波動系男爵令嬢キーラちゃんの楽しい学園生活 (働かない段ボール)
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第1話 のちに力、知、そして権力を手に入れる女

私には欲しいものがあります。

 

第一に力、第二に知、そして第三に権力です。

 

なぜ欲しいのか?

 

欲望に理由など必要でしょうか?

 

一般市民として元気に誕生し、放任主義の母に放流され都を古今東西縦横無尽にここは私の庭だと駆け回り、すくすくと成長したこの私、キーラは、溢れ出る権力欲のため、日々鍛錬を積み重ねてきました。

 

都は私の庭であると真に信じて治安維持活動に勝手に従事していたのですが、ある時そうではないことに気がつき、愕然とした過去があることもここに記しておきましょう。でも将来的には私の手中に収める計画です。

 

父親はいませんでした。母から「人類は単為発生して増殖する」と言われたことを、昔の超素直な私は大変素直に信じていました。天使かな?

 

後に判明したことですが、どうやら母は男爵家にメイドとして働いていることがあり、その時なんやかんやあった後、そこをやめて私を産んだそうです。

 

この話は母からではなく、近隣住民の方から伺いました(母は定期収入があったため、私たち親子は集合住宅にすむことができていたのです)。

母は一切私生誕の謎を語らないので、私は都のあちこちから、ある時は対話(魔法)、またある時は印象操作(物理)、またある時は説得(物理)をして情報を集めました。

 

その結果、母の昔働いていた男爵家を突き止めることができたのです。

 

商業の成功で成り上がり、爵位を賜った新興貴族ホーンボーン男爵家でした。金持ちです。

一代ではなく世襲できる爵位らしいのですが、当主は未だ独身。

 

策もなく乗り込むのは危険です。一般市民たる私など、簡単に強大な権力によって捻りつぶされるでしょう。私も捻りつぶす側の人間になりたいです。

 

私は下準備をすることにしました。かわいい系守ってあげたいほんわか少女的外見を有する私は、害虫駆除の労働により手にいれたお金で屋敷侵入に適した装備を整えます。ほんわかは装飾です。

 

件の男爵家に無事侵入した私はメイドの一人になりすまし、内部からしか得られない情報の収集にいそしみました。

 

手始めに母が働いていた当時からいた者を調べ、それとなく母のことを探ります。母は誰にでもノーを突きつけることのできる剛の者なので、直接詮索することができなかったからです。

 

結果、どうやら本当に母は私が生まれる1年前くらいまで、ここで働いていたようでした。

もうこれは色々と察してしまいますね。

 

次に母の交友関係です。母は今でこそ私に向かって教育的ドロップキックをかます女ですが、若いころは小柄で守ってあげたい系美人のようでした。なので、実情を知らない周囲からはメイドとして洗濯やあれこれ雑用するのは大丈夫なのかと心配されていたみたいです。誰かと特別に親しくしていたようではなくやめた後の足取りは途絶えたと、母のことを知っている古参メイドさんはおっしゃっていました。あと、同僚と交際している様子も特になかったとか。……困りましたねぇ。

 

もちろん、「この人のこと知ってますかー?」とダイレクトに聞いたわけではありません。

 

休憩中噂話をしている閉鎖的空間で、ついおしゃべりしたくなっちゃう香を少したいて、話題をそれとなく『過去働いていた人について』に誘導しただけです。

 

あいにく人の精神に直接作用する便利な魔法はないので、多少の小細工をしました。

 

あとこの屋敷で調べていないのは当主、ホーンボーン男爵だけになりました。はしばらく商売のために、都の屋敷を離れていたので接触は不可能でした。

 

帰ってくるまでの下準備として食材の搬入時間や従業員の就業時間を調べ、周囲に助けを求められない状況で当主から確実に情報を搾り取る計画を立てていきます。

 

そして待ちに待った当主の帰宅。私はその時を居合わせていました。

その容貌は伝聞で知っていたのですが、なんか運が悪そうな小太りのおじさんだなと思いました。

 

なぜなら馬車から降りた瞬間、彼にだけ鳥の糞が当たるという単純な事故があったのです。ただ一方で、雑誌の懸賞に応募すると当たるなどの幸運も持ち合わせているようでした。運を減点方式にすると0点、加点方式すると満点といった感じでしょうか。

 

糞の付いた彼は執事に介護され、そのまま屋敷の中へ入って行きました。ただ、このとき気になる反応を見せたのです。私の顔をみたとき、一瞬驚いて、まあそんなわけないかと気を抜くような表情をしたのです。

 

こいつはきな臭くなってまいりましたね。

 

時は来た。面が割れないように服を着替えて覆面をし、いざ襲撃です。

当主が1人になり、かつ周りに執事らがいないタイミング。それを狙って部屋に侵入します。

 

「だ、だれだ!」

「おっと、叫んだら命はないものと思ってください。まさかとは思いますが、首と胴体がおさらばしたいわけではありませんよね?」

 

私の侵入に気が付いたホーンボーン男爵がこちらを見て言いましたが、すぐさま脅しをかけます。

物を切るには刃物または高度な風魔法が必要です。今回は刃物をご用意しました。使う気はありませんが。

 

「……っ!」

「私の質問に正直に答えてください。あなたは、オディールというメイドを知っていますか?」

 

さっさと要件である母、オディールの事を聞きます。さあどう来るか……。

 

「な、なぜその名前を……っ!」

 

めちゃくちゃ動揺してます。同様のあまり上下に振動しています。

あー、これは……。

 

「知っているようですね。かつてあなたと彼女はどういった関係だったのですが?」

「どういった関係!?……それは」

 

今度は横に振動を始めました。そのうち三次元振動するのかな?

 

「それは?」

「ひっじょーに、表現しづらいというか……」

「ただのメイドでは?」

「君は彼女のことを知っているようだが、それでもなお『ただの』をつけられるのか?」

「無理ですね」

 

母の本性を知っているということは、それなりに親しい仲だったことへの裏付けになってしまいます。

 

「むしろ、私の方が彼女について知りたいくらいだ。君は彼女とどういう関係なんだ」

 

今度は奥行き方向に振動です。三次元が見えてきた。

 

なんだか、緊迫感がなくなってしまいました。

これはもう、ネタばらししていいでしょう。

もしも警邏隊を呼ばれてしばらく身を隠す事になった状況を考えつつ、私はホーンボーン男爵にいいました。

 

「私は、オディールの娘ですよ」

 

そして覆面を取りました。これ、地味に高かったんですよね。

 

「君は…昼間の!」

「母が昔のこと教えてくれないので色々と調査してました」

 

いえーい、みてるー?といった感じでピースします。男爵は曲げ振動しています。そろそろ二次元振動を突破してほしい。

 

「……そうか、娘か。…………オディールは?」

「元気にこの世の汚れを洗濯しています」

「だろうなぁ」

 

男爵は懐かし気に言いました。

 

「彼女の娘か。確かによく似ている。行動力までそっくりだ」

「えええぇ……」

 

私あそこまでじゃないと思うんですけど。

 

「まあ、何かの縁だ。彼女のことについて知りたいならなんでも答えてあげよう」

「じゃあ、母は単為増殖できると思いますか?」

「さすがにそれは無理じゃないかな」

「ですよね」

 

うーん。やっぱりかぁ……。

 

ホーンボーン男爵はそわそわしながら、こっちをみています。

 

「私、母から『人間は単為発生で増殖する』って教えられて育ったので父親のこと知らないんです。それでいろいろと調査しているんですが……。私の調べた限りではヒントはメイドをやめる前後……、当時母と男女の関係にあった男性を知っていますか?」

 

それを聞いた途端、ホーンボーン男爵は回転軸まわりの偏心による振動を始めました。ついに三次元振動到達です。

 

「ままままままさかき君はははっはは」

「とりあえず落ち着いてもらえますか」

 

男爵はひとしきりグルグル回った後、こう言いました。

 

「……多分、君の父親は私だと思う」

 

 

 

* * *

 

 

 

「私権力が欲しいんですよ」

 

「うん?」

 

私はもしかしたら自分が男爵の娘かもしれないという予測をしたときから、あることを考えていました。

 

「なので、養子としてお宅の子にしてもらえませんか?そこから、混沌渦巻く令嬢ロードを駆け上がっていきたいので」

 

これが私の権力掌握の第一章であると。

 

 




なろうに投稿している短編&連載作品なのですが、脊髄で書いていてあとから編集しようと思っていたものです。
ただ一旦投稿した話を編集するのはめんどうくさくなったので、ハーメルンで合体させてマルチ投稿することにしました。


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第2話 ドキドキ☆女だらけの学園生活

記念すべき登校初日、私はとてもわくわくしていました。

 

私の名前はキーラ。庭である都を古今東西縦横無尽東奔西走し、勝手に治安維持活動してきたちょっと権力欲の強いごくごく普通の一般市民でした。

生まれた時から母と二人暮らしで父親のことを知らなかった私は、自分の出生の謎を探ってみたところ、なんと男爵の隠し子。キーラちゃんびっくり。

 

あとはとんとん拍子に男爵家入りが決まり、晴れて貴族の仲間入りに。そして、父親であるホーンボーン男爵は「学校いく?」と提案してくるのでこれを承諾。試験を経て、無事等教育機関に編入する運びとなったのでした。そして、今日がその登校初日なわけです。

 

初等教育は受けていたのですが、中等教育にいきなり途中から飛び込みはどうなの?と思ったりもしましたけど、なんとかなりました。権力を手に入れる上で学は必須でしたので、自習しててそれが役に立ちました。

 

さて、私が通うことになった、やたら長い名前が付いていて正式名称で呼ばれることのない通称”学園”は、この国が誇る国立中等教育機関です。学生はハイレベルでかつ貴族の子女など社会的に地位の高い子供たちが多く、そんな中で編入生というのは不利なのが一般論。

私自身は持ち前の権力欲で、混沌渦巻く令嬢ロードに挑むことを決めていたので、後悔はありません。

 

 

 

現在、私は入り口である正門からとことこと教師に誘導されて歩いております。

 

都は大部分が我が庭ですが、部外者以外立ち入り禁止である学園はまだ勢力圏内ではありません。そのため、学内の敷地に入ったのは編入試験を含めて二度目です。敷地は女子部と男子部に分かれていて、それぞれ本校舎があり、女子部の方にはもう使われていない旧校舎があります。

頭の中に地図を思い描いていると、中庭のところで少し待っていてくれと教師に言われました。

うむ、誘導ご苦労です。

教師がいなくなった後、環境観察のためきょろきょろとしながらあっちへこっちへ視線を動かしていると、中庭の木の上に人がいるのが見えました。上流階級ばかりが通っているとされている学園で、このような奇行に走る学生がいるとは考えがたいのですが……。

 

気になったので木の下まで近づいてみると、にゃーにゃ―言っている女子学生がいました。

猫ではありません。人間です。

しかし彼女は頭部になぜかネコ科の耳、頬には細い三本の髭が生えていました。

 

近づく私に気が付いたのか彼女(?)は、間違いなくこちらに向かってにゃーにゃー言い始めます。

その奇怪な光景には思わず瞬きをしてどうしたらよいのか分かりません。

 

一旦状況を整理しましょう。

 

・彼女の外見は猫のようになっている

・彼女は登った木にしがみついている

・こちらに対して助けを求めるようににゃーにゃ―言っている

 

木から降りられなくなった子猫ムーブですね。

 

「もしかして降りられないんですか?それとも趣味ですか?」

 

彼女はさらににゃーにゃ―と強く言っています。

面倒臭いのでとりあえず下ろそうと思ったとき、ずるっと女子学生が降ってきました。とっさに得意の風魔法で支えようとしますが、なぜか効果がありません。同様により咄嗟によけられなかった私へとそのまま彼女は激突し、それで終わりかと思いきや彼女の質量攻撃は私をもってしても凄まじく、その場に大穴があいたのでした。

 

「ど、どうなってるんですか……?」

 

降ってきた少女はどうみても細すぎず太すぎず、といった体格です。

現に私は彼女の下敷きとなっていますが、通常の人の重さしか感じられません。

 

騒ぎを聞きつけたのか、わらわらと人が集まってきました。

 

「たいへん、中庭に大穴ができてるわ」

 

「またあの方の仕業かしら」

 

「これは比較的軽微な被害じゃない?」

 

「穴に落ちてるのはあの方と……下敷きになっている子は誰?」

 

などなど、学生たちが喋っているのが聞こえます。

 

猫耳ひげ付き謎の女子学生がスッと私の上から退きます。

 

顔をしっかり見ようとするといつの間にか猫耳ひげはなくなっており、その顔は特徴があるようなないような、とにかく印象に残りずらく、このまま人ごみに紛れたらどこにいるのか分からなくなる、そういった相貌でした。

 

「あなたは一体……」

 

私が彼女に話しかけた時に、中年女性の声が響き渡ります。

 

「また何の騒ぎですか⁉」

 

私が穴から這い出てくると、

 

「あなたは編入生の……」

 

そう言って、何かを探すように周囲を見渡します。その中年女性は私を途中まで誘導してくれた方とは別の教師のようでした。

 

「そうですか、彼女の被害にあってしまったのですね」

「彼女?」

 

気が付くと、私を下敷きにした女子学生はどこにも居なくなっていました。

私に気が付かれずに気配を消して去るとは、なかなかの腕の者のようです。

来るべき権力掌握のためには乗り越えていかなくてはなりません。

 

「キーラさん、大丈夫ですか?一旦医務室へまいりましょう。私は学年主任のセリーヌと申します」

 

私が思考をめぐらせていると、学年主任と名乗ったセリーヌ先生は心配そうに声をかけてきました。

私は一見かわいい系守ってあげたい感じの美少女なので、心配されるのも無理はありません。

 

「いえ、私は問題ございません。無傷です」

 

しかし私はいずれ力、知、権力を手に入れる女。この程度ではびくともしないのです。

私の自信満々な顔にセリーヌ先生は、

 

「そ、そうですか……」

 

と若干引き気味に答えたのでした。

 

 

 

* * *

 

 

 

「キーラ・デオ・ホーンボーンと申します。よろしくお願いいたします」

 

そう言って私は教室で挨拶をしました。皆、興味深そうに見ているのがわかります。

ぐるっと教室内を見渡した後、教師の指示に従って私は席に着きました。

 

学園は男女で敷地自体分かれているため、教室内は女子しかいません。どの子も育ちがよさそうな雰囲気を持っていて、まさに令嬢ロードを突っ走るためには最適な環境ですね。

 

教室内には1人、ひと際存在感を放つ者がいました。見た目ははかなげな美少女と言った様子ですが、私の眼はごまかせません。彼女は相当の実力者のようです。

 

少し武者震いをしてしまった私に近くの席の子が心配そうにこちらを見ていました。

キーラちゃんうっかり。

 

 

 

外見は守ってあげたいかわいい系である私は、内面を知られると1/2が茫然とし、15/32が詐欺だと言い放ち、1/32が喜びます。選ばれし3.125%がいる。

そこで今回は内面を知られることなく権力掌握を目指します。

 

「ホーンボーンさん、何か困ったことがあったら言ってね」

 

初の授業が終わった後の休み時間、そう言ってくれたのはうっすらそばかすがチャームポイントのシエナ・ブックス子爵令嬢。

親しみのある笑顔で素敵です。

 

今はまだ本音で喋れないですが、いつか覇道を語り合いたいものです。

 

「そうそう、慣れないこととかいつでも頼って!」

 

彼女はカイネ・リプトン伯爵令嬢。活発そうな性格の子です。

 

己の力で乗り越えてこそなので頼ることはありません。たぶん何かあるときは対等での対話でしょう。

 

「はい、ありがとうございます」

 

彼女たちと私が話しているのを見たクラスメートたちが、私の席へ集まってきます。

 

「ホーンボーンさんってどのあたりの領地に住んでいらしたの?」

「生まれた時から都で暮らしていました」

「お父様とお母様は身分違いの恋をして、身ごもった彼女は男爵の元を去って、そして今!ようやく感動の再会をしたんでしょ!?なんだか物語みたい!すごいわ!」

「え」

「ここ、女の子しかいないから、そういうのついつい気になっちゃうんだよね。でも本当に『少女漫画』みたい!」

 

