この花の主人(偽)に祝福を! (GU)
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第一話 死にました

物書きはちょっと久々なので初投稿です。
このすば完結記念に何か書きたいなと思い書いてみました。

(書き溜めなんて)ないです。



前略、オフクロ様

 

どうやらボクは自殺してしまったそうです。

 

知っての通りボクはお花が好きで、その日は育てたお花を死ぬほど部屋に飾って寝たのですが、目が覚めたら死んでいました。あ、いや、死んだので目は覚めなかったんですけどね。今のボクは精神体的なやつらしいです。

 

原因は酸欠。確かに植物は夜には呼吸を行います。まさか人が死ぬほど酸素濃度が低くなるとは思ってもいませんでしたが。お花畑で寝たいと思っただけなのに……。家族の皆、本当にごめんなさい……。

 

ちなみにですが、ボクは今よく分からない部屋にいます。そして目の前には水の女神アクア様という方がいて、椅子に座り事務机に肘を置いています。

 

水の女神と聞くとティアマトやサラスヴァティと言った神が連想されますが、彼女はそのどちらとも違うようです。日本の神とも言っていましたが名前はどう考えても日本名ではありません。これも近代のグローバル化の影響でしょうか。

 

ところでボクはこれからどうなるのでしょうか。聞いてみる事にしました。

 

「自殺なんだから地獄行きに決まってるでしょ?」

 

当たり前の様に言われてしまいました。ボクは等活地獄という所に落とされるようです。鬼灯の冷徹でなんか聞いたことがある気がします。

 

ボクは地獄になんて行きたくないので、どうにかこうにか口八丁手八丁で言い訳もとい説得をしました。これは事故だと、自殺する気なんてなかったと。

 

「うーん、まぁ確かにあなたの過去をちょっと見てみたけど、動機はなさそうなのよね。……ちょっと趣味がアレみたいだけど」

 

「あ、アレってなんですかアレって! い、いいじゃないですか! お花が好きなんてそんなに珍しくはないでしょう!?」

 

「それは別になんとも思ってないわよ? アホでお馬鹿で間抜けだなーとは思うけれど」

 

ぐうの音も出ませんでした。

 

「そもそもこの麗しくも気高い、水の女神アクア様を御神体とするアクシズ教には、教義でも犯罪でなければ何をやっても自由と記しているわ! 過去を見ててちょっぴり私の信者かしらと思っちゃったもの」

 

過去を見るって、プライバシーの侵害なんですけど……。それにそこまで好き勝手にやってた憶えはないんですが。精々お小遣い一年分前借りして家をキマワリの人形で埋め尽くしたくらいです。別に普通ですよ。ふつうふつう。

 

……ところでアクシズ教とはなんなのでしょうか。自由というフレーズにちょっとだけグッとくるものを感じちゃいました。

 

「あら? 魅力感じちゃった? アクシズ教というのはね、向こうの世界の国教にも勝るとも劣らぬダイナミック宗教の事よ! 全国1000万人の信者達が私の事を崇め奉っているの!」

 

1000万人……すごい! それが多い方なのかどうかは正直分かりませんが国教と比肩するのがすごい事というのは疎いボクでも分かります。向こうの世界? というのはよく分かりませんけど。

 

「そしてそんな素晴らしいアクシズ教に入れば、クラスメイトの前で女装したとしてもなんら恥ずかしがる必要はなくなるわ!」

 

「わあああああ! ふわあああああああ! ああああああああああーっ!」

 

やっ、やめーっ! やめてください! いきなりボクを辱めるのはやめてください! 過去を見てるならアレが本意じゃないっていうのは分かっていますよね!?

 

「そう? とても自然で可愛かったわよ?」

 

「あああああああああああああーっ!! ああああああああああああああああああああ!」

 

恐らくボクの顔は今真っ赤なりんごの様に染まっています。アレは学園祭だからって皆に推されて仕方なくやってしまったボクの封印されし黒歴史……! もう二度と思い出したくありません……!

 

「えー、割と良い感じだと思ったんですけど」

 

「むしろヤな感じ〜です! ボクは歴とした男の子なんです! 可愛いと言われても喜ぶ訳がありません! と、というか結局ボクはどうなるんですか!? 地獄ですか!? 天国ですか!?」

 

ボクは誤魔化す事にしました。これ以上は恥ずかしくて死んじゃいます! …………あっ、もう死んでるんでした。

 

「そうねぇ……うーん、まぁいいわ。ごほん──さて、動機もなく割としょうもない理由で自殺しちゃったあなたには3つの選択肢を与えます」

 

急に雰囲気が厳かになりましたが言葉選びで台無しでした。

 

「一つ目は地獄で罪を洗い流し、何になるかも分からない転生の道を進むか。二つ目は人間として生まれ変わり、新たな人生を歩むか。三つ目は天国的なところでお爺ちゃんみたいな暮らしをするか」

 

恐らくですが、選択肢を三つに増やしてくれたのは女神様の計らいだと思います。

 

「……それぞれのメリットデメリットを教えてくれませんか?」

 

「どれもメリットなんてないわよ? 地獄は獄卒から罰を受けた後はやり直しの効かない火の鳥ガチャが始まるし、人間への生まれ変わりも魂を浄化させた後の話だから今の人格も記憶も無くなるし、天国的なところなんて本当になんにもないのよ。食べ物もなければ娯楽もない。既に死んだ先人達と日向ぼっこしてお話するくらいしかやる事がないわ。ある意味地獄ね」

 

むむむ、なんだかどれも微妙ですね……。

 

一つ目の地獄はまず論外です。だって、他の選択肢があるのにわざわざ地獄を選ぶ必要なんてありません。あと自殺じゃありませんしー。事故ですしー。考え足らずだったのは認めますけど。

 

つまり残り二つがボクにとっての分かれ道。慎重に選ばなければいけません。

 

自分の意識があるままで何もない天国へ行くか、ボクという人格を無くしてまで生まれ変わるか。うごご、甲乙つけがたいです……。

 

そんなボクを見兼ねたのか、女神様はとても嬉しそうな様子で第四の提案をしてきました。

 

要約すると、先程女神様が言ってた向こうの世界、いわゆる異世界に転移しないかという提案。そこにはファンタジー系ではお馴染みの魔王がいて、そのせいで人類がピンチなのだそうです。しかも異世界で亡くなった方達は魔王軍にやられた訳で、もう同じ所に生まれ変わるのは勘弁との事。人口も年々低下しているそうで悩みの種だそうです。

 

そこでボクのように不慮の事故で亡くなった人達を姿形はそのままで異世界に転移させて、勇者候補として魔王を討伐させようというのが神々の会議で決定したらしく、ボクにもギリギリ白羽の矢が立ったのだそうです。

 

これはもう4つ目で確定ですね! 今の記憶を持ったまま、日本男児が夢見る剣と魔法のファンタジー世界への転移。これで憧れなければ男の子ではありません! しかも魔王と対抗するべく何かしらのチート能力を一つ授けてくださるそうです! やるしかないでしょう!

 

フンフンと意気込んでいたら女神様が「あっ、そうだわ!」と唐突に口を開きました。な、なんだか嫌な予感がするのは気のせいでしょうか……?

 

「転移させる条件として今後は女装して過ごすというのはどうかしら?」

 

「???」

 

……あれ、なぜか女神様の声が聞き取れませんね。……とりあえずもう一度だけ聞いてみる事にします。

 

「転移したら女装して過ごしなさい」

 

聞き間違いではありませんでした。しかも語彙が強くなってます。正気ですか? 冗談ですよね? この女神様はボクを社会的に抹殺する気なのでしょうか。

 

「だって、あなたの女装姿って中々似合ってて面白いし、もう少し見てみたいんですもの」

 

「に、似合うですって? しかも面白いって……憤死しそうなんですが」

 

「もう死んでるわよ。とにかく大丈夫よ! あんたが女装したら男の娘だって絶対にバレないわ!」

 

「そういう問題ではありません! というか簡単に人の心を抉るような事言わないでください!」

 

「あんた文句ばっかりねぇ。私としては別に生まれ変わりでも天国的なところでもいいのですよ? それをこの儚くも美しい水の女神アクア様が! 温情で! 異世界転移を提案してあげてる訳で、そこのところ分かってますか?」

 

ぐっ……そう言われると痛いです。……そうですね、確かにボクがわがままでした。元はと言えばボクが欲張らずに適量のお花を摘んでいれば酸欠で死なずに済んだ事。

 

「……分かりました。ボクは……これから、グッ……女装して……ッ……異世界で、過ごしますん……ッ!!」

 

「あー! ちょっと! あんた今誤魔化したわね! 女神の耳を欺けるとでも思ったの!? 地獄に落とすわよ!?」

 

「過ごします!!」(吐血)(絶望)(死兆星)

 

そう宣言した瞬間、何故かこれまでの人生が駆け抜けるかのように頭の中を流れていきました。

 

「……まぁいいわ。納得できないなら女装が自殺の罰とでも思いなさいな。というか元々そのつもりだし」

 

女神様はため息を吐きながらそう言いました。女装が罰と言われてボクは少し冷静になったので疑問を投げかけました。

 

「どういう意味ですか?」

 

「どうって、そのままの意味よ。元々自殺でむこう100年は地獄行きだったあんたを償わせもせずに異世界に送るわけないでしょ? 自殺って本当に重い罪なんだから! そこで、あんたが一番嫌がる行いを償いとする事で、異世界転移を向こうの女神にも納得させようって訳! 決して私の趣味じゃないわよ!」

 

「……なるほど。でもボクが一番嫌がるのはお花を禁止される事だと思うんですけど」

 

「それでもいいけど、あんた生き甲斐を取られても生きたいと思うの?」

 

「……ありがとうございます」

 

そこまで説明されたら納得しない訳にはいきませんね! ここまで御膳立てされたのですから、男らしく腹を括りましょう! 覚悟完了です! ええ!

