無間の英霊 (サクウマ)
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冬木と無意識



 東方で友人以上百合未満・共依存ないしは奇譚風味の小説を書いていたのですが、ふと思い立ってクロスオーバーなるものを初めて書いてみることにしました。
 とりあえず冬木の異聞帯は書き切ろうとは思っています。10話はかからないかと思います。それ以降については未定です。上手く書けそうであれば考えます。
 とりあえずは短い旅路の予定ですが、どうぞお付き合い下さいませ。





「……何かしらこれ?」

 

 彼女――古明地こいしは奇妙な孔を前に、こてりと首を傾げた。

 

 幻想郷――ではない。

 夢の世界の更に下。精神領域の一つ――彼女の言葉を借りるならば「深層無意識領域」と呼ばれる場所である。

 

 無意識を司る幻想少女、古明地こいしはこの場所がいっとうのお気に入りであった。

 ユングの言葉に曰く、ありとあらゆる生命は無意識の深層において確かにつながっているという。集合的無意識と呼ばれるその概念を体現するかのようなその場所は、距離の概念も、時間の概念も、どころか自他の概念ですら存在しない空間であった。そしてそのような曖昧さが、彼女がそこを気に入っている理由の大きなものであった。

 

 そこに唐突に現れた、孔。

 彼女にとってしても、初めて見る現象である。

 いくら彼女が無意識を司る存在であるとはいえ、この「深層無意識領域」について、全てを知っているわけではない。

 けれど、黒い球体のように見えるそれが、辺りに満ちたものものを吸い込んでいるその様子は、古明地こいしの目にはしっかりと映っていた。

 

「……落ちてみようかな」

 

 古明地こいしは呟いた。

 もとより彼女の精神は、好奇心旺盛な少女のそれである。都合五百年ほど生きているとはいえ、それを傍目に察されるような老獪さは微塵も持ち合わせていない。そういう役回りは、全て彼女の姉の役割であったから。

 

「うん、行こう」

 

 彼女がそう決めるには数秒もかからなかった。

 この小物語は、このようにして幕を開けた。

 

 

 

 彼女は知らない。

 その孔の向こうがいずれ、幻想郷もかくやとばかりの神話の坩堝となることを。

 彼女は知らない。

 その孔の先にある世界が、幾つもの策略に囚われて、破滅の危機にあることを。

 彼女は知らない。

 その孔が、カルデアという機関によって行われた、英霊召喚の魔術によるものであることを。

 

 

 

 ♡ ♥ ♡

 

 

 

「優しいひとだといいんだけど……」

 

 不安そうに、少女――藤丸立花は、眼前の青白い光を見つめつつ呟いた。

 

 異聞帯、冬木。諸々の事情により、つい最近まで正真正銘の一般人であった彼女は、この地に起きた異常を解決しなければならないこととなっていた。

 現在の彼女は、そのためのある種の助っ人――サーヴァントと呼ばれる、過去の英雄の写し身たち――を召喚しようとしていたのである。

 

「大丈夫です、先輩ならきっとどんなサーヴァントとでも仲良くなれますよ!」

「あはは……マシュにそう言ってもらえるとうれしいよ」

 

 隣に立つ、背の丈ほどある盾を構えた少女――マシュ・キリエライトに励まされ、立花は曖昧に笑ってみせた。荒事慣れしていない彼女にとって、英霊の相手は荷が重いのは恐らく間違いない事実。けれど一方で、信頼できる後輩の言葉が彼女の重荷を和らげたこともまた確かだった。

 

「それより僕としては、強いサーヴァントが来てくれると嬉しいんだけどね……」

「……ねえ、おかしくない?」

 通信に乗せて緩い青年の声が届くが、それに被せるように二人の少女の隣に立つ女性――オルガマリー・アニムスフィアが声を漏らす。

 

「普通の英霊召喚はもっと一瞬で終わるものよ。なんで光を放った状態から先に進まないわけ?」

「そうなんですか、所長?」

 

 オルガマリーの言葉に首を傾げて問う立花。彼女はそれに呆れたような目を向けるが、その口から文句が紡がれることはなかった。

 

 

 

「――――っとと」

 

 

 

 英霊が、降臨する。

 

 三本の光輪が収縮すると共に、召喚陣から聞こえたのは幼い声。

 

 光の中から現れたのは、年を十数えるかどうかといった背丈の少女。

 

 ぱしぱしと服の汚れを払う素振りを見せるが、その一挙手投足で小動物のような、或いは純真な童女のような愛くるしさを振りまいていた。

 

 

 

「……可愛い」

「きゃー褒められちゃったー嬉しいー」

 

 立花の思わず漏らした呟きに反応し、袖をぱたぱたと振る少女。姿相応の幼い仕草に立花は思わず緊張をゆるめる。対照的に、立花の両側に立つ二人は明確な警戒感を滲ませていた。

 

「……初めての英霊召喚で幻想種を引き当てるとか、貴女一体どんな縁を持ってるのよ」

「幻想種?」

 

 オルガマリーの言葉に首を傾げる立花。その疑問に答えたのは先の通信を通した声――Dr.ロマンの言葉だ。

 

「幻想種っていうのは、鬼や吸血鬼や妖怪……つまり、物語に伝わるような怪物とかの総称だよ」

「へー、こっちではそんな呼び方するのね。お兄さんありがとー、ってどこにいるのか分かんないけど」

 

 無邪気な少女の反応にますます立花は困惑する。両側を固めて睨む二人の、警戒する理由が分からない、と。

 少女の出で立ちは大きな黒帽子を被った緑髪緑眼。身体に奇妙な紫色の管を絡ませてはいるものの、それを除けば普通の少女と変わらない。きょとんとした顔で首を傾げるその姿も姿相応の様子に見えて、警戒すべきとは感じられない。

 ……当然だ。神秘に触れず過ごしてきた彼女には、人ならざるものの恐ろしさが理解できるはずもない。ましてや相手に戦意がなければ猶更である。

 

「……あれ?」

 

 困惑のまま、立花は眼前の少女に声をかけようとして――ふと、気付く。

 

 二人の睨む召喚陣の上――そこには既に、()()()()()

 

 慌てて辺りを見回す立花。その耳に先の少女の声が届く。

 

「ふーん……変な文字ね、パチュリーさんが使ってたような気はするんだけど」

 

 振り向くとそこには、オルガマリーの腕を至近で眺める少女の姿。

 

「いつの間に……?」

「「――――っ!?」」

 

 立花の思わず漏らした声に、遅れて気配に気付く二人。特に、近寄られたことすら気付かなかったことを理解したオルガマリーは愕然としている。それをまるで気にしない様子で、少女はきらきらとした瞳で立花を見つめた。

 

「なにもしないで私を見付けられるなんて、貴女とってもすごいのね!」

「へ? いや、そんなことは」

「気に入ったわ、何するのか知らないけど手伝ってあげる! 私は古明地こいし、貴女は?」

「え、ああ、藤丸立花です」

 

 急速にテンションを上げる少女――古明地こいしの勢いに半ば押されるように立花は答える。それに満足したように、こいしは満面の笑みを花開かせ、言った。

 

「じゃあ立花ちゃん、()()()()()()だけどよろしくね!」

 

 

 




次回の投稿は7日の12時頃を予定しています。
もし良ければ感想・評価・お気に入り登録お願いします。


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無意識の精度

思ったよりも評価お気に入り頂けてありがたい限りです。

こいしちゃんの能力についてはかなり濃い独自解釈を含んでいます。
原作沿いにしてしまうと自己同一性をほとんど持たない夢遊病患者になってしまうので……
いや、原作風こいしちゃんもすごく可愛いとは思うのですが、それはそれとして。


「それで、えーっと……こいしさん?」

「こいしちゃんでいいよー。立花ちゃんたらなにか訊きたいの?」

「じゃあ、こいしちゃん。さっきのマシュと所長……この二人の目をかいくぐってたのは、あれはいったい何をしたの?」

 

 立花の疑問はもっともだった。警戒している相手、それも二人に睨まれた状況で相手の傍へ近づくなど、常識で測れる技ではない。当のマシュとオルガマリーも「私も何をされたのか分かりませんでした」「そうよ、一体あなた何をしたのよ」と追従し追及するのを前に、こいしは何でもないように「んーとね」と指を振った。

 

「簡単に言うと、私は無意識を操れるの」

「無意識?」

「色々できるのよー? 周囲の意識を逸らして誰かの気配を薄くしたりとかー、相手が動いていないかのように錯覚させたりとかー、距離感を狂わせたりとか」

「それは……」

 

 殺し屋のようだ、と立花は思った。不穏な雰囲気の能力だと続けて思うその隣で、オルガマリーが「うわあ……」と引いたような声を漏らす。

 

「悪意の塊のような能力ね……」

「そんなにですか?」

「当り前よ……前から来ると思ったら後ろから切りつけられる、みたいなことを当然のように起こせるって言ってるのよこの子。絶対に敵には回したくないわ……貴方しっかりこの子の手綱を取りなさいよ? いいわね?」

「はあ……」

 

 そう言われても、立花にはいまいち実感が湧かなかった。彼女はこれまで戦いの場に身を置いたことなどないのだから、当然と言えば当然だろう。マシュのごくりと唾を呑むのがちらりと横目で見えたこともあり、立花は「強いんだなあ」とざっくりとした認識をするに留まった。

 

「すると、こいしちゃんのクラスはアサシンなのですね」

「それが、魔力パスの解析をした限りだと、彼女のクラスはどうやらキャスターみたいなんだ」

 

 マシュのこいしへ向けられた言葉に、けれど答えたのはDr.ロマンの困惑気味な声であった。

 

「キャスター……彼女の能力が妖術として判断された、ということでしょうか」

「どうなんだろうねえ……」

「ねーねー、ちょっといいかしら?」

 

 マシュと揃って黙り込んでしまったDr.ロマンに、首を傾げてこいしが声をかける。

 

「二人の言ってるクラス?って何のこと?」

「ああ、こいしちゃんは知らないんですね。ということはサーヴァントのことも?」

「聞いたこともないかなー」

「なるほど」

 

