闇落ちした男の話 (ゆでたまごやき)
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一話 悪鬼羅刹

 

 

 

 

 月影揺れる、静謐に包まれた夜。しんと静まった住宅街には風が横切る音が響くのみで、人の気配は殆ど無く、えも言えない不気味な雰囲気に包まれていた。

 

 切れかかった街灯を見るに、街の整備は行き届いておらず古ぼけた印象を抱くのが大半だろう。

 

 

 そんな街の中。人気の無い路地裏で事は起きていた。

 

 

「お、お願いだ!何でも言うことを聞くから助けてくれぇ!」

 

 

 首根っこを壁に押さえつけられ苦悶の表情を浮かべる男は恥も外聞も捨てて、押さえつけている張本人に懇願する。みっともなく顔を涙と鼻水で濡らしている様子を見るに、よほど恐ろしい目に遭っているのだろう。

 

 

 大の大人一人を容易く片手で持ち上げている男の風体は荒々しく、闇夜に怪しく光る紅い瞳が鋭く男を睨み付ける。月明かりに照らされた彼の姿は人の形を成しているとはいえ、額から伸びた一対の赤い角が常人とは異なるのだと主張する。その姿はまるで昔話に出てくる“鬼”のような姿をしていた。

 

 怨嗟の眼差しで男を睨みつける“鬼”はその言葉に返答すべく口を開けた。

 

 

「……私は知っている(・・・・・)。 主が何をしたのか、これから何をするのか……故に、私が主の言葉に耳を貸す事は無い」

「ヒィッ!?」

 

 腕に込められた力が増し、男の顔は暗闇でも分かるほど真っ赤に染め上げられる。

 

「主のような者をこの世から一片も残さず絶やすのが私の使命、(わらべ)の命を弄んだ主に……次は無い」

 

 

 男の首が万力の如き力で締め上げられていく。呼吸もままならない男は自分の命が脅かされていると実感し、何が何でも逃れようと自分の足を“針”に変えて我武者羅に“鬼”の腹に突き刺した。

 

 だが、帰ってきた感触は肉を抉るような感触ではなく、足が折れ曲がるような不快な感触とそれに伴う激痛だった。

 

 鬼が何かをしたわけでは無い。単に男の針が鬼の皮膚を貫けず、反動でぐにゃりと折れ曲がったのだった。自分の攻撃が通じないと分かるや否や、男は真っ赤にしていた顔を青ざめさせ、滂沱の涙を流して悲鳴に近い声を上げた。

 

 

「喚いた所で変わりはせん、主もそうしたのだろう? ならば、受け入れろ。 甘ったれたヒーローや司法に捕まる前に私に見つかったことを後悔するといい」

 

 

 

 鬼の右手が男は顔を鷲掴み。そして……握り潰した。

 

 

 辺りに弾ける鮮血と脳漿。鮮やかな色味が掛かった肉片が水音を響かせながら地面に落ちる。

 

 ピクリと頭を失った男の体が僅かに動いたが、生きているわけでは無い。今、この瞬間。一つの命が目の前で散った。断末魔を上げる暇すらなく、容易く、一握りで死んだ。

 

 掌に流れる血を払った鬼は屍になった男を一瞥することもなく、叢雲の意匠を施した袴を風に揺らし、ゆっくりと幽鬼のようにその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 次の日の朝、人気の無い路地裏で児童暴行致死の疑いで指名手配されていたヴィランの変死体が発見された事が大々的にニュースに取り上げられた。

 

 頭部を強く打った遺体とニュースでは表現されていたが、そんな生易しいものでは無く、首から上が水風船のように破裂していたのだ。あまりにも惨憺たる光景のため、閑静な住宅街は一時大騒ぎとなり、警察が撤収した後も仄かに生臭い血の香りが路地裏から漂っていた。

 

 しかし、指名手配の犯人が変死体として発見されたというだけでも大きなニュースだが、それとは別の理由も相まってこの事件はどの番組でも大々的に報道されることになった。

 

 

 それは、同じような犯行が度重なって行われている事だった。恐らく同一人物によって引き起こされているヴィランを標的とした猟奇的な犯行では、被害者は全て頭部を破裂させられている。そういうことが出来る個性の持ち主なのだと言われているが、真相は分からない。

 

 

 最近では“ヒーロー殺し”と同じ時期に台頭したことから通称“ヴィラン殺し”とまで呼ばれている犯人だが、その正体を知る者は居ない。ヴィランに対して異常ともいえる執着と憎悪を滾らせた人物だと囁かれているくらいで有力な情報は今のところ出てきていない。しかし、事件を重ねるにつれて“ヴィラン殺し”と思われる犯行の現場の移り方が“ヒーロー殺し”と似ている事が分かった。その所為で巷では“ヒーロー殺し”と“ヴィラン殺し”は同一人物ではないのかと噂されるようになってきたが、殺し方に類似点が全く無い為に噂はそのうち消えていった。

 

 その行いは決してヒーローとは言えないが、彼の訪れた街のヴィランによる犯罪件数は著しく減少することで有名である。

 

 だからこそ、警察である塚内は頭を悩ませていた。尻尾すら掴ませてくれない“ヴィラン殺し”。個性を持つものが八割を超える超常社会において、ヒーローライセンスを免罪符としてヒーローは個性を用いてヴィランを制圧する。だというのに“ヴィラン殺し”はその法を破って個性を使用し、ヴィランを殺害している。故に警察としては捕らえなければならないが、塚内は悩ましげに一つの写真を取り出した。

 

 なんて事はない普通の写真。それに写っているのは花が咲いたような笑顔を絶やさない子供とそれを優しげな表情で見守る青年。そして、自分。

 

 何年か前に親がヴィランに殺されてしまい居場所を失ってしまった子供を保護した後に孤児院に預けたのだが、この写真はその子供と孤児院の院長との写真である。

 

 院長のお陰で立ち直った子供に会いに行った時に撮った写真だったが、塚内はその中に写る青年に視線を向けた。

 

