TS異世界転生コメディ系 (匿名希望)
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001

 

「なんでTSキャラは、どいつもこいつもメス堕ちしやがるんだよ! それじゃホモじゃねえか!」

 

 ある日の飲み会での席のこと。

 同じ大学、同じ学部の同級生である親友――佐倉(さくら)(りょう)は、まるで発狂したかのように叫び出した。

 

 …………。

 こいつ、もう酔ってやがるな。

 俺はそんなことを思いながら、呆れたような表情で彼に言葉を返してやった。

 

「……べつにいいじゃん。お約束ってやつだろ」

「よくねぇよ!? オレは野郎と恋愛するようなホモ作品が見たいわけじゃねーんだよ!」

「じゃあ、どんなのが見たいんだよ」

 

 そう尋ねると、佐倉は待ってましたと言わんばかりにニィっと笑った。うわ、オタク語りが始まるやつだ。面倒くせぇ。

 

「いいか? まず、男の精神があるってことが大事なんだ。男らしさ――つまり勇敢さや力強さ、格好よさを持った肉体的女性。このギャップがいいんだよ。こういうTS主人公が強さを発揮して活躍していたらもう最高」

「それTSじゃなくて、男らしい女主人公でもよくない?」

「お前は世の中の作品をぜんぜん読んでねぇだろ!? 試しにTS以外の女主人公モノを漁ってみろ。男らしい女主人公なんて皆無だぞ、皆無っ! たまにあっても、野郎との恋愛がメインの作品だったりしやがる」

「恋愛要素が嫌いなのか?」

「男と恋愛するのがイヤなんだよ。だから女主人公モノは九割以上が無理。あっ、でも百合なら許すぞ」

「…………」

 

 こいつ、すっげーわがままだな……。そんなに好みが激しいなら、自分で書けばいいだろうに。今じゃ小説投稿サイトなんて腐るほどあって、素人でも簡単にWebで作品を公開できるんだし。

 

「だいたいな、主人公を自分に置き換えてみろよ? 主人公が徐々に女らしさを持って野郎に恋愛感情を抱くとか、もうこれ完全に女体化願望のあるホモが読むストーリーじゃねえか」

「その発言は、世のTSFファンを半分くらい敵に回している気がするんだが」

「TS主人公で許されるのはなぁ、百合だけだよ百合」

「その発言も、世の百合ファンを半分くらい敵に回していると思うぞ」

 

 TS百合は百合じゃない! そんなふうに発狂する百合原理主義者たちを、ネットの世界ではどれだけ見てきたか。TSGL(とせがら)などと呼んで区別しようという運動もあったようだが、結局ははっきりとしたキーワードによる住み分けが進んでいないのが実状である。

 

「まあ、ようするに。オレにとっては、感情移入をしつづけられるかが大事なんだよ。女の体になったことで心の変化が生じてくる……というTSキャラ自体は悪くないが、それが主人公となると話はべつだ。読者であるオレの感性と、主人公の思考や心情が乖離してしまって、感情移入できなくなり楽しめなくなるわけだな」

「ふむ……」

 

 意外とそれっぽい説明かもしれない。つまりは“メス堕ち”があまりにも激しい心的変化であるため、一貫して共感しつづけることが難しいわけか。

 まあ、これはべつにTS作品に限ったことではあるまい。主人公の性格や考え方が途中で大きく変わるストーリーは、えてして読者のドロップアウトを招きがちである。

 だからこそ心情の変化を丁寧に、緩やかに、説得力をもって描いていくことは、どの創作物においても重要なことなのだが。

 

「あとさぁ――メス堕ち系は正直、BL作品と根本的に同じなんだよ」

「BL?」

「お前、いっかいBL系の作品を読んでみろよ。ノンケにとっては死ぬほど苦行だぞ。オレは途中でつらすぎて諦めた」

 

 なぜ読もうと思ったんだよ、お前は……。

 

「TS主人公を男に置き換えてみろよ。『男のオレが、男と恋愛するなんてありえない……』とか言いながら男に惹かれてくのなんて、完全にBL構文じゃねえか。つまり美少女の皮をかぶったBL作品なんだよ。オレみたいなノンケにとっては、メス堕ちTS主人公は耐えられん」

「……主人公じゃなければ?」

「TSヒロインならメス堕ちしてもいいぞ!」

 

 …………。

 結局のところホモでは?

 

「だから自己投影、感情移入の問題だっつってんだろ! オレは基本的に主人公に共感して、主人公の目線でストーリーを楽しむタチだからな。男主人公でヒロインがTS美少女だったら、主人公の視点からすればヒロインは美少女であることに変わりないだろ。ヒロインの精神面が男だろうと、主人公からすればノーマルラブにほかならないわけだ」

「でも中身が男同士……」

「外見がメスだったらメスだから。問題ない」

 

 どういうこっちゃ!

