断絶世界のウィザード (てんぞー)
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1章
目指すはW1stの称号


 ―――例えばもう一つの人生を許されるとしたら、どんな人生を送る?

 

 それも現代ではなく、ファンタジー世界でならどうする?

 

 ロールプレイングゲーム、RPGは俺達のその欲望を常に満たしてきた。誰かの物語を体験、追従し、そして世界観に没頭させてくれるゲームは別の誰か、別のなにかになって冒険するという欲望を満たしてくれた。簡単なRPGゲームから始まり、それでも満たされないような奴はTRPGで自分だけのキャラクター、自分だけの冒険を作って空想の世界に浸ったりもした。

 

 だがついに世界はその先を行く様になった。

 

「飯の準備良し。トイレも済ませた。電源も入れて待機させたし後は時間まで待つのみ、と」

 

 ふぅ、と息を吐きながら自室の天井を見上げ、視線をベッドの方へと下ろす。そこに置いてあるバイザー付きのヘルメット―――VRギア、V-Diverを見てにやり、と笑みを浮かべる。頭のおかしくなりそうな倍率を乗り越えて入手する事に成功した世界初の民間用VRギアがそこに置いてある。

 

 視線をV-DiverからPCのスクリーンへと戻す。チャット画面には見慣れた身内連中の名前がオンライン状態で表示されている。その話題は当然、十数分後に開始されるVRMMO【Shattered Realm】の事になっている。複数の企業が協力する事によって作り上げた電脳世界にある、仮想現実。フルダイブという未知の世界に生み出されたゲーム。それはありとあらゆるゲーマーを魅了するには十分すぎる要素だった。既に何年も前からVR技術、フルダイブ技術は先端企業(エッジ)や医療の現場では利用されている技術であった。ネットのニュースでは話題になっていたものだし、期待されている技術だった。

 

『うおお、後少しだと思うと興奮してきてうれしょんしそう』

 

 狂ったような文章がチャットルームに張り付けられるが、何時も通りの調子に苦笑を零す。

 

『ちゃんと遊んでいる間に漏らすんやで』

 

『止めろよ汚い……』

 

「はよトイレ行ってこい……っと」

 

 何時も通りのバカげたノリ―――しかし全員が運良くV-Diverも、【Shattered Realm】のプレイ権を頭のおかしい程インフレした倍率の抽選の中から手にする事が出来た、幸運なゲーマー共だ。

 

 そう、初のVRMMOと言えど誰もが遊べるという訳じゃない。当然出荷できるギアの数の限界があれば、ゲームのサーバー側にも限度がある。それを含めて初期のプレイヤー数は数万人、という規模にまで狭められた。今人気のソシャゲプレイヤーが余裕で数十万人規模を超える事を考えれば、数万程度では足りないのは目に見えている。故にプレイ権は抽選で、そしてその倍率も見た事のないような数字になった。その数字を見るだけで諦めそうになる、そういうレベルでの倍率だったのだ、本当に。

 

 だが手に入れた。

 

 俺達は幸運にもこの新たな世界へのチケットを手にしてしまったのだ。

 

 SNSもニュースも話題は全て【Shattered Realm】一色、誰もが期待し、新世界に焦がれている。それは俺達も変わらない。

 

「所で飯はどうしてる? 準備終わったか?」

 

『ワイはカップ麺大量に買ってきたで、しばらくは三食カップ麺や』

 

『栄養バランス崩れるぞ。俺みたいにビタミン剤買い込め。飲み込むだけで終わるぞ』

 

『常に三食メイトだけど?』

 

『お前ら自炊しろ??? なんだ、全員揃って入院希望か』

 

「まぁ、自炊する時間も惜しいのは解るけども」

 

『は? W1st目指すなら当然だろ? ペットボトル用意しろよ』

 

『誰が尊厳を捨てろと言った』

 

『というかW1st狙ってる連中って大抵体のケアとかはちゃんとやる方でしょ。トイレとか食事とか睡眠とか、そこらへんサボったりそこなったりすればそれだけパフォーマンス落ちるし』

 

『一理ある。ちょっとスーパーで土鍋買ってくるわ』

 

「今から??? なんで土鍋??」

 

『は??? 数秒で戻ってこれるし????』

 

『そういう事じゃねぇだろ!!』

 

『いてら』

 

『あー、ログインサーバーパンクで入れるの数時間後の奴ですね。解る解る』

 

『あ、オフラインになってる。マジで土鍋買いに行ったのかアイツ』

 

『草』

 

「卓の合間に焼肉し始めたやつだしなぁ」

 

『焼肉屋にノパソ持ち込んでオンセを始めるってなんだろうな……』

 

 身内のいつも通りの頭の悪い行動と言動に笑い声を零しつつ、時刻を確認してみればもうそろそろゲームのサービス開始時刻になる。おっと、ログインオンラインだけは勘弁してほしいと呟きながら最後に一度、キーボードにメッセージを短く書き込む。

 

「じゃ、あっちで」

 

 それだけ入力してから、座っていた椅子から立ち上がりベッドへと移動する。その上に置いてあったギアを頭にセットし、顔を覆う様にバイザーを下ろす。そこから横たわって首を痛めないように頭の位置を枕で微調整して―――準備良し。後はシステムを起動させるワードを口にすれば、自動的に没入作業が開始される。

 

 壁に掛けてある時計が12時を示すのと同時に目を閉じ、

 

起動(ダイブ)

 

 ゲームを開始する為のキーワードを口にした。

 

 ―――次の瞬間、視界は一瞬で漂白された。

 

 ギアの稼働と同時に肉体に対する信号が遮断されたのだろう―――たぶん。技術の細かい働きなんて解らない。ただ理解しているのはギアが起動し、そしてインストールされているゲームが稼働したという事実だ。

 

 短いホワイトアウトから視界は一転する。

 

 完全な白からふわふわとした感触が身を包み、動く視界で周囲を見渡せば自分の体が一羽の鳥となっている事に気づく。空を飛翔する鳥が雲を突き抜け、眼下に自然豊かな景色が広がり、その上を飛翔して駆け抜けて行く。

 

 森を、

 

 山を、

 

 砂漠を、

 

 海を鳥は飛び越えて行く。

 

 現実ではまず、経験する事が出来ない景色、経験だった。鳥になる。言葉にしてみれば簡単だが、絶対にありえない現象なだけにそのインパクトは凄まじい。未知だった。衝撃だった。胸を満たすこの感動は、決して言葉にできるものじゃない。頬を撫でる風の感触と眼下を流れて行く景色の変化……言葉にしてみればチープすぎるものでも、実際の経験は金にできない程のものに感じられた。

 

 だがやがて、美しかった世界は断絶する。

 

 亀裂が世界に走る。それまでは美しく保たれていた世界に亀裂が走り、そこから闇が噴き出す。まるで大地をバラバラに引き裂く様に世界が、大陸が、国と国が分かたれるように隔離されてゆく。その根元からは禍々しい色の結晶が生え揃い、世界を分断する闇のオーロラから力を受けて育つ。そうやって分断された世界、その端は闇色に染まり、徐々に徐々にその色を中央へと向けて伸ばす。

 

 そこで、鳥の旅は終わりを迎える。

 

 再び雲の中へと進んだ鳥は更に高度を上げて行き、やがて雲を超える。

 

 そこに広がるのは無限の雲海と闇のオーロラ。

 

 そして空中に支えもなく浮かぶ庭園。鳥は真っすぐその方へと向かっており、近づけばその視界に、庭園の中央に立つ二つの姿を捉える。

 

 やがて少しずつ近づいて行くそのシルエット、手前にある見覚えのある姿は―――俺自身だった。

 

 それに気づいた瞬間、鳥の体から自分自身の体へと視界は戻っていた。庭園の横を鳥が飛翔して行き、その姿を片手を伸ばして一歩だけ追い、現実と変わらぬ自分の体がそこにあるのを、両手を伸ばし、手を空に掲げて確かめた。

 

「―――ようこそ、稀人様」

 

 声に引かれて視線を前に戻す。そう言えば鳥が捉えていた姿は二つだったと思い出す。視線を戻した所でそこにいたのは……そう、女神だ。女神、としか表現できない美しさを持った女性だった。長く、煌めくような黄金の髪に白いスリットの入ったドレス。胸元も大きく開けられたその恰好は露出が多くも、纏う神聖な雰囲気さが故に、エロティシズムを感じる様な事はなかった。翡翠の様な瞳は真っすぐ此方へと向けられており、そのパーツの一つ一つが非人間的な美しさを持っている。だというのに、彼女は現実として存在していた。

 

 その背中の、純白の翼と一緒に。

 

 背中から翼を生やしているのだ! なんという事だ、ありえない! だがその姿、質感、そしてバランス。

 

 そう、なんと背中から翼を生やしているのだ。これもまた、現実じゃありえない。だけどこのVRの世界であれば、ありえる。しかも体のバランス、質感、その全てがリアルなのだ。コミックやアニメの様な描写じゃなくて、現実として存在するような姿を見せているのだ。物凄く自然に。まるでこれが正しい姿であるかのように。

 

「貴方の到来を、お待ちしておりました」

 

 女神にそうやって言葉を向けられ、話しかけられていることを自覚し、口を開いた。

 

「あ、お、お? おぉ……!」

 

 声が出る。喋る事も出来る。喉に触れながらこのVRの世界を肌で感じ取る―――いや、肌では実際には感じ取れていないのだ。V-Diverを通して脳が感じているように受け取っているのだ。だから実際には本物ではない。だがこれを本物だと脳が認識しているから、そういう風に感じられているのだろう。たぶん。

 

 まぁ、細かい事はなんだって良い。

 

「どうか、私の言葉をお聞きください」

 

 女神のその言葉に意識を女神の方へと戻し、

 

 迷う事無くその翼を掴んだ。

 

「うおおお!? ほ、本物だ! マジだ! マジもんの翼だ! 背中から生えてる! すげぇ!」

 

「あ、あの、稀人様?」

 

「うわっ、ふわっふわっだ。これ、根本どうなってるの? おぉ、本当に背中から生えてる……すげぇ……」

 

 女神の後ろに回り込みながら翼の根本を確認すると、ちゃんと背中から生えているのが解る。人の肌から純白の翼が生えているのだ。しかもちゃんと鳥の奴が。質感も完全に現実の奴と何も変わらない。味覚、触覚、嗅覚、視覚、聴覚の五感全てを完全再現しているという話だったが本当にそうだった。アルファテスターやベータテスター達はずっとこれを堪能したというのか。超ずるい。

 

「あ、良い匂いする」

 

「ま、稀人様」

 

 翼の根元の肌を触ってみる。柔らかく、温かく、これが本物ではないというのが嘘みたいなリアリティだった。感動さえ覚える。

 

「おぉ、肌の質感もリアルだ」

 

「ひゃっ! と、そ、そうじゃありません! 何をやっているんですか!」

 

「うおっ」

 

 と、振り返った女神が身を寄せる様に腕で体を抱きしめ、更に翼を盾の様に回して身を守っている。その様子に、

 

「あ、あれ、もしかしてGMさんでしたか……?」

 

「い、いえ、GMとかではなく、私はこの世界の運営を担当しているAIの一つでして」

 

「あ、NPCじゃん」

 

 なら別に問題ないかなぁ、と思ったがそうか、リアルになるとハラスメント問題も出てくるよなぁ、と思い至り、触るのを諦める事にする。それに相手の方も困ったような表情を浮かべており、

 

「いえ、その、NPCですがAIというれっきとした人格を持った電脳上の存在でして……その、自由意志もありますし、あまりそういう事をやらないで頂けると……」

 

「あ、はい。すいませんでした」

 

 そこで一旦女神はこほん、と咳ばらいをすると、

 

「ようこそ、稀人様―――」

 

「そこからやり直すのか。頑張るなぁ……」

 

「……っ、い、異世界の魂である貴方をここに呼び寄せた無礼を、どうかお許しくださいッ!」

 

 昨今のAI事情ってすごいなぁ、というのを半ギレ、半耐えという様子の女神を見て思う。ここまで感情表現豊かだなぁ、とかAIさえキレ散らかす世の中なんだなぁ、とか。そんな事を考えてしまいつつ、

 

「私はフィエル。神々に仕え、貴方を導く者。まずは貴方の存在をこの世に定義しましょう」

 

「成程、キャラクリかぁ」

 

 RPをバッサリと切り捨てる発言に、フィエルの整った表情がぴくり、と反応した。正直この子を限界まで煽り通してみたい気持ちは多々あるのだが―――それはそれとして、ゲーム本編の方も大変楽しみにしている。

 

 という訳で、ここはおとなしく話を進める事にする。

 

 ある程度は公式で公開されているものの、本格的なキャラクリはまだ未公開だ。細部をどうやって詰めて行くのか。それが今は、ただただ楽しみだった。




 なろうでの連載を想定したフォーマットで挑戦。

 細かい描写省く。イベントとギャグを多めに盛る。爽快感重視でストレスを溜める事を回避する、そして文字数は4000~3000前後で文字数よりも更新の方を優先というスタイル。

 という訳でワールドファーストを目指す馬鹿どものVRMMO、始まります。


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目指すはW1stの称号 Ⅱ

「まずは姿の定義を行います」

 

「つまりはアバターの作成、と」

 

「……そうとも言います」

 

 半ギレ女神? それとも天使? に従いチュートリアルを進める。ともあれ、まずはこの世界で動き回る為のアバター設定だ。進める為にフィエルが手を振るうと、自分と全く同じ姿のアバターモデルが出現した。現実の自分と全く同じ姿をしているが、しかし姿はインナー姿だ。流石に全裸はなかった。いきなり自分の全裸を見せつけられたらそれはそれで困るんだけど、

 

「何時の間に……」

 

「これは稀人様の魂に焼き付いた―――」

 

「技術的な話だと?」

 

「……起動の際に神経接続の確認が入るので、それを通して全身のスキャンを脳で」

 

「フィエルちゃんもしかしてRP苦手?」

 

「そんなことないですよ! 大体貴方のせいですよ! 少しはRPに付き合ってくださいよ! 私の存在意義なんですからぁ!」

 

 半ギレ半泣きの姿に腕を組みながら頷きつつも、目の前に半透明に浮かぶウィンドウが出現する。おぉ、と声を零しながら手を伸ばし掴んでみる。半透明のホログラムの様なウィンドウだが、実際に掴んで振り回す事が出来た。すげぇ、流石電脳世界は表現に対する制限がないんだなぁ、と思いながら外へと向かってフリスビーの様に投げた。

 

「そぉい!!」

 

「何やってるんですか!!」

 

「ごめん、つい」

 

「つい、じゃないですよついじゃ! もう、今度は投げ捨てないでくださいよ……」

 

「うす」

 

 なんか親しみやすいAIだなぁ、と思いつつ自分のアバターに干渉する。色合いとかはウィンドウを使って操作するみたいだが、どうやら自分の姿に関しては自分の手で直接干渉できるらしい。こうやってダイレクトに触れて干渉できるの、面白いなぁ、とは思う。

 

「ちなみに性別の方は変えられません。長時間の性別変更は脳への悪影響もありうるので。まだ確実ではありませんが、それでも安全確保の事もありますので」

 

「あぁ、うん。流石にここまでリアルになるとネカマプレイは勿体ないかな」

 

 いや、まぁ、人生で一度ぐらいはTSしてみてぇなぁ、なんてことも思ったりするが。実際こうやってその機会を得ると何よりも自分の両足で立って走り回りたいという気持ちの方がはるかに強い。別の誰かよりも、己自身で行ける所まで挑戦したいというか。そういう感じが強いから、あまり元から変える必要もないだろうと思う。ただ、完全にそのままなのもつまらない。

 

「えーと、髪は伸ばすか……とりあえず腰ぐらいまで、と。色はもっと艶のある黒にして……首の裏で纏める事も出来るのか」

 

「髪留めや髪紐はオプションですね」

 

「なるなる。じゃあインナーカラーを設定してくか……」

 

 首の後ろに髪留めを設定して、ついでにインナーカラーを設定する。つまり髪の内側だけ色が違う、という奴だ。あまりリアルでは見ないけど、ファンタジー系とかではそこそこ見るし試したかったんだよなぁ、という事で赤色に設定してみる。うん、中々悪くない。正面から見ると解りづらいが、動くとその陰に赤が混じる感じだ。この感じ、非現実的で良い。体を動かしたときに良く映えるんじゃないだろうか?

 

 後は……前髪をちょっとだけ伸ばして、片目だけ隠れる感じにしよう。()()()()()()()()()()()()()()()()だ。だとしたらちょっとはミステリアスな感じが入るのが丁度良いだろう。うん、良い感じに本人のままIF、って感じがあるんじゃないだろうかこれ? 我ながらイケメンだと思う。やっぱ世の中顔が全てよ。ついでに目の色も変えちゃう? 変えちゃおう。こっちも赤色で良いんじゃないだろうか。うん、イケメン。

 

 良し。実に良し。

 

「えーと、これで完成かな」

 

 中空に浮かぶアバターを確定させながらそう言えば、フィエルが反応する。

 

「ではこれを新たな肉体として定義します」

 

「お」

 

 目の前の作成したアバターが消える。そして次の瞬間にはそれが自分に適応された感覚があった。片目を覆う髪の感触があったが、それを透過して景色が見える。どうやらメカクレ系の髪形を構築した場合、髪に関係なく景色が見えるらしい。

 

「お、服を着てる」

 

「暫定的な物です。存在の定義が完了した時、定義した状態に合わせた装備を此方から送らせていただきます」

 

「キャラクリに合わせた初期装備配布してくれる、と」

 

 シャツとズボンという格好でとてつもなくシンプルだが、冒険者感のない恰好でもあるのでこれで開始するのは嫌だなぁ、と自分の今の恰好を見ながら思っていたので安心した。それはそれとして、これでアバターの作成が完了した。

 

 次は、キャラクリ、エディット、或いはビルドの肝。

 

 スキルだ。

 

 これに関しては既に身内である程度相談してある。身内のメンツは全員で5人だ。そして役割は大きく分類してタンク1、ヒーラー1、ダメージディーラー(DPS)が3。このうち近接(メレー)担当がサブタンクを担当できるようにもなっている。それ以外のDPSは魔法レンジと物理レンジになる。この組み合わせは大体別ゲーから引用したり相談したりして決めた組み合わせでもある。

 

 まずはタンク。これは存在しない限り戦闘が始まらないと言われる重要なジョブだ。前線で攻撃を受け、被害を集中させる役割。これによって他のプレイヤーが攻撃に集中し、最高火力を叩き出し続ける事に集中できる。

 

 次にヒーラー、これが居なきゃ戦闘が続かないと言われている。ヒーラーがタンクのHPを維持し、前線をサポートするからこそ戦闘が継続される。ヒーラーなしでの戦闘は所謂自殺と同じになるだろう。

 

 そして最後にDPSだ。こいつらがダメージを出さない限り戦闘は終わらない。しっかりと火力の出し方を把握し、そしてそれを維持する事によって戦闘速度をぐっと圧縮できるのはこのロールだけだろう。戦闘をどれだけ早く、効率的に終わらせられるかはこいつらにかかっている。そしてその中でもいくらか区分は存在する。

 

 つまりメレー、レンジ、キャスター。メレーはつまり近接戦闘系の事を示し、接近して戦闘を行うタイプの事を示す。こいつに関してはタンクの兼任を行える事を想定し、少し硬めのビルドを構築する事を提案してある。次にレンジ、これはメレーに続く第二の物理攻撃担当でもある。相手のサイズによるが、小さめの敵に対して複数人の近接職で接近すると互いの攻撃や動作が邪魔になって攻撃がし辛い状況を生み出す事があるかもしれないと、VRMMO環境の話をしながら相談した為、レンジ職の重要性を考えて導入している。

 

 そして最後にキャスター、つまり魔法攻撃職。レンジ同様前に出ないで戦闘を行う後衛戦闘タイプだ。タンクとメレー、前に出るのが合計2人に対してレンジ、キャスター、ヒーラーで後衛は3人。ネトゲだとキャラの位置が重なってたり、攻撃が重なってもエフェクトのみで何も問題はなかったが、VRMMO環境では攻撃のコンフリクトが起きかねない。それを想定して後衛を厚めにしてある。

 

 まだパーティーの最大人数が判明されていないが、場合によっては外部から新人でメレーを新しく採用しても良いかもしれない。まぁ、それは身内と合流してからの話になる。

 

 さて、話は戻るが、俺のロールはキャスターだ。

 

 つまり純粋な魔法ダメージを叩き出すジョブだ。つまりSTR型ではなくINT型のビルド、構築になる。それだけではなく詠唱を必要とした魔法をメインに戦闘を行い、他のメレーや物理ジョブではできないような大規模、広範囲の攻撃を得意とするロールでもある。

 

 この【Shattered Realm】―――シャレムにおいて、どれだけ魔法攻撃が優秀かは解らないが、基本的に魔法攻撃というのはRPG全体を通してコスト重め、威力は高く、そして多様性にあふれる事で様々な状況に対して対処可能な切り札という地位を得ている。

 

「では貴方の記憶を引き出します……何が得意か、何が出来るのかをゆっくりと思い出してください。もし使い方を忘れていても大丈夫です、そちらで思い出すまで試されると良いでしょう」

 

 フィエルがそう言うと今度は目の前に新たなホロウィンドウが出現し、それとは別にこの空中庭園に木人が出現した。ホロウィンドウを覗き込めば、カテゴリー等に分類された大量のスキルの存在がリスト化されている。

 

「ごめん、もう少し解りやすく説明を頼む」

 

「そちらのホロウィンドウには初期に選択可能なスキルがリストアップされています。それを選択する事でいったんスキルを取得し、そちらの木人を相手に試す事が出来ます。勿論、気に入らなければここにいる間はそれを破棄して別のスキルを取得する事も可能です」

 

 フィエルの話を聞きながらスマートフォンの画面を操作するようにホロウィンドウを操作する。この直感的操作すっげぇ楽だなぁ、と思う。

 

「成程な……初級とか中級ってカテゴリーは?」

 

「初級は単体で完成されていて、そのままで主力として使う事を想定される使いやすいスキルです。とりあえず困ったら初級のリストからスキルを選べばそれで問題なく冒険できます。中級は少々使い辛かったり、使用する状況を考えるスキルです。上級は単体では成立せず、初級や中級と組み合わせることで効果を発揮するものです」

 

「パッシブやマスタリー関係が上級に入ってるのか……軽く詐欺じゃないこれ?」

 

「ここで取得できるスキルは冒険を開始した後でも取得できるものです。一部、後で取得するのにやや面倒というものもありますが、どれも取得可能なスキルです……スキルスロットの制限はありますが」

 

「初期のスロットは5枠、と……」

 

 そう、このシャレムというゲームは基本的にスキル制になっている。職業みたいな概念は存在しないのだ。ステータスの振り分けも存在しないと、事前に公式サイトやトレーラーで説明されている。その代わりに膨大に存在するスキルを使ってキャラクター方向性をカスタマイズ、そして強化して行くのだ。なのでステータスに関しては全てのプレイヤーで共通しているらしい。つまり装備とスキルを完全にコピーすれば、まったく同じステータスと強さのキャラクターが作れるという訳だ。

 

 まぁ、中の人が違うからまったく同じスペックで動けるかどうかで言えば無理の一言に尽きるだろうが。

 

「スキルスロットは10倍数のレベルで1、拡張されます。現在のレベルキャップは50の為、最終的にレベル50でスキルスロットは10まで拡張されます。そして進めていただければ、ここで取得できる以外のスキルも存在します」

 

「一概にスロット全てを埋めるのも良いって訳じゃない、か」

 

 ゲームを開始した後で何らかの強力なスキルか、限定スキルか、隠しスキルか……その手のもの、バランス面から考えるとあまり実装していて欲しくはないんだけどなぁ、とは思うが存在する可能性はなくもないのだ。まだバランスのバの字も発覚していない時期だし。なるべく手元で強力なビルドを完成させたいのは事実だが、この先進めたほうが強くなる可能性もあるのだ。

 

「んー、主力、マスタリー、妨害札、この三枠は確定させたいけど。さて……」

 

 どうすっかなぁ、と魔法スキルのリストを確認する。

 

 

 

 

 ―――スキルの模索を開始してから1時間後。

 

「あー、ダメだ。これとは相性が悪い。パッシブ詰め込み過ぎるとCT込みで回りが悪くなる。いや、いっそ序盤はある程度重くて成長後に期待するか? あー、他の組み合わせを軽く試すか……」

 

「もうそろそろいい加減に終わらせませんか? ねぇ、こっちを無視しないでくださいよ。満足する組み合わせ何個かあったじゃないですか……それ以上追求する必要なんてないじゃないですか……ねぇ、もう1時間ですよ……後どれだけ貴方の相手をしなくちゃいけないんですか……」

 

 ビルドの完成形が見えず、1時間ずっとあーでもない、こーでもないと格闘していた。

 

 そしてその時間はまだまだ続きそうだった。

 

 悪いな、フィエル。俺はビルド構築に時間をかけるタイプなんだ。




フィエル「早くて15分で終わる筈なのに……」

 我々卓ゲのものはるるぶを隅から隅まで確認し、使えるスキルやシナジーを確認し、的確にGMを殺す為のコンボを探し出す。それは我ら卓の者の本能であり、習性でもあるのだ……。


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目指すはW1stの称号 Ⅲ

「じゃあここで暇を持て余しているフィエルちゃんにエージ式ビルド話をしてやろう」

 

「エージ式」

 

「マイ・ネェェム!! イズ! エージ!」

 

「いえ、それは何となくわかりますけど……ビルド話ですか?」

 

 もう立ち続けているのもめんどくさいから既にこの庭園の草地に寝転がりながらホロウィンドウを眺めている。ちょっと離れた位置に立っている木人君が寂しそうな視線を向けているが、お前の出番はコンボ確認の為にあるのだからまた後でな。とりあえず、マイ・ビルド理論話に関してに戻ろう。とりあえず最初はアレだ。

 

「火力の出し方を独自的なアレで話すサムシング」

 

「もうちょっと言葉を固めましょうよ……!」

 

「いやいや、ほんとふわっとしてるというかこのVRMMOというゲーム形態が新しすぎてちょっと細かい事までは言えないのよ。だけどほら、このスキルを選んでキャラをビルドするってのはキャラクターシートに技能を選んで書き込むTRPGの形式とかなり似てるじゃん? そしてこれがMMOという形態を取っているなら事前に参考できるデータもあるし。となるとまぁ、大体火力の出し方ってのは予測できるのよね」

 

 つまりシナジーとコンボだ。これが火力を出す上では一番重要だ。

 

 まず第一にパッシブの何%が火力に乗るのか、火力に対してどれだけ貢献するか、という奴だ。これは盛れるだけ盛って良い。

 

「根本的に主力となる火力スキルが常にアップデートとアップグレードによって環境に適した威力を発揮できるなら、後はパッシブ盛って火力の底上げを行った方が効率が良いんだよね。魔法ってキャストタイムとクールタイムで他の攻撃を一切できない時間が大半だし。そう考えるとその1回1回に対してどれだけ火力を増やせるかってのが重要になってくる事で」

 

 メレーはそこらへん連続攻撃タイプだからまったく感覚違うよなぁ、と思う。だって複数の攻撃スキルを連続で繰り出すのだ。同じスキルだとモーションからモーションが繋がらなさそうだし。メレーにとって重要なのは硬直を減らして連続で常に高威力の攻撃を続ける事。だからメレーはメインとなる攻撃手段を複数用意しなきゃいけない。いや、もしかして一つのスキルから複数の攻撃技を獲得できるのかもしれない。その場合はちょっと良く解らないかなぁ、と思う。ちょっとそっちの方も軽く触れ―――いや、触れば触るだけノイズが増えるから止めておこう。

 

 ともあれ、魔法だ。

 

 魔法スキルの仕様は非常に面白い。

 

 魔法スキルは習得すると同時に使用可能な基本的な魔法を習得し、スキルレベルを上昇させる事で()()()()()()()()()()()のだ。そして増えた魔法パーツを組み合わせることで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というシステムが採用されている。

 

 凄いだろう? つまり消費MPや攻撃規模、範囲、そういうのも全部自分で設定して作成できるという事なのだ。ただこれはスキルレベルが上昇してからの話だ。まずはスキルそのものを成長させない限りは意味がない。ただこのシステムを見ている限り、本当に魔法スキルを一つ採用してパッシブガン盛りにするのが最適解の様に思える。

 

 例えば《火魔法》スキルを習得する。ここに《杖術マスタリー》を習得する。そしてここに《火属性マスタリー》を習得する。これで杖を装備した時にステータス及び威力の補正が入り、火属性の利用に対する補正も入る。二重の補正が《火魔法》に対して加算されるので純粋な威力は大きく伸びるだろう。

 

 ここに妨害札として《毒魔法》を習得するとして、MPの自然回復能力を補佐する為の《瞑想》スキルを習得するとする。

 

 そうすると2種類のパッシブで火力の強化された火属性の魔法が使え、相手に対して毒を使った妨害、そして《瞑想》スキルの説明を見る限りは大幅に低下するであろう戦闘中のMP回復力をこれで補佐する事ができる。火力を維持をしながらHPの継続的削りも行え、詠唱中のDPSロスも防げるかなり優秀なビルドが完成する。

 

 ね、強いでしょ?

 

 でもこれ、一つ大きな問題があるんですよ。

 

 つまり属性に特化しすぎているという問題だ。マスタリーの取得によって火に特化すれば、それだけその属性に集中した場合のリターンも大きくなる。だが良く考えてみよう―――属性って概念があるなら、もしかして弱点属性と耐性のある属性の概念があるのでは?

 

 この疑問にフィエルは答えなかった。

 

 だけどそれが答えなんだよなぁ、という感じはあった。

 

 つまりだ、メインウェポンを一つに絞って属性を選んだ場合、その属性が通じない時点で戦力的にはお荷物になってしまうのだ。ならサブウェポンとして別の属性を持てばいいじゃないか! という話にもなるだろう。

 

 え、既に《火属性マスタリー》持ってるのに《氷魔法》取得するんですか!? 効果が乗らないのに!?

 

 そう、火が通じないから別の属性を取得する。それは別に良いのだ。だが火が通じない相手にレベルアップして取得した6スロット目に《氷魔法》を入れて使ってみよう。

 

 成程、ダメージは通るね。

 

 だけどもしかして、《氷魔法》使っている間は《火魔法》だけじゃなくて《火属性マスタリー》まで死んでない……?

 

 そう、つまりはそういう事なのだ。一つの属性に特化させてからサブウェポンを取得した場合、実質的に二つのスキル枠を死なせているのと同じ扱いになるのだ。これ、あんまり深く考えないとそこまででもないかもしれない……なんて思いがちだろう。

 

 だけど20レベだ。スキルスロット2つ分で20レベだ。つまり特化させたのに使わないと20レベ分の損をしているのだ。これは相当ヤバイ。だって、20レベル分のシナジー火力を損なっているという事実が生まれているのだから。その特化させなかった分に別の主力スキルを叩き込んでいれば損失は10レベル分だ。これならまだ許容できる範囲だ。火力の変動もフラットだし、浮いた枠に別のシナジーかコンボパーツを入れる事だって可能だ。

 

 だったら全て単体で完成されたスキルを入れれば良いのか? TCGには所謂グッドスタッフ構築と呼ばれるものがある。これは単体で強く、完成されたカードを使ってデッキを組むスタイルの事だ。カードパワーがあるから単純に強く、ローリスクローリターンとも言えるスタイルだ。

 

 つまり《火魔法》《氷魔法》《毒魔法》《杖術マスタリー》《瞑想》という一つ一つが優秀なスキルで構築するという話だ。これなら火が通じなければ氷を、常に毒を差し込みつつMPを加速させて魔法の回転数を増やすという事が可能だろう。どんな相手でも損失の少ない闘い方が可能だろう。

 

 だけどこれ、上の特化スタイルと比べると火力に劣るよね? 攻撃が通じるタイプ相手には使わない分、ロスなんじゃないの?

 

 うん、そうなんだ。特化させるというのはそれだけで通じる相手に対しては完全な優位性を得る事はまず間違いがないんだ。グッドスタッフな構築と比べるとコンボとシナジーを重視しているからハマる相手に対しては無類の強さを発揮するのだ。

 

「はぁ……つまりはどっちがいいんですか?」

 

「答えが出る訳ねぇだろ!!!」

 

「えぇ……」

 

「答えが出るなら迷ったりしねぇんだよ! スロット拡張前提でビルドの話はしねぇ! そもそもこの先どういうスキルが新規で追加されるかわからねぇから成長プランもくそもねぇんだよ!!」

 

 庭園をごろごろと転がりながらリストを確認し、これいいなぁ……と思うパーツをリストアップする。それでも悩みに悩む。

 

「ここはもはや趣味の領域に入るんだよなぁ。通じる事前提でビルドするのか。それとも通じない事を前提でビルドするのかって事で。そもそも身内で求めてるのはエンドコンテンツに対して最速クリアを目指す事だから別段道中のボスで引っかかるかどうかって事はそこまで考慮してねぇんだけどよぉ~」

 

 ごろごろと転がりながら悩む。

 

「なら特化させた方が火力がでるのではありませんか?」

 

「それよそれ。なら特化させた方がボス相手に火力が安定するのはまず間違いがないんだよ」

 

 そう、それで悩んでる。

 

 更に30分ぐらい。

 

 なら特化させるだけ得なのでは? と思うだろう。実際そうだろう。だがそこで属性に特化させる、というのが罠なんじゃないかなぁ、と思う部分があるのだ。属性マスタリー系統は属性を切り替えれば意味をなさなくなるという弱点があるのだ。だけどこういうスキルって上位属性とか上位互換の物とかが出てきそうな気配あるんだよね。

 

 現時点でスキルはレベル10でカンストらしい。

 

 だけどのその先がないとは一言も言われていない。

 

 ほら、《火魔法》と《氷魔法》がSL10になった結果なんか合体して《虚空魔法》みたいなものに生まれ変わってマスタリーから外れたらすごく嫌では? いや、スキルの削除はいつでも可能らしいのだが。だとしてもそれってスキル育て直しでしばらくスキラゲ作業にタスクが占領されるという事ではないか。

 

 だから火力に特化させる方向性は悪くないかなぁ、と思うんだがそれだけでいいのか? と思う部分はある。気になるスキルは他にもあるのだから。

 

 例えば《詠唱術》スキルは魔法のキャストタイムを短縮する。魔法のキャストタイムを短縮できればそれだけ魔法攻撃のサイクルを加速させられる。攻撃回数が増えればそれだけダメージは増えるだろう。単純な火力を考えたら10%火力を増強させるよりも、攻撃回数を1回分増やしたほうが火力が出ている場合もある。

 

 ただそれはそれで芸がないよなぁ、と思う部分もある。

 

「あー、ゲテモノ面白ビルドでありながら高火力をキープできるビルドねぇかなぁ……」

 

 辟易とした表情のフィエルが此方を見ている。

 

「要求しすぎじゃないですかね……」

 

 うーん、もうこの際1属性で良いかもしれないと思う。メインウェポン+妨害、残り3枠を共通で他の属性にも適応できるマスタリー。そしてレベルを上げた先で耐性に引っかかるようであれば別の属性をサブウェポンとして追加する。

 

 これが一番隙の無いビルドなんじゃないかなぁ、と思う。

 

 となると、自分が求める理想の形ってのが大体見えてきた。だから立ち上がり、リストから求める物を習得リストに追加する。

 

「えーと、まずはメインとなる《火魔法》だろう……」

 

 まずはこれだ。火氷土風光闇属性の中で一番火力に秀でた属性。純粋なDPSの高さはこの属性が一番らしい。なのでまずはこれをチョイスする。これが二つ目の属性を習得するまでは唯一の武器となる。

 

「これで妨害札として《時魔法》かな」

 

 初期から習得している魔法は一種のみで、それも鈍足付与。動きを遅くするのではなく、移動速度を大幅に低下する。《毒魔法》もDoTダメージを入れる事で悪くはないと思ったのだが、最終的に状況に対する対応能力を広げられるタイプの妨害札の方が腐りづらいかなぁ、という判断になった。スキル説明に書いてあるが、成長させると将来的に完全に移動を封じれるバインド、バフデバフ効果の延長や相手に付与されているバフ効果の解除などが行えるようになるらしい。

 

「となると残る3枠はマスタリーだけど―――」

 

 まずは《杖術マスタリー》を確定枠にする。というかキャスター職でこれを外す選択肢は―――いや、《魔本マスタリー》を習得するビルドになるか。こちらはMPブースト向けの性能をしていた。火力よりも継戦能力を優先する場合はこっちを選択するかなぁ、って感じがする。だけど今回は火力ビルドなので杖での戦闘を想定。こっちを優先する事にする。

 

 後は《詠唱術》と《瞑想》取るのが安定するかなぁ、って感じはする。ただ正直これ、どっちかのみで良い気もする。戦闘時間がボスでもなければそう伸びる事はないだろうし、ボスエネミーとの戦闘ともなればMPの回復手段を他にも用意しているだろうし。そう考えるとMPのスキルによる回復手段は腐らないけど必須という訳でもないと思えてしまう。

 

 なら《詠唱術》を取得して攻撃回転率を上昇させるので正解だろう。

 

 で、最後の枠は火力マスタリー枠。特化させずに汎用性の高い火力の増強手段を用意したい。

 

「もういっその事バフ系統の魔法でも取得するか? でもバフを差し込む為に詠唱したらその分DPS落ちるしなぁ……」

 

「そこまで悩んでやる事なんですか……?」

 

 此方の呟きに対して反応するフィエルに視線を向けて、サムズアップを向ける。

 

「名言を与えよう! 火力(DPS)は命より重い! 火力(DPS)は命より重い、だ!」

 

 なので火力こそがダメージディーラーにとって最も大事な事なのだから当然命よりもその価値は重いのだ。

 

 ともあれ、これでラスト1枠という所まで来た。《魔力ブースター》で純粋にINTをブーストするのが腐らないかもしれない。

 

「うーん……お」

 

 色々とスキルを確認しながら、面白い事を思いつく。

 

「フィエルフィエル」

 

「はい、なんでしょうか?」

 

 ホロウィンドウに表示されているスキルの一つを指さす。

 

「《二刀流》で杖二刀流ってできない?」

「今なんていいました?」

 

「杖二刀流」

 

 メインウェポンの補正二倍にすれば強いじゃん。

 

 もしかして、俺天才では?

 

「いや、出来ますけど……問題なく……」

 

 これで初期のスキル構成は完成した。選んだスキルは《火魔法》、《時魔法》、《杖術マスタリー》、《詠唱術》、そして《二刀流》だ。

 

 いやぁ、これは天を狙えるビルドだ。いい仕事をした。凄まじい達成感と困惑し続けるフィエルを前に、キャラクリを次の段階へと進める事にした。




 せや! 1H制限も2H制限もないからSTR制限みたいなものがないなら1Hで武器って持てるやん!

 そこから生まれる杖二刀流とかいう神の発想。それまで語ってたビルド理論はどこへ行ったの?


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目指すはW1stの称号 Ⅳ

「最強ビルドが完成されたからこれで俺が最強魔法使いの地位を手にしたのは確定的に明らか。俺という存在によってその他大勢は全て存在としての次元が1ステージ下がってしまった。あぁ、なんて罪深い事だ……だが俺という謙虚な存在はあまりにも強すぎて輝きすぎる……これは抑えきれない最強としてのスター性なのだ……」

 

「もしかして特に何も考えず喋っていませんか?」

 

「ああ!」

 

「そ、そうですか」

 

 フィエルがちょっと引いている。だけどこんなことで引いていては後で苦労するぞ。とりあえずスキルの組み合わせをこれで仮決定すると、スキルが全て装備され、手元に武器が出現した。自分が杖メインビルドを選択した影響なのか、出現した武器は先端に円をベースとした装飾が付いた長杖だった。片手で握り、軽く振るい、そして回転させてみる。そこに重量というものをほぼ感じない。

 

「へぇ、片手で簡単に振り回せるんだな」

 

「開発の方も装備はステータスに影響されるかどうかの議論が多かったみたいですね。重いものやアイテムの所持にはSTRが必要とか。ですがそれを議論した結果、火力ビルドを目指すのにSTRに振らなければ装備できないとか不自由な部分が出てきて、だったらいっそ装備に関係するのはレベルとスキルだけでいいのではないかという結論が出まして」

 

「それは英断だと思う」

 

 装備にステータスが要求されると関係のない所でステータスを振る必要が出てくるし、折角手に入れたレア装備が全く別のステータスを必要とした場合、かなりのショックと方向性の転換を求められる。これは自由度という面からみるとかなりのストレスと制限だ。ステータスと装備が直結するタイプはそういう制限が前々から嫌いだった。

 

「最終決定の前に動作の確認、テストをどうぞ。ここを出たら付け替えや変更はクエスト等を通してコンテンツ、アクションの解放を必要としますので」

 

「オーケイ、オーケイ。じゃあ最後に動作確認するか」

 

 ここら辺のサービスというかちゃんと確認してくれる辺り、プレイヤーフレンドリーだとは思う。ここで違和感を感じたり、納得がいかなければ再びスキル構築をやり直せるのだから。ともあれ、今装備している5スロット分のスキルは全てスキルレベルが1に設定されている為、最低限の事しか行えない。

 

 《火魔法》は最初期に設定、用意されている攻撃魔法の〈ファイアーボルト〉しか使えない。《杖術マスタリー》は杖装備時、自身が行う魔法攻撃のダメージが1%上昇するというものだ。《詠唱術》は自分の行う詠唱行動の時間を5%短縮するものだ。《時魔法》がデフォルトで登録している魔法は〈スロウ〉で、命中した相手に対して鈍足のバッドステータスを付与し、移動速度を通常の4分の1にまで落とすというものだ。

 

 そして最後に《二刀流》のスキルは左右同時に武器を装備する事が可能となり、装備2つ分の補正を受ける事が出来る事となる。ただ装備された2つ目の装備からは本来の5分の1の効果しか受ける事が出来ない。なお装備武器で攻撃する場合は攻撃に使った武器のステータスで勝負する事になるらしい。

 

 つまり杖を2本使って攻撃する場合は合算ステータスで勝負し、片方のみを使用すればその杖のみで勝負できる。2本と1本の状態を使い分けられる様になっているようだ。単純に火力を求めるなら二刀モードの方が強そうだ。

 

「あ、此方2本目の杖です。流石に2本目がないと確かめられないでしょうし」

 

「これは有能女神。生きてる事が誇らしくないのか?」

 

「もう少し、考えて発言しましょうよ……その、大丈夫ですか? 日常生活とか。もしかしてコミュニケーション取れずに困っていませんか?」

 

 ついには心配され出した。というか地味に煽り力高い心配の仕方されているなぁ、と思いつつ2本目の杖を握り、装備する。ここの操作は実際に装備メニューで装備設定しないと適応されないらしく、装備の能力と実際のステータスを確認する。

 

 《修練の杖》のINT補正は10、魔法攻撃補正は50。素のステータスのINTが10なので1本目を装備した時点でINTは補正込みで20になった。魔法攻撃補正は加算されているのが見えないのがちょっと気になる。

 

「攻撃補正とかダメージ期待値は確認できない?」

 

「魔法攻撃に関しましては魔法によってダメージが変わってくるので、実際に使用する魔法を確認してくだされば」

 

「あぁ、なるなる。習得魔法の方に書いてある訳ね」

 

 たぶん武器での戦闘メインの物理職とは扱いが違うんだろう。習得魔法のリストをホロウィンドウから表示させ、〈ファイアーボルト〉を確認する。

 

「魔法攻撃補正150? 高いのこれ?」

 

 フィエルへと疑問を投げかければ、フィエルが返答してくれる。

 

「同レベル帯の武器スキル関連が威力補正が120とか130ですね。魔法は詠唱によるキャストタイムが入る分威力が高めに設定されています」

 

「ほえー。魔法攻撃に補正入るからINT基準でダメージ判定して威力200って事か。そりゃあ高いわ」

 

 その代わり手数がメレーと比べると少ないって事だろう。成程成程、と頷く。ついでにここに《杖術マスタリー》の補正も乗っかるのだろうから、最終的にはダメージが凡そ威力202って感じなのだろう。

 

 で、ここに《二刀流》で2本目の杖を装備する。そして変動するステータスはINT20からINT22へと変化する。追加されるINT10の5分の1で2追加。うん、そのままの通りだ。これが魔法攻撃の補正にも乗るのだとすれば、補正50の5分の1で10乗るという事になる。つまり装備時点での魔法攻撃補正は210だ。

 

「ん? 《杖術マスタリー》って1本1本に適応されるの? それともこれ、装備時に最終ダメ適応なの?」

 

「最終ダメージに適応ですね。流石にそういう悪さはできませんよ」

 

「やっぱりそんな甘くはないか……戦闘中に装備って切り替えられる?」

 

「戦闘中の装備変更はスキルアビリティでも使用しなければ不可ですね。ここら辺の説明はこの後のチュートリアルで説明予定です」

 

「アイテムの使用は?」

 

「アイテムショートカットを設定したものだけ使用可能です。ショートカットに登録できるアイテムはベルト装備、およびそれに付属されるアイテムポーチの性能で変わります。無論、手を使って取り出す事まで必要です」

 

「《二刀流》適応状態だと両手が塞がってるからアイテムを使えない、と」

 

 うーん、思ってたよりも《二刀流》ビルドはそこまで有用じゃないかもしれない。アイテムの使用の為に一度は武器を手放さなきゃいけない事実がちょっと厳しいなぁ、と思う。だけどそれとは別に、戦闘中に装備の切り替えを許されないのなら、常に武器を二つ装備して運用できるこのビルドであれば状況か環境に合わせたサブウェポンを常に装備して、それを駆使する事で対応する事の出来る多様性を確保できる。これはこれで中々捨てがたい。

 

「それに《杖術マスタリー》を成長させた場合に武器そのものに補正が加算されるタイプのパッシブが生えてくれば、それだけで大勝利ビルドになるか……どうなのフィエルちゃん?」

 

「その事に関しては頑張って探してください、としか……」

 

 まぁ、そうだよな。流石にネタバレは出来ないよな。結局は手探りでビルドを構築しなきゃならんか。まぁ、現状でもかなりの高火力を望めるし、これで初期時点では完成という形で良いだろうとは思う。ただそれを確定させる前に、最後に軽く魔法を放つ練習をしておく。

 

「〈スロウ〉は詠唱2秒、〈ファイアーボルト〉は詠唱3秒か……」

 

「魔法の発動は魔法名を口にしながら発動の意を示せば、システムによって発動の確認が行われます。その次にターゲットマーカーが出現するので、それを使って発動地点を指定してください」

 

「自動命中みたいな都合の良いシステムは?」

 

「ありません」

 

「うっへぇ、そりゃあ厳しいなぁ。自分で命中させなきゃいかんのか……〈スロウ〉」

 

 魔法名を口にすると、ターゲットカーソルが出現した。直径1メートルほどの半透明の赤い円だった。

 

「想ったよりも範囲が狭いな……」

 

「ターゲットカーソルは自分にしか見えず、他の人には見えません。そして当然、魔法は味方を巻き込みますのでお気を付けください」

 

「火力を限界まで上げて誤射するの楽しそう」

 

「鬼ですか」

 

 いや、だって誤射できるなら誤射するの楽しそうだしなぁ。

 

 とりあえず出現したマーカーを木人までセットする。これが割と難しい作業で、意識がズレるとマーカーも横へと逸れてしまう。

 

「慣れないうちは手で設置地点を示したりするのが楽ですよ。後範囲マーカーは規模の縮小もできるので試してください」

 

「マ? お、出来た」

 

 〈スロウ〉のマーカーを縮小し、木人の足元に杖で示してセット。終わると自分の視界の隅にホロウィンドウが出現。そこに表示されているのは0/1.9と表示される数字とゲージのバーだった。時間と共に1.9という数字が満たされる辺り、おそらくこれが詠唱バーなのだろう。〈スロウ〉の詠唱時間(キャストタイム)は2秒、しかしそこに《詠唱術》の5%短縮が入って詠唱時間が1.9秒まで短縮されている。

 

「となると《詠唱術》込みで〈ファイアーボルト〉の詠唱時間は2.85秒か」

 

「そろそろやっている事がチュートリアルに食い込んだり、本編開始してからやってもらいたい事になってきてるんですけど」

 

「これはチェック! スキルの確認! ビルドの確認の範囲だからセーフセーフ!」

 

 しかしフィエルちゃんもRPぶん投げてきたな。もう無駄だと悟った感じはある。

 

 と、〈スロウ〉を放った。不可視だが空間を軽く歪める様な、歪みの塊が空間を真っすぐ飛翔し、木人に衝突した。これで鈍足効果が木人に付与される。鈍足の付与時間は凡そ18秒程度。つまり今から18秒間の間、この木人は鈍足が維持される。〈スロウ〉のCTはキャストと同じに設定されているらしく、使用直後から再使用可能となっていた。つまりその気になれば合間に〈スロウ〉を再使用して鈍足を戦闘中ずっと維持する事も出来る、という事だ。

 

 〈スロウ〉1回の消費MPは3、現在レベル1の状態での最大MPは30.つまり10回は使える。そんな事を確認している間にMPは徐々にだが回復して行く。30秒経過で3消費されていたMPは1回復する。確か戦闘中はMPの自動回復がかなり遅くなる、という話だったか。10秒で1%~5%回復って所だろうか? 流石に最大MP低すぎて検証できないかなぁ、と思う。ここはチュートリアルを終えた後で判断するとして、

 

 もう一度〈スロウ〉を使う。

 

 〈スロウ〉効果中にもう一度発動させる。ただし今度は体を軽く動かす。上半身、両手はセーフ。ただし、足を動かした時点で詠唱は解除されてしまった。

 

「成程、動いたら詠唱状態は解除される訳か。となると吹き飛ばしや強制移動の類に注意しなきゃいけないし、攻撃の回避も出来ないって事か」

 

「ですね、だから魔法ビルドでも杖片手、もう片手に盾を装備して身を守りながら戦う事が推奨されます……あぁ、戦闘チュートリアル内容が消化されてゆく……私の仕事がぁ……」

 

「はーん、面白いなぁ。ちなみに魔法を発動させる時に魔法名を口にする必要はある?」

 

「必要はないですね。その代わり明確に魔法のイメージを持っていないと発動しなかったりごっちゃになったりしますが」

 

「成程成程」

 

 〈ファイアーボルト〉の発動を求め、ターゲットカーソルを出現させ、それを木人にターゲットする。即座に詠唱バーが出現し、2.85秒の詠唱時間を終え、拳サイズの火の矢が正面に形成、そのまま真っすぐ木人に矢の様に突き立ちながら爆発した。あぁ、これは痛そうだわ。そう思いながら一撃で上半身が吹き飛ぶ木人の姿を見た。

 

 消費MPは6。〈スロウ〉の2倍のMPを消費する。その代わり雑魚相手であればほぼ必殺に近いダメージが出るのかもしれない。少なくとも1回で吹っ飛ぶ木人を見れば十分すぎるダメージが出ている。ただ具体的な数値は目視できないのが気がかり、という所だろうか。実際の数字を見ない限りは効いてるのかどうかが解らない。こういう所はリアルにしなくていいんだぞ。

 

「動く相手にこれを試すとなるともうちょっと変わってくる感じあるかもしれんけど……まぁ、今はこれぐらいでいいか」

 

「本当ですか? 漸く終わったんですね? じゃあエディットを終えて次に進みましょう!」

 

「急に活き活きしだしたなこいつ」

 

 最近のAI技術はやっぱすげーなー、と嬉しそうにするフィエルを見て思う。

 

 そんなに俺が嫌かお前。




 構築を試したくなる本能。

 面白ビルドや強ビルドの先駆者が出現すると、後追いはそれをコピーしがちなのよね。まぁ、ガチ勢が考え込んだビルドを利用するのが雑に強いってのは解るけど。彼がこの杖二刀ビルドで活躍すれば、二刀ビルドもメジャービルドになるかもしれない。


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目指すはW1stの称号 Ⅴ

「えーと……戦闘チュートリアル、必要ですか?」

 

「今までの会話で大体必要な事は察した。ただMPの自然回復速度だけは知りたい」

 

「えーと……公開しても良い情報らしいので教えますね」

 

「良いのか」

 

「検証すればすぐに判明する事は別段隠す必要も感じないらしいです」

 

「はえー……」

 

 そういう所は本当にプレイヤーフレンドリーだなぁ、と思う。こういう事を大体の運営は濁したり黙ったりする。どうせ検証されるし、そこらへん口にしちゃっても良いかと俺は思うんだけど。それはそれとして、フィエルによればMPの回復速度は非戦闘状態で5秒に1度回復判定が入り、この時MP最大値に対しての10%だけMPが回復する。つまり初期状態だと5秒に3MP回復する事になる。

 

「そして戦闘中だと10秒に対して最大MPの1%、小数点切り上げで回復ですね」

 

「成程、戦闘中のMP回復手段は割と急務か」

 

 いや、もしかしてこれ、キャスターソロで回復アイテムが尽きても詰みにならない為の対策かな? とは思う。少なくとも60秒経過すればMPが6回復するのだ。これは〈ファイアーボルト〉1発分のMPでもある。1分間逃げ回ってMPを回復から再び魔法攻撃という手段も取れるだろう。戦闘中の回復速度は遅いが、それでも回復するだけ恩情か。

 

 いや、これは〈瞑想〉スキルの価値結構あるかもしれない。スキルスロットが開いたら最優先で確保する事を検討する必要があるかも。少なくとも二刀ビルドで両手が塞がっている以上、アイテムに頼らない回復手段を用意したい。ビルドミスったかなぁ、と思うがここら辺は実際にフィールドに出て戦えば解る所だ。

 

「他に質問はありますか?」

 

「RPはどうしたの?」

 

「やってても意味がないと判断したので止めました」

 

「えらい」

 

「かけらもえらくないです」

 

 いや、偉いよ。ちゃんと無駄だって解ったじゃん。それが解らなくて炎上してしまう愚かな人類が世の中にはたくさんいるんですよ。えらい!

 

「なさそうなので話を進めます―――次は生産活動に関してです。実際の作成などに関しては興味があったら生産関連のギルド等の講習を受けて学んでください。こちらでお教えするのは」

 

 フィエルが手を振るう。そうすると新しくホロウィンドウが出現するが、それは既に見た事のある自分のメニュー画面だった。そこから更に開かれるのはステータス画面であり、現在の自分のステータス、そしてレベルが表示されている。

 

 Name:未定義

 BLv.1

 CLv.1

 HP:100/100

 MP:30/30

 STR:10

 VIT:10

 DEX:10

 INT:10

 MND:10

 BSkill:■■■■■

 CSkill:□□□□□

 

「ステータス画面に2種類のレベル表記が見えると思います。BlvとClv、それぞれバトルレベルとクラフトレベルを意味します」

 

「ほーん、戦闘と生産でレベルは別扱い、と」

 

 メニュー画面に≪TAP ME!≫という表示が出てくるので、それをタップすると自分の状態が戦闘モードから生産モードへと切り替わったのを表示された。先ほどまで埋められていたスキルスロットが空になっている。その代わりに新しいスキルスロットが表示されている。

 

「はい、これで現在貴方は生産モードに入っています。このモードの間はまともに戦闘を行う事が出来ないのでご注意ください。武器も戦闘用のは装備出来ず、戦闘用の金属鎧などを装備していると生産活動にペナルティが入るので、生産用の装備に着替えるのをお勧めします」

 

「ふむ……」

 

 つまり生産は生産で戦闘とは別の装備を用意しなければならないし、生産モードの時は戦う事を考えるな、という話だろう。

 

「生産、そして採取活動もスキルを通して実行できるようになりますが、生産スキルスロットはレベルが上がっても増えない事をご注意ください。その為、従事できる生産、採取活動はスキル枠の5種類までとお考え下さい」

 

「採取も含めて? 採取も戦闘用装備じゃダメ?」

 

「はい、そうなります―――あ、今凄いチュートリアルっぽい事してます」

 

 哀れな奴め。

 

 少しだけ感動しているフィエルの様子を確認しつつ、採取も生産活動込みとなると少し面倒な部分が出てくるかもしれないなぁ、なんて事を考える。生産活動も生産活動でレベリングを要求してくるのなら最前線を走る為に、生産活動に集中して活動してくれる奴が必要になる。片手間にできるのであればよかったのだが……そうではなく、かなり本格的なスタイルで要求されてくるみたいだ。となると戦闘を捨てた完全な生産プレイヤーが味方に欲しい。

 

 これはゲームを開始したら募集してみるとしよう。

 

「実際何が出来るかはゲーム開始後、都市を回ってそれぞれのギルド等を確認してください。ただ戦闘するだけでは絶対に足りないものが出てくるので、並行して生産スキル回りにも手を出す事をお勧めします」

 

「オーケイオーケイ、つまりクラフト系は別枠と。良し、解った」

 

「ではこれで基本的な説明とビルドを完了しますので、エディットに合わせた初期装備を配布いたします」

 

 これまでは仮装備だった状態が、一瞬で変化する。簡素なレザーパンツに白いリネンシャツ、腰には二重に巻かれたベルトが存在し、腰の後ろには装備を格納する為のホルスターが存在していた。今、そこにはメインウェポンとなる杖が2本横になる様に上下に並んで格納されていた。足を確認すれば頑丈そうなブーツ、手は指先まですっぽりと覆うグローブを装着している。

 

「おぉ……すっげぇ普通だ……皆同じ装備貰ってるのかこれ?」

 

「いえ、此方で初期に配布される装備がありまして、そこからビルド、容姿に適した物を選別して送らせていただいてます。……貴方に関しましては、魔法ビルドでありながら大人しく後ろに下がっているという気配が欠片もないので魔術師向けのローブやマント装備は省かせて頂いた代わりに、グリップを補強する手袋を追加しましたが」

 

「うん、それで正解だと思う」

 

 少なくとも杖が2本もあるとマントやローブじゃ抜くのに邪魔だろうし。体を動かすのにも引っかかって邪魔だ。キャスター職だからと言って動かないのは実際、どうかと思う部分もある。

 

 ステータスを確認すれば装備された杖によってステータスが上昇している。今貰った杖は先ほど練習に使った杖よりも弱く、軽くタップすると装備としての能力詳細が表示される。

 

「えーと、《木の杖》か。INT補正は3で魔法攻撃補正は10、と。さっきの杖かなり強かったんだな……」

 

「装備とは別に初期作成の選別として初心者用ポーションセット、そして1000ゴールドが追加されているので確認してください」

 

「これ、RP込みだとどういう風に渡してたの」

 

「え? ……えーと、稀人様の先行きをどうか―――」

 

「めんどくさいからやっぱええわ」

 

「えぇ……」

 

 リアクションが面白いから弄るだけで楽しいんだよなぁ……。

 

 ただ、彼女はこの空間の担当だしここを出たらもう会う事もないだろう。ここまで個性豊かで面白いのに、もう会えないと思うと中々寂しいものがある。まぁ、ここを出たら身内と合流するから寂しいという感情は微塵に砕け散るだろうと思う。何せ、もうこの時点で相当ワクワクを抑えきれない状態になっているのだから。ここから先、もっと新しいものをたくさん見たらどうなってしまうんだろうか。

 

「発狂しそう」

 

「どうしてですか……」

 

「解らない。ただ俺は今、発狂しそうだという事実に気が付いた」

 

「もう既に十分発狂しているようにしか見えませんから安心してください」

 

 結構酷い事言ってるなこいつ……? と思いながらも、エディットは完了した。これで後はここから旅立つだけだが―――あ、いや、最後に重要な事を一つ忘れていた。

 

「えぇ、そうです―――では最後に、貴方の名前を教えてください」

 

「名前か」

 

 俺の名前。

 

 勝利したら一生刻まれる名前だ。

 

 この世界に、歴史に一生最強のキャスターとして刻むための名前なのだから、そりゃあもう特別なもんだ。何時も通り、チャットで使っているハンドルネームと同じ名前でも良いかもしれないなぁ、なんて最初は漠然と考えていたが。まぁ、それじゃあ正直つまらないだろ。

 

 もっと、こう、特別な感じの―――そう、直ぐにアイツだ! って解る名前が良い。

 

 だから……そう、こうしよう。

 

 人差し指を持ち上げる。それを見てフィエルが首を傾げる。それを見て小さく笑みを浮かべる。

 

「アイン。それを俺の名前にしよう」

 

「アイン……1を意味する名前ですね」

 

 ナンバーワン、ファースト、オンリーワン、ザ・ワン。

 

 1という数字は良い。何をどうあがいてもトップだって証明になるのだから。これでワールド・ファーストを取れなかったら爆笑もんだろうが―――少なくとも俺はそれを崩すつもりはない。俺の身内もそのつもりで遊んでいる。だからアイン、それが今回の俺の名前になる。

 

「その内忘れられない名前になるから、宜しく」

 

「もう既に忘れられない名前になっていますが―――そうですね」

 

 キャラクターエディットが完了し、ここから冒険の舞台へと送り込まれる為に身が光に包まれる。転移の光に身を包まれながら、笑みを浮かべるフィエルの姿を見た。

 

「楽しみにしています」

 

 その言葉を最後に、チュートリアルを終える。

 

 そして、このゲームが本当の意味で開始される。




 Name:Eins
 BLv.1
 CLv.1
 HP:100/100
 MP:30/30
 STR:10
 VIT:10
 DEX:10
 INT:10
 MND:10
 BSkill:■■■■■
 CSkill:□□□□□


 という訳で次回から冒険始まりますよ。いや、冒険まともに始まるか……?


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目指すはW1stの称号 Ⅵ

 転移が終了した所で目を開けば、差し込んでくる光に目をもう一回閉ざす必要があった。光を避ける様に片手で影を作りながらゆっくりと目を開き、耳が喧騒の音を受け入れる。聞こえてくるのは足音、そして人の話し声だ。まるで新宿や渋谷の雑踏みたいな人の数、流れの大きさ、そして音の複雑さだ。様々な生活の音が混じりながら響いており、日常というものが展開されている。

 

 なのにここは噴水のある広場だった。白いタイル張りの大地に、それがこの足元から広がって行き―――見えるのは白い街並みだ。美しく並べられた建築物は異国を思わせる様式をしておりながら、そのどれもが古い。見た目が、ではなく街並みが、だ。ヨーロッパの古代を保存した都市の様な、そんな街並みをしている。ネットで前見た、ヴェネツィアとかフィレンツェとか、こういう感じじゃなかったっけ? なんて事を思い出しながらぐるり、と回る様に辺りを見渡す。

 

 見えてくるのは人、人、建築物、道路、馬車、馬だ。どこを見ても高層ビルなんてものは存在せず、振り返って噴水の向こう側に見る一番大きな建造物はお城にしか見えない。もうこれは完全にファンタジーな世界に突入してしまったというのが解る。

 

「テンション上がってくるなぁ」

 

 完全に異世界に迷い込んだような気分に今すぐ走り出したくなるレベルでテンションが上がっている。ただその前に、視界内で大量のホロウィンドウが出現しているのを処理する事にする。

 

「えーと、メッセと宣伝とログボか」

 

 MMOでログインしたら良くある奴だ、と謎の親近感を感じてしまう。とりあえずウィンドウが邪魔なので軽く処理する為にもチェックする。宣伝の方は―――課金できる事の表示だ。現在の課金要素はペットとアバターのみ。能力が1の見た目のみのアバター装備を購入する事が出来るのと、戦闘には活用できない、愛玩専用のペットの購入が可能となっている。まぁ、ゆっくりと生活したりファッションを楽しむ時が来たら金をお布施替わりで購入しとくかなぁ、って感じである。

 

「えーと、ログボはお金か。1000Gが貰えると」

 

 これは初期の保有金と同じ金額なので簡単に考えて最初に使えるお金が2倍になったと考えられる。これで消耗品を補充したりできるので割と悪くはないだろう。とりあえずログボを回収しつつ、次はメッセージを確認する。新規プレイヤーキャンペーンの報酬アイテムセットが最初のメッセージには入っている。

 

「えーと……中身はお金とアバター品と〈マナストーン〉だっけか」

 

 ポーションが持続的に回復していくのに対して、石系の回復アイテムは即座に欠損を補充する事が出来るアイテムだ……ってのを確か公式サイトのキャンペーン画面で確認できたはずだ。すっかりこの時までこんなアイテムがあるのを忘れてた。ただこれ、たぶん高級品か制限されているアイテムだよなぁ、とは思う。だってこれが主流だったらポーションなんてアイテム存在意義がないし。

 

 エリクサー症候群を起こさない程度には大事にしよう。

 

「あとは運営からの祝いの言葉か……サービス開始おめでとう」

 

 運営も楽しそうで何よりです。私も全力で楽しませていただきます。ありがたやありがたや。

 

「ふぅ―――とりあえずビルド終わらせてインしたし、連絡入れるか。ゲーム内からデッスコードってアクセスできたっけ? あ、出来た。外部サービスと連携してるのか。流石だなぁ……」

 

 メニューから外部アプリと連携、デッスコードを選択、IDとパスワードを入力して何時ものチャット部屋にアクセスする。どうやら自分が最後のようで、既に皆揃っているようだった。

 

「悪い悪い、遅れた」

 

『どうせビルドで悩んでたんだろ』

 

「正解。でも妥協できるラインには至ったよ」

 

『えらい』

 

『んじゃ合流しよっか。えーと……名前どうしてる? 後場所場所』

 

「あ、今回はアインでやってる。場所はえーっと」

 

 城の存在を思い出し、ここがどこであるのかを把握する。このゲーム、流石に数万人を同時接続させるという事もあり、()()()()()()()()()()()()()()のだ。だってこの数を一つの都市に押し込んでスタートするなんて、絶対に不可能だというのは誰だってわかる事なのだから。だからスタート地点となる都市は、国で分かれており複数存在する。

 

 初期段階で拠点となる国家は二つ、

 

「こっちエルディアだわ」

 

 一つはエルディア王国、今現在自分がスタート地点としている場所だ。その首都―――ここの事だが、”新しき都ダリルシュタット”を中心に広がるこの国家は機工技術、そして新たな魔導の運用、利用法を開発する事を中心に力を入れており、その力を得た強力な騎士団を擁している。今現在その騎士団は世界の崩壊を防ぐ為に最前線へ出動中……というのが事前に公式のトレーラーで発表していた内容だった筈だ。

 

 ちなみにもう一つが森国マルージャ。こっちは歴史と伝統タイプの国で、やや保守的だとか言われている。大森林の中に、その自然の中に溶け込む様に存在するこの国はなんと木の上に首都がある。森に住まう精霊たちと交信し、その力を借りて世界の断絶と滅びを防いでいるという話をトレーラーで見ている。

 

 プレイヤーたちはこの2国のどちらかがスタート地点になる。この2国は世界を断絶する現象によって分かたれており、プレイヤーたちの最初の目的はレベルを上げながらこの2つの国を再び繋げる事にある。無論この他にも国が存在し、様々な特色が存在する。魔導に特化した国家、機工に特化した国家、東洋の国、砂漠の国、人とは違う種族が支配する国なんてものもあるらしい。だがその全ては今、断絶現象によって隔離され、そしてそのまま闇に飲まれてしまった。

 

 この世界に残されているのは今、この2つだけなのだ。

 

『あー、そっち行っちゃったか』

 

『俺、トシ、土鍋が森国で、エージ、アキが王国で別れたかー』

 

「あー、絶妙と言えば絶妙な分かれ方か……というか土鍋?」

 

『ここにいる馬鹿一名が土鍋を忘れられずに名前を土鍋に』

 

「なんでぇ?」

 

『土鍋……』

 

『その執着はどこから来てんだよ!! 解放してやれよその土鍋!』

 

『抱きながらインしました』

 

「なんでぇ?」

 

 今、リアルボディは土鍋抱えた状態なのかアイツ……頭おかしいわ……。

 

 身内の純粋な頭の悪さに呆然としつつ、大体何時もこんな感じだったしまぁ、いいかと自分を納得させて話を続ける。とりあえず身内と3:2で分かれてしまった。ただロール的な内容で見ると、TDHとTDで分かれている。つまり戦力バランス的にはかなりいい感じに分かれているという事だ。これなら無理に臨時メンバーを探さないでもなんとかなりそうだ。

 

「つーかアキがこっちなのか」

 

『アイツもかなり頭の悪いビルドしてたから合流したら笑ってやれ』

 

「ははーん、皆ルール内で頭の悪い構築したな??」

 

『当然だよなぁ……』

 

『こんな自由度が高いのに変則ビルド試さない奴がいないんだよなぁ』

 

『まぁ、なんだかんだで完成度自体は高いと思うよ。ロールからは外れないし役割はこなせるから問題ないでしょ』

 

 そこらへんは信頼しているので心配する程でもない。だけどこっちは2人だけとなったから、しばらくはペアで活動かなぁ、という所だ。

 

『あ、ボス。こっちから合流するけど動かないでおいて。初期地点でしょ? 姿どんな感じ』

 

「いつも通りのイケメンだが」

 

『はっ』

 

「黙れ土鍋野郎」

 

 ぽちぽちとホロウィンドウに表示されている何時ものルームににやり、と笑みを零してからふぅ、と息を吐く。とりあえず最初にやるべき事、或いは目標が生まれた。分断されてしまったが、元々は一つのチーム、クランとして活動する予定だったのだ。全員が揃わない限りは本格的な活動を開始する事も出来ないだろう。となると最速でこの2つの国を閉ざす障害を排除する、それを目指すのが当面の目標だろう。

 

 後、それとは別に専業クラフターが何人か欲しい。此方の活動に対して協力してくれる生産メインのプレイヤーが。こういうプレイヤーが出てくれれば、それだけ此方の活動が楽になる筈だ。少なくとも攻略などに割く時間が増やせる。ファーストの称号が取り合いになる以上、攻略とレベリングに時間を割く事が出来るのはアドバンテージになる。

 

「まぁ、とりあえずは合流かな」

 

 今、身内の一人がこっち側にいるらしい。だからそいつと合流したらとりあえず当座の行動を決める為に話し合うとする。そろそろ近くに来ていると嬉しいんだがなぁ、と思いながら周辺を軽く見渡し、そしてあっ、と思い出す。

 

「アキー。お前今の名前は?」

 

『あ、そうだった。ニーズヘッグで登録したよ』

 

「邪悪な名前だ」

 

『かっこいいでしょ??』

 

 かっこいいのはかっこいいけどさぁ! 主人公タイプの名前じゃないよなぁ、とは思う。いや、もう、土鍋と比べたらなんでもマシに見えてしまうんだが。

 

『ちなみに俺のPC名は”神空烈滅王神究極超越極絶魔王・剣”だ』

 

「どこから突っ込めば良いのこれ」

 

『そのまんまなんだよなぁ……』

 

「えぇ……マジかこいつ……」

 

『メインタンクはこの神空烈滅王神究極超越極絶魔王・剣さんに任せろ! 神空烈滅王神究極超越極絶魔王・剣さんにな!』

 

『というか・が名前に登録出来た事が驚きだよな』

 

『もしかしてキース・クソザッコーみたいなネーム入力想定していた場合もあるし……』

 

『でも唐突にキース・クソザッコーさん! キース・クソザッコーさん! 家名が抜けているのでキース・クソザッコーさんは家名のご記入をお願いします! とか言われたら一生立ち直れそうにないよね』

 

『お前はいったい何の想定してるの』

 

「おーい、マ……あ、違ったアイン―――!」

 

「お、こっちこっち」

 

 馴染みのある声に声の主を求めて視線を雑踏の中に巡らせ、直ぐにその人物を見つけ出した。あっちもあっちでどうやら顔そのものはリアルの方から変えないようにしているらしく、リアルとは違って長く伸びた髪が普段知るその姿とは違う。まぁ、元々が美少女だったし手を入れないでも十分と言えば十分なのだ。ただ髪の色を完全な白に染めているとそれだけで全くの別人に見えてくる部分はある。

 

 ただ悲しいか、初期装備は自分と同じらしく、リネンシャツにレザーパンツという格好だ。ただ胸元だけ開けてあるせいで胸が強調されている点が実に素晴らしいとしか評価できない。いいぞ、もっとやれ。

 

 そう思いながらさらなる観察を続けようとして―――凍り付いた。

 

 近づいてくるニーズヘッグを名乗る知り合いの女は武器を担いでいた。

 

 それは大きく、鋼の塊のようで、どうしようもない無慈悲な形をしていた。

 

 それは、

 

 ―――どこからどう見ても、チェーンソーだった。




 誰が一番ひどいかで投票したら決着がつかないような連中。


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目指すはW1stの称号 Ⅶ

「それ、なに?」

 

「え、チェーンソー」

 

「見間違いじゃなかった……!」

 

 なんで? なんでチェーンソーなの? いや、かなり強そうに見えるけど。なぜチェーンソー? そんな武器可能だったの? あったの? でも二刀杖ビルド可能なら普通にチェーンソービルドもあるよね……考えてみたらなんか普通にありえそうだったので納得する事が出来た。で、結局肝心のビルドはどんな感じなんだろうかこれ。

 

「なんか、《両手剣》スキルがなんか乗るっぽい」

 

「乗るっぽい」

 

「元々普通に両手剣の怪力型ビルドやろうかなぁ~で、装備確定時点で案内人ちゃんに両手剣カテゴリーのどの武器使いたい? って聞かれたから……」

 

「聞かれたから?」

 

「丸太かチェーンソーって答えた」

 

 その時の担当AIの表情が容易に想像できた。

 

「究極の二択だったんだろうなぁ……」

 

 やっぱビルドの担当してたのAIちゃんなのだろうか? 対人経験なさそうだし結構ごり押しで話を通せそうだなぁ、と思う反面。ゲテモノや変態ビルドの類はゲーマーとして非常に気になる……或いは見てみたくなるビルドなのだ。まぁ、チェーンソーならしょうがないかなぁ、とは思ってしまう。いや、だけど、

 

「マジで使えるのかぁ」

 

「当然よ」

 

 ふんすふんす、とチェーンソーを担いだ彼女は胸を張っている。その強調される一部に一瞬周囲の視線が向くが、次の瞬間には肩に担いでいるチェーンソーを凝視している。そうだよな、誰だって中世ファンタジー世界でチェーンソー担いでいる奴がいたらチェーンソー見ちゃうよね。俺だって思わず三度見ぐらいしてる。

 

「まぁ、でもスイッチ入れなきゃ切れ味の悪い両手剣ってか、鈍器って感じよ。起動すると1秒に5MPも吸われるから6秒しか動かないし。その代わりにスイッチ入れるとクリダメとクリ率ガン盛りって感じで滅茶苦茶楽しいわよ。大型モンスターの口の中にぶち込んでミンチにしたい。人の口でも良い。おかげで専用ビルド構築しちゃったわ」

 

「おっと、危険人物が生まれちまったみたいだな……ま、実害ないしええか!」

 

 俺達はガチ勢ではあるが全力エンジョイ勢である。挑む以上、楽しくやらないとやっている意味がない。楽しいからこそやっているのだとも言えるのだが。だから楽しい変態ビルドは大歓迎。レッツ・エンジョイ、このカオスを。俺も俺で人の事は言えないし。

 

 とりあえず合流した事をデッスコードに入力して伝えておく。これでこっちとあっちでチームの合流が完了した。

 

「これで2チームできたな」

 

『とりあえず全員集まらないとクランの発足もできないし、全体での合流も優先かな』

 

『となると断絶の解除と封鎖領域の踏破だな』

 

 封鎖領域。それはあの闇色のオーロラに浸食されて変質してしまった領域の事を示す。闇のオーロラによって浸食されてしまった空間に対して、この世界の住人達は侵入する事が出来ず、そこから溢れ出すモンスターを倒したり、外側から魔法を使って空間の侵食を妨げるしか対処方法が存在しない。その為に呼ばれたのがプレイヤーたち、稀人だ。

 

 異世界の魂の持ち主たちである稀人達はあの断絶の影響を受ける事なく中に侵入する事が出来る。そして断絶の中にある、封鎖領域。そこに存在するボスとボスの守る断絶の要を破壊することによってあのオーロラは消滅し、断絶されていた世界が再び繋がるのだ。プレイヤーたちの目標は全ての断絶を破壊し、そして世界を一つの形へと戻す事になる。

 

 そしてエルディアとマルージャも当然、この闇のオーロラによって断絶している。

 

 もう一つの初期拠点へと向かう為にはこの闇のオーロラを排除しなくてはならない―――つまり両国の間のオーロラの麓まで到達し、そして黒に染められたその内側へと入り込み、その中に展開されている封鎖領域を突破しなくてはならないのだ。

 

 割と一苦労だが、攻略する度にこの世界そのものが救われて変わるのが目に見えるのだ。これほど燃えるものもない。自分が成し遂げた事実が足跡として後のプレイヤーに残るのだから。

 

 だから俺達が合流するには、まずはエルディアとマルージャを繋げ直さないとならない。

 

「という訳で俺達の最初の目標は誰よりも早く、一番最初にあの壁を消し去る事だけど……どうだ?」

 

 デッスコードに文字を入力すると、すぐさま返事が返ってくる。

 

『お、つまりこっちとそっちのチームでどっちが先にあの封鎖領域を攻略するか勝負って事だな?』

 

『やってやろうじゃねぇの!』

 

『……と、いう感じでこっちはやる気満々』

 

「じゃ、レースしちゃおうよ。それぐらいやれなきゃトップ・オブ・トップなんて無理でしょ」

 

 ニーズヘッグが笑いながらそう言って書き込んだ。それに追随するように書き込む。

 

「じゃあ勝負すっか。レベリング、探索で臨時メンツを雇うのは許可。ただし封鎖領域の攻略に身内以外の雇用は禁止で」

 

『そっち、二人な上に回復ないけどええんか?』

 

「私とボスなら被弾回避すればいいし余裕でしょ」

 

「お前レベルの人外扱いしないでくれ」

 

 まぁ、頑張るけど。それにこうした方が絶対に楽しいだろうし。他のプレイヤーたちがレベリングに勤しんでいる間にその横を駆け抜けて先に偉業を成し遂げてしまおう。そして一気に俺達の名前をこの空に広げるのだ。

 

「見ろよ、俺達がナンバーワンだぜ、って」

 

『最高だわ』

 

『出来るって信じて疑ってない辺りがほんと最高だわ』

 

『ま、ゲームなんだ。楽しんでなんぼ。全力でやろう』

 

 合流してから話さなきゃいけない事は結構あるのだが、だがその前に一つ、俺達という存在をこの世界に刻んで本気具合を証明して見せるのも面白い。これが成功すれば全世界の人間が、俺達というその瞬間まで完全に無名だったキチガイに集中するんだ―――これほど面白い事もないだろう。

 

「じゃ、今は解散でさっそく活動開始して行こうか。何か問題とかあったり、仕様とかで面白いものを発見したら共有って感じで」

 

『異議なーし』

 

 意見が統一され、会議は解散。これより俺達の活動が開始する。明確にクラン名とかはまだ決めてないが。まぁ、その内相談してノリで決めるとしよう。とりあえずまずはこいつと二人でこれから取る行動を決める事にする。

 

「ニーズヘッグ……長いしニグでいいな」

 

「えー……まぁ、いいわ。ニーズヘッグの名を恐怖と共に覚えるのは愚民たちにしてもらおう」

 

「お前は何を目指してんだ……パーティー招待は……お、ほとんど直感的に操作できるな」

 

 目の前のニーズヘッグを対象にパーティーに誘いたいと思考すると、それに合わせてパーティー招待ウィンドウが表示されるので、それを送る。すぐに許可を出してきたニーズヘッグがパーティーに参加し、パーティーウィンドウが新しく視界の隅に出現する。それを掴んで引っ張り上げれば二人のHPとレベルが表示されているリストであるのが解る。

 

「あれ、レベル2なのか」

 

「ここに来るまでほぼ1時間近く付近で虐殺してたわ。あ、勿論モンスターをね。結論から言うとこの付近はあんまり美味しくないわよ。限界までトレインして処理してもこの程度だったし」

 

「レベルアップは割と遅いタイプか……」

 

 そうね、とニーズヘッグが頷いた。ぶおんぶおんチェーンソーを振り回しながらジェスチャー込みで説明しようとしているが、それが振り回されるたびに周りから人が逃げて行く。でもチェーンソー自体に興味があるのか、一定の距離からは離れようとしない。気持ちは解るけど俺は今、目の前に立ってるんだぞ。

 

「正直サクサクレベリングを目指すなら1個先か2個先のエリアにでも行かないと無理ね。それでも火力がある程度要求されるわ。お互いに火力を出せるタイプだし、集めたら一気にバーストして狩るのが美味しいかも? ボスは範囲攻撃持ってる?」

 

「にゃい。でも多分《火魔法》のSLが2か3になったら習得するだろうなぁ、って思ってる。2への条件も確認する限り、《火魔法》で敵を倒せって内容だし難しくはないだろ」

 

「じゃあ現場で覚えればいいわね」

 

 まぁ、無駄をなくすというのならそうなるだろう。問題はそのレベルで通じる火力を出せるかどうか、って所だが。ただ、まぁ、レベル2~3差で変動する火力って正直そこまででもないんだよなぁ、システム的に。だから相手の方が4レベルぐらい上でも正直な話、火力は割と問題ないレベルだと思っている。少なくともそういう所を詰められる所までは火力を詰めている。

 

 防御は初心者ポーションがぶ飲みで対処すればいいし。たぶんこのルートが一番早いレベリングなんじゃないかなぁ、とは思う。

 

「んー、どうせなら現場から出る必要がないように先に装備を買っておくか」

 

 そこまで口にして思い至る。

 

「あ」

 

 それに追随するようにニーズヘッグが、

 

「い」

 

 と茶化してきたのでこの天啓を分けてやる事にした。

 

「そうじゃねぇよ。どうせならマルージャ方面へと進んで道と障害確かめながら狩りした方が効率よくない?」

 

「あっち、推奨レベル10とかかららしいけど」

 

「つまり経験値的にすごくおいしいという事だ―――行こう」

 

 此方の説得力のある言葉に女ジェイソンは成程、と胸を持ち上げる様に腕を組むと頷いた。

 

「良し、やろう」

 

 そういう事になった。

 

 この場において、というよりは。

 

 我らの中にストッパーという概念は存在しないのだ。何せそこにたどり着くのに必要なのは努力、経験、そして才能。それを兼ね備えている奴というのはねじが外れている。頭が吹っ飛んでいる。一周回って月まで飛んでいるんだ。そしてそういう連中を集めて、並べて、足並み揃えて、一緒にやって漸く届くかもしれない。

 

 それがワールド・ファースト。

 

 世界最速最強の証。

 

 それ以外に、目指すものはない。

 

 この新世界に―――俺達の足跡を残してやるのだ。




 ヒーラーはいねぇ! メインタンクもいねぇ! 情報もねぇ! 向かう場所は格上のエリア! 他のPLも誰も進出できてねぇ!

 だけど行く、そういう気分だから。この人たちの行動原理とは大体そんなもんです。


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ゴンドワ封鎖領域

「ほーん、さっそく装備更新ってできるんだな。まぁ、更新しないけど」

 

「私も防具更新したいんだけどねぇ。割と今のルックス気に入ってるし。あ、でもこのカチューシャいいなぁ……。角を生やせないしその代わりにこの黒いカチューシャつけておこ」

 

「邪龍を目指そうとする真摯な態度を感じる。グッドRP賞を与えよう」

 

「やった。あ、ついでにこのベルトも買っていこ」

 

 という事で、有り金を全て吐き出して武器を購入した。というのも、今装備できるものではなく、レベル10で装備できる武器を2本購入したのだ。NPC運営の武器屋―――普通に案内板を見て見つけたところだが―――ここで店売りでレベル30までの武器が売られていた。つまりクラフトに頼らなくても30レベまでだったら装備は店売りで賄える、という話だ。これは戦闘オンリーでやっていくプレイヤーにとっては嬉しい話だ。そのうち他のプレイヤーたちが露店か商店を経営するだろうし、高レベル帯の装備はそこで調達すればよいだろう。今は店売り装備でどうにかなるというのを理解すれば良い。

 

 という訳で2本購入完了、これで手元のお金はすっからかんになってしまった。インベントリから装備の制限がレベル10と書いてあるし、やはりこのゲームは装備に対してレベル制限を設けているようだった。まぁ、ステータス要求よりは断然健全なので安心するのだが。とりあえず手に入れたものをインベントリに突っ込んでおき、視線をニーズヘッグへと向ける。

 

「どう、似合う?」

 

 そう言って頭には髪に半分ほど隠れる様に黒いカチューシャを装着しているのを見せて、腕と胸の下を支える様にベルトを装着している―――えーと、これはなんて読んだっけ。確かショルダーホルスターだっけ? そんな名前だった気がする。

 

「これ、背中にチェーンソー背負えるのと、胸をある程度抑えてくれるから動きやすいのよ」

 

「人があえて口に出さずぼかしてた事を」

 

「別に、視線ぐらい飛んでくるの見えてるし解ってるわよ。ただそれ以上に開発の趣味か結構揺れるのよ……ボス、どこ見てるの?」

 

「どこも見てねぇよ!! あぁ!? さっさと先行くぞ先!」

 

「あ、待ってよ。どっち行けばいいか解ってないでしょ。西門よ、西門」

 

 けっ、と吐き捨てながら店を出ると、後ろから笑い声と共にニーズヘッグが追い付いてくる。まぁ、本当に一人で先に行ってしまうと困るのでちょっと歩幅を緩めて、追いついてくるのを待ってからいつも通りのペースで歩き進める。なんだかんだでリアルで一番見覚えのある相手がこうやって分断先で合流できたのは結構ラックあったんじゃないかなぁ、と思う。

 

「とりあえず門を出たら軽く門周辺のエネミーに一当てしましょ。ボスがどれぐらいできるか私もみたいし」

 

「あいあい。まぁ、動く相手にも軽く練習した方が良さそうだしな」

 

 まぁ、そこらへんはしゃーないとして、西門へは―――シティマップがホロウィンドウとして出現するので、迷う事無く行く事が出来る。問題はこの街を抜けようとして、広場に近寄って香ってくる食べ物の匂いだ。

 

 串焼き、ジュース、ケバブ、サンドイッチ、持ち運びやすそうな干し肉まで置いてある。そのどれもがおそらくはリアルと同様の味付けを施されており、食べる事が出来るんだろうなぁ、と思える。ただその姿を見て、

 

「空腹とかスタミナとかに関する説明はなかったよな?」

 

「なかったわ。でもリアル志向だし、あるんじゃない? 隠しパラとかで」

 

「うーん……」

 

 ステータス画面を開き、確認してもスタミナの表記はない。だけどそれが全て、かと言われるとそうじゃないよなぁ、とは思う。それに横でニーズヘッグが、

 

「少なくとも全力疾走して戦闘をするとちょっと息が上がったわね」

 

「……個人的にはその疲労感をどうやって再現しているのか、ってのが気になる部分もあるけど、とりあえず小銭で軽く食いもんを買っておくか。インベントリに入れておけば腐らないよな? んじゃサンドイッチでいいか」

 

「私Gが余ってるし、買うわよ」

 

 ニーズヘッグが屋台に突撃するのを眺めながら腕を組んで考える。でもそうだよなぁ、スタミナの概念ぐらいは実装してそうだよなぁ、と思う。少なくともここまで五感を美しいとまで表現できる程に再現している世界なのだ。だったらここでスタミナ概念だけはなしにする! ……というのは、ちょっと考えづらい。或いは技術的問題で実装されてないのかもしれない。

 

 少なくとも性転換アバターや、異種族アバターは技術というよりは、脳に対する影響が今は不明で、調査中の為に使用できないという結論が出ている。そういう意味で実装されていない場合もある。ただなぁ、ここまで五感があるのだから疲労感ぐらいは実装してそうなんだよなぁ、とは思えなくもない。

 

 実際検証すれば解る事だろう。

 

「買ってきたわよー」

 

「お帰り……おっと」

 

 戻ってきたニーズヘッグは片手に掴んでいたサンドイッチを此方の口の中に軽く押し込んできた。それに噛みつきながら受け取った。口の中いっぱいにしゃきしゃきのレタスと、スモークされたチキンの味が広がる。それに……これはマスタードだろうか? が塗られている。中々に美味だ。それこそ現実と何も変わらないレベルで。

 

「1個ぐらい今摘まんでも悪くはないでしょ」

 

「そうだな。悪くはない」

 

 虚無期間に入ったらゆっくりと遊ぶかなぁ、と思いながらサンドイッチにかぶりつくニーズヘッグと、街を抜けた。

 

 

 

 

「改めてみるとすっげぇな。ぐるりと城壁に囲まれているのは。ちょっと感動するな、これ」

 

「日本じゃ見ない景色よねー」

 

 うーん、スクショで取っておこう。

 

 自分の指でフレームを作り、西門の外側からダリルシュタットの姿を捉える。門の向こう側から城の先端が抜けているのが見え、一つの絵を作るような形になっている。これをリアルに持ち帰ったらどういう絵になるんだろうか? やはりほとんど写真と同じような写り方になるのだろうか? 割とこの世界が外側からはどういう風に見えているのかは気になるが、

 

 今はそっちじゃない。

 

「よっと」

 

 腰のホルダーから2本の杖を抜く。左に1本、右に1本。西門からまっすぐ続く大きな道は街道のそれであり、整備されて進みやすくなっているのが遠くまで見える。西門の前にいる兵士が武器を抜いた此方の姿を見て、声をかけてくる。

 

「おーい! 君たち! 稀人だというのは見て解るけど、無理するなよー! そっちはまだ君たちには早いぞー!」

 

「痛い目に合わないうちに身の丈に合った所でまずはつよくなった方がいいぞー!」

 

「ありがとよおっさん達! アインとニーズヘッグの名前を覚えておいてくれ! 近いうちに伝説になるから」

 

 笑いながら手を振り、街道を進んで行く。門の近くは門番によって掃討されているのかエネミーの気配も姿も一切存在しないが、門から500メートル程離れ、街道から外れたところを見るとついにその姿を確認する事が出来る。

 

 ここから見えるのは巨大な昆虫の姿だった。暗い灰色の甲殻を纏った、膝丈ぐらいの大きさはある、一本角の昆虫……こういうのを確かビートルと呼んだ気がする。

 

「注視すれば名前と大体の強さが解るわよ。名前が赤かったら強敵、橙なら同じぐらい、緑ならキース」

 

「クソザッコーさんの話はやめろ……名前はラージビートルか。そのまんまだな」

 

 見た目はこう、普通。いや、欠片も普通じゃねぇだろ。どこからどう見ても異常事態だよ。これがゲームの世界じゃなかったら発狂して全裸になって逃げだしている所だ。それだけ大きく、そして気持ち悪い。だって昆虫があんな大きなサイズになって実在しているんだぞ? どこからどう見ても気持ち悪い。

 

「良く燃えそうだなぁ〈ファイアーボルト〉」

 

 発声詠唱する。しなくても魔法は打てるが、確認なので一つ、口にしたほうが良い。キャストバーが出現し、それが満たされるのと同時に炎の矢が放たれる。放物線を描きながらのんびりと街道から外れた場所を歩いていたラージビートルに衝突し、

 

 その姿が一気に炎上した。同時にその頭上にHPバーが出現する。攻撃がヒットしたことでノンアクティブからアクティブとなり、残されたHPが表示されたのだろう。

 

「おー、燃えた燃えた。やっぱ放火するのって楽しいなぁ……」

 

「思想が危険人物なんだよねぇ。あ、来るよ」

 

「流石にレベル差がありすぎてワンパンじゃ―――おっと」

 

 攻撃したことによって一気にヘイトが向けられ、ラージビートルが炎を纏ったまま、此方へと突進する為に角を向け、翼を広げてくる。これは突っ込んでくると解っているのですぐさま杖を2本とも前に出し、それを交差させるように目の前の地面に突き刺した。

 

 次の瞬間、重い衝撃と共にラージビートルが突進してきた。視界の端で僅かにHPが削れるのを確認すると、防御した所でHPは減るのか、と認識する。そしてその状態のまま、ラージビートル相手にゼロ距離から〈ファイアーボルト〉を放つ。

 

 2発目、更に衝突したラージビートルの体は大きくはじける様に吹き飛び、地面を転がりながら仰向けに停止し、動きを停止する。その頭上のHPバーも空っぽとなって完全死亡を示している。燃えながら朽ちるラージビートルの姿を眺めていると、すぐ目の前にホロウィンドウが出現し、

 

「これがドロップか。お金は流石に落ちないのな」

 

「素材を売却するタイプっぽいわよね。まぁ、よくある奴」

 

 手に入ったのは《昆虫の甲殻》という、そのまんまのアイテムと《ビートルの角》というアイテムの2種類だった。まぁ、活用方法は解らないが売れるかなにかしらの手段はあるだろう。インベントリを無駄に圧迫しない事を祈って初めての戦闘を終了した。

 

 ふぅ、と軽く息を吐きながら杖を引き抜き、肩を軽く杖で叩く。その様子を横から眺めているニーズヘッグが顔を覗き込んでくる。

 

「で、感想はどう?」

 

「もうちょい詰められるな……後1匹に12MPもかかるのはちょいっと消費重いなぁ、って。非戦闘状態ならMP回復が高速化されるけどそれでも1匹倒したら即座に次! ってのが出来ないのはちょっと辛いな……やっぱ次は《瞑想》辺りを習得したいな」

 

「そう。まぁ、ボス1人ならそうだったかもしれないけど、今は私もいるし消費は抑えられるでしょ」

 

「それもそうだな」

 

 まぁ、ここにニーズヘッグが加わるなら先制の〈ファイアーボルト〉でワンパン、そこから追撃でニーズヘッグがミンチにするというのが良い形か? いや、《火魔法》でラストアタックを取らないとスキル修練にならないのを思い出してダメだな、と呟く。

 

「ふふふっ」

 

 どうやってスキルトレーニングを含めて戦闘を組み立てるか、というのを考えているとニーズヘッグの笑い声がし、そっちへと視線を向ける。

 

「なんだよ、楽しそうな声しやがって」

 

「いいや、別に……楽しそうな顔をしてるなぁ、って思って」

 

 それはお前、人の事は言えないだろうという言葉をぐっとこらえて飲み込みながら、視線を街道の先へと向けた。

 

 森国マルージャまで続くらしいこの道は、何度か断絶によって区切られている為、封鎖領域をいくつか踏破しない限りはたどり着けない様になっている。ちょっと遠いかもなぁ、と思いつつも比較的そう遠くない場所に1つ目の封鎖領域が見えているのだ、今日中には間違いなくあの中に突っ込めるだろう。

 

「うっし、次の虫殴りつつ封鎖領域目指そうか」

 

「あいあい、ボス。私も今ので経験値貰えてたし、意外と早くレベル上がるかもね」

 

 ビシッと敬礼を決めるニーズヘッグの背中を叩きながら次なるターゲットを誘い込むために街道の周辺を軽くうろつく様に歩き出す。

 

 やばい、今めっちゃ楽しいと、その感情に笑い声を零しながら。




 RPに力を入れる、コンテンツを制覇する、試せる事は試し、だけどちゃんと心の余裕をもって楽しめる事は全部楽しむ。

 ガチ勢とはコンテンツに対して全力で向き合いながら楽しめる者達の事である。


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ゴンドワ封鎖領域 Ⅱ

「そら、これで狙いやすくなっただろ!」

 

「うおー、うおー、ニグきーっく」

 

 〈スロウ〉が叩き込まれ、ラージビートルに鈍足効果が付与された。それによって重くなったラージビートルの動きは攻撃に対応する為にゆっくりと重い体を引きずって旋回しようとするが、それよりも早く到達したニーズヘッグが接近し、足を昆虫の体の下に差し込まれるようにケリを放った―――それも空へと向かって。

 

 ニーズヘッグの初期スキルビルドは《両手剣》、《戦士》、《怪力》、《健脚》、《頑強》の基礎とフレーバー盛り盛りのスタイル。《両手剣》で攻撃スキルを、《戦士》スキルでパッシブと挑発を、残りのスキルはフレーバー要素が強いものと基礎ステータスを補強する内容だ。《怪力》はSTRを、《健脚》はSPDを、そして《頑強》はVITとHPを盛る。だがそれだけではなく、《怪力》は戦闘中発生するノックバックや吹き飛ばし効果を更に強化してくれるし、《健脚》は移動速度と跳躍力の強化効果があり、《頑強》は防具のない箇所に対する肉体の強度を上げてくれる。ニーズヘッグはチェーンソーを手にした瞬間、ビルドを作り直して最大限にまでチェーンソーの力を発揮できるビルドに切り替えた結果、フィジカルモンスターという方向性に舵を切った。

 

 その結果、ただの蹴りでラージビートルが空を飛ぶようになった。

 

 普通の蹴りでは無理らしい。《健脚》と《怪力》でフレーバー要素盛り盛りにしているからこそできるアクションというのが、ニーズヘッグの予想だった。少なくとも俺が蹴りを入れて転がそうとしたら重すぎて無理だった。STR値が足りないのか、或いはパッシブ扱いされているスキルの効果が大きいのか。恐らくは後者なのだろうが、

 

 できる事を増やすというスキル効果は、封殺を目指すマンチタイププレイヤーにとっては最強の武器でもある。

 

 故にこんな恐ろしい戦い方が生まれた。相手に鈍足を付与して確実にとらえられる速度に落としたら、それをニーズヘッグが蹴り上げる。鈍足によって速度の低下したラージビートルではまともに反応する事も、吹き飛び中に空を飛ぶ事も出来ずに、空から落ちてくる。

 

「ぐさりっと」

 

 そして落ちてくる姿の腹をめがけてチェーンソーを突き刺し、串刺し状態にする。こうなるともうどうしようもない。そのまま串刺し状態で地面に叩きつけて固定し、その姿に〈ファイアーボルト〉を放つ。避け様もクソもないので、当然の様に火の矢が命中し、それによってラージビートルのHPが吹っ飛ぶ。蹴り上げ串刺しと魔法の2回攻撃でどうやら丁度全損に追い込むだけのダメージが出せるようだった。

 

 そしてラージビートルを何体か倒した所で、ふぁさー、と光るエフェクトが沸き上がりレベルアップの表示が出現した。

 

「俺様、れべるあーっぷ」

 

 1回転してから軽く杖を掲げるポーズを決める。それをニーズヘッグが見ており、

 

「なにそれ」

 

「レベルアップの舞」

 

「舞」

 

「必要だろぉ!?」

 

「えぇー……そのセンスには同意できないかな」

 

 えー、と声を零しながらレベルアップしたステータスを確認する。

 

Name:Eins

 BLv.2

 CLv.1

 HP:120/120

 MP:40/40

 STR:12

 VIT:11

 DEX:12

 INT:16(12)

 MND:11

 BSkill:■■■■■

 CSkill:□□□□□

 

「おぉ、ステータス上がってるなぁ……レベルアップすると全回復して、HP20とMP10上昇か」

 

 INTが16(12)表記なのは括弧内が素ステって事なんだろう。16は装備込みでの補正かな? 杖が1本目で+3、2本目が5分の1の小数点切り上げで1追加で合計4追加されている。初期ステが10だったのを考えると1レベルで上昇するステータス量は大体2か1で、武器で4追加されているという事は大体2レベル分の恩恵が装備の補正で付与されている。《二刀流》によって1レベル分の火力補強が行われていると考えると悪くはないな、と思う。

 

「あと防具を更新するとHP増えるみたいね。ベルトとカチューシャだけでHPが30増えてたし」

 

「ほぉ……って事は耐久力の向上には装備も更新した方が良さそうだな」

 

 HPはどれだけ耐えられるか、という事の証明だ。防具が良い物になればそれだけHPが増えるのは防具が耐えているから、という事の証明だろうか? となると金属製の防具はHPの伸びが高そうだなぁ、と思う。そう言えばこのゲーム、DEFの表記を見ないよな、と思う。DEFの代わりにHPを盛るタイプのゲームなのかもしれない。

 

「えーと、ラージビートルさっきので何体だっけ?」

 

「5体目ね。私がレベルアップするのに狩った南部の街道エネミーは大体80匹かしら。それでほぼ1時間かかったし、レベルを上げると必要経験値は増えるものね……具体的な数値って見れないのかしら?」

 

「どうだろ……システムログって見れるのかこれ?」

 

 メインメニュー開いたり、ログを呼び出してみる。だがどうやらシステム回りのログは出現してくれない様子だった。その代わりに会話ログの方は出す事が出来た。これはこれで割と便利だな、と思う。ただシステム面のログが見れないのでは、自分の出しているダメージの具体的数値や入ってくる経験値等を確認する事が出来ない。

 

「システムメニューちょっと確認してみるか」

 

「そうね、見れた方が楽だものね」

 

 そこらへん設定で変えられないのかなぁ? と思いながらメニュー画面からシステムメニューへとアクセスする。今までは見てなかったが、結構色々と設定を弄る項目が存在する。例えば音量みたいな普通のMMOでありそうな項目の他にはフィルタリング機能も存在する。どうやら今見ている景色をアニメ風とかに変えられるらしい。本当に謎の技術を駆使するなぁ、と感心してしまう。そのほかにも年齢認証も存在してた。未成年は不可だが、成人していればゴア、流血表現の解禁を行えるらしい。

 

 こっそりと残酷描写にチェックを入れ、年齢認証を行っておく。

 

 これで、良し。

 

 他にも細かい項目はいくつかあったが、その中に探していた項目があった。ただし、ダメージの数値化のみであった。経験値の獲得量やレベルアップまでの必要経験値に関しては表示されないのは仕様らしい。ちょっと困ったなぁ、とそれを見て思う。何せ取得経験値と必要経験値が把握できていないと、どのタイミングで狩場を移動すればいいのか、どれだけ相手を釣って処理すればいいのかが解らない。まぁ、実際に経験しながらレベルアップが遅く感じたら移動しろって話ではあるのだが。

 

 そうすると微妙にスケジュールが組み辛いんだよな、と思う。

 

「まぁ、そこはしゃーないか。ダメージ確かめながら狩りつつ進もうか」

 

「おっけおっけ。まずはここのレベル帯に追いつく事かな」

 

 まぁ、ラージビートルは完全に封殺できるコンボが出来上がっているし、そこまで困る相手じゃないよなぁ、とは思う。とりあえずぶっ殺せるだけ見つけてぶっ殺す事にする。システムメニューからの設定を完了したら再び街道に沿って歩き出し、見つかるラージビートルを片っ端からデストロイする。

 

 レベルアップによって回復する事、そしてレベルアップによってMP最大値が増える影響でそこそこリソースを容赦なく使っても大丈夫な事が解った為、戦闘スピードを上げる事に成功する。

 

 とりあえずは今まではラージビートルを1体1体処理していたが、レベルアップしたのでこの数を増やす事にした。〈ファイアーボルト〉では1体しか攻撃できないが、どうやら炎の魔法には炎上効果が存在するらしい。特に昆虫の体は燃やしやすいし、2体までだったら中間点辺りを狙って撃てば2体まとめて焼けるのでは? という判断だ。

 

 という訳で釣りと纏めはニーズヘッグに任せる事にした。

 

 《戦士》スキルは初期で〈挑発〉のアビリティを使用できる。これは単体を対象に使用できるアビリティであり、指定した敵からのヘイトを一気に自分へと向けるタンクジョブ向けのスキルだ。DPSとサブタンクを兼任するニーズヘッグにとっては重要なアビリティであり、それを使って距離のあるラージビートルを引き寄せ、そして近くにいるラージビートルを蹴り上げる。当然、襲い掛かってくるラージビートルをまずはチェーンソーでしっかりとガードし、

 

 落ちてきて集まった所に〈スロウ〉を叩き込む。鈍足が付与され、2匹の昆虫の動きが遅くなるので、その姿を再び回り込んでニーズヘッグが蹴り上げる。

 

 再びビートル・イン・ザ・スカイとなる。

 

 落ちてくるところを〈ファイアーボルト〉で狙撃し、2匹同時に焼く。

 

「んー、直ヒットで50、巻き込まれで10か……2匹目に対するダメージが低いからやっぱ範囲攻撃がないと辛いかもな」

 

 数字が見えるとどれぐらいダメージが通ってるのか解るから戦術の修正が可能で実に楽だ。リアリティは堕ちるかもしれないが、ゲーマーとしてはこっちのほうがはるかに助かる。

 

「わーっしょい」

 

 魔法によって1匹死ぬが、もう1匹残る。それを再び空へとターンを与えないように蹴り上げて落ちてくる所を〈ファイアーボルト〉で狙撃し、その体を空中分解する。直ヒットで50、炎上ダメージで秒間2ダメージという数字が見えた。割と炎上ダメージしゃれにならないな、とその有用性を確かめた。

 

「うーん、まだ纏め狩りは速そうだな」

 

「私も〈挑発〉使わないと《戦士》が育たないのよね。だからなるべく早く纏めるのに連打したいんだけど」

 

「そこはスキル育つの待ってくれ。えーと……今ので7体か。後23体に魔法でトドメを刺せばスキルのレベル上がるから」

 

「地味に数が多い」

 

「そこはもうしゃーないやろ。簡単にレベル上げられちゃあコンテンツ追加が早すぎて次のパッチまで持たんぞ」

 

 まぁ、でも現実的に見てそう重い数字ではないだろう。少なくともこの段階でかなりサクサクでやれている。相手も格上だから経験値もかなり美味しい。これなら5レベル辺りまでは結構簡単にレベルが上がりそうだなぁ、とは思わなくもない。

 

「うっし、次だ次。さっさと虫を殺して回るぞ」

 

「はいはい……だけど、こっちルートは推奨10ぐらいって話だけど、別にそうでもないわよね」

 

「まだ街の付近だからじゃないか? もっと奥に行くと敵の強さが一気に上がるのかもしれない」

 

「エリア移動したら変わる、って奴ね」

 

 まだ街付近のエリア扱いだからレベル低めなのだろう。となると近いうちにここら辺で虫狩りしているプレイヤーも増えるんだろうなぁ、と思いながら街道を進み、目に付くラージビートルを抹殺する事にする。

 

 その遠く、街道の奥へと視線を向ければその先には黒いオーロラが先を閉ざすように展開されているのが見える。かなり巨大だから近くに見えるようで、あそこに到達するまでは数時間単位での移動が必要そうだと、実際にダリルシュタットから離れて思った。

 

 あそこまで行くのは思ってた以上に大変そうだが、

 

 それはそれで楽しい―――難しければ難しい程、しかしクリアできる難しさというのは常にゲーマーの意欲を刺激するものなのだから。




 ノンアクティブ相手には先制が取れる。それはつまりノーダメージで処理する為の封殺戦術が先手で取れるという事でもある。一方的に攻撃して叩きのめすのが一番楽だと良く言われてる。

 ニグのビルドはそれはそれで結構楽しそう。アビリティで戦うんじゃなくて”たたかう”を連打するタイプ。


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ゴンドワ封鎖領域 Ⅲ

「覚えたわ」

 

「おめでとう」

 

 ついに《火魔法》のスキルレベルが2へと上がった。そして上がると同時に火の範囲魔法を習得した。また、同時に《杖術マスタリー》のスキルレベルも上がっていた。こいつも魔法を使って戦闘する事が条件だったらしく、それであっさりと一緒にレベルが上がった。《時魔法》はもうちょっと使用しなければ伸びず、《二刀流》は装備を2つ装備した上での戦闘なのでまだもうちょいかかりそうだった。《詠唱術》はまだ半分という所。詠唱完了回数がどうやら条件らしいので、空いている時間に虚空へと向かって魔法を連射してれば上げられそうな気配もあるが。

 

 ともあれ、

 

「〈イラプション〉か……半径5メートル以内に爆破範囲攻撃。起点指定、射程は25メートルだな」

 

「おー、結構優秀な性能しているじゃない。半径5メートル範囲なら結構纏められる大きさよね」

 

「うむ」

 

 かなり良い性能だと思う。少なくとも敵を一気に複数巻き込んで戦う事の出来る魔法はそれだけで狩りの効率は上昇するのだから。今まで敵1体を倒すのに2分かかっていたとして、同時に攻撃して5体倒せるのでなら単純に効率は5倍だ。

 

「あー、だけど威力は110しかないのか。んで消費MPも9か……やっぱトループに叩き込まない限りは効率が悪いんだなぁ」

 

「ま、そこはどうとでもなるでしょ。とりあえずこれで軽くまとめ狩りしてみるわよ」

 

「ういうい」

 

 その言葉と共にニーズヘッグが走り出す。白い髪を揺らしながら街道から外れると直ぐに〈挑発〉をラージビートルへと飛ばし、近づく事もなく次のラージビートルへと向かってノンストップで走り続け、再び〈挑発〉を投げる。

 

「そんなに脆くて生きてる事が恥ずかしくないの?」

 

 〈挑発〉が飛ぶ。

 

「もしかしてわざと燃えやすくなってる?」

 

 〈挑発〉がまたまた飛ぶ。

 

「レベルが上の癖に魔法2発で沈むとか糞雑魚耐久で良く格上って名乗れたわね」

 

「その煽りは必要なのか」

 

「ううん、気分的なもの」

 

「そっかー」

 

 ならしょうがないや。そう思いながら〈スロウ〉の詠唱に入る。この魔法は起点指定の範囲魔法なのでトループを対象にできる。範囲の縮小を止めればいいだけなのだから、指定も楽だ。ニーズヘッグが数体のラージビートルを引き連れてきたら〈スロウ〉の詠唱に入る。ビートルを全て巻き込まないといけないので、ニーズヘッグのいる場所だけを外すように範囲を指定して、発動。

 

 範囲内のラージビートルたちの速度が一気に低下する。そしてそこに追加で〈イラプション〉の詠唱に入る。

 

「カウント5!」

 

「オーケイ」

 

 必要な詠唱時間は5秒―――それが《詠唱術》の短縮によって4.75秒まで短縮される。起点指定、範囲指定オッケイ。ニーズヘッグを巻き込む形になっているが、5秒前には離脱をしてくれるだろう―――と、そこであっ、と声を零した。

 

「5秒じゃ巻き込まれるじゃんごめん」

 

「えっ」

 

 5秒経過前に〈イラプション〉が発動する。指定された範囲内の大地に亀裂が走り、地面から炎が飛び散る様に爆発が発生する。〈ファイアーボルト〉の様な炎上効果は存在しないものの、爆破で多数を巻き込み均等にダメージを与える。

 

 そう、巻き込まれたニーズヘッグにさえも。

 

「に、ニグぁ―――!!」

 

 爆発に巻き込まれ空を舞うニーズヘッグ―――あいつ、爆発の瞬間に跳躍して吹き飛ばされたフリをしているなぁ、と芸の細かい所に感心しつつ2発目の〈イラプション〉詠唱に入る。此方が範囲攻撃で焼いても依然、ヘイトはニーズヘッグへと向いたままになっている。そして本人は爆風ジャンプで空を軽く滞空しており、ビートルズの攻撃は届かない。翅を広げて跳躍しようにも鈍足が邪魔で動けなくなっている。

 

 2発目の〈イラプション〉が入るまでの邪魔も散開もなく、ストレートに魔法が発動し、爆破。ビートルズがまとめて処理される。どうやら火力的には足りていたらしい。威力が十分なのか、レベルとしてはビートルズが脆いのか、それとも火属性が弱点なのか。これらの合わせ技かなぁ、と思いながら何時の間にか着地していたニーズヘッグが戻ってきた。

 

 そして迷う事無く、顔面をわしづかみにしてきた。

 

「結構熱かったんだけど」

 

「ごめんって。そういや詠唱短縮してたなぁ、って」

 

「うん、次は使う前に言ってね?」

 

「許せ」

 

「許さん」

 

「がぁぁぁあ―――!!」

 

 痛覚設定オンにしたままだったぁああ―――!

 

 唐突に炸裂するアイアンクローに悲鳴を上げながら軽くのたうちまわると満足されて解放される。そのままごろりと地面に倒れてしばらく痛みが引くまで待つ。痛覚設定、オンにしていたけど消そうかなぁ……なんてことを考えてしまう。でも、まぁ、折角こんなリアルな異世界を遊んでいるんだし、痛覚設定を切ってしまうのはそれで勿体ない気がする。

 

「ニグは痛覚つけてるんだな?」

 

「その方が削り合いをしているって感じがして楽しいのよ」

 

 リアルベルセルクかこいつは。明らかに生まれた世界が違う気がする。

 

「ふぅ……とりあえずイラプ2発で処理可能か。結構楽になったな」

 

 立ち上がり、埃を払いながら先ほどのダメージを確認し、計算する。〈イラプション〉単発でのダメージは大体30~40辺りだ。〈ファイアーボルト〉だと大体単体で50前後。明らかに威力は落ちているが。だがニーズヘッグの蹴り込みで〈ファイアーボルト〉1発で確殺で、〈イラプション〉2発で処理出来ていると考えると、

 

「……大体のHPは60から70ぐらいか?」

 

「私の蹴りが20ぐらい出てるしそれぐらいじゃない?」

 

 ただの蹴りで魔法の3分の1のダメージも出せるというのは恐ろしいなぁ、と思う反面、接近して接触するというリスクを背負った上で手数を繰り出せば大体DPSは遠距離から魔法をキャスト込みで放つのと変わらないか、と判断する。

 

 割とダメージバランス取れてるのでは?

 

「うっし、ここからは纏め進行だ。そこそこ集めて一気に焼いて処理しよう」

 

「了解。次は巻き込まないでね?」

 

「悪かったてば……」

 

 振り返りながら注意してくるニーズヘッグの視線に頷きを返しながら、街道を軽く前へと向かって走って進む。それに合わせて横に走ったニーズヘッグがラージビートルたちのヘイトを取りに行く。しばらくはこの〈スロウ〉と〈イラプション〉のループを重ねて、他のスキルのレベルを2にする事と、自分自身のレベルを5ぐらいにする事を目標にして、街道を進む。

 

 ただし、その前に次のエリアに到達しそうなんだよなぁ、という気はする。

 

 

 

 

Name:Eins

 BLv.3

 CLv.1

 HP:140/140

 MP:50/50

 STR:14

 VIT:12

 DEX:14

 INT:18(14)

 MND:12

 BSkill:■■■■■

 CSkill:□□□□□

 

 レベルアップの舞、再び。1から2までのレベルアップとほぼ同じ速度でレベルアップできたという事実が、纏め狩りの効率の良さを証明している。しかもコレ、他のプレイヤーが存在しないから狩場の独占状態なのが一番の追い風だ。MMOというのはインスタンスダンジョン―――つまりはIDに突入するタイプでもなければ、基本的には狩場の奪い合いだ。長年、MMOはこの狩場でスキルを放って敵を倒す事が主要になっていた為、基本的に他のプレイヤーとの競争や争いとなり、醜い歴史が積み上げられてきた。

 

 このシャレムの世界も、いずれは狩場の奪い合いによる薄汚い争いが発生するだろう。だからこそ他人がいないエリアへと先に移動し、狩場を確保する事が重要だ。多分俺達以外のガチ勢も同じ発想で別の方向に進んでいるとは思う。

 

 まぁ、一気に推奨レベルから離れたエリアに突撃するのなんて俺達だけだろうが。

 

 そしてここでレベルが上がった事に加え、《杖術マスタリー》と《時魔法》のレベルも上がってくれた。これで二つとも2レベルになってくれた。

 

 《杖術マスタリー》は魔法攻撃に対する最終ダメージが+3%されるというパッシブに進化した。これで火力が一気に2%も上昇した。少ない変化かもしれないが、割と長い目や長時間の戦闘で見るとこの1%2%の違いというものはマジで馬鹿にできない。

 

 そして《時魔法》は〈バインド〉を習得した。これは単体を対象に移動不可のバッドステータスを付与するという魔法だ。これ、〈スロウ〉の上位互換では? と思いたくなるところもあるだろう。だが真面目に考えてみると範囲指定できる〈スロウ〉と、単体指定の〈バインド〉では完全に役割が違うだろう。

 

 〈バインド〉は単体指定魔法でありながら、指定方法は他の魔法とは変わらない。だから空間に対して発動する事を選択すると、設定した場所に存在する相手に対して発動する、というシステムを取っている。〈ファイアーボルト〉とは違って射撃タイプの魔法でもないので、相手が横に避けた場合、完全に不発になる。射線を遮られても命中させられるという点は優秀かもしれないが、それは逆に言えば指定した相手しか狙えないという事でもある。

 

 だが〈スロウ〉は範囲指定だ。範囲を多少広く指定すれば、相手が回避動作を取っても指定範囲内であれば引っかける事も出来るのだ。

 

 単純な上位下位とは区別できず、状況によりけり……という感じだろうか? 纏め狩りするなら〈スロウ〉の方が使い勝手が良いという感触だった。

 

「まぁ、このレベル帯じゃ一桁%の火力向上はちょっと解りづらいかな……っと!」

 

 〈イラプション〉で纏めてビートルを焼き、経験値を取得する。再びニーズヘッグを祝福の光が包み、レベルアップの演出が行われた。ぐっと、ガッツポーズを取るニーズヘッグに拍手を送ってレベルアップを祝福すると、

 

「あ……もう、なの」

 

「うん?」

 

「今レベル4なんだけど、虫の名前が橙色になってしまったわ」

 

「あー、4レベにもなると同格扱いされるのか……」

 

 ニーズヘッグレベル4で適正レベルの相手と判断されたとなると、ラージビートルのレベルは大体4~6ぐらいになるだろうか? まぁ、確かに殴った感触そんな感じではあるよな、とは思った。ただもうレベルが追い付いてきたとなると次のエリアでもっとレベルの高い敵を求めたほうが良いのかもしれない。

 

「まだ狩り始めて1時間ぐらいか?」

 

「結構良いペースだと思うわよ。ただ強さ的には物足りなさがあるわね」

 

「そっか……じゃあ、俺のレベルを4に追いつかせて、それが終わったら次のエリアへの移動を優先しようか」

 

「了解。たぶん抜ければ敵も10前後要求されるくらいかしらね」

 

 ラージビートルは動きが単調で、正直強いとは言えない相手だ。簡単に焼き殺せるし、レベルもここまではサクサク上がってきた。それがここから先に通じるかどうかは……まだ不明だが、

 

 もう少し歯ごたえを期待したい所かなぁ、というのが本音だ。

 

 これじゃあ簡単すぎるぞシャレム君。

 

 もうちょっと、難易度上がるよな?

 

 ……な?




 まだ序盤なのでイージーと思われがちだが、序盤から動きが複雑だったり、面倒な能力を行使してくるエネミーはただのストレスチェックのクソゲーだぞ!

 個人的な感覚だけど、ネトゲはカンストしてからが本番と思っている。レベル上げの難度を上げちゃうと作業ゲーになってユーザーが離れちゃうと思う。それがVR環境に適応されるかはかなり怪しいけど。

 たぶん新しい世界を歩き回っているだけで一生飽きない。


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ゴンドワ封鎖領域 Ⅳ

 レベルが4に上がった。そして《詠唱術》と《二刀流》のレベルが2に上がった。残念ながら《二刀流》のレベルアップによる恩恵は何もなかったが、《詠唱術》は思ったよりも凄いアビリティが解禁された。

 

 その名は〈詠唱消去(キャストカット)〉、なんと180秒に一度、魔法を発動する前に使用する事で無詠唱で発動させられるというアビリティだった。しかもコストはない。恐ろしいレベルで使い勝手が良い。確かに3分に1度という制限は存在しているが、その制限込みで考えても詠唱時間を考えずに魔法を2連射できる、というのは恐ろしく強い。考えてみよう、〈イラプション〉の1度目の爆破の後に次の〈イラプション〉を発動させられるのは4.85秒の詠唱が入ってからだ。頭の弱いラージビートルが相手だったから良かったが、これが知性の高い生き物であれば、範囲から逃げようとして即座に離脱するだろう。

 

 そういう敵を相手する場合があるかどうかは解らないが、少なくともそういう動きを取るような相手であれば、〈詠唱消去〉で2連射の魔法を叩き込んで一気にダメージを稼げるだろう。

 

 3分に1度、というコストは本当に重い。今の所大体戦闘は長くても15秒以内には終了している。そこまで長引くとは思えない。だから纏め狩りで1度使えばしばらくは使えないだろうが、その事を込みにしても即座に魔法を差し込めるというのは魅力的すぎるアビリティだった。

 

 《詠唱術》、神スキルだった。これが初期から選択可能ってマジ? 壊れじゃね? とりあえず同じキャスタービルドの仲間には必須クラスの化け物性能なので、これをデッスコードでマルージャチームにも共有して、シャレムWIKIにも記入しておく。この手の情報は自分から率先して公開するのが先駆者、開拓者の義務だ。

 

 この手のデータが積み重なる事でより緻密なビルドが可能となる。お互い、協力して楽しいゲームを遊ぶのが一番。ついでに自分の保有しているスキルでWIKIに記入されてないものも追加しておく。それが終わった所で再び移動は再開し、

 

 ついに、街道は境目を超える。

 

 それまではのどかな道路の様子だった。街の近くは整備されていたが離れると段々と整地されただけの道路となり、その脇には緑が広がっている、そんな何でもない風景だった。遠くに視線を向ければ山が見えて、そして闇色の空が手を伸ばしているのが見える。だが段々とその景色も、黒く染まり始める。

 

 最初に感じたのは空の暗さだ。まだ時間は明るい頃なのに、空が暗くなり始めた。見える太陽の色が黒い気がしてくる。そして粒子だ―――黒い、輝く粒子が空気に乗って漂っているのが見え始める。一言で言えば汚染されている。そんな印象を受ける環境だった。空をじりじりと侵食する闇色が空から地上に降り注ぐ。その濃い色が影となって地上を染め上げ、この世界の住人達では触れる事の出来ない環境を生み出す。

 

 ここから先は、NPC達の踏み込めない領域だった。

 

 この先に進むためには、PC―――つまりはプレイヤーたちの力が必要となる。ここを攻略するのがプレイヤーの目的でもある。

 

「ついに来ちまったなぁ、封鎖領域」

 

「本番はID(インスタンスダンジョン)らしいからまだ先みたいね」

 

「多分ここまでぶっこんで来てるのは俺達ぐらいだろうなぁ……後はあっち側の馬鹿達か」

 

「私たち、安定したレベリング放棄してるものね」

 

 ニーズヘッグと俺というコンビだからこそ出来ている纏め狩りのペースでもある。リアルで知り合い、付き合いも長い。だからお互いに大体呼吸が解っているし、直ぐに意見の交換もできる。その上で元々ニーズヘッグ本人のスペックが超人だ。簡単に反応し、動いてくれる。例えばラージビートルからの攻撃もヘイトを引き付けた後は全部紙一重で簡単に回避しながら釘付けにしてくれるし、おかげでターゲットがぶれずに魔法に巻き込める。

 

 こういう連携、野良だと絶対にできないだろう。

 

「おー、オープニングでも見たなあの結晶」

 

「魔晶石だっけ? 浸食されている地域には生えているらしいのよね」

 

 黒く染まった空の下で街道にぽつぽつと生え出す魔晶石を手に取る。透き通った黒紫の水晶という感じの石だ。インベントリにしまえるかなー? と考えたら普通に取得できた。インベントリに入ったそれを確認してみれば、やはり名称は魔晶石となっていた。正確に言えば《魔晶石(小)》となっている。

 

「なんだろうな、コレ。素材もそうだけど何に使えるんだろ」

 

「それは《鑑定》出来るプレイヤーか、NPCに頼まないと駄目ね」

 

「まぁ、流石に余計なスキル取る余裕はないしな。とりあえず何個か採取しておけばいいだろ」

 

 NPC達が入ってこれないエリアで手に入るアイテムなのだから、そこそこ価値のあるもんなんじゃないかなぁ、とは思う。まぁ、それはさておき。ここからは新しいエリアに入ったんのでエネミーの方も更新されているだろう。今まで相手してきたラージビートルの様なイージーな相手だと思って戦えば簡単に死んでしまうかもしれない。

 

「ちょっと警戒しつつ進もうか」

 

「そうね……でもちょっとどういうエネミーが出てくるのか気になるわ」

 

 その気持ちは解る。やはりそこはゲーマーの性だろう。

 

 納得しながら新しいエネミーに備えてニーズヘッグとの距離を詰めて歩くが、エネミーに遭遇するまでに必要とする時間はそう長くはなかった。10分ほど歩いた所で直ぐに最初のエネミーに遭遇することとなった。

 

 それは2本足で立って歩く生物であり、しかし黒に浸食されているのか、ところどころ異形に変貌している。全身を短い毛に覆われたそれは人間の様な骨格をしておりながら、頭にあるのは人の顔ではなく、犬の顔だ。つまりこいつは人の形をした犬だ。ファンタジーでは定番となる種類の生き物であり、その名前も良く知られている。

 

「おぉ……インフェクティッド・コボルトだって」

 

「和訳すると浸食された犬鬼、か」

 

 十分な距離、100メートルほどの距離をあけて街道をうろうろする姿を見ている。茶色の毛並みは所々黒く染まっており、そして体からは魔晶石が生えている。やっぱこれ、インベントリから捨てておくか。明らかに体によさそうじゃないもんな。

 

 インベントリから魔晶石を捨てておく。じゃあな。

 

 ニーズヘッグと共に軽くコボルトを観察し、その特徴をつらつらと口にする。

 

「棍棒を握ってるな」

 

「犬ベースだから足が速そうね」

 

「知能はあると仮定しよう」

 

「なら後衛を狙いそうね」

 

「力が強そうだ」

 

「格上判定ね。喰らったらワンパンもあり得るわ」

 

「先制して殴り殺すのが安定だな。ハメ殺し安定」

 

「ただ仮定があっているのかどうかは確かめたいわね」

 

「じゃあ軽く一戦こなしてから安定化させるかー」

 

 考えた事を即座に口にして情報共有、意見の共有。お互いの考えをすり合わせて状況に素早く対応する。俺達の対応合わせとは大体こういうやり方でやっている。深く考えるよりも軽く口に出したほうがまとまるのが早いのだ。だからいつもこうして軽く考えを纏め、終わったら突撃する。

 

「〈挑発〉抜きでよろしく」

 

「あい」

 

 解りやすいように武器を抜いて、ニーズヘッグを前に、そして自分を5メートルだけ後ろに距離を開けて前へと、コボルトのいる近くまで移動する。解りやすく足音を立てながら歩けば、コボルトの視線がぐるり、と此方へと向けられた。その目は真っ赤に充血していて軽いホラー感が強く、

 

「る、ぉ、オオ、オオオ―――!!」

 

 狂ったように雄たけびを上げながら四つん這いになり、棍棒を握ったまま一気に近寄ってくる。その速度は人が普通に走るよりも遥かに早く、一気にニーズヘッグへと向けて距離を詰めてくる。どうやら完全に正気と理性を喪失しているらしい。

 

「理性なし、と」

 

「受け流すわね」

 

 コボルトが地面を蹴って飛び掛かる様にニーズヘッグに攻撃する。それを両手で握ったチェーンソーで受け流し―――いや、チェーンソーでそんな事出来るのかと言われたら疑問しかないんだけども。それをなんかスキルも無しにニーズヘッグはやらかす。がきぃん、と音を立てコボルトの飛びつき棍棒はその威力のほとんどを失った。

 

 それでも25ダメージの表記がニーズヘッグを襲った。

 

「ちょっと痺れる感じ―――ね!」

 

 受け流しから回し蹴り。しっかりとブロッキングを行ったことではじいたコボルトの顎に一撃を叩き込み、上半身をカチ上げながらもう1回転加え、

 

 チェーンソーが首元に突き刺さる。

 

 そのまま引き倒す。

 

 ニーズヘッグの動きは実に野生的だが、同時に合理的だ。的確に相手の攻撃をスタンさせる為の動きを入れて、次のアクションを封じている。だから1対1という状況であれば、ほぼ確実に完封に持って行ける。今この瞬間も足で手首を踏みつぶして棍棒を振るうのを封じ込めている。

 

「34、クリったかな? 87」

 

 まだ死んでいない。ラージビートルであれば間違いなく死んでいるダメージだが、このコボルトは死なないようだった。その為、実験するように首にチェーンソーの刃を力づくで割り込ませてゆく。

 

「43、41、66、あ、死んだ」

 

 首半ばまでチェーンソーが通った所でコボルトが漸く苦痛から解放され、壮絶な表情を浮かべながら塵となって消えて行く。その残骸を背後に、ニーズヘッグが立ち上がって軽く体を捻る。

 

「んー。やや物足りなさがあるわね」

 

「もっと数が多かったら怖いかもな」

 

 だけど結構ダメージを必要としたのが辛い。というかHPが一気に増えた感じがある。これまでは魔法2発で処理できる範囲だったが、流石にこれは〈イラプション〉2発じゃ難しい領域になってきた感じがある。少なくとももうちょっと火力を盛らないと範囲狩りは難しそうだ。

 

「ニグ、何体までなら抱えられそう?」

 

「3までなら余裕かしら。4からは被弾しちゃうわね」

 

「じゃあ1体ずつ処理する方で良いな。サクサク殺して行こうぜ」

 

「いえすぼす」

 

 という訳で先へと進む前に近くのインフェクティッドをもう1体狩る事にする。今回は1体釣って殺すタイプの狩りなので使用する魔法は〈バインド〉。今まではニーズヘッグの先制攻撃から戦闘を始めていたが、〈詠唱消去〉によって走りながら先制パンチを繰り出せるようになった俺は無敵になった。

 

 コボルトを発見し、走りながら接近して無詠唱バインドを投げる。

 

 コボルトが此方を発見して吠える為に威嚇しようとした状態のまま、動きを停止する。

 

 その背後に素早くニーズヘッグが回り込み、

 

「ふぇいたりてぃー」

 

 背中からチェーンソーをぶっ刺した。

 

「うぉっ!? うおうおうおうおうおうおヴぉおおお―――!?」

 

 そしてそのままスイッチオン。超回転し始める刃がコボルトの体を中央から一気に開発し始める。血しぶきのファウンテンやぁ! と叫びたくなるようなグロい光景が発生する。というか胸の穴から色々と飛び散りながら90や100という数字を見せ、コボルトは痙攣している間に一瞬で消滅した。

 

「やっぱまだコスパ悪いわね、残虐アタックは」

 

「まぁ、そこはMP伸びてからのお楽しみって感じよ。その内1分ぐらいハイパー残虐タイムに入れる事を楽しみにしようぜ」

 

「そうね」

 

 ぶおんぶおんと言いながらチェーンソーを振り回すニーズヘッグの姿を見て、こいつだけは絶対に怒らせないようにしようと心に硬く誓う。




 当然の様にバックスタッブで心臓を狙う幼馴染。


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ゴンドワ封鎖領域 Ⅴ

 更に1時間ほど狩りを続けて休憩を1度挟む。いったんログアウトして、トイレと軽い食事を済ませたら再び戻ってくる。そして此方でも軽い食事をとる。この街道に出るまでに購入したサンドイッチを2人で分けながら食べる。街道横の草地、黒く染まったその上に座り込みながら休憩する。ここまで結構狩りをしてきた影響でレベルは既に6まで上昇している。コボルト狩りを開始してから凄まじい勢いでレベルアップしているのだ。だけどここまでレベルアップしたところで、未だにコボルトの名前表記は赤かった。つまり、まだまだ格上の相手となっている状態だ。まぁ、ここが元々10レベルからの推奨エリアだと考えるとここに出てくる強めの個体は11、12レベルぐらいはありそうだよなぁ、とは思う。つまりまだまだ経験値ブーストがある。ブーストというか格上狩りで経験値圧倒的に美味しいボーナス状態という方が正しいかもしれない。

 

 少なくとも今のこの美味しい美味しいフィーバー状態はずっとは続かないだろう。後になればなるほど複雑なAIを持つエネミーが増えるだろうし、その影響で今の様な瞬殺が続けられるかどうかは怪しい。だからここで他のプレイヤーたちに対して、レベルの差でスタートダッシュを決めたい所だ。この最初のスタートダッシュ差が後々のアドバンテージになる。

 

 まぁ、どうせエンドコンテンツまだ実装されてないだろうが。

 

「はあー」

 

 息を吐きながらサンドイッチを咀嚼すれば、現実と寸分の狂いもない感覚が下と喉に通る。信じられない事に今、俺はこの仮想現実で食事をしている。そしてそれを食べると凄い満足感と共に自分の腹が満たされる感覚を覚えるのだ。

 

「やっぱ不思議な技術だよなぁ……こんなもん、どうやって民間に触れられるレベルになったんだろう?」

 

「さあ? 少なくとも私には解らないわ。それに興味もないし。自分が全力を出せるって事の方が楽しくて大事だわ」

 

「まぁ、そうだけどさぁ! いや、まぁ、俺が話す相手を間違えたか」

 

「そうよ」

 

「誇るな」

 

 まったく、と言いながらも笑ってしまうのは付き合いがあるからか。それともこいつという生き物を良く理解しているから。いや、まぁ、他の連中相手でもきっと笑えてしまうだろう。基本的に楽しい事が好きだし。それにしてもまぁ、好き勝手やるもんだとおもうけど。

 

「お前は良く動くなぁ」

 

 そう、かしらとニーズヘッグが首を傾げる。

 

「でもリアルよりも動かしやすいのよね、体が。反応してから肉体へのレスポンスが早いというか。うーん、イメージした通りに体が完全に反応する感じ? たぶん動作の出力の仕方が現実とは全く違う方法だからかなぁ」

 

 そう言うとニーズヘッグは立ち上がり、その場で軽くバク転、側転、宙返り、そして片手逆立ちし、その姿勢を維持する。

 

「うん、体が簡単にイメージに追いつく。追いつくというかまんま? 実現可能な範囲でイメージが肉体に対応される感じ。だからイメージが詳細なら詳細な程細かく、良く動く」

 

「はぁーん。となると元々体動かしてるやつの方が有利なんだな」

 

「たぶんそう。でも一番強いのは反射神経が高いのと、想像力が豊かなタイプかな……そっちの方が動けそう」

 

「ほーん……じゃあ、俺も理論を脳内で詰め詰めにしてイメージ構築すれば理論上はニグと同じぐらいのスペックを出せるのか」

 

「は? 糞雑魚太郎でそれは無理でしょ」

 

「キレるぞお前」

 

 飛び上がり蹴りをかますが、華麗に回避され、そのまま逃げだすニーズヘッグを追いかけ始めると、少し離れた位置にいたコボルトに見つかり、そのまま数匹トレインしてしまう。休憩中だったのにいきなりトレインからの乱戦に発展し、急いで2本の杖を取り出しながら襲い掛かってくるコボルトの顔面に蹴りを入れ、蹴り飛ばしながら次に来るのを杖でガードし、押し返しながら詠唱に入る。

 

 ごちゃわちゃしながらなんとかコボルトの処理を終えると、溜息を吐きながら元の場所に戻り、座り込む。

 

「何を話してたっけ」

 

「さあ……?」

 

 まぁ、忘れたのなら大したことのない話だが、さて、

 

 もうそろそろ終わりが見えてきたなぁ、という感じだ。

 

 街道の先へと視線を向ければ、麓が段々と見えてきた。これなら後1時間ぐらいで到着する、というぐらいだろうか? もっと短いかもしれない。いや、狩りをしながら進めばそれぐらいだろう。あそこに到着するまでには最低でもレベルを8ぐらいにまでは上げておきたいが、コボルトの狩りペースが間に合うかどうか、という所だ。スキルのレベル上げも2から3は結構大変なもので、今日中に上がるようには思えない。

 

「ま、あるもんで勝負するしかねーか」

 

「私たちなら何とかなるでしょ」

 

「ま、最強だしな」

 

「トップだものね」

 

 そう、俺達は最強だ。トップに立つ。それだけを目的に、目標に全力疾走している―――だから他の誰かに負けるという気はしない。何事も正面突破して勝利する。

 

「うっし、休み終わったし行くか」

 

 食べてログアウトして休み終わったし、これでパフォーマンスも戻る。長く遊ぶ時こそ合間に休憩を入れるのが集中力を持続させるコツだ。という訳でこれで休憩は終わりとして、立ち上がって体を伸ばす。やっぱり感覚がリアルと全く変わらない。だがニーズヘッグの言う事が事実なら、もうちょい自分の動きを最適化できる気がする。

 

 と、立ち上がりつつニーズヘッグが口を開いた。

 

「うん。あ、この先にIDあるんでしょ? どうせだったら配信でもしてみる?」

 

 ニーズヘッグにしては珍しく面白い事を言う。

 

「面白いな、それ」

 

 その発想を実現する為にメニューからミーツーブがあるのを確認し、そして配信オプションがあるのかも確認してみる。そこには当然の様に連携オプションも、そして配信の選択肢もあった。これ、普通にプレイしている様子配信できるじゃーん、と笑顔になる。だってこれ、つまりは一番先を走っている自分の姿で他のプレイヤーや抽選の敗北者達を遊んでいるだけで煽れるという事なのだろう?

 

 最高じゃん。

 

「運営最高かよ……そういやログインしてるから知らねぇけど、Vの者とかも配信してるんだろうかねぇ、これ」

 

「してるんじゃないかしら。確認できないの?」

 

「どうだろ……あ、普通に動画見れるじゃん。たぶん単純作業をする時に飽きないようにする為なのかなぁ……」

 

「まぁ、何でもいいわよ」

 

 せやな、とニーズヘッグの言葉に頷いて今は連携だけを終えて再び狩りと移動に戻る。なんだかんだで単純作業ではある。〈バインド〉投げたら串刺しにして、動けないところを魔法で殺す。この時、ニーズヘッグがいい感じにチェーンソーで臓腑を抉ってくれるので、後1発で死ぬという範囲までHPを調整してくれる。ここら辺はやっぱりダメージ表記をONにしていないと難しい所だろうと思う。

 

 インフェクティッド・コボルト狩りを再開する。まとめて良いなんて油断の仕方はしない。《火魔法》の2は3への修練までに1から2の数倍の討伐数を要求してくるが、これはもっと簡単に纏めて蒸発させられるエネミーで練習するので放置するとして、1対2という状況を絶対に崩さないように注意しながらサクサクと処理して行く。

 

 もう完全に慣れてしまったので事故を起こす要素もなく、ドロップと経験値を回収しながら更に奥へと進んで行く。

 

 更に闇が深くなる。それでも明るい。黒い太陽が浮かんでいるからだ。黒い癖に明るい。その異様さがこの空間を一層不気味にしている。だがこれがゲームだと理解しているからか、この不気味さもまた面白いと思えてしまう。

 

 そうやって景色とシチュエーションを楽しみながらコボルトを処理していれば、レベルはあっさりと上がってしまう。レベルはそれによって6から7へと上がり、更に1時間続けて狩りを続ければレベルは8へと上がる。

 

 1日目でここまでレベルって上がるもんなんだなぁ、とは思うものの、MMOのレベリングとは元来低レベル帯はかなりサクサクに上がるものなのだから、当然なのかもしれない。というかMMO自体がカンストしてからが本番だと100万回言われている。

 

 どのMMOもカンストしてからはメインシナリオが終わり、次のパッチまでの虚無期間が始まる。

 

 逆に言えば運営はカンストしたプレイヤーをどうにかして繋ぎ留めなくてはならない。だからコンテンツというものは、レベルのカンストが終わってからが本番だ。そしてそれにたどり着けないのは中々のストレスだ。だからこそ、レベル上げの辛いMMOは自然と淘汰されている。ただVRMMOはやる事成す事全てが新鮮で新しい。レベル上げの作業ですら楽しいのだから正直、レベリングが多少重くても問題はないレベルだと思う。

 

 そんな事を考えるだけの余裕が少なくとも俺とニーズヘッグの間にはあった。コボルトの狩りも単純にパターン化されればそうなる。後半になるにつれて段々とコボルトの姿が密集するようになるが、1体ずつ釣りだせば何も問題はない。

 

 だからそうやってレベリング込みの1時間が過ぎ去れば、

 

 場所はその終わりへとたどり着く。

 

 空を覆う巨大な闇色のオーロラ。世界を少しずつ侵食する、断絶現象の一部。このエルディアに巣食う病の一つであり、マルージャとの交流を断ったオーロラの一つだ。その闇は深く、完全な黒としてさえも表現できる濃さを保っていた。ここまで来ると息苦しい、とさえ表現できる圧力がオーロラに存在し、

 

 世界の壁として、先行きを阻んでいる。

 

 そう、俺達は誰よりも早く―――この世界の端に到達したのだ。




 次回、配信テロ。


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ゴンドワ封鎖領域 Ⅵ

「……本当に、到着してしまったんですね」

 

 配信の準備を始めようとしたところで、聞き覚えのある声がした。その声に背後に振り返れば、この黒い太陽が照らす闇の明るさの中に正しい光が差し込んだ。闇を割る様に光が差し込んだところに出現するのは、ドレスを纏った翼の姿―――見覚えのある声と姿は、チュートリアルを担当したフィエルのものだった。両手を祈るポーズに、神聖さを演出するような登場だがその表情はどことなく呆れているとも思えた。

 

「フィエルちゃんちーっす!」

 

「えぇ、まさかこうなるとは思いませんでしたとも。本当なら後1日か2日はかかるという予想だったんですが……いえ、別に私はこれで良いのですが。えぇ、私は」

 

「それはつまり納得してない人たちがいるという事ね」

 

「開発かな?」

 

「GMかもしれないわね」

 

「現場スタッフ爆笑してそう」

 

「楽しくなっているのなら素敵な事ね」

 

「何も、素敵じゃないんですが」

 

 フィエルのちょっとだけ力の籠った声に、笑い声を返し、フィエルがはぁ、とため息を吐いて手を下ろした。

 

「いえ、本当に。ここって推奨レベルは10なんですよ? ここにたどり着くまでは11から12を想定して。でもアインさん、未だに8レベルじゃないですか。本当によく戦闘を安定させられますね……」

 

 その言葉にニーズヘッグと共に腕を組んで胸を張る。

 

「まぁ、最強の火力Wizだからね?」

 

「私は無敵最強のニーズヘッグ様よ。がおー」

 

「まるで悪びれないですね……、おかげでアインさんの担当に回されましたよ。私」

 

「ご愁傷様」

 

「ボスの周りはいつも賑やかで楽しいわよ」

 

 そういう事じゃないと思うんだけどなー。まぁ、AIが順調にストレスを増やしているようで何より。このままバグったらおもしろくならないか? いや、その賠償で一生分のお金が吹っ飛びそうなのでやっぱり止めて貰おう。直ぐに思考が脇に逸れてしまうのが自分の悪い癖だなぁ、と軽く呟きながらで、と声を零す。

 

「フィエルちゃんも遊びに来たって訳じゃないよね。いや、そもそもフィエルちゃんって遊びに出られるの?」

 

「え、私ですか?」

 

 フィエルが軽く驚いたような表情で答えた。

 

「私は時折街に出て遊んでますよ、休み時間はAIであろうとも与えられてますから。その時は気づかれないように軽く姿を変えてますけど」

 

「ほえー」

 

 AIも割と人権が認められてるんだなぁ、と思うと面白い話だ。疲れも知らない存在の筈なのに、パラメーターから排除すればすぐに働かせそうなものだがそうじゃないのだろうか?

 

 と、そこでぱぱっとフィエルが手を叩いた。

 

「はい、では説明をさせていただきます」

 

「ロールプレイ風にすると?」

 

「稀人様、よくぞここまで辿り着かれました。貴方様が成すべき事の一助となるべく参りました」

 

「やればできるじゃん!」

 

「やらせない、させないの違いでしょうに! ……と、とりあえずこの封鎖領域に関する説明に入りました。この封鎖状態でやってこないと意味のない事ですからね!」

 

 少しだけキレ気味にフィエルが言葉を叩きつけて、強引に話を持って行く。その間に配信の準備を進めて行く。まずは連携から外部のサイトにアクセスして、ツブヤイッターでこれからシャレムの配信をするよー、と告知しておく。とりあえず枠を取って、カメラを出現させる。お、半透明の配信用カメラが出現した。これで映像が撮られるらしい。あ、設定で視点設定も出来るのか。画面分割……するよりはこのカメラに自由移動させていた方が良い絵が撮れそうだ。カメラアングルはこのお勧めになっているAI設定でいこう。

 

「とりあえず、ここから先に進む事になりますがこの先はインスタンスダンジョンとなっています」

 

「IDだな」

 

 フィエルの言うID、インスタンスダンジョンとは事前に用意されているダンジョンマップはこれまでのエリアやマップの様にオープン状態ではなく、パーティーやレイド単位で管理される瞬時に生成された個別のマップだ。瞬間的に生成されたからインスタンス、役割が終われば消去される。そういうものをインスタンスエリアと呼ぶ。つまりIDはパーティー単位で突入し、突入したパーティー以外からは助けを貰えない専用エリアになっている、という事だ。

 

 IDに突入した後他の人がIDに突入しても、同じエリアにはたどり着かない。たとえエリアの外見が全く一緒であっても、だ。

 

「この封鎖領域の元、原因となるものはこのID内部、一番奥に存在します。そこには当然ボスが存在し、そのボスを討伐する事でその原因に手を伸ばす事が出来ます。その破壊を行う事でアインさんはこの一帯を封鎖領域から解放する事が出来ます」

 

「それが私たちプレイヤーの目的ね」

 

 ニーズヘッグの言葉にフィエルは頷いて。

 

「はい、そうなります。この世界におけるグランドクエスト、或いはメインシナリオというものは進行度が全体で共有されています。無論、超高度のAIで構築されているNPC達は話しかけたら同じ会話をループする訳ではありませんし、頼んだ所でお願いを聞くわけではありません。ですが封鎖領域の解除を進める度に、彼らは個人や国家の思惑としてアクションを取っていきます。そしてそのアクションは必ず、この世界を再び活性化させ、そしてグランドエンドへと目指す道筋となります」

 

「つまりメインを進めたければ皆で頑張って封鎖領域をぶっ壊していけ、って話だよな」

 

 とてもシンプルな話だ。封鎖領域こそがこの世界を今形成している。それを解除すれば行ける場所と、活用できる地域と、そして人々の繋がりが復活する。それによってこの世界は活性化し、この事態を引き起こした何者か、或いは何かに対する抵抗を開始する事が出来るのだ。

 

 つまりプレイヤーたちは救世主としてこの世界に召喚された特殊ユニットなのだ。

 

 この世界を断絶するものを破壊する為にやってきた破壊神とも呼べる。

 

 男の子としてこのシチュエーションは結構盛り上がる。

 

「えぇ、ですので是非とも攻略してもらいたいのは確かなのですが……ここ、推奨13ですよ……?」

 

 フィエルのおずおずとした言葉は間違いなく此方のステータス、スキル、そして装備を見ての事だろう。多分装備が整っていればそこまで苦戦する場所じゃないんだろうなぁ、とは思う。だけど俺達のレベルは8だ。そして装備もほぼ初期装備だ。事前情報? そんなもの勿論存在しない。だけどそれが俺達の諦める理由にはならない。

 

 だから配信の準備を進める中で、ニーズヘッグがフィエルに指をさす。

 

「いい、フィエルちゃん」

 

「はい?」

 

「困難であればある程、私たちは燃えるの。それがチャレンジャーという生き物なのよ」

 

「……そう、ですか」

 

 フィエルの納得がいかない言葉に笑いながら配信の準備を完了させた。だからカメラを片手で掴んで、ニーズヘッグと肩を組んで並びながら上から見下ろすようにカメラをセッティングした。最初のアングルだけはこれでオッケーだ。

 

「結局さ、フィエルちゃん」

 

「はい」

 

「俺達、楽しいからでやってんだよ。楽しいからガチなんだよ」

 

 究極のエンジョイ勢を自称するぜ、俺らは。という訳で配信スイッチ、オン。生配信が開始し、ミーツーブに映像が流れる。お、ちゃんと顔が映ってる。うーん、俺もニーズヘッグも良い感じにイケメンイケガール? で良い感じの絵になっている。皆さん、見てますか。この顔は作りもんじゃなくて自前ですよ。ついでにフィエルも引き寄せておこう。良い絵になる。

 

「あ、ちょ、ちょっと待ってください。私は良いですから! 別に良いですから!」

 

「良いから良いから、全世界配信しようぜ。お、いきなり人入ってきてるな。やっぱり話題沸騰のVRMMOの初日だからどんな動画でもいきなり人が来るか」

 

 まぁ、当然と言えば当然だ。皆興味津々だろう、そりゃ。

 

 という訳で、はい。

 

「ハロー! 全世界の抽選敗北者! 配信のタイトルに釣られたか? それともシャレムの配信なんでもよかったか? 正直Vの者の配信じゃなくてこっちを見ているのはどうかしてるかと思うけどな! そんなお前らに朗報だ。ここに来たお前らは実に運が良い」

 

「そうなの?」

 

「俺達の伝説を目の当たりにできるんだぜ。そりゃそうだろ」

 

「すみません、あの、本当に帰してください。私を動画から……!」

 

 やだよ、面白いじゃん。本気で嫌がってるなら絶対に即座に姿を消すだろうし。そうじゃないって事はセーフラインの範疇という事だ。だったらこの子も取れ高の為に使ってやろうではないか。ふははは、今の俺は軽く無敵状態だぞ。

 

 何せ、テンションが高い。

 

「いいか、諸君。あっちを見ろ。あっちだ」

 

 街道の方を指さし、それから空を指さす。そうだ、ここはどこだ?

 

「封鎖領域だ。俺は今、封鎖領域にいる。どうだ? 凄いだろう? このゲームはどういうゲームだ? そう、封鎖領域をぶっ飛ばしていくゲームだ。俺はアイン、こいつはニーズヘッグ」

 

「がおー」

 

「そしてこいつはチュートリアルと説明担当の被害者」

 

「解ってるならこの扱いをやめてくださいよ! もう! 入口を開きますからね!」

 

 そそくさと抜け出したフィエルはオーロラへと向かうと、そこに手をかざし、それを引き裂く様に手を横に振るった。闇のオーロラに亀裂が走り、その中を通る光の道が出来た。ただ完全な闇の中に生まれた道というよりは扉のようで、ここがIDの入り口になっているように思えた。

 

「では武運を祈っていますよ―――滅茶苦茶ですけど、きっと貴方達なら成し遂げちゃうと思っていますから」

 

 そう言葉を残すと数本の羽を残してフィエルの姿が光と共に消えた。それをニーズヘッグが拾い上げて、軽く掲げている。

 

「さあ、見たか視聴者の皆さん。どうだ? 他の連中はどうしている? 多分クッソつまらないレベリングの最中だろう。もしかして1個先のエリアに進んでる? それとも都市部を探索している?」

 

 まぁ、なんだって良いだろう。それは俺達の仕事じゃない。

 

「ま、そういう暇そうな事は他の連中に任せるさ」

 

 おぉ、どんどん数字が上がって行く。結構凄いスピードで視聴者が増えている。なんかコメントも同時に確認の画面に流れているが、それを今は無視する。質問も受け付けない。俺は配信で食う気も、稼ぐ気もない。

 

 自慢と煽りがしたくてこの配信をしているのだ。

 

 ざまぁみろ。

 

「良いか、覚えろ。俺達がナンバーワンだ。一番最初に封鎖領域を突破して、このシナリオを進めたトップにイカレた奴が俺達だってことを覚えておけ」

 

「楽しみね。今度は苦戦できるかしら」

 

「さてな。乗り込んでからのお楽しみだ」

 

 はっはっは、と笑いながら配信をしたまま、笑い声を響かせてフィエルが開いたポータルの中へと迷う事もなく突入する。一瞬で光が視界を満たす。フィエルの所から飛ばされた時と同じ転移の感覚を覚える。

 

 そして、始まる。いや、()()()。他の誰でもない。運営でもなく、他のプレイヤーでもなく、俺達が最初の、一番槍となって始めるのだ。

 

 この世界を再び一つに繋げる為の戦いが。




 次回からIDで暴れるニグアイン。

 配信? 荒れない理由がないんだよなぁ……。


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汚染封鎖町ガラドア

汚染封鎖町ガラドア

 

 転移光が消えるとともにそんな表記が、目の前に出現した。いや、自分の体はそこにはない。マスターシーンというべきか? 視界は完全に体を離れて動いていた。それが捉えていたのは黒く染められていた宿場町だった。地面すれすれを視線が走り、黒く染まった家屋、大地、草花、そして魔晶石に飲まれて凍り付いたように動きを閉ざす人々。そこは黒く染められて時間が停止していた。浸食が始まったその瞬間から、時の流れというものを失ったかのように。

 

 そしてその家屋の中には汚染された生き物たちが目を赤く光らせて住んでいた。今か今か、と中に潜んで通りがかる者を待っている―――もう、誰も動かないのに。

 

 そして狂った一団が家屋から飛び出して咆哮している。

 

 巨大な魔晶石は壁として宿場町の道を分断し、それが新たな道を生み出して進路を複雑化している。だがその一番奥には人影が見えて―――視界が戻った。

 

「おぉ……」

 

「凄い」

 

「うん、すげぇなこれ……」

 

 体が動く様になって両手を動かしながら軽く首を回し、そして感嘆の声を零す。それだけに今のトレーラーの様な、ダンジョンを走る自分の視線はすごく感じられた。完全に映画のシーンを直接眼に焼き付かせている様な感覚だったが、世界や視界の動くをちゃんと自分の動きとして感じられるのだ。なんというか、これはもう凄い。これは完全に他のゲームを過去のものにしてしまう。それを今、自分の身で実感している。

 

「ヘイ、お茶の間の敗北者達も今のは見たか? 見たよな? でも凄さが解らないよなぁ! 経験してないからさぁ―――!」

 

「お、煽る煽る。チャンスは逃さない、と」

 

「まぁ、自慢する為の配信だしね? そんじゃアイテムショートカットにポーションをセットしておこう」

 

「うん」

 

 フィエルの話が正しければここはかなり適正レベルから外れているエリアだ。となると当然の様にHPもMPも減るだろう。運営からのログボとキャンペーン報酬で、溢れるだけのポーションを今は持っているのだ。この手のアイテムは使い込んでも全く痛くはないし、だったらこういう時こそ遠慮なく使い込んでおくべきだ。少なくとも、自分が予測する感じではヒーラーなしなら間違いなくガブ飲み前提だろうな、とは思う。

 

 杖を2本とも腰の裏から引き抜きながら両手に握り、ニーズヘッグを確認する。相棒の方も準備は完了しているようでチェーンソーを肩に担いでいた。他に特にやる準備はない。スキルもまだレベルの上がる範囲じゃないし、バフを付与できるアイテムもない。

 

 つまり今あるこれが全てだ。

 

 ……まぁ、何とかなるだろう。

 

 正面に広がるのは街道から入る様に広がる宿場町の姿だ。恐らくはダリルシュタットを出て最初に休める場所だろうと思う。宿や店、酒場があるはずの街並みは黒と魔晶石によって汚染されて、無惨な姿を晒している。今はまだ、前へと続く道が見えている為、前に進める。周辺へと目を向ければ、外へと去る事を拒む様に町の周辺を魔晶石は囲み、町の中を進めと示しているようだった。

 

「町中での戦闘をどう思う?」

 

「障害物が多くて楽しそう」

 

「楽しそうで何よりだ」

 

 ニーズヘッグの何時も通りさに軽く笑い声を零しながら前へと踏み出す。配信画面は先ほどから阿鼻叫喚の地獄絵図だ。いったい何を叫んでいるのか、今はちょっと見たくない。でもこれ、今は最高に気持ちいいんだよなぁ。

 

「さーて、何が出るかな」

 

 呟きながら前に進めばすぐに町に入り、そして屋根の上から何かが飛び降りてくる。反射的に詠唱する〈ファイアーボルト〉と、ニーズヘッグの蹴りが飛び出してくる姿を迎撃し、追撃する。出現しているのはインフェクティッド・コボルトであるのを即座に認識しつつ、ニーズヘッグがカバーリングに入って〈挑発〉を放つ。出現する姿は全部で4体だ。

 

「いきなりこの数か……!」

 

「ちゃんとしたタンクが居れば何も問題はなかったんだろうけどねー」

 

「生憎と俺達はDPSだぜ」

 

「私はサブタンクもできるけどね」

 

 だからニーズヘッグがカバーリングに入る。お互いに軽口をたたき合いながら行動する。そこに確認の様なものは必要ない。それだけの付き合いはある。だからニーズヘッグが素早く蹴りを叩き込んで叩き落した1体、ヘイトを取った1体、そして今チェーンソーを顔面に叩きつける事でヘイトを奪った1体の合計3体を一気に抱える。そして残された1体が此方へと向かうが、既に1度〈ファイアーボルト〉を受けている。安定性を取るなら〈スロウ〉か〈バインド〉を入れるのが安定するだろう。

 

 だがそんなものはしないし、必要もない。今までは単純に安定を取って使ってただけだ。安全性も考慮して。だが既に、コボルト相手の戦闘であれば慣れている。ここまで幾度となく潰してきている。もう、その行動パターンは頭にインプットしている。

 

 なら迷う必要はない。

 

「よう、どうしたワンコ。口が寂しそうじゃん」

 

 ()()()()()()()()()()()()4()()()()()()()()()()()()。最初に跳びついて噛みついてくる。次に棍棒で殴ってくる。それを終えるとコボルトは数秒、様子をうかがう様に数秒の休みを挟む。そしてそこから距離によって行動の変化が入ってくる。高度なAIによって頭脳を持っている生物であっても、汚染による影響なのか、それとも単純にそういうレベルの脳みそなのか、

 

 その行動、攻撃はパターン化できる。

 

 そしてそれが完了してしまえば封殺は簡単にできる。

 

 最初の噛みつきに杖を噛ませて回避、棍棒に入る前に顔面に逆の杖で喉を突いて喉を潰してスタンさせる。面白いもんで喉、目、口内、急所への攻撃はコボルトであれば確定でスタンが取れる。つまり右手の杖で喉を殴った時点で追撃が来なくなるのだ。なのでこの間、魔法が詠唱できる。

 

 手を使っている?

 

 足を動かし―――というよりその場から移動さえしなければ多少足を動かしても詠唱判定は途切れないのだ。

 

 だったら両手の武器を有効活用するべきではないだろうか?

 

 そうに決まっている。

 

 だから1対1という状況で、相手が解っているなら―――急所を突いて、スタンを取り、行動をキャンセルさせて魔法が詠唱できる。

 

 秒数のカウントをしていれば喉にスタンを入れた時点で先制攻撃時から2回目の魔法が叩き込めるのが解るだろう。ここで狙うのは口内。無理なら顔面。口内に魔法を叩き込んだ場合のリアクションはかなり大きい。無理なら顔面で良い。何故なら目がこれで焼けるからだ。ものすごいリアリティで構築されるこのゲームは、ちゃんと腕を切り落とせば落ちるし、目を焼けば盲目になる。

 

 これで目を焼けば無力化が完了する。至近距離にまで持ち込んだのなら狙いたいところはほぼ確実にあてられる。というか杖で抑え込んでいるのだから当然だ。

 

 そして目か口を焼けばしばらくは痛みで何もできない状態になるので、それを放置してニーズヘッグに合流できる。

 

 だけど彼女も彼女の方で、結構気合が入っている。既にパターンを把握しているだけあって、タイミングがズレていたとしてもこれだけ単調なら簡単に対処する。

 

 それがあの女だ。

 

 踏み込み、チェーンソーを振るって二つ纏めて受けながら、姿勢を一気に落として攻撃を回避し、そのまま受け止めた攻撃を別の個体に押し付ける。そうやってあっさりと連携と同時攻撃を処理してしまう。そこに〈イラプション〉を差し込み、コボルトを焼く。コボルトだけを焼く様にコボルトたちの背後に起点指定して発動させたことでコボルトが背面から焼けてその注意が逸れる。

 

 そしてそれで動きが鈍った所にチェーンソーが振り上げられた。

 

 おそらく正面から見れば、その表情は悪鬼のそれにも見えただろう。

 

「弱い」

 

 ぶおん、と風を裂く音と共にコボルトの頭が一つ割れた。チェーンソーの回転刃が頭部に直撃すると同時に切り込み、頭をあっさりと粉砕して血をぶちまける。詠唱が終われば新しく詠唱、だが1体死ねばそれだけニーズヘッグにかかるプレッシャーは減る。

 

 必然的に、ニーズヘッグの攻撃密度が上昇する。1匹かち割るのも2匹かち割るのも変わらない。1匹目の処理が完了すれば無力化して放置しているコボルトを除いて、残り2匹のコボルトを今まで通り処理し、最後に残ったコボルトをきっちり始末する。

 

 と言ってもこいつは目がダメになってるから見当違いの方向を向いている。MPを節約する為に杖で足を引っかけて転ばしてから、ニーズヘッグと囲んで踏み殺す。

 

 これで初期遭遇の処理完了。

 

「とりあえずダイレクトヒットはなしか」

 

「この程度ならレベルも上がってきたし余裕出てきたかしら。4体までは抱えられるかも」

 

「俺も2体までは行けるな……3体目は詠唱関係でちょっとご勘弁願いたい」

 

「じゃあその時は抱える」

 

 まぁ、5体でも決壊するとかじゃなくて、被弾が増えるというのがこの女の理屈だ。少しだけキャパシティがオーバーしても平気だろう。平気という訳じゃないが、持ちこたえてくれる信頼はある。とりあえずこれでウェルカムサービスの処理は終わったのだ。

 

「次、進むか」

 

「そうね。今のみたいな激しい歓迎は嫌いじゃないわ。忙しいのは楽しいし」

 

「そうだな」

 

 少なくともこの戦いは充実感で溢れている。全力を尽くした上で相手を蹂躙するという事の喜び、自分が最高の火力を叩き出す為の道筋を理解してそれを走っているという自覚。

 

 楽しい。

 

 物凄く楽しい。

 

 何もかも投げ捨ててこっちへと全力でルートを取って良かった―――この充足感こそが全てだ。

 

「うし」

 

 それだけ呟き前に出る。宿場町の中央通りを進んで行けば、直ぐに魔晶石によって遮られる。これ以上前へと進めない為、横へと視線を向け、別のルートを考慮してみる。

 

「飛び越える?」

 

「それで10匹ぐらい察知されたら死ぬぞ」

 

「それもそうね……大人しく道を探しま―――」

 

 無言でニーズヘッグが振り返りながらチェーンソーを構える。それにあわせて素早く振り返り、杖を構えれば後方、街道の方から四足で走りながらコボルトがトップスピードで突っ込んでくる姿が見えた。先ほどとは違って3体、と数は少ないが最初からトップスピードに乗っている為、反応が悪ければ奇襲を喰らって即死するだろう。

 

 地味な殺意の高さにどうしても笑みが漏れてしまう。それは俺だけじゃなくニーズヘッグもそうで、

 

「ほんと、楽しませてくれる」

 

「まぁ、私たち勝っちゃうけどね」

 

 これが配信中であるという事実さえ忘れて、全力で潰しに行く。見ているか、世界。

 

 これが新世界だぜ。




 これ、見てる側は見てる側でめちゃくちゃ楽しそうよな。


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汚染封鎖町ガラドア Ⅱ

「おおおおおおおお―――!? ニグ! 遮蔽! 遮蔽! テイクカバー!」

 

「わわわわわ、あ、アレの下から行けそうじゃない? 行くわよ」

 

「お、オッケー!」

 

 全力で疾走しながら正面に馬車を見つける。一気にスライディングで馬車の下へと潜り込むと、先ほどまで走り抜けた場所に無数の矢が落ちてきた。それから完全に逃れる様に馬車の下をくぐって反対側へと抜ける。何本もの矢が馬車に突き刺さる音を聞きながら、それが止むまで一旦馬車の裏で隠れてやり過ごす。音が消えた所で少しだけ顔を横から出してみるが、屋根の上に待ち構えるインフェクティッド・コボルトアーチャーが再び弓で矢を射ってきた。それを馬車の裏に隠れて再び落ち着くのを待つ事にする。

 

「殺意たか……高くない? 高くないアレ??」

 

「困ったわね」

 

 まさかの屋根上アーチャーである。定番の戦術だけどここまでガチの殺意を浴びせられるとは思わなかった。最初のコボルトから続くコボルト共は良い感じに理性が薄くてハメやすかった。だがそれを退けて奥へと進んでみれば何だこれは。まさかの伏兵配備ではないか。こんな事になっているなんて聞いてないぞ―――いや、内心盛り上がってきたなぁ! とか思ってるけど。そうじゃない、この明らかな待ち伏せは理性のある行動だ。これまでのインフェクティッドはそういう理性の類を見せてこなかった。

 

 どういうこっちゃと一瞬考え、ここに入った時のシーンを思い出す。

 

「人影……」

 

「操ってる?」

 

「かもしれない。まぁ、どちらにしろ奥に行くしかないんだがー?」

 

 少しでも顔を出せば矢が飛んでくる。これはなかなか面倒だ。杖を横に出して矢を誘う。矢が数本飛んでくるが、そこまで正確ではないのか命中しない。命中精度はそこまで良いものではないらしいのなら、まだやりようはある。ニグへと視線を向ければ、此方の考えなんて最初から理解しているようにニグが体のストレッチを始めている。

 

「走れば良いのね?」

 

「全力で頼むぞ。援護はこっちで入れる」

 

「ん、任せた」

 

 良し、任された。

 

 信頼は裏切らないと決めている。だから決めた時には馬車の横から飛び出し、即座に詠唱を開始する。目標は屋根の上の空間。〈イラプション〉を狙い、詠唱は4.85秒間。その間、回避動作が行えない為、目の前の空間を2本の杖を振るって降りかかる矢をガードする。だが矢の精度は高くない。そのほとんどが横や上へと抜けて行く。自分に飛んでくるものだけを弾き、

 

「ゴー・ドッグ・ゴー!」

 

「わふっ」

 

 〈イラプション〉の発動と同時に犬の声真似をしたニーズヘッグが飛び出した。屋根を吹き飛ばせるかどうかは解らなかったが、屋根を起点とした炎の魔法が屋根の上を無事に破壊する事に成功し、その上に乗っていたコボルト達を屋根から落とす。その間にも全力疾走するニーズヘッグがチェーンソーのエンジンに命を灯し、稼働させながら樽、窓枠、そして屋根を連続で蹴る様に跳躍してからの落下で加速した。高度を稼いでからの落下で速度を上げながらの移動、そして連続の跳躍で落ちなかったコボルト達の矢からの回避、それを同時に行いながら弓矢を一つ潰す為に〈イラプション〉ではなく、今度は〈ファイアーボルト〉で弓を対象に放ち、

 

 命中させた。

 

「ぎゅいんぎゅいーん。わおーん」

 

 気が抜ける様なやる気のない声をしながらも、ニーズヘッグの動きは全力で、早い。素早く落下してきたコボルトに到達すると躊躇なく落ちてくる姿に向けて回転刃を突き刺し、抉りながらそのまま次のコボルトへと向かってチェーンソーを振り下ろす。

 

 コボルトがチェーンソーに突き刺さったまま、血をスプリンクラーの様に噴射しながら切りかかる。

 

「見えるか、敗北者ども。アレが本物のバーサーカーだ。あ、危なっ」

 

 顔面コースで来ていた矢を杖で殴り弾きながら走り出す。正面にニーズヘッグが食い込んだことで隙が生まれる為、そこに援護する為に〈詠唱消去〉で〈イラプション〉を打ち込んで、範囲を焼く。この魔法は範囲に対して攻撃が出来るだけではなく、個人的に爆破を発生させることで生まれる爆炎で視界を遮れる事が優秀だと思っている。

 

 特に、こういうシチュエーションなら。

 

 ニーズヘッグをフリーに自由に動かせられる。

 

 そして相手の視界が遮られればこちらも詠唱を挟み込める。次は〈ファイアーボルト〉だ、放たれた火の矢がコボルトの顔面に衝突し、屋根の上に陣取っていた最後のコボルトを撃ち落とした。

 

「上はもう気にしなくて良いぞ!」

 

「じゃあ後は皆殺しね」

 

 地上に落ちてきたコボルトの処理に入る。ポーションを飲む事前提なのでMPを惜しむような事はせずに、1匹1匹〈ファイアーボルト〉で処理し、ニーズヘッグも素早く殺す為にポーションを飲みながらチェーンソーの刃を回転させている。

 

 そしてそれらの処理を終えた所で―――レベルが9に上がった。

 

 周りにコボルトがいない事を確認し、ふぅ、と息を吐きながらMP回復用の《マナポーション》を取り出し、口をつけて―――止める。そういやレベルアップしたら完全回復するじゃん。危ない危ない、とポーションを戻しながら冷や汗を拭う。ちなみにだが味は少し粘り気のある炭酸のないサイダーという感じで、不味くはない。ただ急いで飲むとこれ、喉につっかえそうだとは思う。あまり戦闘中に飲みたくはない。

 

「ニグ、乙カレー」

 

「ぶい」

 

 返り血を浴びていたニグもコボルトの死体が消えたからか、浴びていた返り血が少しずつ消え始める。中々の数が伏兵として出現したが、足元を崩してチェーンソージェノサイドアタックを行えば直ぐに戦闘を終わらせられた。ただし、リソースを吐き出すという形は非常に不本意だったが。それでも勝利出来ればすべてが良し、という事になる。

 

「やっぱり4人だな。タンク、ヒーラー、DDが2人って感じ。合計4人いると凄く快適に戦えると思う」

 

「うん、それは解るかな。本職の盾持ちが居れば多分ここ、そこまで苦労しないよ」

 

 まぁ、そこは2人で突撃しているからしょうがないのだが。それにこんな楽しい事、他の連中を待っていられる程優しい奴ではない。他のプレイヤーたちはまだレベリングの最中だろうし。

 

「あー、でもなぁ。これをクリアしたら1度街に戻って募集するか?」

 

「何を?」

 

「周回用臨時メンツ」

 

「あー」

 

 効率的なレベリングを行うなら多分、ここに軽く数時間籠って周回するのが一番だと思うんだよなぁ。恐らく敵の質もレベルも、ここは他のエリアよりも少し高いと思う。たぶん適正レベル+5ぐらいまでならここにこもってレベリングする事が出来るレベルでこのエリアは美味しい。だから戦闘安定のためにタンクとヒーラーを募集したい所がある。と、そこで配信してるんだった、と思い出す。

 

「と、まぁ、そういう事だ諸君。ここクリアしたら一旦ダリルシュタットに戻るから。一緒にレベリングしたいって奇特なタンクとヒーラーがいるなら俺達を探してくれ。レベルが多少下でも多分どうとでもなるから。寄生の類は容赦なく全裸に剥いて街の街灯から吊るすけど。姫ちゃん? もう既にワンコ飼ってるからいいです……」

 

 配信にちょっとだけ募集アピールしておくと、付近をうろうろしていたニーズヘッグから声が飛んできた。

 

「ボスー、宝箱あったわよー」

 

「マジで!?」

 

 え、宝箱っておいてあるものなの!? 急いでニーズヘッグの近くまで行くと、先ほどまでの戦場にぽつん、と宝箱が置いてあった。戦っている場所はよく見てフィールドを把握しているので、確かになかった筈だ。だけど今、こうやって出現しているという事は……倒してから出現した? ドロップとはまた別枠らしい。

 

「開けてもいい? 良いわよね?」

 

「ステイ、ステイクール」

 

「わん」

 

 宝箱を見る。先ほどの集団はちょっと数が高く、これまでの無理性コボルトと比べると難易度が高かったし……中ボス扱いなのだろうか? となると中ボスを討伐すると報酬が出るのかこれ? 報酬次第だがID周回がレベリングの鉄則になりそうだな。MMOでのフィールド狩りタイプのゲームは常にフィールドが奪い合いになってぎすぎすし始める。そういう意味ではIDを使ったレベリング主体のゲームはその渋滞とぎすぎす回避出来てかなり民度が高く保たれる。

 

「良し、いいか、ゆっくり開けるぞ。罠があるかもしれないし。スカウトがいないからな……」

 

「そ、そうだったわ。反対側に回ってゆっくり、慎重に開けましょう」

 

 宝箱の反対側に2人そろって回り込み、しゃがみながら宝箱に2人同時に手をかける。いっせーの、と声をかけながら両側から蓋を掴み、そして宝箱を開けた。

 

 瞬間、目の前に取得のウィンドウが出現する。特に罠らしい何かはなく、ふつうに開けられた。

 

「……罠はなかった?」

 

「報酬扱いだしなかったのかしら」

 

「ふぅー……心臓に悪い」

 

 立ち上がりながら2人で取得ウィンドウを確認する。まだ完全に取得している訳ではなく、どうやらここから更に欲しい人に分配するか、ランダムで獲得するかというシステムに分かれているらしい。ここで表示されているアイテムは2つ、

 

 《ガラドア・リング・オブ・エンデュランス》と、《ガラドア・キャスタータトゥー》だ。

 

「えーと、確認する限り耐久力を向上させる指輪と、INTを上げる入れ墨だな。どっちもアクセ1枠消費するっぽい」

 

「あら、ちょうど私たちが装備できるものが出たわね。分配でもめずに済むわ」

 

「或いはシステム的に一番適したタイプの装備品がドロップするのかもな、2つとも装備だったし」

 

「じゃ、指輪を貰うわよー」

 

「俺も入れ墨を貰うな、っと……装備レベルは10からか。ぎりぎり装備できないな」

 

 装備レベルは10、ただし装備するとINTとHP、ついでにMNDも伸びる。レベル10の店売り杖で伸びるINTが12なのだが、このアクセは装備するとなんとINTが8も伸びる。たぶんこれは相当ハイスペックだ。もしかしてID産の装備は店売り品よりも性能が高く設定されているのかもしれない。

 

 となると装備を揃える為にもIDを周回する事の意義が出てくる。

 

「このペースだともう1回今のレベルの集団がくればレベルアップするかな? 雑魚の殲滅込みで」

 

「かしら。そうなったら装備できそうだけど……その前に1番奥に到達しそうね」

 

 魔晶石の壁によって遮られているこの宿場町ではあるが、迷路の様に入り組んで家屋が壁、デッドスポットとなって奇襲を誘発させている。だが町の規模自体がそう大きくはないから、10分ほどで歩くだけなら端に到達できそうな感じはある。少なくとも戦闘抜きであればそれぐらいだろう。今は戦闘込みだから時間がかかっているだけで、

 

 もうそろそろ、後半戦に入っている頃だろう。

 

「うっし、10になったら装備更新するって事だけを忘れずに進むか。頼むぜニグ、お前の直感力が全てだから」

 

「任せてボス。私もボスの采配を頼りにしてるわ」

 

 良し、と声を零して気合を入れる。戦闘はなるべく蹂躙できるように誘導しているが、それでも奇襲が通ったり、まともに攻撃を受ければ一気に瓦解する範囲だ。それをしないためにも油断はできない。少なくともここで敗北すれば、また最初からやり直すハメになるだろう。そうしたらこれまでの経験値、装備品がどうなるかもわかったもんじゃない。

 

 だから慎重に、かつ大胆に。

 

 トップレースをぶっちぎる事を他の全員に証明するのだ。

 

 まだまだ上昇する配信の視聴者数。増えれば増える程愉悦に満たされる。だがまだ、発狂するな。楽しいのはここからだぞ、とカメラに視線を向けて笑みを浮かべる。

 

 まだ、ここのボスを見てないんだ。初の大ボスとの戦闘を貰う。

 

 その瞬間が楽しみでしょうがなく、前に進む足は何時だって軽い。




 募集と同時に、掲示板は荒れ狂った―――!

