲のような髭の中肉中背の男性がこちらに向かって歩いてきている。この男性はこちらに気が付くなり一瞬目を瞬かせて急ぎ足で急接近してくる、私は自然に身構えてしまった。

 

「おお…、これは天使様、お久しぶりでございます」

 

「…て、天使様って…」

 

私は自身の表情が引きつっていることを自覚した。どう見ても歳上のおじさんに天使様などと呼ばれるのは流石に抵抗しかない。だけどおじさんは至って真面目な様子でいるので対応に困る。

 

「天使様ですよ、きっと貴女は私がアクシズ教徒になる為に女神アクア様が遣わせてくださった天使様に違いない、私は元々エリス教徒でしたが、改宗して良かったと心から思っております」

 

「…そ、そうですか…」

 

100%間違いではないからタチが悪い。確かに私はアクア様の力によってこの世界に来たのだから。勿論アクシズ教の為に来た訳では無いので全力で否定はしたいのだけど目の前のおじさんの様子を見る限りそれも言いづらさが半端ない。

それにしても記憶を手繰り寄せるとこの男性はもっと大人しめだった気がするのだけど随分とはきはき喋る。これもアクシズ教効果なのだろうか。

 

「か、改宗して良かったとは…?」

 

「ええ、実はですね…私はエリス様の胸を見てエリス教徒となったのです、私は無類のおっぱい好きですからな、ですがそんな私の本心をエリス教徒に知られようものなら私は裁きを受けてしまうでしょう、私はそれに怯えていました。しかし天使様がアクシズ教を紹介してくださり、私は救われたのです!」

 

 

 

 

… こ の 人 は 一 体 何 を 言 っ て る ん だ 。

 

何堂々と女の子の前で胸の話をしてるの!?普通に最低なんですけど。すぐにでも逃げ出したいのだけどおじさんの興奮した勢いは止まらない。

 

「ですがエリス様の胸にも未練がありましたので今日はこうして懺悔をしにアクシズ教の総本山、アルカンレティアまで来たのですが…今日は本当に来てよかった…実に素晴らしい神託を頂きました」

 

気付けばおじさんは涙を流して語っている。こちらは呆れを通り越してムカついてきているのだけど。

 

「その神託とは……『エリスの胸はパッド入り』!!どうです?素晴らしい神託でしょう!?」

 

「なんと…それは素晴らしい、実に素晴らしい神託です!」

 

「えぇ、こんな素晴らしい神託は初めて聞いたかもしれないわ…」

 

横目に見ればゼスタさんとセシリーさんが拍手喝采の感涙状態だ。え、何この空気?私がおかしいのだろうかと錯覚してしまいそうになる。ゆんゆんに目を向ければ案の定私と同じようについていけない様子でそっと目を逸らしていた。

 

「今日の懺悔室のプリーストはどなたなのです?このような素晴らしい神託を授かるとは只者ではないでしょう」

 

「えっと確か…旅のアークプリーストの方ですね、なんでも両親が熱心なアクシズ教徒で名前がアクアというらしいです」

 

「「えっ」」

 

ゼスタさんの問いかけにセシリーさんが持っていた本をペラペラと捲りそう言うと、私とゆんゆんの驚きの声が同時に出てしまった。まず旅のアークプリーストなんて余所者をそんな場所に入れてしまっていいのだろうか、そして何よりもアクアという名前だ。今聞いた限りではこの世界としてありえそうな設定ではあるもののもしかしたらそれは一緒にいたはずのミツルギさんが考えた設定の可能性もある。そしてあのアルカンレティアにめちゃくちゃ来たがっていたアクア様だ、アクシズ教の総本部であるこの場所に来たいと思うのは自然な流れだ。

 

「あの、セシリーさん、そのアクアさんって人…ミツルギさんと一緒じゃなかったです?」

 

「ミツルギさんって昨日のイケメンの子よね?いいえ、1人だったけど」

 

私とゆんゆんは再び顔を見合わせる。ミツルギさんが一緒じゃないとしたらその人はアクア様とは別人なのだろうか。わからないがなんとなく興味がわく。

 

「それでは私はお勤めがありますので失礼します、この神託を皆に伝えなくては」

 

「ええ、それは大事なことです、よろしくお願いします」

 

一体どこに大事な要素があるのか私には一生かかっても理解は追いつかないのだけど考えるだけ無駄なので諦めることにする、諦めても諦めなくても試合終了なのは間違いないので安西先生もきっと許してくれるだろうなどと私の思考は混沌めいていた。これがアクシズ教パワーなのか、実に恐ろしい。

 

「ゆんゆん、気になりません?……ゆんゆん?」

 

「……え?あ、何?」

 

「…大丈夫ですか?気をしっかり持ってください、私も危ないですけど」

 

「……う、うん…」

 

これはダメだ、ゆんゆんの脳内キャパシティは既にオーバーヒート寸前だ。それほどにアクシズ教は色が濃いのだ。

ただ私としては気になって仕方がなかった。果たしてアクア様なのか、同名の別人なのか。ただゆんゆんを残していくのも心配だ。王都のクエストで臨むダンジョンでもここまでの心労はないのにここに来てさして時間は経ってないにも関わらずこの疲労感、恐るべしアクシズ教。

 

「ゆんゆん、そのアクアさんって人のこと、気になるので一緒に見に行きませんか?」

 

「……うん」

 

「…セシリーさん、よければ私もその懺悔をしてみたいのですがよろしいです?」

 

「…まぁ大丈夫だけど…ゆんゆんさんは大丈夫なの?」

 

「…私なら大丈夫です…よ…」

 

大丈夫じゃないのは貴方達のせいですと声を大にして言いたいけどここはぐっと我慢しておく。頑張って取り繕った笑顔でごまかすと、ゆんゆんは力無い返事をする。どう見ても大丈夫ではないのだけどこうなっては治す術がない、この後温泉でも入って心身ともにリラックスするしかなさそうだ。

 

私とゆんゆんは、そのままセシリーさんに着いていき懺悔室へと向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





中途半端な気もしますがネタが……文章力が…時間が…(吐血)


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episode 74 発覚する異変




間が空いてすみません、不調以前に色々ありまして投稿がかなり遅れました。




 

 

 

―アルカンレティア・アクシズ教本部―

 

聖殿の奥に進んだ私とゆんゆんは簡素な扉の前に通された。私は奥にいる人の正体が気になってはやる気持ちを抑えられず、おそるおそるその木造りの扉のドアノブに手をかけた。

 

「アリスちゃん、懺悔室は1人しか入れないから、私とゆんゆんさんは此処で待ってるわね」

 

言われてみればと私は静かに納得した。プリーストを通して神様へと懺悔をするのを他人に聞かれる訳にも行かない。…そして冷静になって考えたら私は何を懺悔したらいいのだろうか、と。

私としてはこの奥にいるプリーストの人の正体がなんとなく気になった程度で何かを懺悔しようとは思っていなかった。ドアノブに手をかけたまま私はその動きを止める。

 

……例の悪魔の件なら既にアクア様に話しているので改まって話す必要はないしそもそもそれは懺悔ではない。

懺悔…懺悔…と私の頭の中に木霊するけど特に思い浮かばない。ただ懺悔したいと言っておきながらここまで来て入らないのもおかしな話であり私は内心後悔していた、これなら素直に知り合いかもしれないので会ってみたいと言えば良かったではないか。

 

「あ、アリス?大丈夫?」

 

気付けばゆんゆんは心配そうな視線で私のことを見ていた。…思えば最近の私はゆんゆんに心配ばかりかけているような気がする。今の場合は特に心配されるような事柄はないのだけどここ最近の私の状態からゆんゆんが勘違いしてしまうのも無理はない。…まったく情けない。

 

「大丈夫ですよ、ゆんゆん」

 

そんなことを思いながらも私はゆんゆんに自然な笑顔で応えてみせた。ほっと安堵した様子のゆんゆんを確認するなり私は扉を開けた。未だに何を懺悔するかは決まってはいないのだけどこのまま扉の前でじっとしている訳にもいかない。

 

 

 

部屋に入ればそこは扉に似合った簡素な場所だった。思い出すのはカズマ君が捕まって面会に来た時の場所。せまく無機質な部屋には木製の椅子があり、その前には小さな窓口のような場所が見えるが一見したところ奥を覗くのは難しそうだ。

 

「ようこそいらっしゃいました、迷える子羊よ。さぁ汝の罪を懺悔なさい、素直に打ち明ければ、神は貴女をその慈愛の元に赦すでしょう」

 

ゆっくりと椅子に座れば聡明な女性の声が耳に心地よく響いた。…だがこの声だけは聞き覚えのあるものだ、この女神様はこんなところで何をしているのだろう。

 

「はい、実は私、アクシズ教徒ではありませんがアクア様を信仰しております、ですが私はアクシズ教徒になるつもりはありません、私はどうしたら良いでしょうか?」

 

今の今まで全く頭に無かった懺悔内容が自然と頭からではなく口から出てきた。とりあえず適当に出たもので本気で悩んでいる訳でもないしアクア様のことだから多少強引な形でもアクシズ教へ入ることを促すに違いない。

 

…そう思っていたのだけど…暫し間が空いてから再び声が流れてきた。

 

「つまり貴女は女神アクアを崇拝している、だけどアクシズ教の在り方に疑問を持っているのですね…、でしたら無理に入信する必要はありません、アクシズ教教義にもあります、汝、無理をすることなかれ、思った事、考えた事に正直に生きなさい。1度きりの人生なのだから、後悔のない選択をしなさい。さすれば女神アクアはどのような形であれ、それが不純なものでない限り、その信仰の在り方もまたよしとするでしょう」

 

思わぬ発言に私は目を瞬かせた。誰ですかこの人!?が正直な感想である。あまりの予想外な言葉に私は何も言葉を発せずにいた。もしかしたら声が似ているだけで本当は別人ではないのかまで思う始末。

とはいえ言われたことを素直に受け止めれば、気持ちは幾分か楽になった気がした。

 

「え、えっと…は、はい、ありがとうございます…」

 

素直にお礼を言ってみる、若干ぎこちないものになったけどこれは仕方ない、似合わないことを言うアクア様が悪い。

 

……とりあえず聞くだけ聞いた、お礼も言ったのでもういいだろうと私はこの懺悔部屋を出ようとゆっくり立ち上がる。

 

「待ちなさい、女神アクアを信仰する貴女に相談があるのです」

 

突然のそれに私は上手く反応できなかった。あのアクア様が私に相談など言われた事がなかったし普段そのようなそぶりを見せることも無い。私が驚くのは当然の流れだ。

ただ珍しいことではあるものの、だからといって聞かない理由にはならない。アクア様は今の私にとって恩人であり信仰対象であり同居人であり仲間である。むしろ私なんかを頼ってくれるのは嬉しさまである。

 

「…どうしましたか?」

 

聞くからには立ち上がったままでも居られないので私はそのままゆっくりと腰掛けた。

 

「実はこうやって懺悔を何人か聞いていて、何やら不審な悩みを告発する人がいたのよ、それが気になっちゃって」

 

「…不審な悩み…です?」

 

今の声、喋り方はまさしくいつものアクア様だった。それを聞いて何故か私はホッとしたように胸を撫で下ろすも肝心の内容が内容なので落ち着く事はなかった。

 

「それがね、1部の温泉に毒が混入されているって話なんだけど…」

 

「…えっ…!?」

 

聞けば穏やかではない内容に私は驚きを隠しきれない。動きはないものの、その言葉に力がはいってしまった。結果懺悔室を反響するようになり、その声はおそらく外で待っているゆんゆんとセシリーさんにも聞こえただろう。…だからこそ、そのタイミングで勢いのまま扉は開かれた。

 

「ちょっとプリーストさん!?その話は…!!」

 

背後から慌てるように飛び出してきたセシリーさんに視線をうつすと、その後ろにはゆんゆんの姿もあったが何を言えばいいのかわからないのかおろおろしている。

 

「いいえ、事が大きくなる前に確実に解決するべきだと私は思います。貴女はこの事件について詳しく存じているようですね、良ければ話してもらえますか?」

 

「…うっ…そ、それは…」

 

しまったといった様子で口篭るセシリーさんを後目に私はこの件について考察していた。…思えば普段アクセルにいるセシリーさん。何故今はここアルカンレティアにいるのか、先日の会話の中で聞いた時にはアクシズ教徒がアクシズ教の総本山にいるのは自然なことだと軽くあしらわれてしまっていたがその事件のせいだとしたら。そしてセシリーさんの様子から推測するとこの事件はまだ大きく広がってはいない、だからこそ公にはせず、内々で解決しようとしている。その気持ちも事情もわかる。毒が温泉に混入されているなどと公になればアルカンレティアの評判はガタ落ちになる、だからこそ現状この問題はアクシズ教徒の中でも1部しか知られていない可能性すら見える。

 

「…セシリーさん、アクアさんの言う通りだと思います、知っていることがあれば話してもらえますか?差し出がましいかもしれませんが私もアクシズ教に恩はありますので、できる限り協力はしたいと思いますし」

 

この気持ちに嘘偽りはない。その在り方には嫌悪感すら感じるものの、私がこの世界に来た初日、アクシズ教のプリーストであるセシリーさんにお世話になったことは確かなのだ。だからといってアクシズ教に入信するわけではない、それはそれ、これはこれである。

 

「…私の判断だけでは話しにくいから…その気持ちがあるのならゼスタ様に聞いてみてもらえるかしら?」

 

「なるほど、わかりました。行きましょうかアクアさん、ゆんゆん…」

 

そこまで言って気になることもできた。この人がアクア様なら、一緒に居たミツルギさんは何処に行ったのだろうか?彼の事だからアクア様を守ると意気込んで傍を離れるなんてことはないはずなのだけど。

 

「アクアさん、ミツルギさんはどこに?」

 

「ミツルギさん?…………あぁ、あの魔剣の人ね、彼なら街を回っている間に今回の件を噂で聞いて、僕が調査してきます!とかなんとか意気込んで何処かに走っていったわよ?私もその事が気になってここに来てみたんだけど…成り行きでこうやって懺悔を聞くことに」

 

ツッコミどころが満載な返事に私はため息をつく。まずいい加減に名前くらい覚えてもいいのではないだろうか。どんな成り行きでこうなったのかも気になるけど聞いたところで話が脱線するだけだろう。そしてミツルギさんもミツルギさんだ。おそらく正義感から動き出したのだろうけど守ると言っていたアクア様を放ったらかしにして調査に当たる辺りは相変わらずの思い込みの激しさである、本来の目的を完全に忘れている。

 

「噂とはいえ…街でも既にこの話は流れているんですね…あ、あの、セシリーさん、なら余計に早く解決する必要があると思いますけど…」

 

ゆんゆんのおそるおそるな意見に私もまた頷く。事が温泉という場所で起きたのなら、当然この本部以外にもその事態を把握している人がいないはずがない。思い悩むセシリーさんだけどそれでも答えは変わらないようだ。あくまでゼスタさんの指示を仰ぐしかなさそうである。アクシズ教にこのような縦社会的な要素があるのも意外ではあるがあの人も肩書きは最高責任者というものなのでそれも仕方ないのだろう。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

「…知ってしまいましたか…いやはやお恥ずかしい」

 

戻って開口一番にアクア様がゼスタさんに問い詰めたところ、この回答だった。セクハラをして縛られて湖に投げられる方がよほど恥ずかしいような気もするのだがそれを言ったらキリがなさそうだ。

 

「お気持ちは大変ありがたいのですが…これはこの街の問題でもありまして…旅の方のお手を煩わせる訳にも…」

 

「私達が手を貸すことで必ず解決するとまでは言えません、ですが確率はあがるのではないでしょうか?何より毒などとなると悠長に構えている余裕もありません、今のところ死者は出ていないようですが、温泉には老若男女様々な方が入浴します、中にはお身体が弱い方もいるでしょう、被害が出てからでは遅いのですよ?」

 

「……」

 

私の発言に押し黙るゼスタさん。何も間違ったことを言ってない、私達としては解決してあげたい気持ちしかない。ただ問題はゼスタさんの様子にある、何故ここまで頑なに拒むのだろうか、それがわからない。

 

「皆様のお気持ちは大変嬉しく思います、ですがこの件については大事にしたくないこともまた事実でありまして、できれば口外することなきようお願いします」

 

「ちょ、ちょっとなんで…!?」

 

「…お願いします、女神アクア様と同じ名前のアークプリースト様、できる限り早急に解決致しますので…」

 

「……」

 

ゼスタさんは半ば強引な調子でアクア様に頭を下げた。その様子には今まで見たようなセクハラなどを感じさせるものではなく、至って真面目な様子であり、これには私達よりもセシリーさんが驚いていた。

 

…とりあえずこれ以上何かを言っても埒が明かない。何よりこのゼスタさんの態度はまるでアクア様を本物と認識して言っているようにも見えてしまい万が一のそれは私達にとって非常によろしくない。

 

「…アクアさん、ここは大人しく帰りましょう」

 

「ちょっとアリスまで何を言って…」

 

「アクアさん、気持ちはわかりますけど今は…」

 

私に続いてゆんゆんの必死の説得もあり、アクア様は納得の行かない様子のまま頬を膨らませているがとりあえずはこれ以上何かを言うつもりはないようだ。私達は足早にこの総本部を後にすることにした。

 

…まずゼスタさんのあの畏まった様子は不気味だ、下手したらアクア様が本物だと勘づいている可能性がある。…その証拠に本部を出るアクア様をゼスタさんは無言でありながら何処か感慨深く見つめていた。

それにあのままだとアクア様が勢いで自身の名乗りをあげて強制的に捜査に協力するなどの強硬手段にでる可能性すらある、そうなれば旅行や事件の調査どころの話ではなくなってしまう。

 

私達はこの件に対してどうすべきか、ホテルに戻り他のメンバーの意見を聞くことにするのであった。

 

 

 

 

 



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episode 75 作戦会議

 

 

―アルカンレティア・高級ホテルの食堂―

 

夕刻になり、私達全員はホテルに戻ってきていた。まず印象を受けたのはウィズさんとめぐみん。アルカンレティアの温泉巡りをひたすらに続けたそうでその肌は艶々としていて特にウィズさんはご満悦の様子だった。めぐみんは若干のぼせた様子でぐったりしていたけど。

 

「ウィズが温泉巡りをしたいと言い出したので付き添いましたが…まさか12件も回るとは思いもしませんでしたよ…えぇ…」

 

「ご、ごめんなさい、めぐみんさん!偶然温泉で知人を見かけたので話し込んで長湯してしまいましたし…」

 

「その頃の私は意識が朦朧としていましたからどんな方なのか覚えていませんでしたけどね、まぁ気にしないでください、それと私が疲れている理由は長湯ではありません、12件も回ったことです、温泉に浸かっている間はまだいいんですよ、ゆったりできますからね…ですが温泉を出てからの次の温泉への移動がめちゃくちゃしんどかったです、正直着いていくのがやっとでした、それが12件ですよ?分かりますかこの辛さが」

 

全員の同情の視線がちゅーちゅーと飲み物を飲むめぐみんに刺さる。ウィズさんがそこまでアグレッシブなのは正直意外だ。私もお風呂は好きな部類だけど流石に12件を連続で回るほどの行動力はない。それでいてウィズさんは気持ち良さそうに艶だっているし人間とは思えない。…あ、リッチーでした。

 

「…俺は正直1日も早くこの街を出たい…」

 

「ちょっとカズマ!?凄くいい街じゃないの!なんてことを言うのよ!!」

 

「…じゃあ言わせてもらうわ…ふっざけんなよこの駄女神が!お前の信者は一体どんな教えを受けたらあんなめちゃくちゃな勧誘ができるんだよ!?暴漢に襲われてアクシズ教に入れば助かりますのでだの、見知らぬ宅配便が来てサインをせがまれて書こうとしたらそれが入信書だったり、挙句の果てには小さな女の子が転んで泣いてたから助けたらやけに懐かれて名前を教えてくれって言われて文字で書いてほしいって差し出された紙が入信書だったり!!ダクネスはダクネスで勧誘される度にエリス教徒だと言って唾吐かれて喜んでるし!」

 

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!?少なくとも最後のは私は悪くないわよね!?ちょっと強引なところもあるかもしれないけど、みんなとってもいい子なのー!」

 

「まぁ落ち着けカズマ、少なくとも私としてはこの街はとても素晴らしい街だと思うぞ、なんなら定住したいくらいだ」

 

「お前は黙ってろこのドM!!」

 

……とまぁ他の面々も色々あったようだ。カズマ君は鬼気迫る勢いでアクア様に怒鳴りつけている。ダクネスはエリス教徒と自ら名乗りこの街で石を投げられ唾を吐かれとされて喜んでるのとカズマ君に今ドMと呼ばれて更に嬉しそうだし。私とゆんゆんは苦笑気味にその様子を伺うしかできなかった。

ミツルギさんは情報を集めに行ったはいいのだけど1人でいるところを猛烈な勧誘に逢いまくりめぐみんの横の席で同じようにぐったりしている。再会した時には身体中の至る所に入信書が貼り付けられていて救出するのも一苦労だった。

結局今日1日でこの街に満足している勝ち組はアクア様とダクネスとウィズさんだけのようだ。

 

「…た、確かに温泉は素晴らしかったですけど、私は定住するのは流石に…私の正体もあるのでプリーストの方が多くいるこの場所にはあまりいられないですね…」

 

「大丈夫です、誰もそんな事は言ってませんし望んでいません」

 

「あ、はい…」

 

ウィズさんは私の言葉にしゅんと凹んでしまった。少し申し訳なくも感じるけど心配する余裕すら私にはあまりない。

 

「アクア様、そろそろ例の話を…」

 

相変わらずカズマ君と取っ組み合いをしているアクア様に私が声をかけると、アクア様はカズマ君を解放するなり咳払いをするように場の空気を無理矢理変えようとしていた。

 

「そうよ今はそんな話をしている場合じゃないの!アルカンレティアの、一大事よ!!」

 

「は?なんだそれ?」

 

「いいから最後まで聞きなさい!どうもこの街の温泉に毒を混入している不届き者がいるみたいなのよ!私達はその犯人を捕まえたい訳!」

 

「で、でも…いいのかな…?あのゼスタさんって人は…手出し無用でって釘を刺してきてたけど……」

 

「何を言ってるのよゆんゆん、これはもはやこの街の人だけに任せてはおける問題ではないわ!アクシズ教の総本山であるこのアルカンレティアの温泉に毒を入れるなんて…きっとアクシズ教を恐れた魔王軍の仕業に違いないんだから!」

 

机を勢いのまま両手で叩いてアクア様は立ち上がる。だがめぐみんとミツルギは最初からぐったりしているものの、ウィズさん以外の他のメンツも若干ながらぐったりしているようにも見える。流石に話が飛躍しすぎている気もするのでそうなるのも無理はない。

 

「ま、魔王軍ですか…?いやまさかそんなことは…」

 

どこか狼狽えるような反応を見せたのはウィズさんだ。というかすっかり忘れていたけどウィズさんは元魔王軍の幹部。厳密には現状現役の魔王軍の幹部なのだけど敵対する意思がないようなので私達の間ではそのような扱いとなっている。

 

「あ、あの、ウィズさん…?気になったんですけど…その……さっき話にでたウィズさんの知人という方は…」

 

「えぇ、魔王軍の幹部です」

 

「「「はぁ!?!?」」」

 

いやいやちょっと待って当然のようにとんでもない事を言ったよこのリッチーさん。なんで街中に堂々と魔王軍の幹部がいてしまっているのか。そんな存在がいるのならアクア様の出した推測が一気に現実味を帯びてきてしまっている。

 

「……やめろ……頼むから勘弁してくれ…俺はこの街に湯治に来たんだぞ……」

 

カズマ君は現実逃避するように頭を抱えて小声で何やら言ってるけどそれどころでもない。私達全員の視線はウィズさんに集中していた。

 

「ちょ、ちょっと待ってください!ウォルバクさんは毒なんて使う人ではありませんよ!何よりあの人は温泉とか大好きな方なのでそういったことはしないと思います、お話した時も今日はオフって言ってましたし…」

 

「なんだその普段の仕事に疲れたOLみたいなのは…本当魔王軍の幹部って変なのばっかりだな…」

 

「いや突っ込むところはそこじゃないですから。ウィズさんから見てそれは確信が持てることなのですね?」

 

「…はい、間違いないと思います。ウォルバクさんは私やバニルさんに次いで人間との敵対意識は低い方だと思いますし何より温泉に毒を混ぜるなんてやる理由がないと思います」

 

淡々と告げるウィズさんは真剣な目をしていた。それを見れば私達は何も言えない。アクア様だけは納得いかないように何やら唸っていたが。そんな中、疑問を口にしたのはゆんゆんだった。

 

「でも…犯人じゃないとしても…このタイミングでその魔王軍の幹部の人がこの街にいるのは偶然なのかな…?」

 

「そ、それは…」

 

「そうですね、全くの無関係であるとは断言しにくいです、できたらウィズさんを通して話を聞いてみたいくらいありますが」

 

「それが…ウォルバクさんはあの時入ってた温泉を出たらこの街を出ると言ってたんですが…」

 

ウィズさんの言葉に私達は再び沈黙してしまう。そこで私はこの際だからと思ったことをウィズさんに聞いてみることにした。

 

「…もしこの毒の件がアクア様の言うように魔王軍の仕業だった場合…ウィズさんはどちらの味方をするのですか?」

 

繰り返すが形式的…むしろ魔王軍から見たウィズさんは現役魔王軍の幹部である。こちらの味方をした場合、それは裏切り行為と認識されないのだろうか?あるいはやはり表立って手助けするのはウィズさん的によくないのだろうか。

 

「…もちろん、皆さんの味方をしますよ。魔王軍の幹部を引き受けた時の条件として提示してますからね。敵対する冒険者などならともかく、戦う力のない人を襲ったりした場合、私は人間側につきますと。今回の温泉の毒は無差別に人間を攻撃してしまういわばテロ行為です、私はそのようなことを許すつもりはありません」

 

…正直に言うと期待以上の言葉が返ってきた。それでも魔王軍の幹部である以上不干渉などの答えも予想していただけにこれは心強い。

 

「ふん、まぁいいわ」

 

アクア様だけはどこか複雑そうではあるのだけど。やはり神様という立場上悪魔やアンデッドという存在は許してはおけないものなのだろうか。一見まともそうな国教であるエリス教でさえもそれらへの風当たりは冷たいものもあるし。……とはいえ。

 

「あ、あの…まだ魔王軍の仕業と決まった訳ではないので、もしかしたら毒を持った野良モンスターが温泉にはいっちゃったとかあるかもですし…」

 

ゆんゆんの言葉にはむしろその程度のことであって欲しいという期待すら感じられる。確かにその気持ちもわかる。カズマ君ではないけど私達は本来この場所には慰安旅行的なもので来ているのだからたまにはゆっくりしたいものである。それでも旅行先の温泉で毒が混入されているなんて穏やかではないし、できたら解決してあげたい。犯人がモンスターなら力技でなんとかなると思うし。

 

「いずれにせよ今日はもう遅いですから、調査は明日ですね。ただ魔王軍の可能性も無くはないですから、今日のペアでそのまま明日調査するというのはどうでしょうか?ゼスタさんの様子だとアクシズ教の方々はこちらの協力に遠慮がちなので情報を集める事は難しいかもしれませんが…」

 

「毒が入っていた温泉の大方の場所は分かっているわ、懺悔に来た人がアルカンレティアの南側で温泉を営んでいるって言ってたから!」

 

「南エリアですか…その辺の温泉は今日回っていませんね…少なくとも私とめぐみんさんが入った温泉に毒はありませんでしたから」

 

私が提案すれば、補足するようにアクア様とウィズさんが続く。モンスターとの戦いを考慮すれば今日ははやめに休んだほうがいいだろう。食事しながらの話し合いは適度なところで折り合いをつけ、私達はゆっくり休養をとることにした。…むしろ未だ反応が薄いめぐみんやミツルギさんを見る限りそうせざるを得ないのが本音だったりするのだけど。

 

「えっ?マジで捜査する流れ?アクシズ教の偉い人が関わるなって言ったんだろ?」

 

「…気持ちはわかるが諦めろカズマ、それに下手をしたらこのホテルの温泉にも毒が混入される可能性もある、その可能性がある限りはこちらとしてもゆっくりすることなどできないだろう?」

 

「ぐっ…そりゃ確かにそうだけど…」

 

最後の最後になってカズマ君のぼやきにダクネスの諭すような説得。カズマ君は複雑な様子だが納得はしてくれたようだし皆が捜査する中自分だけさぼりにくいというのもあるのかもしれない。

 

 

 

 

……

 

 

 

翌日。

 

私達は昨日と同じペアで捜査をすることにした。私とゆんゆんは朝食が終わるなりホテルを出て実際に毒の被害にあった温泉を見に行くことにした。ウィズさんが毒の種類などを調べることが可能らしいのでまずはその毒を調べようとしたわけである。

 

「それにしても見事にアークウィザード4人のパーティになりましたね」

 

「ふむ、言われてみればそうですね」

 

今いるメンバーは私とゆんゆん、めぐみんとウィズさんの4人。なるほど、確かにアークウィザードが……4人…?

 

「ウィズさん、私はアークプリーストなんですけど」

 

「……えっ?……あ、す、すみません!言われてみればそうでした!」

 

どうやら素で言っていたらしい。ウィズさんは思い出した様子で慌てている。別に忘れていたならそれはそれで構わない。ひたすらヒールをすることで覚えてもらうだけだ。

 

「あの、アリス?私に前やったことをウィズさんにしたら割とシャレにならないからね?しないでよね?」

 

いざやろうとしたらゆんゆんに止められてしまった。私は納得がいかずに頬を膨らませていた。

 

「そんな顔しても駄目なのは駄目だから!」

 

「あ、あの…何をするつもりなのかわかりませんが本当にごめんなさい、ですからどうか許して頂けると…」

 

身の危険を察したのかウィズさんはゆんゆんの後ろに隠れるようにしながら気まずそうにしていた。別に大したことはするつもりはない。ヒールをひたすらかけ続けて私がアークプリーストであることを覚えてもらうだけだ。ウィズさんはリッチーだからヒールをしたらダメージになる?そんなのウィズさんがリッチーなのを忘れてましたごめんなさいねてへぺろで許してもらえるはずだ。

 

「アリスを怒らせたらこの上なく面倒なのはよくわかりましたからそろそろ抑えてください、それに目的地は見えてきましたし」

 

「…でもなんか騒がしくない…?」

 

しばらく歩いていると温泉宿が集中している観光エリアにはいったようで、それなりに人とすれ違うようになっていた。そんな場所の一角にある宿に人だかりができているのだ。これはどうもその温泉宿が人気で行列ができているとかそんな感じではない。

 

「誰か本部のプリーストを呼んでくれ!!急病人がいるんだ!!」

 

宿の中から焦燥した男の人の声が聞こえてくる。どうやら穏やかではない状況のようだし幸いプリーストならここにいる。

 

私は他の仲間に何かを言う事なくその声に応えようと前に出る…その時だった。

 

「ぐっ…」

 

「あうっ…」

 

ドンッ、と勢いよく目の前の色黒の男の人とぶつかってしまった。私は弾かれるようにその場でしりもちをついてしまうが男の人は軽く怯んだ程度で大したことはなさそうだ。

 

「ちっ、どこ見て歩いてやがる!気を付けろ!!」

 

「…ご、ごめんなさい……」

 

正直納得はいかない。ぶつかったのは確かに私の不注意もあるもののあちらも宿側…後ろを向いて走っていたので完全に前方不注意だ。だけどここで反論するのは簡単だが今そこにプリーストを必要としている人がいる。そんな余裕はない。……のだけど。

 

そんな中、私の着ている服を通して、目の前の男性に嫌悪感のような何かを訴えているような感覚がした。ふいにその男の人を見てみる。

パーマをかけたような短髪で色黒の肌、タンクトップを着て金属のチェーンのようなアクセサリーを首につけていて、社交性はなさそうな年齢30前後くらいと推定できる。…見れば見るほど怪しく感じてくる。

 

「あぁ?何見てんだよ?」

 

「アリスさーん、大丈夫ですかー?」

 

「ん?…………っ!?…ちっ!」

 

睨んできたと思えば私の後ろからウィズさんの声が聞こえてきた。色黒の男の人はその声の主に気が付いた途端明らかに驚いていたと思えばすぐさま人混みを強引に掻き分けるようにしながらその場から去っていってしまった。

 

「…あら?今の方……何処かで見たような…?」

 

ウィズさんは男の後ろ姿を僅かに見ながらそんな事を言った。ただあの人も気になるものの、今はすぐそこに助けを待つ人がいる。男を追いたい気持ちも強いがそれどころでもなかった。私は素早く立ち上がると、そのまま宿の方へと駆けた。

 

「どうしましたか!?私はアークプリーストです!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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episode 76 女神アクアの弊害

 

 

 

―アルカンレティア・南エリア温泉宿―

 

後から知ったのだがどうやらこの宿は私達が目指していた毒の混入された温泉とは違うらしい。…というか毒が混入された温泉だったらこうして営業しているはずがない。温泉から毒を取り除いたとしても早すぎるしそんな簡単にも行かないだろう。

私はプリーストを名乗り流れるままに宿の主人らしきおじさんに連れられて部屋に青ざめて横たわっている3人の女性を視認した。どの人も青ざめているし呼吸が荒い、典型的な毒の症状だった。

その状態は裸の上に強引に浴衣を着せたような状態でおそらく温泉から救助して適当なものを着せたのだろう。

毒の症状は過去ダンジョンに潜った時に出くわした他の冒険者などで見かけた事があるので私としては手馴れたものでもあった。

心配そうに宿の女性店員が見つめる中、私はすぐさま解毒のスキルとハイネスヒールを唱える。

 

すると淡い翡翠色の光が3人の女性客を包み込み、少しずつ顔色は正常なものへと戻っていった。どうやら無事に解毒できたらしいと私はホッと胸を撫で下ろした。

 

「ありがとうございます、本当に助かりました!」

 

「いいえ、まだ終わってません」

 

宿の主人もまた、大事に至らなくて良かったと安心しているが解毒をしたらはいさよならと言う訳にも行かない、何故このような毒が発生したのか調査しなくてはならない。

 

「その人達は温泉に入ったことでこうなったのですよね?その温泉を調査したいのですが」

 

「ちょ、調査ですか?それはできるのでしたらお願いしたいのですが…」

 

正直に言うと状況はかなり切迫している。アクア様より賜った情報から見るこの毒混入の事件は発生時よりも悪化していることに確信が持てたからだ。

 

まず毒の混入とはいえ、今までの被害は温泉に入ったことで気分が悪くなったり、軽く吐き気がしたりなど、そこまで重い症状ではない。あくまで聞いた話だけど今思えば温泉に混入した毒の濃度が低かったのだろうと推測できる。だが今回はどうだろう、温泉に浸かったことで明らかに重度の毒の反応を起こしてしまっている。重い症状ではなかったからこそアクシズ教側も内々で解決したかったのかもしれないのだがこうもなってしまえばもはや猶予はほぼないだろう。

 

「ウィズさん、許可は降りました、行きましょう」

 

「は、はい!失礼します!」

 

入口で様子を伺っていたウィズさんは慌てるように駆け込み温泉があるだろう場所へと向かっていき、それにめぐみんとゆんゆんも続く。私はというと流石に温泉の調査などできないので回復したものの意識の戻らない3人の女性客を見守ることにした。大丈夫と確信しているものの万が一もある、人命がかかっている以上油断はできない。

 

「ごめんなさい、待たせた……わね……?」

 

そうしていれば宿に飛び込んできたのは昨日も会ったセシリーさん。勢いのまま走ってきたようで見ただけでもその疲労の具合がよくわかる。こんなに真剣な表情をしているセシリーさんを私は初めて見るかもしれない。

 

「あれ?アリスちゃん??」

 

「おはようございます、セシリーさん。治療なら終わりましたよ」

 

私が落ち着いた調子でそう語りかければ、セシリーさんはその場に座り込んでしまった。どうやら状況が理解できたらしい。

 

「…観光中に偶然通りかかったのです、流石に放ってはおけませんでしたので」

 

「え、あ…大丈夫よ、むしろありがたいわ」

 

関与しないように釘を刺されたのは昨日だ。だけどプリーストとして目の前で困っている人を無視することはできない。半ばごまかすようにだが落ち着いてそう答えた。通りかかったという点で考えたらまったくの嘘というわけでもないのだがセシリーさんがどう取ったか不明ながらその様子は安堵したようにも見える。

 

「話によると今までの温泉への毒の混入は濃度が薄く、体の不調を訴えたりする程度だったようですね、…ですが今回はそうも行かないようでした、私が診た時には患者の誰もが顔を青くして力無く横たわっていました。……これでもまだ内々に解決すると?」

 

「……アリスちゃん、私だってアリスちゃんと同じ気持ちなのよ。昔出逢った時と違って今のアリスちゃんは強い。アクセルにいたら貴女の噂を聞かない日はなかったわ。王都でも名をあげた実力者でそのパーティメンバーも魔王軍の幹部を撃破してきたと聞くし…」

 

「でしたら…何故…」

 

「それが私にも分からないのよね、いつものゼスタ様なら喜んで協力を仰ぐと思うし今回もそうすると思っていたのよ、だけどゼスタ様はあのアクアさんを見てから様子がおかしいのよね……まるで本物のアクア様を崇めているようにも見えるし、昨日だってアリスちゃん達が立ち去った後も長々と深々とお辞儀をしていたし、あれには私達もどう反応したらいいかわからなかったわ」

 

セシリーさんのぼやくような嘆きに私はふと目を逸らした。おそらく悪い予感が当たってしまったと言うべきなのか、やはりゼスタさんはアクア様の正体に勘づいている、もしくは気付いている。幸いなのはだからといって大きく声を張り上げて公表したりする訳でもなく、誰かに言った訳でもなさそうなのだけどどうも何を考えているのかわからない。このままそっと見守るだけでいたらいいのだけど。

 

「それはそれとして…今は私の仲間が温泉の毒について調査しています、勝手をして申し訳ないとは思いますが、どうか私達に任せてくれませんか?……別にここでセシリーお姉ちゃんが見なかったことにすればそれで済む話ですよ?」

 

「んぐっ……そこでお姉ちゃん呼びはずるいわアリスちゃん…!これじゃそうするしかないじゃない!でも温泉の水質の調査なんてできるの?」

 

久々にお姉ちゃんと呼ばれたからか、セシリーさんの口角は完全に緩んでいて嬉しそうだ。そしてその疑問ももっともだろう。仲間というか一緒に旅行にきたお友達と言うべきか、ウィズさんのことなら同じアクセルの住人だし知っている可能性はあると思うけど。ウィズさん自身がアクセルの街で貧乏魔道具店店主として有名ではあるし。

 

「ウィズさんですよ、アクセルの街の魔道具店の店主さんの」

 

「ウィズさんって…確か昔王都でぶいぶいやってた『氷の魔女』の異名を持つアークウィザードだったあの…?」

 

ふいに紹介してみたら私の知らない情報まで入ってきた。『氷の魔女』って…ウィズさんが?…私にはちょっと想像するのが難しかった。氷をとっても魔女をとっても今のウィズさんから連想できる単語ではない。

 

…そういえばウィズさんはどうして魔王軍の幹部になんてなってしまったのだろう。その人柄からして見てもとてもそんな風には見えないし正体さえ分からなければ誰もが魔王軍の幹部などと思うことはないだろう。そんな人が人間に敵対意識がある訳でもないのにも関わらず。こんな事態でなければ気になって仕方ないことなのだがそんな想いを巡らせていると当の本人が温泉から出てきたようだ。不安そうな表情のゆんゆんと無表情のめぐみんもいる。

 

「ウィズさん!こちらは大丈夫です、そちらはどうでした?」

 

「はい、えっと…流石に道具もないですから今ここで何の毒であるかまではわかりません…ですがそういった道具なら常備していますからホテルに帰ればすぐにでも調べることができます…それとその方は確か…?」

 

ウィズさんは透明の液体のはいったポーション瓶を両手で持っていた、瓶の中で曇っている様子から見てもおそらく温泉のお湯を回収したのだろう。そんなポーション瓶をウィズさんは目の前に座るプリーストのセシリーさんから隠すような仕草を見せた。思い切り見ちゃっているので無駄なことなのだがウィズさんとしては気まずかったようだ。

 

「アリスちゃんから話は聞いているわ、心配しなくても私は貴女の行動を全て見て見ぬふりをするつもりよ」

 

「え?…あ、はぁ…」

 

そんなセシリーさんの言葉にいの一番に違和感を顕にしていたのはめぐみんだった。怪訝そうに見つめる様子からも言いたい事は理解できた。少なくとも私には。

 

「話には聞いていましたが正直意外ですね、貴方達アクシズ教徒はもっと強引な集団と思っていたのですが。今のような真面目で組織的に尻込みしている様子はとてもじゃないですが普段の行動からは考えられません」

 

「…私もそれは思ったかも…、上手く言えないけど…その、アクシズ教らしくないと言うか…」

 

めぐみんが言えばゆんゆんも同じ想いだったようでおそるおそるながらめぐみんに続いた。多分アクシズ教を知る人から見て今回の対応の仕方は違和感しかないものなのだろうし私から見てもそう思う。事態を軽視しているのか、あるいは排他的思考で余所者の力は借りないとか考えられるのだけどアクシズ教にそのような考え方があるとも思えない。何せ御神体があれなのだから。

 

私もまた同意見だと目で訴えてみる。セシリーさんは気まずそうにしているけどそれもまた違和感しかない。

 

「多分アリスちゃん達の思うところは私達アクシズ教徒も思っていることよ、実際私も今回の対応の仕方は納得していないのよ」

 

それはつまりアクシズ教徒であるセシリーさんから見ても今のやり方は疑問視されているということ。それなら何故と聞きたいところでもあるが既にその答えはでてしまっている。

 

「ゼスタ様の在り方よ、特にあのアクアって子が来てから萎縮しぱなっしというか…」

 

先程話が出てはぐらかしたもののやっぱりそっちに行き着くのかと私は内心溜息をつく。めぐみんとゆんゆんは訳が分からない様子でいるが正体を知っていると思われるウィズさんは静かに納得しているようにも見えた。

 

とりあえず下手にゼスタさんを動かせばこちらとしてもあまりよろしくない事態になりかねないしこうしてセシリーさんが味方についただけでもよしとするしかない。

 

私達は患者の容態を見届けるなり、水質の調査の為に一旦ホテルへと戻ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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episode 77 ウィズの過去と毒の犯人



お待たせしました。暫くは1週間前後の間膜が続きそうです…

このすばのスマホアプリがハーフアニバーサリーだそうで。最低限ちょくちょく遊んでます。…このファンのキャラって小説では見たことないですが読者様的には出てくる事に抵抗はあるのかな…。アイドル3人組とか、女盗賊さんとか出したい気持ちはあったりする。




 

 

 

―アルカンレティア・高級ホテル―

 

あれからセシリーさんはアクシズ教団の動きを逐一こちらに報告してくれる流れになった。完全にスパイなのだけど事情が事情だしそれ以前に本人は1度スパイとかやってみたかったのよね!とむしろノリノリだった。流石はアクシズ教徒である。本来こんな感じだよね、うんうん。なにかずれてる気がするけど気にしないことにする。

 

ウィズさんはホテルに帰るなり部屋に篭ってしまい手に入れた温泉の毒の調査に乗り出していた。同じ部屋にいためぐみんは邪魔しては悪いからと私とゆんゆんの部屋に寝泊まりすることに。

部屋としては2人部屋ではあるもののそもそも2人で使うには広すぎる広さなので1人2人増えても全く問題はなかったりする、ホテルの人に頼んでベッドを運んでもらったりはしたけど。流石にウィズさんが部屋で毒の調査をしているとは言えなかったが。

 

他の4人の報告を聞くも、残念ながらめぼしい情報は入らなかったようだ。だけどこちらには毒の入手、さらに怪しい人物との遭遇と事態は大きく動いていた。

 

 

私はそんな中、ゆんゆんやめぐみんと部屋で雑談をしていたのだけどどうも気になることがあり話に集中できていなかった。

 

気になることとは当然ウィズさんのことである。彼女は一体何故、どのような経緯をもってリッチーとなり、魔王軍の幹部となってしまったのだろう。

それは考えたら考えるほどに頭に深く疑問として残り、気持ち的にももやもやしてしまい、やりきれない。

とはいえ流石に内容が内容だ。踏み込みすぎている気もするし気軽に聞けるような話でもないかもしれない。…だからといって今回は聞かないまま済ませるつもりもなかった。気が付けば私は2人に断りを入れて部屋を出て、今や1人で毒の分析をしているウィズさんの部屋の前に来ている。とりあえず名目としては差し入れとして軽食と飲み物を用意してみた。入り込んで直接問う度胸は私には無い。

 

コンコン…

 

「空いてます、どうぞー」

 

ノックをすれば即時に返事が帰ってくる。そのまま扉を開け、奥の部屋へと向かえば部屋の真ん中の大きな机の上には見たことのない様々な魔道具らしきものが乱雑に置かれていて、ウィズさんの座る目の前には毒々しい色をした液体の入ったフラスコ、それにはアルコールランプのようなもので火をかけられている。どうやら温泉のお湯を蒸発させてその中から毒の成分を抽出しようとしているようだ。あくまで素人目から見た状態ではあるが。

 

「お邪魔しますウィズさん、良かったらこれ…合間に食べてもらおうと…」

 

「これはアリスさん、わざわざありがとうございます、…毒の分析ですがこの調子だと朝になる前にはなんとか解析できると思います」

 

私が手に持つバスケットを見せれば笑顔で言うウィズさんだけどようは徹夜確定ということになる。何も力になれないから仕方ないとはいえ申し訳ない気持ちが強い。既に私やゆんゆんは何か手伝えることはないか聞いてみたのだけど専門的な物が多く、分析する毒自体も危険なものなので、とあっさり断られてしまったしここでまた同じことを言うのも妙な話だ。

 

「それで、どうしたんですか?」

 

「えっ…?」

 

私はウィズさんの部屋にあるティーポットを使って紅茶を淹れていると、ふいにウィズさんからかけられた言葉に思わず萎縮してその手を止めてしまう。だけどその言い方はとても穏やかで、優しげだった。

 

「ふふっ、顔に書いてますよ、何か聞きたいことがあるんじゃないですか?」

 

ウィズさんは作業の手を止めるなりその場から離れ、私のいるテーブルに近づくなり私が持ってきたバスケットに入ったサンドイッチを手に取り、1口食べ始めた。

 

「美味しいです、アリスさんが作ったんですか?」

 

「…私は料理が苦手ですので…それはホテルの食堂で頼んで作ってもらいました。ですが紅茶を淹れることなら得意ですよ」

 

カップに注いだ紅茶、仕上げにミルクを入れてミルクティーの完成である。実は料理はできないもののせめてお茶くらいは淹れたいとゆんゆんに頼んで教えてもらったのだ。カズマ君の屋敷でもよく紅茶は淹れていて、貴族のダクネスさえも美味しいと言ってくれたので味は問題ないと思われる。

 

「あら?意外ですね、見た目料理とか得意そうに見えますけど…それじゃ、いただきます……うん、凄く美味しいです」

 

ウィズさんが紅茶を口に含むとほんわかとした笑顔が返ってきて、私も思わず笑顔になる。

 

…ウィズさんは私がそれだけの為にここに来た訳では無いことに気が付いているようだ。この際だから聞いてしまおう、ウィズさんが拒否すればそれまでの話で終わればいいのだから。聞くだけならタダなのである。

 

「…では単刀直入にお聞きしますね、……ウィズさんは元は王都で活躍する名の知れたアークウィザードだとお聞きしてます。それがどうしてリッチーとなり、魔王軍の幹部になったのですか?」

 

「そ、それは…」

 

やはり踏み込みすぎた質問だったのだろう。ウィズさんの優しげな表情は明らかに変わり、困惑しているし困らせている。視線を逸らす辺りからして気まずさをも印象づけられる、空気が重くなっていく感覚すらしてしまう。

 

「…すみません、やはり踏み込みすぎた質問でしたね、今のは忘れてください」

 

この空気に先に音を上げたのは情けないのだが私だった。とはいえ元々しつこく聞くつもりもない、誰にだって言いたくないことくらいあるだろう。私にだってたくさんある。

 

「いえ、大丈夫です…この話はまだ誰にもしたことはないのですが…アリスさんでしたら、お話しましょう」

 

「えっ…」

 

意外な答えが返ってきた。信頼してくれているということなのだろうか、だとすれば私としては嬉しい限りなのだけど…。

 

「い、いいんですか?」

 

「はい、どうか聞いて貰えますか?」

 

私の返事は少し慌てたものになっていた。多分私はウィズさんにあまり良い印象を持たれてはいないのではないか、と何処かで思っていたのだから。

魔王軍の幹部と分かった時のウィズさんを見る目はきびしくなっていたかもしれない、その時の私の質問責めはウィズさんにかなり堪えたかもしれない、ここに来てからも魔王軍の関与がある可能性があることを知った時のウィズさんへの質問はきつめの聞き方だったかもしれない。

考えてみればある意味負い目がありすぎた、とはいえそれが間違ったものだとは思ってはいない。魔王軍の幹部などになる方が悪いのだ。

 

 

……そう、思っていた。

 

 

 

 

「知っての通り私は元々冒険者であり、アークウィザードとして王都を中心に仲間達とパーティを組んで日夜魔王軍と戦ってきました。そんなある日、私達は魔王軍の幹部と戦うことになりました…、貴方達も戦った、あのデュラハンのベルディアです。ですが私達はあと一歩と追い詰めたことで逃げられてしまい、代わりにパーティ全員に呪いを受けることになりました」

 

デュラハンのベルディアの呪い、それは『死の宣告』。私の場合は女神アクア様という規格外の存在がいたので無事に済んだものの、本来ベルディアの呪いを解ける力を持つ者はこの世界には存在しない。今の私がセイクリッド・ブレイクスペルを使ったところでおそらく解けることはないだろう。当然ウィズさんのパーティもそれに苦しむことになったのだろう。

 

「ベルディアが逃げた場所は魔王城…結界で守られ、人間が入ることはできない場所…期限は1ヶ月。呪いを解除するのなら方法は1ヶ月以内に魔王軍の幹部を全て倒し結界を解除してベルディアを倒す…しかし肝心の幹部の1人でもあるベルディアは魔王城の中…もはや私達は死ぬのを待つだけでした。…実際それでパーティは崩壊状態でしたね、ある人は酒に溺れて、ある人は廃人同然になり…ある人は神に祈ることを続けるだけ…」

 

容易く語られるそれは当人達にしてみれば絶望的な状況でしかなかったのだろう。考えるだけで身体が震えてくる。

 

「ですが私は諦めきれなかった。私は必死になって魔王城に入る方法を探しました……そして見つけました。魔王城は人間が入ることのできない…なら…人間ではなくなれば…」

 

「……それでリッチーに…?」

 

私が言葉を紡げばウィズさんは少し間を空けて力無く頷く。おそらく当時はかなり悩んだ結果の行動…苦渋の決断だったに違いない。

 

「当時の私は運が良かったのか、悪かったのか…そんな時にバニルさんと出逢いました。そして戦いはしたものの、私1人では手も足も出ず…私はやぶれ…そして懇願しました、どうか私をリッチーにしてほしいと」

 

リッチーを選んだ理由としてはウィズさんの持つアークウィザードとしての魔力からその選択がベストだったのだろう。ウィズさんとしては人間でなくなり魔王城を出入りできるようになれるのなら何でも良かったのだから。

 

「バニルさんは条件付きでそれを承諾しました。いわば契約ですね。私をリッチーとする代わりに、バニルさんがいずれダンジョンを作ったりすることの手助けをして欲しいと…もっともバニルさんは自力でダンジョンを作っちゃいましたけどね」

 

苦笑混じりに言うウィズさんだけどその表情は複雑そうだ。ダンジョンを作る名目で資金面も当てにされていたのだろうけどあの商才の無さはバニルも見通せなかったのだろうか。いつもポンコツと嘆くバニルの気持ちが少しだけ分かった気がした。

 

「それでリッチーになった私は即座に魔王城へと乗り込み、単身でベルディアさんを半殺しにして呪いを解除してもらいました、あの時は自分の力にびっくりしましたね。リッチーになることで魔力がかなりあがってましたから…」

 

いわばその力は副産物に過ぎなかったらしい。だがそれはウィズさんにとってプラス要因だ、そのままの強さでベルディアに挑んでも敵うはずがなかっただろう。しかしその力によりベルディアを倒し、呪いを解除してもらい仲間を救う事ができた。

 

「そしてそんな私の力を見て、魔王様は私を幹部にスカウトしました。私は色々考えましたけど…人間を捨てリッチーとなり、役目を果たしたのでその先のことは全く考えていませんでしたから…それを様々な条件をつけて承諾しました、こうして今に至るという訳です」

 

 

……結論から言えば悲しすぎる。これが悲劇でなくなんなのか。ウィズさんは自身を犠牲にして仲間を救ったのだ。もし私がウィズさんの立場でいて、そうなっていたらどうしただろう。今の私にはかけがえのない仲間がいる、守りたいという気持ちは痛いほど理解できてしまえる。もしかしたらウィズさんと同じ道を歩むことになったかもしれない。そう思えば私の涙腺は呆気なく崩壊した。

 

「アリスさん…」

 

「本当にごめんなさい、ウィズさん。私は魔王軍の幹部と聞いてからのウィズさんを…どこか心の奥底で軽蔑していたのかもしれません…それで…ウィズさんとこの件について話す時は…ぐすっ…きびしい口調になっていたかもしれません…ひっく…本当に…」

 

ごめんなさい、そう繰り返そうとしたところで私の身体は優しく包まれた。ぎゅっと抱きしめられそのままウィズさんは私の頭を撫でてくれた。

 

「良いんですよ、むしろ今わかって貰えたことが私は嬉しいです、それにアリスさんだけでしたから。あのように真摯に向き合って話を聞いてくれた方は、だからこそ、私はアリスさんになら話してもいいと思えたのですよ」

 

その言葉に私はぎゅっと抱き返すことで返事とした。心洗われるような時間を過ごす事ができている気さえもする。とにかくこれでウィズさんの見る目は良い意味で変わりそうである。

 

「あ、あの…アリスさん…そろそろ離してくれると…」

 

暫く時間が経ち、ウィズさんの慌てたような声が聞こえてくる。それもそうだ、ウィズさんは毒の分析というお仕事もあるのだから何時までもこうしてはいられない。

私はそう思ってゆっくりと離れたのだけど…ウィズさんの焦る理由は別のところにあったようだ。

 

「なんだかアリスさんの服から…凄い心地よい力が作用しまして…このままだと消えそうに…」

 

私の服はアクア様の本気の加護が働いている。今や私自身にもだ。そんな状態で長時間密着していたらリッチーであるウィズさんはどうなるか。

 

もちろん身体が半透明になってしまっていた。

 

「ウィズさーん!?!?」

 

どうする事もできないので距離をとるしかない。ウィズさんは時間をとれば回復するそうなので私は申し訳なさげに部屋を後にすることにした、これ以上邪魔する訳にもいかないし。

 

 

……

 

 

 

早朝になり、目にクマが出来てしまっているウィズさんから報告があった。毒の解析が終わったらしい。なんだか私が話を聞いたこととちょっとしたハプニングで余計に時間がかかった気もして罪悪感が半端ないのだがこれにはセシリーさんも呼ばれて、合計9名での報告会を兼ねた朝食を摂ることになった。

 

今更な話ではあるが、この食堂の状態は私達にはかなり都合が良かった。他に客がおらず、更に高級ホテルの食堂なので広い。食堂のスタッフはいるもののかなりの距離があるのでまず聞かれることはない。密談をするのにこれほど適した環境もそうそうない、だからこそこの場では何も遠慮もなく話ができるのである。

 

「うーん♪流石アルカンレティアで1番のホテルね、どれもこれも凄く美味しいわぁ♪」

 

セシリーさんは報告も忘れて高級ホテルの朝食に夢中である。これには一同この人何しに来たんだと視線を向けていた。ウィズさんだけは苦笑していたけど。きっと初日の夕食の時の自分とかぶって見えているのかもしれない、そっとしておこう。

 

「おいおい、飯食うのは別にいいんだけど目的を忘れないでくれよ?」

 

「もちろん…もぐもぐ…わかってる…ごくんっ……わよ!もぐもぐ…」

 

勢いのままの食事はどうも収まる様子はないようだ、カズマ君が声をかけたもののセシリーさんの手と口は止まらない。

 

「まぁ朝ご飯を頂いた後でも話はできますからね、先に済ませてしまいましょう」

 

めぐみんがそう言うなりもぐもぐと朝食を堪能する。ようはセシリーさんに釣られて食べたくなったのだろうけど言ってることはわからなくもない。ダクネスとミツルギさんがため息混じりにそれに倣えば他のメンバーも食事を先に摂ることとなった。思うように話が進まないのはもはやいつものことだと諦めたようにも見えるし私もそう思う。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「それでは皆さんに温泉の毒の成分について分かったことを伝えたいと思います」

 

食事も皆ある程度手を止めたと判断したのか、ウィズさんが皆を回し見るようにしてそう告げれば、一同の視線はウィズさんに集中した。いよいよ本題である。

 

「成分を抽出して調べた結果…毒はデッドリーポイズンスライムのものである可能性が非常に高いことがわかりました」

 

「デッドリー…ポイズンスライム…?」

 

ダクネス、ゆんゆん、めぐみん、セシリーさんがごくりと息を飲む、それを聞いても表情を変えないアクア様とミツルギさん。そして1人疑問符を浮かべるカズマ君。私としても特に表情を変えることはなかったと思う。

 

「なんだスライムか、スライムってあの雑魚のスライムだろ?」

 

「…カズマ、本当にお前は変な所で常識がないな…」

 

カズマ君があっけらかんと告げればすぐにダクネスから冷静なつっこみがはいる。カズマ君の考え方は私も、多分ミツルギさんも理解はできるだろう。スライムと言えば日本の某人気RPGでは1番の雑魚モンスターとして登場するのでそこから連想したのかもしれない。だけど私としては一概に雑魚と決めつけるのは早計であるとも思える。

スライムというモンスターはRPGのモンスターとしては割とメジャーなジャンルではあるものの、その強さはゲームにより様々だ。カズマ君が思うように雑魚の場合もあれば、リアルなゲームになれば物理が効きにくかったり、魔法が効きにくかったり、鉄の剣などで斬れば剣が錆びてしまったりと厄介な一面を持つ場合も多い。

 

「いいかカズマ、スライムはその液状の身体により物理攻撃はほとんど効果がない、魔法に関しても効きが悪い、さらに大きな個体になるとそのまま人間を丸呑みにして酸により跡形もなく溶かしてしまったりもする恐ろしいモンスターだぞ」

 

「えっ?…そ、そんなに…?」

 

どうやらこの世界のスライムの概念は私が思う以上に厄介なものらしい。楽勝ムードだったカズマ君の顔はみるみる恐怖に染っていた。

 

「さらにデッドリーポイズンスライムといえばその厄介なスライムの中でも1番凶悪ですよ」

 

「はい、実際凶悪ですしアクアさんの言った通りになりましたからね」

 

「アクアさんの言った通り…?」

 

アクア様が何か言っただろうかと私達は思案を巡らせる。はて、何か言っただろうかと思うが1番に表情に出したのはカズマ君だった。露骨に嫌そうな顔をしている。

 

「おい…まさかアクアが言ったことって…あの魔王軍の仕業とかなんとかいうあれか…?」

 

「ま、魔王軍!?」

 

カズマ君のぼやきに近い問いかけに真っ先に反応したのはセシリーさんだ、流石に魔王軍まで絡む事態だとは想定外だったのだろう。その大きな声はおそらく離れた位置にいるホテルのスタッフにも聞こえていそうだ、とくに動きはないものの、ピクリと動いたような気がした。

 

「魔王軍の幹部の1人にいるんですよ、デッドリーポイズンスライムのハンスさんって方が。しかもアリスさんはその方に既にお会いしています」

 

「…っ!」

 

これには流石に私も驚いた。思わず目をパチクリさせてしまう。

そしてそんな出会いをウィズさんが知っているとなれば該当する人は限られる。おそらく昨日の事件でぶつかった色黒の男性で間違いないだろう。あっさり逃がしてしまったことが今となっては悔やまれる。

 

「そういえばあの人は…ウィズさんの声が聞こえてきてから慌てて逃げていったような気がしますね…」

 

「私とは面識がありますからね、当然ですよ」

 

「面識?どうしてウィズさんが魔王軍の幹部と…?」

 

思わずハッとしてしまう。ウィズさんも私もだ。ついうっかりセシリーさんがいるのを忘れて踏み込んだ話をしてしまった。

 

「ウィズは昔魔王軍の幹部と戦った経歴をもつ凄腕のアークウィザードだったんだろ?交戦したことくらいはあるんじゃないか?」

 

「あー、そういえばそうね」

 

カズマ君のフォローでなんとかセシリーさんは納得したようだ。やれやれ、これ以上の面倒事は勘弁願いたい。ウィズさんは申し訳なさそうにカズマ君に向けて目線だけで謝罪していた。

 

「アクアさん、私とウィズさんが顔を知っています、特徴を話しますので似顔絵を描いていただけますか?」

 

写真もないこの状態だとこの方法が1番だと私には確信が持てた。アクア様の手先の器用さなら似顔絵を描くくらい造作もないだろうしそれを聞いたアクア様は自信満々な顔つきでいた。

 

「いいわ、とりあえず紙とペンを用意してくれるかしら?」

 

「それならここに…」

 

「いやそれ入信書ですから!!」

 

全く油断も隙もあったものではない。とはいえアクア様は既にアクシズ教徒という設定なので書いたところで全く問題はないのだけど。

アクア様は苦笑混じりに入信書の裏面に、私とウィズさんの情報を元に手早く似顔絵を完成させてしまった。

 

 

 

 

 

 

「本当改めて見るとやばいなお前の才能…」

 

出来上がった似顔絵は写真と言ってもおかしくない出来栄えだった。アクア様は鼻高々な様子だけどここまで描いてしまっては誰もそれについて何か言う事はなかった。それ程の出来栄えだったのだから。

 

「セシリーさんはこの似顔絵を魔道カメラで撮ってからアクシズ教団の人達に広めて貰えますか?」

 

「任せてちょうだい!教団でもこいつの行方を探してみるようにするわ!」

 

「相手は魔王軍の幹部です、見つけても刺激のしないようにお願いしますね、私達に知らせて貰えたらすぐに駆けつけますので」

 

作戦としてはまずはこれ以上の温泉への被害を無くす為に似顔絵を町中に広めることにする。今のところ隠れて毒を混入しているようなのでまさか他人の目がある中で犯行に及びはしないだろうとの目論見である。あくまで目論見なので気付かれていると悟られたらどんな行動に出るかわからないのでこちらが気付いていないように見せなければならない。

 

「私達はペアで別れて街中の捜索にあたりましょう、まだ被害のない温泉などを張ってみたら出会えるかもしれません」

 

「……お、おう」

 

「カズマ君?どうしました?」

 

皆が真剣な様子で首を縦に振る中、カズマ君だけは微妙な様子でいた。結局魔王軍の幹部と関わることになったことで思うところがあるのかもしれないけどできればその気持ちは殺してもらいたい。

 

「いや…なんか気が付いたらアリスが完全にリーダーっぽいなぁって」

 

「えっ…あ…」

 

カズマ君の言葉に私は我に返ったように自らを省みる。…うん、思えば私が完全に仕切ってしまっている。そう思えばなんだか申し訳なく感じてきた、いつもならカズマ君が仕切っていたから違和感があったのかもしれない。

 

「別に何もおかしなことはないだろう?佐藤和真、そっちのパーティはキミがリーダーかもしれないが僕とゆんゆんにとってのパーティリーダーはアリスだ、何か問題があるかい?」

 

ミツルギさんがそう言うとゆんゆんも笑顔でうんうんと頷く。その顔はとても嬉しそうに見えて瞳はキラキラと輝いている。カズマ君としてもそんな気は全くないので特に反論することもなく首を横に振った。

 

「別にねーよ、俺にとっては楽で助かるし?それじゃ、やることは決まったし動くか?」

 

「もちろんよ!覚悟しなさいよハンスとやら!アクシズ教にたてついたこと、心から後悔させてやるわ!!」

 

アクア様が立ち上がり握り拳を見せつけるがミツルギさんとしては複雑な面持ちだった。そうもそうだろう…、魔王軍の幹部の名前は1発で覚えているのにミツルギさんは未だにまともに名前を呼ばれたことがないのだから。ミツルギさんには少し優しく接してあげよう。

 

そんなどうでもいい想いをもって、私達はそれぞれ魔王軍の幹部ハンスの捜索にあたることにしたのだった。

 

 



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episode 78 対抗意識


お昼休みになんとかできたので投稿。アルカンレティアはできるだけオリジナル要素でやってみようと試みてます。ベルディアもバニルも原作に似た形だったしね!


 

 

それはめぐみんの一言から始まった。

 

「アリス、ゆんゆん、それにみっつるぎ、私達のパーティは貴方達に勝負を申し込みます!!」

 

いざ毒混入の犯人である魔王軍の幹部、デッドリーポイズンスライムのハンスの捜索へと意気込んだ直後にめぐみんのこの掛け声である。これには私達だけではなくカズマ君も微妙な顔をしている。アクア様とダクネスの表情はあまり変わっていなかったけど。

 

「ちょっとめぐみん…急にどうしたのよ?今はそんなことを言っている場合じゃ…」

 

「おーい、どうでもいいけど俺達を巻き込むのをやめろー?」

 

「ゆんゆんがそれを言いますか、今でこそ大人しくなったものの学生時代から毎日のように私に勝負を挑んで来たゆんゆんが」

 

「そ、それは昔の話じゃない!!今はそれどころじゃないってことくらい、めぐみんだって分かるよね!?」

 

ちなみにカズマ君の抗議の声は完全に無視されている。そっとしておこう。

ゆんゆんがめぐみんに対抗意識を持っていたことは以前ゆんゆんから聞いた事があった。ゆんゆんは学生時代魔法学校で2位の実力を持ち、めぐみんは1位だったそうだ。

だが次期族長となるゆんゆんからして見ればこの結果は満足できるものではない、1位であるめぐみんに勝つ事で誰もが認める族長としてありたかったと、常日頃から思っていたようだ。

それでゆんゆんは学生時代だけでなく私と出会うまでも何度も勝負を挑んでいた、結果は挑み続けていたことでお察しである。王都に行くことがきっかけなのか、ゆんゆんが勝負を挑むことは最近ではなかったのだけどどうして今になってゆんゆんが、もといゆんゆん達が挑まれる形になってしまっているのだろう。…まぁ理由はともあれ。

 

「…別にいいのではないですか?」

 

「ちょっとアリスまでどうしたの!?」

 

ゆんゆんは私の発言が予想外だったのか声を荒らげているが冷静に考えたら大した問題ではない。競うことでこの事件がよりはやく解決できるのならそれに越したことはないのだから。

 

「カズマ君のパーティは4人ですので、私達はウィズさんを加えて4人として挑ませて頂きますね、よろしくお願いします、ウィズさん♪」

 

「なっ!?それはずるいですよ!?」

 

「ずるいです?人数的には丁度いいと思いますけど」

 

めぐみんが抗議の声をあげるがその気持ちは私もわからないものではない。こちらには自分で言うのも恥ずかしいが王都で活躍する蒼の賢者、魔剣の勇者と色々便利なゆんゆんと揃っているのに更にリッチーであるウィズさんまで追加するというのだから。

とはいえ私はカズマ君のパーティを軽視してはいない。ベルディアにデストロイヤー、さらにバニルと実績はあるのだから。だからこそウィズさんは頂いていく所存である。

 

「めぐみんが自信がないのでしたら別に勝負自体をなかったことにしても…」

 

「なっ!?誰が自信がないと言いました!?紅魔族は売られた喧嘩は買う主義です!いいでしょう!それでいきましょう!!」

 

つまりは嫌なら辞めてもいいんじゃよ?(チラッ)である。沸点の低いめぐみんに効果はバツグンだ。カズマ君は諦めたようにぐったりしているけど。というより喧嘩を売ったと言うのならそれはどう見てもめぐみんの方なのだけどあえてそれは言わないでおこう。

 

「あ、あの…本当に対抗する形で行くのですか?相手は魔王軍の幹部ですよ?できたら皆さんで協力した方が…」

 

「別に競うと言ってもお互いの邪魔をしたりするつもりはありませんよ、勝敗はハンスにトドメを刺した者がいるパーティの勝ちと言うことでどうですか?」

 

ウィズさんが魔王軍の幹部の恐ろしさを語るのは説得力のあるようなないような微妙なところなのだけどめぐみんの言うルールは確かにわかりやすい。参加者はウィズさん含めて全員冒険者カードを所持しているので討伐した人間が誰かは一目瞭然だし魔王軍の幹部を倒すほどの一撃に絶対の自信があるからこそのめぐみんの提案なのだろう。

 

「それは構いませんけどどの道まずはそのハンスを探さないといけませんね」

 

「だがめぐみん、ウィズが言うように相手は魔王軍の幹部。手柄を焦ることのないように頼むぞ。誰がハンスを見つけたとしても、まずは報告だ」

 

ダクネスの忠告がめぐみんに刺さる。繰り返すが相手は魔王軍の幹部、アクセル近郊のジャイアントトードを狩るのとは訳が違う。事は慎重にあたらなければならない。

 

 

 

 

 

 

さてさて、こうして私達はパーティになぞってペアで捜索を開始したのだけど私の今回のお相手はゆんゆんではない。

彼はタイミングを伺うように私に声をかけてきた、話がしたいからペアを組んでほしいと。

…そしてその意味を私はよくわかっていた、決してラブコメめいたものではないことは確かだ。

 

「それで…お話とはなんですか、ミツルギさん?今なら話を聞く人は誰もいませんよ」

 

「すまないな、ワガママを言ってしまって…だけど本人に直接聞くのも勇気が必要だったからね、こうしてリーダーであるキミを通させてもらうことにした。僕が聞きたいのはもちろん…ウィズさんのことさ」

 

やはりか、と私は肩を竦めた。それもそのはず、ミツルギさんは今回の旅行でウィズさんと絡むのは初めてだったりするらしい。アクセルでは様々な意味で有名だったので一方的に知ってはいたらしいものの、当然ながらウィズさんがリッチーであり魔王軍の幹部であることは知らなかった。

ただ状況が状況なので立ち止まることはなく、ゆっくり歩きながらの対話になってはいるが。

 

「とはいえ幾分警戒しているつもりもない、話を聞く限りでは君達とはうまくやっているようだしね…ただ確認をとりたかったんだ」

 

ウィズさんに直接聞かなかったことは非常に正しい。場合によってはミツルギさんがウィズさんに剣を向けるような事態になる可能性もあるわけだ。本来なら一昨日さらっとウィズさんが話していた時にそうなっていても可笑しくはなかったのだ。だけど私達を信じてその剣を抜くことなく冷静に話を聞いてくれていたのだろう。セシリーさんだけではなくミツルギさんもまた知らなかったことはこちらとしても完全に失念していただけにミツルギさんの成長した冷静さには素直にありがたいと思えた。

 

「私に聞いてくれたのは正解です、昨日ですが私はウィズさんのことを本人から細かく聞くことが出来ました、先に言っておきますがあの人は私達の敵ではありません、リッチーとなり、魔王軍の幹部にまでなったのは真っ当な理由があります…おそらく、私が同じ境遇になった時にそうした可能性があると言えるくらいの…」

 

今の私の顔はおそらく泣きそうになっている。ごまかすように俯いたのだけど多分バレているだろう。それでもちゃんと話をしないと、と私は話を続ける。

 

「今でさえ形式上ウィズさんは魔王軍の幹部です、ですが約束してくれました、来るべき時には幹部の役割…魔王城の結界の管理を放棄するとまで」

 

「…それだけ聞けたら充分だよ、やはり君に話を聞いておいて正解だった、ウィズさん本人からも今回の事件の解決に乗り気なのは分かっているし、それなら安心して背中を預けられる」

 

何より重要なのはミツルギさんの言うこれに尽きる。疑心暗鬼な状態では土壇場になって後ろから魔法を撃たれる可能性すら考えてしまえるのだから。無論私達から見たらウィズさんがそんな事をしないのは分かっているけど付き合いの浅いミツルギさんからしたらそうもいかない訳で。魔王軍の幹部を前後から相手にする可能性など考えたくもない。

 

 

 

 

とまぁウィズさんの件を納得してくれたことで、私としてもミツルギさんには聞きたい事があったりする。

 

「ところでミツルギさん、私は本当にリーダーでよろしいのでしょうか?」

 

何せ私がリーダーというのはズルに近い事をして得た物だ、あくまで私がリーダーになりたい訳ではなく、ミツルギさんをリーダーにしない為のものだったのだけど。

 

「それはもしかしてあの時の決め方を気にしているのか?それなら僕としても誤解は解いておかないとね」

 

「えっ?」

 

当然とは思っていたものの、やはりミツルギさんはあの時の決め方はミツルギさんをリーダーにしない為だったのを見抜いていたようだ。それにしても誤解とはどういう事なのだろうか。

 

「例えあのルールに自分の名前を書いてはいけないというものがなかったとしても、僕はアリスの名前を書いていたと思うよ」

 

てくてくと、ゆっくりながら歩いていたのだけど私は足を止めた。それに合わせるようにミツルギさんもまた、私の前で足を止めて振り返る。

 

「僕がリーダーに向かない事は昔のパーティやアリスやゆんゆんと組んだばかりの時を考えたら嫌でも痛感していたよ、特に僕は周りを見ないで突き進むことが多いからね…、それで君達に迷惑もかけた。だけどアリスがリーダーになってからまだ日が浅いけどそれでも以前よりずっと動きやすくなったと思っている、やっぱり僕の目に狂いはなかった」

 

流石に褒めすぎである。私の立ち位置は後衛だからこそ冷静に後ろから物事を見ることができるからってだけだしそんな大したものではない。それに…

 

「そう思ってくださるのなら、きっと私が見てきた他のパーティリーダーさんが優秀だったのでしょう」

 

私が見てきたリーダーとは言うまでもなくカズマ君やテイラーさんだ。特にテイラーさんは半年近く一緒に組んでもらい、ダストやキース、リーン、そして私の面倒をよく見てくれていた。普段出たがりのダストやキースもなんだかんだ言いながらもテイラーさんの事はしっかりしたリーダーと認めていた。私としてはそんなテイラーさんのようになりたい…などと思った事は正直に言えば全く無い。成り行きで現パーティのリーダーとなったものの、今思えば私がリーダーなんてやってしまっていいのだろうかと思ってしまってる始末。

 

「…アリスは自分を過小評価するタイプなのかな?」

 

そんな私の気持ちを見抜いたようにミツルギさんが問いかける。心を見透かしたような言い方には少しムッとしてしまう。多分私は少し不機嫌そうな顔になっているかもしれない。

だけどそれが悪い事とは思っていないし実際自分が凄いとも思ってはいない。

 

「…評価してくださることは素直に受け止めますよ、ありがとうございます、これからも頑張りますね」

 

「気を悪くさせたなら謝るけど、僕としてはもっと自分に自信を持っていいと思うよ、そうしてもらわないと困るのもあるけどね」

 

「…困る、ですか?」

 

「当然だろう?アリス、君は僕やゆんゆんのリーダーなんだ、リーダーには自信を持ってもらいたいという気持ちは、わかってくれるよね?」

 

「…うっ…」

 

正に言われてみればと言うやつだ。私が見てきたリーダーは皆自信を持っていたと思う。テイラーさんは勿論のこと、カズマ君でさえも。カズマ君の場合自信ではなくやる気がないだけで。

確かに自分がメンバーだとしてリーダーに自信がないというのは問題がある気もする。

 

「それと、リーダーだからと気負いすぎる必要もない、今まで通りで構わないってことさ。佐藤和真でさえあの調子なんだからな」

 

「…ふふっ、確かに私としてもその方が気楽ではあります、カズマ君のことはノーコメントで♪」

 

お互いに笑い合う。カズマ君から見れば失礼な話ではあるけどそこはご愛嬌。

 

 

 

 

 

話が落ち着いたところで本題の犯人探しに移行する。セシリーさんの行動は早かったようで宿泊施設や温泉のどの入口を見てもアクア様によって描かれた似顔絵の写真がポスターのように貼られている。これなら見つかるのも時間の問題かもしれない。私は安堵していたのだけど…ミツルギさんは険しい顔つきをしていた。

 

「これは…不味くないかい?」

 

「ミツルギさん?」

 

周囲を見渡すとアクシズ教徒らしき人が厳戒態勢のように見回り、至る場所にハンスの似顔絵ポスターが貼られている。

 

「アリス、仮に君がハンスだとして、この状況をどうする?」

 

「ど、どうすると申されても…」

 

困るとしか言えない。私はハンスではないのだからわからないが、あくまで私がこうなっていると考えたらかなり絶望的な状況ではある。

 

「…そうですね、無難なのは犯行に及んでいる場合ではないので身を隠す、ですか?」

 

「それも1つの手ではあるね、もっとも僕は別の可能性を考えていたけどね」

 

「……別の可能性…?」

 

考えを巡らせる。私がハンスだったら…。アルカンレティアから逃げ出す?…違う。相手は魔王軍の幹部、もっと攻撃的な方法を取るとしたら…

 

ハンスの正体はデッドリーポイズンスライム、つまり人の姿は擬態……

 

…!?

 

 

私は思いついた答えに血の気が引くのを感じていた。自然と頬に一滴の汗が流れる。

 

「ハンスの人型は擬態…おそらく昔捕食した人間だと思う、だけどその顔がここまで割れているとなると…それを逆手にとる可能性が高い」

 

「……つまり別の人間を襲って……擬態を変えて別人に成りすます…!?」

 

ミツルギさんは無言で頷く。正直こちらとしては似顔絵を広めたのはアクシズ教徒の人達に秘密裏に知って欲しいという理由であってここまで大胆に広めるのは予想外でしかないのだ。早く見つけたい気持ちが完全に裏目に出たことになる。

 

「…まずはアクシズ教団の本部に行きましょう!ゼスタさんにこの事を…この可能性を報告しないと!」

 

「…あぁ、そうだね…」

 

ミツルギさんは苦虫を噛み潰したような顔をしている。おそらく私もだ。こちらの意図ではないものの、このような形になっているのはこちらが強引に捜索を行った結果だ。ゼスタさんからは協力を拒否されているだけに出逢い報告することは気まずさが大きいがそんなことを考えている余裕もない。

 

私達は、がむしゃらに走り、アクシズ教団の本部へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 



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episode 79 ハンス+???=???



今週分です。台風にもろに影響のある地域にいるのでやばかったです。停電しまくり…。朝になりなんとか落ち着きました。


 

―アルカンレティア・???―

 

―視点変更・ハンス―

 

俺はハンス。魔王軍の幹部でありデッドリーポイズンスライムのハンスだ。

 

計画は念入りに行われていた。

 

憎きアクシズ教団をぶっ潰す、その為に俺が組んだ計画は俺の毒を少しずつ温泉に浸透させて行くこと。それによりアクシズ教団のメインとなる財源を無くしてしまおうと。

 

まずは街の1番外れに位置する南エリアの温泉街に集中的に毒を盛って連中の目を南エリアに集中させた。これが第一段階。

 

奴らが南エリアに位置する温泉街に気を取られたらいよいよ本命だ。真逆の方角に位置する山の上にある温泉の源泉、これが俺の目的。

 

…正直に言えば当初はこんな回りくどい真似はするつもりはなかった。

だが相手はあの変態気狂い揃いのアクシズ教徒、出来れば真っ向から立ち向かいたくはない。

決して普通に戦えば負けるだとか考えている訳では無い、単純にまともに相手をしてやれるような奴らではないからだ。

 

南エリアに強めの毒を混入、注目は間違いなく南エリアに集まるだろう、そう思っていたらイレギュラーが発生した。

 

ウィズ。俺と同じ魔王軍の幹部であるウィズがこのアルカンレティアにいたのだ。

こいつは魔王軍の幹部でありながら人間共への攻撃などは一切行わない。そんな取り決めで幹部になったと聞いた。

 

……ふざけてやがる。

 

バニルといいウィズといい、人間への敵対意思ってやつが欠片も存在しない、俺はそれが気に入らなかった。

 

偶然この街に来た幹部のウォルバクもまた、俺の作戦は気に入らなかったようで邪魔はしないが手伝うこともしないと言うなり、この街を去っていった。

 

どいつもこいつも……。

 

 

 

そんなウィズがいた。まず俺への援軍って可能性はないだろう。むしろ逆。

 

こいつは幹部になる際に力を持たない人間に危害を加えたら人間側につくとまで魔王様に断言している、よってここでの俺の犯行を全て知ることになれは味方どころか敵に回る可能性は高い。

 

へっ、上等だ、邪魔をするって言うなら容赦するつもりはない。こちらは魔王軍として動いているんだ、流石に俺の邪魔をすればウィズの立場も危うくなる。返り討ちにしてやる……とは言いたいが簡単には行かないだろう。

 

あいつは同じ幹部のベルディアを一方的にのした強さを持つ。ここで力押しにしてしまえばそれこそ今までの俺の作戦が水の泡だ。アクシズ教徒だけでもできれば関わりたくないのだ、それにウィズまで敵に回すのは得策ではない。

 

だから後は北の源泉に赴き、作戦を最終段階に移行し、アルカンレティアの温泉を毒塗れにしてしまえばそれで俺の仕事は終わりだ、さっさとこんな街からはおさらばするつもりだ。

 

 

……なのだが。

 

 

いざ実行に移そうとしたら街の雰囲気が大きく変わっていた。街中に張り巡らされた俺の似顔絵描き、それも魔王軍の幹部ハンスと名前付きでだ。

 

これは一体どうなってやがる……1番大事な場面なのに気軽に街中を動くことが出来なくなってしまった。今もこうして路地裏に潜んでいる。

 

考えられる可能性としては……まず俺の正体を知っているのはウィズしかいない。くそっ…あの時顔を見られてしまっていたか。

 

同時に憤怒の感情が俺を支配する。敵対意志がないとはいえウィズは魔王軍の幹部だ、アクシズ教徒に俺の情報を流したことは充分すぎる裏切り行為でしかない。

 

こうなったら仕方ない。秘密裏に作戦を終わらせるつもりだったがバレないように北の源泉まで行くには……

 

擬態を変えるしかない。

 

ウィズにしては随分と浅はかなことをしたものだ。俺の擬態が割れたからなんだというのだ、それなら擬態を変えて警戒態勢の中、堂々と街中を歩けばいい。

 

 

 

そんな時だった。

 

 

 

 

 

 

『……ヒューヒュー……』

 

「あ?」

 

風が通り抜けるような音……いや、声が聞こえてきた。気配は全くしねぇ、こいつは一体どこから……?

 

 

俺は周囲を見渡す。誰もいねぇことは分かってはいるがそうせずにはいられなかった。路地裏に潜む俺の周囲には当然誰もいねぇ。だがそうすれば感じるものがあった。…こいつは人間じゃ…ねぇな。

 

『…こんにちわ、何処かの誰かさん』

 

「…この気配はバニルに似てんな…悪魔か?」

 

俺は人間でないことには一瞬安堵したが何故このアルカンレティアに悪魔がいる?という疑問から警戒をとることにした。まぁ悪魔がアクシズ教徒の味方の訳がねぇ、だからといってこちら側とは限らねぇ、警戒するに越したことはない。

 

『…ヒューヒュー…そうだよ、僕は悪魔、名前はマクスウェルさ、ヒュー…』

 

「…その悪魔が俺に何の用だ?」

 

間髪入れずに俺は聞いた。もしかしたら今の俺には余裕があまりないのかもしれない。だがそれを相手に読ませるわけにもいくまい。

相手は悪魔、そういった心の隙につけこむのを生業としているような連中だ。

 

『僕の目的はね…ヒュー……青い髪のプリーストが邪魔だから、始末したいんだ、そうしないと僕がアルダープに怒られちゃうからね』

 

「…まさか俺にそれをする手助けをしろとでも言うつもりか?」

 

青い髪のプリーストというのは今の所見た事はない。だがこの街ならプリーストなんぞいくらでもいる、おそらく青い髪のプリーストくらい探せばいないこともないだろう、…だからと言って、俺には全く関係のない話だ。

 

『…ヒュー……、そうしないと、アルダープのお願いが達成できそうにないんだ、そうしないと、あの子を捕まえられないんだ、ヒュー』

 

『…僕の手伝いをしてくれるなら…ヒュー…君のこともお手伝いするよ…』

 

…なんだコイツは。

 

話を聞いているとどうも脈絡がない。繋がりがない。ちゃんとした会話になっている自信がねぇ。まず俺の言葉をちゃんと聞いているのか?ただこの場所で青い髪のプリーストなんてアクシズ教徒でしかないだろう。先程思った通りだがやはり関わりたくはない。

 

…とはいえ…、渡りに船とはこの事かもしれん。

 

実際こちらとしても手助けが欲しい状況ではある。だが誰でもいい訳でもない。こいつは使えるのか?まずはそれを確認してからでも答えは遅くない。

 

「おい、つまりその、あの子ってのを捕まえたらいいだけじゃないのか?だったら勝手にそうしてりゃ…」

 

『……ヒュー…、金髪のツインテール…青い服を着た、女の子…ヒュー…』

 

「…金髪のツインテール…?まさか…」

 

もはや話が一方通行なのは突っ込むまい、言うだけ無駄と感じた。だがそれはそれとして金髪のツインテールの少女というのは覚えがあった。…確かあいつとぶつかった後にウィズが来て…

 

「…確かアリスとか呼ばれていたな…」

 

『…ヒュー…そうだよ、アリス、僕が捕まえたい女の子…』

 

まるで今思い出したといった様子の悪魔の声。それにしても回りくどい、だったら最初からそう言えばいいのだ。俺はこの声に対して終始不機嫌な感情を抑えきれていなかった。いや、あのバニルと同族の悪魔が相手だ、もしかしたらそういった悪感情が好みなのかもしれないが。

 

「…つまりだ、俺がそのアリスってガキを捕まえることをすれば、お前はその為に俺の目的の手助けをしてくれる、…そういう契約になるんだな?」

 

あえて強引に契約という言葉を紡いだ。だがそれでいい、どんな惚けた悪魔であっても何よりも契約は重んじる。あのバニルですらそうだった記憶がある。

 

実際、それを聞いたからか、声は止まった。

 

『……ヒュー……、契約、契約…!』

 

…やはりこいつはどこかネジが飛んでるんじゃねぇだろうかと不安になる。だがこうして探知しているが未だにこいつの所在が不明のままだ。正直気味が悪いのだが贅沢は言っていられねぇ。

 

「そうだ、契約だ。おい、それでいいのか?」

 

『…ヒュー…わ、わかったよ…ヒューヒュー……それで、僕は何をしたらいいの?』

 

なんだか大人しくなった気もするがその方が扱い易い。俺は密かに口角をあげていた。こいつがどの程度の悪魔なのかは知らないが利用できるのなら利用するまでだ。

 

「よし、だったら貸せる限りの力を俺に貸せ、具体的には魔力だ、できるか?」

 

『ヒュー……できる、けど、貸せるだけ貸してしまったら、僕は存在を維持するのも大変になっちゃうよ、ヒュー…』

 

こいつは限度ってものを知らないのだろうか、やはり頭の方はあまり良くないらしい。そんな様子に若干イラついたが俺は思うままに言った。…言ってしまった。

 

「あぁ!?お前はどこかに隠れたまま目的を達成しようとしているんだろう?貸せるだけ貸せ!!この巫山戯た街を滅ぼすくらいの力を俺に貸せ!!」

 

 

 

結果として……俺の意識はそこで途切れることとなった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

―アルカンレティア・アクシズ教団本部―

 

―アリス視点―

 

私とミツルギさんが教団本部に着くと同時に、めぐみんとカズマ君もまた教徒本部に到着していた。

 

「…はぁ…はぁ…アリスとみっつるぎ…その様子だとこの異常事態の深刻さに気がついたようですね…」

 

「…気付いたのはミツルギさんですけどね…、状況は?」

 

「状況も何も俺達も今ここに来たばかりだよ、だけどこの状況でどうやって…」

 

どうやって避難させるのか。アクシズ教徒のノリだとハンスの姿を見かけ次第逃げるどころか追おうとする可能性すらある。それは流石に危険すぎる。

 

「兎に角ここに来たのはその報告をする為だろう?僕達はすぐにでもこの件をここの偉い人に伝える義務がある」

 

ミツルギさんが言えば、ここまで走り息を切らしていたカズマ君とめぐみんもそれを整えて頷く。事態はいつどうなるかわからない、なら行動は早い方がいい。そんな考えから足早に建物の中に移動しようとする。

 

「おや?どうしましたか?」

 

教団本部から出てきた眼鏡をかけた女性と目が合う。私達の知らないアクシズ教徒の人なのだろうか。

 

「貴女は確かトリスタンさんでしたね」

 

「…えっと貴女は確かめぐみんさん?これはこれはご無沙汰してます」

 

おおらかに対応してくれるこの人はどうやらめぐみんの知り合いのようだ。何故めぐみんとアクシズ教徒の人が知り合いなのかはわからないが今はそんなことを気にかけている余裕は全くない。

 

「最高責任者のゼスタさんはいますか?急ぎ報告したいことがあるのですが」

 

「ゼスタ様ですか?…今日も確かセクハラにより罰を受けていると思いますよ、多分また中央の湖にでも流されているか…」

 

どうやらこんな状況でもアクシズ教はいつも通りらしい。私はそっと頭を抱えたくなった。少しは空気を読んで頂きたい。そしてさりげなく今日もと言ってまたとも言った。もはや恒例行事のようだ。

 

「そんなことをしている場合じゃないんですよ!魔王軍の幹部が!ハンスが…」

 

めぐみんがそこまで言ったところで大きな音が聞こえてきた。…この音は聞いたことがある。あれは確か王都でコロナタイトが爆発して起こった…建物が倒壊する音。

 

その場にいた全員に緊張が走る。そして見渡しのよさそうな場所に走り原因を確認すれば、見えてきたのは街の真ん中に見える大きな砂煙。そして聞こえる恐怖からの叫び声。おそらくその場から逃げている人達があげているのだろう。

 

…だが何よりも、そんな建物の倒壊よりも目に付いた存在が確かにあった。それは非常に巨大な毒々しい紫色の塊。まさしくあれはスライム…デッドリーポイズンスライム…!

 

「そんな…まさかここまで強行策に走るとは…!?」

 

ミツルギさんの言う通りこれは私達の予想の斜め上を行っている。温泉に毒をいれるなど、今までひっそりと行ってきたはずなのに何故ここにきてこんな目立つ真似をしてしまっているのか理解が追いつかない。

 

「あ…あぁ…街が…!?」

 

トリスタンさんは身震いをしながら街が崩される現状を見ているしかできない。私達もこうやってただ見ている訳にもいかない。あの大きさなら街のどこから見ても気が付く、私達の仲間ならまず駆け付けるだろう、なら私達もそれに追いつかなくては。

 

「皆さん、急ぎ向かいましょう!」

 

「…あーくそっ、なんでこんなことに…!」

 

「佐藤和真、気持ちはわかるが行くぞ!」

 

「ゆんゆんやウィズに先を越される訳には行きません!」

 

1人だけ明らかに奮起する内容が違うのだけどめぐみん故に仕方ない。私達はその場に立ち尽くすトリスタンさんを置いて、その場から現地へと向かい走り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ハンスさんの自我の出番ここで終了()


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episode 80 最悪の襲来


視点変更―無し―





 

 

―アルカンレティア・中心街―

 

その場所はアルカンレティアでもっとも華やかな場所だった。賑やかな場所だった。栄えた場所だった。

だがその姿はもはや見る影もない。あちらこちらの建物はより巨大な物体に蹂躙され、毒々しい変容を遂げる。

水の女神アクアを祀りあげたこの街のシンボルとも言える像はゆっくりと倒壊して湖に落ちて行く。

その湖もまた、巨大な物体が入ることにより澄んだ水は徐々に禍々しい青紫へと変貌してしまう。

 

デッドリーポイズンスライム。巨大な物体の正体であり現在進行形でこのアルカンレティアの街を破壊している元凶。…だが、それを行っている意思は、ハンスのものでは無かった。

 

「ヒュー!ヒュー!…凄い!凄い!言った通りだよ!こんなにも僕の大好きな絶望の感情が…!凄く美味しい!!」

 

街を暴れている理由はハンスが意思を奪われる直前のハンスの言葉にあった。

 

『この街を破壊し尽くせば、この街の奴らは絶望に叩きつけられるだろうな』

 

絶望。マクスウェルはこの言葉に過剰に反応した。

 

悪魔は人間などの悪感情を主食としている。その好物は悪魔によって違う、バニルなら羞恥、怒りの感情。だからこそバニルは人間を殺さない、おちょくったりからかったりすることでその好物を得る事にしている。バニルにとってこんな簡単な事でなによりのご馳走が食べられるのだ、よってバニルにとって人間とは美味しいご飯製造機なのである。

 

しかしマクスウェルの好物は絶望。希望を絶たれたその感情こそ、マクスウェルのなによりの好物。

これは人間にとって危険なものだ。絶望なんてものをするとしたら大切な人、家族、友人、あるいは自身の命が奪われること。あるいは今のように自分の住む場所を破壊された時などだろう。

 

自身の好みの感情を得られたマクスウェルはまるでおもちゃを与えられた子供のように無邪気にはしゃぎ、より多くの絶望を求めて街を破壊する、蹂躙する、倒壊させる、それにより得られた絶望を食す。

マクスウェルはハンスの最後の言葉だけを信じ、頼りにして次々と建物を破壊していく。既に何件が壊されてしまっただろうか。建物によっては中で火を扱っていたのかもしれない、煙があがりやがて火がつくものもあった

 

「ひどい…こんなことって…」

 

「まさかハンスさんがここまでの暴挙に出るなんて…」

 

そんな現場に1番に駆けつけたのはゆんゆんとウィズの2人だった。偶然ながら近くをいた2人は騒ぎとハンスの姿を確認するなり急いで駆けつけたのだが間に合わなかった。だが不幸中の幸いと言うべきなのか、2人が見る限り死者はいないようだ、少なくとも2人が見る限りでは倒れている人などは存在しない。…人その者がハンスに丸呑みされて跡形もなく消化された可能性はあるが。

 

「ゆんゆんさん、これ以上好き勝手をさせる訳には行きません!2人で足止めをしましょう。氷の魔法は使えますか?」

 

「わ、わかりました…!やります!」

 

ウィズの声にゆんゆんはその正義感からすぐに動揺を押し潰し、2人ともに魔法の詠唱を開始する。とはいえ巨大すぎる故にハンスそのものを完全に凍らせることは不可能だろう。ならばやることはハンスの足元を凍らせて行動を阻害する。

 

「「フリーズ・ガスト!!」」

 

2人揃っての上級氷魔法。それはゆんゆんの杖から、ウィズの手からそれぞれ射出され、ハンスの足元を覆うように小規模なブリザードとなって広範囲に渡り襲いかかる。数多もの氷の礫が襲いかかるが、ハンスの身体はそれを捕食するように吸収してしまった。

 

「…ヒュー?……寒い、寒いよ、君達がやったのかな?ヒューヒュー」

 

巨大な禍々しい物体がゆんゆんとウィズの方に振り向く。目はあるように見えないが、その大きな牙を見せた口がその面が顔なのであろうと思わせる。

 

「…そんな…全然効いてません…!?」

 

ゆんゆんは焦燥しながらもフリーズ・ガストを連続して放つが効果はない。それよりもウィズには違和感があった。まず自分に気が付いても何も反応を見せない、それ以前に自分の知っているハンスの声と口調ではない。

 

「貴方は何者ですか!?ハンスさんではありませんね!?」

 

「ヒュー…僕の名前?僕はマクスウェルだよ…ヒューヒュー…それより…」

 

食事の邪魔だよと言い続けると同時にマクスウェルは動き出す、そのデッドリーポイズンスライムの巨体を飄々と揺らめかせて、まるでプリンのように揺れながら、街の破壊を再び続けようとして、止まった。

 

「……そうだ、君は確かあの子と一緒にいた子だね、ヒューヒュー」

 

「…あ、あの子…?」

 

スライムの顔面らしき箇所はゆんゆんに向いた。さっきから氷魔法を喰らい続けているのにまるで団扇で仰がれているかのような平静さには心が折られそうにすらなる、そんな中でゆんゆんは目を付けられた。ゆんゆんが恐怖に震えるのも当然と言えた。何よりもあの子と表現したのは誰なのか、それは推測するに難しいことでもない。ゆんゆんが多く一緒にいる人物となれば真っ先にアリスが浮かび、次点でめぐみんといったところか。どちらにせよこの怪物が何故自身の多くはない友人のことを知っているのか。

 

そんな恐怖から、ゆんゆんは反射的に違う魔法を詠唱した。フリーズ・ガストで駄目ならば、更に上の魔法を使えばいいだけだ。範囲こそフリーズ・ガストには劣るものの、威力そのものはそれよりも上だと確証していた。

 

「…カースド・クリスタル・プリズン!!」

 

量より質を。そんな想いでゆんゆんが放ったもう1つの上級氷魔法は明らかに先程のフリーズ・ガストより威力は上だった。足元を狙った氷の礫は確かにその一部分を凍らせて動きを鈍らせていた。その結果を見てウィズも続いた。

 

「その若さでそこまでの上級魔法を…流石王都で活躍しているだけありますね…カースド・クリスタル・プリズン!!」

 

そんな状況ではないと分かっていながらもウィズは複数の上級魔法を使いこなすゆんゆんに関心を示していた。彼女はまだ14歳、自分が王都で活躍していたのはもう少し上の年齢になってからの話だ。その魔法の威力からしても今のゆんゆんは当時の王都で活躍していたウィズとそう変わらない強さを持っているように思えたのか、ウィズはそれを見て決意を新たにした。

 

(…紅魔族とはいえ、若くして素晴らしい才能です…だからこそ…万が一にもこんなところで果てさせる訳には…、彼女は私が守らないと…!)

 

2人のカースド・クリスタル・プリズンは先程のフリーズ・ガストよりも明らかに効果はあった。ダメージの有無こそは見た目からは判別が難しいが動き辛そうにしているのは明らかだ。確かな効果を実感したことで、2人は上級魔法であるカースド・クリスタル・プリズンを連発していた。

 

「ヒューヒュー…どうして邪魔をするの?僕はただ食事をしたいだけなのに…」

 

飄々としていた声のトーンが変わった。例えるならそれは何も知らない無邪気な子供から、自分が絶対に正しく相手が絶対に間違っていると確信しているような覇気を込めた声。

これまでの相手とは全然違う。この時ゆんゆんは震えながらもそう感じていた。魔王軍の幹部との戦いはこれが2度目ではあるがバニルの時とは状況があまりにも違いすぎた。味方は現状ウィズのみ、バニルとは違い今回の相手は本気でこちらを殺してくるであろう敵、そして今まで見たこともないようなこの巨体。どうやって普通の人間のサイズに擬態できていたのかなど現実逃避めいたことまで考えてしまえる巨大さ。

 

それでもゆんゆんは恐怖はするが絶望はしていない。今隣にいるウィズが頼りになることもあるがそれ以上に自分の信じる仲間達の頼もしさを知っているから。

対バニルで一緒になったカズマやダクネス。ライバルであり友人のめぐみん。ゆんゆんはまともにパーティを組んだことは今のところはないのだが親友であるアリスが常に尊敬していることからきっと凄い人なのだろうと思われるアクア。

そして本来の自分の固定パーティにして魔剣の勇者ミツルギ、蒼の賢者と呼ばれるゆんゆんにとってもっとも大切な相棒のアリス。

自分の周囲にはこれだけの頼りになる仲間が、友達がいる。そう思えばゆんゆんはかつてないコンディションを発揮していた。

勝負ごとのことなど既に頭にはない…、とは言うものの、いくらウィズと一緒とはいえ2人だけで倒す事は不可能だと確信もしている。

 

「壊すだけじゃなくて、誰かを殺して得る絶望も食べてみたいな…!」

 

その巨体が大きく震えればスライムの肉片のような毒々しい大きな物体が飛来してくる。それをウィズもゆんゆんも回避しながら上級氷魔法を使い足止めに徹する、これ以上被害が出ないために。

 

そう、足止めなのだ。これだけの巨体。街のどこから見ても気がつくだろう。ならば頼りになる仲間達が揃うのを、ゆんゆんは必死になって待っていた。

 

「私には…大切な、頼りになる、お友達がいっぱいいる…!だから…怖いけど……」

 

次々と飛来する毒々しい肉片。触れたら1発でアウトなのは見た目からして明らかだった。実際その肉片が落ちた場所の植物はまるで酸にでも溶かされたようになり生気を失い枯れていた。普通なら絶望しか見えない。だけどゆんゆんは諦めなかった。

 

「怖いけど…!絶対に諦めない…!」

 

「ゆんゆんさん…!」

 

それでも気持ちだけ先行してなんとかなるほど戦いは甘くない。それはウィズが1番よく知っていた。気持ちだけで魔王軍の幹部を倒せるならかつて人間だった頃の自分が成し遂げている自信すらある。そんな経験からウィズは今のゆんゆんを危うく感じていた。

 

瓦礫で足場が悪く動きにくさもあった。そんな足場の悪い場所で動けば焦燥感も合わさって、疲労度合いは通常以上に蓄積されて行く。攻撃はウィズよりもゆんゆんの方に多く流れているように見受けられた。

 

そして…ウィズの不安は的中することになる。

 

「ゆんゆんさん!危ない!」

 

「…っ!?」

 

死角からの肉片の砲撃がゆんゆんに襲いかかる。それは空から影を作ることでゆんゆんも察知はしたが反応が遅れてしまった。だが普通に回避できれば紙一重でならなんとか避けられる距離でもあった。

 

「…ゆんゆんさんっ!?」

 

「あ……」

 

そのタイミングでゆんゆんは瓦礫に足をとられて転倒してしまう。ウィズは慌て傍に向かおうとするも別の肉片が飛来してきてゆんゆんの元へと行かせてくれない。

 

「ヒュー…!ヒュー…!これで君達の絶望が食べられるんだね…!」

 

その瞬間にゆんゆんの目に光はなかった。こんなところで終わってしまうのかと半ば諦めたような表情をしている。嫌だ、こんなところで死にたくない、そんな感情から目にはうっすらと涙が滲んでいた。

 

その瞬間だった。

 

 

「……ヒュー…?」

 

「…………え?」

 

一瞬時が止まったかのような感覚がその場の全員に襲っていた。見ればゆんゆんの周囲にはゆんゆんを守るかのように球体の光の壁が設置されている。ゆんゆんは勿論、ウィズにもこんな魔法は使えない。ならばそれは第三者による援護と答えを出すことは容易なことだった。

 

「ふむ、どうやら間一髪だったようですな」

 

ザッザッと瓦礫の上を歩く音とともに姿を見せたのは…司祭服を身にまとった初老の男性。ウィズはその人を見るなり顔を引き攣らせ、ゆんゆんも内心微妙な顔をしたかったのかもしれない。

 

「アクア様のお膝元、水の都アルカンレティアを守る為、今ここに我らアクシズ教団が参りましたぞ…!」

 

この男性こそアクシズ教団の最高責任者ゼスタである。見ればゼスタの後ろには何人ものアクシズ教徒が徒党を組み、それぞれ武器を持ち構えていた。

 

 

 

「「「悪魔滅ぶべし!!魔王しばくべし!!悪魔滅ぶべし!!魔王しばくべし!!」」」

 

 

 

 

 

 

 




アリスちゃんだと思った?残念、ゼスタ様でした!!


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episode 81 アクシズ教徒の底力


シリアス戦闘にならないのがこのすばクオリティ


 

―アルカンレティア・中心部―

 

悪魔滅ぶべし!

 

魔王しばくべし!!

 

その掛け声は怒号のように周囲に響き渡る。ふと落ち着けたゆんゆんが周囲を見渡せば、ゼスタの背後にはセシリーは勿論のこと、10や20では収まらない数のアクシズ教徒らしき人々が見受けられる。これにはゆんゆんもウィズも盛大に面食らうことになる。確かに中にはプリーストのような様相の者もいる、しかし見る限りでは集まったアクシズ教徒の8割ほどは冒険者でもないこの街の住人にすぎないのだ、相手は魔王軍の幹部、死にに来たようなものである。

 

「ゼスタさん!どうして……っいった…!?」

 

どうして街の人を連れて来たのか、そう聞こうとしたところでゆんゆんは足首に激痛を感じて起き上がろうとしたもののすぐにしゃがみこんでしまった。それにすかさずゆんゆんの傍に来て半座りの状態で足に手をかざすセシリーの心配そうな表情がゆんゆんの目に入った。

 

「その…ごめんなさいね。貴女達のこと、全部ゼスタ様に話しちゃったのよ」

 

「全く…セシリーさんには困ったものです、スパイだなんてそんな面白そうなことをしていたとは。実に羨ましい!」

 

「…えぇ!?怒る箇所そこなの!?」

 

思わず敬語も忘れてゆんゆんは突っ込んだ。妙に真面目にこの件に取り組んでいたように見えていたのでゆんゆんは忘れていた。この人達がアクシズ教徒であったことを。

 

「動かないで、これでもプリーストだから、私でも治療くらいはできるのよ…ヒール」

 

セシリーはゆんゆんを宥めるように諭すと同時にかざした手からは淡いエメラルドグリーンの光がゆんゆんの足を癒していく。次第に痛みが引くことをゆんゆんは感じ取ると光は消えていく。

 

「とりあえずこれで歩けるとは思うけど…、貴女は下がっておきなさい?」

 

「そ、そんな!?待ってくださいセシリーさん!相手は魔王軍の幹部なんですよ!いくらなんでも無茶ですよ!」

 

「あら?ゆんゆんさんがそれを言うの?紅魔族のゆんゆんさんが?」

 

「……ど、どういう意味ですか?」

 

ふふっと笑みをこぼすセシリーはそのまま立ち上がるとじっとデッドリーポイズンスライムを睨みつける。その瞳にいつものお気楽な感情はない。自分達の街を破壊されたことによる憤怒の感情はセシリーだけでなく、周囲に集まっているアクシズ教徒のどの目にも現れていた。そんな目を見てゆんゆんは何も言えずにごくりと唾を飲み込んだ。

 

「紅魔族はアークウィザードの集まりだとしたら、私達アクシズ教徒は優秀なプリーストの一団でもあるわ、ましてや相手が悪魔なら、余計に私達の出番よ」

 

「あ、悪魔って…確かに毒々しい見た目で魔王軍の幹部ですが…あれはスライムですよ?」

 

街に被害をもたらす魔物という点ではどちらも変わらないのだがセシリーはあの姿を見て悪魔とはっきりと言った。それがゆんゆんにとっては不可解でしかなかったが、同時にゆんゆんは思い出した。対峙した時のウィズの言っていたことを。…流石にそのことを口に出す訳には行かないが。

 

ウィズが言うにはこのデッドリーポイズンスライムのハンス、ウィズの知る声や口調ではないという。ならば信じ難いことではあるが、ハンスの身体が別のナニカに乗っ取られているという可能性。そしてセシリーが言う悪魔。プリーストなだけあって悪魔云々には敏感なのかもしれない、ウィズがリッチーだということには今のところは気が付いてないようだが。

 

つまりハンスは悪魔に取り憑かれているということになり、そうだとすれば色々と納得もできる。今までひっそりと行動していたのがここに来ての大暴れなのだから、これは流石に同一人物の行動とは考えにくい。

 

その結論はより恐怖を引き立てる。取り憑いた相手が相手だ。まさか魔王軍の幹部の身体を乗っ取ってしまえるほどの悪魔がいるとは。そう思えばある意味普通に魔王軍の幹部と戦うよりもよほど厄介な事態である可能性すら出てくる。

 

「ヒューヒュー…人がいっぱい…ヒュー…だけど…気に入らない…ヒュー…」

 

「おや?何が気に入らないというのですか?貴方の御相手をさせて頂く為だけにこうやって集まったというのに」

 

魔王軍の幹部、その巨大なデッドリーポイズンスライムを前にしてもゼスタは余裕をもって話している。恐れなどはまるで見受けられない、まるでいつも通りな様子のゼスタを見てゆんゆんは静かに驚いていた。

 

「何をしているんですかゼスタさん!はやく皆さんを連れて避難してください!貴方や一部のプリーストさんはまだしも.、見る限り一般の方もいらっしゃいますよね!?」

 

ゆんゆんの言い分はまともな神経を持った人間であれば当然の思考である。何度も言うように冒険者でもない一般人がこの場にいることは自殺行為以外の何物でもないのだから。いくらアクシズ教徒とはいえその辺の常識は当てはまるはずである。

 

そう、まともな神経と思考を持った人間ならの話である。

 

「何か勘違いしてらっしゃるようですな」

 

「アクシズ教徒は…!!死ぬ事など恐れない!!」

 

「…っ!?」

 

怒号のように雪崩込む叫びにゆんゆんは唖然としてしまった。今目の前には魔王軍の幹部が街で大暴れしている最中だというのにそんな恐れは微塵も見えない。確かに暴れた当初にいた人達は巨大なモンスターに街を破壊され恐怖に震え、悲鳴をあげて逃げていたのだが今ここに募ったアクシズ教徒は違う。

 

「アクシズ教義にもあります、アクシズ教徒は死ねばアクア様が出迎えてくれて、この世界とは違う世界、ニホンというところに転生させてくださるそうです。その世界の文化はとても素晴らしいもので…」

 

「私のような幼女好きでも!!」

 

「僕のような女の子に興味ない男も!!」

 

「そう、特殊故蔑まされてきた私達が当たり前のように暮らせる場所、それがニホンだと伝承にあります!!ですから我々は死など怖くはないのです!!」

 

「「「うおおおおおおっ!!!」」」

 

再び怒号のような声があちこちからあがる。今ここに実際の日本出身であるカズマ、ミツルギ、アリスがいれば否定したい事山の如しだろう。

それでも、それを信じるアクシズ教徒達は希望に満ち溢れていた。その目には、その心には、その有様には絶望など全く見受けられない。

 

 

 

「……ヒュー…ヒュー…、その感情…僕は…嫌いだよ、吐き気がしてくる…ヒュー…」

 

希望。絶望とは真逆ともとれるその感情は、マクスウェルから見れば不快だったのかもしれない。表情はわからないが声からは苦悶しているようにも聞こえる。

 

「おや、お気に召さなかったようでそれは申し訳ない、…ですがアクシズ教徒として悪魔を悦ばせる訳にもいきませんので…」

 

ゼスタはふと片手をあげて合図する、すると同時に街の住人からは次々とポーション瓶が投擲されて行く。それはあちらこちらから雨のように降り注ぎ、マクスウェルにぶつかって瓶の中身がスライムに侵食されていく。

 

「……っ!!??何だいこれ…?いたい…いたいよ…!」

 

声だけ聞けばよわよわしい子供のような声に聞くだけなら罪悪感が生まれそうになるのだがアクシズ教徒は容赦なく次々とポーション瓶を投げつける。

 

「いかがですかな?この水の都アルカンレティアの名産品、アクア様の加護を得た特別製の聖水は」

 

ポーション瓶の中身はアルカンレティアで一般的に普及している聖水、水の都を謳うだけあってかなりの量があるようだ、降り注ぐポーション瓶の雨はまだ収まりそうにない。ゆんゆんはふと危機感を感じてウィズに目を向ければ、ウィズははやいうちにポーション瓶の巻き添えにならないように後方に避難していた。仮に聖水をかぶって浄化されかかったりでもしたら、正体がバレるのと聖水自体での浄化の危機と2つの面で大ピンチになってしまうだけあって無事な様子でいるウィズを確認するなりゆんゆんは軽く安堵した。

 

そんなポーション瓶の雨が続く中、ようやく他の面々も姿を現した。

 

「ゆんゆん!大丈夫ですか!?」

 

「っ!…アリス!…うん、私は大丈夫…ゼスタさんが助けてくれて…」

 

しゃがみ込んだままだったゆんゆんにアリスは駆け寄り、一方一緒にいためぐみんはゆんゆんの無事を目で確認するなりポーション瓶を投げつけられている巨大なスライムを凝視していた。そんな様子を見たカズマはジト目でめぐみんに忠告する。

 

「おい、めぐみん。言っとくがこの街中で爆裂魔法は使えないからな?」

 

「……わかってますよ、街が破壊されてしまうだけでなくあのスライムの肉片が街中に散らばってしまいそうですからね」

 

「しかし厄介なことはそれだけじゃないぞ…うかつに触れられないのなら、僕のような接近戦主体だと厳しいものがある」

 

「……うかつに触れられない…か。……まさかあいつ…」

 

「…どうした佐藤和真?」

 

何を思ったのか、突如顔色が悪くなるカズマにミツルギは不思議そうに首を傾げた。それを聞いていたアリスやゆんゆん、めぐみんは察する。触れるだけで死に至る猛毒、そんなものが目の前にある。ならば『私』は耐えることができるだろうかとウキウキしながら接近してしまう性癖の持ち主が身近にいるではないか。そう思えばミツルギ以外の面々もまた微妙な顔をしてしまうのは仕方の無いことだ。

 

「…いや、そんなことよりダクネスとアクアはまだ来てないようだなって思って…」

 

「ですが待っている余裕はありませんよ、今は聖水のおかげで動き自体は抑えられているようですが…媒介がスライムだからかダメージ自体はそこまででもなさそうですし」

 

アリスが告げるように、確かに弱々しい声をあげてはいるが見る限りでは致命傷には程遠い様子だった。あくまで時間稼ぎでしかない、がアリス達一同の見解だ。ならば街と住人の被害を抑えつつ討伐する策を思いつかなければならない。

 

…とはいえ、被害を抑えつつ攻撃できるうってつけの存在はパーティにしっかり存在している。カズマでなくてもそれに思いつくなりメンバーの視線はアリスへと集中する。…めぐみんだけは微妙な顔をしていたが。

 

「めぐみん、その目はやめてください。勝負云々はまた次の機会にすればいいじゃないですか」

 

「なっ!?そ、そっちこそその大人の対応をやめてもらおうか!!これじゃ私が聞き分けのない子供みたいではないですか!?……おいカズマにゆんゆん、言いたい事があるなら聞こうじゃないか」

 

いや聞き分けのない子供だろ?という視線はカズマとゆんゆんからごく自然と出てしまっていた。日頃の行い故に仕方ないことである。

 

「相手はジェル状のスライムだ、なら氷魔法で凍らせたらいいんじゃないか?」

 

「それなら私とウィズさんでやりましたけど…あまり効果がなかったんですよね……でもアリスのあの広域魔法ならもしかすると…」

 

「…《バースト》ですか。分かりました、やってみましょう…」

 

「おいこら、私を無視しないで頂きたいのですが。聞いてるのですか!?」

 

めぐみんの猛抗議を横目に、アリスは青く輝く魔晶石を杖にはめ込んだ。そのアクアから賜った魔晶石は相変わらず青く美しく光輝いている。やはりアクアを讃える信仰の場なだけあって力が貯まりやすいのだろうか。その輝きにはアリスも自身の魔法へと期待を込めた。

 

「……あれは…?」

 

聖水の入ったポーション瓶の雨に気を取られている今がチャンス。そう思いアリスはデッドリーポイズンスライムに向くがそこには先客がいた。

 

…そこにはポーション瓶にぶつかり、どこか嬉しそうにしながらも剣を抜いて間近で対峙する1人のクルセイダーの姿が。

 

「「「ダクネス!?!?」」」

 

 

 



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episode 82 多分貴女はアクシズ教徒になるべきじゃないかな


遅くなりましたm(*_ _)m


 

―アルカンレティア・中央広場跡地―

 

跡地。街の中心部に位置するこの場所はアルカンレティアでもっとも人々が集まる場所だった。

アクシズ教のシンボル、女神アクアの像は倒壊して毒々しい色に変貌した湖の中に倒壊してしまっている。

通常の宗教の信徒であればこれほど絶望することはない。…ないはずなのだ。実際に街が破壊された直後、その場にいた街の住人の心境は絶望に包まれた。それをマクスウェルは満足しながら食した。

 

だが今集まったアクシズ教徒の精鋭達にその色は見えない。どんな窮地に立たされようと見ているのは希望と欲望、そして女神アクアへの信仰心。

 

今この場にいるアクシズ教徒の中には確かに戦力にならないような一般人もいる、子供もいればお年寄りさえも存在している。

 

ゼスタはそれを分かっている上で、彼らをこの場に連れてきた。それは一般的な思考で考えなくても無謀、自殺行為でしかない。

今なお続く聖水の入ったポーション瓶の投擲はそんな力を持たないアクシズ教徒によるものだ。

 

そして力を持つプリースト部隊や少数の冒険者はそれぞれ武器を構えてゼスタの指示を待つ。

 

そんな中…、デッドリーポイズンスライムの眼前には1人のクルセイダーが1人、白銀の剣を抜いて両手で持ち、構えていた。

 

「この街の人々は私が守ってみせる!!私はエリス教徒ではあるが…本来女神アクアと女神エリスは先輩後輩の間柄という言い伝えもある、そしてどちらにとっても悪魔は忌むべき存在…ならば共闘することをエリス様も認めてくださるだろう…」

 

金髪のクルセイダー、ダクネスは決意の眼差しを向け、そして叫ぶ。

 

「さぁ来い!!お前の毒とやら、この私に通じるかどうか試してみるがいい!!」

 

「…ヒュー…また1人増えたね…その感情は…僕の好みじゃないよ…」

 

また1人絶望とは程遠い者が現れた。マクスウェルの声からは不愉快そうな感情を誰もが感じた。そしてその声にもっとも反応したのは…アリスだった。

 

「ちっ…ダクネスのやつ……おい、アリス?どうした?」

 

舌打ちしながらも最前線にいるダクネスの存在に心配しながらもカズマはアリスの異変に気が付いた。カズマだけではない、ゆんゆんやめぐみん、ミツルギも同様に。

 

アリスはマクスウェルの声を聞いた瞬間小刻みに震えていた。表情から伺える感情は恐怖。水の魔晶石をセットした杖を両手で握りしめるがとても落ち着いて詠唱できそうにはない。

 

「…アリス…?」

 

ゆんゆんにはその震え方に見覚えがあった。それはホテルで目覚めた時の怖い夢を見たと震えていたアリスそのままだったのだから。

 

「なるほど、あれの中身がアリスを狙ってた悪魔って訳ね」

 

「…っ!?」

 

何も言えずにいたアリスの代弁の言葉はいつの間にやら背後にいたアクアだ。よくよく考えればダクネスが今ここにいるのなら共に行動していたアクアがいることは何もおかしなことではない。

 

「アリスを狙っていた…?」

 

「悪魔だって…?」

 

再読するようにアリスに目を向けたのはゆんゆんとミツルギ。アリスのパーティメンバーの2人だった。

 

アリスは結局悪魔の事どころか狙われていることすらアクア以外の誰にも話していない。もっともアクアの場合話すまでもなく気付かれたことでやむを得ず話したので可能ならばアクアにすら話すつもりもなかった。

以前王都でアイリスとともにいた時に狙われたのもアイリスが狙われたものであるとゆんゆんは認識している。あれがアリスが狙いだったと知っているのはアリスとバニルだけである。

だからこそ2人の表情は深刻なものだ、アクアが告げたことで今それを知る事になったのだから。

 

「…色々話したいことはあるかもしれないけど、終わってからの方が良さそうだな」

 

カズマがそう言えばミツルギとゆんゆんはすぐにマクスウェルへと向き直る。だが深刻そうな表情は変わらない。それはどこかショックを受けているようで、俯いたままのアリスはその顔を見るのが何よりも怖かった。

 

「…そうだな、話は終わらせてからでもできる。僕はダクネスさんを援護しに行くよ、いくらクルセイダーとはいえ1人では危険すぎる」

 

「で、ですがそれだとミツルギさんも……あっ、ミツルギさん!?」

 

ゆんゆんが止めようとするも言うよりも早くミツルギはダクネスの元へと走って行ってしまった。そんな中、アクアはゆっくりと背後からアリスに近づいてそっとその肩に手を置いた。

 

「……」

 

「ほら、何をくよくよしてんのよ。ずっと退治しようとしていた悪魔が今目の前にいるんだからっ!」

 

アリスとしては呆気なく暴露したアクアに対して何かを思っている訳では無い、どの道悪魔に狙われていることはこの旅行が終われば話すつもりだったのだ。なら今目の前にその対象が現れたことで順序が変わってしまうのもまた、仕方ないことだ。

 

…だが結果的には、形式的にはアリスが隠し通しているのをアクアが教えた形になってしまった。今のアリスにはミツルギやゆんゆんの気持ちが、憤りがよく理解できていた。何故話してくれなかったんだと、何故頼ってくれないのかと、僕は、私はアリスの仲間なのにと。

そんな2人の想いは何をするまでもなく雰囲気でアリスに伝わっていた。実際逆の立場ならアリスだってそう思うだろう。だからこそアリスは今の心境がとても苦しいものだった。

 

「でも、アリス…私も、アリスの気持ちはよく分かるから」

 

「…ゆんゆん?」

 

そんな心境を察したのか、ゆんゆんが落ち着いたように優しく告げた。実際ゆんゆんがアリスの立場だとしても同じことになる可能性は高いと思えたのだろう。今までここまで大切に思う友人や仲間は彼女にはいなかった。だからこそ、今いるそれらを大切にしたい、危険な目に合わせたくない、それが自分のせいでなら尚更のことだ。そんなゆんゆんの想いはこれ以上語る事がなくてもアリスに伝わってくる。

 

だが今は悠長にその話をしている場合でもない。そんな想いもまた、アリスに届いたことでアリスは重苦しかった空気を払拭することができ、ゆっくりながら俯いた顔をあげていた。

 

そうだ、今は目の前の敵をなんとかしなければ。考える事も謝る事も後でも可能なのだ、だけどここで万が一の事態になればそれも叶わぬ事となってしまう。それはアリスにとって何よりも耐えられない事。

 

立ち直ったアリスを確認したように、カズマはふっと笑う。それは安堵から出た溜息のようにも聞こえるがどちらでも良かった。それが自分達が動く合図なんだと、メンバーの誰もが思ったのだから。

 

「よし、やるぞお前ら!!」

 

カズマの掛け声で、そのメンバーは想いのままに行動を開始した。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

そしてマクスウェルが操るデッドリーポイズンスライム。ダクネスは見る限りでは大ピンチとなっていた。防御極振りのクルセイダーということもあり、簡単に毒を喰らいその場に倒れるようなことはないものの、マクスウェルは腕のようなスライムの物体を振り回し、ダクネスへと襲いかかる。

 

「ヒュー…すぐに君の感情も僕の好みにしてあげるからね…」

 

「貴様の好みの感情が何なのかは知らぬが…この程度でこの私を止められると思うな!さぁ来い!私が全て受け止めてやる!!」

 

勢いはあるものの、マクスウェルの攻撃によりダクネスは押されていた。スライムの流動する腕はかなり太い鞭のようにダクネスを殴りつける。ぶつかる飛沫によりダクネスの髪の1部や露出部分の皮膚は火傷のように荒れる。本来ならその程度で済む訳がないのだがそこは流石クルセイダーといったところなのか。

 

「…確かに彼女が言うように、アクア様とエリスは先輩後輩という言い伝えもあります、いいでしょう…皆、ここはあのエリス教徒のクルセイダー殿と共闘といきますぞ!今支援魔法を!」

 

「お構いなく!!」

 

「えっ」

 

即答。即答である。予想外のこれには流石のゼスタも唖然としてしまう。少なくとも拍子抜けした声を出してしまうくらいには。

まさかエリス教徒故にアクシズ教団の力など借りないとでも言いたいのだろうかとゼスタの脳内に一瞬過ぎるもののすぐに否定する。アクシズ教団を嫌っているのならそもそも身を呈して強大なモンスターの前に立ちはだかるだろうか?それに女神アクアと女神エリスは先輩後輩の間柄だと言ったのは他でもない彼女自身なのだ。こちらの支援を断る理由が皆目見当もつかない。

 

そんな思考を働かせている間もマクスウェルによる攻撃は止まらない、先程見せた肉片による爆撃だ。それはダクネスよりも、アクシズ教徒へ向けて多く放たれていた。

 

「させはせぬ!!人々を護ることこそ…騎士としての使命!そこにエリス教もアクシズ教もあるものか!」

 

「!!」

 

ダクネスはアクシズ教徒の人達に向けて放たれた肉片をその両手で持った剣でガードして強引に払い除ける。だが一瞬着弾した結果肉片は弾き、飛沫となって再びダクネスを襲う。それはダクネス自慢のアダマンタイト製の鎧ですら焦がし、金属が灼ける異臭を引き起こしていた。

 

「ダクネスさん!僕も助力します!2人で引きつければ…」

 

「お構いなく!!」

 

「……え?」

 

これは危ないとミツルギが駆け寄ったがダクネスは変わらない。ミツルギの存在に気が付いたのか、マクスウェルは即座に攻撃対象に加える。そして鞭のようなスライムの腕はミツルギに襲いかかるがダクネスはすぐさまミツルギの盾となるようにそれを鎧で受け止める。無理が祟ったのだろう、既にアダマンタイト製の鎧はヒビが入ってしまっている。

 

口調、行動、それらは正しく模範となるような騎士そのものだ。実際何も知らない人はそれに心打たれている。

 

勿論実際には違う。それはダクネスの顔を見れば一目瞭然である。恍惚とした表情ははっきり言って人様に見せられたものでは無いのだがアクシズ教徒やミツルギには背を向けている為にその表情は見えない。

 

(なんて立派な人なんだ…この騎士としての在り方…人を護りたいという想い…)

 

ミツルギは深く関心を示したがそれでもダクネス1人に任せる訳にも行かない。この水の女神アクアから賜った魔剣グラムならば斬れるはず、と根拠の薄い自信からマクスウェルへと斬り掛かる。

 

一方アクシズ教団の方々は、というと。

 

「あの人は先日見かけたイケメン勇者様!!」

 

「私が彼を援護するわ!!」

 

「だから年増は下がってなさいよ!!ここは私が支援魔法を!!」

 

「誰が年増よ!!あんたにだけは言われたくないわ!!」

 

パワフルなプリーストのお姉様方による魔剣の勇者への支援争奪戦が繰り広げられていた。ひと幕開けて駆けつけたアリス達一行ではあるがここでアリスが支援してしまったらどうなるだろうか、考えるだけでも恐ろしい。

 

「あのドM…!相変わらず無茶な突撃しやがって…!」

 

「こんな時でもアクシズ教はいつも通りなのですね…とりあえず支援はあの方々に任せて私は攻撃に集中しますか…ゆんゆん、ウィズさん」

 

「うん、まだ魔力は残ってるわ!」

 

「私も問題ありません」

 

頼もしいゆんゆんとウィズの言葉にアリスは詠唱にはいる。リボン状の魔法陣がアリスの周囲を駆け巡ると杖に装着された青い魔晶石は眩いばかりの輝きを見せつける。それは何よりも目立って背を見せるダクネスとミツルギ以外の全ての視線がアリスに集中していた。

 

「…ヒュー…君は…やっと見つけた!!ヒューヒュー!」

 

「…っ!?…私は…貴方なんて知りません…!!水の女神の力の元に、今全てを凍てつかせろ!!《エターナルブリザード》!!」

 

勿論アリスは知っている。その声は夢で聞いた少年のような声。アリスが青く輝く杖を掲げれば、それは恐怖を払拭するが為のように放たれた。氷河期の訪れを想起するがごとく極寒のブリザードがマクスウェルを、アリスの視界に映る周囲の全ての人々を襲う。

これにはアクシズ教徒達も驚きを隠せない。自分達もまたブリザードの直撃を受けているはずなのに凍るどころか全く寒さを感じないのだから。

 

「…何これ…?アリスのこの魔法は見た事あるけど威力が以前と全然…」

 

「ゆんゆんさん、私達も!《カースド・クリスタル・プリズン》!!」

 

「…っ!は、はい!《フリーズ・ガスト》!」

 

もはや助力は不要なのではないかと思わせるほどの猛吹雪。それに続くようにウィズとゆんゆんの上級氷魔法はマクスウェルへ向けて放たれた。

範囲も距離も今までの比較にはならない。

 

「…寒い…寒い…寒い…さ……む……」

 

うわ言のように呟かれた少年の声はやがて終わりを告げた。魔法が終わりを告げれば見えたのは巨大な氷のオブジェへと変貌を遂げたデッドリーポイズンスライムの姿があったのだから。

 

 

 

 

 



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episode 83 水の女神アクア




かなり遅くなりました。不定期なのは変わりませんがちょくちょく書いて行きたいとは思ってます。


 

 

 

それはあまりにもあっさりと、呆気ない幕切れだった。例えアクシズ教団がどれだけいても、女神アクアがいるとしても、魔剣の勇者がいたとしても、過去に他の魔王軍幹部や機動要塞デストロイヤーを撃破した佐藤和真パーティがいたとしても、この戦いは簡単には終わる事はないだろう。まず長期戦を覚悟してこの場にいた誰もが君臨していた。

 

それがどうだろう、アリスが唱えたたった一つの魔法によりマクスウェルの操るデッドリーポイズンスライムはものの見事に巨大な氷像のオブジェへと変貌を遂げていた。

 

「……えっ、お…終わったのか……?」

 

その結末が呼んだ静寂の中、ふいにカズマから漏れたこの呟きだけが周囲の人々の耳に届いた。そしてこの結果に驚愕しているのはこの結果の原因であるアリス自身も同じだった。

 

「ふふん、どうよカズマ?少しは私を崇める気になったかしら?これがアクシズ教団の信仰を得た私の本気の力よ!」

 

「…はぁ?やったのはアリスだろ?なんでアクアが自慢げなんだよ」

 

「……いえ、アクア様のお力なのは確かだと思いますよ」

 

得意気に語るアクアにカズマはいつものように蔑んだような目を向けるも、アリスはどこか思い詰めたように両手に持つ杖を抱きしめてそう告げる。その杖に装着された蒼い魔晶石はあれほどの力を発揮した後にも関わらず、力強く青い光を瞬かせている。

 

アリスからしてみれば気持ち的に力んでた部分もあったかもしれない、それでもこの結果は明らかな想定外の威力である。消費した魔力は普段バーストを放った時と変わりはなく、女神アクアの力が篭った魔晶石の力によるものと推測するのが1番納得のいくものであったのだから。そしてその女神アクアの力はこの場に限りその狂気の信仰心で1000倍返し状態である。

 

一方巨大なオブジェと変貌をとげたデッドリーポイズンスライムは全く動く様子もなく、これには目前にいたダクネスとミツルギも絶句するしかできなかった。

 

「…本当に、終わったのか…?」

 

ミツルギは目前のデッドリーポイズンスライムを見上げていた。それは見事に凍りついていてとても生きているとは思えない。呆気に取られながらも思わずゴクリと生唾を飲んでいた。

 

アリスの魔法の威力はミツルギもよく知っている、まだ1ヶ月も経ってはいないが共にパーティを組んできたのだから、だがこの威力は想定外でもあった。

ダクネスもアリスの魔法は今まで見てきた、そしてその威力を見てその身を震わせていた。ただオブジェと化したデッドリーポイズンスライムを見上げながら、ダクネスはその場に立ち尽くしていたのだ。

 

(…一体何がどうなってこんな凄まじい威力に?ダクネスさんも驚き固まってしまっているし…)

 

そんな疑問を吹き飛ばすように、次第に周囲から爆音のような歓声がどっと湧き上がる。

 

「流石は天使様…!きっと女神アクア様の力をご行使されたに違いない!」

 

「あの可愛い子が噂の天使様なのね!!よく見たら神々しささえ感じるわっ」

 

「お願いします天使様!私を踏んでくださいっ!!」

 

「貴方達!!アリスちゃんは誰にも渡さないわよ!!!」

 

言わずもがな最後のはセシリーである。これで本当に終わったのだろうか。相手は魔王軍の幹部…更にそれを操るほどの力を持った悪魔が相手だったのにも関わらず。

 

確かにアリスの魔法は今までにないような力を発揮していた。それは力の大元がアリスではなく、その手に持つ杖にはめ込まれた水の魔晶石…アクアの力そのものがこもったものが、このアルカンレティアという他にない女神アクアへの信仰心が集まる場所だからこそのものである。

 

アリスは勿論そんなことは知らない。知らなかったがこの場所、今なお青く輝く水の魔晶石、そして実際の魔法の威力と考えたらアクシズ教団の女神アクアへの信仰心が今の力を生み出したと考えるまでそう時間はかからなかった。

 

そしてアリスはふと思い出すように懐から冒険者カードを取り出し…その中にある討伐記録を確認することにした。

 

 

「……っ!?」

 

それを見たアリスは戦慄した。そして確認を終えるなりアリスはその場で慌てるように叫んだ。

 

「皆さん!!まだ終わってはいません!!」

 

「!?」

 

アリスが確認した冒険者カードの討伐記録、そこにはハンスの名前もマクスウェルの名前もなかったのだ。同時に攻撃したウィズやゆんゆんもまた冒険者カードを確認するがそれを行った2人ともに驚き、身構える。その行動からは言うまでもなく、どちらの冒険者カードからも討伐の確認が取れなかったということが伝えられるには充分のものだ。

 

アリスの叫びで周囲は騒然として再び緊張が高まる。…よく見てみれば氷のオブジェとなったデッドリーポイズンスライムは、静かに、だが確実に1部がひび割れてきていたのだ。

 

「めぐみん!!」

 

カズマは瞬時にめぐみんの名を呼んだ。そして彼女はカズマに呼ばれる直前には、既に詠唱に入っていた。今の状態なら凍っていることで爆裂魔法による飛散は抑えられるだろうとのカズマの目論見を、めぐみんもまたほぼ同時に察したのだから。

 

「…最高最強にして最大の魔法、爆裂魔法の使い手、我が名はめぐみん。我に許されし一撃は同胞の愛にも似た盲目を奏で、塑性を脆性へと葬り去る。強き鼓動を享受する!」

 

めぐみんの詠唱により、七色の光が舞い踊るようにめぐみんの持つマナタイトの杖に収束していく。それを見たアリスはその援護に徹することに決めた。

 

「ミツルギさん、ダクネス!離れてください!!私ももう一度…!」

 

アリスもまた、杖を構えて詠唱にはいる。爆裂魔法を確実に命中させる為に、今割れそうになっている氷を補強するように、めぐみんより遅れた詠唱ではあったが、アリスのバーストの詠唱時間はめぐみんのそれよりも早かった。

 

「貴方がそこを動くことは許しません…!再び凍てつけ!!《エターナルブリザード》!!」

 

アリスの杖にはめ込まれた水の魔晶石が持ち主の呼応に応えるように激しく青く輝いた。魔法が再びデッドリーポイズンスライムを凍りつかせる、それはひび割れてきていた箇所を埋め込むように、そして更に強固に固めるように。激しいばかりの猛吹雪にデッドリーポイズンスライムは再び動きを止めていた。

 

その時だった。

 

『貴様ら……巫山戯るな…!マクスウェルとかいう悪魔も…そして貴様らも…この俺の計画を完全に台無しにしやがって……!!!!』

 

それは今まで聞こえていた声とは違う。だがアリスとウィズには聞き覚えのある声ではあった。それは先日、温泉で毒混入騒ぎがあった際に出逢った男の声。魔王軍幹部であるデッドリーポイズンスライム、ハンスの声なのだから。

この声が聞こえたことで状況を確認することは容易なことだった。

やはりこの暴れっぷりによる破壊は本来ハンスの考えにはなかったことなのだろう、マクスウェルに意のままに操られていた結果にすぎない。

 

だがそんな事情はこちらからして見ればどうでもよかった。操られていた?街を破壊したことは本意ではない?

だからどうしたと言うのだ、毒を温泉に混入して街に被害を出していた魔王軍幹部なのは…ここに居る誰にとっても討伐対象であることに変わりはないのだ。

 

「ふう…言いたい事はそれだけですか?」

 

『……何?』

 

声の主はめぐみん。詠唱に寄る魔力の渦は杖を中心に舞踊り、いつでも撃てることをアピールしていた。

流石にあれはヤバい。氷漬けになったハンスの本能が告げる、なんとしてもあれの直撃は避けなければ、と。だが動けない、アリスの魔法はまだ終わっておらず、ウィズやゆんゆんの氷魔法も駄目押しになっていた。

 

「例え操られていたとして、本意ではなかったとして、貴方が魔王軍の幹部である以上、討伐対象であることに変わりはありません…!ですから…!」

 

『…くそっ……やめろ!!やめろぉぉぉ!!!』

 

ハンスの絶叫が街全体に響き渡る。他の面々はもはやただその状況を見守ることしかできていなかった。

 

「悪魔に踊らされし哀れな獣よ…、我の放つ紅き黒炎と…友の蒼き白氷と同調し、血潮となりて償いたまえ!穿て!エクスプロージョン!」

 

めぐみんの全ての魔力が収束し、そしてハンスの頭上から豪快に落下した。その紅き爆弾はハンスを真芯で捉え、そして鳴り響く爆音。

 

ハンスが何かを叫んでいた気もするがもはや爆音により掻き消され、誰の耳にも届くことは無かった。

爆発により、氷漬けだったハンスは跡形もなく砕け散り、それはダイヤモンドダストとなって街に降り注いでいた。

 

「お、おい、あれはあれでまずくないか!?」

 

散り散りとなっていても、そのひとつひとつはデッドリーポイズンスライム。つまり人間には毒なのだ。あれを浴びることはとても良い事とは思えない。

 

「皆の衆、今こそ我らの出番ですぞ!!」

 

「「「はいっ!!」」」

 

ゼスタの掛け声でアクシズ教団のプリースト全員が動き出した。空へと向けて杖を向ければ、全員が詠唱を始めて、次々に放つ浄化の魔法。だが流石に範囲が広すぎる。

 

「ふふん、ようやく私の出番ねっ、この程度の範囲なら私に任せておきなさい!!」

 

気が付けばアクアは瓦礫の上にある女神像のてっぺんに登っていた。女神像の上に登るなどアクシズ教徒からしてみれば到底許されることではない。それを見るなり批難の声が聞こえてくるが…、次のアクアの行動によりその声は押し黙ることとなった。

 

「セイクリッド・ハイネス・クリエイトウォーター!!」

 

どこから取り出したのか、花を彩った大きな杖を上空に振るったアクアの掛け声で空からは大粒の雨が降ってきたのだ。それは霧状の粒子となったハンスの欠片ひとつ残さず付着すると、淡い輝きを見せていた。それは誰の目にも明らかだった。雨の一粒一粒が、まるで聖水のようにそれらを浄化しているのだと。

 

「…すごい…!」

 

アクアの力を初めて見たゆんゆんの1番に出た言葉がこれだった。もといそれしか喋ることが出来なかった。その雨を浴びることで若干ながら毒気を感じていた自身の身体が安らいでいく感覚すら覚えたと同時に呆気にとられていた。これが自身の親友が憧れたアクアの力なのか、確かにこの力ならば憧れるのも当然であると素直に思えたのだから。

 

「ひぃ…!?!?」

 

もっとも味方にその影響が強く出ているリッチーがいるのだがなんとか瓦礫を屋根にしてやり過ごしていた。この様子にはカズマも慌てているがふとアクシズ教徒を目を向けると誰もがその場に立ち尽くし、ただその雨を浴びて固まっていた。…その様子を見てカズマは別の悪い予感がしていた。

 

雨に気を取られてウィズのことに気が付いていないのは良かったのだが…問題はこの街に来ることになった時に懸念していた…アクアの正体について。

 

アクアがここまで派手にやってしまって、ただの旅のプリーストで通せる訳がないのだ。カズマはどうするか思考を巡らせていた。…そんな時だ。

 

 

雨も落ち着いて、ゆんゆんはアクアの元へと駆けつけた。その様子は興奮しているようにも見える。

 

「凄いですアクアさん!!浄化の雨を降らせるなんて見たことも聞いた事もないですよ!どうやったらそんなことができるんですか!?」

 

「あら、ゆんゆん?もう大丈夫なの?ふふっ、そういえばまだゆんゆんにはまだちゃんと名乗って居なかったわね、特別にゆんゆんには私の正体を教えてもいいかしらね」

 

「…えっ?お、おい!?」

 

ハンスは倒され、浄化の雨によりアルカンレティアへの危機は去った。もはや事態は解決したと見てもいいだろう。だからこそ、アクアは有頂天になっていた。調子に乗っていたとも言う。

だからこそ、カズマの制止も聞かずにアクアはゆんゆんに向けて大声で言い放ったのだ。

 

「私はアクア…アクシズ教の御神体である、水の女神アクアよ!!」

 

「「「!?!?!?」」」

 

当然ながらその声はこの場にいた全ての人に聞こえた。これはもしそのまま名乗っていたら偽物扱いを受けるなどになりかねないのだが今アクアは浄化の雨を振らせて人々を救うという奇跡を起こしたばかりだ。

 

つまりアクアを女神と信じる理由としては充分すぎるものだった―――

 

 

 

 

 






ちょっと巻いていった感がパないですがアルカンレティア編はここまでになります。


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七章 ―貴族と悪魔―
episode 84 決意新たに


新章突入、フラグを色々と折る章になりそうです。

―視点アリス―




 

 

アルカンレティアでの戦いから2日が経ちました。

あのアクア様のカミングアウトでどうなることかと思いましたがあの直後、意外にもアクシズ教団の面々はそのカミングアウトに何も言えずに硬直してしまってました。

 

…そりゃまぁ理解出来ない事でもありませんけど。あそこに集まったアクシズ教団の人達はゼスタさん曰くアルカンレティアでも有数の女神アクア様への信仰心が高い人達をよりすぐって集められたらしいのですから、そんな強くアクア様を崇拝する人達の目の前に本物のアクア様が存在している。それは歓喜、狂喜、感動など様々な感情が沸き起こると推測される。だけどそれが原因による混乱、それがアクシズ教団の方々がすぐに動けなかった理由だったのでしょう。

 

その硬直が私達にとって何よりのチャンスだった。1番に動いたのはカズマ君だった。

 

「ゆんゆん、ウィズ!!テレポートは使えるか!?すぐにホテルまで飛ぶぞ!!みんな集まれ!!」

 

カズマ君の判断と行動は早かった。アクシズ教団の人達が呆然としている隙に爆裂魔法により魔力切れとなってその場に倒れていためぐみんを背負ってゆんゆんとアクア様のいる場所へと走る。私は弱っているであろうウィズさんの手を引いてそれに続く。この状態でウィズさんがテレポートを使えるか不安ではあるがテレポートは4人までしか運べないのでゆんゆんだけだときびしいものがある。ダクネスとミツルギさんも少し出遅れたものの、ゆんゆんの傍へと駆けつけた。

 

カズマ君は冷静だった。私なら慌ててそのままアクセルへ飛ぶと言ってもおかしくはなかったと思う。だけど私達の荷物はホテルにある、それを置いていくわけにもいかない。

ウィズさんは弱ってはいたものの、なんとかテレポートを使うことができたので一安心である。ホテルに飛ぶなり全員流れるように自分達の部屋へと走り、荷物をまとめる。

 

「ちょ、ちょっと待ってよー!?そりゃうっかりしゃべっちゃったのは悪いと思うけど、本当に!?本気で帰るの!?」

 

「あったりまえだろこの駄女神が!!?お前のおかげで旅行も何もかも台無しだよ!!」

 

「そ、そんなのあんまりよ!?私頑張ったのに…!ねぇねぇお願いだから考え直してよぉぉぉ!!」

 

「ダメに決まってんだろ!?旅行前に言っただろうが!?お前の正体がバレることがあったらすぐにアクセルに帰るってな!!」

 

「うわぁぁぁん、カズマしゃーん!?お願いだから許してよぉぉぉ」

 

とまぁ2人はこんな感じでいたのだけど私と同じ部屋のゆんゆんの様子は軽く混乱していた。それもそうでしょう、彼女もまた、アクシズ教団の方々と同じく、アクア様が女神だと言う事を知らない1人だったのだから。とはいえ説明してる時間はない。セシリーさんは私達がこのホテルに泊まっていることを知っているのだからすぐにでもアクシズ教団の方々が押し寄せてくる可能性があるのだ。

 

私達は荷物をまとめるなりロビーに集合、そしてチェックアウトをしてすぐ様アクセルへとテレポートで帰還。全員戦いからの即帰宅で疲労は計り知れない状態だった。ウィズさんは少し休んで自分のお店に帰りましたがミツルギさんはそのままカズマ君の屋敷に泊めてもらうことに。話は全員が回復してからしようということにして。

 

 

 

 

――

 

 

―アクセルの街 カズマ君の屋敷―

 

そして今。あの時の旅行のメンバー8人全員が揃い、中央にあるソファーには私が座り、その両脇にはめぐみんとゆんゆんが座っている。それを囲むように他の面々が立ったまま私の言葉を待っていた。

 

何故こんな状況なのかは言うまでもなく…私が今まで悪魔に狙われていたことを隠していたことを言及する為、とでも言えばいいのでしょうか。

 

…とはいえここにいる誰もが私の気持ちについては察していたようで、私を責めるような目を向ける人は誰一人いなかった。だけど…、私にはそんな優しさが何よりも辛かったりもした。

 

「アリス…あの時私はアリスの気持ちもわかるって言った。確かに私がアリスの立場なら同じように背負い込むかもしれないと今でも思ってる…だけどそれでも…、それでも私は話して欲しかった…」

 

そんな静寂の中、一番に口を開いたのは私の隣に座るゆんゆんだった。言いにくそうにゆっくりとではあるものの、ゆんゆんの一言一言は確かに私の胸に刺さっていた。言いたい事も理解できた、おそらくゆんゆんの中でも譲れない葛藤があるのだろう。そしてその気持ちはミツルギさんや、アクア様以外のカズマ君のパーティも想いは同じのようだ。

 

「アリス、私達はアリスのパーティメンバーではありません、ですが共に生活する大切な友人とは思っています。ですから気持ちとしては私もゆんゆんと同じです」

 

その言葉はゆんゆんに言ってあげたらさそ喜ぶと思いますよ、なんてぼかした返しを即座に思いついたが流石にそれを言ってはぐらかす度胸は私にはなかった。ゆんゆんに言われても、めぐみんに言われても、私は申し訳なさそうに俯いていることしかできなかった。

 

「…というかさ、話を聞いてる限りアクアとウィズは知ってたんだよな?どうして話してくれなかったんだ?」

 

「確かに私は知ってたけど、私の加護でアリスに直接の被害はなかったし、言う必要を感じなかっただけよ」

 

「す、すみません、私もアクア様が傍にいらっしゃるので問題はないと思っていた部分もあったので…それに…あんな強力な悪魔とは思いもしなかったですから…」

 

カズマ君が溜息混じりにアクア様とウィズさんに話を振れば、当然のように語るアクア様と申し訳なさ気にしているウィズさんがこう返した。ただ私としてはアクア様にもウィズさんにも直接悪魔の件を相談した訳では無い、アクア様には言うまでもなく看破されてしまい、ウィズさんはお店で対悪魔用の魔道具を買う際にうっかり知られてしまった形になるのだから。

 

「…皆その辺にしておけ。…アリス、私達はお前を責めているつもりはない、ゆんゆんが言うようにお前の気持ちもわからなくはない…だが、逆にアリスもまた、私達の今の気持ちは…わかってくれるだろう?」

 

ダクネスが前にでて皆を落ち着かせるように告げると、私はまたも無言のままその場で頷くしかできなかった。私だって散々悩んだのだ、当然みんなの気持ちは理解できている。だからこそ申し訳なくて、何も弁明できずにいたのだから。

 

「…今回はアリスが狙われているということだが…現状私達は魔王軍の幹部を3人とデストロイヤーを倒したという大きな功績がある、これは人間側だけではない、魔王軍にも周知されていることだろう。だからこそ、今ここにいる誰もが、今のアリスのように狙われる可能性は充分にあるということを自覚して欲しい…、だから、もしそのような事態に見舞われた時には、仲間を頼ってくれ、相談してくれ。」

 

「…ダクネス…」

 

ふいに私は顔を上げてダクネスを見ていた。ダクネスは私だけではなくウィズさんを含む全員に言っていた。…それも当然のことだろう。今回のアルカンレティアでの戦いはウィズさんも完全に人間側で参加している。例えウィズさんがどんな約束を魔王としていたとしても、それは充分すぎる魔王軍への裏切り行為に過ぎないのだから。

 

「…それにしても腑に落ちない点が多いな、今回の悪魔については」

 

「ミツルギさん?」

 

私がミツルギさんを見ると同時に全員の視線がミツルギさんに向く。そして腑に落ちないという意味では私も思っていたことではある。

 

「そうですね、マクスウェルと名乗りましたね、あの悪魔は。私もその名前は聞いた事がないです、新たに魔王軍に入ったのなら私の耳にも届くはずなのですが…」

 

「いえ、あの悪魔は魔王軍ではないでしょう。それを証拠にハンスの意識が戻った時のあの叫びです。ハンスのあの言い回しだと、知り合って間もないということが推測できます」

 

めぐみんの指摘に私もまた思い出すように考えを巡らせる。つまりハンスは追い詰められた時にマクスウェルと出会い、一時的な協力関係にあった可能性。そしてその協力の仕方が、ハンスにとって不本意な流れだったのだろう。

 

「…それにしてもマクスウェル……マクス…?あれ?前に何処かで聞いた事があるような…」

 

カズマ君だけは違う形で頭を捻っていた。と、いうより悪魔の名前まで分かってしまったのだからそれを同じ悪魔であるバニルに聞けばわかりそうなものでもある。魔王軍の幹部を乗っ取るほどの強さだ、バニルが知らないわけが無いのだから。

 

「そもそも名前まで判明したんだ、バニルに聞けば1発でわかるんじゃないか?」

 

「…それが私もそう思い、帰ってすぐにバニルさんに聞こうとしたのですが…、帰ったら置き手紙があって、商品の仕入れの為に1.2週間ほど留守にすると…」

 

「ちっ、本当に使えないわねあの仮面悪魔は!」

 

私が思った疑問は、即座にカズマ君が口に出し、即座にウィズさんの言葉によって破綻してしまった。

 

「…情報が得られないのは痛いが仕方ないな。私個人としてはエリス教徒であるから…あまり悪魔に頼るというのも複雑なのだが…」

 

「アリスはウィズから悪魔を探知する魔道具を買ったのですよね?でしたら王都に行って私達で悪魔を追い詰めてやりましょう!」

 

 

めぐみんが勢いのまま言えば、他のメンバーもまた頷き、決意を秘めた顔つきになっていた。それはとても頼もしい反面、やはり申し訳なさがにじみでてくる。

話した今となっても大事な仲間や友人を危険に晒したくはない、その気持ちに変わりはないのだ。だけどその仲間達の立場になって考えたら、私も同じ想いに至るだろう。…だからこそ、複雑だった。

 

 

「…そうだな。少なくともウィズ以外のここにいる全員が、王都に行く理由があるからな」

 

「…王都に行く理由?」

 

ダクネスの言葉に口に出したのはカズマ君だが疑問に思ったのは全員だった。そしてダクネスの手には私が見た事のある紋章が刻まれた封書があった。ダクネスはその封書をそのままカズマ君に手渡した。…だが手渡したダクネスの顔はより複雑そうに見える。

 

「…私としては気が進まないのだが…これが昨日私の家に届けられてな。そしてこの紋章が刻まれている以上…私は貴族…いや、この国の人間として拒むことはできない」

 

「…なんだよ突然改まって…」

 

ダクネスの様子に怪訝な顔をしたカズマ君はゆっくりとその封書を受け取ると中に入っている手紙を取り出し、読んだ。その表情はみるみる変わっていく。どことなく嬉しそうに見えるような?

 

…そしてあの紋章は見たことがあった。あれは私が王都にいた頃に冒険者ギルドに届いた王城からの手紙に刻まれていた紋章と全く同じものだ。つまりあの手紙の送り主は…

 

 

「……魔王軍の幹部に機動要塞デストロイヤー、それらを見事討伐したカズマのパーティとアリスのパーティ、ベルゼルグの第一王女アイリス様は是非お前達とお会いしたいそうだ。その為の会食の招待状になる」

 

「「!?」」

 

…ダクネスの複雑な顔の理由がよく分かった。ようやくこの時が来てしまったのだ。魔王軍の幹部を3人、更に機動要塞デストロイヤーの討伐。これらはここ数百年なし得られなかった快挙だ、そんな快挙を突然アクセルに現れた冒険者パーティがやってのけたのだ。そんなパーティが今まで国の中心であるベルゼルグと何も面識もないというのはおかしな話である。言ってしまえばこの話は遅すぎるくらいなのだ。

だけど遅くなった事情は私としては分かっている。主な原因は王都での襲撃によるものだろう。…そう、私を狙ったあの襲撃。そう思えば自然と罪悪感がわいてくる。私のせいでアイリスをも危険に晒したことになってしまうのだから。

 

 

 

……

 

 

 

 

「あ、あの…話が落ち着いたところで、一ついいですか?」

 

カズマ君とめぐみんとアクア様が、王城への招待で大興奮している中、その言葉はゆんゆんから出てきた。

 

「その…アルカンレティアでアクアさんが言ったじゃないですか、その…水の女神のアクアだって…」

 

「…何かと思えばそんなことを気にしていたのですか?」

 

「え?」

 

ゆんゆんの疑問を真っ先に遮ったのはめぐみんだった。それは溜息混じりでいて次に言おうとしていることが何よりも理解できてしまう。

 

「そんなのアクアの嘘に決まってるではないですか、確かに強い力を持っていることは認めますが、考えてもみてください?アクアが本当に水の女神なら、何故こんな辺鄙な街で私達とパーティを共にしているのです?」

 

「えっ…そ、それはそうだけど…」

 

「ちょっと嘘じゃないわよ!!私は正真正銘の…」

 

「そうだぞゆんゆん、それにアクアも。お前が熱心なアクシズ教徒なのは分かっているが、流石に信仰する女神様を騙ることはどうかと思うぞ?あの時テレポートがなかったらどうなっていたことか…私はそのまま残っても良かったのだがアクアが危険に晒される訳にはいかないからな…」

 

ちなみに、あの時ダクネスとめぐみんはアクアの正体が露見したから逃げたわけではない、アクアが女神を名乗ったことでアクシズ教団の人達に襲われると危惧したことで逃げたのだ。カズマ君の意図とは全く違うものである。

 

そしてそれを聞いたゆんゆんは…もっとも単純な結論にたどりついた。

 

「…言われてみればそうよね…それに凄いって言ってしまえばアリスやミツルギさんも凄いと思うし…」

 

「そういうことですよ、まったくそんな事を悩んでるとは、やはりゆんゆんはゆんゆんでしたね」

 

「ちょっとそれどういう意味よ!?」

 

「だから…私は本当に女神なんだってばぁぁぁ!!」

 

やれやれ、再び場がカオスになってきた。もっとも、静かに話が終わることがないのはこの仲間達の特色ではあるのだけど。

 

マクスウェルはまだ討伐されていない。けどアルカンレティアの件で弱っている可能性はある…ならば今はチャンスだ。長く付き纏われたストーカーさんには、いい加減に退場してもらわないと。未だに私を狙う理由はわからないままではあるが、それは本人から聞けばいいだけである。

 

アイリスとカズマ君達が出会うことの不安はあるが、それよりも私は…マクスウェルとの決着に向けて決意を新たにしていた。

 

 

 

 

 

 




カズマパーティがアイリスと謁見。話の流れが完全に某所とかぶってるけどそこは原作にアリスが乱入した形の小説なのでご愛嬌

次回も1週間以内に書けたらいいなぁ(願望)


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episode 85 後日談と独りよがり

思ったよりはやく書けました。ただちょっとシリアス





―アクセルの街 冒険者ギルドの酒場―

 

翌日――

 

私達やカズマ君のパーティの王城訪問は4日後となっている。どうやら手紙そのものは私達が旅行中に届いたようで普通に考えたら時間にまったく余裕がない。本来ならばすぐにでも馬車に乗って出発してギリギリという形なのだけどこちらにはゆんゆんという便利な女がいるのでテレポートで一瞬である。

流石に今はアイリスの護衛はしていないので王城前へと飛ぶ事はできないが王都入口まで飛ぶことなら何も問題はない、よって当日まで慌てる必要もないのである。

 

「…なんかまた失礼な事考えてない…?」

 

「ソンナコトアリマセンヨ」

 

最近ゆんゆんの勘がするどくなっている気がするけど気にしないでおこう。今は酒場で昼食をとっております。王城へ招待されたことで流石に普段着ではよろしくない、特に会食時には正装をしなくてはならないのでカズマ君のパーティの面々は今やダクネスの家でタキシードなりドレスなり借りようとしているらしい。お金があるんだから買えばいいのにとは思ったけどダクネスの家に行く口実にしたかったのかもしれない。

 

それを思えば私達も着いていけば良かったのだけど私とゆんゆんは複数に渡り王城にアイリスの元へ遊びに行ってるので既にそれっぽいドレスを見繕っていたりする。ミツルギさんは言わずもがな。ゆんゆんが王室と繋がりができていることにめぐみんは驚嘆していたけど割愛しておく。

 

ちなみにウィズさんは王城行きを辞退しました、万が一正体がバレでもしたらシャレにならないし妥当な判断だと思う。今回の功績者でもあるのだから残念といえば残念なのだけどそこは仕方ない。

 

とまぁ…これからに向けて私達は動いていますが、当然ながら気になることもあった。

 

「失礼、相席しても宜しいかしら?」

 

「あ、はい、大丈夫で……す…?」

 

ゆんゆんはティーカップに口をつけながら突如聞こえてきた声に反応して目線を向ければ、その動きが止まる。

今はお昼時だし酒場はそこそこに賑わいを見せている。空いている席もあまりないのだから相席することに抵抗はない。

…ないのだけど…問題はそこでは無かった。私もサンドイッチをもぐもぐしていた口が止まった。明らかに聞いた事のある声だったのだから。

 

「……セシリーさん、冒険者ギルドに来るなんて珍しいですね…」

 

「うふふ、前を通りかかったらアリスちゃんの匂いがしたからお姉ちゃん飛んで来ちゃったわ♪」

 

「いやそういうのいいですから」

 

私がぎこちない対応をしても相変わらずの様子だ。正直気まずさが顔に出てしまっているかもしれない、その証拠に私とゆんゆんの頬には冷や汗のようなものが目立たない程度には流れていたのだから。

 

だけどある意味ではこの再会はありがたいものでもある、私達が全力で逃げ出した後にアルカンレティアはどうなったのか?マクスウェル兼ハンスによる毒はアクア様により残さず浄化されたとはいえ、街は破壊されたままなのだ。それにアクシズ教団の動きも気にかかる。

 

私はふと気になり周囲、そして窓から見える外の様子をチラリと見てみる。まさかアクア様を探す為にアクシズ教団がアクセルの街に乗り込んで来たなどということはないだろうか、そんなことすら考えて。

 

「…心配しなくても、アリスちゃんが思っているようなことは何一つないから、安心しなさい?」

 

そうしていると私の考えを察したような様子でセシリーさんは溜息をついて私達と同じテーブルに備えられた椅子に腰を落ち着けた。

私もゆんゆんもそれを聞いて不安が拭えないものの、半ば強引に溜息をつく。

 

「……では…私達が逃げ出した後、アルカンレティアはどうなったのです?」

 

これはアクセルに戻ってすぐに気になったことだ。しつこい相手だったがハンスがまだ生きている事はありえない、めぐみんの冒険者カードには魔王軍幹部のハンスの名前がしっかりと刻まれていたのだから。…もっとも、バニルの例があるので完全に安心することはできないけど。

 

「うーん…そうね…言ってしまえば貴方達が逃げたのは正解だったかもしれないわ」

 

私の質問に、セシリーさんは複雑そうな面持ちでいた。いつの間にやら注文した紅茶を口に含みつつ言いにくそうなセシリーさんの様子には、流石に私もゆんゆんも首を傾げてしまう。

 

「…あの、何かまずいことでも…?」

 

「まずいというか…なんというか…最初はね、アクシズ教団でも意見が二分していたのよ、あの方は本物のアクア様だ!って言う人と、そんなわけが無いと言う人と…でもね…」

 

まず一番に思ったのはセシリーさんの様子の異常さだった。なんというか話に纏まりがない。よくよく考えたらセシリーさんなら私を見るなり有無を言わさず抱きついてくるくらいはあるはずなのだがそれすらなかった。

 

そこまで考えた私はその理由を理解した。

 

そうだ、セシリーさんもまた熱心なアクシズ教徒なのだ。出逢った頃から常に二言目にはアクア様ありがとうございます!と祈りを捧げながらも言っていた気がする。

そんな熱心なアクシズ教徒であるセシリーさんにとっても、自分の目の前にいたプリーストが自身の深く信仰する水の女神アクア様だとなれば平静でいられる訳がないのだ。例えそれが本物であれ偽物であれ。

 

ましてやアクア様はそう名乗る事前に女神としての力を盛大に発揮してしまっている。あれでは信じてしまうのも無理はないと思われる。

 

そして、その理由は他にもあるようだ。

 

「貴方達が泊まっていたホテルの浴室なんだけど…その…アクア様と名乗っていたプリーストの方の部屋のなんだけどね…浴槽のお湯が全て純度の高い聖水になっていたのよ…触れた液体を全て浄化して聖水にしてしまう…これはアクシズ教団に伝わる女神アクア様そのものなのよ…それもあってほとんどの人は、完全にあの方は本物のアクア様だと信じているわ…」

 

「……」

 

逃げたのが正解なのは例え本物と捉えられようと偽物と思われようと間違いはないと断言できるのだけどこれで二度とアルカンレティアに行くことはないだろう。一方ゆんゆんが何か言いたそうな様子だけど例えセシリーさん相手でもゆんゆんが思ってる事を告げるのはよろしくない。

 

今やゆんゆんはめぐみんやダクネスと同様にアクア様は自分を水の女神と本気で思っている痛い子扱いの状態である、これは言ってしまえば偽者である。それを熱心なアクシズ教徒であるセシリーさんに言う訳には行かない。

 

「……正直ね、私は未だに半信半疑なのよ…だからアリスちゃん教えてほしいの。……あのアクアって方は…」

 

「本物ですよ」

 

「「!?」」

 

なるほど、ようはセシリーさんはアクア様とともに居た人の中で一番聞きやすい私に確認をとりたかったのだろう。…だから私は小声で即答した。してしまった。これにはセシリーさんだけでなくゆんゆんまで驚いている。

 

「アクア様は訳あってこの世界でカズマ君のパーティのアークプリーストとして存在しています、目的はこの世界を脅かす魔王軍の討伐です。今回アルカンレティアに来ていたのは戦いに疲れて休息の意味で湯癒に来ていました」

 

「…………」

 

セシリーさんは絶句している。当然のようにゆんゆんもだけど。…まぁ嘘は言っていない、カズマ君やアクア様から聞いた話だけどアクア様は天界に帰る条件が魔王討伐らしいし。そして正体を暴露した私の目的は次にある。

 

「ですが…今回アクア様の正体がアクシズ教団の方々に露見したことで今後動きにくくなる可能性もあります、ですからゼスタさんに伝えてください。どうかアクア様並びに私達のことをそっと見守っていてほしい、と」

 

これが目的である。本物なのか偽者なのかなんてどちらを答えてもろくな事にならないに決まっている、それは旅行前からカズマ君が危惧していたし私もそう思う。だったら本物と認めた上でそっとしておいてほしいと懇願した方が安全ではないかと判断したのだ。これが偽者なんて言おうものならそれこそダクネスが危惧していたようにアクシズ教団の人々に襲われそうだしもはや私に解決策はこれしか浮かばなかった。

 

それを聞いたゆんゆんも理解はしたようだ。ホッとして胸を撫で下ろしている。…というのは多分ゆんゆんは私達が結果的にアクシズ教団に追われることのないように話を合わせた、とまでしか思ってはいないだろうけど。

ここまで聞いたセシリーさんは無理矢理落ち着くように紅茶をゆっくりと口に含み、一気に飲み干した。…そしてむせた。

 

「ケホッケホッ…」

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

紅茶は運ばれてそこまで時間は経ってないし未だに湯気があがっていた、温度は高かったと予想できるのだけど…それほど冷静ではいられなかったのかもしれない。

 

「…えぇ、大丈夫よ。そして、アリスちゃんの言う事も何も心配はいらないわ。ゼスタ様は既にあの場にいたアクシズ教団の人全員にお告げをだしたのよ、『我々アクシズ教団は、アクア様をそっと陰ながら見守るようにしましょう』ってね、これには全員涙を流しながら同意していたわ」

 

「…そ、そうなんですか…」

 

正直に言えば意外としか。何せあのアクシズ教団なのだ。アクア様の傍に駆け寄って拝み倒すくらいはしそうなものかと思っていたのだけど変なところで常識があるのがなんか不気味でさえもある。

 

「ねぇアリス、こうやってアクシズ教徒のセシリーさんに逢えたんだから、あの事も言った方がいいんじゃないかな?」

 

「…そうですね」

 

「えっ?まだ何かあるのかしら?」

 

ゆんゆんの提案に私は頷き、セシリーさんはキョトンとしていた。私はゆんゆんに言われた事でセシリーさんやゼスタさんに言わなければならない事があることを意識したのだ、かなり心苦しいのだけど。

 

「…今回の魔王軍幹部のハンスにはセシリーさん達も存じているように悪魔が取り憑いていました、そしてその悪魔の狙いは…私だったんです」

 

「…っ!?」

 

セシリーさんはかなり驚いているけど私はゆっくりながらも言葉を紡いでいく。まるで懺悔をするかのように改まって。

 

「ですから、私がアルカンレティアにいなければ、あの街はあそこまで被害が出る事はなかったと思います。今回のハンスの討伐報酬は4億エリスにもなるそうです、私達はこのお金を、アルカンレティアの復興資金として寄付することにしました」

 

「よ…4億!?!?」

 

「街の中心部があのようなことになったので…それでも足りないかもしれません。それでしたら足りない分も……私が何年かかっても支払いますので…」

 

「ちょっとアリス…!?」

 

「そうよ、ちょっと待ちなさいアリスちゃん!?」

 

ゆんゆんもまた驚きその場で立ち上がった。それもそうだろう、4億を寄付するまでは皆と話して決めたことだがそれで足りない場合のことまでは話していない。これは私が勝手に決めたことなのだから。私が原因であのようなことになったのだから当然だ、私が一生かけても償わないと。…私にはそんな想いでいっぱいだった。

 

その時だった。

 

バシッ…と音がしたと同時に…私の頬に衝撃を感じた。

 

「……えっ?」

 

何が起こったのか分からなかった。ふと原因に目を向けたら、それは手を振りかぶった後の涙目のゆんゆんの姿だった。

 

「ゆ…ゆんゆん…?」

 

「アリスの馬鹿!!どうしていつも独りで抱え込もうとするのよ!?そうやってアリスはいつも…いつも…」

 

「……」

 

気付けば場は静寂に包まれていた。人が多く、賑やかだった酒場にいた冒険者の人達は、トレイを持ったウェイトレスは、ルナさん達ギルドの職員、誰もがこちらに無言で目を向けていた。…だけど少なくとも今の私にはそれらを気にする余裕は全く無かった。

その静寂の中、私の頬はズキズキと痛みを訴えていた。それは頬の痛みというより…誰よりも信頼している親友によってもたらされた心の痛み。

 

「……今のは、アリスちゃんが悪いわね」

 

「……えっ…?」

 

多分今の私の目に光はない。軽く放心状態になっていた。セシリーさんはふうと大きめの溜息をつくなり、その席を立った。

 

「…ここだと目立つし、場所を変えましょう?私の教会にくるといいわ、ゆんゆんさんも、それでいいわよね?」

 

「……はい……」

 

ゆんゆんは私を平手打ちしたその手を心苦しそうに胸に抱いて蹲っていた。私を叩いたことを後悔しているのか、そんな様子に見えたけど…多分それだけじゃない。

 

私は会計を済ませるなり、何があったのかと心配そうに見つめるルナさんや冒険者の人々の視線を後目に、冒険者ギルドを後にした。

 

 



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episode 86 親友

久しぶりに筆が進みました。

誤字報告ありがとうございます。何度も読み返しているのですがどうしても見落としがちで…、これからもよろしくお願いします。





 

―アクセルの街・アクシズ教会―

 

私とゆんゆんはセシリーさん先導の元、アクセルの街の外れにあるアクシズ教会にお邪魔した。

…思えばここに入るのは人生で2回目になる。1度目は言うまでもなく私が転生して初めてアクセルの街に訪れた日、セシリーさんに出会い、拉致された形でここに来ることになった。

それ以降はたまに街中でセシリーさんに出会う事はあったものの、教会の中まで入る事はなかった、というのが以前は自身のアクシズ教徒疑惑があったので此処に来る訳にはいかなかったのだ。

改めて見れば小規模な礼拝堂にはいくつかの椅子、そして正面の壁には小さなアクア様らしき石像が奉られている。これは前回私が来た時には無かった気がする。

他にも僅かながらだが以前と変化があった。それはあちらこちら壁などの修復された跡。それは気持ちばかりではあるが以前よりも小綺麗さを感じさせる。

 

「…とりあえず…お茶を淹れてくるから…適当に座って待ってて…」

 

…とまぁ無意識に室内を見たものの、それに対しての感想は特にない。というよりそんなことを考える余裕がないというのが正しい。正直なところ、あれから30分は経つのに未だに頬が痛い気さえする。

私が適当な席に座ると、ゆんゆんは気が重そうな面持ちのまま、私から2つほど離れた位置にある椅子に腰掛けた。

そして気が重いのはこちらも同じだった。どうしてこんなことになっているのだろう…と考えて、勿論理由は分かっている。

 

私はまた、私だけでなんとかしようとしていた。誰にも相談せずに、ダクネスから先日忠告されたばかりなのにも関わらず。…とはいえこの問題は命に関わるような事ではない、お金で解決できることだ。だから勝手に決めてしまった部分もある。…だからこそ、ゆんゆんが私を平手打ちするほど怒った理由が、私には理解出来なかった。

 

「「……」」

 

重苦しい空気は変わらない。正直すぐにでもここから出てしまいたい、だけどそれだけはできない。

ゆんゆんの真意を直接聞かない限り…親友として逃げる事だけはする訳にはいかないのだから。

 

「……アリス…」

 

「………はい」

 

そんな重い静寂に耐えられなかったのか、ゆんゆんの私を呼ぶ声が礼拝堂内に小さく響いた。私は少し間を開けて返事をした。ゆんゆんが何を言ってくるのか、それが気になり、同時に怖くもあった。

 

「…えっと…咄嗟のことで…その…叩いちゃってごめん…」

 

「……いえ」

 

「「……」」

 

そして2人してまたも沈黙。ここに第三者がいれば話が進まないことにもどかしさすら感じるだろうが基本的に私もゆんゆんも本来は内向的な性格である、よってこれは仕方ないことである。ましてや私も今回ばかりはゆんゆんの言葉を待つことしかできないのだから尚更だ。

 

「さっきも言ったけど…アリスは独りで抱えすぎよ…、どうして何も相談してくれないの?」

 

「……」

 

どうして、と聞かれたら余計な心配をかけたくないから。ゆんゆんが大切なお友達だからこそ…余計にそう思える。

 

……そう、思ってた。

 

でも、違う。…違くないけど、やっぱり違う。

 

 

「…分からないのです」

 

「…え?」

 

私の答えに、ゆんゆんは思わず首を傾げた。だけど今の私には…その答えが何よりもしっくりきた。

 

「…分からないのですよ!生まれて今まで、相談とかするようなことをした覚えがないのです…!そんな人がいなかったから…!だから…どうしたらいいのかわからないのですよ!!」

 

それはまずそんな事をする相手が居なかった。そりゃ物心ついたばかりの頃ならもしかしたら両親とかに何かしら相談していたことがあったのかもしれない。…けどそんな記憶にないことは除外。少なくとも…私には自分の悩みを打ち明けられる人がいなかったのだから。友人関係は上辺だけに等しかった、両親は共働きで中々ゆっくり話したりできる時間がなかった。だからこそ私は…できる限り悩みを持たないようにのほほんと生きていた。

 

私はきっと私が思っていたよりも孤独(独り)だった。だから自己完結してしまうのが当たり前になってしまっていた。

だからこそ私は知らなかった。相談(誰かを頼る)ということを。

 

「分かるよ、アリスの気持ち。凄く分かるよ…私も同じだったから」

 

「……」

 

「でもね、アリス。お友達って、そういう相談とか、頼ったり頼られたりとか、そういうのを気軽にできちゃうのがお友達だって、私は思ってるの、だからね…」

 

ゆんゆんは立ち上がるなり、ゆっくりと私の目前まで歩み寄ってきた。私はそれに反応せずに俯いたまま動けなかった。

 

「私にも、アリスにも、今までそういった人がいなかった。だけど…今の私には目の前にそういう事を気軽にして欲しいって思える大切なお友達が、私の目の前にいるの、私は…アリスと…そんな関係でありたい」

 

「…ゆんゆん…」

 

「…だからねアリス。前に聞いた事、もう一度聞くね…?……アリス、私と…お友達になってくれませんか…?」

 

もう一度。それは初めてゆんゆんと出逢って、一緒にクエストをした帰りに言われた事。確かにあの時の私は、お友達という言葉を深く考えてはいなかったし考えるまでもないと思っていた。ただ一緒に遊んだり、こっちの世界だとクエストしたり、その程度の関係。

だけどゆんゆんにとってのお友達は、最初から今ゆんゆんが言ったような意味でのお友達。お互いに分かり合えて、人によってはちょっと重いかもしれないけど、だけど…

 

私が、もしかしたら、ずっとずっと…求めていた存在。

 

そう思ったら…自然と目頭が熱くなってきた。自然と涙が頬を伝った。

 

だから私は…。

 

「…嫌です」

 

「…えっ…」

 

「…親友じゃないと、嫌です」

 

「……あっ……、うん!」

 

自然に私はゆんゆんに抱きついていた。お友達でもいいのだけど、それよりも上でありそうな言葉じゃないと私は満足できなかった。

 

「…じゃあ、約束してねアリス。これからは、どんなことでもいいから…私に相談してね?」

 

「…ありがとうございます、ゆんゆん…」

 

気付いたら頬の痛みは全く無くなっていた。こんな風に心安らげたのは生まれて初めてかもしれないと思うと、なんだか気持ちが大分楽になっていた。

 

「…そろそろ話をしたいのだけどいいかしら?というよりお姉ちゃんも混ざっていいかしら?」

 

「「うひゃぁ!?」」

 

突然のセシリーさんの声に私達は2人して変な声を上げてしまった。というよりこのパターンはアルカンレティアでもあった気がする。

 

「…まぁ仲直りできたみたいだから良かったけど…、とりあえずお茶でも飲みながら聞いてちょうだい」

 

「あ、はい…」

 

「……」

 

私達がそれぞれ席につくなり、セシリーさんは簡易的な机にお茶を置くなり、近くにある椅子に腰掛けた。

 

「まずさっきの寄付のことだけど…一応ゼスタ様に話は通しておくわ。だけど多分…いらないと思うわよ?」

 

「…え?」

 

意外な答えが帰ってきた。あの街で一番栄えていた場所があそこまで派手に破壊されたのだ。修繕するにしてもかなりの額が必要と思われる。

 

「そもそも修繕するつもりがないのよね、ゼスタ様の提案であの場所を女神アクア様とその仲間達が魔王軍の幹部と激闘を繰り広げた聖地としてアルカンレティアの新たな観光スポットにする計画が動き出してるのよ」

 

「…えぇ…」

 

こちらとしては修繕することしか考えていなかったので流石にその発想には度肝を抜かされた。確かにそれが上手く行けば大した修繕費もかからないし破壊されたお店などのお引越しだけで済んでしまう。なんというか逞しすぎる。

 

「それ以前に貴方達はアルカンレティアを救ってくれた恩人よ?そんな人達からお金なんて取れる訳ないじゃない、こちら側が支払いたいくらいよ。それに何故アリスちゃんがあそこまで責任を感じているのかも私には全く理解できないわ。だって街を破壊したのはアリスちゃんじゃなくてあの悪魔とハンスなんだから。悪魔の狙いがアリスちゃんだったとして、なんでそれがアリスちゃんの責任になるのかしら?」

 

「…そ、それは…私があの場に居なかったら…そもそも悪魔が暴れることもなかったかもしれませんし…」

 

「……はぁ…」

 

セシリーさんは疲れた顔で溜息をついてしまった。ゆんゆんすら苦笑いしていてなんだか思い詰めていたことが馬鹿らしく感じてきた。

 

「そんなの結果論でしょう?アリスちゃんがいなかったら暴れなかった保証なんてどこにもないでしょうに。そんな考え方してたら立派なアクシズ教徒になれないわよ?」

 

「いやなりませんけど」

 

おかしい。何故私がいずれアクシズ教徒になる前提の話になっているのか。全く油断も隙もありはしない。…とはいえセシリーさんの言う事も確かにと頷けるものだ。たらればの話まで考えていたらキリがないしそもそも私が命令して街を破壊した訳でもない。少し考えたら…もといあまり考えなくても私が弁償するのはおかしな話である。

…多分悪魔の件で私の心に余裕はあまりなかったのかもしれない。兎に角ここ最近は色々と考える事が多すぎた。ゆっくり休みたいと旅行に行ったのに結局休めてなかったし心労がパない。

 

 

 

 

 

━━━━━━━━━━━━━━━

 

 

 

 

 

 

―アクセルの街・カズマ君の屋敷のアリスの部屋―

 

 

「どうしたの?突然…話したいことなんて…」

 

「…簡単ですよ、ゆんゆんには私の全てを知っておいてもらおうと思いまして」

 

私とゆんゆんはセシリーさんと別れ教会を後にして屋敷に帰宅していた。そして今言った通り、私は私の境遇を全てゆんゆんに話すつもりでいた。何故話す必要があるのかと聞かれたら…ゆんゆんは、私と何もかもを話し合えるような存在でありたいと言ってくれた、そして私もその気持ちは同じだった。そんな相手に私は隠し事をしたくない。流石にカズマ君やミツルギさんのことが絡んでしまう部分は伏せるつもりだけど、それでも私は私の全てをゆんゆんに知ってもらいたかった。

 

「まず、私はこの世界の人間ではありません」

 

「………え?」

 

やはりと言うべきかゆんゆんは呆気にとられてしまっていた。だけど話し出したら私の口は止まらない。

 

 

私の本名は有栖川 梨花ということ――

 

私は元いた世界で自殺して、転生することで今ここにいること――

 

そして今の身体は…容姿は…魔法は…全て転生した際に女神様から賜ったこと――

 

私はこの世界に来て初めて、自分と同じ日本からの転生者以外に話す事にしたのだ。

 

 

「…えっと……つまり…アリスは古の勇者様と全く同じって事…?」

 

「………うん?」

 

何故かゆんゆんの瞳は紅くもキラキラと輝いている。あれ?なんか思ってた反応と違うんだけど。

 

「確かに話が壮大すぎてビックリしたけど…こんな形でアリスが嘘を言うなんて思えないし…」

 

「…信じて…もらえるのです?」

 

異世界からの転生。それは私の世界から見たら創作話やらでしかありえない非現実的なものだ。そしてそれはこの剣と魔法のファンタジーの世界でも同じ事だった。日本より宗教が活発ではあるが海外を視野に入れたらその信仰心は理解できるレベルではある。最近女神が本当にいるとなってもそう簡単に受け入れられないことから女神やら転生やらはこの世界でも非現実的なことなのは間違いない。

 

「……信じる、…でもアリスの魔法はやっぱりこの世界の魔法じゃなかったんだね。通りで紅魔の里の文献でも王都の図書館でも全く何も見当たらなかったはずよ」

 

「…あー…調べた事があったのですね…」

 

「以前アクセルで活動してた時に私が1度帰省したでしょ?それが目的だったのよ。あんな凄い魔法なら、どこかに文献があるんじゃないかと思って…あ、ごめんね?アリスに何も聞かないで調べたりして…でも私も魔法使いではあるし、アリスは一族に伝わる一子相伝の魔法だから教えられないって言ってたから…それでもどうしても気になっちゃって…」

 

「…いえ、私こそ嘘ついちゃってごめんなさい…」

 

自殺云々はゆんゆんの耳に入らなかったのか、あるいは聞いた上であえて触れないようにしてくれているのか、それからも魔法についてばかり言及してきて時間は過ぎていった。その魔法に関する話の時は、変わらずゆんゆんの瞳はキラキラと輝いていた。

 

「…あ、あのー…ゆんゆん?もっと聞きたい事はないのです?それに…本当に信じてもらえるのですか…?」

 

話の最中だったけど私はその腰を折るように言った。正直この話を転生者以外にするのは初めてなので、それによる怖さもあった。ゆんゆんの受け取り方次第では、今の関係が崩れてしまう可能性すらあったのだけど…それでも、私はゆんゆんに私の全部を知って欲しかった。

 

「…うん、だってアリスの過去に何があったとしても、私にとってアリスは今のアリスが全てだから…」

 

そう告げたゆんゆんの表情は、どこか安らいでいて、慈愛に満ちていた気がした。

 

「それとも……梨花って呼んだ方がいい?」

 

「……できたらそれは…」

 

思わぬ発言に私の顔は真っ赤になっていた。何せ梨花なんて呼び捨てで呼ばれた事は過去を見れば両親くらいしかいない。それになんだかネトゲしている中で本名で呼ばれているような感覚が私を襲っていた。

 

「でもいいなぁ…アリスにしろ梨花にしろ…アリスの名前はどちらも凄く女の子らしくて可愛くて…、私なんて…」

 

「…そういえば前に言ってましたね、ゆんゆんの名前を馬鹿にされなかったことが嬉しかったとかなんとか。ゆんゆん可愛いじゃないですか。紅魔族特有のネーミングらしいですが他にはどんな方がいるのです?」

 

「えっ?えっと…私が学生時代の、お、お友達…には…その…あるえとか、ふにふらさんとか、どどんこさんとか…」

 

「……あるえって方は兎も角、ふにふにさんとどどんぱさん…?」

 

「…それ、もし本人達に会うことがあったら言わないであげてね…?」

 

お友達と断言できていないのがゆんゆんらしいのだけどそこは割愛しておこう。それにしても紅魔の里…、一族全員がアークウィザードの特性を持っていて親友であるゆんゆんが過ごしてきた里。何時か行ければいいなぁ、なんて、今の私は能天気にそんな事を考えていた。それが割とすぐに実現することを知らずに。

 

 

 

 

 

 

 



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episode 87 考察と王城での振舞

増えていく文字数。今回7000越えました。でも話はあまり進んでいないし誤字も結構あるかも。




―王都・冒険者ギルド―

 

翌日、カズマ君達のパーティがアイリスと会食するまであと3日。本来ならばこの日はアイリスと一緒に遊ぶ日だった。だけど襲撃にあってからアイリスの唯一の楽しみであった外出は禁止されてしまった。だからこそ本来の日である一週間おきに私とゆんゆんはクエストをお休みしてアイリスの元へ遊びに行くようにしている。遊びに、と言っても、お話がほとんどだ。

アイリスは私達の冒険譚がかなりお気に入りのようで、クエストの話や他愛のない話であっても、アイリスは目を輝かせて聞いてくれる。

 

…ちなみに…、襲撃されたのは私が狙われたせいだと言う話をアイリスやクレアさんにするべきか迷ったのだけど、それはダクネスによって止められてしまった。

 

「いいかアリス、襲撃の件で狙いがお前だったと言う事は絶対にアイリス様は勿論のこと、シンフォニア卿や王城の者に言ってはならない。言えば経緯はどうあれ、例えアリスが親しい間柄であっても…それは形式的にアイリス様を危険に晒したと見られる可能性が高い。そうなれば今度はアリスが国家転覆罪を問われるようになってしまう」

 

アルカンレティアから帰還した後の話し合いが終わって、ダクネスが私だけに神妙な面持ちで告げたのがこの忠告だった。今回の件、私に近しい人がそれを知る事になったがそれが国相手となれば話は簡単ではなくなる。国では私情は通用しないのだ、いくら私が蒼の賢者として評判が良くても…私の魔法に関しては賛否両論だったりするらしい。否定的なものはかなり少ないものの、それでも0ではないと噂で聞いた事があった。

 

これは単純に考えれば人は未知なる物事に恐怖するということだ、当然ながら私の魔法について知っている人はいない、いるはずがない。異世界の、それもゲームの中の魔法なのだから。そして今回の件が明るみになればそうした少数派ながらも私の力を恐れている人がしゃしゃり出てくるだろう。やはりあいつは魔王軍のなんたらとか言って。

こちらに言わせれば濡れ衣もいいところなのだけど国主体の相手となればそれは結果を重んじる。過程などは関係がない、私から見れば理不尽としか言えないのだけどそれがこの国では…もといこの世界ではまかり通っている。

 

そしてそれは以前カズマ君の指示によりランダムテレポートという形でコロナタイトをアルダープの屋敷を破壊したことによって起こった裁判によりそうなる事は間違いが無いと断言できてしまうのだ、あの裁判もまた、過程も何もかもを無視した結果だけをみて起こされたものだったのだから。その内容もほとんど一方的であり、被告の声に聞く耳を持たない…実に私のいた世界の中世の時代の西洋の裁判のようなもの。はっきり言えば以前めぐみんが言ったように裁判の意味はない、形式だけのものだ。

裁判という名の処刑台、それがこの世界の常識。権力が裁判に通用する時点でまともなものではない。カズマ君の時は今思えば奇跡に近いのかもしれない。…そう考えれば私がこの件を国相手に明かす事はもしかしたらカズマ君の裁判以上に大事になる可能性すらある。何せ被害者が一国の王女になるのだから。私を気に入ってくれているクレアさんも流石にアイリスが危険に晒された原因が私にあるとなれば敵に回る可能性もある。流石に当事者のアイリスは味方をしてくれるとは思うけど…これはもはや敵味方の問題ではない。

 

私の不用意な発言ひとつで…そこまでの話になってしまうこと、それが重要だった。

私が安易な考えでアイリスやクレアさんに悪魔の件を明かすことは結果的に私自身の破滅の可能性は勿論の事、様々な友人に迷惑をかけることになるだろう、私の気持ちひとつでそんなことをしてしまう訳にはいかない。

 

よってアイリスにこの件を話す事はない、王都に悪魔が潜んでいる可能性だけでも話す事も迷いどころではあるのだけど内々で解決することが望ましいのかもしれない。

ダクネスに忠告されることが無かったら…おそらく私はアイリスとクレアさんにこの件を話していた可能性が高い。そう考えたらダクネスには頭が上がらない。

 

全く…何故ここまで悩まなければならないのか。私は何一つ悪い事はしていないただの被害者だというのに。

 

 

 

 

このすば。(それはそれとして)

 

 

 

今は王都にある冒険者ギルドにいる。私とゆんゆんがアイリスの元へ予め挨拶(遊び)に行くことをミツルギさんに告げたらミツルギさんも同行すると言い出したのだ。元々ミツルギさんがパーティに加入したことを報告する予定だったので丁度いいとも言える。なので今は冒険者ギルド入口で待ち合わせ中である。ちなみにクエストは今日もお休みだ。

以前あった近隣の村へのモンスターの襲撃など、緊急性のあるクエストがあれば話は別になるがここ最近は私のリーダー権限をフル活用して一週間のうちクエストは4回までとしている。無理は良くない。

週に4回という数はアクセルだと少なめではあるが王都だとそれでも多い方になる。移動に時間がかかったりモンスターの討伐数が多かったり単純に綿密に準備をして挑まなければ危険だったりしてひとつのクエストを終わらせるのに2.3日かかるのも珍しくはない、王都で初めて受けたマンティコアの討伐が良い例とも言える。

そして冒険者ギルドを待ち合わせ場所にした理由は例外である緊急性のあるクエストの有無を、あるいは以前出現した合成モンスターの情報などもあるかもしれない。そういった事柄の確認の為だったが…特にそれらのクエストや情報は入ってはいないとのことだった。

 

「やぁ、おまたせ。待たせてしまったかな?」

 

そんな考え事をしていたらいつの間にかミツルギさんが私とゆんゆんの前に立っていた。いつものトレードマークともいえる青い鎧にサークレット、正に魔剣の『勇者』である。

 

「いえ、私とゆんゆんも今来てギルドに情報はないか聞いたところです、特にめぼしいものはありませんでしたけど」

 

「…何もないのが本当は一番いいんだけど…」

 

私の言葉に反応するかのようにゆんゆんの呟きに私とミツルギさんは無言でゆっくりと頷く。確かに何も起こらないことが一番に決まっている。だけど…

 

「確かにね…だけど既に起こってしまった後の何も無いというのは…」

 

「……まぁ嵐の前の静けさとでも言うのでしょうかね…」

 

こういう事である。合成モンスターにより10名以上の冒険者が亡き者となっている。あの騒ぎから既に十日以上経っているのだ、そして今日に渡りめぼしい情報はまるで入って来てはいないし何も起こっていない、これは不気味でしかない。

それに加えて完全に後手に回らなければならない現状もあまりよろしくない、今や魔王軍が何をしてくるか待ってしまっている状態なのだ。それが何時何処で起こるかもわからない。

一瞬ウィズさんから何か情報が引き出せないだろうかと思い当たるがすぐに払拭した。アルカンレティアでの共闘は既に魔王軍も認知している可能性があるが今のところウィズさんは何も変わった様子はない、まぁウィズさんに報復を考えたところでウィズさんの傍にはバニルもいる、いくら魔王軍であろうとあの2人をまとめて敵に回そうとは簡単には思わないと思われる。ただウィズさんへの危険度が増す可能性を考えればやっぱり安易に相談はできないだろう。

 

「考えても仕方ない…情報がないのなら予定通りに行動するしかないだろう」

 

「そうですね、アイリスが待ってると思いますし、行きましょうか」

 

「うんっ」

 

アイリスに会えるのが楽しみなのか、ゆんゆんは上機嫌だった。確かに考えても解決しないことを悩んでも仕方ない。これからアイリスに会うんだから嫌な気持ちは払拭してしまわないと。せっかくアルカンレティアで買ったお土産まで持ってきていることだし、切り替えないと。そんな気持ちから、私もまた笑顔で応じることにした。

 

 

 

 

 

 

このすば。(ミツルギ「最近ボクの影薄くないかな…?」)

 

 

 

 

 

 

―王都・貴族街エリア―

 

以前話したように王都の街は中心に王城があり、そしてその周りを囲むようにドーナツ状に貴族街、一般住宅街、工業、商業とエリアが分割されている。

今私達は貴族街を抜けてもう少しで王城にたどり着くところまで来ていた。先程の冒険者ギルドのように人が多い場所では話せない内容も、人通りが少なめなこの場所なら話ができる。だからこそ、ミツルギさんは周囲を確認しつつ、私に目を向けた。

 

「……それで…例の件は…?」

 

「…結論から言えば……ありませんでした…」

 

この言葉だけで理解したのだろう。ミツルギさんの表情は曇っていたしゆんゆんもまた、言葉はなかった。

 

例の件とは言うまでもないのだが私の事を散々付き纏っていた悪魔…マクスウェルのことだ。アルカンレティアで襲われるより以前から、私はその悪魔に王都から目をつけられていた。それも王都に来る度にだ。それはアクア様の加護により守られていたから、特に害はなかったものの、いざ今日になればその反応は全く感じなくなっていたのだ。

推測すれば思い当たるのは…

 

「マクスウェルが諦めたか、あるいは私を狙えなくなっているほど弱っているか…ですかね…」

 

どちらかは分からない、だけど確実に言えるのは私へのマクスウェルの干渉が今はなくなってしまった。これではウィズさんから買った魔導具は効果を発揮できない。追いたくても追えないのである。

 

「……ね、ねぇアリス、私思ったんだけど…」

 

「ゆんゆん?」

 

ふとゆんゆんの歩む足が止まる。不思議に思った私とミツルギさんは同じように足を止めてゆんゆんを一瞥すればそのまま言葉を待った。するとゆんゆんは私達の間に入るように顔を近付けると私達に耳打ちするように小声になった。誰かに聞かれたらまずいと判断したのだろう。

 

「…その、そもそも私達が王都で襲われた時の人達は…どうしてアリスを狙ったのかな…?」

 

「どうしてって…そんなの悪魔が操ることで…」

 

「それは違うと思う…、あの人達は明らかに王都の人間じゃないと思うし、そんな人達を悪魔がわざわざ他の場所から連れてくるのは不自然な気がするし…何より今思えばあの人達は…操られてる風にはみえなかったし…」

 

「……」

 

ゆんゆんの言葉に私は考えるように思い巡らせていた。…なるほど、確かに私を攫いたいのならわざわざあんな盗賊のような人達を使わなくても付近の街の人間を操ってしまえば人員はいくらでも確保できてしまう。

だが悪魔がアイリスを操り私達を誘導したのはおそらく間違ってはいない。そして誘導された場所で私達は襲撃された。

 

「……っ!?」

 

「…君達の話をまとめると確かに不審な点が多いね…これはまさか…」

 

私は静かに戦慄していた。今まで私は悪魔であるマクスウェルの単独犯だと思い込んでいた。だけどそうじゃなかったとしたら?あの悪魔でさえもあの盗賊達と同じように私に差し向けられた者に過ぎないのだとしたら。

ここまでその可能性を考えなかった理由は単純にあの悪魔の力のせいだ。まさか他の何かの命令によって動いている可能性なんて考慮しようがない。そしてその悪魔に命令ができる存在は魔王軍ではないことはハンスとの戦いで推測できる。そして悪魔以外で差し向けられた存在は、人間である盗賊、あの手の輩はお金さえ貰えれば何でもやりそうだ、それはつまり…

 

「……黒幕は…人間である可能性…ですか…」

 

勿論他の可能性もあるが今の私の頭にはそれが一番しっくりきていた。しかしそうなれば余計に私を狙う理由がわからない。誰かに恨みを買うようなことをした覚えはないのだけど。

 

それぞれが考えるように王城へと歩を進めていく。そこにこれ以上の会話はなかった。私の為に2人とも本気で心配して考えてくれている…それはとても頼もしくて、嬉しかった。

 

「……考えるのはこの辺でやめておきましょう。皆でこんな難しい顔をしていたらアイリスも心配しそうですし」

 

そう告げた私の表情は優しく綻んでいたと思う。それを聞いたゆんゆんもミツルギさんも、何処か安心したような安らいだ顔をしていた。その意味は聞かなくても理解できる。

恐いのは何も変わってはいない、だけど今までのように独りで抱えてはいない。ここにいる2人も、そしてカズマ君やアクア様、めぐみんにダクネスもまた、私の味方をしてくれている。その頼もしさから、私の心はかなり落ち着いていたのだ。そしてそんな私の表情を見て、2人は安堵したのだろうと思う。

 

 

……そんな時、私はとある一件の豪邸だった場所(・・・・・)の前を通りかかって…一瞬その場所を見た。

 

そこはかつてカズマ君の指示により機動要塞デストロイヤーの核であったコロナタイトが飛ばされ、そして爆発した場所。あのアルダープの屋敷。その場所は今や瓦礫は完全に撤去され、整地されて石材を積み上げていた。建築途中だと思われる。そんな場所を通りかかった際に…私はほんの一瞬…悪寒を感じた。

 

「……っ!?」

 

私はふいにその建築途中の屋敷に振り向いた。その行動に2人の歩は再び止まった。

 

「…アリス?どうしたの…?」

 

「……ここは確かアクセルの街の領主の…?」

 

2人の声は私の耳を素通りしていた。…そうだ、いるじゃないか。私に恨みを持つ可能性のある人間が一人。

 

アルダープ。アクセルの街の領主で別荘としてこの王都に豪邸を持ち、そしてカズマ君の裁判でカズマ君を訴えた張本人。

あの裁判で彼は貴族として恥をかいたと言えるだろう、その傲慢な考え故に私を恨んでいるかもしれない。

貴族なのだからお金はいくらでもあるだろう、盗賊を雇うくらいはやりそうだ。ただあの強力な悪魔を使役しているとなると、正直首を傾げたくはなる。アルダープ自身は普通の貴族のおじさんに過ぎない、何も力も無い人間なのだから。

 

「……なんでもありません、行きましょうか」

 

私はそのまま歩を進めた。確かに可能性はある。だけどそれだけだ。

何故なら話が繋がるというだけで何も証拠がない。本当なら勢いのままあの建築途中の屋敷を調べたいまであったがそれで何も出なければ私は不法侵入で捕まってしまう。これを2人に言わないのはまた独りで抱えたいからではない、無闇に混乱させたくないだけだ。勿論、何かひとつでも証拠に近いものが出てくれば、すぐにでも話すつもりだ。

 

 

 

 

 

 

このすば。(ゆんゆん「アリス…大丈夫かな…?」)

 

 

 

 

 

 

「アリス様、ゆんゆん様、それに魔剣の勇者ミツルギ様、ようこそいらっしゃいました。アイリス様がお待ちになっております!中へどうぞ!」

 

王城前に着くなりお城の守衛さんから声をかけられ、敬礼された。ミツルギさんがパーティに入ったことで改めてアイリスに挨拶することは先日会った際に言ってあるのでそこから守衛さんにも伝わったのだろう。私達は軽く頭を下げると王城の中へと進んでいく。

 

このように王城の中へ顔パスで入れてしまうのは正直に言えば気持ちがいい。恥ずかしい感情もあるけどそれは既に何度も経験したので慣れてしまっていた。

道中城の兵士、騎士、王宮お抱えのウィザード風の人からプリースト風の人など様々な人とすれ違い、その度に敬礼や丁寧なお辞儀をされる。私達はこれにも無言でお辞儀して返す。ゆんゆんはまだ慣れないようでぎこちなさを感じたがこのやり取りに慣れたゆんゆんはゆんゆんじゃない気がするのでこれでいいとも思えてしまう。

 

そして暫く歩き、階段を上り、開けた華やかな場所に案内された。この王城の謁見の間である。

石造りの床に金色の糸で模様が描かれた赤い絨毯の道の先には、段差の上がった床の上に3つの王座が見受けられ、その中央にアイリスは座っていた。その左右にはそれぞれクレアさんとレインさんが立っている。

 

私達は横一列に並ぶように移動すると、その場で片膝をついて頭を下げた。

 

…私にしては意外な行動だと、カズマ君達が見たら思うかもしれない。だけどこの様式は謁見の間という場所故にしなくてはいけないことだ。今この場所にいる私やゆんゆんとアイリスの関係は友人ではない、冒険者と一国の王女という関係に過ぎないのだ。

勿論私はこんな事はしたくないしアイリスも望んではいない。

しかし今この場所には私達の背後に何人もの城の騎士達が見ている、クレアさんとの約束にもある、クレアさんやレインさん以外の城の者がいる時は冒険者と王女という関係でいるようにと。これは王女アイリスの品位を落とすだけではない、騎士の中に余計な不満などを持たせない為だ。それもそうだろう、ただの冒険者風情が一国の王女と対等に会話をするなど、貴族上がりの騎士達が理解を示すはずがないのだから、それを見ればクレアさんやレインさんはかなり話が分かる貴族なのだ。

 

アイリスはクレアさんに目配せすると、クレアさんはその場でしゃがみこみアイリスの言葉を待つ。そしてアイリスはそっとクレアさんに耳打ちする。

 

「頭をあげよ、とアイリス様は仰せだ」

 

その言葉に倣い、私達は顔を上げる。先程も言ったように、今は貴族上がりの騎士達が大勢私達の背後にいる。そしてその者達は王女と冒険者が対等に話をすること自体をよしとしない。だからアイリスの言葉は全て、クレアさんに告げられてそれをクレアさんが代弁する。…なんともめんどくさいのだがこれが当たり前のようなのだ。…ただアイリスの内情を知っている私達には別の理由があると確信している、単純にアイリスが余計なことを言わないようにする為のフィルターにもなっているのだろう。

 

「此度はよく来てくれたな、報告を聞きたい…と、アイリス様は仰せだ」

 

その言葉に私が反応した。報告とは言うまでもなく、魔王軍の幹部、ハンスの討伐の件だ。実は私達はハンス討伐の件をまだ冒険者ギルドにも王城にも報告してはいない。噂では広まってはいないが正式な報告はこれが初めてだ。もっとも今ここで完全に報告するつもりもない、後日カズマ君のパーティと一緒にここに来た際に改めて報告もするつもりである。なら今する必要はないじゃないかと思われるがダクネスに頼まれたのだ、先立って報告だけしておいてほしい、と。

 

「はい、私達のパーティと、冒険者…佐藤和真さんのパーティは、先日アルカンレティアにて、魔王軍の幹部、デッドリーポイズンスライムのハンスを討伐致しました。まだ冒険者ギルドに報告しておりませんが、まずはアイリス様へと思い、馳せ参じました次第であります」

 

本来私はミツルギさんの加入について報告するはずだったのだがそれはあくまで先日の話。それよりも優先すべき報告ができてしまっていた。私の言葉にアイリスは無言ながら目を大きく開いて驚いていた。それはクレアさんやレインさんも同じようだ。同時に私達の背後にいる騎士達がざわめく。それはクレアさんが咳払いするとともにかき消された。

アイリスは少し間を置いて、クレアさんに目配せすると先程のようにクレアさんは片膝をついた。同時にアイリスは耳打ちしている。

 

「噂には聞いていたが真のこととは…此度の討伐、大義であった…と仰せだ。諸君らの活躍に、アイリス様は大変喜んでいらっしゃる」

 

アイリスはそんなこと言わない。とつっこみたいけどそこは我慢。クレアさんがそれらしく翻訳しているのは明らかだし。…それからは他愛のない話が続き、直接話せばすぐ終わる内容なのに無駄に時間がかかっていた。次第に話に終わりが見えてくると、アイリスは少し不機嫌そうな顔をしてクレアさんに耳打ちした。

 

「さて、そろそろいいだろう。ご苦労だったな、皆の者は下がってくれ、後は私が細かい話を応接室で聞くとしよう」

 

クレアさんのこの言葉で、私達は再度頭を下げるなり立ち上がり、兵士さんの案内の元、応接室へと移動することになった。同時に騎士達も少しざわめきながらも謁見の間を後にした。

 

 

 

 

 




たまたま不定期ながら書けてますが相変わらず次回は未定です。感想もらえたらやる気出てはやくなるかもです←


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episode 88 演劇と舞台裏

 

―王都ベルゼルグ・王城―

 

私達はクレアさんの部下らしきメイドさんの案内の元、応接室へと歩いていた。今ならメイドさんしかいない、そしてこのメイドさんは私達とアイリスの関係を知っている人。ようやく堅苦しい場所から抜け出せたこともあって、私はだらりと項垂れていた。

 

「……めちゃくちゃ緊張しましたよ…」

 

「お疲れ様、だが見事な報告だったよ。やはりアリスに任せて正解だったな」

 

「うんうん、アリス凄くカッコよかったよ!」

 

ミツルギさんとゆんゆんの賞賛はありがたいのだけどこればかりは慣れないし恥ずかしい。私の嘆きを聞いたメイドさんは目立たない程度にクスクスと笑っていた。

そもそも私はあんな喋り方をするタイプの人間ではないのですよ、今回のだってダクネスがアイリスに丁寧な対応しているのを見たことがあったからそれを模倣してみただけに過ぎないのだから。

元より何故私が代表して謁見の間で発言していたか?答えは簡単だ。私がパーティリーダーだから。

私としては最初はミツルギさんにお願いしようとしていたのにやんわりいい笑顔で断られてしまった。爽やかに「リーダーはアリスだろう?僕が出る幕はどこにもないさ」だそうな。こんな事まですることになるのならリーダーなんてなるんじゃなかったとも思えた瞬間である。

 

ちなみに毎回こういった事をやる訳でもない。今日は偶然ながら騎士達が揃っていて、アイリスが国務で謁見の間にいたところに私達はそのまま通された形になっていた。ただ城に来る場合こういう事になる可能性は予めクレアさんから聞いていたので即座に対応できただけの話だ。

 

そして…

 

「応接室に着きました。すぐに紅茶を用意致しますので皆様は寛いでお待ちください」

 

さっきまでの謁見が騎士達に見せる演劇だとしたら、今のこの応接室は舞台裏の楽屋のようなものだろう。先程クレアさんは応接室で詳しく話を聞くと言った、これは応接室でクレアさんだけでなくアイリスも共に話すことになる。つまり応接室で気兼ねなくお話しましょうということなのだ。

 

長方形の机に紅茶のティーカップが6つ置かれていた。私達はひとつの長い豪華なソファに腰掛けるなり、紅茶を触ることなく友人を待つことにしていた。

 

「アリスさん!ゆんゆんさん!ミツルギ様も!」

 

待つこと数分、可愛らしい声が聞こえると共にアイリスはスカートを持ちながらこちらに早足で駆けつけた。案の定クレアさんが後ろで咳払いしているしその横でレインさんは苦笑いしていた。

 

「こんにちは、アイリス。国務お疲れ様ですよ」

 

「アリスさんこそ、もしかして貴族の方だったのですか?凄く受け答えがお上手でしたけど…」

 

「ダクネスの真似事に過ぎませんよ、ですが問題ないようでしたら良かったです」

 

「ふふっ、あの対応なら大抵の場所で通用するだろう。あれなら騎士達に不満もあるまい」

 

語らないがクレアさんの横でレインさんは笑顔でうんうんと頷いていた。だから褒め殺しは苦手なのでやめていただきたい。私が顔を赤くして俯くとアイリスは楽しそうに笑っていた。

なお騎士達に不満というのは何度も言うように騎士には貴族あがりが多い。簡単に言えば傲慢な輩も多々いるという事だ。冒険者風情があのように王女に謁見するだけでも気に入らないという者までいる始末らしい。流石に魔王軍の幹部を討伐したとなれば文句をつける者もいないらしく、先程のように動揺からざわめきが起こるだけにとどまってはいたが。

 

「それにこれで魔王軍の幹部は3人目になるのか…君達のおかげで私達も大きな希望を持てそうだ。王都で活躍する魔剣の勇者と蒼の賢者、紅魔族の才女がパーティを組んだという話だけでも国民は大きく期待しているだろう」

 

「そ、そんな、才女だなんて…」

 

クレアさんの評価に一番にゆんゆんが反応して恥ずかしそうに顔を赤くしていた。ゆんゆんがようやく異名持ち(こちら側)に入ってくれた感じがして私も思わず笑顔になる。

 

「私、3日後がとても楽しみです♪サトウカズマ様…一体どんな方なのでしょうか…」

 

アイリスはその愛らしい瞳を輝かせている。おそらくその様子から察するに私の横に座るミツルギさん以上の…まるで英雄譚に登場するような人物を想像している可能性が高い。……これはあまり宜しくない。

 

「…では、せっかくですし佐藤和真さんのパーティについて簡潔ながら説明しておきましょうか」

 

「本当ですか?私、是非聞きたいです♪」

 

「ほう、それは興味深い。私達は討伐したという実績しか聞いていないからな…」

 

レインさんも楽しみなのかうずうずしながら私の言葉を待っている。というか意識しないと存在を忘れそうになるからもっと喋っていただきたい、そんなんだから影が薄いのですよ、…とは流石に貴族であり王宮お抱えのアークウィザードである方に言えるはずもないが思ってしまうのは仕方ない。

 

「ダクネスのことは皆さんご存知でしょうから割愛させてもらいますが…ではまずゆんゆんと同じ紅魔族のアークウィザード、めぐみんから…」

 

「めぐみんは私の学生時代の同期なんです。…少し悔しいのですが彼女は常に里でも一番の成績でした。私はいつも二番でしたから…」

 

ゆんゆんが私に続くように言うがその情報はあまりいいものではない、真実ではあるかもしれないが無駄に持ち上げるだけになってしまう。

 

「ゆんゆんさんの実力は見させていただいたことがありますが…ゆんゆんさんよりも上なのですか!?」

 

ようやくレインさんが口を開いた。流石に同じアークウィザードとして反応せずにはいられなかったのだろう。驚きながらも期待の眼差しを寄せている。

 

「彼女の爆裂魔法は強力ですよ、実際アルカンレティアでハンスにトドメをさしたのは彼女ですから」

 

「ば、爆裂魔法!?ゆんゆんさんと同期ってことは。まだ14歳ですよね!?その若さで爆裂魔法まで扱えるというのですか!?」

 

めちゃくちゃ興奮しているレインさんの横でクレアさんが咳払いする。すると何かに気付いたようにレインさんはそっと俯いてしまった。

あと訂正するなら爆裂魔法まで扱える、ではなく、爆裂魔法しか扱えない、なのだが言うだけ野暮だろう。まぁ言うまでもないが常識的に考えて他の魔法全てを無視して爆裂魔法のみを取得しているなんて考えは一般的に考えられるものではない。

 

とりあえず話にボロが出る前に次の紹介へと移ろう。

 

「続きましてアークプリーストであるアクアさん。ぐ、偶然にもあの女神アクアのお名前と一緒で、彼女自身も熱心なアクシズ教徒ですね」

 

それを聞いたクレアさんとレインさんの表情は明らかに引き攣っていた。アイリスだけは可愛らしく首を傾げていたけどアクシズ教についてはまだあまり聞いた事がないのだろうか?と思うもあまりにハチャメチャな宗教なので教育上宜しくないとあえて教えていないと思われる。

あと当然ながら本物の女神様だなんて言えないのでそこは嘘をついてしまうが仕方ない。

 

「…えっと、確かにアクシズ教徒ではありますが比較的大人しい方ですよ、それにアークプリーストのスキルは全て取得しています」

 

「…全て!?そんな人間が本当にいるのか!?」

 

あくまでも比較的、だ。アクシズ教徒であるゼスタさんやセシリーさんに混ざれば少しは大人しく見えるだろう、うん。ただクレアさんに驚かれて初めて私も気が付く。よく考えてみたら私が知ってる人で職業の全てのスキルを取得している人はアクア様とウィズさんくらいだ。…うん、どちらも人間ではないか人間をやめていらっしゃる。ウィズさんも爆裂魔法などはリッチーになってから取得したと聞いた事があるしこれは失言だったかもしれない。

 

「信じられないかもしれませんが事実ですよ、ですから彼女は昔から神童と呼ばれていたそうです」

 

「は、はい、アークプリーストでも中々使える者がいないリザレクションまでも使えてしまえますから、私の憧れのアークプリーストさんです」

 

どう誤魔化すか内心焦っていたところにミツルギさんがフォローしてくれた。神童どころか神そのものなのだけどこの程度の嘘は仕方ない、というよりこうして話してみるとカズマ君のパーティは改めて癖が強すぎると思える。

 

「王都やアルカンレティアでも使える者がめったにいないリザレクションまで…それほどの者なら是非王都にその身を置いてもらいたいが…」

 

褒めすぎて話がエラいことになってる気がする。繰り返すが嘘は言っていない、あくまで短所を話していないだけで。なのに嘘をついてるような罪悪感が私を静かに襲っていた。

 

「あ、あの!先程割愛すると仰りましたができたらララティーナのことも聞きたいです!確かに知ってはいますが戦闘となると私達もあまり目にした事がありませんから…」

 

そんな想いの中、アイリスから助け舟が。確かにダクネスも基本はアクセルに身を置いているので戦闘場面を見たことはあまりないのだろう。あえて言うなら襲撃の際に一緒になったくらいだがあの時は悠長に見ている余裕は流石になかっただろうし。…いやむしろ見ない方がいいのだけど。ある意味アクシズ教徒よりもタチが悪いし。

 

「ダクネスは優秀なクルセイダーですよ。あの機動要塞デストロイヤーがアクセルに攻めてきた時、誰もが逃げる中彼女だけは真っ向から盾として立ちはだかったと聞いています」

 

私の説明に御三方は感銘を受けたように頷いている。それに続くようにミツルギさんが話を受け継いだ。

 

「実際アルカンレティアで僕は彼女と共闘しましたが…とても強い意志を持つクルセイダーでした。巨大なデッドリーポイズンスライムを前にしても、彼女は全く怯む事もなく、僕達だけでなく街の人達をも守る盾として働き、エリス教徒でありながらアクシズ教の人達をも救う対象にして…正に騎士の鏡とも言える存在でしょう」

 

もしここに嘘を見抜く魔道具があってもベルが鳴る心配はまずないだろう。ミツルギさんは本気でそう思って言っているのだろうから。カズマ君が聞いたらお前の目は節穴か!?くらい言うに違いない。おそらく私やゆんゆんが同じ事を言えばまず間違いなくベルは鳴るだろうが。

 

やはり王家の懐刀とまで言われるダスティネス家、それはアイリス達にとっても身内と言える存在だ。そんな身近な人間がプラス評価なのは好ましいことなのだろう、アイリスもクレアさんもとても上機嫌に見受けられる。

 

さて、問題はここからだ。ここまでは彼女達の長所のみを上手く上げてまるで英雄譚に登場しそうな人達にしてしまったがカズマ君は難しい。

これと言って特別なスキルはない。冒険者特有の様々なスキルを使える点があるが英雄譚のように話すにはかなり物足りない。何よりきびしいのが上位職どころか最弱職の冒険者、これを聞いてアイリス達がどう評価するかである。

 

…とはいえこれは遅かれ早かれわかってしまうことだ。できる限り長所を出して話すしかない。

 

「そしてそのパーティのリーダーである佐藤和真さん…私はカズマ君と呼んでますが、カズマ君はそのパーティの指揮者的存在です。的確な指示を出して皆を導いて…聞くところによれば昔は部隊を率いて指示を出していたらしいです、その経験は実際にバニル討伐の際にも発揮され…彼が居なければおそらくバニル討伐は成しえなかったことでしょう」

 

これはどう考えても嘘だろう。そんな想いがミツルギさんの僅かながらの表情の変化で察せられた。その嘘の部分は部隊を率いて~の部分だろうがこれも嘘ではない。ただネトゲ内の話というだけで。

 

「勿論指示だけではありません。要所要所で自らも動き、最善の方法でパーティの勝利を導く、彼は知略家だと思っています。そして何よりも彼が凄いと思えるところは…」

 

私の話に御三方はごくりと喉を鳴らす。ここまで話の中では錚々たるパーティメンバーを紹介してきてそのリーダーの話だ、期待に胸を膨らませるのもわかる。さて、どうなるか。

 

「……彼が、最弱職である『冒険者』ということです」

 

「……」

 

『冒険者』…この言葉を私が告げた時、明らかに空気が凍りついたのを私は感じ取った。

 

「…あ、あははっ、またまたご冗談を、賢者様はユーモアもあるのですね」

 

凍りついた場を和ませるようにレインさんが言うが、凍った空気は簡単には元には戻らない。この反応は予想以上とも取れる。職業である冒険者のイメージは確かにあまり宜しくない。今言った通りの最弱職。駆け出し冒険者の街であるアクセルでさえも冒険者になるくらいなら違う職業を勧められることは常識である。

 

「…私……納得できません!!」

 

大声を上げるアイリスの姿に、私達は静かに驚いていた。萎縮してしまったとも言う。こんなにも怒りに震えるアイリスは見た事がなかった。それは夢を壊された子供の反応だ、ここまで英雄譚に登場するかのように他の3人を紹介してきただけにその落胆は大きいと思われる。

 

……だけど考えようによっては今アイリスが知ったことはこちらにとってプラスなことだ。

 

この怒り具合を後日の会食の場で起こしてしまっていたらとんでもない事になるのは間違いない、今と違い会食となれば騎士達は勿論のこと、王都に住む有数の貴族らも招待されるだろう。そんな中でアイリスを怒らせてしまうのは非常に不味いのだ。

 

「アイリス様、どうか落ち着いてください…!」

 

クレアさんやレインさんもアイリスのこのような激昂した姿はあまり見た事がないのかもしれない、どことなく戸惑いが見受けられた。

 

「そうですよアイリス、話は最後まで聞くものです」

 

クレアさんが宥めて、私が落ち着き払って言うことで席を立っていたアイリスは半ば納得していないような不機嫌な顔のままゆっくりと席に着いた。内心は落ち着き払ってなんてないけど、めちゃくちゃドキドキしてるけど。

 

「いいですかアイリス、確かに冒険者という職業は最弱として周知されています。レベルが上がってもステータスの上昇値は低く、唯一の長所であるどんなスキルも取得できるという点についても、スキルポイントの消費が2倍必要になる、…誰にでもなろうと思えばなれる職業です」

 

「……」

 

「ですが、カズマ君はあえてその冒険者という職業についたとしたら、どう思います?」

 

「……え?」

 

勿論仮定の話であるし、実際カズマ君は冒険者しか道がなかったと本人から聞いた事があるから他の職業を選ぶ権利がなかったのが正直な話である。だけどそこは上手くアレンジするしかない。

 

「誰もが最弱職と蔑む冒険者、そんな冒険者で活躍できたら…それはとても凄い事ではないでしょうか?実際に魔王軍の幹部にデストロイヤーとカズマ君の功績はあまりにも多いです」

 

「そ、それは、先程話した仲間の方々が活躍したからでは…?」

 

「確かに火力などの面を考慮したらそうかもしれません。ですがその火力を出すのも簡単には行かないのですよ、そこにいるレインさんも、アークウィザードでしたら爆裂魔法の詠唱がどれだけ隙を生むかくらいは理解していると思いますが」

 

「た、確かに…あの魔法はかなり集中力と発動までかなりの時間が必要と聞いてますが…」

 

私の発言にレインさんはゆっくりながら頷いた。アイリスは先程より表情は和らいだものの、まだ納得はしていないようだ。無言で私を睨むように話に聞き入っていた。

 

「それは私の最大魔法でも同じです、そしてバニルとの戦いでその魔法を発動するまで私を守ってくれたのは、ここにいるゆんゆんとカズマ君でした」

 

「…とはいえ私のボトムレス・スワンプでは…見通す悪魔のバニル相手には大した足止めにはなっていませんでした」

 

「カズマ君は冒険者の特性を活かして、様々なスキルを取得してます。一般的な初級魔法から、ダンジョンで役に立つ敵感知スキルや罠探知スキル、暗視スキル。更に私の魔法も一部ではありますが教えたことで使えるようになってます」

 

「け、賢者殿の魔法まで!?」

 

レインさんが派手に驚いてくれた。これは効果があったようでアイリスとクレアさんも驚いていた。…というのもこの御三方が知っている私の魔法はバーストだけだ、よりによって私の魔法で一番ド派手なやつである。だからこそ私の魔法と聞いてバーストのような強力なものを連想しているのだろうけど実際にはカズマ君が覚えているのはウォールのみである、しかしそれを言う必要は皆無だし嘘は言っていない。そしてこれによりアイリスの緊張していた表情は大分綻んできていた。

 

「彼は冒険者という職業が最弱であるということを払拭しつつある冒険者であると私は思っています、それに彼の知略が合わさってパーティの要となっていることは間違いないと思います」

 

「補足させてもらうと…僕は佐藤和真と一騎討ちで勝負したことがあります、その時の彼はレベル一桁の冒険者、それに比べ僕は当時レベル37のソードマスターでした。…相手は最弱職の冒険者と油断も慢心もありました…それでも僕は…結果的に…彼に敗北したのです」

 

「「「……っ!?!?」」」

 

その話がトドメとなったようだ。御三方ともに度肝を抜かされたように驚いていた。暫し静寂が続き…そして俯いていたアイリスが顔をあげれば、その瞳は…とてもキラキラと輝いていた。

 

「……私、サトウカズマ様にお会いすることが…本当に楽しみになりました…」

 

 

…なんだか盛りすぎた気がするけど後はカズマ君の言動次第なところもあるだろう。こればかりは本人によるものなのでどうすることもできない。頑張れカズマ君、私は頑張ったよ!

 

こうしてどうなるかと思えた謁見及びお話は平和に終わり、後は3日後の本番を待つのみとなっていた。

 

 

 



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episode 89 ある貴族からの手紙



久しぶりに会話多めに書いた気がします。やっぱり会話は書いていて楽しいですねぃ





 

 

―アクセルの街・カズマ君の屋敷のリビング―

 

「お前ら何てことしてくれたんだぁぁ!?」

 

アイリスと謁見したその日の夜、私はカズマ君達に今回アイリスにお話したことを全て説明した。すると即時にカズマ君からこの怒号である。突然のカズマ君の怒りの叫びに私とゆんゆんは目と耳をふさいでいた。ちなみにミツルギさんは王都住みなので現地解散した。

 

「何を怒っているのですかカズマは、大体合ってるではないですか」

 

「全然合ってねぇよ!!どこの英雄譚だよ!?ハードルあげすぎて既に雲の上だよ!!越えようがねーよ!!」

 

「…で、ですがカズマ君、私達は嘘は一切言ってませんし」

 

「アリス、それもう一回言ってくれるか?ちゃんと俺の目を見て言ってくれるか?」

 

「……え、えっと……」

 

ギロ目で顔を寄せるカズマ君に私は冷や汗ながらも思わず目を逸らしてしまう。そりゃ実際アイリスと話している時すら嘘をついているような罪悪感があったのだから面と向かって言える訳もなく。

 

「…しかし危惧はしていたが冒険者という職業だけであのアイリス様がそこまで激怒なさるとはな…これが3日後にカズマの目の前で起こっていたらとんでもない事になっていたぞ」

 

「それ怒っていたらと起こっていたらをかけてんのか?全然うまくねーからな?…ったく、なんで勝手に期待と誇張されて職業だけでそこまで蔑まれなきゃならないんだよ…」

 

「なななっ!?そ、そんなつもりはない!?」

 

ダクネスの言葉にカズマ君は反論しながらも、明らかに声のトーンが下がっていた。そしてカズマ君の意見もごもっともな話なのだがそういったことが通用するのならこちらも苦労はしない。あとかけてるのかどうかわからないそれはスルーしておく。

 

「アイリスはまだ12歳ですからね…まだ子供なのですよ。大変だったのですよ、『冒険者』という職業をかぶせてカズマ君を良く見せること…」

 

「魔王軍の幹部を倒した功績はそれ程までに重いということだ」

 

 

ベルディア討伐から散々言っているが魔王軍の幹部の討伐はここ数百年成し得ることのなかった快挙である。それが立て続けに3回、更に私は関与していないが機動要塞デストロイヤーの討伐もある、あれもまたもはや天災と呼ばれて諦められていた事象のひとつ。ここまでの偉業を達成しているのだ、まるで英雄譚に登場するような人物像を想像されてしまっても仕方ないのである。それは何もアイリスだけに限った話ではない、私達を知らず話だけを聞いたこの世界の人々がアイリスのようにカズマ君のパーティを英雄視して見ているのはほぼ間違いないと思われる。つまりは

 

「ようは子供の夢を壊さない大人であれということになりますね……な、なんですかその目は!?言いたい事があるなら聞こうじゃないか!」

 

めぐみんが言うと微妙な空気になっていた。そりゃ仕方ないよね、この中で一番子供ですし。

とりあえずカズマ君達には本番で当たり障りなく無難に過ごしてもらうしかないだろう。…もっとも、カズマ君のパーティの場合それが何より難易度が高いのだけど。

 

 

 

 

このすば。(「話はまだ終わってませんよ!?」)

 

 

 

 

――翌日。

 

 

―王都ベルゼルグ・冒険者ギルド―

 

私とゆんゆん、ミツルギさんはクエストを受ける為に依頼が貼られた掲示板の前にいた。とはいえめぼしいクエストがない。ひとつ気になるものをと手に取って見たのは最近貴族の屋敷から金品を盗む盗賊の調査、可能ならば討伐もとい捕縛というものがあった。

 

「これは最近噂になっている義賊のことだろうね」

 

「義賊…ですか?」

 

「知らなかったのかい?それならあそこに新聞の記事が貼られているから見てみるといいよ」

 

ミツルギさんが近くに貼られていた新聞の切り抜きを指差す。私とゆんゆんは首を傾げつつその前に行くなりそれを閲覧することにした。

 

――王都を騒がせる義賊、銀髪の義賊に迫る―

 

こんな見出しから始まった内容はこうだ。

最近王都の一部の貴族の屋敷から金品などが盗まれている。そしてその盗んだ金品は孤児院や貧しい村などに配られているらしい。

その貴族も、調べてみればいい噂を聞かない悪徳貴族のようで、それなら孤児院などに贈られた金品を回収すればいいのだがそうもいかないらしい。

というのも盗まれた金品は主に脱税など非合法なことで得た物がほとんどだ、それを自分の物だと回収しに向かえば即時に国から逮捕されてしまう。だから悪徳貴族は泣き寝入るしかないらしい。

 

実際、この依頼も貴族によるものだった。アホなのだろうかこの貴族様は。

こんな依頼出せば自分もこのように盗られる危険がある悪徳貴族ですよと明言しているようなものだ。

 

「……確かにあちこちに寄付してるからと言っても…盗みは良くないからなんとかしたい気持ちがなくはないけど…」

 

「…流石に気乗りはしませんね、それに私達の得意分野とはかけ離れてますし」

 

ミツルギさんも同意見のようで頷いていた。得意分野とは言うまでもなくモンスターの討伐に当たる。王都に来てから依頼のほとんどは討伐絡みだしこの依頼を受けるとなると同じ穴の狢がほしいところ。

つまりカズマ君のような盗賊職に近い人材である。目には目を、盗賊には盗賊を。クリスがこの場にいたなら一緒に受けるのもありかもしれないがいない人を当てにすることもできない。

仕方ないので適当な近場の討伐クエストを受ける事にした。何もしないよりはいいかなと、そんな理由で。

 

…それにしても…銀髪の義賊……?