 一つ頷いて、マシュはこいしへサーヴァントについて説明する。高名な人物が死後に座に記録されること、異常事態に特定の儀式を以てそれらの霊体の一側面を召喚できること、そのそれぞれの側面をクラスと呼び、例えばキャスターとは術師としての側面を表すこと。……そしてこの先、敵性サーヴァントが現れる可能性が高いこと。

 

「……聞いてますか?」

「あーうん、聞いてる聞いてる」

 

 とは言いながらも、説明の中盤辺りからこいしがぼんやり虚空を見つめていたことは確かであった。「大丈夫なのこいつ?」と思わず、今までとはまた違った意味で不平を漏らすオルガマリーに、こいしは妙に楽しげな様子でにこりと笑いかけた。

 

「んーまあ概ね大丈夫よ。大体のことは()()()()し」

「……本当に?」

「ほんとほんと」

 

 オルガマリーの追及にひらひらと軽い調子で手を振るこいし。そのまますっと彼女の後方に目を向けて彼女は言葉を続ける。

 

「とりあえず、私がキャスターなのはその通りだと思うわ。私は暗殺なんかしたことはないし、妖術以外に碌な手札を持ってないもの。それと――」

「っ、敵性反応、北西方向に10体! スケルトンだ!」

 

 こいしの言葉を遮るようにDr.ロマンが叫ぶ。立花たちの振り返った先、偶然にもこいしの向いていた方角から、多数の骸骨が走ってくる。

 立花はごくりと唾を飲み、マシュが二人を庇うように前に立つ。

 

 

 

 そこへ――三人の背後から、()()()()が弾丸の如き速度でスケルトンへと襲い掛かった。

 

 

 

「……え?」

 

 予想外の現象に困惑する立花たちをよそに、伸びた茨がスケルトンへと絡みつく。動きを封じられた後に茨の棘に貫かれたスケルトンたちは――

 

 ――直後、膨らむように形を崩すと、原形を失い、地面へ吸い込まれるかのように消えていった。

 

 

 

「――それと、その敵性サーヴァント?ってひとたちは、霊体みたいなものなのよね?」

 

 そして立花は、何事もなかったかのように言葉を続けるこいしの声を聞いた。立花が振り返ると、先程までとまるで変わらない幼げな笑顔で、両手の袖口から無数の茨を伸ばしたこいしが立っていた。

 

 

 

「それなら話は簡単ね。相手に無意識のある限り――()()()()()()()()()()()!」

 

 

 

 そう、無邪気に言い放ったこいしのことを、ようやく立花は恐ろしいと感じ始めていた。




ここまでお読み頂きありがたい限りです。

それと、本作とはあまり関係ないのですが、現在「東方人気投票」という企画が行われています。今年で16回目となる、そこそこ歴史ある企画です。→https://toho-vote.info/
本作は、この人気投票のこいしちゃんへの支援作品として筆をとったものである、という側面もあります。
気が向いた方がおりましたら、是非こちらの人気投票でこいしちゃんへ票を投じて頂けますと幸いです。


※人気投票でのこいしちゃんの得票数と本作の更新頻度に相関性はありませんのでご了承ください
次回の投稿は本日18時頃予定です。その次はまだ未定です。


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冬木の英霊

本作中ではこいしちゃんの符名の代わりに詠唱が入っていますが、特に深い意味はありません。ただこいしちゃんはわりあい周囲の雰囲気に合わせるところがあるので、そういうことなのだと思います。多分ね。


「さあ――素敵な薔薇園で遊びましょう?【コンファインドイノセント】」

 

 

 

 短刀がひゅうと風を切る。繋がれた鎖がじゃりじゃりと金属音を奏でる。そして――ずるずると巨大な蛇が這いまわるような奇怪な音を響かせながら、その後ろから無数の茨が追いすがる。

 

 それは、圧倒的な光景だった。

 

 鎖鎌に似た武器を操り、ビルとビルの間を自在に高速で飛び回る人影――敵性サーヴァント。

 それを追いかけるように袖口から茨をばら撒いては、少女――古明地こいしが追いすがる。

 

 ――サーヴァント同士の衝突は、()()()の様相を呈していた。

 

 

 

「すごいですね……」

「サーヴァント同士の戦いって、こんなに激しいんだ……」

「いや、二人とも勘違いしてもらったら困るんだけど。今目の前で起こってるそれは、普通のサーヴァント同士の戦いからはかなりかけ離れているからね?」

「……そうなんですか?」

 

 思わずと言った様子で感嘆を漏らすマシュと立花。それに幾らか呆れたようにDr.ロマンが口を挟むと、二人は驚いたように問い返した。

 

「当たり前でしょ……サーヴァントだって基本的には元人間よ。普通は空中戦になるわけがないじゃない」

 

 へたり込んだまま、半ば放心したような様子で指摘を返したのはオルガマリーだ。

 

「本当、なんなのよ……()()()()()()()()()わ、スケルトンに襲われるわ、味方になったサーヴァントは得体の知れない幻想種だし、野良のサーヴァントが襲ってきたと思ったら常識外れの戦いになってるし……――っ!?」

 

 震える声で不平を漏らし続けるオルガマリーへ、唐突にマシュがカバーに入る。直後に金属同士のぶつかり合った甲高い音を耳にして、オルガマリーは声にならない声を上げた。

 

「ありがとうマシュ。所長は大丈夫ですか?」

「なんなのよ……なんなのよお……」

「……あまり大丈夫ではなさそうですね。早く終わるといいのですけれど」

 

 そう言ってマシュは上空の攻防を見上げる。

 空中での機動力、そして遠距離攻撃の手段。そのどちらも持たない彼女では、眼前の衝突に割って入ることは不可能だ。そしてそれは、人間の身である他の二人も同じであった。

 

 幸いなことに、空中戦はこいしが押しているようであった。

 何しろ手数がまるで違う。敵性サーヴァントがその手の鎖一本で機動と攻撃を全て捌いている一方で、こいしの袖から伸びる茨は合わせて二十にも及ぶ。敵が未だに捉えられていないのは、偏にこいしの動きがそこまで早くないのと、茨を伸ばしてから回収するまでには幾らか時間がかかるからだった。

 

 

 

 ――そして、それもじきに終わる。

 

 

 

 敵サーヴァントへ再び茨が襲い掛かる。鎖を伸ばしてそれを避け、反撃とばかりに短剣を飛ばした敵性サーヴァントだが、その目前へ()()()()()()()を避けきれず絡めとられた。どうやらこいしが両袖から同時に伸ばしていた茨を、片袖づつ伸ばしてみせたらしい。「いやらしいフェイントですね……」と思わず漏らしたマシュをよそに、茨の棘が敵性サーヴァントを貫くと、相手は膨らむように形を崩し、溶け落ちるように消えていった。

 

 

 

 ♡ ♥ ♡

 

 

 

「こいしちゃん、本当に強いんだね」

「んー、別にそんなことはないんだけど……でも嬉しいー。ありがとねー立花ちゃん」

 

 地面に降り立ったこいしに向かって、立花が納得したように声をかける。当のこいしは何処か困ったような素振りを見せながらも、けれども照れ臭いと言わんばかりにぱたぱたと袖を振ってみせた。

 

「今回はあまり力になれませんでしたね……」

「えーそんなことないよ? 誰かを守りながら戦うなんてこと、私には無理だもの。マシュさんがいてくれたおかげで結構助かっちゃったわー」

「そ、そうですか……?」

 

 申し訳なさげに謝るマシュにこいしは手を振って否定する。そしてくるりと振り返ると、未だにへたり込んだままのオルガマリーに目線を合わせてにこりと笑った。

 

「それで、所長のお姉さんは大丈夫?」

「貴方がもう少しまともだったら私ももう少し大丈夫だったかもしれないわね……」

「わーお、もしかして怒ってる? きゃーこわーい」

「この、ひとが弱ってるっていうのに馬鹿にしてくれるじゃない……!」

 

 くすくすと楽し気に笑いながらこいしは彼女から距離を置く。そして――

 

 ――その胸に黒い短刀が突き立った。

 

 

「こいしちゃん!?」

「だいじょーぶだいじょーぶ、このくらいじゃ私全然死なないから」

 

 慌てて駆け寄ろうとする立花をこいしは手を上げて制する。そのまま胸の短刀を引き抜いてくるくると回し、「魅力的なナイフねー。一本持って帰りたいわー」などと嘯きながらにへらと笑った。その胸からは血の一滴も零れなかった。

 

「所長のお姉さんが心配だったんだけど――それだけ言えるなら問題ないよね」

「マサカ、避ケル素振リスラシナイトハナ。化ケ物トハイエ、舐メラレタモノダ」

 

 その言葉と共に、こいしの振り向いた先へ髑髏の仮面をつけた男がゆらりと現れる。

 

「残念なんだけど髑髏のおじさん、私を殺したいーっていうのなら、八つ裂きにぐらいしてもらわないと足りないんだよねー」

「……ツクヅク馬鹿ニシテクレル。ナラバ四肢ノ肉カラ削リ殺シテシマウトシヨウ」

「素敵なお誘いで悪いんだけど、遊び相手にはあいにく先約がいるの。だから代わりに――貴方の無意識(こころ)を侵し尽くして殺してあげる!」

 

 互いに口上を謳い上げて、こいしと髑髏の敵性サーヴァントは短刀と茨を飛ばし合った。

 

「こいしさん!」

「待つんだマシュ! 反対方向からサーヴァント反応が来てる!」

「――っ!」

 

 こいしの支援に動こうとしたマシュは、Dr.ロマンの言葉に慌ててそちらへ向かう。どちらの支援をするべきかと混乱する立花に、再びこいしが声をかけた。

 

「立花ちゃんはマシュさんの方に行ってあげて? 私は一人で余裕だし、それにひとを守りながら戦えるほど器用じゃないもの」

「……分かった。こいしちゃんもやられないでね!」

 

 そう言い残して立花はマシュの側へ向き直った。それを眺めるこいしに向かって黒の短刀が襲い掛かるが、こいしはそれを全て踊るように避け切る。

 

