川神麻婆豆腐店・泰山 (ナギ丸)
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椎名京との邂逅

親不孝通り。

 奇人変人が多い川神において、お世辞にも治安が良いとは言えない場所である。そこから細い路地を通り、初見では辿り着けないような場所にひっそりと営業している店があった。

 

川神麻婆豆腐店・泰山

 看板は汚く、明かりがついていなければ潰れていると判断されても仕方がない外観をしている。そもそも、駅前繁華街を始め、美味しい中華料理屋は他にもたくさんあり、わざわざ親不孝通りにまできて食べる者はいないだろう。そんな見た目も立地も悪い店に、今日も変わった客が入る。

 

 

 椎名京がその店を知ったのは、自分の思い人である直江大和がクラスメイトである熊谷満から聞いた話を教えて貰ったからだ。熊谷満は食に関して情報通なグルメであだ名はクマちゃんである。

クマちゃんが言うには親不孝通りの方に激辛好きに大人気のお店があるとのこと。場所が分かりにくい為、穴場らしい。

曰く、舌を楊枝で千本刺しにされて塩をぶっかけられたような辛さ。曰く、ラー油と唐辛子を百年間ぐらい煮込んで合体事故のあげく、『オレ外道マーボー今後トモヨロシク』みたいな料理。

辛いものが苦手なわけではないクマちゃんに食べるのが大変だったと言わせるほどの辛さ。だが、不味くはなく、むしろ美味しい部類だったはず、、、と評価していた。

 直江はあまり興味を示さなかったが、自他共に認める激辛好きである椎名にクマちゃんから教えて貰ったその店の場所の情報を渡した。

 

「京、行ってみたらどうだ?」

 

 この何気ない一言があんな劇物を作る原因になるとは大和に予想できるわけがなかった。

 

 後日、直江もファミリーの皆も予定がある時一人でその店に行った。見た目はお世辞にも綺麗では無かったが、取り敢えず入ってみることにした。

古いが掃除がちゃんとしてある店内には店員が一人だけ居た。おそらく自分と同じくらいの若さ、引き締まった体、高い身長、間違いなく武を嗜む強者の風格。

 

 そんな男が店のテーブルで高校数学の教科書を広げ勉強していた。

 

「よく来た。注文は?」

 

 本来客に対して多少無礼であろう物言いであったのにも関わらず腹が立たなかったのはその態度が堂に入っていて、とても自然体であったためだろう。

 男は教科書をしまうと何事もなかったかのように注文を聞いてきた。川神学園はバイトなどを禁止しておらず、ファミリーの風間などはよくバイトをしているので、学生が働いているのは驚かない。だが、店には彼だけなのと、とても学生とは思えない雰囲気を醸しだす店員に椎名は戸惑いながらも席に座った。

 あまり人と関わるのが好きではない椎名は、気になったその疑問を心の中にしまった。

 

気を取り直し、真っ赤な表紙のメニュー表を開いた。

麻婆豆腐。

 椎名はメニュー表を閉じた。そしてまた開いた。

麻婆豆腐。

 何度見ても品目は麻婆豆腐しかない。サイドメニューや飲み物なんてなく、ただ麻婆豆腐としか書いていない。メニュー表の裏には詩と注意書きがあった。

 

 

 

~体は麻婆豆腐で出来ている~

 

~血潮は豆板醤で 心は豆腐~

 

~幾たびの辛子をかけても美味い~

 

~ただ一度休息はなく~

 

~ただ一度も匙を止めない~

 

~彼の店は常に一人 拭く汗に勝利に酔う~

 

~故に甘口に意味はなく(当店は甘口もあります)~

 

~その体はきっと麻婆豆腐で出来ていた~

 

 

*本店は非常に辛い麻婆豆腐が売りです。なので、辛さ調節は出来ますが初めての方で辛いのが得意な人は通常の麻婆豆腐をお頼みください。辛いが苦手な人は辛さなしから調節できます。常連さんの中には辛さ増しを頼む人もいらっしゃいますが初めての方にはお出しできません。ご了承ください。

また、小さな店のため大人数でのご来店の場合予約が必要になります。ご了承ください。

 

 

 

「メニューはこれだけ?」

 椎名は謎の詩を見なかったことにした。

「あぁ、麻婆豆腐のみだ。辛さ控えめも一応ある。」

「そう。じゃあ通常の麻婆豆腐で」

「分かった。」

 男はそう言うと黙々と麻婆豆腐を作り始めた。なんで麻婆豆腐しかないのか聞きたかったが椎名は我慢した。

 

 しばらくすると完成した麻婆豆腐が椎名の前に置かれた。

 

 それは、赤だった。

 

 赤っぽいとか真っ赤とかなんてもんじゃない。もっと恐ろしいものだった。とあるプリズマでイリヤな少女が

「わぁ、いただき、、、赤い、、、(絶望)」

なんて言ってしまう程の代物だった。

 それだけでなく、食べる前から目と鼻が痛くなるほどの香り。まるで、マグマのようにボコッボコッと音が聞こえ、初見は頼んだことを少し後悔し始める。

 だが、好きな食べ物は麻婆豆腐(デスチリソース入り)、好きな飲み物は天帝ハバネロカイザードリンクと言う椎名京。迷わずレンゲを取り食し始める。

 

「いただきます。」

 

 それは激辛好きの椎名京でさえ、驚く辛さだった。だがその辛さの中にある旨味、程よい苦み、そして、頭が吹っ飛ぶほどの痺れと辛さ。まさに舌が溶けるかのような感覚。気づけば最後の一口まで食べ進めていた。名残惜しそうに最後の一口を食べる。

 

「ご馳走様でした。」

 

 椎名は日頃から辛い物を食べる彼女には珍しく、激辛麻婆豆腐を食べたことでじんわりと汗をかいていた。ここにFクラスの男子生徒がいたらその艶かしさに目を奪われていただろう。彼女の求愛行動をいなしている大和でさえドキッとしていたことだろう。椎名は自分がそんな風になっていることなど気づかぬほど麻婆豆腐を楽しみ、これを作った男の腕に驚いていた。

 男もまた初めて入店したのにも関わらず眉一つ動かさず黙々と食べる椎名に驚いていた。大概の客は悶絶、ひどい時には気絶の場合もあるからだ。一部の人間がハマって常連になるのだが、椎名ほどの無表情で食べる者は珍しいのだ。

 一瞬視線が交差する。

((こいつ、出来る!!))

 激辛好きが通じ合った瞬間である。

 

 そのあと会計をし、

「また来る。」

と一言残し、椎名は去っていった。

 

 帰り道で

(次回はもっと辛いのを頼もう。)

と考えているあたり流石である。

 

 川神麻婆豆腐店・泰山において他の常連が誰も食べられない程の劇物がこの二人の邂逅によって生み出されることになるのだがこの時は誰も知らないことである。

 

 

 

「あれが椎名京か、、、」

 

 椎名京は、川神学園が誇る武士娘であり、椎名流弓術の継承者、弓の腕前は一級品であり天下五弓に数えられるほどの実力者である。

 川神学園だけではなく、一部の武芸者に知られるほどの弓の名手である椎名の事を知っていたのは男が同じ学園の先輩であるだけでなく、彼もまた武を嗜むものであったからだ。

 そんな、学生の身でありながらひっそりと麻婆豆腐店を営む武芸者の名前は、

                言峰綺礼と言った。



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