 ……と言いたいところだが、佐倉が言わんとしていることはじつは単純だった。

 主人公が格好よくて男らしくて、ヒロインが可愛ければオッケー! ――つまり、こういうこと。

 だから彼は主人公のメス堕ちが嫌いだし、恋愛相手が野郎なのも大嫌いだけど、ヒロインがTS美少女で精神的ホモなのは許容できるという。筋は通っている主義だった。

 

 もっとも、それは佐倉の嗜好であって世間の感覚とは一致しているわけではない。主人公に感情移入せず、俯瞰的にストーリーを眺めて楽しむタイプであったら、メス堕ち主人公を愛でて楽しむという読者も多いだろう。

 つまるところは、楽しみ方の違いということだった。何が正しいというわけでもない。だから主人公のメス堕ちが、良いわけでも悪いわけでもなかった。

 

 そう――

 佐倉は主人公、すなわち没入する物語における自己的存在が、メス堕ちすることが嫌いなだけなのだ。

 

 だというのに。

 

 飲み会の帰り道、酔いの中で俺たちは不慮の事故に巻き込まれ。

 どういうわけか、空想的な異世界へと転移してしまい。

 おまけに、二人して少女の姿かたちに変わってしまって。

 そして、やむをえない事情で離ればなれになり。

 しばらくして、久しぶりに会った彼は――

 

 

 

 ――メス堕ちしてしまっていた。

 



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002

 

「――これにて、免許皆伝じゃ」

 

 静かに、そして厳かに、白髪の老人はこちらを見据えながらそう伝えた。

 かつて剣聖と呼ばれた老人であり、半年間ともに暮らした師匠。複雑な気持ちを抱きながら、俺は彼に言葉を返した。

 

「免許皆伝と言うには、あまりに私は技量が足りませんが……」

「その技量不足を上回る才能を持ち、おぬしはもはやワシと対等の力を持っておる。教えることはもうあるまい。一年もすれば、大陸一の剣士となろう」

「…………」

 

 ずいぶんな評価にどうしても困惑が勝り、俺は言葉を失ってしまった。

 過去に大陸一と謳われた剣使いからの、じきじきの言葉である。でたらめではないのだろうが――それが自分のこととなると、いまいち実感というものが湧かなかった。

 

 ――半年間。

 免許皆伝などと言われるには、あまりにも短い期間であろう。

 その一方で……俺にとっては、はてしなく長い期間であった。

 

 過去を思い返す。

 俺が……いや、“俺たち”がこの世界にやってきた時のことだ。

 

 事故に遭い、目を覚ませば、俺と佐倉はまったく知らない場所にいた。

 宗教的な広間である。

 そして、周囲には中世的な服装をした人々が立っていた。

 

 この時点でもうわけがわからないが、それを上回る怪奇に俺たちはすぐ気づいた。

 自分の体が、自分の慣れ親しんだ肉体ではなかったのだ。二人ともに。

 年齢でいえば十代半ばくらいだろうか。それは明らかに、少女と呼べる姿だった。

 

 もちろん状況を理解するのには相当の時間がかかり、一日がかりで俺たちは説明を受けることになった。

 

『――女神リフィアンが祈りに応じ、きみたちを遣わせたのだ』

 

 王宮魔術師の男は、そう言った。

 

 魔物の蔓延(はびこ)るこの世界への救いを求め、彼らは神なる存在に助力を願った。それに女神は応え、彼方の世界から魂を呼び寄せ、この大地に救世主として受肉させたのだという。

 

 ……なんで女の子の姿なん?

 とツッコんだら、「女神が用意する肉体なら女性に決まってんだろ」と返された。知らねぇよ!

 

 とにもかくにも、勝手に呼ばれて勝手に救世主にされた俺たちは、この世界での生き方を早急に決めざるをえなかった。

 そして結論としては――王宮の人間に従うことにしたのだった。

 なぜか、というと単純である。この世界のことを何も知らないし、生活能力も保持していないからである。

 お前らの都合なんてしらねー! とか言って出ていっても、衣食住の当てすらないから無理からぬことである。おとなしく権力に服従するしかなかった。

 

 そして、しばらくして――

“能力”をチェックされた俺たちは、それぞれ適性に合わせた訓練を受けることになった。

 

 佐倉は“治癒”の才能を見いだされ、王宮魔術師のもとで修業を。

 俺は“身体強化”の力が認められ、隠居した剣聖のもとで修行を。

 

 ――それが、俺たちが離ればなれになった理由であった。

 

 

 

「――シーナよ」

 

 その呼び声に、俺は意識を戻した。

 シーナ。それは自分の名字の“椎名”だったが、通りがよさそうなので俺はそれを名前としていた。佐倉も同様にサクラと名乗っているはずである。

 

「すでに村の者たちには事を伝えておる。明後日、おぬしは手配した馬車で王都へ戻るがいい」

「……師匠たちとは、お別れですか」

「なに、べつに今生の別れではあるまい。またワシらのもとへ、顔を出すがよい。……もっとも、おぬしに暇があるかはわからんがの」

 

 師匠はそう苦笑しながら言った。

 さて、王宮に戻ってからはどれだけ働かされるのだろうか。魔物の被害は各地でひっきりなしに発生しているそうなので、都合のいいように酷使される可能性が高かった。

 