 彼こそが孤児院の院長であり、若々しい見た目とは裏腹に個性によって百年以上も生き続けている規格外の人間でもある。その個性とは“鬼”。古風な家柄故に袴を身に纏った青年の額からは一対の紅い角が伸びており、乱れ跳ねた黒髪は荒々しい印象を与えるが、彼自身の性格は温厚で誰にでも分け隔てなく優しく接するような人格の持ち主だった。

 

 

 

 

 だからこそ、塚内は彼が“ヴィラン殺し”だとは思いたく無かった。

 

 

 

 彼の人となりを知っているからこそ、そうではないと思いたかった。だが、とある事件をキッカケに彼の行方は掴めなくなり、孤児院はいつの間にか閉鎖されていた。そして、何よりもその原因が“警察”にあるということが堪らなく悔しかった。

 

 

 しかし、自分の感情で仕事をするなんて警察の端くれにも置けない。彼に疑いを掛けたのは紛れもなく自分であり、捜査の手は少しずつ彼との距離を詰めている。

 

 

 書類整理を行いながら、事件の関連性と規則性を見出していく塚内だが、突如として署内の警報が鳴り響き緊急出動する事になった。どうやら、付近でヴィランが暴れ始めたらしく、すぐさまヒーローに要請を掛けて現場に向かう。怪我人も続出しているようで、事は一刻を争う。

 

 

 

 サイレンを鳴らして現場に到着するや否や目に飛び込んで来た光景を塚内は一生忘れる事はないだろう。

 

 

 逃げ遅れた幼い少女に振りかざされた丸太のように大きなヴィランの腕。恐怖のあまり動けなくなったのだろう。瞳に涙を湛えた少女に死が迫る。大の大人でも致命傷は免れないのに、目の前の少女が耐えられる筈がない。瞬きをした次の瞬間に少女は肉塊となる。

 

 銃を取り出しても間に合わない。既に少女の頭上に腕はあった。要請に応じてやってきたヒーロー達が身を挺して庇いに行くが、間に合う筈がない。

 

 

 その時だった。鈍い音が周囲に鳴り響き、砂埃が舞い上がる。目の前の命を救えなかった事をその場にいた全員が絶望するが、砂埃が晴れたその先には目を疑うような光景が広がっていた。

 

 

 叢雲の意匠を施した袴を着た男が少女とヴィランの間に入り、その巨腕を容易く片手で止めていたのだ。何度も見た一対の紅い角に風になびく荒々しく乱れ跳ねた黒髪。眼光鋭く、見るもの全てに恐怖を抱かせる出立はまさしく鬼と言えるだろう。

 

 

「……彼だ」

 

 

 思わず塚内は呟いた。行方をくらませた男が少女を守る為にあの場にいた誰よりも速く動き、儚い命を守ったのだ。

 

 男はヴィランの腕を止めたのち、息をする間も無く不可視の速さでヴィランに掌底を打ち込み、遠方まで吹き飛ばした。その凄まじい威力に大柄のヴィランでさえも一撃で気絶した。

 

 一瞬、辺りが静寂に包まれるがヴィランが倒され少女が救われたのだと理解した瞬間に周りから歓声が上がる。間に合わないと思われたその時、一般人がヴィランに襲われた少女を助け出した。美談としてもよく出来ているだろう。

 

 

 周囲の歓声を気にも留めず男は地面にへたり込んだ少女を抱えて母親の元に連れて行った。

 

 

 その時の彼の表情は昔と変わらない柔和な笑みと優しさに溢れていた。

 

 

(……彼では無かったか。 本当に良かった……)

 

 

 そう思って安堵の息を溢した後に、暴動騒ぎを起こしたヴィランの身柄を確保しに向かうと、伸びたヴィランの周囲をヒーロー達が囲んでおり、後は署に連行して豚箱にぶち込むだけになったのだが、ふと視線を後ろに遣ると何故か一般人である彼が徐に自分達に近付いてきていた。

 

 

 

 その顔には先程の笑みは浮かんでおらず、深い悲しみと地獄の底から湧き上がるような憎悪を塚内は感じ取り……咄嗟に声を上げた。

 

 

「皆ッ!離れろッ!!」

 

 

 塚内の言葉に反応して動けたのはほんの一握りだっただろう。一瞬で倒れたヴィランに肉薄した彼は、足を振り上げて────ヴィランの頭部を思い切り踏みつけた。

 

 

 余波で地面が割れ、周りにいたヒーロー共々吹き飛ばされ、ヴィランは地面に真っ赤な華を咲かせた。運悪く報道陣も到着したところで行われた殺害。真昼間に行われた惨劇に皆が息を呑む。

 

 

「………主達は甘い。 悪を裁かねば、平和など訪れない」

 

 

 べちゃりと血に濡れた足が粘り気のある音を放つと同時に男が失望混じりにそう言った。放たれる圧は悍しく、誰もが生唾を飲み込んだ。

 

 

「悪は殺せ、(すべから)く殺せ……主達が御遊びをしているから悪は増長する」

 

 亡き者になったヴィランの体を男は踏みつける。カメラが回っている事を理解しているのか、男は更に言葉を重ねる。

 

 

「私の悲願は誰にも止めさせない……次は主の番だ」

 

 

 そう言い終わると男は砕けたヴィランの骨を拾い、カメラに向かって投げつけると、寸分違わずカメラのレンズを破壊した。

 

 

 正体不明の“ヴィラン殺し”が表舞台に登場したことによってこの日を境に“ヴィラン殺し”は“羅刹”と呼ばれるようになった。

 

 




主人公……ヴィラン名【羅刹】

孤児院を経営していた心優しい人間だったが、とある事件をきっかけに極端な思想を抱くようになる。


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二話 六根罪障

 

 

 

 

 逃げ惑う人々と群がる野次馬をヒーロー達が避難させていく。人通りの多い交差点で起きたヴィランの暴走は思いもよらぬ形で終結することになったのだが、それは新たな始まりに過ぎなかった。

 

 先程まで暴れていたヴィランは突然現れた男によって物言わぬ骸と化し、駆けつけたヒーロー達はその男を取り囲むように対峙しており、円の外側で塚内は苦々しい表情を曝け出していた。

