夢の続きをもう一度 (猫パン)
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-1夢追う兎

 

 

 

 

 

「そのペンダント。君はそれをどこで手に入れたのかな?」

 

相対するうさ耳エプロンドレスの女性が、死んだ目を、ゴミを見るような目を彼に向ける。

だがその目を向けられても尚、彼はその態度を変える事は無い。

 

「これのことか?高々ペンダント如きで態々天災様が接触してくるとは、相当暇なんだな」

 

首からペンダントを取り出し、弄ぶかのように扱う彼の姿に、彼女は激昂し彼に掴みかかる。

だが彼は激昂した天災を赤子を扱うかの如く容易く、何も力を入れてないかのように軽く転がしたのだった。

 

「……っえ?」

 

だがそれに対して彼女は状況を理解出来なかった。

自他共に認める天災で、細胞レベルでオーバースペックと言われる彼女は身体能力が通常の人間とは常軌を逸する程高く、彼女の身体能力に着いていける人間はたった1人を除いて存在しない。

それ故に今の状況を理解することが、彼女には出来なかった。否したくなかったのだ。

それをしてしまえば自分自身を否定する事と同義だからだ。

 

だが彼女は科学者でもある。

現実から目を背ける事は科学者としての自分を否定する事であるが故の矛盾。

天災としての自分と科学者としての自分。

それ故に彼女は天災としてではなく、科学者として自己観測する。

彼の身体能力が異常だと。

天災として異常だった自身を上回る程に。

 

「随分な態度じゃないか、そんなにこれを弄ばれるのが嫌か?」

 

首元にかかるそれを彼女に見せるように示す彼。

そんな彼に彼女は自身の首元にかかる全く同じペンダントを彼に見せつける。

それを見て彼は絶句する。

傷の位置、入ってる写真、色褪せ具合、ペンダントヘッドの欠け方。

何もかもが同じだった。

 

「これは私が5歳の時に作って貰ったオーダーメイドのペンダント。世界にたった1つだけの私だけのペンダントなの、2つなんて存在する筈がない。もう1度言うけど、どこで手に入れたのかな?」

 

「生憎とその問には答えられないな、俺には記憶が無い。自分が何者で何故これを持っているのか、俺は今その理由を探している」

 

その答えに彼女は目を細める。

自分は情報を開示したというのに目の前の男は一切何も言わないと言うのか。

それが彼女の琴線に触れる。

そして思うのだ。自分が何時もやってきた事をやられると、ここまで腹立たしいのかと。

 

「………と言うことは記憶喪失?」

 

「かもな。まあ自分が何者であろうと生活には困らないだけの金は有る、このまま放浪して自分探しって言うのも案外悪くない」

 

彼女は思う。

このまま話を切ったら彼はそのまま去ってしまう。

だがペンダントの事を知りたい彼女としては是が非でも思い出して貰わないと困るのだ。

それこそ自らの科学力を使ってでも。

 

「だったら手伝ってあげようか?君の記憶を取り戻すのを」

 

「……それをする事であんたにメリットがあるのか?天災のあんたが何のメリットも無いのにそんな事をする訳が無い。何を企んでいる?」

 

彼女は世紀の大天災と称される科学者だ。

だが無償で何かをするような人物では無い事も知られている為、彼は訝しんでいる。

その為何かを企んでいるとしか思えなかったのだ。

 

「……そのペンダント。どこで手に入れたのかを聞き出さなきゃ、私の気が済まない。そしてそれに関する記憶が無いのなら、私が持ちうる全てを使ってでも思い出させる。その為に私は、手段を選ぶつもりは無い」

 

「ほう、それはいい。思い出させてくれると言うなら断る理由は無い。それで?こちらは何を差し出す?あんたの気が済まない事なら無償で解決するって言う訳ではないんだろう?」

 

「良く分かってるじゃん。いくらペンダントの為とは言っても無償なんて絶対に嫌、私が損するだけだもん。だから君には助手になってもらおうかな、記憶を探す対価は君自身って事で」

 

その言葉に目を細める。

天災である彼女に助手が必要とは思えないからだ。

ただその程度の事で記憶を取り戻す手伝いを世紀の大天災がしてくれるのだ、これ程にいい条件等他には無いだろう。

 

「良いだろう。俺自身の記憶の為に俺自身を支払うか…悪くない」

 

そう言うと彼は伸ばされたその手を掴んだ。

掴まれたその手を見て、彼女は満面の笑みを浮かべる。その笑顔はまさしく天使と言えるほど輝いて見えた。

 

「私は篠ノ之束、ISの開発者であり天災科学者。これから宜しく頼むよ助手君」

 

「宜しく博士。俺は……そうだな名無しの権兵衛(ジョン・ドゥ)ってとこか。名乗る名が無くて悪いな」

 

そう言った彼の言葉に、束は眉を潜める。

流石に今の時代で名無し等ありえない、無名だと呼ぶにも不便であるが故に。

それに戸籍の問題もある。

偽造するにも名前が必須だからだ、故に必要なものであった。

 

「………篠宮。うん篠宮が良いね、名前はどうしようかな」

 

「おいおい、記憶探しだけじゃなく名前までくれるってのか。太っ腹だなぁおい」

 

「だって名前が無いと呼べないじゃん?それに戸籍だって作るのに名前が居るんだから。戸籍が無きゃ国家に存在出来ないんだからね」

 

「ほう。と言うことはあんたが名付け親ってやつか、親って歳ではないと思うが」

 

うるさいと言いつつも思考を巡らせる。

だが名前を名付けた経験が殆ど無い束にとってはそれはかなりの難題。

研究等は簡単に進むのに、名前だけはいくら悩んでも決まらない。

その人に合うものをと思って付ける名前であると思っている故の苦悩だった。

 

「うーん…ごめん、今は思いつかないや」

 

「いやいいさ、名字だけでも嬉しいもんだ。今までの名無しの権兵衛に比べたら格段にな」

 

「そう、だね。うん、いい名前が思い付いた時に言うよ。さて、じゃあ私のラボにご案内〜♪」

 

パチンっと束が指を鳴らした途端、目の前に巨大な人参が浮かび上がってくる。

 

「ようこそ、吾輩は猫である(名前はまだ無い)号へ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巨大な人参(吾輩は猫である(名前はまだ無い))に乗った篠宮は束の案内により医療ポッドへと寝転んでいた。

 

「んー、特に異常はないね。脳波もレントゲンも撮ったけど、記憶喪失は外傷的な要因では無いみたいだね」

 

束によるスキャン。

それによれば篠宮の脳には特に問題が無く、束を持ってしても外傷では無いとしか言えないものだった。

そして束は好奇心のまま全身をスキャンする。

 

そうして分かる篠宮の肉体異常。

細胞レベルでオーバースペックと言われる束の、約3倍を超える程密度が高い筋肉と骨。

それに驚愕しながらも反射神経や動体視力のテストをしても、束と同じかやや上回る結果となっていた。

 

「身体能力も君は可笑しいんだね、測定値だけでも私を上回ってるなんて。こんなのちーちゃんだけかと思ったよ」

 

「ちーちゃん?名前からして想像出来ないんだが」

 

ちーちゃん等という可愛らしい名前からして束の身体能力を上回ってる等と誰が思うだろうか。

何かマスコットキャラみたいな名前なのだから。

 

「ちーちゃんだよちーちゃん。織斑千冬、聞いたことない?私の親友なんだけど」

 

「織斑…織斑ねぇ。モンド・グロッソ初代優勝者が確かそんな名前だったな」

 

「そう、そのちーちゃんだよ!」

 

織斑千冬。

第1回モンド・グロッソにて圧倒的な強さで全戦全勝し無双の限りを刀1本で成し遂げた文字通り世界最強である。

 

そんな他愛もないような会話をしつつも、検査は進んでいく。

そこで彼女はとある項目へと注目する。

 

「ウソ……IS起動適正C。えっ?まって、君男だよね?」

 

IS起動適正。

文字通りISを動かせるか否かを決定付けるもの。この適正が無ければISを動かす事は出来ず、低ければスムーズに乗りこなせないと言われている。

だがこの適正、開発から10年近くたった現在女性にしか存在しない。

その為、男である篠宮にそれがある事はおかしいのである。

 

「どっからどう見ても男だろうが。何だ?俺が動かせる事が何か問題なのか?」

 

「問題しかないよ!これは女性しか動かせないんだよ?今まで男性で動かせる人は誰も出ていないんだから」

 

束の言う通り10年近い年月、誰一人として男性操縦者は現れていない。

何度も搭乗しようとテストが試みられ、その尽くが失敗している。

そんななか搭乗出来たと知れ渡れば多方面から厄介が舞い込んでくる事は間違い無いだろう。

 

「それが問題だとは思えないが?ここは研究所であり、主はあんただ。あんたが外に言わなきゃ漏れない、そうだろう?ここは情報隔離されているだろうしな」

 

会ったばかりでありながらこの信頼、それには彼女の現在の動向が絡んでくる。

唯一ISコアを作ることが出来る彼女は、それこそ世界中から最重要指名手配を受けている。

そんな彼女が各国に情報提供するなんて、それこそ身内の為じゃなければありえない。

 

「確かに私が広めない限り乗れる事は知れ渡らない。でも乗れる事が分かった以上乗ってもらうのは確定事項だからね、君自身を対価として私は君の記憶を取り戻す手助けをする。対価が君自身である以上君をどう扱おうとも私の自由、違う?」

 

彼女の言う通り彼の身は彼女の思うがままだ、だが記憶を取り戻す対価として彼女が手を貸すと言うのは等価交換としては等価なのか疑問が残るが。

 

「いいや?その通りだ。俺をどう扱いどう動かそうとあんたの自由だ。あんたが俺の記憶を取り戻す手伝いをしている限り、俺はあんたに従う。簡単で良いじゃないか」

 

「まあそうだけど…自分でも無茶言ってる自覚はあるんだけど、そんなんで自分の人生決めていいの?」

 

束の言う通り彼女が出した条件はどう考えても等価じゃない。

正気とは思えない条件なだけに、即断即決した彼を束は疑問視したのだ。

 

「確かに無茶苦茶な条件だし、即決した俺は正気とは思えないんだろうな。だがな博士、人生ってのは刺激があるから愉しいんだよ。博士もそう思うだろう?」

 

「……その刺激を得るための条件が、自分の命だったとしても?」

 

この問がどれほど異常かは、聞いた束自身も理解していた。

もしかしたら当たっているんじゃなんて考えが過ぎるなか、彼の口がようやく開く。

 

「博士、勘違いしちゃあいけない 。確かに命を代価に得る刺激は余程のものだろうさ。だがな、俺は快楽主義者であって戦闘狂じゃない。命のやり取りに興奮を覚える程狂っちゃいない」

 

それにと、彼はそこで言葉を切り、束の目を見つめながらこう言ったのだ。

 

 

「生きている限り面白い事はたくさんあるんだ、一時の感情の昂りで死んだら勿体ないだろう?どんなに無様でも生きていてこそ、面白い事に巡り会えるんだからな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気を取り直して、君の専用機を創ろう!機体コンセプトはどんなのが良い?爆破?砲撃?それとも防御に特化しちゃう?当たっても意味ない位高ければ、相手の面白い顔も見れちゃうよ?」

 

「そんなものはいらない。ほんの少しの攻撃力と防御力があれば、あとは探知に全振りで良いだろう」

 

「…………はぇ??」

 

流石に天災の束でも、その言葉は予想外だったらしく、口を開けてポカンとしていた。

 

「えっと…冗談だよね?」

 

「冗談を言っている顔に見えるか?」

 

その顔を見て本気だと理解した。

だが現在の配備されている専用機などはある程度高い攻撃力と防御力を持ち、なおかつ特殊兵装を積んでいる。

 

そんな機体と相見えたとき、多少ではすぐに負けてしまいかねない。

 

だがそれも、素の実力が高ければ?

