この素晴らしい世界に探偵王子を! (パザー)
しおりを挟む

第1話

初めましての人ははじめまして。そうでない人は超お久しぶりです。
なんとなーくこのキャラをこのすばの世界にぶち込んでやりてぇ!って書き始めたので拙いところもありますがどうぞよろしくお願いします。


 明智吾郎。

 高校三年生。探偵。容姿端麗。秀才。

 冷酷。人殺し。虚飾の名探偵。

 

これが彼だ。まるで異なる2面性を操る、心に仮面(ペルソナ)を鎧し者。

ひたすらに暗部に浸り続け、復讐の炎を燃やし続けた者。ただ普通に父に愛されたかった、認められたかった者。

 

彼は結局は報われなかった。復讐を誓った父にそれを見透かされ、使い捨ての道具だと思われていた。だが彼は最後の最後に、自分の意思でライバルを助けた。自分の意思を継いでくれと。切り札(ジョーカー)に託した。

 

だが、彼は再びジョーカーと邂逅した。世界を書き換える程の力を手にした丸喜拓人の曲解の力とジョーカーの願いによって。

彼は叛逆を続ける。もう誰かの手のひらで踊らされるのはごめんだと。例えそれが自分を消滅させることにつながるとしても。

 

そして怪盗団は丸喜拓人から世界を頂戴した。

 

〜*〜

 

「ここは……」

 

  見渡す限り続く黒色の空とモノクロの市松模様をした床。

  自分は父の認知存在の自分に殺されたはずだ----だが、空気の感じを肌で感じることも、辺りを見渡して思考を巡らす事もできる。

 紛れもない現実の感覚だが、何かおかしい。現実離れという感覚が思い浮かぶ。

 

 

「気づきましたか、明智吾郎さん」

 

 

  背後からふと声をかけられた。清水のように澄み、声色からすでに優しさが滲み出ている。そんな聖人君主のような声色で既に嫌な気を覚えながらもそちらの方へと向き直る。

  装飾の施されたやけに背もたれの長い椅子に1人、青がかかった黒髪の少女が腰掛けていた。髪と同じような色をした紺色のドレスを纏い、こちらを慈悲の目で見つめてくる。

 

  正直なところ、その目や声色だけで彼の琴線は逆撫でされ続けている。仲間だの絆だのというのは下らない者だと吐き捨てている彼にとっては聖人というのも同じくロクでもない物だと考えている。

 

  どうせ、分厚い外面で汚い内面を取り繕ってるだけだろ-----かつての自分がそうだったように。

 

だが、そんな事をつゆほども表には出さずに彼は爽やかな笑みを顔に貼り付ける。

 

 

「これは驚いたな。あの、どちら様ですか?」

 

「フフッ…随分と演技がお上手ですね」

 

  見透かされていた。ハッタリやカマかけの類ではないと、そう感じだ。こんな現実離れした空間と同じくおかしな女だ。おそらくは何もかも知られていると直感する。

 

 

 

「へぇ…じゃあ率直に聞くぞ。ここはどこで、お前は誰だ」

 

「そうですね…率直に言ってしまうとここは死後の世界。私はディーテル。死者であるあなたを導く女神です」

 

「死後の世界…女神…なるほどね。じゃあ俺に地獄行きだとでも宣告するのか」

 

「本来であればそうなんですけど…あなたの生涯に目を通していて私、あなたに興味が湧きました。ですから選択肢をあげましょう」

 

「へぇ。是非聞かせてくれよ、女神様」

 

「1つの選択肢はあなたの言う通り地獄行きです。地獄でその罪を清算してもらった後、記憶も何もかもサッパリ0になって1から新たな人生です。そしてもう1つは----異世界に行ってもらう事です。その世界は魔王とその軍勢によって人々が脅かされ、著しい危機に瀕しています。なので貴方にはその世界に行って冒険者として魔王を退治してもらいたいんですが…」

 

「魔王にその軍勢…まるでファンタジーだな。ただ、心底どうでもいい。わざわざ助けてやる義理もない」

 

 

  人のいいように使われる、誰かの言いなりになるというのは彼にとってひどく忌み嫌う事だ。それに触れられた事もあり彼はそう冷酷にディーテルに言い放つ。

  素っ頓狂な話だと思ってはいるが現に自分がメメントスという異世界に潜り込み、ペルソナという異能力を使いこなす人間という事もあり、嘘ではないと何となくだが理解はできた。

 

 

「そもそもだ。俺になんのメリットがある?あまりいい気はしないな」

 

「(多少興味は湧いてるようですね…どう説得したものでしょうか…)特典としてなんでも望むものを1つ持っていけるのですが、それじゃダメですよね…そうですねぇ……本当のヒーロー、正義の味方っていうのになれるかもしれませんよ」

 

「ッ!……本当に癪に障るやつだ…」

 

 

  ヒーロー。当然彼は今となってはそんなもの望んではいない。だが、彼の叛逆の意志の象徴である怪盗服やロビンフッドというペルソナには、そういった正義に対する憧れが表れている。今更これまでの汚名をどうにかできるとは思わない。だが、心は確かに揺らいだ。

 

 

「…何点か聞く」

 

「はい。なんでもどうぞ?」

 

「地獄っていうのはどんな所だ?」

 

「…過酷なところですよ…苦痛的な意味ではもちろん、それぞれ罪人に合わせた刑罰が気が遠くなるほどの間、受け続けることになります」

 

「次に、異世界で言葉は通じるのか?そして、なんでもといったが本当に際限はないのか?」

 

「言語に関しては転生の際に自然と理解できるようになるようこちらが工面します。そして転生特典に関してですが、本当になんでもいいですよ。もちろん世界を滅ぼしかねない様な物は除いて、ですが」

 

「…ふむ……」

 

 

  癪だが、この女のせいで少し生きてきた事に対して悔いを感じてしまった。それを感じたまま地獄に行って終わるというのは少し胸糞が悪い。

  それに、彼の真実への探究心というのが騒いでいる。未知の世界についての知を渇望している。

 

 

「……分かった。その話を呑もう」

 

「フフッ…そう言ってくれると思いました。さぁ、善は急げです。何を持っていきますか?」

 

「…俺だ。ペルソナも、ワイルドの能力も、装備も、俺を作る全てだ」

 

「全く強欲ですね…ですが、捉えようによっては明智吾郎1人…分かりました。そのように計らいましょう」

 

 

  そして彼女は立ち上がると足元に青白く発光する魔法陣を浮かばせ、何やら呪文を唱え出した。すると、同じ光が明智の足元にも出現し、彼を光の柱の中に閉じ込める。

 

 

「それでは、明智吾郎。あなたに女神の祝福があらん事をーーー」

 

〜*〜

 

  視界がホワイトアウトし、しばし眩しい光に包まれる。

  10秒ほどすると自分が草原を踏み締めている感覚と、柔らかに吹きつける風を感じ始める。

 

 

「ここが……」

 

 

  ポツリと呟き、改めて自分の身体を見てみる。着慣れた制服に手袋、そして靴…頼んだはずの武器などは一切見当たらないが、本能でなんとなくだがどうすればいいか理解できた。

 

 

「…ペルソナ」

 

 

  そう呟き、精神を集中させて自身のペルソナを思い浮かべる。

  すると彼の服は白を基調に赤と金の豪勢な装飾、そして小ぶりだが極めつけには真っ赤なマントとカラス(crow)のクチバシのような顔の上半分を覆うペストマスク。怪盗を名乗っていたにはいささか派手すぎる貴族の儀礼服のような服装へと瞬時に変わる。

  そして腰には揺らめく炎を模したかのような刀身を持つサーベル、ヒノカグツチ改。ホルスターには形状だけは普通のハンドガンだが、銃身から赤く鈍い光を放つ光線銃、エンシェントデイPR。どれも最終決戦までに揃えた最高の武器だ。

  そのどれもが驚くべき変化だが、何よりも青白い光と共に背後には筋骨隆々で彼と同じような格好をし、特殊な形状の弓を構える大男ーーーペルソナのロビンフッドが顕現していた。

 

  これが彼のーーーいや、彼が所属していた怪盗団のメンバーが持つ特異な能力、ペルソナ。自身の叛逆の心が力を持って顕現した、もう1人の自分。彼らはその力を使い、パレス、メメントスという認知の世界で腐った大人たちを改心させてきた。本来であれば認知の世界でしか使えない能力なのだが、あの女神とやらが工面してくれたのだろう。これまで通りに使うことが出来た。

 

 

(少しばかり試し斬りでもしてみたいんだが……)

 

 

  そんな物騒な事を考えてはいるが、残念なことに辺りの平原は穏やかを具現化したような風景で、何か考えていたモンスターがいるような気配もない。その代わり、背後には大きな石造りの門ーーーおそらく街の入り口と思しきものーーーがそびえ立っていた。今自分はこの世界に関して何も分かっていない。なら、人がいそうなところに向かうのが安定かーーーそんな事を考えながら彼はペルソナを解いて街へと歩み出した。

 

〜*〜

 

  ここで1番情報が得られるのはどこかーーーそんな事を道すがらの人たちに聞き込みながら辿り着いた冒険者ギルドという建物ーーー途中の主婦らしき人物たちからの黄色い声に青筋をひっそりと浮かべていたのだがーーーの扉を開くとまるで大衆居酒屋のような騒がしさだった。

  おそらくまだ昼間だというのに酔って騒いでのお祭り騒ぎだ。そんな品性のかけらもないような風景に再び辟易しつつもカウンターへと一直線に向かい、受付嬢に話しかける。

 

 

「すみません、冒険者…というのに登録をしたいんですが」

 

「はい、冒険者登録ですね!ではまず手数料として1000エリスいただきます!」

 

「ーーーーー」

 

 

  栗色の巻き髪をした受付嬢がとてもはつらつとした態度で迎えてくれる。そしてこうとも言ったーーー手数料1000エリスと。そして明智はというと……無一文である。その言葉で一瞬、貼り付けた爽やかな笑顔が凍りつく。

 

 

「あっそうでしたか…すいません、持ち合わせがないのでまた伺いますね」

 

「分かりました!冒険者ギルドはいつでも新たな冒険者をお待ちしております!では次の方ーーー」

 

 

  そう言って彼は横に掃けて、備え付けの椅子に腰掛ける。もはやあの爽やかスマイルも忘れたイライラを明らかに溢れさせながら。

 

 

(あンの女神…金くらいいくらか持たせろ…頭おかしいンじゃねぇのか…)

 

 

  だがフルフルと震えながら机で悶々と悩んでいると、不意に横から明るい声が聞こえてくる。

 

 

「あのさあのさ、君ーーー持ち合わせないの?」

 

 

  視線をそちらに向けると綺麗な銀髪をした小柄の中性的な少女が彼に話しかけてきていた。と言っても顔には何か斬られたような傷跡と、格好も上半身は最低限胸周りを隠すスポーツブラのようなものに加えて、下半身もブーツとホットパンツという、日本で出会おうものなら確実に事案を疑う格好だったが。

 

 

「アハハ…実はそうなんだよね…恥ずかしいな…」

 

「やっぱりそうなんだ。この街じゃ見かけないし…ねぇ、君って戦える?」

 

「…?少しくらいなら覚えはあるけど…」

 

「じゃあさじゃあさ!前金としてアタシが登録のお金払うからさ、アタシのクエスト手伝ってよ。もちろん報酬もちゃんと分けるよ!」

 

「それは助かるけど…いいのかい?それじゃあまりに話が良すぎると思うんだけど…」

 

「いいのいいの!じゃあ善は急げって言うし、ほら早くー!」

 

「わっちょっーーーー」

 

 

  そう言うと少女は明智を引っ張って再びカウンターの前へと連れて行く。探偵王子の方のキャラで接してしまった以上、明智も下手に黒い部分を出すわけにもいかず、彼女に引っ張られるがままになっている。

 

 

「お姉さん、はいこれ!彼のカード作ってあげて!」

 

「あらクリスさん…それにさっきの彼…はい、承りました。では、こちらの水晶に手をかざしてください」

 

 

  クリスと言われた少女が革袋から1000エリス分の硬貨を先程の受付嬢に渡すと、彼女はカウンターの下から何やら怪しげな水晶と一見ボロボロに見える茶色の紙切れを取り出した。言われるがまま、彼が水晶に手をかざすとそれは怪しく光だし、あまり見えないが紙に何かが印字されていくのが見える。

 

 

「(科学とは明らかに違う…これが魔法か…)」

 

「これは…HPや攻撃力、それに魔力量がとても優れてますね!少し運は低いですが…全体的に高水準です!これなら幾つか上級職も習得できますよ!」

 

「へぇー…すごいね君!最初から上級職なんて!」

 

「なるほど…選べる候補みたいなの、見せてもらえますか?」

 

「はい!こちらをどうぞ!」

 

 

  渡された茶色の紙切れーーー恐らくこれが冒険者という事を示す免許のようなものだろうーーーを見るとそこには戦士や槍使い、ウィザードなどの誰もが聞いたことのあるような職業からソードマスターやルーンナイト、選択はできないがアークウィザードなど、恐らく上級職であろう項目が並んでいる。だが、彼の目を引いたのはーーー

 

 

「(盗賊か……癪だけど、変に戦士を選ぶよりかは怪盗に通ずるものがあるだろうし……)…盗賊にしようかな」

 

「おっいいねぇ!アタシも盗賊なんだ!いろいろレクチャーしてあげるよ!」

 

「かしこまりました、盗賊ですね!……とう…ぞく…クゥッ!?!?」

 

 

  受付嬢にカードを返し、手続きをしようとした時、カードを見た彼女が突然に素っ頓狂な声を上げ、目を丸くしている。そんなリアクションをされると不安も煽られるため、明智が恐る恐る声をかける。

 

 

「あ、あの…どうしました?」

 

「な、なんですかこのスキルの数々…見たことも聞いたこともない…固有スキル…?『コウガオン』に『エイガオン』…ン"ン"ッ!マナー違反ですねいけないいけない…と、盗賊でしたね、では登録を終了します!それではあなたの旅路に祝福がありますようにーーー」

 

「……?」

 

「(ペルソナスキルはこの世界じゃ未知のものなのか…変にひけらかさないようにしないとな……)」

 

 

  クリスがそんな受付嬢の反応に首を傾げ、明智は改めて自分の特異さを噛み締めている。そんな三者三様の反応を示しながらも波乱の冒険者登録は幕を閉じた。

 

〜*〜

 

  クリスの引き受けたクエストはジャイアントトード10匹の討伐。名前からも分かる通り、デカいカエルなのだが盗賊の攻撃力では数的に厳しいものがあるらしく、明智に声をかけたのだそうーーーまさか彼も盗賊を選ぶとは思わなかったが。

 

 

「まさか君も盗賊を選ぶなんてねーーー先輩風が吹かせられそうで楽しみだよ」

 

「ちょっとだけ盗賊には縁があってね…それに、僕としても先輩がいて心強いよ」

 

「どっちかって言うとあのステータスはソードマスターとかルーンナイトみたいだったけどね…しゃがんで」

 

「ーーーっとっと」

 

 

  2人は彼が最初に降り立った平原の近くへ再び繰り出していた。少し切り立った部分にいるおかげで気付かれることはなかったが、彼らのすぐ下にはヌメヌメとした体表を持つ巨大なカエルがいた。

 

 

「すごいサイズだな…人くらい簡単に食べちゃいそうじゃないか」

 

「フフッ、そうだね。ーーーまぁ見ててよ、盗賊の闘い方を見せてあげる」

 

 

  そう言うと隣にいるはずの彼女の気配が急に希薄になる。ここに来るまでに聞いていた盗賊のスキルの『潜伏』というものだろうが、まさか隣にいるのに見失いそうになる程とは。

  そして彼女は希薄なまま丘を滑り降りて行き、ジャイアントトードの背後を取る。すると彼女は腰にかけた短剣を取り出すとジャイアントトードの脚の腱に当たる部分を切り裂いた。

赤い鮮血が吹き出し、斬られた右足に身体が傾くがなんとか背後に向き直る。が、そこに既にクリスの姿はなく、今度は斬りつけた右側面に陣取っていた。

 

 

「フッ!」

 

 

  短く息を吐きながら跳躍すると頸椎に当たる部分に深く刃を両手で突き立てた。先ほどよりも多くの血液が噴き出しジャイアントトードが悶える。が、彼女は振り落とされる事なく短剣の柄を掴み、思い切り下に向けて肉を切り裂いた。少女らしからぬ残忍な方法だが、その手口は鮮やかで淀みがなかった。

 

 

「フゥーッ…こんなとこかな。どう?アケチ君」

 

「すごいな…とてもスムーズな手口だ。君…僕なんか頼まなくても普通に達成できたんじゃないのかい?」

 

「うん?ま、まぁそれはいいのよ。それよりほら、君もこれで潜伏が習得できるようになってるはずだよ」

 

「どれどれ…ホントだ。これを習得…」

 

 

  再び高台に戻ってきたクリスに言われ、冒険者カードを取り出す。するとスキルの欄には確かに『潜伏』が習得できるようになっていた。それを習得するとペルソナを顕現させる時のように、本能に使い方を刻まれた感覚が訪れ、なんとなくだが潜伏の発動のさせ方も理解できた。

 

 

「…うん、完了したよ」

 

「それじゃ、君のやり方で1匹倒してきてくれるかな?固有スキルみたいなのもたくさん持ってたし、好きなやり方でやってきてよ」

 

「い、今のを実践しろって訳じゃないんだ…」

 

「まぁ今のはあくまで一例だし、君には君にあってるやり方があるはずだしさ。だからまずは君のやり方を知るところからじゃないと」

 

「それもそうか…それじゃあ、僕の実力を見せてあげるよ」

 

  

  クリスと同じように床を滑り降りながら、彼は怪盗服に変身する。いきなり青白い光を発しながら先ほどとは全く違う装いになった彼をクリスは目を丸くして驚く。

 

 

「射殺せーーーロビンフッド!!」

 

 

  ロビンフッドが顕現し、手に持つ黄金の弓を放つような動作を見せる。すると放たれた矢は光のベールのような物に包まれ、ジャイアントトードに突き刺さる。

  光の矢ーーー祝福属性の中でも最高クラスの威力を誇る『コウガオン』が炸裂し、彼の持ち前の狙撃技術もあってか的確に頭を打ち抜き、ジャイアントトードは一撃で絶命した。ーーー衣装もさることながら、盗賊とは。と思わせる派手な戦い方だ。

  しかし、異世界で培ってきた怪盗のノウハウもあり、潜伏スキルで他のジャイアントトードには気取られる事なくクリスのところへ戻ってきた。

 

 

「えぇっと…何あれ?」

 

「アレかい?ペルソナって言ってね。アレが僕の能力さ」

 

「ペルソナ…かぁ。それにしてもすごい威力だったなあ。よし!それじゃあと8匹、頑張ってやっちゃおうか!」

 

〜*〜

 

「『バインド』!はあああぁぁぁッ!!」

 

「ペルソナーーー『メギドラオン』!!」

 

 

  片やジャイアントトードを縛りつけ、流れるように切り裂く。

  片や大爆発を起こし、彼らを吹き飛ばす。

  盗賊同士のはずなのにどうしてこんなにも差が出るのだろうーーーそんな疑問が浮かぶがそんなものは深く考えたら負けだ。

 

 

「ーーーはあああぁぁぁッ!!」

 

 

  そして明智が雄叫びをあげながら、最後の標的に向かって突進。ヒノカグツチで右へ左へ上下へと斬り付け、トドメにバックステップで距離を取り、傷口に銃を叩き込む。彼のお得意の連携だ。

  辺り一帯にジャイアントトードの死体が散乱し、その様子を見て彼は変身を解いた。クリスも一息ついて、短剣を腰に収める。

 

 

「ふうっーーーお疲れ様。凄かったよアケチ君!ホントにレベル1なのって疑いたくなるくらいだったよ!」

 

「フフッ、これが僕の実力だよ。それにしても、君だってその短剣1本ですごかったよ」

 

「アタシは戦い慣れてるからねぇ。それに、先輩としての威厳は保たなきゃだし」

 

「そうだねーーーそれじゃあ、帰ろうか」

 

〜*〜

 

  時刻は夜。銀髪をたなびかせながら、1人の少女ーーークリスが歩いていた。のんびり歩を進めながら考えるのは今日出会った何やら特別な彼のこと。そして、『先輩』から急に告げられた事。つまりは女神としての職務のことだ。

 

〜*〜

  いつものように死者はなかなか来ず、暇をしていたーーーといっても他にもやる事はあるのだがーーー()()()だったが、突然に女神同士の通信機器である手鏡から声が上がる。

  

 

(この声は…ディーテル先輩だ…)

 

  

  正直、出るのも億劫だった。というのも、通信をよこしてきたディーテルは見た目や『表向き』の態度は女神のお手本といえる人物だ。だが、彼女の根底には人間に対しての好奇心が溢れていてやまないーーーつまるところ、それっぽい事を言って死者をその気にさせては毎度毎度ロクでもない事を引き起こすのだ。そんな先輩からのコールに既に頭を悩まされながらも無視するわけにいかず彼女は鏡を取った。

  映し出された綺麗な藍色の髪をした、顔だけはいい女神ーーーディーテルに向かってもう嫌な気を隠すつもりもなく前面に出しながら話しかける。

 

 

「……なんなんですか先輩。ロクでもない事ですか、それとも厄介事ですか」

 

「あらまぁひどいわエリス…そんな事言われて先輩悲しいわ…ヨヨヨ…でもまぁ、当たりよ。察しがいいわね〜よしよし」

 

「茶化してないで早く要件を伝えてもらえますか…」

 

「ツレないわねえ…そんな場末の世界だし、パッドの探究だってもう行くとこまで行って暇でしょうに…」

 

「パッ、パッドの話は関係ないじゃないですか!!それに私、まだ諦めてませんから!!」

 

 

  唐突に自分の小さな胸に関して突っ込まれてひどく動揺し、赤面する。まったくもってデリカシーのない女神だ…そんな風に思われているのを知ってか知らないでか、何事もなかったようにディーテルは話を続ける。

 

 

「まぁいつもみたいにそっちの世界に1人、私の世界から送り込んだんだけど…これがまたクセのある子でね。彼に関しての資料にちょっと目を通して欲しいんだ」

 

「えっそれだけ…?というか、なんでわざわざそんな事…?」

 

「…あーそうね…端的に言うと…彼、犯罪者だから。ホントはめちゃめちゃ地獄行きだったから」

 

「………はい?」

 

「だーかーらー、私の独断の情状酌量お涙頂戴な判断で彼をあなたの世界に送り込んだの。ただまぁそんな事したから上の人たち随分お冠らしくてさ…だから伝えるだけ伝えておこうって」

 

「えっちょっまっせんぱーーーー切られた…」

 

 

  既に怒涛の情報量で頭がパンクしそうになっていたが、チャランポランとはいえ、いきなり先輩の女神生の危機を知らされて更に混乱する。いや、彼女の上っ面の良さならなんとか乗り切るだろうが…そんな事を考えながらも送られてきた資料に目を通す。

 

  明智吾郎。わずか18歳なのに恐ろしく凄絶な彼の生涯に目を通す。精神暴走事件、廃人化の実行犯。怪盗団として人知れず世界を取り戻した男。

 

  エリスにとって悪人、罪人は忌避する存在だ。どんな理由があれ、地獄で罪を清算させるべきだと。だが、一応ボンクラとは言え、能力だけは確かなあの女神が目をつけた人間だ…なら、私は彼を見定めよう。そうエリスは心に決めたのだ。

 

〜*〜

 

「あなたがこの世界で何を為すか、どうなるかーーーしっかりと見定めますからね、明智さん」

 

 

  彼女は月光に照らされながらそう呟いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第2話

 目が覚めると彼は牢獄のような場所にいた。いつの間にか白と黒のボーダーのツナギを着ていて更には宿のそれなりに豪勢だったベットも掛け布団もないひどく質素なものになっていた。

 状況に理解が追いついていない。だが、何もしないわけもなく、立ち上がって周囲を見渡す。そして牢獄の扉越しには青色の生地に黒色の豪勢な刺繍の施されたカーペットと木製の小洒落た机。そしてそこに構える異様な風貌の老人を捉えた。

 老人の目はこぼれ落ちそうな程見開かれ血走っており、随分と後退の進んだ白髪と何かジョークかと言うくらいの長い鼻を持っている。

 

 

「ようこそ…我がベルベットルームへ」

 

 

 老人が口を開いた。しゃがれていて少し高めの声で、いかにも胡散臭そうな印象を受ける。

 この空間ーーーベルベットルームと言うらしいがーーーの主人だろうか。何か只者ならぬ雰囲気を醸し出している。

 

 

「フッフッフ…そう身構えなさるな。私の名はイゴール。あなたの新たな世界での旅路、そのお手伝いをさせてもらう者。そう考えてもらって構いません」

 

「…ここはどこだ?」

 

「ここはベルベットルーム。夢と現実、精神と物質の狭間の場所…とでも言っておきましょうか。ご心配めさるな。現実のあなたは眠りについています」

 

「旅路をサポートするとは?全部知ってるのか?」

 

「えぇ。とは言っても、私がするのはあくまでもお力添え。どうなるかはあなたの選択次第でございます。斯様な世界での運命に囚われたあなたがどうするか、是非とも見せていただきたい」

 

「…信用されるとでも?」

 

「そう言われると思いました…トリックスター、雨宮蓮」

 

「!!」

 

 

 雨宮蓮ーーージョーカー。彼の唯一のライバル理解者と言える存在。同じワイルドの力に目覚め、明智とは違う道を歩み、彼を打ち破った男。

 予期してなかった名前を聞き、彼の表情は少し強張る。

 

 

「彼もまた、ここで運命の囚われとして収監されておりました。ですが、彼は仲間との絆を育み、その過酷な運命を乗り越えて未来を掴み取られました。私の中でも最高の客人の1人です」

 

「なるほどねーーーどうやら本当みたいだ。で、そんなあなたは僕に何をしてくれるんだ?」

 

「あなたが強敵に立ち向かう決意を固めた時。そしてあちらの世界での出会いを深めなさった時に開花する、そんな力です。誰かとの関わりコミュニケーションを忘れぬよう」

 

「強敵…誰かとの関わり…」

 

「どうやら朝を迎えなさるようだ。それではまた、ご機嫌ようーーーー」

 

〜*〜

 

「さて…どうしたものかな…」

 

 

 異世界で迎えたはじめての朝はとても気持ちの良いものだった。顔に差し込む朝日に起こされ、これまたはじめての異世界の宿で一通りのモーニングルーティンを済ませた明智はそう呟く。

 クリスとのクエストである程度の金は得た…だが、この暮らしを続けるのなら1週間と持つまい…そう考えついた彼は頭を悩ませていた。

 

 自分は駆け出しの身だ。そう都合よく儲けられるクエスト…詰まるところの美味しいクエストに行くパーティーについて行くというのも期待はできない。前の世界ではこれ以上ないという装備を整え、成長したのだが、この世界の力の縮尺の様なものが未だ掴み切れていないため、下手に高難易度のクエストにも手を出せない…

 

 

「…とりあえずギルドかな」

 

 

 結局、ここで思索を巡らせていてもキリがないと見切りをつけると、彼はギルドへの道を歩み出した。

 

〜*〜

 

 昨日が何かおかしかったのか時間帯の問題なのか…思っていたよりも今日のギルドは閑散として、大衆酒場のような雰囲気から一転、個人経営の落ち着いた喫茶店ーーーもちろんルブランには及ばないがーーーのような雰囲気だ。

 

 

「ーーーー我が名はめぐみん!!紅魔族随一のーーー」

 

 

 撤回しよう。やはり酒場だ。席の一角から聞こえてきたおかしな事を口走る少女の声で彼は人知れず顔をしかめた。少しだけ声の方に目をくれてやると、今まさに声高に喋っている黒髪でいかにも魔法使いというようなとんがり帽子を被った少女と、彼女を査定するように眺め青髪の高校生くらいの背丈の女性と茶髪の男性が座っていた。

 

 

「(あの男の服…ジャージか?まぁいい…絡まれるとダルそうだ)ーーーおはようございます、あのー…何か初心者に適したクエストってありますか?」

 

 

 いつもの真っ黒な自分を押し込めて受付嬢に挨拶をする。すると冒険者カードを作るときにも立ち会ってくれた彼女は一瞬、

 

(うわ…1日であれだけジャイアントトードを狩ったのに…どんだけ戦闘狂なの…)

 

 というような目をされた。とても不服だ、スカルじゃあるまいし。と、理不尽な思い込みで少し機嫌を損ねたがそんなことはつゆ知らず。彼女は明るく喋りだす。

 

 

「そうですねぇ……アケチさんくらいのレベルとステータスなら、『初心者殺し』なんて、名前は物騒ですけど問題なく倒せると思いますよ」

 

「『初心者殺し』…どんなやつなんですか?」

 

「見た目は黒くて四足歩行のよくある肉食系のモンスターみたいな形なんですけど…ズル賢くて、名前の通りにコボルトなどの駆け出し冒険者がよく戦うモンスターの近くに潜伏して冒険者を襲うんです。でもまぁ、アケチさんは敵感知スキルを習得されたようですし、ある程度経験を積んだ冒険者ならば苦戦することもありませんから、いかがですか?」

 

「なるほど…じゃあ、そのクエストを受注しようかな」

 

「かしこまりました。あっ後…目標がいる地点からは3日分くらい距離が離れた街からの連絡なんですが…どうやら、体毛が一部白く変色した老練の個体と思われる初心者殺しが確認されたとか…中々テリトリーを変えないモンスターですし大丈夫だとは思いますけど、万が一遭遇したら逃げてくださいね。どうやらギルドも特別指定の個体としてるようですし…」

 

「ハハ、それは怖いですね…まぁそんな運悪くなんてことないとは思いますけど忠告、感謝します」

 

「どういたしまして!それではーーーお気をつけて!」

 

 

 受付嬢の少しばかりおっかない話を聞いて彼は少し顔を引きつらせながらも苦笑いする。もちろん、遭遇するわけないなんて高を括る訳はなく警戒はするが…彼の幸運のステータスは本当にマジでビックリするくらい低いのだ。

 

〜*〜

 

明智はクエスト情報にあった森に来ていた。とは言ってもアクセルからしばらく歩いた程度の距離なため、馬車が歩くような道もありあまり危険な感じはしない。

 敵感知のスキルを常に張り巡らせているが、特に何もひっかからない。どこかに猛獣が潜んでいるかもというのに、これではただの昼下がりの優雅な散歩である。また日を改めるかーーーそう彼が考えた途端だった。