 

 

「大人しく投降しなさいっ! 誰もそんな事を望んでいないわ!」

 

 

 ヒーローの一人が声高に声を掛けると、男は鋭い眼光を彼女に向けた後に周囲をぐるりと見渡し、底冷えするような声で答えた。

 

 

「……他ならぬ私が望んでいる。 此れは必要な事だ。 悪意なき世の中の為に、悪を裁かねばなるまい」

 

 

 男は続ける。

 

 

「それで、主達は私を仰々しく囲んでどうするつもりだ? もしや……私を捕らえられると思っているのか?」

 

 

 馬鹿にしたような口調ではなく、男は本気でそう言っているのだとその場にいた全員が理解すると同時に男がだらりと脱力する。その意味のなさそうな行為が戦闘態勢に入る合図だと分かったのはほんの一握りのヒーローだけだった。

 

 

「待ってくれっ!」

 

 

 今にも決壊しそうなヒーロー達の囲いの外から塚内が割って入り、男に声を掛けるや否や彼は臨戦態勢を解き、幾分か驚いた面持ちになった。

 

 

「随分と懐かしい声がすると思えば、主か……塚内」

 

 

 塚内に向ける眼光は先程と比べても随分柔らかく、それをチャンスだと思った塚内は更に言葉を重ねた。

 

 

「お久しぶりです(えにし)さん……随分と変わられましたね」

「主がそう思うのならそうなのだろう……だが、止めに来たのなら無駄だ。 今すぐ帰るといい」

 

 

 縁と呼ばれた男は塚内の言いたい事を理解しており、先に拒絶の言葉を吐いた。だが、塚内には聞きたいことがまだまだあり遠回しに関わるなと言われてもそうは出来ない理由があった。

 

 

「……あの時の事ですか?」

 

 

 縁はその言葉に少しの間沈黙を重ねたが、徐に口を開けた。

 

 

「私は主を恨んではいない……正義の名の下に悪を捕らえることに敬意は表しても貶す事はない。だが、甘いのは事実だ。ヒーローも警察も悪に対して甘すぎる、抑止力になり切れていない」

 

 

 男の言葉に熱が入ると同時に燻っていた憎悪が撒き散らされる。堂々たる出立と、対峙しただけでビリビリと肌に圧を感じるその様は正に巨悪。

 

 

「ヴィランは相手を殺すつもりだというのに、ヒーローや警察は生きて捕らえる事を是とする。おかしいとは思わないか? その甘えで無辜の人々が危険に冒される事が無かったと言えるのか? 同じ土俵に立とうともしていない者達が人々を助けるなどと宣うのは御門違いだと……そうは思わないか?」

 

 

 縁はヒーロー達の活動自体は肯定しているが、悪を殺さないという甘えた制約を良しとしていない。相手は本気で殺しに来ているのに、同じ土俵に立たないというのは戦う資格すら無いと彼は考えている。

 

 

「この国は被害者には厳しく、加害者には甘い。 全て後手に回る。 ならば、後手に回さない為の改革をするべきだ。 悪事を働けば殺される、そう思わせないといつまで経っても悪は消えぬ。 死という鎖で縛らなければ、また犠牲者が出るぞ」

 

 

 縁は自分の足元に転がっている死体に指を差す。先程の事を忘れるなと言いたげに、自分が居なかったら無邪気な少女が犠牲になっていた事実を脳に刻めと(ほのめ)かす。

 

 

「……縁さん。 貴方の言っていることは分かります。理解もできます。ですが、それをしてしまえばこの国は終わります……人々をそんな恐ろしい鎖で縛り付けてしまえば本当の意味での平和は訪れない」

「……ならば、今のこの国は平和だと。 そう言い切れるのか?」

「まだ平和には遠いかもしれませんが、いずれは希望に包まれる。私達とヒーローでその世界を創り出します」

 

 

 確信を持った瞳で縁を見る塚内。本気でそうなると思っているのだと理解できるが、この程度で自分の考えを曲げるほど彼の決意は脆いものではない。

 

 

「綺麗事に過ぎん、現に私が主と話している時の隙もつけない者達では説得力がない。 それともなんだ、不意打ちはヒーローの美学に反するとでも言うのか?……馬鹿馬鹿しい」

 

 

 もう話す事はないと、彼から悍しいほどの圧が放たれる。

 

 

「待ってください縁さんっ! これ以上貴方が手を汚す事はないっ! 必ず貴方の望む悪意なき世の中を実現しますから、どうか自首してはくれませんか?」

「断る」

 

 

 塚内の言葉を一刀両断する。もはや、言葉は必要ないと言うべきか臨戦態勢に入った男にヒーロー達が攻撃を仕掛ける。ある者は水を、ある者は風を、ある者は己が肉体を奮う。だが、たった一振りの拳で大勢が吹き飛ばされる。

 

 

「安心しろ、殺すつもりはない……だが、その程度では私を捕まえるどころか触れることも出来んぞ。 私を止めたいのなら殺すほかない……出来ないのなら退(しざ)れ」

 

 

 更に圧が増加する。この時点で気圧されて戦意を喪失するものまで出てきており、先程の一撃で彼我の実力差を認識出来た者ほど諦観に達していた。

 

 

「主達が何を思ってヒーローになったのかは分からないが、そこに貴賎はないと思っている……だからこそ、こういう場面で想いの丈が実に良く出るとは思わんか? 見てみるがいい、私に立ち向かえるヒーローは両の手で数えられるくらいにまで減った」

 

 縁は先程塚内が言った言葉が世迷いごとだと言わんばかりにわざとらしく指で数えてみせる。

 

 

「私なんぞに構っている暇があるのなら、街を警備しに行くといい。 心配せずとも私が裁くは悪のみ、主達にとっても好都合であろう」

 

 

 辛うじて立ち向かうことが出来たヒーロー達の攻撃を全て紙一重で躱しながら、縁は全員に聞こえるようにそう言った。街のヒーローの殆どがこの場にやって来ている為に、今の街の警備は手薄である。

 

 

「面子を取るのか民草を取るのか……よく考えるのだな」

 

 