世界最強の織斑千冬と同等レベルの身体能力を持つ束を、容易くあしらう程度の実力を持つ彼が乗るのだとしたら?

 

「……ありかもしれない。君にとっては現行の機体より弱い機体に乗ってもなんにもデメリットが無い、しかも現行モデルの相手にその機体で勝てば相手の悔しがる顔が見れる。君にはご褒美だよね」

 

「まあな。だが博士、1つ忘れていないか?IS…インフィニット・ストラトス、無限の成層圏。名前からしてこれはそもそもが戦闘用ではないだろう?ならば戦闘能力なんて本来必要無いはずだ、違うか?」

 

その言葉に束は何も言えなくなった。

いや、何かを言おうと口は動いているが、肝心の声が出ていなかった。

 

Infinite Stratos(無限の成層圏)

 

当初は宇宙探査用のマルチフォームスーツとして束が作り上げたものだ。

ロケットなど使わずに、宇宙服など使わずに、ただこれを着るだけで大気圏を抜け広い宇宙を探索出来るようにと。

 

だがどこからか、束のシナリオが狂った。

数多のミサイルをいとも容易く撃ち落とし、未確認機を捕縛する為に出動した戦闘機を、その尽くを無力化出来る戦闘能力。

 

束が選んだ選択肢が悪かったのか、はたまた公表した時代が悪かったのか。

発表されたものを見ていた受け手側の理解力が悪かったのか。

もう既にそれらは過去の事であり、もう変えられない事実だ。

 

現行兵器に追従を許さない程高い戦闘能力を持つISに、世界各国はこぞって手を出した。

既存の防衛戦力、軍、戦闘機、戦車、歩兵。

何もかもが過去のモノとなり、全てISに取って代わられた。

500個弱のコアを創り、それを置き土産に姿を消した束を、今や世界中の国々が最重要指名手配として常に狙っている。

 

だからこそ束は今世界中にセーフハウスを作り、そこを転々移動する逃亡生活を強いられているのだ。

 

 

 

そんな彼女に向けて、彼は今こう言ったのだ。

 

「戦闘用では無いこれに、戦闘能力なんて本来必要無いはず」と

 

 

「無限の成層圏、良いじゃないか。無限に広がるあの宇宙へと羽ばたく翼に、戦闘能力なんて無粋な物必要無いだろう?」

 

その言葉に、束の中の何かが壊れた。

 

崩壊する涙腺を、彼女は止める術を知らない。

 

 

「あれ……おかしいな、止まらないや……ごめん、少しだけ1人にして…」

 

俯く束の背を見ながら、彼は退出する。

 

 

うぁぁああああぁぁぁぁあぁあぁあああ!!!!

 

 

ドアを閉めた途端に響くのは、彼女が泣き叫ぶ声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

1時間

 

泣き叫ぶ声が途絶えたのを聞き、彼は部屋へと戻ってきた。

 

「…入るぞ」

 

「…良いよ」

 

1時間泣き腫らし、目元は真っ赤で未だ涙に濡れていた。

だがそれでも、顔は幾分スッキリとしていた。

 

 

「ありがとう、そしてごめんね。初めて私の夢を肯定してくれたから、嬉しくて…」

 

束が創り上げたISは今の今まで正常な使い方をされることは無かった。

それ故に彼女の夢を肯定し、認める人間も居なかったのだ。

だからこそ彼女は歪み、諦めていた。

故に認めてくれる存在に、嬉しくて彼女は泣いてしまったのである。

 

「まだ会って数時間の男の言葉だぞ、そこまで嬉しいものなのか?」

 

「出会って数時間なんて関係ない。君がその言葉を本気で言っているかどうかなんてすぐ分かる、分かるからこそ嬉しいんだ」

 

未だ涙で潤んだ瞳で彼を見つめ、彼女はにっこりと微笑んだ。

その顔を直視出来ず、彼は目を逸らす。

その顔は薄っすら赤くなっていた。

 

「あ、赤くなった♪フフ、照れてる?」

 

「うるさい、照れてない」

 

「…ねえ、聞いて?君の名前。私の夢になぞらえて宇宙から。遥か彼方に輝くあの星を、私は行きたいって、探索したいって思ったの。でも私の夢は否定された、夢物語だって。そこから私のあり方は狂ってしまった、諦めてしまった。でもね、君の言葉で救われた。君が私の夢を肯定してくれた、君が私を照らしてくれた。遥か彼方に輝く、そこから取って遥輝。安直だけど、君の名前は篠宮遥輝だよ」

 

「……じゃあ改めて自己紹介だな。篠宮遥輝だ、よろしく」

 

「うん!私は篠ノ之束、特別に名前で呼んで良いよ。よろしくねはーくん!」

 

感極まった束は、そうして遥輝へと抱き着いたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえはーくん。君との契約、破棄していい?」

 

遥輝の体に抱き着いた束は、冷静になってから瞬時に離れてそう言った。

 

「君の言葉のおかげで、もう一度だけ夢を追いかけたいって思ったの。あの未知なる宇宙へ、私が憧れたあの星へ。でね、えっと……君には、えっと…隣で私を支えて欲しいんだ。あの宇宙に行くのは大変だから」

 

「だから契約を破棄すると。記憶探しはどうした?このペンダントの謎を、何をしたって知りたいんだろう?」

 

「ううん。もういいの。君の記憶は探し続ける、でもそのペンダントの事はいいの。どうあれ君と私を引き合わせてくれたって、そう思うから。だからね、私と……私と……一緒にあの宇宙を目指して欲しいんだ」

 

顔を真っ赤にした束がそう告げる。

 

「……元々記憶を探して放浪していたのだって、他にやることがなかったからしていただけだ。面白い事を求めながら、ぼんやりと見える場所に記憶を探す鍵があると思ってな。だがずっと思っていた、そんな場所が本当にあるのかってな。願望が生み出した幻想何じゃないかってな。だがそんななか博士と、束と出会った。無限の成層圏(Infinite Stratos)に乗れると知った、興奮しない訳がない。未知なる宇宙に行けるってな。こんな浪漫、断れると思うか?」

 

「思わない!」

 

再度涙を溢れさせ、それでも笑顔を浮かべた束は、まるで天使のようだった。

 

 

 

 

『緊急速報です!!なんと世界初の男性操縦者が現れました!!名前は織斑一夏!なんとあのブリュンヒルデの実の弟です!繰り返します!初のーー』

 

 

「……え?」

 

流れていたラジオが報道した驚愕のニュースに、2人は固まるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

急いで束が研究室へと駆け込み、1つのフラグメントマップを稼働させる。

 

これは世界中全てのISの搭乗者とその履歴が表示されるモノ。

これを見れば誰が何時どの機体に乗ったのかが一目で分かる。

そこには……

 

「誤報じゃない…本当に載ってる」

 

そこには確かに織斑一夏の名前が存在した。

 

「ありえない、男は動かせない。この10年間どれだけの企業が試しても無理だったのに……」

 

「最初の1号は後ろに居るぞ?」

 

「あぁ、そうだった…」

 

存在しないと思っていた男性操縦者は、つい数時間前に自分自身の目の前で発見している。

つまり他にも居てもおかしくないのだ。

 

「なあ、この場合こいつはどうなるんだ?織斑千冬の弟って事は知り合いだろ?」

 

「んー、そうだね。確かにちーちゃんの弟だから会ったこともあるし話した事もあるけど…今私が出来る事はないかな。いっくんには悪いけど。でも処遇ならどうなるかは想像がつくよ。織斑千冬の威光を恐れて表立って何かはしないだろうけど、研究所に捕まったら良くて幽閉、最悪モルモットだろうね。だからIS学園に強制的に入学させられると思う」

 

世間的には初の男性操縦者だ、それを良く思わない人間も多い。

特に今の風潮が女尊男卑だ。

女性中心の社会を乱すような異物は、最悪排除される。

それを阻止するのに手っ取り早いのは、外からの干渉を法的に出来なくなっている全寮制のIS学園へと強制入学させるのが一番なのだ。

 

「そうだ、この際はーくんもIS学園に行かない?」

 

「……行くメリットと目的は?」

 

突拍子もない提案に怪訝そうに束を見つめる。

遥輝がIS学園に行くと言うことは否応無しに世間の注目を集める事になる。

未だ遥輝が動かせる事を知る人間は、束ただ一人。

言わなければ世間が騒ぐことも無いのだ。

 

「あそこはIS操縦者を育成する学園だし、今年はいっくんが入るから各国の代表候補生も、調整が済んだら入学させると思うし面白い事はたくさんあると思う。目的はそうだね、人材確保かな?」

 

「人材?大天災の束がか?」

 

「うん。束さん思ったんだ、宇宙進出するなら人もお金も全然足りない。だから起業してお金を、IS学園で人材を確保しようかなって。その為のスカウトと宣伝の為に入学して貰おうかなって」

 

何事も1人の力には限界がある。

故に彼女が考えたのは、育成機関にてスカウトをしようというものだ。

IS学園は操縦者と整備士の両方を育成している。そのどちらも束の目標に必要で、そのどちらも一朝一夕には育たない。

なればこそ育てる機関から持ってこようと考えたのだ。

 

「……どう?受けてくれる?」

 

「受けるさ。束の夢を叶える為に必要なんだろう?」

 

これを受けると言うことは3年間拘束されるのと同義。ましてや貴重な男性操縦者だ、研究者達から狙われる事もあるだろう。

それでも遥輝には受ける選択肢しかない。

 

束の夢を叶える為に必須とも言える人材が育つ場所であり、様々な人が集う場所。

 

「それにもしかしたら、俺の事を知っている人がいるかも知れない。それを考えれば行くメリットは十分にある、それに何より面白そうだ」

 

「じゃあ早速準備するね!戸籍偽造して、えっと…」

 