「戦イナガラヨソ見トハ余裕ダナ化ケ物!」

「化け物じゃなくってこいしちゃんって呼んで欲しいんだけどなー!」

 

 互いに煽り、同時に声を張り上げる。

 戦いはまだ始まったばかりだ。

 

 





ここまでお読み頂きありがとうございます。
次の更新は明日18時頃の予定です。


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暗殺者と無意識

ルーキー日間の方で、最高39位を頂いたみたいです。皆さん評価・お気に入り本当にありがとうございます。

何となくお察しの方はいるかもしれませんが、当方は致命傷に見えるのに全く気にせずにこにこしてる女の子が性癖です。なのでこいしちゃんにつきましてはこれからも順当に致命傷を受けて頂く所存です。よろしくお願い致します(何を?)。


「本能の海に踊りましょう――【イドの開放】」

 

 こいしの言葉に呼応するように、その全身からハート形の妖弾が溢れ出す。妖弾は互いに交差しながら捻じれたような軌道を描いて飛び回り、敵サーヴァントを囲い込んでは圧し潰さんと襲い掛かった。

 

「――――ッハ! 他愛ナシ! 所詮コノ程度カ化ケ物!」

 

 けれど髑髏のサーヴァントは、踊るように隙間を抜けては短刀を投げて牽制する。

 

「もー、せっかく遊んでる(ころしあってる)のにノリが悪いじゃない!」

「何カト思エバオ遊ビ気分カ! 道理デ派手ナ割ニハヤケニ隙間ガアルワケダ」

「ノリだけじゃなくて意地も悪いのね!」

 

 ぷりぷりと怒った風な様子をみせるこいしだが、それでもなかなか妖弾は敵に当たらない。その様子に幾らか余裕を取り戻したらしいサーヴァントはこいしに向かって煽ってみせる。

 

「ドウシタ、ソノ程度デハ私ヲ殺セナイゾ?」

「それならこっちも簡単よね? 無意に溺れることなかれ――【スーパーエゴ】!」

 

 挑発し返すかのようなこいしの言葉が放たれた直後、妖弾が一斉に動きを止める。そのままぐるりと反転すると、まるで逆再生のように同じ軌道を描いてこいしの元へ飛び込んだ。

 

「グ、厄介ナ!」

「……びっくり。おじさん思ったよりやるのね」

 

 流石に後ろからの攻撃には対応しきれないらしく、敵性サーヴァントの動きが精細を欠く。それでも妖弾に掠るだけで直撃を受けない様子に思わずこいしは感嘆をあげた。

 

 妖弾が掠る。一瞬体勢が崩れるが直ぐに持ち直す。

 妖弾が掠る。思わず振り向きそうになったのを全力で堪える。

 妖弾が掠る。足を縺れさせ転がるが、その勢いで直ぐに立ち上がり復帰する。

 

 傍から見れば敵サーヴァントが調子を崩したようにしか見えないが、実際のところ髑髏のサーヴァントは、こいしから与えられた認識異常に抗っているという状態であった。

 

「――精神ニ異常ヲキタサセル光弾……宝具カ。ツクヅク厄介ナ奴ダ」

「だいたい正解。というか、それだけ食らってまだ避けられ続けるなんて思わなかったわ。そこまで理屈で動けるひとは初めてよ」

「ハッ、マルデ褒メラレタ気ガセンワ。ソモソモ貴様、マルデ本気デハナイダロウ?」

「……そんなことはないよー? 私自身はちゃんと本気でやってるもん」

「ドウダカナ」

 

 軽口を叩きながらも、困っちゃうな、とこいしは思った。じきに弾切れになってしまう、と。

 本能と抑制は表裏一体、イドの解放で放った弾を回収するのがスーパーエゴという弾幕だ。逆に言うなら、イドを放ったのと同じ時間しか、スーパーエゴは放てない。相手に余裕を与えるのはよくないと早々にイドを終わらせた彼女の判断が、回り回ってこいしの手札を削っていた。

 

 さてはて、次はどれを切ろうかと悩むこいしの耳元に、驚きに満ちたDr.ロマンの声が届いた。

 

 

 

「ねーねー、向こうでマシュさんと遊んでる(ころしあってる)のって、貴方のお仲間さんなのよね?」

「ソレガドウシタ? 言ッテオクガ、奴トテ素人ノ盾使イ一人ニヤラレル程ニハ甘クナイ」

 

 こいしの発した状況に似あわぬ軽い調子の問いかけに、髑髏のサーヴァントは警戒しながら言葉を返した。

 こいしの弾切れを予期していたのは敵性サーヴァント――静謐のハサンも同じである。彼らの周囲を取り囲む妖弾が確かに数を減らしていたから、それを見抜くのは容易であった。

 妖弾を放ち切ってから次の攻撃に移るまでの隙に短刀を放って体勢を崩し、更に近づいて宝具を食らわせる魂胆である。けれどそんなサハンの考えを知ってか知らずか、こいしはにこりと笑みを浮かべる。

 

「ふーん……一人だったら大丈夫、かあ」

 

 ハサンの視界の端にちらりと、守護障壁が広がるのが映る。恐らく盾使いの宝具である、と彼は即座に判断した。

 彼女が宝具を使えることは予想外であったし、その障壁の強度も驚くべきものであるように見えたが、しかし、それだけである。たかが障壁を張ったところで、ランサーを打ち倒せる訳がない。ハサンはそう即座に断じて目前の少女に向き直る。

 

 けれど。

 

「なら――()()()()()ならどうなのかしら?」

「ナニヲ馬鹿ナコトヲ――」

 

 ハサンがこいしの言葉を鼻で笑ったその瞬間。

 

 

 

「――――『灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』」

「――ッ!?」

 

 視界の端へ、炎を噴き上げながら現れた巨人に、ハサンの意識は完全に()()()()()

 

「馬鹿ナ――()()()()()ガ何故ココニ居ル、何故漂流者ノ肩ヲ持ツ!?」

 

 思わず声を荒げるハサン。気配無き者同士の戦いで、それは致命的な隙となる。

 

 

 

「――――()()()()()()()()()()、なんだっけ?」

「ナッ――!」

 

 

 

 耳元で囁かれた言葉と共に、ハサンはこいしに後ろから抱き着かれる。振りほどかんと身をよじれど、上から更に数十の茨で縛られてしまえば、抜け出すことは難しい。服を貫き全身に茨が刺さるのを感じた瞬間、彼の全身を埋め尽くすように巨大な薔薇が咲き乱れたのを視認して――

 

 

「これにて閉幕(ラストワード)――【ブランブリーローズガーデン】!」

 

「クソ、コノヨウナトコロデ、グッ、アアアアアッ!?」

 

 

 ――そのまま、彼の意識は消失した。

 

 

 

 

 ♡ ♥ ♡

 

 

 

「立花ちゃんマシュさんお疲れー」

「あ、こいしちゃんも終わったんだ。おかえり」

 

 こいしが立花のところへ戻ったのは、彼女たちがどうにか後から来た敵サーヴァント――ランサーを撃破し、一息ついたところでのことだった。

 

「いやー、ほんとはすぐに倒して加勢に行きたかったんだけどねー。まさかこっちが助けられちゃうとは」

「助けた……? 私達が?」

 

 困惑気味に返す立花に、こいしを助けたという自覚はない。こいしの言葉に含まれた意図を理解できるのは、彼女の戦いの経緯を知っているDr.ロマンのみである。

 

「んーまあ分かんなくてもいいよー。とりあえずあれだねー、よく倒せたね。えらいと思うよー」

「私の手柄じゃないよ。偶然助けてもらっただけだから」

「いいのいいの、幸運だって実力の内よ。ほらそんなことより両手出してー」

 

 恥ずかし気に謙遜する立花に諸手を上げて迫るこいし。困惑気味に立花が手を差し出すと、ぱちん、と景気良い音を立ててその手にこいしの手が合わさった。

 

「いえーい、勝利のハイタッチ!」

「あ、うん、いえーい」

 

 そうしてようやく、彼女たちは一息つくことができたのだった。



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幻想と英霊

小休止というか説明回というか繋ぎというか。
毎日更新というのが如何に難しいものなのかを、身に染みて感じるこの頃です。(訳:ストックが尽きました)(少なすぎない?)


 友好的なキャスターの宝具によってランサーの撃破に成功した後、立花はキャスターと互いの現状について情報共有を行った。結論として、立花はキャスターの青年と、異変解決の間に限ったサーヴァント契約を交わすこととなる。それを終えたのを見計らって、こいしが二人へと声をかけた。

 

「それで立花ちゃん、そっちのひとがさっき手を貸してくれたひと?」

「うん、特異点の修正を手伝ってくれることになったキャスターさんだよ」

「おっけー。じゃあキャスターのお兄さん、同じキャスター同士よろしくねー」

「おう。よろしくな、お嬢ちゃん。……どっちかというとアサシンに見えるけどな。いや、俺の言えたことじゃねーか」

「これでも暗殺はあんまりしたことないんだけどねー」

 

 彼女たちは冬木の心臓――『大聖杯』のある洞窟へ足を向けている。道中何度も異形の魔物に遭遇するが、全員にかけられたこいしの妖術の効果によって、彼女たちの存在には魔物の一匹として気付かない。念のためにとキャスターの青年が光弾を放ち魔物の駆除を進めるが、反撃どころか気付いた様子すら見られない魔物たちの様子に、彼は驚きを隠せない様子だった。

 

「冗談みたいな能力だな……なあ嬢ちゃん、そんな手札があるんならサーヴァントなんか避けて進めば良かったんじゃねえか?」

「やー、これも絶対効くようなものでもないのよね。派手な音をたてたら気付かれるし、勘のいいひとは初見で見抜くし、偶然でぶつかられることもあるし。それで背中を怪我するぐらいなら、立ちふさがる敵の一切合切を滅ぼしていく方が効率的じゃない?」