『少女漫画』。それは旧時代の遺跡から発掘したその書籍媒体は絵と今ではもう読むことのできない文字によって構成されており、最近通常言語に翻訳されて話題になりました。私は常に最前線を進むので、流行チェックに抜かりはありません。

 

どうやら、男爵や母、それに私の話は噂話としてもう上流階級界隈に拡がっているようでしたが、なにやら勘違いが起きている気がします。

 

「ほんとねー、ついつい気が緩んじゃう。まあ、先生たちの目があるところではちゃんとしてないと怒られちゃうから、そこだけは気を付けて」

「その、ホーンボーンさんって実はお互いに思いあってる相手がいて、実は貴族だったってわかって男爵家に引き取られるときに、『いつか、君に釣り合う男になって迎えに行くよ』なんて言われて……きゃー!!!」

「い、いえ。そういうことは全く」

「妄想だけは豊かになっちゃうのよね~」

「この前は皆で架空の彼氏をつくっておしゃべりするのはとても楽しゅうございました」

「またやりたいね」

 

彼女たちは私を囲んでワイワイキャッキャ。

この私が大勢の女の子たちの勢いにグイグイと少し押されるとは……。しかし、雰囲気は掴みました。私は学習する女。そして力、知、権力を手に入れる者です。

 

てっきり、「ふん!この成り上がりの平民風情が!べちん!」となるような、参謀渦巻く修羅の世界を想定していたのですが、随分と和やかな感じですね。

 

私は会話に相槌を打ちつつも、ある人を視界にとらえ続けていました。

教室で最初にマークした、見た目ははかなげ素顔は多分覇者。

編入初日たるこの私が彼女とコンタクトをとるには、どうするべきでしょうか。

そんな時こんな提案が耳に入りました。

 

「せっかくですから、午後の授業が終わったら、寮で歓迎会しましょう!」

 

お伝えし忘れていましたがこの学園は全寮制。当然私も寮に入ることになります。本来ならば、先に寮に入居してから編入ということになっていたのですが、部屋に不備があったそうで、いきなり編入初日に初登校となりました。

 

「いいですわ!」

「さっそく、先生たちに頼みましょう」

「たくさんお話ししましょうね」

 

ちょうど休み時間が終わり、私を囲んでいたクラスメートたちは各自席に戻って行きます。

 

……ふむ、歓迎会。

 



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第3話 混沌渦巻く令嬢ロードの最前線に密着

学園の寮ももちろん女子部と男子部で別れており、不純異性交遊など言語道断不倶戴天という強い意志を感じるその造りは、ちょっとやそっとでは壊れなさそうな堅牢さを醸し出しています。建物は居住棟と食堂棟の二種類があります。

 

「この寮ってすごく古いんだけど、頑丈に造りすぎたせいで取り壊して新しい建物造れないんだって」

「でもなんだか雰囲気があっていいわよね」

 

寮に行くまでの道すがら、シエナ・ブックス嬢とカイネ・リプトン嬢が色々とおしゃべりをしてくれます。

 

「ホーンボーンさんの部屋ってどこ?近くだったら嬉しいな」

「入居予定だった部屋は何か不備があったみたいで、まだ行ったこともないし、どこかも聞いていないんです」

 

私の言葉を聞いた二人は一瞬凍り付いた表情をしました。

 

「まさか、この前やらかしてたあの部屋…?」

「やらかし?何かあったんですか?」

「へ、あ、いや、たぶん私の気のせいだから!気にしないで!」

 

シエナ嬢がぶんぶんと頭をふって否定し、

 

「そうそう!まさか編入生にあんなところに住まわせるわけないよ!」

 

とカイネ嬢がうんうんとうなずきます。

 

二人の口ぶりに対して気にはなりますが、たとえどんな部屋であろうとも、いつでもどこでもたくましく生きていける自信しかない私は一向にかまいません。

 

「寮、楽しみですね」

 

 

 

「ホーンボーンさん、マイマイ寮へようこそ!」

 

歓迎会は寮の食堂棟で行われました。五学年各二学級の全女子学生がここで一緒に食事をすることになっています。しかし今回は特別に夕食の後、食堂を開放してくれたのこと。ちなみにマイマイ寮というのは女子寮の名前です。男子寮はデンデン寮というらしいですが、どちらも奇妙な名前ですね。

 

歓迎会ということで、同学級の20人くらいの学生が自己紹介を次々にしてくれます。

「シエナ・ブーア・ブックスです。さっきもお話したけどこれからよろしくね。ええと、自己紹介だから、趣味とか言えばいいのかな。園芸が好きで、寮の裏の花壇で色々育ててます」

 

「カイネ・ジーニック・リプトンよ。えへへ、もう覚えてくれた?こう見えて読書が趣味なんだ。カイネって気軽に呼んでね!」

 

等々、個性あふれる方々です。

 

あの子は伯爵家、あの子は豪商の、またあの子は……。

などと脳内権力リスト作成に励んでいると、あのはかなげ美少女の番が来ました。

 

「私はイオリ・ジョー・モノル。よろしくね」

 

成り上がり一般市民たるこの私もさすがもこの家は聞いたことがあります。

モノル侯爵家。財を成すなどの功績で新興貴族が誕生していく中、数少ない昔から存続する世襲貴族。

つまりはめちゃくちゃ権力を握っているということ。

学園で権力掌握するには速やかに彼女に勝つことが勝利条件ですね。

 

「ええ、よろしくお願いします」

「ふふふ」

 

微笑み返されたのでこちらも微笑みます。

 

「ふふふ」

「「ふふふふふ」」

 

「あれ、なんかちょっと寒い?」

 

シエナさんがキョロキョロとしています。癒しです。

しかし、なんだかいけ好かないやつですね、イオリ・モノル嬢は。

 

そうして自己紹介も終わり、わちゃわちゃ近くにいる人たちとで歓談タイムとなりました。

 

「そういえば、キーラさん。今朝、中庭大穴事件に巻き込まれたって聞いたんだけど大丈夫だった?」

「えええ!そうだったの!?転入早々大変だったね。怪我してない?」

 

シエナさんの言葉に、カイネさんが心配してくれます。

 

「はい、特には。……あの、大穴をあけた方って?」

 

二人は顔を見合わせて、

 

「うーんと、それは…、例のあの方の仕業だね」

「例のあの方?」

「一応、公爵令嬢で次席っていうすごい方なんだけど」

「トラブルメーカーなんだよね……」

 

それはわかります。ですが、何故名前で呼ばれないのでしょうか。

 

「でも隣の学級だし、そうそう関わることもないから大丈夫だよ!」

 

なるほど。この学級にはイオリ・モノル公爵令嬢。もう一方の学級には件の公爵令嬢。

彼女たちに挑んでいかなければ。

 

こうして夜は更けていきました。歓迎会もお開きとなり、ぞろぞろと食堂棟から居住棟へ移動していきます。居住棟と食堂棟の移動には一旦外に出る必要がありましたが、明かりがあたりを照らしているため、夜でもであることは可能です。

シエナさんは花壇を少し見てくると裏の花壇を覗きに行き、またすぐ戻ってきました。

 

「今、そろそろ咲きそうな花があってつい気になっちゃうんだ」

「シエナったら最近ずっとそわそわしてるもんね~」

「え?そ、そうかな?」

 

カイネさんにシエナさんは上ずった声で返しています。

 

さて、寮の部屋ですが、夕食前に私は教師から部屋の準備が終わったとカギを渡されていました。カギには階と部屋番号が刻まれていて、建物の規模から考えると該当階の端の方ではないかと推測できます。

 

「キーラさん、カギ貰ったんだよね?部屋は……え”」

「ここは……」

 

クラスメートたちが私の部屋の場所を知ってざわつきました。どうやらいわくつきのようですが、一体なんなのでしょう。

 

「キーラさんキーラさんっ!」

 

カイネさんがこそこそ話します。

 

「そこ、例のあの方とモノルさんの間の……」

 

そこに、あのイオリ・モノルが、

 

「あら、私の隣の部屋じゃない?寮でもよろしくね、お隣さん」

 

と相変わらずの微笑みを浮かべて話しかけてきたのです。

 

斯くして、ヤバイと噂の未だに名前のわからない公爵令嬢とイオリ・モノル侯爵令嬢の間に挟まる部屋が私の拠点となりました。ここを足掛かりに学園権力掌握を目指します。何回だって宣言します。

 

部屋は個室(低学年は相部屋)です。与えられた部屋に入ってみると、狭すぎず広すぎず、1人で住むにはちょうどよいくらいの広さ。色々と探索したいのは山々ですが、己の体調管理のためにも睡眠時間はしっかりとらなくてはいけません。

明日からどう行動すべきか考えつつ、私はベッドに入って一日を終えるのでした。

 

 

 

* * *

 

 

 

手始めに学園生活がどのようなものか完全に把握することにしました。

 

朝。

起床後、食堂の朝食は決められた時間帯でしか食べることができません。逆に言えば決められた時間内であれば好きな時に食べられるということです。皆、ゆとりをもって食事をしていますが、限界を生きている、言い換えると寝坊した者が全力で栄養を摂取している様子もたびたび見ることができます。食事後は授業開始までに身支度を整え、校舎の方へ向かいます。

 

午前中。

基本的には4コマの授業。内容は、数学や語学、地理に世界史、自然魔法学、物理学などなど。第2・3コマ間に休憩時間はあるもの、教室間の移動時間を無視したのではないかと言わんばかりのカリキュラム編成が時々見られます。地下2階で授業が行われた後に次は5階なんてこともあり、そのたびに学生たちは必死に教室移動をしています。私も他の学生たちと一緒に階段をのぼっていますが、1人でいるときは誰にも見られていないことを確認してから校舎外壁を登攀したこともありました。

 

そして、昼食休憩。

さすが国立名門教育機関にもかかわらず学費を上流階級からむしり取っているだけあって、立派なカフェテリアを併設しています。学生たちはそこで食べるもよし、外でピクニック気分を味わうもよし、という様子で昼食を楽しんでいます。目が覚めたら1コマ目が終わっていた者はこのときに全力で栄養摂取に励みます。

 

午後。

またまた授業が3コマあります。あっちへこっちへ入り組んだ構内を移動することもしばしばなのですが、都を庭に走り抜けたこの私です。迷子になることはありません。午前同様無茶なスケジュール追行のために、ときどき階段ショートカットを決行して、教師に怒られている学生もいます。このとき目が覚めた者は、また明日頑張ろうと明日への英気を養います。

 

夜。

時間になると学生は校舎にいることは許されていません。残っていた場合は反省文の罰があるので、皆速やかに寮へ戻り、夕食や自習などをして一日を終えます。

 

平日はこれの繰り返しで、休日は各自自習したり遊んだりとしているようです。外出届を受理されれば、都に繰り出すこともできます。学園は都の郊外に位置しているため、すぐに行けるという訳ではないですが。ちなみに私の場合はこのところの休日は全て自己鍛錬に費やしています。

 

幾日が経過して私も学園生活を把握、無事溶け込むことができました。良く話すのはシエナさんにカイネさん。他のクラスメートとも話しますが、やはりこの二人が多いです。

寮の隣室のイオリ・モノルとトラブルメーカー公爵令嬢は特に動きもなく(時々隣から爆音が響く程度)、未来の権力者たる私らしくない、穏やかな時間を過ごしていました。

 

 

 

とはいえここは混沌渦巻く令嬢ロードの最前線、事件が起きないはずがなかったのです。

それは相談という形で私のもとに舞い込んできたのでした。

 

ある休日の前の日、私はシエナさんからこっそりと放課後寮の裏に来てほしいと頼まれました。

おっ、喧嘩かな?と思いましたが、癒し系に分類される彼女がそのような手段を用いるとは考えづらいです。きっと何か別の目的があるのでしょう。

 

彼女の指定した通りにその場に訪れてみると、

 

「どうしよう……、花壇のお手紙が来なくなっちゃった……っ!」

 

そう言われてシエナさんに泣きつかれてしまったのです。

突然泣くな。

 



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第4話 花と手紙と波動式対話術

このところのシエナさんは少し様子が変でした。何かぼーっと思い悩んで授業が終わったことに気がつかず、そのまま次のコマに遅れかけたかと思えば、夕食のときはやたらとそわそわして、食事の時間がおわるやいなや、急いで食堂棟から出ていったり。

まだ付き合いは浅いですが、カイネさんの戸惑った反応を見る限り、いつもとは違う調子であることはわかりました。

そのこともあって、私は彼女の呼び出しに応じたのです。

 

 

 

寮の裏へ向かった私を待っていたのは、目を潤ませたシエナさんでした。

波動式対話術により、とりあえず彼女を落ち着かせて話を聞くことにします。

 

「それで、花壇のお手紙とはなんのことなんですか?」

「あのね……、私、ここの花壇でお花の世話をしてるのは、もう知ってると思うんだけど。実は育ててる花の近くに、いつからか手紙が置かれてるようになってたの」

 

園芸が趣味のシエナさんは、今私たちのいる寮の裏の花壇で花を植えて面倒を見ています。ですので、平日の自由時間や休日はここでよく土をいじっているのはよく見かけていました。

 

「どんな手紙だったのですか?」

 

私がそう聞くと、シエナさんは少し顔赤くして、

 

「一番初めは、ここの花はとてもきれいに育てられているんですね、とか、自分も園芸に興味があるのでどんな風に世話をしているのかぜひお話ししてみたいです、とか。それで、もし返事がいただけるのなら、ここの花壇に手紙を置いていただけると嬉しいです、とも書いてあってね。最初は誉めてもらえて嬉しかったのもあって、冗談半分で返事を書いて、私も置いておいてみたの」

 

ともじもじにながらも答えました。

 

「はあ、なるほど」

 

なんだかこれは、ある種の波動を感じますねぇ……。

シエナさんはさらに続けます。

 

「次に見に来たら、私の手紙がなくなってて、代わりにお返事が来てて。それから、少しずつお手紙のやり取りをするようになって……。気がついたら、そのお手紙がすごく待ち遠しくなってた」

 

そう言い終わると、どこか遠くを見るような眼差しをしました。

 

「その手紙がこなくなってしまったと?」

 

雨の日どうしてたんだろうと突っ込みをいれたいですが、さすがの私もそのような雰囲気ぶち壊しムーブはしません。自然な相槌を私は打てるのです。

 

「うん、今まではこんなに間が空いたことはなかったのに。最近全然便りがないの。それどころか、私が置いた手紙もそのままで……」

 

シエナさんは悲しい気持ちがぶり返したのか、顔を伏せてしまいます。口ぶりから察するに、文通相手とは面識がないようですが、女子部の寮に手紙を遅れる人間は限られています。

 

「ここに手紙をおける人間って、この場所に入れる、つまり女子寮の誰かではないんですか?」

 

ここは上流階級の子女が多く在籍している学園です。加えて、女子部の寮なのですから、おいそれと部外者が入ることはできません。

しかし、

 

「それがその……、男の子みたい」

 

シエナさんはそう言いました。

 

「やり取りしてるうちに、自分のこととか、身近な出来事とかも書くようになってね。お手紙の人は、自分は学園の男子部の人間だって書いてあったよ」

「そんな。ここは女子部の寮ですよ?手紙をおけるってことは無断侵入してるってことになってしまいますよね」

 

手紙の主を仮に男子学生としてしまえば、彼(仮)は女子寮にバレずに侵入できるとんでもないヤツです。

私の言葉に、シエナさんもうなずきます。彼女もこのことが予想できないほど、バカではありません。むしろこの学園に通えていることから、相当優秀です。

 

「うん……、だから、今まで誰にも言えなくて」

 

彼女は私をまっすぐ見て、

 

「私、どうして手紙が来なくなっちゃったのか、理由を知りたい。だけど私だけじゃ、どうすればいいか全然わからなかったから。キーラさんに助けてほしいなって思って呼び出したの。……ごめんね、編入してきてまだ日が浅いのに、こんな無理な相談しちゃって。誰かに話せただけでも少し気が楽になったよ。ありがとう。一方的に相談しちゃったけど、やっぱり気にしないで!」

 

たぶん手紙の主は女子寮の敷地に侵入したことがばれて捕まったから返事がないんじゃないな。

 

わりと最初からそう思ってました。

 

まあ、ただこれだとなんの面白味もありません。それに、今までどうやって手紙を届けたり、回収してたりをしていたのかも気になります。

そこで私はシエナさんの手を両手で包み込み、

 

「手紙の謎、お助けしますよ」

 

かわいい系守ってあげたい美少女から、包容力のある美少女へとシフトチェンジしました。

 

「え!でも」

 

シエナさんはおろおろしていますが、問題ありません。なぜなら私は力、知、権力を手にいれる女。この程度の問題解決ができなくてどうする。

 

「気にしないでください。クラスメートじゃないですか」

「……キーラさん、ありがとう!」

 

私の言葉に、申し訳なさそうにしつつも少し嬉しそうに返しました。

 

彼女の悩み、私が覇道を実践することで解決してやろうじゃありませんか。

 

私はシエナさんのお悩み相談を引き受けることにしました。

ただ、一つ気になっていたことがあります。

 

「どうして私に相談をしたんですか?」

 

大事な悩み事など、転入して日の浅い私よりも、カイネさんなどに相談している方が自然です。

なぜ彼女はわざわざ新参者の私を相談相手に選んだのでしょうか。天使だからかな?