そう言うと束はPCの前に座り、物凄い速さでキーボードを打っていく。

 

コンコンっ

 

「束様、只今戻りました」

 

「あ、クーちゃん!お帰り、入っておいで」

 

「では、失礼します」

 

ノックの音と共に入ってきたのは、両目を閉じた流れるような銀髪の少女だった。

 

「ん?この気配…束さま、こちらの方は一体…」

 

「紹介するねクーちゃん!はーくんだよ!」

 

「おい束、流石にそれでは分からないだろう」

 

人を紹介するときにあだ名で紹介しては、どう考えても入ってこない。

あだ名とは当人同士でしか通用しないのだから。

 

 

「篠宮遥輝だ。今日から束の助手として、色々と手伝うこととなった。よろしく頼む」

 

「そう言うことでしたか。私はクロエ・クロニクルと申します、束様の身の回りのお世話を任されています。これからよろしくお願いします。」

 

初対面ながら早速打ち解けたようで、後ろで見ていた束も満足そうに頷いていた。

 

「うんうん、打ち解けたようで何よりだよ。じゃあ私は早速ちーちゃんに電話しなきゃ」

 

そう言って彼女は電話をかけ始めた。

 

「もすもすひねもすー。あ、ちーちゃん?ちょっと伝えたい事があるんだけどーーーー」

 

 

 

 

 

 

 





【ロケットペンダント】

束が持つオーダーメイドで作られた唯一無二のペンダント、中には宇宙を写した写真の切り抜きが入っている。
長年着用していた影響からか多少の傷やくすみが着いている。


嘗て夢を見た。
それは彼女が宇宙へと羽ばたく為の結晶を生み出すきっかけとなった。


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-2 兎が踏み出す第1歩

 

 

 

 

 

 

束が織斑千冬に話し、その後全国放送にて広まった事により、瞬く間に2人目の男性操縦者篠宮遥輝の名前は知れ渡った。

 

発表者が篠ノ之束だと言う事も大きく、数々の憶測が飛び交った。

 

だがその憶測は全て、他ならぬ束自身が鏖殺した。

 

『私はこれから、地に足を着いて再度夢へと歩き出す。これはその為の布石だし、彼はその為の助手。彼に何かしようと思っているなら早急に諦めて、彼は私に必要な存在。何かしたら、一族郎党皆殺しだから』

 

 

かなり過激な声明を発表し、世間はかなり騒いだ。

だが国や企業は、彼女の怒りを買う事を恐れてこの話題に触れることを取りやめた。

怒りを買った場合のデメリットが大き過ぎるから、それを理解出来なければ政策者としては無能だと。

そんな共通認識があったのだ。

 

 

「ねえちーちゃん。私、私ね、もう一度夢を追いかける事にしたんだ」

 

『そうか……10年越しに夢を叶える時が来たと言う訳か』

 

「うん。色々と間違えちゃったけど、もう間違えない。私はあの宇宙に、あの星に行くんだ!」

 

電話越しに熱弁する束の話を、ただ静かに聞く彼女。

束の親友である織斑千冬。

10年前の白騎士事件にて、原初のIS白騎士に搭乗した世界初の操縦者である。

 

10年前に彼女達2人で引き起こした白騎士事件は、最初の過ちである。

 

以来彼女達は世間が求めるままに世界最強と天災科学者を演じ続けてきた。

 

だが束の夢を理解した遥輝によって、束は再度夢を追いかけようと思ったのだ。

 

『それで?お前に夢を追いかけさせるきっかけを与えた篠宮遥輝とは何者なんだ?今まで聞いた事も無いんだが』

 

「そんなの当然じゃん、私が名前を付けたんだもん。ちーちゃんが聞いた事あったらびっくりだよ」

 

『……は?ちょっと待て、素性も分からない男なのか?そんなやつをIS学園(こっち)に入れようとしてるのかお前は』

 

流石の千冬でも素性不明と聞いて焦る。

そんなやつを信用し学園に入れようとしている束に若干の怒りを覚える。

 

「素性は確かに分からない、はーくんも記憶喪失だって言ってたし。実際調べて本当っぽいもん。でもねちーちゃん、ビビッと来たんだ。この束さんがだよ?初対面なのに夢を肯定してくれたのが嬉しくて、しかも共感してくれるだけじゃなく宇宙に行ってみたいって純粋に言ってくれたんだよ。会ってからたかだか数時間しか経ってなかったとしても、私にとってはパートナーなんだよ!」

 

『……』

 

束がこれほどまでに熱意を持って話すのは10年前、それこそIS完成当初に自分を白騎士に乗せようとしたとき以来だと千冬は思う。

それほどまでに純粋で、それほどまでに想いが強かった。

 

当時断れなかった千冬だ、当時以上に熱意の籠もった束の言葉を断るなんて出来なかった。

 

『分かった。そこまでお前が言うなら私も信じよう。で?そいつのどこに惚れたんだ?お前が男にそこまで肩入れするなんて前代未聞だ、そうとしか思えないんだが』

 

「なっ!?何を言っているのかなちーちゃん、束さんは別に惚れたなんて……それにはーくんとはまだ出会ったばかりだし…」

 

『束。世の中には一目惚れという言葉がある、出会った時間なんて関係ないんだ。ほらキリキリ吐け』

 

「はーくんとはまだそんな関係じゃないもん!大事なパートナーなんだもん!!」

 

『ほう、まだ…ね。あー全く親友に先を越されるとはな、今夜は自棄酒だな全く。ではな束、末永く爆発しろ』

 

「ちょっとちーちゃん!!」

 

これ以上惚気話は聞きたくないと一方的に、さりとてにやにやしてるであろう声で電話を切った千冬。

それに対し束は千冬の言葉が脳内で反復していた。

 

「…パートナーなんだもん……」

 

どれだけ自分に言い聞かせても、心臓が煩いくらいに主張してくる。

それが最早答えを言っているようなものであった。

 

だが束がそれを自覚するのは、もう少し後のお話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後。

遥輝はIS学園へと来ていた。

 

「お前が束の言っていた篠宮遥輝か?」

 

「そういうあんたは束が言ってたちーちゃんで良いのか?」

 

 

正門の前で遥輝を出迎えたのが織斑千冬。

元世界最強であるブリュンヒルデであり、現在IS学園の教師をしている束の親友だ。

 

「その呼び方を束以外にされるのは非常に不愉快だが、そうだ。私が織斑千冬だ」

 

「そうか。束から聞いていると思うが篠宮遥輝だ、よろしく頼む」

 

相見えた2人だが、はい中へとはならないのが千冬。

相当遥輝を警戒しているのか、未だ顔が険しいままだ。

 

「よろしくしたい所だが、生憎そういう訳にもいかなくてな。素性の知れぬ輩を学園に入れて、もし何かあったら私は生徒達に何を言えばいい。それを考えると、今もなおお前を入れるべきか悩んでいる。だが束の紹介である以上無碍にも出来ない。やっと一歩踏み出せたんだ、それを考えるとお前を入れても問題ないと思ってしまう。私はどちらを選べばいいんだ?」

 

教師である自分にとって親友の紹介だからと身贔屓してはいけないのだが、親友がやっと一歩踏み出したのを応援したい気持ちもある。

 

「別に悩む必要は無いだろう?あんたが選びたいものを選べばいい、それが人間だ」

 

「………」

 

教師としての自分と束の親友である自分。

どちらも大切であるが故に、秤にかけた時に彼女はどちらも選べない。

故に葛藤する。

だが結局、人間は2択を迫られた時に選ぶ方は決まっているのだから。

 

「…ならば私は束を取ろう。確かに教師としての私も大切だが、私にも意志はある。束と嘗て見た夢の続きを、私も見たいんだ。嘗て一緒に始めた夢の続きを、今になって私も追いかけてみたと思うのは傲慢か?束に夢を追いかけるきっかけを与えたお前に嫉妬するのは、醜いか?」

 

「いいや?世間が神聖化するブリュンヒルデ様も、そう思えるのなら人間だと言うことの証だろう?」

 

「そうか……。織斑千冬だ。お前を学園の生徒として受け入れよう、これから3年間よろしく頼む」

 

そう言って千冬は、笑みを浮かべながら手を差し出した。

改めての名乗り、これには先程までの態度との決別の意味合いも込められていた。

 

「篠宮遥輝だ。こちらこそ、3年間よろしく頼む。ちーちゃん」

 

「織斑先生と呼べ、束以外にそう呼んでいいと言った覚えはないぞ」

 

「これは失礼」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのまま学園に通された遥輝は、学園内のアリーナへと連れて来られていた。

 

現在学園は春休み期間であり、生徒達も殆どが帰省している。

残っている生徒も千冬による情報統制によりこのアリーナに近付く事はなかった。

 

故に入学前に行われる入試実技テストを行うのにうってつけであった。

 

「では一応言っておくがここはIS学園だ。現在の情勢ではISを宇宙探査の為の機体等、誰も思っていない。腹立たしい事に現在では最強の兵器として君臨し、それを学ぶのがこの学園だ。故に入学テストもそれに準ずるものになっている、これは理解して欲しい」

 

「それは分かっている、束も言っていたしな。それは追々正していけばいい、束の夢が完成すればそんな情勢等簡単に払拭出来る、それまでの辛抱だ」

 

「フッそうだな。では試験を始める。試験官である私と5分間ISに乗っての飛行禁止バトルだ。ただこれ自体の勝敗に試験の合否は関係しない、今現在の適性レベルを見るためだ。機体をどれ程滑らかに動かせるかを主に見ている、気を負わずかかってくるといい」

 

現在主流となっているISの使い方であるISを用いたバトル。

SEを削り合い、相手のSEを0にしたほうが勝ちというシンプルなもの。

SEを削り切れば機体は戦闘モードを維持出来ず操縦者保護を優先する為、その時点で勝ちなのだ。

 

「では始めるか。後ろに訓練機が2機置いてある、汎用性の高いラファールと防御力の高い打鉄だ。どちらを選んでも良いぞ」

 

「ならラファールだな。防御力なんてのは要らないだろう、避ければいい」

 

そう言って遥輝はラファール・リヴァイヴへと乗り込んでいく。

初めて乗るというのに、まるでそれを悟らせずに千冬の前まで歩いてきた。

 

「動かし方は分かるか?」

 

「ああ、束のとこに説明書が転がっていた。これくらいは頭に入っている」

 

「そうか、なら遠慮は要らん。来い!」

 

そう言うと千冬が光りに包まれ、それが晴れると機体を纏っていた。

 

「それがあんたの?」

 

「ああ。八重桜、嘗てのモンド・グロッソで私が使った暮桜の後継として束が作ってくれた。自衛用として私が襲われても瞬時に対応できるようにとな、故にこの存在は誰にも言っていない。知っているのは束と、そしてお前だけだな」

 

「言って良かったのか?」

 

「何を今更。これから束の側にずっといるお前になら言っても問題ないだろう?」

 