 ――とはいえ、魔物退治に乗り気でないというわけでもない。

 この世界に落とされた直後は御免だと思っていたが、ここで生活しているうちに俺は考えを変えていた。

 師匠とともに住む村の周辺にも、たまに魔物が湧くことがある。それを退治するのは俺の仕事だったが、村人たちはいつも感謝と尊敬の言葉を投げかけてくれた。救世主としての使命だとかそんなのとは関係なく――単純に誰かを護り、そして感謝されることに、俺は心地よさを覚えていたのだ。

 

「――師匠、今までありがとうございました」

 

 俺は改まって、これまで世話になった恩師に頭を下げた。

 

 たった半年、されど半年。

 高度な技術も社会構造もない世界に放り出され、何もかもが新しい知見の場所で生活した時間は、人間を変化させるには十分すぎるほどだった。

 怠惰に生きていた学生としての過去など、もはや遠い昔である。今の俺は、別人のように生まれ変わっていた。

 

 ――もしかしたら、佐倉も変わっているのだろうか。

 

 師匠や村人たちとの最後の交流をしつつ、旅立ちの準備をしながら。

 ふと、俺はそんなことを考えてしまうのだった。

 



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003

 

 ――出立を前にして、小さな鏡で自分の顔を確認する。

 

 目の前に映っているのは、金髪の西洋的な風貌の少女だった。

 正確な齢はわからないが、おそらくは十五か十六くらいだろう。まだ大人になりきれていない顔立ちで、それが自分なのだとわかっていても、いまだに違和感が少しあった。

 

 とはいえ、不便があるわけではない。

 というか、むしろ肉体としては凄まじく高性能だった。俺の魔力は身体能力を強化するのに向いているらしく、無意識でも成人男性以上の膂力や心肺機能を有しているのだ。そして意識すれば、大型の獣や魔物を剣で両断できるほどの怪力を発揮することさえ可能だった。

 

 しいて面倒なことを挙げるとすれば……。

 ……うん、肉体が女性なので定期的にアレがあるくらいかな。慣れたけどさ。

 

「よし、と……」

 

 伸びた金色の髪を、紐でまとめてポニーテールにする。

 邪魔にならないようにショートカットにすることも考えたのだが、いちいち自分で髪を切るのが面倒なので、俺はこの髪型にしてしまっていた。都市部なら床屋があるらしいので、伸びすぎたら整えてもらうのもいいかもしれない。

 

 身嗜みのチェックを終えた俺は、剣帯とマントを装着した。そして荷物を詰めた背嚢を背負い、最後に師匠から授けられた剣を腰に差す。すぐにでも旅立てる姿だった。

 

 そろそろ、村の入り口のほうに行こう。

 師匠や村人たちも、そこで待機しているはずである。見送ってくれる人がいるということは、それだけ認められ慕われている証だった。いまさら嬉しさと寂しさが湧き上がり、俺は複雑な気持ちで家から外に出る。

 

「――シーナさん」

 

 と、直後に。

 戸口の前で立っていた黒髪の少女に、名前を呼ばれた。

 わざわざ一人で待機していたのだろうか。俺は彼女に声を返した。

 

「ホリー、どうしたんだ? 何かあったのか?」

「いえ、特別な用があるわけじゃないんですけど……。歩きながら、シーナさんとお話ししたいなと思って。その、昨日は時間がありませんでしたし」

「……ああ、まあ、たしかに」

 

 俺は苦笑した。

 昨夜は送別会ということで、村の連中が総出で宴を盛り上げてくれたのだが――

 いかんせん酔っぱらった大人たちに囲まれてしまい、なかなか若い子たちと挨拶する機会がなかったのだ。

 今の俺より少し年下の、この純朴な雰囲気の少女のホリーとは、半年間のうちでそれなりに交流のあった人物である。せっかくなので、心残りがないように言葉を交わしておくべきだろう。

 

「――シーナさんには、今までお世話になりました」

 

 ともに歩きだしてすぐ、彼女はそう謝礼を口にした。

 

「とくに、村にいらっしゃって間もない時には……魔物に襲われたところを助けていただいて」

 

 命の恩人です――と言うホリーに対して、俺は「大げさだな」と笑って返す。

 実際に退治したのは小さなゴブリンが二匹だけだった。畑の農作物を荒らしていたやつらが、近くにいたホリーを見つけて襲いかかってきたところを、俺が割って入って助けたのだ。当時の俺はろくに戦闘訓練を受けていない身だったが、もともとゴブリンは弱小の魔物だったため、難なく蹴散らすことができたのが幸いだった。

 

 そんなこともあって、ホリーとはよく言葉を交わす村人の一人となっていた。俺も自分のことについて何度か話しているので、彼女はこちらの事情をしっかり把握していた。

 救世主としてこの世界に呼び出されたことから、以前は男の体だったことまで。

 

 性別について語った時、ホリーは驚くと同時にどこか納得したような様子だった。曰く、俺の所作や雰囲気にはどこか男らしさがある、とのことだ。他人の目からは、やはり女っぽくないと映るらしい。