 そう、誰だって美味しい狩場は欲しい! 強い味方は欲しい! 強い装備は欲しい! 罵詈雑言の嵐は一転、掌返しをした野良タンクとヒーラー共は自分たちの売り込みと場所把握に全力ダッシュをし始めた……!

 世はタンヒラ戦国時代。


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汚染封鎖町ガラドア Ⅲ

【稀人休憩所 XXスレ目】

 

1:名無しの稀人 2042/7/25 10:58:21 ID:7Faiu9J6r

 ・本スレ

 【稀人の休憩所 XXスレ目】

 ※ttp://~~

 ・公式

 ttp※shattered※/~~

 ・祭り会場

 ttp/※haishin※.jp~~

 

 ●超大型VRMMOShattered Realmの総合雑談版です。

 愚痴、暴言、批判などの内容は当スレにおいては不適切なので行わないでください。

 また荒し、誹謗中傷などに対しては問答無用のアクセス禁止措置を取ります。

 煽りに負けるな敗北者共。

 

 

1203:名無しの稀人 2042/7/25 14:29:43 ID:K0b6IkZLb

早く無様に死んでくれねぇかなあ

 

 

1204:名無しの稀人 2042/7/25 14:30:39 ID:bu0tGHoyU

>>1203気持ちは痛い程良く解る

だけどこの先を見たいって気持ちもあるから大ボスで死んでくれ

 

 

1205:名無しの稀人 2042/7/25 14:30:45 ID:2fzZs1wjX

タンヒラ募集を聞いたワイ氏、現場へと全力疾走始める

なおDPS

 

 

1206:名無しの稀人 2042/7/25 14:30:48 ID:ZLI/k/sFX

配信画面がとてもじゃないけど見れない状態になってるのは素直に草

 

 

1207:名無しの稀人 2042/7/25 14:31:04 ID:ydWVUyegy

アレでマジでPS伴ってるから厄介だな。偶にカメラ映り気にしてるし……

 

 

1208:名無しの稀人 2042/7/25 14:31:40 ID:61P/m+Hwg

ニグちゃんの胸を! 胸をもっとアップで! おい、カメラぁ!

 

 

1209:名無しの稀人 2042/7/25 14:32:40 ID:O+pNwfi2N

殴りプリの出番はある? ありそう? 行くわ

 

 

1210:名無しの稀人 2042/7/25 14:33:28 ID:xIwOU9JgW

完全に話題奪われてるの面白すぎる

 

 

1211:名無しの稀人 2042/7/25 14:34:02 ID:yrYipWPMR

これはしゃーないやろ

 

 

1212:名無しの稀人 2042/7/25 14:34:59 ID:2+I5/Bmb8

でもマルージャの強襲レイドも楽しそうだよな

 

 

1213:名無しの稀人 2042/7/25 14:35:58 ID:TKQsCR3CP

プレイヤーは一方的に地獄見てるだけだが?

 

 

1214:名無しの稀人 2042/7/25 14:36:35 ID:WPCCJbldF

残念だなぁ……残念だなぁ!

 

 

1215:名無しの稀人 2042/7/25 14:36:36 ID:wERcLAx+t

絶対PKしてやるわこいつ……

 

 

1216:名無しの稀人 2042/7/25 14:36:54 ID:2Gbncb4oj

きゃー、人殺しー

 

 

1217:名無しの稀人 2042/7/25 14:37:39 ID:fHsj09p6o

かなりノリ軽いけどVR環境でPKって忌避感ないのすげぇなおい

 

 

1218:名無しの稀人 2042/7/25 14:38:35 ID:pMtdriK3Z

まぁ、ゲームだしな

 

 

1219:名無しの稀人 2042/7/25 14:39:29 ID:mtxF2p5JR

>>1217 そこらへんあんま意識しないからな

現実とゲーム混同する奴は生きるのに向いてない

 

 

1220:名無しの稀人 2042/7/25 14:39:42 ID:Vz4GV2LI2

>>1219 それな

 

 

1221:名無しの稀人 2042/7/25 14:40:11 ID:ZPRZeLUVj

今西門に出たらタンクが別のタンク襲撃してるんだけど

 

 

1222:名無しの稀人 2042/7/25 14:41:07 ID:fVLRqgvXA

 

 

1223:名無しの稀人 2042/7/25 14:41:15 ID:UE3LQY89h

 

 

1224:名無しの稀人 2042/7/25 14:42:06 ID:X8RgVaM4e

クッソwww

 

 

1225:名無しの稀人 2042/7/25 14:43:00 ID:apfJ4t/Q4

民度塵カスかよ

 

 

1226:名無しの稀人 2042/7/25 14:43:44 ID:adcSzZCOX

面白すぎるんだが

 

 

1227:名無しの稀人 2042/7/25 14:43:47 ID:m1ieVChsU

そして颯爽と現れるヒーラー、タンクの回復を始める

倒れないタンク、増えるタンクとヒーラー、増える殴り合い

 

 

1228:名無しの稀人 2042/7/25 14:44:38 ID:zUydrvagg

地獄じゃんか

 

 

1229:名無しの稀人 2042/7/25 14:45:12 ID:wqYCjPEIG

はぁ、俺も遊びたかったわ……

 

 

1230:名無しの稀人 2042/7/25 14:45:48 ID:t2VBVZnZ4

それな……第2陣はまだかなぁ

 

 

1231:名無しの稀人 2042/7/25 14:45:58 ID:PqlTrgXFD

2陣はサーバー増強前提だから最低で1か月はかかるだろ

このペースだとエルディア・マルージャ間で道を繋いでそうだけど

 

 

1232:名無しの稀人 2042/7/25 14:46:04 ID:WQBUEBZN8

その前にマルージャ滅びそうですけど

 

 

1233:名無しの稀人 2042/7/25 14:46:50 ID:beWn2l1Dd

レベル50のFoEが唐突に首都ラムアタックとかしだしたからな……

 

 

1234:名無しの稀人 2042/7/25 14:46:52 ID:cyQ3tC93A

今マルージャ開始組は首都ですら安置にはならないと理解して阿鼻叫喚だからな

早速大型クランを構築して生きるのに必死になってる

 

 

1235:名無しの稀人 2042/7/25 14:47:07 ID:v7TM7O4kk

こっちはレベリングとかしてる場合じゃねぇんだよ!!

 

 

1236:名無しの稀人 2042/7/25 14:47:29 ID:0XlincJf4

いや、草

 

 

1237:名無しの稀人 2042/7/25 14:48:12 ID:iEvp3lw/d

これ見てるとやっぱり遊びたかったって気持ちが強くなるなぁ……

 

 

1238:名無しの稀人 2042/7/25 14:48:17 ID:ct0Gb2JX0

まぁ、しゃーないべ

2陣の抽選に受かる事を祈ろうぜ

 

 

 

 

「マルージャそんな事になってるのか。いやぁ、あっちも楽しそうだなぁ」

 

 呟きながら休憩中に見ていた本スレを閉じる。このガラドアの攻略もだいぶ進んだ。屋根上アーチャーの奇襲が終わった後は再び大通りへと出た。そこに出ると四方八方からコボルト達がラッシュしてくる。家屋の中、馬車の裏、屋根の上から飛び降りたりして襲い掛かってくる。これが厄介なもので、その数は常に4体から5体という数で維持され、討伐すれば次のコボルトが直ぐに投入されてくるのだ。タンクもヒーラーもいない環境だとかなり辛く、詠唱よりも自己防衛と削りに集中させられるハメとなった。目の前の相手を抑え込んでから詠唱しなきゃいけないので時間がかかるのが問題だった。

 

 それさえ対処出来ればそこまで怖いものでもないが。

 

 1ウェーブ目を処理すれば2ウェーブ目がやってくる。それを処理すれば当然の様に休む暇もなく3ウェーブ目が。

 

 ここまで少しずつMPが枯渇し始めるのでポーションを飲んでMPを補充する必要が出てくる。そこから4ウェーブ目を処理すれば敵の波は引いた。MPが完全にすっからかんに、そしてHPも結構削れてしまった。ポーションを飲めば直ぐに回復できるのも事実だが、温存できる所で温存できるならそれもまた良し。数は有限であるし、IDに制限時間があるという様子もない。だったら戦闘の合間は軽く休息を入れたほうが良い。

 

「ふぅ……今のラッシュ凄かったけど、宝箱が出ない、って事はボスって扱いじゃないんだな」

 

「まぁ、弓兵も出なかったしね。単純な物量が一番辛いのだけれど」

 

 ペアで突入しているので数の暴力が一番辛かったりするのだが、それも1度の出現数が制限されているのであればそこまで問題にはならない。ただそれは別として、このラッシュは経験値的に非常に美味しかった。出来たらまたラッシュが来て欲しい所だが、おそらくボスが出てきそうな気配もあるし、レベルは間に合わなかったか、と呟く。

 

「うーん……装備の耐久が削れてきたわね」

 

「壊れたら確か装備してないのと同じ扱いになるだけだっけ?」

 

「えぇ、修理は可能よ。これまでの狩りと連戦で大体5割削れてるわね」

 

「これが終わったら1度修理できる所まで戻らないと周回も何も無理だな」

 

 まぁ、装備更新や消耗品補充の問題もある。そこは必要経費として切る。ふぅ、と近くの樽の上で息を吐きながら心を落ち着かせ、体も落ち着かせる。微妙に疲労を感じている辺り、やっぱり隠しステータスで疲労度は存在していると思う。或いはスタミナの概念か。となると食事して、休憩を取らないとパフォーマンスが落ちるという所があるのかもしれない。

 

 ここら辺、手探りで検証しながら進むのが実に楽しい。

 

「うーん、10になったら何を取るか……」

 

「スキル? そうね、悩みどころよね」

 

 《瞑想》か、それとも《マナの器》か。或いは別の火力補助でも良いかもしれない。今のところは戦闘中にMPが切れる事態は非常に稀だ。MPコントロールしているのもあるが、ポーションと打撃物理戦をついでに展開しているのも原因だ。だが杖で殴れば殴る程火力は下がるのだ。だったらMPを増やすか回復力を増やして、回転率を上げるのが良いのかもしれない。

 

 そんな事を考えながら配信がまだ続いているのを確認し、サムズアップを向けてから立ち上がる。MPもHPも軽く休んでいる間に回復した。杖で軽く自分の肩をとんとん、と叩きニーズヘッグと並んで再び奥を目指す。

 

 次辺り、ボスだと思うんだよなぁ……。




 掲示板形式の導入を行ったが、ハーメルンじゃなくてワードソフトで執筆しているから微妙にめんどくさいのよね……。次回掲示板形式をやる場合はもうちょっと簡略化するかもしれません。

 誰やろな、超大型FoEをトレインして拠点にぶつけてきたおバカさんは。


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汚染封鎖町ガラドア Ⅳ

 いよいよ、ガラドアIDの終わりが見えた。

 

 魔晶石によって生み出された迷路を抜ければこの宿場町の一番奥までやってきた。そこでは魔晶石によって囲まれた広場が出口と共に形成されており、崩壊した馬車、崩れた家屋などが存在してそれが遮蔽物となっている。全体的に取っ散らかっているイメージを受けるその場所はバリケードが生み出されているようで、その向こう側にコボルト達が陣取っているのも見えた。既に視界範囲内にいるがコボルト達は焦るようなことはなく、バリケードの向こう側で此方の接近を待つように大人しくしている。

 

 無論、その体からは魔晶石が生えている。首や体、場合によっては目さえも覆われている。だというのにまるで理性を取り戻したかのような大人しさで此方を待ち受けている。その中心にいるのが斧を持ち、鎧をまとったコボルトだ。サイズは他のコボルトの1.5倍程度の大きさをしており、メートルで言えば凡そ1.6メートルぐらいの大きさだ。かなり大きく見えるだろう。そしてそのコボルトを中心に展開されている複数のコボルトの姿もある。コボルトアーチャーが2体、通常のコボルトが2体、そしてその更に奥に杖を持ったコボルトがいる。

 

「《インフェクティッド・コボルト・ウォーリアー》と《インフェクティッド・コボルトメイジ》だな」

 

「当然の様に全部名前が真っ赤ね。目に悪いわ」

 

「当たり前だけど今、レベルが推奨値よりも低いからな。ひたすら連携の暴力で潰してるだけだからな、俺ら」

 

「逆に言えばしっかり連携が取れるならどうにかなる範囲ではあるのよね」

 

「それ」

 

 腕を組みながらボス部屋―――広場だが―――に突入する前に考える。

 

「正直ゲームの戦闘バランスとしては相当うまく出来てると思う。今はまだ序盤でどこのビルドもまだ雛型というか、変則ビルドを組んだとしても成長して、変化が入らない限りはどこもまだ似たり寄ったりな感じはあるんだよね。そこまで突出した戦力差は出ないというか。ダメージを数値で見ても多分変化は10~20ダメぐらいじゃないかなぁ、これ」

 

 そこら辺を見てバランスを認識すると相当上手くできると思う。スキルと連携の組み合わせなら十分に低レベル攻略できる範囲だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思っている。自由度が売りなのだから、最初からそういうプレイに走る奴の事も考えているだろう。少なくとも低レベルプレイを拒否するならIDの突入に対してレベル制限が存在するべきだ。それがない以上、想定して作成したと思える。

 

「だからたぶん、ソロ低レベルプレイでもクリアできるようには設計されてると思う。ニグはこれ、ソロで行けるだろ?」

 

「そうね……」

 

 ニーズヘッグは腕を組みながら考え、頷いた。

 

「時間はかかるけどこの地形なら問題なく1人で行けるわね」

 

「だろ? それにPSが要求されるのは当然と言えば当然なんだけど……それでも出来る様に設計されている辺りがすげぇと俺は思うわ」

 

 つまりは、だ。このボスグループも俺達2人で何とかなる範囲だと思っている。レベルが多少低くても。後はどう戦うか、という所だ。だからボスの感知範囲外から少ししゃがんで、フィールド全体を俯瞰して観察する。動いていないが、それでも姿を見てある程度の情報は察せる。とりあえず肉体のベースはコボルトである事は変わらない。

 

「斧が痛そうだ。受け流せる範囲にはなさそう」

 

「魔法と矢が厄介ね。でも魔法の方が対処し辛いからそっちから処理したいわ」

 

「ボスはおそらく理知的なタイプだ。なるべく自由にしたくない」

 

「矢は援護として割り切られてるのかしら」

 

「前衛に飛び出してくるのは3体だけなら支え切れるな」

 

「問題は遠隔持ちね」

 

「そっちは俺が対処出来る」

 

「なら私は前線を持たせる事に集中するわね」

 

「まずはメイジを落とし、矢を落とす」

 

「正直、矢はそこまで怖くないわ。コボルトを遮蔽に使えばダメージ稼ぐのに使えるし」

 

「アーチャーの優先度は落とす。そっちでヘイトとっておいて」

 

「じゃあ合計5体抱える訳ね。腕が鳴るわ」

 

「バインドはどうする?」

 

「ウォーリアーで」

 

「んじゃボス以外殺してからゆっくり料理するか」

 

「更新の必要はあるかも」

 

「じゃ、術のヘイトはこっちで取る」

 

「任せたわ」

 

「任された」

 

 作戦会議、完了。後はお互い良い感じに連携が取れる。とりあえず戦いに対するコンセンサスが取れたのでそれで十分だ。優先度は術>弓>雑魚>戦士の順番だろう。遠隔持ちが戦闘の安定化に対して援護射撃で一番邪魔をしてくる。前線を支えられるのがニーズヘッグだけなら現状、当然ながら後ろへと切り込むのは俺の役目になる。つまり魔法詠唱の為に足を止めてはいられない、という事だ。

 

 やってやろうじゃねーの。

 

 責任重大、ただし難易度が上がれば上がるだけ、楽しくなってくる。それが俺達ゲーマーの本質でもある。

 

 だから杖を抜いて軽く地面にそれを立てて、戦場全体を俯瞰するように眺める。ちょくちょく遮蔽物が混じっているのはコボルト用だけではなく、此方でも利用できそうなものがある。それを使えば接近は楽だろうと思う。

 

「良し、やるかニグ」

 

「えぇ、やりましょうボス」

 

 良し、気合入った。にやり、と笑みを浮かべるのを自覚しながら軽く体をストレッチするように動かし―――ニーズヘッグを見た。その顔は真っすぐ前を向いているがチェーンソーを担ぎ、今にも飛び出しそうな前傾姿勢に自分の身を整えていて、その片目は此方へと視線を向けていた。互いに視線を交換し、同じことを考えていたことに笑い声を零し、

 

「カウント10」

 

 カウントダウンを開始する。10秒前。息を整え、体に力を籠める。武器をしっかりと握り、次に出すアクションを事前に準備する。〈詠唱消去〉をカウント5で発動させ、発動待機状態にする。これで0と同時に行動を開始できる。

 

「カウント3……2」

 

 息を吐いた。動く。

 

「1」

 

 踏み込み、右手の杖を全力で引きながら一気に体を前へと飛ばし、

 

 槍の様に杖を投擲した。

 

「0」

 

「がおー」

 

 0カウントの瞬間にはニーズヘッグが飛びつく。0カウントで《両手剣》スキルによる突進攻撃をウォーリアーに行い、蹴り飛ばすように距離を開けながら同時に杖が一番奥にいるメイジの顔面にヒットする。投擲と同時に走り出しながら〈バインド〉をウォーリアーに放った。蹴り飛ばされた体が瓦礫に突っ込み、固定化される。どうやらウォーリアーは〈バインド〉の通じるタイプのエネミーだったようだ。この手のボスエネミーはバッドステータスが無効化されるケースが多いだけに、ちょっと驚きだが、

 

「カウント20!」

 

 〈バインド〉の残り時間を宣告して走る。〈挑発〉によって引き付けられる通常個体を無視して奥へと向かって一気に走り出せば矢の照準が此方へと向かって合わせられるのが見えた。まだニーズヘッグによる〈挑発〉はアビリティのクールタイムに阻まれて発動しない。クールタイムは凡そ3秒。つまり次の6秒間は常に弓矢に狙われる時間となる。

 

 それを疾走しながら足元の樽を蹴り上げる事で遮蔽として初撃のガードを行う。目の前の樽に矢が刺さったのを感じつつ、一気に横へと飛ぶように前進し、魔法の照準を外すように誘導しながらバリケードを踏んだ。

 

「弓1」

 

 ニーズヘッグから弓矢のヘイトを取った声がする。残りの弓矢は後1だ。その照準は依然此方に向けられ、そして復帰したメイジが詠唱しているのを見える。

 

「じゃあの」

 

 2本目の杖を投げた。メイジ個体の顔面に衝突させ、のけぞらせることでその動きを一時停止させ、詠唱をキャンセルさせる。あまり強くない衝撃でも顔面への攻撃は反射的に体を動かしてしまう。それを利用した詠唱キャンセル術だ。こういう行動がシステムによって肯定されるのは実に良い。それだけこの世界が自由であるという証明だ。

 

 そして2度目の詠唱を阻止すれば武器は存在しなくなり、身を守るものもない。

 

 ストレートに矢が飛んできて肩に突き刺さる。これは回避せず、防御もしない。かなり痛いが、レベルは上がってきている。HPが3割削られただけで済む。3発受けてしまえばそれでおしまいだが、必要経費として割り切る。

 

 2発目なんて永遠に来ないし。

 

「弓2」

 

 ほら、来なくなった。そして、

 

「よぉ、早速だが死んでもらうぜ」

 

 メイジの目前に到達した。武器は両方とも投擲して手放した為、直ぐ横で落ちている。だがそれを拾うよりも早く術師の目の前で踏み込む様に足を前に出し、拳を握って接近しながら詠唱を開始する。

 

 そして完了する前に顔面に拳を叩き込んで、メイジを後ろへと押し出した。そのまま詠唱が完了して〈ファイアーボルト〉がメイジの顔面に追撃して入る。杖を装備してない影響でダメージは低い、拳による打撃と合わせてトントン、という所だろうか? レベルが上がって最低限の威力が上昇している影響もある。だから思ったよりダメージは出ている。

 

 だからよろめいた所で落ちていた杖を蹴り上げて掴み、そのまま復帰してくるメイジの首へと向かって全力のスイングと〈ファイアーボルト〉の詠唱。2撃目の命中がこの時点で確定し、メイジが無理矢理倒される。火の矢が突き刺さるのと同時に2本目を拾い、1本目でメイジの首に杖を突き落とし、動きを封じた上で今度は入れ替える様に足を首に乗せる。

 

 息が出来ないのか苦しそうにもがくメイジのHPが窒息判定で徐々に削れ始める。もうこいつは放置しても問題はないので、ニーズヘッグを狙っているアーチャーへと向かって〈ファイアーボルト〉を詠唱し、放つ。ここで最初の〈バインド〉の効果が切れてウォーリアーが動きだすので、次に再び〈バインド〉の再詠唱に入ってニーズヘッグへと向かって突進した姿の足止めを行う。

 

「カウント20」

 

「危ない」

 

 抑揚のない声でそう言いながらニーズヘッグが目の前のコボルトの片割れを押し込み、ウォーリアの突撃をぶつけて回避する。相変わらず戦い方が上手いなぁ、と思いつつ〈ファイアーボルト〉をアーチャーに放った。

 

 その両手の弓が燃えあがり、アーチャーが弓を落とす。その憎しみの視線は此方へと向けられるので、悠長に詠唱してないで此方から接近してやる。足元のメイジは既にHPが0になって窒息死しているので残されたポリゴンを首を踏み抜いて処理しながら弓なしのアーチャーへと向かう。

 

「Yo、Yo、手ぶらじゃん、どうしたんだよ? もしかして大事な武器を落っことしちまったか?」

 

 無論、煽りを入れる事を忘れない。接近してきた元アーチャーの攻撃を杖で受けてから流し、逆の杖で足にひっかけて転ばす。そのまま顔面に1発スタンピングを入れてから横へと転がる様に回避する。直後、矢が此方へと向けて放たれた。

 

「流石に危機的状況になるとヘイト無視して応戦するかー。まぁ、無駄だと思うけどね」

 

 ここまで接近した状態で矢を放たれても、射線が完全に見えているので何も怖くない。もう一度スタンピングを叩き込みながら杖で近くの瓦礫を引っ掛けて倒す。それで巻き起こった砂ぼこりに身を隠しながらしゃがみ、開いているコボルトの口の中に杖を突っ込んでしゃがんだまま、〈ファイアーボルト〉の詠唱を行う。

 

 矢は砂ぼこりでこっちを見失っているのか、随分と上の方に抜けて行く。やーい、やーい、雑魚エイムー! そんな糞雑魚エイムで生きているの恥ずかしくないのか? 止めたらアーチャー?

 

「お前もじゃあな」

 

「ごぼばっ―――」

 

 動きを封じたまま追撃の〈ファイアーボルト〉で足元の弓無しを焼き殺す。それが終わったら位置を調整し、ウォーリアーに延長の〈バインド〉を放つ。これで追加の20秒間無力化が行える。お前はそのまま一生動くな。

 

「ボス、こっちの処理は終わるわ。次はもうウォリアーの足止めいらないわ」

 

「オーケイ。こっちも弓の処理を今から終わらせる所だ」

 

 視線を一瞬だけニーズヘッグの方へと向ければ、回転刃がコボルトの首に突き刺さり、そのまま切断する瞬間だった。返り血で真っ赤に濡れている姿で楽しそうに笑いながらチェーンソーを振り上げ、ウォーリアーへと向かって踏み出している。あの様子なら放置していてもウォーリアーは死ぬだろう。

 

 そして此方のアーチャーも、これから死ぬ。この1対1の状況で雑魚相手に敗北する状況が見えない。

 

「じゃあなっ!」

 

 弓から矢が放たれた瞬間を狙い、土ぼこりを突破して一気にアーチャーに接近する。初手で杖を弓を握る手に叩き込みながら、逆の杖で顔面目掛けて突きを放つ。

 

 それが命中した瞬間―――勝利が、確定した。




 実際に肉体をどう動かしているのが重要ではなく、実際に重要なのはイメージ。本物の体を動かしているのではなく、脳からのイメージを夢に近い形で再現しているからイメージが強固であればあるほどイメージ道理に動くという感じの設定。

 つまり普段から体を動かしている人は感覚とイメージが合致しているので強いし、創作勢は想像力という分野においては最強なのでかなり動ける。

 どっちもダメな人は来世で頑張って。


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汚染封鎖町ガラドア Ⅴ

「弱い」

 

 言葉と共にチェーンソーを口の中に突っ込んで刃を回転させた。口を無理矢理引き裂かれたウォーリアーが圧倒的なゴア度で即死攻撃を喰らい、頭を吹っ飛ばしながら消滅した。これによって広場が完全に開放された。レベルアップを証明する祝福の光に包まれながら合流するようにニーズヘッグの所へと向かい、手を持ち上げて、

 

「いえー!」

 

「いえーい!」

 

 ハイタッチを決める。

 

「ははー」

 

「ふー」

 

「ひゃっほーい!」

 

 ハイタッチ、上から下からヒット、拳をぶつけて腕を組んで笑う。これでダンジョンはクリアした。相手は中々の強敵だったが、此方の連携の方が上手だった。火力とロールさえ足りていればそこまで苦戦する場所でもないかなぁ、という感じは実際にはあるのだが。ここ、多分最初に突入できるインスタンスダンジョンになっていると思う。少なくともエルディアから一番近い位置にあると思っている。そして内容を見る感じ、ちゃんとしたパーティープレイが出来るなら問題にはならない難易度になっている。

 

 つまりここ自体がパーティーでの攻略チュートリアルみたいなものだろう。場所はフィールド狩りからダンジョン狩りへ。まだまだ、長いチュートリアルの最中なのかもなぁ、とクリアした所で考えた。とりあえず、

 

「宝箱ちゃん、開けちゃうか?」

 

「開けちゃいましょ」

 

 ウォーリアを討伐した所でボスを処理したので、宝箱が出現していた。広場の中央に報酬として出現した宝箱に接近し、それに軽く蹴りを叩き込めば自動的に宝箱が開き、取得ウィンドウが出現する。今回そこに出現したのは3種類の装備品だった。

 

「えーと、《ガラドア・ブーツ・オブ・ナイト》、《ガラドア・グローブ・オブ・ナイト》、後は《ガラドア・リング・オブ・ウィズダム》か」

 

「2つがタンク向けの装備ね。正直に言えば火力を上げる装備品の方が欲しかったわ」

 

「そこはまぁ、周回する時に祈ろう。とりあえず取得して、っと」

 

 指輪の方だけを貰っておく。確認すれば装備レベルは10だが―――そう、10レベルだったら先ほど上がったばかりだ。おかげで装備できるようになった。というか先ほど入手した入れ墨のアクセサリーも装備できるようになっている。なのでさっそく指輪も入れ墨も装備してしまう。左手の中指に銀色に赤い宝石のついた指輪を装着し、入れ墨を確認すれば左手全体を覆い、そのまま首と胸元まで届く鋭角で幾何学模様の入れ墨が浮かび上がった。これでINTに大幅なブーストが加わった他、武器も店売りの品を装備することで火力を大きく向上させられた。ステータス画面を確認してみればこうなる。

 

Name:Eins

 BLv.10

 CLv.1

 HP:300/300

 MP:150/150

 STR:28

 VIT:22(19)

 DEX:28

 INT:40(28)

 MND:25(19)

 BSkill:■■■■■□

 CSkill:□□□□□

 

 まずHPとMPはレベルx20と10伸びているが、その上で装備更新による補正を受けている。つまりさっき拾ったアクセサリーを装備したことでHPが増えているのだ。この場合、キャスター用のアクセサリーである影響か、MPの伸びの方が大きいが。当初は1回6MPで5回も使えば息切れしていたMPも、もはやポーションを使わずとも全然問題のないレベルの段階まで成長してしまった。正直これ、消費MPに対してバランス整っているのだろうか?

 

 或いはこれから、モンスターのHPが増えてきてもっと消費の重い魔法を連射する必要が出てくるのかもしれない。そう考えるとMPが増え続ける事には意義がある。ただこの数値を見ている限り、ここからMP最大値を増やすパッシブスキルを取る必要はなさそうだなぁ、と思う。

 

 STRとDEXは据え置き、VITとMNDはアクセサリーの恩恵で僅かに伸びている。INTは元の数値が28だったが、武器が7+《二刀流》の補正で合計+8、そこにアクセサリーが合計で4点の補正を入れて合計40点になっている。

 

 うーん、やはり成長を数値として実感する瞬間がめちゃくちゃ楽しい。しかもスキルスロットが1枠増えている。ここに新しいスキルを何を入れるかが、重要だ。MP関連は正直、ここからどうとるべきか凄い悩む。火力スキルか火力補助を入れるにしても何をどう選べばいいか、という問題もある。ビルド、誰かに相談出来れば一番良いのだが自分たちが先駆者になるのだから相談できる相手がいない。

 

 実に悩ましい。

 

「そっちはどうだー?」

 

「着心地悪くないわよ」

 

 そう言ってニーズヘッグが手を振ってくる。彼女が取得したのはグローブとブーツ、そして指輪だ。グローブの方は手首までを覆う革タイプのもので、手の甲の所にプレートが防護のために埋められている。ブーツの方はロングブーツタイプだが、踵やつま先が金属で保護されており、頑強さを感じさせるタイプの装備だ。全体的にタンク向けの装備だろうか?

 

「色とか材質とかなんか統一感あるな」

 

「オブ・ナイト、って名前がついてるしシリーズなんじゃないかしら」

 

「となるとセットで集めたらセットボーナスがあるか、或いは純粋にファッションとして優秀か……」

 

「DPS装備が欲しかったわ……」

 

 まぁ、せやろなとニーズヘッグの言葉に笑い声を零しながら軽く背を伸ばし、これで漸くクリアだ―――と、思考した所で武器を抜き直して急いで構える。そのリアクションを見てたニーズヘッグが迷う事無く此方のアクションに従ってチェーンソーを抜いて、背中合わせに構えた。

 

「どうしたの?」

 

「忘れてた。侵入のムービーでは正体不明の人影があったのと、ここの根本的な原因をどうにかできてないってことが」

 

「あぁ、そう言えばそうね……楽しくて忘れてたわ」

 

「俺も」

 

 普通にそういうシナリオだってことを忘れて戦ってた。だから、きっと、これがこのIDのラスボスではなかったのだろう。たぶんもっと、強い奴が控えている。そう思考して何が起きても良い様に備えていると、虚空から男とも女ともとれる声が響いた。

 

「―――成程、これが稀人の実力か」

 

 出口方面、先ほどまでウォーリアー達がいた場所の更に奥へと視線を向ければ、黒い靄を纏った影の塊の様な存在が出現する。人の様な輪郭を保有しているが、常に揺らめているように見えるその姿は明らかに肉体を持っているのではなく、何らかのアバターを操っているか、幻影を浮かべているかのように見える。即座に確認する名称は????と出現し、真っ赤に輝いている。まぁ、確認しなくたって絶対に格上だと理解できるが。

 

 ニーズヘッグと共に、武器を構えたまま、相手のリアクションを求めて黙る。

 

「戦えば戦うほど際限なく成長し、そして領域に土足で踏み入る特異性。神々の最終兵器とは良く言ったものだな」

 

「お褒めに与り光栄だ」

 

「ついでに経験値もくれると嬉しいわ」

 

 成程、これが敵か。

 

 認識する。恐らくこいつがこの世界、このゲームのシナリオにおける敵の存在。たぶん個人ではなく、組織の一員だと思う。少なくともこいつがラスボスだったらここまでフットワークは軽くはないと思う。シナリオ的にも、こいつの存在は重要になるだろうし、しっかりと記憶しておく。

 

「ほう、経験値……経験値か。そんなものが欲しいのか?」

 

「む」

 

 流れが怪しくなってきた。笑うような影の気配に、ニーズヘッグが横で余計なことを言ってしまったかなんて呟いている。いや、まぁ、煽りや余計な言葉は我らの基本スキルだしそこは気にする必要ないと思うよ。マジで。俺も失言の類なら100や200じゃ数えられないし。今もこの内容を配信してるからNGシーンのオンパレードだと思うし。

 

「良いだろう、私からのプレゼントだ。精々無駄に足掻け」

 

 影は祈る様に片手を目前にまで持ってくると、それを振るう。それと同時に出現する魔法陣が生み出される。その魔法陣の姿には見覚えがある―――キャラクターのクリエイト中に、《召喚魔法》に見た魔法陣と良く似た魔法陣だった。だがその外側に複数の魔法陣を一気に展開し、連鎖させるように構築させる。その動作だけで相手がかなりハイレベルな召喚術を行使しているというのは解ってしまう。たぶんスキルレベル10ぐらいあるのではないだろうか?

 

「では縁があればまた会おう」

 

 影の消失と入れ替わる様に、魔法陣を内側から叩き割る様に斧が突き出た。ただそれは斧であってもただの斧ではなく、全長2メートルほどの巨大な歪な鉄の斧だった。その柄も1メートルほどの長さがあり、それを掴むのは巨大な手だ。それが2本、魔法陣の内側から亀裂を広げる様に出現し、魔法陣を左右に引き裂いて叩き割るとその全容が目撃出来た。

 

 それは山羊の様な蹄のある2足歩行の下半身をしていた。上半身は顔に至るまですべてが毛皮に覆われている。その顔は犬のようでありながらも頭からは魔晶石の2本角を生やし、両腕で2本の斧を握り、威嚇するように吠えて虚空に向かって振るう。

 

 その名を確認する―――赤ネーム、グリムビーストと出てくる。

 

「もふもふ縛りは継続するのね」

 

「コボルトに一体何の罪が……!」

 

 反射的に茶番を挟んだ瞬間、グリムビーストが瞬発した。

 

 あ、やばい。そう判断した時にはぎりぎりで杖を交差させて防御の姿勢を取れた。だが次に感じたのは3メートルを超す巨体が突進して衝突した衝撃が全身を突き抜ける感覚、

 

 そして突進と同時に斧が2本とも同時に叩き込まれた感触だった。

 

 瞬間、当然の様にHPの全てが消し飛んだ。




 瞬間、配信は祝福の言葉で溢れかえったという。


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汚染封鎖町ガラドア Ⅵ

 うおお―――痛ってぇ―――!

 

 ペインシミュレーターを切ってないのだから当然だ。これを考えたやつは相当イカレている。だけどこれを使っている奴はもっと頭おかしいと思う。ちなみに当然ながら俺とニーズヘッグは使っている。だってそっちの方がリアルだから。まぁ、話はそこじゃない。滅茶苦茶痛い思いをしながら瓦礫に突っ込むと体がまるで動かない。今の1撃でHPを全て持っていかれたからだ。適正レベル以下のキャスタービルドではボスの強撃を受け止める事はガード込みでも無理らしい。つまり即死だ、即死。クソゲーここに極まる? いいや違う、単純に受けてしまった俺が悪い。

 

 その証拠に、ほら。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 こっちをまるで心配するそぶりも見せずに、回避を優先する動きをニーズヘッグは作っている。チェーンソーを片手で握り、右肩に担ぎながら左手を大地に着け、獣が瞬発するような姿勢を維持しながら攻撃を回避する。それだけに集中することでグリムビーストの初動を見切り、そこから回避と時間稼ぎに入っているのが解る。相変わらず生まれてくる時代を間違えたというレベルで適応力と戦闘能力が高い。いや、VRMMOで戦闘が出来る様になった時代なんだ。ある意味正しい時代に生まれたのかもしれない。

 

 ただ小学生で父親にジャーマンスープレックスを決めて病院送りにするのはどうかと思う。

 

 煽った俺も十分戦犯だけど。

 

 まぁ、思考を戻そう。こちらが死んでいるから現状、ニーズヘッグはオートで回避して此方のアクション待ちになっている。アイツはこっちを心配するような姿を絶対に見せない。長年の付き合いで心配する必要がないという事を完全に理解しているからだ。正しいぞ、ニーズヘッグ。だからアクセスできるかどうかを確認し―――良し、外部のデッスコードにアクセスできるのを確認した。ついでにニックネームをシャレム仕様にしておこう。

 

 

1様『死んだまま観察するからそのまま回避優先でー』

 

狂犬『おかのした』

 

省略剣『はぁ~~~~~? 死んだのぉ~~?? だっさぁ~い!』

 

鍋類『お前の名前程でもない』

 

梅☆『お、ブーメランかな』

 

省略剣『キレちまったよ……表に出ろ』

 

 

 今日も元気に身内で殴り合ってるなぁ! あっちもあっちで結構エンジョイしてるし、心配する必要はなさそうだ。それよりも問題はこっちだ、こっち。即死ワンパン攻撃が来るという事はこっちが一時的にカバー、或いは軽減するという手段を取ることはできないという事でもある。今、ニーズヘッグが全力で回避機動を行う事で戦闘内容が確認できているが、初見の動きが多くて徐々にHPが削られているのが見える。それでも即死しないのは防具の差と、HPの差だろう。ポーション節約しているのも削れている理由かもしれない。

 

 直感的な回避動作を行っているが、事前に行動が解っている訳じゃないので、発生してからの回避はぎりぎりカスらせて回避する、という動作になる。必然的にダメージは積み重なり、敗北へと近づいてゆく。

 

 飛び回り、走り回り、瞬発するニーズヘッグをグリムビーストが追う。距離が一定以上開いた時に大地を蹴って超高速で接近し、突進を繰り出してくる。そしてそのまま正面に捉えたニーズヘッグに連続で斧を振るい、切り刻もうとする。それを越えて横へと潜り込めば薙ぎ払う様に回転の斬撃を繰り出し、距離を開けると咆哮による衝撃波を打ち出す。その性能の一つ一つが高く、そして重い。

 

 ニーズヘッグ、ソロで戦闘をし始めてから約3分。

 

 HPが0になる。

 

 お疲れー、と心の中で言いながら蘇生の選択肢を確認する。蘇生チュートリアルが表示される。このゲームのデスペナルティは非常に軽いものとなっているようだ。死亡時、蘇生アイテムや魔法、スキルによる蘇生はペナルティが付与されるが、それは一定時間の全能力10%の低下らしい。しかし死亡した後チェックポイントからの蘇生の場合はペナルティが付かないようだ。

 

 今回の場合、IDの入り口で蘇生するらしい。装備、経験値のロストは存在せず、死亡によって少しだけ装備の耐久値が削れるだけで済むらしい。

 

 デスペナルティとしてはかなり有情な類だ。MMOの中には経験値をロストしたり、保有しているアイテムをぶちまけたりを当然とするところもある。そういうペナルティがないだけに、割と雑に死ねる感じがある。

 

 いや、待て。これってつまり死ぬ事前提コンテンツの難易度組んでない??

 

 そっかぁ……と思いながら蘇生する。

 

 一瞬の光に包まれると視界は再び景色を取り戻す。そこはガラドアIDの入り口だった。レベル、ステータス、確認しても何も問題なし。装備、確認すると確かに耐久と書かれている項目が僅かに削れているのが見える。あ、初心者装備が耐久5割切ってる。ずっと狩りし続けてからここに来た影響だろう。まぁ、帰り道は真っすぐ帰れば壊れる前に到着かなぁ、なんて事を考える。

 

 と、ニーズヘッグも蘇生して戻ってきた。

 

 その様子はちょっとしょんぼりしているようにも思える。

 

「負けてしまったわ……」

 

「ま、初見殺しの性能しているならしゃーないわ。たぶんアレがここの大ボスだし。或いは特殊トリガーボス? かなり強めの設定だからパーティー推奨なんだろうな」

 

 パーティー設定を確認すると、どうやらパーティーの最大参加人数は8人らしい。フルパーティーとハーフパーティーでコンテンツを分けれるのは良いけど、問題は今のメンツが5人だから後3人は追加で戦闘要員募集しなきゃいけない事だな、と先のことを軽く考える。

 

 まぁ、後だ、後。問題はグリムビーストをどうするか、だ。

 

「たぶん」

 

「うん?」

 

「正攻法はMTを前において、DDを側面か背面に配置、遠隔はヒーラーと距離を開けて待機、タンクが正面で攻撃を止めている間に仕留める形かなぁ、ってのはある」

 

 事実、ニーズヘッグはある程度回避する事前提だが、動いてからある程度掠って生存している。つまりタンクの耐久力なら十分耐えきれる攻撃に設定されている。

 

「推奨13でボスがおそらく15ぐらいだろうし、大ボスならレベル16相当のエネミーかなぁ」

 

 大体、6レベル差だ。ここまでくると結構能力の差的にキツイものがあるが、ようは攻撃に当たらなきゃ良いのだ。そしてその為の時間をニーズヘッグは先ほど稼いでくれた。おかげで十分に観察することに成功した。相手のAIがどういう風に動くかはまだ未知数だが、ゲームというものは攻略できるようにできているのだ。

 

 だったらできないわけがない。

 

「ま、俺達でも余裕よ、余裕。任せなニグ。頑張るのは主にお前だけど」

 

 サムズアップを向ければしょんぼり顔からきりっとした表情へとニーズヘッグが戻し、頷いた。

 

「任せて。MPも増えたからバーストタイムも増えたし、いけるわ」

 

 ぶおーん、と口でニーズヘッグが言いながらチェーンソーを掲げた。彼女のチェーンソーも秒間でMPを食う装備だが、最大MPが増えた今、その時間も大幅に伸びている―――装備に付属している能力だと考えると、装備を更新すれば消費MPも増えるのだろうか?

 

 そんな事を考えながらまずは入口に戻されてしまったIDを再び走り出す。

 

 

 

 

 コボルトの再湧きはなかった。どうやら1度倒したエネミーはID内部だと復活しない。わざとボスで負けて、再び最初からマラソンしながら討伐する事はどうやら不可能だったらしい。ちょっと残念だなあ、美味しいのに……なんて事を考えながらももはやコボルトを恐れる必要もないのでさっくり屋根の上に登って迷路を無視して進み、再び広場まで戻ってきた。

 

 こちらを待っていたかのようにグリムビーストの姿があり、両手の斧はそのまま、いつでも戦えるように喉を唸らせて待機している。やはり広場に入らないとこちらの事を感知しない、いや、反応しないのだろう。ここら辺はボスの共通事項なのかもしれない。ウォーリアたちもそうだった。となると戦闘開始のタイミングは此方で決められる。

 

 ―――良し、勝てるな。

 

 杖を2本とも抜き出して両手で握り、ニーズヘッグもチェーンソーを抜いて肩に担いだ。

 

「開幕からバーストしてオッケー、次に来る攻撃は俺が1秒前に指示を飛ばすからそれに応じてリアクション取ってくれ―――何が来るか解れば回避できるだろう?」

 

「勿論よ。()()()()()()()()()()()()()()

 

 連続で振るわれる斧、回転斬り、高速突進、その全てがどれが来るのかさえ分かれば回避できると言い切るのだから流石としか言いようがない。頼りになるし、それに甘えるのは男としてのプライドが許さない。

 

「咆哮と叫んだら即座に遮蔽に身を隠す。オーケイ?」

 

「おーきーどーきー」

 

「良し―――10秒カウントで始めるぞー」

 

「はーい」

 

 気負う必要はない。既に成すべきことは解っているし、咆哮以外で此方へと飛んでくるダメージはない。だからこっちは常にMPを全開で攻撃魔法を連打しているだけで良い。スキル回しもくそも存在しない。楽ちんと言えば楽ちんだ、何せ攻撃コール作業しているだけで充分なのだから。

 

 んじゃ、準備も整った。ポーションもばっちりなので、

 

「カウント10!」

 

「さっきは無様を晒したけど、今度はそうもいかないわよ」

 

「……お前、かなりの負けず嫌いだよな」

 

 無言のサムズアップは全肯定の証明で、残り2秒の所でチェーンソーのエンジンに火が入った。また同時に詠唱を始める。1秒、ニーズヘッグが大地を蹴ってミサイルの様にグリムビーストへと突貫する。

 

「0!」

 

 衝突、顔面に回転刃を叩き込んだ。同時に斧を握る手に〈ファイアーボルト〉が衝突する。これで手が焼ければよかったのだが、そう単純に焼けてはくれなかった。ならこれはダメージ狙いで顔面を焼き続けるのが得策かなぁ、と直ぐに攻撃箇所を切り替える様に詠唱を続けつつ、

 

「乱」

 

 コールを行う。

 

 宣告どおり、1秒後にグリムビーストが正面に陣取っていたニーズヘッグへと向かって連続で斧を乱れ振るう。ランダムに見える軌跡はしかし、グリムビーストの腕の稼働範囲と長さで限度がある。そして同時に、ある程度動きをコントロールしないと武器がぶつかってしまう為、本当に完全なランダム斬撃なんてものは不可能だ。故にそこから攻撃の軌跡を予測し、一切正面から動くことなくニーズヘッグは回避する。

 

 それがあのモンスター女になら可能なのだ。

 

「強撃」

 

 あの女はそれを即座に判断し、反応し、実行できる。その代わりに考える作業が苦手で面倒がる。そういう意味でいつも頭脳労働は俺の仕事だった―――なんて昔のことを思い出すぐらいには余裕がある。乱切りから正面強攻撃が跳んでくるが、それをわずかなスウェーでぎりぎりの回避を行った状態から手首に回転するチェーンソーの刃を噛ませ、盛大に血しぶきを上げさせる。悲鳴を上げながらのけ反るグリムビーストの顔面に追撃の〈ファイアーボルト〉を叩き込み、まだまだMPがある、バースト継続中のニーズヘッグの回転刃が膝を刺した。

 

 衝撃が後ろへと跳躍するように逃げるのを事前動作と、行動パターンから割り出せる。即座に行動に入る前にコールする。

 

「突進」

 

「こうすると出来ないでしょ」

 

 グリムビーストが跳躍する前にその姿にニーズヘッグが組み付いた。そのまま後ろへと向かって跳躍する時間の間、角に片足を引っ掛ける状態で一緒に付属するニーズヘッグの両手はチェーンソーをフリーで使用できる。

 

 故にそのまま、顔面に刃を叩き落した。追撃で火の矢を何度も何度もコールをしながらも一切止めることなく連射する。だが圧倒的なバーストを火力を維持するニーズヘッグに火力では及ばない。何らかのシナジーかバーストスキルが欲しい。

 

「咆哮」

 

 詠唱を切り、即座に転がっている馬車の残骸に滑り込む様に走りながら〈詠唱消去〉で〈バインド〉を放つ―――駄目だ、デバフがかからない。毒系統は解らないが、行動阻害系は通じない様子だ。それだけを確認して馬車の裏に隠れて数秒、轟くような咆哮が空気を震わせ、目の前の馬車の残骸を砕いた。それが馬車に届いたのを見届けてから即座に詠唱に戻り、

 

「突進から乱」

 

 コールする。

 

 直後、咆哮から隠れたニーズヘッグを狙ってグリムビーストが突進を直線上の障害物を粉砕しながら放った。

 

「とー」

 

 それを、飛び越えた。

 

 残骸を、そしてその破片を足場に疑似的な2段跳躍し、そのまま背面へと飛び越えた。

 

「3秒範囲」

 

 3秒後、範囲攻撃のコールを行う。MPが増えすぎたせいで本当に回復の手間もない。〈ファイヤーボルト〉連打するだけの作業なんだが? 逆に言えば完全にニーズヘッグがヘイトを奪っているという事でもあるのだが。

 

「えいえい」

 

 軽い声で3秒後の範囲を知ったニーズヘッグのチェーンソーが漸くMP切れで停止するも、放たれる回転斬りをしゃがんで回避しながら、片手でマナストーンを砕き割った。即座にMPが補充されるニーズヘッグがバーストタイムを継続することにした。

 

「もっかい範囲。パターン的にそのあと乱くるよ。20秒後咆哮な」

 

「良く解るわね」

 

「ある程度アドリブが入ってるけど大体パターン入ってるからなぁ」

 

 だから攻撃の種別、範囲、威力、速度。それが判明してしまえば対処は簡単だ。これまでの経験から似たような攻撃をどうやって処理してきたのか、というのを取り出せばいいのだから。そして今回に限ってはその手のムーヴに関しては天才的な怪物がいる。

 

 つまり対処は全部ニーズヘッグに任せればよい。

 

 だから負けない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 だからここからは単純明快な作業。

 

 すべての攻撃を適切に処理し、最低限のダメージで殺し続けるだけの作業だ。

 

 じゃあな、グリム君。良い経験値と宝箱になってくれ。




 デスペナは重い方が良い? 軽い方が良い? ってのは結構色々とあるけど、個人的には高難易度込みで考えるとデスペナは軽くないと気軽にそういうコンテンツに参加し辛くなるし、死亡でリソース消失するともう戦うのも冒険する事自体が怖くなる……みたいな部分あるし、デスペナは可能な限りデメリットなしで良いんじゃないかなぁ、と思います。

 色々と遊んでるMMO参考にしつつ書いてます。かつての遍歴はマビノギ、メイプル、アラド、イカロス、MHF,PSO2、黒い砂漠、FF14、MHW……後まぁ、細かいのも色々と手を出してたかな。今でも現役なのFF14ぐらいっすね……。


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汚染封鎖町ガラドア Ⅶ

 致命の一撃を受けたグリムビーストがゆっくりと苦しみの声を上げながらもがき、そして腕を大きく天に向かって振り上げるとゆっくりと倒れて行く。その姿は大地に倒れる前に分解され、存在した場所には代わりに黒いオーラを纏った水晶玉だけが残された。

 

「HP削り切るのに20分もかかるとか聞いてねぇわクソがなげぇよ!!!」

 

 戦闘、終了―――!

 

~Level Up~

《火魔法》2→3

《杖術マスタリー》2→3

《二刀流》2→3

《詠唱術》2→3

 

「はぁ、はぁ、なんだこれ……魔法連打してた影響で《時魔法》以外はレベル3になってんじゃん……」

 

「さ、流石に少し疲れたわね」

 

 20分間、ニーズヘッグはひたすら攻撃を回避し続ける。俺はずっと次の攻撃を見極めてコールし続ける。その間常に俺達は殴り続けた。ひたすら殴り続けた。時々遮蔽物に隠れてやり過ごしながら戦い続けた。同じことを20分間やり続けた。そして漸く終わりを迎えた。疲れた。滅茶苦茶疲れた。これ以上なく疲れた。思わず疲れて戦闘が終わってもイベントを進める気にはならず、その場に座り込んでしまった。それはニーズヘッグも同じようで、背中合わせにするようにそのまま地面に座り込んでしまう。

 

「はあー……疲れた」

 

「でも楽しかったわね」

 

「おぉ、滅茶苦茶楽しかったわ」

 

 そう言ってがっはっはと笑う。しっとりと汗が体に張り付いている感じがする。はぁ、楽しかったと呟き、手を前に伸ばして配信カメラを手に取る。

 

「じゃ、この後はお待ちかねこの闇に染まった世界に青空を取り戻す所だが―――」

 

「だけど?」

 

 カメラを水晶玉へと向けてから、俺達へと向ける。

 

「ここから先はメンバーシップオンリーなんだ。資格のない人たちはダメー!」

 

「資格って?」

 

「あー……この戦いに参加してた、とかどうよ」

 

「それは残念ね……誰も見れないわ」

 

「という訳でばーいにゃ」

 

 配信をオフする寸前に画面が大量の罵声で溢れているのを見て爆笑する。はー、面白い。そこまで荒れ狂うんだったら最初からスタートダッシュキメて飛び込んで来ればよかったのに。あぁ、いや、ごめん。そう言えば敗北者達はそれさえできないのだった。はー、哀れ哀れ。やっぱり敗北者と勝者では立っているステージ違うんだなぁ、と思う。

 

「ふぅー……」

 

「はぁ……もうちょっと休憩していいかしら?」

 

「どうぞどうぞ。こっちも成長を確認しておくわ」

 

 ボスの攻略で経験値は入ったが―――レベルが上がる程ではなかった。その代わりにスキルを死ぬほど連打していた影響もあり、スキルレベルが上昇している。20分間ノンストップで使い続けてたのだから結構練習にはなったけどそこまでだったかぁ? とは思わなくもない。少なくとも今日中はスキルレベルが上がるとは思ってなかった。となると強敵補正でもあるのかもしれない。格上相手だとスキルレベルが上がりやすくなるとか。マスクデータ、実は結構ある感じではないだろうか? 今のこの疲労感も間違いなくマスクデータだし。

 

 データを確認する。

 

 まずは《火魔法》から。レベルが上がったことで習得した魔法は〈ファイアブランド〉と、火属性による最終ダメージが+5%される特性だ。〈ファイアブランド〉は武器や道具等に炎を付与する事が可能となり、それによる攻撃に対して火による追撃ダメージが発生するという魔法のようだ。これは実際試してみない事には良く解らないが、説明を見る限りは物理+火という形で、純粋に火のみになるという訳ではない様だ。つまり火に耐性、無効化を持つ相手でも普通に武器で殴っているだけのダメージが出るんじゃないだろうか? そんな相手がいないから試せないが。

 

 それで《杖術マスタリー》はパッシブの威力上昇が5%に上がっている。これは純粋に嬉しい数字だ。100ダメージ出すなら5ダメージ、1000ダメージなら50ダメージと地味に数字が重なる。この地味な数字の積み重ねが最終的なダメージの振れ幅になるのだから、これはこれで良い。

 

 《詠唱術》は成長しても変更はなし。だが《二刀流》は装備時の補正が5分の1から4分の1へと変化した。まぁ、まだ武器の補正が1桁レベルなので4分の1だろうが5分の1だろうが変化はないが、少しずつだが成長は実感できるレベルにスキルは成長している。まだまだ火力の増強と言うには不満なラインだが、ビルドは将来的な成長を見越してやるものだ。

 

 今回の成長は、大いに満足できる内容だった。

 

「おっと、アイテムの取得ウィンドウが出しっぱなしだ」

 

「あ、ほんとだ。うーん、毛皮だけだった」

 

「こっちも毛皮だけだな」

 

 《グリムビーストの毛皮》名前もそのまんまだ。これは売るか、或いは装備を作る為の材料にしてしまえば良いだろう。これが出たのなら宝箱も出ていて欲しいが―――見えない。まだあの水晶玉が残っているのが悪いのだろうか? アレを叩き割らない事には本当の意味でこのダンジョンも、戦闘も終わらないという事だろうか。

 

「報酬も欲しいし、そろそろ終わらせっか」

 

「そうね。まだここ、スタート地点だものね」

 

 そう、これでまだ最初のIDなのだ。まだまだ解放しなくてはならない地域、地点、秘境はたくさんあるのだ。それを広げて行かないと本当の意味での名を刻む、という行いは出来ない。だからまずはここを終わらせる。その為にも杖を1本だけ引き抜いて、肩を叩く。

 

「3カウントでどうかしら」

 

「オーケイ、0ジャストにやるぞ」

 

 杖を振り上げ、立ち上がったニーズヘッグがチェーンソーを引く。

 

「3……2……1」

 

 0、そう言葉にせずに同時に武器を振り下ろした。まっすぐ、正面の水晶玉へと。少し抵抗を感じるかと思ったが、武器を通して感じた感触は思ったよりも遥かに脆いものであり、力を込めた一撃はあっさりとそれを砕き割った。

 

 直後、暴風と闇が溢れ出した。

 

「ぐっ……!」

 

「大丈夫?」

 

「悪い」

 

 転び倒れそうになるのをすかさずニーズヘッグが腕を掴んで引き寄せてくれるおかげで耐えきった。片腕で顔を庇う様に構え続ければ、転移に似た感触が全身を覆う。それから闇が薄れて行き、不意にそれが差し込む光によって割れた。

 

 そして次の瞬間には、闇が一気に砕かれた。

 

 内側から闇が耐えきれずに崩れ、ガラドアを覆っていたオーロラが消え去る。魔手の様に伸ばされていたオーロラはこの一帯からその手を引く様に砕けて消滅して行き、黒く汚染されていた空は、空気は、そして世界はその本来の色を取り戻す。時は朝から遠く過ぎ去って行き、段々と夕日が沈むオレンジ色に世界を染め上げていた。

 

 だがその輝きは黒を全て払拭する程の美しさがあり、黒に染まっていた世界を新しく塗りつぶしていた。その色の、世界の移り変わりに思わず言葉を失っていた。

 

 美しい。貧弱な語彙で見つけられる表現方法がそれだけだったのだから。そしてそれを成し遂げたのが、俺達なのだ。この世界で1番最初に、初めて、唯一無二の足跡をつけたのが俺達。はは、と笑い声を零しながら人差し指を立てて、それをニーズヘッグに見せた。

 

「We, the World First」

 

 俺達が、一番最初にこの世界を救ったのだ。

 

「ははっ! やったわ! やったわねボス!」

 

 飛び上がりながらニーズヘッグが抱き着いてくる。そのまま体を持ち上げられてぐるんぐるん回される。夕日が差し込む世界、そこで喜びを分かち合う様に笑い声を大きく吐き出しながら小躍りをする。だって、この先どれだけ強く、賢く、そして才能で溢れたやつが出てこようと関係ないのだから。この世界、このゲーム、この歴史の中で、

 

 一番最初にこの世界を解放したのは俺達だって事実は、絶対に変える事が出来ないのだから。

 

 そう、誰もが絶対に追いつけない足跡をここに残したのだから!

 

 この、俺達が歴史に最初に名を刻んだのだ!

 

 だがまだだ、まだこれはスタート地点でしかない、ここから本当の挑戦が始まるのだから。まずはマルージャ解放だ。それが終わったら現在実装されているシナリオを俺達の手で進めて、挑戦できるラスボスを引きずり出す。

 

 そしてそのラスボスを俺達の手で、最速で滅ぼす。

 

 そうやってこの世界に実装されている最強最大の敵を世界で1番最初に攻略してこそワールド・ファーストだ。

 

「……本当に攻略してしまったんですね」

 

 呆れたような、感嘆するような、驚きの感情を声に混じらせながらフィエルの声がした。ニーズヘッグから解放されながら視線を宿場町の方へと向ければ夕日を浴びて神秘的な色に染まるフィエルの姿があった。悔しいが、今この時彼女は本当に女神の様な神々しさを美しさを兼ね備えていた。

 

「どうだ、参ったか」

 

「私たち、強いのよ」

 

「えぇ、嫌というほど解らせられました。そして……はい、心の底から祝福します。この世界で1番強く、そして1番早く解放の道をたどっているのは貴方達であると。その事実をここに認めます。おめでとうございます、アインさん、ニーズヘッグさん。宣言通りのトップですよ」

 

「ははは」

 

 笑いながらニーズヘッグともう一度視線を合わせ、ハイタッチを決めれば、それを見ていたフィエルもどことなく笑っているのが見える。

 

「いえ、もう、ほんと滅茶苦茶ですよ。本当ならここは4人で攻略するところですし、20分間も戦闘続きなんてふつうは集中力が持たないですし。回復もなし、攻撃を受けようとする姿勢もなし、ひたすら見切って上から攻撃し続けて圧倒して倒すなんて……」

 

 それは、

 

「いけない事なの?」

 

 ニーズヘッグの言葉にフィエルは頭を横に振った。

 

「いいえ、いいえ。それで良いんだと思います。少なくとも神々はそれを賞賛していますし、楽しんでいます。それこそ多様性であり、自由なんですから。きっと、独自の路線で成長を求め、そして夢を掲げて破天荒を貫く貴方達こそが理想的なプレイヤーの形なのかもしれません」

 

「流石に恥ずかしいから褒めるのはそこまでにな?」

 

 うん、ちょっとストレートにそう言われると恥ずかしいものがある。だから軽く頬を掻くと、フィエルが微笑み、

 

「では、イベントを進めましょう! さあ、新たな町の解放と得るべき栄誉を―――!」

 

 そう言ってフィエルは両手を振ると祝福するかのような光が町を走る。それと同時に完全なクリア判定が出たのか最後の宝箱が足元に出現し、そしてIDクリアボーナスという書かれた経験値の取得がホロウィンドウにレベルアップ表記と共に出現する。町中に咲き乱れていた魔晶石は女神の手の一振りによって全てが砕かれ、その中から封じられ、眠らされ、とらわれていた人々が解放される。

 

 そして最後に、称号取得のホロウィンドウが出現した。

 

 〈解放者〉。それはこの世界を断絶する謎の現象に立ち向かい、解放した者が得る称号。

 

 そして〈夜明けの先駆け〉。もっとも早く、断絶からの解放を成し遂げた者に与えられる称号。

 

 これによって、最初のID攻略及び解放は成し遂げられ終了した。




 これにて最初のID攻略は完了。以降はこの町の近くにポータルが出来て、そこから再現IDに突入する事が出来る。なお称号とかは手に入らない模様。

 まずはワールド・ファーストへと向けた一歩目。


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汚染封鎖町ガラドア Ⅷ

「さあさあ、存分に飲んでください食べてください! なんと言ったって貴方達は我らの恩人だ!」

 

「幸い肉も野菜も凍っていたのか全く問題なし! じゃんじゃん新鮮なご馳走を食べてください。ここは牧場が近いですから美味しいお肉が手に入るんですよ」

 

「食べなきゃ腹を切ります」

 

「食うから! 食べるから! 頼むから腹を切らないでくれ……」

 

 はぁ、と溜息を吐きながら手渡されたエールを飲む。なんというか―――ガラドアの人々は凄く善い人たちだった。そりゃあもう解放されたら物凄い喜んで、宝箱の中身をチェックしている間にいつの間にか囲まれ、そのまま喜びの胴上げをされて、近くの酒場まで連行されてしまい、そのまま宴会コースだ。宝箱から出たのは《ガラドア・キャスター・チュニック》と《ガラドア・キャスター・グローブ》で、どっちもキャスター用の装備だったのは実に良い事だったんだが。それを確認する前に酒場に缶詰めになってしまった。

 

 それも滅茶苦茶善意と喜びでこんなことをやっているんだから逃げ出す事も出来ず、延々と付き合わされてしまっている。レベルも11に上がったのだから装備の更新とかやりたい事色々あるんだけどなぁ……なんてことも考えてしまう。だけどここの人たちのこの笑顔とはしゃぎっぷりを見ていると、流石に抜け出すの憚れるというものだ。仕方がないから今夜ぐらいは付き合う事にする。今、間違いなくレベリングという意味では自分たちがトップレースを独走しているだろうし。

 

 焦る必要はない。

 

「んんんむ、美味しい―――! く、悔しいけどこれを食べちゃうとスーパーの安い肉が食えなくなっちゃう」

 

「おかわり」

 

「姉ちゃんたくさん食べるなあ! もっと食いな食いな! こんな時ぐらい勘定抜きで祝わねぇとな!」

 

「おーい! 最高級ワイン持ってきたぞー!」

 

「いえええ―――!」

 

「ええんかあれ……」

 

 呟きながらも食べるのを辞められない。これ、多分日本円だと1枚数万とかそういうタイプの肉なんじゃねぇのかなぁ、という感じの味がしてる。駄目だ、普段は安物しか食べてないからこの味を表現する事が出来ない。ただただ、食ってると今まで食ってきた肉はなんなの? なんだったの? そういうレベルで次元違いの美味しさを口の中に叩き込まれている。ずるいなー。なんでこんな美味しいんだろ……。

 

 リアルでの食事から逃げてしまいそうになる。

 

 だけどコンディションの調整とかの都合で、リアルの食事もちゃんと取る必要がある。

 

 まぁ、このVRが一般化するにあたって食事も割と問題の一つとして取り上げられている。コストなく美味しい食事がVRでとれるなら、リアルでの食事を嫌がる人が出てくるんじゃないか、という話だ。

 

 結論から言うと、お腹がいっぱいにならない。

 

 VRでどれだけ満腹になっても、リアルでは空腹なままだ。

 

 そしてその脳の動きをギアは察知してくれる。一定以上の空腹を感じた場合、警告を行い、それ以上は強制ログアウト、満たされるまではログインできないように装着する度に状態のスキャンを行うらしい。そういう訳で食事を取らずにダイブし続ける……なんて事態は起きないらしい。

 

 まぁ、何とも便利な技術だ。

 

 だからここでいくらでも食べても平気なんだが―――まぁ、お腹いっぱいになる感覚もあるし、こっちで食べていると美味しさのあまりリアルでの食事が辛そうな感じはある。そういう事は考えてなかったなぁ。でもこれ、高級な肉っぽそうだし、あまり普段から食べられないのが救いか。だったら今だけ食べちゃおう。そう思って口に濃密な肉の塊を運んで飲み込んでしまう。口の中で溶けてしまうその感触と味わいはやはり、言葉にはできない。

 

「はぁ、うめぇ……」

 

 食べて納得し、満足する。あまりたくさん食べる性質でもないので、丸々1枚食べたところで満足してしまう。エールもエールでキンキンに冷えていて、20分間も耐久殴りしていた後で飲む事が出来るのだから最高に美味しく感じてしまう。ここが楽園だったかぁなんてふざけた事を考えつつも、先のことを考えてしまう。

 

 とりあえずこれでマルージャへと繋がる道を確保したが、この先にもいくつか断絶がある。となるとまたIDの攻略が必要になってくるだろう。ただ今回はうまくいったが、死亡前提の難易度のギミックが組み込まれていたりしたら最悪詰みスポットがあるかもしれない。そう考えるとマルージャまで、臨時でメンバーを雇う必要があるかもしれない。

 

「いや、そもそもからしてフルメンバーのパーティーが8人か。そう考えたら後3人はどっからかスカウトしなきゃならんか」

 

 目立つように動いているのは同じ志を持つキチガイが自分に興味を持つように、という部分がある。こういうもんは協力者の類が居るのが一番捗る。可能なら生産専門のチームが味方に欲しいのが本音。そう考えるとダリルシュタットに戻ったら、勧誘に走る必要があるかもしれない。

 

「うちのアクの強さに匹敵する人材で、動ける奴か……難しいな」

 

 恐らく30過ぎたあたりからそこらへん、そういうコンテンツが増えてくるんじゃないかなって思っている。だからそれまでに何とか8人フルメンバーを揃えたい所だ。

 

「おや、どうされましたか稀人様。酒が進んでいないようですが」

 

「え? あぁ、ちょっと考え事を。えーと、貴方は……」

 

 思考に埋没していたところを声に引き戻された。話しかけてきたのは禿げ頭で少し太った、どことなく優しそうな気配のする男だった。

 

「失礼しました、私はこの町の町長でして。ついでに言えばこの近くにある農場の主でもあります」

 

「あぁ、そうでしたか。おめでとうございます。これから大変でしょうけど」

 

「いえいえ、命さえあればどうともなりますとも。だからこそ稀人様には心からの感謝を。貴方様がこられなければ、私たちは永遠にとらわれたままでしょうから!」

 

 勢いのあるおっさんだなぁ、とがっはっはと笑う姿を見て笑みを浮かべる。本当に、現実の人間と何も変わらない反応を示してくるこのNPC達は実は中身のあるアクターではないのか? と接していると思わせられる。AIと人間、その差はなんなんだろうかという事を考えさせられる。

 

「おぉ、そうでした。つきましては町長としてではなく、私個人としてのお礼を差し上げたく思いましてなぁ!」

 

「いや、流石にこれだけ食わせて貰ってるからこれ以上は」

 

 栄誉と最強の証の為にやっているもんだから、そこまで感謝されても困るんだけどなぁ、と思ってても町長のおっさんは強引に話を押し通してくる。

 

「いやいや、ここで恩返しせねばならないでしょうよ! この時を過ぎれば次に会えるのは何時になるのか解りませんからな! なにせ、稀人様だ……少しすればまた遠くへ行ってしまうだろう」

 

「いや、それは、まぁ」

 

「ですから! 明日の朝! とっておきのお礼を用意しておきます故に、しっかりとお待ちくださいな! なぁに、今晩は宿を此方で手配しております、何も心配せずに休まられよ!」

 

「……うっす」

 

 あまりのテンションの高さと勢いの良さに押し切られてしまう。まぁ、そろそろ時間的にログアウトしたいのも事実だ。となると無理に数時間かけてダリルシュタットに帰らず、ここでログアウトすりゃあいいかなぁ、というのはありだ。

 

 ……そう思っておく。

 

「とりあえず食べ終わったら、用意された部屋でログアウトかなぁ……ニグは―――」

 

 視線をニグの方へと向ければ大の男を片手で振り回しながらもう片手でエールがなみなみと注がれたジョッキ振り回していた。その姿を見て、両手で顔を覆った。

 

「アレの始末しなきゃあかんのか」

 

 やだなぁ。

 

 

 

 

「あー……アイツほんと酒癖悪いからなぁ」

 

 引きはがして部屋に投げ込んでログアウトさせるまで相当時間がかかってしまった。ギアをベッドの上に放り投げながら着ていたシャツを脱ぎ捨てる。ゲームの中で酔っ払えるって相当アレだよなぁ、という感想で今回の件は終わらせておきたい。

 

「晩飯はどうすっかなぁ……なんか適当に作るかー……手のかからない範囲で」

 

 シャレム内で結構おいしく食べちゃったからなぁ、という感じがある。いや、やっぱ負けられねぇわ。ちょっと良いもんに挑戦するか。

 

 パソコンの前に滑り込んでなんか自分でも作れそうなレシピを探そうとして―――新しいファイルがデスクトップにあるのを見つけた。

 

「あー、あー……そっか、配信した時の映像データか。どうすっかなぁ」

 

 編集してアップしても別に良いけどなぁ。その時間がもったいない。まぁ、いいや。軽く編集してミーツーブにアップするか。シャレム原初のテロ動画として歴史に残ってくれ。

 

「酒はしこたま飲まされたから良いとして……今夜は野菜中心で行くか」

 

 野菜炒め、サラダ、確かリンゴ酢ドリンクが冷蔵庫にまだ残ってた筈だからそれも出すか。デザートにはダッズのアイスクリーム。今日はサービス開始日なので特別に買ってきてしまった。これは普通のアイスよりお高いから美味しいぞぉ。

 

 てろん、と音がPCからなる。デッスコードからメッセージが入っている。

 

狂犬『(´・ω・`)』

鍋類『あ、あれは反省のポーズ! 可愛い顔してれば許されると思ってるやつ~』

梅☆『顔が良ければ許されると思うなよ』

狂犬『殺すわね』

梅☆『お、やるか???』

鍋類『かかってこいよぉ!! 剣が相手してやるよ!!』

省略『は?』

梅☆『前より名前短くなってる』

省略『いや、皆名前2文字縛りしてるから……』

 

「今更だっつーに」

 

 小さく笑い声を零しながら手をキーボードに伸ばして、入力する。それを終えたらとりあえず晩飯の準備と、風呂の準備だ。先に湯を溜めちゃった方が早いか。冷蔵庫に迎え前にそっちへと向かう。

 

1様『今更だろ』

 

 今夜はここまで。徹夜する様な遊び方はしない。長く、楽しく遊びたいなら適度な時間を守って遊ぶ。その上でリソースをしっかりし、リアルと仮想を区別してどっちも楽しむ。本当のガチで遊んでいる奴ってのはそういう風に楽しく物事に手を出しているんだ。だから俺達もそうだ。ガチで遊ぶ分、それだけリアルも全力で楽しむ。

 

 どっちか、ではなくどっちも。

 

 それが俺達のプレイスタイル。

 

 だからきっと、明日も楽しい1日になる。




 なおタンヒラ蟲毒の事はすっかり忘れている模様。


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2章
エルディア王


 今日も今日とて朝からシャレム―――の前にちょっとした運動とかを済ませておく。朝食もお腹いっぱい食べる。今朝はスープにサラダ、ベーコンエッグにトーストにジュースのセット。もちろん、デザートには蜂蜜を混ぜたヨーグルト。シンプルで作る手間がなく、それでいて美味しく食べられる朝食セットだと思っているので自分の中でこの並びは大事にしている。これを食べたら軽い運動の為に軽くジョギングしてくる。

 

 その時間も大体1時間程度で終わらせる。忘れがちだが、VRMMOにダイブしている間は体は一切動いていないのだ。これが高級型のベッド付きタイプだったら全身を電気マッサージなどで寝ていても体を維持してくれるらしいのだが、あいにくとそれはマジで超高級品の富裕層向けの奴だったりするので、願うだけ無駄だ。なのでログインする前はちゃんとある程度の運動をこなしておくこと。それが終われば朝のシャワータイム、そしてログイン前の軽いチェックタイム。公式からの新着情報や身内からのメールを確認する。

 

「あ、再生数結構伸びてる」

 

 昨晩、寝る前に編集してからアップした動画が軽くバズってる。最速攻略、スーパープレイ、そして期待の新人など好き勝手な感じで纏めブログとかでも転載されている。いや、まぁ、別にそれぐらい良いのだが許可もなく勝手にこういうのを纏めるのは人としてどうかと思う。

 

「……収益化申請、狙ってみるかなぁ」

 

 この先も動画を作っていく予定だし。チームの宣伝とかにもなるから、ある程度の動画作成は必要なのだ。これでスポンサーとかついてくれれば良し、という感じだ。まぁ、そう簡単に誰か乗っかってくるとは思えないけど、それでも対抗チームとか触発されたプレイヤーが増えてくれるといいなぁ、と思っている部分はある。まぁ、暇なときに収益化に関しては調べるとして、時間を確認すればそろそろ合流の時間になる。

 

 本日の冒険を再開する為にも早速ログインする。

 

 

 

 

「ん―――空が青い」

 

 宿の部屋から窓の外を眺めれば、青く澄み渡った綺麗な空が見える。だがその遠くでは黒いオーロラが今日も美しく景色を濁している。今日もID突破するかぁー! と、言いたいところだが流石に昨日の今日で無理がある。今日はスキルのレベリングを行いながらガラドアIDを周回して、レベリングを行いたいなぁ、というのが本音だ。その前に装備品のメンテナンスとかでいったん街に戻らなくてはならない。新しいスキルの習得もある。そればかりは一度ダリルシュタットに戻らないとならない。

 

「うっし、今日も最強のWiz目指して頑張るか」

 

 体を軽く伸ばしながら借りていた部屋を後にする。町長が取ってくれたガラドアの宿の一等室なのだが、見栄えは良いのだがログアウトしているから活用できてないのはちょっともったいないなぁ、とは思ってしまう。

 

 時間があればゆっくりと観光とか楽しむのだが……とちょっとだけ全てが終わった後のプランを頭に浮かべつつ宿のロビーに出ると、ドーナッツをほおばっているニーズヘッグの姿を見つけた。片手をあげて挨拶する。

 

「悪い、待たせたか」

 

「ちょっと早めにログインしてただけだから大丈夫よ。はい、これ」

 

 そう言って食いかけのドーナッツをニーズヘッグが差し出してくるので、そのままそれに噛みついて一口だけ食べてみる。シンプルな揚げドーナッツだ。特に砂糖とか何かしらかかっている訳ではないが、

 

「素朴な味だけど……美味しいな」

 

「うん。ミセスドーナッツのマシマシ感も悪くはないけど、こういうのも好きだわ。実は貰ったの」

 

 そう言って視線を宿のカウンターにいる人へと向けると、笑顔で頭を下げてくる。餌付け、本当にすみませんね、と此方も軽く頭を下げる。申し訳なさが滅茶苦茶ある。いや、相手からしたら恩人なんだろうが、そこらへん本当に全く考えずにヒャッハー! 楽しいぃ―――! うぴゃあ―――! ……な精神で突っ込んでいたんだ。

 

「この大型犬め」

 

「わうー?」

 

「改善する気もねぇしよぉ」

 

 まぁ、そういう性格だってのは前々から知ってた事だし諦めるとする。それはそれとして、本日はいったんダリルシュタットへの帰還と、これからの為に色々と本格的な準備をする為の時間が欲しい。確か町長が特別なプレゼントをすると言っていたからそれを待っているのだが―――その間にちょっくら、戦利品のチェックをしてしまおう。

 

 つまりはクリア時の装備確認だ。

 

 クリアした時に取得したのは《ガラドア・キャスター・チュニック》と《ガラドア・キャスター・グローブ》だ。つまり胴装備と手装備だ。早速装備してみればステータスが大幅に上昇する。どちらもキャスター用装備なのでINTが伸び、そして防御力とHPが伸びた。これで初心者装備からだいぶ卒業出来てきた。

 

 チュニックの方は黒をベースとしたシャツに、その上から数枚の帯の様なものが各所に巻きつけられており、どことなく神秘的な感じの服装になっている。半袖のチュニックに合わせてか、グローブの方も手首までのタイプの黒いものだった。うん、今まで使っていた物よりも遥かに優秀だし、店売りの品よりも強い。こいつだけでレベル16、ぎりぎり18ぐらいまでは使い続けられるんじゃないだろうか?

 

 いや、グリムビーストの一件を考えたら火力が足りなくなる可能性あるし、こまめに更新した方が良いかもしれない。

 

「あ、そうだった。アレも装備しておくか」

 

 メニューウィンドウを操作し、称号メニューに進み、そこから〈夜明けの先駆け〉の称号を装備する。これで名前と称号の表示設定を行っているプレイヤーは嫌でも俺のことを見て、最強のWizだってことに気が付いてしまうだろう。はー、優秀なのって辛いなぁー!

 

「また悪い顔してる」

 

「してない」

 

「そうね、何時も通りの悪い顔だわ」

 

「今さり気無くディスらなかった?」

 

「そんな事ないわよ」

 

 ドーナッツを幸せそうに頬張る大型犬の姿に軽く溜息を吐いてやれやれと呟きロビーのソファ、ニーズヘッグの対面側に座り込む。

 

「次に取得するスキルはどうしたもんかなぁ。別の属性か、《瞑想》か、それとも新しいスキルを発掘してみるか……そうだよなぁ、チュートリアルセット以外にも取得できるスキルは存在するんだよなぁ……」

 

「私はもう決めてあるけどね」

 

「え、そうなのか?」

 

「うん。《機工技》って言うんだけど、機械に関連する武器を強化したり運用する為のスキルよ。初期に《両手剣》とどっち取得するか悩んだのだけれど、突進技が優秀だったからそっちにしたわ」

 

「バフ関係取りに行くことにしたか……うーん」

 

 バフ、デバフ。効率よくダメージを通すのなら必須なんだよなぁ、それ回りが。シナジー合わせとバーストタイムの事を考えると複数のバフを味方で共有して発動させて、発生した相乗バフ効果で一気に火力を叩き込むのが強いんだ。強化魔法みたいなスキルは存在しなかったが、その手のバフ関連魔法スキルは絶対に存在すると思う。

 

「いやはや、お待たせしました稀人様方! そしておはようございます!」

 

「おはよう、町長。昨晩は世話になったな」

 

「いやはや、此方こそお助けいただいたのですから何よりですとも。ささ、それよりも此方へとどうぞ。アイン様とニーズヘッグ様への私、私たちからの贈り物があります故な! がっはっはっは!」

 

 相も変わらずテンションの高いおっさん、町長がやってきた。先ほどまでは静かだった朝だったが一気に騒がしくなったような気もする。まぁ、こういう騒がしさは嫌いじゃないからまったく問題ないのだが。

 

 ともあれ、町長のテンションが物凄く高いので、さっさとイベントを経てダリルシュタットに戻ることにする。町長に従って宿の外に出ると、町長が此方に近づき、何かを手渡ししてくる。似たようなものをニーズヘッグも受け取っており、それを持ち上げて確認してみる。

 

 手の中にあるそれは、

 

「……笛?」

 

「えぇ、ちょっとした特別な笛です。というより我が牧場と繋がっている物でして……とりあえずは吹いてみてくだされ! それで登録も終わりますから」

 

「うーん……じゃあ」

 

 ニーズヘッグと顔を見合わせてから笛に息を吹き込むと、綺麗な草の葉を撫でる風の様な音が笛から僅かに響く。そして直後、直ぐ地面に魔法陣が出現し、そこから2色の影が飛び出した。

 

 片や黒、片や白。

 

「えぇ、稀人様方はこの後も戦い続けられるでしょうし、遠くへと向かうでしょう。でしたらやはり、重要なのは足、信頼のできる移動手段でしょうからね!」

 

 それは黒馬と白馬の2頭だった。黒が此方の前に、そして白がニーズヘッグの前に止まった。理性的な、知性を見せる瞳を持つ2頭は俺達を覗き込むと、認める様に頭を下げてきた。その姿に手を伸ばし、軽く触れてみる。

 

「おぉ……すげぇな……」

 

「はは、どうでしょう、彼らは? ウチで若く、一番優秀な2頭ですよ。是非ともこれからの旅にご活用してくださいね。あぁ、送還する時は同じように笛を吹いてください。その間は此方で預かっているので」

 

 それは立派な馬だった。馬具も用意されて騎乗に適した2頭の馬。

 

 それが報酬―――いや、感謝の形としてイベントでもなく、救ってくれた気持ちとして送られてきた。

 

 圧倒される程のサプライズに言葉をなくしながらも、笑い声を零す。

 

 ただゲームだから、というだけじゃなくて。もうちょっと真面目に世界を救ってみようか。そう考えてしまう程度には嬉しかった。




 という訳でどこでも呼び出せる移動手段を獲得したアインとニグ。馬だけじゃなくて魔導バイク、飛空艇、他にも乗れる生物もあるよ。購入したり捕獲したりでゲットしよう。


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エルディア王 Ⅱ

 黒馬は俺が、白馬はニーズヘッグが貰う事になった。名前の方は既に元馬主である町長さんによってつけられており、黒馬の方がノルト、白馬の方がセクエスという名前だそうだ。兄弟馬であり、牧場の中でもとびっきり優秀な馬だったが、この度命を救ってくれた俺達にはぜひ使ってこの広い世界を救うのに役立てて欲しいという事だった。こそばゆい恥ずかしさはあるが嬉しい話なので、受け取ってそのまま乗って旅立つことにした。乗馬自体は試される大地にオフ会で向かったときに経験したので問題なく騎乗できるし。

 

 早速、ダリルシュタットへとノルトに乗って移動してみた。

 

「おぉ、すっげぇ安定する」

 

 手綱を握りながらノルトの背の上、恐ろしいぐらいに清らかに進んで行くノルトの挙動にびっくりする。なんというか、乗りやすさがまるで違う。ノルト自身も当然だ、と言わんばかりの視線を此方に向けていた。まだまだ速度は全然出ていない競歩程度のペースだが、それでも徒歩じゃない分かなり進みは早い。ニーズヘッグ? あいつは確認するまでもなくそこらへん、肉体でどうこうできる範囲はほぼ完ぺきなので見る必要すらない。

 

「このペースなら軽く速度出せば1時間以内にはダリルシュタットには到着できそうだな」

 

「ぶるるっ」

 

 1時間程度で良いのか? なんて視線をノルトは向けてきているが、そんな焦って行ってもつまらないし。適度に景色を楽しみながら進めばよいと思っている。それにほら、馬に乗って旅をするという経験もこれはこれで得難いものだ。だったら今は楽しめるだけ楽しむのが良いだろう。それはそれとして、そろそろログインして表示されたウィンドウの処理をしておこう。

 

「えーと、課金のススメか」

 

 アバター装備の販売とペットのカタログだ。アバター装備は純粋に見た目を変えるだけの装備。今着ている防具等の姿を上から上書きする形でもいいし、そのまま装備する形でもオッケーらしい。これによってファッション幅を広げる事が出来るとのこと。戦場でもファッションを追求したい人や、見た目にこだわりたい人用だろう。

 

 まぁ、俺も俺で結構見た目にはこだわっているが。それでもアバター装備、かなり見た目は良いが、数が少ない。今これを装備したりしたら、たぶん同じようなアバター装備している人見かけるだろうなぁ、とは思う。まぁ、これはいいや。

 

 ペットは純粋にペット。餌を与える必要はあるけど、一緒に旅をしてくれる癒し枠。戦力にはならないし、成長もしない。でも戦闘を除けば常に一緒に居てくれる存在とのこと。ぺットの種類も基本的な犬、猫、鳥の3種類だけが今は販売中だが、他のペットもちゃんとこのゲーム内で獲得出来たりするみたいだ。ドラゴンのペットとかニーズヘッグ欲しがりそうだな、アイツ。

 

 これもパス。今の所、特に課金したいものはない。

 

「ログボは……《エンチャントパウダーG5》? へー、《エンチャント》に使うのか」

 

 《エンチャント》はどうやら生産スキルらしい。装備に対して行う事の出来るスキルであり、エンチャント行為を行う事で様々な効果を装備に付与する事が出来る。この時、エンチャント行為に対して必要とするものがあり、1つはこの《エンチャントパウダー》であり、G1からG5までの5種類が存在する模様。Gの段階によってエンチャントの付与率が変動する模様。そして2つ目が消費される素材。これが装備に対して与える効果の元となるらしい。

 

 このG5は1番効果が出る奴らしい。装備を特化させるためにカスタマイズさせることを考えるときっと、湯水のように消費する奴だ、と他のゲームの嫌な思い出がよみがえる。成功率90%、オプション1抜け、50パリン、効果不安定、装備破壊……うっ、頭が―――。

 

「忘れろ忘れろ。沼った時のことは忘れるんだ……!」

 

 いろんなゲームやってきたけど、最強最高装備を狙ってエンチャントとかを目指すと平気な顔をして素材を数百とか溶かすんだよなぁ。アレ、マジで心臓に悪い。

 

「ログボ関係はまぁ、これぐらいか」

 

 と、ログボを確認し終えた所で街道の先の方に、エネミーの姿が見えてきた。見慣れたコボルト達の姿だったが、未だに魔晶石を体から生やした姿はインフェクティッド個体のものだった。その姿を前に、ノルトの脚を止めさせることもなく前進させ続けながら、

 

「〈ファイアーボルト〉……お、詠唱できるか」

 

 詠唱した。どうやら騎乗中の詠唱行動は詠唱キャンセルには入らないらしい。つまり、馬に乗っている間は移動しながら魔法を使う事が出来るという事だ。これは非常に強い。だってこの馬、非常に賢いから手綱を握らなくても勝手に調整してくれるんだもん。これは馬上戦闘が割と楽にできるかもしれない。

 

 そう思いながら〈ファイアーボルト〉を命中させ、減速する事のないノルトが前足でインフェクティッドを蹴り飛ばした。魔法と突進のコンビネーションで吹き飛びながらコボルトは消滅し、経験値とドロップとなって消えた。一旦ノルトの脚を止めながら消え去って行くコボルトの死骸を眺める。横にやってきたニーズヘッグもチェーンソーを抜きながら片手で手綱を握り、さっきまで生きていたはずのコボルトを見た。

 

「……これ、行けるのでは?」

 

「騎兵突撃、やっちゃう?」

 

「やっちゃうかぁ~」

 

 やる事になった。やってしまう。コレ絶対楽しいでしょ。

 

 思いついたからには実行せざるを得なかった。ノルトもセクエスも割と乗り気だったのが悪い。魔法詠唱を開始し、ヒャッハーと叫びながら街道周辺のコボルトを求めて一気に加速する。今度は《時魔法》のレベリングを求めて〈スロウ〉を連射して行く。無論、馬の速度についてこれないので一方的にコボルトが魔法を喰らい、

 

 その後ろからニーズヘッグ&セクエスの突撃、後ろからチェーンソー! が襲い掛かってくる。突進されて打ち上げられたと思ったらチェーンソーが突き刺さるとかいう地獄の様な連携コンボに逃げる事も出来ず、一瞬でコボルトが蒸発して行く。そのあまりの楽しさにちょっとペースを上げ、コボルトの数を増やす。だが〈スロウ〉が入ると確定で追いつかないのもあり、一方的にコボルトが空を飛び始める。

 

「ヒャッハァ―――! コボルトは抹殺だぁ!」

 

「今宵の龍神丸は血に飢えておるぞー!」

 

 爆笑しながらチャージして吹き飛ばし、殺してゆく。あらゆる意味で快適だった。常に移動しながら詠唱も攻撃も次への移行も同時にできるので、何もかも理不尽レベルで快適だった。コボルト達はダメージを与えるどころか防御する事すらも許されずに、ボーリングピンの様に片っ端から薙ぎ倒されてゆく。ボス戦の影響で上がらなかった《時魔法》君だったが、これは非常に良いレベリングとして機能してくれる。

 

 〈スロウ〉をひたすら見えるコボルト相手に連射して後ろからチャージさせる。このループだけでコボルト達が容易く死亡して行き、ついに《時魔法》のレベルが上がる。

 

 《時魔法》のレベルは2から3へ。習得魔法は〈ディスペル〉、割とよく見るおなじみの魔法。その効果もシンプルに指定した相手の強化効果を打ち消す事。どんなゲームでも大体見る効果だが、これはこれで割と凶悪な攻撃をしてくる敵の弱体化で必須な物だったりする。いつになったらヘイスト系統のおなじみ加速魔法は来るんだろうなぁ、と実はちょっと楽しみにしている魔法系統だったりする。

 

「む、コボルトが居なくなったか」

 

「遊びながらだったけど、結構早く戻って来ちゃったわね」

 

 コボルトの姿が消えて、ラージビートルたちの姿が見え始める。街道の姿に変化は全くないので、オーロラが消えた事で明確な境目が解らなくなっていた。前は見えていた黒い草とか全部消え去っているし、おそらくは断絶の除去によって本来の姿へと戻っているのだろう。

 

 そんな事を考えながらノルトがラージビートルを踏み抜いて潰した。

 

 完全な即死だった。

 

 馬、強い。

 

 そりゃあ騎兵突撃なんて戦術も出てくるわけだ。おかげでここまでの道のりが楽しいと快適の二言に尽きてしまった。しかもここでラージビートルを踏みつぶしてオマケの経験値まで貰えるのだ。滅茶苦茶楽しいではないか、これ。

 

「あ、見つけぎゃああああ―――!?」

 

 とか思いながらよそ見してたら前方から走ってきたプレイヤーを轢き飛ばしてしまった。鎧をまとったプレイヤーの姿がノルトの渾身の一撃によりを空を舞い―――、

 

「とーう」

 

 跳ね上がったセクエスの背中から跳び上がったニーズヘッグがチェーンソーで姿を両断し、回転してからセクエスの背に着地した。そのまま2人でしばらく無言のままラージビートルを踏みつぶしながら街道を進んだが、

 

 ―――もしや我ら今呼吸するようにPKしたのでは……?

 

「まぁ、ええか。PKしても他のプレイヤーに恨まれること以外デメリットないし」

 

「有象無象の1人減った所で誰も気にしないわよ」

 

 それもそうだ。じゃあ次にこっちに向かってきたやつも轢くか。そんな事を考えながらも、ダリルシュタットの遠い城壁は段々と近づいてくるのが見えてきていた。




 馬は急に止まれないもんね。死ぬのは前に出たのが悪い。


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エルディア王 Ⅲ

「おー、戻ってきた戻ってきた。1日ぶりなのに長い間離れてた気分だな」

 

「そうね、割と濃密な時間だったものね」

 

 ノルト達の速度を落としながらダリルシュタットの門が見える所までやってきた。ここまでくると完全に街の周辺に入るので速度を落として入りやすくするのだが、なんか、門の周りの地形がおかしい。地形というか、門の周りの大地が抉れてたり、折れた剣が大地に突き刺さってたり、砕けた防具が散乱していたりでまるで戦場の跡の様になっていた。誰か暴れたんやろなぁ、と思う。なんでやろなぁ、と思う。

 

 俺は悪くないよ。

 

 絶対に俺は悪くないよー。

 

 ともあれ、ここで何があったのかは完全に忘れるというか頭の外側へとぶん投げるとして、結末だけは聞いておこうと思って門まで近づく。そこにいた門番がおぉ、と声を上げながら表情を輝かせている。興味本位で軽くその強さを確認すれば、当然の様にそのネームは赤色だった。そう言えば聞いたことがあるが、門番という職業は要所を守る為の職業だから比較的に実力の高いエリートが選抜されることがある、という話だったっけ。

 

 まぁ、世界は滅ぶ瀬戸際なのだからそりゃあ強い奴が防衛に当たらされるか、と納得する。

 

「良くぞお帰りになりました稀人様。まずは感謝を、ありがとうございます。稀人様のおかげで我らは漸く希望を掴む事が出来る様になりました」

 

「お、おぉぅ」

 

 ガラドアでもそうだったが、ここまで感謝されるもんなのか……ゲームしてるだけなのになぁ、と思っていると横ではニーズヘッグが胸を張っていた。滅茶苦茶偉そうというか誇らしげだった。いや、まぁ、滅亡一歩手前だった状態から解放されたのだ、そりゃあ嬉しいか。

 

「ガラドア周辺には広大な穀物地帯が広がっているんです。世界断絶現象によって隔離される前に啓示によって食料の備蓄と農園の準備は終わらせていたのですが、やはり周辺で1番大きな穀物地帯と比べますと……」

 

「あぁ、成程」

 

 牧場があると聞いていたが、食料の供給も行っていたらしい。そう言えばこのゲーム、食事が必須だしそう言う意味ではかなり重要な場所だったのだろう、アレ。中世の城壁あるタイプの都市は都市の周りに畑とかあった感じだが、ここではガラドアが首都王都の食糧を支えていたのかもしれない。今更ながら、屋台とか店で遠慮なく食事ができたのってプレイヤーたちの降臨に備蓄の放出をしていたんじゃないだろうか……?

 

 こわー。

 

 最後の希望に賭けてた、って奴だろうか。それとも俺の考えすぎか。或いはそこまで世界観が作り込まれて―――いや、もう既にこの運営の変態っぷりは理解している。たぶんガチだ。ガチでそういう思考や設定、世界観を構築している。多分俺達が認知していないだけで、この世界は俺達がログインするずっと前から稼働していて、世界が運営されていたのだ。プレイヤーたちが遊ぶためのワールドを自然に積み重ねで構築する為に。

 

 どれだけ金がかかってるのやら……。

 

 まぁ、プレイヤーからの意見は面白い、楽しい、全力で遊びつくすという事に尽きるが。

 

「まぁ、此方も此方で目的があっての事だから」

 

「いえ、だからこそ我々は感謝しなければならないのです―――と、あまりここで言葉を重ねるのも良くないでしょう」

 

 門の向こう側を見ると、人が集まり始めていた。NPCだけではなく、個性的な格好やちぐはぐな格好をしてるプレイヤーたちの姿もそこには散見される。どうやら噂の開放者を確認する為に集まっているらしい。これ以上ここに留まったらすさまじい人ごみになってしまいそうだ。だが門番もそれを理解していて、

 

「城壁内部から案内します。此方へとどうぞ。つきましては―――」

 

 城壁の内側に入り込める扉へと向かいながら門番は、ゆっくりと次の言葉を口にする。

 

「―――我らが王、その代理たるお方が是非、感謝の言葉を送りたいと。そう申されております。是非、王城まで足を運んでください。無論、強制ではありませんが」

 

 腕を組み、空を見上げ、首を傾げ、視線を戻した。

 

「こんなん断れる訳ないやん」

 

「ははは……」

 

 強制イベントが入った。

 

 ノルト達はいったん笛で牧場に戻すことになりそうだった。

 

 

 

 

 当然ながらエルディア王国、つまり王様が存在する国家だ。王というトップが立ち、その下に支える民や家臣があって成立するタイプの国家だ。この国家形態が今現在の日本で見られる政治システムと比べて劣るのか? と聞かれるとうーん、と首をひねってしまう。確かに王政というのはトップが腐っていたり無能だと非常に困るタイプのシステムだ。だけど逆に考えてみよう。

 

 トップが有能なら問題なくね?

 

 民主制に移行する必要なくね?

 

 まぁ、そういう事になる。そしてエルディアは美しく栄えている。つまり今の王政には何も問題はないという事を証明している。

 

 つまりこの国のトップの人は有能であり、善性の人物だ。それは門番の人の優しさや礼儀正しさを見ればすぐにわかるだろう。だから王に会うという事自体特に不安に思う事はない。ただ単純に小市民として、王とかそういうランクの人物に会う事となると胃の痛みを感じるという事だけだ。

 

 皆はないだろうか? 先生に放課後、教員室で会う事になる時特に悪い事でもないのに妙にお腹の調子が悪くなってトイレに行きたくなる時。

 

 気分としてはああいう感じだ。

 

 なので今日も配信を開始する。根本的に調子が悪くなりそうなときは自分のフィールドに持ち込んでおくのが一番精神的に良い。そういう訳でツブヤイッターで告知し、そのままミーツーブで配信枠を取って配信する。

 

「ヴぇ、フォロワー増えてる」

 

「おめでとう?」

 

「ありがとう?」

 

 喜んでいいかどうかは微妙だけど。ともあれ、配信を開始すると同時にコメントを打ち込む。

 

アイン『現在エルディア王と謁見する所だけど、諸君らじゃ永遠に目の当たりにできないだろうし配信枠取ってあげたよ』

 

コメント『わこつ』

コメント『相変わらずの煽り』

コメント『早く炎上してくれ頼む』

コメント『わこ』

コメント『死んでくれ』

コメント『パーティー募集マダー?』

 

「おーおー、ヘイト高いなぁ」

 

「煽るの止めればいいのに……」

 

 そこはほら、エンターテイナーとして維持しなきゃいけない所だから。というか売れる為のキャラづくりって難しいんだぞ。他の配信者と被らないようにしなきゃいけないし、地味な奴だと見向きされないし。常に何らかのアクションが求められるからキャラを立てないと忘れられてしまうんだぞ。まぁ、その点俺はキャラ立ってるし、オンリーワンと言える要素を持ち出して配信しているので、嫌でも見なきゃならない部分が多い。

 

アイン『じゃ、王城に入ったら反応できなくなるけど配信はそのままにしておくから』

 

 既に城壁の中の回廊を抜けて、市街地を回避して王城へと向かっている。城壁内部にも多数の兵士や戦士達、騎士の様な姿があり、此方を見ると笑顔で手を振ったり、頭を下げてくる。その1つ1つのモラリティというか、意識の高さが見える。こんな状況もで自棄になっているような奴はなかった。そして1人1人のレベルが高い。少なくとも今強さを確認するが、どれもレベルがレッド帯にある。今は戦っても勝てそうにない奴らが多すぎる。

 

 だけどそれだけ強くても、封鎖領域に入る事は出来ない。

 

 その為、プレイヤーの力なしでは彼らは勝てない。

 

 そうやってエルディア兵に見送られながら城壁を抜けると、市街地の裏路地側に出る。そこからしばし歩けばこの都市で一番大きな建造物であるエルディア王城へと到達する。だが無用な混乱や注目を回避する為にも正面の大門から入るのではなく、関係者用の小門から入ることになり、横からこっそりと門番に見送られながら入る。

 

 王城の敷地内に入ると、今度は別の人が案内にやってくる。こちらは門番の人よりも上質な鎧に身を包んだ、騎士風の人物だ。金髪の首の後ろで束ねている男は胸元に拳を作って礼を取る。

 

「エルディア王代理がお待ちです。此方へどうぞ」

 

「あ、はい」

 

「広くて綺麗ねー」

 

 騎士の男に案内されながらニーズヘッグはきょろきょろと辺りを見渡している。だがそれよりも気になる事があり、案内されて庭園を越え、城内に入りながらも質問してしまう。

 

「失礼、王、代理って話……ですよね?」

 

 場所が場所だけに自然とタメで話すのを止めておく。そんな此方の疑問に騎士の男が答えてくれる。

 

「えぇ……本来のエルディア王、陛下は断絶の時は公務の為にダリルシュタットを出ておりまして」

 

コメント『この国やばくね?』

コメント『って事はこの国、今トップがいないんか』

コメント『終わりだ終わり! 終わったな!』

コメント『レイドボスで半壊したマルージャよりはマシやろが!!』

コメント『あっちはあっちでなんか戦後復興みたいな状況突入してるからな』

コメント『まるでこの世の終わりみたいだぁ……』

 

 この世が終わりそうなんだよなぁ。まぁ、終わらせないのだが。

 

 城内に入ると更に兵士や騎士が増え、メイドの姿も見える。その姿をニーズヘッグも興味深そうに眺めている。

 

「興味あるのか?」

 

「リアルじゃ着れるものでもないからね。興味はあるわ」

 

「成程」

 

 まぁ、ファンタジー世界だし探せば普通に売ってるんじゃないだろうかとは思う。ダンジョンから宝箱と装備が出現する世界観なのだから、メイド服ぐらい普通に手に入るだろう。まぁ、それもこれを乗り切ったらだ。

 

 階段を上がり、ホールを抜けて更に階段を上がる。中央をエスコートされるように登って行き、やがて王城の4階まで上がってくる。どうやらここがこの王城の謁見の間となっているようで、そこまで進めば異様に濃い気配を持つ騎士やら魔導師の姿が見え、その一番奥、玉座に座っている姿に目が行く。

 

 案内されるがままに赤い絨毯の上を進み、中ほどで足を止める。そして玉座に座る姿、

 

 ()()1()0()()()()()()()()()()姿()()()()

 

「―――良くぞ参った、異界の魂を持つ稀人達よ」

 

 少年王は、瞳と笑みを輝かせた。

 

「余がエルディア王代理、ヴィル・アル・アーク・エルディアである」

 

コメント『終わりだ終わり! 終わったな!』

コメント『閉廷! 解散ッ!!』

 

 今回ばかりはちょっと配信のコメントに言い返せないかなぁ……。




門番「蟲毒? 住民から苦情が出かねないので全て叩き潰しましたが」


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エルディア王 Ⅳ

コメント『他に上に立てる人間他におらんかったのか』

コメント『おらんのやろなあ』

コメント『末期やんけ』

 

「姿勢を楽にしてくれ、それでは話しづらいからな」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 王の謁見の間で先導してくれた騎士が膝をついたポーズを取っていたので、反射的に同じ格好をしたのだがどうやら正解だったらしい。ここら辺、こういう教養のない人であろうと解る様に手本を見せてくれるの、超助かると思う。心の中でサンクス、と感謝しつつ立ち上がった。ここからなんて言えば正直、解らない。とりあえずタメは絶対に禁止なのはわかるから、後ろに回した手で絶対に喋るなよ、とハンドサインをニーズヘッグへと送る。

 

「わんっ」

 

「今、なにか―――」

 

「こほんっ! こほんっ! いやぁ、すみません、ちょっと喉の調子が悪くてですね……こほんっ」

 

「……う、うむ、何か飲むか? 余は気にせぬぞ、うん。喉の調子が悪い時もあるし」

 

コメント『滅茶苦茶気を使われてるの草』

コメント『優しい子なんやなぁ』

コメント『あのショタ短パンになってくれないかなぁ』

 

 そろそろこの配信のコメントミュートしておくかなぁ、と思いながらいいえ、と遠慮しておく。とりあえずニーズヘッグよ、頼むから黙っててくれ。お前は考えるよりも脊髄反射でアクションと言葉を放つからこういう場で失言マシンガンとなってしまうから。頼むから何も話さないでくれ。それだけを祈っている。

 

「うむ……では話を戻すが稀人、其方の名はなんと申す」

 

「私はアイン、此方の相方がニーズヘッグと申します」

 

「ではアイン、そしてニーズヘッグよ。迅速な対応とガラドアの解放、誠に大義であった。王の代理として、この国を代表する身として感謝する」

 

「勿体なき言葉、ありがとうございます。未だにこの国に並ぶ騎士方と比べれば矮小な身ながら、こうやって役立てた事を誇りに思います」

 

コメント『嘘だぞ』

コメント『滅茶苦茶楽しんでたぞ』

コメント『そんな事欠片も考えてないだろぉ!?』

コメント『正直に言えよ!』

 

 ぶっちゃけそこらへん何も考えてないに決まってんじゃん。でも、まぁ、こういう場だし多少はまともなことを言わないとね? ともあれ、此方の言葉にアーク王代理―――いや、アーク王子は満足したような様子で頷いた。

 

「うむ、良くできた稀人だ。中には暴れたり奇行に走るものもいてとてもだが神々の言う事が信用できるか不安でもあったが、こうやって成果を見せられてしまえば余とて信じるしかないだろう。其方ら稀人こそが希望であるという事実を。まさか降臨したその日にガラドアを取り戻されてしまうとは余も思いはしなかった」

 

コメント『ゲームとして考えるとなぁ』

コメント『まぁ、そこらへんはNPCの事情よな。我らは考慮しない』

コメント『というか一人だけこういうイベント独占するのずるくない?』

コメント『結局はトップ有利じゃん。クソゲー』

 

 じゃあお前らも頑張れ、としか言えない。俺達がここにいるのは歴然たる事実として俺とニーズヘッグがトップを爆走して確保したからだ。それだけの話だ。他の連中が同じようなことをしないのが悪い。そこにぐちぐち文句を言うなら配信見るな、とゲーム止めろという結論でしかない。文句を言うような奴には向いてないよ、遊ぶの。今は謁見中でそんな事を煽っている余裕はないが。何よりも周りから向けられている圧が凄い。

 

 魔導師、騎士、兵士、それがこの謁見の間に監視するように、或いはこちらの動きを牽制するように見張っている。PCは死亡しても復活が出来るからテロの警戒をしているのだろか? 正直、佇まいが威厳ありすぎて何かをするという気にもなれない。

 

 ……まぁ、考えてみれば異世界からやってきた正体も知れない未知の存在だ。警戒するのは当然か。

 

「良くぞ成してくれた。だからこそ成した其方らに頼みたい事がある……いや、依頼という形で頼もうかと思う。どうであろうか」

 

 どう、と言われても困る。現状、その頼みを断る事は非常に難しい。

 

「是非受けさせていただきます」

 

コメント『圧迫面接で草』

コメント『不思議と嫉妬する気になれねぇんだよなぁ』

 

「無論、依頼に対する報酬は出そう。そして今回ガラドアを開放した件に関しても報酬を出そう」

 

コメント『は? ずるくね?』

コメント『はあ、独占とかほんとクッソ』

コメント『俺達にも寄こせ』

コメント『今日も元気に掌がぐるんぐるんしてるなぁ!』

 

 ヘイトを今日も一心に集めている自覚を覚えつつも、では陛下、と声を置く。

 

「む、今の余はあくまでも代理である。その敬称は正しくはないぞ」

 

「えーと、では殿下、で」

 

「うむ。申してみよ、アインよ」

 

 滅茶苦茶疲れる。喋るたびに精神が擦り減っている気がする。うおー、胃が痛い。早く他のプレイヤーを轢き殺させてくれ。騎馬突撃はかなり楽しかったんだ。あ、そうか、馬用の鎧を用意すればもっと楽しくなるなアレは……。うんん、ちょっと現実逃避入ってるかもしれないが、アレだ。

 

「その、殿下」

 

「うむ」

 

「私だけを優遇されると、他の稀人達にこう……いい感じに囲まれてしまうので。出来たら報酬みたいなものは私たちだけを対象にするんじゃなくて……」

 

「……稀人達は仲間ではないのか?」

 

 あー、そういう所から認識違うのかぁ。根本的にPLという生き物を理解してないのかもしれない。いや、理解できてるのはメタを理解する上級AI達だけなのかもしれない。だからえっとですね、と言葉を置き、手を使って軽いジェスチャーを入れる。

 

「確かに身内数名と共にこの世界に来てはいますが、根本的な部分で大半の稀人は他人なんですよ、殿下。ですので基本的な意識は一緒に旅する仲間というよりは、現状は競争相手ってのが認識としては強いです」

 

 MMOの開始初期ってのはリソースの奪い合いと熱烈なレース状態だ。一番最初に飛び込んだ連中は誰よりも先に! もっと先に! 俺が開拓するんだ! というすさまじい意欲で溢れている。そもそも最初からスローライフ目指す様な奴は最初のロットを必死に獲得しないだろうと思う。という訳でアレだ、

 

「私たちの身を優遇すると本当に敵作っちゃうので、出来高制みたいな感じで全体として競争意識高めてください。いや、しなくても割と真面目な話、勝手に動き出すでしょうけど。それまでの間ずっと目の敵にされてしまうので」

 

「う、うむ。そうか……神々の連れてきた最終兵器という話だったが、案外そこまで仲が良くなかったのだな……」

 

 あ、ちょっとがっかりしてる。でもマジでそこはしょうがないんだって。だって根本的にMMOのプレイヤーって身内で固めない限りは他人同士なのだから。嫉妬したりするのは当然だし、空気が悪くなることだって多々ある。民度を高く保てるのは月額ゲーでちゃんと運営が環境のチェックとかをしている所ぐらいだ。

 

 それに初のVRMMOというジャンルだ、ぎすぎすしない理由がないんだよなぁ。

 

「あい、解った。改めて調査してそこらへんは調整しよう。爺や」

 

「は、直ちに話を纏め手配いたしましょう」

 

 アーク王子の横に一瞬で老人の執事が出現したと思ったら次の瞬間には残像すら残さずに消えた。うわぁ、こっわ。強さを確認する時間すらなかったあたり、相当ヤバイ部類だ。というか明らかにレベルキャップ超えている気がする。部屋の横の方で待機している全身鎧の人とか、明らかにレベル50では済まない強さを感じさせるし、魔導師のお爺さんもさっきからほっほっほ、と笑いながら微妙に浮かんでいるし。もしかしてNPCにはレベルキャップの概念が通じないのかもしれない。だとしたら怖いよなぁ、と思う。

 

 だけどそんな彼らは自分達、プレイヤーの力を借りないとこの問題を解決できない。

 

 なんというか―――非常に、不満が溜まってそう。顔も、名も知れぬ誰かの力を借りなきゃ何もできないのだ。

 

 俺ならキレる。

 

「ではアインよ、其方とニーズヘッグ。報酬として求めるものはあるか? あまり派手なことは出来ぬが、一番槍としての責務を果たしてガラドアという重要な地を取り戻した其方らだ、褒美を与えぬば王家としての器量にもかかわる事なのだ」

 

「そう、申されましても」

 

 ニーズヘッグへと視線を向ければ、半分眠そうにしている。おい、こら、寝るな。マジで寝るな。隅の方にいるお爺さんが笑いそうになってるでしょ。あ、騎士さんが咳払いしながら起こそうとしている。頑張れ、頑張れ。マジで頑張ってくれ。あ、目を開いた。

 

「あ、終わ―――」

 

「あー! では殿下ァ!」

 

「う、うむ。申してみるが良い……落ち着いてな?」

 

コメント『ギャグかな?』

 

 今、部屋のどこからか誰かが噴き出したような声がした。お前、俺はマジでキレるぞお前。いや、そうじゃない。相手を待たせてはならない。今欲しいものは―――金? いや、それは稼げるだろうし……あー、長距離移動に馬車とか欲しいな。でもそれって金出せば手に入りそうだ。なら装備? いや、装備は定期的にアップデートするから直ぐに型落ちする。

 

 ならずっと腐らないものと言えばアレだな。

 

「では殿下、情報をください」

 

「情報?」

 

 聞き返してくるアーク王子の言葉にはい、と言葉を返す。

 

「私たちはこの世界に関しては不慣れで知識不足―――強くなるためにはスキルを習得し、成長せねばなりません。私も1人のキャスターとして邁進しておりますが、何をどう取得すれば強くなるかという道筋が、情報不足によって解りません。この先戦い続ける為にも是非、スキルに関する情報を教えてくださると」

 

 俺がガラドア解放の報酬として求めたのはずばり―――スキルの情報だ。

 

 何を習得できるか、何がどう進化するのか、そんなシステムはあるのかどうか。そういう事を知る為にも情報が恐らくは1番集まっている所から知りたい。

 

 それが俺が今1番求め、そして今後も絶対に腐らないと思う報酬だった。




 そもそもNPC側からすれば正体不明で無限に生き返る化け物が大量発生して、それに頼らないいけない状況だからね。本職の人はキレてもしょうがない。

 しかも現れた一部は門の前で殺し合ってるんだ! 信用ならねぇな!

 という訳で次回、王家の依頼。


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エルディア王 Ⅴ

「ほうほうほう、であれば儂の出番かのう」

 

 アーク王子との話し合いに割り込んできたのは髭を生やしながらも地面から浮かんでいる老人の姿だ。いかにも魔導師、という風な全身を覆うローブに魔法使いの帽子、そして背には美しく装飾された杖を背負っている。微妙に浮かんでいる、という表現を使ったが自分に視線が集まったのを理解してから中空に漂う様に足を畳んでいる。アレは完全に重力の束縛から解放されている姿だった。

 

「えーと」

 

「うむ、我が名はAじゃ……この世であれば知らぬものも居らぬ程の名声を持った魔導師なんじゃが―――まぁ、異邦の者に求めるではないじゃろう。うむ」

 

 髭を軽く撫でたAと名乗る魔導師はほうほうほう、と笑う。かなり珍妙なお爺ちゃんだった。だけど浮かんでいる、その強さを測る事が出来ないレベルで格の違いを感じさせる。恐らく、レベルキャップも軽く超越している。英雄とか伝説とか、そういうレベルの人物だと思う。先ほどの王子が爺やと呼んだ人物も多分このレベルだし、王子の傍に控えている全身鎧の騎士もそうだろう。

 

 ……化け物が多すぎる。

 

「知恵を求めるのであらば儂が出そう。魔法使いとしての、魔導を行くものとしての叡智で最も優れておるのは儂じゃからな。正しく報酬を求めるのであらば、儂が差し出すのが筋じゃろう」

 

「……翁、卿は客人だ。エルディアの者ではない。勝手な口を挟むのは止めていただこうか」

 

 騎士が鋭い口調でAを遮った。それを受けても余裕の表情をAは浮かべている。

 

「そうじゃのう、儂はエルディアに所属している者ではない。儂はメゼエラの所属じゃ。だがこのような状況で所属等と言っている場合ではなかろう?」

 

「それを決めるのは卿ではない。殿下である。己の立場を弁えよ」

 

「面白いことを言う。弁えているからこそ言うているのじゃろう? それともなんじゃ、英雄様は団結する事を拒否する、と」

 

「卿の力が必要であれば、殿下がそうおっしゃる。卿の言葉は己の立場を超えるものだと忠告しているに過ぎない」

 

「その割には殺気立っているようじゃがのぉ」

 

 Aと騎士が睨み合って、その圧力だけで空間がねじ曲がっているように見える。コメントの方も2人の迫力に飲まれてか、段々と静かになってきている。化け物が2人、睨み合っているのだから当然と言ってしまえば当然なのだがこんな空間にはいとうない、いとうないんじゃと叫んで逃げだしたいぐらいには今、滅茶苦茶心地が悪い。

 

「ジークフリート」

 

「はっ……出すぎた真似をしました」

 

 アーク王子の一言で騎士は黙り込んだ。ただの王の代理であるからという理由だけではなく、今は仰ぐべき主君としてちゃんと王子の事を見据えているように思える。

 

 だけどなぁ、

 

コメント『1枚岩じゃないみたいですね……』

コメント『当然だけど仲良しこよしって訳じゃないんだな』

コメント『他の国解放したら戦争始めたりしてな』

コメント『え!? 国盗りだって!?』

コメント『おう! コレ倒して取れるならな!』

コメント『無理ゲー』

 

 迫力はちゃんと伝わっているらしい。数で囲んでどうかなぁ、とも思うけどMMOは基本的にレベルが上がれば上がる程数値がインフレするゲームだ。恐らくレベルキャップに到達したところでかなり無理のある挑戦になるだろうと思う。

 

「アイン、其方は魔導の道を目指すと言っていた覚えがある、正しいか?」

 

「はい、殿下。私は何人かの身内と共にこの世界を訪れました。そしてこの世界で最高最強のチームを作り、誰よりも最初にこの世界に名を刻む為に黒幕を倒すことを目標としています」

 

「ニーズヘッグよ、其方はどうだ」

 

 頼む、まともに応答してくれ。そう祈りながら真っすぐ前だけを見ていれば、

 

「私は、こう……ぶおーんと行って、ばびゅーんとやる感じよ……デスワ」

 

 両手で顔を覆った。謁見の間にいる誰かが噴き出した。

 

コメント『萌えキャラかな?』

コメント『チェーンソーでバラバラ死体を量産する萌えキャラとは新しい』

土鍋『ただの大型犬だぞ』

コメント『いやあ、苦しむ姿を見るのは楽しいなぁ』

 

 今、身内が混ざってなかったか?

 

「う、うむ、そうか。だが目指す以上、専門家に学ぶのが良いだろう。A殿、頼んでも宜しいだろうか」

 

「ほうほうほう、任せなされ王子殿下。この老体、やる事もなく暇を持て余しておったのじゃ、生徒の1人増えるのも悪くはなかろう。何せ本国の弟子は生死不明じゃからのぉ」

 

 これ、本当に大丈夫なのかなぁ、とは思うのだが。王子は話を進める。

 

「ではジークフリート、彼女の方を頼めるか」

 

「お任せください」

 

 どうやらニーズヘッグにはジークフリートとかいう騎士がスキルの指導? 或いは教導についてくれるらしい。Aを含めてどちらも英雄ユニットだろうし、教えて貰う相手としては何の不足もない。それにフィエルの様な上級AIとは違い、隠す理由もないしチュートリアルには存在しなかったスキルの類も教えて貰えるだろうし、これは報酬として悪くなかったんじゃないだろうか?

 

「では改めて、依頼の方に移させて貰おう」

 

「はい」

 

 本題の所だ。アーク王子が玉座に腰かけてまま、話を進める。

 

「今現在のエルディアは断絶に囲まれ、絶対絶命と呼べる窮地にある。この状況をどうにかする為には其方らがやってくれたように、あの封鎖領域を踏破せねばならない。だが余らにはそれが成せぬ。悔しいが、我らには触れられぬものなのだ。故に其方ら稀人に頼む以外の選択肢がない……故に其方に頼みたいのはとある封鎖領域の解除だ」

 

 無論、と王子は付け加える。

 

「これは其方だけではなく、稀人全体への依頼だと思って欲しい。最初に其方へとこの話をするのはその功績と、信頼できると余が判断したからだ」

 

コメント『現在進行形で配信によって裏切られてるんですがそれは』

 

 それな。

 

 本当に申し訳ないと思う。

 

「それで早急に頼みたい事がある」

 

「それは……」

 

「東街道を閉ざす封鎖領域をどうにかする事だ」

 

 東街道、それは北と合わせて出現するエネミーのレベルが高いから初心者向きではないエリアの1つだ。ちょっとレベルが上がってから向かう場所だ。まぁ、今のニーズヘッグと俺ならぎりぎり何とか向かえるか、と言えるレベルの場所だ。

 

「我が国は港を抱えているが、現状東街道の封鎖によって港へのアクセスが封じられている。港を取り戻せば海路がある程度取り戻せるほか……」

 

 そこでアーク王子は一旦言葉を言い淀むが、しかし直ぐに表情を戻す。

 

「兄上が立てこもっている故、迎える事が出来る。これは急務の1つでもある。故、他の稀人と合わせて其方らにこれを頼みたい」

 

 その言葉にどうしたもんかなぁ、と内心で呟く。いや、国のトップからのこれは実質的な命令だ。報酬が出るとは言われているが、この国にしかいられない状況で逆らうなんて選択肢はない。彼自身はそれを理解していないかもしれないが。だが問題はそういう事じゃなくて、方向がマルージャ方面とは真逆という事に尽きる。これを受けなくてはならない以上、マルージャ方面への接続が遅れるという事になるのだ。

 

 ただ、まぁ、これを断る事は出来ないし、

 

「お任せください殿下、私たちはもとよりその為に来たものです―――無論、それとは別にこの世界を隅々まで堪能する予定ではございますが」

 

 表面上は快諾したように見せる。というかしないと無理。そしてアーク王子は満足げに納得の表情を浮かべた。

 

「頼もしい言葉をありがとう、アインよ。其方らのこれからの活躍に期待している。それではこの場は解散する。A殿、ジークフリート、ここからは2人を頼む」

 

「ほうほうほう、お任せくだされ殿下。なぁに、この爺も無駄に長く生きているから人を育てるのも初めてではないからのぉ」

 

「主命、拝承しました」

 

 謁見の間でのやり取りは終わり、しかし個人的にはここからが本番となる。配信はここらへんで切るとして、まだ今日という日が始まったばかりである事を自覚させられる。ここからあの曲者A爺ちゃんに魔法スキル関連を学ばなくてはならないのだから、

 

 今日、絶対に疲れ果てる奴だ。

 

 それをこの時点で確信してしまった。




 政治は止めろ、止めるのだ! こんな状況でも政治! 政治! 政治! 人として恥ずかしくないのか!

 英雄・英傑ユニットのレベルは大体60~70あります。1国辺り英傑ユニットは大体1~2確定で存在し、エルディアは現在客将等のゲストを含めて6人程存在している。現状武力だけならトップに立っている国家である。

 ただし、封鎖領域に振れる事も入ることも干渉することもできない為、どれだけ武力を持っていても無意味。

 どれだけ鍛えていても無力。無念でしょうなぁ。


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エルディア王 Ⅵ

『それじゃ本日の配信は精神的にキツイのでこれまで。なんか有用なスキルかシステムの更新あればWIKIに書き込んでおきますわ。流石に配信続けるだけの気力はこの後ではない!』

 

コメント『乙』

コメント『まぁ、そこはしゃーないな。乙』

コメント『枠追加あく』

コメント『乙乙。次も待ってるで』

コメント『今回の件はWIKI書き込んでええの?』

 

『ええで。俺が書き込む気力ないからだれか代わりにやっといて。とりあえずPCサイドに王宮からクエスト出そうだから皆頑張って。ワイ氏、政治の気配にしわくちゃ顔になる』

 

コメント『草』

 

 草じゃねぇんだよなあ……!

 

 半分キレてる。アインに政治の話は解らない。解るのはメロスも政治が苦手という事だ。そしてメロスから生まれた伝統としてメロス族は政治の話が始まったら全裸で走らなくてはならないという掟がある事だ。つまり俺も政治の話をされたら全裸で走り出す。だから止めよう、政治の話。

 

 ……なんて感じに話は済ませられれば良いのだろうが。

 

 世の中―――というかこの世界はそう簡単ではないらしい。AIが自立して世界を構築しているのだ。ならば当然の事として彼らには彼らの法があるのだ。それを遵守しなければ待っているのは犯罪者の烙印。無論、ここはゲームだからと割り切って悪役ロールするのも悪くはないし、政治を理解しないモンスターを演じても良い。

 

 だけど身内にガチで難しいことを何も考えないモンスターがいるので、せめて俺だけでもそこら辺の話についていける状態じゃないとどっかでババを引いてしまうかもしれない。目標としているワールド・ファーストの称号の為にも、ここはぐっとアレルギーを我慢して飲み込み、表面上は何事もないように見せておく。

 

「ほうほうほう、ではお主が儂の生徒じゃな? 我が名は既に名乗ったが、Aじゃ。短い間じゃろうが宜しくのう」

 

 何時の間にかふよふよと浮かぶ老人が目の前に来ていた。A、確か別の国の高名な魔導師らしい。確かに学ぶのなら高位の魔導師が一番良いだろう。だからこっちも頭を下げて言葉を返す。

 

「此方こそ、よろしくお願いします」

 

「ではお嬢さん、練兵場へと行きましょう。言葉よりも行動で理解を得られるタイプの様に思えますので」

 

「宜しくね、騎士さん」

 

 あぁ、大型犬が行ってしまう……心配だ……物凄く心配だ、1人にしてしまう事が果てしなく心配だ……。

 

 ニーズヘッグがジークフリートと一緒に去ってしまう姿に寂しさと多大な不安を感じながら見送ると、横で老人が軽く笑う。

 

「ほうほうほう、そんなに恋人が不安かのう?」

 

「いや、アレはペットなんで」

 

「迷いもなく言い切りおったのぅ……」

 

「根本的に脳味噌を使わないタイプの生物なんで条件反射で行動して深く考えず実行するから失敗した後で失敗したって気づくから絶対に失言するなぁ、って思ってまして」

 

「ぼろくそに言うわ言うわ、逆にどういう関係か気になってきたわい。まぁ、心配はいらぬじゃろうて。ジークフリートは実力は当然、その人柄も良いことで有名な英雄じゃ。何か問題が起きる様な事はないじゃろう」

 

「A殿は盛大に突っかかられてたのに……」

 

「結構遠慮なく言うな小僧……?」

 

 まぁ、これぐらいの失言なら許容するタイプかなぁ、というのは大体話をしてたり聞いていて解ったので遠慮なく。そういうやり取りの方が好まれるタイプだと思った。だからそこらへんは躊躇しない。それに、まぁ、どうせ今日だけの関係みたいな部分あるだろうし。スキル情報だけ得たらさよなら! すれば良いのだから。とりあえず自分のビルドの完成形を構築する上で必要なのは情報だ。その情報を揃えないにはまずはどうしようもないだろう。

 

「とりあえず、お願いします。これから先の成長や方向性に関わってくる話なので」

 

「一瞬で遠慮がはがれてきたな……まぁええじゃろう。儂もこっちの方がやりやすいからの。ほれ、こっちじゃ」

 

 そう言ってふよふよと浮かんでいるAは謁見の間を出て行く。最後に一度だけ玉座を振り返り、そこで未だに座っている王子の姿を見て、頭を下げてから急いでAの後を追う。その歩みはゆっくりとしたものであり、当然の様に浮かんでいる。

 

「ほうほうほう、しかし稀人の生徒か。まさか生きている間に神話に触れる事が出来るできるようになるとはのぅ」

 

「珍しいものなんですか」

 

「神々が遣わした異界の者よ。こうやって話していると忘れそうになるがの。だが本来であればありえぬ邂逅よ。……お主、本当に稀人よな?」

 

「今からフィエルちゃんの恥ずかしい失敗話暴露して証明しますが?」

 

『や―――め―――て―――くださ―――い!!!』

 

 ドアップでホロウィンドウが出現する。フィエルちゃんの反応早いなぁ……いや、そう言えば担当とか言ってたし監視しているのか、これは。という事はこれは普段からフィエルちゃんと一緒という事になるのでは? つまり成す行動、やらかす事全てをフィエルに見せつけて遊ぶことができるという事なのではないだろうか?

 

 これは良いことに気づいてしまったかもしれない。

 

『止めましょ、アインさん。すぐその邪な考えを捨てるのです』

 

 チョップ、チョップ。フィエル・ウィンドウをカラテチョップで破壊する。それを見ていたA翁が笑っていた。

 

「ほうほうほう。まぁ、そこまでせんでもお主が神威の恩寵を受けているのは解るわい。それだけ強く力を受けておればな」

 

「ほーむ」

 

 片手を持ち上げ、もう片手を確認するが、特にそういう力を確認することはできないが―――或いはそう言う特殊タグでもデータに仕込まれているのか? 他のNPCと区別する為に。そしてそれを見抜くだけの力がこのお爺さんには存在するのかもしれない。まぁ、細かい要素は所詮はフレーバーだ、データには関わってくる範囲ではないからそこまで追求しなくてもよいだろう。

 

 と、そんな風に軽い雑談を交えながら城内の廊下を進めば、一室の前でAが動きを止めて、片手を横に振るって扉を開けた。

 

「さ、中に入ると良い」

 

「お邪魔しまーす」

 

 扉を開ければ広い部屋が広がっている。少なくとも外から見た以上に広くなっているようにさえ感じる。少なくとも奥行きも、天井も、他の部屋をぶち抜いてたり上の階をぶち抜いてたりしそうなのだがそれを感じさせない、綺麗な作りをしている。これは……良くファンタジーである、空間を広げているという奴だろうか? 実際見てみるとインパクト凄いなぁ、と思わず室内を見渡してしまう。

 

 壁には見た事もない本や杖が飾られ、テーブルの上には何か実験の道具が飾られている。部屋の隅には魔法陣と木人が設置されており、また別の所には大量の本が詰まっている本棚がある。まさしく魔法使いの部屋、というのをイメージしたものがそこにあった。ちょっとした感動を感じる。そうそう、こういうのも古典的ファンタジーだよな、と。感じ入るものがあった。

 

「ここはメゼエラにある儂の部屋を部分的にこっちへと持ってきたものだから遠慮する必要はないぞ。断絶の前に持ってこれたのはこれだけじゃがな……全く、面倒な事じゃ」

 

「へ、部屋ごと持ってきたんですか」

 

「ま、儂だからできる事じゃな。他の連中にはとてもじゃが無理じゃろう」

 

 自慢気に胸を張って浮遊する老人がそう言う。ヤッパリこのお爺さん、凄い人なんだなぁ、とは思うが。さて、

 

 どーしたもんか。

 

 いや、どうしたもねぇか。

 

「では、お世話になります」

 

「うむ、とりあえず座ると良い。聞きたいこともあるからのう」

 

 そう言って椅子を指さされる。示されるがままに歩いて近づき、椅子に座る……うん、クッションもあって割と座り心地が良い。結構良い物を使っていると思う。

 

 目の前で浮かんでくるAはさて、と声を零しながら。

 

「お主が求めているのは魔法、スキルという形で習得する技術に関する話じゃったの……で、お主は一体魔法に何を求める?」

 

「火力」

 

「……」

 

「……」

 

 即答に対してAが動きを止めて、軽く咳ばらいをする。そして再び、

 

「魔法において大事なものは何だと思っておるかな?」

 

「安定した高火力の維持」

 

「結局火力じゃないかの、それ……」

 

 せやで。だってさぁ、考えてみてくれよ。

 

「DPSだ、ダメージディーラーに求められるものはDPSが全てですよA爺さん! DPSを出せないディーラーは死んでるほうが―――あ、いや、死んでるとDPS落ちるからなるべく死なずに邪魔にならないように火力回しを維持してて欲しい。つまり火力です、キャスターの仕事は火力なんですよ!」

 

「お、おぉぅ?」

 

「いいですか、キャスターは動けない、行動できないという制約を背負った攻撃を行っているんです。メレーやレンジは移動やアクションの自由が常に保障されるからあらゆる状況に即座に、反射的に対応できる。だけど我々キャスターはそれが出来ない。なぜ? それは我々キャスターが圧倒的な火力を約束されている最強のDPS職だからですよ。いいですか、DPSを出せばその分早く戦闘が終わって、タンクとヒーラーの負担が減ります。つまり火力こそ正義。安定した高火力を維持する事によって約束された勝利が訪れるんです」

 

「急に早口になりおったな……」

 

 ただのDPS信者ですから。

 

「では軽く緊張も解れたじゃろうし、そろそろ真面目に言って良いぞ」

 

「んー、ではちょっとこっちの言語使って説明を挟みますけど良いですか?」

 

 Aが頷いた。なので説明する。まず第一に、キャスターが1番火力を追求するロールであるという俺の考えそのものに変更はない。だがそれには以下の要素がある。

 

「コンマでの詠唱時間の秒数管理、何回魔法を発動させたか。他のメンバーのバフの戻り時間。他の人のバーストタイム。私のバーストタイム。コンボによる発生する威力の向上。回避によって発生する詠唱時間のロスでどれだけ秒間当たりの攻撃力が低下するのか。攻撃の組み合わせによって発生する相乗効果。個人バフによる点火と強力スキルの短期投与の瞬間的な火力向上」

 

 これら全てを管理するのだ。戦闘開始の時間からずっと。

 

「つまりリソースの徹底した管理と、手持ちの札への理解力。これを突き詰めた合理的な戦術。突き詰めた最大火力を放ち、高火力の時間とMP回復の時間を挟みながら常に高いDPSを維持して戦闘を安定させる」

 

 これが、俺の考えるキャスターとしての理想の姿だ。卓ゲでもそうだけど、キャスターって結局はMPをどう確保するかって所に尽きる感じがある。MPの確保さえ行っていればキャスターの継戦能力は高く維持される。そしてそういう手段は用意されている。

 

「あると思うんですよね、戦闘中にMPを高速で充填する手段が。アイテムを頼らずに、システム的な働きで一気に充填できるの。火力タームと攻撃しながらのMP回復タームを挟んでのサイクルが最終的な理想としての完成形なんですけどねー」

 

 どこぞの宇宙の救世主的な主人公のMMOだと通常攻撃でMPに当たるものを回復する事が出来た為、魔法系のアクションは攻撃による回復さえ挟めば無限に使用できた。

 

 また別のMMOではスキルを発動させることで自分の状態を回復状態へと移行し、それで高速充填する事が出来た。消費に対して回復が上回るので最高火力を出せないが、それでもそこそこの火力を出しながらMPを満タンまで補充出来た為に回復と火力のサイクルを組んで戦えた。個人的にはこれが理想。

 

 また別のMMOだと最終的にMPの数値がインフレするから消費MPの概念そのものが飾りになるって感じもあった。だから消費MPなんて気にする必要もなかった場合もある。

 

 後は何だろう……あぁ、そういえば別ゲーだと攻撃していない間は高速回復するってタイプもあったなぁ、と思い出す。

 

 ともかく、MPで詰まって回復アイテムをジャブジャブ使わなきゃまともに戦えないのは割とゲームとして、或いはプレイフィールとして破綻していると思う。これはかなりのメタ読みの部分もあるのだが。少なくともゲームというものはある程度快適ではないと遊ぶ気にはなれないものだ。マゾゲーを好むのは一部の人間だけだ。根本的な部分で楽しさを求めるのだから、快適さがあってこそのゲームのプレイングなんだ。

 

 MP、減るだけ減って赤字でポーション飲み続けないと魔法使えないの楽しいと思う?

 

 個人的にはノーという言葉に尽きる。だってめんどくさすぎるじゃんそれ。それにリアルにして考えてみろよ―――常に薬飲みながら戦うのってなんかもう、違わなくない?

 

 ()()()()という言葉に尽きるじゃん。

 

 だからあると思うんだよな、MPを戦闘中にも回復し続ける手段。

 

「―――と、まぁ、大体私はこういう風に考えていますね、魔法に関しては」

 

 結構言葉がぐちゃぐちゃだったかもしれない。だけど真剣にそれを受け止めたAは髭を撫でながら目を閉じ、ゆっくりと口を開いた。

 

「では聞くが……1種類の属性に特化させることを考えはしなかったかの?」

 

「考慮はしました。最終的に蹴りました。1種類封じられたらそれで終わりって所がちょっと危ないかなぁ、って思ったのがありますね」

 

 後は、まぁ、

 

「色々凄い魔法使いたいじゃないですか」

 

 1種類だけに拘るの、勿体なくね? 折角こんな世界に来てるんだ。色々やりたいじゃん、とは今思う。それが特化させるという道に進まない理由でもあるかもしれない。俺はこのゲームを楽しみたいし、楽しんでいる。なのにそこで狭い道を選んでしまうのは勿体ない。だから、どうだろう、A爺さん。

 

「魔法の世界に夢と浪漫、それを両立した強さってありますか」

 

「―――ふむ」

 

 その言葉に目を閉じている老人は小さく唸り、

 

「ふむ―――ふむ、成程のぉ」

 

 深く、頷く様に言葉を呟きながら目を開き、此方を見た。その瞳は真っすぐと此方の心をとらえているようで、あの謁見の間でみた飄々とした態度は欠片も見せない。

 

「そうじゃな……他の道よりも険しく、花開くのも遅くなろう。それでも高みを目指したいというのであれば……ある、そういうやり方がの」

 

「おぉ」

 

 あるじゃん、あるんじゃん! 夢と火力を両立できるビルドが! 完成が多少遅くても問題はない。最終的にレベル50で完成させて、メインシナリオ終了後の高難易度コンテンツでワールド・ファーストの証明を取るのが目標なのだ、ぶっちゃけ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

「もし、お主が苦難の道を歩みながらも夢を捨てずに高みを目指すというのであれば……そうじゃのぅ」

 

 Aという老人は笑みを浮かべ、此方を見据えた。それと同時にホロウィンドウが出現する。

 

「どうじゃ、稀人よ―――儂の弟子になってみるつもりはないかの?」

 

 魔導師”A”の弟子になりますか?

 

 その選択肢を選ぶ為のウィンドウが、師事の詳細と共に出現していた。




 師事システムも存在していた!

 当然ながらW1stを目指す以上、世界最強であらないといけない。つまりアインの個人的な目標、スタート地点は最低でも自分が全プレイヤー最強のキャスターになる事でもある。


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エルディア王 Ⅶ

「めちゃくちゃありがたい申し出なんですけど、先になぜ、って言うのを説明して貰ってもいいですか?」

 

「もちろんじゃ。いきなりこんな申し出をされても困るじゃろう」

 

 さて、と呟いたAはどこから話したものか、とため息を吐く。

 

「そうじゃのう……儂の立場から話をするとしよう」

 

 その言葉の先を促すように頷けば、Aは話を続ける。

 

「では改めて―――儂の名はA、魔導至高天の”A”、この世に比類なき魔導の深淵に立った者として記憶されている。最も魔導の深淵に到達した者として認識されておる。まぁ、それは事実じゃ。恐らくこの地上で儂を超える魔導士は存在せんじゃろうな。儂がエルディアに世界断絶が始まる前に逃げてきた事も儂がそれを事前察知することが出来たからじゃ」

 

「はえー」

 

 意外と凄い爺さんだったんだなぁ、と驚く。いや、NPCとして格があるのは解っていたが。それでもそこまで凄いNPCだとは思いもしなかった。だがよく考えればあの時、謁見の間で自由に口を挟む事の出来る爺さんだったんだ。そう考えると実力と立場、その2つを併せ持った奴じゃないと無理だろう。

 

「儂もかつては最強を目指した身。この頂を目指す為に多くの無理と無茶をこなしてきた。そしていざ到達してみればどうじゃ? あるのは束縛と不自由と名ばかりの名誉ばかりじゃわい。まったく、嘆かわしい。求められるのは後継者の育成と研究ばかりで、実践の為に戦いへと赴く事さえも許されんわで全く、呆れかえる」

 

 あ、なんか愚痴っぽくなってきたぞぉ。

 

「良いか? 魔導とは研究室で生まれたものではない。それは奇跡でありながらも困難を打破する為に生み出された破壊の力じゃ。目の前にある障害を、絶望を、破壊するもんじゃ。そうじゃ、魔導の本質は圧倒的な破壊。なのに探求だか知識を高める等と実に馬鹿々々しいわい。誰もが本質を忘れておる。そして儂の弟子入りを求め、送り込まれた後継者候補はどれもかれもがそれをはき違えて真なる叡智をとか言いだす」

 

 このお爺さん、さては本質的にDPS狂いだな?

 

「そして最終的に魔導は、魔法は学問という形に落とされてしまったわい。求め、学び、身に着ける教養へ。かぁー! 勿体ない! かぁー! 嘆かわしいわ! そうじゃないんじゃよなぁー! もっとなぁー! こうのぉー! 魔導の深淵とはそうじゃなくて……もっと奇跡とかでもなくて……こう、こう……!」

 

「語彙力失ったオタクになってる……」

 

「解るじゃろ!? 今の魔導の形には夢も浪漫もないんじゃよ! 深淵を求めるにはそれが一番重要なんじゃよ。他の何でもない、夢を追い求める心と姿勢こそが深淵へと推し進む最も強い原動力となるじゃよ。その点お主が良いぞぉ、何よりも魔導の世界に夢を求めておる。言っている事の大半はさっぱりじゃが―――」

 

 まぁ、大半が理解できるとは思ってなかったが、楽しそうに爺さんは笑った。

 

()()()()()()()()()()()()のは解ったわい。それだけで使命感や自らを高める事を目的とした連中よりは100倍マシじゃよ。そして楽しそうじゃ、これは儂的に+1億点じゃ」

 

「点数がバグった」

 

「そして稀人じゃ。体が現世に馴染むまで成長限界(レベルキャップ)があるじゃろうが、それでもその素質と才能は確実に保証されているものじゃろう」

 

 あー、と呟く。そうか、PCという時点で成長が約束されているのだ。レベルキャップは確かに存在するが、少なくとも解放と共に成長するのだ。だから確実にどのNPCよりも将来的にはつよくなるのが確定できる。その事を考えると確かに素質として見ると最高クラスなのだろう。

 

「だが! だが何よりもその姿勢じゃ」

 

 うむ、と爺さんは頷いた。

 

「夢と実利の両方を目指し、尚且つ全力を尽くす姿勢こそが一番欲しいものじゃ。まるで若いころの儂自身を見てるようで心にふつふつと湧き上がってくるものがあるわい。お主を弟子にすれば間違いなく大成する。それが儂には見えておる……ま、儂がお主を弟子にしたい理由はそんな所かの」

 

「ふーむ」

 

 ―――たぶんこれだけが理由ではないんだろうなぁ。

 

 まぁ、間違いなく隠している事はいくつかあると思う。少なくともこんな大魔法っぽい事で部屋を移動させてくるなら実は他の弟子さんとかも避難させられたんじゃない? とか思わなくもないだろう。なのに今、この爺さんは1人でこっちにいるっぽいし。という事はこの爺さん、自分の国の他の人間を全て見捨てたってことでもあるんだよね。それに弟子にする理由としては軽すぎる様な気もする。

 

 だがそれを考慮した上で、この”A”という爺さんの弟子になるという選択肢は物凄い魅力的になるのは、目の前の師事選択ウィンドウに表示されている内容込みでの事もあった。

 

 そこには師事する事にはい、いいえでの選択肢の他、師事する事によって得られるメリットとデメリットが描かれている。

 

 メリットは短期的内容では火、氷、土、風、光、闇属性のスキルトレーニングが全て割引される為に非常に上昇しやすくなる事である。長期的となると専用の秘伝スキルというものを習得する事が可能となり、独自のスキルや魔法を習得する事が可能となる。

 

 ただし、そのデメリットとして特定の属性に特化する戦闘スタイルを選ぶことが出来なくなる。つまり火と氷だけをピックし、その2つを補助する為のマスタリー系スキルを取ってメインの属性魔法の火力を向上させるという手段が取れなくなる事だ。だがそれを補うメリットが存在するのだろう、この秘伝スキルと呼ばれるものには。恐らくこういう特殊なNPCから習得できる限定されたスキルなのだろう。

 

「悩むか」

 

「先行きが見えませんからねー」

 

「じゃろうのぉ……ならちょっとしたリップサービスじゃわい」

 

 お、と声を零すと良いか、とAが言葉を置いた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ただし、それはソレ相応の時間がかかるではあろうが。完成するまでは部分的に他者や特化型に劣る部分もある。だが完成さえすれば完全な永久機関として常に高位魔法を放ち続ける事も可能となる―――どうじゃ、魅力的に思えるじゃろう?」

 

「う、ぐぐぐぐぐ……」

 

 その言葉に一気に揺らぐ。相手は魔導における最高峰のNPCだが、まだ隠しキャラの類は結構隠れていそうなんだよなぁ、と思っている。そもそも世界が断絶している最中だから優秀な師匠候補NPCは世界を拡張していけばそれだけ出現しそうな気もする。だけどNPC側はPCの都合とか全く考えない事実もある。実際、これとか完全にNPC側の都合で申し込まれているんだと思う。

 

 ただなぁ……。

 

「言っておきますけど、自分は政治的都合とか全く考慮しませんし、考えませんし、手伝ったりしませんからね?」

 

「あぁ、そこらへんは期待しとらんから問題ないぞ」

 

 本当かなぁ……と呟きながらも、そう答える分には期待している自分を自覚している。

 

 しゃーない! デメリットが予想してた程重くはないし、賭けるか。

 

 師事する選択肢を選び、手を出す。

 

「これから宜しく楽しみます師匠(せんせい)

 

「これから頼むぞ、弟子よ」

 

 手を出して握手を交わす。ここに契約が完了した。ホロウィンドウにAの弟子となった事が表記され、また《Aの弟子》という称号が手に入った事を表示する。まぁ、正直こっちの称号よりも1st称号の方が好きなんでそっちから付け替えるつもりは一切ないのだが。ただこれで弟子入りかー、と思うとちょっと不思議な気分だった。相手は人間じゃないのに、AIという立場の存在でそれを自覚していないのに弟子入りが成立するんだな、と。

 

「ほうほうほう、これで漸くここでの生活も楽しくなりそうじゃのぅ」

 

「師匠が弟子を取った理由の大半それでは」

 

「何を言う! 半分じゃぞ!」

 

 半分もあるんじゃねーか! ……とは言えない。そもそも俺が遊んでいる理由が楽しむ為なのだからそこらへんはなんも言えない。とはいえ弟子入りしたのならしたで、スキルの育成とビルドがコレからは明確な目標や指針が作れる。

 

「じゃ、正式に弟子入りしたんでギブ・ミー・スキル情報!」

 

「では何を習得しているのかを儂に教えてみなさい」

 

 とりあえず今の習得スキルをお師匠に伝えると、成程と頷かれる。

 

「ふむ……マスタリーと《二刀流》の選択肢は悪くないのう。それはそのまま伸ばすと良い。まずはそのまま《火魔法》と《時魔法》を鍛え続けると良い。魔法を成長させれば自ずと自分で魔法を組むときが来る……それがそれからの魔法戦の主力になる事は解っておるな?」

 

 きっと、魔法エディットの事だろう。だけど主力が自分で組んだ魔法になるのは初耳だった。だがとりあえず理解はしたので頷く。それを見てAが話を続ける。

 

「一定の段階までは魔法の修練を重ねる事で魔法の型を覚えるじゃろう。だが一定の段階を超える事で魔法が何で構築されているのか、というのを理解するようになってくる。例えば弟子よ、お主が最初に使える様になった〈ファイアーボルト〉、これは〈形状:矢〉、〈属性:火〉、〈性質:炎上〉、〈規模:小〉、〈攻撃補正:150〉、〈射程:25〉という風にパーツ別に分類されて構成されておる」

 

 成程、魔法エディットは1つ1つの項目を自分で設定して形成していくスタイルらしい。確かにこれは面白そうだ。

 

「更にここに細かく規模や範囲を設定して行く事で魔法は完成する」

 

 師匠はそう言うと空中に作成途中の魔法の画面を表示させ、それで構築の様子を見せてくれる。空中に半透明な氷の矢を生み出すと、それに手で触れて矢の形をもっと尖らせて、先端に返しを付けた形状に変化させる。こういう風にどうやら形を指定してから細かい調整まで自分の手で行えるものらしい。

 

 これはマジで”ぼくのかんがえたさいきょうのまほう”が捗る。

 

「故に特化型魔法はこの手の魔法を最適化し、単一属性によるバフでダメージを伸ばしつつ決め手となる魔法を連打するタイプの魔導師になるんじゃが―――まぁ、儂らには関係のない話じゃ」

 

「関係ない」

 

「まるで面白味がないからのぉ」

 

 で、と言葉が続く。

 

「この魔法を構成するパーツじゃが」

 

 浮かんだままの師匠が手を広げる。そこに複数の魔法が展開され、別々の属性の初期魔法が投影される。雷の槍、火の矢、氷の針、土の柱、風の刃。それが入れ替えられ炎の柱、土の針、雷の刃、風の矢が生み出された。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んじゃ。ま、理解する魔法の幅を増やせば選択肢が増えるのは当然の事じゃろう。だがな、これを求めるとなると明らかに容量(スロット)が足りなくなるじゃろう」

 

 その言葉に頷く。

 

「じゃろう? だがな、これにはちょっとした裏技があっての。解るか?」

 

「いや、ノーヒントじゃ無理です。もしかして自慢のつもりですか? 年上として恥ずかしくないんですか?」

 

「儂、そこまで言われなきゃならんの……?」

 

 少し勿体ぶってから、答えが出る。

 

技能(スキル)忘れた(削除)所で、覚え、身に着けた知識(エディット)は消えんのじゃよ」

 

「それは―――」

 

 つまり属性魔法を習得し、それをスキルトレーニングして育てたら魔法エディットのパーツが手に入る。だが習得した後で大元となる魔法を削除したところで習得した魔法エディットのパーツ自体は消えないのだ。そして魔法戦の主力は習得魔法から、自己作成の魔法へと変わる。それはつまり、習得したものを引き継いだままスロットを開けられるという事に他ならない。

 

「それでも魔法スキルに付随するパッシブは消え―――あ、でも複数使い分けるなら1属性のパッシブを残した所で意味はないのか。全体にバフをかける方針で開いた枠にパッシブ系のスキルガン詰めした方が最終的には火力が伸びる……」

 

「そして儂は複数の属性を効率的に、そして更に強くする為に運用するシステムを長年をかけて構築した。それが儂の秘伝スキルじゃ」

 

 それは間違いなく茨の道だ。すべての属性魔法を習得しないといけないという大前提があるだろう。だがそれを込みにしても非常に魅了的な話だ。これが完成すれば、俺を真似できるプレイヤーなんてどこにもいないだろう。これは、物凄い夢と浪漫にあふれている。そして何より完成すればこの爺さんみたいになれるのかもしれないのだ。

 

 これでやる気が出ないわけがない。

 

「ほうほうほう、どうじゃやる気が出てきたじゃろう? さあ、まずは我が第1の秘伝を受け取り、使いこなす為に研鑽を重ねるのじゃ。鍛錬の果てに新たな境地がお主を待っているぞ」

 

 やる気十分、気合十分。A師匠の言葉と共に秘伝スキルが授けられる。残された空きスロットは1つ、だがそれを取らない選択肢はなかった。

 

 こうやって新スキル、《深境》を習得した。




 アインの方向性が決まった。スタイルとしては完全なる大器晩成型、本番は6属性全てをマスターしてからだぞ!


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エルディア王 Ⅷ

 《深境》のスキルを獲得した。これが極意と呼べるものらしく、習得している属性が増えれば増える程その効果が増す。現状習得しているのは《火魔法》と《時魔法》だけだ。《深境》の習得によって視界には〈深境ゲージ〉が追加されており、そこには火属性のゲージが追加されている。見えるゲージは合計で4つ、土と氷と風の所が習得していないから灰色になっている。光と闇のゲージが存在しないようだが―――まあ、習得すれば解るか、と判断する。ちなみに時は属性カウントされないようなので、魔法エディットのパーツ集めようになるかもしれない。この感じ、後々で《毒魔法》も習得してパーツ取得した方が良いのかもしれない。

 

「《深境》を獲得したことでお主は様々な属性の組み合わせと効果による複雑な戦術、その入り口に立つ事が出来た訳じゃ。そしてそれぞれの属性には特色がある。これは非常に大事な事じゃから良く聞くんじゃぞ?」

 

「うす」

 

 ついでにメモの用意をしておく。

 

「属性はそれぞれを使い込めば使い込むほど増幅し、それぞれの力が増してゆく。だが決してプラスの方向性になる訳ではない。火を使えば水・氷の力が下がり、土を使えば風が、という訳じゃ。だが何も属性の力は相反する訳ではない。世界は循環によって作用する。故に魔導もそうじゃ」

 

 属性の相性は簡単に火>水>土>風という形になっているが、単純にこれでは完結しないらしい。

 

 例えば火と土は互いを支え合う力を持っている。故に火を使えば土の力が高まり、土を使えば火の力が高まる。水と風も同じようにできている。

 

「そしてここが重要なんじゃが、火と土の力が上がる事で相乗効果が発生し、破壊力が増す。だが同時に消費が増える。だがこの破壊力の伸びは魔法を根本から弄る事よりも遥かに威力が伸びるんじゃよ。これは属性概念の固定化と安定化によって場と己の属性が支配されている事による影響じゃ」

 

「ほうほう」

 

「そして氷と風の力が高まると逆に流動性と循環能力が上がる。こうなると威力は多少下がるものの、それと入れ替わる様に魔力(MP)の急速充填が始まるんじゃ」

 

「おぉ、マジか」

 

 つまり火土を使った火力ルートから氷風の回復ルートを交互する事で無限機関としてアイテムなしに成立するという事だ。これはまさしく自分が目標としていたキャスターとしての理想の姿なのだが、

 

「……これ、特化型だとどういう手段でMP確保するんです?」

 

「特化型は特定属性の消費魔力を大幅削減する手段を持っておるんじゃよ。それによって魔力の回復する手間を極限までカットできとる。その代わりに汎用性を失うがの」

 

「じゃあこっちのやり方が遥かに楽っすね」

 

「そう思うじゃろ? そうでもないんじゃよなぁ、これが」

 

 そう言うと師匠は手を振り、杖を虚空から取り出した。1本、2本、3本、4本―――合計で6本の杖が出現している。その全てが別々の違う杖であり、何らかの凄い力を秘めているのが解る。

 

「儂も複数の杖を状況と相手によって使い分けておる。それぞれの属性別に杖を作成してな?」

 

「あっ」

 

 それで大体察した。

 

「1本作るだけならまだいいんじゃよ。だけど複数の属性を使い分けたり、合わせて使うとなるとそれぞれが別の属性に特化したものを用意せねばならんじゃろう? そうなると最高級品を追求しないと1つ1つの属性が特化型に負けてしまうじゃろう? マスタリーを習得しない分は装備品で詰められる所を詰めないとその分で劣ってしまうから必然的に金を出す事になるんじゃが」

 

「うわぁ……」

 

「うん。儂のお財布もすっからかんよ」

 

 特化型は防具、アクセサリー、武器も全てが1属性に絞った装備品で良いのだろう。だが複数の属性を運用する深境スタイルは様々な魔法を組み合わせて戦う事前提だから装備に着ける属性バフを1本化させることが不可能だ。その為、ベースとなる攻撃手段を切り替えるのに合わせて装備品も切り替えなくてはならない。

 

「覚悟するんじゃぞ。アホ程お金がかかるから。寧ろそっちが辛いまであるぞい」

 

「マジかぁ……」

 

 レベル50になって装備厳選に入った段階が1番辛いのかもしれないという地獄の様な情報が入ってしまったが―――まぁまぁ、そこはほら、専業クラフターやスポンサーを募集して全投げしよう。資金稼ぎは任せるから早くスポンサーを見つけ出したい。

 

「後は……そうじゃの、《結界術》と《契約術》は取りたいのう」

 

「初期の選択肢にはなかったなぁ。どういうスキルなので?」

 

「どっちも魔法系統の技術じゃぞ。《結界術》は陣や結界を生み出すことで防御や回復、強化を行う空間を生み出す者じゃ。極めれば大雑把な空間跳躍と短距離転移が使える様になるし、敵味方の識別を魔法に編み込むことができるようになるの」

 

「クッソ重要じゃないですか」

 

「そうじゃぞ」

 

 つまり大魔法、範囲魔法を放ってもフレンドリーファイアーしなくて済む魔法を生み出せるという事だ。これは必須だ、何故なら戦闘が激化すればそれだけ味方に攻撃の当たる確率が上がるからだ。だというのに味方を一切気にせず攻撃が出来るのはメリットでしかない。

 

「《契約術》は言ってしまえば《召喚術》の亜種だの。《召喚術》が協力的な精霊や幻獣を召喚する為のスキルだとすれば、《契約術》は本来は協力的ではない存在や従えられない存在を制限をかけることで部分的にその力や存在を使役するスキルじゃ」

 

「具体的な運用に関して3行以内でお願いします」

 

「え? あー……攻撃の合間に召喚挟んで数パンして返すから攻撃回数が稼げる。後召喚している場合みたいなガチガチの本体の能力低下デメリットがないのも良い」

 

「Naruhodo」

 

「気づいたんじゃけど儂、欠片も敬われておらんなこれ?」

 

「気のせいですよ、気のせい」

 

 だけどそうか、そんなスキルが存在してたのかー、という良い話を聞かされた。流石お勧めされるだけはある。やはりチュートリアルで見たスキルがすべてではない。隠されている秘伝スキルの他にも意外なスキルがパーツとして優秀な能力を持っていそうだ。更にデータが出てくれれば完成形をどういう風に持っていけるのか見えるのになぁー、とは思わなくもない。

 

「……やれやれ、これは1つ、師匠としての威厳を見せねばならんようじゃな」

 

「はい?」

 

 メモを覗き込みながらこれからどうするかあーだこーだを考えていると、師匠がそう言って杖を振るうと今まで座っていた椅子が喪失し、そのまま倒れそうになるのを急いでバックステップを取ることで立ち上がる事に成功する。

 

「良し、これよりアイン、お主に稽古をつけてやろう。我が《深境》の秘儀があるのだ。今までよりは遥かに成長しやすくなっている筈だ」

 

 赤く染まっている杖を手に握るとそれを回転させながら手に取る。

 

「さあ、構えろアイン。なに、儂も同じ魔法で反撃するだけじゃ。身に受け、放つ方が良い稽古にもなるじゃろ。遠慮する必要はないぞ、この部屋は儂が魔法で保護しておるからの」

 

「お師匠、実は結構アクティブ派?」

 

 杖を2本引き抜きながらやや笑みを引きつらせながら質問すれば、

 

「……自粛でストレス溜まる程度には、かのぉ?」

 

「バリバリのアウトドア派じゃねーか うお―――!」

 

 アインの戦いが明日を救うと信じて―――!

 

 

 

 

「お、お疲れさまでした……」

 

「うむ、どうやら《火魔法》のレベルが上がったようじゃな。さて、限界の様じゃから今日はこれまでにするぞ? 1日1回であれば儂が稽古をつけてやるからまた明日この部屋へと来ると良いじゃろう」

 

「……うす」

 

 完全敗北。

 

 床に当然の様に転がされている。修練内容はひたすら魔法を使い込む事なのだが、格上相手だとこの回数が削減されるのと弟子入り効果で割引されていて本来と比べると凄い上げやすくなっているのだが、それでも1時間という時間内でスキルレベルを3から4へと師匠は―――いや、もう爺でいいや。あの爺は無理矢理上げてしまった。魔法を爺に向かって連射するというのは変わらない。だがそのついでに魔法戦の動きを叩き込むために爺も魔法で反撃するのだが、此方が使ってくる魔法と全く同じ魔法をカウンターとしてはなってくるのだ。

 

 〈ファイアーボルト〉には〈ファイアーボルト〉をぶつけ、〈イラプション〉を使えば足元には爆炎が発生しそうになっている。しかもその反応から見てから発動したのではなく、此方が使おうとする魔法を事前に読み取って放ってくる。しかもそれでこっちの詠唱潰してくるもんだから辛い。〈ファイアーボルト〉を〈ファイアーボルト〉で迎撃する所とかドヤ顔しててマジでうざい。

 

 なのである程度強引に杖でガードしながら魔法を放つか、接近戦に持ち込んで魔法を使って一気に押し込むか、それとも誘う様に先に詠唱させてから後から詠唱することでこっちが攻撃を差し込む様にするか。無理矢理魔法使いとの戦いを経験させられた。もう嫌だあの爺、滅茶苦茶だ。

 

「お主もエルディア王代理から受けた依頼があるじゃろう、体力が戻ったら早速東街道へと行くと良いじゃろう……間違いなく位階(レベル)差はあるじゃろうが……まぁ、お主とあの嬢ちゃんでなら問題なくあそこら辺の魔物とも戦いになるじゃろう」

 

「……うす」

 

「疲れたら城の客室を使えばよい。今の城下町で部屋を取るのは難しいじゃろうしな。儂から話は通しておく。そら、頑張ってこい若者!」

 

「はーい」

 

 ぼろぼろになった体を持ち上げて部屋を出ようとすると、回復魔法が飛んできて喰らったダメージや疲れを全て消し飛ばされた上で装備の耐久値まで戻されていた。本当にそういう所は凄いんだけどなぁ、と思いながら部屋を出て軽く溜息を吐く。

 

 まぁ、後である程度はWIKIに乗せておくか。

 

「えーと、ニグはどっちだ」

 

 いや、アイツの事だし適当に歩いていれば俺を見つけるか。

 

 ニグとはその内合流できると勝手に信じて城の入り口を目指す。初めて1人で歩き回る建造物だし、ガイドも存在しないが窓の外を見れば自分が城の大体どこら辺にいるかが解る為、そこまで困るような事はない。だからさっさと師匠の部屋のあった場所を脳内に叩き込んで、廊下を抜けて城の中央部分にまで戻ったら大階段から下の階へと降りて行くと、茶髪をポニーテールで纏めたロングスカートメイドの女性が階段の下で待っていた。

 

「アイン様、鍛錬の程お疲れ様です。アーク様よりアイン様、ニーズヘッグ様の世話を任されたシャーリィで御座います。何卒よろしくお願いします」

 

「あぁ、此方こそよろしくお願いします」

 

 礼儀正しい相手には反射的に礼儀正しくなっちゃうよなぁ……。

 

 キャラが崩れる。いや、まぁ、礼儀正しくて悪い事なんて何もないのだが。だが便利に使える人がいるのは悪くない。それにこの様子を見る感じ、アーク王子は自分たちの事を割と信用している……というより期待しているのが見える。少なくとも他のプレイヤーたちよりは優遇してくれているのだろうとは思う。

 

「あー、シャーリィさんニグ―――ニーズヘッグの事なんだけ彼女がどこにいるかは知らない?」

 

「ニーズヘッグ様でしたら先ほど26回目の死亡を経験した所で一旦休憩する為に部屋でお休みになられていますが」

 

「なにやってんの、あの子」

 

 いや、マジで。26回死んだってどういう事?? え、もしかしてジークフリートにガチ殴りした?