世界最強に若干の嫉妬の籠もった目で見つめられるという、何とも言えない状況が生まれていた。

 

「ならこいつだけ装備させてくれ、同じ土俵で戦いたくなった」

 

そう言うと遥輝は装備棚から接近ブレード『葵』を引っこ抜いた。

 

「ほう。刀一本で世界最強とまで言われた私に、刀一本で挑むか。面白い」

 

「あんたの事は大体分かった。別に死にはしないんだ、どんなものか試してみても罰は当たらないだろう?」

 

「フッ、違いない。来い!」

 

その言葉を合図に遥輝は駆け出す。

ISのパワーアシストにより生身では出せない程の速さを出し、千冬へと肉薄する。

千冬の刀と競り合い、弾き飛ばそうと動かすが、遥輝の目が見開き千冬に弾き返される。

 

「ほう、なかなか動くな。だが違うな、機体がお前についていけてない。まるで以前の私のようだ」

 

「なんだよこれは、こんなにも動き辛いのかよ」

 

一挙手一投足その全ての動きが抑圧されている感覚に、遥輝は戸惑いを隠せない。

これが初めての搭乗が故に、生身で出来ていた事が出来ない故に。

 

「PICをオートからマニュアルにしてみろ、地上に居るとはいえ違う筈だ」

 

言われるがままコンソールを弄り、マニュアル制御へと変更する。

途端に抑圧されるような感覚が薄れ、多少動かしやすくなる。

 

「なるほど、多少は良い」

 

そう言いながら逃げに徹していた機体を反転、再度千冬に斬りかかる。

今度の動きは軽く、よく動いた。

千冬でも一瞬、見逃す程に。

 

「っ?!お前…」

 

「なるほど、大体分かった。確かにさっきより動きやすい」

 

千冬の反応が若干遅れ、咄嗟に防いだ影響で機体に掠った為八重桜のSEが少しだけ減る。

 

「なるほど。研究者として興味を持たれたのが始まりかと思ったが、どうやら違うか」

 

反応速度からして専用機である八重桜に劣る訓練機のラファール・リヴァイヴで、一瞬とはいえ八重桜を上回ったのだ。

 

素の反応速度が千冬以上ということになる。

 

「面白いぞ篠宮!」

 

VS世界最強というカード。

普通であれば瞬殺されるような試合であるのだが、蓋を開けてみればなんてことはない。

 

弾き弾かれ、ほぼ互角に持ち込んでいた。

最早これがISを用いた試合であることを忘れているかのように。

 

「お前みたいなやつがモンド・グロッソの時に居てくれたらどれだけ面白かった事か!」

 

剣の技量では劣る遥輝が、反射神経と運動能力で千冬の剣技と互角の戦いをしている。

それが尚千冬を滾らせた。

 

「この戦闘狂が!これは試験だろうが、なに本気になってやがる!」

 

「なに、どうせ非公式だ。それに今は私達しか居ない、存分に楽しもうではないか」

 

「もう5分なんてとっくに過ぎている筈だろ!時間はどうした時間は!」

 

「そんなもの、途中で止めたに決まっているだろうが!!」

 

千冬の滅茶苦茶な暴論に反論するがまるで相手にされず、攻撃を捌けてしまうために余計に千冬を滾らせる。

 

「くっ!!いい加減っ!!」

 

初めて乗るIS。

生身とは違った違和感により未だ動きに無駄があり過ぎて、滾りだし本気を出した千冬にはついていけない。

弾き切れなかった攻撃は機体を掠り、徐々にSEを削っていく。

 

「どうした篠宮!動きが鈍ってるぞ!」

 

「あんたの動きに着いて行くので精一杯なんだよ!というかいい加減止まれよあんたは!」

 

10分以上本気の千冬相手に戦っていられる人間は存在しない。

束ならもしかしたら出来るかも知れないが、親友である以上ガチバトルに発展するような状況は無いだろう。

故に今まで1度たりとも本気のバトルが続いた事が無い千冬は、掠りながらも自身の本気の攻撃を10分以上も捌き続ける遥輝を気に入っていたのだった。

 

「精一杯?何を馬鹿な。さっきからお前の攻撃は私に当たっているぞ!」

 

千冬の攻撃を捌き、掠りながらも千冬の攻撃後に死角になった場所へと的確に刃を滑らせる事で、遥輝の攻撃は少しずつ八重桜のSEを削っていた。

 

「俺のSEが減るペースの方があんたより早いんだよ!というかこれは試験だろうが!なんでガチバトルに発展してるんだよおい!」

 

試験中に試験官が本気になる等前代未聞の事態なのだが、その試験官が世界最強故にもしストッパーが居ても止められないだろう。

 

『タイムリミットに到達を確認しました。戦闘行為を感知、操縦者保護を最優先に移行、展開を解除します』

 

そんな中唐突に響く機械ボイス。

それは八重桜から発せられたもので、それが鳴り止むと同時に機体の展開が解除された。

 

「む、もう終わりか。つまらん」

 

「……楽しんでやがる、この教師」

 

八重桜が止まり、戦闘行為が終了した事でようやく遥輝も一息付く事ができた。

世界最強が振るう剣だ、直撃等しようものならそこから体勢を崩されて即削り切られる。

故に全てを弾き、弾き切れずとも掠らせるだけに留めていた。

 

「さて、名残惜しいが試験はこれで終了とする。次は簡単なテストがあるが……まあこれは問題無いだろうな」

 

「名残惜しいねぇ……俺はもう二度とあんたとは戦いたくないわ、この戦闘狂」

 

「悲しい事を言うな、随分と久しぶりに楽しめた戦いだったんだぞ」

 

千冬にとって全盛期、数年前のモンド・グロッソ以来の戦闘行為。

それはそれは喜々として戦っていた彼女から分かるように余程楽しい事らしい。

だが相対していた遥輝にしてみればたまったものではない。

体が動かし辛いなか、世界最強と制限ありとはいえガチバトルだ。

どれだけハンデがあってももう二度とやりたくないだろう。

 

 

その後に受けたテストだが、簡単な学力テストであったため割愛する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出来た!出来たよはーくん!!!」

 

それがIS学園から戻ってきた遥輝を迎えた、束の第一声だった。

そのまま束は遥輝の手を取って走り出し、そのまま格納庫へと連れて行った。

そこには鈍く輝く銀色の機体が鎮座していた。

 

「これがはーくんの専用機であり、私の夢の第一歩! 『explorator(エクスプローラートル)』ラテン語で探索者とも探求者とも意味合いが取れる機体だよ」

 

この機体には2つの意味が込められている。

探求者とは遥輝の事で、彼が記憶を探し求めるその有様を。

探索者とは束の事で、束が夢見る宇宙探索やあの星へと行きたいという束の願望を。

 

そして遥輝の為に作られたこの専用機は、同時にもう1つの意味を持つ。

繋ぐ者(リンクス)

 

束と夢である宇宙、そして遥輝と記憶探し。

その全てを繋ぐ架け橋とならん事を願って。

 

「探索者…それに探求者か、いい名前じゃないか」

 

「でしょ?夢に向かって走る私達にはピッタリかなって」

 

銀色に輝く全身装甲の機体。

宇宙探査に身一つで飛び出せるよう、これ単体で大気圏突破が出来るよう熱量対策の為にNi基超耐熱合金の第5世代が装甲に使われており、その耐熱温度は*1 6000Kで現行最高の耐熱温度を誇る。

 

そして背面にはアンロック・ユニットであるブースターが計6機。

大気圏突破し衛星軌道に乗る為には*2第2宇宙速度まで到達する必要がある為単独大気圏突破時には6機全てを点火する必要がある。

 

「ただ問題があって、これだけじゃ宇宙には行けないんだよ……エネルギーが足りなくなるから」

 

6機のブースターをフルスロットルでようやく宇宙へと到達するのだが、フルスロットルしたときにエネルギーが秒で底を尽く。

SEを使ってブースターを稼働させる関係上、SEを使い切ると機体の展開維持も出来なくなる為に、この状態で宇宙に行った所で宇宙空間で展開解除される事になる。

 

「でもまあ巡航モードだったら地上でも10時間以上は飛行できるんだよ?これでも画期的なんだよ」

 

大気圏突破する為のブースターだが、出力を絞って巡航モードにすれば地上飛行は何も問題なく行える。

だがそれでは意味がないのだ、大気圏突破が出来て尚エネルギーが潤沢でないといけないのだから。

 

「これが第一歩なんだ、今すぐに作る必要は無いだろう?何せ時間はあるんだ」

 

「んーそうだね、はーくんが学園を卒業するまでの3年もあるし」

 

そう言って束は、遥輝と向き合った。

 

「改めて、これから宜しくね♪はーくん!」

 

 

 

 

 

 

その次の日篠ノ之束によって起業された会社『ラビットカンパニー』の存在が、そこに所属する篠宮遥輝の名前と共に知られる事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
6000Kを温度に直すと5726.85℃

*2
11.2km/s(40,300km/h)




explorator(エクスプローラートル)


束が自らの技術の粋を結集し、制作した遥輝の専用機。
現在使われているISコア500余とは違い、宇宙に行くためだけに束が新たに新造したもの。
その性能は既存のISを遥かに上回るスピードや処理速度、膨大なSE量など。

彼女の夢を叶える最初の一歩であり、彼と彼女を繋ぐ(リンクする)存在。




【八重桜】


束お手製の千冬の為だけに作られた専用機。
暮桜の能力全てを継承した強化機であり、その全てを発揮した場合は全盛期の暮桜以上。



嘗て栄光を手にした彼女は、弟の為に栄光を捨てた。
だが世界最強という1度手にした栄光は彼女を縛る、やはり彼女にとって世界最強というものは手放せないものなのだろうか。




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-3 学園へ

書き方を大幅に変えてみた


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラビットカンパニーが発表されてから2週間後、遂にIS学園へと入学する時が来た。

 

 

束の研究所にて諸々の準備をしていた影響で入学式には間に合わないという事になり、それでも急ぐ為explorator(エクスプローラートル)で翔けていた。巡航モードでの飛行の為、大気圏突破程ではないが800km/hと航空機さながらの速度で飛んでいた。

 

『篠宮、現在地はどの辺りだ?』

 

「IS学園まで200kmってとこか、後15分だ」

 

『ふむ、15分か……HRが始まるのが20分後だ、それには間に合うな』

 

千冬と連絡を取りながらの飛行と言う事で、情報を聞きながら向かうことが出来ている。

だがISの展開は非常時以外では無断展開を禁止されている。ましてや目的地に向かう為に使う等、違法行為となり得る。だが流石の天災篠ノ之束の技術力、巡航モードにて一定高度を高速飛行するexplorator(エクスプローラートル)はステルス機能によりレーダーには映らない。

映らないのであればIS委員会へとバレる心配もない為、千冬が言わなければそんな事実は存在しなかった事になる。

 