 最低限の動きで攻撃を躱す姿はまるで舞を踊るかのように軽やかで、無駄が一切ない。息一つ切れる事なく、淡々と言葉を紡ぐほどの余裕が彼にはあるという事だった。

 

 

 

「ヴィラン殺し、思っていたよりも厄介だな」

「気を付けなさいよ、あの身のこなし……凄まじい練度の武術だわ」

 

 

 ヴィラン殺しである目の前の男と対峙した者達にだけ分かる彼の異常なまでの戦闘力。それは確かな技術と努力に裏打ちされたものであった。どのような小細工も、圧倒的な力の前では所詮小細工に過ぎず、攻撃がまるで当たらない。

 

 

「これ以上は互いに無意味だ。 塚内、悪い事は言わない……引かせろ」

「いや……貴方を必ず捕まえる。 捕まえなければならない」

「……そうか」

 

 

 縁はともかく、ヒーロー達は引くつもりは無い。目の前の巨悪を捕えんと、じわりじわりと距離を詰めていく。

 

 その様子を見ながら失望混じりの溜息を吐いた縁は臨戦態勢を解き、もう用は無いとこの場を後にする為に大きく跳んだ。悔しそうに此方を見上げる塚内の表情を一瞥して、どこか哀しそうに縁は視線を落とした。

 

ーーーーその時だった。

 

明らかに油断をしていた縁は背後から猛スピードで迫りくる巨大な手に一瞬反応が遅れてしまう。次の瞬間には途轍もない圧迫感と柔らかいのか硬いのか分からない感触に包まれていた。

 

 

「捕まえたっ! ヴィラン殺しキタコレっ!」

 

 

 何が起きたのだと皆が刮目してみればツノがトレードマークな際どいコスチュームを身に纏った女性が、両手の中にヴィラン殺しを捕らえていたのだ。更に目を引くのは彼女の背丈で、その大きさは軽く見積もっただけでも20mはあるだろう。

 

 

 彼女のヒーロー名はMt.レディ。新進気鋭の若手ヒーローであり、緊急要請を受けた隣町から走ってやってきた。そして、彼女の到着から遅れて隣町のヒーローがどんどん集結していく。

 

 

「……ほう、不意打ちとは。やるではないか小娘」

 

 

 思いっきり握られているというのに、縁の表情は涼しいままで自分がピンチに陥っているとはつゆとも思っていない表情だった。

 

 

「こ、小娘ぇ? 私ちゃんと二十歳超えてるんですけど! 年下にそんな事言われる筋合いはないわ!」

「私は優に百を超えた、二十歳の主を小娘と呼ぶのに何ら間違いはない」

 

 

 何のマウントを取っているのか分からないが、少なくとも暴れる様子はなく彼は独りごちるように呟いた。

 

「……しかし、やはりヒーローは甘い。 生殺与奪の権を握ったとしても殺そうともしない。 このまま握り潰せば主らの目的は果たされるぞ?」

「はぁ? そんなことするわけないんですけど?」

「だから甘いというのだ……少し痛くなるぞ小娘」

「へ?」

 

 何を言っているのだとMt.レディは思ったが、それと同時に彼を握っている手に内側から膨れ上がる圧を感じた。止まる事を知らない凄まじい力にMt.レディから余裕は失せた。

 

 

「小娘、早く離した方がいい。 無理に握れば指が千切れて無くなるぞ」

 

 

 それは脅しでも何でもなく、本当にそうするのだと目の前の男の目は雄弁に物語っていた。その証拠に、だんだんと指が内側の圧に耐え切れなくなり、開いていく。

 

 

「Mt.レディ! 離しちゃダメだ!」

「えぇ!? で、でも! ッ〜〜〜このっ!!?」

 

 

 それを離してしまえば誰も止められなくなる。巨大化という純粋に強い個性を持っている彼女だからこそ、凄まじい膂力で彼の身を捕まえることが出来ているが、このまま彼の力と(せめ)ぎ合っていたら、反動で指が折れ、最悪千切れるだろう。

 

 痛みのあまり苦悶の表情を浮かべる彼女だが、その力を緩める事はない。自分だけが頼りにされているこの場面に於いて、力尽きてしまえば失望されてしまうどころか噂に聞く悪名高いヴィランを逃してしまう事になると本能で理解していたからだ。

 

 

「……指が千切れて無くなっても良いと、そういうことか小娘?」

「黙りなさいよっ、これから有名になる以上、避けては通れない道よ! それに、これは皆の期待を背負っている私がやらないといけないことだからっ!痛くてもっ、辛くてもっ、誰かがやらなきゃいけない時があんのよっ!!」

 

 

 二人にしか聞こえない声で言葉を交わす。曲がりなりにもヒーローとしての矜恃があるのだと、縁は理解して────自ら身体を折った。

 

 

 バキリと嫌な音が辺りに響く。彼女の骨が折れた音なのかは分からないが、両手から落ちてきた人影を見るに周囲の人間は彼女がヴィラン殺しを潰したと考えるのが妥当だろう。

 

 しかし、そうではなく。落ちてきた人影は周囲の反応を他所に鈍い音を響かせながら、外れた関節を元に戻していく。

 

 

「……全く、自己犠牲も甚だしい。 指が千切れては一生の傷であろうに。 これ以上は付き合いきれん」

 

 縁は他のヒーローが動く前に、近くの家に飛び乗り辺りを睥睨する。先程まで自分を掴んでいたヒーローは痛みのあまり目に涙を浮かべていたが、折れてはいないだろう。こんな大事になるのならさっさと引くべきだったと彼は己の行いを反省した。

 

 

 そして、顔なじみのある塚内に再び視線を向けて言葉を紡ぐ。

 

 

「ではな塚内、もう二度と会う事はないと願っておこう」

「縁さん……一つだけ答えてくれませんか?」

 

 

 最早、捕まえる事は不可能だと理解したのだろう。何十人で束になっても彼に触れることすら出来ないどころか、圧倒的な力の差に絶望してしまう者まで出てくる始末。唯一、彼に触れることが出来たMt.レディも元の大きさに戻って腫れた指を冷やしている。