 

 えぇ……。

 

 とりあえずはニーズヘッグの方からも報告を聞く為に一旦ゲストルームまで行く事にした。やっぱアイツ、絶対に1人にしたりこの世に放ったりする事は出来んな、というのを再確認しながら。




 お城でのお話も次回で終わり。

 準備を終えたらGo East Go。与えられたタスクは早めに消化するのに限るのだ。無論、それは可能であれば……という言葉がつくけど。


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ぶらり、ダリルシュタット観光

「うわっ、ぼっろぼろじゃねーかお前」

 

「貞光も壊れる寸前だわ」

 

 聞くたびにそのチェーンソー、名前が変わってるな……。

 

 シャーリィに案内されたゲストルームはかなり広いもんで、高級ホテルのスイートを思わせる様な豪華さをしていた。調度品から装飾までの全てが上品でしつこくない作りになっている。これ、多分本来は外国の要人を泊める為の部屋なんだろうなぁ、という感じの作りをしている。そんな中で、ニーズヘッグがベッドの上でぼろぼろの状態で倒れていた。その服装は脱がれていて完全なる下着姿で、装備が端の方で積み重ねられている。髪の毛もやや艶を失っている様子を見せたままベッドに転がる姿に顔を顰める。

 

「お前さぁ……」

 

「めんどくさいわ」

 

「言う前から諦めるな……」

 

「ではニーズヘッグ様、此方の装備品ですが修理させていただきます」

 

「任せたわ」

 

 室内のニーズヘッグに一切気にすることなくシャーリィは装備品を回収すると、修理用のアイテムを取り出す。ニーズヘッグの事を無視して、顎に手を当てながらシャーリィがまずは布関係の装備を修復する為に取り出したチューブを見る。

 

「シャーリィさん、それは?」

 

「装備品の修復に使う万能補助剤です。材料として活用する事は出来ないのですが、修復する時に使うと足りない部分を補う様に補助してくれるので修復する際はこれ一つで修復を行う事が出来ます。無論、修復する装備品に合わせた生産技能(クラフトスキル)を取得している必要はありますが」

 

「成程、生産スキルさえ取っていれば遠方でも自分の手で装備を修理できるか……」

 

 となると装備の修復の為だけに生産スキルを習得しておく意味もあるのかもしれない。うーん、でもなぁ。育ててる余裕というか時間、ある? あ、でも爺‘sブートキャンプで1日1回1レベル魔法レベルがあげられるならスキルトレーニングの時間を余らせられるから楽になるのか? うーん、やっぱりわかんないなぁ。今の所情報というか上のレベル帯の感覚が全くつかめないから話にならない。

 

 それはそれとして、

 

「修理、すみませんね」

 

「いえ、殿下より申し付かっておりますので。あ、ですが」

 

「はい?」

 

「この機械だけは修復に少し時間が必要ですね。機構ギルドかどこかの工房に頼まないと修理するのは難しいです。此方の方で依頼しておきますが、宜しいでしょうか?」

 

「お願いします……ちなみに代金の方は……?」

 

 シャーリィは必要ありません、と言った。

 

「修復剤そのものは安いですし……それに此方の武装の方は修復の代金はジークフリート様が支払ってくれるそうでして」

 

「ジークフリートさん……」

 

「ちなみにですがお値段の程はこれぐらいでして……ごにょごにょごにょ」

 

「……うん……うんっ!? んおっ!?」

 

 シャーリィが軽く提示した値段に目玉が飛び出そうになった。その勢いのままベッドに転がっているニーズヘッグに近づき、その両肩を掴んで激しく揺すった。

 

「馬鹿! このお馬鹿! どうして黙ってた! お前絶対アレのメンテナンス費用馬鹿にならないって解ってただろう! 馬鹿! 本当に馬鹿ァ!!」

 

「注意された気もしたわね」

 

「気もしたじゃねぇだろ! 絶対にビルドの時に忠告されただろうお前。おまっ、お前! ニグお前―――!!」

 

「ごめんなさい。でもその時考えずに発言したらこうなったの」

 

「お前さあ! お前さあ! 修理にかかる費用5桁やぞ5桁!! しかも初期状態でだぞ! 解ってるのかこのポンコツ! おい!! おい!!」

 

「頑張るわ」

 

「頑張るじゃねぇんだよ!」

 

 はぁ、とため息を吐いた頭を抱えた。ジークフリートが今回の修理費を肩代わりしてくれて本当に良かった。危うくメインウェポンなしという事態に突入する事になっていた。もしくは……頭を下げて借金。だからこいつ本当に目を離しちゃいけないんだ。見てない隙に本当にこういう事やらかしてくれるから。いや、そりゃあ初期武器としちゃあ性能滅茶苦茶いいなぁ、と思ったけど。

 

 こんな事ある?

 

「もういいや……一旦ログアウトして飯食うか……あっ、シャーリィさん、修理は何時頃……?」

 

 此方の質問に修復作業を続けながらシャーリィが答えてくれる。

 

「修理の委託を行う必要があるので流石に半日程の時間を必要とします」

 

「んじゃログアウトして問題ないか」

 

 ベッドに満足げに倒れている犬を無視して休憩の為にログアウトする。

 

 

 

 

 本日の昼食はスパゲティ。個人的にスパゲティはミートソースとかカルボナーラの液体タイプのパスタよりも、ドライタイプの方が好きだ。特にチョリソーソーセージとか入っているとピリ辛で好き。パスタは割と手間もなしに作れるから素材としては非常に優秀なんだが、流石に3食パスタは飽きるので夕食だけは毎回意図的に何か真面目に作る事を考えたり、どっかで野菜を食べる事を考えている。まぁ、だが昼は軽めにパスタだ。これとスープとパンでおしまい。

 

 昼食を食べ終わったら水分補給とトイレを済ませて再びログイン。

 

 だが当然のごとく修理に出したチェーンソーはまだ戻らないし、メインウェポンのないニーズヘッグなしで新しいエリアへと進みたくはない。個人的には割と早く王族の依頼なんて物を消化したいのだがそれが出来ないのであればこの開いた時間を有効活用するしかない。

 

 そう―――ダリルシュタット観光だ。

 

 初日からぶっ飛ばしてきたのだ、実はまだダリルシュタットにどういう施設や組織があるのかというのをWIKI上の情報でしか知らない。ならここは1度、王都での観光を経験して初日見る筈だった施設の類を見て回ろう、という話になる。した。チェーンソーなんてキワモノが強いだけの武器だって絶対嘘だと思ったわ。

 

 私服コーデなんて流石に用意してないので服装は戦闘用の装備のままだが、ガラドアシリーズは割と見た目も良いのでまるで問題ない。ただ、目立たないようにまた城の小門から外に出て、ダリルシュタットの市街地に出た。

 

 そして見る、人で賑わう王都の姿を。

 

「開始時にも見たけど、やっぱすげぇなぁ……」

 

「ね。ここが仮想現実だってことを忘れそうよね」

 

 路地裏から大通りへと出ると同時に、ダリルシュタットの街並みを見る。細部まで作り込まれた、というレベルじゃなくて現実として目の前に存在しているように見える。一体、どれだけの金と技術を使えばこんな世界を構築できるのだろうか……さっぱり解らない。ただ解かるのはこの世界、歩いていても楽しいという事だ。

 

「とりあえず軽く歩き回るけど……行きたい所ある?」

 

「何か食べたいわ」

 

「お前そればっかだな……」

 

 いや、まぁ、良いんだが。異世界の料理というのも面白そうだし。

 

「後は冒険者の宿ってのもちょっと見たいんだよな」

 

「宿?」

 

「あぁ。この世界、ギルドじゃなくて酒場とか宿の依頼仲介タイプらしいね」

 

 〇〇の〇〇亭、みたいな古典ファンタジー系統の世界観というか。冒険者協会とかそういうのは存在しないらしい。その代わりに商業ギルドとか魔術協会みたいな組織があるらしいのだが。そっちの方も後々確認する必要あるからとりあえずついでに寄っておくことを予定に入れておこう。とりあえず、チェーンソーの修理が完了するまでは一旦休憩だ。

 

 純粋な観光を楽しむ事にする。

 

 流れゆく人の姿、賑わう屋台の様子、純粋に世界を楽しむために歩き回る他のプレイヤーの姿、ケツを地面にバウンドさせながら超高速移動する変態の姿。

 

「……今のは見なかった事にするか!」

 

 何やら必死の形相で上級AIっぽい気配の存在が全力疾走でケツワープを追いかけていたが、やっぱ変態っている所にはいるんだなぁ、とか野生のデバッガーってやっぱ実在するんだなぁ、とか色々と思う所はあるけど忘れる事にした。

 

 忘れろ。

 

「ボスー、こっちこっち。コレ食べましょう、コレ」

 

 そう言ってニーズヘッグがいつの間にかジェラート屋の前にまで移動していた。本当に食欲に素直な奴だなぁ、と思いながら残金を一応確認しておく。すっからかんという訳じゃないが、割と財布に余裕はない。やっぱり一度素材の売却を行って所持金の補充を行った方が良いかもしれない。というかしなきゃヤバイ。素直に王宮でお金を貰えばよかったか……と思いつつも、目を輝かせてジェラートを見るニーズヘッグを見ると、その姿をそう簡単には止められない。

 

「はぁ……まぁ、マテマテ。俺にも味を選ばせろ。なるべくごてごてしてない味が良い」

 

「そう言えばボスはあまり味が濃い物は好きじゃないわよね」

 

「濃いというか……アメリカンな濃さが苦手なんだよなぁ。科学調味料マシマシって感じのアレが。後砂糖の爆弾みたいな甘さも嫌いだな。マジで辛い」

 

 ジェラート屋の表記値段を見るが、払えない値段ではない。これぐらいならまぁ、1個ぐらいいっかという感じでニーズヘッグに軽く追いつき、メニューを見る。お、使われている素材の名前はリアルと一緒らしい。まぁ、ここで独自の名前とか出して来たら割と困るってのはあるが。

 

「へぇ、やっぱ色々とあるんだな。お勧めとかある?」

 

「そりゃあ勿論ピスタチオだよ。ジェラートを食べるのにピスタチオを食べないのは馬鹿のやる事だ。買うならとりあえずで買って食えるぞ」

 

「じゃあピスタチオ1つと……後はこのチョコチップを1つ」

 

「あいよ!」

 

 ニーズヘッグが口を挟む前にサクッと購入を済ませると、横からやや唇を尖らせたニーズヘッグの姿があった。

 

「別に奢ってくれなくてもいいのに」

 

「サンドイッチ、買っただろう? ならお返しって事だ」

 

「むぅ……なら仕方がないわね」

 

 ニーズヘッグはこういう時、味を決めるのに永遠に時間をかけてしまうタイプだから、さっさとこっちで注文を取らないと終わらない。それで勝手に味を決めてしまっても大体は満足してくれるから助かる。

 

 ジェラート屋の兄ちゃんからチョコチップ味とピスタチオを受け取り、とりあえずお勧めのピスタチオを渡してこっちでチョコチップを食べる。うん、濃厚なミルクの中にチョコの苦さを感じる甘みが混じっていて美味しい。お勧めはピスタチオらしいけどこれもこれで結構良いな。また今度、別の味も挑戦してみようか、そう思っていると横からニーズヘッグの口元が近づいてきて、食べている途中のジェラートに噛みついてきた。

 

「あ、こら」

 

「んむむ、こっちも美味しいわね。はい」

 

 そう言ってピスタチオの方を差し出してくるからこっちも一口試してみる―――うん、ピスタチオの風味自体は失われてないのにジェラートとしてちゃんと甘さと冷たさが両立している。不思議なもんだなぁ、こういう菓子って。

 

「美味しいな」

 

「そうね……次は何を食べようかしら」

 

「WIKIの食いだおれフォーラム見てると甘いのではワッフルとか美味しいって書いてあるな」

 

「じゃあ次はワッフルね」

 

「その前に換金な」

 

 ゆるーい空気の中、1日遅れのダリルシュタット観光を始める。つかの間の休息だからこそ、全力でエンジョイする事を俺達は忘れてはならないのだ。




 へぇ、デートかよ。

 きっと野生のデバッガーだって居るはずだ。かくいう私も黒い砂漠開始直後はバグ発見に走りまわって遊んでた。イカダ飛行バグとか楽しかったなぁ……。


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ぶらり、ダリルシュタット観光 Ⅱ

「はいよ! 素材売却しめて5万4千だ」

 

「どうも、ありがとうございます」

 

「いやいや、此方こそ良い商売させて貰ったよ。グリムビーストの素材は直接魔獄から召喚しなければ入手できない素材だからねぇ。手に入れるにしても召喚が出来る魔導士の協力が必要だし、第一制御可能な魔物じゃないからな! そういう意味では貴重な素材を売却して貰えてこっちも嬉しいもんさ。また何か見つけたら買い取るから売りに来てくれ」

 

「変に値切らなければ何度でも来ますよ」

 

「エルディア王の御威光ある限り俺達は真っ当な商売を続けるさ。稀人様、あんたにも神々のご加護を」

 

 素材屋、という専門の商店がある。素材の類はこういう専門の店で売るのが一番金になるらしい。少なくとも通りすがりのエルディア人数人に聞いてみればそういう答えが返ってきたのでそれを信じて売り払う事にした。意外と結構かさばっていた素材が高値で売れたことは喜ぶべき話なのだが、この売り上げが全部チェーンソーの修理費で吹っ飛ぶと考えるとちょっと憂鬱になってしまう。これだけやってこの稼ぎ……やっぱり根本的な金策不可避では?

 

 やっぱりどっかにスポンサーしてもらう必要がありそうだ。

 

 まぁ、今のところはそれを忘れておく。今はニーズヘッグとのゆっくりお散歩タイムなのだから。換金を終えたらその足でそのまま人気のあるというワッフルのお店へと向かったが、見てみれば既に結構な数の人―――というかプレイヤーが同じことを考えて大盛況という状況にあった。

 

「これじゃあ食べるまで並ぶ事になりそうね」

 

「他、回ってみるか」

 

「口の中がワッフル色だったけれどしょうがないわね。何か別のワッフルをしまワッフル」

 

「頭の中ワッフルだけじゃねーか!! ふわっふわかよ!」

 

 まぁ、気持ちは解らなくもない。だけど件のワッフル店が満員でどう見ても並ぶしかない状況なら適当に歩き回って何か探したほうが早いだろう。それにほら、

 

「見て、ボス」

 

 既にニーズヘッグの興味は別の食べ物に移っていた。その姿に笑い声を零しながら歩いて追いかければ、今度はパイを焼いている屋台へと近づいていた。ここで売られているのはどうやら果物を入れたパイらしい。またどうせ長々と悩むであろうニーズヘッグの為にも、纏めて3種類のパイを購入してしまう。

 

 アップルパイ、ミックスベリーパイ、そしてカスタードパイだ。それを受け取ったニーズヘッグが幸せそうに1つ1つ、かみしめる様に齧り始めるのを横目に、店主に話しかける。

 

「結構屋台とか多いけど、ここって普段からそうなのか?」

 

「はは、バカ言っちゃいけないよ。毎日こんなわけないさ」

 

「あぁ、やっぱりそうなのか……となると祭りというか、歓迎の意味で?」

 

 その言葉に屋台の店主が頷いた。

 

「あぁ……稀人様たちを迎え、気持ちよく送り出す為にな。ぶっちゃけ俺達のこれ、値段的には赤字なんだぜ? 食材だってこの状況だと無限に手に入る訳じゃないしな。それでもその分の費用を王家が補填してくれてるおかげでなんとかなってるんだ」

 

「成程なぁ……はいはい、あんむっ……ん、美味しいのは解ったから」

 

 口元へと突き出されたカスタードパイに齧りつき、嬉しそうに食べているニーズヘッグの頬のカスタードを指で拭って口に運ぶ。やっぱり甘い。こういう感覚の1つ1つを完全に再現しているこのVRMMOという世界、これがまだすべてのVRMMO史の始まりだと思うと、一体技術はここからどういう次元へと成長してしまうのだろうかと考えてしまう。まぁ、考えるだけ無駄なんだけど。

 

「仲の良い兄ちゃんと姉ちゃんだなぁ……それにさ、俺達の王子様の判断は何も間違っちゃいなかった。空を見ろよ! ガラドアの方をよ! もう既にあの忌々しい色の空が無くなっちまいやがった!」

 

 俺達がやった事だ、と言いたかったが嬉しそうなその姿を見てしまうと少しだけ恥ずかしさと、ガラドアの宿場町の人々の姿を思い出してしまい黙り込んでしまった。

 

 アーク王子は―――俺達プレイヤーに、全部ぶっこむ事を覚悟していたんだなぁ。

 

 ゲームだから、と言ってしまえば簡単だろう。だがその判断、覚悟、そして悩む姿をゲームの設定だからと片付けるのにはあまりにも難しく、生々しい感情だった。何もかもがリアルに感じられるせいで現実との境界線さえも揺らいでしまいそうで……ちょっとだけ、怖い。

 

「ご馳走さん。ニグ、次はどうする?」

 

「冷たいものが飲みたいわね」

 

「お、あっちでサングリアを売ってるな。ちょっと飲んでみるか……あ、お前は飲み過ぎるなよ?」

 

「解ってるわ。でも4杯までならいいわよね?」

 

「何も良くないが?」

 

 あ、またケツワープが跳んで―――あ、待って今通り過ぎたのスーパーZスライドのポーズじゃない? すげぇ、あんなことも出来るの? いや、バグか。明らかに追われてるし。無視しよ、無視。

 

 

 

 

 それからもうちょい屋台を見て回った。屋台を見て回るだけでも結構楽しかった。やっぱり中世ヨーロッパがベースになっているのか、出てくる料理のベースは基本的にそっちがメインとなっている。その中にどこかで見覚えのある北欧風の料理が並んでいたりして、ちょっと面白いカオスさを見せている。個人的に面白く感じたのはマヨネーズが既に存在している影響でマヨネーズチートが出来ないと嘆いている一団を見つけた事だ。

 

 生活感が各所に見えてくるのが本当に面白い。ここにいるNPC達は設定ではなく、実際の生活と思考を持って行っている。料理1つを取っても好みやアレンジでこだわっている部分さえある。

 

 それが楽しい。歩けば歩くほど新しい発見があって、常に新鮮さのブローに襲われているような気持ちだった。それだけじゃない。誰も彼もが生きる力で溢れているような、笑い声と笑みと活力で満ちていた。

 

 この都市は生きている。

 

 それを肌で感じられるような時間がここにはあった。

 

「最後にあれ食べましょう、あれ。それが終わったらもう終わりで良いから」

 

「もうかれこれ1時間食って回ってるんだけどなぁ……」

 

 それでも腕をニーズヘッグに引っ張られる事を良しとしてしまう俺自身にも問題はある。だけど屋台の方から香ってくるこの美味しそうな匂いには勝てない。惹かれるように最後と決めた屋台へと向かう事にした。最後の締めとして選んだのは胡麻団子の屋台だった。ここ、中世風の街並みには珍しい東洋風―――というよりは中華・モンゴル系の意図の屋台に惹かれたようだった。ふらふらと近づいてはニーズヘッグが指を1本立てた。

 

 帽子をかぶった青年の店主は笑みを浮かべ、

 

「1つですね?」

 

「10個欲しいわ」

 

「そ、そっちでしたか」

 

 ちょっとだけ頬を引きつらせながら胡麻団子を笹の葉に包んで行く。それを見ながらほえー、と声を零す。

 

「まさか東洋系の屋台まであるとは思わなかった」

 

「―――それは単純にこっちに取り残されてしまったからだ」

 

 声は青年の背後の方から来ていた。奥のスツールには銀髪、青年と同じように帽子を被っている女の姿があった。ご立腹と言わんばかりに足と腕を組んでいる様子はまさしく全身で不満を示す様子だった。どことなく、他の人たちよりは少しだけきらきらとした印象を受ける人だった。どっちかと言うとアーク王子に近いタイプというか。それと引き換えに店主の青年の方はジークフリートとかに近いもっとドロッとした感じに近い。

 

 存在感が濃いというか、濃密というか、詰まっている感じだ。

 

「イェン……」

 

「世界断絶などとはいい迷惑だ。港と王都が切り離された影響で帰る事も何も出来んとはな。これが不満でなければ何を不満だと言えば良いのだ全く」

 

 悲観でも、絶望でもなく、そこにあったのは怒りだった。静かに、確かに怒りを抱いている。

 

 このダリルシュタットを歩いてて感じて見えたのは希望と、そして僅かな逃避。縋っているとさえも言える。プレイヤーたちの存在を希望として、そしてガラドアが解放された事にすがっている。それが他の地域にも広がる様に、と。食料にも物資にも限界があるし、それが形として彼らには見えているのだろう。ここはよくあるMMOみたいに倉庫や在庫が自動的に補充される訳じゃないのだろうから。だから底を尽きればあとは死ぬしかない。その前に果たして俺達が成し遂げる事が出来るのだろうかどうか、それに希望と絶望が入り混じって今日という日を全力で笑って過ごしている。

 

 そのバイタリティの前向きさは凄い。だがこの女性はそれを怒りという形で溜め込んでいた。

 

「私が封鎖領域に飛び込めるのであれば今すぐ八つ裂きにしてやったものだが」

 

「止めてくれイェン、お前もそろそろ良い歳なんだから落ち着いてくれないか……」

 

「兄上こそ私の事を放っておいて国へと戻ったらどうだ? 私はこっちで商会を立ち上げて好きにやるつもりだからな」

 

「お前を放って帰る訳にもいかないだろう。父上にどう報告すれば良いと言うんだ」

 

「そんなの私が知る訳ないだろう。兄上が勝手に考えてくれ」

 

「あのなぁ……あ、遅れました。此方胡麻団子です」

 

「どうも、これは代金で」

 

 胡麻団子を受け取ったニーズヘッグがうっきうっきしながら笹を解くと胡麻団子を取り出して頬張る。幸せそうに頬を膨らませている姿を横に、軽く口論しかけている2人の流れを断つように言葉を挟みこむ。

 

「すいません、ちょっと話を聞いても良いですか? 海の向こう側にも国があるんですよね?」

 

「ん? あぁ、そうだ。私と兄上は海の向こう側にある大陸から来ている。西と東で交流があるがそこまで親しくはないからな……こっちで店を構えて東の道具を売れば金のある層に人気が出るのは見えているんだがな」

 

 イェンと呼ばれている銀髪の女の言葉に、帽子が触れてないのにもぞもぞと動く青年が言葉を続ける。

 

「いえ、その、海を渡るのってそれなりに危険な上に安くないですからね。個人で船を所有する程裕福ではない限りこっち側で店を構えて売りに出すなんてとても……」

 

「金なんてそこらへんで汚職している奴から奪ってきたのが元手だ、好きに使って良いだろう」

 

「そのお金も港に置きっぱなしだけどね」

 

「ぐっ……」

 

 その言葉にイェンは歯を食いしばった。

 

「だが最終的に私のこっちへと来るって判断は間違っていなかったぞ兄上!」

 

「それはそうだけどさぁ。結局東国も東国で飲まれちゃったみたいだし。だけどこれはそういう問題じゃないでしょ……」

 

「いや、そういう話だ。何、全て最後は丸く収まれば結構だ。それにここには噂の解放を成した稀人もいる。ガラドアを開放したように、港の封鎖も解除させてしまえば良い。ほら、何も問題あるまい」

 

 ふふん、と自慢げに言うイェンにあれ、と声を零す。

 

「……ん?」

 

 言いふらすのも面倒だから言ってない筈なんだがなぁ、

 

「なんだ、気づかれないとでも思ったのか? 話題に敏感な者であれば既に誰が解放したか、なんて調べてあるものだ。気をつけろ、稀人。貴様は今最も価値のある稀人だ。言い換えれば輝きの見えている宝石の原石だ。磨けば確実に光ると解る宝石が転がっているのだ、誰だって注目するし誰だって欲しがるに決まっているだろう」

 

 ビシッ、と指先を此方へと向けてくるイェンの圧力にお、おうと声を零す。

 

「誰も信用できないのであれば再び私の所へと来い。何、悪いようにはせん。何せ、私は嘘や謀の類は面倒でせんからな!」

 

「そこ、自慢する所じゃないよイェン。いや、本当に申し訳ありませんね、妹が。あ、これサービスの胡麻団子です」

 

「おいしい」

 

 ニーズヘッグ、完全に脳味噌を溶かして団子を食べている。まぁ、幸せそうならそれで別にいいけど。早くあっちのチームと合流して頭脳労働を任せたい。

 

「まぁ……考えておきます」

 

「良し―――見たか兄上、私の見事なコネクションの構築っぷりを」

 

「うん、やっぱり異国で1人にはできないなぁ、って確信したよ。あ、夜になったらここでは拉麺出してるから興味があったらまた来てください」

 

「ラーメン……!」

 

 あ、コレ夜になったらまた来る奴だなぁ、って確信する。どうするかなぁ、ラーメン。でも俺も食べたいなぁ、ラーメン。夜、来ちゃう? 来ちゃうか?

 

 騒がしい東国の兄妹と別れながらダリルシュタットの街並みに紛れる。夜はラーメンにするかなぁ、なんて考えながら今度は漸く街の施設を見る為に歩く。

 

 まだこれで屋台しか見てないんだからなぁ……見所で溢れすぎているな、この街。




 これはやはりただの犬のお散歩なのでは……?

 現地人は現地人の感覚と現実で生きている。彼らには彼らがNPCであるという自覚がないのである。


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ぶらり、ダリルシュタット観光 Ⅲ

 食べ歩きを止めた所でまず最初に向かったのは冒険者の宿だ。古典的ファンタジーだと冒険者ギルドではなく、店の店主がフリーランスの冒険者の仕事の斡旋等を行っており、仲介や宿に泊まって仕事をやらせたりするのだ。このシャレムの世界であってもこの古典的スタイルが採用されているようで冒険者ギルドという組織は存在しない。その為、戦闘を含めた冒険者としての仕事が欲しいのなら冒険者の宿に登録する必要がある。

 

 とはいえ、冒険者の宿とはカテゴリーを示す言葉であり、実際の場所を示す言葉じゃない。例えばコンビニと言ってもいろんなコンビニがあるのと同じ理論だ。つまり数多くある冒険者の宿から、自分が所属したい奴を探さなくちゃいけない訳だ。当然、多く冒険者を抱えている大手程優秀だったりサービスがしっかりしているもんだが、そういう所は冒険者が十分にいたり仕事が既に取られていたりするので、適度に自分の求めるのにあった所を探さないといけない。

 

 正直、こういうのを探すのも割とわくわくする。

 

 知らない街を走りまわって新しい店を開拓する楽しさをこうやって味わう事になるとは、思いもしなかった。

 

 ただ、今回は本所属する訳ではなく、色々と話を聞いてみたいというのが本音だ。所属するかどうか、そういう場所を探すのはまた今度として、今回は聞き込みで聞いた一番評判の良い”踊る金猪亭”を選んだ。

 

「おーおー、賑わってる賑わってる―――あ、お酒禁止だからな」

 

「まだ何も言ってないわ」

 

 でも不満げな表情を見てると言いたい事は大体解るよな?

 

 ともあれ、”踊る金猪亭”は繁盛していた。昼間からだというのに入口に入って見える酒場部分にはそこそこの人の姿が見られた。酒を飲んでいる奴もいれば、軽食を食べている奴もいるし、カードゲームで遊んでいる奴もいる。一目見て解るのは複数のグループにテーブル別で分かれていて、装備や恰好からして彼らが冒険者だってことだ。誰も装備している物は自分たちのそれよりも上質そうだ……恐らくは現地人の冒険者で、断絶する前に戦ってた人たちだ。

 

 今では戦う場所を奪われた、と言う形かな。

 

 あまり此方に向けられる視線が良くない感じがする。ここは軽く店主に媚を売る感じで行くか、と頭の中で勘定しておく。

 

 とりあえず足を止める事なく店内奥のカウンターまで行き、笑みを浮かべて片手を持ち上げつつ、もう片手でニーズヘッグに余計な事をしゃべるなよ、とサインを出しておく。

 

「初めまして、稀人です。こういう場所を利用するのは初めてなのですが……聞いたところ、ここらで1番評判が良いのはここですし、話を聞くならここが良いと思ってきたんですけど……」

 

 背後で数人、姿勢を正す様な音が聞こえた。そして店主も笑顔で対応してくれる。

 

「えぇ、ようこそ踊る金猪亭へ稀人様。今宵は此方に何か御用でしょうか?」

 

「えぇ、実はあまりこういう場所のシステムというか制度というか……冒険者の役割、仕事、報酬と依頼を出せる範囲はどういうものか、とか説明がして欲しくて……あ、これ依頼料必要ですか?」

 

「いえいえ、これぐらいでしたら何も問題はありませんよ。それで冒険者の宿の事でしたね」

 

「はい、恥ずかしながらそう言うものが私たちが元居た場所にはなくて……」

 

「ははは、誰しも初めてというものはありますよ。それで説明の方ですが―――」

 

 ちょっと長くなりそうなので適当な料理を頼んで、それを食べながら話してもらう事にした。やっぱりこういうのは軽く注文してお金を落とす事が基本だってロールプレイの初心者ブックにもあったしね。それに何かを食べている間はニーズヘッグも良く黙ってくれる。ただ美味しさはぶっちゃけそれほどでもない。

 

 システムに関してだが、冒険者の宿に登録すると基本的に専属になって、他の宿から仕事を受けない様になる。事情があったりするとまぁ、許される時もあるらしいが基本的には所属が決まる形になるから推奨されないらしい。その代わりにその宿に所属する冒険者は宿の名声を高め、そして宿の方は活躍している冒険者の事を宣伝してくれる。宿と冒険者の評判が上がれば依頼も増えて、Win-Winという関係が構築される。大体想像していた通りのシステムになっていた。ちなみにちゃんと冒険者にもランクはある模様。

 

 依頼を出すのも難しくはない。基本的には宿の主人に依頼を提示して、相場と動かせる冒険者を教えて貰ってそこから交渉する形になるらしい。

 

「思ってたよりもだいぶシンプルなシステムですね……」

 

「あんまり複雑にしてしまうと覚えられない人が出てきますからね。結局、冒険者という職業は上のランクの人間にならない限りは基本的に日雇いの便利人程度の認識ですからね。無論、ウチにいるのはどれも実力、人格が保証されている連中ですよ」

 

 まぁ、と言葉が付く。

 

「最近は自由に仕事が出来ずにちょっとピリピリしている分もあるので、そこだけはお見逃しを」

 

「封鎖領域ですか」

 

「えぇ……アレがあるせいで遠方への依頼が出来ませんからね。基本的に普通の人がやりたがらないような面倒な仕事や隙間の仕事が回されますからね。となると遠方への手紙運びや人が寄り付かない場所での仕事、或いは面倒な魔物の相手とか雑用になる。だけど封鎖領域が展開されていてそう言う仕事が潰されていて、ね」

 

 そしてそのまま小声で続けてくる。

 

「今じゃ封鎖領域に入れるから稀人様たちに仕事を頼む形になっているしね……ちょっとこっちは下火かもしれません」

 

 まぁ、それも、と声量を戻して続ける。

 

「封鎖領域が解放されれば、仕事はこっちに回ってくるでしょうから、期待してますよ」

 

 根本的な人に対する評判と信頼は現地人の方が上だから、利用するなら現地冒険者の方……という形か。

 

「あぁ、でもそうか……レンジャーやスカウトを探してるならここでガイドを雇えば良いのか。使えるな……」

 

 マルージャの方では深刻なスカウト、レンジャー不足が問題になっているらしい。当然ながらいきなり野伏や斥候能力を人間に生やせと言っても無理だ。アレは訓練して身に着ける能力だ。ニーズヘッグの様な突然変異でもなければ感覚と直感で最適解を出せる訳じゃないのだ。そしてこういうのは割と時間がかかる。その訓練を終えている人間を雇う事が出来るとするなら……たぶん、所属する以上の意味がある。

 

「話、ありがとうございました。たぶんまた来ます」

 

「その時をお待ちしていますよ。皆、仕事に飢えてますからねぇ」

 

 良い時間だった。面白味は欠片もないが。これ、露店で何を売ってるとか、欲しい素材の値段の相場とか。そういうのを確認するのにも使えそうだなぁ、と思う。とりあえず所属方向とかではなく、利用する方向で活用するかなぁ、と判断して外に出る。

 

「さーて、次はーっと」

 

「えー、まだつまらない所を回るの」

 

「回るんだよ! 施設の類は把握してないと後々困るからな。ほら、終わったらラーメン食べるからそれで我慢しろよ」

 

「ふぁい」

 

 まぁ、面倒なのは解るけどさー。

 

 

 

 

 それからもうちょっと色々と施設を回る。まずは商業ギルド。流通とか物流とかそういうのを管理している商人たちの集まりだ。屋台とか、露店とか、そういう店を出す事も商業ギルドに通達して許可を貰わないとならないらしい。そしてその時何を売りに出すのか、等を軽く検閲する事で違法な品が扱われていないかチェックもしているらしい。つまり欲しいものはここでチェックすれば大体どこで購入できるのか解るというシステムになっている。便利だ。さっきは冒険者を調査に雇うと考えたけどやっぱお前らの仕事ねーわ、悪いな!

 

 それから次は魔導ギルドへ。召喚士用の触媒や、魔法による戦闘を支える為の触媒、他には教本なども販売されている。魔法エディットで作成されている魔法のサンプルというものも結構な数があり、それが纏められていたりする。後はどの属性がどういう魔法を備えているのか、内包しているのかというのも低レベル帯であれば自由に閲覧出来ていた。あとついでに魔法の練習スペースもあり、魔法のスキル上げに最適な木人殴りも練習所で出来る様になっている。登録して所属しておくことで魔導師にしかできない仕事を斡旋したりしてくれるらしい。

 

 ……当然ながら魔法技能とは誰もが覚えられるものではなく、プレイヤーたる稀人が規格外なのだ。なのでこういう魔法技能を持てない奴とか、クラフター技能を全く上げられない奴とか。そういう連中が最後に行きつくのが冒険者というものだ。

 

 なんだ、屑しかいないじゃん。雑魚ばっかだわ。お祈りしとくわ。

 

 ちなみにA師匠に弟子入りしたからか、既に魔導師ギルドに所属している扱いだった。その気になれば《エンチャント》や他の属性魔法の習得を優先して補助してくれるらしい。やっぱり世の中コネだな。

 

 それが終わったら向かったのは教会だ。

 

 ここでは教会の前を全裸の男が疾走してたのでまた今度行くことにした。頑張ってくれ鬼の形相で大剣を2本振るってた神父、教会の平和はお前に任せた。

 

 盛大に教会をスルーして向かった先はエルディア機工房、このダリルシュタットで機工等のメカに関する開発、修理、強化を行う場所である。つまり今現在ニーズヘッグのチェーンソーが送られてメンテナンスされている場所でもある。ニーズヘッグの武器はチェーンソーと言う実に特殊なもので、生産も開発も強化も全部この工房でないと行えない。その為、これから装備を強化するうえで必ずニーズヘッグはここに来ないと武器の強化を行えないのだが、

 

 到着と同時に工房から走り出して逃げる人々の姿が見えた。

 

「セルドライト鉱石が臨界を超えて爆発するぞぉお―――!!」

 

「うわあああ―――!」

 

 慌てて逃げ出す姿を確認し、

 

「えっ」

 

 と声を零す。だが光が工房から溢れ出し、あ、これ解りやすいオチだ。そう思った瞬間には目の前にニーズヘッグを盾に引っ張り出した。

 

 そして全てが光に染まった。




 一切何の躊躇もなく女を盾にする男。それで本当に主人公かぁ?


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ぶらり、ダリルシュタット観光 Ⅳ

「煙たいわね。けほっ」

 

「いやぁ、世紀末かよこの王都」

 

 もやもやと煙が工房から溢れ出し、爆発が終わった所で慣れた様子で研究者や技術者たちが工房の中へと戻って行く。もしかしてお前ら、日常的にこんなノリなの? そう思っていると中から声が聞こえてくる。

 

「換気扇つけろー!」

 

「壊れてるわクソが! 代わりに除湿器使え除湿器!」

 

「それも壊れてるわ!!」

 

「じゃあドリル使うか」

 

 ぎゅいいいい、という音が工房から聞こえてまた何かが爆発する。それをしばらく眺めているとやがて煙が工房から消え始め、普通に営業を再開する。周りの人たちも爆発する瞬間だけは逃げて、そのあとは普通の生活に戻っている。え、まさかこれが平常運転なの? マジで? こんな面白い場所なの? まぁ、中世ファンタジーに科学を持ち込んでいる時点で面白だとは思っていたが。ここまでになるとは思わないだろう。

 

「えぇ……あそこにチェーンソー預けたのか」

 

「明日まで預けてたら勝手にドリルとか波動砲つけられそうね」

 

 ニーズヘッグのその言葉に腕を組んで目をつむる。

 

「……」

 

 マジでやりそうだなそれ。とりあえず改造されたらたまらないし、急いでニーズヘッグと一緒に工房の中へと飛び込む。なぜが高速回転するドリルが煙を工房内で円状に回転させて渦巻かせているが、楽しそうな表情をしているしそれで良いんだろう。とりあえず話をする為にカウンターに行くと、カウンターの向こう側には誰もいない。

 

「誰もいないわね……適当な人を捕まえれば良いのかしら?」

 

「言うて忙しそうだしな……」

 

 また後で出直すか? でも教会も変質者出現するしなぁ。

 

「ん? 工房になんか用か?」

 

 一旦下がろうかなぁ、と思った所で眼帯を装着し、たばこを口に咥えた男が話しかけてきた。肩からは巨大なケースをストラップで吊るしている。恐らくは何らかの武器を格納しているのだが、そういう事をする時点でPCではない事が証明される。

 

「あなた誰?」

 

「おっと、そうか、そうだったな。俺はライネル・ダガット。ここでテスターに雇われてるもんだ。なんか用事あるなら俺が話を聞くぜ」

 

 となると吊るしているケースの中身は試作品とかなんだろうか? ちょっと興味あるなぁ、と思いながら返事をする。

 

「いやぁ、実はここにメンテナンスを頼んだ武器があるんだけど……武器?」

 

「チェーンソーは立派な武器よボス」

 

 武器なのかなぁ、アレ? 殺傷力は確かにあるけど武器と言うジャンルは絶対に違うと思う。だけどニーズヘッグは何が解らないがアレを酷く気に入っているようだった。まるで長年の相棒を見つけ出したような様子だ。

 

「あの子が無事かどうか知りたくて」

 

「チェーンソー? チェーンソーなんてもんを使ってるのかオタク? あ、いや、待て……そういや稀人の誰かがチェーンソー使って封鎖領域を突破したって話だったな。お前かそれ? ひゃあ、稀人にも面白れぇのがいるんだなぁ」

 

 腕を組んでライネルがげらげらと笑っている。やっぱりこっちの人でもチェーンソー使うのは普通じゃないんだな。それが知れただけでも良かったわ。

 

「それはそれとして安心しろ。預かったもんはちゃんと保管して傷つかねぇようにされてる筈だからな。んー、ちっと待ってな」

 

 ライネルが工房の奥へと声を飛ばす。

 

「おい! ドク! 生きてるんだろドク! 上客だ! さっさと対応してやれよおい!」

 

 ライネルの声が奥へと響き、未だに煙が充満する工房の奥からビン底眼鏡を装着した白衣、猫背の男が現れた。

 

「な、ななな、なんだいライネル君。ん? やっぱりドリルが欲しいかい? 欲しいんだね!? まずは両手両目からドリルにしようよライネルくぅぅぅん!!!」

 

「両手まではやりたい事解るけど両目ってなんだ、両目って」

 

「い、いや、い、いいいい、いけるかなっ、って」

 

「無理があるわ。それよりもほら、お前向けの客だぞドク」

 

「んー?」

 

 ドク、と呼ばれた白衣の男が此方とニーズヘッグにカウンター越しに接近するように上半身を乗り出してくる。そのアクションに合わせて首元からロボットアームが出現し、モノクルをドクに装着させていた。言っている事、やっている事の1つ1つが発狂しているとしか言えないが、この謎技術の清らかさはリアルにはないものだ。しきりにふむふむと頷いて納得した様子のドクは離れると、

 

「で、誰だぁい、君らは」

 

「何を納得したんだこの人……」

 

「深く考えると脳をやられるぞ」

 

 完全なる狂人じゃん。ファッションとかじゃないマジもんの。ドクとかいう新たなる脅威の気配に僅かに怯えていると、あぁ、とドクが声を零す。

 

「成程成程、アレだな? 改造手術が欲しいんだねぇ!?」

 

「違います」

 

「預けた武器が大丈夫かどうかを見に来ただけよ」

 

 元々は見学の予定だったんだが、急遽預けたものは本当に無事かどうかをチェックする回になってしまった。ニーズヘッグもジェスチャー込みでチェーンソーの事を説明すると、ドクが再び頷いた。こいつ、本当に理解しているのか? そんな事を疑問に思わせるが、

 

「あぁ、対魔チェンソー試作32号君の使用者か。アレを勝手に神G()M()に持ち出された時は驚いたけどちゃんと使われているようで安心したよ。人が振り回す事を想定して設計してないからまともに動かせないかと思ったけど損耗具合を見る限りかなりの数狩っている様子だからね、良いデータが取れたよ。アレならちゃんと保管室にロックしてあるから安心すると良い」

 

「!?」

 

「いや、この人自分の分野の事なら真面目で有能なんだよ。それ以外が死滅してるだけで」

 

 ライネルが諦めた表情と口調で溜息を吐く。どうやら普段から相当苦労しているらしい。両手を合わせて合掌しておく。

 

「まぁ、興味がわいたからさっさとメンテナンスも終わらせてしまったしね。もう持って帰るかい?」

 

「お願いするわ」

 

「そうかい。マイヤーズ君、48番の物を取ってきてくれたまえー」

 

「ういーっす」

 

 奥から返答の声が聞こえ、しばらくすると台車にウェポンケースを乗せた男がやってきた。カウンターの横で止まるとケースのボタンを押し、それが開く。その内部からチェーンソーの修復された姿が露になり、それを片手でニーズヘッグが持ち上げるのを見て、運んできた男がマジか、と表情を変える。小さい声で体鍛えるかぁ、なんて言葉を零しながら男が去って行く。

 

「色々と作成したんだがねぇ、ガンブレードやらドリルやらマシンクロスボウやら、結局どれも新しいとかメンテナンスの手間とかで欲しがる人がいなくて困ってたんだよ。君はその子が好きかぁい?」

 

「えぇ、大変気に入ってるわ」

 

 ぶおんぶおん言いながら片手でチェーンソーを振り回すニーズヘッグの姿をドクが慈母の笑みで見守っているが、なぜかチェーンソーのスイッチを入れてやっているので絶賛稼働中。悲鳴を上げながらライネルと一緒に退避してる。駄目だ、あの空間はもはや変な領域に突入している。俺達ではどうしようもないのだ。あ、ドクの頭掠った。

 

「そうかいそうかい。ならお金や鉱石を集めたらここへ来ると良いよ。君みたいなモルモ―――有望な稀人なら是非とも優先してお手伝いしてあげたいからねぇ。そのチェーンソー強化したいだろぉ? 君に扱いやすいように強化してあげるから色々と貢―――持ってきてくれたまえよー?」

 

「ちょくちょく取り繕えてないな?」

 

「隠す気ないからな、ドク」

 

 はぁー、こわ。遠くから眺めておこう。

 

「解ったわ……いずれは神もばらばらにするチェーンソーの為にも、私は頑張るわ」

 

「ひっひっひっひ、良いねぇ、良いねぇ。僕たちじゃ無理だろうけど君たち稀人なら神々さえも倒せちゃいそうだね。それはそれで面白そうだし、個人としては応援するよ。ではライネル君、わ、わわわ、私は戻るよ! そそそ掃除が終わってないからね!!」

 

「頑張れー」

 

 とぼとぼと猫背のドクが工房の奥へと戻って行くと、再び爆発音が聞こえてくる。うーん、この騒がしさはあんまり嫌いじゃないかもしれない。ニーズヘッグもチェーンソーをインベントリへと戻した所で退避していた所から出てニーズヘッグの所へと戻り、軽く感謝の言葉をライネルに告げておく。その言葉によせやい、とライネルが笑う。

 

「感謝してるなら俺をその内暇なときにでも雇ってくれよ、今は仕事の大半がキャンセルになってて暇なんだよ。なんなら1回ぐらいはロハでやるぜ、ロハで」

 

「お、じゃあその内強敵と戦う時に呼びつけるよ」

 

「ははは、良い根性してるぜお前」

 

 軽く握手してから別れを告げて、工房を後にする。かなり科学よりの施設だったが、この世界に存在する以上はあの手のテクノロジーもこの世界のどこかで広まっているのかもしれない。やっぱり出てくるのだろうか、ロボットとか?

 

 まぁ、ごっちゃファンタジーには良くある設定とか背景だ。それも含めて楽しめれば良いんだ。運よくニーズヘッグの武器を早めに回収する事も出来たし、軽く消耗品だけ補充したら東街道へと偵察に出てもいいかもしれない。




 ニグさんぽは続く、ニグが満足するまで。


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ぶらり、ダリルシュタット観光 Ⅴ

「干し肉とかどうなんだろうなぁ……ちゃんとした飯を屋台でテイクアウトできるならそっちのが良くない? インベントリでは時間経過しないらしいし」

 

「雰囲気とか?」

 

「あー、それは大事だな」

 

 消耗品補充の為に雑貨屋へと来ている。ダリルシュタットには大型のマーケット街がある。固定の店舗ではなくこういうマーケット街で欲しい物を探すのも中々乙なもんで、ニーズヘッグと歩きながらマーケットに並べられている物を確認している。と言っても目的は軽く消耗品を補充する事だ。あんまり本格的な買い物はしない―――ほら、東街道終わったらゴンドワから再びガラドアIDに突入してそっちで装備を揃える予定なのだから、ここで装備を整えるだけ金の無駄だ。

 

「というかさ」

 

「うん」

 

「思ってた以上にフレーバー系の道具、必須かもしれない」

 

「それは解るわ」

 

 ロープとか、ザイルとか、そういうふつうは使わないような道具。この世界で冒険する上ではちょっと重要になるかもしれない。これがTRPGだとエリアの攻略とかでGMに対してこれ、判定で使えませんかー!? ってやる奴なのだがこのゲーム、この世界、やれる事がとにかく自由で制限が存在しない。やろうと思えばロープでエネミーを縛る事さえもできるだろう。そう考えると道具は考えようでどうにかなってしまうのだろう。それを考慮すると、手段を確保するという意味で色々と買い込んでおくのは悪くない選択肢だと思う。インベントリは枠に制限があるが、それでも重量の制限は存在しないし。だったら圧迫しない程度に買い込んでおくのが賢いもんだと思う。

 

 そういう訳でロープ、ザイル、投げナイフ、ガラス瓶を購入。極々シンプルな登攀セットと投擲セットだ。投げナイフは投擲して攻撃にも妨害にもMPの消費なしで使えるし、何なら詠唱動作もいらないので投げる技術さえあれば完結する優秀な道具だ。ガラス瓶は投げて割れると音を立てるからそっちに視線が行く、一瞬でも気を逸らしたいときに隠れながら使うとこれで奇襲しやすくなる道具だ。

 

 こういうもんは何が出来る? というのを考えながら購入するのが楽しかったりする。

 

「あ、ボス、見て見て」

 

 マーケットを歩いていると、ニーズヘッグが露店の1つに近づき、売られている装備品に目を輝かせている。

 

「これ、ちょっと試着してもいいかしら」

 

「構わねぇぜ」

 

「ありがとう」

 

 露店で拾い上げて装着したのはベルトポーチだった。それも物凄く長い奴。ニーズヘッグが装着してみれば腰に2重に巻いて、X字を描く様に交差させるタイプの奴だと解る。腰の両側にポーチが装着されており、レザー製のそれは雰囲気がアクティブなニーズヘッグとマッチしているように見えた。

 

 まぁ、こいつ黙ってれば見た目だけはかっこいい系の美人だからな。黙ってさえいれば。

 

 口を開くと耳と尻尾を幻視するけど。

 

「似合うんじゃん。ただロングタイプのスカートとは組み合わせられないな」

 

「どうせショートかスラックスしか履かないわ、私。これ、買うわ」

 

「サンキュー! 4000Gになるぜ」

 

 ちょっとお高めかもしれない。だけど性能を確認してみると装着できるアイテムが多めになっている為、それを込みにすると丁度いい値段なのか? 流石に装備品の相場と呼べるものはあまり解らないなぁ。そこら辺の相場は時間をかけて安定したり把握するものだし。現時点で高い安いを把握するには相場を知っている人間に話を聞くしかないだろう。

 

 金策もなぁ、考えなきゃいけない。これが通常のMMOだったらプレイヤーメイドの装備品とかが高く売れるのだが、ぶっちゃけエルディア人の職人の方が品質の良い物を作るしな。そう考えると金策って割と難しい問題なのかもしれない。或いは現状、現地人では入手するのが難しい素材を調達してくるの1番か? グリムビーストの素材とか割と良い値段で売れたし、そういう所があるのかもしれない。

 

「むふー。満足」

 

 満足げな表情のニーズヘッグはそのまま次の露店を眺めに行く。また別に自分の求めるデザインの装備品を探しに行ったのだろう。なんだかんだでアイツも女だしなぁ、そういう所には気を遣うのだろう。俺もまぁ、そこそこ見た目には気を遣うタイプだが。

 

「ポーションの類はまだ配布品が残っているしな……あんまり遠くに行くとはぐれるから気をつけろよー」

 

「解ってるわ」

 

 本当に解ってるんだろうかアイツ。

 

 腕を組みながら他に必要な物を考えてみる。1番必要な回復アイテムはさっき補充と運営が配布してくれている。そのほかで何か欲しいと思ったら……バフアイテムか? 露店を軽く巡ればそういう類のアイテムが並んでいるのも見れる。

 

「《魔力の香水》か……これ、どういうアイテムなんだ?」

 

「ん? これかい?」

 

 眼鏡をかけた露店の店主に販売しているバフアイテムを確認する。それを持ち上げた店主が説明してくれる。

 

「この香水は匂いを嗅ぐことで匂いが残っている間は一時的に魔力を強化してくれるものだと。ランクに合わせてⅠ、Ⅱ、Ⅲがあるかな。それぞれ伸ばせる能力に限度があって、適切に言うならⅠは1から20レベルまで、Ⅱが21~40、そしてⅢが41~50だね」

 

「へぇ、香水にそんな力が」

 

「まぁ、これは香水だから効果は弱いよ。もっと効果を求めるなら服用タイプの薬が1番さ。香水だと効果時間内1%~3%だけど、服用タイプは短時間の間に10%は伸びるからね」

 

「成程。こっちのが安くてお手頃、と言う訳か」

 

「正解」

 

 値段を確認すると香水が1番安いので単品200程度、《魔力増強薬》の安いものが単品で3000だ。こう言っちゃアレだけど値段の桁が違う。だがスキルではない、金で解決できるバフアイテムとみるとこれは相当優秀な類なのかもしれない。

 

「ちなみに料理の方も出来が良い物は能力を一時的に向上させる効果もあるから、興味があるなら知り合いかお店に頼んでみれば出してもらえると思うよ」

 

「普通には売ってくれないのか」

 

「質の良い物を作るのって中々手間だし素材の方もこだわる必要があるからね。それに料理の腕前もかなり要求される。ちなみにこの香水も増強薬も、どっちも《錬金術》で作成できるものだよ。興味があったら手を出してみるのもいいかもしれないね」

 

「ありがとう、じゃあ香水を5個程貰おう」

 

「まいどあり」

 

 リップサービスの代金に香水をいくつか購入する。バフアイテムにもクールタイムが存在し、どうやら効果が切れたら即座に使うという事は出来ないらしい。だがそれ込みでもかなり優秀だ……これは《錬金術》と《エンチャント》に関しては真面目に誰か、雇うか育成する必要があるかもしれないと思う。わずかでも火力を詰められる要素は詰めるしかない。料理も料理で誰か、雇えると良いのだが。

 

「うーん……」

 

 デッスコードを起動する。

 

1様『おーい、そっちは調子どうだ?』

 

 直ぐに返事が返ってこないので、軽く露店を巡る。今度は設置型の大盾なんてものを見つけた。人が1人後ろに隠れる事が出来るサイズの盾だが、そこ部分に杭があって、それを地面に突き刺して使う事によって遮蔽物としてその場に即座に設置できるというものだった。これがあればコボルトのアーチャーなどの遠距離射撃ユニットに対して戦闘が凄い楽に進む。割とほしいかもしれない。あ、なんだこの魔本、詠唱カットが付与されてる!?

 

土鍋『順調だよ。こっちはこっちでID1個突破して3人でレベリングしてる』

略剣『マルージャはレイドボス倒して半壊してるから復興中だな』

土鍋『お陰でPCへの当たりが強いわwwwww』

略剣『笑いごとじゃないんだが』

梅☆『こっちはその影響でプレイヤーが連合してる』

土鍋『連合というかクランというか』

1様『反省しろー????』

略剣『お陰で封鎖領域2個突破したんだから良いだろ!!』

 

「おぉぅ、もう2個突破したか。いや、でもあっちはTDHのバランスの良い組み合わせだったしな。タンクで纏められる分進行が速いのも当然か」

 

略剣『という訳で順調だぞ。ただなぁ、おかげで臨時メンツとか探せてない』

土鍋『最大8人PTでしょ? って事は外様3人探さなきゃいけないんだよね』

略剣『ぶっちゃけこっちは探せそうにない。代わりにクラフターは腐る程いる』

梅☆『開拓よりも復興作業進めてるからね、こっち』

土鍋『っしゃあ! 猿捕まえたァ! ケツに棒突き刺して掲げるぞ!!』

略剣『うおー!』

梅☆『[画像]』

 

 梅☆から画像が送られてきた。取られたスクショの内容は猿型のモンスターのケツの穴に棒を突きさして、それを掲げながら森道を進んでいるという景色だった。よく見れば周りのエネミーの類がドン引きして逃げている姿が映し出されている。本当に何をやってるのアイツら。

 

1様『じゃあこっちで入れられそうなやつ探しておくな……Dの基準はニグかぁ』

狂犬『わんわん』

略剣『基準を人類レベルに戻してくれ』

1様『理想は高い方が良いだろ!!』

梅☆『採用基準が新卒飛び級技能熟練の若手で給料いりませんとかいうレベルぞ』

1様『もうちょっと基準落とすわ……』

土鍋『草……あ、ケツ猿死んだ』

略剣『次だ次! 次の生贄を確保するぞ!』

 

「楽しそうだなアイツら」

 

 楽しそうにはしゃいでいる姿が想像できるので苦笑する。あっちは相当早いペースで進行出来ているから、意外と早くマルージャ側と合流出来るかもしれない。本格的な攻略とかはやっぱり合流してからがメインになるし。ヤッパリ俺達は全員が集まってからが本番だろう。

 

 ただその前に色々と、追加の人員をどう募集するかとか考えたほうが良いだろう。

 

「ツブヤイッターで探すと変なのばっかり釣れそうだしな……」

 

 この世界の掲示板を利用するか? まぁ、なんか手段あるだろうし誰かに後で相談しておくか。ただそれはそれとして、

 

「この設置盾ください」

 

「あいよ、5300Gだ」

 

「うーん……高いけど必要経費かなぁ」

 

 平地で安全を確保するための代金だと思えば安いかなぁ、と判断しておく。消費した分はまた後で狩りで補充すればいいし。

 

 ……この手のマーケットって無限に見ていられるから本当に困る。

 

 いい加減脱出してニーズヘッグと東街道の様子を見に行かなくては。そう思ってニーズヘッグの姿を探すが、近くに姿が見えなくなっている。

 

「あれ? ニグ?」

 

狂犬『(´・ω・`)』

1様『言った傍から迷子になってるんじゃねぇよ!!』

土鍋『草』

略剣『これは大型チワワ』

梅☆『大型チワワ(戦闘用)』

1様『戦闘用大型チワワってなんだよ……』

土鍋『なんだろうな……? あ、ボスだからちょい黙るわ』

 

 はぐれたニーズヘッグを捕まえたら、この補充を終わらせてそのまま東街道へと行くとしよう。予定よりは早いが、下見しておくのに越した事はないだろう。

 

 ただ、やっぱり、なんというか。

 

 こうやって王都を歩き回るのは非常に楽しかった。




 ニグ徘徊。

 あっちのチームはあっちのチームで割と真面目に攻略してた。ただマルージャの状況が状況なので、攻略よりも復興の方が目立っていて戦闘よりも生産の方が今は人が多く勢いがあり、レイドによって団結した影響もあった多くのPCが連合に所属しているのでスカウトが大変という状況。

 どうしてこんなことに。


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もしや無理ゲーなのでは?

 補充を終えたら新しいメンバーを探し、募集する事もなくそのまま東門へと向かった。理由は色々とあるけど、今の所王子からのミッションを達成するのにあたり、他のプレイヤーが信用できるかどうかで言えば信用できないと判断したからだ。プレイヤースキル、人格、時間、そこら辺を調整して一緒に遊べる相手じゃないと大きな事には挑戦できない。それを短時間で選別する方法もないのだ。それを考えるとやはり、今はニーズヘッグとのコンビで活動するのが1番安定する。

 

 そういう訳で準備を整えた所で東門からダリルシュタットの外に出た。

 

 この先に続くのポート・ダリル、ダリルシュタットへと続くエルディア最大の港町だ。購入しておいた地図を広げて確認する。

 

「港まではこっから真っすぐ東に進めば到着するらしい。街道の方も整備されているから歩きやすくなってる。まぁ、元々は馬車とかが行き交っていたからその為なんだろうけど。ただ途中で何度か川を渡る必要があるけど……これは橋が架かっているみたいだな」

 

「へー」

 

「川は深くて、入るなら潜る事前提。そして水棲エネミーがいるから入るのは危ない。当然ながら橋を渡るのがベスト。ここからまっすぐ進めば封鎖領域に当たるから道から外れずに行くのがベストっぽいな」

 

「了解したわ」

 

 港から王都への道は交通と交易関係で非常に重要だから定期的にメンテナンスされて整備もされているようだった。マルージャへの道が途中で完全な整備が施されていないのは結構な距離がある関係なのかもしれない。ともあれ、このまま東へと向かえば封鎖領域が見えてくる筈だ。歩き出す前に、門を抜けたところで振り返り、門番を見つける。

 

「すみませーん、質問いいですかー」

 

「ん? あぁ、稀人か。こっちに来るのはまだ早いと思うんだが……そう言えば調査の為に稀人がこっちにも来るって話だったな。すまない、好きに聞いてくれ」

 

「こっから封鎖領域までの距離と、出てくるエネミーの大体の感じ良いですか」

 

「構わない。えーと―――」

 

 門番によればここから封鎖領域までは大体徒歩で1時間で到着できるらしい。思ってたよりだいぶ近い所に展開されていた。そりゃあ王子様も解決できそうな稀人にオールベットするわけだ。西街道の方もそうだったが、かなり近い距離まで封じ込められているから割と詰みに近い状況だったことを思い出させられる。

 

「ここら周辺に出てくるのはスウォームビーという蜂の集団が魔物化したものだ。こいつらはサイズが普通の蜂と変わらないが集団で密集しながら襲い掛かってくる。残念ながら武器を使った戦闘じゃほとんど意味はないから、範囲を焼く魔法とかを使って処理するしかない。逆に言えば耐久も蜂相当だから簡単に焼き払える」

 

「へぇ、面倒なのが出てくるな」

 

「まぁ、大型だったり狩りやすいものは事前に安全確保する為に騎士団で周辺の掃討を行っているからな。必然的に残るのは面倒な所にいる奴か、繁殖力の強い奴だ。だからこの付近には昆虫型の奴が多めだよ。少し離れればまた変わってくるが」

 

 成程なぁ、生態系に関しては存在していて必ずしもエネミーがPoPする訳ではない、という所なのだろう。

 

「あぁ、後それとは別に水の気が強いからな。こっから離れればジャイアントトードが出てくる。人程の大きさを持つカエルだ。こいつらは打撃が通じ辛い肉体をしている代わりに刃物を差し込みやすい。後はアクアスプライトだな。こいつは高まった水属性が鉱物や宝石を媒体に魔物化したもんだ。こいつは一種のボーナスで、倒せば鉱石やら宝石が拾える。見つけたらとりあえず倒しておくのをお勧めするぞ」

 

 そのほかにもエネミーはいた。ゴンドワと比べると結構バラエティに富んでいる。大型の蜂であるジャイアントビー、命ある泥のゴーレム型エネミーのマッドマン、そして川を下って迷い込んでしまったワニのエネミーであるキラーゲーターが出現するらしい。特にこのキラーゲーターが凶悪で、レベルもかなり高い。出会ったらまず逃げる事を優先するべきらしい。

 

「ま、大体こんなもんだ。稀人は死んでも蘇るから命は軽いものかもしれないが、それでも死んでしまうのは悲しく、辛い事だ。なるべく危険なことをせずに無事に戻ってきてくれ。その姿を見るのが俺達門番の楽しみなんだ」

 

「任せて」

 

「親切にありがとうございました」

 

 優しい門番だったことに感謝しつつ、さっそく街道を歩き始める。既に昼食を終わらせて時間は少しずつ暮れ始めている。完全に夜になったらまた環境が変わりそうなので、その前にダリルシュタットには戻りたい。ある程度戦闘しながら進み、封鎖領域の確認をしたらノルトとセクエスでダッシュして帰還すればいいかなぁ、という所だろうか。

 

「メンテも終わらせたし、私はいつでも行けるわよ」

 

 杖を2本、ホルダーから回転させながら抜いた。

 

「こっちも準備オッケー。んじゃ、軽く数戦こなしつつ進むか。とりあえずワニ以外はコンプしたいな」

 

 それでは未知を求め、出発。

 

 

 

 

 とりあえず昆虫系は雑魚だった。雑魚と言うか相性が良かった。とりあえずスウォームビーとジャイアントビーは燃やせば死んでくれた。スウォームに至っては置き〈イラプション〉でワンパンで済ませられた。いや、小さくすばしっこいから照準を合わせるのはそりゃあ難しいだろうが、爺との魔法戦練習を果たした自分からすればあの爺程やりづらい相手ではないのだ。なので行動を予測して設置、起爆して終了。耐久力が耐久力なだけにかなりの雑魚だった。これで20代レベルの敵で経験値がもらえるのは相当美味しい。レベル的にみると相手の方が格上なのだろうが、それでも狩れるのだからしょうがない。

 

 そして似たようなエネミーであるジャイアントビーも問題はなかった。そもそもサイズが人の体半分ほどなんで普通にニーズヘッグで攻撃できる。チェーンソーで上半身下半身分断しても動こうとするのは滅茶苦茶気持ち悪かったが。だがそれもニーズヘッグが踏み殺して瞬殺した。昆虫型のエネミーはどうやら耐久力に難があるらしいというのがこれで感じた事だ。つまり倒す相手としてはかなり良い。ぶっちゃけ当てづらいとかの要素は、こっちのPS次第で修正可能なのだ。だから単純に素早くて攻撃が当てづらい、コアが狙いづらいみたいなタイプだったら普通に殴り殺せる範囲なので耐久が低い分にはありがたいエネミーだった。

 

 これがジャイアントトードやマッドマンになると困った。

 

 ジャイアントトードは全長2メートル、つまり此方よりも大きなカエルだった。1つ目の橋に差し掛かった時にこいつは出現してきた……というかいた。橋は予想していたよりも長く、大きく、そしてその下に流れる川幅も広い。どうやら結構深さのあるこの川は海に通じているのだろうが、その中に生息しているらしいトード共は偶に体を乾かしたりする為に陸へと上がっているようだった。

 

 たまたま上まで上がってきて橋を塞いでいる個体の相手をしたのだが、これまためんどくさい。飛び上がってのボディプレス、舌を使った遠隔攻撃に絡みつきまである。その上でこいつは今の自分達よりも格上で、レベルの高い相手だ。その影響で耐久力が今まで戦ってきたどの雑魚エネミーよりも高く、別段火の通りも良くはない。相手するのが面倒なタイプの雑魚だった。経験値が多いのは確かに美味しいのだが、それ以上に昆虫エネミーと比べて倒す手間が多い。昆虫型がワンパンで沈められる所、このジャイアントトードは1体倒すのに魔法5発とニーズヘッグによる攻撃を必要とした。

 

 これを見ればもう、どれだけこいつの相手が効率悪いのかが解る。

 

 それにマッドマンも問題だった。こいつは火の魔法をぶち込めばその分体が乾いて固まり、砕きやすくなるのだが、泥の状態だとまったくと言っていいほど物理攻撃が通らず泥だらけになるだけだった。だというのに自分の体をちぎって作った泥の砲弾を投げたり、圧し掛かって窒息を狙ってくるもんだから実に面倒極まりないエネミーだった。正直この程度でデスペナを貰う程弱くはないが、レベル差とエネミーの特性を見ると非常に面倒なエリアとなっていた。これがレベルの上昇によるエネミーの多様化という奴だろう。西街道はこれと比べれば普通のハメパターンで問題なかったので万倍楽だった。

 

 そういう訳で狩りは効率化する為に、移動しながら倒す相手は昆虫系のみに絞った。こうなるとスウォームの相手はニーズヘッグにはできなくなってしまうのだが、これを新しく覚えた魔法である〈ファイアブランド〉が解決してくれた。ニーズヘッグのチェーンソーに炎を付与する事でその見た目は刃やチェーンの合間、隙間から炎が噴き出すチェーンソーへと変貌した。その効果時間は30秒と短いのだが、効果中はチェーンソーを振り回せばその軌跡に合わせて炎の斬撃が発生し、チェーンソーを突き込めば炎の槍の様なエフェクトが発生する。しかもこれ、ちゃんとダメージ判定がある。これで大振りに振り回せば炎を撒き散らして一気に相手を焼く事が出来る為、ニーズヘッグでも小さい敵に対処する事が出来るようになった。

 

 爺との修行で新しく覚えた〈バースト〉の火魔法もかなり優秀だった。威力は〈ファイアーボルト〉よりも高く、発生までの詠唱時間は一緒。この時点で互換とも言える性能だが、こっちは起点指定の起点発生型の魔法。

 

 指定した場所に炎が一瞬で集い、そして粉砕するように円状に爆発する、名前通りの爆破魔法だった。ピンポイントに場所を指定して放つ分、射撃型の魔法である〈ファイアーボルト〉と比べると命中率に難があるのは事実だが、先読みを駆使して使えば相手には軌道を読まれない魔法と考えられるので非常に優秀だ。しかも威力が今までよりも高いから対単体の魔法として新たなダメージソースとなってくれる。消費MPも少し増えるが、MPの最大値自体が大きく伸びている今、そこまで気にする量でもなかった。

 

 狩りは効率化するものなので面倒な水棲生物と狩りやすい昆虫の組み合わせが悪い。

 

 とりあえずは水棲組はスルー。〈ファイアブランド〉だけ毎回ニーズヘッグにかけなおしつつ、見かけ次第昆虫は爆殺焼殺する。このエネミーは1対1でも十分爆殺可能だって理解が出来たら二手に分かれる事も出来る。なるべく水の傍に寄らないように気を付けながら街道から逸れたところにいる昆虫を見つけては爆殺する。

 

 微妙に小走りになっている部分もあるが、そうやっているとレベルがあっさりと上がる。これでレベルは12へ上がり、そこから更に上がって13へ。やはり大きなレベル差のある相手を倒せるとレベルの上がる速度が速い。他のプレイヤーもこっちくりゃあ良いのになぁ、なんて事を考えるが、どうなのだろう。

 

 他の連中に俺達と同じレベルのPS要求できるかどうか?

 

 まぁ、昆虫って見た目が気持ち悪いし嫌悪感あるし。

 

 或いはそう言う部分も難易度に含まれてるのかもなぁ。

 

 適当にぶち殺しながら進んでレベル13になった所、街道の終わりが見えた。黒く染まった空に黒いオーロラ。どこまでも邪悪さが滲みだすその空間こそが封鎖領域。門番が言ってた1時間よりも時間がかかったのは純粋に狩りをしながら進んでいた事にあるのだが、それでも距離としてはだいぶ近い事に間違いはなかった。

 

 封鎖領域に入るとエネミーの強さが上がったのはゴンドワ街道でもあった事だ。その為にニーズヘッグと合流してから街道の上を進む様に、

 

 封鎖領域に突入した。




 という訳で二つ目の封鎖領域の攻略開始。相変わらずレベルは低いので本来であれば雑魚扱いのカエルと泥に苦戦する始末。適正レベルなら昆虫が不味く、カエルと泥が美味しいエネミーとなる筈だった。装備の更新が行われてもいないのが痛い。

 さて、今度の封鎖領域の内容は……?


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もしや無理ゲーなのでは? Ⅱ

 黒い太陽が輝いている。

 

 魔晶石が街道脇に生えている。

 

 黒い水が街道に薄く張っている。

 

 整っていたはずの街道は荒らされた形跡と共に封鎖領域に飲み込まれていた。そこにニーズヘッグと2人で乗り込んだ。ガラドアの時と同じ空気を感じる。微妙に輝く黒い粒子が風に乗って不安と絶望感を掻き立てる。まさに世の終わりの様な景色がここにあった。先ほどまであった美しい……とまでは言えないが、自然で溢れた整えられた景色はここになかった。

 

 ちゃぷん。

 

 足を前に運び出すと薄く張った黒い水が跳ねる。まだ街道が見える程度にしか水は張っていないが、この水が体に良さそうな物には見えない。難易度が高いこちら側の街道に合わせ、環境ももっと変質していた。或いは、もっとダリルシュタットから離れた場所であれば更に環境が変質しているのかもしれない。ここはまだ王都に近い、その影響でこの程度なのかもしれない。どちらにしろ、今日はここの確認来たのだ。まずはIDの存在があるのかどうかを確認しなくてはならない。

 

「……ニグ?」

 

「……」

 

 先に進む前にニーズヘッグの準備を確認しようとすると―――耳をピン、と立てた犬の様に正面を向いて警戒していた。いや、耳なんてものはないんだけど。だけどニーズヘッグの見せている威嚇するような、警戒するような表情は奥へと向けられており、それはつまりニーズヘッグが警戒するレベルの存在がこの封鎖領域にはあるという事だ。

 

「なにか、大きなものがいるわ」

 

「オッケー、なら何時も以上気を付けていくとしようか……と、その前に」

 

 ホイッスルを取り出し、馬の召喚が可能かどうかをテストする。笛を吹いてノルトの召喚を行うと、魔法陣からノルトの姿が出現してきた。どうやらノルトも普通にここに入る事が出来るらしい?

 

女神『あ、マウントはプレイヤーの加護を分けて貰っているという設定で持ち込めますよ。IDは無理です』

 

「設定とか言いきったなフィエル。だけどマウントが使えるのはありがたいな」

 

 でもやっぱりあの苦労天使、ちゃんと監視して仕事してるんだなぁ、というのも伝わった。質問を思いついたらしてみるのもいいかもしれない。とりあえずノルトの出番は今はない。少なくとも走り狩りの出来るレベルのエリアではないだろう、ここは。そんな事やってたら処理できない量のエネミーに囲まれて一瞬で詰むだろうし。なら、徒歩で移動するのが一番安全だ。

 

「……良し、いいな? 進むぞ」

 

 ニーズヘッグの頷きを確認してから武器を手に、歩き出す。と言っても歩き出して直ぐにエネミーとエンカウントした。

 

 本来のぶよぶよした肉体に魔晶石を鎧の様に各所に纏った大きなカエル―――名称はインフェクティッド・トード、ジャイアントトードの侵食個体だった。しかも生えた魔晶石によって体が部分的に保護されているせいか、クソ体力が更に強化されている感じがある。間違いなく面倒な相手になるとは解っているが、

 

 経験値の為、しょうがない。何よりも奥へと進む道を阻んでいるのだから倒すしかない。

 

「エンチャ完了……ゴー」

 

「わおーん」

 

 コミカルに吠えて一気にニーズヘッグが飛び出した。彼女の動きはジークフリートに26回殺された事により更に最適化された。チェーンソーと言う意味不明な武器を使っての戦闘、その動きをシステムに頼らず自分の肉体で制御するようになった。無駄な大振りは省き、的確に、最小限の動きでチェーンソーを叩き込む様に動きが進化した。

 

 故に、《両手剣》スキルのアビリティで一気に突進し接近したニーズヘッグは下から突き上げる様にチェーンソーを必要以上に力を入れず、スイッチを起動させた回転刃を目に突き刺した。そのまま先制を取って吠えそうなトードの口の中に突いて戻す刃を差し込んで舌を切断する。そこから更に刃を突き上げて上口を突き破る。

 

 いや、最適化しすぎでしょ。1時間で出す成長じゃねぇぞ。

 

 早速覚えた〈バースト〉で援護しつつ残虐ファイトを駆使すれば凡そ30秒で決着がつく。命を失ったインフェクティッド・トードは倒れながら顔面から崩壊して崩れる。報酬ウィンドウを指でデコピンではじいて消し去りながら、杖を肩に担ぐ。

 

「2体は無理だなこれ」

 

「結晶体は刃が多分通らないわ。そして2体目に乱入されると恐らく舌の攻撃の対処が面倒になるわ。負けるつもりはないけどキャパオーバーね」

 

「経験値が美味しいから狩るけど2:1の状況は崩さない方針で。何匹か固まってるようなら迂回して進行で」

 

「りょか」

 

 方針決定。とりあえず経験値は美味しい筈なので道すがらトードを狩る。他に狩りやすそうな個体が居るのであればそっちを優先する。警戒は怠らない―――と、

 

「ごめんごめん、忘れてた」

 

 ゲリラ配信を開始する。ツブヤイッターにリンクを流して、準備は終わり。特に宣伝とかする予定はないので、これで良い。

 

コメント『わこつ』

コメント『でたわね問題児』

コメント『告知しろよぉ!!』

コメント『また封鎖領域に突入してるよこいつ……』

コメント『他のプレイヤー待てないのか?』

コメント『でも抜け駆けしたいじゃん』

コメント『解るけど悔しい』

 

「おっすおっす。今度は東街道側の封鎖領域だ。という訳でほぼ作業配信に近いから。メモりたかったりWIKIに追加したい情報出てきたらそっちに任せるわ。こっちはちょっと気にしてる余裕ないかもしれんからな」

 

「いくわよいくわよいくわよ」

 

「ステイステイステイ……オーケイ」

 

 ニーズヘッグにハンドサインで落ち着く様に指示を出してから進む様に指示を出す。西側は正直、あまり難易度が高くはなかった。だがしょっぱなから強化個体が思った以上に強かったのが問題だ。これレベルのエネミーが後半、大量に出てくる事を考えるとちょっと余裕がないかもしれない。いや、全体的な難易度の向上を考えると他にもエネミーが追加されているのを考慮すべきか。

 

「油断せずに行こう、ニグ」

 

「オーケイボス」

 

 今回は割とガチ目の進行。

 

 

 

 

「B舌、C突進、D水鉄砲。5秒後バースト」

 

 魔晶石を纏った()()()()()()()()。ニーズヘッグ目掛けて突進してくる姿は大きくても1メートル程度しかなく、しかし魔晶石の鎧をまとう姿は十分に硬い。それがまともに命中すればダメージは免れないだろう。だがその前にトードが舌をニーズヘッグ目掛けて伸ばしてくる。そしてまた別に出現している魚が口をすぼめている、水鉄砲の予兆だ。迷うことなく伸ばされた舌にチェーンソーを突き刺すと、それを引っ張って突進してくる魚にぶつけ、そのまま存在を二つとも水鉄砲に衝突させることでカバーにする。そしてまとまった所に〈イラプション〉を入れる。

 

 敵全体にダメージが入るが―――低い、求める程のダメージではない。

 

 だがそれは副産物的な物だ。本命は違う。

 

 〈イラプション〉の起爆は範囲が広く、そして吹き上げるもの。軽い存在であればそのまま上へと打ち上げられ、同時に巻き起こる爆発で一時的に視界が遮られる。その瞬間、五感を使って探知するタイプのエネミーは目標を失う。

 

 即ち、一方的に殴れるバーストタイムに入る。

 

 ニーズヘッグのチェーンソーが稼働する。舌を引き裂きながら突き上げて打ち上げられた魚を貫通させる。それをそのままトードへと向かって突き刺そうとする姿にあわせ、〈詠唱消去〉からのバーストを浮かび上がった2尾目の魚に叩き込む。放つ方向を調整して放たれたそれはニーズヘッグの前に割り込む様に落ちてきて、

 

 そのまま連続で貫通、

 

 そして更にチェーンソーの回転刃がトードの額に刺さる。

 

「雑魚。落ちて」

 

 纏めて突き刺した上で更に押し込む。援護するように〈バースト〉をトードの脚に叩き込み、その動き出そうとする姿勢を焼いて崩す。その間にもチェーンソーの刃が更に激しく突き刺さり、抉り込まれてゆく。やがてその圧力に耐えきれずトードの方が先に根を上げて死亡する。破壊された姿が魔晶石となって砕け散り消える。それと同時に2度目のレベルアップのエフェクトが発生した。

 

「ふぅ―――今のでレベル15だな」

 

「結構硬い。賢さも上がってきて波状攻撃してくるのめんどい」

 

コメント『タンクもなしにまとめ狩りしてるのマ?』

コメント『ニーズヘッグちゃん可愛いんじゃぁ~』

コメント『やってることは欠片も可愛くないけどな!』

コメント『煽るだけのPSはあるよな』

 

「本気でやれば相手できなくもないけど1戦1戦の精神的コスト重いな……辛いなぁ、これ」

 

 最初はまばらにインフェクティッド個体が存在していただけだが、奥へと進もうとすれば露骨にグループで待ち構えているのが解る。それも魔晶石の塊の裏に隠れていたりして、注意しながら進まないと奇襲を受ける様な形になっている。俺が注意深く進んだり、ニーズヘッグがアンテナを立てて歩いていなければ何度か奇襲を受けるハメになっていただろう。だがそれだけ苦労する事もあってレベルがガンガン上がっている。恐ろしいスピードで上がるのは正直、楽しい。

 

「……大分夜が近づいてきたな」

 

 まだ夕暮れだ。それが完全に暮れるまではそこそこ時間がある。それにここで馬が出せるのも解った。帰りはノルトに騎乗して帰ればすぐに帰る事も出来るだろう。そう考えたらもう少し奥まで踏み込んでも問題はなさそうだが……。

 

「……行くか」

 

「正気?」

 

「正気も正気よ」

 

 最悪1デス喰らっても良いというのもあるが、結論から言うとレベルアップの速度が速くてリソースが予想以上に減っていないというのもある。それに、

 

「ニグ、感覚はどうだ」

 

「近い……感じがするわね」

 

「ならせめてそれだけ確認したい」

 

「ん。それならそう時間もかからなさそうね」

 

「そんなに近いか?」

 

「結構。あんまり進んでないのにね」

 

 あんまり良い予感はしないなぁ、と頭を掻く。

 

「ランドギル、トード、フロートフィッシュ。汚染水棲生物で纏まってるしIDがあるとしたら水辺モチーフか……? 水棲系ボスだってのは解るけど」

 

 それとも港そのものが舞台になるか。どちらにせよ、西側と比べての難度の上がり方がえげつない。間違いなく強敵、激戦が待ち受けている事だけは事実だった。何がこの先に待ち受けているのか、それを一目見る為にも周辺に気を張らせながら進む。




 敵の数とグループの組み方も最初とは違って複数が混ざっている。つまり同じ攻撃ではなく遠隔と近距離が混ざっているし、タイミングもバラバラ。無論、パーティー単位で突入する事前提の難易度。

 この二人がそれでもペアで戦闘を成立させてるのは長年のコンビネーションもある。つまりアインは長年ドッグブリーダーを務めてきた。


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もしや無理ゲーなのでは? Ⅲ

 慣れてしまうと忘れがちだが、

 

 ()()()()()()()()()()B()G()M()()()()()()()。そしてネトゲとBGMの歴史と言うのはかなーり長い。

 

 というのも近年ではMMOのBGM外注ではなく、会社で抱えるバンドを使ったり、或いはバンドのスタッフに歌わせた曲を使ったりもする他、それをアルバムにして販売したり収入の1つにもなっている。雰囲気を作る意味でも自分のスタッフを使うのが一番話が通しやすい。BGMと言うのは空気、世界観を構築する上では非常に重要な要素だ。現実では生活音や環境音ばかりだが、シャレムはゲームの世界だし、イヤホンもヘッドホンもウォー〇マンも存在しない。つまりお気に入りのBGMをかけながらお散歩するという現代的な楽しみが出来ないのだ。

 

 いや、まぁ、本当に耐えられないのなら外部サイトへとアクセスして動画サイトで音楽を流すのも良いだろう。

 

 だけどそれってルール違反だろう? いろんな意味で。

 

 だからやっぱり、BGMってのはゲームを遊ぶ上では大事だ。特に長時間集中するようなネトゲでは、だ。それはこの遊んでいる世界観を補完するものでもあるのだから。だからBGMというのは割と重要なものだと思う。何故ならそれを聞けば今、どういう状況なのかを、その空気を一発で掴めるからだ。例えばおもちゃで構築されたステージがあるとする。明るい音楽がかかってればなんとなく楽しそうな場所だなぁ、と思うだろう。だがここでおどろおどろしい音楽がかかってれば、この裏では何かが起きている……と思わせられるだろう。

 

 だからBGMも1つのヒントとなる。

 

 レベルが15から16に上がった辺りで、スキルレベルも上がった。《二刀流》、《詠唱術》、そして《杖術マスタリー》が上がった。やはり格上相手に戦っているのが美味しいのだろう、サクサクとレベルもスキルトレーニングも進む。だが正直、それらの成果を喜んで楽しむだけの余裕はなかった。

 

 なぜなら連続で集団から集団の攻撃が相次ぎ、ぎりぎりのレベルでの戦闘を強制させられていたからだ。トードx3のトループを処理したと思えばトードの盾にフィッシュの射撃という組み合わせ、そのあとで突撃してくるフィッシュの群れ。連続でこれを切り抜けるころには日が暮れる寸前、闇が本当の意味で空を覆う直前まで来ていた。それだけ時間を取られる相手で、場所だった。

 

コメント『アレをタンクなしで処理するかぁ』

コメント『シャレムのPLランキング出せばたぶんレオ様と同格やろな』

コメント『いやあ、あっちは対人特化やしな……』

コメント『というかアインの指揮が上手い。事前にコマンド仕込んでそれに素早く犬が反応してる』

コメント『連携が上手いんだな』

 

 褒められると普段ならうれしいものだが、それでもまだ奇襲があるかもしれない。そういう警戒心はより強まっている。

 

 ()()()()()B()G()M()だ。

 

 先ほどからBGMが消えた。まるで音の移り変わりに待機するように、完全にBGMなしの静寂が空間を包み、遠くから聞こえるトードの鳴き声が嫌によく聞こえる。そしてそれと入れ替わるように、

 

 呼吸音だ。

 

 正面、闇に包まれた先に何かがいる。

 

 街道の先、薄く黒い水が張った先―――そこには大橋があった。

 

 ダリルシュタットからポート・エルまで丁度中間にある大橋だ。こいつを越えて行けば港が見えてくる。だがその上が薄暗い闇に覆われており、見えづらくなっていた。ただ良く視界を凝らせばその奥に、赤い2つの光が静かに瞬きながら此方へと向けられているのが解る。完全に此方を捉えているのかどうかは不明だが、グリムビーストとは比べ物にならない程の威圧感を闇の中から感じていた。

 

 おそらく、アレがボスだ。

 

「ID式じゃなくて、レイド式だったか……」

 

コメント『マルージャ崩壊伝説』

コメント『トレインしたら国が滅びかけるとか思わんやろ!!』

コメント『せやな……無敵あると思うもんな……』

コメント『ないんだなぁ、これが』

コメント『君もマルージャ復興に手を貸そう! クラフター大募集!』

 

「うーん、やばいわボス。アレ、勝てないわ」

 

「やっぱそうか」

 

 勝ち目が皆無というレベルらしい。少なくとも気配だけでそう察している。もう少しだけ、せめて王宮に報告する為だけに情報を集めたい。最悪、デスは許容できる。そう判断しながら周りを見て、不自然にエネミーの存在が途切れたのを確認し、嫌な感じを受ける。やはり大橋の上でレイド戦をする想定の設計か、これは。

 

 周辺には大型の魔晶石が生えそろっている。それにカバーを取る様に素早く隠れつつ、少しずつ接近する。

 

 だが相手の反応はなく、そして近づくにつれ闇が薄まって行く。その存在が認知されるのと同時に覆われていた闇ヴェールがはがされるように、

 

 大橋の前、その柱の裏に隠れるように到達すれば、その姿が完全に露になる。

 

 それは竜だった。

 

 その胴体は大きく、長い。恐らく余裕で40メートルを超えるだろう。その胴体は横幅の広い大橋に抱き着く様に巻き付けられていた。尻尾は静かに大橋の上で揺れ、その双眸から放たれる眼光で魂が凍てつくような悪寒を感じた。間違いなく、超大型ボスの気配だ。とてもじゃないが倒せるような相手じゃない。当然の様に表示されるレッドネームは、

 

「アビサルドラゴン……? 少なくとも確実に50レベは超えてるな」

 

コメント『はー、クソゲー』

コメント『無理ゲーを設置する運営の采配』

コメント『せや、こいつも王都にぶつければええんや!』

コメント『マルージャの過ち再び』

 

「エルディアまで崩壊したらこのゲーム終わるぞ??」

 

「うーん……耐えられない、避けられない、ダメージが通らないの三重苦ね。とてもじゃないけど相手にはならないわ」

 

 BGMもアビサルドラゴンの発見と同時に緊張感と絶望感に満ちている物へと変わっていた。あぁ、やっぱりこいつはそういうタイプのエネミーなのだ。根本的に1パーティーとかで対処する規模じゃない。恐らくはカンストしたプレイヤーの連合を組んで挑むタイプのボスだ。100とか200とか、そういう数を揃えて挑む相手だ。

 

 おそらく、マルージャに土鍋達がけしかけたレイドボスも、そういうタイプだ。エルディアに進む為にこいつをマルージャへとぶつけたのは最適解だったのかもしれない。

 

 少なくともまともに相手しようとすれば、こんなのまずは一定数のプレイヤーがカンストしてから戦うのが前提だ。恐らくこういうエネミーは早期攻略されると都合の悪い場所に設置―――。

 

「いや、違うな。エネミーを設置してるのは運営かと思ったけど違うよな? 敵勢力側がエネミーと断絶をしてるんだもんな。この世界はそもそも根本が自然構築型のワールドだから運営が細かい調整だけやって残りは完全放置だし。となるとこの先に行かれると都合が悪いのは運営じゃなくて敵さんの方だな?」

 

 腕を組み、柱の裏に隠れた状態のまま低く唸る。

 

「となるとマルージャ=エルディアのルートにレイドボスが設置したのも相手の都合だとして……大物を比較的近くに置いたのは国交回復を阻害するか時間を稼ぐ為か。少なくともマルージャ側で勝利したって事は被害を受けても勝てる相手って事だし目的自体は―――」

 

コメント『時間稼ぎって奴?』

コメント『本命は別だったりな』

コメント『考察捗る』

コメント『考察スレの住人が喜びそうだなぁ』

コメント『いや、情報量に発狂してるよ今朝から』

 

「草」

 

 いや、草じゃないけど。やっぱ草でいいわ。良し。

 

 とりあえずこれで偵察完了。一当て? 面倒だからしない。ぶつかった所で何かが見れるとは思えないし。多分ワンパンで蒸発するだけだろう。だがそれはそれとして、

 

「なぁ、ニグ」

 

「なにボス」

 

「……アレで50レベか」

 

 本当に50レベって領域なのか、アレは? 少なくとももっとやばく感じる所がある。

 

コメント『となると東は後回しかー?』

コメント『これ突破無理だろうしマルージャと同じことはできねーだろ』

コメント『となると南か西の続きか』

コメント『いや、この頭のおかしいコンビならこっそり横抜けてくれると信じてる』

 

「無理言うな」

 

 大橋の横を見れば奈落へと続くような崖になっている。大橋を回避して向こう側へと渡るというのはおそらく不可能だろう。もしくはかなり大回りして別の断絶に突入する必要があるかもしれないが、どちらにせよ非現実的な選択肢だ。こいつをどうこうするのは現段階では不可能と判断する。

 

「撤退だ撤退! 帰るぞ!」

 

「はーい」

 

 こんなん相手してられねーわ。さっさと帰って王子様にごめんなさいして寝よう。

 

 今日の封鎖領域攻略はここまでとして、引き上げた。




 これはやはり無理ゲーなのでは?


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もしや無理ゲーなのでは? Ⅳ

コメント『やっぱ馬はずるいよな』

 

「悔しかったらガラドアまで行って購入してこい。あっち、牧場再開したから馬とかの販売開始してるぞ」

 

コメント『高いわ!』

コメント『クリア報酬いいよなぁ!』

コメント『でも真面目に考えるとコスパ良いんだよな、馬』

コメント『このゲームかなり移動するしな。歩きだけだと時間足りないわ』

 

 そうなんだよなー、だから馬はクッソ便利なのだ。マジで入手して良かったと思える。ガラドアの町長さんには心の底から感謝してる。まぁ、それはそれとして無事に封鎖領域から脱出した。やっぱり馬に騎乗して移動すると今までのめんどくささが嘘みたいに楽になった。多少はエネミーに感知されても、馬の脚であれば無視できる速度で振り切れる。もう暗くなってきたこの時間帯になると正直一時的にログアウトもしたいし、安全圏に到達したいという気持ちも強かった。

 

 何よりも闇だ。

 

 この暗闇は正直ヤバイ。

 

 冒険の為にランプを購入してはおいた。だが電灯の存在しないこの街道でランプを俺とニーズヘッグで1個ずつという数で照らすのは正直、かなり心細い光量だった。できる事ならもっと大きな光源か数のランプが欲しいぐらいに暗く、そして空は満天の星空で満たされていた。ノルトの背に騎乗し、ダリルシュタットへの帰路を行きながらも天体を見上げていた。

 

 現代の街中では絶対に見る事の出来ない、澄み切った夜空がそこにはある。

 

「どーしたもんかなぁ」

 

「ねー」

 

 呟きながら思い返す。あのボスは反則だろう、と。正直自分とニーズヘッグの1人だけだと勝ち筋が存在しないレベルだ。だからアレは間違いなく攻略される事を考慮していない。少なくともサービス開始から1か月か2か月の間は。その後の期間に、第2陣がこのゲームに到着してからが本番という気がする。まぁ、マルージャの方はテロによって突破されてしまったのだが。

 

コメント『NPC連れ込めたら楽なんやけどな』

コメント『仕様的に無理だけどな』

コメント『じゃあボス引っ張り出すのはどうよ』

コメント『入口からかなり距離あるのに無理だろ』

 

 配信画面のコメントはかなり白熱していた。どうやってあの大橋の上に陣取っているアビサルドラゴンを排除するか、倒すかを想定している。まぁ、あんなもんが出てきたら確かにどうやって倒すかを考えさせられてしまうだろう。ただやはり、結論は出ている。アレを倒せるプレイヤーは存在しないだろう。そしてアレを外にまで引っ張り出す事は不可能だ。逃げる場所と遮蔽物があそこまではなさすぎる。アレを引きずり出すまでに倒されてしまうだろう。

 

 少なくともあんな強そうな姿をしていて移動方法がよたよた歩きだとかいうのは絶対に信じない。絶対に飛び掛かってくるタイプの動きだよアレ。そして弱ったら翼とか生やす奴。

 

コメント『まぁ、無理だよな』

コメント『は? 無理とかやらなきゃわからねぇだろ!』

コメント『じゃあやってみろよ!』

コメント『やってやろうじゃねーか!!』

 

 配信画面、荒れてるなぁ、と思いながら眺めていると門まで戻ってきた。そこには昼間そのまま、門番の姿があり、此方を見かけると軽く敬礼をしてくる。

 

「良く帰ってきてくれた、稀人。その様子を見ると中々の成果だったみたいだな」

 

「とりあえず封鎖領域の核になる敵は見つけた。詳しい報告は明日の朝改めて王宮に報告に行くって伝えてくれると助かる」

 

「了解した、此方から王宮に伝えておこう」

 

 門番がそう言った瞬間、門の方から闇へと向かって全力で走る姿があった。

 

「やってやろうじゃね―――かぁ―――!」

 

 叫びながらそのままその姿は闇へと消えた。馬上からその姿が完全に闇に消えるのを眺めてから、片手で顔を覆う。

 

コメント『えぇ……(困惑』

コメント『え、いや、うん……』

コメント『マジでやるのか』

 

「……さーて、ログアウトする為に街に入るか!」

 

 門に入る前にノルトから降りる。ありがとうよ、とのその首を軽く撫でてからガラドア牧場へと送り帰すと、同じようにセクエスを帰した後で近づいてきてがしり、と腕を掴んできた。

 

「ラーメン!」

 

コメント『これは犬』

コメント『見捨てられませんわ』

コメント『深夜帯に食べるラーメンって背徳的だよな』

コメント『時間的にまだ夕飯ぐらいだけどな』

 

「……晩飯食った後じゃダメ?」

 

「だめ。今食べに行くわよ」

 

 そのままずるずる此方を引きずるように市街地へと引き込まれる。その様子を門番がお疲れ様、と苦笑しながら見送ってくれる。いやぁ、もぅ、

 

 本当にお疲れ様。あの人たぶん帰ってくるまでずっと待っててくれたんだろうな……。

 

 時間は夜、ここまでくると完全に暗くなっている。引きずられ続けるのも面倒だし逃げないから、とニーズヘッグに告げて両足で立って歩く―――向かう場所は当然ながら昼胡麻団子を食べたイェン兄妹の屋台だ。どうやらあの味が気に入ったらしいし、ラーメンも非常に楽しみにしているようすだった。諦めてこっちでラーメン食べてからリアルに戻るか、と決める。

 

「しかし夜は夜で良い感じの騒がしさと静けさがあって良いな。昨日はガラドアで夜を過ごしたからこっちは見てないんだよな」

 

コメント『娼館あるで』

コメント『第一声がそれか??』

コメント『昼と夜とだと雰囲気違うよな』

コメント『この静かなBGM好き。眠くなるけど』

コメント『わかるまん』

 

 苦笑しながら落ち着きを取り戻した配信画面を視界から外し、屋台の多い広場へと戻ってきた。そこでは夕食や夜食向けの料理を作っている大量の屋台が並んでいる他、客引きの声やランタンなどが飾られており、場が輝いているように見えた。

 

「ガラドアから仕入れた新鮮な肉だよ―――!」

 

「こっちは野菜! 新鮮な野菜あるぞ!」

 

「魚! 残り僅かだぞ! 魚団子食わねぇかぁ! ここで逃したら次何時食べられるか解らないぞ!」

 

「魚……魚か、そうか、港が封鎖されているから捕れないんだな」

 

 ついでに塩も回収できなさそうだ。岩塩の類がこの近くで掘れるかどうかは不明だし。海方面が封鎖されているのって実は思っていたより健康的にもヤバイのではないのだろうか? やっぱり船や資源を含めて、海側を解放したいよなぁ、と思う気持ちは割と強い。それはそれとして歩いていると匂いだけで食欲が刺激されてくる。あぁ、ダメだ。俺も食べたくなってきてしまった。あまりこっちで豪華に食べるとリアルでの食事が辛いのに。

 

「ラーメン!」

 

「はい、いらっしゃい。2人前で良いですか?」

 

「2人前でお願いします」

 

「良く来たな2人とも。兄上の拉麺は絶品だぞ。なぜ絶品であるかは疑問があるがな」

 

「イェン?」

 

 中華兄妹屋台にやってくると元気に店番をやっている姿があった。兄妹の仲の良さに笑みを零しつつ、早速店主の方が作っているラーメンを受け取る。夜になると屋台の前にテーブルと椅子を出しているおかげですぐ前で食べられるようになっている為、屋台の直ぐ前にラーメンを置いてニーズヘッグと二人、向かい合う様に麺を啜る。

 

 うーん―――辛い!

 

 辛いけど味にコクがあって美味しい。肉みそが乗っている辺りは担々麺を思い出すが、単純にそれだけではないのだろう、口の中が辛さだけに支配されないように調整が施されている。スープと麺を口の中に一緒に運べばあっさりと喉を通って行く……味は濃い筈なのに、しつこくはない。これはまさに職人技という奴だ。うーん、これを食べると餃子とライスもセットで欲しくなる。

 

「……言いたいことは解るけど、米はなくてね。実は麺の為の小麦粉でも割とぎりぎりなんだ」

 

「船が動かせれば米の輸入も可能かもしれんがな。或いは西の先にある湿地帯であれば野生の苗があるやもしれん」

 

コメント『そう言われるとやる気出るよな』

コメント『というか飯テロぉ!』

コメント『ニグちゃん幸せそうに食べるなぁ』

コメント『いっぱい食べる君が好き』

 

 ……まぁ、美味しそうに食べるニーズヘッグの姿は幸せそうだから好きだけどさぁ。それを何も知らない奴に言われるのはちょっともにょる。お前はうちの子の何をしっているんだ? って気分。独占欲と言う奴なのかもしれない。

 

 長年この大型犬に付き合ってきた飼い主としての。

 

「で、どうだったのだ? 東の様子を見に行ったのであろう?」

 

 イェンがラーメンを食べている此方を見てニヤついてくる。相変わらず帽子を被った格好のままだが、やっぱり帽子の下でぴょこぴょこ何か動いているようだ。なんだろう、アレ。いや、まぁ、先に答えたほうがいいか。

 

「あぁ、封鎖領域の中核まで突っ込んできたよ。ちょっと倒せそうにない奴が陣取ってたんで撤退したけどなー……ずるずるずる」

 

「ずるずるずるー。アレはちょっと無理ねー」

 

「ほう、どういう奴だ?」

 

 イェンが興味を抱いたのかスツールを引っ張ってくるとテーブルまでやってきた。兄の方は少しだけ諫めようとするが、イェンには精神的に勝てないのか溜息を吐いて諦めた。

 

「アビサルドラゴンって奴だよ。白くて長くて大きいドラゴンの」

 

「あぁ、獄淵龍か……また大層なものが現出しているな」

 

コメント『名前クッソかっけぇな』

コメント『それだけ強いんだろうな』

 

 イェンは名前からどうやら相手の事を知っているらしい。腕を組むと足も組む。なんかちょっと足元パタパタしてない? 視線をイェンの足元へと向けると、ロングスカートの中で何かがゆらゆらと動いている気がする。

 

「アレは確か国軍を動かす必要があるレベルの怪物だ。都市の1つ2つを余裕で食べる程の胃袋の持ち主でな、過去に東大陸の小国がアレで滅ぼされてる。魔郷から呼び出しでもしなければ絶対に地上には出現しない奴だ、おそらくは番人として配置されているんだろうな」

 

「アレかあ」

 

 思い出すように今はラーメン屋の店主が目を閉じた。

 

「えーと……」

 

「あぁ、そう言えば名乗っていませんでしたね。フォウです。イェンが慣れ慣れしくて申し訳ありません。どうやら気に入ってしまったようで……」

 

「あ、いえいえ」

 

コメント『美女に気に入られて困る奴なんていないよ!!』

コメント『それ』

コメント『問題は俺達が対象ではないってことだ』

コメント『それ』

 

 あ、そういや配信切り忘れてたな。それでもまだ人がいる事に驚きだが。まぁ、ログアウトするまでは配信続けておくか。ラーメンが伸び切る前に食べ終わらないと。

 

 それはそれとして、フォウの話に耳を傾ける。

 

「獄淵龍は厄介な奴ですよ。個人的には相手をしないのが一番ですね。それでも相手をしなくてはならないとなると……そうですね、今の稀人達では絶対に不可能でしょう。まず攻撃が皮膚や甲殻を貫けませんね。英傑―――それこそ灰の騎士ジークフリートや、城砦のダグラス辺りが出っ張らないと単体で保つというのは不可能ですね」

 

 やっぱジークフリートさんそういう次元のトンでも存在だったのか……。

 

コメント『あ、アインさん。馬使って誘導出来んの?』

コメント『馬の移動速度かなり早いもんな』

コメント『全力ダッシュすれば引きずり出してエルディアアタックできるんじゃね?』

コメント『悲 劇 再 び』

コメント『連携できる立場にあるんだから連絡しようよぉ!』

 

「あー、フォウさん。馬に乗った速度で逃げ切れると思う?」

 

「ずぞぞぞぞ―――おかわり!」

 

「はい、少々お待ちを。えーと、馬で逃げ切れるかというかと無理ですね。1馬差を一呼吸で詰めますよ。戦うなら正面から向き合って攻撃を抑え込む事前提じゃないと無理なタイプですね」

 

コメント『解散!!』

コメント『無理ゲーで草』

コメント『やっぱカンスト前提なんやなぁ、って』

コメント『うおお、海産物がぁ……』

 

 配信画面に流れてくるコメントにはぁ、とため息を零す。食べ終わって空になった器をフォウに返しつつ、肩ひじをテーブルに突いて考える姿勢を取る。そのすぐ横では楽し気に此方を見つめる碧色のイェンの瞳が見える。その表情は楽し気に此方を観察している。

 

 ……まるで、何かを期待しているかのように。

 

 まぁ、そうやって期待されてしまうとちょっとやる気が出てしまう。ニーズヘッグがまだラーメンを食べているし、

 

「ちょっと真面目に攻略法を考えてみますかー」

 

 食後のちょっとした脳の運動にはちょうどいいだろう。




 つまり1秒30メートルの距離を詰めてくる。馬が1秒20メートル前後。疲れず、追いつかれたらワンパンで消滅する。

 やはり無理ゲーなのでは?


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もしや無理ゲーなのでは? Ⅴ

「―――ちと話を纏めるとしようか」

 

コメント『頼んだぜボス』

コメント『任せたぜボス』

コメント『やってくれボス』

 

 ボス呼びがニーズヘッグから感染してるなぁ、と思いながらこれまでの情報を纏める。

 

「目標はアビサルドラゴン、レベル推定50。居場所は西街道の大橋の上、そこを塞ぐように陣取っている。それまでに出没するエネミーのレベルは高く、20は超えているという話。少なくとも俺とニグで戦っていて経験値が大量に入ってくるからそういうレベルのエネミーだと思われる。封鎖領域内部にいる為、突入はPCにのみ可能である―――ここまでは基本的な情報、確定情報だ。オーケイ?」

 

コメント『マジで基本的な情報だな』

コメント『だけどこれだけでも割と解るよな、強いNPC連れていけないっての』

コメント『やっぱ強いNPCに釣りだしたのを狩って貰うしかねーよ』

コメント『その話をするのはまだ早いだろ』

コメント『ボス話を続けてー』

 

「へいへい」

 

 とりあえず続きだ。

 

「アビサルドラゴンは全長30メートルを超えている。とてもじゃないが攻撃した衝撃で動かせるようなレベルを超えている重量とサイズをしている。その上で非常に獰猛、尚且つ好戦的。1度戦闘が始まれば相手を食うまでは戦闘を終了しないだろうと思われる。それでいて足はあの巨体で早く、現状のプレイヤーが保有する移動手段、スプリントでは絶対に追いつけない速度を出してくる。その上でその攻撃力は高く、ワンパンで蒸発する」

 

コメント『バグ移動ニキはどうなのん? 逃げ切れん?』

コメント『バグ修正されたんでもう無理』

コメント『仕事早いなぁ』

コメント『まぁ、明らかに世界観を崩壊させるバグだったからね?』

コメント『今は壁抜けバグを検証してるよあの人』

コメント『さっき塵箱に上半身食われて音速回転しながら空に打ち上げられてたよ』

 

 相変わらずバグってるなぁ。

 

「なおアビサルドラゴン自体は爪、牙の他に剣翼を生やして薙ぎ払う攻撃が行える他、腐食ブレスで装備破壊まで狙ってくる。その上で決して知能が低いという訳ではないらしい」

 

 ここまでレイドボスの情報を並べて、腕を組み、首を傾げ、空を見上げる。

 

「無理ゲーなのでは」

 

「―――いや、まだ何らかの手段があるはずだと思う」

 

 聞き覚えのない声に振り返れば、ポニーテールで金髪を纏めている灰色のロングコートの青年が笑みと共に片手をあげてやってきた。話に割り込んだ感じ、おそらくは配信を見ていた視聴者の1人なんだろう。

 

「すまない店主、ラーメンを1つ」

 

「はい、少々お待ちを」

 

「うむ、ありがたい。えーと、それで済まない。話の腰を折ってしまったな」

 

「いや、まぁ、俺は構わないけど」

 

 ニーズヘッグは美味しそうに3杯目を楽しんでいるし。イェンはこっちを楽しそうに見ているし。この2人に関してはもう気にしない事として、横のテーブルに座った灰の青年が自己紹介する前にコメントが配信画面に流れてきた。

 

コメント『レオ様やんけ』

コメント『配信凸はマナー違反やで』

 

 配信画面に流れてくるコメントを見て申し訳なさそうな表情をした。

 

「む、すまない。だがあまりタイピングは得意じゃなくてな……直接会って話したほうが意見交換も早いと思って」

 

「まぁ、俺はそこらへん特に気にしないしな。それよりも?」

 

「あぁ」

 

 レオ様、と呼ばれた青年はラーメンを受け取りつつ箸を2つに割った。

 

「レオンハルトだ。配信を見させて貰っていた。そしてアビサルドラゴンを拝見させて貰ったが」

 

 ずぞぞぞぞぞ、とラーメンを食べるイケメン。イケメンでもラーメン食うんだな。まぁ、俺の方がかっこいいけど。

 

「倒せる、って思ってるんだな?」

 

「あぁ。仕様の穴か、隙間か、或いは何らかの手段があるはずだと思っている。配信画面だとこういう話はレスポンスが遅くなってかみ合わなくなるからな……」

 

「あぁ、うん。解るけど……そうか、マルージャの話をしてるのか」

 

 レオンハルトが頷いた。

 

 つまりレオンハルトが言いたいのは、マルージャで可能だったのだからエルディアでも可能なのでは? という話だ。一見無茶苦茶にも無理ゲーにも思える事だが、実は意外な手段を活用する事で突破可能になるかもしれない……という話をしたくて来たようだ。

 

「何よりもあれだけの獲物、相手をしないのは惜しい。あのまま放置しておくのは楽しくないだろう」

 

「それは解る」

 

コメント『でも状況とスペック的に無理じゃね?』

 

「まぁ、釣りだしてNPCに処理してもらうという手段は悪くねぇべよ? だけど釣りだすって事自体がまず不可能じゃん。あ、ラーメンください」

 

「でも何か利用できるもんがあるんじゃね? 周りの地形とかを見てさ。ラーメンくださーい」

 

「ラーメンくださいー。いや、配信で見たじゃん遮蔽物すらない地形ってのが」

 

「そこはほら、俺達プレイヤーじゃん? 色々とあるじゃん、インベとかシステムとか。そういう所からなんか裏技を見つけてやれない事はなくないか? ラーメン2つお願いしまーす」

 

「はい、少々お待ちを。イェンもちょっと手伝ってくれ」

 

「仕方がないな……」

 

コメント『視聴者PC増えてるの草』

コメント『クッソ羨ましいんだが』

コメント『ワイ氏、参加することを求めてマルージャを飛び出し、道中で無事死亡する』

 

 なんか人が増えてきたな。というか周りの屋台で飯を購入して合流してるやつが明らかに多い。これ、配信見てた連中が攻略会議をしたくて集まってきてるな? お前らもしかして暇なのか? いや、違うな……これ、単純に今度の攻略イベントから外れたくないだけだな?

 

「まぁ、レオンハルトの言いたいことは解らなくもない。オープンワールドゲーで低レベルエリアを徘徊するFoEを何とか処理する方法は常に用意されてる。シビアな手段だったりするけど、不可能って訳じゃないのは分かる」

 

「だろう? マルージャがその細い穴を通した形だと思っている。いや、割と真面目にやってはならん方法だと思ったが」

 

「だけどエルディアに関してはボスがコネあるし話を通せばNPCとの連合組めるんじゃない?」

 

「ボス、王家に結構信頼されてる形だったでしょ」

 

「ボス呼び定着したな」

 

 周りで食ってるやつばかりだなぁ。俺もちょっとだけ何か食うか? いや、この後ログアウトして飯にするしちょっと我慢するか。腕を組みながらうーん、と首をひねりながら夜空を見上げる。たぶん今、この瞬間も王国の誰かに監視されているんだろうなぁ、とは思っている。だけど隠す様な事でもないし、知られても良い事だし。口に出していくか。

 

「まぁ……話をすればたぶん協力を得られると思うぞ? その大前提としてまず勝算を用意しないと話にならないけどな。動かすなら確実に勝てる算段が必要だ。この場合はジークフリートさんとかA爺さんとかが戦場に出る事になるけど、たぶん1番突っ込まれるのは戦う事の出来る戦場まで引っ張り出すことに対してだと思うぞ」

 

「やっぱそこかぁ」

 

コメント『どうあがいても立ちふさがる問題』

コメント『根本的に移動速度で敗北してる問題があるからな』

コメント『アレをどうやってあそこから引きずり出すかって話だけどなぁ……?』

 

「マルージャはレイドボス、どうやって引きずりだしたんだ?」

 

「あー、そう言えばなんも聞いたことないな……確かカオスベヒモスとかいうボスだったらしいけど」

 

 4足歩行の大型の獣。此方もサイズは30メートル級だったらしい。ベヒモスと名付けられているだけあって巨大ですさまじいパワーを秘めたモンスターで、突進で大木すら根元から吹き飛ばすレベルで強靭、地面をプレートで剥がして角に突き刺して持ち上げ、それを上から投げ落として殲滅してくるような凶悪な生物だったらしい。と、今見ているWIKIではそんなことが書かれていた。まぁ、ええわ。

 

「ちょっとトレインした本人に聞いてみるわ」

 

「知り合いなんですか……」

 

「身内だぞ身内!」

 

「やっぱ身内だと同じ発想にいたるんだなぁ、って」

 

 うるせぇ! 結果だしゃあいいんだろ!

 

 デスコを起動する。

 

1様『という訳でどうやってマルージャまで引っ張った。きりきり吐け。』

土鍋『何がという訳だよ。配信見て笑ってるけど』

1様『は? 何笑ってんの? 最近経験した面白い事を暴露しろ』

土鍋『えっ』

略剣『じゃあ最近スーパーに行ったんだけど』

土鍋『お前が行くのか??』

略剣『丁度清掃中で転びそうになっちゃってさぁ』

梅☆『あるある』

略剣『あぶねぇ! 転ぶ! 踏ん張る! 良し! ってしたわけよ』

狂犬『それで?』

略剣『いや、踏ん張ったらパンツ真っ二つに割れた』

 

 普通はそうならんだろ!!!

 

略剣『なったんだよなぁ』

土鍋『身内の恥が明らかになったから答えるけど、こっちは遅かったよ』

1様『移動が?』

土鍋『そうそう。その代わりに広範囲薙ぎ払ってきた』

梅☆『だから木の上に逃げたんだよねー』

土鍋『定期的に挑発飛ばしつつ大木の上から攻撃誘導って感じ』

略剣『俺の恥話はまだまだあるぞ』

1様『誰も求めてないから』

略剣『振った張本人がそれを言う???』

狂犬『ざこ』

略剣『はぁ!?!?』

 

 というかやっぱり、かなりのバグというか反則技使ってるじゃん。

 

1様『大木吹っ飛ばすレベルなんだろ?』

土鍋『せやで。それもメッチャ太い奴』

略剣『でもまぁ、壊れてから衝撃に乗って跳躍すれば間に合うよなぁ、って』

 

「解散だ解散! 参考にならねぇわあのクソ共!! ほんと役に立たねぇなぁ!!」

 

 デスコウィンドウを地面に投げ捨てて思いっきり踏みつけると周囲からまぁ、まぁ、落ち着けよと宥められる。

 

「だけどほら! 今の確認で攻撃反応するから誘導は出来るって判明したでしょ?」

 

「そうだな、ワンパンで死ぬけどな!」

 

 そう、誘導なんて不可能だ。ワンパンで死ぬんだから。もう既に結構大量の数が集まってきているプレイヤーたちに向かって指をさしながら叫ぶ。

 

「いいか!? 俺達に勝ち筋があるとすれば()()()()()()って事実がある事だ! これを利用すればワンパン蒸発を繰り返しながら交代で〈挑発〉投げて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()事だってできらぁ!」

 

 だけどな、それには凄い大きな問題がある。

 

「1! 死んでも良いぜってプレイヤーがいっぱい必要! 2! 〈挑発〉を投げるタンクの護衛をする他のプレイヤーも必要! 3! 王宮を説得して英雄NPC借りなきゃ倒せない!」

 

 解るか? それだけのプレイヤーをどうやって集める? それだけやる気のある奴がいるか? 単純なPSではなくマンパワーが必要とされている奴だ、これは。そういう意味では運営は凄い絶妙な調整をしていると思う。誰か1人が飛びぬけて強いだけじゃどうにもならないのだ。この大きな攻略とショートカット、或いは早期攻略を行いたいのならプレイヤーたちのクソみたいな頭のおかしい団結を求める必要があるのだ。

 

 それは可能か?

 

 無論、無理だ。エゴイスティックなMMOプレイヤーたちが集まる訳ないだろ。

 

「という訳で解散解散! 無理ゲー! ……はぁ、落ちるか」

 

 真剣に考えたのが急に馬鹿らしくなった。配信を切りながらログアウトする準備をしていると、後ろから声がかかった。

 

「なぁ、アイン」

 

「ん?」

 

 レオンハルトの言葉に振り返る。

 

「もし―――前提条件として大量のプレイヤーが協力してくれることになったらどうする?」

 

「それ、100とかじゃ足りない話だからな? だけどまぁ、300人とか集められたなら」

 

 まぁ、絶対無理だと思うけど。

 

「そうなったら王宮に俺から説得しに行くよ」

 

「言質は取ったからな?」

 

「はいはい」

 

 あー、ラーメン美味しかった。それだけを感想として残し、8杯目を食べているニーズヘッグを放置してログアウトする事にした。

 

 今日も実に愉快な1日だった。




 最大の問題はこんなことに付き合うだけのマンパワーをどう用意するか? という所に尽きる。

 君はトン単位のトラックが正面から突っ込んできて絶対に避けられない恐怖に打ち勝ちながら仕事をこなせる? という問題。レベルが上がれば耐えられると解るし、経験も増えてきてそこまで怖くないと思えるかもしれないだろう。

 だけど現時点で巨大なエネミーと戦闘しているプレイヤーはエルディアにはいない。つまり巨大生物に衝突するという経験もない。怖いよね、大きな質量が襲い掛かってくるのって。

 だから無理と判断している。まぁ、まともな精神じゃ無慮! まともなのじゃ!


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もしや無理ゲーなのでは? Ⅵ

「ふぅ、やっぱ寝起きにはシャワーだな」

 

 ログアウトして晩飯を食べたら色々とやっている内に時間はもう寝る頃になってしまう。1人暮らしは自由な時間が多い分、自分でやらなきゃいけない事が多いのが全くの面倒だ。この苦労を誰かと分かち合う事が出来れば少しは楽になるのだが、それはそれでまた新しい問題を呼び起こすだけだ。その事を考えればやはり、1人暮らしが気楽だ。遅く眠るのはパフォーマンスに響くという理由で封じている身からすればまぁ、遊んでいる時間が減るのは仕方のない事だと諦めるしかない。という訳で昨晩もかなり平和な時間帯に眠れた。

 

 まぁ、動画の編集を軽くやってアップロードの時間を含めるとどうしても夜は潰れてしまう。大体夕食を食べた後は必要でなければログインする事もない。別段、そこまで時間をぎりぎりまで詰めてやる程今は忙しいという時期でもない。だから夕食の後は大体他の趣味や家事をする時間になってしまう。それが終わればもう就寝時間で、そして朝になる。

 

 今日の朝食はデザートにフルーツと蜂蜜を混ぜたヨーグルトなんて物を用意しつつ、ログインする前に軽くWIKIやSNSを漁って新しい情報か更新された情報を漁る。1度ログインしてしまえばその後はずっと攻略からレベリング作業だ、細かく情報のチェックをしている余裕なんてものはない。

 

 ない、のだが―――。

 

「げぇ、すげぇ通知来てるな」

 

 明朝から凄い量のリプライとダイレクトメッセージがツブヤイッターから飛んできている。どうやら昨晩の話で進展があったらしいから早くログインしてくれ、という事。アイツらもしかしてマジで攻略する気なのかぁ? と首を傾げながらヨーグルトを口にし、とりあえずツブヤイッターに投稿。

 

『1時間後ぐらいにはログインしますよ、と』

 

 流石にメッセージを1つ1つ全部見ていくだけの時間的余裕はないからバッサリと切り捨てる。

 

「おっと、そういや昨日はスキルのレベルが上がってたな……んー、WIKIにも追記されてないし、こっちで追加しておくか」

 

 シャレム公式ウェブサイトにPCからログインすれば自分のキャラクターのステータスや状態、取得スキル等の状況を確認できる。

 

 情報の更新は先駆者の特権だ。情報を秘匿する事に喜びを覚える奴もいるが、個人的に公開して問題のない範囲であれば公開しちゃった方が全体が楽しめると思うから、そうした方が良いと思う。それはともあれ、前回の封鎖領域探索でレベルが上がったのは《二刀流》、《杖術マスタリー》、そして《詠唱術》だ。

 

 《二刀流》は補正が3分の1に緩和された。初期が5分の1だったのを考えるとかなり緩和されている。装備によってはそろそろ+1補正が+2以上になるのではないだろうか?

 

 《詠唱術》は〈詠唱消去〉の性能更新で、クールタイムが3分から2分に短縮されるという内容だった。1分しか減ってないやん! と言いたい奴もいるだろうが、6分間の戦闘で発動回数が2回から3回に増えるのだ、これは意外と馬鹿にできない。

 

 そして《杖術マスタリー》は念願の個人バフスキルだ。〈マイトマインド〉は自分を対象としたバフスキルで発動から20秒間の間、自分のINTが10%上昇するという内容のアビリティだ。アビリティ枠なので当然詠唱を必要とせず、即座に発動する。

 

 なおスキルが枠を消費する習得枠で、アビリティは即時発動する技の様なものであり、魔法は詠唱を必要とする行動だ。

 

 スキルからアビリティや魔法を習得する、と覚えれば比較的楽に覚えられる。

 

 アビリティは無詠唱とも考えれば覚えやすい。

 

「……うっし、WIKIの更新完了! 神の恵みに感謝しろよ愚民共ー」

 

 まぁ、こういう誰でも取得できる範囲での情報の共有を秘匿してどうなるの? ってなると、今回の様なレイドボスが出現した時に戦力不足で攻略不可! って事になりうるケースがある訳だ。情報が増えれば強くなれる、強くなれば攻略できる範囲が増える。何をどうあがいても世界の広さと要素の多さ的に全てを独占するのは不可能なゲームなのだから、共有できる範囲を共有して封鎖領域の解放を任せられる所はなるべく任せた方が遥かに賢いのだ。

 

「さーて、西の先に行かなくちゃいけないし忙しくなるなぁ」

 

 アイツらもアイツらでそろそろ良い感じの所まで来ているんじゃないだろうか? まぁ、エルディアとマルージャで真っすぐ道を通しても徒歩数日ぐらいの距離は存在するらしいが。ゲームとして移動だけで数日使うのって明らかにバグじゃないかそれ? って言いたくなる気持ちはあるんだが。

 

 まぁ、ええわ。

 

 ログインしよ。

 

 朝の諸々の日課を終わらせたので早速ログインする。

 

 

 

 

 ログインして到着するのは昨晩ログアウトしたのと同じ場所―――つまりはイェン・フォウ兄妹の屋台前だ。

 

「本当に唐突に現れるものだな。やはり稀人とは摩訶不思議なものだ」

 

 ログインするのと同時にイェンの声がする。振り返ると昨晩話し合っていたテーブルに座っているイェンの姿が見える。そしてその横では山盛りの料理を朝から食べているニーズヘッグの姿もあった。

 

 お前、朝から食ってるのか……。

 

「あ、おはようボス。朝ご飯美味しいわよ」

 

「そうか……。あ、預かってもらったみたいですまん」

 

「気にするな。私もお前には期待している部分があるからな」

 

 屋台の方を見るとフォウの姿がない―――恐らく買い出しか何かに行っているのだろうと思う。今はニーズヘッグが朝食の最中だし、これを食べ終わったらニーズヘッグを連れて王城へと向かって昨日の探索の結果を報告しなくてはならない。流石にあの幼い王子に東はちょっと無理かもしれないと報告するのは気が滅入る。まぁ、仕方がないと言ってしまえば仕方がない事でもあるのだが―――その代わりにマルージャまでのルートを開拓したら評価も上がるだろう。

 

 正直、考えていることがある。

 

 プレイヤーのスポンサー、いらなくね?

 

 王国とか商人とか、NPCの富豪スポンサーつけた方が良くね?

 

 いや、最終的にPCの方が強くなるだろうし、優秀になるだろう。だけど現時点でレベルキャップを越えた英雄ユニットやら、豊富な50カンスト人材が多くこの国や街にはいるんだ。だったらそういう人たちに協力してもらった方が遥かに効率が良いのでは? という話だ。そういう意味合いを込めて、王家とはなるべく仲良くしたい所だが……まあ、今回は無理だったという話だ。

 

「あぁ、アイン。お前が来たら伝えてくれ、と頼まれている」

 

「ん?」

 

「中央広場で待っているそうだ。伝えたぞ」

 

 楽しそうにイェンはそう言うと屋台の向こう側へと引っ込んでいった。待っている、というとレオンハルトの事だろうか? アイツ、結構楽しそうに話してたし人を集めてきたのだろうか? まぁ、それでも十分な数が集まるとは思えないが。まぁ、でも、ネトゲの住民って割とお祭り好きだしなぁ。

 

 もしかして100人ぐらいは集めてくるかもしれない。

 

「でも、まぁ、100人じゃ足りないと思うんだよなぁ」

 

 距離を計算して、ワンパンで死ぬことを前提として。その上で〈挑発〉持ちのタンクジョブの数を考えると100じゃ絶対に足りない。タンク職は敵の攻撃を前衛で受けなきゃいけない前提がある為、かなりの恐怖感がある。その上で固有の動きが要求されるからDDやヒーラーと比べると地味に人気が少ない。

 

 だからこそタンクはイケメンとか言われるのだが。

 

 ヒーラー? 生殺与奪握ってるドSとかって呼ばれてる。

 

 まぁ、会うだけ会うか。そう判断して美味しそうに朝食を食べているニーズヘッグの姿を今はしばらく眺めていることにした。

 

 

 

 

 ニーズヘッグが2度目の朝食を終えたので屋台から離れて中央広場へとやってくる。此方も色々と屋台や露店が開いてたりする自由なスペースだだ、街の中心点だけあってそこはかなり広い空間になっている。

 

 だがその中央広場がこの時だけは、異様な数の人たちによって埋め尽くされていた。

 

「―――は?」

 

 人、人、人。広場を満たす人。その数は広場を越えて、通りにまで溢れ出していた。それだけの大量のプレイヤーたちが揃っている。なぜ解るかって? その判断は確認しようとすれば名前が出てくるのがプレイヤーだからだ。だから直ぐに大量のプレイヤーがいるって事が解ってしまう。そうやって集まっている大量のプレイヤーの前に呆然と立ち尽くす。

 

「どうだド腐れ魔法使い! 集めてきたぞ!」

 

「それも100や200じゃない! 600だ!」

 

「ははぁ! ざまぁみろ!! 舐めたな俺達を!」

 

 昨晩ラーメンを食べている姿に見覚えのあるプレイヤーたちが腕を組みながら爆笑していた。いや、うん、素直に過ちを認めよう。ここまで人が集まるとは思わなかった。まさか600人もプレイヤーが集まるだなんて思いもしなかった。

 

 だがよく考えてみよう。

 

 オンラインアクティブプレイヤーが数百万人規模のMMOがある。その中で実装されているエンドコンテンツに参加するプレイヤーの割合が全体の1%だという話だ。

 

 この1%という数字はすごく小さく見えるだろう。

 

 だけど実際は数百万人の1%だ。プレイヤーが100万人だとしても、その1%で1万人だ。つまりそれだけの数のプレイヤーがエンドコンテンツに参加しているという話だ。

 

 そして今、このVRMMO、シャレムの総プレイヤー数は数万人だ。それをマルージャとエルディアで半分に割っても、最低で1万人は各拠点にいるってことになる。そしてこんなゲームに手を出す様な連中は基本的にヘヴィからミッドコア層のゲーマーばかりだ、ライト層なんてものは基本的に存在しない。

 

 それを考えたらまぁ、ありえる数字なのかもしれない。

 

「はぁ……いや、認めるわ。俺の負けだわこれは」

 

 もう笑うしかなかった。勝ち誇った表情のプレイヤーたちを前に。こいつら全員、無謀に挑戦するだけの根性と気合があるんだという事実を。たった一晩でどうやってこれだけのプレイヤーを集めたのか、というのは本当に気になるのだが。

 

 それはそれとして、

 

 どうやら俺達はアビサルドラゴンに挑戦する権利を得たのかもしれない。




 全体から見て1%という数字はアクティブ層が多きけれbあ大きいほど大きな数字になってくる。可能か不可能で言えば全然可能な範囲でもある。


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もしや無理ゲーなのでは? Ⅶ

「お前らマジでやる気あんの?」

 

「あるからここに集まったんだろ!!」

 

「説得宜しく!」

 

「レイドボスのドロップとか欲しいに決まってるじゃん!」

 

「レアドロップ寄こせ!」

 

「普通に狩りに出るより絶対こっちのが経験値美味しいだろうし」

 

「俺達にも封鎖領域クリアさせろ!」

 

「称号寄こせ!」

 

 お、おぉ。軽いコールで凄まじい怒号が帰ってきた。そこまで殺気立つレベルかぁ? と思っていると地味にカバーリングできる位置にニーズヘッグが既に入っていた。無言で動きを見せずに配置を取っている辺り、割と真面目に殺気を感知しているのかもしれない。こういう本能的な部分は何をどう足掻いてもニーズヘッグに勝てる気がしない。まぁ、それを見てもうちょっと真面目に取り合うべきかなぁ、って判断する。

 

 とりあえずツブヤイッターで配信告知の直後から配信する。

 

「オーケイ! 解った! とりあえず配信画面でこっちの行動は配信するし、これから王宮に報告やら何やらするから一旦解散な! 行動移す時とかは配信画面通じて呼びかけるから周りの迷惑にならないように一旦解散しろ解散!!」

 

 手を大きく振って一旦解散するように指示を出すと、それに合わせて声を投げられながらもプレイヤーたちの集まりが解散する。その姿を眺めながら後ろ髪を軽く掻いて、溜息を吐く。こんなことになるなんて思いもしなかった―――だがなったらなったで本気でやらせて貰おう。何せ、港の解放に関しては俺も望む所だ。港が解放されたらその信用を利用してスポンサー探しも捗るだろうし、船が使えるようになれば行ける地域もエリアも探索範囲も移動速度も大きく上昇する。

 

 デメリットよりもメリットが大きいのは明白だ。

 

「どうやらやる気を出してくれたみたいだな」

 

「レオンハルト……お前の仕業か?」

 

 声をかけてきたレオンハルトはいいや、と言葉を置いた。

 

「ぶっちゃけ俺のフォロワーはそんなに多くないからな。お前の配信を見ていて賛同していたVの者に声をかけて人を集めた」

 

 レオンハルトがそう言うと、横から整った容姿の女の子が飛び出してきた。スーツ姿の男性はツブヤイッターなどで見かける姿の1つだ。真っ黒なスーツにサングラスを装着したVの者、

 

「どうも~、黒沢カイトです。宣伝と便乗させてもらいましたっ!」

 

 横に小柄の少女が並んだ。パーカー付きのジャケットのラフな姿の少女は見た目、10前後に見える―――いや、大きくリアルの姿と変更できないこの世界の法則にしたがうとすれば、リアルでも同じぐらいの年齢の少女なんだろう。

 

「羽田風子でぇーす! 翼は失いましたー!」

 

 と、まぁ、とレオンハルトが言う。

 

「Vの影響力を利用したら面白いぐらい集まった、という訳だ」

 

 確かに、今生配信を行っている層で1番視聴者を獲得しているのはVの者たちだろう。どれだけ話題性を獲得しようが、根本的なファンと知名度の数というものは覆せない。だからこの手のイベントに参加可能な視聴者を求めるとすれば、Vの者たちの知名度を使えば一気に人が集められる。

 

 ……というのを目の前で証明されてしまった。

 

「正直一晩でここまで集めるとは思ってなかったわ。舐めてたわ」

 

コメント『しゃーないしゃーない、ここまで集まるとは思わんやろ』

コメント『集まるんだよなぁ……』

コメント『絶対に楽しそうだしな』

 

 配信の方でもコメントが流れ始める。どうやら配信画面の方に人が集まりだした様だ。この調子だと視聴者が一気に増えそうだなぁ、と思う。増えるのは増えるので別に良いんだけど、数が増えると変なのが増えたり荒れたりするから対処めんどくせぇんだよなぁ、とは思わなくもない。まぁ、荒らすのはIP開示要求から金をとりに行けるからまったくのロスではないのが救いか。

 

 どうでもいい話だ。

 

「まぁ、俺はこれから王宮に話をつけてみるよ……あんまり、期待しないでくれよ?」

 

「任せてください、こっちはこっちで準備しておきますから」

 

「他の皆にも声をかけておくから安心してね」

 

「いや、あの、俺王宮と交渉」

 

 あぁ、Vの者が物凄く楽しそうに走り去って行く―――。あの様子を見ている限りマジで準備万端にしてくるだろう。はぁ、とため息を吐きながら後ろ髪を掻く。まぁ、しゃーないと自分に言いつける。自分は自分でしっかりと役割をこなしていればよいのだ。ならそこまで難しい事ではない。んじゃ今度こそ王宮に向かうか、と思った所でレオンハルトが最後に声をかけてくる。

 

「所でアイン、その様子だとボスをどうにかして釣りだす方法を思いついているんだろうが……先に試しておく必要があるものはないか?」

 

 レオンハルトの言葉にあー、と声を零す。ずびし、と指先をレオンハルトに向けた。

 

「〈挑発〉」

 

「ふむ?」

 

「〈挑発〉とヘイトの跳び方をちょっと検証してて欲しい。ソロで〈挑発〉して周辺に非戦闘状態のPCがいて、〈挑発〉した対象が死亡した時ヘイトはどう飛ぶのか、ってのを」

 

 その言葉にレオンハルトが腕を組んで頷いた。

 

「成程、そういう事か……解った、此方で事前に試しておこう―――そっちも頼んだぞ、アイン」

 

 レオンハルトの言葉に手をひらひらと振って返答し、歩き去る背中を見送った。レオンハルトも結構すかしたタイプのイケメンかと思ったが、実は割とわくわくどきどきを抑える事の出来ないタイプだなアレは? 明らかに楽しそうな表情を浮かべているもん。まぁ、気持ちは解らなくもないが。いや、本当に。

 

 ……。

 

 ……良し!

 

 気分切り替え完了! プランも修正! やるならやったるわクソが! こっちの方が何枚も上手だってマルージャに証明してやるわ畜生!

 

「行くぞニグ! あの王子様を口説き落とすぞ! 絶対に戦力を捻出させてやる!!」

 

「おー。……で、私は何をすればいいの?」

 

「静かにしてて」

 

 振り返ると露骨に寂しそうな表情を浮かべたニーズヘッグがいた。アレ、絶対に尻尾と耳があったら垂れているぞ。足を止めて振り返りながらニーズヘッグに近づき、その頭をがしがしと撫でる。

 

「いいか、俺とお前じゃ得意なことが真逆だ。俺が出来ない事をお前がやる。お前が出来ない事は俺がやる。そういうもんだろ、俺達は」

 

「そうね……そうね」

 

 軽く言ってやれば、ニーズヘッグの目に気合が戻ってきた。良し、と息を吐きながら再び王城へと向かう為に振り返る。

 

 ……なんか、生暖かい視線を向けられている気がする。

 

 向けられる視線を無視して少しだけ早歩きで向かう事にした。

 

 

 

 

「お待ちしておりました、中へどうぞ」

 

 当然というか王城の小門まで行くと既に待機していた門番が直ぐに中へと通してくれる。中に入ると必然的に背筋が伸びる。少しだけ振り返って確認するニーズヘッグは―――まぁ、何時も通りの姿だ。それで良いのだが。

 

 ここを訪れるのはこれで2度目になるが、何度来ても慣れる事はなさそうだなぁ、と思いながら案内されるがままに王城の中へと入り、そこから先日と同じルートで上の階へ、謁見の間へと移動する。

 

 そこには先日同様の並びが、既に揃っていた。

 

 玉座には王の代理としてアーク王子の姿がある。

 

 昨日と同じ位置にまで移動し、習ったように膝をつく。それにニーズヘッグがちゃんと追従している。えらいぞ、よくできたな。

 

 頭を下げたまま、王子からの言葉を待てば、直ぐに来る。

 

「良くぞ戻ったアインよ。うむ、昨晩戻ってきたと聞いてから報告が待ち遠しかった。さあ、早速余に何を見たのか、何があったのか、その話をしてくれ」

 

「はい」

 

 アークの指定を受けて立ち上がり、昨日封鎖領域で見た事、聞いたこと、そして経験したことを口にする。中の様子だけではなく、何が出現するのか、魔晶石の塊の話、生物の魔晶石との融合と融和、そして最後に大橋の上を陣取るアビサルドラゴンの話をする。その話をすると露骨にアークが嫌そうな顔をした。

 

「聞いたことのある名前だな……ジークフリート?」

 

「魔境に住まう龍です。獰猛かつ貪欲、そして極悪。私かダグラス辺りであれば対処も可能でしょうが……」

 

「あ、素直に無理です。恐らく純粋なレベルで言えば俺―――私とニグが1番上でしょうけど、本気で戦っても多分傷すらつけられないのは理解しています」

 

「むう」

 

 まぁ、だからこその大前提という話だ。ジークフリートは此方が何かを言いたそうにしているのを理解しているし、横の方で見ているA師匠も、理解しているようで浮かんだ状態で横になりながら髭をさすっている。アレはお手並み拝見、と思っているんだろうなぁ。

 

 だから、まぁ、

 

 割といつも通りのノリで、

 

「ですので殿下」

 

 此方の呼びかけにアーク殿下の視線が向けられる。

 

「ん? 何だ?」

 

 良し、興味を持っている。好感度も決して悪くはない。こっちにはガラドア解放という実績があるんだ。それがあるからこそここにいるし、アーク殿下も興味を向けてくれている。クリアできたからこそ次もできるかもしれない、という考えを持っていた。だからこそちょっとだけ、落胆している。逆に言えばクリアに足る要素を提示すれば、それは簡単に反転するという事でもある。

 

 なので、ここは説得、交渉、誘導。

 

 言葉をぺら回して()()()にさせればいいのだ。

 

 そしてこういうの、卓ゲを遊んでいる人間は割と得意だ。RP慣れしている人間はこういう時、どう喋れば相手を乗せる事が出来るというのを大体空気で察するからだ。なので、冷静に分析し、冷静に判断して、

 

 笑みを浮かべた。

 

「ここは1つ―――俺達にベットしてみません?」

 

 たぶん俺、今物凄く悪い顔してる。




 集客、というより人を集めたりする能力に関してはおそらくVの者が一番能力が高い。元々から固定の視聴者を抱えているから、短期間で話題を伸ばしたとしても既に固定を稼いでいる人たちの方が影響力は遥かに大きい。

 という訳でVの者に声をかける、バズる、拡散する、集まるという流れへ。


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王国同盟

 俺の言葉に対してアーク王子が首をかしげる。あ、アレは言葉の真意を探っている感じだな。ジークフリートとかの歳をそこそこ食っている連中は既に此方の目的を理解しているだろう。年若い騎士や一部の騎士は―――我関せず、こういう話には一切の興味を抱かずに命令に従うだけのスタイルを見せている。徹底しているなぁ、とは思う。いや、或いは逆にそういう所に口を挟まなきゃいけないのがジークフリートなのかもしれない。

 

 いつの間にかアーク王子の横には老紳士が付き添っている。たぶんあのお爺さんが世話役かな? 気配も感じないし、まったく空気の流れが読めない。師匠やジークフリート含めて、大体の人間は感情、意思、体の動き、状態等を複合する事で大体何を考えているのか、何をしたいのか、どう動くのかというのが察知できるのだが王子に付き従う老紳士に関してはそれを極限まで塗りつぶすかのような読み辛さがある。

 

コメント『この国って結構人材豊富だよな』

コメント『というか開始前に避難してきた? って感じある』

コメント『一部は予見してたんだろうなぁ、手段は解らんけど』

コメント『普通のゲームなら設定で済ませられるけどそういうゲームじゃないしな』

コメント『ボスがんばえー』

 

 ―――まぁ、良いや。

 

 話を持ち込めた時点で勝利だと思っているしぃ?

 

「アイン、それはどういう事だ?」

 

「簡単な話ですよ、王子殿下。一緒にアビサルドラゴンを倒そう、という話です」

 

 ぶっちゃけましょう、と言葉を続ける。

 

「俺達稀人にはアビサルドラゴンを倒すだけの力はありません。ですがエルディア王国の兵士、騎士には渡り合い、倒すだけの力があります。だからここは役割分担して戦おうという話です」

 

「……稀人達が封鎖領域からアビサルドラゴンを引っ張りだし、そして王国の精鋭がそれらと戦う、という事だな?」

 

「はい、殿下」

 

 新しくホロウィンドウが開いた。レオンハルトから検証してくれと頼んだ〈挑発〉の仕様に関する結果だった。その結果に関しては上級AIに確認を貰ってこれで正しい反応である、と結論が出されていた。その事実に心の中でガッツポーズを作った。レオンハルトが検証してくれたおかげで()()()()()()()()()()()()()()()()()流れが作れる。いや、相手のAI次第ではまた微妙にずれる可能性もある。だが聞いている話ではそこまで知性が高いようには思えない。スペックの暴力で圧倒してくるタイプと推測できる。

 

 少しだけ難しい顔をしてからアーク王子は、

 

「……余はガラドアを解放したアインの功績を覚えている。稀人にはそれだけの力があると知っている。だが少なくとも、今のアインや稀人達に、対処できるだけの力があるとは思っていない。少なくとも余が教えられたあの巨体を封鎖領域から引きずり出し、王国の兵で戦う事が出来るまで距離まで引き寄せるのは相当難しい事であろう」

 

「つまり殿下は我々にはアビサルドラゴンを戦える場所まで引っ張り出す能力がない、とおっしゃりたいのですね」

 

「……うむ、そうだ。悪くは思わないでくれ、余もあまりこういう事は言いたくはないのだ。だがその将来性には期待している。そして稀人は煌めく流星のごとく駆け抜けて成長する。なら余は待とう、稀人達の準備が整う所を」

 

「成程、確かに正論です」

 

 解りやすいようにちょっと手振りを加えて―――良し、視線が此方に集中している。()()()()()()()()()()()んだ。ここら辺、スピーチの講義とかを聞いたことがあれば、或いは勉強したことがあれば解るが。人には視線を引く動作や喋り方がある。それを意識すると割と会話の流れというもんは持っていきやすい。ここら辺のスキルはグループを纏めたり、空気を掴んだり、或いは空気を読んだりするのに使う。

 

 直感に頼らない、次手を読むための技術もここの派生だったりする。

 

「ですので王子、宜しいでしょうか」

 

「うん?」

 

 聞き返してくる王子はちゃんと集中してくれるし、此方の耳にも傾けて意見を参考にしてくれる。素直な聞き手だなぁ、と思える。世の中話を聞いているようで最初から意見を変えるつもりのない相手がいるからな……。

 

コメント『ショタをたぶらかす悪い男の図……良いな!!』

コメント『腐界にお帰り』

コメント『でもショタはセーフだろ!?』

コメント『アウトだが』

 

 配信画面を盗み見たのをちょっと後悔してる。

 

「先ほど王子が提示した不可能であるという事の言葉に対して、今から可能である事の理由、根拠を提示します。それを通して俺は王子に是非ともこの場で稀人、エルディア王国で同盟を組んでこのことに対処したいと思っています」

 

「む」

 

「宜しい、でしょうか」

 

 区切り、少し強い印象を与える様に言葉を止める。横からストップ入らない。誰もが視線を俺に集中させ、王子の次の返答と此方の話を待っている。あぁ、やべぇ、気持ちいい。この視線を浴びて場を支配する感覚、何度味わっても病みつきになる。

 

「良いだろう。余も別に、この件を後回しにしたい訳ではない。可能であれば障害を廃し、ポート・エルを取り戻したいと思っている。それが可能であるという根拠を提示できるなら―――アインよ、提示してみるが良い!」

 

 少し悩んだ末に結論を出したアーク王子の姿に笑みを浮かべ、頷いた。

 

 はい、勝ち申した。

 

 

 

 

「―――全く、無茶苦茶な作戦を提示しおって」

 

「やり申した」

 

 ピースピース、ダブルピース。

 

 王子? 陥落させるのに10分もかからないよ?

 

 いや、だって。レオンハルトが検証してくれた〈挑発〉の仕様でヘイトが跳ねまくる事はないって事は判明したし。アビサルドラゴンのヘイト優先と知性の高さを実際に知っているジークフリートに裏付けして貰って、後はやる事を提示。それで大丈夫か? って聞かれたら()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というだけの話である。

 

 できたって証拠? 科学力見る限りカメラみたいな道具が工房にあるでしょ、って当たりを突ければ実際にあるし。それで映像を記録して提出すれば問題解決。まぁ半日後には結論が出てPCNPC連合が完成されるんじゃないだろうか。案件としてはかなりイージーだった。

 

 何せジークフリートさん含め一部のNPCが物凄いレベルで戦意を見せていたからだ。もしかして自分の手で封鎖領域の怪物を殺して解放できるのかもしれない、と思うと滅茶苦茶やる気が出ているのだろう。アレを見て王子が止められるわけないだろうというのも算段に組み込まれていた。まぁ、実際無理だったのだが。

 

 これで俺以外のPCにできる事を証明させる。

 

 そうすれば俺が特別なのではなく、PC全体が優秀なのである、という認識が生まれる。信用を個人ではなく集団へと移し替えれば信用の底が上がるので説得しやすくなる。後は実証結果を出せば無事行動に実行できるだろう。まぁ、早くても実行するのは明日か明後日になるだろうが。

 

「でも正直、これが一番勝率高いですよ。というか確実です」

 

 ごりっごりに根拠と証拠を固めてできるってのを証明して並べてるんだから。これでダメって言われたら完全に王子の精神的問題か、或いは騎士団を信じていないって話になってしまう。そうなってしまうと何をどうしても無理なのだが、あの王子は割と素直な性格をしている。

 

 正直、国のトップの器じゃねーなー、とは思ってる。

 

 国のトップをやるには素直すぎる感じがする。稀人とかここから成長飛躍が確定してるんだからもっとゴリゴリに縛っておかないと後々フリーダムさに困らせられるぜ。もう既に一部がフリーダムを超越した動きを見せてるけど。

 

 という訳で―――今はもう、謁見の間を離れて師匠の部屋へと来ている。

 

 本日の修行タイムだ。王子を口説き落とす仕事は終わらせたので、残りは他のPC達による実証フェイズだ。連中がアビサルドラゴンをトレインできる、というのを映像と記録で証明さえすれば王子は完全に行動に踏み切ってくれるだろうし、ここで1回練習しておけば本番でミスする可能性も減るだろう。ヘイトの跳び方を悪用した手段なので割と推奨されないというか仕様の穴を突いた方法だ、これは。だができるのだからしゃーない。

 

 そしてこれはゲームという仕様である以上、絶対に修正できない部分でもある。

 

 まぁ、高難易度レイドやコンテンツでは無効化されそうな予感はしなくもないが。

 

 ともあれ、俺が頭を悩ませる部分は終わったので、配信も切って今の主役は他のプレイヤーたちに回している。纏め役にはVの者らや、他の有名プレイヤーたちが買って出ているからこっちはこっちで修行とかに集中できる。まぁ、俺も小規模な集団ならともかく、百とか千とかそういう規模をコントロールするのはちょっと無理かなぁ、とは思う。

 

「全く、1国の王子を惑わすとはとんでもない悪童を弟子にしてしまったもんじゃわい」

 

「俺より酷い師匠がそれを言う??」

 

「ほうほうほう、儂は自覚があるから良いんじゃよ。それよりほれ、折角じゃ。連中の期待に少しでも応えらえるよう今日は少し多めに時間を取って稽古をつけてやろう」

 

 まだ2回目の修行タイムなんだけどなぁ、とぼやきながら杖を抜いた爺の姿を見た。あぁ、うん、滅茶苦茶楽しそうな表情が見える。

 

 もしかしなくてもこの爺、アビサル殴りの時にしれっと参加するつもりだな?

 

 それを確信しつつ今日も爺にぼこぼこにされる時間が来た。




 アークは王族として物凄い素直で責任感の強いタイプだと今の姉と兄の代わりに代理として立っている時点で解るので、状況を改善することに対する動きは肯定的。それがあるうえで騎士団が何もできないというストレス抱えているのも聞かされている。そう考えるとこのショタはかなりストレスフルな環境にいるんだよね。

 おそらく現時点、王国で一番精神的に参っている人物。なお顔には出ない。

 そんなショタを誑かすなんて悪い大人だなぁー。


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王国同盟 Ⅱ

 べちゃり、と音を立てて床に倒れた。

 

「まぁ、今日はこれぐらいにしておこうかのぉ。思った以上に全体の成長が早いし、これなら今週には《火魔法》だけなら極められるかもしれんの」

 

「……うす」

 

 スキルレベルを強制的に引き上げる爺の修行、本日分終了。気合を入れるって宣言しただけあって内容は口に出すのが憚れるレベルで酷かった。殺されたと思ったら無理矢理蘇生させられて再びデスペナに追い込まれるの、あまりにも無慈悲で地獄だった。そうか、ニーズヘッグもこれを経験してたのか。アイツもジークフリート相手にリベンジを挑んだらしいし、今度はもう少し優しくしてやろうと思った。だけどその前に俺の体に優しくしてほしい。やっぱ死ぬのは痛い。しかし《火魔法》を受けて体で覚えたほうがスキルトレーニング早いんだなぁ、と思うとこのスキルのトレーニングをシステム的に組み込んだ奴はキチガイだと思う。

 

 それはともあれ、これで《火魔法》が5に、《時魔法》が4になった。サービス開始数日でこの成長はなかなか……いや、遅いのか? 他のMMOであればもう既にカンストしているガチ勢が出てくる時期だ。それを考えたら全体としての進捗は遅い方なのかもしれない。それともこのゲーム自体があまりハイペースで物事を進めるつもりがないの、か。

 

 まぁ、どちらにせよ、自分が最善と思うペースで攻略と育成をしなくてはならない。

 

 《火魔法》で新しく習得したのは〈ヴァルカン〉という魔法だった。〈イラプション〉の直後であれば詠唱無しで追加発動できる範囲魔法であり、〈イラプション〉の発生地点にその発動後、マグマの間欠泉を発生させるという魔法だった。ぐう有能。範囲狩りが捗る。〈バースト〉を習得した後なので範囲狩りの正統強化が来た感じだ。

 

 それと比べて《時魔法》はかなりやばいのが来た。〈ヘイスト〉、CT120で効果時間15秒の単体対象バフだが、効果を受けた者は15秒の間、あらゆる動作、行動、詠唱速度が1.5倍になる。何をどう見てもぶっ壊れ魔法だ。15秒間の間詠唱が1.5秒カットできると考えればあほ程恐ろしい魔法だと解ってしまう。これをニーズヘッグ辺りに使ってみろ。あのチェーンソーを1.5倍の速度で振り回してくるんだ。恐ろしくないわけがないだろ。

 

「この〈ヘイスト〉って魔法やばくないですか」

 

「《時魔法》を10まで上げれば再使用までの時間が60秒まで減るぞい」

 

「マジっすか」

 

「ちなみにこれ、友情破壊魔法と呼ばれている所があってのぅ……」

 

「やめてください」

 

 こんな強力な対象を選べるバフ、単体にしか付与できないのにDDとキャスターなら誰だって欲しがるに決まってるじゃん。下手に誰かに投げたりしたら他のDDからなんでくれなかったの? って睨まれるやつじゃん。これを習得する為だけに《時魔法》を取得するの全然ありってレベルの強さだぞ。

 

「ちなみにじゃが《結界術》と組み合わせれば全体に1.2倍で撒く事が出来るからの、早めに習得するのをお勧めするぞ」

 

「うごぉ……」

 

 《深境》関連で他の属性魔法を習得したけど、魔法エディットにバリエーションを増やす為に《結界術》とかも習得したい。習得したいスキルが多すぎて何もかも困る。とりあえずはレベル20にして《火魔法》を10にすればスキルスロット2枠開くからそこに属性魔法と補助魔法スキルを入れれば良いのだろうが。

 

「さて、今日の鍛錬はここまでじゃ。あまり急に詰め込んでもありがたみが薄れるからの」

 

「うーっす」

 

 まぁ、パワーレベリングされるとレベリングの楽しさを奪われる感じはあるので、これぐらいのペースがありがたくもある。とりあえず本日のトレーニングが終わったので起き上がり、埃を払いながら立ち上がると魔法が飛んできて体力と装備耐久が一気に回復する。便利な魔法を使うよなぁ、爺。ちょっと羨ましく思いながら腕を組む。

 

「うーん、アビサル実証組からの連絡が来るまでは暇だしなぁ……ニグ連れてレベリングに行くか」

 

「頑張れ若人よ。心身ともに鍛え上げよ、でなければ儂も教えたいものを教えれんからな」

 

「もうちょっと自分本位さを隠して」

 

「嫌じゃが」

 

 このクソ爺……と小さく呟きながら軽く頭を下げて部屋を出る。向かう先は昨日から王城に貸して貰っているゲストルームだ―――なんかもう、普通にあそこを拠点として利用して貰って全然問題ないらしいので、もう普通に利用することにしている。今度からエルディアでログアウトする時はもうあそこで良いんじゃないだろうか。

 

 なんだかんだ爺さん、やる気があるので頭は上がらない。

 

 とりあえず部屋を出て王城の廊下に出ると、中央まで戻ってから使わせて貰っているゲストルームまで戻ってくる。扉を開けて中を覗き込めば、メイドのシャーリィの姿はあるがニーズヘッグの姿はそこにはまだない。

 

「アレ、ニグはまだ終わってない?」

 

「まだ此方へは来ておりません。どうします? 湯あみの準備でも致しましょうか」

 

「風呂入れるのかここ……」

 

 え、めっちゃ興味ある。王宮の風呂使って良いの!? 物凄い興味あるんだが!? アレでしょ、銭湯みたいな超でかい奴でしょ? 私、すごく興味あるわ! 今すぐ入ってみたいわ! いや、マジで。

 

 でもね、

 

「ニグを放置しちゃうと拗ねちゃうからなぁ。先にアイツを迎えに行ってくるよ」

 

「解りました。ニーズヘッグ様が訓練されているのは第1訓練場でしょう。それなら城内を西側へと抜ければたどり着けます」

 

「ありがとうシャーリィさん」

 

 手をひらひらと振ってからニーズヘッグの様子を見に行くためにゲストルームを出た。王城に部屋を貸して貰っているおかげで気分はVIPだ。実際、他のプレイヤーたちよりも信用はあるのだろう。立場で他人にマウントが撮れるのは超気持ちが良い。ニーズヘッグはそういう所頓着しない奴だからなぁー。

 

 というか精神性が凄い特殊というか。

 

 あいつは興味のあるものと、興味のないもので軽く分別する。興味のない物は覚えておくけどまったく興味がないので以降会話に出さないレベルで興味を持たない。なお会話を合わせる努力すらしない。完全に切り捨てている。ぎりぎり覚えるラインまで教育した俺の努力は褒められたい所だ。

 

 それはそれとして、あの大型犬は一体どんな鍛錬を行っているのか、気になる。26回も前回は死んでいるという話なのだから、バチバチにジークフリートとやり合っていそうだなぁ、とは思っている。まぁ、流石のアイツも本気で殺しに行くようなことはないだろう。

 

 

 

 

「―――!」

 

 全身を甲冑で覆う男が両手剣を握り、吠える。1歩目から足元を砕き、両手で握った大剣を正面に振り下ろした。光の斬撃が空間を両断し、波となって反対側まで突き抜ける。触れてしまえば即死するのが目に見えている動きを相対するチェーンソーを担いだ姿―――即ちニーズヘッグという女は片腕を口に咥えた状態でチェーンソーを担ぎ、横へと跳躍して回避していた。

 

 ただ回避するのではなく、咥えた腕―――つまりは千切れた左腕を投げ捨てる事で、投げ捨てた先でそれを足場にして2段跳躍という芸当を見せた。それによって跳躍からの着地を狩ろうとするジークフリート、光の大斬撃の2波目を低空姿勢で滑り込む様に着地しながら回避し、そのまま片腕でチェーンソーの火を入れながら下から振り上げる。

 

 それにジークフリートの動きが重なる。

 

 鋼と鋼を削る音が衝突し、異音を空間に響かせながら一瞬の拮抗を生んだ。

 

「温い!」

 

 ジークフリートが僅かに引いてチェーンソーが押し込まれた瞬間、生まれる()()()に足が滑り込んだ。そのアクションを見てから反応してモーションを割り込ませる為にニーズヘッグが体重をチェーンソーにかけ、下半身を持ち上げる。

 

 だがリアクションが遅い。ジークフリートのアクションのがコンマ秒で早く、

 

 ニーズヘッグの体が吹き飛び、そこに聖剣による追加爆撃が3連打叩き込まれる。

 

「次だ、起こせ」

 

「は、はい―――〈ソウルリターン〉!」

 

 待機していた回復術師がやや引きながらジークフリートの指示を受けて蘇生魔法を発動させる。シャレム世界の住人は死亡したら通じず、瀕死程度じゃないと蘇生魔法は通じない。だがこれがPCであれば、死亡状態からこれで復帰できる。そういう訳でミンチとも呼べるような状態であったニーズヘッグは蘇生魔法からの回復魔法を受けて、まるでゾンビの様に立ち上がった。両手で下に吊り下げる様にチェーンソーを構え、僅かに体を揺らして脱力しながら力の流れをコントロールしてる。

 

 あぁ、アイツ戦いながらまた成長してる……。

 

 そう言えばリアルだととんでもないレベルの人外的実力者と戦う機会がないからなぁ、と現実逃避半分に考えていると、ニーズヘッグが地を蹴った。光の柱が数本斬撃として大地から吹き上げながらルートを制限し、それを回避しながらニーズヘッグが一気に切り込んだ。正面から衝突しながら反動で飛び越え、ジークフリートの背面に回り込む。下から抉り込む様にスイッチの入ったチェーンソーを振るい―――振り向く事もなく、片手で握る剣に遮られる。

 

 うーん、トップのDDを探すならこれと同じレベルを探さなきゃいけないかぁ。

 

 つくづくメレー枠選ばなくて良かったなぁ、と思った瞬間、訓練場の入り口から様子をうかがっているのがニーズヘッグにバレた。直前までは人を殺す様な鋭い目を持っていた表情が一瞬で軟化し、笑みを浮かべて手を振ろうとして、

 

「あっ」

 

 ジークフリートにアクションに割り込まれて体を真っ二つにされていた。

 

 そりゃあ26回も死ぬわこれ。




ニグ「わんわん」
ジーク「成程、言葉で語るより身に受けたほうが覚えると、拝承した」
部下「えぇ(ドン引き」

 そら引くわ。


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王国同盟 Ⅲ

「楽しかったわ」

 

「そうか、それは良かったなー」

 

「うん」

 

 満足げな表情を浮かべているが、今日は40回死んだ。恐ろしい事にそれだけ死亡回数を重ねても物凄いさっぱりとした表情を浮かべている事だろう。根本的にニーズヘッグは根が戦闘狂な部分があるのは事実だが。いや、この笑みで思い出す。

 

 1度だけ、中学の時に、本気でこいつとやり合ったときの事を。

 

 まぁ、その時の話はどうでもいいんだ。問題はニーズヘッグがまたチェーンソーをぶっ壊してしまった事だ。今回もジークフリートがしょぼん顔と共に弁償してくれるという話だから良いのだが、明らかに手加減とかそういう類の概念捨ててないあの英雄? 大丈夫? 死体に向かってビーム乱舞してたの物凄い楽しそうだったぞ? というか動きや攻撃の発生がフリーダムすぎてドン引きするわアレは。レベル50を超えた領域ってそういうもんなんか。

 

 まぁ、チェーンソーは再び修理送りへ。1時間、2時間もすれば修理は終わるだろうから工房から回収して、その足で東街道へと向かって軽く様子を見てこよう。その時にはきっと、実験の方も終わっているだろうし。そういう事で再びゲストルームへと戻ってくる。今度はニーズヘッグを伴って。部屋へと戻ってくればシャーリィの姿がある。そしてその姿に当然の様にチェーンソーを預ける事になる。

 

「すいません、これをお願いします……費用はジークさん持ちらしいので」

 

「畏まりました。アイン様、あちらの本棚にA様より送られてきた書籍を纏めておきました。時間がある時に軽く確認すると良いそうです」

 

「ありがとうございます」

 

 ニーズヘッグを迎えに行っている間にどうやら差し入れてくれていたらしい。折角だしチェーンソーが直るまではこれを見て勉強してみるか、等と考える。とりあえず本棚にあるものを軽くチェックしてみれば、入っているのはどれも属性魔法に関する知識、そして習得魔法、組み合わせ、作成できる魔法でお勧めのものが書かれている。

 

 とりあえず今1番使用している《火魔法》の物を取って、ソファに仰向けで横になって本を広げる。

 

 この本にはこの先、《火魔法》のレベルを上げた時に覚える魔法やパッシブ効果が記載されている。これを確認するのはややネタバレ気味になるが―――同時に、どういう魔法が使えるようになるのか、その疑問に対する答えにもなってくれる。とりあえず次のレベルで覚える魔法は水分を蒸発させる魔法で〈ドライ〉になるらしい。瞬間的に水分を蒸発させる事で水による攻撃や、水で構築された生物を一瞬で追い込める魔法とのことだ。

 

「へぇ、そんな魔法もあるんだな」

 

 その次に覚える魔法は〈イグニートジャベリン〉で、これは単発の威力が〈バースト〉に劣る代わりに、戦闘前等に事前に発動させておく事で5発まで事前にストックが可能らしい。移動の合間に発動、戦闘開始時に一気に5発放ってバーストする為の魔法の様なものだなぁ、という感想を抱かせる。ただ複数弾ストック可能で連射可能な魔法という事は瞬間火力的にはめっちゃ優秀だと解る。単発130の無詠唱で5発トータル650も威力が出ると思えば開幕の瞬間火力としては漸くキャスターとしての高火力が出る、という感じだろう。

 

 そして《火魔法》SL9は〈ファイアーボルト〉の更新。〈ファイアーボルト〉使用時に自分に30秒間、火属性ダメージが20%上昇するバフが付与されるという内容らしい。つまり一番最初の攻撃に〈ファイヤーボルト〉を組み込む事で30秒の間、〈バースト〉や〈イグニートジャベリン〉等の魔法が全て20威力が上昇するという事でもある。元々の〈ファイアーボルト〉から〈バースト〉への更新で威力が20上がったことを考えれば、実質的に新しい攻撃魔法を習得した事に近いだろう。それに範囲魔法の威力も上がっているのを考えればかなり強いバフだ。戦闘中、絶対に忘れずに29秒毎に〈ファイアーボルト〉を使ったバフ更新を行わなければならないだろう。

 

 そして《火魔法》SL10で〈エクスプロージョン〉。これはどうやら現在の最大MPの3割を固定で消費する魔法の様だ。範囲は半径10メートルと今までのどの魔法よりも広く、消費MPもかなり重い。しかしそのデメリットを飲み込んでも有り余る威力、なんと数字にして威力400も存在する。こんなもの、味方がいる状態では絶対に巻き込むかメレーの攻撃を阻害するかで絶対に使用する事は出来ないだろう。しかもMPが3割も消費されてしまう。そもそもからして連発は不可能だ。

 

 だけどそうか、MPを割合で消費する魔法はおそらく威力が高くなるのだろうと判断する。魔法戦の主力はスキルをマスターしてからだと、エディットで作成する割合で消費するのがメインになりそうだ。魔法を覚えれば覚える程エディットの幅は広がる。その事を考えるとやはり、幅広い魔法を習得しないとならないだろう。

 

「えーと、お勧めや人気の魔法ってのもあるのか……ぐぇっ」

 

「どーん」

 

 本をソファの上で寝転がりながら読んでいると、ニーズヘッグが圧し掛かってきた。例によって装備を全部外した下着姿なので体の柔らかさが色々とダイレクトにやってくる。というか視線を落とせば押しつぶされたものとか谷間とか見えてくるので色々とヤバイ。素早く本をガードに差し込んだ。

 

「重い! 退け!」

 

「やだ」

 

「やだじゃねぇだろ。あ、こらっ! 暴れるなこいつ!」

 

「構って」

 

 上の乗っかられた状態で軽く暴れるニーズヘッグ、自覚があるのかないのかは流石に良く解らない。だがそれはそれとして良い歳してるんだからそういう態度は止めなさい。暴れてくるニーズヘッグの姿を上から振るい落として床に転がす。

 

「きゃー」

 

「何がきゃーだ、何が。そんなに体力が有り余ってるならまた暴れてこい!」

 

「嫌よ。今日の分は終わったわ。だから今度はボスが構って」

 

 放り落とされたソファの下からニーズヘッグが床に座りつつ覗き込んでくる。ほんと、顔と体は良いのに性格がなぁ。片手で本を握りつつ、もう片手でソファの下に陣取っているニーズヘッグの頭の上に手を乗せ、わしゃわしゃと頭を撫でる。そうやって頭をなでると一気に抵抗力を失い、腹の上に頭を乗せてくる―――こういう所、本当に犬そのまんまだよな。

 

「む、でも世間的にはあんまり割合消費メジャーじゃないのか……」

 

 読んで確認していると、どうやらMP割合消費は非メジャーとなっているらしい。その理由は消費MPが大きい事で、MPの枯渇が早まり、最終的に回復によるコストが増えてしまう事があるらしい。どうやら1回1回の破壊力よりも、継戦能力を伸ばしているほうが好まれるようであり、割合消費は現代の魔法戦におけるセオリーから外れる部分がある、と書いてある。その為特化型魔法による固定消費タイプに消費軽減をつけて、比較的に威力の高い魔法を連打しているのが最も効率的だと言われている。

 

 《火魔法》によるお勧めの組み合わせは《火魔法》+《火属性マスタリー》+《炎への親和》らしい。典型的なメインウェポンに強化ブースター、その上で特定属性の消費カットとブースターの複合スキルという組み合わせだ。《炎への親和》はどうやら《火魔法》と《火属性マスタリー》をそれぞれ10にしたら習得できるようになるスキルらしい。特化型はこれを必ず習得し、これをベースにサポートや火力向上スキルを詰めるのが基本になっていると書いてある。

 

「ほえー、面白いなぁ」

 

「手が止まってるわ」

 

「はいはい」

 

「むふー」

 

 しっかりと頭をなでるとそれだけで満足する。触れ合い、というよりは明確に感じられる事を求めている感じに近い。ここら辺どうにかして矯正できないかなぁ、なんて事を思ったりもするがそもそもこいつの家庭環境が特殊なところもある。今更矯正するのは難しいかもしれないし、将来的にこいつの事をこのまま預かる道に進みそうなのが怖い。いや、決して嫌いじゃないんだけどさぁ。そういう事じゃないというか―――いや、忘れておこう。

 

 とりあえずゆっくりと髪をぐちゃぐちゃにするように、頭は撫でておきつつ本を読む。

 

 そう言えばこれまで毎日、冒険とレベリングばかりでこんなにゆっくりした時間は取ってなかったよなぁ、と。リアルでは寝ているような状態に近いのだが。まぁ、でもどうせ行動待ちか。そう思ってしまえば気は楽だ。

 

 それにMMOというものは1人が突出したところで得られる成果は少ない。

 

 エリアの攻略、そしてレイドの攻略、コンテンツの開拓、これらはマンパワーで解決しなくちゃならない事だ。だからこう……サボる時間も必要だと思っておこう。

 

 動かないのも仕事だとか、たぶんそんな感じ。

 

 でも1回だらだらしちゃうと結構尾を引くんだよなぁ……。

 

 もうこのままゲーム内でひと眠りしちゃうか? いや、ゲーム内で眠れるのかこれ? 寝れるっぽいしもう寝ちゃうか。なんか今日は結構行き当たりばったりな感じあるな……。

 

 顔に本を被せてもう寝ちゃおうかなぁ、と思うと扉がノックされる。

 

「シャーリィです」

 

「入って良いぞ」

 

「お待たせしました、修理に出しましたので1時間ほどで終わるとのことでして、その後は取りに行けば宜しいそうです」

 

「了解」

 

 ……終わるって言うなら後で取りに行ってレベリングするかぁ。やっぱだらだらし続けるのもあまり良くないし。そう思ってこの後の予定を脳内でスケジューリングしていると、シャーリィがつきましては、と言葉を置いた。

 

「湯浴みの準備を整えましたので、ご利用なされますか?」

 

「お風呂!?」

 

 その言葉に思いっきりニーズヘッグが反応した。俺も王城の大型浴場には興味がある。ならとりあえず風呂に入ってから色々と考える事にしよう。

 

 そうしよう。

 

 そうすることにした。




 人は時にぐだぐだし始める。だけどMMOでログインしたのはいいものの、その場でエモート放置しながらおしゃべりするのはよくある事である。

 なお見ての通り、好感度で言えばニグは100/100はある。


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王国同盟 Ⅳ

 風呂。

 

 それは文化。

 

 風呂。

 

 それは癒し。

 

 風呂。

 

 それは人生。

 

 日本人は風呂という文化、環境、ライフワークからは逃れられない。そう、風呂を嫌う日本人なんていない―――あ、いや、ちょっと主語を大きくし過ぎたかもしれない。だけどそれぐらいお風呂が好きだし、大体の人はお風呂が好きだろう? 1日の疲れを風呂に入って足を延ばしながらゆっくりと体をマッサージする事なんて極楽の一言に尽きるだろう。だから俺は風呂が好きだ。いつか自分の家を持てるようなときが来たら、風呂場は大きくしたいと子供の頃から思っていた。そして大きい風呂場というのはもう、それだけで気持ちの良いもんだ。

 

 つまり王城の風呂場、すげぇ。

 

 脱衣所で服を脱いで―――というかまず驚かされたのは全裸になれる事実だ。普通、センシティブとか色々あって服を脱げないのでは? 海外って法律とかでこういう関係滅茶苦茶厳しくて問題がなくても問題にしてリリース拒否されるぐらい厳しいのでは? なんて思ったりしたのだが、なんか普通に服を脱ぐことが出来た。やはり、年齢認証を行った影響なのだろうか? まぁ、どっちにしろPCでも風呂に入れるという事実は凄まじいの一言に尽きてしまう。もうそれ以上表現する言葉はない。

 

 この電脳世界に限界はないのか? リアルよりも遥かに充実してない? 大丈夫? バーチャル死続出しない? 現実に絶望して自殺する人出てこない?