 

ふとクリスの顔が頭に浮かんで、そしてすぐに心の中でクリスに謝罪した。何を考えているのか私は。

共通点が銀髪と盗賊というだけでまさかクリスではないかと思ってしまったのだ、これは流石にクリスに対して失礼な話である、別に銀髪も盗賊もそこまで珍しい訳では無い。

 

「…蒼の賢者、アリスさんですね。ちょっと宜しいでしょうか?」

 

「…はい?」

 

クリスのことを考えていたらギルド職員から声をかけられた。ふいな出来事に少し身構えてしまうがもしかしたら以前の合成モンスターについて何か情報がはいったのかと瞬時に予測した。ギルド長も何か分かればすぐに私達に知らせてくれると言っていたし。

 

「こちらをお納めください、アリスさん個人に宛てた依頼のようで」

 

ギルド職員のお兄さんはそう言うなり丁寧な創りで模様が描かれた封筒を私に差し出した。これは王城のものとは違うがそれでも高価そうな見た目である。

 

「…私……個人に、ですか?」

 

そこが一番の疑問だった。私達パーティに、では無く私個人だなんて冒険者になって初の出来事である。戸惑ってしまうのも無理はない。

 

「一個人に依頼…?そんな話は僕も聞いた事はないな…差出人は誰なんだ?」

 

そんなやりとりの中、封筒を渡したことで役目を終えたとギルド職員は軽く頭を下げて引き下がって行った。私はそんな職員さんに戸惑いを隠せないまま軽く頭を下げ、同時に封筒を見てみる。

一番目立つのは私への宛名だと分かるように冒険者 アリス様へ と書かれている。だがそれ以外の文字は見当たらない。見た事のない紋章が封筒の模様のように描かれているだけだ。

 

封を切り、中を開けると、そこには1枚の手紙。文字数は少なく簡素なものだった。要件と差出人は…

 

 

「……っ!?」

 

「アリス…?」

 

手紙を持つ私の手は震えていた。つい先日怪しいと勘ぐった人の名前が書いてあるのだから無理もない。しかも私個人の呼び出し…、下手をしたら敵中に単身で乗り込むようなことになってしまう。

 

「…アレクセイ・バーネス・アルダープ…?この名前は確かアクセルの領主の…?何故アクセルの領主がアリス個人を呼び出すんだ…?」

 

ミツルギさんは怪訝な表情でアリスの手紙を見つめていた。ゆんゆんも不安そうだ。

手紙の内容はとても簡素なもの、明日、正午にアクセルにあるアルダープの屋敷に来いとのことだった。

 

「……手紙には1人で来いなんて書いてはいない、僕も同行しよう」

 

「私も!!」

 

「ミツルギさん…ゆんゆん…」

 

心強い2人の言葉に私は軽く泣きそうになっていた。ふと気が付けば震えていた手は収まっていた。

 

「それにしても噂通りこちらの都合は一切考えてくれないんだな…、王都からアクセルまで…それを明日行くとなるとテレポートしか手段はない、ゆんゆんがいるからいいものの、これをテレポートサービスで行くとなればかかる費用も安くはない、そんな配慮も一切ないんだな…」

 

「…で、でも…貴族相手だと無下にできないよね…」

 

「…そうですね、無視したい気持ちしかありませんが後程面倒なことが起こる気もしますし」

 

それにしても何故アルダープが私個人に依頼など出したのか全く見当も付かない。だがこれは仮に私1人で行ったとしても危険はないはずだ。何故ならこの手紙が冒険者ギルドを経由しているから。例えば私が明日アルダープの屋敷に行って捕まりそのまま帰ってこないなどということになれば即座に冒険者ギルドが動き出す。つまりはギルドを経由した時点で完全に足がついてしまっているのだ。アクセルの街の領主ともあろう人がこんな小娘一人をどうこうしたいが為に自身の地位を脅かすような真似をするはずもないのだ。

それにまだアルダープが以前の襲撃の黒幕と決めつけてしまうのも早計である、勝手に私が動機はあると思ったものの、証拠は何もないのだから。

それにミツルギさんが言うように、1人で来いとはどこにも書いていない。こちらとしてはパーティとして出向き、アルダープの話を聞くつもりである。

 

そうなると今からクエストを受ける訳にはいかなくなってしまった。なんらかのアクシデントで日を跨いでしまっても困るし、この依頼は明日アルダープとの話を終えた後に行くしかないか。

 

 

そんな話を2人とした後に、この日は解散となった。それにしても明日…、明後日は王城でアイリスとの会食があり、それにアルダープは呼ばれていないのだろうか?貴族も参加すると聞いてアクセルの領主という肩書きならまず参加すると思ってはいたが、…もっともこちらとしてはいない方が助かるのだけど。多分カズマ君達も同意見に違いない。

 

 

 

 

 

このすば。(「めちゃくちゃ行きたくないんですが…」)

 

 

 

 

 

―アクセルの街・冒険者ギルド―

 

 

私達3人はクエストを受注するだけした後にゆんゆんのテレポートでアクセルへと戻っていた。ミツルギさんもまた、王都にいると翌日テレポートサービスでこちらに来ることになってしまうので今夜はアクセルで適当に宿をとるそうな。アクセルで一般的な部屋を一泊するのと王都のテレポートサービスを1度使うとでは金額的にも圧倒的にアクセルの宿賃の方が安く済む。本当ならカズマ君の屋敷の空いてる部屋を提供したかったのだ、カズマ君もそれは許可を出していたし。だけどミツルギさんに遠慮されてしまった、本当に律儀な人だ。

 

とりあえず時間はお昼時だったので冒険者ギルドで食事を摂ろうとなった。相変わらず賑やかなギルド内では冒険者達の騒ぎ声が聞こえていた。

 

「おや?アリス、今日は王都に行ったんじゃなかったのか?」

 

食事を摂っていると声がかかってきた。振り向けば声の主はダクネスだ。いつもの鎧を身に纏っていてこれからクエストなのだろうか?だけど他のメンバーは見当たらない。

 

「あれ?久しぶりだねアリス、ゆんゆんも!」

 

そんなダクネスの後方から顔を出したのは銀髪の盗賊少女…クリスだった。なんだかこの2人が一緒なのは久しぶりに見る気がする。同時になんとなく初めてダクネス達と出逢った時の事を思い出して懐かしくも感じる。

 

「クリスさん、お久しぶりです!」

 

「お久しぶりですよ、ダクネスとクリスが一緒なのは久しぶりに見ますね」

 

「あぁ、カズマ達は相変わらず家にいるからな、どうしようかと思っていたらクリスが尋ねてきてな。久しぶりに2人でクエストでも行かないかとなったんだ。カズマ達とパーティを組んでからクリスと組む事はほとんどなくなっていたからな」

 

「そーいうことー、って、あれ?そっちの人ってもしかして魔剣の勇者さん?」

 

クリスが健気な笑顔でそう告げるなり、ミツルギさんは爽やかに笑って対応した。

 

「あぁ、ミツルギだ。よろしく頼むよ」

 

「私はクリス、見ての通り盗賊だよ!…ねぇダクネス?せっかくだしアリス達と一緒にお昼食べようか?」

 

「む?私は構わないが…」

 

「なら決まりだね!」

 

なんだか賑やかになってきた。大勢で囲む食事は楽しいものである、最近それはカズマ君の屋敷で共同生活をすることで慣れてきてはいたけど、メンツが変われば新しい話題に事欠かない。私達は席を詰めることで歓迎を表していた。

 

 

 

 

 

 

このすば。(「久しぶりの…出番だー♪︎」)

 

 

話は思った以上に盛り上がり、クリスには私とゆんゆんがミツルギさんと出逢いパーティに入るまでの話や、ミツルギさんには私とゆんゆん、クリスの関係など紹介したりと、話のネタは中々尽きる事はなく、結果的に一時間以上酒場で雑談に興じることとなっていた。

 

「そういえば先程聞きそびれたが…3人は何故アクセルにいるんだ?王都でクエストを受けると朝出ていったのを記憶しているが…」

 

「え、えっとそれは…」

 

ゆんゆんは気まずそうに私に目配せした。とはいえ何も隠すことはないしむしろダクネスは貴族だ。私らよりもアルダープについて詳しいに違いない。私はダクネスの問いの答えの代わりに、アルダープからの手紙をダクネスへ提示した。

 

「…この模様はアレクセイ…アルダープの家のものだ…何故アリスがこれを?」

 

流石に貴族なだけあって封筒を見ただけでダクネスはアルダープからの手紙だと理解してしまった。

 

「今日、王都でクエストを受けようとしたらギルドの職員に渡されたのです、内容は見れば分かりますが…明日の正午、アルダープの屋敷に来るように、と…私個人に宛てて…」

 

「アリス個人に…?私にならまだ分かるが何故…?」

 

「…ダクネスさんになら分かる、とは?」

 

「……そ、それはだな…」

 

ミツルギさんの問いかけに、ダクネスは小声になって口ごもってしまった。少し顔が赤い気がするけどどうしたのだろう。クリスは手紙を眺めながら不機嫌そうにしていた。

 

「アルダープって…確か熱心にダクネスに求婚していたやつよね…私あの人苦手かな…」

 

「き、求婚!?」

 

聞けば物凄い答えが帰ってきた。流石にそれは予想していなかっただけに私達3人は騒然としていた。

 

「も、もちろん私は毎回断っているんだ…、流石に年齢差がありすぎるからな…」

 

いやいや年齢差とかそんな些細な問題ではない、あのアルダープですよ。私なら勢いでフィナウ撃つくらい嫌です。ゆんゆんも同意見のようで軽く身震いを起こしていた。ミツルギさんでさえも流石にそれはないとでも言いたそうに苦笑していた。

私達の無言の牽制にダクネスは居心地が悪そうに咳払いをしていた。…どうでもいいけど貴族令嬢様はみんな咳払いがお好きなのだろうか。

 

「コ、コホン、兎に角ギルドを通したものなら危険はないとは思うが…用心はした方がいいかもしれないな」

 

「そうですね…内容を聞かない限りは何も分かりませんし…」

 

やはりそれしかないか、と私はがくりと項垂れた。ミツルギさんもゆんゆんも着いてきてくれるからまだ気が楽ではあるけど、それでも嫌な予感は拭えそうにない。

 

その後も雑談は続き、キリが良い場面でダクネスとクリスはクエストへ向かっていった。食事代は全額ダクネスが払ってくれるそうな。少し悪い気もするけどこーいうのは断る方が失礼だと聞いた事があるので有難く戴いておこう。

 

 

 

 

――そして、そんなダクネスとクリスは。

 

「……クリス」

 

「分かってるって。明日の正午だったね」

 

街を歩きながら2人は目立たない程度に話していた。その顔つきは真剣だ。

 

「…頼む。もしも何か裏付けが取れたらすぐに私に知らせてくれ、お父上に相談してみよう」

 

そんな会話がなされていたことは、私達は知る由もなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても今回のクエスト…エビルプラントは楽しみだな…前のポイズンプラントよりも触手が太いらしい…実に…楽しみだ…」

 

「……たまには最後まで真面目に締めようよ…」

 

「勿論だ、真面目に締められるつもりだぞ」

 

「……私、帰っていい…?」

 

「帰る……?…ハッ!そうか!私が触手責めに苦しむ中、罵倒と冷たい目線…仲間から見捨てられた私はエビルプラントの触手にどんどん絡め取られて……よひ!しょれでいごぉ!!」

 

 

「…………誰か助けて…」

 

そんな会話がなされていたことは、私達は知る由もないし知りたくもなかった。

 

 





屋敷でのアクア様→自分の部屋で酒瓶抱いてご就寝。女神(笑)

屋敷でのちょむすけ→めぐみんの帽子の中。

クリスから見たダクネス→ちゃんとしたパーティに入れば少しは性癖が改善されるかと期待していたけどむしろ悪化しててカズマに同情してる。ちゃんとしていないパーティだったのでやむ無し。

最近のゆんゆん→やっぱり積極的にお話するのはまだ無理なようで聞き手に周りがち。というか積極的に話すゆんゆんはゆんゆんではない。なおアリスと2人きりなら割と話せるようにはなってる。

ミツルギさん→少し自重するようになったイケメン。ただミツルギらしいかと聞かれたらちょっと違う気がする。作者として扱いに困ってるキャラの1人。


はやく紅魔の里に行きたい…構想は練ってますが悪魔の話が決着してからになります(ネタバレ)ようやくアルダープの名前が出てかなり近付いた感じはしますね、しますよね?(必死)

次回もなるべくはやく投稿できるように頑張ります。感想は↓から書けますよ(小声)


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episode 90 結婚適齢期と領主の館

祝・90話。

先に書いておきます、またアリゆんです←




 

―アクセルの街・カズマ君の屋敷―

 

その日の夜。この際だからカズマ君達にも手紙の件を知ってもらおうと考えた。ミツルギさんは宿に泊まる手筈となってはいたけど私がせめて夕飯だけでもみんなと一緒に食べましょうと半ば強引に引きづりこんだ。最初は遠慮していたけどどこか嬉しそうにも見えたので悪い事ではないと思う。

今日の夕飯の当番は私とゆんゆんだから何も問題はない。何故2人なのかと言うと私は料理なんて全くできないのでゆんゆんに教えて貰いながら作っているのだ。ゆんゆん曰くそんなんじゃ何時かお嫁に行った時に困るわよ!とのこと。ちなみに私にそんな気も予定も全くない。

ないのだけど私の感覚はあくまでも日本の感覚だ。あちらの結婚適齢期は多分25歳から30歳くらいだと思う。あくまでも私の推測なので異論は認めるが私から見れば後10年もあるのだ、何を焦る必要があるのか…と、なるのだけど…。

この世界の結婚適齢期はなんと14歳から17歳らしい。聞いた時はかなりビックリした。更に言えば14歳で成人扱いである。私の感覚では考えられないのだけどダクネスが現在18歳らしく、それでいてアルダープに求婚を何度もされている、更にダクネスは父親からも何度もお見合いの話を持ちかけられては断っているらしい…、なるほど、既に結婚適齢期を過ぎているので親としては焦りがある訳だ。日本だと30過ぎた娘の父親の心境なのだろう。

 

話は逸れたけどようは私の15歳という年齢はこの世界では一般的に結婚して産まれたての子供がいてもおかしくは無い年齢だということ。…はっきり言えば私にとってキャベツが空を飛んだり畑で秋刀魚が取れたりするよりショッキングな話とも言えた。だからといって早く結婚しなくてはと焦るつもりもないしする気もないのだけど。

いくら身体が変わって転生したとはいえ、その感性までも変えられる訳が無い。大体元より異性への興味が薄い私が簡単に結婚などできるとも思っていないしまずその候補がいない。

 

「アリス、手が止まってるけどどうしたの?」

 

「…っ!な、なんでもないですよ、もうすぐ切り終わりますので」

 

今は屋敷のキッチンで調理中だった。私もゆんゆんもいつもの服の上から前掛けのエプロンを纏ってゆんゆんは火をかけた鍋の前にいて、その横で私が包丁を使ってジャガイモらしき野菜の皮剥きをして適度な大きさに切っていた。

 

「ゆっくりでいいからね?じゃないとまた手を切っちゃいそうだし…」

 

「はぁい…」

 

ゆんゆんの仰る通りこれで私が怪我をしたのは一度や二度じゃなかったりする。皮剥きからみじん切りやら、こんなことをテキパキやっていた母親を思い出して改めて思う、お母さんは凄かったんだな、と…。まぁ日本では皮剥きの為のピーラーとかフードプロセッサーとか便利な道具があるのだけどこちらにはそんなものはない、無骨な包丁か果物ナイフあたりの2択である。

 

「よし、こっちは良さそうね……アリス?切り終わったなら鍋に入れる…って…アリス…流石にこれは大きすぎるわよ…」

 

「うっ…」

 

改めて見てみれば酷い出来栄えだ。大きすぎたり小さすぎたり、中には若干皮が残っているものまである始末。とてもこれをそのまま鍋に入れて煮詰めても美味しそうになるとは思えない。

 

「ジャガイモはこうやって……これくらいでいいかな?こっちのも大きいから切ってみて?」

 

「…うぅ……、こ、これくらいです?」

 

ゆんゆんが包丁を使うとトントンとリズミカルな音が聞こえ、私が切ればトン…トン…ゴトン…となる。何故ここまで違うのか。

 

「まぁ…うん、これくらいならいいけど…アリスの場合上手く切ろうとして力が入りすぎてる気がするから…もっと気楽に切るといいのかも…」

 

「…善処します…」

 

ゆんゆんはそう言いながらも手際よく料理を作っていく。ぶっちゃけこんな様子はかなり前から見ているのだけど正にこれこそ私がアルカンレティアでゆんゆんをママ扱いした由来のひとつでもあったりする。

 

「…うん、味はいいと思う。アリスも味見してみて」

 

小皿にスプーンを乗せて私に差し出してくれたので私はそれを受け取りパクりと一口。

 

「…まろやかで美味しいです」

 

というよりほとんどゆんゆんが作ってるのですよね。私いらないんじゃないかな…?今味見しているのはシチュー。ジャガイモのようなおイモと、ブロッコリーのような野菜と、鶏肉と見せかけてカエル肉。カエル肉以外はあくまでもような物としか言えない。似ているけど日本で知っている野菜とは少し違うのだ。ジャガイモとかブロッコリーは収穫時に襲ってくるらしいし。

カエル肉も実際このブロック状のお肉を日本に持っていったらまさかこれがカエルだなんて思わないだろうと思われる、脂身の少なめになった豚肉のような見た目なのだから。

 

「後は煮詰めたら完成ね、ご苦労さま、アリス」

 

「…作ってるのはほぼゆんゆんですけどね…私は紅茶でも淹れておきますか…」

 

言いながらも紅茶の準備にかかる。料理関係で私が唯一ちゃんとやれることなので自然に気合がはいる。ゆんゆんが教えてくれなかったらこれすらできなかっただろうけど。

それにしてもゆんゆんは幸せそうに料理を作る。私に教えてくれながらも常に上機嫌だ。理由を聞いたらこうしてお友達と一緒に料理したりするのが夢だったんだそうな。ゆんゆんらしいと言えばらしいのだけど。

 

「…アリス、どうしたの?」

 

「…いえ、ただゆんゆんをお嫁にもらう人は幸せだろうなぁ、と思いまして」

 

「き、急に何!?」

 

食器を並べていたゆんゆんの手が止まる。その赤い顔と戸惑いようを見て私はクスクスと笑っていた。

 

「わ、私が簡単に結婚なんて…その、 できるわけないじゃない…普通に話せる異性も最近までいなかったし…」

 

「まぁその辺は私も同じですけどね…どちらも貰い手がいないままでしたらいっそ私とゆんゆんで結婚しちゃいますか」

 

「え…?…ええっ!?!?」

 

ゆんゆんは動揺のあまりその場で持っていた金属製のボールを落とす。中に入っていたサラダは盛り付けた後なのでボールの中身は空である。そこは問題ではないのだけど…落としたこと自体が問題だった。

 

ガシャンと音が鳴るなり、ゆんゆんは苦悶の表情を見せたと思えば、その場に座り込んでしまった。…どうやら落としたボールが足に当たってしまったらしい。

 

「だ、大丈夫ですか?」

 

「だいじょばない……もう…アリスが変なことを言うから…」

 

足の甲を見れば赤く腫れていた。このままではまずいと私は即座にヒールをかけた後、クリエイトウォーターで濡らした布巾を被せる、更に弱めのフリーズを使うことで応急手当とした。ともあれこれですぐに痛みはひくだろう。咄嗟なことでも自然と魔法を使うあたり、私もいつの間にかこの世界に馴染んでいるなぁ、なんて思いながらも処置を終える。一方ゆんゆんの顔は赤いままだった。

 

「ゆんゆん?まだどこか痛いです?」

 

「…ううん、大丈夫……ありがとう……そ、それよりアリス」

 

「はい?」

 

相変わらず顔は赤いままだ。ゆんゆんは何か言いにくそうに口ごもっている。

 

「今言ったことは……その…」「大きな音がしたが何かあったのか!?」

 

ゆんゆんが何か言おうとしたところで扉が勢いよく開かれ、ダクネスが顔を出した。どうやらボールを落とした音が聞こえていたらしい。

 

「なんでもないですよ、ゆんゆんがボールを落として足が腫れていたので今治療をしたところです」

 

「…やれやれ、そそっかしいなゆんゆんは…まぁ結果的に何事もないのなら良かった」

 

私がアークプリーストということもあり、私の言葉でダクネスは安堵したのか、ふうと溜息をついていた。一方ゆんゆんは無言のまま相変わらず顔が赤いままだった。

 

「それより料理は大体作り終わりましたので良かったらダクネスも運ぶのを手伝ってもらえますか?」

 

「あぁ、勿論だ。今日はシチューか、これは美味しそうだ」

 

ダクネスはシチューの香ばしさを楽しみながらもそれらをトレイに乗せて運んでいく。私もまた立ち上がり紅茶をティーポットに淹れ始めた。

 

「…そういえばゆんゆん、先程何か言おうとしてませんでした?」

 

「…っ!?な、なんでもない!?私も料理運んでくるから紅茶はお願いね!!」

 

ゆんゆんは赤い顔のまま早口でそう告げるなり料理を運んでいってしまった。この様子には首を傾げるしかない。まさかさっきの結婚云々を本気にしたわけでもないでしょうに、いくらゆんゆんでも流石にそれくらい冗談だとわかるだろう。

 

 

 

 

 

このすば。(「アリスのバカー!何言い出すのよー!?」)

 

 

 

 

 

 

 

 

――翌日。

 

私とゆんゆん、ミツルギさんは今アルダープの屋敷に向かって歩いている。アクセルにも王都のように貴族街が存在する、流石に王都と比べたら大分小規模ではあるけど、アクセルで私が唯一入ったことのないエリアである。というのも流石に街を巡っても貴族の住むエリアに用はない。アクセルに来たばかりの頃に街中を巡ったことがあったが結局そこだけは入る事がなかった。

結局あの後カズマ君達に話したものの、不審に思われるだけで特に話に進展は無かった。何故かカズマ君だけは深く考え込むようにしていたけど結局答えは出なかったようだ。ダクネスからアルダープの屋敷の詳しい位置を教えてもらった程度だった。

 

「ここ…ですね…」

 

聞いていた屋敷の前に着いた。というよりダクネスの説明がわかり易すぎた、何せ1番庭が広い建物、なのだから。

 

高い塀は先が見てない程続いていて、入口には守衛さんとは違う無駄に豪華な鎧を身に纏う門番らしき方が2人。なるほど、確かに分かりやすい。小規模な貴族エリアながら、その屋敷と塀の誇る総面積は他の貴族の屋敷と比べて圧倒的に差があったのだから。

 

「ここはこの街の領主、アルダープ様の御屋敷だ、それ以上不容易に近づかぬよう」

 

門番のその一言で私達は歩を止めた。呼び出しされたのにめちゃくちゃ警戒されているのだけどどういう事なのこれ。とはいえまるでRPGゲームのような屋敷の紹介の仕方のお陰で目的地はここだと確信することができた。後はダクネスに言われた通りに封筒を見せるだけである。

 

「冒険者、アリスと申します。領主様からお手紙をいただき呼び出されました、こちらが手紙になります」

 

門番はそれを受け取る事もなく、じっと封筒を見ていた。いや中身の確認をして欲しいのだけど。

 

「アルダープ様から客人が来る話は確かに聞いているが…聞いているのは冒険者のアリスという者だけだ。そちらの2人は?」

 

「…私のパーティメンバーです。依頼の話を聞きに来たという形なので同行してもらいました」

 

「…ふむ…領主様に確認する、少し待っていろ」

 

門番はそう告げるなり何やら魔道具らしきものに声を発しているように見える。日本でいう無線機のようなものなのだろうか。それにしても連れがいるだけでこの対応。冒険者というだけで上から目線だしあまりいい気分ではない、そりゃ王城のように下から目線でも困ってはしまうけど王城の対応の仕方に慣れてしまったのかもしれない、本来貴族から見た冒険者という身分はそんなものだし気にしない方がいいか。

 

「……失礼しました、アルダープ様から丁重に案内しろとの通達がありました、貴方達を客人として屋敷内へ案内させていただきます、すぐに執事が迎えに来ますのでもう少々お待ちください」

 

と、思ったら突然の掌返し。門番がアルダープにどのように言われたのかはわからないが若干の気持ち悪さはある。アルダープから見た私の印象は裁判で敵対したことからあまり良くはないはずなのだ。私がシンフォニア卿…クレアさんの名前を出した時のアルダープの悔しそうな顔は今でも私の脳内に想起できてしまう。そんな間柄なのだから不気味に感じるのは仕方ない。

 

やがて歳若い執事らしき風貌の人が屋敷から出てきたようで、入口が開かれるなりこちらに向かって丁寧に頭を下げた。

 

「冒険者のアリス様、お待ちしておりました。突然のお呼びだて申し訳なく思っております。中でアルダープ様がお待ちです」

 

着いて来いということなのか、執事さんはそのまま踵を返して屋敷へと歩を進める。私はミツルギさんやゆんゆんの顔を伺いつつも、2人の頷きに合わせてそれに続いた。

 

だだっ広い芝生の庭、あちこちに趣味の悪い鎧のオブジェやらが置かれている。赤レンガで彩りを見せる道の上を歩いて館へと近づけば、執事さんはその大きな扉を丁寧に開いて、扉の横に立った。そして深く頭を下げた。

 

「アルダープ様はここを入ったエントランスにいらっしゃいます、どうぞ中へ」

 

いよいよ対面である。私は静かに喉を鳴らした。そして目立たない程度に身構えてもいた。中に入った途端捕縛されるかもしれない、あるいは何か攻撃されるかもしれない。可能性は低いが決して0ではない。それ程までにこれから何が起こるのか予測困難だった。その緊張は私の後ろを歩く2人にも伝わったのだろうか、緊迫した空気を肌で感じた気がした。

 

中に入ればまず見えたのは大きなシャンデリア、そして敷き詰められた赤いカーペット、中央には外にあったものよりも一際目立つ大きな金色の鎧兜のオブジェ、やはり趣味が悪い。

その鎧の左右には曲がった階段があり、それはまるで以前めぐみんと入ったことのあるベルディアが潜んでいた古城を彷彿とさせる。

 

その左右の階段の上が繋がった場所に、私達を呼び出した張本人がいた。太った丸い体を包む立派な衣装、金髪と髭が特徴的な男性、アルダープはどこか機嫌が良さそうにこちらを見下ろしていた。

 

「おほん、よく来てくれたな。君と顔を合わせるのはこれで3度目になるか…、特に初見は大した礼もできず、2度目は裁判所だ。君達にとって、正直ワシのことはあまり良い印象はないだろうな」

 

全く持ってその通りなのだがそれを肯定する訳にも行かない。意外な対応ではあるが私達はアルダープの話を何も言うことなく聞くことにした。

 

「だが今回の件はそれらとは関係の無い話だ、どうか過去の話と水に流してくれるとこちらとしても話しやすいのだがね?」

 

正直意外な対応すぎて気味が悪いまであるのだけどここで変な事を言っても話がややこしくなるだけだ。例え本音がどうであれ。

 

「こちらに対する配慮、感謝の言葉もございません、領主様。私としてもそのつもりでしたので、穏便に話が進むことを望みます」

 

あくまで否定はしない。これが今出せる精一杯の表現だろう。あまり下手に出ても厄介なことになる気もするし。

 

「ふん…だが冒険者にしては最低限の礼節は弁えているようだな、まぁ良い。改めて自己紹介しておこう、ワシはこの街の領主、アルダープだ。そちらの紹介を聞こうか」

 

アルダープの目線は私ではなく…、私の後ろにいた2人に向けられた。それは私だけを呼び出したのに何故余計な輩がいるんだ?とでも聞いているようにも見える。

 

「お初にお目にかかります、領主様。私は冒険者でありソードマスターのミツルギと申します、…不肖ながら魔剣の勇者と呼ばれているものです」

 

「お、おおおお初にお目にかか、かりますっ…!同じくぼ…冒険者でアークウィザードの…その、ゆんゆんと申します…!こ、紅魔族の族長の娘でふ…す…!」

 

…軽く場の空気が死んだ気がした。ゆんゆんとしては頑張ったよ、うん。だけど最後に噛んでしまった。これには私も慌ててフォローにまわる。

 

「不敬ながら申します…私達は冒険者故に、こういった場にはあまり慣れておりませんので…多少の粗相はあるかもしれませんが領主様の寛大な御心でお許しくださると幸いです、今回は私に依頼があるとのことで、パーティメンバーであるお二人にも同行して頂きました」

 

私がそう言っても、アルダープは不機嫌そうにしていた。ちょっと噛んだくらいでそこまで不機嫌にならなくてもいいのではとは思うのだが、それは私の勘違いであるとすぐに理解できた。

 

不機嫌そうなアルダープの視線は…ゆんゆんでも私でもなく…ミツルギさんに向いているのだから。

一体何故?彼の自己紹介は聞いた限りでは特に問題はなかったと思える。それとも魔剣の勇者というワードに何か思うところがあるのだろうか?

 

「ふん…魔剣の勇者に蒼の賢者…どちらもその名と活躍はワシの耳まで届いておる。特に魔王軍の幹部ベルディアの討伐はこの街にも関わりが大きい。この街の領主として、この国の貴族として、まぁ感謝してやらんでもない」

 

「恐縮です」

 

…言い方は気に入らないけどとりあえず問題はなさそうだ。ゆんゆんが入ってないですよ!と思える空気でもなかったし。

 

 

「いつまでもこうやって話している訳にもいくまい、丁度昼食時でもある。ささやかながら食事を用意した。おい」

 

「はい、皆様、私がご案内させて頂きます」

 

アルダープの呼ぶ声に反応したのは金髪のポニーテールのメイドさんだった…というより私から見えるメイドさんは全て金髪のポニーテールだった。そしてその髪型は既視感を感じる。

 

…もしかしてこの髪型はダクネス…?そう思うと自然と寒気を感じた。どれだけお熱なんだと。私達はメイドさんに案内されるがまま、館の奥へと進んで行った。

 

 



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episode 91 まさかの依頼

短めになりましたがとりあえず4000は越えたので投稿。とはいえまとまりがない気がするので加筆修正するかもです。


 

―アクセルの街・アルダープ邸―

 

案内された場所は広々とした空間。エントランスよりも小規模なシャンデリアが天井を彩り、赤いカーペットが敷き詰められた床、そして部屋の中央には大きな長方形のテーブルがあり白い清潔なテーブルクロスがかけられている。

その上には王都の高級レストランにあるような豪華な料理の数々、これからクリスマスパーティーでもやるのかと思えてしまうほどのものだ。

 

そんな場違いにも思える空間に落ち着くことができずにいたが、私達3人はメイドさんに言われるがままに席に着いた。そしてアルダープが部屋に入るなり対面越しに座ると、そのままゆっくりと料理を食べ始めていた。

 

「……」

 

「どうした?遠慮なく食べて構わんのだぞ?この料理は諸君らの為にわざわざ用意してやったのだからな?」

 

流石に唖然としていた。まず何故私達はここまで高待遇を受けているのか、それがさっぱり分からない。まずアルダープという人間は私が知っている限りではこのような事をする人間ではない。

 

王室や自分以外を全て下に見る。ドケチ。様々な理由をつけてのアクセルでの重税など不祥事スレスレの政治行為。まさに悪徳貴族の中の悪徳貴族。以前カズマ君の裁判の件で私が調べたアルダープはこんな感じなのだ、流石に警戒するなという方が無理である。

 

「…ふん、まぁ良い。先に報酬は支払っておこう」

 

「…はい?」

 

予想外すぎて変な声が出てしまった。まだ何もしていないのに報酬と言われてもこちらとしても困ってしまう。前払いという意味なのだろうか?まだ受けると決めた訳ではないのにそんなことをされても困る。

 

私の想いを嘲笑うように先程の執事が座っている私の横に立つと小さく頭を下げるなり、両手に持たれた札束を私の前のテーブルに置いたのだ。これには流石に何かを言わないと。

 

「…恐れながら領主様、私達はまだ何もしておりません。ですからこれを受け取る訳には行きません」

 

「……ほう、冒険者なら金さえ出せば何も言わずにがっつくかと思ったが…安心しろ、それは依頼達成の報酬だ」

 

「…達成…と言われましても…ですから私達はまだ何も…」

 

「何を言っておる?今ここに来たではないか。ワシの家に指定時間通りに来て話を聞く、これが手紙による依頼なのだからな?」

 

私は思わずミツルギさんやゆんゆんに顔を向けていた。もはやとことん予想外な対応すぎてどう判断したらいいのかわからないのだ、ミツルギさんもゆんゆんも戸惑いを隠せていないし。私の前に置かれたお金は…見た感じ40~50万エリスはありそうだ。ここに来るだけで支払うお金としては大きすぎる。

 

わからない。この領主様が何を考えているのか、その真意はなんなのか。

この並べられた料理、そして何もしていないのに高額の報酬。分からない事だらけで気持ちが悪い。少しでも理解するには…話を聞くしかないだろう。

 

「…では、その依頼というものは別にあるのですよね?」

 

「勿論だとも。依頼というよりは君個人に頼みたいことがな?話しても良いが…まずはせっかくの料理だ、冷めないうちに食べてもらえんかね?心配せずとも毒などははいっておらんよ、心配なら後ろにおるメイドに毒味をさせてみれば良い」

 

「…いえ、そこまでは…、では、有難く頂きますね」

 

再びミツルギさんやゆんゆんに目配せすると、2人ともにゆっくりと無言で頷いた。ゆんゆんは不安そうな様子だったけどここまで言われたら食べない訳にも行かない。正直、これがどんなに美味しかったとしても、まともに喉を通る気はしないのだけど。

 

 

 

 

 

 

「時に…君、魔剣の勇者の……ミツルギと言ったね?」

 

「…は、はい」

 

食事を摂っている中、その最中はアルダープによる色々な話がされた。主に自慢話なのだが私達は相槌を打つことでなんとかごまかして聞いていた。そんな中、何故かミツルギさんが呼ばれた。あくまでミツルギさんとゆんゆんは付き添いに過ぎない、アルダープが招待したのが私個人である以上、2人に絡む事はないと思っていたのだけど…。

 

「率直に聞こうか、君はアリス君とどんな関係なのかね?」

 

「…え?」

 

またも予想外な質問にミツルギさんは固まってしまった。なんでそんなプライベートなことを聞いてくるのか。意図が掴めない。とりあえず私が代わりに答えておこう。

 

「友人であり仲間です、どうかなされましたか?」

 

私が割って入るようにそう告げると、ミツルギさんの顔は軽い驚きと、目立たない程度の曇りを感じさせた。はて?おかしな事を言っただろうか?

一方のアルダープはその答えを聞いて満足そうな笑みを浮かべていた。これには思わず首を傾げるしかできない。

 

「ほほっ、そうかそうか、ならば良いのだ」

 

アルダープはそう告げるなり再び食事を再開していた。

…というよりさっさと依頼を聞いた上でやるやらないを決めてここから出たい、それが今の私の1番の気持ちだった。食事も食べようと心掛けてみたものの、全然喉を通らないしそれは他の2人も同様だ。

はっきり言えばここで最高級の料理を食べるよりもアクセルの屋台で売ってる1本200エリスの串焼きでも買って食べた方がよほどマシだ。

 

 

 

 

「ふう、中々良い食事だったな。諸君らはあまり食べてはいないようだったが、味はお気に召さなかったか?」

 

「いえ、大変美味ではありましたが私達はここへ来る前に食事を済ませておりましたので…」

 

ちなみにこれは嘘である。話を聞くだけと思っていたのが食事まで出てくるとは思っていなかった。すぐに終わると思っていたので昼食は後回しにしていたのだ。私達は基本的に三食しっかり食べているが冒険者という職業上稀に一食抜くくらいのことはあるので食べなくても特に問題はないのだけど。

 

「ふん、まぁいい。それでは君に頼みたいことを説明しよう――」

 

 

 

 

 

 

 

 

このすば。(「早く帰りたい……」)

 

 

 

 

 

―アクセルの街・貴族街―

 

依頼?を聞いた私達はアルダープの屋敷から無事何事もなく出てきていた。ただその依頼内容を聞いた私達は絶句していた。それは予想外にも程がある内容だったのだから。

 

そして私が出した返事は……『保留』だった。

 

今思えばあの高待遇は誰が見ても印象の良くない私のアルダープへの考え方を少しでも改めたかったのかもしれない。ではないとあの高待遇は説明がつかないしする理由がない。

 

「……アリス…そ、その…どうするの…?」

 

「断るに決まっているではないですか、あの時考える時間が欲しいと言ったのは安直に断っても問題が起きそうな気がしたからですよ。ダクネスにも相談したいですし」

 

「…うん、そうだね…、下手に断って貴族の機嫌を損ねるのは確かにまずい、しかし突然僕にあんなことを聞くからなんだと思えば…あれなら嘘でいいから僕とアリスが付き合っていると言った方が良かったのかもしれない」

 

「…それは結果論ですよ、ミツルギさん…」

 

アルダープとしてはなるべく早めに答えが欲しいとのこと。ここまで譲歩してくれるのもまた、意外ではあった。それにミツルギさんの提案も決して安全ではない、下手をしたら今度はミツルギさんが狙われてしまう可能性すらある。あくまで可能性ではあるけどそんなことになる可能性は潰しておきたい。ならば時間が許す限りダクネスに相談するなり最適解をもって断りたいのだ、我ながら落ち着いた判断だったと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―アクセルの街・カズマ君の屋敷―

 

 

ミツルギさんも含め、私達はカズマ君の屋敷にたどり着く。中に入ればカズマ君もアクア様もめぐみんもダクネスもリビングに勢揃いしていた。それぞれが私の帰宅に反応してくれた。…だが何故か一同の表情は焦っているように見える。どうしたのだろうか?

 

「アクア、大丈夫そうか?」

 

「……とりあえず反応はなさそうね」

 

私が帰るなりアクア様は気難しそうな顔で私を見ていた。一体どうしたというのだろう?行先がアルダープの屋敷だったこともあり、心配してくれていたのは分かってはいるけどカズマ君やアクア様の反応は妙に感じた。

 

「とにかく無事で良かった、いいかアリスよく聞けよ?」

 

「ど、どうしたのですか?」

 

何時になく真剣な様子のカズマ君に私は後退りしていた。ダクネスやめぐみんの様子も見てみるとどちらもカズマ君のようにいつになく真面目な様子と私を心配するように見つめている。

 

 

「アルカンレティアでハンスを乗っ取って大暴れしたあの悪魔なんだけどな…アルダープが裏にいる可能性がある」

 

「…っ!?ど、どういう事ですか!?」

 

カズマ君の言葉に私達は騒然としていた。確かに可能性はあるとは思っていたものの、何一つ証拠は見つからなかった。それに対してカズマ君はまるで確信があるように言うのだから。

 

「佐藤和真、1から説明してくれないか?」

 

「分かってるって、俺も今日になって思い出したんだ。…とはいえそんな難しいことじゃない、あのアルダープが自分でふいに漏らした言葉を聞いたんだからな」

 

「…アルダープが?何処でです?」

 

「裁判だよ、俺達がほぼ勝訴になった瞬間、あのおっさんは確かに言ったんだ、『馬鹿な…マクスは何をしている』ってな」

 

「マ、マクスって…あの悪魔の名前…?」

 

ゆんゆんが震えながら反応すれば、私もまた戦慄していた。そしてこれまでの謎の点と点が繋がっていくのを感じた。確かに…あのアルダープがマクスウェルの主だとしたら私達の件以外の過去の裁判、アルダープが絡んだ裁判の結果が全て悪魔の力で『捻じ曲げられていた』としたら何よりも納得できる。それでも私を狙う理由がよくわからないのだけど。例えそれをふまえたとしても…。

 

「だとしたら…カズマ君の裁判で悪魔が動かなかった理由は何故なんでしょう…」

 

「確かにそれも気になるが、重要なところはそこじゃないぞ、アリス」

 

私が疑問を口にすれば、ダクネスから呆れたようにつっこまれてしまった。とはいえその言い方は少しきつめで真剣なもの。

 

「そうですよ、あの悪魔がアルダープと繋がりがある以上、これ以上アリスがアルダープと関わるのは危険だと思います」

 

「俺が思い出した時は既にアリス達はアルダープの屋敷だったからな…戻らなかったら俺達で突入しようと思っていたんだ」

 

なるほど、いの一番にアクア様が私の状態を見たのは私の知らないうちにマクスウェルが私になんらかの接触をしているかを見たという事だ。

 

「…そういえばアリス、あんたあの領主に何を言われたのよ?」

 

「そ、それは…」

 

アクア様の質問に私は思わず口篭る。ただこの件はダクネスに相談したかったし、話す他ないだろう。…気づけばダクネスもめぐみんもカズマ君も、私の答えを待っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「アルダープの息子さんと……お見合いをしないかと…持ちかけられました…」

 

 

 

 

 



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episode 92 偉い方達との会話術



一部オリジナル設定がはいってます。あれ?原作では違うような?とか原作ではそんな情報はなかったような?などと思った部分がそれに当たります。この小説の話に合わせて改変してますのでご了承くださいませm(*_ _)m




 

時間はアルダープ邸にアリス達がいた時に遡る―

 

 

「ワシには一人息子がいてな、今は王都で騎士として励んでおるのだが…どうも蒼の賢者として名高い冒険者のアリス、君のことが気に入ったらしいのだよ」

 

「…は、はぁ…恐縮です…」

 

アルダープに息子がいたという話は初耳だった。気に入ったと一方的に言われても何とも言えないのが本音ではあるのだけど。

 

「ワシの息子は19歳ながら、中々良き相手に恵まれなくてな、そこでワシは思ったのだよ。気に入ったのなら、いっそ嫁がせてしまえばどうだ、とな」

 

「……っ!?ちょ、ちょっと待ってください!?」

 

勝手に話が進みすぎである。というよりも勘弁して頂きたいのが本音だ。大体私はただの冒険者に過ぎないのだ、そんな私が領主の息子で王都の騎士をしているような方と釣り合うはずがないのだから。まだ15歳なのにそんな事が考えられる訳がないと言う事も私の内情的な理由にあがるのだけどこの世界の結婚適齢期を考えれば私の年齢での結婚はこの世界では一般的だ、断る理由にはならない。

 

「む、どうしたのかね?君にとっても決して悪い話ではないはずだぞ、冒険者が貴族と結婚できるなど、滅多にないことなのだからな?」

 

「そこですよ領主様、私は貴方の言うようにただの冒険者でしかありません、領主様のご子息と、など…身分が違いすぎます!」

 

「ふん、そんな事か。確かに珍しい話ではある、だがそういった話はまったくなくはないのだぞ?この国の歴史を紐解けばベルゼルグの初代国王は冒険者だったという伝説もあるのだ。無論冒険者なら誰でもそのような話が出てくることはない、だが君は違う、蒼の賢者という異名の元数々の実績を残した今や王都でも名を知らぬ者はほとんどおらぬ英雄だ、そんな者ならばワシとしても是非とも身内に迎え入れたいというもの、実際にこうして話してみれば冒険者にしては礼節も弁えておるしあのシンフォニア卿やダスティネス卿とも親交がある。つまり君が心配をするようなことは何もないということだ」

 

それ以前に結婚なんて絶対にしたくない。仮にそんな事になれば私は冒険者ではいられなくなる可能性もある、ましてや貴族様と結婚なんて色々と縛られてしまいそうだし何よりこのアルダープを父親として見なければならないなんて絶対に嫌である。例えそのご子息がどんな人であってもだ。

 

勿論そんな本音をぶちまける訳にも行かない。だけどあっさり断るのも後が怖い気がする、そんな考えから私の脳裏に浮かんだのはダクネスの顔だった。彼女に相談した方が良さそうだ、その為にもまずはこの返事の先延ばしをしなければ。

 

「…恐れながら申し上げます、これは私の将来を決めかねない大事な事柄と判断しましたので…どうか返事をするまでお時間を頂けないでしょうか…?」

 

「…ふん、まぁいいだろう。だがなるべく早めに頼むぞ?見合いの席を設けるとなればこちらも息子を帰省させたり色々な準備があるのでな?では今日のところは帰るといい…おい」

 

「…失礼します、出口までお送り致します」

 

今の私に落ち着きはあまりなかったかもしれない。だけどとりあえずこれで外へ出ることができると思えば、若干ながらの安堵があった。

 

「おお、そうだ」

 

そう思っていたらアルダープが何かを思い出したように立ち上がった。それにより案内しようとしたメイドさんの足がとまるので私達も止まらざるをえない。

 

「よく考えてみれば君達は明日の王都での会食に招待されていたな?ならばその時にでも返事を聞くとしよう。…言っておくが冒険者にこのような話が舞い込むようなことは滅多にない、いわば君にとって千載一遇のチャンスとなるわけだ、良き返事を期待させてもらうぞ?」

 

…というよりもこの人明日来るの?が一番に思った事だ。前日なのにまだアクセルの自宅にいるので来ないものと思っていたのだけど。まぁよくよく考えてみれば貴族様お抱えのテレポートを扱えるアークウィザードとかいてもおかしくはないか。ただ王都の会食で顔を合わせるとなると逃げ場はなさそうだ。できる限り無表情を貫こうとしていた私ではあったけどもしかしたら悪感情が顔に出ていたかもしれない、それくらい今の気持ちは最悪だった。

 

私達は軽く一礼して、アルダープの屋敷から立ち去った――

 

 

 

 

時間は戻り――

 

―アクセルの街・カズマ君の屋敷―

 

「…という事がありました…」

 

「……」

 

私が事の顛末を説明すれば、皆黙り込んでしまった。流石に予想外すぎたのだろう。当事者である私がそうなのだから当然の反応とも言える。

 

「そ、それでアリスはどうするつもりなのですか?」

 

「勿論断るつもりですよ、返事を保留としたのはあくまでもダクネスを含めた皆さんと相談したいと思っていましたので」

 

おそるおそるめぐみんが聞くので私は即答した。当然だ、貴族になんてなりたいとは思わないしなるつもりもない、何より結婚などしたくないのだから。お見合いなどするだけ無駄なのである。…と思っていた、少なくともここでマクスウェルの話を聞くまでは。

 

「ですが…」

 

「……?」

 

私の言葉に全員が疑問符を浮かべたような様子でいた。それもそうだろう、何せ私もこうやって話をしていて今のカズマ君の話で思い付いた事を言おうとしているのだから。確かに今カズマ君の話を聞くまでは断ることしか頭になかった。だけど今の状況を利用してうまくいけばこれで悪魔との関わりを終わらせてなおアルダープの悪事を暴き、アルダープを失脚させることまでができてしまう。…だけどそれは私一人では不可能だろう。だから皆の協力が必要だ。

 

「このお見合いの話、私は受けようと思っています」

 

「「「……っ!?」」」

 

「アリス!?貴女自分が何を言っているのかわかっているのですか!?」

 

私の決断に全員が驚いていた。ゆんゆんなんて信じられない様子で口を両手で覆っているしミツルギさんは口を大きく開けたまま固まってしまった。他も驚愕の表情を見せるそんな中、ダクネスだけは冷静になって聞いていた。

 

「いや、私は悪くない案だと思う」

 

「おいおい、ダクネスまで何言ってんだよ?相手はただの貴族じゃない、悪魔を使役しているんだぞ?」

 

「だからですよ、カズマ君」

 

「…どういう事なんだ?何か考えがあるのか?」

 

ミツルギさんの疑問に、私は無言で頷いた。私は皆が唖然としている中、ゆっくりと移動して、ソファに座っているカズマ君の隣に腰掛けた。

 

「この状況、見方を変えたらチャンスだと思いませんか?」

 

「…見方を変えたらって…玉の輿云々じゃないよな?」

 

「全然違いますしそのようなことに興味はありません、私が言っているのはこれを逃したらおそらくアルダープの首元まで近付けるチャンスが二度とないかもしれないという点です」

 

「…っ!?」

 

そう、お見合いなど口実に過ぎない。これは普通なら簡単に近寄ることのできないアルダープの傍まで近付ける滅多にないチャンスだ。何せあちら側から誘ってくれているのだ、自然に入ることができてしまう。私がこのお見合いを受けることでおそらくそのお見合いはアルダープの屋敷で行われる。つまり隙を見て屋敷内を調べたりすることもできなくはないはずだ。

これで上手く悪魔を見つけたり、それに近いものを見付けられれば即座にダクネスがダスティネス家として国に直訴することもできるだろう。できたら悪魔も討伐してしまいたい。これはアルダープの言った通り千載一遇のチャンスと言えるだろう、当人が言ったのと意味合いは全く異なるが。

仮にそういったものが完全に隠蔽されていたとして、それでも大きなデメリットはない、ようはお見合いをするだけして私がそれを破綻させればいいだけだ。

 

「勿論私が一人だと意味がありません、皆さんの協力が必要になります」

 

「…なるほどな…そういう事か…」

 

「だ、だけど…危険じゃないかな?もし勘づかれたりしたら…」

 

「いや、それなら俺がなんとかどう動けばいいか考えてみるよ、確かにアリスの言う通り…これを逃したら簡単にあの領主の懐には入れないだろうし、下手に屋敷に潜入して悪魔を探したりするよりよほど安全だ」

 

「無論私も協力させてもらおう、アリスの友人として、仲人のような立ち位置で私が行けば、アルダープも断りはしまい」

 

何よりも私は一刻も早くあの悪魔との関わりを終わらせてしまいたい。だからこそこの件を思い付いたとも言える。

 

「だがその前に…」

 

ダクネスの目線はカズマ君、アクア様、そしてめぐみんへと向けられていた。どうしたのだろう?と首を傾げるも、その理由はすぐに理解できた。

 

「忘れていないか?明日は王城でアイリス様との会食だぞ?私達のパーティは、今日はみっちり言葉使いや礼節などをしっかりと覚えてもらうからな?」

 

ダクネスの言葉に3人は嫌そうな顔を見せるがこれは仕方ない。私が話した事でアイリスにはある程度カズマ君達のことが伝わってはいるものの、それでも本番でカズマ君達が失礼な言動を起こせばぶち壊しである。

 

「特にめぐみん、お前のあの紅魔族特有の名乗りは今回禁止だ!」

 

「……っ!?何を言うのですダクネス!?ゆんゆんがやらなくなった今、私がやらずに誰がやるというのです!?」

 

いやそもそも誰かがやる必要性はまったくもってないのだけど。

 

「アクアも!酒場ではないのだから宴会芸などをする必要はないからな!」

 

「えぇ!?なんでよ!?私の花鳥風月なら、きっと王族だろうと満足してくれると思うの!」

 

満足云々よりも旅芸人として行くならともかく魔王軍の幹部を倒したパーティのアークプリーストとして出向くのに何故宴会芸を披露しようと思ったのか。

 

「そしてカズマ…!お前はたまに本音を漏らす癖があるからな、とにかく何を言われようと我慢だ、絶対にそれだけは守ってくれ…!」

 

「俺をこの2人と一緒にするなよ!?」

 

「「カズマにだけは言われたくありません!!(言われたくないわ!!)」」

 

こればかりはどっちもどっちな気もする、まだ不安は残るけど今は私もダクネスに付き合ってあげよう。いくらパーティが違うとはいえ一緒に行く以上は一蓮托生な訳だし私達にも無関係では済まない。

 

「安心してめぐみん!私がしっかりと礼儀や弁えを教えてあげるわ!」

 

「絶対に嫌です!!なんでゆんゆんに教えてもらわなければならないのですか!?大体ゆんゆんが王族や貴族の前でハキハキと喋ってる姿など想像もつきません!どうせアリスやミッツルギ任せなのでしょう!?」

 

「そ、そんな事は……ないよ!?」

 

「なんですか今の間は!?やはりそうなのでしょう!?」

 

正にその通りなので何も言えないまである。ただ教える側で紅魔族の感性を一番理解しているのはゆんゆんだと思うからめぐみんに常識を叩き込むという意味ではゆんゆんが一番適任なのは間違いない。だけどめぐみんのプライドを考えたら素直に習うとも思えないし難しいところだ。

 

それからダクネス以外のカズマ君パーティの、会食での礼節講座がスタートした――

 

 

 

 

 

このすば。(「そこはそうじゃない!こうだ!」)

 

 

 

 

 

2時間が経過した。ぼちぼち夕方になろうとしていたのだけどまだまだ猛特訓は終わってはいない。詰め込んでも仕方ないので休憩にしようと私は紅茶を、ゆんゆんは簡単なお菓子でも作ろうと2人でキッチンに来ていた。

 

「…ところでアリス…」

 

「はい?」

 

棚から紅茶葉を取り出したところでゆんゆんから声がかかる。私は手を動かしながらも視線だけゆんゆんに向けていた。

 

「アイリスちゃんも言ってたけど、アリスって本当は貴族とかじゃないの?だってあんなに受け答えできてるし…」

 

「あー…」

 

なるほど、自分(ゆんゆん)と同じ側の人間である私があそこまで堂々と喋れるのはおかしいと、そういう疑問だろう。その疑問は分からなくもないけど私としては勿論普通にやれている訳では無い。過去の経験が活きているだけなのだから。

 

「私は貴族などではありませんよ、日本では一般的な普通の家庭で育ちましたしあんな風に王族や貴族など、偉い方と話をするのは最近が初めてです」

 

「…とてもそうは見えないから聞いてるんだけど…」

 

「ふふっ、これでもかなり練習したのですよ、ダクネスにお願いしまして」

 

アイリスと出逢い、王城へ出向く事が多くなり、そしてカズマ君の屋敷で住むようになってから私は定期的にダクネスにお願いして習っていた。それでも喋ることだけならなんとかなった程度だった。流石に偉い方の前で流暢に普通に話すことなど簡単ではない。では私はどうやったか。

 

「私が話す時、私の顔を見た事はあります?」

 

「話す時…?うーん…あまり見てないかも…」

 

「実は大抵の場合、私は自然と目を閉じて話してるのですよ」

 

「えっ?そ、それだけ?」

 

本当にそれだけなのだ。意外と話す事に集中できてしまうし私には合うやり方だと思えた。ただ場合によっては相手の顔を見ないそのやり方は失礼に当たるのでたまに目は開けるようにはしてるけど。次第にそのやり方でやっていたらできるようになっていた。後は…

 

「後は自分ではないと思う事ですね…」

 

「え?え?どういう事??」

 

「演じるのですよ、私はこういう役柄だと。目を閉じることでそれに集中するようにしてるんです、私は昔と姿が違いますので、余計にやりやすかったのもありますね、参考になったかは分かりませんけど、ゆんゆんもやってみたらどうです?」

 

というより初対面で紅魔族特有のあんな名乗りをやれるのなら私のやってることはあれに比べてかなり難易度の低いことだと確信を持って言える。意識次第ではゆんゆんでも普通に話せると思うのだけど。

 

「…そ、そうよね。私もいずれは紅魔族の族長になるんだし…アリスみたいに話す機会も増えてくると思うし…」

 

話しながらもテキパキとお菓子の用意をするゆんゆんは何気に流石である。私も紅茶とティーカップの準備はできたし、皆に持っていくとしましょうか。

 

まずは明日…王城での会食…そしてアルダープのお見合い…個人的にはどちらも勘弁願いたいのだけど、それでも行くしかないか。私一人なら逃げ出しているかもしれないけど、大切な仲間達が共に行くのだ、そんな訳にもいかない。

 

これらが終わった時に、また羽根を伸ばして旅行でも行きたいなぁ、なんて思いながらも、私は静かに大きな溜息をついていた。

 

 





内気なはずのアリスちゃんが貴族とかの前でちゃんと話せてる理由、若干強引ですがこんな感じなのとゆんゆんと2人パーティだった時の名残と思ってます。アイリスとの出会いが結果的にアリスを更に成長させた!的な解釈です。

なお、アイリスとカズマ達の出会いは原作ではダクネスの屋敷にアイリス達が招待された上で行われていましたが本作でアイリスやアリス達が王都で襲撃にあった為にアイリスの安全の為に王城で行う事になりました。


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episode 93 エリス教徒のクリス



クリス回。そして作者はアリゆんを挟まないと死んじゃう病のようだ





 

 

―アクセルの街・カズマ君の屋敷―

 

――翌日。

 

ふと目が覚めたのは窓から射し込む陽光のせいだろうとすぐに理解できた。ゆっくりと私は起き上がると小さく背伸びをして両手を天井に向けて伸ばした。朝弱い私がこうやって自分で目覚めるのも珍しいことで、普段ならゆんゆんが起こしに来てくれる。

 

そんな私は寝ぼけ眼のまま、自室のテーブルの上に無造作に置かれた大金に注視していた。

それは昨日、アルダープから報酬と言われてもらった50万エリス。これについてどうしようかと頭を悩ませた結果、考えるのをやめて放置しておいた。

 

今更アルダープに返すのも変な話だし、ミツルギさんもゆんゆんも受け取りを拒否したのだからそれはもう困った。

なら自分で受け取ればいいじゃないかと思うかもしれないが、そうしようとは思えない理由がある。

 

昨日の豪勢な食事、そしてこの50万エリスという大金。

一見すれば随分気前のいい見た目通り太っ腹な貴族様だと思えるかもしれない。

だけどアルダープの職業を考えてしまえば、とてもそうは思えなかった。

彼の職業はこのアクセルの街の領主、つまりこのお金の元々の出処はこのアクセルの街そのものの税金なのだ。

街の一人一人が汗を流し働いて稼いだお金の一部、それがこのお金である。

これがしっかりクエストを終わらせて得たお金ならそこまで思わないのだけどそういうわけでもない。とてもではないが素直に受け取る気にはなれなかった。

 

 

コンコンッ

 

そんな事を考えていたらノックする音が聞こえてくる。

ゆんゆんが起こしに来てくれたのかと思うも、すぐにそれは違うことに気が付いた。

何故ならノックする音は私から少し距離の離れた扉からは聞こえていない、私の座るベッドの傍の壁にある窓から聞こえてきたのだから。

 

目を向けると陽光に照らされてよく見えないのだけど、わずかながらに見えたのはこちらへ向けられた屈託のない笑顔だった。

…私は立ち上がるなり窓を開けて、ノックした張本人にぼやいた。

 

「……クリス、お願いですから普通に扉から来てください」

 

「あははっ、おはよーアリス」

 

そのまま窓越しに話すのもおかしな形になるので私は窓から離れることで入って欲しいことをアピールしてみた。だけどクリスは窓越しにいるまま動かない、入りたくないのだろうか?

 

「…入らないのです?」

 

「あー…すぐに帰るから大丈夫だよ、実はアリスと話したい事があってね」

 

クリスの言葉に私は思わず首を傾げてしまう。というよりもわざわざ2人で話す内容に心当たりが全くないのだ。一昨日冒険者ギルドでダクネスといるところを偶然出逢ったのが久しぶりの再会だったのだからそれも当然である。

 

「…はぁ…どんな要件ですか?」

 

「流石にここじゃちょっとね…、アリスは今日時間空いてる?あまり長くはとらないからさ」

 

空いてるも何も今日は王都でアイリスとの会食が行われる。……とはいえそれは夕刻だ。ただダクネス以外のカズマ君達のパーティ3人は何気に初めて王都に行くことになるようで、観光もかねて昼すぎには行こうと話していた。

それに私も一緒する形だったとしても、今は早朝、お昼まではまだ時間があるので特に問題はない。

 

「…午後から予定がありますので、それまでに終わるのでしたら構いませんよ」

 

「そっか、それじゃ朝ご飯を食べてからでいいからこの街のエリス教会まで来てくれるかな?」

 

「エリス教会…ですか、わかりました」

 

「うんうん、それじゃ、また後で!」

 

私の答えに満足したのか、そう言うなりクリスは壁を蹴ってそのまま下に降りて行ってしまった。

さてさて、エリス教会なのだが実は行った事がない。ないのだけどセシリーさんのいるアクシズ教会よりも目立つ場所にあって大きな建物なのでわからなくはない。

 

そういえばエリス教会には孤児院も併設されていると聞いた事があるような…

 

 

そう思えば何かを閃いたように私は満足気な顔になっていた。とりあえずこれで目の上のタンコブが一つ綺麗に取れそうである。

 

「あれ?アリスもう起きてたの?」

 

気付けば扉を開けたゆんゆんがいた。私を起こしに来てくれたのだろう。

 

「はい、おはようございますゆんゆん」

 

「…そっかぁ…起きてたんだ……」

 

何故かゆんゆんは露骨に残念そうにしている。私が起きてる事に何か不都合なことでもあるのだろうか?というよりむしろ喜ばしいことのはずなのに。

 

「な、なんでもないよ!?今日はアリスの寝顔が見れないんだ…、とか全然思ってないから!!」

 

「……ゆんゆん…」

 

どうやら私が気が付かないうちにゆんゆんに起こされるとゆんゆんに私の寝顔を見せてしまうという罰ゲームが発生していたらしい。

言われてみれば普通に恥ずかしいので今後はできる限り自分で起きるように努力しよう。できるかは分からないけど。

 

それにしてもゆんゆんってもしかして…

 

 

 

 

 

 

このすば。(「いつもノックせずに入ってる…?」)

 

 

 

 

 

―アクセルの街・エリス教会前―

 

朝食を食べた私は1人、何気なく出かけることを告げた上でこのアクセルの街にあるエリス教会に足を運んでいた。

町外れの目立たない場所にあるアクシズ教の寂れた教会と違いこちらは冒険者ギルドの近くという一等地。草花で飾られた庭に鉄製の柵、肝心の建物は白を貴重とした清潔感のある見た目であり、壁には落書きがされていてそれをエリス教会のシスターらしき人が必死に消していた。邪教とか書いてるし多分、おそらく、絶対にアクシズ教徒の仕業だろう。今も掃除を続けるシスターさんに同情した瞬間である。

 

「…あら…?」

 

そんな目でつい見ていたせいかシスターさんと目が合ってしまった、そして同時にシスターさんの目つきは険しいものになる。

 

「先に言っておきますが私はアクシズ教徒ではありませんよ」

 

先手必勝。今もまた青いゴシックプリーストの姿なのでアクシズ教徒と疑われる可能性は読んでいたし今の目つきは間違いなくそれだろう。

 

「…本当ですか…?」

 

どうやらまだ半信半疑らしい。シスターさんは疑惑の目を向けているがもうこちらとしては面倒でしかないのでさっさと要件を済ませてしまおう。

そう考えた私は白い布で包んだ物を取り出し、シスターさんに差し出した。

 

「…あの…こちらは…?」

 

「御布施です。孤児院の運営資金の足しにでもしてください」

 

シスターさんはゆっくりと白い布を開いていく、すると次第にシスターさんの表情は驚きとともに綻んでいた。

 

「こ、こんな大金を…!?あ、ありがとうございます、どうか貴女様に女神エリスの加護があらんことを…!」

 

掌返しとはこういうことなのか、拝まれてしまった。とりあえず私のアクシズ教徒疑惑は晴れたようだ。まずアクシズ教徒ならエリス教会に御布施なんてするわけが無いし。

ちなみに御布施の中身は昨日アルダープからもらった50万エリスだ。元手が街の人達の税金ならば街の為に使ってしまえば良いではないか、我ながらナイスアイデアである。

お世話になった的な意味ではアクシズ教会に寄付しても良かったのだけどそうなるとアクセルの街の為にはなりにくいと思ったしそのうち私個人のお金で寄付しよう。

 

「すみません、クリスはいますか?ここに呼ばれたんですけど」

 

「あら、クリスさんの友人でいらっしゃいましたか、クリスさんなら奥の孤児院で子供達と遊んでいると思いますよ、どうぞ入ってください…その、本来ならご案内したいのですが…」

 

気まずそうなシスターさんの目線は未だに残ってる壁のラクガキに向けられ、私は苦笑することで返事とした。確かにこのラクガキをそのまま残しておくことはあまり良くはない。

 

「どうぞお構いなく、では入らせていただきますね」

 

私は再びシスターさんに同情の念を送りながら、エリス教会の中へと歩を進めていった。

 

 

 

 

 

 

 

このすば。(「もう!どっちが邪教徒よ!?」)

 

 

 

 

 

 

エリス教会の建物に入らずそのまま建物の周りを回るように歩を進めれば、子供達の笑い声が聞こえてくる。きっとここが孤児院だろうと思い向かえば、そこは現世でいうところの保育園のような光景。建物があり、その周りは小規模な公園のようになっていて、そこには何人もの子供達がはしゃぎ回る姿が。その中心には前かがみになって子供に話しかけて頭を撫でるクリスの姿があった。

 

「おねーちゃんだれー?」

 

「髪きれいー!すごくながーい!」

 

「えっ、あ、ちょ、ちょっと…!?」

 

私がクリスに近づくなり私の周りには子供達が興味津々な様子で群がってきてスカートやらツインテールやら引っ張り始める始末、痛い、普通に痛い。

 

「こらこら、お姉ちゃんにそんなことしたら駄目だよ」

 

「あはははっ、わぁいにげろーー」

 

それに気が付いたクリスが一喝すれば、子供達は笑いながら逃げていった。なんというかすごいパワフルだ。私は引っ張られた髪を気にしながらもクリスへと向き直った。

 

「ごめんごめん、まぁ子供がしたことだからさ、大目にみてあげてよ」

 

「それは…まぁいいのですけど…」

 

「それじゃ、教会に行こうか、これでも此処にはよく来るから融通が効くんだ、部屋を一つ借りておいたから、そこで話そう♪」

 

そう告げるクリスは常に笑顔のままだった。…なんというかクリスの新たな一面を見たような気がした。…というよりよく考えてみたら私はどれくらいクリスの事を知っているのだろう。

 

出逢いは奇妙なものだった。私が独り宿で泣いているところを鍵を勝手に開けて入って来て私を慰めてくれた。…今冷静に考えたら物凄いことのような気がする。

そしてダクネスと初めて出逢った時に再会して…王都でも出会って一緒にクエストを受けて…と、はっきり言えば私はクリスとそこまで付き合いが深くないような気がする。

出逢っては、食事したり、クエストを受けたり、それが終わればさようならしちゃう程度の浅い関係。

 

なのに、どうして私はクリスをこんなに信頼に似た感情を持つことが出来るのだろうか。

そしてクリスにとっても私との繋がりはその程度のもののはずなのに、今朝のように気楽に接してくる。それがクリスの性格だと言われたらそこまでかもしれないけど、それでも思い返せばクリスと出逢った時は常にクリスから私へと声をかけてくれていたような気もする。

 

もしかしたら考えすぎなのかもしれない、だけど…そうやってクリスと出逢った時はいつも…

 

私に、何かしら大きな進展がある時だけだった――

 

 

 

 

 

―アクセルの街・エリス教会―

 

教会に入るなりまずは礼拝堂で一礼。そして両手を結び祈る。

 

別にエリス教徒というわけではない。だけどアクア様が存在していることは知っている。なのできっとエリス様も実在するのだろう。

幸運を司ると言われている女神エリスに私は祈った。今夜の会食が無事に終わりますように、そして…アルダープの裏に潜む悪魔を…無事討伐出来ますように…と。

 

「あ、悪魔!?!?」

 

そんな祈りを込めていたら突然クリスが私の横で叫んだ。流石にこれには私も驚き、目を無言で目を大きくパチクリさせてクリスを見ていた。あれ?私口に出してたかな…?

 

「…クリス?」

 

「あ、あぁ…ごめんなんでもない!」

 

いや全然なんでもなくないようにしか見えないのだけど。明らかにやらかしたと言いたげな顔をしているし本当にどうしたのだろうか。

 

「えっと…えっと…そ、そのね!私ってエリス信徒だからさ、悪魔って単語にすっごく敏感なの!今もしかしたらアリス、悪魔の事考えなかった?」

 

「え……あ、はい…そうですけど…」

 

「ほらね!やっぱりね!私ほどの熱心なエリス信徒になると悪魔って単語限定で相手が思ってる事だって感じ取っちゃうんだ!」

 

「…そ、そうなのですか…す、すごい特技ですね…」

 

クリスの大声で早口の言葉(威圧)に私はただ怯えていた。流石に怪しすぎるのだけど今の萎縮した私にそれをつっこむ度胸も勇気もない。というより明らかに今思いつきましたみたく言ってるし見れば冷や汗がすごい。結論を言えばやっぱりこの子は訳が分からない。

 

「秘密の特技だから、みんなには内緒ね!それじゃ部屋で話をしようか!」

 

「…あ、はい…」

 

こわい。今日ほどクリスを不気味に思った事はないかもしれない、もちろん色んな意味で。

 

 

 

 

このすば。((なんとかごまかせた…))

 

 

 

 

案内された部屋に入ると簡素な場所だった。最低限テーブルと椅子があって、部屋の角には2段ベッドが備えられている。似たような場所がアクシズ教会にもあった気がすると思えば、おそらくこの部屋はエリス教徒が巡礼に来た時用の宿泊施設なのかもしれない。

 

「どこから話そうかなぁ…とりあえず頼みたいことから言うね!」

 

「…は、はい」

 

相変わらずクリスの勢いに押されまくりなのだけど大丈夫なのだろうか。私は不安な気持ちしか顔に出せていないと思われ、それでいて今からクリスの言う話が予測困難でいた。

 

「…実はね…アルダープの提案したお見合い…受けて欲しいんだ…!」

 

「……え?」

 

ダクネスが話したのだろうか?いやそんな時間はないと思われる。あの猛特訓は寝る間際まで続いて終わると同時に全員疲れ果ててそれぞれ寝てしまっていたのだ。カズマ君達も理由は同様。

 

「ごめんね、実はアリスがアルダープの屋敷に来た時…こっそり着いてきてたんだ、あの時話を聞いて心配でさ…あのおじさんの噂は…あまりいい事を聞かないし」

 

「…そ、そうだったのですか…、ありがとうございます。で、でもどうして受けろと…?」

 

全然気が付かなかった。確かに彼女は盗賊だしその程度のことはやってのけるだろう。だけど私が言いたかったのは私の為にそこまで身体を張って欲しくないが正直なところだ。万が一捕まったらただでは済まない。…とはいえ、それを私が言わなかったのはなんだかんだクリスはプライドが高い。それを言って私が見つかるわけないとか言って怒りそうな気がするので言わなかった。

そもそもお見合い話は別の理由で受けるつもりなのだけどそれを言ってもへそを曲げそうな気さえする。

ある意味貴族とかよりも気を使っているこの展開は、はっきり言うとかなりのめんどくささしかない。

 

「…それはね…お見合いを受けて、アルダープの屋敷に泊まる事になると思うからさ、その時に私が潜入できるように手伝って欲しいんだ」

 

「せ、潜入って…」

 

「まぁまぁ、ちゃんと理由は説明するから聞いてよ」

 

「……」

 

クリスの職業は盗賊、そして潜入。そうなればクリスが何をやろうとしているのかは想像することは難しくない。

 

「…こんなこと言っても信じられないかもしれないけど、これは本当の話だからね?…実は、エリス様から神託を受けたんだ…」

 

「…し、神託…?」

 

本当に信じられないのだけど。神託とかあまり聞き覚えが薄い言葉だけど意味合い的には神様を深く信仰する神官とか巫女とかが神様の意を伺い、そして伝える…そんな感じだったと思う。

それを盗賊であるクリスが受けるのはどう考えても不自然でしかないのだけど。ただここで疑っても話が進まないしとりあえず言いたい事を最後まで言わせてしまおう。

 

「うん、私が盗賊で熱心なエリス信徒だからだと思うんだけどね、そしてその内容なんだけど…神器って…知ってる?」

 

「神様が作ったと言われるチートめいた能力を持ったアイテムのことですよね?」

 

神器と聞いて私に身近なのはミツルギさんの持つ魔剣グラムがあげられる。そしてグラムほどのチートはないけど私の持つ杖や服もまた神様が作ったという意味では神器なのだ。それでも私の杖や服は王都で売っているどんなものよりも強いらしい。まぁアクア様があんな感じなので実感はあまりないけど。

 

「そうそう、実はね…一部の強力な神器、それが持ち主を失った後も人伝いに流れて、悪用されたりしているみたいなんだ。だからエリス様はそれの回収を頼みたいって私にお願いしてきたんだ。私も半信半疑なところはあったけど、それ以来は神器の回収をしているって訳」

 

「……」

 

その時の私の脳裏には先日王都の冒険者ギルドでの会話が浮かんでいた。クリスはこの言い方だと既にその神器の回収とやらを頻繁に行っているようだ、更にクリスは銀髪の盗賊…。

 

「……まさか…王都を騒がせている銀髪の義賊って…」

 

とは思ったが流石にそれはないだろうと思ってもいた。クリスの目的は神器らしいし金品ではない。だから私がこう聞くことでクリスがそれを否定するのを期待したのかもしれない。…だけど…

 

「あははっ、察しがいいね、それ私だよ♪」

 

…悪びれもなく、いつも通りの眩しい笑顔でクリスは即答した。私は驚きのあまり声を出すことが出来ずにその場で固まってしまうことしかできなかった――

 

 

 

 

 



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episode 94 二つの神器の危険性


話の進みが遅い…気がする。





 

―アクセルの街・エリス教会―

 

――何故?

 

この言葉が私の真っ先に思い浮かべたものだった。

 

信頼してくれているのは嬉しく思うし、私としても別にクリスという一人の人間が嫌いではない。ただ私が今まで知り合ってきた人にはクリスのようなタイプはいなかったから、付き合い方に戸惑いを感じる程度だ。

 

クリスは今、私の質問に全く躊躇することなく答えた。それは何故――?

 

私が妙な正義感を振りかざして通報するなり捕まえようとするなりするとは考えなかったのだろうか?

確かに銀髪の義賊の評判は決して悪いものではない。貧困に苦しむ人からすればヒーローのような存在だろうし、実際捕縛の依頼に気乗りしなくて受けなかったことも私達の義賊への評価がそんな評判に似たものだったからなのも一つの理由だと思う。

だけど国や警察組織のような立場から見たら当然容認できる行為ではない、貴族の屋敷に忍び込み、盗みを行う。これは明らかな犯罪行為である。

 

 

……そこまで考えて、私は自分の中で矛盾を感じてしまった。

 

私が近日やろうとしていることは、銀髪の義賊とどう違うのだろうか、と。

 

悪魔であるマクスウェルは魔王軍の幹部をも操ることのできる脅威の存在だ。どうしても倒さなければならないという大義名分はあるものの、それをするまでの私達の行動はアルダープの目を欺き、屋敷内部を無断で探索すること。もしこれで悪魔の証拠が見つかることなく、その作戦が露見してしまえば、アルダープは私達を盗人として国に訴えるだろう。これは私達が何かを盗んだりしないから問題ないなどの言い訳は何一つ通用しないと思われる。

 

そう考えてしまえば、クリスのことをとやかく言う筋合いは私にはないではないか。

 

それともクリスがもしそこまで知った上で私に正体を明かしたのなら――

 

本当に彼女は一体…何者なのだろう…?

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「アリス…?アリスー?」

 

「……っ!?」

 

そんな考えが私の脳裏を駆け巡り、気が付いたらクリスに呼ばれていた。とりあえず話はまだ終わっていない、最後まで聞かないとどう判断するもわからないままだ。

 

「すみません、色々考えてしまって…」

 

「あー…うん、ちょっと軽率だったかな、お願いだからダクネスには言わないでね?」

 

悪戯っぽく笑うクリスに私はもっともだと思った。これをダクネスが知ればどうなるか想像がつかない。まさか自分の友人が犯罪行為を行っているなどと思ってはいないだろうし。とりあえず私は無言ながらも首を縦に振ることでその返事とした。

 

「それでエリス様に教えてもらいながら今まで神器回収をして、悪徳貴族とかの家だったらついでに表に出せないだろうお金とかも掠め取ってたんだけどね…、あ、これはもちろん全部寄付してるからね?…それで、次のターゲットがあのアルダープなんだ」

 

「…それはつまり……アルダープも神器を…?」

 

「うん、それも2つもね。どちらも非常に危険な代物らしいから、エリス様も急いで回収したいみたいなんだ、だけどあの屋敷には上手く潜入できなくて困ってたんだ……そういえばさっき悪魔がどうこうあったけど、もしかしてアルダープに関係あったりする?」

 

「……」

 

さて、これはどうしたものか。クリスに正直に話すこと自体は難しいことではない。だけどこれ以上巻き込みたくないという気持ちもあるのだけど…。

クリスに目を向ければ、クリスの視線は何かを物語っていた。それは『私は正直に言ったんだから、アリスも言ってよね?』と催促されているように見えてしまう。

これは言うしかないのかもしれない。それに言わないで終わってもクリスはアルダープが所持する神器とやらを諦めないと思われる。それで単独で盗みに行って、悪魔に返り討ちにでもされたらそれこそ不味い事態になってしまう。

私は溜息をつくなり、クリスにアルダープと悪魔の件を全て打ち明けることにした――。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

「…なるほどね、そういう事かぁ…」

 

私はクリスにアルダープと悪魔に関して知っている事を全て話した。

悪魔が私やアイリスを狙ったこと、アルカンレティアで魔王軍の幹部ハンスを乗っ取り大暴れしたこと、そしてカズマ君が裁判の時に聞いたアルダープの言葉まで。更には私が既にお見合い話を受けるつもりであることまで。

 

「それなら私もアリスに有益な情報を送らないとね」

 

「…有益…?」

 

「うん、それはアルダープが所持する神器のことさ、おそらくアルダープはそのうちの一つを使って悪魔を使役しているんだと思うよ」

 

なるほど、確かにアルダープ自体は普通の人間だ、悪魔を使役することなんて出来るわけもない。

 

「その神器は…モンスターをランダムに召喚することができるんだ」

 

「……それだけ、ですか?」

 

流石にそれはおかしい気もする。それだけの効果なら召喚した途端悪魔に殺されておしまいではないか。私としては召喚した上で意のままに操れるくらいあるものと思っていたのだが。

 

「そこは悪魔そのものの特性じゃないかな、悪魔は契約を重んじるからね、多分アルダープとなんらかの対価を支払う契約をしていると思うよ」

 

「…なるほど…」

 

その発想はなかったと言わざるを得ない。だけど身近にバニルという悪魔がいるのに何故そっち方面に頭が回らなかったのだろうとも思えてしまう。とはいえ結局バニルには悪魔についての話は大してできていない。聞こうとした時に限っていつもいないのだからどうしようもなかったのだが。

 

それに効果はあくまでランダムにモンスターを呼び寄せるもの、どんな経緯でアルダープがそんな危険な物を使おうと思ったのかわからないがどうやらアルダープとしては大当たりを引いたようだ。後に大ハズレに変わる可能性もあればこちらから見たら既に大ハズレなのだけど。

 

「アルダープはどんな対価を支払い使役しているのでしょう…」

 

「流石にそこまではわからないかなぁ、だけどその神器さえ回収できれば、その悪魔はアルダープの元に留まる理由はなくなるかもしれない」

 

確かにそれでアルダープの元を離れれば一応の危険は去ることになるかもしれないがマクスウェルは既にアルカンレティアで大暴れをして被害を出してるのだ、討伐できるのならしてしまいたい気持ちは強い。

 

「…できたら逃がしたくはないのですけどね…ちなみにもうひとつは?」

 

「もうひとつは…他人と精神を入れ替えることができる神器」

 

「……それだけ、ですか?」

 

正直拍子抜けしたとも言える。ただ入れ替わるだけなのに何故そこまで危険視されているのだろうか。

 

「いや、こっちがある意味何よりも厄介でね、入れ替わってから入れ替わった対象を殺すと、そのまま入れ替わった状態になっちゃうんだ。だから例えば…アルダープが子供にそれを使ってアルダープの肉体を殺したら…アルダープの精神は子供にあるままになる、つまりこれを繰り返せば…」

 

「……っ!?……擬似的な不死になることができますね…」

 

私は戦慄していた。ようは使い方次第ということなのか。何よりもそれは使えば使うほど不幸な犠牲者がでることになってしまう。まさかその神器を作った神様もそのような使われ方をされるとは思ってはいなかっただろう。アルダープが既にそれを行ったかはわからないが今後そのように使おうと思っているのなら是が非でも阻止しなければならない。

 

だけどやっぱり悪魔を相手に単独潜入は危険すぎる、それは変わらない。私が手引きしても私は下手に動けない可能性があるから仮にクリスに協力することになったとしても精々私が泊まる部屋の窓から潜入を許すくらいだと予測する。…それならいっそ。

 

「それにしても既にお見合いを受けるつもりだったのは予想外だったよ、それに悪魔の存在も…」

 

「クリス、どうせなら潜入じゃなくて堂々と中に入りませんか?」

 

「……え?」

 

何を言い出すんだこの子は、そんな視線で見られた気がする。だけど何も強行突破しろと言っている訳じゃない、私がお見合いに行った際の付き添いとして行けばいいのだ。ダクネスが共に来てくれる事は確定してるのでダクネスの従者とかとして着いてくればいい。

 

「お見合いは私と、ダクネスが仲人のような役割で着いてきてくれる予定です、ですからダクネスの付き人のようなポジションで行けば怪しまれることはないかと」

 

「……なるほど…確かにその方が場合によっては見つかった時も誤魔化しがきくかもね…うーん…」

 

クリスが共に来てくれるのならこちらとしては心強い。こっそり探索など余裕でこなせるだろう。これならより成功確率をあげることができる…そう私が安堵したその時だった。

 

 

ゴーン……ゴーン……

 

教会の鐘が鳴り響いた。一瞬何事かと思うもその意味をすぐに理解した私は首にぶら下げていた懐中時計を開く。

 

「…12時ですか、すみません、そろそろ帰らないと…この作戦はカズマ君が考えてくれてますので、明日にでも屋敷に来てもらえれば…」

 

「…うん、わかった。今日はありがとね、お陰でなんとかなりそうな気がしてきたよ」

 

そのまま立ち上がった私は、クリスを一瞥して教会を後にした。これから慌ただしくなりそうだと思いながらも。

 

 

 

 

このすば。(「アリスどこ行ってたの!?」)

 

 

 

 

 

 

 

―王都ベルゼルグ―

 

王城で着るドレスなども用意した。それはトランク…ではなく収納用の魔道具によって持ち運びが気軽にできる。王都で買ったものだけど本当に便利だ。結局はいつも通りの杖だけを背中に携えて、私達は王都ベルゼルグの入口にテレポートで移動した。なおテレポートは4人までしか運べないので先にカズマ君達パーティをゆんゆんがテレポートで移動させた後に私とゆんゆんもまたテレポートで移動した。ミツルギさんは直接王城で合流する手筈となっている。

 

「ここが王都か…、分かってはいたけどアクセルとは全然違うな…!」

 

「帰りに美味しいお酒買って帰らないとねー、今から楽しみだわぁ♪」

 

「おいおい…今日は遊びに来た訳ではないのだぞ…」

 

「ふっふっふ…遂にこの日が来ましたよ!今日この日にっ!!我が名を王都中に轟かせてみせましょう!!さぁ、冒険者ギルドはどこですか!?」

 

王都の規模に圧巻するカズマ君を見ていると私とゆんゆんが共に初めて王都に足を踏み入れた時を思い出す。あの時は確か突然守衛さんに声を掛けられておどおどしてたなぁ…ゆんゆんが。なんて思い出しながら私はクスクスと笑っていた。

アクア様は目的を完全にお酒にしているしこれにはダクネスも胃を痛めるばかりである、そっとしておこう。

そしてめぐみんが気合を入れている理由はひとつ。実はアルカンレティアで討伐した魔王軍の幹部ハンスの討伐報告は未だに行われていないのだ。どうせ王都に行くのなら王都で報告して思い切り目立ちたい、とはめぐみんの談である。もしかしたらアクセルのような冒険者を巻き込んでの大騒ぎになるようなことを期待しているのかもしれないけどそっとしておこう。後で現実を知るだけだし。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

―王都中央公園―

 

冒険者ギルドを出た私達はひとまず近場の公園にきてみた。冒険者ギルドでの出来事は割愛させてもらおう、そうしたいくらい特に変わったことはなかった。

 

「……これならアクセルで報告した方がマシでしたね…」

 

「…なんていうか、真面目だったな、アクセルと違って酒場もなかったし」

 

「なんで冒険者ギルドなのに酒場がないのよ!?王都のお酒を飲んでみたかったのに!」

 

「あの…アクアさん…その…流石に真昼間から飲むのは…夕方からは会食もありますし…」

 

ガックリと項垂れためぐみんとカズマ君、そして酒場がないことに怒りを顕にしているアクア様。更にそれにつっこむゆんゆん。

まぁこうなるだろうなとは思ってはいた。まずめぐみんが冒険者ギルドに入るなり高々と冒険者カードを掲げてハンス討伐を公表したものの、即座にギルド長の部屋に通されて事務的に討伐を受理された事。勿論驚かれてはいたけど内々でギルド職員のみから褒め称えられてもめぐみんが満足するはずもない。私的にはこっちのがいいのだけど。目立ちたくないし。

唯一の利点はアクセルと違って討伐報酬が即座に貰える事くらいだろうか、アクセルだとそんなにお金がないのですぐには用意できないのだがそれは駆け出し冒険者の街故に致し方なし、本来アクセルで億単位の報酬など想定されていないのだから。

 

ただ現在の私達にそこまで早急にお金が必要な理由はないのでこれも利点と呼ぶには難しい。多分めぐみんはアクセルの街のように王都の冒険者から賞賛されたかったのかもしれないからめぐみんとしても良い事なしである。

 

「まぁ、色々言ってても仕方ないし、飯でも食おうぜ?アリスやゆんゆんはこっちの美味い店とか知ってるだろ?案内してくれよ」

 

「わかりました、とは言え皆の口に合うかは分かりませんが…私とゆんゆんが良く行くお店に案内しますよ」

 

こうやって街を案内するのもなんだか新鮮だ。本当に短い時間ではあるけれど今は力を抜いてカズマ君達の観光を優先してしまおう。

それは旅行とまではいかないけど、私の気分転換には良きものとなっている気もした。

 

さてさて、まずは夕刻からのアイリスとの会食。そこではアルダープとも出逢うことになる、ちゃんと返事をしなくては。

 

そんなある意味激動となる前のほんのわずかな時間を、私は満喫することにしたのだった――

 

 

 






次回、いよいよアイリスとの会食。細かい内容は今から考えるので遅れます()


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episode 95 この美味しいピザを手に雑談を!


タイトル通り!←

ちなみに本日はめぐみんの誕生日です。いや作中では全く関係ないですが。


 

 

 

―王都・ピザレストラン―

 

「いやいやどうしてピザなのですか!?先程ハンスの討伐報酬を得たばかりですよ!?ピザなんてアクセルでも食べられるじゃないですか!?」

 

「そ、そう言われても…私とアリスが良く来るのはここだし…」

 

こちらとしては美味しいお店ということで此処を案内したのだけどめぐみんとしてはお気に召さなかったようだ。入るなりずっとむくれて文句を言っていた。

 

「夜は会食ですからね、高級料理がお望みでしたら後で嫌でも食べられますよ。それにめぐみんの事ですからここを出てもぶらぶらしながら適当に買い食いしそうですし、あとここのピザは本当に美味しいので」

 

もっとも私の場合王城の会食とかまともに喉を通りそうにないけどめぐみんなら問題なく食べるだろう。そして私がここまで説明するなり、めぐみんはずっと不満げにしていた表情をようやく緩ませ、その瞳は何かを狙っているように私に向けられる。

 

「ほう…アリスがそこまで言うのでしたら期待しておきましょうか、…もしこれで不味かったら私はお金を出しませんからね?」

 

「今討伐報酬云々言ってたやつが何ケチ臭いこと言ってんだよ…」

 

溜息ながらのカズマ君のツッコミはあまりキレがなかった。少なくとも私やゆんゆんは美味しいと思ってよく食べてるし、気に入ってもらえるのを祈るしかない。

 

「それにしても小洒落た感じの店だな、なんていうか女子ウケが良さそうな」

 

「カズマさんが場違いすぎるだけでしょ、ぷーくすくす」

 

「うるせぇよ!?」

 

アクセルのピザ屋さんと言うと屋台のひとつにある程度だ、その認知度は低いかもしれない。食べた事はあるけど美味しくない訳ではないが安く、腹持ちが良かった気がする。駆け出し冒険者が多いアクセルだからこそ、そういったリーズナブルな食べ物は多い。例えるならファーストフードのような感じ。

一方こちらは王都の人通りの多い区画に構えたお店で、注文を受けてから焼くので常に焼き立てを堪能できる。焼いているのは専用の竈でその光景は現世での本格的なピザ屋さんで見かけるような様子とさして変わらない。

 

「この場所にいるだけでも、チーズの焼ける香りがして食欲を唆られるな、これは期待できるかもしれないぞ、めぐみん」

 

「た、確かにそうですが…所詮ピザでしょう?我が舌を満足させるとは思えませんね」

 

「あ?貧乏舌が何言ってんだ?」

 

「貧乏舌だったのは昔の話です!今の私はグルメなのですよ!!」

 

 

 

 

 

 

このすば。(私を満足させられるものか!!)

 

 

 

 

 

そしてそれぞれが頼んだピザが届き、それぞれが堪能していた。

 

「うむ…これは美味いな…チーズの焼き加減、具材も色とりどりで見た目も良い…そして生地の外がカリッとしていて中がふわっとしていて…」

 

「なんかピザのイメージが変わったわね…、アクセルで売っているのと同じピザとは思えないわ…」

 

「サラミも厚切りで食べ応えもあるな…、俺が今まで食べたピザはなんだったんだってレベルだ…」

 

「ふふっ、お気に召したようでなによりですよ」

 

とまぁ、良い感じで好評のようだ。自信はあったものの紹介した立場としては一安心である。そして肝心のめぐみんはと言うと…。

 

「………」

 

「…で?味はどうなのよ、めぐみん?そろそろ皆みたいに素直に美味しいって言ったらどうなの?」

 

「……ぐぬぬ…」

 

滅多に見られないゆんゆんの勝ち誇ったような挑発がめぐみんにささるささる。一方めぐみんはワナワナと震えながらもピザをまた一切れ口に運んでモグモグしていた。

 

「ふ、ふん、まぁまぁではないですか?」

 

「何がまぁまぁよ!?その今食べているピザ何枚目よ!?」

 

はい、6枚目です。6切れではなく6枚。軽めに食べるつもりでここに来たのにガッツリ食べ過ぎである、まぁめぐみんだし大丈夫だろうけど。

 

「いつも思いますがその小さな身体の何処にそんなに入るのでしょうか…私とゆんゆんは1枚を半分ずつにして食べてますのに…」

 

「はいはいさりげなくラブラブっぷりを見せなくてもいいですから」

 

「べ、別にそんなんじゃないわよ!?ただピザを半分っこしてるだけじゃない!?」

 

このお店のピザは私には少し大きめで1枚全部となるととてもではないが食べきれない。以前アイリスに出逢った時に買ったピザは小さめで手軽に食べられたのだけど今回のお店はあそことは違うし。

そんな訳でここに来る度にゆんゆんに半分食べてもらってたらいつの間にか2人で1枚を食べることになっていた。ゆんゆんは1枚食べきれない訳ではないけど半分でも量的には満足できるらしいのでちょうど良かった。

 

まぁ6枚も食べてまずいとは思っていないだろうと、私は満足気にピザを食べていた。

 

 

 

 

このすば。(「もう1枚!」「7枚目!?」)

 

 

 

 

全員あらかたピザを食べ終わり、今は食後のお茶をしながらも雑談に興じていた。そんな中、ふと思い出したようにダクネスがカズマ君に目を向けた。

 

「そういえばカズマ、私達のパーティはいい加減に王都での活動を検討した方がいいのではないか?」

 

「あ、それは私も思ってました」

 

ダクネスの主張にめぐみんもまた同意のようだ。確かに聞いた限りでは現在のカズマ君達のレベルは30前後、アクセルでクエストを受けるには少しきびしいレベルだし私も30になって王都に来たが最低推薦レベルは25くらいだったはずなのでレベルは充分に足りている。

 

だが肝心のカズマ君は露骨に嫌そうな顔をしていた。

 

「今のところ考えてはいない、バニルとの仕事の件もあるしな。大体活動拠点を王都にするとして、今住んでいる屋敷からどうやって移動するつもりだよ?言っとくが王都に引っ越すとかは絶対しないからな?」

 

「何を言ってんのよカズマ、移動ならそこにゆんゆんがいるじゃない」

 

あっけらかんとした感じでアクア様が言う、ゆんゆんは私は別に構わないけど…とでも言いたそうだ。だけどそれでもカズマ君の態度は変わらない。

 

「お前こそ何言ってんだよ、確かにゆんゆんは一緒に住んでるが俺たちのパーティじゃない、今回みたいにたまに来る程度ならともかく、まさかクエストを受けに王都に行く度にゆんゆんに頼むつもりか?そんな他人におんぶにだっこって冒険者としてどうなんだよ?同じ理由でウィズも宛にできないからな」

 

「くっ…確かに言われてみればカズマの言う事もわからなくはないが…」

 

「カズマがそんな正論っぽいことを言うと腹が立ちます。…ですが確かにゆんゆんに頼りまくるのは私としても賛同はできませんね…」

 

頼りにされると思っていたら破綻してしまいゆんゆんは目立たない程度にがっかりしていた。他人扱いに傷付いてるようにも見えるけどカズマ君に他意はないだろうしそっとしておこう。めぐみんは単純にライバルに頼ることのプライドの問題だろうか。

 

「…じゃあどうするのよ?」

 

アクア様の疑問に僅かながらカズマ君は不敵に笑いめぐみんを凝視している。あ、これ嫌な流れだ。

 

「そりゃお前…うちにテレポート持ちが誕生するまで現状のままだろう?あーあ、どこかの凄腕アークウィザード様がテレポートを取得してくれたらなー」

 

「なっ!?嫌です!!私は爆裂魔法しか覚えるつもりはありません!!」

 

それはつまりめぐみんがテレポートを覚えるまでは王都でクエストを受けるつもりはないということなのか。めぐみん次第ではあるが永遠に行かないともとれてしまう。…そうなればダクネスやアクア様が納得するはずもなく。

 

「ちょっと!?それじゃいつまで経っても魔王討伐なんてできないじゃない!?」

 

「…それに冒険者と言うのなら…バニルとの商売を理由にするのは関心できないな、カズマはいつから商人になったんだ?」

 

「そうですよ!お金に困っているならまだしも、そんなこともないでしょう!」

 

「ぐっ…、だからって屋敷を手放す理由にはならないだろう!?大体俺は王都に行かないとは言ってないだろ?めぐみんがテレポートを覚えたら解決する話なんだからな!」

 

「な、なにおう!?」

 

……結局この話は決着がつかないまま、言い争うだけの不毛な議論になってしまった。私とゆんゆんは直接関係がないし口を挟むのは野暮だろう。

 

(アクセルのクエストでさえまともにこなせたことがほとんどないのに、王都のクエストなんてやれるわけないだろ!?)

 

などというカズマ君の必死な想いがあったものの、私がそれを察することはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

このすば。(私は…爆裂魔法しか愛せない!!)

 

 

 

 

 

 

―王城前正門―

 

時間の許す限り王都を満喫した私達は、今日この王都での真の目的である会食の会場、王城前に来ていた。

アイリスと知り合い友人となってから王城に足を運ぶことが多くなった私とゆんゆんだが、そんな私達としても今日の様子は異常に感じた。

 

「…凄い衛兵の数だな…流石この国の王城ってことはあるのか…」

 

「…いえ、今日は特別でしょう。私達が普段来る時の倍近くは衛兵の方がいますし」

 

別に普段警備がザルと言うわけでもない、普段から少なくはない人数の衛兵が蟻1匹通さないとでも言わんばかりの気合いの入れようで警備に当たっている。この国の王族が住まう城なのだからそれは当然であるが今回は特に多い、おそらく衛兵の人なら今日非番の人はまずいないのではないかと思える程度には。

 

理由は明らかに今日の会食だろう。いつもと違い、王女であるアイリスと会食という名目でたくさんの騎士や貴族が城に入るのだ。これを機に良からぬことを企む輩がいる可能性も充分に考えられる。その為の警備なのだろう。

 

まさに厳戒態勢と呼ぶに相応しい王城の様子は中に入っても変わらない。入口に着くなり声をかけられ身分証の提示を求められ、武器を含む手荷物は全て一時的に預けられる。着替え等中で必要なものは衛兵の確認の上で後程返してくれるらしい。

 

そして私達は控え室という名目にされた応接間に通されていた。着替える際にはまた別室を用意してくれるとの事。

 

「…どうしようアリス…その…今になって緊張してきたかも…」

 

「……そうですね、正直私もです」

 

――魔王軍の幹部を討伐した功績はそれほどまでに重い。

 

ふとダクネスが言った言葉を私は思い出していた。私なりにいつも気楽に接しているアイリスは…日本に例えたら天皇、あるいは総理大臣、そんな立場になってしまうだろう。

正しくはアイリスの父親であるこの国の王様がそれに当たるのだけど王様は兵を率いて魔王軍との戦いの最前線で戦争をしているという。アイリスもしばらく逢っていないようだ。だから代理としてアイリスがその地位に就くことになる、よってアイリスこそがこの国の一番偉い人という認識でも間違ってはいないのだ。

 

今更と言われたらそれまでではあるが今までの私はあくまで自分のいた世界、日本とこの世界とを比べようとしなかった、それだけの話。

何故なら比べようがないからだ。どう見てもこの剣と魔法のファンタジーの世界観は、知らないRPGのゲームの中に飛び込んだようにしか感じなかったのだから。所詮私はこの世界に来てまだ一年も経っていない、日本にいた期間の方がはるかに長いのだからこの認識だけは簡単には覆らないと思われる。

 

 

まぁ考えても仕方ない。いつもの様に『アリス』を演じて終わらせるだけだ――

そう思うだけで幾分か気持ちが落ち着くのだから、我ながら単純だと自嘲した。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

ミツルギさんも無事合流して時間は経ち、私達がいる応接間の外がざわついてきていた。私達は全員会食の為のタキシードやドレスに着替えて呼ばれるのを待っていた。

 

「蒼の賢者だけにてっきり青のドレスと思いましたが違うのですね」

 

「…というより青色の服あまり持ってないのですよね…個人的には白が好きですし」

 

肩あたりまで露出した黒に赤というカラーなドレスを着こなしているめぐみんは少し大人びて見えた。口紅を塗ってるせいだろうか。

一方私は白を基調とした赤とピンクが飾られたようなドレス。少しスカートが短い気もするけど長すぎても動きにくいし落ち着かないのでこうなった。

【挿絵表示】

 

 

「というより何故ゆんゆんはそんなにガチガチに緊張してるのですか、話をするのはほとんどダクネスとアリスだけでしょうに」

 

「…だって…、まさかこんなにいっぱい人がいるなんて…」

 

ゆんゆんは黒にピンクのアクセントが入ったドレス、私としては見た事があるけどそのスタイルの良さでより大人びて見える。化粧も相まってパッと見なら大学生でも通りそうな見た目だ。羨ましい。

 

そして通路に顔を出しただけで分かる人の多さ、その全てが貴族様なのであろう。その前に準備で走り回ってたメイドさん達の姿も見えなくなってきていたから準備は終わったのだと思われる。つまり出番は近い。そう思った直後、扉が開かれクリーム色のドレス姿のダクネスが姿を現す。

 

「みんな、準備はできてるか?」

 

「えぇ、任せておきなさいダクネス!しっかり温めておいた新ネタを持ってきたんだから!」

 

「誰が宴会芸の準備をしろと言った!?」

 

青色のヒラヒラしたドレスを身に纏うアクア様が当たり前のように告げるもダクネスに一蹴されてしまった。というよりこの女神様の宴会芸への情熱は一体なんなのか。

 

緊張高まる中、ダクネスに着いて行くように会場まで向かって行った――

 

 

 

 



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episode 96 この紅魔の名乗りをご一緒に!

ネタバレ。ゆんゆんやらかす。





 

―王城・謁見の間―

 

学校の体育館ほどの広さのその場所は、前回来た時とは違い入口側に丸いテーブルが所狭しと置かれ、更にそのテーブルには見たことも無いような見るからに高級料理と言わんばかりの料理の数々が埋め尽くす。

玉座の前には長方形の長いテーブル、そこには料理はなく純白のテーブルクロスの上に花が飾られていた。そのテーブルの後方にある玉座にアイリスは座っていて、その両隣にはいつものごとくクレアさんとレインさんが立ち、私達を待ち構えている。

 

私達はテーブルの前の椅子に座るより前にその場で横一列に並び、片膝をつく。昨日の猛特訓が効いたようで、この辺は全員なんなくこなしていた。

 

左から順にめぐみん、アクア様、カズマ君、ダクネス、ミツルギさん、私、ゆんゆんと並んでいると、後方にいる貴族からひそひそと声が聞こえてくる。

 

「まさかあの者達が魔王軍幹部やデストロイヤーを討伐したと言うのか?半分は子供ではないか…」

 

「とてもではないが信じられんな…しかしこうやってこの場にいるとなると…ううむ…」

 

「静粛に!アイリス様の御前であるぞ!」

 

そんな僅かな声はクレアさんの一声でぴたりと止んだ。するとアイリスがクレアさんに目配せする。いよいよ始まるのかとより緊張が高まっていく。

 

「…では、私達としても初めて見る者もいる、後方にいる貴族達からすれば全員見知らぬ顔と言うこともあるだろう。よってお前達には、1人ずつ名乗りをあげてもらおう、…とアイリス様は仰せだ、そちらの者から順番に名乗ることを許そう」

 

「「「…っ!?」」」

 

いきなり非常事態だ。今クレアさんが指差したのは私達から見て一番右側にいるゆんゆん。こんな大きな場でゆんゆんがまともに挨拶などできるのか?いや無理だろう。実際ゆんゆんは驚きのあまり固まってしまっていた。

 

「え、あの……えっと……その…」

 

案の定である。ゆんゆんは片膝をついたまま震え上がっていた。こうなってしまってはこちらからのフォローも効かない、なんとかゆんゆんに頑張ってもらうしかない。私は祈るようにゆんゆんの言葉を待っていた。

 

(そ、そうよ、アリスも言ってたじゃない、目を閉じて話す事に集中すれば…)

 

そんなゆんゆんの考えが私には手に取るように分かった。

 

…同時に嫌な予感もした。ゆんゆんは立ち上がるとポーズを決めた、その目は力強く閉じられている。

 

 

 

「わ…我が名はゆんゆん!!アークウィザードを生業とし、上級魔法を操る者!!…やがて、紅魔の里の長となる者!!」

 

 

 

会場は見事に静まり返った。めぐみんはとても嬉しそうにガッツポーズを決めている。だけど私達は驚愕で空いた口が塞がらない状態だったのだ。

 

ダクネスから私に何故止めなかったんだ!?という視線を感じるがめぐみんならともかくまさかゆんゆんがやるとは思わなかったのだ。最近は紅魔族の名乗りをしてなかったしこれは予想外すぎた。多分名乗りを上げろと言われて緊張の中考えついたのがこれだったのだろう、何故クレアさんは名を名乗れと言わなかったのか。これはクレアさんが悪い、うん。

 

 

そしてそんな名乗りを見て、アイリスはその場で立ち上がった。

手にはあのなんとかカリバーが鞘に収まった状態で持たれ、アイリスはその場でその剣を抜いたのだ、これには一同騒然としてしまう。

 

「アイリス様!?何もそこまでなさらなくても…ど、どうかお怒りをお鎮めください…!」

 

クレアさんが制止にかかるものの、アイリスは剣を抜いたままその場で立ち尽くしている。傍目から見れば無礼な挨拶をしたゆんゆんを王女自ら斬り捨てる流れにしか見えないのだけどあのアイリスがそんな事をするとは思えない、ゆんゆんとは特に仲が良かっただけに。万が一そんなことをしようものなら私は全力で阻止するつもりではあるが。

 

誰の言葉に耳を貸すことなく、アイリスはその場で頭上に高々と剣を上げた。

 

 

 

「我が名はベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス!この国の第一王女であり、やがては父上に代わりこの国の民を導く者!!」

 

 

 

アイリスはそう宣言するなり剣を鞘に戻して座り、呆然としているクレアに耳打ちした。

 

「…紅魔族の挨拶は存じていた為、その風習に倣い、名乗らせてもらった…と、アイリス様は仰せだ…」

 

そりゃ存じてますよね、初めて出逢った時にゆんゆんがやってたし。この言葉には戸惑いしか感じないのだが実際戸惑っているのはクレアさんだけではない、私達も、後ろで見ていた貴族や騎士達も同じだろう。

中にはアイリスの声を聞いたのがこれが初となる人もいる。それがこの名乗りなのはどうなのだろうか。

 

だが次第に拍手が起こる。その拍手の主はめぐみんだった。言葉には出さないものの、その赤い瞳はキラキラと輝いていて、今もまさに惜しみのない拍手を送っている。この国の王女が自分の里の名乗りをしてくれたのだ、それを誇りに思っているめぐみんが喜ばないはずはなかった。

これに触発されたのが意外にも後ろにいた貴族や騎士達である。戸惑いも混ざったような拍手ではあったが、まさかこの国の王女であるアイリスに恥をかかせるわけにもいかない。次第に拍手は大きくなっていく。

 

…名乗りそのものはともあれ、その内容は立派なものだ、もしかしたらそこまで悲観的に考えなくても良かったのかもしれない。それにこのアイリスの名乗りは、友人であるゆんゆんをフォローしたものではないかと思えば、私は釣られるように拍手をし、安堵していた。アイリスへの感謝の念を送るように。

 

しかしその安堵は…安直なものと気づくまでに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

 

「……皆さんも、今のように名乗りを上げて欲しいと…アイリス様は仰せだ……えっ、私達もやるのですか!?!?」

 

まさかの爆弾発言である。つまりは紅魔族の名乗りを私達とクレアさんやレインさんもやらなければならなくなったらしい。

 

えっ?何その罰ゲーム、聞いてないんですけど。アイリスはさも当然のように振舞っているし悪気は全く無いらしい。私は無言で元凶のゆんゆんに視線を移していた。ゆんゆんへの憤怒の念を送るように。本当になんてことをしてくれたのでしょう。

 

この流れになったからにはやらない訳にも行かない。羞恥心しかないのだけど。

気付けばアイリスの目線は期待するように私に向けられている。

 

演じよう――

 

私は紅魔族…私は紅魔族…私は紅魔族……。

 

とにかくカッコよく、とにかくカッコつけて、とにかく目立ちたがる…

 

私はそのまま立ち上がり、ゆんゆんを模倣するようにひらりとポーズを、覚悟を決めて名乗りを上げた。

 

 

「我が名はアリス!アークプリーストを生業とし、蒼の賢者と呼ばれる者!!」

 

そう叫べばすぐさまアイリスとめぐみんから拍手が飛んでくる。更にゆんゆんは申し訳なさそうに俯いている。やっぱりめちゃくちゃ恥ずかしい、誰よこんな挨拶考えたの…、私は自身の顔に確かな熱を感じていた。

 

 

 

 

 

このすば。(わ…、我が名はミツルギ…!)

 

 

 

 

 

「我が名はめぐみん…!!紅魔族随一のアークウィザードにして、爆裂魔法を極めし者!!果ては魔王を討ち滅ぼし、世界を平和に導く者!!」

 

めぐみんの自信満々の名乗りが終わり、アイリスは嬉しそうに拍手をする。一方私達もクレアさんもレインさんも羞恥と疲労でぐったりしていた。

いくらなんでも無茶振りがすぎる。どうしてこうなった、あ、ゆんゆんのせいだった。

 

「コホン…と、とりあえず挨拶はこれくらいでいいだろう…、では此度の数々の功績を称え、国より贈与する物がある、代表は前に出るがいい」

 

これには打ち合わせ通りダクネスが立ち上がり、アイリスの前に移動するとその場でまた片膝をついてしゃがみこんだ。

アイリスの両手には宝石箱のようなものが持たれており、それをダクネスへと手渡す。

 

「その中にはテレポートの魔法が封じられた特別な魔晶石がはいっている、1日に使える回数に限りがあるものの、登録した場所なら人数制限なく飛ぶことができる。今後の冒険に役立ててほしい、とアイリス様は仰せだ」

 

「…そのような貴重な物を賜り、感謝の言葉もございません…、必ずやアイリス様の期待に応えられるよう、今後も活動を続ける所存であります」

 

ダクネスは深く頭を下げてそう告げると、すぐにカズマ君とミツルギさんの間に戻り、そして嬉しそうにしていた。なおカズマ君は露骨に嫌そうな顔をしていた。

 

ダクネスの考えはよく理解できた。まさにタイムリーな贈り物だ。ついさっきピザ屋での言い争いがこれひとつで解決するのであるから当然だろう。

 

「それではこれより食事にしよう、諸君らは席についてくれ」

 

言われるままに私達は目前にある席に座る。するとメイドさんが次々と豪華な料理の品々を運んできて、あっという間に花だけが飾られていた大きな長方形のテーブルは様々な高級料理で埋め尽くされた。

これには私個人としてはホッとしていた。料理がないことからまさか後ろの貴族達に混ざって食べる事になるのかと危惧していたのだ、流石にそれだけは勘弁願いたいのでこの対応はありがたかった。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「もし良ければ諸君らの冒険譚を聞きたい、とアイリス様は仰せだ」

 

クレアさんのその言葉と、アイリスのキラキラさせた目により、代表してカズマ君が語り始めた。

魔王軍の幹部ベルディア、バニル、そしてハンス。更にはデストロイヤーとの戦いまでも。デストロイヤーは知らないけどそれ以外については多少盛られているなぁと思う部分もあったが特に何か言う事はなかった、アイリスの手前言えないとも言える。というより主に私の事前の話のせいで盛らないと辻褄が合わなくなるまであるのだから仕方ない。

 

食事についてはやっぱりほとんど喉を通らなかった。アイリスがクレアさんを通して遠慮なく食べてくださいと言ってくれたけどそれに反応してがっついたのはめぐみんくらいである。アクア様はアクア様でまさかの高級なお酒が出てきてご満悦で飲んでいる、物凄く不安だ。

 

この後、案の定お酒で有頂天になったアクア様による宴会芸が披露され、ダクネスは胃を痛めていたけどアイリスは大喜びだったので結果オーライだった。多分今日だけでダクネスの寿命は1年くらい縮んでる気がする。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

食事も終わりに近付き、既に最初の式典のようなものは終わっていたので、後方にいた貴族達の数は少なくなっていた。帰ったのだろうか。

だけどアルダープはまだ居ることを確認できた。私に話を聞けるタイミングを伺っているのか、他の貴族と話しながらもチラチラとこちらに視線を寄せてきていた。傍から見ればストーカーか何かにしか見えなくて率直に言うと気持ち悪い。

 

「アリス…大丈夫…?」

 

顔に出ていたのだろうか、右側に座るゆんゆんが声をかけていた。別に心配されるほどのものでもないが先程の件もあるのでちょっといじめてやろう、なんて想いが私の中に生まれていた。

 

「…大丈夫ですよ、慣れない名乗りとかで疲れただけですから」

 

「…それは…その…ごめん…」

 

「ふふっ、冗談ですよ」

 

本当に冗談なのだけどゆんゆんは普通に凹んでしまった。多分自分でも訳がわからないままあーなったのだろう。冷静に考えたらあの場で噛むことなく紅魔族の名乗りを言い切ったのだ、ある意味普通に挨拶するより凄いのかもしれない、私は二度としたくないけど。

 

「アリスさん、本当に大丈夫ですか?あまり顔色が良くないような…」

 

私とゆんゆんの会話が聞こえたのか、対面に座るアイリスが小声で話しかけてくれた。後方にいた貴族も少なくなったのでもう大丈夫と判断したのだろうか、クレアさんはあまり良い顔をしていなかったが何か言う事はなかった。

 

ただそう言われるとちょっと身体がだるく感じてきた。変に無理してあまり心配かけるのも良くない、か。

 

「…そうですね、ではさっきの応接間で少し休んできます」

 

「着いて行くよ?」

 

「大丈夫です、そこまで悪い訳でもないので」

 

心配そうに見つめるゆんゆんに断りを入れつつ、私は席を立ってその場から退散した。できるだけ元気があるようにアピールしながら。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

「…はぁ…」

 

通路に出てからようやく一息つけた。同時にどっと疲労感が私に襲いかかると少しよろめいてしまった。

多分極度の緊張状態から解放されたからだと思う。はっきり言えば物凄く疲れた。

正直に言えば完全に地が出ている感覚。今まで『アリス』を演じていたと認識しているから多分今の私は『梨花』なのかもしれない。

 

突然演じている、なんて言っても理解はされないのかもしれない。だけど二重人格とかではない、どちらもちゃんと私だと認識はしている。

 

……例えるなら、やっぱりこの世界はゲームのように思ってるからこそ、そんな発想を思いついたのだろう。

 

地はゲームをプレイしている梨花なら、アリスの発言はゲーム内のチャットといったところだろうか。

 

多分今の私は面倒臭い生き方をしているのかもしれない。だけどどれだけ時間が経っても、今のこの身体が、この容姿が完全に自分だと認識しきるのはとても、とても難しい。

確かに可愛い、自分でも気に入ってはいる、だけど、やっぱりこれは私ではないのだ。

 

転生したあの時、アクア様が忠告したのは、もしかしたらこういう事だったのかもしれない。

 

特に悲観的に思ってはいない。自分で今の状況を悪いものだとは思ってはいない。

 

だけど、この世界でどんな事をしようと、自分ではないという違和感だけは拭うことができなかった。

 

それでも…、この生き方を希望したのは、決断したのは、他の誰でもない、私自身だった。後悔はない、だから今は…どれくらい時間がかかるか分からないけど、アリスとして慣れていくしかないのだから。

 

「…あっ……」

 

バタリと特に何もない通路で転んでしまった。よほど疲労を感じていたのか、こうならないように長いスカートは避けたというのに。

 

「大丈夫ですか?お手をどうぞ」

 

「…え?…あ、はい…すみません…」

 

ふと気付けばスーツ姿の男性が私の元へ駆け寄っていた。しゃがみこみ私の手をとるその男の人はとても優しそうな笑顔を私に向けていた。私は照れくさかったでその目線から自然と目を逸らしてしまった。

 

「…ありがとうございます」

 

「いいえ、お気になさらず。それでは失礼します」

 

スーツ姿の男性は私に礼をするとそのまま立ち去ってしまった。今あんな格好でこの場にいると言う事はあの人も貴族か騎士なのだろうか。

年齢は多分20歳前後、長身で顔立ちは整っていた。

なんて言うか貴族のイメージはあまり良くなかったけど、あんな優しそうな人もいるのだな、が最初に思った事。とはいえよく考えたらダクネスもいるし、貴族=アルダープみたいなのばかりと思うのも失礼な話だろう。

 

考えていたらまた疲労を感じてきていた。やっぱり少し応接間のソファで横にならせてもらおう…。

 

「おや、どうしたのかね?あまり顔色が良くないようだが?」

 

「…っ!?…いえ、大丈夫です、領主様」

 

最悪だ。考えていたらまさかの本人登場である。自分の屋敷から連れてきたのか、後方には金髪ポニーテールのメイドさんもいる。

 

「そうか?ならば良いのだが…時に先日の件、答えは決まったかね?」

 

やはりそれを聞きにきたかと私は軽く、目立たない程度に息を吐く。切り替えないと、演じないと、アリスを。

 

「……はい、正直冒険者でしかない私にはとても過ぎた話とは思ってはおりますが…お会いもせずにお断りするのも失礼かと思い、お受けさせていただこうかと思ってます」

 

私の返事を聞くとアルダープは口角を大きく上げた。言うならば下卑た笑いとでも言うのか、私の嫌悪感によるフィルターでそう見えてるだけかもしれないけど。その顔はさも当然だと言わんばかりにも見える。

 

「そうかそうか、では日取りが決まったら改めて冒険者ギルドを通して連絡をいれよう、ではな」

 

満足そうな様子のまま、アルダープは去っていった。私はその姿が見えなくなることを確認するなり、その場に座り込んでしまった。

 

なんだろう、身体が重い。太ったのかな…。あまり食べないしいつも動き回ってるからそんな要素ないはずなのだけど。

 

「アリス!?」

 

私を呼ぶ声が聞こえたのだけど、私はそれに反応する余裕がなかった。なんだか意識したら息が上がってきていた。自身の呼吸がすごくはやく聞こえている。そう思っていたら誰かが私の額に触れてきたことがわかった。

 

「…アリス…すごい熱…!?もう!全然大丈夫じゃないじゃない!」

 

「今はそんな事を言ってる場合じゃない、すぐにさっきの応接間に運ぼう」

 

声が鮮明に聞こえたと思えば、それはゆんゆんとミツルギさんだったようだ。

そう思えばどこか安心したのか、…私の意識はそこで途絶えた――

 

 

 



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episode 97 アリスと梨花



鬱展開…?シリアス…?





 

 

 

――?

 

気付いたら私は、真っ白な空間にいた。

 

それはどこまでも果てしなく白く、何処までも何もない。

 

思い出すのはアルカンレティアで見た夢。だけど今回は黒い手が出現することはなかった、ただ真っ白なだけだった。

 

…また夢なのだろうか…?とりあえずあの黒い手が出現しないことには安堵するも、私は周囲を見渡すが何も起こらなければ何かあるようにも見えない。

 

そう思ってたら…人がいた。

 

私は無意識のまま、その人に近付いた。何故か話しかけないといけないような気がしたから、何も抵抗も躊躇もなく、だけどゆっくりと様子を伺うように。

 

体育座りで俯いている女の子のように見える。その女の子は私の存在に気が付いたのか、ゆっくりとその顔を上げた。

 

「……っ!?」

 

「……」

 

茶髪でセーラー服を着た少女は、何も言わずじっと私を見つめていた。

その表情は不快そうに見えたのは気のせいなのだろうか、まだ何もしていないのに何故そんなに不機嫌そうなのかはわからない。

 

だけど私はその少女のことを、知っていた。

 

「…知らないはずがないよね…?私の事、覚えてるよね?」

 

私と同じ声が聞こえた。思わず後退してしまう。それしかできなかった。ありえない、有り得るはずはないと私は頭の中で言葉にならない言葉を連呼していた。

 

「…私は梨花。有栖川梨花。初めまして、アリス」

 

何故ならその少女は、かつての私そのものだったのだから――

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

私は何も言えず、ただただ梨花と名乗った少女を見つめていた。

 

何を言ってるのだろうか、梨花は私だ。アリスであり梨花は私なんだ。開き直るようなその気持ちは、私の中で虚しく響き渡る。

 

「貴女が梨花を語るのはおかしいと思う…だって貴女はアリスになる為に梨花を捨てたじゃない」

 

言葉にも出してないのに反応して反論してくる。無表情のまま、ジト目で。私はその様子に恐れを抱き、何も言えないでいた。

 

「貴女はこの世界に来て、アリスである為に、身体を捨てて、名前も捨てた」

 

「だから貴女はアリスでしかない、違う?」

 

淡々と、だけどしっかりとした言葉だった。まるで私に一語一句言い聞かせるような喋り方には違和感を覚えてしまう。

 

だけどこの子が有栖川梨花であるはずがない、なんなんだろう、この子は。それだけを考えてしまう。

 

「両親からもらった身体を、名前を、捨てたんだよ、貴女は」

 

「…っ!」

 

「勝手だよね、逃げる為に自殺しただけで両親がどれだけ悲しんだかわかる?」

 

「やめて…!」

 

ついに声が出てしまった。単純にそれらを聞き続けることから逃げたかっただけかもしれない、だけどどうしてもやめてほしかった。聞きたくなかった。目の前の少女が怖くて仕方がなかった。

 

「やめて?違うでしょ、アリスなんだからちゃんと敬語で話さないと」

 

「私が気に入らない?なら自慢の魔法で私を殺せばいいじゃない、私はただの人間だよ?フィナウどころかアロー一発で私は死ぬよ」

 

…震えながらも私は自身の状態を確認していた。確かに今の私は普通に魔法を使える、そう確信できた。今はいつものゴシックプリーストの衣装にいつもの杖も背中に携えている。

…だけど、そんなことが出来るわけがない。

 

「……貴女は何が言いたいのですか!?!?」

 

私はただ大きく叫んだ。それはまるで恐怖に震える犬が吠えるように。それは意識できたものの、仕方ないとも思えた。それだけ目の前の元の自分の姿をした少女が怖かった。

 

「……」

 

梨花と名乗った少女は喋らない。大体これは夢なのだろうか、それすらも分からない。もし夢ならばすぐにでも覚めて欲しい。

 

「貴女の目的はなんなのですか?貴女が梨花と言うのなら、私を乗っ取るつもりですか?」

 

「…私にそんな力は無いよ、言ってるじゃない、私はただの人間だって」

 

「……それに、乗っ取るも何もないし」

 

それを聞くと私の震えは少しだけ収まっていた。確かに彼女からは何も魔力も感じない。では何故今このような形で対峙しているのか。

 

「……ですから、目的はなんですか…と」

 

「目的もないかな…あえて言うなら……うん」

 

ずっと体育座りだった梨花はゆっくりと立ち上がった。私はまた一歩後退して、自然に背中の杖に手を回していた。

 

「今はね、中途半端にアリスの中に私がいるの、お城でアリスが倒れたのは、それが原因。だから……」

 

 

「私を殺して、完全なアリスになれば、いいんじゃないかな」

 

 

梨花はそう告げるなり、私に向けて儚い笑顔を向けていた――

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

何も出来ずに、時間だけが流れていた。私が何も言わなければ、梨花も何も言ってこない。

梨花を殺せば解決する――、そう梨花は言った。

 

だけどそんなことが出来るはずがない、とにかく訳が分からないままのこの状態から抜け出したい。特に考えはまとまっていないけど話しかけないと…。

 

「…あの…」

 

「…何?」

 

相変わらず無表情無感情で返事をする。だけどそんな事はどうでもいい、とりあえず何か情報を得ないといけない。

 

「…梨花は死にたいのですか?」

 

私の質問に、梨花は悲しそうに俯いた。同時に深く溜息をしてこちらに力なく睨むような目を向けてきた。

 

「…はぁ……それはアリスが一番よく知っているはずだけど」

 

…この子は本当に私なのだろうか。言い方がいちいちグサリと刺さるものがある。彼女の声を、言葉を、想いを、聞く度に胸が苦しくなる。

 

梨花は死にたいのか、その質問の答えは…おそらく死にたかった、だろう。だから自殺したんだから。

 

「……正解」

 

「…ですから心を読まないでいただきたいのですが…、では、今は死にたくないのですよね?」

 

「…うん」

 

「なら私は梨花を殺したくはないです」

 

私はそれだけを告げる。確かにかつて捨てたとまで忌み嫌ったかもしれないが、自分自身を、自分の心を捨てる事なんてできるはずがない。

だけど私がそう告げると、梨花は困ったような顔をしていた。

 

「……それもひとつの手だけど……多分またアリスが倒れると思う」

 

「…どういうことですか?」

 

「多分、だけどね…、アリスが倒れたのは病気とかじゃない、アリスがアリスであることをちゃんと受け入れきれていないからだと思う、だから…」

 

「……梨花を殺すことで、完全なアリスになればいいってことですか?」

 

「……」

 

梨花は無言で頷く。というよりなんともおかしな内容だった。

 

私としては梨花でありながらアリスを演じている…この世界に来てから無意識に身に付けたスタイルだ。

そうでもしないと多分私は、人前で堂々と話す事も、魔物を倒すことどころか目の前に対峙することすらできないと思う。

 

だからアリスを演じた、無意識に、必死で、そうすることでそれが当たり前になっていった。演じ続けたまま、友人ができて、魔王軍の幹部なんかも相手にしたりして。

 

私が想い描くアリスという自己投影したキャラクターに近付く為に、そしてそれは元々の梨花とかけ離れすぎた存在だった。だからきっと…

 

「きっと梨花とアリスの精神が分離したんだ…とか考えているなら、違うからね?」

 

「……え?」

 

梨花はそう言うなり頭を抱えていた。どこか恥ずかしそうにしながら。

 

「…いや、私が言うのも変だけどラノベとかゲームとかに影響されすぎ、そう簡単に二重人格になれるわけないじゃない」

 

「…喧嘩売ってます?」

 

「自分に喧嘩売ってどうするのさ」

 

「…さっきと言ってることが矛盾してますけど」

 

なんだかイライラしてきた。なんなんだこの子は。さっき私にアリスであって梨花ではないと言ったばかりじゃないか。

 

「あれは嘘だよ、そう言った方が面白そうかなって」

 

「…やっぱり喧嘩売ってますよね?というより本当に梨花なのですかあなたは?梨花…私はそんなこと言いませんよ」

 

「言うよ?」

 

「…え?」

 

なんだか段々私への応対が適当になっている気がする。確かにそういうところは昔の私に似ている。長話が何より嫌いだったし。

 

「だってこの世界での私の言葉は全部…貴女が私に言わせているのだから」

 

 

 

…いやいや何を言っているのかこの子は。私にそんなことができる訳がない。

 

「もう…面倒臭いなぁ…、はっきり言うよ?ここはただの夢の中、夢の中で独り言を言ってるだけなの、アリスの疑問、困惑、在り方とか全部を私に代弁させてるだけ」

 

つまり出会い頭の私を責める言葉も私が自分で自分に言っていたと。確かにそんな想いが心奥底にないと言えば嘘にはなるだろうけど。

 

「本当にそれだけ。念の為に言っておくけど今この夢には女神様も悪魔も介入してないからね、多分」

 

「…そこは多分なのですか」

 

「言ったじゃない、私はただの人間。そんなやばいのに介入されても気付くわけないじゃない」

 

「…」

 

「つまり、夢という空間を使っての壮大な自問自答をしてるってわけだね、相談したいならアリスにはいっぱい友人がいるのに、なんでしないんだか」

 

「…うぐぅ…」

 

返す言葉も見付からない。私のくせに私に対して風当たりがきつい気がする。別に私はダクネスのようなドMではないのだけど。

 

「…で、まだアリスではいられない?難しく考えてるね、どんなキャラ設定なのよ、梨花ならもっとのんびりした性格でしょうに、だったらアリスも緩むところは緩ませてもいいじゃない、アリスは何と戦ってるの?」

 

「…何と、と言われても…」

 

「自分で決めたキャラ設定で自分で苦しんでるんだから笑い話でしかないよね、そして結果的にアリスというキャラを演じるのに疲れちゃった、だからこんな事になってるんだよ、多分」

 

「そこも多分なのですか!?」

 

多分と言ってるけど私にはもうそれで間違いないのではないかと思えてしまっている。実際思い当たる節はかなり多い。言われて初めて気が付いたと言うべきか。

 

「…もっと自信持ってよ、じゃないとまた倒れるよ?自分でも分かってるでしょ?全部自分で選んで進んできた道、そこに後悔はないのなら、後は自分は梨花であってアリスなんだって、そう思うしかないんだよ」

 

「……っ!」

 

結局、自分から自分に言えるのはこの程度でしかない。だけど、それでも、自分から面と向かって言われるのは、なんだか普通に考えるだけよりも違って感じた。

 

私は梨花であってアリスでもある。捨てるなんてことを言いながらも、梨花であった私まで捨てる必要はない。そういったことも何もかも含めて、アリスなんだから…。

 

「さっき私に殺せばいいとか言っていたのはなんなのですか…」

 

「その理由も分かってるはずだよ、それが一番手っ取り早いからね」

 

確かに分かってる、そしてもはやその必要もないことも。

結局私はアリスという自分の作り上げたキャラクターに固執しすぎていたのだ。それは王都ではゆんゆんの為だったり、裁判ではカズマ君の為だったりして必死でやってきた。

だけど今回の会食となると、誰の為という指針を見つけられないまま、無理にアリスであった結果なのだろう。

分かってしまえばなんとも馬鹿らしい。何をそこまで難しく考えているのか。そう思えば私の心情は澄み切っていた。

 

「なんか良い感じに締めくくろうとしてるけどさ…全部自問自答だからね?めちゃくちゃ恥ずかしいからね?」

 

「それは言わないでください!?」

 

まったく…私はこんなドSな面白キャラじゃなかったはずなんだけど。もう自問自答でもなんでもいいや、なんだかスッキリした事実はあるし。

 

そう思った直後だった。

 

「…あ、あれ?」

 

梨花は何処にも居なくなっていた。周囲を見渡すもどこにも見当たらない。私がもう大丈夫と判断したからいなくなったのだろうか。それにしても夢とはいえ妙な体験をした気分だ。体験と言えるのかはよく分からないけど。

 

 

 

そう考えていたら、次第に私の意識が呼び起こされるような感覚がした――

 

 

 

 

 

 

 

ふと目が覚めると見知った天井だった。知らない天井と表現したさはあったけど知ってるのだから仕方ない。ここはカズマ君の屋敷の私の部屋なのだろう。僅かに窓から差し込む陽光を感じ取るとおそらくお昼くらいの時間帯なのかなと予想した。

 

部屋の中には誰もいない。どうやらあの後私はここまで運ばれたようだ、服装も私がいつも来ているパジャマになっていた、おそらくゆんゆん辺りが着替えさせてくれたのだろう。

 

そっと布団から手を出して見つめてみる。綺麗な白い肌、整った爪。そして改めて身体を動かしたことで感じるのは妙な疲労感、これは完全に寝すぎた時のあれに似ている。この世界に来て初めてかもしれない、それだけこの世界にきて毎日が慌ただしくて、だけど凄く楽しくて。

 

そんな事を考えていたら、扉の外からギシギシと足音が聞こえ、それはこちらに近付いてくる。そう気が付いたと同時に私の部屋の扉が開かれた。

 

「あら?ようやく起きたのね、おはよう」

 

「…お、おはようございます」

 

アクア様だった。手にはおしぼりと桶が持たれている。私がその存在に注視していることに気が付いたのか、アクア様は軽く笑いながらそれらをテーブルの上に置いた。

 

「アリスが全然起きないからね、お風呂にもいれられないし、身体を拭いてあげようとしてたのよ」

 

「…お風呂にもって…私はどれくらい寝ていたのですか?」

 

「3日よ。正しくは4日目かしら、あの後大変だったのよー?」

 

「み、3日!?」

 

流石にそんなに寝ていた事は前世を含めても過去類を見ない。驚愕の事実に震える私にアクア様はそっと近付き、目を閉じたと思えば私の額に手を当てた。

 

「……魂が身体と同調しきれてないからどうなるかと思ったら…なるほど、少しは自分を見つめ直せたみたいね、これならもう心配ないかしら」

 

「…わ、わかるのですか?」

 

「そりゃわかるわよ、貴女をその身体にした張本人よ、私は。…聞きたいんだけど、アリスは今のその姿になったこと、後悔してる…?」

 

目を逸らしながらのアクア様の質問に、私は呆然としていた。私が何故倒れたのかもおそらく看破しているからこそ出てくる質問だ。もしかしたらアクア様なりに私をこの姿にしたことで責任を感じているのかもしれない、実際にアクア様は今もまた気まずそうにしていた。

 

「…アクア様が気にすることは何もありませんよ、私は自分の意思で今、アリスであり続けていますので。私は今この姿であることに、後悔はしていません…」

 

今までは演じているとばかり思っていた。

 

だけどそうじゃない、色々な理由をつけてアリスとしてやってきたつもりだったけど、それを含めて全部『私』なんだ。梨花もアリスも全部。

アリスとして苦労してきたことは他人ではないのだから。梨花として生きてきたことも私なのだから。

 

姿が変わろうが、どうなろうが、私は私でしかないのだから。

 

ありがとう、梨花。おかげで少しだけ、自信を持つ事ができたと思います――

 

 

 

 

「それじゃ、いいわ!回復祝いに秘蔵のお酒を持ってくるから、一緒に飲みましょ!!」

 

「えっ…!?そ、そのアクア様…私はお酒は…」

 

「たまにはいいじゃないのよ!すぐに持ってくるわね!」

 

アクア様は私の制止も聞かないまま、部屋を出ていってしまった。

 

その後、下の階からはアクア様の声とカズマ君の怒鳴り声が聞こえてきた。おそらくアクア様が私にお酒を飲ませようとしてるのに気付き病み上がりに酒なんか飲ませられるわけないだろうが!!とか怒ってるのが容易に想像できてしまった。

 

…とりあえず復帰したら忙しそうだ、今はもう少し横になろう。

 

そう思えば、私は身体が軽くなったような感覚とともに、心地よい眠りにつけたのだった――。

 

 

 



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episode 98 ゆんママは過保護すぎます。

 

 

 

―アクセルの街・カズマ君の屋敷―

 

再び目が覚めた後に私はダクネスやめぐみんと会うなり起きたことを喜ばれた。めぐみんはすぐにゆんゆんを呼んでくると走り出す始末。とはいえ寝癖もひどい今の状態のままなのも嫌だったのでお風呂に入って身体を洗ってリフレッシュすることにした。

お風呂から出るとお腹が悲鳴をあげる。…そりゃ3日間も何も食べてないのだから空腹具合は凄まじいものだ。何か食べたいと思うと着替え終わるなりキッチンへと向かおうとしたところで、私は両手で口を覆って涙目になったゆんゆんと出くわした。多分めぐみんに呼ばれたのだろう。

 

よく考えると心配させていて当然だ、何せ3日も寝ていたのだから。仮にゆんゆんがそんな状態だったら私は心配で何もできない自信がある。ゆんゆんは私の姿を見るなり駆け寄って抱きしめてくれた。

 

「アリス……!!良かった…本当に良かった……、私…私…アリスがもう目を覚まさないんじゃないかって…凄く怖くて……ぐすっ…」

 

「…心配かけてごめんなさい、ゆんゆん…その、もう大丈夫ですから…」

 

私はゆんゆんを何回心配させて泣かせたらいいのか。なんとなく罪悪感を感じてしまう。

今となっては自身の心の弱さが招いた今回の事柄は気恥しさしかない。自分だけで勝手に悩んで、自分が知らない内に勝手に苦しんで、挙句の果てには自問自答。何故こんなに心配してくれる親友がいるというのに私は独りになろうとするのか。

この分だとミツルギさんやアイリスにも心配をかけてしまっているだろう、できるだけはやめに報告しておかないと。

 

 

そんな事を考えていると、再び私のお腹は悲鳴をあげた。これには抱きしめてくれてたゆんゆんも軽く驚いて私を解放し、私と目を見合わせて笑った。

 

「…ふふっ、すぐに何か胃に優しいものを作るから、アリスは座って待ってて」

 

「あう……すみません…」

 

これは恥ずかしい。私は顔を真っ赤にしながらもゆんゆんの言葉に甘える事にしたのだった。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

この3日間のことを私は何も知らなかった。だから私は料理を作っているゆんゆんに何かあったのかを聞いてみる事にした。

 

まず一番に出てきた話題はミツルギさんやアイリスのこと。やはりかなり心配させているようだった。

アルダープの手紙が来た日に受けたクエストはミツルギさんとゆんゆんの2人で終わらせておいたらしい。はやく終わらせないとクエスト不達成となり違約金が発生することになるし何よりそのクエストによって困ってる人がいるのだ、やらない訳には行かなかった。

 

私の容態はアークプリーストとしてアクア様が診断し、過労により倒れたということになっているらしい。あながち間違ってはいないけど、精神的な過労には違いない。

 

アルダープからのお見合いの日程などの連絡は不明。冒険者ギルドを通すと言っていたのでまた王都の冒険者ギルドに届けられているのだろう、それなら私が直接王都の冒険者ギルドに出向かない限りはわからないままだろう。これも早めに確認しないと。

 

「…もう…、病み上がりなのにまた難しい顔をして…、言っとくけどしばらく無理はさせないわよ?アリスの身体が何より大事なんだからね!」

 

料理ができたのか、消化の良さそうに具材が細かく切られたスープが出てきた。心配してくれるのは素直に嬉しいのだけどやるべきことはやらないといけない、まだ悪魔との決着はついていないのだから。

 

「…わ、わかってますよ…、ありがとうございます、戴きますね」

 

スープは優しい味がして、私としては美味しくいただくことができた。ゆんゆんの目があるし、すぐに行動は起こせないだろう。

 

…そう考えるも私は思案する。ようは私が1人で出歩かなければいいのではないだろうか。

 

「ゆんゆん、ミツルギさんはどこにいるのです?」

 

「多分今はアクセルの宿だと思うけど…、会いに行きたいの?」

 

「…はい、というよりミツルギさんがわざわざアクセルにいると言う事は…私が原因ですよね…、でしたらすぐにでも会って無事なことを知らせたいですし…それにアイリスにも…」

 

「ミツルギさんなら今から私が呼びに行ってあげる、アイリスちゃんは明日アリスの調子に問題がないのなら私達と一緒に王都に行く。それでいいよね?」

 

「……はい」

 

ぐうの音も出ない、完全に論破されてしまった。どうやら私が今日外出することは許可できないらしい。

何故いつもおどおどしてるのにこういう時のゆんゆんは頼もしいというか逞しいというか、逆らえない雰囲気を醸し出す。できたら普段からそうあってくれたら私もあそこまで苦労はしていないのだけどそれはそれでゆんゆんらしくない気もする。

 

結局私もゆんゆんも、友達の為ならどこまでもやれてしまう、似た者同士ってことなのだろう。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

「良かった…、本当に一時はどうなることかと…、とにかく、元気そうでなによりだよ。それと僕もゆんゆんの意見に賛成だな、近々悪魔との戦いがある可能性が高いのだから、それまでは温存しておく必要もある」

 

ミツルギさんは屋敷に入るなりすぐにリビングのソファに座る私のところまで駆け付けてくれた。よほど心配していたようだ、私の前に現れた時には走ってきたのか息を切らしていた。

 

「…自分の体調管理も満足にできないのは冒険者失格ですよね…心配かけてすみません…、ですがもう大丈夫です」

 

「そんなに自分を責める必要はないよ、とにかく今日はしっかり休んで、明日アイリス様に会いに行こう」

 

「…はい、アルダープからの連絡が来てるかもしれませんから冒険者ギルドにも寄らないといけませんし」

 

私がそう告げるとミツルギさんとゆんゆんは2人揃って溜息がてらにお互いの顔を見合わせていた。どこか困っているようにも見えるけどどうしたのだろう。

 

「…確かに…、それはアリスが直接出向かなければ受け取れないから仕方ないが…」

 

「アリスはもっと、頼れるところは私達を頼ってくれていいんだからね?リーダーだからって、私達はアリスに何もかも押し付けるつもりはないんだから」

 

そんな二人の視線は、とても私を心配してくれていることが伝わってきていた。だけど私としてはそこまで何もかも独りで頑張ってきたつもりはあまりないのだけど。

もしかしたら今回私が倒れたことで無理をしていたと判断されたのだろうか。…とは言っても今回のケースを説明するのはかなり難しい。何故なら私としてもよく分かってないのだから。

 

アクア様は魂と身体が同調だのなんだの言ってた、それは梨花が言ったように私がアリスとしてあることを受け入れてなかったということだろう、多分。

 

なんとなく分かったような、そうでもないような。そんな曖昧な事をどうやって説明したらいいのか。多分こんなことになるのは私のような特殊なケースだけだろうし。

 

色々悩むように考えた私は、結局2人に苦笑気味に頷くことしかできなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――翌日。

 

―王都ベルゼルグ―

 

体調は良好。天気も快晴。まるで私の心を現しているような澄み切った青空が王都に彩りと活気を呼ぶ。

最近はめっきり魔王軍の襲撃がなくなってしまった。というより私とゆんゆんが初参戦してから魔王軍が攻めてきた話をまったく聞かなくなった。

 

この理由には様々な噂が飛び交っている。一つは現在もなお侵攻に出ているこの国の王様率いる部隊が善戦することにより、魔王軍を完全に抑えているのではないかという説。

…他には、蒼の賢者…つまり私の超広範囲スキルによりあっという間に壊滅状態になった為にうかつに手を出せないでいるのではないか、というもの。

 

きっと王様の勢力が頑張ってくれているからだ、そうに違いない、うん。

 

それはさておき、今は約束通り単独ではなくゆんゆんとミツルギさんと共に王都へと来ていた。というよりゆんゆんがいないと王都には来れないのだけど、テレポート使えないし。

 

それはいいのだけど…、問題はその状態にあった。

 

「あの…ゆんゆん…流石にこれは恥ずかしいのですが…」

 

「あ、あはは……」

 

「駄目よ、今日はアリスが無理しないようにしっかりと見張ってるんだからね?」

 

今の状態に私は恥ずかしくて俯き、ミツルギさんは苦笑気味にその様子を見ていて、ゆんゆんは謎の決意に燃えている。

 

どんな状態かと言うと常にゆんゆんと手を繋いでいる状態である。アイリスとならまだ分かるのだけど私はゆんゆんより1つとは言え年上である。だけど私の身長はめぐみんと同じくらいなのだ。ゆんゆんと並んで歩いていたら私達を知らない人達は誰が見てもゆんゆんを年上だと思うだろう、それが地味に恥ずかしいのである。

 

ゆんゆんが完全に過保護モードに入ってしまってる。…とはいえそれだけ心配をかけてしまったことも事実だし我慢するしかないだろう。

 

もっともこのゆんゆんから逃れられる方法があるのなら誰か教えて欲しい、少なくとも私には思いつかない。

 

「今日はアイリスちゃんに報告して、冒険者ギルドに寄ったらすぐに帰るからね?わかった?」

 

「えっ…あの…クエストは受けないのですか…?」

 

私がおそるおそる聞けば、ゆんゆんは過剰に反応する。勢いのままに。

 

「何言ってんのよ!!病み上がりなんだからクエストはお休み!」

 

「……は、はい」

 

私としては完全回復しているのだけどゆんゆんは昨日からずっとこの調子だった。最近レベル上げも停滞しているし私としては心機一転したことで頑張りたいところなのだけど。

 

「だが緊急性のある依頼があれば話は別だ、確かに病み上がりのアリスが心配ではあるがそうも言ってはいられないからな、そこは理解してくれよ、ゆんゆん」

 

「…そ、それは分かってますけど…」

 

不謹慎だけどその緊急性のあるクエストが今は欲しいくらいある。勿論言葉には出さないけど。

と、思ったもののあまり期待はしていない。はっきり言えば最近の王都周辺はあの合成モンスターの件以来平和な日々が続いている。

最近魔王軍のやる気が感じられないではないか。防衛戦とか是が非でも起こって欲しいくらいある、あれほど効率よく経験値を稼げる方法を私は知らない。目立つのは嫌だけどそれはそれ、これはこれ。

 

 

…結局、アイリスは国務中らしく会うことはできなかったが、代理で逢いに来てくれたレインさんに言伝を頼んでおいた。ギルドでは緊急クエストどころか、めぼしいクエストもなく、アルダープからの手紙を受け取るだけで終わってしまった。それにしてもたった3日で日取りを決めてくるのは流石にやる気満々すぎではないか。

クエストもやれないので手紙を改める為にも、私達はアクセルの街へと帰ることにしたのだった。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

―アクセルの街・カズマ君の屋敷―

 

ゆんゆんのテレポートで屋敷前に帰還する。リビングに向かえばカズマ君のパーティは全員集合していたのでちょうど良かった。ミツルギさんにも上がって貰って手紙を改めるとしよう。

 

……と、思ったのだけど。

 

「あ、帰りましたね。見てくださいこれを、カズマが作ったティンダーを使える魔道具です」

 

「…ティンダーを使える魔道具…?」

 

ティンダーとは初級火属性魔法。指先から少量の火を出せる程度のもので、攻撃魔法としてよりは着火したりする為の生活用途よりの魔法とも言える。

 

めぐみんはウキウキしながら私にその魔道具と思われるものを差し出す。その形状は私は勿論、ミツルギさんも見覚えのあるものだった。

 

「…これはまさか…ライターか?」

 

「あぁ、ようやく試作品が完成したからな、みんなに見てもらおうと思って」

 

「いやいやよく作れましたね…、正直驚きましたよ」

 

手に取ったそれの石を回し押すと、まさにティンダーのように少量の火が吹き出す。まさにこれは日本で一般的に使われているライターそのものだった。ゆんゆんが興味深く見つめていたので手渡してみると、ゆんゆんはそれを両手でとって私の見様見真似で火をつけてみていた。

 

「…すごい、魔力も使わないで本当にティンダーが使えてる…」

 

「あぁ、中のオイルがなくなるまでは何回でも使えるぞ、これを売り出そうと思ってな」

 

「これは間違いなく売れるだろう…魔法職の冒険者でも、初級魔法は覚えていない者も多い、考え方によっては、スキルポーション1本分の働きをすることになるのだからな…」

 

ダクネスが関心するように初級魔法は直接戦闘に使いにくいので取得しない人が多い、ティンダーやクリエイトウォーターは割と役に立つ場面もあると思うのだけど。

そしてスキルポーションはスキルポイントが1増えるもので非常にお高い。数百万エリスはすると聞いている。正直リザレクションの為に買おうかなと迷っているのはここだけの話。

 

「これ…いくらで売るのです?」

 

「まだ値段は決まっていない、そこは商品を卸すバニル次第かもしれないな」

 

それにしてもすごい才能だ。確かに日本での知識はあってもそれを再現しろとなって作れるものなのだろうか。カズマ君が冒険者登録をした時にルナさんは商人を勧めたらしいけど正に天職ではないか。おそるべしルナさんの慧眼である。

 

…って、そんな話をしたいんじゃなかった。

 

「お取込み中すみませんが…冒険者ギルドにアルダープから手紙が届いてました。おそらくお見合いの日取りと思います」

 

私がそう告げるなり興味津々でライターの火をつけたり消したりしていためぐみんとダクネスの動きが止まった。カズマ君の目も見開いている。

 

「思ったより早かったな…、それで中身は?」

 

「今確認しますね」

 

私は封筒の封を切り、中の手紙を取り出す。そこには予想通り日程と場所が書かれている。最低限の情報だけでそれ以外は書いていなかった。

 

「…日程は今から一週間後、場所はアルダープの屋敷です」

 

これにより全員の表情が険しいものとなる、おそらくその時こそマクスウェルとの最終決戦となりうるのだから。私としても確実に決着をつけたいところである。

 

 

…そこまで思って思い出したことがあった。私はそれを確認する為にカズマ君へと視線を移した。

 

「…カズマ君、クリスから話はありましたか?」

 

「クリス?あぁ、王都から帰ってきてすぐにな。クリスにはダクネスお仕えのメイドとして潜入してもらう予定だ」

 

「クリスもまた、アリスのことを心配していたぞ、近いうちに来ると思うから元気な顔を見せてやるといい」

 

とりあえずクリスは義賊云々の話を隠して上手くこちらの手助けという名目でこちら側についてくれるらしい。これは改めて心強いと思えた。

 

あと一週間…。それで因縁を断ち切れると思うと、私の気持ちは静かに昂っていた――

 

 



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episode 99 いざアレクセイ屋敷へ

ちょっと短めです。ゆるちて_(:3」∠)_




 

 

 

6日後――。

 

―アクセルの街・カズマ君の屋敷―

 

「それじゃ、明日の作戦を説明するからみんな心して聞いてくれ」

 

お見合いとなる本番前日、リビングには今回のお見合い兼マクスウェル討伐作戦の打ち合わせが行われていた。今この場には私、ゆんゆん、ミツルギさん、そしてカズマ君、アクア様、ダクネス、めぐみん…更にクリスも出向いていた。

 

「まずアリスは悪魔に狙われる可能性があるから、できるだけアクアが傍に着いていてやってくれ」

 

「任せておきなさい!悪魔が狙ってこようものなら、すぐにゴッドブローで成敗してあげるわ!」

 

勢いのままアクア様が握り拳を上げる。申し訳なさもあるけどそれ以上に頼もしい。女神様が直々に護衛に着いてくれるのだ。それは嬉しくもあった。

 

「ダクネスはアリスの友人として付き添いで見学にきたってことで…、そのお付としてめぐみん、クリス、俺が執事なりメイドとして付き添うことにする、俺とクリスは潜伏スキルで屋敷の探索をすることが多くなると思うから、ダクネスに付きっきりなのはめぐみんがメインになるな」

 

「当初の予定通りならこちらとしても問題ない」

 

ダクネスがそう返せばめぐみんとクリスは黙って頷く。それを聞いていたミツルギさんは首を傾げている。

 

「…佐藤和真、僕とゆんゆんはどうしたらいいんだ?」

 

「今回俺達は勿論、アリスもロクな武器も持てないまま潜入することになるからな、ミッツさんとゆんゆんは別口でアルダープに無償で構わないからアリスが屋敷にいる間、警備として雇ってくれって頼んでみてくれ。それなら上手く行けばフル装備のまま堂々と潜入できるからな」

 

「…で、でも…上手くいくかな…?」

 

ゆんゆんの疑問はもっともだった。あのアルダープが余計な人間を簡単に自分の屋敷に入れることを許すだろうか。何も裏のない貴族ならともかく相手は秘密裏に神器を2つも所有している悪徳貴族。適当な理由をつけて認めない可能性は充分にあるのだ。

 

「私もそう思います、裏がある貴族だからこそ、警戒して最悪ダクネス達のことも認めない可能性すらあるかと…」

 

「それについては問題ない、既にアルダープの許可は得ているからな」

 

「えっ」

 

「私の父を通して正式に通達しておいたのだ、アリスの友人として私が仲人の立ち位置で付き添うことをな。無論私の付き人として数名連れて行く旨も伝えてある」

 

何とも根回しがはやいと私は素直に感心していた。確かに当日にアポなしで行くのはいくら同じ貴族のダクネスであろうが心象は良くない、事前に行く事を伝えておけば仮に断られていても他の対処方法を考えられる。

ゆんゆん達も同じように入ればいいとも思ったがそれでは全員丸腰になってしまうのであまりよろしくはない。

 

「それに、ゆんゆん達の件も俺はうまく行くと睨んでいる」

 

「…と、言いますと?」

 

「考えてもみろよ、今回のお見合いはこちらが提案したことじゃない、向こう側の提案なんだ。それに大金をもらったり豪華な食事を振舞ったりしてたんだろ?それはアリスからの心象を少しでも良くしようとしてやってたんだよ、だったら…最悪アリスが直にお願いすれば多分通ると思う」

 

「うーん…そういうものでしょうか…」

 

確かにあれらの理由が私からのアルダープへの心象を少しでも良くしようとしてなら話に筋は通るのだけどそう上手く行くのだろうか。こればかりは当日に賭けるしかない。

一方めぐみんは思い悩むように落ち着かない様子でいる。

 

「どうした?めぐみん」

 

「いえ…アルダープの屋敷はかなり広いと思われますがどうやって探すのですか?」

 

言われてみればあの屋敷はかなりの大きさだった。いくら潜伏してるとしても付人として入り込んでいる以上あまり長時間姿を消して捜索するのも無理があるだろう。そしてそんな疑問にはクリスが反応した。

 

「それも問題ないよ、私のスキルに宝感知っていうのがあってね、レアなお宝の在処を察知できるんだ」

 

「……?クリス、宝感知でどうやって悪魔を探すんだ?」

 

「…えっ、あ、えっとその…」

 

ダクネスの疑問にクリスはあたふたとしている。…とりあえず思うのはクリスは盗賊なのに隠し事が下手すぎではないだろうか。言うまでもなく、クリスが王都を騒がせている義賊ということはこの場では私しか知らないことだろう。

そしてクリスの真の目的はアルダープの持つ神器の回収、結果的に神器を回収することで悪魔の使役を止められるかもしれないのだ。だけどここにはそれを秘密として悪魔を探し出す助っ人としているのだから皆に神器狙いであると覚られるのはよろしくない。

 

…仕方ない、助け舟を出しておこう。

 

「皆さんよく考えてください、アルダープ自体は普通の人間です、悪魔を使役など普通は不可能でしょう。ですからクリスは悪魔を使役する為になにかしら…レアな魔道具などのアイテムを使っていると睨んでいる、そうですよね?」

 

「えっ?あ、そ、そうそう!だってそういうのを使ってるとしか思えないじゃない!だから宛もなく探すよりはそういった指針を持って探した方が確率は上がると思うよ!」

 

「…言われてみれば確かに一理あるが…」

 

私の言い分になんとか全員納得したようだ。カズマ君だけは何故か微妙な顔をしていたけど。一方クリスは罰が悪そうに舌を出して私に向けてアイコンタクトをしていた。先が思いやられるのだけど頼りになるのは確かだ、ここは頼らせてもらおう。

 

「…ここまではいい、私も貴族として出向くのだからアルダープも表面上は下手なことはできないはずだ。だが忘れないでくれ、私達は明日、敵陣のど真ん中に行くということを。今はこうしてお見合いなどという形でこちらを受け入れてくれてはいるが…元を辿ればアルダープは悪魔を使ってアリスやアイリス様まで攫おうとした重罪人だ、場合によっては…手段を選ばない危険性もある、だから皆は常に周囲に気を配っておいて欲しい」

 

ダクネスの言葉が深く心に刻まれた気がした。私達の目的は悪魔の討伐ではあるけど、バニルの例を考えたら討伐そのものが不可能な可能性もある。そうならばせめてアルダープの悪事を世間に暴かなければならない。悪魔自体はアルダープの命令で動いていたとなるとそれでも私としては目標は達成できる。

 

どうなるかはまだ分からないけど、後はやれるだけやるしかない。そんな想いを抱いていたのは、多分私だけじゃないと思う、…本当に、頼りになる友人達だ。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

翌日――。

 

―アクセルの街・貴族住居エリア―

 

ついに今日という日が来た。この日の為にダクネスは貴族としてドレス姿で登場し、アクア様、クリス、めぐみんがメイド姿で後ろに続き、執事服のカズマ君も見えた。

そして私とゆんゆんとミツルギさんはいつも通りである。

 

「いやいやおかしいですよね!?」

 

「えっ?」

 

即座にめぐみんからツッコミが入った。何かおかしなことでもあったのだろうかと私は不思議そうに首を傾げてみた。

 

「なんですかその何もおかしなところはないですよねみたいな態度は!?ゆんゆんやミッツルギはともかく、何故アリスまでいつも通りの服装なんですか!?」

 

「えっ…?」

 

「まぁ…確かにその普段の格好でもドレスっぽいような感じもするけど、お見合いで着てくる服ではないかもな…」

 

「いやいやお二人して何を言っているのですか」

 

私は普通にキョトンとしていた。確かに『お見合い』としてここに来るのなら私の格好はおかしいものだとわかる。だけど悪魔が関与しているとなるとアクア様の加護が働いているこの服は外せないし、それに。

 

「そもそも私はお見合いを本気で成立させるつもりはありませんし、わざわざ会食の時のようなドレスを着るつもりはありませんよ」

 

もはやそれ以前の問題である。そもそも今回のお見合いはアルダープの懐に入り込む口実に過ぎないし本気でお見合いをするつもりは全くない。よって服装云々で相手を不快にさせようが知ったことではないのである。

 

「ぐぬぬ…私はこんな恥ずかしい格好をしているというのに…納得いきません…」

 

「そんな事ないですよ、めぐみん凄く可愛らしいですよ?」

 

「か…っ!?可愛いとかそういう問題ではありません!」

 

肩から肘辺りまで露出していたり妙に胸元を開けてたりおかしなメイド服ではあるけどとりあえず可愛らしいのは本音である。

 

「その辺にしておけ、確かにそもそもお見合い自体は破綻させるつもりだからアリスの服装は特に問題はないはずだ」

 

次第にアルダープの邸宅の入口が見えてきた。その前にやっておくこともある。

私は背中に携えていた杖を手に持つと、隣で歩くゆんゆんに手渡した。

 

「ゆんゆん、預かっておいてもらえますか?」

 

「…アリス?」

 

「流石に武器を携えたまま入る訳にもいきませんし、ゆんゆんならアークウィザードですから持ってても違和感はないでしょう?」

 

「…う、うん…、わかった」

 

とは言え普段短刀とロッド装備のゆんゆんに長杖は違和感しかないけどそこは仕方ない。いざマクスウェルと戦闘になった時に丸腰で挑む訳にも行かないし、屋内の戦闘となれば地形を無視できる私の魔法は役に立てるはずだ、素手でも使えなくはないけど威力がでないだろうし。

 

私がゆんゆんに杖を預けたところでようやくアルダープ邸宅に到着した。

 

「ダスティネス様、それにアリス様。お話は聞いております、どうぞお通りください」

 

門番の人は私達の姿を確認するなりすぐさま門を開けてくれた。ゆんゆんやミツルギさんが何も問題もなく入れているのだけどいいのだろうか。特に武器とか押収されないしこちらとしてはありがたいのだけど。

 

門をくぐるなり執事の人が見えたので足を止めた。執事の人はこちらを見るなり難しそうな顔をしている。まぁ門番が何も言わなかった時点で違和感しかなかったので当然なのだけど。

 

「ようこそいらっしゃいました、随分大所帯ですがこれは…」

 

「友人です、何か問題がありましたでしょうか?」

 

「…いえ…ダスティネス家のお嬢様は存じておりますが…、そちらの…」

 

執事の人は慌てるような仕草でミツルギさんとゆんゆんに目配せしている。まぁカズマ君達は執事やメイド衣装なのにこちら側はいつも通りのクエストに行く為のフル装備状態だ、とてもお見合いに来た格好ではないので言いたい事はわかる。

 

「領主様にお聞き願いたい、僕達はアリスのパーティメンバーです。今回のお見合いの邪魔をするつもりはございません、ですがせめて仲間として…共にいることを許して頂きたいのです、勿論必要な時は席を離れますし、なんなら無償で警備として私達を使ってくださっても構いません」

 

ミツルギさんの丁寧な応対に執事の人は何やら考え込む仕草を見せるが、次第に頭を下げて奥へと戻っていった。確認するのでこのまま待っていろと言うことなのか。

 

「…さて、どうなるか…」

 

「もし断られても僕達は近くで身を潜めているつもりだよ。何かあればすぐに中に押し入らせてもらうさ」

 

「あ、あまり無茶はしないでくださいね?」

 

下手したら新聞沙汰になってしまう。『魔剣の勇者、領主宅に襲撃』なんて見出しはこちらとしても見たくはない。

 

私達はアルダープに話を聞きに行ったであろう執事が戻ってくるのを、ただ立ち尽くして待っていた――。

 

 

 

 




書ききれないこの6日間のダイジェスト

ウィズ→しっかりハンスの討伐報酬5000万エリスを受け取る。なおすぐなくなり未来しか見えない。

ミツルギさん→同じくハンスの討伐報酬を渡すも自分は大したことはしていないと受け取りを拒否したので強引に渡した()

セシリー→ゼスタに報告したものの、やはりこちらからのお金は一切受け取らないとのこと。魔王軍と戦った聖地という新観光名所は大好評らしい。

※めぐみんのメイド服はこのファンでのリゼロコラボのレム衣装をイメージしていただければ()


次回遅れますm(*_ _)m


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episode 100 アレクセイ・バーネス・バルター


遅くなりました。今回で100話です。一時期停滞しましたがここまで書けたのも読者様方のおかげです、これからもよろしくお願いします。




 

 

―アクセルの街・アレクセイ邸宅―

 

門をくぐり庭先に出たところで待つこと5分ほど。やけに時間がかかると思っていたら扉が開き、そこから執事が慌てた様子で出てきた。

 

「大変お待たせしました、アルダープ様より許可が降りましたのでそちらのご希望に添い警備として同行なさることで問題ありません」

 

その一言にミツルギさんとゆんゆんは目立たない程度にホッと安堵する。とりあえずこれで予定通り作戦が行えそうだ。

 

執事が扉を開けて屋内に入る。するとエントランスにアルダープの姿はなく、メイドさんが2人待ち受けていた。

 

「本日はようこそおいでくださいました、アリス様は私に同行お願い致します、本日宿泊していただくお部屋にご案内致します」

 

「ダスティネス様御一行様は私に同行くださいませ、アルダープ様がお待ちしております」

 

「そちらの御二方は警備をしてくださるということで…屋敷の私兵に紹介致しますので私に同行してください」

 

この対応に私達は顔を見合わせる。とりあえず私達は3つに分けられるようだ。

いきなり予想外な対応なのだけど特に問題はない。屋敷内に入れさえすればこっちのものだ。それにしても会うだけなのに泊まりがけの意味がよくわからない。

 

「…あ、あの…宿泊…とは…?」

 

「今回の件に関するご質問でしたらお部屋でうかがいますので、ではご案内致します」

 

メイドさんは一方的にそう告げると歩き出してしまった。この態度は私が貴族ではないからなのか、あるいはメイドさんの性格なのかはわからない。

 

再びダクネスと顔を見合わせる。アルダープが許可した理由は単純にアルダープがダクネスに会いたかったからかと思えばダクネスのことも心配になってくる。

ダクネスは何も言わずに頷く。何も心配はいらない…、そう言っているように感じていると、それぞれが案内に沿って別れることとなった。

 

「…失礼ですが貴方はダスティネス様のメイドでは?」

 

私を案内するメイドは視線だけを私の後ろを歩くメイド姿のアクア様に向けていた。同じメイドという立場と思っているからなのかその眼光はきつく感じる。

 

「私はダクネ……ララティーナ様の命令でアリス様のお世話係としてこの場に来ております」

 

アクア様はダクネスと言いかけるも慌てる素振りは見せずに冷静に対処していた。それにしても女神様をお世話係になんてフリとはいえ許されるのだろうか、アクシズ教団の人に知られたら私は磔にされてしまいそうなのだけど。

 

一方メイドさんはしばし考える素振りを見せる。きつい視線は変わらないがどうやら納得はしたようだ。

 

「…そういう事でしたら了承致します、ではこちらに」

 

とりあえず一安心。これには私とアクア様も揃って安堵の溜息をつく。今後ここにいる間は一挙一動に気を配らなくてはならないと思うと面倒でしかないのだけどそこは我慢するしかない。まず私は勿論の事、アクア様がポカをやらかさない事を祈るばかりである。

 

…うん、不安しかない。そんな想いを抱きながらも私はメイドさんの案内に同行するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

階段を上がり案内された部屋は高級ホテルの一室のような外観と広さ。所々にはアンティークとしてなのか高そうな絵画や壺などが飾られていて、はっきり言えば落ち着かないの一言である。

 

「まず先程の質問の答えになりますがこれからの予定を説明させていただきます」

 

部屋に入るなりきつい目付きのままのメイドさんから説明を受ける。掻い摘んで言ってしまえばこの後アルダープの息子さんと会ってお茶して夕食をして、入浴後に就寝、そして翌朝朝食をいただき庭園を2人で散歩する。とりあえず明日の午前中には帰れるらしい。

お見合いと聞いてこちらとしては会って話してお茶しておしまいくらいの気持ちだったのだけど無駄に長いスケジュールだ。とはいえ長いのはこちらとしても有難い。

時間があればあるほど、カズマ君やクリスの捜索する時間は増えるのだ。なんとか上手くやって欲しいものである。

 

「なお、この部屋にある美術品はどれも高価な物ですので、どうか触ったりしないようお願いします」

 

メイドさんは当然のように注意を促すが、だったらそんな物を置いておかないで欲しいが一番に言いたい事なのだけど。

ベッドもお姫様が眠るようなヒラヒラカーテン付き…、いやそりゃ私も女の子ですからね、こーいうベッドで寝てみたいとか幼い頃に思ったりはしたけど今叶えて欲しくはなかったまである。

 

「では、こちらに着替えて頂きます」

 

私が色々考えている内にメイドさんはテキパキと動いている。そして予め用意されていたのか、純白のドレスを広げて私に見せるように差し出してくる。これには想定外なこともあって私が微妙な顔をしていると、メイドさんは分かってますからとでも言いそうな様子のまま口を開く。

 

「アリス様は冒険者ということで、予めこちらでドレスを用意しておきました。バルター様に失礼のなきよう、こちらにお着替えしてもらいます」

 

ただこれはアルダープの意思なのか、メイドさん個人の考えなのか。それは分からないけどこのまま渋っても進みそうにない。私は諦めたようにそのドレスを受け取り、それを見てみる。

 

高価そうな純白のドレス。こちらとしてはむしろ失礼があった方が都合がいいのだけど相手は貴族、やりすぎは行けない。

 

貴族なんて怒らせたらロクなことにならない、仮にお見合いが破綻しても悪魔を見つけられなければその後アルダープからの風当たりは強くなると思われる。それは面倒臭い。

 

よってお見合いは破綻させるものの相手を怒らせたりはしない方向性にしなければ。今着ている服を脱ぐのは少し怖いけどすぐ傍にアクア様がいるし問題はないだろう。

 

「そちらにお世話係の方がいますのでお手伝いは必要ありませんね?着替え終わりましたらお呼びください」

 

そう告げるとメイドさんは部屋の外へと出ていった。すぐ傍にいないことを確認するなり私とアクア様はまたもや溜息をつく。

 

「なんだか気が重いわねー…とりあえず、ちゃっちゃと着替えちゃいましょ」

 

「…そうですね、お願いします…」

 

ちゃんとしたドレスなんて着慣れていないし着方がわからない。いつもの服はドレスっぽいけど普通の服のように着れるし。アクア様に手伝ってもらい四苦八苦しつつもドレスを纏うことにした。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

着替えが終わるといよいよバルター様とやらのいる部屋に案内された。というよりこのメイドさん私に何か恨みでもあるのかな?が今一番思ってる事。

いちいち言い方に棘があるしきつく感じてしまう、髪型はダクネスなのに。まぁ関わるのは今だけだし我慢するしかないか、と諦めつつも、私が部屋にはいれば見た事のある男性がソファに座り待ち構えていた。

 

こちらが部屋にはいるなり、物腰柔らかそうな男性は立ち上がり、頭を下げた。

 

「…お会いするのはこれで2度目になりますが…ようこそいらっしゃいました、本日はお忙しい中時間をさいてくださり感謝してます、僕はアレクセイ・バーネス・バルターと申します、今日はどうかよろしくお願いします」

 

「…ご丁寧にありがとうございます、アリスです。…こちらこそよろしくお願い致します…」

 

目の前の男性は長身、凛々しさと落ち着きを兼ね備えたイケメン男性。2度目と言うのは先日王都で出逢った騎士らしき男性、それがこの人だったのだ。だけど私が真っ先に思った事はそんな些細なことではなかった。

 

「実はあの後アリス様はお倒れになられたと聞き…僕はどうして貴女をそのままにして行ってしまったのか、と…ずっと後悔してました。今はもう…大丈夫なのですか?」

 

「……はい、すみません。その節はご迷惑をおかけして…」

 

「迷惑などと、とんでもないですよ。そうですか…ご無事で何よりです、僕としても安心しましたよ」

 

バルターさんは本当に安心したように優しく微笑みかける。というよりこの人があのアルダープの息子さん?全然全くもって似ていないのだけど母親の胎内に父親のDNAを置き去りにしてきたのだろうか?そう思えるくらい似ていない。容姿は勿論のこと、その内面もだ。目を見たら分かる、この人は本気で私の事を心配してくれていた。アクア様は頑張って落ち着こうとしているみたいだけど目を見たら分かる、私と同じ事を考えているのだと。

 

「どうぞ座ってください、今日はお見合いなどという形ではなく、できたらお話に来た程度の認識で構いませんので…、お気に入りの紅茶がありますので良ければ飲んで頂きたいのです」

 

バルターさんはそう告げるので私はゆっくりと対面のソファに腰掛ける。そしてバルターさんがメイドさんに丁寧にお願いしますと告げるとメイドさんは先程までには見た事ないような綻んだ顔をしてお茶の準備にかかっていた。

 

…なるほど、察した。

 

このメイドさんはおそらくバルターさんの事が好きなのだろう。誰がどう見てもイケメンだからね、その気持ちは分からなくもない。だけど今回私みたいな何処の馬の骨かわからないような冒険者がバルターさんとお見合いする、なんて話になればメイドさんとしては好印象になるはずなく。それで私に対して目付きが厳しいものになっていた訳だ。それなら問題はない、どんなイケメンだろうとどんなに内面が良かろうと私に結婚なんて考えは現状皆無なのだから。私がいなくなった後になんとか身分違いの恋を成就させてほしいものである。

 

私がそんな余計な事を考えていると、メイドさんからアクア様へと紅茶のポットが渡された。アクア様はそれをティーカップに淹れると、丁寧に私の前のテーブルに置いてくれた。

 

「僕が作ったお気に入りの紅茶なんです、良ければどうぞ召し上がってください」

 

「…作ったのですか?」

 

「はい、僕の趣味で紅茶葉から育てているのです、このように紅茶葉となるまでは業者に委託してますが…」

 

なるほど、それは楽しみだ。個人的に紅茶は好きでよく飲んでいるし淹れるのを覚えたのもそれが原因だったりする。私は内心うきうきしながらも紅茶を口に含んだ。

 

……温かい。無味無臭で、身体を芯から温めてくれる。まるで身体の奥底から浄化されるような清涼感を感じさせてくれる。

 

 

 

 

 

……つまりはこれ、お湯だ。

 

 

 

 

 

私は無言で視線だけをアクア様に移すと、アクア様はやっちゃったぜ☆テヘペロとでも言いそうな様子でいた。いやいやこれどうするの!?バルターさん私の様子をじっと伺っているんだけど!?感想を待ってるんだけどお湯の感想しか述べられないんだけど!?

 

「……えっと…その…とても深みのある味で…おいしいです」

 

私は内心汗だくの状態で目を逸らしてこう答えた。しかしこれは間違いであることに気付いたのはバルターさんの怪訝な顔を見てからだった。

 

「深み…ですか?おかしいですね、この紅茶は飲みやすくテイストされているはずなのですが…」

 

私のバカー!?なんで余計な言葉を追加してしまったのか、これなら普通に美味しいだけで良かったじゃないか。バルターさんはもしかしたらメイドさんが渡すポットを間違えたのでしょうか?とか言ってるしメイドさんは悪くないのに謝ってるし罪悪感がパない、私は悪くないのに。

 

「ではこちらの紅茶をお飲みください、こちらなら間違いは無いと思います」

 

バルターさんがそう告げるとメイドさんは違うポットをアクア様に手渡す。既に嫌な予感しかしない。

アクア様がそれをティーカップに淹れるとまた私の前のテーブルに置く。もう見ただけでお湯と分かった。だって無色透明だもの。再びアクア様に目を向けるとまたもややっちゃったぜ☆テヘペロって言いたげな顔をしていた、殴りたいこの笑顔。

 

紅茶…もといお湯を口に含むがやっぱりお湯だ。味も何もあったものじゃない、アクシズ教徒なら涙を流して喜ぶかもだけど私は違うし。

どーするのこれ…。ただバルターさんを見るとまたも期待の眼差しを感じる。これは適当な感想で済ませてはいけないと思わせてしまうほどの視線に私はそっと目線を逸らしていた。

 

どんな感想を言おうか迷っていると、私が困っていることに気がついたアクア様は突然ポットの中身を違うティーカップに淹れて上品に飲み出した。

 

「…これはフルーツティーですね、まろやかでとても飲みやすいです」

 

多分私がお湯を飲んでる事で感想が言えないことを察してそれなら私が飲んで感想を言ってあげたらいいのね!とか考えてそうしたのだろうけどいやこの女神様何してるのぉぉぉ!?

バルターさんは苦笑しかしてないし横に立つメイドさんは凄い睨んでるんですけど、めちゃくちゃ怖いんですけど。

 

「…よく見ればそちらのメイドの方は…先日の王城での会食にいたアークプリースト様では…?」

 

「ぎくっ」

 

いや「ぎくっ」じゃないですよ、こんな分かりやすい表現する人リアルで初めて見たかもしれない。というよりあの場にはクリス以外がいたのでアルダープとバルターさんが見れば自ずとわかってしまうだろう。…とりあえずバレたからには仕方ないので適当に言っておこう。

 

「すみません、実はそうなんです…私の友人でして、本日は私の事が心配だからとお世話係として着いてきてしまいまして…本業のメイドさんではありませんので、不快にさせることがあるかもしれませんが、どうか…」

 

「なるほど、そういう事でしたか。僕は気にしておりませんので、大丈夫ですよ」

 

あながち嘘でもない嘘を言うとバルターさんはおおらかに笑って納得してくれた。本当にアルダープの息子さんとはとてもではないが思えない。

 

その後は軽い世間話から始まり、お見合いというよりもただの雑談が繰り広げられていた。私としては気が楽なのだけどバルターさんなりに私を気遣ってそんな形にしているのかもしれない、あまりしゃべらない私を新たな話題を出すことでリードしてくれて、私も自然と笑みをこぼすようになってきていた。

 

…こうしている間にもカズマ君やクリスは捜索を始めているのだろうか…?二人共に潜伏スキルなどを持っているので問題はないと思われるが万が一があればと思うとやっぱり心配だ。

 

結局私はこうして雑談をしながらも2人の無事を祈るばかりだった――。

 

 

 

 

 



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episode 101 見えぬ悪魔



101匹めぐみん大集合(嘘)




 

 

 

 

―アクセルの街・アレクセイ邸宅―

 

2時間ほど雑談しただろうか。バルターさんはこちらのお世話係としてきているアクア様や、自身のメイドさんに気を遣い座るなり休息をとってほしいと言い、今はメイドさんは一時的に場所を外し、アクア様も私の隣に座っている。

本当にアルダープの息子さんとは思えない、細かい気配りもできて、優しい。

この人と結婚する人は幸せになれるだろうなと思えるくらいには。

 

勿論それは私ではないしそうなるつもりもない。

 

「正直今回こうしてお会い出来たのは、今でも信じられないくらい驚いているんです」

 

「…それはどういう…?」

 

雑談の最中、バルターさんがふとこんな事を言うので私は思わず首を傾げる。何も驚く事でもない。領主であるアルダープが手を回したのだからこれくらい実現することは容易いことだと思える。

 

だけどバルターさんが言っている事はそんなことじゃなかった。

 

「…僕が初めてアリス様を知ったのは王都での防衛戦です、僕はあの時、騎士として後方ながら戦場にでていたのですよ」

 

「……」

 

あれかぁ…と私は内心後悔するように思っていた。思えばあの活躍がきっかけでミツルギさんも私を知る事になったと聞いてるし今更ながらに私がやってしまった結果は目立ちたくない私にとって不本意な方向へと流れていた。自業自得と言われれば返す言葉もないのだけど。

 

「あんな凄まじい魔法を扱う者はどんな者なのか、興味本位で近付いてました。すると見てみればその正体は…小柄な美しい少女でした」

 

「……ぁぅ」

 

「強大な魔法で魔物を一掃したかと思われたら、今度は負傷している者の治療にもあたる、とても素晴らしい働きでした、僕はそんな姿を見て…貴女に一目惚れしたんです」

 

もはや何も言えない。私は羞恥で俯くしかできなかった。というよりもこんな風に異性から言われた事は初めてだし恥ずかしい。というより本人を目の前にして一目惚れとか言わないでほしい。これだからイケメンは。

 

「…とは言え、それは身分違いの恋…、相手が冒険者となれば厳しい父がそれを許すことはないと思い、この想いは忘れようとしていました…。ですが今回のお見合いは父から話を持ってきたのです、聞いた時には二つ返事で了承しましたよ、ですから…こうして今お話しているのが夢のようなのです」

 

「……?」

 

淡々と話すバルターさんだけど私には聞き逃せない事柄があった。アルダープの話では今回のお見合いはバルターさんの希望で行われたとなっていたはず。

しかし今のバルターさんの話では父親であるアルダープから持ってきた話になっている。

あのアルダープがわざわざ私とのお見合いを。これは違和感しかない。

確かに一応の筋は通っている、理由は先日アルダープが話したように英雄ともいえる蒼の賢者の評判、それほどの者なら身内に迎え入れたいとも言っていた…だけど。

 

そもそも忘れてはいけない。アルダープはこのような形をとるまで悪魔を使って私を誘拐しようとしていたのだ。これは力技が通用しないのでこういった手段を選んだと考えるのが自然だ。

未だにアルダープの目的はわからないが私が狙いなのは間違いない。

 

「もっとも…身分違いとは言え…本来ならばそのようなこともないのですけどね」

 

「…どういう意味ですか?」

 

どこか言いづらそうなバルターさんに違和感を感じ、私は問いかけた。するとバルターさんは決意したような顔つきになる。

 

「実は…僕は養子なのです、本当は父と血は繋がってはいません」

 

「……」

 

納得の一言である。先程までの私の疑問が見事に解決されてしまった。しかしバルターさんはどうして今それを言おうと思ったのか。その答えは私が問うより先に答えてくれた。

 

「これは父から口止めされていることなので本当なら言ってはいけないのですが…、貴女に隠し事はしたくなかったのです。それに…、父には心から感謝しています。孤児だった僕の身請け人となってくれただけではなく、騎士となる為にお金を惜しまず使い僕を育ててくれた。そんな父が用意してくれたこの場だからこそ…不誠実なままではいけないと思いました」

 

感慨深く話すバルターさんの様子は本当に父親であるアルダープを尊敬しているように見える。これで私がアルダープの見方を変えるかと聞かれたら答えはNOなのだけど。確かにバルターさんにここまで思わせるほど大事に育てているのは意外ではある。……意外ではある。

 

「…………っ!?」

 

 

ただこれが意外ではなく、もっともな理由を与えるとしたら。…その推測が私の中で組み立てられた時、私は戦慄した。

 

バルターさんをそこまで大事に育てていた理由、それがいずれ自分になるから(・・・・・・・・・・)だとしたら。

考えたくもない、だけどそうだと思えばいくらでも辻褄が合ってしまうのだ。アルダープは他人と精神を入れ替える神器を持っている。クリスから得た情報だけど問題はその使い方。クリスが例にあげたように入れ替った上で片方の存在を殺せば、そのまま入れ替わった状態になる。

そうなるとひとつだけ疑問に浮かぶのは何故ダクネスではなく私とお見合いをさせているのだろうか。アルダープはダクネスに求婚していると聞いた、ならバルターさんとダクネスをくっつけてしまえばいいだけなのに。だからそれだけが腑に落ちない。

 

あくまで推測だと自分に言い聞かせる。例にあげたのはクリスだ。普通ならそんな使い方思い浮かばないはずだ、だけどもし推測通りだとしたら…。

 

もはや人間が行う所業ではない。そして目の前のバルターさんが可哀想すぎる。

 

「…アリス様?どうしました?」

 

結果、私はバルターさんをまともな状態で見る事ができなくなっていた。推測であると言い聞かせるも思えば思うほど間違いではないのではないかと思えてしまう。

 

「……すみません、少し疲れたみたいで…」

 

「…それは配慮が足りず申し訳ございません…、1度部屋に戻って休まれますか?」

 

見れば見るほど優しい人だ。今も尚私の事を本気で心配してくれている。本気で私なんかを好きになってしまったのだとも思える。それに関しては理解できないけど。

 

「……そうしますね、ごめんなさい…」

 

「今は貴女の体調の方が大事ですよ、メイドさんに同行させましょう」

 

だからこそ、同時にバルターさんにも申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。私はここにお見合いで来ている訳では無い。それを口実にアルダープの懐に近付く為にここにいるのだから。最初からバルターさんの想いに応えるつもりは全くないのだ、これが彼にとって失礼ではなくなんなのか。

 

「…いえ、アクアさんがいますので、それでは一度失礼しますね」

 

私はゆっくり立ち上がると一礼し、アクア様に付き添ってもらい部屋を出た。

彼の想いには応えられない、だけどせめてバルターさんのことは絶対に助けよう。そう心に刻んだ瞬間はまさしく今この時だった。

 

…だけど。

 

だけどアルダープの悪事を暴くことはバルターさんを助ける事に本当になるのだろうか。アルダープの悪事が全て明るみに出ればアルダープは貴族としての地位を失い、一生牢獄で過ごすか、あるいは処刑されてしまうだろう。

確かにそうなればバルターさんの命は助けられるが、バルターさんは今のままでは居られなくなるだろう。少なくとも貴族として生きていくことは難しくなる、今ある騎士の地位からも転落してしまうかもしれない。

 

私がやろうとしていることはアルダープだけで済む問題ではない、息子であるバルターさんの人生をも大きく狂わせてしまう可能性がある。バルターさん自体は何も罪もない優しい人だというのに。

 

……そこまで考えていたらアクア様の視線を感じた。何も言わないけど、こちらが気になっているようにチラチラと視線を寄せている。

 

すると自然と溜息がでた。どうやら私はまたもや独りで思い悩もうとしていたらしい。完全に悪い癖だ。

 

「アクア様、私はどうしたらいいと思います?」

 

「うん?どうしたのよいきなり」

 

私が突然聞いたせいか、アクア様はキョトンとしている。そう返されると私も言いにくいのだけど。

 

「…このままだと、アルダープだけの問題ではすまないと思いまして」

 

「……」

 

アクア様はしばらく考え込むようにして、何かに気が付いたのか溜息をついていた。やれやれとでも言いたそうな様子には少しだけ後ろめたい。

 

「あんたあのバルターって人の事を心配してるんでしょ、それならどうにでもなるんじゃない?」

 

「…と、言いますと?」

 

「ダクネスがいるじゃない、あの子なら彼の事をちゃんと考えてくれると思うわ、だからアリスは何も心配する必要はないでしょ」

 

…確かにダクネスならバルターさんのことを守る側にはなりそうではある。それに私個人がいくら悩んだとしてもバルターさんの今後をどうにかできるわけないしアルダープの悪事をそのまま見て見ぬふりをするなんてまず許されるはずがない。

そう思えば何を悩む必要があるのか。私がいくら悩んだところでどうしようも無いことだ。…そう割り切れれば楽なのだけど、私はそこまで短絡的な考え方ができないようだ。そういう意味では、アクア様を羨ましく思える。

 

「……そうですね」

 

ただ、今私が思えるのはだからと言って今この作戦を中止する訳には行かない。なんとしても2つの神器を回収してこれ以上の暴挙を止めなければ。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

とりあえずは夕食の時間になれば呼びに来てくれるらしい、その時には改めてアルダープとも挨拶をするのだとか。…嫌だなぁ。

 

今は部屋のソファでぼーっとしている。ちなみにヒラヒラカーテン付きのベッドはアクア様がメイド姿のまま占領して熟睡している。ある意味敵陣のど真ん中にいるというのに普通に熟睡できるのは尊敬に値する。勿論このようになりたいとは思わないけど。

それにしてもここまでアクア様とずっと2人でいるのも私としては初めてだけどカズマ君によるアクア様の扱いが雑な理由が少しだけ分かった気がする。

 

コンコンッ

 

 

そんな事を考えていたら扉をノックする音が。夕食には少し早い時間だと思うのだけど此処ではそうでもないのかもしれない。

 

「開いてますよ」

 

私の声に反応するように扉が開かれる。そこにはメイド姿のクリスと執事姿のカズマ君がいた。…2人の様子からして何か進展があったのだろうか、なんとなくではあるが険しいものに見えた。

 

「おっす…って!…ったくこの駄女神っ…!こっちは大変な思いしてんのに呑気に爆睡しやがって…!」

 

「ま、まぁまぁ…アクア様も立ちっぱなしで私のお世話係をしてくれていたので疲れてるのですよ」

 

入るなりアクア様の姿を見て怒りに震えるカズマ君を宥める。クリスは苦笑しながらそれを見ていた。

 

「そっちはどんな感じなのかな?今は周囲に誰もいないから、今のうちにわかった事を報告しあおうと思ってね」

 

「バルターさんとの話も終わって夕食まで待機しています、そちらは何か進展が?」

 

私が質問すれば、2人の表情は冴えない。あまりよくない報告なのだろうかと思わず息を飲む。

 

「…えっととりあえずな…アルダープの部屋に潜入はできたんだ。そしたら…」

 

「…まだ昼間なのにそんな本命に潜入できたのですか!?」

 

クリスはともかくもうカズマ君は盗賊にクラスチェンジしてもいいんじゃないかな。アルダープの私室が何処なのかわからないけど今回神器がありそうな場所の本命とも言えるだろう。

 

「まぁ肝心のアルダープがダクネスにえらくご執心だったからな、昼間ってことで見張りも少なかったし、アルダープのおっさんはダクネスが引き付けておいてくれたから、予想よりも楽だったな」

 

「な、なるほど…、そ、それで、何が出てきたのです?」

 

「…写真だよ」

 

「写真…?」

 

思わず首を傾げてしまう。アルダープがダクネスや私の写真を持っていたということなのだろうか?しかし写真1枚でてきたところで私を狙う証拠になるかと言われたら少し弱い気がする。

 

「…アルダープの部屋には隠し通路があってな、それは本棚の後ろにあってすんなり入れたんだけどその部屋には…」

 

「……ダクネスとアリスの写真が何枚も壁や天井に張り巡らされていたの…」

 

「…アリスに分かりやすく言うとだな…アイドルの狂信者の部屋、みたいな…?」

 

「……」

 

ゾッと悪寒が全身を駆け巡った。想像したくなかったけどしてしまった。多分今の私の顔は真っ青になっている自覚がある。率直に言って気持ち悪い、今すぐその部屋にフィナウを打ち込みたいまである。

 

「多分…だけどな…あのおっさん金髪の長い髪の女が好きなんじゃないか?ほら、ここのメイドさんもみんな金髪だし…」

 

「出来れば聞きたくない情報だったんですけど…もう少ししたらアルダープと夕食で出会うんですけど、顔も見たくないのですけど」

 

ダクネスだけにご執心かと思いきやとんでもない事実が判明してしまった。そして私の事もダクネスと同じように狙っているのなら今回のお見合いもまたアルダープの狙いが判明したと言える。だったらバルターさんは悪魔に操られて私を好きだと思い込んでいるのかもしれない。そんな可能性すらある。

 

「とにかくあんまりな光景の部屋だったからそっと扉を閉じておいた…、クリスの宝感知スキルも反応がなかったみたいだしな?」

 

「…それで、肝心の神器は…?あっ」

 

しまった。うっかりカズマ君のいる前で神器の話をしてしまった。これでは隠し事が下手だな、などとクリスの事を言えやしないではないか。

私はそう思って慌てるも、カズマ君は平然としていてクリスはクスクスと笑っていた。

 

「大丈夫だよ、クリスからその辺の事情は聞いているからな」

 

「流石に行動を共にするとなると誤魔化しが効かないからねぇ、ここに来る前には話しておいたよ」

 

なるほど、カズマ君の屋敷でクリスが慌てる中カズマ君だけ微妙な顔をしていたのは既に知っていたからか。なんで教えてくれなかったのかとかつっこみたい所はあるけど話がスムーズに進むと思おう。

 

「…そ、それで…肝心の神器は…?」

 

改めて聞いてみると2人して冴えない表情のまま首を横に振った。どうやら収穫はないらしい。

 

「本当は警備が薄い今のうちに見つけたかったんだけどね…私の宝感知はね、お宝のレア度によって反応が強くなるんだ。神器ほどのものならその反応はすぐに分かるくらいなんだけど…もしかしたらこの屋敷にはないのかもしれない…」

 

「おいおい、ここまで来てそんなオチは勘弁してくれよ…」

 

この屋敷に神器がない。それはおかしい。2つの神器はアルダープにとって何よりも大事なものだろう。それを自分の近くに置いていないという事がありえるのだろうか?大体神器がなくても悪魔が潜んでいるのだからその部屋は別にあると思うし……悪魔…?

 

 

 

 

「…どうしたアリス?何か分かったのか?」

 

「……そうです…、悪魔ですよ…」

 

「……?」

 

私の呟きに2人は首を傾げた。そうだ、悪魔なのだ。悪魔がここにいることは有り得ないのだ。

 

「何故今まで気が付かなかったのでしょう……」

 

「だからどうしたんだよ?」

 

この街はアクセルの街。アクセルの街で私は悪魔に狙われたことは無い。では悪魔に狙われた事がある場所、それはアルカンレティアを除外すればひとつしかないのだ。

 

「…悪魔は王都にいるはずなんです…!私は王都でしか悪魔に狙われたことはありませんから…!」

 

「…あっ!」

 

そうなると悪魔がいる場所はおそらく王都にあるアルダープの別荘。この屋敷に神器がないのなら、それすらもそこにある可能性が高い。

だけどそんな大事なものを遠くに置きっぱなしにしておくはずもない、ならばすぐに王都の別荘まで行く手段があるはずだ。

 

「…悪魔やら神器やらを他人に知られたくはないはずですのでおそらく魔道具でしょう、先日王室から頂いたテレポートの効果のある魔道具のような…」

 

つまりは何処かにテレポートを使える魔道具があるはず。そしてその先におそらく神器や悪魔がいる。

 

「…クリス!」

 

「…うん、候補は多くなるけど宝感知で探せない事はないと思う、ありがとうアリス、とりあえずその辺を探してみる!」

 

そう告げるとカズマ君とクリスは足早に部屋を出ていってしまった。私として出来ることは悪魔が見つかるまでお見合いを続けるだけ…。

 

どうか2人が無事でありますように。と、私はアクア様が傍で寝ているにも関わらずエリス様に向けて祈ってみていた――。

 

 

 





作品とは無関係な小ネタ。



アリス「そういえば誕生日だったのですよね?おめでとうございます」

めぐみん「ありがとうございます、ではこれより歳の数だけ爆裂魔法を撃ちに行きますので付き合ってください、アリスがいれば可能なはずです、なんならそれが誕生日プレゼントで構いません」

アリス「……ちなみに、いくつになったのですか?」

めぐみん「14歳です」

アリス「えっ」

めぐみん「14歳です」

アリス「…えっと…確か出会った時には既に14…」

めぐみん「14歳です」

アリス「……あ、はい」

めぐみん「理解したようですね、それでは爆裂散歩と行きましょうか!!」

この後めちゃくちゃ爆裂した。




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episode 102 順調に見える潜入作戦




遅くなりました!!

地味にこのファンをのんびり無課金でやってるのですがアクア様とミツルギさんの☆4が1枚も出ない。めぐみんはめちゃくちゃ出ます。ウェイトレス以外のめぐみんいます。魔法学園制服のめぐみんとゆんゆん並べて使った時の勝利ポーズ合わせが大好きです。

何が言いたいかというと皆さんこのファンやりましょ!無課金でも楽しいですよ!(謎宣伝)








 

 

 

 

暫くぼーっとしていた。ただ部屋で待っているだけなので特にやることも無く、話し相手が欲しいところだけど肝心のアクア様は今もまだベッドの上で夢の中。自分も寝てしまおうかと思うも、流石にそんな気にはなれないので、色々な事を思案しながらも、何をすることもなく、ソファに座ってぼーっと…。

そんな自分に気が付くと、これでは堂々と熟睡するアクア様の事を言えないなと自嘲していた。とはいえやる事がないのだから仕方ない、不要に部屋の外へ出る訳にも行かないしそんな事をすれば怪しまれる可能性すらある、ならばマイナス要素を起こす行動は避けるべきだ、私の為にも、頑張って捜索してくれているカズマ君とクリスの為にも。

 

今回一番危険で大変な役割なのは間違いなくカズマ君とクリスだろう。この2人はあくまでダクネスお仕えの執事とメイドとしてこの場所にいるのだから姿を見せないままではいけない、普段はダクネスの傍にいて、ダクネスが先程のバルターさんのように気遣うように適度に休息の時間を与えてくれる、その休息の時間を使って屋敷内の捜索をしていたのだろう、つまりはほぼ休み無しだ。

 

ダクネスはダクネスであのアルダープを長時間相手にしているのだ、心労的な意味で辛い事は間違いないだろう。めぐみんもそのダクネスにほぼ付きっきりだろうし。ミツルギさんやゆんゆんは警備としているので普通にお仕事しているのと変わらない。

 

つまり私が一番楽をしている気がする、はっきり言うとこれは申し訳ない。アクア様?はて?

 

 

 

コンコンッ

 

 

 

時間的にもぼちぼち夕食の時間だろうと思っていたら扉をノックする音が。流石にメイドさんだったらアクア様が堂々と寝ているのはあまりよくない、さっきはそこまで気が回らなかったけど。

 

「少々お待ちください」

 

私は扉に向かってそう告げるなりベッドで幸せそうに寝ているアクア様の肩を揺すって起こす。起きてくださいと小声で言うもアクア様はむにゃむにゃと枕を抱いたまま起きる気配がない。このままではここのメイドさんに自堕落なアクア様が見られてしまう。…まぁバレたところでアクア様が気まずくなるだけなのだけど。

 

「アリス、私だ、入ってもいいか?」

 

「…あ、ダクネスでしたか、どうぞ」

 

必死にアクア様を起こそうとするけど中々起きないことに困っていたら扉から聞こえた声はダクネス。これには一安心だ。私が声をかけると扉は開かれ、ドレス姿のダクネスとメイド姿のめぐみんが顔を出した。

 

「…よくこの状況で爆睡できますね…正直呆れを通り越して驚きました」

 

「まったくだな…アリス、アクアはちゃんとお世話係としてやってくれたのか?」

 

「えっと…はい、その点は大丈夫かと思います…ほぼ立ちっぱなしだったからか、疲れたのだと思います」

 

呆れ顔の2人に私はアクア様をフォローするように振る舞うのだけど私は何故ここまでアクア様を庇っているのだろうか。ほぼ立ちっぱなしとは言ったもののバルターさんの善意により20~30分くらいで座らせて貰ってたしそこまで辛かったとは思えないのが本音である。

 

「そちらの様子はどうです?」

 

「私はひたすらアルダープに付きっきりだったからな…カズマとクリスは私の傍にいたり、いなかったりで慌ただしかったが…」

 

「カズマ君とクリスならさっき会って話をしましたよ、それよりダクネスも大変ですね…」

 

ダクネスに疲労感は見えないものの、かなり心労的には参っていると思われる。私はふいに同情するような視線を送ってしまった。

 

…のだけど。

 

「…あぁ、あの男の私を舐め回すようないやらしい目…下卑た笑い…、…屈辱だった…」

 

「………なんか嬉しそうに見えるのは気の所為ですか?」

 

「そ、そんなことはないぞ!?…くぅ…!」

 

「……」

 

もうアルダープと結婚してもダクネスなら幸せになれるのではないだろうか、そんな気すらしてしまった。例えアルダープに何も裏が無かったとしても友人としては嫌でしかないけど。だけど今のダクネスの表情は隠しきれていないほど恍惚としているのでそう思ってしまうのも仕方ない。なおこの状態のダクネスにはあまり関わりたくないのでそっと視線を逸らしておいた。

 

「…そんなことより、そろそろ夕食みたいですよ」

 

割って入るように言うめぐみんは非常に不満そうだったがその理由は理解できた。

アルダープのことだ、おそらく少しでも私やダクネスの好感度をあげようと無駄に高級な料理を用意するだろう。それだけならいいのだけどそれを使用人としてこの場に居るめぐみんが食べられる訳もなく、おそらくそれを食べるのは私とダクネスだけになるだろう。私としては変わってもらいたいくらいなのだけど、メイド服可愛いから着てみたいし。

…とりあえずめぐみんのご機嫌取りはしておこう。

 

「…無事に今回の件が終わりましたら、なんでも好きな物を奢りますから、機嫌を直してください」

 

「……本当ですね?王都の高級料理とかじゃないと私は満足しませんからね?」

 

「勿論ですよ」

 

渋々ながらめぐみんのご機嫌は良くなったようだ。今回皆にはかなり苦労をかけているのだからこれくらい痛い出費でもなんでもない、むしろ言われるまでもなく私から奢りたいくらいある。

だけどそこまで高級料理に魅力を感じるものだろうか。そういうものになるほどテーブルマナーとかが煩いのは日本でもこの世界でもあまり変わらない。日本で高級料理なんて食べた事は無かったがこちらに来て食べてみて思う。食事はもっと気楽に食べたいと。ぶっちゃけ私はサンドイッチとミルクティーがあれば生きていける自信すらある。だって好きだもん。

 

まぁ私個人の考えは置いといて、それでめぐみんが納得するのならいいかと考えながらも、私はアクア様を改めて起こして夕食に向かう事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕食の会場は私がゆんゆんとミツルギさんと3人で来た時と同じ場所だった。赤い絨毯で敷き詰められ、壁には絵画が飾られ、大きな暖炉と部屋のあちらこちらのランプには火が灯り、明るさと暖かさを演出している。

中央の大きなテーブルの上にはあの時よりも豚らしき動物の丸焼きやらシャンパンやら見た目豪華な料理の数々がまるで飾られているかのように置かれている、スマホがあったら写メ撮ってSNSに投稿したくなるくらい、さぞかしインスタ映えするだろう…なんて思ったりして。そんな料理を見て横に立つめぐみんがごくりと喉を鳴らす。食べれない事は確定してるのでその音だけで罪悪感が芽生えてしまう。

 

メイドさんが私とダクネスの前に1人ずつ来るとそのまま席の方へと案内された。席の後方には既にカズマ君とクリスが何食わぬ顔で立っている。どうやら満足に捜索はできていないように見えた。

 

「アリス様、ゆっくりお休みになられましたか?」

 

「…あ、はい、すみません…もう大丈夫です」

 

テーブルの対面にはバルターさんとアルダープが少し離れて並んで座っていて、バルターさんは私が座るなり心配そうに聞いてきてくれた。対するアルダープは腕組みをしてふんぞり返るように座っていてどこか不機嫌そうだ。どうしたのだろうかと気にはなるものの、流石に聞く勇気はないし話しかけたくもない。

だけどこちらの狙いに勘づいたとかではなさそうなので気にしないことにする。

 

「ララティーナ様も、本日はわざわざ御足労頂きありがとうございます」

 

「…いえ、私としても無理を通してもらい、感謝しております。知っての通り1部はアリスのことを心配して駆けつけた者ですので、ご迷惑をおかけしていなければいいのですが…」

 

「そんな…友人を想い使用人となってまで駆けつける…とても素晴らしい友情だと思いますよ、良き友人が多くいらして、僕としましては羨ましい限りです」

 

言うまでもなく、この場にいるカズマ君やめぐみんの事もこの2人には知られてしまっている、ならば自然に友人が心配で付き添ったとした方が自然だ。アルダープもその辺は文句はないらしい。カズマ君に向ける目だけは鋭い気がするけどそれは多分裁判の件を引きづっているものと思われる。

 

次第に強引に溜息をつくとアルダープは落ち着いた素振りを見せる。…そこで私はこれまでの情報と今のアルダープの態度で、アルダープが何を考えていたのか確信めいて理解していた。

 

不機嫌そうだった理由はなんてことは無い、単純に嫉妬である。

私とバルターさんが会話している時がより不機嫌そうに見えたのは気の所為ではないのだろう。ダクネスとバルターさんが話していた時もそう見えたし。

 

そして落ち着けた理由は…、いずれは自分になる(・・・・・)のだから問題ないと判断した。言うまでもなく例の神器を使って。

 

さっきまで何故ダクネスを差し置いて私を?とも思っていたがその理由も考えてみれば単純に順番の問題だ、貴族のダクネスより冒険者の私の方が難易度は低いと思ったのであろう。つまりはいずれは私もダクネスも物にしようと考えていそうだ。

相手は貴族なんだ、第一夫人とか第二夫人とかの名目で嫁を複数とるのは普通にありえる、もっとも今の今までその考えが一般的ではなかったからこそ私にそこまでの考えはなかったのだけど。だからこそダクネスにご執心と聞いて私をそのように狙っているなど考えもしなかった。

 

「ゴホン、話が弾むのも結構だが、皆腹を空かせているだろう。とりあえずは食事にしたいと思うのだが、どうかね?」

 

「も、申し訳ありません父上、それでは皆さん、いただきましょうか」

 

アルダープが咳払いをして提案すると、バルターさんは気がついたように私達に気を配る。ダクネスの前だからか、アルダープには先程のような不満そうなものはない、普段はありえないほどの笑顔だったが内面を完全に理解している私としては気持ち悪いものにしか見えなかった。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

軽く歓談をしてから夕食から解放される。入浴も終わって後は寝るだけ…になるところだった。これがあくまでお見合いとして来ているのなら。

 

今の時間は23時50分、少し眠いけど寝る訳にもいかない。今は私もアクア様もいつもの服を着ている。アクア様というお世話係がいることで部屋の中にまでいちいちここのメイドさんは見に来ない、よって部屋の中ならある意味何をしてもバレない安全地帯でもあった。

いつもの服を着ている理由は単純、カズマ君とクリスがいつ悪魔を発見してもいいように備える為だ。正直ここまで上手く行きすぎてる気がして怖さもあるのだけど悪魔さえ見付かれば後はどうにでもなる、どうにでも説明できる、どうにでも納得させられる。

 

――そう考えていたので悪魔さえ見付かれば後は強行突破でいいんじゃないか、がカズマ君の当時考えた作戦だ。

 

ミツルギさんなどは若干微妙な顔をしていたけど特に反対意見は出なかった。後は悪魔のいる場所で悪魔がいたぞーなどとわざとらしく叫んで人を呼ぶ。バルターさんなどのアルダープ以外の人間がそれを確認できたらベストだ、これ以上ない証人になる。

 

…だけど悪魔のいる場所はおそらく王都の別荘。テレポートの魔道具あたりで飛んだ場所になるとすれば話は変わってくる。

今思えばあの場所には変わらず悪魔がずっといたのだろう、だからこそ以前救助の際に発覚したように無駄に頑丈な造りだった。アクセルの街くらいなら軽く全壊できたであろうと予測されるコロナタイトの被害もあの別荘では抑えられていた。全ては悪魔を隠蔽する為に。

少し話は逸れたけどそんな遠くにいるとすれば気軽に声を出して人を呼ぶ事は難しそうだ。そうなるとその場で悪魔を討伐したとしよう、では悪魔がいた、アルダープが使役していたとどうやって証明したらいいのだろう。

 

「なぁにまた考え事してんのよ?」

 

「……いえ、やっぱり不安で…」

 

色々考えていたらアクア様から声をかけられた。私ってそこまで顔に出てしまうのだろうかと思わず考えずにはいられない。ゆんゆんにもよく気付かれるし。

 

「不安って…どういう意味でよ?」

 

「…あえて言えば現状順調すぎるところですかね、あまりにもすんなりいけてる気がしますし」

 

「……そーいう考えはフラグって言うのよ、すぐに忘れなさい」

 

「…フラグだとしたら手遅れな気が…」

 

思わず苦笑してしまう。私から言わせてもらえばフラグって言った方がよりフラグめいてしまうのだ。ましてや幸運値が低いらしいアクア様がフラグ…なんて言うと…。

 

 

 

『あ……!!――!!』

 

 

 

 

よく聞こえなかったが男の人の叫び声らしきものが扉の向こうから響いてきた。真っ先に疑ったのはカズマ君とクリスが見付かった事。それを危惧すると私とアクア様は顔を見合わせて驚いていた。

 

「ほら!!だからフラグだって言ったじゃない!!」

 

「私が悪いのですか!?」

 

割と本気で勘弁して頂きたい。とりあえず何があったのか確認する必要がある。男の人の声となるとおそらく警備の人かもしれない。

 

私とアクア様は扉を開けると揃って何があったのか、誰かを探す事にした――。

 

 

 

 

 

 




ぼちぼちマクスウェル編も終わりが見えてきたかな?て感じですね。

最近ずっとスランプ気味で妥協投稿が多い気がします…、自分で書いてて面白くなければ読者様が面白いわけもなく。うーん、難しいですなぁ

次回予告。

ゆんゆん「ミツルギさん!?」

一体何が起こったのか乞うご期待(

)
アンケート御協力ありがとうございますm(*_ _)m


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episode 103 超体育会系勇者



久しぶりの視点ゆんゆん。

※今回、ミツルギさんのキャラが割と崩壊します。ご注意ください()


 

 

 

──時は少し巻戻り、アリス達一行がアレクセイ屋敷に到着し、それぞれ別れ、ミツルギさんと私は最初から案内してくれていた執事さんの案内で屋敷の裏手にある小さな小屋に来ていました。

それは貴族の豪邸の横にあるにはとても思えない、殺風景な小屋。物置か何かなのだろうかと思っていると、執事さんは何も躊躇いもなく扉を開く。

 

「みんな揃ってますかな?」

 

「…あ、はい、今出ます…」

 

扉が開くなり感じる異臭に私は思わず口を片手で抑えた。なんというかカビ臭さが鼻についた。ミツルギさんもまたそれを感じたようで顔が引きつっていた。

小屋は宿舎になっているのだろうか、中からは4人の中年男性が普段着で姿を現す。眠そうに欠伸をするものが大半なことからおそらく夜間警備の為に今は寝ていたのかもしれない。

 

「全く…少しは掃除をしたらどうなのですかな?この宿舎は貴方達にお貸ししているだけなのですよ」

 

「…はぁ、すんません……それで…この2人は…?」

 

「僕はミツルギ、こちらはゆんゆんです。僕達は明日の昼頃までここで警備を手伝わせて頂くことになりました」

 

「……ミツルギ…ってまさかあの…」

 

「魔剣の勇者の…?」

 

男の人達は揃って驚いている。流石ミツルギさんだ、魔剣の勇者の名は凄く有名で私は今でこそパーティを組んでいるけど、出逢うまでよくその噂は聞いていた。そんな彼が警備のお仕事だなんて戸惑いや違和感が出てきてもおかしくは無い。今回のアリスのお見合いの件がなかったらまずやることはないだろう。

 

「今日のお見合いの話は聞いていますね?バルター様のお相手となるアリス様のパーティメンバーのようでして、今回はアリス様の付き添いとしていらっしゃいました。こちらとしては客人として持て成しても宜しかったのですが、本人達の希望でお見合いが無事に終わるまで警備の仕事に就いてくださることになりました。お休み中すみませんが、お仕事内容の説明を簡潔にしてあげて頂きたい」

 

「…はぁ…それは構いませんが……、そちらのお嬢さんも…?」

 

「が、頑張りますっ…!」

 

反射的に私がそう言うけど、男の人達は戸惑い頭を搔いて仲間内で顔を見合わせている。見る限り男の人ばかりだし、女の私がいるのは問題があったりするのだろうかと不安になる。

 

「…いや…仕事そのものはいいんですがね、明日までってことは泊まるのですよね?何処で寝かせるんです?」

 

「…あっ」

 

戸惑いの意味が理解できて私は顔を伏せてミツルギさんの後ろに隠れてしまう。確かにこの中で一夜を過ごすのは色々な意味で勘弁して欲しい。

 

「その心配には及びません、あくまでお二人は客人の扱いです。寝食の為の部屋は別に用意させていただきます、御二方はその時になればご案内しますので、ご心配なきよう」

 

「…あ、はい。すみません…」

 

思わずホッとした。流石にこの宿舎でこの人達と一緒に過ごすのは無理だ。コミュ障とか引っ込み思案とかそういう以前の問題だ。ミツルギさんもこの宿舎に寝泊まりするのは嫌だったのだろう、どことなく私と同じようにホッとしていた。

それにしても客人として入っても良かったと言われると少し複雑な気分になる。よくよく考えたら私やミツルギさんもダクネスさんの執事やメイドとして入っても良かったような…?そう考えるもカズマさんに言われた事を思い出すとすぐに考えを改めた。

 

そうだ、中に入る場合武器を所持することは難しい。クリスさんが持つ短剣くらいなら隠し持てるかもしれないけどダクネスさんのもつ両手剣、カズマさんの剣や弓、めぐみんの杖にそして今私が持つアリスの杖。これらは隠し持つには難しい。特に室内になればアリスの魔法はかなり有効と思うし、だからこそこうして私が預かっている。…正直十字架のついた杖は私には似合わない気がするけど…。これはいざ悪魔が見付かればアリスに手渡す為に預かったもの、常に持っておかないと。

 

そうこう考えている内にミツルギさんと男の人は会話を続けていた。とりあえずは普通にお仕事するつもりで、しっかり聞いておかないと。

 

「はぁ…仕事と言っても…そこまでやることはないよ。館の中で見張りをしたり、門番をしたり、庭周りを歩いたりくらいだ」

 

「…難しくないのでしたらこちらとしては助かりますが…」

 

と、言うよりこの男の人にやる気はあまり感じられない。ただ単純に眠いだけなのかもしれないけど。なんというか素っ気なさを感じた。

 

「…まぁ俺は夜の当番だから今は寝ていたんだ…、今勤務している奴に引き継ぐからちょっと待っててくれ…」

 

「は、はぁ…」

 

そういうなり男の人は近くにいた鎧を着ている男の人になにやら話しかけ、しばらくするとその人を連れて帰ってきた、と同時に宿舎に入って私達を気にする素振りを見せることなく扉を閉めてしまった。…なんというか居心地が悪い。

 

「あー、話は聞いたよ。明日までだがよろしく」

 

その言葉に釣られるように私とミツルギさんは頭をさげた。こちらの現在進行形で勤務中の人なら少しはマシかと思ったら案外そうでもない。やはりやる気が感じられない。

 

「…あ、あの…どうしてそんなに無気力なんでしょう…?」

 

思わず聞いてしまった。同時に後悔もする。これは失礼でしかないと思うも後の祭り。怒られてもおかしくは無いので多少私は身構えるけど…、鎧を来たおじさんの様子は変わらない。

 

「…無気力ねぇ…若い君達が羨ましいよ。貴族の家の警備なんて金になりそうだと来てみれば、大した賃金はもらえず、仕事は24時間二交替であって時間も長くてきつい。…それに、ここは王都とかと違って犯罪とかが少ない平和なアクセルの街だ。だから暇なもんなんだよ、あまり大きな声じゃ言えねぇがやる気を持ってやってるやつなんざここにはいねぇよ」

 

「……」

 

ミツルギさんは黙って聞いている。私としても理由は分かったけど今回、この状況、私達の作戦を考えたら警備がやる気ないのはありがたいこと。カズマさんやクリスさんの捜索がより安全になるのだから。

本来私とミツルギさんが警備としてここに来た理由は2つある、ひとつはさっき言ったように武器を持って入れること。そしてもうひとつは、こうして私達も警備をすることでカズマさん達のお手伝いをすることができる。素通りさせたり、あるいはこちら側の警備の位置をカズマさん達に知らせたり。

やってることは泥棒の手引きみたいで気が進まないけど今回は悪魔を探し出して討伐する為だし仕方ない。

 

私がそんな事を思っている間にも、男性警備兵のお話は続いていた。

 

「俺たちもよぅ、昔は冒険者やって王都まで行ったりしてたんだ…まぁお前さん達ほどの活躍はしてねぇけどな…、だけど成長に限界を感じてな、今じゃ隠居して、こんな田舎街の貴族の屋敷の警備くらいしかやれることがねぇんだ…」

 

「……」

 

一言で言ってしまえばこの警備の人はなよなよしていた。というより仮に泥棒とか来たとして大丈夫なのだろうかと不安になる。ただ犯罪の少ないアクセルの街故に領主があえて警備にお金をあまり使っていないのだろう。

その結果集まったのが冒険者くずれの他に仕事をする選択肢のない者。一応冒険者だった者なので一般人よりはマシ程度の力はあるのだろうけど私が普段見慣れた王城の守衛などと比べたら雲泥の差だ。比較対象がおかしいと言われればその通りなのだけど。

 

…とまぁここの警備の感想はこんなところなのだけど先程も思ったようにそれらは今の私達にはプラス要素でしかない。おそらくミツルギさんもそう思っているだろうと私は思い、ミツルギさんの顔を覗いてみた。

 

「……ミツルギさん?」

 

私から見たミツルギさんは無言のまま震えていた。立ち尽くしたままの状態で握り拳を作り、表情は影を落としていてよく見えない。

 

と、観察していた瞬間だった。

 

 

────( 'д'⊂ 彡☆))Д´) パーン────

 

 

決して変換ミスではない。こうした方がわかり易かったのだ。繰り返す、変換ミスではない。

ミツルギさんは突如目の前の男の人をビンタしたのだ。これにはあまりに突然すぎて私は声も出せずに驚愕していた。

 

「……──はっ!?な、何をするんだ!?」

 

当然の反応だ。この人が一体何をしたというのか。私にはミツルギさんの意図が全く理解できなかった。確かに無気力な様子には正直イラッとするところもなくはないのだけど叩くのはやりすぎだ。

 

「甘えるな!!」

 

「……えっ…?」

 

叩かれた男の人は完全に放心状態だ。無理もない、おそらく突然すぎて混乱していると思われる。

 

「大した賃金が貰えないから適当に仕事をするだと…?そんなの…最初から諦めてしまっているじゃないか!!何故しっかり仕事をこなした上で賃金を上げてもらおうと考えない!?ここの警備は皆貴方のような人ばかりなのか!?」

 

「………え?…えぇ…?」

 

「今すぐに全員集めるんだ!!ゆんゆんは門番の人を連れてきてくれ!!」

 

「…え?え?」

 

「はやく!!」

 

「「は、はい!!」」

 

私と男の人は、ミツルギさんの勢いに押されることしかできなかった。分からない、分からないけどあのミツルギさんには逆らってはいけないと何かが私に警告していた。

 

 

 

 

 

 

このすば。(( 'д'⊂ 彡☆))Д´) パーン)

 

 

 

 

 

宿舎前に全員が集められ、話を聞くなりミツルギさんは全員の頬をビンタした。えっ?何これ?ミツルギさんに何があったの…?

突然のミツルギさんの行動に私は狼狽えて見守るしかできなくなっていた。相手は全員30代前後の見た目で明らかにミツルギさんよりも年上の男の人ばかりだ。それを遠慮なくミツルギさんは説教を始めてしまった。

 

 

「君達は悔しくないのか!?こんな若造に好きに言われて!?こんな汚い宿舎で無気力に生きて!!」

 

「「「……」」」

 

今や8人もいる大人達がミツルギさんの前に正座させられている。勿論言われるままにそうなっていない。なんでお前みたいな年下にそんなことを言われなきゃならんのだと反抗的だった人もいたけどミツルギさんはレベル47のソードマスター、素手であっても敵うはずもなく…、殴りかかった男の人達は全員返り討ちにあってしまった。

 

「……あ、あの…ミツルギさん…?」

 

「…ゆんゆん、悪いがしばらく代わりに門番をしておいてくれないか?僕はもう少しはこの人達と話すことがある」

 

「……えぇ……あ、はい…」

 

駄目だ、何がどうなっているのかさっぱり分からないけど私ではミツルギさんを止めることはできそうにない。せめてアリスがいてくれたらいいけど今頃はお見合いの真っ最中だろうし。

 

諦めるように私は一時的にその場を離れる事にした。…それがいけなかった、無理にでもミツルギさんを止めるべきだと後になって思う事になるとは知らずに…。

 

 

 

 

 

…一時間ほど経ったかな、と思うけど私にはまったく落ち着きはなかった。はっきり言うと屋敷の入口でそわそわしている挙動不審の女の子だ、守衛さんに見付かったら間違いなく声をかけられそうと自覚はしているけど落ち着かずにはいられなかった。

 

あの後一体どうなったんだろう…そう思えばそっと元の宿舎の前へとゆっくりと足を運んでいた。

 

 

「このまま何もなく人生を終えていいのか!?ずっと負け組のままで悔しくないのか!?」

 

「「「悔しいです!!!」」」

 

宿舎が見えてきたと同時に聞こえる男達の熱い叫び声に私は呆気に取られてしまった。えっ、もしかして一時間ずっとやってたの…?

 

「これが僕の国で行われている気合の入れ方だ!!」

 

パーンとまたも大きな音が鳴り響く。当然のようにビンタ。ミツルギさんの力も相まって相手は吹っ飛んでるんだけど大丈夫なのかな…?思わず心配から男の人に近づこうとすると男の人は立ち上がる。私はそれを見て足を止めた。

 

「ありがとうございますっ!!」

 

「……えぇ……」

 

それは異様な光景だった。吹っ飛ばされるほど叩かれたのに怒ったり泣いたりする訳でもなくお礼を言ってる…。はっきり言うと怖い。物凄く怖い。

一体何がどうなったらこうなるのか私には理解ができない。

 

「これは一体何の騒ぎかね…!?お前達、警備はどうした!?」

 

流石に声が大きかったのか、この屋敷の主であるアルダープさんが屋敷内からドタドタと足音をたてて現れた。これは流石にまずいかもしれない。

 

だけどミツルギさんは何食わぬ顔でアルダープさんに目を向ける。何故そこまで堂々とできるのか私には分からない。

 

「実は警備の方々を1から鍛え直していまして…」

 

「「「領主様、お勤め御苦労様です!!」」」

 

「……あ、あぁ…」

 

アルダープさんに気が付くなり男の人達は綺麗に横一列に並び、敬礼していた。私はもしかしたら凄い光景を見ているのかもしれない。あのアルダープさんが押されてる。というより引いているのかもしれない。その気持ちは分かる、凄く分かる。

何故だか分からないけどあの空気には逆らってはいけないと思わせる何かがあるのだ。

そして私が居なかった短い時間に何をしたらここまでなるのだろう。さっきまで無気力な人達だったのに今は生気に満ち溢れてる気がする。まるで別人だ。

 

「部屋の掃除終わりました!!」

 

そしていちいち声が大きい。確かに警備としては頼りになる。これから泥棒がきたとしても簡単に捕まえてしまえそうだ、そんな迫力と勢いすら感じる。

 

……って、あれ?