 

シエナさんはスカートをぎゅっと握ったり離したりしながら言いました。

 

「だって、キーラさん、こういうこと言っちゃうのは、そのなんだか失礼かもしれないけれど、いままで庶民として暮らしてきたでしょ?だからそのぉ…」

 

そして顔を赤くして一呼吸おき、

 

「こ、こういう男女な話、くわ、詳しいかなって!」

「特に詳しくないです」

 

ラブコメの波動だったかぁ……。

 

思わず包容力のある美少女の外面が剥がれかけてしまいました。

 

「え!?でもお父様とお母様の身分を越えた愛に感動の再会は」

 

……感動?

三次元振動するホーンボーン男爵と泣く子も黙るお掃除大好きな母が、私の脳内を横切っていきます。

 

「やつら再会してないです。それに母が感動という感性を持ち合わせているかも怪しいです」

「!?」

 

ロマンもへったくれもない返答に、シエナさんは驚愕の表情。

皆さんとお話ししてて気がついたんですけど、この学園の学生は良くも悪くも箱入りなせいか、男女のアレコレに夢を見がちな気質がありますね。

 

「ですが、手紙がどのように送られてきたのか、この謎の解明は間違いなく我が覇道の助けとなるでしょう。シエナさん、任せて下さい」

 

この学園の女子寮にいかにして、手紙を送ったのか。この技術を我が物とすれば、私は新たな力を手にいれることができるかもしれません。

そう思うとつい熱が入ってしまい、覇道という言葉を口にしてしまいました。もうこれは私の完璧な外面をえいやっ、と投げ捨ててしまいましょう。

 

「は、覇道?」

「シエナさんは覇道にご興味をお持ちですか?そうですかそうですかでしたらこの私と語り合いましょうぜひともあなたと話したいと思っていたんです」

 

いやぁ、嬉しいですね。語り合える同志がいるというものは。

 

「え?あ、いや」

「さっさと問題解決しましょう。そして覇道を語りましょう」

「は、はい」

「さて、何らかの手段で手紙を運んでいるのですね。魔法でしょうか?」

 

魔法。

 

新しい時代になって人類が手にいれた、新たな法則。

 

仮想領域(アルケー )を構成する幻素が世界を満たしたことで、魔法が生まれて幾星霜、世の中は変化していきました。これによって新たに生まれた技術と消えていった技術は数知れず。しかし、新時代の法則たる魔法もまた、従来の技術や法則と同じように万能ではありません。

 

簡単なものなら誰でも使うことができますし、一説によると人は常時何かの魔法を使っている痕跡があるそう。とはいえ、複雑な事象の発生、例えば遠くの場所まで正確に物を運ぶような動作は困難を極めます。

 

魔法を正しく理解し、より本質的に開発や使用をするためには、数学や物理学など基礎を勉強しなくてはなりません。そして自分がどの程度魔法を使えるか、スペックを把握する。そうすることによって初めてこの力を行使することができるのです。

 

だから、私たちは無茶なスケジュールの下、学園で机にへばりついて勉強する必要があるんですね。

 

研究が進んでいなかったその昔、身の丈に合わない魔法を無理やり使おうとして、頭がパーになってしまう人が結構いたそうです。怖いですね。なぜ頭がパーになってしまうのか、いくつかの仮説は立てられていますが、完全には証明されていないのもなかなか恐ろしいところではあります。人が誰しも潜在的に爆弾を抱えてしまっているという問題を、解決できていないことにつながっているので。

 

話がそれてしまいましたが、ありえなさそうなことはとりあえず魔法のせいにしとけ、みたいな風潮もあるので、原因の一つとして挙げさせていただいた次第です。

 

「うーん、それは考えたんだけど。仮に風魔法で手紙を運んだとして、誰にも気がつかれずにそんな高度な魔法を使うなんて、学生レベルでできるかな」

 

幻素には(タレス)(ヘラクレイトス)(アナクメイシス)(クセノパネス)の四つがあり、これらを操作することで魔法は発生します。風魔法というのは(アナクメイシス)の幻素を操作した魔法の総称で、軽さを与えるなど、物の運動に寄与することができます。

 

「では今度の休日に実験してみましょう。外部の人間が近づけるギリギリのところから、寮に向けて手紙を風魔法で送ってみませんか」

 

シエナさんも色々と考えてみているようですが、それだけでは結論は出せません。せっかく人手が二人分あるわけなので、手紙郵送の謎についてはいくつかの仮説を検証してみたほうがよいでしょう。

 

そして、未来の権力者たるこの私、もちろんシエナさんの相談の本質を見失ってはいけませんよ?

 

「確認のため聞きますが、一番シエナさんが知りたいことは、なぜ手紙が来なくなってしまったか、ですよね?」

「うん」

「男子部がちょうどテスト期間で手紙を書く余裕がないとか、そういうわけではないはずですし……。男子部の噂なり、人の動きなりを調べる必要もありそう。そちらの方につてはありますか?」

 

テスト期間など、行事のスケジュールは女子部・男子部で違いはないはずです。そうすると、男子部内のトラブルが原因で、手紙の主が文通不可能になってしまった可能性も考えられます。

 

「私は弟がいるけど、ここにはまだ入学してないし……。でも、クラスの何人かは在籍中の御兄弟がいらしたと思う」

 

残念ですが、つい最近まで一般市民だった身。まだまだ私には上流階級に通用するコネというものが圧倒的に足りません。切実に早く欲しい。

 

「ではそう言った方々から情報を集めましょうか。……とりあえず、そろそろ夕食の時間ですし、今日はお開きにして続きは明日の休日でもいいですか?」

 

まあいろいろ議論しましたけど、時間も時間です。私たちは育ち盛りですからね。しっかり食べて、しっかり休まなければ。

 

決して空腹に耐えかねたわけではないことをここに記します。

 



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第5話 権力欲と自己愛の化身

普段の休日ならば自己鍛錬に費やすのみなのですが今日明日の2日間の休みは違います。

 

シエナさんの文通相手から手紙が届かなくなってしまった、その原因の調査を行うのです。

 

昨日私とシエナさんがこそこそしていたのが気になったのか、カイネさんがそわそわしていたので調査隊の仲間に加えることにしました。カイネさんは、ここのところ様子のおかしかったシエナさんを心配していたわけですし、事情を話してもそれを言いふらすような人ではないでしょう。

 

本日の朝。手始めに私、シエナさん、カイネさんで作戦会議を行うことにしました。

場所は別に私の部屋でもよかったのですが、シエナさんに無言で首を横に振られてしまったので、シエナさんの部屋です。

 

「いやー、シエナが実は文通で愛を育んでいたとは……。ふっふっふ、今日は全部今までのことを吐いてもらうぞ?」

 

ニヤニヤとしたカイネさんにそう言われたシエナさんは、

 

「あ、愛!?そ、そんなのじゃないよぉ!」

 

とわたわたしています。

私は誰が誰と何を育んでいようと構わないので、とりあえず話を進めます。

 

「学外に出られるのは明日だけですから、今日は学内でできることに集中しましょう」

 

外出届は前日の午前中までに提出しないといけません。そのため、今日の分の外出届は間に合わなかったのです。

 

「学内でできること……。男子部の噂をできる範囲で集めるとか。あ、そういえば!カイネさんは確かお兄様いらっしゃったよね?」

 

シエナさんの言葉に待ってました、と言わんばかりにカイネさんが返します。

 

「うん。しかも、今男子部の方に在籍してるよ!」

「これは大きいですね」

 

家族への連絡ならば、学内からでも取ることは難しくありません。

 

「いや~、ここぞというときに役に立っちゃいますよ~」

 

カイネさんはお兄さんから聞いた、男子部の様子を話してくれました。

 

・夜間の校舎立ち入り制限など、基本的な規則は女子部と同じ

・女子部の敷地の立ち入りは厳しく制限されている

・都になら遊びに出かけている男子学生と接点を持つことができるかも

・女子部への覗きはできないようになっている

 

また、これに加えて女子部敷地の境界には、魔法の使用を感知するために幻素の動きを捉える最新式のセンサーが試験運用され始めているという情報まで入ってきました。

ですので、昨日考えた「魔法で手紙を寮の裏に届ける」というのは、セキュリティの面から見ると難しい……。

やるにしてもセンサーの計測範囲のぎりぎり瀬戸際まで運んで、後は魔法に頼らず自然の風に任せるなどとしかできません。いったいどうやったのか、考えれば考えるほど謎は深まります。手紙の主は何者なのでしょうか。

 

人物像を知る手がかりは……。

 

「あと、手紙の主の手がかりとして、手紙の内容ですね。見せていただいても?」

「えっと、はいどうぞ」

「本当にいいの?」

 

ためらわずに手紙が入っていると思われる金属製の缶を手に取ったシエナさんに、カイネさんはやや困惑していました。私ももし、仮に秘密文書のやり取りをみられるかもしれないと思ったら即日焼き払うので、その反応には同意です。

しかし、シエナさんはぽかーんとした顔をして、

 

「え?変なことは特に書いてないと思うけど……?」

 

……これは、後ろ暗い、後ろめたいことが何もなく、素直に育てられてきたのがわかります。そのまぶしさに私とカイネさんは思わず目をつむりました。

 

シエナさんは立方体の缶の蓋を開けて、こちらに差し出してきました。その缶の中には、封筒が丁寧に縦置きに入れられています。

 

「うわっひゃぁ!会ったこともない人とのイチャイチャ文通、ロマンチックだなぁ!!」

「そういわれると恥ずかしくなっちゃうな……」

 

カイネさんはワクワクと言った表情で手紙を見つめています。

 

「ふむ……」

 

私はいくつかの封筒のうち、比較的新しそうな手前の物をいくつか手に取りました。

 

『最近私はあなたのおかげで、園芸のことが少しずつですがわかってくるようになりました。花壇の横を通ったりすると何の花なのか、どうやって手入れされているのか、頭に浮かんで楽しいです』

 

『そろそろ試験のため、勉強で忙しいのですね。こちらも同じようにもうすぐ試験期間です。私は語学が苦手なので、友人らと悲鳴を上げて勉強しています。お互い、頑張りましょう』

 

『編入生の事がたくさん書いてあって、とてもワクワクしていることが伝わりました。仲良くなれるか不安とありますが、きっとあなたなら誰とでも仲良くなれますよ。その点、私は、あまり友好的な人間ではないので、あなたみたいな素敵な人には憧れます』

 

『今日も色々な園芸のお話ありがとうございます。とても勉強になります。

新しく買った苗は素敵な花に育つでしょうね。それで、都のどこの店ですか?自分も行ってみたいです。よかったらこん……←書き損じです。気にしないでください』

 

『大通りの市場の手前にある小道を右に入ると、園芸関連のお店が多く集まっています。そこでもちょっと目立たないところにある、小さなお店で購入しました。他にも珍しい種が置いてあって良かったです。ぜひいらして見ることをおすすめします!』

 

取り立て、怪しいブツのやり取りをしましたとか、暗号みたいなものがあるとか、手紙自体に何か仕込まれているとか、そういった形跡はありません。ごくごく普通の手紙のやり取りみたいです。

 

「この一番新しい手紙はシエナさんの書いたものですか?」

「あ……、うん。送ろうと思ったんだけど」

「いつまでたっても回収されなかったと」

 

というか、編入生って私の事ですよね。たくさん手紙に書いたようですが、まあ私がかわいい系守ってあげたい美少女にして将来的に権力を手に入れる人間だから、魅力がにじみ出てしまったんですね。これは仕方がない。

 

その後も他の手紙を読みましたが、カイネさんがキャーキャー言う以外は、特に収穫はなく。

 

盛り上がったカイネさんは目をキラキラさせて私に、

 

「キーラさんは、こういう手紙のやり取りするような、素敵な彼氏とかいない?」

「いませんね」

 

彼氏よりも権力が欲しい。

 

「ほんと?こんなにかわいいのに!」

 

横でシエナさんがうんうんと頷いています。

 

ふっ。私は己の覇道を実践すべく日々生きていますので、そんじょそこらの男では私に太刀打ちできないでしょう。

私の返答に満足できなかったのか、カイネさんはさらに聞いてきました。

 

「え~、じゃあタイプ!どういう人が好き?」

 

私が好き。以上。

 

ただ、これを直接伝えてしまうと今後の人間関係に影響が出そうなので、ここは柔らかい笑顔で返します。

 

「私は、欲しいものは自分の力で掴み取るタイプなので、人に求めるものはありません」

「……キーラさんってば、顔に似合わず意外と肉食?」

「食肉は好きです」

「あ、うん」

 

シエナさんの手紙を漁っているうちに時間は過ぎて、お昼になりました。

 

「あ~、おしゃべりしてたらお腹減っちゃったなー」

「カイネさん、目的はおしゃべりじゃありませんよ?」

 

このカイネさん、何かと噂やおしゃべりが好きみたいで、会話の実に6割は彼女の発言でした。よくしゃべるなあと思いましたが、その一方で情報収集の面から考えると有能な人材でもあります。

 

「じゃあ、そろそろお昼ご飯にしようか」

 

シエナさんがそう言うと、カイネさんはやったーと立ち上がりました。

 

休日のため普段よりかは空いている食堂でお昼ご飯を食べた後、カイネさんはお兄さんと連絡を取るべく、寮管理室に向かっていきました。寮管理室には魔法による連絡用端末があるためです。

余談ですが、大昔はもっと簡単に連絡を取る方法があったらしいのですが、幻素が妨害をしてしまうため、今はもう使えないという話を聞いたことがあります。魔法が使えるようになった代わりに消えてしまった技術の代表格ですね。

 

カイネさんを待つ間、私とシエナさんは一足先に寮の裏の花壇へ来ています。

 

「昨日はちゃんと聞けなかったんですが、手紙はどの辺においてあったんですか?」

「私が面倒を見てるところ……、ここに置いてあったの」

 

そう言ってシエナさんは、ある花が咲く一画を指さしました。おそらく異国の花なのでしょう。見たことのない種類です。

 

とはいえ、別段変わった点のない、普通の花壇。

 

「このあたりの花壇は日当たりが良くないから、園芸をやる子は皆表の花壇を使ってるの。たぶん、今ここを使ってるのは私だけじゃないかな」

「どうしてシエナさんはわざわざここの花壇を使っているんですか?」

「日光があまり当たらない方がいい品種とかもあるから、そういうのを試してみたくなって。せっかく誰も使ってないんだし、ちょうどいいかなって思ったんだ」

「なるほど」

 