「おう、最後さえなければ俺も同意したんだがな」

「信じられないほどの蛮族ぶりね……ようやく安心して頼りにできそうな気がしてたんだけど」

 

 キャスター二人の会話に、気を病んだような表情のオルガマリーが入り込む。あまりに覇気のない彼女の様子に冬木のキャスターが何があったかと尋ねるが、何でもないわと首を振りつつ返された。

 

「ただ……こうしていざ気を張らないでも良いようになると、嫌な想像が頭の中で止まらなくて」

「んーまあ、こんなにみんなから無視されているまんまだと、まるで私達が()()になっちゃったみたいな、不思議な気分になってくるよねー」

「っ!」

 

 にこにこと微笑みながら放たれたこいしの言葉に、びくりと肩を震わせるオルガマリー。一体何が気になったのかと青年のキャスターは軽く首を傾げるが、答えは出そうにもなかった。

 

「それにしても、お兄さんが来てくれて助かっちゃったわー。私もマシュさんも、あんまり攻撃向きじゃないんだもの」

「はあ? おい嬢ちゃん、あんまりそういう冗談は良くないぜ。お前はどう見ても攻撃役だろ」

 

 何でもないように言ったこいしに困惑交じりにキャスターが返す。けれどこいしはそんなことないと手を振った。

 

「だって、私は妨害役だもの。攻めはいつもはお姉ちゃんの役目よ」

 

 

 

 こいしの言葉を耳にした面々の反応は、様々であった。

 

「こいしちゃん、妹だったんだ」

「意外だった?」

「ううん、なんだか納得しちゃった」

 

 立花は幾らか驚きつつも、どこか腑に落ちたような様子でこいしを眺めた。

 

「……そういえば、こいしちゃんはさっきの戦いのときに、本気じゃない、って言われてたね。それはそのことを指してたのかな」

「うーん、どうなのかしら。よく分かんないわー」

 

 Dr.ロマンは、つい先程の戦闘の中で耳に届いていた会話をぽつりと想起する。

 

「ということは、こいしちゃんのお姉さんは更に強い、ということですか?」

「うん、すっごく強いよ。鬼も閻魔も本気になれば返り討ちにできるぐらい」

「ち、ちょっと待ちなさいよ」

 

 戦慄した様子で確認するようにこいしに問うたのは、マシュだ。それに事もなげに返された言葉に、オルガマリーが慌てたように口を挟む。

 

「閻魔ってことは神霊クラスよね? それを返り討ちにできるってどういうことだか分かってるわけ?」

「んー? 閻魔さまが神様なのは知ってるけど、そんなに驚くことかしら?」

「……そうよね、何となくそんな気はしてたわ」

「はは、このお嬢ちゃん思った以上にやばい奴じゃねえか」

 

 こいしの言葉にこめかみを押さえるオルガマリーと、乾いた笑いを漏らすキャスター。話の流れが読めず困惑する立花にマシュのフォローが入る。

 

「基本的に、神霊はサーヴァントとは比べ物にならない力を持ちます。仮にそれらと同格の英霊を呼び出すとなると、一側面のみを切り出すとしても出力不足、敢えて数段ほど格を落とす必要があるほどです」

「……よく分からないけど、とっても強いってことだよね」

「全く伝わってなくて腹立たしいけど、だいたいそういうことよ」

 

 どこか諦観を感じさせるオルガマリーの言葉に立花は首を傾げたが、理解できていないことは明らかであったからそれ以上口を挟むことはなかった。と、そこで、そういえばとキャスターが疑問を投げかける。

 

「さっきから気になってたんだが、そのこいしちゃんってのはそこの嬢ちゃんの名前だよな。そっちのデミサーヴァントのお嬢ちゃんなら真名とは何の関係もないから気にすることでもなかったが、普通の英霊を名前で呼ぶってのは、真名看破だとかの観点からしてどうなんだ?」

「えー、私は気にしないよー?」

 

 キャスターの言葉に驚きで顔を染めた立花とは対照的に、まるで気負った様子もなくこいしは言う。

 

「むしろ名前は知って欲しいぐらいだもの。妖怪っていうのは知られて恐れられてこそなのよ?」

「その割には、こいしちゃんについてはほとんど全く情報がなくて困ってるんだけどね……」

「……そうなんですか、ドクター?」

「あーそっか、そういえばあんまり説明してなかったっけ。まあ大した話じゃないけどねー」

 

 呆れ気味の声音をしたDr.ロマンに驚きを込めて聞き返すマシュ。しかし彼が言葉を続ける前に、こいしが自身の正体について語り出した。

 

「まずお姉ちゃんの話なんだけど……お姉ちゃんはサトリ妖怪っていって、ひとの心が読める妖怪なのよ。もう四百年ぐらい生きてるし、無意識下での不意打ちでもない限りはまず負けないかなーって感じなんだけど」

「覚……美濃や肥前、今でいう岐阜の辺りを中心に、日本全土に名の知られた妖怪だね」

「うん。それで、私も元々はサトリ妖怪だったんだけど、お姉ちゃんは強すぎるし、それに比べたら大したことはできなかったのよ。それが嫌になって私はサトリの能力を捨てたんだけど、そしたら今の能力が手に入ったのよねー」

「えーっと……随分と濃いね」

「そうかしら?」

 

 言葉を選ぶようにDr.ロマンは言ったが、概ねそれはその場の全員の総意であった。

 

「まあ、そういうわけだから私について分からなかったのは当然よ。名前も大して知られてるわけじゃないから、立花ちゃんたちも今まで通りに呼んでくれて構わないわ」

「おう、そいつはありがたいな。キャスターが二人もいるんだ、呼び分けができないと面倒で仕方ねえ」

「じゃあ、これからもよろしくね、こいしちゃん」

「……」

「所長、どうかしたんですか?」

 

 キャスターは快活に言い放ち、立花はどことなくほっとしたように微笑みかける。妙に難しい顔をして黙り込んだオルガマリーへと不安そうにマシュが問いかけるが、それに彼女が答える前に、事態は急変する。

 

 

 

「――――っ、背後から敵性反応! 途轍もなく早くて、しかも強い!」

 

 

 

 Dr.ロマンの叫ぶような警告と同時。そこにいる全員が、地響きの如きそれを耳にした。

 

 

「無意の茨に阻まれるといいわ――【サブタレニアンローズ】!」

 

 こいしの言葉に合わせて周囲に広がる茨。それに弾かれ道の端へと追いやられた立花たちが目にしたのは、鉄塊とでも言わんばかりの大剣を持つ大男。そして――紙屑の如く吹き飛ばされる、頼れる幻想種の少女。

 

「こいしちゃん!?」

「■■■■■――――!!!!」

 

 足に絡まる妖術の茨、そして唐突に周囲に現れた人間と英霊。それを目にした大男――敵性サーヴァントが咆哮を上げた。

 

 遭遇戦が、始まる。




お姉ちゃんとの仲が険悪なこいしちゃんも好きですが、お姉ちゃん大好きなこいしちゃんはもっと好きです。

評価・お気に入り登録、ありがとうございます。


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英雄と無意識

評価が一気に増えまして大変嬉しい限りです。
それと、UA2000頂きました。ありがとうございます。
そろそろ区切りが見えてきましたが、今しばらくお付き合い願います。




「バーサーカー!? なんでこんなところにこいつがいるんだよ!」

「知ってるのキャスター!?」

「ああ。奴の真名はヘラクレス、ギリシャ神話の大英雄サマだ!」

 

 焦りを滲ませた表情で応えるキャスター。その余裕のない表情に、ぞっと立花は顔を蒼褪めさせる。彼女たちの相対している大男が、今までの敵とは比べ物にならないほどの強敵であると理解したのだ。

 

「■■■■■――――!」

「先輩!」

 

 その立花の方へと向き直り、叫びながら剣を振り上げるバーサーカー。そこにマシュが割り込み盾を掲げるが、それで防ぐことができるかと言えば、恐らく疑わしいだろう。

 

「令呪を使いなさい!」

「分かりました――――【マシュ、逸らして】!」

「はい――『仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロード・カルアデス)』!」

 

 オルガマリーの悲鳴にも似た指示に、立花が魔力の籠った言霊を紡ぎ、呼応してマシュが宝具を展開する。斜めに構えられた障壁を割り砕きながらも、敵サーヴァントの大剣は間一髪のところで彼女たちを捉えきれず、そのまま地面に突き刺さった。

 

「キャスター!」

「おう! ――『灼き尽くす炎の檻(ウィッカーマン)』!」

 

 間髪入れず、続いてキャスターが宝具を放つ。炎を纏った木々の集合体たる巨人が大男へと殴りかかり――

 

 

「――【今から電話をするから出てね】?」

「■■■■■――――!!」

「なっ――!?」

 

 

 ――しかしその炎の拳が届くのと同時、バーサーカーの大剣が巨人を吹き飛ばした。

 形を失い崩れ落ちる巨人。対して敵サーヴァントは肩を焼け爛れさせたものの、まるで動じた様子も見せずに再び剣を振り上げる。

 

「クソッ、とんでもねえ引きの悪さじゃねえか……!」

「もう一度、令呪を以て命ずる! お願い、マシュ――」

「もう無理よ! 終わりよ! どうしろっていうのよこんなの!」

 

 キャスターが舌打ちし、立花が二画目の令呪を切り、オルガマリーが半狂乱に叫ぶ。その一切を叩き潰さんと、ヘラクレスの刃が振り下ろされ――――

 

 

 

()()から()()へ――」

 

 

 

 その金属塊が、唐突にその動きを止める。

 

 

 

「――【没我の愛】」

 

 

 

 囁くように紡がれたその声は、確かに先程吹き飛ばされた少女のもの。

 それを呼び水に、まるで焦点が合わさったように姿を現す幻想種の少女。

 そして――その周囲を取り囲むように生成され、彼女の元へと飛び込んで行く、壁と見紛う数の妖弾。

 

「……綺麗」

 

 思わず立花は呟いた。

 鎖鎌を持ったサーヴァントとの戦いのとき、こいしは茨の弾幕を使っていた。それは美しくなかったのかと言えば嘘になるが、けれどもむしろその弾幕は、不気味さの方が勝っていた。