 

「よし、では巡回に行こうか」

 

「了解です!!行ってまいります!!」

 

アルダープは困惑した様子で警備兵達を見ていたがよくよく見れば以前より見違えるように仕事に取り組んでいることに気が付くと無理矢理納得するように頷いている。

 

「よ、よく分からんがしっかり仕事に打ち込んでいるようで何よりだ…、では引き続き、た…頼むぞ?」

 

「「「了解しました!!領主様!!」」」

 

「……う、うむ…」

 

そんな挨拶に押されるようにアルダープさんは屋敷の中へと戻って行った。というよりそんな事よりも。

 

「あ、あの…ミツルギさん?」

 

「うん?どうしたんだゆんゆん?」

 

どこか満足気な様子のミツルギさん。完全にいい仕事をしたと表情が物語っている。確かに凄い、あの無気力な人達をあそこまで変えた手腕は素直に賞賛したいと思う。ミツルギさんにこんな一面があることにも凄く驚いた。

 

…だけど、それは今する必要があったのだろうか、そこが重要だ。

 

「……これって、結果的にカズマさんとクリスさんの捜索難易度を上げてません…?」

 

「………あっ」

 

私の言葉にミツルギさんはいい笑顔のまま固まってしまった。やっぱりそこまで考えてなかったらしい。

今巡回に回った男の人は蟻一匹見逃さないという勢いと警戒心を持って歩いていった。あれなら潜伏スキルを使ってても見つけられそうに思える、実際どうなるか分からないけどそんな凄みを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

──時は戻り。

 

―アリス視点―

 

 

 

 

 

 

「何してくれてんの!?マジで何してくれてんのあいつ!?」

 

私とアクア様は部屋を飛び出してすぐにカズマ君とゆんゆんが話しているのを見つけて接触をした。そしてゆんゆんから以上の事を聞いて何とも言えない気持ちになっていた。

 

「ったく…通りで昼間より警備が厳重になってるはずだ、ほっんとお前の信者ってロクな奴がいないよな!!」

 

「はぁ!?ちょっと待ちなさいよ!?あの人はアクシズ教徒って訳じゃないでしょ!言いがかりよ!!」

 

「ミツルギさんが信者扱いならある意味私も同類なんですが…」

 

「いやそれは…、それにしてもそういう天然ボケはうちのパーティだけで腹一杯なんだけど、俺の身に余るんだけど、胸焼け起こしそうなんだけど」

 

私が割って入ると気まずそうに話題を切り替えたカズマ君。まぁその気持ちはかなりわかりみが深い。あのミツルギさんにそんな一面があったなんて…。

…でもよく思い出してみると前世の噂で同じ高校の不良達を更生させたとか聞いた事があるような気がする。私は興味無かったから曖昧だけど。

 

「…で、今さっき聞こえてきた叫びはなんだったのよ?」

 

「さぁな、少なくとも俺やクリスが見付かったとかじゃないはずだ、クリスはさっきまで一緒にいたしな」

 

「あの、私もその声を聞いて駆けつけたんです、丁度近くを巡回してたので…」

 

「結局…何も分かっていないままなんですね…」

 

通路ではランプがあるものの、薄暗い。先程の叫び声が嘘のように静まり返っている。そんな雰囲気に飲まれるように全員が無言になれば、誰かがゴクリと喉を鳴らした。

 

とりあえず辺りには私達以外誰もいなそうだ。内々の話をしても問題なさそうだと私はカズマ君に目を向けた。

 

「…カズマ君、進展は…?」

 

「…悪いがあれからさっぱりだ。いやアリスの推測で間違いないと思うから目星はついてるんだ…、おそらく俺達がそっ閉じしたあそこだろう。だけど侵入しようにも警備が尋常じゃなくてな…」

 

「…ごめんなさい、私がしっかり止めていれば…」

 

「すみません、うちのパーティメンバーが…」

 

これには謝罪するしかできない。ゆんゆんと並んで頭をさげておいた。

そっ閉じしたあそことなるとアルダープの部屋の隠し部屋とやらだろう。何処かは分からないけど。それでも時間はあまり残っていない。

 

「…そういえばクリスは何処へ行ったのですか?」

 

「…それが分からないんだよ、さっきの叫び声が聞こえる少し前に急に走り出してな……ん?」

 

そう聞くと先程の叫び声よりもクリスの事が気になってくる。一体どうしたのだろうか。そう考えていたらドタドタと走るような足音がこちらに近づいてくるのに気が付くと、私達は警戒するように目を向けた。

 

現れたのはこの屋敷の警備の人のようだ。だけど息を切らしてひどく慌てているように見える。

 

「あ、あの、どうかしたのですか?」

 

「はぁ…はぁ…、あ、あんたはミツルギさんと一緒にいた…、し、侵入者だ!俺は見たんだ、大きな黒い影を!!」

 

「「!?」」

 

ゆんゆんがおそるおそる尋ねると驚きの答えが帰ってきた。大きな黒い影というのが気になる。まさか悪魔がここに姿を現したのだろうか?マクスウェルについては声しか知らない、どのような見た目かは分からないのだ、その黒い影がマクスウェルである可能性はある。

 

「落ち着け、それは何処にいたんだ?」

 

「…あんたは執事か?まぁいい、今見慣れない銀髪のメイドの子が追っていたのを見た、あっちだ…!」

 

「銀髪のメイドの子って…まさかクリスさん!?」

 

次第に戦慄が走る。黒い影の正体が何なのかはわからないけど仮に悪魔だとしたら追っているクリスが危険だ。何故クリスが追っているのか、黒い影は逃げているのか、分からない事は多いけど考えている暇はない。

 

「皆さん、追いましょう…!」

 

ゆんゆんが無言のまま私に杖を差し出し、私はそれを受け取った。背中に携えながらも走り出す。願わくばクリスが無事である事を祈って──。

 

 

 

 





長々と書いたけど話自体はあまり進んでないという…。


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episode 104 善悪のない聖戦



あーあ、出逢っちまったか。




 

 

 

―アレクセイ屋敷・中庭―

 

私とゆんゆん、アクア様、カズマ君の4人は警護の人が指し示した方向へと走り、やがて天に三日月と星々が見渡せる中庭へと出た。

中庭と言ってもかなり広い。今は暗く見えにくいのだが草花で彩られ、中央には噴水もあるまるで公園のような場所だ。

 

そこには2つの人影が見え…そして既に戦いが始まっていた。

 

 

「ワイヤートルネード!!」

 

「…っ!?ぐっ…」

 

様々な音とともに聞こえてきた声、片方はクリスだ。クリスのスキルにより無数のワイヤーが張り巡らされ、対する相手を捕縛することに成功した…かに見えた。

 

「バニル式破壊光線!!」

 

…もはやスキル名で名乗ってしまっているが対する相手はあのバニルだった。仮面の目の部分辺りから出た光線はワイヤーを次々と破壊して塵とする。捕縛から解放されたバニルはすぐさまクリスの追撃から逃れるようにバックステップした。その様子を見たクリスは舌打ちしてバニルを睨みつけていた。

 

「大人しく…成敗されちゃいなさいよ!!」

 

「…ふん、随分と物騒なメイドだ、…だが…」

 

クリスは二本のナイフを投擲する。別々の軌道からの波状攻撃。見通す悪魔のバニルなら避ける事は容易いはずだ、迫り来るナイフをバニルは華麗に宙を舞い、避ける。

 

「…何っ!?」

 

「隙だらけだよ!!」

 

避けた先の頭上には既にクリスがいた。バニルが声を上げて見上げた時には既に遅い。クリスは思いのままバニルの顔面を回し蹴りで吹っ飛ばし、更に二本のナイフを投げ付けた。寸分狂いのない正確な軌道でナイフはバニルの胸に二本とも突き刺さる。これには驚くことしかできない。

 

「…汝は一体何者だ…?吾輩が見通す事ができぬだと…!?」

 

驚いた理由は単純なことだ、あのバニルに、見通す悪魔のバニルにクリスは単独で攻撃を当てていることだ。以前私達で挑んだ際にもバニルに攻撃を当てることは簡単ではなかった。

なのにクリスの最初のワイヤーも、ナイフも、結果的にバニルを攻撃出来てしまっている。

 

…いや、そんな事よりもだ。

 

何故この場所にバニルがいるのか、何故クリスと戦っているのか、状況がさっぱり分からない。

これが魔王軍の幹部のバニルのままならこちらとしてはクリスの援護に向かうのだけどバニルは私達に討伐されたことで既に魔王軍の幹部を辞めている。よって悪魔ではあるが無害でもある。少なくとも私達に敵対する理由はない。

 

「クリス…!落ち着いてください!どうしたのですか!」

 

私はクリスの元へと駆け寄る。…そして恐怖した。

 

その眼光は冷たく、鋭利で、私が知っているいつものクリスのものではない。バニルから目を離さない様子のまま、クリスは再び手に短刀を構えていた。

 

「どうしたって…見ての通りだよ、目の前に悪魔がいるんだから…そりゃ討伐するよね?」

 

「落ち着けクリス!バニルは既に俺達が討伐してるんだ、だから「だから何?」……っ!」

 

カズマ君の制止を振り切るようにクリスは冷めた対応をしていた。そこにいつもの明るいクリスはいない。例えるなら闇に生きる暗殺者のような…。

エリス教徒は悪魔を忌み嫌うと聞いた事がある。アクシズ教徒もそうではあるのだけどエリス教徒は特にその傾向が強いらしい。ダクネスも悪魔と聞く時はあまりいい顔をしない。だけどそれにしても今のクリスは異常だ。まるで親の仇でも見るかのようにクリスの視線はバニルの存在を凝視していた。

 

「…へぇ…討伐されたんだ…?」

 

「…あ、あの…クリスさん…?」

 

ゆんゆんもまたいつものクリスではないと気付くなり恐怖している。私もまた同じで動く事が出来なかった。カズマ君もそれは同じようで、萎縮するように何も言えずにいる。

 

「……」

 

ただ一人だけ、アクア様だけは神妙な面持ちでクリスをずっと見据えている。どこか思い悩むようにも見えるが私達とは考えている内容が違う事はその表情で理解できた。

 

「バニルかぁ、そう…あんたがねぇ…」

 

「むっ…?」

 

クリスは表情に影を落としたままゆっくりとバニルに近付く。手には変わらず短刀が握られている。そして暗がりからより目立って感じたのは…ほんの僅かなのだけどクリスの身体は薄く白く発光しているように見えた。それを見たバニルは何かに気付くように身体を小刻みに震わせた。

 

「…ふっ……フハハハッ、なるほどそういう事か!ならば吾輩が見通せぬのも理解できる、そしてもはや手加減する必要も無い事もな!!」

 

バニルもまた、クリスに向けて強い敵意を剥き出しにした。それは声と様子からこちらにまで伝わってくる。あのバニルが、だ。

人間に対してはおちょくる様な真似しかしないバニルがクリスに対しては見た事のない様子でいる。これもまた異常だった。

 

「…ふふっ…ダメだよバニル、討伐されたんでしょ…?討伐されたんなら…ダメでしょ死んでなきゃ!!

 

その叫びはビリビリと空気を震わせ、思わず鳥肌がたってしまった。というよりこれではどちらが悪役なのかわかりはしない。硬直する私達に目もくれず、叫びとともにクリスは短刀を持ち替えてバニルへと向かい疾走した。

 

相変わらず状況はさっぱり分からないのだけどこの戦いをこのまま続けさせることは無意味だ。なんとしてでも止めなければならない。

 

そう思いクリスを追おうとした、その瞬間──。

 

 

 

「…ねぇ、ちょっと話を聞きたいんだけどいいかしら?」

 

私やゆんゆんの後ろにいたはずのアクア様がいつの間にかクリスのすぐ傍まで迫っていた。バニルとなればアクア様も激昂して襲いかかるまではありそうだからそうなると思いきや意外とアクア様は落ち着いているように見える。ただ何を話しているのか離れている為聞こえづらい。

 

「後にしてくださいアクア先輩!!まずは目の前の悪魔を「ふーん、アクア『先輩』ねぇ?」………ぁ」

 

冷たく重い空気がなくなったような感覚がした。クリスは震えながら滝のような汗を流しているように見える。…というよりクリスとアクア様に何か接点があっただろうか?思えば話しているところは見た事がない気がする。

見た事はないのだけど今現在アクア様と話すクリスに先程のような鋭さは感じない、何故かアクア様に完全に萎縮しているように見受けられる。

 

「…状況はさっぱりわかりませんが…カズマ君」

 

「…あ、あぁ…」

 

「バニルと一番付き合いが深いのはカズマ君ですので、話を聞いてもらえます?」

 

何故バニルが此処にいるのか、一体何をしに来たのか。それを聞かなければならない。それには普段バニルと商談なりしているカズマ君が一番適任だろう。

 

一方アクア様はクリスの耳を引っ張って何処かへ行ってしまった。クリスの豹変ぶりも気になるものの、私達はバニルに話を聞く為に立ち尽くすバニルの元へと近付くことにした。

 

「おいバニル、なんであんたがこんなところにいるんだ?」

 

「む?小僧にお得意様に元ぼっち少女ではないか」

 

「元ぼっち少女!?」

 

一方バニルはと言うと先程までの奮起は何処へやら、こちらに気付くなり完全にいつも通りの装いを見せる。とりあえずゆんゆんはなぐさめておく、いいじゃない元なんだし、今は私がいるんだし。それに元ぼっちと言うなら私も似たようなものだし。

 

「お得意様って…」

 

「立派なお得意様ではないか、最近またポンコツ店主から無駄に高い魔道具を買ったと聞いているぞ?おまけに使い道のないまま終わりそうなものをな…おっとこれはまた美味な悪感情、ご馳走様である♪」

 

「……」

 

確かにそうだけど。結果的に無駄に終わったけど。400万エリスをウィズさんに寄付したような結果になったけど。気付いたら私はゆんゆんに背中をポンポンとされていた。べ、別に悔しくなんかないんだから!!

 

「そういうのはいいから何しに来たんだよ?あまりここでお前と親しそうに話している訳にも行かないし手短に頼むぞ」

 

カズマ君の危惧する通り、ここは領主の屋敷のど真ん中だ。悪魔であるバニルと親しげに話をしている今の状態は誰かが見たら面倒なことになりそうでもある。

 

「ふん、せっかちな小僧め。…まぁいい、吾輩は友人に逢いに来ただけだ」

 

「…友人…?」

 

ここはアルダープの屋敷。まさかアルダープが友人の訳もないと思うしバルターさんはもっと有り得ない。そもそも悪魔にそこまで友人がいるのだろうか、と…思ってすぐに切り替える。

 

まさか。

 

「…まさかその友人とは…マクスウェルのことですか?」

 

「む?」

 

その名前を出すなりバニルは反応した。そして私を見るなり指で写真の被写体にするかのように覗いていた。見通すつもりなのだろうかと身構えるも、よくよく考えたらそっちの方がてっとり早いとも思えた。

 

「…ふっ…フハハハッ!なるほど、そういう事か。如何にも、吾輩が逢いに来たのは吾輩と同列、七大悪魔の一角、マクスウェルだ」

 

「…っ!」

 

その瞬間、様々な可能性を模索する。マクスウェルとバニルが友人と言うのなら、過去のマクスウェルの事件全てとバニルが繋がっている可能性。あるいは一部かもしれない。そう思ってしまえば私は自然と背中の杖を手に取り、構えていた。…だけどそんな私の行動は、カズマ君が私の前に出る事で遮られた。

 

「…それで、その友人に何の用事だよ?」

 

「…カズマ君…っ!」

 

「いいから落ち着けよアリス、俺はどうしてもこいつがまた騒ぎを起こすようには見えないからな…で、どうなんだそこんところ」

 

「…吾輩としても無闇に取引相手と事を荒立てるつもりもない、少なくともそこの小娘が思っている事は何一つないと断言しておこう」

 

…それを聞いて私は無理矢理落ち着くように杖を背中に携えた。まだ完全に信用した訳では無いが相手が話をしようとしているのにこちらから襲いかかるつもりもない、それではさっきのクリスの二の舞になるだけだ。

 

「吾輩の友人は物忘れが激しくてな、契約相手との対価をいつも取り損ねているようなのだ、そして契約相手はそれをいい事に友人を使いやりたい放題…これは悪魔の尊厳に関わる故に、吾輩は友人にアドバイスをしてきたと言う訳だ」

 

「おいおい…、アドバイスって…もうあの悪魔に会ってきたのか?」

 

「無論だ、行きは警備が手薄で割と容易く侵入できたのだがな、帰りになると何故か警備が厳重になり吾輩としたことが気配を察知されてしまったようなのだ、フハハハッ、吾輩の気配を察知するとは人間にしては中々やるではないか」

 

「……えぇ…」

 

つまりはミツルギさんが鍛えた結果見通す悪魔をも見通しちゃったとでも言うのだろうか。さらっととんでもない事になってる気がする。まぁ強さ云々は変わらないから見つけても驚いて叫んで腰が引けただけで終わっているので意味があったかどうかはわからないけど。

 

「それで…汝らは吾輩の友人を見付けてどうするつもりだったのだ?言っておくが討伐しても意味は無い、確かにそこの蒼の賢者のあの魔法なら倒す事自体は可能だろうが、吾輩と同じ悪魔なのだからな、1回休みになってまた復活するだけで元通りだぞ?」

 

「それは…」

 

「それに汝らは此処の領主の悪事を暴きたいのであろう?討伐して一時的に消滅はするだろう、それでどのように証明するつもりだ?あの領主のことだ、しらばっくれて終わる未来しか見えぬぞ?」

 

「……ぐっ…」

 

それはこちらとしても危惧していた事でもある。見通す悪魔がこう言うのだから実際にアルダープと悪魔との繋がりを立証することはかなり困難なのだろう。

 

「…先程も言ったが吾輩の友人、マクスウェルは物忘れが激しい上に精神面が幼い。言ってしまえば子供と変わらないのだ、だからこそ口車に簡単に乗せることも難しくはない」

 

「……そういえばアドバイスって言ってたな…、どんなアドバイスをしたんだよ?」

 

「フハハハッ、それは直に分かる事だろう、では用事も済んだので吾輩は去らせてもらおうか。店をポンコツ店主に任せきりにする訳にも行かぬのでな」

 

「…あっ!おい待て!!」

 

喋るだけ喋ると、バニルはその場で闇に溶け込むように見えなくなり、やがて気配すら感じなくなってしまった。

 

先程までの激闘は何処へやら、周囲はシンと静まり返り、まるで何事も無かったかのように平然とした夜へと戻っていた。

 

……それはまるで──嵐の前の静けさのような──。

 

そう思った瞬間だった。

 

 

「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!??」

 

突然の叫び声…もとい悲鳴に私達は驚き、考えるより先に足が動いた。戸惑いが大きいものの、それは私もカズマ君もゆんゆんも同じだった。

 

「…い、今のは…!?」

 

「あの領主の声だ…何があったんだ…!?」

 

「分かりません…、ですが急ぎましょう…!」

 

アクア様とクリスは未だにどこかへ行ったままだったけどそんな事を気にする余裕すら与えてくれない。私達は、叫び声が聞こえたであろう領主の部屋へと、カズマ君の先導の元向かうことにしたのだった──。

 

 

 

 






今回のクリス→バニルの存在に激昂してうっかり女神の力を使っちゃってアクアに正体がバレちゃう。

アクア→今の今まで気付かなかったが流石にアクアでも目の前で女神の力を使われたら気付く。

バニル→クリスの状態は完全に隠蔽されていた為に最初は正体に気付けない、アクアも見通せないのでクリスも見通せないかなとこうなった。でも流石に女神の力を以下略。正体に気付き忌み嫌う女神を本気で相手にしようとする。

アリス達→クリスの変貌ぶりにそれらを気にする余裕がない。



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episode 105 望まぬ審判

書き終わり後即投稿。修正する可能性しか見えない。





 

―アレクセイ屋敷・内部―

 

私達は悲鳴が聞こえてきたと思われる場所を目指して屋敷の中に入る、すると流石にあの悲鳴は屋敷内部のほとんどの人が聞いたのだろう、薄暗い屋敷内はあちらこちらから足音が聞こえてくる。

 

その足音の中にはダクネスとめぐみんのものもあったようだ、屋敷に入ったこちらに気付くなり私達の元へと駆け寄った。

 

「カズマ!アリスにゆんゆんも!一体何があった!?」

 

「俺達もわからないんだ、いきなり領主のおっさんの声が聞こえてきたからこうやって駆けつけたところだ」

 

「あの声はアルダープのものでした、時間的にも自室と思われますが…」

 

「あぁ、場所なら把握してる、こっちだ!」

 

「あ、あの、ミツルギさんはどうしましょう?」

 

「この騒ぎだ、現場に駆けつけたらいるかもしれない、とにかく急ぐぞ!」

 

ダクネス、めぐみんも改めて合流したものの、2人は姿からして武器も装備もない、めぐみんなら素手でも爆裂魔法を撃てなくはないだろうけどまさか屋敷の中で撃つ訳にも行かない。カズマ君も今や武器はなく、現在フル装備なのは私とゆんゆんだけだ。

よって同じくフル装備で屋敷にいるミツルギさんの存在に期待した訳だけど今は見当たらない、もしかしたら現場にいるかもしれないという希望的観測を元に私達は再び走る。

 

 

ようやく大きな扉の前に差し当たり、それは既に開かれていた。

 

「父上!!」

 

「おぉ……バルター…はやくワシを助けろ…!!」

 

開かれた扉の中は広めの部屋だった。扉を開けてすぐバルターさんとミツルギさんの背中が見え、そして周囲には数人のメイドさんや執事の人が唯ならぬ様子で立ち尽くしていた。

 

私達が中に入るなり見えたのは部屋の隅にいるアルダープ…そして…。

 

「危険だ、あまり刺激しては…」

 

「で、ですが勇者殿、このままでは父上が…」

 

「ヒューヒュー…大好きなアルダープ…一緒に魔界に行こう…?」

 

「ふ、ふざけるな!!ワシはお前など知らん!!」

 

ようやく姿を見ることができた。アルダープを背中から抱きしめるようにしている黒い影、後頭部に口が見える異形な存在、あれがおそらくマクスウェルなのだろう。私はすぐにバルターさんの横に並ぶように飛び出し、杖を構えた。

 

「バルターさん!ミツルギさん!」

 

「…アリス様っ!父上が…父上が魔物に…!!」

 

「…だが…うかつに手は出せない…」

 

…おそらく…これがバニルのアドバイスの結果なのだろう。私は瞬時にそう思った。

なるほど、対価がどうとか言っていたけどようはマクスウェルをそそのかしてアルダープを襲うことにすれば悪魔の尊厳とやらは守られるのだろう。そして、これが私達にとってもアルダープが罰を受ける最適解であるとも言えた。

 

仮にこのまま救出が成功し、マクスウェルを消滅させたところで、バニルの言う通りアルダープは悪魔との関係に対してシラを切り通すだろう。状況から見てもこのままだと突然現れた悪魔にアルダープが襲われた、ただそれだけで終わってしまう。

 

少し呼吸を整えて周囲に視線を移せば…アルダープのことを本気で心配しているのはバルターさんだけだ。メイドや執事も心底ではアルダープのことが嫌いなのだろう、困惑めいた顔をしているが、者によっては口元に笑みを浮かべている者までいてしまっている。

 

特にそれを責めるつもりもない。だからこのまま傍観していれば私達の目的は呆気なく達成できるだろう。人間によってアルダープを裁くことが困難であるなら仕方ない、マクスウェルが攫うことでそれが罰になるだろう。その事象に同情はない、完全な自業自得なのだから。

 

「ヒュー…邪魔する人がいたら…ヒュー…アルダープを殺しちゃうからね…ヒューヒュー…」

 

「…くっ…父上…!」

 

これがすぐに救出できない理由。これによりミツルギさんも動けなかった。ようはアルダープを人質にとられている状態だ。だけどマクスウェルの声は弱々しい、アルカンレティアでハンスを乗っ取った時の声と比べたらそれがはっきりと分かる。

おそらくあの時の戦いが未だに尾を引いていると予測できる。あの時の私の魔法はアクシズ教徒の信仰によりパワーアップした水の女神アクア様の力が加わっていたのだから。そうなればフィナウではなくても少しの隙があれば私の魔法でマクスウェルだけを倒す事は難しくはないと思えた。

 

杖には対悪魔を想定して既に光属性の魔法が使えるようにコロナタイトの魔晶石がはめ込められている。後は詠唱すればいいだけ。

 

あくまでもアルダープを助けるのならそうする。助けるのなら。

 

「おい、マクスウェル!」

 

「…ヒュー…誰かな?」

 

思い悩んでいるとカズマ君が後方から叫ぶようにマクスウェルを呼ぶ。一応アルカンレティアでハンスを通して姿は見られているはずだけどバニルの言った通り物忘れが酷いようだ。なにやらキョトンとしているように見える。

 

「俺が誰かなんてどうでもいいんだよ、お前の欲しい対価ってのはなんだ!?」

 

「……ヒュー…僕の欲しい対価?もちろん…それは『絶望』だよ…!ヒューヒュー…」

 

絶望が欲しい。一瞬意味が分からないがマクスウェルがバニルと同じ悪魔だとすると辻褄は合う。バニルは怒りや羞恥の悪感情を好む。この様子からしてマクスウェルの好みの感情は絶望なのだろう。

 

「それで?そのおっさんをどうするつもりだ?」

 

「…ヒュー…、魔界に連れて行って、死ぬまで絶望をもらい続けるよ、ヒューヒュー…そうすれば『対価』になるって、と、友達が言ってたから…ヒュー…」

 

「…っ!?おいさっきから何を呑気に話しておる!!はやくワシを助けろ!!ワシを誰だと思っておる!!」

 

そしてマクスウェルが即時にアルダープを攫ってしまわない理由は単純。こうすることで絶望の感情をより集めようとしているのだろう。これもまたバニルの入れ知恵なのかもしれない。

 

そうだ、それでいい。

 

これでこのままアルダープが魔界に連れていかれれば長かったアルダープと悪魔との因縁も終止符を打てる。何度も、何度も私は自分にそう言い聞かせた。

 

 

だけどやっぱり……私には無理だった。

 

《バニシング・レイ》

 

声に出さないまま脳内で詠唱を終えた私は、決意したようにアルダープへ向けて光属性を宿したランサーを放った。空から飛来した光の槍がアルダープとマクスウェルごと串刺しにして突き刺さる。

 

「……ヒュー…っ!?!?」

 

「そんな…!?父上!?父上ー!!!?」

 

アルダープにまとわりついていたマクスウェルが文字通り雲散した。やはりかなり弱っていたようだ、次第に槍は消えて、そこには…驚愕の表情のまま硬直したアルダープだけがそこに存在していた。

 

「……父上っ!?…そうか、アリス様の魔法は確か魔物にしか当たらない…!」

 

状況に気付いたバルターさんが歓喜の声を上げ、アルダープの元へと駆け寄る。私は構えた杖をそのまま降ろして、ただその場に立ち尽くしていた。

本当にこれで良かったのだろうか、わからない。結果として、私はアルダープを助けてしまった。

はっきり言おう、私はアルダープが大嫌いだ。

だけどどんなに嫌いでも、嫌悪感しかなくても…、私は人間が目の前で死ぬところなんて見たくはなかった。例えそれがアルダープのような悪人であろうと。

 

「……よかったのですか?これでは流石に…」

 

「…いや、私個人としてはこれで良かったと思いたい、やはり悪魔などに頼った結末など、後味が悪すぎる…」

 

「…だけどどうするつもりだ?これであのおっさんの罪を立証することも…」

 

「アリス……」

 

「……」

 

私の傍に駆け寄った仲間達がそれぞれ周囲に聞こえぬ程度の小声で口を出すものの、私はそれに対して返答出来なかった。未だにこれで良かったのか、私にはわからない。だけど、後悔はしていないし、目的の為に最後まで足掻き続けるつもりではある。

 

そう思うと、重い足取りながらも、私の足はゆっくりと、だけど着実にアルダープの元へと歩を進めていた。

 

近付くとようやく状況が飲み込めたのか、アルダープは力なくその場に座り込んでいる。目には涙が見え、よほど恐怖したのだろう。それなら、もしかしたらと、私の中で身勝手な期待が募っていく。

 

「…ご無事ですか?領主様」

 

「…お、おぉ…そうか、君がワシを助けてくれたのだな、流石は蒼の賢者と讃えられた優秀な冒険者…感謝しよう」

 

震えた声ながらもアルダープは私に気付くと表情を緩ませた。今の状況に周囲も理解し始めたのか、困惑していた空気は、わずかなざわめきを呼んでいた。

 

勿論…私はこれで終わらせるつもりなど毛頭ない。

 

 

「領主様、お願いがあります」

 

「む?なんだね?褒美か?…いいだろう、ワシを助けてくれたのだからな、できる限りの報酬を約束させてもらうつもりだ」

 

「…いいえ、そういう類のものは結構です」

 

「……何?」

 

一呼吸置くとアルダープは私が言いたい事が理解できないのか、小首を傾げる。バルターさんもわからないようだ。予想もつかないだろう。

 

私が今からしようとしているのは、ある意味死刑宣告なのだから。

 

「…アルダープさん、過去の全ての罪を認めて、自首してください」

 

私がそう告げた瞬間、ざわめきが増した。バルターさんは困惑して固まっている。その横に立つミツルギさんは固唾を飲んで見守っている。ミツルギさんと同様に私の背後に立つカズマ君達も同様だった。

 

「……な……に…?」

 

「…私がここにいる目的を全てお話しましょう…、まずはバルターさんに謝らなければなりません。…私が今ここにいることはお見合いの為ではありません、あくまでそれを口実に…アルダープさんの飼う悪魔の討伐を行う為でした」

 

「……なっ、何を……!?」

 

「……父上が…悪魔を飼う…?」

 

やはり私の目的云々よりもそちらの方が重要だったのか、バルターさんは信じられない様子でいる。場はざわめきが強く増していた。

 

「馬鹿なっ…!!何を根拠にそのようなことを!例え恩人と言えど今のは聞き捨てならんぞ!!」

 

「根拠がなければ、そもそも私は今回この場にはいませんよ」

 

「…っ!」

 

当然ながら確信めいた事情があったからこそ私はこの場にいる。でなければ結婚などするつもりが全くない私がお見合いなど受ける理由がないのだから。

 

「私達は貴方のことを調べあげた上で今ここにいます、神器を使い悪魔を使役していたこと、その悪魔の力により過去何度も裁判を勝訴してきたこと、おそらく政治面でもかなり頼っていたのでしょう」

 

「…で、出任せだ!!ワシはあんな悪魔のことなど知らん!!さっきのあの悪魔は私を一方的に襲ってきただけだろう!」

 

「それはおかしいですね、では何故悪魔は『対価』を求めて貴方を襲ったのでしょうか?」

 

「…っ!?」

 

「…父上…?」

 

偶然の出来事だったけど、あのマクスウェルの襲撃もまた証拠にはなっていた。カズマ君が上手く情報を引き出してくれた成果だ。

実際に今この場にいた誰もがマクスウェルの言葉を聞いてしまっている。これに関して言い逃れができるはずない。

 

はずがない、のだけど。

 

「ワシは知らんと言っておるだろうが!!そんなものはあの悪魔の出任せにすぎん!」

 

「知らない、では済まされないのですよ。貴方があの悪魔を使って私を狙う事になったことで…どれだけの被害が出たと思っているのですか?私と共にいたアイリス王女まで危険に晒し、更に私が旅行に行った際にはアルカンレティアの街中で暴走し、結果として街の中心部は全壊状態…、そこまでの事をしておいて何時までシラを切り通すつもりですか?」

 

「……だ…黙れぇぇ!!」

 

「っ!?」

 

するとアルダープは予想外の行動に出た。私目掛けて襲いかかってきたのだ。もはや錯乱状態。ただ距離が近過ぎるのでウォールを唱えようにも間に合いそうにない。それ以前に私は動く事が出来なかったのだ。私が捕まればより面倒なことになると思ったその瞬間…私の左右からそれぞれ剣が飛び出し、アルダープの首元で止まることで結果的にアルダープの動きを止めた。

 

「……何のつもりだ…貴様らっ…!!」

 

「…父上、どうか落ち着いてください、これ以上の狼藉、いくら父上でも見逃す事はできません…!」

 

「…アリスの言った事を全て否定したいのなら否定すればいい、…もっとも、法廷で嘘を見抜く魔道具を前にしても、貴方が否定できるのならの話ではあるが…それ以前にアリスに手を出すのなら僕は容赦するつもりはない」

 

剣の持ち主はバルターさんとミツルギさんだった。唐突なことながら私は2人に助けられたようだ。バルターさんは懇願するようにアルダープを見つめ、ミツルギさんは冷たい視線でアルダープを睨みつけていた。

 

バルターさんは王都の現役騎士。剣の腕もかなりのものだとお見合いの時に聞いている。ミツルギさんに至っては魔剣の勇者と評されるソードマスター。どちらが相手でもただのおじさんでしかないアルダープが敵う道理はない。

 

「馬鹿なことを…!法廷だと?何故ワシがそんなところに行く必要がある!?ワシはただの被害者だと言っておるだろうが!!」

 

それでもまだアルダープは諦めない。どこまでも往生際の悪い。…とはいえアルダープが足掻くのも無理はないのだ。アルダープが罪を認めた瞬間、アルダープは国により処罰されるだろう。それも死刑になる可能性は充分にありえる。エリス教は国教である故に国そのものが悪魔に対する敵対視が強いのだ、使役しただけでも重罪になりそうだ。

 

だからアルダープが諦めることはまずない。絶対に諦める事はない。自分の地位を守る為、自分の身を守る為。全ては自分の為に、今ある財力と権力を行使して裁判など出るつもりもないだろう。考えたくもないのだけどそれで本気で罪から逃げられる、それがこの国の在り方。例え、身内がどれだけ訴えてもそれは変わりそうにない。

 

やはり私の選択は間違っていたのだろうか。もしかしたら恐怖することでアルダープが考えを改めてくれるかもしれない…、そんな淡い期待を抱いてしまったのだけどやはり私が甘かったのだろうか。

 

そう思った瞬間――。

 

 

 

 

「…なっ!?」

 

「っ!?」

 

それは突然やってきた。アルダープの足元に、アルダープ1人が収まる程度の黒い影、それはブラックホールのように渦を巻いてアルダープを飲み込もうとする。そしてそこから小さな黒い手が飛び出し、アルダープを引きづり込もうとする。さながらその光景は蟻地獄のように。

 

「…な、なんだ!?やめろ!!やめ……!?」

 

こちらが動く暇もなく、それは瞬時にアルダープを完全に飲み込んだ。そして何も無かったかのように黒い渦も消えてしまった。

 

「……えっ?」

 

「…父上…!父上っー!?!?

 

何も出来なかった、全く動けなかった。文字通り『あっ』という間の出来事だった。まさかまだ生きていたとは思わなかった、もといもしかしたら死んだものの復活したのかもしれない。

自身の心臓の鼓動とともにあらゆる可能性を熟考するも、既に何もかも終わってしまった後だと答えを出せば、私はただ呆然とするしかできなかった。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

混沌とした状況ではあったけどそれは時間とともに落ち着きを見せる。それはバルターさんも同じだったようで剣を握りしめたまま立ち尽くしていたバルターさんは一呼吸するとともに私にその目線を向けた。

 

「…アリス様、お願いがあります。貴女が知っている父の事を全て…僕に教えてくれませんか?」

 

「…わかりました、貴方には聞く義務があると思いますし」

 

もはやお見合いどころの話でもないし私の真意を知ったバルターさんの私に対する在り方は、意外と何も変わらなかった。

心苦しさ、気まずさはあるものの、正直に話すしかない。

 

だから話した。

 

事の発端であるアイリスを含んだ襲撃の件、アルダープが裁判でふいに漏らした言葉、アルカンレティアでの出来事。

 

…もう一つの神器を使ってのことは流石に言えなかった。こればかりは確信はあるものの、間違いなくそうだと言える証拠がない。だから言わなかった、これはバルターさんの為であってアルダープの為ではない。

…きっと知らない方がいい事もあるのだろうから。

 

 

これからどうなるのか、それはバルターさんやダクネスなどのアクセルの街の貴族が決めることだろう。どうなるかは分からないがアルダープが領主を続けるよりはまともなことになりそうでもある。少なくとも私達のようなただの冒険者が首を突っ込むべき話ではないことだけは確かだ。

 

「…今回は、皆さんに多大な迷惑をおかけして…本当に申し訳ありませんでした」

 

全てを聞いたバルターさんは深々と頭を下げ、私達に謝罪した。もはやお見合いどころの話でもなくなったし、自然となくなったようになっているのだから私としては有難かった。…と、思ったのだけど。

 

「…特にアリス様には、本当に申し訳なく思っています」

 

「あの、ですね、バルターさん…」

 

「…はい?」

 

私は一歩前に出て、目を細めた。どこか思いやるような視線を向けられたと思う。バルターさんは本当に何も悪くない、私が相手になることだけはできないけど…せめて道を示せれば。そう思えた。

 

「…本当に大切に想う人は…意外と身近にいるものだと、私は思いますよ?♪」

 

「…っ!」

 

ふとバルターさんと隣に佇むメイドさんとの目が合い、お互いは顔を赤くして目線を逸らした。どうやらお互いに脈アリだったようだと私は内心笑っていた。これからは父を失ったバルターさんを頑張って支えていてほしい、そんな視線をメイドさんに向ければ、それに気が付いたメイドさんは嬉しそうに私に向かって頭を下げていた。

 

 

うーん、恋の手助けは気持ちがいい、自身の恋愛関連はうといしどうでもいいけど他人の恋愛話は大好物である。私は満足気にバルターさんに別れを告げると、まだ真夜中ながら皆に帰宅しようと進言しようとしていた、もはやここに留まる必要はないのだから。

 

ないの、だけど。

 

「へぇ、意外と身近にいる、ですか…」

 

「ふふっ、そうだな、その通りだと思うぞ」

 

「……」

 

私が皆に目を向けるとめぐみんはニヤニヤしていてダクネスは仄かに笑っていて、ゆんゆんに至っては顔を赤くして無言で俯いてしまっている。そんな中ふとミツルギさんが声をあげた。

 

「帰るのは構わない、だけどアリス、アクア様とクリスはどこにいるんだ?」

 

「あ、そういえば…」

 

結局悪魔対策として私の傍にいたはずなのにアクア様は今もここにいない。何処へ行ってしまったのだろうか。

 

「おーい!!」

 

タイミング良く声がかかってきた、この声はクリスだった。さっきのような変化はもう見られない、いつものクリスだと思えば私としても安堵する。そしてもう一人。アクア様もいるのだけど…あれ?

 

…なんか凄く気まずそうに見えるのだけどどうしたのだろう?

 

私がそんな疑問を抱きながらも、クリスとアクア様は扉を開けた先の通路からこちらへと向かってきていた。

 

「クリス、今まで何処へ行っていたのですか?」

 

「ごめんごめん、まずは謝らせてよ。私って昔から悪魔やアンデッドを見るとあーなっちゃうんだ、ホントにごめんね?そしていなくなってた理由は…」

 

「…あっ」

 

クリスは私とカズマ君にだけ見えるようにそっと懐からネックレスとボールのようなものを見せつけた。なるほど、本来のクリスの目的は神器の回収だ。おそらくその2つこそがそれなのだろう。ならば完全に目的は達成したとなる。

 

「…ところで…何故アクア様はそんなに気まずそうなのですか?」

 

最後に残ったのはその疑問だ。未だにこちらへと目を合わせようとはしない。クリスはその疑問に対して苦笑気味になり、そっと視線だけをアクア様に寄せた。そして私とカズマ君の傍で小声で話し始めた。

 

「…そうだね…君達だけに分かるように言うとね…そもそも神器って、異世界から来た人間が女神様から賜った物ってエリス様から言われてるんだけど…

 

「「…っ!?」」

 

それだけ聞いて理解してしまった。つまり元々この世界の神器の出処は全て…。

 

「結局元凶は全部お前じゃねーか駄女神!!ふざけんな!!!」

 

「待って!違うのよ!!違うのよぉぉ!?」

 

確かにアクア様が直接悪いとは言えないかもしれない。神器であれ結局使い手次第なところもあるし。それでも…、流石の私も憤りを抑えるのが難しかったかもしれない。そう思いながらも、これで終わったと思えば、大きな溜息が出るだけに留まっていた――。

 

 

 






元々神器の出処は全てアクアによるもの。つまり神器の回収は本来アクアの尻拭いでしかないとクリス(エリス)の主張に形勢逆転、アクアは何も返せず気まずい想いをする羽目に。


強引な気もしますがようやくアルダープとマクスウェル編は終了。長かった…。
次回は新章、いよいよあの場所かなぁ?


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episode 106 転生者三人集まれば


幕間。大きな話になると中々思い付いた話が書けないのが困りもの。番外編とか挿入しても良いんですけどね。これまで書いた話の間に書きたい話は割とあったりします。今回の話題になったダストの話とか。




 

――あの事件から一週間が経過した。

 

今回は特に色々と慌ただしく動いた気がする。あの悪魔はもう出てこないのかとバニルに問い詰めたり、アルダープがいなくなった後、領主は誰がやることになるのかと気になったり。

 

まず今回のアルダープの件はダクネスのお父さんに伝えられ、あくまで形式上はアルダープが悪魔に襲われ失踪したとなった。散々話し合われてその形式が一番落ち着くものとなったんだそうな。そうしなければ悪魔の使役などというものだけでも重罪だ、家族であるバルターさんにまで累の及ぶことになる可能性があった。

領主は一時的にダクネスのお父さんが引き継ぐことになり、バルターさんはいずれ父親であるアルダープの跡を継ぎ領主となる為に勉強をするのだという。簡単に言うとこのような形に落ち着いたが私から見ればダクネスのお父さんが領主でも、バルターさんが跡を継ごうと、どちらにせよ良い事だと思える。ダクネスのお父さんとは面識はないものの、ダクネスの人柄と話を聞く限り良識的な人なのだろうと思われる。ならば問題はないだろう。

 

バニルに問い詰める為にウィズ魔法店まで赴き話を聞けば今後マクスウェルがこちらの世界に来る事はないだろうということ。本来マクスウェルはずっと魔界にいたのをアルダープが神器を使い呼び起こしたことが発端、言ってしまえばマクスウェルも被害者なのだ。納得はできないけど。

 

そしてアルダープが何を思い、マクスウェルを使役してここまでの事を仕出かしたのか、その全貌を知る事ができた。

 

アルダープはあの時王都で出逢った頃から私に気があったらしい、とてもそうは見えなかったけど。

そして裁判でも出会い、その後に私を捕獲しようとした。悪魔を使って捕まえるつもりだったが私にはアクア様の加護があった為にそれができなかった。よって野盗のような連中を雇う事で強行しようとした、用意周到に沈黙の魔道具まで用意して。

それでも捕らえることができずにいたので最終手段としてバルターさんを使って身内にしてしまおうとした。元々バルターさんはダクネスを引き込む為だけに引き取った駒でしかなかったのだけどそこは後に私が想像したように第一夫人、第二夫人として迎えるつもりだったのだろう。

そこで疑問が生じるのだがダクネスは何故これまで悪魔に狙われる事なく無事だったのだろうか、と思うも、その疑問もバニルが答えてくれた。

ダクネスもまた、遠距離からの悪魔の力程度からなら身を守れる加護を持っているらしい、流石に以前のバニルのように本体が直接操るほどになればそうはならないらしいがそれでも抵抗力は生まれる。あの時ダクネスが操られながらも意識を取り戻したのはその加護の原因が大きいとのこと。そしてその加護はアクア様のものではないとまで。

そうなれば浮かぶのはエリス教徒であるダクネスだ、きっとその加護はエリス様のものなのだろう。一個人に加護を与えるのかという疑問は残るけど流石にバニルでもそこまでは分からないし知りたくもないらしい。悪魔であるバニルの前で宿敵である女神の話を続けるのも難しいのでその辺の話はそこで終わってしまった。

 

そして裁判でマクスウェルが動かなかった理由も聞かされた。バニルが直接気を逸らすことで抑えていたらしい。これも友人であるウィズさんが関与した為のバニルなりの手助けだったんだとか。意外と律儀である。

 

とまぁ、色々あった悪魔騒動はなんだかんだで完全に終わりを告げることとなった。しばらくはゆっくり過ごしたいものである、自分でも忘れかけていたけど本来私はのんびりが好きなのだ、もっとまったりしたいのだ。羽を伸ばせる時には存分に伸ばしたいのだ。

 

そういえば最近になってようやくカズマ君のパーティが王都デビューしました。

どうなる事かと思いきやクエストを選ぶ事でなんとかなっているのだとか。終わる度にカズマ君がズタボロの疲労しまくりで帰ってくるけど。

確かにかなりの数を討伐するクエストはきついがボスのような敵の数が少ないものならめぐみんの爆裂魔法がある。カズマ君の策略でうまくハマればそれだけでクリアが可能だ。理論上では。

 

そう、理論上ではそれで可能なのだけど問題はめぐみんにあったりする。

めぐみんの性格上カズマ君の指示を待たずに爆裂魔法を撃っちゃったりそれにより爆発で別のモンスターを呼び出すなど新たなトラブルが発生することもしばしばあるのだとか。相変わらずの脳内爆裂娘である。

 

ダクネスはダクネスで王都のクエストを心待ちにしていたらしい。何分アクセルとは比べ物にならない難易度だ。勿論強敵と戦いたい…もとい攻撃を喰らいたいので突貫する。猪突猛進する。猛進した上でボコボコにされて愉悦に浸る。

なんというイノシシプリンセス(ドM)だろうか。

 

アクア様はアクア様で実力は充分なのだけど盛大にやらかす。何をやらかすかはその時次第なのだけど最近聞いた話では炎属性のモンスター討伐で水が弱点だからと調子に乗ってセイクリッド・クリエイトウォーターを使い周囲を洪水の被害に合わせる。運悪く近場に村があって水没してしまい弁償するハメになってハンスの討伐報酬はほとんど残っていないのだとか。

 

「…提案がある…!」

 

今はカズマ君の屋敷。そこにはミツルギさんも加わりリビングに集まっていた。というよりカズマ君がミツルギさんを呼んだ。

 

「…提案、とは?」

 

「1回でいい、俺達のパーティとアリスのパーティでシャッフルしてクエストに行ってみないか?」

 

「ふぇ?」

 

予想外の提案に変な声が出てしまった。そもそもどうしてそんな発想に至ったのだろうか。思わず首を傾げてしまう。

 

「…俺達は王都でのクエストははっきり言うと初心者だ、だから長く王都で活躍するアリス達と混ざれば自然に学べると思うんだ、頼む!1回でいいから!」

 

パーティの入れ替え…、そういえば私がまだテイラーさんのパーティにいた頃に1度だけカズマ君とダストが入れ替わってやったことがあったなぁ、とふと思い出した。あの時にカズマ君の凄さに気付いたとも言える、そしてダストの疲労具合からカズマ君の苦労面も。

とりあえず私1人では決められないので私の目線は自然とゆんゆんやミツルギさんに向けられた。

 

「…私はどちらでも構いませんけど…、どうします?」

 

「…まぁ僕も一度くらいなら構わないが…」

 

「うん、私も大丈夫だけど…」

 

とりあえず2人とも異論はないらしい。まぁ考えてみれば面白そうだしやってみてもいいのではないか、とも思えてきていたのが本音だったりする。なんだかんだ他人ではない、一緒に住んでいるしハンスに至ってはここにいる皆とウィズさんとで討伐したりもしたし、準パーティメンバーのようなものだ。

 

同意が得られたことでカズマ君はアルカンレティアで見せたようなくじ引きを取り出した。実に用意周到である。

 

「…ただこちらは構わないのですがカズマ君以外のメンバーの了承は得ているのでしょうか?」

 

「まぁ…私も異論はない。ちゃんと私を壁として使ってくれるのならな」

 

「私も爆裂魔法さえ撃てれば問題はありません」

 

「別にどんな組み合わせになっても私達なら問題なくクエスト達成出来るでしょうし、私も構わないわよ」

 

「…まぁ念の為にアクアとアリスは別々のパーティの方がいいかもしれないけどな。その辺は実際クジを引いて考えようぜ」

 

私とアクア様はアークプリーストなので万が一があれば宜しくない。だからその話も理解はできた。全員納得したところでクジを引く。割り箸のような棒の先には、赤と青が塗られていて赤が4本、青が3本はいっているらしい。

 

 

 

そうして分けられたのは…。

 

 

 

 

「…これって…」

 

「カズマとゆんゆんが入れ替わっただけだな…」

 

結果、ゆんゆん、めぐみん、ダクネス、アクア様が赤、私とミツルギさん、カズマ君が青だった。私としては誰が一緒でもいいのだけどゆんゆんが心配すぎる。以前のダストのようにならなければいいのだけど。

 

「しかしこちらはカズマがいないとなるとリーダーが不在になるな、どうするんだ?」

 

「それなら私がリーダーを受け持ちましょう。何、カズマにできて私にできない道理はありません!」

 

「……だ、大丈夫かな…?」

 

「大丈夫に決まっているでしょう!それともゆんゆん、まさか貴女がリーダーをやるとでも?」

 

「…それは勘弁してほしいかも…」

 

「まぁなんとでもなるわよ、この私がいるのよ?大船に乗ったつもりでいなさいよ!」

 

ドンと胸を張るアクア様、不安そうなゆんゆん、思惑はそれぞれだけどまぁ何とでもなる気もする。

 

「こちらはバランスがいいですね、前衛はミツルギさん、中衛にカズマ君、後衛兼支援に私が行けばいいですし」

 

「俺……産まれて初めてまともにクエストを終わらせることができるかもしれないな…」

 

「大袈裟なことを言う男だな君は」

 

「そう思うなら入れ替わってみろよゆんゆんと、絶対後悔するから」

 

「あ、あはは…」

 

ミツルギさんはカズマ君達とまともに組んだのはハンスとの戦いのみなので知らないのは仕方ない。ハンスの時は誰もが大きなボロを出さなかったのもあるし。私もアクア様以外は組んだ事はあるけど一人だけでやばいのにあの3人が集まってのリーダーなどやれる気がしない。失礼な言い方になるがソロの方が気が楽かもしれない。口に出しては言えないけど。私に自殺願望は今はない。

 

こうして王都に赴き、それぞれのパーティでクエストを受けることとなった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

―王都より少し離れた平原―

 

あまりにあっさり終わったので割愛する。王都付近の村の近くに一撃熊の群れが住み着いたので討伐してほしいとの依頼だったがミツルギさんとカズマ君が引き付けて私がバーストするだけの簡単なお仕事だった。多分ゆんゆんがいればとっくに王都に帰ってると思われる。

 

「かなり時間が余りましたね…、そういえばミツルギさん、以前言ってた日本の服が売ってるお店に連れて行ってもらえません?♪」

 

「そうだな…ゆんゆん達がまだ戻っていなければそれもいいかもしれないな」

 

「……」

 

「……カズマ君も良ければ一緒に……カズマ君?」

 

「どうした佐藤和真?やけに静かじゃないか」

 

今は呑気に雑談に興じた帰り道。私とミツルギさんが話している中カズマ君は静かに項垂れていた。どうしたのだろう?

 

「……お前ら…」

 

「「?」」

 

「お前らふざけんなよ!?なんだよあれ!?一撃熊をまるでゴブリンでも相手するようにあっさり倒しやがって!!羨ましいチートばっか使いやがって!!お前らは少しでもいいから俺の苦労を知れ!!」

 

「えぇ……」

 

涙目で怒鳴りつけてくるカズマ君。言ってしまえば完全な逆恨みである。

 

「そうは言われましても…アクア様本人をチートとして望んだのはカズマ君なのですよね…?」

 

「ぐっ…」

 

「自業自得だ佐藤和真、それにアクア様とともに居れるのならそれほど羨ましいこともないじゃないか、可能ならば交換したいくらいだ」

 

「……お前…、それが出来ないのが分かってるから言ってるだろ?」

 

「……そ、そんなことは無いぞ…」

 

「俺の目を見てもう一度言ってみろ」

 

「ま、まぁまぁ…」

 

言うまでもなくミツルギさんの持つ魔剣グラムはミツルギさん以外が使っても少し強い程度の剣にしかならない、私の杖も同様で他の人が杖を使ったとしても私の魔法が使える訳でもないし、魔晶石を付けて魔法を使っても属性が付与される訳でもない。

 

「今ふと思いましたが私達って全員転生者ですね」

 

「…言われてみればそうだな、同じ日本出身の…」

 

「あぁ、チートの話やらが気兼ねなく出来ることに違和感があったけど確かにそうだな」

 

まさにカズマ君の言った通りである。私としても話しながら違和感を感じていた。何故ならチート云々の話など気軽に出来る訳がないのだから。そう言ってしまえばカズマ君は何やらうずうずしてミツルギさんに顔を向けた。

 

「…どうした佐藤和真…?」

 

「……やられたらやり返す」

 

「………倍返しだ…?」

 

その瞬間カズマ君はミツルギさんに向かいハイタッチを決める。やけに満足気だ。気持ちは分かるけど。そんなカズマ君は続いて私に顔を向けた。

 

「……その点トッピって凄いよな?」

 

「……そ、そうですね、最後までチョコたっぷりですからね」

 

続いて私とハイタッチ。少し慣れないノリで私は戸惑ったけどなんかめちゃくちゃ嬉しそうだ。やっぱり気持ちはよく分かるけど。なんだろうこの謎の達成感は。

 

「ふっ…ははっ…」

 

「…なんなんですかその謎のノリは…ふふっ」

 

「いいんだよ、言ってみたかっただけだし、それに…笑ってるってことは、なんとなく俺の気持ちもわかるだろ?」

 

「…まぁ、確かにな…、まだそんなに経っていないはずなんだが…やけに懐かしく感じたよ」

 

「ふふっ、そうですね。悪くないと思いますよ?」

 

こんな会話私達以外が聞いたところで首を傾げられるだけだろう。だけどこうして言ってみれば、なんだか懐かしさもあって心が穏やかになったような気がした。

そんなこんなで歩きながら日本の話題で盛り上がり、雑談すること一時間あまり、ようやく王都が見えてきたところでカズマ君が何かに気が付いた。

 

「……悪い、これの存在を忘れてた」

 

カズマ君が気まずそうに見せたのは王室からもらったテレポートの魔晶石だった。見せられて初めて思い出した。テレポート持ちのゆんゆんがあちらに行ったので魔晶石はカズマ君が持っていたことに。

確かにそれを使えば今頃はとっくに王都にたどり着いているだろう、だけど私もミツルギさんも、カズマ君を責めることなく穏やかに笑っていた。

 

「問題ありませんよ、ストレスフリーな有意義な時間を過ごせましたし」

 

「そうだな、僕としてもこんなに笑ったのは久しぶりだったよ、礼を言わせてくれ、佐藤和真」

 

「いや礼とかそーいうのいいから、ホントお前変わったよな!?」

 

この二人の仲が良いのは個人的には嬉しくもある。昔はアクア様絡みで最悪な出会いをしたらしいし繋ぎ止めた私としては尚更だ。やったねみんな!カズ×ミツきてるよ!…いや私にそんな趣味はないけど。腐女子ではないし。

 

そんなこんなで無事に王都まで帰り着き、私達は冒険者ギルドでクエスト報告を終わらせた。……のだけど。

 

「…めぐみん達…いませんね…」

 

「受けたクエストはそんなに難しいものではなかったはずだ、ゆんゆん一人でも達成できなくはないはずなんだが…」

 

「あめーよ、お前ら甘すぎ。マイナス要素しかない奴らが三人もいるんだぞ、プラス要因が一人いる程度でどうにかできるわけないだろ」

 

カズマ君のぼやきに私とミツルギさんはまさかそんなはずはと表情で表現する。もしかしたら既に終わって喫茶店にでもいるのではと探すもやっぱりいない。探しに行こうとも思ったがいくらなんでもそれは過保護すぎる気がするし間違いなくめぐみん辺りがいい顔をしない。とはいえそのクエストにトラブルが起きたなら話は変わってくる。時間は夕刻近いのもあり、それが心配に拍車をかけていた。

 

「…やっぱり探しに行きたいです…、もしあの合成モンスターのようなのに出逢ったとなれば…それも帰り際とかだったらめぐみんは爆裂魔法を撃ち終わって魔力切れでしょうし…」

 

考えれば考えるほど心配からマイナス思考になって行く。私の心配に賛同してくれたのはミツルギさんだった。

 

「…確かに…その可能性は無くはないな…」

 

「おいおいミッツさんまでどうしたんだよ?大体なんだよその合成モンスターって」

 

「少し前に王都付近に数体の合成モンスターが出現したんです、それは魔王軍の幹部シルビアの放ったものらしくて…」

 

「…それに出逢った僕達は無事に討伐したものの、他のパーティは壊滅してしまったらしい…、10名以上の王都の冒険者が…亡くなったそうだ」

 

「…っ!?」

 

カズマ君の顔が青ざめる。王都の冒険者と聞けばアクセルの冒険者とか比べようがない腕利きの者が多い。それが全滅したのだから恐れるのは当然の事だ。

 

「…ったく、そういう事は早く言えよな!確か俺達とは逆方向に向かったはずだな……と」

 

「…え?」

 

「……ふっ、どうやら、僕達の杞憂だったようだね」

 

いざ冒険者ギルドを出ようとすれば入口には4人が揃って入ってきた。これには安堵を通り越して力が抜けてしまった。

 

ただダクネスはボロボロの状態でめぐみんを背負っていて、アクア様はゆんゆんを背負っている。めぐみんはともかく何故ゆんゆんが背負われているのだろう。

 

…その結果を聞けばゆんゆんが頑張りすぎて魔力切れになり、テレポートも使えなくなり歩いて帰ってきたんだそうな。ボロボロなダクネスは見れば装備だけでそれで何があったのか察しもついた。大体いつも通りだったのだろう。

 

この後私のマナリチャージフィールドで復帰したゆんゆんが二度とパーティ交換はやらないと泣いて懇願したのは言うまでもなかった――。

 

 




カズ×ミツ……一体誰得なんだ…


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episode 107 アリスの優雅な休日



幕間その2。


 

 

数日が経った――。

 

今日はミツルギさんもゆんゆんも用事があるとかで暇な一日になりそうだ。最近ゆんゆんに起こされると寝顔が見られてしまう罰ゲームが起こると発覚してからはできる限り自力で起きるようにしている。今日も罰ゲームを受けることはなさそうだ、ゆんゆんは残念そうにするけど罪悪感はない。むしろノックもせず部屋に入るゆんゆんに罪悪感を持って欲しい、割と切実に。いくら親友と言っても限度はあるのだ、嫌ではないから怒りはしないけど私が恥ずかしい。

 

さて、カズマ君達も今日は王都へクエストを受けに行くらしいから誰かと一緒に居ることもできない。昨日私も同行しようか尋ねたら断られてしまったし。カズマ君あたりは喜んで迎えてくれると思ってたのにまさかの拒否である、割と寂しかった。

 

ただ暇というのは困りもの。お仕事してると休みたいと思うもののいざ休むと特にやる事がない虚無感がある。そんな感じ。暇つぶしにウィズさんのところに顔を出しに行こうかな、あるいは冒険者ギルドに行ってテイラーさん達のパーティと久々にクエストに行くのもありかもしれない。

 

とりあえず私は髪を整え着替えを済ませ、朝食に降りることにした。

 

 

 

……

 

 

 

「おはようございます、ゆんゆん」

 

「……っ!?…お、おはようアリス、き、今日もはやいのね!」

 

「…どうしました?」

 

「な、なんでもないよ!朝ごはん食べるなら顔を洗ってきてね!」

 

「…あ、はい」

 

1階に降りてキッチンに向かうなりゆんゆんの姿が見えたので声をかけたら謎の挙動不審。これには訳がわからない。まぁ割といつもの事のような気もするけど。…とりあえず朝ご飯のトーストをパクつく。この世界に来てからお米食べなくなったなぁとか思いつつ元々パン党だったとも思う。ようは特に意味の無い脳内会話。

 

「そういえばゆんゆんの今日の用事ってなんなのです?」

 

「えっ……えっとその…えっと…」

 

別に興味がある訳ではないのだけど傍にゆんゆんがいるのだからと何気なく聞いてみたらまたも挙動不審。こうも落ち着きがないと気にならない方がおかしい。

 

「…というより先程から様子がおかしいですよ?何かありましたか?」

 

「うぅ……」

 

目線を合わせようとしないゆんゆんには若干心配になる。本当に何かあったのなら気兼ねなく話して欲しいものだ。

 

「…ゆんゆん、あの時私に言いましたよね?私とはどんな悩みでも気軽に話し合える関係でいたいと、…あれは嘘だったのですか?」

 

溜息がてらに告げるも、ゆんゆんの様子は変わらない。というより余計に落ち着きがなくなっているように見える始末。

 

「…そーいうのじゃなくて…ごめん!本当になんでもないから!!」

 

「……ゆんゆん!?」

 

言うだけ言うとゆんゆんはキッチンから出て行ってしまった。もしかしたら知らない内に私が何かゆんゆんに悪い事をしてしまったのだろうか。それならすぐにでもどうにかしたいのだけど現状思い当たる節はない。

これでは追いかけて無理に問い詰めても無意味と思えた。とりあえず時間をおいてまた聞いてみよう。少なくとも私が嫌われているとかではないと思う。ゆんゆんの様子は怒っているとか嫌っているよりは恥ずかしがっている感じだったし。そもそもそんな状態ならわざわざ私の朝ご飯を用意してくれるはずもないし。

 

冷静に分析したところで紅茶を飲み終わる。…とりあえず冒険者ギルドにでも行ってみようかな、と、そのまま屋敷を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

このすば。(「何があったのでしょう…?」)

 

 

 

 

 

 

 

―冒険者ギルド―

 

いつもは王都の冒険者ギルドに行くようになったので何気に冒険者ギルドに入るのは久しぶり…という訳では無い。ここの酒場のサンドイッチとミルクティーはお気に入りなのでアクセルにいるとたまに昼食の為にここに来ることは多い。以前は新地開拓に失敗したし無理に新しい味を探すよりも口に慣れたお馴染みの味が無難ではある。お値段もリーズナブルだし私以外にも食事の為だけにこの場所に来る人は割といたりする。

 

「おう、嬢ちゃん!調子はどうだ?」

 

「ぼちぼちですかね、…また昼前からお酒ですか?」

 

「はっはっは、当たり前だろう?ここは酒場だぞ、酒を飲まないでどうする?」

 

ギルドに入るなり話しかけてきたのは名前も知らないおじさん。筋肉質な身体には肩当とサスペンダー、顔を見ればモヒカンにヒゲの強面なので初めて声をかけられた時は恐怖しかなかったのだけど話してみたら見た目と違って良い人だった。なお凄い熟練の冒険者の風格を見せるのだが本人はただの機織り職人らしく冒険者ですらないらしい。今では気軽に挨拶するくらいの関係にはなってる。

 

「ふふっ、知りませんよ、奥さんにバレても」

 

「おっとそいつはいけねぇな、まぁほどほどにしておくか」

 

そんな軽口を言い合ってから改めてギルド内を見渡す。今回は別に食事に来た訳ではない。食事ならさっき食べたばかりだし。…見つけた。

 

奥のテーブルに私の見知る三人が食事をしていたので近付いてみる。それに気付いたのか、手を振って声をかけてくれた。

 

「アリスー!久しぶりー!」

 

声をかけてくれたのは私の元パーティメンバーでもあるリーン。横に座っている面子も気が付いたのか笑顔を見せてくれた。私もそれに釣られるように笑顔になって小さく手を振り返した。

 

「久しぶりだなアリス、また魔王軍の幹部を倒したって聞いたぞ?おまけにあの魔剣の勇者とパーティを組んだともな」

 

「なんかどんどん出世しちゃって、アリスが遠くに感じるわ…」

 

「そ、そんなこと言わないでくださいよ、私は何も変わっていませんよ」

 

「で、今日は一人なのか?」

 

残りの2人はテイラーさんとキース。そんなに時間が経った訳では無いから当たり前だけど代わり映えもなくこちらとしても安心である。

 

「はい、今日はミツルギさんもゆんゆんも用事があるようで……って、ダストはどうしたのです?」

 

久しぶりにダストの顔も見たかったのだけどいないようだ。まぁアクセルに住んでいるのだから全く会えないこともないのだろうけど。

 

「あいつはまぁ…安定のあの場所だな」

 

「……またですか…」

 

安定の場所。これで分かってしまうのがなんとも言えない。ちなみにこういう表現をする理由は酒場のような公で言えるような場所ではないからだ。場所はおそらく留置所。また食い逃げか何か仕出かしたのだろう。出逢った頃に聞いた時はかなり慌てたのだけど私がパーティにいる間もかなり頻繁にお世話になっていたので慣れてしまった。私やリーンが迎えに行くパターンまでお決まりだったし。

 

「皆さんはこれからクエストですか?もし良ければ私も一緒に行きたいのですが…?」

 

単純に暇潰ししたいとは言える訳もなく、だけど久しぶりにこのパーティで一緒にクエストへ行ってみたかったという気持ちが大きくあった。だからこその提案なのだけど、私の提案には三人揃って苦笑いを浮べていた。

 

「…一緒にって…アリスって今のレベルいくつなの…?」

 

「…えっと…47ですけど…」

 

「47!?」

 

とうとう私のレベルはミツルギさんに並ぶ47になってしまっていた。というのもあの時のマクスウェルを攻撃した際、やはり弱っていたようであのランサーがトドメになってしまっていたようだ。実際に冒険者カードの討伐欄にもマクスウェルの名前があったことから間違いないだろう。もっともその後バニルのように復活してはいたけど。今頃はアルダープと仲良くやっているのだろうかと思えば少し気持ち悪くもある、終わったことなのだから忘れよう、うん。

 

「……本当に驚いたな…」

 

「アリス…以前のレベルでも厳しかったのに流石に47だとアクセルで受けられるクエストはほぼないと思うわよ…?」

 

「…ですよね…な、なんなら報酬も結構ですので着いて行ってお手伝いだけでも…」

 

「…久しぶりに出逢って一緒に行きたい気持ちはわかるし有難くもあるが…流石にそれはできない、こちらとしても申し訳ないしクエストは遊びではないんだ、軽率な気持ちで着いてきてもらっても困る。何より高レベルのアリスがそんなことを言えば人によっては嫌味に聞こえる可能性すらある、あまり不用意にそんな事を言うものではない」

 

「す、すみません…私はそんなつもりは…」

 

「あぁ、わかっているさ、だから気持ちだけ受け取っておこう」

 

叱咤からの穏やかな優しい顔つきになるテイラーさんには本当に頭が上がらない。本当に素晴らしいリーダーだと未だに思う。大人だし今や形式には私も1パーティのリーダーでもあるのでこの落ち着いた姿勢は見習いたいと思う。

 

と、なればこれは困った。余計にやる事がない。これ以上冒険者ギルドにいても仕方ないと、三人と軽く雑談をしてから私は冒険者ギルドを出ることにした――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―ウィズ魔法店―

 

「へいらっしゃい!!おおっとこれはお得意様ではないか、よくぞいらっしゃった!!今回はどのようなポンコツ魔導具を買っていってもらえるのかな?」

 

「なんでポンコツ魔導具を買うことが確定してるのですか!?買いませんよ!?」

 

お店の扉を開いたらいつも通りカウベルの音が響くと思いきやそれをかき消してのバニルのこの接客である、思わずつっこんでしまった。

 

「あ、あのー…一応私としては厳選した品揃えのつもりですので…あまりポンコツと言われるのはちょっと…」

 

「あ、ご、ごめんなさい、そんなつもりでは…」

 

控えめな口調でウィズさんがお店のカウンターからそう言えば、反射的に謝ってしまう。というよりさっきから謝ってばかりだね私。

 

「フハハハッ、何を言っている?ポンコツ店主が厳選した品揃えなのだからポンコツしかないに決まっておるだろうが……ちっとも面白くないわ!!下らんポンコツばかり仕入れおって!!

 

「えぇ!?馬鹿にされた上に怒られてるんですか私!?そこで怒るのは私ではないんですか!?」

 

「知ったことか!!」

 

やれやれ、何か始まってしまった。とはいえ何となく見に来ただけなのだけどどうしたものか。まさか冷やかしに来たとは言えないし。まぁ適当にマナポーション辺りを買えば冷やかしにはならないだろう。

 

「ふん、まぁ良い。ではではお得意様にオススメしたい魔導具がこちらの腕輪だ」

 

「いや買わないと言っているのですが……まぁ一応聞くだけ聞きますけど」

 

バニルが私に見せ付けるのは古ぼけた装飾の腕輪だ。魔法使いの人がつけてても違和感のないような見た目ではある。魔力を上げるとかなら純粋に欲しいかもしれないし実際にこのお店の品物は本当にポンコツな商品かまともだけど高すぎて駆け出し冒険者では手も足も出ないような品の2択だ。マナポーションですら3万エリスもするので駆け出し冒険者が安易に買えるものではない、私は割とお世話になってたけど。だからとりあえず単純に後者を期待してみよう。

 

「えっとそちらはですね…胸を大きくすることができる魔導具です

 

「…っ!?」

 

「ふむ、予想通りの反応であるな」

 

何その夢のような魔導具、めちゃくちゃ欲しいんですけど。思わず即買いますと言ってしまうところだった、危ない危ない。話はちゃんと最後まで聞かなければならない。ちなみにデメリットがないのなら1億エリス出しても惜しくはない。

 

「…デメリットは…?」

 

「脂肪をひたすら引き寄せる魔導具なのでな、胸どころか腹も顔も二の腕も大きくなる、これで800万エリスだ、買うか?」

 

「絶対買いません!!それただ太ってるだけではないですか!?」

 

「フハハハッ、中々の悪感情、ご馳走様である♪まぁそうとも言う、ようは捉え方次第ではあるし胸も大きくはなるのだから嘘は言ってはおらん」

 

「……」

 

断言できる、絶対この悪魔は最初から悪感情目当てで売りつけようとしたと。とりあえず適当にマナポーションを買ってから今日は家に帰ろう。そう思えば諦めたようにポーション棚に向かい、マナポーションを3本ほど手に取り、カウンターに持っていった。

 

「おや?もう帰るのかお得意様よ。ならば悪い事は言わん、後2時間くらい此処に居ることを勧めるぞ?」

 

ウィズさんがポーション瓶が割れないように丁寧に梱包してくれていると横でバニルから謎の忠告がはいる。何か見通したのだろうか?と思うと浮かんだのは朝のゆんゆんの顔だった。そういえば結局朝のゆんゆんはどうしたのだろうか。 もしかしてバニルの言う事と何か関係があるのだろうか。

 

「ふふっ、アリスさんは私にとってもお友達ですから、どうかゆっくりして行ってください、今お茶をいれてきますね♪」

 

「…まぁ帰るには少し早いと思ってましたし…それは構わないのですが…」

 

今の時刻は午後の三時半。昼食は冒険者ギルドを出た後に屋台で適当に買って食べたのでお腹も空いてはいない。

 

「…ですが今帰ったらまずくて、何故2時間後なら大丈夫なのです?」

 

「それは2時間後になって家に帰ればわかる、それまでは別の魔導具の紹介をしてやろう」

 

「いや買いませんからね!?」

 

 

 

 

 

 

このすば。(「次の商品は…これだ!!」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――そんなこんなで2時間半。たっぷりとポンコツ魔導具の説明を受けてツッコミに疲れた私はフラフラしながら帰路についていた。まぁ時間潰しにはなったと思う、有意義な休日かと聞かれれば首を傾げる結果だったかもしれないけど…主にバニルのせいで。まぁ冒険者ギルドでは久しぶりにテイラーさんやリーン、キースとも出逢えたし悪くはなかったかなと思える。

 

屋敷はアクセルの街の離れにあるので割と歩く。これだけで運動にはなる。夕闇が夜へと変わるこの時間、民家の灯りが窓から見えてきて、それはとても綺麗で、イルミネーションのように見えてしまう。日本の家ほど明るくはないけれど、どこか暖かみを感じるこの光が、私は好きだった。

 

その光は私の住む屋敷も例外ではない。どうやらみんな帰ってきているようだ。ゆんゆんは少しは落ち着けただろうかと思いながらも、私は屋敷の扉を開けた。

 

 

 

 

パーン!パーン!

 

「…っ!?」

 

扉を開けるなり聞こえてきたのはあまり馴染みのないクラッカーの音。予想外のそれに私は思わず目をパチクリさせることしかできなかった。

 

『アリス、誕生日おめでとう!!』

 

複数の声が確かにそう言ったのを耳で確認すれば、私は再び驚いていた。声の主達に目を向ければ、みんな私に向かって拍手してくれている。

 

カズマ君、アクア様、めぐみん、ダクネス、クリス、ミツルギさん、ゆんゆん……、それにテイラーさん、キース、ダストにリーンまで!?

 

「あ、あの…これは一体…」

 

確かに言われてみれば今日は私の誕生日ではあるのだけどそれを誰かに言った覚えはない、というより私が忘れていたのだから言えるわけも無い。

 

「アリスが私の誕生日をしてくれた時に私が聞いたでしょ?そして言ったよね?アリスの誕生日の時には絶対お祝いするねって」

 

「私達なんて聞いたのは昨日だったのよ?おかげで準備するのが大変だったんだから」

 

「ゆんゆん…リーン…そ、その…あ、ありがとうございます…」

 

やばい。なんていうかやばい。経験したことのない感情が静かに私を襲っていた。これはどう受け取ったらいいんだろう?泣きたい気持ちが強いかもしれない、ガチ泣きしていたゆんゆんの気持ちが今は凄くよくわかる。だけど笑いたい気持ちもあって、なんだかどんな顔をしたらいいのか全然わからなくて、私はただ困惑していた。なんだか幸せな困惑を。

 

「ほらほら、主役は来ないと始まらないだろ?アリスはこっちに座って」

 

「え、あ、はい…」

 

戸惑いしかない状態の私をカズマ君がエスコートしてくれる。そして席につけばテーブルの上には大きなケーキや料理の数々。未だに気が動転している。

 

「ようアリス、久しぶりだな。このダスト様がお祝いに駆けつけてやったぜ」

 

「…ダスト…その…留置所にいたのでは…?」

 

「あぁ、ついさっき戻ってきた!やっぱり俺がいないとパーティは盛り上がらないからな!」

 

「お帰りはあちらになります」

 

「ちょ!?!?」

 

「ふふっ、冗談ですよ、ありがとうございます」

 

てっきり留置所にいたのは嘘でパーティの準備を手伝ってたとか思っていたのだけどやはりダストはダストだった。まぁこうして駆けつけてくれただけでも素直に嬉しい気持ちは強い。

 

「…って、テイラーさん達はクエストに行ったのでは?」

 

「あぁ、その通りだ。うちの大事な元パーティメンバーの誕生日を祝うというクエストだ。あの後ここに来てみんなで飾り付けや料理を作るのを手伝っていたんだ」

 

「…うぅ…そうだったのですか…ありがとうございます…」

 

これはバニルの言う通りにして正解だったと思える。もしあのままバニルの忠告を無視して帰宅していたらパーティの準備をするみんなと鉢合わせて気まずいことになっていた可能性もあるのだから。

 

「ウィズさんに引き止められたんじゃないかい?あれは僕達が頼んでおいたからね。アリスなら多分あそこにも寄るだろうってね」

 

「ふふん、アリスの行動パターンは全てお見通しですよ」

 

「ミツルギさん…めぐみんも…」

 

筒抜けすぎてなんとも言えないけどそれ以上に今は嬉しい。まぁ正しくはウィズさんではなくバニルに引き止められたのだけどその辺はウィズさんと口裏を合わせていたのだろうか。自然にお茶を淹れてくれてたし。

 

「アリス、改めておめでとう、父上もアリスによろしく言っておいてくれと言っていた、いずれ是非会いたいともな」

 

「おめでとうアリス!アリスにエリス様の加護があることを祈ってるよ!」

 

「ダクネス…クリス…ありがとうございます」

 

さらっとダクネスがとんでもない事を言っている気がする。最近アルダープとの決着がついたのにまた貴族様と会うとか勘弁していただきたいのが本音なのだけど相手がダクネスのお父さんなら悪い事にはならないだろうか。

 

「エリスの加護なんて必要ないわよ!安心しなさいアリス、あんたにはしっかりとこの女神である私の加護がついてるんだから!」

 

「…あ、はい、ありがとうございます」

 

威圧するようなアクア様に思わずたじろぐ。確かに実際にアクア様の加護にはかなり助けられたから文句はないのだけど。

 

「アリス、今回はね、もう一人来るのよ?」

 

「…ゆんゆん?」

 

ゆんゆんがそう告げれば部屋の一部を空けるように全員が移動していた。何故かざわめき始める。これ以上誰が来るのだろう?ウィズさんだろうか?

 

そんな想いを持ちながらも見ていると、部屋の一角に二つの人影が見えた。テレポートで飛んできたかと思われる。

 

「アリスさん!!お誕生日おめでとうございます!!」

 

「…っ!?あ、アイリス!?」

 

アイリスはこちらに走り、すぐに私に飛び付いて抱きしめてくれた。予想外の客人に私は驚くことしかできなかった。周囲からはマジで王女様が来たのか!?とか驚愕の声が聞こえてくる。多分キースやダストあたりだ。

 

「テレポートですみません、賢者殿。この方がサプライズになるとカズマ様が仰ったので…」

 

「い、いえいえこちらこそすみません!?なんか本当にすみません!?」

 

アイリスを抱きしめたまま後ろからレインさんが申し訳なさそうに声をかけてくれた。だけど流石にこれはこちらの方が申し訳ない。私が慌てるように謝ると、アイリスはその様子を見てクスクスと笑っている、やがて私から離れると、アイリスは周囲を見渡していた。

 

「…えっと皆様、私はベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリスと申します。アリスさんの友人です、どうか今だけは、王女の身分を気にせず接して頂けたら、私は凄く嬉しいです」

 

ざわめきは増す。主にテイラーさんのパーティからのみだけど。リーンは驚きのあまり口を抑えたまま固まってるし。

 

「…とまぁ、サプライズビッグゲストが無事到着したところで、そろそろ乾杯にしようか、みんな、グラスは持ったか!?」

 

「「「おー!!」」」

 

それぞれがグラスを持ち、中身はシュワシュワからジュースまで様々だ。

 

『乾杯っ!!』

 

グラスがぶつかる爽快な音が部屋中に響き渡る。私の為に、私なんかの為にこれだけの人が集まってくれたことが嬉しくて、我慢していたけど自然と私の瞳には涙が溢れていた。誕生日を祝ってくれる、ただそれだけのことなのに、これがこんなにも幸せなこととは思ってもみなかった。

 

だから私は、涙声ではあるけれど、精一杯の気持ちを乗せて…

 

 

「皆さん…本当に……ありがとうございます…!」

 

シンプルに感謝の気持ちを、皆に聞こえるように告げたのだった――。

 

 

 





ウィズとバニル不参加の理由→聖戦勃発不可避の為。

セシリー不参加の理由→アイリスが来るので教育上よろしくない為。

ゼスタ不参加の理由→そもそも呼ぶ訳がない。何故呼ばれると思ったのか。

バルター不参加の理由→父上がいなくなって多忙な日々でそれどころではない為。

クレア不参加の理由→お城に指揮不在となる為今回はアイリスのお付にレインが同行した。

アルダープ不参加の理由→今頃はマクスウェルとにゃんにゃんしてます()



次回はまた幕間なのか、新章なのか。答えは誰にも分からない。

アンケート御協力ありがとうございます。参考にさせていただきます…が、ゆんゆんいないとほぼ横並びなのは流石に草


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episode 108 クリスの秘密



クリス兼エリス様の誕生日は25日!!つまり昨日でした。さぁ全国のエリス信徒の皆様、宴じゃー!()

このファンクリスマス記念のの無料10連。☆4サンタダクネスでした。
ダクネスは好きなんですが性能が……ぐぬぬ。アイリスが初期アイリスしかいないのでアイリスが欲しかった…。




 

 

楽しい時間は本当にあっという間に過ぎて行く――。

 

こうして見ていると思うのは誕生日パーティと言うよりも完全に宴会になっていたことだろうか。ノリが冒険者ギルドで普段行われているのとあまり変わらなかった、だけどその方が気楽で楽しめるし私達向きではある。

 

アクア様の宴会芸から始まってカズマ君とダスト、キースのシュワシュワの早飲み対決が起こったと思えばダストとキースに引っ張られて強引にミツルギさんが参加することに。なお勝者は途中乱入したアクア様でした。酔っ払ったダストが罰ゲームと自ら全裸になろうとしたところテイラーさんとリーンにより全力で阻止された。ナイスラリアットだった。

 

このノリはアイリスにはあまりよろしくないような気もしたけどアイリスは楽しそうにしていた。付き人がクレアさんじゃなくて良かった。レインさんは貴族と言っても下級貴族らしく、庶民の話が分かる人だ。まぁ終始苦笑していたけど特に何か言う事もなかった。本当にやばいと思ったらそうなる前に私とゆんゆんが止めてたのも大きいのかもしれない。

 

プレゼントもいっぱいもらえた、これもまた生まれて初めての経験かもしれない。過去の誕生日を思い出すと誕生日プレゼントとか両親からしか貰ったことは無い。そう思えば寂しい前世だったぁとも思うし、いやいや普通そんなもんでしょと脳内で2人の私が言い争う。まぁ昔のことをいちいち考えても仕方ないのでこの辺で。

 

その中でもっとも衝撃を受けたのはアイリスからのプレゼントだった。

 

「お友達にこういったことをするのは初めてでしたので…宝物庫で凄く悩んで選びました!気に入っていただけると…私、嬉しいです!」

 

目を輝かせて私に両手に収まる程度の大きさの箱を手渡してくれた。箱と言っても宝石箱のような丁寧な造りでもはやこの箱がプレゼントでもいいのではと思えるほど。

そしてさりげなく宝物庫で選んだとか言ってるのが流石のアイリスである。普通はお店で相手の好みや予算などを考えながら選ぶような気がする。少なくとも私がゆんゆんを祝った時はそうだった。予算は気にしてなかったけど。

 

とりあえずアイリスの初めては私が貰ったらしい。勿論プレゼント的な意味で。正直高すぎるものを受け取るのはかなり気が引けるのだけど何が入っているのだろうとそれを開けてみれば中身は金属特有の光沢を見せる鉱石のようなもの、それがまるで宝石のように綺麗に加工されていた。

 

「…アイリス、これは…?金属っぽいですが魔力を感じます…」

 

「…おそらくそれはアダマンタイトではないか?そこまでの輝きだとかなり高純度だと思うが…」

 

アダマンタイト…、聞いた事はある。確かダクネスが新調した鎧にも一部使われている非常に堅い鉱石だったはず。主に高級な防具に使われていることが多く、加工が難しいが熟練した鍛治職人によって剣などの武器も作られているらしい。耐久性は何も防具に限った話ではない、武器であっても必要なのだ。武器が壊れてしまえば職業によってはそれが危機になってしまうのだから。

 

「ララティーナの言う通りです♪アリスさんは杖に属性の入った魔晶石を使うと聞いたので、もしかしたらそれも使えると思いまして」

 

ただここまで魔力がこもっているとかなり希少かと思われる、アダマンタイト自体が希少なのだからお値段にしたらかなりの額になりそうで聞くに聞けない。…それにこんな高すぎるものはいただけませんと返してしまえばアイリスはきっと悲しむだろう。

 

「…ありがとうございます、大事に使わせていただきますね♪」

 

「……っ!…はい!」

 

気付けば難しい顔をしていたであろう私を不安そうに見つめていたので頑張って笑顔にしてこう答えれば、まるで花が咲いたかのようなアイリスの笑顔が見れた。正直この笑顔だけで幸せである。

 

アイリスが来た事でギクシャクしたものにならないかと思ったがよく考えたらそんなことを気にする人はこの中では少数だろう。主にダストあたりの動きにテイラーさんとリーンが細心の注意を払っているようだ。ならせっかくだし任せてしまおう。

 

こうして誕生日パーティという名の宴会は深夜まで続き、途中アイリスとレインさんは名残惜しそうにレインさんのテレポートにより帰ったものの、他の人は酔い潰れてそのまま眠ってしまう始末。シラフなのは私とクリスだけでしたとさ。

 

 

 

 

 

 

「こりゃまた皆すごい飲んだねー」

 

「…私は絶対にお酒は飲まないと固く誓いましたけど…、クリスも結構飲んでましたけど大丈夫なのですか?」

 

「あははっ、お酒には自信があるからねー、それに飲んでみたら結構楽しいと思うよ?」

 

確かに楽しそうではある。だけど今現在のこの惨状を見ても飲みたいとは思えないのが本音だ。男女構わずリビングの床にそのまま寝てるし、とりあえず風邪ひかないように毛布を持ってこないと。…こういう時飲まない人は損なんだけどね。なら私も飲もうとはならないけど。味覚がお子ちゃまな私にお酒の味はどうも好きになれない。前世で興味本位で飲んだチューハイとかでも無理だったし。どうやら私はアルコールそのものの味が苦手らしい。

 

「…私のいた国ではお酒は20歳にならないと飲んではいけないという法律がありましたからね」

 

「えー、カズマ君やミツルギさんは飲んでるのにー?」

 

そう言われるとなんとも言えないところもあるが何も二人が悪い事をしている訳ではない。今のこの世界では14歳で成人なのだ。更に言えばこの世界でお酒に関する法律は特に無い。なので赤ん坊が飲もうが法律上は問題はない、勿論基本大人が飲むものという概念は日本と変わらないらしいのであからさまに子供に飲ませる大人は滅多にいないのだけど…、と、ちょっと待ってほしい。

 

「……何故二人が私と同じ国の出身だと思ったのです?」

 

「……ぁ」

 

自然な流れで聞き返してみればクリスは口を濁す。冷や汗ダラダラで必死に目線を逸らすその姿は怪しさ満点だ。そう思えばクリスに関する疑問は次々と出てくる。どうせ今は私とクリス以外寝ているのだしこの際だから聞いてしまおう。

 

「疑問はそれだけではありません、クリスは私と話す度に不可解なことを言っているのですよ、それは自覚していますか?」

 

「え…えぇ!?」

 

クリスは思わず後退していた。酔いも完全に覚めたような感じで焦っている。そして無自覚だったのかと思えば思わず溜息が出てしまう。

 

「例えば私とクリスが初めて出逢った時です、あの時はそれどころではありませんでしたが…クリスは言いましたよね?『今の君はアリスなんだ』と」

 

「…そ、そんなこと言ったかなぁ?覚えてないなぁ…」

 

「私はしっかりと覚えてますよ、それは私が元々『アリス』では無いことを知っていないと出ない言葉だと思いますし疑問はまだあります」

 

「……」

 

「ダクネスやクリスと初めてクエストに行った帰りに、クリスは私のマナリチャージフィールドのデメリットを知っていました、どこで知ったのですか?あの魔法のデメリット…魔法攻撃力を半分にすることを私は誰かに話した事はありません。…とある事情からアクア様だけが知っていますがあの人も私の魔法の細かい特性まではあまり覚えていないと聞いています」

 

私は思わず後退するクリスに距離を合わせるように半歩詰め寄った。ちなみに言うまでもなくアクア様が知っているのは当然だ。私がそれを使えるようにした張本人なのだから。

 

こうして次々と質問する姿は私がクリスを一方的に責めているようにしか見えないかもしれない。勿論私はクリスを責めているつもりはない、ただそれらをどこで知ったのかを疑問に思っているだけだ。普通に考えたら私やアクア様が言わない限り知る由もないことばかりなのだから。

 

「…えっと…そのね…今から言う事は秘密にしておいてほしいんだけど…」

 

「勿論です、ですから是非聞かせてください」

 

はっきり言おう。私としてはクリスの事を実はエリス様ではないかと疑っている。流石にありえないと思ったりもしたけどその想いが強くなったのはアレクセイ邸でのバニルとの一件からのアクア様のあの態度だ。あのアクア様が、悪魔やアンデッドを見れば激昂するアクア様がクリスを止めに行ったのだ。未だにバニルやウィズさんへの風当たりは冷たいアクア様がそれよりと優先してだ。私としてはアクア様が動いたと気付いた時はクリスに加勢するものとばかり思っていたし。

 

何よりそう思えば私の疑問の全てが納得のできるものになる。私やカズマ君、ミツルギさんのような転生者の事情も知っていて当然。ダクネスへの加護もそのひとつに上げられるし、バニルに激昂するあのクリスの様子はアクア様に近いものを感じた。そう思えば思うほどそうとしか思えなくなる。

 

私は言いにくそうにしているクリスの答えを待っていた。相変わらず焦っているような様子ではあるけどどこか決意したような視線を私に向けたと思えば、クリスはそのまま口を開いた。

 

「…前に私はエリス様の神託を受けているって話はしたよね?実はそれ以前からエリス様とはよく頼まれ事をされるんだ、そしてその中に…異世界からの転生者の面倒を見たりすることも言われてるんだ」

 

「…っ!…それはつまり…私達のことは全てエリス様から聞いている…そういう事で宜しいのですか?」

 

「そ、そうそう!でもまさかそんなことを言う訳にもいかないし、なんか変な誤解をされたのかもしれないね、そ、その、ごめんね?」

 

「…いえ、私は責めている訳ではなく単純に疑問に思っていただけですから…」

 

クリスに言われた言葉を無意識に私の疑問と照らし合わせていく。…確かにそういう理由なら一応筋は通っているかもしれない。魔法のデメリットなんて細かい事をわざわざ話すのかなどの疑問はさておきだ。

最初はアクア様が実際にいて、こうしてこの世界にカズマ君の仲間として存在しているのだからエリス様もそれは有り得るのではないか、そんな想いからだったものの、伝承通りならエリス様はこの世界の死者を導く役割を担っているらしい、日本の死者を導くアクア様のように。ならばこんなところで呑気にしている暇はないだろう。

 

ただ私個人がそれで納得できるかと聞かれたらそうでもない。今話した事以外にもクリス=エリス様説を後押しする事柄はまだまだある、それもふと考えただけでも複数の理由が上がる程度には。

 

だから今はとりあえず…クリスは実はエリス様だけど正体を必死に隠しているので私はそっと知らないふりをしておく…ということにしておく。

 

別にクリスの正体が女神であるエリス様であれ、それが私に対して何か問題がある訳でもない、女神様なら既にアクア様という前例がいてしまっている、つまりは二番煎じだ。それに私の中で確信はしているものの、クリスの言う通り全てエリス様から聞いたという話も嘘だと断言はできない。

 

結論を出せば、クリスがどんな存在であっても、こうして私の誕生日を祝ってくれるくらいには友好的な存在なのだから、それでいいではないか。種族云々を持ち出したら人外な存在などアクア様を筆頭にバニルやウィズさんもいる。今更な話なのだ。

 

「…しかし女性陣を男共と一緒に寝かせておく訳にもいきませんね、運びたいのですが手伝ってもらえます?」

 

「え?あ、うん!」

 

クリスの顔を見ればどうにかごまかせたという達成感が垣間見れてしまっていた。前にも思ったが隠し事が下手すぎである。逆にこんな感じなのに今まで気が付かなかった私も私ではあるけど。

 

とりあえずアクア様、ゆんゆん、めぐみん、ダクネスはそれぞれ自分の部屋があるからそっちに運んで、リーンは私の部屋にでも寝かせておこう。その後に食器などの片付けをするべきか。…それにしても

 

(自分の誕生日パーティの片付けを自分でやるというのも…なんだか笑い話ですね…)

 

そんな事を思えば乾いた笑いが出てしまう。別に嫌な訳ではない。普段から屋敷の掃除は私がやることが多いし。料理は苦手だけど掃除は好きなのですよ。それにこの誕生日パーティをみんなで準備してくれたと思えば片付けなんて苦にもならない。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

片付けも終わり、それを手伝ってくれたこともあって泊まることを勧めたけどクリスは帰って行った。私にダクネスの持つものに似たネックレスを残して。

 

ソファに腰掛けて未だに雑魚寝している男連中を横目に溜息をつきながらもそれを眺める、私への誕生日プレゼントらしい。銀色の光沢はとても美しいのだけどこれは私にエリス教徒になれと言う事なのだろうか。正直宗教に興味はないので勘弁していただきたいのが本音である。というよりこれを身につけているのがアクア様にバレたら面倒なことになりそうだ、アクア様とエリス様は先輩後輩の間柄らしいけどこれをアクア様が知ればあんた何人の信徒に手を出してんのよ!?とご立腹なアクア様の顔が安易に浮かんでしまう。別にアクシズ教徒でもないのだけど。

 

思いのまま欠伸をする。時間も大分遅い時間帯だ。アルコールが入っていなくても眠くなるのは当然と言える。本来ならお風呂にはいりたいけど今入ればそのまま寝てしまいそうだと、お風呂は朝入ろうと私は自分の部屋へ戻ることにした。

 

 

…部屋にはいるなり聞こえるのはすうすうと静かな寝息をたてて私のベッドで眠っているリーン。そういえばリーンにベッドを貸したままだっただと私が寝れないではないかと後悔するも後の祭り、私も一緒に寝るとなればちょっと狭いし今夜は部屋にある背もたれのついた椅子に座って寝るしかないか。

 

それだけ睡魔が迫ってきていた。とりあえず寝てしまおう、後は明日考えればいいか、と。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

それは夢の中だとすぐに自覚できた。

 

「……またですか…」

 

お馴染みの真っ白な空間。私以外何もいない。そんな場所にも関わらず私は独りうんざりするように呟いた。呟かざるを得なかった。

 

既にマクスウェルはいない。ならまたもやもう一人の私でも出てくるのだろうか?そう思っているものの何も出てこない。このまま何もないのならそれでもいい、目が覚めるのを待つだけなのだけどこうなったのは既に三回目、何も起きなかったことはない。

 

 

――そう思っていたら、瞬間的に景色が一変した。

 

星空の広がる空間、床は紺色と白のタイル。そこに椅子が向き合うようにあって、その片方には私が座っている。

 

……あれ?ここってあそこだよね?私が死んだ時にアクア様と出逢ったあの場所。ベルディアにやられて気を失っている時にも来た。何故ここに来る事になったのか軽く困惑して考えてみる。

 

もしかして私はまた死んでしまった?死因がさっぱり思いつかない、幸せすぎて死んだのだろうか、どんな死因だと独り思い巡らせる。

 

「こんばんは、アリスさん、お会いするのはおそらく2回目になりますか」

 

透き通ったような声はとても耳障りがよく、心地よい。そんな歌声のように形容できた声の持ち主は、気が付けば私の目の前の椅子に座っている。

 

「…………エリス様?」

 

「…ふふっ、そういえばまだ名乗ってはいませんでしたね、改めて自己紹介しましょうか。私はエリス、この世界を担当する女神です」

 

私が巡り巡って導き出した答えにエリス様はお淑やかに片手で口を隠して笑っていた。どうやら正解らしい……というよりも。

 

美しく長い銀色の髪、術士にでも見える大人しめの容姿。確かにこれは一目見てクリスと分かる人はいないだろう。髪の長さ、服装の露出度など、何から何まで正反対だ。

だけどその顔をよく見れば僅かに面影はある。頬に傷がないものの、目だけを見たら非常によく似ている。

 

「…あ、あの…そんなに見つめられると恥ずかしいのですが…」

 

「す、すみません、そ、それで、私は何故死んでしまったのでしょうか…?」

 

俯きがちなエリス様から素早く目を逸らして話題を変えてみる。幸せすぎて死んだなんて素敵な死に方ではあるけど納得はできない。何より以前名乗れないと言っていたエリス様が今は名乗っている、ならばこれは私が死んだことは確定してしまったのだろう。今の私は死んだと思えば私がいなくなってゆんゆんは大丈夫だろうかとか、傍で寝ていたリーンはショックを受けないかとか、無駄に色々考えてしまっていた。一種の錯乱状態に近いかもしれない。

 

エリス様の答えを待つだけなのに、その返答が怖くて、恐ろしくて、いっぱいいっぱいな私は気付けば錯乱から放心するしかできなかった――。

 

 

 

 



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episode 109 アリスのスキル

お気に入り1000突破、UA10万突破ありがとうございますっ!!今度とも細々と続けていきます。暇つぶしになれば幸いです┏○ペコ


 

 

―夢の中の世界?―

 

「……何やら誤解を招いているようですのでまずはそこを説明しましょう、アリスさん、貴女はまだ死んではいません」

 

「…え?」

 

「とはいえ今のこの状態と、貴女の過去の事柄からして見ればそう思うのも些か仕方ないのかもしれませんね、混乱させてしまいまして申し訳ありません…」

 

「…っ!そ、そんな、謝らないでください!私でしたら大丈夫ですから!」

 

座ったままの状態ではあったけど、丁寧に頭を下げられてしまった。これには流石に私でも平常心ではいられない。正体がクリスであると確信はしていても今この場の私とエリス様の関係は人間と神様に過ぎない。アイリスとの友人としての接し方と王女様としての接し方、二つの対応方法を使い分けた接し方が活かされている気がした。

 

とりあえずあちらは隠したいのだから私が知ってますよアピールするのもクリスに…もといエリス様に宜しくない。正直何故私がここまで気を遣わなきゃいけないのかと思うけど。隠し事が苦手なエリス様が悪い。

 

とりあえず私は死んでいないらしい。これでゆんゆんやリーン達を悲しませなくて済む。まずはそんな感想を思っていた。それならそれで疑問が生まれる訳なのだが。

 

「…今は単純に寝ている貴女の夢の中にお邪魔させて頂いてます、ちょっとこういう風にしないと話せない内容のことですから…」

 

「……話、ですか?」

 

疑問が早くも解消されたと思いきやまたもや疑問である、思わず首を傾げてしまう。クリスとの面識はあるがエリス様として話すのはこれが初めてだ。前回はエリス様が名乗ってないし大した事を話していないのでノーカウント。何が言いたいかと言うとクリスならともかく私とエリス様に接点はない。せいぜい二回ほど祈りを捧げたくらいだけどそれで接点を持ったとは思えない。

 

「はい、他愛のない世間話と、警告になります」

 

「…明らかに後者の方が重要ですよね?思い当たる節がなくて怖いんですけど、何なんですか警告って、めちゃくちゃ気になるんですけど」

 

「まぁまずは世間話から行きましょうか」

 

「人の話聞きましょうよ!?」

 

何なの何なの!?アクア様といい女神様ってこんなのばっかりなの!?

なんというかマイペースに感じる。淡々と自分のペースに持っていく感じはクリスの時でもよくあったけど。

まぁ遅かれ早かれ話を聞くことになるのだろうととりあえず話を聞くことにした。

 

「そうですね、まずはお誕生日おめでとうございます♪クリスを通して私からプレゼントを送っておきましたが受け取られましたか?」

 

「あ、ありがとうございます…あのネックレスですよね…」

 

「はい♪今回の神器回収の件につきましては貴女の協力があったからこそとクリスより聞いております、ですのでその御礼を兼ねて送らせていただきました。良ければ絶えず身に付けてくださると…非常にありがたいと申しますか…」

 

神様から直々の贈り物、その聞こえはとても凄い事だしエリス様の信徒が聞けば羨ましがられる事は間違いない。だけど私がこれを身に付ける訳にもいかない。アクア様にバレたら面倒しかなさそうだし。

 

「……えっと…それはもしかして私にエリス様の信徒になれと言うことですか…?」

 

「そうですね、強要はしませんしできませんがそうして頂けたら私としては大変喜ばしいです。アリスさんの祈りはとても心地よかったので、是非とも今後とも続けていただければ…!」

 

こうして見るとアクシズ教徒と違って遠慮がちな形が逆に好印象に思える。私が何かしら宗教に入信しようかなと思っていたら間違いなくこのままエリス様の信徒になっていたかもしれないと思えるくらいには。

 

だけどそのつもりはないし、今後どのような宗教であろうと入信するつもりはない。

 

「…今後ももしかしたらエリス様に向けて祈りを捧げることはあるかもしれません。こうしてお会いできましたしその気持ちはより強くなってます…、ですが私は入信するつもりはありません」

 

「っ!…そ、そうですか…残念ですが仕方ありませんね…一応理由を聞いても…?」

 

「…仮に私がエリス教徒になったとしましょう、するとそれを許さない存在が私の身近に居ることは存じていますよね?」

 

「……な、なるほど…」

 

アクア様の存在を思い出したのか、エリス様はがっくりと肩を落としてしまった。流石に先輩後輩の間柄というだけあって先輩を敵に回す気はないようだ。アクア様を盾にするような形にはなったけどとりあえずこれで諦めてくれたようだ。アクシズ教徒のような強引な勧誘ではないだけあって心苦しいけど仕方ない。

 

「そろそろ警告と言う話について聞きたいのですが…」

 

「…コホン、そ、そうですね。先日、創造神様よりアリスさん、貴女のスキルに関して伝令を頂きました」

 

「…創造神様……?」

 

「簡単に言いますと私やアクア先輩の上司にあたる方です」

 

「……」

 

そもそも天界も現在社会のような縦社会なのだろうか。なんだか夢のない話である。夢の中なのに夢がないとはこれ如何に。思えばアクア様も私を転生させる時にはなんというか事務的な一面もあったかもしれない。転生特典のカタログ出された時のあの雰囲気ぶち壊しな案件は忘れたくても忘れられない。

 

「貴女のスキルと容姿についてはこちらを参考にしたと聞いています」

 

エリス様はそっと何も無い宙に手をかざす。するとその手の中には非常に見覚えのあるスマホケースが出現した。間違いなく私のスマホなのだろう。

 

「…そ、そうですね…」

 

「私としてもこのゲームの特性からスキルの細かい設定まで調べあげました、アクア先輩の裁量で私の世界のパワーバランスに影響されない程度に改変されて貴女のスキルとなっていると思います」

 

「…」

 

「…はっきりと言いましょう。創造神様からの伝令です。『いや強すぎだろ、下方修正はよ』だそうです」

 

「そんなゲームの運営に抗議するユーザーみたいな!?」

 

何なの何なの?創造神様って何なの?軽すぎない?神様ってこんなのばかりなのだろうか。とりあえずアクア様が異常な女神様って訳でもないのかもしれない。私は密かにそう思った。

 

「下方修正…って…どうするつもりですか?私のスキルはこの場で弱体化されちゃうのですか?」

 

「…落ち着いてください、それは現状不可能なのです、ですから結論を言えばそうなることはありません。…1から説明しますね?」

 

「…はい」

 

思わず身を乗り出してしまっていた。確かに転生特典を指定したのは私なのだけどその力やらはアクア様が設定したことだ。こちらが抗議したいこと山の如しである。

 

「まず現状のアリスさんのスキルなんですが…言うまでもなく強すぎるんです。《アロー》や《ウォール》はまだ問題ありません。こちらの世界で言う中級魔法くらいの威力や効果ですから。」

 

「問題なのは、言うまでもなく《フィナウ》と《バースト》あたりの最上級魔法の存在と…アリスさんの杖により属性が追加された場合です」

 

「…?」

 

フィナウとバーストがやりすぎなのは薄々感じていた。あれらを使って初見で驚かない人はまずいないのだから。バーストに至ってはその範囲が出鱈目すぎる。明らかにゲームよりも広範囲だと思われる。

 

「アクア先輩は貴女の魔法の威力を属性を加味していない状態で威力を設定してます、ですから魔晶石により属性を加えて強化した場合…単純に火力が2倍になってしまうのです、おそらくバーストなどは属性が加わる事でこの世界の上級魔法の数倍の威力にはなっていると思います」

 

「…そんなに…」

 

あの広範囲でこの世界の上級魔法の数倍。それは確かにチートすぎる。私としては便利だからめちゃくちゃ多用してしまっているけど。消費魔力を半減できる《インパクト》を使うことでより安易に使えてしまっているし。

 

「更に問題なのは《インパクト》の存在です、あのスキルはアクア先輩の見解で衝撃波を起こすだけのスキルだと思われたのかもしれません。あるいは消費魔力の半減を軽視していたか…何故かこのスキルだけは元のゲームよりも強化されていますからね。アクア先輩のことですから消費魔力半減にするのにこのスキルで魔力使ったら意味がないじゃないとか思ってこうしたのかもしれませんが…」

 

「…あー…そういえば…」

 

今になって思い出す。私が持つ11の転生特典スキルはフィナウ、バーストを除けば少し弱体化されていたりあまり変わらなかったりなのだけど《インパクト》に関しては違った。《アロー》の消費魔力が100だとすると《インパクト》の消費魔力は200使うはずなのだ。だけど今私が使える《インパクト》に消費魔力は無し。つまりゼロだ。打ち放題なのだ。ゲームでこうなってたら発狂するレベルのチートだ。

 

「本来消費魔力と言うのはスキルの威力や効果に比例して大きくなるものです、それをお手軽に半減された上に貴女の他のスキルと組み合わせたら…これは脅威であると言わざるを得ません」

 

「…色々言いましたが簡潔にまとめましょう。転生特典の強さの上限を100の数値にしたとします、カズマさんは弱体化されたアクア先輩の存在、ミツルギさんは魔剣グラムで100に近い、もしくはぴったりの状態です。しかしアリスさんの場合は神器である杖と服、ステータス、そしてスキル。容姿に強さは関係ないですからこれは置いておきますがそれらを足して100になるようになってます。ですが、実際は足し算ではなく一部掛け算になっていた…ということです、色々盛ったので先輩も単純化してしまったのでしょう」

 

「だから弱体化と…」

 

「…はい、ですが先程申した通り、それは現状出来ません。何故ならアリスさんのスキルの調整は、アクア先輩しか行う事ができないからです。それを行うにはまずアクア先輩とアリスさんを天界に連れ戻してから改めて行う…アクア先輩は現在下界に降りたことで弱体化してますので天界に戻って力を元に戻らないとそこまでのことは出来ませんからね…ですがそうすれば別の問題が生じます」

 

「…アクア様は確かカズマ君が…」

 

「その通りです、アクア先輩は佐藤和真さんが転生特典として連れて行っています。ですから天界に戻すとなるとまた、天界の規定違反になるのです、転生特典は契約者が死ぬか、本人の意思で手放さない限りはこちらの干渉でその手から離すことはできない決まりがありますので」

 

「…つまりは非常にややこしい事になる…という事ですね…」

 

「はい、ですから警告という形で創造神様にはどうにか納得してもらおうと思っています。どうかその力、邪な方向に使わぬよう、お願いします」

 

「…それはもちろんですけど…」

 

「今回神器の回収に貢献して頂いたことはポイントが高いと思いますので、後は要観察ということでなんとか。私としてもアリスさんがその力を悪用するようには見えませんから…個人的には期待しているんですよ?」

 

「…恐縮です」

 

正直に言えばスキルについて《チャージング》と《マキシマイザー》が足りないくらい言いたかったのが本音だけど今のままでも警告状態なのにそれが通る訳がない。アクア様もどうせならこの2つのスキルを入れておいてくれればよかったのに。せっかくカズマ君のおかげでスキルの弱体化は防げているのだから、なんて邪な方向に考えていたりする。

 

「……あれ?」

 

そんな時に突然起こったのはまるで揺さぶられているかのような感覚。なんだか脳がシェイクされてるようで気分が悪くなる。

 

「おそらく貴女が椅子に座ったまま寝てるのを見て起こそうとしているのかもしれません、時間的にも話はここまででしょうか。…どうか、貴女のスキルの強さを自覚して、今後は行動してもらえたら…、あ、後ですね!!佐藤和真さんに貴女のスキルを教えてましたよね!?あれは今後謹んでくださいね!?間違っても他の冒険者に教えるなんてことのないようにお願いしますよ!」

 

時間がないからか、エリス様が早口で言いたい事をどんどん告げてくる。焦りからか慌てているように見えて、同時に視界が白くなって、エリス様本人の像や背景が見えにくくなってきた。ようやく起床する時ということか。

 

同時に思った。こちらではクリスとして、あちらではエリス様として、とても忙しい想いをしているんだなぁ。と。女神様に同情するなんて不敬かもしれないけどアクア様のことを考えたら苦労人のようにも見えてしまう。幸運を司る女神様なのに妙に不運な気がするのは何故だろうか。

 

そんな同情の念から、無意識に、つい言ってしまった。

 

「お話ありがとうございました、また会いましょうね、クリス

 

うん、またねアリス!

 

 

 

「「…………ぁ」」

 

私はクリスの正体がエリス様ということはそっとしておくスタンスだった。だから言うつもりはなかった。

エリス様もまさか私が気付いているとは思っていなかったのだろう。だから私が無意識にクリスと呼んだことで反射的に返事をしてしまったと思われる。

 

 

 

「ちょ、ち、違うんです!?今のは違…」

 

 

 

目に映る全てが真っ白になる直前。私の脳裏に焼き付くように視界に映っていたのは涙目でこちらへ訴えるエリス様の顔だった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、アリス起きた?ごめんねアリスのベッド占領しちゃったみたいで…うぅ頭痛い…」

 

「……おはようございます」

 

私を揺さぶって起こしたのは私のベッドで寝ていたリーンだった。二日酔いなのか頭を抑えながら隣の椅子に座り込んでいた。窓を見れば朝日が差し込んでいて、聞こえるのは小鳥の囀り、それらは今の時刻は早朝なのだろうと教えてくれた。…とか呑気にしている場合でもない。

 

最悪だ。別れ際にあんな形になってしまった。あれはエリス様から見たら何か企んでいる悪役令嬢か何かに見られてもおかしくは無いかもしれない。まず今後クリスと顔を合わせづらい。罪悪感が半端ない。

そして私の中に小さく存在していたもしかしたらエリス様=クリスは私の考えすぎではないかという想いも綺麗さっぱりなくなってしまった。やっぱりあの女神様は隠し事が下手すぎである。

 

「…アリス?どうしたの?なんかボーッとしてるけど」

 

「い、いえ、まだ少し眠いのかもしれません。お茶をいれてきますね。リーンも飲みますよね?」

 

「あー…うん、そうね…紅茶とか飲みたいかも…」

 

「そのまま待っててください、なんならベッド使って寝ていても構いませんから」

 

そう告げるなり足早に部屋を出た。まさか夢の中で女神様とお話してましたとか言える訳もないし、冷静に考えたら凄いことしてるな私。そう思えば妙に胸がドキドキしていることを自覚できた。これは気持ちが高揚しているというよりは先程の別れ際のあれを引きづった罪悪感によるものだと思うのに、そう時間はかからなかった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日――。

 

先日はみんな二日酔いでダウンしていたので私のパーティもカズマ君のパーティもクエストはお休み状態。ほとんど寝て過ごしていた。そして今日は改めてクエストに行こうとなっている。16歳になって初のクエスト、アイリスからもらったアダマンタイトの魔晶石の効果も気になるところだ。

 

ガチャ

 

ベッドの上で背伸びをしていたら突如扉が開かれる。扉を開いた主はゆんゆんだ、また私を起こしに来たのだろうか、いい加減ノックくらいはしてほしいものである。

 

「…ゆんゆん、おはようございます…、お願いですからノックくらいは……ゆんゆん?」

 

「……アリス…私…私どうしよう…?」

 

今日のゆんゆんは明らかに様子がおかしかった。涙目で小刻みに震えていて、そのまま私に駆け寄って抱きしめてきた。

 

「…落ち着いてください、どうしたのですか?」

 

尋常ではない様子に私も思わずたじろぐがゆんゆんは変わらず悲しそうに泣いている。どうも本気でやばいようだ。

 

そして私は…とんでもない意味不明なことを言われることになる。

 

 

「私…私…カズマさんと子供を作らなきゃいけないみたいなの…!!」

 

「……は?」

 

突然何を言い出しているのか、今の私にはゆんゆんがさっぱりわからないのであった――。

 

 

 






ようやくこの話にこじつけましたね。幕間多かったですが次回より新章となります。


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八章 ―紅魔族と少女―
episode 110 紅魔の里の危機


 

―カズマ君の屋敷・アリスの部屋―

 

とりあえずまずは落ち着いて貰わないと。そんな気持ちが一番に出たので紅茶を淹れて飲んでもらった。私としても起きたばかりで顔を洗ったりしたかったし。

 

紅茶を飲んだことで落ち着けたのか、ゆんゆんはようやく一息つくことでリラックスしていた。

 

「…それで、今回は一体どのような夢を見てそんな発想に至ったのでしょうか?」

 

「夢!?ち、違うから!夢とかそういうのじゃないから!ただ私がカズマさんと子供を作らないと…世界が…魔王が…」

 

「…ですから話が飛躍しすぎていて訳が分かりません、ちゃんと1から説明してください」

 

「…う、うん…」

 

リラックスしてると思ったらまたも取り乱してしまった。私が溜息混じりに告げれば、ゆんゆんはしゅんと小さくなるように俯いて、テーブルの上に何やら手紙を差し出した。

 

「…今朝…私のお父さんから届いたの…」

 

「…読んでもいいのですか?」

 

いくら親友と言っても気軽に家族の手紙を読めるほどデリカシーがないわけでもないので確認をとる。ゆんゆんは無言のままこくりと頷いたので遠慮なく読ませてもらうことにした。

 

 

 

 

――この手紙が届く頃には、きっと私はこの世にはいないだろう。

 

我々の力を恐れた魔王軍が、とうとう本格的な侵攻に乗り出した様だ。

 

既に里の近くには巨大な軍事基地が建設された。…それだけではない。

 

多数の配下と共に、魔法に強い抵抗を持つ魔王軍の幹部まで送られてきた。それも見た事のない継ぎ接ぎだらけの巨大なモンスター達を率いて、だ。

 

ふふ……。魔王め、よほど我々が恐ろしいと見える。軍事基地の破壊もままならない現在、我らに取れる手段は限られている。

 

そう、紅魔族族長として。

この身を捨ててでも、魔王軍の幹部と刺し違えること。

 

愛する娘よ、お前さえ残っていれば…紅魔の血は絶えない。族長の座はお前に任せた。

 

…この世で最後の紅魔族として、決してその血を絶やさぬ様に……。

 

 

 

 

 

 

…とまぁこんな文章だったのだけどツッコミたい部分がいくつかある。まず普通の手紙にこんな小説みたいな『…』とか多用するものなのか。笑い声まで再現するものなのか。細かいことは言い出したらキリがないのだけどどうしてもツッコミたい部分もある。

 

「…何故ゆんゆんが最後の紅魔族になっているのでしょう…?めぐみんは実は紅魔族ではなかったのです?」

 

「…言われてみれば…そうだけど…」

 

「それに…まさかこの文面の最後の言葉を真に受けてカズマ君との子供が欲しいなんて言い出したのですか?ゆんゆんがカズマ君のことを好きなのは正直意外ですし応援したい気持ちはありますがいきなり子供が欲しいは流石にドン引き案件と思いますよ、いくらカズマ君でも引くと思います」

 

物には順序がある。まずはお互いの気持ちを確かめて、付き合ってみて結婚して、そして子供って流れなのは日本でもこの世界でも差異はないはずだ。その常識は同じ日本出身のカズマ君ならあるとは思われる、まさか乗ったりはしないだろう。多分、きっと。あれ、でも男の人から見たらゆんゆんってかなり魅力的な部類と思うしありえるのかもしれない。とまぁ内心はこんなことを思っていたけどそう言った私に対してゆんゆんは思わず立ち上がり取り乱していた。

 

「え…あ……ち、違うの!!そういうんじゃないから!!」

 

「…何が違うのですか?」

 

「まず私がカズマさんのことを好きってことよ!私が好きなのはア……いや…他にいるし……」

 

「……ふむ、『まず』という事は他に否定する部分があると」

 

「…うん、手紙は一枚じゃないの、その手紙…二枚目があるでしょ?」

 

言われてみればと手紙を指でスライドさせるともう一枚あることが確認できた。…ただ一枚目とは書いた人物が違うように見える。一枚目が達筆な感じなら、この二枚目は丸い感じの字が特徴的で少し可愛らしくみえる。女の子が書いたものだろうか?とりあえずは読んでみよう…。

 

 

 

里の占い師が、魔王軍の襲撃による里の壊滅という絶望の未来を視た日――。

 

その占い師は同時に希望の光も視る事になる。

 

紅魔族の唯一の生き残りであるゆんゆんは、いつの日か魔王を討つ事を胸に秘め、修行に励んだ。

 

そんな彼女は駆け出しの街である男と出逢うことになる。

 

頼りなく、それでいて何も力もないその男こそが、彼女の伴侶になる相手であった…。

 

ヒモ同然の働かない男。それを甲斐甲斐しく養うゆんゆん…。

 

修行に明け暮れていたゆんゆんにとって、それは貧乏ながらも楽しく幸せな日々だった。

 

そして月日は流れ…紅魔族の生き残りと、その男の間に産まれた子供はいつしか少年と呼べる年になっていた。

 

その少年は冒険者だった父の跡を継ぎ、旅に出る事になる。

 

出逢った仲間はかつて魔剣の勇者と呼ばれた父と、蒼の賢者と呼ばれた母の間に産まれた少女。

 

少年と少女の出会いは運命的なものであったに違いない。

 

何故ならこの二人の少年少女こそが…どちらも亡き両親の意志と力を受け継いだ、真に魔王を打ち倒せる存在なのだから――。

 

 

 

 

 

 

 

私はその手紙を読んで、無言で身震いを起こしていた。どうしよう、物凄く破り捨てたい。ティンダーで燃やしたい。そんな衝動に駆られてしまったけど、それはきっと許される事だと真面目に思う。今は落ち着きを取り戻して座っているゆんゆんに、なんとも言えない視線を寄せてみた。

 

「ゆんゆん…」

 

「…分かったでしょ、どれだけ事態が大変な事になっているか…」

 

「はい、分かりました、どれだけゆんゆんの頭の中がお花畑なのかが」

 

「えぇ!?」

 

私が無表情で告げれば、ゆんゆんは普通に驚いている。これではまるでおかしいのは私の方みたいに見えてしまうではないか、割と真面目に勘弁していただきたい。

 

「大体なんなんですかこれ…カズマ君の名前なんてどこにも書いてないじゃないですか…」

 

「……だ、だけど…この街で出逢った人だと…一番当てはまるかなって…」

 

「カズマ君と付き合っても貧乏にはならないと思いますよ、多分現在私らの中で一番稼いでいるのはカズマ君でしょうし。ですからこの手紙の男の人を誰かに当てはめるならダストが妥当と思います」

 

「そっち!?!?」

 

これはどっちかと言えばダストしか浮かばない。クエストも面倒臭がって滅多にやらないし、リーンのヒモ同然だし。リーンが目を離した隙にはいつも無銭飲食して捕まるし。

 

「それにこの手紙の通りにする意味が分かりません、これだとこちらも完全にとばっちりを喰らってるんですけど、私とミツルギさんが結婚して子供作ってから死んでる形で話が進んでるんですけど、『亡き』の二文字だけで私達の人生終わらされているんですけど」

 

ここが一番の私が納得いかないところでもある。自分の望まない方向ばかりに話が進んで挙句の果てに殺されてるのだから当然である。

 

「そ、それは私だってそうだし納得できないけどそれで世界を救えるなら……紅魔の里には本当によく当たる占い師の人がいて…きっとその人が占った内容を書いてるんだと…」

 

「……はぁ、極めつけはここですよ、ここ」

 

「……え?」

 

私は大きな溜息とともにそっと手紙の最後の部分を指さした。そこには『紅魔英雄伝・第一章 著者・あるえ』と書かれている。つまりはこの手紙、あるえという人が書いたただの小説なのである。その後の文章に『発送料が勿体ないので一緒に送りました、感想を聞かせてください。なおそのうち第二章もできたら送ります』と書かれている。

 

そしてその文面を見たゆんゆんは…

 

 

「うわぁぁぁぁ!?!?あるえの馬鹿ぁぁぁ!?!?」

 

と、叫ぶだけ叫んで顔を真っ赤にしてテーブルにうつ伏せになって顔を隠してしまった。バニルがいたら大喜びしそうな羞恥心を撒き散らしているのが見るだけでもわかる。哀れゆんゆん、今は好きなだけ泣くといい。

 

「まぁまぁ…落ち着いてください…、逆に考えましょう?これらの話をカズマ君達に打ち明ける前に私に話しておいてよかったと」

 

「うぅ……アリスぅぅ……」

 

もはや本当にそう思う。この手紙でのゆんゆんの暴走が私を経由していなかったらゆんゆんはとんでもない赤っ恥をかいていたところだ。とはいえこれについてはあるえという子は別に悪くは無い。ゆんゆんが勝手に勘違いしただけである。もし悪意があってこんな小説を同封したのなら最後にこんな風に書くことはないだろう。冷静に見てみればただの小説を友人に見せてみたいだけの子なのだから。

 

「二枚目はともかく…一枚目が本当なら問題はありそうですね」

 

「…うん、継ぎ接ぎだらけの巨大なモンスターっていうと…あの時の…」

 

手紙には確かに合成モンスターの事が書かれている。つまり王都付近で実験をしていた魔王軍の幹部、シルビアが今はゆんゆんの故郷である紅魔の里を攻めているということだ。

ただそんな重要な事を書いてある手紙とあるえという子が書いている小説を一緒にして贈ってくるだろうか?どうもこの二枚の手紙にはかなりの温度差を感じてしまう。だからこそ一枚目の手紙も何かしら訳ありのような気がしてる。

 

勿論そんな根拠はない。書いている通りだとすれば一大事なのだから。

 

「二枚目は見せる必要もないのでゆんゆんに処理は任せますが、一枚目のお父さんからの手紙はめぐみんにも知らせた方がいいと思いますよ、めぐみんだって紅魔族なのですから」

 

「…うん、ありがとうアリス…アリスに一番に話して良かった…」

 

「…まだ何も解決はしてませんよ、お礼ならゆんゆんの故郷の無事を確認してからにしましょう?」

 

「……うん!」

 

とりあえずゆんゆんが落ち着きと元気を取り戻してくれて一安心だ。後はこの手紙の事をめぐみんに知らせる為に、私とゆんゆんはリビングへと向かうことにした。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「なるほど、そうですか、頑張ってください」

 

「…めぐみん?それ本気で言ってるの…?」

 

キッチンに向かえばカズマ君のパーティが全員集合していたので、ゆんゆんはめぐみんに手紙を見せることにした。そして出てきためぐみんの一言がこれである。ゆんゆんと比べたらリアクションに温度差がありすぎた。

 

「おい、めぐみん?本当に大丈夫なのか?」

 

「そうだぞめぐみん、私達に遠慮しているのならその必要はない」

 

「何を心配しているのかわかりませんが何も問題はありません、私達は紅魔族ですよ?普通の村が襲われているとなれば話は変わりますが、例え魔王軍の幹部が相手だろうと私達紅魔族が簡単に遅れをとるとは思えません、それに…」

 

「…それに?」

 

淡々と話しながらめぐみんは紅茶を飲んでいる。この落ち着きはある意味ゆんゆんにも見習って欲しいとは思えるけどちょっと薄情にも見えてしまうから難しいところだ。

 

紅魔族の最後の生き残りの(・・・・・・・・・・・・)ゆんゆんがいるでしょう、ゆんゆんがいる限り紅魔族の血が絶える事がないのですからそれでいいじゃないですか、あるいはこう考えましょう、紅魔族の皆はいつでも私の心の中にいると」

 

「めぐみんの薄情者!!どうしてそんなにドライでいられるのよ!?里の皆の事が心配じゃないの!?」

 

うん、薄情というか、これはあれだ。ゆんゆんが最後の生き残り扱いされたことで自分のことを忘れられているというめぐみんなりの嫉妬だ。いじけてるとも言う。

 

「先程も言ったではないですか、あの紅魔族ですよ?デストロイヤーが来たとしても私としてはどうにでもできると思ってます」

 

「……っ!!もういいわよ!!私が今すぐ紅魔の里まで行ってくるから!!」

 

そう言うとゆんゆんは一人屋敷を飛び出して行ってしまった。なんか感情的になって私のことを完全に忘れていないだろうか。割とショックなのだけど。

あと流石に魔法障壁があるらしいデストロイヤーは紅魔族でもかなりきびしいのではないだろうかと思ったけどそれを言う空気でもない。

 

「…アリス、どうせゆんゆんに着いて行ってくれるのでしょう?レベルがあがったとは言え、あの子はまだまだ危なっかしいです、どうかゆんゆんの事を、よろしくお願いします」

 

「やれやれ、相変わらず素直じゃないやつだな、心配ならそう言ってやればいいだろ?」

 

「なっ、 そ、そんなのじゃありません!?」

 

カズマ君のツッコミにめぐみんはすぐに反応するけど、正直どっちもどっちである。とりあえずこのままゆんゆん独りに行かせるつもりもない。何の為のパーティだ、何の為の親友だ。こんな時こそ普段の分以上に頼って欲しい。だからこそ、めぐみんのことはカズマ君達に任せて、私はゆんゆんを追うことにした――。

 

 

 

 

 

 

屋敷を出て思うのはゆんゆんの行動だ。もし即テレポートで移動していたら完全に置いてきぼりになってしまう。そんなことを危惧していたけど、ゆんゆんはすぐに見つかった。アクセルの馬車の乗合所にいたのだから。

 

「…アリス?どうして…?」

 

「いやいやどうしてじゃないですよ、親友を放ったらかしにして独りで帰るつもりですか?」

 

「…えっ…でも…」

 

ゆんゆんは言いにくそうに口篭っている。目線は逸らすしまるで少し昔のゆんゆんに戻ってしまった感じがした。と、いうのも実はこんな風にゆんゆんが大変なことになっていることは過去1度もない、大抵は私が心配をかけてしまっていたのだから。だからこそこれは私がゆんゆんに対して恩返しできるチャンスなのだ、そのチャンスを見逃すつもりは私には全くない。

 

「散々私の事を助けてくれたのに、ゆんゆんは私に助けられるのが嫌なのですか?」

 

「そ、そんなんじゃ…でも…本当にいいの…?」

 

「当たり前じゃないですか、本来今日は王都でクエストを受ける予定でしたからね。まずはミツルギさんにも話をしましょう?魔王軍の幹部や以前王都を騒がせた合成モンスターが関与しているのでしたらそれだけでも私やミツルギさんとも無関係ではありません」

 

「……うん、その…、ありがとうアリス…、やっぱり独りだと不安で…」

 

緊張の糸が切れたのか、ゆんゆんは小刻みに震えながら泣き出してしまった。やはり冷静ではなかったらしい。とはいえ自分の家族が危険な状態なのだ、優しいゆんゆんがそれを聞いて冷静でいられるはずがなかった。

 

「ですからお礼なら終わった後にしてください、まずはテレポートで王都に飛びましょう?」

 

「…ぐすっ……うん!」

 

こうして私とゆんゆんはそのままテレポートで王都へ飛ぶことになった。完全に朝ごはんを食べ損ねたけど王都で食べるしかないか、なんて考えながら――。

 

 





年末年始は書けるかまだわかってません。むしろ平日よりそっちのが忙しい環境なんですよね(´・ω・`;)


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episode 111 久しぶりの旅

 

 

 

―王都・冒険者ギルド付近の喫茶店―

 

ゆんゆんのテレポートにより私とゆんゆんは王都へ飛び、そして冒険者ギルドで待っていたミツルギさんと合流。あまりギルドで話すようなことではないので喫茶店に移動して、ゆんゆんのお父さんの手紙をミツルギさんに読んでもらって今に至る。私は強引に3人分の朝食を注文してそれが来るのを待っていた。

 

「…ということですので、ごめんなさい、私とアリスは今日クエストにはいけなくなりまして…」

 

「…事情は分かったけど…それは少し寂しいな」

 

「…え?」

 

今回の話の中心はゆんゆんだ。ならゆんゆんが直接事情を説明することが当然の筋である。話を聞いていて思ったのは、やはりゆんゆんはミツルギさんに頼ろうとはしなかった。あくまで今日のクエストに行くことができなくなった体で説明していたのだから。

 

「僕もパーティメンバーだろう?なら何故僕には声をかけてくれないんだ?少なくとも僕はゆんゆんのことを大切な仲間…いや、友人と思っているんだけどね」

 

「……っ!」

 

もっともゆんゆんは私すら連れていく気はなかったのだけどその気持ちはよく分かる。私が悪魔に付き纏われている時がまさにそれだったのだから。

それが実際逆の立場になってみればなるほど、これは友人としてショックだ。まさに私がやっていた事だから後ろめたさはあるものの、同時に改めて思った。お友達は大切にするべき、…だけど履き違えてはいけない、大切だからとただ部屋に飾るようにしているだけでは何の意味もないのだから。

 

「だから気持ちはアリスと同じなんだ、僕に手伝えることがあれば、なんでも言って欲しい」

 

「…その……ありがとうございます、ミツルギさん……」

 

「気にしないでくれ、…とりあえず計画を立てなきゃいけないな…、アリス、これからどうするか決まっているのかい?」

 

「突然でしたから決めようがないですよ、まず紅魔の里がどこにあるのかすら私にはわかっていませんから」

 

まずはそこから。流石にゆんゆんの故郷なのでゆんゆんが知っているとは思うし私が考えるだけ時間の無駄である。そうなれば自然と私とミツルギさんの視線はゆんゆんに向けられる。それに呼応するようにゆんゆんは小さく頷く。

 

「位置的に紅魔の里へはアルカンレティアから徒歩で2日くらいかかります、だから一番近いのはアルカンレティアへ行ってからがわかりやすいんですけど…問題はアルカンレティアへの行き方なんですよね…」

 

「……?アルカンレティアならゆんゆんがテレポート登録をしていなかったかい?それがなくても王都からのテレポートサービスもあるだろう?」

 

「……ごめんなさい、アルカンレティアへはもう行くこともないって話だったので消しちゃいました…」

 

ゆんゆんのテレポートは現在4箇所しか登録することはできない。テレポートのスキルレベルを上げれば登録数は増えるらしいけど普通に使うなら4箇所もあれば充分すぎる。

だから普段ゆんゆんは1箇所目にカズマ君の屋敷の前、2箇所目に王都入口付近、そして3箇所目と4箇所目はフリーにしている。以前のバニルのダンジョンなどの時のように状況によって行き来したりする為だ。

そしてゆんゆんがテレポートを覚えてから紅魔の里へは帰っていないので直接飛ぶこともできない。登録をしていないからだ。

 

「それは私が言ったので消したのだと思います…、それに多分テレポートサービスも絶望的かと思います」

 

「…あっ、そっか……」

 

「そういえばそうだったね…」

 

前回アルカンレティアへのテレポートサービスの予約は3人揃って行ったので3人ともに事情を理解してしまっていた。

というのもテレポートサービスは日本のバスや電車のように常にいつでもどこでも飛べるわけではない。行き来が多い場所なら融通はきくのだけどそもそもエリス教徒が多い王都からあのアクシズ教の総本山であるアルカンレティアへ行く人は非常に稀だ。テレポートサービスで働く人もアルカンレティアを登録するくらいなら他の国や人気のある観光地などを登録している、あちらも商売なので需要のある場所を登録してあるのは当然、よってアルカンレティアへの便は週に1回ある程度しかないのだ。

 

「…ダメ元でテレポートサービスに聞いてみるとして、行くとしたらアクセルからの馬車での移動になりますか…」

 

「…うん、アクセルから馬車でいくならわざわざアルカンレティアまで行く必要もないと思う。遠回りになっちゃうし」

 

「急ぎたいのに急げない、か…もどかしい限りだが仕方ないね…」

 

「馬車も途中までしかいけないの…、紅魔の里の人間は、大抵移動はテレポートで済ませるから必要ないし…」

 

まさに前途多難である。ただ言うならばこれは今までテレポートに頼りすぎていた反動もあるのかもしれない。ゆんゆんのおかげでテレポートでの移動が当たり前になっていた部分もあるし、冒険者の移動は本来こういった形が一般的だ。テレポートを持つアークウィザードがいるパーティなど、王都でも稀な存在なのだから。

 

「考えても仕方ありません、とにかく今はできる限り最短で紅魔の里へ行ける方法を実行しましょう」

 

「それしかないだろうね…ゆんゆんは紅魔の里までの道程の地理やモンスターの特性などは把握しているのか?」

 

「…それが私もあまり…前回帰った時は偶然紅魔族の人と出会ってテレポートで送ってもらったから…、それに里から出る時もテレポートで送ってくれたから実際に徒歩で通ったことはなくて…私もあまり詳しくはないの…その、ごめんなさい…」

 

「謝る必要はありませんよ、でしたら紅魔の里近辺についての本などを買っておきましょうか」

 

「数日かかるのなら食料も買っておかないとね、時間が惜しい、すぐに手分けしようか」

 

そんな話をしていたら喫茶店のウェイトレスさんが気まずそうに料理を持ってきた。こちらがすぐにでも店を出ようとしている空気を察したのかと思われるのだけど、そういえば私が頼んだんだったと思えば少し微妙な空気になる。

 

「……その前にまずは食べましょうか、ゆんゆんも朝食はまだでしょう?これから忙しくなるのですから今のうちに食べておかないといけません」

 

「…う、うん、そうだね…」

 

「…確かにアリスの言う事も一理ある、僕も食べておくよ」

 

強引に納得させたところで注文しておいたサンドイッチとミルクティーを堪能する。お腹が減っては戦はできませぬ。久々の長旅、思えば日を跨いだ旅は最近ではご無沙汰な気もする。それもこの3人で、となれば初めてのことだ。ゆんゆんとしてはそんな事を考える余裕もないかもしれないし不謹慎な気もするので言わないけど、これからの紅魔の里への旅が私には楽しみなものでもあったのだから。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

結論から言えばやはりアルカンレティア行きのテレポートサービスは運営されていなかった。今から予約すると行けるのは五日後になってしまうらしい。それならアクセルの馬車で行けるだけ行ってから後は徒歩で臨む形にした方が遥かに早く紅魔の里に着いてしまう。

 

行動が早かっただけあってなんとか午前中の便に間に合うことができ、たっぷりと食料を準備した私達はアクセルで馬車へ乗り込み、雑談をしながらも半日あまりを馬車で過ごして、そして途中下車することになっていた。

 

 

「…やっぱり長時間の馬車の移動はしんどいですね…ここからの道なりはわかるのです?」

 

「うん、方角なら問題なくわかるよ」

 

「馬車の中である程度の知識は詰めておいたし、これならなんとかなると思う」

 

いざ紅魔の里へ出発。これからは徒歩なので気を引き締めていかなければ。ガイドブックによれば紅魔の里までのモンスターは王都レベルかそれ以上のものも稀にいるらしい。めぐみんやゆんゆんはテレポートで送ってもらうことでそれらを回避していたが今回はそういう訳にはいかない。とはいえ今の私達だと地味に王都のモンスターも余裕があるのでその辺はあまり危惧してはいない。だけど強さはともかく特殊なモンスターも数多く生息しているらしい。

 

「…調べた限りでは一番僕達に厄介なモンスターは『安楽少女』かもしれないな…」

 

「…安楽少女?」

 

「私も聞いた事がある…、特に可愛いものが大好きなアリスじゃ絶対太刀打ちできないと思う…」

 

「……むむ」

 

可愛いモンスターと聞いて、私とゆんゆんが2人でアクセルでのクエストを受けて唯一達成出来なかったクエストを思い出す。あれは初心者殺し討伐に慣れて余裕が出てきた時期だった。ゆんゆんと2人で受けてみた討伐対象は『一撃うさぎ』という大きなうさぎのモンスター。

特徴としてはそのまま大きなうさぎでつぶらな瞳がとても愛くるしい、見た目はぬいぐるみのようなモンスターなのだけど、その見た目とは裏腹に性格は凶暴、私はその可愛さのあまりに全く攻撃することができなかったのだ。

だけどゆんゆんの頑張りであと少しまで追い詰めたところで私の良心がトドメを刺すことを許さなかった、結局ゆんゆんに懇願する形で一撃うさぎを逃がしてしまったのだ。

 

そしてより強くなった今でさえ、あのようなモンスターが出てきても私は攻撃することができないと断言できる。あれを攻撃できるのは人の皮を被った悪魔か何かだ、絶対私と同じ赤い血ではないと思えるくらいに。

 

「アリス、あの時も言ったけどモンスターである以上は人間を襲う存在なの、あの時の一撃うさぎは結局別の人が討伐しちゃったみたいだけど今回はそういう事のないようにね?」

 

「……納得できません」

 

「……え?」

 

納得出来るはずがない。可愛いは正義なのだ、愛でるべきものなのだ。それを人間の都合で殺してしまっていいはずがないのだ。いや、それ以前に。

 

「なんでモンスターがあんなに可愛いのですか!?納得できるはずがありません!」

 

「……えぇ……そんなこと言われても…」

 

「…それもまたモンスターの知恵なのかもしれない、見た目を可愛らしく見せることで人間から狩られにくくしているのではないだろうか」

 

「うぅ…、できたらその安楽少女というのに出逢わないことを祈りますか…」

 

そんな想いを乗せて、私は首に隠すようにかけてあるエリス様のネックレスを握りしめた。結局身につけているのは私がエリス教徒になったからではない、あの時の罪悪感からだ。あれから祈る時はあれは事故です、ノーカンですと想いながら祈っている。エリス様がその祈りを聞いてどう思うかはわからないけど私なりの贖罪なのである。自己満足とも言う。

 

そんなこんなで平原をひたすら歩き続ける。旅は予想に反して順調だった。脅威となるモンスターに出逢うこともなく、懐中時計を気にしながら食事休憩を挟みながらも雑談してはまた進む、そんな旅だった。

 

歩いていると木々が見え始め、一夜を過ごしてから森を進むことにもなったけどそれも特に問題はない。王都でのクエストで対峙したこともあるグリフォンやらが何匹か襲ってきたくらいだ、私達が手を出すまでもなくミツルギさんだけでも余裕で倒せてしまっていた。

 

森と言ってもそこまで深い森ではない、空を見上げれば青空が広がり、太陽は明るくこちらを照らしてくれる。早朝に移動を再開したことが功をそうしたのか、光源に困ることも無い、流石に夜になれば危ないかもしれないがそうなる前に森を抜ければ済むだけの話だった。

 

そして森をそろそろ森を抜けられるかな…?そう思っていたら、私の視界にはとある光景が映し出された。

 

「…っ!?」

 

「……どうしたの?アリス」

 

「…人がいます!それも小さい子が!」

 

「人ってこんな森にかい…?…って、アリス!?」

 

ミツルギさんの制止も聞かず私は走った。全力疾走すること10秒あまり、近づくだけで見えてくるのは頭に花飾りをつけてワンピースを着た小さな女の子。その少女は木の傍に座り込んでいた、そしてその状態に私は絶句した。

 

「だ、大丈夫ですか!?こんなに怪我をして…モンスターに襲われたのです!?」

 

見れば腕や首にはボロボロになった包帯が巻かれていて、その箇所は痛々しく出血しているように見えた。見る限り少女はあまり元気がないように見えるしあまり生気を感じない。何故ここまで弱っているのか疑問に思うがこれは一刻を争う事態だということだけは理解できた。

 

少女は私に気が付くとその純真無垢な瞳と儚い笑顔をこちらへ向けた。それはこんな森の中でようやく人に出逢うことができたと安堵しているように見えて、私の母性にクリティカルヒットしてしまう。

 

「──お姉ちゃん、私の傍に──居てくれるの──?」

 

「……っ!?」

 

待って、待って!?何この可愛い子は!?すぐにでもお持ち帰りしたいくらい可愛いんですけど。流石にそんなことしたらただの誘拐だからしないけど。よく見たら耳が尖ってて人間ではない、エルフとかなのだろうか?だけど私には人間じゃないことで余計に愛護心が引き立てられていく。

 

「…と、とにかくまずは手当てをしますね、《セイクリッド・ハイネス・ヒール》!!」

 

遠慮の一切ない最上級回復魔法、淡いエメラルドグリーンの光が少女の身体を包み込む…けれど包帯ごしからでも分かる、治ってる様子はない。その結果に私は焦り始めていた。

 

「どうして……!?…回復魔法が効かない…もしかしたら呪われているのですか?でしたら…」

 

「──お姉ちゃん?」

 

もはや少女の声も私には届いていない。ただこの可愛らしい少女を助けたい、そんな気持ちで頭がいっぱいだった。

 

「アリス!!離れて!その子は違うの!!」

 

「落ち着くんだアリス!」

 

ゆんゆんとミツルギさんの声が聞こえてくる。そこで私の詠唱は終わりを告げた。杖には白い光がボールのように密集して、清らかな光を放っていた。私はその光を少女へと向けて、思いのままに放った。

 

「《セイクリッド・ブレイクスペル》!!」

 

その瞬間だった。

 

「……ががががっ!!??このガキ、なにしやがった!?」

 

明らかに少女の雰囲気が変わった。思わず目を見開いてしまう。私が放った魔法は《セイクリッド・ブレイクスペル》。あらゆる状態異常を解除できる魔法。敵に撃てば厄介なバリアなどが解除でき、味方に撃てば呪いなども解除可能な万能スキルである。

 

「アリス!?何をしたの!?」

 

「…わ、私はただ呪いを解除しようと…」

 

見る限り少女は苦しんでいる。今もなお、『ががががっ』と奇妙な悲鳴をあげている。撃った本人である私でさえ何が起こったのか理解が追いつかない。まるで悪魔のような悲鳴をあげて頭を抑える少女、私の放った光は遠慮なく少女を包み込んでいく。

 

そして数十秒が経過して、ようやく光が収まると、傍にあった木が徐々に枯れていき…ついにはその場で消滅してしまった。

 

…気が付けばその場には何もなくなっていた。未だに何が起こったのかさっぱりわからず、私はその場に立ち尽くしていた。

 

「……何が起こったのです…?…今の子は…?」

 

「…アリス、今のがさっき話した『安楽少女』なの…」

 

「……え?」

 

「…ゆんゆんの言う通りだ、今読み返してみても一致する状況ばかりだ、…ただ《セイクリッド・ブレイクスペル》で倒せるなんて情報はどこにも書いてはいないが…今のを見る限り効果があったようだな…」

 

ガイドブックを読みながらのミツルギさんの言葉は素直に私の耳に入っていなかった。

つまりは私が…あんなに愛くるしいいたいけな少女をこの手で殺してしまったことになる。知らなかったとはいえ、助けたかったはずの存在を。

 

そう思えば何かをすることもできずに、私はただ震えて少女がいた場所をじっと見つめていた。

 

「……アリス、あれはこちらを欺く為の擬態なんだ、こちらを騙していたんだ。だからアリスが心を痛める理由はどこにもないんだ」

 

「そ、そうよアリス!今の気持ち悪い叫び声を聞いたでしょ!あれが本性なのよ!騙されないで!アリスは何も悪い事はしてないんだから!」

 

「……はい」

 

二人の言葉は素直に私の心に響かなかった。勿論安楽少女についての話は事前に聞いていたしできれば出逢いたくはなかった。

だけど出逢ってしまった、なんとしても助けたいと思った。それが助けられなかった。

 

そんな現実だけが私に直面してしまい、やり場のない気持ちが私の心を支配している。必死に二人の言う事を飲み込もうとしても、中々飲み込めなかった。

 

そもそも助ける助けないの問題でもない、その情こそが安楽少女の狙いなのだ。こうしている間にもそれはミツルギさんとゆんゆんに聞かされていた。

 

…少し時間がかかったけど、私はなんとか気持ちを落ち着ける事ができた。それは一種の現実逃避かもしれない、だけど今こうして旅をしているのは安楽少女を救う為ではない。ゆんゆんの故郷を助けに行く為だ。

 

そう必死に言い聞かせた結果、私は重く感じた足をゆっくりと動かして、背を向けていた二人へと向き直る。

 

「……ごめんなさい、取り乱しました。先を急ぎましょう」

 

「アリス…本当に大丈夫…?」

 

ゆんゆんの言葉に私は無言で頷くしかできなかった。ゆんゆんとしてはこんなところで足止めしている余裕も私を気遣う余裕もないはずなのに。一刻も早く紅魔の里に行き、皆を助けたいと思っているはずなのだから。

こんなところで立ち止まっててはいけない。

 

そう思えば吹っ切れることができたのかもしれない。先程よりも足取りが軽く感じたのだから。

 

そしてその場を離れようとした──その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────ここ──、どこ──?』

 

「「「っ!?」」」

 

 

去り際に聞こえてきた少女の声に私達三人は驚いて振り返る。そこには…、私が助けようとしていた安楽少女が、不思議そうな顔をしたまま辺りを見回していた──。

 

 

 



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episode 112 安楽少女


今年ラストの投稿となります!それでは皆様、良いお年を!

ものすごくどうでもいい話なんですが、とある小説のタイトルを見てこれアリスじゃね?と普通に思いました()




──安楽少女。

 

植物型のモンスター。モンスターではあるものの、物理的な危害を加えてくることはない。

そういう意味では無害。見た目も愛らしく、怪我をしていたり弱っていたり正常な人間であればまず放っておけない容姿をしている。

 

そんな容姿を利用して、通りかかる旅人の庇護欲を抱かせる言動をとり、自身の傍へと旅人を誘う。

 

その誘いは非常に抗い難く、一度心を許してしまい距離をなくせばたちまち情が移ってしまい、死ぬまで囚われることとなる。捕らえた者が死んだ後に、自身の養分として吸い尽くされ、取り込まれてしまう。

 

まずその容姿は擬態である。怪我をしているように見えるものも実際にそんなことはない。知能が高く、人間の言葉をしゃべるのだが、その発言全てが自身の養分を得る為の手段でしかない。

 

少女の背後に大きめの実がなる木があれば安楽少女と確定してもいいだろう。その木もまた安楽少女の一部であり、寄り添い時間が経つとともに空腹になった旅人に実を与える。

しかしこの実には強い催眠効果があり、栄養素は皆無で次第に夢心地になって、栄養失調で旅人を衰弱死させてしまうという。絶対に口にしてはいけない。

 

また、年老いた冒険者などが、安らかな死を求めてあえて少女に近付く案件もあり、そんな事柄が安楽少女の名前の由来となっている。

 

だが戦闘能力は皆無である。非常に辛いかと思われるが、出逢ってしまった旅人は新たな被害が出ないようにする為に是非とも駆除してほしい。

 

 

 

…ミツルギさんの持っているガイドブックにはこう書かれていた。それは私やゆんゆんも聞いていたし理解もしていた。

 

だけど…。

 

 

「……っ!?」

 

私は無意識に無事だった少女に近づこうとしていた。そんなすぐにでも走り出そうとしている私の腕を、ミツルギさんとゆんゆんがそれぞれ左右から掴んで止めた。

 

「このままそっとしておこう、駆除する気がないのなら、今はそうするしかない」

 

「お願いだから落ち着いてアリス!あの子はモンスターなの!」

 

「ちょっと待ってください、私は落ち着いてます、…それよりも、さっきと様子が全然違うと思いませんか?」

 

「「…え?」」

 

2人は私の腕を掴んだまま安楽少女を注視する。半ば警戒するように見ているけどそれも当然だろう、相手はモンスターだ、出逢ったことのないモンスターである以上、何をしてくるのか検討もつかない。

 

一方少女は、無言のまま周囲を見渡していたと思えば、今度は自分の身体、手、髪の毛をいじったり、頭の花飾りを触ったりで常に不思議そうにしている。…やがてこちらに気が付いたのか、そのつぶらな瞳をこちらへと向けた。

 

『──お姉ちゃん、お兄ちゃん。──ここはどこ──?』

 

距離にして10mくらい。少女はぎこちない様子でこちらに話しかけてくる。ただ様子はおかしい。さっきまで一緒にいたのに、まるで今の記憶が抜け落ちたような反応に見える。

 

「…ここは森の中ですよ」

 

『──森の中──?…あれ?私は確か植物に食べられて──?』

 

次第に少女は自身を抱くようにして震えていた。その顔色は青ざめていて恐怖しているように見える。そんな状態になった子を私が放っておけるはずもなく、力緩んだ一瞬の隙をついて二人の束縛を逃げるように振り払って少女の元へと駆け寄った。駆け寄ってしまった。

 

「…っ!?駄目だアリス!あれは全部演技なんだ!冷静になってくれ!」

 

「お願いだから止まってアリス!!」

 

「…っ!」

 

少女まで残り2mあまり。そこで私は二人の制止の叫びを聞いてその足を止めた。…これではいくらなんでも学習能力がなさすぎる。自制心を持たなければ…、そう思いながらも少女を見れば上目遣いな少女と目が合う。

 

それは先程よりもずっと澄んでいた。まるで宝石のような綺麗な瞳。それが直接私の事を見つめ返す。

 

『お姉ちゃんは──誰──?』

 

その透き通るような声に聞き惚れながらも、私はその場で中腰になり、座ったままの少女と目線を合わせた。

 

「はじめまして、私はアリスです、貴女の名前はなんというのですか?」

 

出来る限り優しく、まるでガラス細工を扱うように丁寧に聞いてみる。実際その状態は先程よりも更に弱々しく見える。とても演技などには見えなかった。

 

『──名前──?私の──名前──…。思い──出せないの──』

 

心苦しそうに少女は俯いた。そしてゆっくりと立ち上がる。足はちゃんとあるようでぎこちなくその両足を動かしている。だけど不思議なことに、先程までの血が滲んだ包帯は一切なくなっている。

 

『──私、──村に帰らないと──』

 

そう告げた少女は歩き始める。だけど足元が覚束無い。ふわふわした足取りはそのまま崩れるように足をもつらせて、派手に転んでしまう。

 

「っ!?大丈夫ですか!?「アリス!!」…っ!?」

 

すぐに駆け寄ろうとしたところ、ミツルギさんの声が私の動きを強制的に止めてしまった。それ以上は言わなくてもわかる。これも安楽少女の作戦の内だと言いたいのだろう。

 

…だけど本当にそうなのだろうか?村に帰るとはなんなのか?まるで人間みたいな言動をとるしこちらの気を引くようなものには見えない。

 

そして転んだ少女は何か違和感を感じたようにその場で座り込み、転んだ際に強く打ったであろう箇所、膝の部分を撫でながら見て…、そして再び震えていた。

 

『──どうして?──こんなに派手に傷ができて──痛いのに──、どうして血が出ないの──?』

 

少女の傷口はこちらからも見える。確かに人間なら派手に流血していると思われるほどの傷だ。転んだ地面に視線を移せばそこには鋭利に尖った石がある、それに運悪くぶつかってしまったのだろう。…だけど…その言葉を聞いて、私達三人は何かが凍りついたような錯覚を覚えた。

 

この少女はまるで自分がモンスターであることを理解していないみたいではないか。これはどういう事なのか。気を引く為の演技だとしたら明らかに遠回りだし手が込みすぎている。

 

今の彼女は本当にただのモンスターなのだろうか──?私には、そんな疑問しか浮かばなかった。

 

 

「…ミツルギさん、あの子…本当にどこか様子がおかしくないですか?」

 

「…ゆんゆんまで何を言い出すんだ…、どんなに演技に見えなくても、あの子はモンスターだ、僕らに出来ることは駆除するか、それが出来なければ大人しく去るしかないんだ」

 

…そんなミツルギさんの言葉に突き刺さるように反応したのは少女だった。その瞳には光がなくなり、信じられないという感情が浮き彫りになってしまった、そんな悲愴感を起こす表情。私もゆんゆんも、その顔をじっと見てはいられなくなり、痛ましく視線を逸らしてしまった。

 

『──私が────モンスター…?』

 

少女の膝の傷口は徐々に塞がっていく、それは人間であるならありえない治癒速度。そんな様子を見ながらも、次第に少女の瞳から溢れ出す涙。既に痛みもないのだろうか自然と立ち上がり、ただ立ち尽くして、それを拭うこともなく涙を流し続けている。

 

もう無理だった。これがもしも演技なら大したものだ。心からそう思う。もといそれ以上に──、私は目の前で泣いている少女を見捨てる事など、絶対に出来なかった。

 

『──お姉ちゃん?』

 

こんな行動、冒険者として失格かもしれない、パーティリーダーとして失格かもしれない。それでも──。

 

私が気が付けば目の前の少女を思いのまま優しく抱き締めて、そして釣られるように泣いていた。

 

「…大丈夫ですよ、貴女がモンスターであれなんであれ…私は貴女の味方ですから」

 

『──お姉ちゃん、離れないと──、危ないよ──?──だって私は──、モンスターみたいだし──』

 

「そんな事はありません!貴女に敵意があるのでしたら、離れろなんて言わないはずです!…ですから……貴女の話を聞かせてくれませんか?」

 

『──……ぐすっ──』

 

少女はついに癇癪を起こして泣き出してしまった。私はそれに対して頭を撫でてあやした。気付けば私を止めることなくゆんゆんが傍で見守っていて、ミツルギさんは複雑そうにその場に立っている。おそらく私の言葉に納得できる部分もあったのかもしれない。

 

今はただこうして──、少女が泣き止むのをただ待つことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おぼろげな少女の記憶──。

 

彼女は元々人間だった──。

 

彼女は付近の村で暮らしていた──。

 

ある日森に遊びに行った際に食人植物に襲われて──。

 

……そこから、彼女の記憶は全くない──。

 

あまりにも少なすぎる情報、だけどそれが演技だと思う者は私達の中にはいなかった。

 

「…ゆんゆん、この辺りに紅魔の里以外に村はあるのですか?」

 

「……ないと思う、だとしたらこの子も紅魔の里の人間かもしれないけど…髪は黒くないし瞳も赤くないから…でもモンスターになっちゃって色が変わった可能性もあるから……ごめん、わからない…」

 

「……ではこの子も連れていきましょう」

 

私の提案に対する反応はほぼ同じだった。少女とゆんゆんは声もなく驚いた表情をしていて、ミツルギさんは無言で目を見開いている。

確かにそんな場合ではないことはわかっている。今は一刻も早く紅魔の里へ行かなければならない。だけど…。

 

「いくらモンスターとはいえ、人だった頃の記憶を取り戻した今はこんな森の中に独り残して行くなんてこと、私にはできません」

 

「…しかし…」

 

「…ではこの子に聞きましょうか。…貴女はどうしたいですか?私は貴女の気持ちを尊重しますよ」

 

『──私は──』

 

少女はそれ以上何も言えずに俯いてしまった。けど私には少女の気持ちが良くわかった。私達の迷惑になると思ったのだろう。この内気な様子は昔の自分やゆんゆんを見ているような感じがしてますます放ってはおけない。

 

『──やっぱり──、私は此処に──』

 

「決まりですね、では共に行きましょうか」

 

『──え?』

 

キョトンとした少女を後目に、私は立ち上がって少女に手を差し伸べた。ゆんゆんやミツルギさんももはや私を止めるつもりはないようだ。ミツルギさんはやれやれと溜息をついていたけど。

 

「これからもこの森で独り孤独にモンスターとして生きるのですか?そんなのは嫌だと顔に書いてありますよ。私達に遠慮する必要はありません、貴女のことは…、私が守りますから」

 

『──っ!……ありがとう──、お姉ちゃん──』

 

正直に言えばこの言動が本当に正しいかはわからない。人の姿をしていても、人だった頃の記憶があったとしても、今の彼女はモンスター、その事実は変わらない。

それがどんな悲劇を生むことになるのかも想像できない。街に入ってモンスターだと気付かれたら大変なことになるかもしれないし、仮にこの子の家族や友人と出逢えた時に、その人達がモンスターとなった彼女を受け入れてくれるのか。はっきり言えば問題は山積みだ。

だけどこの森で独り過ごす事で何が変わると言うのか、おそらく何も変わらない。下手をすればモンスターとしての感性を取り戻してしまう可能性すらある。

 

彼女自身にもまだまだ謎が多い。安楽少女としての機能はまだ備わっているのだろうか、少なくとも消滅した木がまた生えてくる気配はない。そもそも完全に彼女を信じてもいいのだろうか、その疑いの気持ちも言ってしまえばゼロではない、可能性は低いと見ているが少女のモンスターとしての感性が蘇る可能性もあれば今のが全て演技である可能性もある。

 

 

それでも──、自己満足と言われてもいい。

 

私は目の前で泣いている子がいたら…、手を差し伸べる。それらを全て覚悟した上で──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

新たに少女を迎えた私達のパーティは無事に森を抜けて平原を歩く。少女の歩くペースに合わせて移動しているのでペースが落ちてしまったけど想定内ではある。ゆんゆんには申し訳ない気持ちしかないのだけど。

 

「ごめんなさいゆんゆん…、成り行きとはいえ到着に遅れが出ちゃってますし…」

 

「ううん、アリスの気持ちも分かるし私でも同じ事をしたと思うから…」

 

ちなみに少女は今、私と手を繋いで歩いている。どこか不安そうにキョロキョロと周囲を見渡しているのはもしかしたら自分のいた村を探しているのかもしれない。

しかしあまり喋らない子だ。単純に私達に気遣っているのかもしれないがそうだとしたらますます昔の自分を見てるようで他人のような気がしない。そして可愛い、超可愛い。庇護欲なんてレベルじゃないくらい守ってあげたくなる。

これが彼女の安楽少女としての特性なのか、あるいは彼女の元々の魅力なのかはわからないが、こうしていて彼女がなんらかの危害を加えてくる気配は欠片も無いので、最初は警戒していたミツルギさんも徐々に警戒を解いてきてきた。

 

「…それにしても広い平原だな…これではどこにモンスターがいてもすぐ見つかってしまうな…」

 

今歩く平原は本当に何も遮るものがない。移動する分には余計な障害物がなくていいのだけどミツルギさんが言うようにここまで見晴らしがいいとモンスターにも簡単に見つかってしまう。既にエンシェント・ドラゴンや一撃熊が襲ってきたのだけどとりあえず問題なく討伐はできている。いつもなら問題はないのだけど今は少女がいる。あまり無闇に戦闘に入りたくないのが正直なところだ。

 

『──お姉ちゃん、誰か来る』

 

「えっ?」

 

少女が私の服の袖を引っ張って控えめに言えば、確かにこちらからよく見れば点にしか見えない何かが走ってきている感じがする。その遠くから来るもどかしさに、こちらも近付こうと早足になる。そして段々と点にしか見えなかったものが、人影に見えてきて、やがてそれは…服装などが明らかになっていった。

 

「…あの緑色のマント…まさか…佐藤和真か!?」

 

「「えぇっ!?」」

 

『──?』

 

確かによく見ていれば、カズマ君に見えなくはない。もとい少しずつ近付き大きくなるそれはカズマ君にしか見えなくなってきた。必死の形相で逃げているし、その背後には何か大きな人型の群れが襲ってきていた。

 

私はすぐに杖を構える。なぁにバーストで一掃するだけの簡単なお仕事でござるよ。そんな軽いノリだったのだけど、手で遮るようにゆんゆんに止められてしまった。

 

「アリス、ここは私に任せて。あのモンスターはオークだと思う、…だとしたら、無闇に攻撃してしまうのはまずいの、特にミツルギさんは絶対に手を出さないで!できれば見付からないように隠れてて!!」

 

「…攻撃してはまずい……?」

 

「…どういう事だ…?それに隠れるとしてもこの平原では…」

 

私とミツルギさんが揃って疑問を口にしたが、その答えが帰ってくることはなく、ゆんゆんはカズマ君の元へと走っていってしまった。

なんのこっちゃな状態なのだけどこの辺は既にゆんゆんの地元だ、ならゆんゆんの言う通りにした方が良さそうだ。

 

何故カズマ君がこんなところにいるのか、オークに攻撃したらまずい理由とはなんなのか。

 

理解が追いつかないまま、私は片手に杖を持ったまま、もう片手で少女の手を握り、早足でゆんゆんの後を追う事にしたのだった──。

 

 

 

 





アンケートの御協力、ありがとうございました!参考にしつつ絡みを増やしていきたいと思います!

ところで皆様に相談なんですがこの安楽少女ちゃんに名前をつけたいと思ってます。何かいい案があれば感想からお願いします!(露骨な感想稼ぎ)




15時追記。

1月2日の12時に予約投稿しようとしたところ、2021年に設定するのを忘れていまして、episode114を即時投稿してしまいました。申し訳ありませんが、もし見てしまった方がいましたらそっ閉じしてやってください。

なお1月1日も2日も既に予約投稿を終えてあります。即時投稿してもいいのですが個人的に書き溜めがないと余裕がなくなってまともに書けなくなるのでご了承ください。

せっかくですので今年最後の挨拶を。6月から始めた小説、処女作で思い付きで始めたものですが、ここまで書けたのは皆様のおかげしかありません。本当にありがとうございます。これからも拙い文章ではありますが、読んでくださるとめちゃくちゃ嬉しいです。

改めて皆様、良いお年をお迎えくださいませ。



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episode 113 無駄にイケメンで強い人




今年もよろしくお願いします。新年を機に作者の名前変えてみました。





 

 

 

―平原―

 

私と手を繋ぐ少女と、そしてミツルギさんはゆんゆんの後を追った。ミツルギさんは隠れるように指示されたが隠れるような木一本存在しないしどうしようも無いと判断したのだろう。

 

近付いてみれば襲われている人の正体はやはりカズマ君だった。襲いかかるオークの群れはゆんゆんの魔法、ボトムレス・スワンプで沈められていた。あくまで直接的な攻撃は仕掛けていない。

 

「わ、我が名はゆんゆん!アークウィザードにして、様々な上級魔法を操る者!紅魔族でも五指に入る魔法の使い手…!やがては、紅魔族の長となる者っ!!

 

「…ゆんゆん!!」

 

涙目でゆんゆんの名を呼ぶカズマ君、その様子から本気で怖かったのだろう。少なくともせっかくウォールを教えているのにそれを使う余裕がないくらいには取り乱していた。

 

「紅魔の里近くに巣くうオーク達!ご近所のよしみで今日は見逃してあげるわ!!さあ仲間を連れて立ち去りなさい!」

 

動揺するオーク達。この辺に生息しているだけあって、生まれながらにアークウィザードの素養を持つと言われる紅魔族の強さは知っているだろう。それぞれが顔を見合わせている。

 

「…それはできない相談だねぇ」

 

「…え?」

 

よく見ればオークの存在は多種多様、角が生えたり、羽がついてたり、耳が異様に長かったりするのだがある共通点があった。

オーク故に全員が太っていて、そして見る限り雌しか見当たらない。

 

そしてその答えもゆんゆんにとっては意外なことだったのか、ゆんゆんは呆気にとられている。…と、いうよりこの辺のモンスターは安楽少女といいオークといい、喋れるのが多いのだろうか?魔王軍幹部以外で喋っているのを初めて見たかもしれない。

 

「確かに紅魔族と事を構えるのはこっちもごめんよ、だから取引しないかい?こっちのボウヤは大人しく返そうじゃないか、……でもねぃ、お嬢ちゃんの後ろにいるイケメン剣士だけは絶対に見逃すつもりはないわよぉぉ」

 

舌なめずりするオークの視線はゆんゆんの後方にいるミツルギさんに向けられた。そして何故ミツルギさんに隠れろと言ったのか、私はその意味がようやく理解できた。

ゆんゆんは後ろに振り返り、気まずそうにしているミツルギさんに気が付くと、驚愕の表情を見せていた。

 

「なんで…なんで隠れていてって言ったのに出てきてるんですか!?無駄にイケメンで強い貴方がいたら話が纏まらないじゃないですか!?」

 

「申し訳ないとは思うけどそれは少し酷くないかい!?」

 

これは誰が悪いのだろうか。確かにミツルギさんは結果的にゆんゆんの指示を無視する形になったけれど隠れるような場所はないし、それにまさかこのような事態になっているなんて予想ができるはずもない。

 

「頼むミッツさん…!ここは俺を助けると思って…どうか生贄になってくれ…!そうすれば丸く収まるんだ…!」

 

「僕がとんでもないことになってしまうだろう!?ふざけるな!?」

 

冗談ではないと言わんばかりにミツルギさんは魔剣グラムを抜き、話している間に我慢が出来なくなったのか襲いかかってきたメスオークを一刀両断する。オーク自体はそこまで強くはないのか、意外にもあっさりと倒されていた。

 

「あぁぁぁ!?駄目ですよミツルギさん!攻撃しちゃ駄目って言ったじゃないですか!?」

 

「…そう言われても今の場合こうするしか…」

 

「いいですかミツルギさん、このオーク達は今はメスしかいません、この近辺には何千匹といったメスオーク達が生息しているんです!そしてこの平原はオーク達の縄張り。男の人が強さを見せつけてしまえばオーク達はこの広い平原を抜けるまでずっと襲ってきます!」

 

「…メスしかいない…?それでどうやって繁殖を……まさか…」

 

ミツルギさんの頬を汗が流れる。こういう時は察しがよくありたくないものである。女の私としても嫌な予感しかしない。

 

「オスなんて生まれても散々弄ばれて成人する前に死んでしまうんです!ですからこのオーク達は種族関係なく男の人を襲います!それが強いとなれば優秀な遺伝子を残したいオークとしては是が非でも欲しくなるんです、ミツルギさんほどの強さなら手段を選ぶ事はないと思います…!」

 

「ふふふふっ、長々と説明ありがとうねお嬢ちゃん、…そういう事さ、それに仲間を殺されたんだ。交渉は決裂だねぃ……もはやイケメン剣士も、そこのボウヤも見逃すつもりはないよ…!」

 

どうやって呼んだのかはわからない。オークの特性なのか、別の何かなのか。こうやって話している間に次から次へと異形なメスオーク達がぞろぞろと集まってくる。なるほど、攻撃しないでと言ったのはこういうことだったのか。下手に刺激してはこのように大量のオークが集まることになる。これは男の人から見れば地獄絵図か何かかもしれないし、数千となればこちらとしても厄介この上ない。

 

「…ちょうどいいですからアイリスから戴いた魔晶石を試してみましょうか、単純に火力が上がるのか、属性かつくのか試していませんでしたし」

 

「なんでアリスまで今日はそんなに好戦的なの!?」

 

アダマンタイトの結晶を取り出すと、それを手際よく杖に装着する。わらわらと集まるオーク目指して詠唱を開始する。温かみのある魔力が循環して、魔法陣となって駆け巡る。

そうなれば脳内に今から発動する魔法の名前が浮かび上がる、後は…その魔法の名前を直に口にするだけ。

 

「…私の傍を離れないでくださいね」

 

『――うん…』

 

少女は見守るように私から2歩ほどの位置で様子を伺っている。アダマンタイトの結晶が待ちきれないと言わんばかりに魔力を噴出させる。

 

 

「行きます…!《ターングラビティ》!! 」

 

 

それは地属性の《バースト》。私の発動に合わせて起こるのは岩の大津波。次から次へと異形なメスオーク達を飲み込んでいく。やはりオークそのものの力はそこまで強くないようだ、集団で存在しているからこその脅威なのだろう。

 

結果的に私達を取り囲もうとしていたメスオークの集団はほぼ全壊状態になった。後方にいたメスオーク達は一瞬のうちに起こったこの惨劇に声も出せずに震えて、その場で持っていた武器などを落としてしまった、どうやら完全に戦意喪失したらしい。

 

『――お姉ちゃん――、すごい――!』

 

「じ、冗談じゃないよ!?なんだいあの化け物は!?わたしゃ逃げるよ!?」

 

「わ、私も!命は大事にするよ!!」

 

オーク達は正気に戻るとすぐさまこの場から逃げ去っていく。どうやらなんとかなったみたいで一安心なんだけど化け物呼ばわりは失礼ではないだろうか。自分で言うのもあれだけどアクア様のおかげで見た目はしっかり美少女なのですよ。

 

「……私、たまにアリスのことが少し怖く感じてるんだけど…」

 

「あ、アイリスにもらった魔晶石の力ですよ、うん」

 

ようやくなんとかなったと、カズマ君はその場で崩れるように座り込んでしまった。それほど恐怖していたのだろう。そしてふと聞こえる声。

 

「アリス!ゆんゆん!」

 

「…ダクネス、めぐみんにアクア様も!?」

 

とはいえカズマ君がいるのなら当然この3人もいるだろう。ダクネスの声に私は振り返り、しばらくぶりの再会に笑みを零していた。私の傍へと駆け寄ってくる3人に何を感じたのかわからないけど、少女は私の背後に隠れるようにして様子を伺っている。やっぱり可愛い。

 

「…ねぇ、アリスの後ろにいるその子って…」

 

「…私達が出逢った安楽少女にそっくりですね…まさか…」

 

「だが妙だぞ…?安楽少女なら身体の一部である実のなっている木から離れられないんじゃないのか…?」

 

やはりというべきか、3人の興味は真っ先に私の後ろに隠れている少女に向けられた。そしてどうやらカズマ君のパーティも安楽少女に出逢っていたようだ。

 

「俺にもわかんねーよ、その子から敵感知スキルに反応はないし…それに安楽少女なら俺が……いや、なんでもない」

 

「……カズマ君?」

 

何を言いかけたのだろうか。非常に気になるものの、安楽少女というモンスターがユニーク個体でない以上は、まだまだこの近辺に存在しているのかもしれない。とりあえず震えているこの子を落ち着かせよう。

 

「大丈夫ですよ、このお姉ちゃん達は私のお友達ですから」

 

『――お友達――?』

 

どうやら人見知りが激しいらしい。少し落ち着いたものの、私の背後からそっと顔を覗かせていることはやめるつもりはないようだ。どこまで昔の私そっくりなんだ。私に懐いてくれているのは凄く喜ばしいけど。抱きしめたいくらい可愛いのだけど。

 

「それよりもカズマ君達はどうしてここに?」

 

「あぁ、結局めぐみんが心配だって言うからな、ウィズに頼んでテレポートでアルカンレティアまで送ってもらったんだ。…そこから徒歩でここまで歩いてきたんだけど、さっきのに出くわしたところだ…」

 

「ちょ!?誤解を招く発言はやめてもらおうか!?私はただ、妹のことが心配だっただけです!」

 

「そ、そうね、魔法も使えないのに好戦的な子だもんね…」

 

なるほど、ウィズさんがいたかと私は思いつかなかった事を後悔していた。それも後の祭りでしかないと切り替えると、やはりカズマ君達は私の後ろに隠れている少女が気になって仕方ないようだ。片時も目を離すことがない。

 

「…あまり見ないであげてください、怖がってますので…」

 

「す、すまん、…それでアリス達はどんな経緯でその子と知り合って今一緒にいるんだ?」

 

「しかもその子…やっぱり人間じゃないわよね?」

 

『――っ!』

 

…人間じゃない。少女はその言葉にもっとも強い反応を示した。再び震え始めると、私の服の袖を掴む力が少しだけ強くなった。

 

「……とりあえず話はしますから、黙って聞いてもらえますか?」

 

「…お、おう…わかったからそんなに睨まないでくれ…ご、ごめんなうちのアクアさんが」

 

「な、何よ!?私が悪いの!?」

 

事情を知らないのだからアクア様の疑問は無理もないのだけど、ゆんゆんやめぐみん、ダクネスの視線は責めるようにアクア様へと向けられていた。

私も心痛める少女に気付くなり口調が出したことのないくらいきついものになっていたかもしれない。

 

私はカズマ君達に、少女と出逢った経緯を説明することにしたのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

説明が終わるなり、カズマ君のパーティは全員揃って青ざめていた。一体どうしたのだろうか?

 

「……つまりよ?つまり私がアリスみたいに《セイクリッド・ブレイクスペル》を使っていたら、あの時に出逢った子を救えたってこと!?」

 

「……お、俺は……俺はなんてことを……」

 

真っ先に取り乱したのはアクア様とカズマ君だ。カズマ君に至っては頭を抱えたままその場で崩れ落ちてしまった。

 

「……まさか…」

 

ここまで取り乱している理由を考えれば、それに該当することはそう多くはない。多分カズマ君達は…私達と別の安楽少女と出逢って…、討伐したのだろう。それは悪い事ではない、ガイドブックにも書いてあるので今までそうやって安楽少女は駆除されていっている。つまり過去に何度も駆除している冒険者や旅人がいるのだ。だからこそ正式な対処法としてガイドブックに記載されているのだから。

それでも知らなかったとはいえ、カズマ君達は結果的に安楽少女を駆除してしまった。その罪悪感は私の想像もつかないくらい大きなものに違いない。

 

それにしても困った。この2人は勿論のこと、ダクネスやめぐみんも私の話を聞いて意気消沈してしまっている。これでは紅魔の里に行くどころの話ではない。…そう思っていたのだけど。

 

「…カズマさん、せめてもの罪滅ぼしよ…、もし次に出逢うことがあったら…絶対に助け出すのよ……」

 

「……あぁ、そうだな……」

 

とりあえずそんな形で落ち着いた。私の予想としては何もかも忘れて安楽少女を探し出して見つけ次第救助するくらいは思っていたのだけど流石に本来の目的を忘れてはいなかったようだ。

 

「こればかりは何時まで考えていても仕方ありません、それに新たな発見があって良かったではないですか、アリスのおかげで今後安楽少女の駆除が減るかもしれませんし。…進みましょう、あちらに見える森を抜ければ紅魔の里は目と鼻の先です」

 

「…しかしアリス、その子を連れてきてどうするつもりなのだ?今から行く場所は戦場になっている可能性が高いのだぞ?」

 

「……だからといって、人であった時の記憶を取り戻したこの子を独り森の中に置き去りにするなんてことは私にはできませんでした。この近隣の村に住んでいたようなので紅魔の里の件が解決したら村を探して送り届けようと思ってます。それまでは私が責任をもって守りますよ」

 

「……しかしだな……いや、なんでもない。彼女の気持ちを尊重してそうしているのなら、私が何か言うのもな…」

 

ダクネスの言いたい事はすぐに理解できた。仮に村が見つかったとして、既にモンスターと化した少女を連れて行って問題がないのだろうか、という事だろう。勿論問題しかない事態なのだけど現状どうすることもできない。

 

私には答えがわからなかったのだから。仮に村が見つかっても少女の両親がか受け入れなかったら…、そうなるくらいならそのまま森に独り残して行った方が少女は幸せだったのではないか、となる可能性もある。

無責任にも感じるけど結局どうしたいかは少女次第だ、本当に森に残りたかったのなら、私はそうしたと思う。だけどどう見てもそうには見えなかった。だからまた私は似合わないことをしている。かつての私が欲しかったような存在を、少女にプレゼントするかのように。

 

決して可愛いから連れ回したい訳では無い。だけど独りの寂しさを知っている私は、どうしても少女を独りにする気にはなれなかったのだから――。

 

 

 

 

 

フラグ回収と言うべきなのか、森に入ってすぐに別の個体の安楽少女と出逢うことになった。意気込んだアクア様はすぐに猛ダッシュで駆け寄り《セイクリッド・ブレイクスペル》を使った。

 

「…あ、あれ?」

 

「お姉ちゃん――?私と一緒に居てくれるの――?」

 

この結果に私達は揃って顔を見合わせた。どうやらアクア様の《セイクリッド・ブレイクスペル》は全く効果がないらしい。続いて私が使ってみても何も起こる様子はない。

 

私が出逢った安楽少女とは違うのか、それともこの少女が特別なのか。一体何が違うのか、私にもさっぱりわからない。ただ言えるのは、今目の前に存在する安楽少女には、《セイクリッド・ブレイクスペル》は効かないということ。

 

結局どうする事もできずに、むしろ主に私とアクア様がこの安楽少女に魅了されてしまい抜け出すまでに余計な時間を使うことになってしまった――。

 

 

 

 



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episode 114 更なる襲撃と逃走


たまに総合ランキング90位~100位辺りにいるのが幸せです。ありがとうございます(´﹃`)

追記。誤字報告ありがとうございます、今の今までぶろっこりーと思ってました(´・ω・`;)


 

 

―森の中―

 

私が助けられる可能性を見出したせいで無闇に駆除することもできず、安楽少女から逃げることはかなり難航してしまっていた。ミツルギさんもカズマ君も動けなかったのだからそれも当然だ。単純に離れる事も難しい、女性陣はほぼ壊滅状態だったのだから。

 

そんな中、私達を助けてくれたのは――、私と一緒にいた少女だった。

 

『――この人達を解放して――。お願いだから――』

 

「……――え?」

 

少女の姿を見た時に、安楽少女の思考は停止したかのように固まってしまった。一応同族なこともあり、その見た目はかなり似ている。

 

「……はぁ!?お前同族か!?なんで普通に動けてんだよ!?ふざけんなし!!」

 

そんな本性が剥き出しになったからこそ、私達は正気に戻れた。《セイクリッド・ブレイクスペル》が効かない以上はこちらとして打つ手がなく、ミツルギさんとカズマ君に引っ張られるように離脱することになったのだった。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「……ちょっとアリス!?全然効かなかったじゃない!?」

 

「……そう言われましても……私にも何がなんだか…」

 

「本当に《セイクリッド・ブレイクスペル》だけを使ったのか?他には?」

 

「……あ」

 

カズマ君の指摘に私は気が付く。そういえば最初は怪我を癒そうとして《セイクリッド・ハイネス・ヒール》を使った。そして呪いか何かで回復が効かないと思ったからこそ、そうしたのだから。

 

「…言われてみればその前に《セイクリッド・ハイネス・ヒール》を使いましたが…」

 

「……うーん、どうなんだ?アクア」

 

「……どうと言われても…、結局回復魔法でしかないし、それは直接関係ないと思うわ」

 

「…となるとだ、やっぱりこの子が特別だった可能性があるな」

 

『――?』

 

よく分からないのか少女は首を傾げる様子はすごぶる可愛い。ただ収穫もあったと言えばあった。

 

「…特別なのは否定できないかもしれません、あの安楽少女が言いましたよね?『なんで普通に動けてんだよ』と。これは通常の安楽少女ではありえない事が確定したと見ていいと思います」

 

「なぁアリス、まとめに入ってるとこ悪いんだけどお前を引き剥がすのが一番大変だったんだからな?そこんとこ自覚しとけよな?」

 

「……返す言葉もございません…」

 

結局最後まで安楽少女に抗えなかったのが私でした。あれを見て平然としていられる方が異常であると私は断固抗議したい気持ちしかないのだけど冷静になればかなり情けない。だけど多分次に出逢っても同じ結果になる未来しか視えない。そしてもうお腹いっぱいなので絶対に出逢いたくない。

 

…というよりせっかく出会わないようにエリス様に祈ったのに結果的に2度も出逢ってしまっているではないか。全然ご利益がないのだけどどうなっているのか。やはり所詮は日本と同じで神頼みなど甘えでしかないのか。

 

『――お姉ちゃん、元気、出して――?』

 

いやはや流石はエリス様、ご利益しかなかった。国教だというのも頷ける話である。心配そうに上目遣いしてくる少女が可愛すぎて癒されまくる。この子の為にエリス信徒になってもいいかもしれないと思えるくらいはある。ならないけど。素敵な出逢いをありがとうございますエリス様。

 

「――というより…基本的にアリスにだけ懐いているのだな、その子は…」

 

「…きっと人見知りだからだと思いますけど…」

 

「でも同時期に出逢えた私とミツルギさんにも懐かないのよ…」

 

羨ましそうにこちらを見つめるゆんゆんだけど、ゆんゆんならきっとすぐに仲良くなれそうな気もする。私に近い感性を持っていると思うし。

 

なんて考えていたら再び少女が私の服の袖を引っ張った。

 

『……――お姉ちゃん、何か来る――』

 

「敵感知に反応があった、距離が近いぞ!静かにしろ、……って早いな」

 

カズマ君より数秒はやく、少女が警告を促した。というよりこうして一緒にいて、常に何かが近付くと教えてくれる。元々は戦闘能力のない安楽少女ということもあって危機管理能力が強いのかもしれない。じゃなきゃあんな森の中にいて他の庇護欲など無縁な知能の低いモンスターなどに襲われたらひとたまりもないだろうし。

 

「これだともはやカズマはいりませんね」

 

「おいちょっと待て!?俺が敵感知スキルしか取り柄がないみたく言うな!!」

 

「事実その通りでしょう?」

 

「はぁ!?ネタ魔法しか使えないやつに言われたくねーよ!?」

 

「なにおう!?爆裂魔法の悪口だけは聞き捨てなりません!!」

 

「お前らいい加減にしろ!!敵が近いんじゃなかったのか!?」

 

最初は小声だったのに、どちらも歯止めが効かなくなって結局はいつもの喧嘩である。怒鳴るダクネスの声も地味に大きいし。喧嘩するほど仲がいいとは言うけど今は実践して欲しくなかったまである。

 

小さな木々を掻き分けるように現れたのは一見する限り男性。だが肌の色も頭に生えた角も背中に生えた悪魔のような翼も人間ではないことを証明している。あれは王都での防衛戦で見た事がある下級悪魔だったはず。

 

「なんか声がすると思って来てみれば……くっくっく、当たりだぜ、紅魔族が2人もいやがる、後は冒険者か?」

 

「……おい、あの片方の紅魔族、どっかで見た事ねーか?」

 

「いや別にねーけど、あっても関係ねー、どうせ今から八つ裂きにするんだからな」

 

「おーい、こっちに獲物がいたぞー!」

 

体には軽鎧、手には長剣を握っている悪魔達。狙いはめぐみんとゆんゆんのようだ。こちらが身構える間にもぞろぞろと集まり始めている、地上にいる数は6。だけど空を見れば何体もの悪魔のシルエットが見える、飛んでこちらへと向かっているのだろうか。

 

「…ここは私が行くわ、アリスはその子を守っていて」

 

「……問題ないとは思いますが、気を付けて…」

 

ゆんゆんの拳と私の拳を軽くコツンとぶつけ合うと、ゆんゆんはそのまま悪魔のいる方向へと向かう。数は多いけどゆんゆんならあの程度問題なくやれるだろう。その根拠は単純に王都での防衛戦の時とはレベルが大きく違う。そして何よりもゆんゆんは怒っている。あれがおそらく里を襲っている魔王軍なのだろう。自身の生まれた故郷を襲っている根源、それが目の前に現れたことでゆんゆんの戦意は大きく高揚している。今まで見た事のないくらいに。

 

「散々煮え湯を飲まされてきたんだ…紅魔族は皆殺しだ!!やるぞお前r…」

 

「黒き雷よ、我が敵を撃ち貫けっ!!《カースド・ライトニング》!!」

 

ゆんゆんが先手を切った短い詠唱での上級雷魔法はゆんゆんの頭上に大きな黒い雷光の塊を生成して、それは瞬く間に広がると悪魔を1人、また1人と貫いていく。

 

「くそっ!そいつはまだ喋ってたのになんて奴だ…!怯むな!!アークウィザードとはいえ小娘ごとき、囲んでやってしまえ!!」

 

「それを僕が大人しく見てるとでも?」

 

「…っ!?こ、こいつまさか…っ!?」

 

動き出した悪魔の背後には既に魔剣グラムを抜いたミツルギさんがいて、話しかけると同時に一閃、見事に悪魔を真っ二つにしてしまった。

 

「青い鎧に魔剣……こいつまさか魔剣の勇者か!?なんでこんなやつがこんな辺境に!?」

 

「お、思い出したぞ!!あの紅魔族の小娘、よく見たら前に王都を襲った時に蒼の賢者と大暴れしていたやつだ!確か名前は……」

 

ミツルギさんにゆんゆん、二人の正体がわかったことで悪魔達は明らかに狼狽えている。どちらも王都での防衛戦で派手に活躍しているのだから知っていてもおかしくはないだろう。

 

「たゆんたゆん!!」

 

「……は?」

 

「ぶふっ!? 」

 

場の空気が凍った気がした。何がタチが悪いかって、悪魔は真顔で言っているのだから余計に反応に困る。めぐみんは口を抑えて笑いを堪えているしなんなんだこれ。

 

いやちょっと待って。ゆんゆんの名前を間違えた形として知っていると言う事は多分あの時の防衛戦で撤退していった悪魔なのだろう。

 

記憶の糸を手繰り寄せるように遡ると確かにあの時ゆんゆんは堂々と紅魔の名乗りを上げていた。流石にたゆんたゆんとは名乗っていないがあの時は周囲も喧騒のような騒がしさがあった、もしかしたら聞き間違えていたのかもしれない。逃げていった悪魔だとすればかなり後方にいた悪魔だと思われるし、至近距離にいた悪魔なんて私とゆんゆんで一掃してたし。

 

「わ……我が名はゆんゆん!!紅魔族族長の娘!!里を襲う悪魔達よ!今直ぐに立ち去りなさい!!」

 

ゆんゆんの顔は完全に真っ赤だ、名前をめちゃくちゃ強調してるし。だけど悪魔は止まらない。数もまだまだ増えてきた。

さて、どうしようか。このまま少女を守る為に後方待機のままでも良いのだけどあの程度なら少女を連れたまま私も出た方が早く終わりそうだけど。

 

「ゴッドブローー!!」

 

「ぐおぉぉ!?!?」

 

アクア様の渾身の右ストレートが悪魔のお腹を抉り込むと、悪魔は豪快に吹っ飛んで行き、大きめの木に衝突、そのまま息絶えていた。

 

「ゴッドブローとは…!女神による怒りと悲しみの一撃必殺技!!相手は死ぬ!!」

 

「めぐみんはまだ撃つなよ!どれくらい出てくるかわからない!」

 

「ぐぬぬ…我が力、魔王軍の奴らに見せつけたいのはありますが今は我慢してあげましょう…運が良かったですね…!!」

 

「減らず口を叩きやがって!ガキだろうと忌々しい紅魔族なら容赦しねー!!」

 

挑発と受け取ったのか、剣を握った悪魔が二人ほどカズマ君とめぐみんへと襲いかかる、ダクネスは離れた位置にいるので間に入れそうにない。だけど安直に接近してくるだけの相手ならカズマ君にとってやりやすすぎる相手でしかない。既にカズマ君のかざす腕には巡るようにリボン状の魔法陣が詠唱の終わりを表していた。

 

「《ウォール》!!」

 

「「なっ!?」」

 

カズマ君とめぐみんを覆う不可視の壁と悪魔達が衝突、 そのままノックバックされる。勿論それで終わらない、すぐさまカズマ君は弓を構え、狙いをつけて悪魔の頭部を狙って射抜く。

 

「狙撃っ、狙撃っ!」

 

突然の不可視の壁に動揺して動きが止まってしまった相手にそれが当たらない訳もなく、放たれた二本の矢はどちらも悪魔の眉間を貫いた。ウォールを使いこなしている様子は教えた私としてもなんだか嬉しくなる、ちょっとした師匠気分である。後方腕組みで感慨深く見つめたくなる。流石にそこまではしないけど。

 

「どうした!!魔王軍の力とやらはそんなものか!!さぁもっと攻撃してこい!!この私を楽しませてみろ!!」

 

「くそっ…なんなんだこの女騎士…めちゃくちゃ硬ぇ…!?」

 

一方でダクネスは4人もの悪魔に囲まれている。だけどもはや下級悪魔程度ではダクネスの防御を突破することはできないだろう。…そしてこのままでは満足できないダクネスが鎧を脱ぎ捨てかねないのでさっさと終わらせてしまおう、距離的にも援護は可能だ。

 

とはいえ私もさっきからマナリチャージなしで色々と魔法を使っているので残り魔力は心許ない。どのくらい相手がいるのか分からないこの状況では魔力の温存がしたい。それにあれくらいの強さなら抑えた力でも問題はなさそうだ。

 

即座に《インパクト》を唱えて、周囲に衝撃波を起こす。さらに片手で杖を構えて詠唱する。アダマンタイトの結晶が土色に輝き、詠唱の終わりを演出する。

 

「まとめてやっちゃいますよ!《デザートストーム》!!」

 

「…っ!?そうだ、こいつらがいるってことはっ…!?」

 

悪魔達が私の存在をようやく意識するももう遅い。それは地属性が追加された《ストーム》。ダクネスを中心に巻き上がる巨大な砂嵐が4名の悪魔を襲い、包み込むように暴れ狂う。きめ細やかな砂の粒子が縦横無尽に切り刻んでいく。

 

「て…撤退だ!!蒼の賢者までいやがったら勝ち目がねぇ!!」

 

「…え?えっ?」

 

「勘弁してくれ!俺はまだ死にたくねぇ!!」

 

そこであまりにも予想外の展開が起こった。私の存在を確認するなり、ほとんどの悪魔が完全に逃げ腰になってしまっていた。人をまるで化け物でも見るかのように怯えながら。…全くもって失礼極まりない。

 

さて、ここである事実が私達の中で確定してしまった。なんだか仲間達からの視線が物凄く痛い。チクチク刺さる。

 

「…どうやら最近全く王都に攻めてこなくなった理由は、やはりアリスの存在のおかげだったんだろうね…」

 

「私は最初からそう思ってたけど…」

 

「あ、あはは…何を仰います、私なんかのせいな訳が…」

 

「…聞いた話だけど以前アリスはあいつらにひたすら《バースト》使って瞬殺していったんだろ…?そりゃあーなるよな…」

 

「カズマ君まで!?」

 

納得がいかない。こんな華奢な女の子でしかない私が魔王軍ともあろう者達に畏れられるとか勘弁して欲しい。

 

「ぐぬぬ…魔王軍にまで畏れられる蒼の賢者ですか、流石は私のライバルと言ったところです」

 

「いつからライバル認定されたんですか!?」

 

「しかしアリス、その力はまだ完全に使いこなせていないようだな、次にやる時は私にもしっかり当たるようにだな…」

 

「使いこなせてるから当たらないのですよ!?」

 

疲れる。めちゃくちゃ疲れる。魔力はまだ大丈夫なはずなのに謎の疲労感が襲ってくる。

ただとりあえず周囲を見れば、悪魔は残らず逃げるか倒されるかしたようでこれ以上戦闘は起こらないようだ。ほっと一息つくとともに、私は少女の元へと近付いた。

 

「大丈夫ですか?どこか怪我はしてませんか?」

 

『…――うん、お姉ちゃんが守ってくれたから――』

 

その儚い笑顔は何度見ても癒される。毎日でも見ていたいくらいある。気付いたら私の表情は完全に緩んでいた。もはや今の私の唯一の癒しはこの子しかいないまである。

 

「気持ちは分かりますが完全にデレッデレですね…」

 

「くぅ…なんでアリスにしか懐かないのよ!?」

 

『……――また誰か来る――』

 

「…え?」

 

そんな状態が一変。少女は怯えるように木の上辺りを指さしている。まさかまたさっきの魔王軍の一味が現れたのだろうか?そう思えば全員が警戒するように指さされた方向を見る。ただカズマ君だけは落ち着いていた。

 

「…いや、敵感知スキルに反応はない、少なくともモンスターじゃなさそうだ」

 

「ほう……我が存在に気が付くとは中々やるではないか」

 

「…っ!?」

 

敵感知スキルに反応がないことが疑わしいような声が聞こえてきた。流石に身構えてしまう。するとゆんゆんとめぐみんは前に出るように私達に向き直った。

 

「この声は…まさかぶっころりーですか?」

 

「如何にも!!」

 

派手に木の上から飛び降りて来た、それも数は4人もいる。黒髪の長髪で目が赤い、背が高めの男性は黒いマントをバサッと翻して、登場した。

 

「我が名はぶっころりー!!紅魔族随一の靴屋のせがれ!!魔王軍遊撃部隊員筆頭アークウィザードにして、上級魔法を操る者!!」

 

とまぁなんだかなんとも言えない聞いた事のある名乗りをあげてきた。

なるほど、やはり紅魔族という種族はこの挨拶がデフォルトなのだろう、私にとって紅魔族の対象が今までゆんゆんとめぐみんしかいないので実感はあまりなかったけど流石にこの挨拶がデフォルトなのは接しにくい。

 

「あー、これはご丁寧にどうも、我が名は佐藤和真、アクセルの冒険者にしてあらゆるスキルを扱う者…!」

 

「…お、おぉ…!!素晴らしい!外の人はこの名乗りを見ると微妙な反応しかしてくれないからな」

 

「ふふっ、本当、嬉しくなるわね」

 

少しやる気のない挨拶に見えたけど紅魔族の人達は満足したようだ。カズマ君と嬉しそうに握手をしている。後ろに控えた3人はどの人も黒いマントを羽織っていて、男性が二人と女性が一人、どの人も黒髪で目が赤いことから、やはりこの人達も紅魔族なのだろう。

さらに注目するべきは女性の服装。黒いマントでわかりにくいけど、胸元は見えてるし、下半身はミニスカートにガーターベルト。露出度的にはゆんゆんと同じくらいに見える。以前ゆんゆんが言ったように紅魔族の衣装としてはあれくらいが普通なのだろうか。スタイルも凄くいいし実に妬ましい。

 

「あ、あの…そちらのお嬢さんは…?私に向ける目が怖いのだけど…」

 

「…失礼しました。…我が名はアリス、ゆんゆんの親友であり、蒼の賢者と呼ばれし者…です」

 

「お、おぉぉぉ!?」

 

今度はカズマ君の時の比じゃないくらい驚かれた。とりあえず紅魔族風に適当に名乗ったけど何か問題あっただろうかと思わず首を傾げる。

 

「こちらに合わせてくれるだけでも嬉しいのに…ゆんゆんに…ゆんゆんに友達!?ちょっと本当なのゆんゆん!?」

 

「え……あ、はい…」

 

「良かったわぁ、里ではいつも独りだったから卒業して旅に出ると聞いた時はかなり心配してたのよ!素敵なお友達ができたみたいで安心したわ!」

 

「……あ、はい…」

 

ゆんゆんはお姉さんの対応に顔を真っ赤にして俯いてしまった。さりげなく里にいた頃のゆんゆんのことを暴露されちゃってるしその恥ずかしさは相当のものと思われる。

というより、めぐみんと初めて出逢った時も似たような反応をしていたことを私は思い出していた。あの時のめぐみんは信じられないとか私がゆんゆんを騙してるとか失礼な事を言ってたけど何故そこまでゆんゆんに友人がいることが意外なのか、私にはさっぱりわからない。こんなに良い子なのに。私としては里の人間が見る目がないとしか思えないのだけど。

 

「それにしても、戦いがあったようだからこうして駆けつけたが、どうやら必要なかったみたいだな。二人は里帰りか?」

 

「里帰りと言いますか…私達は紅魔の里が危ないと聞いてこうして駆けつけたのですが」

 

「……危ない?何が?」

 

ぶっころりーさんはキョトンとしたまま首を傾げてしまった。あれ?何この温度差。見る限り本当に心当たりがなさそうに見えるしどういう事だろう?

 

「うーん…よくわからないけどこれから族長に会いに里に行くんだろう?距離的にもう少しあるし、良かったらテレポートで送ろうか?」

 

「それは助かります、こちらとしては二日も歩いてヘトヘトでしたので」

 

疑問は尽きないけどどうやらテレポートで里まで送ってくれるらしい。それはこちらとしても有難い。私達は4人ずつに別れて、それぞれテレポートで送って貰うことになったのだった――。

 

 

 




おやつみたいな候補が多いのはこのアンケートを作成している時にジョブチューンを見てたからです()


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episode 115 紅魔族の住む里

 

 

 

―紅魔の里―

 

テレポートで飛ばされた私達は山と森に囲まれた長閑な雰囲気の村の入口と思われる場所に立っていた。

時間は昼過ぎなものの天気は快晴、見えるのは民家と畑、そしてグリフォンの大きな像。平和な街並みはどこか安心させる空気を漂わせていて、気が付けば私達は自然と息を吐き、肩の力を抜いていた。

 

……それくらい、平穏を一番に感じさせる里だった。それは素晴らしいことなのだけど、今の私達としては違和感しかない。

 

 

「……なぁ?この里って確か魔王軍の襲撃に合ってるんじゃなかったか…?」

 

「…私もそう聞いてますけど…」

 

思わず全員でゆんゆんを見てしまう。別に責めている訳ではないのだけど、むしろゆんゆんも被害者でしかないのだけどそもそも今こうして紅魔の里に来ている発端はゆんゆんのお父さんからの手紙によるものだ。他に視線を向けるべき相手がゆんゆん以外にいなかった。

 

「…そんなに見ないで…私が一番疑問に思ってる事なんだから…」

 

「……とりあえずゆんゆんのお父さんに会いに行きませんか?直接聞いた方が早いとは思いますし」

 

手紙では出だしから『この手紙を読んでいる時、私はこの世にいないだろう』なんて意味深な事を書いてあったが先程出逢ったぶっころりーさんからは普通に族長に会う事を言われた。そもそも族長ほどの立場の人が本当に手紙通りのことになっていたらぶっころりーさん達はあんな風に落ち着いてはいないと思うし。

 

「私は嫌な予感しかしませんから実家に戻ってます、結果だけ報告お願いします」

 

「…確かにこんな大人数で上がり込むのもな…ならばカズマは私達の代表として話を聞いてきてもらえないか?私とアクアはそのままめぐみんの実家に厄介になろう」

 

「……まぁしょーがねぇか…」

 

今回の旅のメインはゆんゆんだろう。そしてゆんゆんのパーティメンバーとして私やミツルギさんもいる。言ってしまえばカズマ君達のパーティはめぐみんに着いてきた感じになるのでめぐみんが実家に行くのにこちらに来るのも変な話かもしれない。諦めたようにカズマ君が言えば、私はずっと手を繋いでいた少女に目を向けた。見れば落ち着かない様子で周囲を見回している。もしかしたらここが彼女の村の可能性もなくはないことから、私はその場で目線を合わせるようにしゃがみこんだ。

 

「…どうですか?此処は貴女の育った村ですか?」

 

『――…』

 

少女はそのまま困惑した様子で首を横に振る。というより突然テレポートで飛んだので驚いているのもあるのかもしれない。ただ悲しげにする少女を見てしまうとこちらまで感傷的になりそうだ。

 

「大丈夫ですよ、私が必ず元いた場所に送り返しますから、安心してください」

 

『――うん…』

 

ぎこちない感じはしたが少女はなんとか笑顔を見せてくれた。私がそっと頭を撫でるとそれは少しだけ自然な微笑みに変わってきてくれる。

 

「その子のことも心配だけど、まずはゆんゆんの親父さんから話を聞こうぜ、まぁこの様子だと大丈夫そうだけどな…」

 

「族長と言うなら、この辺の事にも詳しいかもしれないな、彼女の育った村の手掛かりも何か得られるかもしれない」

 

「…そうですね、まずはそうしますか…。ゆんゆん、案内してもらえますか?」

 

「…うん、着いてきて」

 

こうして私達はゆんゆんの案内のもとこの平穏な里を歩き、ゆんゆんの家へと向かうことになった――。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

歩くこと数分。思ったのは里でのゆんゆんの在り方。こうやって歩いていれば、黒いローブ姿の里の人から気軽に声をかけられ、ゆんゆんは照れながらも挨拶し返していた。友達がいない=嫌われている、ではないとわかるとこちらも一安心だ。

 

「あそこが、私の家です」

 

見ればゆんゆんの向く方向には他の家よりも少し大きめの洋風の家がある。お父さんはどんな人かな?と少し楽しみでもあるが相手はこの里の族長でもある。王族と関わる程ではないがある程度は丁寧に接した方がいいかなとも同時に思いながらもその家に近付けば、ゆんゆんが扉を開ける前にその扉が開かれた。

 

「…む?……おぉ、ゆんゆんではないか!よく帰ってきたな!」

 

「お父さん!!無事だったのね!」

 

開かれた扉から出てきた人物の元へゆんゆんだけが駆けつけ、話しかけたその人物を一見すれば豪快。そんな言葉が当てはまりそうな外見。細身でありながら身体は引き締まっていて力はありそうだ。立派な黒い髭と短髪の黒髪、鋭い紅い瞳と黒い服装、正直ゆんゆんとは似ても似つかない。

心配な表情を浮かべるゆんゆんとは対照的に、族長さんは訳がわからず首を傾げている。なんかもうその時点でこちらとしては察するものがある。

 

「ん?何の話だ?」

 

「……何の話って…お父さんからの手紙を見てから心配でこうして駆けつけたんだからね…!」

 

「手紙?…ふむ……確かに送ったがあんなものはただの近況報告だろう?」

 

「……は?」

 

「とにかくお客さんもいるのだろう、こんなところで話す訳にもいかんし、上がってもらいなさい」

 

族長さんはこちらを一瞥すると、軽く頭を下げ、同時にカズマ君とミツルギさんにその紅い瞳で睨みつける。ただそれはこちらの勘違いだったのかと思わせるほど一瞬の出来事だった。

 

「…な、なんか今…睨まれなかったか…?」

 

「…一瞬だったがそれは僕も感じたな…」

 

小声で話す二人を気にしない様子で族長さんは家の中へ入っていく。ゆんゆんを見れば微妙に困惑めいた顔をしているがとりあえず入ってもいいらしい。

 

「よく分かりませんが詳しい話は中でしてくれると思いますしそれに…」

 

未だにおどおどしている少女に目を向ければ、不安そうな少女の顔が私の瞳に映し出される。しつこいが可愛い。

 

「貴女のことも、ちゃんと聞きますから…大丈夫ですよ」

 

『……うん――』

 

繋いでる手をぎゅっと握られる。私は今頼られているんだって意識するのはそれだけで充分だった。それだけでも心からやる気が出てくる。絶対なんとかしてあげたいって心から思える。

 

そんな想いを抱きながらも、私は少女の頭をそっと撫でて、手を引いてゆんゆんの家へと入っていった――。

 

 

 

 

 

 

「はっはっは!何を言っているのだ我が娘よ、さっきも言ったがあの手紙はお前に宛てたただの近況報告だよ」

 

案内されたリビングらしき場所で私達はソファに座らせてもらい、族長さんと対面する形でゆんゆん、少女、私と座って、横のソファにはカズマ君とミツルギさんが座っている。

そして事情を聞いたら帰ってきた返事はこれだ。豪快に笑う族長さんと呆気に取られる私達。この温度差ははっきり言ってひどい。

 

「え…?あの、お父さん?じゃああの手紙の『この手紙を読んでいる頃には私はこの世にいないだろう』の下りはなんだったの…?」

 

「うん?そんなの紅魔族の手紙なら当たり前の決まり文句ではないか」

 

「…じゃあ、魔王軍の軍事基地が破壊できない状況というのは…?」

 

「あれは奴らが随分と立派な軍事基地を作ってくれてな、破壊するか新たな観光名所として残すか意見が対立していてな」

 

「継ぎ接ぎのモンスターというのは…?」

 

「おぉ、あれは中々強かったな、既に何体か剥製用に倒したよ、おかげで博物館が賑やかになりそうだ」

 

「……」

 

まとめてしまえば完全勝利を収めてしまっているので私達が心配でわざわざ来るような事もなかったということなのか。それにしてもあの合成モンスターは王都の熟練冒険者さえ勝てなかった強敵だ、私達も変異種ティラノレックスと戦ったのでその強さは知っている。明らかにそこらのモンスターよりも強かった。

それを聞く限りでは圧倒していると言うのだからめぐみんがまったく心配をしていなかったのもなんとなく頷けてしまう。どうやら私の思った以上にこの紅魔族という種族は強いらしい。

 

「まぁ手紙を書いていてついつい興が乗ってしまったのもあるな、紅魔族として普通の手紙を書く訳にもいかないだろう?」

 

「お願いだから普通に書いて…」

 

「まぁまぁ…里の無事が確認できたのですから、良かったじゃないですか」

 

「アリス…ミツルギさんにカズマさんも本当にごめんなさい…」

 

私がゆんゆんをなぐさめれば、どうやら族長さんの興味は私に向いたらしい。どこか穏やかな表情をこちらに向けていた。

 

「君がゆんゆんの友人になってくれたという…アリス君かな?」

 

「…挨拶が遅れてすみません。私はアリス、ゆんゆんの親友です。いつもゆんゆんには凄く助けて貰ってまして…」

 

「はっはっは、娘からの手紙で君のことは大体聞いているよ、どうかこれからも娘のことをよろしく頼む」

 

私を見るなり満足気に笑う族長さん、聞いてて思うのは普通に優しいお父さんに見える。見えるのだけどそれに紅魔族の独特のノリが加わってたまに言動がおかしくなる。こんな感じだろうか。

 

…そう思えばアクシズ教徒のセシリーさんを思い出した。基本は、基本はどちらもとても優しい良い人なのだ。だけどアクシズ教やら紅魔族の特性やら加わる事でなんだかなんとも言えない事になってしまっているのだ。どうしてこうなったと思うのと同時にアクシズ教と同じ扱いした申し訳のなさを思い、内心ゆんゆんとめぐみんに謝罪しておく。

 

とりあえず私と話してる間は穏やかな表情をしていた族長さんだったけど、その鋭い紅い瞳が横のソファに座る二人に向けられると、自然と空気が変わった感じがした。

 

「……それで、君達がカズマ君とミツルギ君…でいいのかな?」

 

「…え?あ、はい…、僕がミツルギですが…」

 

「…俺がカズマですけど…」

 

戸惑うように返事をする男二人に、族長さんはより睨みを利かせている気がする。この二人が何か失礼なことでもしたのだろうか?そんな不安すら思わせる空気だった。

 

「…君達二人は我が娘とどのような関係なんだ…?」

 

「「えっ?」」

 

その質問で合点がいった。今の族長さんの表情は族長というよりは心配している父親の表情だ。それもそれは険しくありはっきり言えば怖い。私があの目で見られたら萎縮する自信がある。多分どちらかがゆんゆんと付き合っているとか勘違いしていると思われる。

 

「関係も何も…僕とゆんゆんはパーティメンバーであり友人です」

 

「…ふむ…、確かに手紙には凄い有名なソードマスターの人が一緒のパーティになったとか書かれていたな…、魔剣の勇者の名前は私も聞き及んでいる、これからも娘のことをよろしく頼むよ」

 

「そんな…僕としてもゆんゆんには凄く助けられてます。そして僕としてはこれからも、アリスや貴方の娘さんを傷物にするつもりはありません、あらゆる敵から僕の魔剣で守ってみせます」

 

族長さんはそれを聞いて感慨深く頷いているのだけどこれ聞き方次第では誤解されそうなのだけど大丈夫なのだろうか。

再び穏やかな表情になった族長さんとミツルギさんが握手を交わす。それが終わるなり族長さんの表情はまたもや険しくなり、鋭い紅い眼光をカズマ君へと向けた。なんだかコロコロ表情が変わって忙しい人だ。

 

「それで……君は?」

 

「……え、えっと…友達(めぐみん)の友達で友達になったと言いますか…」

 

「…娘の手紙には君の家に住まわせてもらっていると書いてあったが……これは一体どういう事なのかな…?」

 

「…えっ?いや住まわせていると言いましても」

 

「お父さん、違うから!そんなのじゃないから!」

 

「私はカズマ君に聞いている!ゆんゆんは黙っておきなさい!!」

 

…なるほど、心配はそこから来ていたか。そりゃ一般的な思考からしても大事な娘が知らない男の家で一緒に住んでいるとなれば心配して当たり前だ。ゆんゆんの手紙にどのように書いてあったのかまではわからないけど盛大に誤解してしまってる。

 

「…あの、族長さん。確かにカズマ君の屋敷にゆんゆんは住んでますけど、それは私もですしカズマ君のパーティメンバーの女性3人もですよ」

 

「ほう…それはつまり娘だけでは飽き足らず他の女性にも手を出していると…?」

 

「お前は余計な事を言うなよ!?余計にややこしくなるじゃねーか!?」

 

おかしい。私は嘘は言っていない。元々私とゆんゆんに屋敷に住まないかと誘ったのはカズマ君だし何故私が怒られなきゃならないのか。

 

「シェアハウス!シェアハウスのようなものです!」

 

「「…しぇあはうす??」」

 

聞き覚えのない言葉に族長さんもゆんゆんまでも首を傾げているけどこれはカズマ君が悪い。そんな概念はこの世界に現状あまり多くはない、冒険者同士同じ部屋に宿をとって過ごす形態はなくはないのだけど。

…というのはお金のあまりない駆け出し冒険者の多いアクセルでは珍しいことでもないがその言葉自体はまだ存在しないのだから。

 

「…ようは俺が宿の持ち主で、こいつらはその宿の中の部屋をとって暮らしているって感じですよ、こいつらには俺も世話になったんで、そのお礼というか…」

 

「ふむぅ……なるほど…その辺はどうなのかね?アリス君」

 

「…カズマ君の言う通りですよ、カズマ君の屋敷はかなり大きいですから私達もプライバシーを守れて問題なく住めています、何もやましいことはありません」

 

とりあえずフォローを加えておく。これもまた事実だし。そう聞けば族長さんの様子も大分落ち着いたものになり、カズマ君も安堵したように胸を撫で下ろしている。

 

「はっはっは、なるほどそういう事か!娘が誤解を招くような手紙を送ってくるものだからずっと気が気じゃなかったのだよ!」

 

「それブーメランだからね!?鏡見て言ってね!!」

 

「まぁそんな事はどうでもいいのだが」

 

「どうでも良くないから!」

 

見てればゆんゆんの疲労感がやばい。お互い手紙で誤解していたのだからその辺は流石親子と思うべきなのだろうか。ゆんゆんの手紙を見ていないので判断が難しい。

ただそれよりも気になったのは族長の視線の向きだ。それはカズマ君やミツルギさんは勿論、ゆんゆんや私にも向いていない。私とゆんゆんの間にいる少女に向けられたものだったのだから。

 

「……こ、この子はまさか…」

 

族長は小刻みに震えている。よく見れば頬には一筋の汗が伝っていて、顔つきは真剣そのものだ。…まさか何か知っているのだろうか?それとも単純に正体がモンスターだとバレたのか、気付けば自然と私は息を飲み、少女は恐怖心からか私の手を強く握りしめていた。

 

 

 

「誰と誰の子供なんだ?まさかゆんゆん…!?」

 

「違うよ!?」

 

何をどう見ればそうなるのか、族長はそんな事を聞いてきたので即答でゆんゆんが返した。少女は見た目7歳から8歳くらい、16歳の私や14歳のゆんゆんのどちらからも産まれる訳が無いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

私達は簡潔に少女について説明した。モンスターである安楽少女、その正体には気付いてなかったようだ。というのも彼女は今や見た目は人間と全く変わらない、可愛らしい少女にすぎない。だからなのか、ぶっころりーさん達も少女を気にする様子はあまりなかった。視線は向けられていた時もあったが少女がめちゃくちゃ人見知りすることで怯えていたからか、気を使って話しかけたりはしなかったのかもしれない。

 

モンスターであることを告げる事は迷ったのだけど、彼女についてしっかりと調べるのなら話さない訳にも行かない。若干の不安はあったけれど、彼女の正体についても話した。それを聞いた時の族長さんの反応は意外と落ち着いていた。

 

「…なるほどな…ここに来るまでにそんな事があったのか…しかしこの辺には紅魔の里以外の村はないはずだ。それこそ数十年前まではあったかもしれないが…どこも魔王軍やモンスターの襲撃で滅んだはず、今やここから一番近い人の住む場所はアルカンレティアしか存在しないだろう」

 

「…数十年前にはあったって…まさか…」

 

「……そんな…」

 

どうやら私は大きな勘違いをしていたらしい。少女の外見年齢の低さからか、少女が安楽少女となってしまったのは最近のことだと勝手に思っていたのだ。だけど少女がモンスターとなって、幾分か年月が流れていて、ずっと姿が変わらずにいたとしたら…少女の出身の村は、とっくの昔に滅んでいるという事になってしまう。

 

これが普通のモンスターになっていたのならまだ別の可能性もあった。だけど彼女は安楽少女、植物のモンスターであり、その場で地に潜ったりする程度なら出来るかもしれないが今のように歩いて遠くまで移動することなど出来るはずもない。よってその情報は少女にとって絶望を呼ぶものであって然るべきものなのだから。

 

『……――』

 

少女は何も言えずにその場でソファに座ったまま力なく俯いてしまっている。私にはなんて声をかけたらいいのかわからなかった。 人間からモンスターになったという前例は私の周囲にはウィズさんがいる。彼女に話してもらえば何かが変わるかもしれない。だけど少女とウィズさんには決定的な違いがある。

 

ウィズさんは経緯はどうあれ、自身が望んでリッチーへとなった。後悔があるかはわからないがそれは確かな事だ。だけどこの目の前にいる儚い少女はそんなことを望んでいた訳では無い。話を聞く限り少女は食人植物に襲われて、何がどうなってそうなったのかわからないが安楽少女となっていた。

 

「…ですが、まだ情報が出揃った訳ではありません」

 

調べたいのはそもそもどうやって少女が安楽少女となったのか。食人植物に食べられたら安楽少女になるとでも言うのか?その可能性もなくはないがそれなら疑問も残る。何故少女にだけ《セイクリッド・ブレイクスペル》が通用したのか、ということ。

仮に全ての安楽少女がそのように誕生するのであれば、出逢った安楽少女が全て似た風貌なのはおかしな事だ。それに都合良く少女ばかり捕食されるとも考えにくい、少年がいてもおかしくないし、青年がいてもおかしくない。

 

「…どうにか安楽少女というモンスターについて…調べる事が出来れば…」

 

「ふむ、それなら里に図書館がある、そこで調べてみればいい。我が娘が一緒なら問題なく閲覧できるだろう」

 

とりあえずここで得た情報はこれくらいだろうか。里への危機が全くないのなら、私としては少女の事に全力を注ぎたい気持ちしかない。

 

「…情報ありがとうございます」

 

「気にする事はない、後今夜は里に泊まって行くのだろう?部屋はあまり余裕がないが1人分くらいは用意できる、そちらのお嬢ちゃんやアリス君はゆんゆんの部屋で寝ればいいと思うが…」

 

「あー、それなら問題ないです、パーティメンバーがめぐみんの家にいますのでそっちでお世話になりますし厳しいようなら宿とかあればとりますんでお構いなく」

 

「そうか、ならばミツルギ君の部屋を用意したらいいかな」

 

「…すみません、お世話になります…」

 

――こうして私達は新たな目的の為にこの里に泊まることとなった。勿論安心はしていない。魔王軍の幹部はまだ姿を見せてはいないしまだ諦めてもいないようなのだから。それまでは…

 

『……お姉ちゃん――…私――』

 

「…大丈夫ですよ、私はいつでも貴女と一緒にいますから…」

 

だから…諦めないで欲しい。そんな願いを込めて、今の私は笑顔でいられる余裕はあまりなかったけど、それでも少女を安心させたいが為に笑顔を作って…、そっと少女の頭を撫でていた――。

 

 

 

 

 

 

 





ちょっと飛ばしすぎた感しますので正月休みに入ります!次回未定ですm(*_ _)m

安楽少女の名前アンケートは1月3日いっぱいまでです、名前決まらないと話進まないのでm(*_ _)m


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episode 116 少女の変化

 

 

―紅魔の里・族長の家―

 

紅魔の里が無事であると分かった今、少女について色々と調べたい気持ちはとても強い。話が終わりすぐにでも調べたいと思い、私とゆんゆんは図書館に向かおうとした。のだけど…

 

『――アリスお姉ちゃん…私の為に色々してくれるのは…凄く嬉しい――、だけど…、今日はもう休んで欲しい…』

 

「…っ!?」

 

少女のこの言葉でこれ以上動く訳にも行かなくなってしまった。冷静になれば確かに二日間の歩き旅の後族長の話を聞いてからの今現在、私だけではない、ゆんゆんも少女も疲れているだろう。…それにしてもこの子は私を萌え殺すつもりなのだろうか。思わずきゅん死してしまうところだった。それほどまでに愛らしく、可愛らしい笑顔と私を心配してくれる様子にはそうは思わずにはいられなかった。というか一番のクリティカルヒットは今初めて名前で呼ばれた事、これに尽きる。反射的にぎゅっと抱きしめてしまった。

 

「…とりあえず俺はめぐみんの実家に行きたいから…ゆんゆん、案内頼むわ」

 

「あ、はい…」

 

これには私も同行しようと思ったけど今少女に休んでと言われたばかりなので動きにくさがあった。現状私にしか懐いてないので独りにする訳にも行かないし。

 

「それじゃ、カズマさんを送ってくるから、アリス達は家で休んでてね」

 

「分かりました、お願いしますね」

 

結局ゆんゆんを見送り、私と少女は家で待つことに…とはいえ、家主とは出逢ったばかり、その娘はカズマ君を送っていった、つまり気まずい。非常に気まずい。いくら自分の家のように寛いでいいとは言われても本当にそのように過ごす人はまずいないだろう。そんな強心臓は持ち合わせていない。

 

「…どうしましょう、ミツルギさん」

 

「そ、そうだね…ずっと家の前でゆんゆんを待つ訳にも行かないし、お言葉に甘えて中で待った方がいいとは思うけど…」

 

「あら、お客さんかしら?」

 

「…え?」

 

ふと振り返ればゆんゆんにそっくりなお姉さんが買い物籠を片手に立っていた。籠には野菜などの食材が見える。…だけど記憶違いでなければゆんゆんは一人っ子のはず。となると親戚の人とかだろうか?あまりにそっくりなので血縁者なのは間違いなさそうだ。

 

「えっと僕達は…」

 

「そうね、まずは名乗らなくちゃ…我が名は――…」

 

黒いマントを翻し、当たり前のように告げられた紅魔族の名乗りに私とミツルギさんは唖然としていた。何故ならこのお姉さんは当たり前のように名前の後に『族長の妻』と言ったのだから。つまりはゆんゆんのお母さんである。

 

「…ゆ、ゆんゆんのお母さんですか!?」

 

「ゆんゆんを知っているの?」

 

「え、えっと…わ、我が名はアリス、ゆんゆんの親友で、あ、蒼の賢者と呼ばれるもの……です…」

 

「僕はミツルギと言います、ゆんゆんとは同じパーティの仲間で、友人です」

 

無理矢理合わせたように返したけど気付いたらあれほど嫌だった異名を自分で名乗ってるよねこれ、そう思うと恥ずかしくて仕方ないのだけど。ミツルギさんみたいに普通に名乗れば良かったかもと思えば自分の顔が真っ赤なのを自覚できるくらい顔から熱を感じるのだけど。さっきはそんなことなかったのに。

 

「ゆ、ゆんゆんに親友…!?本当に!?そちらの方も!?」

 

私達の自己紹介を聞くなりゆんゆんのお母さんは衝撃のあまり涙を流してしまっている。そこまでのことなのだろうかと思うけど、初めて出逢った頃のめぐみんや先程出逢ったぶっころりーさん達の反応を思い出せばあながち有り得なくもないような気もしてきた。

 

「ご、ごめんなさいね…、まさかあの子に本当に友達ができてたなんて…手紙でもそんな事を書いてたけどてっきり娘の空想上の何かだとばかり…」

 

流石に空想上の何かは苦笑するしかできない。それからもその場でのゆんゆんママの話が止まらない、ようやく収まったのはゆんゆんがカズマ君を送り届けて帰ってきてからだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう…信じられない…お母さんったらどこまでアリス達に話したの?」

 

「た、ただの世間話ですよ、ですよね?」

 

『――う、うん、世間話だったよ』

 

私と少女はゆんゆんの視線から逃れるように目をそらす。言えない。ミツルギさんと少女まで巻き込んで延々とゆんゆんの過去を聞いていたなんて言えるはずがない。これ聞いちゃまずいやつではと思いながらも興味津々で聞いてしまっていた。親友のことだもの、そりゃ知りたいですよ、うん。

 

『…お姉ちゃん、なんだか嬉しそう――…』

 

「えっ!?…そ、その…よく考えたらこんな風に自分の部屋にお友達を入れたのは初めてだったから…」

 

ゆんゆんが言うように今私達はゆんゆんの部屋にいた。部屋は桜色が基調になった女の子らしい可愛い部屋だった。広さもそこそこあってこれなら布団を敷けば私と少女も問題なく寝れそうだ。

 

『…私も、ゆんゆんお姉ちゃんの、お友達――?』

 

「え?…う、うん、だ、駄目かな…?」

 

『――ううん、嬉しい――…』

 

おそるおそる聞くゆんゆんに、単調だけど幼さ故に出せる仕草で少女はとても嬉しそうにしていた。やっぱり私の思った通り、この子とゆんゆんなら仲良くなれると思っていたから私は特に驚かない。だけど少女が出逢ってから少しずつ、少しずつだけど私達に心を許してくれてきているのがよく分かる瞬間でもあった。これには私も思わず笑みが零れる、仲睦ましい様子をずっと眺めていたくなる。

 

「……うーん…まずは服ですね…」

 

「…そうだね……あ、ちょっと待ってて!」

 

そんな中私が気になったのは少女の服装だ。お世辞にも綺麗とは言えないボロボロの白いワンピース姿。白い色故に余計に汚れが目立つ。そんな呟きをすればゆんゆんは何を思い出したのか部屋を出て行ってしまった。少女は不思議そうに首を傾げて私を見つめ出す始末。可愛い。

 

「…これ…家の倉庫にしまってあった私の小さい頃の服なんだけど…」

 

数分して慌ただしく戻ってきた。ゆんゆんも私と同じ事を思ったようで、抱えながらも持ってきたのは葛篭のような木の蔓で編み込まれた箱。その中には小さな服がいくつも入っている。紅魔族故に黒を基調とした服ばかりだけどとりあえずは今のままより幾分かマシではあるだろう。

 

「それにしてもよく残ってましたね」

 

「う、うん。…私の場合一人っ子だし…近所にお下がりをあげるような子とかいなかったし…」

 

「…そ、そうですか」

 

何故かゆんゆんが哀愁漂い始めたのだけど地雷だったのかもしれない。別にたまたま近所にあげる相手がいなかったってだけの話だろうけど何故かそれ以上踏み込めない。

私はごまかすように箱の中の服を物色し、取り出しては少女の身体に合わせるように重ねてみる。ゆんゆんもまた、違う服を取り出してサイズが合うか確認の為におそるおそる少女へと当ててみていた。そんな中、少女はゆんゆんに向けて仄かに微笑んでいた。

 

『――ありがとう…ゆんゆんお姉ちゃん――…』

 

「……っ!?……う、うん」

 

あ、ゆんゆんの母性にクリティカルヒットしたらしい。ようやく私以外に笑顔を向けてくれたのは私としては嬉しくもある。そんな不意打ちの笑顔にゆんゆんは堪らず少女を抱きしめた。その様子は少し危ない。

 

…なるほど、さっきまで私はこんな感じだったのか、これは少し恥ずかしいかもしれない。これからは自重しようと思った瞬間である。多分3歩歩いたら忘れるだろうけど。

 

「ところでアリス、この子にいつまでも名前がないのは不便じゃないかな?」

 

「名前…ですか…言われてみればそうですね…」

 

『――?』

 

正に言われてみればその通りだ。呼ぶ時も不便ではあるし今の少女は記憶が欠落しているらしく、本当の名前を覚えていない。

なら名前を付けてあげればいいのかもしれないけど名前は大事なものだ、下手したらその人に一生ついてまわるものだ、安易に決める訳にも行かない。

 

「安楽少女だったんだから『アン』ちゃんとかどうかな?」

 

「…うーん、可愛らしいですが流石にモンスター名からとるのは…」

 

「あ、そっか…ご、ごめん」

 

『――ううん…だいじょぶ…』

 

ショックを受けるかと思いきや少女は嬉しそうに笑っていた。それは今までのようなぎこちないものではなく、心から笑ってくれているように見えて私達も思わず笑顔になる。

 

「ちゃんとした名前を考えてあげたいので…もう少し待っていてくださいね、それにもしかしたら名前を思い出すかもしれませんし」

 

『…――うん』

 

短めな返事、それだけだったけど今までとは違って感じたのは、多分少女が気遣いからの返事ではなくなったからだと思えた。

 

そしてそんな彼女の変化は――、それだけではなかった。

 

『…あのね、アリスお姉ちゃん――、ゆんゆんお姉ちゃん――…我儘…言ってもいい――…?』

 

「…えっ?」

 

それは、少女が私達に出逢って初めての――、『お願い』だったのだから――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんなで翌朝――。

 

私とゆんゆん、そして少女の三人は紅魔の里の入口にあるグリフォン像の前に来ていた。言うまでもなく目的は少女の願いを叶える為。

少女の服装はゆんゆんのお下がりの黒と桃色が特徴的なローブ。着せてみれば案外似合う。色合いは完全にゆんゆんとお揃いである。羨ましい。

 

「でも……本当に大丈夫なの…?」

 

『――うん、自分の目で…確かめたいから…』

 

「……貴女がそれを望むのでしたら…私達は協力しますけど…」

 

「…まさか故郷の里に行きたい、だなんて…」

 

昨日少女に言われたのは少女の故郷を探してその場所に行きたいというものだった。とはいえこれは八方塞がり。推測では少女と出逢ったあの場所の付近の可能性がある、その程度のヒントしかない。それに移動にも時間がかかるはずなのだけど…それはゆんゆんが解決してくれていた。

 

「それにしてもいつの間に登録してたのですか、かなり驚きましたよ」

 

「実はミツルギさんの指示なんだけどね…少女のいた場所をテレポート登録しておいてほしいって…、多分ミツルギさんとしては連れて行って何か弊害があった時に送り返そうと思っていたんだと思うけど」

 

「結果的に助かりましたよ、これからは『便利な女』ではなく『できる女』ゆんゆんですね♪」

 

「だからそれ嬉しくないから!!」

 

ゆんゆんは少女と出逢ったあの場所にテレポート登録をしていたのだ。移動が最も時間がかかると思われていたのでこれは非常に有難い。後は紅魔の里にテレポート登録さえすれば行き来は簡単なものになる。

 

「更には族長さんから戴いたこの地図ですね…」

 

「随分古い地図だから紅魔の里以外にも集落の目印がある…あの森がここだとして…お父さんの話だとこの辺の可能性が高いって話だけど…」

 

ご都合主義とはこういう事を言うのだろうか。朝になってゆんゆんのお父さんである族長さんが私にこの地図をくれたのだ。どうやら昨晩のうちに調べておいてくれたらしい。

二人で古い地図と現在の地図を照らし合わせて調べると、しっかり一致する場所も見つけられたのだ。これなら集落をすぐ見つけられてすぐに帰ってこられる可能性が高い。

 

だからこそ今はミツルギさんはこの場にいない。直ぐに戻るつもりだし優勢ではあるものの、魔王軍の幹部が近くにいることは警戒しなくてはいけないのでミツルギさんには一時的にカズマ君達と里に残ってもらうことにした。カズマ君に話はしていないがそこはミツルギさんから伝えてもらえば済む話だろう。

 

「どこへ行くつもりですか?」

 

「…めぐみん?」

 

いざテレポート、そんな場面で登場したのは眠そうに目を擦るめぐみん。服装こそいつもの服なのだけど目に隈ができているしあまり良く眠れなかったのだろうか。

 

「…大丈夫ですか?顔色があまり良くないですけど」

 

「…そうですね…昨夜は寝ずに里の中をぶらぶらしていたので」

 

「え…?」

 

何がどうなってそんな事になるのか全く理解できないのだけどどうしてそうなった。昨日はカズマ君達のパーティは全員めぐみんの実家でお世話になったと聞いている。

 

「事情は後で話します、私も連れていってください」

 

「…めぐみん、流石に帰って寝た方がいいと思いますよ?」

 

「家で寝る訳にはいかないのです!!お願いします、私を助けると思って!」

 

思わず私とゆんゆんは顔を見合わせてしまう。何があったのかわからないが只事ではないような気もする。それに何よりこの様子だと無理にでも着いてきそうだし大人しくこちらの言う事を聞くとも思えない。

だけど…、今のこの状態のめぐみんを連れていく訳にもいかない。今から行く場所は森の中だ。決して安全な場所ではないし安心して休める場所などはなさそうだし。

 

「…それでしたらアクセルの屋敷で休んではどうですか?今から行く場所に休める場所はないと思いますし、ゆんゆんにテレポートで送ってもらって後ほど迎えに行きますから」

 

初めはゆんゆんの部屋でと思ったのだけどテレポートがあるのだから自分の普段寝慣れている場所の方がいいだろうと思い進言すれば、めぐみんは納得するように頷き始める。

 

「…なるほど、それならカズマも追っては来れませんね、それでいきましょう」

 

「…なんでカズマさん?」

 

これには私も首を傾げてしまう。それではまるでカズマ君を避けているようではないか。…いや、明らかに避けている。一体あの後何があったのだろう?