『着陸地点は第8アリーナだ。校舎からかなり離れているから目撃されることもない、それに今は式の最中だから生徒がアリーナに近付くことも無い。もう少ししたら私は生徒が教室へ向かう前の準備、という名目で式を抜け出す事になっている。そこで第8アリーナで合流だ』

 

プライベートチャンネルでの連絡であるため入学式の真っ最中である千冬とも連絡を取ることができる。

 

「了解。所で第8アリーナだという目印は?」

 

『誘導灯を点灯させてある、本来赤だが今点灯させてあるのは紫だ。別の場所で赤色を使っているからな』

 

第8アリーナは緊急時用の発着場が併設されており、そのため通常の赤色誘導灯とは違う紫色の誘導灯が着いている。

 

「ああ、あれか。見えてきた、もう数分で着陸地点だ」

 

『こちらでも確認した。それがお前の専用機か?』

 

「ああ。束の技術の、その全てを注ぎ込んだ夢への第一歩。【explorator(エクスプローラートル)】意味はラテン語で探索者、探求者の2つだ」

 

段々と近付いて来たそれを、ようやく千冬も視認出来た。巡航モードのexplorator(エクスプローラートル)はその姿がまるで航空機のようだった。

 

『滑走路の方が良かったか?その姿ならば』

 

「いや、ヘリポートでも問題ない。垂直離着陸は問題なく出来る機体だ」

 

そう言うのと千冬の目の前に来るの、それは同時だった。千冬と10m距離を取りホバリングするexplorator(エクスプローラートル)

だが着陸態勢を取るのかと思いきや機体が変形し、メカメカしい人形を取った。

可変式IS。

通常モードと巡航モード、そして大気圏突破モードの3つの変形を持つ特殊ISがexplorator(エクスプローラートル)だ。

 

「なかなか浪漫溢れる機体じゃないか、これはお前の発案か?」

 

「いや、可変式にしようと言う案自体は束の発案だ。人形で大気圏突破をするにはどうしても空気抵抗の影響で速度が足りなくてな、そうなってくると理想的な形状が戦闘機形状になるからその時だけ変形させれば普段は作業に使えるからな」

 

可変式は浪漫溢れる機体ではあるが、今回の場合は必要になった故の可変式だった。人形だと面積が広く、速度を出すと空気抵抗が大きくなる。その空気抵抗によって減速する機体を維持し更に加速させる為にはブースターの出力を上げなければならず、出力を上げると消費SEも増加する故に燃費が低下する。SEを使い切れば展開が維持出来ない事を考えるとSE消費を抑える為の可変式というのは理に適っているのだ。

 

着地し展開を解除した遥輝が、千冬の元へと足を進める。

 

「では着いてこい、もう間もなくHRが始まる」

 

「ああ、クラスはどこに配属されるんだ?」

 

「お前は私の弟と同じ1組だ。男性操縦者を別々のクラスに振り分けると、管理が面倒だからな」

 

「なるほど」

 

2人共に同じクラスであれば担任と副担任で2人で見ることができる。だが違うクラスだった場合そのクラスも含め別に人員がかかる。それに今の風潮は女尊男卑だ、その思想を持つ者はIS学園にも多い。ならばその思想のない織斑千冬が担任の1組に2人共任せてしまおうという事だ。

 

「全く難儀なものだ、教えるのが弟だけでも大変だと言うのに。お前の事まで私が受け持たねばならんとは」

 

「文句なら束に言ってくれ、俺には関係ない」

 

「最終的に了承したのはお前だろうに、全く」

 

軽口を叩きながら廊下を進んでいく2人。その姿を生徒が見たら、神聖視している千冬の別側面に驚くだろう。だがそれを見るものは誰も居ない、現在は全生徒が教室にてHRの真っ最中だからだ。

 

「そら着いたぞ。ここからお前は生徒で私は教師だ、言葉遣いには特に気をつけるように」

 

「了解、織斑教諭」

 

「結構。では私が紹介したら『以上です!!』……入ってくるように。あのバカはまともに自己紹介すら出来んのか、全く」

 

そう言いながら千冬は教室へと入っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前はまともに自己紹介すらも出来んのか」

 

その声と共に入ってきた千冬、その視線の先に居たのが織斑一夏。世界初の男性操縦者であり、ブリュンヒルデである織斑千冬の実弟である。

 

「げぇつ、関羽!?」

 

スパンっ

その言葉に出席簿を振り下ろした千冬だが、音からして出席簿とは思えない。

 

「誰が三國志の英雄か、馬鹿ものが」

 

比喩だとはいえ、自分の事をそう見ているのかと自身の弟とはいえ若干の苛立ちを覚える。そしてそれと同時に厳しすぎたのだろうかと、己の立ち振舞を振り返る。そんなに横暴だっただろうかと。

とりあえず私は悪くないと言う結論に至った。

 

「っ!?て、なんで千冬姉がここに!?」

 

再度一夏の頭へと振り下ろされる出席簿。だが心做しか先程よりも弱めだったのか、随分音は小さかった。

 

「学園では織斑先生だ。それと何故ここに居るか等考えずとも分かるだろう?教師だからだ」

 

出席簿を持ち、更にキチッとスーツを着て入ってきたのだ、生徒な訳がない。ならば教師だと思いつく筈だが、そこまで思い至ら無かったようだ。

 

「さて諸君、私がこのクラスの担任の織斑千冬だ。私はブリュンヒルデだとか世界最強だとかに関わらず1人の教師として君達に接するつもりだ、故に君達も変に萎縮したりせず普通に話しかけてくれると私も嬉しい。これから1年間、担任として宜しく頼む」

 

その言葉に実弟の一夏は目を見開く。普段を知っている一夏からすれば、姉である千冬がそんな事を言うとは思ってもみなかったからだ。

 

「さて。自己紹介もまだ途中だが、諸君らも気になっている事だろう。その空席が、一体誰の席なのかを」

 

千冬が視線で示した先、最前列の1番右の席。

だが今はまだ誰も座っていない、座るべき人間が居ないのならはじめから用意はしない。だがこの時点でもしかしてと言う生徒がちらほらと居た。

 

「まあ察しは着いていると思うが、これも礼儀だ。ーー良いぞ、入って来い」

 

その声に数秒程遅れ、教室の扉が開くーーーー

 

 

 

 

 

 

2人目

 

 

 

 

 

 

篠ノ之束が発表した、2人目の男性操縦者がそこに立っていた。

 

「篠宮遥輝だ、宜しく頼むよ淑女諸君」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

HR、そして1時間目の授業も終了し、現在休み時間。入学式の日だろうと授業があるこの学園では学ぶ事が多い。そのため1時間目では本格的な授業の前段階という事で、何をどう学んでいくのかという説明がなされていた。

とはいえIS という膨大な情報の詰まった機体について学ぶのだ、その説明ですら最早授業レベルの濃さだ。参考書や教科書等、辞書を超えるレベルの分厚さだ。2.3日で覚えきれるようなレベルの話ではないのだ。であるならば、今まで一般の男子中学生であった織斑一夏がついて来られないのは当然であった。なのだが件の彼は参考書を電話帳と間違えて処分するなどと言う愚行をやらかしており、千冬の出席簿が頭に振り下ろされたのは言うまでもない。

因みにその時に腹を抱えて大爆笑していた遥輝が居たことと、流石に笑い過ぎて千冬に咎められた事があったが割愛する。

 

そんな休み時間だが、遥輝に対して視線が集まっていた。一夏にも一応視線は行くが、どうしても篠ノ之束が公表したというインパクトが強く興味は遥輝へと向く。ISの開発者という肩書は今の御時世相当大きく、あわよくば知り合いになって機体を…なんていう下心を持って接触しようかな。等と言うひそひそ話が横行する中、彼女達には自分から話しかける勇気等無い。殆どの生徒が女子校出身故に、同年代の男子を見たこと無い生徒だ。もしかしたら友好的に話し掛けてくれるかもなんていう期待を込めて、遥輝を見つめるばかりだ。

 

そんな折、彼に近付く人物が居た。1人目、織斑一夏だ。彼も彼で遥輝に負けず劣らずジロジロと興味の視線を向けられており、健全な男子としては物凄く居辛さを感じていたのだろう。

1クラス30人、遥輝と一夏を除いて28人全員が女子なのだから 。

 

「あのー、すいません?」

 

遥輝へと意を決して話しかけた一夏だったが、彼は気が付かない。思考の海に沈んだ彼を引き上げる程、遠慮がちだった一夏の声は大きくない。大きくない声だがそこに来たという気配は必ずある故、ふと遥輝が顔を上げた。それをチャンスと見た一夏は再度声をかけた。

 

「あのー」

 

「ん?ああ、1人目の。確か織斑だったか」

 

「あ、はい。織斑一夏です。宜しくお願いします!」

 

ようやく一夏を認識した遥輝は、織斑一夏という人間をマジマジと観察する。遥輝にとって世界初の男性操縦者だという名前は知っていても顔は見たことが無かったからだ。というのもその情報を知ったのがラジオであり、映像媒体で見ていないからだ。いつでも見れたのに見なかったとも言うが、見なかった最たる理由が織斑一夏に対してさほど興味を持たなかった事だ。発表されたという点を見れば確かに世界初の男性操縦者として名が上がっている、だが結局束の研究所で動かした遥輝が正式な世界初なのだ。それ故の興味消失もあるのだが、既に遥輝の興味は別に移っていたからというのが1番の理由だろう。遥輝にとって現在の優先事項は束の夢を実現させる事、そして自身の記憶を探すこと。この2つの事柄以外では、遥輝の感性による面白い事が優先されるのだ。興味を失った相手の事を考えるような男ではないのだから。

 

「まだ正式に自己紹介していなかったな。篠宮遥輝だ、俺の事は好きに呼ぶと良い。織斑少年」

 

少年と言い放った事から察する事が出来るように彼等彼女等とは歳が離れている。というのも束による精密検査で20は明らかに超えているだろうと言う結論に至っていた。遥輝に記憶が無いため定かではないが15.6の青年でない事だけは確かだった、それ故に束が偽造して作った戸籍には21と記載されている。故に一夏達とは6歳差と言うことになる。だがそれを一夏が知っているかと言うことは全くの別問題であるのだが。その言い方に違和感を覚えた一夏は、その疑問を口に出す。

 

「あれ…えっと、年上だったんですか?」

 

「ん?ああ、そういえば言って無かったな。今年で21になる」

 

その事に一夏を含め教室中が驚いた。

同年代、もしくは年上だとしても1個か2個上だと思っていた男が、まさかの6個上だ。自分達よりも年上で、言動からかなり落ち着いた性格の男性。彼女達が色めき立つのも仕方なかった。

 

「まあさっきも言ったが、俺の事は好きに呼ぶと良い。年上だとか年下だとか、俺はあまり気にするタイプじゃあないからな」

 