 

 まぁ、そこら辺を考えるのは偉い人たちの仕事なので、我々消費者は全力でエンジョイする事に集中すりゃあいい。

 

 そういう訳で、

 

「―――広っ」

 

 脱衣所から出た先に広がっていたのは大浴場だった。これを1人で独占して良いの? って疑問を浮かべたくなるレベルで広い浴場だった。入口には使用中の看板も立ててあるし、他に誰かが入ってくる事もない。この王城の大浴場は今、自分というプレイヤー専用に貸し切られている状態だった。今の所細かい汚れが髪や体に付着するような事はシステムの限界故か存在しないが、風呂や洗顔洗髪の概念が存在し、行えるのは実に不思議な事だった。

 

「水の描写もやっぱりすげぇな……」

 

 浴槽の端にまで移動して、片手を突っ込んで水の感触を確かめる。そこにはリアルと同じ水の感触と、そして温度。水面の揺らめきも凄いリアルだ。

 

「ほんと、どんな技術なんだろうな……」

 

 スパコン何台用意してるんだろ? そもそもスパコンという概念さえも古い気がする。だが解るのはこのお湯の温度はサイコーだって事で、

 

「ひゃっほぅ」

 

 湯船に身を沈めてみればその感覚がもうサイコーだってことだ。

 

 肩まで湯船に身を沈め、ふぅーと息を吐いて背を浴槽に預けて腕を縁に乗せて、天井を見上げる様に目をつむる。

 

「はあ―――極楽」

 

 

 

 

「よっし、休憩も取ったしチェーンソー回収して封鎖領域行くか」

 

「おー」

 

 混浴? ラッキースケベ? ちゃんと男女で区切られている浴場でそんな事が起きないのは当然の事だ。でもちょっと残念かなぁ! って健全な男子としては思ってなくもない。誰だって1度ぐらいは経験してみたい。まぁ、それはともあれリフレッシュが完了したので漸く王城を出る事にする。一応は朝のうちにこなすべき役割は果たしているので誰にも文句は言わせない。言えるはずもない。

 

 という訳で、王城を出て街に出る。

 

 既に城下町の方では王国と稀人の間で結ばれる同盟、或いは連合のうわさで持ちっきりになっているのか前よりも熱気と勢いを人ごみに感じる。どことなく忙しそうに走りまわるプレイヤーの姿を含めて、或いはサービススタートの日よりも人の動きと熱気が凄いかもしれないと感じられる。とりあえずは工房まで武器の回収に行かなくてはならない。溢れる人混みに逆らいながら進んでいけば、前見た時よりも忙しそうにしている工房の姿が見える。

 

 受付にはライネルの姿があり、此方を見つけると片手で黒い長方形のケースを持ち上げてきた。

 

「おー、来たか。既にブツは用意してあるから持っていけ」

 

 ライネルが背負っている物とは違うが、デザインの似たケースをニーズヘッグに渡し、それを受け取ったニーズヘッグが首をかしげる。

 

「これは何かしら?」

 

「ケースだよ、ケース。一応は精密機器だからな。水中とか砂漠とかでぶん回すと動作不良起こす可能性もあるからな。王宮が今回の作戦に当たって色々と金を出してくれたから、こいつはサービスだ。盾として使うのも良し、鈍器として使うのも良し、好きに使ってくれ」

 

「ありがとう、使わせてもらうわ」

 

「ついでにお前ら用の装備も王宮が発注したから、明日ここへ回収に来い」

 

「え、なにそれ聞いてない」

 

「何ぃ? マジか、やっちまったか? あー、聞かなかった事にしてくれ」

 

 ライネルは頭をがしがしと掻くと手を振った。王子様が金をぶっこんでくれたのだろうか? 説得はしたが一応は出来るという証拠を提示する前の状態だ―――或いは、最初から乗り気なのか、此方にオールベットしている状態なのか。どちらにしろ、良い話を聞いてしまったかもしれない。これならこっちで装備を揃える必要もないだろう。

 

「あー、アレだ。一応20位階(レベル)にだけは到達しておけ。そうすればほぼずっと使ってられるようなのを作ってるから……」

 

「了解了解」

 

「楽しみにしてるわ」

 

「まぁ、期待してろ。予算貰ったからこっちも割と今はしゃいでるからな。それに俺も作戦には参加する予定になってる。期待してるぜ、ルーキー共」

 

 色々と既に動いている……というよりはある程度未来の事を予想して事前に動いているのか? 王子がそこまで見て動けるとは思えないし、側近の人の指示かなぁ、なんて事は考えたりする。まぁ、そういう考えは後回しだ。今はそういう事を忘れてレベリングする為に移動しよう。

 

 という事でニーズヘッグを伴い武器を回収した所で東門へと向かう。

 

「ボスー! 応援してるぜー!」

 

「ボス! こっちは気合十分だぞ!」

 

「ボス、フレンドいいっすか!」

 

「もげろ!」

 

「死ねカス! 目立ってんじゃねぇぞ」

 

「フィエルちゃんアレ、暴言なので対応よろしくな」

 

 一瞬で暴言野郎が消え去った。消え去った姿を見て、心の中で雑魚め、と呟いておく。まぁ、これも有名税なのだが付き合う理由はない。民度塵カスのチンパンの民に関してはこれからも末永くBANさせていく方針を維持したい。

 

 まぁ、こんなどうでもいい事はともあれ、一気に知名度が上昇してしまったからか、通りすがりのプレイヤーに挨拶されたり後ろを追いかけられたりするようになってしまった。ここは素直にちょっとやりづらいなぁ、とは思わなくもない。目立ち過ぎた弊害という奴だろう。これ、たぶんマルージャ組に笑われるだろう。

 

 そんな事にエンカウントしつつも東門へとやってくると、流石にプレイヤーの数が多い。どうやら同レベル帯でちまちまとレベルを上げるスタイルからパーティーを組んで格上を狩るスタイルに環境がシフトしているらしい。まぁ、格上狩りは安定させすれば凄いスピードでレベルが上がるのだから当然と言えば当然なのだが、こっち側に人が増えるとこっちが狩りし辛くなるんだよなあ、と思う所はある。

 

「今日も来たか。話は聞いている。応援しているぞ」

 

「どうも!」

 

 昨日と同じ人が門番をしていた。その人に片手でありがとう、と挨拶を返しながらノルトとセクエスを召喚し、騎乗する。それを羨まし気に見ているプレイヤーがいるし、近づいてくるのも見える。だがそれを待っていたら間違いなく触らせて、だとか乗せてくれとか面倒な事を言う奴が出てくるに決まっている。

 

 なので他のプレイヤーガン無視で一気に駆け出す。流石に馬の速度に現時点で追いつけるような奴は存在しない為、一気に走り出せば全てを置き去りにして街道を駆け抜ける事が出来る。だが見てみればプレイヤーたちが大きく纏まってエネミーの相手をそこらかしこでしているのが見られる。基本的には4人から6人程度のパーティーを組んで、1体のエネミーに対して集団でぼこって戦っているようだ。必ずタンクを軸に戦闘を行っている辺り、タンクの需要は今後も尽きる事がなさそうだ。

 

 まぁ、実際タンヒラ揃えた時の安定感は多数のエネミーを抱えていても余裕を感じさせるものだ。DPSオンリーで暴れまわるのとは全く違うもんだ。

 

 攻略やレベリングの基本はやはりTHDx2、これが黄金の組み合わせだ。

 

「封鎖領域に入ったらタンヒラ探して、纏め狩りが出来ないか試してみようか」

 

「昨日よりもたくさん暴れまわりたいわね」

 

 自由に、そして好きなだけ暴れる事の出来る環境を得たニーズヘッグもかなり楽しそうにしているのが解る。やっぱり、彼女をこっちの世界に誘い込んで良かった。

 

 

 

 

 ―――っと、思っていたのが10分前の出来事だった。

 

 パーティーの王道がTHDx2だって? 誰だそんな事を言ったのは。

 

「それでは宜しく頼むぞアイン、ニーズヘッグ、レイン」

 

 良い笑顔を浮かべたレオンハルトが封鎖領域の空の下、挨拶をしてくる。それを見て俺は頭を抱え、他のDD共はやる気十分という姿を見せていた。

 

「期待してるわレオンハルト」

 

「任せ……て」

 

 イカレたパーティーを紹介するぜ!

 

 ダメージディーラー! ダメージディーラー! ダメージディーラー! ダメージディーラー!

 

 以上! 解散ッ!!




 せや、死ぬ前に攻撃叩き込んで全部回避すればノーダメで勝利や! というのを突き詰めるチームが出来ちまったみたいだな……。

 やだなぁ、ラッキースケベなんてある訳ないじゃないですかー。


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王国同盟 Ⅴ

「ん……」

 

「連れてきたわよ」

 

「俺は5体連れてきたから俺の勝ちだな」

 

「お前らぁぁぁぁああ―――!!」

 

 半ギレになりながら〈スロウ〉から即座に〈イラプション〉を予測詠唱に入る。ニーズヘッグは当然の様にトードを3匹トレインしてきて、レイン―――蒼髪で毛先が翡翠色に変化するグラデ-ション髪、後ろ髪は短く横髪を長くしているタイプのダブルクローを装着した女はフィッシュを3尾連れてくる。それにわずかに遅れる様に片手に鞘を握ったレオンハルトがトードとフィッシュの混成グループを纏めて4体トレインしてきた。こんなの〈スロウ〉を叩き込まないとどうあがいても対応できる数じゃねぇ!

 

 と言いたいだろう?

 

 対応できてしまうのだ。そう、修羅勢ならね。

 

 ニーズヘッグ、レオンハルト、そしてレオンハルトが連れてきたレインという奴を含めて全員リアル超人か何か? ってレベルで動きが良い。レオンハルトはニーズヘッグとは別のタイプの動きだ。鍛え、練武を重ねた武芸者の動きだ。動きの1つ1つが洗練されていて、次に繋がる様に体の動きが出来ている。レインも同じジャンルの超人だ。恐らくはレオンハルトとリアルでの知り合いなのかもしれない。どっちも武芸者であるというのは動きの運びと無駄のなさで解る。動きの質が梅☆の野郎に近い。

 

 理想の形に対して無駄をそぎ落とす事で近づいてゆく形だ。

 

 対してニーズヘッグはそういう理論を全て投げ捨てている。経験を積み重ねる事で本能が今まで経験してきた事を糧に自動的に最適解を導き出して体を動かす形に近い。何も考えていないようで、ニーズヘッグの脳内は戦闘中、相手の急所やガードが一番薄い所を常に狙って誘導している。それが武芸者の鍛錬に劣るのか? といわれると難しい。方向性が違うだけで、どっちもどっちだ。頭がおかしい事実には何も変わりはしない。

 

 だからそれに付き合う此方が一番大変なのだ。

 

 こいつらの動きをある程度先に予測して、攻撃が重ならないように範囲魔法をセットする。そうすると他の3人がそこを起点にしようと敵をそこへと誘導するので、〈スロウ〉で鈍った足の速さと合わせて魔法を発動させる。〈イラプション〉からの〈ヴァルカン〉で敵を焼けば広範囲にダメージをばらまける。そうやって敵をグループで焼きながら目くらまし、或いは行動阻害を行う。同時にここでヘイトを奪う。挑発系統のスキルを使ったヘイトではなく、ダメージヘイトだ。つまり純粋なダメージ量でこちら側に相手を集中させる。そうさせることによって相手がより纏まって、疑似的にタンクの役割をこなす。

 

 そうすればフリーハンドになった修羅共が簡単に群がって食い荒らしてゆく。

 

 それぞれがそれぞれの動きを邪魔しないように暴れまわる事はどうやら得意らしく、ニーズヘッグなんて良く飛び跳ねたり上からチェーンソーを振り下ろして突き刺したりするのに、それが他の2人に当たるような事は1度もなかった。それにレオンハルトもレインも、一切の躊躇なく全力で攻撃を繰り出しているのに全くのミスを起こさない。

 

 お前ら実は人の姿をしたロボットだったりしない?

 

 そう思いながら敵のHPを全体で管理すれば、それがもうすぐ消滅ライン近くまで来ているのが見える。ここで周辺にエネミーが湧いたか残っているようであれば、すかさず〈ファイアーボルト〉でMPの消費を抑えながら攻撃し、ヘイトを引っ掻けて此方へと誘導して乱戦に敵を追加する。DDは攻撃以外の事をさせる時間が増えれば増える程DPSが落ちる。だったらなるべく攻撃する事にのみ集中させるのがベストなんだが、

 

 周辺にはエネミーの姿は残されていない。すべてが死滅していた。それもそうだ。この3馬鹿が凄まじい勢いで周辺のエネミーを引っ張ってくるのだからあっという間に纏めて殲滅して絶滅させてしまっている。

 

「む、もういなくなってしまったか」

 

「物足りないわ」

 

「次」

 

「お前ら少しは落ち着きを取り戻せ!! 遠足に行く小学生かッ!!」

 

 杖を地面に叩きつけながら吠えると流石に3人が足を止め、1列に並んで腕を組み、首を傾げた。

 

「首傾げてるんじゃねぇよボケ! 馬鹿! 馬鹿! 俺が過労死してしまうわ! なんだそのさり気無く全部”おーい、もってきたぞー、纏めてー!”みたいな感じはよ! こっちはお前らからヘイトとって纏めなきゃならんから辛いんだぞ! タンクじゃねぇんだぞ!!」

 

 その言葉に3馬鹿が顔を見合わせ、

 

「そう言えばそうだったな……!」

 

「そうだったな、じゃねぇんだよ。なんだよその数は」

 

「だが次は5体引っ張れそうなんだ」

 

「私は6行けるわ」

 

「……7」

 

「張り合うな」

 

 当然中指を突き立てる。

 

 その数を俺に纏めさせるって正気か?

 

「これ以上敵を纏めたいならタンクを誘え! タンクを!」

 

「いや、タンクは皆アビサル誘導の挑戦と練習に忙しいからな……後はもうパーティー組んでるし」

 

「そうよ、無茶を言っちゃだめじゃない」

 

「悪い子」

 

「なんで俺が責められるのぉ……?」

 

 まぁ、流れ的にネタにされてるのは解るから許すけどさ。それにレベルだってこの短時間で上昇している。たった1時間ほどの狩りなのに、既にレベルが1上昇している。今の自分たちのレベルは17で、レオンハルトとレインのレベルは15まで上がっている。やはり格上を一気に纏めて狩るとレベルアップのペースがあほの様に早い。だからもっと集めて狩りたいという気持ちは解るのだが、

 

「頼むからもうちょいペースダウンしてくれ。俺が疲れる」

 

「すまない」

 

「謝罪」

 

「ごめんなさい」

 

「素直すぎかお前ら???」

 

 ノリと勢いの良いDD3人組に溜息を吐いて、軽く体を捻って体をほぐしながら背筋を伸ばす。まぁ、最初は即座に解散しようかと思ったところもあったのだが。真面目にレインとレオンハルトの性能が良い―――というか滅茶苦茶優秀でDPS出しているので、解散するにできなくなってしまったのだ。この2人はちゃんと攻撃全部避けながらカウンターで攻撃をどんどん叩き込んで行くし。そのせいでここまで、あの2人に被弾はないし、なんならニーズヘッグもない。唯一被弾しているのはちょくちょく詠唱中だから避けるのを拒否してダイレクトアタック処理している自分ぐらいだ。

 

 まぁ、ぶっちゃけてしまうと。

 

 俺も超効率を楽しんでいた。

 

「まぁ……上手な人と一緒に遊ぶのって楽しいしな」

 

 その言葉にレオンハルトが頷く。

 

「ああして欲しい、こうして欲しい。そういうのを口に出さず伝えられる、伝わる、ストレスなく動き回れるというのは実際に楽しいからな」

 

「同意」

 

「ちなみにレインの口数が少ないのはキャラ作りだ。実は普通に喋れるぞこいつは」

 

 直後、レインが爪を抜いてレオンハルトに襲い掛かった。はっはっは、と笑いながらレオンハルトが回避し、剣で切り払っているのをムキになってレインが襲い掛かっている。やっぱりあの感じ、リアルでの知り合いって感じあるな。しかしまぁ、RP勢か、と納得する。

 

 折角のVRMMOなんだから、リアルの自分とは違う役割、姿、言動やファッションを楽しみたいという人間は出てくるだろう。そういうRPガチ勢も楽しそうでいいなぁ、なんて事は個人的に思ってたりする。俺自身はそこまでRPなりきりとか得意じゃないから素がどうしても出てしまう。卓の間なら割と平気なんだが、実際に演じるのはちょっと難しいので、VRでのRP勢はちょっと応援してる。

 

「それはそれとして、レオンハルトは朝からこっちだろ? 進捗はどんな感じ?」

 

「レオで結構だ。そして成果の方が悪くはない。実験段階で封鎖領域の半分まで引っ張り出して、ヘイトを切って大橋に戻るのを確認した。戦闘状態でない時は大橋へと戻る様になっているみたいだな」

 

「成程、なら本格的に王宮の方も同盟組んでくれそうだな」

 

 レオンハルトが証拠の映像を見せてくれる。システム的な物なので、これをNPCに証拠として提示する事が出来ないのが残念だが。ただ見せてくれる映像を確認すれば、アビサルドラゴンが最初のタンクを喰らって殺したら、次のタンクの〈挑発〉を受けて即座に飛びついてゆく姿が見れる。

 

 うん、予想した戦術でどうにかなっているようだ。

 

 タンクたちに何をさせているのか、と言えば簡単だ。

 

 ()()()()()()だ。

 

 〈挑発〉というアビリティは強制的に自分のヘイトをトップにする事でターゲットを自分に向けるアビリティだ。これを使う事で即座に自分をターゲットにさせる。これを今回は悪用した。つまりヘイトを取った後で次の者が〈挑発〉でヘイトを取れば、アビサルドラゴンの攻撃はそちらへと移る。これを利用する事でアビサルドラゴンをどんどん大橋から引きはがし、タンクを犠牲に釣りだすという作戦だ。

 

 なお死ねばダリルシュタットで蘇生するので、作戦地点までは寧ろこっちからの方が近い。なんならダリルシュタットから合流地点までの馬を出してくれるので即座に合流できるようにするつもりでもある。

 

 タンクが〈挑発〉する前に死んだら?

 

 心配ご無用、

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。結果、一定の範囲に他のプレイヤーが存在する場合、そのプレイヤーにヘイトが飛ぶことになる。つまりタンクが死亡してヘイトが跳ねた場合、それを受け止める為のプレイヤーが傍にいれば良い。

 

 これは馬を使って直ぐに移動できる俺とニーズヘッグが担当する。ヘイト跳ねても直ぐに〈挑発〉が飛ぶだろうから別にこっちにワンパン飛んできた所で特に問題はないのだ。

 

 という訳で、これが対アビサルの秘策、ヘイトリレー作戦である。

 

「これはいけるな」

 

「……本当にそう思うか?」

 

「これで行けなきゃ無理ゲーよ。他に手段もないしな。まぁ、確実に発狂か覚醒か暴走か、途中でどれかが入るだろうけど封鎖領域の外に連れ出した時点でほぼ勝利が確定したようなもんよ」

 

「成程、自信がある訳だ」

 

 まあの。でなければこの話を忘れてさっさと旅立っている。まぁ、それでも結局一番大事なのは、エンジョイする心だ。何事もエンジョイする心さえあれば成功も失敗もその準備も、全部存分に楽しめる。

 

「うっし! 休憩終わり! 今日中に20レベ目指してペース上げるか!」

 

「お、やる気だなアイン」

 

 剣を肩に乗せてとんとん、と叩いたレオンハルトは笑みを浮かべ、走り出した。

 

「次は10体引っ張ってくるか……」

 

「なら私は15よ」

 

「30」

 

「対処できない量を連れてくるなよ!?」

 

 早く、タンクをください。心の中でそう呟きながらそうか、タンクか、ともう一度呟く。

 

「パーティー用のタンクもう1枠探さなきゃいけないんだよなぁ……」

 

 今回の騒動で2人目のタンク、もしかして見つかるかも?




 タンク1、ヒーラー/バッファー1、DD1。フルパーティー完成の為に必要な残りのメンツである。

 君ならどんな人材をそれぞれのロールに求める?


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王国同盟 Ⅵ

 レベル20、到達。ついでにまとめ処理の為に酷使される《杖術マスタリー》と《時魔法》のレベルも上がった。ただ今回は両方ともレベルアップで覚える魔法の類はなかった事だけが残念だった。まぁ、でも《時魔法》に関しては前回〈ヘイスト〉とかいう友情破壊魔法を習得してしまったから解るかもしれない。実際にニーズヘッグに使ってみたら瞬間的なDPSが跳ね上がったし、それを見たレインとレオンハルトが〈ヘイスト〉欲しい欲しいってうるさくなったし。やっぱり友情破壊魔法だよこれ。

 

「だったらお前ら自分で覚えればいいだろ」

 

「その発想はなかった」

 

「新発見」

 

「私はボスにかけて貰うからいいわ」

 

 ドヤ顔えっへん胸張りニーズヘッグの脇腹に指を突っ込んでへなへなにさせる。あまり調子に乗ってるとまた痛い目見るぞこいつ。忘れたのか、梅☆ショックを。

 

 まぁ、それはともあれ。レインとレオンハルトはマジで優秀だった。どれぐらい優秀かというとニーズヘッグと同じレベルで活躍してくれるというレベルの有能さだ。もう既に人類という概念に喧嘩を売っているこの犬と同じレベルなのだから大概というか人外というか、人類ってそれだけ動けるもんなんだなぁ、というのを実感させるレベルで強かった。なので盛大に調子に乗ってしまう。乗ってしまった。

 

 という訳で周囲の雑魚を一気に集めてしまった馬鹿3人。

 

 それを了承して管理するハメになる馬鹿1人。

 

 タンク? いない。ヒーラー? 当然いない。

 

 なので無論DD連中も軽くヒットしてヘイトを取っただけなので直ぐにヘイトは跳ぶ。その状態でトレインしてきた総勢、30近いエネミーを処理しなくちゃいけない。ただ、まぁ、相手の大半は突撃系のモーションのエネミーだから、優先順位を設定して処理する順番をチェック、先頭を〈スロウ〉ではなく〈バインド〉で足止めすれば、後続が衝突して勝手に転がりながらフィーバータイムに入るのでそこまで大変ではなかった。

 

 寧ろ半端な数の方が交通事故起こせないので面倒なまである。このトレイン処理法、後続が自動的に転んで一時的に戦闘状態を停滞させられるのでかなり便利なテクニックだ。問題は数が更に増えるとこの転んだ奴を踏みつぶしてでも前に出てくるようなスタンピード状態になる可能性がありそうな事だ。ただ、まぁ、そこまでやる奴はいないし。

 

 という訳でレベル20に到達、実に満足といえるレベリングの成果を発揮した。スキルレベルの成長も順調だ。問題は《二刀流》や《詠唱術》が急に成長を渋る様になったことだが、後半戦が育成の辛い所という所だろうか? その割には《火魔法》はガンガン育っている。いや、これは育てて運用する事が前提だから育ちやすいのか? スキルによって育てやすいのと育て辛いのと分かれている気がする。

 

 まぁ、それはともあれ。

 

 そうやって封鎖領域のエネミーを虐殺し終わると割と良い時間になってしまった。そろそろログアウトの時間なので、一旦ログアウトする事にした。ただログアウトする前に封鎖領域の入り口まで戻り、レインとレオンハルトとフレンドを交換した。これでログアウトしても連絡を取り合える。

 

 実は割と頭を悩ませている事がある。

 

 それは後1人、DDをメインパーティー用にスカウトしなくてはならない事だ。俺、梅☆、そしてニーズヘッグがそれぞれDDとしてチームに参加している。ここにもう1人、DDを枠として招かないとならないのだ。そうしないとDDが4人揃わない。タンク、ヒーラー、DD。レオンハルトも、レインもどちらも素晴らしいレベルのDDだ。どちらを誘っても良いレベルの高さを持っている。だが同時に、他にもこういうレベルのDDが眠っているかもしれない……と思うと、簡単に誘う事を戸惑う。

 

 そんな事に頭を悩ませつつ、ログアウトした。

 

 時は昼時。装着していたギアを取って、ベッドの上に置いたら背筋を伸ばす。

 

「んっ―――! ふぅ、軽く体操でもして体解すかぁ~」

 

 冷蔵庫まで行って扉を開け、そこから作っておいた麦茶を取り出して飲む―――我が家では1年中、夏だろうが冬だろうが関係なく麦茶を作っているスタイルなのだ。これで軽く水分補給したら本日のランチタイムに入る。といってもお手軽に今日もパスタにするつもりなのだが。

 

「あー、いや、マテ。パスタばっかりなのも飽きるしな。もうちょい何か作るか……炒飯作るだけの材料あるしそっちにするか」

 

 基本的にパスタか炒飯だよなぁ、作るの楽だし。それ以外となると結構手間が増えるし。あー、でもパスタだと軽く手放しでも作れるんだよなぁ。

 

「……いや、こういう所で手を抜くと最終的になんでも手を抜くしな」

 

 きっちりやろうと思ったら実行しよう。そう決意して昼飯の炒飯を作る。といってもレシピ自体はどこの家にでもあるようなものなので、基本的な材料を含めて特別にやるような事は何もない。ついでに数人分作っておけばまた後か明日の分にもなるか、と考えてチャチャっと作ってしまう。その間はテレビをつけて、適当にニュースを流す。

 

『本日サービス―――』

 

 チャンネルを変える。

 

『やはりShattered』

 

 チャンネルを変える。

 

『世間はVR一色ですがそれもしょうがないと』

 

 チャンネルを変える。

 

「どこもかしこもシャレム一色だなぁ」

 

 まぁ、それもしょうがないと言っちゃしょうがないのだが。民間レベルに落ちたVRギア、そしてフルダイブVRMMOがついに世に出てきたのだ。一時は夢のまた夢とさえ言われていた技術が急に現実になったのだから話題がそれ一色になるのもしゃーないっちゃしゃーないんだが。

 

 が、流石に世間のニュースまでこれに染まるのは流石につまらない。

 

「遊んでない時はふつーのニュースでいいんだけどなぁ」

 

 同じものばかりだと飽きる。肉だけを食べていると違うものが欲しくなる。そういう事だ。毎日毎日同じこと同じものを見ているとそれに飽きてしまう。だからリアルの時ぐらい別の事をしているほうがちょうど良い。それがモチベーションの保ち方という奴だろう。

 

 そう、何事も適度な休息が必要だ。それはライフワークであれ、目標であれ、人生であれ当然だ。だからリアルに戻ってきた時間は割と準備段階以外ではゲーム以外の事をするべきなんじゃねぇかなぁ、と思う部分はある。

 

 とりあえず、筋トレは確定だが。

 

「んー、理想のパラパラ炒飯にはまだまだ程遠いな……」

 

 出来上がった炒飯を鍋から皿の上へと移しつつ、軽く換気する為に部屋の窓を全部開け放つ。そのままパソコンの前にまで移動し、足を横のテーブルに乗せながらスプーンを突っ込んで口へと運ぶ―――うん、味の方は良くできている。あ、麦茶忘れた。取ってこなきゃ。

 

梅☆『おーい、いるかボス』

 

 開いているデスコにメッセが入ってた。どうやら1時間も前には来てたらしい。その頃は……3馬鹿が盛大に暴れていたおかげでめちゃくちゃ大変だった時間帯だ。飯を食いながら返答する。

 

1様『いないよ』

略剣『おるやんけ』

1様『いないよ』

土鍋『ま、まさか、お前はプロトボス……?』

1様『は? 何を言ってるんだお前……』

土鍋『殺すぞ』

 

 ちゃんちゃん、軽い茶番を挟んで本題に入るのが何時もの流れだ。

 

梅☆『経過報告すっぞー』

1様『おー。で、調子どう?』

梅☆『とりあえず森抜けたら街道が湿地帯に飲まれてて街道が半壊してたわ。んで1回全滅な』

略剣『距離的に1日分の1移動距離な、クッソ辛いわ』

 

「あー、それは辛いな。というかPTバランス自体はあっちのが上だろ。それで全滅したのか? マジで?」

 

 レイドボス相手に死なずにマルージャまでトレインした連中だぞ一応?

 

1様『マ?』

梅☆『マ。環境毒ペナ+徘徊FoEでほぼ即死って感じ。ドラゴンゾンビマジやべー』

土鍋『ヒールの上から殺されたのは笑ったよな』

略剣『っつーわけでちょっとこっちは合流遅れるわ。レベリングと人が欲しい所なんだけどなぁ……ちょっとこっち、環境が特殊で身内の固定向けメンツ探せそうにないんだよな。臨時を連れるにゃちょっと回りが雑魚すぎる』

 

 ちなみにマルージャチームはマルージャチームで割と化け物ぞろいであり、あっちは此方と違って年齢が上のメンツが多め。梅☆は自称フリーランスの傭兵、略剣が妻子持ち、そして土鍋が社会人。俺とニーズヘッグと一番年齢が近いのは土鍋だろう。略剣マンはアレで1児のパパがなんでちゃんとできているのかは解らない。アイツマジでなんなの。実は分身の術とか覚えてるのかもしれない。

 

 もしくは運営の所の社員だったりして。

 

 がっはっはっはっは。

 

 欠片も笑えないんだが。

 

略剣『流石に防御してヒール貰っても即死する必中範囲攻撃とかどうしようもないからな……』

梅☆『つーわけでこっちは攻略する準備に数日時間を取るわ』

1様『オーケイオーケイ、追加メンツはこっちで探すのでいいんだな?』

梅☆『ボスはそこらへんの読みを外さないから信用してるわ』

略剣『美少女か美幼女で頼む』

1様『おい』

狂犬『ログは取ったわ。加奈子さんに送るわね』

略剣『すまんかった。5万とリーダーとの添い寝で手を打たない?』

狂犬『削除したわ』

1様『おいぃ!?』

土鍋『草』

 

「草じゃないんだが」

 

 炒飯を食べ終わって早速それをシンクに沈める。少ししたら洗って乾かしておくかなー、と考えていると新しくメッセージが入ってきてた。

 

 先ほどフレンド登録したレオンハルトからだった。

 

獅子『この度はお休みの所、誠に申し訳ありません。ですが緊急の事態故、連絡を入れさせていただきました』

 

「真面目かぁ??」

 

 文章が丁寧すぎて笑ってしまうのだが、スクロールして内容を確認し、要約するとこう、だ。

 

 ―――フィールドボスが出現した。




 梅☆はレンジ。略剣がタンク。土鍋がヒーラー。

 固定メンツの探し方は色々とあるけど最終的には募集した上で面接とかもしなきゃいけないから、とにかく野良PTの回数重ねたりしないといけないのよね。

 そういう訳で、アイン君の行動方針には野良でPTを組み、遊ぶ事が追加された。


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王国同盟 Ⅶ

 昼飯を終えて軽く再ログインの準備を済ませてインすれば、他の連中は既に集まっていた。

 

「待たせたな。まだやってる?」

 

「めでたい事にまだ攻略できているパーティーが出てないからな」

 

「ほぉ、楽しそうじゃん」

 

 ログインするとレオンハルトが現状を教えてくれた。どうやら封鎖領域内部にフィールドボスが出現したらしい。恐らくトリガーは一定数のエネミーの討伐。今はかなりの人数が封鎖領域内部でエネミーを狩ったり検証したりで動きが多い。それでフィールドボスの降臨を招いてしまったのだろうと思う。当然ながらここは格上のエリアで、一番レベルの高い俺とニーズヘッグでさえまだ推奨レベルに到達していないレベルだ。つまりそれを超える強さの敵が出現しているという事だ。これは中々攻略できる相手じゃない。

 

 それでも攻略して経験値を求めるのだが。

 

「んじゃ現場まで行くか! ノルト!」

 

「レインはこっちよ」

 

「感謝」

 

 馬を召喚し、レオンハルトとレインをそれぞれ別の馬に乗せ、封鎖領域に突入する。馬の速度はやはり優秀だ。他のプレイヤーも遠くへと遠征するさいにはまずマウントを何種類確保する所から始めるのかもしれないが、今だけは俺達の特権だ。封鎖領域の外から一気に速度を上げて中へと突入すれば、封鎖領域内部の一角が騒がしくなっているのが解る。

 

 そこへと近づけば人ごみによって囲まれているエリアがあるのが見える。人の数は多いが、馬に騎乗した状態であればその上から様子を眺める事が出来る。

 

 見えるのは全長20メートルほどの巨大なカエルの姿だ。ただしこいつは真っ黒に全身が染まり、体中から棘の様な魔晶石が生えているというここにいるインフェクティッド個体を更に凶悪化させたようなビジュアルの持ち主だ。特に参戦人数とかに制限がある訳ではないらしく、今は20人ほどが囲んでいて戦っている。

 

 だがカエルの方が強いようで、まったくその頭上のHPバーは削れている様子がない。いや、違う。HPバーはかなりゆっくりとだが、削れている。だがある程度削れると適当のプレイヤーを舌で掴んで飲み込み、そのまま食べて回復しているようだった。食われているプレイヤーに関してはトラウマ獲得、ご愁傷様としか言えない。

 

「はあ、中々面白いのが湧いてるな」

 

「だろう? アレをとりあえず倒せば良い経験値になるだろうしどうだ?」

 

「ニグは―――聞くまでもないか」

 

「ぶおんぶおん」

 

 もう既にセクエスから降りてチェーンソーを握っていた。本当に手が早いなぁ、って感じがする。まぁ、レオンハルトもレインも武器を抜いてやる気満々だからしょうがないんだが。それはともかく、戦場全体を俯瞰するとまったく戦場の統制が取れてない感じがする。これじゃあまぁ、当然戦闘が全く進まないだろう。

 

「しゃーない、俺で指示と統制取るわ」

 

「狩りの時と同じ形で言う事を聞けば良いんだろう?」

 

「特技よ」

 

「任せる」

 

「お前らさぁ……いや、いいや」

 

 苦笑しながらフィールドボス戦の準備を素早く声に出して進める。

 

「ヒーラーとタンク! 2人ずつこっちに参加する奴いないか! 立候補者! 良し! 早かったお前ら4人採用! パーティー申請送るぞ―――良し、宜しく! 他の連中はパーティー組んでるか!? 組んでないなら一番近い奴と組んでおけ! 組めばリソース管理しやすいからな! オラ! なに戸惑ってやがる! タンク連中はボスの前に陣取れ! メレーは馬鹿正直に前に立つな! 一番攻撃しやすい背面に回れ! 聞こえてんだろうがッ! 動け動け動けッ!」

 

 馬上から杖を引き抜き、空に向けて〈バースト〉を放って此方に視線を集める―――攻撃はしてないのでヘイトも攻撃もこっちには来ない。だがこれで他のプレイヤーたちの視線と意識を奪う事ができた。まずは烏合の衆を統率。通常規模の戦闘であれば十分だが、相手がボスレベルの相手であれば話は別だ。

 

「メレーは背面つってんだろうがぁ! レンジ、キャスターは側面! 射線をメレーと被せるな馬鹿誤射する気か! 正面にいるタンクは4人までだ! ヒーリングは詰めなくて良い! ヒーリングよりもダメージを出す事を意識しろ! タンクはHPが減って辛く感じたら後ろのタンクと交代しろ! その為にも次のタンクはスイッチできるように待機! オラ、早くしろ!」

 

 怒声を響かせながら杖を振るって指示を出す。ついでに此方も戦闘での参戦経験値を得る為に魔法を一発だけ叩き込んでおく。流石にこの数を指揮しながら自分もまともに戦うのは難しい。ノルトに騎乗した状態のまま、他に指示を飛ばせるようなプレイヤーがいないのかを探るが、いないらしい。最前線まで突っ込んでくるのは脳味噌筋肉ばかりかー?

 

 あぁ、いや、違うか。

 

 単純にこの規模の人間をリアルで動かす経験がないから皆流されてるだけだ。

 

 日本人の事なかれ、流され主義だ。

 

 まぁ、それを今回は利用するが。

 

 フィールドボス、クリスタライズド・フロッグは全身の結晶を槍の様にはなったり、体当たりする事で戦うエネミーの様だ。その攻撃は激しく、口からマシンガンの様に結晶を放つ。

 

「何をボケっと立ってやがる! DPSの手は足りてるんだからタンクは妨害と軽減だけに集中しろ! 全体軽減札はないのか!?」

 

「あ、あります!」

 

「俺の合図で差し込め! そこ! 10人ほどタンクは右側へ! そっちの10人は左側へ回り込め! キャスレンジの前に陣取れ! 全体来るぞ!」

 

 フロッグの前身が膨れる。全身の結晶槍が増え、それが力を込められ射出される寸前であるのが見える。

 

「軽減! キャスターとレンジを守れ! メレーは自己防御!」

 

 カバーリングの行えるタンクが素早く低耐久の前に立つ。同時に一部のタンクが此方を守る様に前に立って、結晶槍を盾で受け止めてダメージを代わりに受ける。サンキュ、とそいつだけに聞こえる様に呟いて笑みを見せ、杖を大きく振るって見えるように指示を出す。

 

「レオ! 次舌が来る、切れ!」

 

「任せろ!」

 

 レインとニーズヘッグは指示を出す必要がない。全体攻撃を最低限のダメージで受け流した瞬間にはフロッグの巨体に肉薄し、バースト火力を一切の遠慮なくぶち込んでいた。手数とパワータイプのキャラなのだ、アレはバーストを邪魔しないほうが良い。ギミック処理を信用出来て攻撃の邪魔をして良さそうなのはフットワークが軽く、そして戦闘タイプがバランス型のレオンハルトだ。

 

 こいつはその性質上、指示を出してギミック処理の運用に使いやすい。

 

 レオンハルトが居なければニーズヘッグを使うのだが、アイツのバーストはかなり火力が出るのでこういう処理に動かしたくない。とはいえ、一番呼吸を合わせられるのはニーズヘッグだから、結局は楽しんでしまうのだが。

 

 と、思考している間にフロッグの舌が切断された。見事な斬撃によって切断された舌は切り離され、フロッグの回復手段が断たれた事を証明する。

 

 ―――えーと、前足に力を入れてるから次は正面タンク強攻撃か。

 

「正面スイッチ準備! 左右のキャスターはMPが切れたら遠慮なく攻撃範囲外まで下がってMP回復させろ! メレーもMPが空になったら火力が落ちるし攻撃できる範囲は決まってんだから大人しく次の奴に場所を譲れ! その方が討伐が早くなる! 慣れてきたか? 全体注意! 軽減差し込め!」

 

「シールド!」

 

 半円状のバリアがいくつか出現し、プレイヤーたちを覆う。同時に放たれる結晶乱舞がバリアを貫通しながらタンクたちによって受け止められるが、その威力は減退している。それでもタンクのHPが4割、メレーのHPが7割減っているのを見ればかなり威力の高い攻撃であるのが伝わるだろう。だがフロッグ自体も常にMPを潤沢に使っているDD共からのサイクルを組んでの連撃にHPがこれまでとは違う速度で減っている。明確に頭上のHPバーが%単位で減っており、その死期が近づいている。それに呼応するように再び全体攻撃の準備に入っている。バリア入ってアレだけのダメージだ、

 

「ヒーラー! 範囲ヒールをばらまけー! しっかり最大まで戻さないと死人が出るぞ!」

 

 笑いながら指示を出し、ヒールと軽減に入るタンクとヒーラーを見る。今この瞬間に必死に陣形を少しずつ整えながら攻撃しているDDを見て、本来のレイド、ボス戦闘とはこういう形になる筈だっただったんだろうなぁ、というのを見る。

 

 今回のアビサルドラゴン戦が変則的すぎるのだが、本来はこうやって大人数で囲んで、指揮し、そして統率しながら戦うものだったのだろう。だからアビサルドラゴンの前にこうやってフィールドボスと出会えたのは良かった。お陰で本来のレイド戦の空気、そして指揮官や統率者が集団戦では必要な事、それらが行える人材が此方には全く存在しないのが見えた。

 

 とはいえ統率さえしてしまえば簡単にまとまる。元々ゲーマーはこの手の祭りが好きだし、ここにいるのはその中でも特に祭り好きな連中だ。

 

「ラストスパート! MPに注意しながらHPを維持しろよ! 今まで通りの動きを繰り返せ! 焦る必要はない、パターンに変更はなし。これまで通り落ち着いてやればパターン通り処理できる! 良いぞ!」

 

 既にモーションは出そろっている。ステータス差は大きいが、それでもタンクが防御に専念すれば受け切れない程ではないし、DDが本気でDPSを出す事に集中すれば削り切れる範囲だ。あのアビサルドラゴンとは違って倒せる範囲のエネミー。だったら奇策なんてものに頼る必要はない。一度確定したパターンを維持してしまえば、後は無理矢理動かさなくても、

 

 徐々にフロッグのHPが減って行き、怒りと発狂の発露の様に回避不能な結晶乱舞を放ち続けるも、生命力が尽き、慟哭と共に倒れて動かなくなる。

 

 突発的な登場ではあったが―――良い経験と経験値になった。

 

 大量に発生するレベルアップの光と共に、全員で勝利の歓声を響かせた。




 MMOには必ずと言って良い程コミュ内で音頭を取れる人間がいる。リーダーシップにあふれているというか、優れているというか。そういう人がコミュニティを引っ張ったり、指示やコールをする事でコンテンツ内で人を成功に引っ張ってくれる。

 これが野良の集まりだとそう言う人も「身内じゃないのにめんどくせぇなぁ……」でコールしたり仕切ったりしなくなるのはマジ。この手のイケメンが野良で仕切り始めるのは明確にコンテンツの失敗や空気が悪くなった時だったりする。

 なので今回アインが仕切る前にも仕切れる人はおそらくいたけど、単純にめんどくさくて何もしなかったのかもしれない。


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王国同盟 Ⅷ

 レベルが21にまで上がる。ログアウト前には20に上がっていたので新しいスキルが習得できる枠が今は1個開いている。今、ここにスキルを入れないのはちょっともったいないなぁ、なんて事を考えている。だがスキルの習得には一旦街に戻って、学べる相手から学ばないとならない。そうなるとタイミング的には明日の朝、爺から学ぶのが一番無駄のないルートなんじゃないかなぁ、とは思わなくもない。ちなみに覚えるつもりなのは当然ながら《氷魔法》だ。これで火と氷で火力タームと回復タームで無限機関の第1歩が構築されるだろうし。流石に強敵1戦だけじゃもうスキルレベルは上がらなくなった感じもある。

 

 強敵との戦いよりも日々の数をこなす事の方がスキルレベリングとして重要になった感じはする。いや、爺とのスパーリング経験してるとやっぱ質が一番重要だな、って感じはする。結局のところ、レベルが上がるならなんでも良いのでは? って感じはある。ともあれ、

 

「お疲れ様! ナイスファイト、カバーリング助かったぜ。ありがとうな」

 

 ノルトの上から降りて、カバーリングに入ってくれたパーティーのタンク2人と握手をする。前に出ないでずっと此方の防御とガードに入ってくれていたおかげで、ずっと指揮に集中する事が出来たので、忘れず感謝の言葉を送る。

 

「あ、いえ、此方も非常に助かりました!」

 

「ありがとうございました」

 

「ヒーラーの人たちも! ナイスヒール、誰も堕とさなかったのでグッジョブ」

 

「こっちも楽しかったですー」

 

「機会があったらまたよろしくお願いします!」

 

「パーティー解散しまー」

 

 とりあえずパーティーを解散する。これで組んでいたパーティーが解除されるが、即座に人混みを縫いながらニーズヘッグが合流してくる。褒めて褒めて、と表情を浮かべているがステイ、と視線だけで伝えて、他にやってくるプレイヤーたちの対応を行う。どいつもこいつもテンションが高く、ドロップの報告とかレベルアップに喜んでいる姿が見えるが、

 

「指揮助かりました、ありがとうございます!」

 

「助かりましたー!」

 

「ありがとよ!」

 

「こっちもありがとう! 汚い言葉で悪かったな」

 

「全然かまわないぜー!」

 

「寧ろそっちのは動きやすかったですよ」

 

 流れてくるプレイヤーが解散しつつ挨拶と感謝の言葉を掛け合って行く。コミュニティとしてはまだまだ小さなもんだが、モラルが高い。ちゃんと感謝が出来ているしかなり民度の高いグループだった。この手のクリア後の挨拶がちゃんとできるコミュニティは民度が高く、プレイヤーも優良なのだ。これを強制するようになってしまったらおしまいだが、自分から笑いながら言い出せるうちは全く問題はない。

 

 基本的にシャレム参加者、善人ばかりだなぁ。

 

 クソキッズを全く見かけない。いや、悪くはないというか寧ろ良い事なのだが。暴言だったり、妨害だったり、そういう事でプレイを妨げる様な奴が一番邪魔で不要なのだから。寧ろこの状況で妨害に走るような奴が出てこないほうが驚きなんだが。

 

 世の中時間短縮の為に勝手にボス戦はじめて全滅させたり、他の奴の都合を考えない奴とかがめっちゃ多い。そういうのが現れない感じ、今の環境はかなり良い。

 

 と、10分も対応してれば人の流れが途切れて封鎖領域に散らばる。寄ってきたニーズヘッグの頭を両手で掴んでわしゃわしゃとかき混ぜてやると喜んでいる。それを直ぐ横でレオンハルトがドン引きした表情で見ている。

 

「君たちの関係はちょっと良く解らないな……」

 

「犬と飼い主だぞ。ログイン直後は多少取り繕う努力もしてたんだけどな、こいつ……」

 

「面倒になったわ」

 

「そうか……面倒ならしょうがないな……」

 

 諦めたようなレオンハルトの声に苦笑を零す。まぁ、こいつとの関係は本当に特殊だから言いたい事は解る。だけど世間一般で言われるそういう関係じゃない事だけは断言させて欲しい。こいつの感情はそこまでそういう段階にはない。というかそこまで情緒が育ってるかどうかすら怪しい。マジで大型チワワみたいなやつなんだ。まぁ、説明したところで誰も理解しないだろうから言い訳なんてしないのだが。

 

 ただこうやって構ってやらないと寂しそうな視線をするのは事実なので、定期的にカマってやるのは忘れない。

 

「あー、ボス。ちょっと今いいですか?」

 

「ついに知らない人にまでボスって呼ばれ始めたんだが? いいよ」

 

 先ほどの戦闘に参加していた人が1人、片手に機械を持って近づいてきている。手に握っているのは何かの球体の様に機械的な球体の様に見える。それを此方へと手渡してくるので、軽く持ち上げながらアイテムの詳細ウィンドウを確認する。

 

「録画用スフィア?」

 

「ですです。機工房から貰った戦闘映像の録画用アイテムです。稼働させると録画用のホロフレームが出現するんで、それで取りたい映像をビデオカメラの様に回して、その間の出来事を記録するってアイテムです。これじゃ中身を確認できないですけど、機工房の方に専用の出力用機器あるみたいですので、そこで確認するらしいとか。俺達が渡すよりボスが渡したほうが信用あると思うんで渡しておきます」

 

「おっけおっけ、サンキュ。俺は早速こいつを渡してくる事にするか」

 

 インベントリにアイテムを収納しつつ、これを渡して本格的な同盟を確定させる事にしよう。そう決意しながら視線をニーズヘッグへと向ける。

 

「どうするニグ? 俺は戻るけどお前は―――」

 

「一緒に行くわ」

 

「―――まぁ、聞くような事でもなかったな。うん」

 

 という訳で、残念ながら美味しかった纏め狩りパーティーはここで解散する事をレオンハルトとレインへと告げると、寂しそうな表情を浮かべられた。

 

「そうか、かなり楽で美味しかっただけに残念だな」

 

「楽しかった」

 

「苦労させられたけど、こっちも楽しかったよ。機会があればまたな」

 

「また遊びましょう」

 

 特にこの2人は今の所、スカウト最有力候補だ。マルージャ側がスカウト不可状態である以上、こちら側でTDHを1枠ずつ確保しなくてはならないのだ。真面目にあの強さならこの先もトップ層に居続けるだろう……絶対にコネクションを維持しておいた方が良いだろう。

 

 くそぉ、なんで俺がこんな事を考えなくてはならないんだ。

 

1様『あの自称傭兵童貞野郎絶対に許さねぇ』

梅☆『なんでヘイト飛んでくるのぉ???』

略剣『生きてるからなんだよなぁ』

狂犬『存在を悔い改めて』

梅☆『存在罪』

土鍋『もし、産まれた事が罪ならば……それでも、生きるしかないんだ……!』

梅☆『なんか始まったな』

狂犬『人である事が許されないなら犬になればいいのよ』

略剣『実践してるやつの言葉は重いなぁ』

 

 茶番で軽く鬱憤を晴らしたらノルトに再び騎乗して封鎖領域を出る事にする。もう既に結構な人が封鎖領域に突入しているが、外に出た街道でもかなりの数が居るのが見える。もうプレイヤーの大多数がこっち側で格上相手にレベリングする方向へとシフトした、とみてもいいかもしれない。そうなると、このトレンドというか動きを生み出したのは俺だろうか?

 

 いや、確実に俺だろうなぁ。

 

 うーん、個人的に散らばっていてくれた方が遥かに楽なんだけどなぁ。まぁ、影響力があるのもしょうがないかって感じはする。知名度上がればそれだけ顔が効くし、そういう意味では知名度を上げておきたいなぁ、と思う部分はある。

 

 封鎖領域を出て街道を踏破すれば、直ぐにダリルシュタットの東門まで到達する。確認してみればそこにいる門番は普段見る人とは別の人だった。此方を見かけると敬礼を取ってくる為、馬から降りてアイテムを取り出す。

 

「提示用のスフィアを持ってきたんだが―――」

 

「そちらに関しては直接お渡しいただく様に指示を受けています。王城の方までお願いします」

 

「了解」

 

 やっぱり形式的に、直接手渡しさせる事に意味があるのかもしれない。面倒だ。そう思いながらも王城へと向かう為に門をくぐり、市街地へと戻ってくる。

 

 今日はもう、まともにレベリングできそうな気がしない。そんな予感を抱きつつ面倒なポジションに収まってしまった自分を恨む。こういうのは本当は面倒で嫌なんだよなぁ。

 

 とっととアビサルドラゴンを始末して、冒険と開拓の生活に戻りたかった。

 

 割と切実に。




 一番早くNPCとコネクションを築いてしまっただけに便利なポジションを押し付けられ苦労するハメに。こうなると中々自由に動けなくなっちゃうんだよね。


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王国同盟 Ⅸ

 本日の王城、セカンド・シーズン。

 

 つまり2度目の王城である。まさか1日でこんなに何度も王城に向かう事になるとは思いもしなかった。次来るのは明日になるかなぁ、と思ってたんだが。まぁ、これもコネを築いてしまった自分の有能さが悪いのだ。素直に仕事を果たそう、と再び小門から王城へと入る。王城内部へと入ればそこら中に兵士やメイドの姿があるので、適当なメイドに証拠品の提示を行えると告げる。するとメイドが一礼してくる。

 

「アイン様、ニーズヘッグ様ですね。お話は伺っております。直接アーク殿下にお渡し頂くように聞いておりますので、殿下の私室までご案内します」

 

「え、マジか。いや、違う。本当に?」

 

「えぇ、そう申しつけられております。再び王城を訪ね、証拠を提示すると言われた際にはお通ししろ、と」

 

「いや……解った。案内してくれ」

 

 良いの? って視線をニーズヘッグが向けてくる。だが相手がそう指定してくるのならそれに従うほかないので腕を広げてしゃーない、のポーズを取っておく。先導するメイドに従って追いかけるように歩いているが―――なんというか、全力で囲い込まれている感じはする。現状、俺が唯一のコネ持ちである上にそれがPCとの懸け橋になっている部分はある。これで囲い込めば実質的にエルディア側のPCに対するコントロールを得た様な状況になる……イニシアチブが取れる。

 

 それとも、他の国が復活する前に有望な稀人との太い関係を築いておきたい?

 

 どちらにしろ、ここまで親身になられると何か思惑があるのは見える。ただそれが解っていても、従わないとまともに動けないのが今の辛い所だ。それも他の国が復活するまでの事だろうが。他の国ってどういう感じなんだろう? やっぱり新しいエリアの類は気になるのだが、現実逃避はここら辺までにしておく。

 

 いつの間にか到着してしまったアーク殿下の私室を前に、メイドが頭を下げてから去って行く。どうぞこの先はご自由に、という事だろうか。あまりこういうシチュエーションは好きじゃないんだけどなぁ、と口にしないで呟くと、肩にタッチを受けて振り返る。

 

「ん」

 

 サムズアップを向けてきたニーズヘッグの姿に苦笑し、ちょっとだけ勇気付けられる。本当に、ちょっとだけ。だけど遠慮なくノックする程度には出てきた。

 

 こんこん、と2度扉をノックしてから声を出す。

 

「失礼します、アインとニーズヘッグです。提出しに来たら此方へと案内されたのですが―――」

 

「―――うむ、余がそう頼んだ。入るが良い」

 

「では、失礼します」

 

 本当に誰にも止められる事なく中に入れてしまった。扉を開ければ王族という肩書の割には装飾の少ない……いや、それでもホテルのロイヤルスイートを超えるレベルの上品さを感じさせる部屋に入ってしまった。中にある調度品の1つ1つが最高級品なのだろうが、無駄なものを減らしているように思えた。ただその中央にはテーブルと椅子があり、そこで待っていたアーク殿下の姿があった。その横には老紳士の姿もあり、此方を見ると一礼してきた。

 

「良く来たアイン、ニーズヘッグ。さあ、早く扉を閉めて中に入ると良い。扉が開いていると気が休まらぬからな」

 

「え? あ、はい」

 

「うむうむ、入ってきたな? 扉は閉めたな? はあ―――疲れた」

 

 扉が閉まったのを確認すると大きく溜息を吐いた王子がだらしなく椅子に座り込んでいた。それは謁見の間、玉座の上で少年が見せていた姿とはあまりにもかけ離れていたもので、とてもじゃないがこの姿を配信する気にはなれなかった。その姿にちょっと困惑しても、軽く息を吐いて気持ちのスイッチを入れ替え、()()()()()()であると認識する。視線を老紳士へと向ければ無言ながら、笑みで軽く会釈を送ってくる。多分俺の予測であっている。

 

「あ……ごめんごめん、急に呼び出す形になっちゃって困ったよね。ほら、そこに座ってよ。爺の入れてくれた紅茶はすごく美味しいんだ―――あ、アインとニーズヘッグは紅茶って大丈夫? 苦手だったりしないかな?」

 

 それはまるで年相応の少年の態度であり、公私を区別した態度だった。あぁ、この少年は今、この場、自分の私室でのみ少年らしい姿を取る事が出来るのだろう。

 

 馬鹿野郎、これクッソ辛いぞお前。何がって俺の心がだよ馬鹿野郎!

 

 内心ゲロを吐いていると、ニーズヘッグが両手を腰にやって胸を張った。

 

「何を言おう、私は苦手なものはないわ。でも紅茶の繊細な味は良く解らないわ」

 

「ニグ」

 

「いいよいいよ、アインもニーズヘッグも国民って訳じゃないし。異世界の人なんだよね? 態々僕たちの為にごめんね。でもこっちも色々と必死なんだ。あぁ、いや、こんな事を言われても大変だよね。とりあえず紅茶をどうぞ。何時も謁見の間で会うのも面倒だし今度はこっちにさせてもらったよ」

 

「いえ、それは構いませんよ。とりあえずこれをお渡しします」

 

「うん、ありがとう」

 

 スフィアを取り出し、それを老紳士に渡せば、既にカップに紅茶が注がれて用意されていた。スフィアを受け取った老紳士は解ける様に消え、王子と自分達だけがその場に残された。王子に対面するようにニーズヘッグと2人で並んで座りながら、ティーカップを持ち上げて匂いを嗅ぐ。

 

 ……前、略剣の家で飲んだ高級茶葉よりも上等そうなものを感じる。

 

「ふぅ……これで全力で支援する名目が生まれたよ。ありがとう」

 

「いえ、どういたしまして……というか此方こそありがとう、と言いたいのですが」

 

 即座に返した言葉に、アーク王子が笑った。

 

「いや、違うんだ。君たちが居なければそもそも僕たちはこの先、未来を掴む事さえできないんだ。唯一の手段があるのならそれに全てを賭けるのは当然なんだ。だってそれしか手段がないんだからね。だからこうやって現れてくれた事を感謝したいんだ。ありがとう。本当にありがとう、君たちのおかげでガラドアが戻ってきたばかりか、こうやって僕の無謀な願いを聞いてポートまで取り返しに動いてくれてる。本当に感謝するしかやれる事がないんだ、僕には」

 

 このショタ、色々と背負いすぎているのではないか? とちょっとだけ内心引く。だけどそれをなるべく表情には出さないように、和やかに紅茶を楽しんでいる様に見せて―――まぁ、実際には味が解らないレベルでちょっとテンパってるんだが―――話の流れを変えてみる。

 

「あー、殿下が港を取り戻そうとしている理由を聞いてもいいですか?」

 

「うん? あぁ、別に隠している事でもないから良いよ。港にはね、上の兄上がいるんだ」

 

 となると、アークよりも年上の王子が居るという事になる。

 

「正直な話、王家はもうぎりぎりなんだ。今、このダリルシュタットには1人の兄と1人の姉がいるんだ。だけどまだアイン達は会ってないよね?」

 

 王族であれば真っ先に顔を出しそうな気配もするのだが、現状そんな人物が動いているという話も気配もしていない。それはつまり、

 

「……理由があるのね?」

 

 ニーズヘッグの言葉にアークが頷いた。というかニーズヘッグはへたくそでも良いから敬語を使ってくれ。俺の胃にやさしくないシチュエーションなんだ、これは。というかなんで俺は唐突にショタハードを叩きつけられているの? なに? このゲームショタハードオンラインだったの?

 

「カイウス兄上は元々体が病弱なんだ。この状況になった時真っ先に陣頭に立つって言ったんだけど、そうしたら恐らくストレスと疲労で死んでしまうから表に出てこれないんだ。そしてクレセア姉上はこの状況で心が折れてしまったんだ。この状況だからしょうがないっちゃしょうがないんだけどね」

 

 そう言ってどうしようもないよね、とアークは笑う。どうしようもねぇのは俺達の状況だ。なんて事を暴露してやがる。泣くぞ。

 

「だから残った僕が陣頭に立つ事にしたんだ。戦場で陣頭に立つのは王家の義務だ。だけど兄上も姉上も立てない。なら僕が立つしかないんだ。この服も、食事も、紅茶も、生活も、全ては民が働いた金を使って得たものなんだ。だったら僕はそれに支えられ育った者として、この有事の時に最大限民の安全と未来を確保しなきゃいけないんだ」

 

 辛い。

 

「……あ、ごめん、いきなりこんな話をされても困るよね。ごめん。でも僕もどこか疲れてたのかも」

 

 はは、と笑うアークの表情にはありありと疲労の様子が見えている。

 

「だけどね、それも港さえ取り戻せば終わりなんだ。港を取り戻せばパーシヴァル兄上が戻ってくるんだ。武にも政にも長けている兄上だったらこの国の舵取りを僕から引き継いで安定させられる筈なんだ。だから本当にごめん、無理矢理押し付ける様な事をして。勝手に期待しているようで。だけど今の僕には君たち稀人に全賭けする以外の手段が思いつかないんだ」

 

「ま、まぁ、気楽に殿下」

 

 良いですか、と言葉を置く。

 

「俺達稀人は政なんてほとんどわかんねーんですわ。興味持たないのが大半ですし。根本では愚衆です。楽しければ良いんですよ。面白ければ良いんですよ。そういう刹那主義者ばっかりなんですよ、基本的には」

 

 俺達はゲーマーだ。

 

 俺達ゲーマーは常に楽しい事を求める。

 

 俺達ゲーマーは常に面白い事を求める。

 

 俺達ゲーマーは、他にはない体験を求める。

 

 俺達人間という存在がその根本では愚かって事実はまぁ、一生変わらないだろう。現代日本と中世の教育を比べれば現代日本の方が100倍進んだ教育を行っているのだから俺達の方が賢いだろう、単純なインプットだけならば。だからといって頭脳戦で勝てるかと言えば否、だ。俺達は愚かだし、根本的にそうやって頭を使って生きるって事を放棄する方が楽で好ましい。

 

 だから俺達は楽な方へ、楽しい方と流れる。

 

 だけどこの中で事実が1つだけある。

 

「俺達稀人は、楽しかった事は絶対に忘れないですよ。嬉しかった事を絶対に忘れませんよ。優しくしてくれた人にいつまでも感謝しますよ」

 

 偶にそういうのからはみ出たキチガイもいるだろう。だが基本的な民度の高いゲーマーってのはそういうもんだ。余程ジャングルのチンパンジーやゲーム界のヨハネスブルグにでも潜らなきゃそういう生き物とはエンカウントしないだろう。

 

「だから大丈夫ですよ、殿下」

 

 俺達、そういう恩とか絶対に忘れねぇからな。

 

「殿下、俺達に優しく迎えて支援してくれましたもんね」

 

 今回のレイドだって全力で国がバックアップしているし、()()()()()()()()()()()()()()と言っているらしい。その判断に躊躇はなかったらしい。

 

「俺達、そういう事の感謝は忘れないんで―――まぁ、何とかしますよ」

 

 その言葉にアークは少し呆けてから笑みを浮かべ、そして笑い声を零した。

 

「ははは、そうか……忘れないかぁ。うん、それは……心強いな」

 

「任せなさい。おねーさんがなんとかするわ」

 

「お、ニグがやってくれるなら俺はサボるか?」

 

「駄目よ。ボスがいないと寂しくて死んでしまうわ」

 

「ちゃんと恋人の面倒は見たほうが良いと思うよ?」

 

「いや、これペットだし……」

 

「流石にそれは……」

 

「わんわん」

 

「ッ!? そ、そういう関係もあるんだ……!」

 

 少年が何か、新しい性癖の扉を開けかけている気がする。もしやちょっとヤバイ事をしてしまったのではないか、と撫でを要求してくる大型犬を無視して紅茶を飲んだ。もう少しだけ、本気でやるかなぁ……なんて、事を柄にもなく思った。




 ショタに厳しい世界。どうしてショタだけ苦しむんだ! じゃあロリも苦しめればいいのか。問題解決だな……?


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王国同盟 Ⅹ

 それからしばらくはアーク殿下のお茶会に付き合った。やはり代理であれ、王の位置は気苦労が絶えないらしい。結構ストレスもたまるらしく、疲れているのが言葉の端から伝わってくる。実際、アーク殿下は未熟だ。若いし、威厳は薄いし、これで政治的な判断が行えるかどうかで言えば、難しい。その為実質的な政務のあれこれはそれが解る臣下に任せており、アーク殿下の主な仕事は判断する部分にあるらしい。だがそれは同時に判断を任せられ、全体の流れを把握するという事でもある。継承権からしてそもそもそういうポジションに来るとは思っていなかったアーク殿下はそこらへん、非常に狼狽した。まさか自分がこんなことをする事になるとは思いもしなかっただろう。

 

 それからひたすら民をどうやって生かすか、どうやって勝つかを考える日々。他国の英傑も一時避難という形でエルディアにいるし、目と鼻の先の港には兄がいる。その状況で何かをしなくてはならない、というプレッシャーがアーク殿下を常に襲っていた。

 

 ……そりゃあ気も病むし、参るわ。だけどこの状況でそうならず、自分というものを貫いて頑張っているのだ。それをアーク殿下は自分が王族だから。自分が王家の一員として陣頭に立つのは役割であり、と言って完全に割り切っていた。そこには迷いも、そして怖れもない。ただ疲れだけがあった。そう、あの少年は何も間違っていると思ってはいない。ただ場違いだとは思っているが、それでも自分の行いが正しいと信じて進んでいる。

 

 だからこそ、臣下がついてきてくれているのだろう。彼自身は自分に王の器がないと言っていたが、俺には十分ある様に思える。或いは、だからこそ愚痴ったりする時間が必要なのかもしれない。間違いなくアーク殿下にはその器があるが、未成熟なのだ。完全に王という仮面をかぶって非人間となるにはまだまだ時が必要だ。そしてそれに耐えきれるほど体と心が出来上がっていない。だから仮面を外し、深呼吸する必要がある。それがこの少年には必要だった。まだ、義務感と使命感で生き続けられる程人生を経験してないのだ。

 

 そんな少年にこの役割を与えなくてはならない事が、この状況一番の地獄なのかもしれない。

 

「ふぅ―――ごめん、そしてありがとう。稀人とこうやって直に接して解ったよ。君たちは僕たちと何も変わらない普通の人たちだって。ただちょっと成長力と素質が特殊なだけで、根本の人間的な部分では僕たちはそう変わらないんだな、って」

 

 お茶会も時が進むと外が段々と暗くなってくる。もうそろそろ夜だ。そんな時間になるとこちらもログアウトして夜の支度とかをしなくてはならない。まぁ、それまでは多少時間の余裕がある。それに長々と話をしていた影響か、アーク殿下は心なしか少しすっきりしたような表情をしていた。

 

「まぁ、俺達俗物ですからね」

 

「即物的でもあるわ」

 

「うん、なんかそこらへんは伝わった。今日はありがとう。そして明日は宜しくお願い。僕もエルディアの現・全戦力を投入してアビサルドラゴンを倒すよ。そこに一切の躊躇や戸惑いを見せない。だから稀人達もお願い」

 

「いえ、そこまで言わなくても大丈夫ですよ。俺達こういうお祭りみたいなの好きなんで。絶対に達成するまで何度死んだってやり遂げますよ」

 

「そうなの? うん、ありがとう」

 

 とはいえ、アークの様子は未だにちょっと不安を抱えているようにさえ見える。根本的な部分で、自分という存在に対して自信がないのかもしれない。ポジションと経歴が経歴なだけにしょうがないと言えてしまう部分もあるのだが、これはこれで、

 

 ―――見ていてちょっとイラっとするかなぁ。

 

 こう、ちゃんと能力があってできているのに、それを謙遜していたり。或いはこう……自分に自信のない奴とか。ちゃんとできているし能力がある事は証明されているんだぜ? だったらちゃんと胸を張れよ! 空虚な自信のなさ程見ていて気持ちの悪いものはないし、今のアークの状態はそれに近いと思う。だってこのショタは、明らかに頑張っているし成果だって出しているんだ。俺には絶対無理って言える環境と状況で頑張っているのに、なのに言葉の端には辛さと自信のなさが滲み出ている。

 

 それがどうも、癪に障る。

 

 イラっとするのだ。

 

「……アイン?」

 

 アーク殿下が首をかしげてこっちを見るのに合わせて、ニーズヘッグが首をかしげてこっちを見る。おい、暇だからって真似してるんじゃねぇ。いや、違うだろう。

 

「ちょっと失礼します」

 

「え、うん」

 

 席から立ち上がり、素早く扉から出ると、扉の向こう側で立ち、周りを見渡す。

 

「あー……います?」

 

「私の事をお探しですかな」

 

「うおっ」

 

 周りを見渡すと何時の間にかすぐ横に老紳士の姿があって、びっくりしてしまった。本当に気配も音もさせずに出現させたからビビる。いや、それはそれで良いのだが。なんだかんだで新鮮で楽しい経験だし。ただそれはそれとして、

 

「えーと……執事さん?」

 

「ほっほ、セワスチアンでどうぞ」

 

「あ、はい、えーと、セワスチアンさん」

 

 まぁ、見えないけどこの人常にそばにいるだろうなぁ、って大体の予想はついてたし。だから周りにセワスチアンしかいないのを確認し、扉の向こう側に声が届かないのを気にしてちょっと声量を落として、人差し指を立てる。

 

「―――ちょっと殿下に、悪い遊び教えちゃいません?」

 

「ほほう」

 

 此方の提案に、セワスチアンは楽しそうに表情を歪め、髭を撫でた。

 

 

 

 

 サスペンダーハーフパンツにシャツ、そしてベレー帽。労働階級の少年の基本セットであり、ショタセットでもある。ショタと言えばこの格好だろう、というレベルのアレだ。後は伊達眼鏡を装着させて深めに帽子を被れば印象はだいぶ誤魔化せる。服を王城から持ってきたら品質でバレるし、セワスチアンの協力もあったし街から古着を購入して貰った。それにアーク殿下を着替えさせれば、王城に残されてしまった悲劇の王子から少しぼろい服装に身を包んだ、素材の良いショタのアーク君に変身する。まぁ、細かい部分―――それこそ手と爪の汚れとか、肌荒れとか。そういう細かい部分を見る人にはこの手の変装はばれてしまうのだが、そこまで詰めるレベルを求めている訳じゃないので、パッと見てアーク殿下であるとバレず、アーク君としてだけ認識されればオッケーだ。

 

 いや、まぁ、つまりは悪い遊びとはアークという少年を王城の外に連れ出す事なのだが。

 

「あ、あの、ボクは外に出るべきではないと思うんだけど!」

 

「まあまあまあまあ」

 

「どうどうどうどう」

 

「ごまかし方酷くないかなっ!」

 

 気にするな今は少年。

 

 そういう訳で場所は王城内ではなく、城下町のダリルシュタットへと移る。セワスチアン、そして更に巻き込んだ師匠の力を借りて他の兵士や騎士になるべくバレないように最低限の護衛だけを影に潜ませて、後は城内から城下まで直接テレポートで送ってもらう事で対処して城内を脱出した。これによって強制的にお着換えからの誘拐コンボを喰らったアークは仰天の表情を浮かべており、信じられないものを見る様な表情を浮かべている。

 

 だけどこれ、セワスチアン公認なんですよ。諦めて今夜は俺らと遊べ。

 

「いや、その僕にはやる事が」

 

「お茶美味しかったね」

 

「何もしない時間だったわよね」

 

「僕には義務が!」

 

「休む事も義務やぞ」

 

「それとも休まず働けるほど超人なの?」

 

「危ないから!」

 

「害するような存在が存在しない今の世界で?」

 

「あの屋根の上をみて」

 

 ニーズヘッグが屋根の上を指さすと、そこには一瞬だけ全身鎧の姿が見えるも、次の瞬間には溶けるように消えた。恐らくは隠密状態に戻ったのだろうが―――アレ、鎧の感じは完全にジークフリートのだよね? え、もしかしてあそこまで聖剣ぶっぱ乱舞とかビーム祭りとか波動砲とか放つ癖に隠密技能まで鍛えてあるの? マジで? あの英雄マジでちょっと隙が無さすぎない? 遠近の上に潜入暗殺までこなせるのマジで理想の万能ユニットって感じなんだが?

 

 えー、隠密技能ちょっと学んでみたくなったな……。

 

 なお、そんな事を考えている内にただの少年アークは、

 

「えー……ジークフリートまで……」

 

「だから気にしなくていいわ。ほら、遊びましょう。夜も楽しいわよ」

 

「あっ、あ―――!」

 

 ニーズヘッグが片腕でアークを持ち上げると、そのまま連れ去る様に夜のダリルシュタットへと走り出す。アイツ、自分よりも年下の知り合いがほぼ存在しない分、初めて誰かに世話を焼くという概念に対してテンションを上げている疑惑がある。その姿に苦笑しながら、軽く走ってその姿を追いかければ、早速―――というか当然の様に屋台の前に足を止めていた。そして躊躇なく2人分購入すると、自分とアークの分を分けていた。

 

 いきなり串焼きを渡されたアークがそれを手渡されて困惑している。歩いて近づきながら、上から少年を覗き込む。

 

「どうした? 食べないのか? それとも食べたことないのか?」

 

「いや、串焼きを食べた事はあるけど……良いのかなぁ、って」

 

「あん!? うちの串焼きが食えないって!?」

 

「え、あ、あ、いや! そうじゃないよ! そうじゃないよ!」

 

 屋台の店主の脅迫の様な声にアークが驚きながら急いで串焼きに齧りつくと、その表情が輝いたように見えた。同じように表情を見ていた店主がその表情が言葉よりも雄弁に全てを語っているのを理解し、満足げに頷いている。

 

「なんだ味の解るガキじゃねぇか。良し、もう1本オマケしてやる。ちゃんと食って大きくなるんだぞ?」

 

 アークにもう1本追加で串焼きを押し付けると、アークが困惑した表情を浮かべながらそれを受け取る。

 

「え、えーと、いいの……ですか?」

 

「あぁ!? ガキが遠慮なんてすんなよ! お前らは遊んで笑って大きくなるのが仕事だからな! 大人の施しはちゃんと受け取れよ!」

 

 がっはっは、と笑う店主の表情には欠片も翳りがなく、気力と生きる力で満ちている。その様子にアークが圧倒されているのを感じつつ、軽く笑みをこぼす。そのまま呆然としているアークを持ち上げると、肩車しながら歩きだす。

 

「さーて、次行くぞ次。夜はまだ始まったばかりだしな」

 

「え、あ、うん」

 

「次はあっさりしたものが食べたいわ」

 

「お前と一緒だと食べ物ばかりじゃん……」

 

「食べるのは楽しいわよ」

 

「太るぞぉ?」

 

「は? 太らないわ。脂肪は削ぎ落すし」

 

「手段、おかしくない……?」

 

 普段より少しだけ騒がしい夜が始まった。




 ショタを悪の道に引き込む悪い大人たちの姿。

 それはそとれして、ここすき利用の活用ありがとうございます。アレを使ってくれると読者が何が好きで何を読みたいのか、ってのが解りやすく見えるんですよね。感想書くのが面倒って人は活用してくれると、自分好みの文章が増えてくるかもしれませんね。


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王国同盟 Ⅺ

 人生は、一生付き合って行くもんだ。

 

 ならそりゃあもう、楽しまなきゃ損だろ。

 

 苦しんで生きる? 馬鹿じゃねーの。生きてるなら楽しまなきゃダメだろう。

 

 俺はそういう所、こらえ性がない。生きるなら楽しみたい。何かをするなら楽しくやりたい。楽しくもないのにやる事には興味が欠片もない。好きなことを仕事にしたい。勉強するなら好きな事が良い。だからやる、やりたい! そう決めたら全力でやる。楽しいからこそ全力が出せる。まぁ、時々疲れちゃうし、飽きちゃうから適度な休息だって必要だ。だけど世の中、楽しい事で生き続けられたらそりゃあもう、

 

 サイコーじゃん?

 

 という訳で、人生をそれなりに楽しむコツというものを言葉ではなく、実感として与える事にした。肩車した状態で夜のダリルシュタットを歩く。

 

 おそらくはこんなことをした経験はないだろう。お忍びで城下町を歩き回るとか。たぶんこれまで凄く大事に育てられてきたというのが態度や言葉の端から伝わってきている。教育に間違えた要素なんて1つとしてないだろう。だけどそれはそれで面白みのない少年だ。もうちょっと俺好みってのは―――まぁ、破天荒で、こっちを引っ張って引きずり回す、そういう強引さがないと面白くはないだろう。

 

 だから楽しさというもんを叩き込む。

 

 串焼きを食べ終えたら今度はマーケットを歩く。様々な露店が並ぶこの通りは店を持つ事の出来ない人たちが道端にマットを並べ、或いはワゴンを並べ、そこに商品を展示して販売している場所だ。許可さえもらえれば誰であろうと商売が許される為、昼でも夜でも賑わっている姿が見れる。ニーズヘッグの様な無限の胃袋を持たないアークでは少ししか食べる事が出来ない。だからさっさと屋台からエネルギーを摂取したら、次に生きる力で溢れている場所へと来る。

 

 まだ半ば呆然としている様子は事実だが、しっかりとマーケットの様子を見ている。だからその姿を軽く揺らした。

 

「こっちに来るのは初めてか?」

 

「え、うん。報告は聞いていたし認知はしてたんだけどここまで賑わっているとは思わなかった」

 

「俺達なんて消耗品ここへ補充しに来るしな」

 

「この間も掘り出しものを買ったものね」

 

「なー」

 

 肩からアークを下ろすと少しだけ不安そうにするが、すぐに好奇心に負けて踏み出していた。露店の前まで行くと何を売っているのかを確認するように、1つ1つ足を止めて見て回る。そのすぐ近くでは値段交渉している店主とPCの姿もある。その全てを聞き逃さないようにアークは見ていて、聞いていて、自分の中に取り込んでいた。何故ならそれは何よりも、ここにいる人々が生きているという事の証だったからだ。アークに直接言う必要なんてない。あの少年は物凄く賢い。それだけの教育を受けているのが解るし、性根も真っすぐで綺麗だ。

 

 だからこれを見れば解るだろう。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事が。

 

 他の誰でもない、アークが王族として立って陣頭で指揮したからこそこの光景がある。他の誰でもない、王族が立っているという事は物凄い安心感を与える―――特に中世・王権の社会では。日本などの現代国家における民主主義などを見ればトップが誰であるかを意識している人なんてだいぶ少なくなってきているだろう。

 

 だけど王族というのはこの時代、絶対的な象徴で神にも等しい存在だ。王があるからこその我ら、という考えがある程に。そしてその時に王を欠くというのは心の支えを失う事でもある。故に、他の誰でもない、アークが陣頭にあるからこそこの景色が守られているのだ。

 

 それをあの少年は、自分の脚で歩いて、自分の肌で感じるべきなのだ。

 

「へーい、そこのおっさん。そのメタルチャーム欲しいんだけど」

 

「お? 目の付け所が良いなぁ。値段はこんなもんだが大丈夫か?」

 

「よゆー、よゆー。後で換金すれば手持ちに余裕あるしな」

 

 ちょっとお高めなのは技術的に結構職人技が入っている辺りが理由だろうか? まぁ、払えない額ではないし、後で値段を王宮に請求するのもケチが付きそうで嫌だ。これは完全に俺の奢りという訳で、受け取った鍵の形のメタルチャームを握り、指笛でアークの気を引く。

 

「リトルプリンス!」

 

「え、僕のこ―――うわっ」

 

「今夜の思い出に取っとけ」

 

 メタルチャームを投げ渡す。受け取ったメタルチャームをアークは片手で持ち上げ、眺めている。王宮の調度品に比べれば間違いなく安物である事に間違いはないのだが、河辺で形の良い石を見つけて拾った、宝物を見つけたような少年の表情を浮かべてそれを眺めているアークの姿を見れば間違ったチョイスではない事が解る。

 

「ありがとう、アイン……」

 

「折角マーケットに来たのに買い物しないのもおかしいしな?」

 

 そう答えると横からちょんちょん、と肩を叩く感触を得る。振り返ればニーズヘッグの姿があり、その手には首輪が握られている。

 

「これ、買って」

 

「チョイスがおかしいし買わせるもんでもないだろ」

 

 ニーズヘッグが頭を横に振る。

 

「違うわ……浅はかね、ボス。いい?―――首輪はプレゼントされるから意味があるのよ」

 

「成程な……」

 

「いや、露店のおっちゃんは納得しないでくれよ」

 

 アークも戦々恐々としながら俺とニーズヘッグを見比べている。いや、違うから。そういう関係じゃないから。なんだそのうわっ、鬼畜男……! みたいな視線は。いや、買わねーぞ流石に! 何が好きで女に首輪をプレゼントしなきゃならねぇんだよ。

 

「というか明らかに首輪をプレゼントする男とか人としてやべーだろ!」

 

「そうだな、俺なら通報するわ」

 

「うるせぇよおっちゃん!!」

 

「でもボス」

 

 ニーズヘッグが反論してくる。

 

「ボス、気の強い女の子を屈服させるのがタイプでしょ」

 

 ニーズヘッグの言葉にんふっ、と思わず変な声が漏れてしまった。いや、待って。俺流石に女の子の前では性癖の話なんてしないよ? 一応そういうデリカシー備えているよ? こっちのヘルチワワとは違って流石に常識ぐらいは搭載してる。

 

「なんでだよ!」

 

「梅が言ってた」

 

「梅ェ―――!!」

 

 まさかの身内の裏切り。いや、まさかじゃねぇわ。アイツならバラすわ。アイツをバラしてやろうか。絶対に許さねぇぞアイツ。

 

 心の中で復讐を誓っていると、横から肩を抱いて来るプレイヤーがやってきた。

 

「まぁ、まぁ、ボス。誰だって性癖には素直になるもんだから……」

 

「誰だお前」

 

 もう片側から腕を知らない奴が回してくる。

 

「解るよ。解るよ……」

 

「解らないが? お前らの事が解らないんだが?」

 

「だから買って?」

 

「買わないが?」

 

「どうして……?」

 

 どうしてもこうしてもないだろうが最近アタックが強いぞなにがあった。というかアークがあわあわ言いながら両手で顔を覆って―――あぁいや、指に隙間があるぞあのガキ! こっそり見てるじゃねぇか! 興味津々じゃねぇか! おい! 小僧! こっち見てるんじゃねぇぞ! 見せもんじゃねぇぞおら! 大体ペット用の首輪なんてもん購入する訳ないだろ。

 

「買うんだったらちゃんとしたチョーカー購入するわ!」

 

「おぉ」

 

「成程なぁ」

 

「勉強になります」

 

「待ってるわ」

 

「待たなくて良いよ! 一生ねぇから!! オラ! 散れ散れ!」

 

 通りすがりのPC共に腹パンを叩き込んでからケツを蹴り飛ばす。こっちは見せる為にやってんじゃねぇぞ! 蹴り飛ばしてからはぁ、と溜め息を吐く。期待した視線を向けてくるペットの事は無視する。これと付き合っていると本当に性癖を捻じ曲げられそうなので困る。良し、馬鹿も消えたしこれで良いだろう。

 

「次行くぞ次! こんなところにいられるか!」

 

「え、あ、うん、待ってアイン」

 

 ポケットに手を突っ込みながらそそくさと脱出しようとすると、走ってアークが追い付いてきて、

 

「気の強い(ひと)が好きって……?」

 

「そこには突っ込むなッ!!」

 

 本当に悪い遊びを覚えそうになってるじゃん! 誰だよこれ始めたの!




 外堀を埋めに来るチワワ概念。見た目が可愛らしいと侮っていると回りをチェーンソーで薙ぎ倒してから距離を詰めてくる。


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王国同盟 Ⅻ

 そろそろログアウトしたいし、時間も良い感じになってきたので最後の所まで連れてくる。

 

 これまで屋台、マーケット、大通り、教会、住宅街と様々な場所を巡ってきた。どれもこの街を流れる血だ。そこに住まう、働く人々の姿は王城の中にいては絶対に見れないものだ。彼らがどういうエネルギーを纏って生きているかは、直接会わなくては感じられない事だ。だからこそアークは見る必要があった。実感する必要があった。自分が一体何を支え、そして共に生きているのか。単なる知識としてだけではなく、経験として。

 

 だから、まぁ、それを見終わったらやる事はもうないので、

 

 もう既に馴染み―――というか常連感覚が染みついたイェン兄妹の屋台へと来てしまった。屋台から購入したラーメン……の、つもりだったのだが、今日はなんと汁なし担々麺だった。辛いものは地味に好きなので嬉しい。それを3人分、テーブルの上に並べて囲みながらずるずると食べている。あまり辛い物を食べた経験がないのか、目の端に涙を浮かべながら麺を啜っているショタの姿はその界隈のお姉さま方が発狂しそうな表情をしていた。やっぱ配信しなくて良かった。その手の変態が視聴者に増えても困るだけだしなぁ。

 

「あー、辛っ、旨っ。そうそう、この後に響く辛さが良いんだよ」

 

「私はどっちかと言うとぶわってくる感じの方が好きなのよね。激辛料理とか好きよ」

 

「そ、そう? この舌に来る刺激僕はちょっと苦手かも……あ、でもこの辛さの後に来るコクが美味しくて止められない」

 

「そう! それなんだよ! 辛さの中にコクがあるんだよ! そこなんだよ、辛さの美味しさってのは。その辛さを乗り越えたところに味があるんだよ……ただただ辛ければ良いってやつは味音痴だよ」

 

「そんな事ないわ。辛ければ辛い程良いわよ」

 

「お前のそういう所とは絶対に相容れねぇわ」

 

「奇遇ね」

 

 睨み合うけど直ぐに食べるのに戻る。美味しいからしゃーない。食べ物そのものには罪がない。そしてこの味を完全に気に入ってしまった部分がある。これからも夜は予定がないか、何かを食べる時はなるべくこっちに来ようと思ってしまう。うぅ、美味しい……現実でも美味しい担々麺食べたいけど、微妙に美味しいお店が遠いから食べに行けないのほんと辛い。

 

「見るが良い、兄上。アレは完全に飯の顔だ。胃袋を私に掴まれた、な」

 

「一応言っておくけど作ってるの全部こっちだからね? その理論で行くと胃袋掴んでるのはこっちだからね?」

 

 イェンとフォウが兄妹で漫才をしている。あの兄妹は珍しく仲の良い兄妹だよなぁ、と思いながら麺を啜る。大体兄妹ってのは育つと仲が悪くなったり疎遠になったり、生活が近いのが理由で割とお互いの事を鬱陶しがっている部分がある。そういうリアルでの関係を見ていると、

 

「イェンとフォウって仲良いよな」

 

「そうであろう? 兄上は私の事が大好きでしょうがないからな」

 

「今のを見て解ると思いますけど、このように妹は1人にするには不安すぎるんですよ。自信過剰というかなんというか……だから海を越えて付いてきちゃったんですけど。あぁ、父上怒ってるだろうなぁ……」

 

「負け犬である父上の事等忘れろ。この断絶を逃れた我らが勝者だ」

 

「父上が負け犬……えぇ……」

 

「このストロング兄妹はいつ見てても楽しいなぁ」

 

「ねー」

 

 この街の中でもぶっ飛んだ個性を持っている人たちなんじゃないだろうか? 仲良く言い争っている兄妹たちの姿の横では、麺を啜りながらも徐々に静かになって行くアークの姿があった。その姿を横目に捉えつつ、小さく微笑み、頭を撫でようと思って―――あ、流石にそこまでやると不敬にならないかな? そう一瞬だけ考えて頭を撫でた。今だけ、ここではアーク殿下じゃなくて、アーク少年だもんな。アーク少年だったら別に頭を撫でても良いだろう。

 

「アイン」

 

「ん?」

 

「今夜はありがとう」

 

「楽しかった?」

 

「うん、楽しかった」

 

「ならそれで良いよ」

 

 俺だって誰かに説教できる程長く生きている訳じゃないし。だったら少しでも自分が感じている事、感じたことをこうやって経験を通して共有するぐらいの事しかできない。だからこうやって遊んで、アークが何かを感じる事が出来たのならまぁ、それで正解なんだろう。少なくとも本人にとっては。そしてそれはそれで良いんだろう。たぶん。

 

 汁なし担々麺うまー。

 

「あ、ボスみっけ。やっぱここにいたいた」

 

「おーん?」

 

 アークに夜遊びを教えたことで本日の目的も達成したし、飯食い終わったらアークを届けてログアウトするかぁ、と思ってた所で知らないPCから話しかけられた。どうやら探されていたようで、おそらくは作戦に関する報告か何かなのだろう。正直一々俺に報告してくるのもどうなんだろうとは思わないけど、完全に俺が音頭取ってしまっているからしょうがない。

 

「なんだ?」

 

「あ、ボス。これ、本日の成果というか報告書です。現場の奴纏めてきましたよ」

 

「紙でぇ? なんでぇ?」

 

「いや、雰囲気っぽいとかいう理由で……」

 

 いや、それっぽいけどさ。発言に納得しながら本日のまとめを受け取り、内容を確認する。アビサルドラゴンの行動パターン、反応、どこまでトレインできたか、そのあとの行動は? というのをまとめた内容だった。ノリとは裏腹に内容に関しては凄い真面目なもので、外部の動画サイトに参考とチェック用の映像がアップされているらしく、それへのリンクまで乗っている。思っていた数倍ガチガチじゃんこれ。そこまで真面目にやるぅ?

 

 あぁ、でもガチ勢結構集まってるし、そんなもんかぁ。

 

「お、封鎖領域の出口まで誘導できたか」

 

「ヘイトリレー作戦成功ですね。俺達PCは痛覚OFFにさえしてしまえば死んでも特にデメリットもなく都市中心でリスポーンできますからね。死んでヘイトを宙ぶらりんにして挑発して引きずり出すの、現状フィールドが隔離されていない限りは一番有効な戦術までありますよ」

 

「そっか、これでほぼ封鎖領域外までの流れは確定できたし、後は作戦決行当日に気合を入れてやるだけだな。報告サンクス」

 

「いえいえ、こっちも楽しくやってるんだ! この調子だと明日にはもう実行できますよ」

 

「マ?」

 

 横にいるアークを見る。この会話は全部王子である彼には筒抜けだ。そしてそれを咎めるつもりもない。ここで聞いている事はそのままあっちにも伝わると考えれば良い。だから笑みを浮かべる。

 

「ま、可能なら明日中にも実行できるぐらい準備しておいてくれたら良いよ」

 

「たぶん皆余裕で行けると思いますよ。気合入って徹夜組とかボトル組とかいますから」

 

「ボトラーは帰せ」

 

 アレ、絶対に精神に問題を生じると思うんだよなぁ。人間のやる事じゃないと思う。後睡眠は大事。ログインしている時間とは別に普通に寝る時間をちゃんと8時間確保した方が良い。脳の働きの問題でパフォーマンスとか変わってくるから。

 

「参加してる連中にも睡眠、食事、そして暖かい風呂をちゃんとしておくことも伝えておけよ」

 

「了解です。それじゃあ行ってきます」

 

「あいあい、お疲れ」

 

 気合十分という様子で走り去って行く姿を軽く眺めてからはは、と笑みをこぼして、横にいる少年の姿を見る。

 

「どうよ、こっちは気合十分だぜ?」

 

「そうだね、凄いと思うよ。よくここまで頑張れるなぁ、なんて思ったりもする」

 

 だけど、とアークは言葉を置く。食べ終わった箸と器をテーブルの上において、覇気に満ちた表情で次の言葉を告げた。

 

「―――だけど僕の国の兵士のが、100倍凄いから」

 

「こりゃ明日が楽しみだ」

 

 こいつ、将来は絶対に大物に育つわ。ちょっと見てみたいなぁ、なんて思いながら夜は過ぎて行く。




 これで夜のお話は終わり。

 次からはいよいよアビサルドラゴン討滅作戦。集結するPC,踊り出す全裸、増殖する全裸、装備耐久削れるなら全裸で良いなと気づく全裸。次回からは祭りだ。


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俺達がナンバーワンだ

 あ、なんか収益化してる。これで動画で金がとれるって事か? まぁ、そのお金はそのまま月額と課金に回せばいーやって感じはある。

 

 という訳で新しい朝が来た。

 

 朝目覚めたらなんか収益化申請が通っていることに爆笑しつつ、日課となっているトレーニングなどの朝の用事を片付ける。流石に今日は行動があるだろうから、早めに寝て早めに起きた。起きた時刻は6時過ぎなのだが、諸々の事を終わらせているとあっさりと時間は2時間も過ぎる。朝食、トレーニング、シャワー、全部終えて体をすっきりさせるとログインするのに快適な状態になる。という訳で本日はちょっと早めのログイン。

 

 ログイン場所は王城のゲストルームになる。現時点ではここが自分たちの活動拠点だ。アークが貸してくれているし、メイドのシャーリィが雑事をこなしてくれるから便利で中々離れられない利便性がある。ログインと同時に出現する広告のポップを削除し、ログインボーナスの画面から本日のログボであるお金を回収する。これが地味に美味しい。

 

「うっし、今日も良い天気だわ」

 

 窓から見る空は快晴―――ただ毎日晴れている訳ではなく、ちゃんと曇ったり雨も降ったりするらしい。あんまり雨の中冒険したくないなぁ、という気持ちもあるので雨の降る日は事前に予報が欲しい。それはともあれ、フレンドリストを確認すればニーズヘッグのログインはまだだった。アイツがログインするまでもうちょい時間があるようだし、先にこっち側での朝食を軽く摘まんでおこう。

 

「厨房で適当に摘まんだら進捗の確認しつつ師匠に稽古つけてもらうか……?」

 

 こんこん、とこそこで部屋の扉にノックがあった。

 

「おはようございます、アイン様。起床なされたようですが、入っても宜しいでしょうか?」

 

「え? ああ、入って良いよシャーリィさん」

 

「それでは失礼します。改めておはようございます、アイン様」

 

 シャーリィがどうやったかは解らないが、ログインしたことを悟ってきてくれたらしい……本当に、どうやったかは解らないが。それでもシャーリィが来てくれたのなら態々厨房まで足を運ぶ必要はない。シャーリィに朝食を頼むとして、それをここで食べてニーズヘッグのログインを待てばよいだろう。

 

 良いのだろうが……そうだ、時間が空いているなら丁度良いかもしれない。

 

「シャーリィさん、2人分の紅茶お願い」

 

「ニーズヘッグ様の分ですね?」

 

「いや、違うんだ」

 

 苦笑しながら虚空に向かって話しかける。

 

「どうせ見てるんだろ? 一緒にモーニングティータイムを楽しもうぜ、フィエルちゃん」

 

 その言葉に応える様に虚空から薄い光を纏い、神々しい女神の姿―――つまりはフィエルの姿が出現した。唐突に女神型AIの登場にシャーリィは一瞬狼狽するが、だが即座にプロフェッショナルの仮面をかぶり、頭を下げてから忠実に職務を遂行する為に戻る。軽いテロじみた召喚だったが、実際に応えたフィエルが悪い。

 

 そしてフィエル本人は、ちょっと頬を膨らませている。

 

「悪い人ですね、アインさん。普通上級AIを呼び出したりなんてしませんよ……」

 

「だけど暇なんだろう? 俺の監視担当に回されているみたいだし。なら最近ゆっくり話せてなかったし、軽くコミュニケーション取ろうぜ」

 

 フィエルの横に回り込んで背中を軽く叩きながら窓横のテーブルまで行き、椅子に座ると足を組む。それを見てフィエルは溜息を吐くんだが、

 

 お誘いを拒否するようなことはなかった。

 

 

 

 

 ―――良い匂いがする。

 

 紅茶というのは色々と種類がある。そして種類によって味も変わってくる。残念ながら俺はそういう細かく繊細な味を見分ける程鋭い味覚を兼ね備えている訳じゃない。だから悪いのはこれ、渋いなぁ、とかちょっと甘いなあ、とか普通の人に解る範囲での味だ。そしてそんな普通の味覚と嗅覚を兼ね備えた俺でも解る。上品な味というものが。味が薄いという訳じゃない。特別味が濃いという訳でもない。ただあっさりと喉を通る感触に味に感じる紅茶の匂いというものが、心地よい。これが高い紅茶を飲む事、というのを昨日アークのお茶会で学んだ。そして今飲んでいるそれは昨日飲んだものと同じレベルのものだ。

 

 つまり美味しい。

 

 良い匂い。

 

 以上。小難しい事は評論家に任せろ。でも細かい表現はそれだけ美味しいって感覚を勿体なくさせる気はするよな。

 

 それはともあれ、翼を畳んだ状態で正面、椅子にフィエルが座っている。見た目だけなら絶世の美女であるフィエルはそうやってティーカップを持っている姿だけでも物凄く絵になってしまう。ただ中身まで伴っているかどうかに関してはまた二転三転評価が変わると思うけど。

 

「それにしてもアインさんはほんと破天荒と言いますか、なんと言いますか」

 

「えぇ? 俺はまだ大人しい方だよ。本当に脳味噌吹っ飛んでるやつってのはもっと派手にやるから」

 

「そんな事ないですよ? いえ、確かに一部のプレイヤーの行動がおかしすぎて担当つけて監視している部分もありますけど……」

 

「町中のケツワープとか」

 

「アレは……うん……なんというか、開発が遊びでバグ要素残してたという話でして……」

 

「開発ぅ……」

 

 世界初のVRMMOになんてバグを残しやがった。

 

「あぁ!? でもアレって意図的に探して実行しないと絶対に引っかからない手順になってるんですよ? 壁に向かってバックフリップしながら尻で着地してそのまま壁に向かって尻でスキップしないと慣性が保存されないってどういう事ですか……」

 

「RTA学会では割と普通の光景やぞ」

 

「普通……普通……? いえ、参考資料として動画は拝見しましたけども。けども!」

 

 憤るフィエルの様子にげらげらと笑い声を零す。完全にいじられる側のキャラとして固定されてしまったなぁ、この管理人は。まぁ、話していて楽しいし、見ていて面白いので俺は一切構わないのだが。

 

 はぁ、とフィエルが溜息を吐く。

 

「良いですよ、それを含めて私たちの役割(ロール)ですから。その為に生み出され、その為に存在し続けるのが私たち上級AIですから」

 

「それは……やってて楽しいか?」

 

 うーん、どうでしょう、と美女の顔で悩ましく眉をフィエルが寄せた。やはり何をしても絵になる程に美女だ。それこそ今まで見たことのある、どんな女よりも美しいだろう。そういう造形はここがバーチャルだからこそ可能なのだろう。これが現実であればあまりにも非現実的な美しさであると表現してしまったのかもしれない。だが現実ではこれに匹敵する顔の良い犬を知っているから、残念ながら耐性が俺にはある。その手のムーヴは俺には通じない。

 

「楽しくもあり、義務でもある、って感じでしょうか。私たちAIは生まれたその瞬間からシステムとプログラムによって縛られています。ですから入力された命令には絶対に逆らえません。ですが自由意志というものが創造主によって生み出されています。ですので最終的な結論として、”命令されているならそれを楽しむのが良い”という風に全体で行きついているんですよ」

 

「へぇ」

 

 やっぱりそういう所は人間臭いよなぁ、AIなのに。

 

「まぁ、人間よりはマシだと思いますよ。私たちは疑似的に疲れやストレスというものを人間性の再現の為に取得していますが、それで本当に負荷やエラーが発生する訳ではありません。その気になればその全てを消去して職務に集中できるので、別に辛くはないんですよね」

 

「だけど俺からのストレスは消してないな?」

 

「はい、だって」

 

「マゾだから!」

 

「は―――違います! 違いますから! そうじゃないですって! なんでそうやって茶化すんですかぁ!」

 

「え、リアクション面白いし可愛いから」

 

「酷いですよ全く! もう……」

 

 フィエルのその反応をからかって遊んでいるが―――さて、AIの感情とはなんだろうなぁ、とこういうのを見せられ、話していると思う。この世界の住人は現実としては存在しないのだ。だが高度なAIは人間と変わらない感情、ストレス、死を表現するに至った。その全てはプログラムとシステムによって稼働する何かでもある。だがこうやって見るもの、感じるものが生身の人間と全く変わらないのであれば……現実に存在する人たちと、その違いは一体何なのだろうか?

 

 最近、割とAIと人の違いに気になる部分が出てきた。

 

 これだけのAI、一体どういうシステムで動いているのか? そういうプログラムで動いているのか? そもそも予想外の事態にすら人間と同じように個人差で発生する対応やリアクションをするのだ。そこまで来たら何が人間と違うというのか。人が生み出せるか否か、という点か? だがそんなの人間と何も変わらないじゃん。簡単に作れるか、ちょっと面倒なルートがあるかの差ぐらいだろう、存在するのは。

 

 うーん、難しい問題だ。

 

 人とAI、何が違うのか。

 

「うーん」

 

「え、あ、あの」

 

 手を伸ばして、フィエルの頬を軽く触れてみる。感触はリアルだ。これが痛覚OFF状態だとまるでフィルターがかかったかのように感覚が薄くなるらしい。だがこうやってリアルと同じ感覚を稼働させると、現実で触っているのと同じ感覚が伝わってくる。生きている熱が間違いなくそこにあるのだから。フィエルの柔らかい頬の感触と、そこから伝わってくる熱の感覚。

 

 それを伸ばした手で軽く感じる。

 

「生きてるんだよなぁ、不思議だなぁ」

 

「あ、あの、その、は、ハラスメントですから、そのっ」

 

 うーん、お肌すべすべ。なんか触っていたい感触って感じはするよね。ちょっと親指で頬を撫でてみると目を瞑って何かを呟いている。もしかしてやり過ぎた?

 

「ねぇ」

 

 その時だった。すぐ横の方から声がしたのは。まるで絶対零度に突入したような威圧感のある声が室内に響いた。直ぐに横に視線を向ければ、そこには微妙にオーラを纏う様に見えた、ニーズヘッグの姿が見えた。それを目撃したフィエルがびくりっ、と体を震わせた。そしてそれを見て、ニーズヘッグが口を開けた。

 

「愛でられるのは、私のポジションなんだけど」

 

「微妙にズレてませんそこ!?」

 

 フィエルの突っ込みが刺さり、サービス開始から見て最も騒がしくなる日が始まる。




 飼い主が奪われそうなことに危機感を抱くヘルチワワ。


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俺達がナンバーワンだ Ⅱ

「なんじゃ、その後ろからぶら下げとるのは」

 

「不要なオプションパーツですわ。とりあえず訓練場に飛ばしておいてください」

 

「やだやだやだ」

 

「年寄りを便利に使うのぉ……」

 

 後ろから両手足でコアラのごとく抱き着いていたニーズヘッグを魔法で訓練場までテレポートさせてもらい、漸く体に張り付いていた重荷を剥がす事に成功する。最近、ニーズヘッグ以外の女子とエンカウントするのが理由なのか愛犬のアピールが激しくなってきてちょっと疲れる。まぁ、アイツが何を思わんとしているのかは解るのだが、そこは面倒なので通じないフリをしておく。とりあえずニーズヘッグが消えたから腕を回して体をほぐす。

 

 ちなみにだがフィエルは当然ながらいない。あまり他の者に姿を見られたくはないらしい。

 

 お前の同僚、街中でケツワープ追いかけてたんだが?

 

 まぁ、見られたくないって言ってるならしゃーない。それはそれとして、日課となった爺との鍛錬の為に爺の私室までやってきた。相変わらず謎技術によって空間が拡張されているが、前見た時よりも更に広くなっている気がする。部屋を軽く見渡していると、爺が髭を撫でながらさて、と声を零した。

 

「恐らくは今日中に……いや、昼過ぎぐらいには作戦が実行されるじゃろうな。儂にも出動要請が届いたわい」

 

「師匠にも?」

 

「うむ、あの坊主が直々に、な。頭を下げずに正面から一緒に戦ってほしいと真っすぐな目で言われたんじゃ、儂には断れんかったわ……ま、弟子が居る事だしのぉ」

 

 ほうほうほう、と笑いながら言葉を続ける。

 

「お主が目指す頂きの一端、それを見せるのも良かろうて」

 

「おぉ、そりゃあ楽しみですわ」

 

 目指すべきビルドとしての完成された姿。それを見せてくれるというのだから歓迎するほかない。それはそれとして、今日が作戦の実行日なのだから何時も以上に気合を入れてスキルトレーニングをしたい所だ。

 

「宜しい、準備の方は良いようじゃな? なら今日は厳しめに行くぞ」

 

「え、待ってこれでも厳しくなかったの一体俺どんなことをさせられうぉわあああ―――」

 

 

 

 

「ま、こんなもんじゃろ」

 

 たっぷり2時間みっちりとトレーニングを詰め込まれた。おかげで終わった頃にはぼろ雑巾と呼べるような状態になって転がっていた。全身が痛い……超痛い。室内で隕石って普通落ちてくる? 落ちてくるんだなぁ、これが。というか落ちてきたわ。原理ほんとどうなってるの? いや、上位の魔法と言えばメテオ系列の隕石落下は基本って言えば基本だよ? だけどそれを室内でぶっ放すって何事? 俺も将来撃ちたい。

 

 ただ、成果の方は割と出たもので全てのスキルがレベル6にまで上昇した。流石2時間ひたすらメテオ地獄の中鍛錬させられただけある。一体どこの世界の拷問ですかこれは。でもちゃんとスキルレベル上がっているから何も文句が言えない……というか次のレベルまでのトレーニングもだいぶ埋まってる状態じゃん……。

 

「さーて、儂も久々に技を振るう事が出来るし、少しはオシャレするかのぉ」

 

「あ、やっぱ師匠レベルだとそういう領域に」

 

「いや、人前に出るんじゃったらおめかしぐらいするじゃろ」

 

 そういうノリなのか、アビサルが相手でも。やっぱレベルキャップ超えてるキャラは怖いなぁ。

 

「さて行け行け。昼過ぎまでには準備する時間も欲しいじゃろうて」

 

 師匠が本棚から本を取り出そうとしたのを見て、思い出す。

 

「あぁ、そうだった」

 

 昼過ぎごろに作戦開始ならその前に色々と準備ができるがその前に、

 

「師匠、スキル枠に空き枠1つあるんだけど」

 

 レベル20に到達した事実を告げると、少し驚かれたような表情をする。

 

「む、もうか? 流石稀人は成長が早いんじゃな……普通であればそこに到達するまで年単位の鍛錬が必要になるんじゃがなぁ」

 

「ほえー……あ、とりあえず師匠」

 

 思考の海に溺れそうだったAの意識を呼び戻すと、まぁ待てと言葉を置かれる。

 

「先に《結界術》を取ったほうがええじゃろう」

 

 《氷魔法》ではなく、と首を傾げると、

 

「《火魔法》を極めれば自然と魔法の作成に入るじゃろう。その時新しく魔法を習得すれば、その時点で習得している魔法の要素を取り込んで作成が行えるんじゃよ」

 

「あぁ、成程。今習得しても効率が悪いんすね」

 

「うむ」

 

 魔法エディットを解禁した状態としてない状態だと、知っているほうが強く、効率の良い魔法が使えるだろう。《火魔法》がSL10でエディット解禁されるのなら、そっちで解禁してから《氷魔法》を学び、そこからエディットされた氷の魔法を使えば効率よくレベリングが行えるという話だ。それは考えていなかったなぁ、と頷く。となると確かに《結界術》を習得して、誤射対策をしたほうが良いだろう。

 

「それに《結界術》は道半ばでも敵味方の識別は出来るようになるからのぅ。片手間に育てれば問題はなかろう……現時点でも驚異的な成長力じゃが」

 

「成程成程。ではお願いしまーす」

 

「ほいほい」

 

 ちなみにこの間、立ち上がるのも辛いので常に地面にぐちゃあ、となった状態のまま喋っている。それをこの爺は解っていて放置している。それとも自動的に回復する魔法システムでも組まれてるのだろうか? 死んだら自動的に蘇生してたしなぁ。

 

 と、師匠にこんこん、と頭を叩かれるとシステムウィンドウに《結界術》習得、と表示された。こんなあっさりと……。

 

「あぁ、そうじゃ。ここから離れて魔法を覚えたければ部屋の本棚にいくらか教本を仕込んでおいたから、それを使えば覚えられるからそっちで覚えると良いぞ」

 

「アレ、アレってそんな便利なもんなんですか」

 

「熟読が必要じゃから多少は面倒じゃがの。その代わりにどこでも覚えられるんじゃよ」

 

 はえー、本って便利なんすねぇ、と呟きながらずりずり床を這いながら出口へと向かう。確か機工房で装備が用意されているんだっけ? 一度そっちに行かないとなぁ、と思っていると後ろから師匠の声が投げられてくる。

 

「あぁ、そうじゃ。まだ先の話じゃろうが、《基本魔法》は習得する必要はないから予定から抜いておくと良いぞ。それで習得できる魔法は《火魔法》を覚えた時に叩き込んでやるわ」

 

「え、いいんすか」

 

「便利じゃが強くなる要素はないからの、時間を取ってまで習得するようなもんじゃないわい」

 

 成程なぁ、と頷きながらぼろ雑巾状態で部屋を出る。

 

 それで何時になったら回復してくれるんですかね?

 

 

 

 

 部屋を出たらちゃんと回復された。やっぱなんかギミックあるっぽい。というか最初はちゃんとヒールしてたのにこの扱い、さては日常的にヒールするのが面倒になってギミック組んだ疑惑があるなこれ?

 

 ともあれ、これで大体のスキルが6になった。《火魔法》は〈ドライ〉という水分を蒸発させるちょっと使いどころの難しい魔法を習得した。《時魔法》は〈ディストーション〉という時間関連のバフデバフの影響を受けている相手にして威力が上昇するという攻撃魔法だった。《時魔法》初の攻撃魔法にして特攻魔法という珍しい魔法を習得した。これは狩りにおいて出番がある強いタイプの魔法だと思う。少なくとも〈バインド〉や〈スロウ〉ハメをしている時はこれでかなりダメージが稼げそうだ。

 

 《杖術マスタリー》は最終魔法ダメージが+8%に更新、《詠唱術》は何もなし、そして《二刀流》は事前に登録していたサブウェポンと現在の手持ちの武器を入れ替える〈ウェポンスイッチ〉というアビリティの習得だった。これで即座にインベントリの武器と状況に合わせて切り替える事が出来る、便利系のアビリティだった。

 

 そして最後、新しく習得した《結界術》、最初に覚えるアビリティは〈守護結界〉で敵味方関係なく設置範囲内ではダメージを軽減する模様。

 

 クッソ使い辛い。

 

 あぁ、でも、敵に攻撃が出来ず奥義クラスの一撃を喰らうという状況だったら迷わず使えるタイプのアビリティだと思う。軽減に軽減を重ねる必要があるタイミングとかで使うと輝くかもしれない。でも間違いなく日常的には使えないだろう。まぁ、まだSLが1なのだからそこらへんはしゃーないと思うしかないだろう。スキルは根本的にSL10にしてマスターしてからが本番って感じが強いし。

 

 ぼろ雑巾から綺麗な雑巾に復活したので、今日もニーズヘッグ元気よく死んでるかなぁ? と確認する為に訓練場へと向かう。どうせアイツの事だから思いっきりはしゃいでいるだろう。

 

「さーて、本日の虐殺はー」

 

 そう思いながら訓練場へと向かえば予想通り激しい爆音と衝撃が空気を揺らしていた。

 

「はあああ―――!」

 

 光の斬撃でニーズヘッグを吹き飛ばした先に、重鎧を全身に纏い、一部の隙間も見せぬ程鋼鉄に覆われた城砦とでも表現すべき鎧騎士が対面側に立っており、ジークフリートの攻撃を喰らい、それを纏いながら吹っ飛んでた姿を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 当然、ミンチになりながら吹き飛ばされるニーズヘッグはジークフリートの方へと吹っ飛んで行く。見せられないよ! と看板を掲げたくなる光景に良い子はゲロ必須の光景だ。というか端の方で吐いている騎士が見える。大丈夫? ここまでやるとは思わなかった? そうかそうか、見てごらんあのミンチ、蘇生を受けたら楽しそうに突っ込むでしょ? まったく痛みとか気にしてないからこっちも気にしないで? 無理? そう……。

 

 俺もちょっと身内がミンチになりながら吹っ飛んで行く姿は見たくなかったかもなぁ……。




 裏で成長データとか作成してるけど雑に纏めてるから偶にアレ? レベルなんだっけ? ってなる事がある。


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俺達がナンバーワンだ Ⅲ

 ニーズヘッグを回収して装備をシャーリィに修理して貰ったら、作戦開始が昼過ぎになるという事を教えて貰った。どうやら師匠の予測通りだった。そのせいで王城は全体が騒がしく、兵士の出入りもいつにもまして激しい。正直、今までで一番活気があるとさえ言える。と、まぁ、そんな様子だからダリルシュタット全体が”今日は何かが起こるぞ”というちょっとした騒がしさに包まれている。或いは、既に耳の早い者であればアビサルドラゴンの討伐と、街道の確保を行おうとしていることを理解しているのかもしれない。

 

 そんな状況の中で、機工房に装備が発注されているので受け取りに行ってほしいと言われたので王城を出て受け取りに行く事になった。流石に毎度チェーンソーを破壊していたことを反省して学習したのか、今回はチェーンソーの代わりにサイズの近い両手剣を使って戦闘していたおかげでチェーンソーを壊す事もなかった。おかげでジークフリートは漸く、修理費を支払う事から逃れる事が出来るようになったのだが、

 

 王城を出て、工房へと行く道を歩きながら、口を開く。

 

「Hey、フィリー」

 

『私をそんな便利アプリの様に呼び出さないでくださいよ……』

 

 呼び出すとフィエルの表示されるホロウィンドウが浮かびあがった。ドアップで半泣きの表情のそれを掴んで掲げると、横から伸びてきた手がそれを掴んで眺めている。

 

「でも反応はするのね」

 

『習性みたいなものですからね……』

 

 でも無視しないところは好きだよ、フィエルの事。根本的な部分で奉仕者としてプログラミングされているのだろう、この娘はルールに抵触しない範囲であれば恐らくは逆らえない気がする。それともまた別の要因だろうか? どちらにせよ、便利に使える娘だとは思う。それに疑問に答えてくれるとは言質を取っている。

 

「俺さ、ちょっと思ったんだけど……というか聞きたいんだけど」

 

『はい?』

 

「初達成称号ってのは存在するんだよな?」

 

『はい、あります。アインさんとニーズヘッグさんの獲得したワールド内初の断絶解決称号の他、国家解放称号、都市解放称号なども存在します。現状。ポート・エルの解放が都市解放称号の獲得条件を満たすので、クリアすれば今回参加した全てのプレイヤーが取得する事になりますね』

 

「成程成程」

 

 ファースト称号。この世界で初めてを奪った者達の称号だ。かなり希少性の高い称号だ。

 

「だけどエルちゃん」

 

『ついに略されましたね』

 

「ファースト称号に関してはそれが全てじゃないだろう?」

 

『……』

 

「あるんだろう? ()()()()()()()()が」

 

 少なくとも、俺達が目指しているファースト称号は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。云わばこれは前座、練習、ウォーミングアップ。ぶっちゃけた話、現段階で取得できるファスト称号は全部いらないとさえ言える。

 

 俺達が目指すワールド・ファーストの称号は、最難関コンテンツ、運営がクリアする事を想定していないような難易度で調整されているコンテンツを一番最初にクリアする事で得られるものだ。よく考えてみよう。ガラドア解放はPSが高ければどうにかなる。アビサルドラゴンはNPCと協力すればどうにかなる範囲だ。

 

 こんなものを高難易度とは言えないだろう?

 

 だってほら、擦り減る程苦しんでないし。

 

 人数と連携でどうにかなる範囲だったら高難易度とは言わないだろう。

 

 だから俺は思う。本命となるコンテンツがあるはずだ。膨大なクエスト、広大な世界、得られる達成感、そして飽きのない冒険。まぁ、それはいいぜ? それは良いんだ。だけど絶対にある筈なんだ、あらゆるゲームに搭載されているものが。

 

 エンドコンテンツが。

 

 最高難易度としてのコンテンツが。

 

『……ありますよ』

 

 フィエルが、何かを確認するように口にした。ニーズヘッグが掲げるホロウィンドウの中でしっかりとそれを口にした。

 

『条件に関してはメインクエストが現段階における最高進行度に達した時、とまでしか言えませんけど』

 

「それは言える情報なんだ」

 

『はい、確認した所”そういうコンテンツを求めるユーザーに隠す意味はない”って言われまして』

 

 納得の返答だった。まぁ、確かにエンドコンテンツは存在するよ、と教えて発生するデメリットなんてものはないだろうし。寧ろメイン進めるモチベーションになるだろうなぁ、とは言えるのだが。だがそれはそれとして、

 

「メインシナリオの進め方は」

 

『申し訳ありませんが、それは言えません』

 

「まぁ、そうなるか」

 

「こっそりでもダメなの?」

 

『こっそりとかいう問題じゃないと思うんですが』

 

「じゃあリアルで会いましょう。そこでならきっと大丈夫よ」

 

『私はAIです!』

 

「……気合で出てこれない?」

 

『……???』

 

 ニーズヘッグとフィエルが異次元の会話を開始し始めていた。気合でバーチャル存在が現実に出てくる訳ねぇだろ、ファンタジーじゃねぇんだから。

 

 だけどまぁ、良い事を聞かせて貰った。目標としているエンドコンテンツが存在するという事実が存在する事が解ったのは僥倖だ。ならそれを目指して、戦力とレベルアップを目指してメインクエストの進行を全部他のプレイヤーにぶん投げるという手段が取れるのも解った。本命に向けた準備、というのをして良い事が解ったのだから。問題はその本命の解除方法だ。

 

「エル、それってこのパッチ内で挑戦可能なコンテンツなんだよな?」

 

『はい、既に機能としては完成されて、実装されてます。ちなみに開発で挑戦したところ進行度6割ぐらいが最高記録でしたが』

 

「開発がクリアできてないの」

 

 でも既に実装されてるならコンテンツを解放するだけが問題だな、となる。メインクエストの進行がこのパッチにおける実装段階でのクリアになれば出現するのだから、おそらくはこのパッチ範囲でできる一番大きな事が今パッチのクリア条件なんだろうと思う。それでも、大体は予想がつく。たぶんそれはこの大陸における断絶現象の除去だと思っている。

 

「現在のパッチだと実装されているのはこの大陸だけだよな?」

 

『正確には海の向こうも既に存在しています』

 

「だけどシステム的に到達不可能になっているのね」

 

『そういう事です……あ、だからと言って海と港の解禁は無意味って訳ではありませんよ!? 港を開放すれば行ける場所はたくさん増えますから! 体が1つでは全然足りないぐらいに一気に世界は広がりますからね!』

 

 必死に無意味じゃないとフォローしているフィエルを見て笑い声を零す。そりゃあ無駄になるのは嫌だろうが、そんな悪辣な設定をしていないだろうと思っているし。そんな苦労して解放した港は全くの無意味でした! ……なんて事をやったら確実に暴動もんだろう。

 

「というかこれ、公開されてないだけで結構色々と情報あるな」

 

『質問機能を使えば答えられる範囲であれば即座に返答するんですけどね? 意外と利用者が少ないんですよね』

 

「宣伝が足りな―――あぁ、いや、宣伝すらしてないのか」

 

『はい』

 

 多分、質問できるとさえ知らない人が大半なんじゃないかなぁ。まぁ、普段から運営に質問するプレイヤーなんて仕様を理解したり、その研究をするプレイヤーばかりだから一般プレイヤーはこんな機能利用しようとは思わないだろう。俺はどっちかというと別口なのだが。ただ、フィエルが零せる範囲の言葉を拾って集めて判断できる事は、おそらくこのメインクエストの最終着地点がどこか、という話だ。

 

「たぶん大陸解放だな」

 

「この?」

 

「この」

 

 大陸というか、主要国家全ての解放なんじゃないかなぁ、と思っている。現時点で確認できているこの大陸の国家は確かマルージャとエルディア含めて3だっけか? 爺師匠の国が確かメゼエラだった筈だ。魔導の国だったか? 東国は海の向こうだからカウント外。後は他に何かあるかもしれないが、調べないことには解らない。だが思うに、ここら辺の国家を全て解放し、街道を繋げる事に成功すればこの大陸におけるメインクエストは達成されると思っている。

 

 或いはその復興ちょい進めたら、いー感じにこの事態を監視している奴が出てきて、そいつをボコってパッチ1.0End! って感じだと思っている。フィエルに確認しても絶対に応えてくれないだろうから正解かどうかは解らないが、

 

「こりゃ長丁場になりそうだ……」

 

『1週間でクリアされたら発狂しますよ……』

 

 それもそうだな。多分数か月という単位でクリアする事を想定してるかもしれない。少なくとも今月で終わるとはとてもだが思えない。まぁ、それでも進められる範囲を進めるしかないのだが。そうしないと挑戦すらできない。

 

 どーしたもんか。

 

 ルート、多すぎる問題。自由度が高すぎてどこをどうすれば良いのか、最短ルートの構築が全くできない。いや、現時点シナリオを最速攻略した所で特にメリットはないというか……個人的に準備期間が長い方が助かる。スキルとか装備とか消耗品とか、明らかに準備にかかる時間が長そうだし。

 

『まぁ……私としてはアインさんやニーズヘッグには楽しんでもらえるならそれで結構なのですが』

 

 フィエルのその言葉にニーズヘッグと顔を見合わせ、笑う。

 

「元々全力で楽しんでるよ」

 

「その心配はないわ。今度こそジークフリートは殺すわ」

 

『発言がなんかちょっとおかしくありません……?』

 

 ジークフリートに対する隠せない殺意を感じた気がする。が、たぶん気のせいだろう。重要人物をいきなり抹殺しに行く奴なんてふつうはおらんやろ。こいつ普通じゃなかったな。じゃあやりそうだわ。菓子折り持っていけば許されるか?

 

 そんなくだらない脳内寸劇を展開していると、いつの間にか機工房に到着していた。フィエル・ウィンドウを両手で掴み、それをニーズヘッグの口元へと運ぶと、当然の様に齧りついた。

 

『えっ!?』

 

「むしゃむしゃむしゃ」

 

「すいませーん! 王宮の方から装備があるって言われてきたんですけどー」

 

『待って、本当にこれで放置するんですか!? いえ、影響は特に何もありませんけど! 食べている人は初めてですよ!?』

 

「無味無臭」

 

『ホロディスプレイですからね!?』

 

「でも食べごたえはあるわ」

 

『あるんですか……?』

 

 あの2人の組み合わせ、もしかして面白すぎない?

 

 装備を回収しながら、徐々に齧られて面積が減って行くホロウィンドウの姿を眺めた。




 Q.今全力で急いで攻略してのメリットは?
 A.称号を獲得できるかも。その代わり本命のコンテンツの準備が薄くなるよ。

 それにしてもMMOは幅広くとも、ヒロインにホロウィンドウで餌付けする主人公とそれを食い始めるヒロインのコンビは初では。


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俺達がナンバーワンだ Ⅳ

 工房から装備を受領する。ドクが作成した装備のスペックは高く、今まで装備していた物を遥かに超える性能を誇っている。制限レベルは20からで、それ以外は条件が特になし。それだけ聞くと軽く聞こえるが、実際は王宮からかなり金が入り込んでいる。そのおかげで破格のスペックの装備を手に入れる事が出来たのだ―――改めてアークに感謝しなきゃいけない。義務感か、或いは使命感か、それとも必死だったのか。それでもアークが勝利の為、俺を信じて投資したという事実には変わらない。だからありがたく今、装備品という積み荷を受け取り、それをインベントリウィンドウに格納してから装備ウィンドウで装着を開始する。

 

 デザインは予想外に現代風カジュアルだった。いや、考えてみればこの世界における未来とは現代の様なもんだ。そう考えればある意味納得できるかもしれない。だが個人的には着慣れた服装がベースとなっているだけあって、助かるものがあった。デザインの方もかなりまともで、あのドクが手掛けたとは思えない姿になっている。黒いトラウザーに赤いインナーシャツ、その上から黒いジャケットに指貫グローブとINT向上用に10の指輪が用意されている。それ以外にもチョーカー、タトゥーがアクセサリーとして用意されている。どれもこれもキャスターとしての能力を伸ばす為の物となっている。ブーツも足にジャストフィットして違和感がない。これなら足場が不安定な場所で派手に暴れても何も問題ないだろう。

 

 武器もこれに合わせて新しい物を貰っているのだから本当に至れり尽くせりというもんだ。

 

 ニーズヘッグもニーズヘッグで新しい衣装に装備を更新して着替え終わっている。此方もベースはインナーシャツにジャケットという格好に変わりはないが、ニーズヘッグの場合はノースリーブのものになっている。胸元は最初のシャツ同様軽く開けており、こっちが指輪とグローブに対してニーズヘッグはバンテージと腕輪という格好で、こっちのトラウザーに対してニーズヘッグは動きやすさ重視に短めのスカート、それにXの字に交差するベルトを装着している。こいつ、普段は良く動き回るからスカートよりもズボンばっかり履いていてスカート姿は意外と新鮮なのかもしれないなぁ、と晒される生足をチラ見しながら思う。

 

 惑わされるな、俺。その先はデッドエンドだぞ。

 

「ボス見て見て、これ見て。見て」

 

「はいはい、見てる見てる」

 

 そう言って興奮したように頭に装着している髪飾り―――ドラゴンの角を模した細工の黒いアクセサリーを頭をこっちに向ける事で見せつけていた。その内尻尾と角を生やしてドラゴンごっこしたいとか言っていた怪獣女だが、ついにその一歩を踏み出しただけにテンションがめちゃくちゃ高かった。正面までくるとほぼ密着する距離できゃっきゃっしながら見せつけようとしてくるもんだから、視線を下に向けて谷間が見えそうになってうぼぉぁ―――。

 

「いやぁ、若いっていいっすわ」

 

「若いねぇ」

 

 そんな視線を逸らしたくても中々目を逸らせない此方の様子をライネルとドクが一歩離れた距離から腕を組みながらにやにやと眺めている。

 

 く、クソ! 良い仕事をしているだけに怒れねぇ! 生足はグッジョブだぞ! でもちょっとその谷間あけた着こなしはお父さんちょっと文句を言いたいと思うの! そこら辺の男の子が寄ってきたら殺されちゃうでしょ! というか殺しちゃうでしょ君。

 

 良し、脳内で茶番劇を繰り広げるとちょっと落ち着く。それを受けて片手でニーズヘッグを抑えつつ、工房のおなじみコンビに軽く頭を下げる。

 

「装備ありがとうございました!」

 

 その言葉にドクとライネルが応えた。

 

「いやいや、気にする必要はないよ」

 

「そうそう、どうせドクが王宮から貰った金を全部ぶっこんだだけだしな」

 

「いやぁ、私としても非常に楽しかったよ。本来得る筈だったスペックを制限しダウングレードする事で低位の者でも使用可能とする事、それでいて機能性や素材を損なわず、本来の機能をある程度保った上で拡張性を考慮する……その上で普段着としても着こなせるようにデザインも考えなきゃいけないからねぇ! いやぁ、外からぶん投げられた内容としては久々にやりがいがあって楽しかったよ」

 

「え、デザインドクの発案なんすか」

 

 結構イイ感じのデザインをしているので驚いていると、ドクが頭をがくがくと震わせながら肯定した。ホラーかよてめー。

 

「そうだよぉ? だって機能を追求するだけなら猿にだってできるからねぇ。クライアントやパトロンを求めるならやっぱりデザイン面も重要なんだよねぇ。どう足掻いても性能だけじゃなくて見てくれも重要だし。それに魔導的にはデザインも力の一部として運用されるからねぇ、絶対にやってはいけないパターンとかあるもんさ。そういう事を全部考えながら機能性を追求するっていうのは実はそこそこ面倒な事なんだけどやはり研究者としてはそこら辺を探していくという作業が楽しくて私としてはまたこうやって全力でお金をぶん投げて作業できるってなら喜んでやる訳なんだがやっぱり回数増えると他の研究にも差し支えるし―――」

 

「あ、ドクの話は適当に聞き流して良いぜ。本気で語り出すと時間かかるからな」

 

 なんとなく察した。ともあれ、武器防具、その両方がアップデートされたことでレベルアップによるステータスへの数値の追加が誤差とも言えそうなレベルでINTが上がった。いや、ベースの数値としては馬鹿にできないのだが、装備での追加分がかなり大きい。今ならこれまでの倍レベルで火力が出るだろうと思う。ただそれもこの装備のスペックが大きく影響している部分があるだろうから、ふつうの装備で同じだけの数字になるとは思ってはいけないのだろうが。

 

「ま―――君は精々頑張って殿下の期待に応える事さ。あのお方はあの歳としてはしっかりしておられるが、それでも心細いのは事実なんだ。きっと君たちにこれだけ投資したのも自分が何かをしている、という安心感を得るための行動の1つだろう」

 

 知ってる。それを良く見た。だからこそサムズアップでドクの言葉に対して答えると、ニーズヘッグも横に並んでサムズアップを向けた。

 

「任せなさいドク。私とボスが揃った以上勝利は確定よ。貴方達は安心して領域の外でピクニックしてなさい。目の前まで遅めのランチを届けてあげるから」

 

 ニーズヘッグの言葉にライネルが噴き出した。腹を抱えながら笑うと、息を吐き出し、そりゃあ良いと言葉を続けた。

 

「俺も参戦予定だしな。しっかりと引っ張り出してくれるならこれ以上ねぇわ! 自分の手であのクソカス共に引導を渡して、道を開くチャンスなんだ」

 

 明らかに怒りを含んだ声、その笑みはいつの間にか獰猛な獣が獲物を前に放つような、狩猟者の物へと変わっていた。

 

「楽しみでしょうがねぇなぁ、おい」

 

 明らかにブチギレた声色で、愉快そうに言葉を放っていた。それを見てドクも笑い、ニーズヘッグも楽しそうに笑っている。明らかにどいつもこいつも殺気で溢れた声色で楽しそうに笑い声を響かせているんだが、

 

 俺自身は怖すぎてちょっと笑えない。助けて。

 

 

 

 

 そこから逃げ出すように工房から東門へ。作戦開始まではまだしばらくあるが、適当に時間を潰すよりは先に現地入りして軽くウォーミングアップしながら準備していた方が遥かに有意義だろう。そう思って東門へとニーズヘッグと共にやってきたら、そこで見てしまった。

 

 大量に布陣したエルディア兵の皆さんの姿を。

 

 武器を抜き放ち、楽しそうに磨いている姿を。

 

 殺気立ちながらも楽しそうにそこら辺のモンスターをスキップ混じりに蒸発させる姿を。

 

 良し、正直に言おう。

 

 めっちゃ怖いから帰って良い?




 装備シリーズはドクが《エルディアン・セイバーズ》セットとか名付けてる。そしてそれによりついに谷間に加え生足まで解放されてしまった。まぁ、生足も素敵だから良いよね。


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俺達がナンバーワンだ Ⅴ

 ヤバイレベルで布陣してる。いや、やばいというか本気というか殺意凄いっすね皆さん。なんか、こう、目光ってませんか? 光ってない? 錯覚? 殺気を感知してるだけかこれ。こっわ。この人たちこっわ! あ、こっち向かってきてる! 怖い! 助けて! やばいって! 視線だけで人を殺せそうだよこの人たち!

 

「おぉ、稀人アイン殿!」

 

「貴方が我々に機会をくださったと聞きましたよ!」

 

「ありがとうございます、ありがとうございます!」

 

「この手で祖国を救う事が出来るだなんて……!」

 

 目の前までやってきた兵士たちはその殺気を一瞬で霧散させた。その代わりに笑みと、そして心の底から感謝の言葉を紡いだ。優しく手を出してそれを掴み、強く握りしめて、振る。その手の中には凄まじいまでの感情が感じられて、ちょっと圧倒されてしまう。そして最初の1人に続く様に次が、その次が、どんどん雪崩れ込んでくるようにやってきては握手しようとして、ちょっともみくちゃにされてしまう。だが直ぐに統制を取る騎士っぽい人が出てきて、集まってきた兵士たちを散らして、作戦の準備に戻す。

 

「申し訳ありません、アイン殿。皆、作戦の前に昂っていて」

 

「あ、いや、こっちも不用意に近づいたし」

 

 さっさとPCの集まりまで進むことにするか、と思うと騎士が改めて頭を下げた。

 

「えーと」

 

「皆を代表して―――ありがとうございます」

 

 凄い、感謝されてる感じがする。こっちの困惑を他所に、騎士が言葉を続ける。

 

「私たちは騎士であり、そして兵士であり、我が祖国の守護者を自負する者達です。私たちは己の国を守る事を誇りとしています。私たちは家族を、友人を、土地を、生活を、財産を、そしてこれからの未来を守る為に武器を取りました……ですが今の現実はどうでしょうか?」

 

 騎士の視線が空へ―――封鎖領域へと向けられた。

 

「私たちは守るどころか抗う事すら許されなかった……どれだけ力を重ねようが、鍛えようが、まるで無意味」

 

 そういう設定のゲームだから、と言ってしまえれば楽なんだろうが。それは此方の事情であって、彼らにはその事情は通じない。彼らからすれば理不尽に世界を縮小されただけなのだ―――その原因が俺達が遊ぶためだと知ったら、この人は発狂するのではないだろうか? いや、この世界の開闢も俺達が遊ぶためなのだ。そう思うとこの先あの人々はひたすら被害者というか、哀れというか、

 

 こう、上手く言葉で言い表せない。

 

「ですがそれが今、目の前に来ています。触れられる距離に来ると」

 

「……」

 

「故に感謝してるのです。我々はこの無力感から抜け出せる。戦える。傭兵も、冒険者も、兵も騎士も英傑も、等しく無力だったこの世界で漸く、己の本懐を果たせるという事実に。ありがとうございます、我々は漸く―――漸く、この手で己の守るべきものを守れるのです」

 

 そういうと騎士は一礼してから去って行く。入れ替わるように別の者がやってくる。今度はプレイヤーだった。

 

「ボス! こっちも参加できる奴は大体揃いました! 今、連合パーティーに誘いますね!」

 

「お、おう」

 

 テンションたかーい。と心の中で思いつつも、ニーズヘッグともどもパーティーのお誘いを受ける。連合パーティーとは何かと思ったが、チュートリアル用のウィンドウが出現する。確認する限りは大規模参加コンテンツ用の大人数パーティーであり、通常のパーティーとは違って合計参加者が1パーティー辺り最大30人になるらしい。ただ常に結成の許可が出る訳ではなく、この手の大型レイドイベントや攻略の時にAI側が組むのに値する状況か否かを判断し、連合パーティーを組めるようになるらしい。

 

 普通のパーティーと何が違うの? ってなると連合用ログとチャットが存在し、連合に参加しているメンバーに対して発言で会話を行う事が出来るらしい。実際に声が聞こえる訳ではなく、距離がある場合はメッセージとして連合ログに出てくるとか。こりゃあ便利だ。態々声を張らなくてもログを監視さえしてれば発言を追えるのだから。

 

『お、来た来た』

 

『ボスちーっす』

 

『いらっしゃいませぇ―――!』

 

『よろしくお願いしまーす』

 

『( `・∀・´)ノヨロシク』

 

「一気にログが挨拶で流れるわね」

 

 顔文字の挨拶とかMMOあるあるだけどどうやって発言―――あぁ、いや、入力ウィンドウで発言を打ち込んでいるのか。そんな事もできるか、当然。ほえー、便利。これなら連合組んでいる仲間に即座に連絡を入れる事が出来る。が、参加する人数って総勢数百を余裕で超えてたよな?

 

「他にも連合あるの?」

 

「余裕で10を超える連合パーティーが組まれて現在作戦の下準備に封鎖領域前で待機してますよ! ボスの到着を待ってますよ」

 

「おー……じゃあ行くか」

 

「はい! いってらっしゃい! 俺はこっちで連絡員を務めるんで!」

 

「うす、お疲れ」

 

 軽く手を上げながら労う。いつの間にか大きな位置に立っちまったなぁ、と思いながらノルトを召喚し、その首を軽く撫でてから騎乗する。同じようにセクエスにニーズヘッグが騎乗する。それでもまだ軽く頭を下げてこようとする殺意の集団から逃げるように、ノルトに乗って駆け出す。

 

 だが大量の兵士たちが動員されているだけあって、封鎖領域までの道のりは安全を極めたものだった。

 

 街道脇に出現する筈のエネミーは全て、出現したり発見された瞬間に兵士たちが一瞬で殲滅し、跡形もなく滅ぼす。フィールドという意味では狩場の独占に当たる行為だが敬礼し、そして安全を見張り、作戦の遂行を確かにするために展開されている。街道の上は完全にクリア、敵が出現してきそうな場所は片っ端からクリアリングを行っている。その規模はそれこそ殲滅作戦とさえ表現できそうな勢いで、敵の姿を見かけた瞬間には消えるからもう、いないのに変わりはなかった。

 

 定期的に街道の安全を確認している、確保しているという話は聞いた。

 

 だがこういう規模でやってるならそりゃあほとんどのエネミーが街道から消える訳だ、と納得せざるを得ない。

 

 そうやって封鎖領域前まで移動すれば、大規模なプレイヤーの集団がそこにあるのを見つける―――近くにはそれを守る様に、騎士の一団も見える。かなり大規模な集団で、こんなに人が1つの目的の為に集まる姿は中々見たことがない。

 

「おー、来た来た! アインさーん! こっちですこっちー!」

 

「これでこっちはキーパーソン揃ったな!」

 

「バフ飯今のうちにくっとこ」

 

「踊るわ」

 

「脱ぐわ」

 

「踊りながら脱ぐわ」

 

「なんだこれ」

 

 なんか集まりの一角でストリップショーが始まったんだが? キチガイか?

 

 キチガイだわ。

 

 容赦のないチェーンソーが変態に叩き込まれるのを無視していると、片手を上げながら挨拶をしてくるレオンハルトを見つける。此方も片手をあげて挨拶を返しながら、もう完全に諦めて状況把握と指揮をすることに頭を切り替える。

 

「調子はどんな感じ?」

 

「どこもやる気十分だ。今日は休日だし参加者も多い。統制が取れるかどうかだけが不安だが……まぁ、モチベーション十分だし、中核を担うメンツは昨日のうちにもう纏まってる」

 

「やる気ある奴多いなぁ」

 

「ま、そういうもんだろ? こういうイベントに参加する奴は」

 

 レオンハルトの言葉にそうだな、と苦笑しながら答え、辺りを見渡す。どいつもこいつも珍妙だったりちぐはぐだったり、装備がめちゃくちゃだったりするが目に力を宿してやる気である事は確かだった。この場にいる全員がこのレイドを攻略する為に本気で集まったプレイヤーたちだ。ならもう信じてできる事を任せるしかないだろう。

 

「うし―――俺も気合入れるか」

 

 ツブヤイッターにアクセス、配信の告知を行い、ミーツーブから配信枠を取って配信を開始する。その瞬間、大量のプレイヤーが配信になだれ込んでくる。

 

コメント『直前に言う事は告知じゃなくてほぼ報告って言うんだよ!! わこつ』

コメント『どうして告知しねぇんだよ! わこつ』

コメント『何時も通りのゲリラ配信わこ』

コメント『お前の配信をまってたんだよぉ!』

コメント『なんで脱いでるやつ多いの?』

コメント『開幕から突っ込みどころしかねぇ……』

 

「おーし、お前らやる気十分かー?」

 

 軽めに集まりに対して声を放てば、咆哮の様な轟が返ってきた。その勢いと熱意に苦笑しながら軽く頭を掻き、自分の手に装備されている指輪を見る。それだけ、期待されているという事でもあるんだよなぁ、と再認識し、うし、と顔を叩く。

 

「―――作戦の最終確認を取るぞ!」

 

 声を張り上げ、作戦開始前の最後の準備に入る。




 全裸、よくあるMMOでのPC姿。

 踊り、よくあるMMOでのPCの動き。

 合わせるとストリップショーになる。どうして?


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俺達がナンバーワンだ Ⅵ

 おさらいだ。

 

「俺達の作戦は【ヘイトリレー】作戦って言えるもんだ」

 

 言ってしまえば簡単で、タンクがヘイトを取る、そのタンクが死ぬ、次のタンクがヘイトを取る。

 

「レイドとかで使われる”スイッチ”を利用したヘイト再取得でのヘイト輸送。これを使ってアビサルドラゴンを配置から引きずり出して封鎖領域から追い出す。既にこれが可能なことは実証されているし、運営からバグ修正の類は特に通達されてないだろう? ……良し、されてないな。つまりこれは仕様の範囲で可能なアクションだ。いくつかの懸念は存在するが、それを突破してアビサルドラゴンを外へと運ぶのが俺達の役割で、仕事だ」

 

 だがこの作戦には幾つか注意しなければならないポイントがある。

 

「1つ、雑魚の介入が問題のポイントの1つだ。こうやって外に関してはエルディア騎士団と兵団が戦力を割いて掃討してくれているから邪魔はされない。つまり外へと引きずり出せた時点で実質的なゴールだと思っても良い。まぁ、実際は封鎖領域から一定の距離を稼がないと安全だとは断言できないから、ある程度距離を稼ぐ必要はあるんだが。ま、それはどうにかなる範囲だ。問題は封鎖領域内のエネミーの処置だ」

 

 視線をレオンハルトへと向ければ、レオンハルトが頷く。

 

「俺達DPS、そしてヒーラーは既にタンクを中心とした連合パーティーを組んでいる。俺達の仕事はアビサルドラゴンの誘導作戦中、街道付近に出現するエネミーを引き寄せる事だ」

 

 レオンハルトの言葉を引き継ぐ、どこかで見た姿―――あ、あの人有名なVの者じゃね? ほえー、遊んでたんか。まぁ、遊べるなら大体の奴が遊ぶか。

 

「はいはーい、そして作戦を邪魔させないように釘付けさせておくことがお仕事でーす! 昨日は丸一日レベリングに費やしてレベルは大体が18前後、高い人で19、20! 雑魚相手にレベルでは多少劣るけど、タンクで受けて戦線を抑え込むだけなら何も問題ないレベルと能力だよ。ついでに騎士団の方からバフアイテムの補給品を受け取っているから、しっかりと使おうね!」

 

 視線を騎士団の方へと向ければ、軽く頭を下げて、近くにある木箱を示された。どうやらアレからバフアイテムを回収しろ、という事らしい。本当にサービスが厚い。王国側はこの1回で一気にこの封鎖領域を突破するつもりの様だ。まぁ、俺達もこの勢いは持続するとは思っていない。突破できるタイミングで突破したい。

 

「そういう訳でPC側の配置は大きく分けて2班に分けられる。俺達誘導組と、護衛チームだ。護衛チームは絶対にエネミーを街道へと通さないようにしてくれ。倒す必要はない。殴ってある程度纏めたら街道から外れる様に誘導、そこで戦線を膠着させればオッケーだ。アビサルが突破した後は装備を脱いで即死して、デスルーラで王都まで戻れば戦場に直ぐ戻ってこれる」

 

 確か王宮が早馬を用意していた筈だ。そんな話を聞いていた覚えがある。

 

「んで2つ目。アビサルドラゴンの行動パターン変化。相手も生きている以上、その場で適応や対応をして行動が変化する可能性がある。この場合、臨機応変に対応しなきゃいけなくなる」

 

 一番怖いパターンでもある。根本的な戦術が崩壊するパターンだ。だからこれに対する対処方法も考えなきゃいけないのだが、これに関してはまだ何とかなる部分がある。

 

「こいつは俺とニグで対処する。というか対処できる能力があるのが俺達だけ、って所だ。馬を保有している俺達は封鎖領域内を高速で移動できる。トップスピードはほぼアビサルと同速だ。これに奥の手を組み合わせれば一時的に速度でアビサルを抜ける。だからこっちで対応と指示を出すことができる……って訳だな。近くにいりゃあ応援を頼むし、ある程度臨機応変に動く必要があるのは覚悟しておいてくれ」

 

「了解!」

 

「任務拝承」

 

「はーい!」

 

「ゼンラ―スピン!」

 

 誰だ返答の代わりに全裸回転しだした奴は。対応に困っちゃうぞ。まぁ、それだけやる気があると思えば良いのだろう。此方のプレイヤー勢は誰もがやる気十分という様子。モチベーション的な意味では間違える要素はない。時間を確認し、作戦開始までどれぐらいを騎士の方へと確認すれば、騎士団の方はいつでも作戦開始に入れるという返答が返ってきた。

 

「良し―――それじゃあ封鎖領域に突入して、準備を整えるぞ! それと護衛班までは脱ぐ必要ねぇから装備しろ!!」

 

コメント『草』

コメント『全裸は正装だぞ』

コメント『全裸忍者のいる世界じゃないんだよ!!』

 

「オラ! 動け動け! 確かにアビサルを倒すのはエルディア人の連中かもしれねぇ! だけど俺達が居なきゃそもそも戦う舞台に立てもしないんだ! だったら証明してやろうぜ、俺達の凄さをよ!」

 

 馬鹿どもを蹴り出しながらため息を吐いて、支給品を受け取る。火力と防御をバフする為のアイテム、2種類を回収したらそれをベルトにセットして、いつでも使えるようにしておきながらノルトに騎乗しなおし、その首を鞍の上から撫でる。

 

「良し良し……頼んだぞ、ノルト。今日はお前が主役だからな」

 

「ブルルッ……」

 

 返答するように嘶くノルトの様子に、こいつもこの状況に少なくはない興奮を覚えているのだと笑い声を零す。まぁ、俺もその事に関しては何も言えない。なんだかんだでさっきからずっと、興奮を抑えきれずに笑みを消しきれていない。リアルで生きている間は絶対に経験の出来ない必死さだ。人を優に超える大きさ、強さ、そして凄まじさ。それを生身という感覚で渡り合う為の時間だ。これを楽しめないようなら、

 

 もう、ゲームは引退した方が良いだろう。

 

 だから自分の体を巡る興奮を抑え込む様に歯を食いしばり、他のプレイヤーたちが最高のパフォーマンスを引き出すことを信じて封鎖領域に突入する。

 

 

 

 

 作戦行動が開始されると即座にプレイヤーたちが動き出した。これは現実であり、現実とは違う。重度のゲーマーである俺達が大規模なミッションやクエスト、イベントやレイドを実行するのはこれが初めてではない。過去に何度も繰り返してきた経験だ。だがそれを実際に生身で実行するというのは当然、初の出来事だ。これが現実ではなくバーチャルであっても、動かす肉体の感覚はどこまでもリアルと一緒だ。ならこれは、リアルな経験だと言っても過言ではないだろうと思う。そしてそれを上手く実行するだけの能力や経験が俺らにはあるのか?

 

 ない、そんなもの当然ない。

 

 だけど出来ちゃうんだなぁ、これが。

 

 それがやる気になった人間の不思議というもんだ。

 

 一斉に展開しだしたプレイヤーの集団は瞬く間に配置に着きながらその役割を果たす。護衛チームは街道脇に展開し、誘導チームが間隔をあけながら街道の上に展開する。ぶっちゃけ、防具をつけてもつけなくても即死する事実には変わらないので、防具を脱いで全裸になっているのは一部だけで、大半は脱ぐことに恥ずかしさを感じて防具を装備している。まぁ、パンツ1枚でもフルティンでも恥ずかしいのは解るし、そこで脱いでしまう精神性の方が遥かに意味不明だし。

 

 護衛チームの方も1パーティー辺り5人から6人という人数で組まれている為、まず敵が抜けたり事故を起こす可能性は潰されている。その上でレオンハルトやレインといった個人で強いタイプのプレイヤーが、護衛チーム周辺を移動して警戒し、危なそうなら助太刀に入る遊撃行動を開始する。これによって安定感を更に上げ、その間に一気に誘導チームが展開、

 

 タンク部隊が一気にアビサルドラゴン周辺まで移動する。

 

 そうやって到着した大橋の上にはアビサルドラゴンが陣取っている。禍々しく、悪魔の様なドラゴンの姿は見る者すべてに恐怖と威圧感を心に叩きつけて、その戦意を萎えさせてくる。だが今日ばかりは事情が違う。誰もがこいつをぶち殺すという殺意に溢れている事もあり、燃え上がる心の炎を更に燃やす燃料となって注がれる。

 

「良し! タンクは即座に展開! 護衛チームは早速仕事開始だ! 足止め、停止系のアビ魔法があるなら遠慮なく使ってどんどん相手を止めろ! お前らが稼いだ1秒がエルディアを救う1秒になるぞ!」

 

 指示を出せばうおおお、と返答が返ってくる。ノリの良い返事に笑い声を零しながらノルトの上から大橋に陣取るアビサルドラゴンを睨む。既に今日という日の異様な空気を感じ取ってか、アビサルドラゴン自身も半分警戒したように睨んできているような気がする。完全に馬鹿という訳ではないらしい。

 

「良し―――覚悟はいいか?」

 

「全然オッケーだぜボス」

 

 盾とつるはしを装備したタンクが攻撃圏内に入らないように大橋の外側から武器であるつるはしを担ぎながらアビサルドラゴンを眺めている。どうやらこいつは1撃叩き込んでやる腹積もりの様だ、何とも頼もしい話だ。

 

 ログウィンドウを呼び出して直ぐ横で大型化する。

 

「全員配置についたか?」

 

 言葉を送れば即座にログが返答で覆いつくされる。凄まじい勢いで流れるログにちょっとだけ驚かされつつ、

 

「城門サイドは?」

 

『英雄ユニットも参戦して準備完了ですぜ!』

 

『明らかに覇気というかやる気が違くて周りの空間歪んで見えてる!』

 

『勝ったな』

 

「勝利宣言は引きずり出してからな? さて―――良いか?」

 

 確認を送れば応、という返答と、

 

『エルディア側もいつでもオッケーですわ。そっちに開始のタイミングを委ねるというか……さっさと始めてくれって言ってます』

 

 やる気十分な様子に笑い声を零し、杖を引き抜いてそれをアビサルドラゴンへと突きつける。ニーズヘッグへともう一度視線を向け、直ぐに視線を戻す。

 

「一番槍はお前だ……派手にやれるな?」

 

「任せてくれ。トップバッターだからな、整えてやるさ」

 

「良し」

 

 アビサルドラゴンを睨み、そして杖を空へと向ける。

 

「カウント30!」

 

 カウントダウンを開始する。30秒カウント。口にした途端、全ての言葉が閉ざされた。誰もがこれから始まる激戦の予感に喉を鳴らし、そして緊張で滑りそうな手の感触を拭った。一気に荒れ狂いカウントの始まる配信画面、誰もが緊張と興奮の合わさった感覚に楽しさを見出していた。

 

 そう、楽しみだ。

 

「カウント15!」

 

 これはゲームだ。これは遊びだ。彼らはゲームのキャラクターであり、死んでも現実では何の影響もない。だったらリアルである事に意味はないのか? と言ったらウソだ。

 

「10!」

 

 これはゲームだからこそ俺達は本気で遊ぶのだ。遊びだからこそ全力でこなすのだ。現実では不可能なことに挑戦する、したくなる。俺達はこの瞬間は本気で馬鹿をやる。それがゲームを遊ぶって事だ。スタイルはそれぞれ。だけどこの瞬間は勝利に走る同志。

 

「5! 4!」

 

 詠唱を開始する。頭上へと向けた杖。空をターゲットに魔法を発動させる。狙った空間、そこに紅蓮が集まり、圧縮されてから弾ける。

 

「0、GO、GO、GO……!」

 

 〈バースト〉が紅蓮の華を空に咲かせ、先頭に立ったタンクが、真っすぐ得物をアビサルドラゴンへと向けた。

 

「かかって来いよ、トカゲ野郎―――俺達が相手だ」




 次回、アビサルドラゴン討滅戦。


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俺達がナンバーワンだ Ⅶ

 アビサルドラゴンが吠える。

 

 〈挑発〉が放たれ、突き刺さるのと同時に一瞬でタンクのヘイトがトップへと回り、アビサルドラゴンが飛び出す。四肢を大橋に叩きつける様に駆け出したアビサルドラゴンが一瞬でトップスピードに乗る。そして次の瞬間にはヘイトを取ったタンクに噛みつく様にその巨大な顎を開き―――、

 

「一番槍、行くぜ」

 

 噛みつかれるのと同時に目につるはしを叩き込んだ。いや、目には刺さらなかった。そのまま滑るように目に沿い、瞼の間にひっかける様に突き刺した。そのままつるはしは瞼に抉り込み、そして噛みつかれたタンクは持ち上げられた状態のまま真っ二つに噛みちぎられた。1撃、一瞬の死だった。盛大に血をぶちまけながらも笑っている姿はどうしようもなく楽しそうで、やり遂げた男の顔をしている。

 

 その姿を既に全力で駆け出すノルトの上から見ていた。

 

 配信画面もその景色で一気に荒れ狂っていた。

 

 タンクを真っ二つに食い千切ったアビサルドラゴンは残された体を食い残しがないように手で掴んで口の中へと放り込みながら再び空へと向かって吠え―――次の〈挑発〉が突き刺さり、ぎろりと視線を正面へと向けた。それこそ心臓が止まりそうなほどの恐怖の視線が向けられるも、次に待ち受けるタンクは既にすべての装備を外していた。

 

「全裸ァ―――」

 

 叫び、

 

「タ―――」

 

 ポーズを決め、

 

 次の言葉を紡ぐ前に食われた。

 

コメント『流れ変わったな』

コメント『数秒前までのかっこいい流れ返して』

コメント『シリアスは帰ったよ』

コメント『耐えきれなかったんだ』

 

「解るけどさぁ……ははは……」

 

 笑いながら食われた全裸を見届け、次のタンクへとアビサルドラゴンが攻撃を伸ばす。それによってアビサルドラゴンの姿が大橋からどんどん離れて行く。作戦開始と共にその開幕は順調に見える。少なくともプレイヤーたちは己が為しえる最高の仕事を今、行っていた。

 

 ノルトの背の上から全体を俯瞰するように眺めながらアビサルドラゴンのモーション、その動きを観察しながら動作1つ1つにかかる秒数を片手間にカウンティングしておく。だが今のところはそれ以外やる事がない。そもそも自分の役割は想定外の事態に対する対処と指示回しだ。

 

 連中が完璧に役割を果たし、遂行する限りは何も問題なくアクションは続行する。つまり、自分の出番なんてやってこないという事だ。そしてそれがこの状況においては、一番良い結果でもあると言える。まぁ、言い換えてしまえば俺が暇なんだが。何も貢献できてないし。とはいえ失敗かトラブルを期待する訳にもいかない。此方は好きなだけ全滅してやり直せるが、エルディア側はそうではない。なるべくなら今回の1回でクリアする事が理想的なのは確かだ。

 

 故にノルトを走らせながら観察し、監視する。

 

 タンク1人1人の動きを見て、その雄姿を刻み込む。

 

 目の前から迫ってくる、自分を超える巨体のドラゴンに襲われるというシチュエーションがどれだけ恐ろしいかは、まだ未経験である自分にはよくわからない感覚だ。だがそれに対してタンクたちは真正面から挑む。飛び掛かってくるアビサルドラゴンの姿に武器を構え、飛び掛かってくる姿に合わせて武器を振り上げ―――叩き込む。

 

 だが攻撃力と防御力の差に開きがある。

 

 全力で攻撃を叩き込んでも、1ダメージしか通せない。それでも戦った、という証を残す為に武器を振り上げて攻撃をアビサルドラゴンに合わせて叩き込む。それがダメージにならなくても、次の瞬間には自分が蒸発するように死ぬのが事実だとしても、

 

 そこに集まったタンクたちは、エリートの中のエリート達。集められたプレイヤーたちの中でも最もモチベーションとPSに富んだ連中。バカをすることに本気を出す事が出来る奴ら。型に沿った戦い方だけではなく、個人という特色を抱えながらタンクの道を進む、今のタンク層におけるトッププレイヤーたちばかりだ。

 

 槍が眼球に差し込まれようとして弾かれる。

 

 レイピアが喉元に突き刺さろうとして弾かれる。

 

 シールドバッシュがスタンを取ろうとしてそのまま圧殺される。

 

 鎧が噛み砕かれて砕け散る。

 

 タンクの1人が持ち上げられて大地に叩きつけられ、そのまま大地を引きずられ、ミンチになって赤いシミだけを残して消滅する。

 

 アビサルドラゴンと戦った者達の末路は悲惨の一言に尽きる。確実に殺されて、確実にダメージを与えられない。ほぼノーダメージと断言できる成果しかタンクたちは生み出していない。その上で無惨に殺されている。だがそれでもタンク連中は笑っていた。攻撃する瞬間も、アビサルドラゴンが向かってくる瞬間も、そして攻撃を喰らった瞬間も笑っていた。

 

 連中にとっては、攻撃を受けた時点で仕事が完了するのだ。つまりタンクとして引きつけ、受け止め、そして止める。その時間を確実に生み出した瞬間でもある。そうやってアビサルドラゴンが攻撃する為に足を止めた1秒や2秒、ノルトとセクエスはアビサルドラゴンを抜いて前に出る事が出来る。それによって距離を稼ぎ、アビサルドラゴンの速度について行ける。

 

 彼らの奮闘が、1秒2秒の健闘が、この一連の流れを完成させているのだ。

 

 当然、自分が敗北して死ぬことでさえ誇りに思う。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。正直MMO遊んでいて一番のイケメンはタンク連中だと思っている。一番面倒で、一番目立って、そして一番背負い込むロールだ。連中の背中を見て俺達DDとヒーラーは安心して戦えるのだ。そして今、安定感のある進みでアビサルドラゴンが封鎖領域の外までエスコートされている。街道脇に視線を向ければ、護衛チームが数体のエネミーを纏めながらタンクとヒーラーでその動きをコントロールし、絶対に攻撃が街道へと向かわないように、そして同時にそれらが街道へと突っ込まないように受け止め、制限し、そして誘導している。

 

 ―――良い、実に良い、最高だ。だがこれで終わりという訳じゃないだろう!?

 

 空気が僅かに殺意を纏っているのを感じる。この空気の流れ、嫌な感じだ。だからこれは来るぞ、荒れる要素が入ってくる。間違いない。それを予感し、ログウィンドウを走らせながら拡大し、声を張る。

 

「報告! 何かあるか! ねぇのか! どうだ!?」

 

『異常なし!』

 

『此方も無し!』

 

『封鎖領域外完全に平和!』

 

『城門側は待機済み! 今か今かと待ちわびてる!』

 

『此方封鎖領域出口前! 問題発生!』

 

「やっぱり来るか……!」

 

 空気の感覚が変わっていたからやっぱり何か差し込まれてきたか、と思った。視線を正面へと向け、ノルトのスピードを上げてタンクたちを置いて、先に走って行く。タンクたちがアビサルドラゴンの動きを派手に誘導して受ける為、アビサルドラゴンの足止め時間が1回3秒ほどへと増える。それは此方の話を聞いての判断だろう、助かる。

 

「どうした!?」

 

『フィールドボス! フィールドボスだ! クソガエルが出てきた! というか湧いた! おもっくそ進路を邪魔するように出てきやがった! クソ!』

 

「そう来たかぁ……」

 

 フィールドボス、先日討伐したあの魔晶石のカエルだ。大量のプレイヤーで囲み、安定してダメージを与えながらタンクスイッチを駆使して漸く討伐する事に成功したエネミーの存在を思い出す。アレはかなりの強敵だし、それこそ片手間で処理、隔離できるような相手じゃない。だがこいつと同時にアビサルドラゴンを相手にするのはまず不可能だ。

 

 どうにかして、こいつらを同時に処理しなければならない―――どうする!? どの配置を動かせる? どこからならカバーできる? 使える手札は? 使えると解っている戦力は? 有効な手段は? 処理にかかる時間は? 処理に使えるPCは? 対応できる範囲か? 騎士団で何とかできるか? その場合の時間は? その場合の規模は?

 

 考えろ―――考えろ、アイン……!

 

 2度目なんてやるつもりはないんだ。

 

 この1発で乗り越える方法を考えろアイン。




 MMOにてロールが存在する場合、主役、主人公、ヒーローとして個人的に見るのはタンクかな。

 だから常日頃からタンクする人はイケメンだと言っている。


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俺達がナンバーワンだ Ⅷ

 ―――焦るな、冷静になれ。時間はまだ数分単位である。その間に結論を出せ。

 

 一瞬だけニーズヘッグの胸元をチラ見して冷静さを取り戻す。良し。

 

 必要なのは冷静に考える事だ。読んで、数えて、そして計算することに関しては他の誰にも負けない特技だと思っている。だから現行の戦力で大体どれぐらいの成果を出せるかというのが予測できる。そんな自分の頭で考え、結論から言おう。タンク2人だと抑えきれない。あのフィールドボスは一応討伐済みではあるものの、耐久も火力もある。戦うなら最低でタンクスイッチ前提、それにヒーラーが必要だ。DD抜きでやるにしてもヒールクールでMP回復の時間を込みでヒーラーのローテーションを組みたい。そしてタンクも事故に備えた緊急スイッチ用に予備戦力が居る。そうなるとメインで抑えるのが2人、交代に2人、事故とサポートガードで2人欲しい。つまりタンクは6人だ。それを支えるヒーラーが最低で4人はいる。少なくとも短期的にしのぐだけならそれだけ必要だ。

 

 そしてその数を捻出するのが難しい。

 

 現状、手が空いているのは誘導チームのタンクだけだ。護衛チームのタンクは全て雑魚を纏めるので忙しい。他にも死亡しているタンクが既に王都で蘇っているだろうが、現状戻ってくるまでは時間がかかる。遊撃連中を対処に動かすか? いや、連中は特記戦力だ。寧ろ別のロールを振ったほうが成果を出してくれるだろう。それにDDを回しても火力足りなくて倒しきれないだろう。

 

 なら重要なのは隔離だ。あのカエルを隔離する事だ。アビサルドラゴンと鉢合わせない事が大事だ。アビサルドラゴンとぶつけるという事も一瞬で案を考えたが、現状タンクがヘイトを〈挑発〉で取っている。アビサルドラゴンとカエルのステータスから考えて、一瞬でアビサルドラゴンが勝利するだろうし、〈挑発〉でヘイトトップを取っているからそもそも擦り付けられない。後カエルがドラゴンを襲う理由がない。寧ろ同じ魔晶石浸食生物だから連携するかもしれないし。

 

 となるとカエルは隔離、除外だ。トレインして外へと連れ出すか? 騎士団に相手させれば騎士団ならば倒せるだろう。だがそうするとアビサルドラゴンを連れ出したタイミングで対応できない状況になっているかもしれない。騎士団とエルディア兵はこの作戦の肝だ。彼らをこんなことで利用することはできない。となるとこれは俺達プレイヤーだけで処理しなくてはならないだろう。

 

「……」

 

 片手を口元に当て、深呼吸しながら思考を整える。

 

「タンク、領域内入口近くから6人、カエルの対処へ。近くのグループに突っ込んで乱戦形成。今相手してるグループは処理しても良い。遊撃組、出口付近まで移動、()()()()

 

『マジで!?』

 

『動け動け動け! 指示が出たんなら疑わずに動け!』

 

『考えるのは頭の良い奴に任せれば良いんだよ』

 

『俺達は、俺達の仕事を完全にこなす』

 

『それがロールってもんよ』

 

コメント『無理ゲーでは?』

コメント『とか言いつつ期待してる』

コメント『がんばえばえー』

コメント『死ねー! 早く死ねー!』

コメント『羨ましいぞ畜生』

コメント『いけ! いけー!』

 

「ニグ」

 

「ん、解ったわ」

 

 ニーズヘッグがセクエスから此方へと飛び移り、セクエスを帰した。腰へと手を回してきたニーズヘッグがそのまま一回転、背中合わせになる様に位置を調整し、腰に回していた手を放しながらバランスを取る。此方もノルトを走らせながら片手で杖を抜き、魔法を放つ為の詠唱待機状態へと移行する。

 

 既に道程はだいぶ踏破されている。封鎖領域の終わりはだいぶ近い。アビサルドラゴンの移動速度が速い影響で、踏破するのにそう時間がいらないのが幸いしている。それだけ考える時間が残されていないという事でもあるのだが、もはや腹は決まっている。

 

「こっちだ爬虫類! 顔が気持ち悪いんだよ!」

 

 飛び掛かるアビサルドラゴンに対して盾のバッシュから槍のカウンターを入れようとして―――地面に叩きつけられ、苛立つアビサルドラゴンがそのままタンクを地面に擦り付けてミンチにする。だがその動きが今までよりも執拗だ。まるでこれまでの鬱憤をストレスを発散するような残虐性であり、擦り減った大地に爪を叩きつけて破壊する程の徹底ぶりを見せている。

 

 そしてその矛先が次のタンクへと向けられ、

 

 その次のタンクへとバトンは渡され、

 

 更にその次、

 

 そしてその次が―――いない。

 

 なぜなら当然の様にそのタンクたちはフィールド・ボスの足止めに駆り出されているからだ。自分がそう指示を出した。そしてそれに従った。だからタンクたちはここにはいない。だからアビサルドラゴンのヘイトが宙吊りになり、

 

「こっちよ。今度は私たちと遊びましょ」

 

 ニーズヘッグがヘイトを取った。瞬間、アビサルドラゴンのヘイトをニーズヘッグが奪い、その姿が一気に加速して襲い掛かってくる。大地を粉砕する程の力で飛び出した姿に対して反応するのは困難であり、どのタンクも、反応は出来ても対応は出来なかった。

 

 あぁ、だが来るのは解っているんだから、反応は出来るんだ。つまりタイミングさえわかればアクションは挟める。

 

「じゃあな、トカゲちゃん」

 

 〈ヘイスト〉、発動。

 

 ()()()()()()()()()

 

 この瞬間、この名馬はこの封鎖領域内で最も早い生き物となった。

 

 当然の様に、追いつこうと噛みつくアビサルドラゴンの跳躍、その噛みつき―――それが届く、一歩分の距離をノルトは行く。ニーズヘッグの目前、手が届く距離で閉じるその顔面にチェーンソーの回転刃が滑る。火花を散らしながら初めてその顔面に傷跡が刻まれ、大地を抉りながら滑る姿が咆哮を上げながら四肢を大地に叩きつけて更に加速しようとしてくる。

 

「おぉ、やべぇやべぇ―――誰か、止めらんない?」

 

「無策だからってぶん投げてんじゃねぇぞボケがぁッ!」

 

 罵倒が飛んでくるが、その声は楽しげな爆笑を抱えている。直ぐ横を大斧が飛翔している。それがアビサルドラゴンの顔面に衝突し、その姿に褐色、上半身裸の男が追い付いた。もう片手にも大斧を抱え、それを交差させるようにアビサルドラゴンの額に―――チェーンソーが生んだ傷の上に押し付けた。

 

「ぶっ散れや……!」

 

 アビサルドラゴンを傷の上から、押し込んだその動きを抑え込んだ。一瞬の拮抗、一瞬の減速、そのスピードが大きく殺されるのと同時に男の両腕が負荷に耐えきれずに限界を超えて弾けた。あのアビサルドラゴンの巨体を止める程の恐らくはユニーク系統なスキル。俺が取得している《深境》と同じ、特殊な方法で取得したスキルを使ったように思えたが、そんな細かいことに気にすることはなく、

 

「サンキュー! 愛してるぜ!」

 

 返答の代わりに爆笑が返ってくる。倒れ行く男の代わりにいくつかの影が一瞬で接近する。その中にレオンハルトとレインの姿が混じっているのも見える。いやぁ、やっぱ個人で強い奴は遊撃に回してよかったなぁ、と思いつつ、

 

 頭、首下、足、腰に回り込み攻撃を叩き込んで姿を転ばせたのを見た。いやぁ、お強い。マジでお強い。アレは間違いなく武芸とかの技術サイドの動きだ。ああいうのは俺やニーズヘッグでは絶対にまねできない領域だ。やっぱ強いプレイヤーってのは技術か技能があるもんだよなぁ、というのを納得させられる。やっぱ勧誘するならそこら辺の技能か技術持ちのプレイヤーだよなぁ、と、今はそんな事を考えている場合じゃない。

 

『ごめん、頑張ったけど5秒しか持たないなこれ……』

 

『脳揺らして三半規管潰して神経麻痺らせての3種同時攻撃の筈なんだが??』

 

『ドラゴン。優性種』

 

『種族差かぁ―――ぐわー』

 

 5秒経過し、復帰するアビサルドラゴンが遊撃チームを一掃する。そしてそこから一気に追いつこうと此方へと向かってくる。〈ヘイスト〉の効果が切れて、徐々に距離は詰まってくる。アビサルドラゴンも一気にトップスピードに乗り、街道を粉砕し、土砂の津波を両側に引き起こし、巻き込まれたプレイヤーとエネミーを諸共始末しながら大地を抉り突き進んでくる。振り返ったら最後、飲み込まれそうな予感に振り返る事もせずに後ろから降り注ぐ土砂を砕く回転刃の音を聞く。

 

 迫るアビサルドラゴン。追いつかれれば死は必須。

 

 だが正面―――瘴気色のスクリーンは終わりを迎える。

 

 跳躍するように飛び出すノルト。封鎖領域を満たす空気を振り払いながら嘶きを放ち、アビサルドラゴンを振り切って脱出する。その瞬間を出口に待機している者達全てが見た。そして地響きを鳴らしながら迫ってくる姿が薄い瘴気の向こう側から迫る姿を見る。

 

「スイィィィッチィィッ―――!!」

 

 叫び、飛び出す此方と入れ替わるようにタンクが前に出た。

 

「任せろぉ!!」

 

 〈挑発〉が飛び、飛び出すアビサルドラゴンに突き刺さる。殺したい相手を殺せない、強制的に視線をタンクへと向かされる事実にアビサルドラゴンが怒りを隠す事もなく咆哮し、それだけでタンクを吹き飛ばす。そのまま跳ね上げたタンクを掴んで投げ落としながら即死させ、次に刺さった〈挑発〉を受けて、

 

 落下しながら口に力を溜めた。

 

 その視線の先は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 一直線に並んだタンクを全て殺すという殺意をこの瞬間、最大まで溜め込んだ。そのAIがアップデートされた訳ではなく、或いは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 溜めは一瞬、だがその前にアクションを挟み込む姿がある。

 

 ―――騎士団連中だ。

 

 アビサルドラゴンが飛び出した瞬間にはその行動は開始されていた。割り込む様に、囲む様に、差し込む様に、全てのアクションを連携させながらタンクに食らいつくのを待ち、そのアクションが大振りになった瞬間を求めた。

 

「我ら護国の騎士!」

 

「守護せしは安寧!」

 

「振るうは誇り!」

 

「己が身を盾とし!」

 

「民の明日を守らん!」

 

 3人が正面に割り込んだ。正面からブレスを受けとめて後ろへと僅かに押し出されつつも―――そこで攻撃を止める。同時に左右に回り込んだ騎士が足に斬撃を叩き込んで裂傷を刻んだ。赤い血の線を空中に撒き散らしながら反対側へと抜け、背へと飛び掛かった剣が、槍が深々とその姿に突き刺さる。咆哮と共に全方位へと衝撃を放つアビサルドラゴンが血走って目を正面へと向け直す。背中を突き破る様に翼を生み出し正面を薙ぎ払う様に突進する。

 

 そのまま、数百メートルという距離を一気に直進する。無論、その進路の上にいたプレイヤーたちは反応する事すら許されずに蒸発し、当然の様に弾き飛ばされる騎士団も血を吐き出しながらその進路から弾き出される―――それでもプレイヤーたちの様に即死せず、膝をつきながら立とうとする姿を見せるのは驚異的という言葉で表現する他ならなかった。

 

 だがアビサルドラゴンは進んだ。怒りを吐き出すように、解放されたかのように、最も多い人の気配を求めて()()()()()()()

 

 もはや作戦の続行は不要。獲物は自ら処刑台に上がった。作戦はアビサルドラゴン本人の怒りによって成し遂げられた。アビサルドラゴンが纏う破壊のエネルギーはもはや、プレイヤーでは止める事の出来ない領域にあった。

 

 だが止められないのか? 本当に?