 

「カズマ君と喧嘩でもしたのですか?でしたら一緒に行きますから、仲直りした方が…」

 

「そんな単純なものではありませんよ、カズマに寝込みを襲われたのですから」

 

「……は?」

 

一瞬何を言っているのか分からなかった。ただめぐみんの言う事が本当なら普通にパーティ解散の危機と呼べるレベルの事件なのだけど。だけど以前にもそんな話はあった、あの時は完全にめぐみんの誤解であったらしいしそんな事にはならなかった。だけど今のめぐみんは一夜明けても逃げるくらい嫌がっている。これは只事ではないとも思えた。何よりもめぐみんを落ち着かせたい。

 

「詳しくは屋敷に飛んでから聞きましょう、ゆんゆん」

 

「う、うん…」

 

『――襲われたって…、あのお兄ちゃんは人を襲うの――?』

 

何が何だかわからない少女は純粋に恐怖している。あながち間違ってはいないのだけどどう説明したらいいか判断に困ってしまう。

 

「そうですよ、覚えておいてください。男は狼ですからね、簡単に気を許してはいけませんよ?」

 

「――う、うん…」

 

めぐみんの真顔の説明に少女は震えながら頷いていた。それも間違ってはいないけど何かが違う。純粋なこの子は本当に狼男のようなものを想像してそうだ。とりあえず少女に変なことを教える訳にもいかないので今はこれでいいかとも思えた。そしてミツルギさんに少女が懐く可能性が激減した瞬間でもある、とんだとばっちりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―アクセルの街・カズマ君の屋敷―

 

屋敷の入口に飛んだ私達は鍵を空けてすぐに屋敷に入れば、めぐみんは力なくリビングのソファに寝転んでいた。そりゃ二日間徒歩での旅の後に一夜を寝ずに外で過ごしていたとなればそうなるのも当然だ。

 

「どうして家に来なかったのよ?めぐみん一人くらいならなんとかできたのに」

 

「私も最初はそのつもりでした、カズマにもゆんゆんの家に泊まると言って逃げてきましたから。ですがその時は時間もかなり遅かったので皆寝ていたようですね、訪ねたものの、誰も気付かなかったようですから」

 

「それで…どうしてそんな事に…」

 

「おそらく母が元凶でしょう、扉は魔法により封印されてましたからね、あんな事が出来るのは母しかいません。私は疲れから一番に自分の部屋で寝ていたのですがふと気付いたら私の布団の中にカズマがいましたので私は窓から逃げ出した訳です」

 

なにそれこわい。どうしてめぐみんのお母さんがそんなことを助力したのか。出逢った事がないのでどんな人かも分からないし想像もできないのだけど。

 

「めぐみんのお母さんって確か…」

 

「一言で言えば守銭奴です、昨夜はカズマに熱心に色々と聞いていたようですからね、ここからは推測ですが母がカズマの財産を知って無理矢理私と既成事実を作ろうとしたんだと思います」

 

「えぇ……」

 

逞しさもそこまで行けば恐ろしさしかない。とりあえず事情は分かったし、流石に即座にここに来る事はないだろう。可能性として考えられるのはカズマ君にはテレポートの魔晶石があることだけどそれを使ってまで襲いかかるとかなれば私はカズマ君を許すつもりはない。何よりそこまでする事はないだろうと信じたい。

 

「…流石にこのままめぐみんが行方不明になればカズマ君やめぐみんのお母さんも心配して反省するでしょうし、めぐみんがここに居ることはしばらく黙っておいた方がいいかもしれませんね」

 

「なるほど、それはいい案ですね。それで行きましょう……ではすみません、私は流石に限界なので…」

 

言葉の途中でめぐみんはその場で眠りについてしまった。いくら誰もいないとはいえそのままリビングのソファに寝かせる訳にも行かないので運ぶしかないだろう。思わず溜息が出てしまう。

 

「…私はめぐみんをめぐみんの部屋に運んでおきますから、ゆんゆんは軽食を作っておいてもらえますか?めぐみんが起きた時にお腹をすかせていると思いますし」

 

『――アリスお姉ちゃん、私は…?』

 

「ではゆんゆんを手伝ってあげてください、終わり次第貴女の故郷を探しに行きますからね」

 

『――うん…!』

 

少女を優しく撫でてあげると楽しそうにゆんゆんの手を取って着いていく。私はめぐみんを肩で抱えて連れて行く。

 

それにしてもようやく悪魔から解放されてのんびりできるかと思えば全くそんなことは無かった。どうやらこの世界では私に退屈という概念を許すつもりはないらしい。

 

紅魔の里への魔王軍幹部の襲撃、少女の問題、そして新たに生まれたのはめぐみんの問題。

 

ふと溜息をつきながらも、だけどそれでも…、私はこの世界の生活に、確かな充実感を得ることができていた――。

 

 

 

 

 

 



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episode 117 『アンリ』



ありきたりな微鬱展開。そして後半はそんな話をぶち壊す。




 

 

―少女と出逢った森―

 

私とゆんゆんと少女。3人はめぐみんの世話を終えてゆんゆんのテレポートで少女と出逢った森へと飛んでいた。朝という事もあって少し明るめで木々の間から僅かながらの日の光が差し込んでいる。上を見上げればそこまで深い森ではないのだけど、問題は通路沿いになっている横を見た時だった。

木々の間には太い蔓や雑草が所狭しと育っていて、とてもではないがそのまま通る訳にも行かない。服が引っかかって破れたりしてしまいそうだ。

 

とまぁ周囲を見た私の感想はこんなところなんだけど、ゆんゆんの思考は全く別のところにあった。

 

「本当に信じられないわ、まさかカズマさんがめぐみんを襲っただなんて…」

 

「気持ちはよく分かりますがまだカズマ君や他の人の話を聞かない限りはなんとも言えませんね…、大体そんな状況でアクア様やダクネスが大人しくしているとは思えませんし」

 

「それは確かにそうだけど…」

 

私にとって大きな疑問はその点だった。めぐみんと一緒の部屋に寝かせようとめぐみんのお母さんが手引きしたらしいけどそれをダクネスやアクア様は止めなかったのだろうか?どちらも普段はあれな部分があるけどそういうことなら率先してめぐみんの味方をしてくれると思うのだけど。

そんな曖昧な部分があったのでめぐみんには悪いけどカズマ君の件は軽視していたりする。それよりも今は少女の件をなんとかしてあげたい。

 

……勿論、それについても気乗りはしていないのだけど。

 

「……改めて見て…どこか見覚えのあるところはありますか?」

 

『…――この大きな木……』

 

「この木…?でも…これはちょっと…」

 

少女が指差した木…もとい大木。それは木々の中、高々と聳え立つかのように存在し、樹齢何百年か想像つかないくらい大きい。そんな大木が派手に倒れていた。雷か何かに打たれてしまったのだろうか、あるいは木そのものの重さに耐えきれなくなったのか、枝を見れば引き裂かれたようになっている。また、折れた場所を注視して見ればそこは腐りかけていたり苔が生えていたりしていることから、折れてからかなりの年月が経っているだろうと思わされる。

 

『…この木の真横に――…、私の村へと続く道があったの…』

 

「…これはいきなり失敗でしたね、めぐみんを連れてくれば良かったかもしれません…」

 

「確かに爆裂魔法なら何とでもなりそうだけど…」

 

そう思うも後の祭り。今からまたアクセルに飛んでめぐみんを起こして連れてくる訳にもいかないしそうするとゆんゆんのテレポートは3回目になってしまう。テレポートは魔力の消費が非常に大きいらしいのであまりゆんゆんにも、あの状態のめぐみんにも無理をさせたくない。《マナリチャージフィールド》を使えば解決だけど回復するのに地味に時間がかかるのでこれは最終手段にしておきたい。

 

「…でしたら私がやれば済む話ですけど。危ないので離れていてくださいね」

 

とはいえ爆裂魔法に匹敵する威力を出すとなると《フィナウ》を使うしかない。だけど《インパクト》込みでも私の全魔力の半分以上を余裕で持っていく大食い魔法なのでそれはできたら使いたくない。となると次に火力のある魔法で試してみるだけだ。

 

サイドバックからフレアタイトの魔晶石を取り出し、杖に取り付ける。無詠唱での《インパクト》を即座を終わらせる、私が改めて杖を大木に向けて掲げれば、火属性特有の赤い魔法陣が私の腕と足元を駆け巡る。杖の先端のフレアタイトが赤く光り輝く。

 

「……《ヘル・インフェルノ》!!」

 

火属性を帯びた《バースト》。それはマグマの大津波となって森を侵食して行く。だけど私の狙いは大木のみ、全部に当たれば火事不可避だけど私の魔法なら関係ない。ヘル・インフェルノという名前は元のゲームからだけどエリス様の説明を当てはめればこの魔法はこの世界の上級魔法の数倍の威力らしいので偶然にもインフェルノの完全な上位互換になっている。

その効果も改めて見れば凄まじい。大木は灰となって燃え尽きてしまった。何せこれを耐えたことのある敵はあの魔王軍幹部のベルディアしかいないのだから。

 

「…アリスといるとアークプリーストって何?っていつも疑問に思うんだけど」

 

「そこは慣れてくださいとしか言えません…」

 

私がこのように魔法を使う時なんて大抵はゆんゆんが隣にいるのだからいい加減慣れて欲しいものである。ともあれこれで通れるだろう。

灰となって崩れた大木の跡は、確かに道が残っていたようだ。それでも雑草が多いが通れないほど生え茂ってはいない。

 

「…これでなんとか先に進めそうですね……?」

 

そこで気が付く。先程まで私の見える位置にいた少女の姿が消えていたのだから。

 

「あの…アリス…、この子…すごく怖がってるんだけど…」

 

「…あ」

 

少女の存在に気がつけば怯えるようにゆんゆんに隠れて、震える子犬のように私の様子を伺っている。距離が近い上に今の少女は植物モンスター、火は怖かったのかもしれない。とりあえず今後少女の近くで火属性魔法は控えようと思いつつ、私達は灰の被った雑草の上を歩いて進むことにした――。

 

 

 

 

 

 

 

 

このすば。(『お姉ちゃん――、怖い…』)

 

 

 

 

 

 

 

 

森の中を地図と睨めっこしながらも歩き続けて30分は経っただろうか。視界は悪くなく、元々は道であったからか予想よりも歩きやすかったこともあり、探索は順調に進んでいた。モンスターが襲ってくる事も想定していたけど、どうやらあの大木により塞がれていたのでモンスターすらも通れていなかったようだ、道なりに歩いていて出逢うことはなかった。

 

次第に地図と場所が一致する集落らしき場所、その村の柵の一部を見つければ、少女は強く反応して駆け足で走って行く。

 

「あっ、ちょっと待って!」

 

「…この集落で当たりなのでしょうか…?」

 

疑問に思いながらも私とゆんゆんは少女の後を追うように走る。すると森が開けた場所に出て、建物…だったものが複数見えてきた。

 

…それは此処に来る前に充分予想していた事。

 

――それは少女を含めて、私達もまた覚悟していた事。

 

――だけど、もしかしたら――、そんな想いで辿り着いたその場所は――。

 

 

 

 

 

無惨に破壊された――…、村であった場所――。

 

 

 

 

ボロボロになった看板を見れば、僅かに文字が書いてある。おそらくこの村の名前なのだろう。掠れていてそれは半分程度しか読むことができなかった。そして看板の先には、広々とした空間。

 

洋風の家だったものがいくつか見えるが、どれも今住もうとしても難しいものばかり。瓦礫の山になっていたり、巨大な植物の蔓に支配されていたり、随分と昔に焼かれたのか、半分以上が焼け焦げて炭となった家まである。

 

少女はそんな村の様子を、ただ立ち尽くして見ていた。

 

『――…』

 

「ひどい……」

 

思わず歯噛みしてしまう。少女の今の心境はどんな感じなのか想像もつかない。

まるで浦島太郎だ。数十年前に植物モンスターに襲われて、何故か安楽少女となって、そして現在意識を取り戻した少女は独り……、家も、家族も、友人も…、生きていた上で存在していた身の回りの全てを失ってしまっていた。

 

私は後悔していた。やっぱり連れてくるべきではなかった。こんなこと、知らないままで良かったのではないだろうか。安請け合いした結果が今のこの状況だ。

大体こうなることは充分想定内だったはずだ、少女にしてみればこの場で自殺を計ってもおかしくはない。

 

そんな想いから少女を見れば、私達に背を向けたまま、ずっと頭を上げて、ただ村を見つめていた。

 

『――ここが村の真ん中、ここにね――、村の皆で集まって、みんなでご飯食べたりしてたの――』

 

「……そう、なんだ…」

 

説明を終えた少女は走り出す、どこか急いでいるように見えるけど、その足取りは意外にも軽く見える。そして一件の家だった場所の前で止まれば、その家だったと思われる瓦礫の山を見上げていた。

 

『――ここが…、私の家だった場所――…、お父さんと、お母さんと、弟と一緒に住んでたの――、お父さんはすごく力持ちで、かっこよくて、お母さんは、凄い綺麗で、優しかったの――』

 

…聞くに絶えられなくなってくる。村のこんな状態を見てもなお、少女の声はしっかりしている。丁寧に私達に村を、家族を紹介してくれている。

 

少女の心に、そんな余裕なんて、ないはずなのに――。

 

『――それでね、私の弟はね――、泣き虫でいつも泣いてばかりで――』

 

「もういいですから…無理はしないでください…」

 

結果、少女よりも先にこちらの涙腺がおかしくなる。まともに聞いていられる訳がない。私もゆんゆんも、少女の村の、家族の紹介を一語一句聞けば聞くほど、心に響きすぎていた。

 

そんな私の声を聞いて、少女はその場で座り込んでしまった。その小さな身体は肩の力を抜くとともに小刻みに震えていた。次第に癇癪を起こす、そして片手で溢れ出す涙を拭う。

 

『――どうしよう――、私――、独りぼっちになっちゃった…』

 

『――お父さんにも――、お母さんにも――、もう――逢えないんだ――』

 

『――私――これからどうしたら――……』

 

 

次々と木霊する少女の嘆きは、私達の心にダイレクトにぶつかってくる。だけどすぐには動けなかった。なぐさめたい気持ちは何よりも強かった、それでもすぐには動けなかった。

 

……それだけ今の少女に、なんとも言えない強い感情を抱いたのだから。

 

だから私は――。

 

そっと近付いて、少女の傍に座ってみた。

 

「…アンリちゃん、と呼んでもいいですか?」

 

『――え?』

 

「…アリス、それって…」

 

『アンリ』…それはこの村の入口にあった看板に書いてあった言葉。おそらくこの場所はアンリという名前の村だったのだろう。正しくは『アンリ――』と文字が掠れて完全には読めなかったのだけどこの形なら女の子の名前にも聞こえなくはない、この少女の村が、最後に残していたモノ。

 

「貴女の名前です、もしまだ記憶が戻らないのでしたら…どうかなって思いまして」

 

『――うん、それがいい……、でも…その名前ももう――』

 

この子はこの後になんて言うつもりなのか、まさか『もう必要ない』とでも言うつもりなのだろうか。

だけどそんな悲しいことだけは…、絶対に言わせたくなかった。その気持ちは私もゆんゆんも同じだった。

 

「アンリちゃんは、独りぼっちなんかじゃないよ」

 

「…そうですね、今アンリの目の前には誰もいないのですか?」

 

今の私にはこんなありきたりな事しか言えなかった。だけど今の私のあらゆる感情を込めたつもりだ。

 

だから私はそのまま立ち上がって――、少女に向けて手を伸ばした。

 

「…――私と一緒に……、いきましょう?」

 

生きましょう――、行きましょう――、どちらの意味も込めた言葉だった。出来るだけ笑顔でいたつもりだった。穏やかな表情をしていたつもりだった。だけどどうしても感情が抑えられなくて、私の目からは一筋の涙が流れていた。

 

アンリは戸惑うものの、私の目をじっと見つめていて、やがてゆっくりと手を私の手に近付けて行く。ようやく触れ合った手と手は強く握られて、私はそのままアンリを抱きしめていた。

 

「…もう……私も、いるんだからね…」

 

その上から被さるようにゆんゆんに抱きつかれてしまった。流石にこれは苦しくないかなとアンリを見れば、泣きながら私の胸に顔をうずめていてよく見えないけど、どこか落ち着こうとしているように見えた。

 

……私に似ている。そう思って意識してきたけど、そんなことはなかった。内気な面はあるけど、芯は私なんかよりもずっと強い。こんな状態になって、全てを失ってもなお気丈に振舞っていた、とても強い子。それだけでも心からアンリと一緒にいたいと思えたのだから。

 

これからどうするかなんて何も考えてはいない。だけどそれはアンリを助けない理由にはならない。

 

 

――結局この場所に来た事が本当に良かった事なのかは私には未だにわからない。だけど名前を得ることが出来た。それだけでも…無駄ではなかったと、思えたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―紅魔の里―

 

あの後、滅びた村を散策したが結局死体は一つも見つからなかった。もしかしたら村が滅びた際に、住んでいた人達は逃げ出して他の場所で生きているのかもしれない、アンリは密かにそんな希望を胸に秘めていた。

 

もし死体が残っていれば、アンリの為にも丁寧に埋葬してあげようと思っていたが、果たしてこの希望を持つことは正しい事なのだろうか。それすら失った時の絶望は計り知れないだろうし今度こそアンリが壊れてしまいそうだ。

 

だけど私達では真にアンリの拠り所になるのは現状難しい。所詮は昨日出逢ったばかりの間柄、どうしても私達には時間が必要だと思う。だから、その所々の瞬間を大切にして、私はアンリと接したいと思う。

 

……の、だけど。

 

「アリス、ゆんゆん!」

 

紅魔の里の入口に出現するなり声がかかる。この声はミツルギさんだ。だけど慌てている様子、何かあったのだろうか?

 

ミツルギさんは私達の傍まで駆け寄ると息を整えて一呼吸おき、真剣な面持ちのままでいた。その様子は何か大きな事件があったのだろうと思わせるには充分すぎる。

 

「大変なんだ、めぐみんが行方不明らしい!アリス達はめぐみんに出逢わなかったか?」

 

「…あー…」

 

ごめんねめぐみん、完全に忘れてた。…とはいえめぐみんを屋敷に送ってからまだ3時間程度しか経っていない、今頃めぐみんは熟睡状態だろう。カズマ君を心配させる目的でそうしたのだけど話していないからミツルギさんまで心配させてしまっていたらしい、これは予想外だった。

 

とりあえずミツルギさんには話していいだろう。そう思い話そうとしたところで更に人影が見えてきた。

 

「アリス!ゆんゆん!」

 

今回の重要参考人、カズマ君の登場である。後ろにはダクネスとアクア様もいる。どうやらこれで話を聞く事ができそうだ。

 

「帰ってきたところ悪い、めぐみんを見なかったか?」

 

「…めぐみんですか?会っていませんけどどうしました?」

 

とりあえずしらばっくれてみる。ゆんゆんは何も言わず目を逸らしてるし私に合わせてくれるようだ。アンリはカズマ君が来るなり『狼さん!?』と驚いて私の後ろに隠れてしまった。可愛い。

 

「……あの、アリスさん…?めぐみんに会いましたよね…?」

 

「……?」

 

何故かカズマ君の言葉使いが突然敬語になる。どこか気まずそうにこちらの様子を伺っているけどどうしたのか、とりあえず首を傾げておく。

 

「その…アリスさんの俺を見る目がゴミを見る目になってるんですけど、どう見てもめぐみんから話を聞いてるようにしか見えないんですけど」

 

おっと、うっかり顔に出てしまっていたようだ。いけないいけない。とはいえそうなるのも仕方ない話だ。内容が内容なのだから。場合によっては屋敷から出ていく事も視野に入れている。勿論それはカズマ君が完璧な黒であった場合だけど…流石にそこまではないと信じたい。

 

めぐみんの勘違いならそれでいい、誤解を解いて丸く収まればいい。それだけの話。

 

だけどもし……めぐみんの言う通りだとしたら…

 

 

さて、この性犯罪者をどうしてくれようか。今の私はそんなことを考えていた。

 

 

 

 

 

 



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episode 118 どたばた騒ぎの決着は

こちら修正版になります。混乱を招いてしまい申し訳ありませんm(*_ _)m
未熟な作者故に今後ももしかしたらこのような事があるかもしれませんが暖かい目で見ていただけると嬉しいです。今後ともよろしくお願いします。

この118話を初めて見る方は何も気にせずにお読みくださいm(*_ _)m


 

 

―紅魔の里―

 

後に里の人達はこう語っていたらしい。里の入口の空気が険悪すぎてやばい、と。

 

「何を言ってるのですかカズマ君は、私は何も知りませんよ?何かあったのですか?」

 

「…いやその…アリス、まずは落ち着いて…」

 

「それ以上近付いたら攻撃魔法使いますね、アンリの教育上よろしくありませんので♪さっさと事情を説明してください」

 

「お、そ、そっか、アンリって名前になったのk「話を逸らさないでさっさと話しやがれくださいね♪」あ、はい…」

 

そんな膠着状態が続いていた。私はできる限り笑顔で明るく接してあげてるのに何故かカズマ君は萎縮してしまって低姿勢になっている。何故だろうか。解せぬ。

 

「あ、あの、アリス、まだ決まった訳じゃないってアリスが言ってたのよ、だから落ち着いて…」

 

『…アリスお姉ちゃん――、怒らないで――?』

 

ゆんゆんとアンリまでもが私を落ち着かせようとしてくるのだけど私は別に怒ってはいない。話を促してるだけなのだから。あととりあえずアンリは撫でておく。可愛いので。

 

「そ、そのだな…ここじゃあれだからめぐみんの実家で話してもいいか…?」

 

「そうですね、めぐみんのご両親にもまだお会いしていませんし、特にお母さんには是非ともお話を聞きたいですし」

 

「やっぱり聞いてるよな!?めぐみんから聞いてるよな!?」

 

少し落ち着けば確かに全ての当事者から話を聞かないと公平性がないとも思えた。今ある私の情報は全て被害者であるめぐみんによるもの。

 

はっきり言おう、今の私の状態は八つ当たりに近い。アンリの件で内心落ち込んでいたのに何故こんなくだらない話に付き合わなければならないのか、そんな想いでカズマ君にぶつかっている。

勿論くだらない話というのはカズマ君に対してだ、めぐみんについては素直に可哀想だと思うし守ってあげたいと思う。そうじゃなきゃ完全にスルーしている。

 

「アリス、お前の怒りはもっともだがこれだけは聞かせてくれ、めぐみんは今どこにいるか知っているのか?」

 

流石に耐えかねてなのかダクネスが声をかけてきた。その様子からして里中を探し回ったのだろう。その顔つきは疲れているようにも見える。こちらは悪くないのになんだか罪悪感がわいてくる。悪いのは余計な騒ぎを起こした元凶であるカズマ君なのだから。

 

「…あの、めぐみんなら安全な場所に寝かせてますので、心配しなくても大丈夫です」

 

その問いに答えたのはゆんゆんだった。それを聞いたカズマ君達もミツルギさんも僅かに安堵していたが思わず視線をゆんゆんに移してしまう。別に教える事自体は問題ないのだけどできたらカズマ君には教えたくなかった。

 

「ごめんねアリス、だけどみんな心配してると思うし…」

 

「…いいんですよ、とりあえずめぐみんの実家に行きましょうか」

 

とりあえず話はそこから。気まずそうにしているカズマ君をダクネスが強引に引っ張っていく。そんな気まずそうにしている様子すら私にはマイナスイメージしか湧いてこない。誤解であるならもっと堂々としていればいいのだ。間違いであるならさっさとその事情を話せばいいのだ。例え言い訳にしか聞こえなくても、己の無実を証明しようとすればいいだけなのだ。

 

それがないのだから私の中ではめぐみんの話の方が信憑性が強いと感じてしまうのはごく自然な流れだったのだから。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

―紅魔の里・めぐみんの実家―

 

少し歩いて着いた建物は…、正直に言えばお世辞にも立派な家とは言いづらい。大きさこそ他に見かける家と大差ないのだけどあちこちが強引に補修したような後があったり、古い家故に壁の一部がひび割れていたりしている。めぐみんは報酬が入る度に仕送りをしているらしいけどそれでも補えなかったのだろうかと疑問に思うほどにはボロ具合が目立つ。

 

とまぁ特に関係の無い背景は気にする必要もない。今私にはそれ以上に気になって仕方ない事柄があるのだから。

 

どうやら自由に出入りできる程度には打ち解けているのか、ゆっくりとカズマ君が家の引き戸を開いた、その様子に戸惑いは見られない。

するとすぐ様中から小さな人影が見えてきて、こちらを伺うように顔を出した。

 

ちっちゃいめぐみん。それがピッタリ当てはまる。黒髪に星のブローチをつけた女の子が不思議そうな顔をして私達を見回していた。

なるほど、確かめぐみんには妹がいると聞いていたしこの子がそうなのだろう。そう思うと私は自然と中腰になって、話しかけてみた。

 

「こんにちわ、めぐみんの友人のアリスと申します」

 

「……」

 

と、挨拶はしてみたけど女の子は呆然としている。何か間違った言い方をしてしまっただろうかと考えるも、多分無難に挨拶できたと思う。そのまま硬直していると、女の子はそのまま踵を返して家の中に走っていった。

 

「お母さんーー!カズマが違う女を連れてきたー!!」

 

「…え?」

 

今度はこちらが呆然とする番だった。突然何を言い出すのかあの子供は。思わず唖然としてしまった。何か言い返そうにも既にその姿はない。

 

「ま、まぁ子供の言うことだ、いちいち気にしても仕方ないだろう」

 

「……」

 

普段の私なら今のにどんな反応をするのだろうか。慌てるのか、照れるのか、それとも気にしないのか。今はどれでもない、ほんの僅かの嫌悪感だろうか、それが私には確かにあった。全く勘弁して欲しい。一体このもやもやした感覚はなんなのか…それは多分、めぐみんの件の真相を知りたいもどかしさなのかもしれない。はたまた先程のアンリの件を引きづっているか。

 

これは主に私のせいかもしれないけど今の私達の空気はかなり重苦しい。めぐみんの妹の見た目はとても可愛らしく、普段の私ならもっと優しく接することができたかもしれない。では今いつも通りに接したかと聞かれたらおそらく答えはNOだと思う。

 

それにこの件に関しては私が聞いたところで本当の解決にはならないだろう。私がどんなに何を思っても、裁判などではないのだからカズマ君に判決を下せる者は被害者であるめぐみんなのだから。

 

だからそれについては……手を打っておいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

家の中にあがれば和室のような一室があり、そこに通された。この世界で畳は初めて見る。その中央には丸い卓袱台。そしてそこには黒髪ロングの綺麗なお姉さんが座っていた。

 

「あらいらっしゃい、貴女がアリスさんですね。娘の手紙で貴女の事はある程度存じてます、日頃娘がお世話になっているようで…」

 

「…そ、そんな、ご丁寧にすみません、…改めまして、アリスと申します、こちらこそめぐみんにはお世話になってます」

 

めぐみんの言ってた存在と全く一致しない件について。正座のまま頭を下げられてしまった。反射的に同じような姿勢で返してしまう。

 

…というよりゆんゆんのお母さんもそうだけどめぐみんのお母さんも若すぎだ。25歳くらいに見えるんだけど。そして少し冷静になって考えるととんでもない事実が発覚する。めぐみんは現在14歳、この世界の結婚適齢期が14~17だと聞いているのでおそらくこの人は30歳前後なのだろう。

 

仮に、仮に常に14歳で結婚して15歳で子供を作っていくとしよう。そうなれば30歳で孫、45歳で曾孫がいてもおかしくないということになる。そう考えたらあまりにもな世界観のギャップに内心驚愕してしまう。ゆんゆんのお母さんや今目の前にいるめぐみんのお母さんを見ていたらそんな事を思わずにはいられなかった。

 

とまぁ肝心の要件も忘れて驚いてしまっていたけど我に返ればそんなことを思っている余裕もあまり無かった。さっさと本題を聞き出そう。

 

「…では昨日何が起こってめぐみんが逃げ出すことになったのか、話を聞かせて貰えますか?」

 

そうして聞いてみればめぐみんのお母さんは無言の笑顔のまま首を傾げて、カズマ君は言いにくそうに正座したまま固まっている。まるで時が止まったかのように何の音も聞こえなくなってしまった。

 

「あの…結局娘は見つかったのですか?」

 

「…家に帰れないと言っていたので今は安全な場所で休ませています」

 

「あらあら…それはご迷惑をかけてすみません…全くあの娘ったら…」

 

困ったような笑顔でいるめぐみんのお母さん…確か過去にめぐみんが「父はひょいざぶろー、母はゆいゆい」と言っていたのを思い出したのでこの人はゆいゆいさんと言うのだろう。

今こうして話す限りでは普通の若い母親にしか見えないのだけどどうしてそんな娘を売るような真似をしでかしたのだろうか。

 

「まずは私だな、私もカズマとめぐみんを2人きりで寝かせるなんて言われた時には全力で反対はしたのだ、『小動物の小屋に猛獣をいれるようなものだ』とな、…だが気が付いたら朝になっていた…おそらくスリープの魔法で眠らされたのだと…」

 

「ちなみに私はその時点で寝てたわ、旅の疲れもあったしそんな事になるなんて思わないじゃない?」

 

ダクネスとアクア様が説明を始めると、その内容に私は静かに驚いていた。あのダクネスがあっさり眠らされたというのか、クルセイダーとして異常耐性はしっかりしているダクネスが。実際過去もダクネスだけは大丈夫だった事例もある、油断もあったかもしれないがそれ込みでも驚ける。里の人全員がアークウィザードの適正を持つ…それは聞いていたが見た目一般人のゆいゆいさんですらそのような魔法まで使えてしまっている、改めて紅魔族の恐ろしさが垣間見えた気がした。

ちなみにアクア様は旅の疲れ云々がなくても普通にいつも早寝遅起きなので関係ないと思われる。

 

「…それで俺は成り行きでめぐみんの部屋に押し込まれて扉は魔法で閉じられて…夜で肌寒いしやむを得ずめぐみんの布団にはいって…」

 

「そこは紳士になって欲しかったのですが、布団に入らず寒さに耐えて欲しかったのですが」

 

「も、勿論だからと言って仲間に手を出すつもりなんかなかったぞ!あれは起きためぐみんが悪い!」

 

「……一応、聞きましょうか」

 

「…起きためぐみんは『なんでカズマが私の布団にはいっているのですか!?』と驚いたけど、そこは俺が何もしないって落ち着かせたんだ…そしたらめぐみんは…『何もしてくれないのですか?』とか意味深なことを言い出したんだ、そんな事を言われたら我慢できる訳ないだろ!?」

 

「いや我慢してください」

 

やれやれ、確かに100%カズマ君が悪いとは言えない状態ではあるけど聞いてみたらいつも通りな話でもあった訳だ。これには思わず溜息が出てしまう。

ある意味この世界に適応しているとも言えるのだろうか。14歳という年齢の少女に欲情したのだから。日本でそれをしたら中学二年生に襲いかかる高校生だ、襲いかかるを差し引いてもどう見ても犯罪である。

 

何よりも今の結果が全てだ。過程は同情の余地はなくはないかもしれない。だけど結果めぐみんは夜通しで家の外にいることになってしまった。私にはそれが許せなかった。

 

「……非常に残念です、カズマ君なら襲われる側の気持ちを理解していると思っていたのですが…理解出来てないのでしたら分かってもらうしかありませんね、すみませんミツルギさん、カズマ君を逃げないように捕まえておいてもらえますか?」

 

「……ど、どうするつもりだ?」

 

うーん、何気に私って演技派なのかもしれない。カズマ君どころかミツルギさんすら私を見て恐怖しているように見える。実際にそこまで怒ってはいないし今から言う事も冗談なのだけど今のカズマ君にはいい薬になるだろう。

 

「ですから分かってもらうのですよ、先日出逢ったオークの巣に半日くらい預けておけば良く分かるようになるのではないでしょうか?」

 

「……っ!?」

 

場が騒然としだした。それは流石にやりすぎでは?という皆の引き攣った視線がめちゃくちゃ刺さる。一部そうでもないけど、むしろ期待に満ちた目で見ているけど。

 

「待てアリス!!元はと言えば今回の件、私に止められなかったことが大きい、よって責任は私にある!!だからその役目、私が引き受けよう!!」

 

勿論ダクネスである。このドMお嬢様のことをすっかり忘れていた。とりあえず適当に対処しておこう。

 

「メスオークの巣に女性であるダクネスが入っても意味はないですので引っ込んでいてくださいね、ララティーナお嬢様」

 

「なっ、ならば他のモンスターの巣でもいい!出来るだけ強力なやつだ!あとララティーナと呼ぶな!!」

 

しぶとい。ララティーナ呼びで引き下がるかと思いきや欲望を優先させてきた。カズマ君は完全に意気消沈してしまってるけどちょっと脅かしすぎただろうか。

 

「アリスさん、ちょっと2人きりでお話がしたいのですがよろしいでしょうか?」

 

そう切り出したのはゆいゆいさんだ。変わらぬ笑顔のままこちらを見つめていて、正直何を考えているのか分からない。それが恐ろしくもあるけど断る理由もなかった。

 

「…それは構いませんけど…」

 

ゆいゆいさんはそれを確認するなり立ち上がり、移動を始めた。ここでは話しにくいことなのか、着いてこいってことらしい。私は皆を視線で追うように見るなり立ち上がるとそれに続いた。いつの間にか人は増えていたけど、それは想定通りなので気にしない。さてさて、何を話してくれるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

隣の部屋に移動するなり襖は閉じられて、立ったままの状態ではあるけどゆいゆいさんは私に笑顔のまま向き直った。

 

「突然ごめんなさいね、ですがどうしてもアリスさんに確認したい事があって…」

 

「…いえ、それは問題ないのですがそれは一体…」

 

「単刀直入に聞きましょうか、アリスさんはカズマさんの事が好きなのですか?」

 

「100%ないです」

 

多分今の私は物凄く冷静に即答したと思う。何をどう思ってそんな解釈に至ったのか理解はできないがそれだけはありえないと断言できる。

 

「そうですか、では後ろにいた青い鎧を着たイケメンさんが好きなのですか?」

 

「…彼は私のパーティメンバーです、というより質問の意図が分かりません」

 

思わずムッとしてしまう。それでもゆいゆいさんの顔は変わらず笑顔のままだ。どうにも苦手な部類の人かもしれない。私はふとそんな事を思っていた。

 

「ふふっ、踏み込んだ話をしてごめんなさいね、…だけどね、私の娘のめぐみんも、あのダクネスさんも、私の見立てではカズマさんの事が好きだと思うのよ」

 

「…否定はできないかもしれませんが…」

 

それを言われたら確かに否定はしにくい。恋愛にうとい私でも察せられるものがあるのは確かなのだから。なんだかんだ色々言い争いは絶えないパーティではあるけど、ちゃんと見てみればカズマ君のパーティはなんだかんだ上手く纏まったパーティだと思う。アクア様はともかく、ダクネスやめぐみんがカズマ君の事を好意的に見ているのは間違いない、でなければとっくに解散していると思われるし。

 

「そしてカズマさんはどうも優柔不断なところがありそうで…そうなると、親として娘のことを応援したくなるのは当然のことと思いません?」

 

「…だからめぐみんの部屋にカズマ君を誘導したと…?お金の話とかもしたと聞いてますけど」

 

「それは当然でしょう?大事な娘を預けることになるのですから、お金をどれくらい持っているかは私からして見れば大事なステータスです」

 

これには面食らってしまうけど冷静に考えたら話の筋は通っている。通ってるけどやりすぎ感は否めない。

 

「流石に強引すぎると思いますけど、人によってはトラウマになりますよ」

 

「私の娘はそんな気弱な子ではありませんよ、それにあーでもしないとあの子は父親に似て頑固で素直ではありませんから、何時までも進展のないまま…親としては、チャンスは逃して欲しくないの、もたもたしてたらダクネスさんに先を越されちゃうかもしれないでしょう?」

 

言われてみれば気弱なめぐみんなんて想像もつかない。聞けば聞くほど納得は出来てしまう。なんだかうまく乗せられているだけのような気もするけど今の私にめぐみんから聞いたばかりの時のような心のもやもやが和らいでいるのも確かだった。

 

「それに…私の夫も昔から頑固で素直ではなくて…私と結ばれたのも実は同じ方法だったりするのですよ、あの時は確かに母を恨みましたがあれが無かったら今こうして一緒にはいないかもしれないと思えば、母には感謝してますよ」

 

赤裸々に語ってきてこちらとしてはお腹いっぱいなんですけど、別のもやもやが生まれそうなんだけどどうしたらいいのだろうか。勿論完全に納得はしていない、めぐみんはまだ14歳、流石に早すぎると思いそれが喉まで出る寸前、思い起こすように抑えられた。何度も言うがこの世界での結婚適齢期は14~17歳、つまりめぐみんの年齢ならこの世界ではそこまで進む事も珍しいことではない。

 

やはり結果的にどうしても日本にいた頃の常識を当てはめてしまうのだけどそれは仕方ない、この世界に来てまだ1年も経っていないのだから慣れろというのが無理な話。とりあえずこれ以上話したところであまり意味はない気もした。既にゆいゆいさんの惚気話に変わってしまってるし。だけどゆいゆいさんの話は止まらなくなってしまっていた。

 

結果、私はこの惚気話にもう少し付き合うハメになってしまった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

話が落ち着いたところで元の居間に戻る。そうすれば、何やら騒がしく感じた。主にカズマ君の声が大きい気がする。私がゆいゆいさんと話しているうちに何かあったのだろうか?

 

部屋に入る前に襖を少し開けて様子を伺ってみればとんでもない会話が聞こえてきた。

 

「ふっざけんなよ!?なんで俺がこんな目に合わなきゃいけないんだよ!?離せよミッツさん!」

 

「往生際が悪いぞ佐藤和真、大人しくしていろ!」

 

見れば暴れるカズマ君をミツルギさんが押さえつけていた。よく見ればめぐみんの妹さんはダクネスが、アンリはゆんゆんがそれぞれ耳を塞いでいる。暴走するあまり聞かせられない言葉でも吐いているのかもしれない。グッジョブゆんゆん、ダクネス。

 

「大人しくしてたらオークの餌になっちまうんだよ!!」

 

「…確かにそこは流石にやりすぎだとは思うが…その件は僕からも説得してみる、だから今は大人しく…」

 

「信用できるか!!」

 

聞いてて呆気に取られていた。流石に脅かしすぎたのかもしれないと後悔するが私って本気でそんなことをしてしまうように見られているのだろうか、割とショックなのだけど。

まぁ思い返せば私のイメージって下ネタやらの概念はかなり嫌っているように見られている傾向はあるかもしれない。実際に得意ではない、というよりそういう話に慣れていない、が正しい。正直どのように反応したらいいのかわからないから昔からそういった話は適当にあしらっている。結果私は周囲から下ネタ絶対許さない子認定されていると思われる。

 

…とりあえずこれ以上カズマ君を暴走させるのもなんだか可哀想に見えてきた。全ての成り行きを聞いてみればやっぱり一方的にカズマ君が悪いとするのも戸惑われる。これくらいでいいだろうと襖を開けてみた。

 

「……あ」

 

入るなりカズマ君にこの世の終わりのような顔をされる。あるいは死刑執行を言い渡された死刑囚だろうか?どちらでもいい、どちらにしろそこまでになっていると私としても気まずいものがある。

 

「……一応言っておきますけど…、先程のは冗談ですからね?まさか本気にとってはいませんよね?」

 

「「…えっ?」」

 

何故かカズマ君以外からも返答があった。これには流石に納得はいかない。

 

「…この際ですから皆さんに私の事をどのようなイメージを持っているのか聞いておきたいんですけど、いくらなんでもモンスターの巣に仲間を置いていくなんてことはできませんよ…」

 

「あ、あはは…」

 

「…ご、ごめん、その…アリスってこういう話は大嫌いなイメージがあったから…ほら、アルカンレティアでも一番拒絶してたし…」

 

「…そりゃ好きではありませんけど…」

 

ミツルギさんから力が抜けたような乾いた笑いが聞こえてくれば、それに続くようにゆんゆんが申し訳なさそうに答えた。

そして思い出されるアルカンレティアでの一件には私も何も言えないまである。確かに私が一番騒いでいたせいで他の面々は逆に落ち着いてしまっていた。あれは恥ずかしい思い出でしかない。とりあえずこんな話はさっさと切り上げてしまおうと投槍になりつつある私もいた。なんか飛び火しまくってる気がするし。

 

「…で、めぐみん。どうするのですか?聞く限りではカズマ君が一方的に悪いと言う訳ではなさそうなのですが」

 

「…え?」

 

私は視線をカズマ君の後ろの襖に移して話しかける。するとゆっくりと襖は開かれる。そこにはなんとも言えない顔をしためぐみんがいた。

 

種明かしをすると事前にゆんゆんに頼んで連れてきてもらっておいた。私がカズマ君に対して何を思おうが、結局被害者であるめぐみんがいないと話にならないのだから。私怨でカズマ君を断罪する訳にもいかないし元よりそんなつもりも無い。

だけど話を聞く限りでは状況は変わってきてしまっている。私はめぐみんからカズマ君に襲われた、としか聞いてはいない、だけどめぐみんからもそれを促すような言葉が出てしまっているとなれば話は変わってくるだろう。

 

「…いえ、私は元々別に怒ってはいませんでしたが。この程度のことは初めてではないので。むしろこの程度でいちいち怒るようでしたらとっくにパーティから逃げ出してます」

 

「…その言い方ですと私が独りで激怒して事を大きくしているように聞こえるのでやめてもらいたいのですが、割と切実に。と言うよりも結果的にめぐみんにも問題はあった訳ですがそれについて一言いただきたいのですが」

 

「すみません、私からも謝りますからオークの巣に投げ込むのだけは勘弁してやってください、この通りカズマも反省していますので」

 

「なんで保護者目線なんですか!?それに冗談だと言いましたよ!?」

 

疲れる。とりあえずめぐみんからカズマ君に言う事もないのなら私としてはこれ以上あれこれ言うつもりもない。そして今後このような事がカズマ君のパーティで起こったとしても私は絶対に首を突っ込まないことを強く思った瞬間でもあった。

 

何故ならロクなことにならない未来しか見えないのだから。

 

 

 

 

 

 

 



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episode 119 紅魔族随一の作家


遅くなりました、ちょっとリアルが忙しくなってきました( ´・ω・`)


 

 

―紅魔の里―

 

紅魔の里に滞在するようになって既に2日が経った。つまり今は3日目の朝である。

本来この里に来たのは魔王軍の襲撃に遭っていると族長さんから手紙が届いた為に救出、援護、支援、そんな名目で来た事になる。

だが実際に来てみれば紅魔族が強すぎて完全勝利状態、里への被害もほとんど出ておらず、里の朝は今日も長閑で平和な様子だ。

 

空は今日も快晴で、朝日とそよ風が心地良い。聞こえてくる小鳥の囀りは、より平和な里を演出している。

 

…そんな平和でしかない里の族長の家、ゆんゆんの部屋を間借りさせてもらっている訳なのだけど、流石に何時までもこの里にいる訳にもいかない。だけど魔王軍の襲撃は今のところない、全くない。それだけ優勢ならばいっそ攻め込んでしまえばいいと思うのだけどそれをして魔王軍が逃げてしまっても里としては退屈になるので宜しくないのだと言うのは族長の談である、完全に魔王軍が遊び相手程度の認識でしかない、恐るべし紅魔族。

 

そんな訳なので私達が攻め入ることもできずにいる。よって私達もやることがあまりない。

 

「どうせなら観光しましょう」

 

「…なんだか結局アルカンレティアでの旅行の続きみたいになってしまっているね…悪くはないのだけど僕としては少し落ち着かないな…」

 

「観光…うーん…、確かに里には結構見て回れる場所はあるけど…」

 

「どうせならゆんゆん達が通っていた学校とかも見てみたいですね、後は服屋さんでアンリに新しい服を買いたいですし」

 

今は今後のことを私とゆんゆん、ミツルギさんとゆんゆんの実家のリビングで話している。せっかく来たのだからどうせなら中途半端な形で強制送還することとなったアルカンレティアの旅行の続きをこの紅魔の里で満喫してしまおう。それが私達のパーティの結論だった。それに何も遊ぶ為だけの理由で滞在する訳ではない、今近くにいるのは魔王軍の幹部なのだ。それだけは警戒する必要がある。

 

「そのアンリちゃんは…結局アリスが引き取る形になるのか?」

 

「…そのつもりです。私にどこまで出来るのかわかりませんが…別に同情だけではありませんよ、私としてもなんだか妹ができたみたいで、一緒にいて楽しいですし」

 

決意は昨日のあの場所で既に終えている。金銭的には養う子が一人くらいできても全く問題ないくらいは稼いでいる。ちなみに今現在アンリはまだゆんゆんのベッドでお休み中。昨日は故郷を見つけてから更にめぐみんの実家へ行き、めぐみんの妹であるこめっこちゃんと仲良くなって一緒に遊んだりしててかなり体力的にも精神的にも疲れていると思われる、ゆっくり休ませてあげよう。

 

「いいなぁ、アリスばっかり…」

 

「でしたら一緒に姉役をお願いしますよ、なんならお母さん役でも構いませんけど」

 

「姉役で!!絶対姉役で!!」

 

めちゃくちゃ必死にせがまれてしまった。そこまで母親ポジションは嫌なのだろうか。ゆんゆんならとても良いお母さん役ができそうなのに実に残念である。

 

「…それなら今日は図書館に行かない?結局アンリちゃんのこと、あれから調べられてないし…」

 

「確か前に私の魔法についても調べたって言ってましたね」

 

「図書館か…3人で文献を探せばすぐに見つかるだろう」

 

「あ、ミツルギさんはアンリとお留守番しておいてくださいね♪」

 

「えっ」

 

私の提案にミツルギさんは顔を引き攣らせていた。それは嫌とかそういうことではない、どことなく見えるのは自信の無さだ。その表情だけでそれは察することができた。

昨日のめぐみんの教えにより男は狼と信じてしまったアンリ。昨日まででなんとか女性陣相手ならなんとか話す程度ならできるようになったけどカズマ君とミツルギさんに対しては怯えてしまって私の後ろに隠れてしまう始末、そんな様子も可愛らしいのでありと言われればありなのだけどできたらミツルギさんとも普通に話せるくらいになって欲しい。これから顔を合わせる機会は増えると思うし。…カズマ君?そっちは別にいいや。

 

後は一昨日、昨日とアンリは色々な事があって疲れていると思われる。その証拠に昨日は早起きだったのに今日は未だにぐっすりと眠っている。なら今日は休ませてあげたい。そんな想いがあった。

 

 

 

 

 

 

半ば強引にミツルギさんに寝ているアンリを任せて私とゆんゆんは2人きりで紅魔の里を歩く。山と森に囲まれたこの里は、アクセルとは違った風の匂いを感じる。

それはより自然を感じさせてくれて、気持ちを落ち着かせてくれる。

この緑に囲まれた紅魔の里、郊外の草原の風の届くアクセル、そして水に恵まれたアルカンレティアでさえ、どこも形は違えど、見事に自然と人が共存できているともいうのだろうか。これは実際にこういう場所に来ない限り実感はできないだろう。

 

ふと元いた世界、日本を思い出せば自然と溜息がでる。住んでいる時は全く気にしなかったけど…、多くのビルに車の排気ガスなどと、人間の都合で申し訳程度に存在する植えられた樹木。比べてみれば一目瞭然。この世界では生きている植物は野菜を始めとして珍しいものではない。

仮にこの世界の生きている野菜が、私の元いた日本に行った場合…多分生きては行けないだろうなぁ、なんてそんな無意味なことまで考えてしまった。

 

色々考えたけど今回の目的は紅魔の里の図書館、それは学校にあるらしく結果的に学校見学も兼ねたような形になってしまった。とりあえずお昼までには戻って午後から改めてミツルギさんやアンリと合流して里の観光をしようと思っている。一応いつ魔王軍が攻めてきても問題ないように常時フル装備は忘れてはいない。とはいえ私達にはもはや普段着に等しいのでフル装備と言ってもそこまで気を張り巡らせたものでもない。つまりはいつも通りだ。

 

「それにしてもゆんゆんの格好はいつもと違いますけど…」

 

「あ、これはね…学校の制服なの、せっかく学校にも行くんだし、久しぶりに着てみようかなって……ちょっと胸の辺りがきついけど…」

 

「なるほど、つまり私への当てつけですねわかります」

 

「違うよ!?」

 

今のゆんゆんの服装は色合いこそ似ているものの、いつものものではない。薄いピンク色のカッターシャツのような服に赤色のネクタイ、その上からは黒いローブのようなものを纏っている。世界観が変われば服装も変わる、それは分かっているのだけど今のゆんゆんの服装を見て学校の制服と連想はしにくい。とはいえ学校がそもそも魔法学校だ。その制服とファンタジーなノリで考えたらなんとなく頷ける。まるでゲームの中に入り込んだようなこの世界、そんな空想的に見るととても可愛らしい。

 

「そんなこと言うならアルカンレティアに行った時のアリスの服も凄く可愛かったわよ、私から見ればあっちの方が羨ましいんだけど…」

 

「ふむ……人は常に隣の芝生は青く見えるものなのですかね…」

 

「…なにそれ?」

 

「どんなものであれ、自分にないものは羨ましく思えるってことですよ」

 

ニュアンスが少し違う気がするけど今の私的にはそういう解釈なのでそれでよし。何気に年寄りみたいなことを言ってるなぁと自覚しながらも、私はふわふわした感覚で喋っていた。つまりあまりよく考えて喋っていない。例えるなら朝起こされた時の「後5分……」程度のレベルで考えていない。

だけどそれでもゆんゆんは納得したように頷いていた。

 

「……なるほど…アリスの長い綺麗な髪とか羨ましいし、あんな凄い魔法使えるのも羨ましい…」

 

「ゆんゆんの可愛らしさが羨ましい…ゆんゆんのスタイルが妬ましい…」

 

「妬ましい!?」

 

妬ましいに決まっている。14歳でこのプロポーションは反則である。20歳くらいになったらウィズさんレベルになるのではないだろうか。それに比べて私は酷い、もう少しでこの身体になって1年になりそうなのに特に成長の兆しが見られる事はない。髪が伸びてはいるから成長していない訳ではないとは思うけどこのまま身長も伸びずにいたらと思うと震えが止まらない。

 

「…と、とにかく学校はもうすぐ……あれ?」

 

「……おや?」

 

ふと別の道から学校へと向かっているのだろうか、長い黒髪の片目にどこかで見たような眼帯をした女の人とばたりと出くわした。服装は言うまでもなく漆黒とも見えるローブは紅魔族故にもはやお約束。若干大人びて見えるけど学校の先生なのだろうか?どこか落ち着きのある様子からそんなことを思っていた。

 

「おぉ、ゆんゆんじゃないか、久しぶりだね、帰っていたのなら是非声をかけてもらいたかったが…そうだ、ちょうどこの前送った小説の続きが……」

 

「…あーーるーーえーー!!」

 

「うわぁ!?どうしたんだいゆんゆん!?」

 

ゆんゆんはその女の人を見るなり顔を真っ赤にして掴みかかった。そしてその呼んだ名前を聞いて静かに察した。

なるほど、この人があの小説を書いたゆんゆんの友達のあるえさんなのだろう。

ゆんゆんはあの小説を思い出してあるえさんに物申したい気持ちなのだろうけど私の見解では別にあるえさんは悪くない。勝手にゆんゆんが勘違いしただけである。

 

なので私はすぐにゆんゆんを背中から両腕を回して引き剥がすことにした。

 

「ゆんゆん、落ち着いてください、この人は『お友達』であるゆんゆんに自分の書いた小説を読んでもらいたかっただけですよ」

 

「……っ!?」

 

今も尚、『お友達』というワードはゆんゆんにとって非常に重要なワードである。それに反応したゆんゆんはピタリと動きを止めてしまった。これならもう一押しで大人しくなりそうだ。

 

「…あるえさん…でしたね?そうですよね?」

 

「…君は…?いや、うん、そうだよゆんゆん、その通りだ!大事な友人であるゆんゆんに是非とも私の書いた小説を読んで欲しかったんだ!」

 

「……」

 

ゴクリと自身の喉を鳴らす音が聞こえた。それはあるえさんも同じのようで緊迫めいた様子でゆんゆんを見守っている。…やがてゆんゆんの抵抗する力が抜けたことを確認できると、私は自然とゆんゆんから絡めた腕を離した。

 

 

「そ、そうよね…お友達同士なんだから…それくらい仕方ないよね…」

 

どこかウットリしながら頬を染めるゆんゆんを見て、私とあるえさんは同時に肩の力を抜いて大きく息を吐いた。このチョロさ具合はゆんゆんらしいのだけど同時にどこか危なかしさも見えてしまう。言うならば地雷ワードだろう。今後はあまり使わない方がいいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

―紅魔の里・図書館―

 

 

 

「我が名はあるえ!紅魔族英雄伝の著者にして、やがてその名を世に知らしめる者!!」

 

とりあえず一悶着あったものの、なんとか落ち着くことのできた私達はゆんゆんの通っていた学校…『魔法学園レッドプリズン』に併設された図書館に入り、あるえさんから改めて自己紹介されていた。学校の名前については突っ込むだけ野暮だろう、ここは異世界で、おまけにそんな異世界でも独特な感性を持った紅魔族の里の学校なのだから。

 

「私はアリス、ゆんゆんの親友です、よろしくお願いしますね」

 

とりあえず最低限返しておくけどこの紅魔族の名乗りはもうやるつもりはない、恥ずかしいし。だけどこうやって紅魔族の人と接する度にこの挨拶はしてくるが基本的にこちらが返さなくても引いたりしない限りは嬉しそうにしてる。引かれる自覚があるのならしなければいいと思うのだけど。今のあるえさんも普通に返したところで悪くはとっていないようだ。

 

「なるほど…君が今王都の話題を独占してる有名な蒼の賢者さんだね」

 

「…え?」

 

すると予想外の反応が返ってきた。この里に来て私は何度か蒼の賢者を名乗りはしたけど誰もがまずゆんゆんの親友の下りを最優先に反応していて蒼の賢者についてはあまり言われる事はなかった。…これは単純に蒼の賢者の部分を話す時の私の声量が小さめなのも原因なのだけど自分で名乗るには恥ずかしすぎるので仕方ない。ただ疑問なのは今の私はあるえさんに対して蒼の賢者とは名乗っていない。

 

「…おや?もしかして違ったかな?ゆんゆんと一緒にいるとなれば間違いないと思っていたのだが」

 

「…いえ、この里で蒼の賢者のワードを知っている人はいませんでしたから…」

 

「…なるほど、それは土地に原因があるね。この紅魔の里は外から見れば気軽にやって来れる場所ではない、だから情報が遅いのだよ。だけどこの私は違う、時事ネタは作家にとって良い作品を作る大切なものだ、故に王都にいる紅魔族と文通をすることでたまに新聞などを送って貰っているんだ、だから私はこの里でもっとも情報が進んでいる紅魔族と言えよう!」

 

…確かにここまで来るのは苦労した。実際この里に来て3日目になるが私達やカズマ君達のパーティ以外に今のところ観光客などは見かけない。…一応現在進行形で魔王軍が攻めてきているのだからそんな場所に観光するような人はまずいないだろうけど。魔王軍ですら辺境と言っていた場所、確かに王都の情報など通常ここまで来るには時間がかかりそうだ。ミツルギさんは私が王都に来る前から有名人だったし最近その名がこの辺りまで届いた感じなのだろうか、少なくとも族長さんは魔剣の勇者の異名を知っていたし。

 

「…あるえも私やめぐみんと同じように学校は卒業しているんだから…外に出てみればいいのに…」

 

「確かにネタ集めとしてたまには出てみてもいいかとは思えるが…私は冒険者になるつもりはない。この類稀な文才を活かして紅魔族随一の…いや、この国一番の作家となる、それが私の夢だ!」

 

「…だからって私達を登場人物にするのはやめてほしいんだけど!?」

 

言われて思い出せば確かにゆんゆんどころか私とミツルギさんまで間接的に登場していた。しかも結婚して子供作って亡きものにされていた。ぶっちゃけどうでもいいのだけど思い出してしまえば呆れ返ってしまう。

 

「…そういえば私やミツルギさんも出てきてましたね…」

 

「おぉ!アリス君も読んでくれたんだね!あれは個人的にも筆が乗って良い感じだと思うんだけどどうだったかな?是非感想を聞きたい!」

 

身を乗り出して私に近付く様は言ってしまえば少し怖い。それだけあの作品に情熱を注いでいるということなのだろうか。これは答えに困る、凄く困る。

正直に言えば自分が出てきた時点で微妙でしかないのだけど客観視してみても様々なラノベを読んできた私に言わせればありきたりな気もする、いわゆる王道ファンタジー。両親の無念を二人の子供が晴らすような感じになるのだろう。だがこの世界の本は数多く読んだけどこのような創作の話は日本ほど多くはない。日本に例えれば童話のジャンルの数程度かもしれないが、これは逆に日本が多すぎるのかもしれない。

 

「…そうですね、結構前衛的な作品だったかと…」

 

「そうだろう!!いやぁ、分かる人に読んでもらえたのは嬉しいね!」

 

どこかの漫画で、感想はこれを言えば大体大丈夫とあったので言ってみたけどあるえさんは満足したようだ。凄く嬉しそうに私の手を取って強引に握手してきた。

 

「こうして巡り会えたのも何かの縁だ、良かったら君達の冒険譚でも聞かせてくれたら凄く嬉しいのだがどうだろう?」

 

…ただこの状況は宜しくない。本来私の目的はアンリの為に安楽少女について調べる為にこの図書館に来たのだ。午後からゆんゆんの実家で待つ二人と合流して里を歩いて回る予定ではあるしあまり時間を無駄にしたくはないのが本音だ。

 

「…すみませんあるえさん、私達も予定がありまして…」

 

「…ねぇアリス、別にあるえの事は呼び捨てでいいのよ?私と同い年だし」

 

「…え?」

 

ふとあるえさんを見ると不思議そうに首を傾げている。その容姿はとても大人びているしローブで分かりにくかったけど座っている今はボディラインが少し分かりやすくはなっていた。明らかにゆんゆんと同等、もしかしたらそれ以上にスタイルがいい。ゆんゆんを女子高生で例えたらあるえさんは女子大生でも通りそうな見た目をしている。そんなあるえさんが14歳…?それは流石に絶句せざるを得ない。

 

「ゆんゆん、どうしたんだいこの子は?何やら固まってしまったけど…」

 

「…あのね、あるえ…、一応アリスは16歳だから私達より歳上なの、だからこの子呼ばわりは流石に…」

 

「……え?」

 

私に倣うようにあるえさんは固まってしまった。そりゃ客観的に自分を見ても13歳とかに見えるもの、それは仕方ない。身長はめぐみんとほぼ一緒で胸もないしちんちくりんだし。そもそも私は望んでアクア様に今の姿にしてもらったのだからそこに後悔はない。できたらもう少し胸が欲しかったとか思っては……いない。

だけどこの二人が14歳は絶対に無理があると思う。紅魔族はみんなこんな感じなのか!?と思うもめぐみんの顔を思い浮かべたら落ち着くことができた。

 

ありがとう、めぐみん。貴女のおかげで自分を見失わずにすみました。

 

 

 

その頃、めぐみんは実家で予兆もなくクシャミを2回したとかしなかったとか――。

 

 

「どうしためぐみん?風邪か?」

 

「これは誰かが私の噂をしているようですね、2回ですから悪口のはずです、おそらくアクセルの街の冒険者でしょう、帰ったらすぐに撃ちに行かなくては」

 

「やめろ」

 

 

そんな話がされていたことは、私は全く知らなかった。

 

 

 

 






めぐみんの早とちりでアクセルの冒険者に悪寒が走る()


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episode 120 アンリの謎

 

 

―紅魔の里・図書館―

 

私とゆんゆんはあるえさんに簡潔に事情を説明した上であまり長居できないことを強調してみた。あくまでアンリのことなどはややこしくなるので話していない。今はこの図書館でモンスターに関する本を探しながらもあるえさんの話を聞いている。そしたら何故か文通友達のお誘いがきた。

 

「文通…ですか?」

 

「うん、せっかく今や時の人である蒼の賢者と出逢えたんだ、私はこの出逢いを無意味なものにしたくはない、貴女なら私の小説の良さを理解しているようなので是非小説も読んでもらいたい」

 

「……まぁ…いいですけど…」

 

別に断る理由はない。小説だって配役を気にしなければ良き暇潰しにはなるかもしれないし。それは構わないのだけどそうなると疑問も浮かんでくる。

 

「…ゆんゆんとは文通をしないのですか?」

 

これに尽きる。ゆんゆんにあのような小説が届いたのはおそらく今回が初めてなのだろう。ゆんゆんの父親の手紙に紛れ込ませたような形だったし。今ゆんゆんは離れた場所の本棚を物色しているしせっかくだから聞いてみようと思っての質問だったけど、あるえさんは少し困ったような微妙な顔をしていた。

 

「それは私としても是非したいのだけど…断られてしまってね」

 

「…ゆんゆんが、ですか?」

 

意外な答えが返ってきた。ゆんゆんがそういったことを断るのは考えにくいと思うのだけど。むしろ喜んで受けるイメージしか湧いてこない。こうして見ていても仲が悪いようにも見えないし断る理由がわからない。

 

「ゆんゆんが里を出る数日前にね、卒業することで離れ離れになってしまうしこれを機に文通をしようと誘ってみたことがある…するとゆんゆんは『私なんかと文通なんて、あるえに迷惑をかけちゃうと思うし』とかなんとか言っていた気がするね…」

 

「…それはあれですよ、あるえさんの押しが足りないのですよ」

 

「えっ」

 

私の答えが予想外だったのか、呆気に取られている様子のあるえさんを後目に、私の言葉はまだ続く。

 

「ゆんゆんはお友達が欲しいと思うのと同時に遠慮という名の壁を作る子ですから、簡単には折れませんよ、『私なんか』とか言い出したら更に押すのです、そこで屈してはいけません、つまりその時点で負けて身を引いたあるえさんが悪いのです」

 

「言われてみればわからなくはないけどそれは私が悪いのかい!?というより文通を誘うだけなのに何故勝ち負けの話になっているんだい!?」

 

当然である。私がこの世界で出逢ってもっとも面倒臭いと思えた人は間違いなくゆんゆんである、甘く見てはいけない。あの子はチョロ甘と見せかけて実は難攻不落なのだ。王都に来たばかりの頃はあの容姿故にゆんゆんはナンパをよくされていたのだけど声をかけた男の人は5分もすれば戸惑いながら苦笑気味に立ち去って行く。あの顔は間違いなく面倒臭いと思っていると確信できるしその気持ちがわかるくらいには初期のゆんゆんは面倒臭かった。

 

「まぁそれは過去のゆんゆんですけどね、今のゆんゆんでしたら問題なく受けてくれると思いますよ?」

 

「そ、そうなのかい?それなら後で声をかけてみるよ…それにしてもゆんゆんの事をよくわかっているんだね…」

 

「ふふっ、親友ですからね」

 

さぞ当たり前のように言って見せれば、あるえさんは穏やかに笑いだした。私から見たそれは純粋に嬉しそうに見えて、自然と安堵させてくれる笑み。その様子だけで察した。あるえさんもまた、ゆんゆんの事を心配していた一人なんだって。友達がいないと言ってはいたゆんゆんだけどこうして見れば里の人達にはしっかりと愛されているように見える、私にはそれが嬉しくもあった。

 

それと同時に、ゆんゆんに少しだけ嫉妬した。里の皆はとても温かくゆんゆんを気遣っている。それは過去の私にはなかったものだから…。

 

「あの子は昔から変わり者でね、里の中でも浮いた子だったんだ。だからこうして今、君のような友人がいる事をとても嬉しく思うよ。私ではそこまでの関係にはなれなかったからね…、まぁ私も執筆にばかり夢中でそういう気が回らなかったのもあるけど…」

 

「でしたら、これから文通友達として仲良くしてやってください、きっと喜ぶと思いますよ?」

 

ただ一つだけ言うならばゆんゆんが変わり者と言うよりもゆんゆん以外が変わり者なのが正しいのだけどそれは仕方ない。この里ではそれが一般的なのだから。何故こんな里で生まれ育ってゆんゆんのような感性を持った人ができたのか凄まじく謎ではあるけど。そう思えば環境に負けずに自我を無くさないゆんゆんは何気に凄い子なのかもしれない。

 

「アリス、紅魔の里近辺のモンスターに関する資料なんだけど……って、二人で何を話していたの?」

 

そんなことを考えていたら奥の本棚を見ていたゆんゆんが数冊の本を持ってやって来た。気付いたら適当にとった本を数ページ捲った程度のままあるえさんと話し込んでしまっていたことに気が付けば、私は自然とバツの悪い気持ちになる。 

 

「なに、ゆんゆんと文通をするにはどうしたらいいか相談していただけだよ」

 

「えっ…」

 

気まずい気持ちになっていたらあるえさんが穏やかな視線をゆんゆんに向けていた。対してゆんゆんはキョトンとしている。驚いていると言うよりはどこか不信感を持っているような。正直これはこちらとしても予想外だし、その反応にはあるえさんも僅かながら不安そうな顔つきをしていた。

 

「…これでも私はゆんゆんのことは心配していたんだよ?暫くしたらまた里を発つのだろう?なら連絡くらいはとりたいじゃないか」

 

「いや…その…文通はいいんだけど…」

 

「?」

 

予想通りとは行かないものの、ゆんゆんはあっさり承諾はした。したのだけどどこか気まずそうに口篭っている。これには理由がわからない。

 

「…その…以前誘ってくれた時ね、本当は凄く嬉しかったの。だけどあの時の私は…その…、私なんかと文通をしてあるえは楽しくならないんじゃないかなとか、手紙でのやり取りなんてした事なかったからちゃんと文通ができるかな?とか、色々不安になっちゃって……」

 

ゆんゆんの独白で場の空気が一気に重苦しくなってきた。やはり人間はそう簡単に根本から変えることは難しいのかもしれない。今のゆんゆんは私から見れば完全に昔の面倒臭いゆんゆんにしか見えない。

 

…とはいえここまで自分の気持ちをしっかり言う事もまた、昔のゆんゆんではありえなかったかもしれない。だけどそれは私にはわからない。私とゆんゆんは出逢ってそれほど経ってはいない、だから昔のゆんゆんを出すのならあるえさんの方が熟知しているはずだ。

 

「はぁ…」

 

何を言ってくれるのか期待しているとあるえさんは呆れるように溜息をついた。その気持ちは凄く分かる。分かりすぎる。

 

「…あのねゆんゆん、普通人と関わることで、いちいちそこまで考える人間はあまりいないよ…」

 

「…そうですね、それは相手のことを思いやるゆんゆんの長所ではありますけど同時に短所だと思います」

 

「…だけど」

 

あるえさんと私の言葉を遮るように放たれた言葉、それはあくまでも昔の自分だと言いたいのだろう。どこか真剣な顔つきは、そう思わせるには充分なものだ。

 

「今でもその気持ちはあるけど…、それでもあるえの気持ちになって考えたら…結果的に断る事になっちゃったから…それが気まずくて…私は凄くやりたかったのに…だからその…私の方こそ、よろしくお願いしますっ…!」

 

それはもし何も知らない第三者が聞いていたらたかが文通をするだけなのに重すぎると思われそうな、まるで恋人にでもなるのかと錯覚してしまいそうな気にすらなってしまう。

だけどゆんゆんにとってお友達とはそれくらいの価値があるのかもしれない、それくらい渇望するものなのかもしれない。それはよくわかる。

 

だって、お友達を大切に想う気持ちは、私も同じなのだから――。

 

 

 

「…まるで恋人にでもなるかのような勢いだね…」

 

そんなゆんゆんを見ながらも、少し呆気に取られたあるえさんは苦笑気味にそう返せば、私は少しだけ笑っていた。

 

「ふふっ、ゆんゆんにとってお友達は恋人と同意義かもしれませんからね」

 

「そ、それはちょっと…考え直してもいいかい?」

 

流石に恋人はやりすぎだ。しかも同性で。色々と危ない空気になってきたのを自覚したゆんゆんの顔は再び真っ赤になっていた。

 

「違うから!?流石にそこまでではないから!!」

 

私の余計な一言のせいで場が混沌としてしまったけど、なんとかあるえさんとゆんゆんは今後文通をすることになった。かつてゆんゆんが断ってしまったあるえさんとの文通、それを改めて受ける事ができた。

 

それだけでも、ゆんゆんにとってこの里帰りはとても良いものになったのではないかと思えた。

 

 

「…でもあの小説に私を出すのだけはやめてね!!」

 

「そんな!?既に第3章の考察に入っているのに!?」

 

という事は2章は既に書き上がっているということなのか。読みたいようなそうでもないような複雑な気持ちである。

 

「…というより私達は既に死んだ流れでしたから別に問題はないような…」

 

「…ふふっ、その読みは甘いよ。少しネタバレになるけど実は君達は死んでなかったんだ。だけど魔王軍に洗脳されて…少年少女と母親はやがてめぐり逢い…そして様々な想いを胸に…互いに武器を構えて……どうだ?中々燃える展開だと思わないかい?」

 

「絶対に私達を出さないでね!!」

 

話していて我慢できなくなったのか、少しネタバレどころか内容をほとんど話してしまっている気すらする。あるえさんはがっかりしていたけどゆんゆんが嫌と言っているのだから仕方ない。もっともゆんゆんは小説に出されることよりも、単純にあのカズマ君の子供を作らないといけないという自身の勘違いを引きづっているだけと思われる。…そっとしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

このすば。(「ならアリス君…」「嫌です」)

 

 

 

 

 

閑話休題。改めてこの図書館に来た目的を果たさなければならない。

私とゆんゆんは2人で探し集めた安楽少女の情報が載っていると思われる本を片っ端から読み漁っていた。だけどめぼしい情報はない、どれもガイドブックに記載されていたような注意喚起や対処法などばかりで今のアンリに役に立ちそうな情報は見当たらなかった。

 

「…二人して何をそんなに熱心に調べているんだい?」

 

本来ここに来たのは小説のネタ集めの為らしく、あるえさんは歴史書を読んでいる。あくまでもノンフィクションに近いような世界観にしたいのだろうか。

 

とはいえ今のアンリは無害とはいえモンスターである安楽少女。安易に正体をバラす訳には行かないしどうしたものか。

 

「この里に来る時にその…安楽少女を見かけてね、凄く可愛いモンスターだったから、少し興味があって…」

 

流石できる女ゆんゆん、嘘ではないしこちらが困る情報は流していない。私は調べながらも静かに頷くことで同意を示した。

 

「安楽少女?あぁ、里の周辺の森にいるモンスターだね。あのモンスターはそもそも歴史自体は浅いものらしい」

 

「……何か知っているのですか?」

 

あるえさんの言葉に私とゆんゆんは大きく反応を示した。二人して読んでいた本をそっちのけにあるえさんに迫るものだから、これにはあるえさんも驚き身構えてしまっていた。

 

「お、落ち着きなよ…、前に小説の題材にならないかと調べたことがあるんだ。確かこの歴史書にも……」

 

あるえさんは持っていた本をパラパラと捲り、目当てのページを見つけるとともにそのページを私とゆんゆんに見せてくれた。

 

 

 

――安楽少女の歴史。

 

安楽少女は凡そ50年ほど前に突如発生した変異種と見られている。元々は疑似餌などで動物を誘い、捕食する植物だった。

だが知恵をもつ彼らは進化を遂げたのか、少女の外見となり人間を魅了して誘い込むようになった。分かっていても簡単には駆除できないその愛くるしさは人間にとって脅威以外のなにものでもない。一匹の植物がそうしたことで、他の仲間の植物もそれを真似たのだと思われる。

 

 

 

 

「……これって…」

 

「突如発生した変異種…他の植物はそれを真似たもの…」

 

頭の中で考えを巡らせる。そして推測すれば、この突如発生した変異種というのはアンリ自身のことではないだろうか。そして他の植物はあくまで疑似餌の要領で擬態化することでそれを模倣した。そう考えれば…アンリには効いて、他の安楽少女には効かなかった《セイクリッド・ブレイクスペル》の結果も納得はできる。

 

だがそうなると疑問も残る。

 

アンリは食人植物に襲われた記憶を持っていた。それが何をどうしたらアンリ自身が安楽少女の元祖となってしまったのだろう。突然変異という言葉だけで片付けるには少し弱い気もする。単純に知恵のあるらしい植物が少女のふりをして誘い出す方法を思い付いた可能性もあるけどそれまで疑似餌を使い獲物を誘い捕食していたのに何故突然狩りの方向性を変えたのか。

 

ただ歴史書というジャンルはノーマークだったので改めてそのジャンルや、関連の薄そうな本にも手を伸ばすが、結局それ以上の情報が入ることはなかった。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

一方その頃――。

 

―族長の家―

 

ようやく目を覚ましたアンリはゆんゆんの部屋のベッドからゆっくり降りると、周囲を見回す。そしておそるおそるリビングへと足を運び…そのまま扉の後ろへと隠れ、顔だけを出してリビングにいたミツルギさんを警戒するように見つめていた。

 

「おや?起きたのかい?おはよう」

 

『……お姉ちゃん達は――?』

 

「アリスとゆんゆんなら今は出かけているよ、お昼には帰ると思うからそれまでは僕と一緒にお留守番だ」

 

『…――』

 

ミツルギさんはできるだけ優しく穏やかに言うがアンリの警戒は緩まない。怯えるように身体を震わせて動かずにミツルギさんをじっと見ていた。

 

「…そ、そんなところにいないでこっちに来たらどうかな?」

 

『…お姉ちゃん達…食べちゃったの――?』

 

「えっ」

 

ミツルギさんにとって予想外な言葉が返ってくる。アンリとしてはめぐみんの言った『男は狼』を純粋に信じた形なのだけどミツルギさんはそんなことを知らない。よって戸惑うしかできない。

 

「いや、だから出かけているんだよ、ほら、朝食もまだだろう?用意してくれているから食べないと…」

 

『…私も太らせてから…食べちゃうの――?』

 

「食べないよ!?どうしてそうなるんだ!?」

 

結局ゆんゆんのお母さんに助けられる形でアンリに朝食を食べさせることができたミツルギさんだったが私がこの話を聞いて萌え死にそうになったのは言うまでもなかった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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episode 121 紅魔の里の観光 その1

 

 

 

図書館で得た情報、それはアンリの人間であった時期をも明確にすることができた。

あの歴史書が書かれたのは10年程前、そしてその歴史書には凡そ50年前と書かれていたのでアンリは安楽少女になって60年もの年月が経っていることになる。そうなればアンリの両親はどの道生きている可能性は低い。何故ならこの世界の人間の寿命は日本よりも短いのだから。

このことをアンリに教えるべきなのか、非常に戸惑われる。今のアンリの生きることへの渇望はあまり感じられないのだから、それが原因で生きる希望を無くしてしまいそうで…私には、とてもではないけど話す事はできそうにない。

 

結局どうやってアンリが安楽少女と呼ばれるモンスターになったのか、直接の原因はわからないままだったけど、安楽少女について調べれば調べるほど結果として残るのはなんとも言えない喪失感。やるせなさ。そんなマイナスの感情ばかりが生まれてくるものばかりだった。

 

「アリス…もう…いいんじゃないかな…?アンリちゃんについてはもう充分分かったし…」

 

「……確かに辛いです、心苦しいです…、ですが…」

 

そんな状況に苦悶の表情を見せたゆんゆんの言葉に私も思わず悔しくなる。だけどこれは知的好奇心などではない。私がアンリがモンスターになった原因を知りたい理由はそんなものではない。

もしかしたら、それが判明することでアンリを人間に戻してあげることが出来るかもしれない…そんな、とても淡い、儚い、僅かながらの希望。そんな細い藁にでも掴みかかるようなか細い希望を辿ろうとしている。だけど絶望的な結論が出る可能性が高すぎた、何故なら私の周りには既にモンスターになった人間の前例がいるのだから。

 

一度モンスターになった者が人間に戻れるのなら…、ウィズさんはとっくの昔に人間に戻っているだろうと思うから――。

 

…それでも諦めきれない気持ちも強い。ウィズさんとアンリでは境遇も種族も違うのだから。可能性は低いかもしれない、だけど…

 

私はアンリの心からの笑顔を見たいと…、素直に思っていたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

―族長の家―

 

時間的にそろそろ戻らないといけないと思った時に首にかけられた懐中時計を確認すれば、時刻は既に正午である12時を過ぎていた、地味にお腹も空いてきていたのもあり、私とゆんゆんはあるえさんに別れを告げるとゆんゆんの実家へ帰ってきた。

さて、ミツルギさんにアンリを預けることになった訳だけど少しは距離が縮まっただろうか?と能天気に考えながら家に入れば、すぐにアンリが飛びついてきた。

 

『…お姉ちゃん良かった…食べられてなかった――…』

 

「…た、食べられる??」

 

ふいに抱きついてきたアンリを落ち着かせようと私はアンリの頭を優しく撫でる。すると心地良さそうに甘えた笑顔になり、理性が崩壊しそうになる。それくらいには可愛すぎた。

 

「…もしかして…昨日のめぐみんの言葉を真に受けて…?」

 

「…あー…、男は狼とか言うやつですね…」

 

「やっと戻ったんだね…おかえり…」

 

リビングに入ったところでゆんゆんと話しているとミツルギさんが奥から疲れた顔つきでやって来た。どうもその様子からは私の作戦は上手くいかなかったのだろう。その証拠にミツルギさんの声が聞こえると同時に私に抱きついたままのアンリの身体がビクッと震えたのを確認できたのだから。

 

「…アンリ、あのお兄さんは狼ではありませんし、アンリのことを食べたりしませんよ?」

 

『…でも――』

 

戸惑うアンリは震えることをやめない。ただミツルギさんを怖がっている。これはどうもめぐみんの教えだけが原因ではないような気がする。

 

「…ミツルギさん、アンリに何かしました?」

 

「いや、何もしてない…、僕はずっとこのリビングにいて、アンリが目を覚ましてここに来たから朝食を勧めたりしたくらいだけど…」

 

うーん、確かに聞く限りでは問題ないように見える。そもそもカズマ君じゃあるまいしミツルギさんか何か嫌われるようなことをするようにも思えない。私としてもミツルギさんにはそれくらい信頼している。カズマ君に信頼?ないですが何か?

 

『…お兄ちゃんの目……』

 

「……え?」

 

相変わらず小刻みに震えているアンリは私のお腹に顔を埋めたまま、ゆっくりと話し始めた。これは本人に聞くのが一番早いことではある、だけどこの震え方は尋常ではない。

 

『……森で――、初めて出逢った時――、お兄ちゃんの目……凄く怖かった――……』

 

「……なるほど」

 

私とゆんゆんとミツルギさん。この3人の何が違うのかと考えれば一番に浮かんだのは性別である。めぐみんの教えも重なって単純に男の人を避けていた様子だったけどそれだけではなかったようだ。

私は初めからアンリをモンスターとして見ていなかった、ゆんゆんは注意しながらも愛護的な視線を送っていた。だけどミツルギさんに関してはそうではなかった、初めから完全にモンスターとして警戒していた、疑っていた。勿論安楽少女への対処法としてそれは間違ってはいない。だけどそんな警戒したモンスターを見る目がアンリにとってミツルギさんの第一印象だ、ましてやこんな幼い子ではその第一印象は余計に大きな恐怖を印象づけてしまう。

 

あぁ、このお兄ちゃんは私の事をそんな風に見る人なんだ、と。

 

「…アンリ、落ち着いてください。ミツルギさんは今も貴女のことをそんな怖い目で見てますか?」

 

『……――』

 

アンリはゆっくりと私から顔を離すと、そのままミツルギさんへと顔を向けた。私から見たミツルギさんの表情は少し困ったような、だけどアンリのことを心配しているような目線。これなら大丈夫じゃないかとアンリを見れば、涙目のアンリはミツルギさんから目を離すことなく戸惑った様子でいた。

 

「ミツルギさん、後は…」

 

「……わかった」

 

ミツルギさんは怖がらせないようにゆっくりとアンリの傍まで近付くと、そのまま中腰姿勢になってアンリの頭をそっと撫でた。そしてミツルギさんの表情は穏やかに笑っていて、アンリも初めは強ばった顔をしていたけど、それは少しずつ和らいでいく。流石イケメン、アイリスや私みたいな幼女を手懐けるのはお手の物である。……いや私は幼女じゃないけど。手懐けられてもないけど。

 

『…あっ――』

 

次第に心地良さそうに撫でられるアンリを見て、これならもう大丈夫だろうと思えて私やゆんゆんにも笑みが零れる。

 

「怖がらせていたなら謝るよ、だけど今は君に対して何かするつもりはない、だから…これからもよろしくね」

 

『…うん――♪』

 

結果だけ見れば簡単に打ち解けられたものの、それはアンリが話してくれない限りは難しいものだった。アンリについてはまだ分からない事が多いけど、こうやって少しずつ知っていけたら。

これからアンリを預かるつもりではあるけど、それはひとつの命を預かるということ。不安と楽しみなのが半々が現状の気持ちではあるけど、こうしてひとつ乗り越えた形を見ていると自然と楽しみな気持ちが勝ってくる。これからアンリは私達の日常にどのような彩りを見せてくれるのか、これからが実に楽しみになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

―紅魔の里・喫茶店?―

 

改めてミツルギさんとアンリと合流したので、私達4人は紅魔の里を歩く。お昼時ではあるのでゆんゆんが学生時代にお世話になっていたらしい喫茶店兼定食屋さんに行こうということになった。このまる2日間、基本的に食事はゆんゆんの家でお世話になっていたけどいつまでもそれでは流石に申し訳ない、当人達はまったく気にしていない様子だけどこちらが気にしてしまうのだ。

 

そんな訳で見えてきたのは意外とお洒落なお店。ログハウスのような外観、そのまま丸大で作られた広めのテラスには木造りのテーブルと切り株のような椅子が備えられている。日本の観光地とかでも見る事のできそうな見た目のお店には個人的にも居心地が良さそうな感じがした。

 

とりあえずまずはお店に入ろうとお店の扉を開けばカウベルの音が鳴り、カウンターの奥から痩せ型の中年男性が姿を現した。

 

「あい、いらっしゃい……ってゆんゆんじゃないか、久しぶりだね」

 

「ど、どうもご無沙汰してます…4人なんですけど大丈夫ですか…?」

 

「あぁ、大丈夫だ、好きな場所に座ってくれ、今メニューを……え?」

 

前掛けを着けたおじさんは慣れた動きでメニューを取りだし…そして固まった。そしてそんな固まった身体を無理やり動かすようにゆんゆんに視線を向けて私達にも目を向ける。そのギクシャクした動きはまるでロボットかなにかのようだ。

 

「…ゆんゆんが……ゆんゆんがついに両親以外の人と一緒に食事に…!?」

 

「そのくだり既に色々な人に散々言われましたから!!もういいですから!!」

 

本当に…この紅魔の里に滞在して何回目になるだろう。そこまでゆんゆんがぼっちじゃない事が珍しいのだろうか。その度にゆんゆんは顔を真っ赤にしてしまうし段々と可哀想に感じてくる。これはさっさと話題を変えるのがゆんゆんの為になりそうだ。

 

「すみません、お水をお願いします。…とりあえず席につきましょうか」

 

「あ、すいやせん、少々お待ちを…初対面ですからまずは名乗りを…我が名は――」

 

私が催促すればおじさんは決めポーズまでして爽快に名乗った挙句、慌てた様子で奥にはいって行った。まさかお店の人まで名乗りをあげてくるとは思わなかったので完全に唖然としてしまった。

 

改めて店内を見渡すとどうやらお昼時なのに私達以外の客はいないようだ。閑散とした店内の様子には少し不安を覚えるものの、角の方の席へと向かう。

 

そうして席に着けばメニューをもらい、目を通す。

 

……そしてゆんゆんを含めた私達全員は同時に大きく首を傾げた。

 

「…『漆黒の溶岩に満たされし咆哮』……?なんですかこれ…?」

 

「…こっちは『怒れる竜による聖なる息吹』…?」

 

「……なんか私が前来た時よりも難解になってる…」

 

他にも『直視の魔眼に貫かれし命』とか『エターナルフォースブリザード』とかあるけどメニューには文字だけなので何がなんだかさっぱりわからない。

 

「漆黒の溶岩はミートシチューだな、怒れる竜はクリームパスタだ」

 

「…何故普通に表記しないのですか…?」

 

「ハッハッハ、里の外の人間らしい質問だな、そんなのカッコイイからに決まっているだろう!」

 

満足そうにそう告げるとおじさんは全員に水のはいったコップを配り、奥のカウンターへと戻っていく。メニューが決まれば呼べということなのだろうか。

 

「…えっとゆんゆん、料理自体は普通のものなのですよね…?」

 

「…う、うん…そのはずだけど…」

 

「それなら今説明を受けたもの以外でそれぞれ好きに頼んでみますか、その方が面白そうですし」

 

特にこのメンバーで大きな好き嫌いは聞かないし多分問題はないだろう。異論はないようでアンリを除く全員が真剣にメニューと睨めっこを始めるのだけど、脈絡のないその名前は全く料理を連想させてくれない。これでハズレがないことを祈るばかりである。

 

『…お姉ちゃん――、私…文字が…』

 

「ふふっ、そうでしたね。では私が読んであげましょうか」

 

『…――♪』

 

アンリが嬉しそうにするのも束の間、やはり料理名は難解すぎてなんの事だかさっぱりわからない。次第に困惑する様子はやっぱり可愛い。

 

『――今の…』

 

「……真紅に染まる清き乙女の血…ですか?…結構冒険しますね…」

 

これは本当になんなんだろう?言ってみればただの血である。なのでトマトジュースなのだろうか、あるいはトマトスープ?

まぁ出てくるものは普通の料理らしいし問題はないかなと私も適当に目を通して選んでみた。

 

「では私は『遥か彼方より来訪し雷』で…」

 

「……私は『大地を揺るがす白き剣閃』かな…」

 

「よく考えたらこれゆんゆんには有利ですよね、紅魔族ですし」

 

「あのねアリス、紅魔族全員が同じ感性を持っている訳じゃないからね?このメニュー以前より難解すぎて私にもさっぱりだからね?以前もさっぱりだったけど!」

 

どこか必死な様子のゆんゆんに苦笑で返す。というよりゆんゆんにわからないなら私達には更にわからないのであり、まぁゲームが成立するならいいやと適当に考えた。

 

「僕は『女神から賜りし約束の聖剣』にするよ、どんな料理かはわからないけど親近感を感じるからね」

 

「ミツルギさんのは魔剣ですけど…まぁ細かい事はいいですか、注文しましょう」

 

それぞれメニューを閉じるとカウンターからこちらの様子を伺っていた店主が歩いてくる。何気にお昼時なのだけど未だ私達以外にお客さんは来ないようでこんなんで商売になるのかと不安になる。勿論味に関しても。

 

店主が注文を聞いてから凡そ15分、少しずつ注文した料理が届いてくる。

 

「まずは『女神から賜りし約束の聖剣』ね」

 

当たり前のようにミツルギさんの前に置かれたその料理は麺料理。白い大きな器に白く太い麺、出汁がきいてそうな薄茶色のスープ、刻まれたネギ、そして大きな油揚げ。

 

つまりは『きつねうどん』である。

 

「…驚いたな、まさかここでうどんを食べられるなんて…」

 

ミツルギさんはどこか懐かしむ様子でそれを見ているけどその気持ちはよく分かる。と言うのもこの世界でカズマ君の屋敷以外で和食が出てくるのは初めて見たかもしれない。

 

「おうどんを知ってるんですか?里の名物なんだけど…」

 

「知ってるも何も僕のいた国の料理だよ、遠く離れた場所にあるから、久しく食べていなかったんだ」

 

思えばこの世界の料理はほとんど私達日本からの転生者にとって馴染みの深い料理が非常に多い。いつも食べているシチューやスープ、サンドイッチなど、アクセルでは洋食主体だったけど王都でもそれは同じ。ピザやパフェなんかもあって食に違和感を感じたことは少ない、その材料には目をつぶるとして。

 

これはどう考えても私達より以前にこの世界に転生した日本人が広めているのだろうと思われる。その考えが一番しっくりくるし、それ以外の考えが浮かばない。

 

「…それなら昔この里に来た旅人さんも、もしかしたらミツルギさんのいた国の人かもしれないですね、この料理やネコミミ神社の御神体はその旅人がもたらしたと言われていますから」

 

「……ネコミミ神社??」

 

「うん、ネコミミ神社は後で案内するから置いとくけど、昔この付近でモンスターに襲われた旅人を紅魔族が助けたことがきっかけで広まったらしいよ。なんでもその人の口癖が…『そんなことよりおうどん食べたい』だったみたいで」

 

「「……」」

 

果たして本当に昔なのだろうか。昔にしてもおそらく10年前後程度のような気もするしまず間違いなく日本からの転生者なのだから。

 

「はい、これはそっちのお嬢ちゃんだね、『真紅に染まる清き乙女の血』だよ」

 

『…わぁ――♪』

 

店主がアンリの前に置いたのは逆三角のグラスに生クリームとイチゴなどが綺麗に飾られた……いちごパフェである。これまた予想外なものが出てきたけどどこがどうなって血になるのだろうか。

 

「…以前うちに来たお客さんが言ってたんだよ、私の血液はいちごパフェでできている!!ってな、それで思いついたんだ」

 

「…果たしてそれは本当に乙女なのでしょうか、私は非常に気になります…」

 

考察していると察したのか店主が説明してくれた。乙女とは一体…うごごご…としか感想が出てこないのだけど。

とりあえずアンリは嬉しそうだしアンリとしては当たりを引けたらしい。その様子に満足していると次に私の目の前に料理が置かれた。

 

「こっちは『遥か彼方より来訪し雷』だね」

 

これまた馴染みのある料理が出てきた。何かのお肉の唐揚げ、それに人参や玉葱、ピーマンが刻まれてあんかけのようにかけられている。

…つまり見た目は酢豚もどき。これもまた転生者が広めた料理なのだろうか。酢の酸味を雷と表現していると考えたらわからなくもない、多分。

 

「そしてゆんゆんのがこれだな、『大地を揺るがす白き剣閃』ね」

 

…私達はゆんゆんの目の前に出された料理?を見て絶句した。どんぶりに入れられた白い粒の山、それは宝石のように輝いていて私の酢豚もどきと共に食べたらさぞ美味しいことだろう。

 

…つまりはこれ。

 

「ライスだ」

 

「納得が行かない!?」

 

なるほど、一見したら意味不明ではあるけど白き剣閃でピンと来た。

 

おそらくライスの事を表現しているというより稲刈りを表現しているのだろう。ご丁寧に漬物も添えられていたが質素すぎるそれに、ゆんゆんはがっくりと項垂れて追加注文をしたのは言うまでもなかった――。

 

 

 




料理名は即興で考えましたオリジナルです。やっぱりオチはゆんゆんだよね♪


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episode 122 紅魔の里の観光 その2


前回のあらすじ

食事のメニューを見たら難解なメニューだったのでこれを利用してゲームしてみたらゆんゆんがハズレを引いた。



 

 

―紅魔の里・飲食店―

 

追加注文することになったゆんゆんは必死な様子でメニューと睨めっこしている。…私としては普通に頼むなり答えが分かっているのを頼んだりしてもいいと思うのだけど。

 

「…ゆ、ゆんゆん?そんなに無理しなくても、普通に頼んでもいいんだよ?」

 

そう思ってたら引きつった顔でミツルギさんが言ってくれた。私も相槌を打つように首を縦に振るのだがゆんゆんは納得いかないらしい。

 

「それじゃ駄目なんです、ゲームとはいえルールは守らないと……あっ、これにします!『深淵より来たりし銀色の流星群』!」

 

「お、おう…注文されたからには持ってくるんだが…」

 

「…嫌な予感しかしませんけど…」

 

別に細かいルールなど設けていない。ただ単純な遊び心で行った事なのだけどゆんゆんはこうなると頑固なところがある。仕方ないので見守ってあげよう。店主がカウンター奥の厨房へ行けば、2分ほどで戻ってきた。そしてゆんゆんの前にどんと置かれたそれはまさしく白銀色の流星群のような綺麗な粒がたっぷりと盛られている。

 

「大盛りライスだ」

 

「なんで普通のライスと全く違う名前!?」

 

「そうは言われてもなぁ…大抵の人はこの文章でどんな料理か分かってくれるしな」

 

凄いな紅魔族。一体どんな考え方をしたら答えにたどり着けるのだろうか。確かに紅魔族は知力が高いと聞くけどその知力の使う方向性を完全に間違えている気さえしてしまう。

 

「そ、それなら…『悪鬼潜む谷に向かう剣豪』で!」

 

「…ゆんゆん、それで最後にしてくださいね…?」

 

「わかってるわよアリス、流石に次こそは…」

 

溜息混じりに忠告すれば、謎の自信に満ち溢れたゆんゆんの返事。まぁ流石にライス、大盛りライスと来て次は小盛ライスなんてことは流石にないだろう。メニューには50種類近くあるのだ、今の今までライスと大盛りライスを引き当てたのは逆に凄いかもしれない。であれば小盛ライスも来てコンプリートして欲しいというゆんゆんが聞いたら泣きそうになりそうなことも考えてはいたりするけど。それはそれで面白いし。

 

「あいよ、『悪鬼潜む谷に向かう剣豪』ね…」

 

注文して3分くらいで店主が持ってきた小皿には、白いボールのような何かが2つほど乗っていた。片手で持てる大きさは馴染み深いし、お弁当などには最適だ。

 

「……おにぎり…ですか…」

 

「運命が私にご飯以外を選択させてくれない!?」

 

これには店主のおじさんも苦笑いである。それにしても小盛ライスと思いきや捻ってくるとは。

ゆんゆんの前には普通盛りライスと大盛りライスとおにぎりが置かれている。ご飯にする?ライスにする?それとも…お・こ・め?♪と言ってあげたい気持ちが込み上げてくるけど我慢しておこう。

 

『…ゆんゆんお姉ちゃん――、私のパフェ、半分…食べてもいいよ?』

 

「…アンリちゃん…」

 

そんな様子に同情したのか、アンリは自分の目の前にあったいちごパフェをゆんゆんに差し出していた。これにはゆんゆんも涙目で嬉しそうにしている。…ただアンリとしては純粋な気持ちでそうしているのだろうけどゆんゆんにしてみればご飯とパフェという未知のコラボレーションを体験する形になってしまう。ゆんゆんはアンリの厚意で気付いてないのかもしれないけど。

 

結局私はおにぎりをもらい、代わりに私の酢豚もどきを半分ゆんゆんにあげることでその場は収まったのだった。逆に私に主食がなかったのでちょうど良かったりもした。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、アンリと出逢ってこうして生活を共にしているとやはり人間とは明らかに違う部分がある。

とはいえ見た目からしてアンリは人間にしか見えない。植物だからといっても手足に根がある訳でもない。大きな違いはその内部構造にある。

 

例えば食事。見た目は人間と同じように口に食べ物を入れて食べる。おかげでこうして外でも問題なく食べる事が可能だ。

ここからは推測と図書館で調べた安楽少女そのものの生態を混ぜたものになるが植物であるアンリには当然根がある。そしてそれは人間で言う胃の部分。

口から入れた食べ物は、体内の根で完全に分解されてアンリの養分となる。完全にだ。

つまり排泄物がない。食べたものを100%養分にしてしまう。更には髪に葉緑体が多分に含まれていて光合成も可能だ。ただ安楽少女的には最終手段らしい。そんな植物の特性がある故にアンリの髪は黄緑色をしていて、頭に飾られた花飾りはアンリの身体の一部となっている。

だからなのか、アンリの香りは常に花の匂いがして非常に心地よい。本来は安楽少女として獲物を引き寄せる為の手段のひとつなのだろうが今のアンリにそのつもりはないのでただ心地よい香りがするだけのものである。流石に人としての感性を取り戻した今、人を襲うことは絶対にないだろう。

 

そして安楽少女としてのアンリの一部であった一本の実のなる木、あれが消滅したことで人間のように歩けるようになり、必要な養分もかなり減少しているようだ。つまり今のアンリは半分人間で半分安楽少女といった見方が正しいのかもしれない。

 

まとめてしまえばエコで可愛くてトイレ不要な女の子。それがアンリである。ある意味羨ましいかもしれない。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

―紅魔の里・服屋―

 

食事を終えた私達は目的のひとつである服屋さんに訪れていた。このお店は民家で強引にお店を開いているような外観。服屋さんは紅魔の里でここしかない為ここに来た訳なのだけど…。

 

外観からも見える衣服の数々、デザインだけは様々だけど全てに統一して言えるのは色が見事に黒がメインのものしかない。何を着ても可愛らしいアンリだけどできたらもっと明るい色合いの服を着せてあげたいのだけど紅魔族がメインの客層なので仕方ないのかもしれない。

 

「いらっしゃいませ!…おや、ゆんゆんと……後ろにいる人達ははじめましてですね…では早速…我が名はちぇけら!アークウィザードにして上級魔法を操る者…!紅魔族随一の服屋の店主!!

 

お店に入るなり黒髪と短めの顎髭をした中年男性が姿を現す。痩せ型ではあるけどどこか気品を感じる風貌だ。…思ったのは基本的にこの里の人達は美男美女が多すぎやしないだろうか。ここまで出逢った人達はほぼ全員整った顔立ちをしている。

 

「…アリスと申します、アークプリーストです」

 

今回からゆんゆんの親友と名乗っていた部分を職業に変えてみる。じゃないといちいち大袈裟に驚かれて面倒だったから。

 

『…アンリ――…』

 

私の後ろに隠れながらも不器用に名乗るアンリ。うんうん、よくぞちゃんと名乗れました、お姉ちゃんは嬉しいですよという気持ちを込めて頭を撫でれば恥ずかしげながらも嬉しそうにはにかんでいた。

 

「ええ、噂は聞いてますよ、ゆんゆんとその仲間達の話は今もっとも里でメジャーな話題ですからね」

 

「…ど、どうしてです?」

 

嫌な予感がする…、そんな表情をゆんゆんは隠しきれていなかった。まぁ私が親友と名乗る度にあの驚きようだ、多分その辺のことではないかと予想はできる。

 

予想はできたはずなんだけどなぁ。

 

「僕はミツルギです、ソードマスターを生業として…」

 

「あ、大丈夫ですよ、しっかり分かっています。貴方がゆんゆんの恋人ですね、そちらのお嬢さんはゆんゆんの親友…、聞いた時は本当に驚きました、まさかあのゆんゆんが友人どころか恋人まで連れて帰ってくるなんて…」

 

 

「ちょっと待ってください!?どうしてそんな話になってるの!?」

 

ゆんゆんに同意したい気持ちはあるけど噂なんて尾びれがついてしまうものである。里の人達が面白おかしく噂したことでそんな形になってしまっているのだろう。

 

「いや、昨日族長から直接聞いたが…その後も来る客みんな言っていたよ?」

 

「お父さんーー!?」

 

さらっと言ってくれた答えはまさかのゆんゆんのお父さんである。正直ミツルギさんの挨拶で嫌な予感はしていたのだけどやはり勘違いしていたらしい。肝心のミツルギさんはただ苦笑しているだけだし。

ただこういう事であたふたしてしまうと余計に誤解を招く気もするのでどうしたものか。

 

「その様子だと族長の勘違いか何かですかね?まぁ薄々そんな気はしていましたが」

 

と、思っていたらどうやら誤解は解けたようだ。こういう誤解はどう足掻いても中々解けないのがお約束なのだけどフラグはバッサリと折られていたようで。それを聞いてミツルギさんもゆんゆんもホッと安堵していた。

 

「そこの金髪のお嬢さんと付き合ってるのかな?ゆんゆんも早くいい人が見付かるといいね」

 

「違います、パーティメンバーであり友人です」

 

まさかの飛び火である。油断も隙もあったもんじゃない。まぁ男女混合のパーティなんて傍から見ればそんなふうに見られてしまうのも仕方ないのだけど。私も初めてダストやリーンと出逢った時には付き合ってるとばかり思っていたし。そう思えばあの時のリーンは笑って否定していたけど場合によってはかなり失礼なことを言ったとも思えてくる。

 

「それで、今日はどうしたんだい?」

 

「この子の服が欲しいのですが…」

 

視線だけで良さそうな服を探すがやはり基本的に黒主体のものしかない。ただ棚に入れられた布地には黒以外の色も多く見られた。これならオーダーメイドしてもいいかもしれない。

 

「…作ってもらったりとかできますか?」

 

「オーダーメイドですか、出来なくはないですが…時間がかかりますし結構値も張りますよ?」

 

「どちらも問題はありません、アンリはどのような服が欲しいです?」

 

『……いいの――?』

 

どこか遠慮がちにしているアンリの頭を撫でながら私は笑顔で頷く。現状お金は有り余っているし全く問題はない。特に使う予定もないし。

 

するとアンリは少し店内を見渡したかと思えば、私を見てその視線を止めた。

 

『…アリスお姉ちゃんと同じのがいい――…』

 

「…えっ」

 

アンリは控えめに催促するけどこの細かい装飾が施された服を作るとなるとかなり時間がかかりそうだ。店主のちぇけらさんも困った顔をしている。

 

「…そ、それは少し難しいですね、見たところ服と言うよりもドレスや法衣…、生地もかなり高級そうですし、お嬢さん、この服はどこで手に入れたのですか?」

 

「え、えっと…」

 

思わぬ質問に何も言えなくなる。まさか女神様に作ってもらったとは言えない。ちぇけらさんの見る目が驚いているように見えるしこの服が『神器』であることを察したのかもしれない。

 

そこで思いつく。そうだ、この服と同じのが欲しいと言うのならアクア様に頼んで作ってもらえばいいのだ。ただアクア様が作ると自然とアクア様の加護が働くらしいのだけどその辺は今現在モンスターであるアンリに害はないのだろうか?ウィズさんみたいに消えそうになられても困るけどウィズさんはアンデッドだし着せてみないとわからない。

 

とりあえず本人に聞いてみるしかないだろう。結果的に冷やかしになってしまうけどそうと決まればここに用は無い。適当に誤魔化してお店を出ようとした…その時だった。

 

「…アリス、ちょっといいかい…?」

 

「ミツルギさん?」

 

何やら窓の外を見ながらミツルギさんが私を呼んでいたので近づいてみる。何か変わったものでも見つかったのだろうかと窓の外を見てみれば、明らかに異様なものが私の視界に飛び込んできた。

 

「……え?あれって…」

 

パッと見れば洗濯した衣服を干してあるだけだ。だけど私が注目したのは干してある衣類ではなく、それらを干している物干し竿代わりにしているナニカである。

 

陽光に照らされて不気味に黒光りする一見細長い棒状のものだけど、それにはトリガーのようなものが二箇所、上部にはスコープのようなもの。実際に実物を見るのは初めてだけどSF物のゲームや映画なんかではよく見かけるフォルムをしている。

 

「…銃?…もしくはライフル…?」

 

「…やっぱりアリスにもそう見えるか、僕の目がおかしくなった訳ではなかったんだね…」

 

長さ2mはありそうな大きな銃、それが当たり前のように存在しているのだ。これには驚かない方が無理な話。私とミツルギさんはそれを見て言葉を失ってしまっていた。

 

「おや?君達はあれが何か知っているのですか?あれはウチに代々伝わる由緒正しい物干し竿でしてね、錆びたりしないから中々重宝しているのですよ」

 

おおらかに笑いながら言うちぇけらさんに私達は何も返せず呆然としていた。私としてはあれを見て思い出すのは以前王都からアクセルに帰った時に見たデストロイヤーの残骸。あの時はまるで剣と魔法の世界にSFがコラボしたと表現したが、今あのライフルを見ても感想は変わらない。世界観がぶち壊しである。

意外性を狙ってか知らないがコラボするなら世界観は守っていただきたいものだ、と私は完全にソシャゲユーザー目線で意味の無いことを思っていた。

 

 

 

……

 

 

 

 

 

―紅魔の里・猫耳神社―

 

街の外れまで歩いたところで見えてきたのは凄く見覚えのある建物。古来日本でよく見かける鳥居、石畳、そして本殿。まさしく日本にあっても違和感が全くない神社そのものが確かにその場所にあった。

 

「ここがさっき話した猫耳神社よ、昔旅人が残していった御神体が祀られているの」

 

「…ミツルギさん…」

 

「……あぁ、本当にこの里はどうなっているんだ…?」

 

『…――?』

 

私とミツルギさんが疑問視していれば、ゆんゆんとアンリは理由が分からず首を傾げる。

アクセル、アルカンレティア、そして王都ベルゼルグ。どの場所にも様々な形で日本の転生者が広めたのであろうものが多く存在する。だからこそ私達転生者は異世界であるこの世界が比較的過ごしやすく感じている。

 

それは水道設備であったり、食事だったり、本当に様々なのだけど、この紅魔の里に関しては本当に日本由来のものが多い。

まずはめぐみんの実家で見かけた畳、卓袱台がある和室、より日本に馴染みの深いうどんなどの料理の数々、更にはこの神社だ。朱色の鳥居に注連縄、苔の生えた石畳を歩けば奥には奉納と書かれたお賽銭箱。そして本殿。

 

そして……その中央に飾られているのは猫耳ツインテールの水着姿の美少女フィギュア……。

 

「……何…なのですかこれ…?」

 

「…どうしたの2人とも?」

 

「…いや、なんでもない…」

 

私とミツルギさんは隠せない想いから2人して頭を抱えてしまった。神社だけならまだ良かったのだけどなんであんなフィギュアが祀られているのだろう。あまりにもミスマッチすぎるしこれが全て自分の国の文化とはとてもではないが言いづらいし言いたくない。単純に神社だけなら感慨深いものがあったのかもしれないけど完全に台無しである。

 

とりあえずせっかく来たことだし、お賽銭を入れておこうと適当にエリス硬貨を取り出して投げ入れてみる。中にお金は入っていないのだろうか。硬貨が虚しく落ちる音だけが聞こえてきた。

 

「…どうしてお金を入れたの?」

 

「……え?」

 

奇怪な行動を見たかのようにゆんゆんはキョトンとしていた。こちらとしてはお賽銭箱があったから入れただけなのだけどまさか紅魔族的にはお賽銭を入れるという概念はなかったのだろうか。

…とりあえずこのままでは私が変な子扱いをされてしまうのでこれに関しては正直に言った方がいいのかもしれない。

 

「…私の生まれ育った国では、こうしてお賽銭箱にお金を入れて神様に祈ることで、願掛けをする風習があるのですよ」

 

「…この箱ってそういうものだったの!?」

 

「…さ、さぁ?この場所のお賽銭箱が同じかは分かりませんが、私の場合は自分の国の風習に倣っただけなので…」

 

よくよく考えたら見た目はお賽銭箱でもここでは別の何かかもしれない。そう考えたら余計なことをしてしまった気がする。

 

「ならそれが正しいのかも…、この神社って施設も御神体を差し出した旅人さんの教えで作られたらしいし…」

 

そこまで言うとゆんゆんはどこかスッキリしたような面持ちでいる。お賽銭箱の本来の使い方がわからないままだったとは。作るのを教えたのなら使い方も教えておけばいいのに。そしてその旅人はおそらく日本からの転生者で間違いないだろう。

 

「…えっとじゃあもしかしてこの御神体についても何か知ってるの?」

 

「すみません、それについては本当に何も分かりません」

 

即答せざるを得ない、わからないしわかりたくもない。それ以前に気になるのはこの御神体とやらをその旅人はどうやって入手したのだろうか。まさか日本から持ってこれる訳ないしこの世界に来て自作したのだろうか。それにしてはまるで日本で見かけそうな造形なのだけど謎は深まるばかりだ。いっそ永遠に謎であってほしいと投げやりな気持ちになるのは割と許されるはずである。

 

 

「後はどこか行きたいところとかあるかな?」

 

「そうだね…紅魔の里では魔導具作りが盛んだと聞いた事がある、良かったら売っているものを見てみたいかな、後はせっかくだから武具も見てみたいね」

 

「時間的にはそれらを回れば後は明日ですね。ゆんゆん、他に観光名所はあるのです?」

 

「……観光…かは、わからないけど…魔神の丘とか、謎施設とか…」

 

「謎施設……?」

 

謎施設。聞くだけで胡散臭いその呼称には不思議に思うしかない。ミツルギさんも気になったようで黙って答えを待っている。

 

「それならちょっと離れているけどあそこに…」

 

そう言ってゆんゆんが指した場所に振り返れば、確かに大きな建物が存在していて、私とミツルギさんは驚愕した。遠目で見てもわかるその建物は…コンクリートの壁、上部にはいくつものパイプが連なっていてまるで現在日本の工場施設がそのまま転移してきたかのようにも見えた。

 

本当にこの里はどうなっているのか、疑問は尽きないものの、私としてはあの謎施設とやらに非常に興味を持ってしまったのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 



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episode 123 謎施設の探索

―紅魔の里・謎施設―

 

ゆんゆんの案内に従って私達は通称謎施設へと足を運んでみた。流石に日本から直接転移してきた訳では無いと考えるとおそらくは昔この世界に転生した日本人が関与していると考えるのが自然な発想だ。

 

…とはいえいくら私やミツルギさんが元々日本人であっても、所詮はただの学生でしかなかったので工場らしき建物に入って何かを調べようにも限界があるのだけど。

 

それでも一体何故こんな場所にこのような施設があるのか、気になってしまえば知りたくなる。知的好奇心というより興味本位に近い。

 

「…ここって勝手に入ったりしても大丈夫なのです?」

 

「特にそういうのは無いけど…本当に何もないわよ?里の人間が昔から散々調べ尽くしたって聞いてるし…何かを探したいならそれこそ『世界を破壊しかねない兵器』が封印されている施設とか…」

 

「さりげなく物騒なワードを出すのをやめてもらいたいのですが!?」

 

「世界を破壊しかねない…、本当にそんなものが…?……まさか魔王軍が執拗に紅魔の里を攻めているのはそれが目的ではないのか?」

 

「……言われてみれば常に敗走しているのに未だに撤退はしてないんですよね、何か目的があるとすればその可能性が高いですね…」

 

ふとミツルギさんが告げれば、それは納得のできるものだった。聞いた話だと魔王軍が紅魔の里を攻め込むようになってかなり時間が経っている、それも攻める度に魔王軍のボロ負けという結果が常についてきている状況。魔王軍もバカではないだろう、そのような狙いがない限りはとっくに撤収していると思われる。

 

「…そうなればその兵器を封印している施設という場所も把握しておきたいな、この施設を調べた後に行ってみよう」

 

「…ごめんなさいアンリ、こんな場所ばかり回ってては面白くないかもしれませんが…疲れたなら言ってくださいね?」

 

『…ううん、お姉ちゃん達と一緒にいるだけで楽しいよ――あっ』

 

ガバッと。嫌な顔ひとつしないアンリが可愛すぎて思いのまま抱きしめてしまった。さっきも私と同じ服を着たいとか言われて平静を装うのが大変だったしもう無理。

 

「本当にデレッデレだね…、とりあえずまずはこの施設を調べてみようか」

 

「…あ、はい」

 

呆れが混ざった声に過敏に反応してそのまま立ち上がるとアンリと手を繋いでコンクリート製の施設に目を向けてみる。大きな扉は金属製。それが引き戸のようになっていて錆び付いているのか動きが悪そうに見える、少なくとも私やゆんゆんが試してみるがピクリとも動かなそうだ。それでも動かないことはないようでミツルギさんが力任せに押し開く。流石の高レベルソードマスター、その力は聞いた話によると鉄格子をひん曲げるほどらしいし実に頼りになる。見上げる程の大きさの扉はミツルギさんの手により開かれて、ゆっくりと中を明らかにさせてくれた。

 

改めて中を見てみれば整地されたコンクリートの床、木箱などが見えるけど調べた限りでは空っぽのようだ。ただそれらが見えるのは入口付近だけ、光が全く入らない設計なのかその奥を見れば薄暗く何も見えない。

 

そんな周囲の様子を見ていると、突如背後からやってくる風。

 

「…っ!…けほっけほっ…!」

 

「凄い埃だね…これは中を調べるのは大変そうだ…」

 

「…里で調べたのはかなり前で、最近はずっと放置されたままだったから…」

 

入口を開いたことで外の風が施設内部に侵入し、それが原因で中の埃が舞い上がる。これにはむせながらも手で口を塞いでしまう。これでは奥に進むだけでも大変そうだ。それはまるでこの場所を調べる事を拒絶されているかのように、不自然な風は吹き抜けていく。

 

「風の精霊よ、我らの身を守りたまえ!《ウィンド・カーテン》!」

 

ゆんゆんが私達の前に立って唱えた魔法、目には目を、風には風を。それは吹きかかる風を相殺するように展開されて、次第にこちらへ吹く風や埃を感じなくさせてくれた。

 

「助かりましたよゆんゆん、やはりできる女は違いますね」

 

「だからそれやめてってば!?」

 

「なんにせよこれで進む事ができそうだね、ゆんゆん、その魔法を展開したまま動けるかい?」

 

「あ、はい…、そこまで難しい魔法でもないですから大丈夫と思います」

 

《ウィンド・カーテン》は確かウィザードの防御スキル。飛んでくる矢や投擲による攻撃などから身を守ってくれる魔法。私がテイラーさんのパーティにいた頃、リーンが使ったことのあるのを見た事があった。

 

両手を前方に出したまま風の結界を維持して進むゆんゆんに着いていく、そうすれば広々とした空間に出る。コンクリート製の床は相変わらずだけど、仕切りにしてあるように一部の床には長方形の錆びた鉄板のようなものが施設内部のあちこちに並べるように敷かれている。

 

「……これは…パイプ?」

 

錆び付いているそれをミツルギさんが持ち上げれば、その下には段差があって中にパイプが通っている。なるほど、こうして鉄板を敷くことで躓いたりしないようにしているのだろう。もっともその金属製のパイプが何を通しているパイプかまではわからない。

 

「…確かにゆんゆんの言う通り…他に何もなさそうですね…」

 

「だから言ったでしょ?何もないって」

 

どうやら今私達がいるだだっ広いフロア一帯がこの施設の全域らしい。用途不明の機械とかあるかと思っていたのにこの結果は正直がっかりなものだった。

 

何もないならいつまでもこの場に留まる必要はないだろう、なら先程言っていた世界を滅ぼしかねない兵器とやらが封印されているという場所に行ってみようかと、私はそう考えていた。

 

 

『……アリスお姉ちゃん――、…ここ、何かある――』

 

「…え?」

 

私の服の袖を引っ張りながらアンリはもう片方の手で地面を指して言うと、私は指された場所を注視してみる。

 

一見すると先程あったような錆び付いた鉄板。この鉄板はあちらこちらにあるので格段として珍しいものではない、先程ミツルギさんがどけた時にパイプが連なっていることは既に分かっている。ならばわざわざ調べる必要はないのかもしれない。

 

そんな風に考えていると、アンリは私の手を離してその場で錆びた鉄板を持ち上げようとしていた。だけどうんともすんとも動く様子はない。その華奢な身体と細い腕で頑張って持ち上げようとしている姿には思わずほんわりしてしまう。けど錆び付いているとしても素手で触るのは危なっかしい。

 

「あまり触ると手が汚れてしまうよ、僕が変わろう」

 

私が止めようとする前に見かねたミツルギさんがすぐに駆けつけると、錆びた鉄板を軽々と持ち上げてどかせてくれた。そしてその中を見てみればそこはパイプが下へと向かい降りている。更に注視すべきはその端に昇降用の簡易的な梯子が備え付けられていたこと。

 

「こんなところに梯子が…?ゆんゆん、これについては何か知っているのか?」

 

「……ごめんなさい、ちょっとわからないです。私個人が調べた訳では無いので…」

 

「…どうやら下にいけるみたいですね…」

 

下を見れば真っ暗で何も見えそうにない。一体何が隠されているのか、そう思えば私は自然と喉を鳴らした。ゆんゆんやミツルギさんにしてもその気持ちは同じのようで、どことなく緊張感が伝わってくる。

ただパイプが下へ向いているので単純に下水道のようなものの可能性もある。他には何もなさそうだしそれならそれですぐ戻ればいいだけだ。

 

「それにしてもよく分かりましたね、アンリ」

 

『…私もよくわからない――、けど…、なんとなくこの場所に何かがあるような気がして――…』

 

アンリについてはまだまだ分からない事が多い。だけどカズマ君よりも精度の高い敵感知、そしてこの広いフロアで一発で発見した隠された梯子。

もしかしたらアンリにはそういったスキルが備わっているかもしれない。いっそ冒険者登録をさせてみれば冒険者カードを発行できるのでそういった内容も分かるだろう。種族を誤魔化す必要があるけどその辺は後日また考えてみよう。

 

「僕が先導しよう、灯りになるものがあればいいんだが…」

 

「…ミツルギさん、梯子の横に見覚えのあるものが…」

 

「…え?」

 

コンクリート製という明らかにこの世界では見慣れない建物故に、自然な形でそれは存在していた。私の指したそれを見たミツルギさんもそれの存在に気付くなり触れようとする手が少しながら震えている。

 

ミツルギさんが梯子の横に備えられたスイッチを押せば、梯子の周りに設置されていた電灯がぼんやりと光を灯す。電線などは見えないので魔導具の要領で造られたものだと思われる。

 

「…これなら問題なく降りられそうだね…」

 

ゆっくりと梯子に手をかけると、片足を降ろして梯子の耐久度を確認する。今いる4人の中で1番重いのは鎧を着てることもありダントツでミツルギさんだろう。ミツルギさんが問題なく梯子を降りることができるなら、私達も大丈夫という事になる。ただミツルギさんが進んでかって出るから何も言わないが、危険度が高いことに変わりはないので申し訳なさがある。

 

梯子は丈夫な造りのようで、ミツルギさんが両脚を置いても問題はなさそうだ。ミツルギさんが降りきったところでゆんゆんがおそるおそる続き、次に私が降り、アンリもそれに続く。

 

降りてみれば結果として見えたのはおそらく水路だったであろう場所。水は完全に涸れていてただの通路のようになっていた。もっとも水が流れていたかどうかもわからないが。そんな水路の端側に歩けるスペースがあり、梯子から降りたすぐ傍には金属製の扉がある。

 

「…他には何もありませんし、この扉だけですね…」

 

「…これって……扉…なの?」

 

金属製と一言で表現はしたがその扉は中央で開閉する仕組みになっているようで、まるでSF映画に出てくるような近未来的なもの。日本どころの話ではない、日本でもこんな扉は一般的ではない。

 

扉の横を見れば小さな押しボタンがある。パスワード設定が施されたテンキーなどがあったら完全に詰みではあったがこれを押せば扉が開くのだろうか。こういった扉だとイメージ的にはそういったものを想像させられるのだけど。

 

ゆっくりと押しボタンを押せば、先程の照明と同じく動力は生きていたようで、プシューという空気音が聞こえて扉は開かれた。

 

「…これは…」

 

「……休憩する為の部屋か何かでしょうか?」

 

その光景に私達は静かに驚いていた。かなりの年月が経っているはずなのにその部屋は今すぐにでも住めるような清潔さを感じさせる。コンクリート製の床や壁、天井は上の階と変わらないが中のテーブル、パイプ椅子、棚、ベッド。8畳ほどの広くはない部屋にはそれらが無駄のないように置かれていた。

 

「…気になるものはこれくらいですか…」

 

「…それは?」

 

テーブルの上には、一冊の小さな本がある。サイズは葉書サイズくらいでそこそこ分厚い。本というよりは手帳、無造作に置かれたそれに、私は引き寄せられるように手に取ってページを捲ってみた。

 

どうやらこの施設の人間が書いた日記のようなものなのかもしれない。筆跡はおそらく女性と思われる。綺麗な字で丁寧に書かれていた。

 

最後の方のページに目を通せば、気になる文章を見つけることができた。

 

 

 

 

 

――やはりあの男は天才なのだろう。

 

たまにチートやらニホンやら意味不明な言葉を使うことがあるものの、それは認めなければならない。結果が証明しているからだ。

 

現在格納庫に保管されている魔術師殺し、それすら破壊することのできるレールガンと名付けられた新たなる兵器、そして魔法のエキスパートとなる改造人間の量産化の実現。

 

改造人間については疑問に残る事柄も多い、ナンバーによる管理はまだ理解ができるが…、何故効果も何もないのに瞳を赤くしたのか。おかげで余計な出費になってしまった。上からあれこれ言われるのは私だと言うのに。

 

そんな改造人間だが、その赤い瞳から『紅魔族』と名乗らせるようにしたらしい。不安しかなかったが、実際に彼らは誰もが強い魔法適正を持ち、強大な魔法を使ってのけた。この力さえあれば魔王軍にも対抗できるかもしれない。

 

その『紅魔族』はまだ良い、問題はあの魔術師殺しだ。まるで巨大な蛇のようなデザイン。あれをどうやって使うつもりなのか私には理解ができない。その名に相応しく魔法耐性は完璧な装甲をしているのだからいっそ分解して防具にでもした方がいいと思うのだが。

 

そしてせっかく作った魔術師殺しを破壊可能なレールガンとやらの存在。この二つの存在の理由がさっぱり理解できない。

 

せっかく魔法のエキスパート集団を作ったのに味方側がそれの対抗手段を造り、更にその魔術師殺しの対抗手段まで作っているのか、完全にイタチごっこでしかない上に予算の無駄遣いがすぎる。この件に関してはあの男にしっかり文句を言った方がいいだろう。今は魔王軍への新たな対抗手段として機動要塞の設計にかかっているらしいが、果たしてどうなることか。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

私はそれを読み終えると、手帳を開いたまま固まってしまった。これは果たして私が読んでもいいものだったのだろうか。

私が読んで震えた箇所はもちろん紅魔族のくだり。魔王軍に対抗する為の改造人間。それが紅魔族、そしてその末裔がゆんゆんやめぐみん。

 

「…あ、あの…アリス……それは……」

 

ゆんゆんはただ力無く俯いている、その顔色はあまり良くない。

 

それもそうだろう、自分の先祖が、自分の種族が魔王軍と戦う為に作られた改造人間。それは非常に衝撃的すぎた。

見ればアニメや漫画でよく聞くような設定かもしれない、だが現実に自分の親友がそんな状態だったとした時に、私はなんて声をかけたらいいのだろう。

 

わからない。言葉がみつからない。そもそも人間を改造するなんてSFチックなことが何故できるのか、それも大昔に。解明されたと思っていたら逆に謎が深まってしまった。

 

「……その…できたらその事は……内緒にしておいてくれると…」

 

「…その言い方…ゆんゆんはこの事を知っていたのか?」

 

非常に気まずそうにしているゆんゆんにミツルギさんが問いかける。知っていたとすれば、何故ゆんゆんはこんなに落ち着かない様子でいるのだろう。

 

「その…その事は里の皆が知っています…、学校の歴史の授業で一番に習うことなので…」

 

「えぇ……」

 

「だけど同時に里の外の人間には絶対に口外してはならないという掟があるんです、ですからミツルギさんもどうか聞かなかった事に…」

 

慌てるゆんゆんに私は疑問を持った。口外してはいけない理由はなんとなく察しがつく。それを聞いた時にどんな目で見られるかわかったものではない、…もとい色々とあれなので異色な目では既に見られているけど。国が聞けばその技術を探ろうとするかもしれない、魔王軍との戦いの前線に立たせることを強要するかもしれない、そうなればこんな辺鄙な場所で長閑に過ごす事などできないだろう。

 

……そう思っていたのだけど。

 

「…それは構わないが…口外してはならないなら何故里の皆に教えるんだ?知らなくてもいい事だと思うんだが…」

 

「…それは…その…、単純にそれがかっこいいから、それをあえて秘密にすることでカッコ良さが増すと考えたみたいで…だけどそんなかっこいい事、どうしても話したいから里の人には話しているみたいです…、実際に学校の先生がこの事を話す時はどんな授業よりも活き活きとしていましたし…聞いてた生徒達もそれを聞いてめちゃくちゃテンションあがってましたし…」

 

…どうやら紅魔族的には何よりもカッコ良さを最重要視してしまうらしい。まず私がこの手記を読んで得たなんとも言えない気持ちをどうしたらいいのだろうか。なにより思うのはやっぱりゆんゆんも紅魔族なんだなって、その恥ずかしげに見えて誇りに思っていそうな様子を見ていれば、そう思わざるを得ない。

 

「お、お願いですから誰にも言わないでくださいね!?絶対ですよ!アリスも!アンリちゃんも!」

 

結果、私とミツルギさんは2人揃って盛大に溜息をついた。ゆんゆんは必死に懇願し続けて、そんな様子をアンリは訳が分からず不思議そうに眺めているのだった――。

 

 



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episode 124 シルビアとの邂逅



この小説始まって以来初の試み。アリスちゃん出番無し


視点変更―無し―


 

 

 

―魔神の丘―

 

アリス達が紅魔の里を観光していたその日、ダクネスを除いたカズマ達のパーティもまた、同じように観光をしていた。

 

「ここが魔神の丘です、この丘のてっぺんで告白し結ばれたカップルは魔神の呪いにより永遠に別れることができなくなります」

 

「めちゃくちゃ重いうえにこえーよ!?」

 

どこか疲労を感じさせるツッコミが風吹く丘で響き渡る。実際にカズマはここに来るまでめぐみんの案内で里の観光をして疲れきっていた。それが理由ではないが今はこの見晴らしの良い魔神の丘で休憩するようにカズマは草原に寝転がっていた。

 

「…でもまぁ、そーいうのを気にしなければ良い場所だな、風が心地よいしなんか落ち着く」

 

「そうねー、お弁当でも持ってくれば良かったんじゃないかしら?ダクネスも付き合い悪いわねー」

 

「そういえば行きたい場所があるとか行ってましたね、何処へ行ったんでしょう?」

 

カズマ、アクア、めぐみん。3人は心地よい風を感じながら呑気にだべっていた。アクセルとはまた違った平和な様子はとても今現在魔王軍に攻められているとは思えない、それもまた魔法のエキスパート紅魔族の強さが垣間見える。

 

「そーいえばカズマさん、あんたアリスにちゃんと謝ったの?」

 

「…え?なんで?」

 

「ほらあの子って清楚って言うかなんというか、カズマさんお得意の下ネタとかに耐性があまりない感じじゃない?そのうち屋敷を出ていきます!とか言いそうなんだけど、私としてはこんなくだらない事で貴重な信徒を減らしたくないんですけど」

 

「下ネタが得意ってなんだよ!?いやだから言っただろうが!?あれはめぐみんのお母さんが強引に…」

 

「と言いつつ結局昨夜も私の部屋に来てましたよね、ちゃっかり布団に潜り込んでましたよね、カズマなら潜伏スキルとか使って逃げるのは難しくないですよね?そんなに私と一緒に寝たかったんですか?それともそれ以上のことを期待していたのでしょうか?流石はクズマさんですね」

 

「違うわよめぐみん、カスマさんよ」

 

二人から浴びる言葉のエクスプロージョンでカズマのライフはもうゼロに等しい。確かに逃げる事は容易いかもしれない、これがミツルギならそもそもめぐみんの家に泊まるまですることもなく里にある宿で寝泊まりしているだろう、カズマにも財力的にそれは安易にできることである。

 

そんな言葉責めを受けながらもカズマはこの場を逃げ出す方法を考え、目線で周囲の様子を確認していた。それは言わば苦し紛れに近しい。

そうそう逃げ出す口実など見つかりようがないのだが、そこはカズマの幸運の高さが作用したのかもしれない。

遠くを見た時に自身の目に映るものを認識すれば、カズマはすかさずその場で立ち上がった。

 

「お、おい、あれを見ろ!?」

 

「なんですか突然、話はまだまだ終わっていませんよ?」

 

「いいからあそこを見てみろって!」

 

慌てて指差す様子にめぐみんとアクアは信用のない目を向けてみていた。そしてそれがその場逃れのはったりではないことに気が付くと、2人もまた立ち上がり焦燥した様子でその場所を見つめていた。

 

「…あれは…先日の下級悪魔?数は少ないですがあのままでは里の中に侵入を許してしまいそうですね…。まったく懲りない連中です、かなり派手にやられているはずなのですがまだ撤退していないとは」

 

「だけど警報の鐘とか鳴ってないところをみると里の人は気が付いてないみたいだ、行くぞおまえら!」

 

「あ、ちょっと待ちなさいよ!」

 

これはこの場を逃れたいカズマにとってこれ以上の事態はなかなかない、対峙したとしても先日カズマ自身でも討伐が可能なことはわかっていたので恐れる必要もない。まさにナイスタイミングである。カズマとしてはむしろお礼を言いたいくらいであろう。持ち前の幸運の高さが妙な発揮の仕方をしている気もするが、カズマは構わずその場へと向けて走っていき、めぐみんとアクアもそれに続くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

このすば。(「ナイスタイミング悪魔さん!」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―紅魔の里・郊外―

 

畑の柵を越えて里に侵入する下級悪魔。その数は4人。里に侵入したが周囲に人気はない。悪魔達もそれを確認した上でこの場にいる。警戒を怠らないままの様子ではあったものの、すぐに発見されてしまっていた。

 

「貴様ら!!こんなところで何をしている!?」

 

「…っ!?ちっ…見つかったか…だが相手は1人か、なら問題ないな」

 

「あぁ、見たところ紅魔族じゃねーみたいだしな、さっさと倒して先に進むぞ」

 

悪魔達の道を阻むように颯爽と現れたのは美しく長い金髪の騎士、クルセイダーのダクネスだった。白銀の剣を両手で構え、既に臨戦態勢に入っている。悪魔達もこれ以上の失敗は許されないのか、気迫に満ちた様子で次々と武器を手に襲いかかる。

 

剣と剣、鎧と剣、鎧と斧、篭手と槍、激しい剣撃の音が響く、しかしダクネスはまるで怯む様子はない。まるで岩の塊にでも攻撃しているような手応えの無さに、悪魔達は狼狽えていた。

 

「なんなんだこの女…こっちの攻撃にまったくびくともしねぇ…」

 

「しかもあっちから攻撃してくる様子はねぇ…何が狙いなんだ…」

 

「どうしたもう終わりか?魔王軍とやらの攻撃はその程度のものなのか?私はまだ何もしていないぞ。…さぁもっと打って来い!!この私を楽しませてみろ!!

 

気迫に満ちたダクネスの声に悪魔達は完全に萎縮してしまった。まだ攻撃も喰らっていないのに、攻撃しただけで心が折れかかってしまっている。

 

勿論ダクネスが攻撃したところで当たらない。いつものように華麗に空を斬るだけだ。そして自身が攻撃を受けることはむしろ本人にとって望むところ、その性癖故に。だがそんなことを知らない悪魔達にはそれが何より恐怖を呼ぶことになってしまっていた。もっともダクネスの本性を知ったところで恐怖する意味合いが変わるだけで恐怖すること自体は変わらないのだが。

 

「…まったく…相手は一人じゃないの、何を手間取っているの?」

 

「…お前は…?」

 

悪魔達を掻き分けるように登場した大柄の女性。その長い髪の根元は茶色から毛先にかけては燃えるような赤色をしている。小麦色の肌と大きな胸を包む水着のような上半身と、足まで隠したロングスカートにベルト、その腰には自身の武器なのか、丸く巻かれた鞭が携えられていた。

 

「シ、シルビア様…申し訳ございません…!この騎士がなかなかしぶとくて…」

 

「ふん…貴様がこいつらの親玉か?雑魚の相手にはこちらも飽き飽きしていたところだ、遠慮なくかかってくるがいい…!」

 

「へぇ…この私を前にしても臆せず向かってくるつもりなの…?ふふっ、いいわ、その度胸に免じて相手をしてやろうじゃない…」

 

女性は片手で自身の髪を撫でてその視線をギラつかせる。もう片手には鞭をにぎり、構えて高々と振り上げて、バシッと降下させれば、鞭の先端は硬そうな地面を軽く抉り飛ばした。

 

「この魔王軍の幹部が一人、シルビア様がね…私に刃向かうことを…せいぜい後悔することね…!」

 

そんな口上を受けてもダクネスに怯む様子はまったくない。むしろ意気揚々と剣を握る手に力を込めていた。…勿論それは期待から。

 

魔王軍の幹部ならダクネスは何度か対峙したことがある、どれもその攻撃は凄まじいものだった。更に今回の相手の武器は鞭。

彼女にとって大満足できそうな状況が完璧に整ってしまっているのだ。これでダクネスが満足しないはずがない、期待せずにはいられない。

 

「ふっふっふ……そうか、それは楽しみだ…」

 

「…は?」

 

あまりにも予想外すぎる返答にシルビアは呆気に取られてしまった。なぜならその台詞だけならまだしも、ダクネスの表情は本当に期待に満ちていて恍惚としている。鞭を軽く動かすだけでその度合いは激変して行く。

 

シルビアとて過去幾度となく様々な冒険者、勇者と名乗る者、英雄視される者など対峙しては葬ってきた強者だ。こうして人間と戦うことは初めてではない。

だが今目の前にいる騎士はなんだ、今までに見たことがない様子でいる、自身に対する恐怖が微塵も感じられない。これは本当に今まで出逢った誰よりも強者であるか狂者であるかどちらかでしかない。

 

無論後者が正しいのだがシルビアはその様子にたじろいで自然と後退してしまう。これには部下である悪魔も困惑めいてしまった。

 

「ダクネス!!助けに来たぞ!!」

 

「…ちっ、新手か!?」

 

ダクネスの後方から走ってくる3つの人影、それはすぐに存在を明らかにさせた。緑色のマントを羽織った少年、青色に包まれた水色髪の少女ととんがり帽子を被った少女。これにはシルビアも慌ててしまう。その証拠に頬には焦りの色を見せるように一筋の汗が伝っていた。そしてダクネスは明らかに不満そうな顔をしていた。

 

「……なるほど、その余裕はそういう事。仲間が来るまで時間稼ぎをしていたなんてね…してやられたわ…だけど…」

 

一呼吸置くようにするシルビアはその視線をダクネスの隣にいるカズマへと向けた。威嚇するような視線はカズマを一瞬怯えさせるには充分すぎるものだ。

 

「甘くみられても困るのよね…たった四人でこの私と張り合うつもり?」

 

「お前達、気をつけろ!こいつは魔王軍の幹部だ!!」

 

「…っ!?」

 

これはカズマとしては予想外すぎた。下級悪魔ばかりと思っていたがまさか親玉が潜んでいたとは思わなかったのだろう。まさかこのまま直接戦う訳にも行かない。今はアリス達も見当たらない。このパーティだけで戦ってはロクな結果にならないのは目に見えている。

まずこんな街中でめぐみんの爆裂魔法は使えない。使ってしまえば近隣の民家に被害が出てしまう。アクアにしても下手にやらせると里を洪水に巻き込んでしまう。

となると攻撃手段は自分しかないのだが今は弓も剣も持っていない。完全に手詰まりである。

 

よってカズマが出した結論、それは。

 

「…はっ、なるほど、魔王軍の幹部か」

 

「…?…何がおかしい?」

 

ハッタリに徹することだ。ここで戦う訳には行かない。だからカズマは上手くハッタリを聞かせてシルビア達を退却させるつもりなのだ。

 

「ふっ…ベルディア、バニル、ハンス…どいつもこいつも中々強敵だったが…俺達の足元にも及ばなかったぜ?」

 

「…こいつら…まさか…!!いやしかしこんな奴らが…」

 

「だったら見せてやれよ、2人とも!お前らの冒険者カードに刻まれているベルディアとハンスの名前をな!」

 

「……っ!?」

 

「ふっ、いいでしょう。さぁ我が功績を見るがいい!」

 

アクアの冒険者カードにはベルディア、めぐみんの冒険者カードにはハンスの名前がしっかりと刻まれている。めぐみんが高々と掲げた冒険者カードをシルビアは遠目ながら確かに確認した。なおバニルの名前はアリスの冒険者カードに刻まれているのでこの場にはないが、ハンスの名前を見せただけでもその信憑性は高まっていた。

 

「…ベルディアのことは聞いていたけど…まさかあのバニルとハンスまで討伐されていたとはね…素直に驚いたわ。そこの坊や、貴方の名前を聞こうじゃない」

 

落ち着いて話すシルビアだが内心かなり焦っている様子はカズマから見た限りでは明らかだった。このまま撤退してしまえばこちらの面目は守られるしこの少数でシルビアも無茶はしないだろう。

 

だからカズマは高々と名乗りをあげた。

 

「よく聞け魔王軍…俺の名前は……ミツルギだ!!」

 

(直前でヘタレたー!?)

 

めぐみんの心の叫びは虚しくめぐみんの心中で響く。カズマが名乗ったその名前は魔王軍側から見ても知られたものだ。悪魔達は既に臆していた。

 

「…ミツルギ…あの魔剣の勇者の…?それにしては今は魔剣は持ってないみたいだけど…?」

 

そう言いながらもシルビアの動揺は収まらない。既にベルディアやハンスの討伐の証拠を見せつけられているから。確かに魔王軍の幹部を倒せるほどの者となれば魔剣の勇者くらいのネームバリューがあってもおかしくはない。この時シルビアの頭の中には既に撤退しか頭にはなかった。

 

…しかし。

 

「シルビア様!!近くにいたガキを捕らえました!」

 

「っ!?」

 

一人の下級悪魔が小さな女の子を捕まえ、その細い首に腕で締め付けて拘束していた。これは予想外でカズマ達には焦りだす。しかもその子供は…。

 

「こめっこ!?」

 

何故めぐみんの妹であるこめっこがこんなところにいるのか、その理由は簡単なことだ、今いるこの場所からめぐみんの実家までそう離れていない距離にある。シルビアに気を取られていて完全に油断していたことで一気にピンチに陥る事になってしまった。

 

「くそー、離せー!?変態ー!」

 

「うるさいガキだなくそっ、大人しくしてろ!」

 

使えない下級悪魔だったがシルビアとしては今は褒め讃えたい気持ちが強くあった。相手がなんであれ人質さえいれば敵は手出しが出来ない。楽に目的が達成できそうだ。そんな想いからシルビアはすぐにその下級悪魔に声をかけた。

 

「よくやったわ、そのままこちらへ連れて…」

 

形勢逆転、一瞬ではあったがシルビアにも悪魔達にも油断が生じていた。本来なら人質を上手く使ってカズマ達を牽制するのが確実なやり方だろう。そんな油断を察知したのか、すぐ様動き出したのは

 

「させる訳ないでしょ!!《セイクリッド・エクソシズム》!!」

 

「ぐぎゃぁぁ!?!?」

 

それはシルビアが安堵した一瞬の隙を狙ったのか、速やかにアクアから放たれた。まるで雷光のような光の一撃は対悪魔特攻の上級魔法、こめっこを捕えた悪魔に即座に命中することで消滅させた。なお、あくまでも対悪魔特攻の魔法なので人間には無害である。

 

「ふん、味方を巻き込まないで攻撃できるのはアリスの専売特許じゃないのよ!」

 

「アクアよくやった!つーか普段からそれくらい有能でいてくれ割と切実に!!」

 

「こめっこ!!」

 

「お姉ちゃん!」

 

すぐさまめぐみんがこめっこの元へ走り保護することに成功する。これでピンチからは脱却できた、完全に仕切り直し。カズマとしてはそんな状況だったが、対するシルビアの状況は苦悶に満ちた顔つきをしていた。

 

「……味方を巻き込まない攻撃魔法…そんなのありえないと思っていたけど…なるほど、確かにアークプリーストなら可能よね、それにこの女からは結構な魔力を感じる…失念していたわ…貴女があの《蒼の賢者》って訳ね…」

 

「えっ?」

 

今のアクアの攻撃と青色が主体の服装、そしてアークプリーストという職業。アリスを見た事がない、話でしか聞いた事がないからこそ、シルビアは盛大に誤解してしまっていた。

 

「そしてハンスを葬った紅魔族…、情報では蒼の賢者と常に一緒にいる紅魔族がいると聞いた事がある…そこまで揃っているとなると…これは流石にこちらが不利かしらね…」

 

つまりカズマの嘘名乗りをきっかけに偶然に偶然が重なりシルビアは…、カズマをミツルギと、アクアをアリスと、そしてめぐみんをゆんゆんと完全に誤解してしまったのだ。

 

「はぁ!?それってまさかゆんゆんの事で…むぐっ…!?」

 

(いいから黙ってろ!!誤解してくれた方がこっちとしては都合がいいんだよ!)

 

自身がゆんゆんだと思われてると悟っためぐみんは即座に抗議の声を上げようとするがカズマが強引に口を塞いで阻止する。感情に任せて物申したい気持ちが強かったがめぐみんとしても状況は察した。このまま戦闘になれば自分の自慢の爆裂魔法は満足に使えそうにないことを。

そうなれば非常に納得が行かないものの、めぐみんは内心歯噛みしながらもそれ以上何か言うことはなかった。

 

「……?まぁいいわ、ここでやられる訳には行かないし、こちらは一時退散させてもらうとするわ。別に戦ってもいいけど…周辺の民家がどうなっても知らないわよ…?」

 

脅すように告げるシルビアだがカズマとしては自身の望む展開なので追うつもりは毛頭ない。だから演技だけでカズマは悔しそうな表情を浮かべていた。

 

「…それにあんた達には私の自慢のティラノレックスを壊されたお礼もしたいしね…次に会う時には…覚悟しておくことね…」

 

シルビアは再びカズマを睨みつけ、そのまま踵を返して去っていく。カズマとしてはまったく身に覚えのないことだが今この時を切り抜けられれば後はどうでもいい。そんな想いだった。

 

何故なら。

 

「…よし、早速魔王軍の幹部が現れたことを里の人やアリス達に報告しておこうぜ」

 

「…あの、カズマ?まさかそのまま他人任せにするつもりではないでしょうね?」

 

「そのつもりだけど?紅魔族だけでも大丈夫なのに更にアリス達もいるんだぞ?俺達の出る幕なんかねぇって」

 

「あれだけ言っておきながら結局はそれですか!?どこまでヘタレなんですか!?」

 

こうしてなんとかシルビアを撤退させたカズマはこめっこを送る為にも帰路につく。仲間達から罵声を浴びまくりながら――。

 

 

 

 



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episode 125 見解の相違




視点変更―アリス―


 

 

 

―紅魔の里―

 

謎施設の探索が終わった私達は世界を滅ぼしかねない兵器が眠るという格納施設へと向かっていた。結局あの手記以外にめぼしいものはなく、他には何も無かった。

分かった事と言えば…、紅魔族の先祖が魔王軍に対抗する為の改造人間だったこと。魔術師殺しと呼ばれるものがあること、それをも破壊できるレールガンという兵器があること。

 

おそらくあの謎施設は、作られたという3種類のいずれか、あるいは全てを作る為の施設だったのだろう。今やかなりの年月が経っているようだけど、ひとつ気になることもある。

 

――それはそれらの開発者が、チートを持った日本人…つまりは転生者であったということ。

 

こうして見ると日本人がこの世界にもたらした影響はあまりに大きすぎる、身近なものなら生活水準、果ては機動要塞などの兵器や紅魔族という存在まで。

 

当たり前のように聞いていたギルドのアナウンス。今思えばあの街全域に声を届けるスピーカーでさえも本来のこの世界を想像した時に似つかわしくない。もっとも日本人が関与していなかったらと過程したところでどんな世界になっていたかは想像もつかないが。

 

そう考えたら私もまた、この世界に影響を与えている一人になる。

 

この世界に存在しないはずの魔法を使い、何百年と討伐されることのなかった魔王軍の幹部は既に3人も討伐してしまっている。勿論私だけの力ではないが、もしも日本人の関与が一切なかった場合、私やカズマ君、ミツルギさんは勿論この世界に存在せず、紅魔族もそのアークウィザードの素養を持っていることはない。一般的に紅魔族以外で多数の上級魔法を使いこなすような存在は私はウィズさんくらいしか知らない。つまりかなり希少な存在だと言える。

 

たらればの話をしても仕方ないがそう考えた時、この世界の神様が危惧して日本から転生者を募らせていなかったらこの国はとっくの昔に魔王軍によって滅ぼされているのかもしれない、これでは神様達も慌てるはずだ。

 

まぁ…だったら私が魔王を倒して世界に平和をもたらそう!……とまでは思わないのだけど。それの助けになること、自身の身近程度の事柄は対処するつもりではあるが、私は名声やらに興味はない。

 

ただのんびり自由気ままに生きること、それが私の望みなのだから。

 

 

 

さて、無駄に色々と思い悩むことになってしまったが私個人が考えたところで何もできないしどうにかしようとも思ってはいない。

冷静になって考えたら、この世界が多くの日本人による影響であらゆる技術や知識が加わり世界そのものの水準が大きく向上しようとも、それは別に悪い事ではないし、それの責任を問うなら私達転生者ではなく、私達をこの世界に送り出した神様達に言うべきこと。神様だってそうなることくらいは想定内だろうし、ずっと昔から転生者を送り続けているということはそういった世界の改変を黙認しているということになるのだし、私が考えるだけ意味の無いことだ。

 

『…アリスお姉ちゃん――、難しい顔してる――…悩み事――?』

 

「…いいえ、なんでもないですよ」

 

無駄に壮大なことを思っていたせいか、顔に出てしまっていたようだ。アンリに心配そうに見つめられていることに気が付けば、私はそっとその頭を撫でた。こうするとまるで猫のように心地良さそうな顔をするのでこちらまで心地よい気持ちになる、荒みきった私の心を癒してくれる。

 

「…なんだか騒がしくないか?」

 

「…言われてみれば…あ、あそこにぶっころりーさんとカズマさん達が!」

 

ゆんゆんが言うように、道の真ん中でカズマ君達とぶっころりーさんが何やら話をしているように見える。その様子はどこか慌てているようにも見える、主にカズマ君側が。

もしかしたら何かあったのかもしれない、そう思うと私達は自然に接触を試みるように近付いていった。

 

 

「……あ、アリス!今までどこに行ってたんだ?こっちは大変だったんだぜ、魔王軍の幹部が里の中まで入ってきてな」

 

「やぁ、ゆんゆんとその友人達。とはいえ彼らが追い払ってくれたみたいだけどね、いやぁ流石だね君達は」

 

「…魔王軍の幹部が…!?」

 

話を聞くなりゆんゆんは驚いているけどそこまで驚く事なのだろうかと私は首を傾げた。魔王軍の幹部が里を襲撃しているのは今に始まった話ではない、私達がこの里にいた時には既に攻められていたのだから。

とはいえ今までは攻められていたと言っても紅魔族の楽勝ムードで終わらせているパターンばかりだったので楽観視していた部分もあるが、里の人間全てが戦えるわけではないだろう、隠居した老人やまだ魔法を使えない子供だって里にはいる。内部に攻められたとなるとその辺の心配はある。

 

「…それで、被害はあったのですか?」

 

「ふふん、安心しなさいアリス、こめっこちゃんが人質にとられそうになったけどこの私が機転を効かせて助けてあげたわ!そしたら私の事を《蒼の賢者》と勘違いしてたみたいでねー、あの時の驚いたあいつの顔を思い出したら笑っちゃいそうだわ、ぷーくすくす」

 

「お、おい、あまり余計なことを…」

 

「……こめっこちゃんが無事なら私としては問題ないですが…蒼の賢者と勘違いされた…とは?」

 

確かに私の事を知らない人なら蒼の賢者としてアクア様を見た時に、当てはまる共通点は多い。青主体の服装、アークプリーストという職業が主な理由。変な異名の主と勘違いされて嫌ではないのだろうかも思ったけどアクア様はその辺は気にしていないようだ。

 

「私がこめっこちゃんを捕まえた変態下級悪魔に《セイクリッド・エクソシズム》を使ったのよ、後はわかるでしょ?」

 

「…なるほど、それなら確かにこめっこちゃんに影響はありませんね」

 

セイクリッド・エクソシズム。エクソシズムは対悪魔族への特攻魔法故に人間には効果はない。確かにそれなら人間に危害を加えることはない。ちなみに私はこの魔法を取っていない。そもそも攻撃魔法は自前で取得しているので必要ないのだ。私が使えるターンアンデッドは初級スキル並のスキルポイントしか使わないのでついでに取得した感じだしスキルレベルも低い。

 

「元々そう勘違いしたのはカズマのせいなんですけどね、私もゆんゆんなんかと間違えられたみたいですし」

 

「ゆんゆんなんかって何よ!?」

 

「ばっ…お前また余計な事を…!?」

 

「カズマ君のせいとは…?」

 

話をする度にカズマ君が慌てだしている、なんだか嫌な予感がしてくるけど。カズマ君はめぐみんの口を塞ぎだして、めぐみんはそれに必死に抵抗していた。

そしてめぐみんに気を取られているカズマ君を後目に、詳細を教えてくれたのはダクネスだった。

 

「…本当にすまない、実はカズマが魔王軍の幹部に向かってミツルギと名乗ってしまってな…」

 

「おいダクネス!?」

 

「何故…そのようなことを…?」

 

ミツルギさんは呆気にとられ、対するカズマ君はバツの悪そうな顔をしている。こちらと目線を合わせてくれないところを見ると気まずさが後になって出てきたという感じなのかもしれない。

 

少し間が空いて事情を話せるくらいに思考がまとまったのか、カズマ君は頭を掻きながら気まずそうに語り出した。

 

「いや、その点は素直に悪かったよ…、だけど街中で爆裂魔法は使えないし、俺も武器を持ってなかったからさ…、あの場で戦う訳にはいかなかったんだ、あそこで自分らの名前を名乗るよりも王都で名前が売れてるお前らの名前を借りた方があいつらを撤退させられる可能性が高いって思ってさ…」

 

「よく言いますよ、ただ自分の名前を魔王軍に周知されることに恐れただけでしょう?」

 

「ち、ちげーし!?そんなんじゃねーし!?」

 

「……」

 

なるほど、確かにこめっこちゃんを救出したとはいえ、そのまま戦う訳にはいかなった、その理由はよくわかる。仮に私達が出くわしたとしたらどうしていただろう。戦えないアンリがいる傍で下級悪魔程度ならともかく、魔王軍の幹部がいるとなると戦闘は避けたくなるかもしれない。

 

理屈はわかる。それでも多分、私にはカズマ君に対する嫌悪感が拭いきれていないのかもしれない。

 

だから……、私は少しだけイラついていたのもあって、こんなことを言ってしまう。

 

 

 

「……それはつまり…我が身可愛さに私達の名前を魔王軍に売った、と解釈したらよろしいですか?」

 

「…アリス?」

 

「えっ、いや待ってくれよ、俺はそこまで言ったつもりは……」

 

「結果的にそうなっていますよ?ミツルギさんの名を語ったようですがミツルギさんは私のパーティメンバーです。それを盾にしようとしたことは私達のパーティそのものをそうしたのと同じ事なんですよ」

 

「…アリス、僕もそこまでは思っていない。だから少し落ち着いてくれないか?」

 

またも私のせいで一気に険悪な空気になってしまっていた。本来そこまで思ってはいない。少しは思っているけど言うほどではない。

だけど口に出してしまえば、案外スラスラと言えてしまう。

 

「…行きましょう、魔王軍の幹部はそこにいるカズマ君(ミツルギさん)がなんとかしてくれるのでしょう?」

 

目線だけをカズマ君に向けてそう言い放つと、私はそのままカズマ君達に背中を向けた。そして迷うことなく歩いていく。ゆんゆんもミツルギさんも、私の態度に困惑しているようだ。何かを言いたそうだけど何も言ってくることはなく、ただ私に着いてきてくれた。

 

『…お姉ちゃん――…』

 

横を歩くアンリの悲しそうな表情が心に刺さる。だけどカズマ君には、一度色々な考えを改めて貰いたい、そんな想いがあったから、今私が言ったことに関して後悔はしていなかった。

 

カズマ君は武器を所持していなかったという。魔王軍が襲撃しているこの里でその有様は少し危機感がなさすぎではないだろうか、仮に自分の元へ攻めてきたら紅魔族に守ってもらうつもりだったのだろうか、それは冒険者としてあまりに情けなくはないだろうか。

 

色々自分なりの考えを出してみたけど、これは言ってしまえば私のカズマ君に対する八つ当たりなのかもしれない。カズマ君が私達を盾に逃げようとした訳ではないことくらいは私としても分かっていた、流石に悪意をもってそんなことをする人ではない。

 

きっとこれは私が心身共に未熟だから出てきた一種の文句に過ぎない。こんなことを言ってしまっても…、…後で後悔するだけなのに。

 

 

 

 

 

 

視点変更―無し―

 

 

 

 

 

 

 

「くそっ…そりゃ悪いのはこっちだけどあそこまで言うことないだろ!?」

 

「…だが否定はできない。結果的に私達はアリス達の名を魔王軍に売る事で、その危険を彼女らに向けてしまったことになる」

 

「ちょっとカズマさん、どーすんのよ?めちゃくちゃ怒ってたじゃない!?このままじゃ本当にアリスが屋敷から出ていっちゃうんじゃない!?謝って!私と私の大事な信徒の為に謝ってよ!!」

 

アリス達がいなくなってからカズマのパーティは荒れていた。もはや完全に空気となっていたぶっころりーはその様子を複雑な様子で眺めているだけだった。

 

「うーん…確かに仲間を売って助かろうとする行為は褒められた行為ではないかもしれないね。少なくとも俺達ではありえない行為だ」

 

「うぐっ…」

 

「それにあの子と完全に険悪な関係になってしまってるね、君はこのままでいいのか?」

 

「ぶっころりー、何か考えがあるのですか?」

 

不敵に笑うぶっころりーにめぐみんは問う。その問いにぶっころりーは黒いマントを派手に翻してポーズを決めた。

 

「ふっふっふ…このぶっころりーにお任せあれ!しっかりと二人の仲直りに務めさせてもらおうではないか!!」

 

「…おいめぐみん、この人本当に大丈夫か?不安しか感じねーんだけど」

 

「なんでもいいわ!このまま大事な信徒であるアリスとお別れなんて私は絶対に嫌だからね!!」

 

カズマとしては仲直りする為の案は何も浮かばない。だから渋々ながらもぶっころりーの提案を聞くしかなかった。それがとんでもない事になるとは知らずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

視点変更―アリス―

 

―紅魔の里・族長の家―

 

時間は既に夜も深けて、私達はお世話になっているゆんゆんの実家へと帰ってきていた。

余計な事があったせいなのとそんな気持ちではなくなったのもあって、結局兵器の格納庫とやらに行く前に日が暮れてきていて、明日に回すことにしたのだ。

だけど私から生まれる険悪な空気は未だに収まっていなかった。

 

「…アリス君、ご飯は口に合わなかったかね?なにやら不機嫌そうに見えるが…」

 

「…い、いえ、そんなことはありませんよ。とても美味しいです」

 

「ふむ…ならいいのだが…」

 

族長さんが私に心配するように話しかけるがちっとも良くない。そう言いたそうなゆんゆんとミツルギさんの気持ちが視線で刺さっている感じがした。

一方私としてはカズマ君の件で怒ってこんな空気になっている訳ではない、むしろ逆。

 

カズマ君に言った事で激しく後悔しているからこそ、こうなっていた。

 

あの時も絶対後悔すると予感はしていたのに、私は何故あそこまで言ってしまったのだろうか。過去に戻れるならあの時の私をビンタしてでも止めてやりたい、そんな気分で俯いていた。

 

カズマ君に謝ればそれで済む話かもしれない、だけどあの言い方は流石にカズマ君としても怒っているかもしれない。もうアリスとはいられないから屋敷から出ていってくれとか言われたらどうしよう。このままずっとこんな険悪な関係が続くならそう言われる前に私が屋敷を出ていくことになりそうだけど。

 

許してくれなかったらどうしよう…、それが怖くて、私は何も動けずにいた。

 

「…ご馳走様でした、とても美味しかったです、」

 

「…アリス、ほとんど食べてないじゃない、本当に大丈夫なの…?」

 

「…すみません、今日は色々あって疲れたので…少し休ませてください」

 

「アリス…」

 

あーあ、またこの二人を心配させてしまっている。完全に自業自得なのだけどやるせない気持ちになってしまう。

多分今はそっとしておこうと思っているのかもしれない、私が逆の立場ならそうする。そうしてくれそうにしている。

 

本音を言えばさっさと解決して気持ちを切り替えたい、だけど昔から私は引きづってしまう性格故に、こればかりはどうにもならない。

 

二人や族長さんに見送られてゆんゆんの部屋に入ると、ベッドには既にアンリが気持ち良さそうに眠っていた。アンリは基本すごく早寝早起きだ、暗くなったと思えば眠そうにしている。今日の場合私がこんな感じだったので中々寝付いてくれなかったが私があやしつけることでなんとか眠ってくれた。

 

アンリにまで心配させている様はかなり情けないとも思えた、この子は私なんかの心配をしている心の余裕はないはずなのに。

 

「…はぁ……何をしてるんでしょうか私は」

 

誰も聞いていないと分かっていたので布団の上にペタリと座り込んで呟いた。心にモヤモヤが溜まっているこの感じはあまり好きではない。まるで大雨でも降っているかのような曇り模様の状態はどうすれば晴らすことができるだろう。

 

時間が解決してくれるのを待つしかない。結局はそんな考えに落ち着いてしまう、何も考えたくないので後回しにしているだけ。

 

少し時間が経てば、部屋に近付いてくる足音が聞こえてきた。そしてガチャっとドアノブを回す音とともに扉が開かれる。

 

「……アリス、起きてる?」

 

「…はい、一応……」

 

気まずそうに聞いてくる様子には罪悪感が募る。私が変にカズマ君にあれこれ言わなければこんなことになってないのに。

 

「…あのねアリス、良かったら温泉に行ってきたらどうかな…?」

 

「…温泉、ですか?」

 

「うん、この紅魔の里にも温泉はあるの。私はこれからお父さんに着いて行って会合の見学にいかないといけないから一緒に行くことはできないけど…このまま部屋に閉じこもるよりは気晴らしになるかなって」

 

…少し迷ったけど確かにこのままこの部屋で塞ぎ込んでいるのは精神的にもよくない。それだけは確かだ。夜風に当たることで頭も冷やせそうだしありかと思えてきた。

 

「…なんか気を遣わせてすみません…」

 

「ううん、私達、親友なんでしょ?だったらもっと頼ってよね?私はいつでもアリスの味方なんだから」

 

「…ありがとうございます…とはいえ、私はその温泉の場所を知らないのですが」

 

「ここからそんなに遠くないわよ、めぐみんの実家に向かう途中にあるし看板もあるからわかりやすいはずよ。…それじゃ私はお父さんに着いていくから…また後でね?」

 

そう告げるとゆんゆんは部屋を出ていった。会合とやらの内容は知らないけど多分お昼にカズマ君達が出逢った魔王軍幹部の話でもするのだろう。そして次期族長となるゆんゆんに良い機会だから一緒に来て見学していなさいとか族長さんが言ったのだろうと思われる。

 

それにしても温泉…、アルカンレティア以来入っていない。できたらアンリも誘いたいけど今は夢の中、起こすのもかわいそうだし独りでいくしかないだろう。

 

そうと決まれば切り替えよう。着替えなどは収納用の魔導具に入っているからこのまま持っていけばいい。魔王軍がまたやってくる可能性も考慮してフル装備で行かなければ。そんな想いで準備をすること数分、リビングに戻るとミツルギさんしかいなかったので声をかけるとゆんゆんから既に聞いていたらしく、普通に送り出してくれた。

 

 

 

 

 

 

 

―紅魔の里・温泉前―

 

めぐみんの実家の方向へと歩くこと5分ほどで、その温泉の場所はあっさりと明らかになった。何故なら日本でもお馴染みのあの温泉マーク♨︎が当然のように看板に描かれていたのだから。

特にお金がかかることもなく、里の人間が共用で利用しているらしい。

脱衣場に入ると、どうやら貸切状態のようで棚にある笊籠はどれも何も入ってはいなかった。これから気を遣わずにゆっくりできそうだ。

 

頭のリボンを外せばツインテールは崩れるように超ロングヘアへと変貌を遂げる。自分で言うのも変な話だが何時見ても人形のように綺麗な髪だ、今ではちょっとした自慢にもなっている。

 

衣服を脱いで籠に収めるとそのまま身体にタオルを巻いて浴場への扉を開く。そうすれば日本でも見かけるような石で囲まれた温泉が私を迎えてくれた。

 

「…まるで日本のような温泉ですね…」

 

思わず声に出してしまったけど誰もいないのだから問題はないだろう。掛け湯をしてから備え付けられていた石鹸やシャンプーで髪や身体を大雑把に洗うと、それらをお湯で流してから目当ての温泉に浸かる。

 

「ふう……」

 

独りで入る温泉、広くて落ち着かないかなと思ったけど入ってみればそうでもない。これは教えてくれたゆんゆんに感謝しなければと思えるほどに心落ち着ける時間を過ごせている気がした。

 

 

――そんな時だった。

 

 

「……んが……あ、あれ?つい眠っちゃってたか…」

 

「……え?」

 

岩陰から聞こえたのは男の人の声。突然のそれに私は放心状態に近い何かになっていた。

…というよりこの声…聞いた事があった。

 

「「…………」」

 

岩場から顔が出てきて、私と目が合う。多分私は信じられないものを見るような目をしていると思う。

 

私の目の前には、あのカズマ君が普通に同じ温泉に入っているのだから。次第に今の状況に気が付いたのか、カズマ君の表情は無言のままみるみる変わっていく。

 

 

「きゃぁぁぁぁ!?!?」

 

「はぁ!?ナンデ!?アリスナンデ!?」

 

 

この広い温泉に、私とカズマ君の絶叫が響き渡った。完全にデジャヴだった。これはモヤモヤを無くすどころかより深みにハマりそうなんだけど、トラウマ案件なのだけど。

 

誰か教えて欲しい、私が一体何をしたというのだろうと、そんな風に思わずにはいられなかった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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episode 126 ドタバタ温泉パニック再び

 

―紅魔の里・温泉―

 

「いやぁぁぁぁぁ!!」

 

「待て!落ち着けアリス!!それ当たったら確実に死ぬからな!!俺が!!」

 

近くにそう都合よく風呂桶など投げるものがあるはずもなく、私は目を逸らして目を瞑り、私の前にいるであろうカズマ君に向けて無我夢中で《アロー》の魔法を放った。魔法陣から射出される魔法の矢は一発ずつカズマ君に向けて放たれた…と思う。目を瞑っているので当たっているかはわからない。

 

「とりあえず聞け!!俺はお湯に浸かったまま後ろを向くから!!」

 

カズマ君はそう言うと同時に岩陰に隠れるように身を潜めていた。というよりアローを回避していてそこに行き着いた感じだろうか。アローは追尾性のある魔法なのによく避けられたなとも思ったけどそう思えるくらいには落ち着けたことを自覚すると、私は手に込めていた魔力を押さえ込んだ。

 

「…やっと落ち着いたか、いいかよく聞けよ?言っとくけど今回の被害者は完全に俺だからな?お前が入るより前にこの温泉にはいっていたんだからな!」

 

「…いや、そもそも何故女湯に…?」

 

「この温泉は混浴しかないんだよ!だから俺は入っていたんだけど誰もいないから誰か来るか待ってたらそのまま寝ちゃってたんだよ!」

 

ま た 混 浴 か 。

 

もうそのネタは個人的に懲り懲りなのだけど。割と本気で勘弁して頂きたいのだけど。

不幸中の幸いなのはこの温泉がにごり湯だということか、それのおかげで全身くまなく見られてしまうという最悪の事態は避けることができた。それもまた落ち着けた理由の一つである。

 

…色々と納得いかない部分もあるが確かにカズマ君の言う事は正しい。カズマ君は最初から混浴と分かって入っていたのをこちらが責めることはできない、軽蔑することは容易いけど。

だけどこの温泉が混浴ということは、入ってくる人はそれに同意した上で入っているということになるのだから。カズマ君からしてみれば私がそんなことを知らなかったとしてもそこに関してはカズマ君は悪くないのだ。

 

何故ゆんゆんはその事を教えてくれなかったのだろうか。疑問は残るが少し落ち着けば同時に気まずくなる。あの時のことを思い出してしまう。

 

「…なぁアリス、このままの状態でいいから少し話せるか…?」

 

「……」

 

何故この人はこんな状況で落ち着いて話そうとしているのだろうか。話がしたいのなら後で温泉から出た後でもできる。私のことを少しでも配慮してくれるのならカズマ君が温泉から出ていってもらいたいのだけど。…ただそれを私から言うのは違う気がする。あくまでこの温泉は混浴で、更に私は後から入った身なのでそれで出ていけと言うのはいくらなんでも横暴すぎる。

なら私が出ればいいとも思うけどそれもきびしい、今の私は身体に巻いていたタオルを取り払って隅に置いているのだ。にごり湯でタオルごと浸かるのも抵抗があったし、誰もいないし見えないならいいかと外していた。つまり今の私は完全に一糸まとわぬ状態である。ここであがろうとすれば数秒はその姿を晒すことになる、そんな危険なことは絶対にしたくない。

 

「…その……悪かったよ、本当にごめん」

 

「……一体何に対して謝っているのですか?心当たりが多くてわからないのですが」

 

「うぐ…」

 

違うそうじゃない。こんな状況で落ち着いた対応ができる訳がないのは仕方ないのかもしれないけど少なくとも今の私はカズマ君のことを怒ってはいない、むしろ完全に言い過ぎたと思っている。

だからここで言うのはそんなことじゃなくて『私の方こそ言いすぎましたごめんなさい』であるべきなのだ、それで丸く収まるはずなのに、その言葉が出てこない。

 

「…まずはミッツさんの名前を語ったこと…名乗った時はそこまで深く考えてなかったし、アリス達に言われて理解したよ。危険を仲間に押し付けるなんて最低だと思うし、あれは確かにどんなに怒られても仕方ないなって」

 

「……」

 

それを聞いて私の肩の力は少し抜けていた。良かった、カズマ君は私に対して怒った訳じゃなかったんだ。ならこれに返す答えは簡単だ。『いいえ、私の方こそごめんなさい、言い過ぎました』だ。それで先程までのわだかまりが消えて仲直りできる。

 

「…まずは、と言うからには他にもあるのですか?」

 

「…えっ、あ、いやその…」

 

 

私のバカーー!?何真面目ぶって掘り起こそうとしているの、これ完全に嫌な女でしかないような気がするんだけど。カズマ君めちゃくちゃ気まずそうな反応してるし。

わからない、何故私はここまで素直になれないのだろう。それとも私はどこかでまだ納得できないと思っているからこそこんな風に言っているのだろうか。

 

「…後は…めぐみんの家の件かな…巻き込んで悪かったよ」

 

「……あの時のですか…」

 

「…なぁ、あの時のアリス達に何があったんだ?今思い出すとめぐみんがいなくなってアリス達を頼ろうと会った時にやけに思い詰めた様子だったけど…」

 

「……」

 

めぐみんがいなくなって探してたカズマ君達と会ったあの日。私とゆんゆんとアンリはアンリの故郷だった村を探して、そして帰ってきたところだった。

思い出すと少し憂鬱になるが、アンリの件についてはミツルギさんにしか話していない。めぐみんの件もあって話せなかったが正しい。

 

「…アンリの希望で、アンリの人間だった頃の村を探していたのです、…カズマ君達に会った時はちょうどその帰りでした」

 

「…それって…」

 

何かを察したのか、カズマ君の声は小さくなっていた。おそらくあの時の私達の様子が結果を物語っていると把握したのだろう。

 

「…それから調べてわかったのは…アンリの故郷は数十年前に既に滅んでいました。アンリという名前は村の名前の一部からとりました。アンリには……既に帰る場所はなくなっていました、安楽少女が確認されたのは60年ほど昔らしいですから…おそらくアンリの家族は既に…」

 

「……悪い」

 

思い出すと涙声になってしまっていた。今になってここまでアンリに親近感がもてるのは多分…、私もまた、二度と両親と出会う事ができない存在だから。それを思い出したからだと思う。

 

私は最低だ。結局アンリの事を思って悲しんでいたというよりも、アンリを自分と照らし合わせて悲しんでいたんだと思うから。ずっとずっと私に残っていたわだかまりは、きっとこれだったんだと思えば、私は悲しさと情けなさで涙が止まらなくなっていた。私の場合、自分から逃げ出したんだから、自殺という道を選んでしまった私に、両親と会いたいなどと思う資格なんてないのだから。

だけどアンリは違う、不慮の事故で襲われて、過程は未だに謎だけど望んでもいないのにモンスターとなっていた。ただ逃げ出した私なんかと比べるのはアンリに失礼すぎた。

 

「……私はカズマ君に八つ当たりしていたんですよ、アンリと自分を重ねて、私もまた両親には…二度と会うことができないですから…それで…どうしようもない気持ちになって…」

 

「……本当にすまん、そんな心境だったのに俺達はいつもの調子でアリスに頼ったりしてたんだな…」

 

「……私こそ本当にごめんなさい…、この里に来て、ゆんゆんやめぐみんの両親と会ったりして、それがすごく羨ましくて…色々重なって…醜く嫉妬して……結果的にカズマ君に酷いことを言っちゃいまして…」

 

言いながら自分の本当の気持ちを再認識していた。ここに来てずっと感じていたモヤモヤは多分これなんだろう。それを自覚すると、余計に申し訳なさが増してくる。カズマ君に対しても、ゆんゆんやミツルギさんに対しても。

 

「……それを言ったら俺だって、多分ミッツさんだってそうだろ、…日本に両親を残して今この世界にいる」

 

「……っ」

 

それは少し考えたら気付く事だった、何もこの世界に日本から転生してきたのは私だけじゃない。分かってはいたことなのに、自分だけが悲劇のヒロインみたくなっている状態には恥ずかしくもあり、心にぐさりと刺さるものがある。カズマ君の声のトーンはいつものふざけたようなものではない。真剣に私の話を聞いてくれていた。正直そのギャップはずるいと思う。どこか頼りがいを感じて、親身になってくれているように聞こえる声が私にそんな感想を抱かせていた。

 

「自分を産んで育ててくれた両親だ、そりゃ簡単には忘れられないさ、だからその気持ちはよくわかる。…でもな、俺はアリスほど悲観してはいない」

 

「……どうしてですか?」

 

「…ちょっと臭い事言うけどな、そりゃお前らがいるからな。アクアにダクネスにめぐみん。アリスにゆんゆん、シェアハウスみたいな感じで一緒の屋敷に住んでるけどさ、俺はお前らのことを家族みたいに思ってる、だからそこまで思ってはいない」

 

「……」

 

聞いていればありきたりな台詞だった。実際どこかで聞いた事があるような響きだ。…だけどそれを聞いて思い出したのは、私自身の誕生日に集まってくれた人々の、友人達の顔ぶれ。

私の為にあそこまで多くの人が集まってくれた、確かに今この世界には私の両親はいないけど、私の事を友人として、親友として、家族として接してくれる人達が大勢いる。

 

「……本当に臭い事言いますね…」

 

「わ、悪かったな!臭いうえにありきたりな事しか言えなくて!」

 

「……ですが私も単純なのでしょう。私もまた周囲をよく見ていなかったのかもしれませんね」

 

なんだか恥ずかしくなって口元まで湯船に浸かり、できる限り表情を隠すようにしてしまう。誰も見ていないから無意味なことなのだけどそうせずにはいられなかった。そしてそこで思い出す。今私とカズマ君は、同じ温泉にすぐ近くの位置で、お互い全裸で話をしている。

 

いやいや私は何をしているのだろう。冷静になるととんでもない状況なんだけど。

 

「…あ、あの、混浴と知らずに入った私が悪いのでこんなことを言うのもどうかと思うのですがそろそろ出てくれるとありがたいのですが…」

 

「…あ、ああ、そうだな。気が利かなくて悪い」

 

ザバッと勢いよく音が聞こえてくれば、私は同時に出入口から顔ごと視線を逸らした。そして慌てて出ていこうとするカズマ君の背中をこっそりと見て、聞こえないように呟いた。

 

「……ありがとうございます、カズマ君」

 

 

 

 

 

そう呟いた直後だった。

 

 

 

カーン――、カーン――

 

 

『魔王軍急襲警報――、魔王軍急襲警報――』

 

この里に来て初めて聞く警報のアナウンス。これには思わずその場で立ち上がった。紅魔族が強いのは分かっているけど今や時間的に人々は眠りに入る時間帯だ、出撃に遅れが出てしまう可能性もあるしそうなるとなんらかの被害が出てしまう可能性もある。

 

とりあえず私もすぐに出るべきだろう。こんなことがあった後なのに、私の身体はまるで背中に羽根が生えたように軽くなったような気がした。きっと心のわだかまりが取れたからだろう。

 

そうだ、これから私はアンリの面倒を見なくちゃいけないんだから、いつまでもくよくよしていても仕方ない。これからはアンリの姉のような形になってあげたいと思っているのだから、そんな私がいつまでもアンリに情けない姿を見せる訳にはいかないのだ。

 

決意は既に固めた。そして私が温泉から出ようとしたその時――。

 

 

「アリス!大変だ、魔王軍がきたらしいぞ!いつまでも温泉にはいってる……場合じゃ…………あ」

 

「…………」

 

何故かカズマ君が服も着ていないまま浴場の扉を開けた。一方私はちょうど温泉から出たところ。当然身体にタオルを巻いてはいない、つまり隠すものはなにもない。冷静になれば私の長い髪や湯けむりが見えにくくしているかもしれないがそんなことは私にとって何も慰めにもならない。

 

 

「……そ、その…綺麗ですよ」

 

 

「そんなこと言う前にさっさと出ていってください!!」

 

勢いだけで左手に魔力が集まって、魔法陣を形成する。透明な大きな矢が精製されて行く。

 

「待てアリス!?それは絶対に俺が死ぬやつ……ギャァァ!?」

 

右腕で胸部を隠して左手は詠唱からのジャベリンを放つ。流石にさっきの話のくだりで私が混浴だと知らずにこの場にいるのは知っているのだから2度目は許されない。

 

「……あ…、カズマ君!?」

 

……とはいえ流石にやりすぎだ。いくら杖も属性付与もなく素手で放ったとはいえジャベリンは立派な攻撃魔法。私は我に帰るなり撃ったことを後悔していた。

カズマ君は変な叫び声をあげていたものの、持ち前の幸運のおかげなのか直撃は間逃れていたようだ。その場でヤ〇チャのように倒れていた。しかも腰にタオルを巻いただけの状態で。近付いて確認すれば呼吸はしているようだ。

 

とりあえず無事のようで私は安堵の溜息をついてヒールを試みようとするも気が付く。今の私は変わらず全裸である。このまま回復して目を覚めたらよりとんでもないことになってしまうのではないだろうか。これでは歴史は繰り返すどころではすまない。こんな至近距離でみられようものなら何をしてしまうか私ですらわからない。

とりあえず服を着た後でヒールすればいいかと、私は女性用の脱衣場へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このすば。(「温泉恐怖症になりそうです…」)

 

 

 

 

 

 

 

―紅魔の里―

 

服を着終わってからカズマ君の元へ行き、ヒールをかけて無事なことを確認するとカズマ君が意識を取り戻すと同時に私は脱衣場を後にして温泉の入口に立っていた。髪は完全に乾いていないのでとりあえずポニーテールにしていた。髪を乾かす為だけに初級風魔法であるウインド・ブレスを覚えようか迷ったけどスキルポイントに余裕はないのでやめておいた。

 

遠くから魔法による爆撃音が聞こえてくる。おそらくいつものように紅魔族の圧勝なのだろう。これならわざわざ慌てて出てくることもなかったかもしれないと少し楽観的になるが呑気に温泉に入っているところに入ってこられても困る、例えそれが下級悪魔だったとしても。

 

そんなことを考えていたら服を着たカズマ君が気まずそうに脱衣場から出てきた。気まずそうな様子以外は問題なさそうだ、ヒールでしっかり回復してくれたらしい。

 

「……ま、待たせたな?」

 

「……慌てるまでもなかったかもしれませんけどね」

 

もしかしたら見られたかもしれない。そう思うとカズマ君と顔を合わせづらい。そんな気持ちから私はそっと目線を逸らしていた。

 

「そ、その……悪かったって、せっかく仲直りできたんだし、できたら機嫌を直してほしいんだけど?」

 

「……はぁ…もういいですよ。私もやりすぎたと思いますし…。…一応その辺を見回ってから帰りましょうか」

 

「お、おう」

 

見る限り故意ではなさそうだしこれ以上私が不機嫌でいても仕方ない。そんな想いから諦めたように溜息をついてしまう。

見回りはあくまで念の為。私としてはさっさと終わらせてからすぐにゆんゆんに温泉の件を問い詰めたい気持ちでいっぱいだった。

こうして見れば結果オーライなところもある。一応はカズマ君と仲直りできた訳だけど一緒に温泉にはいるなんてことは流石に二度と勘弁して頂きたい。私が羞恥心で死にかねない。

 

 

 

 

それぞれの方向は把握しているので遠回りするように探索してみる。もしかしたら魔王軍がいるかもしれないと気を張って歩いているけど、とくに気配は感じない。もっともカズマ君には敵感知スキルがあるので、私が気を張るだけあまり意味はないのだけど。

 

「「……」」

 

では何故気を張って見回しているかと言うと、会話が特にないから。

なんだろうこの気まずさは。せっかく仲直りしたというのに元に戻ってしまったような感じがする。

だけど私は既に何も怒ってない。だから私からなんらかの話題を振ってもいいのだけど私と目が合うとカズマ君は即目線を逸らしてしまうのでまともに話を振れない。

 

「……何故私と目が会うとそんなに必死に逸らすのです?」

 

「…えっ!?いやその……」

 

静寂に耐えられなくなった私が聞けばカズマ君は急にあたふたしだした。本当に謎だ。これには思わず首を傾げてしまう。

 

すると目を逸らしたままカズマ君は照れくさそうに頬を掻いていた。

 

「その…髪型がいつもと違うから…いつもより大人っぽく見えてさ…」

 

「…そ、そうですか?」

 

私としては地味に時間がかかるので適当にヘアゴムで纏めただけの簡単ポニーテールでしかないのだけど。そのまま降ろしているには長すぎるしそろそろ切った方がいいかもしれない、なんて割とどうでもいい事を考えていた。

 

「ポニーテールならダクネスがいつもしてるではないですか」

 

「そりゃまぁそうだけど…、アリスの場合湯上りなのもあって妙に色っぽく見えるって言うか…」

 

「……カズマ君ってもしかして…」

 

「…な、なんだよ?」

 

思わず後退りしてしまう。そういえばそうだった。彼はつい最近仲間の中で一番幼い子であるめぐみんに未遂とはいえ襲いかかるという犯罪めいた事をしでかしてしまっているではないか。私も見た目は幼い部類だと自覚してるのでこれは危ない。アンリを近づけないようにしないと。

 

「…あぁそうでした、ロリコンでしたね、お願いしますからアンリには近づかないようにしてくださいね」

 

「ちげーよ!!そんなんじゃねーよ!?」

 

「必死になって否定してると余計にそうとしか見えませんけど」

 

「違うんだから必死に否定するのは当たり前だろ!?」

 

「…とかなんとか言って寝ているめぐみんを見て割と本気で可愛いとか思ったのでは?」

 

「なんで知ってんだ……いや違うからな?そんなことないからな!?」

 

はいどう見てもロリコンです、本当にありがとうございます。そう思いながらもカズマ君と距離をとった。まぁこんなくだらない雑談をしながら歩いているけど特に里には問題なさそうだ。魔法による攻撃音も聞こえなくなってきたしこのまま帰っても大丈夫だろう。

 

 

そう思った瞬間、カズマ君の様子が変わった。

 

 

 

「…アリス、敵感知に反応あった、このまま歩いてるとかち合うぞ!」

 

「…っ!」

 

敵感知云々の問題ではない。それを意識すれば私に敵感知スキルがなくても感じ取れた。それは今から出逢う相手がそれだけ強いと思わせる。私は瞬時にカズマ君に補助魔法をかける。戦闘を前にそれは常にやるのでその動作は手馴れたもの。無意識にするようになっている。

カズマ君もまた、手にはちゅんちゅん丸を抜き、片手で持って相手を待ち構える。

 

「……あら?」

 

出てきたのは初めて見る顔だ。夜故に暗くて色合いは分かりにくいけど大柄な女性。躍動的な上半身にロングスカート。だけどその様子は傷だらけだ。後ろには部下らしき下級悪魔がボロボロの状態ではあるが2人ほど着いてきていた。

 

「よりによってまたあんたに逢うなんてね…、それにあの時とは違う女を連れているなんて、人間から見たら貴方もイケメンの部類なのかしら?ねぇ、ミツルギ」

 

間違いない。魔王軍の幹部シルビアなのだろう。カズマ君の事をミツルギと呼んでいる辺りは話に聞いた通りだから特に驚きはない。

 

それ以上に私には、シルビアに対して一方的な因縁がある。王都での変異種モンスターによる冒険者10名以上の犠牲を出したあの事件の元凶、格段仲が良かった訳では無いがまったく知らない人でもなかった人達。名前も知らないけど、それでも冒険者ギルドに見かけたら気さくに挨拶してくれた人もいた。…そんな人達の仇が今目の前にいる。

 

弱点属性がわからない以上、無難に光属性を宿したコロナタイトの魔晶石を杖にセットしておく。

 

さぁ、これでいつでも戦える。恐怖がないかと聞かれたら嘘になる。今いるのはカズマ君と私の二人だけ。ミツルギさんもゆんゆんもいない、だけど…

 

それ以上に、このヒトだけは許せないという気持ちが――、私の気持ちを昂らせていた――。

 

 

 

 

 



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episode 127 巨乳死すべし慈悲は無し



※今回パロネタ多いです。




 

 

―紅魔の里―

 

里の民家が並ぶその場所は、里の外から割と内部に入り込んだ位置だった。そしてシルビア達がやって来た方向は魔法による戦闘音が聞こえてきた場所とは別の方角からだった。

つまりシルビアは他の部下を囮に使って陽動し、少ない人数でここまで潜入してきたのだろう。

 

「ふふっ、そっちのお嬢さんは初めてみるわね。どいつもこいつも…私をなめているのかしら?たった2人でこの魔王軍の幹部の一人であるこのシルビア様を止められると…本気で思っているの?」

 

「…あまり強い言葉を使わない方がいいですよ?…弱く見えますからね」

 

「……なんですって?」

 

どこかで聞いたことのある煽り文句を言えば、どうやらプライドが傷付けられたらしい。シルビアは強く私を睨みつけていた。だけど次第にそれは収まり、鼻で笑われたのと同時に笑い声が聞こえてくる。

 

「あっはっは!…頼りになる魔剣の勇者様が一緒で強気な気持ちはわかるけど…すぐにそんな気持ち、絶望に変えてあげるわ」

 

シルビアが落ち着けた理由は私のことをただの小娘としか思っていないからだろう。この場にいて紅魔族でもない、見た目はプリースト系統の職業。私を見た目で判断すれば本来その程度のものかもしれない。

 

「…その前に一つ聞きたいのですが」

 

「……?なにかしら?生意気なお嬢ちゃん」

 

あちらとしてはさっさと終わらせたいのだろうけど、その余裕からかシルビアは私の言葉に意外と素直に耳を傾けた。少し冷静になると私は何故出会い頭に煽り出しているのだろうかと考えると私の中で謎の感情が爆発しそうなことに気がついた。…とりあえずさっさと質問してしまおう。

 

「……以前王都で変異モンスターが何体か出現し、王都の冒険者が何人も被害を受けました。あれは貴女の仕業ですか?」

 

「王都で……変異モンスター…?」

 

何やら考えるそぶりを見せるシルビア。そこは私の思っていたのと少し違う反応を見せている。てっきり即座に反応するものと思っていたのだけど。あるいは何かを言った上で高笑いしながら冒険者殺しを自慢するような残酷な発言をするくらいは思っていたのだけどどうしたのだろう。

 

「シルビア様、もしかしてあれじゃないですかい?研究所から逃げ出したシルビア様お手製の改造モンスターですよ」

 

「あれは大変だったよなー、逃げ出した一匹が《ランダムテレポート》のスキルをもってたからなぁ、探すのが大変だったぜ」

 

「……あぁ、あれ?…そういえばまだちゃんとミツルギにお礼を言ってなかったわね。あのティラノレックスは私の言う事も聞かない暴れん坊でね、処分するにも結構強いから中々骨が折れるのよ、あれは助かったわ」

 

「あの時のお礼ってそういう意味かよ!?普通のお礼だったのかよ!?どういたしまして!!」

 

カズマ君がふいにつっこんだ。語尾に『俺じゃないけどな!』と言いたそうな顔をして。

なんか思っていたのと違う…。そう思うと私は呆れた視線をシルビアに向けていた。

つまりあの事件の真相はシルビアの意図的なものではなく、偶然逃げ出した改造モンスター達がランダムテレポートによりあちこちに飛んでそれが偶然王都付近に行き、各所で暴れていて、ティラノレックス以外のモンスターはシルビアが回収したと。

 

「私が作り出したモンスターはあれらだけじゃないわよ。不思議に思わない?どうしてこの近辺のモンスターは喋ったりするのが多いのかしら?」

 

「……まさか」

 

確かに疑問に思っていたこと。私達が出会ったこの近辺の喋るモンスターと言えば…メスオークに…安楽少女…。

オークにしても疑問は残っていた。あのオーク達は他種族のオスを狙い、遺伝子を奪うとは簡単に言うが、少なくとも元の世界を基準に考えたらそれは不可能だ。生物によって染色体の数が異なるのだから。

だけどここは私のいた世界とは異なる世界、そういったあちらでの常識を当てはめても仕方ないと割り切っていたがそういった概念が同じであったとしたら、シルビアによる合成でそうできることが可能にしていたら。

グロウキメラであるシルビアはその合成を行う事ができるという。それは自分自身だったり、あるいは自分以外のモンスターだったり、それがモンスターだけじゃなく、人間も可能だとしたら。

 

私は震えていた、もちろん怒りで。こんな気持ちになったのは生まれて初めてかもしれない。

 

「……それはまさか…安楽少女とかもですか…?」

 

「…安楽少女…?あぁ、確かにそんなこともあったわね、懐かしいわ」

 

つまり、このシルビアがアンリをあんな姿に変えた元凶であると認めたことになる、そう思えば杖を握る力が強くなる。怒りで我を忘れそうになる。

 

すると、シルビアの後ろにいる部下がまた何やら話していた。

 

 

 

「安楽少女って確かあれだよな、森で小さな女の子が植物モンスターに襲われて瀕死の重症だったやつな」

 

「あの時のシルビア様はやばかったな、泣きながらごめんねごめんねって言いながら合成処置していたもんな」

 

「俺、悪魔だけどあれは流石にうるっときちまったよ、シルビア様が助けたはいいが女の子はそうしないと手遅れの状態だったからな」

 

「あの後すぐに地中に潜っちまったからなぁ、今頃どこにいるんだか」

 

「ちょっとお前達!?人の黒歴史掘り起こすのやめてくれない!?」

 

 

 

 

…私とカズマ君は二人して呆然としていた。なんかベルディアを思い出すノリなんだけどなんなのこれ。魔王軍って実は良い人めっちゃ多いの?悪魔なのにうるっときたって何!?シルビアは顔赤くして照れた様子でいてただの可愛い女になってるんだけどなんなのこれ。

 

思わぬところで安楽少女の誕生秘話を知ってしまった。そしてなんか戦いづらくなってしまった。

このシルビアは実験とかでアンリを植物モンスターと合成した訳ではなく、あくまで人命救助としてやったのだという。これはどう判断したらいいのか、私にはわからない。

 

でも割り切らないといけない。そう、あれは魔王軍の幹部。王都の冒険者の仇にして、忌むべき巨乳。

 

 

 

……あれ?最後なんかおかしくなかった?

 

 

 

「まぁ、そんな過去のことはどうでもいいわ、今は武器を持っているみたいだし、それが噂の魔剣グラムかしら?確かに見た事のない剣のようだけど…どうせ私のことを見逃すつもりなんてないんでしょう?」

 

半ば開き直るようにシルビアはカズマ君に向き直る、やはりあちらが注意すべきなのは魔剣の勇者と勘違いしているカズマ君の方なのだろう。

 

「…当然だ、お前が女であろうと容赦するつもりはないぜ?俺は例え美女だろうと平等にぶん殴る事ができる男だからな!!」

 

「あら?美女だなんて、嬉しいことを言ってくれるじゃない」

 

ちゅんちゅん丸をシルビアに向けて高々と宣言するカズマ君だけどうちのパーティメンバーをこれ以上乏しめるようなことを言わないでほしいが正直に思うところである。カズマ君の言動全てがミツルギさんによるものになってしまうのだから。

 

しかし剣で挑むのは愚策と思う。相手はおそらくここに来る前に紅魔族に出逢って戦ったのかもしれない。それにより若干の手傷を負っているとはいえ魔王軍の幹部だ、ちゅんちゅん丸と名前は素敵なのだけど内容はアクセルの鍛冶屋で作ってもらった鉄製の日本刀にすぎない。魔剣の勇者を名乗る以上は剣の方が都合がいいのかもしれないがそこまで合わせる必要性を感じない、そこまで自身の名前を語りたくないのだろうか。

 

…それとももしかしてカズマ君は私を守る為にあえて剣を選んだのかもしれない。カズマ君が弓を使い私が魔法を詠唱すればシルビアがどちらを狙ってくるかわからない。…まぁ流石に考えすぎだろう。

 

「…カズマ君、少しだけ時間を稼いでください、私は詠唱にはいりますので」

 

「…時間稼ぎするのは構わんが別にアレを倒してしまっても構わんのだろう?」

 

「それ完全にダメな方のフラグですからやめてください」

 

「何を話しているか知らないけど…時間稼ぎさせるつもりはないわよ?すぐに終わらせてあげる」

 

仮に本気で言っているとしたら何処からそんな自信が湧いてくるのだろうか。シルビアは今にも向かってきそうだしやるしかない。私は杖を構えて心の中で詠唱を開始した。同時にカズマ君は刀を構えて私の前に立った。

 

 

 

 

――巨乳死すべし、慈悲は無し――

 

――巨乳滅ぶべし、慈悲は無し――

 

 

え?詠唱がおかしい?気のせいです。至って真面目な詠唱です。何よりこう唱えた方が魔法の威力が上がりそうな気がするのでまったく問題はない。

 

やっと巡り会えた。今までルナさんを始めとして、ゆんゆん、ダクネス、ウィズさん、検察官のセナさん、あるえさんなど、色々な人を見てきた。

 

そしてシルビア、ようやく出逢えた。躊躇なく合法的に攻撃してしまってもまったく問題のない悪しき巨乳に。

 

杖にはめ込んでいるコロナタイトの魔晶石は私の想いを表現するかのように今まで以上にスパークを引き起こす、まるで魔力が溢れていくようだ。

 

「…あの子……プリーストよね?なんなのあれ…?」

 

一方シルビアはそんな私の様子に顔を引き攣らせて唖然としていた。詠唱は口には出していないので聞かれることはないが雰囲気で臆しているようにも見える。

 

「お前たち、あの子を止めなさい。私はミツルギをやるわ」

 

「「了解です、シルビア様」」

 

二人の下級悪魔が私の邪魔をしようと突撃してくる。いくら相手が下級悪魔でも詠唱を中断させられたら私の魔法は放てない。そしてまだ私の詠唱は終わっていない。

 

焦りもあるが悪魔の二人は私にどんどん接近してくる。とても間に合いそうにない。…そこでカズマ君は方向転換して悪魔達の前へと立ち塞がった。その左手にはリボン状の魔法陣が駆け巡っている。後はその手を悪魔に向けてかざす。

 

「《ウォール》!!」

 

移動しながらの魔法の充填、私では真似できないことだ。その器用さには素直に関心できる。カズマ君の足元を中心に魔法陣が形成されて、その魔法陣を基準に不可視の壁が発生する。見えないので何も気にせず悪魔達は向かってきて……弾かれノックバックしてしまう。

 

その様子にシルビアは目を見開いて驚く。その部下を無視するようにカズマ君を凝視する。

 

「…中々面白い事するじゃない?一体どんなスキルなのかしら?」

 

「ぐっ……!?」

 

シルビアもまた向かってくる。しかしウォールによる不可視の壁はボスには通用しない。大して抵抗されることもなく、シルビアは私とカズマ君への距離を詰めていく、そのまま腰に携えていた鞭を構え振るおうとする、ここまでが瞬間的に動いている、私の詠唱はまだ終わっていない。そんな絶体絶命の大ピンチのはずなのだけど…カズマ君の口元は笑みを隠しきれていなかった。

 

「…ふっ……《インパクト》!!」

 

「なっ…!?」

 

シルビアは勿論のこと、これには私も驚いた。今のインパクトは私ではない、カズマ君が使ってみせたのだ。インパクトの効果は私は次に使うスキルの消費魔力の半減を目的として多用しているが、瞬時に発生させる自分中心の衝撃波は周囲を転倒させる効果を合わせ持つ。これはボスだろうと例外ではない。もしかしてカズマ君の先程までの謎の自信はこれからきていたのだろうか、私にとってもとんでもない隠し玉だ。

 

結果的にシルビアはその場で派手に転んでしまう。そうなれば隙だらけだ、カズマ君の刀は即座にシルビアの腹部を捉えて…貫こうと突き進む。

 

 

だけど…。

 

 

 

 

「……なっ…!?」

 

「……ふふっ……惜しかったわね……?今のは驚いたわよ。…そうねぇ……その剣が本当に魔剣なら、今の私はこうして無事ではいられないわよねぇ?」

 

カズマ君のちゅんちゅん丸が突き進み、シルビアの腹部に突き刺さった結果、異常に堅い腹部によってそのまま防がれた、そんな感じだった。実際に刀が接触した瞬間、鈍い金属音のような音が聞こえていた。

 

「残念ながら私はグロウキメラのシルビア、人体の弱点と呼べるような箇所は全て合成で強化済みなの、だからそんな『普通の剣』じゃあ…この私に傷一つつけることはできない訳……!」

 

シルビアの口調に余裕が戻る。言い方が流暢なことから既にカズマ君をミツルギさんと思っていない可能性が高い。刀をそのまま掴まれ、そしてカズマ君は引き寄せられてしまう。そして片腕でカズマ君の首を締め付けるように持ち上げた。

 

「くそっ…放せ!?」

 

「さぁお嬢ちゃん、遊びは終わりよ。この男の命が惜しかったら大人しく投降しなさい。それとも…彼諸共私を攻撃してみる?」

 

「……そんなこと…できる訳が……」

 

 

私はその場で項垂れるように杖を降ろした。これにはじたばたと暴れるカズマ君を押さえつけながらもシルビアは満足そうにしている。既に勝敗は決したと思ったのだろうか、その表情からは余裕がみえる。

だけど私の杖に溜まった魔力はまだなくなってはいない。未だに杖の魔晶石は強く輝き続けている。倒れた部下を気にして余所見をした一瞬、私に注意を向けなくなったその瞬間…、私は再び杖を掲げた。

 

 

「あるんですけどねっ!!《パニッシュメント》!!」

 

「…はっ?…ちょ…!?」

 

光属性を付与した《バースト》。さながらそれは私から放たれた光の流星群。無数の光の欠片は広大に広がっていき、真夜中である今現在、その光はとてもよく目立った、撃った私ですらその眩しさには目を眩ませそうになるが相手は魔王軍の幹部、これだけで終わるなどと思ってはいない。まだカズマ君は解放されていない。パニッシュメントに怯んでいる今のうちに次の魔法の詠唱にかかる。私の魔法の強みはここにある。

 

「光の嵐よ、夜空を斬り照らせ!《ルクス・ヴォーテクス》!!」

 

追撃の光属性が付与された《ストーム》を唱えれば、そのままシルビアを中心に極大の光の竜巻を発生させてシルビアを切り刻む。シルビアは何もしゃべる余裕すらないようだ、次第に竜巻の中からカズマ君が放り出された。両腕を使ってガードしなければならないと判断したのかもしれない。

 

これで油断する気もない、慢心するつもりもない。それが原因で私は当時ベルディアに不意をつかれてやられてしまったのだ、確実に倒した時まで遠慮は一切するつもりはない。

 

「天空より降り注げ、極光の槍よ!《バニシング・レイ》!!」

 

続くは光属性が付与された《ランサー》。空高くに召喚された魔法陣からは巨大な光の槍がまだ終わらぬ竜巻の中へと刺し貫いた。

 

「……流石にもう倒せたんじゃないか…?」

 

「…ふふっ、何を言っているのですかカズマ君、やっと遠慮なく攻撃できる巨乳さんを見つけたのですよ、こんなもので終わらせる訳ないじゃないですか♪」

 

無事解放されたカズマ君が私に近付いておそるおそる言うのでこう返したらカズマ君は小刻みに震えていた。何をそんなに怯えているのだろう、と思うも、きっとシルビアに捕まってしまって怖かったんだなと思うことにした、そうに違いない。

 

「…………あ、あの……アリスさん…?」

 

「光属性ばかりで飽きましたし、次は火炙りにでもしてみますか♪」

 

「もうやだ!!唯一まともと思っていた子がこれかよ!?なんで俺の周りにはまともな女の子がいないんだ!?」

 

失礼な。私とゆんゆんはまともだと思うの。他は知らない。ノーコメント。触らぬ女神に祟りなし。とりあえず魔晶石をフレアタイトに変更していると、ようやく竜巻が収まり、シルビアの姿が視認できるようになっていた。それと同時に聞こえてくる声。

 

「アリス!!カズマさん!!」

 

声の主はゆんゆん。隣にはミツルギさんもいる。おそらく先程まであった魔王軍の迎撃に参加していたのだろう。来た方角は明らかに先程まで魔法による戦闘音がしていた側だ。

 

「ゆんゆんにミッツさん!どうやってここに?」

 

「こんな真夜中にあれだけ派手にアリスの魔法による光が見えれば嫌でも気が付くさ、アリスもそれが目的であそこまで派手にやっていたんだろう?」

 

「はい、流石に私達だけでは魔王軍の幹部相手には厳しいですしね、同時に攻撃もできましたし一石二鳥かと」

 

「絶対嘘だよな!?どう見ても私怨でやってたよな!?」

 

何を言ってるのだろうカズマ君は。初対面で私怨も何もあるはずがないじゃないか。そして肝心のシルビアだがどうやらまだ生きているようだ。立ち姿はしっかりと確認できた。

しかし服はよりボロボロで息はあがっている。もう一押しで倒せそうな感じかもしれない。負傷したのか片手を庇うようにしていた。

 

「はぁ……はぁ……、貴女一体……何者なのかしら……?」

 

「…どこにでもいる通りすがりのアークプリーストですよ」

 

「…ふざけんじゃないわよ……どこにでもいるアークプリーストが…こんな攻撃できる訳……ないじゃないの…」

 

目が霞んできているのか、シルビアはふらついていた。それに同情の余地はない。私が再び杖を構えるより前に、ゆんゆんとミツルギさんは並んで前へと出て構えていた。

 

「既に勝負はついていると思うが…大人しく降参するつもりはないのか?」

 

「貴女が魔王軍幹部シルビアね!これ以上やると言うのなら族長の娘である私が相手をするわ!」

 

「……紅魔族の族長の娘に……そこの剣士は…まさか…?…ふふっ、負けたわ、完敗よ。ここは大人しく引き下がっておこうかしら……」

 

シルビアはミツルギさんとゆんゆんを同時に見ると、何か納得したような顔をしていた。そして言っていることに嘘はないようだ。私から見た感じでは今はこれ以上打つ手なし、少なくとも先程までの戦意は見られない。

 

「最後にそこの坊や、貴方の本当の名前を聞きたいのだけど……?」

 

名を問われたカズマ君は一度私とミツルギさんに向けて振り返り、若干気まずそうな顔を一瞬した。おそらく剣が魔剣ではなかったのでバレてしまったのだろう。もはや誤魔化しは効かない。どこか諦めたように開き直ったカズマ君は軽く息を吐いた。

 

「……俺の名前はサトウカズマだ」

 

単調に名乗ったカズマ君にシルビアは一瞬不思議そうな顔をする。何故偽名を名乗ったのか理解できてなかったのかもしれない。だけどそんなことは些細なこと、どうでもいいかと若干緩んだ口元で表現しているようにも見えた。

 

 

「……サトウカズマね…覚えたわよ……それじゃ、また会いましょう?」

 

「…っ!?」

 

「ま、待て!!」

 

完全に油断していた。その手は考えてなかった。シルビアは捨て台詞とともにテレポートによってこの場から離脱してしまった。こちらが使えて相手が使えない道理はない。

 

連れてきていた部下は私の魔法で既に跡形も残っていない。周囲には魔王軍はもういないようだ。だけどもう少しのところで逃がしてしまった事はこちらにとってマイナスである。巨乳を倒しきれなかった、これは罪深い、申し訳ありませんエリス様。

 

 

 

――私に振られても非常に困るんですが!?!?――

 

 

そんな女神の電波をなんとなく受信できてしまったような気がしたが、きっと幻聴だろう。とりあえずそう思うことにしたのだった――。

 

 

 

 

 






最近飛ばしすぎてるので少し休憩モードに入ります。気長にお待ちくださいm(*_ _)m


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episode 128 紅魔族の人々

 

 

 

―紅魔の里―

 

私とゆんゆん、ミツルギさんとカズマ君の4人は簡単に情報交換していた。

まずミツルギさんとゆんゆんについては予想通り警報を聞きすぐに魔王軍の迎撃に参加していたらしい。

だが普段ですら紅魔族の圧勝なのにそれにミツルギさんやゆんゆんが加われば負ける理由はない、あちらの指揮官と見られるシルビアはこちらにいたのだから余計に楽勝だろう。

ダクネス、めぐみん、アクア様は遅れてあちら側に参戦したものの、特にすることはなかったそうな。まったく負傷者がいない訳でもなかったようなので、今はアクア様が治療の為に回っているのだとか。

 

それよりも私としては気になる事があった。アンリの安否だ。ミツルギさんにそれを聞けば、ゆんゆんのお母さんが避難場所に連れて行ってくれたらしい。これには私もホッと胸を撫で下ろす。

 

「あ、あの…アリス…」

 

そんな報告中に気まずそうな様子なゆんゆんを見てどうしたのかと思うもすぐに心当たりを自分の中で見つける事ができた。

 

「そういえばゆんゆん…ゆんゆんが教えてくれた温泉なんですが…」

 

シルビアの件でうやむやになってしまっていたけどそもそも何故ゆんゆんは私に混浴であることを教えずに温泉へ誘ったのだろうか。それを聞こうとすれば、ゆんゆんはその場で勢いのまま素早く深々と頭を下げた。

 

「その……ごめん!!まさか直接カズマさんが入ることになるなんて知らなくて…!」

 

「……どういう事です?」

 

ゆんゆんの言い方だとまるで何か裏があるかのように聞こえてしまう。だけどゆんゆんが悪意や悪戯心で私を混浴であることを伏せて温泉へと誘ったとは考えにくい、というよりそのようなことは元から考えていない。ゆんゆんは私がそういうのを嫌っているのは知っているしどういった事情があるというのか。

 

「それならその件の元凶から直接話を聞いた方が早いと思いますよ」

 

すると背後から声が聞こえてきた。見えたのはパジャマの上から黒いローブを羽織っためぐみんだ。その横には長身の男性……らしき人がいる。

 

「や、やぁ……」

 

「…貴方は確か…ぶっころりーさん……ですよね?」

 

曖昧な表現をしているのには理由がある。声を聞く限り確かにぶっころりーさんなのだけど、その顔はたんこぶでボコボコになっていた。今回の魔王軍の襲撃で負傷してしまったのだろうか。そう思えば私は心配からぶっころりーさんに駆け寄った。

 

「…あ、あの、大丈夫ですか?なんなら治療しますけど…」

 

「それには及びませんよアリス、事情を聞けば貴女も殴りたくなると思いますから。ちなみにこれをやったのは私とダクネスです」

 

「…えっ……?一体何が…」

 

何故だろう。嫌な予感しかしない。そっとゆんゆんに目を向けると未だに申し訳なさそうに俯いていて、ぶっころりーさんもまた気まずそうだし。

 

「とりあえず順を追って説明しましょうか」

 

考えても仕方ない、めぐみんの話を聞くしかないだろう。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

視点変更―無し―

 

 

――夕暮れ前、カズマ達とアリス達が別れた直後の時間。

 

 

「良いかい?すぐに仲直りしようとしてもそれは難しいんだよ、まずはお互い気持ちを落ち着かせることから始めないとね」

 

「…なるほど、『急がば回れ』ってやつか…」

 

「なんですかそれ?」

 

「俺の国の言葉だよ、目的を確実に成功させたいのならあえて遠回りして余裕を持って行動するって感じかな。似た言葉に『急いては事を仕損じる』って言葉もあるぞ」

 

「なるほど…確かに一理あるな、お互いに険悪な気持ちが昂っている今は何を話しても上手く通じ合えないだろう、アリスは気難しいところがあるから特に気遣った方がいいかもしれないな」

 

「それじゃあどうするつもりなのよ?」

 

カズマ達のパーティとぶっころりーはその場で作戦会議をしていた。最初は不安だったカズマも、今の言葉を聞いて意外とまともな事を言うぶっころりーに関心を示していた。

 

「とりあえず勝負は明日だね、カズマ君……実はね…」

 

「うん?」

 

ぶっころりーはカズマに近寄り肩を組んで女性陣に聞こえないように耳打ちした。

 

(今夜は里の温泉でゆっくり浸かっているといい、リフレッシュできて心も落ち着けるだろう。それにあそこは混浴でね、運が良ければ誰かしら女性が入ってくるかもしれないよ?)

 

(…っ!?)