 

「王都のほうには……お友達もいらっしゃるんですよね。サクラさん、でしたっけ?」

「ああ、久しぶりに会うことになるよ。いちおう手紙で何度か近況報告はしあっていたけど……半年も経っていれば、あいつも変わっているかな」

「シーナさんみたいに、とっても強く成長しているかもしれませんよ」

「そうかもなぁ。俺より早く、実戦に出ているらしいし」

 

 三か月の手紙では、佐倉は治癒術師としての訓練をすでに終えて、本格的な活動を始めることになったと書かれていた。俺の場合は前線で剣を振るうために体を鍛える時間が必要だが、佐倉の場合は後方で傷の手当をしているだけで仕事が果たせるため、あっちのほうが早く任務に駆り出されたようだ。

 

 聞くところによると、魔術師と剣士の男二人とともに王国を回り、魔物退治で名を上げているのだとか。俺も王都で合流したら、彼らと一緒に遍歴騎士じみた仕事をすることになるのかもしれない。

 ……RPGのパーティーみたいだな。

 なんて思っていると、隣でホリーがニッコリと笑って言ってきた。

 

「……シーナさんが活躍して、勇者として有名になることを期待していますよ」

「ゆ、勇者ねぇ……」

「ふふふ……」

 

 この世界に魔王はいるのだろうか。

 いたとしても、魔王を倒す使命など背負いたくはないのだが……。

 まあ、考えても仕方がないことである。俺はただ自分の能力を活かして、この地に住む人々を助けてあげて、それで――

 

 ――満足して往生できればいいかなぁ。

 

 さすがに、もとの世界に戻れるとは思っていない。

 だから、ほどほどに人々を救うそこそこの“救世主”になろう。

 そして、歳を取ったらこの村のような田舎に隠居をして暮らせばいい。師匠がそうしているように。

 

 そんな夢のないことを、俺は気楽な調子でホリーに話す。すると彼女は、冗談めかした言葉を返した。

 

「隠居したくなったら、いつでもここに帰ってきてくださいね」

「ははは……そうだなぁ。魔物退治がいやになったら、この村に逃げ込もうかな」

「はい、ぜひ」

「…………」

「みんなも歓迎しますよ。……わたしも、シーナさんが帰ってくるのを心待ちにしていますから」

 

 本当に心からそう思っているのだろう。その声色は、別れへの寂しさが籠められていた。

 ふいに俺が立ち止まると、それに気づいたホリーもこちらを振り返った。

 不思議そうな表情を浮かべる彼女に対して――

 俺はその繊手を、そっとこちらに引き寄せて。包み込むように、自分の手を重ね合わせた。

 

「――ありがとう」

 

 突然の行為にびっくりしている様子の彼女に、俺は優しくほほ笑みながら礼を言った。

 

「そう言ってくれて、ありがとう」

「ど……どうしたんですか、シーナさん……」

「いつでも帰ってこいと……そんなふうに言ってくれる存在は、家族も同然だよ。感謝してもしきれない」

 

 帰る場所があるというのは、とても幸せなことだ。

 この世界に落とされたあと、俺はそんな当たり前のことを痛感していた。

 だから、ありがたいのだ。こういうふうに言ってくれる人が。

 

 熱のこもった彼女の肌を、しっかりと感じる。このぬくもりは大事なものだった。けっして忘れてはならない、かけがえのない宝物である。

 恥ずかしそうに頬を赤らめていたホリーだったが――

 やがて彼女も、笑顔を返して俺に言った。

 

「お忙しくない時に……また顔を見せてくださいね、シーナさん」

「時間を見つけて、かならずきみに会いにくるよ」

「……なんだか恋人同士の会話みたいですね、ふふふ」

 

 そんな冗談が心地よい。

 ……俺としては、彼女のような女性を恋人にしたいところなのだが。

 なぁんて口には出せないことを思いつつ――

 

 ふたたび歩きだした俺たちは、村の入り口へと到着し。

 そこに集まっていた村人たちと、一人ひとり最後の別れの挨拶をして。

 最後に、お世話になった師匠と悔いのないよう言葉を交わして。

 

 ――俺は“家族”のもとを離れ、新しい世界へと旅立つのだった。

 



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004

 

「……暇そうだな、お嬢ちゃん」

 

 はす向かいに座っている身なりのいい男から、俺はそう話しかけられた。

 お嬢ちゃん、という呼び方が少し気に食わなかったが、見た目が少女なのも暇そうにしているのも事実なので、文句は言わないでおこう。

 

 ――馬車の座席に腰掛けながら、延々と変わり映えのない景色を眺める。

 そんな状況に陥れば、誰だって暇にもなるものだった。

 

「……とくにすることもないですからね」

 

 俺は敬語で、王宮からの遣いであり案内人でもある男に答えた。

 初対面でもあるし、何よりいちおうそれなりの地位のある軍人らしいので、言葉は丁寧にしておくべきだろう。無駄に反感を買うような真似はすべきではなかった。

 