 

「……でもさっき面白いからって言いましたよね?」

 

「言ってない」

 

「言いました! ……まぁいいです。バレなければいいのですから。では異世界転移でよろしくお願いします」

 

「分かったわ」

 

そう言うと女神様はボクの目の前にカタログのようなものを差し出しました。なんだか段々と神聖さというものが薄れてきている気がしてなりません。

 

「選びなさい。たったひとつだけ。あなたに、何者にも負けない力を授けてあげましょう。例えばそれは、強力な特殊能力。それは、伝説級の武器。さあ、どんなものでも一つだけ。異世界へ持っていく権利をあげましょう」

 

女神様の言葉を聞き、一通り目を通してみます。見たところどれもこれもすごい能力の武器や異能が多いのですが、どうにもボクが望む物は見当たりませんでした。

 

剣や鎧とかは別段欲しいとは思いません。憧れはしますけど、ボクの筋力じゃそうそう重い物は持てませんから。それよりもボクは、昔からあったらいいなと常日頃考えてた能力があるのです! 貰える能力は、カタログに載ってないものでも大丈夫なのでしょうか。

 

ちなみに女神様は暇そうにポテチを食べながら漫画を読んでいます。……この方、本当に女神なのでしょうか。

 

「女神様、これには載ってないんですけど、一つ欲しい能力がありまして……」

 

「えー、面倒くさいわね。まぁ言ってみるだけ言って頂戴」

 

「あぅ……え、えっと、その」

 

もう趣味については既にバレているとはいえボクはちょっとだけ恥ずかしい気持ちになりました。けれど、しっかりと伝えます。

 

「か、風見幽香の能力が欲しいんです!」

 

「風見幽香? ……ああ、もしかして東、方? ってやつ?」

 

「そうです!」

 

ボクが言った風見幽香というのは、東方projectというジャンルのゲームに出てくるキャラクターの一人で、ボクが一番好きなキャラクターです!

 

彼女の持つ能力は『花を操る程度の能力』。それは文字通り花を操る能力で、花を咲かせたり、向日葵の向きを太陽に向けたり、枯れた花を元どおり咲かせるとても、とっても素晴らしい能力です! アニメで見たあのひまわり畑はボクの憧憬で、いつかは実現させようと夢にまで見ていました。血涙を流す程度には欲しいです。

 

ボクの目から本気度が伝わったのか女神様は面倒臭そうにしながらも、手元に持っていたタブレットで色々調べてくれている様子でした。

 

……えぇ、これはちょっとずるくないかしら。……え? ギリギリ大丈夫なの? 本当に? 悪魔とは書いてないけれど妖怪よ? 飛ぶし極太ビームも出すのよ? 創作物だから問題ないって? ……それもそうね! ついでに女キャラみたいだし丁度いいわ

 

何やら小声で誰かと話している様子です。こちらまでは聞こえませんが。

 

「よし、あんたを風見幽香のようにしてあげるわ」

 

「あ、ありがとうございま──あれ?」

 

何かちょっと違ったような……。

 

「風見幽香の能力を頂けるんですよね?」

 

「ええ。あなたを風見幽香みたいにしてあげるわ!」

 

あれ? あれ? なんだかちょっと違うような気がするんですけど、何が違うかが分かりません!

 

「何度もごめんなさい。『花を操る程度の能力』を頂けるんですよね?」

 

「だからそうだって言ってるじゃない! あんたを風見幽香っぽくするのよ。見た目も能力も」

 

「やっぱり違うじゃないですか!」(憤怒)

 

あ、危ないところでした……。能力は欲しいと言いましたが、風見幽香になりたいなんて一言も言ってません!

 

「いったい何を怒っているの? 服装くらい別にいいじゃない。どうせ女装させてから向こうに行かせるつもりなんだし」

 

「女装はとにかく、コスプレをしたい訳ではなかったのですが……」

 

「日傘はサービスしたげるわ! 服はそれっぽいので良いとして……髪色は自分でなんとかなさいな」

 

女神様は何故かノリノリですが、ボクの表情は曇っている事でしょう。もちろん、わざわざ髪を染めるなんて事しません。

 

女装で、しかもコスプレかと内心唸っていると、突如ぴこんと閃きました。よく考えてみると、ボクが初めから風見幽香の格好をする事はメリットしかありませんでした。何故なら男のボクがしたくもない女装の為に女物の服を見繕うという、最終的に悟れそうな苦行を受けずに済むのですから。しかも風見幽香の服装自体も派手な物ではありませんし、極端ですがミニスカートやホットパンツを着るよりかは一億万倍マシだとでも思っておきましょう。

 

「ぜ、是非ボクを風見幽香のようにしてください!」

 

「なによ、やっぱりそのけがあるんじゃない。ちょっと待ってなさい……よし、今からこれに着替えるのよ!」

 

今すごい不名誉な事を言われた気がしますがスルーします。

 

渡されたのは風見幽香の服装と似通った衣装でした。思った通り、それ程目立つ様な衣装ではありません。そしてロングスカートです。成し遂げました。

 

……しかし、それはいいのですが、何やらよく分からない白い布切れも一緒に渡されました。いったいこれはなんなのでしょうか?

 

広げて見てみますとそれは……女性のぱ、パンツでした……。しかも真ん中に小さなリボンまで付いているプリティーなやつです。まじまじと女性の下着を見てしまった為、ボクはつい照れてしまいました。

 

「あ、あの……下着も、ですか?」

 

「当たり前じゃない。逆に聞きますけど見た目女の子でスカートの中身がトランクスだったらどう思います?」

 

「乱馬みたいでいいと思います……」

 

「そういう意味じゃないわよ! しかもあれは失敗してるじゃないの! やるなら細部までこだわり抜きなさいって言ってるのよ! パンチラで女装だってバレてもいいの?」

 

「むむむ」

 

「何がむむむよ!」

 

困った事に何も言い返せません。女神様に後ろを向いてもらって着替えてみると、見た目は妙にしっくりきているのが筆舌尽くし難いです。

 

下着は言わずもがな感触が気持ち悪いです。普段はトランクスだったというのもあり、慣れないのもあるのでしょうが、その……ぺたりと張り付く感覚に違和感しか覚えません。色々と。

 

ただ服装自体はシンプルな物なので着替えやすいのはいいと思いました。まぁ良い点はそのくらいですけど。

 

さて、男としての尊厳を奪われてしまったボクですが、遂に旅立ちの時が来たようです。能力ももうボクの中にあるそうなので異世界に送ってもらったら早速試してみたいと思います。

 

「じゃあそろそろ送るわよ。あ、聞かれなかったから言うけど向こうのお金はちょっと渡すし、言葉や文字も私達神々の親切サポートによって、異世界に行く際に脳に負荷をかけて一瞬で習得できるわ。運が悪いとパーになっちゃうけど」

 

「……やっぱり人間への生まれ変わりに変えてもらっても良いですか?」

 

「風神悠さん。あなたをこれから、異世界へと送ります。魔王討伐のための勇者候補の一人として」

 

「聞いてください」

 

ボクはジト目になるのを自覚しつつ、急に態度がまるで女神様の様になった女神様の言葉に耳を傾けました。もうなるようになれ、です。

 

「魔王を倒した暁には、神々からの贈り物を授けましょう」

 

「贈り物ですか?」

 

「ええ。魔王を討伐すると言う事は世界を救うという事。……たった一つだけ、たとえどんな願いでもたった一つだけ叶えて差し上げましょう」

 

「おお……!」

 

願い事ですか。でしたら『花を操る程度の能力』を持ったまま地球に生き返るなんて事も可能なのでしょうか。この能力があれば個人経営のフラワーガーデンだって夢ではありません! なんだか興奮してきました。頑張って魔王を討伐してみせます!

 

意気込んでいると青く光る魔法陣が足元を浮かび上がってきました。

 

「さあ勇者よ! 願わくば、数多の勇者候補達の中から、あなたが魔王を打ち倒すことを祈っています。……さぁ、旅立ちなさい!」

 

「め、女神様! 最後にひとつだけいいですか?」

 

口を挟む場面ではないという事は分かっていましたが、ボクはどうしても聞いておきたいことがありました。

 

「ちょっとあんた! 最後の締めなんだから水を差さないでよ! 私が旅立てって言ったんだから行って! ほら早く行って!」

 

「ごめんなさい! ごめんなさい! ……あの、どうしてここまで色々と良くしてくださったのですか?」

 

女神様は温情と言いましたが、それだけではないような気がします。もしかして、ボクに勇者的な素質を見出して──

 

「今日は死んだのあんたが最後だったから、定時いっぱいまで引き延ばしたかっただけよ?」

 

あっけらかんと言い放つ女神様に、ボクは開いた口が塞がらず、そのまま光の中へと包まれていきました。

 

自意識過剰でごめんなさい……。




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第二話 転移しました

第二話なので初投稿です。


 

 

 

前略、オフクロ様

 

ボクはどうやら無事に異世界に転移出来たようです。転移というのは中々不思議な感覚でした。

 

少し距離はありますが目の前には大きな壁と門が見えます。きっと中に街がある筈です。そして門の前には守衛と思わしき人物。まだ遠目からしか確認できませんが、鎧を着込んで槍を持っていてファンタジーのそれっぽく、ボクのテンションが上がります。

 

辺り一面は平原で草ばかりですが、お花もちらほら見え隠れしています。丁度良いのでこれから女神様より頂いた能力を試してみたいと思います! ひゃっほい!