流石に正式な場面では言葉遣いに気をつけるだろうが、クラスメイトとしてやっていくからにはいくら年上とはいえ他人行儀ではやっていけない。1年間を同じ空間で過ごすのだから、それ故に早々に打ち解けるようにという遥輝のちょっとしたお節介であった。まあ実際のところ年上だから敬語だのなんだのが、他ならぬ遥輝自身が苦手というのが1番の理由だが。

 

「すまない、少しいいだろうか」

 

唐突に第三者から声がかかり2人がそちらを向くと、肩下まである長いポニーテールの少女が居た。

 

「……箒?」

 

「…………」

 

篠ノ之箒。少々不機嫌そうな顔が、隠しきれずに滲み出ている。そんな顔のまま一夏をじっと見つめている。側に居る遥輝に目もくれず、ただ一夏を見つめるばかり。

 

「知り合いなんだろう、俺の事は気にする必要無い。行ってやれ」

 

「すいません、また後で来ますから!って待てよ箒!」

 

そそくさと去っていった箒の後を追いかけるようにして一夏も去っていった。

その後ろ姿を見つめながら、遥輝は思考を巡らせる。

 

「篠ノ之箒ねぇ、名前からしてあいつの妹か……妹なんて居たのか、あいつ」

 

束からは何も聞かされていない為、遥輝は箒の事を認識していなかった。知ろうとしなければ知り得ない情報ではあるが、彼は未知を楽しむ節がある。知らないなら知らないなりに楽しむことができる、既知はつまらないとはよく言ったものだ。

 

「ちょっとよろしくて?」

 

思考を巡らせていた遥輝を現実へと引き戻す、新たな第三者の声。遥輝に話しかけてきたのは金髪の少女。透き通ったブルーの瞳が遥輝を射抜くように見ている、その眼には友好的なものは存在しなかった。

 

「訊いてますの?お返事は?」

 

「ああ、訊いているさ。何の用だ、お嬢さん?」

 

遥輝がそう問いかけると、目の前の少女の顔が歪んだ。遥輝の何が琴線に触れたのか遥輝にとっては分からない、だが何かに触れたことは確かだった。

 

「まあまあなんですの?そのお返事は。わたくしに話しかけられるだけでも光栄だというのに、それ相応の態度があるんではないかしら?」

 

まさしく今どきの風潮に染まりきった彼女には、遥輝の態度が気に入らなかったようだ。

 

「なにぶん自己紹介が終わってから教室に来たからな。まだ把握しきれていないんだ、すまんなお嬢さん」

 

「……お嬢さんですって?しかも挙句の果てにはわたくしを知らないと?イギリスの代表候補生にして入試首席のわたくし、セシリア・オルコットの名を本当に知らないと?」

 

流れるように自分の名前と肩書を、求めてもいないのにも関わらずに喋りだす。その様は自らは上位者であると誇示しているよう。まるで自らの名前など知られていて当然かのように、知らぬ者等居ないのだと言っているように。

 

「お嬢さん、あんたが何者なのかは今のでよーく分かった。だからもう1度聞こう、いったい何の用かな?お嬢さん」

 

「ふん、束博士の助手だと言うから見に来てみれば、大したことありませんのね。あなたのような人、たかが知れていますわね」

 

その言葉は遥輝だけでなく、遥輝を見出した束すらも侮辱する言葉。遥輝にとってそれは耐え難い事であり、今すぐにでも撤回を求めたいぐらいであった。だが遥輝がここに来た目的故にそれは出来ない。遥輝はもう既に束の企業に所属する操縦者となっているため、遥輝の言葉は束の、ひいてはラビットカンパニーの総意になってしまう。それは絶対に許容出来ない為、言葉は慎重に選ばなくてはならない。決して目の前の少女のように自分の思いをそのまま言ってはいけないのだ。

 

「……そうか、なら用は済んだだろう。早く戻ったらどうだ?お嬢さん」

 

「ふん、そうさせていただきますわ」

 

そう言い残し去っていったセシリアを、遥輝は冷めた眼で見送る。彼の眼には最早セシリアという個人は写っていなかった。最早セシリア・オルコット等という個人には欠片も興味を持っていない、有象無象と同じ女尊男卑の思想に呑まれたナニカだ。興味を失ってしまえば、遥輝にとってそれは覚えておく価値の無いモノに成り下がる。

 

「…これはまた、退屈しないで済みそうだな」

 

入学早々に何かが起きる予感を感じ、無意識的に口角が吊り上がる。その何かが面白い事だと願いつつ、その何かが起きる事を楽しみに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ではこの時間は実際に使用する装備の特性について………ああ、そうだ。その前にクラス代表者を決めねばならんな。」

 

3時間目の授業が始まり、千冬が教卓へと立って少し。思い出したかのように千冬が言った。

 

「来月頭に行われるクラス対抗戦、代表者はこれに出場する事になる。各クラスから1名の代表者がトーナメント形式で競い合うこれは、クラス毎の現時点での実力推移を測るために行う行事だが、優勝クラスには豪華景品が用意されるうえに代表者にも良いことがある。どうだ?我こそはという者は、自薦他薦は問わないぞ」

 

豪華景品との言葉でクラス中が色めき立つ。

豪華景品等と言われて、気乗りしない人間なんて居ないのだ。

 

「はいはーい!織斑君を推薦します!」

 

「あ、私も織斑君に1票!」

 

「私も!」

 

「じゃあ私は篠宮君に!」

 

「私も!」

 

続々と一夏と遥輝に票をと手を挙げる彼女達。世界でたった2人の男性操縦者なのだ、自薦するよりも彼等を推したほうがネームバリューとしては良いだろう。

 

「って俺!?」

 

自分の名前が上がっている事にようやく気が付いた一夏が、声を荒らげながら立ち上がる。だが立ち上がった一夏をジーッと見つめる彼女達に萎縮してしまい、やらないと言い切れなかった。

 

「じ、じゃあ俺は篠宮さんを推薦する!」

 

なにか言おうとした一夏が絞り出したのは、同じ男である遥輝を推薦すること。そうすることでせめて同率に持っていけたらと淡い期待を持っていたのだ。

 

「他薦で織斑と篠宮か。……篠宮、お前はやれるのか(戦えるのか)?」

 

遥輝の機体を知っている千冬としては、それを聞いておきたかった。何しろ遥輝の機体はそもそも戦闘用に作られていないうえ、競技用でもない。故に専用機や訓練機にあるような競技用スペック等とは無縁なのだ。

 

「んあ?俺は戦えと言うなら戦うぞ?いくらでもやりようはあるしな、それに面白そうだし」

 

一夏が声を荒らげる様をニヤニヤしながら聞いていた遥輝がそう答える。

 

「そうか。…他には居ないか?居なければ2人で決選投票をーー」

 

「待ってください!納得がいきませんわ!」

 

バンッと机を叩いて立ち上がり異を唱えたのは、先程遥輝に絡んでいたセシリアだ。

 

「そのような選出は認められません!大体男がクラス代表等いい恥晒しですわ!このわたくし、セシリア・オルコットにそのような屈辱を1年間味わえと言うのですか!?実力を考えればわたくしがクラス代表になるのは必然、それを物珍しいからという理由で極東の猿にされては困りますわ!わたくしはこのような島国までIS技術の修練に来ているのであって、サーカスをする気等毛頭ありませんわ!!」

 

唐突に始まった演説。それを冷めた目で眺める遥輝だが、一夏は日本を貶すような内容に顔を顰めていく。

 

「良いですか!クラス代表者は実力トップがなるべきであり、現在このクラスのトップはわたくしですわ!大体、文化としても後進的な島国で暮らさなくてはならない事自体耐え難い苦痛でーー」

 

「イギリスだって大したお国自慢無いだろ、世界一不味い料理で有名じゃねぇか」

 

「なっ…!?」

 

その言葉に一夏がキレて、言い返してしまう。いくら自国を貶されても、貶し返したら最早それは戦争である。

 

「あ、あなた!わたくしの祖国を侮辱しますの!?」

 

「そっちが先に侮辱したんだろ!」

 

売り言葉に買い言葉でヒートアップしていく2人。その様子を冷ややかに眺める遥輝。例え自国を侮辱されたところで、遥輝には愛国心等欠片もない。故に先程の言葉には何も思う事はないのだ。だが日本人である一夏の事を極東の猿と言った事は看過できない。別に一夏と特段親しい訳でも、ましてや友人である訳でもない。それ故に遥輝にとっては今の一夏がどれだけ侮辱されようと関係ない。だが【日本人】として一夏を侮辱したなら、それは同じ日本人である束をも侮辱している事と同義だ。

 

「…馬鹿馬鹿しい」

 

だがそれでも、目の前で罵り合っている2人を見ると急速に冷めていく。抱いていた怒り等元から無かったかのように。

 

「決闘ですわ!」

 

顔を真っ赤にしてセシリアが一夏を指差しながらそう言う。いきなりの決闘宣言に困惑する一夏だが、言われっぱなしは癪なのかこれに同意する。

 

「おういいぜ、四の五の言うよりわかりやすい」

 

古来より決闘とは自らの意を押し通すため命を賭して戦う事を意味する。簡潔に言えば『あなたの意見は認められない、私の意見の方が正しい』

そう思っている両者が戦い、勝った方の意見が押し通ると言ったものだ。

彼等にとって決闘の意味等知らないだろうが、*1イギリス代表候補生(セシリア・オルコット)日本人(織斑一夏)に向けてその言葉を放ったのだ、学園内はどこの国にも属さないとはいえイギリスが日本に喧嘩を売った構図にしか見えないのだ。

 

「言っておきますけど、わざと負けたりしたらわたくしの小間使い--いえ、奴隷にしますわよ?」

 

「安心しろよ、真剣勝負で手を抜く程腐っちゃいない」

 

「そう?まあ何にせよ丁度いいですわ。イギリス代表候補生のこのわたくし、セシリア・オルコットの実力を示すまたとない機会ですわね!」

 

自身で身分を言っているセシリアに、遥輝は薄ら笑いを浮かべる。まだ気が付かないのかと。

国家代表、代表候補。文字通り国の代表とその候補。であるならばその言葉は相当重い筈なのだ。だが先程から彼女は、その重いはずの言葉を乱用している。

 

「ハンデはどのくらいつける?」

 

「あら、早速お願いかしら?」

 

「いや、俺がどのくらいハンデつけたらいいかなって」

 

一夏がそう言うとクラスから笑いがドッと起きる。現在の情勢から、男の立場はかなり弱いものとなっている。一部の人間は強気だが、それでもISがある以上その立場は女が上位者だ。そんな情勢の中一夏は真っ向からセシリアにハンデを聞いた、付けて貰うのでは無く自分が付けたほうが良いのかと。腕っ節が強いならまあ分からない話ではない、だがISが絡んでいる以上話は別である。何より一夏はISに関してはズブの素人だ、それに対してセシリアは国に選ばれた代表候補生。当然代表候補生に選ばれるに値する修練を積み、それに相応しい実力を持っている。素人が熟練者にハンデを付けようか等、笑い話にもなりはしないのだ。