 

 

「何故、女の子を助けたのですか?」

 

 

 意外な問いだったのか、僅かに縁の瞳が見開かれ、踵を返そうとした足が止まる。

 

 

 そして、彼は幾分か逡巡したのち……その言葉に答える。

 

 

 

「……童が泣いていた。 助ける理由はそれだけで十分だ」

 

 

 

 そう言い残すと縁は踵を返し、あっという間に肉眼で見えなくなるほど遠くに逃走した。

 

 

 残された者達が唖然とする中で、塚内は彼が言った言葉を嚥下し、自分が彼に対して最初に言った言葉を思い出した。

 

 彼は変わってなどいなかった。昔と同じく、救いを求める者に手を差し伸べる彼の本質は変わっていなかった。だからこそ、その手段を変えてしまった事に塚内はまたも悔しさを滲ませた。

 

 

(そうだ……彼は変わってなんかいない。 Mt.レディの拘束を逃れる時も、わざわざ自分の関節を外した。 力技で抜ける方が何倍も楽だと言うのに……それに、実際にあれほどの力を向けられてなお、此方は軽傷者しかいない)

 

 

 被害は軽微なもので、怪我人らしき怪我人も居ない。もとより、傷つけるつもりは無かったのだろう。ならば、何故すぐに逃げなかったのか疑問が残る。

 

 

 

(……伝えたいことがあった? だから、わざわざカメラが回っている事を確認して殺害を……?)

 

 

 

 謎は深まるばかりだからこそ、一度署に持ち帰って整理してみようと塚内は無線を飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 真昼間の惨劇。全国的に報道されたニュースでは一部の映像を加工して、ヴィラン殺しが表舞台に現れた事をこぞって報道していた。

 

 特に世間を驚かせたのはヴィラン殺しが元々孤児院を営む院長であるという情報で、ヴィランになる前に撮られた写真が匿名で報道局に流されたことが話題を呼び、彼の経歴が深堀りされると共に波紋を呼ぶ事になった。

 

 温厚な院長が何故、極悪非道なヴィランになってしまったのか。調べるにつれてそれには一つの事件が関与していると憶測が飛び交うようになった。

 

 ニュースにもならなかったヴィランによる孤児院襲撃。目的は金品であったが、院長の留守を狙って孤児院に忍び込んだヴィランが児童を全員虐殺した悲惨な事件が浮き彫りになった。その孤児院こそがヴィラン殺しが営んでいた孤児院であり、調べれば調べるほど彼に何があったのか公になる。

 

 そして、決定的だったのはそのヴィランが既に何者かに殺されているという事であり、これまで判明した事実と照らし合わせても、その正体は言わずもがなヴィラン殺しであるのは火を見るよりも明らかであった。

 

 何故殺したのか、真相に迫るにつれて事は大きくなる。そもそも、児童を虐殺したヴィランは警察上層部の身内であり、我が子の命の可愛さに死刑を無理矢理無期懲役にしたという悪事が暴かれた。権力による揉み消しによって事件すら秘匿されていたが、注目の目が集まれば暴かれるのは時間の問題であった。

 

 そして、一連の悪事をヴィラン殺しは許さなかったのだろう。護送中の車両を襲撃し、犯人だけを攫った。

 

 数日後に見つかった犯人はこの世のものとは思えないほどの苦痛に満ちた表情で死んでおり、何があったのかは彼のみぞ知るところである。

 

 また、事件を揉み消したであろう警察上層部の人間もまた、ヴィラン殺しによって殺されていた事が判明したが、復讐を終えてなお彼は動いている。

 

 全ては悪を絶やすため。皆が平和に過ごせる世の中を実現するため。どれだけ手段が間違っていようとも、彼は己が悲願を果たすべく奔走する。

 

 そして、メディアが警察の闇の部分を摘発してから、ヴィラン殺しの名は更に広まる事になった。中には、彼と同じく大切な者を失った者達が復讐と彼の思想の下にヴィラン化するという事件までも起きてしまった。

 

 それだけ、世間に与えたインパクトというものは大きかったのだろう。

 

 現に不正を行った警察は糾弾され、一人のヴィランですら捕まえられなかったヒーローという職業に対しては不信感が高まった。

 

 

 波乱はまだ幕を開けたばかりである。

 

 

 




主人公……本名【鬼龍 縁】
     ヴィラン名【羅刹】

個性:鬼 

異形系であり、純粋な膂力が増強され打たれ強くなる。人間という枠を超えて、鬼になるので寿命が伸びる。
主人公は実戦経験は殆どなく、形式的な試合などしかやった事がないのでわりかし油断します。

お気に入りや評価ありがとうございます。皆んなも闇落ちもの書くんだゾ(迫真)

感想頂けたら幸いです。



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三話 雲外蒼天

 

 

 

 

 

「それで、話っていうのは?」

 

 

 男の声が闇夜に響く。既に時刻は夜半を過ぎており、人々が寝静まる時間帯。いつものように仲間と適当な場所を見つけては駄弁っていた男達は対面する靄のような人間にそう問いかけていた。

 

「申し遅れました。 私はヴィラン連合“黒霧”。実は貴方達に頼みたい事があって参上した次第です」

 

 

 懇切丁寧な口調でそう返した黒霧に訝しげな目を向ける男達。

 

「ヴィラン連合か……聞いたこともないな」

「まだ発足して間もないので申し訳ございません」

「別に謝れとは言ってない。 それで、そのヴィラン連合様が俺達みたいなチンピラに何の用だ?」

 

 

 早く用件を言えと言外に迫ると、黒霧は静かに言葉を紡いだ。

 

 

「貴方達は今の現状に満足していますか?」

「……それはどういうことだ?」

「個性という素晴らしい能力を持ってなお、独断で使用すると罰せられる世の中。 しかし、ヒーロー達はライセンスを免罪符にこれ見よがしに個性を使って暴力を振るう。 不公平だとはおもいませんか?」

 

 

 その言葉に思い当たる事があるのか、男達は難しい顔をした。

 

 