ひとまず分かったこととしては、ここには人はあまり来ないらしいということ。大きな音さえ出さなければ、何かしていて気が付かれることはなさそうです。

 

しかし、私は編入してきて日が浅く、敷地内についてはまだまだ素人。いずれは学園敷地内に抜け穴がないかなどの探索を考えていたのですが、いまのところ自由に動ける休日は自己鍛錬を優先していたため、まだ行っていませんでした。

そういうわけで知識不足である私は、花壇の寮の裏がどのようになっているのか、調べることにしました。シエナさんなど、一般学生はすでにこの学園に何年か在籍しているため、先輩からひそかに受け継いでいる抜け穴なんかありそうですけど、そのあたりはどうなのでしょうか。

 

私がうんうん考えていると、シエナさんがぽつりとつぶやきました。

 

「手紙の人、どんな人だったんだろうな」

「どんな人だったらいいと思いますか?」

 

私的には夜な夜な(夜かどうかは知らない)手紙をバレずに置いていくただの不法侵入者か、はたまたいたずら好きの女子学生か、という発想しかありません。

 

ただ、これはシエナさんの望む返答ではない。

 

よって、質問に質問を返すことで乗り切ります。

 

「園芸に興味持ってくれて、お手紙をくれたわけだし……、植物とか土の話をする友達になれる人だったらいいな」

「そうだといいですね」

「うん」

 

寮の裏は、日当たりはよくなく、そこまで広い空間ではありません。建物の外壁と敷地の仕切りに挟まれています。そして仕切りに沿って、レンガで囲われた花壇があります。隅の方には小さな物置がありました。

物置は何に使われているのか聞いてみたところ、掃除用具や園芸用品が入っているのだそう。

ちょうどよいので柄の長いスコップを拝借することにしました。

 

端の方から仕切りをこんこんと軽くスコップで叩いていき、もろい箇所がないか調べます。なぜ、わざわざスコップを使うのかといえば、仕切りに直接花壇が接していて、花壇の土を踏まずに仕切りの横に立つのは不可能だからです。もし仮に土を踏まずに腕を伸ばして仕切りを叩こうとしても、腕の長さは足りません。

初日に聞いたとおり、寮が丈夫に作られているだけあって、仕切りもすぐに壊せるようなものではなさそうです。仕切りの高さを考えると単純な身体能力だけでも乗り越えることは可能ですが、不審者対策のためか、上には有刺鉄線が張られています。このぶんだと、魔法を使うか使わないかにかかわらず、侵入対策は他にも色々としてそうです。

 

しれっとスコップで仕切りを叩き始めた私を見て、シエナさんは、

 

「えええっと、何してるの、キーラさん……?」

 

と、困惑しています。

 

「どこかもろい箇所がないか、抜け道になるところを探しています。侵にゅ、手紙を送った手口がつかめれば、文通のお相手の正体の手がかりになるかもしれませんから」

「寮は古い建物だから秘密の経路があるって噂はあるけど……」

 

ほう、秘密の経路。

 

「どこかに公式ではない外部との連絡通路があるってことですね?」

「ごめんなさい、私はそんな噂話は詳しくないから、良くわからない。でもカイネさんならもしかしたら」

 

そう私たちが話していると、

 

「おーい、お待たせ―!」

 

カイネさんがタイミングよくやってきました。

 

噂をすればなんとやら、ですね。

 



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第6話 ワクワク秘密の地下通路と好奇心に負けない冷静ガール

「うわっ、キーラさんはなんでスコップ持ってるの?……えっと、なんか兄が全然呼び出しに応じてくれなくて。仕方がないから、最近男子部の方で何か事件とか面白い話ない?って伝言してもらったよ。ごめんね、遅くなっちゃって」

 

カイネさんは私たちのもとへ駆け寄ってくると、頬をかきながら言いました。

それにシエナさんは申し訳なさそうにしながら返します。

 

「ううん、むしろわざわざ連絡とってもらって、ありがとう。こちらのほうこそ、ごめんなさい」

「じゃあ、今度シエナのおいしい手作りお菓子、御馳走してよ!それで貸し借りなしっ」

「うん!カイネさんもキーラさんも喜んでくれるよう頑張る!」

 

さらっと私にもお菓子をくれる発言をしてくれるシエナさんも、相手が気にしないようにあえて交換条件を出すカイネさんも、根がいい人なんだなと思いました。

 

しかし私はお菓子につられて、目的を見失う女ではありません。しっかりとさっきの話に軌道修正します。

 

「つい先ほど、シエナさんからこの寮には秘密の経路があると聞いたんですが、カイネさんはその噂を詳しく聞いたことはありますか?」

「……あー、思い出した!その噂ね。先輩から聞いたことあるよ」

 

そう言ってカイネさんは語り出しました。

 

 

 

* * *

 

 

 

ここの寮が、すっごく古い建物だって話は前にしたよね?

 

……そうそう、頑丈に造りすぎて取り壊せないから、そのままっていう。

 

で、実は造られた当初は学校の寮じゃなくて、軍事基地だったとか。

 

だから地下に脱出用の通路がいくつもあるんだって噂。

 

まあ私も、先輩から一回、あっ!あと、兄からもだ!たった二回だけ噂を聞いただけだし、自分でその地下通路を見つけたこともないんだけどね。

 

本当にそんな道があるんだったら、男子部との行き来だって可能かもしれないけど、この噂自体、今キーラさんに言われるまで忘れてたくらい、全然耳にしないから嘘だと思ってたよ。

 

どこにその道の入口があるか?

 

さすがにそこまでは聞いたことないなー。

 

この学園、歴史が古いだけあって、噂話は他にも色々あるけど。そういう噂も探せばあるのかなぁ。

 

え?キーラさん、こういう噂話興味あるの?

 

うーんと。他には学園の図書館には世界に数冊しかない魔導書がひそかにあるとか、聖女伝説の品が今はもう使われてない旧校舎に置いてあるとか……。隠し部屋があって、そこで死者蘇生の実験を行っていた者がいたとか、ちょっとホラーな話もあるけど。

 

ふふふっ、こういう噂話ってどきどきワクワクするよね。

 

 

 

* * *

 

 

 

秘密の地下通路。

 

もしも本当にそれが存在して、かつ、学園側が把握していないとすれば。

この女子部敷地内にも外部の者が侵入は可能。

正直他の噂話も後でじっくり聞きたいですが、手紙男の怪という先約があります。

 

「通路の噂を話してくれた先輩とは会えますか?」

「いや、もう卒業しちゃってるし、何より留学してるから厳しいかな。そういえばシエナは誰から聞いたの?私、学園で色々な人と喋っててこの話題が出たの、先輩を除いたら初めてじゃないかな」

 

カイネさんの質問にシエナさんは必死に思い出そうとしていますが……。

 

「うーん、どなただったっけ……。全然顔も思い出せない」

 

顔すら……?

このとき、私の頭の中にある考えが浮かびました。

 

「……もしかしたら、思い出せないのではなく、そもそもしっかりと見ていないのかもしれません」

 

私の言葉にシエナさんは、

 

「それってどういう……、あ、もしかして」

 

「はい、シエナさんなら、花壇をいじってるときに喋っていたのかもしれません。そうすれば、花壇に意識を集中しているわけですし、顔を見ていないことも考えられます」

 

全ては可能性の域を出ません。ただ、強引ですが辻褄はあってきます。

そこで、

 

「じゃあ、園芸をやっている誰かが通路の噂を……あああああ!」

「カイネさん?」

「どうしたの!?」

 

何か思いついたように叫んだカイネさん。少し驚きました。

 

「地下通路の話してくれた先輩!よく花とかの世話してたよ!」

 

……点と点が線で繋がってきましたね。

 

「もしも、シエナさんとカイネさんに地下通路の噂話をした人は同一人物だったら」

「地下通路を使ったかもしれない手紙の人と何かつながりがある……?」

「おおお!なんかワクワクしてきた!」

 

まあ、そもそも地下通路が存在してなければ全て振出しに戻りますけど。とりあえずはこの方向で調べていきましょう。

 

「その先輩はどんな人なんですか?」

「家の領地が近かった影響で、もともとは小さいころお姉さんみたいに遊んでくれてたの。そのつながりで学園に入学してきた私に良くしてくれてたんだ。そうそう、よく花壇のところにいたなぁ」

 

私が件の先輩がどのような人なのか聞いていると、

 

「今思い出したんだけど、噂話を聞いた場所、ここだった。この寮の裏の花壇で聞いたんだった……」

 

シエナさんがそう言って、あたりを見回しました。

 

「ここの花壇には何か秘密があったり……なんて」

 

案外、そうかもしれませんね。

 

どこかにまだ、しっかり見ていないところがあるのかもしれません。

なんだか謎が解明されそうな機運が高まり、あれやこれやと花壇を見てみたものの、特になにも見つからず。

 

花に影響がない範囲で試しに土を掘ってみても、特に何もありません。

 

「そんなに物事、都合良くは行きませんか……」

「さっきは、きた!って感じだったのにね」

「ううう、二人ともちょっと土で服が汚れちゃってる……ごめんなさい」

「まーまー、乗りかかった船なんだし」

 

仕切りや建物の外壁、それに花壇はもう見ました。

あと、私たちが見ていないものは……。

 

「物置はまだ見ていませんよね」

 

スコップを借りたときに開けましたが、しっかりとはまだ探索していません。

 

物置は寮の裏の片隅にあり、小さな木造の小屋となっています。中には乱雑に掃除用具が置かれていますが、園芸用具は整理整頓されています。

物置のなかに入って歩き回ると、コツコツと私の足音が響きました。

 

しかし、一ヶ所だけはわずかに音が違います。

 

「どう、キーラさん、何かあっ……え、何やってるの」

 

私がしゃがみこんで床に耳を近づけている姿を見た二人が、え、この子どうしたの、という視線が刺さります。

 

「……そうですよね」

「なにが?」

「床下には何かあるのは定石です」

 

私はずっと持っていたスコップの先を床板の隙間に差し込み、ぐっと持ち上げます。

 

すると、そこまでの負荷もなく床板を持ち上げることに成功しました。

 

「え!?床の板はずしちゃったの?」

 

そう言ってカイネさんが近寄ってきます。シエナさんも来て、私の手元を見ました。そして、彼女は息をのみ、

 

「この物置、下にこんなものが……?」

 

そこには、どこまで続いているかわからない深い穴がありました。

 

私は、水魔法や風魔法といった、波に関する魔法が得意です。どこで習ったそんなことと言えば、良い子は真似しないでね的自己鍛練を重ねたためで、人一倍水や空気の流れや振動を感知することが可能です。

 

だからこそ、床下の音の変化に気がつくことができました。

 

さすが未来の権力者の私です。どんな音も聞き逃さない、スーパーイヤー持ち。これがあれば、怪しい話をしている声も拾うことができるでしょう。

 

穴にははしごがあり、それを使っていけば下に降りられそうです。シエナさんは茫然として、

 

「なんか実物を見て、ものすごくビックリしてる自分がいる……」

 

と言いました。

 

「もしかしたら、寮の裏の花壇を世話する人たちに、密かに受け継がれていたのかも知れませんね」

 

わざわざ、裏の花壇で花を育てているような人しか使っていないと思われる物置に出入口があった訳ですから。ただ、カイネさんの言った通り、この寮が昔軍事施設だったりしたならば、他にも出入口が存在していそうな気もします。

 

「ここ、キーラさんとカイネさんがいたら、私気が付けなかったよ」

「噂話で伝えられてもねぇ……。それにこの穴、どこに繋がってるんだろう?」

「私、軽く降りてみます」

 

空気の流れから深さを概算した私は、そのまま飛び降りることも考えましたが、はしごを使って降りてみました。

 

「へ、ちょっとキーラさん!?」

「上で待っていてもらえますか?」

 

万が一、誰かに出入口をふさがれてしまっては強制突破しなくてはならないので、大きな音を出してしまいます。そうすれば、この秘密の通路も公になってしまうかもしれません。

そんな展開は面白みに欠けて、私好みではないのです。

 

まあ、二人に少しの間見張ってもらえれば安心でしょう。

 

「すぐに戻りますから」

 

しばらく下ると底に到達しました。穴は手掘りではなく、しっかりと舗装されています。照明はないので、火魔法で熱を発生させることによって明かりをつけることも考えましたが、敷地の境界の真下に来た時、魔法がセンサーに引っ掛かってしまうかもしれないのは問題です。

 

視界は大変悪い、というか真っ暗ですが、空気の流れは感じられます。これでどちらの方向に道が繋がっていそうかだけ調べれば、今回は良しとしましょうか。

 

どうやら降り立った地点から先には一本道が続いています。しかし少し進んでみると、いくつに道が分かれているようでした。……そのうちの一つは男子部の方角です。

 

地上での建物の位置を考慮すると、男子部まで行くにはそれなりの距離があることが考えられます。あまり進みすぎてしまうと帰りが遅くなってしまいますので、ここで一旦探索を中断して、私は引き返すことにしました。

 

帰りは最近誰かがこの道を通った痕跡がないか、注意して歩いていきます。明かりがなければ壁づたいに歩いていくでしょうから、同様に壁を触りながら引き返して行きます。

 

すると、私よりも高い身長の人物が手を付くであろう位置に、若干量の土がついていました。付着した時期は不明なので、ずっと昔にここを通った者の痕跡かもしれませんし、最近のものかもしれません。いずれにせよ、ここを使った者がいるのは間違いないでしょう。

 

さすがに明かりもなしに最近の使用痕跡を見つけるのは無謀でしたね。

 

はしご登って再び地上に戻ってきた私の姿を見つけた二人は、ほっとしたような顔をしています。

 

「あ!よかった、帰ってきた!大丈夫だった?」

「はい。道が男子部の敷地の方向に続いているようでした」

「いやそうじゃなくてね、何か危険な目に合わなかったとかなんだけど……、そのぶんだと大丈夫みたいだね」

 

シエナさんはやや困惑しつつもそう言いました。

私は力、知、権力を手に入れる女。むしろ危険な目に合う側ではなく合わせる側です。

 

「なんだかキーラさんがどんな人かわかってきた気がする……」

 



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第7話 無限開閉合戦

私が地下通路から戻ってきた後、休憩ということで各自部屋に戻りました。私も自室で少し汚れてしまった服を着替えます。そして、今日のことを紙にまとめる作業をして、情報整理をしました。

 

さて、寮の裏や地下通路の探索をしているうちに、午後もだいぶ時間が過ぎてしまっていました。もう夕食の時間帯であることから食堂に向かおうと思い、部屋の扉を開けます。

ガチャリという開閉音が二つ響き、私は部屋から出ようとしました。

 

……ん?

扉の開閉音が二つ?