 敵感知スキルに3匹ほど反応があった。反応は急速に接近して、今にも目の前の草むらから飛び出してきそうだ。

 

 

「ーーーロビンフッド」

 

 

 が、先手を許すほど彼は甘くない。ペルソナを顕現させ、姿は現していないが反応を頼りに銃を3発撃ち込む。敵感知スキルからも反応は消え、どうやらしっかりと命中したようだ。彼が先ほどまで反応があった場所に近づくと、そこには自分が撃った光線銃で焼け焦げた跡のある緑色の肌をした小人のようなモンスター…いわゆるゴブリンが転がっていた。

 

 

(こういう奴らは大概群れて襲いかかってくるものだと思ってたが…3匹だけか…何かあるな)

 

 

 瞬間、高速で何かが突進してくるのを感じた。まだ未熟で探知範囲が短い敵感知だが、その間合いの外から自分の元まで何かが一気に駆け抜けてくる。

 

 

「チッ…先制は間に合わないか…」

 

 

 そう構えた彼の眼前にはすでに黒の獣が飛びかかり始めていた。明智を喰らおうと大きく開けた口から覗かせる少し赤黒く変色した牙と爪が彼に迫る。

 が、彼も接近は感知していたためにすんでのところで身を翻し獣をいなす。

 黒い体毛に肉食獣の虎を彷彿とさせるフォルム…彼はこいつが初心者殺しで恐らくあのゴブリン達をこちらに差し向けた犯人だと直感する。

 

 

「さぁ、戦闘開始だ」

 

「Grrrrr…」

 

 

 先に明智がしかける。ホルスターから銃を取り出して3発、横並びにして放つ。だが、初心者殺しは飛び上がり回避すると、そのまま木の間を飛び跳ね始める。

 

 

「なるほど…森はこいつのテリトリーって訳か…」

 

 

 彼は木の間を移動しながらこちらに仕掛けるタイミングを伺っている。昨日戦ったカエルなんかよりよっぽど知能の高いモンスターだ。ただ、頭脳戦を仕掛ける相手を彼は間違えたーーー相手は明智吾郎だ。

 速さと消音性を更に上げ、こちらを追っていた明智の視線がようやく切れた。そして今彼の背中を捉えている。必殺のタイミングだ。初心者殺しが全身のバネで弓矢のように飛びかかる。

 

 

「…やはり獣だなーーーーこの僕が、そんな隙見せる訳ないだろ」

 

「ーーーーッ!!」

 

 

 上空からの光の矢が初心者殺しの身体を射抜く。前右脚と後左脚を射抜かれ初心者殺しは呻き声を上げながら倒れ伏す。が、獣特有のタフネスと筋力でなんとか起き上がり、体勢を立て直そうとすでに動き出している。

 

 

「ーーーIt's SHOW TIME(やるぞ、鏖殺だ)

 

 

 上空に配置しておいたロビンフッドも呼び戻し、立ち上がりつつある初心者殺しの方へとゆっくりと向かう。

 ダウンした相手だ。『総攻撃』をかましてやるチャンス、それを逃す彼ではない。

 

 剣で裂き、銃で焼き、貫き、弓で射抜く。

 

 容赦ない明智の総攻撃で初心者殺しはあえなく絶命し、ピクリとも動かなくなる。

 

 

The SHOW is over(これが格の違いだよ)ーーーふぅ、意外とあっけなかったな」

 

 

 彼はこれまでの歩きと戦闘で少し汗ばんだ髪をかきあげながらそう呟く。受付嬢の言葉の通り、思っていたよりもあっけない相手だった。

 明智のこれまで(人殺し)の経歴によるものだろうか。彼は初心者殺しに近づき、その死体をまじまじと観察し始めた。

 

 

(…やけに痩せてるな…こんな体毛の上からも見て取れるくらいだ。何故?この森の雰囲気的にそこまで餌に困ることは無さそうだが……考えられるのは、こいつがモンスターの割に選り好みをする偏食家でその特定の餌が特異的に減少した……それか、こいつより上位の捕食者の出現…)

 

 

 そこまで考えついた時、受付嬢の言葉が脳裏にフラッシュバックする。

 

 

『どうやら、体毛が一部白く変色した老練の個体と思われる初心者殺しが確認されたとか…』

 

 

 そのフラッシュバックとほぼ同タイミング。彼の敵感知スキルに反応だ。

 恐ろしく速く、先程の初心者殺しよりも強大な反応。様々な思考が彼のうちで巡る…が、残された考えは2つ。逃げるか、応戦するかだ。

 相手は全く未知数の敵。おそらく先ほどとは比べ物にならないだろう。薄暗い森の中、数十メートルにまで迫ってきた反応は恐らく逃げる自分を仕留めにくるだろう。そうなれば、不意打ちを喰らい不利な状況に立たされる可能性が大きくなるーーー迎撃だ。そう彼は結論付けた。

 

 

「ロビンフッド」

 

 

 ペルソナにコウガオンを構えさせ、彼は周囲を警戒する。

 反応はいまだに1つ。だが、敵感知スキルの範囲内と外を行き来しているために、いまいち正確な位置は掴めない。

 

 

(探ってるのか…小癪なマネを……)

 

 

 そう考え、明智は地を蹴った。相手は獣。その嗅覚と聴覚、機動力から逃れられるとは無論思ってはいない。目的はこちらからも相手の出方を伺い、奴のフィールドから抜け出すためだ。

 森を駆ける。メメントスでもなかった足場の悪さや思ったよりも体力を消費させられる。しかし、森の中というのは初心者殺しにとっては格好の狩場であり、自分にとっては悪環境だ。多少の無茶でも場所を変えなければならない。

 

 

「……ッ!」

 

 

 轟音を上げながら目の前に木が倒れてきた。木の断面は荒々しく切断されており、初心者殺しの仕業であると直感する。

 しかし彼は少し進路を変えながらも再び走り出した。少しばかりの違和感を覚えながら。

 

 

(どういう事だ…?奴の気配は僕の後方にピッタリくっついたままだ。だがあの木の断面は間違いなく奴の仕業…事前に仕込んでたのか…?もうすぐで森を抜けるな…)

 

 

 少し開けた場所に飛び出し、先ほどまでいた森を背にした初心者殺しと明智は初めて対面する。受付嬢の言葉通りに脚先などの身体の末端と背中のたてがみが白く変色している個体だ。

 対峙しただけで明智は彼の力量をある程度推し量っていた。恐らくパレスの主人ほどではないにしろ、イシの門番をしていたシャドウと同程度の実力だと直感する。

 そして違和感が一つ。テリトリーを重視する獣だと、受付嬢は言っていた。だが、目の前の彼はやけに素直に明智の後ろをつけて草原へと飛び出してきた。それなりに知能のある獣だ。何か策があるのだろうか。

 

 しかし、一挙手一投足を見つめていても拉致が開かない。かといって待つのも敵が未知数な以上愚策だ。素早くロビンフッドを顕現させ、スキルを放つ。

 

 

「『ランダマイザ』!」

 

 

 ヘドロのような濁った色をした光弾を放つ。被弾すれば全ステータスを下降させるスキルだが、素直に当たるはずもなく、素早いステップで躱された。

 

 

「ーーー着地は読めてる」

 

 

 しかし、ホルスターからエンシェントデイを引き抜き、着地に合わせて数発を撃ち込む。いくら身体能力が高かろうと着地の瞬間には硬直が起こる。

 光弾が初心者殺しへ迫る。そして着弾。だがーーー

 

 

「ーーーーへぇ…器用な事を…!」

 

「arrrrrーーーー」

 

 

長年の戦いで磨き上げられた、強靭かつ柔軟な筋肉。そして針金のようでもあり、羽毛のようでもある体毛。それらと完璧なボディコントロールで光弾を()()()()。しかし、それだけでは明智の手は緩まない。

 

 

「ーーーーッ!!」

 

「『ランダマイザ』…ようやく入ったな」

 

 

 初心者殺しの着地点。明智本人は正面から銃を放っていた。しかし、初撃を躱されたロビンフッドに既に次弾を構えさせ、死角から再びランダマイザを放っていた。

 魔法は流せずに直撃をもらった初心者殺しは自分が一気に弱体化した違和感で唸り声を漏らす。

 これで自慢の足も、その牙も、まだ手に負える範疇になった。

 

 

「arrrr……!!garoooooo!!!!」

 

 

 初心者殺しがいきなり高らかに遠吠えを上げる。鬨の声、というものだろうか。それに伴い初心者殺しの身体は各所から湯気が吹き出し、赤熱し始める所も見られ、筋肉も一回り大きくなったように見える。

 

 

「バフ持ちか…厄介だな……」

 

 

 おそらく怪盗団のノワールも持つスキルである『ヒートライザ』に類似した物だろう。ランダマイザでの影響はさっぱり消えたように思われる。

 そんなことを考えていると、初心者殺しは体を弾くように跳躍し、再び周囲を高速で駆け回り始めた。

 

 

「チッ…また面倒だ……ッ!」

 

 

 舌打ちし、辟易していた明智の腕がなんの前触れもなく切り裂かれていた。血は流れているが動かないほどの傷ではない。が、確実に探るような戦いから仕留める戦い方に変えてきた、という思惑を実感する。

 このままではこちらが確実に削られるだけーーーそう直感した。こちらの速さでは奴を捉える事は出来ない。また、手数に頼った攻撃も出来ない。

 

 

「クソッ……」

 

 

 手詰まりであった。あまりにも相性が悪い。だが、彼は思考を絶えず回転させていた。そんな時、脳内に『あの声』が響いてきた。

 

 

『まだまだ小さな芽……ですが、あなたは新たにこの世界で『隠者』のアルカナを獲得されたようだ。その力、余す事なくお使いになってください』

 

 

 夢の中で出会ったイゴールと名乗った老人の声だった。言っている事は理解し難いが、この世界でのスキルのように自然と使い方は頭に流れ込んできた。

 

 

「まさかこのペルソナがな……来い、『ネクロノミコン』」

 

 

 彼の頭上に緑と青の幾何学模様を携えた怪しげな飛行物体ーーーUFOが出現した。紛れもなくそれはペルソナであり、それに加えて怪盗団のナビーーー佐倉双葉のペルソナだった。正直なところ、なぜ新しいペルソナ、それも人のものを使用できているのかは分からない。だが、この状況でネクロノミコンは状況を打破する最適なペルソナであった。しかしーーー

 

 

「ペルソナの同時展開……ッ!!随分と…堪えるなぁ……!!」

 

 

 いきなりの新たなペルソナの展開。それもロビンフッドとの同時に展開というはじめての行いだ。脳が焼き切れそうな負荷を感じる。

 だが、彼はそれでもネクロノミコンで索敵し、構えた。

 奴は左側から来るーーーそう感知し彼はどうするかーーー彼は立ち尽くした。

 無論、無策なわけではない。

 そして、そんな彼の左側面から凶爪が襲いかかる。

 

 

「ーーーロビンフッド!!!」

 

 

 ロビンフッドは左腕を突き出していた。初心者殺しの爪が深く、深く喰い込む。そしてそのダメージはもちろん明智にも伝わる。今後腕が一生動かせなくなるほどの痛みが怒涛の勢いで襲いかかる。

 

 

「ハッーーー小賢しいとはいえ、所詮は獣畜生だな」

 

 

 しかし、彼は不敵な笑みを浮かべていた。ダメージこそあれど、彼は痛みでは立ち止まらない。ロビンフッドの豪腕が初心者殺しの首をへし折らんばかりに掴む。

 

 

「殴れ!!!」

 

『メガトンレイド』

 

「斬れ!!!」

 

ヒノカグツチの斬撃

 

「撃て!!!」

 

エンシェントデイの全弾射撃

 

「殺せ!!!」

 

『メギドラオン』

 

 濁流のように攻撃を浴びせる。そして普段の彼からは想像できないほどの粗暴な言動と攻撃。

 しかし、この至近距離での攻撃に強靭な甲殻や外皮を持っているドラゴン達ではない初心者殺しには耐えられるはずもなく、全身を斬られ、焼かれ、潰された彼はとうに息絶えていた。

 そしてネクロノミコンのスキルで腕の傷も止血されていた。さらにアナライズで素材についても少しだが概要を知れた。

 

 

「ほう…1回の戦闘で回数制限こそあるが無償でヒートライザか…悪くないな…確かギルドがモンスターの死体を回収するそうだし、後で装備を作ってもらうとするか」

 

〜*〜

 

 夕暮れにようやくアクセルへ帰還し、ギルドに報告を済ませた…のだが…

 

 

「お疲れ様ですアケチさんーーーど、どうしたんですかその傷!!それに討伐したモンスターの欄に初心者殺しが2体に片方はとんでもない高レベルーーーえ、ええぇっ!!??」

 

 

 受付嬢のひどく驚いた声がギルド中に響く。そして高レベルの初心者殺しというワードにやはり冒険者たちがざわつき始めた。

 

 

「えっあの人って昨日…」

「なになに、あのヤバいの倒したって本当?」

「酒ー!酒もってこーい!おーい姉ちゃあだだだだだ!!」

 

 

 あ、アハハ…とぎこちない笑みを貼り付けている明智だったが、内心ここまで下手に目立ってしまったことにめちゃくちゃブチギレていた。それこそあの初心者殺しにやったように殴れ斬れ撃て殺せと叫びそうなほどに。

 

 

「あ、あの〜アケチさん…?」

 

「あっ…あぁすいません。少し疲れてぼーっとしちゃいまして」

 

「見たところ止血は済んでるようですが…はやく誰かプリーストの方に治してもらってくださいね?」

 

「えぇ…と言いたいところなんですけど生憎とアテが無くて…何か回復アイテムを入手できる所ってありますか?」

 

「顔や足の切り傷は薬草で治るほど浅そうですが…その腕は……ちょっとこの辺りの店じゃ…あっでもあの店なら…いやでも…」

 

 

 何か心当たりがあるような態度だったが、明らかに教えるかどうかを渋っている様子が見て取れる。多数の冒険者の衆目に晒され、一刻もはやくギルドを立ち去りたい明智にとってはその気遣いのような態度は恐ろしくイライラを加速させるだけだった。

 

 

「でも、今回の初心者殺しの討伐での特別報酬もありますし…あの、ここへ行けば何かしらアイテムが見つかるかもしれません」

 

「親切にどうもありがとうございます。それじゃあ、失礼しますね」

 

「えぇ!今回の老練の初心者殺しの討伐、本当にお疲れ様でした!」

 

 

 そう言い笑顔で送り出してくれる受付嬢に、先ほど感じていた理不尽なイライラのせいで少しばかりバツの悪さを覚える。だが、やはりとっとと立ち去りたいので受付嬢に手渡された店の所在のメモを見ながら彼はギルドを後にした。

 

〜*〜

 

『ウィズ魔道具店』

 

 異世界の未だに見慣れない文字ではあったが、メモを頼りになんとかそう書かれた看板の店の前に到達することができた。

 ただーーー外から見ても分かるほどに店内はひどく閑散としていた。受付嬢の話では貴重なアイテムがある口ぶりだったが…しかし待っていてもこの腕の傷が治るわけでもないし、と明智は店の扉を開けた。

 小気味良い綺麗なベルの音に迎えられながら入った店内は、客がいない割にはきちんと整頓され、木製の棚と石煉瓦の内装はいかにもな雰囲気を醸し出している。

 

 

「い、いらっしゃいませ…ようこそウィズ魔道具店へ…」

 

 

 カウンターの奥から細々と弱りきった様な女性の声が聞こえた。明智が目をやるとそこには癖っ毛気味の長い胡桃色の髪と紫のドレスに身を包んだ女性が机に突っ伏していた。

 

 

「あ、あの…大丈夫ですか?」

 

「すいませんこんな形の接客になってしまって…ただ…今月ピンチでロクにご飯を食べれてなくて…」

 

「そ、そうですか…あの〜回復アイテムを探してるんですが…」

 

「は、はい!回復アイテムですね!でしたらこちらにーーー」

 

 

 どうやら彼が久々の客で金を落としてくれそうだと認識したのだろうか。彼女は勢いよく机から立ち上がり案内を始めた。

 

 

「回復アイテム…との事ですが、その腕ですか…?」

 

「あぁはい…すいませんこんなのを見せてしまって」

 

「いえいえ、私も元冒険者ですから怪我は見慣れてますし大丈夫ですよ。それで回復アイテム…でしたらこちらなどはいかがですか?身体の自然治癒力を極限まで高めてくれるんです。副作用として後日に反動が来てほぼ丸一日動けないほどの倦怠感に襲われますが…」

 

「えっと…そんな凄いものじゃなくていいので、他には何かありますか?」

 

「でしたら…こちらのポーションはいかがでしょう?振りまくと一瞬で気化して一帯をいるだけで回復するゾーンを作り出すんです。ただ、範囲が広くて戦闘中だと相手のモンスターも回復してしまいますが…」

 

「……他の物も見せてもらえますか?」

 

〜*〜

 

 それなりにしっかりとした店であり、美人の店主もいて。それなのにひどく閑散としていて、なおかつその店主が食に困るほど不況に見舞われている理由。アイテムの説明を聞いていて明智は全て察した。

 大概の商品がニッチ、もしくはピーキーすぎるのだ。あの世界でも防御が下がる代わりにHPを大きく回復するアイテムがあったが…そんなデメリットなど目じゃない程に副作用がふざけ散らかしていて、加えてとても高額なのだ。

 素直に怪我を治してくれる、というアイテムがロクになく、はやく店を後にしたかったのだが、さすがにここまで説明を言わせておいて、なおかつ食に困っていた所に現れた自分に対して期待の眼差しを向ける彼女へ

 

「あっやっぱりいいです」

 

と言って出て行くほどの図々しさは流石に持ち合わせていなかった。正直、この腕の傷に対して腕を生やすんじゃないかと言うくらい効果がオーバーな物。雀の涙ほどの効果しか持たない物ばかりでちょうどいい物は置いてなかったのだ。

 

 

「じゃ、じゃあ…その特大ポーションを貰おうかな…」

 

「はい!お買い上げありがとうございます!♪」

 

 

 明智が選んだのは瀕死のパーティーメンバー全員を一気に全回復まで持っていける特大ポーション。しかし名の通り両手で抱えなければならないほど特大で恐ろしく持ち運びが悪く、瓶に保護魔術をかけなければならないほど繊細らしく、これまた恐ろしく面倒な手順を踏まなければ他の容器への移し替えも出来ないらしい。そしてやはり恐ろしく高額なのだが、その点は特別報酬で懐の潤った彼にとってはあまり気にならなかった。

 

 

「あっ、ここで使用されていきますか?荷台の貸し出しも可能ですが…」

 

「そうだね、じゃあここで試してみようかな」

 

 

 最初のうちは敬語で話していたが、いつの間にか呆れてタメ語になっていた明智。だが、お互い気にする様子も特になくウィズが手慣れた手つきでポーションの封を解いた。

 そしてその特大ポーションに明智が痛々しい傷痕の残る腕を浸すと、みるみるうちに傷痕が埋まっていき、最終的には少し痣こそ残ったが完治に至った。

 

 

「あっちょっはやく!はやく腕を上げてください!」

 

「えっーーーー」

 

「あっーーーーその…このポーションに限った話ではないのですが、あまり浸しすぎると過剰治癒により…そのぉ……」

 

 

 慌てた様子で明智の腕を引き抜くよう言ったウィズだったが、彼も突然のことで一瞬反応が遅れる。すると、ウィズの言う通りの過剰治癒というもののせいなのだろうか。一瞬で整えられた爪はまるで山姥のように伸び、腕はシワ塗れになり、過剰なエネルギーでぶくぶくと膨れ上がってしまった。

 

 

「い、1日ほど置けば治りますが…すいませんすいません!本当に忠告が遅れてすいません!」

 

「……」

 

 

 あまりにも歪になった自分の腕に呆気に取られてウィズの必死な謝罪の言葉もまるで届かないほどに呆然としていたーーー

 

〜*〜

 

 謝罪を繰り返すウィズに多少の申し訳なさを覚えながらも言葉を失った明智は腕を隠す布だけ彼女から受け取って店を後にし、ひたすらに災難な1日だったーーーーそう今日を振り返る明智。

 今日はもう寝ようぜ。そんなことを考えながら宿に辿り着いた瞬間の事だった。視線を感じた。それも前の世界で自分にいた追っかけ…言ってしまえばストーカーと同じ種類のものを。

 明智が目をやると月光を背にして、白い鎧に身を包んだ金髪のポニーテールをした自分と同年代くらいの少女がこちらを見ていた。それも肩で息をして頬を赤く染めている…言ってしまえば発情していると捉えられる風貌だ。

 

「ア、アケチゴロウ…とか言ったな」

 

「えっと…どちら様かな?」

 

「フフフ…そんな綺麗に取り繕っているが、私には分かっているぞ…!」

 

「……」

 

 

 ただの変質者かと思ったが、その一言で表には出さないが警戒を強める。だが、少女はそんな彼にお構いなく言葉を続ける。

 

 

「ギルドで貴様が皆にヒソヒソと噂されていた時に一瞬だけ見せたあの表情……それで私は確信した!」

 

「……ほう。それで?」

 

「私を……私を……あの顔で罵り、蔑んでくれ!!!頼む、この通りだ!!!!

 

「………は?」

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第3話

なんで我ながらいつも1万字弱書いてしまうんだろう


「私を罵り、蔑んでくれ!!頼む、この通りだ!!」

 

「……は?」

 

 

 彼の思考がフリーズした。もちろん、言っている言葉の意味は分かる。自分に罵詈雑言を浴びせてくれーーーという事だろう。そして前にいた世界でもそういった嗜好ーーー性癖を抱えている人間がいる事も認知はしている。マゾヒストという奴だ。だが、いざ目の前で自分が体験するとこうも混乱するのだ。

 

 

「あの目、人を人とも思わぬ冷酷な感じーーーあの目で見下され、こう言い放つのだ。『おいお前、とっとと金持ってこい…何?方法がだと?その無駄に実った身体は何のためにある。分かったらとっとと行け』と!クウゥゥ…//」

 

「ーーーーーー」

 

 

 絶句だった。恐らくマゾヒストの中でもコイツは筋金入りだろうーーーいやそれにしても……気持ち悪い。とにかく気持ち悪いのだ。

 そしてその嫌悪の感情は溜まりに溜まり…彼の身体を弾き出した。

 

 

「えっちょっ……どこに行くのだ!!待ってくれえええ!!!」

 

「ーーーーーーッ!!!!」

 

 

 この異世界ではメメントスやパレスにいる時と同じ身体能力で動ける。故にそれなりに足の速さにも自信があった。だが、そんな明智の全力疾走にも後ろの変態はピッタリと引き離される事なくついて来ている。

 

 

(何なんだ一体アイツは気色悪い……!)

 

〜*〜

 

 普段であればあり得ないが、やってきて2日の土地勘では変態を撒くのは難しいらしく、彼は袋小路に追い詰められていた。

 

 

「ハァ……ハァ…さぁ、もう逃げ場は無いぞ…!今度こそ私を罵り蔑むんだ…!」

 

「ちょっ…ちょっと、何なの君は!初対面なのにいきなり罵るとか蔑むとか…!」

 

「むっ確かにそうだな…私の名はダクネス。クルセイダーを生業としている者だ。ーーーーさぁこれで友達だな!さぁ!!」

 

 

 そう言い、先ほどから発情しているような風貌だったがそれが限界に達したのだろうか。ル◯ンダイブの態勢で上空からダクネスとかいう変質者が落ちてくる。

 

 

「このバカ!何やってんの!」

 

 

 だが、そんな彼女は後ろに現れた人影に足を掴まれ顔面から地面に激突した。その救世主に目を凝らしてみると初日に出会った盗賊の少女、クリスの姿が。

 

 

「ったく人に迷惑かけてーーーって、アケチくん?」

 

「あ、あぁ……助かったよクリスさん…」

 

「イィッタイハナ‥‥ハナガモゲリュ‥‥」

 

 

 月に照らされた素っ頓狂な顔をしているクリスと顔を押さえるダクネス。美男美女が集まり立派な絵が生まれると思ったが、これでは面白おかしい奇妙なコメディだ。

 

 

「…いや、ほんとに良いタイミングだったよ。ーーーまるで測ったみたいに、ね」

 

「えっ!?あっ…そうそう、たまたま偶然だよ!何なにまるで私が最初から見てたみたいな言い方は!傷つくなーもう」

 

 

 そう明智が含みのある言い方でクリスの方を見やる。すると彼女は一瞬露骨な動揺を見せるが、すぐにまた普段の軽薄な雰囲気を取り戻す。しかしその態度もまっっっっっさらな嘘、ハリボテである。

 実のところ彼女は彼の察しの良さと少し覗かせた威圧感によりゲボ吐きそうな程に心拍は加速、脳みそも知恵熱を通り越して灰に還りそうになっているのだ。それでもボロをほとんど出さないのは女神と盗賊の二面性を持つからなのだがーーー明智は今の態度で警戒をダクネスからクリスへと移した。

 

 

「そうだ!それにしてもアケチくん、あの初心者殺しの件、凄かったね!君ってそんなに強かったのかい?」

 

「あぁ、知ってたんだーーーでも片腕がしばらく使えなくなっちゃったしね。そんなに凄いことじゃないと思うけど…」

 

「いやいや、ギルドが特別指定してるモンスターはどれもこれも一流の冒険者のパーティーが挑むものだよ?それをそれだけの怪我で倒したなんて…」

 

 

 そんな話に華を咲かせていると、下の方でずっと悶えていたダクネスが不服そうな口を開く。

 

 

「なんだクリス…お前の知り合いだったのか…あと早く拘束を解いてくれないか!?緊縛プレイというのも悪くはないが鎧がミシミシ言ってるのだ!割と大枚叩いて作ってもらった物なんだ頼む!」

 

「あ、あぁごめんごめん…でもだめだよダクネス?初対面の人にいきなりあんな事しちゃ…いや友達だとしてもだけど…」

 

「す、すまない…内なる欲望が抑えられなくて…」

 

「ア、アハハハ……」

 

 

 明智が引きつった笑いを浮かべているとダクネスがクリスの手から解放され、襲いかかってこそ来ないが確実にまだ狙われていると彼は直感したのだったーーー

 

〜*〜

 

 ダクネスは痛めつけられた事である意味満足したのか退散。明智とクリスが夜道を歩いていた。

 

 

「そういえばアケチくん」

 

「ん?どうしたのかな?」

 

「君って誰かとパーティーを組んだりしないの?」

 

「パーティー…かぁ……」

 

 

 パーティー。あまり聞き覚えはないが一緒にクエストに赴く仲間のことだろう。だが…丸喜の世界ではなし崩し的に怪盗団として戦ったとはいえ、元々彼は人を信じず、ずっと1人で暗躍し続けたこともあり誰かと戦うと言うことは彼に取っては疎ましいことなのだ。

 一度きりのパーティーならば構わないが、長期的に組むとなると…というのが正直なところだ。だが、そんな事をストレートに言うわけにもいかず…

 

 

「今はあんまり考えてないかな。何より僕はビギナーな訳だから組める相手も見つからないだろうしね」

 

「ふぅーん…あの初心者殺しを倒したって実績がある訳だし引く手数多だと思うんだけどなぁ…どう?私とパーティー組まない?」

 

「…申し訳ないけど、お断りさせてもらおうかな。何より、中堅くらいの冒険者であろう君が僕みたいな初心者を連れてたらお互いあまり印象とかが良くないんじゃないかな?」

 

「うーん…じゃあ『取引』しない?」

 

「…へぇ…『取引』…話を聞こうか」

 

「実を言うとね、パーティーを組んで欲しいって言うよりは時々あたしの仕事を手伝って欲しいんだ。その内容がね、『神器』って言う色々とすごい能力を秘めた道具を回収するって言うのなんだけど、それを手伝って欲しい。それで報酬なんだけど…君をダクネスから守る…ってのなんだけど……」

 

 

 取引材料に自信がないのかクリスの言葉はどんどんと尻すぼみになっていく。だが…

 

 

「よし、今日から君と僕は一蓮托生だ」

 

「うんそうだよねやっぱりこんな条件じゃダメだよ……え?なんて?」

 

「その取引に乗ったよ。上手く載せられてる気はするけどあの変態をどうにかしてくれるなら大歓迎だ」

 

「なんかごめんね…だけど、じゃあこれからよろしくだね、アケチくん」

 

 

 先の一件で彼の脳裏にはメメントスの刈り取る者よりも余程強大なインパクトと苦手意識を刻み込まれてしまったのだろう。それを防いでくれて尚且つパーティーも組まなくていいとなれば即決だ。

 かくして、『盗賊』と『怪盗』、そして『女神』と『人殺し』の世にも奇妙な取引関係が成立したのだった。

 

〜*〜

 

 「取引ねぇ……どうにもきな臭いな」

 

 

 宿に戻りシャワーも済ませた後、明智は1人呟いた。と言うのも彼はクリスに少し疑いを向けていた。

 まずこの世界に来たてで一文無しだった状態でわざわざ助け舟を出した事。人の好意を素直に受け取れない捻くれ者と言うわけではない、決して。

 そして次に先ほどのダクネスを止めてくれた時のあまりのタイミングの良さ。あまりにも都合が良すぎる。

 最後に彼女の得体の知らなさ。こちらの世界に転生させられる前に出会ったディーテルと名乗っていた自称女神の纏っていた雰囲気やオーラの様なもの、そして自分と同じ仮面を着けているかのような嘘の気配、それらとなんとなく同じものを感じ取っていた。

 

 しかし、今程度の関係では彼女がボロを出さない限りは問い詰めようと上手くはぐらかされるのがオチだろう。能力を使っての恐喝も選択肢としてあるが、彼女の素性や未知の部分がある以上は下手に刺激するのも悪手だ。ならば今は素直に彼女に協力するのが最善である、そう結論づけて彼は眠りについた。

 

〜*〜

 

 同じくアクセルのどこかの宿屋。盗賊の少女クリスもシャワーを済ませて思索を巡らせていた。

 

 

(明智さん…中々に手強い人ですね……今日のギルドで囃し立てられた時に少しだけボロが出ていましたが…それでもあの戦闘力と洞察力、凶暴な面とそれを隠し通す力…はぁ……ホントにあの先輩とんでもない人を……)

 

 

 しかし見た目は銀髪盗賊、中身は金髪女神。外見こそ変化してはいないが中身はすっかりエリスに切り替えていた。そして思い出した先輩女神のことーーーディーテルのことだ。

 地獄行きだった明智を強引にこの世界に送り込んだ結果、何やらお上の神様たちと一悶着起こしているようだが…最近はクリスとしての時間が多く、天界の動向はあまり把握できていない。顔と評価だけはいい優良(笑)女神だからそんな彼女に何かあれば耳に入るだろうが…それでも少しは不安に駆られるものだ。だが彼女にしてやれる事も特段あるわけではなく、もどかしい気持ちだけが胸の内に残る。