 

まずは枯れたお花を探します。咲いていても蕾でもいいのですが、なるべく自然に咲き誇らせてほしいのです。そして枯れたらボクの能力で再び、という感じですね。もちろんボクが気に入ったお花に限りますけど。何でもかんでもやっていたらキリがありませんし。

 

気分が高まり、つい鼻唄を歌ってしまいます。……あっ! 枯れた花を発見しました! これは非常に良い枯れ具合です。ふふふ、ではやります!

 

「むむーん……えいっ!」

 

ボクが掛け声を上げると、枯れていた花は時間を巻き戻すかの様に美しい姿へと変貌しました。成功です。擬音で表すとパァァンといった感じでしょうか。

 

「や、やったー!」

 

ボクは今、究極のパワーを手に入れたのだーーっ!

 

長年望んでいた能力が本当に手に入った感動は如何ともし難いです。なんだか感覚がふわふわして現実味がありません。まるで夢の中にいる様です。

 

しかし今の状況が良い事なのかどうかはよくわかりません。ボクは、死んだ結果ここにいるのですから。しかも死因があまりにもアホらしすぎますし。親孝行の一つもしないで元の世界を去ったボクを両親や姉はどう思っているのでしょうか……ぐすっ……。

 

……さて、後悔はここまでにしておきましょうか。やるせない気持ちではありますが、夢に一歩どころか数十歩近付いたのも事実。大事なのはこれからです。ボクの使命は魔王を倒す事。それを成し遂げる事が出来たならば、ボクは元の世界に帰る事が出来るかもしれません。

 

その為には、目の前に見える壁の向こうにあるであろう街へと向かいましょう。実は先程から今すぐにでも枯れた花を掻き集めたい衝動に駆られていますが、どうにか耐えてみせます。……耐えて、みせ……ま──

 

……。

 

……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付いたら夕方になっていました。そして両手にはいつの間にか色とりどりの花が沢山ありました。どうやら本能には抗えなかったようですね(他人事)

 

手元は塞がってしまいましたが、日傘は腕に掛ければ問題ないのでこのまま街の中に入る事にします。

 

そう思った瞬間、突風がボクを襲いスカートがバサッと捲れ上がりました。しかし両手は花を抑えるので必死なので無様にパ……下着を晒すしかありません。人がいないから出来る芸当だと思います。そのままジッとしてると数秒後に突風は止み、無様にめくれたスカートは元に戻りました。

 

……何故かは分かりませんが、わざとスカートをめくられたように感じます。だって、ロングスカートなのに下から巻き上げるようにブワッと来たんですよ? どうにも今のが偶然だとは思えません。ボクの直感がそう言っています。

 

このあたりは先程の突風よりは弱いですが時々風が吹いてきます。ボクが履いているスカートもそれに合わせてなびくので、その下から僅かに覗く素足がちょっと冷たいです。このなんとも度し難い気持ちはどう言い表せばよいのでしょうか。少なくとも良い感情ではない事は確かです。

 

そんな事を考え始めると、今更ながらスカート自体にも不安を覚え始めました。ズボンならば素足が見える事など早々ありませんが、スカートならば先程のように素肌どころか下着まで見えてしまいます。女の子ならまだしも……という言い方は変ですが、ボクの場合は何がなんでもそれだけは阻止しなければならないというのに……この状況が不安でたまりません。

 

それ以外にも、外見でバレる可能性も大いにあります。……認めたくはありませんが、ボクは筋肉が付きにくく線が細いので体型は恐らく問題ないでしょう。しかし顔や声は素なので誤魔化しが効きません。女神様は絶対バレないと言っていましたが、彼女の言う事はいまいち信用出来ません。色々良くしてくださった恩があるのに……何故でしょうか?

 

……ふぅ、切り替えましょう。賽はとっくに投げられています。

 

さて、歩いていると門の前に着きました。するといかつい守衛さんがにこやかな表情でボクに声を掛けました。

 

「おうお嬢さん、気は済んだか?」

 

「えっ、あっあの……」

 

どうやら先程までの様子を見ていたようです。は、恥ずかしいです……。

 

しかし言葉が通じて安心しました。運が悪ければパーになると女神様は言っていたので。この分であれば文字の方も恐らく問題はないかと思われます。

 

……そして、お、お嬢さんと……呼ばれてしまいました……。覚悟はしていたつもりでしたが、いざそう呼ばれるとモヤモヤしてしまいます……。

 

ひ、ひとまずボクの外見からは男だと分からないという事が分かりましたので、前向きに考えましょう!

 

「見たところテレポートが使えるみたいだし、冒険者か?」

 

「い、いえ、ボ……わ、私は冒険者ではありません。実は先程こちらに送ってもらったのですが……」

 

「ああ、もしかしてテレポート屋を使ったのか。まぁ流石にこんな小さい子が冒険者な訳がないか」

 

そのテレポート屋とやらを使用した訳ではないのですが、訂正する必要性が見当たらなさそうなのでそのままにしておきます。

 

小さな子というのも、確かにボクは小柄ですので取り敢えずツッコミはしません。これでももう13歳なのですが……。

 

「この付近はまだ安全だが、もう少し外に行くとモンスターが出るからな。やたらと出歩くのはやめとけよ? なにせ俺の二倍以上はあるミミズやカエルが出てくるんだからな」

 

大きな守衛さんの二倍以上という事はボクの三倍以上は大きなカエルとミミズという事ですね。そんなに大きいのであればボクなんてゆうに丸飲みされる事でしょう。転移して早々危ないところでした。

 

「まぁいい。もう日も暮れてるし、早く中へ入れ」

 

「分かりました。……ところで、冒険者とはなんですか?」

 

一つ気になる言葉があったので、ついでに聞いてみることにしました。

 

「なんだ嬢ちゃん。冒険者を知らないなんて、何処の田舎から来たんだ? その名の通り、冒険をする者たちさ。剣や魔法で魔王軍やモンスターを倒したり、遺跡やダンジョンを攻略して宝を見つけたり、そんな奴らの事だ」

 

「おおー!」

 

ある程度予測はしていましたが、まさに如何にもといった説明でした。しかも今、この守衛さんは冒険者は魔王軍と戦うと言いました。そしてボクの使命も魔王を討伐する事。つまりボクは冒険者になれと、そういう事でしょう!

 

「冒険者になるにはどうすればいいんですか?」

 

「冒険者になりたいのか!? いや、訳は聞かねぇよ。冒険者になるなら冒険者ギルドに行かねぇとな。あのデカい建物を右に曲がったら看板が見える筈だ。酒場も兼ねてるから飯もそこで済ませるといい」

 

「分かりました! ありがとうございます!」

 

ペコリと頭を下げてその場を後にしました。

 

大通りを歩きます。まるで中世ヨーロッパのような街並みはまるで海外旅行に来たかのような新鮮さがあります。何処に目を向けても歴史地区にあるような建物ばかりなのでとても楽しいです。

 

他にも、外見はほぼ人間なのに猫耳や犬耳だったり、尖ってる耳を持つ方などもいました。もしかしてハイリア人でしょうか。

 

そんな風にキョロキョロしていると、周りの方達から微笑ましいような目で見られている事に気付きました。今のボクは完璧におのぼりさん状態です。うぅ、手に持つお花のせいという事にしておきましょう。

 

守衛さんの言ってたように進むと冒険者ギルドという看板が見えてきました。恐らくここの事です。

 

ですが困った事にボクの両手は塞がっていますので、扉を開く事が出来ません。身体で押せば開く事はできますが、大切な一丁羅ですのでなるべく汚したくはありません。

 

「──ああ、クリス。また明日──むっ?」

 

「え? ……ふぉっ!」

 

扉の前で立ち止まっていたせいで中から出てきた人にぶつかり、尻餅をついてしまいました。

 

ボクにぶつかった──騎士のような金髪のお姉さんは少し慌てた様子でこちらへ駆け寄りました。

 

「す、すまない! 私の不注意だ。痛いところはないか?」

 

「だ、大丈夫です。ボクがこんなところで立ち止まっていたのが悪いんです」

 

「気にするな、怪我がないのならいいんだ」

 

そう言って騎士のお姉さんはボクの手を掴み立ち上げてくれました。その騎士然とした挙動があまりにも堂に入っていた為、思わず魅入ってしまいました。

 

「あれ? ダクネスの知り合い?」

 

すると中からもう一人、軽装の銀髪のお姉さんが出てきました。どうやら金髪のお姉さんはダクネスさんと言う名前のようです。

 

「……いや、違う。扉を開けたら目の前に立っていてな。それでぶつかってしまったんだ」

 

「そうなんだ。ところで落ちてる花って君のじゃない? 風に飛ばされちゃうから早く拾わないと!」

 

「あっ、お花……!」

 

そうでした! 魅入っている場合ではありません。このままではせっかく摘んだお花が何処かに飛ばされてしまいます。ああっ、風が吹いて花が……っ!

 

ボクは慌てて拾い集めます。

 

「……ん、手伝おう。私にも責任がある」

 

「あたしも手伝ってあげるよ! 数も多いしね」

 

ボクは好意に甘えさせてもらい、三人で手分けして花を拾い集めます。手数が多いのですぐに集まりました。傷も付いてないみたいなので良かったです。

 

「手伝っていただきありがとうございます」

 

「いいよいいよ、気にしないで! ところで冒険者ギルドに何か用かな? これからはもう酒場の時間だし、依頼なら明日にした方がいいんじゃないかな?」

 

「いえ、冒険者になりに来ました」

 

「へぇ〜冒険者にってえええええ!? い、依頼しに来たとか知り合いに会いに来たとかじゃなくて!?」

 

「何故そんなに驚いているのですか?」

 

「や、そんな花いっぱい持っててオシャレな格好した町娘に、冒険者になるって言われても信じれないというか……」

 

「そう言われましても……」

 

本当の事なので仕方ありません。ボクにはどうしようもないことです。格好に関してもそうですが、お花も摘んだからには捨てる訳にはいきません。

 

「……まぁ待てクリス。この娘にも事情があるのだろう。……そういえば自己紹介がまだだったな。私はクルセイダーのダクネスだ。隣はクリスといって、クラスは盗賊だ」

 

「はーい、クリスだよー!」

 

ダクネスさんとクリスさんですか。クリスといえば花のクリスが連想されます。花言葉はなんでしたっけ?