 

その音は自分のもの以外に隣から聞こえてきました。

ゆっくりとそちらに目を向けると、

 

「……」

 

「……」

 

あのいけ好かない、イオリ・モノルが私と同じように部屋から出ようとしていたのです。

 

「……あら、こんばんは。ホーンボーンさん」

「……こんばんは。モノルさん」

 

これは個人的な感情であり理屈では説明が付かないどうしようもないことなのですが、全くもってコイツと同じ動作をするのは気に食わない。よって、一旦出るのを中止。部屋の中へと引き返すことにします。

 

引き返す瞬間隣を見ると、

 

「!?」

 

イオリ・モノルは再び部屋の中へ戻ろうとしていました。

 

「…別に気にせず部屋を出てもいいんですよ、モノルさん?」

 

朗らかに微笑んで言った私に対し、

 

「私は何かを気にしたわけでは全く全然なく少し用事を思い出したので部屋に戻ろうとしただけよ。あなたこそ、どうしたの?部屋を出てもいいのよ、ホーンボーンさん?」

 

と優しく微笑むイオリ・モノル。

 

…………。

 

「いえいえ侯爵令嬢のあなたは私のような男爵家の者など気にせず好きに行動してください。それに、私は部屋に忘れ物をしたので、少し戻ろうとしただけですから」

「確かに私は侯爵家だけれど、侯爵家だから私が偉い、というわけではないの。それと別にあなたのことなんて気にしてないわ。だから、あなたが先に行動して問題ないのよ」

「…………」

「…………」

 

私たち二人の間に沈黙が流れます。

正直自分や他人の家がどうとかどうでも良く、本人の能力により判断する主義である私は、コイツをまだよく知らないので、偉いとかすごいとか判別していません。ただ、純粋かつ直感的に気にくわないだけです。存在するのは感情論なので、理屈と混ぜてはいけません。ここ重要。

1つ言えるのは、この女には優しい微笑みの下に隠された、『私は私だから偉い』という確信があるということ。

 

「……私、先ほど申し上げた通り、忘れ物があるので部屋に戻りますね」

「ええ、私も用事を思い出したから部屋に戻るわ」

 

ひとまず、私は自室に撤退しました。忘れ物というわけではありませんが、シエナさんとカイネさんに合流したあと、先ほど今回の話を整理した紙を手に取ります。口頭だけでなく視覚情報も使った方が、理解がスムーズになりますからね。

 

そうして再び扉を開けます。

二つ聞こえた開閉音とともに、私は廊下に出ました。

 

「…………」

「…………」

 

こうして、私とイオリ・モノルがバッタンバッタンと扉を開けたり閉めたりして、これいつか扉壊れるんじゃないかというくらい時間を無駄に消費してしまったあと、私は正規の出入り口である扉から出ることを諦めました。

すなわち、非正規の出入り口、窓を使います。この出入り口の問題点は、部屋が4階であることから、多少周囲の目を気にして出なければならないことです。まあ私なら平気ですが。

窓を開けて目撃者がいないか、周囲を確認すると、ちょうど私と同じタイミングで窓を開けた者がいました。

 

「……あら、奇遇ね」

「本当に、奇遇ですね」

 

イオリ・モノルが窓から上半身を乗り出していました。

太陽が沈んで暗くなった世界のなかで、都の方がキラキラと輝いているのが見えます。他にもさらに遠くの方で、魔法の光が夜の町を輝かせており、地上にも星があるかのようでした。

 

「今日はいい天気ね」

「そうですね。もう夜ですけど」

「昼間は青空だったし、今は星がよく見えるわよ。難しいかもしれないけれど、風情、というものね」

「確かに雲が少ないから、空の様子がよく見えますね。…別にどうということでもないですけど、窓と反対の方角の方がたくさん星見えますよ」

 

私とイオリ・モノルは微笑み合います。

 

「…………」

「…………」

 

さらに窓をガンガンと開けたり閉めたりすることで、この女と私はまたしても虚無の時間を消費することになりました。振り返るとこのようなことに、この私の大切な時間を使ってしまったのは人類の損失であると言ってもいいほどです。無駄です。イオリ・モノルは私の時間を無駄にしたと、即刻平身低頭謝罪をしなければならないでしょう。

 

最終的にこのくだらない争いにバカらしくなった大人な私は、扉から出ることにしました。あの女も出てきましたがもう知りません。夕食のため、寮の食堂へと足を運びます。

 

しかし、扉の蝶番と窓のサッシの酷使がもたらしたものはただ1つ。

 

「あ、キーラさんにモノルさん?夕食の時間終わっちゃったけど……、大丈夫?」

 

大丈夫じゃないです。

 

 

 

* * *

 

 

 

どこぞの隣人のせいで夕食にありつくことができなかった翌日、私、シエナさん、カイネさんの三人は都の方へくり出すことにしました。

 

主な目的としては、都に遊びに来た男子学生と接触することで、リアルタイムの男子部の情報を入手することです。

 

昨日見つけた地下経路を探索することも一手ですが、わざわざ外出許可を出したのですから、ここは都の方へ行くのが効率的です。二手に分かれることも考えましたが、自分の目で情報を確かめた方が良い時もあります。よって今回は三人で行動します。

 

ちなみに、一昨日外出届を出した目的である、『一旦寮の敷地外に出て、手紙を敷地境界ギリギリまで魔法で運んで後は自然の風に任せる』という実験を行いましたが、狙った位置に着陸させるというのはやはり無理でした。

手紙の主は地下経路を通って、女子寮内に侵入していた可能性の方が高いでしょう。

 

 

 

学園は都の郊外に位置します。都と学園間の移動は徒歩だと時間がかかりすぎることから、基本的にはこの区間を走る馬車(厳密にいえば馬が動力源ではないので『馬車』ではないのですが、皆『馬車』と呼んでいる)の高速定期便を利用して行き来をします。万が一、帰りの便に乗れなかった場合は徒歩でなんとしてでも帰れとのことです。この学園には上流階級の子女が多いはずなのですが、そんな対応でいいのでしょうか。

 

私たちは誰かが遅れることもなく、行きの便に乗りました。昼下がりの午後の便で帰ってくれば良いでしょう。

 

「キーラさんと外出するの初めてだね。なんだか楽しみだな」

 

カイネさんが窓から風景を眺めている傍らで、シエナさんが話しかけてきました。

 

「そうですね。私も編入してから学外へ出るのは今回が久しぶりなので、都はどうなってるのか気になります」

 

編入以降の休日は自己鍛錬をしていた都合上、私は私の庭である都の徘徊はしばらく行えませんでした。私が不在の間に変化があったかは把握したいですね。

 

外を眺めていたカイネさんがこちらに向きなおして会話に参加してきます。

 

「私は都から実家の領地が遠いから、実はそんなに都のこと詳しくないんだよね~。こんな感じでたまに外出することはあるんだけど」

「リプトン伯爵領は西の方にあるんでしたよね」

 

頭の中にある地図によると、川に面したリプトン伯爵領は国土の西側に位置しており、確かに国土の東寄りにあるここからは距離があります。

 

「そうそう!川用の船を作ってるから遊びにきてね!去年シエナが来てくれたときは雨で船に乗せてあげられなかったけど、今年こそは乗ろう。3人で!」

 

私は生まれてこの方、都周辺の地域から出たことがないので、こういう誘いをしてくれるのは心情的にも権力欲的にも嬉しいですね。遠慮せずにふてぶてしく行きます。

 

ある程度馬車に揺られたのち、私にとっては慣れた場所である、この国最大の都市『コクレア』、通称『都』につきました。基本的にこの国の人は『コクレア』のことを『都』と呼ぶため、きちんと名前で呼ぶ人は大体が外国人です。

 

「……そういえば、家族とか先生以外の男の人としばらく喋ってないかも」

 

馬車から降り立ったシエナさんがぽつりと呟きます。

カイネさんも若干緊張した表情になって、

 

「ううう、いや!でもたぶん大丈夫!今日はキーラさんがいるし!」

 

彼女たちはかれこれ学園に入学してかれこれ数年、ほぼ女子しかいないコミュニティで過ごしてきた箱入りのご令嬢です。いきなり、同世代の面識のない知らない男子と喋ろう、となるのは厳しいところがあるでしょう。

 

「大丈夫です、まかせてください。都に土地勘ありますし、人から話を聞き出すのは得意ですから」

 

男子学生を見つけることは簡単でした。なぜなら、男子部も女子部と同じく、大多数は上流階級の子女。都に遊びに来たと言っても、表通りの上流階級向けの店が多くある地区にしか足を運びません。その地区にいる浮ついたお坊ちゃまなどすぐ特定できます。

 

「シエナさん、カイネさん。あの人、男子部の学生ですよ」

 

店の前でキョロキョロとしている同世代くらいの男子を指さして二人に伝えました。

 

「キーラさん、良くわかったね……」

「では、少し話を聞きに行きましょうか」

「え!?心の準備がまだできてないよ!?」

「私が話しかけるので」

 

そわそわした二人の手をとり、その男子学生に近づいていきました。

 

「すみません、もしかして学園の学生の方ですか?」

「ん?君たちは……?」

 

突然話しかけてきた女子3人組に驚いたのか、彼は目を丸くしています。

 

「私たちも学園の女子部の学生なんですよ」

 

私はかわいい系守ってあげたい美少女の笑顔を駆使して、男子の警戒心を程気にかかります。

 

「ああ……、そうなのか?僕も、君の言った通り学園の学生だ。第5学年の」

「ええ?じゃあ先輩なんですね!」

 

私がニコニコと逆ナンを始めた横で、二人の「!?」という雰囲気が伝わってきます。

先輩と呼ばれて悪い気がしないのか、やや顔を緩ませつつ、

 

「君たちも都に遊びに来たのかい?」

「はい、友達と3人で来たんです。ね?」

 

同意を求めた二人はこくこくと頷いています。

 

「先輩もお友達と?」

「ああ。アイツ、『寮の裏に用事があるから先行っててくれ』っていうから、僕が先に学園を出てきて、ここで待ち合わせだったんだがなかなか来なくてね。まあちょっと問題を……」

 

ほう。

 

「え?大変ですね…」

 

いかにも心配した声色で言うことで、裏を探られないように気を付けてみました。

 

「ああ、いや、大したことじゃないんだ。……あれ、君どこかで見たような」

 

男子学生はそう言って、カイネさんをまじまじと見ました。

 

「あ、兄が第5学年なので、もしかしたら」

 

カイネさんがそう言いかけると、男子学生は合点がいったようで大きな声で言いました。

 

「……あああ!君もしかしてリプトンの妹か!?」

 



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第8話 こちら恋愛実況解説班

「いやあ、今僕が待ってるのは君のお兄さんなんだよ!」

「そうなんですか?兄がご迷惑を……」

 

なんたる偶然。この男子学生はどうやらカイネさんのお兄さんの友人のようです。

突如話しかけてきた女子学生3人組のうち、1人が自分の友人の妹であることに気が緩んだのか、あとはホイホイ喋ってくれるようになりました。

 

・カイネさんのお兄さんは今何か問題ごとか悩み事があるようで、それに付き合うために都に来た

・男子部自体には、今これといった問題やトラブルはない

・誰かがやらかした話も聞かない

・男子部にも女子部同様色々な噂話がある

・カイネさんのお兄さんは最近新しい趣味ができて、その代わり授業がおろそかになった

・おかげで、直近の休日は苦手科目の語学のリカバーに追われ、今日カイネさんのお兄さんは久しぶりの休日

 

などなど、聞いたことから聞いていないことまで、喋ること喋ること。たぶんこの人、口は軽いほうですね。さらっと友人の妹に授業態度や成績のことまで喋りましたよ。

カイネさんは若干あきれたような顔をしています。

 

ただ、現在男子部に特にゴタゴタはないという話で、手紙の主がなぜ送るのをやめてしまったかの謎の解明が遠ざかってしまいました。もし仮に手紙の主が不法侵入で捕まっていたとしたら間違いなく罰則ですので、内部ならどんなに隠蔽しても噂程度は流れるでしょう。

 

カイネさんは、この男子学生を待たせている自分の兄のことが気になったようで、

 

「昨日兄に連絡したんですけど、返事がなくて伝言を頼んだんですが……。それって成績関連のせいで忙しかったからですか?悩み事って兄はもしかして卒業が危ういんですか?」

 

確かにお兄さんが留年してしまったらと考えると心配ですよね。

でも、ある程度まともに学園生活を送って、相当なやらかしを起こさない限り、留年はありえないでしょう。

 

「ああ、卒業は大丈夫。実は……、あ、これ僕がばらしたのは秘密な。アイツ今、都にあるかもしれないある店を探しててさ。なんでかっていうと」

 

男子学生は私たち3人にそう言いかけて、そのまま私とシエナさんをみて固まりました。

 

「そういえば、別にこれを聞くのは特に意味はないんだけど、君たち3人って友達なんだよね?」

 

その聞き方は絶対何かありますよね。

 

「はい」

 

 

彼は私とシエナさんを交互に見て、シエナさんの顔をまじまじと見ました。

 

……ところどころ偶然にしちゃあ出来すぎないか、と突っ込みをいれたくなる出来事があるのですが。

 

私の頭の中には、ある予想が浮かび上がってきました。

おそらく、この件に関しては私よりも情報を持っている彼女もその予想がついたのか、アチャーまいったな―とした顔になっています。

 

たぶん、そういうことなんでしょう。

 

私たちは適当な理由をつけて、カイネさん兄の友人と別れました。

そして今は物陰に隠れて、彼を見張っています。

都は私の庭なので、どこに隠れれば尾行しやすいかも私は把握しています。完璧です。

 

「ど、どうしたの?二人とも」

「まあまあ」

「ちょぉーと、静かにしててね」

 

見張ってどれくらいが経ったか、カイネさんとどこか雰囲気の似た、1人の男子学生がやってきました。

 

「あ!あれ!」

「カイネさんのお兄様ですね?」

「そうそう」

 

私たちがこそこそと話していると、合流した二人は移動を始めました。

困惑しているシエナさんの手を引いて、私たちも静かに尾行します。

 

「ここ、裏路地だけど通って大丈夫なの?」

「いえ、問題ありません。このあたりがどうなってるかは完全に把握していますから」

 

見つからないよう細心の注意を払って尾行ルートを選択しながら、私はカイネさんとシエナさんを先導していきます。

 

「今すれ違った人たち、キーラさんの顔見たら逃げて行ったよ?」

「なんででしょうね」

 

尾行対象の二人は何かを探しながらキョロキョロして歩いています。

あっちへ行ったりこっちへ行ったりと、目的地はあるものの、そこまでのルートが分からないようですね。

 

そうこうしているうちに彼らは大通りの市場に辿り着きました。そして、再びあっちへこっちへ小道を覗いて、最終的に大通り手前の小道へと入って行きました。

 

「あれ、この道って……」

「キーラさん、今すれ違った人吹っ飛んでいかなかった?」

「勢いよく転んだだけじゃないですか?」

 

その小道は、園芸関連の店が多く並ぶ一画のようで、花の苗や土の入った袋が並んでいました。

カイネさん兄はそのままずんずんと進んでいき、慌てるように友人がついていきます。

そして、目立たないところにある、小さな店の前で足を止めました。

 

「なんで、カイネさんのお兄様がここのお店に?」

 

そうつぶやくシエナさん。

 

「シエナ」「シエナさん」

「へ?どうしたの二人とも」

「「いってらっしゃい」」

 

私とカイネさんでシエナさんの背を押しました。そして、速やかにカイネさんの兄の友人を回収します。

 

「キーラさん、やけに手馴れてない?」

「気のせいじゃないですか?」

「な、なんだ!?君は……!?」

「今殴らなかった?」

「跡は残りませんし、気を失わせただから大丈夫です」

「それは大丈夫って言うのかなぁ……」

 

シエナさんの背中を物理的に押した私たち二人は、速やかに再び物陰に隠れました。

シエナさんとカイネさん兄からは見えない位置を陣取ります。

 

『あれ?二人ともどこに……?』

 

私たちが姿を消してしまったことで、シエナさんはおろおろしていました。すまない。

そんな彼女の声が耳に届いたのか、店の前に立っていたカイネさんのお兄さんが振り向きます。

 

『君は、シエナ嬢……!?』

『あ……、カイネさんのお兄様の……』

『ど、どうも、久しぶり。妹がいつも世話になっている』

『いえ、私の方がいつもカイネさんに助けてもらってばかりですから……』

 

などなど、会話を始めました。

 

「なんかよく聞こえるよ?」

「魔法で頑張りました」

 

私たちは見つからないために、彼らからある程度の距離をとったところに隠れていています。そのため、会話を盗み聞くのは悪趣味かもしてませんが、正しく聞き取るために風魔法を用いて音を耳に届けています。

こうもうまくいっているのは、ここは表通りよりも人気がなく、かつ現在風がほとんど吹いていないことから、外乱の影響が少ないためです。

 

「すごいけど、キーラさんはスパイ活動か何かをやっていたの?」

「都の平和を(勝手に)守っていました」

「そっか……」

 