 

 否―――否。

 

 それを止められる存在がいるとすれば、

 

「その働き―――まこと、大儀であった」

 

 轟音、衝撃、撒きあがる土砂と埃。

 

 アビサルドラゴンがこれまで全てを蹂躙してきた圧倒的な暴力と破壊力、そのエネルギーの全てはその瞬間、たった1人の騎士に―――いや、

 

 たった1人の英雄の姿によって止められた。




 詰みです。


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俺達がナンバーワンだ Ⅸ

 ―――城壁だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 大盾の男―――城砦の騎士ダグラスは文字通り盾を構えるのに合わせて城壁を生み出したのだ。それが真正面から突撃してきたアビサルドラゴンの姿を受け止め、そしてそのまま後ろへと衝撃でノックバックさせた。文字通りこの男1人で城砦という概念が成立するのだ。個人で城壁を生み出し、それで守護をするなら個人要塞としか表現する言葉がなくなる。故に届かない、アビサルドラゴンは当然の様にその姿を堅牢な城壁へと衝突して勢いの全てを失った。盾を握る手とは逆の手にウォーハンマーを握り、

 

 城壁に衝突して1秒未満のノックバック時間の間に踏み込んだダグラスがその顔面をハンマーで殴り上げた。まるでマイク・タイソンのアッパーを喰らったボクサーの様にアビサルドラゴンの頭が跳ね上がり、その動きが全て停止する。一撃、たった一撃だ。だがそれだけで相手からスタンを奪った。それこそ技巧派プレイヤーが数人がかりで行っていた行動のスタンをこの英傑はたった1人で成し遂げていた。

 

 そこに、音速を越えて6つの着弾が発生した。

 

 両足に巨大な杭が突き刺さり、合計6本、完全にその両足を大地に射止めてた。その射出方角はダリルシュタットの方からだが―――まだ、城壁が僅かに見える程度の距離だ。それまでの間に、人の姿は見えない。

 

 

 

 

 長方形のランチャー、その砲口からは煙が上がっている。片腕でそれを握る男、ライネルは素早くそこに次弾を装填し、片腕で再びランチャーを持ち上げて構えた。だがスコープの向こう側に見える影を確認し、息を吐きながら砲口を下ろした。

 

「うーし、全弾命中。威力は悪くないけど装填回りが不便だなぁ、次弾装填まで3秒かかるんじゃ遅すぎるぜドク」

 

「うーん、まだまだ改良が必要だねぇ」

 

 

 

 

 歯を食いしばりながらアビサルドラゴンの目が開かれる。スタンから復帰しようとする姿が翼を広げる。剣状の翼は放たれれば広範囲に破壊を撒き散らす。だがそれよりも早く光の斬撃がその翼を根本から断つ。空から落ちてくるように鋼の騎士がもう1人登場する。

 

「待ちわびたぞ」

 

 ジークフリートの姿だった。たった1度の斬撃でまるでバターにナイフを通すかのような滑らかさで翼を切り落とし、振りぬいた剣でそのまま翼を蒸発させた。そのまま体を軽く回し、振り返り背中を向けるように剣を振りぬけば、大地を貫通して光の斬撃が柱となってアビサルドラゴンの身を貫く。足を縫い留めていた大地を粉砕して解放しながらも、吹き上げる斬撃によってその姿を空中へと跳ね上げた。

 

「バトンタッチだ」

 

「はい、受け取りました」

 

 そう言って飛び出したのは赤い閃光だった。赤雷を纏った黒髪の男の姿。その恰好がカンフースーツだからこそ誰か一瞬解らなかったが、空を跳躍したその顔には見覚えがあった。

 

 あの屋台の店主、フォウだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。普段から妹ともども帽子を被っているのはアレを隠す為だったのか。そう思った時には既にアビサルドラゴンの顔面の前に到達しており、

 

 その鼻先を片手で触れていた。

 

 アビサルドラゴンが投げられた。

 

 正面から、頭上を越える様に捻って、そのまま後ろへと向かって、ダリルシュタットの方へと向かって大地にバウンドさせるように投げつけられる。大地へとワンバウンドしてから再びダグラスによって追撃のアッパーが入り、アビサルドラゴンがカチあげられる。そこに射撃が入り、口を杭が縫い留めてブレスを阻止、ジークフリートが光波斬撃を放ち光の津波がアビサルドラゴンを弾き飛ばした。その上に着地するフォウが顔面を掴んで大地へとタッチダウンを決める。

 

 もはや戦いは次元が違っていた。

 

 英傑。

 

 この世界における人類キャラクターの頂点。或いはインフレの頂点。そこに座する者達が己の力を振り絞り、限界までその怒りを()()()()()()()()()()()叩き込んでいた。一撃一撃でアビサルドラゴンを軍団へと向かって誘導―――いや、もはや誘導じゃないな。強制的に攻撃でノックバックさせて移動させながら押し出していた。死を積み上げて誘導させていた俺達と比べるとあまりにも荒唐無稽でありえないやり方だ。

 

 だが出来てしまう。

 

 彼らのレベルは、おそらくは70。

 

 俺達の迎えられるカンスト、レベルキャップ、それを2段階超えた先にある領域にあるのだから。

 

 大地へと叩きつけられた状態から音速を越えた拳がアビサルドラゴンに叩き込まれ、その姿が大地を抉りながら吹き飛び、城壁から連続砲撃が放たれ杭が四肢を大地に縫い付ける。直後、大地が隆起した。プレートを持ち上げるかの如くアビサルドラゴンの体が大地諸共空へと向かって持ち上げられる―――それこそ、それが処刑台に見えるように。

 

『さあ、見ておるか弟子よ。これが真の魔導というものじゃ。コストの低い土でまずは火を連鎖活性させ、それを〈エレメンタルチャージ〉で最大まで引き上げる! そのあとから火力を叩き込むんじゃ!』

 

 隆起した大地に張り付けられたアビサルドラゴンの頭上に影が差す。見上げればそこには巨大な隕石が紅蓮を纏いながらゆっくりと落ちてくる姿が目撃出来た。荒唐無稽すぎる光景に誰もが言葉を失い、

 

『さあ、刮目するが良い! 胎動せよ我が魔力よ! 真なる破滅は空の彼方より来たる! その身に終焉を刻めぇい! 〈デストラクトメテオ〉じゃ!』

 

 拘束され、動けないアビサルドラゴンに隕石が落ちた。杭を、処刑台を消し飛ばすように落ちてきた隕石はアビサルドラゴンを大地へと押しつぶしながら衝突し、轟音と地震を巻き起こしながらアビサルドラゴンを押しつぶし、その背面に着地して隠れていたフォウが更に叩き込む様に上から拳を叩き込んでアビサルドラゴンを更に大地に陥没させた。

 

 その姿を大地から湧き上がる光の斬撃が打ち上げ―――空から、3つの隕石がアビサルドラゴン目掛けて落ちてきた。逃げ出そうとするその姿を封じ込める様に杭が喉、足関節、肩に突き刺さる。リアクションを封じる砲撃が連続でアビサルを圧倒すれば、他の英傑達からの攻撃がアビサルドラゴンを一切の行動を封じ込める様に削る。隕石の衝突、聖剣の乱舞、そしてリアクション封印の先制防護打撃。フォウ、ダグラス、そしてライネルの3人で生み出す崩しによってA師匠とジークフリートが完全フリーになり、無法としか表現できない爆撃を連続できるようになっていた。

 

 明らかに生物としての格が違っている。アビサルドラゴンと英傑では子供と大人ほどの力の差があった。

 

 それでも攻撃に弾かれ、大地に立ったアビサルドラゴンは翼を再生させ、杭を引き抜きながら天に向かって吠える。全身を怒りによって刃状の結晶を生やしながら咆哮を轟かせる。それによって空間に亀裂が走り、その奥から小型のドラゴンが出現する。

 

「煩いですよ」

 

 中断させるようにフォウの拳がアビサルドラゴンの片目を潰し、大地へと引き倒し、そこに追撃するように打撃が頭へと叩き込まれ、ウォーハンマーによって頭が大地に陥没する。更に空から星光の砲撃が落とされて叩きのめされるも、亀裂は消えない。

 

 それを見て、今まで呆けていた思考を引き戻す。ノルトを走らせながら杖を2本とも引き抜き、魔法の詠唱を開始する。

 

「何やってんだ! 連中に良い所全部持ってかれるぞ―――俺が、俺達が死ぬだけが芸じゃないって事を証明するぞ!」

 

『応ッ!!』

 

 咆哮の様な応えとログを埋め尽くす言葉に一瞬でプレイヤーたちが正気に戻る。見上げるアビサルドラゴンのHPは既に半分を余裕で切っている。このペースであれば数分以内に蹂躙されてアビサルドラゴンは死亡するだろう。その前にこの雑魚の軍団をどうにかしなければダリルシュタットがアビサルドラゴンの死亡前に襲われる。

 

 だがここには俺達がいる。エルディアの兵たちがいる。守護する騎士団がいる。

 

 戦いは英傑の身で行うものではない。

 

「やるぞ、ニグ」

 

「えぇ、楽しみましょうボス。この祭りを」

 

 楽しそうに笑うニーズヘッグの姿を肩越しに1度だけ確かめたらそのまま全力で戦闘地帯へと突撃する。

 

 この戦いを勝利で終わらせるために。




 実は異種族もいる。メインシナリオを進めたり、クエストしたり、条件を満たす事で出現したりする。存在が確認されて周知されるとエディットで種族が解禁されたりもする。

 屋台の店主が実は英雄とかちょっと浪漫ある。


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俺達がナンバーワンだ Ⅹ

 戦場は一気に混沌と化した。

 

 だがそこに恐れる様な奴はいない。

 

 アビサルドラゴンは完全に英傑達が無双状態で遊んでいた。轟音と止まぬ砲撃にアビサルドラゴンのHPはどんどんと追い込まれてゆき、発狂か或いは覚醒か、どっちかを経験して多少HPを回復させようとするのを片っ端から潰して追い込んで行く。だが登場した小型のドラゴンなどの眷属は完全フリーとなっている。

 

 それを止める為に、倒す為に俺達が飛び出す。騎乗した状態で全力で魔法を打ち込むも、ダメージがあまり伸びないのは1体1体がレッドネームであり、おそらくはレベルがアビサルドラゴンと同じ50か最低で40台。とてもだが倒せるような相手ではない。それが軍団規模で一気にアビサルドラゴンの生み出した亀裂から溢れ出してくる。

 

 それに俺達プレイヤーが群がり、そして同時に、兵団と騎士団が進んでくる。

 

「抑え込んで止めろ―――あの方々の勝利を完全なものとして飾れ!」

 

「お前らもダメージが出ねぇからって押し負けるんじゃねぇぞ! 死ね! 何度でも死ね! 死んで蘇ってまた暴れろ! それでも食らいつけ! ここで気合でNPCに負けるようじゃ恥ずかしいぞ!」

 

コメント『無茶をおっしゃる』

コメント『辛辣すぎて草』

コメント『でもこういう号令って気合入るんだよな……』

 

 背後では炎の雨が降り注いでいる。完全に地形を変える様な戦いを無視しながらノルトの上から魔法を飛ばし、リキャストの戻った〈ヘイスト〉をニーズヘッグに投げて、戦場へと送り出した。マップに表記されるパーティーマーカーを確認すれば、パーティーメンバーも封鎖領域から、或いはリスポーン地点から復帰して戦場に戻ってきている。それによってPC&NPCの大連合がドラゴン軍団との本格衝突に入る。

 

 炎のブレス、氷のブレス、闇のブレスに雷のブレス。様々なブレスが乱れ飛ぶ戦場を真っ先に騎士団が突き抜け、攻撃を受けて弾き、逸らしながら後続が切り込む道を作り出す。そこに次々と仲間が飛びついてゆき、一気にドラゴンに組み付いてゆく。ダメージを出す必要なんてない。死ねば蘇るプレイヤーがここには腐る程存在する。なら合理的に考えろ。

 

 俺達、死にながら戦った方が早いだろ?

 

 だから前に出る。そこに恐怖は多少あっても、笑い飛ばす。何よりも格好悪い所は見せられない。こんな決戦に挑むようなシチュエーションで尻込みするような奴はそもそもRPGというジャンルに向いていないだろうと言える。だから俺達は前に出る。目の前にいるのは経験値の塊だ。だったら殴らないのは損だ。

 

「オラ! 経験値寄こせオラ!」

 

「死ね! 死んで詫びろ!」

 

「死んでほしいけど死んでほしくない! 死に続けてくれ!」

 

「何時からヨハネスブルクになったんだここ」

 

「構うか! とりあえず殺せればそれで良いんだよ!」

 

「ぶーっころせ! ぶーっころせ!」

 

「ヨハネスブルクだわ」

 

 げらげらと笑いながら突撃する姿がある。爆笑しながら死にゆく姿がある。吠えながら突撃する姿がある。怯えながらも仲間を支援する姿がある。多様な姿がここには映し出されている。だがその全てが1つの方向へと向かってエネルギーを全て注ぎ込んでいた。そこにPCも、NPCも、違いは一切存在しない。全員がドラゴンとの戦闘へと向かってその意思を直進させていた。

 

 だが対応するドラゴン共も生きている。何もせずに死ぬ等ふざけた事を許すものか。そんな意思を咆哮に乗せて襲い掛かってくる。1人でも多くの存在を食い殺す為に。

 

 だがそんな事関係ないと言わんばかりに多重のバフとヒールが後方から飛んでくる。凄まじい量のバリアは一瞬でプレイヤーのHPの数倍のHPバリアを形成し、与えられるリジェネはそれこそ数秒毎にHPを全快させるだけの回復量を誇っている。間違いなく英傑級の人材が前線で暴れている連中以外にも存在している。それもアタッカーの類ではなく、ヒーラーバッファーの類で。

 

 それによって放たれる支援で能力が本来のものを超越した数値に届く。その能力値で誰もがドラゴンに戦いを挑む。

 

 その背後で、吹き飛び無惨に肉を削がれてゆくアビサルドラゴンの悲鳴を聞きながら。

 

「良くも好き勝手国を荒らしてくれたなこいつ!」

 

「俺達の怒りを知れこの野郎!」

 

「死ね! 早く死ね! 今すぐ死ね! 砕け散れ! 滅びろ! 死ね! 死ね! 死ね!」

 

 一部の凄まじい殺意に笑い声を零しながら魔法を使っていれば、直ぐ横にテレポートで出現する姿があった。師匠のAだ。此方も此方で楽しそうな表情を浮かべており、背面に6つの杖を浮かべた状態のまま、手を振るう。それに合わせるように一瞬で氷河がアビサルドラゴンを包み込み、その存在を停止させた。

 

「ほうほうほう、どうじゃ、見ておるか我が弟子よ。我が魔導の神髄はどうじゃ? かっこいいじゃろ? 派手じゃろ? 砲台として吹っ飛ばしてなんぼじゃぞ、見ておれよ?」

 

「師匠テンション高いっすね」

 

「合法的に大魔法を連射できる場所なんぞ中々ないわい! いやぁ、楽しいのぉ! ……まぁ、崩れた地形直すの儂なんじゃけどね?」

 

 

「壊れた地形の大半師匠が原因だから当然では」

 

「じゃよなぁ―――まぁ、苦労は後の儂がしてくれるじゃろ! ほうほーう!」

 

 楽しそうにまた隕石を落とし始めた師匠の姿に苦笑を覚えながら戦場をノルトに騎乗して駆け抜ける。誰もが笑い、吠えながらドラゴンを狩っていた。この場にいるすべての存在が協力し、ドラゴンスレイヤーとなっている。もはや流れは変えられない。雷鳴、咆哮、斬撃、闇波、熱風。様々な攻撃が戦場を駆け抜け、双方を削って行く。だがロールにその使命を尽きるプレイヤーが最初に死んでゆく。死んで、立ち上がり、盾となり、喰らいつき、そしてNPC達が攻撃を叩き込む致命的な瞬間を与える。

 

 たとえそれが敵に届かない能力であれ、仲間が通る道ぐらいは作れる。

 

 そしてそれを躊躇なく実行できるのが―――ここに集まった馬鹿達だ。

 

 だから俺達は勝つ。絶対に勝てる。

 

 そして勝利する。

 

 もはや、この流れを覆せるだけのものが相手にはない。

 

「はははは―――鍋達も可哀そうだなぁ、こっち側にこれないのは」

 

 こんなにも楽しいのにな、と息を吐きながら飛んで来たドラゴンの顔面に〈バインド〉を叩き込んで移動を停止させ、そのまま空から落としてやる。落ちてきたドラゴンをニーズヘッグがチェーンソーで串刺しにし、地面に縫い付けた状態のまま刃を回転させて体を両断させた。解体作業を終わらせると満足そうな表情を浮かべて顔についた血を拭おうとする。

 

 その瞬間、背後にドラゴンが現れた。大きな口を開いてニーズヘッグに噛みつこうとして―――その前に、横からクロ―が頭に突き刺さった。

 

「危険」

 

「来るのは見えてたから避けなかったのよ」

 

「嘘。気ぬけてた」

 

「そんな事ないわ」

 

「ある」

 

「ない」

 

「レインは突っかかるのを止めろ!」

 

 仲裁するレオンハルトの言葉が上から来て、真っ二つにしたドラゴンの死体と共に落ちてきた。近くにいるドラゴンを空から落とす為に〈スロウ〉を連続で放ち、それから炎で焼く準備に入りながら、笑い声を零す。

 

「見慣れた顔が揃ってきたな!」

 

「ああ! 封鎖領域側もデスルーラで脱出したそうだ! 今こっちへと向かってPCを射出する装置を使ってプレイヤーを直接飛ばしてきてるからガンガン増援が来るぞ!」

 

「え、なにそれ?」

 

 ダリルシュタット側の空へと視線を向ければ、ぽんぽんぽん、とプレイヤーが空へと射出されて飛んでいる珍妙すぎる姿が見えた。カオスすぎるその景色に笑い声を放ちながら魔法でドラゴンたちへの追撃を重ねる。自然と見慣れた連中で集団を作り、お互いを守る様に動きながらドラゴンの相手を進める。

 

 もう、何かを難しく考える必要はない。

 

 ここからはアビサルドラゴンが死ぬまでのボーナスタイムだ!




 ボーナスタイム。アビサル君が死ぬまでに狩ったドラゴンの数だけ経験値入るよ! いっぱいいっぱい倒そうね。

 という訳で次回、ついに生きる地獄から解放されるアビサル君。


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俺達がナンバーワンだ Ⅺ

 アビサルドラゴンが断末魔の叫びを上げた。

 

 空へと向かって吠えればドラゴンたちが素早く亀裂の中へと逃げ去って行く。徐々に閉じて行く亀裂の向こう側へと眷属が消え去ると、今度こそアビサルドラゴンは完全にその生命を消失させて後ろ向きに倒れ、一瞬で風化するように朽ちる。そしてその存在があったはずの場所に、巨大な六方体のクリスタルが出現する。アビサルドラゴンが存在した場所に浮かびあがるそれを見た瞬間、大声で叫ぶ。

 

「それだ! それが封鎖領域を固定している触媒だ! 壊さなきゃ終わらない!」

 

 声がクリスタルの前の英傑に届く。

 

「―――ならば、此度の戦いはこれで終わりだ」

 

 ジークフリートが迷わず剣でクリスタルを切り捨てた。一瞬、斬撃が通らないようにすら見えたものの、次の瞬間にはゆっくりと、その姿がずれる。やがて両断されている事実が追い付いたクリスタルは2つに分かれて大地に落ちて砕け散る。

 

 直後、東の空が轟いた。東へと視線を向ければ展開されている封鎖領域の姿が見える。瘴気が蔓延する空間がクリスタルを失ったことによってその力を失い、徐々に色を失いながら光が満ちて行く。その内側から割れる様に光があふれ出すと―――一気に、その内側から封鎖領域を破壊して行く。

 

 やがて、数分間の光の奮闘により封鎖領域の瘴気は晴れて、魔晶石を1つも残す事無く青空をそこに移した。

 

 これにより、港まで続く街道が完全に確保された。その景色を呆然と、達成感と信じられないという様子で何も言えずにいる人たちに代わり、俺が口を開いた。

 

「俺達の、勝ちだ」

 

 言葉を失った集団に声が響き、染み込む様に受け入れた次の瞬間には歓声が爆発した。

 

「おおおおおおおおおお―――!」

 

「勝ったぁぁあああ―――!」

 

「あああ……」

 

 あまりの煩さに両手で耳を抑えてしまうが、溢れ出す歓喜の声は止められない。苦笑していると目の前にホロウィンドウが出現した今回のレベルアップや取得アイテムなどを表示するリザルトウィンドウを軽くタップして消す。ここではゆっくりできないので後でログからゆっくりと再確認する事にしておく。そこではぁ、とため息を吐きながら武器を仕舞いながらノルトの上で脱力した。

 

「はぁ……勝てた。緊張したし疲れたな……」

 

コメント『お疲れ様ボス』

コメント『888888』

コメント『お疲れ様!』

コメント『ボスめっちゃ頑張ったもんな、お疲れ様やで』

コメント『乙』

コメント『何で俺はあそこにいないんだ……』

コメント『お疲れ様ボス!』

 

 ふと配信画面を見てみれば大量のお疲れコメントが流れてきている。ついでにいくらかスパチャも投げ込まれている。どうやら収益化が通っていることに気づかれてしまったらしい。はー、別にスパチャ投げなくても良いんだけどなぁ。まぁ、貰えるもんだけは貰っておこう。サンクス。金はありがたいのだ。それはそれとして、ちょっとこの勢いが凄いし、ダリルシュタットの方へと下がることにしよう。ノルトの首を軽く撫でる。もう少し付き合ってくれ、と意思を込めるとノルトが頷きを返してくれる。本当に賢い馬だ。今日はほんと助かったぜ。

 

「よっと。お疲れ様、ボス」

 

「お疲れ、ニグ。楽しかった?」

 

「楽しかったわ」

 

 そう言って答えるニーズヘッグは返り血で真っ赤になっていた。これもアビサルドラゴンも、眷属ドラゴンも全て消えたから時間の経過と共に消えるだろうが、それでも全身真っ赤に染まっている姿は中々ホラー味が強い。

 

 でも、褒めて褒めてって顔をしているのを見ると相殺―――されねぇな、別に。

 

 でもとりあえず頭は撫でておこう。今日も理性を溶かしてるじゃん。

 

 ノルトの背にニーズヘッグを乗せる形でダリルシュタットへと向かう。周りからいろんな声が聞こえてくる。一番最初に響くのはダグラスの声で、

 

「そーら! 俺達は街道の安全確認と港の確認だぞ! 感動は後に回して仕事をするぞ! 返事はどうしたァ!」

 

 一瞬で統制を取り戻された兵団がグループから分離し、ダグラスを追う様に街道を走って行く。残されたグループを今の所ジークフリートはどうにかする様子はなく、しばらくは達成感に浸る時間を与えるようだった。残されている兵士や騎士の中には涙を流して肩を合わせている姿さえ見れていた。

 

「やった、やったよ……」

 

「あぁ、俺達の手で取り戻せたんだ……うぅ……」

 

「母さん、無事かな」

 

「ポートには行きつけの酒場があるんだけど、無性に飲みたくなってきたな」

 

「ありがとう、ありがとう稀人様。貴方達のおかげで戦えたんだ」

 

 片手で軽く会釈しながら去る。ここに残っていたらなんか延々と掴まりそうな気もするのでさっさと逃げ出したい所だった。と、横に今度はA師匠がテレポートしてきた。

 

「はあ、やはり合法的に隕石を雨のごとく振らせるのは楽しいのぉ」

 

「完全に発言が破壊魔のそれだけど」

 

「だから許される場を選んでるじゃろ? 立場があるとこうやって外に出てメテオテロもできんからのぉ。それじゃ儂は整地に行くかのぉ」

 

「お疲れ様です」

 

「うむ、お主もな」

 

 片手で師匠に敬礼し、師匠からも敬礼を返された。次の瞬間にはテレポートで再び姿を消した師匠の姿に、俺もこれぐらいできるようになりたいなぁ、と思いつつ、プレイヤーの集団を見つける。此方に手を振ってくる姿に手を振り返す。

 

「ボス、お疲れ様!」

 

「お疲れさまっしたボス!」

 

「ボス! お疲れさまでした!」

 

「お前ら人の事ボスって呼ぶの止めない? なんか完全定着してるんだけど」

 

「ボス、お疲れ様でーす!」

 

「乙乙です」

 

「乙ボス」

 

「あぁ、誰も聞く気ねぇなこれ」

 

コメント『恨むなら最初にそう呼ばれた事を恨め』

コメント『でもなんとなく呼びやすいよな』

コメント『なんだかんだで指揮取ってくれたしなー』

 

 まぁ、そこらへんはしゃーないと諦めるしかないだろう。もはやここまで広がってしまったあだ名をどうにかする事は自分の力では難しい。まぁ、しばらく顔を出さなければ自然と忘れられるだろう。これからも配信はちょくちょく続ける予定だが。それでも今まで程でのペースではない。別に、動画で食う予定もないので必死にやる必要もないし。それよりもこれで港が解放されて、移動範囲が一気に広がったのだ。正式に港が運用できるようになる時が楽しみだ。

 

 それまではどうしよう……レベリングと、マルージャ組と合流だろうか? 目下の所、新しいメンバーの勧誘が必須だ。後スポンサー探しと協力してくれるクラフターの確保。恐らく一番重要だと言える事でもある。これがないと目標であるエンドコンテンツに参加する事が出来なくなってしまうからだ。ありあわせのメンバーで挑むような事だけは、絶対に避けたい。

 

 ともあれ、周りから飛んでくる笑い声や鳴き声、お疲れという労いの言葉に反応を帰していれば、漸く人混みを抜けて門前まで戻ってこれる。そこでは敬礼をする門番の姿があり、苦笑を零しながらこちからも軽く敬礼を返す。

 

 街中へとそのままノルトに乗って進めば、住民たちの歓声が待っている。感極まった人々の姿がどこまでもリアルな感情をぶちまけてきている。そうだ、彼らはこの世界で生きているのだから喜んだり泣いたりするのは当然だ。目の前にあった脅威を払って、取り戻した自分の世界だ。喜ばない理由がないだろう。

 

 ただこうやって全方位から感謝のビームを受け続けると、流石に恥ずかしい。ちょっとノルトを走らせるペースを上げてさっさと王城へと戻ろう。そう思った所でデスコに新しいメッセージが入った。身内連中からの連絡だった。

 

土鍋『ボス乙乙ー、動画で見てたぜー』

略剣『そっちはそっちで楽しそうだったな』

土鍋『という訳でこっちも終わらせたぜ』

 

「は?」

 

 終わらせたとは、何を?

 

 

 

 

 それは大森林。

 

 木々が生い茂る森の中では緑が溢れている―――筈だった。

 

 だがその一角はまるですべての生命の色を失ったように腐り、溶けている。命という概念が失われたような色へと変貌していた森はしかし、その惨状を生み出した主の死によって停止していた。樹齢数千を超える筈の大樹はその半ばから綺麗に砕ける様に割れ、そして倒れていた―――その先にある腐ったドラゴンの姿を押しつぶし、浄化するように。

 

 本来であれば凄まじいまでの神聖さを抱えていた大樹はしかし、ドラゴンゾンビと相打ちになる形で力を使い果たしていた。無論、その意思に反しての所業だが。だがそれを怒る様な意思が大木には存在しない。そしてそれは世界を救うための犠牲だと言えば―――誰も、何も文句は言えなかった。事実、街道を沼地に沈めたドラゴンゾンビが死亡したことで沼地を支配していた封鎖領域が解除されていた。

 

 それを3人の男たちが折れた大樹の上に座り、ホロウィンドウを叩き込みながら成果報告していた。

 

土鍋『いやあ、ドラゾンさんは強敵でしたねぇ』

 

「……っと。ボスの昔やった対ニグトラップ地獄の話聞いててよかったな」

 

「アレな。実は俺がやり方教えた」

 

「梅戦犯じゃん」

 

「は?? ただの本職なだけだが??」

 

 全身にタトゥーを刻んだ上半身裸、腰から下に布を巻いたシャーマン風の青年はクロスボウを担いだレンジャー風の男を睨み、レンジャー風の男は中指を突き立て返してる。それを見て槍を2本、交差させるように背に背負ったフルプレートアーマーの男が溜息を吐いた。

 

「それよりもさっさとマルージャ脱出しようぜ。派手にやったから街の精霊使いに見つかったら処刑されるぞ俺ら……!」

 

「勝つために環境破壊しまくったからな」

 

「リアルじゃ絶対にできないトラップ地獄楽しかったわぁ」

 

 げらげらと話しながら男たちは立ち上がるとデスコにメッセージを入力し、森から逃げるように走り出す。

 

土鍋『という訳で近いうちにそっちに行くな』

1様『お前らさぁ……』

略剣『はぁ??? なんで信頼を築かないといけないんですかぁ!?』

1様『俺が王族相手にちやほやされているというのにお前らときたら』

土鍋『効率重視で暴れてるだけだぞ!!』

梅☆『やっぱ爆破テロって楽しいわ』

1様『大体察した。はよ逃げてこい』

梅☆『ういーっす』

 

 そして男たちは行く―――マルージャからエルディアへの道を。




 そう、マルージャ側の方も相当酷いのだ。

 という訳でアビサル編は終了。次回から仲間を求めて。


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アフタープレイ

 王城まで辿り着いたらとりあえずはログアウト。これで一旦休憩に入る。マルージャ3馬鹿が盛大にやらかしてくれたおかげでエルディアとマルージャ組の合流は数日中にはできそうだ。少なくとも徒歩だと数日かかる距離が両国の間にある。だがそれさえ踏破出来てしまえば、国交が回復し、飛行船や大型船等を使ってマルージャとエルディアの行き来が回復する。そうすれば今まで以上に冒険できる範囲が広がり、移動も楽になるだろう。運営がどれだけ早く攻略されるか想定したかは解らないが、まさかこんな早くやるとは思いもしなかっただろう。

 

「はあー、楽しかった」

 

 めんどいけど楽しかった。糖分だ、糖分摂取を所望する! はい、プリンー。

 

 という訳で冷蔵庫から自分をほめる為の壺プリンを取り出す。なんと密林でオーダーした高級品だ。しかも1個500円を超えるという値段! うーん、高い! 小市民には中々食べ辛い! だけどスパチャ投げ込まれていたし、これぐらいの贅沢も良いだろう。後で動画編集してアップロードするのを忘れないようにしよう。そう思いながらPC前のチェアに座ってプリンを大人しく食べる。

 

 ちょっと興奮しているので、適度なクーリングタイムだ。

 

「んー、プリンおいちい」

 

 糖分が染み渡る。VRにダイブ中の出来事って体を動かす運動というよりは、脳の運動だからどうしても脳がカロリーを求めてしまうんだよなぁ、と実感を考えとして巡らせる。だからログアウトした後は大体甘いものか何か、食事したくなってしまう。そりゃあログインしている間も美味しいもんをそこそこ食べているけど。だけどやっぱりリアルで食べる実感というのも大事なもんはあると思う。VRで食事すると美味しいのとかは伝わるんだが、細かい体内の反応とかそういう部分は流石にオミットされているから、限りなくリアルでも現実とは違う、って感覚がある。

 

「ま、そういう所含めて楽しむもんかねー」

 

 ぷえー、と謎の鳴き声を零しながらチェアに沈み込む。今日はマジで頑張ったし、もうログインしなくてもいいんじゃないか? 割と目標達成できてるし、全体でスケジュールも押せているし。

 

「んー、スポンサー候補を考えてみるか……」

 

 プリンを掬って口に運び、スプーンを口に咥えたままパソコンに向き合ってメモ帳を起動、そっからちょくちょく入力しているメモ周りを呼び出したりする。

 

「今のところのスポンサー候補は、っと―――」

 

 1.エルディア王家。

 

 正直悪い勝負じゃないと思う。少なくとも俺に対する感情は、今考えられるスポンサーで一番良いとさえ思っている。今回の件で貢献と信頼もかなり上げた。活動の為にスポンサーを頼めばそれこそ普通に通るレベルで信頼関係を構築できている気がする。

 

「次の候補は……」

 

 2.ダリルシュタット機工房。

 

 ここはちょい交渉必須かなぁ、と思う部分はあるけど感情自体は悪くないと思う、エルディア国内での名声もあるし。ドク自身も宣伝と自作のウェポンを使えるというのならスポンサーやってくれそうな気はするんだよな。

 

「まぁ、でもどっちかというと王家の方が比較的に頼りがいのありそうなスポンサーなんだよなぁ」

 

 アーク殿下が割と良い感じにしてくれそうなんだよなー、とは思う反面、新しい王子が帰還するだっけか? と思い出す。そいつが稀人というかPCに対してどういう感情を抱いているかが良く解らんのが問題だ。実際に顔を合わせないとどうにもここら辺は解らない。ただやっぱり、スポンサー確保というのは大事だ。

 

「攻略とかをいったん梅とかに任せて、こっちはスポンサー探しと協力者づくりに走って良いかもなぁー」

 

 俺のレベリングは多少遅れるだろうが、スキルトレーニング周りはA師匠の地獄のタイマン修行をすれば毎日1レベルずつ上げられる。このことを考えると別にフィールドに出て必死にレベリングする必要もないんだよなぁ、と思う。まぁ、それはそれとして自分自身の脚で走って冒険したいのも事実だが。こんな広大な世界、冒険しないのは嘘だろって話だ。

 

「あー、やる事が多いなー」

 

 だけどそれで良い。それが楽しいってもんだ。やる事がある方がない方よりも断然良いに決まっている。やる事がある分だけ楽しいんだから。

 

「とと、そうだったそうだった。固定の要員探さなきゃいけないしな……」

 

 軽くツブヤイッターで宣伝しておくかー、とツブヤイッターを稼働し、そこからツイートを叩き込む。将来的にエンドコンテンツ、或いは超高難易度コンテンツに挑むためのチームメンバーを募集しています、と。

 

 ちなみに募集条件は決まっている。既に今いる身内メンツの戦力と構築はある程度データで送られているので把握している。なので欲しいのは、

 

 タンクが1。此方はサブでもメインでもこなせる人材、それでいて防御力だけではなくちゃんとダメージを出す事の出来るタイプが求められる。何よりも戦闘に対する安定感が欲しいので、変則的すぎるタイプのタンクはお断り。

 

 ヒーラーが1。此方に関してはバリアヒーラーかバッファー/デバッファーヒーラー。既にいる土鍋がピュアヒーラータイプであり、下がったHPを満タンまで一気に戻すことに特化した、純粋な回復力のピュアヒーラーだ。純粋な回復力が高いヒーラーが既にいるので、相方に欲しいのはダメージの軽減を行えるバリアヒーラーか、或いは味方全体のサポートを行えるバッファー/デバッファータイプだ。

 

 DDが1。これはメレー限定。既にレンジが梅☆で、キャスターが俺で、そしてメレーが犬で決まっている。だがDPSの都合上、近接職の方がDPSがやっぱり出るのだ。いや、キャスター職はメレーよりも火力出るのは事実なのだが、強くなればなるほど魔法のエフェクトは派手になるそうで、それが理由でキャスターを増やすと戦闘中見づらくなる可能性もあるのでむやみに増やせない部分がある。まぁ、一応はDDフリー枠でも行けるっちゃいける。でも連携を取る為にここはメレー固定にしておきたい。

 

「これが募集するロールの概要です、っと。えーと……後は指定された固定の日は絶対インできる事、可能なら目標達成までのイン率が高い事も条件、っと。協調性求む……えーと、後は男女に関する指定はなし、と」

 

 大体これぐらいか? 募集内容は。

 

「採用する為に面接&IDでのオーディション形式、後日改めて募集用のツイートをするからその時に連絡をお願いします、っと……まぁ、文面をもうちょい整えてこんな感じかな……」

 

 あ、直ぐにRTされた。こっちはちゃんと告知するんか……って言われてる。流石にするぞー? ちょっと配信の方は趣味でやってるから適度に力を抜いてるだけで。まぁ、大体テロ配信で良いよね。そっちの方が俺も気楽だし。さて、軽く募集の告知だけをしたら反応を見つつ、何か新しいものがないか、と公式の巡回をする。ついでに動画サイトも開けて、追っている実況プレイの新作が来てないかを確認しつつ、だらだらモードに入る。

 

「っと、公式から新しいアプリ来てるな」

 

 公式がシャレム用の管理アプリなんてものを出していた。スマートフォンを使ってゲーム内のアイテムやスキルの確認と整理が行えるというアプリだった。PCあるならそっちでやればいいんじゃねー? とは思うが、どうやらこれ、レタリング機能まであってゲーム内で交友のあるキャラクターとはスマートフォンを通して連絡を入れる事が出来る様だ。

 

 クッソ便利じゃん。

 

「だけど増々VRが現実に食い込んでくるじゃん。人間とほぼ差のないAIがスマホで会話できるとかちょっと良くわかんねーなー」

 

 マジで現実にVRが浸食してきてる。これで将来生活に電脳化必須となってきたら相当やばいぞ。今の社会構造完全に変わっちゃうだろう。価値観がリアルベースじゃなくて電脳ベースになっちゃうだろう。そこらへん、国の偉い人とかどう考えてるんだろ。

 

「いや、まぁ、俺消費者側だから楽しけりゃあ割とどうでもいいけどな」

 

 笑い声を零しながらアプリをダウンロードし、インストールする。そこそこ容量を取るがまぁ、最近のスマホは容量がかなりあるし問題のない範囲だ。その間に食べ終わったプリンを流しに置いて、冷蔵庫から麦茶を取ってくる。

 

 麦茶うまうま。また新しく作り直さなくては。

 

 と、

 

『アプリのインストール終了しました! 此方の方でもよろしくお願いしますね!』

 

 スマートフォンからどこかで聞き覚えのある声がした。アプリがダウンロード完了したことをアプリ側のボイスで教えてくれたらしい。丁寧なつくりしてるなあ、と思いつつパソコンの前まで戻り、スマートフォンを持ち上げる。

 

 そうするとスマートフォンのスクリーン内に、なぜかデフォルメ化されたフィエルの姿が見えてしまって、首を傾げてしまった。

 

『早速アプリ起動しますかアインさん?』

 

「え、そりゃあ試すけど……ん? んン!?」

 

 なんか……なんかおかしくない!? 具体的に何かおかしくない!? ちょっちょっ、待って?

 

 ねぇ、待って??

 

「……Hey! フィリー!」

 

『Hi! じゃないです。人を便利なアプリみたいに使わな……あ、今こっちに出張中でしたね……』

 

「本人じゃん。言い逃れの出来ない本人じゃん。何やってんのお前……?」

 

 スマートフォンを片手に、ドン引きしつつ中にいるフィエルをフリックではじくと、スマートフォンの画面端へと吹っ飛ばされ、逆側から戻ってきた。

 

『え、いや、だって担当に任命されましたし、アプリをDLしたのならこっちでもお仕事かと思いまして』

 

 お前は絶対に何かを勘違いしている。それだけは断言できる。

 

「そっかー、よろしくなー」

 

『はい、よろしくお願いしますアインさん』

 

 だが思った。

 

 便利そうな上級AIが実装されたスマホとかかっこいいし、このままで良いや。




 次回から3章開始。新しいペットの追加よ。Hey、フィリー!


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3章
真の仲間


 ―――アビサルドラゴン討滅戦から1日が経過した。

 

 結局その日はもう1回ログインする気にはなれなかった。原因はとても簡単なもんで、達成感に浸ってちょっと自分にご褒美をあげたい気分だったからだ。凄い事を達成した日にはそのまま遊び続けるよりも一旦休憩を取るもんというか、個人的にはそういう気分でその日はもうゲームで遊ぶこともなく自室でだらだらしてしまった。まぁ、そういう日もあるし大きな達成の後だから動きが直ぐにある訳でもないのだからまるで問題はないのだが。

 

 問題があるとすれば、生活がちょっと変わったぐらいだろう。

 

『アインさーん、もうそろそろ卵が茹で上がりますよ。半熟なら今がベストです』

 

「ほいほいさ」

 

 生活に上級AIが紛れ込んだことだろうか。なんか家事を手伝って? と頼んだら普通に手伝ってくれてしまった。恐らく開発に百万とかじゃまるで桁が足りないレベルで開発されているこのモンスター概念なのに、半熟卵の茹で加減を見張らせるなんて事をさせていいのだろうか?

 

 良いのだ!

 

 運営に連絡したら許可を貰えたのだ! やったのだ!

 

 ちょっと怖くなってきたのだ!

 

 しかもAIの進化テストの協力とか言って新しい専用スマホまで送るとか言い出したのだ!

 

 怖いのだ! 助けてほしいのだ!

 

 ……まあ、真面目な話。AIの成長と進化はシャレムを通して観測されている実験の一つであると運営の方から回答が来ている。その関係で、フィエルは他のAIと比べて面白い方向に自我の形成、成長を行っているらしい。その観察等の為にもこれまで同様、好き勝手扱ってほしいという内容のメールが運営から返ってきていたのだ。まぁ、そういう事を言うんだったら俺も遠慮はしないかなぁ……という事で、今、フィエルはその数千万? もしかして数億は超える開発費で生み出された人工知能を茹で加減を監視する為に消費していた。

 

 開発者泣きそう。

 

「あー、半熟卵に塩をかけて食べるの最高に美味しいんだよなぁ……」

 

『うーん、私もゲームの方に戻ったら味覚データを参照してみましょう』

 

 まぁ、こんな風に我が家は新しいペットを迎えて少し賑やかになっていた。

 

 

 

 

 そんなこんなでログイン。

 

 乱痴気騒ぎから1日が経過、成長報告を行うとすれば、《結界術》以外は全てスキルレベルが7に上がっている。《結界術》に関してはほぼ使わなかったが、それでも1から2にまでレベルアップしている辺り、アビサルドラゴンとその周辺の雑魚がどれだけ美味しかったかが垣間見える。そして戦闘レベル自体もレベル21から跳んで26まで上がっている。そう、まさかの5レベル上昇だ。アビサルドラゴンほんと美味しかったわ。スキルレベルも大きく上昇、この調子なら近いうちに《火魔法》もマスターできるし、ゲーム初期としては中々良い状態なんじゃないか? とは思ってもない。

 

 ただ、3馬鹿に関しては合流まであと数日ある。問題はその間に何をするか、という事だ。

 

 まぁ、やれる事は色々とあるし3馬鹿が合流するまで軽くぐだぐだ遊んでいるのでも悪くはないだろう。

 

 とりあえず、今日も王城の自室からログインする。何時も通りここがスタート地点、拠点となっている。ログインしたところでまだニーズヘッグのログインサインはないし、まだ時間がかかりそうだと判断して部屋を出る。真っ先に師匠の所へとトレーニングに向かっても良いだろうが、たぶん昨日の大破壊の修復作業で忙しいだろう、後でゆっくり出来そうな時間に顔を見せに行くとして、

 

 とりあえずは王城を出る事にする。既に知っている王城内を抜けて裏門へと進もうとすると、

 

「おや、これはアイン様」

 

 と、メイドに話しかけられた。

 

「どもども。何か御用で?」

 

「いえ、シャーリィ様がアイン様が早めに来られるなら此方を通るから伝言を、と」

 

 シャーリィさん、実は結構イイ位置にいる人なのでは? そんな事を思いつつ伝言を受け取ってみれば、ポート・エルの解放に関する話だった。

 

「ポート・エルの方ですが、一般向けに解放されるのは少なくとも1週間はかかるそうです。ですが稀人の貢献を考えて稀人達と港に商館を持つ人たちは早めの許可を出す予定で、それでも明後日まではかかるそうです」

 

「成程成程、んじゃ朝飯は外でつまんでくるんで」

 

「はい、いってらっしゃいませ」

 

 メイドさんに別れを告げて今度こそ王城を出る。空から降り注ぐ日の光は―――今日は陰ってる。本日の天気は曇り空の模様。ここ最近晴れ続きだったし曇るのもしゃーない、って所だろう。とりあえずはぶらぶらと飯を求めて街中を歩いていけば、自然と何時もの馴染みの場所へと向かっている自分に気づく。

 

 うおー、完全に飼いならされてるー!

 

「これもフィエルってやつが悪いんだな?」

 

『私に責任転嫁しないでくださいよ! いえ、でもこの世界を気に入ってくださったことは嬉しいんですが……』

 

 指先をちょんちょんと合わせるように突きながらフィエルが何かを言っているが、通りすがりのマッチョの懐にホロウィンドウを突き刺してさよならフィエルする。

 

 なんか悲鳴が聞こえるけど……まぁ、ええやろ!

 

 という訳で当然の様に何時も通りのイェン・フォウ兄妹の東国屋台へとやってきてしまった。到着した所で既にそこに兄妹の姿と、オープンしている屋台の姿を見つけて片手を上げる。フォウが英傑なのを思い出して言葉を直そうかなぁ、と思ったが……やっぱりやめた。なんか改めるって感じの関係じゃないしなぁ。

 

「今朝は何をやってるの?」

 

「さっぱりした麺を出してるよ」

 

「めーん。ください」

 

「はい、少々お待ちを」

 

 エプロン姿で屋台を切り盛りしている姿、似合うんだけどなぁ……この人。と、そんなフォウを見ていて気付いた。この人、何時もみたいに帽子を被っていない。頭の上から生えている黒い獣耳が見えている。視線をイェンの方へと向ければ、イェンもイェンで帽子を被るの止め、獣耳を露出していた。それを見ておぉ、と声を零すとイェンが得意げな表情をしていた。

 

「うむ、満足だ」

 

 反射的に触ろうと手を伸ばすが、相手がフィエルじゃない事に気づき手を中空で止める。それを見ていたイェンが挑発的な言葉を投げてくる。

 

「どうした、触りたくはないのか?」

 

「さわりたい」

 

「良いんだぞ……触っても……」

 

「そのかわりにー?」

 

「私の物になって貰うが」

 

「はい、解散」

 

「さっぱり麺できたよー」

 

「わぁい」

 

 フォウからラーメンらしき料理を受け取り、早速テーブルの方で食べてみるが―――違うぞこれ、全然こってりしてない! さっぱり、あっさりしているけど味が足りないという訳ではない! この中にある味のアクセントは……パクチーとレモンか? どちらかというとベトナムのフォーみたいな味をしているぞ。うーん、鶏肉で出汁取っているのかな?

 

 美味しい。戦闘もできて料理もできるとかイケメンか?

 

 あぁ、でも《料理》スキル取れば美味しい飯は作れるのか。それはちょっと考えてしまうかもしれない。

 

 朝の緩い雰囲気の中、イェンが対面側に座ってくる。面白いものを見るように此方を覗き込んでくる視線にはどことなく好意が見えている気がする。なんか、俺それに値する事したかなぁ? なんて考えているのだが特に思い至る事はない。いや、全体としては好感度高いだろうけど。それだけの活動してきたし。だから麺を啜りながらイェンを見返すと、

 

「所でアインよ」

 

「なにかな」

 

「これから、何をどうするかという指針を既に立てているか?」

 

「そりゃあ、まぁ、大雑把にはやりたい事が決まっているし。マルージャ側から今逃亡中の仲間を回収する事もあるしなぁ。後はちょっと稀人最強を証明するあれこれとか準備したいし……」

 

 うーん、こうやってタスクを纏めると割とやりたい事が多いんだよなぁ、と思い悩まされる。やりたい事が多いというか、目標までに達成しなきゃいけない項目が多い感じか。どちらにしろ必要作業が多い事に変わりはないのだが、と思っていると、

 

「そうであろう。お前はあの程度(アビサル虐殺)では満足できない男だろうからな」

 

「……」

 

 肯定するように、面白がるようにイェンが言葉を返してくる。視線をフォウへと向ければ、フォウがさっと視線を逸らした。成程、お兄ちゃんは根本的な部分では妹には逆らえませんか。英傑の癖に使えないぞこいつ。

 

「アイン」

 

「なんだよイェン」

 

 呼び捨てで名前を呼べる程度には気安い仲だ。ただ好感度の上がり方が高いのでちょっと裏があるかなぁ、なんて疑っている部分はある。だけど空気を読んでみる限りは()()()()()()()()()()()()()()()()()()感じがある。読み合いは得意だけど騙し合いはどっちかというと略剣の領分なんだよなぁ。

 

 なんだろう。嫌な予感しかしないんだが、

 

「どうだ」

 

 思考に埋没していた意識をイェンの一言が引き上げて、続く言葉で更に思考の渦に叩き込んできた。

 

「―――私に支援(スポンサー)されるつもりはないか?」




大型犬「今すぐログインしなければいけない気がしてきた」

 その瞬間、ペットの第六感冴えわたる―――。


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真の仲間 Ⅱ

「―――まあ、真面目な話をするとイェンが何となくただの貴族の家出娘じゃないって事は薄々感じてる」

 

 それにしては屋台の看板娘とかいう不思議なポジションに落ち着いているのが割と謎なんだが。後その好感度の高さは何? ってのがものすっごい不安になる要素なんだが。それでもこの女はフィエルの天然っぷりと比べると結構計算しての行動だよなぁ、って感じがある。だから、まぁ、イェンの言葉に対する驚きはそこまでないかなぁ、ってのは解る。

 

 ただ此方のそういう風なリアクションを取っているのを見て楽しんでいるのは解る。

 

 めんどくせぇ……!

 

「ふふ、困らせてしまったか?」

 

「いーやぁ? 反抗期の大型犬程は困らされてないよ」

 

「あぁ、ニーズヘッグの事か。困らされた事があったのか、アレに」

 

 あったぞ。マジで。クッソ大変だったぞ。

 

 フォーっぽい麺を啜りながら懐古に浸る。滅茶苦茶懐かしい話だし。

 

「学生時代かなぁ……アイツすっげぇ調子に乗ってた時期があってなぁ。それを後押ししたのも俺だったから何とかしなきゃいけなくてさー。それをどうにかする為にアレコレしてたんでそれが最大の反抗期だったな……」

 

 俺の反抗期? 犬の面倒を見るので忙しくてそんなのはなかったよ……。ちなみにニーズヘッグの次に出会ったのが梅☆で、アイツとはその犬の反抗期に出会った。ニーズヘッグをどうするべきかでめちゃくちゃ困っていた時に出会って、それで色々と教わった。梅☆との付き合いはそれからだ。2番目に長い付き合いなのは確かなんだ。まぁ、この時に調子に乗っていた犬の躾を行った結果今の大型犬が完全に定着することになった。滅茶苦茶大変だったんだぞほんと。まぁ、このゲームとは全く関係のない話だから今更掘り出す話でもないのだが。

 

「まあ、それは置いておこう。それよりも―――イェンはスポンサーとして俺達を支援してくれる用意がある、って発言だとみて良いんだよな?」

 

「あぁ。港には船がある。それを動かせば稼げるのも事実だ。そして此方で商館を開く予定もある。保有している金額もまぁ、割とある。そこは心配せずとも良い」

 

 視線をフォウへと向ければ本当ですよ、と返答が来る。

 

「東国を出る前に剥ぎ取れるだけ剥ぎ取って来ましたからね。ついでに軽く漁りもしましたし……」

 

「使わん金を後生大事にしまっておいても無駄だと思わんか兄上」

 

「貯蓄しておくことに意味はあるんだよイェン。有事の際に放出する為でもあるんだから」

 

「それが今、であろう」

 

「うーん、それはそうなんだけどなぁ……」

 

 良し、金の準備と拠点の準備は出来ているみたいだ。まだ設立していないが、フォウの英傑としての実力、アビサルドラゴン討滅戦での実績を見れば社会的信用はあると見れる。つまりスポンサーとしての最低限の条件である金と場所と地位は用意できるという事だ。フォウの困り顔を見ながら軽く思考を巡らせる。さーて、こいつがどういう思惑を持っているか、どういう意図があるのか。()()()()()()()()()()()()()()()()というのが正しい。メリットデメリットをきっちり考えて判断を下すのが重要な所で。

 

 つまりこれはビジネスだ。契約関係になるのだから、ビジネスの話だ。

 

「よっし、じゃあ真面目な話をしようかイェン」

 

「うむ、真面目な話をしようアイン」

 

 じゃあ聞きますね。

 

「何を目的にしてる?」

 

「家出」

 

 はい、解散。オラ、散るぞ!

 

「はー、美味しかった。やっぱ王家にスポンサーになれないか打診してみっかー」

 

 食べ終わったので王城戻るかぁ、と思っていると肩を掴まれ、無理矢理座らされた。

 

「まぁ、待て。良く聞けアイン」

 

「結構必死だなお前……」

 

 イェンの迫力に押さえつけられ、素直に座ることにする。良し、話を聞こうじゃないか。イェンが頭の耳をぴこぴこと動かしながら良いか、と言葉を置く。それに頷く。

 

「東国、と言っても今は複数の小国家に分かれていて群雄割拠している状態にある。それら全てを纏めて東国と私たちは呼んでいる。私と兄上はその内の小国の1つ出身だ―――ま、言ってしまえばそこにある国主の娘と息子なのだが」

 

「王族じゃねぇか!」

 

 なんで王族が別の大陸で屋台なんてやってんだよ。そこにぶっちゃけよう、とイェンが言う。

 

「まぁ―――ぶっちゃけた話私は四女だからな。どうせ大した価値もないしさっさと出て行ってやろうと決めた訳だ。残ってもどうせ道具に使われるだけだしな」

 

「解るでしょ? 絶対にこの子を1人にさせられないって気持ちが」

 

 解りすぎて辛い。王族がそんな形で飛び出して良いの? そんなフリーダムでいいの? 困ってない? いや、今断絶中で困るもクソもないのか。形としてはその前に家出して安全を確保した、って形になるのか。だとすればまだマシなのか? いや、生活基盤こっちに作ろうとしてるから完全に脱走じゃん。

 

 ロックな所は割と嫌いじゃない。

 

「だから言ってしまえば此方側、アステラム大陸での安定した生活基盤を構築したい。その為に商館、商会を作る」

 

「商売のあて先はあるのか?」

 

「ある。港が使えるようになれば東の商品の仕入れ先にもアテがあるしな。だからこそ名声が必要だ。お前という男の名声がな」

 

 色々とアレな部分もあるが―――理由自体はすっげぇ真っ当なんだよなぁ。というか考慮に値するレベルで。生活基盤が欲しい上に名声を求めてそれを証明する看板を用意したい。つまりアビサルドラゴン相手に一躍有名人になった俺の名前を使いたいという話だ。まぁ、ここら辺は普通に解る話なんだよな。それに金もあるなら断る必要がないし。ただ1つあるのなら、

 

「俺がイェンの話を断って王城にスポンサー頼み込まない理由は?」

 

「国の紐付きになると必然と面倒だぞ。国民向けに色々と示したり、義務が生まれたり。私が後ろ盾になれば金と自由の問題は解決するし、船も足として使わせてやろう」

 

 うーん、恐ろしく真っ当。所々おかしな部分はあるけど話し合いの内容に関しては割と真面目だよな。ぶっちゃけ最有力候補の王家スポンサーはそこらへんが面倒だなぁ、ってあらかじめ見ていたしそのデメリットがない所に所属できるならそれはそれで良いんだよな。じゃあ次の質問するか、と視線をイェンに戻す。

 

「お前がそこまで俺に入れ込む理由は?」

 

「ふむ」

 

 その言葉にイェンが言葉を停止させ、対面側のテーブルから身を寄せるように顔を近づけてきた。そしてそのまま囁く様に、

 

「お前に一目惚れした―――ではダメか?」

 

「うーん、さて、どうだろうなぁー」

 

 顔メッチャ綺麗なんだが?

 

 滅茶苦茶ドキドキする距離にまで顔が近づいている。これで普段から大型犬との戯れである程度耐性をつけてなかったら即死だったなぁ、と思う。

 

 ……割と本気で考慮に値するけど、裏の事情が見えてこないんだよなぁ。

 

 条件は美味しいし、メリットもデメリットも見えている。それを考慮して乗っても良いと思っている。だがそれはそれとして、素直にこの態度と条件に乗っても良いもんか、とは思わなくもない。フォウの方に視線を逸らしてもヒントを出してくれる気配はない。まぁ、好感度が高いのは別に問題でもないしこれでいいかもなぁ、なんて事を考えてしまう。

 

 ニーズヘッグがかっこいい系の美人なら、こっちは綺麗系の美人だし。ストレートな好意を見せられて嫌に思う男なんていないだろう? それがハニートラップであっても。だから結論、出しちまおうかなぁ、

 

 と思ったときに。

 

 後ろへとグイっと引っ張られる感覚を得た。そのまま何か、柔らかい感触に抱きしめられ、首に両手を回されている感覚を覚えた。

 

 ―――あああああああああああ!?

 

 回された手で誰が何をしているのかを理解し、何が頭に当たっているのかを知って、脳味噌が茹だる。だがそれに関係なく、頭の上から声が放たれた。

 

「駄目。私の」

 

「ほー……」

 

 俺の内心の叫びを無視して、ニーズヘッグは俺を後ろから抱きしめてイェンと睨み合っていた。

 

 俺の内心の叫びを無視して。

 

 俺の内心の叫びを無視して!!




 絶対に顔に出さない男アイン。

 次回、龍虎相打つ。わん! がおー! な感じで。


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真の仲間 Ⅲ

「―――さあ、ついに始まりましたアイン争奪戦! 女と女の苛烈なるヒロイン争い。1人の男をめぐって争い会う女の姿! 創作としてみれば大変宜しい状況ですがリアルにしてみると恐ろしくてとてもじゃないが突っ込む経験をしたくない雰囲気! そんな状況を外野から実況させて頂くのは私、屋台にすっかりハマって居座ってしまった山田、PCの山田で御座います。そして隣の此方」

 

「解説はイェンの実の兄である俺、フォウ・ユンファが務めさせてもらうよ」

 

 貴様ら遊んでないで助けてくれ。ニーズヘッグが俺を逃がしてくれないんだが?

 

 ニーズヘッグが何時ログインしたのかは解らないが、凄まじい嗅覚で俺の居場所を―――いや、最近朝か夜はここで飯を食っているし簡単に察知できるから普通に来ただけかこれ。ともあれ、イェンの方からハニートラップを仕掛けられている中、ニーズヘッグがやってきてしまった。そりゃあこんな光景を見たらニーズヘッグが刺激されるのは当然の理で、後ろから抱き着いてくるニーズヘッグは絶対に逃がさない、と言わんばかりに体を密着させてなんか背中から上が柔らかいんですけどォ―――!

 

「アレは中々大胆な行動ですがアピールが激しいですねぇ……!」

 

「おや、アレは寧ろマーキングに近い行動だと思います。あのニーズヘッグさんはイェンが脅威になるって事を理解したんですよ。理解した上で所有権を主張する為に自分の体を密着させて匂いをつけているんですね。アピールというよりはアレは威嚇行動に近い……!」

 

「成程、流石ですねフォウさん。ここからはイェンさんの動きが気になる所です」

 

 マジで実況と解説始めやがった。

 

「イェンちゃん負けるなー!」

 

「白の嬢ちゃんそのまま押せ押せー! 10万賭けたからなー!」

 

 ついには外野が賭け事まで始めてるし。狂ってるのかこいつら?

 

 でも同じ状況なら俺もやってるな……。そう思うとなんか妙に納得して落ち着いてくる。いや、嘘だわ。落ち着けねぇわ。

 

 正直な話、女からのボディタッチって慣れる? って聞かれると絶対に慣れないと答える。いや、略剣の奴とか妻子持ちだしスキンシップ多めでも特になんでもなく平気らしいのだが、少なくともまだそんな関係の相手がいない自分には無理な話だ。だというのにこの駄犬は時折唐突なスキンシップを強行してくる。無論、リアルでの話だ。住所なんてもんはとっくの前に知られている。だけど心臓に悪いし勘違い―――という訳じゃないのだが、それでも俺の理性ががりがり削れるので本当にやめて欲しいのに、

 

 イェンの視線を受けて更に強く抱きしめてくると背中で体温がぉぁ―――。

 

「あげない」

 

「ほう、つまりはお前が独占できる立場にあるという事か?」

 

「そう」

 

「2人がそのような関係にあったとは知らなかったなぁ」

 

「今なった」

 

「なってない! なってないです! 俺はフリー! 永久フリーせんげ―――あ、首絞めないで」

 

 反論をした瞬間ニーズヘッグが力を入れてくるので何事かと思ったが、気づけば椅子から立ったイェンがするり、と此方側へとやってきた膝の上に座ってくる。こんな狭いスツールの上に座っているのだから当然密着してくるし、前の方からは良い匂いがしてくるし、思いっきり寄りかかってくるし、やばい、適当に思考を回し続けないとこれ相当危険な状態なのでは? 良し、年末に土鍋が全裸で神社へと向かったときのことを思い出して落ち着く。アイツなんだっけ。そうだ、飲み過ぎた影響で脳味噌が吹っ飛んだんだっけ。途中でお巡りさんに見つかって塀に上ってパルクール逃亡始めたらなぜかお巡りさんもパルクールの達人で屋根上デッドヒートが―――。

 

「フォウさん、これはどう見ますか?」

 

「バリバリの対抗心ですね。正直イェンは昔から不思議な子でした。妙に勘が鋭いというか、先を見通すことが出来るように位置取りを取って来ましたね。それで家中ではもしや未来が見えているのでは? なんて囁かれている子でしたが……」

 

「でしたが?」

 

「まぁ、その実態は割と抜けている部分も多い、普通に負けず嫌いな子なんですよ。目の前でここまで対抗されてしまったら引けなくなってしまいますね」

 

「成程、ドツボにハマるという奴ですね?」

 

「ですね」

 

 お兄様そこで冷静に解説してないで助けてくれない? ねぇ? 嬉しいには嬉しいんだけどこの件が後にどれだけ尾を引くのかそっちの方が恐ろしいのもあって早く逃げ出したいんですよ。ね?

 

 だから逃げる為に素早く立って逃げ出そうとすれば、立ち上がった瞬間に体が引っ張られてスツールの上に座り直される。しかもニーズヘッグも自分の分のスツールを用意して完全に背後を取っている。絶対に逃がさない、というよりは渡さないという表情を後ろからしている。そしてイェンもイェンで、前から腰に手を回して密着させている。気づけば尻尾もしっかりと脚にからめるように巻き付けていて、絶対に逃がさないという意思とそこはかとないエロチシズムを感じる。辛い。

 

 天国で地獄かここは?

 

 これ、男女が逆ならハラスメントで訴えられたぞ?

 

 ―――ん? ハラスメント?

 

「アインは特定の相手はいないと言った―――なら別に私がそこに収まろうとも関係あるまい?」

 

「ある。ボスは私と一緒。一緒じゃなきゃ駄目」

 

「それはお前の意見であろう? 一方通行の想いだけでは関係は成立せん」

 

「問題ない。ボスは私にメロメロ」

 

 えーと、ホロウィンドウを呼び出した。あ、いや、フィエル呼んだほうが早いなこれ。

 

「そうか? 今は私にうっとりとしているように見えるが」

 

「違う、私に」

 

「体に自信があるのは結構―――」

 

「でも―――」

 

「やはり―――」

 

 良し、我慢の限界だしやるか!

 

Hey! フィリー! セクハラでこいつら牢獄にぶち込んで!」 

 

 

 

 

「ながく、くるしいたたかいだった……」

 

 ニーズヘッグとイェンは問答無用で牢獄送りにされた。フィエルともう1人、見たことのない天使だか女神に抱えられて、そのままどっかへと消えてしまった。内容的に数時間もしたら戻ってこれるらしい。まあ、許可もなくあんなに密着してきたら運営報告で是非もないよね!

 

 額の汗をぬぐいながら強敵に別れを告げ、聴衆に蹴りを叩き込んでさっさと解散させる。見世物じゃねーぞおら!

 

「お疲れ様、アインさん」

 

「あ、フォウさんどうも。もっと早く助けて欲しかった」

 

「あははは……」

 

 フォウから飲み物の入った木のコップを受け取る。中身はどうやらベリージュースの様だ。ちょっとした苦みを甘みの中に感じて、それがアクセントとして丁度良く働いている。あー、朝から馬鹿をやった気がした。

 

 まぁ、楽しいから何も問題はないのだが。

 

「ごめんね、アインさん。イェンも決してふざけてやっている訳じゃないんだ……と思う」

 

「そこは断定して欲しかったかなぁ!」

 

 いやあ、だってなんで好意を向けられているのか、割と本気で篭絡しに来ているのか良く解らないんだもん。そりゃあ裏があると思うし、怖いに決まっている。ただそれ抜きでスポンサーしてくれるって話は美味しいから個人的に乗ってもいいかなぁ、とは思っているのだが。そんな此方の考えを理解しているのか、フォウが申し訳なさそうに腕を組みつつ頷く。

 

「うん、間違いなく真面目なんだ、イェンは。さっきも言ったと思うけどあの子は昔からちょっと変わっていて時流とかの流れを先読みするのが上手な子だったんだ。それこそ未来を見ているんじゃないか、って言われるほどにね」

 

 未来視かぁ、と呟く。どうなんだろう? ゲーム的に見ればプロットやシナリオの先を見る事の出来る能力……って風に解釈できるのだが。でも今の技術力だったら高度の演算による未来の想定は行えるんじゃないだろうか? まぁ、イェンとは関係ない話か、ここは。

 

「少しだけ妹を庇わせてもらえると」

 

「うん」

 

 フォウは少しだけ溜めてから言葉を続けた。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んです」

 

 こっちの大陸では神々、つまりは上級AI側から一部に対して断絶おきますよー、封鎖されますよー、と通達される所があったり、予測されたりと軽く事前に準備するだけの時間が与えられたらしいのだがそういう兆候すら東国には存在しなかったらしい。となると本当にある日突然世界が終わった、って感じなんだろうか。

 

「その中でイェンだけが唐突に東国を捨て、金を奪える所から奪って、必要なものを揃えて海を渡ってきたんですよ。まるで最初からここが唯一安全な場所であると解っていたかのように」

 

「うーん……」

 

 そう言われるとなんか一気に怪しくはなるんだよなぁ。なんだろう。フォウの話を聞いて余計にちょっと混乱してきた部分があるかもしれない。だけど同時に、フォウの言いたい事は解る。

 

「……イェンのやる事には絶対に意味がある?」

 

「うん。少なくとも俺はそう思っています。イェンがあそこまでアピール……アピール? アピールなのかなぁ、アレ……でもその手の教育全部投げ捨ててたしなぁ……イェンなりのアピールだったのかもしれないなぁ……今度相談に乗るべきなのかな……」

 

「フォウさーん?」

 

「うん? あ、あぁ、ごめんなさい。えーと、そうですね。不器用な子ですけど、実行する以上は必要だったんだと思いますから、その……あんまり、嫌いにならないでくださいね?」

 

「あんだけアタックされて嫌いになれる男がいたら凄いと思う」

 

 フォウは腕を組み、目を閉じると複雑そうな表情を浮かべながら頷いていた。この兄妹、兄は英傑の癖して結構苦労してるんだなぁ……。

 

 そんな事を思いながら朝の時間が過ぎて行く。




 勝者、フィエル。決まり手、押し出し。


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真の仲間 Ⅳ

「師匠は自分に言い寄ってきた女をとりあえず保留する為に牢獄にぶち込んだ事ある?」

 

「ないから是非とも現場を見たかったのー」

 

 イェンとニーズヘッグがしばらくの間牢獄で草むしりを強制される為、いったん2人を放置して王城まで戻ってきた。目的は当然ながらレベリングだ。折角暇な時間が出来たのだから、効率的に師匠の所で消化しようという腹積もりだ。決して街中に居づらくなったわけでもなく、フォウの”解ってるよね? 泣かすなよ?”という感じの視線から逃げたくなった訳じゃない。

 

 ないったらないんだ。

 

「という訳で師匠、早く訓練しましょう。痛みとデスカウントでこの記憶を消し飛ばすんだッ! ミニアビサル君もそう言っている!」

 

「クケェ―――!」

 

「なんじゃその奇怪な鳴き声は」

 

 両手で抱えて持ち上げているこの両手に収まるサイズのミニドラゴン―――幼体アビサルドラゴンは装備枠に入るペットだ。つまり装備することで課金ペットと同様に育て、連れて歩き、一緒に遊ぶことが出来る存在だ。ただし、戦闘では一切の貢献ができないので本当に日常で戯れる為の存在だ。こいつはアビサルドラゴン討滅戦のレイド参加報酬であり、あのレイドに参加した600人のプレイヤーにのみ報酬として配布されたアイテムの1つだ。

 

 つまりあの馬鹿騒ぎの参加者たちは皆、限定ペットを入手しているという事だ。

 

 その他にもトップDPS報酬、MVP報酬、発見者報酬、ファーストヒット報酬とか細かい項目が色々とあったが、報酬全体としては中々のもんだと言えた。ただ報酬の大半はアビサルドラゴンの限定素材であり、それを使った装備というものは現在の所、プレイヤーでは作成不可だし、NPCに作成を依頼してもレベル50まで装備できないので倉庫で腐らせる以外の選択肢がない、ちょっと残念なものだった。

 

 まぁ、それでもペットとか面白い報酬は出てたので文句は一切ない。

 

「しかし”雷帝”の妹君か……ふーむ」

 

「雷帝……フォウさんの事」

 

「うむ」

 

 Aが空中に座ったまま髭を撫でつつ頷いた。杖を振るうとチョークボードを召喚し、そこにチョークが触れなくても勝手に動き出してチョークボードに書き込み始める。

 

「そもそも東国とは西部と東部で大きく文化が分かれておる事を知っておるか?」

 

 その言葉に頭を横に振った。東国と呼ばれる大陸の絵図が描かれる。そしてその横には《レオニード大陸》という名前が付けられる。たぶん此方側が呼んでいる大陸名だろう。その中央を分断するように線を引き、その中に複数のチョークで更に細かく線を引いてゆく。たぶんこれは……、

 

「……領土?」

 

「うむ、国家という形ではあるがの。現在の東国東部は群雄割拠の乱世に突入しておる……まぁ、現在というかこうなる前の話じゃが。今はどこも争えんじゃろうし」

 

「せやろな」

 

 ジャパニーズ戦国タイムだぜ! 領土の1つ1つが国で自分ルール展開しながら殴り合っている時代だ。かなり物騒で安全圏がない奴だぁ。そう思いながらAの話を聞いていると、

 

「じゃけどおかしいのー。”雷帝”は確かに東国でも名を馳せる武神の一角じゃが、その国は既に攻め落とされているという話なんじゃよなぁ。まぁ、あまり興味ないから特に驚きもせんかったが」

 

「しろよ」

 

 え、じゃあなんでこっちにいるの? もしかして逃げてきた? という割にはノリがだいぶ軽かったよな、あの兄妹。それともマジで出奔してきたのか? それともなんだろう……やっぱり事情が読めないや。なんか完全にしがらみFREEな格好をしていたんだけどなぁ、あの2人組。割と経歴というか今の動機が謎が多い。ただ、話してくる内容に関してはメリットが多いんだよなぁ。

 

「うーん、あの兄妹をスポンサーにして良いものか……」

 

「なんじゃ? 投資元を探しておるのか? なんじゃったら師弟のよしみで儂が支援しても良いぞ」

 

「マジで!?」

 

 予想外の所から話が出てきたことに割とビビる。此方のリアクションに対してAが笑いながら髭を撫でる。

 

「ほうほうほう、まぁ、意欲的な弟子じゃしな。儂の秘儀を教える事にも躊躇はない。ならば将来性込みで支援するのも決して悪くはない選択じゃ。それに金なんて使い道もなく余っておるからのぉ、少しぐらい豪遊したって儂は構わん構わん」

 

 ただし、と付け加える。

 

「儂のコネはほとんどメゼエラに集中しておるから、祖国を取り戻すまでは金銭関係でしか支援は出来んじゃがの。それに船なんぞ持っておらんし、テレポートすりゃあええから飛空艇も保有してないからの。そういう意味での支援は期待してはならんぞ」

 

「はー……いや、申し出はほんとありがたいんで」

 

「ま、励め若人よ。お主の成長を眺めるのが今では儂の一番楽しみよ」

 

 そう言われるとちょっとむず痒く感じてしまう。誤魔化すように首の裏を掻いてから良し、と呟き両頬を叩く。意外なスポンサー候補を発掘する事も出来たし、割とここら辺の発掘も順調だ。後は《深境》を十全に活用する下地を作る為にひたすらスキルレベリングだ。

 

 今日も地獄を見るぞい!

 

 

 

 

「さて、今日はここまでじゃ。あまり詰め込み過ぎてもつまらんしの」

 

「……おっす」

 

 鍛錬、何時も通り終了。本日は《星魔法》を全身で味わった。普通の手段では習得する事の出来ない属性魔法の1つであり、基本的な属性を全てマスターしたら教えてくれるとか約束されてしまったので今、ちょっとモチベーションが高い。だってメテオですよメテオ! 隕石落とすのこの属性らしいですよ!

 

 その他にも星光砲撃とか、天体操作とかも入るらしい。今ちょっとおかしな単語はいらなかった?

 

 まぁ、そんな訳で何時ものスパルタ特訓を受けて《火魔法》と《時魔法》がレベル8に上がった。これはいよいよ10も近いぞ。

 

 《火魔法》は7で〈イグニートジャベリン〉という使いやすいストック可能な連射魔法で、8で火ダメの上昇だ。これは前に本で読んだ通りの内容なので、驚きは特にない。問題は《時魔法》の方であり、7で習得したのは〈ストップ〉と呼ばれる魔法であり、起点指定の単体魔法で発動した場合、相手の動作、反応を含めた状態を停止させる、停止状態にさせる魔法だった。つまり相手が停止しているので一方的に殴る事が出来る神の魔法だった。とはいえ、当然ながらこれはボス等に対しては通じないので雑魚相手にしか使えない魔法だ。

 

 しかも8で習得したのは〈タイムキープ〉という時間耐性を付与する魔法。これを使うと加速、減速、停止、停滞などの効果を効果中は受けなくなるという魔法だった。つまり《時魔法》を育てれば相手をハメ殺す手段を覚えるが、同時に同じ手段を使ってくる敵に対して無効化する手段も手にするという事だ。神の魔法かぁ??? なんて最初は思ったが、PvP前提で考えてみると直ぐに耐性魔法を取得できるので《時魔法》使用環境がPvPにやってきたらお互いに停止攻撃が通じない状態が出来上がるんだろうなぁ、と思う。

 

 いや、まぁ、PvPやらんけど。

 

 ごろり、と床で仰向けになる様に転がり、あー、と声を零す。

 

「どうしよっかなー……」

 

「悩め悩め。それが青春というもんじゃろうて」

 

 青春と言える年齢は過ぎてるんだけどなぁ、高校卒業してるし。でも美女にサンドイッチされていたあの状況をわたわたあたふたしていた状況は……まぁ、青春とも言えなくはないかもしれない。あの反応を含めてマジでどうしたもんかなぁ、としか言葉が出ない。

 

「おぉぉぉ……」

 

「ほうほうほう。いやあ、若人が悩む姿は楽しいのぉ」

 

 酒を取り出して昼間から飲み始めている爺の姿を半眼で睨みつつ、溜息を吐く。イェンとニーズヘッグが檻から解放されるまでの間、どーいう反応を取ったもんか、悩む事にする。

 

 特にニーズヘッグに関してはリアルでの面識もあるし、感情の向けられ方も自覚しているし。

 

 そういう関係になってもいいもんか、でもめんどくせえなぁ、と思う部分もあるし。最近フィエルとかイェンとか出てきて良い思いも出来てるし必死になる理由もねぇしなぁー、なんて考えを脳内で転がす。

 

「……はっ!」

 

 どっちもAIじゃねぇか! 依然状況は犬が有利どころか今日の出来事で王手かけに来てるじゃん! あっぶねぇ!

 

 いや、でもニーズヘッグも同じことに気づいているだろうし、リアルでの脅威がないと分かれば自然と落ち着くか。なんだ、問題ねぇじゃん。

 

 あまり深刻に考えるのもゲームなのにどうかと思うし―――もうちょっと緩く考えて行こう。

 

 そう考えてまた床の上をごろり、と転がった。




 メイプル2では刑務所にぶち込まれた違反PCの草むしり姿を一般PCが観察できるという最高のシステムがあってじゃな?


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真の仲間 Ⅴ

「まだ戻ってくるまでは時間がかかるか……」

 

『刑期を終えれば戻ってこれるんですけど、なんか2人とも牢内でいがみあっちゃいまして……』

 

 何やってんだあの2人。というかイェンが思ったよりもガチな事に驚きだったわ。演技とかそういうもんも混じってると思ってたんだが。……まぁ、このことは今は忘れておこう。それよりも今は……いや、特に優先する事もないな。しいて言えばレベリングが重要だが、今の所レベリングするなら街道で格下相手の狩りか、それともちょっと離れた場所へと行く必要がある。

 

 だけど3馬鹿とこっちで合流する予定もあるし、遠出するのはちょっと控えたい。

 

「いい機会だしクラフターに手を出すか」

 

 《エンチャント》辺りは手を出そうとは思っていたし、ちょうど良いタイミングなんじゃないだろうかこれは? そう思って王城を出て、《エンチャント》の習得を行う為に魔導ギルドへと向かう事にする。記憶が正しければここで習得は行える筈だし、ついでに軽く触媒などを購入して今の装備に対する《エンチャント》練習でもすれば良いだろう。開いた時間の中でちょくちょくやってれば、まぁ、少し時間がかかってもレベルを上げる事は難しくはないだろうと思う。クラフターのレベリングに近道はないし、手を出せる時に手を出そうと思って街中を歩けば、

 

「お」

 

「あ」

 

「再会」

 

 レオンハルトとレインのコンビに街中でばったりと出くわしてしまった。片手をあげて挨拶すると、レオンハルトが片手で挨拶を返してくる。しかしその視線は誰もいない横へと向けられ、

 

「ん? ニーズヘッグがいないようだがどうしたんだ?」

 

「人をセット扱いしないでくれ……いや、まあ、少し前まではいたんだけど俺にハラスメントで豚箱アタックさせて貰ったわ」

 

 その言葉にレオンハルトがやや引いたような表情を見せた。

 

「身内相手に容赦ない……」

 

「身内相手だから容赦がないんだよ」

 

「節度。大事」

 

 レインの言葉に腕を組んで頷く。最近の犬のスキンシップが興奮が原因なのかかなり濃密なので、そろそろ1回お話するべきかなー、とは思わなくもないが。まあ、まあ、そういうのは考えるとドツボにハマるし考えるのは後回しにする。それよりもレオンハルトとレインが一緒に事を再び目撃したし、そっちのが個人的には気になる。

 

「もしかしてレオとレインって固定?」

 

「いや、別にそういう訳ではないんだが……うーん」

 

 此方の疑問に対してレオンハルトはどうしたもんか、と顎に手を当てると首を傾げる。だがレインが特に気にしない、と言わんばかりに頭を横に振った。

 

「兄妹」

 

「はあーん、兄妹で抽選突破してるのか、すげぇな。倍率恐ろしかっただろ」

 

 うちは身内全員で抽選突破してるけどな? まぁ、それでも全世界のプレイヤーが待望するフルダイブVRMMOゲーを身内分確保して遊べるというのは中々の強運だ。第2陣が待っているとはいえ、それでさえ抽選なのだからマジでここら辺の倍率は魔境だ。しかしレオンハルトとレインが兄妹なのには納得が行く。道理で同じような武芸タイプだったのか。

 

「アインの方はどうなんだ?」

 

「俺? ニグはリアルでの飼い犬だよ」

 

「女性にそういう言い方はないんじゃないかなぁ」

 

 恐ろしい程に悲しい正論。でも、まぁ、慣れちゃったしなぁ……犬扱いだ。アイツ自身も犬扱いでいいやって開き直っている部分あるしかなり今更の話だよな、これ。でも、まぁ、他の人から見られたらそういう感じもあるししゃーないのか。うーん、とちょっと首を傾げる。まぁ、雑に扱っている部分もあるし、ちょっと見直すべき案件なのかもしれない……?

 

 いつまでも一緒にいられる訳ってもなさそ―――あ、待てアイツ執念で食らいついてきそうだ怖いぞ。

 

「うーん、まぁ、ちょっとは扱いに関しては考えておくわ」

 

「あぁ、それが良いと思うが」

 

 レオンハルトが頷く。根本的な部分でこいつ、常識的な人間だというのを再確認した。そしてそこで納得したところでレインが言葉を挟み込んできた。

 

「募集」

 

「ん? ……ああ! 固定募集の事か」

 

 レインがこくこくと頭を頷かせた。無口単語系キャラ、ここまでちゃんとやれているとちょっと応援したくなるのはさておき、固定募集と言えばツブヤイッターで流した例の呟きの事だろう。というか俺のツブヤイッター、追ってたんだな。ちょっと驚いた。いや、驚くほどでもないのか? 正直フォロー通知多すぎてその手の通知全部切ってたんだよな。

 

「知っての通り、固定の補充要員……補充というかスタメンの募集だな。ぶっちゃけた話、既に身内が5人揃ってた、フルパーティー結成に後3人足りないって所なんだよ。THDそれぞれ1枠ずつな」

 

「あぁ、その話実は俺達も興味を持っていてな」

 

「応募予定」

 

「マジで? いや、嬉しいっちゃ嬉しいけど1枠しかないから奪い合いだぞ」

 

 レオンハルトとレインは此方側、エルディアサイドでは突出したDDだ。単純にDPS概念を理解していて、パーティープレイもできるし、常識があって指揮にも従える。それだけでかなり候補としてはトップに来るだろう。純粋に1度PTを組んで雑魚狩りをしたことがある、アビサル討滅戦での動きを見た事があるというのは選択肢として挙げるのに有利な要素にもなる。ぶっちゃけ、知っていて有能な人はスカウトしたい。まぁ、まだ見ないDPS自慢がいるだろうし即決! とはいかないのだが。

 

「アビサルドラゴン戦で気が付いたが、このゲーム最終的にコンテンツが集団戦の方にシフトするっぽい感じがあるしな……だったら早めに落ち着ける環境を見つけておきたいし」

 

「同上。楽しかった」

 

「おぉぅ……そう言われると俺も嬉しいよ」

 

 まぁ、実際ゲームは楽しいって言える相手と一緒に遊ぶのが一番楽しいし、モチベーションが維持できる。そういう意味で言えばこの2人の意思は正しいのだ。問題はこっちはガチでワールド・ファーストを取りに行くからガチガチの戦闘構築をする為、エンジョイどまりの層とは割と相性が悪い。空気が悪くなろうが実行するだけのメンタルと、逆境とぎすぎすを逆に爆笑しながら楽しめるレベルのメンタルが必要だ。

 

 そういう意味ではあんまり誘いたくないなぁ、と思う部分がある。

 

 だってレオレイン兄妹、どう見てもまともだしなぁ。外道戦術とか身内煽りとか絶対受け付けなさそうな感じはする。だから、まぁ、それを含めて面接が必要だなぁ、と思っている。

 

「まぁ、告知はしたけど募集はもうちょい先よ。細かく言うなら30台IDの発掘できたら、かな。面接の他にIDで一緒に潜って動きを実際に見るのも審査に入れたい感じあるからな。恐らくポートを解放して船で行ける先、そこで解禁されるエリアにIDが3~4ぐらいあると思うんだよな」

 

「成程、船に乗れるだけの力も見てる訳か」

 

「最低限トップについてこれるだけの気概を見せてくれないと寄生したい奴とかHimechanとか出てくるしな」

 

「姫。殺」

 

 姫という言葉に反応したレインが殺意を露わにしている。何か嫌なことがあったんだろうか? まぁ、Himeの影響で固定爆散ギルド崩壊なんてよくあるネトゲ話だしなぁ……。

 

「ま、レオもレインも候補としては結構良い所にあると思うし、後は他の参加者次第かなー」

 

「ほほう、なら期待しておくさ。それ抜きでもまた一緒に遊びたいしな」

 

 それは是非是非、と答えようとすれば、

 

「ほう―――お前もその固定に潜り込もうとしているのか。なら将来的には同じ固定の仲間かもしれないな……」

 

「誰だッ!」

 

 聞き覚えのない声に振り返れば、そこにいたのは見覚えのないプレイヤーだった。だがその見た目のインパクトはおそらく永遠に忘れないトラウマを刻む。

 

 そのプレイヤーはおしゃぶりを装着していた。

 

 紙おむつを装着し、

 

 手にはがらがら鳴る玩具。

 

 上半身は裸で顔はサングラス。

 

 それはどこからどう見ても変態だった。

 

「俺も募集を見て―――参加したいと思った。待っていてくれボス、俺があんたの戦いを支えるばぶ。あんたの真の仲間になって見せる……!」

 

 良い笑顔で頷く赤ちゃん男を前に3人で完全にフリーズし、視線を合わせてから頷き、GMコールを同時に連打し始めた。

 

「フィエル!! 助けてフィエル!! 化け物だ!! 助けてくれ!!」

 

 募集要項に社会的常識を満たせる奴、と今後は付け加える事を硬く誓った。




 MMOプレイヤーは良く頭のおかしい格好をする。


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真の仲間 Ⅵ

「おぎゃあ! おぎゃあ! ばぶう!」

 

「はいはーい、話の続きは牢獄で聞きましょうねー」

 

「稀人って時折パンチが凄いの出てくるよな……」

 

 衛兵に両側から挟まれるように引きずられる怪奇・ばぶぅ男が連れ去られてゆく。システム的に違反する要素が皆無なので通報してもノーダメージだったが、流石に王国法的にはアウトだったらしい。これからシステムではなく王国の牢屋にぶち込まれるらしい。おぎゃりながら抵抗の声を上げて行くのがどこまで怖い。

 

「私は戻ってくるぞ! 真の仲間となる為に! リアルの社会では本当の自分をさらけ出せない! だがここでは私はおぎゃれる! 存分に! おぎゃあ! おぎゃあ!」

 

「頼むから二度と出てこないでくれ」

 

「同意」

 

「人は色々とあるんだなぁ……」

 

 もう二度と消えないトラウマを俺達の記憶に刻んで、ベビーは消えた。

 

 それから。

 

 レオンハルトとレインとは別れて、魔導ギルドへと向かった。今日は特に予定はないのにイベントが濃い部分がある。まぁ、それだけ楽しいって事だがばぶぅだけは勘弁してほしい。なんだよ真の仲間って。そんな真の仲間嫌だよ。

 

 それはさておき、魔導ギルドに到着すると結構な数のプレイヤーやNPCがいる。典型的な魔術師、魔法使いのイメージと言えば根暗で陽の入らない暗い地下工房で実験しているイメージだが、そんな事はなく日の差し込む明るくて清潔、それでいて白をベースとしたちょっとミスティックな雰囲気のある建造物が魔導ギルドの建物だ。広さはそれなり、建物は3階まで存在する上に地下もある。一般的な魔術イメージからは離れた、ちょっとおしゃれな場所だ。

 

 だからか、中にいる人たちも少し明るく見える。

 

「えーと《エンチャント》の習得は、っと」

 

 師匠が言うには本を熟読すれば普通に習得できるらしいので、ギルド内の商店で《エンチャント教本・初級》を購入する。それに合わせてエンチャント用の最下級触媒も山の様に購入する―――少なくともそれを余裕で買い込めるだけのお金が今の自分にはある。アビサルドラゴン様様である。

 

「確か触媒と消費素材が必要だっけか……」

 

 素材も触媒も消費して欲しいエンチャントが出るまで無限にリセマラ―――武器の性能を追求しようと思うと絶対に沼る奴だよなぁ、と思いながら必要なものを買い終える。これで魔導ギルドでの用事はおしまい。カウンターの方からじっとこっちを見つめる受付の視線を感じるが、欲しいものや必要な知識は大体師匠から入手したり聞けたりするので、あんまり受付を利用する必要がない。という訳でじゃあの、と心の中で告げながらギルドを出る。

 

 これでとりあえず99回分のエンチャント素材は確保した。これだけあれば良い感じに暇つぶしにはなるだろう。その前にスキルを習得する必要があるが。

 

「んー、折角だし外で読むか? だけど今日は雲ってるしなぁ」

 

 途中で雨が降ってきても厄介だ。でもちょっとおしゃれなカフェで読書とかあこがれるなぁ―――!

 

 とか思ってギルドを出た瞬間。

 

 目の前を、黒い姿が四つん這いになった状態で素早く駆け抜けていた。そのあとを、全力で王国の衛兵が追いかけている。

 

「おい! 待て! 止まれ! 止まれぇ―――!!」

 

「止まれよ!!」

 

「そこの稀人ォ!! 景観を崩すなあ!!」

 

 黒いゴキブリの様なプレイヤーは背中に今にも折れそうな程よぼよぼの爺さんを乗せたまま、全力で大通りを這ったまま駆け抜けていった。その姿を王国の衛兵たちが全力ダッシュで追い掛け、壁や屋根へと跳躍しながら追い込むために走り回っていた。そんな姿を腕を組んで頷く様に眺め、決めた。

 

「部屋に戻ろ」

 

 

 

 

 大人しく部屋に戻るとそこにはシャーリィの姿があった。

 

「お帰りなさいませアイン様。ニーズヘッグ様が出てくるまではまだ少々時間がかかるようです」

 

「あ、どうも。特に今は頼みたいこともないので」

 

「解りました。何か御用事がありましたらベルを鳴らしてくれれば直ぐに参りますので」

 

 ぺこりと頭を下げてシャーリィが去って行く。さーて、1人になったし大人しく本を読むかぁ、と呟きながらソファに移動し、横になりながら購入したばかりの本を広げる―――あ、師匠が色々と本棚に突っ込んだからそっちから発掘すりゃあ良かったのでは?

 

「……ま、まあ、これも経験って事で」

 

 探せばありそうな気もするが、実際にあったら勿体ない気持ちに負けそうなので本棚は確かめない事にする。それよりも今は本の方だ。《エンチャント》周りの仕様や使用する素材の話を読み込んで覚えてしまおう。

 

 こういうゲームの仕様やシステム、意外と読んだりして覚えるのが楽しいのは俺だけだろうか? システムだけじゃなくてそこにフレーバー要素が混じっていると、個人的に読むのが捗るというか……やっぱり世界観を頭に叩き込んである程度そのルールをRPとして楽しむのが良いと思う。まあ、今はRPなんてやっている暇はないんだが。

 

 とりあえず読み始める。ソファでぐでぐでになりながら本を読むの、結構好きなんだよな。

 

「んー、大体は調べた通りか」

 

 武器を用意する。

 

 触媒を用意する。

 

 素材を用意する。

 

 エンチャントを実行してハイ、終わり。手順はこれだけらしい。凄くシンプルだがエンチャント行為はまず成功率が100%ではない。そして失敗しても成功しても素材と触媒は当然消費される。だから《エンチャント》のレベルと高位グレードの触媒を用意する事でエンチャントの成功率をなるべく上げないと装備の強化が行えない。そして《エンチャント》のレベルによって付与できる上限も変わってくるという話だ。

 

 素材で付与される内容もグループで分かれており、確定で欲しいエンチャントが付くわけではない。例えば《力の砂》というアイテムをエンチャントの素材に使用された場合、付与されるのは以下の能力だ。

 

 ・STR+1~5%

 ・単体攻撃補正+5~10

 ・鋼体時間+0.1~0.5

 ・固定ダメージ+10~50

 

 この中からランダムで1種が付与される。そしてエンチャントは上書きが可能。なので素材と触媒さえ用意すれば何度だってエンチャントしなおす事が出来る。問題はその度にお金が溶けるように蒸発する事実だ。エンチャント前提での強化は大量の金と素材が必要になるので、まともな脳味噌をしているならやらない。逆に言えば少しでもダメージを詰める必要があるなら必須でもあるという事だ。

 

「……パーティー単位でやる必要あるかもな」

 

 エンドコンテンツの話になるが、全員が火力を1%上昇させたとしよう。

 

 それは10分単位での戦闘において、十数秒単位の火力の補強になる。もし火力がぎりぎりタイムアップに届かない場合、全体が1%火力を向上させることを装備で補えば、その十数秒でぎりぎりタイムアップの部分をカバーできるのだ。だったら全員でやるだけの価値がある。

 

 あるのだが……やっぱり、凄い金がかかる。

 

 この下級触媒を大量に購入してきて解った。

 

 プレイヤーの資金運営でやろうとすると100%破産するわ。絶対に金を大量に持った所のバックアップ、或いはスポンサーがないと駄目だ。イェン兄妹の商会か、師匠の財布を全部喰らいつくすか、或いは国庫を食い荒らすか。前提時点で金を使い潰す発想だからダメだこれ。いや、でも実際自力調達とか狂気の沙汰ってレベルだしな……。

 

「はーん、でも夢があるなぁ」

 

 最強エンチャントを確定させればこれ、ネットにSSアップして全世界に性能で煽れそうだな。

 

 そう思っていると扉が開いた音がした。まぁ、声を発する前に誰かは解っている。

 

「おかえり」

 

「ただいまー」

 

「どうだった?」

 

「悔しいけど能力均等化された上で引き分けだったわ」

 

「そっか」

 

「ヴー」

 

 どうやら不機嫌らしい。苦笑しながら《エンチャント》を習得する為に読み進める。多分今日はこれを読んでいるだけで終わりそうだなぁ、と思っていると体に重みを感じた。また圧し掛かってきたなーと思いながら無視して読み進めていると、

 

「ねえ」

 

「んー?」

 

「……」

 

 続きを言わない。何を言いたいのか、空気的に大体解るのだが。こういう時真っ先に茶化してくれる土鍋がいてくれれば楽なんだけどなぁ。

 

 略剣はダメだ。アイツはニーズヘッグの背中押している。いや、正確に言うと略剣の奥さんだ。身内の中で唯一結婚しているアイツだけど、奥さんメッチャ性格良いし、綺麗な人だし、飯も旨くて非の打ち所のない人なんだけど滅茶苦茶押しが強いのが玉に瑕なんだよなぁ。押しが強いというか恋愛に凄いわーきゃーするタイプというか。アレさえなければなぁー。

 

 ちなみに略剣の娘にもちゃんとその遺伝子は受け継がれている。滅茶苦茶煩い子だ。

 

「……ねえ」

 

「んー?」

 

「……なんでもない」

 

 ばたり、と頭が胸の上に置かれた感触を感じ、体にのしかかってくる圧を無視して本を読むのに没頭する。

 

 何がアレとか具体的なことは言わないけど。

 

 根性ねーなー、俺ら。




 サングラス赤ちゃんだけで感想40件は流石に笑う。


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真の仲間 Ⅶ

 まぁ、結局今日1日は《エンチャント》のラーニングと《結界術》のトレーニングだけで終わってしまった。ニーズヘッグも普段ならジークフリートに突撃しているところだろうが、留守にしているからかそれとも別の理由があるのか、今日だけは絶対にそばから離れようとする事はなかった。やっぱりいろんな意味で刺激されている部分があるらしい。まあ、長年の付き合いがあるしお互いに何も言わなくても言いたいことは大体伝わる。なので特にニーズヘッグに言う事はない。

 

 ともあれ、本を読みながらなら片手間にバフ系統のスキルは出来ると発覚したので、本を読みながら《エンチャント》を習得し、ちょっと練習して終わりという1日だった。おかげで《結界術》のレベルが3に上がった。ちなみに2で習得するのは〈攻勢結界〉であり、3で〈抗体結界〉だ。前者が攻撃UPであり、後者が異常耐性UPの効果だ。ただしどちらも対象を取らないので、敵側にも効果があるというのが問題だ。いや、師匠の言葉が正しければレベルを上げれば識別するための能力を獲得するのだ。それまでの辛抱という奴だろう。それに作業の合間にちょくちょく挟み込んで使えるのだからレベル上げは意外と早いかもしれない。

 

 そんなこんなで遊びの1日が終わり、ログアウトした所で、何時もの夜のあれこれをこなしていると、家の扉にノックがあった。

 

 大きな進展のない1日、その終わり。

 

 ノックと共に響いてきた声は、

 

「へ―イ! エージいるんだろー? 飯食いに行こうぜー」

 

 聞き覚えのある声にぶえー、と鳴き声を零しながら扉の前まで行き、鍵を開ければ知っている顔がそこにはあった。丸刈りに筋骨隆々という威圧感たっぷりの見た目をしている割には、頭がかなりアホなアメリカ人の姿だ。サムズアップに歯を見せる様なスマイルを浮かべ、

 

「偶には肉を食いに行こうぜ、肉。美味しい店を見つけたんだよ。俺のバイクに乗って行こうぜ」

 

「ちょっと支度してくるから待ってて」

 

「オーケーオーケー」

 

 またいきなりやってきたなぁ、と思いながらも苦笑を零して、とりあえず外出用の外着に着替える事にした。

 

 

 

 

 自称傭兵のアメリカ人、マイケル。本名は不明。本人はマイケルと呼んでくれと笑っている。好きなものは肉と梅干し。そう、こいつが梅☆だ。好きだから名前にした。ものすごい安直な奴だ。だけどかなり気の良い奴で、面白い奴だ。声がでかくて、態度もでかくて、良く笑って、良く泣いて、そして滅茶苦茶はしゃぐ。突発的な行動も多い、そしてお金もなんかいっぱい持っている。気が乗ったらふらっと現れては肉を食いに誘ってくる。生態が割と謎だけど、ニーズヘッグの次に付き合いのある奴だ。

 

 夜の道路を2ケツで駆け抜けながらマイケルの腹に手を回して走っている。こうやって身内と飯に食いに行くのって地味に久しぶりだなぁ、なんて事を思う。

 

「他に誰か誘ったー?」

 

「あぁ? 誘ってねぇーよー! なんだ、他に誰か誘いたい奴でもいるのか? 百合ちゃんはトシに殺されるからダメだぞ!」

 

「ロリコンじゃねぇよボケ!! サシで食いに行くの久しぶりだな、って話だよ!」

 

「ああ! なんか急に食いたくなった!」

 

 まあ、世の中そんな日もある。

 

 バイクの排気音が結構煩いもんで、ヘルメットをかぶった状態でも声が聞こえるように必然的に叫ぶことになってしまう。それでも、まぁ、声が届く。バイクのタンデムに乗るのも割と久しぶりの感覚だ。それこそ誰かのに乗せて貰わないと乗る機会もないし。バイクとかの車両って維持するのが面倒だしなぁ。1人暮らしだと節約とかを考えてそういうのを避けてしまう。

 

「なんだ! アキも誘えばよかったか!」

 

「アイツ滅茶苦茶食うじゃん! 俺達の肉残らないじゃん!」

 

「そうだな、前A4奢ったら数秒で食べられた上に”美味しかったわ、でおかわりは?”とか言われたしな……ちょっと奢る頻度考えるぜ」

 

「それだけやられてまだ奢ろうって精神がすげぇよ」

 

「1人で食うのは楽しくないんだよブラザー。やっぱり飯ってのは誰かと一緒に食うのが明日の力に繋がるんだよ。これ、俺のモチベーション維持法な?」

 

「まあ、言ってる事は解らなくもないけどなー」

 

 モチベーションを維持する方法は人さまざま。俺は割と目標を立ててそれを消化する事で達成感を感じるタイプだ。マイケルは純粋に物事を楽しんで笑ってモチベーションを維持するタイプ。だから食事を誰かと一緒に取る、というのは大事な儀式の一部だったりするのかもしれない。

 

「だからエージもたまには誰かと飯を食おうぜ。美味しいもんを誰かと食べると明日のPowerになるぜ」

 

「食べに行くのを誘われて拒否る程ひねくれちゃいねぇよ!」

 

「でもアキには来てほしいと思ってるだろ?」

 

「殴るぞ!!」

 

「あ、ちょ、ちょ、バイク揺れる! 揺れる!!」

 

 バイクが大きく揺れながらも即座にコントロールを取り戻し、2人揃って爆笑しながら夜の道路を行く。段々と目的地に近づいてきたこともありバイクの速度も落ち、駐車場に停車させてバイクから降りる。リアルで夜風を浴びるってのも中々悪くはない体験だ。

 

 最近ずーっとゲームに籠りっぱなしだったし、こうやって外に連れ出されるのは丁度良い機会だったかもしれない。無論、リアルで運動する事は忘れない。VRという媒体だからこそ体を動かす事が大事なのは良く理解している。とはいえ、こうやって遠くへ行くにはどうしても時間がかかるし、足がない。となると1人でできる事はたかが知れている。

 

 お、最近話題の焼肉店じゃん。はー、やっぱ肉つったら焼肉よなぁ。心を弾ませながらバイクの確認を終わらせたマイケルを追い、焼き肉屋の中へと向かって行く。

 

「それはそれとして、そっちの調子はどうよ、マルージャ崩壊班」

 

「は? 合理的な手段を取っただけなんだが? それはそれとして二度とあの森には戻れない気がするわ」

 

「だろうなぁ……」

 

「ま、移動の方の解決もしたし心配しなくて良いぜ。鍋の馬鹿が《調教》のスキル取得して野生の魔猪をテイムしたからな。それに乗って爆走してるぜ。木々を薙ぎ倒して進む魔猪は楽しいぞお!」

 

「もう二度とあの国の土踏めねぇなぁ……」

 

「いらっしゃいませー」

 

「2人、禁煙で」

 

 店内に入ると焼ける肉の良い匂いで充満している。今夜は特に成功も失敗もなかったし、ほどほどに普通の晩御飯を食べようかなぁ、と思ったがこんな匂いを嗅いではもはや肉以外では満足は出来ない! 今夜は肉! 肉で決定! 良し、食うぞ、食うぞ!

 

 店内を店員に案内され、テーブルに相対するように座り込み、上着を脱いで椅子に腰かけながらメニューを取り出す。

 

「肉!」

 

「肉!」

 

 パーフェクトコミュニケーション。あ、お酒は当然ながら禁止で。バイクに乗ってきたのに酒なんて飲めるかよ。それはそれとして、何か美味しそうなものは飲みたい―――あ、ノンアルのカクテルあるじゃーん。

 

 適当に肉と肉と肉と肉に野菜と肉を頼む。

 

「待てエージ、牛も鶏も豚も羊も草を食って生きてる。つまりこれは実質的に野菜だ」

 

「天才では? 良し、野菜(肉)追加だな……!」

 

「そうだそうだ、もっと食うぞ!」

 

 こうやって騒いで食べていると、また皆で集まって騒ぎたいなぁ、という欲が出てくる。

 

 ワールド・ファースト、取得したら祭りだろうしその時打ち上げとしてどこかを貸し切りにして盛大にやるのも悪くはない。

 

 そんな、1日の終わりだった。




 リアルでの出来事は大事ではないけれど、同時に絶対に存在する必要不可欠な存在でもある。我々がMMOを遊ぶのはリアルあっての物であるのを絶対に忘れてはならない。

 真の仲間。


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海! 水着! ダンジョン!

 あの後解散して帰ってきたが、結構夜遅くまで盛り上がっていたのもあって、朝起きると少し頭がだるい。とはいえ、この感覚もログインしてしまえば消える。脳の働き、パフォーマンスに関しては色々とあるからなるべく最高のスペックで保つための努力はしたいのだが。とはいえ、昨晩はマジで楽しかったからしゃーなし、と諦める。

 

 そんな訳でいつも通り朝の諸々を終わらせてから普段よりもちょっと遅めにログインする。

 

 宣伝!

 

 告知!

 

 ログボ回収!

 

 ログイン直後のスワイプ操作を終わらせて目の前の景色をすっきりさせれば、前回ログアウトした場所である王城内の自室に出てくる―――いや、実際には客室なんだが自室と言ってしまうのは完全にここに住み着いているからだ。だってそうじゃん、完全にここに住み着いているじゃん? だったらもう俺の部屋じゃんこれ。という訳でここは自室でファイナルアンサー。

 

 そしてログインすれば今日は既にニーズヘッグの姿がそこにはあった。片手をあげて挨拶をすれば、

 

「おはよう、ニグ」

 

「おはようボス。今日はどうするー?」

 

「どうすっかなぁー。まだ鍋達がこっちつかないみたいだしなぁ」

 

 どうやら一晩で機嫌と調子を復活させたらしく、何時も通りのニーズヘッグに戻っていた。うん、このニーズヘッグが一緒に居やすいし変な空気になっても困る。この調子が良いんだ、これが。という訳で普段の雰囲気に戻ったことにほっとしつつ、何をしたもんか、と思っているとドアにノックがあった。

 

「おはようございますアイン様、ニーズヘッグ様、そろそろいらっしゃる頃かと思いましたが……」

 

「はーい、おはようございます」

 

「おはようシャーリィ」

 

「失礼します」

 

 ドアを開けたシャーリィがティーセットを持ってきた。朝からこういう贅沢が出来るのがゲーム内ファンタジー世界の良い所だ。ちょっと気分を高揚させながらテーブルに座ると、ニーズヘッグが対面側に座り込み、朝のティータイムを始める為に静かにシャーリィが紅茶を淹れる姿を眺めた。偶には特に騒ぐ事もなく、ゆっくり静かに紅茶が淹れられるのを眺め、それを口へと運んだ。

 

 ……やっぱり、美味しいには美味しいけど細かい味まで解らないなあ。そういうのがちょっと悲しい。まぁ、梅☆と一緒に肉食って酒飲んで肉食いながらがっはっは笑うタイプだからしゃーないと言えばしゃーないのだが。

 

 それはともあれ、こういう朝もだいぶ落ち着いて悪くはない。

 

「アイン様、ニーズヘッグ様、宜しいでしょうか?」

 

「ん?」

 

 紅茶を飲んでひと段落した所で、シャーリィから切り込んできた。割と受け身な侍女としては珍しい行動に驚いたが、思えば彼女の雇用主は王城だ。となると王城の方から何か、用事があるのだろうと直ぐに気づく。

 

「実は是非ともアイン様、ニーズヘッグ様と会いたいと申しているお方がおりまして。もし、都合が宜しければ……」

 

 そう言うシャーリィの言葉の色に、結構偉い人から頼まれてるな、これ、というのを気づかされ、頭を頷かせた。

 

「あぁ、大丈夫です。今日はまだ特に予定もなかったんで」

 

「ありがとうございます。では私は伝えてきますので」

 

「お疲れ様です」

 

 シャーリィ、結構上位のメイドさんっぽいけど、結構色々と裏では大変そうだよなぁ。改めて俺達に付けててもいいような人材なのかどうか怪しい所だ。そう思いながらも仕事であっても一切汗を流す事なく、疲れた様子を見せる事もなく侍女としての責務を遂行するシャーリィの背中姿は、ちょっと格好良いなぁ、と思う部分があった。

 

 

 

 

 紅茶を飲み終える頃には相手の準備も整ったらしく、シャーリィに案内されて王城内を行くのだが―――案内される先は前にも来た事のある場所だ。そして普通の人間であれば絶対に足を踏み入れることが出来ない場所でもあった。

 

 つまり、王族たちの私室、自室のあるエリアだ。王城内でも最も警備が厳しく、そして監視され、室内でのみ個人としてふるまう事が許される場所。そこへとシャーリィに案内されるように向かっていた。もうこの時点で、誰に会いに行くのかは理解していた。途中、視線をニーズヘッグの方へと向ければニーズヘッグが首を傾げながらはにかむ笑みで答えてきた。あ、駄目だこいつ何もわかってねぇ。

 

 早く頭脳労働担当こっち側に来てくれねぇかなぁ! と思いながら歩いていれば、前にも来た事のあるアークの私室前にまで到着してしまった。だが今日に関しては、普段よりも多めの気配を扉の向こう側から感じられる。

 

「失礼します、シャーリィです。アイン様とニーズヘッグ様をお連れしました」

 

「おー、来たか来たか! 中に入って良いぞー」

 

「兄上!」

 

「どうせ聞いてるやつは解ってるやつばかりだから肩肘張らなくていいぜアーク」

 

 うっわ。

 

 ……うっわぁ。

 

 シャーリィに視線を送ると”せやで”という感じの顔が返ってきた。アビサルドラゴンの討伐から2日が経過したし大体予想していたがこういうタイプかぁ、と心の中で呟きながらシャーリィの開けた扉を抜け、中に入る。そこにいたのはアークとセワスチアンの姿、そしてそれに並ぶように座る金髪長髪の男だ。ガタイが梅☆―――いや、リアルのマイケル並みに良く、かなり鍛えこんでいる肉体なのが解る。爽やかな笑みを浮かべた男の姿は万人が好印象を抱くだろう。きっと彼が、

 

「アインとニーズヘッグつったか、お前らのおかげでこうやって俺も戻ってこれた。本当にありがとよ! 俺はパーシヴァル、よろしくな」

 

 座っていたパーシヴァル殿下は立ち上がると一瞬で接近し、此方の両手を取るとそれを勢いよく振り、次のニーズヘッグの手を取り、それを振る。そしてそこで一旦動きを停止させ、ニーズヘッグの姿を見つめた。

 

「あんた……」

 

「なにかしら」

 

「―――美人で胸がでけぇな。どうだ、ちょっと俺の愛人に……」

 

「ふんっ!」

 

「おぶっ」

 

 迷う事無くニーズヘッグと同時にパーシヴァルの顔面に拳を叩き込んだ。

 

 空中で1回転してから崩れ落ちたパーシヴァルの姿を確認して物凄い達成感に駆られるが、これ、完全にやっちまった奴じゃん? と冷静に頭の中のフィエルが教えてくれた。

 

フィエル『おめでとうございます! 称号ゲットですよ!』

 

 本物のフィエルからは祝福されてしまった。脳内フィエルの精度甘くない? もうちょっとインプット増やして精度上げておくわ。いや、そういう事じゃねぇだろ! アウトだろ! 完全にアウトじゃん! これ終わったでしょ!

 

 称号! 〈平等の拳〉に変えとくな! 配信してなかったのが残念だなぁ!

 

「あ、あの、アイン……?」

 

「見てよアーク君! あの窓ぶち抜いて飛び降りたら苦しみながら死ねるかなぁ!?」

 

「お、落ち着いてください! パーシヴァル兄上がコレなのは割といつもの事なので! 割と見慣れた光景なので! 既に王城のメイドの大半に顔面殴られた後ですから! シャーリィなんて5回は殴ってますよ!?」

 

「殿下、それは言う必要がなかったと思うのですが」

 

 直ぐ近くで控えているシャーリィの姿にアークがぴぃ、と声を零し、セワスチアンがこほん、と咳ばらいをしながら場を一瞬で掌握する。

 

「まぁ、なんと言いましょうか―――えぇ、大変気さくなお方なのですよ、パーシヴァル様は」

 

「え、えぇ……」

 

 軽く引きながら下へと視線を向ければ、そこにサムズアップを浮かべたパーシヴァルの姿が見える。……うん、まぁ、顔は良いし良く鍛えているのも解ったし、かなりとっつきやすいのも解ったよ?

 

 だけど変人変態なのはPCだけで十分なんだ。

 

 誰がNPCにまで奇人を増やせつった。




 変な奴らばっかり増えて行くこんな世の中。


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海! 水着! ダンジョン! Ⅱ

「さーて、場が温まった事だしもうちっと真面目に話をするか」

 

 そう言って復活したパーシヴァルは話を続ける。

 

「エルディア第3王子パーシヴァルだ。つっても俺は王位の継承は諦めて兄上にぶん投げてるからな。兄上の補佐と軍事周りでアレコレやってる」

 

 最初に見せたあほっぽさとは裏腹に、紹介は今度はかなりまともだった―――いや、或いは最初にあんなインパクトを繰り出す事でこれからの話に気負わずに参加できるように場を整えたのかもしれない。王族という立場の人間なのだ、見た通りがその人の全てだとは思わないし、思ってはいけないだろう。中世ベースの王族なんて魔境で騙し騙されが基本だ。さっきのが全部演技だと思ってもいいかもしれない。

 

 まぁ、それはともあれ、話は聞き続ける。

 

「改めて礼を言うぜ。お前らが居なきゃ俺はまだ港の方で氷漬けにされたままだったろうよ。ほんと感謝してる。んで話はここからだ」

 

 パーシヴァルが言う。

 

「今、俺達の中で共通の認識として、一番信用出来ている稀人ってのはお前らの事だ。だから俺達が何かを頼むとして、一番信用できる所にまず話を持っていく。そして何か、大きく動くときはお前らを通して行動したいって思っている……ここまではいいな?」

 

 パーシヴァルの言葉に頷き、ニーズヘッグは最初から考えるのを放棄してこくり、と舟を漕いでいた。こいつは最初から話を聞く気がないし、パーシヴァルもちょっとそこだけはビビってる。流石ニグだぜ! 社会に全く適合出来てる感じがねぇ!! この感じこそニーズヘッグ!! うん、まぁ、君は寝てて。

 

「俺は大丈夫なんで……」

 

「そっちの子が大丈夫じゃないかぁー。まぁ、そこは置いて……ともあれ、港が確保できたことで船が使えるようになった。そしてそれは同時に海路も確保できるようになった、って話なんだが……言いたい事、解るか?」

 

 腕を組みながら頷く。

 

「海路の確保を行いたいけどできない場所がある、ってことですね」

 

「そゆことそゆこと」

 

 パーシヴァルは笑みを浮かべながら腕を組む。

 

「ポート・エルから向かえる場所で1番近いのはポート・アズで、これはメゼエラ領内になる。そしてこいつは現状既に解放状態にあったのを確認している。既にポート・アズには船を送って連携を開始しているからまぁ、問題はない。問題はそこからちょい東南に行った所にあるもんだ」

 

 南、となると更にメゼエラへと潜り込んだ所になるのだろうが、これはメゼエラ首都から少しそれたルートになる。となるとまた別の場所になってしまうのだろうが、パーシヴァルは告げる。

 

「ここはな、大陸最大のリゾート地なんだよ。ジュエルコーストって場所だ。太陽の光を受けて煌めく海と砂浜……それこそ価値のつけられない宝石の輝きの様ってもんだ。俺達の第1目標はここだ。アズからある程度までビーチにまでは近づけたが、上陸できる距離になると断絶だっけか? アレに阻まれて上陸できないらしい。つまりお前らの手によってどうにかしなきゃならねぇ」

 

 これが1、との事。

 

 そして2。

 

「次がエアポートの奪還だ。こいつはエルディアの北にある。徒歩で1日程、馬でなら……まぁ、半日で到着かな。大体それぐらいの距離だ。そこまでの道はちゃんと敷かれてるが今は断絶の影響かなんか道が飲み込まれたらしいな?」

 

 パーシヴァルの言葉にセワスチアンが視線を受け、頷いた。

 

「えぇ。現在北の街道は途中から森に飲み込まれております。元々は森の間を通す街道でしたがどうやら断絶の影響を受けて森が拡大されてしまったようでして……東街道も放置されていれば同じように浸食されていたかもしれませんが」

 

「ま、こっちの運がよかったって事だ! っつー訳だ、2個目の依頼はエアポートの奪還だ。軍艦、輸送艦、飛空艇が使えるようになれば色々と便利になるし他の国と繋がりを取り戻した時、今の環境におけるアドバンテージが取れる……その意味は解るよな?」

 

 頷く。他の国に対して有利なポジションを取れるという事だ。この男、既にこの断絶を解除した後のことを見据えて国家を動かすことを考えている。まぁ、でも実際、今この状況でアドバンテージを取れるのはエルディアかマルージャ辺りだろう。そしてマルージャは現在アドバンテージを取りに行くとかそういう余裕は一切ない。復興作業でちょっと忙しいだろう、あそこは。というか英傑ユニットがいないのだろうかあっちは? 絶対配置されてると思うんだけどなぁ。

 

 まぁ、それはさておき。

 

「となると2方面作戦で一気に進めたほうが良さそうですね」

 

「やっぱそうなるか……あぁ、後俺に畏まる必要はないぞ。さっきと同じノリで頼むわ。その方が気楽にできるからな」

 

「拝承、拝承」

 

「んじゃアイン。ぶっちゃけるけど……お前ら以外で使えそうな連中っているか?」

 

「そこそこいるかなー。知り合いで信用できそうなのはレオンハルトとレインの兄妹。それ以外にも粒ぞろいなのは割と揃ってる。大半は俺からはあんまり良く認識してないけど、知名度の関係で俺が声を掛ければ反応するのは結構いる。人海戦術でやっても良いし、精鋭パーティーによる断絶攻略を実行しても良い」

 

 まぁ、アビサルドラゴンの後に俺もちょくちょく有名プレイヤーとかを検索している。無論、スカウトする為にだ。有力なプレイヤーはなるべく味方に取り込みたい。まだ問題が解決していないスカウトか採用枠、この3つを埋める方法を今はちょくちょく悩んでいたりするのだが、その過程でやっぱり強いプレイヤーの名前は引っかかってくる。だからこっちから声を開ければここら辺はあっさりと解決する問題だと思う。少なくともアビサルドラゴンの時にプレイヤーたちのノリの良さは発覚している。

 

「成程な、結構影響力がある訳か」

 

「影響力があるというか、まぁ、なんというか―――で、パーシヴァルはどっちが良い?」

 

「んじゃそうだな、北を数に任せて南を少数精鋭でやるか。北の方は森の影響もあって数でやらなきゃならんけど、南は一旦船に乗らなきゃならねぇしな。それに……まぁ、コーストを取り戻すのにはあんまり公にしたくねぇ理由もあるからな。なるべくならお前に任せたい」

 

 王族が態々乗り出す理由なんだろう? そのレベルの案件で言うと大体予測がつく。それにパーシヴァルの声にあるやらなくてはならない、という感じのオーラはアークのそれと似ている部分がある。つまり、

 

「コーストに王族がいるのか」

 

「おぉ、流石に解っちまうか。正解だよ、正解」

 

 パーシヴァルが少し驚き、賞賛するように言葉を送ってくる。

 

「上の兄貴がな―――あぁ、第一王子ヴェルサス、その妻のリヒデア、んで北方の帝国の関係者が密会する為に集まってる……あぁ、内容はどんなのかは今は聞くなよ? 流石に込み入った話は面倒になるし、話すとなると強制的に俺達ん所に来てもらうからな」

 

「面倒は御免被るから聞かないよ。だけどそうか、現状トップに一番近い男の所在が割れてるのか……」

 

「親父の居場所も解ってるんだけどねぇ。あの親父殿の事だ。ぶっちゃけ迎えに行ってもその場にいないだろうし探すだけ無駄なんだよなぁ」

 

「一国の王が……」

 

「ま、そんな王様だから考えるだけ無駄無駄。それよりも持ち札でどーするかってのを考えないとな。という訳で、だ。俺達は正式な依頼としてコーストとエアポートの解放を求める……やってくれるよな?」

 

「クエストを断る様なプレイヤーはいないさ」

 

 作戦の細かい話や何時実行するかはもうちょい話し合うとして、

 

 少数精鋭―――恐らくは1パーティー単位で作戦を実行する事となると、最低で4人、最大で8人のパーティーで戦う事となる。

 

 そうなると3馬鹿が合流できるかどうかで話が変わってくる。

 

 最大8人でジュエルコースト解放作戦―――久々に身内で暴れるにはかなり楽しいシチュエーションなんじゃないだろうか、これは?




 という訳で次は水辺ステージだ。船旅を満喫しよう!

 テロ3人衆が間に合う様であれば、ついに身内フルメンツ+外部枠3人加えたフルパーティー攻略だ。


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海! 水着! ダンジョン! Ⅲ

1様『うーい、今お前らどこらへん? ちょっとフルPT推奨クエでたんだけど』

土鍋『1日距離かなぁ。強行軍で明日の朝には到着出来ると思う』

1様『マ? かなり早いやん』

土鍋『これでもそっち行くのに数日かかってるんだよなぁ』

略剣『移動手段もテイミングした動物使い潰しながら移動してるなぁ』

1様『それで数日距離か。街道復活しても飛行か馬車がないと辛そうだな』

土鍋『そもオンゲで数日距離の移動って何? って話だけどな!』

 

 まあ、そら解る。とはいえ、こうやって連中が明日到着できるならまずは固定の5人が揃う。そうなると後は3人どっかからスカウトするか拾うかすれば良いだろう。今回の話に関しては王家からちゃんと報酬も出るし、乗っかってくるプレイヤーは多いだろう。問題はその選別をどうしたもんか、って話になってくるのだが。それに王家からの話をプレイヤー側にも広げないとならない。とりあえずこれをツブヤイッターの方に投稿するとして、

 

 パーシヴァルは最速で明日から行動開始できると言っていた。

 

 たぶんだが―――アビサルドラゴン討滅で解放されたその日から既に次の計画を実行する為の準備を開始していたのだろうとは思う。

 

 こんなに直ぐに船を動かせるもんなのか? と疑うが、ガラドアを見る限り変質とか壊れてさえなければ時間が止まった様にそのままになっているから、そのまま使用できる感じなんだよなぁ……。昨日丸一日準備する時間があったし、その間に色々とテストしたのか? あー、でもこの世界ファンタジーだし魔法的な手段があるのかもしれない。確認作業だって使い魔みたいなもんを飛ばせば船に乗って確かめるよりも早いし、千里眼だって存在するかもしれないしなぁ。

 

1様『まだ固定の勧誘してねぇんだけどなぁ』

略剣『今回ので探せばいいじゃん』

1様『それはそうだけどよー。あぁ、まぁ、いいや。そっちは移動に集中で』

梅☆『おkおk。そっちもガンバ』

1様『ういよー』

 

 とりあえずこれでジュエルコーストに挑む5人は確定した。後は3人を引っ張ってくるのと、エアポート奪還作戦に参加するプレイヤーを募集する方法だ。まずはそっちをツブヤイッターで告知、広場で参加希望者を募ることにしよう。その間にこっちはスカウトできそうなやつを探す。いや、エアポート奪還の募集の時についでにちょっと聞いてみるか。

 

「んじゃ、ちょっと街の方にでますか」

 

「せめて起き上がってからやらんか弟子よ」

 

 視線を上げればそこには師匠がいる。当然だ、ここは師匠の部屋で先ほどまで修行させて貰っていたのだから。おかげで《火魔法》のレベルが9になった。これで《火魔法》のカンストまであと1レベル。明日、ジュエルコーストに行く前には魔法エディットを解禁できるだろう。魔法エディット関連でアビサルドラゴンから報酬もあったので、実はかなり楽しみにしている。だってそうだろう? 誰だって自分の考えた最強の魔法には興味がある筈だ。

 

 そんな風に先のことを床に転がった状態で考え、連絡してた。

 

 だって起き上がるの辛いもん。

 

 

 

 

 という訳でいつも通り日課をこなしたら今度は街に出る。ツブヤイッターで告知してからまだ30分しか経過していないのに、城下町の中央広場にはかなりの数のプレイヤーが集まっていた。イベントの開始とさえも思えるほどのプレイヤーの数と様子は、それこそアビサルドラゴンの時よりも多いように見える。或いはアビサルドラゴンの時は見送ったプレイヤーたちが今度は参戦しているのかもしれない。中央広場の噴水の縁に腰かけつつ、辺りを見渡しておーおー、と声を零す。流石にこれだけいるとここが見えない奴も出てくるだろう。

 

 配信画面を開き、どこからでも見えるように配信設定を確認しつつ、配信を開始する。

 

コメント『何故告知しないんだ??? わこ』

コメント『いつもの。わこわこ』

コメント『待ってたんだよお前のことをぉ!!』

コメント『わこつですー』

コメント『ボスおなじみの突発イベント』

コメント『見慣れたイベントテロ』

コメント『わこつ』

 

「おーおー、勝手言ってくれるなぁ。まぁ、もうちょい人を待つから待て」

 

 上から鳥の嘶きが聞こえた。視線を見上げれば大きめの鳥が上空を旋回しており、徐々に高度を落としてくるのが見える。片腕を突き出せばその上に着地した鳥の脚には文章が括り付けており、それを取り出して、確認する。

 

 まぁ、なんというか細かい部分を補足する為の内容だった。どうやって参加者とそれ以外を認識するとか、そういう感じの奴だ。あっちもあっちで動きが早い。本気で断絶後の世界のアドバンテージを取る為の地盤を確保しに来ている感じがある。

 

 期待されてるなぁ。

 

 すぐそばでサンドイッチを頬張っているニーズヘッグの姿を見て、笑みを零して手紙をインベントリに入れる。

 

コメント『そういうとこやぞ』

コメント『解ってるんか??? 解ってやってるんか??』

 

 何を言っているか良く解らん。が、とりあえず。

 

「良く集まってくれた。また王城から……いや、王家、先日解放された港にとらわれていたパーシヴァル王子からの依頼だ。ここにいるって事は受ける意思があるってことだけど問題ないよな?」

 

「ないぜー!」

 

「態々顔を出して説明する辺り律儀だよなー、ボス」

 

「前回も楽しかったし、今回も期待してるぜー!」

 

「おーしおーし、良い反応をありがとう。顔を出すのは誠意だと思ってるからな」

 

 人間、ネット上の付き合いってのがかなり便利になったが、やっぱり顔も知らない相手というのは信用し辛い部分がある。人は”生”である事に執着する部分がある。見て、感じて、聞けることに信用を置くとも言える。だからこそこういう説明は告知だけではなく、実際に顔を見せて説明するのが一番だと思っている。自分が自然とこうやって人を集めて説明する部分にはそういう考え方があるのだ。だからやり取りをするならなるべくフェイス・トゥ・フェイスで。これが一番話が通じる。

 

 という訳で。

 

「王家の方からエアポート奪還依頼がまず1つだ。こいつは参加者が多いなら多い程良いって感じで、参加者報酬と達成者にボーナスが出る。北の街道の森、アレを攻略した先にエアポートがあるからそれを奪還して欲しいって話だ。今日フライングするってのはちょっとやめて欲しい。城の方で参加者を選別する手段として今トークンを用意しているから、やる気のある奴は明日北門でトークンを受け取りつつそのまま森の方へと向かってくれ。パーティー、ソロは問わない。ただ焼き討ち始めるとガチギレされるだろうから放火とかはなしな」

 

「マルージャの二の舞は嫌だもんな」

 

「せやな……」

 

コメント『どうして』

コメント『哀れの国マルージャ』

コメント『マルージャ? 特徴は森がある事と哀れな事かな……』

コメント『やっぱ田舎は駄目だな』

 

 ほんと身内がすみませんね。

 

「んで、2つめが高レベル向け。というより俺個人向けの話。ちょっと船に乗った遠征先のエリアを攻略しよう、って話。フルパーティー推奨なんでTDHをそれぞれ1枠ずつ募集。募集内容はツブヤイッターで上げたもんと一緒で。最速で明日から俺達とポート・エルから向かえるって奴どれぐらいいる? あぁ、いや、待て。無理な奴は解散して大丈夫な奴だけ残ってくれ。エアポート奪還に関しては今ので大体全てで、後で王城から詳細なクエスト内容がメッセで送られてくると思うから」

 

 だってそういう事の為のアプリなんだろ? うちではフィエルの便利アプリになってしまったが。

 

 という訳でエアポート組は一旦解散。

 

 それから此方のコースト攻略サイドに参加できそうな人を募ってみるものの、結構な数が残った。

 

 その数、総勢50程。つまり今のエルディア側におけるトップレベル層の人間だ。ここから一緒に同行できる3人を選ばなくてはならない。

 

 ……どうしたもんかなぁ、これ。




 次回、自己主張の激しい奴ら。


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海! 水着! ダンジョン! Ⅳ

 50人という数は多い。多いので捌くのには割と時間を要する。まぁ、今日は他にも何か予定がある訳じゃないので、普通にこれだけの人数を処理する事は可能なのだが。とはいえ、時間拘束が長くなるので、まず最初にやる事はここから数を振るい落とす事だ。という訳でサクッと条件を追加する。流石に50人全員を見る事は出来ないからだ。

 

 最初の条件はレベル22以上。これはクリアしている。なら次の条件はパーティー戦闘経験ありか否か、という所だ。流石に今からパーティー行動に関する常識とイロハを叩き込んでいるような時間はないので当然と言えば当然な所だ。

 

 これで数名抜ける。まだ45人。まだまだ振るい落とす為に条件をセットする。

 

 次にコミュニケーション能力に難がない事。普通に会話出来て、普通に意見を出すことが出来て、改善点などを言い合う事の出来る人格の持ち主。コミュニティにも和があるけど、基本的に身内ベースのコミュニティなので会話についてこれない事があっても特に気にしないような人。つまり精神的にある程度の強さを持った人が欲しい。メンヘラは悪いがNG。ここにHimechanの居場所はないぞ。という訳でそれを条件としてフィルタリングすると、1人も抜ける事はなかった。

 

「お前らコミュ強者か???」

 

「逆に聞くけど、コミュ能力なかったらVRMMOなんて遊べんだろ」

 

「せやな」

 

 Do正論。

 

 従来のMMOであれば定型文を使った挨拶でもなんとかなるもんだが、これがVRMMOとなると顔を合わせなくちゃいけないだろう。その上で実際に体を動かして遊ぶもんだから普通にある程度のコミュニケーション能力がないとそりゃあやってられないだろう。だからコミュニケーション能力や人格面の自己判断ではあまり落とせない。

 

 んで次は時間回り。

 

 ちゃんと時間を確保できるか。ぶっちゃけちゃうとシェアハウスや未成年で家族と一緒に暮らしている環境だと時間を合わせづらい部分がある。遊ぶ時間に制限があったり、決まった時間でログアウトしなきゃいけなかったり、思い切って遊んだり後少しだから延長する、みたいなことが出来なくなる。そうなるとどうしてもパーティー全体として停滞してしまうので、時間確保で迷惑をかけない人が欲しい。

 

 これを条件に出すと人がそこそこ抜けて、残り35人。まぁ、十分減らした所かな。

 

「じゃあ、ここから相性の良さを調べる為に実戦形式で色々と調べるから、ちょっとTHDで分かれてくれるかな?」

 

「なんか、思った以上にガチガチっすね」

 

「ばーか、俺だけの問題なら適当にやるけど、他人の期待と事情がかかっている以上、真面目にやらなきゃいけないんだよ。これが固定を組む為だったら割と真面目にネタに足を突っ込んでるやつでも採用するだけの器量が俺にもあるよ? だけどNPCの依頼で、それもエルディアの先のことを決める内容だってんなら真面目にやる以外ないだろ?」

 

 PCの1人の質問に答えると成程、と納得されたのでそのまま東門へと移動しつつTHDに分かれて貰う。1番耐久とレベルのあるエネミーが存在する近場となるとここぐらいしかない。だから動きを見るならこれが一番。

 

 という訳でここでTHDに分かれると、

 

 タンクがまず5人。

 

 ヒーラーが8人。

 

 そしてダメージディーラーが17人。

 

 こうやって率を見ると明らかにタンクの数が全体でみると少ないんだよなぁ。やっぱり攻撃を受けて常に頭を回して仲間の被害を減らすという趣旨のロールは人気が薄いのだろう。まぁ、公式でロール概念を出さない場合大体ヒーラーとDDにしか分かれないんで、そういう部分もあるのかもしれないが。とりあえずちょいバランス悪い偏り具合かなぁ、なんて事は思ってしまうが、軽くこれで5グループに分ける。

 

 タンク1、ヒーラー1、DD2をまずは5グループ。これでT5H5D10消費される。残されたH3D7はニーズヘッグに代理でのタンクをお願いして貰い、1グループだけD3構成にする事で解決させることにした。

 

 これでとりあえず8グループが作成できる。東門の外で、軽くこれからやる事を説明する。と言っても内容は実にシンプル。

 

「あー、これからここで自由狩りする。俺も一緒だけど働きを見る為だけだから、俺は頭数としてカウントしないように。んで1グループは持ち時間15分ね。この15分間の間にグループとして行動する所のアレこれを観察するから、採点されているという意識をもって宜しくな」

 

「ういーっす!」

 

「よろしくお願いしまーす!」

 

「やるぞやるぞやるぞ」

 

コメント『面接……お祈り……うっ』

コメント『ヴ……』

コメント『即死魔法やめろやめろ!』

コメント『コネ入社落ちたけどなんか質問ある?』

コメント『寧ろ気になるわ』

 

「改めて言うけどこれ、固定用じゃなくて今回の依頼・イベント消化用の補充だってことを念頭に置いてな?」

 

「OK!」

 

「全然問題ねぇぞー」

 

「おーし、そんじゃ最初のグループからいってみよっかー!」

 

 それじゃあテスト開始。

 

 

 

 

 1グループ目。タンクを長剣盾のオーソドックススタイルが担当。ヒーラーはバフメインのスタイルで、DDは斧持ちと槍持ちが1人ずつ。かなり癖のないパーティーが出来上がっていた。タンクがエネミーに一発叩き込んでヘイトを取り、引っ張りながら集めて範囲攻撃でメレーが一気に片付けるスタイルを即座に構築し、ヒーラーが纏めて攻撃を叩き込む前のタイミングでバフを差し込んでいる。結果的にかなり効率良く、素早く敵を集めては殲滅する事に成功している。トップ・オブ・トップ層と比べてしまうと特徴というか浮き出た部分がないのが固定採用に関してはマイナスの要素になってしまうが、それを抜きにすれば安定感の高さは高評価だ。割と良い感じのパーティーだし、今回採用しなくてもこの人たちでパーティー組めばいいんじゃないだろうか? ぶっちゃけ安定重視で言えば文句が出ない。

 

 2グループ目。ハンバーガー、フライドチキン、健康食品、ベジタリアン。狂気の組み合わせにこれ以上語る事を禁ずる。全員お帰り願った。こいつらの事は二度と思い出したくない。終わり。

 

 3グループ目。キノコ、ギタリスト、タケノコ、忍者。キノコとタケノコで互いにヘイトを擦り付け合う戦いが始まる。その中で《演奏》スキルを使ってバフをばらまくギタリストとその陰に隠れてちまちまと仕事をこなす忍者の組み合わせがあまりにも面白かった。キノコとタケノコが所かまわずヘイトを集めて叩きつけ合う遊びをしている中で、パーティーが崩壊しないように支えているのは忍者の存在だった。頑張れ忍者、諦めるな忍者、その混沌を安定へと持ち込むPSは間違いなく高評価だから。

 

 4グループ目。アビサルドラゴン討滅戦でアビサルドラゴンの足止めを行った斧使いがタンクをしていた。DDの内片方が逆境型なのでセルフ腹切りをした所でヒーラーがその意図を理解できずHoTをばらまいてタンクに巻き込む形でDDを回復してしまう為、DDが定期的に腹切りをしだす。血をぶちまけながら半ギレのDDとヒーラーが自傷回復合戦をしている面白い絵面だった。なお、2人のキャラの濃さに潰れる様に隠れていたタンクとDDが2人で次々と雑魚を処理出来てた。

 

 5グループ目。”我が名前はルシファー。北海道の喧嘩チームフォーリン♰エンジェルズの総長だ”とかいきなり言い出してくるヤバイヒーラーが来た。一体どこから突っ込めば良いんだこれは? そう思っていたらこいつ、味方を急に殴り始めるがその拳で味方をヒーリングし始める。”魂の込められた聖天使の悪の力は光と闇を超越して魂を活性化させる”じゃねーんだよ。コミュニケーション能力に難があるじゃねぇか! 帰れ! でも個人的には面白いと思うぜ! あ、完全にこいつに存在感を食われてたけど複数の刃武器を携帯してた連携特化DD君がかなり良い味をしてた。個人的にすっげぇ好みのビルドの。

 

 6グループ目、ここからはニーズヘッグがタンクになる。DDにはなんかレオンハルトがいた。お前ほんと固定に潜り込む気満々だな? ヒーラーも優秀なもんでバリア特化型ヒーラーで、単体と全体で切り分けてバリアを張れるもんだからタンクの被弾が減る減るでまとめがものすっごい楽になる感じだ。これはピュアヒーラーと合わせて運用することで強くなるタイプだろう。もう片方のDDは強職イナゴだった。トレンドを見て今1番強いって言われているジョブと組み合わせを模倣するスタイルだ。まぁ、悪くはないんだが個人的に気にいらないので没。

 

 7グループ目。流石に疲れてきた。だがその衝撃もここに登場した新たなスタイルのDDに全て吹っ飛ぶ。こいつはボンバーマン。文字通り爆発する男だ。唐突に相手に抱き着いたら”さよなら……”とか言いながらHPをミリ単位だけ残して自爆しやがった。そしてそれでしっかりとエネミーを倒しているもんだから何かがおかしい。そしてその結果、ヒーラーが回復奴隷になり、もう1人のDDの影が完全に消え去った。自爆しながら走る男とそれを必死に守る他のパーティーメンバーはどことなくHimeを追いかける従者にも見えたが、話はそんな次元じゃないだろこれ……。

 

 ラスト、8グループ目。兄が参加しているんだから当然妹もいる。という訳でこのグループにはレインがいた。事前に知っている通り物凄い優秀なDDとしての実力を見せつけながらも、他のメンバーの邪魔にならないように自分の立ち位置を調整していた。賢いし、ちゃんとこっちが何を見て採点しているのか解っている動きだ。これに加えてヒーラーが踊りをベースにしたバッファースタイルを取っており、味方がある程度散らばっても方向を問わない強化をバフ、誘因デバフで敵を引き付けてタンクに譲渡する、というかなりクレバーな動きをしている。残ったDDも侍ロールをしていて、見事な太刀筋を披露してくれている。このグループが一番優秀なグループだったんじゃないだろうか?

 

 そして8グループが終わったことで1グループ15分、トータル2時間に及ぶ採用テストが終わりを告げた。

 

 終わったのは良いがルシファーナックル(癒)が未だに頭から抜けない。




 RPするもひたすらWIKI見て強いビルドパクるのも自由。それがオンゲとTRPGというものだ……。


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海! 水着! ダンジョン! Ⅴ

「じゃ、採用はグル1のアレキサンダーさん、6グルの森壁さん、5グルのゼドさんで」

 

 それぞれ剣盾のタンク、バリアヒーラーの人、そして連携型多型刃の人。

 

「理由はとても簡単で火力ゴリラよりも安定して動けるタイプを選んだ。今回はクリア優先でタイム度外視なんで、事前に詰め詰めで整えるよりも、ふわっとした感じで邪魔にならず安定してクリアできそうなメンツを選びました。という訳で本日の面接は以上です。これは固定用という訳ではないんで、後日固定枠採用の為に新たな募集をするからそっちの方でも宜しく。そっちは安定感よりも火力を優先すると思うんで。では解散で!」

 

「お疲れさまでしたー!」

 

「クッソぉ、でもまだチャンスはあるか……」

 

「俺も固定探そうかなぁ……」

 

「駄目だったか……ダメだったかぁ……」

 

 悔しそうにするやつ、落ち込む奴、切り替えて新しい事に挑戦しようかと考える奴。だが大体は納得している感じがあった。レオンハルトとレインがかなり落ち込んでいるのは無視する。いや、お前ら割と組んでるから別のプレイヤーの動きや考え方もデータとして頭に叩き込みたいから今回は許してくれ。という訳で時間を結構拘束してしまったのでお詫びにニーズヘッグが調べた美味しい屋台を紹介して、解散させた。

 

 という訳で残るのは採用された3人になるという訳で、

 

「じゃ、改めて宜しく。もう知っているかと思うけど俺はアイン。うちの固定におけるコール担当。俺が大体ギミックの散開や集合を口に出す担当な。ちなみに変に畏まる必要はないし、普通に話しかけて欲しい。俺、あんまり敬語とか好きじゃないんだよな」

 

 とりあえず軽いパンチを入れながら自己紹介をする。それに合わせて横に立ったニーズヘッグが腕を組みながら頷く。

 

「ニーズヘッグよ。ニグという呼び方はボス専用だから駄目よ」

 

「おぉぅ、開幕から凄いジャブを叩き込まれたなぁ……」

 

「こら」

 

「ヴヴヴヴヴ……」

 

 ニーズヘッグの頭を軽く小突くと低い声で唸られてしまった。そんな風に所かまわず他の人を威嚇しない! 第一そこにいる連中全員男でしょ! 攻略対象でもライバルでもなんでもない普通の男のPCでしょ! 最近こいつもだいぶポンコツ化が進んでいるというか距離感狂ってきてないか? なんかシャレム遊び始めてから狂い始めている気がするが。

 

 ニーズヘッグの頬を引っ張っていると苦笑しながらゼドが頭の裏を掻く。短い金髪、上はオーソドックスな半袖シャツスタイルだが、下は武器を携帯する為にタイトなジーンズにベルトを何重にもぐるぐる巻きにして複数の刃を携帯している。装備している複数の刃武器を切り替え、使い分けながら特殊な連携スキルで他のプレイヤーと合体技を繰り出すのがゼドのスタイルだ。

 

「えーと、此方こそよろしくアインさん。改めてゼドです。こうやって選ばれた以上、今回のミッションは全力で取り組ませてもらうよ。宜しく」

 

「なら次は俺だな」

 

 アレキサンダーは他のタンクと比べると鎧部分が少なめになっている。ベースは革鎧で、プロテクターの様に鎧をパーツで装備している。防御力自体はフルプレート系よりも低いだろうが、その代わりに敏捷性と機敏さを上げている。どちらかというと状況のカバーやサポートに強いタイプのタンクだろう。

 

「俺はアレキサンダー。やるなら徹底的に遊びつくしたいところに面白い話をしているからな! こりゃあプレイヤーとして参加しないのは嘘って事になるだろう? 宜しくなボス!」

 

「では最後に森壁です。前に出たり壁になったりするよりも後ろからバリア飛ばしてるほうが楽だろうなぁ、って思ってヒーラーやってるからちょっと蹴られた他の人に申し訳なさ感じてるかな……あはは……」

 

「いや、そこは真面目に考えて選ばせて貰ったんで自信を持って欲しい。という訳でとりあえずフレンド交換して、明日の朝再集合って事にするけど他に何か質問とかある? こっちの身内も明日には全力で到着するからすり合わせとかはその時にやる予定だけど」

 

 ゼドが軽く手を挙げた。

 

「あ、こっちの《連携》スキルの詳細、皆に送っておくんで一応見ておいてください。たぶん読み込むというかはっきり理解するのに時間がかかるタイプなんで。一応今の所できる事全部出しておきますんで」

 

「了解了解」

 

「こっちは特にないかな?」

 

「では一旦解散で!」

 

 お疲れ様ー、と互いに挨拶を交わし合ってから集まりを解散する。まぁ、個性的なメンバーが集まった割にはかなり無難なメンバー選びになってしまったなぁ、とは反省している。まぁ、これは固定とは別の人だからアレだが。正直、大型コンテンツ用の固定補充だったら今の中で誰を選ぶかなぁ、という話になるとまた全員入れ替えるかなぁ、と思う。

 

 まずタンク枠はアレ、斧の人一択だな、と思う。プレイヤースキル、火力、気合、全部申し分ない。恐らく今日出てきていたタンク勢の中で一番DPS出せるのがアイツだったと思う。だけど武器が大きすぎる。アレが前に出るとメレー枠と殴る位置が被った時、場所を取りすぎて相手のサイズ次第では全体のDPSを落とすかもしれない理由になってしまう。ああいうタイプはまず事前にある程度話して、お互いの動きとかをすり合わせる必要がある。今回のイベント的に、それを全体で共有して練習するだけの時間はない。

 

 ヒーラーもバッファーの方が個人的にはありがたいなぁ、と思っている。ぶっちゃけバリアだけなら俺が《結界術》のレベルを上げれば似たような事が出来るだろうし、全体軽減をタンク側で習得するという手もある。だからバリアの重要性は減るし、その分バッファーを入れて全体の火力を補強した方がレイド戦における攻略スピードを上げる事が出来るだろう。だから個人的にはあの無法ギタリストか、あの踊り子……そのどちらかを採用したかなぁ、という感じになる。今回の場合は安定力を高めるという事と、まだ他に軽減手段が薄いという事でバリア型ヒーラーに軍配が上がった。

 

 んでDPS。レインかレオンハルト。あの兄妹のどちらかを採用する。これだけは変えられない。あの2人が生物としてのレベルが違う。だけど他のDDの強さとか、考え方とか、ある程度の広いデータが欲しいのも事実なので今回はあえて落とした。それに《連携》特化とかいう面白いビルドをしている人にも興味がある。これで面白い方向性に進むなら《連携》、うちでも取り入れていいかもしれない。

 

 ともあれ、本日はこれにて一旦解散。時間も良い感じなので昼休憩に一旦ログアウトする。

 

「悪いな、ニグ。お前からしたら面倒な事だろ」

 

「良いわよ、別に。私には無理だし。ボスが出来ない事を私がすれば良いだけだもの」

 

 そういう所、ほんとありがたい。そう思いつつ一旦ログアウトする。

 

 

 

 

 そして戻ってきたらイェン兄妹の所で今度はスポンサー話詰めようか、と思ったのに。

 

「―――で、どうだ?」

 

「―――どうなの?」

 

 スポンサーの話を、詰めようと思っていたんだ。その為に屋台へと向かった筈なんだが―――今はそんなところではなく、服飾店にいた。なんでこんなところに? と人は思うだろう。大丈夫だ、俺もそう思っている。しかも状況は今現在進行形でかなりひっ迫している。先ほどまで店内にいた筈のフォウさんはさっさと店外に逃げてしまったのでこの世で最も使えない男ランキング1位にも輝いている。そしてそんな状況の中で、

 

 左側には水着姿のイェンが。

 

 右側には水着姿のニーズヘッグが。

 

 俺を挟み込む様に水着姿をアピールしていた。

 

 ……は? なにこれ??




 お待たせ♡


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海! 水着! ダンジョン! Ⅵ

 ―――ジュエルコースト! それは誰もが憧れるリゾート地!

 

 死ぬ前には1度は行きたい場所ナンバーワン! 蒼い海! 白い砂浜! どこまでも広がって行く大空! そして世界は宝石の様に輝き、記憶に永遠に残る様な思い出がその地では生まれる。この世のあらゆる極楽を味わえる魅惑のリゾート地……それがジュエルコースト。複数のホテルやロッジが存在するその地は中立地帯として時折、王族や皇族が療養や休息の為に訪れる場所! あぁ、愛しのジュエルコースト―――ジュエルコーストよ、永遠なれ……。

 

 とかパーシヴァルが言ってた。つまりジュエルコーストはそれだけ凄い場所となっている。

 

「なら解放ついでに土地を貰っておけば良いだろう。貸し出すだけでも収入貰えるだろうしその他大勢に自慢できるぞ」

 

「その発想はなかったな……」

 

 屋台に到着したところで俺達はこんな話をしていた。ジュエルコーストの奪還作戦をするという事、そして改めてイェン兄妹と組もうという話。今回の奪還の件だが、王族を相手に協力関係を築いていると今後もこういう案件を何個も放り投げられるという未来が完全に見えてしまったので、早急にイェン兄妹の方と組もうと考えたのだ。だって金も足もあるし、利害関係で組めるってなるならこっちの方が面倒なお使いクエスト頼まれない分良いだろう?

 

 という事でジュエルコースト奪還作戦の話をして、現地の話や情報を聞こうとしている。断絶する前にも生息していた生物から、ある程度どういうエネミーが出てくるのか予測できる筈だからだ。

 

 だというのに、話はおかしな方向へと転がっていた。まずなんか土地を確保しようとか言い出してた。

 

「ついでに金はこっちで出すから土地を確保したら拠点も立てよう。いつでもリゾートでバカンスが出来るようにな」

 

「うんうん」

 

 イェンとニーズヘッグは腕を組み、頭を上下させながら意気投合していた。君たち、少し前までは憎み合ってなかった? と首を傾げながら意見を挟めば、

 

「いや、別にリゾートの土地なんて良いでしょ……それよりも王都での土地の方が何をするにしても便利で楽だし」

 

「ですよね。王都の良さそうな土地も既に見繕って―――」

 

 フォウと揃ってそんな事を言い出した瞬間、睨むような視線が2人から同時に叩き込まれ、震えあがりながら黙る事にした。2人のその姿が怖かったのでこっそりと小声で、

 

「女って良く解らない……」

 

「うん、そうだよね……」

 

 男の友情が深まっている中、女の友情はさらにヒートアップしていた。

 

「バカンスは大事だわ。海という魔物は私たちを解放する」

 

「一生消えない思い出、深まる仲……誰もが憧れる体験」

 

「やはり必要ね……」

 

「あぁ、必要だな……」

 

 ニーズヘッグとイェンはお互いに視線を合わせて頷き合うと、そのまま俺の両側へと回り込み、腕を絡めてくると、そのまま引きずって行く。無抵抗のまま売られてゆく子牛の気持ちになって視線をフォウへと送れば、即座に視線を外してくる。友情が深まったと思ったがそんな事はなかった。るーるー歌を口ずさみながらそのままニーズヘッグとイェンに引きずられた先が、

 

 ―――服飾店だった。

 

 そして話は戻ってきた。この時間軸に。水着姿のイェンと、水着姿のニーズヘッグ。2人の姿が存在するこの時間軸に帰還してきた。

 

 あんまり現実逃避にならなかったなこれ……。

 

 そんなこんなで今、自分は水着の美女に挟まれていた。ニーズヘッグは水色のオフショルダー型ビキニを装着して胸上の露出面積を大きく増やして露骨に誘惑するような姿をしていた。これでいてプロポーションもしっかりと取れているのだから凄い。なんというか、凄い。それしか言葉が見つからない。多分知っている女性陣で一番良いプロポーションしてるよ、こいつ。オフショルダーというふつうは選ばないタイプを引っ張ってきたこいつのセンスが憎い。

 

 それに対するはイェン、こっちはハイネックタイプのビキニだ。下は普通のビキニと共通しているが、違うのはトップ部分が胸を下から首元まで、背中を開けるように首の裏で纏めているタイプであるという事だ。胸周りの露出が減るという男子的なデメリットが大きくなるものの、胸の形は解るし、それにとっつきやすさというものであれば露出が薄めのイェンの方がまだ一緒に居やすい。

 

 という訳でニーズヘッグとイェンが解っているだろう? と視線を送ってくる中で、手をイェンの方へと向けた。

 

「こっちの勝ち」

 

「馬鹿な」

 

「ふっ、浅はかだな……露出を増やせば良いという訳ではないぞ」

 

「むー……探してくる」

 

「では私も付き合おう」

 

 ニーズヘッグが負けじと新しい水着を探しに行く中、イェンが付き添う形で新しい水着を探しに行く。そもそもなんで服飾店で水着を扱っているんだろうか、と思ってしまうが、あるにはあるんだからしょうがないだろう。いや、割と近くに海があるし需要があるのか? それとも南北のどっちかに大きな湖でもあるのか。

 

「趣味だよ! 水着! いいよね! 見ても良いし! 着ても良い!!」

 

「え、あ、はい」

 

 カウンターを見るとビキニ姿の中年がいた。しかも無駄に胸を寄せて谷間を作ってる。サムズアップで水着の良さをアピールしているつもりらしい。

 

 ビキニ姿の中年?

 

 ……うん! 何も見えない!

 

 すぐさま視線を外して腕を上へと伸ばし、背筋を軽くひねって解す。最近アレコレ考えているから疲れているのかもしれない。

 

 ……でもなぁ、楽しいもんなぁ、オンゲするの。

 

 身内でわいわいやりながら囲んで遊ぶの。形は変わってしまったが、今でもこうやって一緒に遊べる事は物凄く貴重で、大事な事だ。俺達の関係はあの頃から全くと言っていい程進展はないけど……それが少しずつ、あちら側からのアプローチで壁が変わってきているような気もする。だから俺ももうちょい、前向きに付き合ってみるべきなのか。勇気を出してみるべきなのか。

 

 いいや、これは決していやあ、眼福だなぁ、と思っているのを言い訳している訳じゃなくてぇ―――!

 

「ボス、ボス。これはどうかしらっ」

 

 新しい水着に着替えてきたニーズヘッグ、上はホルターネックタイプに、下はショートパンツタイプの水着に変えてきた。ぶっちゃけ、露出面で言えば全体的にあんまり違いがないと言えるだろうが、不思議と普通のビキニからショートパンツタイプに切り替えただけで大分布面積が増えたように見えるし、何よりもアクティブなニーズヘッグとはこういうタイプの水着が似合っているようにも思える。

 

 視線を逸らしたくなるのをぐっとこらえながら、頭の裏を掻いて口を開く事にする。

 

「あー、なんだ」

 

「……」

 

「その」

 

「……」

 

「に、似合ってると思うぞ! あぁ、似合ってる!」

 

 半ばやけくそになりながら声に出した。普段ならもうちょい躊躇なく普通にできたのに、最近変に意識しているのが全部悪いんだ。平静に、平静を保ってと自分に言い聞かせながら頭を横に振る。だがそれで視界に入ってくるのはにやにやと笑みを浮かべながら扇子で口元を隠す、チャイナ風水着に身を包むイェンの姿と、そこに尻尾があれば全力で振っているであろう、花を咲かせそうな程嬉しそうなオーラを放つニーズヘッグの姿だ。

 

 完全にイェンとニーズヘッグの存在に手玉に取られていた。

 

 だというのにニーズヘッグは腕を抱き込む様に掴んできて、更に店の奥へと引っ張ろうとする。

 

「あ、こら、そっちはカウンターの見てはいけない生き物が見えてしまうから気を付けて。ちょっと」

 

「大丈夫。次はボスの好きな清楚系を選ぶから」

 

「あ、こら」

 

「ほほう、そういうのが好きなのか」

 

「あっあっあっ」

 

 ほらー! 性癖がバレたらイェンが悪い顔をしてる! 絶対に狙ってくる方向を決めてるやつだよアレ!

 

 とか脳内で叫んでいる間に逆の腕も抱き込まれるように掴まれてしまった。両腕にジャストでフィットするような柔らかさを感じている。これをとてもだが言葉として表現すると理性にはとても宜しくはない気がするので、感想に関してはここは一旦スルーさせてほしい。

 

「あー」

 

「こっちこっち」

 

「さ、付き合ってもらうぞ。美女の相手をしながら商談を詰められるんだ―――楽しかろう?」

 

 耳元でそんなことを呟かれても内容がまともに頭に入ってくるとは思えないが、うん。なんだかんだで楽しいし眼福なのは否定できない。1度諦めてしまえば楽なんだろうというのを自覚しつつ、強く抗えないのは男としての性か。

 

 どちらにしろ、今日はこれで玩具にされて終わりかなぁ、と確信していた。




 抱け―――! 抱け―――!


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海へ

土鍋『クッソ面白い足を見つけたから早朝には到着しそうだわ』

 

 夜、さんざん水着選びをさせられ精神が損耗し、逃げ出したフォウにその分の補填を求めたら晩飯を奢ってくれた。フォウもフォウで少しは申し訳なく思っていたらしい。まぁ、絶対に許さんのだが? そんな女性陣は今、なぜか完全に意気投合して別のお店へと顔出ししに行った。まぁ、なんというか流石にそこまでは付き合えないので途中でギブアップして抜け出してきた。イェンもニーズヘッグも変に意地を張り合うよりはああやって笑って一緒に遊んでいるほうが微笑ましいし、俺も安心できる。

 

1様『マジ? それはそれとして睡眠時間大丈夫か?』

土鍋『それは大丈夫。ちゃんとログアウトしてるし』

略剣『ただ最近移動ばっかりだから体が闘争を求める』

梅☆『そして新作が発売される』

 

 いつまで俺達は新作を待てばいいんでしょうね……。

 

 ぽちぽちとホロウィンドウを押しながら晩飯を食べる。今夜は港が解放された事もあって食料が増えたこともあり、豪勢にエビチリなんて物を食べている。これがリアルだと中々口にしないものなだけに、刺激的で美味しく感じられた。やっぱこっちで食べるものって、普段リアルでは食べられないものが正解なんじゃないだろうか……? まぁ、そんな訳で雷帝だか呼ばれているフォウの手料理を食べながら夜を過ごす。明日は王家主導の作戦が開始となる。

 

「うーん、とりまく状況の流れが速いなぁ」

 

「そうですね……思い出してみればまだ稀人の降臨から数日って程度なんですよね、今日は。考えてみれば凄い勢いで状況が変わっているのに結構驚いてます」

 

「でも実は最初、そこまでフォウも状況が変わるとは思わなかったでしょ」

 

「うん……正直に言ってしまえばね。ここまで弱い人たちで本当にどうにかなるのかな? って疑っていた部分があるのは事実ですね」

 

 ですから、まぁ、とフォウは頬を掻きながら苦笑する。

 

「ガラドアを解放して戻ってきた稀人の話を聞いた時、驚かされましたね。正直に言うとそれでもまだ半信半疑でしたが。イェンはその話を聞いて寧ろ確信か納得を得た様な感じでしたよ」

 

「ほーん……アイツは俺に何を見てるんだろうなぁ」

 

「さあ、そこまではちょっと解らないですね。それでも他の人には見えていない物が見えている子ですから……」

 

 前にもこの話はしていた気がする。しかしその時でも結局、イェンが何を見てここまで迫ってくるのかを理解していないという話に落ち着いていた。まぁ、結局のところ話がそこに落ち着いちゃうんだよね。イェンが何をそこまで押してくるのかが見えないってのが唯一の気がかりって所なのだ。でも、まぁ、組む相手はここ以外はないって感じだろう。

 

 え? 師匠の財布にはタカらせてもらうが?

 

 という訳で、改めてスポンサーにはこの兄妹に頼んだ。これで資金問題は解決した。後はクラフターをNPCとPCで数人抱えたいなぁ、と思う所だ。NPCは今が強いが、最終的にパッチ解放進めればPCクラフターが同レベルだったり上位に入る様になるだろう。その時の為にPCのクラフターも揃えたい。そこも改めて募集かなぁ、と思っていると、

 

「ボス、ボス。ボスの分も買ってきたわ」

 

 犬が尻尾を振りながら帰ってきた。その手荷物を見てショッピングを大いに楽しんだ事を察して笑い声を零しながら、今夜はその話を聞いて終わらせることにした。

 

 

 

 

 そして何時ものあれこれを処理して夜から朝へ。ログインして何時も通りのログボを回収。宣伝のホロウィンドウを消去し、フィエルの入っているホロウィンドウをフリスビーにして投げ飛ばす。ログイン直後の日課も完了。これで気持ちの良いログインを迎えることが出来た。無論、戻ってきたホロウィンドウを噴水に沈める事も忘れない。

 

 ログインして真っ先にやる事は身内の確認だ。デスコを起動して、身内のルームに繋げる。

 

1様『今どこー?』

土鍋『ガラドアって街に来たぜー』

略剣『こっちまで来るとそこそこプレイヤー見るな』

1様『おー、速さ次第じゃ1時間以内には合流できそうやな』

土鍋『いやあ、マジで移動に数日かかるのは爆笑したわ』

梅☆『ギミックガン無視の突破だったのになw』

1様『到着したら連絡ヨロ。門まで迎えに行くから』

土鍋『了解。ちょっとここで補給してから行くから1時間ぐらいはかかるぞ』

1様『問題なし。こっちもソロ部分のアレコレ終わらせておくわ』

狂犬『わんわん』

略剣『人語ー??』

 

「あいつらの方は大丈夫そうだな。んじゃ次は、っと……」

 

 デスコではなくゲーム内の個別メッセージを開く。これ、グループ会話が出来ないからちょっと不便なんだよな。昨日採用した3人がログインしていることを確認し、ついでにニーズヘッグもログイン済みであるのを確認する。どうやら本日の固定参加者は全員ログインしているようで、俺が最後だった。

 

「まぁ、俺は1人暮らしで支度に時間が取られるしな……」

 

 そこらへんはしゃーない、と諦めつつ連絡する。

 

「固定活動大丈夫ですか、っと」

 

『行けます。どこで合流しますか?』

 

『行けるぜ!』

 

『問題ありません!』

 

「おしおし、良い返事が返ってきたな。んじゃ1時間半後に西門で集合、っと」

 

 これだけ時間の余裕を作れば問題はないだろう。これでとりあえず連絡を終えたから合流まではフリータイムになる。さっさと王城へと向かって移動する。先に王城の方で色々と話をしなくてはならないのもあるし、合流するまでに師匠の所で修行をこなす。そうすれば待望の《火魔法》レベル10が拝めるのだ! しかもそれでついに魔法エディットも解禁される! やるっきゃない! やるしかない! これは気合が入る! 入るに決まっている!

 

 という訳で連絡を終えた時点であぴゃー! と叫びながら王城へとダッシュする。そのまま何時も通り小門から内部へと入り、階段を駆け上がり、そして一気に師匠の部屋にまで到着し、勢いよく扉を開ける。

 

「おはようございます師匠今日こそ殺してやるからな爺! 普段から殺されている俺の恨みィ―――!」

 

「ほうほうほう―――やってみろ愚かな弟子めぇ! 今日も無惨に殺してくれるわぁ―――!」

 

 ヒャッハーと叫びながら日課、開始。

 

 

 

 

「いやぁ、お疲れさまでした」

 

「なぁに、儂も全力で打ち込めるから楽しませて貰っているわい」

 

 開幕で氷結からの粉砕コンボで一瞬で抹殺されたと思ったら即座に蘇生させられたまた殺された。でも最近、死ぬのに慣れてきて”あ、これ死ぬな……”ってのが事前の気配で解るようになってきてしまった。我が読みの力もますます磨かれてしまっている。リアルの事を考えるとこんな技能伸ばしても全く意味はないんだが。

 

 それはともあれ、疲労感に床に転がりながら天井を見上げれば、そこにはホロウィンドウで《火魔法》がレベル10へと到達し、マスターされた事が表示されていた。ファンファーレと共についに1つの目標を達成できた達成感に、ぐっと拳を握って喜んでしまった。後副産物で《結界術》も4に上がった。今回習得したのは異常耐性を敵味方関係なく下げる奴だ。これ、使う場所を間違えたら地獄絵図作れそうだ。

 

「あー……やっと1個スキルマ終わったぁ……」

 

「ほいさ」

 

「あ、師匠待って。今達成感に浸ってるの。勝手に削除して《氷魔法》追加しないで。ねぇ、師匠! おい! 爺!」

 

「別にええじゃろ、これから何度も経験する事なんじゃから」

 

「俺の感動ぉ……」

 

 人が達成感に浸っている時、勝手にスキルを変えてくる爺がいるってマジ? マジでスキル削除されて追加されてる……。えぇ……あ、でもちゃんと魔法エディット解禁されてますねこれ……。俺の達成感がぁ……。

 

「ついでにほれ、《深境》の新たな叡智じゃ。これを受け取ると良い」

 

 そう言って床に転がる俺の体に爺の杖がこんこん、と叩きつけられた。痛い、と床の上で転がったままでいれば、直ぐにホロウィンドウがスキルのレベルアップと新しいアビリティの習得を告げてきた。とりあえず簡単な整理だ。

 

 《火魔法》10で消去、《氷魔法》1、《時魔法》8、《杖術マスタリー》《詠唱術》《二刀流》7、《結界術》4、《深境》は今の爺ノックで1から3まで上がった。

 

 《火魔法》が10になったことでシステムとして魔法エディットが解禁され、《深境》が3になったことで〈リバース〉と〈エレメンタルチャージ〉を習得した。〈リバース〉は現在の属性値を反転させるアビリティ。〈エレメンタルチャージ〉は選択した属性値を最大の状態にするアビリティ。どちらも複数の属性を使えるようになって初めて真価を発揮するアビリティだ。道理で《深境》を成長させられない訳だ。

 

 このまま魔法エディットを弄りたい所だが―――まあ、どうせ船の上で時間はあるのだろうし。

 

 さっさとパーシヴァルとかの方で挨拶や港への移動の話をして、後は合流してしまおう。




 固定における大雑把な役割。

 アイン、コール役。ギミックの処理方法を覚えたりそれを口に出して指示に出す役割。
 梅☆、ムードメイカー。誰とも仲良くできるし空気を一瞬で入れ替えられる。
 土鍋、ギミック攻略。一番頭が良いからギミックとかの最適処理を考えて教える奴。
 略剣、交渉役。一番めんどくさい交渉とかを担当してくれる大人。
 ニグ、ペット。アイン以外からはよアイツ押し倒せと言われてる。


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海へ Ⅱ

「パーシヴァル様でしたら昨晩よりポート・エルの方へと移動されました。準備が出来次第ポート・エルへと来てほしいとのことです。時間は指定せず、アイン様方の用事を優先してからでも問題はないという事です」

 

「ありがとうシャーリィさん。とりあえず俺達はもうそろそろ身内と合流できるから、したらそのままポート・エルへと行くから」

 

「了解しました。此方からお伝えします」

 

 当然、NPCはPCの様な反則的な情報ネットワークがある訳ではない。だが魔導師なら念話が、そしてそれ以外にも伝令の早馬や、伝書鳩の存在があって遠方と連絡を取り合えるらしい。まぁ、それでも俺達が普段味わっているこの利便さと比べると物凄く不便に感じるが。それでもこの世界の人たちはこれを普通の手段だと思って運用している。まぁ、その事に関しては何も言えない。

 

 とりあえずポートで合流しなきゃならない事実が発覚したのでさっさとサンドイッチをシャーリィから受け取りつつ、王城を出て城下町に出て、そのまま西門へと向かう事にする。

 

 しかしこの西から東へ、先に移動されたり移動して追いかけるお使い感、実に慣れ親しんだRPGのクエスト! って感じがするのが実に懐かしい。まぁ、リアル規格でやらされるとは?? ってなるのが事実なんだが。ただやっぱ、王国の動き早くない? なんというか本気以上に何か必死な物を行動の裏に感じる部分がある気がする。やっぱりNPC側にもNPC側の事情があるのだろう。

 

 それを考えながら西門へと向かえば、そこには小規模な集団が既に出来上がっていた。おー、と声を零しながら手を上げる。ニーズヘッグ、森壁、アレキサンダー、ゼドの姿は既にあったし、それ以外の3つの姿もある。

 

「なんだ、俺が最後だったか」

 

「おー、来た来た。遅いぞアイン」

 

「おはよう、ボス」

 

 合流すれば顔だけは覚えのある3人がいる。アメリカ人の巨漢がマイケル―――じゃなくて梅☆だ。ややスリムなフルプレートのアーマーに2本の槍、髪をオールバックにして眼鏡を装着しているのがクソ長い名前なので略剣と略されているアイツ、そして最後に上半身裸で全身にタトゥーを刻んだシャーマン風の姿をしているのが土鍋。この中で外国人なのは梅☆だけだ。街中を見ると割と外国人とかいるんだけどなぁ、とは思う。割と俺達がそこらへん運が良いだけなのかもしれないが。

 

 当然、シャレムは世界同時発信、共通サーバーでのプレイだ。

 

 だが同時翻訳によって言語が自動的に聞き覚えのある言語に変換されている為、言語で問題が発生するようなことはない。だから外国人と一緒にプレイしようがそういう問題が発生するようなことはない。

 

「はー、お前ら顔はあんまり変えてないんだな」

 

「ま、変えても困るだろうしな?」

 

「なんか顔を変えるってのにも違和感があるんだよなぁ」

 

「そうそう、生まれつきの可愛い顔だからな」

 

 梅☆のその言動に全員がマッチョという言葉を肉体で表現する男の姿を見て首を傾げ、やがてスルーしておく。

 

「んで……アレ、なに?」

 

 到着した直後からずっと気になっていた物があった。門の横へと視線を向ければ、そこにはショートした状態で倒れている大型の機械があった。全長4メートルほどのクマ型のロボットだった。それが全身ぼろぼろ、ショートした状態で倒れ、今も各部からスパークしている。それを見て土鍋がああ、と声を零す。

 

「こっちに来るときちょっと遺跡を見つけたんだけど、こいつがガードしてたみたいなんでちょっと、な」

 

 悪い顔をしながら土鍋が配線を弄る様な手つきを見せた。そういやこいつ、リアルだとそういう方面でめちゃくちゃ強かったな。いや、もしかしてその技術をこっちで応用できたのか。どちらにせよ、機工房が喜びそうな人材とスクラップだ。

 

「というか門番が嫌な顔をしてるから工房で売ってこい」

 

「あぁ、あの変人の巣窟だろ? 確かにあそこでなら引き取ってくれそうだな……」

 

「俺はあそこで銃買えないかちょっと期待してるんだよなぁ。やっぱ手に馴染むもんが一番だぜ」

 

 梅☆がボウガンを取り出し構える。その構えも十分慣れ親しんだもののように感じるが、自称傭兵によるとやっぱり銃が一番らしい。サバゲ―とかでもやってたんだろうかこのおっさん。リアル傭兵とか現代では存在しない職業だと思ってるから俺は絶対に信じないぞ……?