 男も退屈で仕方がないのだろうか、苦笑のようなものを浮かべて雑談を振ってきた。

 

「――救世主、とやらについては説明を受けていてな」

「はぁ」

「女神の加護を授かった、凄まじい力を持った少女だと聞いている」

「……凄まじいと言われても、反応に困りますが」

 

 いや、まあ、たしかに超人的な能力なのだとは思うが。樹木の幹を剣でぶった切れる程度のパワーは出せるので、普通の人間には及ばないほどの戦闘力を俺は持っていた。

 もっとも技巧といったものは高くないので、べつに最強の存在というわけではないのだろう。師匠も言っていたとおり、技量の不足を才能で補っているにすぎなかった。

 

「そう謙遜するな。俺も実際に、救世主をひとり見たことがある。その魔術の効果に……神々しさすら感じたぜ」

「……救世主のひとり?」

「サクラ、って名前の少女だよ。お嬢ちゃんと一緒にやってきた救世主だ。知り合いなんだろう?」

「え、ああ……。はい、友人ですが……」

「彼女が王都にいる時に、大けがをした人を治癒する場面を目撃したんだ。一瞬で傷が治って、跡すらなくなったんだぜ。あれを見りゃあ、本当にこの世界の救世主だって思うのも当然だ」

 

 あまり魔術については詳しくないが、一般的には外傷を塞ぐには、相応の時間をかけて治癒をかけつづける必要があるらしい。その基準からすると、大けがを即時に回復させるのはありえない奇跡だった。俺も自分の力が化け物じみていると自覚していたが、佐倉のほうも相当に常人離れしているようだ。

 

 意外なところで彼の評判を耳にした俺は、もう少し詳しく聞いてみることにした。

 

「佐倉のことは、王都のほうだと有名なのですか?」

「ああ、どんな傷病でも治せるみたいだからな。(ちまた)じゃあ、“聖女”だなんて持て囃されているらしいぜ」

「は、はぁっ? 聖女ぉ?」

 

 あんまりにも似合わない称号が飛び出したせいで、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

 いやいやいや、聖女って。

 言葉としては優しく慈悲にあふれた人物を思い浮かべるが、俺はあいつのことをこの世界で誰よりも知っていた。中身はとても聖女とは似つかない性格の野郎である。

 

 ――まあ、とはいえ。

 外見は彼も美少女になってしまっていたので、何も知らない人から見れば、そんなふうに映ってしまうのかもしれない。

 おそらく対面して話せば、佐倉が“聖女”などとは思いもしないだろう。俺もホリーから「男らしい」という印象を抱かれていたように、どうしても元の性別はにじみ出るものだった。

 

 だから、きっと。

 あいつは身近な人間からは、ちゃんと「男」と認識されているに違いない。

 俺はそう思っていた。

 

 

 

 ――だけど、佐倉と再会してから。

 俺はすぐ間違いに気づくのだった。

 



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005

 

 ――王都に戻り、宮殿に案内され、国王と謁見する。

 

 そんな仕事を終えた俺は、客室の椅子に腰を下ろしてため息をついた。

 いちおう女神が直々に寄越した“救世主”なので、扱いは悪くない……というか、むしろ厚遇されているのだろう。しばらくは宮殿で過ごしながら、貴族やら軍人やらの主要な面々と顔合わせしつつ、休息を取るようにと俺は伝えられていた。

 

 いきなり魔物退治に向かわせられなかったことは、まあ僥倖だろうか。

 とはいえ王様の口ぶりからすると、地方領主からは「救世主をさっさと派遣しろ」とせっつかれている様子だった。王国各地を巡行させられるのも時間の問題かもしれない。

 

 今のうちに、都市見学でも楽しんでおこうか――

 そんなことを考えていた時だった。

 ノックもされずに、戸口が急に開かれたのだ。俺は眉をひそめながら、そちらに顔を向けた。

 

「…………あ」

 

 どこか戸惑ったように、小さくその少女は声を漏らした。

 

 誰だ?

 と一瞬だけ思ってしまったが、俺はすぐに身体的特徴から相手を理解する。

 

 亜麻色のふんわりとした髪は、俺と同様に以前より伸びているようだった。

 顔立ちはおとなしく、目はやわらかい印象を抱かせえる。うぶな少女のような印象だが、その“中身”を知っているとずいぶんギャップがあった。

 じつに半年ぶりに再会した、わが友人――佐倉に対して、俺は気さくに片手を上げて挨拶する。

 

「よっ」

「…………」

「どうした? 俺の顔を忘れたか?」

 

 怪訝そうな表情で言うと、彼は確認するような声色で尋ねてきた。

 

「……椎名……だよね……?」

「ああ。……髪型も服も違うから、わからなかったか?」

「い、いや……なんか、雰囲気が別人のように感じたから……」

 

 ……そんなに変わっていたか?