だんだんカイネさんの目のハイライトがなくなっていく気がするのは気のせいでしょうか。

気のせいでしょう。

学園の魔法の授業では、実用的な話より理論的な話が多いので、このような使い方はなれていないだけかもしれません。

ただ、ここまでの制御は不断の努力が必要です。万が一、真似されてしまうと、人によっては限界を越えてしまいます。

そこで制御の困難さを示すべく、努力アピールをしました。

 

「鼻や耳から血を出して頑張りました」

「それは割と危ないよね?脳に深刻なダメージいってない?」

 

本当にコイツ大丈夫かという目で見られてしまいました。心外です。

 

『今日はこちらのお店にご用だったんですか?』

『え!?あ、ゆ、友人と……、あれ?』

 

シエナさんに質問されたカイネさん兄は、あからさまに慌てた様子で言いかけましたが、友人がいないことに気がついて辺りを見回しています。

 

『どうしましたか?』

『一緒にいた友人が見当たらなくて……』

『あれ?本当ですね。さっきまでいらっしゃったのに……、あ、さっきまでというのはその、お姿を見かけて話しかける前といいますか……』

 

理由は知らないけど尾行していました、とは言えないシエナさんは苦し紛れに言い訳をしています。

 

『は、はあ』

 

これはカイネさん兄もポカンとしたようで気の抜けた返事を返しました。

 

『ところで!今日はこちらのお店にどんなご用事が!?』

 

勢いでごまかすと言わんばかりにシエナさんは大きな声です。

しかしその質問には、私たち二人の予想通りか、カイネさん兄は挙動不審になりました。

 

 

 

一緒に物陰から見守っていたカイネさんがポツリと呟きます。

 

「シエナに手紙を送ってきていた人って、やっぱり……」

 

その疑問に対し、彼女もたどり着いているであろう予想を口にします。

 

「カイネさんのお兄さんじゃないですか?」

 

私の言葉を聞いたカイネさんはがっくりと肩を落としました。

 

「……うーん、去年、シエナがうちに遊びに来てくれた時、なんかそわそわしてるなあ、って。今思えば、後でやたらシエナのこと聞いてきたよ」

「ひとめぼれでもしたんですね、きっと」

 

カイネさんはおそらく、シエナさんが園芸好きであることをお兄さんに話していた。そして、裏の花壇で草花の世話をしていることも。

 

「そして、なんらかの要因によって、裏の花壇までの地下経路を見つけたお兄さんは、シエナさんに手紙を書くようになった……」

「最近手紙を送れなくなった理由は、恋にうつつを抜かして、かねてより得意ではなかった語学の成績が危なかったから。流石にそちらの対応をしなきゃいけなくなった兄は手紙に時間が取れなくなってしまった……。うううぅ、妙にリアルっぽくて嫌だ」

 

おおむね同意です。成績ピンチは生々しい。

 

『用事は……その……、ちょっと最近、園芸に興味を持っていてだな』

 

カイネさん兄の返答にシエナさんは目を輝かせて言います。

 

『そうなんですか?ここのお店、珍しい品種の品揃えがあって、おすすめですよ』

 

この言葉にカイネさん兄はガッツポーズを取り、

 

『……やはりっ』

『やはり?』

『あ、いや、知人から場所については詳しく聞いていなかったが、こういう店があるとはたびたび伺っていたから』

『そうなんですか!その知人の方も園芸お好きなんですか?』

 

二人の会話とその様子を観察している私たち。

……私たちは何をしているのでしょうね。

そんな虚しさを感じていた私を現実に引き戻すかのように、カイネさんが話しました、

 

「ここのお店って、たぶんシエナが送ろうとしてた一番最近の手紙に書いてあったところだよね」

「そうでしょう。これは完全に推測ですけど、お兄さんはシエナさんからの手紙でこの店の存在を知った。しばらく忙しくて手紙を書けなかったので、シエナさんの気持ちが離れているのではないかと不安になり、とりあえず探してみて、次の手紙の話のネタにしようと思ったとかですか?」

「確かにあの人、わりとすぐにいろいろ不安に感じるタイプだから、それはありうる……」

 

私には兄弟姉妹がいないのでよくわかりませんが、兄妹でも性格は結構違うものなのですね。カイネさんは明るくて前向きな印象でしたから。

などなど考えているとカイネさんはこう言ってきました。

 

「今、私と結構性格違うって思った?」

 

さすがにこういう考えはお見通しですか。

 

「そうですね。まだ、出会ってから長い時間は経っていませんが、カイネさんはポジティブな方だなと」

 

私の返答に彼女は腕を組み、

 

「えー?これでも私だって悩んだりするときあるよ?……例えば、自分の兄が女子寮に不法侵入している可能性が浮上したときとか」

 

それはそう。

 

「お兄さんも地下経路の噂をどこかで件の先輩から聞いて、偶然見つけたのでしょうか」

 

不法侵入といえば、侵入経路である地下通路です。大まかな予想としては、カイネさん兄がシエナさん・カイネさんと同じ情報筋から噂を聞いたと考えているのですが。

カイネさんは眉をひそめます。

 

「そんな偶然ある?」

「どうでしょう。偶然か必然か、世の中って予想もしないことが起きるものですから。……彼女とお兄さんは仲良かったんですか?」

「そうだね、兄はよくあの人になついてたから……。あれ、逆だったっけ?」

 

などなどと私たちが話していると、

 

『実は……』

『……?どうされました?』

『君に手紙を送っていたのは、私なんだ…………!』

『へ?手紙?……あ、まさか、あなたが……っ!?』

 

「ゲロったね」

「ゲロりましたね」

 

我々が雑談をしているうちに事態は大きく進行していました。これでほぼ問題解決です。実際に何があったのかの答え合わせはしていないですけど。

 

「手紙といえば。カイネさん、手紙の字体はどうだったんですか?あの段階で気がつかなかったということは字を変えていたのですか?」

「うん。普段の兄の字とは違った。変なところで手が込んでるよ」

 

字体を変えるのは私もよくやるので人のことは言えませんが、もし今回カイネさん兄がわざわざそのようなことをしなければ、すぐに手紙の主がわかりましたね。

おそらく、手紙が自分の妹の目に入ることを恐れてのことだったのかもしれません。

カイネさんがふうと溜息をつきます。

 

「とりあえず言えることは……」

「?」

「兄の不法侵入が学園側に今のところバレてないみたいで本当に良かった……!」

 

そうカイネさんが魂の叫びをすると同時に、カイネさん兄がシエナさんを抱きしめていました。

 

何があったんだろう。

 



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第9話 ストレス耐久試験

私とカイネさんは登場するタイミングを完全に失ってしまいました。とくにカイネさんは気まずさがマックスだと思います。

もうこれは帰っていいんじゃないかな、とにわかに思い始めた時、

 

「あなたたち、何しているの?」

 

何かが私たちのようにカイネさんの兄を追跡していることには気がついていました。恐らくそれが話しかけてきたのでしょう。嫌に聞き覚えのある、いけ好かない声です。

振り返ると、

 

「モ、モノルさん!?」

 

そこには、あのイオリ・モノルが立っていました。……まだ私は昨日の夕食の恨みを忘れたわけではありません。

イオリ・モノルは柔らかい笑みを浮かべてカイネさんに言います。

 

「こんにちはリプトンさん。それに、ホーンボーンさん」

「こ、こんにちは?」

 

カイネさんは突然登場したこの女に混乱しているようです。

私もにっこりと笑って彼女に挨拶をします。

 

「こんにちは。……こんなところで会うなんて、本当に奇遇ですね」

「そうね、奇遇ね」

「……」

「……」

 

「え、ええぇ……。何この雰囲気」

 

イオリ・モノルは、ふと私たちがつい先ほどまで視線を向けていた方を見て、眉をひそめました。

 

「あら、あそこにいるのは……ブックスさん?人の逢引現場をのぞき見するなんて、あまり良い趣味とは言えないけれど。ねえホーンボーンさん」

 

これには私もにっこり。

 

「あらあらあら、確かにのぞき見していますけど。でもあなたには事情は説明していませんからね、良い趣味か悪い趣味か判断するのは軽率じゃないですか。ね、モノルさん」

 

それに対して、イオリ・モノルもニコニコ。

 

「あらあらあらあらあら、確かに軽率だったかもしれないわね。でもあなたがあまりにも不審な行動をしているから。つい疑いの目で見てしまったわ。ねえ、ホーンボーンさん」

 

にっこり。

 

「あらあらあらあらあらあらあら、確かに不審な行動を取ってしまったかもしれないですね。でもあなたのなんにでも疑いを持ってしまう心が表れているのかもしれませんね。ね、モノルさん」

 

ニコニコ。

 

「…………」

「…………」

 

にっこりニコニコ。

 

「……あのー、二人とも?シエナと兄、移動してるんだけど。あっちに」

 

カイネさんの言葉により、私とイオリ・モノルの間に流れていた空気が一時的に緩みます。

シエナさんたちを見るか見ないかにせよ、さっさと別れるにはいい機会です。

 

「私とカイネさんは用事があるのでこれで失礼しますね」

「私も私で用事があるから失礼するわ」

 

私の言葉にイオリ・モノルも返事をして、私たちは別れました。

 

 

 

……別れたと思ったのですが。

 

「なーんで、モノルさんはこっちの方向に何の用事があってきているんですか。ね、カイネさん」

「あなたこそ、一体何の用事があるのかしら?ね、リプトンさん」

「帰りたい……」

 

少し気になることがあったこともあった私は、カイネさんとともに追跡を再開しました。しかし、イオリ・モノルは私たちと同じ方向に移動したのです。

これにはカイネさんも疲れた呟きをしています。かわいそうに……。

 

「ほら、カイネさん帰りたいって言ってますよ。あなたがついてきてるからですよ。どっか行ってくださいよ」

「ちがうわよ。リプトンさんはあなたに無理やり付き合わされてるからよ。あなたがどこかに行きなさいよ」

 

私たちが移動しながら言い合いをしていると、カイネさんが突如立ち止まりました、

 

「う」

 

「「う?」」

 

「うわあああああああああ!なんなの!?本当になんなの!???私はなんで猛獣二人に挟まれているの?見えない力が働いてるの?そんなのどこかにいってよぉぉおおお!」

 

あーあ、イオリ・モノルのせいでカイネさんのストレスが爆発してしまいました。

イオリ・モノル、なんてやつだ。

 

「モノルさん猛獣扱いされてま……」

「ホーンボーンさんあなたが猛獣、って急に黙ってどうかしたの?」

「キーラさん?」

 

……これは。

本当に薄っすらとですが、あるモノを感じました。

人よりも鋭敏な感覚を持った私でも、都の中では感じたことのない音。

ただし、街の外でなら感じたことのある、振動。

一度気がつくと、それはより鮮明になります。

 

「……人間、じゃない『音』がします。これはすぐ近くに……クリーチャー?」

 

本来街中にいてはいけない、現在人類にとっての脅威である生命体の発する音が聞こえたのです。

突然そんなことを言い出した私にカイネさんがポカンとした顔をします。

 

「そんな、キーラさん、いきなりどうしたの?クリーチャーがこんな街中にいるわけないじゃない。第一、姿はどこにも見えないよ?」

 

一方のイオリ・モノルは、一瞬何か考えるようなそぶりをした後、

 

「まさか……、あの馬鹿っ!」

 

と言って、懐から手のひら大の薄い矩形の何かを取り出しました。

 

「ちょっと!またあんたの仕業!?……って、なにこれ、今走ってる発動式、全然連絡用魔道具と違うじゃない!何が緊急連絡用よ、ご丁寧に偽造までして!効果は……、一定距離の指定対象の隠蔽!?」

 

隠蔽……。

 

気になることとして、カイネさん兄を何かが追跡している感覚がありました。

最初はイオリ・モノルだと思っていたのですが、彼女に会ってからもずっとその感覚があります。

これがもし仮にクリーチャーだとしたら、イオリ・モノルがもつ魔道具によって、存在を隠蔽しているかもしれません。

私が気がついたのは、もともとの高い感知能力に加えて、何かの拍子に一瞬魔道具の効力に揺らぎが生じた事が考えられます。

 

クリーチャー。

犬猫から植物まで様々な生き物の形をした、人類に敵対的な未知の生命体。

彼らという人を見かけると襲いかかってくるバイオレンスな存在により、街の外をひょいひょいと出歩くのは危険とされています。彼らの勢力圏内に人工物など作ろうとすれば、これも瞬く間に破壊されてしまうでしょう。

とはいっても技術や文化の発達で街中にいることはないはずでした。

 

しかしなぜか、現在もカイネさん兄から一定の間隔を取り、ストーキングしているようです。

シエナさんとカイネさん兄はそんなことなどつゆ知らず、楽しそうにおしゃべりをしながら都の小道を歩いています。

……クリーチャーが無差別でなく特定の人間を、しかも他に人がいる街中で狙っているなんて。

 

なぜクリーチャーがこの都にいるのか。

なぜ、イオリ・モノルはその存在を隠蔽できる道具をもっているのか。

なぜ、クリーチャーは聞いたことのない行動を取っているのか。

 

そんな謎が謎を呼ぶ中、カイネさん兄とシエナさんが気がついたらデート始めてますね。

 

これはややこしくなってまいりました。

「ちょっと待ってちょっと待って。クリーチャーが街中にとか、隠蔽効果のある魔道具とか、いきなり話が飛躍して良くわからないよ!?」

 

カイネさんは私やイオリ・モノルのただならぬ様子に、さっきの絶叫はどこへやら、おびえた表情です。それもそうです。さっきまで友人に届いていた手紙の謎を解くべく都にくり出していたのに、その都にいないはずの危険生物がいるかもしれない、という話になっているわけですから。

正直私も何が何だか、というところ。

ただ、一旦感知したクリーチャーは現在も姿は見えませんが捉え続けられてしまっていて、気のせいということにはしてはおけません。

 

「カイネさん、情報が足りなくて混乱しているのは私も同じです。……それで、モノルさんに質問があります。一つはなぜあなたはカイネさんのお兄さんを追いかけていたのか。もう一つはなぜ隠蔽効果のある魔道具を持っているのか」

 

私はイオリ・モノルの方を向きました。彼女は、儚げ美少女はどこへやら。イライラとした様子で答えます。

 

「ある人間から、これを持って、休日をつぶしてリプトン卿を見張れって言われただけ。残念だけど、あとは何も知らない」

 

わざわざ、カイネさん兄を指定するなど、この件について色々事情を知ってそうですけど……。

 

「それ渡してきた人、侯爵令嬢のあなたに命令なんて、何者なんですか?」

「相手を舌先三寸で丸めこむ、おおざっぱで能天気なデリカシーのない男よ」

 

即答されました。

うわ、すごく嫌そうな顔をしている。これはいいことを知ってしまいましたね。

 

「そうですかそうですかそうなんですか」

「何ニヤニヤしてるのよ」

 

再び私とイオリ・モノルとの間に不穏な空気が流れ始めると、耐えかねたカイネさんが割って入ってきました。

 

「あああもう、ケンカしないで!と・に・か・く!もういる前提で話しちゃうけど、キーラさん、クリーチャーはどこにいるの!?」

 

私は精神年齢が大人なので、隠し事をするイオリ・モノルと違って情報共有ができます。この女には所かまわずマウントを取っていくスタイルのキーラさんです。

 

「いまだに一定間隔をとってお兄さんを追跡しているみたいです。他の通行人にぶつかっている様子もないので、おそらく避けてるか飛んでます.クリーチャー自身が姿を隠す魔法を使っているのに加えて,その魔道具の効果もあるので誰も気がついていないみたいですね」

 

シエナさんとカイネさん兄は、先ほどまでいた園芸用品を扱う店が集まる小道を、あっちへこっちへいろいろ見ながら楽しそうにしています。彼らの進んでいる方向を考えると、このまま都内に存在する大きな庭園に行くようですね。……都の中心と比べると人口密度が低いので、もしかしたらそこでクリーチャーに襲われてしまうかもしれません。

 

「見えていないのにどういう感知能力してるの、あなた」

 

まあ私は、スーパーイヤー持ちなので。のちに力、知、権力を手に入れる人間なので。

 