 

「わ、私の名前は風神悠です。よろしくお願いします」

 

今まで一人称はボクだったので、私という言い慣れない言葉に思わず躓いてしまいます。しかし、これも女装だとバレない為に必要な事。先程も咄嗟だったのでついボクと言ってしまいましたので気をつけなければなりません。

 

「……ん、ではユウと呼ばせてもらうとしよう」

 

「あたしもユウって呼ぶね! ところでさ、なんでそんなに花を持ってるの? しかも両手に沢山。なんとなく飾りに来たのかなって思ってたんだけど違うみたいだし」

 

「うーん、何故でしょうか……?」

 

「いやあたしに聞かないでよ! ユウが分からないんだったらあたしにも分からないから!」

 

という事は誰にも分からないので迷宮入りですね。どうしましょうか、このお花。

 

「処理に困っているのだったら私が貰っても構わないだろうか。野生ながら見事な咲き方だし、ちょうど花を飾りたいと思っていたんだ」

 

「本当ですか? でしたら、この子達をよろしくお願いします」

 

ダクネスさんの言葉にボクはありがたく了承しました。

 

摘んだまでは良かったんですけど、よくよく考えると飾る場所がないなーって事に先程気が付きまして。でも捨てる訳にもいかないのでどうしようか悩んでたところだったんです。

 

「うむ。大事に飾るとしよう。すまないが、この後は少々用事があってな」

 

「あ、そ、そうでしたか。引き止めてしまいすみません……」

 

思わずシュンとなってしまいます。ぶつかった時にはもう帰ろうとしていたようなので、だいぶ引き止めてしまいました。

 

「気にするなと言っただろう。じゃあそういう事で、私は……」

 

「ああ、いいよいいよ。また明日ね、ダクネス!」

 

「うむ。ユウも、またな」

 

「は、はい。お花、受け取ってくださってありがとうございます」

 

「……」

 

ダクネスさんはコクリと頷くと、ボクのお花を受け取って帰っていきました。

 

「あの子無愛想だけど、とってもいい子だから仲良くしてあげてね?」

 

「な、仲良く……が、頑張ります」

 

仲良く、その言葉を聞いて少しだけドキッとしました。ダクネスさんが良い方なのは先の間だけでも分かります。

 

……分かりますが、ダクネスさんやクリスさんは、とても美人です。今の数分だけでも実は少し緊張していた、というか今でも緊張しているというのに、仲良くと言われると尚のこと気恥ずかしい感じがします。

 

それに二人とも年上で冒険者の先輩で、どう接すれば良いのやら……。

 

そんな事を考えていると、ボクの肩をクリスさんがパンパンと叩きました。

 

「あっはっは! 別に頑張る必要はないんだよ? 冒険者になれば年の差や先輩後輩なんて関係ないのさ! みんな同僚でありライバルであり、同じ釜の飯を食べる仲間だよ! 気遣いは大事だけど、遠慮のしすぎにも気を付けなくちゃね!」

 

「クリスさん……はい! ありがとうございます!」

 

恐らくクリスさんはボクがダクネスさんという先輩に対して気遅れしてると思い、今の言葉をくれたのでしょう。そうとも言えるし、そうでないとも言えますが、ボクはクリスさんの気遣いが非常に嬉しく思います。

 

歳や性別は違えど立場は同じ。先輩への敬意は忘れてはいけませんが、同僚として気安い立場でもあるという事を教えてくれたのです。

 

先程出会ったばかりのボクに対して朗らかに接してくれるクリスさん。なんて優しくて、人の出来た方なのでしょうか!

 

それだけに、ボクが女装しているだけで実は男だという事実を隠している事に、少し胸が痛みます。

 

「ふふっ、それじゃあ行ってみよう!」

 

その言葉を合図に、クリスさんはボクを連れて冒険者ギルドの中へと入りました。

 

 

 

 




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第三話 失敗しました……

二度ある事は三度ある
つまり、初投稿です(迫真)


 

 

 

 

ギルドの中へ入ると、見るからに精強な方々が一斉にこちらに視線を向けてきましたので思わず怯みそうになります。しかし、ボクは魔王を倒さんとする者。このくらいで怯んではいけないと胸を張って歩きました。

 

中はシンプルで大部分は酒場で、壁にはボードがあり紙が沢山貼ってあります。そして奥には受付らしきところ。もしかしてあそこで登録を行うのでしょうか。

 

「ほら、あそこで冒険者登録の受付をやってるから行って来なよ。あたしはここで見ててあげるから」

 

「わ、分かりました」

 

やはりそうでしたか。まぁ見るからにそうですし。

 

「あ、ちょっと待って。冒険者になるには登録料が必要なんだけど、ちゃんと持ってる?」

 

「えっ? ……あっ!」

 

そ、そういえば女神様からお金貰ってませんでした! という事はボクは今……無一文?

 

バババッと身体を(まさぐ)りますが、そんなものはないと言わんばかりに何もありません。

 

自覚した瞬間、嫌な汗がダラダラと流れ始めました。何故こう、行動する度に何かしらのアクションを挟まなければならないのでしょうか。テンション浮き沈みが激しいとすごく疲れるので程々にお願いしたいです。はぁ、気分がどんどん沈んでいく。

 

……クリスさんに、言った方が良いのでしょうか? い、嫌だなぁ……見ず知らずのボクに優しい言葉を掛けてくれた上に案内までしてもらって、そして今からお金を無心? 厚顔無恥も甚しすぎます。クリスさんはボクの親ではないんです。そしてボクもそんな風に育てられた覚えはありません。

 

……しかし、厚顔無恥だろうがなんだろうが、今は借りなければならない場面です。此処においてはボクは、ひとときの間は恥知らずとなります!

 

「あ、あのっ、実は……」

 

「……あれ、その様子だともしかしてお金持ってない感じ? 全く、しょうがないなー。じゃあ貸してあげ──」

 

「ま、待ってください! 確かに言いづらいですが、このくらいはメリハリつけさせてください!」

 

そう、ボクはまだお金を貸して欲しいとは一言も言ってません。クリスさんが察してくれただけで、ボクは一つも意思表示をしていないのです。

 

ボクはお金を貸していただく立場です。ならばそれ相応の態度で相手にお願いするのが筋というもの。特に友人間のお金の貸し借りについてはお姉ちゃんにしつこく言われてきましたから。クリスさんがよくても、ボクが嫌なんです。

 

「……うん、その心意気や良し! じゃあ最後まで聞いてあげるから言ってごらん?」

 

クリスさんが微笑ましいものを見るようにボクへと視線を向けます。

 

それに対してボクは、覚悟を決めてクリスさんを見据えました。

 

「は、はい、言います! ……諸事情により私は今、お金がありません。ですのでクリスさん……私にお金を貸してください。

 

 

 

 

──なんでもしますから!」

 

 

 

 

「うん、いいよ。貸してあげる──ってちょっと待って? なんて言ったの? 今なんでもするって言った!?」

 

 

ざわざわ……

 

    ざわざわ……

 

  ざわざわ……

 

 

「お、おいっ、クリスってそういう趣味だったのか?」

「男っぽい見た目してるとは思ってたが、あんな小さい女の子が好みだったとはな……」

「く、クリスの奴、なんて羨ま……もといけしからんやつなんだ!」

「やだ、クリスさんってロリコンだったの!?」

「わ、私、若返りの薬探してくるわ!」

 

 

「わ、わあああああああああ! ま、まって! みんなちょっと待ってよ!? 誤解なんだってばああああああああ!!」

 

 

何故か周りがざわざわし始めてしまいました。も、もしかして、ボクがつい大きな声でお金を貸して欲しいと言ったからでしょうか!? やっぱりお金の貸し借りなんてダメだったんですね……。お姉ちゃんも緊急時でもなければお金の貸し借りは厳禁だと言ってましたし……。

 

そ、それよりも、ひとまず謝らないと!

 

「ご、ごめんなさい……! まさかこんな事になるなんて思わなくて、本当にすみません! 許してください!

 

 

 

 

 

 

──なんでもしますから!」

 

 

 

 

 

 

「また言った! クリスのやつ二回も言わせやがった!」

「しかもあの女の子泣きそうになってるぞ!?」

「くそッ、あんな美少女を泣かせやがって! 大好物です!」

「こんな大勢の前でプレイに走るなんて……クリスさんってドSなのね……」

「なんて鬼畜な野郎なんだ! あんな奴だとは思わなかったよ!」

「ちくわ大明神」

「あ、あの子の泣きそうな面見てると、なんか目覚めちまいそうだ……!」

「私、Mじゃあないけど……クリスさんならアリかも……ぽっ」

「誰だ今の」

 

 

「ちょっとおおおおおおおおお! なんで二回も言っちゃったの!? 大事な事だとでも思ったのかな!? 大事じゃないから! むしろ大事(おおごと)な言葉だからぁ!!」

 

 

「ひ、ひえぇ……」

 

何故かざわつきが更に増えてしまいました。

 

も、もしかしてボク、また何かやっちゃいました……?