 意外に思ったものの――男子、三日会わざれば何とやらという言葉もある。半年間も剣を振り回していた俺は、生っちょろさも消えて印象が変化していたのかもしれない。

 

「こんな世界で暮らしていりゃ、俺だって成長もするさ」

「そ、そうかなぁ……」

「……にしても」

 

 俺は椅子から腰を上げると、戸口のほうにいる佐倉に近づいていく。

 距離を詰めるこちらに対して、彼はどこかよそよそしい態度を放っていた。まるで別人であるかのように。

 

「お前も……ちょっと、変わったな」

「そ、そう……?」

「ああ、なんとなく……」

 

 ――女の子っぽく見える。

 口には出さなかったが、俺は内心でそう思った。

 

 なんか言葉遣いが弱気で控えめだし、守られ系のお姫様みたいな印象がある。半年前は思いっきり野郎の口調だっただけに、余計に違和感があった。

 

 もしかして……?

 いやいやいや、以前は男らしさのある女性が最高! とか言っていたのが佐倉という男である。女らしさに目覚めることなんて、まさかあるわけがないだろう。それこそ本人が忌み嫌っていた“メス堕ち”にほかならないのだから。

 

「――お、いたいた」

 

 と、その時。

 廊下のほうから男性の声が上がった。

 誰だろうか? そう思って間もなく、一人の青年が姿を現した。

 

「おっと……きみが、例の剣聖の弟子かな? サクラの友人だっていう」

 

 ――精悍な顔つきの男だった。

 年頃は二十くらいだろうか。背も高めで、パッと見は好青年という印象である。煌めく金髪が高貴さを漂わせていた。

 そして、発言から察するに――佐倉と知り合いのよう。

 

「……初めまして。椎名と申します」

 

 相手の地位がわからないので、とりあえず俺は敬語で挨拶をした。

 すると彼は、右手を差し出しながら名乗る。

 

「ウルドール騎士団のロイスだ」

 

 聞き覚えのある所属だった。ウルドール騎士団――国王が保有する組織で、近衛も担当する騎士集団である。

 ということは――

 

「あなたが……私と活動をともにする方ですか」

 

 そう確認しながら、俺は彼の手を握った。

 すでに王と面会した時に、ウルドール騎士団の二名と佐倉のチームに加わり、魔物の平定任務に当たるよう告げられていた。この男――ロイスが、そのうちの一人なのだろう。

 

「ああ。遠からず、きみとも王国内を巡ることになるだろうな」

「なるほど……よろしくお願いいたします」

「こちらこそ。その剣技の力を楽しみにしているぜ」

「……期待に沿えるかはわかりませんが」

 

 そんな言葉を交わして、手を放すと――

 ふたたび、こちらに向かって近づいてくる足音が響いた。

 

「――セルウィンっ」

 

 いち早く反応したのは、佐倉である。知人に対する名前の呼びかけだった。

 となると、おそらくは――

 

「やあやあ……遅ればせながら、僕も顔合わせにと思ってね」

 

 そう言って顔を覗かせたのは、優形(やさがた)の美青年だった。黒の長髪が中性的な印象を抱かせる。歳はロイスと変わらないくらいだろうか。

 肉体はあまり鍛えられているようには見えないので、おそらく彼の専門は魔術なのだろうと見当がついた。

 

「見目麗しいお嬢さん、初めまして。僕はセルウィンです」

「ど、どうも……。椎名です」

 

 お嬢さん扱いされることに思うところはあるが、いちいちツッコむと話が進まないので黙っておく。

 

「お二人は、もう佐倉とはそれなりに交流があるんですよね」

 

 そう質問すると、ロイスは軽い調子で言葉を返した。

 

「まあな。ここ三か月で、けっこう一緒に魔物退治に繰り出していたし」

「サクラさんのおかげで、僕たちも名声が高まってありがたいかぎりですよ」

 

 と、セルウィンのほうも答える。

 名声――その単語を聞いて、俺は馬車に乗っている時のことを思い出した。

 佐倉が聖女などと、巷でもてはやされていることだ。それが気になり、俺は何気なく尋ねた。

 

「そういえば……佐倉が“聖女”だなんて言われていると、小耳に挟みましたが……」

「おっ。都に戻ったばっかりなのに、よく知ってるんだな。そう――」

「彼女の治癒魔術は神の力そのものですよ。まさに聖女と呼ぶにふさわしい」

 

 などと佐倉の風評について言及した二人は、彼のほうに顔を向けた。

 いきなり話題の対象になった佐倉は驚いたような顔をしたが、すぐに恥ずかしそうに笑いながら口を開く。

 

「そ、そんな言われるほどじゃないよぉ」

 

 ……おい、なんだそのにやけた気味の悪い口調は?

 俺は眉をひそめながら、おもわず言葉をこぼしてしまった。

 

「でも、聖女なんて佐倉の性格とは似つかない称号だな……」

 

 それは俺の素直な感想だったが――どうやら、ロイスとセルウィンにとってはまったく違うと感じるようで。

 二人は反論するかのように、いきなり言葉を並べはじめた。

 

「いやいや、俺はピッタリな呼び名だと思うぜ。優しいし謙虚だしな!」

 

 はい?

 

「こんなに可愛らしいうえに、治癒の力も一流となれば……聖女と崇められるのも当然でしょうね」

 

 か、可愛らしい?