「ふふん、姿が見えるようにする方法は簡単ですよ。モノルさん、あなたが持っているその魔道具を壊して発動式を停止させればいいんですから」

 

街中でクリーチャーが現れたなんてことになったら、人々は混乱状態になってしまい、シエナさんたちもデートどころではなくなってしまうかもしれません。そのため、本当は壊してほしくないのですが、先ほどの発言から考える限り、こいつがそうすることはないでしょう。

私の予想通り、イオリ・モノルは、

 

「それは無理。たぶんこれを渡してきたやつは、周りに気がつかれずにさっさとクリーチャーを始末しろって暗に言っているみたいだから」

「どういうこと……?」

 

私と疑問を浮かべるカイネさんをじっと見つめた彼女は静かに言います。

 

「……この件は私が片付けているから、あなたたちはもう帰っていいわよ」

 

ほう。

 

「見えないのにどうやって対処するんですか?私がいたほうが簡単なんじゃないですか?」

「手段なんていろいろあるわよ」

 

悔しいですが、この女は優秀だと私の勘が告げています。確かに何らかの方法で、最終的にはクリーチャーを排除することができるでしょう。……しかしそれが最善かどうかはわかりません。

そこにカイネさんが、

 

「いやいやいや、なんで二人は自分の力で解決しようとしてるの!?衛兵の人とか冒険者の人に知らせようよ!」

「そうですね……」

「そうだよキーラさん!」

「じゃあ私は勝手にやるので、モノルさんも勝手にしてください」

「なんでその結論になった!?」

 

カイネさんがさっきからツッコミをしすぎて、肩で息をしています。大変だなぁ。

諸悪の根源イオリ・モノルはほほ笑みました。

 

「ええ、そうするわ。それから、ねぇリプトンさん?」

「へ?」

「最近、私の家とあなたの家で大きな取引があったらしいけれど……、あなたのふるまい次第じゃ、それもどうなるんでしょうね」

「!?」

「決めるのはお父様だから、ね?これはただのつぶやきよ」

 

うわー、横暴な貴族の圧力です。権力で頬をぺちぺちしている様が脳裏をよぎります。

友人であるカイネさんを安心させるべく、なんとか励ましの言葉をかけてみることにしました。

 

「カイネさんカイネさん、私がなんとかしますので心配しないでください」

「ほ、本当?」

「クリーチャーぶっ潰してやりますよ」

「本当に大丈夫?」

 



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第10話 これはのちに二匹の猛獣が初めて野に放たれた事件として知られている

カイネさんと私が話しているうちにイオリ・モノルは姿を消していました。宣言通り彼女も好きにするのでしょう。

 

「なんとかするって、キーラさんは何を……」

「このままシエナさんとお兄さんの進む方向を考えると、庭園に向かうと思われます。クリーチャーたちもそれについていくはず。これをうまく利用しましょう」

「庭園は人も少ないし、高さのある建物もないし、それなりの広さもあるけど……。庭園まで来たらどうするの?」

「城壁の外にクリーチャーたちを移動させて、そこで戦闘がしたいんですよね。そこならある程度暴れても問題ありませんから。庭園なら都の端ですし、障害物も少ないので、おおざっぱに風魔法で吹き飛ばして移動させることもできるでしょう」

「手慣れてる……」

 

シエナさんとカイネさん兄が庭園につくと、クリーチャーたちは距離を縮めていくのがわかりました。

今日の庭園は人も少なく、周りに妨害されることもなく襲うのは簡単でしょう。

 

風の幻素には物体の運動に寄与する性質があります。

よって、まずクリーチャーたちを強風により上空に押し流すことにしました。

 

突然の強風にシエナさんがスカートを抑えているのが見えます。

また、感覚的にクリーチャーたちが上空に巻き上がったのもわかります。このまま、都の外へ流してしまいましょう。……ちょっと抵抗されているみたいで、うまく押し流されません。

その時、一見何も見えない空に何本かの筋が走りました。

 

「あ」

「どうしたの?」

「矢か何かわかりませんが、モノルがクリーチャーを吹っ飛ばしたみたいです」

 

むむむ、見えないのに当たりをつけたらしく、都の外までクリーチャーが吹き飛ばされていきます。

 

「カイネさん、私走ってあれ追いかけますので、では!」

 

庭園の端から端までの距離を超えてさらに少し進んだところ。都の中と外の境界です。

昔は城壁があったらしいですが、庭園側には今は壊れかけの壁が少し残るのみ。反対側であればもう少ししっかりした壁が残っているのですが。

 

境界の向こう側は、人は基本的に住んでいない外の世界で、森や草原が広がっています。

壊れた建造物の残骸が転がっており、レンガが残されています。

 

地面にはコウモリ型のクリーチャーが5体転がっていました。

どうやら、イオリ・モノルが例の魔道具の効果を消したようで、視覚的にもはっきりとその姿をとらえることができます。大きさは成人男性の腰の高さほど。結構大きいですね。こんなものが街中を飛行していたとはとんでもないことです。

1体は死亡、4体はまだまだ元気なようで、私が接近したことに気が付いたのか、

 

「あばばばばばばば、耳が」

 

通常のコウモリは超音波により位置の特定をしますが、こやつらは超音波によって攻撃を仕掛けてきました。いやな進化です。振動により奴らの周囲の建造物の残骸がさらに崩れていきます。すぐに減衰していたので、おそらく彼らにとっては初手の牽制だったのですが、周囲の音を拾いやすいようしていたことと、人よりも良い耳を持っていたことにより、私は当然大ダメージです。

物に柔らかさを与える水魔法により耳をかばったものの、うっかり左耳の鼓膜をやぶいてしまいました。あちゃー。

 

ひとまずレンガを投げることで牽制します。飛んで接近してきた個体の中でもっとも先頭にいたものにあたり、そのまま頭がつぶれ……なかった。残念。ただ、全体の勢いを殺すことができたのでそのわずかな時間を使って態勢を立て直します。

 

武器は現地調達派なので、転がっていたレンガを今回は使っていきましょう。

 

と、思っていたら、上から突然人が降ってきました。一番近くにいたクリーチャーの頭が槍で貫かれています。

空からの襲撃者に、残り3体はいったん距離を取りました。

 

「遅い登場ですね、モノルさん」

「あなた左耳から血が出てるわよ?ホーンボーンさん」

 

正直言って、ものすごーく不服。なぜなら5体中2体もこの女に倒されたのです。

しかし準備は満タン。

後退するということは重心が後ろになるため、そこをすかさず一気に接近。今度は超音波対策をしつつ、左手で一体の頭をつかんでそのまま地面に叩きつけます。足で胴体を踏みつけて、そのまま近くにいたもう一体に至近距離から右手でレンガを投げつけて、今度は確実に頭をつぶします。

踏みつけた個体も思いっきり蹴り飛ばしたら動かなくなりました。やったぜ。

 

残りは1体。あっという間に仲間がいなくなってしまったことにビビっているのか、逃げようとしています。

 

逃がすかという思いと、イオリ・モノルに倒した数で負けてたまるかという意地から、手近な死体を投げつけて打ち落とそうとすると、ちょうど左翼にヒット。同時にイオリ・モノルの投げた槍が右翼を貫きました。

どうやら土魔法により槍を生成しているみたいです。

 

両翼にダメージを受けたクリーチャーはそのまま地面へと落ちていきます。次点の攻撃がとどめになりそうです。

私のレンガが先か、イオリ・モノルの槍が先か。

 

きっと私の方が速い!

 

その思いの元、レンガを全力投球。イオリ・モノルも槍を投げます。

一瞬の間をおいて、レンガは頭をぶつかり、槍は首を貫きました。

 

そのまま、クリーチャーは地面に倒れ伏し、動かなくなります。

 

「今のとどめは私のレンガですよね」

「いえ、今のは私の槍よ」

「レンガです」

「槍よ」

「レンガ!」

「槍!」

「レンガの方が当たるのは早かったし、頭を砕きました。だから私が先です」

「いいえ、槍の一撃で首を貫いてそれで終わりよ」

 

本当の敵はここにいた。

 

こうして私とイオリ・モノルがどちらも引かぬ言い争いをしていると、

 

「キーラさん!モノルさん!」

 

はあはあと肩で息をしながら、カイネさんが走ってきました。

そして、地面に転がる5体のクリーチャーの残骸にドン引きした表情を浮かべてから、

 

「……なんだか、うまくいったみたいだね」

 

と、疲れた声を出しました。

疲れているところ申し訳ないのですが、せっかくの第三者の登場です。

今回の勝者がどちらなのか、彼女に決めてもらいましょう。

イオリ・モノルもそう思ったのか、こっちを向いて頷きました。

 

「カイネさん、今私とこの人でどちらが最後の一体のとどめをさしたかもめているんですよ」

「う、うん?」

「だから、リプトンさん。あなたが決めてくれない?」

「…え、何を」

 

「「どちらの勝ちか」」

 

私たち二人の言葉に、カイネさんはしばらく固まります。

そして、

 

「うあああああああああん!!!!!もういやだああああああああああ!」

 

と言って走り出してしまいました。

 

この後、カイネさんの逃走劇により私、カイネさん、イオリ・モノルは馬車の帰りの便に乗ることができずに徒歩で学園に帰るという事件が起きるのですが、それはまた別の話。

ちなみにシエナさんはカイネさんのお兄さんと先に帰っていたそうです。

 

後日、シエナさんから、カイネさんのお兄さんが手紙の主であったことと、彼とお付き合いすることになったことが告げられました。

なぜ、差出人不明の手紙をわざわざ女子寮の敷地内に侵入してまで送っていたかというと、去年シエナさんにひとめぼれしたものの、どうコンタクトをとればいいか悩んでいるうちに、偶然地下経路を見つけ、面白半分に進むと女子寮の裏の物置に繋がっていたそうです。そこで、カイネさんからシエナさんが寮の裏で花を育てていることを聞いていたお兄さんは、とりあえず手紙を送ろうと思い立ち、現在に至ったのこと。悪用する人でなくて良かったです。

そして、シエナさんには色々忙しくて手紙の返信が出来なかったと言ったそうですが、カイネさん情報によると、恋愛にうつつを抜かして勉学をおろそかにしたしわ寄せの結果だそう。

ちなみにカイネさんは自分の兄と友人がお付き合いしていることに関して若干何とも言えない気まずさがあるのではと思ったのですが、カイネさん本人がさっぱりとした性格であることと、人間関係ガチプロシエナさんの一切匂わせなしムーブにより、今のところは大丈夫みたいです。

 

カイネさんには若干変な目で見られるようになりましたが、その後も仲良くやっています。

私とイオリ・モノルが授業の移動などで物理的に接近したときは全力でどこかに行こうとはしていますが、行く先は同じなので意味がないと思います。

イオリ・モノルとはあの日以降、特に会話はありません。ただ、たまに自室の扉の蝶番が消耗する程度です。

 

 

 

そして時は経ち、編入初の中間試験がやってまいりました。

 

 

 

今回の中間試験は全て筆記でした。もちろん狙うは主席。解き終わった感想としては手ごたえは感じています。

前回はイオリ・モノルがトップ。次点が、編入した最初の日以降一度も顔を合わせていない謎の隣人の公爵令嬢。

まずは彼女たちに勝つことが権力掌握への第一歩。どんな勝負事でも負けたくありません。

 

試験から数日後、個人の結果が返却されるとともに1学年約40人中のトップ5人が廊下の掲示板に貼り出されます。

 

「たぶん平均は取れてると思うけど、どうかな~」

 

3人で寮から教室へ向かう途中、カイネさんが呟きます。

シエナさんは、

 

「わたしはどうだろう。……苦手科目と得意科目で差が大きそうかな」

 

と、テストの内容を振り返っています。

 

そうこうしているうちに、教室の階までたどり着きました。

廊下には先にきていた学生たちが結果を見ています。

 

「私には関係ないと思うけどみるか~」

 

カイネさんが覗きに行くので、私もついていきます。

一番上には私の名前が煌々と輝いていることでしょう。

近づいて貼られている紙を見ると、

 

     中間試験 結果

 

   第一位 イオリ・モノル

 

   第二位 キーラ・ホーンボーン

 

   第三位 …………

 

…………。

 

一番上に私の名前が、ないだと……?

 

「うわあ!キーラさん、すごい!二番だ!」

 

横からカイネさんの声が聞こえますが、耳から耳へ通り抜けていきます。

 

……結果は結果。これに関しては受け入れましょう。

だがしかし、ここで折れてしまっては、湧き上がる権力欲の持ち主の風上にも置けません。

 

どうにかして、勝ちたい。

 

その日はそれだけで頭の中がいっぱいでした。

教師陣やクラスメートからも褒められましたが、イオリ・モノルは一瞬こっちを見て「ふっ」と鼻で笑います。

 

前言撤回。

 

どうにかして、この殺意を処理したい。

 

それだけで頭の中がいっぱいでした。

すると、もやもやしている私に気がついたカイネさんがあることを言いました。

 

「えーと、ほら!次の試験で頑張ればいいよ!……それか決闘でも申し込んじゃえば、なーんて」

「それだ」

「あ、やってしまった」

 

カイネさんの『決闘』という言葉にピンときました。他国では決闘を禁止する法律があるところもあるそうですが、この国にはありません。つまり、決闘を申し込んでも全く問題ない。

 

「良いことを言ってくれましたね、カイネさん」

「……ソウダネ」

 

この前のクリーチャー退治も含めて、あの女とは武力で白黒つけようじゃありませんか。

 



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第11話 決闘規則及び細則

「イオリ・モノル様、私はあなたに決闘を申し込みます」

 

私はそう言って、この国でも特に名門である貴族、モノル侯爵家令嬢の足元に手袋を投げつけました。

それを見た周囲はざわつきます。

それもそうでしょう。文武両道才色兼備と言われているイオリ・モノルに向かって、最近一般市民から新興貴族である男爵家に入っただけの編入生が決闘を申し込んだのですから。

 

イオリ・モノルは足元の手袋をちらっと見た後、はかなげな笑みを浮かべながら私に聞いてきます。

 

「あら、あなたは……」

「キーラ・ホーンボーンです。先の中間試験で次席だった」

「あらそうなの、最近編入してきたクラスメートさん」

 

私の言葉にわざとらしくうなずいて、彼女はそっとしゃがみこんで手袋を拾いました。

その場の空気が一気に緊迫します。

しかし、イオリ・モノルだけは余裕のある笑みを携えたまま、

 

「いいわ、受けて立ちましょう」

 

と言ってのけたのです。

 

 

 

さて、編入後最初の中間試験で私は生まれて初めての挫折を味わいました。私の結果は次席。教師陣やクラスメートからはすごいと褒められましたが、納得いくはずがありません。

 

主席はキーラ・モノル。

 

彼女を討てば、私がトップ。

 

ならば挑まない選択肢はないのです。

 

こうして私は彼女に決闘を申し込む運びとなったのでした。

この屈辱、どう晴らしてくれよう。

 

なお提案者はカイネさんです。さすが。

そのカイネさんは、

 

「キキキキキーラさん!?」

「私はキーラですよ?」

 

なにやら非常に慌てふためいています。

 

「いやそうじゃなくてね!?まさか本当にモノルさんと決闘することになるなんて!」

「キーラさん、どうしちゃったの……?」

 

シエナさんは心配そうにこちらを見てきました。

 

「私、この前の中間試験、次席だったじゃないですか」

「うん、あれは本当にすごいよ」

「だから、主席を倒せば良いかなと」

「うん?」

 

え?倒す?何を?と呟くシエナさん。

 

「そういえば、この前覇道について語ろうという話だったのにまだでしたね、シエナさん。ぜひ今からでも」

「ちょっと待ってちょっと待って」

 

シエナさんにぐいぐい行こうとしたところ、カイネさんに止められてしまいました。

 

「うん、一回落ち着こう。誰が落ち着こうって私が一番落ち着こう」

 

カイネさんは自身にそう言い聞かせるように話します。そして、

 