 

これにはカズマも強く反応を示した。こうして紅魔の里にいて思うのはこの里の女性は誰もが美人揃い。そんな場所での混浴というアドバンテージを得ることはカズマにとって素晴らしく魅力的だ。いとも簡単に釣られてしまう形となってしまう。

あくまで作戦は明日。今日はカズマ自身も落ち着く為にも温泉にでも入れというぶっころりーの提案、カズマには断る理由はどこにもなかった。

 

「…何をこそこそと話しているのですか?」

 

「なんでもないよ、とりあえず今日はこのまま解散しよう、俺は一応族長に魔王軍幹部の件を報告してくるからさ」

 

めぐみんは怪しむようにぶっころりーを見るが、ぶっころりーはさっさと退散してしまった為にそれ以上聞く事ができず、カズマに問い詰めたところでシラを切られるだけだった。

 

 

……そしてぶっころりーは族長の家へ向かい、訪ねるなり入口にて、ゆんゆんと出会うことになった。その表情は冴えたものではない、おそらく友人を心配しているのだろうとぶっころりーはすぐに察することができた。

 

「お邪魔するよ…族長はいるかい?」

 

「…あ、はい……、今呼んできますね」

 

「あ、ちょっと待ってくれ、どうも心配でね。あの子の様子はどうなってる?」

 

「…アリスのことですか?…不機嫌なままです…、本人は大丈夫って言ってますけど…もう…何かあったらなんでも相談してねっていつも言ってるのに…」

 

「気持ちは分かるけど、時には距離を置くのも友達としてはありと思うけどね、何かある度に心配して声をかけていたら彼女は成長しない、時にはあの子を信じて見守るのも、ひとつの友達としての在り方なんじゃないかな?」

 

言っていることは分からなくもない。ゆんゆんは難しい顔をして考えるが、本当に親身になれる友人はめぐみんを除けばアリスは初めてできた大切な友人。どんな形であれ、アリスが元気になるのなら、それはゆんゆんにとっても喜ばしいことだ。

 

「でもそのまま放っておくなんて…」

 

「そこで提案があるんだけどね。アリスちゃんを温泉に誘導してくれないか?」

 

温泉。それは一度落ち着かせるには都合がいいかもしれない。そんな考えが一瞬ゆんゆんにも浮かぶものの、すぐに頭を切り替えた。それだけはまずい理由があるのだから。

 

「ダ、ダメですよ!この里の温泉って混浴じゃないですか!?アリスはそういうのは大の苦手なんですよ!大体、なんでそんなことを…」

 

 

大の苦手という表現は得てして妙でもある。得意な人はそういないだろう。そんな考えからぶっころりーは表情を変えない。そのまま当たり前のように話を続けていた。

 

「勿論、温泉で待ってるのはそけっとだ。今夜は他の人が入らないようにもしておく。占い師である彼女に相談したら、少しは何かをつかめるんじゃないかな?」

 

そけっと。紅魔族であり里で占い師をしている女性、ちなみにぶっころりーが密かに想ってる人である。

なるほど、一理あるとゆんゆんは思った。ゆんゆんとしてもそけっとのことはよく知っている。落ち着いた優しい女性だ。自分が力になれない悔しさはあるが、彼女に頼ればアリスも現状よりマシになるかもしれない。

 

「……確かにそけっとさんなら任せられますけど…それならわざわざ温泉に行かなくても直接そけっとさんに会いに行けばいいのでは…?」

 

もっともな疑問。そして当然ながらこれはぶっころりーのでっち上げである。まずそけっとにそんな事は頼んでいない。

 

「いいかい?アリスちゃんはまず落ち着かなければならない、だから温泉でリフレッシュすることで話しやすくなってもらうのさ。自分の中の状態をまず落ち着かせないと、話も何もできたものじゃないからね」

 

「……それはそうかもしれませんけど……」

 

ゆんゆんは迷っていた。おそらくぶっころりーは先程見たアリスとカズマの険悪な状態を見て心配から動いてくれているとは思う。

 

「おや、ぶっころりーじゃないか。どうしたのかね?」

 

「あ、お邪魔してます族長。実は知らせたい事が……、ゆんゆん、それじゃ上手く頼むよ!そけっとにはもう話してあるから!」

 

「あっ!ちょっとぶっころりーさん!?」

 

そのままぶっころりーは族長とともに家の中に入っていってしまった。見れば先程の報告をしているようで真面目な雰囲気、そんな話の邪魔はしづらい。決断が難しいものの、そけっとには既に話しているとなると、アリスか行かなければそけっとは無駄に温泉で待ちぼうけになってしまうではないか。それはそけっとに申し訳がない。

何故そけっとに話す前にこちらに何か言ってくれないのかなど、色々と納得は行かなかったがゆんゆんはぶっころりーの作戦に乗ることにした。

 

そしてその夜、早々に温泉に入っていたカズマと、遅めにやってきたアリスは出会うことになり、今に至る――。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

「と、言う訳らしいです、で?どういうつもりでそんな事をしたんですか?」

 

この案件がバレたきっかけは実にあっさりとしたものだった。そけっと本人が今まであった魔王軍の迎撃に参加していたのだ。ゆんゆんはそけっとを見かけてアリスはどうしたのかと聞けばそけっとはアリスのことを全く知らなかった。出逢ったことがないので当然だ。それで迎撃が終わり、ぶっころりーを問い詰めているとめぐみん、ダクネスが合流。事情を聞いて二人にタコ殴りされることになる。

 

「そ、それはね…お互い開放的になって話し合えれば仲直りできると思ったんだよ。実際に仲直りできてるようだし、やはり俺の考えは間違っていなかっただろう?これからは我が名はぶっころりー、険悪な関係の二人を仲直りさせたもの!と名乗ってもいいんじゃないかな」

 

「…なるほど、話は分かりました、今治療しますね」

 

その発言にはこの場にいる全員が意外そうな顔をしていた。私がぶっころりーさんにヒールを唱えれば淡い光とともに、タンコブがみるみる引いていく。それを見てぶっころりーさんは嬉しそうに頷く。

 

「わかってくれたかい!やはり俺の考えは正しかったんだ!」

 

ぶっころりーさんは本気で喜んでいる。めぐみんあたりは納得のいかない顔をしている。…当然、私も納得いっているはずはない。

 

「何ズレたこと言ってるのですか?あんなボコボコだと私が殴る場所がないじゃないですか♪」

 

「……え?」

 

嬉しそうな顔から一変、ぶっころりーさんの表情は一気にひきつり出す。まさに天国から地獄。結果が良ければ全て良しになるはずもないのだ。そんな私の目が笑っていない微笑みに、カズマ君が便乗した。

 

「アリス、俺も殴ってもいいか?」

 

「えぇ!?」

 

とりあえずもうヒールをするのをやめてくれと言うまでボコろう、なぁにこういったお仕置はダストで慣れている、まったく躊躇する必要はない。

 

「はっはっは、皆元気そうで何よりだよ、今回はお客人の手まで煩わせてしまいすまなかったな」

 

「…お父さん!」

 

そんな中登場したのはゆんゆんのお父さんである族長さんだ。その後方にはダクネスやアクア様、他の紅魔族の人達もみえる。流石に族長さんの前でやる訳にもいかない。ダクネスやめぐみんにボコられたようだし、脅しにはなっただろう。少し納得はいかないものの、ぶっころりーさんについてはそれ以上言うことはしなかった。確かに結果だけ見れば仲直りできたのも確かだし。納得はしてないけど。

 

「皆さんは無事ですか?私もアークプリーストですから治療が必要でしたら言ってくださいね」

 

「それなら心配には及ばないよ、多少シルビアと関わった者に怪我人は出たがすぐにアクアさんが治してくれたからな。里の被害も大したことはない、服屋が何やら盗まれたと言っていたが気にするほどではないだろう」

 

盗まれたというのが少し気になるものの、特に問題はないようだ。それだけにやはりシルビアを逃がしてしまったことが悔やまれる。いくら紅魔族の圧勝している現状とはいえ、このままいつまでも魔王軍に攻められ続ける訳にも行かないだろう。このままでは里の観光や生活に影響が出てしまう、経済が回らなくなれば、いくら紅魔族でも衰退してしまう。

 

「それよりも族長…!」

 

「……うむ、そうだったな」

 

後ろから紅魔族の男の人が族長に声をかければ、族長の顔は引き締まった真剣なものになる。やはり族長もまた、私と同じ考えなのだろう。このまま魔王軍の前線基地とやらに突入するのなら私としても手を貸すつもりだ。

 

そんな気持ちで族長の言葉を待っていたのだけど、私はそこで違和感に気が付いた。

族長の後方にいる紅魔族の人達の視線のほとんどが、私に向けられていたのだ。はっきり言おう、この暗がりでこの紅い瞳による大量の視線はめちゃくちゃ怖い。ちょっとしたホラーでしかない。自然と後退りしてしまう。

 

「アリス君、君はアークプリーストだったね、…では、先程の眩い光魔法は一体なんなのかね?君が使ったのか?」

 

「…え、あ、はい…シルビアと交戦してましたから…」

 

興奮気味に聞いてくる族長は少し怖い。しかし何故ここまで詰め寄って聞いてくるのか理解ができない。族長に続くように後方の紅魔族の皆さんも同じ感じだしこれは怖い。

 

「…ゆ、ゆんゆん…これは一体…」

 

「…あのねアリス、知ってると思うけど…この里の人達はほとんどアークウィザードなの、そんな人達が集まる場所で、アリスの未知な魔法を見ちゃったら…ね?」

 

「いや、ね?と聞かれましても」

 

「頼むアリス君、君の魔法を直に見せてもらいたいのだ!今ここにいる者達はそれを期待して集まっているのだよ」

 

族長さんに懇願されるけど個人的に余計に魔力を消費して攻撃したこともあって割と疲れている。…そこで閃く。何も攻撃魔法ではなくてもいいではないか。皆戦闘後で魔力を消費しているだろうし丁度いいかもしれない。

 

私は意を決して杖を構え、そして告げた。

 

「わかりました、ではよく見ておいてくださいね。《マナリチャージフィールド》!」

 

紅魔族の方々がざわめく中、私を中心に青白い霧状の光が展開される。範囲を示す青い球体が皆を取り囲むように回り回れば、すぐに魔力の促進を感じさせてくれた。

 

「……アリス君、この青い霧のようなものは…?」

 

「《マナリチャージフィールド》といいます、範囲内にいる方の魔力を回復させる効果があります、…空っぽから全快までは1時間ほどかかりますが…」

 

「なんと!」

 

族長は驚いている。この世界での魔力の回復は睡眠による休息か、高価なマナポーションを飲むくらいしか方法はない。ドレインタッチもあるがあれは本来普通の人は使えないので除外。

アークウィザードとなれば魔力の回復は重要な事だ、これなら満足してもらえる、…そう思っていたのだけど。

 

「…確かに…魔力が回復してる感覚はあるな…」

 

「そ、そうね…確かに凄いわ…、だけど……」

 

「……なんか……地味だな……」

 

どうやら紅魔族の方々はお気に召さなかったようだ。少なくともめぐみんはめちゃくちゃ驚いて反応してくれたけどもしかしたら彼女の場合爆裂魔法に深く関わることだからなのかもしれない。少し申し訳ない気もするけど無闇に魔法を使って見世物になるのも嫌なので乗り気にもなれない。

 

 

 

 

 

そんなことを考えていたら……、私達に大きな爆風が走ってきた。

 

非常に大きな轟音、そして強烈な光。前世でアニメとかでしか見た事がないものが紅魔の里を抉るように光速で貫いて、里の一部を壊滅させた。

 

「……い、今のは!?」

 

「なんだあれ!?ビームか!?レーザーか!?」

 

カズマ君が表現するように、まさにロボットアニメとかで見るようなビーム砲のような光の一撃、それが外部から里の中心近くまでを瓦礫に変えてしまったのだ。

 

街を破壊していることからこれは魔王軍の攻撃に間違いない。さっき撤退させたばかりなのに、もう次がやってきたと言うのか。

 

これには紅魔族の人達も黙ってはいられないはず、何せ自分達の里が壊されているのだ。族長もそれを見て息を飲んでいた。

 

「なんだ今のかっこいい魔法は!?」

 

「あっちから放たれたわ!見に行きましょう!」

 

街が破壊されたと言うのに全く気にしている様子もなく砲撃があったであろう方向へ走っていってしまった。これには私達も唖然とするしかない。

 

「……もう滅べよこんな里…」

 

「…なんかすみません…」

 

「…言ってる場合じゃないですよ…、今のがなんなのかは分かりませんが今までにない攻撃です」

 

「僕達も行った方がいいだろう、嫌な予感がする」

 

カズマ君が嘆くようにぼやけばゆんゆんが謝り、私が意識を切り替えるように告げて、ミツルギさんの先導により走っていった紅魔族の人達に着いていくように私達は走り出す。

 

今の砲撃の正体はなんなのか、誰の仕業なのか。分からないけど放ってはおけない。ただ思うのは…非常に嫌な予感が、私の心を蝕んでいた――。

 

 

 



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episode 129 シルビアの策略

 

―魔王軍前線基地―

 

紅魔の里から出て見える位置にそれはあった。森の木々により分かりにくさはあるものの、平原と隣り合わせになっている場所には以前族長が言っていたように立派な施設が建てられている。それは魔王軍としても長期戦を想定したものだと思わせる。

 

そんな施設の前には魔王軍の幹部シルビアが中央に陣取り、その周囲には数えるだけ億劫に感じる数の下級悪魔、ゴブリン、そして明らかにつぎはぎが目立つ巨大なモンスターが数体。これが最終決戦だと言わんばかりの布陣。…だが、何よりも気になる事はそんなことではなかった。

 

「…あれは……ちぇけらさんとこの物干し竿か!?」

 

「あんなにカッコ良くなれるのかあれは!!」

 

紅魔族の方々が目を輝かせているのはさておき、物干し竿…とは言うがあれはそんなものではない。服屋の物干し竿代わりに使われていたライフル。あれが今はシルビアの右腕と同化してしまっていた。それだけでも厄介なのに先程まで歩くのがやっとの様子だったシルビアは、まるでダメージがなかったかのように元気そうな様子でいる。その顔からは自信と余裕が垣間見えていた。

 

 

 

「お間抜けな紅魔族には本当に頭に来るけど…まさか世界を滅ぼしかねない兵器が堂々と外に置かれていたなんてね。腕を一本犠牲にはしたけど、それ以上の価値があったわ…あっはっはっ!!」

 

「せ、世界を滅ぼしかねない兵器だって!?」

 

これには紅魔族の人達も動揺を隠せない。服屋で物干し竿として使われていたものがまさかそんなものだとは思いもしなかったのだろう。かく言う私も思わなかった。

それにしてもシルビアは何故あのライフルを世界を滅ぼしかねない兵器だと断定できたのだろうか。この世界に銃系統の武器の概念は存在しない、なので紅魔族の人達はあのライフルを見て変わった物干し竿と信じて疑っていなかった訳なのだけどそんな知識は魔王軍側も同じのはずだ。

 

いや、そもそも。

 

「…そもそも何故魔王軍は『世界を滅ぼしかねない兵器』やらがこの里にある事を知っていたのでしょう?」

 

「それは当然ですよ、『世界を滅ぼしかねない兵器』や『魔術師殺し』が封印されている施設という名称で紅魔の里の観光名所になっていますからね」

 

「んな宣伝してたら魔王軍に狙われるに決まってるだろーが!?誰がそんなアホな事を考えやがった!?」

 

「……すみません、うちのお父さんが…」

 

紅魔族の人達の後方で私が疑問を口にすれば、即座にめぐみんが答えてくれた。そしてまさかの族長発案である。この里はもう駄目かもしれない。

 

しかし封印されていると言う事はあの物干し竿ライフルは実は別物ではないだろうか、と思うも束の間、すぐに私は謎施設にあった手記に書かれていたことを思い出した。あの手記には確かレールガンという名前で造られたものがあったはずだ、同じ銃系統であることからあれがそうなのかもしれない。実際にその威力は凄まじいものだった、あれが連発されたら瞬く間に里は滅びてしまうだろう。

 

だけどシルビアは一発撃っただけで今のところそれを再度使う様子はない、流石にあの火力だ、連発はできないのかもしれない…と思うのは楽観的かもしれないけど、そう思いたいという希望的観測があった。

 

やはり魔王軍の狙いは二つの兵器なのだろう。そしてそのひとつは既にシルビアの手中。となるともうひとつの『魔術師殺し』も狙っている可能性が高い。

 

「ゆんゆん、その『魔術師殺し』は大丈夫なのですか?」

 

「あれは大丈夫と思う…、封印施設は凄く頑丈な造りだし、そもそも紅魔族を含めて誰も封印を解いたことがないの」

 

となると当時あの兵器を作った者が直に封印していると。…そう聞けば不安が湧いてくる。何せおそらくレールガンと名付けられたあれが物干し竿代わりとして使われていたのだから。

 

「あんた達紅魔族にも恨みはあるけど……いるんでしょう?サトウカズマとその仲間達!!」

 

そんな事を話していればシルビアの怒号が周囲に響く。あれほど派手にやったのだから目を付けられているのは仕方ない。これにはカズマ君も思わず『げっ』と漏らして嫌そうな顔をしていた。

 

紅魔族の人達の人混みを掻き分けるように前に出ればシルビアの目線はカズマ君へ、そして私へと向かう。

 

「完全に騙されていたわ…、ありえないと思っていたけど…サトウカズマが無傷なのを見る限り間違いなさそうね……貴女が『蒼の賢者』なんでしょう?まさかこんなお嬢ちゃんだったなんてね…」

 

「……」

 

おそらくあれだけの私の魔法をシルビアと共に喰らったカズマ君の状態を再確認したのだろう。シルビアは確信を持って私に告げるが、私は別に隠していた訳では無い。あちらが勝手にアクア様を蒼の賢者と勘違いしただけである。

 

「貴女のおかげでこんな辺境まで飛ばされることになった私の気持ち、分かるかしら?こっちは何千という部下が貴女一人の犠牲になったのよ」

 

おそらく王都での襲撃の事を言っているのだろう。あれはシルビア管轄のものだったらしい。それはこの里に来た時に遭遇した下級悪魔達の存在で予測できてはいたけど。

ただ妙に被害者ぶった言い方は気に入らない。私は意外にも平然として返事をすることができた。

 

「……降りかかる火の粉は、払い除けるのが当然だと思いますが」

 

あちら側がどんなに被害を訴えようとこちらの心は痛まない。そもそもそれが嫌なら人間を襲わなければいいのだ。国を攻める事をやめたらいいのだ。きっかけはあちらなのだから、文句を言われる筋合いはない。

 

「ふん、当然の反応よね。まぁいいわ、それよりもサトウカズマ?貴方に提案があるのだけど」

 

「…なんだよ」

 

再び視線を向けられたカズマ君は露骨に嫌そうな顔をしている。そんな様子に気付いているのかいないのか、シルビアは話を続けた。

 

 

「貴方……私のモノにならない?先程のこの兵器の威力は見たでしょう?貴方達に勝ち目はない。もし私のモノになってくれるのなら、この里にある『魔術師殺し』を頂いた後に里への攻撃はやめてあげる、元々それが手に入れば…こんな辺境の里に用はないからね」

 

「…え?」

 

つまりカズマ君一人を生贄にすれば紅魔族の人達は無事に済むということなのか。普通に考えたらそんな提案をカズマ君がのむ理由はないし当然拒否するだろう。

それ以前にシルビアをここで見逃す訳にはいかない。シルビアがこの里のふたつの兵器、それを得て何をするのかは一目瞭然、再び王都へと侵攻する為だろう。

いくら強者が揃う王都であってもあんなものを撃たれでもしたら一溜りもない、紅魔の里よりも王都には大勢の人間がいるのだ、たくさんの人が命を落とす危険性がある。

 

ただ話は…私のそんな真剣な想いとは裏腹に、妙な方向へと流れていた。

 

 

「聞こえなかったかしら?つまりはね…私は、貴方に惚れたってことよ♡」

 

「……っ!?!?」

 

シルビアのウインクがカズマ君を襲う。これは本気なのだろうか、判断が難しい。

一方カズマ君は一瞬顔を赤くしてだらしない表情になったと思えば、一歩前に進み突然凛々しい顔つきになった。その変化をしっかり見ていた私には呆れることしかできない。まさか承諾するつもりではないだろうかと思うも、いくらなんでもそんな提案受ける訳がない。そう信じていた。

 

 

「シルビア!本当に俺がお前の元へ行けば、里の人達に手を出さないんだな!」

 

「…っ!?何を言い出すのですかカズマ!?」

 

「そうだぞカズマ!自分が言っていることを理解しているのか!?」

 

「ちょっとカズマさん!?あんた正気なの!?」

 

当然カズマ君のパーティからは猛抗議の声があがる。私は呆れて何も言えずじまいだった。更にはゆんゆんやミツルギさんも黙ってはいない。

 

「カズマさん!相手は魔王軍の幹部なんですよ!」

 

「佐藤和真、よく考えるんだ!そんな事は誰も望んではいない!」

 

ミツルギさんの熱い言葉にカズマ君はピクリと反応した。そっとミツルギさんに目を向けると、その表情は歯を食いしばりながら涙まで流している。

 

「…ミッツさん、あんたにはわかんねぇよ…この俺の気持ちはさ…」

 

「……?」

 

「…軽蔑されたっていい…!魔王軍に寝返ってもいい!…やっと掴んだモテ期なんだ!!」

 

カズマ君の魂の叫びが周囲に響く。…と言うよりこの人は一体何を言っているのだろうか。普段まともな仲間が欲しいと言いつつ自分も充分まともではないのだけど。せめて空気を読んでいただきたい。

 

そんな気持ちは私以外も同じのようで、少なくともカズマ君以外の私の仲間達は呆れを通り越した目になっていた。とはいえそんな理由で納得するはずもない。

 

「いい加減にしろカズマ!今はそんな事を言っている場合ではないだろう!?」

 

「大体なんですかモテ期って!?そもそもカズマにそんなものはありませんから諦めてください、早く正気に戻ってください!」

 

「うるせぇ!!なんだよお前ら揃いも揃って引き留めやがって!何?そんなに俺の事好きなの?他の女と一緒になるのが嫌なの?」

 

「お、お前と言うやつはどこまでデリカシーがないんだ!!」

 

場が混沌としてきてしまった。本当にカズマ君のパーティがいるとまともに話が進まない。一応カズマ君の名目は里を守る為に自分が生贄になる的な形だったのに完全に欲望をさらけ出してるし。今は魔王軍の幹部との最終決戦だということを自覚しているのだろうか、多分してない、それどころでもない。

 

そんな混沌とした口喧嘩のなか、カズマ君の隣に一人の男性が近付き、その肩にポンと手を乗せた。

 

「カズマ君、君が里の為にその身を犠牲にしようとしている気持ちは嬉しい、だけど本当にいいのか…?」

 

「…あんたはぶっころりーさん…?…あぁ、男に二言はないぜ!」

 

ぶっころりーさんだった。何処か神妙な顔つきをしているけどまさかカズマ君の言う里の人達の為にとやらを完全に信じているのだろうか。

 

「…そうか、まぁ人にも色々と性癖とかあるからな…そこまで覚悟があるのなら俺からは何も言わない…」

 

「……え?あの、性癖って?」

 

「まさか君が男好きだとは思わなかったよ、それなら多分シルビアとも気が合うんじゃないかな、…それじゃそういう事で」

 

「……え?え?」

 

ぶっころりーさんはそう告げるとそっとカズマ君から離れていく。そして何故か場がシーンとなってしまった。

カズマ君の顔色はどんどん悪くなっていく。ずっとシルビアを見つめている。

 

「あら?話し合いは終わったかしら?」

 

「……えっとあの……シルビアさん…?貴方ってもしかして…」

 

よく見てみれば大柄なだけではない。喉、肩の大きさなど、見ようと思えばいくらでも不自然な点は見受けられた。

…なるほど、そもそもシルビアはグロウキメラ、自身そのものが合成モンスターなのだからどんな容姿であろうと関係はない。

 

「あぁ、私?男だけど♡まぁ相思相愛の二人に性別なんて些細な問題でしょう?ちなみに貴方がずっとガン見している私の胸は後からつけたのよ♡」

 

「……っ!?!?」

 

時が止まったかのような感覚がした気がしたが別にそんな事はなかった。もといカズマ君だけがそんな感覚になっていると思われる。がくりと力無く項垂れてしまっていた。なんだか情けないとか呆れたとか全て通り越して不憫にすら思えてしまってきた。

 

と、いうよりなんなんだろう、これは。

 

 

「茶番は終わりでいいですね?そろそろ始めたいのですが」

 

「茶番だなんて失礼なことを言う子ね、結構本気だったのに」

 

「誰がどう見ても茶番でしかありません」

 

杖を構えればたくさんの視線を感じた。これは紅魔族の人達の期待の視線だ。ようやく私の魔法が見れるというそれにはすぐに気が付いた。気が付いたと同時に非常にやりにくさを感じてしまう。味方のはずの紅魔族の人達が敵のように見えてしまう程度にはやりにくい。

 

「ふふっ、さっきみたいには行かないわよ?もっとも……」

 

シルビアは不敵に笑う。切り替えるように他の皆もそれぞれ構える。目の前にモンスターの大群がいるのだ、紅魔族の人達であっても戦闘準備にかからない者はいない。視線だけはこちらに向けているけど。私は誰と戦っているのだろうか。

 

こちら側の紅魔族の注目が私に向いていたからこそ、シルビアにとってはやりやすかったのだろう。シルビアはその場でモンスター達に襲いかかるように指示し、そして――

 

「私は参加しないのだけど♪それじゃ、せいぜい頑張ってね♡」

 

「……っ!?」

 

シルビアはその場で姿を消した。またもやテレポートを使ったのだと思われる。

一体何故?そもそもシルビアは何が狙いでこの里に侵攻しているのか、紅魔族と戦う為ではない。私達と戦う為でもない。

 

 

その時私は……とんでもない事実に気が付くことになる。

 

 

「……ゆんゆん、『魔術師殺し』が封印されている施設というのは……ここから見てどの方向になりますか……?」

 

「…えっ?それなら……あっち……っ!?」

 

ゆんゆんも気が付いたようだ。その方向に指を向けたまま、まるで悪夢でも見たかのような怯えた顔をしていた。私とてそれは同じだろう。

 

封印されているから――。誰も解いたことがないから――。

 

そんな事実から、完全に安心しきっていた。だけど今ゆんゆんが指した方向は――。

 

「皆さん!!すぐに『魔術師殺し』が封印されている施設に!」

 

そう言ってもすぐには動けない。今や大量のモンスターが襲いかかってきている。それの相手でそれどころではない。

 

「アリス君、何をそんなに慌てているのかね?『魔術師殺し』なら封印されているから何も問題は…」

 

「でしたらその施設をここから見てください!!」

 

「……一体何を…………な、何ぃ!?!?」

 

族長の悲鳴にも似た驚愕の声が聞こえてきた。これには紅魔族の人達も狼狽えている様子だ。

 

私達はこの場所に来た時点で、シルビアの策略に嵌っていた。

 

ゆんゆんが指した方向、それを見れば……

 

シルビアのあのライフルによって、綺麗にビームが通り過ぎた軌跡が残っていて…、その施設と思われる場所の屋根は無惨にも崩壊して穴が空いてしまっていたのだから――。

 

 

 



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episode 130 シルビアの覚醒

 

 

 

 

―魔王軍前線基地―

 

「顕現せよ、数多なる光の刃!《ライト・オブ・セイバー》!」

 

「闇の炎に抱かれて消えろ!!《インフェルノ》!!」

 

「氷零の息吹よ!!我が敵を凍てつかせろ!《カースド・クリスタル・プリズン》!!」

 

紅魔族の人達により、大量の魔王軍のモンスター達は一方的に倒せている。紅魔族の誰もが放つ様々な上級魔法。それだけならとても頼もしく見えるのだけど状況は切羽詰まっていた。

 

シルビアを追うために一刻も早く『魔術師殺し』の封印施設へ行かなければならない、だけど目の前のモンスターを放置する訳にもいかない。

 

もはや形振り構ってはいられなかった。確かに紅魔族の人達の力は強い。普通なら私達が手を貸すまでもない。だけど現状がそれを許さない。

 

「私とゆんゆんはここでモンスターの迎撃に参加します、ミツルギさんとカズマ君達はシルビアを追ってください!」

 

モンスターの数は尋常ではない。なら広域攻撃が可能な私とゆんゆんが残るのが一番効率的だと考えた。めぐみんもいるがめぐみんの場合は一撃撃ったら終わってしまう。アクア様の場合はやりすぎる。それに二人いるアークプリーストのうち一人はあちらに行ってもらいたい。

 

「…わ、わかった。…佐藤和真!いつまで落ち込んでいるつもりだ!?さっさと切り替えろ!」

 

「……モテ期が…俺のモテ期が……」

 

これは本当に大丈夫なのだろうか。不安になるも任せるしかない。

私は里へと走る皆を背中で見送り、慌てるままに杖を掲げて詠唱にはいる。ゆんゆんも既に戦闘に参加しているし私が見てるだけって訳にもいかない。

近くにいた紅魔族の人達の視線が刺さるとともに賞賛するような驚きの声が聞こえてきた。魔法陣だけでこの反応なら魔法を使ってしまえばどうなるのやら。

 

杖の先端にセットされたフレアタイトの魔晶石が赤く燃えるように光り輝く。

 

「…地獄の業火よ、我が敵を焼き尽くせ!《ヘル・インフェルノ》!!」

 

「「「おぉぉぉぉ!?!?」」」

 

火属性が付与された《バースト》を唱えればマグマの大津波が発生、それは大きくうねりをあげてモンスターの群れを飲み込んでいく。触れたモンスターを次々と灰塵に変えていく。紅魔族の反応がいちいちうるさいけど気にする余裕もない。何せ味方や地形に被害がない魔法だ、驚くのも仕方ないと割り切りながらももう1回撃った方がいいかもしれないと考えると私は再び杖を構える。

 

……そしてその瞬間だった。

 

「えっ……!?」

 

杖にセットしていたフレアタイトの魔晶石は音も無く粉々になって砕け散ってしまった。

魔晶石は消耗品に過ぎない、それでも通常の場合は杖に取り付けたまま使い続けても数年はもつとウィズさんから説明を受けたことがあった。

 

だけど私の魔法は以前エリス様が言ったようにこの世界の上級魔法の数倍に及ぶ。特にフレアタイトの魔晶石は初めて得た魔晶石なこともあり使用頻度は他に比べると多かった。

…結果、過剰な火力を出し続けたので早くも寿命を迎えることになってしまったのだ。それがよりによって今。

 

感慨深くもある。まだアクセルでテイラーさん達とクエストをこなしていた頃に頑張って貯めたお金で買った念願の魔晶石、それがフレアタイトの魔晶石だった。また買えばいい、で済む話でもない、少なくとも私にとっては。

 

だけどそんな想いに囚われている時間もない。紅魔族の人達が頑張っているけどまだまだモンスターは大量にいる。倒しても倒しても基地施設から、そして森の中からもモンスター達は湧いてきている。

 

紅魔族の人達は50人もいない。対してモンスターの数はその何十倍だろうか。シルビアはここで確実に『魔術師殺し』を得るつもりなのだろう。その本気が伝わってくるようだ。

 

私はすぐに杖の魔晶石に地属性が付与されるアダマンタイトに変更した。それはまた壊れてしまうことへの恐怖から、簡単に壊れることはないと分かってはいても無意識に一番最近入手したまだほとんど使用していないという理由だけでそれをセットすることにした。

 

「アリス君、ゆんゆん。ここは私達に任せてシルビアを追ってはくれないか?」

 

「…族長さん?」

 

そんな中、私の傍に歩み寄った族長さんが声をかけてきた。その表情は真剣なものだった。だけどその提案を受けられるほど優勢とは思えないのが現状だ。いくら強い紅魔族とはいえ今日は二戦目。魔力には限界がある、そう何度も何度も上級魔法を使ってなんともない訳が無い。

実際に族長の顔色はあまり良くない。無理に疲労を隠そうとしている様子が見て取れてしまう。ゆんゆんから見てもそれは同じようだ、心配が顔に出てしまっていた。

 

「お父さん!でも…」

 

「ゆんゆん、今の戦闘を見てわかった、本当に強くなって帰ってきてくれたな。おそらく今のお前がこの紅魔族の中で一番強いだろう、それははっきりと言える」

 

族長の言う事はあながち間違いでもないと思える。確かに紅魔族の人達は誰もが上級魔法を駆使していてその火力も凄まじいものだ。だけどゆんゆんのように何種類もの上級魔法を使っている人はあまり見当たらない。魔法の威力もまたゆんゆんが一番強いように見えた。

 

「……そんな、私なんかまだまだ…」

 

「お前に足りないのは自信だ、もっと自信を持ちなさい。……アリス君、どうか娘をよろしく頼むよ」

 

「…わかりました。行きましょう、ゆんゆん」

 

「……うん!」

 

ゆんゆんが返事をしたのはどちらに向けてなのだろう。どちらもなのか片方なのか、それは分からないし呑気に聞いている時間もなかった。ゆんゆんの返事とともに、私とゆんゆんは里へ向けて走り出したのだから。

 

シルビアはテレポートを使って消えた。

 

テレポートには大まかに三種類存在する。ひとつはゆんゆんにもお世話になっている《テレポート》。アークウィザードのスキルであり登録した場所に瞬時に飛べるという便利なもの。登録できる数や、飛べる飛距離はスキルレベルに依存する。

 

ふたつめは《ランダムテレポート》。飛ぶと何処へ行くのか術者ですらわからない。あまり使い道がないように見えるスキルだ。実際にこれを取得している人は全てのアークウィザードスキルを取得しているというウィズさんくらいしか知らない。

 

そしてみっつめは…《ショートテレポート》。術者の視認可能な場所に飛ぶことができる。

 

ここから封印施設らしい施設はかなり遠目ではあるが見えている。あのビームによって邪魔な民家が壊されて見えるようになった、が正しい形なのだけど、シルビアからすればそれすら計算のうちだったのかもしれない。

 

位置が把握できたのも紅魔の里のガイドブックにわかりやすく載っているらしいのだから簡単なことだろう。これに関してはなんとも言えない。

 

 

 

里の中に入ったところで…施設の屋根がより派手に爆発した。一瞬地震が起こったのかとも思ったが原因はすぐに分かった。

 

遅かった。私とゆんゆんの位置から見えるのはシルビア…かなり離れた位置にも関わらず視認できるのは単純にそのサイズだった。

 

「…間に合いませんでしたか…」

 

「……あれが……『魔術師殺し』…!?」

 

見た目はラミアというこの世界では見た事がないモンスターを連想した。上半身こそ右腕のライフル以外はシルビアのままだが、その下半身は金属製の巨大な蛇。そしてその大きさは…直立させればどれくらい高くなるのか、今でさえも高くそびえる山のようなシルビアを見上げることしかできない。

 

『アッハッハッハッハッ!!最高よ!最高すぎるわ『魔術師殺し』!!まるでこの私の為に存在していたかのような兵器!この世界を滅ぼしかねない兵器とこれさえあれば……!紅魔族も、王都の連中も、魔剣の勇者も蒼の賢者も怖くはない!!人間共はチェスでいうチェックメイトの状態になったのよ!!』

 

まだ遠くに見えるのにその存在感と威圧感は異常なものだった。謎施設に少しだけあった情報からすれば、あの蛇のような部分の魔法耐性はかなりのものらしい。それだけでも紅魔族にとっては厄介なのだが、果たしてそれだけなのだろうか。

 

「アリス、ゆんゆん!」

 

「…カズマ君!…状況は…?」

 

私とゆんゆんが呆然と立ち尽くしていると、カズマ君がこちらに向かって走ってきた。とりあえず正気には戻ったらしい。

 

「…あまり良くはない、俺達が施設に着いた頃にはあいつは屋根を登ってビームで作った穴から侵入していたみたいだ。今はミッツさんとダクネスが向かっていってアクアとめぐみんは奥にある避難所に向かっていった、ここからそう離れてないから場所を移さないと…」

 

「…それで、カズマ君は?」

 

「俺は施設に入って何か情報を得ようと思ったんだよ、最初はミッツさん達と一緒にいたんだけど、魔法は効かない、ミッツさんが斬ってもすぐ回復する。どうしようもなかったんだ…。同じように屋根から入ろうとしたけど…シルビアが出てきたことで屋根の穴が崩壊して塞がってしまって…一か八か正面の封印されてるって言う入口を見てみようと思ってな」

 

…なんだかカズマ君が一番安全な配置にいるような気もするけど闇雲に今のシルビアの相手をするのは確かに危険かもしれない。あの『魔術師殺し』については分からない事が多すぎる、実際に封印されていた場所なら何かしら弱点などを調べられるかもしれない。

 

ただ剣で斬って回復する。これには思い当たる節がある。以前戦ったティラノレックスも同じだったのだからそれを作り上げたシルビアが同じ能力を持っていてもおかしくはない…か。つくづく厄介な存在になってしまったものだ。

 

「…でしたら私達はミツルギさん達の援護に向かうべきでしょうか…」

 

「…できたらアリスは俺に着いてきて欲しい、封印が解けなくても、もしかしたらアリスの魔法なら入口を壊せるかもしれないからな。めぐみんの爆裂魔法も考えたけど里のど真ん中で爆裂魔法は流石にまずいだろ?」

 

「…アリスはカズマさんについて行って、援護なら私が向かうわ」

 

迷っている時間はない。本来ならアークプリーストとして一番危険であろうミツルギさんやダクネスの元へ駆けつけたい気持ちが強いけどそれよりも調べるならさっさと調べて総力をあげてシルビアを倒すべき。完全に博打だ、施設に入れるかどうか、入ったとしても、『魔術師殺し』に有効な手段が本当にあるのか。あの謎施設の手記に書かれていた事が本当なら本来その対抗手段は今やシルビアの右腕と同化しているレールガンという名前のライフルになる。他に何かあればいいのだけど。

 

「…わかりました、行きましょうカズマ君。…ゆんゆん、どうか気を付けて」

 

「うん!」

 

ラミア形態になって火を吐き暴れるシルビアを後目に、私とカズマ君は施設がある方向へと走り、ゆんゆんはミツルギさん達の援護をする為にシルビアのいる方向へと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―兵器封印施設―

 

屋根部分は既に瓦礫となっているその施設の前に到着すると、カズマ君は周囲を確認する。そして誰もいないことがわかると、私にその身体ごと向けた。

 

「さっき言ったことだけど…少し語弊があってな。俺は既に入口を確認した後だったんだ」

 

「……どういう意味です?」

 

「入口のキーボードを見てみろよ、そしたら俺の言いたい事がわかるはずさ」

 

一体なんだと言うのか。呑気にしている暇はないのに。私は少し不機嫌に感じながらも入口の扉横にあるキーボードと…まるでゲームのコントローラーのようなものを見つけた。というよりこれはまさにあれだ、スーパーフォミコンのコントローラーだ。前世で古いゲームなどを取り扱うお店で見かけたことがあるそれと非常に酷似していた。

 

そしてそのキーボードの下にはこう書いてある。『小並コマンド』と。

 

「……これは…日本語…?」

 

「そういう事だよ、だからミッツさんかアリスにしか相談できなかったんだ。だけどミッツさんは今シルビアと交戦中だったし、俺はその小並コマンドを思い出せなくてさ…」

 

なるほど、カズマ君の言いたい事は分かった。この日本語は紅魔族の人達の間では謎の古代文字として見られている。それが私達に読めるとなればまた面倒な事になりかねない。ゆんゆんが着いてきていたらややこしくなると考えたのだろう。私としてもゆんゆんにはある程度話はしてあるけど、流石に紅魔族を改造した人物と同じ国出身などと分かればそれは確かにややこしくなりそうだし私の事だけではすまないだろう。ようは面倒でしかない。

 

「……確か…うえうえしたしたひっだりみぎひっだりみぎびーえー♪…でしたかね」

 

「それだ!…いや歌わなくても良かったんだけど…」

 

私がノリ良く歌ったことに後悔していると、すぐにカズマ君がカタカタとキーボードに打ち込んでいく。しかしこうなると別の疑問が湧いてくる。

 

…紅魔族を改造した主導者となった日本人、それは手記を見た限りの情報とかつて機動要塞デストロイヤーを作り出した末に暴走を起こし滅んだ古代の大国。確か後に調べた情報によるとノイズという国だったらしい。

 

具体的にいつ滅んだかはわからなかったが、今から数十年くらいでは計り知れない年月が経っていると思われる。となると数百年だろうか?そうなるとどうしても辻褄が合わない事柄が浮かんでしまうのだ。

 

そんな疑問を抱きながらも扉は当たり前のように開く。カズマ君が中に入ってそれに続くように私も足を踏み入れた。

 

中は暗く、見通しは良くない。外が真夜中なこともあって、これは外からの光も当てになりそうにない。そう思っていたら、普通にカズマ君が壁に備えられていたスイッチを押せば明かりがついた。ここもまた謎施設にあったように電気系統が生きているようだ。多分魔導具だと思われるが。

 

「…おいアリス、これって…」

 

「……これはまた…何故このようなものが…?」

 

カズマ君が見つけたのは…なんと日本に存在していたゲーム機の数々、ゲームガール、スーパーフォミコンなど、明らかに私のいた日本では骨董品扱いされているゲーム機。

 

やはりおかしい。これが日本から持ち込まれたものではなく、日本からの転生者がここで作ったのは間違いないだろう。それもノイズが滅びる前の時代に。

 

「……カズマ君、おかしくないですか?」

 

「……何がだよ?」

 

あまりにも矛盾するこの件は、私としては口に出さなくては気が済まなかった。そんなことを疑問視している場合ではないと分かっていてもだ。

 

「おそらくこの施設、このゲーム、日本人の転生者によるものと思います」

 

「……そりゃまぁそうだろうな、だけどそれがどうしたんだよ?」

 

「違和感がないですか?この日本人の転生者がいた時代は…おそらく古代の大国ノイズが滅んだ時期なんですよ。それは多分数百年前とかのレベルだと思われます」

 

「……あ」

 

「ですから、おかしいのですよ。日本に存在したものと変わらないゲーム機の数々、小並コマンドといい、私達のいた日本ではせいぜい30年くらいしか経っていないはず、なのにそんな大昔にこの世界に転生した日本人が何故そんなことを知っていたのか」

 

「……」

 

考えれば考えるほどわからない、辻褄が合わない。この里に来てから混乱することばかりで頭がおかしくなりそうまである。

 

…とはいえ。

 

「……すみません、こんなこと、今考えても仕方ないですね…」

 

「…それに関しては俺からは何も言えないけどな。だけどその答えがわかりそうなやつなら俺達の身近にいる。この話はまた落ち着いたらいくらでもあいつに聞けばいいさ」

 

「…っ!」

 

確かに。私達をこの世界に送った張本人が今や私達とともにいるではないか。アクア様なら何らかの答えを知っているのかもしれない、何よりこんなことを考えている間にも外では私達の仲間が、紅魔族の人達が魔王軍と戦っている。

 

「とりあえず奥の机にこんなのがあった。他の場所はシルビアのせいで崩壊して近付くのも危なそうだ」

 

カズマ君の手にあるのは私が謎施設で見つけたのに似た手記。かなりの年月が経っているせいか、あの謎施設で見つけた手記と同じようにボロボロの状態だった。私はそれを受け取ると破れないように気を使いながらパラパラと捲ってみる。その殴り書きの汚い文字を見て、私は静かに目を細めた。

 

 

「…カズマ君、この手記…日本語で書かれてます」

 

「……ってことはこのおもちゃを作った転生者のか…、なんかオチが読めるけど…」

 

「…それはどういう事です?」

 

「ほら、以前アクセルにデストロイヤーが来たことがあっただろ?…つってもあの時アリス達はいなかったからな。俺達はデストロイヤーの内部に侵入して、その手記に似たような本を読んだことがあるんだよ。…多分同一人物だろうな」

 

カズマ君の話によるとデストロイヤーの内部には暴走により脱出できなくなった開発責任者の白骨死体と古い日記が残されていたらしい。時間がなかったので手短に聞けば、その日記にはデストロイヤーの開発に関わる話から暴走した原因、それを止める為の事も書かれていたと。

 

何か分かればいいのだけど…、そんな想いを持って、私はそのボロボロの日記を声に出して読むことにした――。

 

 

 

 

 

 

 

……To be continued

 

 

 







※ショートテレポートについて

独自解釈になりますがコミック版でのシルビア戦でぶっころりー達がゆんゆんの真横にワープしてきてそのままゆんゆんを連れてワープする場面がありました。これはワープ位置をわざわざ登録して使用するテレポートでは不可能なこと。もちろんランダムテレポートでも無理だと思ったので今回のように解釈してみました。


なおシルビアのテレポートを使える点についても独自設定です。使えても違和感はないかなと使わせてみました。



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episode 131 古代兵器への対抗手段



※今回紅魔族のモブとして特別ゲストがチラリと来てますがただのネタです、似た言動をする別人ですのであしからず。今後登場はしません。




 

 

 

〇月×日――。

 

ヤバい。この施設のことがバレた。

 

だが幸いな事に俺が作っているものがなんなのかはわからなかったらしい。

 

国の研究資金でゲームやらおもちゃやら作っていると知られた日にはどんな目に遭わされることやら…

 

俺の楽園に踏み込んできたお偉いさんが俺の作ったゲームの用途を聞いてきた。

 

オモチャだなんて素直に言える訳がない、世界を滅ぼしかねない兵器ですよとか真面目ヅラでぶっこんでみたら完全に信じてた。

 

俺が作ったゲームガールを手に「こ、これが…」とか言いながら震える同僚の女研究員の反応は愉快だった。あんた普段気が強いくせに何ゲームの起動した時のピコーンって音だけでびびってんですか。笑いを堪えるのが大変だった。

 

「この既視感……やっぱりかよ」

 

「……?…続きを読みますよ?」

 

 

〇月△日――。

 

俺の研究所に多くの予算をつけてやると言われた。それはありがたいのだが代わりに魔王に対抗できる兵器を作れとのこと。

いや俺もうチート能力駆使して散々国に貢献したじゃん、まだ働かせるの?

 

「争いは何も生み出さない」と凄くイケメンぶって言ってみたら引っぱたかれた。仕方ないので何を作ろうか考えて、無難に変形可能な人型巨大ロボを作ろうと提案したら舐めんな!と怒られた。予算が足りないらしい。どうすりゃいいんだと半ばヤケクソになってバカでかくて魔法耐性ガチ盛りでつけときゃいんじゃないすか?って鼻くそほじりながら適当に言ってみたらすんなり通った。なんでだよ。

 

「…なぁ、とりあえず必要な情報だけ読まないか…?」

 

「…そうは言われましても…あ、この辺は『魔術師殺し』に関することのようですよ」

 

 

 

――〇月×日。

 

何をモデルにしようかと考えていたらちょうど野良犬が。こいつでいいやと考えた案は犬型兵器『魔術師殺し』と名付けることにした。

 

設計図を提出してみたら「なるほど蛇型か、これなら足を作る必要もない、考えたな」と賞賛してくれたがいやどう見ても細長い犬だろう、俺に絵心ないのは承知の上だけどもっとよく見ろよ、と思いながらあらためて見ると蛇にしか見えなかった。もうこれでいいや。

 

 

 

〇月×日――。

 

試作してみたらあっさり完成した。だけどバッテリーすぐに切れるし燃費が悪すぎる。

魔族相手にけしかけてみたらビビっていたのでこれは人類の手に余るとか言ってそのまま封印しておこう。

 

バッテリーがないから動かないけどそのうちキメラの材料にして生体兵器として使えないかな。それができたらバッテリーいらずだしカッコよさそうなのに。

 

 

 

 

「…デストロイヤーはもっとひどいぞ、設計図の上に止まった蜘蛛を潰してそのまま提出したら受理されたらしい」

 

「…えぇ…」

 

何処か投げやり気味にも聞こえるカズマ君の追記に呆れた声を上げながらも次のページをめくり…、私は何も言わずにページを飛ばして読むことにした。理由は単純、紅魔族について書かれていたから。

ゆんゆんは知られたくなかった様子だし今は特に関係ないこと、無理にカズマ君が知る必要もない。

しかし中を見ればこれはひどい。声に出さずに読んでみればあの紅い目は被検体となった紅魔族のワガママだとかあの独特な名前も適当にあだ名をつけたら気に入ったらしい。どうやら紅魔族が独特な感性を持っているのは元々だったようだ。

 

「アリスどうした?」

 

「…どうでもいい事柄でしたから飛ばしてます、次読みますね」

 

 

 

〇月△日――。

 

紅魔族のやつらが我らの天敵である『魔術師殺し』の対抗手段がほしいとごねだした。いや別にお前らの天敵として作った訳じゃないし、そもそも動かないから。

 

いくら言っても誰ひとり聞かないので適当に武器を作ってやった。

 

適当に作ったはずなのに凝りすぎて凄い代物になった。電磁加速要素なんてないけど便宜上『レールガン(仮)』とでも名付けておこう。

 

試しに魔力充填させて撃たせてみたけどレールガン(仮)すげぇ、マジすげぇ。これこそ世界を滅ぼしかねない兵器なんじゃね?

魔力を圧縮して撃ち出すだけのお手軽兵器だったのにあまりの威力にびっくりした。

 

とはいえありあわせの部品で作っただけだし数発撃てば使えなくなるだろう。悪用されても困るしいっそ生活用品の一部に擬態させておくとかどうだろうか、長さ的にも物干し竿とかにしたら丁度いいかもしれない。

 

だけどこれ万が一魔王軍に奪われちゃったりしたら詰みじゃね?まぁそりゃ魔術師殺しも同じなんだけどさ。まぁ流石にそんな最悪なことにはならないと思うけどね。あえて対処法考えるならいくら魔法耐性高くても所詮は金属だからね、激しい温度差を与えたら割と脆くなるんじゃないかな。知らんけど。

 

 

 

 

〇月×日――。

 

 

しかしまいったな、これらの事が高評価で気を良くしたお偉いさんが新たな魔王軍対抗手段として超大型の機動兵器を作るつもりらしい。

 

そんなもん簡単に作れるわけねーじゃん、バカじゃねーの?と思ってたら設計図を書けと俺に言ってきた。やっと休めると思ってたらこれだよ。

 

書いてたら蜘蛛が設計図の上に降りてきたのでバチンと叩き潰したら設計図にこびり付いてしまった。貴重な紙を無駄にはできないしとりあえずこれで出そう、どうせ案が浮かばないしヤケクソだ。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

「手記はここまでですね。それにしても…超大型の機動兵器…蜘蛛を潰して出した設計図…」

 

「やっぱりじゃねーか!?これらを作ったのデストロイヤー作ったやつと同じやつだろ!?なめんなっ!」

 

カズマ君の気持ちはよく分かる。この人も私達と同じ日本人の転生者としたら当然私らと同じ理由でこの世界に転生したことになる。

しかし実際やらかしているのは逆に世界を混沌に貶めているだけだ、デストロイヤー然り、魔術師殺し然り、レールガン(仮)然り。

 

…しかしわかってはいたけどやはりあのレールガン(仮)は『魔術師殺し』に対抗するものだったらしい。これを読んで私とカズマ君は2人して悩むように考えていた。

色々と思い返す。だけど温度差と言われても簡単には浮かばない。火属性魔法と氷属性魔法を同時に撃ち込めばいいのだろうか。

 

 

 

「やるにしてもかなりの火力がないと難しいかもしれないな…、アリス、火属性のバースト使って水属性のバースト使うとかできないのか?」

 

「…さっきまではできましたが今は不可能です。火属性にする為のフレアタイトの魔晶石が粉々になってしまったので」

 

「…マジか…それならアリスには水属性だけ使ってもらって火属性はめぐみんの爆裂魔法で対応してもらうしかないな…、里を破壊してしまうけどこのままじゃ…」

 

できれば里の中での爆裂魔法は避けたい。だけどそうも言ってはいられないのが現状だ。しかしそれだけでどうにかなるのだろうか、もっと確実性がほしい。そう考えを巡らせる。シルビアはグロウキメラ。シルビア自身も合成モンスター。

 

……合成モンスター……?

 

 

 

 

「…カズマ君、いっそ『魔術師殺し』対策と言うよりも…シルビア対策として考えてみませんか?」

 

「…具体的にはどうするつもりだよ?」

 

「…それはですね――」

 

私の思いついた作戦をカズマ君に告げれば、カズマ君は難しそうな顔をしていた。上手くいく確証も保証もない。だけど今の私たちに他の手が浮かばない。

 

「…それしかないな。じゃあアリスはミッツさん達のところへ援護に行ってくれるか?俺はアクア達を呼んでくる」

 

さりげなく危険な方を私に押し付けているような気がするけど多分気の所為だろう。

とりあえず作戦は整った。上手くいくかはわからない、完全な博打でしかない。だけどこのまま里が壊滅してシルビアが逃げるのを待つ訳には行かない、なんとしてもここで倒さなければならない。

 

一瞬…今起こっていることはシルビアを逃がした私のせいかもしれない、そんなことを考えてすぐに首を横に振る。こんな事を考えていたらまたゆんゆんに叱られてしまう。

 

カズマ君はすぐに施設から出ていった。この作戦はアクア様がいないと成立しない。それに現在シルビアと交戦中のミツルギさん達の傍にヒーラーがいない、すぐに私が行かなければ。

 

ずっとポニーテールだった髪型を解いて、ツインテールにし直す。そんな事をしている暇はないけど何故か手が動いていた。

自然な流れでツインテールを作り終えれば、自身の両頬を両手で挟むように叩いた。大きく息を吸い込んで吐いた。ヒリヒリする頬に気になりながらも、そのまま走り出した。

 

無意味な行動かもしれない。

 

だけど、たまにこうしたい気持ちになる。

 

こんなことしてる場合ではないかもしれない、恐怖もある、だけどこういった戦いの前はいつもそうだった。

 

気合を入れ直した感じで気持ちを切り替えれば、私はそのまま走り出す、仲間達が待つ場所へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―紅魔の里―

 

施設を出るなり見据えたのはシルビアの存在。変わらず元気に暴れ回っている。紅魔の里はシルビアの吐く炎のブレスによってどこもかしこも燃えていた。真夜中だというのにあちこちの燃え上がる炎により、周囲の景色は鮮明に私の瞳に映し出されていた。

アンリは大丈夫なのだろうかと一瞬頭によぎったけど、そこはめぐみん達を信じよう。それよりも私は私にできる事をしなければ。

 

「ゆんゆん!」

 

「…アリス!」

 

シルビアへと向かって走ればすぐにゆんゆんを見つけた。私と別れてからずっと戦っていたことは、ゆんゆんから見える疲労と傷から察することは容易だった。

確認をとるまでもなく《ハイネス・ヒール》を唱えれば、ゆんゆんの傷は塞がっていく。

 

「状況は?」

 

「今はミツルギさんとダクネスさんが引き付けてるの、あるえも手伝ってくれているけど魔法自体ほとんど効果がなくて…」

 

聞くと同時に動く。負傷しているのなら治療が必要だろうと走れば、ゆんゆんも後を着いてきた。そしてシルビアのいる場所に近付く事で安易に三人を見付ける事ができた。

 

「くっ…、まだだ!」

 

「ミツルギ殿、あまり無理はするな。私がこの場で盾の役割とすれば、貴殿は剣。だから防御は全て私が引き受ける!」

 

「しかし…!」

 

「ふふっ…やはりこういう展開は自身で体験してこそだね、お陰で帰ったら筆が止まりそうにない未来しか見えないよ、今から執筆が楽しみで仕方ない!」

 

「中々やるじゃない?だけど貴方達は明らかに疲弊していて、私はまだ全然元気よ、いい加減諦めたらどうかしら?」

 

 

 

奮闘している三人と余裕にしか聞こえないシルビアの声。その三人はその口調こそ大丈夫そうに見えるが前衛であるミツルギさんとダクネスはかなり疲れているように見える、その理由は簡単だ。

 

こう見ていてもミツルギさんの魔剣グラムはシルビアの下半身である魔術師殺しですら易々と切り刻んでいる。しかし斬ったその場で傷口から泡が吹き出し、その傷口はすぐに埋まっていた。とても有効打には見えない。

 

「アッハッハッ、貴方の魔剣で斬ったところで、私の超回復は越えられないようね?」

 

「回復できるのは貴方だけではありません…!《セイクリッド・ハイネス・ヒール》!!」

 

私はミツルギさんとダクネスの背後に回ると即座に回復魔法を唱える。周囲に広がるエメラルドグリーンの光が私の仲間達とあるえさんを癒していく。

 

「アリス!すまない、助かったよ」

 

「おぉ、仲間のピンチに颯爽と現れるタイミング、実に見事だ、やはりこの戦いに参加して良かった…!」

 

「来たわね忌々しい蒼の賢者!!それに族長の娘だったかしら?貴女達みたいな若くて可愛い子、大嫌いなのよ…!特に蒼の賢者には先程のお礼をたっぷりしてあげないとね…!」

 

ここにいる動機が不純なあるえさんはさておき、シルビアの目は確実に私に向いていた。同時に大きく息を吸い込むと、その口から炎が放射された。

 

「下がれアリス!!殿は私に任せろ!」

 

「ダクネス!」

 

迷うこと無く炎の前に立ち塞がるダクネス。その剣で振り払うように対処するがその程度で消えるような炎ではない。まずはあの炎を止めさせないと。

 

「《ロックジャベリン》!」

 

詠唱の短い《ジャベリン》で牽制するようにシルビアの頭部を狙う。それは見切られていたようでシルビアの左手が顔面への直撃を阻止した。

 

「……ちっ!」

 

しかし着弾した左手から鋭利な岩の塊が精製されてそれはシルビアの頭部や胸部に四散して襲いかかった。予想外の攻撃だったのか、シルビアは炎を吐く事をやめて飛んできた岩を振り払う。

 

「《ハイネス・ヒール》!」

 

すぐにダクネスに回復魔法を唱えた。いくらダクネスが頑丈でもずっと攻撃を受けていてなんともない訳がない。

 

「助かったアリス、これでなお盾として貢献できる…!」

 

「…少しは回避も覚えて欲しいのですが」

 

「私の辞書にそんなものはない!!」

 

少しカッコイイかなと思ってたらやっぱりダクネスは平常運転でした。まぁ無理をしてそうならこうしてヒールをしてあげればいいかとシルビアに向き直る。

 

「見せてあげるわ、この魔術師殺しの真骨頂を……!《エンシェント・ディスペル》!!」

 

「…っ!?」

 

シルビアの発声と同時に展開されたのは大きなドーム状の結界、それはみるみるうちに広がっていき…ついには里の全体を覆いきってしまった。

 

「……黒き雷よ、我が敵を撃ち貫け…!《カースド・ライトニング》!!」

 

あるえさんが唱えた上級雷魔法。だけど何も起こる様子はない。シルビアの唱えたスキル、そして魔術師殺しの真骨頂…。

 

「…参ったね、やはり使えないか。…どうやらあの結界は魔法封じの効果があるらしい」

 

「アッハッハッ、大して効かないからどちらでも構わないけど、こうしたほうが貴方達紅魔族には効果的でしょう?それは蒼の賢者、貴女も例外ではないわ!」

 

満足そうに高笑いするシルビアだけど、私個人としては何か変わったような感じはしなかった。ならとりあえず試してみようと詠唱を試みる。

 

普通に魔法陣が形成され、杖の魔晶石は光り輝く。ここまではいつも通りだ。思いのまま杖を掲げて、そして放つ。

 

「…《ターン・グラビティ》!!」

 

「…なっ!?」

 

地属性が付与された《バースト》は平常運転で放たれて大地を荒ぶらせる。岩の大津波はシルビアを襲い、飲み込むように流れるがシルビアのサイズが大きすぎて効果は薄く見える。それでも私が問題なく魔法を使えた事は証明できた。

 

「馬鹿な…何故魔法封じが効かない!?」

 

「《ライト・オブ・セイバー》!!」

 

「……ぐっ!?」

 

続いてゆんゆんの十八番である上級光魔法がシルビアに刺さる。魔術師殺しの魔法耐性でダメージはあまりなさそうだけどシルビアを驚かせるには充分だった。

 

「どうやらその魔法封じとやらは私達には効かないようですね」

 

「…ふん…それで優位に立ったつもりかしら?それに…貴女達が効かなくても…基地で私の部下と戦っている紅魔族の方はどうでしょうねぇ?」

 

「……っ」

 

私とゆんゆんに通じないのには勿論理由がある。以前王都でアイリスといて襲撃された日、私は自身とゆんゆん用に買った沈黙・魔法封じ対策の指輪を常時つけていたからだ。必ず対策できる訳では無いが今回は上手くどちらも効力を発揮してくれた。仮にこれがシルビアにバレて魔法封じのスキルを連発されたら詰んでいた。だから効かないとハッタリをきかせたのだけど上手く騙されてくれた。

 

しかしシルビアの言うように私達は問題ないとして今も魔王軍の前線基地で戦っている紅魔族の人達は確かに心配だ。このままシルビアに背を向けて救出に行くのは難しい。

 

「シルビア、紅魔族をあまり舐めてもらっては困ります」

 

「めぐみん!」

 

どうすべきか迷っていたら私達の背後から聞こえた声。それはめぐみんだった。後ろにはカズマ君とアクア様もいる。カズマ君が例の作戦を話して連れてきたのだろう。しかしこの人数なら何人か紅魔族の人達を救出に行った方がいいのではないだろうか。

 

「ですが魔法が使えないといくら紅魔族の人達でも…」

 

「確かに紅魔族のほぼ全てがアークウィザードです、ですが魔法を封じられた程度で好き勝手されるほど紅魔族は弱くはありませんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――一方その頃

 

―魔王軍前線基地―

 

シルビアによる魔法封じのスキル《エンシェント・ディスペル》の範囲は非常に広く、激闘を繰り広げていた紅魔族にも影響を及ぼしていた。

 

「ヒャッハー!流石はシルビア様!!魔法が使えない紅魔族なんて何も怖くねーぜー!」

 

「…なるほど、急に魔法が使えなくなったと思えばそういう事か…」

 

「…まぁ、だからどうしたの?って感じだけどねー」

 

魔法が封じられた。それは魔法攻撃を主体とするアークウィザードにとって致命的である…はずだった。だからこそモンスター達の士気はあがっていた。だけど紅魔族の人達は誰もが狼狽えることはなく、平然としている。これにはモンスター達も気に入らない。一匹のゴブリンが棍棒片手に威勢よく族長の傍に詰め寄った。

 

「て、てめぇら何余裕ぶっこいて…「…ふんっ!」ぎゃぁぁ!?!?」

 

ガツンと思いのまま拳による一撃。それは痩せ型ながら筋肉質な族長により放たれた。騒いでいたゴブリンはその一撃により吹っ飛ばされて気絶してしまう。

 

「はっはっは、いつからだね?」

 

「な、何を……」

 

「…一体いつから魔法が使えない紅魔族は弱いと錯覚していたのかね?」

 

族長の赤い目が不気味に光る。これには下級悪魔やゴブリン達はゴクリと生唾を飲んで後退する。その背後には…既に違う者が忍び寄っていた。

 

「斬刑に処す、――その六銭――無用と思え」

 

音もなく忍び寄る人影が、下級悪魔達を切り刻む。その手にはナイフを持ち、紅い瞳を光らせて紅魔族の青年は次々とモンスター達を撃破していく。

 

(われ)は面影糸を巣と張る蜘蛛。 ───ようこそ、この素晴らしき惨殺空間へ」

 

「ふ、ふざけんな!?さっきより厄介になってんじゃねーか!?」

 

他にも魔導具による攻撃やら、武器として仕込み杖からの刃でモンスターを撃退する明るい性格の女性など、紅魔族の人達に衰えを見せる人は誰一人いない。

 

アークウィザードと一言で言っても色々な人がいる。覚えるスキルによって役割が違ったりするのはむしろ一般的である。

 

アークウィザードとして攻撃魔法に重点を置くのは基本的なものであるが、人によっては身体強化魔法をメインにしたりする人もいる。先程思いのまま殴った族長がその部類である。ゆんゆんのように短剣を常備して遠近どちらも戦えるスタイルの者もいる。

 

しかしそれはアークウィザードに限った話でもない。一般的に前衛にもなれるアークプリーストだが、アリスのように後衛主体の者もいる。

 

魔導具にしてもここは紅魔の里、特産品でもある魔導具はこういう時の為に戦闘時にはそれぞれが常備していた。

 

結果、めぐみんの言うようにシルビアの魔法封じによって紅魔族が劣勢に陥ることは全く無かった。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

―紅魔の里―

 

事情が分からないものの、今はめぐみんの言葉を信じるしかない。アクア様もめぐみんもいる、これで作戦の準備は整っていた。

 

しかしその作戦は上手くいくか分からない、博打要素しかないもの。これで駄目ならどうするべきか、考えるだけ億劫になる。

 

「アクア様、めぐみん、作戦は聞いてますね?」

 

「…その事なのですがアリス、私も先程のシルビアの魔法封じにかかったみたいなのですけどどうしましょう」

 

「…あー、アクア様…?」

 

一瞬まずいと思うけどそれは解除すれば済む話だ。私がセイクリッドブレイクスペルで解除を試みてもいいのだがベルディアの死の宣告と同じくこれは魔王軍幹部という強者によるデバフだ。解除できない可能性もあるので確実性を考えてすぐにアクア様に解除してもらおうと視線を移すも、アクア様は平然とした様子で首を横に振った。

 

「いくら私でも無理よ?これ状態異常ってよりも結界による妨害みたいだから、私はほら、女神だし問題なく魔法を使えるけど、解除するにはシルビアを倒すかシルビアが解除するしか手がないわよ」

 

…当然シルビアが解除するなんてことはありえない。そうなると早くも大きな温度差を実現する為の手段がなくなったことになる。爆裂魔法は使えない、私もフレアタイトの魔晶石がないので使えない。アクア様は水なら余裕だが火は起こせない。カズマ君、ミツルギさん、ダクネスも無理。

 

「よしアリス、仕方ないからプランBだ」

 

「ないですよ!?」

 

本当にどうしたらいいのだろう、これでは作戦が破綻してしまう。一応あれだけでも効果はあると思うけど少し物足りない、決定打がない。シルビアと激闘を続けるミツルギさんとダクネスを、ゆんゆんを見据えながらも考える。

 

しかし考えていても仕方ない、私もシルビアとの戦いに戻らなければ。不安しか過ぎらない状態ながらも、私は再び戦線に復帰したのだった――。

 

 

 






―キャラクター紹介―

『我が名はにゃにゃや!紅魔の里随一の肉屋のせがれ!』

氏名・にゃにゃや

備考・肉屋の息子。ぶっころりーの同期。一応アークウィザードだがステータスはギリギリアークウィザードになれる程度の魔力しかない。ナイフを使う戦いの方が好き。ゆんゆんにナイフの使い方を教えた事がある。

基本クール。その外見で女性から人気はあるが白黒に染めた熊の着ぐるみを着たりする謎の奇行に走ることがたまにある。なお彼女持ち。

という設定の今回のみ登場の完全オリジナルキャラクター(大嘘)









原神のアプデきたので次回遅れます()


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episode 132 シルビア討伐戦





 

 

 

―紅魔の里―

 

ミツルギさんとダクネスが変わらずシルビアを引き付けている。だけどそれが長引くほどこちらにとってはよくない。

 

シルビアが火を吐けば里は燃え、シルビアが尾を振るえば民家などの建物は倒壊していく。10m以上の高さから見下ろすシルビアのそれは怪獣が暴れているのと何も変わらない。

 

私は支援攻撃を続けるゆんゆんに近づき、時間によって効果が切れた支援魔法をかけ直す。体力は回復できるけど、精神的な疲労までは回復できない。どんな攻撃も受け付けないシルビアの存在は脅威でしかなかったのだからこちらとしては気が滅入ってしまいそうだ。

 

「…ゆんゆん。シルビアをなんとかする為に強力な火属性魔法…もしくは高温状態にできる魔法が欲しいのです、何か案はありませんか?」

 

「高温…?アリスならあの《ヘル・インフェルノ》さえ使えばなんとかなるんじゃ…?」

 

ごもっともな返しに私は静かに俯いた。ゆんゆんはそんな私の様子に首を傾げる。思い出すと億劫になるが気にする時間もない。

 

「フレアタイトの魔晶石が粉々になりましたので今は使えないのですよ…」

 

「粉々って…あの魔晶石ってまだ半年くらいしか使ってなかったような…でもアリスの魔法なら納得かも…」

 

現在進行形でシルビアとミツルギさん、ダクネスは交戦しているので本来なら悠長に考えている時間もない。焦りが汗となって見えてくる。

 

そんなゆんゆんだったけどふと思いついたようにベルトポーチから予備の短杖を取り出して、その手に持った。

 

「私ね、どうにかアリスの魔法を私でも使えないかなって、色々考えていたやり方があるの、それをやってみようかと思う」

 

「…私の魔法…つまり、《ヘル・インフェルノ》を、ですか?」

 

「…うん、理論上はそれでいけるはずなの、ただ私一人だと…アリスがあのスキルを使ってくれれば多分…」

 

今のゆんゆんを見る限り、自信があるのかないのか判断が難しい。視線はシルビアと戦うミツルギさん達に向いているので落ち着かないのだと思われる。

 

「…可能性があるのでしたら私も手を貸します、どうしたらいいですか?」

 

「…アリスのスキルに《クイックアップフィールド》ってあったよね…?あれさえあれば…」

 

ゆんゆんの提案に私はそっと目を逸らした。心配なのは私自身の魔力だ、最後まで持つのだろうか、それだけが不安だった。

 

途中見せる為にマナリチャージフィールドを使って少しは回復したが全快はしていない。

つまり温泉から出た後のシルビア戦、更に魔王軍前線基地でも少し戦い魔力を消費していた。ここに来てからも支援、回復魔法やら結構使っている。更にクイックアップフィールドを使い水属性のバーストを使う、これで決着なら多分ギリギリ、それなら問題はないけど…。

 

そんな後を考えても仕方ない。私独りで戦っている訳ではないのだから、私ができる限界までやるしかない。

 

「…ゆんゆん、それをすると多分……チャンスは一度しかありません」

 

「……っ」

 

ゆんゆんの顔が強ばった瞬間、私は今言ったことを後悔した。何を言っているのだろう私は、これではゆんゆんを信じていないと言っているようなものだ。それだけではない、無駄にプレッシャーをかけてしまっている。

 

「……ですが、私はゆんゆんを……」

 

できるだけゆんゆんがやりやすいように修正を加える。あくまでも自然に。ゆんゆんを想って、素直に、本心を、そのまま語った。

 

「…私は親友であるゆんゆんを…誰よりも信頼しています、…だから…私の残りの魔力を、全てゆんゆんに託します」

 

「…っ!……うん!」

 

正直なところこれは賭けだった。下手したら余計にプレッシャーを与えてしまうことになってしまうのだから。だけどそんな心配は杞憂のようだ。

 

今のゆんゆんの目を見れば分かる、里を守る為、友達を守る為、やる気に満ち溢れたゆんゆんの目。

そんな目をされたら、私も応えてあげたいと思える。

 

ふとシルビアを見据えたら、鼓動が聞こえてくる、心拍数の上昇を自分で感じられれば緊張していることを自覚することは容易かった。だけどそれはゆんゆんも同じ…あるいはそれ以上だと思うから。

 

 

 

――さぁ、反撃を始めよう――。そんな気持ちで…私達は臨んだ。

 

 

 

 

「……《クイックアップフィールド》」

 

オレンジ色の小さな球体が私を中心に回り巡れば、それは有効範囲を示すものとなる。ギリギリミツルギさんとダクネスにも届けば、ミツルギの攻撃速度は上昇する。剣戟の勢いが自然と増し出す。

 

「……っ!何?いきなり早く……また貴女の仕業ね…、蒼の賢者!!」

 

マナリチャージフィールドといい、このスキルといい、使ってしまえば非常に目立つ。シルビアはすぐにミツルギさんの変化が私の支援によるものだと理解した。

これにはシルビアも慌てる。今まで攻撃されても回復が勝っていたのだけど今は見る限りミツルギさんの攻撃速度に回復が追いついてないように見える。はっきり言うとこれは私の予想外だった。

 

予想外とはいえ、それは勿論良い意味でだ。この調子でミツルギさんが攻撃を続ければそれだけでも有効打となりそうにも見える。だけどそれはあくまで副産物、私達の本命の隠れ蓑として最適なものとなっていた。ミツルギさんに気を取られている今がチャンスと、私は杖の魔晶石をアクア様より賜った水の魔晶石に変換する。そして慣れた手順でインパクトをその場で足元に放てば、魔法の詠唱を開始する。するとごっそりと魔力が減ったことが感じ取れた。

 

クイックアップフィールドのデメリット…それは効果中のスキルの消費魔力は2倍になる。事前にインパクトをすれば関係ないデメリットではあるが、見方によってはインパクトの効果である消費魔力の半減が無効化されるとも取れる。

私の今使おうとしているスキルはフィナウほどではないものの、消費魔力が大きい。インパクトの恩恵を受けられないで使用するにはかなりきついものがあった。

 

「だったら先に貴女を潰せば…っ!」

 

「…っ!」

 

少し考えたら分かる事だった。そもそもこの支援が厄介なら術者である私を潰せば済む話なのだから私が狙われるのは当たり前なのだ。動こうにも詠唱に入った私はそのまま動けない。詠唱を中断してしまえば残りの魔力でもう一度撃てる自信はない。

 

「アリスには指一本触れさせん…!」

 

「…くっ、邪魔よクルセイダー!!」

 

これには肝を冷やした。シルビアはミツルギさんを無視してすぐに私に向かい突貫してきた。その巨体を回すように動かせば、私とシルビアの間に入ったダクネスがシルビアの尾撃を受け止めたのだ。その衝撃は私にまで音と振動で伝わってくる。

 

「…始めます…《エターナル・ブリザード》!!」

 

「…っ!?ちぃ…!」

 

水属性が付与されし《バースト》は、私から放たれた猛吹雪。シルビアの身体全体を覆うように展開されて行く。通常のモンスターならこれで凍って動けなくなる、しかし魔術師殺しの魔法耐性もあり、吹雪に怯んではいるがそこまではなっていない。

 

だけどろくに身動きが取れていない今がチャンスだった。

 

「……アクア様…!お願いしますっ!」

 

「こっちはとっくに準備できてたわよ!!《セイクリッド・ブレイクスペル》!!」

 

どこから取り出したのか、花のような大きな杖を掲げて放つのは《セイクリッド・ブレイクスペル》。それは杖の先端から白い光の塊が射出され、私の魔法で身動きが取れないシルビアに安易に直撃させることに成功した。

 

…すると、シルビアの身体のあちこちからまるで悲鳴のような軋んだ音が聞こえてきた。

 

「…あ、貴女達…どうして…それを!?」

 

…シルビアには強化魔法などは特にかかっていない。魔術師殺しによる魔法耐性もこの魔法で弱めたりなくしたりはできない。

だけど私は思い出した。シルビアは合成モンスター、その合成がスキルによるものだったとしたら…、それは《セイクリッド・ブレイクスペル》で解除する事が可能なのだ。

それは偶然にも私が実証してしまっていた。私がアンリと初めて出逢った際に使った事。そしてアンリの合成はシルビアによるもの。同じものならば、シルビアの合成が解けないはずはない。この時点でも博打だったけど、どうやら読みは正しかったようだ。

 

シルビアの身体はあちこちがツギハギが目立つようになって…剥がされていき…

 

それはまたくっついて元に戻った。

 

「やられて驚いたけど…大した問題じゃないわ!分離させられるならまたすぐにスキルで合成したらいいだけなのだからね!」

 

「だったら根比べと行こうかしら?《セイクリッド・ブレイクスペル》!!《セイクリッド・ブレイクスペル》!!」

 

アクア様が杖を大きく振るう度に白い光をどんどん射出していく。地味にその魔法は安易に連発できるようなものではないのだけど当たり前のようにやってしまうからこの方は恐ろしい。

 

勿論シルビアが再度合成することは想定内だった。だけど合成なんて精密性が必要になりうるスキルを片手間に行えるはずが無い。実際今のシルビアは全てを無視して合成スキルに気を取られていた。

 

「…ゆんゆん、後は…」

 

「…大丈夫、準備は整ったわ!」

 

両手にそれぞれ短杖を持つゆんゆんは、不格好ながらもそれをどちらも掲げて、詠唱を高速で開始した。

 

「《インフェルノ》…《インフェルノ》……」

 

杖の先端のマナタイト結晶が赤く燃え上がった。今のゆんゆんは杖にインフェルノの魔法を蓄積しているのだ。だけどそれは長くは持たない、杖はあくまで魔法の通る道でしかない。留まればその魔法の威力がそのまま杖に負荷をかける。杖の先端の魔晶石は耐えられず少しずつヒビが入っている。

 

「《インフェルノ》……《インフェルノ》…!」

 

合計4発、杖に二発と、自身の手に二発、それをそのままシルビアへと向けて、ゆんゆんは高々と宣言した。

 

 

「我が名はゆんゆん!紅魔族随一の魔法の使い手にして…蒼の賢者の大親友!!…喰らいなさいシルビア!!これが私の…《ヘル・インフェルノ》!!」

 

「…っ!?!?」

 

ゆんゆんが魔法を放った瞬間、負荷に耐えられなくなった杖の先端の魔晶石は粉々になって砕けた。そしてその爆炎は、即座にシルビアそのもの全てを飲み込んだ。その極大な炎は大きく激しく燃え上がり…次第に猛烈な熱風を起こした。これはもはや炎ではない、太陽だ。そんな感想を思わずにはいられなかった。

手記にあった温度差、おそらくこれで達成できたと思う。後は実際にどうなったか、未だ燃え続けるシルビアを見据え、私はその場でしゃがみ込んだ。

 

「…凄い火力ねこれ…めぐみんの爆裂魔法といい勝負なんじゃない?」

 

「アクア!一旦離れましょう!そこにいたら巻き込まれますよ!」

 

どこか複雑な表情をしためぐみんが注意を促すと、アクア様はそそくさと距離をとるようにその場から離れた。ダクネスやミツルギさんも上手く距離をとる事ができたようだ。

 

 

一方私は…どうやら魔力切れが近いらしい。久しぶりに味わうこの感覚は決して気持ちいいものではない。疲労感を起こし、身体が重く感じる。力が入らない。

 

それはゆんゆんも同じだった。一度に四発もの上級魔法を放って、それより前からずっと戦っていたゆんゆんは、その場で肩で息をしながら座り込んでしまう。

 

二人して息を飲んでシルビアを見据える。お願いだからこれで終わって欲しいと懇願する。

 

「「……っ!?」」

 

現実はそう甘くない。シルビアはまだ生きている。その証拠に立ち込める炎の中から飛び出した金属の尾。それは私とゆんゆんに迫る、あんなのが直撃すれば無事に済むとは思えない。せめてゆんゆんだけでもと思うも身体は思うように動かない。

 

「させないわよ!…セイクリッド……」

 

「貴女もいい加減にうっとおしいわ!!」

 

「っ!?」

 

器用な動きをしてくれる。シルビアは尾による攻撃を私とゆんゆんに向けて、口から炎を吐き出しアクア様を焼き付くそうとする。

 

 

――その瞬間、様々な動きがあった。

 

 

「やらせるつもりはない!!」

 

「アリスとゆんゆんは…やっと得られた僕の大事な仲間は…絶対に傷付けさせはしない!!」

 

「…っ!!」

 

尾の前にはミツルギさんが、アクア様の前にはダクネスがそれぞれ割って入った。ミツルギさんは迫る尾をそのまま魔剣グラムで押さえつけるように切りつけ…尾の先端を見事に切り裂いて見せた。

 

ダクネスはその全身を使って防御にはいれば、アクア様の盾となって炎を防いでいた。

 

次第に炎が消えていく。その中から見えたのは焼け焦げてボロボロになったシルビア。一見弱っているようにも見えるが、異常を感じたのはシルビアの右腕として存在するレールガンと名付けられたライフルの存在だった。

 

「…本当にしぶとい……!だけど…こいつが貴女達の魔法の魔力を吸ってくれた…!まだ私の勝ちは揺るがないわ!!」

 

それは警告を促すような音を鳴らす。ビービーとひたすら鳴り続ける。

つまり今までシルビアはあのレールガンを使わなかったのではなく、使えなかったのだろう。あれだけめちゃくちゃな威力、そう簡単には連発はできないと思われる。

だけど今は違う、おそらくずっと少しずつ魔力を充填させていたのだろう。そして皮肉にも私達の魔法でそれは充填を完了させてしまった。

 

シルビアは飛び上がり私達との距離をとる、とっさの事で傍にいたミツルギさんやダクネスも反応できない。そして砲身を私達に向ける。銃口から大きな魔力の塊が視認できたと思えば、バチバチとスパークを引き起こす。

 

「…やらせはしない!!」

 

 

私とゆんゆんは動けない、妨害しようにも距離がある。今にもレールガンが発射寸前…なのに、ミツルギさんはどう見ても間に合わないその距離を詰めようと必死に走り出す。ダクネスもまた同じだった。

 

 

 

――その時だった。

 

 

シルビアの目前に飛び出したひとつの人影。それはシルビアに気付かれることなく接近を成功させていた。何かスキルを使ったのだろうか、高く飛び上がりシルビアの胴体と同じ高さまで届いていた。

 

 

「――お前は……、サトウカズマ!?」

 

「うおおおおっ!!」

 

人影の正体はカズマ君だった。だけどどうするつもりなのか、両手の掌をシルビアの右腕となっているレールガンに突き出した。そして思いのまま放った。

 

「《インパクト》!!」

 

「…っ!?」

 

まさにそれは発射寸前の出来事だった。レールガンに向けて放たれたインパクト。その衝撃はシルビアを転倒させるほどではないがぐらつかせるには充分なもの。

 

「………あれ?なんで?」

 

「カズマ君!?」

 

遠目から見ても分かる。カズマ君は計算違いを起こしていたと。

 

私の魔法は自身の狙った対象、あるいは敵意を持つ者にしか当たらない。だからインパクトによる影響はシルビアにしか起こらない。

 

つまりカズマ君はインパクトの衝撃でそのまま自分の身をシルビアから離すつもりだったのだろう。だけど私の魔法の仕様上、そんなことはできない、それはカズマ君が得たスキルとなっても変わらない。

 

結果、カズマ君はそのまま地面に落下して転げた。

 

更に――。

 

 

 

「…これで……終わりよ!!……っ!!??」

 

シルビアは躊躇いなく銃口をこちらに向けて放とうとした。だけど――。

 

 

 

何が原因になったのだろう。

 

カズマ君がインパクトを放ったから?

 

私とゆんゆんの魔法の温度差により限界が来ていたから?

 

あるいはあの手記に記されていたようにレールガンそのものがそもそも何発も撃てるような完璧なものではなかったから?

 

あのレールガンは手記によれば最低でも一発は撃っている、そしてシルビアが放った二発目、更に今撃とうとした三発目。

 

もしかしたらレールガンは既に限界を迎えていたのかもしれない。あるいは今言った全てが原因になったのかもしれない。

 

シルビアの右腕と同化していたレールガンは…、その場で大きな爆発音とともに派手に爆発四散してしまった。それによりレールガン内部に蓄積された魔力の塊が、この真夜中の紅魔の里をとても目を開けてはいられないほどの白い光と衝撃を巻き起こした。

 

これは流石にシルビアが無事とは思えない。私達は距離があって被害はない。だけど――。

 

 

「サトウカズマ!?」

 

「そんな……カズマさん!?」

 

シルビアの至近距離にいたカズマ君は話が変わってくる。シルビアと同じく……とてもではないが無事とは思えない。

 

「……カズマ君!!」

 

光が消えていく、すると見えてくるのは魔術師殺し……だったもの。

 

それは瓦礫となってシルビアのいた場所に積み上げられていた。そして――。

 

シルビア本体の姿も、カズマ君の姿も、何処にも見当たらなくなっていた――。

 

 

 



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episode 133 禁術の魔法

 

 

 

―紅魔の里―

 

「かじゅましゃーーん!!どこなの!?かじゅましゃーーん!?」

 

アクア様が異常に取り乱しながら周囲を探し回る。瓦礫となった魔術師殺しの中を探すのは勿論の事、半分焼け焦げた木々の中、民家にあるゴミ箱の中。流石にゴミ箱の中にはいないと思うけど。こちらとしても取り乱したい気持ちは強くあったのだけどアクア様のそんな異常な取り乱し方を見て逆に落ち着けてしまった。

 

「私達も探した方が……」

 

「……《マナリチャージフィールド》」

 

ゆんゆんはそんな様子に慌てだして動こうとするが、明らかにふらついていた。私はサイドポーチに入れていたマナポーションを取り出し、飲み干すと同時にゆんゆんに休ませるようにと想いを込めて魔法を唱えた。

 

「落ち着きましょうゆんゆん、あの幸運値の高いカズマ君がどうにかなったとは考えにくいです、それに探すにしてもまずは動けるようになりませんと」

 

「それは……そうかもしれないけど……」

 

冷静に言ってみている私だけど内心は全く落ち着いてなかった。むしろゆんゆんに言っている事を自身に言い聞かせていた。

 

まず姿が何処にも見当たらない、まさかあのレールガンから溢れた魔力の塊によって塵一つ残さず消滅してしまったのだろうか?シルビアもまた、魔術師殺しを残して姿を消したがそちらに関しては明らかにカズマ君よりも被爆が近い。というより彼女の右腕となっていたレールガンそのものが爆心地なのだからあれで消滅してしまったと考えた方が辻褄が合う。

 

「かじゅましゃーーん!!ねぇ、かじゅましゃーーん!?」

 

「あ、アクア様、サトウカズマを探したい気持ちは分かるのですがまずはアクア様の御力をお借りできないでしょうか?」

 

「…はへ?」

 

「ミツルギ殿の言う通りだアクア、まだ里を燃やす火はあちこちに残っている、アクアの力で雨を降らせてもらいたいんだ」

 

ミツルギさんとダクネスの提案にアクア様は涙を拭って向き直る。カズマ君が消えた事で完全にそっちのけだったが今はシルビアもいない。なら消化活動が第一に優先したいことだろう。

 

「……わかったわよ。ぐすっ…、《セイクリッド・クリエイト・ウォーター》!!」

 

アクア様が天に両手を掲げて唱えれば、それはすぐに雨のような水を呼ぶ。それはザーザー降りの雨となってあちらこちらの建物の火を次々と鎮火させていった。

それと同時に周囲は真っ暗になっていく。これではカズマ君の捜索はより難航しそうではあるが灯りの為に火をそのままにしておく訳にもいかない。代わりに、とティンダーを唱えて灯りとした。一応これも魔法なので今降っている雨で消えることは無い。

 

「…私はカズマを探しながら避難所に戻ります、こめっこのことも気になりますので」

 

何処か暗い表情をしているめぐみんは、私とゆんゆんを一瞥するなり一瞬鋭い目つきになった気がした。これには私とゆんゆんも首を傾げるが、一瞬のことなので大して気にする事はなかった。

 

「私達は歩ける程度まで回復したらカズマ君の捜索を始めましょうか…」

 

「それは勿論だけど…、お父さん達はどうなったのかな…?」

 

そう言いながらもゆんゆんは不安そうに魔王軍の前線基地がある方向を向いていた。シルビアを撃退した今、部下である残りの残党も撤退していると思われるが実の所は分からない。

 

「……どうやら、終わったようだな」

 

「お父さん!」

 

すぐにゆんゆんが反応をすれば、こちらに歩いてくる人影。それはランタンを片手に歩いてくる族長さんだった。

 

「そちらは大丈夫だったのですか?魔法封じがあったと思うのですが…」

 

「あぁ、あれかね。久しぶりに良い運動になったと皆喜んでおったよ。魔王軍も、あの大爆発の時にはほとんど残ってなかったな」

 

おおらかに笑う族長さんを見て私はなんとも言えない顔をしていると思う。確かに無事である事が一番なのだ、この様子なら死傷者はほぼいないのだろう。めぐみんが大丈夫と言っていた理由がよく分かった、この人達が王都に移住したら魔王軍全く怖くないんじゃないかなと思える程度には。

 

あちこちの火は無事に消えていた。魔王軍も壊滅した。

 

後は――、カズマ君、貴方が無事ならそれで綺麗に終わる。

 

だからどうか――、無事でいてください。

 

私はそっと首にかけたエリス様のネックレスを握って祈りを込めていた。止まない優しい雨に打たれながら。

 

すると私の意識が朦朧とする、悪寒を感じる。身体の震えが止まらなくなる。

 

頭痛がする、力が入らないのが治らない、これは魔力切れが原因じゃない。ならばなんなのか、その答えは実にあっさりとわかった。

 

温泉あがりに髪もまともに乾かさずに少し肌寒く感じる気温の外へ出て戦闘に入り、走り回って汗をかき、今や雨に打たれている。

 

つまりは完全に風邪を引いていた。そうなる心当たりが多すぎた。

 

「……すみませんゆんゆん。少しだけ休みます…」

 

その言葉とともにマナリチャージフィールドが消滅したのを確認できたと感じたと同時に……私の意識は薄れていった。

 

「…休むってこんな雨の中………ってアリス!?」

 

ぐったりとしてしまう私を抱えるようにして、ゆんゆんは慌てて私の額に手を置く。

 

「……大変…凄い熱…」

 

「何?それはいかん!我が娘よ、すぐに家に運ぶぞ!動けるか?」

 

「うん、アリスのおかげで歩ける程度には回復できたから…!」

 

こうして私は、ゆんゆんと族長さんに運ばれることになった。まだ全部が終わっていないのにと内心歯痒い気持ちの中、私の意識は完全に途絶えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

―紅魔の里・離れ―

 

紅魔の里全域が燃えたという訳ではなく、里の25%ほどはシルビアによる炎から逃れていた。そんな被害のほとんどなかった区画の民家の庭、芝生の上に、一人仰向けに倒れている人がいた。

 

「……ちきしょー……身体が動かねぇ……」

 

佐藤和真だった。あの大爆発により、至近距離にいたカズマはそのまま空高く吹っ飛ばされたのだ。光と爆発音により悲鳴まで掻き消されてしまい、それは誰の目にも止まることも、誰の耳にも届くことはなかった。

 

普通そんな状態で投げ出されたら命はないのだが、カズマはこの場所に落下して地面とぶつかる瞬間にインパクトを地面に向けて放つことでその衝撃を大幅に緩和して生き延びた。今なお痛みでまともに身体が動かせない理由はその爆発前に落下したことで受けたもの。

 

(シルビアは…?流石にあれをまともに受けてたら死んでるよな…?)

 

どうせ動けず、更に周囲は真っ暗闇。付近の民家に灯りはないので未だに避難しているか、魔王軍の討伐に出払っているのだと思われる。

なら誰かが発見してくれるのを待つしかない。僅かながらの月明かりは、今いる場所が里の中だということを把握させてくれた。ならばこのままここにいてモンスターに襲われるなどの危険は流石にないだろう。

 

(…あれ?シルビアが死んだってことは…冒険者カードに討伐したことが記載されるよな?今回の場合…誰の冒険者カードに記載されるんだ?)

 

危険もない、動けない。だからカズマはどうでもいい事を考え始める。カズマが把握している限り、今回のシルビアは完全に自爆だ。ならもしかすると、その自爆を誘発した自分の冒険者カードの討伐履歴に載る可能性もある。

 

そんな可能性を考えれば、カズマは密かにうずうずしていた。普段そんな事に興味がない素振りを見せているつもりだ。だけど冒険者カードに魔王軍幹部の名前のような大物が載っている冒険者はそうそういない。それだけでも冒険者として箔が付く。冒険者としてのステータスにもなる。

アルカンテレィアでのハンスとの戦いの後、めぐみんはしばらくニヤニヤしながら嬉しそうに、誇らしげに、自身の冒険者カードに記載されたハンスの名前を眺めていた。それを見たカズマは表ではどうでもいいと振舞ったが内心は羨ましくもあった。

 

それはある意味討伐報酬などよりよほど価値のあるもの、魔剣の勇者ですら未だに持っていない勲章。アクセルの酒場で見せびらかそうものなら、即座に酒場が盛り上がり、名前を連呼されて賞賛されるだろう。あるいはアイリスへの新たな冒険譚を話す時の材料にもなる。

 

そう考えればカズマのワクワクは止まらない。だんだん心惹かれていくようなハチャメチャが押し寄せてくる。

 

(……腕は……なんとか動くな…確か今ポケットに……)

 

思い立ったらすぐに確認してみたくなる。腕をゆっくりと伸ばす。すると手に柔らかな感触のものが当たった。

 

(……ん?なんだこれ?)

 

それは柔らかく、ぷにぷにしていて、とても触り心地が良かった。手では入らない大きさの丸く、上に布地のようなものを触っていることを自覚できた。

 

「……あれ?これって…」

 

「う、うーん……」

 

すぐ傍から聞こえてきた声にカズマの表情は青ざめた。先程まで聞いていた声なのだから忘れているはずがない。ゆっくりと顔をそちらに向けてみるものの、月明かりが差し込んでいないその場所は真っ暗で何も見えない。まさか、いやそんなはずは無いと思いながらもカズマは握っていたそれを離してそっとティンダーを唱えた。

 

ティンダーにより指先に火が灯り見えたのは、目を閉じたまま気を失っているように見えるシルビアの横顔。触っていた場所は言わずもがな胸である。

 

「……――!?!?」

 

声無き声を上げてカズマは驚愕する。あの大爆発でまだ生きていたのかと。しかし見る限りかなりボロボロの状態だった。

足は魔術師殺しと合成する前の状態、つまり元に戻っていたのを見て察した。おそらくシルビアはあの爆発と同時に魔術師殺しとの合成を分離させたのではないか。確かにあんな馬鹿でかいものがあれば動く事ができずそのまま爆発の直撃を受ける。しかし分離してしまえば自身の本体だけでもその爆風に飛ばされて助かる可能性がある。

 

そしてレールガンが合成されていた右腕は肩の部分から何もなくなっていた。

カズマは思い出す。確かアリスと戦った後のシルビアは右腕を庇うようにしていた。

つまり使い物にならなくなった右腕と交換するようにあのレールガンを合成したのだろう。

 

今のうちにトドメを刺すべきなのだろうが、カズマは今の状態から痛みでまともに動けない。かろうじて右腕が動くだけの状態だった。

どうすべきか考えていると、シルビアに変化があった。その場で咳き込み出したのだ。

 

「……っ、ゴホッゴホッ……!」

 

まるで吐血するかのように吐き出されたのは黒ずんだ炎。言うならば吐炎。それに驚いているとシルビアの目はゆっくりと開かれ、そのままカズマと目が合った。

 

「……」

 

「……あ、おはようございます」

 

震えるようなカズマの声。はっきり言うと大ピンチでしかない。シルビアの状態は見た目ではボロボロで動けるようには見えない。だがそんな見た目による考察は無意味であることはカズマとしても分かっていた。見た目に騙されて比較的柔らかそうな腹部を狙って刀で攻撃した結果、無様に弾かれたことを忘れてはいない。

 

「……ふふっ、あの大爆発から生き残るなんて……お互いに悪運が強いわねぇ、サトウカズマ」

 

「……」

 

カズマは何も返さない。必死に思考を巡らせる。そうしているとシルビアは再び咳き込み、口から黒い炎を吐き出している。何故黒いのだろうか。シルビアが吐いていた炎は普通の炎の色だったはずだった。

 

「ゴホッゴホッ……まったく…あの紅魔族の娘…ゆんゆんだったかしら?可愛い顔して恐ろしい真似をしてくれるわ……私が吐き出している炎…これは……呪炎よ」

 

「じゅ……呪炎……?」

 

「…そっ。対象が死ぬまで消える事がない炎、立派な禁術よ、これ」

 

つまりゆんゆんがアリスの魔法を真似る為に自らの考察と術式で編み出したものがゆんゆんの意図しない内に禁術になっていた。

当然ゆんゆんはそんな事を思って使った訳では無い。予めアリスの魔法を自分なりに再現してみようと考察していたことと、その場でより火力をあげる方法を模索して出せたオリジナル魔法。もう一回やれと言われても、おそらく二度とできることはないだろうと思われるほどの複雑な術式だった。

 

「だからって……このまま死ぬつもりはないわよ、研究所にさえテレポートできれば……こんな呪いすぐに解ける。その為にも……サトウカズマ……」

 

「……っ!?」

 

今のシルビアに魔力はほとんどない。レールガンが暴発した際に全て吸い取られてしまった為だ。よって舌なめずりをして妖しい視線を向けるシルビアに、カズマはすぐに逃げ出したい気持ちになる。だけど身体は言う事を聞かない。正に絶体絶命。

 

「……私と……ひとつになりましょう…?」

 

そのまま転がり、片手だけで這い寄ってくる。おそらく両脚も今や飾りでしかないのだろうが、全く動けないカズマに比べたら今はマシなのかもしれない。

シルビアの生きる事への執着、渇望、それがシルビアの目から伝わってくる。カズマを取り込んで魔力を得られればまだ生きる事ができる。そう信じてカズマを襲う。

そんなシルビアに恐怖したカズマはそのまま右手をシルビアに向けて、嫌悪感を全快にして叫んだ。

 

「《インパクト》!!」

 

「……がはっ!?!?」

 

その衝撃にシルビアは派手に吹っ飛ばされ、一件の民家の壁に激突した。そして口からは苦しそうに黒い炎を吐き出していた。

 

「くっ……あの蒼の賢者も使っていたわね…、なんなのよ、その魔法……」

 

投げやり気味に言い放ちながらも、シルビアは周囲の生物を探していた。もはや動けるようになるかある程度魔力が回復すれば子供でも、家畜でもなんでもいい。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

一方カズマはそのまま動かないシルビアを見て若干ながら安堵していた。そしてアリスと自身の選択に心から感謝していた。

《インパクト》はアリスから教わった魔法のひとつ。一度教わった事で冒険者カードに未取得の状態で記載され、それはスキルポイントさえあればいつでも取得が可能だ。

カズマは必死にスキルポイントを貯めて、ようやく当時の目標である《マナリチャージフィールド》を取得できるまできていた。

だがカズマは迷った、本当にこれは必要なのだろうか、取ったところであの爆裂狂が余計になんらかの被害をもたらす気さえしてしまう。

 

迷った末にカズマが見たのは《インパクト》。それは足元に衝撃波を起こして周囲の敵を転倒させる。消費魔力は無し。更に次回使うスキルの消費魔力を半減する。

実際このスキルは様々な武器、職業で使う人が多い。強力なスキルはそれだけ魔力を多く消費する。だから半減の効果はかなり魅力的なのだ。

しかしカズマにそんな大量の魔力を使うスキルは現状ない。ないのだがカズマがこれに決めた理由は使い勝手の良さと、消費魔力がないと言う事、これに尽きる。

 

もっともマナリチャージフィールドを心待ちにしていためぐみんが知れば、彼女は間違いなく激怒するだろうが。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

膠着状態が続いていた。

 

その暗闇の中、カズマは何も喋ることなくシルビアを見つめ、何をしようとするのかその動向を伺っていた。

 

シルビアは衝突した民家の壁にもたれかかってそのまま荒く呼吸をしている。もはや動くことすらきびしいのだろう。その証拠にカズマに目を向けるものの、再びカズマを襲いかかることはしなかった。

 

先程得た情報…、今のシルビアはゆんゆんの魔法により炎に蝕まれている。嘘を話している様子はなかったし自嘲気味な様子から間違いはないのだろう。

 

つまりこのままシルビアが力尽きるのを待てば、それで終わりだ。あるいは誰か戦える人が来ても問題ない、そのままトドメを刺してもらえばいいのだから。

 

 

そんな状態の中、ふと静寂を保っていたのだが…雨音に混じって何者かの足音が聞こえてくる。ゆっくりと、だが地面を蹴る音は雨の中でも分かりやすい。

 

 

『……狼さん――?』

 

その場に現れた少女は、片手に傘、片手にランタンを持ち、その灯りは服装すら分かりやすく見せてくれた。

ゆんゆんのお下がりだという黒を基調としたピンク色がアクセントになったローブを羽織った少女、アンリだった。

 

「……っ!?アンリ!それ以上近付くな!!」

 

『……え――……っ!?』

 

それは不運だった。

 

アンリが出てきた場所はシルビアのもたれかかっていた壁のすぐ真横。カズマに気を取られて気が付かなかったのだろうか。

当然シルビアはそれを見逃すつもりはない。生への執着が、シルビアの最後の力を振り絞らせてそのまま飛びかかり、強引にアンリを左腕で捕まえてしまった。

 

「……ふふっ……ふふふっ……正直もう駄目かと思ったけど……まだ私の運は尽きてなかったようね……、お嬢ちゃん、悪いけど…………え?」

 

アンリの持っていたランタン、それによりお互いの顔がよく見えて、2人の視線は交錯した。そしてシルビアはそのまま固まってしまった、まるで信じられないものを見るようにアンリをじっと見つめていた。

 

「……その顔……その髪……貴女……まさか……」

 

『――?』

 

カズマはなんとか助けないとと思い動こうとするも、あちこちを派手に骨折している状態でうごけるはずもなく、逆に無理に動こうとしたことで起こる激痛に顔を歪ませた。

 

『……――あの時の――……?』

 

「…えっ?……貴女まさか……覚えて……?」

 

アンリはコクリと頷く。シルビアはそのままアンリを離すと、小刻みに震え、その場で俯いてしまった。

 

かつて助けたのは、ほんの気まぐれだった。

 

だけど助けた少女は、瀕死の重症だった。

 

シルビアは回復魔法など使えない、助ける為には、少女に合成スキルを使うしかなかった。

そして植物と合成した少女は、そのまま逃げ出してしまった。

 

ずっとずっと気掛かりだった、シルビアの心に引っかかっていた存在は、今シルビアの目の前にいた。

 

 

 

『……あの時は――、助けてくれて……ありがとう、おばさん――』

 

「…おばっ……!?」

 

おばさん呼びに強い抵抗を覚えるものの、お礼を言われたことは予想外だったのか、シルビアはそのままアンリから離れるようにその場で仰向けに倒れた。

 

『――じゃぁ……おじさん――…?』

 

「ごめんなさい、おばさんでいいわ、だからそれだけはやめてくれる?」

 

どこで見破ったのかわからないが、子供は時に残酷である。そんな言葉を交わしながらも、シルビアはアンリをどうこうするつもりは全くないのだろうか。今のシルビアの心中は、シルビア自身にしかわからない。

 

それ以降、シルビアは何も語らなくなった。ずっと仰向けで目を閉じて、そのまま雨に打たれていた。

 

『……あっ――』

 

アンリが見つめる中、シルビアの身体は黒い炎に包まれて、そしてその炎はすぐに消えた。まるで雨に打たれて消えたかのように。

 

そしてその炎がなくなった後には、シルビアの姿はどこにも無かった。残ったのは黒ずんだ地面と、そこから湧き出す蒸気だけ。

 

アンリは地面をただ見つめていた。その表情は悲しげに、だけど泣く事もなく葛藤しているように見える。

アンリはシルビアについてどこまで知っているのだろうか。

 

シルビアが先程まで里で大暴れしていたことはおそらく知っているだろう。あの大きさは里のどこから見てもわかるものだった。だけどその人は、形はどうあれアンリの命の恩人だった。

 

アンリはその場でしゃがみこむと、そっと祈りを捧げた。

 

 

 

 

『……女神アクア様――、この人に安らぎを与えてください――…』

 

「ちょっとまて、今なんて言った!?」

 

聞き捨てならない言葉を聞いたカズマは慌てた。素で言っているのか、あるいはアクアに言うように教えこまれたのか、そこが重要である。

 

何はともあれ、シルビアは文字通り燃え尽きた。

その後、急にいなくなったアンリを探しに来たゆいゆいとこめっこにカズマは発見されて無事に保護された。

 

紅魔族と魔王軍の戦いは、これにて一旦幕を降ろすこととなったのだった――。

 

 

 

 

 






紅魔の里編はもうちょっとだけ続きます。


キャラクター紹介

『……アンリ。――アリスお姉ちゃんが―、私につけてくれた名前――』

氏名…アンリ
種族…半人半植物モンスター
備考…凡そ60年前に植物モンスターに襲われて瀕死の重症になったところをシルビアに合成モンスターとされることで一命を取り留めた。
それからアリスと出逢うまでは植物モンスター側の精神に支配されていて、安楽少女の元祖として森で生きてきた。
アリスの偶然のセイクリッド・ブレイクスペルにより、合成スキルが解けて植物モンスターの自我が切り離された。分離が中途半端になってしまったのはアリスのスキルが未熟だからとかではなく、単純に60年という長い時間合成状態にあった為に身体が植物と一体化していたから。
今現在は身体の一部であった大きな木がなくなり、見た目は人間と変わらない状態になっている。精神も人間のものだけが残っている、内気で純粋で心優しい女の子。



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episode 134 アンリの手がかり

 

 

 

―紅魔の里・族長の家―

 

――朝。

 

私が倒れてからまる二日経ち、あれ程の事態になったのに、里は既に平穏を取り戻していた。小鳥の囀りが微かに聞こえてくると、まるであの時の激闘が夢か何かのように思えてしまう。

 

「……ん。大分熱も下がったわね、これならもう大丈夫かな」

 

「…ご迷惑おかけしました」

 

「何言ってるのよ、私は勿論、誰一人そんな風に思っていないわ」

 

額に手を当てて私の熱を確認したゆんゆんは安堵の溜息とともに告げてくれた。

この二日間、私はずっとゆんゆんの部屋のベッドを占領して休ませてもらっていた。ゆんゆんとアンリの介護のおかげでようやく熱が引いて元気になれた。何気にこの世界に来て風邪なんてひくのは初めての事だったので完全に油断していた。まず魔力切れ辺りを考えるのは私も何気にこの世界に染まってしまっているなぁと実感できてしまう。

 

「でも、熱が下がったと言っても無理はさせないからね、せめて今は安静にしておいてよね?」

 

「…はぁい…」

 

ゆんゆんはすっかりゆんママモードに入ってらっしゃる。こうなると大人しく従うしかないのだ。

 

目が覚めたのは実質昨日のお昼だったりする。その時は何よりもカズマ君の事が気になって探しに行こうとしたのだけどカズマ君は無事に見付かったとの報告でなんとか落ち着くことができた。なおそのカズマ君だが発見された時にはあちこちの骨を骨折している重症状態だったらしい。それはアクア様がすぐに治したらしいのだがカズマ君とて状況は私と変わらない。温泉上がりに戦闘、走り回って雨に打たれ…、骨折の痛みで本人は自覚してなかったらしいがカズマ君もまた、盛大に風邪を拗らせていた。今はめぐみんの実家で療養しているとか。

回復魔法で風邪も治せたら良かったのだけどそこまで万能でもない、あくまで回復魔法は肉体的な破損や外傷などにしか効果がないのだから。病気に対しては無力である。

 

 

 

ふと窓から外を見れば相変わらずあちらこちらに配備された石のゴーレムや紅魔族により契約した悪魔がせっせと建物の修繕、建て直しを行っていた。

 

紅魔族としては建物の倒壊などそこまで珍しいことではないらしい。ある時は魔法の実験、ある時は魔導具開発段階での暴走など理由は様々だが、今回の規模の倒壊でも一週間もあれば元に戻るとのこと。3日目になる今日の時点で3割ほどは修繕が完了していることはゆんゆんに教えてもらった。街が破壊されても全く物怖じしない理由はこれだったのかと一人納得した、逞しすぎるよ紅魔族。

 

「……ところでアンリはどこに?」

 

「…アンリちゃんなら…ミツルギさんと『シルビアのお墓』に……」

 

「……またですか」

 

シルビアのお墓。普通に聞いたら首を傾げたくなることだろう。

今回、シルビアを討伐したことで紅魔族の人々は敵ながら天晴と敬意を示してあの魔術師殺しの瓦礫の山を綺麗にまとめて魔王軍幹部シルビアの墓地としたそうだ、それは昨日には完成したらしい。つくづく理解はできないがアンリにしてみれば一応は命の恩人でもあるので良かったのかもしれない。

もっとも、里としては破壊された魔術師殺し封印施設に代わる新たな観光名所としたいらしいが。アクシズ教徒に負けず劣らずの逞しさである。転んでもタダでは起きないということか、紅魔族の人達に転んだ認識すらあるかは不明だけど。

ちなみに『また』と言うのは単純にアンリはそのお墓が完成した昨日もミツルギさんに着いていってもらい見に行ってたからだ。

 

「私も外に出たいですから着いてきて貰えますか?勿論無理はしませんし、里を少し歩いたらすぐに帰りますから」

 

「……でも…」

 

「心配してくださるのは本当にありがたいのですが2日もこの家から出ていませんから気分転換をしたいのですよ、お願いしますから……」

 

「…はぁ、仕方ないわね…、少ししたら帰るんだからね?」

 

溜息混じりではあるけどなんとか了承して貰えた。過保護なゆんママを説得するのも一苦労だ。そうと決まれば善は急げ。私としてもシルビアの墓というのはなんとなく気になったし見てみたいと思った。

ミツルギさんやアンリもそこにいるのなら合流して元気な姿を見せてあげたいしカズマ君の容態も気になる。

そう考えれば全然少しで終われそうにないけどそこはまた何か言われたらゆんゆんを説得するしかない。

 

テキパキと寝間着を脱いでいつもの青いプリーストドレスに着替える。ゆんゆんの部屋にある鏡を見ながら髪をツインテールにまとめて紺色のリボンで整える。念の為に杖を携えれば準備完了、いざお外へ!

 

「あ、でもちゃんと朝ご飯を食べてからだからね!それと顔も洗ってね!」

 

「……はぁい」

 

勢いのまま行こうとすれば即座に出鼻をくじかれた。言われてみればお腹も空いてるし拒む理由はないのだけど。本当にお母さんみたいな事を言ってくるゆんゆんが小うるさくは感じる。

だけどなんというか…、嫌ではない。煩わしくもない。こんな風に心配してくれる存在にマイナスな感情が生まれるわけがない。

 

ただ自分より年下の子を少しでも母親のように見てしまうのはなんだかなぁ、と内心苦笑するまではあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

このすば。(「ゆんママ!」「ママじゃないから!?」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―紅魔の里・シルビアの墓標―

 

さて、ささやかな仕返しをしたところで顔を洗って朝食にパンとハムエッグをご馳走になり、改めて私とゆんゆんはシルビアの為に作ったという墓標を見に外へと出た。

 

まだ完成したてらしく、周囲には里の人達が何人か遠巻きにそれを見守っている。

どんな感じかと見てみれば魔術師殺しの瓦礫が綺麗に山となりまとめてあって、その前には墓石、更に横には石碑に何やか文字が掘られている。その前でしゃがんで祈りを捧げていたのはアンリ、それを後方からミツルギさんが見ていた。

 

「っ!アリス、もう大丈夫なのか?」

 

『アリスお姉ちゃん?……あ――!』

 

ミツルギさんが私に気がついて声をかけてくれれば、その声にアンリも気が付きこちらを振り向いた。心配させていたのだろうか、二人ともに安堵したような穏やかな笑顔だった。これにはちょっとだけ罪悪感を覚えるが私は落ち着いた笑顔で返した。

 

「心配かけて申し訳ないです、ですがもう大丈夫ですよ……それで、これが…」

 

「…うん、あの時は夜だったから見えにくかったけど…こうやって見ると大きいね」

 

瓦礫の山と単純な表現をしたがその高さはかなりのものだ。思わず見上げてしまう。そして目線を上から下へと移せば、中央にある石碑の文字を読んでみた。

 

「…我ら紅魔族の最大の宿敵にして強敵(とも)、魔王軍幹部シルビア、ここに眠る…」

 

紅魔族らしいノリなのだろうか。よくわからないが昔の少年漫画のようなノリにも見える。

 

「アリス、これはサトウカズマから聞いた話なんだが…」

 

「……?」

 

気が付けば神妙な様子のミツルギさん。どこか思い詰めているようにも見える。私が首を傾げることで話を促せば、ミツルギさんは墓石に向いて話を続けた。

 

「あの大爆発の後…サトウカズマは爆風で飛ばされたんだ、シルビアとともに…」

 

「……それって…」

 

「…あぁ、あの爆発だけではシルビアはまだ生きていたらしい。だけどかなり弱っていて…その場に現れたアンリを捕まえて自身の糧にしようとしたらしいんだ」

 

「…っ!」

 

あの爆発でまだ生きていたのには素直に驚かされるがそれ以上にその詳細について私は初めて聞いた。ただカズマ君が無事だったことしか聞かされていなかったのだから。

 

「…だけどシルビアはアンリが以前助けた子供だと分かると、アンリを何かすることもなく、そのまま死んでしまったらしいんだ」

 

「……」

 

多分今の私はなんとも言えない顔をしている。頭の中が複雑な思考が暴れてまとまってくれない。その理由は単純なことだった。

 

「……ベルディアといいシルビアといい……悪人なら悪人らしくして欲しいんですけどね、どうしてそんな情があるのに魔王軍なんかにいるのでしょうか、人間を襲うのでしょうか」

 

「…ベルディア…?確かアリス達が最初に倒した魔王軍の幹部だったね」

 

「…そうですね。そしてこれだけは言えますよ。ベルディアが悪逆非道の冷酷な者でしたら…、私やめぐみんは今頃エリス様の元に旅立っているでしょうね」

 

「……」

 

わからない。本当にわからない。ベルディアに関しては騎士道精神だか何か知らないが結果的に私とめぐみんは生かされた。まぁ死の宣告というおまけがついてきたけどそれもベルディアは新たな挑戦者を連れてくれば解くつもりだったらしいし、挙句の果てには死の宣告の効果が現れるとされた日には私を心配するようにアクセルまでやって来ていたし。今思えば訳が分からない。

 

シルビアにしてもアンリを救ってくれたことはありがたいのだが何故魔王軍の幹部がそんなことをしているのだろうか。最後には何故自分の命よりもアンリを優先してしまったのだろうか。

 

「……悪人は悪でいて欲しいと思うのは、短絡的すぎるんですかね……」

 

そう思いたいけどそんな魔王軍の幹部の気まぐれか、情か何かで、私もめぐみんも、そしてアンリも生かされていた。これには心中複雑な想いでしかない。

 

「…言ってることはわからなくはないけど…」

 

「……魔王軍を擁護するつもりはないが…あちらにはあちらなりの正義があるのかもしれないな。だが奴らにどんな一面があろうと、人々を脅かす存在である限り…僕は剣を引くつもりはない」

 

「……そうですね、そう考えるのが一番いいのかもしれません…」

 

降りかかる火の粉は、払い除けるのが当たり前。私がシルビアに言った言葉だ。

だったらあちらが攻めてくる限り、私はこの世界の一人の人間として戦うだけだ。単純な思考をしたらそれで終わる。いやミツルギさんが単純と思っているわけではないけど。

 

結局何が言いたいかと言うと後味が悪い、これに尽きる。

 

完全に私の個人的な想いからの話なのであちら側からしたら知ったことではないだろうが余計な事を考えてしまう。本当にこれでよかったのか、もしかしたら話せば分かり合えた可能性はなかったのか。そんな事を考えてしまう材料になってしまう。

確かにウィズさんの例もあるので魔王軍の全てが一概に悪と決めつける事は早計とは思うけど……。

 

正義と悪、善と悪。それはあくまで人間が基準とされている。

 

人によってはモンスター、魔王軍、それだけで悪と決めつける人も多い。

とはいえウィズさんやアンリのことを悪とは思ってはいない、少なくとも私達は。

だけど仮にそんな二人のことが国に公になることがあった場合、そしてモンスターや魔王軍を憎む人々によって否定された時、私達はどうしたらいいのだろう。考えるだけでも恐ろしい。

 

『……アリスお姉ちゃん――?』

 

「…また無駄に考え込んでいましたね、私なら大丈夫ですよ」

 

心配そうに見つめていたアンリを抱き寄せて、そっと頭を撫でてあげた。そんな最悪な事態にはならないように配慮するしかない、もしそうなった場合その時はその時だ、一緒にいこうとアンリに言ったあの時に覚悟は既に決めていたのだから。

 

「それより…私が来るまで随分熱心に祈ってましたけど、シルビアに何か呼びかけたのです?」

 

半ばはぐらかすように話題を変えようとする。だけどこれも地味に気になっていたことでもあった。

アンリにとってシルビアはどのように映っていたのか、魔王軍幹部という人類の敵でありながら命の恩人でもある、それは私よりも複雑に映っているのかもしれない。

 

『――……女神アクア様に、無事逢えましたか?…って』

 

「…………え?」

 

すると予想外の事を聞いてしまった。エリス様ならともかく何故アクア様なのだろうか。大体アクア様なら既に会っているのだけどそれ以前に何故アクア様が出てくるのか。

 

「……アンリはもしかして、アクシズ教徒なのか…?」

 

『……――?』

 

ミツルギさんの問いかけにアンリはわからないと言いたげな表情をしている。よくよく考えてみたらアンリの住んでいた場所はあのアクシズ教の総本山であるアルカンレティアからそう遠くはない。地域的に考えればアンリがアクシズ教徒である可能性は充分あるのだ。

 

『……お母さんが――、死んだ人は女神アクア様の元に行けるって――言ってたから…』

 

「…なるほど…」

 

つまりアンリは幼い故にそういった宗教的な考えはあまり持っていないようだ。単純にアンリの母親がアクシズ教徒だった、あるいは両親ともにかもしれない。

 

「……ねぇ、それって結構大きなヒントなんじゃ……?」

 

「……ゆんゆんもそう思いますか」

 

だとするとアンリの母親について、アルカンレティアへ行けば何か分かるかもしれない。ただこちらが提示できる情報はあまり多くはない。60年前、アンリの住んでいた集落の位置、これくらいだ。

そして年代的にも既に亡くなっている可能性は非常に高いのだが、アンリが安楽少女となってしまった後のアンリの家族の事、亡くなっていたとして家族のお墓などの有無ならば分かるかもしれない。

 

「…アンリ、アンリは家族について、知りたいですか?」

 

『……――』

 

私がそう聞くとアンリは塞ぎ込むように俯いてしまった。…そこで気が付く、もしかしたら失言だったかもしれない。

まだアンリは今の事態について完全に受け入れているとは言い難い。あの村の惨状を見てからそう時間は経っていない。アンリには現状の整理がまだできていないのだ、それは今の反応から察する事は容易だった。

 

「…ごめんなさいアンリ、まだ整理できてないのにこんなことを言ってしまって…」

 

『――…アリスお姉ちゃん、私は大丈夫…、だけど……今は――…』

 

「…わかりました、もしその気になれば何時でも言ってくださいね?私はいつでもアンリの味方ですから」

 

ぎゅっ、と。撫でていたらアンリに抱きつかれた。何気にアンリからこうしてくれるのは初めてのことだった。それだけ信頼されていると思うと、凄く嬉しくなる。

 

…ただアンリが望むのならアルカンレティアへ行き、アンリの家族について調べる事はいいのだが問題は場所がアルカンレティアと言う事だ。

忘れてはいけない、アルカンレティアではアクア様の一件で盛大にやらかしてしまっている事を。

多分私の事ですらアクア様の下僕やら天使やらに思われている可能性すらある。これは誇張でもなんでもない。まぁアクア様の使命によりこの世界に来たと考えたらあながち間違いではないのだけど。

だけどそんな場所であろうと、アンリが望んだ時には赴かなければならないだろう。

二度と行く事はないと思っていた場所なのに早くも行く事になるフラグが立ってしまった。もしそうなった場合は予めセシリーさん辺りに相談してみるのもいいかもしれない。…アンリと会わせるのが少し怖いけど。

 

 

「そろそろ戻ろうか。あまり病み上がりのアリスに外を歩かせる訳にも行かないからね」

 

「…もう大丈夫なんですけど……」

 

「駄目よ、約束通りちゃんと帰るんだからね。どうせ夕方になったら出れると思うから、せめてそれまでは安静にね?」

 

ゆんゆんの過保護がミツルギさんにも伝染してしまっている、これは良くない傾向だ。流石に精一杯の反抗でゆんゆんへのゆんママ呼びのようにミツルギパパと呼ぶ訳には行かないし言いたくない。それは何かが違う気がする、世界の理が崩壊してしまいそうな気すらする。

 

それにしても夕方からなら出れるとはどういう事だろうか。よく分からないけどこの状況は大人しくしているしかなさそうだ。

 

できたらカズマ君の様子も見に行きたかったのだけど、結局今は渋々ながらもゆんゆんの実家へ戻ることとなった。

 

――私はこの時知らなかった。今夜、ちょっとしたいざこざが起こってしまうことを…。

 

 

 



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episode 135 終焉を呼びし黒き焔

 

 

 

―紅魔の里・中央―

 

夕暮れが夜へと変わろうとしている時間、紅魔の里の中心部には広めの何も無い土地がある。

そこは何かしら里の総出で行われる催しがある時に里の人達が集まって様々なことを執り行う場所らしい。

 

まだ里の復旧が完全ではないにも関わらず、その場所には多くの紅魔族の人達が集まっている。なお現在進行形でゴーレムや契約した悪魔などにより復旧作業は行われているので人が何かをすることはほとんどないらしい。

松明があちこちに灯り、ざわざわと賑わっていて、備えられたテーブルには色とりどりの料理の数々、飲み物もお酒をメインとして大量にあるようだ、私は飲まないので興味はないけど。

 

今日はそんな場所に、私達は勿論のこと、カズマ君のパーティも招かれた。ちなみにアンリは既におねむの時間なので今はゆんゆんの部屋でぐっすり。

 

「アリス、その様子だと風邪は落ち着いたみたいだな」

 

「…カズマ君!その言葉はそのままそちらに返しますよ。特にあんな事になって無事だなんて、本当にカズマ君には驚かされてばかりですよ…」

 

そんな広場を見回していたらカズマ君から声をかけられた。その周りにはいつものメンバーがちゃんといる。視線をそれぞれに向けてみればアクア様やダクネスも反応して笑顔で返してくれる。だけどめぐみんだけは違った。どこか暗い様子でこちらと目線を合わせようとしてくれない。

 

はて?また何かあったのだろうかと思ったその時、拡声器による族長の声が広場に響いてきた。

 

 

 

 

 

 

「…コホン。さて皆の衆、よく集まってくれた。事情があって少し遅れはしたが、無事に我らが宿敵、魔王軍幹部のシルビアを倒す事ができた。今日は諸君らの長きに渡る奮闘を労う宴会をしようと思う!大いに食べて、飲んで行ってくれ!」

 

族長の挨拶により、里の人達から拍手と歓声が起こる。単純にこれが遅れたのはある程度は里が復旧させないといけなかったこともあるがそれ以外にもあるだろう。

 

「特に!今回のシルビア討伐には里の外の人間が大いに貢献してくれた!我ら紅魔族は彼らに感謝の意を示し、共に労うつもりである!」

 

再び湧く歓声。それと共に紅魔族の人達の視線は私達に向けられていた。特に向けられた視線は…、私でもカズマ君でもない。何故かゆんゆんへ向けられているように見える。

 

「……な、なんか凄く視線を感じるのは…なんで…?」

 

「……気の所為…ではなさそうですね」

 

自意識過剰ではないが正直に言えば注目は私に来ると思っていたのでそれがゆんゆんに多く行っているように見えるのは意外でしかない。

 

「…あー、それなんだがな。多分ゆんゆんの冒険者カードに答えがあると思うぞ」

 

周囲からの視線に困惑していれば、カズマ君から声がかかる。これには私もゆんゆんも何が言いたいのかさっぱりわからない。

 

「…それは…どういう事ですか?カズマさん」

 

「いいから討伐履歴を見てみろって」

 

どこか投げやり気味にも聞こえるカズマ君の言葉にゆんゆんはポーチに入れられていた冒険者カードを取り出し、言われた通りに履歴を見る。

すると討伐履歴には確かに存在している、魔王軍幹部のシルビアの名前が。

 

「……え、なんで…?だって私が攻撃した後もシルビアは生きていましたよね…?」

 

ゆんゆんは冒険者カードを手にしたまま震えながら固まってしまっていた。頭の中で思い出せばゆんゆんの言う通りだ。あの魔法を放った後もシルビアは生きていて、更にレールガンの暴発後も生きていたことはカズマ君の言質が取れている。つまりゆんゆんが介入する余裕はどこにもないはずなのだ。だけど現実問題として実際にゆんゆんの冒険者カードの討伐履歴にはしっかりとシルビアの名前が刻まれている、心当たりがないのだからもはやホラーでしかない。

 

「…その様子だとやっぱり自覚して使った訳じゃなかったんだな…シルビアが言うにはゆんゆんが放った魔法は禁術だったらしいぞ。シルビアの体内でずっと燃え続けてトドメになったんだろうな」

 

「えぇ!?」

 

何それ怖い。思わずゆんゆんと顔を合わせてしまう。自覚して使った訳ではないのでゆんゆんからしてみても恐怖するのは当然と言える。

 

しかしそうなると疑問も発生する。ゆんゆんが注目されている原因がそれだとすると、何故紅魔族の人達はその事を知っているのだろうか。

ゆんゆんが魔法を使ったあの瞬間、紅魔族の人達のほとんどは魔王軍の前線基地にいたはずだ。あの場にいたのは私達のパーティとカズマ君のパーティ…そして…。

 

「ゆんゆんの活躍はしっかり見た事そのままを伝えさせてもらったよ、今回の戦いは実に素晴らしいものだった」

 

「あるえ!?」

 

なるほど、すっかり忘れていたけど確かにあの場にはあるえさんもいた。この紅魔の里はそこまで人が多い訳でもないのでまる2日あれば人伝いに話が伝わるのはそう難しくはないだろう。

 

「昨日俺も族長さんに色々聞かれたからな…だけど言っちゃって良かったのか?」

 

「…と言いますと?」

 

「いや俺は詳しくねぇけどさ、禁術って言うくらいならそんな安易に使っていいようなものじゃないだろ?」

 

「禁術!?」

 

あるえさんが派手に反応したことで、カズマ君はやらかしたと言いたげた顔をしていた。ただ言われてみれば例え意図的ではなかったとはいえそんなものを使ってしまってゆんゆんは大丈夫なのだろうか。

 

「…よくよく考えたら何か副作用とか代償とかないのですか?」

 

「えっ…何もないけど…というよりあれはアリスのサポートがあってやれたことだからね?普通にやろうとしたら詠唱が間に合わなくて杖が暴発しちゃうと思うし…それに術式もその場しのぎで強引に効率化したからやり方なんて覚えてないし…もう一度やれって言われても使えないわよ」

 

「…そういえば杖壊れちゃったんですよね…」

 

杖と魔晶石はあくまで魔法の通り道。本来それは通る事で魔法の威力や性質、制御などを効率化する。しかしそれが蓄積されたら過負荷により壊れるのは当然の事。この紅魔の里か、あるいは王都辺りでゆんゆんに合う杖を買わなければならない。私もフレアタイトの魔晶石を新調しないとなぁと呑気なことを考えていたら、どことなく空気が重苦しくなっていくのを感じた。

 

 

 

「さて、皆も分かってはいると思う。我が娘ゆんゆんが禁術を行使した件についてだ。これには昨日から今日にかけて会議をした結果、ゆんゆんへの処遇が決定した」

 

「…処遇って…!?」

 

処遇という言葉には強く反応してしまう。あまり聞こえの良いイメージではない。イメージで言うなら禁術、つまり禁じられた術。それはこのアークウィザードばかりいる紅魔の里では禁忌なのかもしれない。その証拠に族長の表情はどこか納得行かないような険しいものとなっている。

主に若い人がざわめきだす、ある程度歳をとった人達は真剣な表情をしていたり、族長のように険しいものとなっている。これには思わずゆんゆんやあるえさんを見てしまう。

 

「…もしかして、何か不味いことでも…?」

 

「…わからない…こんなの初めてだし…」

 

ゆんゆんはその場で震えていた。あるえさんも聞いた事がないのだろう、目を細めて思い悩むように佇んでいる。

 

「私もさ、禁術がご法度なんて聞いた事ないけど…もしかしたら古い習慣でそんな掟があるのかもしれない、まず禁術を行使したなんて話、私も初めて聞いたから…」

 

「そんな…!?」

 

一体どんな事になるのか、場合によっては紅魔の里の掟なんて知ったことではない、全力でゆんゆんを守るつもりである。そんな想いから、私は自然と物申すように族長さんに向けて声を荒らげた。

 

「待ってください!あの魔法に関してでしたら私にも原因の一端はあります!」

 

「アリス!?」

 

私の発言に周囲は大きくざわめく。族長さんは目を見開いて驚くと同時に周囲のざわめきを落ち着かせるように取り計らっていた。

 

「皆の衆、静粛に!……アリス君、それはどういう事なのかね?」

 

「お父さん、アリスは何も…!」

 

「いいんですよゆんゆん、事実ですから。……私のサポート魔法によりゆんゆんの詠唱速度を上げました。なのであれはゆんゆん一人では使う事ができません。ですから…処罰などがあるのでしたら私も無関係ではないのです」

 

当然の覚悟だった。ゆんゆん独りに背負わせたりしない。何かあるのならゆんゆんと一緒だ。大事な親友なのだからそこに迷いはない。

 

勿論理不尽なものであったなら全力で逃げるくらいは考えている。掟だかなんだか知らないがこちらにも事情はあるのだ。

 

 

そんな覚悟でいると……なにやら場の空気が変わった気がした。

 

 

 

 

 

「……アリス君、君は何か勘違いしていないかね?処罰なんてするはずがないだろう?それでは我が娘が悪い事をしたみたいではないか」

 

 

勘違い、そう言われると私は目をパチクリさせていた。そして冷静になれば確かにと思えてくる。

まず紅魔族にとって禁術が禁忌であり、罰せられるほどのものなら発覚した時点でゆんゆんに自由はないと思われる。何よりよくよく考えてしまったらこの紅魔族の人達の間でそんな厳しいルールがあるようには考えづらい。寧ろ禁術とか大喜びしそうなイメージしかない。

 

「……え?で、ですが……今処遇と…」

 

「おお、そうだったな。では皆の衆、ゆんゆんへの処遇を言い渡す!」

 

族長さんはバサッと黒いマントを翻し、大きな声で宣言した。

 

 

 

 

 

「これより、我が娘ゆんゆんの異名を『終焉を呼びし黒き焔』とする!!」

 

「「「おおおおおおっ!!!」」」

 

周囲から歓声と拍手が巻き起こる。一方私達はただ呆然としている。なんというか温度差が酷い。他にも色々と酷い。紅魔族のはずのゆんゆんですら理解が追いつかず固まってしまっていた。

 

「…あ、あの……、なんですかそれ?」

 

「うん?あぁこれは紅魔族の掟でな、禁術を使えたものには里が異名を贈る風習があるのだよ。もっとも禁術を扱えるものなど最近は全く現れなかったからな、もしかしたら若い者は知らないかもしれない。私としても初めてのこと…ましてやそれが我が娘の事となると……」

 

言いながら族長さんは感涙してしまっていた。盛大な歓声と拍手はまだまだ止みそうにない。そしてどこからか沸き起こるコール。

 

「「「終焉を呼びし黒き焔のゆんゆん!!」」」

 

「「「終焉を呼びし黒き焔のゆんゆん!!」」」

 

「やめて!お願いだからそれ呼ぶのやめて!!」

 

めちゃくちゃ噛みそうになりそうな異名を連呼され顔を真っ赤にして全力で嫌がるゆんゆんに、私は何もできない、無力である。強くなってくださいゆんゆん、陰ながら応援してます。と思いながらも私は未だに感涙する族長さんに話を促した。

 

「…あ、あの…では何故先程まであんな納得いかなそうな顔を…」

 

「うん?それはだね、私は『深淵よりきたれし破滅の黒炎』を推していたのだが多数決で『終焉を呼びし黒き焔』に決まってしまってね。アリス君はどちらがいいと思うかね?」

 

「……えっと…」

 

どうしよう、物凄くどうでもいい。なんでこんなどうでもいいことに昨日と今日と二日も会議の議題で費やせるのか私には理解ができないし理解したくない。ただ口に出すとまた面倒そうなので無言を貫くことにしておく。

 

「終焉を呼びし黒き焔のゆんゆん、お前がナンバーワンだ!」

 

「終焉を呼びし黒き焔のゆんゆん!貴女こそこの紅魔の里の誇りよ!」

 

周囲のゆんゆんを讃える声はどんどん増していく。ただゆんゆんがそれだけの事をしたのは事実でもあったりする。

 

いくら詠唱速度が上がったとは言えど、上級魔法を立て続けに詠唱するのと、蓄積された魔力の制御を同時に行う。こんなこと右手と左手で別々の文字を書くようなものである。私も何かの漫画のように2つの魔法を同時に使えたら凄いなぁと安易にチャレンジしようとしたことはあるが全然できなかった。

 

そんなことをゆんゆんは上級魔法4つもまとめて放つという荒業を土壇場でやってのけたのだから奇跡であれまぐれであれ素直に凄いとは思える。

 

 

ただここでそんなゆんゆんへの賞賛を素直に聞いてはいられない人物が一人いた。彼女はその場で俯いていたその顔をあげて、そして高々と言い放った。

 

 

 

 

「さっきから黙って聞いていればこの私を差し置いてゆんゆんゆんゆんと随分言いたい放題言ってくれるじゃないですか!なんですかあの程度の魔法!禁術か何か知りませんが我が爆裂魔法の足元にも及びません!!」

 

「ばっ、お前…!?」

 

それは勿論爆裂魔法の申し子のめぐみんだった。それにカズマ君が慌てている様子だけどどうしたのだろう。そう思っていると、さっきまでのゆんゆんを讃えていた空気が一変、不穏なものとなっていく。

 

「……ば、爆裂魔法……?」

 

「……あれってひょいざぶろーの娘さんだろ?確か学年一位で卒業した…」

 

まるで狼狽えるような紅魔族の人達。それはまるで信じられないといった様子でめぐみんに視線が注がれていく。それに対してめぐみんは強気な表情は変わらないが、僅かに身体が震えている気がした。

 

「…あ、あの、ゆんゆん、これは一体…?」

 

「…そういえばアリスに話したことはなかったわね……その…爆裂魔法はね…、紅魔族にとってもネタ魔法として見られているのが一般的なの…だからアークウィザードばかりいるこの里でも爆裂魔法を取得しているのはめぐみんくらいしかいないわ…」

 

それは私にとって意外な情報だった。あんなド派手な魔法、紅魔族なら喜びそうなものと勝手に思っていたし。

だけど私としては今のこのめぐみんが蔑まされている状況は決して気持ちのいいものではない。めぐみんの爆裂魔法に助けられたことだってたくさん……いや少し……、もとい2、3回はあるのだから。

 

「な、なぁ、めぐみん、爆裂魔法を取得しているとは凄いじゃないか!ほ、他にはどんな魔法を取得しているんだい?」

 

「……他なんてありません、私は爆裂魔法と爆裂魔法の為のスキルしかとっていませんから」

 

「……っ!?」

 

だけど里の人達の気持ちも分からなくはない。あの視線は残念がるような、どうしてこうなったんだと思われているような。それは目を見るだけで伝わってきそうだ。

 

 

(あぁ、学年一位のあの子がまさかそんなことになるなんて…)

 

(まともに上級魔法を取得していたら今頃ゆんゆん以上の使い手になっていたかもしれないのに…)

 

(もったいない…せっかくの才能が…紅魔族随一の天才とも呼ばれた神童が…)

 

 

確かに爆裂魔法そのものの破壊力は凄まじいものがある。めぐみんが爆裂魔法を持っていなかったらおそらくあの機動要塞デストロイヤーは止まらなかった可能性もある。アルカンレティアでハンスにトドメをさしたのも爆裂魔法だ。

 

だけど本来そのような大物と戦うことは非常に稀である。その無駄に高すぎる火力は使用できる場所が限定され、更に一度撃てば即魔力切れとなり動けなくなってしまう。せめて私の魔法のように味方や地形に損害を与えないのなら使い所は増えるのだけどそれを私が言ってしまえばめぐみんにとっては嫌味でしかないだろう。

 

それでも私はなんとかめぐみんの擁護をしようとして…すぐにやめた。

 

それはあの時、シルビアとカズマ君がいなくなった後、そして今日ここで出逢った時の無言の視線を思い出したから。

 

今のめぐみんを見て、その理由がよく理解できた。

 

めぐみんは悔しかったんだと思う。私やゆんゆんが活躍する中、自分は里を守る為に何も出来なかったことが。

だから私やゆんゆんがめぐみんを擁護しようとしても、あの子は素直に私達の言葉を受け取らないだろう。…それにそれはどちらかと言うと私達よりも…。

 

「おいお前ら、めぐみんをそういう目で見るのをやめろ」

 

「…?あんたは?」

 

それはカズマ君だった。普段はどこか適当さはあるけど大事な仲間を悪く言われて黙っているような人間じゃない。それは横にいるダクネスやアクア様も同じだ。

 

「そりゃ確かに使い勝手なんか全くない爆裂魔法だ、使えば魔力切れで倒れるしこいつには散々苦労をかけられた。…でもな、こいつがいたからあの機動要塞デストロイヤーや魔王軍の幹部であるデッドリーポイズンスライムのハンスを討伐できたんだ。おいめぐみん、黙ってないでさっさとお前の冒険者カードにある討伐履歴を見せてやれよ」

 

「そうよそうよ、らしくないわよめぐみん!」

 

「…っ!」

 

ようやくめぐみんの調子が戻ってきた。カズマ君の発言を聞き、ざわめきが増す中、めぐみんが高々と冒険者カードを掲げれば周囲の人達から少しずつ歓声があがる。

何より有難いのはめぐみんのおかげでゆんゆんや私から周囲の視線が離れたこと、これに尽きる。

 

なんだか開始から既にいっぱいいっぱいなのだがこんな形で紅魔の里での宴会は幕を開けたのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

……






※2月12日追記

次話は8割ほど完成してますがちょっと文章作りに詰まっていて中々進んでません。もう少々お待ちくださいm(*_ _)m


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episode 136 女の子同士なんて非生産的です




※タグのガールズラブを過去一番に活かした話となりました。どうしてこうなった。


 

 

―紅魔の里・中央広場―

 

開幕から色々あったものの、夜も更けてくると次第に宴会が始まる。多くの紅魔族の人達が気さくに私達やカズマ君のパーティに話しかけてくる。アークウィザードばかりの里と言うこともあり、里から出ない人にとって他の職業は珍しいのかもしれない。

 

こうして話していたり、改めて紅魔の里の中を見れば教会が見当たらない。それはつまりゆんゆんやめぐみんがそうであったように、エリス教にもアクシズ教にも属していない無宗教であると言える。

 

まぁ普通に悪魔を召喚して使役したりしている時点で悪魔の存在そのものを忌み嫌うエリス教やアクシズ教とウマが合うはずもないだろう。紅魔族がこのような辺境に住んでいるのはそういった理由もあるのかもしれない。国教であるエリス教は王都は勿論、アクセルの街やその他の村でも普通に見かけるし、アルカンレティアは言うまでもなくアクシズ教の総本山である。

 

 

「……そういえばミツルギさんはどこに?姿が見えませんが……」

 

「…ミツルギさんなら…あ、あそこに」

 

食事を取りながらそんな考察をしていると気が付いたのは先程からミツルギさんの姿がなかったこと。それをゆんゆんに尋ねれば、ゆんゆんは周囲を見渡して見つけた方向を指差す。

 

…そこにはたくさんの紅魔族の若い女性に囲まれたミツルギさんの姿があった。

 

「あ、あの、魔剣の勇者さん!シルビアとの戦い、遠くから見てました!すごくかっこよかったです!」

 

「これ、良かったら食べてくれませんか?今日の為に作ってきたんです!」

 

「うん?これはシチューかな、とても美味しそうだね、ありがとう」

 

「あ、ちょっと!!抜けがけはずるいわよ!」

 

……ぶっちゃけ見慣れた光景でもあったりする。感性がずれてる紅魔族の女の子達でも異性に感じる好みはさして変わらないようだ。

そんな女の子達をミツルギさんは一人一人丁寧に接していた。そしてよく見ればその外側からのぶっころりーさんを含む紅魔族の若い男性陣の嫉妬の目、ここまで全て見慣れた光景だった。

 

「いつもながら凄い人気ですね…」

 

「う、うん…」

 

ミツルギさんとパーティを組んでから、そんなミツルギさんを好意的に見ている女の子からの嫉妬の視線は王都で嫌になるくらい感じていた。だから慣れてはいるが落ち着きはしない。ただ王都の場合は私やゆんゆんがミツルギさんとはただのパーティメンバーだと公言しているのでそういった目は減ってきているのも現状だ。だからこそミツルギさんに取り巻く女の子は私達とパーティを組んだ後も全く減る事も無い訳なのだけど。

 

今回もまた、当初は族長の勘違いでゆんゆんとミツルギさんが付き合っている的な噂が流れたのもあり、来た頃にはそんなこともなかったけど今は違う、ゆんゆんが全力で否定して回ったので誤解は解けた形となり、その結果が今の現状だったりする。

 

ただイケメンなだけではない。優しい上にソードマスターという近接上級職。普段の紅魔族の女の子の回りにいないような存在であることで余計に拍車がかかっているのだろう。

 

そして人気と言えば、それはミツルギさんに限った話でもなかったりする。

 

「あぁ美しき騎士様、どうか僕と一緒に飲みませんか?」

 

「いやいや、こんなひょろい男なんかよりも俺とお話しましょう」

 

「誰がひょろいだ!お前はモヤシじゃないか!」

 

「……い、いや…その…すまない、できたら静かに一人で飲みたいのだが…」

 

ダクネスである。一見すれば美しき女騎士、そこは否定しない。今回のシルビアとの戦いでも大きなボロは出さなかったし何も知らない人が見れば勇敢に仲間達の盾としてあった美人クルセイダーでしかない、それは私も認める。

だけど見間違えてはいけない、結局自らが率先して盾であろうとするのは自身が攻撃を受けたいからに過ぎない。

今言い寄っている彼らがダクネスの本性を知ったらどんな顔をするのだろうか、とか考えてみればなんとも言えない気持ちになる。本当に…何が彼女にあんな性癖を持たせたのかと何度目かになるのかわからない葛藤を覚えてしまう。

 

なお、私の意識がダクネスから離れた一瞬、こんな会話があったのを私は知らない。

 

 

「是非とも貴女とお近付きになりたいのです!その美しき金髪に見惚れました!」

 

「…いや、気持ちは嬉しいが…金髪なら私以外にもいるだろう?ほら、あそこに私達の連れのアリスが…」

 

「…えっ、いやあの娘は……なぁ?」

 

「うむ、あの二人の間に男が入るなど言語道断、絶対にあってはならぬものだ」

 

そんな男達の言葉にダクネスは苦笑する。一体彼らからどのように見られているのだろうか、それを察することはダクネスにとってあまりにも容易かった。

 

 

 

 

 

 

こうして見ればダクネスとミツルギさんの2人が紅魔族の人達に人気があるようだ。それは容姿も然ることながら基本遠距離職業であるアークウィザードから見て自分達では体現しにくい近接職…つまり己にないものを羨ましくみてしまうのかもしれない。隣の芝生は青いというやつだろう。

 

あくまで推測でしかないのだけどこれを私に当てはめてみれば…どうだろう。

 

基本遠距離専門の攻撃兼支援。前衛職など体験したことはないが私がやっていたゲーム…つまり今の私の元になったゲームにも当然前衛寄りの武器は存在する。

片手剣、ナックル、槍、両手剣、抜刀剣という居合の型を主体とした刀、片手剣を二本扱う双剣など。

 

そして私はその中で両手剣を扱うパラメータースロットも作成していた。俗に言うサブキャラクターのようなものだ。

 

見た目は薄い水色の髪、白いロングマフラーで口元を隠して、服装は紺色のケープと手まで隠す袖の長い服にミニスカートに黒いロングブーツ。小柄でありながらその身体に似合わない大きな両手剣を携えた美少女。

 

もしあの時、アクア様が私のスマホで開いたゲームの中のキャラクターが今の杖装備主体ではなく、両手剣主体のキャラクターになっていれば、私の見た目は今のものではなく上記のようになっていた。

 

興味がないと言えば嘘になる。遠距離から攻撃したり支援したりすることはもはや完全に慣れているがミツルギさんのように剣を持って前衛をしたら誰よりもモンスターに近付き、あるいは攻撃を受ける危険もある。

私はずっと後衛専門でやってきたのでまともにモンスターからの攻撃を受けたことはほとんどない。思い出せば浮かぶのはベルディアとの一騎討ちくらいだろうか。あれは恐怖しかなかったし今でも震えてくる。

 

それに攻撃するのも同じだ。魔法で遠距離からの攻撃だから私としてはゲーム感覚でいられるのだけどこれが剣などの直接相手を殺傷するものだった場合、私にはまともに扱える自信がない。そう思えば魔法主体の今の状態は実に私向きで運が良かったと思える。

 

だけどもし――、あの姿になれていたとしたら、新鮮だろうなぁ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――なれるよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…っ!?」

 

「…アリス?どうしたの?」

 

「…………あれ?ゆんゆん、今何か言いました?」

 

「え?何も言ってないけど…」

 

何だったんだろうか、今の声は。頭の中に直接流れ込んできたような感覚。そしてその声は私の脳内に痕跡を残したかのように響いてきた。思わず頭を抱えてしまうけど別に頭痛がしたり身体に異常を感じる訳でもない。なら平静を装うことで無駄に心配させないようにするだけだ。

 

…それにしても考え込む癖は昔から変わらない。まったく関係の無いことを考えていたのにどうしてこんなことまで考えてしまうのか。あれこれ考えすぎるこの癖は早めに矯正したいものである。今は独りじゃないんだから、考え込む必要もないのだから。考えすぎるから幻聴まで聞こえてきてしまう。これにはやれやれとしか言えない。

 

 

「もしかして風邪がまだ完全に治ってないんじゃ…?」

 

「そ、そんな事はないですよ!ほら、この通り元気ですし!」

 

とりあえずその場でピョンピョンとジャンプしてみる。私元気ですよとアピールしてみる。多分傍目から見たら小柄な美少女がピョンピョンしてる姿は可愛らしいと思う、それがまったくの考え無しの行動と気付けば自分で思うのもかなり変だし恥ずかしいけど。

 

「ア、アリス…分かったから落ち着いて…」

 

「…あ、はい」

 

ゆんゆんは顔を赤くして私の事を制止させてきた。何やら盛大に自爆したような気がするし私も釣られるように顔を赤くした。何をしているんだろう私は。

 

そんな時、二人の女の子が私達の傍に近寄ってきた。

 

「ゆんゆん!」

 

「……!ふにふらさん!どどんこさん!」

 

突如私達の前に現れた二人の女の子。片方は私ほど長くはないが親近感がわくツインテールの女の子、もう片方は少し長めのポニーテールの女の子。どちらも紅魔族故に黒髪赤目である。

 

「あ、アリス、紹介するね?わ、私の…お友達の、ふにふらさんとどどんこさん、魔法学園では、同級生だったの」

 

「そちらの親近感覚えるツインテールの子には自己紹介しなくちゃね!我が名はふにふら!紅魔族随一の弟想いにして、ブラコンと呼ばれし者!」

 

「我が名はどどんこ!紅魔族随一の…………随一の………なんだっけ?」

 

「……あ、はい…、アリスと申します。よろしくお願いしますね」

 

とりあえず普通に返してみるけど紅魔族の人達のこの挨拶はしなければいけない決まりでもあるのだろうか。ブラコンって誇らしげに言うほどのことでもないしどどんこさんに至っては名乗りを忘れちゃってるんだけど。

 

「しっかりしなさいよどどんこ、宿屋の娘でしょ」

 

「あー、そうだったそうだった」

 

ただこうしてゆんゆんにお友達と紹介はされたが、めぐみんやあるえさん程の仲ではないのだろうなぁとは安易に察せられた。まずどこかゆんゆんの言い方がよそよそしいし自信無さげだ。決定的なのはめぐみんやあるえさんは呼び捨てで呼んでいたのにこの二人に対してはさん付けなのが何よりもゆんゆんとの距離感を物語っている。少なくともゆんゆんからして見れば。

 

一方この二人から見てゆんゆんはどう映っているのだろう。普通に友達と認識しているのだろうか、とりあえずゆんゆんにお友達と紹介されても特に表情を変えたりはしていない。だけどちょうど私の前世の友人とどこか似ている、そんな気がした。

 

「ゆんゆん、それにアリスちゃんも!シルビアとの戦い見てたよ!すごくかっこよかったわよ!」

 

「まさかゆんゆんが禁術とか使っちゃうなんてね、友達として私達も鼻が高いわ」

 

「そ、そんな…あれはアリスの助けがあったからできたことで…」

 

ゆんゆんが顔を赤くしてもじもじしているのは多分魔法の事を褒められたからだけではない、友達としての部分に他ならない。あくまで予想だけど確信を持って言える。

 

「それで、二人の関係は親友だって噂で聞いてるけど」

 

「そうですね。ゆんゆんとはアクセルで出逢ったのをきっかけにほぼ一緒にいましたから」

 

「……ほぼ……一緒……?」

 

私の言葉に何やらヒソヒソと話しだした。せめてそういうのはこちらが見てないところでして欲しいのだけど。

 

「……百合の波動を感じる…」

 

「……え?」

 

「ち、ちちちちがうから!?そういうんじゃないから!?!?」

 

どどんこさんの呟きにゆんゆんは暴走するように顔を真っ赤にして否定しだした。いや否定するのは構わないのだけどそこまで慌てる必要はないのではないだろうか。それではむしろ逆効果である。

 

私としては確かに男性への興味は薄い。でもだからと言って女性と付き合おうとも思ってもいない。これはつまり男性、女性とかそれ以前に恋愛への興味が希薄なのである。まずそんな事を考えた事がほとんどない。

最近そんな話が上がったのはバルターさんとのお見合いだが普通の女の子であればあれほどのイケメンに告白されれば心揺さぶられてしまうのだろうか。私には全くなかったけど。

ドキドキしたとしたらアルカンレティアへ行く前にミツルギさんと話した時くらいだろうか。だけどあれは恋愛とは違う気がする。どちらかと言えば有名なアイドルとかと直に出逢って話した感じに近いかもしれない。そう言いきれる理由は普段ミツルギさんと話していても普通に話せているから。あれが恋愛感情だとしたらそうはいかないだろう。

 

…しかしあくまで私は女の子である、よってそんな趣味はない。だからこそそんな事言われても冷めきった表情でいれた。

そんな冷めた様子の私と対照的にゆんゆんはありえないくらい取り乱している。その温度差はひどい。

 

「なるほどね……ゆんゆん。頑張りなさい、私は応援してるからね…!」

 

「そうよ、大丈夫。私達はゆんゆんの味方だからね…!」

 

「だからそういうのじゃないんだってばぁぁぁ!?」

 

一体何を察したのかわからないけど哀れむように見られてしまった、主にゆんゆんが。二次元で仲の良い女の子同士がそのように見られる風習は日本でも一部であったような気がするけど現実でそんな目で見る人は初めて見たかもしれない。

 

私がそんな無駄な考察をしていたら暴走したゆんゆんが反撃を始める。

 

 

「そ、そんな事言ったらふにふらさんとどどんこさんだっていつも二人でいるじゃない!」

 

「…おー、言われてみればそうだねー」

 

「……はっ!?」

 

すると意外なことに二人の反応は全く異なるものだった。ふにふらさんは言われてみればーと平然としているがどどんこさんは違う。ほんのりと顔を赤くしていた。

 

……あれ?脈アリ?

 

「まぁどどんことは幼なじみでちっちゃい頃から一緒に遊んでたりしたからねぇ」

 

「……そ、そうね」

 

「……どどんこ?」

 

変わらずお気楽な様子のふにふらさんと対照的にどどんこさんはその場で恥ずかしそうに俯いてしまう。よく見ると顔が赤いようにも見える。

 

「ちょっとどーしたのよ?もしかして風邪でも引いた?熱あるんじゃ?」

 

「え、えっ、だ、大丈夫!大丈夫よ!」

 

一方ふにふらさんはそんな変化に気付いていない。あくまで体調が悪いのかと心配しているけど傍から見ればその見間違えはないだろう。

 

えっ、何これ。ポニテの子は百合っこ疑惑とかあるの?ぶっちゃけリーンも少し怪しかったし可能性はあるかもしれない。そしてツインテの子は鈍感お気楽属性なの?…私はそんな事ないよ、多分、きっと。

 

「無理したら駄目よ?ごめんね2人とも、ちょっとどどんこを休ませてくるから…」

 

「う、うん…そ、その…お大事に…」

 

そんな感じで二人は去っていった。そして私達の間に何とも言えない空気を感じる。ゆんゆんは気まずそうに目を逸らしてる。視線を合わせてくれそうになさそうだ。これは一体どうしたのだろう。

 

「……ゆんゆん?」

 

「ひゃ!?ひゃい!?」

 

「……」

 

ゆんゆんはたまにおかしくなる。いや出逢った頃から紅魔族故の名乗りを筆頭にどこかおかしなところはあったけど今のそれはそういうのとは違う。

 

ただそれ以上深く考えもしなかった。考え疲れたので放棄したとも言える。

 

結局、ゆんゆんの挙動不審な理由はわからなかったけど私はこの里での最後の夜をゆっくりと過ごす事にした。かなり長居したがシルビアを討伐し、魔王軍は完全に撤退した。これはこの里にいる理由が完全に無くなったと言えるのだから。

 

 

 

 

 

 

 

このすば。(「結局何だったのでしょう…?」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―紅魔の里・魔神の丘―

 

――翌朝。

 

宴会は夜遅くまで続いた。最初はゆんゆんと二人で宴会料理を堪能していたのだけど突然自棄酒のようにゆんゆんが飲み始めてからは大変だった。普段全然飲まないのだからこれには私も理解が追いつかない。もしかしたら何かしらお酒を飲まなければやってられない心境に陥ったのかもしれないが心当たりはない。

お酒に酔った勢いでやたら甘えてくるゆんゆんを苦笑気味に可愛がって寝かしつけ、そのままゆんゆんの部屋まで運んで休ませて私も寝ているアンリを起こさないようにそっと床についた。深夜まで続いた宴会のおかげで少し寝不足である。

 

朝食後に里を出る予定だったが移動手段を持つゆんゆんは盛大に二日酔い状態だった。これは帰るのを遅らせるしかない。

 

そんな状態だと言うのにゆんゆんは私だけをこの場所に連れてきた。事情はわからないが私と二人だけで来たいのだという場所、それがこの魔神の丘だった。なんだか物騒な名前だ。

 

心地良い風が私の髪を優しくなびく。同時に揺れる青々とした草の香りを感じる。その場所から見る景色は紅魔の里を一望できる。

魔神の丘という名前にまったく似合っていない、これは良い意味で。そんな感想は容易に私の中から出てきた。

 

こうして里を一望すれば、相変わらず使役された悪魔やゴーレムの手により復旧作業が行われている。その行程は順調で既に半分以上の建物の修繕が完了していた。

 

「……うぅ……頭痛い……」

 

案の定頭を抱えているゆんゆんを見てそっと溜息をつく。それにしてもこんなに景色のいい場所ならアンリやミツルギさんも連れてきたら良かったのに。

 

「…やっぱり家で休んでた方が良かったのでは…?」

 

「…ううん、今日アクセルに帰るなら…もうチャンスは今しかないから…」

 

「…チャンスですか?」

 

はて、どういう意味だろうか。ただ言えるのはチャンスと言う割にゆんゆんはおどおどしていて落ち着きがない。なんとなく顔も赤いけどこれは二日酔いの後遺症だろうか。なったことがないのでその辛さはわからない。

 

「……えっとね、アリス…」

 

「……ゆんゆん、あそこ」

 

「…え?」

 

私のいる位置は魔神の丘の高い位置。ふと麓側を見ればそこにはふたつの人影があった。それは少しずつこちらへと近付いて来ていて、やがて見覚えがあると理解できた。

 

「……あれは、カズマ君とめぐみんですね」

 

「えぇ!?」

 

そんな二人に派手に驚くゆんゆん。一体何をそんな大袈裟に驚いているのだろうかと思うと同時に状況を確認してみる。

 

確かにカズマ君とめぐみん。その2人だけだ。ダクネスもアクア様も見当たらない。そしてこんな朝早くに人気の無い場所に2人きり……。これはまさかのまさか…?

 

仮に私が思っている状況だとしたら私達は完全に邪魔である。できたら水を差したくない。だけどこの丘に隠れられるような場所はない。

 

さてどうしようか、諦めて軽くカズマ君達に挨拶して邪魔にならないようにこの場を去ろうかと思ったその時――。

 

 

「……え?」

 

ゆんゆんが、後ろから私を抱きしめてきた。

 

 

 

 

 






シルビアとの戦いが終わってからはこれからの話のフラグ積み立てのような形になりました。


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episode 137 大爆裂魔法

 

 

 

 

―紅魔の里・魔神の丘―

 

「…あ、あの……ゆんゆん…?」

 

「…っ」

 

そうしないと身長差があるからか、膝を地につけて立つゆんゆんは背中から私を抱きしめた。背中にゆんゆんの胸が密着して、そこからゆんゆんの鼓動を感じた。その心拍数は早い。まるで私にその鼓動が移ってしまいそうになる。…もとい、私も徐々に心拍数が上がっていた。

このままこんな状態ではこちらへと向かってくるカズマ君やめぐみんに普通に私達の存在を気付かれてしまう。ましては抱きつかれてる現状、めぐみんが見ればまた茶化されそうなのだがどうしてゆんゆんはこの土壇場でこのようなことをしたのだろうか。

 

……そこで私の脳裏に昨晩のふにふらさんとどどんこさんの2人が浮かんできた。

 

――まさか、と思うも他に何があると言うのだろうか。そう考えたら私の身体は少し震えだした。思わずゆんゆんに視線だけよせてしまう。

 

 

 

 

 

 

 

「…静かにしてて、今光を屈折させる魔法を使ったから、私から離れなければめぐみん達から私達の事は見えないわ」

 

「……!」

 

そんな魔法があったのかと関心するとともに私は納得したように首を縦に振った。

なるほど、ゆんゆんの心拍数が高いのは見つかる危険性からなのかもしれない。同時に今少しでも思った事に内心苦笑する。いくらなんでもそれはありえない。なんて事を考えてしまったんだと羞恥心が湧いてくる。

…しかしここまでして隠れる必要があったのかは少し疑問である。このままではカズマ君とめぐみんの会話を普通に聞けてしまう…、そんな距離までカズマ君とめぐみんは来ていた。

 

…まぁ興味がないと言えば嘘になる。むしろめちゃくちゃ興味がある。こんな人気の無い場所で2人きりで何を話そうと言うのか。安易に予想するとしたらどちらかからの愛の告白とかだろうか。

 

確かにゆいゆいさんの話からでもめぐみんやダクネスがカズマ君を好意的に見ている節はある。というよりいくら同じパーティメンバーでもそうじゃなければ一緒の家に住んだりはしていないだろう。そうなると私はどうなるかと聞かれたら別にカズマ君の事は嫌いではない、むしろ好きな部類には当たる。

 

勘違いして欲しくないのはこれが恋愛感情からの好きではないということ。何度も言うが私に恋愛感情の云々はさっぱり分からない。他の男性を挙げるとしたら私はミツルギさんのことも好きだし、元パーティメンバーであったダストもテイラーさんもキースも好き。つまりは友人としての「好き」なのだ。

 

 

私達との距離、凡そ10mくらいだろうか。そこまで近付かれる事で私は自然と息を飲んだ。こんな近くにいるのにこちらに気が付く様子は全くない。この状態には私もゆんゆんもドキドキハラハラしてしまう。

…そこでカズマ君とめぐみんは立ち止まり、互いに顔を見合わせた。

 

「…そ、それで、なんだよ話って…?」

 

「……」

 

どうやらここに来たのはめぐみんからの提案らしい。照れ隠しに片手で頭を掻きながらのカズマ君を見る限り、カズマ君もまた私と同じように告白なのかと思ってどこかそわそわしているように見える。

対するめぐみんに照れている様子はなく、どこか真剣な面持ちでいる。ただそれはどうとったらいいのかわからない。緊張からそうなっているのか、話す内容がそうなのか。

 

「…昨日聞いた話を…もう一度聞きます。…カズマは優秀な魔法使いが欲しいですか?」

 

「……は?……そりゃ欲しいか?と聞かれたら欲しいさ」

 

めぐみんの質問にカズマ君の表情は一瞬だけ曇る。これは多分告白辺りを期待してたからガッカリしているのだろうか、拍子抜けしたような間があった。

しかし昨日の話とやらを私は知らない。そして冷静に考えてみるとこの話を私達は聞いていていいのだろうか。素直な罪悪感が芽生えてくるのだけど。

 

「……そうですか……それなら…私も覚悟を決めることにしました」

 

「……は?」

 

めぐみんはその言葉通り、真剣な目をしている。その赤い目をカズマ君にぶつけるように告げれば、そっと瞳を閉じて一言一言が丁寧に綴られていく。

 

「…私は、上級魔法を覚えようと思います。本当はかなり前から悩んでいたのですが…シルビアとの戦いを経て、今のカズマの言葉で…ようやく決意が持てました」

 

そんな言葉を聞けばカズマ君は信じられないとでも言いたそうに驚きから目を見開いた。これには私とゆんゆんも素直に驚いた。あれだけ普段「私は爆裂魔法しか愛せない!」と豪語しているめぐみんからそんな言葉が出てくるとは夢にも思わなかった。

 

「あ、お前……何を言って…!?」

 

「これでも本当に悩んでいたのですよ、爆裂魔法を使って、その度にカズマに背負われて文字通りお荷物となっている自分も嫌でしたし…、これは今になって思った事ではありません」

 

「…そんな事…」

 

「あの時もゆんゆんやアリスの活躍を見て、私は本当に悔しかった!私は自分の里の事なのに、何も出来なかったんですよ!」

 

嘆くように吐き出すめぐみんの目は潤んでいた。めぐみんの性格からしてそれは私が思うよりもずっと悔しいものなのかもしれない。

 

「…あれは仕方ないだろ?シルビアが魔法封じのスキルを使ってきたんだから」

 

「シルビアの時だけではありません!バニルとの戦いもそうです。私が上級魔法を取得していれば、ゆんゆんやアリスのように一緒にいけたはずです!」

 

「いやあれも仕方ないだろ……」

 

「……カズマ達と出逢わなければ…、こんな事を考えずにひたすら爆裂道を突き進んでいたのかもしれません…ですが私が上級魔法を取得しさえすれば…アリスやゆんゆんのようにカズマ達を助ける事ができるかもしれません、もうお荷物だなんて呼ばせはしません……だから…」

 

めぐみんは一呼吸置いて、静かに息を吸った。これから言う事に確固たる決意を持たせる為に、自身の本気を、覚悟をパーティリーダーであるカズマ君に認めてもらう為に。

 

 

「私は……爆裂魔法を封印しようと思っています……!」

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

めぐみんの決意を込めた言葉に、カズマ君は落ち着かない様子でいた。しかし爆裂魔法を封印する必要はあるのだろうか。上級魔法を取得したところで爆裂魔法がなくなる訳では無い。合理的に考えたら上級魔法と爆裂魔法、その場の状況によって使い分ければいいだけのような気もする。

 

「い、いやいや待てよ!?何も爆裂魔法を封印することはないだろう!だいたいあれだけ昨日言ったじゃないか!お前の爆裂魔法で助けられたことだって…、爆裂魔法があったからこそデストロイヤーやハンスを倒せたんだろ!」

 

「…確かにそうです、昨日は里の皆にそう言ってくれたのは…本当に嬉しかったです。…ですがその程度の事、アリスのフィナウという魔法でも…あの禁術を使ってみせたゆんゆんでもそう難しくはないと思いませんか?」

 

「…いや、それは……いやそもそもお前昔言っていただろ!?スキルポイントは爆裂魔法に関するものに全振りしてるって!」

 

それは私も聞いた事があった。めぐみんは爆裂魔法、及びそれに関するスキルしかとっていないと言ってたのはめぐみん本人なのだから。

 

めぐみんはカズマ君の疑問を払拭するかのように、冒険者カードを懐から取り出し、カズマ君に手渡した。

 

「…実はデストロイヤー戦辺りから私はレベルアップによるスキルポイントを一度も使ってはいません。これくらい溜まっていればスキルレベルを考慮しなければ2つほど上級魔法を獲得できると思います…ですから……カズマ…」

 

そう話すめぐみんの…冒険者カードを持つめぐみんの手は震えていた。それを見てカズマ君は頭を抱えるようにしている。きっと今のめぐみんの気持ちを考えているんだと思う。

 

「……自分じゃ押す勇気が出ないから俺に上級魔法を選択して覚えるようにして欲しいってか?」

 

カズマ君の疑問にめぐみんは無言で頷く。めぐみんの冒険者カードを受け取り、カズマ君は何やら迷うように考え込み……やがてその指で冒険者カードを押して行った。その指が動く度にめぐみんは細かく反応していたが、やがてそれを見ないように目を逸らした。

 

「…なんの魔法にしたんです?個人的にはゆんゆんと被るのはやめて頂きたいのですが」

 

「……あぁ、それなら問題ないぞ、ゆんゆんが唯一使えない上級魔法だからな。…それじゃ用は済んだだろ、帰ろうぜ?」

 

「……」

 

カズマ君は適当な感じでめぐみんに冒険者カードを返し、そして歩き出す。一方めぐみんはそれを確認するのが怖いのか、冒険者カードを確認しようとはしない。

しかしゆんゆんが唯一使えない上級魔法とは何なのだろうか。私はアークウィザードではないので上級魔法にどれくらいの数のスキルがあるのか分からないがゆんゆんが使える上級魔法は私が知る限りでもかなり多い。

 

少しずつ私達から距離が離れていく。それを見ていた私はなんとも言えないような、どこかやるせない気持ちになっていた。

 

確かに理屈で考えたら爆裂魔法以外を使えた方がいいに決まっている。今後そうやって使い分けができれば効率がいいに決まっている、強力な個体なら爆裂魔法、そこまで必要ない相手には上級魔法、そうすれば王都でも討伐クエストを受けても立ち回りやすい。

…だけどめぐみんはあくまで爆裂魔法を封印するという。本当にそれでいいのだろうか。あれだけ爆裂魔法に全てをかけていたのにこんなにあっさりしてしまっていいのだろうか。

 

だけど私にもゆんゆんにも、それに何かを言う事はできない。めぐみんを悩ませた元凶である私達が何かを言ってもめぐみんは聞かないと思うし、そもそもめぐみんは私達のパーティメンバーではない。これに関して何かを言う事は違う気がする。

 

――それでも、納得が行かない。

 

 

めぐみんは何故、紅魔族の間でもネタ魔法とされている爆裂魔法を取得することにしたのだろうか、それはわからない。

 

だけど…めぐみんはネタ魔法と馬鹿にされるのも覚悟の上で、爆裂魔法一筋を有言実行してきた。

カズマ君やゆんゆんに何度も爆裂魔法以外の魔法を取れと言われても全く聞く耳を持たなかった。

その意地がどこからくるのかはわからない、だけどそうしてこれまでやってきたのに少し折れたくらいで爆裂魔法を諦めて欲しくない。完全に私のワガママだけどそう思わずにはいられなかった。

 

…だけどそんな私の想いも意味がなければ、口出す権利もない。何より既にカズマ君がめぐみんの冒険者カードを使って上級魔法を取得させている。それは私にとってもどかしくもあった。私の思っている通りならゆんゆんも同じ考えかもしれない。

 

 

「…なぁめぐみん、せっかくだから爆裂魔法、撃ってみてくれないか?」

 

私達から少し離れた場所で、カズマ君は足を止めてめぐみんにそう言った。撃ち納めとでも言いたいのだろうか。それに対してめぐみんは呆れたように溜息をつく。

 

「…どうしたんですか?今封印すると宣言したばかりなのですが…」

 

「いいから撃ってくれよ、ここなら街と逆方向に向けて撃てば問題ないだろ?」

 

「……仕方ありませんね。わかりましたよ」

 

そう言ってめぐみんは杖を構え、こちら側に向いて詠唱を始めた。

 

「……黒より黒く――……」

 

……ってあれ?このままだともろに直撃か爆風に巻き込まれてしまうような。

 

(…ゆんゆん、このまま此処にいては巻き込まれます…!すぐにテレポートを…!)

 

口には出さないがそんな気持ちを込めてゆんゆんに視線を寄せる。…と同時に気が付いた。そもそもゆんゆんが問題なくテレポートを使えるのなら既にアクセルに帰っている。二日酔いにより使えないからこうして未だに紅魔の里にいるのだから。

 

考えてる場合じゃない、その場でなんらかの行動を起こさなければ私とゆんゆんはめぐみんの放つ爆裂魔法に巻き込まれてエリス様の元へ旅立ってしまう。

 

抱きつかれたままではどうしようもないのでゆんゆんから解放されると私はゆんゆんの手を引いて立ち上がらせ、そのまま猛ダッシュで駆けた。声を上げてめぐみんに撃つのをやめてもらえばいいのにこの時の私にその考えが浮かばなかった。

 

「さぁ、いざ別れの時……!これぞ最強にして最後となる究極魔法……!!」

 

どうでもいいけどそこまで名残惜しいのなら封印などしなければいいのに。そんな想いが浮かびながらも私はゆんゆんを引っ張って走る。ただただ走る。まだ走る。

 

 

「……エクスプロージョン!!」

 

 

その瞬間、めぐみんの杖より7色の光が射出されると、丘の上で細い炎の柱が精製された。そして同時に地を揺らし、えぐり、爆散する。…それは私とゆんゆんが知っている規模の爆発ではなかった。明らかに威力も範囲も以前のものではない。

 

結果、私とゆんゆんは直撃こそ間逃れたものの、その規模の大きな爆風で吹き飛ばされて空中にその身体を預けることになる。どれくらい飛ばされたのか、見るのも怖い。確認したくない。

やっぱり声をかけて詠唱を止めれば良かったと思うも後の祭り。今やどうしようもない浮遊感が私とゆんゆんを襲っていた。このまま落下してしまえば大怪我ではすまないかもしれない。

 

「……捕まっててくださいっ!!」

 

「……っ!」

 

私の背中にしがみつくゆんゆん。そして私は両手を地に向けて開いて、恐怖に震えながらもその目を開けて、落下により衝突の瞬間を待った。

 

 

「……《インパクト》!!」

 

恐怖で手の震えが止まらなかった。これを土壇場で成功させたカズマ君は素直に凄いと言いきれる。

私は地面との衝突に合わせるように地に向けて両手からインパクトによる衝撃をぶつけた。結果衝突を衝撃で中和して、その場にうつ伏せに倒れるだけで済んだ。それでも少し擦りむいてしまい、痛みはあるが骨などが折れるよりはマシである。私の後ろにいたゆんゆんも無事のようだ。それを確認するなり私は大きな溜息をついていた。

 

 

「……久しぶりに死ぬかと思いました……」

 

「……うぅ……ごめんアリス……」

 

「…いいのですよ、ゆんゆんが無事でしたら」

 

普通に話しているけど流石にこれはカズマ君達にバレたのではないかと思うも、カズマ君はめぐみんをおぶって里の方向へと歩いていた。どうやら私達には気付かなかったようだ。もはやそれが良かったのか良くなかったかもわからないしどうでもいい。

 

カズマ君達が去ったことで魔法を解除したのか、ゆんゆんはその場で足を崩して座り込んだ。私もまた今の件で無駄に疲れていたのでその場で仰向けになって寝転んだ。

 

「……明らかに威力も範囲も上がってましたね…」

 

「…あれって…やっぱり…?」

 

既にあの爆裂魔法が答えとなっていた。カズマ君は新たな上級魔法など選んではいない、爆裂魔法関連のバッシブスキルを取ったのだと思われる。確かに爆裂魔法なら様々な上級魔法を取得しているゆんゆんでも覚えていないスキル、カズマ君は何も嘘は言っていなかった。つまりめぐみんはめぐみんのままでいられたのだろう。

 

どことなく安心感が湧いてくる。カズマ君がどんな考えでそうしたのかはわからないけど、爆裂魔法を使わないめぐみんなんてめぐみんではない。他人事ながら是非ともめぐみんには我武者羅に爆裂道を極めていただきたい。

 

 

さて、それはそれとして――。

 

 

「ところでゆんゆん」

 

「…うん?…どうしたの?」

 

「結局私達は何故此処に来たのでしょうか?ゆんゆんが何か話があったのでは?」

 

「…えっ…そ、それは……」

 

色々あって完全に忘れていたけど本来ゆんゆんは私に何か話があってこの場所にいるのだ。もしかしたらめぐみんのように何らかの私の知らない悩みがあるのかもしれない。そう思えば私の表情は真剣なものとなっていると思う、できる限りパーティリーダーとして真面目に接してあげないと。

 

だけど今のゆんゆんに落ち着きはない。顔を赤くしてもじもじしてて視線を合わせてくれない。

 

気付けば柔らかな風の吹く音だけが聞こえていた。もしかして言い難いことなのだろうか。

 

……少し時間がかかったけど、ゆんゆんはようやく私と視線を合わせてくれた。目と目が合う。だけど私は逸らさない、ゆんゆんもまた、逸らそうとしない。

 

 

「あのね……アリス…私…私は……」

 

ゆっくりと、少しずつ、丁寧に言葉を紡ぐゆんゆんを何故か内心応援している私がいた。何を言いたいのか全然伝わってこないがゆんゆんの様子を見ていればわかる、きっとゆんゆんにとって重要な事なのだろう。

 

「……私は……アリスの事が……『アリスお姉ちゃん――!ゆんゆんお姉ちゃん――!』……っ!?」

 

ゆんゆんが何かを言おうとしたところできこえてきたのは里の方向から駆けてくるアンリの声。その後ろにはミツルギさんもいた。

 

「アンリ、それにミツルギさんも?どうかしたのですか?」

 

「どうしたはこちらの台詞なんだけどね…、アンリちゃんを連れてシルビアのお墓にいたら突然こっちから爆発音が聞こえてきたからね。ここにはアリス達が行ってるはずだから何かあったのかと来てみたんだ」

 

…なるほど。確かにあんなパワーアップした爆裂魔法が放たれれば普通は慌ててしまう。普通はまた魔王軍が攻めてきたのかとか考えてしまう。本当にどう足掻いてもお騒がせ娘である。

 

「あれなら何も心配はないですよ、めぐみんが撃ちたくなっただけのようです」

 

「撃ちたくなったって……、ま、まぁ君達が無事ならそれでいいのだけど…」

 

下手人が割れて頭を抱えるミツルギさん。その気持ちはよく分かるし私がめぐみんと知り合ったばかりの時も似たような気持ちだった。今は一緒に住むようになって慣れも出てきているけど。たまにカズマ君に隠れて爆裂散歩に付き合わされるし。

 

「ゆんゆんは大丈夫だったかい?」

 

『…ゆんゆんお姉ちゃん――?』

 

「ひ、ひゃい!?」

 

どこか放心状態だったゆんゆんは二人の呼ぶ声に大袈裟に反応して振り向いた。これには二人もどうしたのかと首を傾げていた。

 

「…あ、ゆんゆん。そういえば今なんと言おうとしていたのですか?」

 

「……えっと…その…………なんでもない……」

 

まるで全てを諦めたかのようなゆんゆんの様子には私としても首を傾げるしかできない。本当にどうしたのだろうか不安にはなるけどこればかりはゆんゆんが言ってくれないと私にはわからないままだ。

 

「なんかもう……めぐみんの馬鹿ー!!

 

半ば投げやりに放たれためぐみんへのバッシング。そりゃあんな形で巻き込まれたのだから気持ちはわからなくもないけどこっそり話を聞いていた罪悪感はあるのでどっちもどっちだと思ってる。

 

結局ゆんゆんが何を言いたかったのか、聞くことはできなかったのが心残りではあるけど、私達の紅魔の里での滞在はこれを持って終わりを告げることになるのだった――。

 

 

 

 

 

 







2/18追記…次回更新かなり遅れます。気長にお待ちくださいm(*_ _)m


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episode 138 新たな家族


遅くなりましたm(*_ _)m


 

 

 

―アクセルの街・屋敷前―

 

ゆんゆんの調子も戻り、私達はその日の昼過ぎには無事アクセルの街へと帰ってきた。カズマ君達もまた私達に合わせてテレポートの魔道具により帰還した。

移動含めて一週間と経ったものの、こうして帰ってきてみると実にあっという間だ。

 

――そんなあっという間に過ぎた紅魔の里での日々だったけど、得られたものもあった。……それは新しい家族。

 

 

「アンリは一度見てますけど、今日からここがアンリのお家ですよ」

 

『……おっきい――……』

 

前回は寝不足めぐみんを休ませる為に来たのでアンリにとってカズマ君の屋敷を見るのは2度目になる。あの時のアンリの心中は自身の故郷を探す前ということもあって落ち着いて見てはなかったのだろう。アンリは改めてキョロキョロと落ち着かない様子で屋敷を見上げ、感情豊かではないので分かりにくいが、驚いた様子で見回しているように見受けられた。

 

「アンリを住ませることは全く問題ないんだけど部屋はどこにするかな…」

 

「それならご心配なく、私の部屋で寝かせますので♪」

 

「お、おう…」

 

当然である。見た目も精神年齢も一桁のアンリを独り部屋にするつもりはない。そんな私の発言に対する視線は様々だ、カズマ君のように呆れているようなのもあれば、ゆんゆんやアクア様のような羨ましそうなのもある。

 

「それじゃ僕はこれでお暇させてもらうよ、皆お疲れ様。アリス達はまた王都で会おう」

 

「…あ、ミツルギさん。テレポートで王都まで送りますよ」

 

そんな様子を見送ると和やかな表情をしてミツルギさんが言うなりゆんゆんが提案する。ミツルギさんは未だに私達に対してどこか遠慮があるのが玉に瑕だ。テレポートなしで帰るとなるとアクセルからは馬車を使うしかないのだからもっとこちらを頼ってくれてもいいのに。

 

 

…そんな中、そっとミツルギさんに近付き、その手を握ったのは、アンリだった。

 

 

「…おや、どうしたんだい?」

 

『――ミツルギお兄ちゃんは――…一緒じゃないの…?』

 

「…え?…そ、それは…」

 

『…お兄ちゃんが一緒じゃないと――、やだ――…』

 

アンリは今にも泣き出しそうな顔をしている。出逢った当初は完全に怖がっていたというのに凄い心境の変化だと思う。私としてもできる限りミツルギさんに慣れて欲しかったから私が傍にいれない時はミツルギさんにアンリの事を頼みきりだったこともあり、今のアンリにはミツルギさんがいる事が当たり前になってしまっていたのだろう。

 

私から見る限りミツルギさんがここに住まない理由は遠慮しているくらいのものだろう。以前カズマ君もミツルギさんにここに住まないか?と誘っていたこともある。だからミツルギさんの気持ち次第では皆と一緒に住む事は難しい事ではない。

 

「…ミツルギさん、アンリもこう言ってますし…」

 

「…し、しかし…」

 

困り果てた様子でミツルギさんは周囲を見渡す。だけど以前と違ってそれを嫌がる素振りを見せる人は私達の中には1人もいなかった。

私とゆんゆんは期待を込めたような、ダクネスは柔らかい笑みを浮かべて、めぐみんは何故かニヤニヤしている。アクア様は何故か首を傾げている、理解できてないのだろうか。

 

「前にも言ったぞ、俺はミッツさんが住む気持ちがあるなら迎え入れるぜ」

 

「…サトウカズマ…しかし僕は……」

 

「全く、何を気にしているのかはわかりませんが今見る限りでは反対する人は1人もいませんよ、部屋は空いてるのですから住むなら遠慮なく住めばいいじゃないですか。毎回貴方をテレポートでいちいち送り届けるゆんゆんに申し訳ないと思わないのですか?」

 

「いや……私は別に……、で、でも、ミツルギさんだけいつまでも独りなのは…私も気になってました…」

 

きっかけはアンリだった。だけど何時からか、皆が疑問に思っていたのだろう。ミツルギさんだけが一緒に居ない事に違和感を覚えてきていたのだろう。私もそう思っていた1人なのだから、気持ちは皆と同じだった。

 

「ミツルギ殿、確かに以前カズマが提案した時は私達も驚いたし受け入れにくい気持ちもあった。…だが今は違う、今や私達は魔王軍の幹部ハンス、更に今回のシルビアを相手に互いに背中を預けて戦い抜いた同士であり仲間だ。そんな貴殿が此処にいない事が今や違和感を覚えるくらいはある。勿論無理強いはできないが、アンリもこう言っている事だ、前向きに考えてみてはどうだろうか?」

 

ダクネスが言うように共に戦ったこと。これが一番ミツルギさんを屋敷に引き入れたい理由なのかもしれない。あの時とは既にミツルギさんとの関係は変わっている、こうしてそれぞれの反応を見てみれば私にはそう思えた。

 

私とゆんゆんは元々パーティメンバーなのもあるから別として、カズマ君達は違う。それでも、カズマ君達の意識がここまで変わっているのなら、それはミツルギさんにも同じ事が言えるのではないだろうか。

 

「……そうだね…そこまで言われたら断れないな。では近い内に王都の宿を引き払ってお邪魔させてもらうよ」

 

ぎごちなさを感じるものの、ミツルギさんもどこか嬉しそうに見える。一番に嬉しそうにしたのは他でもないアンリだった。まるで花が咲いたかのような笑顔を見せられたらこちらも嬉しくなる。

 

――こうして、屋敷に新しい住人が2人も増えましたとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 

このすば。(「…アクア様と同居…!?」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―アクセルの街・ウィズ魔法店―

 

 

夕刻手前の時間帯。空を見れば日が傾いてきているが私としては複数の事情からすぐにでもこの場所に来たかった。

結局ミツルギさんは今日は王都へ帰還することになったのでゆんゆんのテレポートで送り届けた。だけど明日になれば宿を引き払ってこちらにお引越しすることが決まっている。今日のところは宿を引き払う手続きなどやる事もできたので仕方ない。そこはなんとかアンリも納得してくれた。

 

そして今、私達はウィズ魔法店の前まで来た。此処に来た理由は3つ。ひとつはアンリのことを紹介したかった。経緯は違えどウィズさんもまた元々は人間で今はリッチーというモンスター。アンリの事を話せばきっと味方してもらえるだろう。

 

2つ目は壊れてしまったフレアタイトの魔晶石の在庫確認。フレアタイト自体はマナタイト鉱石と並んでメジャーな魔法鉱石であり、珍しいものではない。前回購入した時は駆け出し冒険者の街故に売れる事はほとんどなく品薄状態ではあったが私が購入したことでウィズさんが新たに仕入れている可能性はある…という願望。ないならないで王都で購入すればいいのだけどそこは通い詰めたお店で買いたいという気持ちもあった。

 

3つ目は壊れてしまったゆんゆんの杖。これが一番に優先しなきゃいけないことだろう。今のゆんゆんは予備の短杖含めて駄目にしているので武器は非常時用の短剣しかない。

 

そんな3つの事柄がウィズさんのお店でなんとかなればこちらとしても楽なのだけどゆんゆんの杖に関してはあまり期待していない、あればいいな程度のものである。ウィズさんのお店は魔道具店、武器屋ではないのだから。

 

 

「それにしてもカズマ君やめぐみんまで来るのは意外でしたね」

 

「俺は来たくなかったんだけどな。めぐみんが魔法封じ対策の魔道具が欲しいって言い出してな…」

 

「当然でしょう、あの魔法封じがなければ私とてゆんゆんやアリス以上に活躍していたはずなのですから。あの時の私と2人の差はそれくらいしかありません、あれで勝ったと思わない事です」

 

「いつから勝ち負けの話になってんだよ…あまり高いのだったら自分で買うか諦めろよ?」

 

この2人が着いてきたのは私とゆんゆんの身につけている指輪が魔法封じ対策だと知ってからだった。それまでは単純にペアリングのようなものだと思われていたらしい。

その効果を知っためぐみんはカズマ君に猛抗議して買う事を強要、今に至る。

 

「…ちなみにアリスやゆんゆんがつけてるのはどれくらいするんだ…?結構高そうだけど」

 

「1000万エリスですね」

 

「……は?」

 

反射的、そんな感じでの返答とともにカズマ君の顔はみるみる青ざめていく。次第に冷や汗らしきものが流れていく。

 

「…ふ、2つで?」

 

「いいえ、2つなら2000万エリスです」

 

明らかに金額に驚愕しているのは見ているだけでもわかる。だけど私からしてみればこれは必要経費だ。私やゆんゆんがしている指輪がなかったら、シルビアとの戦いはどうなっていたのかわからないのだから。

 

「何を狼狽えているのですかカズマは。高品質の魔道具ならそれくらいするのは当たり前ではないですか」

 

「よぉしわかった、ほら帰るぞめぐみん」

 

「なっ!?カズマならその程度のお金は持っているじゃないですか!?それをパーティの戦力向上の為に使わずにどうするつもりですか!?少しはアリスを見習ってはどうです!?」

 

「よそはよそ!うちはうちのやり方があるんだよ!!」

 

ギャーギャーとお互いに引かない言い争いはどんどんエスカレートしていく。それも店の前で。明らかに営業妨害でしかないのだけどいいのだろうかと思うも、よくよく考えたらこのお店に私達以外のお客さんを見た事がないので別にいいかなどと失礼なことまで考えてしまったり。

 

「やめなさいよめぐみん!こんなところで騒いだらウィズさんの迷惑になるでしょ!大体それってカズマさんにたかっているだけじゃない!みっともないわよ!」

 

流石に黙ってはいられなかったのか、ゆんゆんが注意をするがめぐみんの様子は変わらない。そう思っていたら一瞬だけめぐみんの口元が緩んだのを私は見逃さなかった。

 

「いいですよねゆんゆんは、アリスからちゃんとした魔道具を買って貰えて」

「買って貰った訳じゃないわよ…これはアリスから借りてるだけだし…」

 

そう言いながらもゆんゆんは顔を赤くしながら自身の人差し指に嵌めた指輪を大事そうに握りしめている。まるで恋人からもらったもののように。大事にしてくれているのは嬉しいのだけどその反応は誤解を招くのでやめてもらいたい。

 

「…まぁ形式的にはそうなりますけど…それはずっとゆんゆんが持っていることに変わりはないでしょう。ゆんゆんが私のパーティを抜けるなら話は別ですがそんな事はないと思ってますし」

 

「ぬ、抜けないよ!?」

 

「でしたらアリス、私にも買っていただけますか?同じ友人であるゆんゆんにも買ったのでしたら問題はないでしょう?」

 

カズマ君が無理だと判断したのか、今度は私にたかってきた。どこまでも強かな子である。めぐみん自身もお金を持っていない訳ではないはずなのだけど。

 

「うーん……、まぁいいですけど」

 

「っ!?」

 

「ちょ、ちょっとアリス!?」

 

あっさりと了承した私に三人とも絶句してしまった。言ってきためぐみんですら私が買うとは思っていなかったのだろう。あるいは金銭感覚がおかしい子扱いされているかもしれない。だけど私としても考え無しでそう言った訳ではない。

 

「勿論条件はありますけどね」

 

「……ち、ちなみにその条件とは…?」

 

ゴクリと喉を鳴らすめぐみん。それ程までに欲しいのなら自分で買えばいいのにとは思うけど。

 

「いくら友人とはいえ、誰彼構わずそんな真似はしませんよ。ですからめぐみんがカズマ君のパーティを抜けて私のパーティに入ってくださるのでしたら喜んで買いますよ♪」

 

「……っ!」

 

「…そ、それは…っ!?」

 

冗談めいた言い方をしているがそれならそれでもいいかなと割と思っていたりもする。私には《マナリチャージフィールド》がある。だから爆裂魔法を撃っておしまいというめぐみんの欠点を補えるのだ。魔王軍幹部ではなくても以前戦ったティラノレックスなど、めぐみんの爆裂魔法があればより楽に片付いただろうと思う。

 

だけどめぐみんはそのまま俯き口を閉ざした。勿論断られる事は分かっているし本当にそうするつもりもない。まず私はともかくライバルであるゆんゆんと一緒のパーティになるというのはめぐみんのプライドが許さない。それに何だかんだ言いながらカズマ君達への負い目もあるだろう。更に本気でめぐみんがこちらに来るなんてことになれば気まずいことこの上ない。カズマ君達と亀裂が入ってしまう。

 

「…非常に魅力的なお誘いですが、遠慮しておきます。私が抜けたらカズマも困るでしょうし」

 

「べっ、別に困らねーし!?お前が行きたいんなら好きなところにいけばいいだろ!?」

 

「はいはい、私はカズマのパーティが好きなのでこのままいさせていただきますよ」

 

慌てて言い放つカズマ君だが誰の目から見ても照れ隠しなのは目に見えてわかる。それにめぐみんは淡々とした口調で流すように返した。これには私にも和やかな笑みが浮かんでしまう。

 

そもそも何故私がこんな事を言ったかと聞かれれば、単純に場を鎮めたかっただけである。それ以上の意味はない。

 

「それは残念ですね、とりあえずいつまでのお店の前で話していても仕方ないですから入りますか」

 

気付けばアンリは完全に置いてけぼりになっているし、可哀想に思えてきた。私は不思議そうに見ていたアンリの手をとってもう片手でお店のドアを開き、カウベルを鳴らした――。

 

 

 

 

 

 

 

 

このすば。(チリンチリーン)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃいませー♪」

 

 

店内にカウベルが鳴り響くと。それに反応するように奥からウィズさんの明るい声が聞こえてきた。

店内を見渡すと分かってはいたがやはり他のお客さんはいないようで閑散としている。それだけを見れば日本にあった古い駄菓子屋のような状態なのだが店の清掃は行き届いていて埃などは感じさせない。きっとこまめに掃除しているのだろう。裏を返せばそれだけ暇ということにもなる、失礼な考え方だが多分的は射ていると思われる。

 

そんなことを考えている間にも奥からいつも通りのウィズさんの姿が。同時に思うのはバニルはいないようだ。いるなら扉を開けて即座に目の前にいるはずなのだから今見える位置にいないということは不在なのだろう。

 

 

「お邪魔しますよ、ウィズさん」

 

「先日はテレポートありがとな、ウィズ。おかげで助かったぜ」

 

「これはこれはカズマさんにアリスさん、それに初めて見る子もいますね♪」

 

笑顔で応対するウィズさんはすぐにカウンターから出てきてアンリの傍に寄り中腰にしゃがんだ。普段なら遠慮なく近付いてこようなら私の後ろに隠れるアンリだけど今回はそのようなこともなく、自然とウィズさんを見つめている。

 

『……アンリ――です…』

 

「アンリさんと言うのですね、私はこのお店の店主で、ウィズと申します、どうぞ今後ともご贔屓に♪」

 

丁寧な言葉使いと裏腹にウィズさんは母親のようにアンリの頭を優しく撫でている。…というよりウィズさんはアンリの正体に気付いていないのだろうか?今のところあくまで普通の少女と接している感じしかしない。

 

「…あの、ウィズさん…アンリは…」

 

「?…どうかしましたか?」

 

何故だろう、凄く言いづらい。と考えるものの言いづらいのはおそらくアンリの目の前で彼女がモンスターであると言ってしまうことでアンリ自身が傷ついてしまうのではないか。そんな風に思ったからだと思う。

 

ウィズさんも元人間だから…、そんな理由だけでアンリを紹介するつもりで連れてきたものの、今思えばそれは安直すぎたのかもしれない。

 

「…いえ、なんでもありません…」

 

結局何も言うことはできなかった。ウィズさんは本当に気付いていないのか、不思議そうな顔で首を傾げている。だけど考えようによってはそれでもいいのかもしれない。

ウィズさんほどの実力者がアンリの正体に気付かないのならアクセルの街の人々がアンリの正体に気付くことはないだろう。実際紅魔の里でも誰一人アンリの正体に気付く者はいなかった、唯一知っているのは私達が相談した族長さんだけだ。

 

まぁ……今ここにはいないバニルにはどう足掻いても気付かれてしまうだろうがあの悪魔が気付いたところでアンリに何かしら悪影響をもたらすとも考えにくい。何だかんだそれくらいの良識はあると思っている。それでもいなくて良かったと心から思えるのはアンリより自分達の精神的な危険があるからだろうか。

 

「……ふふっ、大丈夫ですよ。分かってますから」

 

「……え?」

 

ウィズさんの儚く見えた笑顔に、私は完全に固まってしまった。裏があるようには見えないのに、私の心を見透かされたような感覚。

 

それはアンリの正体についてなのか。あるいはそれを含めた私の心境までなのだろうか。

 

ただ単純に理解者のように振る舞うウィズさんの笑顔は、私をどこか安心させてくれた気がした――。

 

 

 

 

 



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episode 139 種族


日曜日からの日間総合ランキング24位に驚愕しました。嬉しいですがどうしてそうなった()


 

 

 

―アクセルの街・ウィズ魔法店―

 

 

「それはそれとして、今日はアリスさんの為に取っておきの魔晶石を入荷したんですよ♪」

 

早速の商売タイム。ウィズさんは何気ない会話の最中にもこうして商品を勧めてくる時がある。魔晶石となると私の求めるフレアタイトの魔晶石はあるのだろうか、そう期待していると、ウィズさんは店の奥から宝石箱のようなケースを持ってきてカウンターの上に置くと、その箱を開けた。

 

「…これはまた見事なフレアタイトの魔晶石ですね…」

 

「…確かに…、以前買ったものと光沢が違う気がします」

 

それは豪華な宝石箱に収まってて相応しいと思える輝きを見えていた。明らかに以前購入したフレアタイトとは違う、別物のようにも見えてしまう。

 

…しかしこれはあまりにも準備が良すぎではないだろうか。普通に考えたら私が既に持っているフレアタイトの魔晶石を買う可能性は低い。それにアンリの対応も的確すぎる、あくまで普通の少女と接するようにしていて、まるでこちらの事をほとんど把握しているようだ。

 

…と、ここまで考えたら何故そうなったのか、その答えは単純にして明確。

 

「…ウィズさん、バニルさんですね」

 

「…あ、あはは…やっぱり分かっちゃいましたか?」

 

バニルの名を出した事で苦笑するウィズさん。つまりアンリへの対応も、このフレアタイトの魔晶石の用意周到さも、バニルによる差し金なのだろう。まあこちらとしては手っ取り早く事が解決するので悪い事ではない。

 

「こちらのフレアタイトはですね、以前アリスさんがお買い上げしてくださった物とは純度が異なります。これだけ高純度のものはとても珍しいので、それなりにお値段はかかりますが……」

 

純度については以前ウィズさんからフレアタイトを見せてもらった際に説明を受けた事がある。魔晶石の純度は単純に高いほどあらゆる性能が上がる、私が以前買ったフレアタイトの魔晶石の純度はそこまで高いものではない。それでも今回の私のように半年足らずで壊れてしまうことは通常ありえないのだけどそれは私の魔法そのものの威力が大きいせいだろう。だからこそ必然的に私が扱う魔晶石は高純度のものが求められてしまう。戦いの大事な場面で壊れてしまってはこちらの命に関わってしまう、守るべきものが守れなくなってしまう、そんな局面だけは迎える訳にはいかない。

 

「…なるほど、では買いましょう」

 

「値段も聞かずに!?」

 

声をあげたのはカズマ君。めぐみんやゆんゆんも絶句している。これは確定的に私がお金使いの荒い子扱いされているだろう。私もカズマ君達の立ち位置ならそう思うかもしれない。

 

だが今このフレアタイトの魔晶石は既に私の杖にピッタリ収まる大きさに加工済なのである。これがどういう事なのか、それは単純にバニルがそう見通したからであろう。…私がこのフレアタイトの魔晶石を購入すると。ならめんどくさい事を言う前にさっさと購入を決めた方がいいだろう。まだゆんゆんの買い物もあるのだから。

 

それは予想通りだったのかもしれない。それでもウィズさんは私の返答に目を輝かせてとても嬉しそうにしていた。

 

「ありがとうございます!料金ですが3500万エリスになりますっ!」

 

「「…っ!?!?」」

 

「ちょっと待ってくださいね、収納用魔道具から取り出しますので…」

 

カウンターの上に積まれていく札束。またも絶句するカズマ君とめぐみん、そして幸せそうにお金を数え始めるウィズさん。何気に人生で一番高い買い物だけど全く問題はない。

 

「……なぁ、アリス。アリスって今どれくらいお金持っているんだ…?」

 

「…さぁ?…いちいち数えていませんが……最低でも二億以上はあると思いますけど」

 

なんか以前にも驚かれたけど何故そんなに驚くのか私には本当に理解できない。私の収入はゆんゆんと全く同じである、だからゆんゆんも私と同じ程度のお金は持っている。更にそのお金のほとんどは魔王軍の幹部討伐による報酬だ、つまりカズマ君達だってそれくらい持っていてもおかしくはないはずなのだ。むしろデストロイヤーの報酬とかを考えれば単純に私以上に持ってて当たり前なのである。

 

特に私の場合、必要経費が限りなく少ない。カズマ君の屋敷を間借りしているので家賃はかかっていない。お酒は飲まない、装備品はアクア様による転生特典のおかげで魔晶石くらいしか必要ない。食費やクエストで必要な最低限のポーションなどにお金を使うくらいだ。なおそれらの出費の1ヶ月分は一度王都でクエストを達成しただけでお釣りがくる。私はクエストを週に4回は受けている。それだけでもお金はどんどん貯まっていくのだから例え魔王軍幹部の討伐報酬がなかったとしても困ることはまずない。

 

「…前にもそんな反応をしてましたけど…私のお金のほとんどは魔王軍幹部の討伐報酬ですよ?つまりカズマ君達も同じくらいは持っているはずなんですけど…」

 

「そりゃお前……クエスト行く度にアクアが水害起こしたりめぐみんが爆裂魔法で余計な損害起こしてくれるからな。討伐報酬なんてあってもその賠償金でほとんど残らないんだよ」

 

「……えぇ……」

 

思わずめぐみんを見てしまうとめぐみんは平然としている。悪びれすらしていない。以前裁判で責められていたようにパーティメンバーの責任はリーダーの責任となるのは法により決まっていることなのだろう。だからと言ってめぐみんがそれを理由にさも当然と振舞っている訳ではないだろう。

 

「爆裂魔法は究極の破壊魔法ですよ?少しくらいの損害は必要経費じゃないですか」

 

「そんなんだから巷から頭のおかしい爆裂娘とか呼ばれてんだよ!!お前もうアリスのパーティに行けよ!!」

 

「何を言っているのですか、私は上級魔法を覚えるつもりでしたよ?それをカズマがさせてくれなかったんじゃないですか。私(の冒険者カード)をあれこれいじっておいて今更そんな事言われても通りませんよ、責任をとってください」

 

「誤解を招く言い方してんじゃねーよ!?ウィズが完全に引いてんじゃねーか!違うからな?冒険者カードを、だからな?俺はめぐみんに頼まれてやっただけだからな?」

 

なるほど、めぐみんが平然と振舞っている理由はこれだ。紅魔の里でめぐみんはカズマ君に上級魔法を取得すると宣言し、カズマ君にそれを委ねて…カズマ君は爆裂魔法のパワーアップを選択した。それは言い換えればこれまでの爆裂魔法による被害を黙認するとも取れてしまう。

とりあえずこちらとしてもそんな状況なら遠慮したいと顔で表現しておいた。ウィズさんも苦笑するしかできていない。そんな中私は、怒鳴るカズマ君をアンリが恐怖するように震えて見ていたことに気付いた。

 

「カズマ君、あまり大声で怒鳴らないであげてください、アンリが怖がってます」

 

「…あっ、悪い…」

 

『…狼さん――怖い……』

 

小声ながらそれは全員の耳に届き、怒鳴っていたカズマ君もバツが悪そうに静まり返った。それを聞いていたウィズさんはキョトンとして首を傾げた。

 

「…あの、狼さん、とは……?」

 

「あぁ、それでしたら単純ですよ。カズマが…うぷっ!?「悪かった、俺が悪かっためぐみん!!だから少し黙ろうか!!」……むぐぅ!!むぐぅ!!」

 

慌ててめぐみんの口を塞ぐカズマ君。その話題が出てしまえばカズマ君に勝ち目はない。ただ同情はできない、そうなったのは自業自得でしかないのだから。

 

「とりあえずアンリ?俺はカズマ、サトウカズマ!まずその狼さんって呼び方をやめようか?」

 

『……狼さん――!!』

 

何故か頑なに拒むアンリ。しかしその判断は正しい。よってアンリの頭を撫でておく。

 

「ちきしょー!俺に味方はいないのか!?」

 

逆に何故味方がいると思ったのか。爆裂魔法の被害の話から例の話にシフトした時点で情状酌量の余地はない。これは罰なのだ、是非カズマ君には受け入れて頂きたい。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

さて、後はゆんゆんの杖についてになるのだけどアンリの件、そして私のフレアタイトの件とウィズさんはバニルから聞いていた。ならばゆんゆんの杖についても此処で解決できるのではないだろうか、そう期待を膨らませていた。

 

「ウィズさん、バニルから聞いているのでしたらゆんゆんの杖の事も聞いてますよね、ここにいい物があったりします?」

 

「ゆんゆんさんの杖ですね、確かに聞いてますがうちはあくまで魔道具店なので杖は流石に……あ、そこの棚にある杖なんていかがですか?魔力なしで爆発魔法が使えるすぐれものなんですよ!」

 

「それ使うと使用者も巻き添えを喰らう自爆杖だよな!?まだ置いてたのかよ!?」

 

何気なくウィズさんの指す棚の杖を見ていれば物騒なデメリットが聞こえてきた。杖を取ろうとしたゆんゆんの手も当然のごとく止まってしまう。

 

「……す、すみません、それは流石に…」

 

「そうなんですか?凄くいい品なんですが……」

 

「ちなみに我が父、ひょいざぶろーの作品になります」

 

「えぇ!?」

 

何故売れると思ったのか理解はできないがガッカリしているウィズさん。そしてまさかのめぐみんのお父さんの作品らしい。魔道具を作っていると言う話は聞いた事はあったがこんなものばかりを作っていたら売れるはずがない、めぐみんの実家が貧乏なのも頷ける。更に聞いた話ではめぐみんの仕送りのほとんどをひょいざぶろーさんは魔道具の制作費用に当てているのだとか、流石のめぐみんもこの話を聞いた時は怒り狂っていた。

 

 

 

閑話休題。元々期待していなかったのだから仕方ないのだがやはりここにゆんゆんの使えそうな杖はないらしい。

 

「うちにはないのですが…私が冒険者をしていた頃の鍛冶屋さんを紹介することはできますよ♪」

 

人差し指を立て笑顔で告げるウィズさんだけど、その笑顔の裏ではもしかしたら自身の冒険者時代を思い出しているのかもしれない。うまく言い表せないがその笑顔にはなんとなく影が差し掛かっているような気がした。それを軽快な動作で誤魔化しているようにも見える。

 

とはいえその点を引っ張り出したところで私達に何かができる訳でもない。素直にその鍛冶屋さんを紹介してもらうしかないだろう。

 

「…ありがとうございます、それで、どこにあるのです?」

 

「王都にありますよ、ただ偏屈なドワーフの方が切り盛りしてますから…商業区域ではなく、住宅方面にあるんです。今簡単に地図を書いておきますね」

 

ドワーフ。如何にもRPGというノリの単語が飛び出してきた。と言うのもこの世界に来て、私はあまりそういった種族の違いを把握しきれていない。こういった世界観だと、ドワーフ、エルフ、ホビットなどが思い浮かぶがどれも出逢ったことはない。獣人…動物の耳や尻尾を持つ人間ならアクセルにも居ることはいる、寒い北の地方から野菜を売りに来る獣人や、近しい仲ならリーンも獣人なのかもしれない、耳はともかくアライグマのような尻尾は生えてるし。

 

「ドワーフかぁ…頑固で気に入った客にしか武器を売らない職人気質なおっさんって感じなんだろうなぁ…」

 

「カズマさん凄いですね、まさしくその通りです♪」

 

「マジかよ、そのまんまかよ!?」

 

拍手で称えるウィズさんと、それを聞いて驚くカズマ君。カズマ君としても想像するのは私と同じような像だったようだ。確かにイメージしてみればそんな感じなのかもしれない。一方それを聞いたゆんゆんは不安そうに俯いている。これは何を考えているのは想像することは難しくはない。

 

「気に入った客にしか武器を売らないって…それじゃあ気に入られなかったら駄目なんじゃ…」

 

「ゆんゆんさんなら大丈夫と思いますよ♪その歳で既に私がその鍛冶屋さんにお世話になっていた頃の冒険者時代よりレベルも高いですし、万が一駄目でも、私が紹介状を書きますのでそれで融通はきかせてくれると思います」

 

違う、ウィズさんは分かっていない。

 

私やゆんゆんのような存在にとって、初見の人に気に入られるなんてことがどれだけハードルが高いことかと言うことを。

 

こうして今やカズマ君達やミツルギさん、アイリスなど、アクセルの街を筆頭に交友関係はかなり広くなっている私やゆんゆんだがそれは周りの人達の人間性も相まって得られた人脈である。頑固で偏屈な人などその中にはいない。

 

あくまで私やゆんゆんの根本は変わらない。どんなに話すようになっても、気軽に接する事ができるようになったとしても結局はぼっちでコミュ障、それらに元を付けたい気持ちはあるけど気持ちだけなのである。

たまにめぐみんがゆんゆんに「やっぱりゆんゆんはゆんゆんでしたか」と言う場面があるがあれは地味に私にも刺さっていたりする。

例えるなら今の私のコミュ力は自らが作った教科書や台本に習ったようなもの、イレギュラーが起こればいとも呆気なく崩壊してしまう、そんな繊細なもの。

 

とまぁ難しく今の自身の状態を話したがウィズさんは紹介状を書いてくれるという、なら円滑に話が進むだろう。

 

とりあえず王都に存在する鍛冶屋なら今から行けば大分遅くなってしまう、行くならば明日以降だろう。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「ところでウィズ、沈黙や魔法封じを防ぐことができるアクセサリーのような魔道具はありますか?」

 

話が落ち着いたところで切り出したのはめぐみん。もはや忘れたものと思っていたのだけどしっかり覚えていたようだ。次第にカズマ君の顔が引きつったことを見ると、内心私と同じように忘れていたことを思わせる。

 

「魔道具でしたら問題なくありますよ♪探してみますから少々お待ちください」

 

するとウィズさんはうきうきしながら店の奥へと入っていく。普段ありえない商談が次から次へと舞い込んでくるのだから今のウィズさんはこれ以上ないくらい幸せだろう。

 

だけど忘れてはいけない。このウィズ魔法店に存在する商品は高性能ながら非常に高額で駆け出し冒険者ではとても手が出せないものか、あるいは使い物にならない産廃の二択である。そして後者が9割をしめているという驚きの確率である。

 

「お前金はどうするつもりだ?あまり高かったら俺は払わないからな」

 

「…あ、でもカズマさん。よく考えたらシルビアの討伐報酬があるので問題はないんじゃ…」

 

「あー…」

 

思い出したようにゆんゆんが告げると私もカズマ君もそういえばと思い出す。すっかり忘れていたのは私達にお金への執着が薄いことを表しているのかもしれない。シルビアの討伐報酬は記憶する限り4億はあったはずだ。私達7人でもらう事になるので分割はされるがそれでも高額な魔道具の1つや2つくらい余裕で買える金額になることは間違いない。

 

 

…間違いないのだが。

 

 

「何を言っているのですか、シルビアの件に関しては私は何もしていませんので受け取る事はできません。お金でしたら帰省した際に多めの生活費を残して回収してあるので問題はないです」

 

「…えっ、でもそれじゃ…」

 

「くどいですよ、どうしてもあげたいのでしたらあるえにでもあげてください、明らかに私よりも活躍してましたからね」

 

これはめぐみんなりの意地なのだろうか、思えばバニルの時にもめぐみんは結局討伐報酬を受け取っていない。こうなるとめぐみんはそのプライド故に絶対に受け取る事はないだろう。…まったく、面倒臭い子だ。

 

しかしあるえさんに報酬の一部をあげる事に異議はない。ゆんゆんとともに後衛火力として参加していたのだから。たけどめぐみんがもらわない事は納得はいかない。それに対して口を出そうとしたところで、カズマ君はそんな私の言葉を遮るように手を出して止めた。

 

「まっ、いいんじゃねーの。本人が受け取らないって言うのなら、それはそれで構わないだろ」

 

あっけらかんと言ってしまうカズマ君には反論したい気持ちが強い。すぐにでも言いたかったけどこれ以上この場で言い争うのは何も関係のないウィズさんに迷惑だ。そう思えるくらいの理性は残っていた。それにあくまで私とカズマ君やめぐみんは別々のパーティなのでそこまで口を出すことにも抵抗を覚える。

 

結局この話はここまでで終わり、私の中にはもやもやした気持ちだけが残ってしまった。

 

「そうそうアリス、明日辺り王都に行くんなら俺も一緒に行くからな。ドワーフってのも会ってみたいし」

 

「……それは構いませんけど…」

 

すっかりいつもの調子に戻ってしまったカズマ君の言葉に、私の中のもやもやはより曇っていく。本当に…面倒臭い。

 

なお、この後ウィズさんが様々な魔道具を持ってくるが、当然のごとく産廃ばかりで買わなかったことは言うまでもなかった――。

 

 

 



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episode 140 時間


遅くなりましたぁぁぁぁ(土下座)





 

 

目的のフレアタイトの魔晶石は無事に購入できた。ゆんゆんの杖を買う為の場所も紹介してもらえた。めぐみんは目的を果たせずに不機嫌な様子だったけど無いものは仕方ない。

 

たたカズマ君の考えが私には分からない。まさか報酬を貰う人間が減る事で取り分が増えるとか考えるような人間ではない、そりゃ報酬を分け合う対象が見知らぬ他人ならそんな考えも湧くかもしれないが相手はパーティメンバーのめぐみんだ。一緒に住んでいる身内なのだ、ならば便宜を計ってあげたい気持ちはないのだろうか。

…私がカズマ君の立場ならどうするだろう。ただあの状態のめぐみんを説得するのは難航しそうだ、そんなめぐみんのことを理解しているからあのように切り上げたのだろうか。

 

それにしても1000万するアクセサリーは強請るのにパーティメンバーとして受け取れる討伐報酬は拒否するというのも、私にはよく分からない。めぐみんなりの矜持なのかもしれないがそれなら――。

 

 

 

 

あっ。

 

 

そこまで考えて、私はようやくカズマ君の考えを理解した。多分カズマ君ならこうするだろうと確信めいた考えに至れたのだ。そう思えば私の中のもやもやは文字通り雲散、消滅していた。少し回りくどい気がするけどそれで解決するならいいのではないだろうか。

 

「…な、なんだよアリス、急にニコニコしてこっち見て」

 

「いいえ、なんでもありませんよ♪」

 

「お、おう…」

 

いけないいけない、考えが顔に出てしまっていたようだ。これで私の早とちりなら恥ずかしいけどそうならそうでその方法を進言してあげたらいいだろうし問題はない。

 

「それでは買うものは買いましたし、そろそろ帰りましょうか」

 

「うん、それじゃあウィズさん、またきますね」

 

「はい♪またのご利用をお待ちしております!…あっ、すみませんがアリスさん、少しだけお話したいのですが…」

 

窓から見える空色は既に夕闇が見えてきている。時間的にも目的が済んだ事も考えればそろそろ帰らなければならない。私の部屋でアンリが休めるようにしてあげなきゃいけないし。そんな想いから帰宅することを切りだせば、ウィズさんから引き止められた。

 

どうした事かと思い振り返ると、笑顔の中にある真剣な瞳が見える。…これはおそらくアンリの事だと思う。

 

「…わかりました。すみませんゆんゆん、アンリを連れて先に帰ってもらえますか?私は話が終わり次第帰りますので」

 

「えっ…で、でも…」

 

ゆんゆんは不安そうな様子でアンリに視線を移す。ゆんゆんも話の内容を予測したのだろう。だからこそ、自分も残って話を聞きたいとおもったのかもしれない。

私がアンリのことを引き取ると決意したのと同じように、ゆんゆんもその気持ちは同じなのを私も理解している。

 

だけど…。

 

「後ほどゆんゆんにもちゃんと話しますから…お願いします」

 

ウィズさんの話がアンリの件だった場合、アンリがいると話しにくいこともある。だからアンリは先に帰ってもらいたい。そうすると残りはカズマ君とめぐみんだけど現状アンリは私とゆんゆん、ミツルギさんにしか懐いていない。

ミツルギさんにしたようにめぐみんに預けるのも手ではあるけどまた余計な事を吹き込まれそうな気もする。カズマ君は狼さん呼ばわり故に懐くには時間がかかりそうだ。そうなると今アンリを預けられるのはゆんゆんしかいない。

 

「……わかった。絶対だからね!」

 

なんとか納得してもらった事でゆんゆんを含めた私以外のメンバーはお店から出ていき、それに続くようにウィズさんは扉の前にかけてある『OPEN』とこの世界の文字で書かれた札を裏返して『CLOSE』にして鍵をかけた。

 

「…あまり聞かれたくない話なので、一応一時的にお店を閉めておきますね」

 

「…すみません、そこまで…」

 

一瞬申し訳なさがわくも、そもそも開いてようが閉まってようが客が来るとは思えないのであまり意味もない気がする。かなり失礼だけど。

 

「…まずは聞かせて貰えますか?あのアンリさんと、どんな経緯で出逢ったのか。バニルさんからは『ある意味汝と同類の小娘が訪ねて来るから仲良くしてやれ』としか聞いてなくて…」

 

神妙な様子で聞かれたのは案の定アンリの事だった。しかしバニルのそれだけの助言であそこまで配慮できるものなのだろうか。少なくとも私から見た様子ではこちらの事情を全て知った上での行動だと思っていたのだから。

 

「…少し、長くなりますが…」

 

私は話す事にした。アンリの件について、こうやって話す事ができる人はあまり多くない。だけどアンリの為にも、できる限り多くの助言が、頼りになる味方が、それにより得られる安寧が欲しい。

 

出逢った切っ掛けは偶然だった。遠目に見て幼い少女が森にいて、私が《セイクリッド・ブレイクスペル》を使った事も偶然。怪我をしていた少女に回復魔法が効かなかったことから呪いの類かと勘違いした。

 

そしてそれによりアンリは自我を取り戻した。後にシルビアの話でアンリは植物モンスターと合成されられた事を知った。通常合成というシルビアの固有スキルによるものなので《セイクリッド・ブレイクスペル》を使えば人間のアンリと植物モンスターは完全に分離されるはずだった。

 

だけどアンリが合成して、時間が経ちすぎていた。だけどそれはそれで良かったことなのかもしれない…そう今は思っている。

話を聞く限りアンリは致命傷を負った状態で植物モンスターと合成したのだ。これは推測になるが単純に致命傷となった箇所を合成によって植物モンスターで塞いだ形になるのではないだろうか。だから可能性としては、私があの時合成を解除した途端人間に戻ったアンリが絶命する危険性もあったのだ。だけど実際合成を解除しても人間に戻れなかったのは、時間が経って命を繋ぐ為にアンリと植物モンスターの間の壁がなくなったのだと思われる。そしてあの時植物モンスターの意思が途絶えたのはおそらく命を繋ぐ為に必要な部分をアンリ側に残したから。

 

そんな推測も交えて、更にはそれからの出来事を全てウィズさんに話した。その間ウィズさんは何も言わず、ただじっと私の話を聞いてくれていた。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

「…そうですか……、あのシルビアさんがそんなことを…」

 

シルビアのアンリへの行動、それはウィズさんにとって意外なものだったのかもしれない。どこか思い悩むような仕草が見受けられる。

 

「…長くなりましたが……アンリについての話はこれくらいです」

 

「はい、話してくれてありがとうございました、…それで私が一番に思った事はですね…もう少しゆっくりでもいいと思いますよ」

 

「……ゆっくり、ですか…?」

 

「はい。ゆっくり、です。私も望んだとはいえ…リッチーになりたくてなった訳ではありません。ですからアンリさんの気持ちは私にもわかるんです。人間でなくなった事を悔やむ時もありました、私の場合…そんな事を考えている余裕は、あまりありませんでしたから…すぐに吹っ切ってましたけどね」

 

儚く微笑むウィズさんを見て、何かが私の心に重苦しくのしかかる。ウィズさんは自身で望んでリッチーになった。でもそれは当時仲間だった人達を救う為、それしか手が無かった。それを思い出させているのは私だ。申し訳ない気持ちになるのは自然な流れだった。

 

 

「私の当時の年齢でも、モンスターになってしまったという現実は辛いものでしかありませんでした。そんな想いをあんな小さな女の子がしているのは、多分私の味わったものより遥かに苦痛をもたらすものだと思います。それも彼女は望んでなった訳ではないようですからね…」

 

店内はシンと静まりかえっていて、時計によるチクタクする音だけが一定のリズムを刻んでいる。その静けさがよりアンリの状況を深刻に受けなければならないと錯覚しそうになる程度には、今の私に余裕はなかった。

 

 

「ですから、どうかあまり急がないであげてください。あの子をすぐにでも救ってあげたいアリスさんのお気持ちは凄く分かります、ですが焦れば焦るほど、アンリさんにとってはあまり良くないような気がするんです」

 

…ウィズさんの話を聞いていて思うのは、納得だった。確かに言われてみれば私は焦っていたと思う。アンリの母親がアクシズ教徒の可能性が高いと分かった時、私は真っ先にアルカンレティアへ行く事を考えた。それがアンリの為になると信じて。

 

…だけど思い出すのはあの時の困惑したアンリの表情。あの子はまだ自我を取り戻してそこまで時間は経っていない。なのに故郷はもぬけの殻で家族は行方知らず、更に自身がモンスター化している現実すらしっかり受け入れきれてはいないしそれだけではない。

 

アンリは私が知っていてアンリが知らない事実がまだまだあるのだ。アンリがモンスターに襲われた日から凡そ60年くらい経っていることもアンリには教えていない、…教えられる訳がない。

 

「……わかりました。アドバイスありがとうございます…」

 

「…何かあれば何時でも力になりますから、私の事も気軽に頼ってくださいね」

 

「はい…ありがとうございました…」

 

ともあれ話は終わった。結論から言えばやはりウィズさんに話ができて良かったと思える。改めてアンリの件と向き合う事が出来た気がする。

いつかはアンリに全てを話さなければならないかもしれない。そんな焦りから私はやはり急いでいたんだと思う。だけどあんな小さな身体のアンリに詰め込む情報として、今のままでは大きすぎる。だからゆっくり時間とともに打ち明けて行くしかない。

 

だけどそれは伝える事を前提にした場合だ。伝える事が本当に正しい事なのか、それすらも私にはわからない。知らない方が幸せ、そんなケースもあるのではないだろうか。少なくとも……今の私には、どうするべきか答えを出せなかった。

 

 

扉を開いて外の空を見上げれば、既に太陽は沈む寸前だった。少し薄暗くもあった。まるで私の心のように…なんて思ってみたりしてみる。

 

不安だ。私の出した答えは軽率では無かっただろうか。アンリのことを守ってあげられるだろうか。何時にもなく感情は薄暗い。

 

 

 

 

『…アリスおねーちゃん――!』

 

 

そんな薄暗い闇の中に、光が灯った気がした。

 

「…アンリ?皆と帰ったのでは…?」

 

「私達もいるよ、アリス」

 

振り向けばそこには帰ったと思っていた全員がその場にいた。駆けつけたアンリをそのまま抱き留めて多分今の私は軽く呆気に取られたような間抜けな顔をしていたかもしれない。

 

「その…アンリちゃんがね、アリスの事を待ちたいって言うから…ウィズさんとの話は終わった?」

 

「…ゆんゆん…、はい」

 

後程話す、そんな意志を込めて頷けば、ゆんゆんは僅かに微笑んだ。多分分かって貰えたのだろう。

 

「それじゃ帰るか、今日の夕飯の当番は俺だからな。焼きそばでも作るとするか」

 

「ふふっ、良かったですねアンリ、カズマ君の作る料理はとっても美味しいのですよ」

 

「食べ過ぎて太らないようにすることです、さもなくば…」

 

『……狼さんの料理……?…私を太らせて…「食べねぇよ!?だから俺は狼さんじゃねぇって!!」……!』

 

めぐみんの忠告に怯えるアンリとすかさずつっこむカズマ君を見て、私からは自然と笑みが零れた。

そっか。何も心配することも無かった。本当に悪い癖だ、私はまたまた独りで抱え込もうとしていたのかもしれない。アンリの味方は私だけじゃない、ゆんゆんだってミツルギさんだって、カズマ君達だって、ウィズさんだっているのだから。

 

ウィズさんの言う通り、ゆっくりアンリを癒していこう。アンリにはまだこれからたくさんの時間があるのだから。そう思えば、今考えていた事ですら、私は急いでしまっている、そう思うと密かに反省するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―カズマ君の屋敷―

 

――翌日。

 

ミツルギさんのお引越しは午前中から始まった。とはいえ空いている部屋にミツルギさんが収納用魔道具に詰め込んだ私物を移すだけのものだ。これと言って手伝いが必要な訳でもないらしいが、魔道具から出した家具や衣類なんかを整理する作業をダクネスやめぐみんが付き合っていた。勿論めぐみんは私物の物色目当てである。

 

そんな中、私とカズマ君はアクア様と三人でリビングにいた。ゆんゆんはアンリを連れて買い出しに行っているし、あの件を話せるチャンスは今しかなかった。

 

「…それで、どうしたのよ2人して」

 

「…すみませんアクア様、どうしても気になる事がありまして…」

 

それは勿論紅魔の里の格納庫で見付けた手記の件。あの場所で明らかになったのは数百年前に滅びたとされる古の魔導大国ノイズの研究者が私達と同じ日本人の転生者だと言う事。

 

それだけなら何も問題は無かった。私達以前にも私達の世界から転生した人は居ることを事前に聞いていたしこの世界に来た人達が何をしていようと直接私達には関係ない。だがその年月の差を考えたら理解が追いつかないのだ。

 

「紅魔の里に私達よりも前に転生したと思われる日本人の痕跡がありました。推定からですが数百年前の人間だと思われます」

 

「うん?そりゃいるわよ、私がこの世界に送り込んだ日本人なんてかなりの数がいるわよ」

 

「問題はそこじゃねーんだよ。その日本人が作ったと思われる物がそこにはあった、だけどそれは俺達の世界の凡そ30年くらい前の物だったんだ、なんでそんな最近の物を知っている人間が数百年前のこの世界に存在しているんだ?」

 

「えっ?えっと……その、もう1回言ってくれる?」

 

「つまり推測する限り私達より30年くらい前に転生した日本人が数百年前のこの世界に来ていると言う点です」

 

推測とは言ってももはや確定事項と思う。いくら日本人だからと言っても数百年前の日本人が何も知らずにあんなゲームの類を作れるはずがない。細部までそっくりだったのだから間違いなくオリジナルを知っているはずなのだから。

 

「…私も詳しくはないけど…簡単に言うと、日本とこの世界、そして天界での時間の流れは全然違うわ」

 

「時間の流れが違う?そうは言ってもこの世界の時間の流れに違和感は感じないけどな。朝昼夜があって1日が24時間なのも時計が証明しているし、春夏秋冬もあるし年月の概念もこの世界にもある」

 

「…年月については昔この世界に来た日本人の転生者が広めた可能性はありますけど…」

 

「だから私も詳しくないんだってば。後は…そうね、世界の壁を抜ける時に時間がかなりずれこむって聞いた事があるわ、それも一定じゃなくて完全にランダム。後、あんた達がこの世界の時間に違和感がないのは言語とかと一緒よ、この世界の環境に馴染むように適応化されているの、だから厳密にはカズマの見た目は日本にいた頃のままだけど、実際には細部まで再現された別物よ。そうしないとこの世界に存在しない日本のウイルスとかを持ち込まれても困るのよね」

 

「……つまり、その世界の壁とやらのせいで同じ時期に転生したとしても、全く異なる時間帯に飛ばされる可能性も…?」

 

「あると思うわよ」

 

聞けば聞くほど頭が痛くなる話だった。非現実めいている…とはいえそれは今更ではある。日本から転生して、更に知らないはずの言葉や文字を知っている、まるで日本語のように自然に読めてしまうのは当時不気味に思ったものだ。

しかしなるほど、結果的に身体そのものを作り直すのだから私のように見た目を変えてしまうこと自体は別に難しくなかったのだろう。

 

「ミツルギさんと私が転生した時期はそこまで離れていないはずですが…実際のところどうなんでしょうか…」

 

「えっ?アリスって日本にいた頃からミッツさんと知り合いだったのか?」

 

「……あっ」

 

完全に油断していた。私とミツルギさんが前世でも知り合いなのは私とミツルギさんしか知らないことだ。何よりそれを正直に話したくはない。話すということは、私とミツルギさんの死因を話すことになるのだから。

 

「…あんた本当にデリカシーがないわね、前世の話なんてそう話せる訳ないじゃない。なんならあんたの死因をアリス達に話してあげましょうか?」

 

「…っ!?…わ、悪い、そんなつもりじゃ」

 

「…いえ、大丈夫です。ですがミツルギさんとの関係は…その…死因に関わる事なので…できれば…」

 

「…悪かったよ、もう聞かないから」

 

空気が重くなってしまった。カズマ君に悪気があった訳じゃないのは分かっている。まさか前世でのミツルギさんとの繋がりがそのまま死因を指してるなんて思いもしないだろう。

 

それにしてもそんな状態で私とミツルギさんが再会できたのはもしかして奇跡としか言えないのではないだろうか。アクア様の話で仮定すれば私はミツルギさんの送られた100年後とかに存在していてもおかしくは無い。運命の巡り合わせとでも言うのだろうか、そう考えたらロマンティックな気もする。

 

だけどこの話はここまでにしておこう。以前ミツルギさんに言われたように今の私達は今のこの世界に存在していて、こうして生きているのだから。前世の全ての事を忘れる事はない、だけど思い出として私の中で生き続ける。

 

未練は何度断ち切っても蘇る。だったらうまく共生するしかないのだから、それを否定し悲観したところで何も変わらないし過去を変えることはできない。

 

 

 

 

 

「それにしても最初は忘れていたとは言え…よく私の事をそこまで思い出しましたね」

 

「そこはもっと褒めて欲しいわ!!転生者なんて数え切れないほど送ってるし、それこそこっちでいうところの何百年と続けてきたことなのよ!思い出すの大変だったんだから!」

 

「……何百年って……、お前……一体いくつなんだよ?」

 

それ以上いけない。いや私も気になったけど世の中には触れてはいけないものがある。仮にも女神様の年齢なんて安易に聞ける訳ないじゃないか。何を言っているのかカズマ君は。…と思いながらも私はついアクア様に視線を寄せていた。

 

「…あんたね、女神である私にそんな事聞いちゃう?何度も言うけど私は女神だからね?あんた達人間とは違う存在なの、敬うべき存在なの、その質問は明らかに不敬だと思わないかしら?」

 

「……なんだ、ババアか」

 

「はぁ!?!?」

 

とうとうカズマ君が言ってはいけない言葉を言ってしまった。これにはアクア様も怒り狂う。とりあえず巻き込まれないうちに避難しておこう。

 

「ふざけんじゃないわよ誰がババアよ!?さっきも言ったでしょ!!そもそも天界と地上では流れる時間が違うのよ!!地上での1ヶ月が天界ではほんの1時間だったりするんだから!!あんたの思考が届かないような高尚で偉大な存在なのよ私は!!だから訂正しなさいよ!!謝りなさいよ!!じゃないとあんたそろそろ本気で女神による天罰を与えるわよわぁぁぁぁぁ!!」

 

当然のご乱心である。触らぬ女神に祟りなし。私はその場をひっそりと退散することにしたのだった――。

 

 

 

 

 








番外小話。


「閏年が誕生日だなんてなんだか素敵ですね、おめでとうございます、ゆんゆん♪」

「…う、うん、ありがとう…。でも閏年って、何?」

「2月29日は閏年と言いまして4年に1度しか訪れません……なるほど、それでその発育ですか…」

「何を考えてるのかなんとなく想像つくから言うけど違うからね!?その計算だと私は56歳のおばあちゃんだからね!?」

「いや冗談を本気で返されましても…、まぁ普通は2月28日を代替としてお祝いするようですけど…」

「…えっ?そ、そうなの?…で、でも私今まで28日に祝ってもらってないけど…、それどころか里にいた頃は誕生日すら独りでケーキにろうそくを立てて…自分の為にお歌を歌って…」

「ゆんゆん、過去を見ても仕方ないです、それより未来を見て進むのです。大丈夫ですよ、私はずっとゆんゆんと一緒にいますから」

「…アリス……」

「親友ですからね、当然ですよ。これからもよろしくお願いしますね」

「……親友……、あ、うん……よろしく…」

「……ゆんゆん?」

「な、なんでもないよ!不束者ですがっ、これからもよろしくお願いします!!」





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episode 141 ゆんゆんの新武器

 

 

―王都ベルゼルグ―

 

時刻は午後に差し掛かり、私とゆんゆんはテレポートで王都へと移動していた。ここ数ヶ月、魔王軍による襲撃は全くないこともあり、私やゆんゆんが初めてこの地にたどり着いた時よりも王都の城下町は活気と人混みに満ち溢れている。

ダクネスに聞いた話によれば、この王都ベルゼルグの国王は現在城に帰還しているらしい。魔王軍が攻めてくることがまったくなくなり、魔王軍の幹部は既に半数となる四人撃破している。陣頭指揮をとっていたと思われるベルディアやシルビアがいなくなったことが大きいらしいが、それにより遠征に出ていた国王の軍にもかなり余裕ができたのだとか。

 

更にアイリスに吉報が持ち込まれた。

 

以前の襲撃により外出禁止となっていたアイリスだったが、その襲撃した盗賊達がまとめて捕まったのだ。これはダクネスの父親であり現アクセルの領主代行をしているイグニスさんの指揮によるもので、アルダープの屋敷や使用人の取り調べを行った結果、アルダープと盗賊との繋がりが露呈した。騎士達を率いて隠れ家を強襲し、全ての盗賊がお縄についたとのこと。

これで近々アイリスの外出禁止も解除されることだろう。盗賊にしてみればただの誘拐のはずが王女誘拐未遂という立派な国家転覆罪が適応されることになる。証拠も揃っているので裁判の余地すらない。もっとも、誰の誘拐未遂だろうが犯罪は犯罪。しっかり罪を償っていただきたいものだ、無理だろうけど。

 

 

さて、そんな王都に来たのは他でもないウィズさんの紹介によるドワーフがひっそり運営している鍛冶屋に行く為だ。ウィズさんが勧めるくらいなのだから普通に王都で買うよりも強力なものが買えそうだと期待を持っている、あくまで私は。

 

一方ゆんゆんは自信なさげなのと緊張している様子が混ざって落ち込んでいるようにすら見える。おそらく話に聞く限り頑固で偏屈だと言うドワーフに気に入られる自信がないのだと思われる。

 

これについてはどうなるか分からない、最悪門前払いの可能性すらあるがウィズさんに紹介してもらう手前行かない訳にもいかない。駄目なら駄目で諦めて王都の武具屋で購入するしかないだろう。一応ウィズさんから紹介状を書いてもらったので流石に門前払いはないと思いたいけど。

 

「……ここ…かな…?」

 

「地図によるとここで間違いなさそうですが…」

 

ウィズさんの書いてくれた地図に導かれるままに王都の城下町を歩いて30分ほどでその場所に到着した。一見すればちょうど住宅街エリアと商業工業エリアの間に位置するその場所は、お店のようには見えない普通の民家。

 

ただ異様に感じるのは大きめの煙突から常に上がる濃い煙。それはまるで空への雲を製造しているかのように限りなく上がり続けている、普通の民家でここまでの煙はまず上がらない。そんな光景こそ、その家は普通ではないことを証明していた。

 

2人で正面に立つと大きな木製の扉がある。私はとりあえずノックしてみることにした。

 

 

コンコンッ

 

 

「……特に返事はありませんね…」

 

「…だけどこれだけ煙突から煙が立ち込めていて留守は考えにくいと思うけど…」

 

ノックしても無反応なことで2人して首を傾げてしまう。今の時期、日中は暖かく普通の民家なら暖炉に火を灯すような気温ではない。だからこの家が普通ではないことは間違いない。

間違いないのだがこれはあくまで推測に過ぎない、確定ではないのだ。例えば極度の寒がりの人が住んでいる普通の民家である可能性もなくはないのである。もっともそれならそれで改めて住人に鍛冶屋の在処を聞き出せばいい、ウィズさんの地図によればその辺なのは間違いないのだから。

 

私ははやる気持ちからドアノブに手をかけ、捻って引っ張ってみる。すると鍵は掛かっていなかったようで木製の扉はあっさりと私達の侵入を許してくれた。

 

「あ、アリス…勝手に開けたら…」

 

「…いえ、どうやら問題なさそうですよ」

 

確かにゆんゆんの危惧するように勝手に開けて侵入すれば不法侵入だ、この国でもそのような法律は存在している。ただそれはこの家が一般的な民家だった場合。

実際に今扉を開いて私が見た光景はその心配が杞憂であると証明するのに充分なもの、あちらこちらにある棚には乱雑に様々な武具が置かれていて奥にはカウンターらしき机もある。

 

「…お、お店…?だけど誰も…」

 

「…ゆんゆん、静かに」

 

ただこのお店、扉を開けた事により鳴るカウベルもなければカウンターに店員もいない。唯一聞こえたのは金属音、それは間膜を空けてカーン、カーンと一定のリズムで聞こえてくる。どうやら店主は奥で仕事中のようだ。

 

「すみません、どなたかいらっしゃいますか?」

 

「……」

 

勿論居ることは分かっているがあえて私はカウンター奥へと声を出してみた。すると金属音が止み数十秒、奥から物音が聞こえたと思えば、のれんを潜りその姿を表した壮年のドワーフと思われる人が現れた。

 

「…ひっ!?」

 

「……」

 

ゆんゆんは驚き固まってしまい私もそれ以上喋ることができなかった。出てきた御仁は見た目からして強面。ドワーフ故なのか身長は低めだが異常に筋肉質で肌は日焼けしたように黒い。片目である左目は黒い眼帯をしていてそれでは隠しきれない傷跡が見受けられる。頭はスキンヘッドで対照的に口元の髭はまるでサンタクロースのように立派な白髭。

サンタクロースと比喩したがそんな穏やかな見た目ではない、何よりもこちらを突き刺す鋭い鷹の目のような眼光には私もゆんゆんも萎縮するしかできなかったのだから。

 

だけど強面の人なら私とてこの世界で初めて出会う訳では無い。アクセルの冒険者ギルドの酒場の常連の強面の男性は見た目通り豪快ながら性格は優しかった、人を見かけで判断してはいけない。そう思っていたけど。

 

「…ここはガキの来る所じゃねぇ、すぐにでていきな!」

 

壮年の男性特有の野太く低い声が店内に響くと、私もゆんゆんも固まったまま再び萎縮してしまう、どうやら見た目通りの人らしい。ドワーフの男はそれだけ告げると片手に大きなハンマーを持ったまま店の奥へと行こうとする。

 

「…ま、待ってください!私達、ウィズさんの紹介でここにきたんです!」

 

ゆんゆんが声を強引に張り上げて言うと背中を向けたままドワーフの動きが止まった。そして振り向けば、男性の目はこちらを睨みつける。

 

「…ウィズだと?あの氷の魔女のか?」

 

「…は、はい。こ、これ…ウィズさんの書いた手紙になります…」

 

さっきからゆんゆんが先導して話しているのは単純にゆんゆんに頼まれたからだ。いつもなら私から話していたのだが今回はゆんゆんの杖の件での事なのでゆんゆんが話をつけたいと意気込んでいた。…だけどこれは今までに関わったタイプの人ではない。はっきり言えば日本でいうヤクザにでも話しているような気持ちになる。明らかに怖すぎる。

 

ゆんゆんがおそるおそる差し出す封筒を奪い取るように受け取った店主は乱雑に中の手紙を取り出し無言で読み始める。…この読んでいる間の静寂が怖い、凄く怖い。私もゆんゆんも固唾を飲んで見守るしかできない。

 

とりあえず思ったのはここにアンリを連れてこなくて良かったと心から思う。元より人が多すぎる王都にアンリを連れていくつもりは全くないのだが仮にアンリがこの場にいたら間違いなく泣き出しそうだ。

 

「…しかし随分懐かしい名前が出てきたな、ウィズは元気でやっているのか?」

 

「……えっと…、はい、アクセルで魔導具屋を経営してます」

 

すると店主の様子が変わった。どこか感慨深い目をしている…と思えばそれは一瞬だった。すぐに落ち着いたように元の顔に戻ると手紙の続きを読み始めた。

 

「…ふん、話は分かった。ようは俺の作った武器が欲しいってことか…、なら選ばせてやる。その辺の棚に杖なんかもあるだろう?その中から適当に選んで買うか、あるいは特注で作るか、だ」

 

「…と、特注……ですか?」

 

ウィズさんの手紙にどのように書いてあったかは分からないがどうやら問題なく武器を買う事ができそうだ。これには目立たない程度に安堵の息をつく。

 

「特注の場合条件があるがな」

 

「…ゆんゆん、とりあえず此処にある物を見せてもらってから決めてもいいと思いますけど…」

 

「う、うん…その、見ても「好きにしろ」……あ、はい…」

 

それにしても無愛想な店主である。もっともこの強面で愛想が良くても逆に怖いことは間違いないのだけどまともに商売する気はあるのだろうかと疑問すら湧いてしまう。

 

とりあえず店内の棚に飾られている杖を一つ一つ見てみる。思ったより品揃えはいいのだけど見た感じ特別な感じはしない。流石に駆け出し冒険者の街であるアクセルよりは強い装備が並んでいるが見た感じ王都の他の武器屋に売られているものと大差はないように見える。

 

…だけどあのウィズさんがわざわざ薦めたくらいだ。他の武器屋にはない何かがあるのだろうか。とはいえ見ただけでは全く分からない。少なくとも私には。

一方ゆんゆんはひとつひとつ丁寧に杖を取っては見たり、握ったりして感触を確かめている。

 

「……すみません、特注ですとどれくらいの期間がかかりますか?」

 

「……一週間もあれば充分だが、特注にするつもりか?条件はかなりきびしいぞ、金だってかなりの額になると思うが?」

 

まるで脅しているように告げる店主だがゆんゆんは怯まなかった。そのまま首を縦に振ることを答えとすると、店主の口元は軽く緩んだ。

 

「……くっくっく、なるほど。あのウィズが一目置く訳だ。合格だよ」

 

「……え?」

 

合格。店主はゆんゆんに向けて確かにそう告げたが私にはその意味が分からなかった。ゆんゆんにその意図が理解出来たのだろうか、ゆんゆんの表情にあまり変化はない。

 

「…ここに並んでいる武器は…貴方が作ったものではないですよね?その…値段は飛び抜けて高いですが…品質を見れば王都の他の武器屋で売っているものと変わらない感じが…」

 

「…ご名答、そこに置いてるのは全部ダミーのようなもんだ」

 

「……ダミー?」

 

「おう、そこにある鈍で満足できるようなヒヨっ子なら高い金出してそいつらで勝手に満足してればいい。俺自ら武器を作るに値しねぇ客だと見限るだけの話だ」

 

そこまで聞いてなんとなく理解できたような気がした。つまりこの店主、最初から私達を試していたのだろう。思えばウィズさんから初めに聞いていた事だ、このドワーフの店主は偏屈であると。

そうなれば最初から選択肢は特注しかないのである。ゆんゆんの推測によればここに飾ってある武具はどれもそこらのお店で売っているものと変わらない。自分の作品を扱おうとする者がそんなこともわからないような輩では我慢できないと言ったところだろう。それにしても見極めたゆんゆんは素直に凄いと思える。

 

 

さて、これで第一関門は突破というところだろうか。これで問題なくオーダーメイドができる訳では無いらしい。

 

「…あ、あの…それで……条件…とは…?」

 

「簡単な話だ、作るには材料が必要だ。それをお前らで用意してこい、言っておくが生半可な物を持ってこようもんならその時点でこの仕事は終わりだ、他所で頼んでくれや」

 

「…っ!」

 

「…そ、それで…何を持ってくればいいんですか?」

 

相変わらず萎縮しながらだけどしっかり要件を聞こうとするゆんゆんに私は内心感銘を受けていた。今までのゆんゆんなら…、いや、私でもこの場から逃げ出している可能性は高い。それだけの威圧感をこの店主は常に出し続けているのだ。

 

「それはお前さんの欲しい武器の内容による、見た所杖を見ていたがどんな杖が欲しいんだ?」

 

「…えっと、短杖です。携帯しやすい感じで…、その…」

 

「…なら材質は軽い方がいいな、……どれ、こんなものだろう」

 

ゆんゆんの注文を聞きながら店主は羊皮紙にスラスラと何やら書き込んでいき、その紙を私達に差し出した。そしてそのまま私達に背を向ける。それは話は終わったと背中で語っているように見えてこれ以上の事を聞くことを拒絶しているかのようにも見える。

 

「材料が揃ったらまた来い、それじゃあな」

 

そのまま店の奥へと戻る店主を、私とゆんゆんは呆気に取られた様子で見つめることしかできなかった――。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

―王都ベルゼルグ・喫茶店―

 

鍛冶屋から出た私とゆんゆんは、そのままその足で王都の冒険者ギルドの傍にある喫茶店へと入った。その一番奥のテーブルで改めて貰った羊皮紙を確認したかったのだ。

 

「…こ、怖かった…ホントに…」

 

「…よく頑張りましたよ…」

 

「アリスがいてくれたからよ…私一人だったら間違いなく何も言えずに逃げ出してたわ……」

 

今の私達を見た他の人はおそらくクエスト帰りか何かだと誤解しているかもしれない。実際、下手なクエストよりも明らかに疲労している。ぐったりしながらのティータイムは傍から見れば多分異様な光景だろう。

 

「それで、必要な物はなんなのでしょう?」

 

「…えっと……」

 

私達二人はそのまま羊皮紙を見る。簡易に書かれた品目は全部で3つ。

 

ひとつは高純度マナタイト結晶

 

大きさなど細かい事は書いていないがゆんゆんの杖に使うと思われる程度の大きさがあれば問題はないだろう。高純度と記されていることからそこらにあるマナタイトの魔晶石でもよろしくはない。手かがりがない以上探すのに難航しそうだ。

 

ふたつめはワイバーンの爪

 

これは一見すると比較的楽なのではないかと思われるがあの店主は確かに言った、生半可な物を持ってくるなら仕事は受けないと。ならばそんじょそこらのワイバーンでは話にならないかもしれない。

 

そして3つめが特殊な金属

 

これについてだけは意味不明でしかない。変わった金属を持ってこいということなのか。特殊という意味合いはなんなのか。ただ金属と言って思い出す有名な鉱石は私の魔晶石にもなっているアダマンタイトが頭に浮かぶがそれ自体は価値はあるもののそこまで珍しいとも言えない。これまた難航しそうである。

 

 

 

「……まとめますと…、どれひとつ取っても即座に入手できそうなものはありませんね…やはり王都の他の武器屋さんで杖を買いませんか?」

 

ただこれだけの最上級と思われる素材を集め杖となった時、ゆんゆんは間違いなく強くなれる。

とはいえ必要素材がみっつもある上にどの素材の在り処も検討もつかない。だからこそ進言したのだけどゆんゆんは黙って俯いていた。

 

「……多分なんだけどね、ウィズさんが今回の鍛冶屋さんを紹介してくれたのは、私の話したことを覚えてくれていたからだと思うの……」

 

「…話したこと、ですか?」

 

「うん……、アリスも凄そうな杖を持っているし、ミツルギさんも魔剣グラムを持ってて……その…私だけそういうのがないから、そのなんて言うか…」

 

言いにくそうに話すゆんゆんを見て、私はなんとなく察することができた。確かに武器に関して言うなら私やミツルギさんの武器はアクア様から賜った神器である。本人が使う場合でしか強力な効果は得られないが、魔剣グラムに関しては言うまでもなく、私の杖は私の魔法が組み合わさる事で真価を発揮する。言わば専用武器。

ただゆんゆんに関してはそのようなものはない。今まで使っていたものも王都

で売っている高品質なものではあるが希少な物でもない。持っているこちら側はわからないことだがゆんゆんからして見ればそういった武器が羨ましくあったのかもしれない。

 

「…その、だからね、私もそんな武器が欲しいの。だからすぐには無理かもしれないけど、冒険している内に集められたら…」

 

「そういう事なら私もお手伝いしますので、遠慮なく頼ってくださいね」

 

「アリス……うん、ありがとう…!」

 

「とはいえ丸腰では不味いですから間に合わせで今までと同じくらいの性能の杖は買うべきですね、でないと冒険すら出来ませんし」

 

「あっ…うん…」

 

素材を集めるにしても今のままでは集める為の冒険にすら出れない。なのでどの道杖は必要である。

それにしても前途多難な素材集めだけどまたもやるべき事が増えてしまった。退屈しないで済むのはいい事なのだけど、もといこの世界で退屈なんて感じた事はないのだけど。

 

再び外出出来るようになったアイリスの元へも行かないと行けない。魔王軍幹部シルビアの討伐報告もしなければ。それにアンリの事も完全に落ち着いたとは言えない。

 

できる事からひとつずつやっていこう。私はそんな想いでこれからを見据えていたのだった――。

 

 

 

 

 




ゆんゆんの武器についてはあっさり済ませようと思ってたのですが、どうしてこうなったのかは誰にもわからない


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episode 142 平穏を求めて

相変わらず遅くて申し訳ないです。しばらく一週間前後の更新になるかと思います。


 

―カズマ君の屋敷・リビング―

 

赤い絨毯が敷きつめられた広めのリビング、そこには大きめのソファがあり、長く住んでいるとこの場所に集まった時の定位置が大体決まってしまう。

現在3つのソファがあり、コの字に置かれていてそれぞれ、私とゆんゆんとアンリ、カズマ君とめぐみんとアクア様、そしてミツルギさんとダクネス。それぞれのソファに腰掛けて話す。そんな形で落ち着いていた。

 

「それでゆんゆんは新しい武器を手に入れられたのか?」

 

「…それが……」

 

私とゆんゆんは今回の件について皆に相談してみる事にした。あれから喫茶店で考えたが何も浮かばない。紅魔の里の図書館で調べる事も視野に入れているがまずは身近な人に聞くのも手だと思えていた。

 

「……なんか如何にもRPGのクエストって感じの話だな…」

 

「あーるぴーじー?」

 

事情を説明すれば真っ先にカズマ君から出た感想。それに疑問符を浮かべたゆんゆん。分からないのは当然として他の皆に目をやると誰もが考え込むような仕草をしている。やはりお題が難解すぎるのかもしれない。

 

「いやこっちの話だ。…ひとつずつ考えてみようぜ。まずはマナタイト結晶?か?めぐみんの杖にもついているやつだよな?」

 

「マナタイトとは簡単に言えばマナ…つまり魔力が凝縮された鉱石です。純粋な魔力の比率が高いほど希少かつ貴重なものになりますね。マナタイト自体は一般的で珍しいものではありませんが純度によっては豪邸が建てられるほどの価値があると言われています、無論武器として使えばそれだけ強力なものになるでしょうね。そもそも私が知っていたら自分で入手していますよ、私の杖についているものはそこまで純度の高いものではありませんし」

 

「…この件に関してはウィズさんを頼るのがてっとり早いかもしれませんね…」

 

話した結果ウィズさん頼みで落ち着いた。身近で鉱石などに詳しい人は私達の中ではウィズさんしか思い浮かばない。ウィズさんがわからなければ完全に手詰まりになるがその時はその時。

 

「次は…ワイバーンの爪…当然これも王都近辺に飛んでるやつじゃ駄目なんだろうな」

 

「ワイバーンの上位種となると…グレートワイバーンというのがいるがそこまで強敵というほどでもない…、となるとそれよりも上か…」

 

「ミッツさんは魔剣があるから余裕かもしれないけどあれ結構厄介だからな?見た感じドラゴンとほとんど変わんねーし」

 

「モンスターに関してだとやはり冒険者ギルドで聞くのが一番かもしれないな。恥ずかしい話だが私達のパーティは王都でのクエストを始めて日が浅いし基本アクセル近郊のクエストのが経験は多いからアリス達に心当たりがないとすれば難しいだろう」

 

この件に関しても有力な情報はギルドに聞くしかない。モンスターに関しての情報ならギルド以上に頼りになる所はない。現状大した情報が入ってはいないものの、次に進むべき導を得たと考えたら、それだけでも相談して良かったとも思える。

 

「……最後は特殊な金属って……これだけやけに範囲が広いな。金属と一言で言っても色々あるだろうに」

 

「それに関しては心当たりがありますけどね」

 

「…!めぐみんそれ本当!?」

 

思わず席を立つゆんゆんにめぐみんは呆れた視線を向ける。まるで本気で驚いているのかと疑っているようにも見えてしまい、この反応にゆんゆんはキョトンとしてしまった。

 

「ゆんゆん、もう忘れたのですか?つい最近特殊な金属でできたものを奪われて戦ったではないですか」

 

「…え?奪われて……戦った……あ」

 

「……なるほど、…魔術師殺しですね」

 

めぐみんの言葉に私とゆんゆんは揃って驚いた。完全に失念してはいたがあの素材ほど謎に満ちた素材もない。強い魔法耐性をもつらしいし一般的な普通の金属ではないことは確かだろう。確か謎施設の地下に残されていた助手らしき人の手記にも防具などにすればいいのにと個人的な感想が述べられていた。つまりあの素材そのものは装備として流用することは可能なのだ。

 

「確かにあれほど特殊な素材もねーよな、似たところではデストロイヤーの装甲とかもあるけどあっちはほぼ片付けられたしな」

 

「金属の件はそれでなんとかなりそうですね、……ただ、今やお墓となっているものを使うのは少し抵抗を感じますが…」

 

「実際あの中にシルビアが眠っている訳ではありませんし、あの瓦礫の山の中から一欠片持っていくだけでしょう?そこまで気にする事はないと思いますけどね、まぁアリスの気持ちも分からなくはないですが」

 

確かにゆんゆんの短杖として使用するなら多く見積っても両手拳分程度の大きさがあれば充分だろう。少し気持ち的な面で抵抗は拭いきれないが他に浮かぶものもない、ゆんゆんはそれを候補のひとつとして考えておくことにしたようだ。

 

 

 

 

 

「それより、そろそろ報告に行こうぜ」

 

「今回はアクセルでお願いしますよ、王都の冒険者ギルドはお堅いですし面白くありませんからね」

 

「…へいへい」

 

閑話休題。結局ゆんゆんの新武器については即座にどうにかできるものではない。そんな状況から早くも打ち切られることになり、違う話題が上がった。

 

報告――、それは言うまでもなく魔王軍幹部シルビア討伐の報告である。報酬は受け取るつもりはないのに賞賛は受けたいらしい、本当にめぐみんという子はよく分からない。

ふとゆんゆんに視線を移すとどうやら私と考えは同じのようだ。行きたくないという気まずそうな目がまるで鏡でも見たかのように私と一致したのだから。個人的には王都で報告した方がギルド側が内々で済ませてくれるので有難かったりする。

アクセルの冒険者ギルドで報告しようものなら即座にお祭り騒ぎの宴会へと発展することは避けられないだろう。カズマ君やめぐみんはそんなノリの方が好きなのかもしれないがこちらとしては静かに済ませたい気持ちが強かった。そしてそれはゆんゆんも同じだろう。

 

宴会なら既に紅魔の里で行ったのだからもういいのではないだろうか、私としてはそう思っている。

 

「報告ならカズマ君達で済ませてもらえません?正直あまり騒がしくなるのは得意ではないので…」

 

だから私は率直に嫌そうな顔を隠そうともせずにそう告げた。しかしそれは愚行だった事に気がつくことにそう時間はかからなかった。

 

「おいおい何を言ってるんだよ、今回のシルビア討伐の功績は誰がどう見てもアリス達のパーティ寄りのことだろ?冒険者カードにシルビアの名前が刻まれてんのもゆんゆんだし、お前らが来なきゃ話が進まないじゃないか」

 

「カズマの言う通りですよ、覚悟を決めて行くことです」

 

「で、でも…」

 

ふとカズマ君やめぐみんの視線が私とゆんゆんの間に移る。すると一瞬だけバツが悪そうな顔をしていた。

確かに単純にそういったノリが苦手というのも行きたくない理由のひとつ。だけどそれだけではない。アンリの存在についてだ。

アンリは知っての通りモンスターである。まさか大勢の人がいる冒険者ギルドに連れて行く訳には行かない、万が一正体が明らかになればどのようなことになるかと思えば安直に動けないのだ。とはいえ独り屋敷でお留守番させる訳にも行かない。

 

「仕方ないですね、分かりましたよ。ですがゆんゆんとみっつるぎは来て貰いますからね」

 

「…2人ともすみません…報告はお願いします…」

 

アンリの件を納得してくれたのか、二人は無言のまま頷いてくれた。そのままアンリを見ると少し寂しそうに俯いている事に気が付けば少しだけ心が傷む。

 

「…いや、それはどうだろうか?」

 

「…何がだよ?ダクネス」

 

カズマ君達が準備へと動こうとした時、顎に手を添えて考え込みながらもダクネスが待ったをかけた。その真剣な面持ちには思わず全員が動きを止めてダクネスに注目する。

 

「皆もよく考えてみて欲しい。アンリの手前言い難い事ではあるが…、アリス、お前は今後もずっとアンリをモンスターだからという理由で街の人達から隠し続けるつもりなのか?」

 

「……そ、それは…」

 

言葉に詰まる。それは私の心奥底で懸念していたことでもあるのだから。ただそれを表面上に出さなかっただけ。言ってしまえば現実逃避でしかないのだけど私は無意識にそうしていた。その問題を完全に後回しにしてしまっていた。

 

「そうだとしたら私は違うと思う。確かに危険もあるかもしれない、だがアリスはアンリの事を一人の人間として扱いたいのだろう?ならばいっそバレるバレない以前に冒険者ギルドにアンリの事を報告してしまってはどうだろうか?」

 

「…っ!?…ダクネスらしくない事を言いますね…、それでもしもアンリの事がモンスターという理由だけで否定されてしまったらどうするつもりですか!?」

 

「…お、おいアリス…」

 

思わず立ち上がって声を荒らげてしまうとすかさずカズマ君が私を落ち着かせようと声をかける。その声とカズマ君の視線の先の存在にハッと気が付く。無言で俯いているアンリの姿を見るなり私の心中は後悔の念で押し潰されそうになっていた。

 

「アリス、お前の気持ちはよく分かる。だが私からしてみればアリスの懸念は杞憂に過ぎないと考えている」

 

「…どういう事ですか?」

 

「…あぁ、確かにダクネスの言う事も一理ありますね」

 

「…めぐみんまで…」

 

めぐみんに目を向けると同時に少しだけ落ち着けた気がした。まったく…どうしてこういつもこうなるのだろうか。

冷静になって考えてみてもやっぱりそれは容認できない事だ。例え低い可能性だとしてもアンリがこれ以上悲しむ事になるのなら私は真っ向から否定する。せざるを得ない。

 

「…アリス、僕もダクネスさんの案は一理あると思う」

 

「…ミツルギさん…?」

 

「少し落ち着いてくれ、まずアリスを否定したいが為にこんな事を言っているつもりはないんだ」

 

「……流石にそこまでは思ってませんけど…」

 

だったらこちらの話をちゃんと聞いて欲しい。ミツルギさんは目でそう訴えていたしダクネスやめぐみんもそれは同じのようだ。

確かにちゃんと話を聞かずに否定するのは良くない。…そもそも私はどうしてここまで感情的になってしまうようになったのだろう。前にもそんな事を考えた気がする。

 

それはさておき冷静に皆の意見を聞こう。そう思えば私はそのままソファに腰掛けて話を促すことにした。

 

「…まずアリス、お前の考えが間違いとまでは言うつもりはないんだ、アンリの事が心配だから可能な限り不安要素を排除したいのだと思う。確かにアリスの考えている最悪な事態も想定しなくては行けないことだ」

 

「……」

 

「ですがアリス、まずアンリが迫害される前提を考えてみてはどうですか?アクセルの街の人達はそこまで信用できませんか?」

 

「……あっ…」

 

アクセルの街の人々と聞いて浮かんだのは私のかつてのパーティメンバーであるテイラーさんのパーティの面々、それに冒険者ギルドで見かける様々な冒険者、受付のルナさん、気のいい街の人々、セシリーさん、それに著名な貴族はダクネスのお父さんであり現領主代理のイグニスさん、更に私とお見合いをしたバルターさん。

 

確かにその人達にアンリと会わせた時に、迫害及びアンリが傷付くことになるようには考えにくい。そう思えば自分で自分が情けなく感じてきた。

アンリの事だけを想うあまり、私はアクセルの街の人々を全く信頼していなかったということになるのだから。

 

「勿論希望的観測であることも承知の上だ。ならば私はダスティネス家の名を使ってでもアンリの身を守ることを約束させてもらおう」

 

「ダクネス…そこまで……」

 

ダクネスが当然のように言うが言うほど簡単な事ではない。何よりも気軽に家名を持ち出す事はダクネスが嫌っていることを私達は知っている。

 

「人一人の人生がかかっているのだ、家名を使うくらいなんて事はないだろう?」

 

「……っ!」

 

人――。

 

ダクネスの言葉に私は小さくない衝撃を受けていた。これではアンリがモンスターである事を一番に懸念していたのは他でもない私だったと気付かされる事になったのだから。私が誰よりもアンリを人として見てなかったのではないか、そこまで思ってしまっていた。

勿論そんなつもりは無いと断言できるが私がアンリの事を隠せば隠すほど、皮肉にもそのようになってしまうのだ。その事に気が付けば涙が止まらなくなっていた。

 

ウィズさんは急ぎすぎないでほしいと言った。だけどこの件についてはそういう問題ではない。

 

『……お姉ちゃん――、ありがとう――』

 

「……アンリ…私は……」

 

アンリはそのまま首を横に振った。そしてそのまま私に抱きついて、泣いている私を落ち着かせようとしてくれた。

 

『…私――、この街の人と、仲良くなりたい――』

 

「……アンリ…」

 

それは紛うことなき、アンリの希望、願いだった。これを聞いて私は大いに反省することになる。

結局私はアンリの為と思いながらも、誰よりも焦って、悩んで、独りよがりになっていたのだ。アンリがどうしたいかなんて一度も聞かなかったのだ。

 

アンリが中々自分の気持ちを言ってくれないのもあったが、それは私も同じなのだからそれに関して文句は言えない。

 

だけどようやくアンリの気持ちが聞けた、だったら…私は。

 

 

「…分かりました……アンリが望むのでしたら、私は全力でアンリの味方をさせてもらいますよ」

 

私のその言葉で、場の空気が一気に暖かくなった感じがした。こうしてアンリを抱きしめて頭を撫でていても、視線を向けなくても分かる。

多分ここにいる全員が、私とアンリに向けて生暖かい目を向けているんだろうと思う。私はそれが恥ずかしくて、顔を向けることができなかったのだから――。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

―アクセルの街・冒険者ギルド―

 

 

「何この子可愛いー!?」

 

「ねぇお名前は?」

 

『……ア…アンリ――』

 

「アンリちゃんって言うのね!あ、良かったらジュース飲む?お姉さんが奢ってあげるよ!」

 

「た、確かに可愛いじゃない…、だ、だけど可愛さなら私も負けていないんだから!!」

 

「落ち着けエーリカ…可愛さのベクトルが違うと思うぞ…」

 

「そうだよエーリカちゃん…み、皆もあまり囲まないであげよう?アンリちゃん、怖がってるし…」

 

「リアもシエロも何言ってるの!どんな可愛さだって、私が負ける訳には行かないのよ!!」

 

「お前は何と戦っているんだ…」

 

来る前までは緊張していた。なんだかんだ言いながらももしかしたら拒絶されてしまうのではないか、そんな不安があったのだから。

 

だけどこうして連れてきて事情を隠す事なく話した。そうしたらギルドの酒場にいた女性冒険者に囲まれて今の状態である。

確かに杞憂だった、少なくとも今まで悩んでいたのが馬鹿馬鹿しく感じてしまう程度には。

 

アンリはギルドの女性冒険者達に囲まれて可愛がられているのでとりあえず大丈夫だろう。そんな中私は冒険者ギルドの受付であるルナさんと話をしていた。

 

「……問題ない…ですか?」

 

「はい、最近は珍しいのですが過去にテイマーと言うモンスターと共に冒険する職業の冒険者もいらっしゃいました。あるいは他国では竜騎士(ドラゴンライダー)と呼ばれる職業もあるそうで、いずれにしてもきちんと登録した上でのパートナーという形でモンスターと行動を共にしています。勿論安全確認などの審査はありますが、ちゃんとギルドに登録して頂けたらアンリさんの事は冒険者ギルドが身の安全を保証します」

 

欲を言えばそんなペットのような扱いは不満でしかない。アンリは元人間なのだから。だけど贅沢は言っていられない、冒険者ギルドは国直属の機関なのだ、そのギルドが保証してくれると言う事はアンリの存在が国に認められたという事になる。ならばこのアクセルだろうが王都だろうが、アンリは何を気にする事無く堂々と振舞っていられるのだから。

 

「あ、あの…!すぐに登録したいのですが!」

 

「勿論可能ですよ、内容としましては一般の冒険者登録と同じで登録手数料がかかりますが…」

 

「問題ありません、よろしくお願いします!」

 

「ふふっ、はい、承りました」

 

こんなに喜べたのは久しぶりかもしれない。そんな私の気持ちを察したのかルナさんは含み笑いをしていた。そんなルナさんの向ける視線に気恥ずかしくなるけどそれどころでもない、気を抜くと嬉し涙さえ出てしまいそうだ。勝手に思い詰めて勝手に思い悩んでいたからこそ私の感情はこんな事になっているだけなのだけど。

 

「…それで、登録をするのに肝心のアンリさんを連れてきて欲しいのですが……すぐには難しそうですね…」

 

「え?……あ…」

 

ふとアンリを見れば相変わらず多くの女性冒険者達の母性により可愛がられまくっていた。

 

『アリスお姉ちゃん――、助けて――…』

 

「あ、アンリ…!!」

 

好意的なのはありがたいのだが限度がある。今日この時よりアンリが自由に街を歩けることになることは喜ばしい事なのだがアンリが人混みを苦手になってしまったのは言うまでもなかったのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




チラッとモブキャラ扱いで出した新キャラ三人娘のリア、エーリカ、シエロ。アプリゲームのこのファンをプレイしている方なら分かると思いますがこのファンオリジナルキャラクターです。
とりあえずチラッと出してみましたが今後登場するかは未定です。

※4/5追記……多忙により更新が大幅に遅れております。続きを楽しみにされている方、大変申し訳ありません。現在執筆40%となっておりまだまだ時間がかかりそうです。気長にお待ち頂けたら嬉しいですm(*_ _)m


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episode 143 妹ポジ争奪戦?