 

「お、織斑君。それ、本気で言っているの?」

 

「男が女より強かったのって、大昔の話だよ?」

 

一部を除いた生徒が笑うなか、彼女達は一夏の言葉をやんわりとだが否定していく。

 

『クッ……。ちーちゃん、笑って良いか?』

 

『……気持ちは分かるがやめておけ、あとちーちゃん言うな』

 

一夏が笑われている最中、プライベートチャンネルで千冬と会話する遥輝。その声は震えており、今にも吹き出して爆笑しそうであった。それを見られないよう、笑いそうになった瞬間伏せっている遥輝の事は、一夏に注目が集まっている為気付かれていない。

 

「……じゃあハンデはいい」

 

「ええ、そうでしょうそうでしょう。むしろわたくしがハンデを付けなくていいのか迷うくらいですわね。ふふっ、男が女より強いだなんて、日本の男子はジョークセンスがあるのね」

 

先程までの激昂の表情は何処へやら、明らかに嘲笑を浮かべていた。

 

「プッふははははっもう無理だ、耐えられねぇ!」

 

笑いを堪えていた遥輝が遂に吹き出して爆笑してしまった。突然の事にクラス中の視線が遥輝へと集まるが、それでもお構い無しに笑い続ける。それを見た千冬は頭を抱えるが、特に声あげなかった。

 

『…私はやめておけと言った筈だが?』

 

『…そんな事言われても、無理だろ。こんなの、爆笑もののコントだわ』

 

熟練者が初心者に決闘を申し込むのも滑稽だが、代表候補が奴隷等と言い放った問題発言も遥輝を笑わせる要因になった。そして何より初心者の癖に熟練者に対して自分がハンデを付けようか等、笑ってくれと言っているようなものだ。

 

「ん?ああ、良いよ俺の事は気にせず。続けてどうぞ」

 

一頻り爆笑して一呼吸落ち着いた遥輝が周囲を見渡しながらそう言った。彼にしてみればセシリアと一夏のコントをもう少し見ていたいという願望があった。一夏を笑う一部生徒等、ヤジを飛ばすオーディエンス程度の認識しか持っていない。最早遥輝にとって、このクラスはコントを見るための座演会場なのだ。

 

「ど、どうして笑っていられるんだよ!日本をバカにされてるんだぞ!」

 

そう熱く語る一夏の視線の先には、その言葉を受けても何も表情を変えない遥輝がそこに居た。

 

「どうしても何も、バカにされたからっていちいち相手の事もバカにするのか?」

 

相手にバカにされた、だから同じようにバカにする。それは争いに発展する。そんな非生産的な行動に、果たして何の意味があるというのだろうか。そう問われると、一夏は何も言えなくなったのか悔しげに席についた。

そして遥輝は一夏から視線を外すと未だ固まるクラスメイトを眺めつつ、その視線をセシリアへと向ける。

 

「どうしたお嬢さん、もうボキャブラリーは尽きたのか?」

 

「ッ!?」

 

その瞳はセシリアを見てはいない。否見てはいるが、最早認識していない。先程の問答の時とは違う目に、セシリアは絶句する。だが何も言い返せない、遥輝に見つめられているその瞳から感じるナニカが自分の口を縛っている。そんな気がしていたからだ。

 

パンッ!!!!!

 

「はっ!」

 

千冬が手を打ち鳴らした音が教室中に響き、雰囲気が変わった事でセシリアはハッとなり遥輝を再度見る。だが既に遥輝は視線を反らしており、感じていたナニカはもう感じなかった。

 

「全く場をかき乱すだけかき乱すな、馬鹿者。…篠宮、織斑。それにオルコットの3名は準備をしておけ、お前達が言う決闘とやらをしてやろうではないか。来週月曜の放課後、第3アリーナで行う。話が進まないのでこれ以上の反論は許さん。では切り替えろ、授業を始める」

 

そう千冬が締め、一応は決闘という流れで丸く収まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
代表や代表候補の言葉はそのままその国の総意と捉えられる



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-4 詐称

第4話

 

 

 

 

『どお?はーくん。学園生活は楽しい?』

 

「まだ1日目だぞ、そんな楽しい事起きるわけが……いや、そう言えば金髪のお嬢さんが俺と織斑少年に決闘とやらを申し込んで来たな。クラス代表の座を賭けて争うんだと」

 

『何その金髪、はーくんに喧嘩を売るなんて。……潰そうかな』

 

授業も全て終わり放課後、遥輝は脇目も振らずに屋上へとやって来ていた。この学園は朝夕関係なく常に屋上への出入りは自由な為、生徒の憩いの場として使われている。

だが今日に限っては話題の男性操縦者を追っかける為殆どの生徒が1年1組へと殺到していた。当然遥輝も捕まりかけたのだが、授業が終わって直ぐに屋上へと向かった為すれ違う生徒もほぼ居なかったのだ。

 

「あんな輩に束が手を下す必要は無い。まあ来週ISバトルらしいからな、クラス代表に興味は無いがバトルは楽しみだ。それにしても宇宙服でバトルねぇ、なかなかどうして滑稽な話だな」

 

IS本来の用途を思えば、バトル自体がそもそもおかしな話だ。簡単にいえば宇宙服、そもそも戦闘用ではないのだから。

 

『ねえはーくん、来週辺り本格的に私の方でも社員募集してみようと思うの。私の夢に賛同してくれる人達を』

 

いくら世紀の大天災だとはいえ、人間である以上1人の力だけでは出来ない事は多い。宇宙進出という夢がその最たるものであり、そのためには多くの人材と資金、そして何より場所が必要なのだ。それを多く集める為にも、彼女は自身の会社を大きくする必要がある。

 

『それでね、はーくんにはexplorator(エクスプローラートル)を使って宣伝して欲しいの。丁度良く来週はクラス代表を決める為に乗るでしょ?』

 

explorator (エクスプローラートル)

束が創った現行のISコアとは設計思想が全く異なり、宇宙空間での活動及び大気圏突破や突入の為の機体である。コアのスペックもかなり変わっており、現行のコアと比べ一目で分かる最大の違いはSEが4倍近く違うことだ。

 

「だがバトルだぞ?勝てないとは思わないし負けるとも思わないが、それでもこの機体は戦闘用じゃない。対して金髪のお嬢さんは代表候補と言うくらいだ、今のご時勢ならば国や企業が威信をかけて開発した戦闘用機体だろうさ」

 

『むふふ、その辺りは安心してよ。スペースデブリと正面衝突しても問題ない位は装甲も厚いし固い、それに大気圏突入も視野に入れた耐熱装甲だしさ生半可なレーザー如き歯牙にも掛けないよ』

 

対IS戦闘は想定されていないが、それでも相対した場合どれだけ攻撃を受けてもほぼ無傷で済むくらいには装甲が厚い。全身装甲の為に露出した部位が無いため、装甲が耐えられる攻撃ならSEを消費することもないのだ。

爆撃やシールドピアース等の相当攻撃力の高い武装なら装甲をぶち抜けるためダメージを与えられるが、小火器やレーザー等では装甲を抜けない為ダメージにならない。

 

織斑千冬(戦闘狂)と戦うハメにになった場合はどうする、暮桜の後継だというのなら零落白夜があるんだろう?」

 

零落白夜。

対象のエネルギー全てを切り裂き消失させる暮桜、及びその後継機である八重桜に搭載された単一仕様能力。全てのエネルギーを消失させるそれはISに張られているエネルギーシールドとて例外ではなく、容易く切り裂き絶対防御を発動させる。エネルギーシールドは主に剥き出しの地肌を守るために、又は急所を守るために張られている為そこを攻撃されて絶対防御が発動すると倍以上のSEを消費させる事が出来る為に、千冬の技量も相まって一撃必殺を体現している能力だ。

 

『安心してはーくん、あの能力は対エネルギーの鬼札だけど万能じゃない。あれが無類の強さを発揮するのはエネルギーを切り裂けるからなんだよ。シールドバリアーもそう、レーザーだってエネルギーだから切り裂ける。今の時代装甲もあるけど、殆どシールドバリアーで操縦者を覆っているからね、例え装甲を斬りつけてもシールドバリアーがそこにあるから大幅にSEを減らせるんだ。だけどシールドバリアーの下にある装甲には何一つ傷を付けられない、出力を上げれば通常装甲位は溶断出来るけど、そうすると操縦者ごと切り裂きかねないから出力は一定値を超えないんだ』

 

エネルギーを切り裂ける最強の能力だが、対物理では大した能力は無い。通常出力では装甲を切り裂く事が出来ないが出力を上げすぎると人を殺しかねない危険性を孕んでいる。

 

「ならこの機体であれば負けは無いと?」

 

『現状ではそうだね。理論上なら最大出力の零落白夜で切り落とせる装甲って事になってるけど、零落白夜を最大出力で展開するなんて暮桜は愚か今の八重桜でも無理だよ。何もかも全てのSEを零落白夜に注ぎ込んでも、理論値だと持って1秒の展開が限度。展開して振り下ろすのなんて、まず展開した段階で限界を向かえるのが関の山だよ』

 

最大出力の零落白夜の放熱量は約6000k。

これは全てのエネルギーを、零落白夜の展開維持に回すことで得られる。

explorator (エクスプローラートル)の耐熱装甲の耐熱温度は6000kであり、理論上は零落白夜の最大出力で切り落とせる事になる。だがこれは文字通り全てのエネルギーを費やさないといけない。機体維持やシールドバリアー、絶対防御を稼働させるエネルギー、PICに至るまで。機体を動かす上で必要な全てのエネルギーを消費する、その結果得られるたった1秒の展開可能時間。とてもじゃないが現実的ではない。

 

『それとね、クーちゃんからのプレゼントがあるから来週を楽しみにしててね♪じゃあまたねはーくん』

 

「ああ、またな。束」

 

電話を切った遥輝は、思考を巡らせる。プレゼントと言われ、何が来るのかと。独特な感性を持った束の元で育ったクロエがプレゼントを渡すと言われ、大丈夫なのかなとも。

 

「あ、居た居た居ました。やっと見つけましたよ篠宮君!」

 

通話を切った直後、屋上とを繋ぐ扉から声が響く。それも相当大きい声のようで、風が拭き聞こえづらい屋上テラスに居た遥輝にしっかりと聞こえる程だった。

 

「何か用でも?山田教諭」

 

そこに居たのは我らが副担任の真耶だった。何か用があり急いで遥輝を探していたようで彼女は相当息が上がっていた。それでもすぐに呼吸を整え、遥輝へと向き直った。

 