 髑髏のサーヴァントとの戦いは、立花は目にはできなかった。マシュに指示を出すのに精一杯で、背中の様子など気にする余裕がなかったのだ。

 そして、今。彼女は初めて、こいしのハートの弾幕を目にしていたのだ。

 

 

 

 

「■■■■■■■――――」

「っ、嬢ちゃん! そいつは耐性を持ちやがった、もう同じ手は効かねえぞ!」

 

 崩れ落ちるように膝をついたバーサーカー。けれど未だに消滅の兆しを見せないその姿に、キャスターがこいしへ警告を送る。

 

「効かない? まっさかー」

 

 それをこいしは、笑い飛ばす。けらけらと軽い笑い声を響かせながら、いいこと?などと、愉快気に言う。

 

「サトリの妖術は、魂を侵す妖術。瞳より入り、情動を狂わせ、精神の根幹を崩壊させしむ純粋な力。防ぎたいっていうのなら、【無名の存在】でも連れてこないと」

 

 そうして、再びこいしは壁の如くの妖弾を放つ。

 

「■■■■■■■――――」

「……どういうことだ? なんでバーサーカーは動かねえんだ」

 

 二波、三波、四波と繰り返される弾幕が、座り込んだ大男の全身を貫く。キャスターがふと疑問を漏らすが、それに答える声はない。

 

「■■■■■■■――――」

「……泣いてる」

「先輩?」

 

 繰り返しが十に届かんとする頃、立花はぽつりとそう漏らした。疑問符を浮かべ立花をみやるマシュに、彼女は首を傾げながら言う。

 

「分からない。よく分からないけど……何となく、そんな気がするんだ」

「そいつは――」

 

 立花の言葉にキャスターが何事か言おうとする。それに合わせるかのように、バーサーカーの影がぐにゃりと膨らむと、溶け落ちるように消えていった。

 

 

 

 

 ♡ ♥ ♡

 

 

 

「うん、あのお兄さんは泣いてたよ。まあ、最初からだけどね」

 

 バーサーカーを倒した後。

 令呪の連続使用、宝具の連続使用、更に突発的なサーヴァント契約と、魔術回路を酷使する状況が続いたために立花がグロッキーになり倒れたり。

 マシュの「こいしちゃん、吹き飛ばされてましたけど大丈夫だったんですか?」との質問に、「うん、そりゃもう全身の骨がばっきばきよ?」と笑顔でこいしが言い放つので、皆が揃って大混乱に陥ったり。

 諸々の都合で一時休憩と相成った彼女たちは、先の英霊について意見を交わしていた。

 

「そっか、私の勘違いじゃなかったんだ……」

 

 ぐったりとした様子で、マシュに膝枕をされつつ横になりながら、立花はそう言葉を漏らす。それに軽く頷きながらキャスターが口を開いた。

 

「あいつ――ヘラクレスは、()()聖杯戦争で、最もマスターと親密な英霊だった。俺の把握している限り、あいつはこれまでずっと自分のマスターの住居跡を護っていたはずなんだが――恐らく、マスターのいない現状に、遂に参っちまったんだろうな」

 

 先に倒した英雄の悲惨な境遇に、沈痛な空気に包まれる立花たち。

 

「そうなると、あのお兄さんには私、ちょっと意地悪しちゃったかな」

 

 その中で、こいしはぽつりと声を漏らす。

 

「私の妖弾は無意識を侵す妖弾。最初の一発でトラウマを引き出してみたら、お兄さんたら思ったよりも堪えちゃったみたいで、びっくりしちゃった」

「そりゃあ……」

 

 当然だろう、とキャスターは考えて、けれどそのまま口を噤んだ。

 びっくりした、とこいしは言うが、その表情は、けして納得の顔ではない。拗ねたような、失敗したとでも言いたげなそれは、まるで「勿体ない」とでも言いたげな様子。しかもその目は酷く冷たく――恐らく想起しているであろう先の敵性サーヴァントを、正しく道具を見るかのように貫いているのは間違いなかった。

 これだから幻想種は、と彼は胸中で一人ごこちつつ、マスターである立花を見る。彼女はこいしの言葉を額面通りに受け止めていて、その瞳の冷酷さにはまるで気付いていないようだった。

 

「……藤丸立花。少しの間この子を借りてもいいかしら」

「え、うん、私は構わないですけど……所長、どうしたんですか?」

「何もしないわよ。ちょっと気になることがあるから話をさせてもらうだけだから。……貴方も構わないわよね?」

「大歓迎よー。私も所長のお姉さんとは少し話してみたかったもの」

 

 先程までの会話に混ざらず一人考え込んでいたオルガマリーが、唐突に声をかけるとこいしを連れて、幾らか離れた所へ向かう。

 古明地こいしという存在の持つ不穏さについて立花に伝えるのであれば、今を除いては他にないだろう、と冬木のキャスターは考えた。

 

 考えただけだった。この先に待つであろうセイバーを倒すには、あの不気味な幻想のキャスターの手を借りる他ないことを、彼はよく理解していた。折角上手く回っている関係に、わざわざ罅を入れることはないと思ったのである。




明日は一旦休みとして、次回の投稿は明後日の18時頃を予定しています。
ここまでお付き合い頂き、ありがとうございます。


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直感と本能

ルーキー33位頂いていたようです。
評価バーにも色が付きまして、大変ありがたい限りです。

それと、いい機会なので匿名解除しました。もともと、慣れないものを書く気恥ずかしさから匿名にしていたのですが、ここまで伸びたなら恥ずべきではないと思い直しまして。

ともあれ、もう残り短い旅路ですが、どうぞお付き合い下さいませ。

最後に、こいしちゃんに投票をよろしくお願い致します。


 洞窟の中で待ち受けていたアーチャーへの対処は、非常にあっさりとしたものだった。

 キャスターが光弾を放つ。放ち返された剣のような弾丸を、マシュがその盾で防ぎ切る。そこで、敵サーヴァントの目前に現れたこいしが茨を放ち、貫くことでとどめを刺した。

 

「……あっという間に終わっちゃったね。私が指示を出す暇もないや」

「そりゃあ、流石に三対一でそこらのサーヴァントに負けるわけには行かねえからな」

 

 立花の言葉を鼻で笑ってキャスターは言う。けれどその軽い調子とは裏腹に、彼の瞳に余裕の色は見られない。

 

「だが……格の高いサーヴァントってのは、二人の差ぐらいなら易々と引っ繰り返せる。そしてこの洞窟の先、聖杯の前に陣取ってるやつってのは、そういう類の輩だ」

「そんなに……?」

 

 キャスターの真剣な瞳に見つめられ、立花はたじろぎながら言う。その言葉に彼は首を振りながら答えた。

 

「ああ、少なくとも俺は手も足も出なかった。ゲイボルグがあれば話はまた違ったんだろうがな」

「相手はどのようなサーヴァントなのですか?」

 

 マシュの問いに、キャスターは端的に言った。

 

「かの高名な、『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』の所持者、アーサー王だ。……これまでで一番の好機なんだ。お嬢ちゃん達、易々とやられてくれるなよ?」 

 

 

 

 ♡ ♥ ♡

 

 

 

 黒い甲冑に纏められた銀髪。手に握られた漆黒の刃。そして、震えるような存在の圧。

 彼女――アルトリア・ペンドラゴンは、不意に立花たちの方へ向き直り、その口を開いた。

 

「――――キャスターか。仲間を連れてくるとは、随分と死に急ぎたいと見える」

「はっ。御生憎様だが、ここで死ぬのはお前の方だよセイバー」

「……驚いた。初見で私の妖術を見破ったのは貴方で二人目、人間に限れば初めてよ」

 

 心底意外と表情に出してこいしは呟く。それを聞き逃すことなくセイバーは言う。

 

「なるほど、キャスターが二人に……シールダーか。私を倒すには些か戦力過少ではないか?」

「さあ、どうだかな。――そいつは試してみなきゃ分からねえだろうよ!」

遊戯開始(ゲームスタート)ね! 旧い情動に身を焦がして――【恋の埋火】!」

 

 言葉と共にルーンを描き、キャスターが光弾を展開する。同時にこいしが袖を振ると、炎をなびかせる妖弾がばら撒かれ、壁を跳ねるようにセイバーへと襲い掛かった。

 

 

「――ほう、思ったよりもやるな」

「……え?」

 

 

 しかし、その妖弾の全てをセイバーは剣で切り潰す。のみならず、同時に襲い掛かった光弾はその幾らかを切り払うのみで、多数の直撃にまるで動じた様子を見せない。圧倒的なその様子に思わず声を漏らす立花を前に、セイバーは嘲るように口を開く。

 

「なんだ人間、お前はキャスターから聞いていなかったのか? ――私の対魔力はそれなりに高くてな。小手先程度の魔術なら千当たったとて傷も付かぬぞ。なあキャスター?」

「その割に、嬢ちゃんの弾には当たりたくないみたいだがな。あんた程のセイバーが、もしや未知にでも恐れをなしたか?」

「追い詰められた仔犬ほどよく騒ぐ。どれ、次は私の番だな」

「セット」

 

 その言葉と共にセイバーは一歩踏み出し――瞬く間に距離を詰めると剣を振り下ろす。咄嗟にマシュの掲げた盾が剣を受けるが押されて一歩後ずさる。間髪入れず再びセイバーが剣を振り上げ――

 

「――っ!」

「【スティンギングマインド】」

 

 ――瞬間的に飛び退ると、つい今いた場所に薔薇が咲き乱れる。間髪入れずに十程の光弾がセイバーへ襲い掛かるが、彼女はそれを切り伏せながら後退した。

 

「気持ち悪いぐらい勘がいいのねー。霊夢さんみたい。今のは決まったと思ったんだけどなー」

 

 むむうと不平を漏らすこいし。僅かに間を空けて圧に当てられた立花がへたり込む。

 