 

 

「それにしても…彼、ダクネスの事がすっかり苦手になってましたね……いやだからこそ取引にこぎつけられたんですけど…ビバ変態ってやつですかね」

 

 

 女神にも深夜テンションというのは存在するのだ。

 

〜*〜

 

 異世界生活3日目。明智はギルドで後日と言われていた特異個体の初心者殺し討伐の報酬を受け取り、装備を調達に向かっていた。

 そしてギルド職員に教えてもらった場所へ向かうといかにもな石造りの建物が。煙突からは忙しなく煙が上がり、表の木製の看板には『らだいだ.』と異世界の文字ではあるが味のある筆遣いで書かれていた。

 

 

「すいませーん…」

 

「なんだ兄ちゃん冒険者か?悪いがとにかく武器を作ってくれだなんてつまらない話はお断りだぜ」

 

 

 扉を開けるとそこには燃えるような赤い髪と同じ色をしたたくましい口髭を蓄え、十字の傷を顔の中心に抱えている壮年の男性が。だが見た目通りの気難しい性格をしているのか、開口一番に断られてしまった。

 しかしあれだけ苦い思いーーー主にダクネスのせいだがーーーをして取ってきた素材だ。少しだけでも食い下がる。

 

 

「ちょっと待ってくださいよ。これを加工して欲しいんですが…」

 

「だから、そんなつまらねぇ話は受けねぇって…ん!?兄ちゃん、この素材…ビビッと来たぜ!ちょっと待ってなーーー!」

 

(……よく分からない人だな…)

 

 

 明智の差し出した毛皮を見るや否や彼は目の色を変えて作業を始めた。声をかけようとも思わない程の気迫と集中力に明智はただ立って待つしかなかった…

 

 

「出来たぜ!ひさびさに良いアートが作れた!」

 

「ありがとうございます…」

 

 

 出来上がったのは灰色の毛皮を琥珀の様な素材で閉じ込めて整形されたブレスレット。そして水晶の様な水色の小さな宝石が埋め込まれており、毛皮だった頃よりも確実に力を感じられる。

 

 

「その水晶に触れればその毛皮に込められた能力が発動する様になってるぜ。それにしても兄ちゃん、良いモンを持ってきてくれたなーーー気に入った。お前の持ってきた素材なら特別価格で加工してやる。今回みたいに上等なモンならタダでな!」

 

「ど、どうも…」

 

 

 どうにも明智にはこの店主のテンションは歯痒い物らしく、言葉切れが悪くなる。だがギルド職員が心配するほどに気難しい人物に思ってもない形で気に入られたのは僥倖だった。

 

〜*〜

 

 鍛冶屋を後にした明智。昨日一昨日と闘い詰めだった為に今日は勝手に休暇としているのだが、いざ休暇というのも何をして良いのやら。ひとまず街をまだ知らなすぎる為に特に目的地も決めず歩き回ることにした。

 アクセルの街並み。建物や服装の様式などは日本とかけ離れてこそいるものの、立ち並ぶ出店や洗濯をする主婦など平和を体現した様な風景に気分は海外旅行だ。旅行と言っても永久滞在なのだが。

 

 

「…お腹空いたな」

 

 

 ふと呟くと今まで自覚してなかった猛烈な空腹感に襲われる。と言うのも昨夜の変態のせいで降り積もった倦怠感により朝食をすっぽかし、時刻も昼過ぎ。腹が減らないわけはなかった。気乗りはしないが、あの騒がしい冒険者ギルドに行くことにしようか…というのも、あそこの食事は量の割には安いのだ。今でこそ懐は潤っているが、それで調子付いて浪費するのも今後に良くない。そして彼は冒険者ギルドへ歩を進め始めた。

 

〜*〜

 

 佐藤一真。16歳。引きこもり。

 ひょんな事故で命を落とし、向かった先は異世界。それも女神を引き連れて。心のどこかで自分に秘められた能力が覚醒するんじゃないか。そう考えている時期もあった。

 しかし、カードに記されたのは幸運と知識以外特に目立ったところのない低めのステータス。そしてステータスこそ高いものの、その無鉄砲さと頭の無さで厄介事を引き起こすなんちゃって女神。期待のルーキーとして名を馳せるはずが、そのポジションもなんだかスカしてるよく分からないイケメンに取られた。

 そんなこんなで彼は早くも秘められた力だのの妄想は頭の片隅に追いやり、現実を見つめることにした。

 つい先日に中学生くらいの美少女がパーティーメンバーになし崩し的に加入。我が世の春ーーーそんな事を思ったが、その美少女も結局は一発屋で基本役立たずである事が判明して彼は再び大きく肩を落とした。

 

 

「何よカズマさんそんな浮かない顔して」

 

「うん…なんだ……先が思いやられてな…」

 

「おい、アークウィザードとアークプリーストの上級職2人を連れておきながら先が思いやられるとはどういう事ですか。詳しく聞こうじゃありませんか」

 

「………はぁ……」

 

 

 なぜこいつらはこんなに自信たっぷりなんだろう。その自信とかいうステータスを常識と知能ってステータスに割いてくれよ…そんな悪態が頭の中をよぎるがもはやそれを言う気にもならなかった。

 そんな時、冒険者ギルドの扉が開いた。別に何も珍しい事ではないがふと目をやるとそこには件のよく分からないイケメンの姿が。整った目鼻立ちもそうなのだが、なんとなく自覚しているヒキニートのヌメヌメしたオーラとは違ったマジモンのイケメンのオーラのような物がヒシヒシと伝わってくる。

 

 

(しっかしあの顔どっかで……)

 

 

 そう思いボーッと彼を眺めていると視線を感じたのかこちらに振り向く。儀礼的無関心ーーーそんな日本人の性質に縛られ、カズマは慌てて目を逸らす。

 ロクに学校にも行かず、ゲームとネットに没頭していた彼だったが、2ちゃんなどの掲示板からのある程度偏った情報ではあるがめちゃくちゃに世間知らずというわけではない。

 そんな知識に引っ掛かったイケメン…探偵王子だ。その甘いマスクや高校生ながら冗談も言えるウィットに富んだ言動。そしてその数年前にもいた初代の探偵王子の存在もあり、一躍時の人となっていた。掲示板では彼を持ち上げるスレッド、叩くスレッドもあり、なんだか得体の知れないしいけすかない奴だな…そうカズマは感じていた。

 その探偵王子がこの世界にいる…つまりは死んだと言うことだろう。沢山の女の子が悲しんでくれたんだろうな、医者達や挙げ句の果てに家族にまで笑われながら死んだ俺とはえらい違いだな。

 

 

「ん?どったのカズマさん。そんなヌメヌメした顔して」

 

「何がヌメヌメした顔だよ。引っ叩くぞ…いや、少し気になる人がいてな」

 

「き、気になる人!?何を言ってるんですかカズマいきなり…!」

 

「そんなコテコテのボケはいいから…ほら、あの茶髪の人だよ。初心者殺しがどうとかで昨日騒がれてたーーー」

 

「あぁあのなんだか癪にさわるイケメンね…何よカズマさん。ヒキニートだからってあんな勝ち組みたいな人に嫉妬でもしてるの?」

 

「お前は後でガチで泣かすからな」

 

 

 やけに煽ってくる駄女神に普通にイラッとして頼んでいた料理をまた一口頬張る。なんで少し気になっただけでここまで言われなければならないのか…それにしてもあの探偵王子、確かにいけ好かないが実力は凄まじいものだ。どうにか協力でも取り付けられたらいいんだが…

 

 

「何よ!この高貴で優秀な女神様にそんな事していいと思ってるのこの罰当たり!!」

 

「お前それマジで言ってんのか!?昨日のジャイアントトード討伐だってテメェが生き急がなきゃもっと楽に済んだもんをよ!!何がゴッドブローだ何がゴッドレクイエムだよ!!クソ雑魚パンチじゃねぇか!!」

 

「雑魚パンチですって!?良いわじゃあホントに雑魚かその身体で確かめさせてあげるわよ!!さぁそこに直りなさい!!」

 

 

 2人のしょーもない口論はどんどんエスカレートし、ギルド中に響くほどになっていく。自然と視線も集まり、悪目立ちする。

 そしてその中の視線に一つ、2人に突き刺さるものが。

 

 

「「ヒィッーーーー!」」

 

 

 初めて浴びせられた恐ろしいほど純粋な殺意。その視線の先に恐る恐る顔を向けるとあの探偵王子が王子だなんて異名とは程遠い目つきでこちらを見ていた。だが、その殺意も一瞬で引っ込んだかと思うと彼は食事を再開した。

 

 

ね、ねぇカズマさん。私人生で初めて人の目を見てちびりそうになっちゃったんですけど…泣いちゃいそうなんですけど…

 

何あの目…ライオン?俺たちチワワ?ていうか間違いなくやられる…これ以上下手なことしたら間違いなく首が飛ぶぞ…お、おいめぐみん。お前も気をつけ…めぐみん?」

 

「おいお前!!私のパーティーメンバー達は確かにうるさいですが、何か言いたいことがあるのなら聞こうじゃないか!!」

 

 

 一瞬でさっきまでの喧しさは縮み上がり、小動物のように震える2人。しかしもう1人のパーティーメンバーであるめぐみんの姿がない。辺りを見渡すと彼女はまさにあのライオンに喧嘩をふっかけている彼女の姿が。

 

 

「…いや、あまりにも落ち着いて食事が出来ない無粋な人もいるものだなって少し驚いただけだよ。気にしないで」

 

「確かに落ち着きはありませんが…いや、その通りですね。失礼しました」

 

 

 スタスタとめぐみんはカズマ達の元へ帰ってきた。

 

 

「「いや反論せんのかい!!」」

 

「…だって、どう考えても悪いのは2人じゃないですか。あの人の言う通り少しは落ち着きを持ちましょうよ」

 

「……確かになんも言えない…」

 

「…どうしよカズマさん、私たち一応年上なのにもう立つ瀬が……」

 

 

 全くもってその通りだった。何も言い返せない。

 露骨に2人の顔色は沈み、めぐみんは何食わぬ顔でポリポリと付け合わせの野菜をかじっていた。

 

 

(だが…どうにかあの人の協力を取り付けられないもんかなぁ……今のところ、癖の強すぎるこいつらの手綱を御しきれる気がしない…)

 

「ーーーねぇ君」

 

(そもそももっとステータスが高くて、潜在能力もありありだったらなぁ…ほんと、なんであの女神を連れてきちゃったのかなぁ…やっちまったなぁ…)

 

「ーーー君ってば」

 

「は、はいぃ!?」

 

 

 考え事に夢中でまるで気が付かなかった。ようやく耳に入ったその声の主へ目を向けるとそこには食事を終えた探偵王子が。

 なんで!?や殺される!?というさまざまな感情が渦巻く中、彼は言葉を続ける。

 

 

「ーーー君、日本人だろう?」

 

「えっと……あっはい…そう…ですけど…」

 

「やっぱり。実は僕もでね。まぁ同じ出身同士仲良くやろうよ。じゃ、また機会があったら」

 

「……」

 

 終始、爽やか陽キャのオーラに気圧されて逆にヒキニートのATフィールドが全開になってしまった。

 そしてあのイケメンはどこかに去って行ったーーー

 

 

「なになにカズマさん知り合いだったの!?ていうか今の陰キャっぷり酷すぎない?やっぱりヒキニートね!」

 

「黙れアクア、剥くぞ。ていうかな、日本人の学生にはヒエラルキーってもんがあるの。俺は底辺、アレは最上級だ。その間には決して埋まらない溝があんの。関わることも隔絶されてるの」

 

「ひえらる…まぁよく分かりませんが、あの人とても腕が立つようですし、スカウトしてみたらどうです?」

 

「そっそれだ!おーーーーーーーい!!待ってーーーーーーーーーーーー!!!」

 

〜*〜

 

 そんなこんなでカズマはイケメンーーー明智吾郎をどうにか説得。彼も異世界にいる同じ日本人ということで興味を持ってくれたのか。ジャイアントトード討伐のクエストに参加してくれた。

 そして、事件は起こるーーーー

 

 

「じゃ、それぞれ2匹ずつ討伐を目安で目標の10頭を目指すーーーって事でいいかな?」

 

「あぁ。じゃあよろしく頼む、明智さん」

 

「ふっふっふ…前回は散々だったけど今度こそはカエル共をそれは千切っては投げ千切っては投げてーーー覚悟しなさいよおおおおお!!」

 

「黒より黒く、闇より暗き漆黒にーーー」

 

「えっと…君の仲間はいつもああなのかな?」

 

「ほんとその…なんか…すいません……」

 

 

 既に話している明智とカズマを尻目に突撃するアクア。詠唱を始めるめぐみん。その姿を見て明智は軽く不安を覚えた。

 

 

「『ゴッドストレート』オオオオ!!シンプルな右ストレート!!!相手は死ぬ!!!」

 

 

 アクアの魔力を纏わせた拳。絶大な威力を携えた拳がジャイアントトードの表皮を穿ち……はせずに、やはりゴムボールを殴ったかのようにまるでダメージはない。

 

 

「『ゴッドブロー』!!『ゴッドレクイエム』!!なんで!!なんでよそろそろ効いてくれたっていいじゃない!!お願い!!お願いだから倒れてよ花鳥風月見せてあげるからあああああピャウッ」

 

 

 必死のラッシュにもカエルはぴくりとも動じない。逆に殴れば殴るほどにアクアの方が涙ぐみ、追い詰められていく。そしてお約束という奴なのか、やはり小動物の様な断末魔を発して頭からパクリ。

 

 アクア、討伐数0で再起不能(リタイア)

 

 

「………じゃ、じゃあそろそろ僕も戦おうかな…」

 

(ごめんなさい…ほんと…ごめんなさい……)

 

 

 そして明智が3匹ほどの群れに突っ込んで行き、剣を構える。火炎の付与された剣という事もあってかカエルを次々と卸す様に難なく切り裂いていく。明智の討伐数は目標より多めの3匹。しかし、大立ち回りを演じたアクアと明智の周りには大量のジャイアントトードが。

 

 

「カズマカズマ……」

 

「…撃つなよ?マジで絶対撃つなよ?」

 

 

 勢揃いした累計10匹ほどのカエル。それを見てめぐみんがもぞもぞしている。撃ったら明智とアクアをもしかしたら巻き込みかねない位置だ。そして興奮状態の彼女にそんな冷静な分析は出来るはずもなく…

 

 

 

「……あの数!!もう我慢できません!!昼下がりにもなって爆裂してないと溜まって仕方がないのです!!!穿て、『エクスプロージョン』!!!」

 

 

 

 上空から黒の軌跡が走る。そしてその軌跡に乗り、漆黒の爆炎が降り注ぐ。大地を震わせ、辺りの大気を吹き飛ばすほどの衝撃が突き抜ける。

 そしてカズマは直感する。あっ終わったと。この世の終わりの様な顔を浮かべていた。アクアはカエルに呑まれていてそれが盾になった様だ。明智も爆心地の隅にいた為に2人とも大怪我は無かったのだがーーー

 

 

「………」

 

「……ちょっと正座しようか君たち?」

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第4話

前まで2ヶ月間隔だったのにどうしてこんなことに…


 …佐藤一真。そう名乗った自分と同じ日本からの転生者。ひょんなことから一緒にクエストへ行くことになったのだが…

 まず青髪の女。口ぶりからしてこれまでにもあのカエルと戦って尚且つ打撃が効かないというのが分かっているだろうに打撃を繰り返していた。学習能力がチンパンジー以下なのか。

 そして黒髪の女。頭おかしいんじゃないか。なぜ俺やあの女がいたのにあんな大爆発を起こした。それになんだ魔力切れで動けなくなってるじゃないか。アホすぎないか。

 最後に佐藤一真…シンプルに弱い。一応常識人だろうが、シンプルに実力がカスだ。

 

 

「…まさか大爆発に巻き込まれるとは思わなかったな。そもそも君たちマトモに戦う気はあるのかな?僕にただ働きでもさせるつもりだったのかい?」

 

「ーーーほんっっっっっっとにすいませえええええええん!!!」

 

「ひぐっ…うぅ……私…また汚された……」

 

「我が爆裂に一切の悔い無し……うへへへぇ……」

 

「すいませんすいませんすいまっせえええええええん!!!」

 

「……まず君たちマトモに連携とかってのがーーー」

 

 

 あまりにも行き場のない怒りに思わず説教をし始める明智。雄大な高原のど真ん中で仁王立ちして説教を始める男とその説教を受ける少年少女。とても奇妙な絵面だ。そして少しずつ説教にも熱が篭ってくる。

 

 

「ーーーだからこんなクエストにも苦戦するような……」

 

「「「あっ…」」」

 

 

 説教に熱が篭れば当然、それに集中し、視界が狭まる。視界が狭まるということはつまり、周りがよく見えなくなるということだ。そして今一度言おう。彼の幸運ステータスはびっっっっくりするくらい低いのだ。

 

 

「ーーーんぐっ」

 

「「「………」」」

 

 

 奇跡的に爆裂魔法から逃れたカエルが1匹、明智を飲み込んだ。カエルの大きな口からはなぜかピクリとも動かない彼の白い脚が飛び出しており、少しずつ、少しずつ嚥下されていく。

 そして彼の脚がすっかり飲み込まれたその時、どこからともなくグリフォンが飛来、カエルを鷲掴みにする!だがしかしそのグリフォンを追いかけてレッドドラゴンが辺りを焼き尽くしながらグリフォンに襲いかかる!さらに更に無数のワイバーンが餌を追い求めてグリフォンの持つカエルに凶牙を突き立てようとする!

 一瞬にして何故か襲来した凶悪モンスター達により地獄絵図と化した長閑な高原。これも明智とアクアの恐ろしい不運持ちが邂逅したことによる超常現象なのだろうか。

 もはやカズマたち3人は笑うしかない状況を通り越して真顔だった。ただただ立ち尽くしてこの天変地異を眺めるしかなかった。

 

 そしてそんな渦中にいる明智はというとーーー

 

 

(なんなんだこの世界は…本当に……あの女神とかいう奴いつか復讐してやる…)

 

 

 もうすでに息絶えているカエルの体内で末恐ろしい事を画策していた。逆恨みも良いところである。それはそれとして彼は既に…

 

 

「……人を振り回すのも大概にしろよ、獣どもが」

 

 

堪忍袋の緒がぶちぶちに千切れていた。

 

 

「『ペルソナ』ァァ!!」

 

 

 メギドラオンを放ちながら大暴れする明智がカエルの中から飛び出す。その鬼気迫る形相は魔王よりも先にこの世界を滅ぼしてしまいそうだ。あまりの怒りと渾身のメギドラオンの巻き添いを食らったことによりグリフォン達も退散していった。

 これにより、アクセル近郊の平原には悪魔が出るーーーそんな噂が立つようになったとか、なってないとか。

 

〜*〜

 

 そしてぬめぬめの明智とその一行はアクセルに帰還。出発時の晴れやかな様相は見る影もないほどにくたびれ、満身創痍という風貌だ。

 

 

「じゃ、じゃあ僕はこの辺りで…報酬は君たちの間で分けて貰って構わないから。それじゃあ失礼…」

 

 

 嗚咽するぬめぬめのアクアと同じくぬめぬめの明智。土まみれのめぐみんとそれを担ぐカズマ。 ただでさえ珍妙な一行で街中の視線が集まっている。それとなく離れようとする明智。だがーーー

 

 

「待って!待ってよアケチさん!!私もうこんなへっぽこなヒキニートと同じパーティーだなんていやよ!!お願いわだしをづれでっで!!私たち同じカエルに呑まれた仲じゃない!言わば穴兄妹よ穴兄妹!!だからお願い〜!!」

 

「!?!?!?」

 

 

 とんでもないことを喚き始めたアクアに明智の思考がフリーズする。意味を分かってか分かってないのか、彼女はお構いなしに懇願を続け、当然彼女の甲高い泣き声は街中の注目をより集める。

 

 

「やだ穴兄妹だなんて……」

 

「よく見たら2人ともぬめぬめよ…一体どんな卑猥な穴を兄妹したと言うの…!?」

 

「あんなに小さな子まで…きっとあの男2人にだまくらかされてるんだわ!」

 

「あの甘いマスクで一体どれだけの姉や妹を作ってきたと言うのかしらあの人…!」

 

 

 人間というものは総じて噂、ゴシップが大好きである。それが最近アクセルに颯爽と現れた期待の新星とあれば尚更。主婦たちのヒソヒソ話はあっという間に伝播し、彼らを取り巻く。

 カズマがチラリと明智の方を見やる。しかし、彼の表情は何故か曇っていて見えない。こんな日が差しているのになぜ?脳の防衛機構が、本能が、彼の顔を見ることを拒否しているためだ。それほどに恐ろしい形相を浮かべるほどの怒りを、彼は煮えたぎらせていた。

 しかし、頭脳明晰な彼は怒りに身を震わせながらも、この恥辱的な状況をどうにか打破できる策を弾き出した。それはーーー

 

 

「ーーーいや今回のカエルのクエストも強敵だったね!!これからも『時々』!!だけどお世話になるよ!!」

 

 

 もう関わりたくなどない。しかし、とんでもないレッテルを貼られてこの街で過ごしていく、というのも考えたくない。天秤は面子の方に傾いた。あたかもパーティーメンバーの一員であり、この状況はあくまでもクエストによるものだと。とてもわざとらしく大きな声で彼は言い放ち、ぬめぬめのまま去っていった。

 

〜*〜

 

 流石にくたびれ、なおかつ粘液まみれになってしまった明智はギルドの経営する銭湯へ向かっていた。彼の宿にももちろんあるにはあるのだが、出自のせいなのか洒落ている見た目とは裏腹に意外と庶民的なものは親しみのあるものだった。

 シャワーでサッパリと汚れを洗い流して少し鬱陶しい前髪をかきあげて広い湯船へと向かう。少し熱めのお湯が全身を包み込みジワジワと温まっていくのを感じる。日本人である以上、この感覚というのは何物にも変え難いものだ。

 

 湯船でぼんやりとした頭にふと元の世界のことがよぎる。

 

 

(僕たちが丸喜を改心させたのは2月の初頭。時期的にもそろそろバレンタインがどうとか言われる季節か…フフッ。あいつはいろんな女性たちに思わせぶりな態度を取ってたらしいし…どうなるか(修羅場が)楽しみだな。)

 

 

 そんなことを考えているとふと隣から大きな音とともに飛沫が飛んでくる。顔にも飛んできた飛沫を払いながらその無粋な輩の方に目を向ける。するとそこには金髪に赤い目をしたチンピラのようにガラの悪い男が。一瞬イラッと来たがどうもパーティーメンバーらしい青髪と茶髪の男2人に注意されてげんなりとしていた様子で明智も引き続き浸かることにした。

 

 

「…ったくダスト。数日がかりのクエストで疲れてるのは分かるが、ここは公共の場だぞ。それに最近またこっぴどく警備員やここの職員さん達に注意されてたらしいし…ちゃんと弁えてくれよ?」

 

 

 会話からして、どうもこの男は騒がしいギルドに入り浸っている連中の中でも指折りで『アレ』な人物のようだ。だが、パーティーメンバーに嗜められて大人しくしている様子であり、明智も引き続き風呂を楽しむ事にした。

 彼は日本にいた頃、探偵王子…つまるところ、オシャレでクールな人間というのが世間から彼への認識だった。しかし彼の出世なども相まって銭湯など、庶民的な物が意外と好みであった。

 風呂を済ませ、宿に帰るとドアに何か小さな紙片が挟まれていた。開くとそこにはクリスからの書面が。どうやら以前に相談された『仕事』についての様だ。詳しいことは書面で済ませる訳にはいかないから、協力してくれるのなら明日正午にギルドのカウンターへ、とのこと。文面を読む限りは行かずとも良いのだろうが、約束を交わした以上はプライドとダクネスの襲撃から身を守るという条件が反故にされる事を考え、行かないという訳にはいかない。

 

 

「…どうにも暇しないな。この世界は」

 

 

 ふと、前の世界での忙しさと時々の暇を思い出す。

 

 

雨宮蓮(あいつ)とカフェでコーヒーを飲んでた時とか、無理やり雑な変装をさせられたな…何やってるんだと思ったが今思うと存外…いやでもあの頭と瓶底みたいなメガネはないだろ)

 

 

 探偵王子と黒い仮面の二重生活。今のように思い出に浸るなんて気の休まる時などほとんどなかった。それに比べて今この世界では珍妙な事こそ起こるものの比較的伸び伸びと過ごせている。もう死んだ身でこんな感覚が得られるのなら少しはあの女神とやらの評価も改めてもいいかもしれない。そんな事を考えながら彼は眠りについた。

 

〜*〜

 

 翌日正午頃、ギルドは相変わらずの盛況ぶりだ。冒険者たちが昼間から酒を振り回すように飲み、ウェイターの職員たちはあちこちに運んでは戻りを繰り返している。そんな中でまるで壁でもあるかのように隔絶され、落ち着いた雰囲気の石造のバー。そこにクリスが腰掛けていた。ーーーのだが、何やら3名程の人影に取り囲まれている。どうやら元の世界で言うところのナンパに近いものだろう。執拗にパーティーに加わらないか、クエストに同行しないかなど、下心が見え透いている言葉を繰り返している。 探偵王子の明智吾郎なら割って助けたのだろうが、生憎彼は今普通の明智吾郎だ。どうせ上手いこと躱すだろう。そう考えて彼は離れた席に着席して待つことにした。

 

 

「あっアケチ君!」

 

「……ハァ…」

 

 

 しっかりと勘づかれていた。当然彼女の言葉に取り巻いていた男たちもこちらに目を向けてくる。

 

 

「おー兄ちゃんがあの子のパーティーメンバーなのかい?わりぃがこれからあの子は俺たちとーーー」

 

「……嫌がってるってのが分からないのかな。それともそこまで頭が回らない浅慮な知性をしてるのかい?」

 

「ーーーあぁ!?嫌よ嫌よも好きなうちってぇだろ!何分かったような口聞いてーー!」

 

 

 案の定少し毒を吐いたらこれだ。激情と行動がリンクして抑えられないタイプ。彼の経験上、嫌と言うほど見てきた人間たちだ。

 拳が明智の顔目掛け振り下ろされる。しかし、彼は冷静に、だが荒々しく男の鳩尾に本気に近い拳をぶつける。柔らかい肉の感触とまるで呑まれるように拳が身体の深くまで穿つ感触。変に技を見せつけてやるのではなくただ一撃、力の差を明確に分からせる一撃だった。

 青い顔を浮かべて男はノックアウト。他の2人はまだ冷静だったらしく、悔しそうな顔でこちらを睨みながらも気絶した男を連れてギルドを後にした。

 

 

「いやー助かったよあいつらしつこくてさ〜」

 

「…僕に押し付けておいてよく言うよ。もう少し申し訳なさそうにするか開き直るくらいしたらどうだい?」

 

「アハハハ…申し訳ない…ちょっとやりすぎちゃいそうでさ。ほんと助かったよ、ありがとう」

 

 

 いつもの軽薄な口調でクリスが明智の隣に腰掛ける。一応困っていたというのも本当だったのだと伝わる言葉に彼もこれ以上口を出す気にもなれなかった。

 

 

「ーーーというわけで、ガンガン前に出るのでこき使ってほしい!」

 

「ーーーーッッ!?!?」

 

 

 ふとギルドのどこかからそんなおっかない言葉が彼の耳に届いた。忘れる筈もない。あの変態(ダクネス)の声だ。急いだ辺りを見渡すと彼女は前日に散々な目に遭わされた佐藤一真の一行に話しかけていた。

 

 

…節操ってものを知らないのかあの女は…

 

「ーーーンンッ///どこだ!?どこから私を罵倒する心ない素晴らしい声がーー!」

 

「……バレないうちに早く取り掛かろうか。話は移動しながら聞くから早く。さぁ行こう」

 

「アッハハ……友達としてちょっと複雑だなぁ…まぁそうだね、行こうか」

 

〜*〜

 

 アクセルから2時間ほど馬車に乗り、少し大きめの隣町に辿り着いた。活気に溢れ、アクセルよりも上質な装備に身を包んだ冒険者の姿も見受けられる。そして何より、街のどこからも目に入る位置にある重厚な洋館。ギルドと思しき建物も道中見かけたが、黒の鉄柵に囲まれて遥かに存在感を放っている。

 

 

「あの建物だよ、今回の目的。決行は夜だけど、まずは下調べ。大まかでいいから警備の人員や魔道具の位置を把握しておこう」

 

「なるほどね。ただ中に入ってからはノープランなのかい?それはちょっと頂けないな」

 

「うーん…まぁノープランって言ったらそこまでなんだけどね。あの屋敷の主人、どうも偏屈な人らしく滅多に人前に姿も見せずに警備の人員が中に入って行くのも見てないんだ。だから、警備はとにかく『屋敷内に侵入させないこと』って所に全て充てられてると読んでるんだけど…その辺どう思う?」

 

「なるほど。それなら中は大丈夫そうかな。それにしても滅多に人前に姿を見せないだなんて、食料などはどうしてるんだい?」

 

「その食料の受け渡しのタイミングが唯一姿を見せる時なんだ。あの警備たちが定期的に食料を玄関に置いて行くんだ。それを取りにね。でも、深くローブを被っててろくに顔も見れないらしいよ。そのせいでなんだか霊だのモンスターだのって噂も絶えないみたいだね」

 

「滅多に姿を見せない主人に全く得体の知れない洋館か…ほんとにあるのかい?君の目的の物は」

 

 

 そんな会話を繰り返しながら馬車から降りる。目の前に広がるレンガ造りの重厚な洋館。少し離れた程度では把握しきれないほどの敷地だ。当然、比較的警備の薄い場所も無事に見つかり、そこで2人で隠密を発動させた。

 

 

「ペルソナーーーネクロノミコン」

 

 

 UFOの形をしたペルソナ、ネクロノミコンを展開して洋館の上空に配置。警備の状況を確認していく。

 

 

「すっごいね君…こんなことも出来たんだ」

 

「専門外だからとても疲れるけどね…っと、北東側の警備かな。どうにか監視も掻い潜って侵入出来そうだよ」

 

「じゃあ決まりだ。深夜に決行。オタカラを目指すよ!」

 

〜*〜

 

 そして決行の時刻。警備こそいたものの、この主人の不透明さへの疑いからか使命感を持った真面目な仕事からは程遠く、また決まった範囲をカバーする魔道具の監視も2人にとっては躱すのは容易かった。