 

この騒ぎがボクのせいで起きているという事は理解しましたが、原因が全く持って見当もつきません。

 

ボクはただ、クリスさんにお金を返すまではどんなにキツい仕事や手伝いでもやり遂げるという覚悟を宣言しただけです。

 

ただそのせいで一度、女装という酷い目にあいましたが、あの時ほど自分の言葉に後悔した事はありません。なんなら今でも後悔しています。だって今ボクが女装してるのだって元を正せばそれが原因なのですから。あの出来事さえなければ女装するタイミングなんてありませんし、女神様だって目を付けなかったでしょう。

 

しかし、そんな事があったからこそ、ボクはようやく分かったのです……。

 

 

──信用できない人にそういう事は言っちゃダメだと!

 

 

つまり信用できるクリスさんになら言っても問題ない筈なのです! 出会ってまだ1時間も経ってませんが、ボクは信用できる方だと確信しています。なので大丈夫!

 

……の筈だったんですが、どうにもボクの言葉は何かがダメだったようです。どう考えてもボクの言葉におかしなところは一つもありません。一切の曇りなし。

 

それに、例えおかしなところがあったとしても、困るのはボクであり、クリスさんではありません。そしてボクは男の子です。仮に何を言われたとしても、信用できる人の言葉ならなんだって気合でこなしてみせます! 男に二言はありません! むん!

 

「ちょ、ちょっとユウ! 黙ってないで弁解して欲しいんだけど!? あたしこのままだとギルド出禁になっちゃうよ!」

 

「わ、分かりました。──皆さん! 私、クリスさんになら大丈夫なので、お気になさらないでください! クリスさんは何も悪くありません!」

 

「あああああああああああああ! もうやだああああああああああああああ!! こんな人前でこれ以上私の尊厳を辱めないでくださいいいいいいいいいい!!」

 

「く、クリスさん!?」

 

クリスさんはヨロヨロと壁際まで下がると頭を抱えて座り込み微動だにしなくなりました。

 

正直、イマイチ状況を把握出来ていないボクですが、唯一分かるのはボクが口を開くたびに状況が悪化しているという事です。

 

ぼ、ボクはいったいどうすればいいんですか!?

 

 

 

 

 

「皆さん! 落ち着いてください!」

 

 

 

 

 

 

その一言で騒ぎ立てていた冒険者の方達はシンと静まり返りました。

 

「皆さん、酔いを覚まして冷静になって考えてください。今までのクリスさんを見て、そんな事を言わせるような方に見えましたか?」

 

皆に語り掛ける声の正体は受付に座っていたお姉さんでした。お姉さんはこちらの方へと近付き、言い終えると周りを見渡します。

 

 

「ひゃっはっは! それがクリスの本性なんだよ! 良い子ちゃんぶってるやつほど中身はドブ川みたいな──イッテェ!?」

 

「ダストは黙ってて! 殴るわよ!?」

 

「このアマ! 殴ってから言うんじゃねーよ!」

 

 

一部は騒いだままでしたが大半は慎重に考え込み、そして口を開きました。

 

「言われてみれば……」

「この前一緒にクエストに行ったが、気のいいヤツだったよ……」

「……私はスキルのコツとか教えてもらったわ」

「俺だって! この前は盗賊スキルに助けてもらったぜ!」

「クリスさんに相談したら聖職者のように聴いてくれたわ!」

 

クリスさんへの度重なる称賛が耳に入り、やはりボクの判断は正しかったのだと改めて思いました。

 

「あ、あれ……? もしかして、顔上げてもいい感じ?」

 

チラチラと周りの様子を眺めるクリスさん。

 

こんな場面でアレですが小動物のようでとても可愛らしいです。

 

「ええ、もう大丈夫でしょう。後は説明お願いしますね?」

 

「あ、ありがとうっ……ルナさん……!」

 

「ふふっ、いいんですよ。クリスさんには私達ギルドもお世話になってますから」

 

そう告げると彼女は席へと戻って行きました。その後クリスさんは安堵のため息をつくと同時に怒り心頭な様子でボクへと詰め寄りました。

 

「ちょっとユウ! あたしに何か恨みでもあるの!? あたしを社会的に辱めようだなんて、天罰が下っても知らないよ!?」

 

「ほ、本当にごめんなさい。私の所為だとは分かるんですけど……何がいけなかったんですか……?」

 

「わ、わざとじゃなかったの!? 確かにあたしを陥れる動機はないだろうし……と、と言うことはまさか、天然で……!?」

 

クリスさんは再び頭を抱えてしまいました。

 

「あ、あの……」

 

「ってそうだ! こんな事をしてる場合じゃないんだった!」

 

ガバッと顔を上げたと思えばクリスさんは事の詳細を冒険者の方達に聞こえるように話しました。話を聞く限りやはりボクの言葉が原因だったようです。

 

「俺は信じてたぜ! はなっから冤罪だってよ!」

「そ、そうよね! まさかクリスさんがあんな鬼畜外道な訳ないわよねっ!」

「……でも、それはそれで……!」

「お、俺もだぞ!? クリスがんな卑劣な事する訳ねーよ!」

「あんたはいの一番に野次ってたでしょーが!」

 

全員が納得すると次にクリスさんは懇々とボクに説明しました。出会って間もない人に、しかも人前でなんでもするなんて軽々しく口にするものではない。それで酷い目にあっても自分の所為になるんだよ、と。ボクは一度痛い目を見ているので素直に頷きました。

 

「ご、ごめんなさい! 今後は気を付けます……」

 

「本当だよ! 危うく今まで築き上げてきた皆からの信頼が一瞬にして無くなる所だったんだから! わざとじゃないみたいだから今回は許すけど、次に今みたいな事したら天罰が下るんだからね!」

 

全くもう! と頬を膨らまして怒りを露わにするクリスさん。申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 

しかし、ボクは学ぶ男です。今回の原因はしっかりと把握しましたし、対策も練りました。

 

まずはおさらいですが、一度目の失敗はさっき言った通りで、人を選ばなかった事。前回はこれを怠ったせいで人の尊厳を破壊するような酷い目に合わされてしまいました。

 

そして二度目、つまり今回の失敗は周囲の環境を考えずに発言してしまった事。クリスさんに指摘された事ですね。

 

ボクはそこまで頭が回らずこんなに大勢の人の前でお金を借りようとしてしまったのです。お金の貸し借りなんて人前で堂々と行う事ではありません。言う相手さえ間違えなければ大丈夫という油断がこの様な事態を引き起こしたのです。

 

それらを踏まえると、人にお願いをするときには信用出来る人で、尚且つ二人きりの時である必要があると考えました! その条件が整ってさえいれば先程のようなことにはならない筈です! 人通りが少ないところや何処か静かな部屋である事が望ましいかと思います。我ながら完璧な対策ではないでしょうか……!

 

「……まぁ、終わり良ければ全てよしって事でもう気にしないからさ! ユウももう気に病まなくていいよ? じゃあ、はい!」

 

「これは……お金ですか?」

 

「そうだよ。登録に必要な千エリスきっかり! なってきなよ、冒険者に!」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

クリスさんは言葉通り、本当に気にしていない様子でした。な、なんて器の大きい方なのでしょうか……! ボクがクリスさんの立場であればきっと当分は許せないと思います。それをこうも簡単に許してくれるなんて……尊敬の念に絶えません。

 

きっとクリスさんほど人の出来た方に付いていけばボクも彼女の様に人として、そして冒険者としても大きく成長出来る筈です。出来る事なら彼女と一緒に冒険がしたい。

 

そんな思いを抱きながらボクは受付の方へと足を運びました。

 

 

 



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第四話 冒険者になりました

 

 

「……あら、クリスさんと仲直りは出来ましたか?」

 

「はい、おかげさまで!」

 

「それは良かった。では登録料で千エリス 頂きますね?」

 

「あれ? どうして私が冒険者になりたいって分かったんですか?」

 

「すぐそこで話していれば嫌でも聞こえますよ」

 

受付のお姉さんは苦笑いで言いました。

 

言われてみれば目と鼻の先でした。

 

「では、はい」

 

「はい、千エリス確かに頂きました。では冒険者に関して軽く説明を致します。まず、冒険者とは街の外に生息するモンスター、人に害を与えるモノの討伐を請け負う人の事です。とはいえ、基本は何でも屋みたいなものです。冒険者とはそれらの仕事を生業としている人たちの総称。そして、冒険者には各職業というものがあります」

 

「おお、職業ですか」

 

ダクネスさんが言っていたクラスってやつでしょうか? まるでドラ○エの様なシステムですね。その後にレベルについての説明もありましたが、概ねド○クエと同じでした。まるでゲームの様なシステムですが、本当にここは現実世界なのでしょうか? ボク、気になります!

 

レベルアップをする毎にポイントが手に入り、そしてポイントに応じてスキルを手に入れる事もできる様です。自分で選べるというのが良いですね。実に都合が良いです。

 

スキルについても、どうやらスキルというのは他人から教えてもらう事もできる様で、人によってはあからさまに不相応なスキルを覚える事もできる様です。まぁその場合はそれ相応の威力しか出ないようですが。例えるなら「今のはメラではない…メラゾーマだ…」と言ったところでしょうか。これだと大魔王の方が逃げられなさそうですね。

 

続いてボクは受付のお姉さんの指示に従って自分の身体的特徴を紙に書きました。読めていたので大丈夫だとは思っていましたが、書くのもサラッといけました。……自由に書いていいそうなので性別については敢えて明記しないでおく事にします。

 

そして次が最後。カードに触れることにより今のボクのステータスが明白になり、その数値によってボクが就ける職業が分かるとの事。

 

遂に来ました! 職業と聞いた瞬間から待ちかねてました! 冒険者といえばここが最初の山場です。内心ドキドキワクワクではありますが、ボクは現実を見据える男。過度な期待は抱いてません。

 

物語の主人公であればここで見た目にそぐわぬ高いステータスだったり、職業勇者だったりが発覚するのでしょうが、ボクは多分違います。

 

別に鍛えていたわけでもなく、かと言って頭が良い訳でもない。極々普通の日本人です。ボクの取り柄といえばお花に関する知識くらいでしょうか。それも完璧とは程遠い知識量ではありますけど。後は地味に動物に懐かれやすいとか、そのくらいです。自虐じゃないですよ? 大抵の人はそんなものでしょうし。

 

……まぁでも、出来るなら魔法とか使いたいですね! 大魔道師や滅竜魔導士(ドランゴンスレイヤー)魔導精霊力(エーテリオン)の使い手! あっ、聖石使い(レイヴマスター)なんてのもいいですね! 世代じゃないですけどボクは好きです! 後は魔法じゃないですけどかめはめ波! ファイナルフラッシュ! デスビーム! いやぁ、好きですねぇ!