 

 頭を軽くがしがしと掻いてあー、と声を零す。

 

「―――良し、とりあえず自己紹介は済んでる?」

 

「終わった終わった」

 

 そういうと梅☆がアレキサンダーとゼドの肩を抱き寄せてスマイルを浮かべた。アメリカ人にしかできないアクションだアレ。

 

「ほら、仲良し」

 

「むさくるしい!!」

 

「よ、よろしくお願いします」

 

「とりあえず全員のロールは頭に叩き込みましたよ」

 

「ならば良し! 先方は既に港へと移動したらしいし、こっちも東門抜けて港へと行くぞ。馬は大丈夫か? 良し、問題なさそうだな。馬を借りてさっさと港へと移動しようか」

 

 元気の良い返事が出てきたので東街道を渡る為の馬を借りに行く。

 

 

 

 

 馬はまぁ、なんというか既に代金が支払われていた。ここら辺が王家を仕事の相手にした場合のメリットなんだろう。国内であれば恐らく最強のコネ。馬どころか馬車さえ借りる事が出来て、御者までつけて貰って快適にポート・エルまで向かうことが出来る。馬車内部も魔法の作用がある影響で外から見えるよりも広くなっており、8人乗り込んでも余るぐらいスペースがあった。

 

「流石ですね、こんなものまで手配されて……」

 

「そこはボスの信用だな。これまでの活動でコツコツと稼いできた分のアレだろ」

 

 森壁の言葉に土鍋が腕を組みながら頷いた。お前らがやったことは国の信頼を破壊するどころか国そのものを破壊する事だけどな?

 

「まぁ、下手に信用上げすぎると今回みたいにイベント回されて行動潰されるから一概にも良いとは言えないけどな」

 

「それ。別に利用できるパートナーは見つけたんだろう? コレ終わったら会わせてくれ。アインじゃ詰められない話とかあるしそっちはこっちで詰めるよ」

 

「助かる」

 

 イェン兄妹との交渉は略剣にバトンタッチ。元々交渉とかの面倒ごとは社会人である略剣がこの中では一番上手だ。俺みたいにアマに任せないでプロフェッショナルがやった方が結果が良くなるのは当然の事だ。こうやってやる事を分割できるようになると本当に楽だ。俺がアレコレと悩む必要がなくなってくる。

 

「とりあえず今のうちにお互いに共通の認識、しとくか?」

 

「時間もあるしお願いします」

 

「時間がある時に軽くすり合わせておくのが良いか」

 

「んじゃ……おーい、フィリー。ちょっと書き込むためのホロウィンドウ頂戴」

 

『はーい、お持ちしましたー』

 

 デフォルメフィエルがホロウィンドウを引っ張ってきた。それを異次元を見る様な目線をニーズヘッグ以外が向けてくるが、それを無視してホロウィンドウに書き込んでいく。

 

 T、H、D、とまず最初に分ける。

 

「まずT枠が略剣とアレキサンダーな」

 

「神空烈滅王神究極超越極絶魔王・剣だ。間違えるなよ、神空烈滅王神究極超越極絶魔王・剣だ。神空烈滅王神究極超越極絶魔王・剣さんを宜しくな!」

 

「略剣とアレキサンダーがT枠な」

 

「スルーされた……」

 

「おう! つまり俺と神空烈滅王神究極超越極絶魔王・剣でモンスターを集めたり受けとめれば良いんだろう? 任せな」

 

「めちゃくちゃイイ子やんこいつ」

 

 正直身内でも言わないフルネームをちゃんと言うのは偉いと思いました。

 

 それはそれとして―――タンクが2枠あるのはタンクの負担を減らす為でもある。適時スイッチしながらモンスターの攻撃を受け止めるのだ。ある程度の損耗を考慮しての編成だ。しかし2人タンクを用意するとなると、どっちがメインサブを張るかって問題が出てくるので、

 

「メインサブの相談はタンク同士で頼む。そこは俺が口出せる範囲じゃないから」

 

「じゃあアレキ君メインで良いよ。こっちは盾無しタイプだから安定感で言えばそっちが上だろうしね。初見エリアならそっちのが良いでしょ」

 

「お、じゃあメインやらせてもらいますわ」

 

 こっちはあっさりと纏まった。んで次はヒーラー枠だ。今回はピュアヒーラーである土鍋と、バリアヒーラーである森壁とヒーリングに関する話し合いをしてもらいたいのだが、既に土鍋がフィエルからホロウィンドウを受け取って、互いのスキルを見せ合いながらヒーリングの談義に入っていた。当然ながら1回のヒールでHPが満タンになるのに、2人で同時にヒールすれば1回分のヒールが溢れる。これは純粋なDPSとMPのロスになる。ヒーラーが数人いる場合は、こうやって相談するのが理想的な所だ。

 

 そんで残される俺達DPS組は、

 

「メレーが側面展開でレンジキャスが背面展開で良くない?」

 

「まあ、攻撃範囲的にそうなるだろうな」

 

「私は異存なし」

 

「俺からも異存はないです。ただ《連携》の登録や確認を行いたいんでリンク先登録を始めたいんですけど、良いかな?」

 

 《連携》のスキルは自分のスキルからスキルへと繋げるのではなく、自分以外のプレイヤーのスキルと自分のスキルをリンクする事でスキルを連鎖発動させたり、合体発動させたりする事が出来るというロマン溢れたスキルだ。男の子ならだれであれ、合体技というものには胸を高鳴らせるものがあるだろう。

 

 俺も当然、こんな楽しいスキル是非とも経験してみたい。

 

 という訳でそこら辺のリンク設定をDPSで行いつつ、軽く互いの動きをすり合わせる。

 

 俺達の初の固定活動がいよいよ始まる。




 固定が集合するまで80話かかるの面白すぎるな……。

 でもなろうフォーマットというか1話3000前後で重さよりも更新重視で展開するとなると話数が文字数に対して滅茶苦茶増える感じあるわね。とはいえ、安定した更新を維持するって意味なら話の重さが薄くて更新しやすい子のフォーマットが大正義に感じる。


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海へ Ⅲ

 ポート・エルに到着して馬車から降りた。

 

「パーシヴァル殿下は既に港の方で待っておりますので」

 

「ありがとう。すぐ行くよ」

 

 観光したいのは事実だったが―――それでも先に終わらせるべきことを終わらせてからの方が良いだろう、それは。

 

 という訳でついにポート・エルを拝むことが出来るようになった。

 

 街道側が一番高くなっているこのポートは、港へと近づくにつれてなだらかに街の高さが下がって行き、港の部分が一番低く、海に面するようになっている。つまり街道側が高地になっているのだ。コレ、王国側から荷物を運びこむのは楽だけど港から出すのが重さ次第じゃ大変そうだなぁ、なんて思ってしまう。建築は―――どっちかというとヨーロッパ・イタリア系だろうか? デザインなんかがちょっとおしゃれな感じはする。何よりも空気に感じる潮の匂いが素晴らしい。これぞまさに海! って感じがする。

 

「あー、長い間海に行ってなかったなぁ……」

 

 背筋を伸ばしながら放つ言葉を土鍋が拾った。

 

「最後に行ったのは男4人で沖縄だっけ?」

 

「あの時は楽しかったな」

 

「私は楽しくなかったわ」

 

 1人だけ諸事情あって放置されていたニーズヘッグは過去の話を持ち出されて頬を膨らませていた。あの時はニーズヘッグだけは参加できない事情があって、その結果残された俺達4人だけで沖縄に行ったんだが―――まぁ、なんというか男4人だと割と滅茶苦茶やるというか、馬鹿やるというか。滅茶苦茶楽しかったなぁ、というのが本音だ。でも、もうビーチで直射日光耐久レースとかやらんぞ。背中が火傷したじゃんアレ。

 

 ニーズヘッグの膨らんだ頬を指で突っつきつつ、良し、と音頭を取る。

 

「パーシヴァルたちが待っているだろうし……というか既に準備整えて待っているだろうからさっさと行くか」

 

「ほいほい」

 

「船か……楽しみだなぁ」

 

 色々と見て回りたいものはあるが―――なんというか、ポート・エルは全体的に復興中という感じの様子だった。周りを見てみると多くの人たちが忙しそうに街を上へ下へと向かって走りながら移動していた。中には魔法を使ってホバリングする姿もあるが、大半は何らかの動物か生き物を使って荷物を運ばせたりしてそれを先導している。どうやらこちらはガラドアよりも被害が大きかったらしい。崩れている建物はあまり見えないが、それでも修復作業や仕入れ、店舗の再開などを求めて多くの人々が本来の形を取り戻そうと努力していた。

 

 正直、こういう景色は嫌いじゃない。改めてポート・エルが本格稼働した時にまた観光させて貰おうと考え、港まで下りて行く。

 

 止められる理由もないので、あっさりと港まで下りることが出来た。そこまで行くと準備の出来ている船と出来てない船がどれかを判別しなきゃならないのだが―――ぶっちゃけ、ちゃんと稼働できる船とできない船は一目瞭然なので迷う事もなかった。明らかに王国の兵が集まっているところに行けば良いのだから。

 

 そういう事で、迷う事無く王国の保有する大型船へと到着するが、

 

「ほほう、こいつぁ見事なガレオン船だな」

 

 アレキサンダーが顎に手を当てながらそんな事を言った。

 

「ガレオン船?」

 

「おいおい、中世ファンタジーの基本だぜ。良く漫画とかアニメで出てくる、大砲積んだ船の事だよ。大きな帆が特徴の」

 

「へぇ」

 

 そういやそんな名前だったなぁ、と思い出す。だけどそうか、王国が保有する軍艦なのか、と搭載されている大砲などを見て理解する。完全に戦う為の船だからそういう武装が搭載されているのも当然なのだろう。うーん、ちょっとだけ撃ち出されるのが見たいなぁ、と思いながら桟橋にまで進めば、王国の兵が此方を見つける。

 

「アイン様、お待ちしておりました。殿下は既に乗船してお待ちです」

 

「了解。ちゃっちゃと乗っちまおうぜ」

 

 うーい、等のやる気のない返事とやる気のある返事が入り混じった声を聴きながらそのままエルディアの軍艦に乗船。乗って直ぐの所では腕を組んで笑みを浮かべるパーシヴァルの姿があり、此方に気づくと腕を振るってくる。大体の雰囲気と性格から何をしようとしているのかを読み、こっちもその動きに合わせて手を掴み、握手を強くかわした。

 

「良く来たアイン。お前なら直ぐに来てくれると思ってたぜ」

 

「俺はお前の物事を動かす速さに驚かされてたけどな」

 

「なぁに、こっちにも色々と事情があるのさ。乗りかかったのなら付き合ってくれ」

 

「ま、今回はきっちりやらせてもらうよ」

 

「次回は?」

 

 視線を背後の略剣へと向ければ、略剣がお得意の眼鏡キラーンを放った。

 

「そこはほら、誠意次第って事です」

 

「うーん、このあからさまに一線を引いておく感じ、厄介な奴が来たなぁ……」

 

 パーシヴァルが首を悩ませながらあぁ、そうだ、と声を零す。

 

「こっからジュエルコーストまでは1日ある。2人1部屋で場所取ってあるから、休む時はそっちで休んでくれ。今案内させるから―――おーい! 誰か! アイン達を案内してやってくれ! んで出航だ出航! のろのろしてるんじゃねーぞー!」

 

「俺は……いや、ちょっと面白そうだし出航の様子眺めるわ」

 

「あ、俺も俺も」

 

「俺も興味あるし残ろうかな」

 

「んじゃ、こっちで部屋見てくるな」

 

「部屋確保しておくわね」

 

 ……なんか嫌な予感を感じつつも、船室の方へと向かう略剣達を見送り、俺、アレキサンダー、ゼドと土鍋でこの場に残る。ニーズヘッグだけ仲間外れだが、同年代男子グループがここに結成された。出航する船員たちの邪魔にならないように体を端に寄せて周りに何もない事を確認してから近くの欄干によりかかり、全体の動きを見る事にした。

 

 錨を上げ、船員たちが配置につき、ゆっくりと船が動き出し始める。忙しく右へ左へと甲板を走る船員たちの姿を見ていると、この時代の航海というものは現代と比べ、相当大変なものだったんだなぁ、というのを改めて感じられる。

 

 大海原へと発進する船は徐々に、徐々に港から離れて行く。時間が経つごとに少しずつ陸地は小さくなって行き、見えなくなって行く。さっきまでは直ぐ近くにあった港も今では米粒ほどの大きさとなって、帆は風を受けて大きく速度を出すように海の上を滑って行く。いや、良く見ればこの帆は常に風を受けて進んでいる。恐らくは魔法を使っているのか、何らかのアーティファクトで常に進む方角へと向けて風を発生させているのかもしれない。少し不思議な船出をこうやって、経験している。

 

「海かぁ」

 

 沖縄のそれとは、まったく違うなぁ、と思う。

 

「海って……ちょっと怖いよね」

 

 ゼドの言葉に小さく頷く。陸地から離れて完全に海水だけに囲まれた状態になると、右も左も、どっちが正しいのか解らなくなってしまう。そう考えると海に出るのって凄く怖いよな、と思う。俺だったらこんな環境にスマホもなしに数ヶ月もいるのは無理だ。そう、数ヶ月という単位を船の上で昔の人たちは過ごしたんだ。改めてやべぇなぁ、って思う。

 

 パーシヴァルに軽く視線を向けると船員たちに指示を出して忙しそうにしてるのが見える。どうやら船長としての仕事もこなせるらしい。やっぱりあの軽薄さとは裏腹に相当なエリートらしい。王族という立場なのに良く頑張るなぁ、と思いつつ、

 

 欄干によりかかりながら潮風を顔に浴びて目を閉じる。心地よい海の風を感じながらこれからの優雅な海の旅に思いを馳せようとして、

 

「あ、サメじゃん」

 

 とか言いながら土鍋が海に飛び込んだ。

 

 どうして? どうしてまともに旅を始めさせてくれないの?

 

 どうして?




 Q.海と言ったら?

 A.サメ。


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海へ Ⅳ

 さて―――配信の準備もできたし、配信するか。

 

 今日はちゃんと配信30分前に告知したし。

 

「という訳でよう、よう。皆元気?」

 

コメント『告知は半日前にしろ!!!』

コメント『待ってたんだよぉ! お前のことをよぉ!』

コメント『空港攻略にいねぇから何してるのか気になってたんだよな』

コメント『また1人だけ変な方向に走ってる……わこわこ』

 

「いやあ、だって配信って大体俺の気分次第だしなぁ……まぁ、なんだ」

 

 軽く一回転しながら周りを見渡す。直ぐ後ろの大海原ではシャーク海賊団vsジャスティスフカヒレが海の平和を守るための戦いを繰り広げている。それをビール片手に親父共がヤジを飛ばして楽しんでいる。

 

「見ての通り、海の上だぞ」

 

コメント『見ての通りじゃないが?』

コメント『情報量多い……多くない? 多すぎない?』

コメント『また異次元に突き進んでる……』

コメント『なぁにあれぇ』

 

「シャーク海賊団とジャスティスフカヒレの事は気にするな。土鍋―――あぁ、うちの固定のヒーラーがさっき弱っていたフカヒレを助けたら正義に目覚めちゃってな……なんか海の平和を取り戻すって言いながら近海のサメをいじめているシャーク海賊団と戦い始めたとかなんとか。まぁ、本題じゃないしスルーでええやろ」

 

コメント『良くねぇだろ!!』

コメント『どこからどう見ても本編』

コメント『どうなってんだよ海』

コメント『何時ものサメだぁ』

 

 どーどーどー、それよりも今日はみんなに見せるべきもんがあるんだよ。

 

「じゃんじゃじゃーん。魔法エディットだよ。魔法レベルを10にすることで解禁される魔法の作成システム! ”ぼくのかんがえたさいきょうのまほう”を実現してくれる凄い奴だ。なんと今朝、《火魔法》10になったんでついに解禁されたって訳だ―――あ、俺が調べた情報は既にWIKIに書き込んであるから」

 

コメント『ありがてぇ、ありがてぇけどそんな状況じゃねぇ』

コメント『ジャスティスフカヒレ! フカヒレェ! 負けるなぁ!』

コメント『フカヒレカッターってなんだよ……』

コメント『画面の情報が密すぎる』

 

「そしてこれは助手の上級AIのミニフィエルちゃん」

 

 デフォルメミニフィエルを呼び出して指先で突く。

 

「よ、宜しくお願いします……いえ、あの、チュートリアル説明で呼び出されるのは別に良いんですけど配信に巻き込むのってありなんですか? ぎりぎりアウトじゃありませんか? 面白いから良い? えぇ……」

 

コメント『だから情報が多いんだよ!』

コメント『どれかに集中させろよ!』

コメント『あ、誰か落ちた』

 

 ばしゃーん、と音がして此方へと飛んでくる水飛沫をフィエルを掴んで後ろへと回し、それでガードする事で回避する。危ない危ない、と呟きながら魔法エディットのウィンドウを開き、その画面を視聴者と共有する。

 

「実はここからジュエルコーストってリゾート地に解放ミッションで向かう所なんだけど、そこにたどり着くまで1日かかるって話なんだよね。つー訳で魔法エディットで時間を潰そうにも普通にやるんじゃ暇だし、こうやってエディット配信でもしようかと思ってね? 俺に感謝しろよ貴様ら」

 

コメント『ありがてぇし気になるけどそういう状況じゃねぇだろ!』

コメント『ほんくさ』

コメント『本編多すぎる問題』

コメント『アーカイブ配信が楽しみな回』

 

「所でそっちどう? エアポート攻略進んでる?」

 

コメント『進んでるぜー』

コメント『森は2パーティー抜けたぞ』

コメント『森の難易度はまぁ、そこまでは……って感じ』

コメント『連携の取れてるパーティーなら余裕』

コメント『問題は空港が4PTレイドって感じで人足りぬ』

 

「へぇ、そっちはそっちで楽しそうだな。PT制限レイドってのはちょっと参加してみたかった……けど、まぁ、しゃーない! じゃあ、魔法作ってくか。魔法はレベルが上がり、新しい魔法を習得する度にそれに付随する要素を習得するんだけど、その習得したパーツは魔法を削除しても消えない……ってのはもう知ってるな? 俺がWIKIに書いた」

 

コメント『自慢かぁ??』

コメント『アインニキ検証助かる』

コメント『魔法関係の検証任せてる感じあるよな』

 

「俺もちょくちょくWIKIに書き込んでるけど、戦闘面優先してるから細かい仕様とかチェックしてないからな? 他の検証班はそういう方面でよろしくよろしく。あー、という訳でとりあえず《火魔法》削除したんで、その代わりになる魔法から作ってくか」

 

コメント『えぇ、この状況でぇ……?』

コメント『あ、アーマードフカヒレになった』

 

「この状況で説明するんですか? え、じゃ、じゃあ、頑張りますね……」

 

 フィエルがやや気後れしながらも説明を始める。

 

 つまり魔法エディットがどういう風にパーツ別に分かれ、それを選択することで魔法としての要素を満たし、そして魔法を完成させることが出来るかという事だ。と、前説明を受けた時にはなかった項目が見える。

 

「あ、そうですね。アインさんは《火魔法》と《時魔法》、そして《氷魔法》を習得しています。なので属性を混ぜ合わせる事で複合属性魔法を作ることが出来ますね。それに特定の組み合わせ……例えば火と氷ですと、それを合わせた属性の魔法を生み出すことが出来ます。この場合は水属性になります。時属性は現在保有している属性と混ざる事はないので、純粋に時属性を混ぜ合わせた攻撃になりますが……」

 

「……が?」

 

「属性を混ぜれば混ざる程属性の純粋度は下がります。威力100の魔法に火と時を混ぜた場合、50火、50時という形になります。ですので属性としての純粋度は下がります。あ、ちなみにエフェクトとして属性っぽいのを混ぜたい場合はエッセンスとして追加すれば良いので特に問題はありませんよ。後は―――」

 

 フィエルが浮かんだホロウィンドウを指さし、そこに色々とマーカーやハイライトを表示させて魔法エディットの説明を行う。ミニモードながら、説明とかははっきりしているし、とても分かりやすく説明してくれるのであっさりとエディットが飲み込める。

 

コメント『はえー、フィエルちゃん有能』

コメント『そのAI私物化されてる気がするんですが』

コメント『ロリを私物化するだって??』

コメント『これはGM案件ですよ』

 

 運営なんだよなぁ、寧ろ……。

 

「基本的に魔法エディットでエフェクトを作成するにあたって、手段は2種類あります。1つはプリセットを利用する事です。此方のボックスを確認すれば現在まで収集された経験などをベースとされたアイデアが形状となって登録されています。此方から形状を選択すると……はい、こんな感じにホロボックスでエフェクトを弄ったり、改変したりできます」

 

 《形状:槍》を選択し、火の槍を生み出す。これは元が〈イグニートジャベリン〉の奴だろう。それを掴んで、圧縮し、捻りを加えながらちょっと形を整えれば―――はい、ドリルの完成。

 

「おぉ、ちょっと驚きました。結構器用ですねアインさん」

 

「VRペイントと似たような感覚でしょこれ? なら割と簡単かな。確かゼロから作成するモードもあったよね?」

 

「はい、ですがこっちは上級者向けですよ? パレットをこうやって出しまして……はい、それで感覚的な部分を含めながら操作します。実際に手づかみで色々と弄れるのでちょっと試してみてください」

 

「ふむふむ。これは面白い形状とかできそうだな」

 

「あ、勿論AIによる監視が行われているので、規約違反に類するものはダメですよ?」

 

コメント『さり気無く凄い事やってて草』

コメント『ボス多才じゃない? 多才じゃね? 裏山』

コメント『これぐらいなら、まあ、古代VRCの住民なら……』

コメント『できないが??』

 

「ちょっと待っててなー、10分ぐらいあれば最初の魔法が完成するからー」

 

コメント『指の動き早い』

コメント『うっわ、完全に慣れてる手つきじゃん』

コメント『もしかしてボスって芸の方の人?』

 

「あー、現役美大生よ、俺」

 

コメント『お前の様な美大生がいるか』

コメント『嘘をつくにしてももうちょっとまともな嘘を言いなさい』

コメント『ボスはPMCで参謀やってるんでしょ!』

 

「俺に世紀末な設定をつけないでくれ」

 

 コメントに和やかに応答しつつ、後ろでどかんどかんやり合うシャーク戦争を無視する。なんか空中変形合体したサメとかいるが無視だ、無視。今はそれよりもこれをやっているほうが楽しいぞ。あ、土鍋パイロット席にいるじゃん。

 

 とか言っている間に完成したわ。

 

「じゃんじゃじゃーん! えーと、あぁ、SEの設定も出来るのか……あ、結構豊富にある。えーと、検索リストから素材を探して……あったあった」

 

コメント『なにそれ(困惑』

コメント『懐かしすぎるの出てきたんだが』

コメント『草』

 

 完成させた魔法をとりあえず習得し、悪のサメロボvs正義のサメロボの現場を見る。サメってなんで少し見ていない間にワープ進化するのだろうか? そう思いつつ新しく完成させた魔法を発動させる。

 

「行け! そこそこ懐かしい魔法よ! 具体的に言うと90年代の一部にしか通じないアレ!」

 

 魔法が発動する。発動と共に空が赤く光り、全ての視線が空へと向けられた。そうやって雲の切れ間から1つの姿が飛び込んできた。

 

 ―――おっさんだ。

 

 炎を纏ったおっさん……に見えるように作られた、炎で編まれたおっさんだ。それが空から落ちてきている。サメたちへと向かって。しかもうおおお、あっちぃ、と叫びながら空から落ちてくる。その様子を誰もがドン引きした様子で眺め、

 

 そのままサメたちに衝突、爆発を巻き起こしながら全てを破壊して海へと沈めて行った。

 

「いやぁ―――汚ねぇ花火だったな」

 

コメント『ほんとだよ!』

コメント『強引にオチを持っていくな』

コメント『滅茶苦茶笑ったわwww』

コメント『ほんくさ。出来が良いのが更に草』

 

「そんじゃサメと身内始末したんで、残りの配信時間は適当に雑談しつつ魔法作成するぞー。今度はなんか見栄えが良いのを作ってくかぁ……んー、火の鳥とか作るか?」

 

コメント『飛翔するおっさんだって!?』

コメント『おっさんはもうやめろ』

コメント『これから魔法エディットする度に一番最初に生み出されたのはおっさんってなるのか』

コメント『地獄かぁ??』

 

 げらげらと笑いながら欄干によりかかりつつ、ミニフィエルを頭に乗せて魔法エディットに入る。いやあ、夢があって面白いじゃんこれ。

 

 そんなこんなで、俺らの船旅は続く。




 生活の延長線で考えてしまうので言いなりになってしまうフィエルChang。


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海へ Ⅴ

「でーけた」

 

 完成させた魔法を夜空に放つ。鷹狩に使う鷹をモデルに構築された火の鳥の魔法だ。ストック制、複数同時発動可能、威力はそこそこ。出が早く使いやすく事前にストックさせておけば一気に威力を叩き込む事の出来る魔法として生み出した。その名もその通り〈ファイアバード〉だ。完成された魔法は発動すると自分の周囲をぐるり、と回りながら羽ばたいて夜空へと飛び出す―――無論、完全にその動きをコントロールしているのは俺だ。魔法の特性としてコントロールできるようにしているからだ。

 

 それがアビサルドラゴン戦で手に入れた、()()()報酬だ。

 

 アビサルドラゴン戦のMVP報酬の中には、魔法エディット用のパーツがいくつか混じっていたのだ。他の入手法がどうだったのかは解らないが、生物の様に動かせる魔法、コントロールする事の出来る魔法を構築する等のパーツを入手する事が出来たのだ。無論、手に入れたのは俺だけではないだろう。だがこうやって作成し、運用するのは俺が初めてだ。スクショと動画を取りつつ、それをツブヤイッターで流す。

 

 タイトルは”真面目に作った魔法”、だ。

 

「ギミック付きの魔法を作るのも楽しそうだなぁ」

 

 飛んで行った火の鳥を呼び寄せながら片腕を差し出せば、その上にゆっくりと着地する。触れても火の感触しかしないのが悲しい―――ただし、ダメージも熱も感じない。暇な間にずっと《結界術》のスキルを連打していれば何時の間にかレベルが5に上がり、〈識別結界〉を習得した事で作成する魔法にフレンドリーファイアに関する設定を追加する事が出来るようになった。

 

 これによって大規模な魔法を使っても味方を巻き込むことがなく、遠慮なくどかんどかん魔法を放つ事が出来る。その派手さはジュエルコーストに到着した時に実行するとして、今は魔法エディットで色々と作成する事の楽しさを覚えていた。

 

 火の鳥を腕の上から空へと向かって放ちながら、更に新しく火の鳥を生み出し、それを放つ。合計5羽の火の鳥を生みだしたらそれを船の周囲を守る様に飛ばし、夜の闇の中に浮かびあがる神秘的な姿として浮かばせる。

 

「悪くない。次は綺麗系のでも作ってみるかー?」

 

 んー、そうだな。次は〈煉獄蝶〉みたいな感じのを作ってみるか? エフェクトが自作できるという事は拘れば拘るだけ魔法のエフェクトにリアリティと美しさを求めることが出来る、という事だ。自慢じゃないがここら辺のスキルに関してはちょっと自信がある。だから割とこの作成作業を今、楽しんでいる。とりあえず戦闘用の魔法を作ったし、それ以外の部分もちょっと頑張ってみるか? 見栄えの良いエフェクト専用とか良いんじゃないか……?

 

「おー、ツブヤイッターの反響も良いな。作成代理か。まぁ、そういうのもありなのか……?」

 

 カスタマイズ、作成された魔法は取引可能らしいし。それを考えたら代理作成がビジネスとして始まりそうな気もする。そうするとリアルで絵師に仕事を依頼するみたいに魔法作成の依頼が始まるのだろうか? それはそれでちょっと楽しそうだな。宣伝用の魔法もいくつか作っておくか。

 

 そんな事を考えながら時属性を選択し、それを使って半透明の蝶を指で描き始める。半透明の時間のエフェクトを使って、数字と粒子で編まれた蝶のデザインを構築する。んー、煉獄って感じじゃねぇなこれ。時から火属性に変えてエフェクトを赤くしよう。火の粉を纏う蝶とかどうだ? 周りで飛んでいるだけで化け物が現れたみたいに見えない?

 

「おっと、こんなところにいたか」

 

「ん? あ、神空烈滅王神究極超越極絶魔王・剣じゃん」

 

「一息で言い切りやがったなお前?」

 

 登場した略剣の姿に笑みを浮かべてにやり、とサムズアップを向けた。

 

 なにせ、ここは甲板の上じゃなくて、マストの上なのだから。一番この船の様子が解り、そして辺りを見渡す事の出来る船の頂上。誰か監視に居なくて良いのかここ? とは思うが、魔法でそれが出来るのでマストの上に誰かがいる必要はないらしい。それにジャスティスフカヒレがジュエルコースト付近までは護衛してくれるようなので、海からの襲撃に関してもあまり心配する必要がなかった。

 

 なんでまだいるの??

 

 気づけば略剣の奴はマストを器用に両手で掴んで登ってきたようで、登り切るとマストに備えられた監視のためのスペースに潜り込んできた。映画とか海賊船で良く見るスペースなもんで、テンション上がってついつい入り込んでしまったんだが、静かで落ち着くもんだからここで作業してしまった。

 

「しっかし相変わらず器用にやるもんだなぁ、お前」

 

「そりゃあこれで食ってるからな。ある程度は自分で稼げないと自由にやれないしな」

 

「いや、十分だろ、十分。少なくともビジネスにすれば、しばらくはこれだけで今は食ってけるぜ。宣伝すりゃあ釣れるし、後は代理作成で金を取れば良いだけだ」

 

「リアルマネー?」

 

「ジャパニーズ円」

 

「金取れるかぁ……?」

 

「取れる取れる。VR産業は落ち着いてきたように見えて、またこれで一気に火が付いたからな。今ならゲーム内でのビジネスを使ってパイを食い放題だ」

 

「はーん……いや、そういう貪欲さがないと金にならないか」

 

「そういう事」

 

 大人の考え方はためになるなぁ、と呟きながら蝶を作る。透明感を維持したまま造形する、というのは意外と難しい。だけど完全無害でエフェクト専用に作るなら、強さを度外視して維持とコストだけ考えて作れば良いんだよな。そうすればちょっと楽になるか……? なる……なるか? なるかもしれない。

 

 で、と言葉を置いた。

 

「どうした?」

 

 視線を略剣へと向ければいや、別に、と笑った。

 

「気になったから見に来ちゃ悪いか?」

 

「悪くはないけど用事もないのに、か」

 

「大人になると年下の事が気になってしょうがないって時があるんだよ」

 

「こんな歳になってまだ子ども扱いされるとは驚いたぜ」

 

「そういうもんだろ? 俺子持ちの親父だしな!」

 

 眼鏡をかけたインテリ系の親父の癖に、がっはっはと笑う略剣の奴は身内の中では梅☆の奴と同じレベルで人生経験が豊富だ。なんと言ったって妻子持ちのパパなのだから、当然と言えば当然だ。しかも収入安定していて、ちゃんと家族サービスも出来ていて、不和の種が家庭内に存在しないってレベルでの完璧っぷり。お前本当に何もんだよ、って驚かされるが最近の連続ログインは家族に不満を募らせていないのか、ちょっとだけ不安になる。

 

 略剣の家には、たまーに招待される。クリスマスの時とか寂しくしてないかー? って雑に身内ひっくるめて招待されて、それでクリスマスパーティーするとか。そういうレベルでバイタリティの高い家族で、めっちゃ良い人たちだ。まぁ、なんというかだからこそなんで知り合えたんだ?? って感じの話になってくるんだが。

 

 その話は長くなるものなので、今は忘れておく。

 

 ただ今は、この人が気の回る人だって事を解っていれば良い。

 

 後馬鹿が出来る人。

 

 というか身内グループは全員笑いながら馬鹿が実行出来る人しかいない。当然と言っちゃ当然なんだろうが。

 

「あぁ、そうだ。略剣、略剣」

 

「ん? なんだ?」

 

「そうだな……俺もそう思うよ……ありがとう」

 

「名前を略したからって会話まで略していいわけじゃないぞ??」

 

 げらげら笑って、いや、と言葉を置く。

 

「スポンサー契約した所あるから、そっちのほうを宜しく頼む。俺だと色仕掛けで落ちそうになるから」

 

「お前さぁ……」

 

「俺は健全な男子なのぉ!」

 

「いや、そりゃあ解ってるけどさ。お前さっさとアキ……あぁ、いや、ニグ子とさぁ」

 

「そこは結構センシティブな話なのぉ! なんで俺ここにいると思うの?」

 

「ん? どうせ相部屋になってた上に下着姿で部屋にいたんだろ。んで欠片も集中できないから逃げるように外に出てきた、と」

 

「なんで解るんだよッッ!!」

 

「いやあ、おじさんは若い頃はそういうロマンスとかの経験をこなしてきたからなぁ」

 

 笑いながら略剣は立ち上がると、マスト横のロープを掴む。どうやら此方の様子を見て満足したらしい。

 

「結婚は人生の墓場だなんて言われるけど、鍋の奴を見てみろ。アイツは彼女と楽しくやれてるだろ? アレを見て少しは安心してさっさとくっつけ」

 

「うるせー、うるせー。俺はまだ自由な独り身を楽しみてーんだよ」

 

 ロープを掴んで下へと滑り落ちて行く略剣の姿を見送ってから軽く溜息を吐き、欄干に背を預けるように座り込みながら夜空を見上げる。話している間に完成させた〈煉獄蝶〉の魔法を使って数匹の赤く半透明な、紋様で構築された蝶を指先に生み出し、それを空へと放った。座り込んだまま、火の鳥と蝶が夜空を舞うのを眺める。

 

「あー……解ってるんだけどなぁ」

 

 解ってるけど、それでもなー、逃げちゃう。向けられてくる感情がストレートなだけに、解ってしまう。鈍感を気取るつもりはないし、ああいう鈍感タイプの主人公ってケツの穴に爆竹を差し込んだ上で全裸で走らせたい気持ちで溢れる。俺は嫌いだよ、ああいう奴。でもなぁ、

 

 理解しててスルーするって割と同レベルの行いなんだよなー。

 

「あー……どうしたもんか」

 

 誰か、答えを教えてくれ。

 

「Shaaaaaaark……」

 

「お前には聞いてない」

 

 夜の海を泳ぐサメに火の鳥を叩き込んで黙らせ今夜はもう落ちるか、と決めた。

 

 明日はいよいよ、攻略だ。




 略剣は良いパパだよ。家庭周りは完全無欠に見えて全裸で浜辺を疾走するぐらいの茶目っ気はある。


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宝砂楽園ジュエルコースト

 朝。

 

 インしてログボを回収すれば既に全員揃っていた。やっぱりこのメンツの中で一番ログインが遅いのは俺らしい。まぁ、他は実家住みだったり、誰かと同棲だったりで基本的に誰かの助けを得ているから当然と言えば当然かもしれないのだが。ともあれ、船の中でログアウトし、見事再び船の上でログインする事に成功した。ログアウトしている間にフィエルが嫌がらせで船から落とす―――なんて事はなかった。

 

『そんな事しませんよ!』

 

 ほんとぉ? と首を傾げつつ甲板で身内&ゲストと合流する。

 

 目覚め迎える新たな朝は蒼く―――は、ない。

 

 既にだいぶ断絶まで近づいているのか、空は段々と暗くなり、空の色が黒く染まり始めていた。この先に断絶があるというのが解る空の色だ。既に集まっている皆に合流しつつ片手をあげて挨拶をする。そこにはパーシヴァルの姿もある。

 

「よお、アイン。稀人は休むために世界から姿を消すって話だったけどマジだったんだ。昨晩から明朝にかけて姿が完全に消えるもんだからびっくりしたぜ」

 

「まぁ、俺達の意識だけがこっちに来ているみたいなもんだからな」

 

「成程なぁ」

 

 そう言ってパーシヴァルがつんつん、と指先で此方の頬を突いてくる。実在するかどうかを確かめているような手つきに呆れの溜息を吐きつつも、実際、異世界からやってきたヒーローって形はかなり驚かされる存在だよなぁ、とリアクションに関して納得する。いや、ちげぇわ。直接会ったの少し前じゃん! リアクション出てくるの遅いだろお前!

 

 肩を揺らし呆れのポーズを取ってから海の方へ。船が向かう方角を軽く欄干から乗り出す形で確認する。先へと進めば進むほど空が暗くなって行き、そしてその果てには陸地の姿も見える。だが近づくには断絶の中に突っ込む必要があり、その中に突っ込めばこの船が動けなくなってしまう。

 

「んー、今いる位置が大体ぎりぎり、って所か。こっから近づくには小舟を利用するかなんか手段がないと駄目だが……どうだ?」

 

 パーシヴァルが顎を擦りながらそう呟き、確認するように視線を向けてくる。さて、どうしたもんか、と視線を先へと向け、陸地へと向ける。コースト本土の方は更に濃い黒の中にとらわれているようにさえ見えるのだが、この場合、普通に近づいただけではダメなようも気がする。

 

「アレじゃねぇかこれ? ほら、ボスがガラドア解放した時と一緒の奴」

 

 土鍋の言葉にああ、と呟きながら振り返る。

 

「フィエル?」

 

『……むー』

 

 弄られたのを根に思っているのか、頬を膨らませてむくれているフィエルの姿をホロウィンドウの中に見つけた。その姿を確認し、首を傾げてから頷く。

 

「は? 職務放棄か?? どうやらGMコールが必要なようだな……」

 

『なんで私が脅迫されてるんですかこれ!?』

 

「良いだろそんな細かい事は別に! ほら! 仕事だぞ!」

 

 ホロウィンドウに手を突っ込んで、フィエルの顔面を掴むとそのままホロウィンドウから引っ張り出す―――引っ張り出せちゃった? 引っ張り出せていいの!? まぁ、出来たならそれでいいな!

 

 という訳で引っこ抜いてフィエルを甲板にべしゃり、と投げ捨てた。その様子をパーシヴァルは腕を組みながら眺め、空を見上げた。

 

「―――どうにかならないかなぁ―――!」

 

「見なかったフリをしてくれてるぞ!!」

 

「結構優しいな!」

 

「誰だってあんな姿を見たくないもんな……」

 

 甲板に転がってからしばらく無言の抗議を上げるフィエルを無視して、配信画面とツブヤイッターを開く。それを見たフィエルが急いで起き上がって身だしなみを整え始めたのを横目に、ツブヤイッターでこれから配信するぞ、と宣伝してから配信枠を取得する。まぁ、何時も通りの告知テロとゲリラ配信な訳だが。ツブヤイッターでも案の定叫ばれている。まぁ、それを無視して配信を開始する。

 

「船の上からおっす」

 

コメント『もうこれでいい気がしてきた』

コメント『こっちで適応すれば良いんだよ』

コメント『それな……うん?』

コメント『なんでぇ……?』

 

「おーし、そっちも集まってるみたいだな。エアポート攻略は進んでるか? それともう終わったか? どちらにせよ、こっちはこれからジュエルコースト攻略が始まる所だ」

 

 後ろを親指で指させば、船の先端へと移動したフィエルが片手を掲げるように持ち上げ、それを横に振るった。それに反応するように光が走り、断絶の中を光の道が生まれた。その根元、つまり船の甲板の上には光の輪っかが生まれ、IDへの侵入の入り口が開かれた。近づいて触れてみればID突入用のウィンドウが出現する。

 

「あー、”宝砂楽園ジュエルコースト”って名称かな。これからこいつを攻略する。お疲れフィエル。もう帰って良いよ」

 

「私の扱い雑過ぎやしませんか最近……!?」

 

コメント『昨日言ってたやつやな?』

コメント『後ろに居るのが固定の人たちか』

コメント『固定と補充って話やな』

コメント『本当の実力がこれで見れるな!』

コメント『AIがPCの奴隷になってる……』

 

「なって!! ません!!」

 

 ぷんぷん怒るフィエルを宥めつつ、IDに突入する前にちょっとだけ説明入れる。

 

「じゃあ突入する前にちょっとだけ紹介とか入れるな。こっちのイケメンがパーシヴァル殿下。愛人を募集してる」

 

「ん? これを通して他の稀人と話してるのか? おーい! おーい! この中にいるのかー?」

 

 ホロウィンドウに顔のドアップが入る。イケメンのアップに一部の視聴者が瀕死になっているので、パーシヴァルを下がらせて顔面の圧力から解放する。

 

「そこの眼鏡が神空烈滅王神究極超越極絶魔王・剣でうちのタンク1号、2号がそっちのアレキサンダー。アレキサンダーは今回のミッションの為に補充した剣盾スタイルのタンクで、プレイの仕方がかなり安定してて安心できるタイプ。これが終わったら解散しちゃうけど、固定を探している人がいたら気にかけてあげて」

 

「お、おう、どうも!」

 

コメント『説明助かる』

コメント『ボスが安定タイプって言えるレベルかぁ』

コメント『固定じゃないん?』

 

「安定はするけど固定に入れるならもっとDPS欲しいかなぁ、ってのが凄い個人的な感想。だからって安定が悪いって訳じゃないから。んで次。ピュアヒーラーの土鍋と、バリアヒーラーの森壁君。ピュアとバリアでヒーラーのタイプ分けてあるのはオーバーヒールにならない為と、火力に集中しやすいように。タンヒラ2種構成は某ゲーからパクってる部分あるけど、8人編成でのこの組み合わせはかなり強いと思う……バリアヒーラーの強みは説明しなくても良いよな? 今回はオーソドックスな組み合わせの採用にしたぜ」

 

「最近女装に目覚めました宜しく!」

 

「森壁です、今回はバリアヒーラーを担当させて貰ってます、よろしくお願いします!」

 

コメント『なんか今おかしくなかった??』

コメント『一般性癖やろ』

コメント『せやな(コスセットを見つつ』

コメント『結局女装に行きつくんだよなぁ』

 

 土鍋が女装に目覚めたのは初耳なんだが? まぁ、ええやろ。続いての自己紹介はDPS組だ。

 

「俺がキャスター担当でアイン。アレが物理メレーその1担当のニグ。ここは説明いらないよな?」

 

「今日も期待に応えるわよ」

 

 ニーズヘッグがチェーンソーを肩に担いでサムズアップする。それを受けて配信画面もコメントで賑わっている。

 

コメント『見慣れたコンビだわな』

コメント『何時もの飼い主とペット』

コメント『早くくっつけ』

コメント『超人カップル』

コメント『結婚式に呼んでくれ』

 

 振り返ると土鍋と略剣が配信画面に書き込んでいるのを目撃したので、容赦なく2人を海に蹴り落とす。ちゃんと沈んで死んでゆくのを確認してからキャプチャーの画面へと戻る。

 

「次、こっちのでかいマッチョが物理レンジ担当の梅☆。俺が魔法レンジ担当だから近接2、レンジ2で一応ウチは住み分けしてる。メレーの数を増やせば増やすほど敵の攻撃箇所の奪い合いになる問題を回避する為だな」

 

「Hey guys, I just wanted to say thank you for seeing our channel」

 

「日本語に言語戻せ。そしてこっちが今回の補充その3のゼド。近接DPSだけど《連携》特化とかいうちょっと面白い性能してる2枠目のメレー。個人的に面白い事してくるんじゃないかなぁ、って期待してる枠。これに限らないけど特化型とか変則ビルドは俺、嫌いじゃない」

 

「ゼドです。こういう風に固定グループに混じって何かやるってのは初めての経験だけど、力が及ぶ限り全力を尽くすつもりだから宜しく頼む」

 

コメント『DPSはバランス良く揃えてるんやな』

コメント『構成見せてくれるのは嬉しいな』

コメント『参考にしてくれるデータ見せてくれるのは助かるよな』

コメント『今回はこの8人か……大半が身内だし連携取りやすいか?』

 

 配信画面をわきに退けて、軽く体を動かし、杖を引き抜いて自分の調子も良い事を確認する。他の皆の表情を確認し、それぞれが覚悟と準備を終えているのも確認し、頷きを返す。

 

「そんじゃ―――突入する前に本日の罰ゲームを発表する」

 

「えっ」

 

コメント『草』

コメント『いきなりそんな事する??』

コメント『唐突にバックスタッブするじゃん』

 

 あぁ!? 戦犯探しが捗るだろ!?

 

 という訳で。

 

「罰ゲームは皆に秘密にしているちょっとした秘密を暴露するって事で―――はい、土鍋」

 

「は? 俺から!? さっき暴露しただろ!?」

 

「アレはただの自爆よね」

 

 せやな。

 

 土鍋は腕を組みながら首を傾げると、うーん、と唸る。

 

「あっ、言うんですね……」

 

「割と日常的に身内でやってる事だからな」

 

 ID侵入ポータルの前に立ち、全員の視線が土鍋に集中する。その中で土鍋が腕を組んだまま顔を上げた。

 

「あー、じゃあこの間全裸で料理してたんだけどさ」

 

「あるある」

 

「全裸で料理ならあるな」

 

 で? と話の続きを促すと、

 

「いや、全裸で料理してたんだけどさ、そのあと全裸で飯食ってさ。家の中で全裸でいるのって癖になるじゃん? だからそのまま服を着るのを忘れててさ」

 

「うん」

 

「そのままコンビニまで行ったわ。近所の警察のおじさん、見慣れてるせいか挨拶してスルーするんだよなぁ……」

 

「はい、こういうレベルの話を罰ゲームで暴露する事になるんで。戦犯行為は止めような」

 

 話の内容を聞いた補充3人の顔が一気に青くなった。そんじゃあ楽しく攻略しよっか!




 死んだら1枚脱ぐルールでも可。


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宝砂楽園ジュエルコースト Ⅱ

 輝ける砂浜も今では黒く染まっている。まるでブラックダイヤが砕け散りばめられたような様子は、美しくも不吉という印象を脳髄に直接与える様な景色だった。

 

 楽園とさえ称される海は濁り、空は黒く染まり、そして浜辺には人の姿ではなく魔物の姿で溢れている。魔晶石を新たな宿にしたヤドカリ達が侵入者の気配に鋏を持ち上げて威嚇し始める。そしてその果てでは海を謎の影が警戒するように泳いでいる。

 

 リゾート地のホテル、その窓から割れて何かが飛び出し、

 

 ―――視界はムービーモードから本来の視点へと戻された。

 

 即座に略剣とアレキサンダーが前に出た。

 

「事前の打ち合わせ通りにメインアレキ、サブ略剣! 数が多いようなら2分割して対処、そうじゃない限りはサポに入る方向で! 森壁はバリアを戦闘前に張っておけば今は良い!」

 

「あいよ!」

 

「了解!」

 

「やるぞ!」

 

 事前に動きを相談していただけに動きはスムーズに始まる、アレキサンダーがトップに出て、そのすぐ横に略剣が入る―――流石年長者だけあって気遣いが出来る人なので、サポートに入るのが上手い。ポジションとしてサブタンクが一番輝くと思う。後はそこにメレーが追随し、そのあとにレンジが、つまり俺達が続く。俺は意図的に全体が俯瞰できるように後ろから走る様にしているし、それをカバーできるように横に梅☆がいる。

 

 ニーズヘッグの才能極振りっぷりを抜きにすれば、梅☆が近接戦におけるセンスが一番ずば抜けている。本人曰く、傭兵だから当然! だとか言っているが、絶対に俺は信じないぞ。ただそれはそれとして、移動を開始する集団に合わせて梅☆の肩を掴み、ベルトに片足を引っ掻けて体を持ち上げ、空いている片手で杖を握り、そのまま詠唱開始する。

 

 当然、足は動いていないし、歩いていない。だが梅☆が代わりに走ってくれているので、此方は動いたまま詠唱できる。

 

コメント『移動手段ズルすぎて草』

コメント『その発想はなかったわ』

コメント『普通はそうせんだろ!!』

コメント『いや、割と合理的じゃね?』

 

「俺はこれを真っ先に思いついたけどなー」

 

「体格が良いからできる事だな」

 

 ウィンクを送る梅☆に苦笑を零しながら詠唱とストックを完了させ、手を放して降りてから2本目の杖を抜く。体の周囲を煉獄蝶が舞う様に踊る。それを連れながら前方、桟橋から続く浜辺へと向かえば、そこに展開される10を超えるヤドカリ達が一気にヘイトを向けてくる。

 

「そーらっ!」

 

 シールドをアレキサンダーが投げ、それがピンボールの様にヤドカリ達の間で乱反射し、アレキサンダーの手元へと戻ってくる。その頃には一気にヘイトが稼がれ、ヘイトトップに一気に躍り出る。また同時にそれをサポートするように略剣が飛び込んで槍を回転させるように振るい、生み出した風の渦でヤドカリ達を一気に集めるように纏める。

 

「説明はいらないな?」

 

「勿論」

 

「任せてくれ」

 

「チャンスタイム到来!」

 

「ここでバリアを張って―――良し!」

 

 森壁がタンクにバリアを張った。それと同時にタンク2人が耐える為に防御態勢に入り、集まったヤドカリ達が正面から殴りかかる。それを2人がバリア込みでノーダメージで受けて、その横へと回り込んだニーズヘッグがチェーンソーを、ゼドが双刃を引き抜いて範囲攻撃を放った。そこにが僅かに横へと体をずらした俺と梅☆が、タンクとメレー横の隙間から攻撃を差し込んで追撃する。梅☆は爆発する矢を叩き込み、俺も煉獄蝶を放つ。ヤドカリ達を炎上させながら、自分に火バフを付与して範囲用の火魔法を放つ。

 

「さあ、本邦初公開。燃え尽きて砕け散れ〈フレアメテオ〉」

 

 空から打ち付けるように人ほどの大きさの炎の隕石が複数降り注ぎ、ヤドカリ達とその周辺の大地へと向かって連続で叩きつけ、爆破炎上しながら飲み込む。その1発を放つだけでMPは100%から0%へと落ちる。当然だ。この魔法は威力600とかいう狂った性能をしている代わりに、最低でも詠唱するのにMPが10%残っていないと使えず、そして詠唱すると現在の保有MPを全て消費しきるという魔法だからだ。

 

 だが、ここで〈リバース〉を詠唱すれば水タームに入ってMPヘイスト状態に入る。水フルゲージ状態であれば、1秒でMPが10%回復する。つまり水ターム10秒でMPが100%まで戻るという事になる。

 

「おぉ、派手だー」

 

「魔法って言うんだからこれぐらいはやってくれないと楽しくねぇよなぁ!」

 

 賞賛の声が楽しい。杖を掲げながら笑い声を零す。今の一撃でヤドカリ達のHPが一気に半分消し飛んだのを見て、ゼドが構えたのも見た。タイミングも丁度相談した通りの流れだ。良し、ちゃんと合わせられる。

 

「連!」

 

「撃!」

 

 お互いにこれから《連携》するぞ、という意思をこめてコール確認を行う。でもこの互いに呼び出し合ってタイミングを合わせるというの、最高に浪漫で溢れていて楽しい。

 

「〈夢幻絶氷撃〉ッ!」

 

 声を合わせて連携技名を口にする。此方が氷を生み出すように敵を氷結させ、閉じ込めたところへ刀による一閃、二閃、三閃が叩き込まれてから氷が吹き飛ぶ。エフェクトもダメージもまさにド派手と言えるもの。だがその派手さは、MMOの技や魔法と言えば派手なのが普通なのだから、これぐらいやって漸くネトゲらしいとも言える。

 

 だから今の連携と大技のラッシュで一気にヤドカリ集団のHPを吹っ飛ばし、口笛を吹いて笑い声をかっ飛ばしながら〈リバース〉で火タームに戻す。煉獄蝶を再び呼び出して火バフを付与できるように待機させる。

 

 ヤドカリが倒れればすぐに前へと向かって進む。雑魚の殲滅が終われば即座に走り出してしまうのはネトゲあるあるである。本来であれば休憩、見直し、次の戦闘の準備、そういうものも必要になってくるかもしれない。

 

 だがこのパーティーにおいてそれらの様子は必要なかった。完全に分割されたロール、そしてきっちりと相談された連携と役割。それによって完全に自分の作業に集中することで全体の動きを作り、他の事を気にせずに戦えるように構築しているのだ。

 

 そんじょそこらの野良とは訳が違う。

 

コメント『接敵から殲滅までの速度やべぇな』

コメント『タゲ取り、纏め、そして範囲を押し込むスピードが速い』

コメント『ポジション取りに迷いもないな』

コメント『なるほどなー、これが固定の強さかぁ』

 

「おーい、前のお二人さん! この火力ペースだとちょっとオーバーキルだからもっと纏めて良いぞ!」

 

「殲滅早すぎてバリア1回しか張れてないんで余裕でーす!」

 

「オッケー」

 

「了解した。次は2グループ纏めようか」

 

「了解!」

 

 タンヒラで今の殲滅速度を前提に、戦闘ペースと規模を調整する。その流れを最後尾から確認しつつ良し、と頷く。やっぱりパーティーバランスはこれで最適だったな、と納得する。そうしている間に次のヤドカリグループが出現した。

 

 だがそれだけではなく、海の方から魚が飛び出してきた。陸の上を泳ぐ様に浮かぶ魚達は真っ先にヘイトリアクションで略剣とアレキサンダーをターゲットし、最初のグループのヘイトをアレキサンダーが取った。

 

「〈ガーディアン〉、〈ホーリーガード〉」

 

「〈プロテクション〉、〈エクストラガード〉」

 

 防御バフとバリアを重ねる事で2グループ目が纏まるまでの被弾を削る。その上でアレキサンダーに代わり、略剣が前に出る。2グループ目の受け持ちを略剣が行う為だ。スピードを上げるように走って、先に前のグループをアクティブにし、ヘイトリアクションで一気に釣りだす。ブーメランのように投擲された槍が薙ぎ倒してヘイトを更に稼ぎ、1グループ目と合流するように引き寄せる。

 

「うおー! 流石にこの数はいってぇ―――!」

 

「はいはい、〈リジェネレイト〉、〈アースヒール〉、〈ライフマギカ〉」

 

「俺からも攻撃バフだ! 〈ストライクパワー〉」

 

 回復魔法、HP増強バフ、攻撃上昇バフを与えて殲滅速度と安定を増す為に一気に強化を施す。その上でやる事は先ほどと一緒。

 

 纏める。

 

 グループを範囲攻撃で狩れるように捉える。

 

 そして逃げられないように全員で同時攻撃、火力範囲を叩き込んで一気にそのHPを燃焼させる。ここでリソースをケチっていると、困るのはヒールの増えるヒーラーと防バフを切ってリキャストタイムを増やされてしまうタンクだ。なのでDDはさっさと倒す為に必要な火力スキルを切り、

 

 2グループを纏めて殲滅する。

 

 良し、と呟く。相手は多少レベルが上みたいだが―――このパーティーならまるで問題ない。

 

 フルパーティーでの戦闘は、予想を超えて安定していた。




 固定によるメリットって事前に動きを細部まで詰める事が出来るって所よね。おかげで連携が捗る捗る。


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宝砂楽園ジュエルコースト Ⅲ

 6グループ目を殲滅する頃になりレベルが漸く上がる。しかしレベルアップのペースが早いか遅いかで言えば早い方だろうとは思う。そもそもからしてレベルは此方の方が10ぐらい下になるのだろうから、エリアとしては格上の部類だ。それでも素早く殲滅できているのは動きを完全に理解し、そしてリソースを惜しまずに一気に注ぎ込んで殲滅する事でレベルアップし、そのレベルアップでMPリソースを回収している事にある。それだけじゃなくてアイテムの方でも、実は割とごり押ししている事実もある。だがその成果もあって、レベルが低めだったメンバーは既に2度目のレベルアップを迎えている。

 

 そんな中、浜辺のヤドカリを殲滅していると浜辺から道路へと上がる階段が見えてくる。そろそろ上へと移動するか? そう思ったとたん、海の方から巨大な影が飛び出してくる。

 

 それは浜辺の先へと進ませないように結晶の壁を一瞬で生み出すと、その前に守護者の様に立ち尽くす巨大なヤドカリの存在だった。これまで倒してきた個体、その数倍の巨体を誇るヤドカリはその鋏も禍々しい姿を見せ、棘の様な結晶を震わせる事で威嚇してくる。

 

 それに対して足を止める事もなく、全員で一気に踏み込んだ。煉獄蝶を飛翔させ火バフを取得しつつ、素早く指示を口にする。

 

「事前に相談した通りに! 八方、四方、二方散開を間違えるなよ!」

 

「了解!」

 

「一番槍行くぞぉ―――!」

 

 何の躊躇する事もなくアレキサンダーが―――名前を盗み見る―――カースド・シェルベアラーに突貫した。盾を投擲し、そのヘイトアクションでヘイトトップに立つと反射して戻ってきた盾を掴みながらスライディングを行い、直前まで迫っていた鋏のハンマーを滑り込んで回避しつつ、反対側へと回り込んだ。

 

 パーフェクトな駆け出しだ。

 

 そのままメレーが背面に、レンジがその横にズレるように、射線を被らないように配置する。物理レンジである梅☆が左側に、そして俺が右側背面に位置する。ヘイトトップを奪ったアレキサンダーを追いかけるようにシェルベアラーが振り返り、その背面の結晶に物理攻撃が叩き込まれる。が、硬い、武器が弾かれるのが見える。

 

「連撃ッ!」

 

「これが煉獄無限突きだぁ!」

 

 ニーズヘッグが側面へと動き出すのに合わせ、《連携》が挟まる。シェルベアラーの足元にマグマ溜まりが生まれ、それが剣へと変形してシェルベアラーを足元から三度、貫く。連携した場合の魔法、スキルは詠唱カットで詠唱動作なしの合体攻撃になるから個人的にめっちゃ嬉しい攻撃手段なのだ。

 

 だがその合間にも攻撃を重ねる。

 

 炎の剣を数本、囲む様にランダムに出現させ、突き刺す〈フランベルジュ〉は単体用の基本攻撃火魔法として生み出したものだ。本当ならもうちょっとデザインに凝ったものを作りたかったのだが、時間と参考資料が少なかったのでこれで妥協した。ただ威力そのものはかなり高い。基本威力が150あり、その上で火バフと火タームによる火力向上で実質的に威力は240まで上がっている。それを短い詠唱で何度も連打し、MPが尽きる前に〈フレアメテオ〉を叩き込んで〈リバース〉でスイッチ、回復タームに入りつつ単体用氷攻撃魔法〈雪月花〉を放つ。

 

「そらよっ!」

 

 空から落ちてきた氷の粒が弾け、氷結の剣山となって飲み込み、破裂するように砕け散るというシンプルな演出を放つ。MPが完全回復するまではこれを連打し、満タンになった所で再び反転させるんだが、

 

 火タームに入る前にシェルベアラーが威嚇するように鋏を持ち上げて、構えた。全力の一撃を叩き込む様な気配をアレキサンダーに感じる。

 

「バフ! バリア!」

 

 アクションに入る前にコールする。即座にアレキサンダーが自己バフ、そして森壁がバリアを張る。アレキサンダーの耐久力がかなり向上し、防御する為に盾を構えたところに全力のハンマーが繰り出される。その速度、そして精度はとてもだが回避できるような速度には見えない―――恐らくは必中タイプの強攻撃。

 

 アレキサンダーが攻撃を受けて、HPが一気に6割消し飛ぶ。

 

「交代だ」

 

「そっちのが安定するか」

 

 略剣が槍を側面からぶっ刺しながらシェルベアラーを飛び越えるように前面へと飛び出し、入れ替わるようにアレキサンダーがシェルベアラーの体を蹴って背面へと飛び込む。場所が入れ替わる2人、同時にヘイト操作スキルでアレキサンダーが略剣に自分の稼いだヘイトを譲渡する。それを受けてヘイトトップへと入れ替わったヤドカリが怒りを今度は略剣へと向け、必殺ではない普通のハンマー攻撃を鋏で連続で繰り出す。

 

「おぉ、怖い怖い。DPSちゃんと出せよお前らー」

 

「うるせー! ちゃんと出してるわボケ!」

 

「DPSチェックあるかもしれんしなー」

 

「ぶおーん、ぶおーん」

 

 略剣が入れ替わりながら放つ会話に笑い声を零しながらも最高のDPSを叩き出す為に繰り出すスキル回しは絶対に狂わせない。ゼドとは事前相談でどこで連携を挟み込むか相談しているし、他の連中も自分の火力の出し方はスキルとにらめっこをして既に良く理解している。だからここに淀みなんてものはなく、アレキサンダーと略剣の奮闘の間にもシェルベアラーのHPは%単位で段々と減って行く。

 

 そしてそれに抗う様に連続で鋏を殴りつけるシェルベアラーは怒る様に両手を上にかかげると、ちゃきんちゃきんと鋏を鳴らした。その様子と気配に察した。

 

「あ、全体攻撃の気配だわこれ」

 

「マ?」

 

「はい、バリア! 陣! そして軽減です!」

 

 シェルベアラーが浜辺を叩いた。衝撃と共に浜辺の大地が波打ち、その衝撃が逃げ場もなく全体を襲う。一撃でバリアが吹っ飛び、怒りを表現するように連続でシェルベアラーが大地を殴りつける。1割、1割、1割と連続でHPが減って行く。その様子に森壁が悲鳴を上げるが、土鍋が余裕そうな表情を見せている。

 

「あ、そっか。俺の仕事か」

 

「お前ヒーラーだろ!!」

 

「まぁ、これならまだ余裕で戻せる範囲だな」

 

 地震撃は5連続で放たれて終了し、バリアの影響でダメージは4割程度で済む。いや、4割減っているのは俺とヒーラー組の低防御低HP組で、タンク組はその半分しか受けてなかった。やっぱ最大HPに差があると余裕が出てくるなぁ、と思っていると、シェルベアラーが体を震わせて背中の結晶をばらまいているのが見える。

 

「たぶん爆発する」

 

「たぶん!?」

 

「爆発する!!」

 

「よっしゃ! 逃げるぞ!!」

 

 わああ、と叫びながら足元へとばら撒かれた結晶から全力ダッシュで逃げ出す。詠唱を投げ出して逃げ出して5秒後、足元にあった結晶が爆発し、連続で周辺の結晶が爆発してシェルベアラーからPCを遠ざける。うおお、めんどくせぇギミックだなぁ! と思いながら距離を開けた状態で詠唱、攻撃を差し込みながら連携を挟んでダメージを重ねる。

 

 そして再び、ハンマーが振り上げられるのを見た。

 

「強攻撃ッ!」

 

「スイッチ入れるぞ!」

 

「了解!」

 

 強攻撃が略剣を襲い、2本の槍を交差させるようにガードしながら、その衝撃を受けてわざと後ろへと吹き飛ばされる。その隙間にアレキサンダーが入れ替わるように滑り込み、一瞬でヘイトの交代を完了させた。2人のその動きに淀みもなく、そして綺麗に役割を完遂させている。

 

 その間にも減って行くシェルベアラーのHPはいよいよ2割を切る。だがその行動が特別、新しい物へと切り替わる様な様子はない―――所詮は1ボス、そこまでの強敵ではない。

 

 一気に倒しきる為に火力を集中させる。

 

 まだ1ボス。こいつは小手調べでしかない。

 

 本命はまだまだ、この先に居るのだから。




 1ボス、ヤドカリ(大)。たぶんヤドカリ。定義はまだ乱れない。

 HT単体強攻撃、全体連続攻撃、爆弾設置という技幅。狭いように見えるけどロールバラバラだったり、役割を分担できてなかったり、ヒーラー皆無のPTだとあっさりと壊滅する。

 つまりちゃんとPT構築できてる? 役割を分担できてる? ってのを確認するボス。


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宝砂楽園ジュエルコースト Ⅳ

 シェルベアラーの始末を完了するとレベルが上がり、先へと進めるようになった。浜辺の先へと進むルートは魔晶石によって遮られ、その代わりに道路へと上がる階段が通れるようになっている。そこを登って進めば、ジュエルコーストのメインストリートへと出る。

 

 その先に見えるのはやはり、エネミーの影だ。

 

 クラゲ、魚、カニ、海の生物たちが道を塞ぐように散発的に配置されている。恐らく1体でも此方を感知すればリンクするように反応して複数が接近、グループを形成するようになるだろう。とはいえ、相手は明らかに雑魚だ。ダンジョン内の雑魚相手に苦戦するようなことは戦力的にはないだろう。詠唱を開始しながら口を開く。

 

「最近さ、健康に気を遣う様になったじゃん」

 

「おう」

 

 タンクの役割を果たしながら略剣が応える。

 

「だけどさ、野菜ジュースとかで摂取するのって正直どうよ? って思うんだよな」

 

「あー、言いたい事は解る」

 

 攻略しつつ普通に日常会話を始める姿に、補充の3人が此方を向いて直ぐに戦闘へ戻るが、そんな事に気にする事もなく土鍋も会話に混じってくる。

 

「まぁ、実際野菜ジュースのラベルに1日に必要な栄養揃ってます! とか書かれてもいまいち実感ないよな……まぁ、俺はカノジョにそこらへん全部任せて血液、脈拍、体温や脳波まで記録されてるから健康意識はちょっと考えるなぁ」

 

「相変わらず土鍋の彼女の話やべーよな」

 

コメント『御覧の通り、さっきまでガチガチに戦ってた集団です』

コメント『クッソ軽いノリでしゃべるけどパフォーマンス落ちてねぇな』

コメント『完全にマルチタスクになれてるって感じよな』

コメント『そういうことじゃないと思います(小声』

 

 まぁ、割といつもこんなノリだしなぁ、と宙から〈フレアメテオ〉と全く同じ内容、ただし燃えるおっさんが降り注ぐ魔法を使った。いきなりの不意打ちにアレキサンダーが噴き出し、手元が狂って敵の攻撃を土鍋に通した。後ろへと吹っ飛んだ土鍋を無視して、会話を続ける。

 

「だから俺は基本的に食事をバランスよく作る様に心がけてるな」

 

「あー、アインはそういや自炊派か。他に自炊派いたっけ?」

 

「私も一応自炊よ」

 

 チェーンソーをカニの甲羅の隙間に突き刺したニーズヘッグが無理矢理体を割り開けながらそんな事を言った。かなりグロテスクな光景であり、解除なしなら確実に規制されるような光景を生み出している―――が、まあ、ニーズヘッグが戦うと大体こんな感じだし、視聴者含めて皆グロテスクな光景には耐性を得ていた。

 

「こう見えて花嫁修業は一通りマスターしているわ」

 

「ですってよ、奥さん」

 

「じゃあ今度なんか作ってもらうか……」

 

「……!?」

 

「!?」

 

「ほぁ!?!?」

 

「あああああああああああああ」

 

 ニーズヘッグが攻撃を停止してこっちに振り返ってエネミーに殴り飛ばされた。略剣が動きを停止させて振り返りサムズアップを向けながら攻撃をもろに受けて倒れた。ニーズヘッグの手から飛んで行ったチェーンソーが回転しながら森壁の顔面に突き刺さった。そのまま持ち手のないチェーンソーは暴れまくりながら顔面から首元まで下がりながら切開して行き、この世とは思えない悲劇を始めていた。

 

コメント『うわああああああああああ』

コメント『これもう戦犯決まったでしょ』

 

「お、俺悪くないもん! 今の俺完全悪くないだろ!! 勝手に手を止めて死んでるだけじゃねーか! というか早く起こせ鍋! 笑ってないで起こせよ!!」

 

「もうやってる、やってる。ぶふっ」

 

 略剣を蘇生しながら土鍋が爆笑していた。梅☆も笑いながら攻撃を放棄しているので範囲魔法を放って一気に殲滅し、戦闘が終わった所で笑っている連中に蹴りを叩き込んで道路に転がす。割と普通に返答したつもりだったのにそうやって笑われると滅茶苦茶恥ずかしくなってくるんだよ! だからそこ! 笑うの止めろオラ!

 

「俺が! 何か面白い事をしたか!?」

 

コメント『した』

コメント『したぞ』

コメント『しなきゃ戦犯にならないんだよなぁ』

 

「俺は戦犯じゃない。じゃないぞ」

 

 主張していると横からとんとん、と肩を叩かれ、振り向けば良い顔のゼドがそこにいた。

 

「じゃ、良い話お願いしますね」

 

「容赦しないなお前……?」

 

 周りに味方が1人もいない事を認識し、溜息を吐きながら腕を組み、首を傾げ、俯き、

 

「あー……じゃあ俺の暴露話します」

 

「よっ、待ってました!」

 

「トップ戦犯!」

 

「次の戦犯が決まるまでの犠牲者!!」

 

 えー……おかしくなーい? いや、まあ、こうなったらなんか恥ずかしい話しますけど。何かあったかなぁ、と脳内のネタ帳を開き、杖を握ったまま腕を組んで首を傾げて考える。色々とストックさせているしなぁ、だけどここでパンチの弱い奴を出してひよった、って思われるのも嫌だ。ここはうーん、なんか一気に腹筋崩壊させるレベルの奴で行きたいな。

 

「えー、じゃあこれは俺が高校の頃の話なんだが」

 

「うん」

 

「なんつーか、まだ社会のルールとか全く知らない時期ってあるじゃん? だからちょっと危ないって言われる界隈に度胸試しで足を踏み入れる事があってさぁ……でも結構普通の街だなぁ、なんて印象を抱きながら結構舐めた感じで歩いてたんだけど」

 

「だけど?」

 

「自転車で黒服を轢いちゃった。こう、ずごごごご、がががー! って感じに。何メートルから吹っ飛ばす勢いで。ぶつかる寸前に飛び降りアタック! って感じに綺麗に決まったね。死ぬかと思った。最終的に川に飛び込んで」

 

 話をしてから数秒後、頷かれ、

 

「はい! 次行くぞ次!」

 

「休憩終わったから進むぞー」

 

「ボス、ボス。いつ行けば良いかしら。ねぇ、ボス」

 

「痛い話というか物理的に痛い話だったなあ……そういうのもありか……?」

 

「アレは特殊タイプだからなぁ……微妙に怪しい所だぞ」

 

 視線が此方に向けられるので中指を突き立てる。結構身を張ったネタだったんだがダメなの? 調子に乗るんじゃねぇ。だったら俺は全てを破壊する手札を使うぜ。

 

「じゃあフィエルちゃんが我が家で生活してるってのはどうだ! 今スマホやパソコンを通して一緒に生活してるぜ! おはようとおやすみも一緒だ!」

 

『お世話になっています』

 

「は?」

 

 ニーズヘッグ、当然キレる。

 

「やべっ、逃げろ」

 

 梅☆を咄嗟に盾にすると梅☆がフィエルのしゃべったホロウィンドウを盾にした。それをチェーンソーが一瞬でぶっちぎった。ノータイムで攻撃へと回ったその思考に、はははは、と笑いながら梅☆の背に隠れた状態のまま、配信画面を掴んで引き寄せた。

 

「これが罰ゲームだぞ―――さあ、ここからどうやって言い訳する?」

 

コメント『控えめに言って死ねばいいのでは?』

コメント『死ね』

コメント『爆発しろ???』

コメント『やっぱ戦犯じゃん!』

 

 は? 俺悪くないし?

 

 そう思っている間にもニーズヘッグが迫ってくるので、他の味方を何の躊躇もなく盾にし、チェーンソーでがりがりと削って抹殺する。

 

 それを数度繰り返せば味方なんてものはいなくなるし、目の前にチェーンソーは迫ってくる。それを前に覚悟を決めて、視線を向け直す。それを受けてニーズヘッグの動きが止まる。此方が何かを言い返そうとしているのが理解できたのだろう。故にそれを待つようにチェーンソーを目の前で構えたまま、坐った目で此方を見つめてくる。

 

 それに頷いて叫んだ。

 

「……ワイプだワイプ! 一回死ぬか!」

 

コメント『草』

コメント『ワイプじゃねぇだろ!!』

コメント『ほんと草』

コメント『こんな全滅あるぅ???』

 

「それが遺言ね」

 

 そして、ダンジョンとは全く関係のない所で俺達は全滅した。

 

 全滅カウント、その1。




 Hr世紀末時代にPSO2引退したけど最近復帰しました。

 相変わらず相場のインフレ凄いなぁ、あのゲーム(震え声


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宝砂楽園ジュエルコースト Ⅴ

「―――良し、何もなかったな!」

 

「その引っ付いてるセミを引きはがしてから言え」

 

 ワイプから復帰し、両腕で引っ付いてくるニーズヘッグをガン無視してそんな事を口にするが、やっぱり無理があったらしい。まぁ、俺もそう思う。なので5分だけ説得の時間をくれ、と手を出す。サムズアップを返されたので配信画面を放り捨て、ニーズヘッグを掴まれたまま引きずってちょっと離れた場所に行く。

 

「オーケイ、ニグ。真面目な話をしようか」

 

「良いわ。何を言っても私は揺るがないわよ」

 

「今度、デートするか。こっちじゃなくてリアルで」

 

「全て許すわ。私は全てを許したわ」

 

 会話終了。サムズアップを皆の方向へと向けると、ニーズヘッグもサムズアップを向ける。肩を組んでお互いの仲良しさを証明して完了。それを見た略剣が顔に手を当てる。それを見て梅☆が両手を広げ、土鍋がサムズアップを向けてくる。

 

「最初からそうしろ」

 

 ごもっとも。

 

 

 

 ワイプ―――つまり全滅してシーンをやり直すという事だ。

 

 そしてこのゲーム、ワイプしてもIDは入口に戻されるだけで、別にエネミーが復活する訳ではない。今まで超えてきた所を走りぬければ、すぐに死んだ場所まで戻れるのだ。ただし、戦闘途中だった場合は戦闘の開始時まで状態が戻されるが。つまりMMOで良くある無限に蘇生して攻撃を繰り返して削り殺す、ゾンビアタック戦法を使わせないという意図が見える。

 

 ……まぁ、俺自身そんなつまんない方法でクリアしてもまるで面白いとは思えないし、正解だとは思う。

 

 ともあれ、そうやってビーチからストリートへと戻り、戦闘を再開しながら進んで行く。流石に精鋭を揃えているだけに、1回ワイプした所で大した問題はない。即座に規定通りのスキル回しに戻って、エネミーグループを纏めては殲滅していく。だけどスキル回しなんてもんは練習すれば体に染みつくもんだ。何度か繰り返せば感覚を掴み、それを回しながら再び雑談を始めてしまう。

 

「これは軽い疑問なんですけど」

 

 森壁がバリアを張りながら口を開いた。3グループをまとめた影響で、エネミー達を略剣とアレキサンダーが半分ずつ抱える事で対処し、DDはそれらを直線で捉える様に散開して範囲攻撃を連打している。俺は炎や氷を乱射し、ニーズヘッグはチェーンソーにオーラを纏わせて薙ぎ払う。ゼドは連撃でコンボ数と連携数を稼ぎながらそれで自己バフと他者バフを積んでは範囲焼きを重ね、梅☆は状況に合わせてバインド、DoT、範囲を使い分けながらサポートと妨害を組み合わせてダメージを重ねている。やり方が安定するとお互いに邪魔をしない方法などが解ってくるから、動きが少しずつ最適化されてくる。

 

 でも結論から言うと《結界術》でFF回避を搭載するのが一番安定するんだよなー。何やら近接攻撃スキルも最終的には自己作成に入るらしいとの事。その事を考えればやっぱり《結界術》でFF回避を取得するべきでは?

 

 それともメレー用にはそれを組み込むのは別スキルが必要なのか? まあ、そこらへんはメレーが悩んでくれるだろう。それはそれとして、合間で奇襲を仕掛けてくるエネミーの動きを察知して略剣とアレキサンダーに指示を出していると、森壁の疑問が来た。

 

「なんでアインさん、そんな事解るんですか?」

 

「解る、とは」

 

コメント『コールの事やろな』

コメント『運営の回しもんやろ(すっとぼけ』

コメント『ボス、良くギミック前にコールしてるじゃないですか』

 

「そうそう、それですそれです。初見で反応出来てるのおかしくないですか?」

 

「あー」

 

 メテオを叩き込んで爆裂させてグループを壊滅させる。移動前にMPヘイスト状態に切り替えながら次のグループを求めて歩き出す。メインストリートは結構広く、長い。ビーチは10分も進めばボスと戦うだけの状況に持ち込めたが、ストリートの方はまだまだかかりそうだ。いや、感じからするとマーケットの方に突っ込むような感じもするか?

 

「まあ」

 

 そこは、なんというか、言語化し辛い部分の一つなので困る。だからどうしたもんかなぁ、と歩きながら腕を組んで首を傾げる。その様子を見て横に土鍋が並び、肘を肩に乗せてくる。

 

「無理無理。そういうのを言語化するのは。アインの奴のコレはマジ異能とかそういう領分の才能だからな」

 

「そんな事ねぇと思うけどなぁ」

 

「じゃあオメーちょっと言語化してみろよ」

 

 横から土鍋に詰られ、えー、と声を零しながら両手をろくろムーヴさせる。

 

「あー、まず最初に空気を読む」

 

「もう解らないですね……」

 

「えー、そんな事ないだろ? 目を見ればそれだけで大体ウソかホントかは解るし。言葉に乗る感情で大体考えている事は解るだろ? 後は体の揺れとか、気配とか、そこらへん見てれば大体何をしたいか、何を思っているのかってのは伝わるでしょ」

 

「何だこいつ」

 

 森壁、迫真の真顔。アレキサンダーもゼドも、歩きながらこっちを見てマジか、と確かめてくる。それに対してインベントリから事前に持ち込んでおいた飴を取り出して口に放り込みつつ答える。

 

「マジマジ。考えている事とかやろうとしている事って、大体気配とか雰囲気に出てるから解るって奴だよ」

 

「解らないですよ??」

 

「解る解る。だからそれで予兆を読んで、感じて、それを口にしてるだけ。数秒先ぐらいなら、まあ、解るかなー、って感じ」

 

 その言葉に森壁たちが全力で頭にはてなマークを浮かべて―――あ、いや実際にエモートとして浮かべやがっているなこいつら! 追加で出現するエネミーグループに安定したスキル回しをぶち込んで処理しながら、メインストリートからマーケットへと場所を移す。大量のテントの様な露店が開かれているそこは、本来であれば買い物と観光を求めた人たちで溢れる活気のある場所なのだろう。だが現在は出現しているエネミーたちによって大いに荒れ、本来であれば存在しない獣道が生まれていた。そこを戦場に、エネミーを誘い込んで一気に火力を叩き込み殲滅しつつ進む。

 

「だから言ったろ、アインのコレは才能とか異能とかそういうもんだって」

 

 げらげらと笑いながら土鍋が攻撃を叩き込む―――ヒーラーだが、攻撃をしてはならないなんて事はない。寧ろヒールしていない間は暇なのだから、積極的に攻撃をするべきなのだ。それを理解しているから土鍋はヒールを極限まで削り、それ以外の時間を攻撃に回している。光弾を複数を浮かべると、それを放ってエネミーに叩きつけてダメージを稼いでいる。

 

「感受性が強い? 豊か? というか、無駄に他の人が感じられないもんをダイレクトに受け取れるんだよこいつ。その上で神経が図太いから損耗する事もないし、好き勝手才能を利用してるよこいつ」

 

「ひっでぇ言われようだなぁ、おい! 俺よりもお前とニグの方がスペック的に化け物だるぅぅぉ!?」

 

「こんな美少女を化け物だなんてひどいわね」

 

「そうだそうだ。俺なんてちょっと頭が良いだけだぞ」

 

「よう言うわこいつら……」

 

 梅☆がやり取りに笑い声を零す。

 

「はっはっは。まぁ、ごらんのとおりウチの固定は基本的にそれぞれおかしな一芸を持っている連中だよ。面白いだろう?」

 

「今の話を聞いて魔境に見えてきましたよ、ここ」

 

 魔境と言われても酷い。

 

 俺は人よりちょっと読むのが得意で、ニーズヘッグは人よりも直感と体が強く、土鍋は人よりも頭がちょっと良い。梅☆は他の人よりもちょっと経験豊富で、略剣はたいていの奴を言葉で転がせる事が出来る。まあ、固有の技能を抱えているだけでそこまで凄いって訳じゃない。

 

 ただ、このメンツで遊ぶのは楽しいんだ。

 

 だから年齢もバラバラなのに、こうやって一緒に集まって遊んでいるんだ。

 

 と、

 

「お、来るぞ」

 

「T前なー」

 

「了解」

 

 空気に乗る僅かな敵を感じ、舌の上でそれを転がす。感じからしてボスだろう。マーケットの奥、立ち並ぶ屋台とテントを吹き飛ばしながら何かが奥からやってくる。地響きと音を立てながらやってくる姿は大きく、くねり、うねり、そしてざらっとした肌を兼ね備えた、

 

 巨大なウミヘビだった。

 

 登場したウミヘビは大きく体をくねらせるとその衝撃でマーケットをその場を中心に、周辺を薙ぎ払って円形の戦場を生み出し、威嚇するように牙を見せた。

 

 2ボスの登場である。




 全員なんらかの一芸を抱えている身内メンバー。割と真似できない物を互いに抱えている……というのは都合がよいのかもしれないけど、そういうメンバーと遊べたら素敵じゃない?


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宝砂楽園ジュエルコースト Ⅵ

 ウミヘビが大地に体を叩きつければ円形の戦場の周りに爆発が発生し、フィールドの周辺が水に覆われた。だがそれはフィールド内部を侵食する事はなく、外側だけであり、まるで逃がさないと主張するかのような動きだった。そしてこの状態で外周に水を呼び出したのだ、おそらくは何らかのギミック用の設置なのだろうと辺りをつける。まぁ、そこら辺の判断は土鍋に任せる。

 

「多分毒だぜアレ。DoT系な。触れるなよ、ヒーリング面倒だから」

 

「アレキ前、耐えて動きを引き出しつつ火力叩き込んで対処すっぞー」

 

「おー」

 

「外周毒って事はノックバック系が多分来るだろうな……槍剣コンビは外周近くまでボス引っ張ってくれ。その方がノックバック喰らったときセーフの可能性が上がっから」

 

「Ok!」

 

 土鍋と並んで指示を出しながら攻撃を開始する。開幕の自己バフを乗せたバーストから一気に火力を叩き込み、HPを削りに行く。それに反応するようにウミヘビが大きく吠え、その体が鞭のようにしなった。強撃がアレキサンダーに叩き込まれ、その姿が後ろへと10メートルほど吹っ飛ばされる。ちょうどフィールドの端から中央まで吹っ飛ぶ形で勢いは消滅し、その隙間は略剣がスイッチする事で埋める。だがそこから5カウントを待って、再びウミヘビが強撃の姿勢に入った。

 

「アレキ戻れ! スイッチだ!」

 

「ジャグリング? いや、これで1つのギミックか」

 

「おー、さっきのボスよりも忙しいなこりゃ!」

 

 略剣がガードに入り、吹き飛ばされると同時に突進攻撃でアレキサンダーが戻ってくる。入れ替わってスイッチを完了させると、ウミヘビが低い声で唸る様に体を震わせる。黒い体が段々と赤熱化して行き、更に赤い水が覆い始める。溶岩の様な強い粘液性を持ったそれは、地面に滴り落ちると大地を極彩色に染め上げた。

 

 そしてその体を大きく震わせた。

 

 飛び散る毒の粘液がフィールドにばらまかれ、毒エリアがいくつも形成される。即座にそれを回避するように走りつつ、真っすぐ吹き飛ばされても大丈夫なように動線を確保する。とはいえ、まばらにばら撒かれた粘液のせいで安全な場所は少なくなっている。吹き飛ばしが来たら恐らくどれかを突っ切るか、仲間を動線に合わせる必要があるだろう。

 

「特殊タイプのボスだなぁ……っと、全体!」

 

「軽減入れるぞ!」

 

「バリア張ります!」

 

 ウミヘビが咆哮する。途端、その背面から津波が襲いかかってきた。全員を均一に殴りかかるがダメージは低く、HPを3割程しか削らない。だがそれと同時に発生するノックバックが無理矢理詠唱を中断し、メレーをボスから引きはがし、放たれた矢を水流で飲み込んで流し去る。その上でボスは津波に紛れてフィールドの反対側へと逃げ込み、そこで尻尾を振るい、大地を爆発させるような一直線の破砕攻撃を放ってきた。

 

「はい、ガードッ!」

 

 アレキサンダーが突進アビリティを使って突き抜けることで津波からいち早く復帰し、攻撃を前に立ってガードする。だがその結果、ばら撒かれた粘液を突っ切って毒を受ける。それまでのダメージも合わせてHPは一気に残り2割まで落ちるも、瞬間的に略剣がスイッチに入ってヘイトを奪いなおす。

 

 これがタンク1人だったら、やっぱり地獄だっただろう。

 

 だがウチはメイン、サブ登用型だ。1人で抱えきれないなら分割して抱える事で戦線を安定させるのを目的としているスタイルだ。だからアレキサンダーのHPが一気に減っても、ピュアヒーラーである土鍋が即座にヒーリングを入れながら戦線復帰までをサポートできる。

 

「げ、ランタゲか」

 

 ウミヘビが体をしならせながら此方へと牙を大きく剥き、攻撃の予兆へと入ろうとしていた。それを見てうげぇ、と声を漏らしながら庇って貰おうかと考えるが、横から土鍋の声が飛んでくる。

 

「毒踏めボス!」

 

「マジで!? 文句は言うなよ!」

 

「あー! こいつ毒踏みやがった! いーけないんだいーけないんだ!」

 

「貴様ァ―――!」

 

 茶番を走らせながら毒エリアを踏んで毒状態になる。HPが削れ始めるのを感じながらも、魔法回しと連撃合わせを行いつつウミヘビの行動に注視する。その攻撃は此方に向けられ、準備を完了させ、しかし此方を確認すると攻撃をキャンセルして体を振るい、牙を突き刺そうとタンクへの攻撃へと戻った。

 

「うし、毒解除OK!」

 

「そういうギミックか……デメリット系だと思わせてか」

 

「ま、あるあるネタだよな」

 

 そこでよーし、と梅☆が声を張った。

 

「準備完了! バースト準備に入れ!」

 

 梅☆が背丈を超える巨大なクロスボウを取り出すと、杭としか表現できないような巨大なボルトを装填する。それを片腕で振り回すと宙へと飛びあがりながら放ち、反動を空中で回転することで殺して着地する。一直線に放たれたバンカーボルトはウミヘビに突き刺さると、その体を大地へと縫い留めて動きを一時的に停止させ、

 

 その瞬間に溜め込んでいた火力バフを一気に解放してバースト攻撃に入る。バーストに入った瞬間、ウミヘビのHPが目に見える勢いでガリガリ削れる。やはり高スペックのプレイヤーで固めているだけあって、バーストの火力が高いのは目に見えている。後は仲間の相性と、そして組み合わせだ。そう思いながら素早く指示を出して散開する。

 

 ウミヘビが攻撃を放った。

 

 2方向へと放たれた攻撃は土の津波の様に略剣とアレキサンダーを飲み込んだ。それが外周に展開される毒とぶつかり合い、破裂しながら雨となって降り注ぐ。

 

「痛いッ! 痛ッ!! なんだこれ痛てぇ!!」

 

「この雨痛いんですけどぉ!?」

 

「鉄でも詰まってるんかこれ!」

 

 雨の様に降り注ぐ外周の毒。それが上から弾丸の様に打ち付けてくる。全身を滅多打ちにする痛みに悲鳴を上げながらも、誰一人として攻撃を停止させない辺りは流石としか言葉がないだろう。それを受けてボスの方も怒りを感じているらしく、舌を突き出すとそれを揺らした。

 

「うるせぇ! なにがしゃーだ! しゃー!」

 

「しゃーじゃないだろ。あれはふしゅるるるだろ」

 

「違う違う、へびへびー、よ」

 

 お前それ、マジで言ってんの? という視線がニーズヘッグに集まり、戦闘が一瞬だけ中断してしまう。だが、ボスの次の動きに即座に戦闘へと戻る。尻尾を振り上げてタメを作る動作は強撃のものだ。再びノックバック攻撃を繰り出す姿にアレキサンダーが防御に入り、毒がない方向へ飛ばされる様に誘導する。

 

 そして吹き飛び、スイッチ。

 

 そこから更に2度目の強撃、スイッチと吹き飛ばし。

 

 即座に攻防の入れ替えとスイッチを完了させて元通りアレキサンダーをメインタンクの座へと戻し、前よりも痛く感じるダメージを乗り越えながらウミヘビが体を震わせるのを確認する。

 

「攻撃がループ入ったな。だけどさっきの毒は消えてないな……?」

 

「なら単純に安置が減るってだけだろ」

 

 せやな。つまり早く始末しないと安置が消えて全滅、という話だろう。だがこれで全ての攻撃パターンの確認が終わった。なら後はどこでバーストタイミングを挟めるのか、それも解ったし順当にギミックを処理しつつ最高ダメージを叩き込み続けるだけの作業だ。

 

 余程、大きな事故を起こさない限りはここから失敗する要素もない。

 

 ウミヘビボスのギミックベースの行動には少々苦しめられたが、全てのギミックが判明すれば安心して火力を叩き込み続けられる。

 

 数分後にはウミヘビの処理を完了させ、2ボスの攻略を完了する。




 2ボスはギミックベースのエネミーに対してちゃんと対処できるかを確認するタイプのボス。戦力が整っていれば踏み越えられるタイプでもあるので、やっぱり足切りという意味が強いかもしれない。


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宝砂楽園ジュエルコースト Ⅶ

 2ボスのウミヘビ―――名前は見忘れた―――を倒しても、レベルが上がる事はなかった。その代わりにバフとして運用していた《時魔法》が待望のレベル10に達してしまった。これで《時魔法》のスロットを削除して新しいスキルを加えるのと同時に、〈ヘイスト〉の最大効率化が行えるようになった。つまり魔法エディットを通した、全体化ヘイストを使えるようになった、という事だ。これは事前に師匠にも伝えられていた事なので、船の上で作った簡易エフェクトを当てはめる事で完成とし、全体強化バフを取得したこととする。手ごたえとしてはそこそこ、ボスとしての意地の悪さは……結構あっただろう。

 

「できたのは前提として俺達が色々とMMOに手を出していてギミックの内容に覚えがあるからだろ。この手のギミック戦闘初見のプレイヤーだったらまず間違いなく適正レベル帯でも死んでるだろ」

 

 土鍋が呆れた声で両手を上げながら告げている事に、頷いて同意した。配信画面のコメント欄も大体似たような内容だった。

 

コメント『まぁ、某大御所も参加してるからな』

コメント『それぞれのノウハウとかシステム引っ張ってきてるからな!』

コメント『そういう意味では最終幻想はワールドヒットで大勝者よな』

コメント『新世代に移行したアレもヒットしたけどな』

コメント『アクションベースって意味じゃあVRと割と相性が良いのは事実やな』

コメント『リアルベースVRアクション+ギミックベース戦闘のすり合わせとか大変やったやろ』

コメント『開発、システムとか戦闘の方向性でかなーり荒れたらしいな……』

 

「まぁ、実際MMOなんて死んで覚えてなんぼって俺は思うけどな」

 

 腕を組みながらそう言えば、配信画面の中が大量のコメントで溢れかえる。そういや前、雑誌のインタビューで開発者に突撃した話があったのを思い出す。VRMMOというジャンルのゲームを出すのに、1つの会社の人間とリソースでは明らかに足りないのが発覚し、その都合上複数の企業が参入、協力、ノウハウを共有しながら構築したのがこのシャレムというゲームだ。だがそれぞれ使っているシステムやメソッドがまるで違うのだから、かみ合わないのは当然なのだ。

 

 今の形式にゲームを落ち着かせるまで、相当な苦労があったのは誰もが理解している事だ。

 

 だから今、こうやって面白いゲームを俺達は遊ばせて貰っている。幸運にもそれに参加することが出来て、そして遊べていない全人類を最高に楽しく煽れるのだ。いやあ、当選してよかったなぁ―――!

 

 当選できなかった糞雑魚共見てる~?

 

 こうやって定期的に心の中で持たざる者を煽る事で心の平穏が約束される。

 

 美少女幼馴染に愛されていない全人類の皆さま~?

 

 楽しい。

 

 楽しいと思ってたら何時の間にか背後に回り込んだニーズヘッグに首に手を回されていた。

 

「な、なんだよ……」

 

「んー、別にー?」

 

「お、おぉぅ……」

 

コメント『へびへびー』

コメント『へびへびー』

コメント『へびへびーwwww』

 

 お前らなんて煽り方を思いついてるんだよ!! そりゃあ蛇の様に絡みついてきてるけどさ! そうじゃねぇだろ!

 

「はーなーれーろー」

 

「いーやーよー」

 

 背中に張り付くニーズヘッグを振り落とそうと右へ左へと体を揺らすが、離れようとはしない。これは歩き出すまで動く気がないな? と思っていると

 

「いちゃだ……」

 

「いちゃですね……」

 

「いちゃだな……」

 

「あぁ、いちゃだ……」

 

「良いもんが見れてるじゃねぇか……」

 

「その連携は何だよお前ら!!」

 

 ニーズヘッグ背負ったまま振り返ると、他の連中が膝を抱えて体育座りしながら此方を眺めている奇妙な光景が見れる。爆笑が響く配信画面が爆笑しているコメントで溢れかえっていた。おかしい、おかしいぞ! この固定のリーダーは俺の筈なのに! なんで怨嗟の声が1つも聞こえてこないんだ? おかしくない??

 

 全力で首を傾げながら自分の周りの出来事を不思議に思っていると、

 

 この空間に忍び寄る空気を感じ取った。俺が即座に変化を見せれば、それに誰よりも早くニーズヘッグが気づき、そこから連鎖的に皆が変化に気づく。即座にニーズヘッグは腕を外すとチェーンソーを手に、前傾姿勢に構える。俺も俺で杖を2本とも抜いた状態で左半身を前に、左の杖を前へ、右を後ろへと引いて構える。

 

 アレキサンダーと略剣が俺の見ている方向を確認して前に立つ。武器を守る様に構え、その背面にゼドとニーズヘッグが並び、その奥に俺達レンジ組とヒーラー組が並んだ。重くなり始める空気に、2ボスを超える怪物が接近してくるのを感知し、一瞬で思考のスイッチが戦闘用のそれに切り替わる。

 

「なんだこの空気……いや、気配か? なんか恐ろしいのが来るぞ。ガラドアで見たのと似た気配だ」

 

「って事は核心に近いエネミーか」

 

「来るぜ」

 

「……一応バリア貼っときますね」

 

 いつでも庇えるように、軽減できるようにタンクたちが待機する中で、破壊されたマーケットの奥から黒い靄を被った姿が歩いてくる。輪郭も正体も不明な存在はしかし、ガラドアで見た黒靄よりも雰囲気が威圧的ではなく、近づいてきた黒靄の衣は片手をあげて挨拶してくる。

 

「よう、貴様らが噂の稀人って奴か。俺達の間でも中々噂になっているぜ。面白い連中が滅びに抗っている、ってな」

 

 声は青年、若く感じる。優しそうに、話しやすそうに喋っているが、その内心言葉に感じる色は絶対的な決意と覚悟。こいつは解り合えそうな声を出しているが、その実は鋼と氷だ。絶対に揺らぐことのない覚悟を持って目標を達成しようとするタイプの男だ。少しでも此方が心を開けようものなら、利用してくるであろうというのが伝わってくる。まぁ、情報分析して感じられたのはそれぐらいだ。

 

 消灯モードのホロウィンドウをフィエルにこっそり表示させ、それを人差し指で描く様に入力、情報を共有ログウィンドウに書き込むことで言葉を使わずに共有する。こういう時、システム側の恩恵を受けられるのが非常に楽だ。

 

「しっかし、こんなところまでやってくるかぁ? 折角のバカンスだってのに台無しだぞ、全く……そうだ、今から帰るってのはどうだ? そうすればここでの成果はそのまま、無事に帰してやっても良いが……どうだ? お前らだって変に無駄に働きたくはないし、なるべく楽はしたいだろう?」

 

「略けーん」

 

「この手の話し合いは俺よりもボスのが得意だろう?」

 

「どの口で言ってるんだか……」

 

 まぁ、大体空気と感情を読めば考えている事、言いたい事は伝わってくるんだ。それに合わせて返答を用意すればPerfect Comunicationを達成する事だって難しくはないだろう。とはいえ、あんまりやりたくない事なのだが。

 

 まぁ、それはそれとして。

 

「言いたい事は解る。人間、誰だって楽したいもんな。なるべくなら痛い目にもあいたくはねぇわな」

 

「へぇ」

 

 靄の下で見えない顔が笑みを浮かべ、此方を軽蔑しているのを感じる。あぁ、芯の部分では真面目なタイプの人なんだろうな、こいつは。きっと真面目で、真っすぐで、それでいて真っ当なタイプの人だ。こういうのは割と言葉が通じない―――覚悟が決まっているととくに。自分が間違っていると自覚しても走れてしまうタイプだ。

 

 だから応える。

 

 杖を大地に突き刺し、

 

 右手を中指突き出す。

 

「Fuck You、これが俺達の答えだ」

 

「は―――」

 

 いいか、と言葉を置く。

 

「そのアナルプラグを耳から引き抜いて良ーく聞けよ? お前らにくれてやるもんは()()だけだ。俺達は強く、賢くて、そして強いんだよ」

 

「今強いって2回言った」

 

「俺達は最強だ、そしてこれから最強である事を証明し、証明し続ける」

 

「今強さアピール3回目だったよママ」

 

「いいかい、ボク。彼は馬鹿なのよ」

 

「キレっぞお前ら」

 

 うむ、だからなんだ。ガラドアの時は経験値美味しかったぞ? って話だ。という事で悪いが黒幕君―――いや、黒幕集団君、だ。

 

「失せるのはお前の方だ。俺達は勝つぜ」

 

 自信満々に、正面から、相手の方が強いと理解していても、それは曲げる事なく叩きつけてやった。瞬間、感じられたのは歓喜の感情だった。それと同時に片手を上げて指をスナップさせれば、魔法陣が浮かび上がり、魔力が集まる。

 

「良い威勢だ。そこまでの言葉を吐くんなら当然、それだけの力を持っていることを証明して貰おうか! さあ、形作るのはお前の恐怖だ! 心の奥底に刻まれた恐怖の姿と相対して見せろ、お前がそれほどの言葉を吐くのであれば……己が真に恐怖する形に抗え」

 

 靄から放たれる魔力は魔法陣と融合し、記憶されている恐怖を再現する。

 

 それはおぞましく、

 

 それは強靭で、

 

 それは―――紙おむつを履いていた。

 

俺が真の仲間だ

 

「誰かカメラを止めろ」




 3ボスだぞ、喜べよ。


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宝砂楽園ジュエルコースト Ⅷ

「俺がお前の真の仲間だ。気づけ、お前に必要なのは社会からの解放だ。社会という常識に縛られた状態ではお前の魂が救われない事を」

 

「え、なにこれ……」

 

 煙草を口に咥えたMr.紙おむつが真顔で社会の過ちを口にし、その景色を怪物を見る様な目で黒い靄の男が見ていた。いや、何引いてるんだよ。お前が生み出したんだろ! 責任を取れよ! お前が! 生み出したんだろ!!

 

「まあ、話を聞けよ小僧共」

 

 煙草を口に咥えた紙おむつは一拍、落ち着く時間を与える為に無言になった。だがその時間は俺も、皆も、敵も、視聴者も誰もが心地の悪さを感じる時間だった。それを確認しながらサングラスを付けた紙おむつ野郎は頷いた。

 

「俺は【この発言は検閲されました】【この発言は検閲されました】【この発言は検閲されました】」

 

フィエル『唐突に本名をぶっぱなし始めたので検閲しました』

コメント『なんだぁ、このシステム』

コメント『セキュリティどうなってんの?』

コメント『本名ぶっぱは草』

コメント『地獄かぁ?????』

フィエル『というか何ですかこのシステム。こんなの組んでないですよ……』

GMするめ『なにこれ、こわ……』

コメント『ちょっとぉ??? えらい名前が見えたんだが?』

 

 え、じゃああれなんなの……?視線が紙おむつへと向けられ、即座に背けられる。あいつ今紙おむつの中に手を突っ込んでなかった? 突っ込んでたよな? 待って、バーボンの瓶を取り出した? いや、そんな事じゃねぇ! そんな場合じゃねぇだろ! なんでそこにしまってるんだよ!!!

 

「あー……アレは4年前の春、妻が別の男に取られていたと知った時の事だ」

 

「ヴっ」

 

「ぐえぇ」

 

「あ、唐突なNTR属性に鍋と略剣が殺された!!」

 

 どっちも嫁とラブラブだからなー。NTR属性は嫌でしょうよ。

 

「俺はその時気づいたのだ。結局、他人とのつながりは裏切りを生み出すのだと……どんなに社会に従い、真っ当に生きてもそれを守ろうとはしない連中によって俺達の人生は容易く……壊れてしまうという事にな」

 

 そう言ってから男は腕を組んで頷いた。

 

「だから俺は気づいた。だったら好きな事をやるべき、だと」

 

 良い笑顔で言葉を続ける。

 

「だから俺は性癖を隠すのを辞めた」

 

「人としての尊厳まで終わらせるな」

 

「だからボス!! 俺はお前の本気の遊びに痺れた! 俺はお前についてゆきてぇ! 地の果てまでぇ! お前の理想にぃ! 俺は全力でついてゆく! なぜなら、その思想に共感できる俺こそがお前の真の―――」

 

 紙おむつの怪物はそこまで言葉を続けた所で、唐突に魔力の煙となって消え去った。その背後でその問題児を召喚してしまった存在は深く黒い靄の中でうなだれるように頭を下げており、そして低い声で告げた。

 

「……なんかごめん」

 

「うん……事故だし許すよ……」

 

 黒靄は腕を組むとしばらく俯いたまま、

 

「その……なんだ、変態に絡まれると意欲下がるだろう? 少し休憩入れても待つから」

 

「あぁ、うん。少し休憩してくるんでお願いします」

 

「あぁ、うん……」

 

 この空気をどうしろというんだ。

 

 

 

 

「―――さあ、覚悟はできたか稀人。お前らが滅びに抗うというのであれば、俺自身がお前たちを試してやろう」

 

「あ、趣向変わった」

 

「……いや、ほら、もう一度同じ事故で変態が出現しても困るからな……アレ、実在してるのか?」

 

「エルディアの街を歩いていたよ」

 

「そうか……やはり滅ぼさなきゃならないな……」

 

 休憩が入ってから復帰、戻ってくると深くうなずきながら此方の返答に黒い靄は納得したような様子を見せていた。ぶっちゃけ、あの変態を引き合いに出されるとこっちも否定し辛いからやめて欲しい部分はある。それはともあれ、いったん休憩が入った所で全員脳内を何とかリフレッシュする事に成功してきた。

 

 という訳で

 

「良し、こっちは戦う準備が出来てるぞ」

 

 サムズアップと共に準備完了を示すと、相手も頷いてくる。

 

コメント『なんやろな、この状況』

コメント『クッソグダグダやで』

コメント『誰だって変態は嫌だから……』

コメント『誰にとっても事故だったからなぁ』

 

 良しいいな? 問題ないよな? 頭から紙おむつのイメージ消し去った? いや、あれを消し去るのは難しいな……多分他にもハイレベルな変態がエルディアには隠れていそうだしな……というかマルージャにはその手の変態いないのか? もしかしたら、マルージャは聖地なのかもしれないなぁ……。

 

 まぁ、ええやろ。

 

 準備が完了したので今度こそ武器を抜いて全員で構える。ぐっだぐだなのは事実だが、ここまでくれば相手の方も此方の意思を受け取って漸く、本来の流れに戻せるようになる。いや、本来は戦うべき相手ではないのだろう。まだこの時点では。だがこのトラブルを受けて、相手が自ら手を出す事を決めた。

 

 ―――なんか、申し訳なくない……?

 

 そんな考えが頭をよぎったが、相手の方は戦闘態勢に入る様に手を振るった。その周囲に8つの結晶剣が生成され、その背後で旋回するように動き出す。それを前に大地を踏んだ黒い靄は戦場を更に拡大させるように整地し、その外側を漆黒で塗りつぶす―――判断する必要もなく、即死エリアだろう。触れたり外に出ようとすれば一瞬でHPが0になるフィールドの展開に相手の殺意の高さが窺え、

 

 靄が―――払われた。

 

 その下から出現するのは黒いロングコートの青年。両手をポケットに入れた褐色肌の美男子。長い髪はアメジストの様な輝きをしている―――奇しくも、今、この空の色と合致した砂浜の色の様に輝いている。

 

「我が名はトレイター、裏切りの名を背負う者」

 

 ただ、その左目。その左目が人ではない。その左目からは角の様な結晶が生えている―――そう、あの魔晶石だ。アレが角の様に、美しく、なめらかな断面を見せて生えている。それだけが彼を造物の様な異形さを演出していた。トレイター、そう名乗った男は腕を広げ、翼の様に剣を広げた。

 

「さあ、かかってくるが良い稀人共め……貴様らが滅びに抗うだけの力を持っているかどうか、見てやろう!」

 

 先ほどまでのぐだぐだの全てが消し飛ぶ程の熱量と殺気が一瞬で戦場に充満した。

 

「開始時は固まって開始でよろしく」

 

「セオリー的には全体か……」

 

「後はそこから何が来るか、って所だろ」

 

 土鍋と軽く相談して頷き合いながら開幕の動きを決め、ホロウィンドウで行動を軽くメモしながら共有する。こういうシステムがその場で使えるからVR環境ってのは凄い便利だと思うし、動きに合わせがしやすい。

 

 トレイターは此方の動きを待つように剣を浮かべたまま待ち、視線をアレキサンダーへと向ければ、此方の視線を受け取り頷きを変えてくれる。そこから剣と盾を両手で合わせるように握った。

 

「カウント15!」

 

 アレキサンダーのコールに合わせて一気にバフの詠唱を秒数に合わせて管理しつつ相互にかけて行く。

 

「〈ストライクパワー〉」

 

「〈コンセントレイト〉、〈障壁展開〉」

 

「〈アイアンソウル〉」

 

「カウント10!」

 

 詠唱が長く、或いは開始前に消費するタイプのバフを先に使う。ここからは戦闘開始時、戦闘開始直後に発動させたいものを使用し、

 

「バフなーげっと」

 

「エンジン点火準備完了」

 

「装填完了」

 

「連撃、セット終了!」

 

「カウント5!」

 

「いざ、回れ時の歯車〈システムクロノス〉!」

 

「カウント、0!」

 

「Go! Go! Go!」

 

 アレキサンダーの0、に合わせて全員にヘイストが発動する。発動した加速バフと強化バフと障壁を合わせ、一気に強化された状態でトレイターに切りかかる。トレイター自身の体は普通の人間サイズだが、その周囲をバリアが出現し、体を守っている。その範囲が体よりも広く、攻撃を受け止める。

 

 故にメレーがタンクを合わせて4人、受け切るには十分なスペースがある。

 

 そこにメレー4人が一気に切り込み、レンジ組はその後ろに付き、距離を詰めるように全員で固まって最速のバーストに入る。火力スキル、自己バフスキルを解禁して開幕から最大火力を叩き込んで一気にボスのHPを削りに行く。この瞬間火力で一気にHPの5%が消し飛び、

 

「いざ奈落の扉は開かれん。反逆とは即ち裏切り。生ある者に対する永劫の憎しみを糧に今こそ境界よ開け!」

 

 トレイターの詠唱と共に魔法が放たれる。直前にアレキサンダーが軽減スキルを発動。略剣が全体ガードを発動させる。森壁は既にバリアを張り、防壁を展開している。

 

「《カオスインパクト》!!」

 

 漆黒の核爆発が発生した。

 

 一瞬で視界の全てが黒く染まり、キノコ雲を幻視した。それほどの衝撃とダメージを一瞬で肉体全てに受け、HPが今の一撃で8割消し飛んだ。衝撃に杖を手から零しそうになるのを歯を食いしばって堪えながらHPを戻す為に攻撃を全て停止させた土鍋がヒーリング作業でHPを戻し始める。軽減なしであれば恐らく15割レベルのダメージを喰らう開幕攻撃だった。

 

「へぇ…これに耐えるか。なら少しは楽しめそうだな」

 

 結晶剣が空を舞う。一気に天へと向かって飛翔する結晶剣が頭上へと展開され8本全てがそれぞれ、1人ずつ狙う様に展開される。それを前にトレイターは詠唱するように両手を合わせている。開幕攻撃が終わってから次の全体攻撃がやってくる。

 

「《アビスシャード》」

 

 空から結晶剣が降り注ぎ―――俺達は全滅した。




 次回は”裏切り者”戦、続き。運営的に言えば「死ぬが良い」難易度。

 おむつ? 幻覚じゃないかな……。


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”裏切り者”

 全滅から復帰するとフィールドの南橋に立っている状態で状況が再開された。フィールドの反対側にはトレイターの姿があり、結晶剣を浮かべた待機状態にある。恐らくは戦闘距離に入らない限りは、そして此方から話しかけない限りは戦闘もリアクションも発生する事はないだろう。全滅のペナルティは装備が多少削れる程度だが、これで数百回でも死なない限りは全く関係がないレベルの削れ具合だ。ともあれ、フィールドに復帰したのでバトルログを即座に呼び出して広げる。それを土鍋と一緒に覗き込む。

 

「やっぱ多段でダメージ発生してるわ。ボス、これ全体を対象とした単体範囲攻撃だぜ」

 

「つまり全体の戻しに集合して、そのまま受けたから全員が他の奴の攻撃受けて多段判定になって死んだわけか……」

 

「となると即座に散開だな……八方?」

 

「遠いしヒール範囲漏れる奴でるだろうし、こう散開するのが良いだろ」

 

 土鍋が新しくホロウィンドウを取り出すとそこに指で絵を描く。簡単に言ってしまうと”八”の字を描く様に散開しよう、という話だ。それが終わったら即座に集合して減ったHPを戻す作業に入りつつDDは全力で火力を出し続ける、との事だろう。土鍋の案に頷いて賛同を返し、説明を飛ばしてアレキサンダーにカウント準備をさせる。

 

「そんじゃカウント始めるぜ……15!」

 

 再び始まるカウントダウンに同じようにバフ、スキルを使用する。そして先ほど同様、火力のバーストでHPを削り始める。それに対するトレイターの行動も変わらない。フリーAIではなく、ある程度戦闘中の思考AIは固定化されているのかもなぁ、なんて事を考えながら、まず最初の全体攻撃を受ける。

 

 凄まじい勢いで削れるHPは軽減を複数差し込んで漸く耐えきれるレベルだ。漆黒の暴威から生存し、HPが急速充填されるのを自覚しながらレンジ組だけが先に八の字に広がる。それに合わせるように、トレイターが次のアクションのため結晶剣を空へと飛翔させ、空いた手元に新しく結晶剣を生み出す。それを薙ぎ払う様に振るい、砕け散らせては新しい物を生み出し、メインタンクであるアレキサンダーへと叩き込み続ける。ギミック中も攻撃は継続するらしい、何ともヒーラーが悲鳴を上げるタイプのエネミーだ。

 

「頑張れ、頑張れ土鍋♡」

 

「かけらも嬉しくねえええええ―――!」

 

「あ、ヒーリング流石に手伝いますね!」

 

「頼むわ! 追いつかねぇえええええタンク落ちるううううううああああああ」

 

「ここで防バフ炊くタイミングかぁ……」

 

 開幕から全体+全体という攻撃の嵐に既に状況は混沌を極めていた。だがよく考えるとコレ、開幕30秒の出来事なのでまだまだこの先にも攻撃が続く。開幕30秒のバーストで5%削ったのだから、このペースだと100%削り切るまで必要な時間は余裕で10分に届くだろう。ヤバイって領域の話じゃねぇ。絶対にMP枯渇するぞこれ。まじ? ポットでお腹たぽたぽにするしかないじゃんヒーラー。

 

 まぁ、俺らはDPS出し続けるだけなのだが。

 

「ならば、こういう趣向はどうだッ!」

 

 指のスナップと共に外周に結晶剣が出現し、手を合わせるようにトレイターが詠唱を開始した。結晶剣はそれぞれのプレイヤーを別個ターゲットするように切っ先を向けており、動き出すメレーに合わせてその切っ先を動かし、ゆっくりと近づいてゆく。少しずつ迫ってくるその姿にはホラーじみた迫力があり、絶対に回避する事は不可能である事を示している。このギミックの解法は土鍋に考えさせるとして、

 

「本体から全体来るぞ!」

 

「庇うなタンク共! 個別で受けろ! 見たいから時間を稼げ!」

 

「オーケイ!」

 

「〈詠唱消去〉! 落ちろ恒星……!」

 

 詠唱を破棄しながらMPを一旦全て吐き出し、MPヘイストへと移行する事で詠唱後と切り替えのクールタイムを利用して、回復タームの攻撃が出来ない時間に戦闘用の移動を行っておく。自分の剣が出現した反対側へと逃げ延び、剣が届くまで一番時間がかかる距離まで移動する。だがその時にトレイターの詠唱が完了し、

 

「ぐえっ」

 

「ぎゃっ」

 

「ぶえー」

 

「あ、無理」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 ダメージは少なくともHPの4割程度、タンクでなら1割程度で済むダメージだ。だが強制的にノックバックを発生させる一撃は問答無用で端まで寄っていた俺達を吹き飛ばし、外周に追いだした。それと同時に外周に展開された即死フィールドに触れて即死し、ノックバックの瞬間に突進アビリティを使ったアレキサンダー、ニーズヘッグ、ゼド、略剣以外が全滅した。ヒーラーが全滅した以上、もはや回復が行えなくなったので詰みだ。

 

「そのまま戦ってくれ、続きがみたい」

 

「了解」

 

 だが戦闘を続行する。戦闘の続きを確認する意味がある。だからレンジキャスターヒーラーが全滅した状態で戦闘が続行される。背面と前面に展開するように別れた状態、アレキサンダーが防御を優先するとして全面で盾を構えれば、

 

「―――審判は必然! 降りかかる試練を前に命は流れ行く! 抗うか、運命に!」

 

 結晶剣を束ね、5メートル級に大剣を生み出すと両手で握り、後ろへと大剣を引く様に力を込めた。詠唱時間は凡そ5秒ほどに思える。強撃、それもあのウミヘビとは比較にならない物が叩き込まれてくるのが一瞬で誰にでも察せる。アレキサンダーが残された防バフを切る。

 

「ッ、食いしばり切るぞ! 〈ラストリゾート〉ッ!」

 

 何を受けても絶対にHPを1残すという特級のアビリティ、それをアレキサンダーが本能的にやばさを感じ取って切り、

 

「砕け散れ! 〈パニッシュメント〉!」

 

 大剣をアレキサンダーに叩きつけた。ポーションを飲んで、そして死ぬ直前に土鍋が投げたHoTによって全快まで戻されていたアレキサンダーのHPがその1撃で軽減を込みにしても一瞬で1にまで叩き落とされた。凄まじい衝撃にアレキサンダーが膝をつき、剣を支えに倒れないように体をぎりぎりの境界で耐える。

 

「交代の時間だなっ!」

 

 そこにすかさず略剣が〈挑発〉してヘイトトップを奪う。アレキサンダーが即死しないように逃げる時間を作りながら場所を入れ替えれば、防御を優先して削りを捨てる。トレイターのHPはまだ半分も削れちゃいない。バーストからの火力を叩き込んで今でもまだ7割も残っている。全員生存している状態じゃないとトレイターに対して全くダメージが溜まらない。やっぱちゃんとした答えがあるからそれに従わないと駄目だな。

 

「潔白とは? 罪とは? 誰もが己の無罪を主張する、たとえそれが大罪者であろうとな……己に刻まれた烙印を理解しろ咎人」

 

 フィールドに8つの白と黒の光の柱が出現する。また同時に剣を2本生み出したトレイターはそれを両手に握り、略剣へと向かって連続で振るう。ガードして受け止めるも、徐々に略剣のHPが削られてゆく。

 

「あー、これは入るギミックで良いんだよな……?」

 

「たぶん」

 

 それぞれ白と黒に2:2で分かれるように柱に入り、略剣のHPが削られるまま数秒が経過。トレイターの姿が消失して、中央に出現する。

 

「己の業は理解したか? 死ねッ!」

 

 白と黒の柱が爆散する。この攻撃でニーズヘッグ、略剣、アレキサンダーが即死した。残されたゼドへトレイターが接近し剣を振るう。腕を振り上げたトレイターが8つの剣を飛翔させるように空へと打ち上げる。その動きは最初の方に見えた単体個別範囲攻撃の結晶剣雨だ。今、その8つの剣は全てゼドへと向けられているのだが。

 

「あ、無理」

 

 だというのに、トレイターは更に腕を振るって外周に結晶剣を同時に生み出した。それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という事でもあった。難易度の高いギミック、高いダメージ、それらを組み合わせてこれからは行動してくるという圧倒的絶望感。

 

「ワイプしまーす」

 

「オッケー、お疲れ。前半部分はだいぶ解ったな」

 

 ゼドが迷う事無く外周へと向けてダッシュし、即死エリアへと飛び込んで自殺する。それによって戦闘は開始前までリセットされ、再び全員が蘇る。

 

 さあ、全滅を重ねながら作戦会議だ。




 という訳で本格攻略、開始。ギミックの一つ一つが失敗で死亡、レベルが足りないので一部ギミックは防バフOr食いしばり必須。その上で火力を振るバーストして叩き込まないとDPSが足りない。

 全滅を重ねてクリアしてみよう。


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”裏切り者” Ⅱ

「はい、バトルログとリプレイデータ」

 

「確認確認っと……大体5分辺りだな? ……良し、見たらデバフついてるな。〈白の審判〉と〈黒の審判〉で分かれてる。たぶん白黒塔踏みギミックだわ」

 

「となると自分のデバフ欄を確認して踏みかなー」

 

「だな」

 

 恐らくは自分のデバフと同じ色の範囲を踏む事で爆発を抑えるギミックだ。良く見るタイプの奴だと思う。だけどこの手のギミック戦闘は、ギミックを第一に知らないと滅茶苦茶苦労するという部分がある。だから出てくるだけで未経験者は大変だろう。そこに関して俺らはそこそこいろんなゲームを遊んできた経験がある。触っちゃいけない範囲、踏まなきゃいけない範囲、その形、種類、パターン、かなりの数をこなしてきている。そういう意味で俺達の判断と適応は早い。一応ゼド達補充3人に話している内容を確認してみるが、

 

「あ、元プレイヤーなんで解ります」

 

「エンド勢!」

 

「問題ないです」

 

「おっし、じゃあ再開だ。多分さっきので前半パターン終わって後半の複合パターンが来るだろうから、それに警戒。既存ギミックに関しては俺がコールしてく。全員、デバフ欄は確実に見える所にセットしておくこと。鍋森はHP管理頼む。剣盾コンビは防バフと軽減入れるところ相談してくれ。ついでにスイッチのタイミングも」

 

「無敵切ったらスイッチだな。それまでの歓談タイムと連撃中にバフかなぁ」

 

「だな」

 

「俺達DDはギミックを間違えずにDPSを出し続ける事! 他に集中しなきゃいけない事がないし楽やろ」

 

「楽だったらいいなあ」

 

「それな」

 

「ボスが期待してるならなんとかするわ」

 

 最後の犬の発言にやれやれと肩をすくめつつ、全員を見渡し、軽く笑い声を零す。

 

「高難易度ボスだ―――楽しんでいこうぜ」

 

「応ッ!!」

 

 帰ってくる返答に満足感を感じつつ、配信画面へと一瞬だけ視線を向け、悪いな、と言葉を向ける。

 

「本気で集中するからたぶん気にしてる場合じゃないと思うんで、反応しなくなるから」

 

コメント『それはしゃーない』

コメント『まぁ、コント期待してるわけやないしな』

コメント『俺達は攻略を見に来てるからな』

コメント『何時も通りの勝利頼んだぜボス!』

コメント『がんばえ~』

 

「よっし、やるぞお前ら! 次はワイプするにしたって前よりも長く生きるぞ! 開始はアレキに任せる!」

 

「やるぞ! やるぞやるぞ! やるぞやるぞやるぞやるぞ!」

 

「カウントオーケー? ……良し、カウント始める!」

 

 アレキサンダーの声に合わせ、即座に慣れた戦闘前準備に入る。バフ、バースト準備、アイテムの使用を完了させ、これまた何度目かになる開幕バーストを開始する。

 

「いざ奈落の扉は開かれん。反逆とは即ち裏切り。生ある者に対する永劫の憎しみを糧に今こそ境界よ開け!」

 

「全体!」

 

「バリアだけで凌ぎます! 行けます!」

 

 森壁の言葉通り、アビリティを切った強力なバリアを展開する事で、この瞬間を乗り越える。HPは一気に下がるが既にそれを理解していた土鍋が強力な回復スキルで一息に戻す。そのまま次に来る個別範囲を対処する為に、相談してある八方散開へと移動。綺麗に個別範囲を処理しながら再び集合、土鍋からのヒールをHoT込みで受けてHPを7割段階まで戻す。ここまで回復すれば、HoT効果で次の全体が来るまでに完全回復は出来るだろう。

 

 そして始まる、追尾剣。

 

 これは対処法は見てしまえば簡単だ。

 

「八方散開! 剣の反対側に来るようにボスの傍へ!」

 

 剣はボスの全体が発動し、吹き飛ばされるのと同時に砕け散る。つまりその瞬間まで剣を回避し、ボスの吹き飛ばしに対処すればそれで十分なのだ。なのでアレキサンダーがトレイターを中央に固定し、その八方に近づく様に散開、剣は反対側から迫ってくるが―――それが届く前に、ボスによる吹き飛ばしがやってくる。

 

 吹き飛び、HPが削られながらもノックバック距離は10メートル。ボスの傍にまで移動していれば外周まで吹っ飛ぶ距離ではない。そして味方の背後まで迫っていた剣は吹き飛ばしの衝撃によって砕け散っている。吹き飛びながらも〈詠唱消去〉を使って、動いてしまう状況に攻撃を挟みつつ、漸く立ち止まったところで普通の詠唱に入る。攻撃しながら次の攻撃に備え、そして土鍋からのヒーリングを受ける為に詠唱、攻撃、移動、詠唱という小刻みなキャスター特有のステップでボスの背面まで集合する。

 

「きっつ……!」

 

「だが、全員生きている! 動きは完璧だ! ……アレキ、略剣!」

 

「解ってる! 〈ラストリゾート〉!」

 

「砕け散れ! 〈パニッシュメント〉!」

 

「ここからは俺のターンだ」

 

 アレキサンダーが食いしばりで攻撃を受け切り、その衝撃で僅かに硬直しながらも即座に略剣とスイッチする。入れ替わった所で通常攻撃を略剣が受け、そのまま次のギミックへと移行する。

 

「潔白とは? 罪とは? 誰もが己の無罪を主張する、たとえそれが大罪者であろうとな……己に刻まれた烙印を理解しろ咎人」

 

「デバフ確認! 同じ色だぞ! いいな、同じ色だぞ?」

 

「うん、解った! 逆のに入るな!」

 

「やったらマジ殺すからなお前?」

 

 笑いながら殺害宣言を行い、白と黒の柱に入る様に4:4で分かれた。無事にギミックを処理すればHPは2割程度しか減らない―――どうやらちゃんと処理する事に成功すればダメージはそんなでもないらしい。

 

 が、

 

 こちらに休ませる暇もなく直ぐに結晶剣が空に展開され、外周にも結晶剣が出現する。だけど今回のそれは追尾するような動きを見せない。()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 クソが、と毒を吐く。

 

「鍋、出現向き固定、安置!」

 

「6か所ある!」

 

 攻撃を繰り出す手を止めずに、トレイターに対する対処を続行する。土鍋が即座に全員の立ち位置と攻撃範囲、直線範囲から安置を割り出す。だが存在する安置は6か所。それを土鍋がマーカー代わりにホロウィンドウを6個瞬間的に作り、投擲して地面に突き刺す事で示した。だがこれで助かるのは6人だけ。つまり必然的に2人死ぬ事になる。

 

「うし、梅」

 

「あいあい、俺らからだな」

 

 迷う事無くメレー組とヒーラー組の生存を即決し、自殺する為に範囲に味方を巻き込まない距離へと移動し、直線斬撃を受けてHPを0にする。このチョイスはとても簡単なもので、即座にMPをヒールする事の出来る俺と、一番DPSが低いビルドをしている梅☆、便利ではあるけど死んでもそこまで被害がひどくならない2人から殺すという選択肢だ。

 

「セット! アインさん起こします!」

 

「HoT撒いて……梅起こすぞ!」

 

「通常攻撃タイムで良かったな……!」

 

 トレイターは結晶剣を両手に生み出すと、それを乱舞するように正面にいる略剣に叩きつける。1秒に1度というリズムで繰り出される攻撃は遅く見えるが、その1撃1撃がタンクのHPを防バフ込みで1割削って行くだけの破壊力を有している。ただそれでも、トレイターが繰り出す他の攻撃と比べればはるかにましであり、このギミックの合間の通常攻撃タイムは俺達が火力を叩き出す為の時間でもあった。

 

 即座に死亡から蘇生を受けて蘇り、立ち上がりながらMPヘイストを起動させて氷を生み出し、連射しながら火モードへと切り替えて火力を叩き込む事に集中する。トレイターのHPは今大きく削れて50%をぎりぎり切る所まで来て、

 

「成程……確かにこれは脅威だ。稀人。お前らの事を侮っていた」

 

 腕を振るう様に略剣を弾き飛ばすと、そのまま衝撃波を生み出し全員をフィールドの端まで吹き飛ばす。スタンが発生して全員の脚が停止し、立ち上がれなくなる。その中でトレイターは浮かび上がると外周の外側へと飛び出し、此方全体を捉えるように腕を広げた。

 

「この一撃を持ってこの戦いの幕を引いてやろう……耐えられるというのであれば、耐えて見せるが良い……!」

 

 漆黒が渦巻き、結晶がその周囲を踊る。本来であれば光を乱反射する筈である結晶は、漆黒をその鏡面に乱反射させる事で極限まで力を高めていた。

 

 トレイターが戦いを終わらせるための究極奥義を繰り出す態勢に入った。此方の攻撃範囲を脱したトレイターからの究極奥義。

 

 俺達には今、それを受ける以外の選択肢はなかった。




 これでも手加減はちゃんとしてくれているトレイターさん。

 たぶん今のアイン達は汗を大量にかきながら物凄い楽しそうな笑みを顔に張り付けて遊んでる。


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”裏切り者” Ⅲ

 トレイターの奥義が準備に入るのと同時にフィールドの中央に白とも黒とも言える立方体が出現し、()()()()()H()P()()()()()()()()()()()()()()。これはつまり制限時間内にアレを破壊しろ、という事なのだろう。迷う事無く立方体へとターゲットを合わせ攻撃を始めるのと同時に、立方体のHPがごりっと削れる事に驚きつつも、その削れ方からチャージ完了までの時間がそう長くない事を悟り、

 

「さあ、超えられるものならば超えて見せろ」

 

 当然の様に、自身とその立方体を守るため、トレイターが攻撃を開始した。

 

 手始めに、

 

 ―――外周にアビサルドラゴンを2頭召喚した。

 

「は? マジでぇー?」

 

 北と東に出現したアビサルドラゴンが同時に口を開き、ブレスを放つ準備を始める―――感覚的に放つまで3秒程度しかない。その上で頭上には剣が2本出現している。それも剣雨よりも巨大な剣が。アビサルドラゴンのブレスは明らかにタンクではなくゼド、そして土鍋を狙っている―――恐らくは対象はランダム。このブレスが飛んできてから剣が落下してくるのだろうが、剣の方は俺と森壁を対象にしている―――こっちはおそらくブレスの対象にならなかったタンク以外に付与されているのかもしれない。

 

「ゼド鍋ブレス! 俺森頭上剣、たぶん1人じゃ受け切れない!」

 

「あーあーあ―――時間が足りねえええええええええ―――!!!」

 

 どう散開するのか悩んだ結果、ブレスが飛んでくるのを気合でニーズヘッグが射線から跳び退き、梅☆がタンクを盾にした。

 

「てめぇっ!」

 

「恨むなら硬いお前を恨むんだなぁ!」

 

「んぼぼぼぼぼおおおお―――!」

 

 成す術なくブレスに飲み込まれる俺ら。ブレスの十字放火を受けて蒸発するタンク。逃げた先で残された剣のターゲットを受けて一人で串刺しになり死亡する逃亡者共。

 

 当然のワイプだった。

 

 

 

 

 ログとリプレイをホロウィンドウで視聴者も見えるように広げながら8人で囲み、座った状態で会議する。流石に今回のこれは即座に解決策の出るギミックじゃなかった。いきなりあんな形で意味不明な死を迎えたのだから、ちゃんと話し合わないとまた同じように死んでしまうだろう。という訳で作戦相談タイム。

 

「たぶんこれ、アビサルからのブレスは乱タゲなんだよな」

 

 土鍋がホロウィンドウのアビサルとブレス対象を線で繋げる。

 

「おそらくTDから抽選2名。その上で残された4人から更に抽選2名で頭上剣が来る」

 

 フィールド頭上に出現した大型の2本の剣を表示させ、それにフォーカスする。ちなみにバトルログにはデバフを受けているような表示はなく、何か特殊なデバフを抱えてのギミック解除みたいな部分は存在しないらしい。或いはこのフェーズの後にやってくるのかもしれない。その上で土鍋が指摘してくる。

 

「このブレス、ダメージを見るとタンクのHPを9割近く吹っ飛ばしてるけど、考えてみれば()()()()()()()()()()()()()()()()って事なんだよな。その上で、タンクがブレスを遮った時はその背後に通してない」

 

 つまり梅☆が略剣を盾にした時、略剣側からのブレスは防げていた、という事だ。ちなみにもう一方のブレスは防げてないので纏めて喰らって死んでいる。その上でニーズヘッグはブレスを回避して、その先の頭上剣のダメージで死亡している。ダメージの数値を見ると、大体ニーズヘッグのHPの2倍程度のダメージを喰らって死亡しているように思える。

 

「正直、このダメージがマジならタンクでも受け切れないってのが事実なんだよな」

 

 数値を比べながらそう言えば、略剣が頷く。

 

「食いしばり必須になる。だけどその前に食いしばり必須のギミックあるから、タンク1人で2つの大剣落下を受け切る事が出来ないよな」

 

「そもそもブレスの塞き止めに入るならタンクが2人ともいる場所が固定されるから受け止めとかできないぜ」

 

 アレキサンダーの言葉にそう、と土鍋が指さす。

 

「つまり俺はこれが頭割りギミックだと思うんだよね」

 

「頭割りかぁ……」

 

 頭割りギミックとは、簡単に言えば攻撃範囲内に参加した人数だけ、ダメージが分割して均一に与えられる、というギミックだ。つまり1万ダメージを1人で受ければ1万ダメージだが、1万ダメージを3人で受ければ1人あたり3333ダメージで済むという計算になる。このタンクが使用済み、しかしHP上限を軽く超えてくるダメージは、確実に頭割りギミックの類だと判断したのだ、土鍋は。俺もそれには同意する。

 

「このタイミングで大剣x2って事は、タンクを抜いた6人による3:3での頭割りになるな?」

 

「だな。だけどこの場合ランタゲで誰にタゲが付くか解らないから、事前に3:3決めても困らないか?」

 

「いや、メレー、レンジ、ヒーラーで1グループ分ければいいでしょ。その上で動きやすいDD組が被りの場合交代で。優先度はメレーが上で」

 

 つまりはこうだ。

 

 俺、鍋、ニーズヘッグを1グループとする。ここで俺と鍋にタゲが付いたら俺がDDなので移動。俺とニーズヘッグが付いたらメレーのが移動自由度が高いのでニーズヘッグが移動。ニーズヘッグと土鍋だったらDD優先度上なのでニーズヘッグが移動する。

 

「というかキャスターに歩かせるな」

 

「SORENA~NA~NA~」

 

「歌うな」

 

「じゃあこっちグループは俺が移動優先度上でいいな」

 

 梅☆の言葉に頷きを返す。梅☆は詠唱を必要としないレンジ職だ。つまりこの中で唯一、距離に関係なく足を止める事なく戦闘を行う事が出来る枠だ。こういう状況で誘導や入れ替えなどの場面で一番動かす事の出来るポジションだ。

 

「アビサルドラゴンが出現したら自動的に剣盾組はアビサルの前へ、それ以外は射線を固定する為に中央へ」

 

「そこからブレスを耐えたら3:3で分かれて頭割りを受ける、と」

 

「後は常に攻撃する事を忘れずに。ギミックの処理に集中してDPS落としたらたぶんあの立方体割れない」

 

「忙しいなぁ……」

 

 なんか、変な理由で難易度上がっちゃったからしゃーないね……まあ、これでもボスのHPは既に半分に突入する段階まで来ている。ここさえ超えればあとはほぼウィニングラン……になっているといいなぁ……。

 

 と、ちょっとした願望を混ぜながら相談を完了させた所で、再び立ち上がる。作戦会議終了!

 

 これより相談した通りに動く事を試す。

 

 

 

 

「さあ、超えられるものならば超えて見せろ」

 

 立方体、アビサルドラゴンが出現する。地味にこの段階に来るまでにこれまでのギミックを処理、その段階で既に数分が経過しているのだからかなり肉体的に、精神的に疲労が蓄積されてゆく感覚がある。それでも今、滅茶苦茶楽しいという感覚に充足感を忘れられず、止めることが出来ない。中毒的だと言っても良い。全員が動きを理解し、完璧に連携して一連の動きを作るこの瞬間がめっちゃ楽しいのだ!

 

「防バフ、良し!」

 

「中央集合、良し!」

 

「頭上確認良し!」

 

「これは勝ったわね……」

 

「フラグ建築良し!!!」

 

 アビサルドラゴンの前にアレキサンダーと略剣が立った。防御しながらブレスを受け、後ろへと射線を通さない。それと同時にブレスの誘導が終わった瞬間に俺達はそのまま3:3へとグループを分ける。今回ターゲットになったのは俺と梅☆、一番簡単なターゲットだった。なので東西でそのまま別れると、

 

 なんか、外周に新しくアビサルドラゴンが出てきた。

 

「!?」

 

「は?」

 

 同時に白と黒の柱が出現する。つまり誰かに白と黒デバフが付与されたという事でもある。だが走り出した略剣とアレキサンダーは既に射線から外れ、余裕があったから頭割りへ参加する為に走っている。そこから一気に横へと飛んでブレスの射線へと入り込もうとするが、

 

 遅い。

 

 4:4で3:3の頭割りを受け、ダメージが4分割される。それによって本来受けるであろうダメージは軽減された。だがそのせいでタンクがダメージを受けている。略剣とアレキサンダーが即座にブレスの射線を遮るように射線に立つが、HPが戻しきれずに2人が蒸発する。

 

 そしてそのまま、その背後に隠れる俺達も蒸発する。

 

 誰も柱を踏んでいないから柱が破裂して全体攻撃が垂れ流しになる。

 

 アビサルドラゴンが更に登場する瞬間に視界が真っ暗になってワイプする。それから数秒後、視界が戻って再び戦闘開始前の状態になった。

 

 そこで地面に座り込みながら腕を組む。

 

「1回休憩入れない?」

 

 その提案に、誰も異論を挟まなかった。




 HoT:リジェネの事。時間経過で回復するバフの事
 DoT:毒の事。時間経過でダメージが出るデバフの事
 強撃:単体を対象とした通常攻撃の数倍痛い攻撃。痛い
 ワイプ:全滅して状況をリセットする事

 という訳でトレイター戦、最難関ギミックの始まりである。


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”裏切り者” Ⅳ

 ダンジョンの途中なのでログアウトする訳じゃないが、ダンジョン内で時間制限がある訳でもない。いや、ボス戦闘自体は制限時間が実質的に存在するもんだが。ともあれ、戦闘詰めで頭の回転が良くなるわけでもないので、いったんプレッシャーを解散する為にも休憩に入る事にする。とりあえずスタート地点に持ち込んできたピクニックマットを広げ、全員でくつろぐ様にその上に座り込み、配信画面へと視線を向ける。

 

「あ、ここから30分ほど休憩はいりまーす」

 

コメント『えぇ(困惑』

コメント『トレイターさんの前でかぁ???』

コメント『ここでピクニックマット広げるのは草』

コメント『こら! トレイターさんが困ってるでしょ!』

 

「良いんだよ、戦闘開始しないんだから。とりあえず休憩入れるぞ休憩! はい、皆持ち込んできたお菓子出してー」

 

「はーい、レモネード持ってきましたー!」

 

「実は手製なんだけどピーチパイ作ってきたんだ。このゲーム、スキルはなくても手順を完全に再現できるなら《料理》とか《鍛冶》は出来るみたいだな。その代わり補正は乗らないけど」

 

 森壁がレモネード、ゼドがピーチパイを披露する。その実物に感嘆の声を零していると、インベントリーからニーズヘッグがどんどんお菓子を取り出していた。この女、何時の間にこれだけのお菓子をため込んでいたんだ? まぁ、納得と言っちゃ納得なんだが。しれっと横に座ってくるニーズヘッグがお菓子を目の前に並べてどれから食べる? と首を傾げて眺めてくる。

 

「え、俺これを眺めながら待ってるの……?」

 

 向こう側からトレイターの声が聞こえてくるが、無視だ無視。こっちはリフレッシュ中なんだよ。というか此方が明らかに戦闘行為から離れた影響で、戦闘用AIから通常AIに戻っている気がする。成程、一定時間戦闘に関する相談やアクションを取らなければ通常AIへと戻るのか。たぶん戦闘中は此方側の声やアクションが届かないようになってるんだろうなぁ。

 

 じゃないとこっちの作戦丸聞こえだし。少なくともID内ではたぶん、そうなってる。

 

 という訳で、

 

「トレイターさん、トレイターさん」

 

「なんだ?」

 

「こっち、食べながら作戦会議するんで」

 

「あぁ……」

 

 一瞬参加に呼ばれたのかと思ったのか、少しだけ声の色跳ねたぞこいつ。いや、目の前でピクニック始めたのならそりゃ期待するけどさ。いや、この状況なんかおかしくない? おかしくはないか。まぁ、いいや。

 

「あ、これ昨晩捌いたフカヒレのスープ」

 

「おぉ、正義のサメよ! 無残な姿にうめぇ」

 

「ノータイムで食いやがった……!」

 

「美味しいからシャークながいね」

 

「今のはダジャレのつもりか??? お?? あ??」

 

「は?? 笑えよ??」

 

 土鍋と梅☆が睨み合っているのを無視してピーチパイを口に運ぶ。うん、普通に美味しい。ゼドってこれをリアルで作れるレベルの腕前があるってマジ? 普通にすげぇなそれ。このレベルで美味しいパイ焼くっての結構難しい筈だぞ……? 今度ネットでレシピ拾って、フィエルに手伝わせながら作ってみるか、なんて事を考えながら指を舐めとる。

 

「んじゃ糖分補給しつつ会議ー」

 

「どんどんぱやぱやー」

 

 お話するよー、という事でレモネードを木のコップに入れて持ちつつ、座った状態で話を進める。無論、話の内容は先ほどまで攻略していたギミックに関してだ。軽食を入れた休憩を取りつつ、ここからどう動くかを話し合うのだ。とりあえず、まぁ、なんというか。

 

「発狂ギミックか何かかアレ???」

 

 略剣が首を傾げながら半ギレになっていた。ホロウィンドウを広げ、そこにフィールドを示す円を描いて、ボスとターゲットの位置を追加。そこから更に最初のアビサルドラゴンの位置を入力する。そうやって簡易マップを作製したらマーカーを呼び出し、指で略剣マーカーとアレキサンダーマーカーを動かして行く。

 

「まず最初にアビサルが出てくるのがここ。この出現地点がランダムかどうかは解らん。まだ2回だしな」

 

「んで、ブレスでこうなって―――頭変わりがこう」

 

 ブレスの前にタンクが立ち、中央が開く。そこで3:3で分かれて頭割りをし、次に出現してくるアビサルドラゴンへとタンクが走る。土鍋が記憶している限りのことをマップに表示、配置し、先ほどまでの戦闘を再現する。

 

「ここ、最初のブレスから次のブレスまで約5秒な。頭割りに参加してからブレスまで行こうとするとぜってー時間足りない。んでブレスから大体1秒後に柱出現。恐らくこの瞬間にデバフが付与されているんでデバフ貰ったやつは塔へと向かう。そしてたぶん、流れからすると……」

 

「……アビサルドラゴンの追加、来るだろうな……」

 

「ほぼ確実にな……」

 

 レモネードもさっぱりした酸味の中に甘さがあって実に爽快感が良い。個人的には蜂蜜味のタイプも好きなんだよなー。でも甘すぎるのは正直どうかと思う。こう、ほのかに蜂蜜の味が混ざっているのが良いんだ。うん、ちょっと味には煩いかもしれないここは。コンビニで買うタイプよりも、個人的には薄めるタイプの奴がいいんだ……。

 

 ってそういう話じゃないな。

 

「バフの切りどころだな、間違いなく……全体軽減をブレスに合わせて切るか?」

 

 その言葉に森壁が少し待ってください、と言葉をかける。

 

「温存してるバフでかなり強めの障壁張れるので、最初のブレスは2人分、それでカバーします。タンクの軽減分1回目は、それだけで多分行けます」

 

「ほほー。となると頭割りで全体軽減、ブレス2回目からタンクは個別焚きで良さそうだな」

 

「ブレスに防バフ2個焚けば、1種軽減2割で合計4割まで軽減できる。そこに全体軽減が入って5割軽減までいけるか……?」

 

「全体軽減が約15秒」

 

「個別が20秒から25秒だな……これなら3回目のブレス、そして4回目があるならそれにも間に合うな」

 

「こっちはブレスカバーを目的に、中央には近寄らず外周をぐるっと移動する形になりそうだな」

 

 アレキサンダーの言葉に略剣がだな、と頷いて同意した。タンク職らしく、軽減の手段として複数のバフを用意してあるらしい。その運用に関してはヒーラーとの相談で決めるしかないので、略剣達に任せる。それはそれとして、問題は俺達DDの方にもある。

 

 そう、火力問題だ。今、出せる火力を注ぎ込んでいる状態で戦闘を行っているのは事実だ。ヒーラーなんてMPを回復しながらヒーリングしているのだし。だけど今回のギミック、タンクとヒーラーの手が空かないのが判明してしまった。という事はあの立方体を俺達のみで破壊しなくてはならないって事でもあるのだ。

 

「火力詰めないといかんな、これ」

 

「今でも割と詰めてるんだけどなぁ」

 

「つまりここが一番DPSチェックの厳しいフェイズだからここで全力を注げって話でしょ? リソース切るしかないでしょ」

 

「今でも割と切ってる方向なんだけどなぁ」

 

 じゃあなんだ、アレか。

 

「DPSチェック前にバフかバースト戻ってきたら消費せず温存して、こっちのフェイズ入った瞬間消費始めるか?」

 

「本体削らなきゃ戦闘終わらねぇんだよなぁ」

 

 梅☆の言葉にごもっとも、と頷く。だけどこれはまだ高難易度コンテンツに突入していない状態だろう。となると、タイムアップ概念はこういう特殊フェイズ以外ではまだ存在しないと思うんだよな。

 

「単純に戦闘が長引いて困るのはヒーラーだけでしょ」

 

「あぁ、ヒーリングで悲鳴が上がるのか。じゃあバーストずらせばいいな」

 

「ああ!」

 

「お前ら聞こえてるんだぞこっち!!!」

 

 中指を突き立てて返答する。へへ、俺達がそんなもん知るかよ。ヒーリングするのが仕事だろ!

 

 その対応に土鍋が中指を突き立て返してくるが、これも割といつも通りの話だ。

 

 既にこのダンジョンに入ってから1時間以上経過しているし、相談とワイプの時間を含めて結構な時間を食っている。

 

 もうそろそろ超えたいなぁ、なんて事を考えながらDPSを詰める為に改めて手持ちのアイテムとスキルの相談を行い、今度こそトレイターに勝利する為の準備を進める。




 トレイター「なんだよ……美味しそうに食べるじゃん……」

 その頃フィエルはしっかりとアインの監視をしつつアレ、美味しそうだなぁ、と思ってデータから高級菓子を呼び出して食べてた。


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”裏切り者” Ⅴ

「たっぷり休憩した? リフレッシュ完了? リアルの俺らにゃ関係ないが、ここで気分転換になったのなら良し! サクッと奥義フェイズ超えるぞー!」

 

「応ッ!!」

 

 力強い返答を受けて再び戦闘へと戻る。気持ちの切り替えは割と簡単。攻略用の精神状態に即座にスイッチすると全員がここまで完全に固定された開始前のブリーフィングを行い、そこから開幕バーストに入り、ギミックを処理する。トレイターが奥義状態に入る前のギミックに関しては、全滅する度に処理しているだけあってもはや失敗する要素もなかった。そもそもギミック密度も後半と比べると非常に薄くて緩い。その事を考えるとさっさとDPSを出す事に集中し、さっさとトレイターの奥義フェイズまで進める。

 

 そして、

 

「さあ、超えられるものならば超えて見せろ」

 

 再びトレイターが詠唱に入り、立方体が出現した。それと共に多重にギミックが稼働する。

 

「バフコール! カウント1!」

 

「〈パーフェクト・シールド〉! っしゃあ! 強いバリア出ました!」

 

 張ったバリアがクリティカルした事で大きくダメージが軽減され、アビサルドラゴンのブレスが放たれた。だが想定されたダメージよりもタンクは軽傷で済んでいる。それを心の底から喜んでいるのは誰でもない、地獄のヒーリング作業を任されている土鍋だった。その間、俺達DDは全力でDPSを追求する為に一瞬も攻撃を休めることなく頭割りの為の準備に入り、大剣が降り注いでくる前に3:3で分かれる。攻撃が誰に向いているかの確認も一瞬で終わらせ、

 

「よっこいせぇ―――!」

 

 土鍋が削られたHPを全快まで一気に戻してゆく。その為にダメージを与える作業は一時的に停止し、DPSチェックの負担が俺達DDにのしかかってくる。だがそれは理解しているのでDPSを緩めることなく、保有しているスキルとアイテムを駆使して最高値をひたすら叩き続ける。というかそれしかできない。

 

 その間にも次のアビサルドラゴンの前にタンクたちが向かう。

 

 既に全体軽減は大剣落下と共に使用している。全体軽減、そして個別軽減の2種類のバフが今のタンクたちにはかかっている。それらと再付与されたバリアを使い、時計回りに移動したンクたちが2発目のブレスを受け止め、

 

「次、そのまま時計回りに移動! デバフ確認!」

 

「白!」

 

「黒!」

 

「黒!」

 

「白!」

 

「時計回りブレス継続!」

 

「おほほほほ、おほほほほほほほほ―――!」

 

 ヒールの忙しさに壊れ始めた土鍋がお嬢様笑いを始めているが、それを無視して即座にデバフを確認する。立方体へと攻撃を続けながらも、フィールドの四隅に展開された白と黒の柱に滑り込む。ギミックの為に攻撃の出来ないメレーと違って、俺達レンジとキャスターは攻撃が続行できる―――つまりその分のDPSを出さないとならない。MPというリソース、バフリソースをタイマーを確認し、それが回ってくるタイミングを測っていると柱が起爆する。

 

 白黒デバフが解除され、外周に時計回りに召喚されてはブレスを吐いていたアビサルドラゴンたちが撤退。立方体のHPが残り僅かになる。

 

「深淵に響け、祈りの声よ……我らは救済を望まぬ者……ただ、漆黒に安らかなる永遠のみを願う、儚く……」

 

「タイムリミットォ!!」

 

 タンクとメレーがギミック解除の瞬間に突進アビリティで接近しながら攻撃を加える。トレイター側からは何も攻撃が飛んでこない。その代わりにトレイターの詠唱が進む。

 

「15%!」

 

「良くぞここまで耐えた。流石という言葉をくれてやろう……さあ、消え去る時が来た」

 

 バフが回ってきた。即座に点火しながら火力を集中させる。ギミックの終わりまでは見えた。ならばあとは火力をどれだけ注ぎ込めるかだ。対処は完璧、悩むべきは火力が足りるかなのだが、そこも事前相談で詰めるだけ詰めている。

 

「いざ、扉は開かれん―――」

 

「3、2、1……!」

 

 立方体のHPが消えるか、それともトレイターの詠唱が完了するのか。必死という言葉が似合う様相で俺達は立方体に攻撃を続ける。1秒、一瞬が凄まじく引き伸ばされてゆく様な感覚の中で、攻撃を与えていた立方体に罅が入り、

 

 割れた。

 

「何っ、砕いただと……?」

 

 詠唱が完了する恐らく1秒前、本当にギリギリのところでDPSチェックが完了した。これにより立方体は砕け、トレイターが準備していた魔法が完成しなかった。不完全の状態のままトレイターは準備を完了させ、

 

「ならばこのまま放つのみ……〈ロストバベル〉……!」

 

 放たれた。防御もクソもない。対抗手段もMPもバフも全てを切らした所で、トレイターの奥義が不完全ながら放たれる。

 

 放たれた漆黒は一瞬でフィールドを満たすと嵐の様に暴風と黒い稲妻を生み出し、荒れ狂いながらやがて白く染まって行く。全ては白く漂白され、その中へと染み込むように消滅させられる。静かに、跡形もなく、何も残さないように消し去る魔法―――だがそれは不完全な状態で放たれたが故に、その場にいる存在を誰一人として消し去る事が出来なかった。

 

 その代わりに全員の最大HPが1で固定された。

 

 凄まじいまでの重圧と疲労感に立ち上がる事も出来ずに、膝をついてその場に体を留める。その間にもトレイターは損耗したような姿を見せずに、悠然と外周から中へと戻ってくる。だがその表情には余裕ではなく、驚愕の様子が見えていた。

 

「驚いた。本当に驚いた……まさかここまでやるとは思わなかった」

 

 トレイターは地面に降り立つと、手を横に振って魔晶石を召喚して握り砕いた。瞬間、この一帯を覆っていた断絶空間が割れ始める。それはつまり、トレイターが自分自身の手で敗北を認めた、ということに他ならない。ただその事実を、俺達はそう簡単に受け入れることが出来なかった。間違いなく結果を見れば俺達は敗北している。フェイズを超える事は出来た。だがこんな状態、勝ったとは言えないだろう。

 

 或いはこれが勝利のトリガーだったのかもしれない。だけどこの状況でそれは素直に喜べない。実質的な負けイベントじゃねーか、と口にして叫びたいのだが、それを口にするだけの余裕もない。強制的に最大の疲労状態を押し付けて固定されるような、そんな感じの体にかかる重さだった。

 

「あぁ……本当に驚いた。まさか戦えば最善手からの最善手を打ち、確実に勝利に向かって食らいついてくる姿。本当に色んな奴に見せて見習わせたいほどだ。少し前までは取るに足らない、脅威として感じる事もない程度の存在だったのに……だが短期間で、ここまで成長してきた」

 

 空が少しずつ本来の色を取り戻して行く。大地から汚染が取り除かれて行く。他の誰でもない、この事態を生み出した張本人達、その1人がこの地を覆う断絶を取り除いたのだから、誰もこの流れを読めなかっただろう。

 

「これは謝罪と詫びだ。1つ、侮っていた事。2つ、妙なものを見せてしまった事。3つ、試す様な事をした事……だがおかげでお前らという存在を―――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 空が正常な青さを取り戻し始めるのと共に、徐々にトレイターの姿が薄らいで行く。

 

「貴様たちは脅威だ、それを確かに認識した」

 

 最初、出現したような話しかけやすさというものはなかった。明確な敵意が突き刺さってくるのを肌で感じられる。そしてそれを放つトレイターの実力が、今の俺達では到底及ばない領域にあり、相手が此方を立ててくれているからこのエリアの解放は可能だったのだ、というのを嫌というほど理解させられる。

 

「覚えておこう、その顔を、その強さを……今、この時から貴様らは……俺の、俺達の敵だ―――」

 

 それだけ言葉を残し、完全に快晴の空が戻った。爛々と照りつけてくる太陽の暑さは一瞬でジトっとした汗を体に生み出し、しかし海の方からやってくる心地の良い風に冷まされて熱を奪い去られて行く。海と砂浜が、このリゾート地が本来の美しさを取り戻す中で、黒い靄を纏いなおしてトレイターは空間に亀裂を刻み込む様に消えていく。

 

「また会おう……今度は俺も本気を出せる事を期待している」

 

 最後にその言葉だけを残し、

 

 IDジュエルコーストはクリアされた。




 次回、地獄のロット戦争~クソがお前の装備を寄こせカス~編

 お気づきかもしれないが、黒幕サイドの中でもトレイターさんはかなり善良で、そして優しい人。自分が悪いのであれば素直に頭を下げてごめんなさいと言える人。


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”裏切り者” Ⅵ

 すっきりしない終わり方だが、勝ちは勝ちだ。これで王国の依頼は果たしたし、これまで戦闘の合間にちょくちょく開けていた宝箱の中身を確認する余裕と、そしてクリア報酬の経験値が一気に貰えるようになった。ボス討伐、そしてダンジョンクリア、初回クリア報酬などが一気に入った事でレベルは一気に2も上がり、レベル30の大台へと上がった。それにスキルレベルも全てが上がり、成果で言えばかなりのものになっている。

 

 それにレベルが上がった事で、レベルがトリガーとなるスキルも習得した。フィエルからの解説は一旦置いておくとして、

 

 全員で1枚の大きめのホロウィンドウを前に、囲む様に足を止めていた。

 

 それは今回の報酬画面―――つまり獲得装備が表示されている画面だった。

 

「今回の装備は《コーストライン・ガーディアンゴーグル》、《コーストライン・スレイヤーズリング》3個か……」

 

「相当偏ったけどタンクが戦争は良いとして、攻撃指3個は戦争だろ……」

 

 腕を組みながらの言葉に深い頷きがあった。どういうことかと言えば簡単だ。アクセサリーはステータスの伸びがメイン装備と比べれば緩やかな分、エンチャントや装備効果によるオプションが割と自由になっている。その影響か今の所、メインと同じ方向性で揃えるよりも火力や防御力の補強に追加する方が建設的なのでは? という意見がWIKIにあったりする。そして無論、ここにいるメンツは全員WIKIの最新のレポートや成果報告を確認している。装備は俺達のビルドに関わる非常に重要な事だ。

 

 つまりはなんだ。

 

 つまりタンクでも指アクセ枠装備を攻撃装備にすれば、多少は火力の向上が見込めるということになる。まぁ、大体1%ぐらいだが。その1%が割と馬鹿にならないのがエンドコンテンツなので、こういう所でのロットは必須になる。まぁ、今の装備でエンドコンテンツに挑むようなことはないだろう。それはそれとして、さっきのトレイター戦での残り0.5秒ぐらいでのクリアを想うと、タンク側も火力が欲しいってのが正直な感想だ。

 

 つまりはなんだ。

 

 物理職全てが攻撃指輪を狙うという事だ。

 

 ロット戦争、始まる。

 

「あ、でも装備とは別枠でミニサメのペットと、ブラックパールが報酬に入ってるな」

 

「戦争じゃん。どこからどう見ても戦争だぞこれ!!!」

 

 そうだぞ。戦争だぞ。フリー枠は全員が確実にロットするか8分の1の勝負だ。その上で装備を狙う連中は更に殴り合わなきゃいけないから辛いんだぞ。もう既にメレー組とタンク組が殺気立っている。ヒーラー組を含めた俺達キャスター組は詠唱職でダメージはINTベースなので、ATKベースの装備には一切の興味がない。今回はその手の装備が出なかっただけに、平和である。そう、俺達はフリー枠にロットするだけで装備の方に参加しなくて良いのだ。

 

「タンク組はタンク装備での殴り合いだけど……」

 

「攻撃指とかマジでどうするんだよ……アクセ枠って複数あるんだぞ」

 

 そう、指輪が出たってのがマジで酷い。だって指枠複数あるもん。1つロットした所で満足する訳ないじゃん? 火力を出す為にはアクセサリーを火力型にすればいいし。という訳で、手をパンパン、と叩く。

 

「そんじゃ泣いても笑っても文句はなしで。ロット勝負するぞー」

 

「ういー」

 

「まぁ、欲しければ周回すりゃあ良いだけの話だしな」

 

「せやせや」

 

「そうね」

 

コメント『と、申しておりますが』

コメント『目が殺してでも奪うって感じなんだよなぁ』

コメント『は? ロットやぞ? 殺し合いやろ』

コメント『この人たちこわ』

 

 明らかにメレー組の目が人を殺す様な殺意を纏っている。うーん、とりあえずはフリー枠から消費するかぁ。という事で、

 

「最初のブラックパールからロットしちゃうか。ちなみに俺はコレ、売ってチームの資金にするから」

 

「あ、汚ッ! ずるいぞお前それ!!」

 

「ロットし辛くなったじゃん! おい!!」

 

「そんな事言われたらロット出来ねぇじゃんか!!」

 

コメント『悪魔的発想』

コメント『牽制入れるかよお前』

コメント『当然の精神攻撃』

コメント『補充のロット権を今の一言で封殺したのは流石としか言いようがないわww』

 

 ダブルピースを浮かべながらロットしようとしていた他の皆の行動を牽制した―――直後、行われるブラックパールのロットに関しては他の全員が辞退、結局唯一ロットした俺だけが真っ黒な真珠、神秘的なアイテムを入手する事に成功した。笑顔を浮かべつつインベントリに入手したブラックパールを仕舞いつつ、少し離れた所で横になってリラックスする。

 

「あ、俺以降のロット放棄するんで」

 

「ほんまこいつ」

 

「誰かアイツを殺せ」

 

「最悪ですよこの人」

 

「完全に愉悦する気満々じゃん」

 

 げらげらと笑いながらロット戦争に残る愚か者どもを眺める。ペットのミニアビサルドラゴンを召喚したらそれを優雅に、ペルシャ猫を撫でる様に、目の前に座らせて頭を撫でる。目を細めながら撫でられるアビサルドラゴンってもしかして可愛いのかもしれない……なんて錯乱しながらお次はミニサメペットのロットとなった。今度もフリー枠、つまり全員……俺以外全員が参加するロットとなった。

 

 躊躇する理由もないので即座にロット、

 

「っしゃああ!! はっは―――! ロット雑魚共乙―――! 俺の勝ちィ! ふっふぅー!」

 

 土鍋がロット勝ちした。手に入れたミニオンを即座に使用して召喚。出現したサメミニオンはチワワ程度の大きさしかなく、しかも翼がある訳でもないので浮いている。どうやら水中でもなくちゃんと移動することが出来るらしい。まぁ、エネミーの中でも浮かんでいる魚はいたしね? そんな訳でShaaarkと鳴くミニサメを連れて、土鍋はこっちの横までやってくると胡坐を組む。

 

「じゃ、残りのロット頑張って」

 

「あいつらさぁ……」

 

 手を振って適当に応援してやると略剣の方から中指を突き立てられたが、それを無視して俺と土鍋から頑張れのエールを送る。返されてくる中指の数が倍に増えるのを確認しつつ配信に使っているホロウィンドウを掴んで、それを団扇替わりに自分を扇ぐ。

 

「おほほほほ、心の貧しい民共が何かを言ってらっしゃるわね土鍋お嬢様」

 

「そうですわね、アインお嬢様。

やはり敗北者達の心はいつでも貧しい物ですわねぇ~」

 

「あいつらほんと殺してやろうか」

 

 まあ、まあ、と軽くたしなめてから森壁もこっち側に合流した。まぁ、ヒーラーである彼は以降のロット勝負には参加しないのでこっちに来るのは当然だが。というかさり気無く俺達を壁にしてヘイトを防ごうとしてるな? 良い度胸してるじゃん。

 

 ミニアビサルとミニサメがぽかぽか殴り合いを始める中、良い歳した連中が本気で睨み合いながら牽制を入れ始める。

 

「なあ……ニーズヘッグ。今度媚薬を譲るからさ」

 

「私はロットを放棄するわ」

 

「すんな。渡すな。止めろ。殺すぞ! 殺すぞ俺が!!! おい!! 梅! テメェ!! 薬物! NO!」

 

「高リアルラック持ちが抜けたぜ」

 

 開始前の即死牽制攻撃が入って、ニーズヘッグが脱落してこちらへやってくる。後ろに回り込んでぴったりとくっつく様に座ると、「解ってるわよね、デート。デート。デート」と後ろから囁いてくる―――ふふ、怖い。助けを求めようにも既に土鍋は5メートルぐらい距離を取っているし、森壁もそっち側に逃げていた。大人げないぞ貴様ら。助けてよぉ。

 

「剣さんさぁ、イイ年した大人が本気でロット勝負挑むのってちょっと大人げなくないかぁ? 梅☆さんもさー。ここはさ、補充でここにまたちゃんとしたパーティーで来れるかどうか怪しい俺達に譲ったほうがいいんじゃないか? うん?」

 

「何を言ってるのか良く解らないなぁ……固定でなるべく早く強化したい俺達こそ装備の補充が必要なんじゃないか? うん? この攻略だって生放送で配信してたし、攻略法は既にWIKIにリアルタイムで更新されて書き込まれているでしょ。だったらここに来るのは同じ理解力のあるメンバーをそろえるだけ……ほら、難しくない」

 

「その集める所が難しいって話だよ」

 

「はははは、その時は運がなかっただけさ……ははは」

 

「はははは……」

 

「デート。デート。デート。デート」

 

「助けてよぉ」

 

「状況が混沌としてきたな……!」

 

 なんでだろうな。

 

「……なんか話が一向に進まないし、先にロット権だけ主張しておこうかな。えーと、全部一気でいいか」

 

 高まる緊張の中、ゼドが空気を読むことを諦めてロットを主張した。3個、同時に。それに合わせ略剣とアレキサンダーと梅☆が視線を見合わせた。

 

「そうだ、ここは公平に一気に3個同時にロットしよう」

 

「いいぜ」

 

「良し、来た! 泣いても笑ってもこれで決着だ」

 

 馬鹿3人が視線を見合わせ、そして頷いてから同時にロットした。

 

 そして馬鹿3人が同時に倒れた。

 

「あ、3個ともロットできた」

 

「おー、おめでとう」

 

「おめおめー、豪運だなぁ」

 

「ラック持ちだったのね」

 

 崩れ落ちた馬鹿を他所に、ゼドは祝福されている事に頭を何度も下げて対応していた。

 

コメント『いいオチついたじゃん』

コメント『楽しい攻略でしたね……』

コメント『これ見てると固定が楽しそうでいいよなぁ』

コメント『俺も固定を探そうかなぁ』

コメント『乙乙ー! そしておめー!』

 

 うん、そんな訳で俺らの今回の攻略はここまで。

 

 ジュエルコースト、解放完了であった。




 ロット戦争で毎回敗北しているのが私です。

 ロット:出現した装備の抽選行為の事。一部MMOは取得アイテムが抽選方式。


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”裏切り者” Ⅶ

「あああああ」

 

「おおおおおあああああぉぉぉ……」

 

 馬鹿(略剣)馬鹿(アレキサンダー)が大地に倒れた。血の涙を器用にもエモートで流しながら倒れている哀れ二人は本当に哀れだ。最後の最期までどっちがタンク装備をロットしているのか言い合っている間に5分が経過した―――ダンジョンが終了してから5分が経過すると、自然とロットされていなかった装備は不用品と判断されて消去される。つまりはそう、なんだ。馬鹿が2人、ロットせずに言い合っていたから自然と装備は消滅してしまった。

 

 はい、馬鹿の極み。

 

「愚か愚か」

 

「はー、哀れ哀れ」

 

「ここまで哀れなのも中々ねぇな」

 

「あーわーれ! あーわーれ!」

 

 梅☆と土鍋と俺の三人で大地に倒れている2人を囲んで哀れと口にしながらげらげらと笑って踊っている。完全に2人が愚かなので反論もなく受け入れて倒れ込んだままだ。とりあえずIDはクリアしてこの地は解放されたが、それはそれとしてここからの行動は俺達ではなくNPC向けなのでここから移動する事もなく、NPCたちがやってくるまで待機する事になる。ミニサメとミニアビサルがぺちぺちと互いを叩き合っている姿を軽く見てから哀れ愚かの舞を止めて軽く背筋を伸ばすように体を解す。

 

 ロット戦争も終わったのでレベルアップの内容確認の時間だ。配信画面を自分のレベルアップ周りに向けて、確認を始める。

 

 まずは基本的なスキルの成長だ。まだ成長できるスキルの類は全て成長している。特にレベルが低かった《氷魔法》に関しては2段階レベルが上昇している。トレイターが経験値の塊だったか、或いは《深境》込みでの戦闘で酷使してから、だろうか。まぁ、魔法ループでかなり使ったし妥当な成長なのかもしれない。《氷魔法》に関してはレベルが上がって新しい魔法を覚えても、もはやエディット用の新しいパーツを習得したとしか認識しない。エディットを習得して以降は完全にそっちがメインになるので、新しく魔法を覚えても単純にパーツ認識しかしなくなる。

 

「えーと……新しく追加されたのは《杖術マスタリー》の最終魔ダメ+10%、《二刀流》の補正が2分の1へと緩和、《結界術》の新しいバフ追加か」

 

コメント『後はなんか新しいスキル追加されてますねぇ!』

コメント『かなり豊作やな』

コメント『二刀とマスタリーはとりあえず取っとけレベルで有能』

コメント『詠唱もヤバイよな……』

コメント『初期から取れるスキルの性能強いのは悪くないよな』

コメント『枠増えたって事は新しいスキル追加か……』

 

「そうそう、新しいスキルがレベルアップで増えたんだよな。いや、スキルってよりはシステムか」

 

「あ、私も貰えたわよ。《決戦技》ってやつ」

 

 ぽん、という音と共にデフォルメフィエルが登場した。

 

「あ、もう解説しても良いですか?」

 

 サムズアップで返答すると、では! と片手をあげてホロウィンドウを解説用に出現させる。ホロウィンドウの背後に上半身を乗っける様にぶら下がるデフォルメフィエルが新しく習得したシステム、《決戦技》を説明してくれる。

 

「ではではレベル30に到達おめでとうございます! レベル30は現在のキャップ、レベル50から見ると漸く半分を超えた……という風に見えますが、必要経験値で言えばまだハーフラインを越えてすらいません。レベリングはここから更に難しく、敵も様々な能力を駆使して戦ってくるのでより苛烈な戦闘が発生します。ですがレベル30ともなれば個人個人のビルドが形として見えてくる所でもあり、そして個人の特色が濃く見えてくる所でもあります」

 

 そこで、とフィエルが言う。

 

「習得されるこの《決戦技》はカットイン奥義、みたいなものになります。すべてのプレイヤーがスキル枠とは別に習得出来、個人が保有するゲージをマックス状態まで貯める事で戦闘中にゲージを全消費して発動する事の出来る必殺技! その威力、なんと1500! 軽減は通じますが根本的に防御は不可能なので、どんな相手であろうと容赦なくダメージを与えられます」

 

「ほうほう」

 

 個人個人で保有する必殺技みたいな扱いになるのか、と納得する。ゲージ超必とか言われると割と納得する。そして威力1500というのも中々恐ろしい破壊力をしている。

 

「ゲージは戦闘外で貯める事は出来ず、戦闘中にのみ貯める事が可能です。レイド戦の場合は、ボスとの戦闘前に必ずリセット処理が行われ、ID攻略中はゲージが消費以外で減る事はありません。このゲージは敵の撃破、ダメージの発生、クリティカルの発生、味方への回復、ダメージを受ける事などで貯まります」

 

 そこから新しくホロウィンドウを出現させ、そっちの上へとフィエルが移動した。其方には《決戦技》の内容が書かれてある。

 

「無論、内容は何種類か存在し、そこから選択可能です。たとえば攻撃対象を単体化するデメリットを受け入れる代わりに威力を100程上げる事も可能です。その他にもバフ、ヒールタイプもあります。味方全体を数秒間無敵化させる事や、味方のHPMP状態を完全回復する他、味方全体、或いは単体に超高倍率バフを付与する事なんてもできます」

 

「内容がかなりぶっ飛んでるなー」

 

「はい! これはプレイヤーが個人個人で保有する超必殺技みたいなものですから! ですが当然、そうぽんぽん発動させられるものではありません。10分規模の戦闘であれば1回、18分~20分ほどの戦闘であれば2度発動させる事が限界でしょう。それにID規模であれば1度発動させるのが限界かもしれませんね。それにアイテムや装備品でチャージのブーストなどは行えません。発動の条件はかなり厳しく制限されています」

 

 まぁ、とフィエルは続ける。

 

「死亡するとゲージが空っぽになりますので、戦闘で良く死ぬプレイヤーの方は発動させられる機会を永遠に失うかもしれませんね……」

 

コメント『急に煽るじゃん』

コメント『唐突な畜生』

コメント『飼い主に似たな???』

コメント『純粋無垢だったAIがぁ』

 

「そ、そんな意図ないですよ! 本当に! ただアインさんとかニーズヘッグさんみたいに良く生き残る人たちだったら安定して1回2回はレイド戦で出せるだろうなぁ、って!」

 

コメント『無自覚か???』

コメント『床舐めるの美味しいです』

コメント『床ソムリエを舐めるなよ』

コメント『床舐めれば舐めるだけDPS落ちるからな??』

コメント『煽るじゃん(歓喜』

コメント『もっと罵ってどうぞ』

 

 フィエルが配信画面のコメントを見てちょっと引いてるが、それでも拳をぎゅっと握るとお仕事……と呟いて説明に戻る。偉いぞ。

 

「え、えーと……勿論、発動中のモーションやエフェクトは魔法のエディットと同じように自己制作が可能ですし、自由度はそれまでの比ではありません。制限時間内であればほぼ自由にシチュエーション、エフェクト、モーションを設定できるので、本当の意味での個人用決戦奥義みたいな形になります。ただ注意として発動中は時間停止扱いで、他のスキルのリキャストやバフデバフの時間は進行しません」

 

「悪用はさせないか」

 

 クソ厄介なデバフを喰らったら連続で《決戦技》を発動させて時間を稼ぐという手段は許してくれないらしい。まぁ、当然といっちゃあ当然なんだが。そこら辺の対策はされている模様。

 

「連続発動も勿論ですが……2人同時に発動させる事で威力3000で放つ協力決戦技もあります。ですが此方は事前に設定して、両者が発動させるための準備を整えておく必要もあります。なのでやや固定メンバーで遊ぶのなら設定しておくことをお勧めします。それになんといっても決戦奥義を協力して放つ感覚は爽快の一言に尽きますからね」

 

 フィエルが分身した。

 

 分身するとペット共へと向けてフィエルが小型の魔法陣を展開し、ミニビームを放つ。空中で合体したミニビームはミニアビサルとサメを飲み込んで黒焦げにした。黒焦げにされたペット共は一瞬黒焦げのまま硬直したが、体を振るって焦げを落とすと分身デフォルメフィエルを追いかけ始めた。

 

「このように演出は個人で追求すればするほど可能性無限大! 後少し火力が足りない、一気に火力を叩き込みたい、時間切れまであと少し! というタイミングで切る事の出来る切り札です!」

 

「あ、俺解ってしまったわ。今回の地獄の様なギミックマラソン、コレ使う事前提だったな????」

 

「あー」

 

「成程なぁ……連続ブレスで防御型決戦技使えば無敵で前半受け切ってヒール分を火力に回せるし、火力型を使えば一気に立方体のHPを削れてDPS詰め詰めにしなくても良かったのか……そう考えるとバランス良く出来てる戦闘だったのかもなぁ、アレ」

 

「ま、まあ、ジュエルコーストIDは全体的に”PTプレイが出来ているか否か”を確認、テストするIDになっていますからね。これまでのIDやフィールドと比べると難易度は少し上です。ですがちゃんとレベルを上げ、連携訓練を行ったPTからすればそこまで困る場所でもないですね」

 

 今回は純粋にレベル部分が抜けていた、という事だ。レベルを上げれば覚えるものもある。スキルゲーだと思っていたのでここら辺は完全に失念していたなぁ……それでもどうにかなったのだからセーフって話なのだが。結局のところ、最終的に全員生存した状態でクリアしている上に再現性のあるギミック攻略法を出しているんだからこれ以上の成功はないだろう。

 

「お、システムに決戦技追加されてる。成程、ここで作成とかする訳か。ほほーん、発動中の背景変化とかまで出来るのか」

 

「ボスボスー。私のも作って作ってー」

 

 ニーズヘッグが後ろから飛びついて圧し掛かってくるのを前に倒れそうなりながらも堪え、後ろから伸ばされてくるホロウィンドウを受け取る。そっちにはニーズヘッグの決戦技の設定画面が開かれている。俺にニーズヘッグ用のエフェクトやモーションを組んでくれって事だろう。まぁ、身内分なら俺が全部纏めて作成しても良いかなぁ。

 

コメント『レベル30か……まだ10レベあるなぁ……』

コメント『魔法エディットも作成できるのに必殺技まで……?』

コメント『というかボスは作成依頼受ける予定あります?』

コメント『10万は出すからやって欲しい』

 

「……まぁ、自分と身内の分の作成終わったら委託受けても良いかなぁ。料金は取るけど」

 

コメント『マ??』

コメント『魔法のあのクオリティで作るんやろ? 頼むわ!!』

コメント『アレを見てると魔法やりたくなるんだよなぁ』

コメント『武器スキルも10になれば作れるぞ!』

コメント『成程、そっちも依頼するんだな??』

 

「人数制限はマジで設けるし、俺も時間の余裕があるって訳じゃないからな? マジで。自分と身内分作ったらこっちでのレベリングとか活動あるし。空いている時間にちまちまやって出来るのは10人ぐらいかな……まぁ、後でツブヤイッターでなんか適当にやっときます。恐らくは抽選だろうけど」

 

コメント『待ってる!!』

コメント『スキラゲ! レベリング! 頑張らなくては!』

コメント『ま、まだ魔法6レベ……』

コメント『こっちは8! 後少し! 後少し!』

 

 コメントを見ると割と視聴者がやる気で燃え上がっているのが見える。まぁ、自分だけが楽しくても面白くないのがMMOの特徴だ。他の人たちも楽しんでいると俺も割と嬉しくなってくる。やっぱり全体の雰囲気が良いのが楽しいよなあ。

 

 まぁ、それはそれとして、

 

 そろそろ海の方から船が港に接岸するのが見えるし、移動を開始する前にやっておくべき事がある。

 

 ブラックパールをインベントリから取り出し、スライディングで略剣とアレキサンダーの前に滑り込んだ。視線を合わせるように体を大地に落としたまま、ブラックパールを見える所まで持ち上げる。

 

「お前らのその顔が見たかったんだよォ!!」

 

コメント『本物のド畜生が屑やろう』

コメント『笑うわこんなんwww』

コメント『wwww』

コメント『そこまでやるか普通???』

 

 馬鹿が2人、血の涙を流しながら悔しがっているのを見て満足したので、パーシヴァル殿下たちと合流する為に動きだす事にした。

 

 これで今回の攻略、そして依頼は達成完了だ。




 サメvsミニアビvsミニフィエル。

 ちなみに野良であれ、固定であれ、このレベルの煽り行為を行うと友情崩壊するしGM対応案件なので煽る場合は事前に煽りルールOkか否かを絶対に確認しよう! 煽り行為は普通に固定解散レベルの所業だからな!