 

 

 

 

 

―王都ベルゼルグ―

 

翌日、私達パーティの面々とアンリの4人はゆんゆんのテレポートによって王都ベルゼルグに飛んだ。

魔王軍幹部であるシルビアの討伐、その後処理はまだ終わってはいない。

ギルドへの報告はあのアンリの冒険者登録の後にアクセルの冒険者ギルドで済ませた。予想通りの大盛り上がりで昨日は夜が明けるまで宴会状態だった。更にシルビアを討伐したことによる報酬は4億エリス、過去最大規模の金額である。

 

とはいえ討伐メンバーは全部で8人、私、ゆんゆん、ミツルギさん、カズマ君、アクア様、ダクネス、そしてあるえさんとめぐみん。分けてしまえばこれまでの報酬としては変化は少ない、充分すぎる金額なのだがそれでもあのベルディア討伐でもらったのは6000万エリス、今回は5000万と少なくなっている。ベルディア戦では前哨戦で死にかけているとは言っても苦労したのは間違いなくシルビア戦の方なのだけど。

今更お金に固執はしていないしいくらでも構わない感じはある、少なくともベルディア討伐の際に報酬を受け取った時のような驚きはもはやない、全くない。これはこの世界のお金をまだお金と認識しきれてないのかもしれないしこうも連続で億単位の金額を出されてはそれ以上に慣れてしまう。

と、言うのも単純に私がこのエリスという単位のお金を触れてからまだ一年弱という事もあり現実味があまりない。更に魔王軍の幹部の討伐を筆頭に王都での高難易度クエストなどで自身の持つお金は湯水のように増えていく。有難みをあまり感じないのが正直なところだ。

一般冒険者のようにお酒を飲む訳でもない、装備にお金を使うわけでもない、この世界には趣味としてお金を使うほどの娯楽がある訳でもない。ギャンブルとかはあるらしいがやろうとも思わない。小金があればギャンブルで散財してしまうダストを反面教師にしていたら嫌でもそうならざるを得ない。

強いて挙げるならウィズさんから買った魔晶石くらいだ。私の杖も服も神器である以上、今の私の装備より強力な装備はまず見当たらないのだからお金がかからないのだ。

 

 

 

それは置いておくとして、結局めぐみんは頑なに報酬を受け取ろうとはしなかった。報酬の分配は内々で話し、1人あたり5000万エリス。そして本来のめぐみんの分をカズマ君が、あるえさんの分となるのをゆんゆんが受け取った。後に渡すつもりなのだがあるえさんはともかく、カズマ君はどうやってめぐみんに支払うつもりなのだろうか。私としてはめぐみんに無理なく渡す方法を思い描いているのだがこれは結局パーティ内の問題、あくまでカズマ君とは別パーティの私が口出しするのも入り込みすぎている気もする。

個人的にはあまり金銭的な話をしたくないのが本音でもあるのでカズマ君に任せるしかないだろう。1人あたり5000万エリスと分ける事ができたのもカズマ君のパーティと私のパーティで2億エリスずつにすると決まったからなのだから。

 

 

さてさて、お金の話はこれくらいにしておくとして今のアンリを見れば少しだけ微笑ましく感じる。私やゆんゆんが初めて王都に来た時もカズマ君達が来た時も王都の壮大加減に圧巻していたがアンリの驚きはその比ではなかった、というのも無理はない。アンリが知ってる場所はかつての故郷である村と紅魔の里、そして最近になって住む事となったアクセルの街ですら人の多さと色とりどりの建物の数々に目を輝かせていた。今回いるのはそのアクセルですら小さく感じる王都ベルゼルグ。この国で一番栄えている場所なのだから。

 

『……すごい――、おおきな建物がいっぱい――、人もいっぱい――…』

 

私と手を繋いだ状態のままアンリは思わず声をあげた。ここ最近の王都は魔王軍の襲撃が全く無くなったこともあり、私達が来た当時よりも人が増えている気がする。ここまで人が多いとまるでお祭りでもしているのかと錯覚してしまうほど。そんな人が多い中をこうしてアンリと歩けることをつい最近まで思ってはいなかったのでその喜びも格別である。それもアンリに関する懸念を払拭出来たことが大きい、アンリの首にかけられた冒険者カードによって。

 

それは私達の持つ冒険者カードとほぼ同じもの。それがアンリの身分、安全を保証するもの。違いがあるとすれば万が一アンリが問題を起こした場合の責任は私にあるということくらいだろうか。これは形式的にテイマーという職業の仲間のモンスターの登録と似た形になっているので仕方ない、よってアンリに職業などはない。

 

職業などはないがこの冒険者カードを作ることでアンリのステータスやスキルを明らかにすることもできた。…とはいえ多くは予測していたものばかりで意外と思えるものはない。

 

パッシブスキル化された敵感知スキル、罠感知スキル、空間把握スキル、潜伏スキル。これは単純にスキルというよりも安楽少女が森で生きて行く上での必須固有スキルのようなものなのかもしれない。危機回避の為、外敵から逃れる為のスキルばかりで攻撃スキルはない。

 

正直に言えばこの危機回避系のスキルだけでも今の私達のパーティメンバーとして是が非でも欲しい人材ではある。実際に紅魔の里までの道中、アンリは様々な場面で私達を助けてくれた。今後アンリが一緒にいればクリスが加入するくらいの恩恵があるだろう。少なくともカズマ君の敵感知スキルよりも有能なことは実証できている。これはスキルとしてのレベルが違うからだと思われる。めぐみんが爆裂魔法に全振り、ダクネスが防御に全振りするように、アンリは生存本能から隠れる、逃げることに特化したスタイルなのだ。もっとも上記二名は自ら望んでスキルを振った。アンリは生きていく上で自然に身に付いた形なので一緒にしてはいけない。スキルというよりも固有のものなのだから。

 

確かにアンリは形式的に冒険者となったので今後私達とともにクエストを受けることも可能である。だけどこんな小さな女の子を連れて危険なダンジョンに潜ったりどうしてできるだろうか。当然答えは否である。

私の親バカな一面ととる人もいるかもしれないがそれとこれとは話が変わってくる、アンリにはこれからできる限り平和に生きて欲しい…それが私の願いだ。

これについてはゆんゆんやミツルギさんも私と同じ気持ちだったようで同意してくれた。アンリは心身ともに一桁年齢の少女でしかないのだから、安楽少女として過ごした時間の記憶はアンリにはないのだから。ずっと停まっていた時間が私と出逢うことでようやく動き出した。そこからの時間を…アンリにはすこやかに過ごしてもらいたいのだから――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―王城前―

 

私達が到着したのは王都の中心に位置するベルゼルグの王城、王女アイリスが住んでいる場所。

先日聞いた限りではアイリスの外出禁止令は完全に解除されている、だからこそ久しぶりにアイリスを連れて遊びに行くことにしたのだ。アンリの事も紹介したかったし私達より年齢が近いアイリスならきっと良き友人となってくれる。私のその想いに迷いはなかった。

 

 

「お久しぶりです、アリスさん!ゆんゆんさん!ミツルギ様!」

 

こちらが城門をくぐり抜けるなり姿を現したアイリス、その顔は今か今かと私達の来る時を待ち望んでいたのだろう。とても嬉しそうなその笑顔はこちらにまで伝染してしまい、自然な笑顔を作ることが容易にできた。

 

「ようやくまた遊びに行く事ができますね、アイリス」

 

「はいっ!私、今日という日を凄く楽しみにしておりました!……それで、アリスさん、そちらの方は…?」

 

終始笑顔のアイリスだったが流石に気になったのか、視線を私と手を繋いでいるアンリに向けた。

 

「ほらアンリ、挨拶しましょう?」

 

一応、相手がこの国の王女であることはアンリには伝えている。伝えてはいるもののそれを聞いた時のアンリは意味がわからないのかキョトンとしていた、これはおそらく単純にそういった身分を理解していないからだろう。

それでも可能性は低いものの、アイリスはこの国の第一王女、明らかな不敬な態度を取らせる訳にもいかない。だから丁寧に接するように教えこんでおいた。自分自身は丁寧も何もない癖にとゆんゆんに微妙な視線で無言のツッコミを受けはしたがそれはそれ、これはこれ。

 

『……――はじめまして――、アンリです…、よろしくお願いします、アイリスお姉ちゃん――…』

 

「……っ!?」

 

その瞬間、アイリスはなにやら衝撃を受けたように固まってしまった。これには私も思わずゆんゆんやミツルギさんに目線を向けて確認してしまう、何か不敬な点があったのではないか、と。

しかし特にアイリスが悪く思うような事はないと思われる。強いてあげるならアイリスをお姉ちゃん呼びした事くらいだがアンリからすればアイリスはどう見ても年上なのでそこは仕方ない。

 

「あ、あの…アンリさん、すみませんがもう一度私の事を呼んでもらえますか?」

 

『…――アイリスお姉ちゃん――?』

 

「……っ!?!?」

 

……これは何が起こっているのだろうか。アイリスは顔を真っ赤にして小刻みに震えて俯いてしまった。だけど口元は緩んでいるし嬉しそうには見える。

 

「…なんかアリスを見てるみたい…」

 

「…僕もそう思った」

 

「えぇ!?」

 

私は普段アンリと接している時はこんな感じなのだろうか。別にそれが嫌な訳ではないけどなんとなく複雑な気持ちになる。

 

「ご、ごめんなさい、その…私、お姉ちゃんなんて呼ばれたのが初めてで…お兄様ももしかしたらこんな気持ちになれたのでしょうか…?」

 

「……お兄様?」

 

出逢った事はないものの、アイリスには兄がいる。確か父親であるこの国の国王様とともに遠征に出ていたはずだ。少なくともそう聞いている。

 

「あ、お兄様とはサトウカズマ様のことです、そう呼んで欲しいと言われましたので」

 

「……一国の王女に何を言わせてるのでしょうかカズマ君は」

 

「まったくあの男は……」

 

ため息とともに呆れてしまう。ゆんゆんは苦笑していてミツルギさんは頭を抱える始末。しかしいつの間にそこまでの仲になったのだろうか、これには驚くばかりである。思い出せば私の誕生日会の時には既に仲が良かったような気もする。

 

「よ、良ければアリスさんの事も、お姉様と呼んでもよろしいでしょうか?」

 

「ふぁ!?」

 

突然のアイリスの申し出に変な声が出てしまった。これには恥ずかしさ故に顔に熱を感じてしまう。しかし驚いているのは私だけのようだ。

 

「…いいんじゃないかな?アリスも金髪だし…」

 

「そうだね、街中を歩いてて良い誤魔化しになるかもしれない、まさか一国の王女が冒険者相手にそんな風に呼ぶなんて考えないだろうからね、アリスの事は冒険者として既に王都では有名だ」

 

一方二人はと言えばなんか合理的に考えてしまっていた。これでは無駄に動揺した私が馬鹿みたいではないかと思えば、私はそのまま恥ずかしげに俯いた。

 

「アイリスが呼びたいのでしたら…私は構いませんけど…」

 

「本当ですか?それでは、今日からまたよろしくお願いします♪お姉様♪」

 

こうして私とゆんゆん、ミツルギさんとアンリ、アイリスの5人で久しぶりに王都の街を回ることになった。…とはいえミツルギさんとアンリが一緒に来る事になるのはこれが初めてとなる。

 

余談ではあるがあのクレアさんが再びアイリスの外出を認めた理由は私達のパーティにミツルギさんがいることが大きな理由になっていると思う。いくら以前の盗賊達が捕まったとはいえ、今後あの時のような事がまったくないと断言はできない。

だからこそ、魔剣の勇者の異名を持つミツルギさんの存在は護衛としてこれ以上ない程の頼もしい存在だろう。

実際に前回襲われた時よりも安全率は高いと思われる。それは単純にダクネスよりもミツルギさんの方を上に見ているとかではなく、アンリの存在が大きい。アンリは常時敵感知スキルを使っているような状態、もはやスキルというよりも野性に等しいものだがもし街中でこちらに敵意を向ける者がいれば即座にアンリが反応してくれる。それをゆんゆんが知る事ができればすぐさまテレポートをして城へ飛ぶ事もできるし、迎撃も難しくはない。

 

 

 

 

 

―王都城下町―

 

さて、メンツは変わったもののやる事はいつもと変わらない。装飾品や服などのお店を見て回って試着してみたり、適当な食べ物を買って食べたりと、普通に楽しんでいた。それ自体はとても楽しいし、平和な時間を過ごせていて、誰もが笑っていて素晴らしいことだと思う。

 

……問題は配置である。

 

「…あ、あの…2人ともそんなにくっつかれると私が歩きにくいのですが…」

 

「そうは言いましても、お姉様は護衛でもあるのですよね?でしたらこれくらいは問題ないと思います」

 

『……イリスお姉ちゃん、もう少し離れてもいいと思う――…』

 

「それはそのままアンリちゃんにも言えることですよね?」

 

私の左にはアンリ、右にはアイリス。それぞれが私の腕をとって…何故かアンリもアイリスもお互いを牽制していた。よく見ればその互いの目線からは火花すら見えそうになるくらい睨み合っている。どうしてこうなった。

 

おかしい、お城で出逢った時の2人の第一印象は悪くないものと思っていたのだけど。私の後ろを歩くゆんゆんとミツルギさんは揃って苦笑しているし。てか苦笑してないで助けていただきたい、割と切実に。

 

「…2人ともどうしたのですか?出逢った時はそんな睨み合いする間柄ではありませんでしたよね…?」

 

2人にそう聞けば、それぞれの私の腕を握る力が増した気がした。一体何がいけなかったのだろうか、私にはわからない。

 

「きっとアリスから離れたくないのよ…」

 

「こうして見れば三姉妹のようにも見えるけどね」

 

なにを呑気なことをと私は内心溜息をつく。嫌ではないけれど流石にこれでは目立ちすぎである。とりあえず完全に客観視している2人を巻き込んでしまいたい。私にはそんな思いが強くなっていた。

 

「でしたらさしずめそんな私達を見守るおふたりはミツルギパパとゆんゆんママと言ったところになるのですかねぇ……?」

 

 

効果は抜群だ。私の呟きとして放たれた爆弾を前に2人とも苦笑したまま硬直してしまった。まるで動き出せばヒビ割れでも起こすのではないかと思われるくらいには見事な硬直っぷりである。

 

「ふ、ふたりとも、このままだと目立ってイリスちゃんの事が公になっちゃう可能性があるから、もう少し離れて歩こう?ね?」

 

次第に顔を赤くして慌て出す2人を見れば思わず面白くて吹き出しそうになってしまう。突発的な反撃ではあったがこうも効果がありすぎた。私が口を抑えて笑いを堪えている間にも迎撃は続く、2人の妹によって。

 

「そんな、多目に見てもらえませんか?お父様」

 

「いや、そのァ………イリス、流石にその呼び方は…」

 

『――ゆんゆんお母さん、私も、ダメ――…?』

 

「アンリちゃん!?お願いだからそれだけはやめて!今まで通りお姉ちゃんにして!?」

 

動揺からアイリスと呼びそうになるがぐっと堪えて呼び方を変えるミツルギさん。そして泣き顔で懇願するゆんゆんにもはや母親のような母性と余裕はまったくない。とはいえ14歳で母親扱いは些か厳しいものもあるだろう。結婚適齢期を考えればこの世界ではありえる話だとしても相手も産んだ覚えもないのだからそこは仕方ない。

更にこの2人の妹の全く悪意も裏もない純粋1000%の発言だからだろうか、ミツルギさんもゆんゆんも完全に否定しきれずどこか遠慮がちである、そこがまた面白くあるのだけど。

 

「もう!!アリスも笑っていないでちゃんと止めてよね!?」

 

「…ふふっ、まぁそう言わずに」

 

そう言いながらも私は笑う事をやめられなかった。アイリスとアンリはどこか不思議そうにしているものの、次第に私から和やかな雰囲気を感じ取ったかのように口元から綻んで、そして微笑んでいた。そんな天使のような笑みを持つ妹2人の反応に、ミツルギさんもゆんゆんもこれ以上何も言えずに釣られるように笑うしかできなかった。その心中はさぞ複雑かもしれないがそこはご愛嬌ということで笑って流していただきたい。アイリスとアンリが楽しそうならそれでよしなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このすば。(「お願いだからお母さん呼びだけは…!?」)

 

 

 

 

 

 

 

―王都・喫茶店―

 

ある程度回って、今は休憩がてらにこの王都でも私達パーティメンバーがよく来る冒険者ギルドの喫茶店へと来ていた。時間的にもこのティータイムが終わればアイリスをお城へ送らないといけない。

 

それにしても楽しい時間というのはあっという間に流れてしまうものだ。喫茶店に入って数十分、今はそれぞれが美味しいケーキに舌鼓をうち、紅茶を堪能していた。――そんな中、話題は魔王軍幹部討伐の話からゆんゆんの武器の話になった。

 

「皆さんもお兄様のパーティも、本当に凄いです!シルビアと言えば名前が出る度にクレアが苦い表情になっていましたし、これで8人いるうちの幹部の半分を討伐した事になるのですね!」

 

ちなみに今回お城への報告は行っていない。幹部を討伐する度にお城に報告に行く義理は特にないのだ。何よりもあの雰囲気は何度味わっても慣れるものでは無い、下手をすれば貴族あがりの騎士達の視線を浴びての報告になってしまうし私達はただの冒険者であり王都お抱えの専属という訳でもないし特別な支援を受けている訳でもない、よって報告しなければいけない訳でもないのだ。報告の義務がないのであれば当然私達はしない事を選ぶ。お城から呼び出しがあれば話は別だが私達が貴族に苦手意識を持っている事はクレアさんも知っているので特にそのようなこともない。

 

「ゆんゆんさんの杖はその対価として壊れてしまったのですね…、あの、良ければお姉様のお誕生日プレゼントのように城の宝物庫から探してみましょうか?」

 

「…えっとお気持ちだけで大丈夫だから…お願いだからそんな事しないでね?」

 

当然の遠慮である。私でもそうする。国の宝物庫を自分の鞄の中を漁るみたいに言うのはやめて頂きたい。

 

「…イリス、あの時の魔晶石は本当に助かりましたが…まさかイリスの独断で宝物庫から無断で持ち出したりしてませんよね…?」

 

ゆんゆんの拒絶に残念そうにしているアイリスに私は不安げに尋ねた。これは確認しておきたいことでもあったのだから。あの時は一緒にレインさんがいたから大丈夫とは思うが念の為である。いくらアイリスでも城の宝物庫の中にあるものを許可なく讓渡していい訳がないのだから。

 

「勿論です、あれはちゃんとお父様に許可をとって戴いてきました♪お姉様の事を話したら是非持って行ってあげなさいと♪…あ、そのお父様ですが遠征から良く帰るようになっていますので近々お姉様達とお会いしたいと仰ってました♪」

 

「そ…そうなのですね…あ、ありがとうございます…」

 

内心頭を抱えてしまった。いやちゃんと許可をとっていた点は安心はした。以前アイリスが持っていた神器である『なんとかカリバー』もアイリスが王様におねだりして貰ったと聞いた事があるから多分娘にデレデレな王様なのだろう。それはいいのだが問題は何故その話の流れでアイリスのお父さんであるこの国の王様に会う事が決まってしまっているのだろうか。どちらも日時は定まっていないもののダクネスのお父さんである現アクセル領主代理のイグニスさんにも逢いたいと言われているしお願いだからそっとしておいて欲しいのだけど。もう貴族とか偉い大人の人と関わりたくないのが本音なのだけど。

 

王様に会う事、イグニスさんを地方の知事とすれば王様は言うまでもなく総理大臣とかだろう、日本にあてはめるとこうなるのだけど相変わらず実感は湧かない。湧かないが一つ言える事は面倒事でしかない。なので考え方を変えるしかない。

 

イグニスさんはダクネスの父親、そして王様はアイリスの父親。つまり友人の保護者だ。ただのお父さんだ。そう考えれば幾分か楽になる気がした。ただの現実逃避だと分かっていてもそう考えないとやってられないのだ。察していただきたい、じゃないと豆腐メンタルな私の精神が27回くらい死にます。

 

 

 

 

 

 

「なるほど…、それでしたら…エルロードへ行ってみてはどうでしょうか?」

 

閑話休題。ゆんゆんの武器を作ること、それに必要なものについてアイリスに話をしたところ、アイリスからこんな返事が帰ってきた。

 

エルロード――、王都ベルゼルグと同盟を結んでいる隣国で、カジノなどで大きく栄えた国。行った事はないのだが、あくまでこれまでこの世界にいて得た知識からすればその程度のものだ。

 

「エルロードには、オークションという珍しい物品を扱い競売する場所があります。ゆんゆんさんの欲しいものも、運が良ければ見つかるかもしれません」

 

オークション。そう聞くなりなるほどと私は静かに頷き聞いていた。

材料の1つである高純度マナタイト結晶、これは宝石としても価値があるらしいのでそういった場に出てくる可能性は充分にある。ミツルギさんやゆんゆんに目を向けても私と同じような反応だった。元より全く手がかりがないのだ、エルロードにそれがあると確定した訳ではないのだが行ってみてもいいかもしれない。

 

「で、でも…そんな貴族の集まる競売なんて…お金が足りるかな…」

 

「そこですよね、懸念するところは…、流石に何億もするとなれば安易に手が出せませんし…」

 

「だけど可能性があることを考えたら、候補に入れてみてもいいかもしれないね」

 

買う事も選択肢のひとつではある。その場合いくらになるか想像もつかないのだけど…思うところとしては私達は冒険者である、ならばダンジョンを潜って、苦労した上でそういった報酬を得たい、そんな浪漫はあったりもする。だがそれは理想でしかない、そのようなダンジョンが都合よくあればとっくに採掘されてしまっているだろう。ゲームの中に入り込んだような世界ではあるが、変なところで現実的である、実に世知辛い。

 

さて、どうするべきか。マナタイト結晶がありそうなダンジョンについて調べてみるか、アイリスが勧めるようにエルロードにいってみるべきか、まだ聞いていないので当初の予定通りウィズさんに相談してみるか。

 

喫茶店を出てアイリスをお城に送りながら、私は密かにそんな事を考えていた――。

 

 

 




行先アンケートに御協力ください。話に変化は当然ありますが選択肢によって失敗などはありません。

アンケートの期限は4/18までです。アンケート協力ありがとうございました。


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九章 ―アリスとエシリア―
episode 144 『エシリア』


 

 

 

それは王都に行ったその日の夜の出来事だった。

 

冷静になって記憶を手繰り寄せること数分、私は特に何事もなく自分の部屋のベッドで就寝したはずだ。その際に見た同じベッドにいたアンリの可愛らしい寝顔を鮮明に覚えている。

 

だけど今はどうだろうか。

 

白い壁、勉強用のディスク、音楽を聞く為のプレイヤーやスピーカー、小洒落た木製の洋タンス、床にはピンク色の絨毯が敷き詰められていて…天井にはLEDライトが吊るされている。

 

8畳ほどのその部屋、本棚には全て読んだことのある漫画やラノベ。棚の上に置かれているウサギやクマのぬいぐるみ、それらの物を、この部屋そのものを私はよく知っている。

 

「……ここって…私の……?」

 

そう、見慣れたなんてレベルではない、つい一年ほど前には毎日のように過ごしてきた前世の私の部屋。…有栖川梨花の部屋なのだから。

 

これはどういう事なのだろうか?まさか今になって元の世界に帰ってきたとでもいうのか。もしそうなら勘弁願いたい。

 

確かに元いた世界に全く未練がないかと聞かれれば答えはNOである。あんな別れ方となってしまった両親に一言謝りたい気持ちはある。だけどそれ以上に私はあの世界で得てきたものを失いたくはない。

 

それは薄情かもしれない、親不孝かもしれない。だけど、例え何を言われても自分のこの気持ちだけは曲げられない。

 

私は『前世』と『現在』なら、迷う事なくアリスとなって今まで過ごしていたあの世界を心から選ぶのだから、望むのだから。…15年も生きてきたこの世界よりも、たった一年余りしか過ごしていないあの世界の方が、私にとって大切なものは多すぎるのだから。

 

 

ふと机の上に備えてあった卓上用の鏡に目を向けたら自分の姿が映し出されている。それを見て…私は口篭る。

 

金髪で長いツインテール。コバルトブルーの綺麗な瞳。自分で言うのも変な話だがめちゃくちゃ美少女である、だが問題はそこじゃない。

 

 

仮に…、今この場所が、私の前世の世界だとしたら。今や私が有栖川梨花であることを証明することは不可能である。

 

私は…こんな容姿になってしまった私は…、一体どうやって生きていけばいいというのだろうか――?

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

さて、多少取り乱してしまったけど、今いるこの部屋が私の本来の部屋ではないことは間違いないようだ。

私が真っ先に無意識下で行った事、それはカーテンと窓を開けて外を見ようとした事。それが結果的に良かった。

窓を開ける前のカーテンが既に開かなかったのだ。まるで絵に書いたかのように固定化されていた。つまり外が見れなかった。

 

そんな非現実的なことが起きたことで、私は逆に落ち着けた。

 

私はあの世界では既に死んでいる、あの世界に戻ることができるはずがない。

 

無駄に色々と考えてしまった。アリスとなった今、元の世界に戻ってどうなるんだ、有栖川梨花として生きていくことは容姿から不可能だろう。ならばアリスとして現在社会で生きていく?…それも無理だ、アリスという存在がこの世界で生きていくには問題が多すぎる。

頼る人は誰もおらず、自身の身分も出自も証明することができない。あの世界のように余所者が気軽に冒険者のような身分を得る事もできない。つまり働いたりすることもできないだろう。

 

ならばどうするか、アークプリーストとしての治癒魔法などを駆使して稼ぐか?それも難しい、この世界に魔法の概念はないのだから下手したら大騒ぎになってしまうだろう。どう考えてしまってもアリスとしてあの現在社会に溶け込むことはできそうにないのである。

 

そんな無駄に考え込んでしまっていたものの、結局今私がいるここは何処なのだろうか。

 

 

 

ガチャ……キィ……

 

 

「…っ!?」

 

 

背後の扉がドアノブを回して開かれる。これには流石に驚きを隠せなかった。勢いのまま背中に携えていた杖を片手に握り、牽制するようにそちらを向いてみた。

 

「…っ!?……危ないなぁ…、とりあえずその物騒なものを下ろしてくれない?」

 

「……貴女は…」

 

私の目の前に現れたのは…、茶髪でセミロングの髪を後ろに結んでショートポニーテールにした動きやすそうなラフな部屋着を着た少女。その片手には大きめのコンビニの袋を持っていて中にはお菓子やら飲み物やらが入っていた。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

有栖川梨花。以降は梨花と呼ぶ。その少女が目の前に現れたことで、全ての謎が解けた。

つまり今いるこの場所は、見た目が変わっても結局はよく来ていた私の精神世界とかそんな感じ…だと思う。

いつもは真っ白な何も無い場所だったのにこの模様替えは一体なんなのだろうか。

 

「…あの、ここっていつものあの真っ白な空間ですよね?貴女がいるということは…」

 

「そーだよー、とりあえずちゃんと話すから座って座って!今お菓子広げて飲み物出すからさ」

 

「…え…あ、はい…」

 

なんだろう。物凄い違和感を感じた。この子は私のはず、有栖川梨花のはず。それが何故こんなに明るいキャラクターに変化しているのだろうか。これではまるで私ではないみたいではないか。

 

私は不審に思う気持ちを隠しきれずに梨花の様子を伺うようにしながらゆっくりとその場に座る。カーペットの感触が地味に懐かしく感じたが、そんなことを気にしている余裕は今の私にはあまりない。

そんな私の心境を知ってか知らずか、梨花はコンビニ袋の中からパック紅茶やらポテチやら取り出してテーブルに広げていた。それらはどれも今や懐かしく感じる食べ物ばかりだ。

 

そんなことを考えながらも見ていたらふとこちらの視線に気がついたらしき梨花と私の目が合う。

 

「大丈夫、言いたい事は分かってるからね。だってアリスも『私』なんだから」

 

「……」

 

何も返せなかった。呆気に取られたとも言える。

 

梨花もアリスも同じ『私』。それを否定するつもりはない。過去に出逢ったことでそれは分かっている。

分かってはいるのだけど本来私は1人しか存在しない。むしろ二人以上存在してはいけない。以前この状態を梨花は独りよがりな二重人格ごっこのように解釈していた。実際は1人でしかないのだと。

 

淡々とだが手際良く、梨花の準備は終わったようで一呼吸するなり出した紅茶をパックにストローをさして飲み始めた。それが終わるなり梨花はこちらを向いて仄かに微笑んだ。

 

「私がこんなに明るいことがそんなに意外?アリスだって別人のように変わったじゃない」

 

「……それは…そうかもしれませんが…」

 

正直納得するのも難しい。というのも前回の暗い印象が強すぎるのだ。それが今見れば性格が180°変わっているのだから違和感しかない。

 

「言ってしまえばさ、人はその想い次第でどんな風にもなれると思うんだけど。ただそうしようとしないだけ。その気になればめちゃくちゃ明るく振る舞えるしめちゃくちゃ暗く引き込もれるし、落ち着いた冷静な風にもいられるし、なろうとするその人次第。それはアリスがあの世界で過ごしてきて証明してるじゃない」

 

「……」

 

「…と言っても、以前言ったようにこの会話も結局は『私』の独り言に過ぎないんだけどね」

 

それだ。結局それで締めくくられてしまう。私はこれについて、未だに理解しきってはいないのだ。

 

「小説とかでよくある二重人格に近いのかな?今の私とアリスは、アリスの身体に変わったことで創造された本来の私とアリスになった私。本当ならこの状態はあまり良くはないんだよ?だから私を消してって言ったのに、アリスは消してくれないんだもん」

 

テーブルの上のポテチを齧りながらなんとも重い話をしてくれる。だけどあの時と気持ちは変わらない、変わるはずなんてない。

 

こうして自身の精神の中でだけ…とは言っても、私はこうして対面して話をしている。それが梨花の言うように私にとってどれだけ邪魔であろうと、例え害悪になろうと、『私』なのだ。そもそもそんな風に思えるはずがない。

 

「…梨花が私の中にいたとして、私に困る事は何一つありませんからね。むしろ居て欲しいと言うのは…おかしな話なのでしょうか?」

 

「それで精神崩壊しかけた癖によく言うよ」

 

「そ、それは……」

 

なんというかこの子は一応私のはずなんだけど私に対して風当たりが冷たすぎる気がするんだけど。私ならもっと自分を甘やかす。自分に厳しくするなんて考えもしないはずなんだけど。

 

「自分を甘やかしたいからこそ、厳しく自分を扱うことに対して厳しく接しているんだよ?」

 

「心を読んだように答えるのはやめてほしいのですが…、確かにそう言われたら返す言葉はありませんが…」

 

「前にも言ったけど姿が変わったことも、何もかも自業自得なんだからね、いい加減にアリスは受け入れてくれないと、自分がアリスであることをさ」

 

「…」

 

…アリスになって一年くらいが経過した。それでも私は結局今のこの身体の持ち主が私であるとしっかり受け入れきれてない。…そう言われたら返す言葉もない。

だからこそ、私は自身で思い描いたアリスというキャラクターを演じるかのようにこの世界で過ごしてきた。口調は敬語に統一して、言いたい事は言えるように。多分きっかけは荒療治。初めてアクセルの街に訪れた時にした、アクシズ教の宣教だろう。あれでアリスというキャラクターを強引に無意識に創り出した。今思えばそう思える。

 

だけど梨花としての人格が消える訳ではない。私がこんな可愛い訳が無いという考えから精神が二分して、こうしてアリスと梨花の2つの人格が今の私にはある。…そんなところだろうか。

 

こうして考えると非現実めいているがそれを思うのは今更でもある。実際に話ができてしまっているのだから受け入れるしかない。

この姿を望んだ当時、まさかこんなことになるなんて思いもしなかった。

 

だけど。

 

私としては今やどちらの精神も私なんだから、どちらも失いたくない。アリスとしてあの世界で過ごした私も、15年間現世で生きてきた普通の女の子である有栖川梨花としての私。

以前仲間達からアリスは変わったと言われた事がある。それは梨花から、少しずつ私の思い描くアリスというキャラクターに近付けていったということなのだろう。

演じようがどうしようが、結局それもまた私なのだ。過去も今も関係ない。

 

だから、私は――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私がそれを告げた時に、今まで私の事だからと全て理解している様子でポテチを食べていた梨花の食べる動きが止まった。

 

「…どうしたのですか?」

 

「…いや、えっと……もしかして私の考えてること……分かっちゃった…?」

 

冷や汗をかく梨花の様子は意外なものに感じた。だけどこの言葉には私も首を傾げざるを得ない。

だけど言われてみればおかしなことなのかもしれない。私の事なのに私の考えがわからないなんてことがあるのだろうか。梨花は私の考えが全て分かっているように振舞ってきた。

 

…なら逆は不可能ではないのではないだろうか?私が梨花の考えを分かっても何もおかしな事はない、梨花もまた私なのだから。

 

「分かったというよりは……予測した、が正しいのでしょうか?今の私にはこのことを解決する手段がある、だから今こうしてお話をしている…そう思ったのですが。貴女が『私』なのでしたらその考えも分かっているのでは?」

 

「…知っててそんな事を言うのは性格悪くないかな?…まぁ、手段があることはそうなんだけどさ、なんか腑に落ちないなぁ」

 

「ふふっ、いつまでも主導権を握られっぱなしなのも納得がいきませんからね、どちらも同じ私なのにそれは不公平でしょう?」

 

私がこの結論を出したからだろうか。その瞬間から梨花はひとつの個として感じるようになってきていた。私が出した結論は、…現状維持。

 

梨花を消滅なんてしたくない。アリスという存在はもはや私である。演じるとか考えるのはもうやめることにしよう。だけど自然体のままアリスとして生きていく…その決意を、私は今ようやく固めたのだから。

 

それなら梨花の存在はどうなってしまうのか。ひとつの身体にいつまでも二分したふたつの精神が存在することはどうやらあまりよくないことらしい。

 

「……あるんですよね?方法が」

 

「…まぁね、多分だけどあの女神様が適当なことしたおかげで生まれた副産物、それが今の私には存在してるみたいなんだ」

 

「……副産物?」

 

「うん、これを知ったらエリス様も大慌てするんじゃないかな?だけど私達は悪くないし、せっかくもらった力なんだからありがたく使わせてもらおうかなって」

 

掻い摘んでしまえばどうやらアクア様から賜ったこの身体にはまだまだ秘密があるらしい。そしておそらくそれはエリス様ですら認知していない。アクア様がそれを言わないのは単純に忘れているからだろう、何せ私の存在すら忘れていたような人だし。まぁあの場所で出逢った人なんて私やミツルギさんを含めて星の数ほどいるだろうしそこは今は何も思ってはいない。この世界で再会した際に既に納得していることだ。そこはいい。

 

だけど適当なこと、とはどういう事なのだろう。

 

「パラメータースロットって覚えてる?」

 

「…まさか…!?」

 

パラメータースロット。その言葉で私は完全に理解してしまった。

 

パラメータースロットとは俗に言うとサブキャラである。ゲームの同じアカウントで複数のキャラクターを育てることは別段として珍しいシステムではないと思う。

当時私は今のアリスの素体となった杖/魔法を主体としたキャラクター以外にも両手剣を持つ見た目少女なキャラから、メイド服を着せた白髪ロングヘアの弓使い、装備品の生産に特化したスミススキルを覚えさせたキャラ、薬剤や便利アイテムを作成するアルケミストスキルを特化したキャラ、装備の精錬に特化させて幸運値のみのステータスをカンストさせたキャラなど、様々な形のキャラクターを作成して遊んでいた。

 

これがこの世界でも活用できるとなればとんでもないことになる。自身でオリジナルの装備を作れる、アイテムも作れる。装備を鍛えることもできる。上手く行けばゆんゆんの杖も作れたりするかもしれない。

 

「とは言っても…使えるのは両手剣のパラメーターだけなんだけど」

 

梨花の一言に私はガクッと音がなるように項垂れた。即座に出鼻をくじかれてしまった。よくよく考えてみれば生産系のパラメーターになれたとしてもあのゲームとあの世界、同じ素材があるとは限らない。精錬して装備を強化するなんてゲームのような概念も聞いた事がない。よってそれらのパラメーターはなれたとしても全く意味の無いものになる可能性もある。

 

「これは推測だけどさ、あの女神様多分あのゲームを参考にアリスを構築していったんだろうけどめんどくさくなって途中からあのゲームの概念をそのままコピペしてアリスにぶつけたような感じなんだと思う。あの一瞬の間にこれだけやっちゃうのは素直に凄いんだけどね…」

 

言わばバグだらけの抜け穴まみれ。確かに女神様としての能力は凄まじいのだけどその性格故に色々と台無しである。

 

「ですが…そのおかげでこうやって対処法が見つかりましたし…」

 

「…でも…本当にいいの?」

 

この質問の意図は単純だった。

 

「…はい、梨花にもあの世界を、楽しんで貰えたらと思いますし」

 

私だけではない、今まで私の中で見てきたこの世界を、梨花にも体験してほしい。そんな想いが芽生えたのだから。

変な話だと思う。自分を客観視しているこの状態は傍から見たら本当におかしなことなのかもしれない。

 

「……梨花じゃないよ、『エシリア』、これが今から名乗る私の名前」

 

それは裏のアリス。Aliceを逆から読んで、Ecila(エシリア)。そんな意味を持つことは安易に理解できた。安直なネーミングなのはやっぱり私だからなのだろう。

 

「私に変わる時には…こう言うの。……パラメータースロット、チェンジ…!」

 

ふと立ち上がり梨花が告げる。するとそれは一瞬だった。梨花の姿が瞬く間に変わったのだ。真っ先に映ったのは背中に携えた大きな両手剣。黒いふわふわしたローブにも似た動きやすそうな服装に、天使の羽根を模したような純白のマフラー。それにより口元は隠されていた。そして薄水色のような銀のような髪。私と似たブルーの瞳。

 

納得いかないのが胸である。普通に今までの梨花と同じくらいのサイズがある。むしろ小柄になった分大きくなったようにも見える。

 

「…自分を妬むのはやめてほしいんだけど…」

 

「別に妬んでませんよ?少しも羨ましくないですよ?」

 

「…なんかごめん」

 

「その謝罪はトドメでしかないですからね!?…って……」

 

悔しさから涙目の私の目にはふと梨花……もといエシリアの耳にぶら下がるイヤリングのような何が映った。はて?あのゲームにこんな細かい装飾品はなかったはずなのだけど。

 

「……あれ?これって…?」

 

「…どうしたの?」

 

それは白銀に輝く見慣れたものだった。自分も持っているしダクネスもネックレスとして持っていたはず。

 

「…なんでエシリアの耳にエリス様の像を模したイヤリングが…?」

 

「……えっ?ちょっと何これ!?外れないんだけど!?」

 

これはどういう事なのだろうか。私としてはアクア様は勿論、エリス様も知らない事だと思っていたはずなのだけど、これがついているという事は、これをつけた犯人はエリス様しか考えられない。

 

「えっと…流石に外れないなんてことはないと思いますしちょっと引っ張れば…」

 

「ちょっと待って、痛い痛い痛いから!?!?」

 

ピアス式のものかと思いきや普通に耳に挟むタイプだった。しかしその耳を挟んでいる金具がピクリとも動かない。引っ張れば耳ごと持っていかれている。

 

「幸運の女神様に呪われるなんて…一体何をしたのです?」

 

「直接見た事も話したこともないんだけど!?ホントになんなのこれ!?」

 

必死に片耳につけられたイヤリングを外そうとするも、やはりピクリとも動かない。涙目になりながら外そうとしているエシリアはなんだか可愛らしくてほんわかとしてしまう。

それは結果的外すことができず…ただひとつだけ言うとすれば、間違いなくエシリアからのエリス様への信仰はだだ下がりだと思われる。今度クリスに出会えたら聞いてみるしか無さそうだ。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

さて、何が変わったかと言われると梨花…もといエシリアの存在が今後私から出てくることになった、ということになるのだろうか。

つまり私が変身することでエシリアになる。そうする事でエシリアは思いのままに行動ができるのだ。正直に言えば少しややこしい気もするのだけどそれも仕方ない。問題はみんなになんて説明しようかと考えていたその時だった。

 

 

「あ、そうそう。私の事は誰に対しても秘密でよろしくね?」

 

「…え?…何故です…?」

 

「……いや、本気で誰かに言うつもりなの?少なくとも私は嫌だけど。こうして今私とアリスの2人が精神に存在してしまっている理由を考えてよ」

 

「そう言われると確かにそうではありますけど…」

 

確かに言われてみれば説明が難しい上に下手に本当の事を話せない。例え一番仲の良いゆんゆんが相手だったとしても。むしろ尚更だ。結局自分を追い込んでしまってこうなってしまっているのだからゆんゆんが聞いたらまた独りで抱え込むなと怒られてしまいそうだ。

アクア様に対してもこればかりは説明しづらさがある。以前私がアリスとなった事を後悔していないかと聞かれた事があった。確かに後悔はしていないが結果的に精神崩壊しかけてしまっている。エシリアの存在を正直にいう事はその過程をも話す必要がある、そうなればアクア様とて罪悪感を持ちそうだ。アクア様は何も悪くないのに、むしろ忠告してくれていたくらいなのだから。

 

 

「…確かに面倒事の方が遥かに多いですが…いいのですか?皆に紹介しなくで」

 

「別に正直に言わなくても、知り合う事くらいはできるし。後はうまくやってみるよ。それよりそろそろ時間かな」

 

エシリアがそう告げると、瞬く間に部屋が白く輝き、そして真っ白ないつもの空間へと変貌した。やはり今までの景色はエシリアによるものだったのだろうか。いくら自身の精神世界とはいえやりたい放題すぎる。…なんて考える間にも、次第に意識が覚醒していく感覚を覚えた。

 

「これからはいつも一緒にいるからね、アリス。これからよろしくね」

 

「…はい、こちらこそよろしくお願いしますよ、エシリア」

 

その言葉を最後に、その世界は幕を下ろす。一瞬の内に暗闇が支配したと思えば、それは自身の瞼を閉じたことによるものだと気が付くのに時間はかからなかった。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

次第に心地よい光が私の顔に差し掛かる。私はそれを朝日によるものだと認識すれば、思いのままその場で起き上がり、背伸びをした。

 

「…アンリは……まだ寝てますね」

 

小声で言いながら確認する。どうやらまだ早朝らしく、自身にも若干の気だるさを感じた。こうして考えれば先程のことは夢だったのだろうか、そんな風に思えてしまう。

 

(ちゃんと現実だよ、しっかりしてよね)

 

脳内に直接声が聞こえてくるのを感じれば、私は目を無言で目をパチクリさせていた。その声は紛れもなく私のものだ。

はっきり言おう、受け入れはしたものの、物凄く妙な気持ちになる。嫌ではないのだけど今までと違い、確実に私の中にもう一人の私…エシリアがいる。

 

そして、キーワードを私が言えば…、その時エシリアは両手剣を持った美少女剣士としてこの世界に君臨できる。

 

「…パラメータースロット…チェンジ…」

 

(えっ、まさか今やるの!?)

 

そっとベッドから降りて小声で告げた瞬間、私の意識は私の中に引きずり込まれるような感覚を受けた。そして私の姿は、淡く白い光とともに薄水色の髪の美少女剣士へと変身した。

 

「………」

 

(…どうですか?)

 

「…うん、夢の世界と、全然違うね」

 

エシリアは少し涙ぐんでいた。あのふわふわした空間で、私としかコミュニティを得ることができずに、ただずっと独りで私の中にいた。

 

それはきっと想像もつかないくらい寂しいことだと思う。私の弱さが創り出してしまったもう1人の私。だけどどんな経緯であったとしても、どんな奇跡であったとしても、こうして出逢え、話せた。

だったら、もう寂しい想いなんてして欲しくはなかった。不便ではあるけど、それ以上にエシリアにも寂しさ以外の気持ちをもっと知って欲しかったから。

 

(とりあえずエシリアとして冒険者登録ですかね、まずはこの世界に慣れなくてはいけませんし)

 

「ぼ、冒険者…できるかな、私に…?」

 

(何を急に弱気になっているのですか、私にできてるのですから貴女にできない道理はありません、その大きな剣は飾りですか?)

 

「いやちょっと待ってよ、私がこんな大きな剣なんて使った事ないことくらい私なら分かるでしょ!?」

 

(声が大きいですよ、アンリが起きてしまいます)

 

『……お姉ちゃん――、誰…?』

 

「……っ!?」

 

私以外の声が静かに聞こえてきてエシリアはそのまま背伸びするように硬直してしまった。流石にここまで声を出せばアンリが起きないはずもなく。

 

結果、エシリアが初めて大きく感じた感情は焦燥だったとさ――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





ようやく時間ができて一気に書きました。不定期更新はまだ続きますが今後もよろしくお願いします(o_ _)o

何気にこの小説、来月で一周年なんですね。時間が経つのがはやい…


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episode 145 エシリアの出逢い

前回のあらすじ

もう1人の梨花、もといエシリア加入。正体はバレたくないとしたものの、即アンリに見つかってしまう。


 

―カズマ君の屋敷・自室―

 

おそらくエシリアとしてはこれからの期待、希望、不安など、様々な感情が入り乱れていたのだと思う。私もこの世界にアリスとなってやってきたばかりの頃はそんな感じだった。だからエシリアも周りを気にする余裕なんてなかったのだろう…、いや完全に不意打ちで交代した私が悪いのかもしれないけど。

 

『……お姉ちゃん――…誰…?』

 

「……え、えっと……」

 

登場早々に冷や汗ダラダラである。ぶっちゃけ私としては仲間内にはバレても問題ないのではないかという気持ちがあったりする。何故同じ私のはずなのにこうも考え方が違うのかは分からない。分かるのはこうして全く違う想いがあることで今や(アリス)とエシリアは同じ身体に宿った別物の人格なんだなと改めて認識できたこと。

 

肝心のアンリはというと、困惑したり怯えたりはしていない。突然目の前に見知らぬ人がいるにも関わらず、ただ不思議そうに可愛らしく首を傾げている。これは意外なことだった。

 

「…わ、私は、その…アリスのお友達で、エシリアって言うの!」

 

『……アリスお姉ちゃんの――…お友達…?』

 

切羽詰まったエシリアが言ったのはありきたりな誤魔化し文句。まぁ一番無難ではある。これでうまくこの場を逃れることができればそのまま後に私が口裏を合わせたらいいのだから。しかしどう合わせたらいいのだろうか、こちらの事も考えてもらいたい想いはあったりする。アンリが寝ているすぐ横で変身してしまった私が悪いと言われたらそれまでだけど。

 

『…アリスお姉ちゃんは――…どこ――?』

 

「あ、アリスなら…その、今は下の階にいると思うよ?呼んでこようか?」

 

呼んでこようか?と聞きながらもエシリアは既に扉へ向かってせっせと歩いている。一刻も早く私に戻ってしまいたいのだろう。そこまで必死に隠さなくても経緯などを省いた上で簡単に説明したらいいのに。何がエシリアをここまで動かすのだろうか、私にはわからない。私の事なのにも関わらず。

 

エシリアはじっと見つめているアンリに構うことなく距離をとってドアノブを握り、そして若干の焦りから急いでいたせいか、ドアを開く際に少し力を込めて開けたと同時。

 

「きゃ!?」

 

開いたドアの後ろから単調な悲鳴に似た声が聞こえてきた、言うまでもなくこの声の主はゆんゆんだろう。まさに開こうとしていたドアが開かれたことで押された形になってしまったようだ。ゆんゆんは部屋側に開いたドアに引っ張られる形でおたおたと部屋の中に入ってきた。

 

「…あれ?アリスはやいのね、もう起きて…………」

 

「……」

 

エシリアとゆんゆんの目が合う。エシリアの心拍数がめちゃくちゃあがる。これでもかとあがる。

私としては完全に客観視できているので冷静でいられるけど私の事を隠したいエシリアとしては最悪な状況だ。

 

「……貴女は…どちら様ですか…?何故アリスの部屋に…?」

 

「…えっとその…」

 

またも冷や汗ダラダラ状態である。そしてアンリについた嘘はもはやバレてしまっているだろう。

何故ならエシリアが言った通りに私が下の階にいるのなら、こうしてゆんゆんが起こしに来るはずがないのだ。つまり下の階に私はいないということになる。

 

(頃合ですね…観念して正直に話しましょう?)

 

もはや完全に手詰まりである。何事も諦めが肝心だ。だからこそ私はそっと忠告した。

しかし、私は分かっていなかったのかもしれない。エシリアという子の事を、自分であった子でありながら、理解できていなかった。

 

「.…その、えっと……ご、ごご…」

 

「ご?」

 

「ごめんなさぁぁぁい!!」

 

エシリアは予想外の行動に出た。そのままゆんゆんに背を向けて、窓へと走り――。

 

「ちょ、ちょっとそんなところから飛び出したら危な…!?」

 

ゆんゆんが注意するように手を伸ばすが、エシリアは聞く耳を持たない。そのまま豪快に2階の窓から飛び降りて――。

 

「きゃああああ!?」

 

「な、なんだ!?」

 

「ゆんゆん、どうしたんだい!?」

 

ゆんゆんの驚きからの悲鳴が聞こえてくると屋敷内からは様々な声やドタドタと足音まで聞こえてきていた。そしてエシリアはにぶい音とともに下の庭へと着地、そのままどこに行くのかも決めないまま走る、ただ走る。私が何を言っても聞く気はないようだ。完全に暴走モードである。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

―アクセルの街・公園―

 

エシリアは荒く息を吐きながらも走り続け、ようやくたどり着いた場所は住宅街にある小さめの公園。…そこは私が初めてアクセルに来た時に途方に暮れていたあの公園だった。ここにいてセシリーさんの声が聞こえてきて、ある意味劇的な出逢いをした…あの公園。

 

なんて想いに浸っている場合でもない。何故ここまでしたのだろうかこの子は。状況はあまりよろしくない。ゆんゆんやアンリから見ればアリスがいなくなって代わりにエシリアがいて、その子はそのまま逃走した。つまり私が行方不明の状態である。また無駄に皆に心配をかけてしまう、そう思えば溜息をつきたくなる。

 

(…ごめん…、気が付いたら頭が真っ白になっちゃって…)

 

(…過ぎた事を気にしても仕方ないですよ…、落ち着いたら私に戻って屋敷に戻りましょう。そうしないと今頃私がいないと大騒ぎになっているかもしれませんし…)

 

(戻るのは……う、うん…分かったけど…その…)

 

(…?)

 

今のエシリアは公園のベンチに独り座り込んでいた。傍から見ればお腹を抑えるように蹲っていて落ち着きが感じられない。

 

(…お腹空いちゃって…、ねぇアリス、何か食べよう?私の姿だと屋敷では食べられないし…私お金持ってないし…)

 

(……あくまで秘密にしたいのですね…、ですがその希望には応えられませんよ…)

 

(…なんで?アリスってこの世界のお金、いっぱい持ってるよね?)

 

(確かにありますが今はありません。お財布は私の部屋に置いてきましたからね)

 

更に言えば今私に戻った場合、寝間着姿で髪はボサボサで杖も何も持っていない。出来たら屋敷に近い場所で私に戻りたいものである。

 

私が言った事に納得はしたのか、エシリアはそのまま無言で俯いてしまった。そして私はここまでエシリアの様子を見ていて、エシリアとはどんな存在かを再認識していた。

 

元々、エシリアという人格は私がアリスになったことで生まれた存在。私がアリスのキャラクターを演じて、そうなろうとすればするほど、私はこんな子ではないと無意識に思って生まれた存在。つまり私は本来こうであると私が考えた有栖川梨花こそが今のエシリアなのだ。

それはとてもか弱い存在、アンリやゆんゆんを前にしても、ちゃんと話すことすらできないような人見知り加減。テンパるといっぱいいっぱいになってしまうほど臆病。私が前世でそうであったように、それは見れば見るほど昔の私そのままの状態だった。

 

だけど少なくとも私と話すエシリアはそんなひどいものではなかったので完全に失念していたとも言える。どうやら明るく振舞ったりできていたのは相手が私だったからなのだろう。自身と面識のない人と話せば結果はやっぱり昔の私でしかなかった。

 

(…なんか私が悪いみたいな空気だけど、元はと言えばアリスがいきなり私に代わったからだからね?)

 

(…その点はそうかもしれませんがまさか窓から飛び出して逃げ出すまでは予想できませんでしたよ…)

 

驚くべきはそんなことをしたにも関わらず、エシリアは無傷だった。着地した際に少し足に痺れを感じたくらいだそうだ。

これはおそらく私がアリスとなった際に魔力や知力が備わっていたようにエシリアにも元のゲームで設定していたステータスが反映されていると推測できる。両手剣を軸に戦う彼女のステータスは筋力と体力、敏捷性を多めに振っている。…もしかしたらこの知力ステータスが少ない事でより性格が悪化しているのかもしれない。荒療治があったとは言え私は知力が高く、冷静に考えられたからこそ順調に物事が進んだような気もする。

 

…これはしっかり私がサポートしてあげないと。

 

まさに前途多難である。身体があれば迷わず頭を抱えていることだろう。とりあえずまずは屋敷に帰らなければ…、そう思うと私にも焦りが生まれてくる。

 

 

 

 

…そう考えたその時だった。

 

 

 

「こんな朝早くから独り思い詰めた様子だけど、大丈夫?」

 

「……え?…わ、私…?」

 

エシリアの座るベンチの前に1人の少女が近付き、話しかけてきた。ややしっかり者のような印象を受けるはっきりとした口調、それにはエシリアも慌てて俯いていた顔をあげた。

 

長い黒髪を靡かせた軽装の少女はこちらへの視線を逸らすことなく、堂々とした様子でいる。正直に言えば昔の私からしたら苦手なタイプかもしれない。

 

「私の名前はリアというんだ、最近仲間とともにこのアクセルに来たばかりの…アイドル志望の冒険者さ」

 

「…あ、あいどる…?」

 

それはこの世界で初めて耳にする単語だった。だが日本にいたら割と耳にする単語。それが出てきた事に若干の違和感を覚えるが、この世界は昔から私のような日本人が多く転生してきた場所。そんな日本で馴染みのあるワードが出てきたとして、特に驚くほどのことでもない。

 

「うん、アイドルというのは…踊り子のようなものだな、お客さんの前で歌やダンスを披露する仕事なんだ。とはいえまだまだ駆け出し故にそれだけでは生活できないから、こうして冒険者も兼業しているんだ」

 

こちらがアイドルという単語を知らないものだと思ったのか、リアと名乗った少女は丁寧に説明してくれた。今思い出すと話した事はないが最近アクセルの冒険者ギルドで見かけたことがある気がする。こちらの世界では黒髪の人は紅魔族くらいしかいないので珍しくもあり、自然に目に付いた感じではあるが。

 

「ご…ご丁寧にどうも……、わ、私はエシリア…それで…、私に何か用…?」

 

ゆっくりと、言葉を選ぶように返答と自己紹介を最低限に済ませる。するとリアはエシリアの横に置いている両手剣に目を向けて、そのまま話を続けた。

 

「用…そうだね。最初は君の様子が心配で声をかけたんだけど…、話す限り体調は問題なさそうだね。……そうだ、見る限り君は冒険者だろう?もし良かったら、私達と一緒にクエストに行かないか?」

 

「…え?」

 

突然の提案にエシリアは目をパチクリさせていた。かくいう私も理解が追い付いていない。確かにエシリアの見た目は冒険者と見ても遜色のないものだからそう見えることは仕方ない。だが他に仲間がいるらしいのにどうしてそんな事を言ってきたのだろうか。

 

「あ、あの…私はこの街に来たばかりで…その…まだ冒険者ではないの…、だから…」

 

俯きがちなまま告げるエシリアの様子は暗い。若干嘘をついている罪悪感からかもしれない。ある意味嘘は言っていないのだけど。

そんなエシリアの話を聞いてもリアは表情を変えない。淡々と話を続けていく。

 

「あぁ、そうだったのか。なら冒険者ギルドの場所はわかる?良かったら案内するよ」

 

「えっ?わ、私は冒険者になるとは言ってないけど…」

 

「あははっ、今『まだ冒険者ではない』と言ったじゃないか、ということは、近いうちに冒険者になるつもりだった、違う?」

 

「そ、それは…そうだけど…でも私…お金も持ってなくて…冒険者になるのって、お金がかかるよね…?」

 

エシリアはあげた顔を再び俯かせる。その声も言いにくいからか段々と小さいものになっていた。

 

「お金がないか…それなら問題ないよ、私が出してあげるから」

 

「…えぇ!?」

 

リアの表情を変えない提案に再びエシリアは驚きその顔をあげた。

 

…そもそもこのリアという子は今出逢ったばかりのエシリアに何故ここまで親切に接してくれるのだろうか。見た感じ悪い人間には見えないが、アリスであった時にはまったく知らない人間でもないのだけど話したこともない。どうも目的が分からない。

 

それはエシリアからしても同じだったようだ。

 

「…あの、何故そこまで親切にしてくれるの…?私達、今出逢ったばかりだけど…」

 

当然の疑問。ただ良い人で済ませようと思えばそれでも良かったのかもしれない。しかしエシリアの疑問は当然だった。

エシリアからすれば過去の人付き合いは私以外なら前世の梨花としての記憶しかない。少なくともこんな風に手を差し伸べてくれる人を、エシリアは知らなかったのだから。

 

「…警戒させちゃったかな、ごめんね。だけどエシリアはどこか思い詰めた顔をしていたし、その…放っておけなかったというか…こんな事を言ったら怒るかもしれないけど、他人事のような感じがしなくてさ」

 

リアの表情はここにきて少し沈んでしまった。視線と指差しでこちらの隣を指したことで、隣に座っていいかと確認してきたのでエシリアは無言で頷く。すると遠慮なくリアはエシリアの隣に腰掛けた。

 

「……私はね、過去の記憶がないんだ。それで途方に暮れていた時期があった」

 

「…記憶喪失…?」

 

「…うん、だけどそんな私に手を差し伸べてくれたのが今の仲間の二人、エーリカとシエロなんだ。だから失礼なんだけど、それを思い出したら…いてもたってもいられなくなってね…、これが答えだけど…怒ったかな?」

 

なんとなく。リアが心境を話したからか、エシリアの警戒が緩んでいたことを私は認識した。人にはそれぞれドラマがある、こうしてリアと巡り会えたことはエシリアにとって偶然ではなかったのかもしれない。

 

「時間的にも朝食だし、良かったら食事も一緒に摂ろうか、私の仲間も冒険者ギルドで待ってるから、さぁ、行こう?」

 

「……えっと……あ…うん!」

 

そうして立ち上がり、差し伸べた手をエシリアは困惑しながらもゆっくりととり、立ち上がった。

穏やかなリアの優しさに触れたエシリアの緊張は大分解れてくれたと思う。どことなく嬉しそうにも見えた。

きっと真っ暗な状態の中、リアという存在がエシリアにとって光のように見えたことだろう。そう思えば私としても安堵はできた。

 

 

 

 

……のだけど。

 

(…エシリア)

 

(……分かってるよ…分かってるけど…せっかく声をかけてくれたのにあっさりさよならなんて私にはできないよ…)

 

これには溜息をつくしかない。どうやら私が元に戻るのはもう少し時間がかかりそうだ。今のうちにゆんゆん達への言い訳を考えておくしかない、現状全く浮かんでいないのだけども。

 

穏やかな朝の陽の光を浴びながらも、エシリアはリアに引っ張られるように冒険者ギルドへと向かうのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






次回→アリスが言い訳を思い付いたら


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episode 146 エシリアと冒険者ギルド

 

―アクセルの街・冒険者ギルド―

 

私としては馴染みの深い場所ではあるがエシリアとしては初めて入る場所、冒険者ギルド。リアに引っ張られるようにその場に入るなりウェイトレスの女の子の声が聞こえてきた。

 

「冒険者ギルドへようこそ♪お仕事でしたら左側の受付へ、お食事でしたら右側のテーブルに案内しまーす♪」

 

「あぁ、仲間が待っているのでテーブルの方に向かわせてもらう、2人分のモーニングセットを頼む」

 

「かしこまりましたー♪ごゆっくりどうぞー」

 

リアがウェイトレスの子に告げるなり慣れた様子で右手のテーブルが並ぶフロアに入っていくのを、エシリアは少し周りを気にしながらも着いて行く。気にしている理由は単純な話。

 

「……なんだか視線を感じるけど……」

 

「あぁ…私も初めて来た時はそうだったよ。エシリアが珍しいんだと思う、そのうち気にされなくなるから気にしなくてもいいと思うぞ」

 

リアは気にするなと言うが私もそうだったように、当然エシリアもこんな風に注目を集めたことは無い。よって気にするなと言われても無理な話だ。

 

実際ガヤガヤと周囲の冒険者達はエシリアのことと思われる内容の話をし始めた。

 

「見ない顔だな、誰だあの美少女」

 

「けどかなり強そうよね、見てよあの背中の立派な装飾の大きな剣、あんなの見たことないわ」

 

「王都の冒険者なのか?リアちゃんと一緒にいるが…」

 

小声で話しているようだけど丸聞こえである。多分リアにも普通に聞こえているだろう。ただエシリアは今の状況…この注目されている状態に緊張していっぱいいっぱいになっているので耳に入っていないかと思われる。

もしかしたら私が初めて冒険者ギルドへ来た時もこんな感じだったのかもしれない、実際あの時も視線は感じた。まぁ私の場合は布教活動によるアクシズ教徒への軽蔑的なものもあったとは思われるがそれも昔の話、気にするだけ無意味だろう。

 

 

「遅いわよリアー、もうお腹ペコペコなんだから!あ、でもお腹ペコペコで弱っている私も可愛いのかも?♪」

 

「待ってたよリアちゃん、ところでそっちの子は…?」

 

奥のテーブルに向かうなりそのギルド内でも一際目立つ容姿の女の子2人に声をかけられる。座ってお腹ペコペコアピールしているのはピンク色のツインテール、装備も全体的にピンク色が多い印象の軽装の子、そしてもう1人は金髪の天然パーマらしき頭の、鶯色を主体とした色合いのローブを着た女の子。彼女達がリアの言っていた仲間達なのだろう。

 

「遅くなってすまない、この子はエシリア。公園で見かけたから声をかけたんだ」

 

そこからリアは簡単な流れで今までの事の説明を始めた。どうやらリアは朝食前に公園付近を自主的にジョギングしていたらしい。これも立派なアイドルになる為の大事な日課なのだとか。

 

「エシリアさんですね、はじめまして、ボクはシエロと言います、プリーストです、よろしくお願いします」

 

「私はエーリカ、見ての通りとっても可愛いレンジャーよ」

 

大人しめな印象を受けるシエロ、彼女はプリーストという。アリス的には同じ系統の職業ということで親近感が湧く。見た感じ内気で心優しい感じなので戦闘スタイルも私に近いかもしれない。

更に活発で元気な印象を受けるエーリカ。レンジャーとは簡潔に言えば盗賊に近い感じだろうか。短剣などの身軽な武装でいて、俊敏に動ける職業。

そしてしっかり者な印象のリアはランサー。これは単純に言えば槍を持つ戦士と一括りにしてもいいような気もするが腕前は自信があるらしきことは冒険者ギルドに来るまでに簡単に聞いていた。

この三人合わせてのパーティ、前衛2支援1でバランスがとれているように見えた。

 

…うん、凄くまともなパーティだ。見れば見るほどそう思う。女の子ばかりのパーティというのは珍しい気もするけど些細な事だ。本来これが普通なのかもしれないが如何せん私の周囲には特殊な人達が集まりすぎているような気もする。何せ初めてまともに話したこの世界の人間があのセシリーさんなのだから色々と強烈すぎた、門番の守衛さんは軽く挨拶した程度だし。

 

「…え、エシリアです、そ、その、よろしく……冒険者じゃないから…職業とかはまだないけど…」

 

目は合わせられない。緊張でぎこちない言い方になる。だけどこれでもかなり頑張っていることは私から見れば明らかすぎた。それでもリアの顔は変わることはない、とりあえず大丈夫そうだ。ただ問題は内容にあった。

 

「ど、どう見ても冒険者にしか見えない見た目だけど…」

 

「それでリア?この子がどうかしたの?」

 

まさに当然の疑問である。リアがクエストに誘ってくれたという事は、この3人はここでの朝食が終わり次第クエストに行くつもりなのだろう。しかしエシリアは冒険者ではない、なのでリアがお金を出してまでエシリアを冒険者登録した上でクエストに連れていきたいと言う。

 

…なんだかエシリアを連れていくことにはまだ理由があるような気がした。

 

 

「あぁ、この子を私達の4人目としてパーティを組めば、私達もクエストを受けられるだろう?」

 

リアはおかしな事を口走った。これではまるで4人いなければクエストが受けられないともとれる。クエスト内容が4人必要なものなのだろうか、確かにクエスト内容によっては推薦パーティ人数という項目もあるがこれはあくまでギルド側がこの人数なら大丈夫だろうという目安にすぎないので強制されるものではないはずだ。実際過去の私は何度も推薦人数4人やらのクエストをゆんゆんと2人でこなしてたし。

 

「…まぁ…確かに女の子だし、そうしないとクエストを受けられないから私はいいけど…、この子実力は大丈夫なの?最初は背中に派手な剣が見えて強そうに見えたけど、さっきからオドオドしてて、今はそんな風には見えないわよ」

 

「そ、そんな事言ったら失礼だよエーリカちゃん。そ、それにオドオドしてるって言ったらボクも似たようなものだし…」

 

「…あ、あの…4人ではないと受けられないというのは…?」

 

私の疑問をエシリアがおそるおそる聞く。やはり単純な同情のみでエシリアを誘った訳でもなかったようだ。するとリアは少しだけバツの悪そうな顔をして目を逸らし片手で頬を掻いた。

 

「お待たせしました、モーニングセットになります♪」

 

ウェイトレスの女の子が私達のテーブルに次々とサンドイッチとミルクティーを置いていく。ここでの私のお決まりの朝食だ。カズマ君の屋敷に住むようになってからはここで朝食を摂ることもあまりなくなってしまったが。

 

「詳しい話は食べてからにしよう。エシリアの冒険者登録もあるし、その時に直接説明を受けると思う」

 

「そうそう早く食べないと、可愛いエーリカちゃんがお腹をすかせているのよ!」

 

「もう…エーリカちゃんったら…」

 

和やかな空気を感じた瞬間、ようやく少しずつではあるがエシリアの緊張も解れてきたようだ。

 

それにしてもモーニングセットとは。最近ここでの朝食は食べていないが少なくとも私が食べていた頃はそんなメニューは存在しなかったはず。それも私がいつも飽きることなく食べていたサンドイッチとミルクティーという組み合わせ。私が好きなのだから同じ私だったエシリアが嫌いなはずもなく、空腹具合もあって存分に舌鼓をうつこととなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

このすば。(「食べてる私も可愛い♪」)

 

 

 

 

 

 

 

 

雑談とともに過ごした食事を終えたエシリアは、冒険者ギルドの窓口に来ていた。見守るようにその後ろにはリア達3人娘がいる。

 

「いらっしゃいませ、冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご要件でしょうか?」

 

受付にいたのは私からすれば見慣れた職員であるルナさん。まさにこの冒険者ギルドの顔とも言える存在かもしれない。そんな営業スマイルはいつ見ても素敵だ。

 

「あっ…えっと…その…冒険者登録をしたいのだけど…」

 

「はい、承ります♪では登録手数料として1000エリスかかります」

 

予めリアから受け取っていた1000エリスをそっと差し出す。自分のお金ではないので複雑な気持ちだがエシリアとしてはクエストを受けて報酬を得たら返すつもりである。まだリアには言っていないがそうすることで納得することにした。

 

「ありがとうございます、では冒険者について、簡単に説明させて頂きますね。冒険者とは――…」

 

ルナさんの説明が続く中、エシリアは欠伸をしたいのを我慢しているような表情をしていた。私の時は真面目に聞いていたものだがこうも私と態度が違う理由は単純な知力の差だけでもないだろう。

まず私の時はリア達のような仲間もいなかったし完全に独りだった。だからこそ必死になっていた。一方エシリアはリア達もいれば内側からの私のサポートもある。つまりいたせりつくせりである。環境が違えば心構えも変わるのは仕方ないのだけど、私としてはなんとなく納得がいかない。だからと言ってエシリアに苦労してほしい訳でもない、複雑な心境が私を支配していた。

 

 

「では、こちらにお名前や身体的な特徴などをお書きください、その上で冒険者カードを発行致します」

 

特に私の時と全く変わらない進行で登録は進んでいく。ただ私として気になるのは、そのギャラリーかもしれない。エシリアが用紙に記入している後ろで何も言わず見守るリア達はいいとして、酒場方面からもチラホラと視線を感じる。

これはおそらく今から冒険者登録をするエシリアのことを知りたいのだと思われる。その原因はどう考えても背中に携えてある立派な両手剣のせいだろう。ダクネスも両手剣ではあるがあれよりも遥かに大きいその剣は、とても駆け出し冒険者の所持品とは思えないだろうから。

 

「それではこちらの水晶に手をかざしてください」

 

用紙への記入も終えていよいよ冒険者カードの発行。そして例の機械仕掛けの水晶のようなものに手をかざせば、それで冒険者カードにエシリアの能力が書き込まれる。

 

エシリアがおそるおそる手をかざせば、水晶は光り輝き、その装飾は小刻みに稼働して下に置かれたカードへと向けて青い光が照射される。それをルナさんが手に取り……驚きのあまり声を荒らげた。

 

 

「な、なんですかこのステータスは!?筋力に生命力に敏捷性がかなり高いです!これなら上級職への転職も可能ですよ!」

 

ルナさんの声にギルド内がざわめく。これにはリア達も驚いているようだ。分かってないのはエシリアだけである。挙動不審に周囲を見渡してしまう始末。

 

(落ち着いてください、分かりきっていたことですよ)

 

「職業はどうしますか?残念ながら知力や魔力は低めなので、魔法職への転職はできませんが…、このステータスでしたら上級職のソードマスター、クルセイダーへの転職が可能ですよ!」

 

「…えっと……」

 

他の可能な職業を見れば冒険者を初めとして盗賊やレンジャー、アーチャーなど物理職全般が転職可能になっているようだ。まぁせっかく立派な両手剣を持っているのだからそれを活かした職業でないと意味は薄い。

 

(…ど、どうしようアリス?アリスがアークプリーストになったみたいに、捻った方がいいのかな…?)

 

(いえ、素直にソードマスターかクルセイダーでいいと思いますよ、他の職業ですとせっかく持っている両手剣が無意味になりかねませんし…、そうですね、個人的にはクルセイダーを推します)

 

(……どうして?)

 

(確かソードマスターは攻撃面を特化したスタイルで剣による攻撃スキルを多く覚えられます。一方クルセイダーは防御面を特化したスタイルです)

 

(…え、それなら個人的にはソードマスターの方がいいんじゃ…)

 

(私があのゲームのスキルを使えるように、おそらくエシリアも同じようにあのゲームのスキルを使えるはずです。でしたら既にある攻撃スキルを増やすよりも、あのゲームではあまり取得していなかった防御面のスキルが使えるようになるクルセイダーの方がバランスがよくなるのですよ)

 

(…あっ、そっか…)

 

とはいえエシリアが私と同じようにあのゲームのスキルを使えるかどうかはまだ分かっていないのだけど。私の時にはルナさんが偶然スキル画面を開いて発見したことである事を確信できたが今回は深く見てはいないようだ。まぁないならないで防御寄りにした方が安全的な意味でありかなとも思う。

 

「あ、あの…クルセイダーでお願いします…」

 

「クルセイダーですね♪剣を扱いながらも防御面を特化していて、パーティの壁になれる立派な職業ですよ、ではすぐに登録しますね!」

 

冒険者登録の時点で上級職になれるということは本当に珍しく、私が知る限りでもアクア様がアークプリーストになって以来見たことが無い。

 

「エシリア、凄いじゃないか!頼もしい限りだよ」

 

「中々やるじゃない!まぁ可愛さなら、私が1番なんだけどね!」

 

「…えっ…あ、うん…ありがとう…」

 

今のエシリアの気持ちはおそらく後ろめたさしかないと思われる。かつての私がそうだったように。

あくまでこのステータスは私達本来のものではない、アクア様による転生特典の賜物なのだから、本来こういったステータスはこの世界の人としては日々の鍛錬、努力による賜物なのだから…、そういった事を何一つこなしていない私達からすれば後ろめたさを感じるのも当然とも言える。

 

ギルド内もより騒がしくなっていた。拍手やら歓声やらが入り交じっていて新たな上級職冒険者を歓迎するかのように。

 

…そんな中、冒険者カードをエシリアに手渡したルナさんは、ふとその視線をリア達へと向けた。

 

「…それで、エシリアさんはリアさん達のパーティと行動を共にするということでしょうか?」

 

「あぁ、そのつもりだ。これで4人パーティ、これならクエストを受けられるだろう?」

 

「……?それはどういう…?」

 

一見して目に映るのはルナさんの申し訳なさそうな顔。これにはエシリアも首を傾げるしかできない。どこか影を落とした様子のルナさんはそのまま話を続けた。

 

「冒険者登録をなさったばかりでこんな話はしたくないのですが…、現在、駆け出し冒険者のクエストを大きく制限して募集している形になっています。その理由は…」

 

「……どうやら最近、一部の駆け出し冒険者が行方不明になる事件が起きているらしいんだ」

 

補足するようにリアが告げれば、ルナさんは心苦しそうに頷く。これは私としても初めて聞く内容の話だった。

 

「ギルドでは現在原因の特定を急いでいますが…まだ何もわかっていないんです。それで現段階での行方不明者の特徴ですが、駆け出し冒険者であり、ソロやペアのパーティだったり、あるいは女性冒険者だったりしてますので…この事態が解決するまでギルドとしましては駆け出しの女性冒険者は最低でも4人パーティ、あるいは男性を含めたパーティであることを条件に出させていただいているんです」

 

「…そんなことが…」

 

なるほど、そんな規制ができてしまったことでリア達はクエストへ行く事が出来なくなってしまったという訳だ。だからこそエシリアを勧誘したのだろう。

 

だけどそれならそれで疑問も残る。

 

「…リア、それならどうして男の人をパーティに誘わなかったの?」

 

「…そ、それは……」

 

「おっ?お前か、冒険者登録していきなり上級職になったって子は?中々可愛いじゃねーか」

 

リアが言いにくそうに口ごもったと同時、私にとって非常に聞き覚えのある声が聞こえてきた。エシリアが振り返れば金髪の短髪、赤いジャケットを着たかつての私のいたパーティのメンバー…、ダストがそこにいた。

 

「……誰…?」

 

「俺様はダスト、このアクセルの街じゃ結構名の売れた冒険者なんだぜ。あの蒼の賢者の駆け出し時代も、この俺様が面倒を見てやったほどなんだからな」

 

「…あ、蒼の賢者って王都で活躍してる…!?」

 

過剰に反応したのはシエロ。と言うよりナンパするのに私の異名を出すのはやめて頂きたい、割と切実に。お世話になった記憶もあまりない。お世話した記憶ならめちゃくちゃあるけど。とりあえずリーンさんきてーはやくきてー。声が出せるならそう言いたいくらいあった。

 

「おう、俺様が手取り足取り教えてやったからな…って見るからにどの子もかなりレベルが高いじゃねーか…、なんなら俺が一緒にクエストに行ってやろうか?女の子ばかりじゃ色々大変だろうしな?」

 

「ひぃ!?」

 

「シエロ!?」

 

ダストは馴れ馴れしくシエロの肩を掴むようにポンと手を置いた。シエロは完全に怖がっているように見えるしリアもそれを止めようとする。

 

…しかし、リアが止めようとしているのはダストではなく、シエロだということに気が付くまでそう時間はかからなかった。

 

「いいぃぃぃやぁぁぁぁ!?!?」

 

「ぐほぉ!?!?」

 

その瞬間、ダストはシエロの細腕による見事なアッパーカットでその身体を宙に浮かせた。エシリアは驚きのあまり開いた口を開けっ放しで呆然としていて、リアとエーリカはやってしまった的な感じで頭を抱えていた。

 

「…あ、あの、リア、これは…?」

 

「…見ての通り、これが私達が男性冒険者を仲間にしなかった理由だよ…。シエロは極度の男性恐怖症なんだ…、だからあんな風に男の人に触られたりすると反射的にあーなってしまうんだ…」

 

「……えぇ…」

 

まさにドン引き案件である。それはアイドルになりたいと想う彼女達にとって致命的すぎはしないだろうか。客層は明らかに男性ファンの方が多くなると思われるし。

 

…まぁダストにはいい薬になったのではないだろうか。シエロはすぐに正気に戻って謝罪していたが騒ぎに駆け付けたリーンからはむしろよくやってくれたと褒め称えられていたし、むしろ私も同意見である。ダスト故に仕方ない。

 

それにしても駆け出し冒険者の行方不明事件とは、思わぬところで物騒な話を聞いてしまった。これは駆け出し冒険者にとってあまりよろしくはない。

 

駆け出し冒険者故に、安易に受けられるクエストによる報酬はそこまで多くはない。だからこそ生活の為に冒険者になった者は、基本的にソロやペアでクエストへ行くのも珍しくはない、その方が取り分が増えるのだから当然の話だろう。

この件に関しては詳しく調べておきたい気持ちもあった。だけどそれ以前に――…

 

 

 

私は、何時になったら元に戻れるのだろう。未だにゆんゆん達に心配させたままという事実は、確実に私の精神を焦らすばかりなのだった――。

 

 

 

 

 




原作からの細かい変更点…シエロはこのファンでは登場時からアークプリーストですが、本作ではプリーストとしました。その他独自設定はあると思いますがよろしくお願いします。

追記。シエロの一人称は私ではなくボクだったので修正


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episode 147 エシリアと冒険者カズマ

 

―アクセルの街―

 

端的に言ってしまえばクエストへ行く事が決まってしまったエシリア。そのクエストの内容によってはもしかすると今日中に終わらない可能性すらある。アクセルは駆け出し冒険者の街故に日を跨ぐようなクエストは稀ではあるものの、もしそうなってしまえば困る、非常に困る。

 

エシリアは良くてもアリスである私が困るのである。元のゲームなら今の私とエシリアの状態のように1つしかない身体を入れ替わるような面倒な形ではなく、傭兵として共に存在させることが可能なのだけどそこまで忠実に再現されてはいなかったようだ。

簡単に言えば今後もずっと私とエシリアは同じ身体を入れ替わりでやって行かなければならない。

 

そうなると今回のようにアリスとして行動したい時、エシリアとして行動したい時と別れた時、どうしたらいいのだろうか。その2人の全く異なる行動が同時期に行わなくてはならなくなった時、どうしたらいいのだろうか。…となる。

 

(エシリア、やはり私とエシリアの事を隠して今後過ごす事には無理があると思います)

 

(で、でも…)

 

(ですから私達の事は話しますが、エシリアの存在についてまで正直に話す必要はないでしょう?)

 

(……え?ど、どーいうこと…?)

 

うーん、エシリアには悪いけど知力ステータスの差なのか、同じ私なのに理解力がない。私はあくまで知力極振りのステータスだからこそここまで頭が回るのかもしれないが若干の面倒くささを感じてしまう。

 

(ですから、ようは元々私とエシリアが同一人物ということが隠せれば、エシリアの面目は立つのでしょう?エシリアは何か別の理由で私の身体に憑依した、とか、理由なんていくらでも作れますよ。嘘をつくのは少し後ろめたいですがエシリアが隠したいのでしたらそれも仕方ないでしょう?)

 

(憑依したって…流石に無理があると思うけど…)

 

(あくまで例えばの話ですよ、兎に角一度リアさん達から別れて、屋敷に戻ってください。それから私に戻った上で、ゆんゆん達に私の無事とこれから単独で出かけることを告げた上でまた戻るようにしますから、ね?)

 

(…う、うん)

 

なんとも不安を隠しきれない返事が帰ってくる、本当に大丈夫なのだろうか。だけどこれだけはやってもらわないと。不幸中の幸いなのは今日は私のパーティのクエストはお休み予定だったということか。ただゆんゆんの杖の材料の件でウィズさんに話を聞きに行く予定ではあったものの、こうなってしまっては仕方ない。強引に急用ができたとかではぐらかすしかないだろう。最悪ウィズさんのところへはゆんゆん達だけでも行けるだろうし。

 

 

 

 

「…そ、その、ごめん皆、これからクエストってところで悪いんだけど…その…ひとつ用事を思い出したから先に街の入口で待ってて欲しいんだ、直ぐに向かうから…」

 

今はクエストへ行く前の準備として街の薬屋でポーションなどを購入しようとしていた。そんな中おどおどとした様子でエシリアが告げれば、三人娘は物色していたポーションを見るのをやめて、互いに顔を見合わせていた。

 

やはり不審に思われたのだろうか。エーリカとシエロはよくわからないのか首を傾げている様子。だけどリアだけは違う、どこか焦りを見せるように振舞っていた。

 

「…よく考えたら私はエシリアの事を何も聞かずに連れてきてしまったんだな。その…、ごめん、迷惑だっただろうか?」

 

「…えっ!?いやその、そんな事はないよ?路頭に迷ってたのは本当だし…、ただやるべき事もあって、それはすぐに終わるからさ」

 

どうやら変に気を遣わせてしまったようだ。こちらのことを疑うような素振りがないことはありがたいのだけどこれにはエシリアとしても軽い罪悪感に似たものができたかもしれない。

 

「…わかった、なら私達はクエストの準備を済ませて街の入口で待っているよ」

 

「行ってらっしゃい、気を付けてくださいね」

 

「可愛い私を待たせたらダメなんだからね?」

 

そんなリア達の反応はどれも疑うような目は持たず、信頼してくれているようにも見えた。まだ出逢って間もないにも関わらず、こちらの事情に一切踏み込んではこなかった。

ただ興味がないだけかもしれない、今日クエストを終えればそれまでの仲なのかもしれない。固定パーティとなった訳ではないし冒険者とはその程度のものだ。

 

それでも今のエシリアには、3人の反応が嬉しくあったのもまた事実だった。

 

「…うん、できるだけ急いでくるから…!」

 

そう告げると駆け出した。絶対にリア達を裏切りたくない、そんな想いとともに。

 

 

 

 

 

(…あの、アリス…?)

 

(……はい?)

 

(…アリスのお家って、どこ…?)

 

(……はぁ…)

 

エシリアにとってアクセルは初めて見る異世界の街、当然の疑問ではあるがなんとなく溜息がでた。ついでに言ってしまえば待ち合わせ場所である街の入口も理解していないだろう。教えたら済むことなのでいいのだけどなんだか力が抜けた瞬間であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このすば。((そこを真っ直ぐ行って右です))

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―アクセルの街・住宅街―

 

私が住んでいるカズマ君の屋敷はアクセルの街の住宅街の外れにある。立地場所としてはあまり恵まれた位置ではない。元々は幽霊屋敷だったらしいのでそれも仕方ないのかもしれないが。

 

そんな街を走るエシリア。早足に近い速度だが疲れている様子はない。記憶通りなら両手剣という近接武器故に体力の値はアリスである私よりも多めに振っている。ちなみに後衛職でありながらアリスの体力が高めなのはゲームではソロによる活動が割と多かったからという少し寂しい理由があったりもする。

 

(後は真っ直ぐ走れば屋敷が見えてきます、屋敷の裏手辺りにでも潜んで私に戻りましょう)

 

(う、うん、わかった…)

 

(正門から堂々と入るのは目立ちすぎます、壁を飛び越えて潜入しましょう)

 

(……簡単に言うよね…)

 

言うは易し行うは難し。確かにその通りではあるが屋敷の2階の窓から飛び降りたエシリアの身体能力ならそこまで難易度の高くない芸当であると私は思っている。というのもクリスが実演していたのを見た事があったからだ。彼女の場合は更に2階の私の部屋の窓までよじ登るというおまけ付きではあったが。

勿論私の部屋まで戻ってもいいとは思ったがアンリなど、誰かしら居る可能性がある。よって私の部屋に限らず屋敷内に入るのは私の姿に戻ってから、という事になる。

 

ここまで走ってきて人通りは少ない。見た目故に目立つので通行人に目を向けられはするものの、そこまで気にされている様子もない。これから問題なく屋敷の庭に潜んで私に戻る事ができるだろう、私は微かにそう想って安堵していた。

 

 

 

 

……もちろん、フラグだった。

 

 

 

 

 

「バインド!!」

 

「……え?きゃぁぁ!?」

 

突然足元から出現したのは無数のロープ、それはエシリアの身体にまとわりついて瞬く間に縛り上げてしまった。これにはエシリアも驚き悲鳴をあげる。

 

「おいめぐみん、本当にこの子なんだろうな?もし間違っていたら俺、罪のない女の子を縛り上げてるただの鬼畜なんだけど?」

 

「間違いありませんよ、ゆんゆんの言っていた特徴と完全に一致しています。『犯人は現場に戻る』…カズマが言ってた時はただサボりたいだけだろうと思っていましたが、こうして現れた以上は認めざるを得ないですね、ですが御安心ください、ただの鬼畜で変態なのは今に始まったことではありません」

 

「誰が鬼畜で変態だ!?ちゃっかり悪口を増やしてんじゃねぇよ!!」

 

「……っ!?」

 

やはりフラグだったようだ。エシリアは待ち構えていたカズマ君による対象をロープで捕縛するスキル《バインド》により捕まってしまい簀巻きのようにされてその場で転んでしまう。

 

「まぁそれはいいでしょう。では貴女、エシリアと名乗っていたようですが…アリスはどこですか?素直に白状しないとこの鬼畜で変態な男からロクな目に合わないですよ」

 

「……知らない」

 

「知らないことはないだろ?うちのアンリにはアリスの友達って話してたらしいじゃないか」

 

…こうして話を聞いているとなんとなく私がいなくなった後の屋敷の状況が把握できた。やはりと言うべきか、屋敷にいた人達は全員私の事を探しているのだろう。今エシリアの目の前にいるのがカズマ君とめぐみんの2人だけ。おそらく二人組を作って私の事を探しているのだと思われる。

 

(…エシリア、今すぐ私に変わってください。それが一番円滑に事態を解決できる方法です)

 

だから私はエシリアに進言する。エシリアにだけ届く私の声を直接送る。

正直に言えばエシリアの事をどう説明したらいいのか全く考えが浮かんでいないのだがこうなってしまったからには仕方ないだろう。

 

少なくとも、アリスである私は、そう思っていた――…だが。

 

 

(…ごめん、それはできない)

 

エシリアからの拒否、それは私にとって予想外すぎた。突然のカズマ君達の襲撃、そして捕縛。色々思うところがあり、感じるものは私とは異なった、ただそれだけの話。

 

(ふざけないでよ…!!私は何も悪い事はしてない!今だってアリスの為に急いで元に戻ろうとしてたよ!なのになんなの、この仕打ち!?話を聞くこともなくいきなり捕縛とか常識のネジぶっ飛びすぎでしょ!?)

 

(…気持ちは分かりますが…感情に任せて暴走するのは賢い選択とは…)

 

「うるさぁぁぁぁい!!」

 

「な、なんだ!?」

 

その瞬間、エシリアは大きく咆哮したと同時に赤いオーラのようなものがエシリアを包み込んだ。そしてその場で力を込めて…

 

「うわぁぁぁぁ!!」

 

「…う、嘘だろ!?」

 

カズマ君はその場に立ち尽くしたまま呆然とし、めぐみんも目を見開いて刮目している。それだけ衝撃的な光景だったに違いない。

 

エシリアの見た目自体は私とあまり変わらない華奢な細腕だ。だからこそ背中に携えた大きな両手剣が不釣り合いにも見えてしまうのだが、エシリアは今、バインドによるロープを強引に引きちぎって捕縛から逃れる事に成功してしまった。同時にエシリアが使ったスキルもまた、思い当たる節があった。

 

《ウォークライ》

 

片手剣や両手剣を専門としたブレードスキルのひとつ。咆哮をあげることで戦意高揚させ攻撃力を高めるのと同時に、状態異常《恐怖》を解除できる。

この世界の状態異常に恐怖というものは聞いた事はないがその効果はエシリアの弱気な面を払拭するという意味では最適なものとなったようだ。何よりも今赤いオーラを纏っているエシリアの状態から推測すればこのスキルを使ったことは確定だろう。同時に予想通り、エシリアにはあのゲームのスキルが備わっていることも確定した瞬間である。

 

「アリスを心配する気持ちはわかるけどさ、いきなり初対面の人をロープで縛り付けるって何考えてんの?何も事情も聞かないでさ、常識ないのあんた?」

 

「…ぐっ…」

 

やはり後ろめたさはあったのか、エシリアのその言葉でカズマ君はたじろいでしまった。しかしめぐみんは違うようだ。

 

「…話をはぐらかしてもらっては困ります。貴女はこちらからすれば私達の家への不法侵入者でありアリス誘拐の容疑がかかっていますからね。…それに今の話だと貴女はやはりアリスの事を何か知っているようですからね、大人しくアリスの事を話すまで、逃すつもりはありませんよ」

 

「……」

 

それを聞いてエシリアは黙り込んでしまった。何を思っているのか、同じ身体に存在している私ですら理解ができない。

 

エシリアはその場で背中の両手剣を右手で持って、その剣の重さに任せて勢いよく振り下ろした。剣先が地面に到達すれば、その場で地面にヒビが入った。

 

「…っ!?」

 

「…なんだよ、やる気か?俺は数々の魔王軍幹部を討伐してきた冒険者、カズマさんだぞ!」

 

(…エシリア、それだけは…!)

 

私は思い違いをしていたのかもしれない。私はエシリアの事をずっとかつての有栖川梨花であった私としてとしか思ってなかった。だからそんなか弱い存在であるエシリアがここまでの行動を起こしているのが意外でしかなかった。もしかしたら《ウォークライ》のスキル効果により感情が昂っているのも原因かもしれないが、何が理由であろうと私はエシリアとカズマ君達が敵対してしまうような事態には絶対になって欲しくない。

 

(…大丈夫)

 

ふと単調にエシリアが私に向けて告げた。それはあくまで自分は冷静であると言っているのか、あくまで敵対する気はないと言っているのかはわからないが、今はエシリアの言葉を信じるしか、私に出来ることはなさそうだ。

 

「…アリスなら多分夕方には帰ってくる、これで満足でしょ?」

 

「…満足出来る訳ないでしょう?アリスは自分の部屋に杖や服など全ての装備を置き去りにしていなくなっているのですよ?それも私達に何も話す事もなく。仲間として心配するなというのが無理な話です」

 

「…なら力づくで止めてみたら?私は行かせてもらうけど」

 

エシリアはその場で剣を背中に戻し、背を向けた。当然それで黙って行かせてくれるはずもないのだが、カズマ君はすぐには動けないでいた。その理由はすぐに分かった。

おそらく今のカズマ君にはバインドによる捕縛が力業で抜けられたことに恐怖を覚えているのだろうと思われる。

 

「カズマ、流石に私が爆裂魔法を使う訳にも行かないでしょう?さっさとなんとかしてくださいよ」

 

「…ぐっ、だったら…あいつが去る訳には行かないようにしたらいいんだろ!これでその剣を奪ってやる…!《スティール》!!」

 

「…っ!?」

 

エシリアはこの世界のスキルについて全く知らない。なのでスティールと言われても何が何だかさっぱりではあるのだが、カズマ君が事前に剣を奪うと言ったことで焦りを覚えてその場で大事そうに背中の剣を握りしめた。

 

…しかし剣が奪われた形跡はない。これにはエシリアも安堵するがすぐに違和感に気が付くことができた。

 

「……」

 

「…これは…!?黒のレース…!?」

 

何が起こったのか、説明するのも億劫である。ただ言えるのは、エシリアは違和感に気づくなりワナワナと震えてめぐみんは軽蔑の視線をカズマ君に向けている。《スティール》は盗賊スキルであり、効果は対象のアイテムをランダムにひとつ奪う。そして使用者の幸運値が高いほど、使用者の狙う獲物が獲得しやすい、らしい。

 

「……《縮地法》」

 

「…げっ!?ぐわぁぁぁ!?」

 

《縮地法》

 

それはかのゲームのモノノフスキル。効果は攻撃対象まで一瞬で接近するスキル。文字通り瞬く間にカズマ君の傍に瞬間移動したエシリアはその場でカズマ君の頬を力任せに引っぱたいて同時に盗られたものを回収することに成功した。派手に吹っ飛ばされるカズマ君。変わらず軽蔑の視線を向けるめぐみん。そして顔を真っ赤にしたままその場を走り去ったエシリア。

 

…なんともカオスな事になってしまった。一応夕方には戻る事を告げただけマシと考えるべきなのか、むしろそう思うしかないのか、私としては頭を抱えるばかりである。

 

(あれってアリスの仲間なんだよね?)

 

(…ま、まぁそうですが…)

 

(少しは仲間の人選をすべき、少なくともあのカズマって人、私は嫌い…)

 

(……)

 

まぁ…出会い頭に縛られて、おまけに下着まで強奪されてこれで良いイメージを持てという方が無理な話なのかもしれない。結果的にエシリアのカズマ君への第一印象は最悪である。

 

エシリアは勢いのまま走る。予定とはかなり異なる展開になってしまった。後は無事にクエストが終わる事を祈るしかない…と思うのは、これもまたフラグなのだろうか?流石にアクセルの街のクエストで何かあるとは考えにくいが。メンバーもまともな人達だったし問題ないだろう…、この時私はひたすらそう思っていた。

 

 

…それら全てがフラグだということまでには至らずに。

 

 

 

 





久々スキル説明。

《ウォークライ》ほぼ作中通りではある。咆哮により戦意高揚して攻撃力を上昇させる剣スキル。同時に恐怖状態だった場合解除できる。この効果は味方にも付与可能。

《縮地法》本来は抜刀剣(つまり刀)のスキルではあるが、他の武器であっても習得することで使用は可能。攻撃対象へと一瞬で接近する。ゲームでは一瞬ではないがその辺は地味な強化ということで。


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episode 148 エシリアとアクセルハーツ

 

 

―アクセルの街・屋敷―

 

視点変更・無

 

 

エシリアがカズマ達から逃げ出して少し時間が経ち、時刻は午前10時になっていた。アリスの予想通り屋敷にいたメンバーは2人1組でアリスの捜索をしていて、この時間に一度集まって情報交換することにしていたのだ。

 

リビングには重苦しい空気が漂っている。アンリは寂しそうにゆんゆんに抱きついているが、ゆんゆんもアンリを元気づける余裕はなさそうに見える、ただ力無くソファに座って俯いていた。

 

そんな中でもそれぞれが得た情報を出していく。そしてそれは非常に異質なものだった。

 

「…聞けば聞くほど訳が分からないな…、仮にエシリアという子がアリスを誘拐したのだとしたら…そんな状況で呑気に冒険者登録などするだろうか?」

 

得た情報をまとめてミツルギが嘆くように呟いた。というのもまとめる必要などない、カズマとめぐみんの情報以外が全て同じ内容だったのだから。

 

「…正直に思った事を言いますが、あのエシリアという子は誘拐などするような人間にも見えないのですよね。夕方になればアリスは帰ってくる…そう言ってはいましたが…」

 

「…私もめぐみんと同じ…、あの子のあの様子…後ろめたいとかじゃなくて、ただ恥ずかしそうにしてるだけみたいにも見えたし…」

 

「冒険者ギルドに行ったら聞くまでもなくエシリアの話題で持ち切りだったからな。登録して即クルセイダーに転職した有望な新人冒険者だと…」

 

「…いやそもそもさ、おかしくないか?アリスの部屋にはアンリがいたんだぞ?もしエシリアに悪意があってあの部屋にいたならアンリはもっと過敏に反応していると思うんだけど」

 

様々な話が飛び交う。しかしながらエシリアについての詳細は謎が謎を呼び、結果的には頭を抱えるだけで終わっていた。そんな中、ただ一人だけは何も言わずにポツンと聞いていた。

 

『――あのお姉ちゃん―…』

 

「…どうしたのアンリちゃん?』

 

俯きソファに座ったまま呟くアンリにゆんゆんが心配そうに声をかける。ちょうどエシリアに対する考察や情報交換の話題が途切れた時に放たれた言葉だったので皆の視線は自然とアンリに向いた。

 

 

『――あのお姉ちゃん――…、アリスお姉ちゃんに――…凄く似てた――…』

 

 

アンリのその言葉からの静寂は一瞬。だがそれはこの空間にいる者達には長く感じることになった。それぞれがアンリの言葉を聞いて何も言わずに考えたのだから。そして1番に考えこむ顔をあげたのがダクネスだった。考えるだけ無駄と感じたとも言える。

 

「…それに関しては、私からは何とも言えないな…、この中で実際にエシリアと対面したのはゆんゆん、アンリ、カズマとめぐみんだ、私とアクア、それにミツルギ殿はまだ出逢えてないからな」

 

ダクネスはそもそもエシリアを見ていない。なので考えようがなかったのだ。その言葉がきっかけで激昂したのはダクネスの隣に座るミツルギだった。

 

「大体元はと言えば佐藤和真、君が話す間もなくバインドなんてしなければ、もっと穏便に話ができたんじゃないのか?」

 

その言葉には誰もが頷く。カズマと一緒にいためぐみんでさえも。あの時は特に非難することもなかっただけにカズマは裏切られたような気持ちにはなるがあの行動はめぐみんに言われてした訳でもない、よってそれに関しては文句は言えなかった。カズマの表情は複雑ながらも、その時の心情を正直に言うしかない。

 

「ぐっ…そりゃ俺だって気乗りはしなかったよ、だけどあの時はアリスが誘拐されたって線が強かっただろ?それにゆんゆん達からは逃げたらしいし、また逃げられても困るだろって思って…」

 

「結果的にバインドは強引に解かれて更にカズマはスティールで彼女の下着を奪い、完全に怒らせてしまいましたけどね、一瞬でカズマの傍に近付いてビンタしてましたから」

 

「お前はまた余計な事言わなくていいんだよ!?…やめろお前ら!俺をそんな目で見るな!!大体スティールで奪えるものは完全にランダムなことくらい皆知ってるだろ!!俺は逃げられないように剣を奪おうとしただけだ!」

 

必死のカズマの自分弁護も、皆の前では効果は薄く、結局軽蔑のこめられた目で見られていた。実際カズマは剣を狙うと宣言していたので一切嘘は言っていないのだが何分彼には前科が多すぎた。よってその言葉を信じる者はその場にはいない。

 

「…落ち着け、今ここでカズマを責めてもアリスが戻ってくる訳じゃないだろう?どうしても責めたいのならこの私を責めるんだ」

 

「お前は俺を弁護したいのかただ責められたいのかはっきりしろよ!?冷静を取り繕っても魂胆はみえみえなんだよ!」

 

「よし、ならば皆、私を責めてくれ!」

 

「少しくらい躊躇しろ!!」

 

頼りになるまとめ役かと思えばこの始末である。結局話はうまくまとまらずいつもの流れになってしまっていた。話についていけなくなったゆんゆんとミツルギはアンリを連れてアリスを探しに外へ出たのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このすば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―アクセルの街・路地裏―

 

カズマ達から逃れることに成功したエシリアは人通りのほとんどない住宅街の路地裏へと隠れ、奪還した下着を着直した。羞恥心による勢いのまま全力疾走で逃げ出した結果だ、それにより感情は昂っていたのもあってヘトヘトになっていた。

 

「…はぁはぁ……、いくら体力がついたと言っても……はぁ……やっぱり疲れはあるんだね…」

 

(そりゃそうですよ、かなりの距離を全力疾走してきたんですから)

 

(…それで…予定していた形とは違うけど…これで私はクエストに行ってもいいんだよね?)

 

(…いいですけど時間は厳守ですよ、必ず夕方には帰れるようにしてもらいますからね…)

 

私としては最大限の讓渡。カズマ君やめぐみんに夕方には帰ると宣言した以上、その通りにならなければエシリアの事はより疑いをもたれてしまうだろう。これからを考えるとそれだけは避けておきたい。私としてはエシリアもまた私と同じように私の仲間達と仲良くやってもらいたい気持ちが強いのだから。

さて、それはそれとして。私には懸念事項がある。

 

(ところでエシリア、せっかくですからここでエシリアの転生特典スキルの確認をしておきたいのですが。私のように規制されたスキルがあるかもしれませんし)

 

(…えっと…冒険者カードを見ればいいんだよね?…あれ、レベルが最初から15だ…)

 

改めて今のエシリアには何が出来るのか、その確認はしておきたかった。これからクエストに行くのなら尚更の事だ。レベルが初期から15なのは私も同じだった事を考えるとエシリアもまた私と同じようなスキル配分になっている可能性が高い。

 

(…ちなみにアリスはレベルいくつなの?)

 

(私は48ですよ、それなりに頑張ってきましたからね)

 

(ふーん……見る限り規制されてるスキルはあまりないのかも…)

 

エシリアのキャラクターとしてのスキル構成は両手剣を主体としている。それに他武器のスキルをいくつか取得して近接特化にしている感じだ。先程エシリアが無意識に使った縮地法もそれにあたる。パッシブスキルも片手剣や両手剣の扱い方を上手くする《ブレードマスタリー》から剣撃の速さを上げる《素早い斬撃》、更に剣の扱いに長けるようになる《匠の剣術》までもがレベルマックスの状態だ。これならスキル効果だけでもエシリアは充分戦えるだろう。

 

この世界のスキルにも基本的な武器の扱いを向上させるパッシブスキルは存在する。クルセイダーにも剣の扱いを上手くできるようにする《ソードマスタリー》がある。よってその職業に就き、そのスキルを取得さえすれば誰でもある程度剣が扱えるようになるのだ。力量としてはスキルの恩恵+自身の技術といった感じになると思われる。ダクネスもこれさえ取れば攻撃を当てることくらいはできるはずなのだが。

 

(…クルセイダーのスキルにも似たのがあるけど…これはいらないかな)

 

(……いえ、むしろ率先してレベルを上げられるだけ上げましょう)

 

(…どうして?)

 

私にはひとつの考えがあった。それは似たスキルであれど名前は違うのだから別のスキルなのだ。当然ながらエシリア本人には剣の心得など欠片ほども持ち合わせていない。完全にゼロの状態である。

確かに転生特典スキルでそれらは補えそうではあるが個人の技量が皆無な以上、少しでもスキルで恩恵を受けられるなら受けた方がいい。それが私の考えだった。

強くあればあるほど死ににくくなる、攻撃は最大の防御とはよく言ったものだ。スキルによってエシリアがどの程度まで強くなるのかは分からないが攻撃スキルは既に揃っているのだから基礎を完全に底上げしてしまいたい。

 

そんな考えをエシリアに話せば、エシリアは微妙な顔をしていた。

 

(……本当に私が両手剣振り回して戦えると思う?こんなことまったくした事ないのに…)

 

(自信がもてない気持ちは分かりますよ、私だって最初は魔法を使えることに慣れませんでしたし)

 

(いやそういう意味じゃなくて……なんでもない…)

 

そのままエシリアは何も言わず肩を落としてしまった。確かに不安な気持ちは理解できるがこればかりは慣れるしかない。私がかつてダストやリーンとともにクエストに行ったように、エシリアにもリアさん達が一緒に行く事になっている。プリーストの存在もあるので怪我をしても回復できるし、エシリアにはいい経験にはなってくれることだろう。

 

誤魔化すようにエシリアは冒険者カードをいじり、クルセイダースキルの剣の扱い、防御、耐性などを強化するパッシブスキルのみを取得した。完全に上げた訳ではないが如何せんスキルポイントが足りない。上げきらない分はレベルを上げてからになるだろう。

それにしても私が薦めたとはいえ、こうして見ればクルセイダーになった意味はあまりない。パッシブスキルのみなのだから下位職である剣士でも問題はなかったりする。攻撃面のスキルは元からあるので結果的にクルセイダーの皮を被ったソードマスターと言ってもいいのかもしれない。まぁパッシブスキルをある程度取得したらクルセイダーとしての防御スキルなどを取得するつもりなので今だけの話ではあるけど。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

―アクセルの街・広場―

 

 

「ごめんね、待たせちゃった…?」

 

「大して待っていないから気にしないでくれ、それより無事用事は終わったのか?」

 

「それなら大丈夫…、その、ありがとう…」

 

アクセルの広場、それはアクセルの街の入口に入ってすぐに見える広めの公園のようになっている。玄関口となっているその入口は高い壁で守られており守衛の姿も見受けられる。周囲を見渡せば一番に目につくのは中央の噴水、これは待ち合わせにもよく使われるアクセルの街のシンボルのひとつにもなっている。

更に冒険者などをターゲットにした露店などもちらほらあり、端には馬車の乗合所などもある。…ちなみに以前私がアクシズ教の布教活動を行った場所という黒歴史を想起する場所だったりもする。

 

リアとシエロは揃ってその中央にある噴水の傍にいた。ここからならこの場のどこに居ても見渡せるのでわかり易かったのだろう。

 

「お礼なんて言わなくても、こちらこそ今回ご一緒してくれて助かってますから」

 

「…う、うん…、えっと…あのピンク髪の子…エーリカだったかな?あの娘は?」

 

ふと気がつくと待っていたのはリアとシエロの二人だけ、そこにエーリカの姿はなかった。やはり待たせすぎて怒らせてしまったのだろうかと、エシリアは不安げに周囲を見渡す。この世界の人間は種族の違いなのか、それが当たり前なのかわからないが髪の色に一貫性がない。赤髪から緑髪、茶髪など様々な髪色が見受けられる。だけどその中でもエーリカの鮮やかなピンク髪は目立つ、こうして周囲を見渡せば見つからないことはないはずなのだが。

 

「エーリカちゃんなら…多分客引きに捕まっちゃったみたいで…」

 

「…大方可愛いとか言われて惹き込まれたんだろうな…まったくちょっと目を離した隙に…よくある事なんだ。少し待てば来ると思う」

 

苦笑気味なシエロに呆れて頭を抱えているリア。どうもこのパーティのトラブルメーカーはエーリカらしい。そして可愛いと言ってあげればほいほい着いて行っちゃうらしきエーリカは客引きのカモになってるのではと予想できる程度には二人の苦労具合が見て取れた。

 

 

…結果としてエーリカはすぐに戻ってきた。その両手には溶けそうなアイスクリームを4つも手に持ち。すぐにリアに咎められたが憎めない笑顔でアイスを差し出されるとリアもそれ以上言えずに苦笑するしかなかった。

 

「…まったく…エーリカ、これからクエストに行くんだぞ?ピクニックにでも行くつもりなのか?」

 

「そうは言われても仕方ないじゃない!『そこの可愛いお嬢ちゃん』なんて呼び止められたら買わない訳には行かないでしょ!でも…私一人だけ買う訳には行かないって言ったら『オマケしてあげるからお仲間の分も買ってあげな』って言われて…それで仕方なく…」

 

「まぁまぁリアちゃん…エシリアちゃんは初めてのクエストだし、緊張して行くよりはいいと思うよ?」

 

アイスを両手に持ったまま抗議するエーリカに穏やかに落ち着かせるシエロを見て、性格的にもバランスが取れたいいパーティだな、と思えた。エシリアは仄かに微笑みながらも、ただその様子を見ているだけで何も言わない。

 

それは和に入ろうとせず、外から見ている構図だった。

 

傍から見れば4人でいて全員が楽しそうに見えるかもしれないが実際には違う。エシリアにだけ感じる壁が確かに存在している。そしてその壁を作っているのは他でもないエシリア自身だという事にはエシリア自身が気付かない。

 

これは少し前のアリスやゆんゆんに問えば是が非でも猛烈に納得してしまう事柄である。自分で壁を作っているのに、その壁を壊してもらうのを待っているのだ。典型的な人見知り、ぼっち体質。

だけど一般的にその壁を壊すことは容易ではない、人には遠慮がある。他人の壁を壊すということは、それだけ他人のテリトリーに土足で侵入してしまうようなもの。普通そんな事をすれば嫌われてしまう、だからできない。

 

そんな中、エーリカはリアから逃げるようにエシリアに近付き

 

「はい、エシリアの分!」

 

「……え?」

 

それはエシリアにとって意外に感じてしまった。仲間の分と言われて買ったアイスクリーム、それにどうして自身の分が入っているのだろうか、と。

 

「何を驚いてるの?溶けちゃうから早く受け取って!それとも私に2人分食べて太らせたいの?ダメよそんなの可愛くなくなっちゃう!」

 

「…え……、う、うん、ありがとう…」

 

エシリアが無意識に作っていた壁は、あっさりとエーリカのアイスによって破壊された。突き出したアイスがそのまま壁を抉るように。

自分が仲間でいいのだろうか、とか、そう認めてくれているのか、とか、とてもエシリアには聞けそうにはない。そんな勇気はない。だけどエーリカはリアやシエロに渡すのと同じように、何も違和感も感じさせずに当たり前のように差し出されたアイスは、それだけの破壊力があった。

受け取ったアイスは元いた世界でもよく見る形。三角錐のコーンに丸くくり抜かれたアイスがひとつ乗っている。それは冷たいはずなのに、口にすれば何故か暖かみを感じさせた。

 

「……美味しい…」

 

「でしょでしょ♪皆に気配りもできる私、なんて可愛いのかしらー♪」

 

「まったく…食べながらでいいから出発するぞ、夜には冒険者ギルドで歌うことになってるんだからな」

 

「大丈夫よ、行くのは森のゴブリンの討伐でしょ?上手く行けばお昼過ぎには帰れるでしょ!私の可愛すぎる活躍を見せてあげるわ!」

 

「…もう、エーリカちゃんったら…」

 

駆け出し冒険者の受けるクエストは大体限定されている。ジャイアントトードの討伐やゴブリンの討伐、あるいは薬草などの採取とかだろうか。確かにゴブリンの討伐はアクセルではメジャーなクエストではあるものの、アリスである私としてはいい思い出はない。クエストにイレギュラーは付き物らしいが何事もなく終わって欲しいものである。

 

何事もなく終わって欲しいものである。

 

非常に大事なことなので二回言いました。

 

 

 

 

 

 



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episode 149 エシリアと初のモンスター戦


毎度遅くなりすみません_:( _ ́ཫ`):_多忙つらい


 

 

 

 

―平原―

 

アクセルの街の門を潜り抜ければ見えるのは壮大な平原。王都ほどではないものの、アクセルもまた人口は多い。それは他の街と違い、モンスターのレベルが低いので過ごしやすい面があるからだと聞いたことがある。

行き来する人々は主に駆け出し冒険者や商人。まれに上級冒険者の男性もちらほらいるがおそらくあの店目当てだろうと内心ため息をつく。

 

それはそれとして吹き抜ける風はとても優しく、まるで駆け出し冒険者を元気づけてくれているような錯覚すら覚える。伸びすぎていない雑草は歩くのにさして邪魔にはならない、場所によっては雑草が生い茂り、草原のようにもなっていてそこには微かながら野うさぎなどの野生動物の気配を感じさせる。

天気は快晴、ポカポカと暖かいので先程の風が相まって過ごしやすい気候になっている。アイスクリームを食べながら歩いていればピクニックとして見ても違和感はない。

 

目的地である森だが、アクセルの街の周辺には森があったり、湿地帯があったり、草原があったりと見渡すだけでも飽きがこない。そして生息するモンスターも大して強くない。この環境こそがアクセルの街を駆け出し冒険者の街と呼ばれるようにした由縁なのは言うまでもない。

 

「エシリアって何処からきたの?」

 

「…えっと…凄く遠くから…かな…」

 

「そんな大きな剣、ボク初めて見ました、ましてやエシリアちゃんみたいな女の子が持ってるのも…」

 

「…こ、これ?うん…その…物心ついた頃から修行はしてたから…」

 

「物心ついた頃からって…エシリアは騎士の家系か何かなのか?」

 

「えっとそんな事はないんだけど…」

 

こうして赴けば、やはりと言うべきか道中の雑談はエシリアの事が中心だった。時折嘘を織り交ぜては誤魔化すように話すエシリアの今の気持ちはよく分かる、私もかつてはダストやリーンから似たような質問をされていたし同じように誤魔化していた。

おそらく今のエシリアの心臓はバックバクになっているだろう。適度な嘘を織り交ぜるのはこの際仕方ない、まさか馬鹿正直に異世界転生しましたなんて言えるはずもないのだから。だけどそうして嘘をつくことの罪悪感、そしてその嘘がバレないように矛盾しない答えを脳内で手繰り寄せるように探すことからの焦り。今のエシリアはそれだけでいっぱいいっぱいになっていることだろう。

 

今回のクエストについての話は既に聞いている。森に住み着いたゴブリンの討伐、ありがちな駆け出し冒険者向けのクエストだ。

この世界のゴブリンというモンスターは人型で人間の子供くらいの大きさ。ゴブリンの種類にもよるが例えば魔王軍が従えているようなゴブリンは知能が高い。喋るのはもちろんのこと、様々な武器を扱ったり魔法を使うゴブリンまでいる場合もある。最近ではシルビアが従えていたのがその類のゴブリンだった。一方アクセル近郊に出現するゴブリンは知能も低く喋ることすらできない。たまに拾った短剣などを装備している場合もあるが武器スキルを少しでも身につけた冒険者なら大して危険でもない、とはいえ冒険者でもない一般人からしたら立派なモンスターであり、人を見れば本能で襲いかかってくるゴブリンは危険な存在ではあるのだが。

ゴブリンだけならそこまで脅威ではない、問題はゴブリンが発生することで新たな災いを呼ぶ恐れもある。

それが初心者殺しなどのゴブリンを捕食するモンスター。名前の通り駆け出し冒険者の天敵となっている。過去の私からすれば初心者殺しのような単純な近接攻撃のみのモンスターは格好の獲物なのだがそれは私がウォールというこの世界には本来存在しないスキルを持っているからであり、それがなかったら今の私でもソロでは充分な強敵だと思う。

そんな初心者殺しのようなモンスターを呼び込まない為にも、アクセルの付近ではゴブリンの討伐依頼は絶えることがない。繁殖力がかなり高いらしいのでいくらゴブリンを狩ってもゴブリンの数はそうそう減るわけではないらしいのだけど。そこは駆け出し冒険者の経験にもなるし良い事でもあるかもしれない、ゴブリンの被害が出る度に依頼金を支払う依頼者はたまったものではないだろうが。

 

 

ゴブリンの話はこれくらいにしておいて、私が考察している間にもエシリア達はゴブリンが住処としている森の入口付近までたどり着いていた。先程まで雑談が目立ったが今や全員の口数は減っている、ゴブリンといえども経験の少ない駆け出し冒険者は必死にもなる、口では楽勝と言っていたエーリカでさえも注意深く周囲を見回していた。

というのもこのパーティには盗賊やカズマ君のような代役もいない、よって敵感知スキルがないのだ。だからゴブリンの不意打ちにだけは気をつけなければ。こちらを見付けることで奇声をあげて襲ってくるゴブリンなのでそんな不意打ちは滅多にないが用心に越したことはない。

 

「依頼書に書かれてた位置はおそらくこの辺りだ、それぞれ警戒していこう」

 

「ふ、ふん、この可愛くて強いエーリカちゃんの実力をいよいよエシリアに見せる時が来たようね!」

 

「大丈夫です、もしもがあればボクが治療しますので」

 

それぞれが槍を、ナイフを、杖を構えるのに合わせるようにエシリアは背中の両手剣を握り、両手で握ったまま振り下ろすように構えた。こうして構えた状態は初めてのはずだが中々様になっているのは各種パッシブスキルのおかげだろうか。これなら特に問題はなさそうだ。私はそう思い密かに安堵していた。

 

 

……いたのだが。

 

 

「……っ」

 

「…エシリア、もしかしてモンスターと戦うのは初めてなのか?」

 

「…えっ…!?……うん…」

 

気が付けばエシリアは緊張で心臓がバクバク状態、足は小刻みに震えていてその目線の動きは落ち着きの無さを表していることは誰の目にも明らかだ。そんなエシリアの様子にいち早く気が付いて声をかけたリアは返答を聞くなり軽く息を吐いてエシリアの傍に近付いた。

 

「大丈夫、初めは皆そんなものだ。私だって最初は緊張した。でも訓練通りにやれば上手くいくよ」

 

…おそらくリアはエシリアの言った物心ついた頃から修行していたという嘘を素振りやらの訓練と解釈したらしい。だけど本来エシリアの状態はそれ以前のものだ。剣どころか武器らしいものを握ったことすら今日が生まれて初めて、それでいて戦わなくてはならない。

これはゲームとは違う。現実なのだ。負けたらセーブポイントからやり直しとはならない、死ぬだけだ。そのままエリス様の元へ旅立つだけだ。

本来私達転生者にはリザレクションの効果がない。リザレクションは力尽きた者を一度だけ復活させることができるスキル。だけど私達は元いた世界で一度死んで転生しているのでそれがカウントされているのだとか。そんな話をカズマ君から聞いた事があった。

 

「……わかった、大丈夫…ありがとう…」

 

少し落ち着いた様子を見せるエシリアだけど私には分かる、強がっているだけだと。心拍数に変化はない、むしろ上がっている気すらする。…本当に大丈夫なのだろうか?スキルやステータス的にはゴブリン相手なら余裕ではあるがこれはそれ以前に精神的な問題だ。

 

(…本当に大丈夫ですか?無理と思ったらどんな状況でも構いませんから私と変わってくださいね?…死んだらお終いなのですから)

 

これは正直に思えば言うべき事ではなかったのかもしれない。結果的にエシリアをより緊張させるだけになってしまうのだから。だが最悪の場合エシリアがミスをして死ねば多分私も道連れになるだろう。そんな事になるくらいなら正体を隠すとか言っている場合ではない。杖は持っていないが今の私なら素手でも魔法は使えるしレベルからしてもアクセル近郊のモンスター程度なら問題なく倒せる。

 

(……うん、わかった)

 

私の想いを汲んでくれたのか、エシリアは特に反論することもなくそう返した。それは少しエシリアらしくない気もしたがちゃんと聞いてくれているのならこちらとしては問題はない。

 

「……いたぞ」

 

小声でのリアの一声に全員の歩が止まる。リアがそっと指した方向には確かに2匹のゴブリンが座って休んでいるように見える。緑色の肌に大きさは人間の子供くらいだがその頭部は異常に大きくバランスがとれていない。その様相がモンスターなのだと物語っている。

どうやら食事中のようで2匹ともに兎のような小動物だったものを口にしている。その様子からよりおぞましくも見えてしまう。

 

(あれが……ゴブリン……モンスター……)

 

ゴクリと息を飲むエシリアは、ただその姿を見据えたまま剣を構える事もなく立ち尽くしていた。萎縮するような目を向け、だけど気取られないように姿勢は変えない。

一方他の3人は流れるような動作でそれぞれ武器を構える。駆け出し冒険者とはいえこれが初めての狩りではない3人は、それが当然かつ自然な動きだった。

 

「……最初は後方で見てるといいよ、支援のシエロの傍にいてやってほしい」

 

「え……わ、私は……」

 

そんなエシリアの緊張に気が付いたのだろうか、リアは穏やかにそう告げながらも両手に槍を持ちゴブリンの元へと駆けていく、それに短剣を持つエーリカも続いた。

 

(…大丈夫ですか?とりあえず言われた通りに見てましょう)

 

(……)

 

エシリアは何も言わずに強ばった顔でリア達を見ていた。抵抗しようと立ち上がり棍棒を持つゴブリンは流れるようなリアの槍の一撃で頭部を突かれて流血とともに、吹っ飛ばされた。その背後からやってきたゴブリンにはリアの背後から突撃するエーリカが短剣で対処する、素早い動きはゴブリンでは為す術もなく、呆気なくもう1匹のゴブリンも撃退できた。

 

「ふふーん、ざっとこんなもんよ♪」

 

「エーリカ、まだ油断したら駄目だ。ゴブリンは1匹いたら1000匹はいるものだと思えと言うだろう?」

 

ゴキ〇リかっ!とツッコミたいこと山の如し。冷静に考えたらいくら群れて生きるゴブリンでもそこまではないのだがようはそれだけの警戒心を持ち、油断するなという事なのだろう。

 

そしてリアの言う事は正しかったと証明される。流石に1000匹はいないがその数は10匹近く、仲間が襲われたことで集まってきたのだろうか、気が付けばリア達を取り囲むように現れたのだ。これにはそれぞれが苦い顔をする。ゴブリン単体は大したことはないが数が多すぎる。

しかも今はパーティが分断されている。リアとエーリカは傍にいるがエシリアとシエロは少し離れた位置にいる。普通に考えたら各個撃破していくしかないだろう。

 

「エシリア、シエロ!まず合流しよう!このままだとあまりよくない!」

 

「……っ!」

 

リアの掛け声と同時にゴブリン達は襲いかかってきた。それぞれが対処している為に自分の身は自分で守るしかない状況。私としては待ちわびた状況かもしれない。これでエシリアの意思とは関係なくエシリアの実力を知ることができる…と、そのように楽観視していた。初めての戦闘で緊張しているのはわかる、私もダストやリーンと初めて行ったクエストもゴブリンだったので当時の緊張感は覚えているがやってみればゲームのようなノリであっさりやれていた。荒療治かもしれないが実戦を重ねることでエシリアにも慣れてもらわなくては。

 

 

……そんな事を思っていると感じたのは、動かないエシリアの震えだった。それはどんどん大きくなる。両手で剣は構えているものの…足はすくみ、無言ながらそれは恐怖を感じていることを容易に感じ取れた。

 

(……エシリア?)

 

(……無理……、怖くて動けない……)

 

(…え?)

 

エシリアの言葉を聞いて私は唖然としてしまう。その言葉は予想していなかった。

同時に私は再びアリスとして初めてクエストに行った時の自分を思い出す。

 

…確かに緊張はしていた。だけどクエストに行く前に入念に試していたこともあり魔法の使い方などは不安になることもなく頭に浮かんできたので特に問題なく《アロー》の魔法でゴブリンを撃破していた。それもゴブリンが近付く前に複数体を。

 

……なるほど。

 

私のように遠距離から魔法を使って攻撃するのなら、それで撃破できれば安全だ。近付くことも近付けることもなく終わってしまう。確かに考えてみればゴブリンの命を奪う事に抵抗がなかった訳ではないがどちらかと言えば魔法での攻撃はゲーム感覚のようなものが私を支配していたので問題はなかった。

 

だがエシリアはどうだろう?私と違って武器は両手剣。確実に接近して戦うしかない。リアルに戦いなんて全く縁がなかった普通の女の子がいくらチート特典で力を持っているとはいえ、真っ向から戦う事は簡単ではない。つまりは精神的な問題。

 

(…理解はしましたがそれが通用する状況ではありませんよ!)

 

こう話している間にもゴブリンは迫ってきている。こればかりは慣れてもらわなくては困るのだ。

おそらくずっとエシリアが抱えていた不安はこれだったのだろう、エシリアは傷付く事が怖いのか、傷付ける事が怖いのか、あるいはどちらともなのだろうかは分からない。

 

「エシリアちゃん!」

 

「……っ!」

 

迫るゴブリンを前にしても動かないエシリア、それに気が付いたシエロは心配から声を投げかける。

声によってエシリアはハッとしてゴブリンを見た。もう数秒後にはゴブリンの攻撃がこちらに届く距離だった。ゴブリンの相手をしながらも心配しているリアとエーリカの視線すら感じた。

 

 

やらなきゃ、やられる。

 

人間とモンスターとの闘いは弱肉強食。モンスターはそれを当たり前と認識している。だからこそやられる前にやろうとする。それがこの世界の自然の摂理。

そしてエシリアから見えるゴブリンの数は3。自分がもしやられたら次はシエロに行くだろう。…まぁあの強烈なパンチを持っているシエロなら対抗できるかもしれないが危険に晒すことには変わらない。

 

せっかくできた友達を、危険に晒す。エシリアはそんな事にだけはなって欲しくなかったから、考えるより勝手に身体が動いていた。

 

「やぁぁぁぁ!!」

 

両手で握る剣を下から上へと、豪快に振るった。だがゴブリン達とはまだ距離があり、それは空振りに終わる。少なくとも振るったことでゴブリン達は一瞬警戒したが杞憂だと判断した。

 

しかしそれはゴブリン達の誤りだった。

 

振るった剣閃より発生した斬撃は、そのままゴブリン達に迫り、やがて周囲の風を巻き込んで大きくなり、巨大な竜巻を発生させた。

 

《ソード・テンペスト》

 

それはアリスの魔法《ストーム》と同等の大きさの剣閃より生まれる斬撃の嵐。向かってきたゴブリンは次々に巻き込まれて為す術なく直撃を受ける。やがて一匹、また一匹と絶命し、その場に倒れ伏せる。

当然ながらこの世界のスキルではなく、転生特典による上級ブレードスキル。数少ない離れた相手に攻撃が可能なスキルだった。はっきり言ってゴブリンごときに使うようなスキルではない、完全にオーバーキルである。

 

「なにあれ……すごっ…!」

 

これには他の3人も呆気に取られる。そして驚いたのはエシリア本人も同じだった。

ゲームでどんなスキルかは把握している。だがリアルで実際に使えばその迫力は雲泥の差だ。

ゴブリン達は完全に恐れて動きを止めてしまった、そうなればいくら数がいようともリア達にとって優勢でしかない。

 

「みんなチャンスだ!一気に攻めるぞ!」

 

そこからゴブリン達を殲滅するのには、そう時間はかからなかった――。

 

 

 

 








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episode 150 エシリア、誘拐される

 

 

―視点・エシリア―

 

 

……――どうしてだろう――?

 

……潮の香りがするのは。

 

中々覚醒しきれない意識に苛立ちながらも、私はなんとか目を開けようとするが、思うように身体が動かなかった。

 

頭が混乱して、思考がうまく働かない。アリスは何も言ってくれないし、何がなんだか分からない。

 

少し時間を経て、落ち着くと同時に状況を整理してみる。

 

今感じるのは海を思わせる潮の香り、そして不安定に揺れる地面。……これは……、船の上…?

 

潮の匂いと揺れで連想してみたものの、それはおかしい。私はリア達といた場所は森の中だ、海なんて見えるような場所ではない。

 

落ち着いたとはいえ相変わらず虚ろな状態ではあるがもうひとつ気が付いた事がある。

 

私の両手は、現在背中に回されて縛られている。目や口にも布のようなロープのようなもので縛られている感覚がある。つまり何者かに捕まっている…?どうしてそんな事に…?

 

そう思いながらも私は暗闇の中、何があったのかを思い出していた――。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

―アクセル近郊の森―

 

怖い。

 

ゴブリンに近付く事も、攻撃する事も、攻撃される事も、何よりも敵意を持って襲いかかってくるのが怖い。

ソード・テンペストを無我夢中に放った事で、私に向かってきていたゴブリンは倒せたみたいだったけど…、それでも私の身体の震えは止まってはいなかった。

 

自分の力が怖い。今の攻撃、もしもリア達を巻き込んでいたらどうなっていただろうと考えると怖い。

 

それでも……

 

この世界で初めてできた友達が傷付くのは何よりも怖かったから。

 

そう思ったら、私は思いのままに咆哮をあげていた。

 

「わぁぁぁぁぁ!!」

 

いいストレス解消かもしれない。こんな風に叫んだ事はこの世界に来るまでなかった。思いのままに、自由に、解放されたいと願いながらも。

…すると怖くなくなった。きっとこれは《ウォークライ》、攻撃力をあげて自身と味方の恐怖をなくすスキルなんだと再認識した。

身体が自然に動いた。怯んだゴブリンに縮地法で近付いて、横薙ぎに両手剣を震えば、斬るというより叩いた感覚だったのに、ゴブリンの胴の部分を斬り裂いて、真っ二つに両断した。

両手剣から伝わる感触は、初めて感じたものだった。……あまり気持ちのいいものではなかったけど、そんな事を考えるよりも先に身体が動いていた。…やらなきゃ、やられると思ったから。自分が、仲間が。

 

ゲームで当たり前に行ってきたことを、本当にする事になるなんて誰が思うだろう。考えた事すらない。

 

やりたいと思えることでは無い。少なくとも私にとっては。

 

だけど成り行きとはいえ、結局この道を選んだのは、誰でもない私だから…。そしてせっかくできた友達を、傷つけられたくないから。

 

私なりに、頑張った。

 

初めての戦闘だったけど、多分アリスの想像以上に私が持っているゲームのスキル、そしてこの世界の剣術スキルの恩恵、その相乗効果は大きかった。

ゴブリン達がどのように攻撃してくるか、手に取るように分かり、どう動けばいいか無意識に理解していた。だからまるで初めての戦闘ではないような動きを実現できていた。

 

リアやエーリカと一緒に戦えていることが、なんとなく嬉しかった。そこまで余裕がもてるようになったのは、やはりウォークライの効果なんだと思う。怪我を負うこともなかったから、シエロは唖然として見ているだけだったけど…支援職が暇なのは良い事だよね?

 

「…クルセイダーになれた素質があったから期待はしていたが…これほどとは…」

 

「凄いですエシリアちゃん!あっという間に倒しちゃいました!」

 

「中々やるじゃない…!だけどエシリア、強いだけじゃ駄目よ、可愛さもアピールしないと立派なアイドルにはなれないわよ!」

 

エーリカの言う事はスルーしておくとして、気が付けば周囲に生きたゴブリンはいなくなっていた。無我夢中で戦っていた私はようやく落ち着くと同時、ウォークライの効果が切れたのか身体の震えが再発してしまっていた。

 

落ち着こう……もう終わった…。凄く怖かったけどちゃんとみんな無事だし。

そう思い剣を降ろせば同時に私に降りかかったのはなんとも言えない喪失感と脱力感。身体が異常に重く感じたかと思えば、私は…

 

私はその場で倒れてしまった。

 

「エシリア!?」

 

一同は混乱する。私が倒れた理由がわからなかったから。そしてそれは私も同じだった。ゴブリンからの攻撃は全く喰らっていない無傷な状態なのにも関わらず、私はその場に倒れてしまった。

 

(…魔力切れですよ。それは休むしかありません)

 

(魔力切れ…?なにそれ……?)

 

聞いた事のないワードが飛び出してきた。魔力…ゲームで言うならばマジックポイント(MP)にあたる。物理攻撃を主体とするならば無縁のもののはずなのだが実際に起こってしまっているのは確かだった。

 

(エシリアは今までに、ウォークライを複数回、更にソードテンペストまで使いました。私よりも魔力が低いエシリアがそこまでスキルを乱用してそうならない訳がありませんよ)

 

その説明でなんとなく理解した。納得はしていないけど。

 

ウォークライ、ソードテンペスト、どちらも元のゲーム基準で考えれば結構なMPを消費するスキルのはず。それらを乱用した結果が魔力切れ。どうやらこの世界では魔力が切れるとこうなってしまうらしい。…実に不便だ。

 

この状況はあまりよくない。MPを回復する手段がないから。

元のゲームでの回復手段は自然回復、チャージングなどのMP回復スキル、ポーションによる回復。そして…通常攻撃をすることでの回復。

 

両手剣を使うこのパラメーターはその通常攻撃による回復をメインにしている。だけどさっき攻撃した限りだと回復した様子は全くなかった。つまり自力での回復手段がポーションか自然回復しかない。

 

(自然回復はマナリチャージフィールドを使ったとしても全快まで一時間はかかります。通常での自然回復は翌日までかかりますね、眠ってしまえば回復速度はあがるようですが)

 

(……いくらなんでも非効率すぎるし…できたらもっと早く言ってほしかったんだけど…)

 

そのまま私はガクリと項垂れた。マナリチャージフィールドで一時間は勘弁して欲しい、ゲーム内なら一時間あれば補助なしでの自然回復で何回全快できていることだろうか。

その様子を見たリア達は不思議そうに顔を見合わせている。

 

「…ごめん……魔力切れみたい…」

 

「エシリアちゃんって、魔法が使えたんだ?でもあんな魔法見た事ないけど…」

 

「説明するとややこしいんだけど……厳密には魔法じゃなくて剣スキル……私のスキルは魔力を使うのが多くて……」

 

どう説明したらいいのだろう。確かにさっきのソードテンペストは一見すると魔法のようにも見えるけど、属性は斬撃だから物理攻撃だし。この世界での物理スキルに魔力を使う事はないのだろうか。どうにもややこしい。

 

だけど問題はそこではない。今全く動ける気がしない事が問題だ。先程からなんとか起き上がろうとしているのだけど倦怠感と脱力感、無力感に襲われて指一本動く気がしない。

 

「仕方ない、一番の功績者だ。丁重に運んであげないとな」

 

「……それもいいけど…少し休憩してからにしない?なんか妙に眠いのよね…」

 

「もう…エーリカちゃんったら…………あれ?なんだかボクも眠く……」

 

「……みんな?」

 

それは突然だった。全員が眠気を訴えだしたのだ。口には出さないがリアも目が虚ろになってきている。エーリカやシエロは既にその場で座り込んでしまった。

 

これは異常でしかない。身体は動かないけどその目で周囲を見る事はできた。すると微かながら白い霧が見えるような気がした。森の中で目立たない程度ではあるが、これはゴブリンと戦っている間には見当たらなかったものだ。

 

「…みんな、寝ちゃダメ……この霧なんか変……」

 

そう言いながらも私も急激に眠くなる。魔力切れによる疲労も重なってからなのか、まるで麻酔でも打たれたかのような睡魔が襲ってきた。

 

意識が遠ざかって行く。こんな事なら……状態異常対策のスキルを優先して取得しておけばよかったと後悔しながらも僅かに聞こえてきたのは…

 

私達に忍び寄る、複数の足音だった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

―船内―

 

 

大体思い出した。突然の霧で眠くなって、それから聞こえた足音。そして今や拘束されている状態。

どうやら私達は誘拐されてしまったらしい。…だけどこれからどうしたらいいのか…と考えて少しだけ背に回された腕に力を込めてみる。

するとミシミシと音がする。これはカズマって人から受けたバインドの捕縛によるロープよりは脆いように思えた。これなら引きちぎってしまえば束縛からは解放できる。ただ完全に回復していないのでもう少し休む必要はあるかもしれない。

 

そんな事を思っていると、扉が開く音がした。

 

「……」

 

「……何か物音がした気がしたが……気のせいか…?」

 

聞こえてきたのは男の人の声。それもそこまで若くはない。…どうやら私達はこの男に誘拐されてしまったようだ。

思い出されるのは冒険者ギルドでの受付やリア達の説明。近頃駆け出し冒険者が行方不明になっていると。ならばそれもまたこの人達の仕業に違いない…と、そう関連付けるのは自然なことだ。

 

(アリス…!アリス!)

 

(……聞こえてますよ、どうやらエシリアが意識を失うと私の意識も途切れてしまうみたいですね…状況は…?)

 

ようやくアリスの声が聞こえてきた事で、私は内心落ち着けた。声には出さないけど。出す訳にもいかないし。

 

(…あまりよくない……、どうも私達は誘拐されちゃったみたい…)

 

(……そんな事を言うかい…?)

 

(気持ちは分かるけどしっかりして……)

 

あんまりな現実を突き付けられてアリスが普段言わないような事を言ってしまう始末。現状一番頼りになる私にとってのブレーンなんだからしっかりしてほしい。

なんとなくこの脳内会話も慣れてきた。とりあえず今すぐ動く事ができないなら今の状況を把握してしまわないと。

 

(…はぁ……分かってますよ……、本当にどうしてこんなことに…。誘拐って明らかにあれじゃないですか、冒険者ギルドで話してた駆け出し冒険者が行方不明になるという…)

 

溜息混じりのアリスの声が脳内に響く。こんな状況だし仲間達を心配させたままというのもあって嘆きたい気持ちしかないのだろう。

時間もどれくらい経ったのかわからないし、リア達は無事なのかすらわからないから私としてはそっちの方が心配なのだけど。

 

お互いにそんな葛藤をしていると部屋に入ってきた人達がなにやら呟き出した。

 

「…なぁ?いつまでこんな事をしなくちゃいけないんだ?俺はこの子達が不憫でならねぇよ…」

 

「……そんなのオラだって同じだ…だけんどそうしないとオラ達の村はおしまいだ…」

 

「この前攫った子だって、俺の子供と変わらないくらいの大きさでよぉ…」

 

「…もう言うな…、お前の気持ちはわかったけどよぉ…」

 

片方は若干涙声になっていて、そのまま足音と扉が閉まる音が虚しく聞こえてきた。どうやら出ていったようだ。

 

(…アリス)

 

(…まぁ黒幕がいるんでしょうね、今の人達はやりたくて誘拐をしている訳ではなさそうです…ですが…)

 

それ以上言わなくてもわかる。誘拐は誘拐。立派な犯罪である。何か事情があるのかもしれないけどこのまま黙って連れていかれるつもりはない。まずは拘束を解いてリア達の安全の確保から始めないと。

 

大分休めたおかげもあって意識が途切れる前のような気だるさはあまりない。今なら問題なく力を発揮できる。そう思えば私はそのまま両腕に力をいれて縛られた縄を引きちぎることに成功した。すぐに目隠しと猿轡を外して周辺の確認を急いだ。

 

今いる場所は船の中、倉庫のような一角。木造であちこちから隙間風を感じた。これが潮の匂いの正体だろう。流石に私達の武器は見当たらなかったがすぐ側にはリア達が縛られた状態で横たわっている。一瞬危機感をもつがどうやら三人とも眠っているだけだと気付けば安心するように目立たない程度に息を吐いた。

 

(…これからどうしよう…)

 

(…まずは三人をできる限り静かに起こす事ですね、それから武器の確保…それが不可能でしたらエシリアが単身で戦えば大丈夫でしょう)

 

(…はぁ!?そんなの無理に決まってるじゃない…!?)

 

(勿論根拠はありますよ、相手は駆け出し冒険者を狙う程度ですからそこまで戦力に自信がないと思いますし、一方エシリアは上級職になれるほどのステータスです、勝てる見込みは充分にありますよ)

 

自分がやる訳じゃないからか自信たっぷりで言ってくれるけどそんなの憶測でしかないし確信を持ってやれることではない。失敗したら私だけではなく他の三人にも危険が及ぶ事を考えたら慎重に行動したい。…何故同じ私なのにこんなに考えが食い違うのだろう。

 

(…お願いだからもっと確実にできる方法を…)

 

(……はぁ…わかりましたよ、それでしたら…)

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

しばらくすれば船は少し強めの揺れを起こした。初めは何かトラブルかと思ったけどどうやら岸に到着したようだ。外からは慌ただしく足音が聞こえてくる。

これはチャンス。水上のまま制圧しても船の動かし方などわからないので漂流してしまう可能性もある。なので抵抗するなら船が陸地に隣接してから。だからこそこの時を虎視眈々と狙っていた。私達を運ぶ為に、二人の男の人が扉を開けて入ってきた。

 

「…ん?…お、おい!?一人いないぞ!?」

 

「…何!?…うわぁ!?」

 

男二人はその場でしりもちをついた。そして即座に二人の顔のすぐ横を魔法の矢が通り過ぎて木の壁を破壊した。

 

「大人しくしてくださいね、次は当てますよ?」

 

「…あ、あんた一体どこから!?」

 

今男二人の目の前にいるのは私ではない。

金髪のツインテール、そして水色のネグリジェというこの場にいるにはおかしな姿、手には流動させる魔法陣。私と入れ替わったアリスがそこにいた。

不意打ちのようなインパクト、そしてアローのスキルで黙らせる。アリスの予想通り駆け出し冒険者を狙うような相手、戦力は大して持ち合わせてはいないようだ。アローで派手に破壊した壁を横目に、男達はいとも簡単に戦意を喪失してしまった。今や座り込んだまま両手を上げて震えている。

 

だけど油断はできない。まだ船員はいるかもしれないしアリスの予想に反して強い人もいるかもしれない。

 

だけどアリスに任せてしまったからには、私には見ている事しかできない。そんなもどかしさを感じながらも、私は何も言わずに成り行きを見守っていた――。

 

 

 

 



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episode 151 名も無き村の危機

 

 

―岸辺―

 

―視点変更・アリス―

 

今いるこの場所が何処なのかはわからない。あえて言うのなら岸辺。最低限の設備がある古く小さな船着場。そんな場所で木造の足場に正座させ両手を上げさせた男達は全部で四名、その誰もが戦闘とは無縁そうなくたびれたおじさんだった。

私の予想通り、この程度ならエシリア単独で武器がなくても余裕で制圧が可能だっただろう。

 

…とはいえ、どんなに強くなろうともそれは与えられたものであり自身で努力して得たものではないので順応するまでは時間がかかる。気弱な少女にどんなモンスターでも倒せる高性能な銃を持たせたとしても上手くはいかないだろう、精神面が追いついていないのだから。私がそれに気が付いたのは後になってからなのだけど。

 

突発的に思い付いたのはエシリアが無理なら私がやればいい。正直に言えばいい加減表に出たかったのもある。今ならリアさん達も眠った状態だし問題はないだろうと判断した。

 

(ほら、簡単でしょう?)

 

(……)

 

結果は大成功。おじさん達は恐怖に震えて降参状態。 リア達はまだ船の中で眠っている。更に外に出る事でわかった事もある。空は朝日が立ち込めていた、つまり一夜を船の中で過ごしたのだろう。その事象に憂鬱にはなるが今何を思っても結果は変わらない、ならば最善を尽くす為にこのおじさん達を冒険者ギルドに突き出して一刻も早く帰ることだろう。

 

(……私としては、同じ私であるアリスがここまでやれちゃうことの方が驚きなんだけど……)

 

(……それは年季の問題ですよ)

 

…一年。それは年季という短い言葉で表すには足りないほどの密度の濃い日々だった。

エシリアの精神状態がこの世界に来たばかりの私と同一であるのなら、私とエシリアには一年の経験の差がある。本来エシリアという存在が生まれたきっかけは私がアリスであろうとする上で自分はアリスという存在であって有栖川梨花ではない、そんな想いから生まれた二重人格、それがエシリア。だから考え方としてはこの世界に来たばかりの私と解釈しても間違いではないと思う。

その一年の内容は既に4回もの魔王軍の幹部との死闘、王都で盗賊に襲われたりもしたこともある。モンスターなんて数え切れないくらい討伐した。そんな経験を経た私にとって、駆け出し冒険者程度しか狙えないようなおじさん達を鎮圧するなんて簡単な事だ。ベルディアとの一騎打ちを思えばこの程度何の恐怖も感じない。比較対象がおかしい気もするがそれを言えば誰もが納得してくれるとは思う。

 

「…さて、まずは誘拐した子の武器を持ってきてもらいましょうか?妙なことをしたら…こうなります」

 

「……っ!?」

 

無言で魔法陣を展開、そして離れた位置にあった岩山に《ランサー》の魔法を撃ち込んだ。爆発音とともに岩山は見る影もなく崩れてしまい、おじさん達はより恐怖に震えてしまった。少しやりすぎただろうかとは思うも、私の見た目はチンチクリンな少女でしかない。なめられる訳にはいかないのでこれくらいやった方がいいだろうと開き直った。

 

睨みつけたところ、震えながらも一人の男がゆっくり立ち上がり、船の中へ移動して槍や杖、短剣、そしてエシリアの両手剣を重そうに引きづってきた。

 

「ゆ、許してくれ!これには深い訳があったんだ!」

 

「そ、そうだ、オラ達はやりたくてこんな事をした訳じゃ…」

 

おじさん達は深々と頭をさげ、土下座に近い状態で謝罪している。

…そうだ、これは初めての誘拐ではないはずだ。冒険者の行方不明が起こった事自体は最近の事らしいが、私達より前に誘拐されてしまった駆け出し冒険者が何人かいるはずだ。

 

「今回のように誘拐した冒険者がまだいますよね?どこにいるのですか?」

 

「……そ、それは……」

 

質問すると全員が目を逸らした。その様子は懺悔するような、申し訳なさそうな気まずさを感じるもの。下手したら既に無事ではない可能性すらあることに、私は苛立ちを隠せなかった。出逢ったこともない冒険者達ではあるが、それでも助け出せるのなら助けたい気持ちは強かった。

 

「はっきり言ってください」

 

鬼気迫るように問い詰めるもそれでも口が開く気配はない。よほど言い難い事なのだろうか?これは私達以前に攫われた冒険者達は既に無事ではないと考えた方がいいのかもしれない。

 

「……質問を変えましょう、貴方達は私達を誘拐してどうするつもりだったのですか?」

 

気になる点があるとすればこれくらいだろう。駆け出し冒険者など誘拐したところでお金になる訳でもない。ダクネスのような貴族なら話は別だがあれは特殊すぎる。基本的に駆け出し冒険者なんて貧乏である。誘拐して身代金を要求したところで稼ぎになるとは思えない。装備品を奪ったとしても大した金額にはならないだろうし。

 

…となると、目的は駆け出し冒険者そのものかもしれない。

 

私がこの世界に来てまだ耳にしたことはないし出逢った事も無いが、人身そのものを奴隷として売ろうとしていたのではないだろうか。それが私の推測だ。異世界転生系のラノベの読みすぎと言われたら返す言葉はないが、現実的に攫われたのは若い女性冒険者ばかりらしいし可能性としては高いのではないだろうか。

 

もしそうなら許すつもりはない。芋づる式に奴隷の売買商人まで調べ尽くして王都にしょっぴくつもりだ。王都のクレアさんに話をすれば融通がきくだろう。

そう思い言葉を待っていたら、少し意外な言葉が帰ってきた。

 

「あ、あんた、高レベルの冒険者かなにかかい?もしそうならオラ達を助けてくれ!」

 

「そ、そうだ!あんな岩山を魔法で破壊できるあんたなら俺達の村を救えるはず…お願いだ!」

 

「……は?」

 

まさかの懇願である。それも泣きながら。確かに事情があって誘拐をしていただろうとは事前の会話で把握はしているが相手は先程までこちらを誘拐しようとしていた現行犯の犯罪者である。それにいつまでも私のままでいる訳にもいかない。リア達が起きる前にエシリアに戻っておかないと。

 

となると、この話を私主体で進めることはあまりよくない。エシリア達に進行してもらわなければ。

 

私は男が持ってきて地に置いてある両手剣を手に取った。…ずっしりとした重さを感じる。エシリアはこんな重いものを振り回しているのか、力はミツルギさんやダクネスくらいあるのかもしれない。

 

「その話は後で私の代わりの者が聞きます。私は仲間の様子を見てきますからそのまま大人しくしておいてください」

 

そう告げるなり両手剣を持ち上げて引きづり船の中へ移動する。はっきり言ってめちゃくちゃ重いけどそこは我慢。私にエシリアのような筋力ステータスは皆無なので当然のことなのだが顔に出さないように移動する。そして男達から見えなくなった場所でエシリアと入れ替わる事にしたのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

エシリアへと戻り、エシリアは船内の倉庫に眠らされているリア達を起こす。簡潔に事情を説明した上で4人揃って件のおじさん達と話す事になった。ちなみにアリスとして私がしたことは全てエシリアがやったことになっている。3人揃って困惑した様子ではあったが震えているおじさん達、アクセル近郊ではない見たことのない地。それらを見てエシリアの説明と合わせて今の状況を呑み込むしかなかった。

 

「…まさかとは思っていたが…私達まで被害者になるとはな…すまないエシリア、助けられてしまったな」

 

「え?…い、いや…私は…」

 

エシリアとしては複雑な心境かもしれない。何せエシリア自身は何もしていないのだから。頬をかくエシリアを後目にエーリカは不機嫌そうに腕を組んでおじさん達を見下していた。

 

「それで?どうするのよこのおじさん達。アクセルに戻って冒険者ギルドに引き渡せば今までの行方不明事件も解決するんじゃないの?」

 

「エーリカちゃん…話はそんな簡単じゃないみたいだよ…」

 

諭すように告げるシエロに合わせるようにエシリアは頷く。ここで当然の反応と思い身構えていたのだが、おじさん達から私がいないことへの反応はあまりなかった。それよりも実際に被害者となった面々と顔を合わせるのが辛いように視線を下に向けている。後悔からなのかわからないがこちらとしては有難いことだった。

 

「…それでおじさん達は…その、どうしてボク達を誘拐したりしたのですか…?」

 

シエロがぎこちない話し方ながらもなんとか聞く。それに対するおじさん達は口を紡いでいる。やがてお互い顔を見合わせたと思えば、一人の男が重い口を開けた。

 

「…あんた達には本当に悪かったと思っている…だけど、こうしないと、オラ達の村はおしまいなんだ…」

 

「…それはつまり…何か理由があってしたことで、本来ならばやりたくてやった訳ではなかったということか?」

 

リアの強めの口調に、再び怯えるように小さく頷くおじさん達。ここは一番しっかり者であるリアに進行を任せた方が良さそうだ。そう悟ったのか、シエロはそっとリアの後ろに行き、エーリカもまた不機嫌そうなまま口を紡いだ。

 

「…あぁ、オラ達はこの近くにある村で暮らしているんだ…だけど最近になっておっかないドラゴンが村の近くの森に住み着いたんだ」

 

「ど、ドラゴン!?」

 

「…あぁ、ドラゴンはオラ達に若い女の生贄を要求してきた。よこさないと村を滅ぼすと脅されてな…、定期的に生贄さえ差し出せば村の守り神として村を付近のモンスターから守ってくれるとも…」

 

「確かに俺達の村の付近には一撃熊のような厄介なモンスターが生息しているから、そいつらから守ってもらえるのはありがたい話なんだ…だけど村には若い女なんてそんなに何人もいねぇ…元より最初はそんな事受け入れるつもりもなかったんだ!!だけど村には年寄りも多くて逃げる事なんてできなかった…苦渋の決断だったが生贄の要求に応えるしかなかったんだ……だから俺達は…」

 

まさかの黒幕がドラゴンとは驚いた。それも知性を持ち言葉を話せるらしい。確かにこの話が真実なら村だけでどうにかできるような問題ではない。

 

だがそうなると別の疑問が生じてしまう。

 

「なるほど、話は分かったが…何故国や冒険者ギルドにその話をしなかったんだ?」

 

リアの言う通りだ。モンスターによる被害なら、冒険者ギルドに依頼すれば済む、それだけの話である。そうする事で私達のような冒険者が動く事ができる。村の危機、そんな話を耳にすればミツルギさん辺りは黙っていないだろう。私としても同じ気持ちだ。

 

「…そりゃあ…それができたらそうしている…できないからこんな事をしているんだからな…」

 

「はぁ?どういう事なの?」

 

悪態をつくエーリカにすら怯むおじさんは、苦しそうな顔をしながらも言葉を続けた。

 

「俺達の村は国に税金を支払っていない、それだけじゃない、そもそも国に俺達の村があること自体知られてはいないんだよ」

 

「そ、それは…」

 

話を聞くなり納得した。この世界は私達のいた日本のように国の隅々まで調べ尽くされている訳では無い。

 

通常この国では、王都ベルゼルグが首都となっており国の中心となっている。その国の中にはアクセルの街、アルカンレティアなど、大小あるものの多くの街や村が存在している。

それらの街や村は、王都へ税を払うことで冒険者ギルドという国営の機関が建てられる。ギルドを通じて街の安全の確保を行っているのだ。

 

余談ではあるが紅魔の里には冒険者ギルドが存在しない。魔王軍と拮抗する程の力があることで完全に独立が可能だからこそ、国とは不干渉なのだろう。

 

話は逸れたが実際問題、国に許可を得ることなく集落を作り暮らしている人達もいる事は聞いた事があった。この人達がその一部なのだろう。

 

「オラ達の村は人口30人くらいの小さな集落だ…自分達のそれぞれの暮らしだけでギリギリなんだ、とてもじゃねぇが国に支払える金なんて用意できないんだ…」

 

「……」

 

今度はリアさん達が黙り込む。言えてしまうのなら私達がそのドラゴンを討伐してやるくらい言いたいのだろう、だけどこれはそう簡単なものではない、軽はずみな正義感で言ってしまえるようなことではない。

相手はドラゴン。種類にもよるがドラゴンの討伐など王都の高難度クエストでも中々お目にかかれない。そんな依頼を普段アクセルで活動している駆け出し冒険者のリア達が安易に受けられる訳がないのだ。それこそ自分だけではなく仲間の犠牲をも覚悟しなくてはならない。

 

「リアちゃん…」

 

「だ、だからさっきの金髪の子はどこに行ったんだ!?あの子ならドラゴンにだって勝てるかもしれないのに!」

 

「……金髪の子?」

 

はて?とリアさん達はお互いに顔を見合わせて首を傾げる。エシリア以外は。

 

私としては私の事がバレても全然構わないのだけどやはりエシリアとしては良くないようだ。背中に携えていた両手剣を片手で握っておじさん達に近付いた。

 

「あの子については絶対に触れたら駄目だから…」

 

「ひ、ひぃ!?」

 

小声ながら圧がかかった脅しにおじさんはまたも震えてしまった。ゴリ押しではあるけどそれ以上おじさん達が私を求めることはなくなった。よほど怖かったのだろう。…そこまでしてバレたくないのかと私としては呆れてしまうけど。

 

「エシリア?」

 

「なんでもない、…提案なんだけどこの人達の村に行ってみたらどうかな?今の話の真偽を確かめる事だってできるし」

 

「俺達は嘘なんてついてねぇ!!」

 

「.…黙ってて、決めるのはこっち……」

 

「…ひぃ!?」

 

話をすり替えることに必死なのか、今までにない圧力をかけるエシリアに、リアさん達もそれ以上何も言えずにいた。だが村に行くのはいい案とも思える。村のちゃんとした位置も調べたい、どれくらい時間が経ったのかも調べたい。村人の言うことの真偽も勿論ある。

 

だが問題は村人の言うことが全て真実だった場合だ。本当にドラゴンなどいるのなら流石に駆け出し冒険者であるリアさん達、そして冒険者になりたてのエシリアには手に余る。かと言って私一人でドラゴンを倒せるかと聞かれると微妙である。それこそ一度アクセルに帰還して私のパーティで攻略に挑むくらいは考えた方がいいのかもしれない。ミツルギさんやゆんゆんならきっと困っている村の人の為に動いてくれるとは思うし、なんならカズマ君達だっている。この件が無事解決すれば今後駆け出し冒険者の行方不明事件など起こることはなくなるだろう。

 

少し悩んだリアさんだったけど、結局エシリアの言う事を聞き入れて、おじさん達の案内で村へ向かう事にしたのだった――。

 

 

 

 



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episode 152 村の現状と対策

 

 

―海と森が近い集落―

 

先に言ってしまえば男達の話に嘘は無かった。こうして訪れた集落を目にすれば一言で言えば活気がない。空はよく晴れているというのにそれとは真逆の廃墟のような静けさ、人は少ないながらも確かにいるし建物も木造の家が数件ある。それでもその村の雰囲気そのものが、今の村の絶望感を物語っていた。

 

「…ここが俺達の村だ…」

 

「……」

 

村の状態を見て、察したように誰も何も言えなかった。ムードメーカーのエーリカでさえも息を飲む始末。一同はそのままひとつの木造の民家に案内されて、それぞれが腰を下ろした。

 

「…では、詳しく現状を教えて貰えるだろうか?私達もそれにより対策を考えたいと思う」

 

話を促すリア。しかし肝心の話し相手である村民の男の表情が晴れることはない。

それはそうだろう。男の目の前にいるのは所詮アクセルを拠点に活動する駆け出し冒険者に過ぎない。話をしたところで解決の糸口に繋がるとは到底思えないだろう。

しかしながら今の関係は誘拐事件の加害者と被害者である。解決の為というよりはどうして誘拐などという犯行に及んだのか、説明する必要があるからに過ぎない。

 

「繰り返し謝罪するが…君達には本当に申し訳無いことをしたと思っている…。その事情を今から話そう…」

 

 

 

 

 

……――

 

 

 

この村そのものは約3年ほど前にできたばかりらしい。元々この村の住人は別の地に集落を作り暮らしていたのだがモンスターの被害や自然災害などがあり、村の移動を余儀なくされてきた。つまりは土地を旅する移動民族。それは彼らが求める形ではなく、環境がそうさせていたのだ。

当然ながらそれは安定するものではなく、食料すら満足に得る事は稀、怪我などしても治療も満足にできない、そんな過酷な状況に元々いた若い人達は様々な理由で離れてしまった。

それは単純に口減らしになるからと。それは単純にこの環境に耐えられないからと。

よって今残っている移民は小さな子供が数名、あとはお年寄りを筆頭に40代の男女、この世界での40代は決して若いとは言えない、人によっては孫がいても珍しくはない。

 

そんな過酷な状況だったが彼らにようやく光が照らされた。海を渡り流された果てに今のこの地にたどり着いたのだ。

ここでは漁業を行うことで魚やスイカが豊富に収穫できて、陸地には元々自然に育っていた秋刀魚があった。狩るのが難しいが付近の森に行けば自然の野菜なども収穫は可能である。傍にある森に行けば木材なども確保できて一部の一撃熊など危険なモンスターはいるが数が少なく滅多に出逢わない、それを除けば全体的にそこまで手強いモンスターもいない、まさに理想の楽園だったのだ。

 

ここを拠点に生活を続ければ、飢えることはない。人々の目にはようやく希望の光が灯されたのだ。

 

――しかし、それは長くは続かなかった。

 

それはこの地に家を建てて暮らしが安定してきてしばらく――、今から1ヶ月前。

 

夕暮れを隠し、村は暗闇に包まれた。

 

比喩表現ではあるが暗くなった原因は村人からみてすぐに理解できた。夕日を隠すほどの巨大な黒いドラゴンが突如村の上空に現れたのだ。羽ばたかせる翼はとても大きく、その存在だけでも村人を恐怖のどん底に陥れるには充分すぎた。

 

「人間共よ……我に若い女性の生贄、そして食糧を貢げ。さすれば村を守ってやろう――、断るのならこの村は滅ぼす、期日は明日の日暮れ、森の遺跡にもってくるがいい」

 

ドラゴンはそれだけ告げると返事を聞くこともなく翼を広げて飛び立ち、森へと向かっていった。村人達にそれを断る術はなく、村にいたひとりの少女と大量の食糧を捧げることにしたのだ。

 

だがそれは一度では終わらなかった。

 

 

食糧が足りない、人間が生活に必要な日用品も寄越せ、違う若い娘を寄越せと、ドラゴンの要求は日に日にエスカレートしていく。巨大なドラゴン故に必要な食糧は多くなるのだろうか、ただ日用品が必要な理由だけは村人にもさっぱり分からなかったが。

ただ捧げる食糧の量にも限界がある。いくらこの周辺に食糧が豊富にあろうとも、安易に狩猟、採集できる訳ではない。元より若い村人がほとんどいないのだ、その量にも限りがあるのは当然のことだった。

 

そして村には若い女性が元々ほとんどいなかったこともあり、苦渋の考えの末に村の人達は駆け出し冒険者の若い女性を攫って生贄にすることを思いついた。

 

その為に高額な睡眠効果のある魔道具を買い、既に3名もの冒険者を攫っている――私達はそこまでを知ることになったのだ。

 

 

 

 

 

 

――……。

 

 

 

 

 

 

 

「……やはり私としては国や冒険者ギルドにしっかり報告すべきだと思う。そうすればドラゴンの脅威から村を守れる確率が高い、その後お金は必要になるかもしれないが、人の命には変えられないだろう?」

 

お金が必要になる。それはこの村がこの国の村としてある為の税金の支払いが生じるということ。確かにそれができれば今回のドラゴンだけではなく、今後何かが起こっても国がこの村を守ってくれることだろう。

かつて王都付近の村がミノタウロスに襲われたことがあったがあの村も王都に近いこともあってしっかり税金を支払っていたので迅速に冒険者ギルドで緊急クエストが出されていた。その報酬も国が負担していた。

リアの意見にエシリアを含む他の面々も頷くことで同意していた。しかし。

 

「……見ての通りこの村は若い者が少なく、国に税金を支払う余裕がないんだ。それで今回の件が解決していたとしても、今度は税金対策に頭を抱えるようになる。それに…それは今からしようとしたところで間に合わない……」

 

「ドラゴンが要求してきた期限は今日の夕刻。それまでに生贄が用意できなければ村は滅ぼされてしまう…なにもかも遅すぎるんだ……」

 

村人は揃って深く俯いてしまった。流石に今から国や冒険者ギルドに助けを求めるにしても時間が足りないと言いたいのだろう。テレポートが使える者でもいたら話は変わるがとてもそのような者がいるとは思えない、いたらもっと上手くやっているだろう。

そして今回私達の誘拐は失敗に終わってしまった。これから他の者を誘拐しようだなんてさせる訳にもいかない、つまりこの村は完全に詰んでしまった。

 

「…あの、確かにこの土地の作物などは魅力的かもしれないですが、それらを捨ててドラゴンから逃げようとは思わなかったんですか?ボクとしては村人の命の方が大切だと思うんですけど……」

 

「…勿論当初はそう考えたさ。だがこの村には機敏に動ける者は少ない、もしそれがドラゴンに見つかってしまえばと思うと、それもできなかった…」

 

「……そんな時にこの村の若い娘がひとり、名乗りをあげたんだ。自分が生贄になると……、勿論最初は全員で反対したが、その子は勝手に生贄になりに行ってしまった……。悔やみもしたが、俺達はその子に甘えてしまったんだ…」

 

後悔の念からか、村人は次々と涙を流しはじめた。これにはこちらとしても苦い顔つきになってしまう。どうにか助けてあげたい、そんな想いが強いが、所詮駆け出し冒険者でしかないリア達には荷が重すぎる案件なのだから。

 

それはエシリアにとっても同じだった。ゴブリン程度で足がすくんでいたのにドラゴンなど対処できるはずもない、何もすることができずに殺されてしまうことは容易に想像できてしまう。

 

そして私は、というとドラゴンを相手に戦った経験はなかったりする。以前エンシェントドラゴンというドラゴンなら見た事も出逢った事もあるが私やゆんゆんが魔法を使うより先にミツルギさんが討伐してしまっていたので私個人がドラゴンと戦った事はない。やるにしてもせめて装備が欲しいところだ。

 

 

誰も何も言えなかった。

 

 

だけど――。

 

 

ただ1人だけは、どこか決意をしたように顔をあげて、そして告げた。

 

「……みんな聞いてくれ。今回必要なその生贄、私はそれになろうと思う」

 

「……っ!?」

 

「…ちょっとリア!?あんた自分が何を言ってるのかわかってる!?」

 

シエロは驚きのあたり固まり、エーリカは思わず立ち上がって抗議した。エシリアに関しては唐突すぎて理解が追いついていない始末。

これには村人達も驚いて顔を見合わせていた。それはそうだろう、この村人達はリア達を誘拐して今ここに連れてきたのだ。恨まれる筋合いしかないはずなのだ、それを自身の身を犠牲にしようとしているのだから。

 

「な、な、何を言い出すのリアちゃん!?」

 

「……リア、冷静になって。助けたい気持ちはわかる、けど…」

 

「…私は冷静だよ、エシリア。話は最後まで聞いてくれないか?」

 

同時に視線はエーリカに向けて、宥めるようにすればエーリカは納得はしていないだろう不満げな顔のままその場で腰掛けた。

リアとしては作戦があるらしい、ならばそれを全て聞いてからでも、判断するのは遅くはない。

 

「…落ち着いてくれたか?なら続きを話そう。…誤解してほしくないのは私が何もこの村の為に犠牲になろうとしている訳では無いんだ。私がドラゴンの元に行くから、エーリカ達3人は今すぐにアクセルへと戻り、この件を報告して欲しい」

 

「…話の横槍を入れて悪いがアクセルは駆け出し冒険者の街だろう?ここの現状を報告したところでなんとかなるとは思えないんだが」

 

「そうよ、アクセルの冒険者ギルドが王都のギルドに連絡を入れたとしてもどれくらいの時間がかかるか…なによりそれだとリアがドラゴンに食べられちゃうじゃないの!!」

 

私が思うに、おそらくその過程でここに助けがくるとしたら最短でも10日はかかりそうだ。それも冒険者ギルドがきっちり理解を示して動いてくれた場合だ。

ただこの場合、間違いなく一部の村人達は犯罪者として処理されてしまうだろう。

何よりもそれはリアが犠牲にならないことにはならないのではないだろうか。

 

「…まずこれは私の推測に過ぎないが…おそらく生贄にされた人達はまだ生きているんじゃないか?ドラゴンは後に生活用品なども供物として望んだんたろう?ドラゴンがそんなものを使うはずもないし、もしかしたらそれは生贄になった人達の物ではないだろうか?」

 

「…言われてみたらそうかもしれないけど…」

 

「でもそれはあくまで推測でしょ!?リアが無事でいられる保証にはならないわよ!」

 

確かにドラゴンが人間の生活用品まで求めるのは違和感があった。それならそれを使っているのは生贄になった人達ではという考えは自然なものになりうる。ただそれはエーリカが言うように推測に過ぎない。つまり危険なことに変わりはないのだ。

 

「言いたい事はわかる。私だってこの提案をシエロやエーリカ、それにエシリアがしたとしたら止めているだろう…、だが話をまとめて考えると、村人も皆も助かる方法はそれしかないんだ」

 

「……リア…、あんた…」

 

「…リアちゃん…」

 

エーリカは握りこぶしを作り歯噛みし、シエロは心配そうな顔をしたまま俯いてしまった。

 

「…それに私は勝算もなくこんな提案はしていない」

 

「えっ?」

 

「確かにアクセルに戻って冒険者ギルドに報告したとしても、そう簡単にはいかないだろう。だけど今のアクセルの街には駆け出し冒険者とはとても呼べないふたつのパーティが存在している」

 

「…あっ!」

 

それを聞いて一番反応を示したのは多分私だと思う。エシリアは首を傾げていたが。やがてエーリカとシエロも気がつく。

 

「…そ、そっか…今のアクセルには魔王軍の幹部をも複数討伐してるサトウカズマさんのパーティ、蒼の賢者さんや魔剣の勇者さんのいるパーティがいるから…」

 

「あぁ、どちらのパーティも冒険者ギルドで見かけた事はあるし、聞いた話だとアクセルに家を構えて住んでいるらしい。評判通りなら少なくとも蒼の賢者や魔剣の勇者がこの話を聞いて黙っているとは思えない、きっと力になってくれると思うんだ」

 

この話を聞いて僅かながらに希望の光がここにいる全ての人に灯った気がした。ただ一人エシリアを除いて。

 

(……ねぇアリス、蒼の賢者ってもしかして…)

 

(……私ですよ、そっとしておいてください)

 

(…そだね、今はネグリジェの賢者だし)

 

(そっとしておいてください!!)

 

寝間着姿なのはエシリアが慌てて飛び出したせいなのを忘れてはいないだろうかとツッコミたいが、元はと言えば好奇心から私がエシリアに代わったことが発端なのでそれは言わないでおいた。

 

しかしそれでもリアを囮にするというのは簡単に納得できることではない。それならいっそ私が行くとエーリカが声をあげ、シエロも似たようなことを言い出す始末。この話は中々まとまることもなく、平行線のまま時間だけが過ぎていくことになったのだった――。

 

 

 

 



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episode 153 エリス様のネックレス

 

 

 

「――エシリア。…この名前を出せば…あの人達は絶対に動いてくれると思う」

 

あの人達とはカズマ君達のパーティ、そしてミツルギさんとゆんゆん。悩み悩んだ末に私はエシリアにこう言わせた。

動いてくれるのは当然だろう、エシリアはあちらにとって現在行方不明となっている私の唯一の手がかりなのだから。申し訳なさはあるがこれだけでも間違いなく来てくれるはず。

 

「だから冒険者ギルドを通さないで、彼らに私の事を伝えて欲しいの。そして生贄に行くのはリアじゃなくて、私…」

 

その声は震えていた。

 

言わせたのは全て私。だけど――。

 

言ったのは、それを口に出したのは、エシリアの意思でもあったから。

 

それでも、それに賛同してくれるかと言うと、それもまた別の話にはなるし、当然――。

 

「エシリアがひとりで行くのは勿論反対なのだが…エシリアはあの人達と親しい関係だったのか?」

 

当然この疑問が生じることになる。リア達の中でのエシリアはアクセルの街に来たばかりの女の子でしかなかったと思うから。

 

「…うん、リア達に会う前に、ちょっとね…それに私だって死にたい訳じゃないし、ちゃんと作戦だってあるから…その…お願い!」

 

懇願する。3人して複雑な表情をしているのが見ていられなかったけど、同時にエシリアは嬉しかったんだと思う。出逢って間もないのに、こうして友達として心配してくれていることが。それは私まで伝わってきた気がした。きっと同じ身体だからだろう。

 

まだまだ一悶着あったが、何よりも時間が惜しい。こうしている暇があるのならすぐにでもアクセルの街へと救援を要請すべきなのだ。

 

 

 

……――。

 

 

「……本当に、大丈夫なんだな…?」

 

「…うん、私なら大丈夫だから、リア達は一刻も早く助けを呼んでほしい」

 

結局、納得はしていないだろうがリア達は折れてくれた。そうと決まれば時間がない。すぐにでもアクセルの街へと行かなければならない。

リア達が早く行けば行くほど、エシリアの生存確率はあがる、こうやって揉めている時間など全くない、そのように説得したことでようやく事が動いたのだ。

 

今はまだ朝。ドラゴンの指定した期日は今日の夕刻。半日あるかないかの時間、その時間でアクセルまで行きカズマ君達に直接救援を求める。そしてひとり残ったエシリアは夕刻ギリギリに生贄として森にある遺跡へと向かう。

 

それも勿論大人しく生贄になるつもりもない。やれるのなら倒すことが目標だ、それで全てが丸く収まるのだから。

 

そしてそれはエシリアひとりではない、中にいる私も同様だ。エシリアに手に負えない、あるいは物理耐性が強いドラゴンとかなら私が入れ替わって魔法で対抗して時間を稼ぐ。流石にリア達の前で入れ替わる訳にはいかないのでエシリア単独になる事が前提条件だった。

 

流石にこの案は無謀ではないかとエシリアも考えたが私にはドラゴンより強いと思われる強敵と一騎打ちをした実績がある。かの魔王軍の幹部ベルディアとだ。

推測でしかないがいくらドラゴンでも流石に魔王軍の幹部よりも強いってことはないだろう。あの時よりも私のレベルは遥かに高い。装備がない不安があるが回復魔法もあるし時間稼ぎ程度ならやれる自信があった。

 

…まぁ寝間着姿なのは流石にあれなので適当なものに着替えたさはあるが。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

―村の外れの入江―

 

リア達に救援を託し、見送った後。まだ時間があるのでエシリアはひとりで海が見える入江に来ていた。岩場に腰を下ろして潮風を感じ、穏やかな気候と感じながらも自らを落ち着かせるように息を整える。

 

(……ようやくゆっくりできますし、この際ですからいくつかエシリアに質問があるのですが)

 

(……何?)

 

少し緊張しているのだろうか。どうも話し方が単調だ。というのもそれも当然かもしれない。ゴブリンですら怯えてたエシリアが今度は巨大なドラゴンの元へ行かなければならないのだ。流石にドラゴンなど見た事もないがゲームでは見た事がある。どんなゲームでもラスボスクラスの扱いをされている事は珍しくはない、ファンタジーでは定番の強敵だ。

 

それはそれとして、気になっていた質問をしてしまおう。

 

(エシリアはゆんゆん達を、まったく知らないのですか?)

 

(ゆんゆんってのが名前なのはわかるよ、だけどそれがどの人なのかまではわからない……)

 

ゆんゆんと聞いただけで名前とわかる。だけどその顔は知らない。それは少し不可解に感じた。

 

(私は今の形になるまで朦朧とした意識でしかなかった存在なの、私が私だって意識が持てたのはこの姿になれたあの時。だからそれより前の事は曖昧で、僅かな記憶だとアリスの周りのことをラジオで聞いていたような感じかな…)

 

(……)

 

私は少し勘違いをしていたのかもしれない。それはエシリアについてだ。

記憶違いでなければ初めて私とエシリアが出逢ったのはあの王都での会食で倒れた時だろうか。そしてもう一度出逢い、エシリアは完全に精神を独立させた。そう思っていたけど…。

 

多分、王都の会食で倒れた時に出逢った梨花と、今こうして話をしているエシリアは別人なのではないだろうか。もとい別人という言い方はおかしいのだけど。元々は全て私なのだから。

 

(勿論アリスが梨花と会話してたのも知ってるよ、あの時の私の立ち位置は…アリスでもあって、梨花でもあったと思う)

 

(……そんなあやふやな存在でいて…怖くは無いのですか?)

 

(……)

 

言った瞬間に後悔した。こんな事を今の状況で聞いてどうするというのだ。マイナス要素にしかならない。まずエシリアの精神がもつわけがないのだから。

 

お互いの無言が続く。聞こえるのは僅かな波の音だけ。なんとか話題を変えたりもしたかったけど、どうしたらいいのかわからなかった。

 

(……怖いんだと思う。アリスはアリスとして存在してるんだから、なら私は何者なんだろう?ってなっちゃうかもしれない)

 

(…エシリア…)

 

(…そう、今の私はエシリアだから。アリスと同じ過去を持つ別人だから)

 

…私はそれ以上何も言えなかった。

 

だけど、これだけは思った。

 

今みたいに入れ替わるのではなく、エシリアはエシリアとして、完全な別個体として存在してほしい。…だけどそれは現状不可能だろう。それこそ神様にでも頼らなければどうしようもない案件だ。

 

 

 

――……神様?

 

 

 

 

――『魔王を倒した暁には、どんな願いでもひとつだけ叶えてあげましょう』

 

 

 

 

 

(…っ!)

 

(…アリス?)

 

ふと思い出した事で私には電撃が流れたかのような感覚が襲っていた。そうだ、確かにアクア様は私をこの世界へと送る直前にそんな事を言っていた気がする。

なら、その願いを別個体としてエシリアを存在させる、なんて事も可能かもしれない。

 

(この世界に来る時に、アクア様が言った事は記憶にありますか?)

 

(…この世界に…?う、うーん…何か言われた?)

 

(魔王を倒した暁にはどんな願いでもひとつだけ叶えてくれると言ったのですよ。今までそれについて深く考えた事はありませんでしたけど、ようやく私にも叶えたい願いができました)

 

(…え?)

 

(エシリアが望むのでしたら、私はその願いをエシリアが別個体として存在できるようにお願いしようかと思ってます)

 

(…っ!?)

 

エシリアは驚いて固まってしまった。だけど私の言った事を理解すると同時に感じたのは期待感だと思う。次に感じたのは動揺だろうか。

 

(そ、それは私だって嬉しいけど…まず魔王なんて本当に倒せるの?それに倒せたとしても、そんな貴重なお願いをそんな事に使ってもいいの?)

 

(倒せるかはまだ分かりませんけど…今の今まで願い事なんてありませんでしたからね。この世界に来てからというもの、大抵のことは得る事ができましたし…)

 

これ以上何を望めばいいのか、そう思えるくらい様々なものを得る事ができた。ゆんゆんを初めとする友人、仲間、この世界で生き抜けるだけの力もある、容姿も美少女になれた。お金はたっぷり稼げた。

 

(それに、そんな事と言いますが私の事でもありますからね、流石にずっとこのままですと不便ですし)

 

(……それは…そうだけど…)

 

そんな事を考えながらもふと気が付くのはエシリアの片耳につけられたエリス様のシンボルのイヤリング。未だにわからないのは何故これが初期装備でついているのだろうか。しかも外れないときた。

やはりこれについて一度エリス様に聞ければてっとり早いのだがエリス様…もといクリスとはあの誕生日以降逢えていない。というより出会い辛さがかなりある、最後のあの事を思い出せばそう思わずにはいられなかった。

 

 

そんな会話をエシリアとしていた時だった。

 

 

「……っ!」

 

(…エシリア?)

 

ハッとして顔をあげるエシリアに疑問を持つが、その理由はすぐに理解できた。地面の砂利の上を歩く音がゆっくりと聞こえてきて、それに気付いて顔をあげたのだ。

一応はドラゴンのおかげでこの近辺には魔物はいないらしい。ではエシリアの様子を村の人が見に来たのだろうかと思ったが、それすらも違った。

 

「…えっと、アリス…だよね?」

 

「……え?」

 

エシリアは驚き身構えた。エシリアを見てアリスと呼ぶ、そんな人がいるとしたらひとりしか存在しないだろう。

だがエシリアは初めて見る。短めな銀髪、頬に傷があり、ケープとマフラーを身に着けた軽装の少女…クリスが、気まずそうな様子で目の前にいたのだから――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

膠着状態が続いた。

 

私にはその理由が手に取るようにわかる。

 

まずエシリアは自分を見てアリスと呼ばれたことでかなり驚いているのだと思われる。そりゃ現状私とエシリアが同一人物である事を知っている人はいないはずなのだ、しかもエシリアとしては知られなくはないらしいのもあって混乱していると思われる。

 

一方クリスだが、こちらは単純に前回の別れの時のあれを未だに引きづっていると思われる。ただ意外なのはエシリアを見てアリスと呼んだこと、これはもしかしたらクリスでさえも今の私達の状態を把握しきれてないのかもしれない。そしてそれでもエシリアを見て私の名前を呼んだ、これはエシリアの耳にあるエリス様のシンボルの存在もあって、エシリアの身体…パラメータースロットについては知っているものと推測できる。

 

 

ただこの状態だと話は進まない。

 

(…エシリア、私と変わってください)

 

(…え?何言い出すの!?知らない人の目の前でそんなことできるわけ…)

 

(できるわけあるんですよ、目の前の人は女神エリス様ですから)

 

(……は?)

 

エリス様の名前を出した途端にエシリアは再びフリーズしてしまう。その答えが予想外すぎたのだろうか。まじまじとクリスを見つめるなりようやくその言葉は出た。

 

「……ぱ、パラメータースロット、チェンジ…!」

 

「…っ!?」

 

エシリアは周囲を見渡してクリス以外に誰もいない事を確認すると早口で合言葉を言う、そうすればその姿は一瞬で寝間着姿の私にチェンジする。

 

「……これで話せますね、お久しぶりですクリス」

 

「あ、あれ?使いこなせてるんだね?だったらなんで…?」

 

「…落ち着いてください、ひとまずお互いの情報を整理したいです」

 

「…あ、うん、そだね…」

 

まずはそこからだ。とはいえクリスの言い方からして大体の推測はできる。できるもののそれでは一方通行にしかならないだろう。この情報交換はクリスが望むところなのだろうから。

私達は目立たない岩場の影に身を移してお互いの状況を話すことにしたのだ。

 

 

 

 

 

 

結果的には私の方が話す内容が多くなってしまった。主に私とエシリア…精神が二分してしまった件を話せば私の中から嫌そうなエシリアの感情が湧いてきて、クリスはただただ驚いていた。

 

そしてクリスから得られた情報は、エシリアの言っていた内容と少し違うものだった。

 

「アリスの誕生日にあげたネックレスね、あれにはアリスの能力の外付け効果があったんだ」

 

「…外付け効果…?」

 

「うん、ゲームにもあったよね?サブキャラクターって概念が。私はその機能をつけたネックレスをアリスにプレゼントしたんだ、だけどあの時に言うのを忘れちゃってさ…」

 

何気なく話しているがクリスが最初に言ったのは「私の正体は誰にも言わないでね!!」だった。とりあえず隠すのは無理だと判断したのだろうか、こちらとしては特に言いふらしたりするつもりは全くないので二つ返事で了承した。よって気兼ねなく今のように話している。

 

しかしエシリアの話だとアクア様がてきとーにやったからできた副産物と捉えられていたこの機能がまさかエリス様のネックレスが原因だったとは。

 

(…わ、私は多分って言ったもん…)

 

確かにその機能を見つけただけでも凄いとは思えたがエシリアはエシリアとしての自分を見出したことでなんとか私から独立したい意思があったのかもしれない。だからこそ執着したことで発見できたのかもしれない。

しかしながらこれでイヤリング化しているネックレスが外れない理由がよく分かった。ネックレスのシンボルによる変身効果なのだから外すも何もない、これこそが本体なのだから。呪われてるなんて思っていた件はなかった事にしておこう、うん。

 

「そういう事でしたか…てっきりエシリアの事を把握した上でのことかと…」

 

「いやいや流石にそこまではわからなかったよ!?…その、やっぱり内面では色々大変だったんだね…」

 

「いいえ、結果的に妹ができましたので私としては問題はありませんけど…」

 

私って妹扱いなの!?とエシリアの抗議に似た声が聞こえてくるけどとりあえずスルー。話が進まない。そしてクリスは思い悩むように片手を頬に添えていた。

 

「……うん、魔王を倒した際のお願いとして、エシリアちゃんの身体を…だったよね…」

 

ここまで話したのならいっその事聞いてしまえと聞いてみたのだ。クリスは未だに思い悩むようにしているがやはり無理なのだろうか。

 

「…できませんか?」

 

「いや、無理ではないんだけど……ちょっと前例がないことだからさ、流石に私個人の判断だとね…上にも話をしないといけないし…」

 

濁した言い方をしているがつまりはアクア様やエリス様の上司にあたる創造神様とやらの許可が必要なのだろう、とりあえずここははっきり無理だと言われなかっただけマシだと思おう。

前例がないのは当然とも言える。自分以外の身体が欲しいなんて話に前例があった方が不自然なことだろうし。

 

「そうですか…それより気になりましたがクリスはどうしてここに…?」

 

「そのネックレスを身につけておいてくれれば、私からアリスの居る場所くらいなら分かるからね、昨日の夜にネックレスの説明をしに屋敷まで行ったらアリスが行方不明だーって皆大騒ぎしててさ、それで状態を調べたらアリスが姿を変えてるのがわかって、だから知らずに姿を変えて戻れなくなっちゃったのかな?って思ったんだよね」

 

なるほど、妥当な推理である。まさかこんな事になっているとはと続くクリスの言葉を苦笑気味に聞いていた。同時に案の定大騒ぎになっていることには頭を抱えたくなる、戻ったらゆんゆんを筆頭に大目玉だろう。

私が悩ましげにしているとクリスは何かを思い出したように懐のポーチからひとつの腕輪を取り出した。

 

「!…それって私の…」

 

「うん、流石にパジャマ姿じゃあれだし困ってると思ってさ、こっそり持ってきておいたよ、杖や服も入れておいたから」

 

それは私の部屋にあったはずの私が普段使っている収納用の魔道具。中にはお金からアイテムから色々と入っている。これは素直に有難い。ちょうど人目の付きにくい岩場にいることだしさっさと着替えてしまおう。

 

「ありがとうございます、これでドラゴン相手にするのに大分勝率が上がりましたよ♪」

 

「ううん、それくらいどうってこと……って、ドラゴン!?!?」

 

笑顔から一変、クリスはかなり驚いていた。そういえば今この場所にいる経緯を説明していなかった。クリスとしてはこのままアクセルに帰る気満々だったのかもしれない。だけどそういう訳にもいかない、この村の件については何も解決してはいないのだから。

 

「せっかく来て頂けましたし、クリスにも手伝ってもらいますからね♪」

 

「ちょ、ちょっと待って、せめて事情を説明してくれない…?」

 

時間はまだある。私はクリスに今回の件についてより詳しく説明することにしたのだった――。

 

 

 

 

 

 

(……私、忘れられてない…?)

 

そんなエシリアの声に、少しながらの罪悪感を覚えながら。だけど仕方ないよね、エシリアが初対面のクリス相手に普通に会話ができるならまだしも無理だろうし。

 

 

 



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episode 154 反省と攻略

 

 

 

 

 

 

「……流石に少し安直じゃないかな…?」

 

ここまで来た経緯をクリスに説明すると、帰ってきたクリスの言葉がこれだった。いつもの陽気な様子は何処へやら、クリスの厳しい視線が私にぶつかってくる。これには予想外で面食らってしまう。

 

「…安直…ですか?」

 

「悪く言うと愚直だよ。いい?確かにアリスは強いと思うよ、蒼の賢者って通り名に恥じない活躍だってしてると思うし、近年稀に見る転生者の中でもかなり上位の働きをしていることは認めるよ。…だけど慢心したら駄目だと思うんだ」

 

私は今クリスに怒られている。困惑めいた状態だったけどそう捉えた。流石に愚直なんて言われたらこちらとしてもムッとしてしまう。

 

「わ、私は慢心なんて」

 

「してるよね?ベルディアと一騎討ちした経験が自信になってるんだろうけどあの後誰かさんと話しましたよねー?割とガチで危ないところでしたよねー?」

 

「…それは……」

 

反論しようとするがそれを言われてしまえば返答に困る。まさにぐうの音も出ない。口調がクリスとエリス様が混ざってる感じになってるし。

確かにあの時の私は死にかけ寸前だったらしいし、めぐみんが運んでくれるのがもう少し遅かったらどうなっていたことかと思い出せば身体の芯から震えをもたらせる。

 

「で、ですが、私もあの頃よりかなりレベルも上がってますしっ」

 

「それも慢心だよ?言っておくけど魔王や魔王軍の幹部以外のモンスターが全部それよりも弱いと思っているならすぐに考えを改めた方がいいからね」

 

そう言われて冷静になる。少し考えてみれば魔王軍以外での脅威を挙げれば出てくるのはまずは機動要塞デストロイヤー、冬の極寒を現したとされる精霊である冬将軍、更に最近戦った悪魔マクスウェルもまた、魔王軍とは無関係の存在だ。マクスウェルについてはあの魔王軍の幹部ハンスの乗っ取りを行ったことから実力が上なのは間違いないだろう。

確かに言われてみれば安直すぎたかもしれない。このままクリスがここに来る事なく、ドラゴンと戦ってそのままやられでもしたら、リア達が呼んだカズマ君達が見る光景は私の無惨な死……なんてこともありえるのである。

 

そう思えば後悔と恐怖、さらに後ろめたさから私は無言になってしまう。

 

「…ようやく自分が何をしようとしていたか、わかってくれたみたいだね」

 

「…はい。確かに安直…いえ、愚直だったことはこの際認めますが…」

 

それでも納得はいかない。自分なりに考えて最善と思える行動をしようとしたまでに過ぎないのだから。

 

「うんうん、わかってるよ。アリスは村の人達を助けてあげたかったんだよね?それについてはきっと女神エリス様も褒めてくれていると思うよ!」

 

なんてね、と冗談ぽく笑うクリスだけどこちらは素直に笑えなさがある。

それにしてもクリスに言われるまで全然考えもしなかったが確かに私は慢心していたのかもしれない。いや、慢心というよりは自己正当化しようとしていたのだと思う。

 

(…この人の事、信頼してるんだね。私は聞いていてお説教ぽくて嫌に感じたけど)

 

(……エシリアにはそう聞こえましたか)

 

なるほど、確かにこれはお説教だ。自分がこうすれば大丈夫と確信を持っていたものを否定されるのは辛いし悔しい気持ちも勿論ある。

だけど聞く人によってはお節介に感じても、鬱陶しく思えても、反発したい気持ちがあるとしても。

 

今の私はそうは思わなかった。

 

(……そりゃあ信頼くらいしますよ、クリスには今のも含めて何度も何度も助けてもらってますからね…)

 

それは私の事を本気で心配して言ってくれているのだと思えば、マイナスな気持ちよりも照れに近い気持ちが湧いてくるのだから。正体を知ってなお、クリスの存在には感謝しかないのだから。

 

「つまり、無茶なことはするなってことだよ。これでも心配してるんだからね」

 

そういう意味ではエリス教徒になってしまってもいいのかもしれない。だけど私としてのクリスとの関係は信徒と信仰する女神様ではなく…

 

「クリス、貴女のようなお友達がいて、私は本当に嬉しく思ってます――」

 

「えっ、と、突然どうしたの!?」

 

そう、大切なひとりの友人でありたいから。女神様をそんな風に想うのはエリス信徒の人から見たら不敬かもしれないけど、こうして顔を赤くして驚いてるクリスを見ていたらそう想わずにはいられなかった。

 

「あー!何私の顔見て笑ってるの!?女神様をからかったら天罰なんだからね!」

 

「ふふっ、それは怖いですが今私の目の前にいるのは友人のクリスですから何も問題はありませんよね?」

 

「うっ…いやまあそうだけど…」

 

そんな事を言うものだから余計にクスクスと笑ってしまう。この心から感じる暖かな温もりが、凄く心地よくて。クリスとの距離が凄く近しく感じて、色々と悩んでいたのが嘘のようにすら感じてしまう。

 

正体なんて関係ない。クリスがエリス様だからなんなのか、女神様なら既に身近にアクア様がいたし今更な話である。

ただ…わざわざ私の為にここまで来てくれた友人の存在が、頼もしくて、嬉しくあったんだと思えたのだから――。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「それじゃ改めて、私はクリス。王都やアクセルの街で活動してる盗賊の冒険者だよ、よろしくね♪」

 

「…よ、よろしくお願いします…」

 

閑話休題。クリスがエシリアと話してみたいと言ったので今の私は再びエシリアへとチェンジしている。陽気に自己紹介するクリスだが対するエシリアはタジタジだ。明らかに女神様だと正体を知ってしまったので萎縮しているのだと思われる。

 

「そんなに緊張しないで、あ…アリスの中にいたから私の正体も知ってるんだよね…お願いだから他言無用でよろしくね?できたら気軽に接してくれたら私としても助かるんだけど」

 

「…善処します…」

 

全く善処できてないのは誰から見ても明らかだろうけどこれは少し考えたら仕方ないと思える。

まずエシリア自身が初対面の人と話すのが得意ではない、私も昔はそうだったし気持ちはよく分かる。それが今目の前にいるのは神様である、完全にハードルがあがりすぎだ。

 

そんな緊張した様子のエシリアを見つめて、クリスはクスクスと笑っていた。

 

「……な、何?」

 

「あははっ、ごめんごめん。やっぱり元は同一人物なんだなって思ってさ。だって今のエシリアの様子見てたら昔のアリスそのままだからさ」

 

可笑しそうに笑っているものの、こちらとしては照れはするが悪いようには取れなかった。クリスにとってそれが悪意のないものだったからかもしれない。

 

「だけど、昔のアリスでももう少し自信みたいなのを持っていたよ?今のアリスには素敵な仲間がたくさんいる。だったらエシリアにだって、それはそこまで難しいことじゃないんじゃないかな?私はそう思うけどね」

 

「…っ!」

 

核心をつかれたかのようにエシリアは何も言えずに俯いてしまった。

 

そっか。自分のことでもあったのに私はエシリアの想いについて考えきれていなかったのかもしれない。

今のエシリアは言わば生まれたてで、ましてや私の中にいる存在。これからどうなるのか、どうして行けばいいのか、不安でしかないんだ。

こうして今は私が内側にいるけど、短期間でもこうしていると、確かにこれは恐怖してしまいそうになるかもしれない。この状態では、外側の話やエシリアの目線からの情報は入ってはくるものの、こちらから何かを伝える事は自力では不可能だ。いわば閉じ込められているのと変わらない。

 

だから、その不安の度合いは当時の私以上なのは間違いないと思われる。

 

「だからまずは、私ともお友達になってほしいんだ、ひとりの冒険者クリスとして、ね?」

 

「……うん」

 

「心配しないで、エシリアのことはなんとか上をうまく説得してみせるからさ」

 

説得というのはエシリアの身体のことだろう。それは私としても有難いし、エシリアとしても願ってもないことだろう。大きな反応を見せると、エシリアは涙ぐんではいたけど、ぎこちない笑顔をクリスに見せた。

 

それにしても本当に私達の心を見透かしているかのように慰めてくれる。かつての私を慰めてくれたように。それはきっと女神様とかそういうのじゃなくて、クリスそのものの本質なのかもしれない。そう思えば、私自身も自然と笑みがこぼれていた。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、まずはそのドラゴンについての情報が無さすぎるね、黒くて大きなドラゴンだけじゃ流石にね…」

 

「…そうですね…」

 

再び私に身体を戻して本題にはいるものの、ふたりして悩むように頭を抱えてしまう。クリスが来た事で状況は幾分かマシにはなった。リア達3人には悪いけど駆け出し冒険者のあの3人よりも王都で活動する盗賊であり本気を出せばあのバニルとも互角で戦える正体女神様であるクリスひとりの方が何倍も頼もしく思えるのは仕方ない。

 

「だけどどうも腑に落ちないんだよね。喋ったってことだけでかなり長生きなドラゴンだとは思うけど、そんな知恵のあるドラゴンは基本的に人間を襲ったりはしないんだよ。人の来ないような山とかで静かに暮らしているはずなんだ」

 

「…そうは言いましても実際に村では被害が出てますからね…」

 

「若い女の子の生贄ってのも意味がわからないし…食べる為なら女性である必要なんてないしね」

 

やはりそのドラゴンについて相対するより前に調べたいところである。事前に情報があるのとないのとでは雲泥の差なのだから。

 

「……よし、今から行こうか」

 

「…今からですか?」

 

「うん、勿論直に会う訳じゃなくて偵察ね。私には潜伏スキルがあるし、そう簡単には見つからないよ」

 

にししと笑うクリスだが頼もしさはかなりある。正体が女神様ということもあっておそらくアクア様がアークプリーストのスキルを全てレベルMAXにしているように、クリスの盗賊スキルも全てMAXなのだろう。

 

 

結局私はクリスの提案に乗ることにした。まずは偵察、その上でドラゴンが討伐可能な存在であるなら討伐する、厳しいのならカズマ君達を待つ、そして。

 

カズマ君達が揃ってなお討伐が不可能なほどのドラゴンなら…村人達をアクセルの街まで避難させる。そこまでは考えた。

村の人口はそこまで多くない、ならばカズマ君の持つテレポートの魔道具とゆんゆんのテレポートでの移送は可能だ。

もっとも、私やゆんゆん、ミツルギさん。そしてカズマ君のパーティ…これらが揃って討伐が不可能なドラゴンなど想像もしたくはないが。あくまで可能性の話である。

 

 

 

 

―森―

 

村の海側と反対方面には広大な森がある。人があまり立ち寄らないその森はとても深く、中に入ればまだ真昼間なのにも関わらず薄暗い。アクセル付近や紅魔の里への道中など、この世界の森へは何度か立ち入った事があるがこの森はそんな様々な森の中でも上位の深さと言える。

実際にアクセル付近の森は街の木こりや冒険者などが多く出入りしているし、紅魔の里への道中の森も一応は道という道があった。だが今回のこの森は人の手がほぼ加えられた形跡が皆無なのだ、ある道と言えば獣道だろうかと思わせるような凡そ道と呼ぶには難しい道ばかりだった。

 

そんな道ではあったが一応ドラゴンが根城にしている遺跡までの道にはなっているようだ。それは生い茂った草木の中に踏み鳴らされただけの一本道のように続いていた。

 

「さぁて、こうして一本道にはなっているけど、馬鹿正直にこの道を通って行ったら多分ドラゴンには気付かれるだろうね」

 

「…そうだとしたらどうすれば…」

 

「あははっ、何言ってるの、私は盗賊だよ?潜伏も潜入もお手の物さ、アリスはこのままここで待っててよ、私がちょちょいと見てくるからさ」

 

「えっ、でも流石にそれは…あ」

 

私が言い終わる前に、クリスはその場からいなくなってしまった。潜伏スキルを使ったのだろうか。クリスの腕を信用していない訳では無いが相手は得体の知れないドラゴンだ、確実とは言いきれない。いくらクリスでも単独でドラゴンと鉢合わせでもしたら危険なことは変わりないだろうし。

だけどそれを伝えたところでクリスの事だ、プライドが傷ついて反発しまう可能性もあるから言って止まるとも思えないし難しい。

 

(…だ、大丈夫なの?)

 

(心配してない訳ではありませんが、もう行ってしまいましたしクリスを信じるしかないですよ…)

 

仮に警戒心の強いドラゴンなら、私がこれ以上踏み込むことでもドラゴンはこちらの存在に気が付くだろう。そうなるとそれはクリスの邪魔をすることにもなるしクリスの言う通りこのままこの位置で待っていた方が良さそうだ。

 

一応身構えてはいるものの、とくにモンスターが出たりはしない、雰囲気的にはいつ襲ってきてもおかしくないくらいはあるのだが、元々いたモンスターはドラゴンの存在に恐怖して逃げ出したのだろうか、そんな気配は微塵も感じなかった。

 

 

 

 

……――。

 

 

 

 

時間としては二時間程経過したものの、クリスが戻ってくることはない。仮にクリスが見付かったとすればドラゴンの咆哮が聞こえてきてもよさそうな気がするがそれもない。ドラゴンによりモンスターもいないので森は変わらず静寂を保っている。

 

(……戻ってこないね)

 

(……そうですね)

 

二時間という時間は何もしなければかなり長い時間だ。エシリアは10分おきくらいにこうして声をかけてくる。おどおどとして落ち着かないのがよくわかるしそれは私としても同じだった。

 

 

そう思っていたら、僅かに木々が揺れた。

 

葉が鳴らす音に私は身構える…が、すぐに力を抜く事ができた。

 

私の目の前には、二時間前と変わらない笑顔のクリスの姿があったのだから。

 

 

 



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episode 155 ひと握りの勇気を


またも間隔空いてすみません((。´・ω・)。´_ _))ペコリン

多分誤字あります(断言)


 

 

―森の内部の遺跡前―

 

深い森の中、木々をくぐるように進んで15分ほどの場所にその遺跡は存在した。古代ローマを彷彿とさせるような造りになっている建造物は何年前に建てられたのか、素人目では判断が難しいがその光景は非常に長い年月を感じさせてくれる。

その遺跡だけはまるで木々が避けるようになっていて木々による侵食を受けていない。

全体的に白い石膏のような材質であり、あちこちに柱があり、それらはあちらこちらが崩れたりひび割れたりしていることもまた、長い年月を物語っている。入口と思われる箇所は階段になっていて、それを進むには覚悟が必要そうだ。

 

覚悟…そう思わせる理由は雰囲気にある。どこか神々しく神殿のようにも見え、あるいは地獄への入口のようにも比喩できてしまうのはここにドラゴンが巣食っていることがわかっているからかもしれない。

 

 

そんな場所を目前として、エシリアはひとりその建物の壮大さに緊張からごくりと喉を鳴らした。

 

(……いやいや、どう考えてもおかしいよね、なんで私なの?)

 

(…そう言われましても…)

 

その入口にひとりだけ立つエシリアは若干震えている。それもこれもクリスの提案のせいである。

 

「私一人でも勝てるドラゴンって言うけど……そんなの無理に決まってるじゃない…!」

 

思わず声に出してしまう、投げやりな気持ちしかなく、嘆くように言えば不満と不安が爆発する。エシリアひとりでも勝てると思うから経験の為にもエシリアにやってもらおうとは今はいないクリスの談である。

 

 

 

 

……

 

 

 

「まず吉報だよ、生贄にされたらしい女の子達はみんな無事だったんだ!遺跡の裏手にある小屋で元気に過ごしてたよ!」

 

「……元気に…ですか?」

 

意外すぎる吉報にアリスもエシリアも混乱めいていた。普通生きていたとしても元気とは無縁そうではあるし、彼女らは捕らえられている形なのだから。

 

「うん、それにドラゴンだけど、エシリアでも勝てそうなくらいのだからここは経験を積ませる為にもエシリアひとりに行ってもらおうと思うんだ」

 

(……は?)