 洋館の侵入に成功。したものの、どうにもおかしい。まるで生活している感じが感じられない。内装は建物の外観に劣らないほど、しかし不気味なほどに綺麗だ。まるでモデルハウスの様に使われていない目新しさがある。この街に何十年と存在しているにも関わらず。

 

 

「…最初はあの中心の塔こそ目当てのオタカラがあると踏んでたけどこれは…」

 

「そうだね、恐らく上…というか地上にある部分は全てブラフだろう。だとすると本命は…」

 

「「地下、だね」」

 

 

 2人の声が重なる。だが、それを看破したとて立ちはだかる問題がまた一つ。どこから地下へ、という事だ。当然、時々だが地上へ上がってきてはいるのだ。ならばとてつもない地下という事は無さそうだが…

 

 

「今、この床に穴を開けたとして都合よく降りられるかな」

 

「まぁ、可能性は0じゃないけどまずないだろうね。ただ定期的に上がってくる以上はキチンと出入り口があるはずだし、手練れには察知されるから魔法でカモフラージュってのもないと思うんだけど、どうかな?」

 

「同じ意見だよ。しかしそうなると…まいったね、中々に骨が折れそうだ。東側はネクロノミコンを操作して探させる。だから西側を手分けして捜索しようか」

 

「了解。じゃあボクが奥側から、アケチ君は手前側から探してこよう」

 

〜*〜

 

 入った部屋はどれも味気のないものばかりだった。いや、内装はもちろん豪勢で嗜好を凝らしたような家具やインテリアが置いてある。しかし、どれも生活する人によって浮き出る特徴、というのがあまりにも感じられない。

 5つほど部屋を探索したところでクリスが隣の部屋にまで来ていた。ネクロノミコンではそれらしい物は発見できず、あるとしたら彼女の所だが…

 

 

「こっちは収穫無し。そっちの方はどうだった?」

 

「ビンゴだよ。こっち来て」

 

 

 そう言われて部屋に入る。ぱっと見ではこれまでと変わりのない普通の部屋だがーーー

 

 

「この本棚かい?」

 

「おっ流石鋭いね。どうも壁との隙間から空気の流れを感じるし、ここで間違いないと思うんだけど…どう入ったものかと」

 

「…ここまで来たら少し抵抗はあるけれど…どうせ誰も通らない洋館なんだ。無理やり押し通ろう」

 

 

 そう言い明智が本棚を斬り刻む。案の定敷き詰められた様に見えた本は背表紙のみのハリボテで中からは何か物々しいからくりの機構がこぼれ落ちる。そしてその先には石造りの暗い階段が続いている。

 そして2人は意を決して歩を進めて行く。地下の湿気混じりの気持ち悪い冷気が肌を撫でる。息の詰まりそうな閉塞的な空間。こんな所に住んでいるなどロクな奴じゃあない。そんなことを考えていると開けた空間に出る。

 とは言っても先程探索した部屋より一回り広い程度。どうにも閉塞感は拭えない。しかし、それよりも目を引く物。それは彼らの前にただ悠然と立っていた。

 頭までボロ布を纏っているかの様な姿。話に聞く主人の姿だ。

 

 

「……誰だ?こんな所を見つけるだなんて余程の物好きなようだが…」

 

 

 しゃがれた声がこちらに投げかけられる。それもその筈だった。ゆっくりと振り向くそのローブの中身は骸骨。発声する器官など持ち合わせていない筈なのだから。しかし、その空の眼窪はしっかりとこちらを見つめていることが伝わってくる。

 

 

「君の持ってるオタカラを回収に来たんだけど…大人しく渡してくれるってことは…」

 

「…これを…どうにかできるのか?」

 

「…どういう事だい?」

 

「お前たちが言うのは恐らく…この球の事だろう」

 

 

 そう言い骸骨は紫煙を内包しているかの様な水晶を見せる。ゆっくりと揺らめく紫煙は何か蠱惑的な美しさをまじまじとこちらに訴えている。

 

 

「…ほんとにさぁ……」

 

「ん?」

 

「何なんだよあの女神とか言う奴!!とんでもねえもんを渡しやがって!確かに俺ァ無限の命を願ったよ!?ただそれがこんな形で叶えられるとは思わないじゃん!!」

 

 

 いきなり骸骨は堰を切ったかの様に怒鳴り始めた。先程の厳かな口調もどこへやら。完全にただのチンピラの様になっている。

 

 

「こっちの世界で更に無限の命もあれば俺だって…俺だって女と1発ーーいや1発と言わず何発だって!!あんな事こんな事出来ると思ってたんだよ!!それがなんだバカみたいな貴族に無茶振りされてパーティーは全滅!俺も死んだかと思いきやこれの効果で死ねずにこんな白骨の状態でもう3年だ!!ふざけやがってあの女神もし会えたらめちゃくちゃに…」

 

「「……」」

 

 

 絶句だった。この男はかなり困難な人生を送っていた。というか今も送っている。だが、なんだか動機とその口調のせいで妙に同情しづらい。

 

 

「もーほんとに!早く死なせてくれよ!!こんな容姿のせいで外も碌に出歩けないからこんな生活をして!もう早くーーー!」

 

「『セイクリッドエクソシズム』」

 

 

 突然骸骨の足元から青白い光の柱が立ち昇る。包まれた骸骨は心なしか安らかな表情を浮かべ、水晶の紫煙もいつの間にか消えていった。

 明智が少し驚きながら振り向くとそこには肩で息をしながらやるせない表情をしたクリスが。

 

 

「……あっご…ごめん!いきなりやっちゃって…なんだか色んな意味で見るに耐えなくて…」

 

「…そうだね。まぁこれにて目的は達成したわけだし、行こうか」

 

 

 なんともやるせない雰囲気のまま、2人は洋館を後にしたーーー

 

〜*〜

 

 街で一泊し、翌日の昼。アクセルへと帰還した2人は別れ、明智はひとまず食事にギルドへと向かっていた。

 

 

(クリス…あの呪文は盗賊じゃ覚えられないはず…それに奴は女神から貰ったとか言っていたな。どうしてそんな品の回収を?そしてどうしてあそこまで身を隠していた存在を知っていたんだ……ますます怪しいな…)

 

 

 そしてギルドの扉を開けた瞬間。

 

 

「『スティーーール』!!」

 

 

 眩い光が彼の目の前に広がる。そして光が収まり目を開けると…なんだか下半身に風を感じる。まるで何も履いていないかの様に。

 明智が静かに自分の下半身に目を向ける。目に入るのは地肌と下着であるはずのパンツ。そして次に光の発生源に目を向ける。するとそこには引き攣った、今にも死にそうな真っ白な顔でカズマが彼のズボンを手にしていた。幸い珍しく他の冒険者はほとんどいない…しかし、横には顔を赤くしためぐみんと正面にはアクアと変態(ダクネス)の姿が。

 早歩きで明智がカズマに歩み寄る。そして流れる様に彼からズボンを取り上げて履き直す。その間まるで時間が停止したかの様にカズマは動かない。

 そして彼が服を着直しーーー手始めに腹部に2発ジャブ。しかし彼の腕力とカズマの貧弱さによりその身体は浮き上がる。下を向いた顔面にサマーソルトキックを叩き込み、トドメに踵を後頭部に落とす。

 流石に殺しにかかるほどではないがそれでもカズマは地面でノビてピクピクと虫の様に震えている。

 

 

「2万回死ね」

 

 

 そう明智が吐き捨てギルドを後にする。すると止まっていた時間が動き出したかの様にパーティーメンバーたちが彼の元へ駆け寄る。

 

 

「カズマさん…今のは同情するわ……今度ご飯奢ったげる」

 

「流石の私も今のは遠慮したいな…無事かカズマ?」

 

「ど、どうして……こんな目に…俺が何をしたって…」

 

「いや、女の子のパンツを散々剥いたじゃないですか。報いですよ報い」

 

 

 どうやら、ちょうどスティールの場面に出くわしたと言う彼の不幸さとレベルキャップをものともしないカズマの幸運によるスティールがこの惨劇を産んでしまったようだ。

 そしてカズマは無闇矢鱈にスティールは使わない…そう深く心に誓った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第5話

頑張った


 明智は公衆の面前でパンツを丸出しにされて恥をかき、カズマはパンツ脱がせ魔の汚名…いや実際にやってはいるのだが…を被るなど、誰も幸せにならなかったあの厄日から数日。

 彼はどうにも暇を弄んでいた。クリスを訝しんではいたもののその件はパンツの件で頭の遥か彼方へと吹き飛んでしまっている。そして彼が目につけた物は『魔法』だった。

 ペルソナを使えば上級の攻撃魔法のような物は行使できる。だが、書籍を読み漁った限りはこの世界では攻撃用、バフやデバフ以外にも現在習得した『潜伏』などのような特殊な用途のスキルがまだまだあるらしい。そこで彼はクリスを探しにギルドへと繰り出した。

 

〜*〜

 

 ギルドの前に辿り着くと、あっさりとクリスの姿を見つけることができた。しかし、その近くにはあのサトウカズマの姿も。何やら話をしているようだが、またスティールで剥かれたらたまったものではない。彼はなるべくカズマの視界から逃れるような位置から見守る。

 

 

「どう、ゲームしない?君が私にスティールを仕掛ける。当たりはこのマジックダガー。売ったら40万エリスはくだらない代物だよ。ハズレはーーーこれ!」

 

「うわっ汚ねぇ!」

 

「フフフ、まぁ腕試しだからね。どう?乗る?」

 

 

 ポケットに無数の小石を潜ませているクリスはとても自信に満ち満ちた得意げな顔をしている。どうやら負けるとはか程も思ってないらしい。

 恐ろしく不利な賭けだが、何故かカズマはとても乗り気だ。

 

 

「『スティーーーール』!!」

 

 

 彼の手から青白い光が放たれ、忌々しいあの魔法が発動される。そして光は収まり、彼女の腰には未だダガーが挿さっている。小石を入れているであろうポケットの膨らみも縮んでいない。ぱっと見は彼女に外観の変化はない…が、彼女は少しすると赤い顔でホットパンツを押さえて前屈みになる。

 そして当のカズマはと言うと、この世の者とは思えないほどにゲスな顔をしていた。彼の手に握られていたのは白い綿のような生地に黒い小さなリボンがあしらわれた、子供のようなパンツだった。

 

 

「ーーーヒィィヤッハーーーーーー!!!当たりも当たり!!大当たりだああああああああああ!!」

 

「あたしのパンツ返してえええええ!!ちょっとアケチ君!見てるだけじゃないでどうにか助けてよおおおお!!」

 

 

 少し離れたところから見物していたために巻き込まれることはないと思っていたがしっかりバレていた。…今思えば彼の格好はこの世界ではひどく目立つ。当たり前だ。

 ただ彼は今彼女に頼みをしにきた立場。下手に断るわけにもいかず、嫌な顔をしながらもカズマに近寄る。

 

 

「…あのー、サトウさん。あまり女の子を虐めるものじゃないよ。それに下着を剥いで公衆の面前に晒すなんて、君への悪評がすごいことになるんじゃないかな。目先の幸福もいいけど、先の安定も見据えるべきだよ」

 

「ヒッ……す、すいませんでした…どうぞパンツです…」

 

 

 以前に半殺しにした事が余程トラウマになっているのだろうか。限りなく優しく爽やかな声で話しかけた明智にカズマはひどく怯え、クリスに跪きながら両手にパンツを乗せて返上した。 しっかりと騒いだせいで周りの人間はドン引きし、どう考えても悪評が付くのは避けられないのだが、それは黙っておこう。

 

 

「……はぁ、助かったよ。ありがとうアケチ君」

 

「災難だったね、ご愁傷様。それで、少し用事があるんだけど、時間の方は大丈夫かな?」

 

「ん?君からだなんて珍しいね。それで何なの?用事って」

 

「君が習得してる魔法を色々教えてもらいたいなって。出来れば直接攻撃するような物じゃなくて少し特殊なものを」

 

「なるほどねぇ。そんな事しなくても君、十分強いと思うんだけどなぁ。でも分かったよ。それじゃどこか平原にでも行こうか」

 

〜*〜

 

 クリスに連れられ、アクセルから少し離れた森へ到着した。

 何やら張り切っているのか、いつの間にか彼女はメガネをかけてまるで教師のように振る舞っている。上はスポーツブラのような物にスカーフ、下はホットパンツにブーツととても露出の多い格好でチグハグ加減が凄まじいことになっているのだが。

 

 

「ーーーさて、まずはそうだなぁ…これ!『トリックダガー』!」

 

 

 そう言い彼女が何もない手をかざすと、その手には半透明の紫色をした小さなダガーが握られていた。

 

 

「こんな風に魔力を使ってダガーを作り出すの。投げたり斬ってもよし、咄嗟の防御に使ってもよし、簡単に出したら消したり出来るから名前通りにフェイントに使ってもよし。自分の魔力がある限り何本でも作り出せるし、中々に汎用性のある魔法だと思うよ」

 

「へぇ…そうだね。これは使えそうだ。習得することにするよ」

 

「よし、それじゃあ次!次はこれ、『エンチャント』!」

 

 

 今度は彼女の腰に下がっているダガーを抜き、手をかざす。するとダガーの周りに何やら薄黒いモヤが纏われる。

 

 

「自分の持ってる武器に魔法や道具を使って追加効果を付与する魔法だよ。今これは『ポイズン』の魔法を使って毒を付与した状態だね。君、色々魔法使えるみたいだし便利なんじゃないかな?」

 

「なるほど…どんな物にでも付与できるのかい?」

 

「そうだね。ただ、武器によっては魔法に強くなるように対魔力がある事があるから、そういう武器にはちょっと普段より多く魔力を持っていかれたりするかな」

 

「ふむ…便利そうな魔法だ。いいね」

 

「それじゃ次。ちょっと待っててね」

 

 

 そう言いダガーを少し遠目の木に投げつける。そして少し力を込めるような動作を取ると、目の前からクリスの姿が消えた。こういった物でどうなるかなんとなく想像はつく。明智が先程ダガーの刺さった木を見やるとそこにはクリスの姿があった。思ったより深くダガーが刺さってしまったらしく抜けなくて苦戦しているようだ。

 

 

「こ、これが…フッヌヌヌ……『シンプルテレポート』!キチンとした道具を使ったテレポートとは違って行ける範囲は狭いし……フウッ……!条件が面倒だけど、格段に簡単に発動できるテレポートなんだ……ぜ、全然抜けない…自分の魔力の込もった物の所にテレポートできるの!ただ簡易版とはいえテレポートだからちょっと魔力消費も多いけど……ワワッ!」

 

 

 そう言い彼女がようやくダガーが抜けた反動で後ろに倒れる。都合よく受け止められるはずもなく頭を打って悶えるクリスを尻目に明智はこれらの魔法の使い道を考えていた。

 

 

(僕の魔法はどれもお世辞にも燃費がいいとは言えない…簡易的に攻撃の起点になる『トリックダガー』とその攻撃をより強化する『エンチャント』…それにこの『シンプルテレポート』………上手く使えればかなり戦略の幅が広がりそうだ)

 

「…っとと、どうする?まだ他にも見ていくかい?」

 

「そうだね、後2、3くらい見せて欲しいかな」

 

〜*〜

 

 そんなこんなでクリスに様々な魔法を教えられて明智は結局スキルポイントの関係もあり、盗賊としての初期スキルと最初に教えられた3つの魔法を習得した。

 日もすっかり落ちかけた夕方。2人はアクセルへの帰路に着いていた。しかしその途中で明らかに何か人工物のような石の祭壇を森の中で見つける。

 

 

「…これって…もしかしてダンジョンってやつかい?入り口は見当たらないけど…」

 

「そうだね。ただこのダンジョンはもう攻略されてる物だから、別に潜ってもモンスターに襲われるだけだし、日も落ちるから今日は帰った方がいいと思うけど…」

 

「…いや、少し腕試しをしてくるよ。君はどうする?無理についてこなくてもいいけど」

 

「んー…オーケー。君なら心配いらないだろうし、あたしは先に帰るね。少し明日は野暮用があるから」

 

 

 そう言い、クリスが石柱の一本に触れると床の石板が動き出して階段が現れる。地下の冷ややかな冷気が溢れ出し、肌を撫でてくる。まさしく文献にあったダンジョンそのものだ。

 彼は僅かに好奇心を膨らませながらダンジョンへと歩を進めて行ったーーー

 

〜*〜

 

 既に探索済み、アクセル近郊にあるということでなんとなく察してはいたが、あまり面白いものではなかった。出てくるモンスターもせいぜいがあのカエルより二回りほど小さいもの。剣を一振りするだけで悉くが沈んでいった。

 薄暗い地下を『暗視』を駆使しながら進む。道中に幾らかの宝箱を確認したがそのどれもが開封された後だった。 もはや退屈に感じ始めたのか、大胆不敵を体現したかのようにズカズカと進んで行く。

 そして行き止まりと例に漏れず開封済みのこれまでのものより少し豪華な宝箱。だが、ここまで来たんだと一縷の望みを求めて何かないかと周りを探し回る。

 そこに彼の目に入ってきたのは絶対に見逃されてしまうであろうとても小さな違和感。奥の壁。そこの下の石に色の違う部分がある。自然由来や偶然のもののような点のものではなく、面で変色している。

 岩壁を試しに斬りつけてみる。すると壁は崩れ、再び道が現れる。更にはこれまでの言ってしまえば粗雑なダンジョンとは違い、壁には既に消えてはいるものの、篝火台が設置されておりまるで奥へと誘われているかのような感覚を味わう。

 進むとドームのように広く開けた空間に出る。こんな空間があったのも驚きだったが何より目を引くものが。中央に()()()()()()()()。『それ』はまるで彼の来訪を待っていたかのように動き出す。

 

 翡翠の色をした全身を覆う外殻。そしてその隙間から覗かせる濃紫の皮膚と猛禽類を思わせるかのような鋭い爪。何よりこちらを見つめる黄金の瞳とニ対の角、顎の下から生える人間の髭のような見た目をした白い体毛。 

 読み漁っていた本の中に前回彼の倒した特別指定のモンスター。そのリストがあった。いつか見えるかもしれない強敵たちの情報は叩き込んでおこうと読んでいたその中に記載されていたモンスターの特徴と一致する。『エルダードラゴン』。毒と風を操るドラゴンだ。

 

 

「…手応えは欲しいと思ってたが…これは流石にハードそうだな」

 

 

 そう呟き、改めて自分の幸運ステータスの低さに辟易する。そもそも特別指定のモンスターとの遭遇など自分から探しに行かない限りは冒険者人生で数回あるかないかというレベルだ。それを1ヶ月もしないうちに2体目など何か仕組まれてるのではないかと疑いたくなる。

 

 

「Graaaaaaaaaaaaaa!!」

 

 

 辟易している明智にまるで喝を入れるかのようにエルダードラゴンが大きく咆哮する。並の冒険者であればそのまま戦意を刈り取られそうな咆哮だ。そしてそれは風を操るドラゴン。

 

 咆哮に混じってほぼ不可視の風の刃が迫る。

 

 だが彼も百戦錬磨の怪盗団。その程度ではやられない。 風の刃を剣の一閃で掻き消し高らかに叫ぶ。

 

 

「射殺せーーー『ロビンフッド』!!」

 

 

 背後に大男が顕現し、ドラゴンに向けて光の矢を放つ。 しかしその巨躯には見合わないほどの回避行動を見せる。

 

 

「…デカいと思ってたが、どうやらその身体の体毛でそいつを助長してるのか…やりにくいな。どこを狙えばいいか掴みにくい」

 

 

 先程と同じくドラゴンが風の刃を放つ。今度は3本同時だ。しかし、これにも彼は上手く回避して対応してみせる。

 両者ともに有効打は未だなし。しかし、彼は今までの彼ではない。戦い方は大きく進化する。

 

 

「『エンチャント・スロウ』」

 

 

 明智がドラゴンを囲うようにエンシェント・デイを連射する。あの分厚い外殻に光線銃は効果があるとは思えない。しかし、その銃弾は一定のところまで進むと、急激に速度を落としてまるで機雷の様に辺りに漂い始めた。

 

 

「『トリックダガー』」

 

 

 そして四方とドラゴンの外殻に差し込む様にトリックダガーを放つ。当然ダメージにはならない。だがそんなのは百も承知。

 次の瞬間にはドラゴンの視界から明智の姿は消えていた。

 直後、翼に鋭い痛みと衝撃。見ると、天井に刺さったダガーの周りに出現した明智が翼を大きく斬りつけている。

 再び彼の姿は消えて今度は足元。次は尻尾。右翼。背中と捉える間もない程の連続した斬撃が押し寄せる。トリックダガーは自身の魔力で形成される。それを利用してテレポートの行き先を至る所に配置。それにより彼は高速で巨大なドラゴンの全身を切り刻むことに成功した。 更に怒り暴れれば、身体を大きく動かすために先程の銃弾が自らのせいで着弾し、炸裂する。

 完全に彼の術中に踊らされていた。しかし、ドラゴンもこれで終わる様であれば特別指定なぞされていない。

 

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 

 

 特大の咆哮と共にハリケーンの様な風圧を辺りに撒き散らす。仕掛けられていた銃弾やトリックダガーも全て霧散し、再び両者睨み合いの態勢に戻る。

 

 

「思ってたよりも上手くいったな。さてもう一度…ッ!?」

 

 

 瞬間彼の視界は霞がかかった様にボヤけ、同時に全身に倦怠感、痛みが襲いかかり、喀血する。

 その隙をもちろん見逃されるはずもなく、太くしなやかな尻尾が彼の身体を打つ。大きく吹き飛ばされ、ダメージを受けながらも手をついて立ち上がる。そして新しい戦術のために忘れていたこのドラゴンの毒も操るという特性を思い出す。

 

 

(我ながら馬鹿だったな…恐らくこれまでの攻撃全てに気づかれないほどに希釈された毒の霧が撒き散らされてたんだろう。だから効くまでにも時間がかかった…だが……)

 

もう終わりだ(It's all done)。さぁ、僕の剣はどこにある?」

 

 

 目の前で心なしか得意げな顔をしているように見えるドラゴンに明智がそう言い放つ。

 言葉通り彼の手に剣は握られていない。それはーーードラゴンの頸にあてがわれている。先程のラッシュ時に背中に魔力で刻印を付け、テレポートで剣を転移させていたのだ。そしてエンチャントで『ファスト』を付与。剣は射出され、頸から喉仏を穿つ。幾ら強大な力を持とうと生物だ。当然呼吸を断てば後はゆっくりと死を待つのみとなる。しかし彼はダメ押しにーーー

 

 

「『コウガオン』」

 

 

 無数の光の矢が無慈悲に弱った全身を貫く。 全身に大きな穴を開け、巨躯が霧散する様に崩れる。

 魔法を使った新しい戦術。それがこれまでの効果を発揮したことで彼は少しばかりダメージも忘れるほどの高揚を覚えていた。

 

 一息つき、何となく辺りを見渡す。すると最初にドラゴンが眠っていた所の更に奥に古びた宝箱を見つける。これまでダンジョンで見かけたどの宝箱よりも古びているが、それが逆に一層の期待を煽る。

 中にはまるで女神の様に美しい…と思ったが女神に関して彼はロクな思い出がないため…オーロラの様に美しい、白から紫のコントラストがかかった羽のような鉱石が出てきた。

 思いがけない戦闘と収穫を胸に、彼はダンジョンを後にした。

 

〜*〜

 

 ダンジョンから抜け出す明智。そしてその明智を付ける影が1つ。先程帰ると嘯いていたクリスだ。 普通の尾行であれば間違いなく彼に気取られるのだが、この世界の魔法と彼女の高ランクの『潜伏』により彼が彼女に気づくことはついぞなかった。

 

 彼の先程のエルダードラゴンとの戦いぶり。あぁ、自分はえらいことをしてしまったなと彼女は深く考え込んでいた。まさか教わったばかりの魔法を活用してここまでの戦術を生み出すとは。

 そして違和感も1つ。凶暴性こそ今回は鳴りを潜めていたが、少しばかりこれまでの彼より好戦的なように見えた。 本当の彼はどっちなのだろう。そして、その()()()()というのも彼女が赦せるような人物なのだろうか。

 そんな思いが彼女の中で渦巻いていたーーー

 

〜*〜

 

 ギルドに帰還した明智。また騒ぎになるかと杞憂していたが、あのエルダードラゴンの死体をギルドに回収させ、その素材をもらうために仕方なく報告することにした。

 

 

「…これ、お願いします」

 

「はい!討伐報告ですね!ーーーエッエッエルダー…どらごん……?ごほん、すいません、取り乱してしまいました。前回の初心者殺しの際に少し騒ぎを起こしてしまってすいませんでした。またその時その……嫌そ〜な顔されてたので…今回は内密に処理させてもらいますね」

 

「…あはは、僕そんなに嫌そうな顔してましたかね。でも、ありがとうございます。助かります」

 

〜*〜

 

 後日、彼の元にエルダードラゴン討伐の報酬金、およびその素材が届けられた。その額なんと5000万エリス。なんでも特別指定のモンスターの中でも特に情報やその素性が知れず、それで報酬も釣り上がっていたらしい。

 そんなこんなで彼は一軒家を建てられるほどの貯蓄を手にした。そのため、建築業者の斡旋の依頼も兼ねてギルドへ足を運んだのだが、どうにも依頼が少ない。

 

 話を聞く限りではどうも魔王軍の幹部が近隣に住み着いてしまい、それに怯えたモンスター達がなりを潜め、すっかり依頼の数も減少して残っているのも高難度のものばかりらしい。

 

 そもそも何故こんな駆け出しばかりの街に、その割には何か直接的な被害なども出ているわけでもないなど、分からないことが多すぎるのだがーーー

 

 

「ーーーやぁアケチ。今日も精が出るな」

 

「ーーーッ!!お、おはよう…ダクネス…さん…」

 

 

 瞬間、背筋に悪寒が走った。この感覚に襲われる原因はいつも決まっている。あの変態だ。 今すぐにでも逃げてしまいたい衝動に駆られるが、多数の冒険者の見ている手前、会話を続けるしかなかった。

 

 

「エルダードラゴンを討伐したらしいじゃないか、すごいな君は!そこで頼みがあるんだが、私のトレーニングに付き合って欲しい。フィジカルもメンタルも両方鍛えられる画期的なものなんだが、君には腕立てをしている私の背中に乗ってあの目と心のない罵倒を私に浴びせるんだ。『おい、ペースが落ちてきているぞ。こんなんじゃ豚と変わらないな』ーーと!!!くううぅぅー!!ーーーーーーあ、あれ?どこぉ……?」

 

 

 夢中で恐ろしく早口になって語り始めたため、これ以上聞くに耐えない醜い妄想から逃げるために彼はそそくさと逃げ出した。

 

〜*〜

 

 簡単な昼食を済ませ、変わらず知識欲と暇潰しのためにこの世界についての本を読み漁っていると、突然けたたましいサイレンの音が辺りに鳴り響く。

 その後に響いてくるのはあの栗毛の受付嬢の声。声はひどく焦り、何か相当逼迫した状況を嫌が応にでも感じさせる。

 

 

『緊急指令!緊急指令です!街の全ての冒険者達は直ちに正門に集合してください!!』

 

 

 正直彼にとって危機がどうだのはあまり興味がない。だが、ここまでの緊急事態を起こすほどの元凶ーーー十中八九近隣に住み着いた魔王軍の幹部のことが気になっていた。自分の一応の目標である魔王討伐。その幹部ともなれば実力を見ておくべきだ。

 そして彼は本を閉じ、宿を飛び出したーーー

 

〜*〜

 

 正門には既にまばらに冒険者達の人影が集まっていた。当然最前列にサトウカズマ達の姿も後ろから確認することができた。

 そしてその更に奥、平原の少し高くなっているところにそれはいた。

 

 中世の騎士を思わせるような物々しい甲冑、馬と両刃の大剣。それらは全て黒く染まり、見て取れるほどの凶兆を孕んでいる。しかし、それらよりも特徴的なのが本来あるはずの頭部がそこにはなく、代わりに小脇に抱えられていることだ。兜からは人の意思など簡単に砕いてしまいそうな赤い眼光が覗かせている。

 

 

「…俺は先日この辺りに越してきた魔王軍幹部の者だが……毎日毎日、俺の城に爆裂魔法を撃ち込んでくる頭のおかしい奴はどぅこだああああああああああああああ!!!」

 

 

 めっちゃキレてた。なんか普段は厳かな口調とかしてそうなのにそれも忘れてめっちゃキレてた。

 




ちなみに描写してない(忘れてた)けど明智は戦闘前にヒートライザの腕輪使ってます


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第6話

体調不良が続いたり(コロナではないよ)内容が思いつかなかったりでまたえらい事空いちゃった


 その言葉を受けて辺りの冒険者達がざわつき始め、犯人と思しき少女を探し出す。その視線の先にいた紅魔族のアークウィザード、めぐみん。彼女こそが犯人…なのだが、彼女がふいっと後ろの魔法使いに視線を向ける。すると彼女に集まっていた視線もその魔法使いに向けられて…

 

 

「えっ?私!?爆裂魔法なんて使えないよ!あの、私、まだ駆け出しで…小さい弟達もいるのに…まだ死にたくない…!」

 

 

 そう弱々しく訴える。流石に良心の呵責からか、めぐみんが恐る恐るながらも自分から一歩前へと歩み出す。

 

 

「お前かぁ!!ねぇなんでこんな事するの!?倒しに来るわけでもないのに毎日ポンポンポンポンと…!!頭おかしいんじゃないのか貴様!!」

 

「…ッ!我が名はめぐみん!!アークウィザードにして、爆裂魔法を操る者!!」

 

「めぐみんてなんだ、ふざけてるのか」

 

「ち、違うわい!!我は紅魔族の者にしてこの街随一の魔法使い!我が策略によりこうしてこの街に1人やってきたのが運の尽きです…!」

 

 

 必死の名乗りも一蹴され、どう見ても強がりでしかない出任せを放つめぐみん。絵面はもはや絶望の来襲からドタバタコメディへと変わり果てている。

 期待外れだな、と明智もこの茶番に愛想を尽かして背を向ける。しかしバルディアとめぐみんの会話は弾み…

 

 

「ーーー言ったでしょう!私には策があるとーー運がなかったですね、今この街には私を始めとし、期待の超新星がいるのです!それでは…お願いしますアケチ先生!!」

 

「……なんだって?」

 

「他力本願じゃないか。もしかしてお前バカなのか?」

 

「だっから違うわい!バカじゃアークウィザードになれませんよーだ!!バカはそっちですベロベロバー!!」

 