「鍛え抜かれた直感は未来予知にも等しい。今の私はそこまでではないが――貴様には荷が重かったか、幻獣種のキャスター?」

「むー、いいもん。遠距離から弾幕でタコ殴りにしてあげるもんねー!」

「――ほう?」

 

 こいしの言葉に、不敵に笑うセイバー。キャスターが舌打ちを漏らすと同時、セイバーの聖剣に魔力が集まりだす。

 

「『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガーン)』――誰が遠距離攻撃の手段を持ってないと言った?」

「マシュ! 宝具を!」

「――っはい! 『仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)』!」

「セット――【リフレクスレーダー】」

 

 立花の言葉に反射でマシュがその手の宝具を展開した瞬間、黒色の魔力光が魔術障壁と衝突する。歯を食いしばり耐えるマシュに、セイバーが驚きの声を漏らした。

 

「ぐう……っ!」

「っ、ほう――混ざりものと侮っていたが、なかなか耐えるではないか」

「セット――」

 

 魔力光の影でキャスターがルーンを展開し次に備える。こいしの姿はいつの間にか消えていた。二人のキャスターを信じて立花はマシュに身体強化の魔術をかける。

 

 

「……っはあ!」

「防ぎ切ったか! 半端ものの身でよく耐えるものだ――だがまだ終わりではないぞ!」

「余裕ぶっこいてねえでさっさと吹っ飛びやがれ!」

 

 魔力光が途切れた瞬間にこれでもかと光弾を放つキャスター。けれどその悉くがセイバーの刃に弾かれ、或いはその切っ先から放たれた魔力に吹き飛ばされる。そのまま再び剣に魔力が集まり――

 

「【コンディションドテレポー――――っ!?」

「そこだ!」

 

 

 ――その背後から現れたこいしを、袈裟切りに両断した。

 

 

「まだ! 疑心に溺れて――【弾幕パラノイア】!」

「こいしちゃん!」

「いやーんもう直感鋭いひと嫌いー!」

「こいしちゃん!?」

 

 血は、流れていない。

 慌てて漏らした叫びに軽い調子でこいしが答え、驚愕に顔を染める立花。それを気にする余裕はないとばかりにこいしは両断された下半身へと伸ばした茨で絡みつくと、そのまま一目散に入口の方へ駆け出した。

 

「撤退よ撤退! こんなんやってられないわー!」

「……分かった。キャスターは所長を運んで! マシュは私をお願い!」

「了解です、先輩!」

「ちょっと、待ちなさいよ!」

「いや、あいつの言う通りだ。一旦仕切り直すぞ」

 

 立花の指示を受け、こいしの後を追うキャスターとマシュ。

 

「……追ってはこないみたいだね」

 

 マシュの腕に抱えられたままに後ろを覗き込んだ立花は、未だ立ち尽くしたままのセイバーの姿を目にしていた。

 

 

 

 ♡ ♥ ♡

 

 

 

「――『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガーン)』」

 

 立花たちが去った広間の中、セイバーは無造作に宝具を放つ。漆黒の光の奔流が広間を突っ切ると、それを追うように無数の茨と妖弾が現れ、しかし即座に吹き飛ばされた。

 

「私の直感の鋭さを知って、尚も釣りを仕掛けるとは――随分と胆の据わった奴だ」

 

 さあ、次はどう来る、と。

 セイバーは獰猛な笑みを漏らした。

 

 

 

 ♡ ♥ ♡

 

 

 

「――と、彼女は思ってるはずよ」

 

 洞窟の中腹で腰を下ろした立花たちに、自身の断面を揃えようとしながらこいしは言う。

 

「宝具を展開している隙に、一発だけだけど撃ち込めたの。それを使って疑心暗鬼を埋め込んだから、今の彼女はカウンターばかり警戒してるはず」

「通りで追撃がなかったわけだ」

 

 こいしの言葉に頷くキャスター。彼を見てふと気付いたように立花が問う。

 

「キャスターの宝具は、セイバーに届かないかな」

「ああ、無理だろうな。一度挑んだ時にぶつけてみたんだが、一刀のもとに吹き飛ばされちまった」

「そっか……」

「一応、当てられるなら有効打には十分だろうがな」

 

 は、と笑うキャスターに、オルガマリーが不安に揺れる目を向ける。

 

「それで、どうするのよ。ルーン魔術も大して効かない、妖術も見切られる、そもそも弾が届かない……どうやって勝つつもりなわけ?」

「それは……」

 

 オルガマリーの言葉に対し、立花は答えに詰まってしまう。実際のところ、立花自身も勝つビジョンが浮かんでいなかった。

 

 

「――策ならあるよー?」

 

 

 そこに、こいしが爆弾を投げ込む。予想だにしなかった言葉に、立花たちは顔を見合わせた。

 

「……そうか、宝具ですね! こいしちゃんはここまで宝具を隠していたと!」

「……んー、まあそんな感じかなー」

 

 マシュの気付いたと言いたげな表情に、こいしは曖昧に頷いて見せる。一方それを胡散臭げに見るのはキャスターだ。

 

「……そんな都合のいいもんがあるなら、最初に使ってたはずだろうよ。違うか?」

「キャスターさんたらなかなかの勘の鋭さね。怖いわー」

 

 キャスターの言葉にこいしはにこにこと笑いながら言葉を返すが、続いてすっと真面目な顔で立花たちの瞳を見つめた。

 

「二分間。私はあの広間のところで、それだけの時間動けなくなる。セイバーさんにはカウンターを恐れてもらってるから、それで時間はちょっとは稼げると思うけど……それでもそこそこ長い時間、キャスターさんとマシュさんの二人にセイバーさんを抑え込んでいてもらわなくっちゃいけないの」

 

 できる?と、首を傾げてこいしは言う。二人は頷き、続いて立花が口を開く。

 

「こいしちゃんにはここまで頼ってばかりだったしね。最後ぐらいは頼れるところを見せないと」

「んー、立花ちゃんたら頼りになるわー」

「あはは……それよりもこいしちゃん、真っ二つにされてたけど、本当に大丈夫なの?」

「うん、お姉ちゃんと違ってしぶといことが取り柄だもの。もうちょっとしたら治ると思うわー。まあでも、あと二、三発ぐらい両断されたら危なかったけどねー」

「八つ裂きって比喩じゃなかったんですね……」

 

 呆れたように言いながら、マシュが盾の様子を確認する。キャスターは幾つも小石を拾うと防護のルーンを表面に掘り、立花は幾つかの強化の魔術をオルガマリーに教わり直す。

 

「うん、もう傷は大丈夫よー」

「――分かった。みんな、行こっか」

 

「……待ちなさい、藤丸立花」

 

 そして数分後。こいしの言葉に立ち上がり、正真正銘最後の戦いへ意気込む立花たちに対し、オルガマリーが声をかけた。

 

「……どうしたんですか、所長?」

「いえ、大したことではないのよ。ただ、戦いの前に一つ言っておきたいことがあるだけ」

 

 こほん、と咳払いをして、オルガマリーは立花に言った。

 

「ここまでの働きは及第点です。カルデア所長として、あなたの功績を認めます。――この後のセイバーとの戦い、そしてその後に待ち受ける人理の復興への道。決して簡単なものではないでしょうが、貴方ならやり遂げることができると、私はそう信じています。……頼みましたよ、人類最後のマスター」

 

「はい!」

 

 

 

 ――そうして、決戦が始まる。




ちなみに今回の、こいしちゃんの妖術を見破った一人目とはフランちゃんのことです。
回収する予定のないネタなので、参考までに。


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直感と妖術

プロットミスによりあと二話の予定だったところを分割してお届けいたします。ちょっとこれは予想外だった。
あ、今日の更新が遅れたのはバイトが午後にあったからです。申し訳ない。
その分明日は二話投稿するのでそれで許してください。


 再び――今度は堂々と姿を見せたまま現れた立花たちに、セイバーは警戒しながら剣を向ける。

 冬木のキャスターは構えてはいるものの、即座にルーンを描こうはしていない。ここでセイバーが動いたなら、反撃が来るまでには数瞬の隙ができるだろうというのは、想像に難くないことだった。

 けれど、セイバーは動かない。

 彼女の直感が、今の立花たちの元へ飛び込むことは危険だと叫んでいた。

 

 

……十秒。

 

 

 立花たちもまた、動かない。

 シールダーはその盾を構えたまま。その影に手を隠した冬木のキャスターは、恐らくそこにルーンを刻んだ何かを隠しているに違いなかった。

 そして、更に一歩後ろ……目には映らないものの、幻獣種のキャスターの気配がそこに確かに存在する。

 

 

……二十秒。

 

 

 セイバーが最も警戒しているのが彼女だった。

 幻獣種のキャスターが妖弾を放った瞬間、信頼ある彼女の直感が全身全霊で警告を発した。あれに触れてはならないと。

 それに従い愛剣で妖弾を切り潰し、そこでセイバーは驚きに震えた。剣に纏わせていた風の魔術がその一振りで掻き消えたのだ。

 ……魔術を掻き消す妖弾。恐らく英霊の肉体すらもその対象たる可能性がある。

 その事実に、彼女はうち震えた。

 

 

……三十秒。

 

 

 先の戦いの中で既に、セイバーは幻獣種のキャスターから妖弾の一撃を食らわされていた。

 幸いにして、その一撃のみで彼女の肉体が崩壊する……ということにはならなかった。けれど、それでも彼女の警戒感は収まることを知らない。

 

 直感が、鈍った。

 

 本来の彼女であれば、幻獣種のキャスターの放った奇襲など余裕で看破できる筈だった。それが、ぎりぎりになるまで気付けなかった。今、盾の影にいるはずのキャスターも、先程であれば瞳でも捉えられていた筈だった。

 ……精神を侵す妖弾。

 目前の三体のサーヴァントの中で、最も危険な存在であることは、最早明白であった。

 

 

……四十秒。

 

 

 ふと、セイバーは違和感を覚えた。

 僅かに考え込み、認知を整理するだけで、鈍っても優秀な彼女の直感は即座に解を導き出した。

 

 

……五十秒。

 

 

 セイバーが剣を振り上げる。シールダーがびくりと一つ震える。

 セイバーの剣に魔力が籠る。冬木のキャスターが隠した手に力を籠める。

 

 わずかそれだけの情報で、セイバーの疑念は確信へと変わった。

 

 

……六十秒。

 

 

 違和感なら先程からあった。幾らカウンター狙いと言えど、一歩も踏み込んで来ないのは異常である。先手を取られ得るような隙を冬木のキャスターが見せていることもおかしい。端的に言って、彼女の直感と矛盾している。

 それまでのセイバーは迷うことなく直感に従っていた。それが最善手であったし、つい先程までもそうだった。

 だが、その直感が信じられなくなった今は?