「貴方達のお仲間の一人。 先日ヒーローに捕まったそうですね」

「……既に調べてるってことか。 そうだよ、くそヒーロー共にリンチにされた挙句に豚箱行きだ」

「個性とは己に備えられし力。 すなわち財産なのです。 それを一方的に規制されるなど可笑しいとは思いませんか?」

「あぁ、可笑しいさ。 俺たちのものだから俺たちがどう使おうが勝手だ」

 

 黒霧の言葉に男達はのめり込んでいく。

 

 

「私達が貴方達に活躍の舞台を提供すると言ったら……どうしますか?」

「それはつまり……思う存分暴れてもイイって事か?」

「その通りです。 抑圧された社会、さぞ生きにくいでしょう。 私たちはそんな社会を根底から覆すべく動き始めました……平和の象徴。 オールマイトの殺害を以ってヴィラン連合の名を轟かせます」

「おいおい、オールマイト? 冗談キツイな。 俺らが束になっても勝てるわけないだろうが」

 

 

 まさかの名前に男達はたじろぐが、黒霧にとってはその反応も想定済みだったようで、すぐさま言葉を紡ぐ。

 

「私達には彼を亡き者にするための確実な手段があります。 そして、それを完璧に遂行するためには貴方達のお力添えが必要です」

「最近雄英に就職したって聞いたが……なるほど、学校を襲撃か?」

「話が早くて助かります。 しかし、襲撃するのは校舎ではなく雄英の災害救助施設、通称USJ(ウソの災害や事故ルーム)です。 詳細は此方の用紙に記載していますので、どうか宜しくお願いいたします……では、人目につくといけませんので私はこれで」

 

 

 そう言い残し、黒霧は靄を纏ったまま跡形もなく消え去った。残された男達は互いに目を見合わせ、どうするか話し合う。

 

 

「オールマイト殺害なんてイカれてやがる、流石に無理だろ」

「そうですよ、やめときましょうよ兄貴」

 

 

 黒霧と話し合っていた男に対して怖気付いた男達はやめるように促すが、男は掌でそれを制する。

 

「バカやろう、目をつけられた時点で俺たちは終わってるんだよ。 何でこんな重要な事を言って帰ったのかよく考えてみろ、断った暁には全員お陀仏だ……どうせ、俺らには分からないように監視も配置しているだろうな」

 

 警察に漏れたら厄介な事になる情報をわざわざ言ったのは自分達を逃さないためであり、見せつけるようにワープの個性を使った事も“いつでもお前達を殺せる”と仄めかしているようなものだ。

 

「だが、逆に言えばこれはチャンスだ。 こんな所で燻っているなんて面白くないだろう? 街で暴れたら直ぐにお縄についてしまうが、奴らは曲がりなりにも場所を提供してくれるんだ……それに俺たちの役目はオールマイト殺害じゃなく、送り届けた生徒を一人残らずぶっ殺せってものだ」

 

 

 

 そう言った瞬間に男の顔つきは凶悪なものになる。

 

 

「のうのうとヒーロー様になろうとしているガキ共をぶっ殺せるんだ。 俺たちを社会のゴミと見下してやがるクソガキどもの悲鳴を想像するだけで……あぁ、ゾクゾクしてきた」

「でも、所詮俺たちは駒なんじゃないっすか? やる事やったらそのままポイって捨てられる気が」

「それはない。こいつらの計画は思っている以上によく出来ている。それに初舞台ほど完璧に遂行した方が世間へのインパクトがデカい。わざわざ重要な情報を持っている俺たちを捨てる事はしないはずだ。 それに、この作戦は俺のジャミングが要でもあるからな……外部との連絡手段を徹底的に潰してくれって書いてある。 はっ、俺たちの事をよく調べている」

 

 男は紙に記載されてある内容を目を通らしながら吟味していく。正直、誘いを受けた時点で受けようとは思っていた。彼らのやろうとしている事はこれからの社会をひっくり返す程の悪事に違いないが、社会の掃き溜めと軽視されてきた自分達を初めて必要としてくれた存在でもある。

 

 

 そんな企みの要に抜擢されたと言ってもいい。だから、男はやってやろうと意思を固めた。くそったれな社会に一泡吹かせられるのなら、子供の一人や二人くらい殺してやると顔を愉悦に歪めた。

 

 

 

 

 男達の会話を揺らめく影が聞いているとも知らずに。

 

 

 

 

 

 

 ■

 

 

 ヒーロー基礎学二回目に行われる救助訓練は本校から離れた雄英の敷地にある施設にて行われる手筈となり、ヒーロー科一年A組の生徒達はバスに揺られて他愛もない話に花を咲かせていた。

 

 

 

「そういや昨日のニュース見た?」

 

 

 金髪頭の上鳴が徐に話を切り出すと、ツンツン頭の切島が真っ先に反応した。

 

 

「ヴィラン殺しのやつだろ? まさか孤児院の院長をやってたとか全く想像できなかったな」

「だよなー。 警察の上の人間が身内贔屓してたのも暴かれてたし、なんていうか可哀想だよな。 被害者は寧ろヴィラン殺しだったってことか……孤児院の写真が出てきたときは映像に映ってたヴィラン殺しと表情が全然違くて“こんな優しそうな人が?”てなったしな」

「ケロッ、元は優しい人なのかも知れないわね」

 

 

 ヴィラン殺しが表舞台に出てきてから数週間が経ち、周辺の事実調査が行われた事で発覚した数々の真実が昨日テレビで報道された。これにより警察上層部の数人が事実上の免職となったが、“たったそれだけか”と非難の声が各方で上がっている。

 

 判明した真実とヴィラン殺しがヒーロー達の前で放った言葉が繋がり、実質に彼というヴィランを生んだのは不正を行った警察だと言われ叩かれる始末である。それとは逆に殺人を行なっているにも関わらず彼こそが最大の被害者であると言われ、彼の行なっている殺人を擁護するような声も上がっている異常な事態に見舞われていた。

 

 

「でも、彼がしていることは立派な殺人だよ。 どんな理由があっても認めてはいけない事だと思うんだ」

 

 