「……まぁいい。そのアケチってのはどいつのことだ」

 

「………はぁ」

 

 

 なるべく目立たないよう見学に来ていたつもりがしっかりとバレていた。この格好とやはりひっくい幸運ステータスによるものか。逃げたなんだと今後グチグチと言われるのも気に食わないため、彼は踵を返してベルディアの前まで出てきた。

 

 

「…僕がその明智だよ。で、何をするんだい?」

 

「ほぉ。この俺を前にして微塵も怖気付かないか…面白い。本当はそこな頭のおかしい魔法使いへの注意だけのつもりだったが…お灸の1つでも据えてやらんとな。申し訳ないが貴様には少々とばっちりを受けてもらおうか。その方が()()()()だからな」

 

 

 そう言いベルディアが赤い目を光らせ、手のひらから赤黒い魔力の塊を放つ。高速で接近するそれを一目見ただけで彼は直感する。前の世界では今の自身が苦手としていた呪怨属性の魔法。それと同じか限りなく近いものだと。

 当然回避は間に合う。しかし彼が身を動かした途端に誰かが自分の目の前に割って入り、魔法はその人へ着弾する。

 白と黄を基調とした鎧。そして日を受けて煌めく美しい金髪を見間違うはずもない。ダクネスが彼の前へ割って入ったのだった。

 

 魔法を受けた彼女はうずくまり、黒い炎の残滓のような物を身の回りに漂わせている。ベルディアも少しばかり驚いていたが再び口を開く。

 

 

「ふっ…少々思惑とは違ったがまぁ良い。聞け、魔法使いの娘よ。その騎士には死の呪いをかけた!予言しよう。その騎士は1週間後に地獄の苦しみを味わいながらその命を終える!自分の愚かな行いを仲間の死を通して精々反省する事だな」

 

「…!そ、そんな……ダクネス…」

 

「だがアンデッドに身を堕とした俺でも、生前は真っ当な騎士のつもりだった。その勇敢な騎士に免じて慈悲をやろう。解きたくば…」

 

「解きたくばだと…その下卑た視線で気づいているぞデュラハン…!」

 

「…はい?」

 

 

 うずくまったダクネスがそんな言葉を呟く。その言葉は震えているが、心なしか高揚しているような上擦り方をしている。

 始まった…。そんな風に明智はため息を吐き、デュラハンに真剣な表情で話しかける。

 

 

「…これは敵からじゃなく経験者として言わせてもらうけど…悪いことは言わないから早く逃げた方がいいんじゃないかな」

 

「は?何言って…」

 

 

 明智の言葉は嘘偽りもなく、かと言って脅しでもない。純粋に気の毒だと憐れむような本気の心配のものだ。当然それをベルディアも分からない訳ではなく、だからこそ余計に困惑する。

 

 

「…つまり貴様はこの死の呪いを解いてほしくば私に言いなりの性○具にならと言うのだろう!?そして俺好みに調教してやると、そう言いたいんだな!?」

 

「What?」

 

 

 そんな言葉にベルディアは素っ頓狂な声をあげてフリーズ。

 一応心配して駆け寄っていたカズマもそんな醜態ぶりに呆れた顔を浮かべ、明智も手遅れだったかと額に手を当て、思い悩んだような表情をする。

 

 

「その先程から私の肢体をべっろんべろん舐め回す様に見つめている視線、しっかりと気づいているぞ。とんでもないハードコア変態プレイを脳内でシミュレーションしているんだろう!!貴様の妄想の中の私がどう調教されようと、現実の私は心だけは屈しないからな!!」

 

「…待ってキッツイ何これ…嬉しそうだし……人間怖い……っておい!!周りの冒険者達も変に信じるな!!そんな目で見るんじゃない!!」

 

 

 ダクネスの言葉で緊迫していた冒険者達の間にざわざわと波紋が巻き起こる。そして10人が10人とも何かゴミかそれに準ずる汚物を見る様な目でベルディアを横目に見つめている。

 

 

「そ、それじゃあカズマ、行きたくはない…行きたくはないのだが、こうなってしまったのでは仕方ない!行ってくりゅうう!!」

 

「待て待て変態女!!ちょっ…力強っ!?待てってんだ止まれ!このゴリラゴリラゴリラ!!変態!!」

 

 

 普段の彼女なら興奮しそうな罵倒の嵐も、なんとかカズマが止めようとダクネスの腹に手を回して全体重を後ろに掛けて静止させようとも彼女は重戦車の様に進撃する。

 

 

「『エンチャント・スロウ』」

 

 

 明智がそれとなくダクネスの鎧にこっそりと魔法をかけ、鎧の駆動を制限させる。ダクネスはまるで油が切れたかの様にカクカクとした動きになり、格段に速度も落ちた。

 

 

「なっなんだこれは…!?そうか、これも既に調教だと言うのだな!?そんなに呪いを解きたいのであれば自分からその意思を見せてみろという!屈してたまるか…!ぬぬぬぬぬぬ……!!」

 

(なんで動けるんだこいつ…全身鋼鉄で固めてる様なもんだぞ…!?)

 

 

 そんな状態でも彼女は歯を食いしばり、歩みを止めない。カズマの必死の静止も届かない。その姿を見て改めて彼女の果てしない変態的欲求に明智もドン引きする。

 

 

「こうなれば……!とおおおおおおおお!!!」

 

 

 そう叫ぶと動きを制限していたダクネスの鎧はなぜかパージ。上半身は黒く身体のラインがそのまま浮き出てるかの様なピッチリとしたインナー1枚になる。そして上空へ駆けたダクネスはいつか見たルパンダイブの姿勢でベルディアへ突進。

 

 

「なんでだあああああ!!なんで鎧脱げたんだそしてなんだその跳躍力と珍妙な姿勢はあああああああ!!」

 

「くっ……『バインド』!!」

 

 

 明智が狙いを定めて放った『バインド』。それはダクネスの身体を空中でみるみると包んでいき…気づいたら亀甲縛りになっていた。

 

 

「だからなんでだあああ!!なんでお前はかけられた魔法まで変態プレイに染め上げることができるんだ!!」

 

「くっ…まだ城にも行ってないと言うのに早速緊縛プレイか…!!だがまだまだ!!こんなものじゃ私は屈しないぞ!!具体的には、もっとキツく縛ってもらわないと!!」

 

「もーお前黙れ!!本気で黙ってくれ300円あげるから!!」

 

 空中でバタバタと跳ねながらそんな事を喚くダクネス。もう明智もベルディアもカズマも瀕死の様相を浮かべている。

 

 

「……早く逃げてくれるかな。もうこれ以上は僕も…耐えかねる」

 

「…はっ!思考が理解を拒否していた……助かった、礼を言うぞアケチ!!」

 

 

 既に死んでいるがようやく生気を取り戻したベルディアは馬を翻して背を向ける。そして去り際に…

 

 

「そ、そこの魔法使いよ!仲間を助けたくば我が城へ来る事だな!!果たして俺の元に辿り着けるかな!ハーハッハッハー!!……はぁ…」

 

 

 そんな威勢のいい言葉と隠し切れない心労のため息を吐いてベルディアは去っていったのだったーーー

 

〜*〜

 

「私の…私の理想郷(ユートピア)……ていうかゴリラゴリラゴリラって…いくら私だからと言って…乙女なんだぞ…」

 

 一応は魔王軍幹部の襲撃を退け、街を守ることができた。しかし一件落着とはいかない。

 カズマ達一行のテーブルでは、おかしな方向で落ち込みいじけているダクネスはいいとして、めぐみんはバツの悪そうに俯き一言も発しない。しかし彼女の紅い目は心なしか潤んでいる。

 

 アクアやカズマがなんだかんだと言い合う中、めぐみんが俯いたままではあるものの何か吹っ切れたかの様に立ち上がる。

 

 

「ちょっと、あの城まで行ってあいつに爆裂魔法をぶちこんでダクネスの呪いを解かせてみせます」

 

 

 涙を拭い、そう告げるめぐみん。誰の目にも明白なほど自棄になっている。怖くはある。そんな事をできる自信もない。

 あのデュラハンとアンデッド達の蔓延る城。そこに爆裂魔法1発だけの自分が行ってもどうなるかは想像に難くない。

 だが、ここで行かないという選択を取るのは彼女の紅魔族随一の魔法使いとしての矜持が、良心が許さない。

 震える身体を必死に抑え付け、ひり出した言葉。もう後戻りもできない。

 

 そんな彼女を見てカズマが優しい声色で諭す様に口を開く。

 

 

「俺も行くよ。元々お前の爆裂の日課に付き合っててあの城のことも知ってたんだ。こいつは俺たち2人の責任だ」

 

「カズマ…」

 

「よしてくれ2人とも!私のためにーー!それに魔王軍幹部の根城だ!!駆け出しの私たちじゃ危険すぎる!」

 

「ーーおいおいダクネス。誰が俺たち2人だけって言ったよ。いるじゃないかこの街には…魔王なんかも目じゃなさそうな期待のスーパールーキーが!」

 

「ーーー!はい、そうですね!行きましょうカズマ!」

 

 

 カズマの言わんとする事を察しためぐみんは期待を込めた目を浮かべてカズマと一緒にギルドの外へ出て彼の姿を探す。

 彼のよく目立つ格好はすぐに見つかった。2人は彼に駆け寄り、背中から声をかける。

 

 

「俺とこいつは今からアイツの城へ行きます。でも、こいつは爆裂魔法しか使えないしそれも一回きり。俺も初級魔法と初歩的なスキルしか使えない駆け出しの身。きっと幹部の元へ辿り着く前に2人とも死ぬ」

 

 

 明智はこちらに背中を向けたまま黙っている。哀れに思っているのか、無様に思っているのか、それとも思慮にも掛けていないのか。何も分からない。しかしカズマはそれでも、唯一の希望に縋るために意を決して頭を下げる。

 

 

「お願いします!俺たちと一緒に城へ来てください!報酬はいくらでも出します!!だからーーー」

 

「『セイクリッド・ブレイクスペル』!」

 

 

 カズマの必死の訴えの後ろで何か眩い光が発せられる。無視するわけにも行かずカズマは目を向ける。すると、アクアがダクネスに向けて魔法を放っていた。

 青く優しい光がダクネスを包み、彼女の身体からは汚れの様にあのベルディアの魔法が染み出し、空へと消えていった。

 光もあの魔法も消えた後、周りの冒険者達の視線が集まる中でアクアは得意に笑う。

 

「フフン、私にかかれば呪いの解除なんてイチコロよ!」

 

「「「うおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」

 

 

 周りの冒険者達から凄まじい熱気と歓声が巻き起こる。『セイクリッド・ブレイクスペル』は対象のかけられた呪いや魔法を解除するスキル。

 だが、実力差のある者にかけられた魔法には効果がない。だが、彼女はどれだけ腐り威厳がなくなっても女神という事なのだろう。プリーストとしての能力は業腹だが最上級ということを認めざるを得ない。

 

 

「…すいません、さっきの話は聞かなかったことに……」

 

「……ふむ…」

 

 

 その言葉を聞いた明智は再び歩き始める。誰にも聞こえない様な思い悩む声を漏らしながら。

 

〜*〜

 

「ぅおっそおおおおおおおおおおおおおおおおおいいっっ!!!」

 

 

 件の襲撃から1週間と少し。死の呪いの宣告は1週間。この間にあの魔法使いや冒険者達は姿を見せなかった。つまり、奴らは褒められたものではないが、変態とは言え、めちゃくちゃに気持ち悪いが、身代わりになったあの騎士を見殺しにしたという事だ。

 そのやるせなさに怒号をあげる。自分以外は自我を持たないアンデッドだらけの城でそんな事しても虚しいだけだが、叫んでしまうほどに激情を抱えていた。

 しかし、怒鳴っていて気付くのが遅れたが城のアンデッドが次々と消え、何かが近づくのを感じ取る。

 

 正面の大きな扉がゆっくりと開く。大きな扉からは不釣り合いな背丈の人間が姿を表す。 白と金を基調とした儀礼服に真紅のマントと額から鼻までを覆うペストマスク。

 服装こそ違うもののいつかの時にあの変態騎士から逃亡の手助けをしてくれた男だ。

 

 

「ほぉ、貴様が来たか。アケチ」

 

「…いきなりだけど悪い知らせがある。聞きたいかい?」

 

「…なんだ?」

 

「君のかけた魔法は解除されたよ。残念ながらあの変態はまだ生きてる」

 

「ゔぉ?……まじでか?」

 

 

 あまりの衝撃にまたまた素っ頓狂な声をあげる。驚きというよりもどちからと言えば信じたくないという気持ちの方が大きそうだ。 解除されてまるで自分のことなど相手にせず暮らしている奴らと、あんな馬鹿そうなプリーストに解除されたという知らせが彼の心を痛めつける。

 

 

「本当だよ。全員しっかりと生きてる」

 

「あそこって駆け出しの街なんだよね?」

 

「そう呼ばれてるね…心中お察しするよ」

 

「…まぁいい。ここに来たってことは…そういう事(殺し合い)だろう?」

 

「話が早いね。それじゃあ、やろうか」

 

「だが…まずはこいつらの相手をしてもらおうか。ここの道中にいた奴らとは格が違うぞ」

 

 

 ベルディアが指を鳴らすと彼の前に10数体のアンデッドが召喚される。肌は腐り、目や腕の欠けた亡者が明智に向かってくる。

 

 

「…ふん。そういうのやめないかい?相手にならないから」

 

 

 明智が同じように指を鳴らす。するとアンデッド達がその手足がちぎれようと、頭が飛ぼうと襲いかかってくる不死性の意味もないほどに切り刻まれる。『トリックダガー』と『エンチャント・ファスト』の合わせ技で放たれた幾星霜の刃が亡者共を細切れにしたのだ。

 その光景を見て兜の奥で微かに笑い、ようやくのマトモな戦う相手を得たことによる昂りを抑えられないベルディアは声を荒げる。

 

 

「このくらいやってもらわないと話にならないからな。さぁ、行くぞ!!」

 

 

 ベルディアの浅葱色の大剣と明智の真紅のサーベルが衝突する。お互いに一歩も引かず鍔迫り合いは拮抗する。しかし体躯も、得物のリーチも重さもベルディアに分がある。次第に明智が押され始める。

 

 

(まともに斬り合っちゃあまりにも不利だな…なら……)

「『コウガオン』!!そしてーーー」

 

 

 身を翻しベルディアから距離を取る。そしてロビンフッドからのコウガオンによる恐らくはアンデッドに効果大であろう祝福属性の狙撃。そしてエンシェント・デイRによる機雷攻撃。

 逃げ場はない。 無数の弾幕がベルディアへ降り注ぐ。

 そして土煙が晴れーーーそこには少々汚れただけのベルディアが悠々と立っていた。

 

 

「…いい鎧だろう?大抵の魔法や遠距離攻撃は防いでくれるんだ」

 

「…チッ。厄介な…斬り合うしかないって事だね……」

 

「分かってくれたなら何よりだ…そら行くぞッ!!」

 

 

 再び両者の剣が火花を散らす。先ほどよりもこちらに分のある手数で押そうとはしているが、確実に一太刀一太刀を防ぎ反撃を入れてくる。

 そして均衡は崩れる。

 無理のある大振りの一撃。それをなんなく弾かれ、彼の身体は大きくのけ反る。そしてそのガラ空きの胴体に袈裟斬りを叩き込む。常人ならば両断されてしまいそうな一撃。防御力も上がっているとは言え彼の身体に深く真一文字の刀疵が刻まれる。

 

 

「…ふん、ここまでか。まぁ楽しめたよ、アケチ」

 

 

 倒れて動かない明智に一瞥し、刀を納める。

 死んでいないにしてもマトモに戦うことも困難になるような傷だ。自分の勝利に疑いようはない。

 だがーーー

 

 

「クックック……そいつはこっちのセリフだ。この世界に来てからそこそこ強いやつと戦ってきたが、やっぱり鈍ってるな…久々の全力だ」

 

「…おいおい嘘だろその傷だぞ……それにこの世界だと…?」

 

「ーーー顕現しやがれ!!『ロキ』ッッ!!!」

 

 

 彼の意味深な発言に困惑するベルディアを他所に、血塗れの彼の身体を黒のベールが包む。みるみると全身を包み込んでいたベールが剥がれ、中から装いを新たにした明智が出てくる。

 白や金を基調とした儀礼服は見る影もなくなり、まるで囚人服のような黒と紺の服にボロボロになった漆黒のマント。腕にはまるで獣の爪を思わせるような鋭い手甲が装着され、そして何より真紅のペストマスクは黒く頭部全体を覆うようになり、禍々しい棘が生えている。

 背後には全身白と黒のツートンカラーに赤黒い髪の毛のようなものを生やし、全てを嘲笑うように上がった口角と真紅の歯が覗かせている細く長身の男が剣の上に腰掛けていた。

 

 

「さぁ、第2ラウンドだ。これまでの僕と同じだなんて思わない方がいい」

 

「……ッ!」

 

 

 真っ黒な明智が一瞬で肉薄し、斬りかかる。先程まで自分の斬撃を防ぐのでほぼ手一杯だった人間と同一人物だとは思えないほどの重く鋭い斬撃だ。

 これまでとは打って変わり今度はベルディアが防戦を強いられる。反撃も許さないほどの無慈悲な斬撃の嵐が降りかかる。

 

 

「ーーー良いだろう!!俺も全力で相手をしてやる!!」

 

 

 ベルディアが距離を取り、自身の頭部を城の天井近くへ放り投げる。頭部は空中から落ちることなく静止し、辺りを禍々しい彼の魔力で包み込みドームのような空間を形成する。

 

 

「小癪な真似を…蹴散らしてやる」

 

「うおおおおおおおおおおおおっっ!!」

 

 

 全力と謳った通り、ベルディアの膂力も格段に向上する。2人の斬撃は一撃だけで辺りの空気を、大地を震わし、古城からは軋む音が鳴り響く。

 

〜*〜

 

「……」

 

「どしためぐみん?なんだか神妙そうな顔して」

 

 

 冒険者ギルドにて食事を楽しむカズマ一行。なぜか急に食事の手を止めて物憂げな表情をするめぐみんに声をかける。

 

 

「…いえ、なんだかその……どこか、離れたところなんですけど…とても大きくて……嫌な魔力の感じがしまして。こ、怖くはないですよ!紅魔族に怖いものなんてありませんから!」

 

「なんなんだよその強がりは…それにしても嫌な魔力か…おい駄女神、最近またなんか面倒事を起こしちゃないだろうな」

 

「なんで私なのよ!!そんな事しないわよ!そう言うカズマさんこそ、前の魔王軍幹部とかいうのに日和っちゃって全然クエスト行ってないじゃないのよこのヒキニート!」

 

「おー上等じゃねぇかこの駄女神!それじゃあテメェが大活躍できるようなアンデッド退治のクエスト受けてやるよ!!ぜんっぶお前やれな!泣いても知らねぇからな!!」

 

 

 カズマがギルドを見回してみると確かに魔法職らしい冒険者は皆一様に大なり小なりめぐみんと同じような表情を浮かべていた。

 それを見て同じように彼も不安を煽られるがそんな事もつゆ知らずに舐めた口を聞くアクアにいつもの漫才を繰り広げる。

 

 

「アンデッド退治か…それはまた私の肉壁が必要そうだな。早速行こう」

 

「…いや行かないからな?行くにしても、ここ最近のあの魔王軍幹部の熱りが収まったからだ」

 

 

 そんな冒険者たちの喧騒と会話を2階から眺める小さな影が1つ。その影はいつの間にかギルドを去っていたーーー

 

〜*〜

 

「うおおおおおおおっっ!!」

 

 

 激しい剣戟。ベルディアは必死の雄叫びをあげて明智に立ち向かう。しかしその威勢も虚しく、彼の鎧は少しずつ切り刻まれていく。

 当の明智はまるで機械かのように冷徹に、しかし確実に殺すと言う意思を孕んだ一撃を次々とベルディアに叩き込む。

 

 しかし、ベルディアも剣しか振れない訳ではない。距離を取り紫の魔力の塊を幾重にも明智に向け放つ。1発1発が上級魔法に相当するが…

 

 

「ハッ!残念だったなぁ、今の僕にテメェの魔法は何も効かねぇよ!!」

 

 

 アンデッドたるベルディアの放った魔法は呪怨属性に相当するもの。今の明智にとっては無効であり、毛ほども意に介する必要はない。

 

 

「先程までとは剣筋も気迫も何もかも違う…一体なんなんだこいつは…!?」

 

 

 そしてしばらくの膠着状態のうち、明智が仕掛ける。 ベルディアを自身とで挟むように配置したロキ。当然それも認識してはいるだろうが、明智が攻めの手を強めてそれを許さない。

 

 

「そのまま死ね!!ペルソナァ!!」

 

「俺の放り投げた頭のことを忘れたか!このくらいーーー」

 

 

 背後のロキから放たれた特大の斬撃『レーヴァテイン』。城の床を裂きながら突進してくるそれもベルディアは天井にある頭部で把握している。

 彼の剣士としての技量の髄によるものか、斬撃をまるで巻き取るようにいなし、あろうことかそのまま明智へと放ち返す。

 

 

「甘えんだよカスが。そのくらい想定済みだ」

 

 

 しかしそんな事態にも彼は少しも焦ったような表情や様子を見せない。懐から取り出したのは先端に緑と紫の甲殻のような物で装飾された小ぶりの扇。 彼がそれを斬撃の直撃する寸前で振るうと再び斬撃はベルディア目掛けて直進し始める。

 

 

「んなあああッ!?」

 

 

 自身の技術の髄を凝らして放った斬撃返しをいとも簡単に対処され、あろうことか全く同じことを簡単にやり返され、ベルディアが驚きの声と共に斬撃を浴びる。 先程の明智のように鎧を斜めに大きく裂かれ、辺りを覆っていたドームのような魔力も霧散する。

 

 

「な、なんだそれ……」

 

 

 倒れたベルディアが苦悶の声を上げながら明智に問う。既に明智も剣を納めてペルソナも顕現させていない。

 大きく裂かれた傷口からはアンデッドのためか血こそ出てないものの、魔力が絶えず漏出し、瀕死の様相を訴えている。

 

 

「こいつはエルダードラゴンの素材から作ったものだ。物理攻撃を流したり跳ね返したりできる」

 

「その『ペルソナ』とかいうのだったり……とんだびっくり人間だな貴様は…まぁいい…俺の負けだ。この大剣でも持ってけ」

 

 

 消えゆくベルディアが近くに放り投げられた大剣を指差す。

 

 

「しかし…貴様はこの世界の住民じゃあないのか…そう考えればさっきの言動や能力にも合点が行く……ところでだ…本当の貴様はどっちだ?」

 

「……何?」

 

 

 そんな思いがけない問いかけに少し混乱する。思えば自身のこの姿と普段の姿。両方を知る人間はいずれも自身のことをよく知る者たちだった。

 明智のことをあまり知らないベルディアだからこそ出てきた素朴な疑問。しかし、そんな疑問に彼は言葉を詰まらせる。

 

 

「…そんなの、今の僕が本当に決まっているだろう」

 

「そうか……1人…なのだな……」

 

 

 それを最後に、ベルディアは消えていった。城が静寂に包まれ、明智は残された大剣を手に取りながらベルディアの最後の言葉を心の中で反芻していた。

 

〜*〜

 

 先の苛烈な戦い。人知れず始まり、人知れず終わった戦いだったがただ1人、それを見届ける影がいたのを明智は知らない。

 アクセルの街から全速力で向かいたどり着いた廃城。城のそこら中に鋭利なもので抉られた傷とアンデッド達の死体。そして辿り着いた大きな空間では今まさに決着がつかんとしていた。

 

 対峙するは片や漆黒の鎧を纏いし魔王軍幹部のベルディア。そして片や同じく漆黒の外套に身を包んだ明智。

 別人のように変わり果てた彼の姿にクリスは驚きを隠せずにいる。もちろん彼のあの姿についてはディーテルからの資料で確認していた。しかし百聞は一見にしかず。これまで見ていた彼のロビンフッドを使役する姿とはどうしても結びつかない。

 

 度々顔を覗かせていた彼の凶暴性。あれはほんの氷山の一角であった事を嫌と言うほどに痛感させられる。

 

 そして決着が付き、床に伏したベルディアとそれを見下す明智はしばらく何か会話を交わしている。内容こそ分からないが、ベルディアが時を迎えて消えて行く。

 明智も去り、静寂が訪れた古城。そんな静謐とは裏腹にクリスの胸の内には複雑な感情が渦巻いていた。

 

 

(彼のあの姿…そしてあの凶暴性……やはり彼は悪人なんでしょうか…でも、これまでにこの目で見てきた彼も事実…それにペルソナという能力は自身の心の写し鏡のようなものらしいですし、だとしたら彼の中にはあんな対極の心が同時に存在してるんでしょうか……)

 

「……はぁ……」

 

 

 気づけばため息が漏れていた。明智吾郎。彼の特異すぎる存在に、エリスの中に築かれていた『悪人、罪人というのはどうしようもなく悪だ』という固定観念が揺らぐ。まるで自分のこれまでの女神としての経験、生を真っ向から否定されたような感覚。

 しかし、悪の面も持っている。そして彼のそれはあまりにも危険だということを今回の一件で思い知らされた。なれば自分はこれまで通り彼を裁く必要があるーーーそう彼女は結論付けたのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話・その壱

こんな感じの本編とはあまり関係ないのもちょこちょこと書きます。少し短めです。


 『骨折り損のくたびれもうけ』なんて言葉がある。骨を折るほどの苦労の末に残ったのはちっぽけな儲けだなんて夢のない言葉だ。

 しかし、今回の件を語る上で忘れてはならない言葉だ。

 

〜*〜

 

 日も燦々と照りつけるは晴天のアクセル。街はその日に比例するかのように今日も住民たちののどかな活気に溢れている。

 しかし、光が強ければそれだけ影も強くなると言うもの。大通りから少し離れた所に位置する『ウィズ魔道具店』。今日も今日とて不景気真っ盛りだが、この強烈な太陽にすっかり店主のウィズはてんてこまいだ。

 

 高すぎる商品の数々とどれも中身がピーキーで活かしどころに困るものばかり。商才が0を通り越してマイナスに振り切れている彼女の仕入れセンスには反面教師として目を見張るものがある。

 

 スライムのように蕩けかけているそんな店主の耳に来客を告げるベルの音。もはやマトモに座ることすら困難な衰弱をなんとか潜り抜けて入口へと目をやる。そこには以前にもここで商品を購入してくれた救世主、明智の姿が。

 

 

「い、いらっしゃいませ〜……」

 

 

 そんな蚊の鳴くような声を絞り出す。せっかくのお客様だ。誠心誠意対応せねばーーーそんな心境とは裏腹に身体は最低限の生命維持以外の活動を拒む。

 

 

「……」

 

 

 彼は一言も発せず、ただ自分の方をしばし見つめたかと思うと踵を返して見せを後にした。こんな体たらくじゃ無理もない…そう思うがやはり一抹の残念さが拭えない。しかし参ったと次に収入の入る3日後までの自分を思い描く。このままじゃ骸骨まっしぐらだーーーそんな縁起でもない事を考えていると再び来客のベルが鳴る。

 

 

「あの…流石にマズそうだったから、これ。どうぞ食べてください」

 

 

 目を向けるとそこには屋台で買ったであろうバゲットに何かの唐揚げとコップ一杯の水。そしてその背後には先程出ていった明智が立っていた。

 

 

「あ、ありがとうございます…!美味しい……」

 

 

 極限状態故にお礼の言葉だけ告げて早速目の前の久しぶりのマトモな食事にかぶりつく。

 唐揚げは下味の確かな風味と肉本来の旨味、そして噛めば噛むほどに口の中で弾ける肉汁が胃袋を満たしていく。

 そして焼き上がって間もないであろうバゲットは麦の優しい、落ち着く香りとフワフワとした生地が余計に唐揚げを食べる手を進ませる。

 最後にコップ一杯の水を一気に(あお)る。こんな暑い日を吹き飛ばすほどに冷え、清流のように澄んだ水は乾いた喉から食道、胃袋へと行き渡り、身体と心を潤す。

 

 食事の多幸感は思考をぼんやりとさせる。しばらく恍惚とした表情をウィズは浮かべていたが少しして何かに急かされるように喋り出す。

 

 

「ーーーす、すいませんわざわざこんなに…ほんとに助かりました…!ありがとうございます…」

 

「このくらいは問題ないですよ、気にしないでください。それで、欲しいものがあるんですけどーーー」

 

「あっ、そっそうですよね!失礼しました…それで、どんな物をお探しでしょうか?」

 

 

 この店主も元は中々に名の知れた冒険者だったらしいのだが…そんな面影は粉微塵になって消え去ってしまっているらしい。おどおどとした彼女の態度を見ているとなぜだかこちらまで申し訳なくなってくる。

 

 

「テレポート関連のアイテムを探してるんですが、何か良いのってあります?」

 

「テレポート、ですかぁ…でしたらこちらの商品たちですね。何か気になるものはありますか?」

 

「それじゃあ…これは?」

 

「そちらは単純に1回で使い切りの物ですね。事前に親機を行き先として設置して子機を持ち歩いていればいつでも親機の元へとテレポート出来る物です」

 

 

なんだ、意外とマトモなものもあるじゃないか。そんな風に感心した顔で紹介された物を手に取る。

 

 

「それじゃあこれ……」

 

「えっと…そ、その……お値段相応が故の副作用と言いますか…疲労時などに使用すると身体が爆発四散しかねないほどの負荷が……」

 

「……」

 

 

 無言で商品を棚に戻す。テレポートしたい状況だなんて大体ピンチの時やクエストで疲れ果てた後だろうに…ほぼ使用不可と同義である。

 それではと次の商品。同じような水晶だが先程の2個で1つの物ではなく、手のひらサイズより一回りだけ小さな1つの物だ。

 

 

「そちらはライブラリテレポーターですね。自身の場所を逐次記録してくれて、使用時にはそれらの場所から行き先を選んで…といった物です」

 

「…どうせこれにも欠点があるんじゃないですか?」

 

「え、え〜っと……座標の記録の間隔が5分おきでして……すぐに行き先の容量が一杯になって結局遠く離れた様々な場所を登録したりは…できません…はい……」

 

「「………」」

 

 

 なんだか嫌な沈黙が辺りを包む。これほどまでに彼女は自身の商才の無さを呪ったこともないだろう。

 

 

「……前にここに来た時、その時は触れなかったけどさ」

 

 

 明智が少しして口を開く。それはこれまでの口調とは違い、重く冷ややかなもの。その重圧にウィズも思わず身を少し引く。

 