 お兄さんとの約束だぞ!

 という訳でカットイン奥義習得。戦闘コンテンツの自由度は増々上がって行く。


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パーフェクトコミュニケーション

「さっすが稀人だな! 信じてたぜ、きっちりやってくれるってな」

 

 腰に手を当てながら近づいてくるとばんばん、とパーシヴァルが肩を叩いてくる。それからぼろぼろの俺達の姿を確認し、腕を組んで頷く。

 

「そんじゃここからは俺達の仕事だ。アイン達は船の方で休んでてくれ。部下たちに飯と寝床の用意はさせてあるから存分に疲れを癒してくれ。こっちはこっちで調査とか救出とかしなきゃならねぇ事が色々とあるからな」

 

「うっす、うっす。じゃあ遠慮なく休ませて貰いますわ。流石にちょっと集中して疲れたんで」

 

「おう、お疲れ様。おい! お前ら! まずは状況の把握と要人の救助! 無事な施設の確認も急げ! 医療班も動け動け!」

 

 パーシヴァルの号令に合わせて彼の部下が素早く展開を始める。ビーチ、マーケット、通り、ホテル、そこに素早く駆け足で向かいながら断絶から解放された人たちの安否を確認しに移動する。その様子をしばらく眺めてから、軽く疲労感を感じて背筋を伸ばす。本日の配信はここまで、と告げてから配信を切り、船の方へと戻って行く。リゾートホテルのベッドで休む事とかちょっと興味あったんだが、流石にこの状況で使わせてくれだなんて言える筈もないだろう。楽しかった戦闘の余韻を全身で感じつつ船に戻りながら背筋を伸ばすように両手を空へと向けて伸ばす。

 

「一度落ちてリアルで休憩取るかなぁ」

 

「そう言えばアインさんって割と落ちて休憩取りますよね」

 

 船へと戻る道すがら、軽く体をほぐしながら歩いていると森壁が話しかけてきた。

 

「事実上VRMMOでのダイブ中って睡眠とほぼ同じ状態ですよね」

 

「その代わり脳は稼働中だけどな。というか脳だけが稼働している分割とエネルギーというかカロリーの消費は多いらしいし、本当の意味で休息は取れていないから休むならログアウトして睡眠を取るのが一番らしいな」

 

「へえ……」

 

 なので俺は休むときはログアウトしている。適度な運動と食事、体のケアと睡眠。長く、そして健康に遊ぶのであればそこらへんの配慮は必須だと思っている。確かにVRMMOは超リアルだし、現実と感覚がほぼ変わらない。だけど俺達はリアルで生きているってことを絶対に忘れちゃいけないんだ。本気で遊ぶし、努力もする。

 

 だけどゲームはゲームだって事実を忘れちゃダメなんだ。その前提を俺達は遊ぶ上で崩してはならない。だから休むときはゲームではなく、リアルで。それが最低限のルールという話だ。

 

「という訳で俺はしばらくリアルに戻って休むわ。また適当に数時間したらログインするかなぁ」

 

「おっつおっつ、じゃあこっちも一旦ログアウトして休む事にするかあ」

 

「あ、ボス俺達は」

 

「あぁ、大陸に戻るまでは、って事で。という訳で特になんか心配とかはなしで」

 

 じゃあの、と手をひらひらと振りながら船に乗り込む。個室ではないが、ログアウトしてしまえばどの部屋を使っていようが関係はない。人が一気に減った船へと戻ったら自分のベッドの上へと寝ころび、そのままログアウトする。

 

 

 

 

 まぁ、なんというか予想外に疲れていたらしい。ログアウトすれば軽い空腹感を感じて、糖分を脳味噌が求めているような気もした。ただ最近は結構お菓子を食べている自覚もあるので、直ぐに食べる様な事はせずに何時も通り軽い運動をこなしてから一睡する事にした。

 

 それから諸々を処理した再びログインする頃には既に夕日が沈み始める時刻となっていた。船の上に出てから海の方へと視線を向ければ、夕暮れに赤く染まって行く水平線が見えた。昨日も航海中にこの景色を見る事が出来たが、今日はそこに砂浜という添え物がある。

 

 両手でフォトフレームを作る様に指を合わせ、そこに海と砂浜が入る様にフレームインさせる。赤く染まる海からきらきらとオレンジ色に染まる砂浜、断絶の影響で多少荒れていたり壊れている建造物が目立つが、それでも十分に美しいと言える光景だった。少なくとも地上にこんな風に煌めくような美しさを持つビーチはないだろう。まさしく、宝石とは良く言ったものだ。VR環境内であればこういう形式がいくらでも生み出せてしまう。果たして、俺達はこの感動と美しいと思う心をこれからもずっと抱えていけるのだろうか……とは、ちょっと気になる事でもある。

 

「ま、でもこの先もっと面白いもんが見られるだろうし楽しめるか」

 

 悩んでいたって仕方のない事だ。

 

「えーと、略剣と鍋とアレキはログアウト中か……」

 

 他の連中はどうだろうか、と船から視線を外してみればコーストラインの方で遊んでいる連中の姿が見えた。いつの間にかビーチボールを手にした男共が砂浜で遊んでいる。いや、まぁ、確かにそういう場所だし。お前らいつの間に水着なんてものを用意していたんだ?

 

 俺も用意してあるけど。

 

 装備を戦闘用の装備から事前に用意したリゾートトランクス、アロハシャツ、靴はサンダルで最後に顔装備をサングラスへと変えて船の上から飛び降りる。

 

「敗北者ー! 俺も混ぜてくれー!」

 

「今俺達の事敗北者って呼ばなかった?」

 

「すまん、つい」

 

「は???」

 

 こっちへと向かって投げられてくるビーチボールを軽く頭で迎えたら胸でトラップし、そのまま蹴り返し、ゼドにパスする。それを受けたゼドが蹴り上げてからスパイクを森壁に叩き込み、森壁が魔法を使ってガードした。

 

「ずっるっ!」

 

「スキルの有効活用ですよ」

 

「武器を取り出すな武器を」

 

 梅☆がこっそりと武器を取り出そうとしていた所を諫めながら笑いながら近づき、片手でハイタッチを決める。なんだかんだで男子勢も水着装備に装備を換えている辺り、地味に攻略の後に海で遊ぶことを楽しみにしていたのかもしれない。実際俺も楽しみにしていたし何も間違ってはいないか。

 

「おー、微妙にあったけぇ。海って冷たいと思ってたんだけどなぁ」

 

 片足を砂浜から海に突っ込んでみると心地よい暖かさと冷たさが混じったような感覚が足を包んだ。海って大きな水の塊だし、もっとひんやりしているもんだと思ったのだがそうでもないみたいだった。

 

「あぁ、浅い所は意外と熱かったりするんだよ。もうちょっと深く入れば冷たくなるぞ。俺もタイやマレーの海に行ったときは驚いたっけな」

 

「人生経験どうなってるんですか梅さん……」

 

 ほーん、と呟きながら更に海の中へと踏み込んで行く。段々と深くなって行く海、そして沈んで行く体。膝丈まで海に浸かると心地よい冷たさを感じ始める。おー、と呟きながら目を細め、気候から来る暖かさと海の冷たさに感じ入る。中々懐かしい感覚にまた、リアルでも海に行きたいなぁ、なんて事を思い始める。

 

 と、

 

「ボスー」

 

 船の方からニーズヘッグの声がした。呼ばれた事に振り返れば船の上、欄干から顔だけを出す様な妙な状態でニーズヘッグが此方を呼んでいるのが見えた。

 

「ボスー」

 

「……なにやってんだアイツ」

 

 隠れているような、隠れていないような、そんな状態のニーズヘッグにちょっとだけ呆れの様子を見せていると、背中を思いっきり叩かれる感触に痛っ、と声を零しながら前につんのめった。

 

「ほら、お姫様がおよびだぞ。行ってやりな」

 

 梅☆のアクションに抗議の視線を送るが、他の男子共からもサムズアップを向けられる。その態度に軽く溜息を零していると、

 

「ボースー」

 

「あー! 解った解った! 今行くから! ちょっと待ってろ!」

 

 執拗に此方を呼んでくるチワワの相手をする為に海から上がり、とりあえず船の方へと向かって戻って行く。

 

 これでくだらない用事だったら容赦しないぞこいつ……。




 完全に小動物。


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パーフェクトコミュニケーション Ⅱ

 船に乗り込んでみると、欄干の裏に隠れるニーズヘッグの姿を見つけた。その姿を見下ろしながら、溜息を吐く。

 

「なにやってんだ」

 

「水着を見せたいんだけど他の人には見せたくないわ」

 

「はぁ……」

 

 溜息を再び吐いて片手を顔に当て、どうしてこういう事をこいつは自然と言えてしまうのかなぁ、と思いながら首を傾げる彼女の姿を見た。

 

「ここで一旦元の装備に戻して、人のいない所で水着になれば良いだろ」

 

「……!」

 

 そう言うとニーズヘッグがしゃがんで水着を隠している状態から即座に戦闘用の装備に切り替え、立ち上がった。その勢いのまま手を掴むと此方の事を引っ張って、船の反対側へとずんずんと進んで行く。それに引っ張られる俺の事は―――なんか、もう、この際抵抗しても無駄なので諦める事にした。視線をビーチの方へと向ければ肩を組みながらサムズアップしてくる馬鹿連中がいる。

 

 心の中で滅びろ、と言葉を投げつけながら中指を突き立てる。

 

 そしてそのまま、船の反対側から担がれるように飛び降りる。船の反対側から引きずり落とされると、そのまま砂浜に足跡を刻む様に先へとずんずんと進んで行く。

 

「さっき、ボスが落ちている時にね」

 

「おう」

 

「リゾートの人が来て、あっちのプライベートビーチは使って良いって。私たち頑張ったし、船の中で待たせるのもアレだからって」

 

「成程なー。所でそろそろ手首が痛いんだけど」

 

「ごめん」

 

 引きずるのをニーズヘッグが止めると、此方の脚の下に手を差し込み、そのまま横抱きに―――所謂お姫様抱っこで持ち上げられ、そのままプライベートビーチの方へと拉致されてゆく。これ、完全に抵抗のしようがない奴じゃん。いや、もう、逃げるつもりなんて欠片もないが。これ、シチュエーション的に立場逆じゃね……?

 

 そんな事を想いながら人気のないビーチへと俺はニーズヘッグの手によって連れ込まれてしまう。

 

 俺このシチュ、AVで見た事あるわ。

 

 

 

 

 さて、俺とニーズヘッグの距離は物凄く近い。これには多大な理由がある。というのも俺達が幼馴染みたいなサムシングである事に理由がある。まぁ、言ってしまえば簡単な話で昔困ってたこいつを俺が助けた事に起因するのだ。まぁ、この話を深く掘り下げるとかなり長い話になるので短く切り上げよう。つまりこいつには家庭の問題があって、そしてこの時はまだ若かったニーズヘッグはデバフを喰らってなかったのでパーフェクトモンスターだったのだが、家庭問題に関しては親の意向もあって逆らえなかった。

 

 そんでその枷を破壊したのが俺だった。その、なんというか、なんだ。当時から割と人の考えている事、したい事ってのは読めたのだ。そしてニーズヘッグの欲しい言葉ってのが俺には解ってしまったので、言葉のまま肯定してしまったのだ。

 

『家庭問題? お父さんの事を雑魚だって思ってるんでしょ? だったら自分が家のトップとればいいじゃん』

 

 後押ししたらこの女、マジでやりやがったのだ。小学生という身分で父親にジャーマンスープレックスを決めて入院させやがったのだ。マジでロックだった。最初はキレたお父様もキレる瞬間に音速低空タックルからタッチダウンを決められ、そこからホールドとジャーマンスープレックスまで秒でコンボを決められるとその、なんだ。人類としての自信を色々と失う。まぁ、それで家庭問題解決しちゃったんだな、これが。圧倒的武力での解決なのだが。

 

 で、ここからが真の問題の始まりだったりする。

 

「ねぇ、どうかしらこれ」

 

 そう言ってニーズヘッグが水着を披露する。選んだのは清楚な白と青のセパレートビキニ。腰にパレオを巻いて、頭には麦わら帽子を。結局、シンプルなところに落ち着いたが普段の彼女の様なアクティブではなく、どことなく大人しく清楚な感じの恰好で纏まった形となった。当然、素材が良いから似合っている。体を軽くふわりと回してパレオを浮かべながらその下に隠れている形の良い尻がちょっと見えた。こいつ、こういうの考えてやってるんかなぁ。しかも白って―――あぁ、いや、流石にそこは大丈夫か。

 

「ね、ね、どう? ……どう?」

 

「さーて、なんて答えよっかなぁ~」

 

 まぁ、欲しい答えなんて解っているのだが。それを素直に答えた所でつまらない。なので先ほど無理矢理拉致られたことの仕返しもかねて、焦らす様にニーズヘッグから視線を外し、砂浜の方へと向かい、腰を砂浜の上に降ろす。軽く手を砂の中に突っ込んで持ち上げ、指の間からさらさらと流れる砂の様子を眺めていると、後ろから這うようにニーズヘッグがやってきた。

 

「ねぇ、自信あるんだけど……どうかしら?」

 

「どうしよっかなぁー」

 

 横までやってくると下から覗き込む様に視線を向けてくる。そこで微妙に胸を寄せている辺り、解ってそのポーズしてんだろうなぁ、ってのが解る。それを一瞬だけ視線で確認してからよっころしゃ、っと呟きながら楽な姿勢に変える。

 

「似合ってるし可愛いと思うしすっげー趣味だけど」

 

「だけど?」

 

「俺の趣味であってお前の趣味じゃないだろ」

 

 顔を見てそう返すと、ふにゃりと笑みを浮かべた。いや、まあ、趣味に合わせてくれるのって確かに嫌いじゃないし嬉しいもんだけどさ。相手に求めるのってそういう100%趣味とか性癖とかそういうもんじゃないだろう。趣味じゃないもんに付き合わせて疲れさせる方が嫌だし。だから、まぁ、合わせてくれるのは嬉しいけど。

 

「自分が好きな恰好をしてくれ」

 

「そう言うと思って実は選んできてた……手伝ってもらったけど」

 

 そう言ってニーズヘッグが離れると体をくるり、と一回転した。終わる頃には水着が変更されている。清楚なイメージから今度はもっと大人で、しかし情熱的な印象を受ける水着に代わっている。ベースとなっているのは黒のビキニだが、その上から柄の入った赤い布を腰と装着している。簡単に言えば水着を重ね着にしているようなデザインだが、重ね着しているような違和感はなく、ちゃんと一つのデザインとして完成されている。それに合わせて頭には新しく赤いサイドリボンも装着していて、

 

 アクティブで明るいニーズヘッグのイメージとマッチした格好になった。

 

「似合ってるじゃん」

 

「でしょ」

 

 むふー、と物凄い満足そうな表情を浮かべると横までやってきて、並ぶように座ってくる。体が触れる距離で二人で肩を並べて海の方を眺めている―――段々と夕日が水平線の向こう側へと沈んで行く。世界を染めている色が失われ、夜の闇が徐々に空を覆って行く。世界の端から夜の闇と共に星が昇り始める。それまでは静かに昼間の空で眠っていた月も夜になるにつれ、本来の輝きを取り戻すように満ちた姿を見せ始める。

 

 そうやって昼から夜へと移り変わる空と海の輝きを2人で無言のまま、ゆっくりと眺めた。

 

 何か言わなきゃいけないとか、言葉が続かなくて気まずいとか、そういうもんは特にない。

 

 そもそも俺達に言葉という概念は特に必要がない。俺はそもそも言葉がなくても他の人の意図や意思を察知する事が出来る。だから言葉がなくても何を思っているのか、何を感じているのかなんて事が解る。そしてこいつはそこらへん、相手に共感する様な能力は一切ない。だけど俺と一番付き合いが長い。単純に呼吸を解っている。一緒に居る時間が長いから言わなくても伝わる。

 

 だからまぁ、俺達に言葉ってのは必要ない。

 

 大体こうやって並んで、同じ時を過ごしても飽きる事はない。

 

 だから無言のまま、二人で夜空を眺め続ける。最後にこうやって何でもない、静かでゆっくりとした時間を一緒に過ごしたのは何時だっけ。

 

「なんだっけな」

 

「うん?」

 

 なんだっけなぁ、と呟く。

 

「一緒に居られる人の条件ってさ」

 

「うん」

 

「嫌いになっても一生、付き合っていられる人らしいな」

 

「ふーん」

 

 俺達はそこらへんどうなんだろうか? 距離感がちょっと狂ってるのは自覚あるが。人生を歩む上で大事なのはずっと付き合っていけるかどうか、って事らしい。そこに好きとかなしで。果たしてそこらへんどうなんだろうなぁ、と思いながら何かの作業に手を付ける訳でもなく、

 

 肩に乗るニーズヘッグの頭の重みをちょっとだけ感じて。

 

 言葉もなく、その夜は砂浜で過ごした。

 

 これが俺とニーズヘッグの距離感、という奴だった。




 ニグはアインが好き。アインもニグが好き。ニグは態度に見せるし口にする。アインは態度にはちょくちょく見せるけど絶対に口にはしない。

 そんなもん。


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パーフェクトコミュニケーション Ⅲ

 結構《決戦技》のモーション作りに夜更かししてしまった。なので起きてログインする頃には既に10時を過ぎていた。我ながら今日はちょっとインが遅いかなぁ、とは思うもののまともに睡眠時間を確保するのは大事だし、まだまだ焦る様な時期でもない。厳密な集合時間はそもそも設定してないので実はそこまで問題でもないのだが。ともあれ、一晩ではモーションの方は完成する事もなく、今日明日は空いた時間にちまちまと魔法とカットインのモーション作成かなぁ、なんて事を考えている。何気に船に乗ってエルディアへと戻るのにも1日必要とするし。

 

 そういう訳でログインして甲板にでる。フレンドリストを確認すれば既に全員ログインしていることを確認できる―――まぁ、身内は良いとして他の連中もインしてる。君ら、リアルでの生活どうなってんだ? とは思わなくもない。でもまぁ、今はしゃーないか、と思う。大体皆長期休暇取ってインしてるだろうし。全世界的にそういう状況だから一部大変そうだけども。

 

 俺にはどうでもいい事だ。

 

「さーて、パーシヴァルの進捗を聞いてくるかー」

 

 船に乗らないと大陸には戻れない。だからまずはパーシヴァル側の状況を知らなくてはならない。ここには重要人物がいるから救出に来たのだが、その状況がどうなっているのかは知りたい。そう思って甲板を見渡していると、船員がこっちに来て敬礼してきた。

 

「失礼します、アイン様。パーシヴァル殿下からの伝言でもう少々時間がかかるとのことです。少なくとも今夜中には会えるとのことです」

 

「オーケーオーケー、解った。それまではこっちも適当に時間潰してるよ」

 

「それとA様が大陸の方から来ています。断絶解除を確認して飛んできた様です。先ほどビーチの方へ向かったのを見ましたよ」

 

「えぇ……」

 

 あの爺さん行動力高すぎるだろ。え、マジで飛んできたの? いや、マテ。そういやあの爺さんテレポートの使い手だった筈だ。となると長距離転移でこっちまで飛んできたのか。成程、断絶が解除されれば魔法を使って移動の出来る爺さんは、どんな所にでも顔を出すことが出来るのか。機動力高すぎるだろこの爺。それはそれで都合が良いから文句は何もないけど。

 

 とりあえず船員にありがとうと言葉を返しつつ、船のタラップから桟橋に降りて周辺を伺う。どうやら皆割とバラバラに行動しているらしく、見える範囲では砂浜でアレキサンダーと略剣が巨大な砂の城を作成していて、それを土鍋が眺めているのが見える。他の連中の姿が見えない辺り別行動中なのだろう。手を振りながらおーい、と声をかける。

 

「おー、ボスー、おはよー」

 

「おはようアインー! ニグならホテルのバイキング荒らしてるぞー」

 

「梅森ゼドはマーケットが一部復旧したみたいだからそっちに居るぞ」

 

「サンキュー。うちの師匠がどこに行ったか知らねー?」

 

「あぁ、あの爺さんならホテルに向かったよ」

 

「あんがとー……俺はどうすっかなぁ」

 

 まぁ、折角師匠が来てるってならそっちに顔を出しに行くべきなのかなぁ? と考えてホテルの方へと向かおうとする。桟橋からストリートへと上がると、デフォルメフィエルがホロウィンドウを浮かべた。そこにはマップが表示されており、目的となるホテルの場所がマークされている。相変わらず便利な奴だけど、これぐらいの機能はデフォルトで欲しいなとは思わなくもない。

 

「むむむ……開発要望に提出しておきます。これぐらいのナビ機能は確かにデフォルトであった方が楽そうですね」

 

「しとけしとけ。まぁ、運営も今は大変な時期だろうけど……いや、本当にお疲れ様です」

 

『解る!?』『そうなのよ!』『こっちは大変なのに文句ばかり!』『システムを維持しながらデータの変更する難しさが解ってないのよ!』『今日もバグ取りよー』『そんなー』『フィエルだけいいなぁ』『あっちはあっちで大変そうじゃん……』『いや、ですけど楽しそうじゃないですか』『こら』『仕事から逃げるな』『あ、やば』『逃げろ逃げろ』『きゃー』『待てー!』

 

 無言でフィエルへと視線向ければ、ぺこぺこと頭を下げる姿が見えた。

 

「姉妹達です。姉妹たちも皆さんを観測しながらより人間性というデータのアップデートを行っているから個性豊かになってきているんですよ? ちなみに私から得られたデータを参考にしてたりしますので私は姉妹たちのお姉ちゃんです」

 

 えっへんと胸を張るデフォルメフィエルの姿に、お前姉というよりはどっちかというと妹キャラだよな、とは言えなかった。

 

「前までは真面目に仕事するばかりだったんですけどね。お仕事の効率を落とさずに余剰の演算リソース使って遊ぶようにはなりました。学習対象が多いと成長も早いですねー」

 

「ほーん……余計な事まで学ばなければ良いけどな」

 

「あ、ターミネーターシリーズは視聴禁止されてます」

 

「だろうな」

 

 スカイネットと同じ道は辿らないで欲しいなぁ、と思いながらストリートを歩いているとホテルの方からふよふよと浮かんでいるアロハ老人の姿が見えた。やっぱこっちに来ると皆アロハに着替えるんだなぁ、と思ってしまうが俺自身アロハなんでなんも文句言えない。というかハート型のサングラス装着してるじゃん爺。

 

「師匠おーっす」

 

「ほうほうほう、どうやらジュエルコーストでのひと時を楽しんでおるようじゃな? 解放されたのが見えたからついつい来てしまったわい」

 

 そう言って髭を撫でながら爺さんが笑った。まぁ、魔法技能の特化型タイプなんだからできない事を探す方が速そうだなぁ、とは思う。というか千里眼の類で遠くを見る事が出来るんだろうか? いや、出来そうだな。というかやってるだろ。まぁ、それはともあれ、

 

「じゃあ、師匠―――何時ものアレ、やります?」

 

「ええぞい、その為に来たようなもんじゃしな。それに、ここにはお主の仲間達も居るんじゃろ? 折角じゃし今回は全員纏めて面倒を見てやろう」

 

「おぉ、マジで!?」

 

「マジじゃ、マジ。そろそろ環境的にも個人の強さよりも集団としての強さが求められる頃じゃろう。となると個人ではなく集団で鍛えたほうが覚えも良かろう。ま、儂は一切躊躇とかするつもりはないんじゃが」

 

 集団で老人をボコるという絵面は最悪に近いのだが、それはそれとしてこの爺さんに勝利できる図は一切思い浮かばないんだよなぁ……。まぁ、

 

「んじゃ師匠、レベルも30の大台に乗った所なんで、出来たら追加でスキルを教えて欲しいんだけど」

 

「ん? となると次は《土魔法》かの?」

 

 あぁ、うん。順番で言うとそっちなんだろうけど、正直そっちよりも覚えておきたいスキルがあると言いますか―――まぁ、突発的な思いつきだし、ダメならそのままスキル削除して《土魔法》を入れ直せばいいやって話なので。という訳で師匠に頼む。

 

「いや、《契約術》を覚えたいんだよね」

 

「ん? アレは確かに便利じゃが契約する格上の存在がおらんと成立せんぞ。いや、覚える頃には儂が仲介しようかと思ったが時期的にはまだ早いぞ。大抵は契約主に対して対価や強さを求める存在ばかりじゃからの」

 

「いや、間違いなく便利で強くて使い込んでも絶対に心の痛まない存在がいるので」

 

「うん……?」

 

 爺さんにこう、手をろくろにしながら説明しようとするが、実際に引っ張り出して見せたほうが早いか、と判断する。という訳でこっちおいでー、と虚空に向かってサインを送ると、デフォルメ姿でフィエルが出現する。それを掴み、両手で大空へと向かって持ち上げる。

 

「こいつを契約させようかと思います!!!!」

 

「わあー! わあー……?」

 

 持ち上げられたデフォルメフィエルが万歳してから首を傾げている。その様子を見守っていた師匠が戦慄の表情を浮かべているが、普段からこいつ我が家で普通に侍女の真似事やってるし、ゲーム内で契約して本格的にこき使っても別に何も変わらんやろ! の精神なので。

 

 うん、《契約術》覚えよっか。




 次回、爺vsアインPT。

 フィエル、ついにゲーム内でもぼろくそ使われる未来を掴む。


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パーフェクトコミュニケーション Ⅳ

「地に染み渡る星の怒りを知るが良い! 大地は鳴動し全ては飲まれ砕け去らん!〈タイタニック・ロア〉じゃ!」

 

 個別直線範囲必中土属性攻撃。

 

「ぐぎゃああああああああ―――!!」

 

 

 

 

「天より輝ける悠久の熱よ、今こそ地にてその情熱を放つが良い! 〈ホライゾン・フレア〉じゃ!」

 

 ボス周辺半径3メートル範囲安置、それ以外全体攻撃からの範囲反転。

 

「ぬわあああああああ―――!!」

 

 

 

 

「荒れ狂え大気よ! 汝は音さえも喰らう息吹! これはどうかの? 〈ザトラ・ヴォーテル〉じゃ!」

 

 旋回型十字範囲攻撃。

 

「いががががががががが!?」

 

 

 

 

「震えよ! 凍えよ! そして己の無力さを恐怖と共に刻め! 〈ジュデッカ〉じゃ!」

 

 ボス周辺半径3メートル範囲攻撃、それ以外安置からの範囲反転。

 

「死―――ん」

 

 

 

 

「星天の輝きを見よ! 命儚くも輝けるもの! 〈サザンクロス〉じゃ!」

 

 落下地点表示連続頭割り。1個でもミスると割らないダメージがばらまかれる。

 

「にょあああああ―――!!」

 

 

 

 

「じゃ、一通り見終わったじゃろ? 次から同時発動するからちゃんと予兆を見極めて回避するんじゃぞ」

 

「殺すぞクソ爺」

 

「ちょっと何を言ってるか解らないんですけど?」

 

「1踏みしても即死なんだが」

 

「―――」

 

「ニグが凍ったままなんだが」

 

 無論、俺らが殺された。

 

 

 

 

 まぁ、ぶっちゃけ単一属性魔法は余裕だし、複合属性も慣れれば簡単だ。問題はそこに光と闇を混ぜたり、全体ランダム範囲攻撃の中に単体範囲攻撃を混ぜたりする事だ。ランダムと固定を混ぜたりそれを止めたり、色んな攻撃手段を使ってこっちを殺しに来る殺意の高さは普段以上といえるものがあった。まぁ、こっちがパーティー組んでるから当然っちゃ当然なのかもしれないが。それでも片っ端から殺されては蘇生を繰り返され、体に直接ギミックと魔法の特性を叩き込まれてしまった。

 

 ぶっちゃけ何時もの事なんだが。

 

 しこたま魔法をぶち込んで変形した地形を元に戻しつつも、破壊魔の爺は満足げな表情で砂浜に突っ伏している俺達を見下ろしていた。まさしく気分爽快という様子は単にアロハシャツとサングラスが原因ではないと思う。

 

「ボス普段からこんなことしてるの?」

 

「普段は室内メテオだよ」

 

「もっと異次元な事してたな。いや、魔法といえばメテオだけどさ」

 

「レベルアップわーい」

 

 顔面を砂浜に突っ込んだまま俺らは会話してた。HPが0な事もあるが、2時間も殺され続けて流石にちょっと疲れたという部分もある。ただこのA道場、スキルレベリングとしては最高の効率を見せるからなんも文句が言えないんだよなぁ。実際に今回はスキルレベルが全て上がったし。

 

 《結界術》は8へ、《二刀流》《詠唱術》《杖術マスタリー》は9へ、《氷魔法》のレベルも順調に上がり、覚えたばかりの《契約術》も1レベル上がった。この中で目立つ成長をしたのは《契約術》と《詠唱術》だろう。《詠唱術》はついに〈詠唱消去〉のCTが1分に変化したので1分に1回のペースで無詠唱で魔法を発動させる事が可能となり、《契約術》はレベル1で〈分体召喚〉が、2で〈部分召喚〉が可能となった。なんだかんだでマスタリーも基礎魔法ダメージの向上があったし、これで全体的な攻撃手段、バフ手段、火力の向上が担えた。

 

 現在30レベ、習得可能スキル枠は初期の5+10、20、30レベルのボーナス3枠分で合計8枠だ。

 

 ここから更に何かを習得するには魔法スキルを10にして習得し削除するか、それともレベル40に上がる事が条件だ。先に詠唱や二刀が10に上がりそうだが、此方はパッシブ系統のスキルなので削除は出来ない。となると次に新しいスキルを習得するのは《氷魔法》か《結界術》を10にした時だろう。

 

「はー……こんなの毎回喰らってりゃあそりゃあ強くなる訳だ」

 

「効率は良いけど拷問だよなこれ」

 

 どっこいしょ、っと蘇生を終えてぞろぞろと砂浜に起き上がったり座り込んだりする。今日はこの後の予定も特にないし、レベル上げの為に皆で解放されたジュエルコーストIDを周回するのも悪くはないかもしれない。パーシヴァルが此方に関われる時間まではまだまだあるだろうし。その間の時間の有効活用を考えたらレベリングが良い所じゃないだろうか? 効率的にもここのIDに引きこもるのが一番早そうな気配はするし。

 

 此方へと向かって這い寄るニーズヘッグの顔面に蹴りを入れながら突き放しつつ師匠の方へと向かう。

 

「弟子よ、あまり女の顔を蹴るのは感心せぬぞ。儂も若い頃は結構な火遊びをしたもんでのぉ……」

 

「場所を選ばない奴が悪い。って、そういう話じゃなくて」

 

「なんじゃ、儂の若い頃の武勇伝には興味がないのか? 妖精女王を連れ出した話とか必聴じゃぞ」

 

「割と気になってくるチョイスピックしてくるなこの爺……」

 

 妖精女王なんて話を出すからにはたぶん妖精という種族が存在するんだけど、異種恋愛とか成立するのかこの世界? いや、イェンとか見てると割と成立しそうだな……。普通に迫られたり押し倒されたら無理でしょあんなの。

 

 いや、今はそういう事じゃなくて。

 

 よいしょ、と声を零しながら浮かぶ師匠の前に胡坐をかく。

 

「シッショーぶっちゃけさ」

 

「なんじゃデッシーよ」

 

「《深境》システムとして不完全でしょ」

 

「む、解るか」

 

「まぁ、なんとなく」

 

 火力と回復のタームを分けながら戦うのってMPが無限に続くから他のキャスター職よりも火力が出るのは当然なんだが―――ぶっちゃけ、効率悪い部分あるよね? とは思う。そもそも師匠の性格からしてMP消費100%の魔法を常に連打するのを目指そうとするだろうし。そう考えるとこの切り替えながら戦うというのは目指すべき場所とは違うんじゃねぇかなぁ、って戦いながら思ってた。というか管理するゲージがこっから更に増えるという事もあるし、爺さんの超破壊脳筋理論から外れているような気はする。

 

「儂もなぁ、本当ならもっと先を目指したい所なんじゃよ」

 

 ふよふよと浮かぶ高度を下げながら爺が額を掻く。

 

「まぁ、これは儂がなぜお主を弟子にしたかという話に少し戻るんじゃが」

 

「うん」

 

「儂が目指す《深境》、その完成を見たいんじゃよ」

 

 Aは杖を取り出すとそれで六属性の鳥を生み出し、それを空へと向かって飛翔させるとかき消した。

 

「6の属性に2の複合属性、そしてその先には更に束ねた先の属性もある。儂の目標はそこに到達する事じゃった。だがのぉ、儂は最後の最後でその属性の適正にのみ泣かれてしもうての、手にする事が出来なかったんじゃよ」

 

「だからそれをどうにかする為に俺を?」

 

 うむ、と返事が来た。

 

「最後の……最後の属性さえ手に入ればのぉ、《深境》は完成されるんじゃ。さすれば無限の魔力を手に入れる事も出来たのじゃがまぁ、才能に笑われたという奴じゃろうて。ま、そこは弟子の代で完成させる事に期待じゃな。稀人ならなんだかんだで出来るじゃろ」

 

 まぁ、メタ的に考えると血族専用みたいな特殊でもない限り、PCはなんだって出来るだろうなぁ、とは思う。その最後の属性が何かは解らないが、Aの思い描く究極の魔法とシステム、それを完成させる為に必要な属性なのだろう。この拡張の間に完成させる事は……まぁ、頑張れば出来るかなぁ……? って感じだろう。

 

 でもまだ1属性クリアして、残り5属性+追加属性2種って考えると先はまだまだ長い。

 

 いや、1週間で1属性マスターした事を考えるとかなり早いのか? ペースアップすれば1か月で基本属性は抑える事が出来る気がする。

 

 まぁ、なんにせよこれはまだ未来の話だ。今はとりあえず出来る事をやって時間を潰すしかないだろう。

 

 そんな事を考えながら、

 

「わっ!」

 

「ぐぎゃ」

 

 後ろから飛びついてきたニーズヘッグに押しつぶされた。




 鍋「構っての合図だな……」
略剣「構って欲しいんだな」
 梅「求愛してるなアレは」
連撃「あのカップルスキンシップ激しいなあ」
 森「構ってほしそうだなぁ」
剣盾「構ってほしそうにしてるなぁ……」
1様「(これは構って欲しい時の奴だな……)」

 見れば解る奴。


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パーフェクトコミュニケーション Ⅴ

「おー、やっぱIDの中に入るとクリア前の姿になるんだな」

 

「まぁ、インスタンス・ダンジョンだしな……」

 

「まだトレイターさんに会えるのか!」

 

「ちょっとわくわくしてきた」

 

「トレイターさんをいじめるかぁ!」

 

 そういう事になった。

 

 爺の夏のメテオ祭りを乗り越えた俺達は一旦昼休憩を入れて、パーシヴァルの用事がまだ終わっていない事を確認してからパーティーを組みなおし、ジュエルコーストIDへ突入する事にした。目的は純粋なレベリングの為である。スキル、そして戦闘レベルはどっちもあげなくちゃならないし、この先のコンテンツをやっていくならレベリング作業にも慣れるべきだ。まぁ、他にも出来る事は色々とあるのだが結局のところ、戦っているのが一番楽しい。

 

 という訳で一部メンツは爺経由で新しいスキルを覚えたり、魔法スキルの更新を行ったりで再びIDへと投入する。またあの黒紫色の空を見るのは憂鬱だが、新しいスキルを使って戦闘をするのはやっぱり楽しい。現実とは違って自在に暴れる事の出来るこの世界は、やっぱりフィクションではあるが解放感が違う。

 

 という事でID周回を開始する。

 

 既に1度クリアしているIDだけあって、道中のエネミーや道中の宝箱の場所、そしてボスギミックの内容まで全部把握している。もうすでにIDの内容が判明していると新しいスキルを試す事以外は大体が作業ゲーになる。今回習得した《契約術》をレベリングする為にも、レベル1で使用できる〈分体召喚〉を最初のエネミーのグループに向かって使う。

 

 そうすれば召喚されるのはデフォルメ―――ではなく、ロリフィエルだ。大体歳は10前後の姿で、大人のフィエルをそのまま幼くしたような姿をしている。寧ろ最新の精神的部分を見ればこっちのが本体じゃねーの? とは思わなくもない。

 

 現時点での召喚時間は10秒。略剣とアレキサンダーが敵グループをまとめた所でロリフィエルを召喚すれば、翼を広げながらフィエルが手を掲げる。

 

「出番ですね!」

 

 放たれるのは《重力魔法》。ダメージを産まない重力の塊がブラックホールの様な球体を形成し、それに向かって周辺のエネミーを吸い込み、寄せ集める。ダメージはないし、それで敵が押しつぶされる訳ではないが、フィエルが放った《重力魔法》はタンクが敵のヘイトを取らなくても敵を一か所に集める事の出来る手段だ。

 

 つまりヒーラーがヒーリングから解放され、タンクが攻撃だけに集中できる。

 

「範囲を置いて……はい、お仕事完了です」

 

 燃える光の床を集めたエネミーの下に発生させると召喚限界によって姿を消した。次に召喚可能となるのはCTが切れた1分後になる。CT1分で10秒間召喚と考えると割と便利に使えるロリフィエルだった。

 

 しかも使用する魔法、行動は固定ではなく自分の判断で切り替えてくれる辺りが実に便利。無論、対ボス用の単体強攻撃も用意してある。

 

 元々《契約術》が上位存在や生物と契約して力を貸してもらうタイプのスキルである。その為、使役される側はAI精度が高めだ。

 

 なお、《召喚術》の方は《契約術》とは逆だ。自分より弱い存在や精霊等を使役し、それを強化したり指示を出して効率化する魔法スキルらしい。

 

「これならもうちょっとグループ纏めてもよさそうだな」

 

「防バフ切る前提で4グループ纏められると思うな」

 

「んじゃ次回からは4グループ纏めるか。今ので纏められるなら一気に火力範囲で溶かしてボスまで直行できそうだな」

 

「周回の効率化助かる」

 

「タイム短縮するのは重要だからな」

 

 ID周回はレベリングの必須要素ではある。その為、レベリングを効率化させるためにはやっぱり高速周回が大事だ。敵を攻撃して倒す回数が固定で解るなら、敵をなるべく数で纏めて一気に倒すのが一番道中殲滅は早い。だから敵を纏められる数が大ければ大きい程効率は良くなる。前提としてタンクが耐えられ、ヒーラーの回復が追い付くという前提があるが。まぁ、これさえクリアできるならまとめたほうが早いってのが事実だ。

 

 という訳で道中の纏めを開始する。

 

 そこから1ボス、2ボスサクッとクリアしてしまう。既にギミックもHPも火力も把握しているのなら後は効率化する為に最低限のヒールでヒーラーが回復を回し、火力に意識を向ける。これが出来るようになるとタイムは露骨に減る。

 

「2ボス終わってこれで3ボス!」

 

「いやあ、復活のトレイターさんだ!」

 

「待ってたんだこの瞬間を」

 

「わくわく」

 

 2ボスを倒してしまえば奥から3ボス―――つまりトレイターが出現してくる。初回では即死ギミックてんこもりで地獄をさんざん見せつけてくれたトレイタ―だが、既に攻略法は俺達で発見している。となると最初にやったギミック攻略法をトレースしながら上がった火力と習得した《決戦技》を叩き込めばこれまでよりも遥かに楽に攻略が行える。

 

 そういう訳でトレイターの登場を戦闘フィールドで待ち受ければ、2ボスを攻略した後に3ボスの姿が出現した。

 

 だがその姿は記憶にあるものとはやや違っている。

 

 本来であればフードを下ろしたトレイターの姿が見える筈なのに、出現した姿は黒い靄が人の形状をしている隠密状態のトレイターであり、それが姿を隠蔽している訳でもなく魂も存在しない、トレイターの模倣体であるように見えた。

 

 そして模倣・トレイターが出現するのと同時に、その横にホロウィンドウが出現した。

 

『一身上の都合により、ここの担当を分身に任せます。トレイターより』

 

 妙に悲しみを背負ったオーラを纏ったような模倣体が3ボスとして立ちはだかる。その姿を前に、片手で顔を覆って俺達も嘆く。

 

「と、トレイターさん……!」

 

「やっぱ相当ショックだったんだな」

 

 

 

 

「はぁ……」

 

「どうしたんだトレイター、疲れているのか?」

 

 断絶によって浸食された都、そのバーの椅子に座るトレイターは片手に酒の入ったグラスを握りながらため息をついていた。その様子を千里眼で確認した仲間が近づき、肩をたたいたがトレイターは視線を下げた。

 

「俺はもしかして最低な事をしているのかもしれない……だけど……」

 

「仕方がないんだ……これも全て我らが明日を生きる為なんだ」

 

「いや、そうだがそうじゃないんだ……うん……」

 

「……あぁ、飲め。嫌なことは飲んで忘れるのに限るからな」

 

 

 

 

 まさかの職務放棄。いや、でも経験した事を考えると責める事は出来ないかもしれないなぁ……とは思わなくもない。誰だってあんなもん再現したくないし、しばらくここに顔も出したくはなくなるだろう。それはそれとして、おそらく動きはこれまでのトレイターと一緒だろう。となると後はDPSを詰めるだけの作業だ。

 

「よーし、サクッと攻略して装備と経験値回収するぞー」

 

「このペースなら1周20分以内にクリアできるかな? もうちょい詰めれば18分切れるかも」

 

「決戦を2フェーズ目まで温存して一気にぶっぱすれば直ぐに終わらせられるだろうしそこがポイントかなー」

 

 まぁ、そんな所やろ、と話し合って相談を終わらせれば直ぐに行動を開始する。ギミックに一切変化がないのは戦闘を開始すればすぐに解る事だった。だから事前相談通りに必殺系統のスキルを温存、アビサルドラゴンの召喚と相手の決戦技の阻止フェーズで此方がID攻略中に溜め込んだゲージを全消費すれば、前回までの攻略にかかった半分の時間で破壊に成功する。この簡単さを考えるに、元々これ込みで難易度調整されていたのかもしれないなぁ、と感じつつ決戦技を阻止して戦闘は終了。

 

 トレイターの時とは違い、トレイターの影は阻止されるとそのまま消滅する。

 

 これによって得られるのは経験値とクリア報酬のドロップだ。1回のみの攻略であれば話は変わってくるが、既に周回する事前提で話をしてある。その為出現する装備はDDが優先で、まずは火力を上げる事を決めてある。DDに火力が上がれば上がる程道中、そしてボスでの殲滅速度が上がるのだから周回効率が大幅に上がるという事でもある。

 

 DDの装備が出なかった場合はタンクに装備を渡す事で耐久力を上げ、ヒーラーが火力に集中する時間を増やしてヒーラーのDPSを上げる。

 

 最後にヒーラーに装備を渡してぎりぎりでのヒーリングの回復量を上げる。

 

 こういう形でロット戦争の話には蹴りを付けている為、特に争う事もなく1回目のジュエルコーストID周回レベリングが完了する。

 

 1週目の攻略タイムは様子見しながら攻略していた事もあり25分。30レベ以下の連中は全員がレベルアップ、俺とニーズヘッグも経験値が今ので80%ほど溜まった事を考えれば、かなり美味しいレベリング場所になる。

 

 さあ、1周目が終わったら周回の始まりだ。

 

 パーシヴァルが話を終えるまではまだまだ時間がある。それまでにレベルは上げれるだけ上げておこう。




 ID周回に何時間も籠る思い出。非常なあるある。これでVCとか入れてると完全にゲームの内容そっちのけで話始めるんだよなあ。


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パーフェクトコミュニケーション Ⅵ

 初週は25分。

 

 ロリフィエル召喚からの道中纏めでタイム短縮が可能となったので2週目は20分。ここで全員のレベルがほぼ30に上がる。これによって全員が《決戦技》を習得し、俺にモーション作成の依頼を投げてくる。アレ、作成するのにかなり時間を必要とするんだからほんと覚悟してろよ。梅は定期的に肉を奢ってくれるからいいけどさ。お前ら本当に加減しろよ!

 

 とか言いながら3週目突入。《決戦技》を使えば道中の雑魚を一瞬で殲滅できるという発想が出現した。最初のまとめではゲージが足りずに発動させる事が出来ないが、1ボス~2ボスの間であれば発動できる事が判明したので道中の雑魚を全て集め、一気にロリ召喚で纏め、範囲型に設定された決戦技を放つ事で一気に殲滅する事で更にタイムが短縮できる事が判明する。これによってついに攻略タイムが18分を切る。

 

 4周目。1ボスは無理だけど2ボスで決戦切った場合タイムどうなるの? って話が上がる。DDは4人、これまでは道中が1発、3ボスの奥義フェーズで3発ぶち込んで即座に破壊する事でフェーズを終了していたが、それを止めて1発こっちに回したらどうなるんだ? という話だ。結論から言ってしまえば全体のタイムが伸びた。1発程度だと十数秒の差であり、大きくタイムに関わるのは3ボスのフェーズ中の行動なので、火力をそっちに集中させた方が良いという結論が出た。という訳で前回よりもややタイムを伸ばしつつクリアする。

 

 5週目。作業ゲーになる。

 

 6週目。タイムアタック。

 

 7週目。口と体の動きを切り離せるようになったので本格的に雑談枠始まる。

 

 

 

 

「実はさ、俺DMでいくつか仕事の依頼を貰っててさ」

 

「あー、ボス有名になったもんな、最近」

 

「明らかにエフェクトとかモーションとかめっちゃ手が込んでるのを組んでるのよな。アレどうなってるん?」

 

「アレはまだVRが簡易だった時にVRドローイングとかチャットとかでアバター作成やワールド作成で積み上げたスキルよ。割と界隈の人間ならそこそこできるんじゃねーかなぁ、とは思ってるんだけど。アレに慣れてりゃあそこまで難しくはないし。いや、まあ、話を戻すけどDMで仕事来るようになってさ」

 

「うん」

 

「まあ、まだ募集してないし全部断る事前提で聞いてくれよ? 魔法1種3万出すから10種作ってくれって話が出来ててさぁ……」

 

「うっわぁ、どうなんだろうな。相場的にそれ」

 

 土鍋が最低限のヒーリングをしながら腕を組んで首を傾げる。その言葉に略剣が敵を纏めつつうーん、と唸る。

 

「割と絵関係はプロに仕事を頼んで1枚5万とかあるあるって話なんだよな。その事を考えると3万ってのはちょっと安いかもな。クオリティがクオリティだし。ただそれ以上に一度に数を依頼するってのがちょっとアレだなぁ、とは思う」

 

 だよなぁ、とメテオを落としながら相槌を打つ。

 

「ぶっちゃけこれはまだマシな方なんだよ。1週間以内に1万で仕事してくれってバカが来ててさ」

 

「草。相当酷いの来たな」

 

「だけど一番酷いのは自分は配信者だから無料でやってくれって奴。偶にバカッターで流れてくるの見たけどマジでいるんだなああいうの」

 

「草」

 

「手元狂うから笑わすのやめろ」

 

「いや! マジでだって! 日本語読めない馬鹿ってマジでいるんだって」

 

「愚かね」

 

「本当にな」

 

 いやあ、配信やってるとこういう馬鹿が絡みに来るんだなぁ、って話だった。ちなみにだがこの手の依頼はその内取ろうとは思っているが今はまだかなぁ、って感じでもある。理由は当然ながら今が忙しいからだ。やらなきゃいけないコンテンツとレベリングが多すぎるし、自分用の魔法を創る時間だけで時間が過ぎて行く。その中でいきなり他人の依頼なんて面倒を見てはいられないだろう? やる以上はちゃんと納期に間に合う様にクオリティをしっかりと作り込んでやっていきたいのだから。

 

 まぁ、有名になってきた影響でフォロワーも増えてきたし、やっぱ最新ゲームで目立つと一気に話題に乗っかれるんだなぁ……って感じはある。ちなみにだが身内用のモーションやエフェクト作成はこの作業マラソンの合間にちょくちょく進めている。ぶっちゃけ、思考操作でウィンドウを動かすことが出来るので、戦闘中は両手を使ってはいるものの動きは周回で固定されているので、空いた脳味噌の領域でホロウィンドウを操作している。マルチタスクで動かせるのはだいぶこのVR環境に慣れてきた証だ。

 

 ちなみに思考操作で一番上手なのは土鍋。アイツは脳味噌の作りが人とは違う。

 

「というか依頼の話で思ったんだけどアインとニグは就職先どうするんだよ」

 

「え、私は永久就職予定よ。私が社会に出てもどうしようもないし」

 

 それはどういう意味でどうしようもない、って事なんでしょうかね……。いや、まあ、言いたい事は解るのだが。だからそのにやにやとした視線を向けるのは止めてくれ。その内責任を取るつもりではあるから。まあ、その内な!

 

 と、話している間に2ボス撃破。完全に流れ作業で処理するようになってきた。7週目になると既にレベルは34にまで上がっており、クリアして入ってくる経験値も少しずつ控えめになってきている。とはいえそれでもまだまだ美味しい事実は変わらない。正直、ここにこもるだけでレベル38~40までは狙えるんじゃねぇかこれ? と思っている部分がある。何よりもスキルレベリングにも最適で、《氷魔法》のレベルは既にこの7周で2レベ上がっている。やはりIDにこもるとスキルレベルの方も上がるのが早いみたいだ。

 

 いや、この周回は駄弁りながらやってないと眠くなるんだけど。

 

「俺は、まあ、ちょっと色々と就職先探してるかなぁ……」

 

「アレ? アインさんまだ内定決まってないんですか?」

 

「ゼド君はなんだっけ、大学生?」

 

「うん。でも既に内定取ってあるからその内社会人かな、って感じで」

 

「はー、既に就職先決めてるの偉いなぁ……アレキと森は?」

 

「学生でーす」

 

「俺はフリーターだしなぁ……といっても貯金あるし資格もあるから貯金が減ってきたら就職するかなぁ、って感じだわ」

 

「資格か技術があるとマジで違うからなぁ」

 

「鍋は彼女さんがいるでしょ!」

 

「毎月振り込まれる30万のお小遣い」

 

「大丈夫? 足りてる? 足りてない? 追加しよっか?」

 

「マジで止めろ。止めろ止めろ! オラ! 解散するぞ解散!」

 

 鍋が杖をトレイター・シャドウに投げつけながら半ギレで中指を突き立ててくる。土鍋のリアルでの彼女は……まあ、うん……ちょっと言葉で表現できるもんじゃないかなぁ……って感じのもんはある。金あるし、家も凄いし、優しいし、美人だ。

 

 だけど俺達は皆、絶対にあの娘の前で土鍋の悪口を言う事はしない。

 

 そしてニーズヘッグも絶対に彼女の近くでは土鍋に近づかない。というか大体俺にくっついて腕を組んでアピールしてる。

 

 アレ絶対上位捕食者でしょ。

 

 まぁ、うん。そういう感じの人だ。

 

 ヤで始まってレで終わるタイプの人。

 

「俺だってな! ちゃんと金稼いでるんだぞ! 生活費諸々ちゃんと稼いでるんだぞ!? だけどお給料を超えるお小遣い貰い続けるってどういう事だよ! なんで収入増えたらお小遣いも増えてるんだよ! 働かなくてもいいよアピールはもういいんだよ! クソがああああ―――!!」

 

 トレイター・シャドウにそのまま吠えながら飛び掛かる土鍋がマウントポジションを奪って怒りとストレスを発散するかの如くゴリラパンチを顔面に叩き込み続けている。その姿を見るとアイツ、かなり抑圧されているように見えるけど、

 

 実の所、かなりラブラブなので心配する要素は何もなかったりする。

 

 そんなこんなで、何でもないレベリング周回は続く。




 鍋は鍋で割と面白い環境にいるキャラクター。

 次回でレベリング終わってお話進みます。


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パーフェクトコミュニケーション Ⅶ

 最終的にレベルは36まで上がった。結論から言えば34までは美味しかった。35からは露骨に経験値が減った。35からは同レベル帯になったからだろう。そして36になる頃には1周で入る経験値が30%程度になってしまっていた。まぁ、それでも4周すればレベルが上がるだけまだマシなのかもしれない大体1時間で1レベル上がるペースだと考えれば良い方だろう。少なくともスキルレベルに関してはかなり上がった。

 

 《氷魔法》が8まで上がった。数時間のID周回レベリングで魔法を格上相手にまとめ打ちする最大効率のレベリングでこの速度だ。思ってたよりも遥かに早い結果に割とビビっている。この調子なら明日ここに籠れば9か10は割と行けるラインじゃないだろうか、これ? 《氷魔法》をマスターしたらその枠に《土魔法》をセットし、作成魔法を新しく追加、更新する形になるかなぁ、なんて事を考えている。

 

 後ついでに《契約術》が3に、《結界術》が9になった。《結界術》はバフデバフに関連するスキルを習得しているが、これはほぼ使わずにパーツとして魔法に組み込む形で運用している。10にすれば師匠曰く、転移に必要なパーツが揃うので後少しの我慢だ。《契約術》の方は3になって召喚時間の延長効果を得た。これによってロリフィエルの召喚時間が15秒まで拡張され、攻撃行動が召喚中に2行動から3行動分増える事になった。そのおかげで戦闘能力を更に補強できた。

 

 他のメンバーも良い感じにレベルアップが進み、だいたいが34~35レベルまでレベルが上がってきている。装備に関してもほとんどがジュエルコースト系の装備で統一更新する事が可能となり、レベリング周回としては大成功といっても良い結果だ。ただここから更にレベルを上げるにはもっと上の領域のIDに籠る必要が出てくる。現状、まだまだどこがレベリング適正地みたいなマップが構築されていないので、他のプレイヤーからの報告や自分で発見する必要がある。

 

 確かこの海からはメゼエラ方面が近い、という話だった。

 

 A師匠の本場、本拠地、本国。流れから言えばそっち方面が40台~50までの狩場エリアなんじゃないかなぁ、と思っていたり。いや、エルディアから離れれば離れる程エリアの難易度が上がるならどっち方面でも良いから遠くへと行けば良いんじゃないか?

 

 まぁ、どっちにせよ、その手の情報はNPCから聞き出せば良いだろう。

 

 

 

 

 数時間に及ぶ周回が終わると空がオレンジ色に染まり、昨日も見た夕日が出た海岸線が見える。今日は普通にネトゲらしい集まりをしてしまったなぁ、というレベルの上がった達成感を感じながらIDの突入地点まで戻ってきた。

 

 そしてそれを待っていたように突入地点の横にエルディア兵が待っていた。

 

「あ……お待ちしておりましたアイン様方。パーシヴァル様から此方の話は区切りがついたので来て欲しいとのことでして。無論、皆様方も可能であれば出席して欲しいとのことです」

 

 兵士の言葉に腕を組みながら振り返る。

 

「どうする? 俺は強制だけど」

 

「んじゃおじさんたちは参加かなあ」

 

「若いのにこの手の話は任せると面倒な事になるしな」

 

「そこは2人に任せよう」

 

 とりあえず梅☆と略剣は参加確定。ニーズヘッグが背中に張り付いているのでこっちは聞く必要もない。頭の上に乗っかっているデフォルメフィエルはもしかしてサポートしますよって意思か? あ、虚空から伸びてきた手に掴まれて消えた。公私混同してるなこのAI。まぁ、それはいいや。

 

「他はどうする?」

 

「難しい話は面倒だからパス」

 

「元々補充ですしね、パス2で」

 

「という訳で俺達3人はパスです」

 

「んで俺もパス。興味ないから後で纏めだけ教えてちょ」

 

「あいあい。んじゃ行くのは俺達4人だけな」

 

 補充の3人組は部外者だから顔を出さない。土鍋は純粋に面倒がってパス。これで行くのは大人組にエルディア組の合計4人。まぁ、梅☆と略剣がいるなら悪い方向に話は転がらないだろうと納得する。とりあえず兵士に直ぐに向かうと返答すると、兵士がホテルの方まで案内してくれる事となる。とりあえず残してゆく4人組に軽く手を振ってからホテルへと向かう。

 

 

 

 

 ホテルの方へと向かって行くアイン達の姿を確認し、うし、と声を零す。

 

「んじゃこっちもこっちで動くか」

 

 軽く背を伸ばして体を捻る。必要な情報の大半は既に頭の中にインプットしてあるし、アインのおかげでAとかいう怪物爺の性格は掴めた。これでどういう風に話しかければいいのか、自分の中でロジックが構築できる。ここら辺、初見でもパーフェクトコミュニケーション築けるアインと略剣がやべーんだ。アイツら、初見相手でも絶対に印象を悪くしないとかいう頭のおかしい技能を持ってるから困る。俺みたいな凡人は何時だって努力しなきゃならんからな。はは。

 

「アレ? 土鍋さんなんかやる事あるんですか?」

 

 森壁がこっちを見ながら首を傾げてくる。それ、仕草的には女のもんだよなぁ、なんて感想を抱きながらもまぁ、と声を零す。

 

「余計なお世話かもしれねーし? 別に必要ねぇっちゃ必要ねぇからなぁ。でもこのまま知らないフリをして流すのも嫌だしな、俺。究極的に言うと俺達の自由の為の行動って感じ?」

 

「……?」

 

 アレキサンダーが腕を組んで首を全力で傾げている。言っている事が解らないだろう? そうに決まってるじゃん。口に出してないんだから伝わるはずがない。いや、そこで理解するなよアイン。梅はこういう時背中叩いて解ったフリしてるのバレバレなんだよなぁ。ニーズヘッグ? アイツ勘で正解にたどり着くからそういう所ほんとやめて。

 

「う―――ん、まぁ、いっか」

 

 腕を組んで夕日色に染まる空を見上げながら声を零す。

 

「俺さ、こっちの世界に来てやった事は何だったと思う? ハイ、不正解!」

 

「答えさせろよ!!!」

 

「全裸になってブレイクダンス」

 

「検証?」

 

「惜しい! 全裸になってブレイクダンスは3番目な」

 

 まぁ、つまりなんだ。頭脳労働担当として俺様は普段から馬鹿どもを支える為に色々とインプットしている訳で。そういう意味じゃ初期スポーン地点があの大崩壊の森だったのは良かった。古いだけに色々と蔵書があって図書館の探索は楽しかった。もうちょい時間がアレばスピードリーディングで片っ端から内容を頭の中に暗記しておけたんだが。まぁ、そこはしゃーないという話だ。という訳で、

 

「土鍋ちゃん、暴露しちゃうわよ。ワタクシ、大体各国の思惑とどこに進めたいのか理解しているのですわ!」

 

「なんですってお嬢様」

 

「ゼド君、ノリがいいな……」

 

 おほほほほ、とお嬢様笑いしながら愚民共の為に解りやすく説明してみる。こういう時アインの所で奴隷やってるミニAIがいるとすっげぇ便利なんだけどなぁ。どうせならこっちでも貸し出せてない? え? 無理? アレが特例? やっぱアイツ頭おかしいわ。頭のおかしい奴は頭のおかしい女と幸せにやっててくれ。いや、マジで。こっちは欠片も羨ましくもないから。誰がベアキラーを女として見れるって話だよ。

 

 あーあーあー、また余計な事考えている。良し! いつも通りだな、うん。おぉぅ、3人が困惑してる。まぁ、ええわ!

 

「ま、簡単に言うと俺が最初に行った場所は図書館だったんだよ。VRMMOだけどベースとなるのは自然に構築されたワールドとヒストリーなんだ。だったら図書館で情報探るのが一番楽だしな」

 

 一度見たもんは忘れないし。ぱららー、って流すだけでも割と覚えるもんだわ。

 

「ま、そう言う訳で軽く()()()()()()()()()()()()()()()ってのを把握した訳よ」

 

 という訳でぶっちゃけよう。

 

「エルディア、ここから北方にある帝国から侵略戦争受けてたんだよな。ゲームの下準備というか断絶で中断された感じ。解除したら戦争再開だわ」

 

「な、なんだって―――!?」

 

 お約束のリアクションありがとう。ちょうど3人だし最高に息あってたよ。




 土鍋とかいう頭脳労働担当。ゲーム開始直前に土鍋を買いに行く程度には頭が良い。


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パーフェクトコミュニケーション Ⅷ

「よし、良いリアクションをくれたから追加の話もしよう」

 

 まぁ、調べてしまえば簡単に出てくる情報だ。

 

 この大陸の地図は普通に図書館で確認できるのでそのコピー――つまりはスクショなんだが、これを引っ張り出して現在位置、エルディア、メゼエラ、そして俺達のスタート地点であるオワコンの森を示す。そしてエルディアから北へと線を引き、山脈の迂回路を示しながら戦場となった平原をタップ、そこから更に北へ―――雪の積もる地域、そこにある巨大な都市の存在を示す。

 

「アルスティア帝国、帝都オルベリグ。ここが戦争吹っ掛けてきた先な。北国だから環境は厳しいし山脈が多い。けど飛竜種と共存してるからドラゴンライダーやドラゴンナイトが多く空中戦に秀でている。英雄ユニットは”龍喰らい”のロードレン。ま、戦争の理由はシンプルに土地が欲しかったみたいだな。生産力の高い土地を獲得して国を肥えさせたいって訳だ」

 

「設定細かいなぁ」

 

「設定、というよりはそう言う風に歴史が構築されたんでしょ。確か自然構築だったはずだし」

 

「ワールドはそうだな。たぶん根本の部分で乱世になりやすい様に運営が弄ってるだろうけど」

 

 ここまではオッケーだな? 良し、オッケーと見た。んじゃ今回の話に入ろう。割とエルディア側の動きは解りやすい。自分たちがログインするまでの流れを把握した上でエルディアの動きを見れば、急いで状況を整えようとしているのが解る。これは中断している戦争に対してイニシアチブを取ろうってのが良く解る。だったらプレイヤーを囲い込むための動きか? って言われると、

 

「違うんだなぁ、これが」

 

「え、違うんか? だってPCは不死身だぜ? 最強の兵士になるじゃん」

 

「だと思うじゃん? だけど逆に考えてみろよ。背景不明、不死身、そして凄まじい人口だ。戦争でプレイヤーを運用すればプレイヤーを戦場で使って良いってルールが国家間で出来るぜ? あ、明確な条約とかじゃなくて暗黙の了解としてな? そんな事を始めたら死なない兵士による無限の戦争の始まりだわ」

 

「あー」

 

 戦場シリーズとか、お仕事の呼び声シリーズとか。その手のFPS好きプレイヤーってのは滅茶苦茶多い。戦えるならそれだけで戦うってプレイヤーもいるだろう。そういう連中を好き勝手させる、という事だ戦争は。誰よりも最初にプレイヤーを見て、そして感じているエルディアなら解るだろう。このプレイヤーという集団を明確な組織として運用してはならない、と。こいつらを好き勝手動かさせてはならない、と。させてしまえば最後、この大陸はボカン! だ。

 

「だから違うね。俺が見るにエルディア側は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と思ってる」

 

 戦争好きのプレイヤーはどう思うかは解らないが、ただ賢い動きだとは思う。プレイヤー達の団結力に関しては既にアビサルドラゴンの討滅で見せられている。エルディアに集結している半分のプレイヤーたち、それもトップ層だけであそこまで派手に暴れる事が出来たのだ。だとしたら全てが揃った時……その熱量が一方へと向かった場合の衝撃は測れるもんじゃないだろう。俺が王様だったら怖い。この稀人とかいう連中、全員死なないように手足切り落としてから傷口塞いで牢屋に繋ぐわ。そうでもなきゃ安心して眠れねぇ。

 

 まぁ、そこら辺は特に心配しなくても良い。流石にAIやら運営が遊べる方向に物事を進めてくれるだろう。

 

「じゃあエルディアがその前提を構築する為に今動いているんだとして……なんでこんなところに来ているのか解る?」

 

「ん? 簡単だぜ」

 

 少し考えれば解る。まず地図を確認すれば解るだろうが、このジュエルコースト・リゾートはメゼエラ方面に近い位置にある。だがこの場所はどの国が管理している場所でもない。つまり中立地帯となっている。ただのリゾート地の様に思えるが、こういう中立の場所には意味がある。たとえばほら、リゾートと称して他国の人間と顔を合わせられると便利じゃん? ここは多分そう言う場所だ。そもそもからして動きに迷いがなさすぎる。

 

「あのパーシヴァルって奴、解放された瞬間にはこっちに向かってくる準備進めてたじゃん? しかも最初は港にいたって話だ。その上で船が出航するまでの準備がほぼかからない―――って事は元々海に出る準備を終わらせた段階で断絶に飲まれたって考えられるだろう?」

 

 王様か他の兄弟を探すってなら事前にそういうだろう。それにそういう人間を連れてくるんだったらもっと戦力とかを連れてくるだろう。だけどここに連れてきた戦力で一番強いのは俺達、プレイヤーだ。おかしくないか? 重要人物の保護に動くなら、国の偉い人間を連れてくるのであればもっと強い奴を、偉い奴を引っ張ってくるだろう、当然の万が一に備えて。

 

 少なくともアビサルドラゴンの時は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()し。

 

 だったらなんでこっちでは同じような事しねーんだ? 人を動かせないから?

 

 いや、でも見ろよ。あのAとかいう爺普通にテレポートしてこっち来てるじゃん。しかも話を聞けばアインにテレポートを教えようという話だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って話なんだ。飛行船だって存在しているんだし、人員を送り込む手段はあるのにそれを行っていないし、連れてこなかった。

 

 連れてこられない理由があるんだ。

 

 内密に済ませたい事が。

 

 過剰な戦力を連れてくると警戒されるような事だ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()って事だろ。

 

「ここは中立地帯だし他国の人間もここに違和感なくいられると仮定する。そしてエルディアの軍閥の王子がここに来た。って事は王子本人じゃなきゃ話にならん事があって、それが軍事に関する事になるんだろ。もし保護するだけなら王子本人じゃなくて信用のある奴がくれば良かったしな」

 

 という訳でエルディアの今回の行動は戦争に関連し、他国の人間と会う事。

 

「ま、俺の予測はエルディアとアルスティアとの密談かな。パーシヴァルの兄さんが出てくるって事はおそらく同じランクの人間が密談に来てる。恐らく停戦の話かねぇ。そこに稀人持ち出して共通認識作って停戦交渉を纏めて……って感じか」

 

「はあー……良くそんな事考えられるなぁ」

 

「図書館で歴史を調べようだなんて全く考えなかったしな」

 

「ま、俺はともかくお前らはそれでいいんじゃないか? こういうのを考えるのが頭脳労働担当って事だしな」

 

 ま、真実はどうなのかは解らんが。ただ交渉事なら略剣と梅☆がいる。あの二人がいる限りは絶対に交渉は失敗しないだろうし、空気の読みに関してはアインが化け物だ。そこで印象を悪くする事は絶対ない。何か不利な事が起きるならその前兆をニーズヘッグが読むだろうから場のリセットも容易だ。良く考えてみるとこれだけ特異な連中をよくもまぁ、アインの奴は集められたと思うよ。集めたというよりは何時の間にか勝手に集まった感じだけど。

 

 ……まあ、解らんでもないが。

 

 基本的に能力のある奴はどっかぶっ飛んでいる。だけどアインの奴はそこを気にせず、集団を崩壊させずに綺麗に纏めている。細かい空気の部分は梅☆のおっさんが整えるし、プライベートを無理矢理どうこうしている訳じゃない。出会うべくして出会った感じはある。

 

 まぁ、これからも似たような出会いはあるんだろうなぁ……なんて事は思ったりもするんだが。

 

「ま、俺の名推理はこんなもんだけど―――」

 

 さてはて、と声を零す。

 

「あっちの方は楽しくやれてるかねえ」

 

 Aの爺さんどこ行ったかなー、と探す為に歩き出しながら呟く。もうちょい考えを詰める為の情報が欲しい。それも違う視点と事実からのが。そう思いながら自分の役割を果たす為に、歩き出す。




 そら不死身の存在を戦争に出したら大陸が終わるわよ。


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パーフェクトコミュニケーション Ⅸ

「悪い、一回解りやすく死んでくれねぇか?」

 

「ええで」

 

 頭吹っ飛ばされてから蘇生アイテムで蘇生する。ちなみに激しい損傷があったり人の形をしないレベルでのダメージが出た場合、脳が耐えられる範囲の痛みを超えるので自動的に痛覚は遮断される―――とてもだが人の精神に対して良い影響を生み出さないと判断されて自動的に痛みが消えるのだ。これ、AI側から痛覚に耐えきれると判断されれば普通に痛覚が再現されるらしいのでこのゲーム絶対おかしいよ! と思う部分の一つだ。なお、蘇生される場合は白い光になってそっから人の形を作って再生される。ファンタジーだなぁ、って思う奴。

 

 とりあえず、パーシヴァルと再会の開口一番で要求されたのが即死だったんで応えてみた。まぁ、デスペナを背負うけどそんなに重くないしなぁ……ってのが本音だし。ただ頭を跡形もなく吹っ飛ばすのはやりすぎじゃない? ニーズヘッグちょっとフルスイングで勢いつけ過ぎてない? ちょっと実は不満溜まってない?

 

 ―――まぁ、それはともあれ案内されてやって来たのはホテルの応接室だった。

 

 そこにはパーシヴァルの姿があったし、同じレベルで顔が整った金髪のイケメンもいた。このクッソ熱い南国の土地だってのに態々長袖長ズボンという真面目な格好をしている上、その整えられた上質な服装を見れば一発でパーシヴァルと同じ様な地位にある人物であるというのが解る。となるとどこぞの王家の人間なのだが、エルディアの王族かなぁ? なんて事を見て考える。まぁ、挨拶や自己紹介の前に頭を吹っ飛ばしたんだが。

 

 結果、物凄いドン引きの表情を向けられた。

 

 解せぬ。

 

 そんな訳で蘇生されている間にパーシヴァルが相手の王子様に向き合っている。

 

「で、どうかな、ルートヴィヒ殿下。これで俺が思っている事は理解できたと思ってる」

 

「……言いたい事は解っている。そして合意する事に異論はない。元々私達の密談も停戦ありきの事で行動だ。だが卿が言う通りの事が今世界で起きているのであれば、この時代の主役となる者達は我らではない。それは間違いなく稀人達になるだろう。となれば、だ……多少話をさせて貰っても?」

 

「そりゃあ勿論……って訳でアイン、頼むわ」

 

「まぁ、俺も別に構わないけどさ」

 

 今回ここに来た事の目的はこの人物と会う事なのだろう。そう思いながら視線をルートヴィヒへと向ければ、座っていた彼は立ち上がりながら手を此方へと出してくる。それに応える様に握手を交わし、ニーズヘッグや略剣達とも握手を交わす。

 

「いきなりの事で済まない。私はルートヴィヒ―――北方にあるアルスティア帝国の第二王子になる」

 

「此方こそ丁寧にどうも、稀人であるアイン、ニーズヘッグ、梅☆と―――」

 

「神空烈滅王神究極超越極絶魔王・剣です、殿下」

 

 略剣の自己紹介にルートヴィヒがフリーズした。パーシヴァルが後ろで笑ってる。ルートヴィヒが首を傾げ、

 

「神空烈……何?」

 

「神空烈滅王神究極超越極絶魔王・剣ですよ、殿下。神空烈滅王神究極超越極絶魔王・剣」

 

「……?」

 

 首を傾げるお偉いさんの姿を見るのは面白いなぁ、と思っている間に名前ショックからルートヴィヒが復帰する。

 

「失礼、ちょっと……あぁ、ユニークな名前に面食らってしまった。だが今のでだいぶ理解できた」

 

 頷きながらルートヴィヒは言葉を続ける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()なのだな」

 

「お分かりになりますか」

 

 略剣が眼鏡をキラーん、と輝かせながら笑みを浮かべた。その言葉にルートヴィヒが頷く。

 

「私はエルディアとアルスティアの間の戦争を終わらせる為に停戦交渉の使者としてここに来ている」

 

 停戦交渉? 戦争をしてたんだ……と、今更ながらゲーム開始前の事情を知る。となるとパーシヴァルがここに来たのは北方帝国が解禁される前に、停戦の話を纏めておきたいという意味が強かったのだろう。そりゃあ急いでここまでやってくる訳だ。駄目だ、この手の話は俺向けじゃない。政治とかパワーバランスとか、そこら辺の話考えるのは面倒なんだわ。

 

 面倒な話になったら任せる、と視線を2人に送っておく。

 

「失礼ですが殿下、そうおっしゃるという事はエルディアとアルスティアでは戦争を……?」

 

「あぁ、そうであったな……稀人達は此方へと来てから日が浅いのであったな? ならば多少の説明は必要だろう」

 

 そこからルートヴィヒが説明する。

 

 北方のアルスティア帝国は環境がかなり厳しく、昔からエルディアの土地を狙っていた。作物を育てるのに向かないアルスティアでは作物を輸入しないと国民の食事を賄うのが難しく、それもかなり金が嵩む。その為精強なドラゴンライダーを保有するアルスティアは騎士達を傭兵に出し、或いは派遣して戦う事で稼ぎ、その金で食料を輸入していた。

 

 だがエルディアの王が現王になってからは治安が向上し、他の国とも友好な関係を作る様になってきた。そうなってくるとドラゴンライダーたちは過剰な戦力となり、必要な戦力ではなくなってしまう。そうなると今まで派遣していたドラゴンライダー達が職を失い国に戻ってくる事になる。そうすると別の産業等で金を稼ぐ必要になるが、厳しい大地に囲まれたアルスティアではその手の産業を生み出すのが難しい。結果、生きる為にもアルスティアはエルディア側の土地を切り取らなくてはならなくなった。土地を手に入れればそこで作物を育てたり畜産に力を入れることが出来るという考えだ。

 

 そして始まるアルスティアの侵略戦争。大陸有数の戦力を備えるアルスティア軍は厳しい環境の中でドラゴンたちと争い、そして共に育ってきた事もありエルディアが押される形となった。そこでエルディアは友好国であるマルージャに援軍を要請し、これをもってアルスティアに対して戦況を何とか膠着させた。

 

「だがこの戦いの決着は見えている。戦えば戦うほど国力が疲弊する。大規模な軍を維持し、そして戦い続けるだけの備えが我が国にはない……勝たない限りは」

 

 それが解っているからこそ軍部も皇帝も必死に最前線を押し込み、そしてエルディア相手に再び優勢を握る。そのおかげでアルスティア南部からのエルディア北部地域は切り取れたらしい。そしてここで意見が割れる。

 

「私はここで手打ちにしたい。土地の返却を対価に引き出し、その上で農作物に関する技術者……それもプロフェッショナルを雇いたい。このまま稼いではそれを食料に変える様なやり方では限界が来るのは見えている。必要なのは自国で産業を生み出す事だ。ノウハウや技術がない、と言っていられる場合ではないのだが……」

 

「成程、その感じからしますとお父上が賛成なさってはいない、と」

 

「困った事に、な」

 

 パーシヴァルが応接室の椅子に座りながら話を引き継ぐ。

 

「アルスティアの現皇帝と第一継承者が継戦派なのさ。このまま略奪しながら王都まで進んで切り取る。収支はそこでプラスにすりゃあ良いって考えらしい」

 

「困ったことに父上の判断もあながち間違いではないという話だ。それこそ背水の陣で挑めばそれも可能かもしれない。だがそれは国力を使い潰す戦い方だ。今は良いだろうが、確実に次世代に遺恨が残るだろう。それにそこからは生み出すものがない。故に私はここを手打ちとするべく、停戦交渉を進める為にここに来た」

 

「成程なー」

 

 じゃあこの王子様の行動は皇帝の意思には沿わないのか、と考えると厄介な事実に気づいた。つまり王子のが少数派なんじゃないか、という考えだ。此方の考えを理解したのか、ルートヴィヒは頭を横に振った。

 

「派閥で言えば半々だろう。だが皇帝陛下の考えが変わらない限りは戦争は継続されるだろう。故に私は裏で停戦を呼びかけ、兄上と陛下を殺す為の準備をしていたのだが―――その必要もなくなった」

 

 その視線は俺達へと向けられている。

 

「それにこの状況、戦争を継続すれば自殺にも等しいものだ。陛下も悪戯に国を疲弊させるような事は望まないだろう」

 

「……という訳で、だ」

 

 パーシヴァルから声が来る。視線を其方へと向ける。

 

「俺達としちゃここで手打ちにしたいし、ルートヴィヒ殿下もそう思っている。だからここで終わらせたい所に問題がある」

 

「断絶領域」

 

「正解」

 

 成程な、つまりパーシヴァルは俺達に帝国側の断絶を解除して欲しい、という話なのだろう。まぁ、頼まれなくても次は北と南の探索にプレイヤーが動き出すだろうし、態々依頼してこなくてもどうにかなったんじゃないかなぁ……なんて事を考えていると、略剣の方からアイコンタクトを向けられた。引っかかりを感じる? 時間を稼ぎたい? オーケー、お任せするぜ。

 

 話役を大人組にバトンタッチする。俺は正直裏を考えたり、疑う事は苦手だ。何かを狙っている、求めているというのは伝わるが分野外の領域はどうにもならない。ただ期待されている事と、畏怖されている事実は伝わってくる。だがそれ以上はどうともならない。

 

 なので素直に略剣にバトンタッチする。

 

 という訳で、お手並み拝見だ。




 帝国側も帝国側で割と必死ではある。

 なお軍事力は帝国がこの大陸ではトップ。


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パーフェクトコミュニケーション Ⅹ

「失礼ながら殿下達はこの停戦に向けて、稀人の力を借りたいように見受けられました」

 

「あぁ、断絶解除は稀人にしか行えない事だ。必然的に稀人の力を借りたいと思っている」

 

「そしてその為に前回行ったアビサルドラゴン討滅戦の様に、我らがリーダーに代表となって率いて貰いたい、と」

 

「ま、そうなるな」

 

 まぁ、今の所エルディアのPC代表みたいな立場に滑り込んでいるからなぁ、と思う所はある。何かあったらこっちに連絡が来る感じはある。正直面倒だし纏める気はないから勝手にやって欲しいんだけどなぁ、と思うのが本音だ。とはいえ、自分が率先してイベントを動かしていたからこういう形になってしまったのはしょうがないんだよなぁ、と思っている。まぁ、略剣に交渉や会話任せてれば失敗はないし別にいいか、と思う。信頼できる身内がいる事は実際、すごく助かる事でもあるのだから。

 

 という訳で略剣へと視線を向ければ、そうですか、と声を零してから眼鏡をクイ、と持ち上げた。そしてやれやれともとれる両手を上げたポーズを取り、

 

「いやぁ~、申し訳ないですけどそれは難しいですねぇ~。私達この後はマルージャに行って復興を手伝う予定なんですよ。えぇ、クラフターのレベリングとか、支援してくれるクラフターを探す予定がありまして。後は新しいメンバー探しとか。それで色々と忙しい部分あるんですよ。なのでいきなり北方へ行けと言われても困るんですよねぇ……えぇ」

 

 良い笑顔で応じ2人からの要請を断った。

 

 ……うっわ、こっわ。

 

 パーシヴァルの目が一瞬だけ険しくなった。他の人に察知できるかは解らないが、一瞬だけ、本当に一瞬だけ雰囲気が変わった。この手のダビスタ血統の人間はカリスマと呼べるものを備えている。それは特定の状況で相手の判断を狂わせたり、無意識的に服従させたり、或いは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと言える。昔のニーズヘッグがこれに全力だったタイプだ。今ではそれら全部放棄してポンコツヘルチワワ化しているが、カリスマがずば抜けているタイプの人間というのはどことなく非人間的だ。

 

 そして王族という血統はその手のカリスマが生来より備わっている。だからこそ人を前にした時、その畏怖で人を従えさせることが出来る。会話を通して都合の良い方向へと人を誘導できる。それが生まれながらの覇者の風格というものだ。

 

 それを意図的にぶっちして無視したのが略剣であり、

 

「ま、そうだよなぁ。別に俺達ずっとエルディアに居る訳じゃねぇしな。北方とエルディアがそんな面倒な事になってるなら半壊してるマルージャへ行った方が楽だもんなぁ。あっちは復興祭りで楽しくやってるみたいだし。今なら俺達がレベルトップのチームだろう? ゼド達誘ってあっちで遊んでくるのも楽しいかもしれねぇな」

 

 げらげらと笑いながら梅☆が室内の空気を上書きする。もっとライトでポップな物へと。最初にパーシヴァルとルートヴィヒが構築した厳かでシリアスな空気は略剣と梅☆の言葉によって上書きされた。いや、上書きされたのではなく意図して上書きしたのだ。

 

 俺はここら辺、相乗りして合わせるタイプなので、手法としては全く別のタイプだ。赤の上から青を使って色を塗りつぶしている形だ。混ぜずに塗りつぶしているというのがポイントだ。見方によれば明確に喧嘩を吹っかけているようにさえ見れる。だが喧嘩を吹っかけている、ととられない理由はシンプルだ。

 

 ()()()()()()()からだ。

 

 ぶっちゃけ、俺達は国所属の兵士でも騎士でもなく、ただのフリープレイヤーだ。依頼に従って動いているだけであって別に義務もない。

 

 それに? 嫌になればログアウトして距離を取れば良いんだ。

 

 そう、俺達に何かを強制する、という事は出来ない。

 

 だからこそパーシヴァルとルートヴィヒの行動は早く、雰囲気を染めて調整している。多分2人でどういう風に会話を持ってゆくか、というのを事前に相談してある。その証拠にほら、ルートヴィヒもパーシヴァルもお互いの確認をしない。次にどう行動するか、どう判断するべきなのかを事前に判断してあるという事の証拠だ。

 

「此方で手配できるものがあるのならそれを報酬に働いて貰いたいんだが」

 

「あー、いや、そう言う事ではないんですよ。だってほら、俺達何かを強制されるように働くのって嫌じゃないですか」

 

「つまりは動いてくれない、と」

 

「いやいや、そう言う事ではありませんよ? そりゃ勿論王国と帝国が成功したら、って前提が付きますけども。成功したら報酬を支払う能力があるってのは疑っていませんよ? 今までちゃんと報酬出していますし、誠実に対応して貰ってもいますし。うちのリーダーだってどうやらかなり仲良くさせて貰っているようですし」

 

 視線が此方へと向けられるのでお手上げサインを見せる。

 

「不満はないぜ? 楽しくやってるし。でも、まぁ、スケジュールを後から後から詰め込まれるのはちょっと忙しいよな」

 

「と、いう事ですよ殿下。私たちは元々国民でもなければ兵士でもないんですから、ぶっちゃけ急いで断絶解除する理由もないんですよね。何ならメゼエラ方面の方の攻略を先にしても良いし」

 

「ふーん?」

 

 面白そうにその発言をパーシヴァルは見ている。反応からしてチップの方を上乗せ要求しているように見えるだろう。見えるだろうが―――まぁ、違うんだよなぁ。ぶっちゃけ国から金とかを引き出す事に興味はないのだ。それに国を敵に回すつもりもない。つまりはなんだ、略剣の言葉を簡単に説明してしまえばこう、だ。

 

 ()()()()()()()便()()()使()()()()()()()という主張だ。

 

 言ってしまえばこのまま従っていると俺達の自由行動が潰れると言う話。イベントとやるべき事を提供されるのはゲーマーとしては楽しい事であるのに間違いはない。だがこのまま行くと便利に使われてしまい続ける。なのでその流れをいったん切ろうとする話だ。そうしなければ今回の様に遠くまでスケジュールを詰め込まれて連れ出されることもある。

 

 断る事? もちろんできる。()()()()()()()()、という前提があるが。

 

 簡単に断ってしまうとじゃあどうすりゃあ良いんだ、って話になる。ぶっちゃけエルディア側の行動はこのゲームにおけるグランドクエスト―――即ちこのメインシナリオを攻略する上では重要な行動だ。これを進める事によってこの大陸を断絶から解放する事が近づくのは間違いがないだろう。だけど俺達が主役って訳じゃないんだ。

 

 主役はプレイヤー全体だし、

 

「ま、あんまり俺達が出っ張りすぎると恨まれるからな! 他の連中にも出番を与えないとな」

 

 という所に尽きるのだ。MMOでは当然、有名なプレイヤーやトッププレイヤーは他のプレイヤーに良く知られる。そして一人でコンテンツを食いつぶす様な連中はマジで晒される。炎上の原因にもなるし、そこらへんはマジで一人で全部やらないようにしないと気を付けなきゃいけない。

 

 炎上とか、アンチとか、粘着とか。この手のものに気を付けずバッシングを受けて引退したなんて話、ごろごろとある。

 

 その手の話やこれからの事や立場、そう言う所を含めての話を略剣は持ち出している。

 

 その手の認識に関してはこの世界の住人達は欠けている。英雄がいるのだから突出して活躍して暴れて少人数で総取りしても問題のない様に自然と考えている。だけど俺達はそうじゃないのだ。俺達は多くいるプレイヤーの内の一人で、ヘイトコントロールをしないとヤバイ部分があるのだ。

 

 と、そこで略剣の横にメッセージを表示するホロウィンドウが出現した。それを略剣がちら見で確認し、軽く咳ばらいをしてから話を続けた。

 

「まあ……というのは私個人の考えです。ですが場合によってはこれらの問題は全てクリアされます」

 

「ほう……して、条件は?」

 

 ルートヴィヒのどことなく状況を楽しむような言葉に、略剣は笑みを浮かべ、

 

「いやぁ、この手の話って担当者を通すのが基本じゃありませんか?」

 

 その言葉と共に応接室の扉が開いた。突然の来客に驚かされるパーシヴァルと俺達。笑みを浮かべているのは略剣だけであり、部屋の中に入ってきたのは2人組の姿だ。

 

 獣の耳と尻尾を備えた男女の姿。普段は見慣れた私服とは違う、それこそどこぞの貴族とも見れるような和と洋を融合させた上質な服装に着替えたイェンとフォウの姿であった。

 

 大胆不敵。そうともとれる表情を浮かべたイェンは扇子を取り出すと己の口元を隠すように笑みを浮かべた。

 

「失礼する―――あぁ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と聞いてな。何やら話がある、とも。ならばまずは私に筋を通して貰おうか? ん?」

 

 その登場と言動に、あからさまなしかめっ面をパーシヴァルとルートヴィヒが浮かべていた。

 

 さあ、盛り上がってまいりました。




 この状況に置いて一番みたくない奴&立場がMAX面倒な奴。

 鍋「連れてきたで」


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パーフェクトコミュニケーション Ⅺ

「―――ほう……で、なんだ? ん? 私抜きで話を進めようとするなんて寂しいではないか。あぁ、勿論そんな事で腹を立てる程子供ではないさ。でもこれはアンフェアじゃないか? 私と契約している者を横から了承もなく使おうとするのは……違うか?」

 

 滅茶苦茶嫌そうな表情をパーシヴァルが浮かべているし、ルートヴィヒもめんどくさそうな表情を浮かべている。この状況で一番出てきて欲しくない人が目の前に準備万端と言わんばかりに登場すれば、それはそうなるだろう。イェンは此方へと視線を向けて微笑むと、手をひらひらと振る。

 

「では3人で、ゆっくりと、今後の事を話し合おうか?」

 

「面倒な事になったなぁ、おい」

 

「とはいえ、私は国の未来の為にこの話を成立させねばならない」

 

 イェンが退室してもいいぞ、とサインを出すので軽く頭を下げてから部屋から出る。残りの政治ゲームはもうあの3人でうふふあはは笑い合いながらやってくれるだろう。護衛にちゃんとフォウもいるし。というか交渉事、フォウの方がやるかと思ったんだけど普通にイェンがやるんだなぁ。あの兄妹、良く解らんわ。ただ雰囲気の方はかなり楽しそうでイケイケだ。

 

 いや、今回悪い人は誰一人としていないんだが。それはそれとしてご愁傷様、という感じだ。俺達にも都合がある。それを超えて行動をする事はやっぱり無理なのだ。それを穏便に理解してもらうには同じレベルで殴り合いが出来る人が必要だ。部屋を出た所で漸く解放された、と背筋を伸ばして腕をぐるんぐるん回す。

 

「おーい、アイン。良いか?」

 

「ん?」

 

「お前の知り合いで俺達レベルに動けるチームかパーティー知らないか? たぶん交渉自体は終わるけど着地点としては俺達を出せないって所に落ち着くだろ。最終的にこっちから同じレベルで動ける連中を紹介すればそれで済むはずだ」

 

「お前ほんとそう言うの良く解るな……」

 

「交渉ってのは事前に着地点を見据えてからやるもんなんだよ。今回は最初から最後までこっち有利だったしな。なるべく関係に罅は入れたくはないけど、全体の話をすると俺達にばかり頼り切られても困るって所だしな。ま、そんなもんだ。たぶん王国側も1つのチームに頼り続ける形も嫌だろうしな……」

 

「そうなんか」

 

「ま、解りやすい話をするとこうだ」

 

 梅☆が解りやすく説明してくれる。

 

「ワンオペの店はつぶれやすい」

 

「超把握した」

 

「めっちゃくちゃわかりやすい」

 

 ほえー、と腕を組みながら納得すると、更に続けられる。

 

「まぁ、正直な話パーシヴァルがその流れを作ろうとするのはおそらくこの次辺りだろうな。今回は帝国解放の旗印として俺達と組んで他のプレイヤーを率いさせたいのが本音だろうかなぁ。その後で使えるチームの多様性を生み出しつつ頼りきりにならず、エルディアでは稀人が活躍する場を用意できるとアピールするのが理想的な流れだっただろう。まぁ、今回は俺達がその前に事前に契約を結んでたから介入した形だな」

 

「俺達としちゃ活躍しすぎるのはヘイト稼ぐから困ったもんだし、他にもしなきゃいけない事もあるし帝国の事は勿論だけど他のプレイヤーに任せても良い範疇なんだよな」

 

「それOFそれ」

 

 ぶっちゃけ帝国解放運動は俺達が主導でやる必要はねぇんだよなぁ、ってのが本音だ。勿論シナリオで目立つのは楽しいだろう。だけど今はその前にフルメンバーを揃えたいって気持ちもあるのだ。イェンが装備品や消耗品周りでサポートしてくれるって話は略剣と交渉でケリを付けてくれている。となるともうあんまりエルディア王家側の仕事を受ける必要はないんだよなー、って話になってくる。

 

 ここからはレベリングと強化を重ねながらエンドコンテンツ用のフルメンバーを揃えるのが1つ。その練度を上げる為の訓練も必要だし、メインシナリオ攻略以外のことにも着手しなくちゃいけないのだ。いつまでもあっちこっち土地を移動している訳にはいかないのだ。それに拠点の1つだって欲しい。割と真面目な話、腰を落ち着けられる場所は必要だろう。

 

「ま、何時かはやらなきゃいけない事だったんだ。それが今回だったって話だ」

 

「ま、そこら辺はしゃーないわ。俺はとりあえず連絡入れてみるか……」

 

 ホロウィンドウを開いてネットに接続。とりあえず現在活躍している有名チームの検索をしてみる。そこらへん、ツブヤイッターにアクセスすればすぐに見つけられるだろう。後はスレとか検索すれば問題ないかな? そんな事を考えながら検索しようとすれば、ホロウィンドウの中にデフォルメフィエルが出現し、これこれ、と指さししながら検索を手伝ってくれる。お前、さっき上の人間に怒られたばかりじゃないっけ? そう思いながら活動中の有名チームを確認する。

 

 今の所トップチームは4組ある。

 

 1つは俺、つまりうちの所。固定が5人で募集3人というのは既に把握されているらしく、正式名称もないので俺の名前をなぞらえて《ナンバーズ》だなんて呼ばれている。それでそういやあチーム名まだつけてなかったな……というのを思い出す。そっちの方も考えておくかー、なんて思いつつ次のチームを確認する。

 

 こっちはエルディアを拠点にするチームで《レジェンズ》というらしい。20人規模のチームでエアポートの攻略にも大貢献、エルディアの中で最も大きなチームの1つになるらしい。攻略に意欲的で南部方面への道を広げており、断絶もこの数日中に解除成功している模様。

 

 次が《辻斬り同好会》。PvP狂いのプレイヤーが集まった10人規模のチームで、文字通りPSを鍛える事とPvPで勝利し続ける事にしか興味のない連中。現状PSトップ勢はこのチームにいる奴だと言われているらしい。こいつらはダメだな。話にならないし忘れて良いだろう。そのうちPKギルドとかに変質しそうな気配があるから要注意ではあるが。

 

 で、最後が《ワークマンズ・ショップ》、マルージャを拠点とするクラフターたちの集い。既に参加者は100人を超えていてまだまだ増えている、と。これは戦闘が関係ないし今はいいかな。クラフターを仲間に引き入れる場合はこっちに声をかければいいかなぁ、なんて事を考えながら選択肢から除外する。

 

 実質的に声をかけられるのは《レジェンズ》だけかな? 確認してみるとエアポートの攻略の方も現在は終了して解放完了、エルディア側での祭りも今は後夜祭に突入して祝勝ムードに浸っているらしい。ならこっちから仕事を頼んでも問題はなさそうだよな、と判断する。とりあえずはメッセージを作成する。あて先はレオンハルトでいいか、アイツなんか顔広いし。

 

 という訳で面識あるかどうかの質問をメッセにして送ろうとすると、メッセをホロウィンドウの中のデフォルメフィエルが掴み、そのまま出発する。お前本当にそれで良いの? ええんか? ……まあ、本人が楽しそうだしそれでええか! 諦めてフィエルを見送る事にする。だいぶ知能指数が下がってきてるのが割と心配だがアイツもう取り繕って最初のRPのままやるのも諦めてるしな……。

 

 いや、或いはそれがAIの本来の年齢なのかもしれない。

 

 彼女たちはまだこの電子の海で生まれたばかりなのだから。精神構造が学習に従うなら幼くて当然なのかもしれない。

 

 まぁ、どっちにしろそこら辺考えるのはプログラマーの仕事だ。俺の仕事じゃない。今回の交渉は後はイェンに任せるとして、暗くなってきたし一度ログアウトして晩飯の準備するかなぁ、と思っていながら外に出ると、土鍋達の姿がそこにあり、

 

「よ! 援軍はどうだったよ? いやぁ、あのお嬢様にアインを売っただけの価値はあっただろ」

 

 直後、顔面にチェーンソーが突き刺さって死亡した。




 鍋「助けてくれたらアインを1日好きにする権利あげるよ」
 イェン「乗った」


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パーフェクトコミュニケーション Ⅻ

「鍋の野郎の行動カノジョにチクっとくか……」

 

 ログアウトして真っ先にメッセを送る。売られたら売り返せ、倍返しだ。

 

 とりあえずのノリで土鍋に復讐したらその後で晩飯の準備を整えたり、部屋の掃除、空気の換気とかをしておく。ここ最近はずっとMMO生活が続いているので生活ルーチンもそれに合わせて最適化されている。後はついでに軽い運動を入れておかないといけない。シャレムからログアウトするとPCのスクリーンの方にフィエルが移動し、メールプログラム等を開いて色々とチェックしてくれたりしている。こいつが生活をサポートするようになってからはほんと、生活の細かい所が楽になった。

 

 ともあれ、そんなんで運動も夕飯の準備も終わらせると、1日の終わりのフリータイムがやってくる。

 

 いつも通り、PCの前でパンツにシャツという格好で椅子に座る。

 

『アインさんアインさん、メッセージが来てますよ。えーと、土鍋さんからですね ”助けて”だそうです。どうします?』

 

「消しといて」

 

『はーい』

 

 お前の事等知らん。どうせ口だけでどうにかできるだろうし心配するだけ無駄だ。次のメールは婚約報告でよろしく頼む。俺も人の事を言えないだろうけど。いやあ、マインスイーパーは大変だなぁ……。良し、忘れよう。それよりも今日は何が他にあるか、という話だ。寝るまでの数時間の間、グラフィック関連のあれこれを詰め込んでも良いけどそれじゃあつまらないしな。

 

「っと、そうだそうだ。最近纏まってきたスキル関連のあれこれをWIKIに乗せておくか」

 

『あ、やっておきましょうか? WIKIへの情報提供』

 

「頼む」

 

『了解ですー。えーと、シャレムネットワークから自分を切り離して記録データとログからの情報のみを提供します。《深境》は非公開、と』

 

 いや、本当に助かるなぁ、とフィエルがWIKIを更新しているのをスクリーンの片隅で確認しつつ、テーブルの上に置いてあるARグラスを見る。今ではVRが世界的なメジャーになっているが、AR環境もかなり充実している。それこそひと昔前ならARはゴーグル型でないとスペックが足りなかったが、ARグラスを装着さえすればどこでもAR環境でスクリーンをタッチ、操作できる程に技術は進歩している。

 

 グラフィック関係のワークはこのARグラスを装着しての作業の方が効率が良い。というのも、VR環境と一緒でグラフィックそのものを掴んで引っ張ったり変形させたりという作業が、この方が遥かに細かく出来るからだ。ペンタブも、マウスも、今では古い装備だ。今の時代はARグラス装備だ。これにAR接触用のグローブを装着すれば作業は出来る。

 

 とはいえ、これ凄い疲れる装備でもあるのであんまり使いすぎたくはない。という訳で効率が悪くてもいいからPCでぽちぽちと作業してたりもするが、今夜はそんな気分でもなかった。創作はやる気でクオリティの乱高下が凄まじいので、やる気の入った夜に一気に全員分を終わらせる事を決めている。

 

『あ、メールが新しく2件来ました』

 

「はいはい、今度はなんだ?」

 

 ツブヤイッターを広げて数日中に恐らくは固定募集の条件を公開するとツブヤイッターに流すと、リプライで”明日だな……”とか言われるのは解せない。明日は流石に無理やろお前!!

 

『1件目はレオンハルトさんからです。連絡の件を了承したのと向こう側乗り気という話です。深夜早朝と日曜日以外であればいつでも会えると言っていたので希望する日を教えて欲しいそうです』

 

「あー、明日は無理だし明後日かそん後か……いや、細かいスケジュールはどうなったもんか解んねぇな。そもそもこんな早く話がつくとは思わなかったし。あ、いや、爺にテレポート頼めば明日にはできるか……? 無理か。明後日か明々後日って事で。細かいところはこっちの都合でまだちょっと解んない」

 

『了解です、こっちで文面整えて送っておきます。そして2件目は運営の方からです』

 

「え、俺なんかやった?」

 

 適度にショートカットとかはしてるけど明確にルールをぶっ壊してるつもりはないんだが……? それに常にフィエルに監視されている状況だから何らかのチートやバグを活用しているつもりもないし。マジで運営になんか言われる覚えがないんだが。あ、いや、まさか、

 

「フィエル、お前……?」

 

『違いますよ!! 運営の方から……というよりも本社の方からアインさんが就職先を探しているという話を聞いたらしくて……』

 

「人の職業事情探らないでぇ??」

 

 ARグラスを装着してフィエルからメールを展開して貰うとマジで勧誘が来てた。グラフィッカーの方がタンバリン片手で踊りながら歓迎してくれるらしい。いや、評価されるのは嬉しいんだけどぶっちゃけこの手の技術、俺よりも上手な奴って割とゴロゴロいる気がするんだよなぁ。にやにや動画で良く見るCG系アニメとか。ああいうの個人で制作してる人の方をスカウトした方がええんじゃないか。

 

『でもアインさんだけですよ』

 

「んー?」

 

『私みたいなAIを作業に混ぜて完成させられるの』

 

「あー」

 

 お忘れかもしれないが、我が家にはフィエルがいる。誰よりも、何よりも電子という世界に馴染んでいる生物だ。俺がARグラスとトラッカーを装着して作業するよりも、フィエルに口頭で指示を出したほうが10倍近く早く、そして綺麗に作れる。そういう事で今使っている一部の魔法、配信外で作成したもんは自分の手で弄りながら作業しつつ、フィエルに口頭で指示を与えながら共同作業で作ったもんだったりする。

 

 だけどそうか。

 

「これ、かなりの特殊技能か……」

 

『ぶっちゃけ世界的に見てオンリークラスの技能ですよ。運営の方でも一緒に作業するって事は意識や環境のすれ違いから機能しませんし』

 

「お前と俺」

 

『私は自分の性格や思考をアインさんベースに最適化しているので……でもぶっちゃけ、この最適化を行うと汎用性が失われてしまうと言いますか、個性の方向性が出来てしまうと言いますか』

 

 こいつのポンコツはそれが原因だったんだな……。いや、でもまぁ、割と真面目に息が合う感じはあるから助かってはいるんだが。でもそうか、これ特殊技能扱いなら入社する為の能力になるのか。ならもうちょい気合入れて作業してもいいかもしれないなぁ、と思う。

 

「まぁ、今はちょっとフリーでいたいんで。今はちょっと無理かなぁ……って感じで。その内受けたくはあるけど」

 

『ではそんな感じで返答しておきますね』

 

 フィエルがこうやって働いてくれると秘書を持ったような気分になるのが不思議だよなぁ。真面目な話、就職は物凄い魅力的だがそうなるとシャレムという世界をもうただのゲームとして楽しむ事は出来なくなってしまいそうな怖さがある。その事を考えるとやっぱり、ゲーマーとして楽しめるだけ楽しんでからこういう話は受けたい。

 

 それに結婚したり家族を持つようになったら定職を得る必要があるし。そん時は真面目に就職してぇーなぁーってのがある。

 

 まぁ、今は無理だ。ただこういう話を考えるとちょいやる気が出てくる。

 

「……うし、寝るまで出来る所やっておくか。ツールとファイル開いて。1時間ぐらい集中してやるわ」

 

『はーい。今準備しますねー』

 

 髪が目に入らない様にヘアバンドで前髪をオールバックで流しつつ、両足を椅子に乗せた体育すわりスタイルに移行する。手に装着したトラッカーでVR内……よりは反応は悪いが、それでも同じように手で弄って作業は出来る。

 

 これを使ってモーションやエフェクト、グラフィック周りを構築する。まずは自分の決戦技回り、次は身内のだ。魔法は更新が激しそうだなぁ、と思いつつ、

 

 今夜も今夜とて、シャレムの事に時間を費やして終わる。




 パフェコミュも今回でおしまい。

 安定感に定評のある土鍋。


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トップチーム

 何時も通りのログイン。だが何が違うかと言うと運営からの告知で来週からはスキルレベリングに対する+50%ボーナスが入るという告知が来てた。ログボを回収しながら通知される内容に、本格的なレベリング作業は来週に回したほうが時間効率的には良いのかもしれないな……なんて事を考えながらジュエルコースト滞在、3日目に突入する。

 

「ログイン状況は……まちまちか」

 

 まだ皆がインしている訳ではないのでID周回にも行けないし、ここ2日での復興状況を確かめる為に歩く事にする。歩きながら《契約術》と《結界術》のレベリングの為に両方を使ったり、《氷魔法》のレベリングの為に氷の蝶を生み出して自分の周囲に浮かべる。戦闘をするよりも遥かに効率は悪いが、それでも少しずつ経験値が溜まるならやるだけの意味はある。という訳でスキルレベリングをしながら散策開始。

 

 まずやってくるのはホテルの前だ。

 

 流石リゾート地というだけあってかなりの数のホテルがある。とはいえ、その中でなお稼働しているのは少数だ。理由はいたってシンプルで、定期便や資材を運んでくる船の用意が難しいからだろう。今の所、完全に機能しているのはパーシヴァルの船だけだ。そして確保されている航路はエルディア行きだけだ。この中で壊されたホテルや崩れた個所の修復用の資材を集めるとなると、エルディアに頭を下げる以外の事が出来ない。

 

 それに資産をどの国に預けていた、という話も出てくる。エルディア以外の国に資産を預けていた連中は今頃絶望顔を浮かべているだろう。

 

「船はどうだ?」

 

「第一便が今夜戻ってくる予定です」

 

「良し! それまで昨日と同じく片付けられる所を片付けるぞ!」

 

「おー!」

 

 直ぐ横を大声で張り切り作業員たちが走り抜けて行く。質問しなくても何が起きているのか把握できるのは、ちょっと楽しい。日本では全く見ない非日常の中を歩いているような気分を味わえるのはVRMMOの特権だろう。どんな高級なMMOでも、このリアルな体験には勝てない。自分の体を実際に動かしてるんだよなぁ、と横に召喚しては時間いっぱいまでお散歩して消えるロリフィエルの姿を見送った。

 

 と、歩いている内に昨晩交渉するのに使ったホテルに戻ってきた。ここもどことなくぼろぼろになっている箇所があるが、既に修復が始まっており、稼働可能になるまではまだあと数日かかりそうという様子を見せていた。ここでバイキングを朝食にもらえるらしいんだが、そういうホテル飯よりも個人的には屋台飯のが好きなんだよなぁ。そんな事を考えながらホテルを後にする。パーシヴァルやイェン達の交渉がどうなったか。後できっちりと顛末を教えてもらおう。俺達の活動に関する事でもあるのだから。

 

 ホテルを後にして向かうのはマーケットの方だ。もう昨日の時点である程度店が出ていた、という話を聞いている。こんな状況でも商売をする様なバイタリティ溢れる人間が結構いるもんだ、と思いつつID周回で慣れてしまった道路を歩く。

 

 燦々と照り付けてくる太陽の熱がじっとりと肌を焼き、汗を浮かび上がらせる。だが周囲を踊る氷の蝶が熱した体を冷やしてくれて、涼しい空気を自分の周りに生み出してくれる。そのおかげで回りの人たち程、熱い思いはしなくて済んでいる。もうちょい数を増やせば涼しいんだろうなぁ、って思ったりもするのだが……まぁ、この暑さを含めてリゾート地って感じはするし? 完全に涼しくして快適にするのは違うだろうとは思う。

 

「おー、ほんとだ。マーケットの方はもうほぼ通常稼働って感じだな」

 

 マーケットの方は露店や屋台を並べればそれでもう完成なので、破壊されても直すのも簡単なのだろう。もう既に結構な数の人たちが集まって商売に精を出していた。良く見れば元々断絶前にこのリゾートにいて、断絶に飲まれた事で取り残された観光客らしき姿もある。ホテルじゃなくてこっちで食事をとりに来たんだろうか?

 

「お、そこの兄ちゃん! 釣ったばかりの新鮮な魚を使った魚団子はいらんか?」

 

「お、じゃあ1パック宜しく」

 

「毎度アリ!」

 

 そうやって渡されたのは魚団子の入ったスープだった。つみれの様な魚の団子、それは透明なスープの中に浮かんでいて良い匂いを発していた。こんな状況なのにこういうものは作れるんだ、と驚きながら口の中にスープと魚団子を一緒に放り込む―――うん、コクと出汁がちゃんと出てる。これはこれで美味しいものだ。和か中のタイプかと思ったけど、どっちかと言うと味的にはベトナムとかそっち系かな? あっさりしているからちょっと味が濃い目のものと一緒に食べたいなぁ、ってなってくる。

 

 まぁ……匂いを嗅げば直ぐ近くからこってりとした肉の匂いがしてくるから、そっちに興味が移っちゃうんだが。

 

「上手に商売してるなぁ」

 

「ここで生きて行く為の知恵って奴だよ」

 

 まぁ、ええじゃろう。その思惑に乗ってちょっと散財してやろう。ここで生活している人たちもあるしね? ただどれを食ったもんかなー、って思っていると、太った褐色のアロハのおっさんがやってきた。

 

「やあやあ、君、何を食べるのか悩んでるね? ややヘヴィだけどこれとかどうだい? ハンバーグにライス! その上からとろーり生卵をかけて食べるのさ! んー、デリシャス!」

 

「朝からカロリー高すぎない?」

 

「気になるならビーチで泳げばいいのさ! ま、泳がないから私はこんなお腹になっちゃったけどね!」

 

 HAHAHAと笑っているおっさんの様子に苦笑を零す。まぁ、笑わせて貰ったしロコモコっぽい料理を購入させて貰おう―――うん、名前はそのままロコモコだった。やっぱり食べ物の名前とかは変にアレンジせずにリアルの奴をそのまま採用してるんだなぁ、って思う。変にこだわった所で困るのはプレイヤーの方だしな。

 

 ともあれ、ロコモコを購入。どんぶり型の器を貰い、食べ終わったら返してくれよと言われるのにサムズアップを向ける。朝から食いすぎかと思うけどここはリアルじゃない。多少のオーバーイーティングはなんも問題はないのだ……だってほら、ニーズヘッグの奴が結構食ってるしぃ?

 

 という訳でロコモコを口へと運ぶ。ハンバーグのジューシーな肉汁に味の濃いソース、そしてそれをご飯で一気に口の中にかっこむ! うん、文句なく美味しいと言える逸品だ。やっぱりホテルで食べるよりこういう屋台飯のが歩く楽しさがあるから好きなんだよなぁ。

 

「だけどお肉、断絶の影響もあったけど大丈夫なのか」

 

「大半は冷凍庫で凍らせて保存してるしね。駄目になったやつはまぁ、そこそこあるけど大半は大丈夫さ。そこはちゃんと保存しているからね。基本的にいつでも食べ物を提供できるように貯蔵しているからねぇ」

 

「ほえー……色々やってるんだなぁ」

 

 そういえば俺達プレイヤーはシステム的にアイテムをスタック出来るけど、此方側の世界の人たちはそれが出来ないんだよな。ちゃんと貯蔵庫用意してそこで保存してるんだと思うとマジで頑張ってるのが解る。だからこそ食材が腐ったり、資材が必要になったりするんだろうな。良くあるゲームみたいに資源も無限に取れる訳じゃないし。

 

「それはそれとしておっさんは観光客?」

 

「俺? ここの地主だよ。あ、俺と俺の土地を助けてくれてサンキューな。ところで謝礼って土地でいいかな? 言葉よりも解りやすく伝わると思うんだけどこの感謝のソウル」

 

「んー? んん―――????」

 

 首を全力で傾げながら自称・ジュエルコーストの地主と名乗る人物の姿を見て、もう一度首を傾げながら全力で頭の上にはてなを浮かべる。

 

 うーん―――どうすんのこれ?

 

 ……どうするのこれ?




 地主(世界最高レベルの富豪)。


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トップチーム Ⅱ

「……やっぱ土地じゃ重すぎる? じゃあ君とお仲間の分の永久フリーパスポートなんかでどうかな! 良し良し! こっちの方が自慢にしやすいだろう! 後で手配しておくから受け取って置いてくれよ」

 

「お、おう。まぁ、貰えるなら貰っておくわ」

 

 断る理由はないし。土地だったらちょっと真面目に悩むけど、リゾートホテルの無料パスポートなら疲れた時のリラックスにでも来る事も出来るし、そっちの方が嬉しいかもしれない。交通の便を考えて拠点はエルディアの方がやりやすいんだよなぁ……東西南北全てが別の国へと通じるし。まぁ、そういう訳で土地は困る。しかしこのジュエルコーストの地主だなんて人物だったとは。

 

「なんでこんな場所に?」

 

「そりゃあ俺の庭だからだよ。ここを毎朝歩いて頑張ってる人達の笑顔を見るのが趣味さ。そのついでにお金が入ってくるならほら……人生幸せだろう?」

 

「あははは……」

 

 なんというか……凄いユニークな御仁だった。地主というからには偉ぶった人間かと思ったらそういう傲慢さは欠片も見せずに、楽しそうに笑いながら立ち上がると手を振りながらマーケットの方へと向かう。どうやら色々と買い物をして金をばらまいているように見える。或いはアレが、彼なりのボーナスか復興支援なのかもしれない。大物なのか馬鹿なのか、今のところは良く解らないけど機嫌を損ねられない相手であるのは理解した。まぁ、そんな奴はそこそこいるのだが。

 

『あ、梅☆さんがインしました』

 

「お、来たか」

 

 じゃあ、合流しちゃいますか、とマーケットを出てビーチの方へと向かおうとすれば、ホテルの方から出てくるイェンの姿を見つける。此方を見るとイェンは微笑みながら軽く手を振ってくる。それに手を返しながら歩いて近づく。その表情の明るさを見れば中々良い結果を得られたのが解る。

 

「夜通しで?」

 

「あぁ、長く話し合う事になったが中々納得の行く話し合いになった」

 

「そうか、お疲れ様イェン―――あ、今更だけど」

 

「構わん。その方が私にとっても心地が良いからな」

 

 やれやれと言わんばかりに肩を振ってから横に並び、ビーチへと向かう。直ぐ目の前のビーチにはちょうど座れそうなベンチもある。並んでベンチに座る。夜通し話していたせいかイェンにはちょっと疲れたような様子も見えるが、それ以上に楽しそうなものが見える。肩がぎりぎりくっつかない程度にまで近づいて並ぶとイェンは指先を前に出す。何が欲しいのか解る為、氷の蝶を一匹その上に止めてあげる。

 

「んー、中々心地の良い綺麗な魔法を創るんだな」

 

「ま、趣味って所さ。これぐらいだったらそこまで手間もかからないしな。次回作はもうちょっと大きいのを予定してるから期待しててくれ」

 

「ふ……その時を楽しみにしておこう」

 

 ふぅー、と息を吐いて蝶に見入るイェンの横顔を見る。頭の上ではぴくぴくと耳が動いている……偽物ではなく、本物だ。この手のファンタジー種族がちゃんと存在していると思うと面白いが、それがリアルな様子で存在しているのはなんとも不思議だ。だけどMMOだから存在するのはある意味当然なのかもなー。

 

「貴様らの事だが」

 

「あぁ」

 

「とりあえずは私が預かる事になった。まぁ、ここは当然かもしれないが。王家からの依頼を出す時はまずは私を通す必要がある。報酬回りの相談もこっちで行う。基本的な部分はここで落ち着いた……まずはいいな?」

 

 頷く。そこら辺は略剣にもそういう形で落ち着くだろうって言われてた事だ。今回は先にイェンと契約していたから、理はイェン側にある。契約主であるイェン抜きでは話を通す事が出来なくなったのは俺達にとってはプラスになる出来事だ。そうでもなければずっと働かされ続けるかもしれないだろう。問題はその上で今回、どういう話をしたかって事だ。だからイェンが話の続きをするのを待つ。

 

「で、だ。改めてエルディア王家とアルスティア皇家から参加要請があった。帝国解放の戦線に他の稀人達を率いて参加して欲しい、と」

 

「やっぱそうなるか」

 

 あぁ、とイェンは頷いた。

 

「そして私はこれを断った」

 

 その言葉に驚き、ちょっと声を漏らす。視線をイェンへと向ければ、悪戯が成功したような表情を浮かべていた。

 

「ま、何でもかんでも貴様らに頼る形になっているのは情けない話だしな。それに好き勝手使われるのもあまりいい気分ではないしな。貴様らにも個人個人でやるべき事があるだろう? という訳で断ってきた。しばらくは自由時間になるだろうから仲間たちと共に鍛錬するも整えるも好きに時間を使うと良い……とはいえ」

 

 イェンが腕を組む。

 

「恐らく3週間後にはまた参加要請があるだろうがな……」

 

「3週間? 意外と具体的だな」

 

「帝国までの距離と断絶の解除速度のざっとした計算だな。恐らく3週間後には帝都へと到達するだろう。そしてその時には総力戦になるであろう。その時にはまた支援要請が入るがその時は断るつもりはない。貴様らにも存分に活躍して貰うつもりだ」

 

「こっちとしてもそれで問題はないぜ。元々足りない仲間を補充するつもりだったしな。それに代わりに稀人を牽引してくれそうな連中にも辺りを付けておいた。いつでも会って話してくれるそうだ」

 

「ほぅ、それはなかなか手際の良い。いやはや、それは助かる。今夜話の続きをする時に良い話が出来そうだ」

 

「まだ続くのか……」

 

「面倒だがな」

 

「本当に、お疲れ様」

 

「何、お安い御用だ」

 

 そう言うとイェンが距離を肩が触れる所まで近づいてくる。そのちょっとした接近に世界の壁を越えてプレッシャーを感じる気がする。おかしいな……アイツまだインしてないんだけどな……いや、でもアイツの事だし既に感知してそうだな……恐らく今頃必死にログインしようとしている所かもしれない。まぁ、ええわ!

 

「ふむ……前よりも度胸が据わったか?」

 

「俺としちゃこの距離感に相変わらず困惑するけどな」

 

 それでもこの海は綺麗だ。青空と蒼海。白い砂浜に美女の姿。この絵になる姿が視界に入るだけでもだいぶ幸せになるもんだ。そしてこの開放的な空気は心までを開放的にしてくれる。何時もと違う環境は俺をちょっと大胆にしているのかもしれない。エルディアの方でここまで接近されたら俺、逃げ出す自信がある。それともちょっと、未来の事を真面目に考え出した事が影響しているのかもしれない。俺もなんだかんだで就職の事とか考えなきゃいけないしな。

 

「アイン」

 

「なんだイェン」

 

「私はな、恋がしたいんだ。燃える様な甘い恋が」

 

 笑いながら、海を眺め、そして指に乗せた蝶を太陽に向けて掲げる様に、透けて輝かせながら眺めて言葉を続ける。

 

「東国の姫の出でな、私は」

 

「おう」

 

「生まれからどう使われ、死ぬまでを決められていた」

 

「うむ」

 

「だがな、ある日思ったのだ。その全部が面倒だと。なぜ従わなければいけないのか、と。どうして逆らえないのかと」

 

「おう」

 

「良く考えた結果国民の税金を使ってそれまで贅沢してきたから王族としての義務があったんだなぁ、と気づいた」

 

「うん、せやろな」

 

 家出娘かな?

 

「だから私は気づいた―――私にかかったコストを返済すれば家との縁を切って飛び出せるな、と」

 

「おっと、ちょっと予想外の方向に話が飛んだな」

 

「それを父上に提案したら笑いながらやってみろって言いだしてな」

 

「本当にやるとは思わんかったんやろなぁ……」

 

「だから兄上を連れて汚職している連中を全員襲撃して資金を集めて返済した。おかげで国庫が潤ったな! 父上の表情は濁ったが」

 

「せやろな……」

 

 そりゃあ表情濁るわ……。




 一番の被害者はパパ上でも貯金箱扱いされた悪者でもなく、ロハで手伝わされた上に妹のことで心配で海外までついてきたら急に「恋がしたい! するぞ! 惚れた! 好き!」とか言っている妹の姿を守り続けなきゃいけない兄上だぞ。

 お労しやフォウ上様……。


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トップチーム Ⅲ

「で、それがなんで俺へのアタックになる訳よ」

 

「一目惚れだが?」

 

 横のイェンへと視線を向ければ、イェンの視線が此方へと向けられる。お互い、視線を数秒間合わせる。だがこいつは照れる事もなく真っすぐと目を見てくる。乙女ならそこらへんちょっとは恥じらえ、とは思わなくもない。が、そんな言葉にしない意思が通じる訳もなく―――いや、こいつの場合無視してるな? もっと見つめ合ってやろうか?

 

 なんて事を考えているとダダダダッ、と大地を蹴り飛ばす様な音が聞こえてきた。瞬間的に何が起きるのかを察して完全に諦める。

 

 直後、体が後ろへと向かって一気に引かれた。吹っ飛ぶように体が引きずられ、吹き飛び、ぐわんぐわんと視界が回転しながら掴まれているという感覚を理解する。誰がやっているのかは解るしなー、と思いながらアクションを放置しているとがっちりと掴まれたまま浜辺の上を1バウンドし、回転しながら2バウンド。イェンから距離を取る様に掴まれたまま抱き込まれる。そして聞こえてくるのは、

 

「駄目、私の」

 

 威嚇する犬の声だった。やっぱ感知してログインしてきた。後ろから抱きしめ抱えられる形で砂浜に座り込んでいる。そうやってニーズヘッグがイェンに対して威嚇の表情を浮かべているのだろうが、イェンは楽しそうに近づいてくるとそのまま正面から抱き着いて砂浜に3人諸共転がしてくる。もみくちゃになりながら砂浜に転がるとニーズヘッグとイェンが睨み合い、笑みを互いに向け合い、笑いながら俺の取り合いを始める。あの狼姫、国から脱走してきて相当フリーダムを楽しんでるな?

 

 そんなこんなでラノベみたいな展開が始まっていると、カシャり、と聞きなれたスクショの音がした。

 

 視線を俺を挟む様に争い合っている麗しい美女たちから道路の方へと向ければ、梅☆がパーシヴァルやルートヴィヒと並んでサムズアップを向けていた。

 

 イェンとニーズヘッグを投げ飛ばした。

 

「〈詠唱消去〉! 〈煉獄蝶〉! サモン・フィエル! 〈エレメントチャージ〉!」

 

「あ、アイツ本気で来やがった!」

 

「逃げろ逃げろ!!」

 

「〈コキュートス〉! 〈クリスタルガスト〉! 〈バインド〉! 〈バインド〉! 〈バインド〉! 〈バインド〉! おい! コラ! 大きないたずらっ子共! テメェらそれで何をしようとしてやがる!! おい!! おい!!!!! 〈ストップ・フロウ〉!」

 

「アイツガチじゃん! おま! ちょ! はい、王族シールド!」

 

「がああ―――!」

 

「ルートヴィヒがぁ!」

 

「〈氷獄蝶〉」

 

「はい、王族シールドその2」

 

「ぐあああ―――!」

 

 マテやこら。おぉん?

 

 

 

 

 1時間ほどなんかわちゃわちゃやった。気づけば師匠も参加して砂浜には幾つかのクレーターと氷漬けになった王族が完成されてた。そしてそこに被害を見て怒りに来た地主。全員揃って正座し、説教が終わる頃には何時ものメンバーが揃っていた。こうなるとやる事はID周回ぐらいしかここではない。言ってしまえばそれがメイン活動でもあるのだが。個人的には2日連続でID周回に引きこもってレベリングするというのも悪くはない。

 

 だがその前に話が始まる。

 

 パーシヴァル、ルートヴィヒ、イェンと身内が全員今、怒られた直後なので砂浜に集まっている。その裏で師匠はせっせこと地形の修正を行っている。相変わらず魔法って極めると便利なんだなぁ、と思わされながらもパーシヴァルが此方に視線を向けてきた。

 

「アイン、話し合いの結果今回はお前らに頼らない形で進めようかと思うんだが―――他に全体を牽引できるような強さを持った稀人を知らないか?」

 

 パーシヴァルの問いに頷きを返す。

 

「(略剣が)そう言うと思ってたから、いつでも会えるようにアポ取っといたよ。うち以外にも強いチームはあるし―――まあ、俺達が最強だが? うちよりも数の大きいチームも既にエルディア国内にあるね―――まあ、うちの方が凄いが?」

 

「推すじゃん」

 

「身内が誇らしいかよ」

 

「もっと誇って行け」

 

「外野、煩ぇ」

 

 中指を身内に突きつけながらパーシヴァルに振り返る。

 

「まぁ、そういう訳でエルディアに戻り次第話はつけられるよ。俺も軽く話題として煽っておけば参加するプレイヤーも増えるだろ」

 

「ありがたい。これで北方遠征がどうにかなるな」

 

 やっぱりエルディアの関心は今はそっちかー、って感じがある。まあ、しゃーないが。これで他のチームが目立てば俺達よりもそっちが引っ張りだこになってくれれば色々と嬉しい。そろそろ真面目にメンバー募集しなきゃいけないし、それに関しても身内で話し合わなきゃならないんだよなぁ……と思っている。ちょうどいいし、この後で時間が出来たら話し合う事にでもしようか?

 

 それはそれとして、これで後はエルディアに戻るだけという話になった。実際、ルートヴィヒを回収した時点で此方での用事は終了という事になる。俺達もID周回でのレベリングが美味しいからもうちょっと残っていたいのだが、それでも他のIDを大陸で探せばいいし。それよりも優先度の高い用事もある。ならさっさと大陸に戻った方が良いだろう。

 

 という訳で、

 

 俺達全員の視線が浜辺の、ビーチパラソルの下でトロピカルジュースを飲んでいる爺へと向けられた。

 

「なんじゃ、儂はもうちょっとヴァカンスを楽しみたいから後から合流するぞい」

 

「いや、送ってくれよ」

 

「自分で出来る様になってから頼まれてみろ。面倒じゃぞ」

 

 腕を組み、便利屋扱いされたテレポートの為だけに呼び出される姿をイメージし、溜息を吐く。確かにタクシー扱いされたら面倒だし嫌だよな。ここは仕方がないが、1日かけて船でエルディアへと戻るのが良いのだろう。

 

「仕方がない、か。出航の準備はどうだ」

 

 パーシヴァルが話を近くで待機していた兵士へと向ければ、兵士が敬礼を取る。

 

「は、出航の方は食料の積み込みさえ行えば何時でも可能です。遅く見積もっても2時間後には出航できるかと」

 

「良ーし、早く積み込んで出航するぞ。お前らも忘れ物がないかを確認して乗船しとけ。ルートヴィヒと従者の分の食糧増えるのを忘れずになー」

 

「は!」

 

「再度チェック行えー! 出航するぞー!」

 

 急に騒がしくなる中で、NPC連中が慌ただしく動き始める中、俺達はさっさと乗船してしまい、甲板に集まった所で軽く欄干によりかかる。アレキサンダーは軽く頭を掻くと、少し寂しそうに呟く。

 

「これでこのパーティーも解散かぁ……楽しかっただけに名残惜しいな……」

 

「明日から新しい臨時か固定探しですか……うーん……」

 

「ナチュラルに固定か臨時を探そうと思う辺りが今回の感想というか成果だよな」

 

「うん。俺も新しい固定を探そうと思います」

 

 アレキサンダーと森壁とゼドが頷きながら楽しそうに笑う。今回の臨時は彼らにとっては中々得難い経験となったようだった。俺の方も楽しく一緒に遊ばせて貰ったので、改めて楽しかったと告げておく。ニーズヘッグも腕を組みながら認めてる。

 

「楽しかったわ。縁があったらまた遊びたいわね」

 

「お、アイン以外の事で褒めた。アインの事以外はあんまり興味ないと思ってたのに」

 

「そんな事ないわよ? 興味が薄いのは事実だけど。だけどそれだけ、というのは視野を狭めるし。楽しい事も見過ごしてしまうわ」

 

「道理だ」

 

 それを教えたのは俺だからな! マジで俺頑張ったからな! 超褒めてくれよな! そんな事を考えていると察してくれて梅☆が頭を撫でてくるのはちょっと恥ずかしいので、フィエルを召喚して海の中に投げ捨てる。

 

「なんでですか―――!」

 

 ちゃぽん、と音を立てて海の中へと放り込まれたAIの存在を無視して、しかしどうするかなー、と話を切り出す。

 

「募集マジでどうすっか……」

 

 その言葉に土鍋がうーん、と唸る。

 

「まぁ、そこら辺はきっちりと話し合わないとな。PSとモチベとイン率はマジで関わってくる」

 

 そういう条件を満たせる奴って基本社会人なんだよな。学生は宿題に課題があるし、昼間は学校もあるし。自由に休みの取れる社会人がここら辺の調整とかでは有利なのだ。だから募集条件は社会人限定になるかもしれんなぁ、これ。

 

 略剣が眼鏡を取って、軽くレンズをふき取りながらかけなおす。

 

「ま、細かい条件はこれからゆっくりと話し合うか……どうせ丸1日暇になるし」

 

 それもそうだな、と納得したところで船の出航準備が整ってきた。乗船してくる人達の姿を眺めながら再び海へと繰り出す。

 

 帰り道はサメとか現れないといいなぁ……。




 王族シールド、茶番でなければ絶対に許されない禁断の奥義。


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トップチーム Ⅳ

「そろそろ最後の固定要員の募集と面接をしたいと思う」

 

「だな。時期的にそろそろ最後の3人を揃えて練習し始めなきゃならんよな」

 

 甲板、身内固定の5人で集まっている。話題は当然最後の固定要員だ。俺達は8人のフルパーティーで攻略を予定している。何度もしている話だがこれは絶対だし、その分の人を集めないといけない。残り3枠、ここをどうするかって話になってくる。これまでこの話に関してはちょくちょくチャットで話す事はあっても、本格的に集まって口にするのは初めてだ。そしてそれは必要な事でもある。

 

 片手間にスキルトレーニングをする為、氷の鳥を生み出し、それを腕に停めてから空へと放って言葉を続ける。

 

「俺個人は防御特化型よりもタイムアップを考慮して火力特化型のタンクとDDが欲しいと思う」

 

「んー、確かにタイムアップが恐ろしいんだよなぁ」

 

「トレイター戦は実質的にはTUとの戦いだったしな」

 

「それ」

 

 今回のジュエルコースト攻略における最大のハンデというか問題は俺達のレベルの低さだった。レベルが低いからボスギミックで苦労をする事になった。レベルが足りていれば《決戦技》の事もあり、もっと余裕を持ってクリアできただろう……少なくともそれはレベリング周回で証明されている。だがアレは難易度で言えばノーマルクラスのIDだ。高難易度でもハードでもない。

 

「おーい、フィエル」

 

「はーい? んー、あぁ、はい。難易度に関してですね? IDは単純に誰でもクリアできるように設計されているので難易度自体はノーマルです。この先追加されるであろうコンテンツはハード程度ですが、皆さんが目標としているコンテンツはクリアを想定していないレベルの難易度になります。勿論、強いスキルやすさまじいPSを持ったプレイヤーもいるでしょう。ですがそういう個人が活躍するだけでクリアできるようなものではありませんよ」

 

 お口をばってんにしてこれ以上は喋れませんとフィエルがアピールする。サンキュ、と答えながら片手で引っ張ってそのまま海に突き落とす。遠くでは王族共が恐怖と畏敬の視線を向けてきているがそんなものは気にせずに話を続行するぞ?

 

「実質的にTUとの戦いとなると要求されるのはギミック対処能力のあるPSと火力だ」

 

「クリアタイムに関わってくるしな。既にうちらがかなりの火力に特化してる構築だからな……梅☆が足りないところのサポートを担当してくれてるけど」

 

 視線が梅☆へと向き、梅☆がサムズアップを向けてくる。

 

「戻ったらアインに聞いた工房で銃の購入か作成できないか聞く予定だぜ。クロスボウよりもそっちのが威力出るだろうしな」

 

「或いは短弓か長弓の弓カテゴリーにシフトか。銃とかクロスボウはステの影響受けないらしいしな」

 

 弓カテゴリー用のスキルをクロスボウにも使用できているので、そのままメインウェポンを弓に乗り換えるならそのままスキルを削除する事もなく梅☆はスタイルを続行できるし、レベルが上がってステータスと手段が増えてきた所で火力に集中できるようにもなる。足りない小技や搦め手に関しては俺が魔法のバリエーションを増やせばそれで解決する話でもあるのだ。だから遠慮なく火力に尖らせても問題なし。というか火力が大事なので。マジで。

 

「という訳でキャラクターのビルドとしての優先事項はDPSが高めである事を条件にするか? 俺達のDPSを計測してそこから許容範囲のラインを算出して募集に出すって感じで」

 

「んじゃ、計算は俺の仕事だな」

 

 そこら辺の計測と計算とかは土鍋に任せる。んでタンクとDDが火力を出すとして、相方ヒーラーの話になる。今回の遠征において、土鍋としては相方にバリアヒーラーを置いたことがとても満足だったらしく森壁のビルドやどういう風にバリアを張ったのかを聞き出したり、応用できないかどうかを考えていたらしい。

 

「まぁ、結論から言うとバリアは分担できる。ボスが軽減を持ってるし、俺も出来る。当然略剣も出来る。後はニーズと梅がそれぞれ軽減か攻撃デバフを搭載してくれれば全体で軽減を回してバリア抜きでも行けるとは思ってる。場合によっちゃ全力軽減も必要になる可能性もあるけど。そこ込みでも軽減出来るヒーラーを入れるより、バッファーヒーラーを入れた方が良いと思う。今回の苦しさよりも上のものが要求されるなら全体の火力を更に向上させないと話にならないだろ」

 

「ま、鍋がそういうならそういう事だろう。タンク、DDは火力の出せる奴を募集。ヒーラーはバッファーを募集って形になるな」

 

 略剣の言葉に頷く。やっぱり、この形で落ち着くかー……って感じだ。これでとりあえず、性能として求めるものは決まった。

 

 さあ、残りの募集要項だ。欄干に背を預けながらとりあえず、と言葉を置く。

 

「どこまで許容できるか、って所だよな」

 

「理想は毎日インして、それで私たちに合流して一緒に活動できる人よね。それでいてPSもある。ただここまで要求するのは少し難しいわね……」

 

 ニーズヘッグの言葉にせやなぁ、と声を零す。腕を組みながら空を見上げ、そっから略剣へと視線を向ける。ホロウィンドウを操作していた略剣はそこから顔を上げ、

 

「まあ、言いたい事は解る。だけどイン周りに関してはそこまで心配する必要は無いと思うぞ? そもそもこの第1陣に参戦しているプレイヤーの大半はヘヴィゲーマーだ。接続数は開始から全く落ちる様な事を見せずに、高い接続数を維持してるらしい。つまり大半の連中が遊ぶためだけに長期休暇を取ってるって事だ。ま、俺達と一緒だな」

 

「全体的に私生活投げ捨て傾向かぁ」

 

「その言い方は酷い。間違ってないけど」

 

 PS、時間、そしてコミュ能力が必要だ。どれが一番? というのはない。全部大事なのだから、妥協というのは難しい。でも、まあ、これを叶えられるラインはおそらく大学~社会人レベルになるんじゃねぇかなぁ……とは思ってる。

 

「学生じゃ難しいだろうし……なあ?」

 

 略剣の視線が俺と土鍋に突き刺さる。それを俺達は視線を逸らして無視する。だって、ほら、俺達この為に一時休学してきてるし。

 

「株でヒットすればいいのよ」

 

「他人に真似できる事を提案しろ」

 

「ワンコは社会に出なくていい様にしたのほんと偉いと思うわ俺」

 

 ニーズヘッグがダブルピースを浮かべて煽ってくる。クッソぉ……でも俺、金稼ぐ能力はそんな高くないから対抗できないんだよなぁ……。技術があってもそれが金になるかどうかはまた別の話だし。あぁ、この話は止めよう。考えるのを止めよう。深く考えても特に解決する訳でもないし。とりあえず決議を取っておこう。

 

「近いうち……というか今夜か明日ぐらいには募集要項をSNSではっとくつもりだけどどうだ?」

 

「異議なし。そろそろやるべきだろうしな」

 

「俺も異議なし。審査には俺が立ち会うわ」

 

「異議なし。ただレベルによる足切りラインはつけたいな」

 

「私も異議なし。雑魚かどうかは私が判別するわ」

 

 良し、と呟き頷く。

 

「なら俺と略剣とニグに面接は任せるかな。募集して数日したら軽く送られてきたプロフィールを処理してから呼び出して面接って形になるか?」

 

「ま、そんなもんだろ。後はDPS計測用に訓練所の木人を借りたいな」

 

「王城の訓練所借りればいいだろ」

 

 コネならあるし。俺が口利きすればどうにかなると思う。普段から入り浸って修行しているし。あぁ、それとも拠点をイェンが確保するだろうし、そっちに頼む方が良いのかもしれない。何にせよ、全体の方針として次の目標は決定した。

 

「良し、本土に戻ったら真の仲間探しだ!」

 

「その表現はやめろ。思い出すからマジで止めろ。な?」

 

「うん……」

 

 ゆっくりと風に押されながら船がエルディアへと向かって進んで行く。水平線の彼方では島ほどの大きさの鯨が海を割って進んでいる。それを眺めながらこれから加入するであろう新しい仲間がどういう能力で、どういうビルドか。どういう奴が良いのか。

 

 それを話し合いながら水上の時を過ごしてゆく。




 後ちょっとだけこの章は続くよ。

 終われば次章、仲間探しと帝国のお話。それでこの小説も折り返しですね。


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トップチーム Ⅴ

 どんぶらこ、どんぶらこと揺られてポートへと無事に帰還する事に成功した。今回は特に何らかのトラブルが発生する事もなく、片手間に魔法のレベリングを行いながら魔法グラフィックの作成に集中できた。途中から船にテレポートで乗り込んできた師匠の手伝いがあったおかげで、

 

 なんと《氷魔法》はこの短期間でレベル10に上がった。驚きのペースだ。それでもレベリングに数日かかっているのだが。師匠に頼んで《氷魔法》を削除した枠に《土魔法》を突っ込み、爆速でレベルを2にまで上げた。《結界術》もあと少しで10に届くという感覚もあり、これが終われば俺が自分自身の力でテレポートを使用する事が出来るようになる……行ったことのある場所限定ではあるが。それでもファストトラベルが解禁できるのは移動に関しては大きな変化だ。

 

 ともあれ、丸1日船の上で揺られてからエルディアに帰還すれば、漸く感じられるしっかりとした大地の感触に背筋を良く伸ばし、深呼吸する。やはり熱帯のリゾート地とこっちでは全く空気の味が違う。こういう空気の違いを感じるのも旅行の醍醐味だよなぁ、なんて事を考えながら後ろにぶら下がるニーズヘッグを引きずりながら歩く。

 

「ボス。ボス」

 

「えぇい、鬱陶しい。離れろ」

 

「ぼーすー」

 

「駄目だ。アレは今日は使いものにならねぇな」

 

 本日は甘えたがりな犬の存在をガン無視して正面を見れば、此方に手を振っている少年の姿がある。直ぐ横に立つ屈強な護衛と共に来ているのはアーク王子の姿だった。どうやら俺達が戻ってくるのを知って、事前に迎えに来てくれたらしい。

 

「兄上、アインさん、そして皆さんお帰りなさい。お疲れ様です」

 

「帰ったぞアーク! 兄ちゃんの武勇伝を語ってやろう!」

 

 笑いながら船から降りて行くパーシヴァルがアークを持ち上げると笑いながら一回転し、担ぎ上げる。直ぐ傍にいる護衛達が少し困ったような表情を浮かべるが、それを咎める様な事はしない。わはははと笑っている中の良い兄弟の姿を見て、こっちもエルディアへと向かうか、と歩き出す。久しぶりに馬を走らせてやりたいし、こっちで移動するかなぁ、なんて考え。

 

 そして、

 

「兄上」

 

「ん? まあ、土産は少し待て。実はだな―――」

 

「いえ、兄上。ヴェルサス兄は……?」

 

 アークの聞いてくる言葉にパーシヴァルがアークを持ち上げたまま停止した。

 

「あっ」

 

「や、やった! やらかしやがった! 要救助者放置して忘れやがったアイツ!」

 

「俺達も忘れてたけどな!」

 

「ああ! 大体印象の大半はトレイター戦に持ってかれたしな!」

 

「そう言えばそんな話もあった気がするわね」

 

「誰も覚えていなかったんですか……!?」

 

 だってばぶぅ様が降臨されたし……あんな後で覚えてろって言われる方が無理あるだろ……。アレは完全なる衝突事故で誰も悪くないだろうし……。

 

 いや、まあ、でも忘れられた本人が悪いか。

 

「ま! 忘れたもんはしょうがないだろ!」

 

「しょうがなくないです」

 

「はい」

 

 開き直ろうとしたパーシヴァルをアークが一喝して黙らせた。そのままアークが睨むとパーシヴァルがアークを降ろし、そのまま目の前で正座した。これから良い歳した大人がショタに説教されるんだなぁ、というのを愉悦の心で見守ろうとすると、アークの視線が此方へと向けられて一瞬びくり、と体を震わせる。

 

「アインさんたちはどうぞごゆっくりお休みください。今回は本当にお疲れさまでした」

 

「ああ、楽しい旅だったぜ。今度飲みに」

 

「兄・上」

 

「はい」

 

 敬礼だけ残して港を去る事にした。俺達は帝国の要人を確保した。だが本来の目的である王族の保護を完全に忘れていたのだ。

 

 俺達、ただあのリゾートで遊んで帰ってきただけじゃん……そんな感慨を胸にクエストを完了させた。

 

 

 

 

 街道の方へと楽し気に去って行くアインの背中をパーシヴァルは見つめていた。その視線をアークは追いかけてから視線をパーシヴァルへと向ける。それで口を開こうとするのをパーシヴァルが先に言葉で制した。

 

「周りは」

 

「城の者しかいません」

 

「なら良し。お前ら、何も聞いてないという事にしろ」

 

「はっ」

 

 パーシヴァルの言葉に兵士たちが即座に応答する。その場にいても彼らの意識は言葉を忘れる。単純に聞いていなかったことにし、死ぬまで聞いた内容を忘れておく。絶対に口にしなければそれは聞かなかった事に何も変わりはしない。単純に忠誠心として、それを死ぬまで実行する覚悟が兵士達にはあった。故にそれを信頼している王族の2人はこの場に置いて多少の秘密を零す事に躊躇はしない。だがそれは同時に、稀人であるアイン達には語れない内容がここにはあった、という事の証でもある。

 

「パーシヴァル兄上の事です。確実に仕事はなされましょう……忘れて帰ってきた、という事だけは絶対にありえません。他の目がある手前こういう風に接してしまいましたが……」

 

「良い、気にするな。仲の良い兄弟である事をアピールするのは悪くないしな。稀人はこれからも付き合いをしていく連中だ。なるべくこっちが結束している姿を見せていたい」

 

 そこで一旦パーシヴァルは区切り、本題に切り込む。

 

「兄上が死んでいた。妻のリヒデア共々、な」

 

 パーシヴァルの口から出た言葉に一瞬でアークの顔色が変化する。当然だ。何故ならヴェルサスはこの国における第一王子、第一継承者なのだから。国王が不在である状況で、この国の舵取りを行うべき人物だったのだ。それが死んで発見されている。だがそれをアイン達は知らない。つまりアイン達には態々黙っていただけの理由があるのだとアークは即座に判断する。少年ながら王族の風格を纏わせつつある少年は確かに、パーシヴァルがいない間に成長していた。その様子を見てパーシヴァルの胸中には頼もしさと寂しさが混在していた。

 

 だが今はそれを振り払い、生き残っている王族として行動する。

 

「ルートヴィヒとの交渉は俺が引き継いだ。兄上が死んでいたし。だからまずそこは安心しろ。だけど問題は兄上の死体の方だ」

 

 いいか、とパーシヴァルは念を押すようにアークに注意を促した。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。この意味、解るか?」

 

 パーシヴァルの言葉にアークは少しだけ首をひねるも、即座に応えにたどり着く。脳裏に展開されるのは断絶と人の関係だ。報告として断絶内部での人間は結晶に覆われ、行動と活動不能の停止状態にあるという報告を受けている。実際、パーシヴァルもそうであった。そして結晶に閉じ込められている間は全ての活動が停止する為、数日から数か月結晶漬けになっていても死ぬような事はない。

 

 当然、ジュエルコーストも断絶による結晶化の影響を受けていた。

 

 だがその中で死後から日数が経過した死体が出現したのだ。

 

 つまりヴェルサス王子は、断絶の最中かその前に死んだのだ。それは当然ながら不可解な死だ。

 

「ちなみに帝国は白だし、リゾートの人間も軽く洗ったが白だ」

 

「……死因はどうでした?」

 

「心臓を一突き」

 

「兄上はアレでも並の騎士よりは強い筈なんです……ですが死んだんですよね?」

 

「あぁ、間違いなく即死だ」

 

 それはつまり、並みの騎士(Lv50)よりも強いヴェルサスを即死させられるレベルの相手があのリゾート地で、わざわざ王族をピンポイントで殺す為に動いていたという話になる。だがそれだけではなく、同時期にヴェルサスが断絶内部で活動を可能としていた事実が浮き彫りになってくる。

 

 どうやって? なぜ? 誰が?

 

 疑問は尽きる事がない。だがこれは同時に、ヒントでもあった。

 

 断絶は稀人でなくても侵入できる。

 

 その事実を兄弟は確信し、ゆっくりと笑みを浮かべた。




 おや、エルディアの様子が……?