 

エシリアは私の中で放心状態にちかいものになっていた。おそらくクリスとしてはエシリアのステータスやスキルなどは熟知しているのだろう、だからこその提案だと思えば一応納得しないでもない。

問題はエシリアの内面の問題だ、何度も言うがゴブリン程度で狼狽えていてドラゴンを相手にできるとは到底思えない。確かにそういった内面の問題を払拭できるスキル《ウォークライ》をエシリアは持っている。攻撃力を増加でき、恐怖状態を解除できるあのスキルさえ使えばなんとかなる可能性はあるが使う前にドラゴンによるブレス攻撃など喰らえばそれだけで終わる可能性すらある。ドラゴンと鉢合わせる前に予めウォークライを使うことも考えたがウォークライの持続効果時間は20秒しかないのでタイミングによっては対峙する前に効果が切れてしまう。つまり絶対安全ではない。

 

モンスターを相手にして絶対安全などということはほとんどないのだが、少なくともエシリアにとって荷が重い相手なのは間違いない。それがドラゴンではなく初心者殺しとかであったとしても厳しいと思える。

 

「納得いかなそうな顔してるけど、アリスや私がいたら都合が悪いと思うよ?主にアリスとエシリアにとっては」

 

「…それは一体どういう事です?」

 

「それはすぐにわかると思うよ。とりあえず私は今から捕まっている子達の解放に向かうから、エシリアは今すぐドラゴンの元へ向かってね!」

 

それじゃ、作戦開始!と言いながらクリスは軽やかに近くの木に飛び乗ってまるで忍者のように素早く木から木への移動をして行き、やがて姿は見えなくなってしまった。

 

(……いやいや意味わかんないし、こんな状況で経験を積むとかそういうのいらないし)

 

(…ですが私達にとって都合が悪いのでしたらクリスの言う事を無視する訳にもいかないでしょう?もしもがあれば私が変わりますから、ひとまず言う通りにしてみましょう?)

 

こればかりは私としても謎が謎を呼んでいる。戦闘面を考慮すればクリスと私がいた方がいいに決まっている。のにも関わらずエシリア単独で行かせるという。

 

…考えても仕方ない。クリスは既に向かってしまった。ならば行くしかない。

そう思えば後はエシリア次第なので私は即座にエシリアへとチェンジするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして現在。改めて遺跡の入口と睨めっこしている訳だけど、そこからが踏み込めない。

不気味さと神聖さを合わせて感じさせるその遺跡は、ゲームに例えたらラスボスのいるダンジョンと比喩しても見劣りはしない。

 

だが動かない訳にもいかないので、少し時間が経ってしまったがエシリアはゆっくりとその遺跡に踏み込もうと重い足をあげた。

 

「エシリア!良かった、無事だったか!」

 

「えっ?」

 

突如背後から聞こえた声に思わず振り返る。そしてその声は見知ったもの。

 

「リア!?」

 

どうして!?と続ける間にもリアは距離を詰めて安堵の表情をしている。ただ他の二人はいないことから完全に役割を放棄したわけでもなさそうだ。

 

「途中までは3人でアクセルへ向かっていたんだが…この件は元はと言えば私が提案したことだし、やはりエシリアひとりに押し付けるのはな…だからエーリカやシエロにはそのままアクセルへと向かってもらっている。…どんな結果になるかわからないし危険なのも承知している。それでも…私はエシリアとともにいたいと思ったんだ」

 

「……」

 

エシリアはなにも返せず俯いてしまう。同時にクリスの言ってた都合の悪い意味が理解できた。

確かにアリスのままこの場面に遭遇していたらややこしいことになっていただろう。私がここにいるのもおかしな話であり、エシリアがいないことがより混乱をもたらしかねない。

 

「しかしまだ夕方には時間があるだろう?どうしてこんなにはやく森に入ったんだ?」

 

「あ、そ、それは…」

 

確かに予定では夕刻ギリギリにここに来る段取りではあった。名目上アクセルにいるカズマ君達の応援までの時間稼ぎのつもりなのだから。

今の時間はおそらく15時くらいだろう、確かに夕刻には早すぎる時間だった。

 

「昔から時間前行動を心がけていたから…」

 

「……その姿勢は立派ではあるが、今はいらないと思うぞ」

 

「…だよね…」

 

思ってもいない言い訳をすれば呆れ混じりの溜息をするリア。だけどエシリアの内情はかなり落ち着きを取り戻したと思われる。なによりもこうして駆けつけたリアの存在が凄く嬉しく、頼もしくあったのだろうから。

 

時間前行動なんて言葉を信じたのかはわからないがリアがこれ以上何かを聞くことはなかった。そのままエシリアに倣うように視線を遺跡に向ければ、僅かにゴクリと喉を鳴らした。エシリアと同じようにその雰囲気に飲まれているのだろう。

 

それは自然と伝染して、エシリアも何度目かわからないが息を飲んだ。

 

それが合図だったかのように、2人の足はほぼ同時に動き出した。怖いのは変わらない、だけど、先程と比べたら気持ちはかなり落ち着いていた。隣に誰かがいるだけで――、こんなにも違うのかと感じたのはもしかしたらエシリアだけではなくリアも同じだったかもしれない。

 

ゆっくりと、また一歩、また一歩と進み、遺跡の中へと歩いていった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―森の遺跡内部―

 

室内に入ったと思えばすぐに見えたのは陽光。太陽の光。それは遺跡の中の何かが輝いている訳ではなく、屋内なのに屋根のない状態であったから。

空を仰げば太陽と雲、青い空が見える。そして肝心の遺跡は…一言で例えるなら古代ローマのコロッセオ。そのイメージがもっとも近く感じた。

その広さもかなりあって、元いた世界の地方の球場くらいはありそうだ。球場との違いはあくまでその場所が遺跡だということ。

 

整地されたように綺麗な地面は、こんなに太陽光を浴びているにも関わらず学校のグラウンドのように草がひとつたりとも見当たらない、逆に異常に見えてしまう。

 

しかし、陽光を覆い隠すほどの巨体らしきドラゴンの姿はそこには見当たらなかった。そんな大きなドラゴンがいれば一目でわかるだろう。

 

「……何もいない……?」

 

「…留守なのか…?」

 

留守と言うのも妙な表現ではあるが、二人からすれば正直拍子抜け以外の何物でもないだろう。しかし周囲を見渡すも、ドラゴンどころか虫一匹いるようにも見えない。

 

だからと言って二人が安堵する訳でもない。いないならいないで生きているとされている生贄にされてしまった人達を救出しなければ。エシリアとリアは互いに顔を見合わせると頷くことでそれを理解し、行動に移ろうとする。

 

 

 

…そしてそんな2人の足がふと止まった。

 

理由は……、突然周囲一帯に影がかかったから。

 

太陽の光が遮られ、感じた事のない威圧を感じれば、エシリアもリアも動けないまま、そっと目線を上に向けた。

 

 

『――ほう?時間より早いようだが――、捧げ物に来たのか――?』

 

「「…っ!?!?」」

 

それはあまりにも突然だった。今の今まで何もいなかったのに、ほんの瞬く間にその日の光を遮るほどの黒き巨体はエシリアとリアの視界に現れたのだから。

 

その巨体は大きな翼を羽ばたかせながらも、ゆっくりと音もなく着地した。そしてエシリアとリアを交互に見ていた。

 

…一方私はそれを見て様々な違和感を覚えていた。

 

(……エシリア、これはドラゴンではありません)

 

(……)

 

エシリアからの反応はない。完全に萎縮してしまっているのだろうか。しかし私としても看過できない事がいくつもあったのだからそれは説明した方がいい。

 

まず目の前に現れた存在はドラゴンではなく、巨大なワイバーンだ。色も黒く見た事のない個体ではあるがその特徴として翼が非常に大きく飛ぶ事に特化している点。

ドラゴンとワイバーン、ゲームなどで見る限りその容姿こそ似てはいるがワニとトカゲほどの違いがある。一般的なワイバーンは翼で大きく見せてはいるものの本体はそこまで大きくない、個体にもよるが小さいものだと人間の大人くらいの大きさしかないものもいる。

一方ドラゴンは翼こそあるものの、その身体に対してそこまで大きくはない。勿論飛ぶ為に存在するのでそれなりに大きいのだがワイバーンほどではない。

実際にドラゴンとワイバーンの一番分かりやすい見分け方は身体と翼の大きさの比率なのだから。それ以外が似ている事からワイバーンは別名『翼竜』とも呼ばれているのだから。村の人はおそらく巨大さ故にドラゴンだと勘違いしたのだろう。

 

…それを差し置いても言葉を話すワイバーンとはまた珍しくも思うが。

 

だが今の目の前のそれを眼前としているエシリアやリアにとってはドラゴンかワイバーンかなんて些細なことでしかない。どちらにせよ自身らの手に余る強敵という事に変わりはないのだから。

 

『……見たところ食糧などは見当たらぬ――……、ならば娘らよ、何をしに此処へ来た?まさかとは思うが…』

 

どのように形容したらいいのかわからない咆哮。ワイバーンはこちらを脅すようにそれを放った。大気が震える、2人の足がすくむ。

ドラゴンの咆哮は対象の精神に直接作用する。それはこのワイバーンの咆哮もまた同じなのだろうか、二人共に身動きが取れないでいた。

 

ドラゴンでなく、ワイバーンであったとしてもその攻撃手段は大差ない、これ程の巨体ならばその口から放たれるブレス攻撃はさぞ強烈なものであると推測できる。ならばこのまま動けないでいるのは非常にまずい。

 

(エシリア、《ウォークライ》を!)

 

(……っ!)

 

だけどエシリアは何もできない。だがそれも無理はない。ゴブリンと対峙しただけで動けなかった低メンタルで今の目の前の強大なワイバーンを前にして動ける訳がない。そのまま恐怖のキャパシティを越えて気絶していないだけマシと思える。

 

しかしそれで納得する訳にも行かなかった。

 

(……死にますよ?)

 

(……っ!?)

 

私が淡々と告げると当然エシリアの身体の震えは余計に増した。だけど事実だ、このまま動かないでいることはそうなる事を意味するのだから。

 

(…エシリアだけではありません、私も、隣にいるリアも死にますよ?いいんですか?)

 

(……わ、私は……)

 

リアを餌にするような形は正直不本意ではあるがこれもまた事実だった。今この状況をどうにかできるのはエシリアのスキルしかないのだから。

 

 

 

 

「……うわぁぁぁぁ!!」

 

それはエシリアが精一杯振り絞って出せたひと握りの勇気だったのだろう。エシリアが恐怖を振り払うように咆哮をあげれば、次第にエシリアの身体に薄く赤い膜のような光が形成されて、それによりエシリアは意識を保ち、戦意を高揚させることができた。

 

「…エシリア?これは…あの時の…!」

 

隣にいるリアもまた、《ウォークライ》の影響を受けて動けるようになった。恐怖を乗り越えたリアは、おもいのままに軽快に槍を振って構えた。

 

『――何?』

 

一声の咆哮だけでなんとかなると判断されていたのか、ワイバーンは意外そうな声をあげた。咆哮が終わったことによりその口は閉じていて、それは隙と言うのに充分すぎるものだ。

 

「やぁぁぁ!!」

 

途端にエシリアはその場からワイバーンの頭上めがけて跳躍した。両手で構えた剣を天に掲げておもいのままに振り落とす体勢。迷いなく動けるのもまた、ウォークライの効果なのだろう。先程までの挙動が嘘のように、高く高く飛び上がっていた。

 

「私はこちらだ……!!」

 

しかしそのままでは危険だと判断したリアは、その場から走り槍を構えて右側から攻めた。別方向からの攻撃なら反撃にこられてもどちらかの攻撃は有効打となるかもしれない、そんなリアの思惑からだった。

 

結果的にワイバーンはエシリア、リア、どちらの攻撃に対しても無防備でいた、それはワイバーンが二人の攻撃を甘くみているのか、単純に隙からの対応が間に合っていないのかはわからない。どちらの攻撃も受けることとなる――

 

 

はずだった。

 

 

「…えっ?」

 

二人は困惑した。何故なら二人の放った渾身の攻撃は…

 

どちらもワイバーンに当たる事なく、綺麗にすり抜けたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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episode 156 ワイバーンの正体


とりあえず投稿。ちょっと展開が雑かもしれない…




 

 

 

攻撃がすり抜けた。その現象にエシリアもリアも驚愕の色を隠すことはできなかった。

一体どういう事なのか、まさかこのワイバーンに対しての物理攻撃は意味をなさないとでも言うのか?だとすれば2人の敵う相手ではない。

 

そんな馬鹿なと動いたのはリア。槍による攻撃を次々とその巨体に放つものの、華麗な連撃はどれも虚しく空を斬るだけだった。

 

 

『――……無駄だ、我にそのような攻撃は通用せぬ――、大人しく帰って食糧を持ってくるのだな。そうすれば今の無礼は水に流してやろう――』

 

「くっ…!?」

 

意外な事にワイバーンは怒っているほどではなく、寛容さを見せつけるように余裕の様子でいる。結果的に返事はせずに二人共に後方へとバックステップ、体勢を整えるしかできなかった。

 

直に20秒が経過してしまう。それに気が付いたエシリアは無言のまま《ウォークライ》を再発動する。別に叫ぶ必要はなかったようでこれについてはエシリアも一安心である。スキル使う度に毎回咆哮するとか恥ずかしすぎるし気持ちはよくわかる。

今のところワイバーンが攻撃してくる様子はないが動けなくなることだけは避けたい。

しかしエシリアの微量な魔力を考えるとそう易々と連発はできないだろう。時間が惜しい、なんとかして打開策を考えなければ。

 

(…物理攻撃が駄目なら…魔法しかないのかな…、やっぱりアリスに代わってもらうしか…)

 

(…もう少し待ってください)

 

私は考えていた。まず一番に浮かんだのはクリスのあの言葉…エシリアひとりでも問題なく倒せると言った事。今の状況が真実だとしたら物理攻撃しか持たないエシリアだけでも倒せるというのは既に破綻していることになる。なので今の現象そのものがおかしいのだがクリスが嘘を言うとも考えにくい。

ならばやはりこのワイバーンに攻撃が効かないなんて事はないのだろう。しかしながら攻撃がすり抜けたのは私もしっかりと見ていた。

 

 

 

……。

 

 

 

今思えばこのワイバーン、登場した時から違和感があった。あの巨体がまるで瞬間移動したかのように登場し、更に地面への着地には何も音を出さずに。

これは違和感しかない。今目の前にいるのはかつて私が戦った変異種ティラノレックスよりも大きい。見る限りでも重量はそれ以上だと推測できる。そんな巨体が地に降りて全く着地音がしないなんてことが起こりうるのだろうか?

 

私の中で可能性としてあげたのは私の世界でも稀に聞いた事のある立体的なホログラム映像のようなもの、これを魔道具かなにかでこの場に映しているのではないかと思ったが、このワイバーンにはしっかりと影が存在していた。そんな映像なら影が存在するはずもない。よってホログラムのような見せかけではない。

 

何より実際に感じたその巨体に似合う威圧感と咆哮による効果はそんなものでは再現することができないだろう。

 

だけどどうしても本物と断定することはできない。

 

(…エシリア)

 

(……何?大分疲れてきてるし、そろそろウォークライ使い続けるのも辛いんだけど…)

 

私がこうして考えている間にもエシリアは持続的にウォークライを連発していた。はっきり言うと効率的ではない。エシリアの今後の課題はウォークライを使わずに戦闘に慣れることだろうか、そう考えたら確かに荒療治ではあるがこのワイバーンと対峙しているのは効果的な気もするが。

 

(私の推測が間違って居なければですが……ソードテンペストを使えば解決すると思います)

 

(……多分一発ギリギリ撃てるとは思うけど……効かなかったら……)

 

(その時は直ぐに私と交代しましょう、ですから心配はいりません)

 

私としてはそれでいいのだがエシリアとしてはそうもいかない。今この場で私に代わる事はリアに正体をバラしてしまうことになりかねないのだから。だけど命には変えられない。このまま逃げるのも一つの手かもしれないけど、それをすることでどうなるかはわからない。今は大人しくしているワイバーンがどう動くかわからない以上安易なことはできないのだ。

 

 

 

 

「生贄になった人達は無事なのか?無事ならば解放してくれ!食糧にしても村の人達は限界にきてしまっている!」

 

『――何を言うかと思えば、我の知った事ではない。貴様らは我の言った通りにすればいいのだ――』

 

ウォークライの効果もあって、会話がなりたつことでリアは説得を試みているがワイバーンは聞く耳を持たない。もとよりそんな説得が通じる相手ならそもそもこのような事をしていないと思える。

 

リアが説得している事で攻撃を止めていたがやはり無理だったようだ。魔力的にもチャンスは一度、だがワイバーンはその場に腰を降ろしたまま余裕の様子、通常なら攻撃が当たらないなんてことはまずないだろう、見た目はそれだけの巨体なのだから。

 

(私達の転生特典スキルは味方に当たる事はありません、リアの事を気にせず思い切りやりましょう)

 

(そ、そうなの?わ、わかった)

 

エシリアは少し躊躇するが普通に考えて味方に攻撃が当たらないというのは理解に悩む現象だろう。ゲームならともかく今は現実なのだから。

魔法ならまだわかりやすいが直接的な物理攻撃はどうなるのだろうか、ゲームでは単体への攻撃スキルであったとしても見た目で複数を巻き込んでいる形になるスキルはどうなるのだろうか、検証はできていないし危なすぎるので簡単に立証できることでもない。

だけどソードテンペストに関しては見た目ストームとあまり変わりはないので自信があった。

 

まず周囲を見る限りやはり何も見当たらない。となればこの現象は――。

 

 

「……ソード・テンペスト!!」

 

エシリアが恥じらいも忘れていちかばちかのスキル名を叫ぶ。想いのままに両手剣を頭上へ振り上げる、そうすれば剣閃は竜巻となってワイバーンへと襲いかかる。

 

すると――。

 

 

 

「ぎにゃぁぁあああああ!?!?」

 

間の抜ける絶叫が聞こえてきてエシリアもリアも唖然としてしまう。その瞬間ワイバーンは存在そのものが消滅してソードテンペストによる竜巻だけが残る。

 

「な、何がどうなって…?」

 

剣閃による竜巻は数秒続いて、やがて役目を終えたかのように消滅する。

 

するとそこには。

 

「……コ……」

 

「……リア?」

 

その場に残ったそれを見るなりリアはワナワナと震えて立ち尽くしていた。次第に足が動いてそれへと走り出す。

 

「コン次郎ーー!!」

 

ワイバーンがいた場所には、人間の子供くらいの大きさの不思議な動物が泡を吹いて気絶していた。顔は狐、尻尾は狸、胴体は猫のように見える、そして傍にはバスケットボールほどの大きさの白い大きなものが転がっている。

 

(……アリス、どうなってんの…?)

 

(……私にもさっぱりわかりません、が…)

 

思わずため息を吐いてしまいたくなる。まさかワイバーンの正体がこんなコミカルな謎の動物だとは…、それでも――。

 

 

(……とりあえず解決、でいいのではないですか?)

 

今分かった事は、これ以上危険がないであろうと思わせられた事、油断することはよくないかもしれないがこれに尽きるのである。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

それにしても。

 

「……あの……リア?コン次郎って……何?」

 

「はっ!?」

 

まさに私もエシリアも疑問に思ったことである。今現在異形の動物を心配そうに見つめながらも介抱しているリアの様子はとても今までの冷静な感じは見受けられない。そんな中疑問を口にすれば、何かに気付いたように慌てて落ち着くような挙動を見せていた。

 

「あ、いや……そのだな…、私が普段部屋に置いてあるぬいぐるみにコン次郎というのがあるんだが……その、この動物があまりにもよく似ていたので…」

 

若干もじもじしながらの弁明はリアの意外な一面を見てしまったようで少し可愛らしく見えた。普段がしっかり者の印象しかなかったのでギャップが大きいからと思われる。まぁリアと知り合ってそこまで時間が経った訳ではないのであくまで第一印象からかけ離れていただけの話なのだけど。

 

改めてエシリアもゆっくりとその動物に近づいてみる。相変わらず泡を吹きながら小刻みに痙攣しているものの生きているようだ。というよりもしかしてこれにトドメを刺さなくてはならないのだろうか?流石にここまでコミカルでぬいぐるみにしてもおかしくないような見た目の動物にそうする事は戸惑われる、私ならまずやれない。ならエシリアにだって無理だろう。

 

それにしても私としてはこの結果は予想外だった。何か仕掛けがある程度には思っていたがまさか生物が化けていたとは。

見た目キツネのような感じからそんなスキルがありそうなのは容易に想像できてしまうが言葉を話す事ができて…見た目は複数の動物の継ぎ接ぎ…。

 

継ぎ接ぎ…?

 

などと考察していると、人の気配を感じた。

 

 

「やめて!!」

 

「「…っ!?」」

 

思わず振り向いて身構えるが杞憂であると判断する。出ていたのは茶髪の10歳前後の女の子、その服装はあまり綺麗ではなくむしろボロ具合が目立つ。生贄として捕らえられていた子なのだろうか?…しかし捕らえられていたと見るには健康状態に問題はなさそうだし何より自由に動けている。

 

声を出すなりこちらへと走ってくる少女にエシリアとリアはそれぞれ武器を下ろしながら向き直った。

 

「君は…生贄として捕まっていた子なのか?」

 

「…はぁ……はぁ…、う、うん…」

 

慌てて走って来たからか、少女は肩で息をして呼吸を整えていた。それでも必死な様子は変わらずに、気絶している動物の傍に駆け寄ると、守るように抱き寄せた。

 

「お願い…たぬちゃんを殺さないで…!たぬちゃんは、私の為にしてくれてたの…!」

 

「たぬちゃん…?いや、その子はコン次郎で…」

 

「いやそれも違うよね…?」

 

エシリアの控え目なツッコミにリアはハッとして咳払いする。それにしてもたぬちゃん。愛称なのだろうか?見た目はキツネのような顔なのに。

 

「…コホン。…君は誰なんだ?この件に関してどこまで知っているのか、良かったら話してほしい」

 

「そ、それは…」

 

言いにくそうに口篭る少女、しかし聞かない訳にはいかないだろう。少しだけ無言が続いたが、やがて観念したかのように少女の口は開いた。

 

 

「…この子、『たぬきつねこ』って言うらしいの、だからたぬちゃんって……」

 

「…何?そうだったのか…」

 

「いや名前のくだりはもういいから!?」

 

違うそうじゃない。エシリアのそのツッコミは過去一番のものだったことはまず間違いないと思われるのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

「もう大丈夫だワン、ここからはボクが説明するでチュー」

 

「たぬちゃん!?無事だったのね!」

 

突然の声に安堵の声をあげる少女。そしてその謎の動物はゆっくりと起き上がると諦めに近い様子でいた。なんだか変な喋り方ではあるが気にしたら負けな気がする。

 

「はじめまして冒険者さん、ボクはたぬきつねこだワン。分かってると思うけど、さっきのドラゴンの正体はボクなんでチュー」

 

「……ドラゴン?あれってワイバーンだよね?」

 

「えっ?」

 

エシリアの疑問に少女とたぬきつねこは首を傾げる、どうやら正体もわからずに化けていたようだ。

 

「ボクがあの姿になれていたのはこれのおかげなんだワン、この遺跡で拾ったこれを使って変身できることを知ったんでチュー」

 

…ものすごくどうでもいいのだけど『たぬきつねこ』なのにキツネでもタヌキでもネコでもない語尾なのは何故なのだろうか。凄くどうでもいいのだけど気になってしまえばめちゃくちゃツッコミたさがある。

 

「…随分大きいが…これは爪なのか?」

 

「多分そうでチュー。ボクのスキルは生き物の一部さえあればそれに変身することができるんだワン。たださっきのは大きすぎて、ほとんど見せかけだけになったんだコケ」

 

なるほど、攻撃がすり抜けたのはそれが原因だったのか。いくら変身スキルだとしても大きさに限界はあるらしい。

ただこうして話を聞いていると疑問が生じる。この動物も少女も悪意があるようには見えない。むしろ反省するように縮こまっている。

 

「…変身したのはわかったが…一体何故こんなことをしたんだ?」

 

「…全て話すでチュー。まずはボクが此処に来たキッカケから話すワン」

 

思い詰めたようなつぶらな瞳のまま、動物は語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ボクは『たぬきつねこ』。意識が生まれた時にはこの姿だったんだワン。

 

「うーん…なんだか奇妙なのが完成したわね…、戦えるのかしら?」

 

「シルビア様、データによりますとこの動物は変身スキルを持っているようです、他の生物の細胞があれば――」

 

無機質な建物の中、意識を持って初めて聞いた言葉がこれだったんだワン。ボクはよくわからない狭いところに入れられていて、大きな女の人と、ゴブリンが何やら話していた。おそらくこの人達がボクを作ったんだなと確信したんでチュー。

だけどボクに戦闘能力は全くなくて、研究所と呼ばれていた施設に失敗作として閉じ込められていたんだワン。

 

失敗作と言われて閉じ込められた動物や魔物はその中にもいっぱいいた、このままこの中に閉じ込められていてボク達はどうなるのかと不安な日々を過ごしていたワン。

 

閉じ込められて数日経ったある日、新たに放り込まれた魔物がボク達にチャンスをくれた。その魔物はランダムテレポートというスキルを使えるらしく、次々と魔物達にそれを唱えていた。何故その魔物がそんなことをしたのかはわからなかったけど、それはボクにとっても千載一遇のチャンスだったワン。

 

そうして飛ばされた場所が、この遺跡だったんでチュー。

 

最初は戸惑ったけど、森を抜けたらそこには色々な食べ物があちこちにあったワン。これなら戦闘能力のないボクでも生きていける、そう思っていたけど…

 

「なんだこの動物は!?コラ!オラ達の作物を盗るんじゃねぇ!!」

 

畑の秋刀魚を目当てに行ったら農具を持った人間達に追い払われて、ボクは必死に逃げる事になって、それでも食べ物がないとボクは飢え死にしてしまうから、ボクは他の食べ物を探す事にしたんだワン。

 

戦う事ができないボクに野生の野菜を盗ることは難しかったから、海岸に浮かぶスイカとか、盗る物は限られていたけど、他の食べ物を狙っても、人間達はボクを襲ってきたんだワン。

 

ロクに食べ物を食べれなくて、ボクはそのまま死ぬかと思っていたワン。森の中で倒れてしまって、動けなくなってしまった時に…この子、『ナギ』に出会ったんでチュー。

 

また人間がきた、このまま殺されてしまうと恐怖したけど、ナギはボクにサンマをご馳走してくれたんでチュー。

 

「ごめんなさい、村の人が貴方を酷い目に合わせちゃって…ごめんなさい…」

 

ナギはそれからボクに少しずつに食べ物を分け与えてくれた命の恩人なんだワン。それがそのまま続いたら良かったワン…、けど、それも長くは続かなかったんでチュー。

他の人間にナギがボクに食べ物を与えているのがバレてしまったんでチュ。どうやらナギは他の人間に内緒で食糧庫から食べ物を持ってきていたみたいで、ボクはナギが逃げてと言う言葉のままに逃げてきたんだワン。

 

このままだとナギが酷い目にあってしまうかもしれない、だけどボクにはどうする事もできないワン。

…そんな時、ボクは住処にしていた遺跡に落ちてた大きな爪を見つけたんだワン。ボクには変身スキルがあるらしいでチュから、これを使えばこの爪の持ち主に変身できるかと思って、実際に試したらボクは大きなドラゴン?に変身出来たんでチュ。

 

そしてボクは色々試したけど、この大きな生物としてできる事は精々咆哮をあげてビックリさせることだけだったんだワン。それでも脅かしてやればナギは助かるかもしれないと思って…ボクは計画を実行したんでチュ、優しいナギなら、きっと人間の為にこちらに生贄として来てくれると思ったんでチュから…。

 

 

 

 



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episode 157 ハッピーエンドとこれから

―視点アリス―


「後は君らも知ってる通りだと思うワン、ボク達は脅かして食糧を得る事で此処で生活していたんでチュ」

 

涙目うるうる状態のこの動物は時折目を拭いながらもその話をしていたのだが、はっきり言えば所々の語尾が気になって話が半分も入ってこなかった。内容は真面目な話なのだができたら普通に喋って欲しい。ワイバーンの姿の時の話し方を考えたら普通に話せるはずなのだから。

ただ一番に思ったのは、言葉を話す事ができて、継ぎ接ぎの動物…やはりこの動物はシルビアによる合成獣だったようだ。確かに以前シルビアとその部下の話でランダムテレポートによる合成モンスターの集団脱走の話もあった、回収されたと言っていたがこのたぬちゃんはその捜索から逃れたのだろう。しかし自身が魔王軍などという認識すらなさそうだし、とりあえず危険はなさそうだ。

 

それはそれとして、話を聞く限りでは疑問も残る。

 

「…大体の経緯は分かったが…ひとつ聞きたい。どうして追加で生贄を要求したんだ?今の話を聞く限りではそこのナギって子が最初の生贄になっていったまではわかったが、それ以上に生贄が必要な理由がないだろう?」

 

「…勿論ボクも最初はそんなつもりはなかったんだワン。だけどボクと2人きりだと、ナギが寂しそうにしてたんでチュ。寝る時にお父さん、お母さんって泣いてたんだワン。だから人が増えたらそうならないと思ったんでチュ」

 

つまりはこのたぬちゃんの独断で要求したということなのか。確かにナギにも両親がいるだろうし、その年齢はまだ幼い。そこから離れる形になったことでホームシックになってしまった可能性はあるだろう。

 

「だけど一人連れてきたことでそれはナギに止められたんだワン。だからそれ以降生贄は要求してないんでチュが……、人間が毎回と勘違いしたのかそれから毎回生贄を連れてくるようになったんだワン」

 

「…それで…?その生贄として連れてこられた人達は?」

 

「…ナギは解放してほしいと言ったんでチュが…外に出てボクの正体をバラされる訳にもいかなかったんだワン、だからそのまま居てもらってたんでチュ、今は裏にある小屋にいるはずだワン」

 

話を終えたたぬちゃんはぐったりしていた。おそらくこれからの事を考えているのだろう。

しかしながらどうしたものか、これはどちらが悪いのか判断が難しい。

 

たぬちゃん側から見れば村の人達がたぬちゃんに対して優しく接していれば今回のようなことにはならなかったと思える。

しかし人間側から見れば作物を荒らす動物など害獣でしかない、追い払うのは当然なのだろうし、そこはナギの考えが異端なのかもしれない。勿論ナギの在り方の方が正しいと思うが、村の人達から見たこの場所はやっと見つけた安住の地、なんとかして守りたい気持ちが強かったのかもしれない。

 

これを正直に話してしまえばもしかしたら村の人達は納得して許してくれる可能性はある、少なくとも解決した私達が口添えすれば良い方向にいくと思う…けど。

 

果たして本当にそうだろうか?

 

私達の前では良いように返事をするかもしれないが、問題は私達がこの村から去った後の話だ。

30人ほどいる全ての村の人達が心から納得するとはまず思えない。脅かされ、悩まされ、結果的に駆け出し冒険者の誘拐という犯罪まで犯してしまっているのだ、その報復をと考える可能性は高いのではないだろうか。ならばワイバーンの正体は絶対に明かす訳にはいかないだろう。

 

「……これってどちらが悪いとか、答えが出にくいんだけど…リアはどう思う?」

 

「……確かにそうだな…、人間としても作物を荒らす動物を許せない気持ちもわかるし、コン次郎から見ても生きる事に必死だっただろう」

 

「だからコン次郎じゃないから」

 

「まぁちゃんとした名前もなさそうだしいいじゃないか」

 

どうやらリアは意地でもコン次郎と呼びたいらしい。どこか頑なだった。エシリアが半ば呆れるようにため息をつくも、コン次郎と呼ばれることに文句はないのかたぬちゃんは黙って聞いてるし、リアの表情そのものは真面目なものだった。

 

「…ではこうしてはどうだろう?私とエシリアはドラゴンに立ち向かい説得をした。ドラゴンはコン次郎が迫害されたのが気に入らなくて今回のような生贄やらを要求をした、だから私達は今後そのような事がないように約束すると、ドラゴンは何処かへ飛んで行った…と言うのはどうだろうか?」

 

「……なるほど…それなら…」

 

リアの提案でハッピーエンドが見えてきた気がする。確かにその話を信じてもらえたら、コン次郎は今後村で迫害されるような事もなく、堂々と暮らしていけるだろう。しっかりと架空のドラゴンの睨みが効いているのも大きい。ようはまたコン次郎が迫害されるような事があればドラゴンが戻ってくるぞという脅しになっているのだ。

 

「リア!貴女が来てくれたのね!」

 

「…お前たち!?」

 

振り向けば遺跡の中へと、3人の人影が見えこちらへと駆けてきた。プリースト風の服装の緑髪の少女、赤い髪のウィザード風の女の子、青髪の軽装の子。どうやらリアとは顔見知りらしい。手を振って挨拶している。

 

「…知り合い?」

 

「知り合いというか…冒険者ギルドで顔を合わせたことがある程度だな。私は最近冒険者ギルドで歌わせてもらってるから、それなりに顔は知られているんだ」

 

合流した3人に話を聞けば、どうやらコン次郎やナギの事から全て把握しているらしい。事情を知ってしまえば、逃げるのも罪悪感を感じてしまったそうな。

それにしてもこの3人を解放したと思われるクリスの姿が見えないがどうしたのだろう?

 

「…お姉ちゃん達、どうやって出てきたの?小屋には外から鍵をかけてたのに…」

 

「え?鍵なんてかかってなかったわよ?だから出て良いものかと思って出てきたんだけど」

 

開けたのは間違いなくクリスだろう。姿を見せないのは隠れているのか、既にこの場にはいないのか。再会したら文句のひとつも言ってやりたい気持ちが強かった。おそらくクリスは事前に調べた事でワイバーンの正体から把握していたのだろうから。そしてその気持ちは私よりもエシリアの方が強い事は間違いない。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

ふと気が付けば日が沈み暗くなってきていた。このままこの場所にいても仕方ない、村へと帰って報告をしなければ。

無論報告はリアが考案したもの、村の少女ナギやコン次郎は勿論の事、捕まった冒険者の子達にも話を合わせて貰わなければ。

これには反発もあるかと思われていたのだが意外にも3人の冒険者は乗り気で受け入れてくれた、どうやら滞在時には丁寧に扱われていたらしいし実情を知ってナギとコン次郎に同情すらしていたようだ。

 

遺跡から出て森の木々を避けるかのように脱出していく。暗い森の中は不気味でしかないがナギの道案内もあって問題なく進んでいく、ドラゴンもどきの効果もあって近辺にはモンスターもいないので薄暗いことを除けば快適な移動となっていた。

 

森を抜けて少し歩けば松明の火が見えてくる。入口にはおじさんがひとり見張りに立っていて、こちらに気が付くなり大慌てで村の中へと走って行った、私達の事を報告に向かったのだろうけど流石に慌てすぎだ、こちらに来て話を聞いてくれてもいいだろうにと思う。

 

「よくぞ帰って参られた冒険者様……っ!?ナギ、そ、それに冒険者の子達も……無事で何よりじゃ…」

 

ナギに気が付いて驚き、続いて冒険者3人に気が付くなり後ろめたそうに顔を逸らした様子から、それはそうだろうなと察した。彼女らはこの村の人達によって誘拐された被害者でしかないのだから。

 

「色々と話がしたいんだ、席を設けてもらえるだろうか?」

 

「勿論ですじゃ、皆様お疲れでしょう、食事の準備もさせてもらいます…」

 

 

 

 

 

 

―入江の村―

 

代表、あるいは村長と思われる老人の家は、ボロ具合が目立つがそこそこの広さがあり、ある程度の人数が座れるだけのスペースがある。中央に置かれたテーブルの上に出された料理は豪華とは言えないが量だけはある。この地域による自然の恵みなのだろう。

 

村の少女ナギ、そしてナギの後に生贄となった3人の冒険者。その存在はすぐにこの村の人達に気付かれると、その家の入口には村の人がほとんど集合していた、どのような経緯で帰ってこれたのか気になったのだろうがやはりその表情は複雑だった。

 

「私とエシリアはふたりで遺跡に向かい、巨大なドラゴンに遭遇した。そこで私は言葉を話せるという事で、ドラゴンに説得を試みたんだ」

 

本当はワイバーンなのだが村の人はドラゴンと信じきってきたし、ぶっちゃけどちらでも問題はない。ただドラゴンとしていた方がより恐れられそうではある。

流石に説得などは恐怖に震えた村人からすれば眼中に無かったようで、その言葉とともにどよめきが起きていた。

 

「どうやらあのドラゴンはこの動物が迫害されていたのが気に入らなかったらしい。この周辺の食べ物が元々から村で作られていたのならまだしも…そうではないのだろう?それを人間だけで独占しようとしていたのが今回の事件の発端だったんだ、今後それをしないと約束をとりつけたことで、ドラゴンから赦しをもらえた」

 

再びどよめきは増す。しかしそれは人間からしたら当然の事だろう。これは人間だけではない、群れを成す生物ならば当たり前のようにやっている事。いわば縄張り争いなのだから。

それにこうして嘘と知っているからか、胡散臭くも聞こえてしまう。つまりはドラゴンが一匹の小動物の為だけにあのような手の込んだ事件を起こしたということなのだから。

 

どよめきの中でひとりのおじさんが咳払いをして、周囲を静かにさせた。

 

「…つまり、そこにおる動物を追い払ったりせずに食べ物を与えてやれば、今後ドラゴンが怒るような事はないということなのか?」

 

「まさか今後ここの食べ物を狙ってくる動物全てにそうしなきゃいけないのか? 」

 

確かに村人の疑問はもっともだ。そんなことを続けていたらいくら食糧が豊富な土地だとしても限界がきてしまうだろう。これにはエシリアも思わずリアを見つめてしまう。

 

「落ち着いてくれ、そこまでの話は聞いていない。それに悪い事ばかりではないぞ?これが護られるのなら、今後もドラゴンは凶悪な魔物から村を守ってくれるとも言っていた」

 

リアのこの言葉が決め手となり、村人はそれ以上不平不満を言うことはなかった。とりあえずは丸く収まったのだろう。

 

その後、改めて村人達は帰ってきたナギは冒険者3人に丁寧に謝罪していた。そして冒険者3人も今回の誘拐について、国やギルドに被害を届けるつもりはないようだ。善良な冒険者で運が良かったとも言えるかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

報告と食事は終わり、村の雰囲気は嘘のように平穏を取り戻していた。村人からすればまだまだ疑問はあるものの、今までの悪夢が終わりを告げたのだ、両手をあげて歓喜することが最優先事項になってしまうことは当然の流れだった。

 

そういえば結局クリスは何処へ行ったのだろう?単純に今まで私とエシリア以外に姿を見せていないのに今頃になって居るのも確かにおかしな話なので姿を見せないだけとは思うのだけど、それでも気にはなる。もしかしたら解決した事を確認してそのまま帰ってしまったのだろうか。

 

今は夜も深けていて、今からアクセルに帰るには危険なので村に泊まることになった。エシリアとリア、そして3人の冒険者は早朝村を発つことになっている。

今思えばハチャメチャな出来事だった。きっかけは私が興味本位だけでエシリアへとチェンジしたことだが何がどうなればひとつの村を救う事にまで発展してしまうのだろうか。

ゆんゆんやミツルギさんにアンリ、それにカズマ君達にもおおいに心配させてしまっていることだろう。どのように言い訳をしたらいいのやら検討がつかないので私としては正直に話してしまいたい気持ちが大きいのだけどエシリアはそれを許してくれないだろう。内心溜息をついてしまう。

 

とりあえず流石にこれ以上のいざこざはないだろうと祈りつつ明日アクセルへと帰って一旦私へと戻って仲間の元へと帰るしかない。

 

用意してくれた部屋で簡易的な布団に寝転がっているエシリアにそれを伝えると、エシリアは思い悩むような顔をしていた。

 

 

(…あのさ、すっかり忘れてたんだけど)

 

(…何がですか?)

 

(……リアはこちらに来てくれたけどさ、エーリカとシエロはアクセルに助けを求めに戻ってるんだよね?)

 

(……あ)

 

エシリアと同じくこれは私も失念していた。そうだ、時間を考えたら何もない限りエーリカとシエロはとっくにアクセルの街に戻れているはずだ。そしてこちらの状況は切迫していることになっているのだから早朝、下手したら真夜中にはこちらに到着する可能性がある。これは私にとってあまり都合の良い話ではない。

 

(…………)

 

(……アリス?)

 

なんかもう考えるのに疲れてしまった。解放されたくてエシリアが出てきたのに悩みの種が増えてしまっている件について。流石にエシリアにそんな事を言う訳にもいかないので私の心底の奥にこの気持ちは眠らせておくつもりではあるけど。

 

(…いえ、少し考えることに疲れただけです、もう自然に身を任せることにしますよ…なぁに、終わってしまえばなんとでもなります…)

 

(完全に投槍になってない!?しっかりしてよ!?)

 

人間は楽を求める生き物である、それは私としても例外ではない。エシリアは納得していないようではあるけど、どうにでもなるだろうと考えたら気持ちばかりではあるが楽になれたのは確かだった。

 

 

 

 

 

 

次第に眠気が訪れる。明日になれば元の日常に戻れるだろうか?おそらく無理だろう。

頭を抱える案件ではあるが、私はエシリアにもこの世界を存分に満喫してもらいたいという気持ちに変わりはない。その為には私とエシリアの関係と状態をさっさと仲間に説明してしまえば手っ取り早いのだが、エシリアのプライドがそれを許さない、許してくれない。

 

となると近道なのはエシリアを私が説得するしかないのだろう。この生活の不自由な事が理解できればもう少し私の話に耳を傾けるかもしれない、そんなフワフワした希望的観測しかないが、現状それしか方法がないのだから。

 

気が付けば、エシリアは何も言わない。眠ってしまったのだろう。少し離れた位置からのリアの寝息と、エシリアの寝息だけが聞こえてきていた。エシリアが眠ったことで、私の意識も遠のいていく――…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――これは、前借りですからね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何かが聞こえた気がしたが、気の所為かと思えるほど些細なことに感じた。意識が覚醒したと思えば私は重く感じながらも背筋を伸ばして欠伸をする。

 

 

「…え?」

 

時間はおそらく朝だろう、外から見える日の光でそう感じたのだが、問題はそこではない、姿が私になっていた事だろう。

 

幸いなことにリアはまだ眠っている。これなら慌てなくてもリアが来る前に、あるいは誰かが来る前にエシリアの姿へと変わればいいだけだ。

 

「……うぅん…」

 

私の隣で誰かが寝返りをうった。少し慌てるがよく見ればエシリアが寝ているだけだ、何も問題はない。すぐに元に戻ろう。

 

 

 

……え?

 

 

 

「パラメータースロット、チェンジ…」

 

小声で呟くように言ってみるも、何も起きる気配はない。軽く放心状態になってしまった故にその答えがでるまでに時間がかかってしまった。

 

 

「……エシリア……?」

 

「……んん……?あ、アリス?おはよう……」

 

お互いに目を合わせてパチパチと目を瞬かせた。寝ぼけ眼でぼーっとしていたエシリアも、次第に今何が起こっているのかを理解すると混乱めいた表情へとなっていく。

 

「……え?え?…なんで…?」

 

私とエシリアが、この世界に……同時に、存在できていたのだから――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



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episode 158 初めてではない『はじめまして』

訂正…コン太郎→コン次郎でした。報告ありがとうございますm(*_ _)m





 

 

突然の出来事に私もエシリアも困惑していたが、少し冷静になればわかる。これが誰の仕業なのかが。

言うまでもなくこんな事が出来るのはクリス…もとい女神エリス様しかいないだろう。

確かに私もエシリアもこうなることは望んでいたし、クリスにもその話をしているが、それは今でなくても良かった。欲を言うならアクセルに帰って誰も気付かれないように秘密裏にやって欲しかった。

今のこの現状を見てみれば、はっきり言って最適な状況ではない。今までアリスはこの村に居なかったのだ。一応誘拐犯だった一部の村人にはその姿を晒してしまってはいるがそれっきりだ。後はクリスの前でしか姿を見せていない。

それが今になってこの村に私が存在してしまっている事は不自然でしかないのだ。

 

だけど。

 

 

「……じゃあ、私はこれからずっとこのままで…」

 

冷静な考えをしていた私と、今のエシリアの心境はまったく違うものだった。感慨深い様子でいたと思えば、その瞳は僅かに潤んでいて、混乱具合は抜けきっていないが嬉しそうに見える。

 

それも当然かもしれない、エシリアは存在してからずっとあやふやな存在だったのだから。例え私から離れた思考を持つようになったとしても、私の身体からは出られなかったのだから。

今こうして私と別離したことで、エシリアは真にエシリアとなれたのだ。ひとりの個体である、エシリアというひとりの女の子になれた。それが嬉しくないはずなんてないのだから。

 

それを見れば、思わず溜息をついてしまうと同時に笑みがこぼれる。自然に口元が緩んだのは、エシリアの幸せそうな顔を見たからだろう。

 

「……ようやく、逢えましたね、エシリア……はじめまして」

 

「……うん…、…は、はじめまして……?」

 

ずっと一緒にいたけれど、こうして現実世界で向き合って話せるのは、今が初めてだった。だから自然とそんな言葉が出てきた。初めてではないけど、はじめまして。そんな想いを込めて。

それはやはりすんなりとは出てこなかったのかもしれない、エシリアの心境が複雑そうだと感じるのは顔を見れば明らかだった。

 

その時。

 

 

「……ん…」

 

完全に忘れていたが今この部屋には私とエシリアだけではない。リアもいるのだ。目を向ければ上半身を起こして目を擦っている。

…さてどうするか、今アリスである私がこの場に存在するのは不自然なのだ。だけど隠れようにも時すでに遅し、今からどんな動きをしようがリアにはバレてしまうだろう。

 

「…おはようエシリア………と、そちらの君は…」

 

「おはようございます、昨日は大変だったみたいですね」

 

反射的に何もなかったかのように返事をして焦りからか誤魔化すように言葉が生まれる。内心ドキドキしているが私の事はどのように説明しようか、はっきり言ってしまえば考えが全くまとまっていない完全に無策状態である。

 

リアは少し間をおいて、どこか納得したように頷く。

 

「蒼の賢者…アリスさん……エーリカとシエロの要請できてくれたのか、こうして話すのは初めてだけど私はリア。救援にきてくれて本当にありがとう」

 

どうやらリアは今しがた私が此処に来たものと思っているようだ。それならば話ははやいのでそれに乗っかってしまおう…と、考えるも、それだと後々矛盾が生じてしまう。私はエーリカやシエロに出逢っていないのだ、出来る限り話の辻褄を合わせなくてはならないだろう。

 

「いいえ、お気になさらずに。お話は大体伺ってます。エシリアは私の友人ですので、私としてもお礼を言いたいくらいですよ」

 

とはいえその考えはまだ浮かばないので辻褄合わせは合わなくなった時に考えよう。今は今この状況をどうにかできれば問題ない。当たり障りのない事だけを発言すれば大きな問題にはならないだろう。

 

「……それで、エーリカやシエロはどこに…?」

 

「…えっと……、私は2人に会ってません。此処に来たのは偶然なんです、何があったのかはエシリアに大体聞きましたが…」

 

私がそう告げれば、リアは不思議そうに首を傾げる。やはり強引すぎたかもしれないが2人に会ってない前提にはしておかないと後に面倒だし話がややこしくなる。

 

「あ、リアさん、私の事はアリスと呼び捨てで構いませんよ。エシリア同様私とも仲良くしてくれたら嬉しいです♪」

 

「…そうか、では私の事も気軽にリアと呼んでくれて構わない」

 

自然な形で握手をする。どうやら話題を逸らすことは成功したようだ。

そうしていると外が騒がしくなっていることに気付く、早朝なのにざわざわと声が聞こえてくる。

 

「…妙に騒がしいな…、もしかして…」

 

「……そうですね、おそらく本来の救援が来たのではないでしょうか」

 

こんな辺境にある村で騒がしくなる理由はそれくらいしかないだろう、ドラゴン騒ぎも解決して間もないのだから。確定付けたところでリアは立ち上がり部屋から出ていく、エーリカやシエロと合流したかったのだろう。

 

「待ってよリア、私も…」

 

エシリアも立ち上がり追おうとするも、何かに気が付いたように動きを止めて気まずそうに視線を私に向けた。それに対して私は静かに笑みを向けた。

 

「私の事は気にしないで、行ってらっしゃい」

 

「…う、うん!」

 

そう言えばエシリアも部屋を出ていく。それを見送りながら私は考えていた。

 

「さてさて…どうしましょうかね…」

 

確認はしていないが外のざわつきの正体はエーリカやシエロで間違いないだろう。そうなると当然そのふたりだけではなく、カズマ君達も来ていることだろう、そうとしたらこのままではまずい。

 

エシリアはカズマ君達にあの日の夕方には帰ると言ってしまっているのだ、たが夕方どころかまる一日以上も時間は経過している。

結果的に約束は破られているのだからエシリアがカズマ君達と再会した時にまたいざこざが起こってしまう可能性は充分にありうる。

 

ただあの時と違うのは今の私とエシリアは分離して完全に別の存在となっていること。私が現れたことでどうなるかは想像もつかないがエシリアひとりが責められることは避けられるだろう。

 

そんな考えで思考がまとまると、私もまた立ち上がり、ゆっくりと外へと歩き出した――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―入り江の村・入口―

 

村の入口付近をそっと木陰に隠れて様子見してみれば、予想通りのメンバーが集まっていた。

 

「さぁ説明してもらいましょうか?アリスはどこにいるのですか、貴方の言っていた夕方はとっくに過ぎていると思うのですが」

 

「めぐみん落ち着いて…!アリスのことも大事だけど、今はそれよりもドラゴンでしょ?」

 

エシリアを前にして対立するように存在していたのはめぐみんだ、それを後ろからゆんゆんが抑えていた。

 

「何故ゆんゆんが止めるのですか?アリスがいなくて誰よりも取り乱していたのはゆんゆんではないですか、大体そのドラゴンはどうなったのですか?聞いた話だとドラゴンを引きつける為に残っている貴方が何故ここにいるのですか?まさか駆け出し冒険者のあなた達が倒したなんて言いませんよね?それは困ります、私は爆裂魔法にてドラゴンスレイヤーの称号を得る為にここまできたのですから」

 

「お前はアリスの心配かドラゴンの討伐か目的をハッキリしろよ!?」

 

「両方に決まってるでしょう、ドラゴンなんてそうそうお目にかかれるものではありませんからね」

 

どうやら気持ちは私よりドラゴン討伐に傾きかけているようで地味にショックだがめぐみん故に仕方ない。

さて、どうしよう。ものすごく出ていきにくい。こんなに出ていきにくいのはベルディアの口上の時以来である、思えばあの時は死ぬほど恥ずかしかった。

だけど今回は気まずさ故に出ていきにくいのだけどそういう訳にも行かないだろう。

見れば案の定エシリアは責められてるし、リア達は事情が分かっていないので言葉を挟むことができずに不安そうに傍観しているしかできていないし。

 

「落ち着けめぐみん、アリスを心配する気持ちはわかるがこれでは話が進まない。…エシリアと言ったか…連れがすまなかったな。私はダクネス。私達はそちらの話と今までの経緯を聞きたいんだ。後はアリスのことで知っている事があれば全部話して欲しい…彼女は私達の大事な仲間なんだ」

 

 

 

「…結果的に嘘をついちゃったのはごめん、だけど私も色々あったの…」

 

絞り出すようにエシリアは言葉を紡ぐ。それを見て思うのはめちゃくちゃ頑張ってると思う、パッと見強がっているような表情ではあるが既に目は潤んで泣きそうである、あのままではいけない。私は少し躊躇しながらも立ち上がり声を出してそれを止めようとした。

 

「エシリアは何も悪くありませんので、どうか責めないであげてください」

 

「…っ!?」

 

私が声をあげた一瞬、時が止まったかのようにその場が静寂に包まれた。勿論それは一瞬、瞬く間にそれぞれが声をあげた。

 

「アリス!!」

 

誰よりもはやくゆんゆんが私に向かって飛び込んできたのは驚いた。押し倒されるように私はその場でゆんゆんに抱きしめられたまま仰向けに倒れてしまった。

 

「もう……!!本当に…アリスは…何度私を心配させたら気が済むの!!…ぐすん…」

 

「.……」

 

これには何も言えない。今回は不可抗力でしかないと真っ向否定したいところだけどそんな空気でもない。私の胸に蹲るゆんゆんを見ていたら罪悪感が湧いてくる。

普段なら理不尽に感じたりしちゃう場面なのに、不思議とそんな風には思えなかった。それ以上に、私の事でここまで心配して、泣いてくれてる存在が私には眩しすぎたのかもしれない。

 

「…ごめんなさい、ゆんゆん……、その…ただいまです」

 

「……ぐすん…おかえり…」

 

抱きしめる力が強くなる。少し苦しいけどなんとも言えない心地良さを感じた。ゆんゆんには失礼だけどこれは多分幼い時の自分の母親と重ねてしまったからかもしれない。それだけの母性を感じたのだから。

 

 

 

「……コホン、話を進めていいだろうか?」

 

「ひゃい!?」

 

2人して離れて起き上がる。その動作はものすごくはやかった。というのも冷静になって周囲を見渡せば、エシリアは勿論、カズマ君、めぐみん、アクア様、ダクネス、ミツルギさんにアンリ。更にリア、エーリカ、シエロに3人の冒険者と村の人達、コン次郎とナギちゃんまでも勢揃いしているこの場で抱きしめられてたのだ、なんだこの公開処刑。

 

「アリスについての話は後でするとして、ドラゴンはどうなったのだ?まず現状を教えてくれたら助かるんだが…」

 

「…そ、それなら私が説明しよう。私はリア、アクセルの街の駆け出し冒険者だ」

 

困り顔のダクネスに、リアが名乗りとともに前にでた。ドラゴンについての説明はそのまま村の人達にしたことを伝えたらいいのだが、問題は私自身の事だ、はっきり言えば何も浮かばないからこれは困った。

 

私はリアが説明している間にも、自身の事情について頭を抱えて考えるのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―村の付近の入り江―

 

昨日エシリアが物思いに耽っていてクリスと出逢った入り江に私のパーティとカズマ君のパーティの面々は集まっていた。リア達と冒険者3人は村で待ってもらっている。アクセルに帰って話をしても良さそうなのだが何よりも私の事が気になったらしく、こうして今話すことになったのだ。

ちなみにドラゴンについては村の人達の手前真実を告げる訳にもいかないので騙す形にはなったが同じように話した。それによりめぐみんは非常に残念そうにしていたがある意味コン次郎は助かったのかもしれない。元はシルビアによる合成された動物故に普通の動物よりも耐久性はあったようだが流石に爆裂魔法など喰らえば跡形も残らないだろう。

 

それよりも、問題は私の事だ。結局何一つ打開案が浮かばなかった私は全てを諦めて適当に話すことにした。

 

「……アリスにもわからないって…どういう事だ?」

 

「ですから何故私がここにいるのか、私が聞きたいくらいなんですよ。気がついたらこの村にいましたし、時間も経っているようですし…それで…」

 

「……偶然俺たちと再会できた、と?」

 

「……はい」

 

胡散臭そうに見られているのを自覚した。それもそうだろう、言ってる私ですら胡散臭さを感じてしまうのだから。

なんとも言えない空気が場を支配する。それぞれが顔を合わせては首を傾げている。

 

「…理由に納得できるかと聞かれたら正直に言えば……」

 

「まぁ納得はできませんね、話が支離滅裂すぎています」

 

「…うん、そうだね。だけど結果的にアリスは今無事に僕達の前にいるんだ、ならそれでいいんじゃないかな?」

 

切り出したのはミツルギさんだった。それにめぐみんが頭を抱えながら続くと、同時に私にしがみつく存在が。

 

『アリスお姉ちゃん――…、無事で、良かった――…』

 

ゆんゆんのおさがりの黒とピンクのワンピースを纏ったアンリは、私の言った事を疑う様子もない。純粋に私の無事を涙目で喜んでくれていて、これには嘘をついている罪悪感が芽生えるも、それ以上に私は再会できたことを喜んで抱きしめ返していた。

 

「ごめんなさいアンリ、もう何処にもいきませんからね…」

 

納得はできないけど今回の件、発端はどこにあるのかと聞かれたら私が安直な好奇心でエシリアへとチェンジしたからだろう。だけど考えようによっては今回の件はかなりプラスに働いたのではないだろうか。

 

結果的に私とエシリアが分離することができた。村を救えた。エシリアに友人ができた。今回の事は私というよりもエシリアにとって大きなプラスなのだ。

 

 

「……ま、アリスがそう言うんならそういう事にしておこうぜ」

 

「そうね、なんだかアリス、前よりスッキリしているみたいだし」

 

カズマ君がどこか投槍に言えば、アクア様も同意した。この反応は少し意外に感じたが、私とアンリを見ていてそう思ったのだろうか、あるいはアクア様の場合、スッキリしているという表現は私の中からエシリアがいなくなったことを察しているのだろうか、それはわからないし聞く訳にもいかない。

 

「まぁそれはそれでいいです、ではもうひとつ気になる事があります。あのエシリアという子は誰なんですか?本人はアリスの友人と言っていたようですが」

 

一難去ってまた一難。流石はめぐみん、痛い所を突いてくる。…とはいえこれは誰もが疑問に思っていることだろう。それを聞いてきためぐみんは勿論の事、他の面々も同じ疑問があるのか、ほぼ全員が私の答えを待っているようにみえる。アンリだけは不思議そうに首を傾げてるが。可愛い。

 

まぁこれについては、答えはでているのだが。

 

「…エシリアは私の友人ですよ。……私と同じ、故郷を持つ…」

 

「ってことは…うぐっ!?」

 

カズマ君が大きく反応して何かを言いかけてミツルギさんに口を抑えられた。ミツルギさんも表情は驚いてはいるがそれよりもカズマ君を止めるのが勝ったようだ。

カズマ君が何を言いたかったのかよく分かる。おそらく転生者なのか!?と言いかけたのだろうがそれを言うのはまずい。アクア様はともかく、めぐみんやダクネスもここにはいるのだから。

 

まぁこの話は嘘ではない。同じ故郷で同じ境遇、それどころか元々は私だったのだから。

 

これでエシリアの面目は保たれたわけだが私としては面倒くささしかない。私は別にエシリアが私だったことを言う事にエシリアほど嫌ではない。まぁわざわざ言う程のことかと聞かれたら確かにそうだとは思うけど。

 

何にせよこれで身の回りは片付いた。後は日常に戻るだけ。はやく帰ってお風呂にはいりたい…と、今の私はそんなどうでもいい事を考えていたのだった――。

 

 



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episode 159 この素晴らしい世界の神と悪魔



初めて1万文字を越えてしまった…。

エシリア編もぼちぼち終わりが見えてきました。


 

 

―アクセルの街・屋敷―

 

ようやく…ようやく帰ってくる事ができた。

あれから根掘り葉掘り聞かれた事に誤魔化し多めに答えたが、しっかりした説明などできるはずもなく、カズマ君達としてはなんともスッキリしない終わり方となってしまった。わざわざあんな場所まで来てくれたにも関わらず何もする事もなく帰ることになるのだからこれに関しては申し訳なさしかなかったが、みんな「アリスが無事ならそれでいい」と言ってくれて余計に罪悪感が募る。

形式的にあの村の案件に関係が深いのはエシリア達のパーティなので私達はほぼ無関係である。よっていつまでも村にいても仕方ない。

エシリア達が村の人達と話しているのを切り上げるなり村の人達に別れを告げてゆんゆんのテレポートとカズマ君が持つテレポートの魔導具を使って帰還したのだった。

 

たぬきつねこのコン次郎(リアの強い推しにより結局名前はコン次郎になったらしい)はナギのペットとして飼われる形になった。これなら満足に食べ物も食べられるしナギとも一緒に居れる。村にモンスターなどの危険が迫ればコン次郎がワイバーンに化けて追い払うこともできる。これにより村は完全に独立を成し遂げることができるだろう。

もっともコン次郎の変身スキルについては村の人達には秘密のままである。いずれはバレてしまうかもしれないが、そうなったとしても村を守っていることを続けていればきっと分かり合えるだろう。

 

誘拐されていた3人の冒険者達はリアやエシリア達とともに冒険者ギルドへと向かった。今回の件…攫われた冒険者達はあくまで行方不明となっているので、誘拐されたことまでは冒険者ギルドにバレてはいない、なので3人には口裏を合わせてもらい、森や山で遭難していたところをリア達に救助されたという事にしてもらった。多少無理がある気もするが当人達がそう言えばギルド側も深く調べようとはしないだろう。

 

その後エシリアはここに戻ってくることになっている。改めてみんなに紹介したさもあり、今回の件の謝罪をお互いにしたいんだそうな。

エシリアとしては逃げてしまったこと、カズマ君としては話も聞かずにバインドやらスティールやら強行してしまったこと。元はといえば全ては私が発端なのでこれについても申し訳ない気持ちしかない。思わず溜息をついてしまった。

 

「アリス、大丈夫?お腹すいてない?眠くない?」

 

「…大丈夫ですよ、お風呂に入ってやっと落ち着けて疲れが出ただけです」

 

溜息が聞こえたのか、心配したゆんゆんが声をかけてくれるが相変わらずの過保護である。聞いた話だと散々心配をかけてしまったようだしその反動もあるのかもしれないが、屋敷に帰ってからお風呂からリビングのソファに座るまでずっと付きっきりはやりすぎのような気もする。まぁそれでゆんゆんが安心できるならいいかと何かを言う事はしなかった。

 

「心配したのはゆんゆんだけじゃない、みんな本当に心配していたんだ…兎に角、無事で良かったよ…」

 

「…そうだな、正直に言えば釈然としないが…」

 

「うぅ…すみません…」

 

やはり私の話した事情が事情だ。部屋にあったはずの服や杖は気付いたら私の傍にあったとかあまりにも強引すぎるし、そんな内容によりスッキリしない様子なのは変わらなかったが私が逆の立場なら私でもそうなるだろう。私を気遣って無理矢理納得しようとしているような様子には罪悪感しか生まれない。不可抗力でしかないと思っていてもそうなってしまう。

 

「こればかりはアリスにすら分かってないのでしたら仕方ありませんよ、この話はここまでにしておきましょう?」

 

「後はあのエシリアって子ね、あの子が持っていた剣だけど…神器だったわよ」

 

「…ってことはミッツさんの魔剣グラムと似たようなものか…」

 

流石は女神様、アクア様は一目であの剣を神器であると認識したらしい。ただ私と同じ感じなら魔剣グラムほど強力なものでもないだろうと推測できる。

それは以前エリス様が言っていた、バランスの問題。転生者に与える能力や神器には強さの上限が設定されているので私と同じくエシリアも、ステータスやスキル、そして神器が揃って魔剣グラムほどの強さになっているだろう。これはおそらくエリス様が設定したものと思うので間違いはないと思われる。

 

「でもあの姿、どこかで見た事あるのよね……どこだったかしら…?」

 

「……」

 

考え込むアクア様だが他の人達はあまり気にしてないようだ。ただアクア様が見た事があるとすれば多分私のスマホだろう。私が死んでアクア様と出逢ったあの日、アクア様は私のスマホのゲームを起動して色々といじっていたしその時に見ていたとしてもおかしくはないかもしれない。

 

そんな話をしていたら、入口が騒がしくなってきたと同時に扉がゆっくりと開かれた。

 

「すまない、待たせてしまった。入ってもいいだろうか?」

 

「あぁ、入ってくれ」

 

聞こえてきた声の主はリアだ。この屋敷には呼び鈴もチャイムもないので扉をノックするか開いて呼びかけるしかない。カズマ君が応答すれば、リア達アクセルハーツの面々が入ってきて、最後尾に気まずそうなエシリアがいた。

リア達は入るなり改めて屋敷内を見回してる、広い造りとなっている屋敷に驚いてるようだ、これにはカズマ君も気分良さそうにしていた。

 

「さて、話なんだが……まずはこれを見て欲しい」

 

リアがサイドポーチから大きな物体を取り出した。両手に収まるそれは白い塊で三角錐に少し曲線がはいったような歪な形をしているが、私はそれを見た事があった。

 

「それは……ワイバーンの爪…?」

 

「…っ!」

 

私の問いにゆんゆんが過敏に反応した。そしてその反応で思い出した、これはおそらくコン次郎が持っていたワイバーンの爪だ。そしてワイバーンの爪といえばゆんゆんが探し求めている新杖の材料のひとつである。

 

「これはコン次郎がお礼にと私に託してくれたんだが…価値はわからないがそれなりの値段になるかもしれない」

 

「…でもこれってコン次郎が持ってなくて大丈夫なの…?」

 

「ん?そのコン次郎って誰なんだよ?」

 

「…あ」

 

ふいに質問したエシリアだがカズマ君の疑問に思わず片手で口を塞ぐ。それもそのはず、今回の事件の真相はカズマ君達はもちろんのこと、エーリカやシエロにも話していない。コン次郎のことを知っているのはリアとエシリア、ついでに私だけなのだ。

 

「…終わったことですし、このメンバーなら話をしてもいいと思いますよ?私もそれがここにあって大丈夫なのか気になりますし」

 

私がそう言えばリアとエシリア以外が不思議そうにしていた。

実際ワイバーンの爪が今この場にあるということは、今やコン次郎の手にはそれが存在しないということだ。そうなれば有事の際、コン次郎はワイバーンに化けることができなくなってしまう。

 

「…わかった。今からここで今回の事の真相を話そう、できたら冒険者ギルドには内緒にしてくれると助かる」

 

そう言うなりリアは説明を始める。流石にざわめきはあったがそれぞれがちゃんと聞いてくれた、今回の真相…ドラゴン、もといワイバーンの正体からコン次郎とナギの話、それによって起こってしまった冒険者誘拐の事件までを。

 

 

 

 

 

 

「なるほど、そんな事があったのですね…」

 

「だから、それがコン次郎の手元にないと何かあった時に困るんじゃ…」

 

「それについては私も同じ事を言ったが…心配はいらないらしい。ここを見てくれ、少し欠けているだろう?コン次郎としてはほんの一欠片でもあれば問題なく変身できるようなんだ、ただ私も最初は受け取りを拒否したんだが…お金にできるなら村の為に使ってもらいたいと。しかしあのワイバーンと繋がりがあるものをコン次郎が持っている事を村の人に知られると疑いを持たれる可能性があると言われてな、コン次郎としては小さいサイズで隠しやすくなり、私達にもお礼ができて悪い事はないと言いくるめられてしまったんだ」

 

なるほど、確かに少しだけ欠けているしコン次郎からしたら大きすぎても邪魔でしかないかもしれない。

 

「向かったのがそこの2人で良かったな、めぐみんだったら爆裂魔法で跡形もなくなってただろうしな」

 

話を聞いた後のカズマ君の感想でそれぞれの視線はリア、そしてエシリアへと移る。同時に気まずそうになっていた。主にカズマ君とエシリアが。

 

 

「……その、話も聞かずに酷い事して悪かったよ」

 

「それについては私も謝りますよ、少しきつめに言いすぎた気もしますし」

 

「……」

 

エシリアは無言のままだ。カズマ君やめぐみんと目を合わせようとしない。だけどエシリアにもあちらの状況は今となっては分かっているはず。私はそっとエシリアに近付くとその背を押すように手を添えた。

 

「……貴方達がアリスを心配して冷静じゃなかったことは分かってるから…その、こちらこそごめん…」

 

相変わらず目を合わせられないままだったがエシリアとしては上手く言えたのではないだろうか。

カズマ君やめぐみんの様子を見る限りでもとりあえず形だけでも仲直りはできたと思うので後はエシリア次第だろう。心配ではあるが1から10まで私が何かをしたり言ったりするのは違う気もする、私とエシリアが変わらずひとりのままなら違ったかもしれないが今はそうではないのだから。

 

正直に言えばまだまだエシリアについて聞きたい事はあったと思う。そもそも何故エシリアは私と入れ替わるように私の部屋にいたのかなど、説明が難しい案件が残っているのだが、この時にはこれ以上何かを言及されることは無かった。あるいは聞く空気でもないと思われたのかもしれないが私やエシリアとしては助かった。

 

「話が大分逸れてしまったな。それでこのワイバーンの爪なのだが…どうかそちらのパーティに受け取って欲しいんだ」

 

「…受け取るも何も、私達は今回何もしていない。受け取る理由がないと思うのだが…」

 

リアは手に持つワイバーンの爪をカズマ君達に向けて差し出すものの、実際に今回は本当に何もしていない。形式的には私達を迎えに来てくれただけだろう。流石にそんな状態では貰う訳にもいかないだろう、例えゆんゆんが喉から手が出るほど欲しいものであったとしても。

 

「それでも…今回の件、こうして手を煩わせてしまったことには違いない。場合によってはドラゴン討伐などという危険な役割を押し付けることになるところだった、これはせめてもの償いなんだ」

 

ふとエーリカとシエロに目を向けると、シエロは同意するように頷いているが、エーリカはどこか納得いかない様子に見えた。

第三者目線で見ればどちらの気持ちも分かる。リアとしては言い分の通りだしカズマ君達からしてもそうだ。お互い遠慮して話は平行線になりそうな気がする。

 

「ではまずそのワイバーンの爪をウィズさんに鑑定してもらいましょう。その値段の半額でこちらが買い取るというのはどうですか?ワイバーンの爪は私達が探していたものでもありますので」

 

「そ、そのお金は私が出すからね!!」

 

私が提案すれば、早速ゆんゆんが乗っかってきた。リア達は困惑めいていたがこれ以上この話をしても平行線だというのは気付いていたのだろう、渋々とだけど納得はしてもらえた。本来ウィズさんにはマナタイト結晶について聞きたかったので丁度良かったとも言える、とりあえずこの件も丸く収まりそうだ。後はあまり高くない事を祈るばかりである。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

時間が経つなりエシリアはリア達とともに屋敷を出ていった。急いでいたらしく本来のゴブリン討伐の報告をしてなかったのだという。

それさえ得る事ができればエシリアも無一文ではなくなるしなんとかなるだろうが、その時に私が思ったのは、今後エシリアはどうしていくのだろうという事だった。

 

あまりにも色々なことがあって後のことを全く考えられなかったのだが、こうしてエシリアの姿が見えなくなると気になって仕方がないのは、きっと元が私だからだと思う。胸にポッカリと穴が空いてしまったような喪失感が私には確かに存在していた。

 

そんな状態を疲労によるものだと思われたのか、今日明日辺りは屋敷で大人しく休む事をゆんゆんとミツルギさんに言われてしまった。ミツルギさんにもゆんゆんの過保護が移っている気もするがこれについては散々心配をかけた私が悪いので大人しく聞き入れる事にした。

 

 

 

その日の夕方、私が部屋で大人しく読書をしていると扉をノックする音が聞こえてくる。多分ゆんゆんだろうけどどうしたのだろう?まだ夕食には早い時間だと思うけど。

 

「アリス、エシリアさんが来てるわよ、入ってもらっていい?」

 

「!…はい、どうぞ」

 

私が返事をするとゆんゆんとエシリアが揃って部屋にはいってくる。どちらも何故か落ち着きがないのは何故かわからないが何時もの事かとも思えた。

 

「あの、ごめんゆんゆんさん、アリスと二人で話したくて…」

 

「…あ、はい。その…アリスと同い年なんですよね?私の事はゆんゆんと呼び捨てで大丈夫ですよ…?私はアリスの二個下なので…」

 

「……え?…えぇ!?」

 

驚き混乱しているエシリアを見ていると自身がゆんゆんと出逢ったばかりの頃を思い出してなんとなく笑ってしまう。まぁ同じ私と言うよりはそれが普通の反応だよね、やっぱし。

ゆんゆんはこちらの事を気にしながらも部屋から出ていく。その様子をエシリアは見ていて、どこか微妙な表情を浮かべていた。

 

「…なにか?」

 

「…ゆんゆんさんとアリスって…どんな関係なの…?」

 

「…?友人…いえ、親友でしょうか」

 

私がすんなりと答えてもエシリアの表情は変わる事のない微妙なままだ。一体なんなのか。

 

「私にとってゆんゆんはこの世界で一番にできた親友ですからね、今では頼りにさせてもらってますよ」

 

まぁ最初の友人と言えばリーンを初めとしたテイラーさんのパーティの面々もだけど今一番深い繋がりがあるのは間違いなくゆんゆんだろう。セシリーさんは友人かどうかは微妙だし、言えば喜んでくれそうではあるけど。

 

「ふーん……」

 

どこか遠い目をしたエシリアを見て私は無言で首を傾げる。そして察した。…そうか。エシリアは元々私と同じなんだ。だからエシリアからしてみればこのような深い付き合いのある親友が羨ましいのかもしれない。

 

「…心配しなくても、エシリアにだって大事な友人はすぐにできますよ。リアとか仲良かったじゃないですか」

 

「えっ…いや、流石にアリスとゆんゆんさんほど仲良くなるのは……私にそんな趣向はないし…」

 

「……趣向?」

 

「な、なんでもないこっちの話!!」

 

私が聞き返せばエシリアは顔を赤くしてそっぽ向いてしまった。元々は自分なのによくわからない事を言う子だ。

 

「…それで、どうしたのですか?何か話があって来たんだと思うのですが」

 

「あ、うん…ちょっと待って…多分もうすぐ…」

 

エシリアの言葉の途中、再びコンコンと音が聞こえてきた。だがそれは扉を叩く音ではない。となると残りはひとつしかないのでその方向に顔を向ければ案の定。

 

「……クリス……お願いですから普通に入口から入ってきてください…」

 

思わず頭を抱えてしまう。窓の外には眩しい笑顔のクリスが手を振っていたのだから。エシリアのもうすぐはクリスを待っていたという事だろうか?とりあえず私は窓の鍵を開ける。すると悪びれる様子もなくクリスは窓を開けて部屋へと入り、懐から巻物のようなものを取り出した。

 

「…それは?」

 

「これ?これはね…」

 

テキパキと巻物の封を開ければそのままそれは開かれる。少しばかりの魔力を感じた気がすると、そのまま巻物は音もなくまるで火で焼かれたかのように消滅してしまった。

 

「防音のスクロールだよ、これを使えば少しの間、この部屋での声や音は何処にも聞こえなくなるんだ。内緒話をするのにうってつけのアイテムでしょ♪」

 

私とエシリアは2人して目をパチクリさせていた。ということは今から話す内容は他の人に聞かれたらまずい話。つまり私とエシリアの別離についての話だと予想することは簡単だったのだから。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

話をしてくれるのならこちらとしては望むところ。私は自分の部屋に備えていたティーセットを取り出すとポットに茶葉の入った袋とクリエイトウォーターで生成した水をいれ、ティンダーの魔法で器用に紅茶を作った。

別に用意しておいたミルクとともにそれを用意したみっつのティーカップにいれると、クリスは笑顔のままそれを受け取った。

 

「ありがとう、ちょうど喉が乾いてたから助かるよ」

 

「……」

 

一方エシリアは固まったままテーブルに置かれたティーカップをまじまじと眺めていた。飲まないのだろうかと気になって首を傾げると、エシリアはぎこちない動きのままティーカップを手に取った。

 

「…いや、魔法とかある世界だって分かってはいたけど…こうも当然のようにやられるとね…」

 

何を今更。大体エシリアは既に私の中から私の魔法を見ているはずである。とはいえ気持ちはわからなくはない。私もまた、セシリーさんがコップに注いでくれたクリエイトウォーターの水を見た時は感動すら覚えたものだ。

 

「とりあえず話をしようかな。…どうかな?こうして別々になってみて、何か不具合があれば言って欲しいけど」

 

「今のところ問題はないですね。…それが気になるということは、何かあるんですね?」

 

紅茶を口に含みながら聞くと、クリスの顔は真剣なものだった。思わずごくりと喉を鳴らす。エシリアも同様に緊張している様子だった。

 

「やっぱり元々がアリスだからね。完全に別離できたとは言えないんだ、仮にだよ?仮にアリスがなんらかの原因で死んじゃった場合…、エシリアも同時に死ぬ事になるんだ、勿論逆も同じだよ」

 

「「…っ!?」」

 

美味しそうに紅茶を飲みながら言う内容ではないことだけは確かだった。私とエシリアは揃ってお互いを見合わせながらも言葉を失ってしまった。

 

「大丈夫大丈夫♪ようは無茶しなきゃいいだけの話なんだからさ、ふたりの持ってるチートさえあればそう簡単にそんなことにはならないと思うからね」

 

「……つまり文字通り私とエシリアは運命共同体という訳ですか…」

 

「それと、今回の件は魔王討伐の際の願い事の前借りって話で与えたことだから、ふたりとも、これからも魔王討伐に向けて頑張ってね♪」

 

「前借り……って…」

 

「…それ、魔王討伐ができなかったらどうなるの…?」

 

エシリアの言う通りである。確約が出来ている事が前提で前借りということは可能かもしれないが魔王討伐など不確定なことでしかない。仮に出来なかった場合ペナルティなどがあったりするのだろうか。

 

「あははっ、心配しなくても大丈夫だよ。ただ魔王討伐を果たした時の願い事がなくなるだけで、もし出来なかったとしても何かある訳じゃないからね」

 

「…そう、ですか…」

 

…まぁ少し考えてみればこれは魔王討伐を目標としている神様からすればプラス要因でしかないのではないだろうか。事実形式的には私がいた本来の世界から新たに人を転生させることもなく、魔王討伐の為の手駒を増やせたということなのだから。そう考えたらすっきりする、手駒という表現は決して気持ちのいい聞こえではないけれど、間違ってはいないだろう。

 

まぁ今まで聞いた転生者を思えば自由度はかなり高いとは思う。王都にも転生者で日本人向けの服屋さんを経営している人もいるらしいし、転生者全員が意欲的に魔王討伐に乗り出してるほどでもない。構えた考え方をしてしまったがもう少し気楽に考えてもよさそうだ。

 

「それなんだけどさ、どうして神様が直接やらないの?回りくどいと思うんだけど」

 

「……」

 

ふいに出たエシリアの疑問に笑顔だったクリスの雰囲気が変わった。表情だけを見ていれば今や完全に憂いたエリス様の顔になっている。

エシリアの疑問はもっともだった、むしろ何故私はそう思わなかったのだろうとまで思える。天界の規定だが何か知らないがここまでの情報に間違いがないのならこの世界が魔王軍に脅かされた既に数百年以上経過しているはずなのだ。

 

「…あくまでも、こちらとしても転生者の方々に魔王討伐をお願いはしていますが…強要はできませんし、するつもりはありません。形式上…私の管理するこの世界は長く魔王軍により脅かされていまして…、それでこの世界で死んでしまった人は、またこの世界で生きたくないと言う方が急増してまして、このままでは世界が管理する魂がどんどん少なくなります、そうなるとこの世界は終わりを迎えてしまうのです」

 

「……だから、それならそれでさっさと神様が直接…」

 

「それをすると、結果的に世界が滅びます」

 

「…っ!?」

 

既にクリスはクリスではなくなっていた。見た目こそクリスのままだが、その雰囲気は夢の中で見たエリス様そのものだった。

 

「確かに、神々が全力をあげて魔王軍と戦えばおそらく神々が勝てると思います、…ですが、神が現界してしまえば、それと相対する者が動き出します」

 

神様と相対する者。それには心当たりがあった。アクア様が嫌悪し、クリスもまた出会い頭に忌み嫌うその存在…それは…。

 

「……悪魔…」

 

「…!…その通りです、世界から見て私達が天界にいるのと同じように、彼らも魔界に引きこもっています。仮に私達が現界すれば、悪魔達も大人しくしてはいないでしょう。……間違いなく世界を舞台に神々と悪魔との戦争が起こります、そうなれば人間と魔王軍との戦いなんて小さなものでは済みません、それによる爪痕は…、まず世界を滅ぼすほどのものとなるでしょう」

 

「…で、でも、アリスは悪魔を倒したこと、あるよね…?」

 

「この世界にいる悪魔は本来の力を出せていません、そしてそれは私やアクア先輩も同じです。どちらも現界することで大幅に弱体化していますからね」

 

倒したと言えるのかは疑問だ。バニルもマクスウェルも残機か何か知らないが今もまだ生きているのだから。弱体化と聞いて芯から震えてしまう。あのバニルもマクスウェルもかなり手強い相手だった。どれくらい弱体化しているかわからないが弱体化してもなお魔王軍幹部を乗っ取れるほどの力がある事実。バニルは冗談ぽく自称魔王よりも強いかもしれないなんて言っていたがそれすら信憑性が増してくるまである。

弱体化している理由はお互いに世界を壊したくはないから。神様にとっては勿論のこと、悪魔にとってもそれは同じだ。バニルを例にあげればバニルにとって人間はおいしいご飯製造機、いなくてはいけない存在。何故なら悪魔の好物は人間の悪感情なのだから。

 

「……だから…転生させた人達にそれを委ねているんですね…」

 

相槌をうつように呆然として聞いていたが予想外に話の規模が大きすぎた。神様と悪魔の仲の悪さは今までもよく見てきた。あの温厚なクリスがバニルを見ただけで人が変わったかのように殺気立っていた。アクア様にしても…まぁあの人は知能が多少あれなのでバニルと関わっても子供の喧嘩のようにしか見えないけど。

 

「……なんか想像以上に話が壮大でなんて言ったらいいかわからないんだけど…」

 

「…私も似たようなものですよ…」

 

「そ、そんなに深く考えないでくださいね?あくまでそうなればの話であって、天界の規定がある以上絶対にそんな事にはなりませんから、悪魔側もそれは同じだと思いますよ、彼らにとっても人間はなくてはならない存在ですから」

 

「……どうでもいいですけど悪魔と言う度に殺気立つのをやめてください、正直かなり怖いです」

 

「…あ、コホン…、失礼しました」

 

ずっと言いたかった事がやっと言えた瞬間である。エシリアなんて震えてしまってるし私もにたようなものだ。見た目こそクリスなのに既に人間のクリスにあってはならない神聖な何かを感じてしまうのは気の所為ではないだろう。

 

「…話が逸れましたが、つまり…私達の在り方は今まで通りで問題ないと認識しても…」

 

「はい、それで大丈夫です。本来デメリットなしの前借りなんてこちらからすればメリットは少ないですがアリスさんなら、もう願い事叶わないなら魔王討伐なんていいやー…なんてならないですよね?」

 

「…そんな神様を敵に回すようなことは考えませんよ」

 

もしかしたらこうして今、神と悪魔の恐ろしさを話したこともエリス様の計算の内なのかもしれない。もっともカズマ君はともかく、ミツルギさんは魔王討伐に意欲的だし今まで通りにしていればそれが結果的に魔王討伐への足がかりになりえる、ならば特になにかを変える必要もないだろう。

 

「前にも言いましたが、アリスさん、貴女には期待してるんですよ?」

 

悪戯っぽく笑う様子を見て思うのは、クリスの姿や性格もまた、エリス様の偽りのない一部分なんだな、と。なんとなくそう思えた。

 

「…さて、そろそろスクロールの効果も切れるし、私は帰るね♪紅茶ご馳走様♪」

 

そういうなりささっと窓を開けてそのまま飛び出して行ってしまった。私とエシリアはキョトンとしたまま見送る事さえ出来なかった。

 

「……色々と凄い神様なんだね…エリス様って…」

 

「その信徒になってる貴女が言いますか」

 

「え?」

 

「いや…耳…」

 

今まで気にも止めなかったのだが分離してから、今の今までエシリアの耳のイヤリングはなくなっていた。本来のそれは私のネックレスになっていたので当然だろう。しかし今は違う。エシリアの耳にはしっかりとイヤリングが装着されていた。

 

「……これ、とれないんだけど…」

 

多分これはアクア様の存在のおかげで私を勧誘できない故の処置なのだろう。こうしてエシリアは再び女神エリス様の呪い……ではなく、祝福を受けることになったのだった――。

 

 

 



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episode 160 エシリアの決意

 

 

 

クリスがエシリアに置き土産を残して窓から去り、私の部屋には私とエシリアだけが残った。エシリアは悩むような様子でいたが次第に落ち着きを取り戻していた。

 

「…まぁ…これだけお世話になったし信徒?になるのは別に良いけど…信徒って何したらいいの?」

 

「…さぁ?毎日エリス様に祈りを捧げるとかでいいんじゃないですか?」

 

エシリアの一言で冷静になって考えたらエリス教の信徒になる事自体は別に悪い事ではない。この国の国教でありこの国の通貨の単位にまでなって幅広く信仰されている女神様だしアクセルの街や王都でもその信者の数は多く一般的なものだ、どこかの宗教と違って悪い噂を聞く事もない。

強引に信徒にしようとして見えてしまって敬遠していたがもしかしたらエリス様としてはエシリアに身体を与えた責任とかがあるのかもしれない。今エシリアがつけているエリス様の女神像をモチーフにしたような片耳のイヤリングは流石にただのイヤリングという訳ではないと思うし。

 

「気になるのでしたらこの屋敷にもエリス信徒はいるので聞いてみてはどうです?」

 

「そ、そうなの?」

 

「はい、ダクネスがそうですね。金髪のポニーテールで、エシリアと同じクルセイダーでもあります」

 

「…もしかしてあの凄い美人の女騎士さん?なんか真面目そうで話しにくいなぁ…」

 

「……まぁ話せば気さくな人ですよ」

 

まぁダクネスがボロさえ出さなければそれが普通の感想だろうなと思える。

それにしても本当にエシリアは私の環境を知っていたり知らなかったりと曖昧だ。お金を持っていることとか悪魔を倒した事は知っているのに、私の仲間の事などは全然知らない。私にとって影響が大きいものほど知っているとばかり思っていたがゆんゆんの事すら知らなかったし。

 

「あ、そうそう、アクシズ教徒には気を付けてくださいね。エリス信徒だと分かり次第えらい目にあいますから」

 

「えっ…何それどういう事!?」

 

エリス信徒でなくてもえらい目に合うことは変わらないのだけど。無宗教なら無宗教で猛烈な勧誘が待ってるし。

 

「…それで、クリスの話は終わりましたが、エシリアからは何もないのです?」

 

「凄く気になるから変な所で話題変えないでよ!?……まぁ…あるけど。…さっきのクリスは此処に来る途中に出逢ってアリスのところに行く事を言ったら私も行くって言ってたから待ってたの」

 

まさか窓から来るとは思わなかったのだろうか。今思えばクリス登場時のエシリアは驚き固まってた気がする。

 

「…それならそれで一緒に来れば良かったのに何故わざわざ窓から入ってくるのでしょう…?」

 

「私に聞かれても…それで、話なんだけど…」

 

アクシズ教については私が話すまでもなくいずれ分かる事だろう、あえて言う必要はない。私がそんな感じで考えていたらずっと飲めてなかった紅茶を口に含んだエシリアは一呼吸おくなり真剣な顔つきをしていた。とはいえ話す内容は予想がついている。

 

「……今後なんだけど、私はリア達と固定パーティを組んでやることにしたの。きっかけはギルドに行った時にリアに誘われて」

 

「…いいんじゃないでしょうか?」

 

私もまた、初めてのクエストの為にパーティを組んだダストとリーンのいるテイラーさんのパーティに入る事になった。リアは基本しっかり者だし、頼りになるリーダーだと思う。エーリカやシエロも良い子に見えるし否定材料は見つからなかった。

 

「…うん、クリスの話を聞いて少し戸惑ってるけど…」

 

「…私が死んだらエシリアも死ぬ…ですか」

 

確かにそれを思えば私とエシリアは常に一緒に居た方がいいのかもしれない。お互いを守る事もできて安全ではある。なら私のパーティにエシリアが入ってもらう方法もある、レベル差が大きいがそれはこれから埋めていけばいいだろう。

 

だけどそれは…。

 

 

「……ですが私と常に一緒にいるとすれば…私とエシリアがひとつだった時とあまり変わりはない気もしますね…」

 

それではせっかく別離したのに意味がない。エシリアは既に私から独立した私とは違うひとりの人間の女の子なのだから。

 

「…うん、私はアリスと離れて、この世界をもっと見てみたい、色んな事をしてみたい…だから私は、…アリスとは別の道を歩いてみたい」

 

決意した表情のエシリアの顔はとても眩しく見えた。凛としてて美しくすらあった。それはエシリアの成長の兆しとも取れることを思えば、私としては自分の事のように嬉しく思えた。ある意味自分の事なんだけど。

 

「…反対はしませんよ。どうか自由に生きてください、それが私の望みでもありますからね。…何より、私にできたのですから、エシリアにだってできるはずです」

 

決して突き放す訳ではない、ただエシリアには私の事など考えないで自由に生きて欲しい、心からそう思った理由は…。

 

だって同じ『私』なのだから――。

 

私と離れた事で、私にエシリアを束縛する権利はないのだから。離れた上で私だからこそ、心底の考え方は同じなのかもしれない。

 

とは言え。

 

 

 

 

「まずは…《ウォークライ》に頼らずモンスターを倒せるようにならないとですね。流石に戦う度に使ってたら魔力の効率が悪すぎますし」

 

「…う、うん…がんばる…」

 

少し説教じみてしまったがこれが第一の目標だろう。それを告げればさっきの凛々しい様子は何処へやら、自信なさげに俯いてしまったがこれは仕方ない。

人は変われる、だけどそんなすぐに変われるほど簡単なものではない。時には荒療治だって必要だしワイバーンの件はまさにそれだったのかもしれない、そう思えば面倒見のいい女神様だと思えてしまう、エシリアは納得いかないかもしれないが。

 

だけど今回のエシリアの場合は予め言われていたしこれが本来の戦いならこうはならない。過去に私が白虎狼やベルディアと出くわした時のように冒険者としてやって行くのなら不測の事態はいつでも起こりうる、そう考えたらエシリアは恵まれているとすら思える、命の危険がなくそういったプレッシャーを経験できたのだから。

エシリアに言えばそんな経験いらないと言うだろう。確かに場合によってはそんな経験は必要ない。例えば冒険者ギルドの酒場でウェイトレスをしたり、例えば冒険者としてではなく、アイドルとしてリア達とともに歌って踊ってみたり、例えばウィズさんの店でアルバイトをしたり……と、ただ生活する上で働くのならいくらでも選択肢はある。最後のはオススメしないが。

だけどエシリアは選んだ職業は常に危険と隣り合わせな冒険者という職業、モンスターと関わる機会がもっとも多い職業なのだ。

 

「…まぁ、リア達はアクセルを拠点にしてるから、アリス達に会うことは多いと思うけどね」

 

「それこそ遊びに来てくださいよ、住むところはどうするのです?」

 

「アリスもやってたように、期間的に住める宿を探してみるつもり。見つかるまではリアの部屋に泊めてくれることになってるよ」

 

「……ここに住む選択肢は…」

 

「…ないかな、ありがたいけどそれじゃ結局アリスと一緒になるし…」

 

無意識に出てきた言葉に少し思い悩む。思う事と言ってる事が完全に矛盾している。

自由に生きて欲しいと願いながらも、やはり私はエシリアと離れるのが寂しいのだろうか。これではまるで子離れできない親みたいだな、と、私は自然と自嘲していた。

 

 

「アリスいる?夕ご飯ができたけど…」

 

そんな時閉じた扉の方から声が聞こえてきた。クリスの件と合わせて結構な時間話していたようだ。

扉が開くと、エプロン姿のままのゆんゆんはエシリアへと目をやり、少し目を逸らしながら恥ずかしそうにしていた。

 

「えっと…エシリアさん?エシリアさんの分も作ったから…その…良かったら食べていって…」

 

「…え、…あ、うん…、いただきます…」

 

どうでもいいけど何故ここまでお互いによそよそしいのだろうか、私には理解できない。どちらも人見知りではあるからなのか。

 

「…あ」

 

そこでふと気が付く、思わず焦りから声が出てしまった。仮にエシリアが今の私の交友関係を理解していないとなると引き合わせてはいけない人がひとりだけ存在するではないか。勿論私としては解決している問題ではあるがエシリアがそうとは限らない。

 

「…ゆんゆん、もう少ししたら向かいますので先に降りていてくれますか?」

 

「…アリス?…う、うん、わかった…冷めないうちに来てね…?」

 

私の様子を見たからか、ゆんゆんは不安そうにしていたが扉を開けた状態のままゆっくりと廊下に出て、やがて階段を下へと降りる音が聞こえてきた。

 

「…どうしたの?」

 

「…エシリア、ミツルギさんのことは覚えていますか?」

 

私が危惧したのはミツルギさんの存在だった。村でも一応出逢ってはいるが話した訳でもないし目立たなかったので気づかなかったのかもしれない。

仮にエシリアが私の梨花としての記憶を持っていて、なおかつ私がアリスとなってからのミツルギさんとの出会い、交流を知らないでいる場合、おそらく顔を見合わせただけでエシリアは感情が暴走する。かつての私がそうだったように。

 

「……それなら大丈夫」

 

短調ながらエシリアはそう答えた。落ち着いてるように見えるし嘘は言ってないようだ。そして私の質問で私の言いたい事を察したのだろうか。

 

「多分、私の精神的なコンディションは、別離する直前の、アリスが元となってるんだと思うから、アリスがこの世界に来て精神的に悩んで解決した案件は私の中でも整理ができてるんだと思う」

 

「…それならいいのですが…」

 

とりあえずは大丈夫そうである。これにはホッと胸を撫で下ろした。

 

「ご飯、食べに行きましょう?ゆんゆんは料理が上手ですから、きっと満足できると思いますよ」

 

「…なんか妻を自慢する夫みたいなこと言ってるんだけど、自覚してる?」

 

「…その発想はおかしいと思いますけど」

 

あくまで親友の料理を褒めただけであるし事実なのだから仕方ない。

 

「…それよりアクシズ教についてもっと詳しく」

 

「さぁご飯に行きましょうか♪」

 

「あ、ちょっとアリス!?」

 

早足で廊下へ向かう私と、慌ててそれを追うエシリア。アクシズ教だけではない。この世界にはエシリアの知らない私達から見た非常識がたくさんあるのだから、それを事前に教えるよりも自ら経験して知っていってもらいたい。

空飛ぶキャベツに畑で育つサンマ、収穫時に襲ってくる野菜など、それらを見てエシリアはどんな反応をするのか、今から楽しみである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このすば。(「お願いだから教えてよぉ!?」)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その後食事をするにあたり、改めてエシリアを皆に紹介することになった。半ば強制的に7人へと紹介したことで緊張させてしまったが、関係は良い方向へ向かったと思う。少なくとも初対面時のような険悪なことはもうない、あれは私がいなかったのが原因だしそれが解決すればそのようなことになる理由もない。それぞれが挨拶していたが、特に同じクルセイダーにしてエリス信徒であるダクネスが興味をもち、率先して話しかけていた。

 

「こうして同じ職業で同じエリス信徒に出逢えたこと、エリス様に感謝する。私はダクネス、カズマのパーティのクルセイダーだ、よろしく頼む」

 

「え、あ…はい、エシリアです…、よ、よろしく…私はまだ冒険者になりたてなので…色々教えてくれたら…」

 

同じクルセイダーの先輩、エシリアから見たダクネスの立ち位置はこんな感じだろう。普通に考えたらエシリアの判断は間違っていない。問題はダクネスが普通じゃないことだろうか。

 

「やめとけやめとけ、こいつのスキル振りは他から見たら何の参考にもならないから」

 

「何を言うんだカズマ!?仲間の盾となる騎士として、防御寄りになることは仕方ないだろう!?」

 

「お前のは極端すぎるだろうが!!」

 

ダクネスには悪いが私の考えはカズマ君寄りだ。防御極振りなんて少しでも多く攻撃を喰らいたいというダクネスの性癖があってこそ成立するものである、とても他人の参考になるとは思えない。

 

「確かに一般的には参考にはなりにくいかもしれないが…佐藤和真、僕達がその防御に助けられてきたことも事実だろう?」

 

「そりゃ…まぁそうではある…けど……」

 

ミツルギさんの弁護でカズマ君はなんとも言えない様子で歯噛みしている。納得できないのだろう。

確かにミツルギさんの言う通り今までダクネスの守りに助けられた事実はある。最近だとシルビアとの戦いが思い浮かぶがあれはダクネスの守りがなければ容易く後衛の私達が攻撃されてしまい、勝利を得る事は難しかっただろうとまで思える。

カズマ君としてそこはいいのだがその理由が性癖なことに納得いかないのだとも。後は両手剣スキルをとってないことと不器用なことが重なって攻撃が全く当たらない事だろうか。

 

「…そ、その…そんなに持ち上げないでくれ…あまり褒められ慣れてはいないのだ…」

 

一方ダクネスはミツルギさんの真剣な弁護を聞いて羞恥から蹲ってしまった。顔は真っ赤だしこうしていると可愛らしささえ感じてしまう。

 

「むしろカズマのように罵ってくれていいんだぞ」

 

前言撤回。ミツルギさんの手を握り興奮する様子のダクネスを見てそう思わずにはいられない。ミツルギさんも完全に引いてるし。

 

「…私としてはそんな事よりも気になることがあるのですが…」

 

「そうよね、これだけは納得できないわ」

 

めぐみんが促すと、アクア様も乗っかってきた。その視線は私とエシリアの間にいる存在である。

 

『…――?』

 

そう、アンリだ。普段人見知りをするアンリは初対面の相手にはすぐ私やゆんゆんの後ろに隠れてしまう、リア達に対してもそうだった。

だけど今やどうだろう、私とエシリアの間に何も抵抗もなくいて、警戒心は全くない。

 

「…可愛い…」

 

「わかります」

 

エシリアがアンリを撫でてあげれば、アンリは心地よさそうにしていた。もしかしたらアンリは本能的にエシリアの事を私と感じているのかもしれない。聞けばアンリは私とエシリアの事を似ていると表現していたらしいしそれを聞いた時は驚いた。

私とエシリアは見た目は全く似ていない。色合いもそうだし、身長もエシリアの方が高くアクア様くらいはある。パッと見ればもう少し活発そうな印象さえ与えられる見た目。

今現在アンリは、私のパーティ…私以外にはゆんゆんとミツルギさんにはよく懐いているものの、カズマ君のパーティの面々とはまだまだ完全に打ち解けてはいない。最初に比べると警戒心が緩んでいることは事実だが、初対面でこうもアンリと仲が良いとめぐみんやアクア様からすれば嫉妬してしまうのも仕方ないのかもしれない。

 

唯一私達以外でアンリが心を許している存在は…

 

「なー」

 

『…あっ――ちょむちゃん――…』

 

めぐみんの猫、ちょむすけである。どちらも基本的に屋敷でお留守番していることが多いので仲良くなるのは必然かもしれない。飛びついてきたちょむすけはアンリに抱えられてじゃれている。癒し×癒しである、もはや尊いまである。

 

「ぐぬぬ…ちょむすけ…飼い主の私を差し置いて随分と仲が良さそうではないですか…!」

 

「どうしてなの、どうして私には懐いてくれないの…!」

 

「なんで猫相手に嫉妬してんだよ!」

 

「…まぁ私達以上に避けられている人がいますから、私達にもまだ希望はありますよ、アクア」

 

「そうねめぐみん、カズマの避けられっぷりに比べたら私らは全然マシよね」

 

「俺が異常に避けられてんのはお前のせいだろうが!」

 

異常に避けている、それは紅魔の里でめぐみんがアンリにすりこんだ狼案件である。確かにすりこんだのはめぐみんではあるがその原因はカズマ君にあるのでそこは弁護できない。どうか頑張って信頼を勝ち取っていただきたい。

 

 

 

 

それはそれとして、食後の歓談の話題の中心はやはりエシリアだった。どこにいても興味を惹かれるのは仕方ないのだが、こんな風に話の中心になることはまずないのでエシリアとしてはタジタジである。

 

「……本当に防御関係しか振ってない…、これってどうやって攻撃するの…?」

 

「私は攻撃などする気はない」

 

「開き直んな!!」

 

今はダクネスの冒険者カードを見せてもらっていたが、ダクネスの言った通り見事に防御関係のスキルにしか振ってない。

 

「…えっと…確かに攻撃をしてくれる仲間がいたら問題ないと思うけど…これだと独りの時に戦う場面があったらまともに戦えないような…」

 

「私が独りの時に戦うか……むしろ望むところだ」

 

「なんで!?」

 

「そ、それよりエシリアのスキルはどんな風に振っているんだ?」

 

「む?言われてみれば確かに私は他のクルセイダーのスキル振りは見た事がないな、見せてもらってもいいだろうか?」

 

「え?…う、うん…」

 

エシリアは困った顔で私には目配せした、見せてもいいのか確認したかったのだろうか、私は目立たない程度に頷く。特に見せて困ることはないし状況的にもダクネスが見せたのにエシリアが見せないのは不自然だろう。

 

しかし見せるべきではなかったかもしれない。それを見たダクネスとカズマ君は驚き固まってしまった。

 

「クルセイダーの防御関連はほとんどとってないな…下位職の剣スキル…それはいいのだが……、読めないスキルが多いのだが…なんだこれは…?」

 

「…なんかかっこいい名前のが多いな…スパイラルエアー、ソード・テンペスト、トリガースラッシュ、バスターブレード、メテオブレイカー……ん?インパクト?」

 

「カズマには読めるのか!?」

 

「インパクト…確かアリスがよく使ってるスキルよね?カズマも最近覚えたみたいだけど…」

 

エシリアのスキル一覧。転生特典スキルは日本語で書かれているので転生者以外のこの世界の人には読むことができない。当たり前のように読んでたからすっかり忘れてしまっていた。

 

「なんかこの文字…どこかで見たような…」

 

「ゆんゆんもですか、私もそう思いました」

 

この文字に紅魔族の2人が反応を示した。というのも紅魔の里には日本人が遺したものが非常に多く、通称謎施設やら魔術師殺しの格納庫なんかにも日本語は多く残っていたのでそれが原因だろう。あえて教えるつもりもない、紅魔の里と日本人の繋がり、そしてその日本人は私達だと教えても何もメリットがないから。

 

「えっと…」

 

「エシリアと私は同じ国の人間ですから、エシリアがインパクトを覚えていることは何もおかしくはありませんよ」

 

そう言えばとくになにか言われることもなかった。とりあえずごまかせたかなと安堵するも余計な爆弾が投下された。

 

「…カズマが読む限りは攻撃スキルなのだろう?ならばエシリア、同じクルセイダーとして、是非私にそのスキルを使ってみてはくれないか?」

 

「……え?」

 

さぞ当たり前のように言うものだからエシリアは混乱することしかできなかった。ものすごくデジャヴを感じた瞬間である。

 

「…え、えっとその…、流石に人に向けて使うのはちょっと…」

 

当然のごとく後退するエシリア。しかしこのお嬢様の辞書に諦めるという言葉はないらしい。目を光らせてにじり寄る、まるで捕食者のように。

 

「遠慮はいらないのだぞ?さぁ、その強そうな剣でどんどん撃ち込んでみてくれ、さぁ、はやく!」

 

「あ、アリス…」

 

うん、これはエシリアじゃなくても怖い。それだけは言える。エシリアは涙目で私に助けを求めている。かわいそうだし止めるのが当然…なのだけど。

 

「いいじゃないですか、やってあげたらどうですか?」

 

「えぇ!?」

 

私の裏切りに全エシリアが泣いた瞬間である。これには意外だったのかカズマ君達も顔を揃えて驚いていた。

勿論目論見があってのこと、せっかくだからちょうどいいと思えたのだから仕方ない。

 

「まぁ落ち着いてください」

 

「…アリス?」

 

とりあえずエシリアに私の考えを伝えておこう。それを話してもエシリアは複雑そうな様子だったが、結局ダクネスの提案を受けることにしたのだった――。

 

 

 

 

 

 



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episode 161 矛盾の模擬戦

 

 

 

 

 

――翌日。

 

―カズマ君の屋敷・庭―

 

エシリアのスキルを知ったダクネスの発言が発端となったそれは既に夜も更けているという理由で翌朝に持ち越されることになり、食事を終えたエシリアはリアが泊まっている宿へと帰って行った。

 

そして今、エシリアはリア達アクセルハーツの3人を連れてやってきた。

 

「ふっふっふ…エシリア、待ちかねたぞ、楽しみのあまり眠れなかったほどだ」

 

流石に真剣では危ないと持たされた木製の剣を片手に、ダクネスが嬉しそうに言えば、エシリアは少しだるそうにしていた。

 

「……まぁ眠れなかったのは私もだけど…」

 

「何?…そうか、嫌がっていたのはフリだったのだな」

 

「いや、そうじゃなくて…」

 

それは完全に異様な光景だった。2人して瞼が重そうに見えるしそれは2人だけではない、リアもまた同じようで眠そうに目を擦っていた。

 

「…何があったのです?まさかダクネスと同じ理由な訳ないですよね?」

 

「……そんな訳ないじゃん…、リアのイメージが崩れるから言わないでおく…」

 

「……?」

 

一体どうしたのだろうか、思わず首を傾げてしまう。リアが寝不足なのも謎だし2人して夜更かしでもしていたのだろうか?

そんな風に思っていると、私の傍に近付く人影に気付くなり私は自然とそちらに振り向いた。

 

「あ、あの…蒼の賢者さんですよね?」

 

「はい?…まぁ…そう呼ばれてはいますが」

 

話の成り行きでそれを自ら名乗ったのは紅魔の里でのみである、今思えばそこまでする必要もなかったので軽く後悔している。それ以外で自称した事はない、する気もない。

 

「あ、あの、ボク、貴女のファンなんです!握手してもらえますか?」

 

「……わ、私で良ければ…」

 

おそるおそる手を差し出せば、鶯色主体の服を身にまとった少女…シエロは目を輝かせて手を握ってきた。

正直ファンと言われてもピンとこない。別に私はアイドルではないし。というかファンと言ってくれている側がアイドルなのだけど。本人達はまだまだ冒険者もアイドルも駆け出しと謙遜していたが冒険者ギルドで見た事がある彼女らの歌とダンスは私がいた日本のアイドルと比べても遜色の無いものだ、そんな子から憧れの目で見られるのは畏れ多いし恥ずかしさもある。

 

「ありがとうございます、ボクはシエロと言います。もうすぐアークプリーストになる予定のプリーストです!」

 

「…アリスです、エシリアから貴女の事は聞いてますよ、よろしくお願いしますね」

 

まぁ聞いていると言うのは嘘だけど。知っているのはエシリアの中から見ていたからだし。それ以前も名前は知らないものの、冒険者ギルドで見かけたことはあった。最近だとアンリを連れて行った際に見ている。

それはそれとして、エシリアとリアの様子がおかしいのは何故なのか。

 

「ダクネスはわかりましたが、エシリアとリアの眠そうなのは一体…」

 

「それはその…」

 

エシリアに続いてシエロもまた言いにくそうに口を紡ぐ。エーリカとシエロはとくに眠そうな様子ではない、普通にしていた。

 

「…リアちゃんって…片付けが苦手で…部屋が結構散らかってたんです、それで夜遅くまでエシリアちゃんが泊まる為に片付けを…」

 

「…そ、それは…正直意外ですね…」

 

「はい…ボクも初めて見た時はびっくりしました…」

 

小声で教えてくれたが確かにそれはエシリアの言う通りリアのイメージを損なう案件だし意外に思えた。コン次郎の件といい一筋縄ではいかないリアの意外性がどんどん見えてくる。

まぁ元が私であるエシリアなら人並み以上に綺麗好きではある、掃除も好きだし2人一緒にいればバランスがとれるのではないだろうか。

 

シエロとそんな話をしていると、エシリアは観念したのか用意された木製の剣を受け取って片手で振るって感触を確かめていた。そしてダクネスを見る前に一瞬、私へと顔を向けて目が合った。

 

昨日私が思い付いたのは…言ってしまえばエシリアのスキルの確認だろうか。ずっと気にはなっていた。この転生特典スキルはどこまであのゲームを再現できているのか。私の使う魔法的な概念は私が狙った対象、あるいは私に敵意を持つ者にしか当たらない。では物理的な概念はどうなるのか。魔法と同じように当たらないのか、これはエシリアにとって早めに確認したい事だろう。

 

まず私の魔法という事象とエシリアの使う物理的なスキルでは対象に与える影響が異なる。私の魔法は単純に言ってしまえば魔力をぶつける。魔力とは触れるようなものではない。一方物理スキルとなればそれは武器を経由する、普通に触れる事が可能な物を対象に接触させることになる。つまり私の魔法とエシリアのスキルでは現象からして根本が異なるのだ。

例え同じように魔力を媒介にしているとしても、エシリアの場合は魔力と剣が同時に対象にぶつかることになる。普通に考えたら魔力はともかく物理的な影響のある剣が当たらないなんて事はありえない。

 

私はそれを確認したかった。例えばゲームでは単体を対象とするスキルを使って、それがどう見ても当たっているように見えてもあくまでスキルは単体への攻撃であり、それが他の対象に当たることはない。あくまでもそれがゲームならば。

しかしこれは現実であり、ゲームではない。ならばそういった現象はどうなるのか?それを確認するには少しばかり危険が大きい。

 

だからこそ、今回のダクネスの要求はこちらにとってありがたいものなのだ。もし当たってしまっても木製の剣だしダクネスなら大したダメージにはならない、万が一があっても今この場には回復が可能なプリーストが3名もいるのだ、どうにでもなるだろう。

 

 

「…しかしエシリア、これはなんなのだ?邪魔にしかならないと思うのだが…」

 

「えっと…」

 

周囲を見渡したダクネスが聞けば、エシリアはどう答えようか困っていた。

 

「気にしないでください、こちらとしてもエシリアのスキルを試したかったので」

 

ダクネスが異様なものを見るように言うのは勿論理由がある。今ダクネスとエシリアの周りには何本もの木の棒が立てられている。確かに普通に考えたらこれは邪魔でしかないだろう。

しかしこれは必要なもの、エシリアが単体攻撃スキルを使用した際にダクネス以外にも攻撃が当たってしまうのか、その検証なのだ。

それならダクネスを伴わなくても木の棒のみでやっても良さそうではあるが人と物では違いがあるかもしれないので確実に人に当たるかの立証が欲しかった。

だから今回エシリアはダクネスを狙って攻撃はしない。エシリアが狙うのはダクネスの付近に立っている木の棒、それを攻撃する際にダクネスにも当たるような軌道で攻撃してもらう、それにより当たるかどうかを検証しようということだ。

 

「そ、それじゃ、いくよ…《ハードヒット》から…」

 

「…なっ!?」

 

エシリアは言葉を終えるなり素早くダクネスの傍に近付く、それは一瞬だった。おそらく無意識に《縮地法》が発動したのだと思われる。必要な魔力消費もないし近付きにくい相手や遠距離攻撃主体の相手には重宝しそうだ。

 

これにはダクネスも驚き目を見開く。そして大振りで横凪に素早く振られた木剣は、そのままダクネスの構えていた木剣にぶつかった。

 

「…!」

 

「その細腕で随分と力があるのだな……だが力なら私も自信がある…!」

 

そのまま木剣と木剣が交差し、ジリジリと鍔迫り合いのようになり、どちらも力んだ故の震えのみでその場から動かない。

 

「嘘だろ…ダクネスと互角の力の持ち主なのか!?」

 

「バインドをぶち破ったくらいですからね、強いとは思ってましたが」

 

「…いや、少しずつダクネスさんが押している」

 

ミツルギさんの言う通り、僅かではあるがエシリア側に木剣は動いていた。ジリジリとにじり寄る。エシリアの筋力ステータスはゲームではMAXにしていただけありかなり強い。実際に冒険者カードに表記されたステータスも力はかなり高かった。多分ここにいるメンバーで対抗できるのはダクネスやミツルギさんくらいだろう。

 

次第にエシリアは歯噛みしながらも後退する。それにより剣は離れてダクネスの剣は素振りするように空を斬った。

 

「…《アクセルブレード》」

 

「……くっ!?」

 

そう宣言した瞬間、剣を構えたエシリアはダクネスの背後にいた。同時に聞こえる打撃音。今のも狙ったのはダクネスの傍にあった木の棒だ。エシリアがスキルを使う度にダクネスの周囲の木の棒は複雑に折れてしまっている。

 

とりあえず確定と見ていいだろう。ゲームと違いエシリアの近接スキルは確かにダクネスにヒットしていることが明らかになった。

だがそれは今のダクネスがエシリアに敵意を向けているから。では敵意がない場合はどうなるのか、それはダクネスと狙った木の棒以外の木の棒を見れば明らかになる。

 

「まだまだ、さぁどんどん打ってこい!!」

 

「……」

 

それにしてもエシリアにしては遠慮なく打ち込みすぎでは無いだろうか。ゴブリン相手に驚いていたくらいなのにこのように人に武器を向けて平静でいられるはずがない。剣道などの経験があれば話は別だが生憎私にそのような経験は何ひとつない。

と、よく見ればエシリアの身体には薄く赤いオーラのような膜が張られていた。こっそりと《ウォークライ》を使ったのだろう。まぁこれは仕方ない。

仕方ないのだがこの調子ではすぐに魔力切れになってしまいそうだ。

 

「エシリア」

 

「…?…っ!」

 

私が声をかけると同時にマナポーションの小瓶をエシリアに向けて投げれば、それはエシリアの少し横を通り過ぎようとする。エシリアは目を細めてすかさずそれを素早く動いてキャッチした。

 

「…ありがたいけどノーコンすぎ。普通に渡してよ」

 

「まぁエシリアなら取れると思いましたので」

 

思わず苦笑して答えるがノーコンなのは否定できない。本来こんな風に物を投げて渡すとかした事はないしなんとなくやってみたかっただけである。

一方エシリアは躊躇なく小瓶の蓋を空けて中身を飲み干した、そして微妙な顔をしている。お味がお気に召さなかったようだが液体の色でそれがマナポーションだと理解したんだと思う。

この世界のポーションもあのゲームのポーションも色は同じだ、赤ならHPを回復、青ならMPを回復する。

 

「…初めて飲んだけどあまり頼りたくなる味じゃないね…でも魔力は回復できたと思う」

 

「…マナポーションを飲む騎士など初めて見たな…」

 

「中断してごめんね、私のスキルは魔力を使うみたいだから」

 

「問題ない、焦らしプレイだと思えばそれもまたそそる」

 

「……えぇ…」

 

ぶれないダクネスである。もはや性癖を隠す気すらないようだ。それもさも当然といった様子で言うのだから余計にタチが悪い、ドン引きしているエシリアに構うことすらなく剣を構えている。

 

「……《ウォークライ》…《バーサーク》……《ランページ》…」

 

「……これは…!?」

 

ダクネスの歓喜に震えた声が響く。他の見物人はその異様な光景にごくりと喉を鳴らした。ウォークライはともかく、バーサークとランページは初めて使うスキル。バーサークは攻撃力と攻撃速度を上げる代わりに防御力を低下させるスキル、そしてランページは…

 

「…いくよ」

 

「…っ!!?」

 

縮地法で瞬く間に近付いたエシリアはダクネスへと向けて素早い斬撃を次々と放つ。ダクネスは防ぐ事しかできていない、そもそも防ぐつもりでしかないのだが。

この攻撃に違和感を感じたのは多分私だけではないだろう。リアやミツルギさんも目を見開いていた。それもそのはず、今までのエシリアはダクネスの周囲に存在していた木の棒を狙っていた。だけど今は違う、確実に目がダクネスに向いている。

 

ランページの効果は10回までの通常攻撃をスキルにより強化して重撃とする。素早く、それでいて重い。木剣を相手にしているのに大きなハンマーで殴られているかのような重圧は、ダクネスの様子を見る限り明らかだった。それだけでも脅威なのだが、このスキルの最大の見せ場は最後のフィニッシュ時の三連撃にある。

 

木剣のはずなのに既に木剣に見えない。魔力による強化は大きさまでも幻視させていた。あるいは実体なのかもしれない。それでもダクネスは踏み止まる。

 

「……うおおおっ!」

 

「……これで…」

 

エシリアの構えが変わった。上から下への剣撃は、薙ぎ払うかのように横へ、そしてその軌跡はより大きく、剣閃とともにダクネスを襲った。

 

「……っ!!」

 

瞬く間に豪快な三連撃がダクネスを直撃した。結果……

 

ダクネスの持っていた木剣も、エシリアの持っていた木剣も、既に原型を留めていなかった――。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

「素晴らしい、実に素晴らしかったぞエシリア!だがまだ使っていないスキルがあるだろう?なんならその背中の立派な剣を使って続きをしてくれても…」

 

「……勘弁して…」

 

矛と盾の戦いと言えばいいのだろうか、結果はお互いの木剣が折れてしまい終了という形になった。

こうしてみればあれだけの斬撃を受け止めていたにも関わらずまだまだ元気なダクネスと顔から滴り落ちる程の汗を流して肩で息をするエシリア、…どうやらダクネスの方が一枚上手だったようだ。

 

私は汗を拭うエシリアに近付き、用意しておいたタオルを渡した。

 

「…ありがと…」

 

「いいえ、お疲れ様です。それで、気になる事があるのですが…」

 

「…途中からまるで私じゃないみたいに攻撃をしてたこと?」

 

「…自覚はありましたか、その通りです」

 

意外にもエシリアは自身の状態を自覚していた。だけどエシリアの表情は複雑だ。少し困ったような、だけど口元は少し緩んでいる。それはまるで爽やかなスポーツをして楽しんだ後のようにも見える。

 

「武器は木剣だし、最初は攻撃することに戸惑ったけど…ダクネスさんにはいくら攻撃しても余裕そうだったのもあって、後はウォークライの効果かな?やってるうちにゲーム感覚になってきて…ダクネスさんを倒してみたくなって…」

 

…この子は何気にSっ気でもあるのだろうか。私には無いはずなのだが。きっとウォークライの効果なのだろう、むしろそうに違いない。

 

「エシリア、見事なスキルだったぞ!私はお前に逢えて本当に運が良かった、これからも頼りにしている」

 

健闘を讃えるようにリア達がエシリアの元へやってきたのでこれ以上は私はお邪魔だろうと、私はそそくさと離れることにした。ふと見れば本当に楽しそうにしているのを見て…、私はどこか寂しいような、だけどそれよりも安心したような気持ちになっていた。

 

 

 

 

 

「大丈夫ですかダクネス?」

 

「アリスか、大丈夫だ。私はまだピンピンしているぞ。…なんならアリスの魔法を「しませんよ」……そ、そうか…残念だ…」

 

一応ダクネスの元へと足を運ぶも、全く油断も隙もありはしない。本当に勘弁して頂きたい。怪我などしていたら治療しようかと思ったがその心配はなさそうだ。

 

「不思議な子ですね、普段はあまり喋らないですしオドオドしてたりと頼りないですが戦いとなるとあそこまで変わりますか。彼女は二重人格か何かなのでしょうか?」

 

「……さ、さぁ?そんなことはないとは思いますよ。多分スキルの効果だと思います」

 

「…スキル?」

 

「…彼女が使っていたのは《ウォークライ》、物理攻撃力を高めて恐怖を払拭します」

 

めぐみんの指摘には思わず焦ってしまう。できるだけ目立たないように取り繕ってみたけど二重人格は的を射すぎている。

 

「…聞いた事のないスキルではありますが今更ですね、アリスの持つスキルを考えたら」

 

「…元は同じ国でしたから、エシリアのスキルはある程度知ってますよ」

 

まぁ同じゲームのスキルではある。だから同じ国という認識でも間違ってはいない。

 

「しかしインパクトですか…気になったのですがカズマが使えるのは分かりますが何故エシリアも使えるのですか?アリスの魔法は一子相伝と聞きましたが」

 

「えっ」

 

完全に忘れていた設定を掘り起こされた瞬間、私は予想外すぎて変な声を上げてしまう。さて、どう切り返すべきだろう。

 

「インパクトについては…私独自の魔法ではありませんから」

 

「それはつまり、アリスのいた国ではインパクトの魔法は一般的だったと?」

 

「…そ、そうですね。私の魔法との違いは魔法陣の有無でしょうか」

 

「……」

 

内心冷や汗ダラダラ状態、言わば昔のツケを今支払っている感じだ。下手な嘘をついた自分が悪いので自業自得でしかないのだが。

めぐみんは目を細めて私を見ている、何を考えているかわからないが嫌な予感がした。

 

「……そうですか、アリスのいた国は私の知らない事がたくさんあるのでしょうね」

 

「…めぐみん?」

 

「いえ、今まで全く思わなかった訳ではありませんがアリスのいた国に興味を持ちまして。いつかアリスのいた国にも行ってみたいです、その時は連れて行ってもらえませんか?」

 

「…それは…」

 

正直考えたことのなかった可能性だった。それはそうだ、めぐみん達にとって私の魔法は未知の魔法。紅魔族でなくても魔法使いならば興味を持って当然だろう。

だけどそれはできない、私の魔法が存在する世界なんて存在しないのだから。

 

「……そうですね。世界が平和になったら…それもいいかもしれませんね」

 

結局――、私はまた嘘をつくことになった。

 

存在しない世界にどうやって行くと言うのか、この言葉を言った後に色々思いついた。実は私の国は既に魔王軍に滅ぼされている…とか。なんとなく行けないことを仄めかしておくとか、あるいはもう正直に話してもいいのかもしれない。

 

「わかりました、では魔王を倒した後にアリスの国に旅行ですね、今から楽しみです」

 

そう言っためぐみんの顔はとても無邪気に笑っていて、私は愛想笑いするとともに、心の臓への痛みを感じていた。心が苦しい。締め付けられるような罪悪感が私の心を蝕む。

ゆんゆんには話したのに、何故めぐみんに話す事に抵抗を覚えるのだろうか、今の私にはわからないままだった。

 

だけど、もしカズマ君がめぐみんに日本の事を打ち明けたその時には…、私もまた話してもいいかもしれない。ふと私はそう思ったのだった――。

 

 

 

 

 

 

 







Q.アリスにSっ気はあると思いますか?

K氏「いやあるだろ、風呂でかち合って魔法撃たれたことあるんだけど。あやうくオークの巣に放り込まれるとこだったんだけど」

D氏「カズマには及ばないかもしれないが…アリスも中々の素養があると思うぞ…!いつか彼女の魔法をまともに喰らってみたいものだ…」

M氏「怒らせたら間違いなくカズマ並のドSですね、私の眼帯を引っ張って攻撃するなんてカズマとアリスくらいですよ、あれ凄くいたいんですよ!!」

A氏「問題ないわ、SだろうとMだろうと、アクシズ教は全てを受け入れるわ!!」

Y氏「え、えっとそんな事はないと思うけど…、でも確かにアリスって感情的になると攻撃的になるかも…?…でも…でも…」

M氏「僕にも聞くのか!?彼女がそうであると言うより…環境がそうさせている面が強いと思うんだが…」

A氏『……えすっけって、なぁに――?』


以上匿名で回答頂きました()


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episode 162 マナタイト結晶の在り処

 

 

 

 

ダクネスとエシリアの模擬戦を午前中に終え、お昼休憩を挟んだ午後のはじまりの時間帯。回り道ばかりしたような気もするがようやく此処に来る事ができた気がする。

 

―ウィズ魔法店前―

 

町外れにある私にとって馴染みの深い魔導具店に、私とゆんゆんは他の二人を案内することにしたのだ。

 

「こんなところに店が…知らなかったな…」

 

「もうちょっと休みたかった…」

 

「まぁ、中に入ればお茶でも出して貰えますよ」

 

「…ここって魔導具店なんだよね?喫茶店も兼ねてるの?」

 

「車や携帯なんかを買う時だって、お茶くらい出る時もあるじゃないですか」

 

「くるま?けいたい?」

 

ゆんゆんが首を傾げているけどややこしくなるので聞こえなかった事にした。まぁこの例えは間違っていない。ようは高額な取引を扱うお店だとそういうサービスは日本のお店でもあった。私なんて既にこのお店に何千万と卸してしまっている。と言ってもウィズさんがお茶を出してくれるのはそういった接待目的ではなく完全な善意からだが。

 

さて、今回ウィズさんのお店に来たのは言うまでもなく2つの案件があるから。ひとつはゆんゆんの武器制作に必要な高純度マナタイト結晶の有無、もしくは情報。

もうひとつはリアが持っているワイバーンの爪の鑑定。こうして考えるとあの村の件は私達にとって無駄ではなかった、こうしてゆんゆんの武器素材のひとつを入手することができたのだから。後はワイバーンの爪がまともなものであるかどうかだ、流石にあんな大きなワイバーンに変身できるような爪なので普通のワイバーンという事はないだろうが念の為である、その価格も気になるところだ。

 

そのメンバーは私、エシリア、リア、ゆんゆんの4名。あまり大人数で来ても仕方ないので最低限という形でこのメンバーになった。ゆんゆんは素材の件があり、エシリアとリアはワイバーンの爪に一番関わりが深い。なのでこの中で一番余計な存在は私かもしれない、言ってしまえばゆんゆんの付き添いでしかない気がする。

 

 

――チリンチリーン

 

扉を開けばいつものカウベルの音。そして

 

「いらっしゃいませお嬢さん方!!おやおや何時ぞやの金銭感覚の狂った小娘ではないか!今日はどのようなポンコツ魔導具をお買い求めになるのかな?」

 

「ですからポンコツ魔導具を買う事を確定させないでください!買いませんからね!!」

 

もう店に入るなり疲れた。居て欲しくない時に限って居るから困る。それすら見通してあえて居るのではないだろうかと思えるほどに。

 

「フハハハッ、真に美味な悪感情、ご馳走様である♪」

 

「…な、なんなのこの人…」

 

「…エプロンをしているところを見ると店員なのか?随分テンションの高い店員だな…」

 

バニルのハイテンションな接客にエシリアとリアの二人は完全に引き気味だ。初めてではないゆんゆんすら圧倒されている。しまった、カズマ君に来てもらうべきだった。このパーティではこのダンジョンに挑むのにツッコミが不足している。

 

「ふむ、一見さんもいるようなので自己紹介をしておこう、吾輩はバニル。魔王軍の元幹部の悪魔にしてこの店の店員である♪」

 

「ま、魔王軍幹部!?」

 

「…悪魔…?」

 

どうしてこの悪魔はこう事態をややこしくするのだろうか。初見相手には元がつくとはいえ魔王軍幹部で悪魔とかパワーワードすぎる。案の定リアとエシリアは驚き固まっている…いや、エシリアは何故か反応が薄かった。

 

「おやおやこれは気持ち悪いイヤリングをつけたお客人、悪魔と聞いては黙ってはいられぬか?フハハハッ!」

 

「……いや、別に…」

 

「……む?」

 

エシリアのイヤリングを見てエリス信徒だと確信したのだろうか。バニルは真っ先にエシリアに絡んできたものの、別にエシリアには悪魔を忌み嫌ったりするような理由はない。見通す悪魔のバニルにしてはこの言い回しは意外に感じた。

 

…と、思えばバニルは何やら被写体のモチーフを見るように両手で四角を作りエシリアを覗き始めた。

 

「……むう?…なんだこれは……?真っ暗で何も見えぬ…小娘よ、これは…?…まぁいい、今日は何の用があって来た?」

 

「…何が何だか…」

 

腕を組んでそっぽ向くバニルを見て、何気にこんな態度を取るバニルを見るのは初めてかもしれないと感じた。バニルのあのポーズは人の心を見通す時に行う動作だ、しかしそれはエシリアには通用しなかったのを見れば、もしかするとエシリアにはエリス様の加護か何かがあるのだろうか、それもかなり強いものが。

というのは同じエリス信徒のダクネスには普通に通用していたバニルの能力がエシリアには効かない、これは異常ではないだろうか。

…まぁいずれにせよ助かった。この悪魔の存在のことをすっかり失念していたのだから。普通なら今この場面でエシリアの元が私だと気付かれる事は避けられなかったはずだ。

 

「ウィズさんはいないのですか?見てもらいたい物があるのですが」

 

「いらっしゃいませー♪すみません、奥を片付けていまして…」

 

奥からウィズさんが顔を出す。バニルしか居なかったらどうしようかと思っていたのでこれには安堵した。とりあえずこれ以上バニルに余計なちょっかいをかけられる前に本題を切り出そう。

 

「こんにちわ、ウィズさん。今日は見てもらいたいものがありまして…」

 

「?見てもらいたいもの、ですか?どのような…」

 

「…これなんだが…何だかわかるだろうか?」

 

私が目配せすれば、それに呼応するようにリアがワイバーンの爪を取り出す。爪とは人間の物のように薄い板のようなものではない、鋭利にとがった牙に近いものだ、爪と言われなければ爪と認識するのは難しいかもしれない。

 

「…ふん、見てもらいたいとはな。この店は鑑定屋ではないのだが」

 

「…鑑定屋というのは基本信用できないと聞いてますので」

 

鑑定屋。名前の通り、様々な物品を鑑定するお店だ、現在で例えるなら質屋だろうか。アクセルや王都にも一応存在するものの、その評判はあまり良くないらしい。

通常の品々であれば大抵は妥当な金額を提示するのだがそれが高額な物だとわかると二束三文で買い叩こうとしてくるなんてことは珍しくはない。

後に本来の価値が分かって取り戻そうとしても、売買した時点で契約が成り立っているので難しいようだ。

 

その点ウィズさんなら目利きは確かだと思うしそういった詐欺まがいな事が起こる事もない。何より信用しているのだからそんな心配は全くしていない。

 

「…では失礼しますね」

 

ウィズさんがリアからワイバーンの爪を丁寧に受け取るとテーブルの上に広げた紫色の布の上に置き、片手で持てる小さな筒状のようなもので覗き込んでいた、虫眼鏡のようなものだろうか。

 

「…ほう…これは何処で手に入れたのだ?」

 

「……遺跡ですけど」

 

さっきまでそっぽ向いていたバニルは態度がガラリと変わって興味津々の様子だ。それほど珍しいものなのだろうか。しばらく待つと観察していたウィズさんの手が止まり顔を上げた。

 

「…これはワイバーンの爪ですね。それもただのワイバーンではありません。数百年前に生息していたと思われるブラックワイバーンロードのもので間違いないと思います。お値段はちょっと付けづらいのですが……そうですね…希少なものなのは確かなので1200万エリスにはなると思います」

 

「せ…1200万エリス!?」

 

「はい、うちで買取りしたいくらいですが……今はちょっとまとまったお金が…」

 

金額に驚いたのはリアだけだった。エシリアは価値が分かっていないのかポカンとしている。私とゆんゆんは多額の金額に慣れた部分もあるかもしれない、特に反応はなかった。

 

「…アリス、1200万って……日本のお金に換算したらどれくらいなの?」

 

「ほぼそのままですよ、1エリス1円くらいだと思います」

 

「……は?」

 

他に聞こえないように小声で聞いてきたので小声で返したら今度は放心状態になってしまった。下手に驚いて声を出さないだけマシだろうか。とはいえ当然だろう、日本にいてそんな金額を身近に感じる事はまずないのだから。…と思えば自身の金銭感覚のおかしさを再確認する事になるのだけど。2億以上のお金を平然と持ち歩く16歳の女の子とか危険な香りしかしない。狂気の沙汰ほど面白いとか口癖になりそうだ。そんな世界観が見え隠れしそうである。

 

「こんなレアなものまず他にはありませんよ…、その、バニルさん?」

 

「貸さんぞ。貸す訳がなかろう!大体そこの金銭感覚のおかしい小娘が落とした金はどうした!?まさかまた新たにポンコツ魔導具を仕入れたのではないだろうな!?」

 

「ポンコツなんて酷いですよ!あれらはとっても良い物なんですよ!」

 

「売れなきゃゴミも同然だろうがこのポンコツ店主が!!」

 

申し訳無さげにウィズさんが横目でバニルを見れば、秒でバニルが返答した。マスクの目の辺りが赤く光っていて怒り心頭の様子だ。

 

「あ、すまない。鑑定だけで売るつもりはないんだ。勿論鑑定代は支払うつもりだ」

 

「あ、そうなんですか…、いえ、私は正式な鑑定士ではありませんから、お金は頂けません」

 

「全く……、汝は商売をする気があるのか?」

 

バニルの怒りは既に通り越して呆れるように聞こえた。日常茶飯事ながらこの辺は同情する。だけど今のそれは、お金を取らない事は悪い事ではないと思う、商売云々よりもウィズさんの人柄なのだから。営利的に見ても一見さんを常連客にする目的の一種のサービスである、それが分かっているからバニルもそれに関しては強く言わないのだろう。

 

「ワイバーンの爪に関してはこれで良さそうですね」

 

「…えっとウィズさん、できるだけ高純度のマナタイト結晶はありますか?」

 

「マナタイト結晶ですか?いくつか在庫がありますが…」

 

ゆんゆんの注文を聞くなりウィズさんは店の奥へと行き、少し待てばいくつかの掌サイズの魔晶石を持ってきてくれた。

…とはいえ私から見る限りでは違いがあまりわからない。一見するとどれも大差ないように見える。

 

「単純に魔力の補充などに使うとか、装飾に使うとか、使用用途によってオススメが変わるのですが…何に使うんですか?」

 

いくらこの店でも普通の魔晶石ならおかしな物は出てこない。バニル曰くポンコツなのは魔導具のみである。この中にゆんゆんが使うに相応しい高純度マナタイト結晶があればいいのだが。

 

「実は…以前ウィズさんが王都の鍛冶屋さんを紹介してくださったじゃないですか?あそこに行ったのですが…」

 

「あー…、あそこに行ってそういうのを探しているという事は合格をもらえたんですね!」

 

「…はい。ですがその…、持ってこいと言われたのが…」

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

「そうですか、あの方もご健在で何よりです。私は事情があって王都には行けませんがせめてよろしく言っておいてください…、それで頼まれたのが3つの材料ですか……」

 

「ふむ、先程のワイバーンの爪ならばこれ以上はない素材であろう。それで後はマナタイト結晶と特殊な金属という事か」

 

若干の不安要素でもあったワイバーンの爪だが、この二人のお墨付きを貰えたなら問題ないだろう。これには一安心だった。…だが。

 

「あの人を満足させるマナタイト結晶ですか…それはちょっとこのお店にあるものだと難しいかもしれませんね…」

 

「そ、そうなんですか?」

 

「はい…今この店にあるマナタイトは、特に変わり映えのない一般的なものですから、お値段も100万エリスから1000万エリスくらいのものになります」

 

「……ちなみに最上級のマナタイト結晶だと…いくらくらいするものなのですか?」

 

「…そうですね……私が聞いた事があるのは…過去に隣国のエルロードという場所で開催されたオークションで落札されたマナタイト結晶ですね。確か落札価格が20億エリスとか…」

 

「20億!?!?」

 

金銭感覚の狂っていると自覚している私でもこれは驚くしかできない。流石にそこまでのお金は持っていない。となれば買う事は不可能と考えた方が良さそうだ。

 

「いくらなんでもそんな大金は…」

 

「無理ですね…魔王でも討伐できればもしかしたらそれくらい貰えるかもしれませんがそれでは順番が逆な気もしますし」

 

もしかしたらゆんゆんの新杖はクリア後の裏装備扱いなのだろうか。とまぁ金額を聞いて慌てふためくものの、いくらなんでもあの鍛冶屋のドワーフさんもそこまで無茶な要求はしないだろう。

 

「あ、あの、あくまで過去最大の値段のマナタイト結晶がそれというだけで、それを入手しなければならない訳では…」

 

「だけど…どうせ作るならできるだけ良い物をって気持ちもあるんです…流石に20億エリスもするようなのは無理ですが…」

 

「ふん、視野の狭きことだな。買う手段しか思いつかぬのか」

 

「…え?」

 

思い悩むゆんゆんはバニルの言葉にその顔を上げる、言い方からして助言してくれるのだろうか。

 

「汝らは冒険者であろう?ならばダンジョンに潜り、自らの力と知恵で獲るのではないのか?」

 

「…それは…そうですけど…」

 

言いたい事は分からなくもないが買う事が現実的ならそれは非現実的である。以前にも言った気がするがこの世界はゲームのような世界であってゲームの世界ではない。数千万エリスの価値があるものが隠されたダンジョンなどあればとっくに他の冒険者や貴族の派遣した採掘業者に持っていかれているだろう。

 

今はダンジョンなどモンスターの巣窟でしかないのだ。知恵のあるモンスターがなんらかの物を隠しているケースもなくはないが、ゲームのような豪華な宝箱などはありはしない、所詮そのようなものは創作上の話の中だけにしかないと言う事か。なんとも夢の無い話である。

 

「ふん、よく考えてみるがいい。マナタイトとはどのような場所で採掘されるものなのか」

 

「どのようなって…確かマナタイトは鉱石に多分の魔力が宿ったものを指すのですよね…?」

 

うろ覚えだがめぐみんがそんな事を言っていた気がする。ゆんゆんは同意するように頷いているし間違ってはなさそうだ。

 

「そしてそれは魔力の質と量が高いほど高純度になるの。だから強い魔力を持った魔物がいるダンジョンとかには、稀に高純度のマナタイト結晶が採掘されているらしいけど…」

 

「その通り、では汝らに聞こう、最近そのような場所に行った覚えはないか?」

 

「…行った事のあるダンジョン…?」

 

バニルがこんな風に言うという事はなにかしら意図があるのだろう。顎に手を添えて考えてみる。

…私が過去に潜ったダンジョン、王都のクエストでは結構な数のダンジョンに潜ったが強大な魔力を持つモンスターなどはいなかったと思う。後はアクセルの街から徒歩でも行ける場所にキールのダンジョンがあるがあそこは今や初心者向けの低レベルモンスターが棲むだけのダンジョンでしかない。

 

「…アリス、もしかしてキールのダンジョンじゃ…」

 

「…キールのダンジョン…、どうしてそう思うのです?」

 

「確かに今のあの場所は駆け出し冒険者の練習ダンジョンみたいな認識だけど、かつては高名なアークウィザードであるキールが潜んでいたダンジョンなのよね」

 

「…そう聞いてはいますけど…」

 

確かその人は後にリッチーとなり長い期間ダンジョンの最奥にある隠し部屋にいた。それを本人の要望でアクア様が浄化してあげたとか。

 

「ですが仮にキールのダンジョンにマナタイトがあったとしても、とっくに取り出されていると思うのですが…」

 

「フハハハッ、それは駆け出し冒険者達が探索しつくした場所ならそうであろう。だが、一般的にそうはなっていないエリアがあることを忘れてはいないか?」

 

「……あ」

 

なるほど、合点がいった。ゆんゆんやバニルが言う場所はキールのダンジョン…その更に奥にある場所。バニルが新たに建造したあのバニルのダンジョンのことを指しているのだろう。

確かにバニルが創り出したあの場所なら私達以外の探索は成されていない。というのもあのダンジョンには未だにバニルの用意した罠や王都周辺レベルのモンスターが多く残っているらしく、アクセルの冒険者ギルドはバニル討伐後にあの場所を立ち入り禁止区画としている。実際に攻略した私達がはいる分には問題はないと思われる。

 

「冒険者ギルドはあの場所を進入禁止などとしているが、未だにあの場所は吾輩のダンジョンなのは変わりない。吾輩ですら手付かずな箇所も多くある、よってマナタイトなどの鉱石も残っている可能性は高い」

 

得意気に言うバニルだが、私としては出来れば二度と入りたくない場所ベスト3にランクインする場所なのだけど。

まぁ決定はゆんゆんに委ねよう。そう思えば私はバニルの言葉を淡々と聞いていたゆんゆんの言葉を待つのであった――。

 

 

 

 



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episode 163 バニルのダンジョン(再)

 

 

 

 

 

 

マナタイト結晶、それはゆんゆんの新武器の為の最後のピースと言っても過言ではない。

というのはもうひとつの素材の目星はついている、めぐみんが言ってくれなければ完全に忘れていたけど…。

 

通称『魔術師殺し』。紅魔の里に厳重に保管されていたそれはシルビアに奪われて紅魔の里を壊滅に追い込もうとした古代の兵器。その素材となっている金属は特殊なものであり、隠された部屋に残されていた手記によれば魔法防御がかなり高く防具に転用すればいいという案があったほど。

そんな金属は他に聞いた事はない、そんな金属ならあのドワーフさんも認めてくれると思うし駄目なら他を探すだけだ、紅魔の里にはあるえさんに報酬を渡したい事もあるのでちょうどいいかもしれない。

 

しかしマナタイト結晶…これがまた難題だった。バニルからはあくまであるかもしれない程度なのだ、そもそも無い可能性もある。

仮にあったとしても一般普及されているマナタイトよりも上質なものがあるのかすらわからない、ましてやその場所はかつて煮え湯を飲まされたバニルのダンジョンである、できるなら行きたくはない。

 

「…その、行こうと思います」

 

「…行くのですか…」

 

「…うん、他に宛はないし……」

 

確かに現状他にマナタイト結晶が採掘できるような場所に心当たりはない。ならばダメ元で行ってみるのはありかもしれない。何よりも…

 

「ゆんゆんが行くと決めたのでしたら、私は構いませんよ。早速準備にかかりましょうか」

 

「えっ、あ、アリスも?」

 

…まさかゆんゆんは紅魔の里の件の時と同じようにまた私達を頼る事なく解決しようとしていたのだろうか。どうも中々頼って貰えない…だけど、それは私も悪魔の件でそうだった負い目があるのでゆんゆんを責めきれない。

 

「当然じゃないですか、まさかソロでダンジョンに潜るつもりだったのですか?」

 

「…でも、嫌そうな顔してたし…」

 

「確かにそうですがゆんゆんが行くのなら話は別です、ゆんゆんの杖の問題は私達パーティの問題でもありますから当然でしょう?」

 

ダンジョンに潜るのならそれなりに準備が必要だ。私とゆんゆんだけでは万全とは言えない。前衛であり私達のパーティメンバーであるミツルギさんに、盗賊職も欲しいのでその役割を果たせるカズマ君にも頼んでみよう、無理ならクリスを探すかあるいはギルドで他の盗賊職を雇うなり方法はある。アンリを連れて行くことも一瞬考えたが流石に危ないし。

 

「後はリアにワイバーンの爪のお金を支払わないといけませんね、半額ですから600万エリスですか」

 

「…流石にそこまでのものとは…これはやはりあの村に持っていった方がいいのかもしれないな…」

 

「…パーティリーダーはリアだから、リアの決定に委ねるよ」

 

改めて金額を聞いて萎縮してしまったのかリアは思い悩むようにしている、それも当然。駆け出し冒険者が600万エリスなんて大金を稼ごうとしたらどれくらいのクエストをこなさなければならないか私はよく知っていた。そこまで昔ではないがかつて私も駆け出し冒険者時代に300万エリスのフレアタイトの魔晶石を買う為に数ヶ月の間必死にクエストをこなして稼いだ事がある、なのでリアの気持ちはよく分かる。

…とはいえお金さえ渡してしまえばそれはリア達の物、それをどう使おうとリア達の勝手なのでそれに関して口を挟むつもりはない。

 

「それでは一度帰りましょうか、あのダンジョンに行くのでしたら準備も必要ですし」

 

ゆんゆんは頷き、他の2人ももはやここに用は無いだろう。そう思えばその顔をウィズさんに向ける。別れの挨拶をする為に。

 

「それではウィズさん、今日はありがとうございました、また来ますね」

 

「フハハハッ!遠慮する必要はない、吾輩が汝らを吾輩のダンジョンへと送ってやろう!」

 

「…え?」

 

ウィズさんが返事をする前にバニルが割り込んで来たと思えば…

 

私達は周辺の景色が歪んでいる事に気が付いた。これは…テレポートの予兆。

 

そう思ったが後の祭り、視界が不安定な事に目を開けていられずに、不意にその目を閉じてしまった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼下がりで明るかった室内から一変。光はほとんどなく、あるのは松明のような灯りだけ。その場で感じる空気はあまり良いものではなく、地面は少し湿っていた。…私達4人は全員揃ってそんな薄暗い場所に到着してしまっていた。

 

「……あれ?…ここどこ…?」

 

「……バニルのダンジョン……ですね…」

 

エシリアが困惑めいた様子で周囲を見渡すと、私はひとつの看板を指した。そこにはバニル人形のコミカルな絵付きでバニルのダンジョンと書かれている。それは暗がりな中でも一際目立って存在していた。

 

「これは…私達4人で攻略しろというのか…?」

 

「ご、ごめんなさい巻き込んじゃいまして…!」

 

ゆんゆんは状況に気付くなり慌ててリアとエシリアに頭を下げて謝罪していたが私は冷静になれていた。

この件に関して、リアとエシリアは何も関係もない、なので私とゆんゆんに付き合う必要はないのだ。

 

「落ち着いてくださいゆんゆん、悪いのは強制的にここにテレポートしたバニルですし、テレポートされたならまたテレポートすればいいだけの話ですよ」

 

「あっ…そっか…」

 

私の提案でゆんゆんは落ち着きを取り戻したようだ。そう、強制的に送り込まれたと言ってもだからといってバニルのやり方にこちらが付き合う義理はない。今から此処をテレポート登録して、ゆんゆんのテレポートで一度屋敷に帰ってしっかりと準備をした上でメンバー構成を整えてから此処に来ればいいだけなのだから。

 

「まずはここをテレポート登録しましょう?そうすれば行き来はかなり楽になりますしそう考えたら悪い事でもないです」

 

「わ、わかった…」

 

ゆんゆんは以前このダンジョンの内部にテレポート登録をした事がある。だが登録箇所の数には制限があるので既にこの場所の登録は消された状態だ。なので再び登録しなくてはならない。

ゆんゆんはその場で意識を集中させるように目を閉じた。今や飛ばされた事による緊張感は既にない。どうにかできる手段があるのだからそれも当然だろう。

 

「それにしてもテレポートか、本当に便利だな…」

 

「うん…確かアークウィザードしか使えないんだよね…」

 

2人はあの村からアクセルへと帰る際のゆんゆんのテレポートが初だったようで、また緊張感の欠落から、落ち着いた雑談すら始まる。

 

…しかし、次第にゆんゆんの表情は困惑したものへと変わっていく。普段ならテレポート登録などそこまで時間はかからないのだがどうしたのだろう?

 

「……ゆんゆん?」

 

「……駄目…登録できないみたい…何かに邪魔されてる感覚が…」

 

「邪魔されてる感覚って…まさか…!?」

 

ゆんゆんの焦燥が私達に伝染していく。そして邪魔されている感覚というのは心当たりがあった。

 

――テレポート妨害。

 

テレポートとは、アークウィザードが使える上級魔法に分類される。それは登録した場所ならばいつでも瞬間移動できるようになるという便利なものであるとともに、場合によっては危険な魔法だ。

それは心身の危険もあるが、防犯上のもの。例えばお城の宝物庫、あるいは銀行のような機関の金庫など、そのような所を登録できてしまったら窃盗のし放題である。要人の住む場所に刺客を送り込むことだって可能だ。用途を見ればこれほど犯罪に適したスキルもあまりないかもしれない。

 

だが火には水が、雷には避雷針があるように何事にも対抗手段というのがあるものだ。それがテレポート妨害。テレポートも魔法に過ぎないのでテレポートへの対抗手段としてそれは確立されていて、今上げたような箇所にはテレポート関連のスキルを妨害する魔法がかかっていることが一般的である。おそらくバニルはそれをこの場所に施しているのだろう。

 

という事はテレポートも使えない。案の定ゆんゆんがテレポートを試してみるがやはり使う事はできなかった。

 

「…使えないって…どういう事…?」

 

「バニルがテレポートを使えないように細工しているんでしょう…そうなると歩いて帰るしかないですね…」

 

「…そうするにしても、出口はどこなんだ?見た所入れる場所はこの看板の奥しかないようだが…」

 

「…え?」

 

リアの言う通り、周辺を見渡すもそれらしき出口は見当たらない。見えるのは一体のフロアとダンジョンへの入口のみ。確かダンジョンの向いに扉があったはずなのだがすっかり完全な壁になっていた。これすらもバニルのせいなのだろうか。これには頭を抱える事しかできなかった。

 

「…進もう?それしかないなら、私も手伝うから」

 

意外にもそう言ったのはエシリアだった。てっきり恐怖に震えて何も言えないくらいあると思っていたのだけど、私はエシリアをか弱く見すぎていたのだろうか。

 

「…盗賊職のいない状態でのダンジョン探索はかなり危険です、できれば避けたいのですが…」

 

「それでも他に手がないのなら仕方ないだろう。どうせ行くのなら、目的を果たしてしまいたい」

 

「あ、あの…その、本当にごめんなさい…」

 

ゆんゆんは結果的に巻き込んだ事に負い目を感じているようだがこれについてはバニルが悪い。何故こんな事をしたのだろうか。

確かにここでいつまでも悩んだところで現状事態が好転する事はないだろう。ならば進むしかない。

 

「…前衛は私が行きます。最後尾にゆんゆんがいけばなんとか…」

 

「…一般的にアークプリーストは前衛も可能な職ではあるが、アリスは違うだろう?前衛は私とエシリアに任せてほしい」

 

「…ですが…」

 

「こうなってしまったのも何かの縁だ、それに私だって足でまといとして着いて行くつもりはない」

 

もしかしたら冒険者としてのプライドか何かを傷付けたかもしれない。リアは少し不機嫌そうに見えた。確かに職業的にはそれがベストな選択なのかもしれないが、やはり私としても巻き込んだ形となった負い目があるのかもしれない。形式的に2人を守るように考えていたのは確かなのだから。

 

「……わかりました、ではこちらは後衛として全力で2人をサポートしますね」

 

「よろしく頼む。奇妙な形でダンジョンに挑む事になったが、こうして蒼の賢者らとパーティを組める事などまずないだろうからな、こちらとしても勉強させてもらうつもりだ」

 

「…とりあえずその呼び名は今後呼ばないでくださいね、何よりも他人行儀ですし」

 

「なるほど…、すまない、善処しよう」

 

この堂々とした言い方はとても駆け出し冒険者とは思えない。今のリアにはテイラーさん並みの心強さを感じた。はっきり言えば私にはないものだ。

 

これからダンジョンに入る。…そんな事になっているのには心が追いついていなかった。そしてそれは全員だろう。

今日はウィズさんのお店を出て、屋敷に帰ってお金を渡して、後は部屋でゆっくり過ごすか程度には能天気に考えていた、少なくとも私は。

 

それでも切り替えなければ。行くと決まった以上は無理矢理にでもそうしなければ命に関わる。ゲームとは違う、盗賊職無しでのダンジョン攻略、それは何よりも危険なのだから。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

キールのダンジョンは一階層構造になっている。暗闇の中にある長く平たい階段を降りた先に広がるフロア、そこからあちらこちらに道別れしていて、下級悪魔のグレムリンや下級アンデットの巣窟となっている。

とはいえそこまで強い訳でもなく、駆け出し冒険者にとってはダンジョンの経験が積める比較的初心者向けの場所だ。罠なども少ない、まれにダンジョンもどきという身体の一部を扉や宝箱に擬態させて近付いた生物を捕食する凶悪なのもいるが対処を知っていれば攻略は容易だ。ダンジョンもどきは動くことはないので近付かなければいい。危険なのを上げればこれくらいなのだが私達が挑むのはその最奥の扉を開いた先、かつて高名なアークウィザードであったキールがリッチーとなって眠っていた場所。その場所の更に奥地となっている。

 

 

 

「各種ポーション、装備などの準備は大丈夫ですね」

 

怪我の功名というべきなのか、今の全員はダンジョンへ赴く最低基準以上の準備はしてあったことだろうか。リアとエシリアはウィズさんの店を出た後にクエストに行くつもりだったらしく、私とゆんゆんは収納用魔導具に常時そういった物が揃っている。食糧はあまり持っていないがお昼ご飯を食べてさほど時間は経っていないので空腹になるまではまだ時間がある。

 

「暗い場所は私のティンダーやゆんゆんの光魔法で対処しましょう。魔物を呼び寄せる危険がありますが仕方ないですね」

 

「しかし仮にマナタイトを見つけたとして…採掘はどうするのだ?私は採掘経験などないが…」

 

「そこは立派な両手剣を持った子がいるじゃないですか」

 

「わ、わたし?」

 

エシリアの両手剣によるスキルなら採掘くらい難しいものではないだろう。ようは埋まってるマナタイトを取り出せればいいのだ。なんなら私の地属性魔法でも使いようによってはなんとかなるかもしれない。

 

「そのマナタイトって、どう判別するの?見た事も無いんだけど…」

 

「そこはゆんゆんがいますから大丈夫ですよ」

 

「う、うん。マナタイトかどうかくらいなら分かると思う。魔法学園にいた頃に習ったし…」

 

ゆんゆんが通っていた紅魔の里にある魔法学園レッドプリズン。そこでは魔法に関する事は勿論のこと、魔法に関わる魔導具や鉱石などの講習もしっかり受けていたと聞いた事がある。だからこそその学園の首席卒業をしためぐみんはそういった事に詳しくもあった。ゆんゆんもまた2位の成績という実力を持っているのでこの場において頼れる存在だ。

 

やはり盗賊職かその代わりになる存在がいないのは不安要素だがいないのはどうしようもならない。それぞれが気を付けるしかない。

 

「…それでは…行きますか。各自罠などに注意して慎重に進みましょう」

 

不安は付き纏うけど、それ以上にこのメンバーは新鮮だった。ゆんゆんはともかくリアとエシリア。リアに関しては駆け出し冒険者と自身を下に見ているがレベルは低くない事はいつぞやの槍さばきを見る限り不安はあまりない。エシリアに関しても精神面の不安はあるが彼女にはウォークライがある。魔力に関しては私が回復可能だ。

前衛2後衛2とバランスも良い。唯一残る不安要素は…

 

 

ここが、バニルのダンジョンということだけだろうか…。

 

 

 

 

 

 

「……やっぱり帰りたい…」

 

「……うん…」

 

「…?」

 

私が嘆くように呟けば、ゆんゆんは静かに頷き、リアとエシリアは訳が分からず首を傾げるのだった――。

 

 

 

 



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episode 164 ラブロマンスと急展開

 

 

 

 

 

―バニルのダンジョン―

 

リアの希望によりリアとエシリアを前衛としてダンジョンに入りかかる。光源は以前来た時と同じようにあちらこちらにランプのような魔導具が壁にはめ込まれていて、それが足場まで見えやすくしている、とりあえず普通に進む分には問題はなさそうだ。

とはいえ油断は禁物。そのまま地盤を掘られたような洞窟、その先は明かりがあっても視認は容易ではない。緊張からか各自無言の状態が続く、そして進む速度はあまり速くない、それは慎重に行動しているから。

今回のパーティには盗賊職やスキルを持つ者がいないのだ、曲がり角でモンスターとばったり鉢合わせなんてこともありえるしどんな罠があるかわからない、慎重になるのは当然だった。

 

細い道をひたすら進むも、同じような道が続いて景色の変化が乏しい。緩やかな曲がり道はあるものの、それはほぼ一方通行だった。

 

…それに違和感を感じたのは私とゆんゆんだった。

 

 

「…ねぇアリス?前にここに来た時にこんな長い一本道はあったかな…?」

 

「……おそらくありませんね」

 

記憶を手繰り寄せればあの時のメンバーは私とゆんゆん、カズマ君とダクネスの4人だった。私とゆんゆんは数多のダンジョンに入った経験があるがそのメンバーで入ったダンジョンはこのバニルのダンジョンしか心当たりがない。それにそこまで昔でもなく、このダンジョンほど記憶に残るダンジョンもそう多くはない。

 

それを思えばこのダンジョンは既に異質なのだが、私の記憶が正しければ入ってすぐに広めのフロアに出てマンティコアの番いと戦ったはずだ。だがそのフロアはなく、一本道が続いているだけ。

 

「……まさか、ダンジョンの構造が変わっているのでしょうか?」

 

「そんなダンジョン聞いた事ないわよ、私達の記憶違いじゃ…」

 

「…あのバニルのダンジョンってだけで、ある程度納得できなくはないと思いますけどね…」

 

色々な事柄を頭に入れて考えれば可能性として上げられるのはここが以前来たバニルのダンジョンとは別の場所であること。あるいは同じダンジョンなのだがスタート地点が異なる可能性もある。

確かに入口は似通っていたものの、入口は元々キールが眠っていた隠し部屋。それは以前アクア様が浄化したことでキールの亡骸は既にない。なのであの入口の部屋が元々キールのいた場所かどうかを確認するならアクア様が残したらしい神聖な結界の有無くらいなのだがそれは確認していなかった。

 

現実ならさておき、ゲームとして考えたらダンジョンの内部構造が変化するという現象は珍しいものではない。入る度に構造が変わりモンスターや宝箱までもが変わる。だからこそ私は真っ先に構造が変わっていると思った訳だがゆんゆんからすれば似た別のダンジョンにいると考えた方が自然のようだ。

 

「確かにあの入口がキールの亡骸があった場所かはわかりませんが、どちらにせよ進むしかないのは変わりないですね」

 

「それは…そうだけど…」

 

「そのキールの亡骸ってなんなの?」

 

「私もキールのダンジョンの名前は聞いた事があるが…詳細は知らないな」

 

「……えっと」

 

リアとエシリアが私に尋ねてきたのでそっとゆんゆんに目配せしてみる。というのも実は私もよくは知らないのだ。知っている事と言えばこのダンジョンはかつて高名なアークウィザードが住んでいたことくらいだろうか。それが長い歳月によりリッチーとなっていた。

 

「私も聞いた話だけど…」

 

ゆっくり歩きながらも、私達はゆんゆんの話を聞くことにした。

 

 

――昔、キールという高名なアークウィザードがいた。その者はとある国に嫁いだ貴族令嬢に恋をしていた。

国に嫁いだとは言ってもようはそこに愛など存在しない政略結婚。貴族令嬢を幸せにしてあげたい、そんな想いだけでキールは日々奮闘し、名声をあげていった。

 

とある日に、国に呼び出されたキールは数々の功績を讃え褒美を授かることになった。

そこでキールは懇願した、国に嫁がされた令嬢を欲しいと。しかし王はそれを拒絶した。

例え功績をあげた高名なアークウィザードだとしても所詮は平民の冒険者、国に嫁いだ以上は国にとっては姫といっても差し支えない、そんな身分の違いは今よりもずっと厳しいものだったという。

 

キールは意を決して令嬢を誘拐し、自らの名声を地に落とした。それから令嬢に告白をして、令嬢はそれを二つ返事で受け入れた。

 

幸せながらも世間はそれを許してくれなかった、穏やかとは無縁の逃避行の日々。ついにはキールは大怪我を負ってしまう。そして逃げ延びた場所がこのキールのダンジョン。

キールは既に虫の息だった。このままでは妻となった大切な女性を守る事ができなくなってしまう。悩んだ結果、キールは人間である事も捨ててしまった、妻が安らかに眠るその時まで守り続けることだけを目的に、キールは禁呪を用いてリッチーへとなったのだ。

 

 

 

 

「…それからはカズマ君から聞いてますね、眠りについていたリッチーのキールを、アクア様が浄化したと…」

 

「うん…」

 

「…愛する人の為に名声も自身の人間としての尊厳も捨てたか…なかなかできることではない…、立派な人だったのだな…」

 

「…うん…」

 

感銘を受けているリアとは対照的にエシリアの反応は微妙なものだった。私が首を傾げつつ見つめているとエシリアは気まずそうに目を逸らした。

 

「…いやその…その貴族令嬢の人は、本当に幸せだったのかな?って…、だって私なら嫌だもん、好きな人といる為に国から追われ続けるなんて」

 

「そ、それは…」

 

なるほど一理ある。確かにキールとしては大立ち回りを演じたようだが連れ回された令嬢は本当に幸せだったのか、これは疑問である。

平民ならともかく貴族令嬢、政略結婚とはいえ一国の姫となった立ち位置の人だ、その暮らしはさぞ贅沢で何一つ不自由なく過ごしていたに違いない。

それが駆け落ちによる逃避行となればそれまでのような何一つ不自由のない生活などできるはずがないのだ、それも相手が国となれば人の中での生活は絶望的だろう。

推測ではあるが多額の懸賞金をかけられ、様々な人の目から追われる日々、そうなれば自然と森や山、洞窟など人の目のつきにくい場所を転々と逃げ回る、当然そんな環境では人がいなくてもモンスターがいる。彼らに安息の時はあったのだろうかと疑問が浮かぶ。

食事も満足に摂れない、夜も満足に眠れない、お互い愛する人以外に味方は誰もいない。極めつけはこんなダンジョンでリッチーとなってまで余生を過ごした。

 

…これは本当に幸せだったのだろうか、と思うエシリアの気持ちはよく分かる、だからこそリアもそれ以上何も言えずにいた。

 

「…アクアさんに聞いた話だと、キールさんの奥さんはこれ以上ないくらい未練を残すことなく亡くなったらしいよ?」

 

「……アークプリーストって、そんな事までわかるの?」

 

「私はまだ未熟ですから無理ですね」

 

多分亡骸を見ただけでそこまで理解できる人はいないと思われる。アクア様の場合女神だし。わざわざ言う訳にもいかないので適当にあしらうしかない。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

さて、雑談をしながら歩いていたものだから緊張感が薄れてきてはいたが、見映えの変わらない細い一本道をようやく抜け出せば少し広めのフロアに到着した。

 

「ようやく広めの場所に出たが…とくにモンスターなどはいないようだな」

 

「私達には敵感知スキルがありませんからね、油断は禁物です」

 

言いながらも周囲を見渡す。所々に魔導具による灯りがあるくらいで普通の岩肌だ。そして道は他に見当たらない。

 

「…行き止まり…?」

 

「そんな…」

 

道を間違えたと思うもそれはない。何故ならこのダンジョンに入ってここまでずっと一本道だったのだから迷いようがないのだ。

 

「…そうなると、道中、もしくはこのフロアに隠された何かがあるのかもしれません」

 

「…なるほど、隠し扉とかそういうのね…」

 

エシリアが言えば他の2人も納得したように頷く。ただ何度も言うようにそういった仕掛けを探したりする役割もある盗賊職は今の私達にはいない。各個で別れて虱潰しに探すしかないだろう。

 

「…この壁を見て欲しい…少し浮いてないか?」

 

リアが何かを見つけたようでそこに全員が集まる。その壁は確かに一部分だけ不自然に岩石が盛り上がっていて、おそるおそる両手で持ってみればグラグラと動く、取り外すことが可能に見えた。

 

「…取り出した途端洞窟が崩壊するとかないよね…?」

 

「怖い事言わないでくださいよ」

 

「…とはいえ、他に道はない、何があっても大丈夫なように構えておいてくれ」

 

ゴクリと喉を鳴らしたのは誰だったのか、それは分からなかったがそれが周囲の緊張感を増した。リアがゆっくりとはめ込まれた石をグラつかせながら動かすと、それは安易に外れた。

 

「…何も起きないね…」

 

「…多分…これを押したら何か起こると思うけど…」

 

ゆんゆんが指したのは外れた石の中にあった赤い押しボタン式のスイッチ。このダンジョンに似合わず妙に近代的である。…どうしよう、嫌な予感しかしない。

再び周囲を見渡すがここと同じように怪しい箇所は存在しない、つまり進むのならこのボタンを押すしかないということ。

 

「…押しましょう、それしかないようですし」

 

「う、うん、単純に隠し扉が出てくるとかかもしれないし…」

 

「……分かった、なら私が押そう」

 

地面に両手で持っていた石を置き、リアが手を伸ばす。そしてそのボタンに触れた瞬間だった。

 

「…何も起きない?」

 

「…いいえ…」

 

感じたのは浮遊感。理由は単純だ、地面が消えてなくなった、それが今見ただけで判断できる事柄だった。

 

「…え?」

 

「きゃぁぁぁぁ!?!?」

 

地面が消えたことで、私達はそのまま落下することを余儀なくされた。何も抵抗する事はできない、精々紅魔の里でやったように落下時にインパクトを使って衝撃に備えることくらいだ。

 

「私に捕まってください!エシリアはできるならインパクトで落下の衝撃に備えて…!!……え?」

 

それは一瞬だった。ゆんゆんも、エシリアも、リアも、確かにすぐ側にいたはずなのに、気が付いたら私の周りには誰もいない。落下はずっと続いている。どこまで落ちたらいいのか、重力に身を任せるだけの自然落下、それは終わりが見えない。

 

怖い。どうして誰もいないのか、皆は何処に行ったのか。

 

次第に背景が真っ白になって、私は恐怖から目を瞑ることしかできなかった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どうして意識を失ったのかは分からない。だけどあの瞬間に感じたのは確かな恐怖、不安と絶望。

 

身体が重く感じた。

 

胸が苦しい。

 

謎の圧迫感が私に襲いかかっていた。それに耐えられずに私は目を開いた――。

 

 

一番に見えたのは知っている天井。そして見渡せばそれらは鮮明になって行く。…ここは私の部屋だ。カズマ君の屋敷に間借りしている、いつもの私の部屋。

 

そっと上半身を起こすと、未だに身体が重く感じる。だけどそれはだるいとかそんなのではない。もっとこう…物理的に重いと思い私は自身の胸を見た。

 

 

「……は?」

 

そこには明らかにたわわに実った2つのスイカがそこにあった。精神的なものと思っていたのが物理的なものになっていた。つまり簡単に言うと。

 

――私の胸がありえないくらい大きくなっていた。

 

「…えぇ!?!?」

 

顔を赤くして身悶えるが何も変わらない。どうしてこうなった、理解が追いつかない。

 

『――お姉ちゃん?』

 

「…っ!?」

 

反射的に両腕で自身の胸を抱きしめるようにしてひた隠す。一方横で寝ていたアンリは目を擦りながらも不思議そうにこちらを見ていた。

…とはいえこれはどう見ても隠しきれていない。アンリには既にこの大きくなりすぎたものが目に入っているだろう、なのにアンリの表情は変わらない。

 

『お姉ちゃん、どうしたの――?』

 

「…え?あ、あの、アンリ…?」

 

やはりアンリにはこの状況のありえなさが理解できていないらしい。そっと隠した胸を出すように腕をのけてもアンリの不思議そうな顔は変わらなかった。

 

「おはようアリス、もう起きてる?」

 

「…あ」

 

その時ゆんゆんの声ととまに扉が開かれ、ゆんゆんと目が合う。流石にゆんゆんならこの状況のおかしさを理解してくれるはずだ。

 

「…あ、あの…ゆんゆん…?」

 

「…?どうしたのアリス、まだ寝ぼけてる?」

 

「…い、いえ、そうではなくて…」

 

「…よくわからないけど、朝ごはんできてるから、起きてね?アンリちゃんもねー?」

 

「あ、あの!ゆんゆん!」

 

「…どうしたのアリス?」

 

確かに胸の事もおかしな事だがそれ以前に気になる事もあった。今何故私は胸を大きくした上で当たり前のように朝を迎えているんだ、そこが一番の疑問である。

 

「私とゆんゆんは、リアやエシリアとダンジョンに潜ってましたよね?あれからどうなったのですか!?」

 

「……ダンジョン?」

 

本気で心当たりがないのか、ゆんゆんは思い出すように視線を逸らして考えているが、その答えは出てこないのか、結局首を傾げるだけだった。

 

「何を言ってるのよアリス、アリスが帰ってきてから行った場所はウィズさんのお店だけでしょ、あの後普通にここに帰ってから、今日は紅魔の里に行こうって話をしてたじゃない?」

 

「……え?え?」

 

変なアリスと笑いながらも、ゆんゆんはそのまま部屋を出て下へと降りてしまった。こちらとしては変なのは私の胸なのだが。

というよりこの胸のまま私は下に降りて皆の前で朝食を摂らなければならないのだろうか、罰ゲームでしかないのだが。

 

確かに胸を大きくしたい気持ちはあったが大きくなり過ぎだ、ゆんゆんどころかウィズさんくらいあるのではないだろうか。普通にアクア様くらいのサイズで良かったのだが。このちんちくりんな身体とバランスがあって無さすぎる。

 

ただこのまま呆然としてる訳にもいかないのでネグリジェからいつもの青いプリーストドレスへと着替えてみる。本来胸が入りきれるはずがない…のだけど…そのいつも着ている私の服はピッタリと抵抗なく私の胸を受け入れた、まるで昔からこの大きさだったかのように。

 

「……本当に…どうなっているんでしょう…?」

 

『……アリスお姉ちゃん――?』

 

「……なんでもありません、朝ごはん食べに行きましょうか…」

 

『…うん――♪』

 

無垢な笑顔のアンリの手をとって部屋を出る。現状変わってないのはアンリだけのようにも感じてしまう。何がなんだかさっぱり分からない、大きな変化は今のところ私の胸くらいだ。そしてゆんゆんの言うウィズさんのお店を出た後という記憶が私には全くないこと。

 

とりあえず様子を見るしかない――、そう考えながらも、私はアンリを連れて下の階へと降りていくのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 



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episode 165 おかしいのは世界?それとも私?

 

 

 

 

―カズマ君の屋敷・キッチン―

 

屋敷のキッチンと併設されるようにそこには大きめの長テーブルがあって基本的に朝食はそこで食べられるようになっている。夕食はリビングで摂る事が多い。

というのは朝食を食べる時間に誤差があるから。基本的にゆんゆんが朝食の担当をしてくれていて、後はパーティごとにクエストの有無などで朝屋敷を出る時間が異なる事が多いのが理由だ。それが休日ともなればお昼前まで寝ている人もいるので余計に時間が合わない。

 

…そんな屋敷の朝食事情はさておき、キッチンに入った私の目には世にもありえない光景が広がっていた。

 

「おはようございますアリス、先にいただいてますよ」

 

「おはようアリス、まだ寝ぼけてるのか?焦点があってないぞ?」

 

迎えてくれたのはテーブルで朝食としてパンやらを食べているめぐみんとダクネス。一見すればいつものように普通に朝食を摂っているだけなのだが問題はそこではなかった。

 

「……あ、あの…そ、それは…」

 

私は震えた声でめぐみんとダクネスの胸部を指さした、そうせずにはいられなかった。

 

「…?どうしたのですか?私の胸が何かおかしいでしょうか?」

 

「…特に気にはしないが…私に対する当てつけのつもりか?」

 

おかしいなんてものではない。一言で言ってしまえばめぐみんとダクネスの胸が綺麗に入れ替わっている。そう言ってしまうのが一番てっとり早かった。

 

「……え、いやその…めぐみんの胸が大きくなってて…ダクネスの胸が小さくなっているような…?」

 

私がそう言えば、2人して顔を見合わせて、同時に困惑したように首を傾げた。

 

「…やはりまだ寝ぼけているのか?胸の大きさなど、出逢った頃からずっとそうだろう?」

 

「そもそもダクネスの胸が大きいはずないではないでしょうに。成人した女性の胸の大きさはその者の魔力量で決まるのですから」

 

「……その話、詳しくお願いします」

 

思わず飛びついてしまった。それどころじゃないとわかっていても。

 

呆れながらのめぐみんの説明を聞けば、女性の胸は魔力の象徴。なので魔力があればあるほど胸が大きくなり、それがないほど胸が小さいのだという、当然ながら私が初めて聞く事柄だった。

 

当たり前のように言ってくれるがそんな話は聞いた事がない。だけど今の状況からしてみれば辻褄は合ってしまう。

 

私のステータスは知力魔力はかなり高い。めぐみんもアークウィザードとしての魔力はかなりのものだ。ゆんゆんも紅魔族故に魔力は高いだろう。対してダクネスは騎士という職業故に魔力はそこまで高くはない。筋力体力主体のステータス。

例外はアンリだがめぐみんは成人した女性と言ったのでアンリは適応外なのだろう、よってアンリは普段と変わりはない。

 

「ふぁ…おはよー…朝ごはんはなにかしらー…?」

 

そうこう話を聞いているとアクア様の声がしてそのまま振り返ると、私は開いた口が塞がらない状態で唖然としてしまった。

 

大きいというかもはや巨大なおばけだったのである。めぐみんの言う魔力量と胸の大きさは比例する理論を持ち出せば女神様の魔力量となればそれだけのものになるのかと思うも、これは流石に直視できない、同じ女だとしても。

 

本当にどうなっているのだろうか。明らかに異常である。果たしておかしいのは世界なのか、それとも私なのだろうか。

 

「アリス大丈夫?もしかしてあの悪魔に何かされたんじゃないでしょうね?」

 

「い、いえ…そんな事は…」

 

アクア様が言うあの悪魔とはバニルの事である。同時に思い起こせばやはり昨日私がウィズさんのお店から出る際にバニルのダンジョンに半ば強制連行された事は間違いない。何かされたかと聞かれたらやはりされてはいるのだ。

 

…となると結論はひとつしかない。

 

私はそっと自身の頬を抓った。するとヒリヒリとした痛みを感じた。…あれ?おかしい、こんなの夢か何かでしかないはずなのに、目覚めることが無い。

 

いや、そもそも夢だと思って頬を抓るという行為はよく見聞きする行動ではあるがそれは実際に効果があるのだろうか?こうなると段々混乱してくる、実はこれが現実だったのかと思えてくるのだ。皆が皆平常運転なのだから私1人が狼狽えているのがおかしく感じてしまう始末。それでもはいそうですかと納得できてしまうような事柄ではないことは確かだった。

 

 

 

……

 

 

 

朝食を終えた私は紅魔の里へ行くことを後にしてもらい、アクセルの街の様子を見ることにした……というのは建前だろう。

こんなおかしな現象、どんな方法を使ったのかわからないがやってのけるのはバニルしかいない。実際こんな現象になる直前に私はバニルに関わっていたのだから第一容疑者になってしまうのは自然な流れであった。

 

だけど仮にこれがバニルの力だとしたら納得がいかないことがある。それはアクア様の存在。

いくらバニルでもその力が同列であると思われるアクア様までおかしくする事はできないはず、だけど今朝会ったアクア様はまったく疑問も持っていないで胸以外は平常運転だった。あのおばけみたいな胸以外は。

 

それにしてもこうして歩いて思うのは胸が邪魔である。私はこんなものが欲しかったのかと思ってしまった瞬間でもある。道歩くだけで異性の視線がめちゃくちゃ刺さるし、当然ながらその視線は私の胸である。

 

なるほど、ダクネスやゆんゆん、ウィズさんとかは普段こんな視線を浴び続けていたのかと私は身震いを起こした。よくよく考えたら胸なんてあっても目立つだけではないか、その大きな胸で異性を魅了する気もなければ注目を集めたい訳でもない、私は昔から目立ちたくないのだ、それは変わらない。

 

そう思えば自身の胸への渇望がひどく矛盾しているような気もするが、やはり女としてある程度は胸はあった方がいいのだ。何よりも私には元々梨花であった時に胸があったのだからそれがなくなった事で欲しく感じてしまっていたのだから、そして何度も言うがここまで大きいのはいらない、邪魔でしかない。

 

変わらずすれ違う異性の視線が私の胸にくる、人通りはそこまで多くないのだが歩いていてこれなら冒険者ギルドとかに行ったらどうなってしまうのか。そう思うとあまり行きたくないのだが行かない訳にもいかない。

 

何故かと聞かれれば私はとある推測をしている。もしかしたらこの胸の現象は私のいた屋敷だけではないかと。

仮にこれがバニルの仕業ならそれは範囲があるのかもしれない、ならばアクセルでは、紅魔の里では、王都ではどうなっているのか。

 

淡い希望でしかないがそれをなんとしても調べたかったのだから――。

 

 

 

 

―冒険者ギルド―

 

「いらっしゃいませー、お仕事でしたら左奥の窓口へ、お食事でしたら右の空いてるテーブル席にどうぞー♪」

 

いつも通りウェイトレスの可愛らしい女の子が迎えてくれたが、注視すべきはやはり胸である。とはいえ思いのままガン見するのも私がおかしな子扱いされかねないので全体像として見るだけである。

 

ウェイトレスを職とする者に魔力なんてそう多く持っている者はいない、魔力があるなら大抵はウィザードとして転職したりするだろう。

案の定迎えてくれたウェイトレスの子も、周囲のウェイトレスの子達も大きな胸の子は全く見当たらない。失礼ながらぺちゃパイのまな板ばかりだった。

 

私が周囲を見渡せば、私に視線を寄せていた男性冒険者は慌てて視線を逸らす。挙動として私の胸を見ていた事がバレバレである。

 

「いらっしゃいませアリスさん♪今日はどうしました?」

 

「お、おはようございます…ちょっと見に来ただけですが…変わりはないですか?」

 

「はい♪リアさん達パーティ一行のおかげで冒険者の行方不明事件も解決しましたし、平和そのものですよ」

 

窓口に行けばいつものようにあのルナさんがいたがまず服装からして違った。いつもの胸を強調する服はどこへやら、胸元はしっかり閉じていて真面目な事務服といった感じ。そして当然のようにそこにかつてあった大きな胸はない。ものすごい違和感を感じた。

 

何故だろう。かつての私の考えなら私に胸があってあのルナさんに胸がまったくないのだから一方的な優越感が生まれてもおかしくはないはずなのに違和感しか生まれない。もっともそんな優越感がわくのならダクネスを見た時点で湧いてしまってもおかしくはないのだから。

 

そんな事を考えていると私に近付いてくる人がいた。

 

「おはようアリス、どしたの?」

 

「おはようございますリーン、ちょっと気晴らしに来ただけですよ」

 

思わずリーンの顔よりも胸を見てしまった、これではまるで痴女ではないか。そして胸を見てやはりおかしな事には変わりなかった、リーンの胸は以前のアクア様くらいの整った大きさになっている。まさに私が望むベストな大きさの胸だ。そんなことを考える余裕はないのに羨ましく思ってしまうと同時にやはりアクセルの街全体でこのような事になっているのだと予想できる。

 

「そういえばアリス、いきなり居なくなったって聞いたけど大丈夫だったんだね、変わりなくて安心したよ」

 

「え、えっと…ご心配おかけしました」

 

当然のように言ってくれるが変わりすぎなのである、主に胸が。しかしリーンに私の胸を気にする素振りは全くない、もはや不気味にまで感じてしまう。

 

これ以上ここに居ても仕方ない。冒険者ギルドが屋敷の女性陣と同じ状態なのは分かった、ならば他の場所も調べてみなければ。

そう思えば私はルナさんやリーンに適当に何気ない会話をした後に屋敷に帰ることにしたのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

―紅魔の里―

 

屋敷に戻り、私とゆんゆん、そしてこめっこちゃんに逢いたいらしいのでアンリも連れて3人で紅魔の里へ飛ぶ事にした。飛んだ先は里の入口の象徴であるグリフォン像の前。

シルビアによって大半が破壊された里ではあったが今ではゴーレムや使役した悪魔による復興作業もほぼ終わっていて、すっかり元の長閑な里へと戻っていた。

そして私はあって欲しくはなかった現実と直面することになった。

 

「どうしたのアリス?落ち着きがないみたいだけど」

 

「……な、なんでもありません…」

 

なんでもない訳がない。紅魔の里で出歩く女性の胸が言うまでもなく全員巨乳だったのだから。流石アークウィザードの里と言える。全員がその資質を持っているのだから皆生まれながらに魔力が高い。魔力量=胸の大きさの理念が示す通りならおそらくこの里の女性はもれなく全員巨乳なのだろう。

 

「とりあえずめぐみんの実家にいこっか、ゆいゆいさんにアンリちゃんを預けていこう」

 

「…はい」

 

今回私とゆんゆんが里でやるべき事は里の中心にあるシルビアの墓からの魔術師殺しの欠片の採集、そしてあるえさんへのシルビア討伐金の手渡し。

どちらもアンリからすれば退屈なものになるだろうしそれなら仲の良かったこめっこちゃんと一緒にいた方がいいだろうとの考えに至ったのだ。シルビアの墓へは終わって帰る前に改めて行けばいい。

 

 

 

「あらいらっしゃい、元気そうで安心しました。アンリちゃんも元気にしてた?」

 

『…こんにちわ、ゆいゆいお姉ちゃん――』

 

「あらやだ、こんなおばさんを捕まえてお姉ちゃんだなんて!♪」

 

めぐみんの実家に着くなりゆいゆいさんが迎えてくれた。胸についてはもはや語るまい。胸があることで少しは年相応に見えるかと思いきや余計に若々しく見えるのは何故なのか。非常に失礼ながら以前は以前のめぐみんと似通ったちっぱい加減だったのに。

 

「あ、アリスだ!ゆんゆんとアンリもいる!」

 

「こんにちわ、こめっこちゃん。アンリのこと、よろしくお願いしますね」

 

安心すべきはこめっこちゃんを見た瞬間のみだった。まだ成人していない故に特におかしな様子はない、この様子だと王都もおかしかったとしても同じく成人していないアイリスに変化はないだろう、なんとなく安堵した。

 

――だからと言ってそれなら全て良しとはならないのだが。

 

今ならはっきり言える、胸なんて邪魔でしかない。男性からの視線はきついし何よりも恥ずかしい。目が覚めてからこの羞恥心は常時発動してるまである。

 

…となると余計に疑わしきはバニルなのだが、本来なら真っ先にバニルを訪ねるべきなのだがどうして私は呑気に紅魔の里まで来ているのだろうか。

 

「それじゃ、あるえの家にいこっか、多分家にいると思うし」

 

「…はい」

 

ただここで突然帰るなんて言っても不自然でしかない。現状私以外の誰もがこの胸の状態を疑問視していないのだから。とりあえず紅魔の里での用事を済ませてしまうしかないだろう。ゆんゆんを説得できなければどの道帰ることもできない、何故ならここまで来たのはゆんゆんのテレポートでなのだから。

 

 

 

 

―紅魔の里・あるえさんの家―

 

ゆんゆんの案内により少し歩いて見えたのは普通の洋風の二階建ての一軒家。特に他と変わり映えのない家に着くなりゆんゆんが扉の前まで立って止まってしまった。

 

「……ゆんゆん?」

 

「……」

 

どうしたのか聞く前にゆんゆんは私へと振り返る、なんだか焦っているようにも見えるのは何故だろうか。

 

「…あ、あのさアリス、私はその……お友達のお家に来るの初めてで……その、どうしたらいいのかな…?」

 

「……えっと普通にノックして名前を呼べばいいのでは?」

 

「…で、でも、ノックした時にあるえが忙しくて機嫌損ねちゃったりしないかな?私なんかが家の前で大きな声で名前を呼んで嫌がられないかな?」

 

「……」

 

なるほど、これは焦っているのではない、挙動不審になっているのだ。しかしこれはゆんゆん故に仕方ない……とはならない。

 

確かに昔のゆんゆんならそんな事を言っても違和感はないが最近はそこまでひどいものでもなかった。何故それが掘り起こされたのだろうか。それはわからないがそれを言うならこのまま家の前にいるだけの方が機嫌を損ねる気もする。もしくは怪しく見られそうだ。

 

なので落ち着かないゆんゆんを無視して私が扉をノックする。

 

「あるえさん、いらっしゃいますか?アリスです」

 

「あ、アリス!?」

 

ゆんゆんが取り乱すがやっぱり無視しとく。しばらくすると家の中からドタドタと足音らしきものが聞こえてきて、そして扉が開かれた。

 

「おや、よく来てくれたね。丁度あの小説の続編が出来上がったところなんだ、是非君には読んでいただきたい、あがってくれ」

 

そうして登場したあるえさん。特に変化はない、はっきり覚えてはいないが多分胸の大きさはあまり誤差がないようにも見える。

…というより一番に胸を見る癖がついている気がする。非常事態故に仕方ないがそれがなければただの変態ではないだろうか。できる限り目立たないようにするしかない。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

「と、言う訳でこちらが報酬の5000万エリスになります」

 

「…っ!?」

 

家に上がらせてもらいお茶をご馳走になり、あるえさんを訪ねた目的であるシルビア討伐の報酬5000万エリス。それを私が説明するなりゆんゆんが収納魔道具から取り出した札束の山。それを見るなりあるえさんは絶句していた。

 

「…何か悪いね……私は大したことはしていないけど…、ここで断って揉めるのも嫌だし、素直に受け取らせてもらうよ」

 

「……は、はい、お納めください」

 

私は多分、今挙動不審になってる。そう自覚した。

 

というのが私の思うあるえさんは受け取りを拒否するとばかり思っていたから。そんな私の予想とは裏腹にあっさりと受け取ってしまったことはなんとなく違和感を覚える。

とはいえ私はあるえさんの事を完全に知っている訳でもない。ゆんゆんの顔を見れば特におかしく思っている様子もないし、これもあるえさんの一面であるのだろうか。確かに拒否されたら面倒ではあるが、なんとも腑に落ちなかった。

 

 

 

それから適当な雑談をしたのだが、終わって家を出た時にはその内容はあまり覚えていなかった。だけど特に気にすることなく私とゆんゆんはシルビアの墓に行き魔術師殺しの欠片を回収し、そしてアンリを迎えに行ってから紅魔の里を後にしたのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

――なんだかおかしい。

 

そう思ったのは必然だった。

段々と時間が流れるにつれて、物事がコマ送りになっているような感覚。まるで何かしらの出来事が簡略化されているような。

 

「……」

 

「……アリス?どうしたの?」

 

「……いえ、少し疲れただけです」

 

屋敷に帰り着くなりリビングのソファーに座り一息つく。はっきり言うと落ち着こうとしているのに全く落ち着かない。落ち着かない一番の理由は間違いなく今もなお胸部に存在する存在感増し増しの大きなふたつのスイカである。

 

結局この胸に関しては男性からの視線が多くあったくらいで私にこんな大きな胸があるのはおかしいといったものは全く無かった。私が聞いた事の無かっためぐみんの言う魔力量と胸の大きさが比例することは常識の範疇なのだろう。

 

「戻ったんだね、おかえり」

 

「ふぁぁ……おっす」

 

リビングにいるとミツルギさんと欠伸をしながらのカズマ君が入ってきた。カズマ君は今まで寝ていたのだろうか、もうお昼前なのだが。

 

というのはカズマ君達は先日夜通しであの村まで来てくれたらしいのでそれは仕方ない。ミツルギさんも気遣ってくれてるのか目立たないように見せてはいるがよく見れば眠そうにしていた。クエストに行くつもりもないのでゆっくり休んで頂きたい。

 

和やかな時の流れを感じる。私も少し休もうかと思えば少し瞼が重く感じてくる。意識が離れていく感覚が襲ってくる。

 

 

――アリス!

 

 

「……え?」

 

「どうしたんだい?……っ!!?」

 

 

ミツルギさんが声をかけた瞬間だった。激しい轟音がしたと思えば屋敷の扉が派手に吹き飛んだ。

 

「…なっ!?」

 

「襲撃か…!?」

 

すぐに立ち上がるゆんゆんとカズマ君、ミツルギさんは考える前に走ってリビングを出ていく。部屋に魔剣を取りに行ったのだとすぐに理解できた。そして私達は扉のあった場所へと目を向ける。

 

「……」

 

「……エシリア……?」

 

そこには無言で剣を構えたエシリアが、鋭い視線をこちらに向けて威圧していた――。

 

 

 

 

 



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episode 166 やっぱりおかしいのは世界





※今回の話はガールズラブ要素満載でおまけにボーイズラブ要素まであります、苦手な方はご注意ください。一種のネタなのでタグは追加してません。


 

 

 

 

 

―ゆんゆん視点―

 

私の新しい杖を作る為に半ば強制的に行く事となったバニルのダンジョン。そこは以前来た時と全く違う、真っ直ぐな一本道だった。

アリスも疑問視していたけど、いくらなんでもダンジョンの内部構造が変化するなんてことは有り得るわけがない、きっと前回来た時とは別の入口なんだと思っていた。

 

そして先に進めばようやくフロアが見えてきた。だけどそこは行き止まり。

ならばこのフロアに何かないだろうかと探すも、盗賊職がいない私達では難航するかと思っていたら意外にあっさりとリアさんが怪しい箇所を見つけた、岩壁が不自然に一部盛り上がっていたのだ。

それをリアさんが外して見れば中には怪しげな赤くて丸いもの。アリスはスイッチだと言っていたけど魔道具とかにあるあのスイッチなのだろうか、そう思ってみれば見えなくはないけど、流石に何が起こるかわからないし押すのには勇気がいる。

 

そう思っていたら、他に道はないとリアさんが押すことになった。そしてそれが押された瞬間――。

 

 

「きゃあああ!?」

 

 

突然床がなくなって…重力に引き込まれるように私達は下へと落ちていった――。

 

 

 

 

 

 

どれくらい意識を失っていたのだろうか?わからないけど私はどうやら生きているようだ。暖かな何かに包まれた感覚…まるでお布団の中のようだ。

 

…と思ったら、やはり私はお布団の中にいた。そっと目を開ければ見慣れたいつもの場所。

ここはカズマさんの屋敷に間借りしている私の部屋だ。どうしてここに?もしかしてあの後誰かが運んでくれたのだろうか?

 

「……んん…」

 

「…え?」

 

布団をどけようとしたら抵抗を感じた。何かが私の布団を引っ張っている。…というか誰かが私の布団の中にいる?

 

私はそっと目を向ける。するとそこには金髪の長い髪と可愛らしい寝顔のアリスが心地よさそうに眠っていた。その横にはアンリちゃんもいる。

 

「……おはようございます、ゆんゆん」

 

「…え、あ…お、おはよう……え?え?」

 

どうして!?どうしてアリスとアンリちゃんが私のベッドに寝てるの!?私のベッドそんなに大きくないはずなんだけどと思ったのも束の間、よく見れば私のシングルベッドがツインサイズに変わっていた。勿論私は変えたつもりはない。

 

「…どうかしましたか?」

 

「…え、えっとその……こっちの台詞なんだけど…」

 

「…?」

 

アリスは私の言いたいことがわからないのか首を傾げていた。おかしな事だらけなのだけどどうしてアリスは当然のように私と同じベッドにアンリちゃんまで連れて寝ていたのだろう。

 

「…ど、どうしてアリスは私と一緒に寝てたの…?」

 

「……えっ?そんなの…」

 

私が尋ねればアリスは顔を赤くして俯いたと思えばそのまま布団を被ってしまった。その仕草は可愛らしいのだけど今の私の質問のどこにそうなってしまう要素があったのだろう?

 

 

 

 

「…私とゆんゆんが、付き合ってるからに決まってるではないですか」

 

 

 

 

 

 

「……え?えぇ!?」

 

何を言ってるのだろう、アリスは何を言い出したのだろう。頭が混乱してしまって大分間を空けて驚いた声を出してしまった。

私とアリスが付き合ってる!?なんで!?確かに私にとってアリスはとても大切な存在で常に一緒にいれることはすごく幸せだし、何よりも逃げてばかりだった私を変えてくれた私にとっての目標でもあった人。

 

自分の気持ちに嘘をつかずに言えば私はアリスのことが大好き。正直に言えばこの気持ちが親友としてなのか、恋愛感情からのものかはわからない、だけどアリスに想う好きは過去の誰とも当てはまらない新しい好きだったから、私にとってこれは恋なのではないかと勝手に解釈してる。

 

だけど一般視した時に、それはあまり良いものではない。性別の壁が立ち塞がる。

私もアリスも女の子なのだ。それはこの世界で一般的なものではない。だから葛藤する、こんな気持ちは初めてでどうしたらいいのか分からなかったのもあるけど、それでも一度はアリスに私の想いを伝えてしまおうと考えたことだってある。

 

だけどそれは結果的にできなくて、でも最近は言わなくて良かったとも思えていた。何故なら怖いから。

 

仮に私がアリスに私の想いを告げて、受け入れてくれたら凄く嬉しいし、それ以上に幸せなことはないと言えるくらいある。だけどそれがもし拒絶されたらどうなってしまうか。間違いなく今の親友という関係は音もなく崩れてしまう、もとい今まで通りの私達ではいられなくなる。そうなるのが怖かった。

 

 

 

「……何をそんなに驚いているのです?大体……そう言ってくれたのはゆんゆんの方ではないですか」

 

「……え?わ、私?」

 

「そうですよ、ゆんゆんがあの日、紅魔の里の魔神の丘で私の事が好きって言ってくれたのですよ?だから今こうしているんじゃないですか」

 

「……え?え?」

 

一体どうなってるのだろう。確かに私は魔神の丘で告白しようとしたけど、それは未遂に終わっているはず。なのに今のアリスは私の本来あの場所でしていただろう告白を聞いていて、なおかつ受け入れてくれているらしい。

 

『……ん――?』

 

「あ、起こしてしまいましたか、ごめんなさいねアンリ、おはようございます』

 

『…おはよーございます、アリスお姉ちゃん、ゆんゆんお姉ちゃん――』

 

話をしていた事で私とアリスの間に寝ていたアンリちゃんが目を覚ましたようだ。眠そうな眼をこすりながら上体をあげて起き上がった。そんなアンリちゃんの頭をアリスは優しく撫でてあげていた。

 

「…それにしても、朝ご飯作りは大丈夫です?なんなら私も手伝いましょうか」

 

「…え?朝ご飯…?……って、こんな時間!?」

 

時計を見ると時刻は7時。いつもなら6時には起きて朝食の支度をしている。そう思えば自然と身体が動いて布団から出た。そのままクローゼットの中から服を取り出して着替え始めていると、アリスもベッドから降りてきた。

 

「やはり私も手伝いましょう、料理は苦手ですから大したことはできませんが、お茶とかいれるのなら私でもできますからね。…アンリはまだ寝てていいですよ?後で起こしに来ますからね」

 

『――うん――…』

 

アンリちゃんは再び布団にはいると、そのまま気持ちよさそうに眠りにつく。そしてアリスは当たり前のように私の部屋のクローゼットからアリスのいつものプリーストドレスを取り出して、私と同じように着替え出した。

 

そして着替え終わりにアリスが近付いてきた。

 

「そうそう、忘れてました」

 

「……え?……っ!!??」

 

――私がアリスに振り向いた瞬間、アリスの唇と私の唇が触れ合った。

 

「おはようございます、のキスです。それじゃ頑張って朝ご飯を作りましょうか」

 

「………………」

 

「……ゆんゆん?」

 

「ひゃ、ひゃい!?!?」

 

頭が真っ白になった。今もまだ唇に増えた感触が残っていて、自分でも自身の顔が真っ赤になっていると自覚するのは簡単なことだった。

 

「……何故初めてしたみたいな顔をしているのですか?もう何度もしているではないですか…」

 

「……え、え?」

 

「…変なゆんゆんですね、先に行ってますからね?」

 

そう言うとアリスは何気ない様子で扉を空けて下の階へと降りていった。一方私の放心状態は終わりを迎えてくれない。

 

今のこの状態は、私にとってどうなのだろうか。告白が受け入れられて、当たり前のようにキスまでしちゃう仲になっている。何度もしているとは言うけど、当然私にそんな記憶はない。

 

大体ファーストキスなんて人生でも大事な事を忘れるはずないじゃない!?好きな人とそんなことした日には恥ずかしすぎて夜も眠れなくなるくらいの自信があるよ!?…そう考えたらやっぱりおかしい。

 

問題はおかしいのはどちらなのか。アリスがおかしいのか、私がおかしいのか。ただアリスだけがおかしいのなら私のこの部屋の変わりようはなんなのだろう?

今改めて見渡して見れば私の部屋だった場所はアリスと同じ部屋になったことでアリスの私物もあちらこちらに置かれている。それもどれも自然な形で。自然な形である事が、私には逆に違和感を覚えさせる。

 

「……いたっ…」

 

手が動いて、自然と自身の頬を強く抓ってみた。だけど感じた痛みにリアリティはあった。つまり夢ではないのだろうか。

夢じゃないとすれば私にはまだ気になる事もある。アリスとの関係もそうだけど、それより私はバニルのダンジョンでどうなって今ここにいるのだろう?落ちたことで気絶して屋敷まで運ばれたのかな?でもそんな状態ならそれはそれでおかしい。今の通常の日常の朝のような場面が。

 

「ゆんゆんー?まさか二度寝してませんよねー?」

 

「…っ!?寝てないよ!すぐ行くね!」

 

ずっと考えたら扉を開けてアリスが顔を出したので私は慌てて返事をした。…とりあえずこのままじゃ分からない事が多すぎる、バニルのダンジョンの件については、料理しながらアリスに聞いてみよう。そう思うと急いで着替えを終わらせて私は部屋を出ることにした――。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

「おやゆんゆん、今日は随分遅い起床ですね、眠れなくなるようなことをしていたのでしょうか?」

 

「こらこら、そんな事を言うもんじゃないぞめぐみん。…おはようゆんゆん、朝食なら今日は私とめぐみんで作っておいたから気にする必要はないぞ」

 

「……え…ええ…?………あ、はい、すみません…」

 

それが私の頑張って絞り出せた言葉だった。

 

キッチンに向かってみればめぐみんとダクネスさんがいて既に朝食が並んでいた。それについては申し訳なく思う、何故なら家賃も払わないでいいのなら朝食くらいは毎日作りますと言って私はこの屋敷に住んでるのだから。

と言っても私が一方的に申し出ただけでみんなはそんなに気にする必要はないって言ってはくれてるけど。

 

だけど私がそんな風になってしまった要因はそれではない、その程度ならいくら私でもそこまで気にはしない。

 

「ほらめぐみん、頬に米粒がついているぞ」

 

「あ……、す、すみませんダクネス…」

 

 

……なんかこの2人、距離感が近過ぎない…?

 

これが私の挙動不審にさせた理由。あからさまにダクネスさんとめぐみんの距離が近い。それは位置的な問題だけではなく、なんというか心の距離が。

ダクネスに見つめられためぐみんは顔を赤くして目を逸らしてるけど満更ではなさそうで。

 

「……え?…あ、あの…2人ってもしかして…そんな関係だったの…?」

 

「…?どうしたんだゆんゆん」

 

「相変わらずのゆんゆんっぷりですね、それとも寝ぼけているのですか?私とダクネスが付き合ってるのは今に始まったことではないでしょう?」

 

「えっ?…えぇぇぇ!?」

 

当然のようにめぐみんから爆弾発言が飛び込んできた。一体いつの間にそんな関係になったの!?私の推測だと2人とも確かカズマさんの事を想っていたはずだよね!?何よりも

 

「だ、だって……そ、その……女の子同士で付き合うなんて…」

 

これに尽きる。だけど私はその言葉が盛大なブーメランであると気付いたのはそれを言ってしまってすぐだった。

 

「……ゆんゆん、やはり寝ぼけてますか?同性同士で付き合うことは当たり前のことではないですか。いくら里ではみ出しものだった貴女でも、そんな感性まではみだしていませんよね?」

 

「……え?……は?」

 

「おかしな事を言うな、それならゆんゆんとアリスも付き合ってるだろう?」

 

「…そ、それは…」

 

もはや驚愕で言葉が出てこない。この2人は同性同士で付き合うことが当たり前のように言ってるのだから。

仮に2人が言うようにそれがこの世界での正しい在り方であったなら、そもそも私はアリスと一緒にいて悩む必要性は全くなかったのだから。

 

ならこの世界の在り方は私にとって望むべき姿なのだろうか、と聞かれると、即答はできない。できる訳がない、私の14年間培った常識のひとつが破綻してしまうことになるのだから。

 

そこまで考えてふと疑問が湧いた。私とアリス。ダクネスさんとめぐみん。…このように付き合ってる人がいて、それが常識だというのなら他にも私の知らないカップリングがあるのだろうか?…いやいやそうじゃなくて。

 

時を戻そう。そもそもだ、そもそも私はバニルのダンジョンに入ってからの記憶がない。気が付いたらこうしてアリスとカップルになった状態で朝を迎えている、これは異常でしかない。

 

「ゆんゆんでもたまにはそういう時もありますよ、おはようございます、朝ご飯助かりました」

 

「おはようアリス」「おはようございます」

 

そうこう考えていたら顔を洗ったアリスがキッチンに顔を出した。あれ?私はいつ顔を洗ったかな?だけど妙にスッキリしてるしいつの間にか洗っていたのだろうか。…いやそれよりも。

 

「あの、アリス?昨日バニルさんのダンジョンに行った後……どうなったの??」

 

「……バニルのダンジョン……ですか?」

 

私の質問にアリスは考え悩む素振りを見せる。もしかして覚えてないのだろうか?…それともアリスはバニルさんに何かされてしまったのだろうかと疑うも、それならダクネスさんとめぐみんもおかしくなってるのはおかしく思える、この2人は昨日一緒にはいなかったのだから。

 

「…ゆんゆん、やはりまだ寝ぼけてますか?昨日はウィズさんのお店に行ってからそのまま帰ってきたではないですか。その後夜に明日は紅魔の里に行ってあるえさんに会いに行ったり、杖の材料である魔術師殺しの欠片の採集と……その…ゆんゆんのご両親に私達の報告もしなきゃですし…」

 

「……え…そ、そっかぁ……そうだったね……」

 

勿論そんな記憶はない。だけどアリスが嘘を言ってるようには見えない。ならその聞いた事のない予定を実行してしまおうとまで開き直った。

そうすれば、私がおかしいのかアリス達がおかしいのかわかる気がする。思考はいとも容易くそのように答えを導き出した。…まるで何かに引きづられるように。

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

アリスと私、アンリちゃんの3人は準備を終えて屋敷の外に出る。これから私のテレポートで紅魔の里へと飛ぶつもりだ。

一応テレポートで移動する際には巻き込みなどの考慮をして飛ぶ場所はある程度決めている。家の中だと何かの拍子にちょむすけがはいってきたりする場合もあるし基本的に飛ぶのは屋敷の庭。

 

「お?おはよう、今から出かけるのか?」

 

「お、おはようございますカズマさん」

 

「おはようございますカズマ君、また朝帰りですか?」

 

そんな時に屋敷に向かってきたのはこの屋敷の主であるカズマさん。それにしてもまた朝帰りとはどういう事だろう。私はそのままアリスとカズマさんの話を聞くことにした。

 

「仕方ないだろ?ダストやキースが中々返してくれないんだから」

 

「…あ、あの、それってどういう…?」

 

「あれ?ゆんゆんは聞いてないのか?最近ミッツさんが家に来ただろ、それを何か勘違いしたみたいであいつらがヤキモチを焼いてるんだよ、おかげで宥めるのも楽じゃないんだよ」

 

「ふふっ、モテる方はお辛いですね」

 

…和やかに言ってるけど…これってようはカズマさんとあのダストさんやキースさんがアレな関係ってこと!?と思うと同時に理解した。理解したくないけどしてしまった。

同性でのカップルが一般的ということは、それは当然女性だけでなく男性にもあてはまることになる。

でもそれだと結婚したら子供とかはどうやって作るのだろう?考えたら寒気すらしてきた。

 

やっぱりおかしい。最初からおかしいとは思っているけど再認識した。紅魔族がおかしいとかそんな次元の話じゃない。世界そのものがおかしい。

 

待ってよ。

 

それなら私のお父さんとお母さんはどうなってるの?めぐみんの両親は?そもそもそんな世界観で私はどうやって産まれたの?