 

「君は一体、何者なのかな?なんたってこんな人間紛いの事してるんだい?」

 

「ーーッ!!……気づいてたんですか…」

 

 

 思いがけない言葉に驚きの表情を浮かべるウィズ。そして目の前のこの男は下手な事をすれば自身の命をすぐに断ちに来るだろう。 そんな直感にウィズもゆっくりと話し出す。

 

 

「…まず、私に戦う意志はありません。だから、その…その殺気とか周りに張り巡らしてるものとかも納めてくれると助かるんですが…あはは……」

 

「ーーーそのようだね。これだけしててまるでその気も感じられない」

 

 

 事実として彼女は少し怯えたようにしているものの、それは事を荒立たないためなのだろう。こんな状況で冗談めかして笑っているが、恐れはほとんど感じられない。それは彼女がその物腰低い態度の下に確固たる自身の実力への信頼あってこそだろう。

 

「えっと…何から話したものでしょうか…私は『リッチー』、ノーライフキングだなんて呼ばれてます」

 

「ーーー!リッチー……」

 

 

 藪蛇と言ったものか。とんだ大物の出現に明智も目を見開く。

 『リッチー』、未だに本の中での知識でしか無いがアンデッド族の最高峰の実力を誇るモンスター。多彩な魔法を操り、その身体は低レベルの冒険者では触れることすら敵わない呪いに満ち満ちている。

 そしてーーー人が、それも歴史に名を残す様な強大な魔法使い達のみがより大きな力を得るためにその魔法を以って転じた、不老不死の存在。

 

 

(なるほど道理で…しかしすごい魔力だな…あのベルディアと同等…いや、スキルの数を考えればあれも凌ぐな)

 

 

 驚く明智を他所に彼女はやはり少し困った様に笑いながら話を続ける。

 

 

「今は色々と事情があってこうしてお店を経営してるんです。でも、本当にこの街の住民や人間の方々には危害を及ぼしてもいないしこれから何か起こす気もないんです……信じてもらえますか?」

 

 

 そう語りかける彼女の目。純粋で裏表のない、本当に心の底からの言葉を話す時の目。怪盗団(彼ら)も同じ目をしていた。

 

 

「…どうやら本当みたいだね。下手に事を荒立たてもお互い良い事もなさそうだし、お互いあくまで客と店主の関係で行こうか」

 

「はい、こちらとしてもそれが助かります…あの、1つ聞いても良いですか?」

 

「何かな?」

 

「あなたの中…その()()()()は何ですか?」

 

「…へぇ、流石リッチーって事かな」

 

 

 以前にもあの女神に自身の本当の一面を見透かされていたこともあり、今回はあまり衝撃は受けない。魔法に特化した種族ともあればあまり不思議でもないだろう。そう明智は結論付ける。

 

 

「言っておくと、魔力の質が違おうとそれも含めて全部が僕だよ。もう一つでもなんでもない。サイコロみたいなものだ」

 

「そうでしたか…っと、テレポートの道具でしたよね!えっと、アケチさん。予算の方はいくらほど…?」

 

 

 少し重苦しい雰囲気を破る様にウィズが再び笑顔で喋り始める。

 明智もこれ以上はお互いに関して詮索する気もなく、何事もなかったかの様に会話を続ける。

 

 

「そうだね、天井はほぼないって思ってくれて良いよ」

 

「でしたか…ならこちらはいかがでしょうか。この大きな水晶が親機、つまりテレポート先になります。そして一回使い切りのこの子機を持っていればいつでも戻れるものです。先程の物とは違い、特に副作用などもありません。ただし子機が消耗品なので少々維持費がかさんでしまいますが…」

 

「…いいね、お金ならあるしそれを貰うよ」

 

「はい!お買い上げ本当にありがとうございます!」

 

 

 商談は成立。明智は紫色の大きな水晶と空色の小さな水晶を3つ受け取る。

 久々の収入にウィズもいつもの困った様な笑いではなく心の底から喜しげな表情を浮かべるのだったーーー

 

〜*〜

 

 時刻はお昼時。いつものようにカズマ達一行はギルドでうだうだと時間を潰していた。

 どうやら何者かーーー恐らくは明智のせいなのだろうと薄々とカズマは察して入るがーーー件の魔王軍幹部、ベルディアを討伐してしまったらしい。しかし未だにその余韻は残っており、やはりこの駆け出しの街アクセルの周辺でも凶悪なモンスター達がひしめいている。

 

 

「……うーん…」

 

「どったのよカズマさん、そんな気持ち悪い呻き声出して。便秘?」

 

「シンプルに殴るぞお前」

 

「女の子を殴るだなんていただけないぞカズマ。そういうのは私に遠慮なく…」

 

「ーーーあああああっ!!黙ってろこのド変態!大体アクア、お前のせいなんだぞ!!金が無いんだよ!!最近はクエストがなくて収入もカツカツだってのに飲んでや食ってやーーー少しは節操覚えろこのデブ!!」

 

「何よ!!カズマさんだって結構飲んでるじゃない!!それに私知ってるのよカズマさんが夜な夜な路地裏の店にーーー」

 

「よし分かった。俺が悪かった。この話はここでやめよう。そしてパーティー一丸となってこの困窮した状況を打開しようじゃないか、な?」

 

「路地裏の店とやらがなんなのかは知りませんが、清々しいほどの移り身ですね」

 

 

 いつもの夫婦漫才かの様なお決まりのやり取り。そんなやり取りにも不況が祟っているのかあまりキレがない。

 

 

「……こんな事してても埒があかないな…特に無いとは思うがクエストボードでも見てくる。お前ら大人しくしてろよ!」

 

「なんなのよまるで私達が目をすこ〜し話した隙に厄介ごとを持ち込む様な扱いして!」

 

「おぉ察しが良いな!!一言一句その通りだよそう思ってるよ!!」

 

「何よこのダメヒキニート!」

 

 

 勝手に言ってろと言わんばかりに喚くアクアを無視してクエストボードの方へと向かう。やはりと言うべきかクエストボードには高難易度クエストばかり並んでいる。しかし幾つかの依頼書に埋もれている1枚の依頼書が。

 

 中身は『ゾンビメーカー』の討伐。それもこのアクセルの街中でだ。『ゾンビメーカー』はアンデッド族の一員で名前の通りゾンビを操るモンスター。しかしその操る事のできる数も少なければ本体の戦闘力も大したことは無い。

 

 クエストのレベル自体は低く、やはり報酬も大した額では無い。だが久しぶりに舞い込んだ攻略できるクエスト。なんならあのなんちゃって女神もアンデッド族に対しては無類の強さを誇る。大した労もせずにクリア出来そうなクエストを逃すわけにもいかず、そのクエストを受注する。

 

 

「おいお前ら〜、良さげなクエストあったぞ。『ゾンビメーカー』の討伐。ただ出現するのは夜らしいから夕方までは解散だ」

 

「『ゾンビメーカー』…ゲッ、街中じゃないですか。爆裂魔法撃てないじゃないですか。カズマ、行きますよ」

 

 

 そんなこんなで一行は解散。カズマとめぐみんは郊外へ爆裂魔法を撃ちに。ダクネスとアクアはそれぞれ街をぶらぶらすることにした。

 

〜*〜

 

「〜♪〜♪」

 

 

 愉快な鼻歌を歌いながら街を散策するアクア。手にはコロッケが握られている。もちろんそんな物を買っている金銭的余裕はほぼ無いのだが、久々のクエストという事で散財だ。

 アクアの後先を考えない散財癖、というのは生活する上ではとても厄介な物であり、カズマの悩みの種の1つだ。この買い食いも見つかろうものなら引っ叩かれるだろう。

 

 

「……ん?あれって…」

 

 

 街中に見覚えのある人影。明智だ。小脇には何かが詰まった皮袋を抱えている。

 ちょうどいい、あのへっぽこカズマさんじゃ例えゾンビメーカーの討伐でも何か厄介ごとを引き起こすに違いない。明智にも手伝ってもらおう。そう誰もが『お前じゃい!!!!』と突っ込みたくなる様な思惑を胸に彼の元へ駆け寄る。

 

 

「あーけーちーさん!どったのそれ?」

 

「ーーーあぁ、アクアさん…だったかな?どうしたんだい?」

 

「実はぁ、私達今夜ゾンビメーカーの討伐に行くの。それでぇ、手伝ってもらいたいな〜なんて!」

 

 

 妙に神経を逆撫でする間延びした話し方。当の明智は嫌な表情1つ見せないが内心既に結構キレてる。

 それも無理はない。以前にカズマ一行と行ったジャイアントトードの討伐クエスト。そこで彼は肉体的にも名誉的にもエラい目にあったのだ。アレのせいで未だにアクセルの一部には明智をカズマと同類の変態と認識している層がある。

 

 

「…悪いけど、今夜は少し予定があってね。君たちのクエストにはついて行けないかな」

 

「あれ〜?アケチさん、もしかして前のクエストで怖気付いちゃった〜?まぁしょうがないわよね〜、それじゃあ私たちだけで行ってくるわね!アケチさんは精々お家でぶるぶる震えてることね!」

 

 

 ナチュラル煽りストのアクア。普通の人がこんな事を言われたら間違いなく腹パンをかますレベルだが、明智にそんな挑発は通じない。内心ブチギレてるけど。

 

 

「あぁ、申し訳ないけどそうさせてもらうよ。それじゃあ僕はこれから家の内見があるから、失礼させてもらうよ」

 

「……へ?家?…アケチさん……家、建てたの?」

 

 

 明智はカズマとアクアが馬小屋暮らしなのを風の噂で知っていた。知っていたからこそ、ベルディアの件でどっさり入ってきた報奨金で一軒家を建てることにした事をわざとらしく伝える。

 そして、アクアの目の色は簡単に見て取れるほど変わった。

 

 

「それじゃあ、そういう事だから」

 

「待って!待ってよアカチさん!その口振りだと知ってるでしょ!?私、冬は朝起きたらまつ毛が凍ってるし、夏は暑さで一言も喋れないくらい喉がカピカピに干からびちゃうの!もう嫌なのよあんな生活!!お願い私を連れてって〜!!」

 

(…言うんじゃなかったか……)

 

 

 煮湯を飲まされた仕返しにと口走ってしまったが、彼にしては珍しく失策だった。案の定アクアは彼の足元に大声で泣きながら縋ってくる。

 こんな大衆の面前で大泣きする品性とパーティーメンバーを差し置いて自分だけ快適な生活へ行こうとする厚かましさに辟易しながらもアクアを宥める。しかし彼女の幼児の様な駄々は止まらない。いや結構命に関わる様な切実なヤツだけども。

 

 

「お願い!!お願いよ〜〜!!」

 

「ちょっ、ちょっと離してくれないかな…」

 

 

 ふと、思い出されるは彼の手にあるテレポートアイテムの説明。彼女の説明曰くーーー

 

 

『登録したい地点で、その親機の水晶の方に魔力を込めてください。少し多めの魔力量が必要ですから間違ってーーーなんて事はないとは思いますが気をつけてくださいね。変えようとすると中々に面倒ですから』

 

 

 だそうな。そして今足元に縋り付いてきているこの女神。魔力量だけで言えば、明智を凌ぐものがある。

 そして親機の水晶は鈍く光り輝き始めた。なんなら他の子機の水晶も。

 

 

「あ」

 

「…え?」

 

「君、なんてことをーーーしてくれーーーてるのかな?こーーー結構な値段する物なんだけどね」

 

 

 作動したテレポート水晶により、明智がまるで壊れかけのテレビの様に明滅しながら出たり消えたりのテレポートを繰り返す。

 数回のテレポートの後、般若の様な形相をした明智と顔面蒼白で今にも消えてしまいそうなアクアが変わらず彼の足元に。

 

 

「さてーーー改めて言おうか。さっき買ったこのテレポート水晶。結構な値段した代物だ。その水晶のほとんどが今お釈迦になっちゃった訳だけど、どうしてくれるのかな?」

 

「……えっと………その…て、てへぺろ☆」

 

 

 アクアの頭上すれすれを紫色の刃が彼女の髪飾りを貫きながら通過した。




1話完結にしたかったけど長くなってしまう…


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

閑話・その弐

短めと言ったな、あれは嘘だ。
そしてお久しぶりです


「ほんとすいませんでした。命だけは…」

 

 

 未だ住民たちも数多く往来する通り。そこに長い青髪を携えたいつも何かと厄介ごとを持ち込んでくる女神、アクアがそれはそれは見事な『Japanese DO☆GE☆ZA』をしていた。それだけには留まらず、掘削機かと言わんばかりにおでこを地面に擦り付ける。

 

 なんたってそんな無様で愉快なことになっているのか。多分エリスがこの光景を見ようものなら腹を抱えて笑うと思う。

 その理由には時間を少し遡り、アクアが明智に髪飾りを砕かれた直後へ。

 

 

「ーーーな、なによそこまでする事ないじゃない!!どうしてくれるのこの『まじかる☆アクアちゃんアクセサリー』!粉々じゃないの!!謝って!!謝ってそして弁償して!」

 

 

 少しはマズイと思ったのか躊躇う素振りを見せるが、下手に出たらこちらに不利益が発生しそうなもの。あくまで被害者のスタンスを貫く。とても腹立たしいものである。

 

 しかし明智はそんな彼女には目も暮れず、事務的に機械的に、こちらが被害者であるという正当な理由。そして髪飾りは何かしら弁償及び代替を用意するからお前もこの道具の損失額を弁償しろ。以上の内容をまるでお経か呪詛のようにツラツラと述べる。

 その微塵たりともアクアの癇癪を受け入れる気のない毅然とした態度と、そして怒りと殺意をもはや隠す気もなく彼女に叩きつける様な形相と話し方。

 

 そんな明智に流石のアクアも身の危険及びもはやどうしようもなさを感じてまるで流れるかの様に、件の『Japanese DO☆GE☆ZA』をするに至ったのだった。

 

 

「あの…私、ほんとにお金なくて……そんな弁償額到底用意出来ないと言いますか…」

 

「………はぁ…もういいよ」

 

 

 気づけば辺りにはまばらにだが人も集まってきている。どうにも支払いは見込めそうにもないし、と呆れたように明智はため息を吐く。

 普段なら許されたとすぐにでも調子になりそうなアクアも流石に自重して少ししょげたような表情をしている。

 

 

「それじゃ僕は行くけど……次こんなことがあったら流石に許せないと思うから、そこの所ちゃんと覚えておいてね」

 

「はい……本当にすいませんでした…」

 

 

 背後で変わらずしょげているアクア。この街の外壁よりも厚い面の皮、図太さ、厚かましさを持つ流石の彼女にもあの殺意と圧力は応えたらしい。

 そんなこんなで彼はあの駄女神へのやらせない気持ちともはや使い物にならなくなったテレポート水晶を抱えて自身の家の予定地へと向かうのだった。

 

〜*〜

 

 そして到着したのは喧騒溢れる街からは少し離れた土地。辺りにはまばらにしか他の家は散見されず、風通しや日当たりも良い。中心部から離れているという理由で余っていた土地だが、彼にとってはむしろ好都合であり即決だった。

 

 ただ一つ、余っていたもう一つの理由に墓地がもはやお隣さんかのような距離感覚にある。元の世界では別にそこまで気になる要素という訳ではないが、この世界にはゾンビなど、死体がモンスターとして襲いかかって来るだなんて事があるため、敬遠されがちなのである。

 まぁそれも大して明智には関係ない。別に倒せるし。この男、堪忍袋が意外とキレやすい事以外は無敵なのかもしれない。

 

 

「ーーーへぇ、意外と良い感じじゃないか」

 

 

 元々ここに建っていた、半壊状態であった古民家の枠組みを残してのリフォームに近い作業だった為か、ものの2週間弱でほぼ完成形に近い部分まで竣工していた。

 隣の墓地こそ景観的な意味で少々気になりはするものの住めば都というもの。先程までのうんざりとした気持ちから一転、意外と心を躍らせていた。

 

 今日は工事も休みだったために、完成前の住宅でくつろぐという案外ない体験をしながら彼は先に購入して運ばせておいたソファで本を読みながら時間を潰していると時刻は夕暮れ時となっていた。

 

 昼間の陽気もだんだんと消え失せて夜の冷気が漂い始める。流石に何もない部屋、更にソファで寝る気は起きず、彼は立ち上がる。

 

 そしてドアに手をかけ、外に出ようとする。その時だった。

 

 

「…爆裂……」

 

「ボソッと呟くなよ。今日はもう撃ったんだし街中なんだから我慢しろよ。ほんとにマジで」

 

「はぁ…はぁ…ゾンビメーカー……無数のゾンビに囲まれ、私の肢体を弄びながら…ふへへへ……」

 

「……」

 

「…どーしたアクア?普段のあの口煩さはどこへ行ったんだー?」

 

 

 そんな会話が聞こえてきた。当然彼は外に出ようとした動きを即座に停止する。聞こえてきた会話の内容から察するにあの忌々しい一行が隣の墓地にクエストか何かに来たのだろう。だがなんたってそれが今日、そして更にここなんだと自身の不幸を呪う。

 しかし、うだうだしていれば何かこの家に被害があるかもしれない。流石にそれは避けねばと意を決して外へ踏み出す。

 

 外に出ると隣の墓地にはやはりサトウカズマの一行。そして更に腐乱した死体が動く異様な光景とその死体達の奥に佇む黒いボロ切れを纏ったかのような人影が。

 ゾンビというのは現実では初見ではあったものの知識としては蓄えがあったため大して動揺はない。ただそれ以上に恐ろしい事にあのダクネスがゾンビ達に向けてその剣を勢いよく振り上げていた。

 

 そして明智に電流走る。

 

 

(ーーー絶対すっぽ抜ける)

 

 

 そんな直感に突き動かされ、彼の身体は家を守るようにして構える。

 彼のどうしようもない不幸と彼女の絶望的な不器用さが奇跡のマッチングを起こし、思った通りに彼女の手から剣が勢いよくすっぽ抜けた。

 

 そしてやはり案の定それは高速でこちらに向かって飛んでくる。このまま何もしなければ自分及び家の外壁にオシャレな形の覗き穴をこしらえる事になるだろう。

 

 

「ーーーーフッ!」

 

 

 しかし予見していた上でならば対処は容易いというもの。

 横に身体をずらし、自身の真横に飛んできた剣に八つ当たりを含めて全力で拳を叩きつける。

 魔法で強化された明智の本気の拳が叩きつけられた結果、刀身はそれはそれは綺麗に真っ二つに折れた。破片の1つも出さないほどに。

 

 そしてその光景に唖然としているサトウカズマ一行。しかし彼らの脳裏には確実に『怒らせちゃいけない』という認識が今一度強く刻み込まれた事だろう。

 

 

「ーーーーへ?ど、どどどどーしてアケチさんがここに…?」

 

「ここが僕の家だから。まだ建設途中ではあるけどね」

 

 

 顔面蒼白のアクアが蚊の鳴くような声で問いかけて来る。それに明智が冷静に淡々と応える…が、そこに時間が再び動き出したかのように固まっていた者が。

 

 

「あああーーっ!!わ、わた…私の…剣……こんな真っ二つに……うっうぅ…」

 

 

 ダクネスがそんな2人のことなど意にも介さない様に彼の足元に転がるもはやダガーのサイズ感になってしまった剣の残骸を拾い上げる。

 生粋の、筋金の、超絶怒涛のマゾヒストでもこの方向性の嗜虐というのは応えるらしい。

 余程ショックなのかきちんと悲しそうに、若干の涙も浮かべる彼女の姿にこれまで煮湯を飲まされてきた明智にも2割ほど申し訳ない気持ちが浮かび上がる。ちなみに残りの8割はスカッとした晴々しい気持ち。

 

 

「ダ、ダクネス……ちょっと!いくらすっぽ抜かしたダクネスが悪いとはいえ、少しは申し訳ないみたいな気持ちがないのですか!?」

 

「…そりゃあ申し訳ないとは思ってるよ。ただこれまで君たちに散々嫌な目に遭わされてきた訳だし…それに剣の方は簡単に直せる様折っておいた。弁償だってしていい。だけどね、それをするとこちらにも弁償してもらわないと気が済まない案件があるんだけど…」

 

 

 叱責するめぐみんと冷静に受け答えする明智。彼に視線を向けられたアクアは俯きバツが悪そうにする。

 

 

「…おいちょっと待て。お前、今度は何やらかしたんだ?」

 

 

 カズマがアクアに圧迫する様に問い詰める。依然バツの悪そうな彼女は流石に申し訳なさそうに口を開き、

 

 

「……アケチさんのテレポート水晶全部お釈迦にした…お値段ホニャララ…万エリスだって」

 

 

 値段を小声で聞かされたカズマがどんどんと青ざめていく。そしてダクネスの方へ駆け寄って行って彼女の襟首を掴む。

 

 

「ーーーおいダクネス!残念だけど剣のことは諦めろ!ほら、今回の報酬でまた新しいのを買えばいいだろ!?」

 

「ぐすっ……やだぁ、この剣がいいのぉ……」

 

「なんで幼児退行してるんだよ!!剣1本くらいでお前のメンタルどうなってるんだよ!」

 

「ーーーって、カズマカズマ!大変ですいつの間にかゾンビの数がえらい事になってますよ!もうゾンビパーティーって感じです!!」

 

 

 なぜかしょげて幼児退行したダクネスを引きずって行こうとするが彼の貧弱な膂力では全然進まず、ワタワタとしているとめぐみんが焦って大声を出す。

その声の方を見てみると最初は片手で数えられる程度の数がいつの間にか墓地内に隙間のないほどに増えていた。

 

 視界を埋め尽くさんばかりのゾンビ達。そして後ろで心なしかほくそ笑んでいるように見えるゾンビメーカー。新居だというのにもはや泣きたくなるほどの大惨事だ。カズマ達の対アンデットのスペシャリストアクアも、すっかり明智に萎縮してしまってあまり乗り気ではない様子。

 

 まさかこんなことになるなんてーーーそんな後悔がカズマの脳内をよぎる。

 

 もはや八方塞がりといった感じで、思考は空回りを続けて身体への信号は何も送られない。立ち尽くすカズマに明智から声がかかる。

 

 

「ーーー後ろのゾンビ達、片付けてあげてもいいよ。ただし条件付きでね」

 

「えっホントに!?!?じゃあぜひ!!お願いします!!てか早くしてえええええええ!!」

 

 

 その一言で台風一過のように急激にカズマの表情が晴れやかなものとなる。しかしもはや肩に触れられる範囲まで近づいてきていたゾンビに絶叫を上げながら逃げ回る。

 

 そしてその直後、ゾンビ達は上空から降り注ぐ光の矢に穿たれ、まるで粒子のようになって散って逝った。

 明智の方へ目を向けると彼が『ペルソナ』と呼ぶ大男がどこからともなく出現している。おそらくは彼の持つ弓矢がゾンビやゾンビメーカーを一掃したのだろう。

 救われはしたものの、どんな絡め手を使おうと埋まることのないどうしようもない力の差を改めて見せつけられ、彼の出した条件というのがひどく恐ろしく、なんならさっきのゾンビ達の方がマシだったんじゃないかという疑念が浮かび上がる。

 

 

「あのー…それで…条件というのは…?」

 

「簡単だよ。そこのアクアさんにお釈迦にされたテレポート水晶の弁償だよ。借金て形で分割で返済してもらっても構わないから」

 

「…へ?それだけ?それだけならまぁ…」

 

「あのテレポート水晶は子機とか沢山あってそれも全滅したから、全部せしめて値段は5000万エリス。1ヶ月につき2割、利息として5000万から1000万ずつ上乗せして払ってもらうから、頑張ってね」

 

 

 瞬間、カズマは胃の底から何か気持ち悪いものが迫り上がってくるような感覚を覚えた。彼はどうしようもないゲスという点を除けばまぁまぁしっかりしているとはいえ、まだ10代の少年。そんな彼にいきなり負うこととなった5000万という借金は、心にとてつもない重圧としてのし掛かった。

 どうやら彼の数少ない長所の1つである結構な幸運は身内の疫病神レベルの圧倒的な不幸に叩き潰されたらしい。

 

 

「ーーーま、待ってくださいいきなり5000万エリスなんてあまりに無茶です!いくらアクアが悪いとは言っても少しくらい譲歩してくれたって良いじゃないですか!」

 

 

 呆然とするカズマを尻目にめぐみんが声を荒げる。

 確かにアクアの挑発が原因とはいえ、そんな挑発に乗せられて遠回しに煽り返した自分も自分だ。アクアには散々前科があるとしても。5000兆歩くらい譲ったとしても。

 そんな風に明智の心は少しだけ揺れ動いた。

 

 

「じゃあそうだね……僕に防御の上からでもいいから、一撃当てれたら返済額は半分にまで減らしてあげるよ。ペルソナも武器も使わない。これでどうかな?」

 

「…一撃……いやでも半額なんだ!受けない手はない…行くぞお前ら!ほら立てダクネス!いつまでもビビってんなよ駄女神!元はと言えばお前が持ってきたトラブルなんだからお前が1番働けよ!!」

 

 

 その言葉を受けてカズマは再奮起、しょげているアクアとダクネスにも檄を飛ばす。めぐみんも杖を構えて鼻息を荒ぶらせている。最も、魔力は回復しきっておらず爆裂は撃てないし、魔力があったとて撃てる状況ではないために1番のお荷物なのだが。

 

 パーティーメンバー達が各々立ち上がって行く中、カズマはというとやはり狡いことを考えていた。それもそのはず。いくら先程のペルソナも、彼の持ってる恐ろしげな武器も使わないとは言え、それでも埋めきれない力の差があることは重々承知している。

 ならばその差を埋めるのは初見殺し。1発限りの攻撃のために、全て出し切らなければならないだろうと直感した。

 

 

「ーーーさて、流石にあんまり作戦会議とかさせちゃうとフェアじゃないから…行かせてもらうよ」

 

 

 そう言って明智が動き出した。別に何を仕掛けるでもなく、ただただ武器を構えるカズマ達4人に向かって歩いてくる。

 そして5mもない距離まで近づいた途端、彼のいた所には土煙が昇っていた。当人はというと、最初からそこにいたかのようにめぐみんの正面に立っている。

 

 

「『エンチャント・ビッグ・ヘビー』」

 

「…ふえ?」

 

 

 明智が手をかざすとめぐみんの帽子が人間サイズに巨大化する。更に岩石ほどの重量を持った帽子はすっぽりとめぐみんを収監し、中からやかましい彼女の声が聞こえる愉快なオブジェクトと化した。

 

 

「うおおおおお!!『まじかる☆アクアちゃんステッキ』イイイイィィィ!!」

 

 

 恐ろしいほどの緩急を付けた動きに3人の思考がようやく追いつく。

 どうにか一撃入れねばと、他の3人よりも明らかに必死な思いでアクアが杖で殴りかかってくる。

 幸運と知能以外はやはり高水準なステータスなためか、真横からの彼女の一撃は明智の眼前にまで迫る。しかしその一撃も無慈悲に彼に到達する前に停止してしまう。

 アクアが違和感のある杖に目をやるといつの間にか『バインド』によって杖の先端と木の幹に縄が巻き付き、繋がれていた。しかし彼女の判断ははやく、早々に『まじかる☆アクアちゃんステッキ』を放棄し、再び明智に肉薄する。

 その動きを見てしょげていたダクネスも彼に迫る。左右両サイドからの拳。それでも彼は焦った様子を微塵も見せない。

 

 アクアの拳はひらりと身を翻して空を切らされる。そしてダクネスのノーコンの拳は腕を掴んで流され、勢いそのままに近くにあっためぐみん入り帽子に鈍い音を立てて直撃する。

 

 

「〜〜〜〜〜ッッ!!」

 

 

 わりかしシャレにならない感じの痛みに流石のダクネスも声にならない呻きを漏らしながら手を抑える。…少し頬が火照っているのは勘違いだと明智の脳は処理して、二度と考えないように思考の隅に封印した。

 

 

「イイッタイミミカ"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"‼︎‼︎」

 

 

 ダクネスの拳がまるで鐘突きのように帽子の内部に重低音を反響させ、それでどうやらめぐみんの鼓膜に大ダメージが入ったらしい。中からもはや人のものとは思えないような叫び声が聞こえてくる。

 

 しかしそんなパーティーメンバーの咆哮も気にせず、アクアは必死に明智に拳を振りかざす。しかしいくら彼女のステータスが高いといえど、あまりにも動きが直線的で簡単にひらひらとかわされてしまう。

 

 そんな折、これまで何故か動きのなかった男がようやく動き出した。潜伏スキルでこそこそと動きながら『まじかる☆アクアちゃんステッキ』の拘束を『ティンダー』で焼き切って、再びダクネスのようにアクアと共に挟み撃ちする。

 後ろには帽子の壁。側面からはアクアの拳とカズマ自身の体によるブロック。そして正面から薙ぎ払うようにステッキを振りかざす。

 

 ガードでしか防ぎようのない構図。腕なりで受け止めてしまえば簡単に反撃の通る状況ではあるが、そうすれば彼らの勝ち。

 そんな状況でも明智はというとやはり焦るでもなく、少しばかりな感心を抱いていた。そして何よりかかってくる彼の瞳に、少し懐かしいものを感じた。

 

 

(へぇ……条件に合わせた状況作りがうまい。それにあの猪突猛進女に即興でこんなに合わせられるか…まぁでも…)

 

「アイデアは悪くない。だけどねーーー」

 

 

 背後にあった帽子をめぐみんごと持ち上げる。そして迫り来るアクアをブルドーザーのように掬い取り、そしてそのままカズマに向けて2人の入った帽子を叩きつけて吹き飛ばした。

 

 

「ーーーぶべあぁっ!!」

 

「速さ…いや基本的なステータスが足りてない。そして何より行動を起こすのが遅い…その根幹的なところが足りないから基礎で補わざるを得なくなるんだよ」

 

 

 そう言いながら手をぱんぱんと払う。

 帽子から投げ出されてノビているアクアにめぐみん。帽子に潰されてカズマは身動きが取れないでいる。そして拳の尋常じゃない痛みで悶えるダクネス。死屍累々、完全敗北。そんな様相だった。

 

 

「まぁ少しは良いものを見せてもらったし、あの5000万エリスっていうのもやる気を出させる為の嘘だから」

 

「……え?え!?嘘!?嘘だったの!?!?」

 

 

 その言葉を聞いてカズマの顔が輝きだす。その面白いくらいの七変化を遂げる顔を見て明智は言葉を続ける。

 

 

「あぁ、5000万エリスは払わなくてもいいよ。買った値段そのままの500万エリスでいいよ」

 