 

 

……七十秒。

 

 

「――――まさか、私の直感を逆手に取られるとはな。どうやら、未だに貴様らを過小評価していたようだ」

 

 そして、漸くセイバーが動き出す。その聖剣から漏れ出しているのは、先程と同じ黒色の光。

 

「まあよい。貴様らがその気なら、我が全力を以てそのまま削り殺してくれる。」

 

 セイバーの言葉に反応し、キャスターが守護のルーンと強化のルーンの描かれた石をばら撒く。マシュが盾を構え直し、その二人へと立花が身体強化の魔術をかける。

 

「――――『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガーン)』」

「――――『仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)』!」

 

 そして、再び宝具が衝突する。

 

 

……八十秒……九十秒。

 

 

「――ッはあ! 何度やっても同じです、私の盾に貴方の宝具は通じません!」

 

 周囲に散りばめられたルーン、立花のかけた強化の魔術、何より前回耐えられたことによる精神的な余裕もあり、前回よりも余裕を持ってセイバーの宝具を防ぎ切ったマシュ。けれど彼女の自信に満ちた様子を嘲笑うように、セイバーは三度目の黒い光を紡ぎ出す。

 

「この威力ならば三度目はない、とでも思ったか? 残念ながらこの私は魔力の多さが自慢でな……この調子ならあと六発は放てるぞ?」

「なっ……!」

「そら、何度やっても同じなのだろう! 耐えてみろシールダー!」

「――っ令呪を以て命ず! 【マシュ、もう一度、宝具をお願い】!」

 

 

……百秒。

 

 

「――『約束された勝利の剣(エクスカリバー・モルガーン)』!」

「はい、先輩! ――――『仮想宝具 疑似展開/人理の礎(ロード・カルデアス)』!」

 

 そして、三度目の衝突。

 

「っぐう――!」

「マシュ……!」

 

 連続で宝具へと圧し掛かる負荷に呻き声を漏らすマシュ。立花が不安に声を漏らすが、流石の彼女もここから更に身体強化の魔術をかけられるほど魔力リソースに余裕はない。

 

「クソッ、更に威力が上がってやがる……!」

 

 一波目で殆どが砕け切った準備済みのルーン石に代わり、キャスターが防護のルーンを描き続けるが、それも端から直ぐに砕けていく始末。

 仮にこれを凌げたとして、四発目はまず防げない状態であったが――しかし、その必要がないことも立花たちは理解している。

 

 

……百十秒。

 

 

「――――【眠り眠り眠り眠りて、幻想(ユメ)の始まりに同じく】」

 

 そして、何処からともなくセイバーの耳へと届いたその言葉の羅列は、確かにあの、幻想種のキャスターの声。

 

「――――【目覚め目覚め目覚め目覚めて、夢の終わりに同じ】」

「――――っはあああああ!!」

 

 直感的に自身の詰みを確信し、けれどそれでも一矢をと言わんばかりに、更に魔力をつぎ込むセイバー。

 

 

……だが、それでも紙一重で立花らの元へ届かぬまま、遂に百二十秒のタイムリミットが訪れる。

 

 

英霊(ユメ)泡沫(ユメ)らしく、より強い幻想(ユメ)に刷り潰されて消えるがいいわ――」

 

 謳い上げるように告げられたその述べ口上は、正しく一種の死刑宣告。

 

 

 

「――――『胎児の夢』」

 

 

 そして、世界から境界が失われた。

 

 

 




ときに、前話とその前には、幾つかの透明文字が隠れています。
全部こいしちゃんのセリフです。
気になる方は探してみて下さい。

ここまでお読みいただきありがとうございました。
明日の一本目は日中、15時頃に更新したいと思います。
二本目は……なるべく早くお送りできるようにします。


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【無間地獄】

「最初から気になってたのよ」
「うん、私も気になってたの」

「まず最初の召喚陣が途中で止まった時点でおかしかったのよ」
「元々、私は旧地獄ってところに住んでいるのよね」

「英霊が聖杯戦争の知識を持ってない時点で疑うべきだったわ」
「お姉ちゃんはそこで、怨霊、輪廻転生も許されない大罪人の魂を監視してるんだけど」

「それに、無意識の権能が耐性無効を孕んでいるとは考えられない」
「その縁で、私も怨霊の姿を見ることは多いのよねー」

「そもそも英霊の消え方だって異常なのよ」
「霊って不思議なものでね、死んでも人間の姿を取れる奴って結構いるのよ」



「その辺りの事情を鑑みるに、貴方の正体は――――」
「その辺りの経験を鑑みるに、貴方の現状は――――」


 

「――――っ!」

 

 立花がその瞬間に感じたのは、水面に触れたときのような、肌に流れる渦の感覚。

 次いで投げ出されたような落下の感覚。そして無機質な硬い地面。

 

「痛ったあ……」

 

 強かに打ち付けた尻をさすりつつ、立花が前を向くと、その先には――

 

 

「――――っあああああアアアアアAAAAA!!!!!!」

 

 

 ――塩の海へと溶けるが如くに、姿を崩し、消えていくセイバーの姿があった。

 

 

 

 ♡ ♥ ♡

 

 

 

「――じゃあ、改めて。ようこそ、私のホームグラウンドへ」

 

 とん、と皆の目の前へ降り立つと、両手を広げてこいしはそんなことを言う。けれど、呆然としたサーヴァントたちには、その言葉は届かない。

 

「これは――固有結界? 初めて見るのですが……ここまで圧倒的な――」

「違えよ。これは、そんなまともなもんじゃねえ」

 

 感嘆の嘆息を吐きながら言葉を紡ぐマシュを、キャスターが遮る。その目は不機嫌そう――というよりも、不気味なものを目にしてしまい、警戒している、と言った方が正確か。

 

「元の人生でも、冬木でも、俺はこんな場所に来た記憶はねえ。来た記憶はねえのに、妙にここには既視感がある。……何より、神秘の密度が狂ってる。ここは何故だか結界で護られてるからそんなことはねえが、そいつから一歩出たんならマスター、お前でも第三魔法が易々と使えちまいそうなぐらいだ。……おい幻想種、お前は一体なんなんだ」

「もーキャスターのお兄さんの意地悪ー。私の話聞いてよー」

 

 キャスターの真剣な瞳にも全く動じず、こいしはいつもの軽い調子で文句を言う。けれどこの場所の異質さとも相まって、立花にはこいしがどうしようもなく恐ろしく見えた。

 

「……ここは、【アラヤ】よ」

 

 真剣味の見られないこいしの方を見ることもなく、オルガマリーがそう漏らす。

 

「一部の英霊の管理所であり、全人類の無意識下の集合体。強すぎる力が振るわれるのを抑止するものであり、あらゆる神秘の源泉。私達がいるのは、その内側よ」

「そして私の言葉で言うなら、【深層無意識領域】。まあ()()()()では、そんなつまらない概念なんか存在しないからねー。……大変だったのよ? ここはあらゆる自他の境界が失われた空間、敵をぶち込んで消滅させるのはいいんだけど、放っておいたら立花ちゃんたちまで巻き添えで溶けて消えちゃうんだもの。仕方ないからこうして結界を用意したんだけど、それでずいぶん時間食っちゃったし」

 

 オルガマリーの端的な説明に、付け加えるように語るこいし。大変だったとはいうもののやけに楽し気な彼女に向かって、マシュが困惑気味に問いかける。

 

「抑止力そのものへと干渉する宝具……!? こいしちゃん、貴方は一体……?」

「……違うのよ。こいつは【アラヤ】に干渉したんじゃないわ。こいつそのものが【アラヤ】の一部なのよ」

「そうよー。能力を捨てた虚ろな身体に深層無意識の純粋な力を流し込み、お姉ちゃんの愛で存在を固定したもの。それが、私の本質」

 

 所長さんに見抜かれたのはびっくりしちゃったけどねー、と笑顔のままに言うこいし。対照的にキャスターは思わず呻き声を上げる。

 

「まさか幻想種ですらなかったとはな……すっかり騙されちまった」

「んー、別に騙してたわけじゃないよ? 妖怪の一種のままなのは本当、お姉ちゃんの方が強いのも本当。そもそも私に流し込まれた無意識の力なんてもの、全体の兆分の一にも満たないぐらいのものだもの」

「安心しろ、十分に神獣レベルを超越してやがるよお前は」

「照れるー」

 

 嘆息を吐きながら投げかけられたキャスターの言葉に、きゃっきゃと無邪気に喜ぶこいし。そのまましばらく跳ねまわった後、ふっと微笑みを消した彼女は、その袖口からするりと捩子巻いたような蔦を一本取り出すと、それをオルガマリーへと渡した。

 

「うん、じゃあ所長のお姉さん。これが例のお守りね」

「ええ。感謝するわ、幻想のキャスター」

「構わないわー。応援してるね、()()()()()()()()()

 

 そうして、蔦を受け取ったオルガマリーが、結界の外へと一歩踏み出す。

 

「おい! 馬鹿かお前、死ぬ気か!?」

 

 反射的に叫んだキャスター。そして呆然とする立花とマシュに振り返ると、オルガマリーは悲し気に微笑んだ。

 

「悪いわね、藤丸立花。貴方達の活躍を見届けたいのはやまやまだったのだけど、私はどうやらここまでらしいわ」

「所長……どうして……?」

 

 ついて行けずに困惑の声を漏らす立花に、オルガマリーは目を伏せて言う。

 