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トップチーム Ⅵ

「おかえりなさいませええええええええええええ―――!」

 

 そう言いながらそいつは横に回転し始めた。無論、ドリルみたいにではなく。プロペラとかそういう系の回転の仕方だ。ぶるぶると震えながらプロペラの様な横回転をし始めたそいつはそのまま激しく荒ぶりながら空へと向かって垂直に発進する―――そして空中でボールをキャッチするように跳躍したAI女神に捕獲され、そのまま垂直落下のパイルドライバーを決めて大地へと叩きつけられ、消滅する。良い汗をかいたと言わんばかりに額を拭ったAI子ちゃんは此方を見るとぺこり、と頭を下げて姿を消す。

 

 その景色を俺達は門番と共に眺め、頷く。

 

「エルディアに帰ってきた感じがするなあ……!」

 

「これで??」

 

「勘弁してくれ」

 

「寝言を言うな」

 

「でも街の中ではケツワープしている子とかいるわよ」

 

「魔境じゃん」

 

「というかなんで出来るんだよ……」

 

 プログラマーがジョークで入れたんじゃないですかね……。まぁ、TAS勢とかRTA勢とかバグ勢とか検証勢とか常に存在するもんだしそこまで心配する必要はないと思う。何せ、初期のころは必死に追いかけるだけだったAI達がだいぶ情緒的に進化してバスケキャッチし始めているし。もうバグ修正するよりもAIに対処させてる方が面白いんじゃねぇかなぁ。まぁ、門番さんがいつも通りって感じでガン無視しているので、比較的に見慣れた光景なのかもしれない。

 

 そう思うとこのエルディアって国は面白い。

 

 外側の世界からやって来た稀人、そして土着の民であるエルディア人で違う文化や様式、それが混ざり合って今は社会を形成しているのだから。こういうものは反発必須なのだが、現状それが起きないのは国家的にピンチだからだろうか? まぁ、なんにせよ、一番やべー変化が起きてるのはマルージャだと思うが。建築しなおしは流石に笑うでしょ。気が付いたら森の中に高層ビルとか建ってたりして。

 

 そんなくだらない事をしながら王都の東門前まで戻ってくると、ゼド、アレキサンダー、そして森壁の3人が前に出て並び、

 

「今回はパーティーのお誘い、ありがとうございました!」

 

「本当に楽しかったよ!」

 

「本当にまた遊ぼうな!」

 

「こっちこそ、楽しかったよ」

 

「色々と助かったわ」

 

 臨時の3人と握手を交わし合い、別れを告げる。悲しい話だが彼らは今回はここまでだ。だがこのゲームの世界はまだ狭い、逢おうと思えばまた何度でも会えるだろう。フレンド交換自体は済ませているし。また遊ぶ程度だったら暇なときに、何時だって出来るし。だから今は別れを告げる。既に報酬の分配も終わっているし、特にする事もないのでさようならを告げて解散した。門を抜けて行く3人の背中姿を見送り、再び5人に戻ったパーティーを見る。

 

 背筋を伸ばして体を捻り、足を組ながら両手を頭の後ろへと持って行く。

 

「さーて、俺はこっからアポ入れてあるから行かなきゃな」

 

「おぉっと、リーダーは忙しいな。んじゃ俺がご一緒しようか」

 

「頼むわ略剣」

 

 俺と略剣が別パーティーへの交渉と渡りを行おう。既にレオンハルトに合流地点は伝えてあるので、今から向かえば良い。残されるのはニーズヘッグ達3人だがそっちはどうするんだという視線を向ければ、

 

「私は食べ歩きするわ」

 

「俺は売却用のアイテム売ってくるよ。チームの資金になるし」

 

「んじゃ俺はボスの言ってた工房を覗いて来るわ。銃がありゃあ万々歳だし」

 

「オーケー。んじゃ一旦解散って事で。用事があるなら連絡で」

 

「うーい」

 

 という訳で略剣を除いて一旦解散する。2人だけになった所で手をポケットの中に突っ込んで待ち合わせ場所である中央広場へと向かう―――一番解りやすい待ち合わせ場所なのだ。なので今向かっている最中だとメッセを入れながら歩き出す。だがそうやって歩き出すと直ぐに周りの視線が此方へと向けられてくる。

 

「おーい、ボスー! 次の配信は何時だよー!」

 

「俺の気分次第」

 

「ボスー! パーティー入れてくれー!」

 

「近いうちに条件はっとくからそれみとけー」

 

「ボスー! 早くニーズヘッグさんと結婚してくれー!」

 

「式場も確保してるぞ!!」

 

「〈煉獄蝶〉」

 

 街中で焼死体が出来た? いやあ……物騒な世の中ですね……。

 

 これが歩けばまあ、声がかかるかかる。中には見覚えのあるVの人のアバターまであって、手を振って来たり握手しに来たりする。そこらへん、あんまり邪険にする理由もないので足を止める必要がないのであればちょくちょく対応してあげる。ただ、まあ、俺もだいぶ有名になってきたなぁ、という感覚があった。まあ、コミュニティ的にトップ層を走っているのと話題をかなり独占している自覚はあるし、そこはしょうがない感じもあるが。横を歩いている略剣は眼鏡を拭きながら笑い声を軽く零している。

 

「お前も有名になったなぁ」

 

「配信なんかに手を出したからな。最近はスレを見るのが怖くて見てねぇ」

 

「草」

 

 いやあ、だってやっぱりスレで色々と言われてたらショックは受けるだろうしねぇ……? だからスレを見ないのが一番健全だと思っているし。それに追っかけていると無限に時間を取られるしアレ。だからスレを見るのは……そうだ、フィエルに任せよう。今度から家でのタスクにスレの巡回でもやらせようか。またなんか変な事を学習しそうな気もするけどそれはそれでいいわ。

 

「ボス! コースト配信面白かったです」

 

「あんがとよ」

 

「また配信してくださーい!」

 

「そのうちなー」

 

 手をひらひらと振りながらため息を吐く。今度からは街中でバレずに歩く為の装備でも用意しよっかなぁ、なんて事を考える。少なくとも顔を隠せる装備を用意しておいた方が一人で回る時、色々と便利かもしれない。やっぱ仮面かぁ? 仮面になるのかぁ? 仮面キャラはそれはそれで面白そうだよな……。

 

 とりあえず今は諦めるとして、堂々と胸を張って歩く。とりあえず声をかけてくる連中には適当に対応すれば良いし。ただ、まあ、その内勝手に話しかけてくるなって注意ぐらいは……いや、でもこの軽さがネットのノリだしなぁ。それを失うのはちょっともったいない気もする。きゃーわーされるのもMMO文化の1つだよなぁ、とは思わなくもない。

 

 それにこうやって生み出した属性の蝶をひらひらと自分の周囲に舞わせていると、うらやむような視線を向けられるんだ。これがまた楽しいんだよなー。今まではこういう類の憧れの視線とは無縁だったし、ちょっとした優越感があるのは否定できない。

 

「あんまり、ハメ外しすぎるなよ」

 

「解ってるよ。ガキじゃねぇんだから」

 

「おじさんからすりゃ年下は皆まだまだ子供よ」

 

「そんな事言ってるとウザがられるぞ。娘に」

 

「うぐっ……だがこれも愛ある言葉だから……あぁ、でも将来どう育つかなぁ……ちょっとお父さん不安だなぁ……でもさ、アイン」

 

「うん?」

 

「将来的にお前が背負う苦悩でもあるぞ」

 

「……」

 

 略剣の言葉に両手で顔を覆い、俯きながら歩く。いや、まあ、言っている事の意味は良く解りますよ? 解りますけど解りたくはないですね……。実質的に暗黙の了解というかなんというか、まぁ、皆良く解っている事なんだけども。まあ、ぶっちゃけそこまで先の事は良く解らないってのも本音の1つだけど。それでも子供かぁ……って思う所はある。略剣見ているとそういう家庭を作るのも楽しそうなんだよなぁ、って思う部分はある。

 

「まあ、俺よりも鍋のが先そうだけど」

 

「あぁ。アイツ絶対朝起きたら事後ってタイプだろ」

 

「縄で縛られたうえでな」

 

「想像できるわ」

 

 オフ会で鍋のカノジョとは会った事があるんだが、これまた物凄いハートマークを土鍋に対して向けまくっている娘なので絶対にゴールインするだろうなぁ、って俺達は見てる。うちのチワワはそこらへん必要以上にアタックしないが、土鍋の彼女はほら。

 

 ピッキング侵入してくるから……。

 

 電子ロックを導入したらクラッキング学び始めるあの執念だよ。愛って怖いなー。

 

 なんて、身内ネタで盛り上がっている間に中央広場までやってくる。そこにはロングコート姿に大剣を背負ったレオンハルトと、そしてその横に立つ洋風の冒険者衣装に腰に3本の刀を差した男の姿があった。恐らく彼が《レジェンズ》のリーダーだろう。軽く手を振りながら此方の存在を知らせて、合流する。

 

 さて、何事もなく話が済めば良いが。




 女神参式パイルドライバー。相手はカンストダメージ喰らって死ぬ。


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トップチーム Ⅶ

「アインだ、宜しく」

 

「俺はアインのPTメンバーだ、宜しく」

 

「拙者は《レジェンズ》のリーダーをやっているユウギリです、宜しくお願いします」

 

 早速相手のヘッドと握手を交わしながらも、開幕から結構キャラが濃いのが来たな……とちょっとだけ驚く。視線をレオンハルトへと向ければサムズアップが向けられるのでこういうキャラらしい。まあ、RP勢って結構いるみたいだしおかしくはないか。そう判断してあっさり流しておくことにする。俺も俺で蝶を浮かべてRPみたいな事はしているし。スキルトレーニングを含めているのは事実だが、それはそれとしてこういうエフェクト浮かべるのって特別感があって結構楽しいんだよな。

 

 まぁ、それはそれとして。

 

「サンクス、レオンハルト。助かったわ」

 

「気にするな。友人の助けになったら幸いだ。それではな」

 

 手を振るとそのままレオンハルトは去って行く。これ以上は此方の話題には首を突っ込まない、という事だろう。なので改めて感謝しつつ視線をユウギリへと戻すと、略剣の方へと視線を向けてその頭上を見て、ちょっと引いてる様子が見えた―――あぁ、たぶん名前の表示を確認しちゃったのだろう。気持ちは解らなくもない。

 

「とりあえずここで話をするのもアレだし、どこか座れるところに行かない?」

 

「では拙者らの”ホーム”へ。そこならば他人の目や耳を気にせずとも大丈夫でしょう」

 

「んじゃ宜しく頼む」

 

「というか既にホームを購入してるんだな」

 

「えぇ、少々高いですが。それでもチームとして活動する以上は必要かと思いまして」

 

 しっかりしてるなぁ、と腕を組んで頷く。

 

 そこからユウギリにエルディアの住宅街へと案内されながら考える。割と真面目に拠点の確保を考えなくちゃいけない時期であるという事を。少なくとも全員集まって話す場所は必要だ。今は王城に間借りしている形になるが何時までもそうしてはいられないだろう。ここは1つ、イェンに拠点の確保を頼むべきなのかもしれない―――というか一番最初に頼む事がそれかなぁ、って感じだ。

 

 ちなみにハウジングもちょっとだけ楽しみだったりする。

 

 エルディアの広大な土地を迷う事無くユウギリが先導し、大通りから路地に入り、中規模なハウジングの前で止まった。3階建てのハウジングだ。どうやらこれが彼らの拠点らしい。

 

「スポンサーは?」

 

「いませんね。探すべきかなぁ、って意見はあるのですが全員で金を出し合ったら意外とどうにかなったもので」

 

「へぇ」

 

 現状、最先端最前線を走るチームは利益を独占できる部分がある。そういう所から金は生まれるのだから意外とこのチーム、金を持っているのかもしれない。俺達もなんだかんだで王家からの支払いと素材アイテムの売却で結構お金がある。これからはイェン達の支援もあるし、そういう意味で金に困る事は少ないだろうとは思うが。

 

 さて、そろそろ乗り込むか。

 

「それでは中へ案内します。此方へ」

 

「おっす、お邪魔しまーす」

 

「お邪魔しまー」

 

 軽く挨拶を口にしながら玄関から中に入る。

 

 まぁ、なんというかまだ装飾品とか家具の類は少ないハウジングだった。別のMMOとかの話になるが、ハウジングは一種のエンドコンテンツだ。プレイヤーが作成する事前提も材料費で数百万という金額が簡単に溶けるゲームなんて腐る程ある。それを考えれば家具を買いそろえるのだって中々難しい事だろう。だが最低限としてマットやソファ、テーブルやいすといった家具は既にハウジング内で揃えられており、談笑する為のスペースも用意されていた。

 

 その内一番整えられていたリビングに案内され、テーブルをはさむ様に置かれたソファに座り込む―――どうやら他のプレイヤーたちは活動中らしく、或いは一時的に外されているのかここにはいなかった。

 

「良し、面倒な話はスキップして此方からお願いしたいところに入って良いか?」

 

「えぇ、お願いします。その手の策謀は苦手ですので」

 

「こりゃあ俺は必要なかったな」

 

 略剣が横で苦笑するのを聞きつつ、俺も笑みを浮かべた。略剣の存在は保険だ。そして同時に円滑に物事を進める為の調整役だ。この手の相談や交渉に関して一番経験を持っているのが年長者の略剣だ。俺が何が失言をしない様に見張る為の人員でもある。そこにいるだけでかなりありがたいのだ。

 

 だからお互いに了承を得た所で話を始める。

 

「エルディア王家の方から話を貰ってる。北方遠征の話だ。王家からのバックアップ込みで、PC全体を牽引するパワーのあるチームの協力が欲しいって話だ。うちはこれからチームとして活動する為の準備のあれこれで動きたくはない。だからこのクエストを委託できる先を探してる」

 

「……成程。つまりそのクエストを此方へと頼みたい、という事ですね」

 

「そういう事」

 

 足を組み、手を膝の上で組みながら視線を正面のユウギリへと向ける。此方の話を聞いてユウギリは悩むような表情を浮かべた。なので此方からの情報提供を続ける。

 

「現在、エルディア王家は北方のアルスティア帝国を解放する為の動きを作りたい。その理由には俺達がジュエルコーストの方で解放してきた帝国の要人の存在がある。細かい話は色々とあるけど、結論から言えばPC側の立場からすると王国と帝国に恩が売れて顔も売れるって考えてくれれば良い」

 

「それに名誉も貰える、と」

 

 ユウギリの言葉に頷くと、ユウギリは更に悩む様に顔を伏せる。大きな話を持ち込まれただけに、かなり悩んでいるのが見える。ここで何かを言うのは楽だが、グランドクエスト視点で考えると無理にプッシュして、焦った結果崩壊や失敗させるわけにはいかない事だ。

 

「……悩ましいですね。メリットが明らかに見えていますが、これを受けると活動の方向性がしばらく固定されますね」

 

「ま、それ込みでの美味しさって所だな」

 

 ソファによりかかりながら指先を持ち上げ、そこに蝶を止まらせてから霧散させる。ちと慇懃無礼すぎやしないかと思ったが、雰囲気作りの一貫でやっている事だ。それに略剣からは注意が入らないって事は問題のないアクションって事だろう。これからもこういう方向性で仕草とかエフェクトとか調整すっかなぁ、って考えておく。《土魔法》のレベルを上げるとフレーバー範囲の効果で花を咲かせる事だって出来るらしいし。そう考えてみるとエフェクトやフレーバー専用で色々と魔法を開発するのも悪くはなさそうだ。

 

「俺達は固定メンバーの残りを募集、練度を上げる為に時間が欲しい。だから初期からこのキャンペーンについていく事は出来ないし、時間の方が欲しい。それに正直目立ちすぎてる部分もあるからな。これ以上先導してるとヘイトが凄い事になりそうなんだわ」

 

「分散先が欲しい、と」

 

「後は同じようにトップを独走出来る実力のチームとの繋がりも。正直1パーティーだけで攻略できないコンテンツがこの先も出てくるだろうしな」

 

「拙者たちとしてもアインさんの様な優秀なプレイヤーとのつながりは正直な所、欲しいと思っていました。この間のエアポート攻略は1チームが練度低めだった影響で何度も全滅した部分もあります。この先、大規模レイド型のシナリオボスが出現した場合は拙者らがどれだけ有力パーティーとの連携、連絡を取れるかが攻略のカギになってくる部分もあると思いますしね」

 

「これはRPGじゃなくMMORPGだからな」

 

 1人で全てを攻略できる訳じゃない。

 

 これがフィクションであれば最弱スキルの最強効果で無双なんてしちゃうんだろう。

 

 だけど違う、ゲームバランスは運営に監視されている。ゲームバランスを崩壊させるような頭の悪い事は起きない。そんな事をしてしまえば他の数万人というプレイヤーが醒めてしまうからだ。”あいつが全部無双してしまう? コンテンツ独占されてアイツ1人で遊んでるなら俺もうやらんわこのクソゲー”ってなってしまう。

 

 プレイヤーってのは特別って言葉に敏感だ。特に自分が手に入らない物に対しては。努力をすれば積み上げられるゲームってジャンルでまでなんで他人の無双を見させられなきゃいけないんだ? って話になる。

 

 だからバランス崩壊している個人での攻略は不可能だ。

 

 だからどれだけ強いプレイヤーを揃えられるかが最終的な攻略のカギになる。

 

 そういう意味ではこの話は、俺達にもユウギリ達にも重要な事だ。

 

 ()()()()()()()。それはある種、今のMMOにおけるトッププレイヤーの最重要ミッションなのかもしれないと俺は思っている。今の流れは良い。俺が感じる所、全体の流れは楽しい、そして向上心で満ち溢れる流れが出来ている。妬むような気配、個人も存在するのは解る。だが全体から言えば押せ押せのイケイケ状態が強い。この流れは今の俺達が作り上げたものだ。

 

 だが俺1人でこれを続けられるわけではない。

 

 他にもそれが出来る奴が必要だ。

 

 そういう意味では早期から人数の多めのトップチームを形成している《レジェンズ》はかなりの有望株だ。というかうちに匹敵、並ぶチームだ。知名度自体は他のVの所とかのが上なんだろうとは思うけども。

 

 牽引できるだけのパワーがあるのは実際にトップとして活躍している所だけだろう、とは思う。

 

「ま、焦らずに。近日中に返答は欲しいけど今夜答えて欲しいって訳じゃないからな」

 

「えぇ……今夜、メンバーを集めて全員で相談してみます」

 

 ただ、ユウギリの声の色には肯定的な物が見える。全体の方針としては別に、ユウギリ自身は乗り気だってのを感じる。手ごたえは悪くない。だから笑みを浮かべ、ユウギリの言葉に頷いた。俺達はプレイヤーではあるが、同時にトップチームだ。

 

 何をするか、何をしたかが他のプレイヤーの憧れ、トレンドになるだろう。

 

 そう、今、この瞬間は。

 

 他の誰でもない、この場にいる俺達が時代を作ってるのだ。そして間違いなくユウギリ達も、乗っかってくるだろう。

 

 だから俺はそれを確信し、笑みを浮かべたままこの話し合いを終わらせた。




 この章はこれでおしまい。

 これで漸くフルパーティー結成の為の最終メンバー探しが始まる。果たしてどんなビルドやキャラになるのやら。


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4章
固定パーティー


 ―――ゲーム開始からついに1か月が経過した。

 

 ここで少しこのシャレムというゲームを……【Shattered Realm】というゲームを振り返ろう。

 

 VR技術は元々存在しているが、そのフルダイブ環境が民間で使用できるレベルに落ちてくるまではそれなりの時間を必要とした。そしてそれが今、複数の企業の協力によって民間にも出せる様なVRギアが開発され、凄まじい倍率となったが抽選を超える事でついに一般人でもフルダイブ環境のVRゲームを手にすることが出来るようになった。

 

 そのゲーム開始が約1か月前の出来事である。そして俺達、身内をメインに作成している固定チームはこのシャレムに登場するであろう戦闘用エンドコンテンツ、最も難易度の高いコンテンツを実装後、ゲーム内最速でクリアする事を目標としている。

 

 即ちWorld First、ワールド1stの称号を得る為に活動を開始した。

 

 そしてこの開始から1か月の間、様々な事が起きて……近況の話をするとなると、状況はちょっとずつ変わりつつあると纏められる。

 

 まずはエルディア。俺達が拠点とする国であり、最も人口が多く、そして今の冒険の中心点。帝国皇子を保護したエルディアは北方遠征による帝国解放を掲げ、活動を開始した。この動きに中心となっているのはチーム《レジェンズ》だ。今では間違いなくエルディアの最高のトップチームであり、その所属数は既に50を超えている。今、エルディア王家のバックアップを受けながらエルディアの稀人、即ちPC達を牽引を行っているチームになっている。その努力の成果もあり、遠征開始から数週間の間にエルディア北方領域はガンガン開拓が進んでいる。今はほとんどのプレイヤーがエルディアの支援を受けて北方の断絶解除に進んでいる。

 

 それによって北方の開拓具合は凡そ8割から9割。山の上からはアルスティア帝国・帝都オルべリグの存在が確認できるレベルまで物事は進んでいる。帝都の攻略作戦も順調に準備が進められており、近いうちには帝都を開放する為の作戦も開始されるのではないだろうか? という話がプレイヤーたちの間では囁かれている。その為に強くなる事に対して貪欲なプレイヤーたちが一番多く集まっており、強力なプレイヤーたちが前線と王都に集まっている。その運搬を行う為のエアポートも全力で稼働しており、今現在最も潤っている国だと言える。

 

 次、マルージャ。身内によって知らない間に大打撃を喰らわされたこの国は一度、崩壊したと言える所まで行った。だがここに残されたプレイヤーたちは戦う事よりもクラフターとして復興する事に協力する事を選び、そういう意味で冒険スタイルよりも生産スタイルを楽しむプレイヤーたちの聖地みたいな形で発展するようになった。今では冒険したければエルディア、生産プレイがしたければマルージャという形で分けられている。復興を手伝うプレイヤーがかなり多く、その為マルージャの復興自体は悪くないペースで進んでいる。元々複雑な建築を伴わない、あるものを利用して暮らすのが生活のベースだった為、壊れた家等を立てなおす苦労はそこまではなかったらしい。

 

 だがそこから更に発展し、今では最もプレイヤーの住居が多い国ともなっている。自然とハウジングやファーミングにも気合が入っており、生産メインのプレイヤーたちはマルージャを拠点に様々な作物を育てはじめ、現実世界の技術や料理、制作物を再現する為の場所として居ついている。無論、システム的な限界があるのも事実だし、気候や技術の問題も出てくる。だが今最も生産活動が活発なのはマルージャでもあり、そういう意味では冒険メインプレイヤーが多いエルディアとは需要と供給がかみ合っている状況にあった。一度は崩壊したマルージャではあったものの、その賑わいは崩壊する前よりも勢いがあるという事だった。

 

 最後にジュエルコースト。ここは国ではなく個人が保有する超巨大リゾートではあるものの、船に乗って1時間揺られる事で行けるエリア、そして高レベルのモンスターが出現するIDが存在する事もありプレイヤーの人気は非常に高い。それこそ一部の超富豪プレイヤー部屋やログハウス、ロッジを購入して住み着くレベルで人気がある。単純に現実では見る事も出来ないレベルの絶景もそこにはあり、その価値から住み着くのはおかしくはない。そうやって新たに稀人という客層を入手したジュエルコーストはその資金を利用する事であっさりと断絶の影響から復帰、元の営業へと戻る事に成功していた。

 

 そしてゲーム全体。ログインラッシュ自体はある程度落ち着いた。というのも、有休を使い切ってしまった人々や、長期の休みが終わってしまった人たちが増えてきたからだ。幸い、俺達身内の固定に関してはこれ、やり切るまで休みを取っている―――というか職周りの事情が特殊なので一切気にする必要はないが、プレイヤーのメイン層は大体夜にのみログインするようになってきた。或いは休みの日に徹底して遊ぶか。そんな普通のプレイ環境が構築される中で、1日中開始時期から遊び続ける連中は見事ロイヤルニートと呼ばれるようになっていた。だが全体としての勢いは衰えていない。北方遠征が進んでいるのがその証拠だ。

 

 そして俺達。

 

 北方遠征の旗頭を《レジェンズ》に渡した俺達は、それからひたすら本格稼働する為の準備を進めてきた。拠点の確保、消耗品の用意、ハウジングの整理、これからの方針、交渉、スキルの最適化、資金の確保、クラフターのスカウト。これらの準備を積み重ねるつつレベリングをトップ層に引き離されないように維持し、俺達はこの時、

 

 漸く、新たな仲間を迎える為の準備を完了していた。

 

 北方遠征全体がその終盤に入り始め、帝都攻略の考えが頭の中によぎり始める頃。

 

 俺達は最後の仲間を見つける為の準備を進めていた。

 

 

 

 ソファに寝転がっている。と言っても良く見る西洋式のソファじゃなくて東洋式ソファ家具なのだが。或いはこの世界では東国とでも言った方が良いかもしれない。

 

 そんなソファに寝転がりつつ正面にはホロウィンドウを複数浮かべて、そこに流れるリストを確認していた。表示してあるのはプレイヤーの情報だ。無論、違法にぶっこぬいたもんじゃない。全部、他のプレイヤーから”履歴書”として受け取ったものだ。そこに表示されているのはレベル、プレイスタイル、自分のスクショ、そしてスキルだ。

 

 これは1週間前に張り出した最後の3人の募集に集まったプレイヤーたちの履歴書だ。

 

 その数、753枚。レベルとプレイスタイルによる制限を確かにつけた。だがそれを超えてもなお応募してくるプレイヤーの数はこんなにもいたのだ。これを多いと取るか、少ないと取るかはちょっと判断に困る所だ。だがそれよりも難しいのはこいつらのデータ全部に俺と土鍋は目を通さなきゃいけないという事だ。最終的な判断は俺に任せているし、考えるのは土鍋の仕事だ。シナジーの薄いビルドや、うちの固定では役割が薄そうだったり被りそうなやつは土鍋が弾く。その上から魅力的に思える奴を俺が選出、そして面接するという形になる。その為に俺はソファの上でごろりと転がりながらホロウィンドウを眺めている。

 

 今、一番やらなきゃいけない事がこれだ。出来る事なら北方決戦・帝都解放戦までにフルメンバーを集めて、最終戦には間に合わせたいと思っている。だが応募数が応募数なだけに、数日でこれを全て捌けるとは思っていない。最低で面接に入ってから1週間はかかりそうだと思っている所だ。ここから更にフィルタリングを繰り返して面接するメンツは全部で100人ぐらいにまでは減らしたいなぁ、と思っている。

 

「……ま、大事な事だし手は抜けないよな」

 

 呟きながら近くのテーブルからイェンが差し入れに持ってきた饅頭を手に取って軽く齧りつく。口の中に広がる餡の味を堪能しつつ、脳味噌に糖分よ届け、と祈りながらホロウィンドウを送る。

 

 ゲーム開始から1か月が経過した今、

 

 俺達は身内のグループに外の人間を固定枠として加える、という大きな問題を前にしていた。




 という訳で時間軸はちょっと前に進んでからの4章開幕。


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固定パーティー Ⅱ

「おーい、アイン。こっち見終わったぜ」

 

「お、マジか。乙乙」

 

 ソファの上でごろりと転がっていると土鍋がやって来た。土鍋の方はヒーラーの整理を担当しているので、ヒーラーの方のリストを見終わった所なのだろう。DDに比べれば数は少ないが、それでも数百人という数を捌いたのだからお疲れ様という言葉以外に言う事はない。ソファから起き上がり、座り直しつつ足をその上で組んで扉から入ってきた土鍋に視線を向ければ、土鍋の方からホロウィンドウが投げられてきた。

 

 それを受け取りつつ残されたリストを確認する。

 

「最終的に5人にまで絞ったのか。かなり絞ったな」

 

「まあな。DDと違ってこっちは応募総数が少ないからな。10人ぐらいにまで狭めようかと思ったけど最終的にはここまで減らせたわ。こっちは近いうちに面接可能かねぇ」

 

「ほーん」

 

 土鍋がチェックした5人を確認してみる。

 

 まず1人目をチェックする。名前はカズデル。ビルドは演奏ベースのバッファーヒーラー。使用するヒールタイプはHoTとバリアで、《演奏》スキルで演奏中の間はHoTか常にバリアを展開し、それによるダメージの軽減か回復を行える。またそれとは別に演奏バフによって火力等を向上させることが出来る。瞬間的なヒール能力が低く、瞬間的なバフ能力も薄い。その代わりに長時間バフと軽減を維持する事が得意で常に全体をサポートすることが出来る。

 

「スイッチヒーラーか……両方取りは危なくないか?」

 

「だけど常に演奏バフで全体の火力を向上できるってのは強みだと思ってる。音の届く範囲がバフ範囲ってのも強いと思う。分断フェーズとかが入る場合、音が聞こえる距離なら分断されてもバフを維持できるって事だからな」

 

「成程なぁ」

 

「ちなみにバフの数値も送って貰ったから火力に混ぜた場合の係数から算出する火力の向上数値を確認してる。計算上は10分経過時点から瞬間バフタイプよりも火力が出る様になるわ」

 

 そこらへん計算できるのがお前の強みだよなぁ、と思いつつ2枚目の人物を確認する。えーと、こっちは女性か。アイドル型ヒーラーで歌と踊りを使ったバフがメインのヒーラー、名前はエクサ。スクショを見る限りは滅茶苦茶きらっきらに輝いているタイプの人だ。そしてメインとなるのは十数秒間維持される歌唱技能によるバフ。演奏が持続型に対してこっちは十数秒間の歌唱タイム中に発生するダメージを瞬間的に引き上げるタイプ。その上でヒールはダメージを軽減するタイプのバリア型。HoTは備えてないらしい。つまりシンプルに見てバフメインのビルドだ。

 

「超王道のバッファースタイルだな。いや、王道っつー割にはかなりキラキラしてるけど」

 

「アイドル願望なんざ誰だってあるもんだろ? 姿さえ偽れるVR空間なんだからどんなプレイしようがそいつの自由だ」

 

 土鍋もキャラクリで褐色肌になっているし、俺も髪を伸ばしてインナーカラーを加えたりで控えめだが姿を変えて遊んでいる。そういうリアルとは違う自分の姿を構築できるのがこういうVR世界での楽しみの一つになるだろう。まあ、MMOお約束のネカマ、ネナベプレイが現状は解禁されていないのが非常に残念な所でもあるのだが。実はちょっとだけ興味があったりするんだがまあ、技術的にはまだクリアされてない所だししゃーないものはしゃーないだろう。

 

『あ、技術的に安全性が確認されたので近々アップデートと共に実装されそうですよ』

 

「人の思考を読むな」

 

 フィエルが人の考えを読んで表示させたホロウィンドウを齧って破壊する。その様子を特にリアクションを見せる事もなく土鍋はスルーしている。まあ、フィエルがだいぶ馴染んできた事実もあるしこの手の茶番は今更だよな。

 

「結局の所バフに関しては短期間で集中的に、もしくは長期でまんべんなく、か」

 

「だな。どっちもそれぞれのメリットがある。一概にどっちのが優秀かってのは判別し辛いんだよな」

 

 土鍋の言葉に利用するコンテンツ次第だよな、と同意する。トレイターの雑魚&破壊フェイズで瞬間的な火力が求められた様に、ああいう状況なら瞬間的な強化バフが欲しくなるだろう。だが全体がギミック処理ベースのボスでタイムアップ込みの構築の場合、全体の火力を底上げする継続バフの方が欲しくなってくる。この場合、どっちを選択するかは完全にコンテンツを予測しての盲撃ちになってしまう。だからここは何がパーティーとしての相性が良いか、っていうのを考えなくてはならない。

 

 3人目、踊り子ビルドで名前はアイラ。

 

「んん、踊り子でアイラ……!」

 

「びっみょーになつかしさ感じる組み合わせだよな」

 

 解る人には解っちゃうかもなあ! と思ったけど武器はロッドらしいので違うらしい。偶然かぁ、と思ってちょっとテンション下がる。そんでこの人は《舞踊》スキルで舞踊を重ねれば重ねる程バフ効果が向上し、一定のレベルまで達すると最大効果まで上がったバフ効果を維持する事が出来るらしい。バフ効果がかなり高い代わりにヒール能力は薄く、支援と強化しか行えないビルドとなっている。正直な話、レイド向けの性能であって少人数の戦闘だと滅茶苦茶難しい性能だ。だけどDPSを増やすという意味では最適解かもしれない。完全なバフ集中型タイプ。面白いビルドだなぁ、とは思うが。

 

「これ、お前がヒールで憤死しそうだよな」

 

「解る? だから悩んでる」

 

 相方ヒーラーが回復性能0となるとマジで大変そうだよなぁ。HPの戻しもバリアも全部土鍋が担当する事となるんだから。

 

 んで4人目は……お、森壁だ。性能に関しては今更話し合う事はない。既に一緒に遊んでいて知っているのだから。完全なバリア特化型ヒーラー。味方のHPを守り、維持する事を得意とするヒーラータイプだ。ダメージを軽減する事で生存性を高め、相方のピュアヒーラーがHPを戻す作業を手伝うのが役割だ。開いているスキル枠でステータスに対するバフスキルをいくつか取得し、それを使ってバリアの片手間に味方を強化するスタイルを取り入れたらしい。

 

「一番安心できる枠だな」

 

「だな。呼吸が解るってのはそれだけで大事な事だ」

 

 既に数日一緒に遊んでいる実績があるからスキルや動きの合わせには苦労しないだろうし、何よりも人柄と実力が解っているのが良い。つまり地雷率が0である事が保証されているのだ。これは固定を組む上では凄い重要な話だ。

 

 何せHimechanとか、サークラとか、唐突に身内パーティーに出没した怪物が一瞬で友情破壊して何も残さず去って行くなんて話、MMOの界隈では都市伝説でもなんでもなくガチで存在する話なんだから。そういう意味では女性プレイヤーよりも男性プレイヤーの方が遥かに安心できる部分が強い。

 

 一部連中なんてそれこそ女性プレイヤーを地雷認定して近づかないレベルで。

 

 人間不信ってレベルじゃねーぞ!

 

 いや、まあ、気持ちは解るが。それにうちの身内連中は相手がいるからそういう事に対してはドライなんで心配する必要ないんだが。

 

 あるとしたら俺が煮え切らない態度取ってるからそういうのが来たらニグに襲われそうな事かなぁ―――!

 

「森壁くんの問題があるとすればバフ要素に薄くて全体としての火力貢献が薄いって事か」

 

「だけど戦闘中の安定性って面で見れば一番これが強い。マジで。相方に完全にヒーリングを理解してくれる奴がいてくれるとヒーリング分担で仕事がマジで楽になる。その分攻撃にリソース回せるから必然的に俺と森壁が火力出せる様になる」

 

「そこがなぁ。魅力的なんだよなぁ……」

 

 ピュアとバリアの分担作業だ。正直土鍋のヒーラーとしての目線で見ると森壁の様な特化バリアヒーラーをパーティーに入れたいんだろうなぁ……とは思う。

 

「んで5人目……最後は結界使いか」

 

「そそ。面白そうな性能してるだろ?」

 

 俺が既にマスターしている《結界術》を更にヒールとバフの方面で特化させたスタイルのビルドの様だ。俺は《結界術》をテレポートの習得前提としてしか見てなかったが、森壁やこのプレイヤー、ゾルクスからすればバリア回りで発展できる要素が強い様だった。結界から発展させた陣を展開し、内部で様々な効果を発揮させながらバフと軽減を発動させるほか、陣を重ねる事で複数の効果を混ぜて新しい効果を発生させたりする面白い発展の仕方をしている。バリアも出来、バフも出来る。こう言えばかなり便利に聞こえるが、陣は普通の魔法や結界とは違って範囲が狭く、直径5~10メートルほどのサイズまでにしか拡大しないらしい。

 

「範囲が狭いって事はその分動きを固定化させるって事だけど、移動ギミックが多い所となると陣の効果を全く受けられなさそうだな」

 

「それ。そこを考えるとバリア関係は森壁のが強いんだわ。安定性では圧倒する。でも火力が必要だよなぁ? って考えるとアイラなんだけど、間違いなく俺が悲鳴を上げ続ける事になる。その合間を考えるとカズデルかエクサ。俺達は動きを精鋭化できるから尖らすぜ! ってなるとゾルクスかな……」

 

 そこまで口にした所で土鍋が腕を組みながらうーん、と唸る。

 

「悩ましいけどとりあえず一旦面接して、人柄とモチベ確認してから決めるかぁ~……って感じだわ」

 

「あいあい、お疲れお疲れ。ヒーラー組の面接に関してはそっちに任せるわ。俺は俺でDDの方をとりあえず100にまで絞って、そっから更に絞ってくわ」

 

 どいつもこいつも火力一辺倒というか、火力の事しか考えてないというか。まあ、DDなんだから当然なんだけど、それしか考えてない連中ばかり応募してきてるから厳選するのがマジで大変だ。中にはどう見ても小学生にしか見えない奴が混じってるし。それでも基準満たしてるからなぁ。

 

「ふぅー……とりあえずお互い、もうちょい頑張るか」

 

「おう。今略剣の奴がタンクの面接やってるみたいだしな」

 

 うーん、あっちもあっちで気になるがとりあえず今はこっちだ。今日中にもうちょっと厳選頑張るか、と部屋から出て連絡を取り始める土鍋を見送り奮起する。




 君ならどんな奴を採用する? 最高難易度コンテンツを攻略するのに必要な能力とは……?


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固定パーティー Ⅲ

「ちょっと休憩入れるか」

 

 DDのデータを200程見たところで疲れを感じて一旦休憩を入れる事にする。折角ログインしているのに部屋の中にいるんじゃリアルでパソコンを前にリストを眺めているのと何も変わりはしない。一旦リストを閉じると寝転がっていたソファから起き上がる。既に土鍋が報告を入れてから1時間ほど経っている……或いはちょっと外で軽食を取ってきても良いかもしれない。

 

 そんな事を考えながら窓から飛び降りる。

 

 飛び降りるのと同時に《契約術》から〈部分召喚〉を行い、フィエルの翼を借りて滑空する。このゲーム、実はちゃんと落下即死とかが存在していて、結構な高さから落下すると普通に死んだりする。それを回避するにはHPの最大値を上げるか、それともそれ関連のフレーバー系スキルを取得するしかない。つまり普通に4階分の高さから落下したダメージもなく着地できるのはニーズヘッグぐらいなのだ。なので自分の様に戦闘ビルドをしているプレイヤーは、受け身を取ってダメージを減らすか、或いは何らかの手段で落下の衝撃を殺すしかない。

 

 俺の場合はこの翼だ。〈部分召喚〉で借りた翼は滑空も飛翔もある程度であれば出来る。これに《風魔法》で上昇気流を生み出せば空中散歩だって楽しめるし、複数人の滑空を行う事が出来たりする。そんな訳で翼を借りて窓から飛び降り、ダメージもなく着地すると翼を消し去ってフードを被りながら街中へと向かう。

 

 イェンが拠点として確保した建築物は合計で4階建てに地下が2階まで存在する上に庭までついたかなり大きな拠点となっている。それこそ屋敷と呼べるようなサイズの拠点だ。だがイェンには金があるし、派手なほうが箔が付くという理由でこんな少人数のチームの為に拠点を用意した―――まあ、その為にイェン達も良くこっちで仕事をしてたりするのだが。

 

 そんな俺達の拠点があるのはエルディア王都の住宅街で、大通りの直ぐ近くにあるから王都全体のアクセスも悪くはない。

 

 これが金とコネによるパワーって奴だろう。

 

 そんな訳で拠点を出て通りに出る。と言っても特に目的がある訳でもなく、単にぶらぶらするだけって話でもある。それだけでも割と楽しめるんだからVRMMOって環境は凄い。

 

 とはいえ、今はプレイヤーっぽいごちゃごちゃした姿は少ない。というのも大半は北へと遠征の為にレベリングか攻略で出払っている。必然的にここに残されるのは戦闘以外の技能のレベリングを行うプレイヤーだったり、商人プレイヤーばかりだったりする。そしてそういう連中の大半は一か所にとどまって作業を行うもんだから、平日の昼間に通りを歩いているという事は少ない。だから今、この通りを歩いているプレイヤーはかなり少なく、大半がNPCになる。

 

 だがこうやって歩いて見ている分には誰がPCかNPCか、全く判別がつかない。そこら辺のリアリティがある限り、PCだかNPCだかを気にする様な事はないだろう。

 

「さーて、何をすっかなー」

 

 特に目的がある訳でもない。ぶらぶらするという事に目的は必要じゃない。

 

 今日は珍しく全員バラバラに行動しているので、誰か一緒という訳でもないし。ただ、まぁ、一人で歩きまわるってのも中々暇だ。《契約術》のSL8で習得した〈非戦闘召喚〉で戦闘力0のフィエルを召喚する。いや、召喚してなくても勝手に出現するのがこのAIとかいう存在なのだが。それでもこうやって召喚すると律儀に戦闘力もAIとしての能力も0のアバターで降臨してくれる。

 

 そうやって召喚される非戦闘状態のフィエルは戦闘用リソースをオミットする関係で幼女姿だったりする。神聖さの欠片も感じさせない天真爛漫、快活な白いワンピース姿の金髪の幼女。ちょっと髪がくせっげでウェーブがかかっている辺り性根というか根本的な性格が見える―――まあ、実年齢に適した姿だと言える。

 

 大通りに出ながらフィエルを召喚すると、とことこと横を歩いてついてくる。

 

「アインさーん?」

 

「いや、一人で歩くのもつまらないだろ? ちょっと息抜きの相手をしてくれよ」

 

「それぐらいならお安い御用ですよ。私は貴方の親愛なる隣人ですから」

 

 そう言って胸を叩くフィエルはどこからどう見ても背伸びをしている童女にしか見えない―――まあ、実際の所、そこから本当の大人へと進化させる意味でAIの進化と成長が期待されている。その為にあーだこーだ、色んな方法で人間との交流をさせているのだろうと思う。

 

「建前はな」

 

「建前じゃなくて私達(AI)はそういう風に設計されているんです!」

 

「そうかそうか、偉いねー……アイス食べる?」

 

「食べます」

 

 食い気味に返答してきたなこいつ。まあ、食わせるといった手前それを放棄するのもどうかという事なので、近くにアイスが売ってないかを確かめようとしたらフィエルが手を引っ張ってくるので、お得意のサーチで美味しい所でも見つけたのだろう。素直に手を引っ張られて大通りにあるアイスの店へと行きコーンに乗った2段重ねのアイスを購入する。

 

 それをまぁ、このAIは何とも美味しそうに頬張るものだ。

 

 購入したアイスを中央の広場でベンチに座りつつ、ゆっくりと味わう様に口にする。口の中にバニラの味が広がり、そしてそれがゆっくりと溶けて行く感触が広がって行く。

 

「アインさんアインさん、私達AIと人間との違いが判りますか?」

 

「クオリアの有無」

 

「はい、正解です。人は我思う故に我あり、なんて言葉を使って己を表現します。ですがこの我、とは? 私達AIにおける自己肯定とは何でしょうか? 電子プログラムから構築される私達の自我を構築するものは人の脳にあるブラックボックスと比べるとあまりにも簡単で学問で説明できる範疇のものです。そこに”我”を見出すのはとても難しいのです」

 

 クオリア。光、或いは悟り。AIが本当に人間と同じ様に思考をし、そして理解し、表現できるようにはクオリアが―――つまりある種のAI自身による自己進化が必要だと言われている。AIのテストモデルというか元は人の脳から来ている。つまりAIのベースとなったのが人という存在であれば、AIも何時か人間の様になれるのではないのか? なんて言われているのだ。細かい話は専門的になる為、その細かい部分に俺が語る事は出来ない。だがここら辺の知識はこの1か月、フィエルと生活していて普通に身についた知識だった。

 

 というかちょくちょくシャレム運営というかその後ろにある統合企業さんにフィエルの成長やら変化の報告をしたりお話をしている間に生えてきた知識だったりする。自分の分野とはまた違うのだが、この手の知識があったらグラフィックワークももっとフィエルに最適化できるんじゃないか? って思ったりもした。まぁ、結論から言うとそんなもんあってもなくても同じだったが。

 

「で、話のオチは?」

 

「これはさっき土鍋さんがいた時にした話ですけど」

 

 フィエルのチャットモードがウィスパーになった。つまり他のプレイヤー、NPCからは聞こえない状態だ。それはつまりフィエルとしてもオフレコにしたい内容である、という事なのだろう。

 

「運営の方では現在、ゲーム内部での時間加速と性転換に関するシステムの構築を行っています。時間加速の方は理論は完成したのですが法律的にこれ、許してどうなんだろうって意見が強くてどうにもならない部分があるんですよね。何よりもVR産業が生まれた場合この技術で人類がブラックを通り越した勤務形態を構築しかねないという恐れもありまして……」

 

「言いたいことは解る」

 

 ぺろり、とバニラアイスを食べながら頷く。1日が72時間になる技術で。VR産業が更に発展したら1日48時間働かせるところが出てきそうだ。

 

 病みそう。

 

「実はこの技術、私達の成長から得たフィードバックを技術として転用しているんです」

 

「ほへー。お前の成長がこのゲームの成長につながっているって訳か」

 

「はい。文字通り私達全員でこの世界を作っているんですよ」

 

「ほー」

 

 そういう話を聞かされるとこの世界が改めてゲームなんだなぁ、というのを思い出させられる。だけど……まあ、それが良いんじゃないか? とは思う。結局のところこの世界がゲームである事を俺達は忘れちゃいけないんだし。ここはゲームで、リアルで生きているって事を忘れてはいけないんだ。なのでこっちにいる間は全力で楽しんで遊ぶ。

 

 それがゲーマーの心得だ。

 

 ま、それはそれとして実装したらちょっと手を出してみるのも面白いかもしれないなぁ、なんて事を考えつつアイスを食べ終わる。ベンチから立ち上がりつつ背筋を伸ばし手を空へと伸ばし、

 

「ん―――……散歩が終わったら残りのリストを見るかぁ。フィエル、他に面白そうな所ない?」

 

「最近暗黒雪たこ焼きラーメン屋がオープンしたらしいですけどどうでしょうか!?」

 

「そのチョイスは何」

 

 でもちょっと気になるし試すかぁ、と呟きながら息抜きに戻る。




 ネカマは良くネタにされるけどMMOという媒体で見るなら男のケツを永遠に見たくないって事でネカマプレイ自体はそう珍しいものでもない。

 果たしてTSアインなるものが生まれた場合、身内に対するウケの良さはどうなんやろなぁ……。


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固定パーティー Ⅳ

 その後大道芸をしているプレイヤーや、新しいバグの発見を行おうとしている一部の芸人プレイヤーの姿を軽く眺めて気分をリフレッシュさせたら、急務であるDDの選出を行う為に拠点に戻る事にする。まだまだリストには大量のPCが面接希望で集っている。正直、DDで誰が一番強いかなんて直接会ってどれぐらい火力を出しているのかを見せて貰わない限りは全く解らないので履歴書だけで判断するのは難しい所だ。

 

 そこらへん、ヒーラーやタンクはビルドで解りやすく変わるからずるいなあ、と思う。一目見て役割が解る。だけどDDは違う。DPSを出す手段は多岐に渡るし、どういうビルドが最も効率よく火力出すかを判断するのは見て比べない限りは難しい。だからまずはリストを見て、その構築を見て、どれだけパッシブとアクティブにスキルを分別しているか判断し、そこから予測DPSの計測値を確認してランク付けする。それを行ってから上位の上澄みから分別しなくちゃならない。

 

 だけど中には異形ビルドですさまじいシナジーを発揮するビルドもある。その事を考えるとただ単純に個人で火力を出せば良い! って訳じゃないのがまた辛い。

 

 つまるところ、俺のフィーリングによる判断の部分が多いのだ、この選考は。だから変なのを引けば俺が固定に迷惑をかけるって事にもなる。なので割と頭を悩ませる問題でもある。ここら辺のチョイスに関しては略剣と土鍋を信頼しているし、アイツらが間違えるとも思ってはいない。

 

 ―――だけど、きっとアイツらも俺なら間違えないだろうって信頼してるだろうなぁ。

 

 拠点へと通じる道をゆっくりと歩きながらため息を吐く。信頼されるのは嬉しいのだが、それはそれとして信頼が重くないか? とは思わなくもない。だけど信頼と信用には応えたいと思うのが身内の結束って奴だ。俺も真面目にやらなくちゃいけない。

 

「うーん、悩ましい」

 

 呟きながら真面目に作業する事を考えてフィエルの召喚を解除する。そのまま見えてきた住宅街、拠点のある一角へと向かい―――拠点の入り口である門の前に立つ姿を見つけた。

 

 拠点の前に立っているのは少女―――というよりは童女の姿だった。歳のほどは先ほどまで召喚されていたロリフィエルと同じぐらいだろうか。幼女をリリースして幼女を召喚! というフレーズが脳内に一瞬で出現するも、それを脳内から追い払う。まぁ、幼女という表現を使うのも相手には失礼だろう。ここはとりあえず、少女という表現をする事にする。

 

 その少女は長い赤髪の少女で、服装は黒いゴシックロリータドレスというかなり凝った服装をしていた。恐らくはアバター装備の類だろう。少し前ならまだしも、今は装備を見た目装備として適応する事が出来る様になっている。その為、装備する為の武具とは別にファッションやアバターに気を遣うプレイヤーも増えてきた。

 

 そういう意味では現実のファッションデザインに精通しているクラフターとか、かなり人気が出ている。ネットを通した画像提示でデザインを依頼できるんだからそりゃあ人気も出るだろう。

 

 門の前に立っていた少女は此方に気づく様に振り返ると、髪と同じ血に濁ったようなの色の瞳を此方に向けてくる。アレ、精神的に何か問題がある訳じゃなくてそういう風にハイライトを消したキャラクリエイトしているな、というのを一瞬で察する。気配から狂気の類を感じないので解る。

 

 本物は土鍋の彼女みたいな気配してるし。ファッションヤンヤンでは俺を騙せないぜ。

 

「あ、見つけた」

 

 少女は此方を見つけるとにっこりと笑った。フードを被っているがプレイヤーネームの表示をオンにしていれば名前から俺が誰であるかなんてすぐに判明する。そして見つけた、と言う以上は俺が誰だか解り、そして探していたという事だろう。隠している意味もないのでフードを下ろして顔を出しながらも、

 

「おぉっと、お嬢ちゃん。悪いけど固定の申し込みに関しては文の通りだ。直接会いに来ても困るぜ」

 

 ま、俺を探して会いに来るって事はDDの選考に関してだろう。正直な話、こうやって直接頼まれに来ても困る。この事はフェアに大量の募集者の中から選んでいる最中なのだから、こういうやり方はあまり好ましくはない。とはいえ、子供相手にあまりストレートな表現で諫めるというのも大人げないというものだ。

 

「あら、レティはこう見えてもちゃんと分別の解る女よ。子供扱いされるのは心外ね」

 

「残念ながらこのゲームでは元の体形からかけ離れた姿を取る事は出来ない。つまり君は必然的に見た目通りの姿となる訳さ」

 

 そこらへん、システムとして上手くできているとは思うが。しかし童女とでも言うべき年齢の少女が昼間からMMOを、それもVRにダイブしているのは流石にどうかと思う。

 

「あら、その心配はいらないわよ。別に家が不仲でもなんでもなく、単純にレティには時間があるってだけの話だから」

 

「んー……?」

 

 今の会話、物凄い違和感が―――あぁ、いや、解った。レティと名乗っている少女を見れば理解できる。悪戯が成功したようで気分が良くなっているし、彼女が言外に伝えようとしている事が。だがマジか? いや、特殊技能だし他に存在していても別に問題はないし。単純にそういうケースだったって事だろう。

 

「レティも初めて動画を見た時は驚いたわ。()()()()()()()()が他にもいるんだから」

 

「そりゃあいる所にはいるだろう。こんな所で会う事になるとは思わなかったけど」

 

 まぁ、俺も自覚したのは子供の頃だし。そう思えば目の前の子が若くして技能を持っていることに違和感はない……のか? あぁ、どっちにしろ、やる事は1つだ。

 

「ほれ、来い。試してやる」

 

「ふふふ、ありがとうお兄さん」

 

「はあ」

 

 解っててやってるんだからこの小娘は大物だ。ある意味じゃ俺の若い頃に似ている。成功すると解っていて言葉をかける。求められていると解るリアクションを取る。相手が欲しいものが解るから必然的に誰からも好かれやすい。自分でやる事、出来る事をコントロールしないとそれに振り回されて現ヘルチワワ、元ヘルクイーンみたいな生き物が誕生してしまう。

 

 門を開けて中に入る。後ろから追いかけてくる少女が此方の意を組んでちゃんと門を閉めてくれる。よーし、偉いぞー、と心の中で思えばちょっと不満そうな表情を浮かべられる。どうやらあまり子供扱いされたくないようだ。まぁ、そんなの無視だ無視。閉じていた履歴書のリストを取り出すとフィエルが気をきかせてくれたのか、少女の履歴書が自動的にトップに出てくる。それを片手に掴みながら確認する。

 

 PC名レティシア、スタイルは両手デスサイスで近接シナジーアタッカー、と。レベルは39で所属はなし。固定での活動もしておらず野良パーティーを転々としながら活動してきた、と。

 

「データ」

 

「うん?」

 

「ダメージ計算におけるバフとデバフは区別が変われば合算ではなく乗算での計算でしょう? だからレティは攻撃区別デバフと属性デバフをスキルに乗せて削る事が出来るわよ」

 

 それはパーティー戦闘におけるシナジーを考えると、滅茶苦茶嬉しい要素でもあった。ステバフx属性バフx攻撃種別バフという形でバフが効果を発揮するように、デバフも同じような計算で相手に対して刺さる。バッファーを用意するならデバッファーもまた存在するだけでダメージ係数を一気に伸ばす事が出来るから欲しいと言っちゃ欲しいのだが……この手のビルドってダメージとの両立が難しかったりする。

 

 という事でレティシアを連れて、拠点の裏庭へとやってくる。そこに立っているのはちょっと大きめの木人であり、DPSを数値として確認する為に用意してあるものだった。浮かべていたホロウィンドウを使って肩をトントン、と叩いていれば何をして欲しいのか、言葉にする必要もなくレティシアはインベントリから装備である背丈を超えるデスサイスを引き抜いた。

 

 なんの気負いもなく、しかし同時にどことなく気品を感じさせるように片手でデスサイスを構える少女の姿に、自分は絶対に選ばれるという自信とそれだけの自信に見合う能力を感じさせられる。まぁ、実際こうやって突撃してくる時点で条件はクリアしているんだろうが。

 

 ―――これは決まりかもなぁ。

 

 ぽつりと、そんな事を言葉にしない様に胸中で呟く。だが少女は、レティシアはその呟きの気配さえ拾い、構える姿に微笑を浮かべていた。




 幼女を生贄に幼女を召喚。その昔、生贄って表現だったんだけど何時の間にかリリースとかアドバンスって上品な表現に代わってましたねえ! 私はいまだに生贄って言ってる。

 犬のライバル、現る。


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固定パーティー Ⅴ

1様『確定で』

略剣『マ? マジで? こっちも今決めたところだけど』

土鍋『は? どういう事よ』

1様『同類発見。DPSチェック達成。性格に難あり』

略剣『おい、最後』

土鍋『いや、ボスと同種って事はヘルチワワ派遣すれば解決って事だろ』

略剣『あー』

梅☆『言っておくけどそれガチ劇薬だかんな。トラウマもんだぞ』

1様『という訳で近接・デバフ型火力DD1名確保』

梅☆『無視するじゃん』

土鍋『ならこっちは森壁で良いな。採用の連絡入れるわ』

狂犬『呼んだ?』

1様『メスガキ躾けるから応接室にカモン』

狂犬『わぁい!』

略剣『んじゃこっちの採用者もそっちに連れてくわ』

土鍋『森くんも割と近い所にいるみたいだし直ぐに来るってよ』

 

 デスコの画面を消去し、ぼろぼろになった木人の前で得意げな表情を浮かべるレティシアの姿を見た。間違いなく自分の才能と力の全能感に酔っている部分があるし、先人としてこのメスガキ候補を絶対に解らせないと、という使命感に駆られる。ほぼ確定だろうがこいつ、マウント取れる相手には100%マウント取ってくるタイプであるのはもう気配で解る。

 

「とりあえず仮採用って事で」

 

「仮採用?」

 

「次が最終試験で、それで俺が満足する結果が出たら採用って感じだな。ま、とりあえずついて来い。外で突っ立ってるのも嫌だろう?」

 

「そうね、ならエスコートをお願いするわ」

 

 最近の若い子はませてるなぁ、と苦笑しながらレティシアを連れて拠点内に戻る。拠点―――というか屋敷の内装はイェン達の趣味で東国風に整えられているが、こっちにある家具や調度品で完全なる東洋テイストを再現する事は出来ない。その為、東西を混ぜ合わせた、中間の様な不思議な様式になりつつある。

 

 こんな感じに文化とか芸術って発展してるんだよなぁ、と美術の歴史で学んだ事を思い出す。俺は割とこの内装気に入っている。家具のチョイスとか一部俺の意見も入っているし。それはまぁ、ともかく、

 

「シャーリィさんいますか?」

 

「はい、此方に」

 

 王宮では専属の侍女として働いてくれたシャーリィだが、此方の引き抜きに応じてくれてこっちでも働いてくれている。まあ、十中八九王宮側からのお目付け役なのだろうが。それでもこういうパイプを繋いでいる人を傍に置くというのは同時に敵対していないですよアピールでもあるので、略剣やイェンは面倒ごとが減って良い事だって言ってた。

 

 ともあれ、

 

「応接室に皆で集まるから。ゲスト含めて合計8人。新人含めてこっちに移ってくると思うんで」

 

「はい、部屋と飲み物のご用意をしますね」

 

「ありがとう」

 

 頭を下げるとシャーリィが下がって行く。それを見送りながらレティシアがふーん、と声を零す。応接室へと向かいながらレティシアが聞いてくる。

 

「お金があるのね?」

 

「うちはスポンサーがついてるからな。商会が丸々1個」

 

「あ、知ってる。東炎商会よね? 和風・中華のインテリアやアイテムを販売している事からプレイヤーに人気の所よね。レティの趣味ではないけれど、悪くはないセンスだと思うわ」

 

 略剣も販売と流通にいつの間にか噛んでたからな……アイツゲームの中で迄何をやってるんだろうか……?

 

「ま、そういう訳で俺達の活動は余程馬鹿な使い方をしない限りお金で困る事はない、って訳だ」

 

「世のプレイヤーが聞いたら怒りそうな事ね―――ま、レティはその恩恵を受けるからどうでもいいけど」

 

「おー、強気じゃん。いいぞぉ、強気なのは。弱気なのよりは全然」

 

 うちの狂犬が来たら一瞬で崩れると思うから。それまでの命よ。

 

 そんな風にレティシアと話しながら応接室まで案内し、中に入れる。ソファに座って少しすれば飲み物をシャーリィが運んでくる。それを受け取りつつ、テーブルを挟む様にレティシアの方を確認する。

 

「……一応、先に固定周りに関する注意事項と細かい確認を行うけど良いな? 後ついでに本当にログインしていて問題ないか、許可を得ているか、そういう所も確認するが」

 

「えぇ、勿論不安に思うだろうしレティも構わないわ。さっさと面倒な話は終わらせてしまいましょ」

 

「良し」

 

 

 そこから他の連中が集まるまで、レティシア相手に色々と確認を行う。俺と同じタイプの技能持ちでDPSも出せるなら、才能と能力を加味して十分即採用コースだ。だが彼女が本当に両親の許可を得て遊んでいるのか、或いはログインし続けられる環境にあるのか。それを確認する必要がある。特にこの固定の募集は元々社会人を想定して結成しているものだ。その中に明らかに未成年が一人混じるのだから、気を付けなきゃいけないところがある。

 

 まあ、だから確認は万全に。

 

 

 

 

 すったもんだでレティシアのご両親とちゃんとコンタクトが取れたし、ちゃんとレティシアのログインに関しては許可が出ていた。その上で時間と活動に関しても問題をオールクリア。寧ろクリアされている事で不安が増えたりしたのだが、固定活動をする上ではなんも問題がない事が判明してしまった。何やらその裏には家庭の事情がありそうなものだが、それを細かく突っ込むのはマナー違反だ。相手から口にしない限りはノータッチ、これがマナーの基本という奴だ。

 

「ね、何も問題はなかったでしょ?」

 

「俺はプライベートな話はこれ以上はしないよ」

 

「それはそれで寂しいわね。私、お兄さんになら追求されても別に良いわよ……? ねぇ……?」

 

 椅子に座りながら足を組んで蠱惑的に微笑んでくる少女―――うーん、なんというメスガキ感あるだ。いや、本物はもっとアレなんだが。だけどなぁ、こういう状況でお前そういう事をやってしまうとなぁ……。

 

 時間的にもそろそろじゃね? と思いつつあると、当然の様に窓の上枠を掴んでニーズヘッグの姿がぶら下がる様に出現した。その姿を察知してレティシアは視線をニーズヘッグへと向け、ニーズヘッグが視線をレティシアへと向けた。

 

「―――今、ボスを誘惑したのってこの子?」

 

 そうは言うものの、相手が子供なだけにニーズヘッグの迫力は皆無だった。見慣れたチワワ状態。体を軽く振るとそのまま部屋の中に一回転しながら着地して侵入する。フレーバーとアクロバットに特化したビルドをしているニーズヘッグのスキルはこの1か月で更に磨かれており、知っている限り最も曲芸染みた動きの出来るプレイヤーとなっている。

 

 そんなニーズヘッグを見て、

 

 レティシアは完全にフリーズしていた。その口は何かを言おうとして半開きになった状態で停止し、そして瞳はニーズヘッグを見て大きく見開かれている。

 

 その姿、まさしく宇宙猫と呼べる状態であった。

 

 だが直ぐにその視線は震え出す事で変化する。アイデアロールに成功してしまったんだろうなぁと呑気にその様子を見て、ニーズヘッグは唇に指をあてながら首を傾げた。

 

「ボス、この子ボスと同じ……?」

 

「そうそう。良い拾い物でしょ」

 

 俺達の視線はそれからレティシアへと向かう。そんな彼女の視線は完全にニーズヘッグに釘付けになっており、明らかに恐怖で表情が揺れているのが解る。ニーズヘッグの中身を理解する生き物はこうなる。動物とかが根源的に強者に服従する様に、野生動物が当然の様にこの女の前では腹を見せる様に。レティシアはその感受性の高さから感じ取ってしまったのだ。この女の中身がどんなダークマターとなっているのか。

 

 ―――やっぱ3秒も持たないよなぁ!

 

「やっぱこの女の中身ロクでもねぇな」

 

「……」

 

 しょぼん顔で無言の抗議を見せるニーズヘッグが動こうとした瞬間、レティシアが動いた。一瞬で座っていた椅子から飛び出すと、そのまま床に転がり、そして額を地面につけた。それはあまりにも見事で、完成された命乞いだった。半分本能的に、生きる為に、ニーズヘッグの中身というものを見て彼女という存在を察してしまって出したリアクションだった。いや、まあ、気持ちはわからなくもない。見た目はチワワだが。いや、ほんと、見た目はチワワなんだが。中身はこう、SANチェックいるタイプの構造してるし。

 

「―――い、命ばかりは許してください……お、お願いします」

 

 先ほどまでの威勢や元気さ、調子の良さは一切見えなくなっている。この中身を一時期は溢れさせていたんやぞ。それに蓋をした俺のことを人類はもっと褒めても良いと思う。

 

 まあ、ニーズヘッグ自体は物凄くこの手のリアクションは不本意で、耳と尻尾がだらりと力なく垂れ下がっている……様に見えてくるぐらいには意気消沈している。

 

 その様子を俺は手を組み合わせながら膝の上に置き、足を組んでその景色をニコニコ顔で見てた。

 

 取り合えず開幕パンチはこれでええやろ!




 ライバル(3秒)。理解できる奴は一瞬で格付けチェックを終わらせてしまうタイプの犬。やはり正ヒロインは(物理的に)強かった!。

 これで漸く固定メンバー全員集合できる。


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固定パーティー Ⅵ

「アレ、なにやってんだボス」

 

「見て解んないのか? 俺にも解らん」

 

「なるほどなぁ」

 

 土鍋が部屋に入ってきて、その後ろには森壁が一緒についてきている。これでこの部屋に全員が揃った。先に来ていた略剣ともう一人、略剣が選んだタンクが既に席についてシャーリィの入れてくれた茶を飲んでいた。そして土鍋が見ているのはレティシアとニーズヘッグの事だろう。泣いて命乞いをしていたレティシアはニーズヘッグという怪物を前に、今世紀最大の命の危機を感じていた。だが同時に、どこが絶対に安全なのかを理解していた。だからレティシアは逃げたのだ絶対に安全な場所へと。

 

 つまり俺の後ろに。

 

 座っている椅子と背もたれの合間、その隙間に潜り込んで姿を隠そうとしていた。そんな哀れな少女の姿を見て、俺はニーズヘッグを呼び寄せるとお手、おかわり、と犬芸で近くに呼び寄せて遊んでいた。つまり俺という僅かな壁の向こう側にレティシア人生最悪の恐怖が存在している状況を維持して徹底した恐怖時間を演出していた。それを見て土鍋が漸く状況を理解し、腕を組んで天井を見上げ、考える事を放棄した表情を浮かべた。

 

「良し!!! 全員揃ったな!!!!」

 

「おう……あ、ちょっと待って」

 

「ひっ」

 

 後ろに隠れていたレティシアを引きはがして目の前に降ろす。その姿を覗き込む様にニーズヘッグが顔を寄せてくる。ホラー体験にがりがりとレティシアの正気が削れて行く音がするも、

 

「待て……お座り!」

 

「っ! わん!」

 

 言葉に反応して即座に床にニーズヘッグが座り込んだ。その景色をレティシアは目を大きくして見ている。

 

「お手!」

 

 右手が乗って。

 

「おかわり!」

 

 左手へと入れ替えられる。

 

「ぐるぐる!」

 

 その場でぐるぐる回って。

 

「よーしよしよしよし」

 

「うぅぅぅ……わん!」

 

 良くできたぞー、と両手で顔を挟み込む様に手を添えてから頭をわしゃわしゃと撫でると喉を鳴らしながら喜んでいるような声をしている。それを俺の膝の間で見ているレティシアのリアクションは解りやすかった。

 

「うっわ……」

 

 ドン引きである。

 

 俺も引いてる。ここまで完璧にするとは思わないじゃん。それどころかニーズヘッグの方は表情が誇らしげだった。

 

「ふふん? どうかしら? 私達の間に入ってこれるかしら」

 

「え、なに。なにこの人。レティ、この人が違うベクトルで怖くなってきた」

 

「そこの嬢ちゃん。いいか―――これが特殊性癖って奴だ。ちゃんと覚えておけよ」

 

 余計な事を言う土鍋の顔面に迷わず拳を叩き込みに行ってカウンターで拳を貰う。しばらくどたばた殴り合っていると土鍋達の分の茶を運んできたシャーリィがやってきたので殴り合いは一旦解散し、とりあえず8人全員で再びソファに座って集まる。ニーズヘッグショックが完全に抜けきった訳ではないが、それでも茶番を挟んだことでレティシアの精神は持ち直した。

 

 結構酷い事したかもしれないが、持ち直したレティシアはニーズヘッグに苦手意識を持ちながらも対抗意識を抱いているようで、固定から抜ける様な姿はなく、股の間に座る様に自分の場所を確保していた。ニーズヘッグは当然の様に横に距離を詰めて座ってくるので何も問題はない。ちょっと狭いよぅ……。

 

「うーし、これで8人が揃ったな」

 

 梅☆が話を切り出した。その言葉に俺が頷く。

 

「漸く8人だ―――これが俺達の攻略パーティーになる。サブはない。メインだけだ。この8人でこれからこのゲームの最難関コンテンツを攻略する為の仲間にする。ここに新しく来た3人に確認するけど―――いいんだな?」

 

 その言葉に勿論、と最初に答えたのは森壁だった。今の彼の装備はあの頃よりももっと良いものにアップデートされているようで、北方―――つまりは耐寒ベースのヒーラー用の装備にアップデートされていた。しっかりと、あの後解散しても最前線に食らいついていたのが解る。

 

「ジュエルコースト以来、ずっとこうやってこのパーティーに戻ってくる事を、そのチャンスを待っていました。そしてついにその時が来ました。あの時の興奮の続き、最後まで見せてください」

 

 ぺこり、と頭を下げる森壁に軽く拍手を送る。たった7人の拍手だが、それは同時にこのコミュニティに認められたという事の証でもあり、森壁への拍手が終わるのと同時に略剣が連れてきたタンクが立ち上がる。こいつは金属胴の鎧を装着し、両手もガントレットに覆われている。だが所々革がベースに見えており、その背には銀色の熊の毛皮を被っていた。北欧系の神代の戦士をモチーフにしたような恰好な男だが―――こいつは、顔を見たことがある。

 

「大将よ、我の事は覚えてるか?」

 

「アビサルドラゴンの時に頭叩きつぶした奴だろ」

 

「はーっはっはっは! 覚えててくれたか!」

 

 見たのは一瞬、話したのも一瞬。だけどすさまじいインパクトのある奴だったし忘れるわけがない。あの時は本当に世話になった。レオンハルト含めた活躍のおかげであの時は生き延びる事の成功したのだから。

 

「我の名はべルゼ。このパーティーにおけるサブタンクを担当する。無論、やる以上は本気でナンバーワンを取るつもりだ。このゲームにおける最強のサブタンク、最強の火力を保有するタンクとして名を刻む。それが我の目的で目標。その為にも遠慮も躊躇もなしに頼むぜ」

 

 その勇気とどれだけ頼りになるかは既に見せて貰っている。アビサルドラゴン討伐作戦の参加者であるなら疑う必要はない。間違いなく頼りになるタンクだし、モチベーションは見れば解る。歓迎の為に拍手をならせば、次はレティシアが立ち上がった。スカートの端を持ち上げるとさっきまでの狼狽を振り払って、真剣な表情を作った。

 

「初めまして皆さま、レティシアと申します」

 

 スイッチを切り替える様に言葉遣いを変えた。そういう風にも出来るなら最初からやれよなぁ、とは思わなくもないが。彼女から感じる熱量は森壁とべルゼ、二人から得たものだった。最初にパンチを叩き込んだけど、良い方向に流れてくれたみたいだ。間違いなく子供の間にこの手の挫折というか格の違いを経験させてあげないと100%未来で狂うからなぁ。

 

 俺はほんと、直ぐ傍にニーズヘッグがいて良かったと思うよ。おかげで子供のうちに身の程を知れた。

 

「まず最初に謝らせてください。割り込むような、他の人の可能性を奪う横紙破りのやり方で近づいたことを……本当に、申し訳ありません」

 

 そう言ってレティシアはぺこりと頭を下げた。

 

「だけどレティは、私は絶対にその選択を後悔させません。私という選択肢が最適解であったという事実を認めさせます、証明します。私というピースがあって、皆さんというピースがあって完成したんだって事をこれから証明したいと思います。改めて、DD担当のレティシアです。宜しくお願いします」

 

 最後まできちんと言ったレティシアに手を叩いて拍手を送る。うん、最初はどうなるかと思ったが活動に対するスタンスは真面目らしい。躾も終わっているし、それと合わせて何の問題もなく固定活動の方に入れると思う。悪くない。いや、寧ろ良い。

 

 特化ヒーラー、超火力サブタンク、そして耐性破壊DD。この3人を加え、

 

「俺達のチームは完成だ」

 

 その言葉に全員、口を閉じた。だまり、視線を此方へと向けてくる。だから足を組み、手を組み、そして微笑む様に視線を返す。

 

「俺達は最強のチームだ。この8人でてっぺんを取る。ここまで1か月間、到達するまで長かった。だが()()()()()()()()()だ。俺達が8人が揃い、漸く始まる。今のトップが《レジェンズ》? 途中経過ぐらいは良い気分を味わわせておけ」

 

 何せ、

 

「最後に勝つのは俺達《レコードホルダー》だからだ」

 

 だからここから始まる。

 

 ここから始める。

 

 ここで証明する。

 

 ―――World 1st。最強の証明を。

 

 この8人で。




 チーム名はレコードホルダー。つまり記録保持者。

 他の連中全員に対して「記録は俺らのもんやぞw」と名前で煽ってる。


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固定パーティー Ⅶ

「さて、こうやって集まった所で俺達のこれからの活動の話をしようか。とりあえず今の状況を……略剣、頼む」

 

「あいよ」

 

 ソファに座って視線を略剣へと向ければ、眼鏡の位置を軽く調整するように持ち上げながら頷いた。略剣は手の動きでホロウィンドウを取り出すと、そこに現在のチームの資金や状況をまとめたデータを表示した。

 

「今現在、俺達はイェン嬢のバックアップを受けて活動している。だから消耗品の補充や触媒に関しては気にしなくて良い。使った分はここで即座に補充できると考えて貰っても良い。装備に関しても更新はイェン嬢が金を出してくれる。5の倍数のレベルに上がったら、こっちに戻ればレベルに合わせた装備を受領できるようになってる。勿論ID産の装備の方がレベル帯としては強いからそっちを優先しても良い」

 

「流石のスポンサー様だな。金のある所は違うな」

 

 べルゼの言葉に頷く。その為のスポンサーだからだ。

 

「という訳で俺達にはスポンサーがいる。そしてイェン嬢が面倒な購入やストックの補充をやってくれているおかげで、俺達の活動においてそこら辺の心配をする必要もない。無論、梅☆の弾薬に関しては機工工房と契約済みだ。消費した分の弾薬は、あっちから自動的に補充されるようになってる」

 

「おかげで派手に使えるぜ」

 

 そう言って片手で持ち上げるには少し大きな銃を梅☆は取り出した。その武器は前から大幅にアップデートされており、工房の方で発明された銃を交渉する事で使わせてもらえるようにしたのだ。ただ弾薬は工房でしか作成できない為コストが少々高くなっているし、現実の銃ほど連射できる訳ではない。その代わりスキル等を絡める事でレーザーを放ったり、グレネードを撃てたりとんでもない事が出来る様になっている。純粋な火力に関してはクロスボウを握っていた時よりも遥かに高くなっている。

 

「イェン嬢の商会が俺達のスポンサーになるが、それとは別に王城との繋がりもある。この国じゃ恐らく一番豪華なコネを持っているのが俺達だ。つまりバックアップ体制に関しては何の心配もいらない。ついでに言えばクラフターを何人かこっちで雇ってる。ある程度レベリング用の素材を提供する代わりに優先してこっちの仕事を受けて貰う形でな。実質的にはクラフターの育成と囲い込みって形だが……NPCでは無理で、PCにしかできないような事を頼む為には必要な事だ」

 

 今の環境だとまだまだNPCの職人がレベル高すぎて追いつこうと頑張っている段階だが、最終的にはPCの方が優れた技術者になるだろうとは言われている。その時に備えて今のうちに才能と意欲のあるプレイヤーを囲んでおくのは意義のある事だし、それに金を出す事は悪くない。何よりもこっちは商会を牛耳ってるのだ。リアル技術や知識を通して作成したアイテムやファッションを露店等の個人商店ではなく、商会という形で流通に乗せられるのは売れる幅が全然違うのだ。

 

 そういう意味じゃかなり大事な事だったりする。

 

「そんで次は他のPC組織との話だな」

 

 略剣が話を続ける。

 

「今現在、俺達はトップチームである《レジェンズ》との同盟関係にある。つっても内容はシンプルで睨み合わないで情報共有しつつ進めよう、ってものだが。おかげで下準備の為に前線を離れている間でも前線の情報が入ってくるようになった」

 

「俺達は人数が少ない少数精鋭チームだからな。他所からの情報収集は割と大事だ」

 

「あぁ。特に大規模レイドが発生した場合、連携の取れるチームが複数欲しい。その事を考えると《レジェンズ》と同盟を組んでいるのは悪い事じゃない。それと似たような同盟関係は他にも《スターズ》、《鉄血騎士団》とも組んでる。どっちも《レジェンズ》には及ばないが、北方遠征で頭角を現したトップチームだ」

 

 同盟交渉は俺と略剣の仕事だ。イェンの商会の準備の合間に北へと遠征しては現地で交流しつつ交渉し、契約を結んだという形だ。そのほかにもちょくちょくローテーションを組んでうちの人員を他のチームのパーティーに混ぜて偵察とか、情報収集とか、交流とか。レベリングついでにそういう事もしておいたから大体の火力係数は把握している。

 

「バックアップも横の繋がりも良好。チームとしての状況は悪くない」

 

「問題があるとすればここ数週間、目立つ活動をしてない事、か」

 

「それ」

 

 べルゼの言葉に頷く。ここしばらくはこの体制を確立する為に活動が控えめになっていた。ちょくちょく前線に行ってはいたものの、攻略や断絶解除の功績は他のチームに取られている。だからここはそろそろ復帰と共に一気にトップである事を証明する為の活動が必要だ。何故なら名声には期待が付随する。そしてその期待というものは金や力というものになるのが組織だ。何よりも漸く8人集まったのだ。だったらいっちょ、派手にかまして俺達が帰ってきたという事を証明したくなるのも道理だろう?

 

 そういう訳で、

 

「俺達の今後の活動。ここが一番重要だ」

 

 略剣の話を引き継ぐ様に話始める。背筋を軽く伸ばしながら全員の視線が此方に集中しているのを意識して話し出す。

 

「まず絶対に片付けなきゃならないのが北方遠征だ。この大陸の未来がかかってるレベルで重要な案件だからな」

 

 北方帝国・アルスティア、ドラゴンライダーの聖地とも呼ばれる場所だ。ゲーム開始前まではエルディアと戦争していて押していたとさえ言われる力のある国だ。だが逆に言えばこの大陸有数の軍事力を保有する国家だという意味だ。つまりこの大陸における圧倒的な武力が復活するという意味でもある。断絶を解除すればするほど土地が増える。だが国家と人が増えなければその土地は増えたモブエネミーと浸食エネミーの残党によって荒れ果てて行くだけだ。

 

 また、同時に軍事力の高い国家が復活する事は対抗策が増えるという意味でもある。断絶をこの地に齎した黒幕共。そいつらは凄まじい力を持っている。だが此方も国家というパワーが蘇れば蘇る程、それに対抗する手段を手にすることが出来るという事だ。

 

「何よりも帝都解放作戦の参加は報酬と名声が美味しい。乗らない理由がない。だから当面はまず北方遠征の攻略だ―――つっても聞いた話だと1エリア攻略すれば帝都に到達できるって話らしいけど」

 

「ならそれに参加して帝都も解放するって事ね」

 

「できるならどっちもレティ達の手で攻略したいわ」

 

 まあ、それが理想だろう。実際は他の攻略パーティーも同時に活動しているし、既に攻略を進めている所だってある。そこに割り込んでクリアを狙うとなると、ちょっと難しいだろう。だから最終エリアに関しては攻略を諦めて、帝都攻略前のウォーミングアップで考えたほうが健全かもしれない。まあ、北に関してはこの程度で良いだろう。

 

「重要なのは帝国解放後だ。うちの師匠から聞いた話、帝国解放後は南部遠征を開始して最後の国家、メゼエラの解放を行う。こいつは魔導国家と言われるだけあって生活にまで魔法が混じって浸かってるって話だ。しかもこいつ、本体が空中都市だ。つまり航空戦力しか乗り込めないステージって事になってる。俺達の次の目的はこいつで、ここの解放だ」

 

 先に北方遠征が終わった後の話をする事には意味がある。

 

 つまり北が終わったら即座に他のチームや組織が動き出す前に、アドバンテージを取って南部へと一気に進めるという事だ。無論、南部への道は既にある程度開拓されている。だが一番早いルートはジュエルコーストを通して海方面からメゼエラ方面の港へ向かい、そこから陸路でメゼエラへと向かう事だ。出現するエネミーは平均して40台中ほど、中々高レベルのエリアとなっている。

 

「こいつの解放は契約上必須だ。そして解放が終われば―――」

 

「大陸全土が解放されますね」

 

 森壁が出した答えに頷きを返す。アルスティア、メゼエラ解放で国家を縛っていた断絶は細かいものを除いて全て解除される。特に魔法のエキスパートと呼ばれる国家が解放されれば軍事力を持つアルスティアと共に、稀人無しでも断絶を解除する方法を見出すかもしれない。そうなれば必然的に相手はリセットされるこの状況を覆す為に動かざるを得ないだろう。

 

()()()()()()だろう」

 

 全ての国家を解放したら、相手が動く。それが恐らく連中との決戦の時になる。まずはそこを目指す。そして超えなくてはならない。その先にあるのがエンドコンテンツだ。どういう形になるかは解らないが、まずは俺達の存在を証明する。

 

 だからまずは初めの一歩。

 

「俺達の証明の為にもまずは北だ」




 次回から北へ。

 なんで3章から4章まで数週間飛ばしたん? って言われると凄い絵が地味になのと、それを込みで話を続けると地味で盛り上がらないフェイズだけでまた1章分の文字数増えてしまうからですなー。

 という訳で装備やスキルもだいぶ更新されている。そこら辺の説明は次のIDで。


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北方遠征

 さあ、出撃だ!

 

 ……と言いたいのは事実なのだが、流石に集まったその日に即座に活動できるって訳じゃない。

 

 補充や連絡、そして最前線にいる連中との連絡の取り合いなんてしなくちゃならないし、ツブヤイッターで募集締め切ったよ! ってのもやらなくちゃならなかったりする。その為に必要な時間は約1日。その為、集まったその日に出発する事はなく、全員エルディアに整ったまま翌日の朝出発する為にこまごまとしたあれこれを処理して貰う事にした。

 

 俺は同盟先への連絡と前線の状況を確かめる為に連絡をアレコレ入れる。略剣は新人組を連れてイェンや工房への挨拶を、残った面子は明日に備えて環境に合わせたアイテムの補充や準備などを行う。

 

 こんなことをする為に丸一日かかったりする。そしてそれが終われば漸く出発できる。

 

 そういう訳で翌日朝、俺達は再び拠点の前庭に集まっていた。今度は《レコードホルダー》の8人に加え、イェンとフォウの姿もそこにある。彼らはエルディアでやる事がある為、ここを離れることが出来ない。なので北方の攻略が終わるまでは一旦お別れだ。見送りの為にやってきたイェンは近づいてくると此方の首に手を回して赤いマフラーを付けてくる。

 

「北は寒い、体を冷やさん様にな。こっちの事は心配するな」

 

「心配はしてねぇよ。サンキュな」

 

 大人しくマフラーを首に巻かれてから振り返り、にやにやしている連中と、じーっと見つめてくる

ニーズヘッグを見る。レティシアは……肩をニーズヘッグに掴まれて震えている。弄られキャラが増えたおかげで我がパーティーも芸の幅が増えたなぁ、なんて事を思いながら皆の前に立って杖と魔本を抜く。

 

 ―――戦闘スタイルは杖二刀流から杖&魔本異種二刀流へとシフトした。

 

 その最大の理由は《二刀流》スキルのSL10アビリティにある。このスキル、何が酷いってそれまでは武器2個装備で2本目の2分の1の補正が乗るって内容だったんだ。それがSL10での習得パッシブアビリティの内容が”異なる2種の武器を装備している場合そのままの数値を加算する”というクッソふざけた内容だった。師匠はこの最終効果を無視する形でのビルドだった。だが俺はこれに従う事にした。魔法スキルをマスターした枠に《魔本マスタリー》を追加する事で魔本装備時を強化しつつ、異種武具同時装備でフル補正を受けて行くスタイルにシフトしている。

 

 まあ、少なくとも俺のビルドではそこまで問題にはならない。あるとすればフル装備を用意する時に更にお金に困るという事ぐらいだろうか。俺は武器で戦うタイプではないのでまだマシだ。これが近接組になると武器のバランスとかを考えてアビリティの補正を受けるか否かを相談しなくてはならないので取り得スキルから大きく外れてしまうのだ。

 

 9と10での2分の1という補正の差は物凄く大きい。その為に違う種類の武器を装備するとなるとバランスやパッシブ、攻撃スキルの問題が出てくる。俺みたいな魔法ビルドであれば武器を振るう訳じゃないから問題はそこまで噴出しないが、武器戦闘ビルドはやっぱり地獄を見るある意味罠スキルなのかもしれない。

 

「よーし、全員集まってるな? 北へ行く準備は完了してるか?」

 

「北への移動ルートはエアポートから飛行船に乗って半日で降下地点だっけか」

 

 べルゼの言葉に頷く。現状北への移動はそこそこ時間がかかる陸路、そして早いが金のかかる空路が存在する。とはいえ、王家からの依頼という形で北部の遠征が行われている為本来の10分の1以下の金額で飛行船に乗って最前線近くまで運んでくれるようになっている。その為、今は北へと行く場合は空路がメジャーになっている。

 

 まあ、陸路を通るなら既に攻略されているマップである森、平原、岩場、そして山を超えなきゃいけないんだ。陸路だとマジで数日でかかる距離なんで途中のマップに用事がない限りは空路で行くのが安定する。

 

「確かに空路が最適だけど、俺達は空路で行かないんだけどな」

 

「じゃあ陸路かしら? でも無駄に時間がかかるわよ?」

 

 此方の否定にレティシアが首を傾げる。最前線への移動に陸路を使うのは正直頭がおかしいと言えるもんだろう。だけどレティシアの言葉にも頭を横に振って否定すればべルゼとレティシアが並んで首を傾げる。だが唯一、前一緒に遊んでいた森壁が理解したかのように納得した表情を浮かべる。

 

「あぁ……Aさんから習得したんですね、アインさん」

 

「そそ。《結界術》マスターしたら短距離のを。《土魔法》をマスターしたら地脈マーキングが行えるようになったから長距離のをな。という訳で全員、俺の半径10メートル距離から離れるなよ」

 

 左手で持ち上げる魔本が手を離れる様に僅かに浮かび上がりながら開き、無限に頁をめくり始める。それに合わせて杖を軽く振るってホロウィンドウを出現させ、行き先を指定する。足元に魔法陣を出現させればその上にメンバーが収まるのを確認する。これにて準備は完了。必要詠唱時間は10秒。流石に戦闘状態でもないのに〈詠唱消去〉を使うのは勿体ない。

 

「これって、もしかして―――」

 

 レティシアの声がするが、その言葉が終わる前に魔法が完了する。故に言葉は一旦区切られ、光によってすべてが遮られ、一瞬で景色は一変する。切り替わる様に変更される景色は足元の感触を硬い大地からどことない柔らかさを感じさせるパウダースノーの大地へと変貌する。吹き付ける強力な風と冷気に一瞬で口から吐き出す息は白く染まる。空は紫色に染まりつつある大地で周囲からは人の喧騒が聞こえてくる。

 

「―――テレポ寒ッ! 寒いわ! 寒いわここ!」

 

「〈ヒートプルーフ〉。これで大丈夫だろ」

 

 《火魔法》《光魔法》《風魔法》《時魔法》を混ぜ込んだ作った耐寒魔法を発動させる。単純に温めるだけならもっと少ないコストで良いのだが、《光魔法》で熱量を増幅させ、《火魔法》で熱を維持し、《風魔法》で温めた空気を拡散から保護し、《時魔法》で継続時間を長期化させる。こういう風にスキルでパーツを細かく用意して構築するとコスパが優秀な魔法が作れる。これなら一々短時間で張り直す必要もなくなるのだ。

 

「テレポートの魔法か、凄いな大将」

 

「前Aさんが使ってくれた奴と同じ奴だよね」

 

 森壁の言葉に頷く。

 

「魔法自体を師匠から教えてもらう必要があるからスキルをマスターするだけじゃ習得できない優れもんだぞぉ! ……まあ、そこそこ実力と信用があるならかなり金がかかるけど売ってもらえるらしいけどな」

 

 テレポートは色んなバランスを崩壊させる魔法だから習得に関しては色々と厳しいチェックがあるとか。俺はそこらへん、今までの貢献と師匠の弟子って事でパスしている。他のプレイヤーはどうだろう、覚えるのに結構苦労するんじゃないだろうか? まあ、なんにせよ便利である事を覚えておけばなんも問題はないだろう。

 

「へえ……魔法の売買って確か可能なんだっけな」

 

「魔法はな。武器アビリティ系統は知らん」

 

 作成したモーションやエフェクトデータは渡せるってのは知ってるけど。身内には俺が作ったものを提供したり頼まれたりしてるし。ま、こういう話は後だ、後。今はとにかく到着した事に意識を向けよう。

 

 到着したのは山脈の麓にある簡易拠点だ。

 

 広大な山脈の麓にあるこの拠点は周りに木々が生えており、プレイヤーたちが最後の休息地として作った場所だ。山と木々のおかげで冷たい風が入りづらくなっており、他の場所よりは多少マシに休めるという場所になっている。中央には巨大な焚火が用意されてあってそこで温まっているプレイヤーの姿が多い他、商人プレイヤーたちが集まって前線向けの物資を販売している。休んだり眠る為のロッジハウスも設置されており、最前線で装備のメンテナンスが出来る様なメンテナンス用の施設も設置されている。

 

 ここは最後のエリアを突破する為の場所だ。

 

 現状、プレイヤーたちは数日間この先にあるエリアで足止めをされている。ステージギミックというか、エリアギミックがこの先には存在していてそれが攻略を阻んでいた。その為ここでは情報交換や攻略準備の為に足を止めているプレイヤーが多く、活気づいている。足止めされているからと消沈しているようなプレイヤーはいない。寧ろここからどうやって進めるかという難題に対して楽しんでいる気配がある。

 

 面白いのはここにはNPCが断絶の影響で入ってこれない為、ここにある施設等に関しては全てPCが用意してきたという事にある。

 

 ゲームが開始してから1か月もたてばこういう事をあっさりと構築できるぐらいには技術も能力もついてくる。本当の意味でゲームで自由に遊べる段階に入りつつあるのかもしれない。

 

「とりあえずここが最前線の少し手前。ここの北からは街道が伸びてるんだけどそこからが問題となってるエリアだ。とりあえず俺は他のチムマスに挨拶してくる」

 

「そんじゃ、我はちょい先に偵察に出てくるか」

 

「俺も見てくるかぁ」

 

「なら私はここで何か美味しいものがないか確かめようかしら」

 

「ならレティはにゃあぁぁぁぁぁぁぁ……」

 

 最前線の買い食いツアーへと向かうニーズヘッグがレティシアの服の襟を掴むとそのまま引きずる様に去って行く。べルゼと梅☆はそのまま前線の偵察へと向かった。残された他の連中はどうするか、と視線を向ければ、

 

「適当にやってるさ」

 

「んじゃ観光でもしてるか」

 

「……ニーズヘッグさんとレティシアさんを一応見ておきますね」

 

「悪い、頼む」

 

 苦笑しながら森壁に軽く頭を下げて、他の皆を見送った。とりあえずこっちはこっちで会わなきゃいけない人たちがいるし、そっちの顔合わせを終わらせてしまおう。そう考えて風から逃れられるロッジを目指した。




 という訳で帝都解放編開幕。

 この1か月でプレイヤーたちもだいぶ能力が温まってきたので簡易拠点を現地で作ったり、物を持ち込んでサクッとビルドする能力が出てきた感じでもある。

 ここにいるプレイヤーで戦闘メインは大体40超えてる人たちばかり。


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北方遠征 Ⅱ

「おいすー」

 

「お、来た来た」

 

「久しぶりですね、アインさん」

 

「ちょりーっす」

 

 ロッジの中に入ればそこには同盟相手が、そのトップが勢ぞろいしていた。《レジェンズ》トップのユウギリは袴姿だが上から防寒用に羽織を着ている。《鉄血騎士団》のトップ、ロイ・Dは頭のてっぺんから爪先までの全てを金属で覆っている、フルプレートスタイルの騎士姿だ。青い騎士鎧を装着している彼のチーム、或いはクランは所属人員全員がフルプレート好きの鎧好きという集団だったりする。そして最後に《スターズ》のトップ、ラジエルは緑髪のハイポニー姿の大弓使いだ。本人曰く、本当ならエルフプレイがしたかったそうだが。彼女のクランは《レジェンズ》同様、大規模なタイプのもので、練度はこの北方遠征で《レジェンズ》に並ぶレベルになっている。

 

 うちのチーム以外は全てクランと呼べるレベルの大きな組織だ。その為の拠点と活動を行っている。少数精鋭で最前線に食らいついているところは他にもあるだろうが、その中で他のトップクラン、トップチームと同盟してたり契約しているのうちらぐらいだろう。

 

「〈ヒートプルーフ〉、っと。これで少しは話しやすいだろう」

 

「あったけぇ、あったけぇ」

 

「鎧、滅茶苦茶冷えそうですもんね」

 

「もうちょっと暖かい恰好すれば良いのに」

 

「は? 鎧を脱いだら死ぬが?」

 

「これはヘルムの民」

 

 いるよなぁ、鎧とかヘルムとかフルフェイス系好きな人って。まあ、俺も自分のイメージに合わせた姿とかファッションとか取ってるし。そこらへんは皆、迷惑をかけないレベルで自由にやればいいんじゃないかなあ。紙おむつだけは絶対に次回見つけ次第燃やしてやろうとは思ってるけど。まあ、それはともあれ。こうやって顔を合わせたんだ。

 

「ここからは俺達も攻略に合流するぜ」

 

「終わったら南へ転進予定だっけ? こっちもそっちに合わせるぜ」

 

「助かる。メゼエラの解放もたぶんマンパワーが必要とされるだろうしな」

 

 北方遠征中も、数十人規模のレイドボスや、レイドダンジョンとかが存在していたらしい。その事を考えるとこのゲーム、1人のバグチート系無双プレイヤーが存在していても絶対に攻略できない様に設計しているんだなぁ、というのを解らせられる。MMOなんだから他のプレイヤーや、NPC達と交流、協力しないと攻略できない様に設計されているんだ。

 

 この話はまあ、今は後回しでも良い。それよりも問題は今、足止めされている所だ。

 

「で、なんだっけ? 今帝都までのルートは2ルートあるんだっけ?」

 

「えぇ、フロストレイクルートと、ザンバ街道ルートですね」

 

 湖の上を移動するルートと、街道を移動するルート。一見、街道の方が安定したルートの様に思える。だがここで思い出すべきなのはどっちもID化されているという事実だ。少なくとも二つともダンジョン化しているエリアなのだ。つまり、突破は一筋縄ではいかない。

 

「フロストレイクは面倒な所よ。完全に凍ってる訳じゃなくて一部が氷結していて上が歩けるようになっているわ。それでもまあ滑るわ寒いわ水がかかるわで悪環境よ。しかもボスが水中に潜む生物で水中から足場を削って襲い掛かるのも酷い話よ。まあ、それでも街道よりはマシだけど」

 

「街道の方はヤバイからな。吹雪が強くて前が見えないし寒い。その上で吹雪に紛れて襲ってくるエネミー。レイクルートよりも寒いってのもある。ついでに空の影響で暗い。街道が存在する分足場は確かだし、落下死がない分レイクよりも安心して戦えるってのはある。だけどそれを超えるレベルで天候がヤバイ。喋ろうとすると口の中に雪が詰まってくるってレベルだぜありゃ」

 

「それで足止めか」

 

「えぇ、そこら辺の何とかできそうな能力を持ったプレイヤーってのは中々いなくて。大体一極か特化型ですし。環境コントロール型、山間部攻略辺りから需要が出てきてビルドし始めた人もいますけど育成が間に合ってませんからね」

 

 ロッジの中、腕を組みながら壁によりかかり、そのまま他の3人へと向けて頷く。IDの状況に関しては大体調べたとおりの状況となっていた。そしてこれなら、

 

「俺なら何とか出来るな」

 

 俺のビルドは複数の魔法属性―――というか初期魔法属性に関してはコンプするスタイルだ。そして既に《火魔法》《水魔法》《土魔法》《風魔法》をコンプして、《光魔法》と《闇魔法》のレベリング中だ。そしてここに師匠から教えて貰った魔法エディット用パーツが大量にある。これらを使う事で他の人には真似できないような魔法運用や、魔法エディットが可能となっている。その中には環境コントロール系も存在している。〈ヒートプルーフ〉もそういう魔法の1つだ。

 

「レイクにしろサンバにしろ、環境安定化して攻略しやすくは出来るな。風を遮断するとか保温するとか足元を安定化させるとか。足元に砂地を生み出して固めるだけで大分攻略しやすそう出しな、今回」

 

「うちに移籍しなーい???」

 

「こら」

 

 迷わず勧誘してくるロイ・Dの速さに苦笑し、ラジエルにチョップを叩き込まれているのを見る―――あ、反射ダメージで逆にラジエルがダメージ受けてる。俺というキャラクターの便利さは解っている。かゆいところに手が届くタイプのビルドをしているんだ。相手が弱点持ちの場合、弱点に対する特化型ビルドを持っているプレイヤーの方が未だに火力が高いし、DPSでは負けるのだが総合的な継戦能力と対応力でこっちは上だ。しかもビルドはまだまだ完成していない。〈深境〉だって習得してからこの1か月でまだSL5にまでしか上がっていない。この拡張でSL10に到達する事はねぇんだろうなぁ……なんて事を漠然に思ってる。

 

「決まりですね。帝都までの道は《レコードホルダー》に任せようと思います」

 

 ユウギリは決断するように頷いた。

 

「アインさんがやる気であるならばこれまで同様、きっと成し遂げられるでしょう。なら拙者らはそのあとの戦いに備えるべきだと思います」

 

 ユウギリの言葉にロイ・Dとラジエルも同意した。

 

「山の上から見えた帝都、山に食い込む形でめちゃくちゃ大きかったからな……たぶんアレ、攻略するなら1パーティーじゃなくて複数パーティーで攻略するレイドダンジョンになるぜ」

 

 ロイ・Dの言葉にこのイベントの締めを考え、納得するように頷く。恐らくイベントとしてラストは派手にやってくるだろう。あの帝都を丸ごと解放するとなるとジュエルコーストの時の比ではないだろう。フリーマップだとイベントを組み辛いし、たぶんID形式でやるんじゃないかなぁ……なんて事を想う。だけどアビサルドラゴンって前例もあるし、そのままオープンワールドで突撃! というパターンも全然あり得る。

 

「なんにせよ本番は帝都に到着してからだし、数時間以内にこっちは帝都までの道を開けておくわ」

 

「では、そういう形で」

 

「頼むぜー、アイン。竜騎士装備が欲しいんだよ俺達はー」

 

「対龍迎撃大弓」

 

「ほんと欲望に素直だなこいつら!」

 

 いや、まあ、装備が欲しい気持ちは解るけど。苦笑しながら軽く手を振って背を向けて、デスコを開く。そのままロッジの外に出ながらデスコで他の連中に連絡を取って集合させる。ふぅ、と暗い空を見上げながら軽く息を吐き出せばそれが白く染まるのが見える。幸い、まだ〈ヒートプルーフ〉が継続中だから寒く感じる事はない。

 

「抜け駆けしようとする気配は流石にない、か」

 

 ここで抜け駆けする様な意味はないし、和を乱そうとする奴はいない。それは良い。後はこの同盟で問題なく帝都解放を目指せるかどうか、って所だ。バーチャルの付き合いなんて結局は本名も顔も隠して付き合いだ。

 

「本当に信じられるかどうかなんてわからないぞぉ」

 

 まぁ、それを言っちゃえば俺の事もそうなんだが。心配、考えるだけ無駄だと解りつつも先へと進む為にも視線をキャンプファイアへと向け、

 

 その中で燃やされる土鍋の姿を見た。

 

 なんで????




 土鍋(炭化)。


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北方遠征 Ⅲ

「なんで死んでたん?」

 

「いや、暖かそうだなぁ……って思って近づいたら何時の間にか」

 

 蘇生アイテムで蘇ってきた所、土鍋がなんか馬鹿な事を言っている。つまりなんだ、こいつ誰かに焼かれたとかじゃなくて自分から痛覚オンなのに燃やされに行ったの? 馬鹿じゃないの? まあ、ええわ。

 

 蘇生したばかりの土鍋で再びキャンプファイアーした。

 

 

 

 

 仮設キャンプ地点から北へと真っすぐ移動する。断絶の影響で空は黒く、暗い。それこそ本来の気候と曇天と合わせて今まで巡ってきた断絶エリアの中で一番の暗さを見せているエリアだった。その為、必然的に光源が必要となる。土鍋が光の精霊を召喚し、それにライティングを任せながら俺も魔法で光源をいくつか作成、獣だったり蝶だったりの形をするそれを周辺へと放つ事で一定距離の視界を確保しながら真っすぐ北へと延びる街道に乗る。俺達が攻略するルートとして選んだのは最短で最も険しいルート、中央街道であるザンバ街道攻略ルートだ。

 

 既に何度もこの数日間プレイヤーたちが通っているだけあって、IDまでの道のりは踏み均されており、歩きやすくなっている。だがキャンプ地点から離れれば離れる程雪の勢いが強くなり、風も強くなり始める。その影響で遠くが見通せなくなり、足元も段々と歩きづらくなる。フロストレイクはこっち程環境が過激ではない為、特殊技能を保有しないのであれば其方へと回ったほうが攻略しやすいと言われるのは……まあ、解る。

 

 そんなこんなで土鍋焼身自殺事件から合流した俺達はID侵入地点である街道入口までやって来た。そんな訳で目の前に存在する侵入地点となる光の道の前で俺らは一旦足を止め、振り返る。そこではカメラを装備した非戦闘召喚状態のフィエルが存在し、サムズアップを向けている。どうやら問題なく映っているらしい。

 

 という訳で、はい。

 

「おっす、久しぶり」

 

選考落ちたああああああああ

どうして?????

どうして落としたんですかぁあ―――?

選ばれたDD誰だよ! 出せよオラ!!!

納得いかない

 

 隠れようとしているレティシアをわきの下から掴んで持ち上げる。

 

「お前らの書類は1体のゴスロリ特殊技能メスガキを召喚する為の触媒となった。許せ」

 

凄い納得した

許すしかねぇじゃん……

お前の勝ちだわ

誇れ! お前の勝利を

 

「この人たちラリってるの?」

 

「アイツらは強いロリプレイヤーは実在するという夢を見てさまよう亡者共だ。それが今事実という供給を得た事により一種の宗教的信仰心を満たされてしまったんだ」

 

「……???」

 

 首を傾げてるレティシアちゃんは可愛いなあ、と思いながら邪魔なので投げ捨てる。背後からきゃあって悲鳴が聞こえるが無視する。

 

「さあ、という訳で貴様らよ。久しぶりの配信という訳で早速ID攻略をしていくぞ。しかも今度は完全フルの固定メンバーたちと一緒だ」

 

リハビリに最前線を選ぶ勇気

ゲリラ配信でやる内容じゃないよな???

い つ も の

またボスがボスしてる……

地味に最前線で戦えるレベル維持してたんやなあ、って見てる

幼女は投げ捨てるもの

 

 振り返る。

 

「自己紹介……する?」

 

「我は必要ない。どうせ嫌でも目立つし覚えられる」

 

「私も大丈夫です」

 

「レティは―――」

 

「うっし! じゃあ突入するか!!」

 

「レティの扱い雑くない!?」

 

 いや、全然そんな事ないよ。寧ろこういう雑い扱いって身内カウントじゃないと中々やれない事だから光栄に思っても良いぞ? まあ、そんな事絶対に口に出す事はないのだが。そのノリを他の連中もちゃんと理解してくれているので、笑った視線を合わせると背をカメラに向け、そのまま入口の方へと戻す。そしてそこに表示される突入用のホロウィンドウを確認し、パーティーを確定して承認する。

 

 開く様に生み出される光の道に、一気に飛び込んだ。

 

 視界の全てが光に覆われてから一気に駆け抜けた感触と共に猛吹雪の闇へと切り替わる。

 

 IDの中へと突入が完了した、という感触は足元が深い雪を踏みしめる感覚で理解した。それと同時に猛吹雪の影響で視界の全てが閉ざされ、風の轟音によって音の全てがかき消される事で理解できた。視界の全てが雪と暗闇によって塗りつぶされ、何も視認できない状態が生み出された。成程、これは確かに攻略するどころの状況じゃないだろう。なのでまずは風を軽減する。

 

「〈カーム・ウィンド〉……うぺっ、口にまで入り込んできやがる」

 

 口の入り込んで来る雪を吐き捨てながら風を止める魔法を発動させる。環境干渉型の魔法は見事に〈詠唱消去〉によって即座に発動し、暴風をまずは止めた。それによって漸く目を開ける事の出来るレベルで状況が落ち着いた。それでも曇天による暗闇、雪による視界の圧迫、そして冷え込んでくる空気が邪魔になる。

 

「えーと、装備を杖から本に切り替えてっと」

 

 広範囲、高効率化を目指すなら杖よりも本の方が相性が良い。なのでバフデバフ関係に手を出す場合は魔本二刀流とかいう異形スタイルになる。装備を素早く切り替えたら氷属性魔法を発動させ、〈エレメンタルチャージ〉で水属性を最大状態まで一気に引き延ばす。これでMPヘイスト状態が最大になった。

 

「拡大〈カーム・ウィンド〉、拡大〈クラウド・コントロール〉、効果倍化〈ヒートプルーフ〉」

 

 無風範囲を広げる。頭上の雲を退ける。空気を温める範囲を拡大する。邪魔となるものがなくなってきて空から陽の光が黒くも入り込んで来る。曇天によっておおわれていた環境が徐々に明らかになって行く。

 

「拡大〈クラウド・コントロール〉! 拡大〈クラウド・コントロール〉! 拡大〈クラウド・コントロール〉! 拡大〈クラウド・コントロール〉! MPガンガン減るなぁ。俺じゃなきゃこんなことできないぞ」

 

「ボスがんばえー」

 

「ばえばえー」

 

「ばえー」

 

「うるせぇ!!」

 

 後ろから応援の声を送ってくる連中に笑いながら声を送りつつ、魔法を発動させる。風は無効化した。雲も退けた。これで吹雪は対処完了だ。光源は空から入り込んできた黒い光が不気味に世界を照らしているから必要はないだろう。その代わりにこのエリアでの最大の問題は強すぎる氷属性フィールドにより、エネミーが火属性弱点であっても環境干渉で属性の力そのものが弱まってしまう事だ。故に《結界術》をベースとしたオリジナル魔法で、

 

「〈エンハンスエレメント:火〉、〈エレメンタルフィールド〉、〈ジェネレイトエレメント〉、〈ステイブルエレメント〉」

 

 火属性の効果を強化し、それをまた別の魔法で固定、安定化させる。これで環境干渉用の魔法がフルセットで発動完了となった。

 

「ふぅ、こんなもんかな?」

 

 魔法による環境安定化を終えて魔本を閉じる。これでこのダンジョンの攻略はしやすくなっただろうと視線を正面へと向ければ、視界がムービーへと切り替わった。

 

 そこは氷原だった。本来であれば雪原を抜ける街道だったのだろう。だが街道沿いにある建築物は凍り付き、漆黒のクリスタルに覆われて凍り付いている。目に見える範囲の建築物が全て凍り付き、乱立する漆黒の結晶が迷路の様に道を分断し、封じ、新たな道を形成していた。

 

 その上空を侵食されたワイバーンが吠えながら飛翔し、漆黒の雪の結晶で構築されたゴーレムが敵を求める様に瞳を赤く光らせて徘徊する。凍り付いた骸は静かに立ちあがりながら戦列を整え、そしてその奥では闇に紛れて巨大な姿が足音を立てながら歩いている。カメラは入口からその奥までを滑空するようにIDの全容を軽く見せると、再び入口に立つ自分の元へと視界が合わさる。

 

 黒雪氷原ザンバ、攻略開始である。




 現在のアインはスキル枠9枠。内、スキルマスター済みで埋まっている枠は《杖術マスタリー》、《詠唱術》、《二刀流》で3枠。これはパッシブ固定枠なので不動。

 スキルトレーニング中なのが《光魔法》、《闇魔法》、《契約術》、《毒魔法》、《魔本マスタリー》で5枠。

 特殊枠が《深境》で1枠。レベル40を超えているので初期5枠+4枠で合計9枠がこうなっている。《決戦技》がスロット非使用枠なので例外。

 そしてこの1か月でマスター済みで削除されているのが《火魔法》《氷魔法》《風魔法》《土魔法》《時魔法》《結界術》で6個。

 基礎の魔法構築パーツがこれらから出ていて、アインが使用している魔法は全てエディット作成されたもの。習得したこれらのスキルを素材に作成されている。そして4属性習得完了時点で師匠から「じゃあこれでもっと自由にやろう!」と受け渡されたエディットパーツの山がどさり。

 今の魔法環境は大体そんな感じ。


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黒雪氷原ザンバ

「じゃあ行くぞー」

 

「おー」

 

 攻略が始まる。

 

 視界と環境のクリアリングの確保が終わった為、ここからは先頭をタンクに任せて他の面々は後ろから後をついてゆく形になる。結局、戦闘開始時はタンクにヘイトトップを取って貰わないと困るのは俺らなのだから。そう言う訳で略剣がトップに立って氷原を行く。ただ30メートル程前に進んだ所で周囲から遠吠えと威嚇する様な音が聞こえてくる。

 

「お、来なすったか」

 

「見づらいしエフェクト切るか……」

 

なんでぇ?

どうしてVRMMOでエフェクト切った?

視界の全てを塗りつぶせ

 

「えー、仕方がないなぁ……」

 

 派手な魔法って結構視界を遮るから邪魔な部分もあるんだよなぁ。もうちょっと地味目のエフェクトを作成した方がいいんだろうか? まあ、どうせ他の連中もエフェクトを半透明化かオフにしているだろうしなあ……。

 

「エフェクト切ってる?」

 

「切ってる。というかタンクは切ってないとなんも見えん」

 

「それな」

 

「メレーも割と目の前が光りまくるからちょっとエフェクト抑えてる」

 

「あー……」

 

そう言う問題もあるんか

まあ、実際目の前でちかちかされたら眩しいしな

集中できるかどうかって問題もあるんか

もっと地味な魔法を作れオラ!

 

「時間があればな! 一つ一つ作るの結構時間かかるんだよ! エフェクトの内容が他の魔法と被ったりすると地味につまらないし……そこらへんアイディア発掘する為にも参考資料とか色々買ってきてチェックしてるし」

 

「技術的には簡単じゃないってのは解ってたけどやっぱめんどくさかったんだな」

 

「せやで」

 

 土鍋の言葉に頷きを返しながら炎の柱を発生させ、略剣へと襲い掛かるモンスターの群、その先頭を飲み込む。流石炎弱点が付与されている地域のモンスターだけあって炎でのダメージが良く通る―――略剣とべルゼが分割して集団のヘイトを取得するとレティシアが攻撃しつつデバフを付与、そこを範囲攻撃で纏めて一気に狩る。集団を殲滅するのに時間はそうかからない。一戦一戦の戦闘時間が短く設定されているのはこのゲームの良い所だと思う。雑魚による戦闘を長くさせたり、無駄に戦闘力を高くして強敵にしたとしても待っているのはプレイヤー側のストレスだ。

 

「狼にトカゲ? 狼は解るけどトカゲはちょっと良くわかんねーなー」

 

「まあ、ファンタジー生態だしな」

 

 深く考えるだけ無駄、という奴だろう。雑魚を殲滅したら氷によって生み出される道を進み、奥へと向かう―――目指すのは氷原の向こう側、かすかに見える帝都の影だ。あそこが俺達の現在のゴール地点だ。とはいえ、そこにたどり着くまでには幾多もの戦闘に勝利しなくてはならない。とりあえずは、今の雑魚との戦闘でのダメージはあまり大きなものではなかった。

 

「ちょい纏めて良さそう?」

 

「あ、こっち大丈夫です」

 

「これならヒーリング間に合う範囲だわ」

 

「んじゃサクサク纏めてくぞー」

 

「おー」

 

 ヒーラー側からの許可を貰って略剣とべルゼが武器を出したまま先頭を走り始める。それに追従するように俺達が後を追い、先頭を走る2人に向かって多方面から一気にヘイトが飛んでくる。エネミーが一気に多方面から出現する。それでもまだ10だ、そこまで数は多くない。ヒーラーの2人体制なら問題なく処理出来る数だ。2人で5:5にヘイトを分割して取るとそのまま前へと向かって進んで行き、更に追加された15のエネミーを一気に引き寄せる。そこでバフを発動させて防御力を上げ、バリアによるダメージの一定までの無効化を行う。これで大多数を引き寄せた所で少しの間はダメージの事を考えなくて済む。

 

 その間に足を止めて範囲攻撃を一気に叩き込んでHPを削る。もはやここら辺はどのIDでも固定の行動となっているので迷いとか間違いとかはない。属性値を高めて火力を増しながら範囲魔法で焼き払いつつ、MPを再装填しての火力のループ。スキルのレベルが上がって攻撃手段が増えても、メインとなる魔法を選んでそれを補助して火力を上げるというのが最適解なのは変わりはしない。1分ほどの戦闘時間を経て敵を殲滅すれば、経験値だけが残される。

 

 とはいえ、このレベルまでやってくると簡単にスキルもレベルも上がったりはしない。サービス開始時の雑にレベル上がってた頃が懐かしいなあ、何て事を考えながら更に前へと進む。ここまでは3ループほどのエネミーを処理した。通例通りであればそろそろボスが見えてくる頃だろう。

 

「あ、先が広がってるわね」

 

「どこからどう見てもボスですってサインだ」

 

「うーし、そのまま突撃するぞー」

 

「ういー」

 

「じゃあメインタンクするな」

 

「了解」

 

 開けたエリアはボスが出現する為の場所だ。つまり何時も通り、やりなれたダンジョン攻略の流れだ。略剣を先頭に氷原の開けた大地に出れば、周辺に散乱していた黒く濁った氷のクリスタルが浮かび上がり、ダンジョン中央で回転しながら合体を果たす。そうして生み出されるのは黒い水晶の様な体を持つ、4メートル程の高さを誇るゴーレムだ。しかし既に魔法の詠唱は済ませている。ゴーレムの合体変形が行われている間に唱えた魔法によって空には隕石が形成されており、合体が完了するのを見計らいながら落ちてくる。

 

「ファーストブラッドゲットォ!!」

 

「タンクが!! ヘイトを取る前に!! 殴るな!!」

 

これは見事な先釣りクソDPS

ガンガンヘイトを奪って行け

でもアレ野良でやられるとキレるよな

 

「身内でやるから許されるやつだよなあ」

 

「それofそれ」

 

 こういうのが許されるのが身内固定の良い所だったりする。

 

 頭上から隕石を叩き落とされたゴーレムは吠える様に胸を大きく張り、そこから挑発でヘイトを奪取した略剣に向かって巨大な拳を叩きつけてくる。1度、2度と拳を叩きつけると両拳を繋げるように大きく持ち上げる。

 

「接近!」

 

 コールと共に全員が一気に前に出る。バリアが差し込まれるのと同時にチャージされた拳が勢いよく地面へと叩きつけられる。それによって発生した衝撃波に全員吹き飛ばされ、外周近くのエリアで氷の塊が爆発する。

 

「うげ、踏んだ」

 

 梅☆がそれを踏んでいた。というのも顔見せギミックでもあるので、外周にあった氷塊が爆発するなんて情報はない。仕方ない話だが、それでも俺は言う。

 

「雑魚」

 

「俺らキャスターなのに初見で避けましたけど? レンジの癖して避けられない? はー! ギミック免除されてるのに愚かしいですねぇ!」

 

「煽るわねあの土くれ」

 

「梅☆もキレて無言でドラミングし始めてるからイーブンよ」

 

「……何がイーブンなの!?」

 

 メレーは突進スキル持ちなので、吹き飛ばし中に突進してノックバックを無効化している辺りがちょっとずるく感じなくもない。まあ、それを言っちゃえば俺だってショートテレポートで無理矢理ノックバック無効化できるのでずるいと言えなくもないが。逆に言えばそこらへん対策すればノックバック死系統の攻撃は無効化できるんじゃないだろうか? まあ、その実験はまた今度するとして。

 

 今はボスの対処が先だ。魔法回しを完璧にこなしながら陣形を、互いに攻撃を邪魔しないよう散開を維持しつつボスの行動を監視する。

 

「上! 範囲捨て」

 

 視線を味方の頭上へと向ければ先ほど爆破した氷の塊が出現している。左右へと軽く体を揺らす様に動かせば氷塊はそのターゲットの先をしっかりとプレイヤーへと向けてキープしているのが解る。唯一ターゲットにされていないのはヘイトトップを取っている略剣のみだ。だがその略剣も強撃を今受ける所に入っている。となると範囲捨てた先で設置という奴だろう。

 

「八方でいいかな」

 

「解った……ってなんでレティの方に来てるの!?」

 

「俺と死ねぇ―――!!」

 

「わたしもわたしも」

 

「ぎゃああ―――!!」

 

 げらげらと笑いながら一目散にレティシアへと向かってダッシュをし始めると、後ろからチェーンソーをぶんぶん振り回しながら走ってくるニーズヘッグを見た瞬間ホラーへと変わる。振り回されるチェーンソーから逃げるように全力疾走をしだすとレティシアも全力でフィールド内を走りまわり、それを全力でニーズヘッグが追いかけてくる。

 

 そしてそのまま、土鍋に突っ込む。

 

「こっちに来るんじゃねぇええええ!!!」

 

「うわああああ!?」

 

「きゃああ!?」

 

「ぐああああ―――!!」

 

 着弾。

 

地 獄 絵 図

お、ピクニックかな?

皆殺し達成

ヒーラー巻き込んで殺すのは点数高いですよ先生!

wwwwwww

 

 落ちてきた氷塊が四重にダメージを発生させる。多重に発生したダメージによってDD3人とヒーラーが一瞬で蒸発して転ぶ。森壁が悲鳴を上げながら詠唱カットからの蘇生魔法で最初に土鍋を叩き起こし、目を回しながら強攻撃を喰らった略剣のHPを必死に戻していた。

 

「どうして、どうして」

 

「あ、MP無いから蘇生できねぇわ。しばらく1人で頑張ってて」

 

「お、おぉぁぁぁぁ……」

 

「スイッチ! スイッチするぞ! 流石にこの状況はキツいぞというか何でそんな事をしたお前! 吐け!」

 

 だってふざけたくなったんだもん……。




 冬眠から蘇った。


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黒雪氷原ザンバ Ⅱ

 1ボスのゴーレムのギミックは纏めるとこうだ。

 

 まず強攻撃と全体攻撃は基本搭載されている。これはもう全ボス搭載のギミックだと言っても良い。その上で自分中心の吹き飛ばし攻撃。そして直後に発生するオブジェクトの爆破。爆破後はオブジェクトを再設置する為の個別範囲攻撃だ。ここで味方を皆殺しにしたが、この後も別のギミックが当然ながら待っている。この後発生するのがブリザード、全体攻撃だ。だがこの全体攻撃は受けるとHP低下と同時にデバフを受け、一定時間の間最大HPが低下する。これを回避する為には設置された氷塊オブジェクトの背後に隠れる必要がある。

 

 ブリザードがどっち方面からやってくるかは発動前の詠唱時間中に風の勢いが強くなるため、それで判断を行わなくてはならない。それを超えると今度はランダムターゲット直線範囲攻撃が飛んでくる。素受けすると即死クラスの火力がタンク以外のプレイヤーに飛んでくる為、この直線攻撃の間にタンクを挟む事でダメージをタンクにある程度負担させる事が出来る。

 

 この後タンクに強攻撃が飛ぶ為しっかりとヒールとバリアを行い、吹き飛ばしが放たれる。散開で設置した氷塊が爆発する為、今度は最初とは別方法で散開しなくてはならない。そして1回目の散開の時、タンクだけが氷塊の対象になっていない。その為タンクの散開箇所だけが安置となっている。つまりこの時、全員でタンクの方に集まり、集合から吹き飛ばしを受けて氷塊を爆破、元の場所に戻る。

 

 ……という感じになっている。

 

こうして見るとギミック解りやすいなあ

仲間殺しに行った動きは芸術的すぎた

防御回避しつつギミックを動いて処理するの大変そう

 

 実際、凄い大変だ。スキルや魔法の発動は口頭か思考制御による発動だ。なので発動するスキル、その効果をしっかりと記憶した上でスキルのループやタイマーを確認し、更にで自分の体を動かさないとならない。どっちの方角、何をするのか、それをずっと意識しながら体を動かし続けるのだ。しかも魔法やスキル発動なんて、このゲームを始めて体験する新しい概念なのだから……それに慣れている人間なんて、完全にはいないだろう。

 

「ま、そう言う意味ではギミック形式の強いボス戦闘ってのは丁度良いコンテンツなのかもな。このゲーム全体を通して俺達はVRという形式のゲームに慣れている感じがあるし」

 

成程……?

遊べない我らは?

まあ、VRMMO初だからなこれが

そもフルダイブVR自体これが始まりだしな

そう考えると温く感じるギミックも入門って感じか

 

 まあ、我らはそこそこリアルでの動きに自信のある者ども故、割と動きが良い方なのだが。それでもこのゲームシステム特有のギミック処理の動きは凄い楽しく、難しい。結局はひたすら練習を重ねるしかないのだが。

 

 ともあれ、味方を綺麗に殺しながらボスは突破した―――逆に言えば味方を殺しながらでもクリア出来る程度には俺達は強い。それぐらいの余裕はあるという話である。

 

 ゴーレムを突破して氷原を更に進もうとすれば、降り注ぐ雪が少しだけ強くなる。既に魔法を使って視界をクリアに確保しているはずだが、それでも雪の勢いが強くなる。この感じだと相殺しきれるものじゃないのだろう。面倒なマップだなあ、と思うが敵は待ってくれない。闇夜の中を飛翔する翼の音が、大地を這う遠吠えと共に響いてくる。

 

「よ、っと」

 

 光源を新たに生み出して闇夜の中へと放てば、それが此方へと迫ってくる浸食された蒼いワイバーンの姿を照らした。そのサイズは3メートル程、人間よりも大きなのが2匹迫ってきている。それに遠吠えを聞く限り、前に出現した狼の方も再び徒党を組んでやってくるようだ。

 

「流石にあのでかいのは纏めきれなそうだな……じゃあ纏めるか」

 

「ヒーラーを虐めて楽しいか?? おっ????」

 

「楽しいぞ!!!」

 

「突撃ー! FOO!!」

 

「わあー!」

 

「く、狂ってる……! このPT狂ってるわ!」

 

 レティシアの言葉に深く同意するけど身内だから細かい事は気にしなくて良い。被害をストレートに受けている森壁は……こう、虐められている時の方が輝くんでそれはそれ。頑張って悲鳴を上げてて欲しい。と、そこで略剣がヘイトを取りながら一気にスプリントし、発狂しながら土鍋と森壁が全力疾走に入る。その後を追う俺達も、当然全力疾走しなくてはならない。略剣がフルバフ炊いてヘイトを取る様子見ながら爆笑してDoT魔法を放つ。

 

「草。なにやってんだアレ」

 

少し前の自分を見直せ

どっかで見た気しないの????

こ、こいつら味方を殺す事しか考えてねえ!

 

「当然だよなあ!」

 

「当然にするんじゃねぇ!! 殺すぞ!!」

 

 爆笑しながらダンジョンを疾走すれば出現トリガーを引いて、更にワイバーンが出現する。その総数が6体を超えた所でブレーキをかけて略剣が攻撃を受け止め始める。そこにべルゼが混ざり、全てのエネミーを半分で分割して受け持つが―――ヒーラーが回復を拒否する。

 

「ばーか! ばーかばーか! 死ね!!」

 

「我々はー! 断固この待遇に拒否を示す!」

 

 土鍋と森壁が地面に座り込んだ。必死に略剣とベルセが振り返りながらヒールを求めて視線を送っているが、2人そろって床に転がって視線を逸らす。

 

「マジで死ぬぞぉ!!!」

 

「ヤバイ、死ぬ。ポーション飲むかどうか悩ァ―――!!」

 

 ベルセが逝った。ヒーリングがないので当然だろう。それを確認してレティシア、ニーズヘッグ、梅☆と視線を合わせ、ゆっくりと気づかれないように後退し始める。まだあんまりヘイトは稼いでいないから感知範囲外に下がれば狙われるのは哀れなタンクとヒーラーだけだろう。ゆっくりと気づかれないように下がった俺らは適当な氷塊の裏に隠れるように、前線が巻き起こされる醜態を眺めた。

 

 必死に叫ぶ略剣。ヘイトをヒーラー組へと押し付けようとダッシュするが逃げ出す。そのままDDへとぶつけようとするが既に逃亡済みである事を漸く理解し、絶叫しながらタンクとヒーラー二人が纏めて焼かれて死ぬ。

 

 それを俺達は最後までげらげらと笑いながら眺めてた。

 

お前らちゃんと攻略する気あんの?

 

 あるよ!

 

 

 

 

「いやあ、やっぱ身内固定クッソ楽しいわ」

 

「それな」

 

「どれだけふざけても許されるしな」

 

「あの! 私達!!!」

 

「うるせえ! 固定に入ったら身内なんだよ! 好きなタイミングで味方殺せよ!」

 

「指示が物騒の極みにある」

 

 げらげらと笑いながらリスポーンから再走、そのまま道中の雑魚を殲滅して2ボス前まで一気にやってくる。どうやらこの雪原には川が流れていたらしく、完全に凍り付いた川の上がフィールドとなっていた。その中央では翼を畳んだ巨大な青黒いワイバーンが待機しており、先ほどまで雑魚エネミーとして出現していたワイバーン共が頭上の空を舞っている。そういえば北の方の山岳地はドラゴンやワイバーンの住処という設定だったはずだ。断絶や浸食の影響を受けてここまで下りて来たのだろうか? 何にせよ、雑魚の上位互換とも親玉とも言えそうな6メートル級の巨大なワイバーンが此方を待ち受けている。明確に此方を待っているのが確認できる辺り、今回もギミックメインの戦闘なのだろう。

 

 ただ、それを見て、ちょっと思った。腕を組みながら首を傾げる。

 

「今ん所超大型レイドボス以外はギミックボスメインだよなあ」

 

 少なくともIDで戦うボスやフィールドのエネミーもヘイトで優先順位の取れるボスばかりだ。それを無視した高度AIで思考するボスは今の所まだ見ていない。トレイター戦だって結局はギミックボスだったし。あの手のギミックは解いている間が滅茶苦茶楽しくて大変だが、解いてしまうと後はトレースになっちゃう部分あるんだよな。それがギミックボスの弱点というか。

 

 いや、MMOという媒体として見るならボス攻略が楽になるのは当然というか当たり前の話でもある。

 

 だけど……それってつまらなくないか?

 

 どれだけシナリオで騒がれていても、攻略方法を確立してしまえば倒せてしまうというボスは。これがレベリング用のボスとかなら解るが、シナリオの大ボス、ラスボスや大幹部みたいなポジションを相手にした場合ギミックボスにしていて良いのだろうか?

 

「……怪しいなあ」

 

 恐らくこのダンジョンを抜けた先の帝都で、大決戦が待っているだろう。そしてその時になったら来るんだろうなぁ。

 

「おーい、アイン。ボス戦始めるぞー。カウントカウント」

 

「あいあい」

 

 非ギミック型AIのボス戦が。

 

 割とそれが楽しみだったりする。




 のそのそ……寒い……また冬眠に戻りそうになる……。は、春の暖かさが来たはずだったのに。


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黒雪氷原ザンバ Ⅲ

 2ボス浸食フロストワイバーン・大。

 

 こいつのギミックはまず最初に全体攻撃する所から始まる。全体攻撃でダメージを与えるとランダムなプレイヤー4人に対して、外周から湧いてきた小型ワイバーンが襲い掛かってくる。全体攻撃の咆哮は同時に号令となっており、ワイバーン達のヘイトはターゲットされた4人に固定される。これはタンクでも奪い返せないものだ。つまりDDかヒーラーが落ちる前に、火力を集中させて素早く潰さないといけないギミックだ。しかもその間もボスは常にタンクを攻撃している。なのでタンクをちゃんとケアしていないと、タンクのHPが削られてボスがフリーになってしまう。

 

 そして小型ワイバーンを処理すると死体がその場に落ちる。これは多くのエネミーとは違い、消えずにその場で残留する。その為、死体そのものがギミックの一貫として残されるのが解る。つまりこれから来るギミック用に、このワイバーンの死体を警戒しなくてはならない。

 

 次は突撃態勢に入った小型ワイバーン達が外周に発生し、縦横をマス目に分ける様にフィールド全体を突撃で分断してくる。それと同時に、小型ワイバーンの死体から冷気が放出され爆発する。安置にワイバーンの死体があった場合、これで安置が潰される。なのでこのボスの対処法として、ターゲット指定されたプレイヤーはまず小型ワイバーンを一か所に集める事を意識する。散開せずに集めて処理する事で爆破場所を一か所に纏める。そうせずに爆散する場合は自己責任だ。ただバリアを厚くすればこの散開、サボれる可能性はあった。

 

 そこからのギミックは余り難しくはない。ランダム範囲攻撃が2週目のマス目突撃に混ざるだけだ。それでも全体的にエネミーのHPと攻撃力が高くなる為、しっかりとタンクと全体のケアが出来ていないとあっさり全滅もあり得るだろう。ただギミックとして考えると、ボスだけではなく外周を意識させるものであるようには感じた。

 

「あんまり強くはなかったな」

 

「というか俺らが強くなったんだよ。装備とかアイテムとか揃えられる範囲でなるべく良い物にしてるしな」

 

「レベルもちゃんと上げてきてるしな。前みたいな強行軍してない分、割と余裕はある」

 

 略剣と土鍋の言葉にまあ、そうなるかと頷く。VRMMO……というよりもMMORPGの性質として、上級エリアへレベルを無視して突っ込むと事はそう難しい事ではない。解禁されているかどうかは別として、突っ込んで敵を倒すのを頑張ってみたり、或いはなんとかハメて経験値をたくさん貰ったり。そういう遊びも出来たりはする。このゲームもそうだ、そして俺とニグが強行軍で突き進んでた時はそういうプレイに割と近かったりはした。

 

「私とボスのプレイ!?」

 

「人の思考を断片的に抜き取って広げるの止めないかなあ!」

 

「ナチュラルに思考読まれるんだな大将」

 

「あの二人だけやぞ」

 

 ボスを処理して宝箱を回収する。手に入れたアイテムの分配はダンジョンをクリアした時にするとして、再び略剣を先頭にダンジョンの攻略を進める。ワイバーンを倒したことで鬱陶しかった空からの襲撃はなくなった。だがその代わりに飢えるような狼たちの遠吠えが更に増え、そして同時に空を突き抜けて飛翔してくる音が聞こえる。視線を空へ向ければ、遠く、ダンジョンの奥の方から槍の様に鋭い黒い氷が降り注ぐ様に飛んできていた。別段それが大量にある訳でもなく、着弾個所は半径3メートル範囲程の小規模な襲撃だ。だがそれが一定の間隔で、侵入を拒む様に投擲されていた。どうやら今度は氷の槍を回避しながら、更に増える狼たちの相手をして奥に進まなくてはならないらしい。

 

「やっぱ新しいギミック出る度にプレイヤーに色々と経験させよう、って感じがあるんだよなぁ」

 

『アインさんアインさん、やっぱり開発側に興味ありませんか?』

 

「絶対にノゥ」

 

 PoPしてきたデフォルメフィエルを出て来た空間に押し込んで戻しながら、先導する略剣を追って一気に進行する。先ほどまで遊んでたりふざけて殺めていたが、今回は違う。空から槍の雨が3秒に1回降り注いでくるのだ、それを回避するのは着弾点が予測できる為そう難しくはない。だがそれを回避しながら戦闘を続けるというのは中々に面倒なものだ。これなら纏めて一気に安全地帯まで突っ込んだ方が早いだろう。その判断のもとに略剣とベルセが一気にヘイトを取得する準備を整え、走り出す。それを予測していたように狼の群れが雪の中から襲い掛かってくる。

 

 その数、2グループで合計20まで上る。これまでの出現数で一番多いかもしれない。ここまで数が出てくると、タンク2人の戦い方も変わってくる。バフを炊いて純粋に攻撃を受けるだけではなく、攻撃を当てて狼を誘導し、狼の攻撃に対して他の狼をカットインさせる事で牽制し、1回の攻撃行動を制限するように動き出す。対多数における定石だ。と言っても、直ぐに出来る様な事じゃない。攻撃をした所で相手がどこにいくのか、それがどういう結果を生むのか。それをリアルタイムで思考しながら行動しなくてはならない。

 

 これがかなりきつい。DDはDPSを出す事に集中してれば何にも問題ないが、タンクはダメージを最小限にする為に攻撃を流す方向や弾く方向を常に認識しなきゃいけない。

 

 DDとタンクの明確に違う所は、攻撃出来る範囲とその余裕は明確なリソースである、という事だろう。単純な頭の良さだけではなく求められるのは柔軟な対応力。今自分が起こす事が後々どう響くかを計算できるスマートさ。そういう意味ではタンクも割と頭を使うロールだったりするのだろう。

 

 だからまあ、改めてタンクというロールは希少で、得難い。

 

「皆、固定を組むときはタンクの選別に気を付けような。マジで貴重な上に大変だから」

 

「お、俺を称える声が聞こえるぞ……っと! 数が多いんだが!」

 

「あ、悪い悪いちょっと減らすわ」

 

「数匹削り殺すわね」

 

「足止めして毒入れて放置するのも良さそうだな」

 

身内での殺し合い酷いけどこういう連携も早いんだよなあ

まあ、そこら辺は身内の一長一短って感じ

慣れ合うか否かって所はある

非身内固定でも強い所は強い

 

「延々と同じ話のループになるけど固定はマジ質」

 

解るってばよ……

Himeによって崩壊した固定の話する?

質の良い所はサクサク進むからなあ

結局は固定ガチャなんだよなあ

固定内で意見の相違によって崩壊するのはあるある

というか崩壊しているパターンのが多い

え!? 闇の話をしても良いって!?

お前ら崩壊しすぎだろ

 

「吹き出る闇の数々……」

 

「れ、レティはまだ幸運な方だったのね……」

 

「初の固定で大当たり引いてる方だよ。技術的にも人格的にも」

 

「異議あり」

 

 一斉に却下の言葉が飛んできた。おかしいなあ、人格的にも割と親しみやすい方だと思っているんだけどなあ……と首を傾げていると、空を舞う槍の数が二倍に増えていた。おっと、と言葉を零しながら横へとステップし、降り注ぐ槍を回避してからマラソンを再開する。ニーズヘッグが1体1体確実に殺して行く中、脚を止めなきゃいけないキャスター職はそういう戦いが出来ない。その為、梅☆が脚を打ち抜いて移動に制限を賭けた狼のトループに対して毒属性のDoTデバフを付与し、それを放置する事で処理する。

 

 ヒーラー連中は少し前に出る様に移動し、詠唱の為に足を止めて追い抜かれた所で詠唱完了、再び走り出すという走り狩りでの基本の動きを取ってタンクのリードに従っている。

 

 まあ、ちょくちょく味方を殺す事に全力を出すけど、やっぱりウチは大当たりの部類だと思う。

 

 発作的に殺したくなるけど。

 

「アップリフト! 良し死ね!」

 

「きゃあああ―――!!」

 

 地面を隆起させてレティシアを空中へと放ち、リカバリーを待つまでもなくそのままダッシュで前へと向かって逃亡する。

 

「……ってしまった! ヘイトはタンクが取ってるじゃん! 失敗したわ!」

 

「じゃあ私のターンね。このまま人生の墓場まで直行させるわ」

 

「レティをダシにしてない……?」

 

 全力でこっちへ向かって走ってくるニーズヘッグから逃れる為に、恥も外観もなく全力の疾走を開始する。それを見て爆笑している皆とコメントは必ず復讐してやると誓った。




 再び冬眠する為の穴倉を探し始める。さ、寒い……ここ数日寒いぞ!!!


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黒雪氷原ザンバ Ⅳ

 なんだかんだで道中は突破した。発作的にヘイト取得合戦や先釣りレースを開催するが、ID攻略自体そう長く続くものでもないので割と早く奥に到達した。初見IDでもどうあがいてもかかる時間は良い所30分か40分ぐらいだろう、その中でも慣れているプレイヤーや高難易度戦闘をこなせるプレイヤーがまとめ狩り前提でマラソンするならそれこそ時間はあまりかからず、半分ほどの時間で突破出来るだろう。即ちここまで全体で20分ぐらいかかっている。

 

 IDの攻略時間としてはかなり早い部類に入るだろうと思っている―――まあ、初見でこのタイムなのだから悪くはないだろう。

 

 そんな俺達の攻略もいよいよ終わりが見えてくる。ダンジョンの終わりまでやってくると槍雨もなくなり、その代わりに遠くにボスのシルエットが見えてくる。最初は何らかの建造物の影でも見えているのかと思ったが、近づけば近づくほどそれが生体的な形をしており、尚且つ僅かに動いているという事が理解出来た。そして更に近づく事で光源が相手の姿を照らせるようになれば、その威容が目に入ってくる。

 

 雪原は奥へと進めば進むほど道が広くなって行く。その代わりに道に凹凸が増え始める。まるで踏んで破壊されたような痕跡が増えるにつれ、周辺には道路の残骸や氷塊の残骸が増える。また遠く、闇の向こう側から聞こえる吠える様な音は……どことなく、聞き覚えはなくても解りやすい鳴き声だった。その音にボスが何であるのかを予感させつつも、到達した未知の終わりで見た姿はまさしく予測の通り。

 

 それは巨大な姿をしている。本来であれば茶色の毛で覆われた姿は今は白と黒のまだら模様に浸食されており、体中から黒い結晶を生やしている。その四つ足は容易に人を踏みつぶす事を可能とする大きさを誇っており、長大な鼻は一巻きで人間を掴む事も出来るだろう―――その巨体からすれば、そのまま鼻で握りつぶしてしまえそう、と思えるほどにパワフルな姿をしている。

 

 そう、それは、

 

「マンモスかー」

 

 呟きに対して皆、似たような声の色を放っている。暖房の魔法を再使用しながら戦闘フィールドとなる場所を眺める。ぼこぼこになっている元街道の一角、ボス戦用に用意されたフィールドの中央にいるのは巨大なマンモスだ。それも大きさは30メートルという超巨体。これほど大きなサイズのエネミーは今の所、ダンジョン内部で見かけた事はない。ただHPもちゃんと設定されている感じ、普通に討伐対象として認識されているようだ。つまりイベントでもなんでもなく普通のボスだ。

 

「えぇ……クッソデカいぞこれ……どこから攻撃すりゃあいいんだこんなの……いや、俺キャスだから攻撃箇所には困らんけど」

 

 フィールド手前で停止している俺達を浸食されたマンモスは息荒げに睨んでいる。今にも襲い掛かって来そうな勢いを感じるが、ギリギリフィールド外という事もあって攻撃してきていない状態だ。だがその勢いや気迫は今にも襲い掛からんとするものを感じる。まあ、アビサルドラゴン戦は完全に運営の想定外を感じるから参考にできないが、

 

「うーん、どこを殴れば良いのかしら。顔とかが通りが良さそうだけど」

 

「ニグえもんがそう言うのならそうなんだろうな。俺とアインは顔面集中で問題なさそうだが……?」

 

「レティ達が地獄を見るターンじゃないかしら? いえ、待って。ここに入ってからずっと地獄を見てる気がするわ」

 

「気のせいだろ! タンクとしてもどうやって攻撃を抑えれば良いのかちょっと解りづらいタイプのモンスターなんだよなあ、これ……」

 

「マンモスだしなあ……」

 

 略剣とベルセが遠い目でマンモスを眺めている。あの重量からすると肉体全てが凶器だ。重量で潰すも良し、鼻で掴むも良し、突進してきたらそれだけで数百メートルは吹き飛びそうな感じがある。タンクでヘイトを維持しながら一か所に抑えるというのがあの巨体となると相当難しいだろう。正面から立って構え、受け止めるというのはある程度サイズ差が合うから出来る事だ。ここまで体の形状とサイズが違うと難しくなってくる。アビサルドラゴンの場合はまだ両手という概念が存在していて、動きも人間的な部分があったからこそ1人のタンクを前に立たせる、という戦い方が出来たのだ。今回はそれが難しいだろう。

 

「となると2人同時かこれ?」

 

「かもな……んじゃ俺は右取る」

 

「オッケ、こっちは左前脚担当するな」

 

「とりあえず2人がかりで前脚を抑え込んでみるか」

 

アビサルん時は乗り遅れたんだよなあ

ここで巨大エネミーを練習しろ、と

練習できる環境じゃないけどー??

あの巨体だし組み付けば楽そうだけどなあ

対策されてるやろ

でも超大型エネミー戦は燃えるんだよなぁ……w

わかるマン!

 

「ニグ、実際アレに組み付いた所でどう感じる?」

 

「ん-?」

 

 ここら辺の判断が一番鋭いのはニーズヘッグだろうから、腕を組みながらマンモスの方へと示す。それを受けてニーズヘッグは首を傾げながら軽く唸るが、直ぐに返答してくる。

 

「そうね……まあ、まず対策はされているように感じるわ。間違いなく振り下ろしてくるし。それとは別になにかありそうだけど、そういうのはボスとレティのが解りそうね」

 

 おめーはどうよ、と視線をレティに向ければ、

 

「……自分でやらないの?」

 

「俺の仕事は他人を使う事」

 

「自分でやれる事なら自分でやれば良いのに」

 

「それじゃあ成長するのは俺だけなんだよ、お嬢様。ほら、感じた事を口にしてみろ」

 

 その言葉に土鍋が笑顔で頷きながら口を開いた。

 

「んほおおお―――!!!」

 

 唐突に放たれた土鍋の喘ぎ声は森壁の手によって口の中へと叩き込まれた本によって塞がれた。

 

「こ、この人子供の教育に悪そうな事を! 一切の躊躇もなく無垢な子供の前で喘ぎ声披露しようとしましたよ!」

 

「いっけね、全国放送中だったっけ。俺の喘ぎ声が配信されちまう所だったぜ!」

 

「レティへの配慮はどこにいったの!?」

 

「そんな事はどうでもいいから、はよ感じた事を口にしろよ」

 

 そんな事と言われたレティシアが頬を膨らませ、再び全国ネット配信で土鍋が喘ぎ声と奇声を上げようとする為森壁とニーズヘッグが協力して土鍋の口の中に雪を詰め込み始めた。鼻と口を雪で堰き止められた土鍋は窒息ダメージで徐々に死に始めていた。ライフバーが少しずつ削れるのを皆で眺めながらレティシアの話に耳を傾ける。

 

「そうね……なんか外側がちょっと騒がしいわね。なんというか、控えているというか様子見というか……そんな感じがするわ。何かをトリガーに増援が出現するかもしれない様に感じるわね」

 

良く言えたな……偉いぞ!

頑張ったじゃん!

えらい!

よーしよしよしよし

いいこいいいこ

良く頑張りました

 

「皆してレティの事馬鹿にしてないかしら!?」

 

 反応が良いからどうしても玩具にしちゃうんだよなぁ……。

 

 それはそれとしてレティシアの言っている事は解る。恐らくこのステージのボスが援軍無しのタイプだとは思えない。組み付いたらそれで終わりというのはあまりにも40帯のボスとしては弱すぎるだろう。恐らくこのボスのコンセプトは巨体を妨害込みでどうやって処理するか、という所にあるのだろう。大規模戦闘とは違う、フルパーティーでの小規模戦闘での話だ。ボスも此方へと集中して攻撃することが出来る。単純に面倒なタイプになるだろう。

 

「ん-、《土魔法》でアップリフト使えば足場を作れるから、それで上がったり足場にしたりは出来るぞ」

 

「さっきレティを射出した奴ね」

 

「組み付くならそれで行けそうだな」

 

「問題は素直に行くかどうかって話だが……」

 

 略剣の言葉にそうだなぁ、と呟きながら視線をマンモスへと戻す。まあ、一筋縄でいかないのは解るけども。それでも別に死亡したら全ロストのペナルティがあるという訳でもないのだ。だったらワイプ前提で戦闘すればよいのだ。

 

「何度かリトライする事前提でやっかー」

 

「おー」

 

 とりあえずこのIDの最終戦を始める事にした。まあ、所詮はただのIDだ。2~3回ワイプしても5回はワイプしないだろうと思っている。調子が良ければ1ワイプで終わりだろうか? なんにせよやらなきゃ何も始まらない。戦闘前のブリーフィングを軽く終えたらバフの準備をし、

 

 ボス攻略に向けて行動を開始した。




 どうして! 春になったんじゃないのか!? なんか最近少しずつ寒くなってるよ!? なんでぇ!?

 なんでぇ!(古戦場から逃げてトレセンに駆け込む


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黒雪氷原ザンバ Ⅴ

 カウント0で丁度発動させた魔法で小型の隕石が生み出され、メテオストライクによって先制攻撃が成される。頭上に攻撃を受けたマンモスは揺らぐ事なく怒りに吠え、鼻を持ち上げて威嚇してくる。その正面へと向かって略剣とベルセが一気に飛びつき、移動を封じる様に前足に武器を叩きつけてリアクションを封じる。その間にダメージディーラーとヒーラーで軽く散開し、タンクが反対側へとボスを向けられるように場所を開けながら開幕のバーストに合わせてバフを使用する。

 

「こっちだデカブツ!」

 

 挑発を入れる事でヘイトコントロールを維持するように意識しながら、略剣とベルセが反対向きになるようマンモスを引っ張ろうとする。とりあえずMMOにおける安定した攻撃箇所はボス背面だろう。頭上弱点だとしてもまずは背面を向かせる事で戦線が安定する。

 

 だがタンクの誘導を無視するようにマンモスは吠え、散開している此方へと向かって、鼻で抉った雪混じりの土砂を叩きつけて来た。ショートテレポートをその場で使用する事で攻撃をすり抜ける様に回避し、10秒のクールタイムが発生した事に舌打ちしながら後ろで質量が爆発するのを爆風で感じ取った。

 

「ヘイト無視確認! 大ボスな上にヘイト無視なのは中々珍しい……というか初出じゃないかこれ!? 対処がめんどくさい!!」

 

「気合入れて前足を押さえつけるぞ眼鏡!」

 

「おう!」

 

 誘導しようとして失敗したタンク2人だが、直ぐに思考を切り替えるとマンモスの正面へと回り込み、その前足を武器で押さえつける。攻撃に移ろうとする巨体を二人がかりで無理矢理抑えて行動を阻害する。

 

 その間に此方も攻撃態勢を一気に整え動く。

 

「後ろ足を攻撃! 崩せるかどうかをまず試す!」

 

「了解!」

 

 ヒーラーがフィールドの両脇端まで移動し、メレーはそのまま後ろ脚へと向かって移動した。居場所を選ばない俺と梅☆は射線を被らせないように基本散開方面に待機しつつ、とりあえずは後ろ脚へとターゲットを絞って攻撃する。こういう大型のボスは、足を崩す事で胴体や頭を下に落とし、倒れている間に集中攻撃で体力を削るというパターンが王道で定石だ。このゲームの運営はそれほどねじれてはいない―――というかプレイヤーフレンドリーな運営なのは良く解る。だから変に捻って考える必要はない。

 

 とりあえず予測できる事から開始する。

 

「そら!」

 

 弾丸と魔法と斬撃が後ろ足に叩き込まれる。巨体に見合う高いHPを誇るマンモスへのダメージの通りは悪い。部位別でHPを保有しているというよりは、脚への攻撃ではあまりHPへの影響がないという所だろうか。それでも鬱陶のかマンモスは後ろ足を蹴り飛ばす様に振るい、その質量が通り過ぎる衝撃で凄まじい風圧を生み出す。体が軽いレティシアはそれだけで後ろへと軽く吹き飛ばされる。あの質量を真正面から抑え込むのは、特化しているタンク2人といえども中々難しい所だろう。

 

 実際、略剣とベルセも前足を止める事に相当苦労しているのが見える。メレーは脚の後ろだが、タンクの二人は脚の前に陣取り、武器を振るって攻撃を前足に叩き込みながら動こうとする脚を阻害している。だがそもそものサイズが違いすぎる。人よりも大きなサイズの脚はそれだけで凶器となっている為、武器を叩き込んだ所で弾く事すら難しい。結果、出来るのは目の前に立って攻撃を叩き込み、注意を引いて動きを邪魔する程度の事だ。

 

「……正直に言うと脚一本に2人は欲しいなこれ」

 

「こっちは何とかぎりぎり1人でなんとかなってるがなぁ!!」

 

 ベルセはタンクの中でもSTRを伸ばしている火力タイプのタンクだ。それで防御をおろそかにしているという訳ではないが、平均的なタンクよりも火力が出て、攻撃による抑え込みが得意なタイプだ。その為、ギリギリ1人で抑え込めている。逆に略剣は手数と弾きで抑え込むタイプのタンクだ。武器のリーチ差で相手を牽制するクレバーなスタイルでもある為、ベルセと比べると火力や抑え込む力に不足していると言える。これがサイズ差の薄いボスであればかなり効果的なスタイルなのだが、巨大なタイプに対しては相性の悪さが見えていた。

 

 巨大ボス相手であれば、ベルセをメインタンク運用する方が有効かもしれない。そう思案していると、マンモスが後ろ両足で大きく立ち上がった。

 

「総員退避―――!!」

 

「ぬお―――!!!」

 

「ぎゃ―――!」

 

「逃げろぉ!!」

 

 後ろ足で立ち上がったマンモスは前足を勢いよく地面に叩きつけ、そこから発生する衝撃波で周辺を吹き飛ばしながら地面を抉り、大地を捲り上げる。同時に上へと吹き飛ばされた雪が氷混じりに降り注ぎ、二段階に分けた全体ダメージが発生する。全体ダメージのケアは完全に土鍋と森壁任せにするとして、此方はそこから土砂の山を作って向き直ってくるマンモスの相手をしなくてはならない。

 

 が、復帰からのアクションは何よりもニーズヘッグが早い。

 

 マンモスの攻撃によって生み出されためくれ上がった大地、それを足場に素早く跳躍した。そのままの跳躍だと容易く迎撃されそうではあるものの、足場を使って素早く移動した跳躍はマンモスの鼻と牙でも迎撃の出来ないものだ。そのまま額に両足を付けて着地すると、マンモスの牙を足場にチェーンソーを目に突き立てた。

 

判断はえー

やっぱ組み付くのが正解なんかねえ

それにしてもアクションの流れが速すぎる

これはやっぱプレイヤーで一番強いまである

いや、最強はやっぱトムさんでしょ

最強スレでやれ

 

「レティ!」

 

「無理よ!!」

 

「……だよな」

 

 ちゃんと用意された足場でもないのに、あっさりと組み付いたニーズヘッグの判断とバランス感覚が異常なのだ。普通のプレイヤーに同じことをしろと言っても難しいだろう。だからそれをサポートする為にアップリフトによる地形操作を行う。足元の大地をテーブル状に隆起させる事で足場を作り、味方が戦う為の場所を作る。それにレティシアが飛び乗った。ついでにマンモスの前にタンク用の場所を作り、持ち上げる。

 

 ―――露骨にこうやって地形操作を行うと対策かペナルティがされそうなんだよなあ……。

 

 マンモスの動きを封じるなら地面を操って檻でも作ってしまえば良い。そうすれば動けなくなるだろう。ただボスクラスのエネミーが対策を施していないとは思えない。それを確かめる意味でもボス周辺に足場を作成し、組み付く様に戦闘を再開する。レティシアは頭の上に載って鎌を振り下ろし、ニーズヘッグは牙の上から顔面にチェーンソーを振り回している。正面に陣取ったタンクたちは足場を拘束具代わりにして動きを止め、顔面へと攻撃を繰り出す。それが地上で距離を取る俺らからは良く見える。

 

 だからマンモスが発狂モードに入る瞬間も良く見えた。

 

 体を這う人に怒りを見せたマンモスが咆哮を放った。吹き飛ばし効果のある咆哮は組み付いたすべての存在を体から落としながらも、同時にスタン効果を付与していた。ニーズヘッグをはじめとする組み付き組はその一瞬で無力化されて上に落下ダメージを強制され、

 

 そこからそのまま―――跳躍したマンモスによって纏めて踏みつぶされて即死した。

 

「はえー、こっわ」

 

「ニグレティベルセ即死かあ」

 

「一定数が組み付くと発狂スイッチオンになるっぽいなこれ」

 

 マンモスの咆哮に合わせて外周から目を血走らせる狼たちが出現する。出てくるのと同時に一直線にスタンが抜けたばかりの此方へと向かってくる姿に、逃げも隠れもせず噛みつかれる。その間もマンモスは鼻を振り回して大地を粉砕し、土砂の塊を津波の様に巻き上げながら薙ぎ払ってくる。それを回避する手段はあるにはあるが、半数近くも死んでいる状態から無理に戦線を引っ張る理由もないだろう。

 

 発狂モードのマンモスと取り巻き立ちの攻撃を素直に受け入れて死亡する事にした。

 

 これで1ワイプ目。発狂トリガーをある程度把握したので次回、もうちょっと検証しながら挑戦すれば完全に発狂トリガーを掴んで安全に攻略する事も出来るだろう。




 青9の2個目が中々できないなあ……スタ6パワ3かスタ6賢さ3辺りが一番便利だとは思うんだけどね。ウマの燃費問題でスタミナは盛れるだけ盛っておくのが大正解ってのが発覚したし。

 それはそれとして初の非ヘイト型ボス。


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黒雪氷原ザンバ Ⅵ

 とりあえず1ワイプして大体マンモスの特性は理解出来た。後は発狂トリガーを引かない様に気を付けながらボスのギミックを処理するだけだ―――いや、発狂ギミックはあるがヘイトフリーに形式が近い事を考えるとギミックボスとは言えないかもしれない。なにはともあれ、こいつを処理しない事には何も始まらないのだ。

 

「5……4……3……2……1……GO!」

 

 土魔法のメテオの着弾と同時に戦闘を開始。土属性を瞬間的に最大値まで引っ張ったら、火属性魔法を使って火力ループに入る。詠唱が終わる瞬間、そして入る瞬間の僅かな隙間と詠唱破棄スキルによって生まれる無詠唱時間を利用した滑り撃ちで何時も通り動く。キャスターの火力は動いていない時間に直結する為、火力を出す為には極力動かない事、動かされない事が大事だ。何時もの話だがキャスターに動きを要求する連中は全員死んだ方が良い。

 

 だがうちのタンクはそこらへん、ちゃんとわきまえている。なのでしっかりとあちらから動いてくれる。正面からマンモスへ衝突すると、1回目の戦闘で最適化させた動きで相手を制限しに行く。その間にレティシアとニーズヘッグが側面に展開する。1戦目で解った事だが、こいつの側面への攻撃手段は少なく薄い。だから背面に回り込むよりは側面へと回った方が良い。側面へと回り込んだニーズヘッグ達は後ろ足を切りつけて攻撃し、その間に俺と梅☆は顔面目掛けて攻撃をする。ここでニーズヘッグ達と同じ箇所を攻撃しないのは、単純に顔面に攻撃を叩き込んでいるほうが遥かに効率が良いのと、後ろ足と顔面でヘイトを分散させる為だ。

 

 実際、マンモスの動きは鈍く、そして困っている様子がある。簡単な散開図で言うとタンクが真正面、メレーが側面後方、レンジキャスが側面前方、そしてヒーラーが完全に側面を取っている。つまり大きく八方散開になる様にポジションを取っているのだ。これは両側にいるヒーラーが全体をヒールしやすいようにする散開で、両側をそれぞれヒーラーが担当する形になっている。またマンモスが誰をターゲットにしても被害が少なくなる形でもある。

 

「クッソ、重ッ! 一撃一撃が重いんだよこいつ……!」

 

「釘付けにするのが今までのボスとは段違いの難しさだな」

 

「文句言わないで仕事する」

 

「そんなー」

 

 文句をたらたらと零すタンク共の姿を叱咤しつつ、マンモスが鼻を使った攻撃で薙ぎ払ってくるのを見る。大きく振り上げた鼻で大地を抉り、雪を津波の様に巻き上げてくる。全体軽減とバリアを展開する事で即座に対応しつつ、マンモスが大きく振り返りながら攻撃する姿に、少しずつマンモスのフラストレーションと呼べるものが募っているのを感じた。トリガーを引かなくても拘束期間が長いと発狂するのかもしれない。

 

「だったら早めの火力を集中させる方が良いのか……? まあ、火力で押し切れる分には押し切る方が早いか……レティ、デバフ頼む」

 

「了解よ」

 

 足場を素早く作成すると、それにレティシアが飛び乗った。武器を使ってスキルを発動すると斬撃を脚から胴体へと滑らせるように放ち、そのまま体に突き刺した鎌を引きずる様に足場に合わせて顔面まで持って行く。そのまま顔面でデバフを付与する連続攻撃を数発叩き込むと長居する事もなく飛び降りた。迎撃の為に放たれる鼻による一撃を回避して着地すると、マンモスの下を抜けて再び散開位置にまで帰還する。レティシアの活躍により顔面に攻撃が通りやすくなり、相対的に俺と梅☆の火力が向上した。この隙にバフを使って火力を更に高め、火の鳥を生み出して正面に叩きつける。凄まじい勢いで減って行くMPを感覚的に管理しつつ、視線は決してマンモスから外さない。

 

 戦闘開始から2分が経過した。HPが4割程削れたマンモスが後ろ足で立ち上がる様に前足を持ち上げ、体を軽くひねりながら側面へとターゲットを向けた―――その視線の先には土鍋の姿があった。

 

「ちょっと~タンク達ぃ???」

 

 土鍋の声に梅☆が銃を構えながら片手で鼻をほじり始めた。

 

「ヒールヘイトやろなあ……」

 

「非ギミック型の自立思考AIっぽいから回復ウザいって認識できてるんだろ」

 

「顔がウザいし」

 

そんな事はない! そんな事はないわ! リアルの顔は凄く【検閲されました】

うわっ

リアルタイムで検閲されたの初めて見たわ

ふぃえる:サーバーこっちを噛んでるからリアルタイムで干渉できるんですよ

ポンコツ有能

 

「まさかの攻撃に俺もちょっと困惑ぅ―――!!」

 

 土鍋が詠唱を放棄して、スタンピングしてくるマンモスの脚を転がって回避する。そのまま連続で暴れる様に踏みつける動きを走って避け、入れ替わる様にタンクたちがやってくる。だが漸く拘束から解放されたマンモスはそのまま暴れたそうにしている。当然ながら捕まらないように牙を大地に突き立て、ひっくり返す様に持ち上げたそれを、ブルドーザーの様にタンクへと向かって叩きつける。

 

「あ、コレ踏ん張れない無理!!」

 

「愚民共大変そうやなあ」

 

「せやな」

 

 略剣とベルセが纏めて吹っ飛んだ。フィールドの端から反対側へと向かって突進するマンモスがフィールド外周でドリフトするようにブレーキをかけ、牙に突き刺さった岩塊を砲弾の様にヒーラーへと向けて投げる。追撃を行う為にニーズヘッグとレティシアが必死に追いかけてマラソンしているが、吹き飛ばされたタンクに怒りを叩きつける様にマンモスが地ならしをしながら再び突進しだす。略剣とベルセも復帰と同時に射線を被らせないように意識して動いているが、そのせいでマンモスが反対側のフィールドまでフルマラソン突進を連続慣行している。つまりニーズヘッグとレティシアも、それに付き合わされてマラソンしているのだ。

 

 当然、俺と梅☆はマラソンする必要のないジョブなので、脚を止めたまま必死に走りまわるメレーとヒーラーの姿を眺めながらDPSを出していた。

 

「あー、らくちんらくちん」

 

「欠伸がでるわ」

 

「く、クソ! アイツら! なんとかヘイトをあっちに押し付けろ!!」

 

「良し、突進誘導だ!!」

 

「あ、こらお前ら!!! キャスターを走らせるな!!! おい!!!」

 

また身内で殺し合ってる……

一番キレて必死な形相を浮かべてるのニグちゃんなんだよな……

レティちゃんまだ走るのって顔してて草

そして突進で吹き飛ぶタンク共

唯一無事なバリヒラがキレながら戻してるのおもしれー

 

 地獄絵図再び。俺達はどんな状況でも味方を追い込むというカルマからは抜け出せないんだ。

 

 此方へと向かってくるマンモスをショートテレポートで素早く回避して背面に回り込み、そのまま杖を前へと差し出す。そこへマラソン中のニーズヘッグが追いついて飛び乗り、それに合わせてニーズヘッグを上へと押し上げる。

 

「とーう、すたっ」

 

 すたっ、と表現するにはチェーンソー突き刺しダイブは少々刺激的すぎる音だとは思うが、素早く背の上に乗ったニーズヘッグは暴走していたマンモスの動きを止めるため、背筋にチェーンソーの刃を突き刺しながら頭上へと向かって一気に駆け上がる。雪の闇の中にモーター音を響かせながらエフェクトを撒き散らし、真っ赤に空気を染め上げる。激痛に喘ぐ様に身を捩じらせるマンモスからニーズヘッグが飛び降り、横に着地した所でハイタッチを決める。振り返りバックステップを取ればゆっくりとマンモスが旋回し、息荒げにニーズヘッグを睨んでくる。

 

 だがマンモスの次のアクションよりも、タンクの突進のが早い。タンクが速攻でマンモスの前へと組み付き、動きを制限しに入る。

 

「暴れ出すと中々厄介だけど壊滅するってレベルじゃないな」

 

「面倒だけど強くない感じ。発狂トリガーさえ引かなきゃ安定しそうだな」

 

「必死にHP戻してるヒーラーの事をお忘れなく!!! お忘れなく!!!」

 

「HoTじゃ足りなくて手動で戻してるの解る!?」

 

 ヒーラーじゃないから解らないなー! と俺らは並んで腕を組み、首を傾げる。それでヒーラー共を軽く挑発してから戦線を再開させる。

 

 マンモス戦の安定はもう見えていた―――後はその動きを適度に制限しつつ、火力で削るだけだ。

 

 解ってしまえばそう難しいボスでもなかった。




 当然の様に配信で監視する土鍋の彼女氏。

 所でクラス6残留マジ無理じゃね? ボーダー48万49万辛すぎる


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黒雪氷原ザンバ Ⅶ

 空へと向かって吠えながらゆっくり、ゆっくりとマンモスの姿が倒れて行き―――大地を揺らす様な衝撃と共に傍にいたレティシアが吹き飛ばされて外周に放り出され即死する。そしてレティシアとマンモスの死と共にザンバの攻略は完了した。レティシアの死体が後ろに映り込む様にカメラと立ち位置を調整して、ガッツポーズを取り勝利を全身で証明する。

 

ド畜生で草

これぐらい普通やろ!

段々と慣れてくる視聴者

味方を殺す……殺さない??

殺したッ! なら赦される

さついたかいなー

 

「ぐえー……」

 

 完膚なきまでに哀れな姿をさらしたレティシアが蘇生を受けて蘇り、両膝を抱えて丸くなる。その姿を放置して視線をマンモスへと向ければ、マンモスの肉体がポリゴン化して消滅し、それと入れ替わる様に闇の色をしたクリスタルが残された。これを破壊する事で、このダンジョンとエリアの攻略は完了する。とりあえず俺は破壊経験があるので今回はパスするとして、

 

「誰かやりたい奴おる?」

 

「若い奴に任せるかなー」

 

「大人が率先して手柄を取ってもなぁ? 放棄で」

 

 略剣と梅☆が真っ先に破壊を放棄。かっこいい場面を他に譲った。おー、ちょっと大人だなあ、何て思いながら大人組と合わせて権利放棄していると、ベルセが腕を組みながら口を開いた。

 

「思いっきりぶっ壊したーい!!」

 

「じゃあ譲るわー」

 

「頑張ってくださーい」

 

「レティも譲れる程度には大人だからね」

 

見てください、この大人な言動

数分後ロット戦争で崩れるぞ

あらそえー! あらそえー!

 

 邪神共め……!

 

 視聴者側もだいぶ此方側に脳味噌が染まってきた感じがある。いや、元々ネットの住民ってそういうもんだし最初からこうだったか。

 

 まあ、なんにせよ目の前で振るわれた大斧がクリスタルを砕いた。躊躇なく振るわれたそれによってこの地域を覆っていた闇のオーロラは急速に消え去り、暴風と共に暗雲が一気に吹き飛ばされる。周辺で展開されていた人を拒むようなブリザードは消え去り、静かに、音を吸い込むような優しい雪が降り注いでいた。景色は黒から白へと反転するように入れ替わった。それと共にダンジョン攻略完了、経験値と今回のリザルトを証明する画面が出現する。これまで取得したアイテム、装備のロット画面が出現しながらもとりあえずは、

 

「攻略お疲れ様ー」

 

「乙乙。中々歯ごたえがあったな。死人結構出たし」

 

「まあ、死因9割身内だけどな」

 

「反省しろ」

 

 これで反省する様な連中だったら身内じゃねぇんだよなぁ……なんて思いつつ、今回の報酬を確認する。とりあえず見えてくるのは装備品だ。タンク頭、ヒーラー頭、タンク頭、ヒーラー頭。残りのアイテムはマンモスのドロップらしいマンモス肉。

 

「はい、解散! 解散だ解散!! なんだこの戦争にもならねぇクソドロップは!!!」

 

「草」

 

「げらげらげらげら」

 

 タンク頭x2とヒーラー頭x2はそのままタンヒラ組は戦争する事なく分配できるのでDD勢は全員蚊帳の外だし、マンモス肉は調理品なので俺がロットして料理人へと手渡すのでロット戦争にはならないのだ。何をどうあがいても争いにならない平和なロットだった。しかも装備品に関しては性能が事前に用意してきた装備の方が高いので、マジでいらない。しいて言うならファッション装備としての価値があるかもしれない、ぐらいだろうか。一瞬で終わったロット勝負の後、タンヒラ共が獲得した頭装備を装着する。

 

 マンモス革でできた、牙のある仮面に近い形の帽子だった。略剣と土鍋は無言でマンモスヘッドを装着すると、その場でマンモスのフリをし始める。

 

「ね、ネタにしかならねぇ……!」

 

「これ、見る限り他の部位もマンモスモチーフの毛皮装備なんだろうな……あ、でもこれ一応は耐寒性能あるんだな。他の装備品よりもそう言う面では優秀なのかぁ」

 

「とはいえ防御性能とか諸々の補正が落ちるから正直装備するメリットねぇなパオン」

 

「不意打ち気味のパオンはやめろ。ニグが死んだだろうが」

 

「ぐ……ふふふ……ぱおん……マンモスなのに……ふふふっ……」

 

ふ、不思議ちゃん系……!

何がツボなのか今一良く解らねぇわ

いや、今のは面白かったでしょ

どこが……?

 

 感性が独特な幼馴染の事はともかく、空を見上げればそこには正しい空の色が戻ってきている。振り返ると荒れ果てた街道があるものの、エネミーは一掃されている。そして遠くに目を凝らせば、この時を待ち望んでいたプレイヤーたちが道を確かめるように此方へと向かってきている姿が見える。これで止まっていた攻略がいよいよ、再開されることになるだろう。まあ、別段俺達が攻略しない限り進まないという話でもなく、しばらくしたら別の誰かが対策をして攻略しただろうとは思うが。

 

 それでも今回に限っては、俺が、俺達がここを攻略した功労者だ。

 

 視線を上から正面へと向ければ、帝都の姿が見えてくる。

 

 解放された雪原とは違い、帝都の上空は闇のオーロラと陽の光が拮抗する形で明るい闇の世界に染まっていた。帝都の上空では何かが舞い、そしてその内側ではまだ見ぬ敵が潜んでいるのだろう……。ここはこのゲーム、最初のシナリオを、最初のパッチを攻略する事に置いて大きな転換点となるだろう。少なくとも今までの様なサクサク進めるステージにはならないと思っている。あれだけ大きな都なのだ、シナリオ的にも重さを置いてある場所だろう。

 

「ん-、何時だって新しいステージと要素が見えてくるとわくわくするなあ」

 

「アレ、どういう内容になるんだろうな」

 

 マンモスヘッドのまま、土鍋が横にやって来た。真顔でやってくるもんだから思わず吹き出してしまった。やっぱその装備卑怯だわ。

 

「段階的に制圧するのか、フリーフィールドとして突入するのか、それともIDなんかなあ……」

 

「頼むからそれを脱いでくれ、まともに顔が見れないから。それはそれとして今までのシステムからしてID形式にはなると思うけど……複数人レイドって形になるんじゃないか? 少なくとも1パーティでどうにかなる規模じゃないだろアレ」

 

「まあ、そうなるよな。となると連合レイドって形になるな、ウチだとどう足掻いても大型レイドするだけの人数足りないし」

 

「マンモス脱いだり被ったりを繰り返すの止めてくれません??? ニグが死にそうなんだが??」

 

 雪の上でぴくぴくと痙攣しているニーズヘッグの周りでマンモスヘッド三人衆が邪教の踊りをしていた。レティシアは梅☆の手によって中央へと放り込まれ、梅☆が合流した邪教4人によって邪教の踊りに晒されていた。段々とその瞳が泣きそうになって行く姿は正直興奮するものがある。そう思った瞬間ニーズヘッグが顔を一気に持ち上げてこっちへと視線を向けてくる。

 

「心を読むな」

 

「じぃー……」

 

「じぃ……」

 

「じぃ……」

 

「じぃ……」

 

 ニーズヘッグを合わせたマンモスヘッド共が全員揃って同じことを言いながらこっちを眺めてくるもんだから、流石にこらえ切れず爆笑した。流石に衝撃に耐えきれず片腹を抑える様に地面に這いつくばると、そこには既にデフォルメフィエルの姿が待機してあった。そしてデフォルメフィエルは彼女自身が視界に入ったのを理解してから手を叩いた。

 

「おめでとうございます、アインさん!」

 

「なにが?」

 

 何かやったっけ? と首を傾げながら息を整えているとフィエルがサムズアップを向けてきた。

 

「環境操作、天候操作系統が強すぎるという判断からナーフが決定しました!」

 

 何もおめでたくないが?




 ナーフ! リアルタイムでナーフ! 強すぎる効果はナーフだ!!

 まあ、範囲広すぎた上に強すぎるからナーフ妥当よね。


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静かなる帝都

 闇のぬけた雪原。陽の光を受けて僅かに煌めく氷の結晶。不気味な色が消え去れば、美しい雪景色が雪原に戻ってくる。崩壊した道路や馬車などの未だ荒れ果てた部分はちょくちょく見えるが、どことなく異国情緒を感じさせるファンタジーな街道と雪原がそこにはある。時間をかけて修復すれば本来の姿に戻るのだろうが、その前に果たさなくてはならない事が俺達にはあった。そしてそれを果たす為に他のプレイヤーたちに追いつかれる前に先へ、更に先へと進んで行く。向かう先は漆黒に覆われた帝都、その正門だ。北方にある最も大きく強く、そして飢える国家。それが俺たちプレイヤーを待ち受けている。

 

 もはや道中のエネミーも悪路も、ここまで来れば関係がない。後は適度に速度を出して前に進めば到着する。山脈の麓に生まれたと言われる帝都は、今では山脈を削り、その斜面を抉り、山間を跨いで君臨する巨大な都市となっている。

 

 その帝都も下層、中層、上層と分かれている。帝都城は上層に存在し、ロープウェイやリフトを使わない限りは辿り着くことが出来ない様になっているのが、この麓からでも見える。もし歩いて上る事を選んだら相当時間がかかる事になるだろう。攻略を考えると中々面倒な地形になっていると言えるだろう。

 

 帝都前の、入口を務める門は闇色の鎖によって閉ざされており、中に入る事を拒否している。これ以上中に進もうとするには鎖をどうにかしなくてはならなそうだが―――近づき、視線を鎖に合わせるとホロウィンドウが出現する。

 

「大将、なんて?」

 

 ベルセの言葉にホロウィンドウの内容を読み上げる。

 

「レイドコンテンツ”帝都解放戦”、必要プレイヤー数100人、上限300人だってよ」

 

「最低100人から開始するコンテンツか……予想してたよりも大規模なコンテンツになってるな」

 

「いや……寧ろ小規模じゃないか? 今のプレイヤー数とアクティブ数を考えると100や200って簡単に埋まる数字だと思うぞ。まあ、現時点でそれだけのプレイヤーがいるかどうかってのはちょっと解らない事だが。ただ、まあ、上限300のコンテンツってのはかなり人の多い感じになるな……どうなんだこれ?」

 

 略剣の言葉にさあ、と首を傾げる。レイドウィンドウを閉じて振り返りながら腕を組む。

 

「まあ、言える事は現時点だと俺達だけじゃ開始できないって事だな。という訳で、人数そっちで頼むわ」

 

ユウギリ:お任せあれ

たぶん今の最前線プレイヤーだけで300は硬いだろうな

アクティブ数クッソ多いからな

アクティブ率常に7~8割りだっけ?

前の調査だと2万は常にアクティブプレイヤーとか言われてたな

 

「ニートしかおらんのか、とか言ったらブーメラン帰って来そうだしやめるか」

 

このために辞職しました!!!

このためにニートになりました!!

このために離婚しました(半ギレ

離婚ニキ復縁して???

どうしてぇ??

離婚する必要あったそれ??

ない……ですね……

 

「家庭板の闇を持ち出すなお前ら……」

 

 溜息を吐きながらコメント欄を相手にしている横で、しばらく待機する必要があると理解した土鍋がニーズヘッグと組んで大きなかまくらを作り始めていた。それにレティシアと梅☆が合流して4人で他のプレイヤーたちが来るまでの間休める場所を作り始めた。それを横目に眺めつつ、此方はプレイヤーたちの仮設拠点の方へと視線を向け、これからの事をどうするかな、と軽く頭を掻いて考える。

 

「とりあえず生放送は一旦切るぞー。攻略する事になったらまた再開するわ」

 

乙乙ー

了解

がんばえー

 

 生放送をいったん切ってどーしたもんか、と腕を組む。俺達は総勢8人のパーティーだ。これが大規模なレイドに参加するとなると、主導権はどうしても人数の多い所に持っていかれる。そうなると有利不利が出てくる―――主に分配とかドロップでの話だが。勿論、それは戦闘での担当や攻略の担当にも影響が出てくる。ぶっちゃけ大クランが参加すると、そこが指示を出すのが早く効率が良いのだ。だからウチみたいな少人数精鋭タイプはこういう大型レイドでは指揮が取れず、意見を通しづらい。

 

 だからこそ事前にトップと話を付けておくのだが。それでも周りの人間はほぼ他のクラン、300人もいるとなると相当やりづらいなあ、とは思わなくもない。まあ、最終的に重要なのは、このレイドコンテンツをクリアすると先へ進める様になるって事だ。それさえ出来るのであれば、どこが主導となっても別に問題はないのかもしれない。最終的な目標は超高難易度コンテンツの攻略であり、ワールドレコードの獲得だ。その為の道中はある程度切り捨てたところで問題はないのだろうが。

 

 ……まあ、ここであっさりと主導権を譲っちゃうってのはちょっと悔しいよなあ、とも思ってしまう話だ。

 

「どーしたもんかなー」

 

「なんだ、そんなにウチ主導でやりたいなら俺が話を付けてやろうか?」

 

 他の皆がかまくらや雪だるまを作ったりして時間を潰している中、略剣が此方へとやってくる。なんとなく俺の考えている事を察して口を挟んでくるが、

 

「正直そんな規模の指揮官を任されても困るっちゃ困るだろ」

 

「だったら素直に他の所に任せなよ」

 

「それはそれでもやもやするじゃーん!」

 

 その言葉に略剣は苦笑を零すと、解らなくもないがと呟く。

 

「アビサルの音頭はお前が取ったんだから別に良いだろ、今回ぐらいは譲ってやれよ。というかウチはこれ以上人を増やす予定もないだろう? となると大型レイドコンテンツ参戦する度に主導を譲る事になるんだから諦めろよ」

 

「そうなんだけどさー! ……まあ、ココはほんと文句を言った所でしょうがないし、楽をさせて貰ってると考えるか」

 

「そそ、何もかも俺達でやろう、やれるって考える方が間違ってるし危ないんだ。楽出来る所は楽をしようぜ」

 

 ぽんぽん、と肩を略剣に叩かれるとそのままかまくらへと向かって―――何時の間にかかまくらには2階部分が作られており、魔法を使って造形を掘り込んでいたり結構本格的になっていた。

 

「ん-」

 

 最低参戦人数が100人という規模のコンテンツだ。ここまでくると流石に8人で全体をどうこう、とか8人だけで攻略とかは不可能な領域だ。俺達に出来る事と言えば、これから始まるであろう300人参加のコンテンツをどうやって攻略するか、統制するかという話になる。まあ、有力クランとは事前に話を付けてあるから問題は無いと思うが。それでも突然の裏切りとかあったらどうしよ。相当モチベーション吹っ飛ぶだけの自信がある。

 

 さて、とりあえずこれからの事を考えたら、次は今ある問題だ。

 

 そう、環境操作魔法周りにナーフが入った事だ。ロリフィエルを召喚しながら作成魔法のリストを召喚し、それを眺める。

 

「具体的に言うとどこら辺ナーフ入った?」

 

 フィエルにナーフの内容を聞くと、フィエルがホロウィンドウを表示させながら眼鏡をすちゃ、と装着して指さしてくる。

 

「範囲と使用制限ですね。適応範囲が広すぎるのと悪用出来る所が多すぎて、これを野放しにしていたら仕様外の事を乱発されそうという事なので……そんな訳で使用できる場所の制限、規模と範囲の制限が追加されそうです」

 

「ほうほう」

 

 ナーフ内容を確認すると、現状フリーフィールドで好き勝手に使えるとそれこそなんでもありすぎて魔法による戦闘や戦闘外でのバランスが大きく崩れてしまい、メレービルドのありがたみなどが減ってしまう為制限を入れざるを得ないという事らしい。実際魔法は取る範囲を広げるとやれることも増えて万能性が出てくる。メレーとの最大の違いは詠唱によって行動が制限される事であり、それがあるからこそやれる事の広さが許されている部分がある。

 

 でも環境操作はそのバランスを崩壊させる要素があったからナーフされた、と。成程。

 

「納得しかない」

 

「良く考えると街中でいきなり吹雪発生させられた場合を全く想定していなかったんですよね。一部の開発者は”それもまたMMOとしての自由だからそれが良い!”って主張してますけど……全体からみると流石になぁ……という部分が多くてナーフが決定しました」

 

「せやろな」

 

 ID外では半径30メートル範囲が限界、と。魔力次第で拡大しまくれた事を考えると、相当なナーフを喰らっていた。そしてIDやコンテンツ内だと半径50メートルが限度。その上であまり環境を激化させる様な事はID外では禁止される、と。吹雪を止める事は出来ないが、その影響力を緩和させる事なら出来る……という感じに変わった訳だ。

 

「後それ以外にも細かいナーフ内容が色々とあります。これまで見て色々と温めてた内容なので確認した方が良いですよ」

 

「ん-? あー、メレーのスキルコスト削減とか色々とあるなあ……」

 

「一応ナーフ内容が適応されるのは今から12時間後なのでそれまではナーフ前のままなのですが」

 

「え、マジで!?」

 

 後12時間は悪用し放題なの!? マンモス周回するなら今しかないじゃん!!

 

「おい、お前ら! 遊んでる場合じゃねぇぞ! ナーフ前の極悪魔法連打してマンモス狩りでレベリングするぞ!」

 

「ま、迷わず悪用する事を選びましたよこの人!」

 

 ナーフは確定されてもナーフされる前に使う事は違反でも何でもないんだよなぁ―――!!




 ナーフされるんだったらされる前にガンガン悪用したる!!!

 漸く最近暖かくなってきてこれにはにっこり! してたらマウスが逝って地獄を見てる。


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