「ご、500万…いやまぁでも5000万に比べたらいいか……」

 

 

 再び落胆するが、完全敗北に加えて額も1/10になったこともあってか渋々と賠償金を受け入れた。500万でも結構な大金なのだが存外さっくり受け入れているのは上手いこと明智の口車と詐欺にも使われているような手口に丸め込まれているためだ。

 

 

「ーーーあと、これをダクネスさんに。街の外れにある『らだいだ』っていう工房に折れた剣と一緒に持っていけば原型を残して良い具合に仕立ててくれると思うから」

 

 

 そう言って明智は持ってきていた浅葱色の大剣ーーーベルディアの大剣を手渡した。魔王軍幹部の物と知れば彼は売り払いかねないためにそこは伝えない。

 

 

「ーーーほら、早く帰ってくれるかい?僕も宿に帰らなきゃだから」

 

「あっはい…し、失礼しました!そしてありがとうございますほらダクネス!いつまでも悶えてないでめぐみん担いで行くぞ!」

 

「ーーーアケチ、本当にいいのか?あまり刀剣に関しての知識はないがこれ…相当な業物じゃないのか?」

 

「…別に良いって言ってるだろう。どうせ棚ぼたの物だから。それに…ここまでしてあげたんだから、少しはそのマゾヒスト的な行動を抑えてくれるかな」

 

 

 彼の冗談のような、実はとても切実な願いにダクネスは笑みをこぼしてカズマと共に2人を担いで去っていった。

 その後ろ姿が消えた頃、彼はため息を吐いた。もちろんあのパーティーにまたまた面倒事を起こされた為ーーーというのもあるが、確実に彼は感じていた。この争い…とも言えないような喧嘩の一部始終を見ていたもう1人の存在を。

 

 

「そこの墓地の影で何してるのかな…ウィズさん?」

 

「うぇっ!?き、気づいてたんですか…」

 

 

 と言って墓地の方に声をかける。そしてその木陰からあのひ弱な彼女の驚きの声が聞こえてきた。

 

 

「隠れるのは不得手みたいだね、結構バレバレだったよ。それで…早く質問に答えてもらおうか」

 

 

 隠れるだなんてのは何かしら後ろめたい感情が故の行動。それが故に彼は少し圧をかけながら問い掛ける。

 しかしあのアクアでもビビり上がらせた圧も、やはりウィズにはあまり効いていないようだった。

 

 

「あはは…えっと私、実はこの街の色々な墓地に漂ってる魂を鎮めるっていうのを街の人達から頼まれてまして…それで今日はここの墓地だったんですが、あんな事になってたなんてつゆ知らず…」

 

 

 なんていう珍妙なトリプルブッキングだろう。人気アイドルでもこんなパンパンのスケジュールは組まない。

 …こんな土地と建造物がまぁまぁ安めの値段で紹介されたのもこの墓地のせいだったのではないかと今になって思えてきた。そしてあの妙にテキトーそうだった不動産のおじさんに少しずつ怨嗟の念が湧いてきた。

 

 

「それで以前にも同じようにしてた時、あのアクアさんに私浄化されかけちゃいまして…」

 

「なるほどね…お互い、アクアさんには苦労させられるね」

 

「え、えぇ……でもカズマさん達は私が魔王軍幹部である事を黙っててくれてますし…」

 

「…魔王軍幹部だって?」

 

 

 まるで日常会話のように出たカミングアウト。その言葉に明智が怪訝そうな顔を見せ、ウィズがこれ以上ないってほどにやっちまったという顔をしている。

 2人の間にしばしの沈黙が訪れる。流石の明智にもこんな事態は想定外でどうしたものかと試行錯誤。ウィズもウィズで思考がショートしそうなほどに焦っている。

 

 

「…どうにも只者じゃないって思ってたし、リッチーだっていうのも聞いたけど、まさか魔王軍幹部だったとはね…それじゃあアレかな。僕が倒したベルディアの仇討ちにでも来たのかな」

 

「……へ?アケチさん、ベルディアさんを倒したんですか…?」

 

「……」

 

 

 お互い口を開くたびに墓穴を掘り合っている。何か大きい暴露をした方が勝ちという勝負でもしているのだろうか。

 ウィズの驚いた顔を尻目に心の内で頭を抱える。

 

 

「はぁ……どうやら、お互いおしゃべりが過ぎるみたいだね」

 

「え、えぇ…もう言ってしまったのでアケチさんにも説明しますが、私幹部と言ってもあくまで魔王城の結界の維持を頼まれてるだけのなんちゃって幹部なんです。何か争いをする気もありませんし、悪事を起こそうともしてません。現に、私に賞金はかかってませんしね。それで…アケチさん、ベルディアさんを倒されたっていうのは…」

 

「…本当だよ。以前街に訪れた折、奴の城に乗り込んで倒した。ダクネスさんに渡したのが奴の残した剣だね」

 

「そ、そうでしたか…良かったんですか?魔王軍幹部の剣なんてそれこそ色々な冒険者や貴族が欲しがるような物でしょうに…」

 

「いや、大剣っていうのが妙に性に合わなくてね。それにちょうど良い機会だと思って。なんだかあの剣気持ち悪かったしね」

 

 

 2度死してなお罵られるベルディアに流石のウィズも少しばかり同情を覚える。

 

 

「…同僚を殺した男が目の前にいるっていうのに意外と平静なんだね」

 

「い、いえ少し悲しい気持ちもありますが…あまり関わりはありませんでしたし…その…彼、私と会うたび手が滑ったとか言って頭を転がしてスカートの中を覗こうとしてきて…正直気持ち悪かったですから…」

 

 

 多分ベルディアは今頃地獄で血の涙を流してる事だろう。かく言う2人も自分で発言しておいて流石に可哀想だと思ってきた為、彼の話題は流れていった。

 

 

「ーーーまぁ、お互い戦うメリットも理由もないっていうのが分かって良かったよ…そういえば、前にあなたの店で買わせてもらったテレポート水晶なんだけど、登録のリセットってできるかな?」

 

「…?え、えぇ。少しお時間はいただきますが、可能ですよ…え?全部同じ地点が登録されてる…なんでぇ……?」

 

 

 アクセルへの帰路を歩み始めた明智とウィズ。彼から受け取ったテレポート水晶の袋を受け取り、中身をチェックしたウィズが困惑した声を漏らす。もはや経緯がアホらしすぎて明智は説明する気力も起きなかったーーー

 

〜*〜

 

 宿に戻り、明智は今日の出来事に思いを馳せてため息をついた。500万の大金を叩いた買い物。そしてそれがお釈迦になり、更にはカズマ達にほぼタダ働きをさせられ、自身の倒したベルディアの戦利品も、今後あれを言い訳にしてダクネスから逃れるために渡すという、あまり賢いとは言えない判断を早く話を済ませてしまいたいがためにしてしまったりと散々な1日だった。

 そして得られたものはというと、今後カズマ達がチマチマと返済してくるであろう総計500万エリス。大金とはいえ、彼がその気になればあまり労せずに稼げる額だ。

 

 そんな雀の涙ほどの儲けに、今一度大きなため息を漏らしたのだったーーー

 

〜*〜

 

 翌日、ウィズ魔法具店にて。

 ウィズは早速、昨夜明智から受け取ったテレポート水晶のリセット作業に取り掛かろうとしていた。

 テレポート水晶に編み込まれた魔法を紐解き、刻まれた魔力を放出してリセットするという困難な作業。彼女が優れた魔法の知識と技術を持ち合わせているとはいえ、中々に骨が折れる作業だ。

 

 しかし、カズマ達一行に加えて明智も自身の正体を黙っていてくれる人間でいて、尚且つ彼はこの店では珍しく何度か買い物をしてもらってるいわばお得意様だ。買ってから1日も経っていないというのもあって、彼女は普通なら大金を取る作業を無償で引き受けた。

 そういった優しさや愚直さが彼女の魅力でもあるのだが、それらが同時に商才の無さをとんでもない物に仕立て上げていると言う事を、彼女はまだ自覚していない。というか一生自覚しないだろう。

 

 そんなこんなで作業は進み、とうとう魔力を放出する最終行程に入る。

 水晶達が怪しく輝き出し、魔力が溢れ出す。と同時にウィズは少し違和感を覚える。

 今一度思い出してみよう。その水晶は誰の魔力によってそんな事になってしまったのかをーーー

 

 

「ほげえええええええええええぇぇぇぇぇ!!!」

 

 

 溢れ出したアクアの魔力により浄化されそうになるウィズの断末魔が店の外にまで響いた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第7話

ゴールデンカムイ全部読みました


 ウィズの断末魔が轟いた3日ほど後、明智はクリスに召集されていた。マイホームの竣工する日だというのに、そんなタイミングの悪さに少しイラつきながらも彼は待ち合わせ場所のギルドへ向かった。

 

 そして料理に舌鼓をうつクリスの後ろ姿を発見。思えば彼女とはあくまでダンジョンに一緒に赴くだけの間柄なだけに、なんだかそんな彼女の姿を見るのは新鮮な感覚がする。

 

 

「やぁ。食事中で悪いけど、早速用を聞こうか」

 

「ーーーングッ…っと、やぁアケチ君。悪いねあたしだけこんな食べちゃってて。それで話なんだけど、どうやらとある湖に物を汚染したり、モンスターを呼び寄せたりするとか…とにかく、いろんな悪影響を撒き散らすだなんて傍迷惑な神器が埋まってるらしいんだ。その回収だね」

 

「なるほどね…確かに埋まってるくらいなら僕の能力で簡単に見つけられるだろうけど…モンスターとか言ってたけどその辺りは大丈夫なのかい?」

 

「うーーんまぁ…何匹かはそりゃいるだろうけど、まぁ大丈夫だよ!なんとかなるなる!」

 

「はぁ…楽観的だね。まぁそんなに面倒な訳でもなさそうだし、手早く済ませに行こうか」

 

「話が早いね〜それでこそ!それじゃあ早速行こうか!」

 

 

 器用に話を進めながらどんどんと料理を平らげたクリスが立ち上がる。そしてそのまま2人は冒険者ギルドを後にするのだったーーー

 

〜*〜

 

 目的地への道すがら。2人は少しだけ深い森の中を歩いていた。特に会話を交わすこともなく淡々と歩く2人。しかし沈黙が我慢ならなくなったのか、やはりクリスの方から口を開く。

 

 

「ねぇねぇ。そういえばアケチ君、家建てたんだってね」

 

「ーーー相変わらず耳聡いね。どこで聞いてくるんだい?」

 

「あんまり大きい街じゃないからね〜。街を歩いてたり何気なく話してるうちに色んな噂が入ってくるものだよ?」

 

 

 もはや自分のプライベートの何もかも監視されてるんじゃないかと若干の辟易を覚える。日本でもそうだったのだが、噂による情報網というのは本当に恐ろしい。壁に耳あり障子に目ありとは本当によく言ったものだ。

 

 

「どうして家なんて建てたの?十分宿暮らしでもいいと思うんだけど」

 

「…1人になれる拠点が欲しかったからーーーかな。君と僕のこの仕事だってあんまり人に聞かれない方が都合がいいだろうしね」

 

「なるほどね〜あたしとの仕事にそんな熱を向けてくれてるなんて嬉しいよ〜このこの〜」

 

「…何か良いことでもあったのかい?どうにも今日はご機嫌なようだけど」

 

 

 なぜこんなだる絡みのような話し方をしているのだろう。なんだかアクアの面影がチラつく彼女の態度に琴線を逆撫でされる。

 

 

「いや別に〜?なんでもないよ」

 

「そうかい…」

 

 

 なんだか返事するのもダルくなってきた明智は適当な返事をする。しかしそんな返事も彼女はまるで気にしていない様子。無敵なのかこの女は。

 

 しかし、次の瞬間。鬱蒼とした脇の森から何者かが飛び出す。その何者かは勢いそのままに2人へ襲いかかる。

 奇襲とはいえ、それで遅れを取る彼ではなく、背後から迫っていた男を肘鉄で沈める。そして改めて辺りを見渡す。

 

 身体や顔には何かの模様が描かれ、動物の毛皮などをあしらった野性味あふれる服装。そして掲げているダガー。『山賊』という言葉から連想される姿そのままと言っていい風貌をした男達が4人いた。

 

 こんな状況だと言うのにやけに静かな隣のクリス。目をやるといつのまにか彼女は後ろ手に拘束されて捕まっていた。そして彼女を拘束しているリーダーと思しき男が下卑た笑みを浮かべる。

 

 

「ヒッヒッヒ。一瞬で1人やられちまったのは想定外だったがーーー動くんじゃあねぇぞ?少しでも反抗の態度を見せたらこの女の喉笛を掻き切るからな!」

 

 

 そんな男の言葉よりも彼の中で疑念が渦巻いていた。装備や先程の動きを見るにこの男達はせいぜいが街のチンピラをいくらか強くした程度。そんな彼らにクリスが大人しく拘束されているのが彼には解せなかった。

 何故か何もしないクリスを他所に他の3人がジリジリと彼へとにじりよる。恐らくは最初に倒した男が背後から一撃で落として、というプランだったのだろうがーーーそれにしても特段焦りも燃えもしない状況に彼はため息をこぼす。

 

 

「反抗の態度……ねぇ。残念だけどもう済ませてるんだ」

 

 

 迫り来る3人の男達。襲われた瞬間にすでに配置していた『トリックダガー』が彼らの腕や足を切り裂く。一瞬で1人となってしまったリーダーの男から笑みが消え失せる。そして焦りを浮かべるものの流石にリーダーといったところだろうか。即座に煙玉を叩きつけて辺りの視界を遮る。

 あり得ないだろうが念には念ということで毒を警戒して明智が後ろへ跳ぶ。ものの十数秒したら煙幕は霧散していった。そして、クリスの姿もそこにはなかった。

 

 2人のいたそばの木には荒々しく

 

 

『北東の洞窟に来い』

 

 

 とだけ簡単に掘られていた。

 面倒だとやけに最近増えたため息を再び漏らす。そしてゆっくりと地面でのたうっている山賊達に向き直り、ペルソナこそ出さないが本性を表に出す。

 

 

「ーーーおい、北東の洞窟には何がある?」

 

「あ、アジトだよ…ヘヘッあの女終わったな……早く行かねぇとアジトにいる全員に()()()()て大変な事になるだろうなぁ…あァ俺も味わいたかったなぁ…」

 

 

 言葉を聞いた明智が無言でさらに男を斬りつける。ダガーで切り裂かれた足が引っ張れば千切れるのではないかという所までに開き、男は苦悶の叫びをあげる。

 

 

「ーーー余計なことを喋るなよこのクズが。殺しはしないでやる。聞かれた事だけ答えてろ」

 

 

 一切躊躇も容赦もない明智の態度と言葉、そして経験したことのないような痛みで男は先程の態度とは見る影もないほどに萎れた様相をしている。

 

 

「人数は?」

 

「く、詳しくは分からねえ…ただ、全員いるんならだいたい30人くらいだ…」

 

「お前みたいな奴らの集まりか?それとも腕に覚えのあるやつばかりか?」

 

「殆どは俺たちみたいなのだ…けど、ボスだけは俺たちが束になっても敵わねえような化物なんだ…な、なぁこんだけ喋ったんだ、だからーー」

 

 

 男が縋るように言葉を発する。そんな彼を明智は変わらず冷ややかな目で見下し、有無を言わさずに踵落としを脳天に叩きつける。

 

 

「余計なことを喋るなって言ったろう」

 

 そう吐き捨てて明智は北東へ歩みはじめた。

 

 

〜*〜

 

 そして場所は件の北東の洞窟。

 鬱蒼としたその奥に後ろ手で拘束されたクリスが何故だかとても図々しく胡座をかいていた。

 と言うものの、時間は少し遡ってクリスがここに連れ込まれた直後へ。

 

 

「ーーーとっとと離してくれるかな?」

 

「は?この状況で何言ってーーー」

 

 

 それまで大人しくしていたクリスが突如担がれていた男の肩からするりと抜け出す。そして膝をへし折らんばかりの蹴りをかまし、体勢が下がった所へつま先が男の顔面にめり込む。

 

 悶える暇もないほどに一瞬で意識がトンだ男を見て、少し奥の方にいた10数人ほどの仲間達がぞろぞろとこちらへ向かってくる。

 

 

「何もしないならこのまま縛られててあげる。だけどそうじゃないならーーー」

 

 

 クリスのその言葉が終わる前に、既に3人の男は彼女へ飛び掛かろうとしていた。

 そんな彼らを見て驚くでもなく案の定と、呆れながらも彼女は駆け出す。この際だ、怖気付かせるためにも少し派手目に暴れてやろう。そんな女神らしくない思惑を秘めながら。それもこんな小悪党とも呼べないチンピラ共など今すぐボコボコにしたいのを抑えるための解消手段だ。

 

 向かってくる男たちに対して彼女も大きく跳躍し、そのお互いの勢いで先頭の男の顔面を思い切り踏んで地面に叩きつける。

 その刹那にようやく追いついたもう1人の男の顎をハイキックで的確に穿つ。最後の1人は先程の勢いはどこへやら。瞬く間に2人やられたのを見てすっかり怖気付いてしまっている。

 

 拘束されているもののこの場は一瞬で彼女が掌握したも同然。ふうと息を漏らして先ほどまで拘束されていた位置へ踵を返して歩き出す。しかし、次の瞬間、彼女の視界は揺らぎ、世界がブラックアウトしだしていく。

 同時に覚えた背後からの衝撃の方へなんとか薄れゆく意識の中で目をやると、そこには彼女よりもこの場に似つかわしくない青年のようなシルエットが立っていた。髪型などは全く違うが、まるで明智のような背格好をしたその姿をーーー

 

〜*〜

 

 そんなこんなで彼女が目を覚まし、痛い目を見たせいで大人しくしておこうと渋々受け入れつつも、山賊どもの言いなりになるのは癪だからとせめてもの反抗として図々しくしてるのだ。女神の割にやる事がみみっちい。

 辺りを見渡すとやはり同じような姿をした山賊ばかり。何故か全員少し萎縮しているように見えるが原因は考えてもまるで見当がつかない。

 そして自分の少し手前にある横穴に、先程から誰かの気配が漂っている。それも、なんとなく張り詰めたような緊張感が。恐らくは自分を気絶させた人物だろう。攻撃されるその時までまるで気配も予兆も感じられなかった辺り、相当隠密には長けているのだろう。不意打ちだからやられたのであって、正面きっての戦いならば負けない…そう信じたかった。

 

〜*〜

 

「ここか…」

 

 

 ぽっかりと口を開けた岸壁の前で明智は呟いた。山賊の1人が言っていた北東の洞窟ーーーここがアジトだろう。中から多くの人の気配に加えて壁には松明がまばらに見受けられる。

 

 『千里眼』で確認した所、中には十数人。罠らしきものは見つからなかった。クリスが捕まってさえいなければ、ペルソナで洞窟ごと発破して入り口を塞いでしまうのだがーーー当初の目的から逸脱した状況に頭が痛くなる。何をやってるんだという悪態が誰もいない虚空に吐き出される。

 そんな無駄なことをやってしまう自分もつくづくこの世界に毒されてきたなと再び気分が重くなっていった。

 

 

「ーーーなんだテメェ、何の用だ?」

 

 

 ズカズカと正面きっての突入に、早速山賊の1人が気づいてガンを飛ばしてくる。意外にも問答から入ってきたその態度に明智も一旦は手を止める。

 

 

「ここに女の子が運び込まれてきただろう?その子を引き取りに来た」

 

「あの暴力男女か…うちの奴らも何人かノされちまって手に負えねーからはいどーぞってしてぇところだが…生憎俺たちは山賊。タダでやる訳にはいかねぇな。そうだな…500万でどうだ?」

 

 

 男のニヤついた面。明らかにこちらを見下している。こちらが頼みに来ている立場なのだから、調子付いているのだろうがーーー

 

 

「足元を見るのも大概にしておけよ」

 

「あぁっ!?てめぇーーー」

 

 

 明智がそう吐き捨てて男に向けて歩み寄る。あまりにも大胆なその態度に面食らっている男を尻目に、顔面に肘鉄をかましてそのまま壁に叩きつける。

 その音を聞きつけて奥の方からは男がゾロゾロとやってくる。

 まるで機械のように駆けつけてくるその姿を見てロビンフッドを顕現させる。

 

 

「射殺せーーー『コウガ』」

 

 

 『コウガ』を連発して次々と男たちを射抜いていく。胸から足の辺りに目掛けて放つ。頭を狙うのは当たりさえすれば即死なものの、いかんせん的が小さい。今回のように多数なのであれば胸や足を撃って死にかけの動けなくさせれば、撤退させるために人員を避けねばならない。そして何より、死んでしまえばここの連中は仲間といえど気にかけずにそのまま突撃してくるだろう。

 

 前列の連中が撃たれて倒れたことで後ろの奴らが次々と将棋倒しになり、そしてまたなす術なく撃ち抜かれていく。

 そして死屍累々の山賊たち。その後ろから、山賊の一員とは思えないような青年の声が響いてくる。自分たちを最初に襲ってきた山賊の言っていたボスだろう。しかし何故か、その声に彼は懐かしさを覚える。

 

 

「ーーーいやはや、ここの山賊たちをこうも簡単に倒してしまうとは…流石と言った所だな。()()1()()()()()()()ーーー明智」

 

「……は?なんで…お前がいるんだ……!?」

 

 

 自身と同じくらいの背格好。山賊どもの首魁には似つかない、フォーマルな黒いロングコート。そのコートと同じ色の癖っ毛。そして大人しそうでありながらも何か強大な意志を感じさせる黒い瞳。

 見間違えるはずもない。共に戦い、殺し合い、語り合い、命を託した男。『JOKER(雨宮蓮)』がそこに立っていた。

 

 

「なん…で……」

 

 

 この世界に来てから1番の衝撃に思考も停止しかかり、鼓動はどんどん加速する。意味もなく同じ言葉を繰り返してしまう。こいつは偽物なのか本物なのか。そして本物であるなら自分と同じように死んでしまったのか。疑問も動揺も、溺れてしまうほどに次々と湧いてくる。

 

 しかし、彼はいつまでも困惑しているだけの男でもない。ヒノカグツチを抜いて全速力で斬りかかる。

 

 

「ーーーどうした?ずいぶんと余裕がなさそうに見える。らしくないな」

 

「……ッ!黙れ!なんでお前がこんなとこでこんな事をやってやがる!!死んだのか!?」

 

 

 余裕綽々と言わんばかりに圧倒的に刃渡りで劣るナイフで明智の剣は受け止められる。そしてこちらを見透かしたような態度に動揺も相まって語気が強くなっていく。

 

 

「さぁ、どうだろうな?それにしても…そんなにおしゃべりだったか?」

 

「ーーーあぁそうさ!俺は元々おしゃべりだーーー喋りすぎちゃうくらいにな!!ペルソナァ!!!」

 

 

 言葉と刃を交わしながら2人は暴れる。そんな見たこともないほどに野生的になった明智をすっかり忘れ去られてるクリス、及び山賊たちは傍観するしか出来なかった。

 そして明智が痺れをきらし、ロビンフッドを召喚。挟み撃ちを狙い、正面から斬りかかる。しかしーーー

 

 

「ーーー『アルセーヌ』」

 

 

 雨宮蓮らしき人物からも、明智と同じオーラが巻き起こり、ペルソナが召喚される。

 赤い儀礼服に堕天使を思わせるような、尾骶辺りから生える真っ黒な翼。禍々しく鋭い手足。そして燃える炎のような瞳。これも見間違えるはずがない。雨宮蓮のペルソナ、『アルセーヌ』だ。

 

 アルセーヌとロビンフッドが鍔迫り合いとなるが、いきなりの出現だった為に、本体である明智の動揺も相まってロビンフッドが弾き飛ばされる。

 

 

「『エイガオン』」

 

 

 そこを見逃されるはずもなく、ロビンフッドの弱点の呪怨属性のスキルを叩き込まれる。そしてその大ダメージは明智にも伝わり、思わず膝をつく。

 

 

「くっ……アルセーヌまで……クソッ…」

 

「さて、これで落ち着いておしゃべりが出来るな。ゆっくりと話そう、明智」

 

「黙れ…その呼び方をするな……お前は…雨宮蓮じゃあない…!!」

 

「えっちょっとーーえええええ!!」

 

「ーーー!」

 

 

 洞窟の奥まで吹き飛ばされ、衝撃を余計に受けてまで顕現させたままでいたロビンフッドの位置。そこはクリスの位置だ。

 ロビンフッドが乱雑にクリスを掴み、明智の方へと放り投げる。そして明智が彼女を受け止めると同時に2人が暴れて先程からパラパラと土煙の舞う洞窟内で特大のメギドラオンを放つ。

 

 高威力の爆発が洞窟を覆わんほどに広がっていく。こんなので倒せはしない。しかし、爆発と洞窟の崩落による二重の足止めを同時に仕掛ける。

 

 それを別段止めるような素振りも見せず、かといってメギドラオンをどうこうして塞ぐような素振りもなく、ボスは少し感心したような表情を見せていた。

 

 

「相変わらず機転が利くな。それにしても、『お前は雨宮蓮じゃない』…か。アレだけの会話と立ち合いだけで良い線を突く。さて、これから…どうなるかな。()のトリックスター」

 

 

 崩落してゆく洞窟もまるで気にせず、彼は薄らと笑みを浮かべていたーーー

 

〜*〜

 

「ごめんアケチ君…まさかこんな事になるなんて…」

 

「……拘束を解く。自力で歩けるだろう?」

 

 

 洞窟から10分ほど、明智はクリスを担ぎながら全力で疾走していた。そして当初の目的の湖の近くまで辿り着いた辺りで彼女を降ろして拘束を解く。

 しかし、彼から浮かない表情が張り付いたまま一向に剥がれることがない。初めて見るこんなにも動揺と憔悴している明智にクリスはあまり声をかけられずいた。

 

 

「…ここは湖の近くだし、ひとまずそこまで行こう?湖畔の方が落ち着けるはずだし、神器の回収も私がやってくるから、アケチ君は休んでて」

 

 

 ようやく絞り出した言葉で明智が立ち上がり、2人揃って歩み出す。しかしその足取りは重く、2人の間の空気も息苦しさを覚えたーーー

 

〜*〜

 

 湖を一望できる湖畔。ほとんど歩いていないはずなのにやっとの思いで辿り着いたそこで、2人はさらに落胆した。

 

 というのも、その湖には似つかわしくない大きな猛獣用の鉄の檻と、その中で猿のような奇声をあげるアクア。それに群がるブルータルアリゲーター。そしてそれをただただ見つめるサトウカズマ達の一行。

 

 ここ最近の悩みの一つである一行にどうしてこうも遭遇してしまうのか。今度教会かお祓いにでも行ってみようと流石に信心深くない明智も決心した。良くない霊がそれはそれは大勢、大量に住み憑いていることだろう。

 

 しかし、巨大なワニに四方を囲われ襲われるだなんていう、今後一生モノのトラウマになり得る経験をして泣き叫んでいるアクアを見ていると2人の心はなぜか少しだけスッとした。不憫だと思う気持ちは普段の彼女の悪行でどこかへとうに消え去っている。

 

 なるべく彼らに見つからないようにコソコソと湖の反対側に移動し、神器の回収に取り掛かる。…アクアの行っているクエストは恐らくこの湖を浄化するもの。クリスは出発前にクエストボードを確認していたため何となく把握していた。

 この湖の汚染は神器によるもののため、彼女がそれを回収しない限りアクアは一生ワニと戯れ続ける事になるのだがーーー少しだけそんな悪魔のような発想がよぎったが、明智の事もあり、とっとと回収してしまう事にした。

 

 

「うんしょっ……っと、とても申し訳ないんだけどさ…君のペルソナで神器の位置を大まかでいいから探って欲しいんだけど…大丈夫かな?」

 

「…『ネクロノミコン』……ここから北西の方に30mくらい離れた所に何かある」

 

 

 上の空な明智はもはや嫌な表情一つせずにペルソナを顕現させて湖を調べ始める。そして端的にクリスに伝えると、ペルソナも引っ込めて再び上の空になってしまった。

 彼の為にも早く済ませてしまおう…そう決心してクリスは湖に飛び込んだ。幸いな事にカズマ達はアクアが襲われているのに夢中でこちらには気づきそうにもなかった。

 

 汚染された池に辟易しながらも彼女は足を進める。深さは彼女がつま先立ちでなんとか肩が飛び出す程度。女神という立場でありながらこんな下っ端のような仕事に少し嫌気を覚える。

 それもこれも遠くで猿のように叫んでいるあの先輩女神が見境なしにポンポンと送り込んだせいなのだと考えると、先輩と呼ぶのも不服に思えてきた。

 

 そんなこんなで泳ぎ進め、明智の言っていた地点に到着。中心に行くにつれて深くなっていく為か、10m弱程度はあろう深さになっていた。

 そして強く感じる神器の気配。『千里眼』を使用すると、確かに鈍く光る何かが底にあった。

 

 こんな仕事であろうと仕事は仕事。彼女の真面目な気質も相まって、不服な気持ちも奥底に仕舞い込んですっかり目の前の仕事に没頭していた。

 

 

(やっぱり神器に近づくにつれて汚染がひどくなってる…モンスターもアクア先輩に集ってたのはごく一部だったみたいだし……意外とハードな仕事だなぁ…)

 

 

 寄ってくるモンスターも難なくダガーで斬りつけて撃退。酸素も持参してきた魔道具で補充できる。しかし、汚染された池にジワジワと体力を蝕まれている。こんな水中で力尽きたら…なんて嫌な想像が頭をよぎる。

 

 しかし、これまでに幾度となくこうして神器を回収してきたその経験は伊達ではなかったらしい。少し湖底に埋まっている神器の重さに苦戦したものの、無事に引き出す事ができた。

 

 

「ーーーぷはぁっ!」

 

 

 無事に鈍色に輝く神器を傍に彼女は久々の大気を浴びる事ができた。体感時間は中々長かったが、外の状況はまるで変わっていなかった。相変わらずアクアは叫んでるし明智は無気力にしている。

 

 

「ーーー終わったよアケチ君。色々考えなきゃならない事があるみたいだけど、とりあえず帰ろう?あそこのカズマ君達の一行に見つかるとなんだか厄介な事になりそうだしね」

 

「……あぁ、そうだね」

 

 

 そう言って緩慢な動作でテレポート水晶を作動させる。ウィズが命をかけて遺してくれた貴重な物だ。死んでないけど。

 

〜*〜

 

 目を覆い尽くす光が消え、目を開けるとアクセルの街並みが広がっていた。背後には立派な明智の自宅が。ちゃんと動作さえしてくれればこんなにも便利なのかと密かに感心する明智。