 

「え、えへへ……」

 

 おい佐倉、お前なに笑ってるんだよ!?

 

「佐倉――」

 

 俺はこらえきれず、彼に近寄ってその両肩を掴んでいた。

 

 過去を思い返す。

 こいつは俺に力説していたはずだ。

 男から女になった人間の、在るべき姿――

 

 俺は問い詰めるように、佐倉に尋ねた。

 

「勇敢さ、力強さ、格好よさ……それが大事な要素なんだろ……?」

「えっ? なんのこと?」

「TS主人公は男らしくあるべきだと言ってたじゃないか……!?」

「そ、そんなこと言ってたっけ?」

「言った! お前が酒に酔いながら説いてたじゃねぇかっ!?」

 

 そう肩を揺らすと、佐倉も思い出したのか目を見開いた。

 そして瞳に迷いのような色を浮かべながら――

 

「椎名……」

「ああ」

「わたしも、いろいろ考えたんだけどさ……」

 

 クソッ、こいつ一人称も変わってやがる!?

 

 困惑する俺に対して、佐倉はどこかしみじみとした声色で言い放った。

 

 

 

 

 

「――TSしてチヤホヤされるのって、やっぱり王道でいいと思うんだ」

 

 

 

 

 

 ――男からチヤホヤされて喜んでたらホモじゃねえかよぉ!?

 

 かつての佐倉なら、そう言っていたであろう。

 俺は変わり果てた親友の姿に、くずおれて涙を流すのであった。

 



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006

 

 ――戦いでもっとも重要なのは、硬直しないことである。

 

 師匠の大事な教えを、俺は思い出していた。

 止まらず動きつづける。それは自分の隙を見せないことであり、また相手の隙を誘うことでもあった。つねに動き回る敵を視線で追い、いつ来るかもわからない攻撃に備えることは、心身に多大な負担を強いるのだ。どれだけ強大な敵であろうと、どこかで致命的な隙が生じるわけである。

 

 常人よりはるかに優れた体力と身体能力を持つ俺は、その戦法を誰よりも効果的におこなえる者の一人だった。

 

「シーナッ!」

 

 仲間が名前を叫んだ。

 言われずとも、俺は危険を認識している。

 横から突進してきた、人型に近い巨大な狼――ウェアウルフの爪が、こちらへと振るわれていた。

 

 足に力を入れる。

 肉体は軽やかに躍動した。

 跳び下がりながら振るった剣が――獣の腕を切り落とした。

 

 このまま攻め立てれば、とどめを刺すこともできるが――

 敵は少なくとも五匹、周囲に存在する。欲張らずにセーフプレイに徹するべきだった。

 

 ――また別のウェアウルフが襲いかかってくる。

 

 俺は無理をせず、余裕をもって攻撃を回避した。

 

 ――違う方向から、さらにもう一匹の敵が爪を差し向けてきた。

 

 逃げる。

 攻撃はしない。

 回避と攻撃を同時にすると、どうしても硬直が生まれてしまう。それは人数差で負けている自分がすべき選択ではなかった。

 

 止まらず、躱しつづける。

 逃げ回る獲物に、魔物たちは明らかに焦りと怒りに支配されていた。

 それでいい。

 感情的になった者は、勝利を逃すのが常である。

 

「――やれッ!」

 

 タイミングを見計らった俺は、そう叫ぶと同時に、後方に大きく跳躍した。

 敵の集団から離脱しながら、俺は紅い炎が放たれるのを目にする。

 刹那のあと――

 俺を追いつづけて固まってしまったウェアウルフたちが、激しい火炎に包まれて悶えはじめた。

 

「――お見事です」

 

 そう賛辞を送りながら、魔物どもを焼き払った魔術師――セルウィンはこちらに近寄ってきた。

 俺が敵を引きつけて、まとまったところを彼が一網打尽にする。その戦術は驚くほどうまくいっていた。すでにそれなりの数の魔物退治をこなしているが、ほぼ同じやり方で俺たちは成功を収めている。

 

「……そっちこそ、さすがだ」

 

 俺は剣についた血を布で拭き取りながら、そう答えた。

 お世辞ではない。彼はウルドール騎士団の中でもトップクラスに優秀な魔術師だと聞いていた。いわゆる天才というやつなのだろう。

 

「――おい! 大丈夫だったか!」

 

 セルウィンと会話しているうちに、向こうからロイスが走り寄ってきた。その少し後ろには、佐倉も追従している。

 

 俺がおとり役なのに対して、ロイスは後衛の護衛役だった。セルウィンも佐倉も身体強化ができない魔力性質なので、二人を守る人間が必要となる。それに当たるのがロイスというわけであった。

 

 俺は肩をすくめながら、ロイスにも返事をした。

 

「……問題ない。傷も一つ負っていないさ」

「そうか。……羨ましいかぎりだぜ、その強さが」

 

 どこか呆れたような表情を彼はしている。

 とはいっても、ロイスのほうも剣を扱う騎士としては非常に有能だった。俺がたんに突き抜けた女神の恩恵を持っているだけで、彼が弱いわけではない。

 