 

あああーっ、なるべく考えないようにしてたのに! 期待なんてしてなかったのにぃ! やりたい事が沢山出てきちゃいました! こんな事を考えてる時間も惜しいです! 早く、早くボクのステータスを見せてください!

 

「……カザカミ ユウさんですね。知力が普通……筋力、敏捷性、幸運が結構低いですね。魔力と器用度がそこそこ高めで……あれ、生命力が恐ろしく高いですね……。これだけの生命力だと並大抵の攻撃ではやられる心配はありませんよ。それこそ、爆裂魔法でも撃ち込まないと致命傷にはならないかもしれませんね」

 

おお! 思っていたより良いステータスです! 筋力や幸運が低いのはなんとなく自覚してたのでなんとも思いませんが、知力が普通なのは地味に安心しました。知力が低いとか人に言われたら、なんか……嫌じゃないですか?

 

予想外だったのが魔力と生命力。これはすごく嬉しい! だって、魔力が高いって事は、魔法が沢山使えるって事で、高威力な魔法だって使えるんですよ! 極めたら極大消滅呪文(メドローア)だって夢ではないかもしれません!

 

生命力も、健康で丈夫な身体だと保証されたみたいで嬉しいです。つまり死ぬ可能性が低いという事ですからね! 言われてみればボクはこれまで病気という病気を患った事がありません。きっと生まれた時に沢山注射をされて抗体をいっぱい持っているのでしょう。

 

「これだけの魔力や生命力だとあらゆる攻撃魔法を自在に使いこなす魔法使い《ウィザード》や最高の防御力を誇る聖騎士《クルセイダー》をお勧めしたいのですが、知力と筋力が足りませんし……となると就ける職業は回復魔法や支援魔法を使いこなす僧侶《プリースト》、ゴーレムを作成したり魔法陣で罠を設置できる《クリエイター》と、後は……ってあれ、なんですかこの職業は!?」

 

「どうかしましたか……?」

 

しれっと魔法使いにはなれないと言われて割とがっかりしていると受付のお姉さんから驚愕の声が上がりました。ボクとカードを見比べられるとなんだか不安になってきます。も、もしかして……男だってバレた!?

 

「い、いえ、覚えのない職業が表示されていましたので、どう説明すれば良いかと……」

 

ゆ、許された……!

 

どうやらバレた訳ではないみたいです。

 

「よく分かりませんが、どんな職業ですか?」

 

「《フラワーマスター》……という職業なのですが……」

 

「なります」

 

「えぇ!? 即決ですか!?」

 

「…………って、えぇ!? ふ、フラワーマスターですか!?!?!?」

 

「あ、あれ!? い、今返事しましたよね!?」

 

いやいや、え? え? え? フラワー、マスター……? フラワーマスターってあれですよね。風見幽香の二つ名ですよね? 本当は前に“四季の”が付きますけど些細な問題です。

 

なりましょう

 

だってフラワーマスターですよ? 直訳したら花の主人ですよ? なりたいじゃないですか、花の主人。ボクにお誂え向きな職業ですよ。まるでボクの為にあるような気さえします。

 

今まで考えてた事が全て吹っ飛びました。躊躇する理由がありせん。いえ無くなりました。もう魔王なんてどうでもいい! ボクは四季のフラワーマスターになるんだい! そして世界最大級のフラワーガーデンを経営するんだい! やがて世界中のありとあらゆる四季折々の花を育ててギネスブックに載るんだい!

 

…………はっ! いけません。意識がつい嬉しい楽しい方向へ流れてしまいました。ボクの使命は魔王を討伐する事! この世界は、ボクが守護(まも)なればならぬ……。夢を追い掛けるのはそれからでも遅くはない筈です。

 

「フラワーマスターとはどのような職業なのでしょう……」

 

「うーん、私共にもよく分かりませんね……。これから王都の冒険者ギルドにも問い合わせを行う予定ですが、恐らく情報はない物と考えてください。何しろ前例を聞いた事がありませんので。とりあえず言えるのは紛う事なき超超レア職業ではあるという事ですね!」

 

なるほど、つまり今分かっていることはフラワーマスターという言葉が実に華麗で優雅で大胆な響きだという事だけな訳です。まぁなるのは別に構いません。どうせ魔法使いにもなれないようですし。

 

しかし、ボクは既に『花を操る程度の能力』を女神様から頂いてます。この職業になるメリットが思い付きません。何かないものでしょうか。

 

うぅん……フラワーマスターフラワーマスター……あっ! 風見幽香の二つ名なんだからもしかしたら風見幽香の他の能力が使えるのかもしれません!

 

いや、空想と現実をごっちゃにしてはいけませんね……。そもそもボク自身が東方をほとんど知らない、ニワカどころか素人な訳でして。名前を知ってるキャラも風見幽香とメディスン・メランコリーだけですし、その二人でさえかるーく流し読みしたWikiやイラスト(風見幽香withお花畑)を知ってるだけです。

 

つまり他の能力なんて一つも知りません。この話はこれで終わり!

 

「もしもフラワーマスターになって頂ければ、前例のない職業の為、規定として情報を提供していただく形になりますので冒険者ギルドも全霊でバックアップさせていただきます。つきましては税金の免除及び毎月一定額の給付金を配当致します」

 

「……一定額っていくらですか?」

 

「占めて三十万エリスです」

 

「三十万エリスですか」

 

「ええ、三十万エリスです」

 

「三十万エリスかぁ」

 

三十万エリス……多いのか少ないのか全く分かりません! エリスが単位なのは流れで分かってはいましたが、価値がどれほどの物なのか……。ちょっと調べなければいけませんね。

 

受付のお姉さんに聞くのもどうかと思ったので、ボクはキョロキョロとクリスさんを探しました。……あっ、見つけました! どうやら冒険者の方達と話しているみたいです。

 

「クリスさん!」

 

「……あっ、ユウ。もう終わった? 結構長かったね。クラスは何にしたの?」

 

「あ、いえ、まだ終わってはいないんですけど……それより、一般的な宿って大体何円……じゃなくて何エリスくらいしますか?」

 

「えっと……五千エリスくらいじゃない? 急にどうしたの?」

 

「ちょっとゴタゴタしてまして……もう少しで終わります!」

 

「おっけー、じゃ待ってるねー」

 

ニコッと微笑むクリスさん。笑顔が綺麗です。そして優しい。別に待つ必要なんてない筈なのに律儀にボクの事を待ってくれています。優し過ぎて美人局なのかと勘繰ってしまいそうです。それともこの街の住民性というやつでしょうか。

 

なんにせよ、この世界の通貨の価値が大体分かった気がします。普通の宿が五千エリス、日本でもビジネスホテルは地方だと五千円くらいだった筈です。つまり大体一緒ですね!

 

……え? という事はフラワーマスターになれば毎月三十万円は貰えるって事ですか!? 三十万円あればキマワリの人形が百五十体は買えますよ!? めちゃくちゃ大金じゃないですか!?

 

毎月のお小遣いが三千円だったボクがいきなり三十万円になるだなんて……現実味がありません。かいけつゾ○リでゾ○リがレストランで偽札の一万円を高らかに掲げながら王様のように沢山の料理を頼んでいたのを思い出します。ボクもようやくアレが出来るような年齢になったのかと思うと感慨深いです。

 

受付のお姉さんのところへ戻りましょう。

 

「心は固まりましたか? 私個人の意見を言いますと、今後同じ職業が他の方に出ないとも限りませんし、前人未到の第一人者として、出来れば《フラワーマスター》を選んで頂きたいと思っています! 選べば冒険者兼公務員という特殊な形態となりますので気軽に職業、この場合は冒険者のクラスを変更する事は出来ませんが……如何致しますか?」

 

「……あの、もしフラワーマスターになったらお金って今すぐ貰えますか?」

 

「申し訳ありません。月末に振り込まれる仕組みとなっておりますので……」

 

「そ、そうですか……」

 

クリスさんにサッと返せるかと思いましたが、そううまくはいかないようです。

 

「公務員と兼業と言ってましたが、普通に冒険者をやるのと何が変わりますか?」

 

「特に変わりはありません。強いて言うなら先程伝えた情報提供と、給料が支払われる事。後は年に一度行われる税金徴収が免除される程度です」

 

「税金の支払いって年に一度なんですか?」

 

「ええ、そうです。とは言っても冒険者の方々にはあまり関係のない事ですが……」

 

日本のように色々な税金がある訳ではないみたいですね。国の財産はどうやって賄っているのでしょうか?

 

ともあれ、どの特典もボクにとって得するものばかりです。最初からフラワーマスターになるつもりではありましたが、改めてやる気になりました。

 

「フラワーマスターになります!」

 

「本当ですか! ありがとうございます! ではフラワーマスター……っと。冒険者ギルドへようこそユウ様! スタッフ一同、今後の活躍を期待しています!」

 

「受付のお姉さん……私、頑張ります!」

 

激励に心が燃えます。

 

冒険者カードをお姉さんから受け取ります。そこにはボクのステータスと職業であるフラワーマスターの字が記載されていました。

 

これでボクも冒険者です! なんだかとても時間がかかった気がしますが、結果上手いこと進んでいるのでヨシ! 早速クリスさんに報告しましょう!