 緑谷がそう言うと、そりゃそうだと他の面々も肯いた。当たり前のことが、当たり前でなくなってきている世の中で正しい倫理観を持つことは大切なことである。少なくとも1年A組の皆はヴィラン殺しの行いについて認めているものはいない。

 

 

 だからこそ、本物の悪と出会ってしまった時に認識がずれる。彼らがどれだけ邪悪で、人の尊厳を土足で踏みつけるような輩であるか分かっていなかった。

 

 

 施設に到着した彼らはそこで待っていたスペースヒーロー13号と合流し、USJ内で説明を受けていた。

 

 

 まさにその時だった。突然照明が破損し、広場の噴水が途切れ途切れになったかと思えば、黒い渦が発生し中から人が大勢出てきたのだ。入試の時のようにすでに始まっているのかと勘違いしたのも無理はないが、相澤の切羽詰まった態度からそれが間違いであると気付く。

 

 

 ────奴らこそがヴィランだと。

 

 

 果てしない悪意をその身で感じ取る生徒達を他所に、単身で突撃した相澤は自身の個性を扱いヴィランを無力化していく。彼のヒーローらしいその姿に一同は安堵を覚え、取り乱す事なく13号の誘導の下、入り口に向かって避難を開始したが、その途中で黒霧と名乗るヴィランによって散り散りに施設内の各エリアに飛ばされてしまう。

 

 

 

「おおっ、本当に来やがった。 女が二人と男が一人か……けっ、しけてんな。 たった三人かよ」

 

 

 そんな声を上鳴、八百万、耳郎は飛ばされた先で聞き、すぐさま周囲の状況を把握しようとした。

 

 

「おいおい、嘘だろ。 囲まれてんじゃねぇか」

 

 

 上鳴の言う通り、十数人のヴィランが彼らを囲むように配置されており、三人はひとまず岩場を背に身を寄せ合い周囲に睨みを利かせた。即時的な対応は流石の雄英高校といったところだろう、普通の人間なら取り乱してしまうような場面だ。

 

「やろうってんのかガキども。 抵抗しない方が痛くねぇぜ?」

 

 殺気を帯びた視線とともに舐め回すような下卑た視線が八百万と耳郎を貫き、二人はいい知れない不快感で思わず身震いをした。

 

 

「皆さん! これを!」

 

 

 八百万が咄嗟に錬成した鉄の剣を耳郎に投げ渡す。しかし、その行為はヴィラン達に対して抵抗してやると言っているようなもので、その生意気な心をへし折ってやろうとヴィランはその距離を詰めていき面白半分に攻撃を仕掛ける。

 

「やっべぇ! 見えた、三途見えた!」

「くっ、流石に数が多すぎますわ」

「上鳴何とか出来ない!?」

「なら、俺にも武器をくれ!」

「あんた電気男でしょ、ビリビリっと出来ないの!?」

「ダメだ!俺の放電は皆も巻き込んじまう! それに、外に連絡を取ろうにもジャミングやべぇしさ!すまねぇ、俺は頼りにならねぇ! だから頼りにしてるぜ二人とも!」

 

 

 

 この中で一番攻撃寄りの個性を持つ上鳴だが、彼の放電攻撃は無差別に周囲を感電させるものであるため、二人がいる状況で使うことは出来ない。

 

 

 

「敵の目の前でよく喋るな。 それほど余裕があるのか?」

 

 

 じりじりと距離を詰めてくるヴィラン達。その中から一人のヴィランが前に出てきてくぐもった声でそう言った。それは全身を包帯で包んだミイラのような男だった。全く覇気を感じさせない有象無象の一人であるが、三人はえも言えない不気味な雰囲気を目の前のヴィランから感じ取った。

 

「少年……構えるといい」

 

 タイマンかと周囲のヴィラン達は盛り上がる。なんせ相手は三人しか居ないうえに子供。こちらは十数人であるため負ける気がしない。楽しまないと損である。

 

 男が上鳴に指差した瞬間に彼は身構えるが、既に遅かった。相手の動きを見てから動き出しては対応が間に合わないのも確かだが、それ以上に男の速度が尋常ではなかった。瞬きをする間もなく上鳴に肉薄したミイラ男は既に彼の背後に立っていた。

 

 

 呆けた顔をした上鳴は振り向きざまに男を視界に捉えたが、既に男の拳が眼前に迫っていた。八百万も耳郎もその速度に全く反応が出来ず、このまま学友が目の前で散ってしまう光景をその目で捉えるだけだった。

 

 

 鈍間そうな外見からは想像も出来ないほどの速度で繰り出された拳は躱すことも防ぐことも許してくれない。その場にいたヴィラン達でさえ殆ど反応できなかった速度に間抜けな顔を晒した。

 

 

 

 そして死を伴った握り拳が今まさに振り抜かれんとする。

 

 

 

 上鳴の頭が弾け飛び、肉片が辺りに撒き散らされ、頭部を失った身体が糸を切った人形のように地面に向けて落下し、血の海を作り出す。

 

 

 

 そうなると、誰もが思っていた。

 

 

 

 しかし、その光景が作り出される事はなかった。

 

 

 何故かヴィランの拳の勢いが急速に衰えたかと思うと、次の瞬間にぽんっと少年の頭の上にその掌が乗せられていたのだ。

 

 

「……へ?」

 

 

 一体何が起きたのだと思わず呆けた表情を浮かべた上鳴だったが、どこかで聞いたことのある声が耳介をなぞった。

 

 

 

「すまないな、出る時を見計らっていた」

 

 

 

 徐に包帯がシュルシュルと解かれていく。

 

 

 

「……よく屈しなかった。 まだまだか弱いが主達には芯がある」

 

 

 優しげに紡がれる言葉とともに包帯から姿を現したのは一対の紅い角を携えたヴィランだった。その姿、その声、三人とも知っていた。それどころかこの場にいる全員が知っていた。

 

 

「ヴィ、ヴィラン殺し! 羅刹っ!?」

 

 

 上鳴が驚いたようにそう言うと、ヴィラン殺しは三人を一瞥して彼らの前に立った。叢雲の意匠が施された袴と腰まで届く荒々しい黒髪。ヴィラン殺し本人に違いない出立と気迫に空気がビリビリと震える。