 

考えていたら身震いを起こしてしまった。怖い、紅魔の里に帰ってそれを確認するのが怖い。

 

「おいゆんゆん、大丈夫か?顔色が悪いぞ?」

 

「…ゆんゆん?」

 

『…ゆんゆんお姉ちゃん――?』

 

「……え?」

 

気付けば心配そうに私を見ている3人。流石にこうまで考えてしまったら誤魔化すことも難しい。どう言おうか悩んでたら…

 

屋敷の外から人影が見えた。

 

「ここにいたのか、ゆんゆん」

 

「……え?」

 

突如現れたのは…、あのバニルのダンジョンで一緒にいたリアさん。ここまで走って来たのか疲れているようにも見える。

 

「いい加減に目を覚ませーー!!」

 

リアさんがその場で思いのまま叫ぶ。すると私の周囲は真っ白になって…

 

そのまま私の意識は途絶えることになった。

 

 

 

 



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episode 167 夢の後遺症

 

 

 

―バニルのダンジョン―

 

―視点アリス―

 

「起きてよアリス、しっかりして!」

 

「ゆんゆん、目を開けてくれ!」

 

そんな2人の声が同時に聞こえてきたと思えば、私の意識は覚醒した。

目を開ければまずエシリアの心配しているような必死な表情が見えた。それにより私は驚き身震いを起こした。

 

何故なら私の記憶では、屋敷の扉を吹き飛ばして登場したエシリアは見たことも無いするどい視線を向けてきたのだから。あのままではそのまま殺されていたのではないかと思えるほどに。

 

「…やっと起きた…、大丈夫なの?」

 

「……え?あ……」

 

私はまず真っ先にエシリアの目を見て…あれが全て夢であると確信できた。大体エシリアが私達に向けてあんな顔をするはずがない。操られてるとかがない限り。それで落ち着いたら自身の胸を見た。そこにはあの大きな2つのスイカはなくなっていて、いつもの大きさに戻っていた。

 

……良かった、本当にあれが夢で良かった…。あんな大きさになってずっと羞恥心で爆発しそうだった。男性の視線は常時あったし無駄に重いしはっきり言うと邪魔だし。これからおそらく私は他人の胸に対して負の感情を抱く事はないだろうくらいある、逆に同情の目線を送ってしまいそうな気さえする。

 

そして今いる場所は…あの時と変わらぬ洞窟の中。おそらくバニルのダンジョンなのだろう。

 

「……変な夢を見ていました…」

 

「夢って…何を呑気な…しっかりしてよ先輩?」

 

「うっ…」

 

先輩を強調して聞こえたエシリアの言葉には皮肉混じりな感じがした。これは情けないし恥ずかしい。

何故ならリアやエシリアは駆け出し冒険者、私やゆんゆんは王都でも名が売れた冒険者だ。自分で言うのも変な気もするけどそれは客観視してみれば間違いない。

だからこそ、私は心の片隅で2人を守らないと、先輩として導かないといけない。そんな想いが無意識に生まれていたのだから。

だけど実際はどうだろうか、私とゆんゆんは気を失っていて駆け出し冒険者である2人に介抱される始末。これほど情けないことがあるだろうか。

 

それにしてもゆんゆんは大丈夫なのだろうか?リアさんが揺さぶって声をかけてるけど未だに起きる気配はない。

状況を見るに、私達は確かに落下した。そして今の場所で気絶していたと思われる。どれくらいの高さから落ちたかわからないが起きないとなると心配にもなる。

 

「リア、ゆんゆんは大丈夫なのです?」

 

「…あぁ、呼吸はしているし眠っているだけのように見えるんだが…いくら揺さぶって声をかけても目覚める様子がないんだ…」

 

「…っ!?変わってください!」

 

悠長にしている余裕はない。このままゆんゆんが目覚めないなんて事にしたくない。私はアークプリーストだ。今のゆんゆんがどんな症状なのかわからないけど回復魔法を使ってみよう。そう思い起き上がるとゆんゆんの傍に座った。

 

「ゆんゆん?大丈夫ですか?今回復魔法を使いますからね?」

 

「……う、うーん…」

 

とは言え一見すると外傷はなさそうだ。ならば身体の全体を癒すように働きかけてみればいい。手をかざしてゆんゆんへと向ける。そして詠唱を始めて唱える。

 

「…セイクリッド・ハイネス・ヒール…!」

 

いつものように淡いエメラルドグリーンの光が立ち込めてゆんゆんを癒す。これで大丈夫かなとゆんゆんの顔を覗き込んだその瞬間だった。

 

「……ん…っ!?」

 

「…え?……っ!?」

 

ゆんゆんは勢いのまま飛び起きた。その上体を起こしたことで、私の顔とゆんゆんの顔が急速接近してきたと思うと同時に…

 

 

 

 

――私とゆんゆんの唇はその勢いのまま重なった――。

 

 

 

 

いやそうはならんやろ。真っ先にそう言いたかった。なっとるやろがいと言われたら返す言葉が無いのだけど、普通顔を覗き込んだ途端相手が起き上がったらお互いのおでこでごっつんこしちゃってお互いに痛みに悶えるとかじゃないのか。

 

リアとエシリアは空いた口が塞がらず驚きのあまり硬直してしまっているが今の私にとってそれを気にする余裕はない。事故とはいえゆんゆんにファーストキスを奪われてしまった。……いやまぁファーストキスなんて気にするほど乙女なつもりもないのだけどむしろ問題はゆんゆんだろう。そういうのめちゃくちゃ気にしそうだしショックで立ち直れなくなるとかなければいいのだけど。そう考えていたら奪われたではなく私が奪ったとも言えちゃう。

 

「……え?……あれ?……え?」

 

「………ようやく起きましたか、大丈夫ですか?」

 

「……う、うん……あれ?カズマさんとアンリちゃんは…?」

 

そのままゆんゆんは周囲を見渡す。意外にも事故によるキスについてはあまり気にしていないように見える。というかゆんゆんもまた私のように夢を見ていたようだ。

 

「落ち着いてください、カズマ君もアンリもいませんよ。思い出してください、ここはバニルのダンジョンですよ」

 

「…………え?…あ、そっか……」

 

座り込んだままのゆんゆんはそのままぐったりとしてしまった。そして予想すると私と同じように変な夢を見ていたのではないだろうか。私と同じ夢ではないだろうし、ここがバニルのダンジョンともなればあの夢も完全に納得である。夢ならばどのようにも出来てしまう、アクア様の存在とか有効範囲とか全く関係ないのだからどんな事柄だろうがやりたい放題できてしまうだろう。

 

「……え?…てことは…あの朝起きた時から…全部夢…?……ってことは、今のは……っ!?」

 

ものすごいタイムラグを感じた。起き上がりぶつかりのようなキスであったが起こった時は平然としていたのに今になって顔を真っ赤にしてしまっている。

 

「…あ、あの、ゆんゆん?…ごめんなさい、私が不容易に覗き込んだせいで…」

 

「……ううん、私こそ突然起き上がってごめんね……」

 

そして両手を顔を覆ったまま話すゆんゆん。やはりショックが大きいのだろうか。…それ以前にどんな夢を見ていたのだろうか。おそらくバニルが見せた夢故にロクなものではないことは確かだろう、私と同じように。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

「……コホン、そろそろ話をしていいだろうか?」

 

「「……あ、はい…」」

 

リアの咳払い付きの一言で現状を確認することにした。まだあのリアルすぎた夢を引きづっている感覚はあるのでどうにも落ち着かない。それはゆんゆんも同じのようで、相変わらず顔を赤くしたままだった、まぁゆんゆんの場合は事故のせいでもあるのだけど。…そっとしておこう。

 

「…そ、それで、どんな状況なのです?」

 

「どうもこうも…あのスイッチを押して落下したと思ったら気付いたらここで寝ていた…くらいしか言えないな…」

 

「リアやエシリアも寝ていたのですか?」

 

「うん、アリスみたいに夢とかは見てなかったよ。私もリアも割とすぐに起きたと思う。それで今までずっと2人を起こそうとしてたんだけどさ、全然起きなくて本当に心配したんだから」

 

「……それはすみません…」

 

ふと思えばどれだけ時間が経ったのだろうか。確かウィズさんのお店に居た頃の時刻は14時かそこらだったはず。

胸にある銀の懐中時計を開けてみれば時刻は18時半。思ったより時間は経っていないようだがこのままではまた屋敷に残る仲間達を心配させてしまう。

 

「それで、ここからはどう行けば…」

 

「私も軽く見渡したが……あれしかないようだ」

 

リアがあれと言うのは今いるフロアの先に見える魔法陣。なんとなくテレポートサービスにあるそれに似ていた。あれに乗れば自動で何処かに飛ぶ事ができるのだろうか。

 

「……他には何もない、行くしかないだろう」

 

「……酷いデジャヴを感じる…」

 

エシリアが嫌そうな顔をしているが他にないなら行くしかない。ずっとこのままこの場所にいる訳にもいかないのだから。

 

意を決したと同時に私が魔法陣の上に立つと、ゆんゆんも続いて、リアと少し遅れたエシリアが続いた。

すると魔法陣は私達全員が乗ったことで反応した。白く光輝いて光は私達を包み込む。いつもゆんゆんのテレポートで起こる現象と変わらないものだった。そしてそのまま私達はそのまま消え去った――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

―ウィズ魔導具店―

 

 

「フハハハッ!!おかえりなさいませお客様方!!このバニルのダンジョンを無事クリアして戻ってきたようだな!!予想以上の悪感情、真にご馳走様である♪汝らのおかげで吾輩の腹を実に満たされることになった、あまりにも多くて冷凍保存したかったほどだ!」

 

「わぁぁぁぁ!?!?」

 

テレポートをして聞こえてきたのはバニルのこの一声である。ゆんゆんは顔を真っ赤にしながらバニルに向かって拳をにぎって襲いかかるがバニルは嘲笑うかのように避けている。余計に悪感情を提供してるだけのような気もする。

 

「…一体どんな夢を見たんだろ…」

 

「夢まで見せるとは悪魔とはなんでもありなのか…」

 

「流石に吾輩にもそのような事はできぬが、そこは協力者がいたと言っておこう。吾輩を慕ってくれる者もこの街にはいるのでな」

 

被害に遭わなかった2人がいえば、バニルは悪感情を得られた喜びでテンション高めにこう返した。バニルを慕うとなると同じ悪魔だろう。となると心当たりはあそこしかないのだが。

 

「すみませんすみません!私も知らなくて…分かっていたら止めていたんですけど…その…皆さんが無事で良かったです…」

 

バニルの傍にいたウィズさんは私達が帰ってくるなり平謝りしていた。はっきり言えば全然無事ではない、主にゆんゆんのメンタルが。とはいえウィズさんは何も悪くないので謝られても逆に申し訳なさを感じるだけだ。

 

「フハハハッ!!まぁ落ち着くが良い元ぼっち娘よ、おかげで汝にとって良い事もあった事も事実であろう?」

 

「……っ!!」

 

全部知られている。そう思えばゆんゆんの顔が真っ赤なのは収まりそうになかった。とりあえず本来の目的の物が影も形もなかった訳だが結局完全に騙されていただけなのだろうか。

 

「…そこまでにしましょうゆんゆん、これ以上バニルにどんな反応をしても、バニルを喜ばせるだけですよ」

 

「……うぅ…」

 

私がゆんゆんを止めれば、ゆんゆんはそのまま座り込んで顔を隠してしまった。思ったよりかなりダメージが大きいらしい。

 

「吾輩としても既に満たされておるのでな、そろそろこちらを見せておこうか」

 

「……それは…っ!?」

 

バニルが掲げてみせたのは片手の平では入りきれない大きさのマナタイト結晶、その光沢は過去何度か見た事のある物よりも煌びやかに感じた。素人である私が見立てても数千万エリスの価値がありそうに見える。

 

「…それは何処に…?」

 

「無論、吾輩のダンジョンを作っていた最中、偶然発見したので発掘したものだ」

 

「…あるんなら最初から出してほしいかな…」

 

エシリアはがくりと項垂れるがこれはお金の代わりに悪感情を要求したということなのか。こちらが了承してないのであまりにも一方的すぎるのだけど。やはりもう一度討伐した方がいいのではないだろうかこの悪魔は。

 

とはいえ数千万すると思われるマナタイト結晶をポンともらえるならいいか、と強引に納得して私はバニルの持つマナタイト結晶に手を伸ばす、すると。

 

「おっと胸を渇望していた娘よ、タダでやるとは一言も言ってないぞ?汝らがあのダンジョンへ行くことで得たのはこれの優先購入権なのだからな。ではではこちらの出すところによっては5000万エリスにはなるだろうマナタイト結晶、3000万エリスでいかがかな?」

 

…どうやらそれでいてなおお金を要求するらしい。やはりまた討伐すべきではないだろうか。

…結局ゆんゆんはその品質をウィズさんに確認してもらった上で3000万エリスで買う事にした。色々ありすぎたが私達は2つ目の材料であるマナタイト結晶を入手したのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

――翌日。

 

ウィズさんのお店を出てワイバーンの爪の代金600万エリスを支払い、改めてワイバーンの爪はゆんゆんのものとなった。これで残るはひとつ、紅魔の里にある魔術師殺しの残骸から必要な分の金属を入手するだけになった。

 

よって善は急げ。私とゆんゆん、そしてこめっこちゃんに会いに行きたいと言うアンリの要望を聞いた事でアンリも含めた3人で紅魔の里へと向かう事になった。…ここまでは夢と全く同じである。同じという事がなんとなく気味が悪い。

 

それはゆんゆんも同じだったようだ。

 

「……ゆんゆん?ずっと思い詰めた顔をしてますが大丈夫ですか…?」

 

「……大丈夫、あれは夢、あれは夢あれは夢あれは夢あれは夢あれは夢あれは夢あれは夢あれは夢あれは夢あれは夢……」

 

…全然大丈夫そうに見えなかった。本当にどんな夢を見ていたのだろうか?聞いてみてもゆんゆんは頑なに喋ってくれなくてなんでもないの一点張りだ。そこまで言われたら聞く訳にもいかないし私の夢とてあまり話したくないのが本音なのでお互い様ではあるのだけど。

 

だけどこのまま放っておくことは私にはできなかった。

 

「ゆんゆん?ゆんゆん!」

 

「……っ!?」

 

私の荒らげた声にゆんゆんはようやく反応してくれた。どんな夢だったのか聞く事ができないのなら私にはこうして落ち着かせることしかできない。そんな時だった。

 

「お?おはよう、今から出かけるのか?」

 

「おはようございますカズマ君、はい、紅魔の里まで……、ってカズマ君は朝帰りですか?」

 

「…っ!?」

 

屋敷の入口に私とゆんゆんとアンリの3人で立っていたらカズマ君が外からやって来た。そういえば昨夜は見かけなかったがどこへ行ってたんだろう?そして何故かカズマ君の姿を見たゆんゆんは余計に青ざめた気がした。

 

「あぁ、ダストとキースが中々帰してくれなくてな、ようやく帰ってこれたところだ」

 

「なるほど、モテる男は大変ですね」

 

「おいおい…」

 

「えぇぇぇぇ!?」

 

軽口を叩いてたら突然のゆんゆんの絶叫に私もカズマ君もアンリも驚きゆんゆんに注目した。何かゆんゆんにとってそこまでさせる事があっただろうかと疑問に思うも、私には思いつかない。

 

少し間を空けて、どこか必死な様子なゆんゆんはカズマ君に詰め寄った。

 

「あ、あの…カズマさん?ダストさんとキースさんが朝まで返してくれなかったのって…その…やっぱり……?」

 

「…ん?そりゃこの街で俺が大金持ってるのは周知のことだからな…、あいつら顔を見る度に奢ってくれってしがみついてくるんだよ。特にダストなんかまたギャンブルですったらしくてな、哀れに見えてきたからちょっとだけだぞって言ったら…はぁ……まさか朝まで飲まされると思わなかったよ」

 

「……あ、あぁ……付き合わされたってそういうことだったんですか…」

 

「他にどんな事だと思ったんだよ!?」

 

本当にどんな事かと思ったのだろう。ただそれを聞いたゆんゆんはどこか落ち着きを取り戻してみえるし、私としてはまぁいいかと前向きに考えるのだった――。

 

 

 

 

 

 

 



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episode 168 残った報酬の使い道

 

 

 

 

―紅魔の里―

 

カズマ君と別れた私達3人はゆんゆんのテレポートにより紅魔の里の入口にあるグリフォン像の前へと飛んだ。

 

…ここまで夢とまったく変わらない光景を見ると改めて気持ち悪さもある。あの夢で見たようにかつてシルビアにより半壊した紅魔の里は紅魔族により使役された悪魔や召喚されたゴーレムにより復興作業がほぼ終了して、前に来た時のような長閑さを演出している。唯一夢と違うのは紅魔族の女性の胸が全員大きい訳では無いということか。

 

まぁもうひとつだけ夢とは異なる事があるのだが。

 

「……ゆんゆん?流石に私は数日滞在していただけなのでまだ紅魔の里の地理には明るくないのですが……」

 

「えっ!?……あ、うん。ど、どこから行こう……?」

 

「そうですね、せっかくですしまずはゆんゆんのお父さんにご挨拶を」

 

「ご挨拶……!?!?」

 

私の言葉にゆんゆんは再び顔を真っ赤にして狼狽えてしまった。何か問題でもあったのだろうか。

 

「はい、魔術師殺しの欠片てすが、流石に無断で持ち出す訳にも行きませんし、許可が必要ですよね?」

 

「…あ……、うん、そだね…それだけだよね…」

 

「……それだけ、とは?」

 

「な、なんでもない!」

 

ここまでのゆんゆんの顔がずっと赤いままの件。謎だ、本当に謎だ。一体何がどうなってゆんゆんをここまでにしてしまっているのだろうか。

なんでもないとは言っているがとてもそうは見えない。となるとやはり昨日の夢を引きづってる可能性が高いと見るしかないのだが私のようにおかしな日常の流れを夢見たのだろうか。

 

「……あ」

 

『――?』

 

そうだ、夢と言えば夢では確か紅魔の里に着き次第アンリをめぐみんの実家に預けに行ったはず。アンリもこめっこちゃんに会いたいだろうし実際今から行く場所はゆんゆんのお父さんである族長さんや、あるえさんに逢いに行くだけだしアンリとしては退屈になりそうだし。

 

「アンリ、先にこめっこちゃんに会いに行きますか。そのまま一緒に遊んでてくれたら…」

 

『…私、アリスお姉ちゃん達と一緒に居るよ――?』

 

「…え?」

 

意外にもアンリはそれを拒否した。おかしい、夢ではそんな事もなく普通にめぐみんの実家にお世話になっていたのに。

 

『――こめっこちゃんとは…、後で少し逢えたら大丈夫――、それより…』

 

「……?」

 

言いにくそうにしているアンリの次の一言に盛大に面食らうことになることを、私もゆんゆんも思いもしなかった。

 

 

『……今のお姉ちゃん達――…、なんだか、心配――…』

 

「……」

 

これには何も返せない。様々な感情が私に襲いかかった。多分ゆんゆんも同じだと思われる。

なんてことは無い。私から見てゆんゆんは未だに夢に引きづられていると解釈しているがそれは私も同じではないだろうか。

夢に引きづられているからこそ、無意識にあの夢に習って行動している始末、これは冷静に考えたらおかしい。ただ夢と現実が似すぎているのだ。

 

「…ありがとうございます、アンリ。では一緒に行きましょうか」

 

ただ言えるのは情けない。これに尽きる。同時に思えばいくらなんでも引きづりすぎである。いくらリアルだろうと夢は夢なのだ。今考えてもあんなの夢でしかないはずなのに。

 

そう思い直せたのは今のアンリのおかげだろう、だからこそ情けない。

 

「…ゆんゆん…」

 

「……うん…、過去に囚われちゃ駄目よね…」

 

私とゆんゆんの気持ちがひとつになった瞬間である。過去と書いて夢と読む。見通す悪魔のバニルならある程度私達がどう行動していたか把握することくらいは難しいものではないだろう。だからこそ現実がここまで夢と酷似してしまっている。

辻褄さえ合えば後は深く考えないようにするだけだ。バニルのせいで予知夢のようになってしまっている夢ではあるが私が見た夢は紅魔の里から帰るところまでだ。それさえ終わってしまえば元の日常に戻るだけなのだから。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

それから私達3人は族長さんの許可を得た上で魔術師殺しの欠片を入手し、もう一つの案件であるあるえさんの家へと向かった。

私はあるえさんの家を知らない、夢で見ただけである。…だけどそこまでの道程も、そしてその家すらも夢とまったく変わらない。夢を引きづらないように考えていてもこの光景は気持ちが良いものではない。

 

「……」

 

「アリス、どうしたの?」

 

「…いいえ、なんでもありません。ここがあるえさんの家なのです?」

 

夢で見ている故にそうである事は分かっているのだけど誤魔化すようにそう聞いていた。

一方ゆんゆんは大分落ち着きを取り戻していた。原因はゆんゆんの両親に会ったことだろうか。

ゆんゆんの実家へ行きゆんゆんの両親と再会したゆんゆんはそれはもう大変だった。

何がどう大変かって両親を見るなり「…良かった…良かったよぉぉ」と言いながら泣き出してしまったのだから、

明らかに夢に引きづられた上での言動なのは私にだけ分かったがゆんゆんは本当にどんな夢を見てあんな事になってしまったのだろう。当然ゆんゆんの両親は何が何だかさっぱりな様子で困惑してたし最終的にゆんゆんのお母さんに宥めて貰って今に至る。

 

「うん、今呼んでみるね。…あるえー?いるー?」

 

ゆんゆんが声を出して呼んでみると、家の中からドタドタと足音が聞こえてきて数秒、その家の扉は開かれた。うんうん、やはりあれは所詮夢だ、昔ならいざ知らず今のゆんゆんならお友達を呼ぶくらい普通にやってのける。

 

「おや?ゆんゆんにアリスじゃないか。丁度執筆も落ち着いてお茶でも飲もうと思っていたんだ、あがってくれ」

 

どうやらタイミングが良かったらしい。あるえさんは私達の顔を見るなり笑顔で迎えてくれた。これにはこちらも自然と笑顔で返す。

 

「…おや、この子は…?」

 

『…はじめまして――、アンリです――…』

 

「…あぁ、よろしくアンリ。我が名はあるえ、紅魔族随一の小説家にしてアークウィザードに就く者っ!」

 

私の後ろから顔を覗かせるようにではあるがアンリは自分から挨拶した。まだまだ人見知りが激しいけど成長しているように見えて自然と頭を撫でてあげた。よく挨拶できました、お姉ちゃんは嬉しいですよ。

…と思ったらあるえさんの紅魔族特有の名乗りに驚いて再び私の後ろに隠れてしまった。まぁアンリじゃなくても常人にこの名乗りはレベルが高い故に仕方ない。

 

 

 

 

あるえさんの部屋に入ればあちらこちらに本棚、そして大量の本がどこを見ても瞳に映る。どれもこれも小説の為の資料なのだろうか。本好きな私としては興味をそそられる。椅子に座るゆんゆんとアンリを後目に私は本棚の本のタイトルを物色していた。

 

「ちょっとアリス、勝手に触ったら悪いわよ」

 

「ちょっと見てるだけですよ」

 

そう言いながらも本棚の本の表紙を見てみる。

 

 

―ゼロカロリーの異世界食生活―

 

―痛いのは嫌なので攻撃される前にボコります―

 

―立て!勇者は成り上がれ!―

 

―オーバーワーク―

 

―幼女選挙―

 

…色んなタイトルがあるがとりあえずどれも見た事のないものばかりだ。読んでみたいなと思えるようなものもあった。そもそも何故私がこんな事をしているかと聞かれると夢と全然違う行動をとりたかったからかもしれない。夢ではこの書斎のような部屋も見てはいるがどんな本があったかなど見てはいない。まぁ夢だからこそそんな細かい事はしないだろうが、それをすることで私は夢への抵抗をしているのかもしれない。

 

「気に入った本があれば持っていくといい、どれも何度も読んでしまって持て余しているからね」

 

本を見ていたらティーポットやティーカップを乗せたトレイを持ったあるえさんが部屋へと入ってきた。とりあえず勝手に見ている事を怒ってはいないようだ。

 

「本当ですか?ありがとうございます♪」

 

「もう…アリスったら…そんな事をしに来た訳じゃないでしょ?」

 

私の行動がらしくないと感じたのか、ゆんゆんの向ける視線は少し呆れが混ざったように感じた。まぁ確かに普段の私なら他人の家に上がり込むなり本を物色するなんて図々しいことはできない。

 

まぁらしくない行動はこれくらいにしておこうと私は席に着くことにした。

お茶が出されてそれを頂き、ゆんゆんから要件を切り出すことに。

 

「あのねあるえ、先日魔王軍の幹部シルビアの討伐報酬が出たの」

 

「ほう…、それは良かったじゃないか。魔王軍の幹部ともなればその額はかなりのものなのだろう?」

 

「うん、それで…」

 

ゆんゆんは話しながらも収納用魔導具から次々とお金を出していく。テーブルの上に積み上げられていく札束。あるえさんを見れば呆然としてしまっている。

 

「これがね、あるえの取り分なの」

 

「……は?」

 

積み上げられた札束の山であるえさんの顔がもはや見えないのだが呆然としていることだけは把握できた。さてこれが夢なら色々言いつつあっさり受け取ってくれたけどリアルではどうなるのか。

 

「…気持ちだけ貰っておくよ、あの時戦っていたのは私だけじゃない、里の皆が戦っていたのに私だけ貰うのもおかしな話だろう?そもそも私は冒険者ではないからね、根本からそれを受け取る権利はないよ。何より私は自分の里を護る為に戦っていたに過ぎない」

 

「…ですが…」

 

「それよりも、里とは直接関わりがないにも関わらず戦っていた君達こそ受け取るべきだと私は思う。多分族長も同じ事を言うだろうね」

 

優しく笑うあるえさんを見て、私は何よりも安心した。

夢ではあっさり受け取ってくれたことで複雑な想いに駆られていたせいなのが一番大きな理由ではあるが、あるえさんの人柄を認識できた事が私にとって収穫だったのだから。

 

「そうだね、どうしても何かしたいと言うのならアリス君を主役の恋愛小説なんて書いてみたいのだが、良ければ君の恋愛話を聞かせて貰えないかな?」

 

「さて、そろそろ帰りましょうか」

 

すぐさま立ち上がった。待ってくれと呼ぶ声が聞こえるが聞かないことにしておく。私に恋愛話なんてある訳ないじゃないか。そう思い動こうとしたらゆんゆんの目線が何かを訴えている。

 

「…いやその…私もアリスのそういう話…聞いてみたいなぁ…なんて?」

 

「…自慢ではありませんが今まで生きててそういう浮ついた話は私には全くありませんよ」

 

ため息がてらにそう告げる。ゆんゆんは少しがっかりしているが無いものは無いのだ。過去に異性を意識して見た事なんてないのだから。それはきっと今後も変わらないだろうと思えるし。

 

「それは自慢になるのかい…?残念だ…やはり憶測で書くしかないのか…」

 

「書くのは確定なのですか!?」

 

「勿論だよ、むしろ恋愛経験のない子が恋に目覚める話なんて面白そうじゃないか。言っている今にもどんどんネタが浮かんできたよ。完成したら一番にアリス君に送らせてもらうよ、楽しみにしておいてくれ!」

 

今の私は複雑な愛想笑いをしていると思われる。まぁ単純な小説として読むだけならありかもしれないし別にいいやと気楽に考えることにした。

 

「…ゆんゆん、自分がモチーフじゃなくて良かったなんて考えていませんよね?」

 

「えっ!?そ、そんなことは…」

 

「安心してくれゆんゆん、紅魔英雄伝も同時進行で執筆させてもらうよ!さぁこれから忙しくなりそうだ」

 

「書かなくていいからね!?」

 

残念、ゆんゆんは逃げられなかった。あるえさんが元気そうでなによりだがゆんゆんにとってあるえさんの小説は一種のトラウマ案件故に嫌がられるのは仕方ない。結局逃げるようにあるえさんの家を後にするのだった――。

 

 

 

 

 

―紅魔の里―

 

さて、族長に許可を得て魔術師殺しの欠片の回収も終わった。あるえさんにも会った。こめっこちゃんにも会いに行った。これでとりあえず紅魔の里での目的は全て果たしたことになる。せっかくここまで来たのならと私達3人は以前立ち寄った食堂に足を運んでいた。

 

喫茶店『デッドリーポイズン』…前回来た時名前なんて見てなかったが改めて見ると凄い名前だ。とても喫茶店の名前とは思えない。

今回は普通に甘味がほしいだけなので前回アンリが注文したことで確実である『真紅に染まる清き乙女の血』…という名のイチゴパフェを3つ頼んだ。

 

品名が難解な事を除けば普通の喫茶店である、味も悪くないしまた紅魔の里にくる事があれば足を運ぼうと思えるくらいはあった。

そんなお店のテーブル席でイチゴパフェをスプーンでつつきながらも、私達は今後について話していた。

 

「とりあえず紅魔の里での目的は全て果たしたことになりますね、ゆんゆんの杖の材料も全て揃いましたし、後の問題は本来あるえさんに渡すつもりだった5000万エリスですか…」

 

「うん…カズマさん達にも話をしてみる?」

 

「うーん、あまりお金の話をしたくないのが本音ですけどね…、それに私達のパーティとカズマ君のパーティで半分に分け合ってお金の配分は決めてますので話したところで進展があるか微妙ですね、それならまずミツルギさんに話をしないと…」

 

ぶっちゃけるとクエスト云々とかよりこういったお金の話が一番厄介であり面倒だ。どこの世界に億単位のお金について話す16歳や14歳がいるというのか。当然そんな話に慣れていないし慣れたくもない。

 

「いっそゆんゆんが貰ってはどうですか?シルビア討伐の功績はゆんゆんの冒険者カードにありますし、それに杖の材料でかなりお金がかかってますよね?」

 

勿論ミツルギさんにも話はするがこの形ならミツルギさんも文句はないだろうと思うし。…と思うも、ゆんゆんの顔が物語っていた。これは否決されるであろうと。

 

「そういう訳にもいかないわよ…、杖でお金がかかっているのは確かだけど私個人の物だし、それに討伐履歴にシルビアの名前が載っているからって私一人の力じゃないんだからね?」

 

…まぁ予想通りと言えば予想通りなのか。ゆんゆんらしい答えが帰ってきた。本当に私の周りには無欲な人が多い。お金がもらえるんだから遠慮なく貰えばいいのに。多分この話をダストあたりにすれば喜んで持っていくだろうが流石にシルビアの件に全く関わっていない人にあげるほど私はお人好しではない。

 

…結局お金については私とゆんゆんだけでは話はまとまりそうにない。ならばミツルギさんを交えて3人で改めるしかないだろう。

 

本当に…お金の話はめんどくさい、そう思う私は多分商人とかにはなれないだろうな、となる気もないのにそんな事を思っていた。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

―アクセルの街・カズマ君の屋敷―

 

紅魔の里からゆんゆんのテレポートで帰還し、無事に屋敷にたどり着いた時の時刻は既に夕刻近かった。ゆんゆんの杖の材料も揃っているし明日には王都へ赴くことになるだろうし最近休みがちだったクエストもやらなければ。

 

いくら最近の王都が平和だとしてもそれで気を抜く訳にもいかないとはクレアさんの言である。どうあってもあの王都が対魔王軍最終防衛地点なのは間違いない。おそらく魔王が倒され魔王軍が滅びる日が来るまで王都に真の平和がもたらされることはないだろう。

 

それはそれとして、夕食も無事に終わった私達のパーティだけでリビングに集まりミツルギにお金の話を持ちかけた。

 

「それならアリスが受け取るべきだろう?何を悩む必要があるんだい?」

 

真っ先に迷いなくそう言われた。多分私がパーティリーダーだからこそとかそんな理由だと思うけど、はいそうですかでは頂きますとはなる訳もない。

 

「…ミツルギさん、いくら私がパーティリーダーだとしてもそんな横暴なことをするつもりは…」

 

「…あっ」

 

「…ゆんゆん?」

 

すると何かに気が付いたようにゆんゆんが声をあげた。続いてミツルギさんを見るとゆんゆんの様子に察したように見える。私だけわからない状態なのはなんとなく納得がいかない。

 

「いいかいアリス、あのシルビアの討伐だけど…佐藤和真のパーティや僕達のパーティ以外にも貢献した人がまだいないかい?」

 

「…え?」

 

あの時の紅魔の里で私達以外に貢献した人…。少なくとも紅魔族の人達ではないと思う…となると誰だろうか。少しだけ振り返ってみる。

 

「……あっ」

 

「…分かったみたいだね」

 

なるほど、確かにもう1人多大な貢献をしてくれた人物がいるではないか。しかもめちゃくちゃ身近に。そう思えば自然と私は隣に座ってリンゴジュースを飲んでる少女の頭を撫でた。

 

「うん、佐藤和真に聞いた話だとアンリはあのシルビアを最後に留めたんだ。あれがアンリじゃなくて他の紅魔族の人や子供だったとしたら…」

 

「……そうですね…、ごめんなさいアンリ。貴女の多大な貢献を考えてなかったなんて…」

 

『……――?』

 

アンリは可愛らしく首を傾げるが、ミツルギさんの話に私は身震いを起こしていた。ifの話は好きではないがあの時カズマ君とシルビアの元へ来たのがアンリではなく他の人だった場合、そのままシルビアに取り込まれて復活を果たし、カズマ君さえも危なかった。そんな最悪の可能性をアンリは潰していてくれたのだ。これほどの貢献はそうそうない。

 

「…そういう事ならわかりました、では私が預かるとしますね」

 

つまり残りの報酬はアンリの為に保護者である私が預かる。流石にこんな小さな子に大金を持たせる訳にはいかないし、何か欲しいものがあればそのお金で買ってあげたらいいのだ。そう思えばようやく重くのしかかった荷が降りた気がしたのだった――。

 

 

 

 

 






今更ながら消え去った原作話の一部。

アイリスとカズマが神器により入れ替わる事件、及びダクネスの父が呪われてダクネスがアルダープと婚約する話。

アルダープが王家に神器を贈るより前にアルダープが失脚したのでアルダープ関連の話はほぼ決着してます。アリスの存在で歴史が変わってしまいました。つまりカズマの見せ場が一気に減りました。王家に神器が行く前に回収されてるので当然カズマとクリスの王宮への神器回収もなくなりました。つまり銀髪の盗賊団は結成すらしてません。今後するかどうかは謎です。個人的には小説のネタに打って付けの案件なのですがアリスを絡ませるとなるとかなーり難しくて…。
特に王宮への神器回収の話にアリスを入れるとしたら当然ミツルギさん寄りになるのでゆんゆんまで参戦、つまりクリスとカズマが詰みます、考えはしましたがお蔵入りになりました。

代わりに考えたのがエシリア関連の話なのですが構成が難しいですね、上手く書けた気がしません。今後エシリアはリア達アクセルハーツと同じパーティとして活動するので完全に脇役になりそうですがまた出番はあります多分。

このファンオリジナルキャラだと他にも魅力的なキャラクターは多いのですが出すかどうかは今のところ未定です。あまりこのファン寄りになるとゲームをやってない読者さんが置いてきぼりになりそうですからね…。

ここまで読んでくださりありがとうございました、そろそろ新章に行くと思います。一体この小説はいつ終わるんだとなってますがネタが浮かぶ限りは書いていこうと思います、今後ともよろしくお願いします。





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episode 169 爆裂魔法専用の杖

 

 

 

―王都―

 

翌日、私達パーティは久しぶりに感じる王都へと来ていた。アクセルの街に慣れてくるとこの王都の人の多さには圧巻してしまう。襲撃がなくなり人が増えていることはメリットもあればデメリットもある、国としてはデメリット側を重点においているらしい。

 

というのもこれまで人がいればもし以前のように魔王軍の襲撃があった場合、必然的に逃げ遅れたりする人も出てくる可能性が高くなる。または人間の容姿に近い魔物などの絶好の隠れ蓑にもなる。そんな理由から、住民とは対照的に国の兵士達の厳戒態勢は昔より厳しいものになっているらしい。これは以前私達がアイリスといた時に受けた襲撃も影響があると思われるが今や街のどこを歩いていても守衛の兵士を見かける。

しかしこれもまた一般的な住民からすれば有難い事だ、何故なら常に取り締まる守衛の目があるのだから当然犯罪も減る。以前は広すぎた王都故にその治安は良いものとは言えなかったらしいが、今となってはそれも昔の話であり、近隣の街では最も治安の良いとされるアクセルの街に並ぶ程度には王都の治安は良くなっていた、これも王都に人が更に増える原因なのは間違いないだろう。

 

「実は僕もその店には興味があったんだ、武器は女神様から賜った魔剣グラムがあるけど、防具に関しては不安が残っていたからね」

 

ミツルギさんとしては強大な力を持つ魔王軍の幹部との戦いを経て思うところがあったらしい。過去の私達の戦いではダクネスという優秀な防御を誇るクルセイダーがいたことで助けられた場面も多い。性癖などを見なければダクネスはかなり優秀な盾なのだ。だけどダクネスは本来私達のパーティメンバーではない。だから常にダクネスを頼りにする訳にもいかないのだ。

 

「あのドワーフさんはかなり気難しい方ですからね…ミツルギさんを気に入って貰えたらいいのですが…」

 

「へぇ、そこまで想像通りなのか、これは逢うのが楽しみになってきたな」

 

「…それはともかく、佐藤和真。何故キミがここにいるんだ?」

 

鼻歌混じりなカズマ君の言葉にミツルギさんは不思議そうに尋ねた。聞き方によっては棘を感じるがミツルギさんの言い方は物腰柔らかくて単純に疑問に思っているだけなことが感じ取れた。

 

「本当は前回着いていくつもりだったんだけどな?あの時は私用がはいったんだよ、だから改めて今回ついていってるんだ」

 

私、ミツルギさん、ゆんゆん。そして今回はカズマ君が一緒に来ている。なんでも前回行くつもりだったがバニルとの商談がはいり来れなかったので今になって来たとのこと。ちなみに私達はその後にクエストへ行くつもりだがカズマ君はドワーフさんの店に寄ったら帰るらしい。個人的には盗賊職を兼任できるカズマ君が手伝ってくれたら楽にクエストをこなせるので少し残念である。

 

「…大丈夫かな…?これでも駄目って言われたら…」

 

「そこはウィズさんを信じましょう、きっと大丈夫ですよ」

 

マナタイト結晶、ワイバーンの爪、そして魔術師殺しの欠片。どれも元々の入手方法を考えたら楽なものはひとつもなかった。魔術師殺しの欠片はあっさり手に入ったが忘れてはいけない、それもまたシルビア討伐の副産物なのだから。そう思えば一番苦労したと言ってもいい。

他の材料に関してもウィズさんに鑑定してもらった上でのお墨付きである、ならばこれで自信を持たないのはウィズさんに対しても失礼にあたるのだ。

 

「…と、着きましたね。ここです」

 

「…ここって…ここか?」

 

「…なるほど、これはある程度情報がないと入ろうとも思わないな…」

 

ミツルギさんが言うように、一見するとその場所は既に住宅街の入口。それでいてそこらの民家とあまり変わらない見た目、唯一違うのは大きめの煙突くらいだろう。見事に他の住宅のように見せるカモフラージュができている。当然ながら店であることを示すような看板などはない。

 

そんな民家に等しい家の大きな木製の扉を開く。するとあちこちの棚に乱雑に置かれた武具の数々、そして奥に見えるカウンターには煙草を咥えて新聞を読む小柄ながら筋肉質で厳つい、スキンヘッドに黒い眼帯、白く長い髭をした壮年の男性がいた。

 

「……」

 

「…あ、あの、お邪魔します」

 

扉が開いたのにこちらを振り向く仕草すら見せない。気付いてないのだろうかと声をかければ不機嫌そうな視線だけが私達を襲う。思わず足がすくんでしまった。それはミツルギさんやカズマ君ですら同じだった、会うのは2度目の私でも怖いのに初見ではその恐怖はより強いと思われる。

 

「…あ、あの、言われた材料を持ってきました…!」

 

そんな中ゆんゆんだけは前に出て告げる。見れば足はガクガクに震えててよく声を出せたと感心できるほどだ。するとドワーフの職人は広げていた新聞を下ろすとともに目を見開いていた。

 

「……この短期間で揃えてきたと?俺は冗談が嫌いなんだがな」

 

「じ、冗談ではないです!査定をお願いします…!」

 

「…ふん、本当かどうかは材料を見れば分かる、か。いいだろう、ここに置きな」

 

「…は、はい…」

 

あれから1週間も経っていないことを考えたら信じられないのは無理もないかもしれない。ゆんゆんがおそるおそるカウンターの上にそれぞれの材料を置くとドワーフの眼光はより鋭くなる。

 

「……ほう…」

 

まずはマナタイト結晶、ワイバーンの爪、そして魔術師殺しの欠片と次々に品定めしている。ごつい見た目とは裏腹にその扱い方は丁寧なものだ、どれをとっても繊細なガラス細工でも触れるかのように優しく扱われていた。

 

「……まずは謝らなきゃいけねぇな、正直お前達のことを舐めていた、こんなに早く持ってきた上にどれも俺の予想を遥かに越えるものばかりだ、本当にすまなかった」

 

ようやく、ドワーフの目は私達から見て優しげに映った。張り詰めた緊張が緩和されると私達は揃って安堵の溜息をついてしまう。ようやくまともに取引する事ができそうだ。

実際私やゆんゆんなど一見したら子供と言われても反論はできない。子供じゃなくても壮年の男性から見たら良くて若造でしかないのだから舐められても仕方ない。そうならそうでこうして実力を示せばいいだけなのだから。

 

「あ、あの…じゃあ…」

 

「確か短杖だったな、すぐに作業に取り掛かろう。1週間くらいしたらまた取りに来い」

 

「え、えっと…お金は」

 

「いらん、あえて言うなら加工して余った材料さえ貰えたらそれでいい…この爪もマナタイトもとんでもない逸品だが…この魔法金属は何処で見つけたんだ?こんなの長年鍛冶屋をしていて初めて見たぞ」

 

ゆんゆんが相変わらずおそるおそる聞けば即答で返された。個人的にはウィズさんが鑑定してくれた際に驚いていたワイバーンの爪に一番興味を持たれると思っていたのだが。というのもこちらとしては1番安易に入手できてしまった品故にそこまでの考えはなかったのかもしれない。

 

「見ての通り私は紅魔族です。それは私の故郷に眠っていた魔術師殺しという兵器の一部になります」

 

ドワーフの様子が軟化したことで、こちら側も張り詰めた緊張が緩和された。ゆんゆんも落ち着いた様子で話すことができていた。それを聞いたドワーフは再び金属片に目を向けた。

 

「…聞いた事がある、古の魔導大国ノイズの科学者が創り出した兵器の一部か……くっくっく…長年鍛冶屋をやっていて良かったぜ…、まさか伝説の魔法金属にお目にかかれる日が来るとはな…」

 

感慨深く金属片を見つめるドワーフさんだがこの人が紅魔の里へ行って残りの残骸の成れの果てを見たらどう思うのだろうか。その伝説の魔法金属とやらは魔王軍幹部の墓石になっているのだけど、まるでその辺の石ころのように扱われているのだけど。

そんな気持ちは私だけではなかったようで他の3人も複雑な表情をしていたのは言うまでもない。

 

まぁ不要な情報を与える必要もないだろう。とりあえず問題なくゆんゆんの杖は製作してくれるようだ。後はお茶でも飲んでクエストにでも行きますか、と私はそんなノリに気持ちを切り替えていた。

 

「…なぁおっさん、物は相談なんだけどさ」

 

「…あん?」

 

カズマ君はカウンターに寄り添うようにゆんゆんの隣に立ち、その顔を寄せた。さっきまでびびって一言も喋らなかったのにえらい豹変ぶりである。これにはドワーフさんも怪訝なものを見るようにしていた。

 

「長杖かアクセサリーが欲しいんだけどさ、ここで作れないか?」

 

「…アクセサリーは専門外だ、他所をあたりな。杖なら作れんことはねぇが…作るかどうかはさておき、どんなのを望むんだ?」

 

「1度しか言わないからしっかり聞いてくれよ…爆裂魔法を存分に強化できる杖だ」

 

「……は?」

 

唖然とするドワーフさん、当然の反応である。こちらからすればめぐみんの為の物だとすぐに分かる。同時に深読みすればおそらくカズマ君は頑なにシルビアの討伐報酬を受け取らないめぐみんに高級な装備品という形に変えて渡すつもりなのだろう。

 

「だからさ、空前絶後の爆裂魔法による、爆裂魔法の為の、爆裂魔法しか愛せない者だけが扱える爆裂魔法専用の…「喧しいわ!!」…っ!?」

 

言い終える前にドワーフおじさんのツッコミが入ってしまった。これまた当然の反応である。何がカズマ君をここまでしてしまったのだろうか、もしかしたら初見の恐怖心で頭がおかしくなっているのかもしれない。

 

「冷やかしならとっとと出ていけ小僧!」

 

「いや、ふざけてる訳じゃないんだよ。金なら払うし、おっさんも興味湧かないか?爆裂魔法専用の杖とかさ」

 

「そんな使用用途が皆無に等しいもんに興味があるわけ………」

 

「使用用途ならあるんだよ、俺の仲間は爆裂魔法しか使わないからな」

 

勢いのまま怒鳴り散らしていたドワーフさんだが突如その口を止めた。…まぁ一理あるのかもしれない。爆裂魔法専用の杖なんて言い換えればめぐみん専用の杖と言っても過言ではない。何故ならあのアークウィザードしかいない紅魔の里であっても爆裂魔法を扱う人はめぐみん以外にいないのだから、おそらく人類で唯一爆裂魔法を扱える人間は現状私が知る限りめぐみんしかいないのではないだろうか。

そんな爆裂魔法専用の杖なんて普通なら絶対に作ろうとは思わないだろうしそんな注文なんてくるはずもない。純粋にひとりの職人として惹かれなくもない話なのかもしれない。

 

「……ふん、そこの小娘にも言ったが、俺は納得のいく素材がなければ作る気はないからな。材料さえ集めりゃ金額次第でやってやる。どうせこれから小娘の注文を受けなきゃならんからな。……ほれ、これらを集めてまた来い。今から作業にかかるからさっさと出ていけよ」

 

羊皮紙にスラスラと必要素材を書いたかと思えばそれをまるめてカズマ君に投げ渡し、ドワーフさんはそのまま店の奥へと行ってしまった。とことん商売をする気があるのか疑問だがあのドワーフさんはそういう人だと割り切るしかないのかもしれない。ウィズさんが薦めるほどの人だ、きっと素晴らしいゆんゆんの新杖を作ってくれることだろう。これ以上ここに居ても仕方ないので私達は外へ出ることにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…あ、そういえばミツルギさんの防具の事を言いそびれましたね…」

 

「…まぁ大丈夫だよ、現状壊れている訳でもないし、いざとなればアリスが回復してくれるだろう?」

 

王都の街中を歩いていてふと私が思い出したように聞くと、ミツルギさんからは特になんとも思ってないような楽観視した返事が帰ってくる。

…ぶっちゃけると私はこの3人のパーティで活動していて回復魔法を使ったことはほとんどなかったりする。あるとすればシルビアなどの大物相手くらいだろうか。と言うのもこのパーティ、攻撃は最大の防御を地で行くスタイルだからだ。

世界的に見ても高レベルモンスターが生息する王都近辺だが、モンスターが単独なら大抵はミツルギさんが、多数なら私とゆんゆんの魔法攻撃でほぼ終わってしまうのだ。

私とゆんゆんの2人きりのパーティの時には魔法で倒しきれなくて接近を許した際のモンスターからの攻撃で稀に負傷することもあったがミツルギさんの加入で私達の弱点だった接近戦を克服してしまった。

 

とはいえ普段私達のパーティで近接戦闘を行うミツルギさんの安全性はやはり上げておきたい、今の鎧は王都でも最上級の鎧らしいけどそれより上があるなら上げておきたいことは事実だ。

 

「都合良く鎧の神器とかあったらいいんですけどね」

 

「ははっ、神器なんてそう滅多にあるものじゃないと思うよ、確かにそんなものがあれば僕も助かるけどね」

 

そんな会話をしながらも私達は喫茶店へと向かっていた。後は軽食を摂ってクエストに行くつもりだ。予定ではカズマ君は参加しないらしいのでここでお別れするのだろうか?私はそれを聞こうと私達の後ろを歩くカズマ君へと振り返った。

 

「カズマ君はどうします?軽食するのでしたら私達と喫茶店に入りますか?」

 

「……」

 

カズマ君に問いかけるも、肝心のカズマ君は両手で持って広げた羊皮紙と睨めっこしていた。私の声は届いてないように見える。

 

「…カズマ君?」

 

「…え?あ、あぁ悪い、俺はこのまま帰るとするよ。めぐみんの杖の材料を探さなきゃいけないからな」

 

「…あ」

 

慌てて羊皮紙から目を離したカズマ君は、そのまま魔導具によるテレポートで飛んでいってしまった。とりあえず私達に頼る気はないらしい。なんとなくそれは寂しく思えてしまう。

 

「…私達に相談してくれてもいいですのに…」

 

「……うん、そうだよね」

 

「…佐藤和真はあくまで僕達とは違うパーティだ、もしかしたら自分達だけで達成したい想いもあるのかもしれないね。…とりあえずこの件は佐藤和真がこちらに助けを求めてきたら引き受けたらいいんじゃないかな?」

 

ミツルギさんが言うようにそうするしかないだろう。思い返せば私達がゆんゆんの新杖の材料を集めた際、ワイバーンの爪はエシリアのおかげとも言えるし運が良かった。けれど魔術師殺しの欠片はめぐみんの案でもあったのでどんな材料が必要になるのかくらいは教えて欲しかったのも本音である。

 

「…ですが…カズマ君は考えて行動しているのでしょうか?」

 

「…え?」

 

確かに爆裂魔法専用の杖なんてものが完成すればめぐみんにとってそれ以上欲しいものはないだろう、それは確信できる。問題はその杖の性能なのだ。

これが単純な強化ではなくて、例えば一日に2回以上撃てるようになったとかなればそれだけ爆裂魔法でのあらゆる被害は増すことになるのだけど。めぐみんの爆裂魔法によるモンスター以外の被害は現状でもかなりあるというのに。

 

下手すると爆裂魔法の強化によってカズマ君達の借金も強化されそうな気もするのだが、これは私の考えすぎなのだろうか、そうであってほしいと私はただ願うことしかできなかった――。

 

 

 

 





年末でなかなか執筆が難しいです、去年は暇でしたが今年はそうもいかないようで…、少し早いですが皆様、拙い小説でしたが読んで下さりありがとうございました、良いお年を!


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十章 ―アクセルの街の騒動―
episode 170 アンリの外出




あけましておめでとうございます()

気が付けば既にまる4ヶ月以上経ってますね、更新が滞り大変申し訳ないです。
新章になりますが手探りでやっていきますので気長にお待ちくださいませ。




 

 

 

 

 

視点―無し―

 

―アクセルの街―

 

小鳥の囀る朝、天気は快晴。

 

窓から差し込む朝日に、少女はふと目を覚ました。

 

『……ん――…』

 

少し大きめのベッドには2人の少女が寝ていた。ひとりはアリス。王都で蒼の賢者と呼ばれ日々活躍している今や王都で知らない者はいないだろうと思われるほどの冒険者、上級職のアークプリーストだ。支援職でありながら多彩な攻撃魔法を扱えることが異名の由来にもなっていて、彼女の強みでもある。異名そのものが恥ずかしいと考える当人にしてみれば呼んだところで微妙な顔が帰ってくるだけなのだがそれはさておき。

 

今回目を引くのは朝日が差し込みつつも気にせず寝ている彼女ではない。その隣にいたもう一人の少女だ。

 

ライトグリーンの長い髪に花飾り、つぶらな瞳は少し眠そうではある。それを小さな手で擦り、控えめに背伸びをする。

 

『……アリスお姉ちゃん―、起きて――?』

 

「……ん…………zzZ…」

 

少女は懸命にアリスを起こそうとする。掛け布団の上から肩を揺さぶるようにゆっくりと。しかしその揺れすら心地よいのだろうか、アリスが起きる気配はない。少し反応をしたかと思えばすぐに寝入ってしまった。

 

『……』

 

少女は困った様子で小首を傾げる。同時に考え、そして閃く。豆電球が光ったかのような反応を見せれば、そっとベッドから降りて布団をかけ直した。

それはせっかく気持ち良さそうに眠っているのだから起こさないようにという少女なりの配慮であろう。彼女は相変わらず寝ているアリスの顔を見て静かに微笑み、そのまま部屋を出ていった。

 

 

 

 

 

 

「あれ?アンリちゃん、おはよう。アリスは起きてる?」

 

『…ゆんゆんお姉ちゃん――、おはよーございます――、えっとアリスお姉ちゃんは…』

 

アンリ、それが少女の名前だ。呼ばれたことで振り向くものの、アンリは無言で首を横に振る。それを聞いたゆんゆんが一瞬だけ口角を緩ませたのをアンリは見逃さなかった。

 

「も、もうアリスったらしょうがないんだから…じゃ、じゃあ私が起こしに行くから、アンリちゃんは食堂に行っててね、ご飯はできてるから」

 

『……あ――』

 

アンリとしてはそのままアリスを寝かせておきたかったこともあり、ゆんゆんに声をかけようとするもゆんゆんは早足で部屋に入って行ってしまった。アンリは諦めたように息を吐くとゆっくりと階段を降りていった。

 

 

 

「おはようアンリ、今日ははやいじゃないか」

 

『…おはよーございます、ミツルギお兄ちゃん――』

 

いつもの青い鎧を着ていない、白を基調としたラフな普段着。どうやらアリス達が来るのを待っていたのだろう。ゆんゆんが用意した朝食には一切手を付けず姿勢を正して椅子に座っていた。

アンリとしては最初は苦手意識のあった彼だが、それはミツルギとの出会いが冒険者とモンスターという対面だったから。アリスやゆんゆんともそれは同じであるが、アンリにとっての第一印象のミツルギは最悪だった、そのモンスターへと向けられた厳しい視線のせいで。

だけどそれも時間が解決してくれた、アリスの根回しもあったが今やアンリにとって優しい兄のような存在である。

 

「お腹が空いたかい?なら先に食べてても大丈夫だよ?」

 

『――ん、お姉ちゃん達、…待ってる――』

 

ゆんゆんがアリスを起こしに行った事もあり、すぐに来るだろうと判断したのか、アンリは頑なにそう言うとちょこんと椅子に座った。何気ない日常の光景だった。

 

『…お兄ちゃん達――、今日もお仕事――?』

 

「ん?あぁ、今日は王都でクエストを受けるつもりだよ」

 

『……』

 

それを聞いてアンリは目立たない程度に俯く。アリス達がクエストへ行くという事は当然ながらアンリはこの屋敷でお留守番、寂しい気持ちは勿論あるがアリス達に迷惑をかけたくないと、アンリはそれを口に出す事はない。何よりそれを言ってアリス達を困らせることの方がアンリとしては嫌なのだ。

 

 

……仮にアンリが本音を言うとすれば、アンリは自分もクエストに連れて行って欲しい。戦闘では役に立てないが索敵、警戒などならアンリとしても固有スキルとして所有しているので役には立てる自信があった。自分を救ってくれたアリス達の役に立ちたい、そしてできる限り唯一甘える事ができるアリス達と一緒に居たい。そんな想いがあったはあった。

 

アンリとて精神年齢は一桁の少女でしかないのだ、寂しいと言う気持ちが強い。だがアンリの性格はそれを言う事を許さない。

 

その想いをアリスに言えば、アリスを困らせる事になるだろうから――、それを理解しているが故にアンリは何も言う事はない。彼女としてもアリス達を困らせるような事はしたくなかったのだ。

 

「……」

 

そんなアンリの表情をミツルギは複雑な様子で視界に映していた。

 

これは言わば現在社会の日本でもありうる事柄だ。まるで共働きの両親を持つ小さな子供のような、そんな状態。

ミツルギはアンリの気持ちをなんとなく察していた、それはもしかしたらゆんゆんやアリスも同じかもしれない。

だがそれはどうしようもできない。一緒に暮らしている以上、出来る限りアンリの傍にいてあげたい想いは当然強い。だが常にいつも一緒にいる訳にもいかない。

現在日本の共働きの両親ならそれは生活の為だろう。そうしてお金を稼がないと生活が成り立たないのだ。そんな家庭は決して珍しいものではない。

 

ではアリス達はどうだろうと思えば、はっきり言うとアリス達のクエストは生活の為ではない。

アリスやゆんゆんは魔王軍の幹部の討伐もあり、軽く億を超えるお金を得ている。全く働かなくても余裕で生活できる程度のお金はあるし、ミツルギにしてもそれは同じだ。アリス達よりも魔王軍の幹部の討伐報酬は少なめではあるが、彼はアリスやゆんゆんよりも長く王都に滞在して高額報酬のクエストを数多くこなしてきていたのでお金に余裕はある。

 

問題はアリス達のパーティはお金を目的にクエストを受けている訳では無い。ミツルギの加入によりより強くなった目的、魔王の討伐という大きな目標があるのだ、言わばこれはその為のレベル上げがクエストをこなす理由となっている。よってアリス達が受けるクエストのほとんどは強力なモンスターの討伐クエストとなっているのだ。

 

当然そんな危険なクエストに戦う力のないアンリを連れて行く訳には行かない、いくらアンリにアリス達のパーティにはない敵感知スキルなどを所有していたとしても、万が一を考えるとそうなってしまうのだ。

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

 

リビングに移動したアンリはソファに座って両足をブラブラさせていた。アリス達が降りてくるのを待っているのだろう。

そんな僅かな時間、アンリはリビング内を見回していた。まるで何かを探しているように。

 

『……ちょむちゃん――…、まだ寝てる――…?』

 

アンリが探していたのはめぐみんの飼い猫?である黒猫に小さな蝙蝠のような翼をもったちょむすけだった。今日は屋敷でお留守番することになりそうなのでちょむすけと遊ぼうと思い探しているようだ。

このちょむすけ、普段ならめぐみんが連れて行くケースも多いのだが、めぐみんもアリス達の事情は把握しているので例えばアリス達のパーティもカズマ達のパーティもクエストなどで屋敷を空ける場合は独りお留守番するアンリの為にあえてちょむすけを残して行くようにしてくれていた。寂しくならないようにする為のめぐみんなりの配慮だ。

 

『……めぐみんお姉ちゃんの部屋――…?』

 

だがあいにくちょむすけは見当たらない。アンリが思うようにめぐみんの傍にいるのだろうか。

そう思うのならめぐみんの部屋に行くなりして探せばいいのだがそうもいかない。それはアンリの性格によるものである。

 

『……――』

 

現状アンリは、この屋敷での人物全てに完全に心を許していない。いや、許していないというか、単純に人見知りしていたのだ。屋敷で信頼をおけるのは自身を拾ってくれて親身になってくれたアリスとゆんゆん、そして先程話したミツルギだけなのである。

紅魔の里で話したこととちょむすけの件もあり、めぐみんには若干ながら心を開いているのでもう少しというところだが、アクアやダクネス、カズマに対してはそうもいっていないのが実情だ。理由は様々だがまずダクネスは正体が現領主代行の父を持つ王都でも名高い貴族だ、よって屋敷を留守にする事も多く屋敷にいるメンバーとしては1番アンリとの関わりが薄いのが単純な理由となっている。その性癖故にアリスが関わりを避けている面もあったりなかったり。

 

続いてアクアは逆にアンリと面する機会は多くアクア本人もアンリに積極的に関わろうとしているのだが、如何せんガツガツ寄られると離れてしまうのは内気なアンリには仕方のないこと。アクアとしても距離感に悩まされているのが現状だ。

そしてカズマは紅魔の里でのめぐみんによる狼宣言でアンリの屋敷での風当たりが誰よりも冷たいものとなっている。自業自得といえば仕方ないのだが感受性豊かなアンリは狼という表現でリアルにカズマの事を狼男か何かと勘違いしてしまっている。

 

以上が屋敷でのアンリの人間関係の状態だ。まだまだ手探りな状態だがいずれも時間とともに円満に解決してくれるだろう、ただ1名はわからないが。

 

とまぁアンリの内情を見た場合、アリス、ゆんゆん、ミツルギに次ぐアンリの心許せる存在がちょむすけな訳である。

 

『……――!』

 

やがてアンリは小さな黒い影を見つける。それは窓の外。猫故に自由にあちらこちらへと駆け回るちょむすけだ、どこかから屋敷の外へと出ていってしまったのだろうか。その影は素早く動いて視界から居なくなってしまった。

 

だがその自由な行動は普通の猫だったら不思議ではないのだが、ちょむすけは普通の猫ではない。まず見た目からして黒猫に蝙蝠のような小さな.羽根があったり、謎の十字架模様が額にあったりするし、たまに火を吹いたりもする。何より飼い主の言う事が分かっているような仕草や反応を見せることも珍しくはない。

そんな頭の良いちょむすけは基本的にめぐみんの傍にいることが多い。今のように外に居ることは珍しいのだ。

 

よって――、アンリがとる行動はひとつだった。

 

 

『…ちょむちゃん――、何かあったのかな――?』

 

心配からか、深く考える事なくアンリは屋敷の外へと続く扉へと向かう。そして大きな扉のドアノブを背伸びし、精一杯押して…、それはゆっくりと開かれた。

朝日差し込み外の世界がアンリの目に映る。それは他の屋敷の住人なら見慣れたものではある。アンリとしても例外ではない。

ただ…アンリが単独で屋敷の外へと出る、これはアンリにとって初めての事だった。

感慨深いものがある訳でもない、勝手に外へ出る事への負い目も今はない、ただちょむすけが心配だったから。故にアンリは純粋にそれだけを想ってその一歩を軽やかに踏み出したのだ。

 

――そしてひとりの少女の冒険が、今始まろうとしていた――。

 

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

 

 

―カズマの屋敷・リビング―

 

アンリが屋敷を出ていってから10分あまり経った。そんな中一部の屋敷の住人はようやくこの事態に気が付くことになる。

 

「…アンリがいない…ですか?」

 

「あぁ…いつも通りならアリス達が降りてくるまでリビングで待っているものだと思い…僕もそこまで気にしなかったんだが…どうも屋敷の中にはいないようなんだ」

 

「…なら外に出たってことに…?…それって…大丈夫なのかな?だってアンリちゃんって、独りで外に出た事なんてないよね…?」

 

不穏な空気が部屋に蔓延していた。アリスとミツルギとゆんゆん、それぞれが不安そうな表情でいるのは単純にいつも屋敷にいる存在が今はいないから。

アンリは人間年齢でいうところの6歳くらいの子供である。言動は年不相応なしっかりとした一面もあったりするがまだアクセルの街中を1人きりで歩けるほど慣れている訳でもない、なので普段アンリが外出する時は現状懐いている3人のいずれかが保護者として同行するようにしている。

 

よってアンリが単独で外に出たという可能性は特に過保護なアリスにとって不安をもたらすなというのが無理な話なのだ。

 

「…アンリはちょむすけと仲が良いですし、めぐみんの部屋にいるのでは?」

 

「それなら私が最初に訪ねてみたわ、……だけどめぐみんの部屋にアンリちゃんはいなかったし、ちょむすけもめぐみんの布団の中で丸くなって寝てたし…」

 

「…この屋敷でアンリはちょむすけ以外だと今この場にいる私達にしか心を開ききっていないようですから…カズマ君達の部屋にいるのは考えにくいですね…」

 

「…それでも可能性はなくはない、僕は佐藤和真の部屋に行ってみよう。2人はアクア様やダクネスさんの部屋に行って聞いてみてくれないか?」

 

「…そうしましょう、私はアクア様の部屋に行きますのでダクネスの部屋はゆんゆんがお願いします」

 

「…わ、わかった…。杞憂であったらいいんだけど…」

 

まだアンリが屋敷に住み始めて日が浅いとはいえ、今までこんな事はなかった事もあり、その不安からそれぞれが急ぎ足でそれぞれの部屋へと向かう。

 

それぞれが何事もないように祈りながらも、嫌な予感を抑えることは出来なかったのだった――。

 

 

 

 

 



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episode 171 迷子のアンリ捜索作戦

 

 

 

 

 

―アクセルの街・住宅街―

 

「エシリア、無理をして私の日課についてこなくてもいいのだぞ?眠そうに見える」

 

「…大丈夫、無理はしてないから。それに…過去の生活態度を改める為にもリアの早朝ランニングに着いていくのは丁度良いし」

 

軽装のままジョギングをしている2人の少女。それは最近アクセルでも話題の駆け出し冒険者、クルセイダーのエシリアとアクセルを拠点としたアイドルグループ、《アクセルハーツ》のリーダーでありランサーのリアだ。

 

「…過去のって…そんなに酷かったのか?そんな風には見えないが…」

 

「うーん…、最初はリアに付き合ってただけだけどさ、こうして朝から適度に運動すると朝ご飯が美味しく食べれるしね。以前は…朝ご飯抜きなんてザラだったから…」

 

「なるほど、それは確かに良くないな。しかしそんな生活でよくあそこまでの剣技を身に付けられたものだな…、エシリア独自の才能なのかな」

 

「えっ…!?いや、うん…どうだろう…」

 

走りながらもしまったと言う感情を隠しきれていないエシリアにリアは純粋に困惑して首を傾げる。それもそのはず、エシリアの剣技は全て転生特典によるスキルの恩恵でしかないのだから当然だろう。なんとか誤魔化そうと内心あたふたしていたエシリアだが、遠目に映る道の先にいる人物を見つけて即座にその感情を振り切った。

 

「…あ、あれ?あの子って」

 

「…うん?……あの子はアリス達と暮らしている…確かアンリと言ったか。あの子がどうかしたのか?」

 

「いや、あの子、独りみたいだよ?何かあったのかな?」

 

そう言いながらもエシリアは意識をアンリに集中させる。エシリアとしては体のいい話題逸らしではあったがあんな小さな子が単独でいるのに気になるのも確かだった。

一方アンリもまた、エシリア達に気が付いたようで顔を向けたと思えばてくてくと早足で近づいて来る。

 

『――おはよーございます…エシリアお姉ちゃん――』

 

「お、おはよう…、ど、どうしたのこんな所に独りで…」

 

「おはよう、アリス達は一緒じゃないのか?」

 

『…っ!』

 

エシリアがそう聞けば、アンリは軽く俯いていた。そしてリアに気付くなり驚いて人見知り故にエシリアの後ろに隠れるようにしがみついた。

 

「…参ったな、そういえば極度の人見知りだったな…、本当に何故エシリアにはなつくんだ?この子は確かアリス以外の一緒に住んでる屋敷の一部の住人にも未だなついていないらしいが…」

 

「…さ、さぁ?なんでだろね…」

 

背中にしがみついたアンリを優しく撫でながらも、エシリアはその理由については心当たりがあった。

 

(…多分、私が元々『アリス』と同じ存在だからだよね…この子にはそーいうのが感覚的にわかるのかも……だけどそんな事流石に言えないし…)

 

最初のは自身の自業自得とはいえ、立て続けに自分にとって不都合な話題になることにエシリアは静かに苦笑した。

 

「とりあえず私が話を聞いてみるから、……で、アンリちゃんはこんなところに独りで何をしてたのかな?」

 

『……ちょむちゃん――…』

 

「…ちょむちゃん?」

 

再びの話題逸らしに聞いてみれば、アンリからの震えながらの精一杯の返答が帰ってくるものの、二人にとってそのワードは首を傾げるものだったが、やがてリアが反応を示した。

 

「…もしかして…、カズマのパーティのめぐみんの猫か?あの猫は確かちょむすけと呼ばれていたような…冒険者ギルドで見かけた事がある」

 

「…めぐみんって確か…ギルドで頭のおかしい爆裂娘とか言われてた子…?」

 

「…そうだがそれを本人に言うなよ?間違いなく怒るだろうからな…、それで、君はその猫を探しているのか?」

 

『……』

 

エシリアの背後から様子を伺っていたアンリはおどおどしながらも無言で首を縦に振り肯定するように返した。この反応には二人して苦笑するしかなかった。

 

「うーん、それなら解ったけど…、私達は猫なんて見てないし…」

 

「気を張っていた訳では無いから断言はできないがな…、しかしあの猫なら見た事があるし、もし見かけたなら覚えているとは思う。それにしてもいくらアクセルが治安が良いとは言っても、君のような小さな子が独りで街の中を歩くのはあまり褒められたものではないな…アリス達には言ってるのか?」

 

『.……』

 

「ま、まぁまぁ。逆に考えたらさ、私達がこの子を見つけて良かったじゃない?…そうだアンリちゃん、朝ごはんは食べた?」

 

『……食べてない…』

 

「まさか…こんな小さな子に朝食も抜かせて猫探しなんてさせてるのか?」

 

「流石にそれはないよ、多分アリス達はアンリちゃんが探しに行ったのを知らないと思う、じゃなきゃ独りで探すなんてありえないもん。この子の事めちゃくちゃ溺愛してたしね」

 

「…言われてみればそうだったな。今のは失言だった。それなら屋敷まで送ってやればいいのか」

 

「せっかくこうして会えたんだし、一緒に冒険者ギルドに行ってご飯食べるくらいならいいんじゃないかな。この子もこの様子だと猫ちゃんが心配だろうし、冒険者ギルドに行けばもしかしたら猫ちゃんを見たって人がいるかも?」

 

エシリアが提案すれば、アンリの表情は僅かながらに綻んだ。強ばっていた様子が、希望を見つけて瞳を輝かせている。…そんな分かりやすい状態を見せられて、リアは静かに頭を抱えた。

 

「…確かにそうだが…、仕方ない。冒険者ギルドで朝食を摂って、情報を集めたら屋敷に帰らせるんだぞ?何も言ってないのなら心配しているだろうしな」

 

『…あ――』

 

心配という単語を聞いてようやくアンリは今の状態を把握した。確かに何も言わずに出ていったのだから心配をかけているのは間違いない。

 

「やっぱりね…、猫に夢中になってて他が見えてなかった感じかな?」

 

「子供だし仕方ないがな…、小さな子供は、ひとつに夢中になると周りが見えなくなるものだ。アリスのことだから怒ったりはしないと思うが…、何かしら言われるのは覚悟しておいた方がいいぞ?」

 

『……アリスお姉ちゃんに…心配かけてる――…?』

 

後悔から泣き出しそうな顔になるアンリに気まずい空気が流れてくる。これでは傍から見たらエシリアとリアがアンリを泣かせているようにも見えなくはない。そんな様子に二人は慌てた。まるで慣れない子守りをしている学生のように引き攣った笑みで落ち着かせようとする。

 

「だ、大丈夫だよ、私達も一緒についてってあげるから、ね?いいよね、リア」

 

「あ、あぁ…、今日はクエストの予定もないからな…私も付き合おう」

 

「とりあえずまずは冒険者ギルドね、そこで猫の聞き込みをしつつ朝ご飯にしよ」

 

『……うん――、ありがとう、お姉ちゃん達――…』

 

無垢な笑顔に安心しながらも、エシリアがアンリの手をとって、3人は冒険者ギルドへと歩を進めるのであった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―カズマの屋敷―

 

あれからアリス達はそれぞれカズマ、アクア、めぐみん、ダクネスを起こしてリビングに集結させ、アンリがいなくなった事を説明していた。

 

「……結局…誰の部屋にもアンリはいませんでしたね…」

 

「…ってことは外に出たんだろうな。でもなんでまた?」

 

悲しみに俯くアリス、そしてカズマは考察していた。というのも基本的にアンリは今までこのように勝手に居なくなるような子ではなかったのだ。

 

「…理由として考えられるのは…家出か、あるいは誘拐か…」

 

「お、おいおいダクネス、無駄に不安を煽るような事言うなよ」

 

「そうは言うが佐藤和真、状況は悪い方に考えておいて損はないと思うぞ。まだ日が浅いとはいえ、過去にこんな事はなかった。それにどちらも可能性がないとは言えない」

 

冷静に考えなくても、突然居なくなるという事はそういったマイナスイメージが起こっても仕方ない。それに反論する事は全員にとって難しいものだった。

 

「…も、もしかしたら神隠しにあったのかも?ほら、最近アリスが突然いなくなったみたいに…」

 

「家出も誘拐も可能性はあるんだ。さっきアンリと話した時、今日もクエストへ行くと言った時のアンリは寂しそうにしていたからな…、何か思う事があったのかもしれない…。それに誘拐もだ。この屋敷に住む者は基本的に魔王軍の幹部の討伐を複数達成しているからお金はかなりあると思われているだろう。なら身代金目当てでの犯行も考えられる」

 

「そ、そんな…私がアンリと一緒に起きてれば…」

 

「それを言うなら僕もだ、アンリを見ていないで食堂にいたからな…」

 

「二人とも誰が悪いとか言い合いする暇はありませんよ、いなくなったなら手分けして探せばいいだけです、アクセルの街は王都ほどではないですが広さはかなりのものですが…皆で探せば見つかりますよ。こちらには人数もいることですし」

 

後悔するように俯く二人にめぐみんが喝をいれるように指針を示した。確かにこうして悩んだり考える暇があったら探してみるのもいいだろう。

 

「それならまずは冒険者ギルドに行くべきだろうな。アンリはこの街では有名だ。目撃情報がある可能性もある」

 

「どうしても見つからないならいい方法があるわ!お金はあるんだし、冒険者ギルドにクエストとして依頼してもいいんじゃないかしら?人探しくらいなら駆け出し冒険者でも余裕でしょ!」

 

なるほどと一部は頷く。発案がアクアということからカズマは怪訝な様子でいたが。

 

「…確かに、通常のクエストよりも少し高めに報酬を用意すれば受けてくれるかも知れませんね、それなら…」

 

「……いや、それは本当に最終手段にした方がいい」

 

「…ミツルギさん?」

 

「…俺もそう思う。アンリを心配するあまり落ち着かないかもしれないが冷静に考えてみろ?確かに冒険者ギルドに依頼として出してアクセルの街の冒険者を総動員すればあっさり見つかる可能性もある。問題はその後だな」

 

カズマがそう言えば、納得したようにめぐみんも続いた。

 

「なるほど、いくら比較的に治安の良いアクセルの街でも善人ばかりがいる訳ではありません。アンリに多額のお金をかけられる前例を作ってしまう事が後に本当に誘拐などを引き起こしてしまう可能性もある訳ですね」

 

「とりあえずすぐに行動するべきだろう。アンリが自分で屋敷に帰ってくる可能性を考えて、1人は屋敷に残り、残り6人はペアで捜索を始めよう」

 

「結果がどうあれ、12時には一度此処に集まるぞ。情報を共有したい」

 

話を進めた全員は、探索する場所をアンリのよく赴く場所へと絞ってそれぞれ捜索に向かった。ひとつは冒険者ギルド、そこにはダクネスとめぐみんが向かい、ウィズ魔法店にはアリスとゆんゆん、そして商店街にはカズマとアクアが。そして屋敷にはミツルギが残る事となったのだった――。

 

 

 

 

 



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episode 172 駆け出し冒険者の現状

 

 

 

 

 

―アクセルの街・商店街―

 

あれからダクネスとめぐみんは屋敷から出て冒険者ギルドへと向かっていた。その途中も気を配り、道行く人に聞き込みをしながらも進む事で進歩は遅いものだったが、着実に冒険者ギルドへと近付いていた。

 

「…しかしここまで目撃情報がないと不安になるな…」

 

「考えすぎですよ、単純に商店街には行かなかっただけだと思いますし」

 

残念ながら成果は無かった。それもそのはず、アンリは住宅街エリアでエシリア達と出逢い冒険者ギルドに向かった。つまりカズマの屋敷から真っ直ぐに向かえば商店街を通る事になるのだが、住宅街を経由すれば若干遠回りになるものの、商店街を経由しなくても冒険者ギルドへ行く事は可能なのだ。なので真っ直ぐに冒険者ギルドへ向かい商店街に入っていたダクネスとめぐみんに情報が入らないのは当然の事だった。

 

「おや?ダクネス、あの2人は…」

 

「…確かアクセルハーツの…」

 

アクセルハーツの面々とカズマ達との面識は今のところあまり多くはない。せいぜいが冒険者ギルドでの顔馴染み程度のもので、大きく関わるきっかけになったのはエシリアの件が最初である。それでもアクセルハーツの面々は冒険者ギルドでもかなり目立つ見た目故に以前は挨拶程度だったものも、普通の冒険者よりは身近な存在として二人には残っていた。

 

そんな二人のアクセルハーツ…桃色のツインテールの少女と金髪の天然パーマな少女もまた、ダクネスとめぐみんの存在に気が付くと、ダクネス達に向けて大きく片手を挙げて振ったと思えばそのまま駆け寄って来た。

 

「あ、あの、先日はお世話になりました!」

 

出会うなり開口一番に金髪の鶯色が主体の服装をしたプリースト、シエロは深々と頭を下げる。おそらくエシリア事件の事を言っているのだろうというか、ダクネス達にはそれくらいしか心当たりがなかった。

 

「あの事ならば何も気にする必要はない、こちらとしてもアリスを見つける事ができたからな」

 

「そう言ってもらえるとこちらも助かります…」

 

あの事件でカズマのパーティに頼った事で負い目に感じているのか、シエロの低姿勢は変わらない。そんな話をしていて気になったのか、シエロの横に立つエーリカは不思議そうに声をあげた。

 

「アリスを見つける事ができたって…、あの子迷子か何かだったの?」

 

「今思い出してもあの事件は謎だらけですからね、考えるだけ時間の無駄でしょう。それより聞きたい事があるのですが」

 

「そう言われると余計に気になるのよねぇ…、って、あー大丈夫大丈夫、可愛いエーリカちゃんは言われなくてもそちらの言おうとしている事はしっかり理解しているからね」

 

本題に入ろうとめぐみんが話を促すが、それはエーリカによって阻止されてしまう。そしてその内容を理解しているという。これにはめぐみんとダクネスは困惑した様子で顔を見合わせた。

 

「…と、言いますと?」

 

「話は聞かせてもらったわ。というか聞いたから私とシエロは冒険者ギルドからここまで探しながら歩いてきたんだし」

 

「はい、冒険者ギルドにはいませんでしたよ?見たって人も残念ながらいませんでした…」

 

「何…?そうなのか…?」

 

再びダクネスとめぐみんは顔を見合わせた。一体どうしてと思うも、言われた内容はこちらが聞きたかった事と一致している。この際言ってしまうがエーリカの言っているのはちょむすけのことであり、ダクネス達が探すアンリのことではない。

 

「話は聞いたと言いますが…誰に聞いたのですか?私達が捜索を始めてそう時間は経っていないはずですが…」

 

「エシリアちゃんですよ、あの子もリアちゃんと一緒に別の場所を探してます」

 

エシリアの名前を聞いてめぐみんは再び首を傾げる。ここで出てくる名前はカズマの屋敷のメンバーの誰かではないと辻褄が合わないからだ。何故なら現状アンリがいなくなったことを知っている人は屋敷に住んでいるメンバーしかいないのだから。

ならば他に探しているアリスやゆんゆん、カズマにアクアが屋敷を出てすぐにエシリアに出逢ってから事情を説明した後にエシリアがアクセルハーツの面々に話したのだろうか?そう考えるがめぐみんとダクネス以外のメンバーは冒険者ギルドとは逆方向に捜索に出ているはずなので明らかに時間が合わない。逆方向にいるはずの他の仲間に話を聞いてから冒険者ギルドに行くのならまずエシリアは自分達に出逢わなければそれこそおかしな話だ。道が違うとしたらそもそもエシリアは冒険者ギルドに着いてすらいないはず。

 

「それで私達は、街の入口にでも行こうと思ってね。流石にないと思うけど街の外に行った可能性もあるし、外に出るなら基本的にあの場所に行くと思うし」

 

そうこう思案するも考えて立ち止まる時間を惜しく感じたのは街の外と聞いてからだった。めぐみんとしてもその可能性は排除してしまいたい。

 

「街の外……ですか…そうなると本当にまずいですね。可能性を潰す為にも私達もそこを当たってみますか」

 

「まさか故郷に帰りたくなったとか……いや、憶測で考えても仕方ない。ならば私達も向かうとしよう。街の入口は広く人も多いからな、聞き込みをするにも人手は必要だろう」

 

そんな話をしてシエロ、エーリカ、ダクネス、めぐみんの4人はアクセルの街の入口である噴水広場へと向かっていく。目指す先は同じなのだが探すものが違うことにこの4人が気付くのは…、もう少し経ってからになる。

 

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

 

 

―冒険者ギルド―

 

今日の冒険者ギルドは朝から賑やかな様子だ。駆け出し冒険者の多いこの街の特色として、自然と若い冒険者が多い。一部壮年の男性冒険者っぽい者もいたりするが、そもそも冒険者じゃなかったりする。酒場を併設しているので自然と冒険者以外の人間も気軽に足を運んでいるのだ。

 

「おう坊主、此処は冒険者ギルドであり酒場だぜ?お前みたいな子供が何しに来たんだ?」

 

「ひ、ひい!?」

 

と、こんな風な会話もよく聞いたりするが、言ってる男は見た目からして熟年冒険者の風格でガラの悪い感じなのだが、実はただの街の大工だったりする。ようは一般人なのだがデビューしたての若い冒険者からしてみれば恐怖でしかない。もしかしたら駆け出し冒険者が怯える様子を見て楽しんでるのかもしれない。

 

「ぼ、僕は冒険者になりに来たんだ!子供じゃないよ!もう14歳なんだから立派な成人だよ!」

 

「ほう…冒険者になりにか、そいつはまたイカれた野郎が来たもんだな。受付は向こうだ、せいぜい適正を見て泣かないようにな?ガッハッハッ!」

 

「バ、バカにして!見てろよ!」

 

少年は酒を飲みながら笑う男を躱すようにギルドの受付へと向かう。そしてしばらくしてから落胆した様子でその場を去っていった。望む適正がなかったのだろうか?男性はその背中を見ながら笑うかと思えば少し寂しそうに目を細めていた。

 

「やれやれ、やっぱり駄目だったか」

 

「もう、あまり新人冒険者の子をからかわないであげてくれません?」

 

「お?ルナか、そいつは悪かったな、ガッハッハッ」

 

悪態をつくどころか気さくな様子でギルドの受付であるルナにそう返せば、ルナは呆れたように溜息をついていた。

 

「それにしても最近特に多いんじゃないか?新人の駆け出し冒険者ってやつがよ」

 

「…そうですね…、原因は多分…佐藤和真さんのせいかと…」

 

「…なるほどな」

 

佐藤和真。その名前が出てきただけで男は察したように酒を口に運ぶ。別にカズマが何かやらかした訳ではない。結果を残したという意味ではやらかしているのだが、彼は最弱職である冒険者という職業に就いているにも関わらず、既に4人もの魔王軍幹部を討伐し、街としても有名なのは機動要塞デストロイヤーの破壊という有り得ないほどの功績を残している。

 

そうなれば一般的にどのように見られるだろうか?これが上級職であればまだしも、成したのは冒険者、最弱職がそれほどの功績を残せるのなら、自分ならもっと上手くやれる、そんな者が出てきてもおかしくはないのである。これはカズマがどうというよりも、それだけ冒険者という職業そのものが不遇であり、下に見られているからである。

 

「新人で上級職というと…最近ならあそこにいるお嬢ちゃんくらいか」

 

そう言いながらも男は視線だけで奥のテーブルに座る少女を指した。今は黒髪ロングの冒険者と小さな女の子とで朝食を摂っているようだ。

 

「エシリアさんですね、アクセルハーツの方達とパーティを組んで順調にクエストをこなしてますね。討伐数も凄いですし、最近の唯一の期待のルーキーです。…ただ…本来上級職なんて簡単になれるものではないですから…」

 

俯きがちなルナは苦笑しつつ言うと、そのまま受付へと戻って行った。何を言いたいかはなんとなく理解したのか、どこか納得したように一度だけ、男は頷いた。

一般的に冒険者ギルドで冒険者登録をして即上級職への転職をする人材などは本来滅多にないことなのだ。アリスやエシリアは転生特典による恩恵、アクアは女神故に。例外としては生まれながらにアークウィザードの資質を持っている紅魔族がいるくらいだろうが、彼女達は紅魔の里で魔法学園を卒業と同時にアークウィザードの職に就くことになるので冒険者ギルドと直接の縁はない。

 

転生者であるミツルギも最初はソードマン…下位職である剣を扱う戦士でしかなかったが、魔剣グラムの恩恵が大きく着実にレベルアップを重ねて瞬く間にソードマスターへとクラスチェンジした。いくら転生者であってもアリスのように個人ステータスの恩恵がない限りそう簡単に序盤から上級職になどなれるはずもない。そう考えればアリスの転生する際の選択はかなり有利かつチートなものでもある。ステータスは勿論のこと、装備もスキルも最初から備わっているのだから言ってみれば強くてニューゲームを地で行っているのだから。

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

一方一時的な注目を浴びたエシリアは、朝食を食べ終わるなり頬杖をついてもくもくと朝食を食べるアンリを眺めて独り言ちる。

 

「……可愛い」

 

『…――?』

 

サンドイッチを小さな口で頑張って頬張るアンリに完全に心奪われていた。それを見たアンリは不思議そうに首を傾げる。その仕草すら可愛らしいのは言うまでもない。

 

「…エシリア、アンリを見る目が完全にアリスと同じになってるぞ…」

 

ボソリと呟いたエシリアはリアのツッコミに一瞬ヒヤリとするも、自分の危惧した意味ではないとわかると誤魔化すように傍にあったティーカップのミルクティーを口に含ませて無理やり落ち着いた。

 

「そ、そうは言うけど、可愛いのは可愛いんだから仕方ないじゃない」

 

「否定はしないが…あまりエーリカの前で言わないでくれよ?変に対抗するからな」

 

「可愛いに命かけてるからね、あの子…、まぁ気を付けとく…」

 

「とりあえず、そのエーリカやシエロも捜索してくれている。アンリが食べ終わったら私達もちょむすけ捜索に行くとしよう」

 

「シエロはともかく、エーリカはよく引き受けたよね…、何かしら文句言われる覚悟はしてたんだけど」

 

既に二人には事情を話した上で先に捜索してもらっている。単純にアンリを連れて冒険者ギルドに来た時に二人は朝食を先に終えていたからだ。機転が効いた行動ではあるがこの場合は悪手でしかないことは当然ながら二人は知らない。先に捜索に出ていなければダクネス達に会う事もなく、ダクネス達が冒険者ギルドに来る事でアンリは発見されていたのだから。

 

「エーリカはそんな子じゃないぞ。確かに普段の言動からそんなイメージはあるかもしれないが…、何よりあの屋敷のメンバーには以前世話になっているからな、借りを返したいってのもあるかもしれないな」

 

「そ、それを言われると私も思うところはあるけど……、エーリカで思い出したけどさ、あの子ってなんであんなに可愛いことに執着してるの?」

 

「……まぁ今はエーリカもいないし、話すのは構わないが…」

 

あの件についてはエシリアからすれば後ろめたさがあった。自身が暴走した結果巻き込まれた形でもあるのだから。もっともその暴走があったからこそこうしてリア達と巡り会えて、今もこうして共にパーティを組めているのだから後悔はしていない。それでも気恥しさは大きいので話題を変えたところ、意外にもリアの反応は真面目なものだった。

 

「…えっと…予想外の反応なんだけど、聞いちゃっていい話なんだよね…?」

 

エシリアは自然と重くなる空気を感じ取ると、それを確認するように問うが、リアは静かに儚い笑みを見せて頷いた。

 

「エーリカも隠している訳ではないからな、話すのは問題ない。…エーリカは物心ついた時から孤児だったんだ、施設で育てられたらしい。それで…何故そうなったかまでは分からないが…自分が可愛ければ、きっといつか両親が見つけてくれるって、本気で思ってるんだ」

 

「……だから、アイドルなんて…」

 

「あぁ、あの子のアイドルをやってる一番の目標は、そうやって可愛く目立つ事で両親に気付いて欲しいんだ」

 

「……そっか」

 

それ以上エシリアは何も言えなかった。どうもマイナス方面にばかり話を考えてしまうのは悪い癖なのかもしれない。まずその両親は今もまだ生きているのだろうか?物心ついた頃なら下手すれば赤ん坊の時とかそんな時から施設にいた可能性もある、今や成長したエーリカを見て両親は気付くだろうか?何よりも事情は分からないが施設に預けられてた理由次第では出逢う事はないのかもしれない。出逢えないのかもしれない。

 

「…とはいえ、今は活動場所がアクセルだけだからな、これからどんどん活動して、いずれは王都で歌う事を目標にしている。より多くの人に私達を見てもらわなければならないからな」

 

「…なんか凄いね…私にはとてもできないや…」

 

「そうか?エシリアは良い声をしているし、一緒に歌ってくれたら盛り上がると思うんだが」

 

「え、えぇっ!?いやいや無理だから!?」

 

まさかの勧誘にエシリアは驚きその場で立ち上がった。人前で歌うなんてせいぜいカラオケで歌った事がある程度であり、それも元はアリスの有栖川梨花としての記憶からのものでしかないので実際にはカラオケすらないことになる。そんな状態でたくさんの人の前で歌って踊ってなんてできるはずもない。

 

「ふふっ、それは残念だ。気が向いたらいつでも言ってくれよ?エシリアならきっとエーリカやシエロも歓迎してくれるさ」

 

「も、もうこの話はおしまい!!それよりそろそろアンリちゃんは食べ終わっ……た……か…な??」

 

再び誤魔化すようにその顔をアンリの座っていた場所へと向け、そしてエシリアは沈黙した。振り向いた事でその状況にリアも気が付く。

 

「……アンリは…何処に行ったんだ?」

 

「えっ、なんで??今までサンドイッチ食べてたよね??」

 

二人して話し込んでアンリから目を逸らした数分の間。その僅かな時間によって…、アンリはこの場から居なくなっていた――。

 

 

 

 

 

 



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episode 173 トレジャーハンター、アクセルに来る



このすばでトレジャーハンターと言えば知っている人は知っているこのファンキャラのあの人です。

そしてこのすば3期、さらに爆焔のアニメ化おめでとうございます⸜(*ˊᗜˋ*)⸝⋆*今からとても楽しみですしまだまだこのすば熱が冷めることはなさそうですね!






 

 

 

―アクセルの街・正門入口―

 

「此処が駆け出し冒険者の街、アクセル…ね…、中々良さそうな街じゃない」

 

正門を越えて入口の噴水広場を見渡しながら、ひとりの女性が周囲を見渡しながらもそうごちる。黒と紺色の髪で身長は女性にしては高め、闇に紛れやすそうな黒などのダークな色が目立つ身軽そうでありながらその大きな胸をあえて目立たせるような大胆な服装。美人でありながら、どこか近付きがたい印象を持つ女性は、仄かに口元を緩ませた。

 

この街に来るまでの荷物なのか、片手には白い皮袋を持ち、それを肩にかけていた。それを見るからに旅人のようにも見受けられる。

 

「あ、あの…すみません、少しよろしいでしょうか?」

 

「…何か用かしら?」

 

そんな中、金髪で鶯色の衣装を纏った内気そうな少女、アクセルハーツのシエロがおそるおそる話しかけてきた。女性から見ればこちらを怪しんで声をかけたとかではなさそうなこともあり、女性は特に表情を崩すこともなく話を聞いていた。

 

「子猫を探しているんです、黒くて蝙蝠のような羽根の生えた…」

 

「…羽根って…猫にそんなの生えてないわよね?…悪いけど知らないわ。この街には今来たばかりなの」

 

「来たばかり…?そ、その、街の外にもいたりは…」

 

「知らないわよ、私は今馬車で此処に来たけど…そんな珍しい猫がいたら覚えていると思うわ」

 

「そ、そうですか…、わかりました、情報ありがとうございました」

 

シエロは複雑な様子で頭を下げると、そのまま去っていく。そして近場にいた別の人に話を聞いて回っていた。

 

「……羽根の生えた子猫…ね、少し気になるけど…」

 

少しと言いながらも女性の様子はかなり気にしているようにも見える。何せ子猫に羽根が生えているのだ。想像すれば可愛らしくない訳がない。

 

(……もし探すのに協力してあげて見つかったら…触らせてもらえるかしら…?)

 

そんな事を考え出したせいか、その表情は少し危ない。先程までのクールな表情が全くなくなってしまった。

 

「すまない、少し話を聞いてもらえるだろうか?」

 

広場を抜けようと歩き出すも、またもや声がかかり慌てて表情を元に戻す。来たばかりの街で妙な醜態を晒すつもりもないと、冷静を繕っていた。

 

「…何かしら?」

 

「…急いでいたなら申し訳ない、実は迷子を探しているんだ。6歳くらいの女の子でライトグリーンの長い髪に黒と桃色のローブを着た子なんだが…」

 

「…ライトグリーンだけならその辺に何人かいるわね…、だけど小さな子としたら…わからないわ。私は今この街に来たばかりなのよ」

 

「…そうか…、すまない。情報感謝する」

 

「……」

 

おそらくもう何人もの人に聞いて回っているのだろう。金髪の騎士、ダクネスの言い方はとても慣れた様子だった。軽く頭を下げてから去ると、先程のシエロのように他の者にも聞いている様子だ。

 

(子猫の次は子供の迷子…?そんな立て続けにそんな話が出てくるものかしら…?)

 

ペットや小さな子供が迷子。聞けばそこまで珍しくもない案件かもしれない。だがそれは個別で聞いた場合だ。一般的に考えて迷子の話をこの短時間の間に2件も聞くことは中々経験することでもないし実際女性にとっては初めてのことだった。

 

そんな中、思案しながら歩いているとピンクのツインテールの少女ととんがり帽子にローブを来た少女の話し声が聞こえてきた。

 

「ここにも見た人はいないみたい、自由気ままそうだし…屋根の上にでもいるんじゃない?」

 

「何を言ってるのですか、あの子がそんなところに行く訳ないでしょう」

 

「そうなの?普通に登ったりしそうだけど…」

 

「…まぁ貴女があれくらいの歳の頃ならそれくらいはしていそうですけどね、あの子に限ってはありえませんよ」

 

「…いや…人間と比較されても…」

 

「……あの子は元々は人間なんですよ…、ですからそんな言い方はやめてください。少なくとも私達は同じ人として接してますし」

 

「え…えぇ!?…そ、そうだったんだ…」

 

女性はそれを聞いて気になって仕方なかった。何かが噛み合っていない。そんな印象を受けたのだ。

 

「そこの2人、ちょっといいかしら?」

 

「…お姉さんは?」

 

「メリッサよ、今アクセルに来たばかりのトレジャーハンターってところかしら」

 

「これはご丁寧にどうも。…我が名はめぐみん!アクセルに住まうアークウィザードであり、爆裂魔法を操る者!!

 

「…エーリカよ。冒険者兼踊り子」

 

「…そっちの子が紅魔族なのはよく分かったわ」

 

めぐみんの自己紹介があまりに圧倒的なのもあり、エーリカは渋々大人しくなった。張り合うのもいいが何かが違うと感じたのだろう。結果地味な自己紹介になったことを後悔しているエーリカであったが、そんなエーリカはそっちのけで話は進む。

 

「貴女達も何かを探しているのかしら?さっき違う子にも聞かれたわ」

 

「あぁそうでしたか、おそらく私達の連れでしょう。聞いているとは思いますが私達は子供を探しています。ライトグリーンの長い髪に頭には花飾りをつけた小さな少女なのですが…」

 

「えっ、ちょっと待ちなさいよめぐみん。貴女達って猫を探してたんじゃないの?確かちょむすけっていう…」

 

「……は?」

 

我に帰ったエーリカの疑問にめぐみんは凍りついた。同時に紅魔族故の知力のおかげで先程までの違和感が綺麗に払拭されていく。パズルのピースが瞬く間に埋まるように。

 

「…一応聞きますよエーリカ。そのちょむすけを探していることはどこで誰に聞きましたか?」

 

「さっきも言ったじゃない、冒険者ギルドでエシリアからよ。…あーそのエシリアは一緒にいたアンリから聞いたみたいだけど…え?じゃあめぐみん達は猫を探してた訳じゃ…?」

 

「っ!?違いますよ!私達は初めからアンリを探していたのです!大体ちょむすけなら今も私の部屋にいます!」

 

「え、えぇ!?」

 

空気が変わったのは誰の目にも明らかな事だった。エーリカは動揺していて、それを聞いたメリッサは腕を組んで首を傾げた。

 

「……あらあら、なんだかそっちの中で急展開になった感じかしら?」

 

「…ええ、貴女のおかげですよ。エーリカ、アンリはまだ冒険者ギルドにいるのですか?」

 

「え?結構時間が経ってるしどうかな…?朝ごはんを食べたら屋敷に送るみたいなことを言ってた気がするけど…」

 

それを聞いてめぐみんはマントを翻して方向転換、そのまま助走をつけて走り出した。その方向は来た道を戻るように冒険者ギルドへと行く道だ。

 

「エーリカはダクネスとシエロに今の話を伝えに行ってください!」

 

「ちょ、ちょっと!?もう…なんなのよぉ」

 

エーリカはメリッサを一瞥するなりそのまま広場の方へと走っていき、その場にはメリッサだけが残る。メリッサは無言でただ佇んでいた。

 

(アンリって言ったわよね…?その名前は確か……)

 

ひとつ思い出せばメリッサは不敵に笑う。そしてゆっくりと歩を進めた。

 

「ふふっ、アクセルって言っても広いし、いつ見つかるかと思っていたけど…これなら目標達成も近いわね」

 

それだけ小声で呟くと、メリッサもまためぐみんを追うかのように歩いていった――。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

―アクセルの街・商店街―

 

一方商店街に来たカズマとアクアは、周囲を見渡しながらもアンリを探して歩いていた。

商店街と一言で言ったものの、今カズマ達がいる商店街はダクネス達がシエロ達と出会った場所とは異なる。アクセルの街には商店街が二箇所存在していて、それは冒険者ギルドが近い位置と住宅街が近い位置でと別れているのだ。

ダクネス達が通っていた商店街は冒険者ギルドに近く、駆け出し冒険者向けの品物が充実しているが、今カズマ達がいる商店街は一般的な生活の為の品物が多い。用途が分けられているのだ。

 

「一体何処に行ったのかしら…?それはそれとしてこれってあの子と仲良くなるチャンスだと思うのよ、独り外にいてあの子はきっと泣いているわ、そこで一緒に住む私が見つけてあげたら…」

 

「…お前さ、確かアリスにアンリの服を作るのを頼まれているんじゃないのか?それさえ作ってやればそれだけでも距離は縮まるんじゃないか?」

 

「うっ…そうなんだけど…」

 

「……なんだよ?」

 

カズマの言葉にアクアは気まずそうに自身の人差し指同士を合わせていた。これについてはカズマも疑問符を浮かべるしかできない。

 

「何か問題でもあるのか?確かに作るのは大変そうなデザインだけどお前ならそう難しくはないだろう?」

 

「……いや、その……お金が……」

 

「…は?金って、服を作るのに必要なお金はアリスが出してくれるって言ってたじゃないか。実際前金でって結構な額を貰ってただろ?」

 

「……使っちゃいました」

 

「……は?」

 

カズマのアクアを見る目がありえないものを見る目に変わる。アクアは震えたまま目を逸らしていた。

 

「……そ、そのね、王都行った時に結構高いお酒買ったりしてたら……」

 

「いや待てよ!?最近シルビアの討伐報酬が入ったばかりだろ!?」

 

「それももうなくて……それで今はバイトして服の素材代を稼いでまして……」

 

「……」

 

カズマは思わず頭を抱える。駄女神とは思っていたがここまでとは、と。

 

「……で?どうすんだ?」

 

「お願いカズマ様!!服の素材代だけでもいいからお金貸してください!!」

 

すかさず前に出て頭を下げるアクア。もはや女神もへったくれもあったものではない。

 

「ふざけんな!貸す訳ないだろ!!素直にアリスに謝るんだな!」

 

「だ、駄目よ、それだけは駄目!!そんなことしたら嫌われちゃってアリスがアクシズ教徒にならなくなるかもしれないじゃない!」

 

「……それがあってもなくてもそれだけはありえないから安心しろ」

 

カズマは以前アリスとそんな話をしたこともあった。アリスはこの世界に来た初日にアクシズ教の怖さを身をもって知っている事もあり、それだけはありえないだろう。アリスとしてはせめてアクシズ教が世間体の悪いものでなければ考えたかもしれないが、実際世間体は最悪である。

 

 

 

それはそれとして、カズマは考えていた。どうして今日に限ってアンリは外に出るような事をしたのだろうか、と。

今日に限っていつもと何か違いはなかっただろうか。確かに誘拐などの線もありえるが、カズマの屋敷は地味にアクアによる結界が張られている。よって悪魔などは勿論、悪意を持った者は侵入できないようになっているらしい。

だからこそカズマは困っていた。何故ならば屋敷に招きたい悪魔がいたから。

 

ひとりはバニル。商談などで話をすることがあるが、それはアクアと顔を合わせただけで戦争待ったナシになりかねないので商談どころではない、よってカズマ側がバニルの元に行く事で解決している。

 

そしてまだカズマには招きたい悪魔がいる。それは絶対に屋敷の他の住人に知られる訳には行かない存在だ。というよりもアリスが屋敷にくる前に一度呼んでは見つかり大ピンチとなっていたこともあった。

 

その存在はサキュバス。その能力によりどんな夢でも見せてもらえるというアクセルの男性冒険者なら多くが利用しているサービスである。

実は今日、カズマは久しぶりにサキュバスを呼んでいたのだ。

確かに屋敷の中にまで侵入すればすぐに結界によりアクアにバレてしまうが、外の窓際からならどうだろうかと。

 

そう考えてのカズマの行動ははやかった。まず部屋の窓際に自身のベッドを移動して実際にサキュバスに外から来てもらい夢を見せることが可能かどうか別料金まで支払いチェックしておいたのだ。

実験の結果は大成功。これならば結界の影響も受けずにアクア達にバレることもない。それで早速その夢サービスを呼んだのが昨日の夜なのである。

 

 

(……多分サキュバスの子は今朝にそのまま帰ったはず。となるとそれを見つけたアンリがそれを追いかけて…ってのは…ありえる、のか…?)

 

可能性としてはなくはない。仮にそうでなくても、もしかしたらサキュバスの子が出ていくアンリを目撃したかもしれない。ならばサキュバスの子に話を聞いてみるのは悪い手ではない。

 

しかし、それには問題もある。

 

「お願いかじゅまさぁん……もうお酒買ったりしないでちゃんと服を作るからー……」

 

この駄女神の存在である。悪魔を嫌うこの女神をサキュバスの店に連れて行ったりしては、最悪全員もれなく退治されてしまう危険性すらある。それだけは避けなければならない。

 

「……はぁ、わかったよ」

 

「……え?ホントに?」

 

となるとこのまま別行動を取りたいわけで、そのまま別れるのは不自然だ。アクアもそこまで単純ではないだろう。

 

「…とりあえずここに20万エリスある。確かアリスからの前金がそれくらいだっただろ?お前はこれでこのまま商店街で服の材料を買いながらアンリを探せ、このまま2人で行動しても効率が悪いだろう」

 

「か、カズマしゃん……ありがとう、本当にありがとう…」

 

疑うどころか涙を流して喜んでいるアクアを見て、カズマはそこまで警戒することもなかったのかもしれないと若干の後悔をした。

 

「…お、おう、それじゃ俺は別の場所をあたってみるから、服の材料を買ったらお前は屋敷に帰ってちゃんと服を作るんだぞ」

 

「任せておきなさい!アンリに似合う完璧な服を作ってみせるわ!」

 

アクアはカズマが差し出した財布をそのまま受け取ると、意気揚々と商店街の奥へと走っていった。それを見てカズマは再び溜息をついた。

 

「……とりあえずこれで大丈夫そうだな。俺は店の方に行くか…」

 

 

 

 

 

 

 

そしてアクアは――。

 

 

 

 

「そこのお嬢ちゃん、ちょっと見ていかないかい?とっても珍しいものがあるんだ」

 

「あら?何かしら?」

 

カズマは再び後悔することになる。安易にアクアにお金を持たせた事を――。

 

 

 

 

 






アクアをアホにし過ぎた感があるけど、原作でもこんな感じですよね()

アクアとしては悪気は全くありません。ただお酒などを目にすると元々の事を忘れているだけなのです()


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episode 174 新人サキュバスちゃんのロリーサ

 

 

 

―アクセルの街・ウィズ魔法店付近―

 

―アリス視点

 

 

私とゆんゆんは屋敷を出てアンリ捜索の為に早足でウィズ魔法店へと向かっている。途中にアンリがいないかを見渡しながらも。

 

「アリス、気持ちは分かるけど落ち着いて…、少し歩く速度が早いわよ…」

 

「…そうですね、すみません。よく考えるとアンリが通常の状態ならいいのですがそうでないとなれば充分に注視して探さなければなりませんし…」

 

「……え?それって…」

 

アンリは元々安楽少女。その能力はフルに使える。だから人が多い場所などでアンリは潜伏スキルなどを駆使して見つかりにくいようにしているのだ、その理由は単純な話。

 

「…アンリは人が多い場所では大抵潜伏スキルを使って目立たないようにしてますからね。もしかしたら冒険者ギルドなどにいたとしても誰もアンリに気が付かない…なんて事もありえます」

 

「…どうしてそんな…」

 

「アンリは元々安楽少女ですよ。そういったスキルを使わなければ自然と人が集まりますよ、あの可愛さ故に」

 

そう、安楽少女の特性である。あの可愛らしさはモンスターとしての安楽少女もフルに活用していた。幼い風貌に可愛らしい外観、純新無垢な瞳、そして控え目な性格。…モンスターとしての安楽少女の場合それは獲物を騙す演技ではあるが。

以前冒険者登録する為にアンリをギルドに連れていった時はそれはもう大変だった。多くの冒険者に取り囲まれて可愛がられる始末、誰もがアンリに庇護欲をかき立てられ魅了されてしまっていたのだ。

 

アンリとしては、引っ込み思案な性格故に注目されることは好まない。だからその後アンリは誰に言われる事もなく冒険者ギルドなど、人が多い場所では自然と潜伏スキルを使うようになった。ただしっかり意識していればそれを使われても私達にはアンリを視認できていたし何も問題はなかった。

 

だがこうして1から探すとなるとその可能性も考慮しなくてはいけなくなる。探すのは決して簡単ではなくなってしまうのだ。

 

「…それってつまり…」

 

「はい、仮にウィズさんのところにいなかった場合、私達も一度冒険者ギルドへと行った方がいいかもしれませんね。まぁこのまま宛もなく探すつもりもありませんが」

 

「どういう事?」

 

「あまり頼りなくないのが本音ですが四の五の言っていられませんからね、ただこういう時に限っていつも仕入れなどでいないのですけど…」

 

「…あ、そっか。ウィズさんのところには…」

 

どうやらゆんゆんも気が付いたようだ。今向かっているウィズさんのお店にはそこにアンリがいる可能性以外にも事態を収束させてくれる存在がいる、勿論バニルの事である。

…ただ、問題はあの気まぐれな悪魔が素直にアンリの行方を見通してくれるか、あるいはそれ以前に不在の可能性もある。というよりおそらく不在ではないだろうかと確信めいたものを持っている。

 

過去何度かバニルの力を借りたいと思い会いに行った事は何度かあったが、いずれもそういう場合に限りバニルは不在なのだ、まるであえてそれを見通して会わないようにしているのではないかと疑ってしまいたくなるほどに。そうする事でこちらの悪感情を得ようとしているのではないかと思うほどに。逆に単純に買い物に行った時など、バニルと逢いたくない時に限ってバニルはしっかりウィズさんのお店で元気に働いていたりするので疑心暗鬼になってしまうのは仕方ない事なのだ。

 

 

―アクセルの街・ウィズ魔法店―

 

そんな事をゆんゆんと話しながらも、私達はウィズさんのお店に到着し、お店の扉をゆっくりと開く。そうすればいつものように扉に設置されたカウベルがチリンチリーンと音を奏でて、来客をウィズさんに知らせてくれる。

 

「いらっしゃいませお嬢さん方!!おおっとこれはお得意様と元ぼっち少女ではないか!!本日はまたどのようなポンコツ魔導具をお求めかな?」

 

居た。予想に反して居てしまった。私達がお店の扉を開くなりカウベルとほぼ同時にこの謳い文句である。…いや勿論居ることは良い事なのかもしれない。だけどいざこうして存在するとなんとも言えない感情がこみあげてくる。

 

「……以前と接客文句が被ってますよ、レパートリーを増やすことをオススメします、それと当然ながら魔導具は買いません」

 

「フハハハッ、これは一本とられてしまったな。それはそれとして美味な悪感情、ご馳走様である♪」

 

皮肉すらバニルには通じないらしい。あるいは皮肉と受け取っていないのか、その皮肉を言う私の感情が欲しかったので問題ないだけなのか。

私はそんなバニルに構う余裕もないので目を動かすだけでそこまで広くない店内を見渡す…が、やはりアンリはいないようだ。

 

「どうかしたかなお得意様よ、何かを探しているようだが」

 

「…今朝からアンリがいないのです、何か分かりませんか?」

 

「…ふむ、アンリというと先日見通した小娘か。吾輩としては未だに出逢った事はないのでな。少なくともこの店には小娘どころか客1人とて来ておらんぞ」

 

「……見通すことはできないかと聞いているのですが」

 

「アリス。ちょっと落ち着いて」

 

やはり今の私にはあまり余裕がないのだろう。いつも通りのバニルの調子にイライラすることは変わらないが、そのイライラの方向性が今日に限って違うのだ。

よって敵意に似たようなものをバニルにぶつけてしまう。少し冷静になればこれは宜しくない。バニルがアンリを隠しているとかならまだしも、この件にバニルは現状全く関係ないのだから。

 

「…すみません、今はあまり余裕がないのです」

 

「…ふむ…」

 

ゆんゆんに止められた事で私は冷静になり、素直に頭を下げた。するとバニルは考えるそぶりを見せると。そのまま写真の被写体を見るように両手の指で四角を作って私達を見始めた。

 

「いつもなら対価をと言うところではあるが、この店の貴重なお得意様ではあるからな、特別に無償で見通してやろう」

 

「…っ!…ありがとうございます…」

 

意外にもバニルはすんなりと見通す事を了承した。これは本当に意外だった。

バニルは私達にその指で作った四角を私達に向けたまま静止している。私とゆんゆんは緊張するようにその答えを待っていた。

 

 

「……ふむ…、なるほどな……」

 

「…何か分かったのですか?」

 

「当然であろう?吾輩は見通す悪魔のバニル、今回の展開は全て見通してやったわ!」

 

高笑いするバニルだがそんな事はどうでもよかった。まずはアンリの安否なのだから。

 

「それで…アンリは今どこに…?」

 

「安心するがいい、小娘なら無事だ。このまま行けばあの小僧が見つけるだろうな、何やら一悶着ありそうではあるが」

 

「小僧って…カズマ君の事ですか?」

 

「左様、一悶着とは言ったが大きな問題にはなるまい。汝らは家に戻って帰ってくるのを待つのが吉」

 

「……」

 

バニルの話を聞いて私とゆんゆんはほぼ同時に安堵の溜息をつくことになった。気になる事は色々ある、そもそもアンリは何故突然いなくなったのか、今は何をしているのか、カズマ君が関わる一悶着とはなんなのか。

だけどそれ以前にアンリが無事であり、待っていれば帰ってくるということに私達は救われたのだ。

 

ただ不安なのは。

 

「…無事なのは良かったのですが…よりによってカズマ君ですか…」

 

駄目な訳ではないのだが、問題はアンリ側にある。アンリは屋敷のメンバーでカズマ君を誰よりも恐れている。未だに狼さん呼ばわりが定着しているし、カズマ君が近くに来れば即座に震えながら私の後ろに隠れてしまう始末なのだ。

 

「も、もしかしたら、カズマさんが見付けることでアンリちゃんも少しはカズマさんとの距離が近くなるかもしれないし…」

 

「…そう上手く行けばいいのですが…、私達は何故今直ぐにアンリの元に行ってはいけないのでしょうか?」

 

バニルが私達に告げたのは大人しくこのまま屋敷に帰ってアンリの帰りを待つ事。それが吉兆をもたらすらしい。私としてはすぐにでもアンリの元へと駆けつけたい気持ちしかないのだけど。

 

「そこまで言う必要はない、信じる信じないは汝ら次第である、さぁ客ではないなら帰った帰った、吾輩は忙しいのでな」

 

「え、あ、ちょっと…!?」

 

私が更に聞こうとしようにも、バニルは強引に私達の背を押して店から追い出してしまった。そのまま外に出るなり店の扉は閉められると、ポカンとしながらもゆんゆんと顔を見合わせた。

 

「…ど、どうしよう…?」

 

「…過去にバニルから何度か進言された時も間違いはありませんでしたし、気になりますが大人しく帰りましょうか…」

 

「…うん、じゃあ帰りにアンリちゃんが喜びそうなお菓子でも買っていこ?」

 

「…そうですね」

 

正直モヤモヤは晴れない。本当ならすぐにでもアンリの元に行ってあげたい。しかしこれ以上バニルに聞こうとしても徒労に終わるとしか思えない。ならば結果を重視するしかない、私としてはアンリが無事に帰ってくるのならそれでいいのだから――。

 

 

 

 

 

 

 

 

―アクセルの街・郊外―

 

―視点変更・無し

 

アクセルの街は広い。王都ほどではないが旧領主の館であるアレクセイ家や現アクセル領主のダスティネス家などの貴族の家が並ぶ貴族住宅街があり、生産、鍛冶などのエリアから商業、農業や畜産も活発であり、冒険者ギルドからエリス教会、ついでにアクシズ教会とある程度の施設も揃っている。

そんな中、この街の郊外には街の冒険者の男性のみが知っている秘密の施設がある。外観は少し派手な喫茶店、そこには多くの美女美少女がウェイトレスとして働いている。それが外観からの認識だが実際その認識は少しばかり異なる。

 

「ふう。お仕事完了…、後はお店の前の掃き掃除をして…」

 

午前中ということもあり、今はその店は閉店のようだ。白と黄緑色の洋服に身を包んだ1人の少女ロリーサは今まで外出していたようで、帰ってくるなり店外にある倉庫から掃除用具を取り出そうとしていた。

見た目は華奢な可愛らしい少女だ、白髪で大人しそうな印象を受ける。だがその正体は人間ではない、下級悪魔であるサキュバスである。

 

(この時間ならお店に人が来る事もないし…変装は解いちゃってもいいかな…)

 

ロリーサがそう思えば、一応周囲を見渡し確認する。そして誰も居ない事を入念に見た後に変化が起こる。ロリーサの服装こそそのままではあるが、頭と背中から蝙蝠のような大小の羽根、更にお尻からは悪魔の黒い尻尾が出現した。

 

「さてと、お掃除お掃除…」

 

『……』

 

「…えっ?」

 

ふと背後から視線を感じ、ロリーサは素早く振り向いた。正体を明かしている状態で誰かに見られるのはまずいと感じたのだろう。それがこの店を知る男性冒険者ならまだ問題はないが、それ以外だと問題大ありである。

ならばわざわざ変装を解かなければいいのだが、彼女としてはそれが普段窮屈だったのかもしれない。

 

…しかしロリーサが見渡してみるも、特に誰かいるようには見えない。ロリーサは急に怖くなり、再び羽根や尻尾を隠す事にした。

 

『…お姉ちゃん――、人間じゃないの?』

 

「ひぃ!?!?」

 

ロリーサは恐怖のあまりそのまま飛び上がる。振り向いた位置から声が聞こえてきたのだから驚くのも無理はない。

 

「…あ、あれ?」

 

ロリーサは声の聞こえた方向を注視する。するとどうだろう、ぼやけるように小さな少女を視認する事ができた。

 

『……?…………あっ』

 

すると少女は何かを思い出したかのように、慌ててスキルを解除する。すると少女の姿は目を凝らさなくても鮮明に映るようになった。どうやら自身に潜伏スキルを掛けていたままだった事を忘れていたようだ。

 

「あ、見えるようになった。って貴女は確か……」

 

ロリーサは見た瞬間にそれが誰なのか把握する事ができた。今朝自分が行っていた屋敷に住んでいる子だ。名前はアンリ、自身の天敵であるアークプリーストのアリスと暮らしている少女だ。そう思えばロリーサは凍りついたように固まってしまった。

 

(な、なんで!?なんでですか!?どうしてこの子がここにいるの!?それにこの状況って凄く不味いような…だって今この場面をあの人に見られでもしたら私が誘拐したとか勘違いされて浄化されちゃうんじゃ…)

 

アンリがいる理由は単純、屋敷で見かけた黒い影を追いかけて来た結果なのだ。一度は見失ってしまったものの、ロリーサは冒険者ギルドの外の道を通って帰ってきたことで冒険者ギルドで朝食を摂っていたアンリに再発見され、そのまま再び追いかけられていたのだ。

 

『…お姉ちゃん――、ちょむちゃん…知らない…?』

 

「…えっ!?ちょむちゃん…、ちょむちゃん…?えっ、何ですかそれ…?」

 

『……?ちょむちゃんはちょむちゃん――』

 

いくらロリーサでも流石にめぐみんの飼っている猫の名前までは知らない。接点が全くないのだから当然だった。

 

(ちょむちゃんちょむちゃん……どうしよう、全然わかりません…、でもこの子の機嫌を損ねてあのアークプリーストに睨まれる理由を作る事だけは避けないと…ど、どどどうしたら…)

 

サキュバスにとってアリスはこの街で一番畏れられている存在である。以前アリスがこの店に立ち寄った際の出来事は一部のサキュバスには完全なトラウマ案件となってしまっていて、それはロリーサにとっても例外ではない。

 

「…ライトグリーンの髪に花飾りをつけた女の子…、ようやく見つけたわ」

 

「……え?」

 

『……?』

 

アンリとも違う声にロリーサは戦慄を覚えた。ふと声の方向に振り向けば、そこには黒髪で長身の女性が颯爽と現れてその場に立っていたのだから。

 

 

 

 






バニルがアリスに帰れと言った理由=サキュバスの店の前にいたから。あのままアリスがサキュバスの店に向かっていたらロリーサが懸念する事態になりうる未来が見えた為。




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episode 175 母親

 

 

 

 

―アクセルの街―

 

冒険者ギルドから出てすぐにある冒険者向けの商店街。そこは冒険者向けという名目に従い武器や防具などの装備品、薬や薬草などの販売から手軽に食べる事のできる干し肉などの携帯食までと、冒険をする為のものがほとんどなんでも売っている。

そんな商店街の中をリアとエシリアは必死になってアンリを捜していた。

 

「何処に行っちゃったんだろ…?でも本当にいつの間に…」

 

「まさか勝手にいなくなるとは思わなかったからな、朝食も食べ終わってなかったし何がどうなっているんだ?」

 

冒険者ギルドの中には誰も知らないと返された。よって2人は近場である冒険者向けの商店街に足を運んできたものの、アンリはどこにも見当たらなかった。

エシリア達にとって今の状態はちょむすけを探す事に加えてアンリを探すことにもなってしまった。

 

「……もしかして…、ちょむちゃんを見かけたから追いかけた、とか?ほら、私達の席窓際だったし、外を見ててちょむちゃんを見つけてそのまま追いかけた、とか…」

 

「しかしいくら見てなかったとはいえ…流石にアンリが動けば気付きそうなものだが…、いや、実際にこうしていなくなっているんだ。こんな事を考えても仕方ないか」

 

実際にエシリアの推測は的を射ていた。もっとも見たのはちょむすけではなく、サキュバスであるロリーサなのだが。そしてアンリがいなくなった事に気付かなかったことも無理はない。アンリは冒険者ギルドに入るなり無意識に潜伏スキルを使っていたのだから。リアとエシリアは朝食を摂り会話をしていた為に一時的にアンリを視界から外していた為に認識することが困難になってしまっていたのだから。

 

そして当の潜伏スキルを使ったアンリは、自身がそうしていることも忘れて、更に偶然窓の外から見えたロリーサに気を取られてそれだけに意識を向けてしまい冒険者ギルドを抜け出した。潜伏スキルを使用したままなこともあり誰の目にも気付かれることもないままに。

 

「兎に角このまま考察してても仕方ないよ、…探そう、まだ遠くには行ってないと思うし…」

 

「そうだな、ならば手分けして探そう。私はこのまま広場の方へ向かうからエシリアは…」

 

リアがそう呼びかけたその時だった。

 

 

『緊急クエスト、緊急クエストが発令されました!冒険者の皆様は直ちに街の入口前へと集合してください、戦えない方はすぐに避難してください!」

 

 

何も前触れもなくスピーカーによるギルドの受付嬢のルナの声が街中に響き渡る。それはエシリアが聞く初めてのものだった。

 

「…な、何?」

 

「このタイミングで…何が起こったんだ?」

 

周囲は慌ただしくなってきた。露店は慌てて店じまいをし、連れ添って歩いていた親は子を抱き抱えて避難しようと走る。冒険者らしき者は軽く困惑しながらではあるが武器を手にとり街の入口へと走り出す。

 

本来なら冒険者である2人もすぐに駆けつけるべきなのだろう。しかし今はアンリが行方不明になって捜索している最中であり間が悪すぎる。

 

思わず足を止めてしまう。周囲を見渡しながらも、エシリアもリアもやがては決意したように深く頷いた。

 

「…これだけ冒険者が向かってるし…私らがいなくても大丈夫だと思うんだ」

 

「そうだな、何があったかは気になるがアンリがいなくなったのは私達の落ち度でもある。まずはアンリを見つけてから保護、アンリの安全を確証させた上で迎えばいいだろう」

 

「うん、それに戦えない人は避難って…それじゃ余計にアンリちゃんの事が心配だし」

 

方針は決まった。だがアンリが何処へ行ったのかは分からない。それでも探さなければ…、そう思いながらも周囲を見渡し早足で進んでいると…

 

「エシリア、リア!!」

 

「…え?」

 

街の入口の方向から走ってきたのはとんがり帽子に片目の眼帯、黒いローブを羽織っためぐみんの姿だった――。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

――一方その頃。

 

―カズマの屋敷―

 

 

屋敷のリビングには元々留守番として残ったミツルギ、そしてバニルの忠告に従い帰宅したアリスとゆんゆんがいた。事情をミツルギに話した後に、そのまま待っていても仕方ないのでゆんゆんが紅茶をいれて待つことにしたのだが、アリスはソファに座らず落ち着きがなく歩き回りながら時折視線を入口である大きめの扉へと向けていた。

 

「アリス?気持ちは分かるけどもう少し落ち着いて…」

 

「……分かってはいるのですが…やはり心配で……」

 

落ち着けるはずもない。確かに見通す悪魔のバニルにお墨付きをもらったという安心感は得られている、無事に帰って来るとわかっていてもどうしても不安は拭えない。そしてアリスが落ち着けない理由はそれだけではなかった。

 

 

(……私も以前いなくなった時は、皆にこれくらい……いえ、これ以上の心配をかけていたんでしょうね…)

 

以前とはエシリアが関わったあの時の事件である。あの時もアリスの望む方向とは全く異なる事柄が立て続けに起こり、ついには誘拐されるという大事件に発達してしまっていた。そこにアリスの意思も何もなかったとはいえ、不意に興味本位でエシリアへと変わったのはアリス自身である。となれば発端はアリスでしかないのだ。

更に今回とは違い、あの時はバニルによる見通す力などの安全の確約はない、なのでカズマ達からすればアリスが帰って来る保証は何も無かったのだ。そう思えばアリスは静かに俯いてしまった。

 

(はぁ……不本意とはいえ私にも居なくなった前科はありますからね、アンリを怒ったりはできません、か……いやまぁあの子に怒るとかそもそもできそうにないんですが)

 

アンリに対して叱る…それははっきり思えばアリスにとって想像もつかない。それがアリスの素直な感想だった。

これからずっと一緒に過ごすとなるとアリスとしてはアンリに様々な事を教えなければならない、いけない事をしたら叱るのも保護者としての役割なのは元いた世界でもこの世界でも変わらない。アンリには大まかな善悪の区別くらいはついているだろうと思われるがそれでもアンリの精神年齢は幼いのだ。今や半分が安楽少女となってしまったアンリの身体が成長するのかはわからないが、精神的な成長はあると見ていいだろう。

 

そうなると保護者としてのアリスは今回のアンリの行動がアンリの勝手で行われたものならば叱ることも視野にいれなければならないだろう。そうならなければならないのだが。

 

「……私にそんな事……できるのでしょうか……」

 

「……アリス?」

 

不安から思わず声に出てしまった。決意はあの滅びた村でしてきたつもりだった。だが保護者として面倒を見ることはただ衣食住を提供するだけの単純なものではない。そう改めて思い知らされたのだから。

アリスがこの世界に来て一年以上経つ。本来ならば高校生になっている16歳という年齢だ。しかし環境が変わったことで、ずっとゲームの中のようなこの世界で過ごしてきたことで、アリスの心情も変わってきていた。良い意味では以前よりも大分成長している。人前で話せたり、自身の感情を表に出しやすくなっていた。それは見た目が変わった事で得られた自信でもある。

 

だが悪い意味を探してみれば、アリスは大人になりきれていないのだ。何故なら誰よりもアリス本人が自分はまだまだ子供だと心から思っている。つまり精神は中学三年生のままなのだ。

そんな状態で誰かを養う事…ヒトの命を預かるという重さを認識した時、それはまさに今なのだが、やはりその過程でアンリの為に厳しく躾けることの必要性を垣間見た場合、アリスに自信がもてないのは当然の話だった。

 

「……私はアンリの姉として…いえ、こうして養うのですから母親としてアンリを見ていかなければいけないのでしょう。今回はアンリが帰って来ると分かってますから安心はしています。ですが……」

 

「…帰って来たアンリちゃんにどう接したらいいか分からないから、困ってる?」

 

「……え?あ……」

 

まるで見通されたかのように、ゆんゆんは諭すようにアリスに聞いた。一瞬狼狽えたアリスだったがやがて静かに俯く。

 

「わかるよ、私だって同じ気持ちだもん」

 

「…え?」

 

アリスが意外そうな顔をした瞬間、ゆんゆんは少しむくれるように見受けられた。

 

「…また独りで抱えようとしてる」

 

「……あ」

 

アリスが気が付いたように声をあげれば、ゆんゆんはやれやれとため息をついた。それには呆れが混ざったような、アリスらしいと諦めているからか、どこか優しげな感じがした。

 

「はぁ…、あのねアリス、アリスだってまだまだ若いんだからアンリちゃんの母親として振る舞うのが難しいことくらい私だってわかるよ?だったら私とアリスの2人でそうなればいいじゃない、独りなら未熟でも、2人なら何とかなるかもしれないでしょ?」

 

「そうだね、流石に父親と呼ばれるのは抵抗があるけど、そういう話なら僕も力になれるはずだ。2人より3人でアンリと向き合えば、負担は軽くならないかい?」

 

「…ゆんゆん……ミツルギさん……」

 

「こうして一緒に住んでいるからには、僕達にだって無関係ではない。だからそういった事は、もっと遠慮なく頼って欲しいんだ」

 

そう言われてアリスは再び俯いた。しかしそれは影を落としたようではなく、照れ隠しに近い。ここまで安心させてくれる仲間達が、アリスにとって本当に心地よく頼りになるのだから…そう思えばアリスの顔は静かに微笑んでいた。

 

「……そう、ですね。頼りにしてますよ、ゆんママ、ミツルギパパ」

 

「「……うっ……」」

 

どうやら地雷を踏んだようだ。一瞬だが2人して引き攣った顔をしてしまうものの、冷静になればそれを黙認した発言をお互いにしてしまっているのだから。

 

「そ、そうよ、だからアリスママももっとしっかりね!少なくともアンリちゃんの前でそんな不安そうな顔はできないんだからね!」

 

「うぐっ…!」

 

ブーメランがアリスに突き刺さった瞬間である。立場的にはアリスもまたアンリの母親であるようにありたいと思ったのだから結果的にはお互い様であった。

 

「…そ、それとね。もし叱ることを考えて葛藤していたなら、無理に叱る必要はないと思うよ?教育の仕方は人それぞれだ。無闇に叱るのは逆効果な可能性もある。むしろアンリには心から心配していたと思わせる方が効果的だと思う」

 

「……私ってそんなに分かりやすかったのでしょうか…ですが言われてみればそうですよね」

 

ようやく落ち着けたアリスは、ソファに腰掛けてゆんゆんのいれた紅茶を口に運ぶ。そんな時だった。

 

 

『緊急クエスト、緊急クエストが発令されました!冒険者の皆様は直ちに街の入口前へと集合してください、戦えない方はすぐに避難してください!」

 

街の魔導スピーカーから冒険者ギルド受付のルナの声が響き渡る。その放送により空気が一変した。

 

「き、緊急クエスト…?こんな時に…!?」

 

「避難と言われているのを見るとモンスターの襲撃か?兎に角このままここに居る訳にもいかなくなったようだね」

 

言いながらもミツルギはその場で立ち上がる。元々アンリがいなくなる前はクエストに向かう予定だったので既にその姿は全身青い鎧姿であり、魔剣グラムも携えた状態だ、よってすぐにでも出立する事が可能だ。

 

「……ですが…」

 

予想外の事態に最も困惑を隠せないのはアリスだった。ミツルギ同様にアリスもゆんゆんも何時でもクエストに行けるように装備は整っている。しかしバニルの予言では大人しく屋敷で待っていることを進言されたのだから迷いが生じたのだ。

 

「…アリスはここで待っててもいいんじゃないかな、なんなら私とミツルギさんだけで…」

 

「……いえ、気持ちはありがたいですが私もいきますよ」

 

アリスの気持ちを察したのか、ゆんゆんが進言するがアリスは首を横に振るとそのまま立ち上がった。その顔は先程までの迷いはない。

 

「モンスターの襲撃とすれば未だに外にいるアンリも被害に合う可能性はあります、このままここで待っているなんて…私にはできませんよ、ですから…」

 

動きは軽快。足取りは決意するように1歩、また1歩と入口の扉へと向かって行き…そして勢いのまま扉を開いた。

 

「即そのクエストを終わらせて、また此処でアンリを待つ、それだけです」

 

アリスの決意に同調するように、ゆんゆんもミツルギも頷いた。どんな強敵が来ても、例え相手が魔王軍の幹部だとしても、この3人ならば揺らぐ事はないだろう…そう思わせるような気迫が、確かにあったのだから――。

 

 

 

 

 

 

「あら、アリス達帰ってたの?それより見てよこれ!なんとドラゴンの卵なのよ!!少しお金がかかったけど、実にいい買い物ができたわ♪」

 

そして鉢合わせたアクアによって即時に出鼻をくじかれることとなっていた――。

 

 

 



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episode 176 アンリは狼が怖い

 

 

 

 

 

―アクセルの街・サキュバスの店の前―

 

「あ、あの…どちら様でしょうか?お店はまだ営業してないんですけど…」

 

「うん?…あぁ喫茶店か何か?私は客じゃないわ。ちょっとそこのお嬢ちゃんに用があるだけなの」

 

『…――?』

 

アクセルの郊外には一際目立つピンク色が際立つ建物がある、その派手な外観とは裏腹に目立たない位置にある故にあまり知られてはいない物件だ。

その入り口の前には箒を持ったロリーサとアンリ、そしてその子らを見据えるように皮袋を片手に背負ったメリッサがいる。

アンリに用があると言うがアンリは当然メリッサとは初対面だ。人見知りするアンリはロリーサの後ろに隠れるようにしがみついている。

 

「あ、あの…失礼ですがこの子は貴女の事を知らないみたいなのですけど…」

 

「それはそうよ、私は今日この街に来たばかりだからね。…まぁそうなると私がその子を探しているのは確かに不自然よね、いいわ、話してあげる」

 

メリッサはその場で肩に背負っていた皮袋を降ろすと、楽な体勢になり落ち着くように壁にもたれかかった。アンリの様子は変わらない、ロリーサの後ろに隠れたまま警戒するようにメリッサを見つめたままだ。

 

「私はメリッサ、この街に来たばかりのトレジャーハンターってところかしら。その子を探している理由は単純にその子を探している子に頼まれたからよ、確かめぐみんって言ったかしら?」

 

「めぐみんさん…あ、確かにこの子の家に住んでる紅魔族の方ですね」

 

『……めぐみん…お姉ちゃんが?』

 

「そうよ、ライトグリーンの長い髪に花飾りをつけた小さな女の子。アンリって子はその子でしょう?私がお家まで連れて行ってあげるから、こちらに渡してくれないかしら?」

 

「……」

 

ロリーサは思案する。正直に言えばアンリの保護者の事を考えればロリーサとしては一刻も早く手放してしまいたい。本来アリスの人格を知っている者ならばそこまで嫌うことはないはずなのだがサキュバスという種族故にロリーサはアリスやアクアの事をアークプリーストという職業だけでも警戒を最大限にしている。とくにアリスの場合は以前お店でいざこざがあったことでより恐怖の対象となってしまっている。

 

ならはさっさとメリッサに引き渡して自身は無関係を貫けばいいのではないだろうか。是が非でもそうしたい。

だが問題は目の前にいるメリッサという人間を信じていいものなのだろうか。いくら自身が悪魔とは言ってももしもこんな小さな女の子が危険な目に合うことになれば罪悪感もある。それにそうだった場合、自分は誘拐を手引きしたとして無事ではいられないのではないだろうか。

 

「あ、あの、いくつか質問してもいいでしょうか?」

 

「…?なにかしら?」

 

「…大変失礼ですが私から見て貴女は単純な善意のみでそんな事をする方には見えません、貴女の目的はなんですか?」

 

「…本当に失礼な子ね。…まぁいいわ、私でもそう思うし。そうね、確かに私はその子を送り届ける事で蒼の賢者に『貸し』を作ろうとしているわ」

 

まずは今聞いた事で疑問に思った事を素直に聞いてみる。すると意外にもあっさりメリッサは話してくれた。言い方からしてメリッサは嘘をついていないように感じられた。

 

「そ、その『貸し』とはどういう…」

 

「そこまで詳しく言う義理はないわね。…まぁ簡単に言えば私は蒼の賢者と交渉をしたいの、そうするに当たって自分に有利な材料が欲しいってだけよ、納得してくれたかしら?」

 

「……はぁ…そういう話なら私は構いませんが…」

 

「……これ以上問答するつもりはないわよ?大体この子にとって貴女はなんなの?見る限り赤の他人よね」

 

「そ、それはそうですが…」

 

「別に構わないのよ?私はその子を連れ戻そうとした、だけど貴女に遮られたとそのまま蒼の賢者に報告するだけだから。目撃情報だけでも立派なカードにはなるだろうしね」

 

「そ、それは!?」

 

メリッサとしてはこの言葉に大した意図はない。これがロリーサの正体を看破していたなら立派な脅し文句になるのだか現状メリッサはロリーサの正体に気が付いていない、ただの喫茶店の店員程度の認識だ。よってロリーサが狼狽える理由は分かっていない。

だがそれはロリーサには抜群の効果だった。そんな事を言われたら余計に厄介な事になってしまいかねない。アリスを敵に回す可能性だけは作る訳にはいかないのだ。そうなれば最悪この街に居ることすらできなくなってしまう。自分だけでなく仲間のサキュバス達にも迷惑をかけてしまう、その可能性の芽は確実に潰す必要がある。

 

本来ならロリーサにアンリを引き止める権利などない。ただアンリがロリーサの傍にいてしまっているだけなのだから。ロリーサとしてはアンリ自身の意思の問題もあると言おうとしたが、そんな話でもなくなってしまった。

 

 

「わ、わかりました。……ね、ねぇ?あの人がお家に送ってくれるって言ってるよ?」

 

『……でも…ちょむちゃんが……』

 

それを聞いてロリーサはハッとする。未だにちょむちゃんがなんなのか分かってはいないロリーサだが、アンリにとっての問題は何一つ解決していないのだ。

 

「ちょむちゃんってもしかして、貴女の家の猫のことかしら?それについてもめぐみんって子が家に居るって言ってたわよ?」

 

『……!……本当――?』

 

「ええ、確かにそう聞いたわ」

 

ずっと探していたちょむすけの居場所が分かったことで、アンリはそのまま瞳を輝かせる。

それに気付いたメリッサは口元を緩ませた。そのまま連れて行けば蒼の賢者に恩を売れる。

 

メリッサとしては今言った事に何一つ嘘はついていない。熟練のレンジャーでありトレジャーハンターを自称するやり手であるメリッサがこんな駆け出し冒険者が集う街に来た事自体、蒼の賢者と繋がりを持ちたかったからなのだから。

 

ロリーサとしてもこの展開は喜ばしくもある。多少の不安はあるものの、アンリから解放されて自分は無関係を装える。アリスと関わる接点を断ち切る事ができる。

 

アンリはおそるおそるロリーサから離れると、ゆっくりとメリッサの顔を伺うようにメリッサの方へと向かう。そこでメリッサは何かに気が付いた。

 

「……?」

 

アンリが近付くにつれて湧き上がる謎の感情。か細く、可愛らしく、不安そうな瞳が上目遣いでメリッサに襲いかかる。

 

「あ、あのね、別に貴女を誘拐しようとかそういうのじゃないんだから、だからそんな不安そうな顔をする必要はないのよ?」

 

『……うん――』

 

返事はしたものの、やはり不安は拭えないようだ。メリッサが先程から感じているのはこんな小さな女の子を利用しようとしている罪悪感からだろうか。普段のメリッサなら表向きは子供相手でもそこまで下出に出たりしない。なのにこの込み上がる気持ちはなんなのだろうか。

 

答えは単純、安楽少女としてのアンリの習性。相手の庇護欲をかきたてられるものである。もっともこの街でアンリが安楽少女と知っている人は意外と少ない、冒険者ギルドで登録はしたものの、無闇にモンスターであるとバラす必要もないのでアンリの正体を知っているのは一緒に暮らすアリス達、ウィズやバニル、更に冒険者ギルドの職員くらいだろう。例外のエシリアは元々アリスだったことで知っているくらいだ。

 

なので初対面のメリッサも、ロリーサでさえもアンリの事は人間と思って接している、よって警戒心などあるはずもない。

 

つまり――。

 

 

(……な、何この子……きゃ…きゃわわわ、きゃわいい…!!なんでこんなに護ってあげたくなっちゃうの!?)

 

メリッサは盛大にアンリの魅力にハマってしまうことになった。明らかにメリッサの態度が変わる。クールビューティな印象を抱かせた彼女は瞳を輝かせて身体をくねくねとさせてもはやクールもビューティも面影が消えかかっていた。

 

(…さっきとは違う意味で…大丈夫なのかな…?)

 

これにはロリーサもドン引きである。別の意味で不安になるのは当然だった。

とはいえこれでロリーサ的には万々歳、この案件から外れられる。

 

そう思ったその時だった。

 

 

「ちょっと待ってもらおうか!!」

 

「っ!?」

 

唐突に聞こえた若い男の声に、一同は振り返る。そこには走ってきたのか、肩で息をしながらもその場で止まり、呼吸を整えている佐藤和真の姿があった。

 

 

 

 

 

 

――…

 

 

 

 

 

 

「…誰?」

 

茶がかかった黒髪、一見すればどこにでもいそうな特徴という特徴が少ない人間の青年。それを見たメリッサは興味なさそうに問う。

 

「俺はカズマ。佐藤和真だ、聞いた事くらいあるだろう?数々の魔王軍の幹部を倒してきた冒険者だ。そこのアンリの保護者だよ、あんたが誰なのか知らないが、こちらに返してもらおうか」

 

「知らないわよ、興味もないし。……保護者…?この子の保護者は蒼の賢者じゃないのかしら?」

 

「アリスもそこのアンリも、俺の屋敷に住んでるんだよ。だから俺も保護者って立場になるってこと」

 

「……ふーん…」

 

確かに保護者ならば大人しくアンリを渡すのは構わない。ここで拒否でもすれば間違いなくメリッサは誘拐犯扱いされてしまうだろう。

 

しかし、そうはしたくない、する訳にはいかない理由ができてしまった。

 

「…貴方…カズマって言ったわよね?」

 

「あぁ、なんだよ?」

 

「貴方…誘拐犯か何か?」

 

「は!?なんでそうなるんだよ!?」

 

「貴方を見るこの子の目よ、保護者を名乗る男に向ける目じゃないと思うんだけど」

 

「……え?」

 

カズマが登場してから肝心のアンリはメリッサの背後に隠れて怯えるように小刻みに震えている。恐怖の対象としてみるその目は何も知らない者から見れば不審に思われても無理はない。

 

「……あ、あの、アンリさん?俺だよ、カズマさんだよー?」

 

『…狼さん――…』

 

「いやいや、カズマさんだろう?」

 

『狼さん――!!』

 

アンリは震えながらも再びメリッサの背後に隠れてしまう。これについてはカズマが悪者に見られてしまうのも仕方ない。そう呼ばれる事になった由縁もカズマの自業自得な部分もあるので仕方ない。

 

「大丈夫よ、お姉ちゃんが守ってあげるからねー?」

 

「おいおいなんで俺が悪者扱いされてんだよ!?」

 

仕方ないのだがメリッサの目的が不明なことから事態はあまりよろしくない。カズマとしてもここまで拒絶されてるのには半泣き状態である。

 

「あ、あのー…」

 

「…はっ!?」

 

「…何かしら?」

 

割って入るのに躊躇ったのか、ロリーサは2人の間に入るように申し訳無さげに声をかける。

 

「そこのカズマさんなんですが…お店の常連さんでして、そこのアンリちゃんの保護者というのも嘘ではないと証言できるのですが…」

 

カズマにとっての幸運はカズマとアンリの関係を知っている存在が目の前にいたことかもしれない。そもそもアンリに警戒されまくってる時点で幸運の方向性がおかしい気もするがそれはさておき。

 

「ほら、ちゃんと証言してくれた人もいるぞ?俺は何も嘘は言ってないんだからな!」

 

「……ふぅん、仮にそれが嘘じゃなく、貴方が保護者だとして…、貴方がちゃんとした保護者という保証は何もないわよね?」

 

「…は?」

 

「だってそうでしょう?まともな扱いを受けた子なら、この子はこんなに貴方の事を怖がらないと思うのよね、この子がこんなに怖がってるのに、保護者だからってはいそうですかと渡す訳にもいかないわよ」

 

至極真っ当な理由である。何も知らない者が見ればそれもまた当然の解釈だった。

 

「ち、違う!俺がアンリに何かしたとかそんなのじゃないんだよ!同居人が男は狼とかアンリに吹き込んだもんだから真に受けてしまって怖がられてるだけなんだよ!!」

 

「何よその今頭捻って作ったような適当な言い訳は、そんなの素直に信じる馬鹿がいる訳ないでしょ?それとも私の事を馬鹿にしてるのかしら?」

 

「…あー、確かに一緒に住んでいるミツルギさんとは仲良さそうに歩いてるのを見た事がありますね…」

 

「お前は余計な事言うんじゃねーよ!?そもそもあいつだって最初は避けられてたんだよ!!」

 

ロリーサから見れば同居人という点に関して擁護はできても内情についてまでは分からないので擁護のしようもない。もはや言い訳すればするほど泥沼状態である。

 

 

そんな泥沼化待ったナシの状態で――、カズマは異変に気が付いた。

 

 

 

――キャベ――キャベ――

 

 

 

「…なぁ、何か聞こえなかったか?」

 

「はぁ?今度はどう誤魔化そうとするつもり?」

 

「い、いえ、私にも聞こえましたけど」

 

『――あっち――…』

 

メリッサの背後からアンリが指した方向、それは街の外側だ。郊外故にその場所は街の隅っこにある故に街の防壁がすぐ傍に見受けられる。

 

そして。

 

「…っ!?キャベツ!?」

 

「あー、確かに考えたらそんな時期でしたねー…」

 

「呑気にしてる場合かよ!?あいつらそんなに強くないけど体当たりされると結構痛いぞ!もしアンリにでも当たろうなら…!」

 

防壁を飛び越えて街に侵入してきたのは黄緑色の丸い物体に目がついた……キャベツである。それも次々と数が増えていく、ひとつ、またひとつとキャベツが防壁を登って越えてくる。

 

「ちっ…仕方ないわね…、お嬢ちゃん、私の傍を離れちゃダメよ?」

 

「兎に角話は後だ!ロリーサ、お前も手伝ってもらうからな!」

 

「わ、わかりましたよ」

 

次々と襲いかかるキャベツ達の群れ、今ここにアンリをキャベツから守るパーティが結成されたのであった――。

 

 

 

 

 

 



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episode 177 一年遅れのキャベツ収穫戦

 

 

 

 

―アクセルの街・門前広場―

 

―アリス視点

 

私とゆんゆん、ミツルギさんとアクア様の4人は放送で言われたようにアクセルの入口と言える場所に来ていた。そこには数多くの冒険者が募り、臨戦態勢でいるのだが……。

 

なんだか様子がおかしい。否、思っていたのと違う。

 

「……何がはじまるんでしょう?」

 

「…モンスターか何かの襲撃と思ってたけど……それにしては…」

 

疑問視したのは集まった冒険者の装備である。勿論剣や槍、斧などを持った冒険者もいることはいるのだが、中には大きな虫取り網のようなものを持っていたり、背中に大きなザルを背負っていたりと、とてもモンスターの迎撃に備えるような装備ではない。

 

「お、アリスか、お前も来たんだな。だけど…残念だったな」

 

「…ダスト?」

 

私らが周囲の様子を見渡しているとかかった声の主はダスト。片手に剣はいつものスタイルだがもう片手にはサンタクロースが持つような大きな袋。これもまた妙な組み合わせだった。

 

「お前らのパーティはギルドが呼んでたぜ?…ほら、あそこにルナが」

 

「あ、アリスさん!ようやく見つけました!すみませんがアリスさん達にこのクエストを受けてもらう訳にはいかなくて…!」

 

ダストが指す方向から慌てるようにルナさんが走ってくる。ようやく見つけたと言う言葉通りルナさんの表情は安堵したようにも見えて、よほど私達を探していたのだろうと思わせる。ダストは私に片手を振るとルナさんと入れ替わるように街の入口方面へと歩いて行った。

 

「……どういう事ですか?すみませんが来たばかりで何が起こっているのか把握しきれていません」

 

正直イライラしている。こちらとしてはアンリが心配で仕方ないのだ。本当なら無視してアンリを探したいくらいあるのだがそうもいかないので即片付けてアンリの捜索を再開しようくらいは考えていたのだから。

確かにバニルから待ったはかかっているものの、一度屋敷を出てしまえば既にそのバニルの忠告は無視したことになってしまうのだから。それならば想いのままにアンリを探したい気持ちが勝ってしまう。

 

それがいざ来てみればクエストの参加そのものが拒否されるとは予想だにしていなかった。よって私には不快感を顔に出していることすら自覚できた。

 

「それも合わせて説明しますので…!」

 

そうすればルナさんは私達の世界の拡声器に似たものを取り出して、それを口に当てて話し出した。

 

「冒険者の皆さん、本日は急な召集に応えていただきありがとうございます!早速ですがクエストの説明をします!今この街に毎年恒例となるキャベツの大群が迫ってきてます!それを追うように大量のモンスターの群れもです!!キャベツは今年も出来が凄く良いらしく昨年同様1玉10000エリスでの買取となります!!」

 

 

「「「うおおおおっ!!!」」」

 

そう聞けば、襲撃の内容は完全に明らかになった。このキャベツの収穫クエスト、去年は確か私は別のクエストで遠征していて受けられなかったはず。あれからもう1年経ってるんだなと感慨深くもあるが、それ以前に参加させられないとはどういう事だろうか。と思うもそれはすぐに理解できた。

 

そう思ってると冒険者達は次々とアクセルの門を潜り迎撃しようと、もとい収穫しようと走り出す。それに合わせるようにルナさんは拡声器を下ろすとこちらに向けて頭を下げた。

 

「…そういうことですので…できたらアリスさんのキャベツ収穫の参加は御遠慮して欲しくて…」

 

「…そういう事なら構いませんよ、なら私達は取り逃して街に入ろうとしているキャベツとか後から来ているモンスターを担当したらいいですか?」

 

「は、はい!話が早くて助かります!!勿論内密にですが別途報酬はお出ししますので!」

 

「要りませんよ、討伐した分だけ貰えたらそれでいいです、…ですよね?」

 

確認するように私がゆんゆんやミツルギさんに目を向ければ、2人して問題ないと頷いてくれる。

そもそも何故ギルド側がこのような提案をしてくるかは一目瞭然だろう。私の魔法でキャベツ達を一網打尽にしてしまう事を恐れているのだ。

本来これが普通のモンスターの襲撃とかならその行動は喜ばれると思われる。

 

しかし忘れてはいけない、この街は駆け出し冒険者の街である。駆け出し故に貧乏な冒険者が比較的多いのだ。

駆け出し冒険者の街故に普段募集されているクエストもそこまで高額なものは滅多にない。あるとすればそれは駆け出し冒険者ではとてもクリアできないような高難易度なクエストくらいだろう。

そんな駆け出し冒険者にとって、年に一度しかないキャベツ収穫のクエストは大金を稼げる美味しいクエストなのだ。

 

さて、そんな駆け出し冒険者の希少な美味しいクエストに私が無慈悲に参加するとどうなるだろうか。はっきり言おう、どんなに数多くキャベツがいようとも私ならバーストの魔法1回でほぼ全滅状態に追い込む事が可能だ。駆け出し冒険者でもそこまで苦なく倒せるキャベツなのだ、火属性など付与しようものなら灰も残らないと予想できる。…とは言ってもこれは討伐ではなく収穫なので攻撃によりキャベツがダメになってしまってはいけない。

よって手加減する必要がある。具体的にはマナリチャージフィールドのデメリットを利用して攻撃力を半減させた上で杖も使わずにバーストを使うかストームで竜巻を起こして吸い込む方法もあるし、私の魔法なら呆気なく大量のキャベツ収穫が可能なのである。

 

そうすればどうなるか、当然私がそれをやらかせば他の駆け出し冒険者の収穫は大幅に減る。もしかしたらないに等しい人もいるかもしれない。そうなれば駆け出し冒険者の人達は穏やかではいられないだろうし私もそんな暴挙をするつもりはない、何よりお金には困ってないし。

 

ルナさんが私のパーティ…もとい私に言ってきたのはそういう理由からだろうと察する事は容易いものだ。

 

それならそれで、私達は街に侵入したキャベツやモンスターを処理するだけである。ようは裏方担当だ。

 

「キャベツ程度でしたら各個に別れても問題なさそうですね」

 

「わかった、それなら僕は街の壁沿いに回ってみよう」

 

「じ、じゃあ私は畑や牧場を見てくるね」

 

「よろしくお願いします、収まり次第家に帰りましょうか」

 

つまり私達がするべき事は単純、アンリを捜索するついでにキャベツやモンスターを見かけたら駆除する、である。モンスターは勿論、キャベツでさえも戦えない一般人からしたら脅威なのは違いないのでそちらに手を抜くつもりもないが、私としてはアンリが最優先になるのは仕方ないのだ。

 

 

なお気が付けばアクア様の姿はどこにもなかった。最近お金に困っていたようだしキャベツ収穫に向かったのだろうか。カズマ君のパーティは特に制限を受けてないので問題はないかもしれないが、あの謎の卵を持ったまま満足に収穫できるのだろうか。と思うも、何よりアンリが心配なのでそれ以上アクア様の事を気にする事はなかった。

 

 

 

 

 

 

――

 

 

 

 

 

 

 

―アクセルの街・郊外―

 

キャベツやモンスターは街の外から向かってきている。ならば街の外側をぐるりと回りながら進むのが得策だろう。

そう思い私はミツルギさんとは真逆から早足で進んでいる。ミツルギさんの方向は商店街方面なら私の向かう方向は住宅街方面といったところか。

こうして歩いていても今のところ特にキャベツやモンスターを見かけることはない。私としてはハズレを引いてしまったようだ。

 

とはいえ警戒を解く訳にもいかない、私達冒険者ならまだしも逃げ遅れた一般人…それも小さな子供や老人などが出くわすれば危険なことに変わりない、つまりこれは必要な巡回なのだ。

 

それにしても本当にアンリはどうしてしまったのだろう。アクセルに来てまだ日は経っていないものの、それでも何も言わずに居なくなるような子ではなかったのに。

 

……でもなんとなく原因はわかっている。おそらく私が悪いのだろう。

 

アンリは独りぼっちにさせてはいけない存在なのだ。

 

60年余りもの間自我をなくしてモンスターとして生きてきて、意識が戻れば自身の家族は誰一人存在しない、滅び廃れてしまった実の村と家。

ならば私が、私達がこれから家族になってあげよう。そう思ったからこそアンリを引き取ったのだ。

 

なのに私は危険だからという理由で基本アンリにはお留守番を強要していた。実際に危険なのは確かだ。私達が受けるクエストは王都でも高難易度と言われる討伐クエストが多い、もといそういったものしか受けていない。

それによる討伐報酬よりも凶暴なモンスターを倒した際の経験値が目的だったりするのだから。

とてもではないがそんな危険なクエストにアンリを巻き込む訳にはいかない、これは私だけではなくゆんゆんやミツルギさんも賛同してくれた。

 

しかし私達にどのような想いがあろうとも、結果的に私達はアンリを屋敷に閉じ込めているだけではないだろうか。アンリは物分りが良い、基本お留守番と言い聞かせても文句ひとつ言うことはない。

だけどそれはアンリの内心まで見ていなかったのではないだろうか。あんな小さな子なんだ、寂しくない訳がないのだから。

 

それにこんな風に閉じ込めておいたら私達はお城の人達とアイリスの関係と全く変わらない。外は危険だからという理由でアイリスは満足に外出もできないのだから。今こそアイリスは週に一度だけ外出が許可されているがそれは私達と出逢ったからだ、もしあの出逢いがなければ未だにアイリスは箱入り娘のままだっただろう。

 

あれほどアイリスの在り方をよく思っていなかったのに、私はそれと同じ事をアンリに強要してしまっている、そう思えばアンリが家出してしまうのもわからなくはない話なのかもしれない。

 

 

 

 

…それにしても平和だ。ミツルギさんやゆんゆんが向かった側ではキャベツやモンスターと鉢合わせているのだろうか?とはいえ心配は全くしていない。モンスターと言っても所詮駆け出し冒険者の街近辺であり強いモンスターであっても初心者殺し程度だろう。確かにゆんゆんと初討伐したのが初心者殺しではあった、当時のゆんゆんは2人きりで初心者殺しなんてとビビりまくりではあったがあの頃とはレベルが違いすぎる、今のゆんゆんの魔力なら中級魔法の一撃で倒せるだろうと確信がもてる。

 

早足で歩いてきたがやはりキャベツやモンスターは見つからない。おかげでまた色々と考えてしまう始末である。

 

……と、思っていたら。

 

 

「……は?」

 

思わず立ち止まり2度見してしまう。間抜けな声まで出してしまった。

何故かと聞かれたら異常な光景を目撃したからだ。それは防壁に張り付いた緑の塊だ。その正体は街の防壁の一部分に群がる大量のキャベツ、これはよく見ないとキャベツと判断するのに戸惑われた。そんなキャベツが山となってひとつ、またひとつと防壁を飛び越えているのだ。

私が知っている情報だと本来キャベツにあんな知恵はない。防壁があろうものならそれを避けようと迂回するはずである。

 

あの場所に一体何があるのだろうか。あの辺りは確か郊外であり目立ったものは何も…。

 

「……目立ったもの……ありましたね…」

 

ふと思い出したのは郊外に位置する場所にある一件の喫茶店。そう、以前偶然出向いたサキュバスの喫茶店だ。

 

何故あの場所にキャベツが群がっているのか、それはわからないがこのままでは宜しくない。見る限り山となって防壁を越えているのだ、つまり街への侵入を許してしまっている。そうなると流石に危険だ。

 

そう思うと、私の行動ははやかった。

 

杖を背中に携えたまま目を閉じて詠唱を始める。あれだけ固まってくれているならバーストほどの広範囲スキルを使う必要はない。しかし見る限り100を超えていそうなキャベツの数なのだけどそれを私が一網打尽にしてしまうことの罪悪感があるくらいだろうか。

それでも今から他の冒険者を呼びに行く余裕はない。よって私は許されるはずである。なので遠慮なくやってしまいましょう。

 

 

「…風よ、舞い上がれ!!《ストーム》!!」

 

手加減をしたいのであえて杖を使わず、属性付与も行わず放ったのはストーム。私の声に応えるように暴風が巻き起こり竜巻を生成する、それは固まっていたキャベツ達を一気に飲み込んでいく。上手く加減ができたようでキャベツ達は軽く切り刻まれた後に目を回してその場で転がっていく。一部のキャベツはそのまま舞い上がり防壁の奥…つまり街の中に落ちていったがまぁ問題はないだろう、あの状態ならキャベツはそのまま落ちて動けなくなるはず。

落下先に誰かいるかもと想定したが今はギルドのアナウンスで避難指示は終わっているので外に出ている人はいないと思われる。

 

 

「後は……あれですか……」

 

キャベツがここまで大量に1箇所に集まっているとなれば、そのキャベツを狙うモンスターもまたそのキャベツを追うのは当然の事。20~30前後の数の獣型のモンスターが視認できた。それは私が倒したキャベツを横取りするつもりなのか、私に目もくれず防壁の傍のキャベツに向かっているようだ。

 

「今度は加減する必要ないですね…」

 

杖を構える、せっかくだから新調したフレアタイトの魔晶石を使ってみようと杖に装着。距離もまだある、今から始めても詠唱は間に合う、実に安全で余裕すらもてる。それがあんな大量の数のモンスターがやってきているにも関わらず落ち着いて対処できている理由なのかもしれない。

 

しかしあのキャベツが越えた防壁の先には何があるのだろう、既にかなりの数のキャベツの侵入を許しているはずだ、すぐに向かわなければ。そう思いながらも、私はモンスターの掃討を急ぐ、すると新調したフレアタイトの魔晶石はかつてない美しい輝きを放ったのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

―サキュバスの店前―

 

 

防壁を越えたキャベツ達は次々とカズマ達に襲いかかる。食べられてたまるものかと必死の抵抗を見せる為にそうしているというのがキャベツの通説ではあるものの、今回ばかりはそれが異なって見えていた。

 

「なぁ、俺キャベツについてはあまり詳しくないんだけどさ、そもそもこいつらってこんな風に壁を越えたりするものなのか?少なくとも去年収穫した時にはこんな動きしてなかったと思うんだけど」

 

「私が知る限りではありえないですよ!あるのはあくまで生存本能くらいで仲間と協力して壁を越えるなんて聞いた事がありませーん!」

 

「それだけ動きながらもよくそんな流暢に話せるものね、舌を噛むわよ?」

 

「お前も手伝えよ!?見た目からしてキャベツくらい余裕だろーが!!」

 

「何言ってんのよ、私が動いたら誰がこの子を守るの?それに…!こいつら…!…さっきからこっちにしか…!…来てないんだけど!!ちゃんと逃さず倒しなさいよ!」

 

 

ちゅんちゅん丸で迎撃するカズマに、箒で叩き落とすロリーサ、そしてそれを後方で眺めていたメリッサだったが、カズマとロリーサが倒し漏らしたキャベツは全てメリッサへと向かっていた。最初は傍観していたメリッサだったが、向かってくるキャベツを見れば右手にはダガーにしては大きく剣にしては小さめな曲刀を手に、襲いかかるキャベツをひとつ、またひとつと華麗に切り落としていく。

 

やはりおかしい。もしかしたらメリッサがキャベツの気を引く何かを隠し持っているのだろうか。いやキャベツになんらかの好みがあるなんて話は聞いた事がない。

 

そう思っていたら異変が起こる。

 

「…な、ななななんですかあれはぁ!?」

 

「た、竜巻?どうなっているの?こんな風の少ないところであそこだけ…?」

 

防壁の上から見えたのは巨大な竜巻、勿論アリスの魔法によるものだがロリーサとメリッサはそんな事を知らない。

 

「いや…あれは魔法だ!壁の向こう側から援護してくれてるやつがいる!」

 

「竜巻を起こす魔法なんて見た事ないですけど!?」

 

とはいえ今の状態で援護はありがたいものでしかなかった。守るべき者がいる状態で終わりが見えない戦いなど例え弱いキャベツが相手でも遠慮したいものだ。

そしてカズマには確信があった。あの竜巻の魔法はおそらくストーム…つまりアリスの魔法であると。この襲撃も無事に終わるだろうしアンリの件も解決して無事に連れ戻せる。

 

 

――しかしここで予想外な事態が起こった。

 

「あ……め、めめめメリッサさん!!危ないですよ!!逃げて!!」

 

「……?…なんなの…っ!?」

 

竜巻により舞い上がった大量のキャベツは一斉に空中に投げ出されて…、そして不幸にもメリッサの頭上から落下していく。その数はかなりの数だ、とても曲刀ひとつで捌ける数ではない、だからこそ逃げてとロリーサは警告した。

 

「…くっ!!」

 

「…そうかアンリが!?」

 

メリッサだけなら避ける事は難しくはなかった。だが今メリッサのすぐ傍にはアンリがいる。このままではキャベツ達の下敷きになってしまう。

緊張感がないかもしれないが甘く見てはいけない、新鮮で実の詰まったキャベツはとても堅い。それが空から落ちてくるとなると重力も重なって例えるならボーリングの玉が降ってくるようなものなのである、小さな子供が頭など当たり所が悪ければ即死もありえるのだ。

 

「メリッサさん!!」

 

「アンリ!!」

 

結果的にメリッサはその場でしゃがんでアンリを抱きしめてキャベツから身を守るように自身を盾にするしかできなかった――。

 

 

 

 



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episode 178 魔石の効果とサキュバスちゃんと女レンジャーさん


お久しぶりですm(_ _)mリアルで色々あって大分投稿が遅れました、申し訳ないです。






 

 

 

 

 

 

―アクセルの街・郊外―

 

アクセルの街の防壁の外は見渡す限り草原が広がっていて、何かが接近すれば見張り台から見れば一目瞭然、それが馬車であれ、人であれ、モンスターであれ、望遠鏡などを用いれば兎などの小動物すら視認する事が可能だろう。

 

そんな見晴らしの良い場所だからこそ、私の放ったバーストの効果は鮮明に私の視界に映されていた。

 

「……なるほど、エリス様が警告するのも分かりますね……」

 

誰もいないその場所で、私は思わず独り呟く。こうして口に出さずにはいられなかった。

 

今私が使った魔法はバースト……もとい《ヘル・インフェルノ》。以前ウィズさんのお店で購入したお値段3500万エリスという新たなフレアタイトを装着した上で放った魔法だ。

 

それは軽い気持ちだった。以前の300万エリスしたフレアタイトと今回購入した3500万エリスという暴額なフレアタイト、どれくらい違いがあるのだろうか、ちょうどいいので試してみよう…そんな短絡的なノリである。

 

そうして放った新たなフレアタイトでの魔法は、全てにおいて進化していた。それはまるで今までストローを通っていたのが消防士が扱うようなホースになったような魔力の伝導率、属性付与した上での火力、燃焼効果。範囲こそ変化はないが元々広範囲に展開できるバーストだ、そこは気にならなかった。

しかしながらこの結果には呆気に取られてしまうのも無理はない、アクセルの街付近のモンスターということでそこまで強いモンスターはいなかった、だから余裕で倒せる事は想定内ではあったのだが、それでもここまで酷い結果は予想外だったのだ。

 

――草原にいた全てのモンスターが――……、骨どころか灰も残さず焼き尽くされてしまった事実。これが私を驚愕させた結果である。

 

以前ならここまでではない、倒したとしても丸焦げにして倒す程度でモンスターの原型は留めてあったのだから。

しかし以前のヘル・インフェルノでも怯えてたアンリの前では使う訳にはいかないな、と思える程度には酷い有様だ、これを見たらアンリはその場で卒倒してしまうかもしれない。

 

そんな考察をしていた私であったが、単純に火力の向上は喜ばしいことだと無理矢理納得しておいた。これが味方にも地形にも影響を与えてしまうのなら爆裂魔法と並ぶ産廃魔法になってしまうが私の魔法故にそのような事はない…なんてめぐみんの前では絶対に口に出せないことまで考えてしまう始末。

 

また無駄に色々考えてしまったものの、モンスターの侵入は阻止できた。キャベツもぼちぼち落ち着く頃合だろう。そう思えば自然と大きめの溜息が出てしまう。

 

やる事はやったので本来の目的に戻ろう、そう思った瞬間だった。

 

「アリスーー!!」

 

遠巻きから私を呼ぶ声が聞こえてきたのは――。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

声の主はカズマ君だとすぐに把握できた。しかし周囲を見渡してみるも、その姿を見る事はできない。

 

「アリスー!!そこにいるんだろうー!?」

 

「っ!」

 

再び私を呼ぶ声。それは私の背後からはっきりと聞こえてきた。そのまま振り返れば視界にはいるのは街の防壁。…どうやら壁の向こう側からカズマ君が呼んでいるのだろう。

 

「カズマ君?どうしました……か……?」

 

壁の方向へと近づきながら返事をするも、声が聞こえてきたと思われる位置を見るなり私の返事の声は段々と小さくなっていく事を自覚できた。同時にその足を止めてしまい、冷や汗ダラダラ状態になってしまう。

 

今声が聞こえてきた壁、それはつい先程キャベツが群がっていた場所だ。そして私がストームを放ち、キャベツを撃退した箇所。更に言えばストームにより舞い上がったキャベツがかなりの数放り込まれた箇所である。

 

同時に思うのは何故キャベツはこんな何も無い壁に群がっていたのだろうか。キャベツは本来この街は通り道でしかないはず。食べられまいと必死に逃げるだけのはずである。

それがあのように群がっていたということはキャベツにとっての目的の何かがこの壁…あるいはこの壁の向こう側にあるということになる。

その目的が何かはわからないが今分かっている事はその壁の向こう側にカズマ君がいるということ。もしかしたら私が舞い上げたキャベツが誰かにぶつかってしまったのかもしれない…そうなれば冷や汗が出てしまうのは当然である。私の行動によって怪我をさせた可能性があるのだから。

 

失念していた。確かに私の魔法そのものはターゲット以外には当たらないので気にする必要はない。だからこそ私も遠慮なく魔法を放った。だがそれによって飛ばされたキャベツ自体が物理的に被害を出す可能性は充分にありうるのだ。人にぶつかってしまっても大問題だし、人じゃなくても街の中なら民家などがあるだろう。屋根や窓を破壊してしまう可能性まである。

 

これは覚悟をしなければならない。カズマ君がいたのだとしたらまさかぶつかった人がいてそれは私の知っている人物かもしれない。家が壊れたなどなら弁償と謝罪で済むのだが人ならそうはいかない、治療が必要ならすぐに向かわなくては。

 

「カズマ君!そちらの状況はどうなってますか!?」

 

だからこそ安否の確認だ。怪我人がいるのなら壁の向こう側に行く為に遠回りする余裕はない、最悪その怪我人が急を要する場合は壁を破壊してでも助けに向かわなければ。

 

そう思えば私の中で状況は切迫していたが、私なりに冷静な判断ができてると思う。しかし――。

 

 

 

「…あー…とりあえずこっちに来い?説明するから」

 

どう判断したらいいのか困る返事が帰ってきた。聞いた限りでは私が危惧するような状況ではないとは思うのだが、どこか呆れているような、怒気を隠し含ませているような、カズマ君らしく呑気っぽさをも感じさせるような微妙な返答である。これにはどう反応したらいいのだろうかと思うも、とりあえず壁を壊して向かうほど切迫はしていないようなので私は急ぎ足でカズマ君の声が聞こえる場所へとむかうことにしたのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

―アクセルの街・サキュバスの店の前―

 

軽く息を切らせて到着したその場所は私としては二度と来ないと思っていたあの場所…。以前ダストやキースと出くわしたあのサキュバスの喫茶店である。なんとなく近づきがたいのだが真っ先にカズマ君を見つけるとカズマ君は立ったまま腕組みしてこちらをジト目で見ている。

 

「ようやく来たか、お前はうちのパーティメンバーみたいなポカはやらかさないと思っていたんだけどな」

 

「…あ、あの、それはどういう…?」

 

そうカズマ君に聞くと同時に、私はカズマ君の背後にいる複数の人達に気が付く。向こうも私に気が付いたようで、その反応は様々である。

 

そしてそんな中に…

 

『――アリスお姉ちゃん――!』

 

「アンリ!?」

 

私に気が付くなりアンリは傍にいた人から離れる、そして私に向かって駆け寄ってきた。自然と両手を広げて飛び込んできたアンリを抱きしめた。

 

「もう……どうして屋敷を出たりしたんですか?本当に……本当に心配したんですよ…?」

 

『……ごめんなさい、アリスお姉ちゃん――…』

 

疑問に思う点はあるものの、そんな事よりもアンリが無事で本当に良かった。そんな想いだけが私に残れば、聞いてみたものの事情なんてどうでも良くなっていた。娘を持つ母親の気持ちはこんな感じなのかもしれない、そんな風にまで考えてしまうけどそれは別に嫌でもなかった。結果私は周囲など全く気にもとめず涙ぐみながらアンリを抱きしめていた。

 

 

「お取り込み中悪いけど……貴女が保護者かしら?思ってたより随分若いけど…」

 

「…………あ、貴女は?」

 

声をかけられてようやく他の存在を意識した。目つきのきつい長身で黒髪の女性。黒髪から連想するのは紅魔族ではあるが彼女の瞳は紅くない、濃いめのコバルトブルーといった感じだ。その髪もよく見れば黒というより若干ながら濃い青を感じさせる。

 

そんな女性の私を見る目は…私の気の所為ではなければきついままだ。

 

「貴女ねぇ……こっちがどういう状況だったか分かっているの?そこの男に聞いた限りじゃ、キャベツが降ってきたのはあんたの魔法のせいらしいじゃないの。下手したらあのキャベツ達は私やそのアンリって子にぶつかっていたのよ?」

 

「……え…?」

 

困惑しながらも私は周囲を見渡す。…確かにかなりの数のキャベツが周辺に転がっている。

 

それ以前に。

 

「ア…アンリに……?」

 

どうやら事態は最悪の展開になりつつあったようだ。私は慌ててアンリの安否を確認する。頭を撫でながらもコブなどがないが調べてみる。そんな様子を見て女性は腕組みしたまま呆れたように溜息を吐く。

 

「心配しないでもその子には傷一つついてないわよ、何故かキャベツから避けていったみたいだしね」

 

再びキャベツに視線を移せば、確かにそれは異様にも見えた。キャベツは女性やアンリがいたであろう場所を囲むように綺麗に落ちていて目を回してその場でひっくり返っている。キャベツが目を回しているという表現に違和感しかわいてこないが実際にそうなのだからそうとしか言えない。

 

「……つまり…貴女が?」

 

何故かという言い回しが気になるものの、そう聞けば女性は即座に頷く。

私の言いたい事を付け足すのなら貴女がアンリを守ってくれたのですか?なのだが予想されたように反応された。

 

……というよりこの人は一体誰なのだろうか。今更ながらそんな事を考えてしまう。だが私の落ち度でアンリを含むこの人達を危険にさらしたのは事実らしい。

 

「……本当にごめんなさい…、ギルドからアナウンスによる避難指示は出てましたし、まさか外に人がいたとは思わなかったので…魔法でキャベツが舞い上がったのも想定外でしたし…」

 

後悔に支配されながらも自然とそれは口に出ていた。とはいえこれは言い訳のつもりはない。自身の無罪を主張するつもりもない。

実際にギルドからの避難を促すアナウンスは流れていたし、ストームによるキャベツへの攻撃もイメージとしては壁を越えようとするキャベツ達を巻き込んで引き戻すつもりで放ったのだ。想定外だったのはストームを喰らってもなおキャベツ達は必死に進もうとした結果、壁を越えるような形になってしまったことだろうか。

 

「…それくらいにしてやってくれ。結果的に怪我人はいなかったんだ、これ以上アリスを責めても仕方ないだろ?」

 

それでも下手すれば被害が出ていた、そんな罪悪感が私を襲い、私は俯いた状態でいて小声で言った事もあり、私の心情はカズマ君達に伝わったようだ。カズマ君が私を庇うように言えば、女性もバツが悪そうに目を逸らしていた。

 

「……そんな風に言われたらまるで私が悪者みたいじゃない、もういいわよ」

 

「…すみません…、その、アンリを守ってくれて、ありがとうございました…」

 

「…もういいって言ったでしょ」

 

女性はそれだけ告げるとふいとそっぽを向いてしまった。やはりかなり怒らせてしまったのかと不安になるも、実際危険な目に合わせたのは私なのでそれは仕方ないとも思えた。

 

 

 

……

 

 

 

 

「……それで、その…」

 

「ん?」

 

到着した際にはアンリしか目に入らなかったものの、見えてくれば気になる事象が複数見えてくる。例えもういいと言われたところで私の場合めいいっぱい引きづるのだがそんな感情を押し殺すようにしながらも、その疑問を口にした。

 

「まず貴女はどちら様でしょうか…?」

 

「…まぁ名乗ってないのだから当然よね。私はメリッサ、職業はレンジャーよ」

 

「あ、はい…私は…」

 

メリッサさんが名乗ったのでこちらも自己紹介をしようと顔をあげるも、それはすぐにメリッサさんの手で待ったをかけられた。

 

「わかってるわよ、貴女があの有名な【蒼の賢者】なんでしょ。正直こんな小さな子だとは思ってもいなかったけどあんな魔法を見せられたら納得するしかないわよね」

 

「…間違ってはいませんが、私の名前はアリスです。そんな2つ名を名乗るほどの者ではありませんよ」

 

「謙遜も過ぎれば嫌味にしか聞こえないわよ、魔王軍の幹部を討伐したような大物冒険者が大した事ない訳ないでしょうに」

 

少し呆れたように返されてしまった。謙遜ではなく単純に2つ名で呼ばれるのが恥ずかしくて嫌なだけなのだが。そして何故かカズマ君が納得いかないような顔でメリッサさんを見ていたけど、今の私にはそれ以上に気になる事がある。

 

「……それでその……そこの子は何故あんなに震えながら隠れてこちらを見ているのでしょうか?」

 

私が目を向けた先は喫茶店の庭先にある植木の影に隠れて震えてる桃色髪の女の子だ、よく見ると見た事がある、それは以前この喫茶店に来た時に入口で出逢った子のはずだ。

 

「……あー、あいつはここの従業員なんだよ、この店の事はダスト辺りから聞いてるんだろ?」

 

何処か遠くを見るような仕草でカズマ君が説明してくれた。気まずそうにも見えるが多分カズマ君もこのお店の常連なんだろうと思ってしまうのは自然の流れである。よって私の視線が軽蔑じみたものになってしまうのも自然の流れなのである。そんな視線を送ればカズマ君の表情はより気まずそうになっていた。

 

そして怯えられている理由も何となく理解できてしまった。このお店の従業員ということはだ、あの子の正体は人間ではなくサキュバスなのだろう。なるほどそれなら怯えられるのも無理はない。

なぜなら私の職業はアークプリースト、それだけではなく私は少し前にこのお店では無駄に騒ぎを起こしてしまった張本人なのだから。

 

…とはいえ私は別にサキュバスを敵視しているつもりはない。思えば初対面の時から怯えられていたのだがそれは私としては不本意でしかない。

 

「……あの」

 

「は、はい!!??」

 

控えめに声をかけてみれば緊張しきった返事が帰ってきた。副音声があればごめんなさい殺さないでください私は悪いサキュバスではありません!!とか聞こえてきそうである。

 

「…貴女の種族上、私の職業を考えた場合怖がるのは仕方ないのかもしれませんがどうか落ち着いてください、私は貴女を敵視しているつもりはありません」

 

「……」

 

それでも桃色髪の女の子の様子にあまり変化は見られない。どうも根本から怖がられているようだ。これは地味に傷付く。

 

どうしようかと思っていると私の傍にいたアンリがてくてくと歩いて桃色髪の女の子の傍へと移動を始めた。

 

『…――お姉ちゃん、アリスお姉ちゃん、優しいよ?――怖くないよ――?』

 

「…そ、それは貴女は一緒に住んでるからじゃ…」

 

未だ怯えている様子の女の子にアンリはゆっくりと首を横に振る。そしてアンリは私の方へと振り返った。

 

『……アリスお姉ちゃん――、このお姉ちゃん、私を助けてくれてたの――』

 

いつもと違い行動的なアンリ、少し驚くが顔には出さないように努めた。それはアンリの心理が理解できたから。アンリはアンリなりにどうにかこのサキュバスちゃんと私の仲を取り持ちたいのだろう。

 

…なら私はそれに倣うだけだ。

 

「…そうだったのですね、アンリがお世話になったようで、ありがとうございました」

 

「い、いえ、あの、そんな大した事では…!」

 

まだ怯えられているようではあるものの、その警戒は少しだけ緩んだようにも見える。そんな私達の様子を、カズマ君は不思議そうに眺めていた。

 

「なぁロリーサ、そもそもなんでそんなにアリスに対して怖がるんだ?」

 

「え、えっとそれは…」

 

「アリスは俺の仲間でもあるんだ、こいつはお前らに危害を加えるような子じゃないぞ?」

 

「…人に危害をもたらさないのでしたら、種族がなんであれ私は敵対するつもりはありませんよ」

 

「で、ですがプリーストですよね?アクシズ教かエリス教かはわかりませんけどっ…!」

 

…その言葉を聞いてようやく理解できた。

 

基本的にプリーストやアークプリーストはエリス教かアクシズ教、どちらかに所属している事が多い。そしてその2つの宗教に共通する概念が存在する、それは…悪魔やアンデッドを忌み嫌う性質。ふたつの宗教の筆頭であるアクア様やエリス様があれだけ毛嫌いするのだからその信者もまた同等の嫌いようであろう。

それにより一般的なプリーストは悪魔を忌み嫌い、それに対抗するスキルを多く所有している。対悪魔魔法や対アンデット魔法が筆頭に上がるが、私はそれらのスキルをとっていないに等しい。ターンアンデッドは一応取りはしたがスキルレベルも1のままだし今後上げるつもりもない。

 

話は逸れたが、これで彼女が私…もといプリーストを嫌う理由が完全に理解できた。

 

「……私は宗教に属してはいません。付き合いでこのようなネックレスをつけたりはしてますが、エリス教徒というわけでもないですし。なんなら友人にアンデッドの方もいますし」

 

「え、えぇ!?」

 

出逢って一番の驚愕の表情を見せるサキュバスの女の子。まぁ冷静に考えたら確かにアンデッドの友人がいるというのはプリーストではなく普通の人間であったとしてもおかしな話かもしれない。ちなみにそのアンデッドとは当然ウィズさんのことである。

 

「あ、あの…すみません。私、その…何もされていないのに怖がっちゃって…」

 

「分かっていただければいいのですよ、どうか今後もアンリと……できたら私とも仲良くして頂けたら嬉しいのですが」

 

「……っ!は、はい!」

 

ようやく恐怖からの緊張が解れてきたようだ。少し手間取ったがこうして握手できるようになるまでにはなった。これで他のサキュバスからも警戒心が解けたらいいのだが。まぁお店に行くことはまずないのでそっちはどうでもいいのだが。

 

 

なんやかんやあったものの、アンリは無事に見つかり、サキュバスの子と近しい仲にはなれそうだ。その結果に私は完全に気が緩んでいた。

 

 

「そっちの話は終わったかしら?そろそろこっちも話をしたいのだけど」

 

話をするタイミングを待っていたのか、話が落ち着いた途端にメリッサさんから声をかけられたのだった――。

 

 

 

 

 

 

 



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episode 179 メリッサの提案

 

 

 

 

―カズマ君の屋敷・リビング―

 

「アンリちゃん!!無事だったのね!!良かった!!」

 

「やれやれ、大人しい子と思っていましたがこうして見ると随分と行動的なのですね、こめっこを思い出しましたよ」

 

屋敷に帰るなり出迎えてくれたのはゆんゆんとめぐみん。ゆんゆんは不安そうな顔つきから一転、瞳を潤ませながらアンリの元へと駆け付けてその小さな身体を抱きしめた。

 

「ふふっ、まぁ無事に見つかって良かった。大人しくて行動的なのは、もしかしたら保護者に似たのかもしれないしな」

 

「ははっ、それは言えてるかもしれないね、でも本当に無事で良かったよ」

 

「うっ…ご迷惑をおかけしました…」

 

ダクネスが穏やかに言えば、ミツルギさんも同意する。これには私も何かを返す事もできずに謝る事しかできない。

 

「まさか勘違いしていたなんてね…、結局ちょむちゃんは此処にいるし」

 

「なー?」

 

ふと見ればリビングには大勢の人がいる。屋敷の人間だけではなく、エシリアやリア達アクセルハーツの面々まで。

エシリアはちょむすけを抱き抱えながらそう呟けば、ちょむすけはその腕の中で不思議そうに首を傾げた、多分状況が分かっていないのだろう。

 

そして私はそのエシリア達の存在に気が付くなり、事態はかなり大きくなっていた事に改めて自覚することになった。

 

「まさかエシリアやリア達も手伝ってくれてたなんて…」

 

「別に気にすることないし、今夜の夕飯でもご馳走してくれればね」

 

「……エシリア…なんだか強かになりましたね…」

 

環境がそうさせたのだろうか。さも当然とばかりに言ってくるエシリアには違和感を覚える。これは私がアリスとして変わっていったようにエシリアもまたそうなっているのか、あるいは相手が『私』だから遠慮がないだけかもしれない。…多分後者だろう。

 

「ふふっ、エシリアはこう言っているが本当に気にする必要はない、これで以前の借りを少しでも返せたと思えばそれだけでもこちらとしては救われる……と、言いたいところなのだが…」

 

「……?」

 

穏やかな様子から、どこか気まずそうに頬をかくリア。それに釣られるように後ろの2人、エーリカにシエロもどことなく気まずそうに見える。

 

「その…だな、私達は早々にアンリとは出逢っていたんだ、だけどアンリはちょむちゃんを探してると言っていたから…」

 

「ボク達はそのままちょむすけちゃんの捜索を手伝っていたんです…」

 

「うっ…まぁ…そう言われると…その上そのままアンリを見失ったから、ぶっちゃけ状況をややこしくしただけというか…」

 

「で、でもでも、仕方ないじゃない!私達だって頑張ってアンリの期待に応えようと頑張ったのよ!」

 

在り方を重視している3人と、過程を重視しているエーリカ。だけどここは素直に結果を重視してもらいたい。そう思えば気まずそうな4人に私は自然な笑顔で接することができた。

 

「終わりよければすべてよしと言いますし、それでも私は皆さんに感謝してますから。夕飯くらいで喜んでもらえるのでしたら、是非ご馳走させてください」

 

「あははっ、流石アリス、話せばわかる!」

 

「こらこらエシリア、お前とアリスが旧知の仲なのは聞いているが親しき仲にも礼儀ありだ。あまり調子に乗らないようにな?」

 

「…はぁい…」

 

そんな会話を聞いていれば再び私には自然と笑みが零れた。今のエシリアとリアはまるでゆんゆんに怒られている私のようだな、と。もっとも旧知の仲というのは違和感が半端ないのだけど、旧知どころか元々は同じ自分である訳だし。まぁそんな事を言える訳もないのでできるだけ顔に出ないようにするしかない。

 

『……ちょむちゃん――!』

 

「あっ」

 

「なー?」

 

ゆんゆんに抱きしめられていたアンリはちょむすけに気が付くなりエシリアの抱えているちょむすけの元へと走る。するとちょむすけもまたアンリに気が付いてエシリアの腕から飛び降りた。

可愛い×可愛いである。頬擦りしているのを見れば自然と言葉を失い癒されてしまう。なんだかんだあったがこれで全て解決かと思えば安堵の息を吐いてしまう。

 

 

あとは……――。

 

 

 

「この猫がちょむちゃんね……あぁ、なんて可愛いのかしら…♪」

 

来るまではダークな感じのクールビューティーなお姉さんだったメリッサさんなのだが、ちょむすけとアンリの可愛さコラボを見るなり愛しそうに見つめながら悶絶していらっしゃる。来るまでにこの街には私に用があって来たと聞いたものの、一体何が目的なのだろうか。

 

……まぁこうして見る限り悪い人ではないようだし、話は聞くだけ聞いてみるつもりではある。

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―カズマ君の屋敷・リビング―

 

落ち着くまで時間がかかったものの、エシリア達の約束は夜に改めてという事でこの場は一旦帰ってもらった。アンリはあんな事があったばかりなのでリビングの隅でちょむすけと戯れてもらっている。そして私達のパーティに用があるとのことなのでカズマ君達にも退出してもらった……というよりカズマ君はアクア様に会うなり物凄い怒鳴りながらアクア様を連れてどこかに行ってしまった、理由はさっぱり分からないがアクア様がまるで我が子のように大事そうに抱きしめていた大きな卵が何か関係があるのだろうか?気にはなるものの、まずはメリッサさんの話を聞かなければ。

 

「あ、あの……口に合うかわかりませんが、紅茶です」

 

「あらありがとう、いただくわ」

 

ゆんゆんが人数分のお茶をテーブルに置けば、そのまま私の隣に座る。位置的に大きなソファに私とゆんゆん、対面にメリッサさんが座り、間のソファにミツルギさんが座っている。

 

「それで……お話というのは?」

 

「……そうね、単刀直入に言うわ、私を貴方達のパーティに入れてほしいのよ」

 

「……理由を聞いても?」

 

悠々と紅茶を口に運ぶメリッサさんを前に私達の目は一瞬だけ見開いたと思う。予想だにしていなかった言葉が出てきたのだから当然だろう、そして私は流れるように自然にそう返した。

 

「単純な話よ、今や王都でも一番の実力と実績を持つパーティなんだもの、王族にまで顔がきいて魔王軍の幹部討伐の実績もある、そんなパーティに入りたいと思うのは冒険者としておかしなことかしら?」

 

「…買いかぶりすぎですよ、王族に顔なんてききませんし、魔王軍の幹部討伐も私達だけの力ではありません。先程まで一緒にいたカズマ君達がいたからこそです」

 

どうもこのメリッサさんの底が見えない、確かに悪い人ではないとは思うのだけど、正直少しだけ苦手意識が芽生えているのは先程あのお店の前で怒られてしまったからだろうか、後ろめたさに近いものがある。

 

…ちなみにこのようにパーティに入れてくれという話、実は初めてではない。

王都で活動していれば腕自慢の冒険者は結構な数がいる。王都で目立った活動をしている私達のパーティに入りたいという人は過去に何人も声をかけられてきたのだ。

 

……にも関わらず、今現在私達のパーティには私とゆんゆんとミツルギさんの3人だけである、その現状がそれら全ての加入希望者が入る事のなかった事の証明にもなる。

 

以前も言った気がするが基本的にこの世界の冒険者とは俗に言えばなんでも屋みたいなものだ、それは冒険者ギルドの依頼内容が証明している。そしてそれは自分達の生活の為、果てはお金の為に活動している人が多い。

 

確かにギルドでの依頼はモンスターの討伐だったり、危険な場所への素材採取だったりが多いがそれはあくまで依頼の一部である。中には逃げ出したペットを探してくれとか、子供に剣術を教えてくれとか、ピンからキリまで存在する。勿論危険なものほど報酬が良いのでそういう意味では人気のある職業と言えるかもしれない、だからこそ危険な討伐依頼などを率先してやっている私達の実入りはかなりいい。よってお金目当ての冒険者が私達のパーティへと駆けつけようとするのだが、問題はそこにある。

 

私達のパーティは、生活の為でもお金目当てでもない。レベルアップの為に依頼をこなしている。何故レベルアップをしているか、私としては大切な友人を守りたいから王都まで赴いている訳だが、それにより行く果ては魔王の討伐だろう。

 

ゆんゆんの理由は正直よくわからないが、ミツルギさんにとってそれは女神様から賜った使命だと日頃豪語しているくらいだ。だからこそ私達の最終目標は魔王の討伐と銘打っている。

 

ところが残念なことに、それはこの世界の冒険者にとってまるで夢物語のように捉えられてしまうのだがそれも仕方ないだろう。

この世界では魔王どころか、その幹部でさえもまともな討伐を成された事は少なくとも数百年はなかったのだから、まず私達のように魔王の討伐を目的として活動しているパーティは見た事がない、私達以外だとカズマ君のパーティくらいだろうか。もっともそのリーダーのカズマ君にはそんな気があるようには見受けられないが。そんな話になると決まって「最弱冒険者に何期待してんだ?そんなのはアリスやミッツさんに任せるよ」と返す始末である。

 

だから、それをメリッサさんに告げれば今回もこの話は終わりを告げるだろう、そんな確信があった。

 

「見たところ貴方達は火力は充分かもしれないけど、ダンジョンの罠とかはどうしてるの?私なら盗賊ほど上手くはないけどそういう対処も可能よ、それに足を引っ張らない自信もあるわ」

 

「……まぁ確かにその点での人手不足は考えてはいましたが」

 

これは本心だ。だからこそ私はもう一人のメンバーとしてクリスを仲間に加えたいと考えていた。王都でもソロで活動が可能で人柄も良く、何より顔見知りであるが故にゆんゆんとも仲良くやれそうだ。

…とまぁ思っていた訳ではあるがそれもクリスの正体が判明するまでの話である。女神エリス様と発覚した今となってはこの計画は完全にお蔵入りだ。

 

そもそもレンジャーという職業は盗賊の派生職業と聞いたことがある。実際ダンジョン探索では盗賊という職業は便利でありパーティに1人は欲しいくらいはあるほど。派生した理由は単純、盗賊という名前そのものだ。

そのネーミングはお世辞にも聞こえが良いとは言えないだろう、だからこそダンジョンなどの探索を主体としたレンジャーという職業が生まれたのだとか。

特性としては盗賊のようにスティールや鍵開けはできないが罠を探知、解除する事はできる。またアーチャーの弓スキルに暗視スキルや、戦士の剣スキルなども覚える事が可能。もっとも機動性重視故に短剣を使う者が多いが、いわゆるマルチスタイルな職業なのだ。

 

「あら?なら話は早いじゃない、王都でなら私もたまに活動しているし、レベルで足を引っ張るつもりはないわ」

 

「…ちなみにレベルを伺っても…?」

 

「46よ」

 

「…!」

 

このレベルには私達3人とも素直に驚いた。盗賊やレンジャーという職業での戦闘は物理的な支援が多いので私達に比べてレベルあげが難しい。本来支援職である私もそれは難しいはずなのだが私の場合は転生特典の魔法があるので除外するとして、レベル40を越える盗賊やレンジャーは王都でも中々見かけるものではない。

 

「凄い…」

 

「……こちらとしては歓迎したいレベルではありますが…」

 

「…まだ何かあるのかしら?」

 

もしかしたら私の言い方が気に入らなかったのかもしれない、メリッサさんは少しばかり不機嫌そうに見えた。

不快にさせたのなら申し訳ないのだがこちらとしてはしっかりとこちらの意図を伝えなければならない。言いにくそうに口ごもった私を見て、代わりに話を進めたのはミツルギさんだった。

 

「いや、こちらとしては問題ない。 あえてあげるならメリッサさん、貴女がこちらのパーティの方針に納得できるかどうかなんだ」

 

「…?回りくどいのは好きじゃないの、手っ取り早く言ってくれる?」

 

「私達のパーティの最終目標は魔王の討伐です、私達のパーティに入るのでしたら、その目的の共有をしてもらうことになります」

 

「……っ!?…それ、本気で言ってるの?」

 

ここに来て初めてメリッサさんの表情が歪んだ。ちなみにその表情は過去私達のパーティに入りたいと言ってきた冒険者達とほぼ同じ顔をしていた。

 

……まぁ、それも当然と言えば当然だろう。国を挙げて達成出来ていない偉業を一介の冒険者がやろうと言うのだから。

失礼ながらメリッサさんを見るにそういうタイプにはとてもではないが見えない。どちらかと言うとそういった事を鼻で笑うタイプだと思っている。

だがこちらは勿論本気である、いざ魔王や魔王軍の幹部との戦いになった時に、そんな話は聞いていないからと抜けられても困るのである、よって私達のパーティに入るのであればそれだけは絶対に承諾してもらわなければならないのだ。

 

メリッサさんは本気で言っているの?と聞きながらも、こちらが答えるまでもなく本気なのは理解できるだろう。それは私達3人の真剣な様相と、過去の魔王軍幹部討伐の実績が物語っているのだから――。

 

 

 

 

 

 



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episode 180 酒場での出来事

 

 

 

 

―冒険者ギルド・酒場―

 

時間は経って夕刻、空の日は沈みかけ、オレンジとコバルトブルーが混ざった空となり、外から見た街の建物の窓からは灯りが見えだしてくるそんな時間。

 

私は約束した通り、エシリア達に夕食をご馳走すべく冒険者ギルドの酒場に集合した。

勿論エシリア達だけじゃない、屋敷に住んでいるゆんゆんやミツルギさん、カズマ君のパーティにも迷惑をかけてしまったこともあり、今回は私の奢りという形で大人数での食事をこのアクセルの街の冒険者ギルドで摂ることにしたのだ。

 

メニューとしてはこの酒場ではメジャーなジャイアントトードの唐揚げやカエル肉のシチュー、そしてキャベツ収穫が終わったことでキャベツ炒めやキャベツサラダ、ロールキャベツなどの大量のキャベツ料理が所狭しと並べられた。

 

このキャベツ、栄養が豊富で味も美味。倒すよりも食べる事で経験値をより獲得できるとあって駆け出し冒険者には大人気の食材である。元より1玉1万エリスという高額なことで高級食材となっているので本来ならば駆け出し冒険者が手が出せるようなものではないのだがキャベツ収穫のあった今だけは話が別であり、収穫したことで懐が潤った冒険者のほとんどが迷いなく召し上がる逸品なのだ。冒険者ギルドとしても、経験値が得られる料理ということで収穫があった時の限定メニューとしてこういったキャベツ料理が格安で売られている、それもまたひとつの駆け出し冒険者育成の手段となるのだから。

 

ちなみに私が収穫したキャベツは全てあのサキュバスのロリーサという子にあげてしまった。アンリを保護してくれていたことは事実だったようだしその御礼もあるのだが私としては以前無駄に騒ぎを起こしてしまった償いでもある。

例えどんな商売をしていようがそれが人に害を及ぼしてないのなら私の早合点でしかないのだから少しながらの後ろめたさは持ち合わせていた、それもありちょうどよかったとも言える。

 

……というのは建前であの大量のキャベツをギルドに持ち帰れば収穫クエスト前のルナさんとの約束を破ることになってしまうからだ。完全に不可抗力とはいえあれだけの量のキャベツを持っていけばルナさんは苦笑いをし、他の冒険者は間違いなくいい顔はしないだろう事は想像するまでもない。だからこそキャベツの処理先を見つけられたのはこちらとしては助かった。

 

そして話は逸れるがどうやらあのキャベツ達は最初からアンリ目指してあんな行動をとっていたらしいと推測された。

実はキャベツについてその生態は謎に包まれているらしい。そして今まであのような行動をすることはなかった。

 

しかしメリッサさん曰く、メリッサさんとアンリに向かい落ちてきたキャベツはどれも目が♡マークであって、落ちた際にはアンリに当たらないように綺麗な円を作って着地し、それはまるでキャベツが土下座をしたかのような状態だったらしい。キャベツが土下座ってちょっと意味が分からなかったが、それはまるでアンリに向かって是非私を食べてくださいと言わんばかりに。

 

これもまた推測なのだが、アンリが元々安楽少女、つまり植物のモンスターであったことで、何か同調するものがあったのかもしれない。

 

『――もぐもぐ……美味しい――…』

 

まぁ…もしもその推測が的を射るものならば、今アンリに食べられているキャベツはきっと本望なのだろう。

 

「あらぁ、食べてる顔も可愛いわね〜♪ほぉらちょむちゃんも食べてもいいのよ?」

 

「なー?もぐもぐ…」

 

そして私の隣に座るアンリを幸せそうに眺めながらその腕にはちょむすけを抱いてキャベツを食べさせているのはメリッサさん。ダメ元で誘ってみたのだが意外とあっさり着いてきてくれたのは多分アンリとちょむすけのおかげかもしれない、出会い頭のクールビューティは見る影もない、少なくともこの様子を見ていると何か裏があるのではないかと疑っていたのが馬鹿馬鹿しく感じる程度には私の警戒は解けてきていた。

 

こうして私が食事に誘ったのはメリッサさんが私達のパーティに加入する事が決まったからである。ただし条件付きで。

 

その条件はさておき、キャベツを食べる猫とは一体。異世界では猫がキャベツを食べるのは当たり前なのだろうか、それを見て不思議そうな顔をするのは少なくとも私とエシリア、あとはリアとミツルギさんくらいだ。

 

「…ネコってキャベツも食べるんだ…」

 

「…私としてはちょむすけを猫と言っていいのかが疑問なんだが…」

 

「まぁ…羽がありますし普通の猫ではないのは分かってますし…」

 

「どうだっていいわー♪こんなに可愛くて私にも懐いてくれてるものー♪」

 

メリッサさん曰く当人は可愛らしい小動物などが大好きなのだが過去動物に懐かれたりした事がまったくないらしい。だからこうして胸に抱いていても逃げもしないでいるちょむすけに夢中になっていた。

 

そんなちょむすけ、カズマ君曰く火を吹く時もあるとかなんとか。本当に謎の存在なのだが最近になって気になりだした事もある。

 

「まぁそんな話はいいじゃないですか、せっかくの料理が冷めてしまいますし、さっさと食べませんか?」

 

「あ、うん、そうだね」

 

そう切り出したのは飼い主であるめぐみん、そして同意するゆんゆん。皆がどう思っているのかはわからないが、最近になって思ったのはまさにこれなのだ。

 

ちょむすけの話が深く掘り起こされれば決まってめぐみんが自然な流れで話を変えようとする。まるで掘り起こしたそれを別の話題で再び埋めてしまうかのように。自然な流れなので最初は気にならなかったのだが、それは聞く度に違和感を呼び起こす。

 

もしかしたらちょむすけには、私達の知らない何かがあるのだろうか――?そう勘ぐるのも仕方ないほどの違和感を――。

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

閑話休題。とはいえ今のようにはぐらかすのならそれは言い難いこと、あるいは言えない理由があるのかもしれない。これが出逢って間もないくらいの仲なら問い詰めることもあるが、相手はめぐみんだ。それにゆんゆんもいる。

どちらも一緒に住んでいて、ゆんゆんに至っては私にとってこの世界で1番の親友だと想っているしそれはゆんゆんも同じ気持ちでいてくれていると思う。

 

なので少しばかり気にはなるものの、私の方から聞くことはしないことにした。無理に問いただすのもなんだかゆんゆんを信用していないみたいになる気がするし、本気でまずい案件ならきっと私達に話をしてくれるだろう。

 

それはそれとして更に気になる事があった。

 

「あの…カズマ君?」

 

「去年も食ったけどやっぱ納得いかねえ……なんでただのキャベツがこんなに美味いんだよ……って、どうしたアリス?」

 

頭を抱えながら複雑な表情でいて食べる口は止まらないというよくわからない状態のカズマ君に話しかけにくさはあったものの話しかけてみた。それだけ気になるのだから仕方ない。

 

「いえその…アクア様の姿が見えないのですが…ちゃんと誘ってくれたのですよね?」

 

「……あー、まぁ誘ったは誘ったけどな、あいつがアリスに合わせる顔がないんだと」

 

「……え?」

 

そう言うなりカズマ君は席を私の隣へと移した。元々そこにはゆんゆんが座っていたのだが今はリア達と話しているようで席を立っていたのだ。そして変わらずキャベツ炒めを食べながらも小声で説明を始めた。

 

 

…まず一番にアンリの為に服を作って欲しいと依頼して渡したお金を全部使ってしまったこと。どうやら最近お金がないとバイトをしていた理由はそれのようだ。

更に今日カズマ君からお金を借りてそれを服の材料費に充てようとするも、アクア様曰くドラゴンの卵を買ってしまってそれに全てのお金を使ってしまったこと。

そして極めつけは今回のキャベツの収穫クエストである。アクア様は今回大きな籠いっぱいのキャベツを収穫することに成功していたのだが、なんとそれだけの量のキャベツが全てレタスだったらしい。それが去年に続き2度目だと言うのだからもはや同情しかできない。

 

「…私としては別になんとも思ってませんけど…、お金が足りないなら融通しますし、女神様へのお布施と思えば…」

 

「いいやそれは駄目だ。アリスの気持ちは嬉しいけどそこは心を鬼にしてくれ、ただでさえ駄女神なのに甘やかすと余計につけあがるからな。『当然よ、この私は女神なのよ!』とかなんとか言ってな!」

 

私としては本心だ。アクア様にこの姿で、本来有り得ない力を持った上で転生させてもらったからこそ今この世界での私があるのだから、そういった想いはミツルギさんに近いものがあると自負できる。

それだけじゃない、ベルディアやマクスウェルとの件でもアクア様には散々助けられているのだから。例えこの転生がアクア様にとって日頃のお仕事でしかなかったとしても、私にとっては文字通り人生を変えたきっかけなのだから、この力がなければ私はこの世界でモンスターにやられて死んでいた可能性すらあるのだから。

 

とはいえアクア様と日頃一緒に行動するカズマ君からして見れば私が甘やかすことで歯止めが効かなくなってしまうことへの危惧も理解はできるので大半は気持ちだけで抑えておくしかないだろう。

 

「…言いたい事はわかりましたよ、ただ私の想いとは別にアンリの服は確実に作って欲しいのでそこにお金をかけるのは変わる事はありませんが」

 

もはや最重要事項である。私とお揃いの服をアンリが着てくれるとか考えただけでどうにかなりそうなのだから。是非見たい、一緒に並んでお散歩とかしたい、多分それだけで私は幸せに包まれて死ぬかもしれない。

 

後に聞けばこの時の私の顔とちょむすけに夢中なメリッサさんの顔は完全に一致していたとかなんとか。

 

「お、おう…とりあえずその顔はやめとけ?確実に作りたいのならお金じゃなくて材料を直接渡した方がいいかもしれないな」

 

「……そ、そうですね。そのうちアクア様と買い出しに行くとしますか、任せきりにした私も悪いと思いますし」

 

私は今どんな顔をしていたのだろうと気になるものの、どうせ買うのならいい物を揃えたい、それなら買い出しは王都に行ってすればいいだろう。王都ならゆんゆんの杖がぼちぼち完成すると思うから受け取りに行きたいし。

 

……ゆんゆんの…杖……?あっ

 

「そういえばカズマ君、確か王都の鍛冶屋でめぐみんの杖を頼んで…むぐっ!?」

 

それを聞こうとした途端、カズマ君は慌てて立ち上がると同時に私の背後に移動して口を塞ぐ為にその手で蓋をした。これには周囲も何があったのかと私とカズマ君を見てしまう。

 

「頼むアリス、それに関しては他言無用にしておいてくれ」

 

多分カズマ君としては必死に自然に出た行動なのだろう。小声でそう告げるなり主にめぐみんに視線を寄せていた。…実際こんな行動、フィクションの作品の中でならよくある光景かもしれない。

 

だけど実際に突然異性にこんなことやられたら驚くし恥ずかしいしで私の顔は真っ赤になっていることを自覚すらできてしまう。

 

 

その瞬間ガツンとにぶい音が聞こえてきた。カズマ君はたまらず私を解放するなり蹲ってその場で後頭部を抑えている。

 

「まったく節操のない男だとは思っていたがこんな大勢の人がいる中でお前は何をやっている!?」

 

「…ダクネス?」

 

何が起こったのか理解できた。どうやらダクネスがカズマ君の後頭部を思いのままに殴ったらしい。ダクネスは顔を赤くさせながらその握り拳を見せたままだった。

 

…はて?確かに恥ずかしくはあったし解放されて助かったのだけど皆のこの反応の違いはなんなのだろうか?これくらいの事ならカズマ君とめぐみん、アクア様とかなら日常茶飯事である。

 

「だ、大丈夫アリス!?」

「佐藤和真!!貴様という男は…!?」

 

ゆんゆんは慌てて私の元へ駆け寄るわ、ミツルギさんは怒り心頭の様子だし一体何が起こっているのか理解が追いつかない。大丈夫かはカズマ君に聞くべきだと思うのだけど。

 

そして悶絶しているカズマ君の元にゆっくりと近寄る小さな影。

 

「……あ、アンリさん?」

 

何故か敬語になりつつ見上げたカズマ君は、その場で固まっていた。

 

『…アリスお姉ちゃんを――、食べないで…!』

 

悲願するようなアンリの訴えに、カズマ君は勿論のこと私すら何も返せずにいてしまっていたのだった、そして――。

 

 

 

 

 

 

 

 

「よくわかりませんが物凄くイライラするのですが、これは何故でしょうか」

 

「奇遇ねめぐみん、私もそう思ってたところよ」

 

そこにはなんとも言えない表情のめぐみんと、いつの間にか酒場に顔を出していたアクア様の姿もあったんだとか。

 

 

 

 



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episode 181 アリスパーティ in 女神


お久しぶりですm(_ _)mようやくネタが浮かんたので書きました、大変お待たせしました。

今回はタイトルの通りアクア回になります。





 

 

 

 

 

―王都―

 

酒場での一件から数日が経ち、私は今王都にいる。いつもながらに街の人口は多く様々な人々で賑わいを見せているその城下町を見ていると、この場所が対魔王軍への最終防衛地点ということを忘れそうにすらなる。

 

…最終防衛地点……そうなのだ。元々王都という場所は迫り来る魔王軍から人類を守る為に募り、盾となった拠点でしかなかったらしい。そしてその場所が陥落してしまえば人類に未来はない、となれば当然この世界の全人類が無関係では済まされないので王都への世界からの支援は留まる事を知らない。そうして出来上がったのが現在の王都であり、全人類最強の矛にして最硬の盾なのである。この王都が存在しているからこそ、同じ大陸にあるアクセルやアルカンレティアは当然のこと、他の大陸にある国も比較的平和な日々を送れている。

 

とはいえあくまで比較的にである。私のような元々争いとは無縁の日本という国から来た者からすれば、街を出ただけで人間を襲うモンスターが存在するこの世界の在り方は、平和と言うには難しいかもしれないがそれはさておき。

 

そんな王都に来たのは私とゆんゆんとミツルギさん、そしてアクア様の4名である。

 

「アリスのパーティと一緒に来る王都ってのもなんだか新鮮ねー♪口煩いカズマはいないし」

 

「御安心くださいアクア様、サトウカズマなどいなくとも、女神様の御身はこの御剣響夜が御守り致します!」

 

「え?……あ、あぁ…よ、よろしくねマツラギさん」

 

「ミツルギです!!」

 

言われてみれば珍しい組み合わせかもしれない…というよりアクア様がカズマ君達と別行動をとるのが珍しいとも言えるのだが。

 

「…アクア様、遊びに来た訳ではないのですよ?」

 

「ふふっ、分かってるわよ!貰えるものは貰ってあるしね!お仕事はしっかりさせてもらうから安心しなさい!」

 

こうしてアクア様を王都まで連れて来たのは勿論理由がある。前々から頼んでいたアンリの新しい服の材料を買う為である。というのもどうもアクセルでは満足のいく材料が調達できそうになかったようでそれならアクセルとは比べ物にならないくらい豊富にお店が存在する王都なら買えるだろうとの目論見である。ただアクア様にお金を預けちゃうとまた悪気なく散財する可能性があるので今回は私と一緒にお店を回って必要なものを私がお金を出して買うという形になったのだ。これについてはカズマ君より決してアクア様にお金を渡してはいけないと5度ほど念押しされてしまった。

 

「でも……アンリちゃんは大丈夫かな…?」

 

「まぁエシリアなら大丈夫と思いますよ、リア達も一緒に面倒見てくれるみたいですし」

 

話の通り、今回アンリは私のパーティ以外で唯一アンリが懐いているエシリアに預けている。本当は距離を近付かせる為にも屋敷のメンバーに預けたかったのだがめぐみんに預けるのは少し怖さがあり、ダクネスは実家に呼ばれて帰っていて、カズマ君はいつものようにバニルとの商談があるようなのでエシリアへと白羽の矢が飛んだことになる。

連れて来れなかった理由は単純に今回王都に来た理由のひとつにクエストも兼ねているからである。以前言ったように私達のパーティの受けるクエストはモンスターの討伐クエストが主流なこともあり、危険なのでアンリを連れ回す訳にもいかないのだ。

 

「お買い物は後にするとして、ゆんゆんの用事を先に済ませるのよね?」

 

「そうですね、買い物が終わればそのままギルドで適当な討伐クエストを受けるつもりですし」

 

「そ、それって私も一緒に行ってもいいのよね!?」

 

「……え?」

 

今日の予定はゆんゆんの新杖を取りに行ってからアンリの為の服作りに必要な材料をアクア様と購入して、その後にクエストを受ける流れ。

そのクエストにアクア様が同行するというのは実は私の頭には全く無かったことである。てっきりそのままゆんゆんのテレポートでアクセルの屋敷に帰ってアンリの服の製作にとりかかるとばかり思っていたのだから。

 

そしてそんなアクア様の提案に驚いたのは私だけではなくミツルギさんも同じだった。大きく口を空けたまま固まっていた。なおゆんゆんは特に大きなリアクションはない。

 

「え、えっと…一緒にというのは…、クエストに、ですか?」

 

「もちろんよ♪せっかくこうして貴方達と王都まで来たんだし、たまにはそういうのもいいと思うのよね、ほら、アリス達とはあまりこんな風に過ごした事ないし」

 

まるで今思いついたから納得しているようにうんうんと頷きながら語るアクア様だが、私としては特に反対する理由はない。言われてみればアクア様と共にクエストというのは今回が初めてかもしれないからだ。過去に魔王軍の幹部を相手にした時などは共闘したこともあるがそれは成り行き上だったりするし改めて事前から一緒に行動するといったことがなかったのだ。

 

「……ですが…大丈夫なのです?カズマ君と離れてて」

 

懸念材料はそこにある。アクア様は名目上カズマ君の転生特典としてこの世界に現界しているのだから。私ならば今ある装備と能力と容姿、ミツルギさんなら魔剣グラムといった具合に。

 

「別にそんな制約はないわよ、むしろカズマは私が王都に行くことに喜んで賛同してくれてたわよ?」

 

それは単純にアクア様がいると安易にバニルとの商談など出来なくなってしまうからでは無いだろうかと思うも、それを言ってアクア様の機嫌を損ねるのもややこしくなるので言うつもりはない。なるほど、カズマ君にとってこれは体の良い厄介払いになってもいるのだろう。間違えても駆け出し冒険者の街で聖戦(ジハード)なんて起こして欲しくない。

 

「反対する理由はありませんよ、アクア様が来て下さるのなら私としても心強いですし」

 

「そうでしょそうでしょ♪こんな優秀なアークプリーストが着いていくのに不満なんてあるはずがないわよね!支援でも回復でも任せておきなさい!」

 

アクア様が支援してくれるのなら私は攻撃に回ればいいだけなのでそれもまた問題はない。まぁ大抵のクエストでは既にそうしているのだけど。

 

「まさかアクア様と共にクエストへ行く日が来るとは…、先程も言いましたが御安心ください、野蛮なモンスターなどにアクア様へは指一本触れさせはしません、この魔剣グラムに誓いましょう!!」

 

「…え、…え、えぇ、ありがとうカツラギさん、頼りにしてるわ」

 

「ミツルギです!!」

 

後いい加減にミツルギさんの名前くらいは覚えてあげてほしい。もはや一緒の屋敷に住んでるのだから。悪気がなさそうなのが余計にタチが悪いのだがそこが憎めないところもあるので言う事はないのだけども。ミツルギさんも名前間違えを指摘するのに完全に慣れちゃってるし。

 

…にしてもアクア様がここまでクエストに行く事に前向きなのも珍しい。カズマ君の話だと最初は魔王を討伐して天界に帰りたいが為にカズマ君のレベルアップに意欲的だったりしてたらしいのだが最近だと屋敷ではカズマ君に次いでクエストへの意欲が薄い存在となっている。一応冒険者なのにやってる事はお酒飲むことと土方のアルバイトばかりだったりする。まぁこれは単純にお酒によりお金がなくなりそのお金の為にアルバイトをしているの無限ループな訳なのだが。

 

となるとここまで意欲的なのは間違いなく…

 

「……アクア様、お金…困ってるのです?」

 

「……うっ…!?…そ、その…最近カズマさんにも借金しちゃって頭が上がらない状態なのよ…、王都のクエストなら…、アクセルのクエストやアルバイトよりもずっと実入りがいいじゃない?」

 

アクア様の事だから見栄を張って誤魔化すかと思いきや、小声ながらも割とあっさり自供してしまう。それだけ切羽詰まった状態だというのだろうか。…とはいえあくまで自分で働いてなんとかしようというスタンスには好感はもてる。仮にここで私にお金を貸してほしいなんて言ってきたら貸すのは貸すけど間違いなく幻滅する。そこは腐っても女神様ということなのだろうか。流石に腐ってもだなんて絶対口に出しては言えないがそこは本人の日頃の行いのせいなので思ってしまうのは仕方ない。まぁ人間味がありすぎて憎めなさもあるけど。

 

「…?2人ともどうしたの?」

 

「な、なんでもないわよ!?あはははは……」

 

真相はゆんゆんやミツルギさんには聞こえていなかったらしく、2人して首を傾げていた。特にミツルギさんには聞こえてなくて良かったのではないだろうか。魔剣グラムを受け取り転生してもらった恩義からアクア様への信仰心はそこらのアクシズ教徒にも劣らないほどはあったものの、私がきっかけで再会して同居したことでアクア様の本性を間近で垣間見たことによりその信仰心は昔ほどではなくなってる気もするし。これ以上信仰心が減るのも女神様としては良くないのではないだろうか…と思うも、なら名前くらいは覚えてやってくださいとは割と切実に思ったりもしたり。

まぁそれは私なんかよりもミツルギさん本人の方がよほど渇望していそうではあるけど。今ならアクア様がミツルギさんと呼ぶだけでかなり信仰心が上がりそうな気がする。

 

「そ、そんなことより!まずはゆんゆんの杖を取りに行くんでしょ?私もどんな出来なのか興味あるし、早く行きましょ!!」

 

誤魔化すように言うアクア様だがそこは本心なのかもしれない。忘れてはいけないのがこの世界に存在しているほとんどの神器は転生者により持ち込まれたものであり、その発端はアクア様である。つまり神器の作者でもあるのだ。

 

ならゆんゆんの杖を作るのはアクア様に任せたら良かったのではと一瞬思うものの、今のアクア様には天界に居た時ほどの力はないらしいので聞くまでもなく多分無理だろう。

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

―王都・ドワーフの店―

 

材料納入から丁度一週間。ようやくゆんゆんの苦労が形になる時が来たのである。そう思えば私としても感慨深いものがある。様々な幸運が重なって材料そのものは割と短期間で入手できたものの、どの材料をとっても楽に入手できたものは何一つ存在しないのだからそれも仕方ないだろう。

 

「ここがお店?本当に民家と変わらないのねー?」

 

お店の前につくなりアクア様は好奇心に満ちた目でその建物を見渡していた、同じ造り手として何か思うところがあるのだろうか、私にはよくわからない領域である。

私の存在の元となったゲームにも武器や防具を製作できるスミススキルというものはあったが、今やそのスキルを使う事はできないのだ、仮に使う事ができたのなら少しは興味が湧いたかもしれないが無い物ねだりをしても仕方ないし仮に新たにスキルを得られるのなら私はチャージング…一瞬で魔力を回復できるようになるスキルを選ぶと思われる。

 

とまぁどうでもいい事まで考えていたらアクア様はその好奇心の赴くままにお店の中へと入っていき、私達もそれに続く。

 

「おう来たか、注文の品はできてるぞ。久しぶりにいい仕事をさせてもらった、礼を言っておこう」

 

入るなり私達に気が付いた店主のドワーフさんはこちらを一瞥するなり物腰柔らかい様子でそう言ってくれた、どうやら仕事として満足のいくものだったらしい。少なくとも初対面の時のような威圧は感じられない。さぁはやく見てくれと言いたげな様子で白い布に包まれたものをカウンターの上に置いた。

 

ごくりと喉を鳴らすゆんゆん。そのままそれを手に取り、布を捲っていき、その杖はその姿を見せてくれた。

 

先端には赤紫色になったマナタイト結晶、それを細かく加工されたワイバーンの爪が掴むように装飾されていて、グリップ部分も持ちやすそうになっている。装飾は派手ではなくむしろシンプルなものではあるが、私から見る限りは悪くないように見受けられた。

 

「…凄い…!握っただけでも今まで使ってたのとは比べ物にならないのがわかる…!」

 

あくまで私には見た目でしか判断ができないが、ゆんゆんからしても好感触のようだ。その様子は多分私が前世で新しい最新のスマホを買った時と同じような顔をしているのかもしれない、その紅い瞳はキラキラと輝いていた。

そんなゆんゆんの様子に不器用ながらも口角を緩ませていたドワーフさん。やはり造り手なだけあって依頼人が満足している様子を見て悪い捉え方はしないようだ。

 

「手に持っただけでわかるか、後は使ってみて何かあれば言え、何分初めて扱った素材もあるんでな、不具合がないとは言いきれん」

 

「は、はい!ありがとうございました!」

 

大事そうに両手で杖を握るゆんゆんを見てこちらも笑顔と安堵の溜息がでる。ようやく入手できたのだ、ミツルギさんの口元も緩んでいた。

 

よし、これで此処での用事は終わりだ。後はアクア様とアンリの服の材料の買い出しをした後に冒険者ギルドでクエストを受ける、ゆんゆんの新杖の効果はその時にでも見る事ができるだろう。

 

そう思いアクア様に告げようと目を向けたが…

 

「ちょっと待って」

 

アクア様は難しそうにゆんゆんの杖を見つめたままそう言い放ったのだった――。

 

 

 



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episode 182 ゆんゆんの杖神器化計画

 

 

 

 

 

―王都・ドワーフの鍛冶屋―

 

「だから!ここをこうしてこうするのよ!」

 

「そんな説明で分かる訳ねぇだろうが!!」

 

「なんでわかんないのよ!!真の職人ならもっとこう感覚的に分かりなさいよ!!」

 

アクア様が発端で始まったのは簡単に言えば神器造り講座。出来上がったゆんゆんの新武器を見たアクア様が待ったの声をかけたのだ。これにより私とミツルギさんは完全に蚊帳の外である。ただ見ていることしかできない。

 

現状どうなっているか説明すると口論を続けるアクア様とドワーフのおじさんが2人してゆんゆんの手をそれぞれとってまるで手相でもみるように見ている。

それだけならまだいいのだがアクア様とドワーフのおじさんに挟まれてどちらも譲らぬ口論になっている、ゆんゆんとしては逃げ場がない。というより2人ともゆんゆんの杖の為に口論しているようなものなので逃げる訳にもいかない。

 

そもそも事の発端はゆんゆんの新武器である杖をアクア様が見てからだった。

丁寧に加工された細長い魔晶石、それに細かい装飾となったワイバーンの爪が掴むように飾られていて魔法金属で作られた柄の部分、と、シンプルな出来栄えではあったがゆんゆんはお気に召していたようだったのだが何故かアクア様は気に入らなかったらしい。最初は聞く耳を持たなかったドワーフさんであったが躍起になったアクア様が私とミツルギさんの武器を強引に見せてしまい更にその製作者は自身だと暴露してしまう始末。それによりこの頑固なドワーフさんも驚きながらも話を聞く事になり今に至る。

 

そして今アクア様がドワーフさんに提案しているのが『制約』を付与することである。

 

制約と言えば簡単に言うと一部の神器の大きな特徴と言える。

 

例えばミツルギさんの扱う魔剣グラム、これはミツルギさん本人が扱えばとんでもない攻撃力を誇る文字通り魔剣となる訳なのだがミツルギさん以外が扱えば少し強い程度の普通の剣にしかならないらしい。これはミツルギさんが扱えば全く問題はないが他の人からすればただの珍しい剣にしかならないのだ。つまりはデメリット。マイナス効果を付与する事によりその武器の力をより高めるというものだ。

 

これは私の元やっていたゲームでも存在した。武器などを自作できたあのゲームではその効果さえも自身で決める事ができたのだ。ただしその装備の種類により制限が存在していて一定数値までしか上げることができないのである。

その制限を増やす方法にマイナス効果を付与することが一般的だったのだ。

 

ちなみに私の杖はその効果をしっかりと継承していた。int値…つまり知力や魔法攻撃力を強化できる代償としてstr値(筋力)や物理攻撃力などは杖を装備していると下がるのだ。実際に私がこの杖で殴ったところでダメージはほとんどないのだけど私としては物理攻撃力など全く必要としていないのでデメリットとしてはあまり関係はない。そしてこの効果は私自身にしか現れないようで、どうやら私の杖にもミツルギさんの魔剣グラムと同様に使用者制限か設けられている。

つまりアクア様の作ってきた神器は私がやっていたゲームでの自作装備と似通ったところがあるのだろう。

 

どうもアクア様はそういった制約をゆんゆんの杖にもつけたいらしい……のだけど、それは大丈夫なのだろうか。

 

ウィズさん曰くこのドワーフさんはこの世界でも指折りの鍛治職人らしい。そんな人でさえそんな製法は知らないのだからおそらくそういった制約などはこの世界では有り得ないことなのだろう。

 

つまりそれはアクア様のような神様の技術である。それを下界で生きているヒトに教えてしまっても問題はないのだろうか。エリス様は何も言わないのだろうか、私には分からないし分かりようもない。

 

分かりようもないのだが結果としてゆんゆんの新杖が強化されることになるのならこちらとしては喜ばしい事でもあるので私からアクア様へと確認をとることはない。問題があっても責任をとるのはアクア様になるだろうし、なんて思ってしまえば少し薄情な気もするけど今行われている女神様の技術講習は私はもちろん、ゆんゆんが頼んだ訳でもドワーフのおじさんが頼んだ訳でもないのだからそれは仕方ない。

 

「だからー、あえてマイナス面を作る事でプラスになる領域を増やす訳よ!そうすることで武器の長所を更に引き出すことができるわ!伝導する魔力もゆんゆんの魔力専用にするようにすれば効率が良くなるの!」

 

「……お前さんは一体何者なんだ?そんなやり方長年生きてきて初めて聞いたぞ」

 

「'私が誰かなんてどうでもいいのよ!今はこの杖をどこまで強くできるのか、そこを考えなさい!!」

 

…どうやら完全にアクア様の職人魂に火がついているようだ。ドワーフさんに何者だと聞かれたのはこちらとしても焦った、いつものアクア様なら間髪入れずに女神だと自称するだろうしそうなるとドワーフさんがどう反応しようが厄介でしかないことは間違いない。

 

ただひとつ、この状況から分かることがひとつだけ存在する。

 

 

「……ミツルギさん、どうやらしばらくは終わりそうにないですね…」

 

「…そうだね…」

 

私達2人はただ見ている事しかできないのである。まさか職人二人に捕まったゆんゆんを置いて此処を出るわけにもいかないしそうしようとすればゆんゆんは涙目になってこちらに訴えてきそうまである。

 

――結果、この職人講義は約2時間に渡り繰り広げられるのだった――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

このすば。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―王都の冒険者ギルド―

 

結果として言えばゆんゆんの新杖のデビューはもう少し後になってしまった。アクア様から新たな製法を学んだドワーフさんは若い頃の熱意が戻ってきたかのようだと燃えに燃えていたのでゆんゆんの新杖はより強くなってゆんゆんの元へ届く事になるのだろう。というよりアクア様が関わった時点でそれは神器と言っても過言ではない。

 

強化されるのなら私達としては問題ない、なのだがどうしても気にはなったのでアンリの服の材料を購入しながらそれとなくアクア様に聞いてみた、神器の製法をこの世界に住む者に教えちゃって問題ないのかと。

 

そうすればアクア様からは滝のような汗が流れてはぐらかすように服の材料の選別に戻ってしまう、やはりまずかったようだ。「だ、だだだ大丈夫よ、あの人には他言無用を念押ししておいたし神器の製法はあれだけじゃないし」とまるで自身を納得させるように言っていた。まぁそれ以上私が突っ込んだところで何も意味はないので言わなかったけど服の材料選びに集中してほしいのはこちらとしては望むところなのでよしとしておこう。アンリが私とお揃いの服を着るのが今から楽しみである。

 

 

そんなこんなで王都の品の豊富さにより材料はすぐに集まった、20万という想定していた予算は余裕でオーバーしてしまったが私としては何も問題はない。なんなら10倍かけても惜しくないくらいあるけどそれを言うとまた私の金銭感覚のおかしさが露呈してしまうので心の内に留めておこう。一応自覚しているだけまともなのだろう、うん、そうに違いない。

 

そして今いる場所は王都の冒険者ギルド。用事も済んだし後はクエストを一件受けるつもりだ。入るなり私達はギルド内にいた冒険者達から注目を浴びる事になる。なんならひそひそと話し声まで聞こえてくる始末なのだがいつもの事なので慣れてしまった。

 

「…なーんかあちこちから見られてるわね」

 

「……いつもの事ですよ」

 

慣れないのはアクア様くらいだろう。王都でのカズマ君のパーティはまだまだデビューしたてで大きな実績をあげた訳でもない。魔王軍の幹部を倒した功績でその名前は知られているものの当人達の顔までは王都では認知されていない。はやくしっかりと王都で名を売って私達の存在を薄めてほしいものである…なんてめぐみんが聞いたら怒りそうな事を思ってしまうが目立ちたくない私としては割と切実だったりする。

 

「せっかく注目を集めているのなら花鳥風月でもやろうかしら?アクセルでは好評だしこっちでも盛り上がると思うの」

 

「絶対にやめてください」

 

「えー、なんでよー?」

 

私の即座のツッコミにアクア様は納得行かない様子でむくれていたがそれだけは勘弁してほしい。ただでさえ目立っているのに余計に目立ってしまうことは間違いない。それ以前に何故選択肢として宴会芸があがってしまうのかが私には理解できない。

 

「あら、姿がないから今日は来ないと思ってたわ、先日は世話になったわね」

 

「…!メリッサさん、それはこちらの台詞ですよ」

 

そんな事を思っていたら私達の目の前には先日世話になったメリッサさんがいた。姿がないと言っている事からあの日以降王都の冒険者ギルドに来ては私達の事を捜していたのかもしれない。

 

先日条件付きでパーティに加入したメリッサさん、その条件というのが単純に固定パーティではなく、お互いに必要な際に声をかけて組むようにするといったものだった。

あの時話した内容に、やはり彼女としてはお金の為に冒険者をやっている面が強いらしい。まぁそれに関してこちらからマイナスなイメージは湧かない、何故ならこの世界の冒険者とはお金稼ぎ目的が当然であり私達のようなスタイルが一般的ではないのだ。最終的にそのお金になるのなら相手が魔王だろうが幹部だろうが問題はないとのこと。

実際魔王軍の幹部ともなればその討伐報酬は億越えが当たり前なのだ、当然危険なのだからこそその報酬なのだ。危険度を見れば通常ならばメリッサさんも遠慮したかもしれないが私達には既に4回もの幹部討伐の実績がある。だからこそメリッサさんも加入することに決めた訳だが。

 

ならば固定でもいいのではないかと思うも、あくまでも私達のパーティとは基本的に方針が合わないからだろう。メリッサさんは元々ソロでクエストに挑む事の方が多く、行動を縛られすぎるのは好きでは無いらしい、なのでこちらのパーティに加入したいとは言ったものの、メリッサさんとしては初めから固定は考えていなかったようだ。

 

正式な固定メンバーでは無い事は残念ではあるけど、その職業はレンジャー、盗賊職に近い特徴をもつ私達に唯一足りない存在である。

私達の知り合いなどから気軽にパーティを組んでくれそうな人は少ない、せいぜいカズマ君やクリス、最終手段としてアンリがあがるくらいだろうか。

 

だがカズマ君はカズマ君で自身のパーティがあり、クリスは神出鬼没、アンリは単純に危険な目に合わせたくないので誰を選ぶにしても難しい。なので今回メリッサさんが加入してくれたのは私達にとって渡りに船だったことは言うまでもない。たとえクエストへの目的が違おうがより安全にクエストをこなせるようになる事は私達としては非常にありがたいのである。

 

ただまぁ意識の違いがあれば、勿論デメリットも生まれるわけで。

 

 

「……せっかくだから早速一緒にと思ったけど…、そっちは一人多いみたいね、また機会があったらよろしく頼むわ」

 

メリッサさんはアクア様の存在に気が付くなり軽い挨拶で終わらせてその場を立ち去る。

 

「あ…、すみません、次回はよろしくお願いします」

 

「ど、どうしたんだろう?」

 

メリッサさんは私の声にこちらを向く事無く片手を振って反応しつつギルドの奥へと歩いて行く。そんなあっさりした対応に疑問に思うゆんゆんだったがその理由は単純である。人数が増えればその分クエストによる報酬が減ってしまうからだろう。

アクア様を除く私達としてはレベルアップの為にクエストを受けているので重要視されるのは報酬よりも安全性なのだが報酬目当てであるなら5人パーティという取り分の減少はあまりよろしくない。基本的にパーティは何人でもいいのだが報酬やバランスを考慮してパーティ人数は4人までなのが一般的な暗黙の了解になっている。だからこそ既にアクア様がいる事を確認したメリッサさんはあっさり身を引いたのだろう。

 

まぁアクア様が先約で入ってたのでこれは仕方ない。さてさて何か美味しいクエストはあるだろうかと私達は依頼書の貼られている掲示板へと移動しようとするも、すぐにそれは止められた。

 

「ぼ、冒険者、アリスさんのパーティの皆様ですね」

 

「……はい?」

 

早足で近付いてきたのはギルドの職員の若い女の人、痩せ型で大人しそうな印象を受ける如何にも事務職といった様相。ブロンドの長い髪は邪魔にならないように束ねられているそんな女性だが若干ながら焦りの様子が見受けられる感じがした。

もしかしたらまた何かあったのだろうか?強ばった表情の職員の女の人の登場に、私はその空気に呑まれたかのような生返事しかできなかったのだから――。



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episode 183 様々な不調和音

 

 

 

 

―王都・冒険者ギルド―

 

もしかしたらまた何か起こったのかもしれない。その考えはミツルギさんも同じだったようで私とミツルギさんは若干ながら強ばった表情をしていた。そんな私達の気持ちが伝染するかのようにゆんゆんも戸惑いを隠せていない。何が何だかと疑問符を浮かべた様子なのはアクア様くらいだった。

 

「落ち着いてください、用件なら聞きますから」

 

「あ、は、はい、すみません、私、ギルド職員になりたてでまだこういうのに慣れていなくて…!!」

 

それを聞くなり私は軽く落ち着けた気がした。

 

 

 

なるほど、この職員さんの落ち着きのなさは案件の内容が理由ではない、単純に慣れない業務で緊張しているだけのようだ。そう考えてみたら自然と張り詰めそうになっていた空気が緩和していくような感覚を覚える。

 

仮に何か異常事態だとしたら職員になりたての新人さんに案件を任せるはずがない。

もしかしたらようやく魔王軍に動きがあっただとか、あるいは以前の変異種のような事件が起きたのではないかと思ってしまったがそういう訳でもなさそうだ、と、そこまで安易に予想ができてしまう。

 

「すみませんすみません…!そ、それでその、アリスさんにこちらが届いてまして…!」

 

何度も頭を下げながらも職員の女の人は両手で持った封書のようなものを私の前に丁寧に差し出した。これは手紙だろうか?

 

「そんなに謝らなくても……とりあえず拝見致しますね」

 

とりあえず見て見なければわからないと私はそれを受け取るなり開封……しようとしてその手が止まる。

 

「……これは…」

 

「?どうしたのよアリス、読まないなら私が読んであげるわよ?」

 

「あ、アクア様、お言葉ですが王族からの手紙を本人以外が読むのは…」

 

「お、王族!?」

 

ミツルギさんが小声で促すと、アクア様は驚いてその手を止める。確かにその封書にはこの王都の象徴と呼べるべきベルゼルグの紋章が刻まれている。既に数回に渡り見た事があるので間違いはないだろう。

これは新人の職員さんからしてみれば震えて当然だ、ただの手紙ではないのだから大事そうに持っていたのも理解ができる。何故こんな大事な手紙を新人さんに託したのかとか疑問はさておき…

 

 

ざわ……ざわ……

 

同時に周囲が騒がしくなってきた気がする。…どうやらアクア様の驚いた拍子の声が大きすぎたようでギルドにいる他の冒険者達に聞こえてしまったようだ。あちらこちらから冒険者達の視線を感じてしまう。

 

「……このままここで確認しづらくもなりましたね…、とりあえずここを出ますか」

 

これでは手紙を見るのも落ち着かないので溜息がてらにそう促せば、ミツルギさんとゆんゆんは苦笑気味に頷く、そしてアクア様はどこか気まずそうにもじもじしていた。

 

「待ちなさい、私も行くわよ」

 

…そのまま冒険者ギルドを出ようとしていた私達に声がかかる。その声は先程話して去っていったメリッサさんだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

……

 

 

 

 

 

 

 

 

王族からの手紙――。

 

王族とは言うまでもない、アイリスの父親である国王様を筆頭としたこの国のトップに君臨する方達である。それにはクレアさんやレインさんのような主従も然ることながらダクネスの家系、王国の懐刀と位置付けられるダスティネス家などもそれに含まれるが、この手紙の封書の紋章は以前アイリスの護衛を依頼された時と同じものである。つまり直系であるアイリス、あるいは国王様よりもたらされたものと推測される。

 

しかしながら内容は全く分からない。今や私達のパーティは週1という間隔ではあるものの王城に赴きアイリスを外出させることになっているので必然的にクレアさんにも出逢うことになる。

なのでわざわざこのような手紙を送らなくてもその時に要件を告げてくれたら済む話なのだ。しかしこうやって手紙が届いているとなると考えられるのは――

 

 

「……何か緊急を要する事態になったのだろうか?」

 

「……その可能性は高いですね」

 

「なんでもいいから早く読んでみなさいよ」

 

厄ネタでなければいいのだが。少しばかり不安になりながらもいつもの喫茶店に入った私達は一番奥に位置する目立たないテーブルについて封書を開けて中を確認することにした。

 

 

 

……

 

 

「……うわぁ……」

 

露骨な声を思わずあげてしまう。なんというか予想通りと言うべきなのだろうか、遂に来たと思うべきなのだろうか。

 

「い、一体何が書かれてたの…?」

 

ごくりと息を飲むゆんゆんを横目に、私は視線を手紙に戻す。…多分今の私は物凄く微妙な顔をしていると思われる。その表情でミツルギさんは何かを察したようだ。

 

 

 

「……簡単に言いますと……、国王様と謁見しなきゃならないらしいです…」

 

「えぇ!?」

 

言葉と共に手紙から目を逸らすようにして頭を抱えてしまう。毎回思っていることなのだが私は平凡に過ごしたいのだ。アルダープの件もあり貴族様と関わるのは勘弁願いたいと本気で思っている。ならアイリスやダクネスはどうなのかと問われると反応に困るのだが彼女らはあくまで王族や貴族である前に友人であるので問題はない、ないのだけどそれでもこの国の重要なポジションについているのだからそういった事に巻き込まれることも覚悟はしている。それを込みで友人と思っているのだからそこはいい。

 

ならばこの国王との謁見はどうだろうか、関係としては友人であるアイリスの父親にあたってしまう存在である。

だから私の自論を当てはめたらこれも友人関係の延長で仕方ない事だと割り切れるはずなのだけど……、そんな単純に納得はできてしまえないのだからこそ、今の私は頭を抱えてしまっているのだが。

 

「流石は蒼の賢者と魔剣の勇者が連なるパーティね、まさか初めて聞く依頼が国のトップとの謁見だなんて」

 

「どういう気持ちで言っているのかわかりませんが私個人としては厄ネタでしかありませんよ…」

 

関心したかのようなメリッサさんの様子だが今の私からすれば嫌味にも聞こえてしまう。流石に本人にそんなつもりはないだろうけど。

 

そしてこれは国直々による私達への勅命である。この国に住んでいる以上当然ながら拒否権などありはしない、仮に拒否しようものならそれだけで罪をかぶることになるだろう。そんな案件なのだから本当に厄ネタでしかありはしない。

 

「それでどうするのよ?まさか今すぐに行く訳でもないんでしょ?」

 

この件で唯一無関係なアクア様は完全に他人事である。こちらの面々は注文した飲み物すら満足に口につけていないのに1人だけ美味しそうにフルーツパフェを堪能していらっしゃる。

 

 

「まっ、そういう話なら私は遠慮しておくわ、もし王様から話を聞いた後で私が必要であれば声をかけて頂戴、大抵は王都の冒険者ギルドに居るようにするわ、あるいはギルドの掲示板で連絡をとりましょう」

 

そう言いながらもメリッサさんは立ち上がるなり喫茶店から去っていく。ようは金目の依頼であったなら呼んでという事なのだろう、さりげなく何も告げずに自身の飲んだ紅茶代はテーブルに置かれているのを見ると憎めなさはあるものの、今の私からすればその自由奔放な在り方が羨ましいくらいとれてしまう。

 

「あ……いっちゃった」

 

「アリス、ホントにあんなのをパーティに入れるつもりなの?見た目からして協調性とか皆無だと思うわよ」

 

「……あまりこういう事を言いたくはないが……僕もアクア様と同意見だ。勿論アリスがそう決めたのなら僕はそれ以上何か言うつもりはないが…」

 

「ミツルギさん……その言い方は卑怯だと思います…」

 

「…っ!?いや僕は……!?……すまない、今のは聞かなかった事にしてくれ」

 

「……」

 

メリッサさんの姿が見えなくなるなりこの話題が出されて、少しばかり空気が重くなる。

まぁアクア様やミツルギさんが思う事は理解できなくもない。彼女を見た時に健全な冒険者に見えるか?と問われたら答えに困るのは事実だからだ。

 

だけど、私には私なりの考えがある。

 

「…確かに普通に知り合ってパーティに入った形でしたら…私も違う答えになっていたかもしれません。ですが……」

 

「…それはアリスから見てメリッサさんを信頼できる理由があるということかい?」

 

「…はい、私としてはメリッサさんの事は信頼してもいいんじゃないかと。…勿論希望的観測に近いかもしれませんが、私としてはアンリの在り方からそう思えるようになりました」

 

これが1番であり唯一の理由だろう。

 

アクセルの街でのキャベツでの一件でメリッサさんは身を呈してアンリを守ってくれていたのだ。それもあってアンリはメリッサさんに若干ながら好意的な目を向けていた。未だに一緒に住んでいるカズマ君のパーティではすら避けてしまう時もある超人見知りのあのアンリが、である。

 

……それにアンリやちょむすけと戯れている時のあのメリッサさんの幸せそうな顔を見てしまったらそんな風にも思えてしまって仕方ない。

 

「……確かにそう言われると…アンリは悪意などには敏感だからね、信憑性は持てるとは思うが…」

 

「あ、あの…アリス?」

 

私の話を聞くなり腕を組んで納得する素振りを見せるミツルギさんとは裏腹に、ゆんゆんは言いにくそうに口ごもっている。どこかおかしな事でもあったのだろうか?

 

「…どうしました?ゆんゆん」

 

「いや……あの…その……、アンリちゃんが悪意とかに敏感なのは私もわかるんだけど……、忘れてない?あの子って確かあのシルビアにも懐いていた節があったような……」

 

「……あっ」

 

全然駄目だったと思わされるゆんゆんの発言に私はただ間抜けな声をあげるしかできなかった――。

 

 

 

 

 

 

 

……閑話休題。

 

 

いつの間にかメリッサさんの話にシフトしてしまっていたけど今考えるべきことは王様との謁見なのである。

……とはいえこれに拒否権はない。以前ダクネスが言っていたように王家からの手紙、つまり勅命である。それは国の法律として絶対厳守なのである。頑なに拒んでしまえば犯罪者の烙印をも押されかねないので行かないという選択肢は存在しない。

 

ただこの手紙に日時などは指定されてはいなかった。これは何時でも構わないと言うことなのだろうか、その辺はダクネスに確認を取った方がいいのかもしれない。

 

「…気を取り直してクエストに行きますか」

 

「…そ、そうだね…」

 

メリッサさんは帰ってしまったものの、今此処にはお金を稼ぎたいオーラをめちゃくちゃ醸し出しているアクア様もいたりするので今すぐ王城に行く訳では無いのならクエストには行くべきだろう。

 

「…たださっき冒険者ギルドでめちゃくちゃ目立ってましたからね…少し戻りづらさが…」

 

「…えっと…一応やれそうなクエストの依頼書は持ってきてあるけど…」

 

「…流石できる女ゆんゆんですね」

 

「だーかーらー、それやめてってば!!」

 

顔を真っ赤にしながら言うゆんゆんは可愛い。それはさておき、私はゆんゆんが差し出した依頼書に目を通すと同時に他の人も見れるようにそれをテーブルの上に置いた。

 

 

 

――マンティスロードの討伐

 

 

 

マンティスロードとは簡単に言えば巨大なカマキリの怪物だ。大きさは5mくらいあり、その大きさに似合わず俊敏な動きを見せる、更に両手となっている大きな鎌は鋼鉄でさえも容易く切り裂くことが可能である。

冒険者ギルドが定めた討伐基準レベルは50以上という王都でもそうそうない超高レベル指定のクエストである。

 

「…ちょっとこれ大丈夫なの?」

 

依頼書を見たアクア様は完全に萎縮してその顔は青ざめている。まぁアクセルではまず見かけるレベルの依頼ではないのでそこは仕方ない。

 

「多分大丈夫かと。似たレベルのモンスターなら何度か最近私達3人で討伐しましたし」

 

例を挙げるとするならミツルギさんがパーティに加入した時に倒したティラノレックスだろうか。無論それ以外にも私達はオーガやミノタウロスなどの強大なモンスターを狩った実績がある。

 

「今回は更にアクア様がいますからね、アリスはより攻撃に専念できると思いますのでより難易度は下がると思います」

 

「わ、私も最初はアクアさんに似た反応してましたけど、その…やってるうちにこのレベルが当たり前になっちゃってまして…むしろこのレベルじゃないと満足できない身体になったというか…」

 

とりあえずアクア様を落ち着かせるように私が取り計らってみれば、ミツルギさんが便乗して、ゆんゆんがなんだか誤解を招くような事を言い出す。頬を赤らめて言うと余計に誤解しか産まないのでやめていただきたい。何に誤解するのかは知りませぬ。ただ言えるのはゆんゆんが言いたい事はそこらのモンスターを狩るよりも経験値が美味しいという事だけである。

 

「…そ、そうよね、カズマさん達と一緒のノリで依頼書を見てたけど今回はアリス達が一緒だし…うん、なんだかやれそうな気がしてきたわ!!支援に回復、サポートは私に任せておきなさい!!」

 

なんとか調子を取り戻したアクア様は自身を納得させるように何度も頷きながら声が少しずつ大きくなる。まぁやる気を出してくれるのはこちらとしても有難い。まぁやる気を出した原因は多分報酬の300万エリスなのだろうけど。それは依頼書の下の方に書かれている額を見たアクア様の目が完全に$マークになっていたことであっさり察してしまった。

 

 

そんな時に、私はカズマ君のこんな一言を不意に思い出した。

 

 

 

 

――アクアが自信満々な時は大体ろくなことにならないから気を付けろよ――。

 

 

 

 

 

……まぁ大丈夫だろう。いくらアクア様がやらかすとは言っても今回はパーティが全く違うのだ、アークプリーストとしてだけを見ればアクア様は他所のどのアークプリーストよりも優秀なのは間違いないのだから。

 

 

 

――私は自分に言い聞かせるようにそう念じた。ただこの拭いきれぬ不安は一体なんなのだろうか、今の私には理解することができなかったのだから。

 

 

 

 

 



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