 そんな明智の心も知らずか、クリスはここに来てようやく自分の惨状に気がついた。びしょ濡れの全身はもちろん、身体の至る所に汚染されていたがゆえのヘドロの様な物のぬめりが付着し、何より臭いがかなりしんどい事になっているのに気づいてしまった。

 

 

「……アケチ君。アレもこれも申し訳ないんだけど…お風呂、借りてもいいかな…?」

 

 

 恐る恐る聞いてくるクリスと即座に口が断りの言葉を発してしまいそうになる明智。

 しかしこの辺りには自分の家しかなく、そこからこんなヌルヌルで悪臭の漂う女を街に放したらどんな噂を立てられたものか。いつかのアクアやめぐみん達から受けた屈辱が思い出される。

 

 

「…まさか一番風呂が家主じゃなくて君になるなんてね。まぁいいよ、好きに使って」

 

 

 だんだんと気持ちにも整理が付き、口数も増えてきた。しかし、疲労感からか昼頃だというのに眠気が襲ってきた。

 

 

「僕は仮眠してるから、風呂を済ませたら勝手に出て行ってくれて構わないよ。それじゃあ」

 

「…ほんとごめんね…今度埋め合わせは必ずするから…」

 

〜*〜

 

 目が覚める。そこにはいつかに来たベルベットルームの光景が広がっていた。そして、イゴールも彼の前にこちらをギラギラと開かれた目に薄らとした笑みを浮かべて座っていた。

 

 

「フフフ…どうやら、予想外の人物と出逢われたようですな。お客様」

 

「…なんでアイツが…いや、アイツによく似た誰かがいるんだ?アルセーヌも使う事が出来ていた…だが、決定的に何かが違う。言い表せないが…前にアイツと戦った時と今回とでは確実に何か違和感を感じた」

 

「あなたが遭遇しなさった『雨宮蓮』のような男…()()は、元は言ってしまえばシステムのような物でございました。人々の願いを叶える万能の願望器たる聖杯。しかし大衆の怠惰たる願いにより歪み、人を管理する統制の神と化しました。ただし最終的に大衆はソレを拒絶し、進むことを、そして怪盗団を望んだ事によって倒されたのでございます。ですが…偽りとはいえ、一度は強大な力を手にした神たる存在…この世界に転移し、再び根を張っていたのでしょう」

 

「願望を叶える存在……もしかして…」

 

「ええ。あなたのその強大たる力と願望により、斯様な姿と力をもってこの世界に現れる事ができたのでしょう。そしてもう一つーーーあなたのそのワイルドの能力は、かの存在によって与えられた物なのです」

 

「ーーー!つまり、僕はヤツに選ばれて、アイツはあんたに選ばれたということか」

 

 

 イゴールの言葉が衝撃のように脳を巡る。そして自身の力があんなものに授けられた物なのだという嫌悪感。そして父親だけでなくヤツにも影で操られていたのだと思うと静かに、しかし膨大な怒りが湧いてくる。

 

 

「かの偽りの神の名は『統制神ヤルダ・バオト』。この世界であなたが自分の意思を今度こそ貫きたいというのであれば、打破しなければならない存在でございます」

 

「『ヤルダ・バオト』…統制だなんてのはもうごめんだ。この世界が結果的に救われようと滅びようとなんでもいい。やってやるさ」

 

「フッフッフ…そう言って頂けると思っておりました。度々申し上げますが、誰かとの関わりとその力…それを努々、お忘れなさらぬよう」

 

〜*〜

 

 クリスは何故かこの家で1番最初のシャワーを浴びていた。温水で冷え切っていた身体も温まり、意識が少し朦朧とし、多幸感に包まれる。

 しかしそんな中でも彼女の中では今日の様々な出来事が渦のように思考を掻き乱していた。

 

 まずあの山賊の件。元はあの辺りに山賊が出ると聞いていた。構成員や首領も手配書の限りでは大したことはないはずだった。だからこそ、自分がわざと攫われて彼が果たしてどのような行動を取るのか。そして人殺しをするのか。それを確かめようとしていた。

 

 酒に酔っていたのも、思わず反射で山賊に反撃して攫われずに終わってしまうことを防ぐ為。そしてもしも彼が助けに来なくとも、あの程度の山賊ならば多少酔っていようと問題なく倒してしまえると踏んでいた。

 

 しかし、手配書で見た山賊の首領。それと彼女達が遭遇した人物とは明らかに人相や背格好が違っていた。つい最近に首領の首がすげ変わっていたのだ。あんな山賊達を統率する為に必要なのは、カリスマや時間、そして人望などだろう。しかし何よりも手っ取り早いのが『圧倒的な実力差による恐怖』だ。

 

 そして最も気掛かりなのは明智の動揺。発言からして顔見知りだったのだろう。更にそれは恐らく前の世界での顔見知り。

 明智に関する資料の読み直しと回収した神器に関する報告や、アクアと同じく先輩女神のディーテルの処分の顛末や事情聴取をせねばと再び降り積もった仕事にため息が漏れる。

 

 ただ、協力関係にあるとはいえ彼がわざわざ自分を助けに来てくれて、誰も殺すことなく事態を収めたという事実。それが彼女の胸を少し軽くさせた。元々無いから軽いけど。





5000字くらいにすれば投稿頻度もう少し上げれるとは思うんだけど今の1万字ちょいとどっちがいいのだろうね。良ければ意見お願いします。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第8話

え…また半年弱空いてる…うっそだぁ…


 クリスが彼の家を後にしてから少し経った頃。あんな出来事があったためかどうにもじっとしているのも限界を迎えていた。

 時刻は夕刻。街の人並みもまばらになってきた頃だろう。気分転換にと彼は街へ繰り出した。

 

 朝からクエストに出向いていたであろう冒険者がくたびれた顔、楽しそうな顔、少し不満気な顔と様々な様相で歩いている。見渡しているだけでも昼時や朝時より様々な情緒が見受けられる。

 

 こうして知らない人の顔を観察するだなんて事、初めてのように感じられた。彼の観察する対象はあくまで事件の容疑者か関係者ばかり。

 

 東京の街を行く大勢の誰でもないどこかの誰か。彼らの顔を自分は見ていただろうか。なぜそんな記憶がないのか…恐らく自分自身も目を逸らしていたのだろう。

 

 自身の目的遂行のため、そう言い聞かせて獅童の言いなりとして精神暴走事件を起こし、多くの人を巻き込んだ。そんな自分が殺す事になるかもしれない人たちから少しでも目を背けたかった。仕方ないのだと思い込んだ。

 

 自覚している自身の良心や正義感に蓋をして言いなりになった。獅童パレスで迎えた最後、そこで自分はようやく自身の心に従って動くことができた。それは怪盗団ーーー特に『雨宮蓮』のおかげだ。

 

 そんな彼の姿を騙る『ヤルダ・バオト』という神。奴だけは打倒しなければ。そう彼は堅く決心した。

 

 そんな事を考えながら道ゆく先。何やら大仰そうな荷台にそこに乗る大型のモンスターを捕獲するようであろう鉄の檻。しかしその鉄の檻はやけにボロボロになっている。

 

 そしてその荷台を引くのはサトウカズマ達一行。件の鉄檻の中にはあの憎きアクアが虚ろな目をして体育座りしていた。何やら口ずさんでいるようだがそこまでは聞こえてこない。

 

 側から見ると人攫いとこれから売りに出される少女。彼らのクエストの一部始終を見ていたためにそうなった経緯は察せるが、あんな光景はまぁただの間抜けな犯罪者どもだ。現に周囲からはマジマジと見られてはいないが、恐ろしいほどの視線が浴びせられている。

 

 

「女神様!?女神様じゃないですか!!」

 

 

 関わりたくないが故に黙っていたが、カズマ達の背後からそんな声と共に焦った様子で駆け寄ってくる影が1つ。

 

 藍色を基調とし、細部に金色の意匠が施された甲冑に茶髪。明智に負けずとも劣らない端正な顔立ち。というか、若干彼に似ている。

 

 

「女神様!そんな所で何をされてるんですか!?ーーーふんっ!!」

 

「うえぇっ!?」

 

 

 相変わらず虚ろでまるで彼の声が聞こえていないかのような態度のアクア。そんな彼女を見かねたのか、男は鉄格子をその身一つでひん曲げた。

 驚いているだけのカズマ達を他所に、男は構わず言葉を続ける。

 

 

「女神様!女神様!どうしたんですか!?」

 

「女神…女神!そうよ私は女神アクア!……で、あなた誰?」

 

「知らない人なのかよ…」

 

 男の言葉に…というか女神というワードでようやく彼女の目に光が戻る。そして開口一番のそんな言葉に彼は慌てて腰に下げたやけに仰々しい剣を彼女に見せる。

 

 

「僕ですよ!御剣響夜です!貴方からこの『魔剣グラム』を授かってこの世界に来た御剣響夜ですよ!!一体どうしたんですか!?」

 

(こいつ…自分が女神ってことも、こいつのことも忘れてやがったのか…)

 

「…あ、あぁ!そうよね!御剣響夜!もっ、もちろん覚えてるわよ!」

 

((((嘘をつけ…))))

 

 

 慌てて取り繕うように答えるアクア。そんな彼女を見てとても個性の強いカズマやめぐみん、ダクネスに明智の思考が珍しく一致した瞬間であった。

 

 

「それで…その人達は?」

 

「パーティーメンバーだけど?」

 

「パーティーメンバー…ここで冒険なさってるんですか?」

 

「そうだけど?」

 

「…寝泊まりは?」

 

「馬小屋だけど?そこの男と2人で」

 

 

 問答の度にどんどんと御剣が困った様子になって青ざめていく。そしてその最後の問答を皮切りに、大きく項垂れた。しかし、これはいけないと咳払いして再び質問攻めが始まる。

 

 

「…ごほん!僕はこの魔剣や仲間達と共に、貴方から仰せつかった魔王討伐を目指して冒険しています。ほら、2人とも女神様に挨拶を」

 

 

 彼に言われて少し後ろで眺めていた少女2人が前へ出てくる。緑髪にポニーテールの少女、赤髪に三つ編みの少女。どちらも重装備な御剣と違ってクリスを思わせるような、少し扇情的な薄着をしている。ちなみに彼が喋っている間、カズマ達は何一つとして喋っていない。ずっと彼が1人で喋って進行している。側から見ている明智からは中々に見るに耐えなかった。

 

 

「私はクレメア!職業は戦士!女神様とか知らないけど、キョウヤは私のものなんだから!」

 

「こ、こらクレメア、女神様の前で…」

 

「クレメアめぇ……私はフィオ!職業は盗賊!で、貴方達は?」

 

「我が名はめぐみん!アクセル随一のアークウィザードにして、期待のーーー」

 

「サトウカズマです。冒険者です」

 

「ダクネスだ。クルセイダーを生業にしている」

 

 

 自己紹介になった途端に目が輝きだしためぐみんの名乗りをぶったぎり、冷めた目をしているカズマとダクネスが淡々と自己紹介を済ませる。

 御剣の腕に抱きついてこれでもかとアピールするクレメア。自分本位で話し続ける御剣。まあ彼らがこんな顔と態度をするのも無理はない。

 

 

「カズマカズマ。私の名乗りを邪魔するとはいーい度胸ですねえ。私のこの杖改め『制裁を下せし深紅の錫杖(ぽこぽん太郎)』でボコボコにしますよ?」

 

「あー悪かった悪かった。てかなんだよその名前」

 

「サトウカズマ…君以外は全員上級職か。なるほど、上級職の彼女たちの高い能力に頼りきって甘い蜜を吸っているような寄生冒険者…だなんて事はないだろうね?」

 

((カチコーーーーン))

 

 

 カズマともう1人、どこかで堪忍袋の緒が切れる様な音がした。そしてカズマは完全に彼を相容れない奴として認定した。

 

 

(寄生ねぇ…そんなの出来るんならやってみたいけどねぇ!!そんな甘い汁啜ってみたいよ俺だって!!!)

 

 

 爆裂魔法しか使えない一発屋。攻撃の当たらない頑丈さしか取り柄のないドM。口を開けば人を煽り、何かをすれば厄介事を持ち込む駄女神。

 そんな彼女たちからクエスト関係で甘い蜜を吸えた事なんて一度もない。むしろ毎度毎度辛酸を舐めさせられている。

 これまでの苦い思い出がフラッシュバックし、とうとうカズマも反撃に出る。

 

 

「そんな事する訳ないだろ。てかこのパーティーのリーダーは俺だし」

 

「何だって…君が?」

 

「えぇ。カズマの作戦にはいつもいつも助けられてます」

 

「そうだな。今回のクエストもカズマの作戦で安全に切り抜けることができた」

 

「…その作戦と女神様の入っていた檻は何か関係が?」

 

「ええ。私をこの中に入れて、ワニがうじゃうじゃしてる湖に放り込んでひたすら浄化魔法を…」

 

「はあああぁぁ!?なんだって!?女神様をそんな扱いするなんて…なんって罰当たりな事をしてるんだ!!君の倫理観や道徳心はどうなってるんだ!!」

 

 

 彼のその強い正義感が故か、いてもたってもいられず御剣がカズマの胸ぐらを掴んで怒鳴り散らす。御剣のソードマスターたる強靭なステータスとヒキニートカズマの貧弱なステータスではカズマがなす術なくぐわんぐわんと揺らされるままになる。

 そんな様子を見て流石のアクアやめぐみん達もフォローに入る。

 

 

「ちょ、ちょっと!たしかにちょっと怖かったけど、結果的に上手く行ったんだからいいのよ!それに何故か思ってたより早く終わったし!なんだかんだ楽しい日々を送ってるし!」

 

「おい!いくらなんでもやりすぎだぞ!」

 

「女神様!!こんな残虐非道な男とどうしてずっと一緒にいるのです!!早く元の世界にお戻りにーーー!!」

 

「帰れない」

 

「へ?」

 

「ーーー私、そこのカズマさんに転生特典として連れて来られたから。魔王を倒さない限り帰れないのよ」

 

「は、はあああぁぁぁ!?!?サトウカズマ、君!!女神様を凶暴なワニのいる湖に放り込み、馬小屋で寝泊まりさせ、あまつさえそんな事を強いるだなんてーーーどうしてそんな事を女神様にするんだ!!」

 

「むしゃくしゃしたから」

 

「むしゃくしゃしたからだと……!?もういい、女神様!ぜひ、うちのパーティーにお越しください!僕は必ずや魔王討伐を成し遂げてみせますし、女神様がいてくれればヒーラーとして更に戦力アップだ!それに他の2人もどうだい?歓迎するよ!一緒に冒険に行こう!大丈夫、僕にはこの魔剣や2人がいるから!」

 

 

 こちらの事情や心情などまるで考えない怒涛の御剣の言い草にもはや嫌そうな顔を通り越して小動物の様に険しい顔をしながら唸り声をあげるめぐみん達。3人とも我慢ならぬ様だ。

 

 

「どうしましょうカズマ。何故だかこの人に無性に爆裂魔法を撃ち込みたくなりました」

 

「基本受けの私だが、この男に対してはどうしても殴りかかりたくなってしまう…」

 

「カズマさん。見てらんないんですけど。想像以上に痛くて見てらんないんですけどあの人」

 

「ーーーてな訳で満場一致で『No』だそうだ。じゃあこれでーーー」

 

 

 都合の悪いことは全てシャットアウト。彼らの言い分などまるでお構いなしに話を続ける。

 

 

「ではサトウカズマ。僕と勝負しろ。僕が勝てば……うん?君は…」

 

「ちょっとあんた!何よ急に出てきてーーーヒィッ!?」

 

 

 御剣の話を遮る様に明智が路肩から彼に向かって歩み寄ってくる。強気なクレメアが止めようとするが、彼の目を見て一瞬で心が折られた。

 

 若干俯き気味で、彼の少し長めの前髪から覗かせる陰った目はとんでもないほどの怒気を孕んでいた。

 

 彼の前まで来た明智は甲冑などの装備も込みで中々な重量になっているであろう御剣の腹を蹴り付け、壁に吹き飛ばす。そして悶える御剣に一切の容赦をかける事なく、アイアンクローで彼の体を壁に押し付けながら持ち上げる。

 

 

「ーーーいい加減にしろよお前。目的も何もかも人から与えられた『偽物』。 そこの女神とやらの言いなりになって木偶の坊みたいに魔王討伐だのと…それになんだ。 魔王討伐の意思も『魔剣グラム』とやらの力で、万事うまく行ってきたが故の全能感、つまりは力に酔ってたんだろう? それで周りの奴らは自分をもてはやし、慕ってくれる人間がいるーーー与えられた力の言いなりになって達成した功業!チープな正義感で語る綺麗事はさぞ気持ちが良かっただろう!!なあ!!?」

 

「ちょっ…ちょっとあんた…やめてよ!キョウヤを離してよ!」

 

 

 頭を握り潰さんばかりの握力と悶えて抵抗できずいるキョウヤを見て、怖気付いた心を震わせて2人が明智の元に詰め寄る。

 彼に思う存分の言葉を吐き捨てて満足したのか、明智は御剣を離して背後の2人へ向き直る。

 

 

「なんなのよあんた!いきなり出てきたと思ったら、キョウヤに酷いことするし好き勝手言うし!なんなのよ!」

 

「……勝負するっていうのなら受けて立つよ。冒険者ならそういうのも得意だろう?それとも、彼に戦闘は任せてばっかりの『害悪な寄生冒険者』なのかな?」

 

「……っ!勝てないバカな戦いはしないわ…キョウヤ!大丈夫!?」

 

 

 彼女たちは分かりやすく動揺し、悔しそうにキョウヤの元へ駆け寄る。そしてすっかり蚊帳の外なカズマ達はその光景をただただ見つめている事しかできなかった。

 

 

「あ、あの〜……アケチさん?」

 

「…やぁ皆さん奇遇だね。でも僕、そろそろ帰るから、お暇させてもらうよ」

 

「待て…待てよ……」

 

 

 鬼神のような怒気を放っていた様子から一転。そんな面影はか程も見せずに普段のさわやかな笑顔を浮かべる明智。そんな彼の瞬時の変わり様にカズマ達は背中に何かゾワゾワとしたものが奔るのを覚えた。

 しかしそんな彼らを他所に、クレメアとフィオの2人に庇われながらもフラフラと立ち上がり、明智を睨みつける御剣がいた。

 頭の痛みからか足元はおぼつかず満身創痍だが、心は折れていないという事がその目から伝わってきた。

 

 

「…へぇ。少しはタフみたいだね」

 

「君が…どうしてそんなに怒ってるのか…僕には分からない…でも…仲間を『害悪』だなんて馬鹿にされて、僕の意志も『偽物』だって……そんな事言われて…言われっぱなしでいる訳にはいかないだろ……!!」

 

「じゃあかかってきなよ。こんなに口で言い合ってばっかりじゃ埒があかないだろう?」

 

「ーーー言われなくとも!!」

 

 

 弾き出されるように御剣が明智に飛びかかる。腐っても高レベルのソードマスターという上級職の男。やはりステータスは相当なようなもので、ベルディアに勝るとも劣らないレベルだろう。

 しかし、現実というのは時に残酷なまでに飾らない。この世に奇跡などは存在しないとそう思わせる様な歴然とした力の差。それが御剣に暴力として襲い掛かる。

 

 なんなく大振りの拳を避け、反撃のジャブ。当然躱せるはずもなく直撃した御剣の顔がのけぞる。そして大きく伸びた喉に貫手。息ができずに悶える彼を冷たい瞳で明智は見つめる。

 完全に勝負あり。どう見ても完敗だ。悶える御剣に明智が口を開く。

 

 

「その魔剣とやらを抜かなかったのは評価してやる。抜いてたら僕も本気で殺しにかかってたがーーー」

 

「キョウヤにーーー」

 

「何してるのっ!!」

 

 

 淡々と言葉を浴びせる明智の背後から、震える足腰を叱責してクレメアとフィオが飛びかかる。 手にはそれぞれ両手剣とダガー。混じり気ない怒気と殺意がひしひしと彼に向けられている。

 しかし彼が簡単に不意打ちを許すはずもない。2人の刃は呆気なく躱され、それどころか反撃に顔面に裏拳をかまされた挙句に腹を踏みつけられる。そしてバインドで地べたに磔にされる。

 

 

「身の程も弁えられないのかい?勇敢と蛮勇は違うよ」

 

「〜〜〜〜ッッ!!」

 

 

 唇を噛む2人。血が出んばかりに悔しがる激情も、怒りもまるで彼には届かない。そしてそれを倒れ伏して見ている御剣。

 悶える2人と冷たく彼女たちを見下す明智。こうして地に伏して危機に対して手も足も出せずにいるだなんて経験はなかった。

 

 こんなにも悔しいのか。こんなにも怖いのか。これがーーー絶望か。

 

 そんな思考が彼の脳内を渦巻いて支配する。そんな時に思い出される先程の明智の言葉。『偽物』だと。

 ようやく自覚する。あぁ、『絶望(これ)』を味わずして言ってきた自分の言葉はそれ程に薄っぺらいものだったのだと。 自分以上に自分を見透かしていた彼に対して改めて恐れと畏敬のような念を抱く。

 

 しかし今までの人生も、ここでの人生も。まるで運命のような何かが彼にそうさせているのだろうか。御剣響夜という男はどこまでも『主人公』なのだ。

 

 味わった絶望。彼は今それを知ったのだ。ならば次はそれを乗り越えるのみなのだ。

 

 

「ーーーへぇ。まだ立ち向かってくるのか」

 

「ここで立ち向かわなきゃ…なんだかうまくは言えないけど……自分の中の何かが変わっちゃう気がする……僕が僕を裏切らないために…君に立ち向かう…!!」

 

 

 足元もおぼつかないほどの頭痛に呼吸も未だ整っていないだろう。満身創痍だ。それでも彼は立った。自棄や怒りからではなく確固たる意志を持って。彼の目がそれを物語っていた。

 その瞳の中に明智は『()()』に近しいものを見た。先程までの傲慢とも取れる冷酷な態度を取りやめ、油断や見下しなどの一切ない本気を彼に向ける。

 

 

「…君をみくびってたみたいだ。じゃあ、僕も僕を裏切らないために君を肯定する訳にはいかないーーー本気で行くよ」

 

〜*〜

 

 そこからの事を御剣はほとんど覚えていない。何か顔面に特大の鈍器で殴られたかのような衝撃を覚えたそのすぐ後に意識はトんでいた。 しかしそんなのはまるで嘘だったかのように彼にも、フィオやクレメアにも怪我は何もない。

 目が覚めた時に3人はアクセルの適当な宿屋に詰め込まれていた。恐らくはあの時から丸々一晩眠りこけてたらしく、爽やかな朝日が眩しかった。

 

 

「キョ、キョウヤ!大丈夫!?昨日あんなにーーー」

 

「もう私心配で心配で…キョウヤァ……」

 

 

 呆けている御剣に半泣きで抱きついてくる2人。彼女らの口振りや心配さ加減からして恐らく自分はあの後彼にそれはもう完膚なきまでに叩きのめされたのだろう。

 

 

「大丈夫だよ。どこも痛まないし、なんなら調子がいいくらいだよ」

 

「そ、そっかあ…よかったぁ……でも、ホントになんなのよあの男!いきなり出てきたかと思えばキョウヤにあんなに酷いことして…」

 

「あっはは…そんなにすごい負け方をしたのか…僕は…でも、彼の言葉には考えさせられたし、それでまた成長できた気がする」

 

「そ、そうね…私たちの怪我も彼の魔道具で治してくれたし…なんだったのかしら…名前も分からないし…」

 

 

 一行は難関を乗り越え、また少し成長したという実感と微妙に煮えきれないモヤモヤを感じながらしばらく宿屋で過ごし、また旅に出たのだったーーー

 

〜*〜

 

 明智の渾身の拳が御剣の顔面をクレーターのように穿つ。拳と叩きつけられた衝撃がカズマ達の肌を撫でるように伝わってくるほどの威力にただただ驚くしかできずにいるカズマ一行。

 

 以前のジャイアントトード討伐などで彼の戦闘力の高さは嫌というほど感じていたが改めてその恐ろしさに萎縮してしまった。流石のダクネスもあんなパンチは食らいたい気になれないのか青ざめている。

 

 

「…アクア、本当にお前喋るなよ今は。頼むから」

 

「…分かってる。流石に命が惜しいもの……」

 

「うっ…アケチのあの攻撃力…是非とも我が爆裂魔法と対決していただきたいです!おーーむぐっ!?」

 

「「ほんとにやめとけ(やめときなさい)よお前!!」」

 

 

 とんでもないことを言い出しそうなめぐみんを珍しく必死に静止する2人。ダクネスはなんだか先ほどの青ざめた顔から少しずつ赤くなっていっておかしなコントラストが顔面に形成されている。抑えられないマゾが溢れ出しているのだろう。先ほどの御剣の惨劇を見ても疼く辺り本当に救いがない。

 

 

「ーーー君たちはクエスト帰りかな?」

 

 

 そう明智から話しかけてきた。突然の出来事と先程までの真剣さはどこへやらと言いたくなるようななんだか恐ろしい笑顔。

 カズマ達4人の心臓がキュッと締め付けられたように跳ねる。

 

 

「どっどど…どうかなさいました?」

 

「なんでそんなに畏まってるのかな…まぁいいや。君たちも見たところクエスト帰りなんだろう?早くギルドにでも行ってきた方がいいんじゃないかな。ほら、周りにこんなに…」

 

 

 実は明智は彼らのクエストの一部始終を見ていたのだが、そんな事なんて知らず今ここで初めて会ったかのような態度を取る。そして明智の言葉を聞いてカズマ達が周りを見渡すと言葉通りに物陰から覗くような影が多く見られた。

 

 既にパンツの件だったりと悪評の多いカズマはめぐみん達を引き連れてそそくさと退散していった。まるで他人事のようだが、明智も彼には負けるものの、それなりに悪評が付いているのを忘れてはならない。

 

 

「さて…と。良かったら運ぶの手伝ってくれるかな?クリスさん」

 

「…あはは、バレてたか」

 

 

 そう明智が周囲に言うと建物の陰からクリスがそそくさと出てきた。最近の彼女は明智の調査が故仕方がないがストーカー気質と物陰に潜むのが板についてきている気がする。本当にそれでいいのか女神。

 

 そして2人はそれぞれ気絶した御剣達を担いで歩き出した。2人の間にはなんとも言えない気まずい雰囲気が流れる。

 あんな事があった日のうちに加えて、盗み見がバレたのだ。余程神経が図太くない限りは堪ったものではないだろう。

 

 

「ーーーどうして最初、彼のことそんなに毛嫌いしてたの?」

 

「…嫌悪感かな」

 

「途中からはなんだかやけに真剣だったけど…」

 

「…見せられたから、かな…どうしてそんなに僕の事を聞いて回ったりするのかな。確かに好奇心旺盛なタイプなんだろうけど…それにしたって君、おかしいよ?」

 

 

 話を聞きながら宿の手続きを済ませて御剣達を部屋に放り込む。以前ウィズの店で買った特大の回復ポーションを苦労しながら小分けした瓶を雑に振り撒いて彼らの回復を済ますと、2人は正面から相対する。

 

 そして明智のテレポート水晶で2人は明智の家の前へ。完全に人の目のない2人だけの空間。尋問に近しい重苦しい空気感が2人の間に流れる。

 

 

「ーーー悪いけどもう『まぁいい』で流したりはしないよ」

 

 

 そう言って少し魔力を滾らせる。彼の判断次第で1秒後にでも殺し合いが始まりそうな緊迫。そしてクリスは生唾を飲みーーー

 

 

「……分かりました。全て話します」

 

「ーーー!そんなキャラだったのかい、君って」

 

 

 わんぱくやボーイッシュ、快活といった言葉の似合う普段のクリスとは打って変わって澄んだ丁寧な物腰の会話。ただ口調を変えただけではないと明智は直感する。

 そしてクリスは光の粒子に包まれ、それが霧散したかと思うとそこにはクリスと同じ銀髪。しかし腰あたりまで伸びたそれはもはやシルクのような美しさを携え、その美しさを更に際立てる修道服に身を包んだ少女がそこにいた。

 

 

「私の本当の名前はエリス。ディーテルという女神に頼まれて貴方を調査することになった女神です」

 

「ーーーディーテル…女神……なるほどそういう事か…」

 

「理解が早いですね。ここに転生する前に聞いたかと思いますが、本来貴方は地獄行きになるはずだった身。そんな貴方が送り込まれたとあれば、この世界を担当する女神である私はいざという時のためにも貴方を監視する必要があったのです」

 

「…それで?こんなあっさりと正体を明かしたってことは僕はやっぱり地獄行きなのかな?」

 

「…地獄が怖くないのですか?」

 

 

 女神であるということに多少は驚いた様子を見せたが、彼の中でこれまでの不審な彼女の行動に女神であるということで合点する所が幾つもあったのだろうか。妙にすんなりと受け入れ、自身の行先を尋ねる。

 

 

「正直…私には貴方が分かりません。悪人なのか善人なのか…そして地獄へ行ってもらうべきなのか。その恐ろしい二面性は何なのですか。どちらが本当…なのですか」

 

 

 物寂しげな顔をするエリス。心の底から分からなくて理解に苦しみ、そしてちゃんと理解しようとしているが故の苦悩だと感ぜられる。そしてそれに対して明智はーーー

 

 

「僕もどっちが本当かだなんて分からないよ。少し前までは白い方の自分が偽物だと、そう思ってた。少なくとも黒い方の時に抱いてる怒りは確かに本物だと感じられたしね。でも最近思うんだ。白い方の自分も、そうなっているからには何か理由があるって。だからーーーどちらが本物なのかとか、そう言う意味はこれから作っていくことにしようと思ってる」

 

「ーーーー」

 

 

 その言葉を聞いてエリスは黙りこくる。嘘や適当に騙される彼女ではない。きちんと彼の言葉を反芻しながら自分はどうすべきかと問いかける。

 

 

「……分かりました。貴方の行動はこれからも見させていただきます。貴方なら下手に私に媚を売るような真似もしないでしょうし…次に私がこの姿で貴方の前に現れた時。その時に答えを聞かせてくださいね」

 

 

 そう言い彼女は微かな笑みを浮かべる。その笑顔は女神の名に恥じぬ、人を救うほどの眩しいものだ。そして明智はそんな彼女を見て、また今度と言うように無言で手を振り家へと入っていったーーー




実はだいぶ前にほとんど完成してたんですけど締め方が分からず迷走してたら色々忙しくてこんなことになってしまいました。ごめんなさい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。