 

 

「死にたくないのなら私の背後で固まるといい……だが、今から主達の目の前で起こるのは惨劇だ。 ヒーローを志すならいずれ目の当たりにすることになるが、今見るかどうかは主達が決めろ……その気がないなら目を閉じておくといい」

 

 

 そう言うと羅刹は三人の決定を一拍だけ待ったのちに、その場から掻き消えた。無論、消えたのではなく尋常ではない脚力でヴィラン達に突撃したのだ。突然の出来事にヴィラン達が対応できることもなく、一人また一人と体に大きな風穴を開けていく。

 

「雑兵に監視の目を入れないとはヴィラン連合と言っても大したことはないな。 お陰で簡単に潜入できた」

 

 ヴィランの胸に手を抉り込ませ片手で持ち上げる。苦悶の表情で必死に抵抗するヴィランだが、次の瞬間に心臓を引き抜かれて地に這いつくばる。

 

 あまりの惨劇に戦意を既になくしたヴィラン達は逃走を図るが羅刹はそれを許さない。

 

 

「もうしないからッ! 絶対に足を洗うからッ! 見逃してくれぇ!」

「主達も承知の上でここに来たのだろう?  童を嬲り殺そうとしたのに、自分たちが命の危機に遭えば命乞いか……あまり私を不快にさせるな」 

 

 

 頭上まで上げられた足が一気に振り下ろされ、ヴィランの頭部を破壊する。一瞬の内に命が失われていく目の前の光景に三人は吐き気を覚えた。ヒーローとして命のやり取りの現場をいずれは見ることになる。そう言った羅刹の言葉にある意味納得してしまった三人は彼の強過ぎる存在感に圧倒されたのも相まって目を閉じることはしなかった。

 

 だが、今はそれを酷く後悔している。

 

 

「こ、こんなの間違っている! 相手はもう抵抗すらしてねぇんだぞ!」

 

 

 勇気を出して上鳴が羅刹にそう叫ぶと、羅刹は生き絶えたヴィランを放り出して三人に体を向けた。

 

 

「甘いぞ童。 ヴィランは卑劣で狡猾だ。 そんな考えでは足元を掬われる……このようにな」

 

 

 羅刹が徐に近付いて来たかと思えば、彼らの後ろに歩み……地面に手を突っ込んだ。

 

「く、くそっ! 何で分かった!? グァっ!? ガァァッッ!!?」

 

 勢いよく手が引き抜かれたと思えば羅刹が掴んでいたのは手に刃物を携えた大柄のヴィランだった。

 

「主達が気付いていたのなら謝ろう。 だが、そうでないのなら見ておくといい。 これがヴィランだ……おおよそ主達の背後を取り人質にしようとしていたのだろう」

 

 首根っこを抑えられ苦しむヴィランの姿を見て、青ざめる三人だがそれ以上に誰一人としてヴィランの接近に気付いていなかった事に歯噛みする。目の前でまざまざと羅刹の言葉の正しさを証明された事に何も言えなくなった。

 

 だが、それでも。

 

 

「そ、そいつを殺すんだろ! そんなことはさせねぇ! もう気絶してるのに殺す必要はねぇだろ!」

「……主は大切な者が殺されても同じセリフが吐けるのか?」

 

 

 雰囲気が重苦しいモノに変わった。羅刹は上鳴に怒りを向けているわけではないが、その悲しそうな表情に彼もまた何も言えなくなったのだ。

 

 

「主らの目指す世界は決して綺麗なモノではない。 黒く濁った泥濘だ……私の心に燻る焔もまた其処から産まれた」

 

 

 羅刹は滴り落ちる返り血を振り払い、気絶したヴィランを足元に放り捨てる。いつの間にかジャミングが無くなっている事に気が付いたが、上鳴達は目の前の悪鬼から目を離す事が出来なくなっていた。

 

 

「主達は何を思ってヒーローとなる? 人の為か? 我欲の為か? それとも何も考えていないのか?」

 

 

 羅刹の問いに三人は即座に答える事が出来なかった。無論、答えは既にあるのだが彼の前でそれを言ってしまえば、自分の答えが何とも薄っぺらいように思えてしまって口が動かなかった。

 

 

「……答えられぬのなら、これから作っていくと良い。 主達にはその時間がある。 何の為にヒーローとなるのか、その為に何をすれば良いのか……よく考える事だな」

 

 

 三人の顔を順番に見ながら、羅刹はそう言った。目の前でヴィランを何人も殺したとは思えない程のとても穏やかで優しい声だった。

 

 そして、もうこの場に用は無いと羅刹が踵を返そうとした時である。

 

 出入口の扉が凄まじい轟音と共に吹き飛ばされ、その奥から巨漢が現れた。

 

 

「オールマイトッ!?」

 

 

 何も言えなくなっていた状態から一転。平和の象徴の登場に思わず声を張り上げた上鳴。

 

 

「……随分と遅い登場だな」

 

 少し苛立ちを交えた呟きを放ち羅刹は中央の噴水に目を向けた。明らかに異常な脳が剥き出しになった個体と身体中に手を付けた男、そして彼が一度だけ見たことのある霧の男が其処にいた。

 

「……ほう」

 

 奴らこそがヴィラン連合の中核なのだろうとあたりを付けた羅刹は地面を踏み締めて跳躍し、瞬く間に彼らの後方に着地した。踏み締めた場所は大きく抉れ、着地地点もあまりの衝撃にひび割れる。

 

 

「なぁっ!? ヴィラン殺し、何故ここに!?」

 

 

 

 黒霧が驚愕の声を上げたが全て遅い。正面からはオールマイトが後方からは羅刹が挟む最悪の形になってしまった。

 

 

 戦いはまだ始まったばかりである。

 

 




最初の話を陰で聞いていたのは羅刹です。其処から、チンピラ達を監視して決行日のUSJにワープする前にチンピラの中に潜入しました。安易に包帯ぐるぐる巻きでミイラ男になってましたが意外にバレないようです。



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