 

「クリスさん! 終わりましたよー!」

 

「だいぶ時間かかったね。もう待ちくたびれちゃったよ!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「う、うそうそ、冗談だってば! 本気で落ち込まないでよ! ……それでゴタゴタって一体なんだったのさ」

 

ボクはクリスさんに自分が選ばれしフラワーマスターだと説明しました。

 

「新しい職業? すごいじゃん! そんな事があるんだねぇ……」

 

ボクは冒険者カードをクリスさんに見せました。ちなみにこのカードにボクの性別は記載されていません。

 

「本当だ……フラワーマスターって書いてるね。どんなクラスなんだろう。花の主人っていうくらいだから花とか植物を動かしたりするのかな?」

 

「うーん、どうなのでしょうか……」

 

風見幽香の『花を操る程度の能力』は花を成長や退行、花の向きを変えたりする能力です。オマケのような能力だとwikiにも書かれており、ボクもそのつもりでこの能力を希望しました。

 

しかし、フラワーマスターになった事によって能力が昇華されるとしたら?

 

まだこの能力自体も貰ったばかりで満足に使ったことがないのでなんとも言えませんが、出来る事が増えたかもしれないと思うとワクワクします。向日葵がキマワリになる日も近いですね!

 

冒険者カードを返してもらうとボク達は晩ご飯を食べることにしました。ボクはお金を持っていないので遠慮しようと思ったのですが、クリスさんが

 

「新たな門出のお祝いさ!」

 

と言って奢ってくれました。本当にクリスさんには感謝しかありません。いつか、必ず恩返しをしなくては……!

 

 

 

……ところで、カエルってあんなに美味しい食べ物だったんですね。少し見る目が変わりました。

 

 

 

 




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第五話 スキルを覚えました

え、えへへ、お久しぶりでゴンス……。


 

 

次の日。

 

ボクはクリスさんと共に冒険者ギルドへと向かっていました。

 

クエストを受ける前に装備とか必要無いのかな? と思ったのですが、クリスさんに「お金を稼いでからでしょ」って言われました。ぐうの音も出ません。彼女の言い分だと、どうやらクエストとはモンスターを倒すだけではないらしく、雑用的な事もやっているそうです。

 

なるほど。一文無しであり、装備もなければそもそも戦う気概も備えていないボクにはうってつけかもしれません。日給制らしいのでせめて宿代くらいは稼がなければ!

 

……え? 一文無しなのに昨日の夜は何処に泊まったのかですって? …………クリスさんの宿です。

 

待って! ボクだって最初は遠慮したんです! ボクは男でクリスさんは女の子ですし、流石にマズイというのはボクだって分かります! しかし……

 

『え? 家がなければ家族もいない? そしてお金がないから野宿する? ……だっ、ダメだよ! 街の中とはいえ女の子が野宿なんて……寝てる間にこわーい男の人に攫われちゃうよ!? ここはいい街だけど、領主はおっかない貴族だからユウみたいな女の子は特に気を付けないと! とりあえず今日のところはうちの宿に来なよ! お風呂だってあるよ!』

 

色々と白状させられた上にこんな事まで言われてしまったので、行かざるを得ませんでした。あそこで断るのは人の善意を踏みにじる行動に他なりません。

 

せめて他の部屋にと、それとなく伝えはしましたが、お金がかかると言われてしまったのでそこで試合終了です。ボクに意見をする権限などありません。

 

ちなみに替えの下着は……………………………クリスさんの物を借りています。

 

あゝ、死にたい……。

 

男の子なのに、というより自分が女であると偽って恩人の下着を着用している変態に成り下がった自分が嫌で嫌でたまりません。これも含めて天罰なのでしょうか……。アクア様、お答えください。

 

弁解するとしたら、まずボクは自分の事を女だとは一言も言ってません。相手が勝手に勘違いしているだけ……と思う事ができれば気が楽になるんですけどね……。実際に風呂では俺は悪くねぇっ!って思い込もうと頑張りましたがいつまでも付き纏う罪悪感。そして自己嫌悪。ダメでした。

 

それに下着を貸すと言ったのはクリスさんであり、勿論ボクは断固として拒否しました。しかし……

 

『そ、そんなに嫌だった……? ちゃんと洗濯してるし、綺麗だよ? 洗剤もフローラルな良い香りのやつを使ってるし、この前買ったばかりだよ? ……そ、そっか、分かった。ごめんね、もう言わないから、そんなに怒らないでよぅ』

 

ボクは断り方を間違えてしまったのです。いきなりはいと渡されて意図が分からず思わず興奮して(無論パンツにではありません!)がなり立ててしまったのです。これではクリスさんのパンツが汚いから拒否してしまったのだと思われるのも当然です。その時のボクは気が動転していて、何故クリスさんがパンツを貸そうとしたのか思い至りませんでした。

 

そう、ボクには替えのパンツがなかったのです!

 

女の子を泣かせる行為は男として最低の行いです。ましてやクリスさんは一宿一飯の恩義のある人。それどころか何も知らないボクに対して色々と教えてくれたり、お金も貸してくれました。ボクは眉の下がったクリスさんを見てハッと冷静になったのです。恩人に対して仇で返すような物言い。ボクは自分の事が恥ずかしくてたまりませんでした。

 

ボクは今までの言動に対して謝罪を行い、そして誤解を解きました。見ず知らずのボクに親切してくれる彼女です。ボクの謝罪を快く受けいれてくれて、やがてボクはパンツを借用するに至りました。

 

あな悲しきことなりや。ボクは自分が女の子でなく男であるという誤解を解く事は許されていません。

 

さらに言うならばノーパンで女装した変態と、人のパンツを履く女装した変態であれば、バレる可能性の低い後者を選ばざるを得ません。ボクは吐血する思いでクリスさんからパンツを借り受けたのです。

 

これが仮に誰とも知れない人のパンツだったなら、まだここまで鬱な気持ちにはなっていなかったかもしれません。しかし、クリスさんはとても良い人です! クリスさんへの罪悪感と自分への嫌悪感が天元突破しそうです。

 

あゝ、死にたい……。

 

「ど、どうかしたの? ……あ、もしかしてどんなクエストを受けるのか不安になってる? 大丈夫だって! モンスター討伐以外のクエストだって沢山あるし。酒場のウェイトレスとか土木工事とか。ユウは希望とかあったりするの?」

 

「ボクを殺してください」

 

「なんで!?」

 

己可愛さにクリスさんを騙すこのボクを、誰か殺してっ! 寧ろ殺してくださいっ!

 

あゝ、死にたい……。

 

クリスさんだけには決して打ち明けることの出来ない、一生掛けて背負わなければならない嘘に対してストレスを感じつつ、ボクはトボトボとギルドへと向かっていくのでした。

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 

 

「ウェイトレスですか?」

 

ギルドに到着したボク達は受付のお姉さんに希望の仕事に空きがないか確認しました。

 

土木工事かウェイトレスって言われましたけど、名前的に土木工事の方が明らかにキツそうなので、ウェイトレスにすることにしました。

 

ちなみにウェイターは一切募集してないらしいです。なんでも需要がないとかで。その点ボクは問題ありません。何故なら女装しているから! 何故か分かりませんが、ボクが男だと言うことは全くバレていません。いや、バレたら困るんですけど。体付きが華奢なのは認めざるを得ませんし、顔付きも……まぁ女顔に見えなくもありません。声も…………うん、声変わりの時期な筈なのに喉仏も出てなければ、声もちょっと低くなったかな? レベルである事も認識しています。

 

……で、でも、それだけですよ!? 髪はちょっと長いとはいえ精々ショートですし、一人称だってボクです! あとは、ええと、ご飯だって男らしく口にいっぱい入れて食べます!

 

うう、男だと認識されなくて悲しめば良いのか、女装がバレなくて喜べばいいのか、非常に複雑なキモチです……。

 

「う〜ん、夜なら募集してるんですけど、日中は足りてるんですよねー。どうしますか?」

 

「何時から何時までですか?」

 

「基本的に夜間の営業は17時から2時となります」

 

「……なるほど」

 

無理です。

 

普段ボクはよっぽど(・・・・)の事がない限りは21時、遅くても22時にはベッドに潜ります。基本的に(・・・・)夜更かしができないのです。

 

「ちなみに時給っていくらですか?」

 

「夜間分を加算すると1500エリスになります。賄いも出ます」

 

「むむむ……」

 

「……まぁ、そうは言いましたけど、ユウさん、貴女にはこれからクエストを選んで狩りに行って頂きます」

 

どうするべきか悩んでいると、受付のお姉さんから突然の指令が入りました。

 

「えぇ!? ど、どうしてですか……?」

 

「先日お話ししましたが、“フラワーマスター”という職業はこれまでの人類史にて初めて出現した職業となります。その為ユウさんにはよっぽどの事がない限りは今後、国が運営する公務員として、職業“フラワーマスター”の情報収集に勤めなければなりません。これも先日了解を得ましたね?