「寮の部屋が決まった報告と、その部屋の鍵を渡そうと思ったんですけど…教室に行っても居なくて、教室に残ってた織斑君達も知らないって言ってて。探すの大変だったんですからね!」

 

ぷんぷんといかにも私怒ってますよと言いたげに頬を膨らせる真耶だったが、不思議と似合っていた。とても千冬と1個違いだとは到底思えない、もっと年下何じゃないかと錯覚を起こしそうだった。

 

「それは申し訳ない。だがこちらも企業に所属する操縦者として、会社へと定時連絡する義務が生じる。流石に不特定多数の人間が居るところで業務連絡は問題なので」

 

あの電話を定時連絡と取れるのかと疑問は当然だが、関係は社長と社員なので定時連絡と言えばそうである。

 

「まあそれもそうですね。では篠宮君、こちらが部屋の番号と鍵です。失くさないでくださいね?再発行手続きは面倒ですし、生徒さんの自腹なんですから」

 

「ん、確かに受け取りました。わざわざありがとうございます」

 

「はい、確かに渡しました!ではまた明日!」

 

鍵を渡し用が済んだ真耶は早々に立ち去った。

小脇に抱えたファイルの厚さを見るに、まだまだ仕事が残っているのだろう。教師というのは生徒が入学した初日からあたふたと忙しいものだ。

 

「やはり敬語で喋らなければいけないのは面倒だな」

 

教師だから、年上だから。敬語で喋らなければならないのだが、遥輝にはそれが面倒極まりなかった。そもそも使い慣れていないうえに、使うような場面等無かったのだ。だが千冬には割とフランクに崩した感じで喋っており、千冬もそれを何も言わない。束と対等だから敬語等不要だろうと、両者が思っている故だった。

 

「敬語とは敬う言葉だ。俺みたいなやつには到底似合わないとは思うが……そこのお嬢さん、お嬢さんはどう思う?」

 

屋上テラスの柱、そこへと視線を送った遥輝は誰かが居ると確信して声をかける。すると数秒の後、薄青色の髪をした少女がそこから出て来た。

 

「あら、よく分かったわね。完璧に気配を消していたと思ったのだけれど」

 

「気配を消すねぇ…おかしな事を言うんだなお嬢さん。どうして生きているのに気配を消せると思った?そこにあるものはそこにあるものでしかないだろう?人間だってそれと同じだ」

 

気配とは体内で生じる生体電気が僅かに外へと漏れ出ている現象、準静電界を体に生えている体毛がキャッチしている事で感じられるとされている現象。そしてそれに準ずるならば、生きている限り生体電気は無くならない為、準静電界も無くならない。であるならば、生きている限り気配を消す事など不可能なのだ。

 

「で、なんのようだい?お嬢さん」

 

薄青色の髪の少女は、遥輝が見た限りクラスメイトにも存在しない。胸元のリボンを見れば2年を示す色のリボンがあり、なるほど通りで知らない訳だと1人納得する。

 

「噂の男子生徒がどんな人なのかと、気になって後をつけて来ただけよ。別にこれと言って大した用事はないわよ?」

 

「大した用事がないなら後をつけないだろ、ましてや柱の裏に隠れる必要もない。………ああ、裏事か」

 

「っ!?……」

 

状況から導き出した推理に息を呑む少女。だがその行為は正解だと言っているようなものであり、遥輝はその反応を見逃さなかった。

裏事。文字通り裏の人間が行う事。

裏事に反応した事から彼女が裏に精通する人間である事が分かる。

 

「…どうして私が裏の人間だって分かったのかしら?」

 

「どうしてねぇ、主にその目だな。俺の事を探ろうとする、値踏みしているかのようなその気に入らない目。そんな目をするやつは裏の人間だって相場が決まっているんだよ」

 

「……」

 

まさかそんな理由で見破られたのかと、彼女は絶句する。そんな大した理由でもないのに見破られては、彼女にとって死活問題なのだ。基本表の人間に裏の事情はバレてはいけないのだから。

 

「コソコソ裏で嗅ぎ回られるのは非常に不愉快だ。何か知りたいなら直接来い、事と次第によっては教えてやる」

 

遥輝にとって知られたくないようなやましい事など無く、ちゃんとした目的を持ってこの学園に来ている。それを裏からコソコソと嗅ぎ回られたら、いい気分では無いだろう。

 

「あら、随分気前が良いのね」

 

「別に、知りたいなら堂々正面から来る方が信用できるだけだ。裏で嗅ぎ回るやつは、何を抱えているか分からんからな」

 

既に彼女は裏から嗅ぎ回ろうとしていたのだが、遥輝にとってみれば未遂である以上とやかく言うつもりは無かった。腹の中に何抱えているか分からない彼女だが、結局学園の生徒である以上表側としても会うのだ。

 

「じゃあ遠慮なく聞かせてもらおうかしら。ーー貴方は一体、何者?」

 

裏に精通する彼女の言葉には遠慮容赦無く確信を突いてくる。

 

「篠宮遥輝、21歳。工業高校を卒業後はアルバイトをしながら生活をし、20歳の時に親元を離れた事を最後に記録が終わってる。まあ1年の間何処かで一人暮らしをしながら束博士の元に居たんだろうって言うのが推測、これが私の伝手で調べた限りの情報。でもね、貴方のこの情報は1年前に私が戸籍関連を調べていたときには見たこともないのよ」

 

もう隠す必要のない裏の人間という身分故に、彼女は簡単に戸籍情報を見ることができる。それ故彼女が知っている情報と最新の情報、そこに生じる差を見て不審に思ったのだ。

戸籍登録は出生時点で申請し登録され、以後誕生日毎に自動的に更新される。変更等は委任状を持った第三者か本人にしか出来ない。

 

「貴方は戸籍上日本生まれの日本育ち、両親だって日本人の純粋な日本国籍。でも去年までそんな戸籍存在しなかった、でも今見るとちゃんと21年間この国で暮らしていたっていう情報がある。更新履歴も20回。戸籍情報だけ見れば何の疑いも無い。でもだからこそこの戸籍は偽造されたものと、私は確信してるの。私の家にある一昨年から今年までの日本国籍所持者の紙名簿1億7千600万人弱、その中に貴方の名前があるのは今年分だけだったから」

 

どう?と問いかける彼女の瞳に映るのは、最早疑いではなく確信だった。

 

「流石と言っておこうか、お嬢さん。一般人であれば疑いもしなかった筈だが、よくもまあ調べ上げたものだ。確かに俺の今の戸籍は偽造されたものだ、名の無い俺に名をくれた束が造った。本来存在しない、名無し男だ。だがそれがどうした。俺は束の指示でこの学園に来たが、それの正体が名無し男だろうとお嬢さんには関係無いだろう?」

 

矛盾しているようで正しくもあった。

遥輝を学園へと送った束の影響力は凄まじい、IS時代である今、ISの開発者という立場は酷く重い。IS委員会も学園上層部も束の意見に進言こそすれ、拒否など出来る筈もない。

皆こう思うのだ【開発者の機嫌を損ね、自国のISを停止させられでもしたらたまったものではない】と。

故に正規ルートで学園へと入学している遥輝を、裏に精通するとはいえ生徒である彼女がどうこう出来る筈もないのだ。

例え経歴が偽造された偽物であっても、彼女がそれを指摘したとしても、もしそれを上に報告したとしても、束の威光を恐れて誰も行動に移すことは無いだろう。

 

「私は生徒会長として、生徒を守る義務がある!例え上層部が公認していても、正体不明の貴方を諸手を挙げて歓迎なんて出来ない!」

 

例え上層部に逆らったとしても、彼女は自らの役割を全うしようとする。生徒会長として全ての生徒の頂点に立つ彼女は、篠宮遥輝という正体不明者を認める事は出来なかった。

 

「この学園に仇なす存在ではないと確定しなければ、貴方を認める事は出来ない」

 

その有様は、最早狂気的なまでに自身の立場、役割を全うしようとしていた。生徒会長ならば学園上層部の意向には従わなければならない、例えそれが異常だとしてもだ。

だが彼女はそれを全否定した。自身の感性により、経歴詐称の名無し男である篠宮遥輝を彼女は信用する事はできない。例え上層部からの命令であっても、彼女には関係無いのだろう。

 

「見事なまでの行動指針だな、上に逆らってもその役割を全うするか。面白いお嬢さんだ」

 

遥輝にとってその行動の有様は酷く痛快極まりない。上に逆らうという事は裏切りと取られても何も言えない、それでも自身の意思を曲げない彼女に強い好感を覚えたのだった。

 

「お嬢さんのその意思に敬意を。俺はこの学園の敵対者ではない事を宣言しよう」

 

「…その言葉に嘘偽りはないかしら?」

 

彼女の懐疑心はかなりのものであり、遥輝が宣言してもなお疑いの目を向け続けている。前会長から会長職を引き継いだ彼女は、その役割を全うすることに固執している。例えそれが異常だとしてもだ。

 

「無い。人員を引き抜く事はあるかもだがな」

 

「……そう、分かったわ。今はそれを信じてあげる」

 

そう締めると、彼女からの圧がフッと消える。

 

「そういえば自己紹介がまだだったわね。私は2年の更識楯無、生徒会長をやってるわ。以後よろしくね」

 

「篠宮遥輝だ、篠ノ之束の助手なんてものをやっている。こちらこそよろしく頼むよ」

 

今まで流れていた緊張感が嘘のようだった。それこそ、無邪気に笑いかける少女のように。

 

「あ、そうだ遥輝君。さっき寮室の鍵を貰ってたみたいだけど、部屋は何処になったのかな?」

 

もう後をつけていた事はバレている為か開き直った楯無は、盗み見ていた事を真正面から尋ねる。最早バレているのだ、もう隠す意味等ないのだから

 

「ああ、まだ見ていなかったな。ちょっと待ってろ」

 

先程の問答の最中にポケットへとしまったそれを、くしゃくしゃになっていたのを広げながら楯無にも見えるように広げる。

この寮内、4桁の番号で部屋を指定しており、最初の桁によって階層、残りの3桁が部屋番号となる。最初の桁は1年なら1、2年なら2、3年なら3というように各階層が学年毎割り当てられている。

そして遥輝の部屋番号は1040番だった。

 

「何だ1階かぁ、そうそう遊びに行けないなぁ」

 

「1年の寮に2年が居たら問題だろう」

 

そう言うとおり入ったばっかりの1年の寮へとちょくちょく上級生が来ていたら流石に萎縮してしまうだろう。学食では3学年が一堂に会するとはいえ、学年毎の寮では気心の知れた人達だけで居たい筈なのだ。

 

「まあいいわ、近々生徒会室に招待するわね。それじゃあまた会いましょう♪」

 

そう言い残し去っていった楯無の背を見つつ、新たな面倒事の予感を感じていた。

 

「感謝するぞ束。この学園、退屈しないで済みそうだ」

 

 

 



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