 ――と、そこで。

 最後に遅れてやってきた佐倉が、やや不貞腐れたように呟いた。

 

「……必要ないじゃん、自分」

 

 怪我をした仲間を即座に治療するのは、彼の役目だった。のだが、今回は誰も傷を負っていないので出番なしである。

 もっとも、佐倉の存在は意味がないわけではなかった。深い裂傷でさえ瞬間的に治癒できる彼は、極端に言えば即死しないかぎり前衛を無限に戦闘させられるに等しい。そのメリットがあるからこそ、治癒特化の佐倉をわざわざ前線に連れてきているのだった。

 

「いやぁ、サクラがいるからこそ、俺たちも心置きなく戦えるんだぜ?」

「そうですよ。これまで僕たちが順調に魔物を討伐してこられたのも、あなたがいてくれるからこそですよ」

 

 ――などと、ロイスとセルウィンが褒め称えるやいなや、佐倉は一転して「そ、そっかぁ……エヘヘ」と気分が良さそうな表情を浮かべた。

 

 おいお前、単純すぎだろ。

 野郎二人にチヤホヤされて喜ぶ佐倉に呆れる俺だったが、実際のところこんな光景は初めてではなかった。というか、ほぼ毎回なのである。

 

 なぜこんなことになっているのか――

 私見で分析してみると、おそらくロイスとセルウィンが「女の子には優しく」という紳士スタンスを取っていることが原因なのではなかろうか。

 まず佐倉自身はほかの人間から見れば美少女であるし、さらに身を守る戦闘能力もないので、ロイスたちからすると「守護すべき、か弱い女の子」という扱いなのだろう。

 さらに佐倉が治癒能力を持っている関係上、ロイスなどは身を挺してでも彼を庇うのが戦術の基本となっていた。俺が合流する前は、実際に何度も命懸けで佐倉を守っていたらしい。

 

 よく考えてほしい。

 年頃の女の子を、危険も顧みず庇う美形の青年騎士。

 ヒロインとヒーローの関係じゃねぇか!

 しかも何かスゲー乙女向けっぽいぞ!

 ……いや、俺は乙女コンテンツには詳しくないけどさ。

 

 とにもかくにも、こうして環境的にもお姫様扱いされつづけてきたことが、佐倉に変化をもたらしたのかもしれなかった。

 

「…………」

「な、なに、椎名……?」

 

 じとりと見つめるこちらに対して、佐倉はどこか怯えるような様子をしていた。

 そんな彼のもとへ俺は近づくと――

 

 彼の肩をガシッと掴んだ。

 

「お前……むかし言ってたよな?」

「えっ?」

「『姫プレイするやつはうぜぇ! この世から消えやがれ!』とか何とか」

「あー、あれはネトゲの話だからなー」

 

 おいコラ! 姫扱いされはじめたら許容するんじゃねぇよ!?

 

「ひ、姫じゃなくて聖女だし……」

「『後ろでヒールしてるだけのくせに、前衛よりチヤホヤされてんじゃねえ』とか言ってたの誰だよッ!?」

 

 ぐらぐらと佐倉の肩を揺らしていると、ロイスとセルウィンが笑いながら俺に声をかけてきた。

 

「なぁんだ、シーナももっと褒められたかったのか?」

「ふふふ……シーナさんが嫉妬しないように、僕たちも気をつけないといけませんね」

「――ちゃうわッ!?」

 

 俺は野郎どもにチヤホヤされて喜ぶ趣味はねえぞ!?

 というか、こいつら俺たちが一応もと男だって知っているはずなのに、なんでこんなナチュラルに(たら)し言葉を吐けるんだよ。二人とも本当はホモなんじゃねぇか?

 

 そんな疑りをしながらも――

 俺はふと、あることを思いついた。

 

 男からチヤホヤされることでメスに目覚めたのならば、その逆も通用する可能性があるということである。

 つまり――可愛い女の子からラブコールを受ければ、男としての自覚を強められるのではないか。

 これだ! これである!

 サクラ様すてき! とか言ってくれる美少女が現れれば、きっと佐倉もやっぱり女の子が一番だと思いなおしてくれるはずだ!

 

「――やっぱTS百合が至高だよなぁ! 佐倉ぁ!」

「なななな何を言ってるかわかんないんだけど!?」

 

 がたがたと佐倉の肩を揺らしながら、俺は叫んだ。

 

「中身が男だろうが、外見が美少女だったら百合は成立するんだよォ! なぁ!?」

「そそそそれを言うと百合原理主義者に殺されるでしょ!?」

「うるせぇ! 『とせがら』なんてワードは流行んないんだし、TS百合はTS百合なんだよ!」

 

 俺は発狂しながら主張した。

 かつての世界では、けっして声高には話せないことを口にして。

 

 ――この際だから、はっきり言っておこう。

 

 かわいい女の子同士がイイ感じにしていれば、それはもう百合なのである。

 なお異論は認めないものとする。

 



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