「私にはレイシフト適性がなかった。なのに何故だか私はここに来てしまった。そして――Dr.ロマンの言うことには、カルデアで起きた爆発は、私の丁度足元が爆心地だったらしいのよ」

「それは、まさか……」

 

 ごくりと唾を呑み、恐る恐る問いかけるマシュに、オルガマリーは残酷な真実を告げる。

 

「私は、既に死んでいたのよ。……ここにいる私は、ただの霊体。カルデアに帰った瞬間、この私は即座に消滅するわ」

「そんな……どうにかならないんですか?」

「もしかしたら手はあったのかも知れない。でも気付いた時にはもう、時間が残されていなかったの」

 

 淡々と語るオルガマリー。けれど彼女が納得できていないことは、その目尻に光る涙を見れば立花たちにも容易に察しがついた。

 

「……だから、私は賭けに出ることにした」

「今私がオルガマリーちゃんに渡したのは、この結界の携帯版。あんまり長くは持たないんだけどね。所長さんは今からこれを使って、ここの更に深層に潜って、自分を英霊として迎え入れてはくれないかって交渉しに行くんですって」

 

 オルガマリーの言葉を継ぐように、こいしが解説を挟む。そのあまりの無謀さに「いや、無理だろ……」と思わずキャスターが呟くが、それは彼女たち自身も分かっていることだった。

 

「たぶん、私はこのまま消滅するわ。だけど……運がよければ、或いはまた会えるかもしれない。だから――――藤丸立花。私を忘れないでいて」

 

 そう言うと、オルガマリーは振り返ることなく結界を抜けて去っていく。立花たちは、それを見つめていることしかできなかった。

 

 

 

 ♡ ♥ ♡

 

 

 

「よーし、じゃあ私も帰ろうかなー」

「……え?」

 

 うんと伸びをして、こいしは言った。またも理解の追いつけない立花は、本日何度目かも分からない困惑の声を漏らす。その様子に、「あー言ってなかったっけ?」とこいしは軽く首を傾げた。

 

「まあ何となく察しはついてると思うんだけど……そもそも私は英霊じゃないのよね。勿論お姉ちゃんも健在だから、そろそろ帰らなくっちゃ怒られちゃうのよ」

 

 そして、もたらされたのはあまりに予想外な情報。

 

「でも、こいしちゃんとの魔力パスはちゃんと繋がってるし……」

「うん、正規の召喚にどうも割り込んじゃったみたいだからねー。申し訳ないとは思ってるわ」

「ちゃんと手を貸してくれたし……」

「うん、立花ちゃんのこと、私そこそこ気に入ったのよ? でも流石にそろそろお姉ちゃんが怖くってねー」

「……カルデア以外の世界は、漂白されちゃってるし」

「うん、残念だけど、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 なんとか否定しようと紡がれる立花の言葉を、端からこいしが切り捨てていく。

 

「そもそもおかしかったのよねー。幻想郷の外のはずなのにやけに幻想の力が強いし。だから確認してみたんだけど――はっきり言うね。私の世界に冬木って場所はないし、貴方の世界にたぶん私は存在しない。私のいた世界っていうのは、そっちとはまったく別の世界なのよ」

「……でも、」

「――おいマスター、そこまでにしておけ」

 

 思わず瞳を潤ませながら感情をぶつけようとする立花に、キャスターから制止が入る。そんな様子を見て、こいしは困ったように笑った。

 

「……別にさ、今生の別れってわけじゃないのよ? この魔力パスっていうのを辿れば、立花ちゃんの元には行けるはずだし。ただ私は一度、家に帰って事情を話さなくちゃいけないってだけよ」

「……また会えるの?」

 

 僅かに驚きを見せた立花に、こいしは視線を合わせてこくりと頷いた。

 

 

 

「明日か来月か来年かは知らないけど、きっとまた会いに行くわ。信じてくれる?」

 

「……うん、分かった」




次回、エピローグです。
今日中に投稿できるよう頑張ります。


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無間の英霊

エピローグです。
或いは、新たな門出へのプロローグ。


「まずは、オルガマリー前所長についての話だけど」

 

 カルデア、管制室。

 そこで立花は一人の英霊――レオナルド・ダ・ヴィンチと向き合っていた。

 

「残念ながら、前所長が【霊長の守護者】――これがつまり【アラヤ】に記録された英霊のことを指すんだけど――として観測された事例は、今のところ、並行世界においても見られなかった」

「それじゃあ……」

「どうだろうね。彼女が英霊になれたかどうかは、まだ判断がつかないよ。そもそもが悪魔の証明なんだ。まったく彼女も意地の悪い置き土産を置いて行ったものだね」

 

 ダ・ヴィンチは首を振りながら言う。その顔には呆れが強くにじむものの、彼女の身を案じていることは立花にもよく感じられていた。

 

「それで、次はこの世界における古明地こいしの存在について。……これはもう、私としては諦めることをお勧めするよ。前所長との会話のログがあったから興味深いキーワードを端から探索してみたんだけど、結果は壊滅的だった。「幻想郷」「博麗神社」「守矢神社」「旧地獄」「地霊殿」……全て、該当候補地は存在しない」

「……」

 

 改めて突きつけられた事実に俯いた立花。そんな彼女を慰めるようにダ・ヴィンチは言う。

 

「まあ、悪い話ばかりじゃない。立花の魔力パスを検査した結果、確かに不明のサーヴァントとの魔力パスが確認できた。辿ることこそできなかったけど、彼女との縁はまだ切れてないってことだよ」

「うん……ありがとう、ダ・ヴィンチちゃん」

 

 

 

 ♡ ♥ ♡

 

 

 

「そろそろ、立ち直らないと……」

 

 冬木の特異点を攻略してから、七日。立花は未だに、当時のショックから抜け出せていない。

 魔術師としての経験豊かで知識も豊富だったオルガマリー。そして幼い様子ながらも、戦いのときには高い実力で立花を支えてくれていた古明地こいし。極限状態だったあの街の中で、二人の支えは立花にとってとても大きく――そして、それが隣からいなくなってしまった事実は、彼女には非常に重いものだった。

 

「こんな調子だと、次に二人に会った時に顔向けできないし……」

 

 立花はそう漏らしながらも、しかし暗い顔を隠せないままにカルデアの廊下を歩いていた。

 二人に会える目は未だ残っているとはいえ、それがいつになるかは分からないことであった。それでなくとも、彼女はこれから幾つもの特異点を渡り歩かなくてはならない、という重圧を抱え込んでいるのだ。下手をすればすぐに死んでしまうかもしれないという事実は、彼女の精神状態を著しく悪化させていた。

 

 

「――ふむ、貴方が藤丸立花ですか。さてはて、聞いていたよりも随分と覇気がないようですが」

「――!?」

 

 

 ――そして、そんな彼女に、投げかけられる声が、一つ。

 

 

「ええ、貴方のことは知っていますよ。特異点攻略、おめでとうございます。いえ、この言葉は少々酷だったかもしれませんね。なにせまだ最初の一つですから。ええ、分かりますよ。視えますから。ですが賛辞というものは受け取れるときに受け取った方がいいですよ。いつもあるとは限りませんもの」

 

 慌てて周囲を見回し、言葉の主を探そうとする立花。けれどそれを嘲笑うかのように、声は発信源の特定を拒み続ける。

 

「サーヴァントを呼んで探してもらう? それは素敵な発想ですね。ですが貴方の元には混ざりものが一人しかいないと聞いていたように思うのですが……ほう、三人も増えたのですか。それは素晴らしいですね。キャスターのクーフーリン。ええ、彼のことは分かりますとも。アーチャーのエミヤ? なるほど、確かに妙な弓を持った男はいましたね。……ほう! 最後の一人は酒吞童子と! いえ、失礼しました。なにぶんこちらの世界の萃香嬢がどのような存在かは非常に興味がそそられるものでして」

「……こちらの世界?」

 

 妙に饒舌な声の主。その言葉に僅かな違和感を感じた立花が問い返すと、暫しの沈黙ののちに返答が返ってきた。

 

「……本音を言えば、もう少し貴方の心を読んでいたかったのですけどね。まあ良いでしょう。それを口にしてしまったのは私の落ち度ですし、貴方がそれを拾えた以上、遊びの時間はここまでです」

 

 その言葉とともに、小さな人影が廊下の影から姿を現す。その姿を見て、立花は思わず声を上げた。

 

「――こいしちゃん?」

「ええ、よく似ているでしょう?」

 

 そうして、その小柄な少女――不遜な様子こそ似ても似つかないものの、服装、背丈、何より身体に巻き付けたコードが古明地こいしとそっくりなその紫髪の少女は、口角を上げて立花に言った。

 

「では改めて――初めまして、藤丸立花さん。私は古明地さとり――貴方に分かるように言うならば、古明地こいしの姉です。短い間ではあるでしょうが……楽しい交流となることを願っていますよ」




とりあえず、今のところは、本作はこれにて完結です。
お付き合い頂きありがとうございました。

人気投票前日に連載を始め、無意識の日のうちに連載を終えることができたこと、大変嬉しい限りです。これも皆さまの応援のおかげです。閲覧・評価・お気に入り登録、本当にありがとうございます。

さて、今朝がたに人気投票の速報値が出たと聞きました。
どうやらこいしちゃんは3位を奪還できたようで、たいへん喜ばしい限りです。他にもこいフラの魔理沙サンドとか、微動だにしないお姉ちゃんと勇儀さんとか、数年ぶりの霊夢一位陥落とかwin版最下位変動とか、あとは偶像が楽曲四位ランクインとか。なかなか激動の回でしたが、皆さんは誰に投票しましたでしょうか。
……なんて、そんな話題で盛り上がれるのが人気投票の魅力だと思います。

半分見切り発車で投稿を始めた本作ですが、ここまで読んで頂き、重ね重ね感謝申し上げます。

これからも(短編が中心ではありますが)投稿は続けていこうと思いますので、どうぞ見かけましたら覗きに来て頂けますと幸いです。

それではまた、次の幻想でお会いしましょう。


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