 そして情報収集をするという事はレベルを上げてスキルポイントを貯めなければなりません。なのでモンスターを狩りに行って頂くことになります。

 ポイントを貯めて習得できるスキルを確認し、その後に習得したスキルがどのような効果を持つスキルなのか。その結果、過程を週報にまとめて報告する義務が発生します。ノルマなんてものはありませんけど。

 まあ、名目上は公務員というだけで実際は冒険者と殆ど変化はありませんよ。税金が免除されたり、月末に給料が出たり、経費も申請すれば使用出来たりといった優遇措置はありますが、その分報告書はしっかりと提出して頂きます。

 今言った内容やその他詳細な情報は後日改めて連絡しますので、とりあえずはそのくらいでしょうか? 何か質問はありますか?」

 

「(よく分から)ないです」

 

正直半分くらいはハテナでしたが、とりあえずボクが使えるスキル? って奴を報告すればいいってことですね? そしてそのスキルを貯めるにはモンスターハンターしてレベルを上げなければならないと……うん。

 

「く、クリスさん……どうしましょう」

 

「ひとまず装備購入の申請をすればいいんじゃない?」

 

今のボクの格好は通りすがりの一般人です。クリスさんの言う通り、狩りに行くには装備が必要です。そして公務員は経費が使えるとの事なので申請します!

 

「狩りに行くために装備を揃えたいのですけど、申請書とか必要ですか?」

 

「今日のところは私がやっておきますよ。後日やり方を教えますね。装備購入の場合は、えぇと……あっ、これこれ。規則によると、一律10万エリスまでですね。前借りが出来ますが、どうしますか?」

 

その言葉に勢い良く頷くと、その後すぐにお金が支給されました。差額分を返却する事と領収書を貰ってくるように言われると、ボクたちはそのままギルドを後にしました。

 

「……それにしても凄い優遇されてるね。新しい職業が出るとこんな風になるんだ」

 

「公務員ってすごいんですねぇ」

 

具体的に何が凄いとかはよく分かりませんでしたが、ボクが公務員になったというのは、なんとなく凄い事だというのは分かります。だって公務員ですよ? 公務員! ボクの両親も公務員なんですけど、二人がよくボクに「お前も公務員にならないか?」って言ってたのできっと凄い事なんです!

 

……でもボクはフラワーショップを営むためにこの能力を貰ったわけで、うーん……ま、また今度考えましょう!

 

クリスさんに連れられて到着したのはゲームなんかでよく見かけるファンタジーな鍛冶屋。思わずボクは感嘆の声を上げてしまいました。中に入ってみると様々な武器や防具が売られています。蛇矛や偃月刀、視線を逸らすと方天戟や大斧なんかもあります。三国志かな?

 

「そういえばさ、フラワーマスターってどんな風に戦うの? それ次第では購入する物も大きく変わってくるんじゃない?」

 

「確かに……」

 

「どんなスキルが使えるか確認した? もしもポイントがあるんだったら、まず何かしらのスキルを習得して試してみてから買ってもいいんじゃない?」

 

「確かに……」

 

全てクリスさんの言う通りです。ボク達はお店を冷やかした後で街の外の草原まで歩いて行きました。道中には様々なお店がありクリスさんが色々教えてくれたのでとても楽しかったです。

 

草原に着くとボクはポケットから冒険者カードを取り出し、中身を見てみます。よく考えたら昨日は受け取っただけで、ちゃんと確認するのは初めてです。

 

「私も見ていいかな?」

 

「いいですよ!」

 

見てるとクリスさんがスススと近付いて、ボクの両肩に手を乗せると肩越しに冒険者カードを覗き込んでくるので、思わずドギマギしてしまいます。

 

フレンドリーというか距離が近いというか。これが同性同士の距離感というものなのでしょうか? これから女装して生きていく上で慣れなければならない物だと分かってはいるのですが、どうにも慣れる気がしません……。

 

「えーとなになに? ……ふむふむ、ほうほう……うーむ、大体聞き覚えのあるスキルばかりだね」

 

どうやらクリスさん的に目新しいスキルは載っていなかったようです。

 

「何かオススメのスキルとかってありますか?」

 

「うーん……あっ、この光合成ってスキルは結構いいんじゃない? 光を浴びると魔力が回復するらしいよ! しかもパッシブスキルらしいし」

 

「おおー! それいいですね! じゃあ取得で」

 

「いやいやちょっと待ちなよ。君まだ魔法スキル持ってないでしょ? 先にそういった系統を取っておかないと宝の持ち腐れだよ?」

 

クリスさんの言う事に間違いはありません。全てが正しいです。所持ポイントの問題もありますし、これからモンスターと戦うと言うのであれば、魔法系統……それも攻撃に関するもの。まずはそちらから取得する方が賢いです。

 

だとすれば……この花吹雪なんてスキルはいいんじゃないでしょうか? 一見するとお花がヒラヒラしてて綺麗だなくらいしか感想がでなさそうなスキルですけど、これはきっと攻撃スキルです。しかも広範囲技で、複数のモンスターに対して攻撃できるはずです。

 

そして他にも花びらの舞というスキル。これも一見するとお花がヒラヒラしてて綺麗だなくらいしか感想がでなさそうなスキルですけど、これは間違いなく攻撃スキルです。高火力技で、しかも2〜3ターン連続での攻撃です。そしてその後ボクは混乱するでしょう。

 

何故知ってるのかって? ……ふふ、ボクは詳しいんです。

 

では早速取得しましょう。ポチッとな。

 

「ねえユウ、早くしないとモンスターが出てきちゃうよ? ……って言ってる側から気配が背後から!」

 

クリスさんがバッと後ろを振り向くと、その先には地面から這い出ようとしているカエルのようなものが姿を現していました。

 

カエルと言ってもボクが知ってるようなちっちゃくて、種類によっては可愛いカエルなんかではありません。ボクの数倍はありそうな巨体。恐らくこれは昨日守衛さんが言っていたジャイアントトードというモンスターなのでしょう。

 

ボクは初めて見る大きなモンスターに恐怖を感じて悲鳴を上げました。

 

「ひぃやああああ!!」

 

「なっ、なんでこんな街の近くで! 私は金属製のダガーを持ってるから狙われないだろうけど、何も持ってないユウが狙われちゃう──ユウ! 早く何か対抗出来るスキルを! 私は職業の関係上、対モンスター用のスキルを持ってない!」

 

……はっ! そうでした! ボクは魔王を倒さんとする者! こんなおっきいだけのカエルなんかにびっくりしていては魔法討伐なんで夢のまた夢!

 

慌ててボクは良い感じのスキルを探します。先ほどは花吹雪と花びらの舞は攻撃スキルだと言いましたが、いや流石に……。本当にお花がヒラヒラするスキルだったら目も当てられませんし。

 

という訳で、なんかないかなんかないか……。

 

「……むっ!?」

 

「何かいいスキルあった!?」

 

こ……これだ! これしかない!

 

ボクは決して東方projectに関して詳しい訳ではありません。

 

しかし、そんなボクでも知っているものはあります。それがこのスキル。

 

 

──“マスタースパーク”

 

 

今のボクが所持しているスキルポイントをほとんど使い切らないと取得することのできない攻撃スキル。……多分攻撃スキル、なはず。

 

マスタースパークという名前から考慮するに、電気的なものが物凄くバチバチする物だと思います。電気は生き物にとって非常に危険なもの。つまりあのカエルにとっても有効打になり得るスキル!

 

……正直に言って攻撃スキルなのかはあまり自信はありません。だってそもそも東方projectのゲームなんて一切やったことも無いし、知ってる事といえば風見幽香というキャラクターが花を操る能力を持っているって事くらいのものです。その中でマスタースパークという言葉を少し目にしただけで……。

 

ともかく! モンスターが現れてしまった以上、しのごの言ってる暇はありません! 習得します! そいやっ!

 

「クリスさん、ボクの前を開けてくださいっ! 一撃で仕留めますっ!」

 

「おっ、おうともさ! やっちゃえ、ユウ!」

 

ボクとおっきいカエルの直線上にいたクリスさんに退いてもらいます。そしてスキルを放つ為に準備を……準備を……。

 

「くっ、クリスさん! スキルってどうやって使うんですか!?」

 

「えぇっ!? ど、どうって言われても……私もキミが何を習得したのか分からないし、えーと……むむむ、おりゃって感じじゃないかな!?」

 

「な、なるほど、そういうことですか……!」

 

「分かっちゃったの!?」

 

大体わかりました。

 

つまり、むむむは溜め。そしておりゃで溜めたエネルギーを解放。この一巡の流れを満たす動作と言えば、ボクは一つしか思い当たりません。

 

幸い、まだボクとカエルには距離があります。どのくらいの溜めが必要なのかは分かりませんが、やるしかありません……!

 

ボクは呼吸を整えると半腰になり、そして例のあの構えをとりました。はっきり言って、命のやり取りをしている今であっても少し恥ずかしさを感じます。

 

しかし、他にイメージ出来るものがないのでやるしかありません。ボクは幼い頃に何度も何度も練習していた記憶を思い出します。物心がついた時からお花に囲まれる生活を送っていたとはいえボクだって一端の男の子。この構えはもちろん履修済みでした。

 

「──か……」

 

カエルを抑えてくれていたクリスさんがボクの隣でダガーを構え、厳しい目つきでカエルを睨んでいます。

 

「──め……」

 

ボクの存在に気が付いたのか、カエルはクリスさんには目も向けずボクの方に向かってぴょんぴょんと跳ねて向かってきました。

 

「──は……」

 

カエルはどんどんとこちらに近付いて来ます。クリスさんが焦れったそうにこちらをチラチラと見ているのが分かります。ごめんなさい。でもボクもどのくらい溜めればいいか分からないんです。

 

「──め……」

 

でも安心してください。クリスさんの言った事は間違っていませんでした。だってほら、ボクの両手にはこんなにも凄い魔力が……。

 

やがてボクは、両手に集うために溜めた青白く輝く膨大な魔力を、遂に解き放ちました!

 

「波ああああああああああああああじゃなくてマスタースパークでしたああああああああああああ!!!!!!」

 

「ひょええええええ!!!!」

 

極太のビームと称してもいい凄まじい光の奔流は、側にいたクリスさんを掠りつつカエルを包みます。地面を抉りながら放たれたマスタースパークはやがて夕陽が沈むように消え去りました。



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