「決闘って……、本当にやるやつがいるかぁぁぁ!このおばか!」

 

と叫ばれました。

 

えええ…………、生まれて初めてバカって言われたんですけど。

 

驚きのあまり目を丸くしていると、

 

「いい?キーラさん、学生決闘はちゃんとルールがあるんだよ?無法地帯じゃないんだよ?わかってる?」

 

わかってますとも。

 

私はうむ、と大きくうなずきました。

常に権力を欲する私は、実のところルールを守る側ではなくルールを作る側でありたいのですがそれはさておき、この学園の校則は全て確認済みです。

 

学園における決闘規則は、

 

・公平な立会人を定めること

・命にかかわることはしてはいけないこと

・私刑禁止

 

などなどが盛り込まれています。

 

また競い合う内容やその勝敗に関しては、必ず第三者を立ててあらかじめ取り決めてから行わなければなりません。

 

「勝負の内容はいくつか案があるんです」

「殴り合い?」

 

カイネさんに間髪いれずに返されてしまいました。しかし、そこまで考えなしではありません。それじゃあ少々面白みに欠けますし。遊び心はいつでも持っていたいですよね

 

「いえ、それだと命に関わるかもしれないので……、あ、でも私は死なないから、それも楽しくていいかもしれませんね」

 

すると、シエナさんに真顔になりました。瞬きもしていません。いつか目力だけで人を殺せそうなポテンシャルを感じます。

 

「危ないからやめて」

「……冗談です。とにかく、案を後でモノルさんに言おうと思うのですが、カイネさん」

 

彼女は耳に両手をあてて、

 

「あーあー聞こえない聞こえない」

「立会人候補として」

「あーあー!聞こえないよぉ!聞こえない!」

「表情筋の動き的に聞こえてますよね。公平性を保つためにモノルさんにも、立会人を誰にするか決めてもらわなければいけないので、あくまでも候補です」

 

それならどうでしょうかと聞くと、カイネさんは言ってくれたのでした

 

「あくまで、候補………、ううう、それなら」

 

生け贄ゲット。

 

 

 

そして、決闘を申し込んだ日の夜の自由時間、私はカイネさんを伴ってイオリ・モノルを訪ねました。

 

「あらあらこれはこれは次席のホーンボーンさんじゃない」

「あらあらあらあらそういうあなたは決闘を申し込んだとき、記憶喪失してたモノルさんじゃないですか」

 

この女、周りに私が何者なのか聞こえるように、わざと既存の情報を話しましたからね。もしかしたら、記憶をなくしてしまっていた可能性を考えて話します。

 

「決闘のことなんですが、今お時間よろしいですか?ちなみに今何時かわかってますよね?ご自分のご予定は把握してますよね?」

「ええ、いいわよ。下の談話スペースで話しましょうか。あと、もちろん今の時刻は把握しているわ。あなた時計の見方を忘れたの?」

「うっかり時計の長針と短針を読み間違えているんじゃないかと思って、心配しただけなんですよ。昔遅刻の理由にそう言ってきた人がいたもので」

「その言い訳苦しすぎない?」

 

寮の一階には、学生らが集まってお喋りや話し合いのできる空間があります。

私たちはそこへ移動することにしました。

 

「それで?」

 

ちょうど他に人はおらず、話し合いには快適です。イオリ・モノルは椅子に優雅に座ると、こちらが話すのを促してきました。

こいつ偉そうなやつだなーと思いつつ、会話を試みます。

 

「まず立会人ですが、そちらのご要望はございますか?侯爵令嬢的な取り巻きとか」

「そんなに取り巻いてないわよ。別に私はリプトンさんでかまわないけれど」

 

イオリ・モノルは、普段の儚げスマイルではなく、おそらく素のツンツン対応です。

流れの速いところに根を張る水生植物並みに、何か取り巻いていたらいいなと思ったんですけど、確かに取り巻いてないですね。残念、きっと取り巻いてたら歩きにくそうで奇襲かけやすいんですけど。

 

「え!?いやいやいや、ほら、私よりももっといい人いますよ!」

 

カイネさんは、立会人に認められたことを受け入れられないようで、ぶんぶんと首を横にふりました。

とりあえず説得するために、適当にそれっぽいことを言います。

 

「カイネさん、これはあなたにしかできないことなんです。どうか、私たちの戦いの行く末を見守ってくれないでしょうか」

「私にしかできないこと……」

「じゃあここにサインお願いしますね」

「うん…………ってあああ!雰囲気に流されてついうっかり!」

 

決闘に関する書類の立会人欄に見事、カイネさんの名前を書かせることに成功しました。

 

「カイネさんはちょっと流されやすいですね。いつか悪い人に騙されるのではないかと心配です」

「いつかじゃなくて今騙されたんだけど!?」

「私は悪い人ではないのでセーフです」

 

それを聞いたイオリ・モノルは鼻で笑うと言いました。

 

「ホーンボーンさんは面白い冗談を言うのね」

「モノルさんの笑いの沸点は独特ですね」

 

「……」

「……」

 

「二人とも無言で虚空に向かってパンチの練習始めるの、怖いからやめて」

 

ふっ、ここはカイネさんに免じて、この私の広い心で許してあげましょう。

イオリ・モノルは私に感謝するように。

 

「立会人はこれで決まりですね。あとは具体的な内容についてなんですが……」

 

こうして私たちは決闘の内容について煮詰めていくのでした。

 

 

 

 



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第12話 クレイジーシスターズ

翌日、私は朝早くに教室に向かいました。

まだ他のクラスメートは寮から来ていません。誰もいない教室には私一人のため、なんだか開放感を感じます。イオリ・モノルの席に画鋲とかばらまきたい気持ちを抑えつつ、ある準備を行うことにしました。

 

使われていない椅子を一つ持ってきて教室の隅に置いていると、イオリ・モノルが箱を持ってやってきました。

 

「おはようございます、モノルさん」

 

先に来られた優越感でこれには私もにっこりです。

 

「おはよう、ホーンボーンさん」

 

イオリ・モノルは若干イラっとした顔をしています。よしっ!

そして、そのあとすぐに20枚ほどのメモ用紙を持ったカイネさんもやってきました。

 

「二人とも早いね、おはよう!」

 

当事者もそろったので早速始めることにしましょう。

 

イオリ・モノルは持ってきた箱を隅の椅子の上に置きました。

箱の上面には腕一本通すことのできるくらいの穴が開いており、中身はまだ空です。

箱には、

 

『考えた競争内容を1人1つ書いて入れて下さい』

 

と貼ってあります。カイネさんはその横にメモ用紙を置きました。

 

「本当にこんなことで、決闘内容決めるの?」

 

カイネさんは不安そうに言いました。

 

「結局ここだけは決まりませんでしたから。天に任せましょう」

 

実は昨日決闘周りのルールを決めて、いざ競う内容も決めようとしたのですが、私とイオリ・モノルの話は平行線をたどりました。さらには両者の意見にかたくなにカイネさんが反対をし、中々決闘内容が決まりません。

無駄な時間が過ぎていく中、カイネさんの一言で私は閃きました。

『もうこんな変なこと思いつくらいなら、クラスメートの皆に考えてもらった方がいいよ!』

聞いたとき、これだ、と思いました。

クラスメートに匿名で決闘内容を募り、それを箱からくじ引きの要領で引く。そうすれば公平性もあっていいのではないかと考えたのです。

そして、今日それを実行すべく私たちは朝早くから教室につどった訳なのでした。

 

「まず、私達からいれてしまいましょう」

 

イオリ・モノルはそう言って、メモ用紙を一枚手に取り自分の席に行ってしまいました。やっぱり画鋲設置しておけばよかった。

私とカイネさんも紙を手に席に着きます。

三人で自分が書いたものを見られないようにこそこそと書いた後、用紙を半分に折って箱の中に入れます。

そのころからちらほらと他のクラスメートも教室に来ており、私たちの行動と箱を見てから、同じようにメモ用紙を持って行っていました。ある人はさらっと書いて、またある人はメモ用紙ぎっしりに何かを書いています。一体どうなるのでしょうか。

 

クラスメートの皆さんはなんだかんだでノリがいいのか、皆さん何かしら書いて箱に入れてくれました。つまり、箱の中には20通りの決闘内容が入っています。20回戦えますね。

 

「カイネさんもキーラさんも朝早かったみたいだけどどうしたの?」

 

箱の中身に思いを馳せているとシエナさんが話しかけてきました。

 

「ふふん、モノルさんとの決闘に関してなんですが」

「結局内容が決められなかったから、クラスのみんなに考えてもらって、それでくじ引きしようってことになったの」

「えええ……」

 

ちょっとシエナさんが引いた顔をしています。地味にショックです。

 

「だから、あそこにあんな箱が置いてあったんだね」

 

納得したシエナさんにカイネさんが聞きました。

 

「シエナも何か書いて入れてたよね?」

 

確かに、カイネさんのもですけど、温厚そうなシエナさんはどんな勝負事を考えたのか気になります。

 

聞かれたシエナさんは露骨に目が泳ぎました。

 

「どうしましたか?」

「う、ううん、なんでもないよ。あははは……」

 

一体彼女は何を書いたんでしょうか。

まあ、折角皆さんには匿名で書いてもらったので、詮索はしないこととします。

筆跡でわかってしまうかもしれませんが。

 

 

 

授業は少しそわそわしながら受けたその日の放課後。

私たち以外人のいなくなった教室で私とイオリ・モノルは箱を挟んで向かい合っていました。

 

「箱の中身をひくのは私でいいんだよね?」

「お願いします」

「お願いするわ」

 

カイネさんはえいやっ、と箱に手を入れてごそごそした後、一枚の紙を取り出します。

紙は折りたたまれているので、まだ何が書かれているかわかりません。

 

近くではシエナさんが困ったように微笑みながら様子を見ています。

 

カイネさんは紙を広げてその内容を読み上げました。

 

「えーと、『私の妹が最近ストーカー行為をしていて困っています。どうにかしてください』。……んんん?」

「なるほど、妹さんのストーカー行為をやめさせたら勝ちなんですね」

「より再犯性を低くしたほうがポイントが高くなりそうだわ」

「いやこれそういう話じゃなくない?私は何を判定したらいいの?倫理観?」

 

カイネさんにはぜひそのあたり頑張っていただきたいです。

 

「でもこれ匿名なんだよね?誰が書いたのかわからないんだと、その妹さんにも辿り着くのが難しいと思うんだけど」

 

シエナさんが気合を入れている私たちに話しかけてきました。

 

「確かにそうですね、さすがオブザーバーのシエナさんです」

「え?オブザーバー?」

 

その時でした。

 

教室の扉がバーンッと開いたのです。

 

「それを書いたのはワタクシですわ!」

 

入ってきたのは後ろ髪をドリルのように巻いているクラスメートでした。

シエナさんが目を丸くして、彼女の名前を呼びます。

 

「レクラッツさんっ!?」

 

ネア・レクラッツ。この国でも有数の豪商の娘です。ホーンボーン男爵もそれなりに事業に成功していますが、彼女の父が会長を務めるレクラッツ商会は冒険者連盟とも提携して、この国のあちこちで商売をしているという、とんでもなく大きな商会です。

まさに権力。うらやましいかぎりです。

 

レクラッツさんはふうと溜息をつくと言います。

 

「最近ずっと朝から晩まで毎日来る日も来る日も妹のことで悩んでいたのだけれど、今朝ちょうどいいところに投書箱があったので入れてしまいましたわ」

「なんでそんなに悩んでることを、こんな箱にひょいっと入れちゃったの……?」

 

カイネさん、目が死んでますよ。しかし、ここでいちいち突っ込んでいては話が進みません。彼女を手で制して、レクラッツさんに話しかけます。

 

「それでここに来たということは、具体的なお話を聞かせてもらえるということでしょうか?」

「ええ、ワタクシより3つ下の妹のことです。あの子もこの学園に在籍しているのですが、最近どうも行動が怪しくて……」

「どんな行動をとっていたのかしら」

「ゴミを漁ってましたわ」

「なるほど。どこで?」

「男子部側の図書館です」

 

学園の敷地内はまず、女子部と男子部の間を塀で隔てられています。そしてそれぞれに学舎やカフェテリア、屋外運動場などが別々に存在しているのですが、図書館だけは男子部と女子部の境にあります。構造は男子部側、女子部側に1棟ずつあり、空中廊下で繋がれていて、学生の行き来はないものの、片方の棟にしかない本を借りたい場合には司書さんが持ってきてくれます。

そのため、女子学生が男子部側の図書館のゴミ箱を漁るのはほぼ不可能だと思うのですが。

この学園、秘密裏に双方の行き来している人、意外にいるんでしょうか。

 

「ワタクシの大事な大事な妹が、なんだか瞬きの回数や歩幅に変化がみられておかしいなとと思って後をつけてみたら……、ああ」

 

レクラッツさんはそこまで言うと、ふらふらと机に手をつきました。

もう、ちゃんと最後まで話してくださいな。

私は彼女の肩に手を置いて、

 

「それで、どうしたんですか?」

「図書館の窓から、男子部側を見ていたのですわ!!!!」

 

レクラッツさん、魂の叫びです。

それに対してイオリ・モノルが腕を組んで思案気に言います。

 

「そこからどうやってゴミ漁りとストーカーにつながるのかしら」

 

私は疑問に思ったことを聞きました。

 

「カイネさん、男子部側を見ることのできる場所があるんですか?」

「うん、図書館の窓際の一席だけね。いつも席の争奪戦になってる」

「レクラッツさん、妹さんがそこに座っていたという認識でよろしいですか?」

「よろしいですわ」

 

レクラッツさんは教壇のほうにつかつかと歩いて、くるっと私たちの方に向き直ると、

 

「あの子、男子部側を見た後、人気のない本棚の前へ向かいましたの。その本棚を押したら抜け道があって、ためらいなく進んでいっていたのでワタクシも追いかけました。抜け道の先は男子部側の図書館のゴミ捨て場でしたの。そしたら、ゴミ箱に迷わず手を入れていて……、あああああああああああああ!これは男の臭いがしますわっ!!!!!!!」

 

イオリ・モノルが黙って首を振っています。

レクラッツさんからこれ以上話を聞くのは難しそうですね。なんか発狂しちゃいましたし。

肝心のストーカー行為まで話が進まなかったことは少々痛手ですが、それよりも私は図書館の抜け道が気になります。思ったよりも男子部と女子部間の行き来ガバガバじゃないですか。

 

「とりあえず私は、図書館の抜け道が本当にあったことに驚いたよ……」

 

カイネさんはレクラッツさんから目を逸らしながら呟きました。ということは噂自体はあったんですね。

 

「まあ、大体わかったわ。じゃあ私はもう行くから。じゃあね、ホーンボーンさん」

 

イオリ・モノルは教室内に視線を一巡させたのち、そう言って教室を去ろうとします。

なんかむかついたので、軽く喧嘩を売っておきましょう。

 

「大体わかったっていう人は大体わかってないと思いますよ」

「それはあなたと私の『大体』の感覚が違うことから生まれる認識の差よ。ごめんなさいね、そのあたりがあなたと違って」

「人間1人1人違うのは当たり前じゃないですか。はー、そういうことなんで言っちゃうかなー。これだからモノルさんは」

「ああ言えばこう言う……っ!」

 

いやー、イオリ・モノル煽るの楽しいー!

 

イオリ・モノルはイライラした顔で教室を去っていきました。

 

「キーラさんは反射的にモノルさんに喧嘩売るのやめようね?」

「それは無理ですね」

「だよねぇ!そうでなきゃ決闘なんてしないよねぇ!」

 

カイネさんも、うわあああああと頭を抱えてしまいました。

一方のシエナさんは、

 

「……」

 

完全に空気と同化しています。さすがオブザーバー。

 

さて、私はどう動きましょうかね。

 

 




登場人物の名前のつけ方と生え方について

名前はアナグラム的な何かで無理やり読んでます。

キーラ・デオ・ホーンボーン:
どろぼうねこヒロイン→dorobonekoheroine→keira deo hornbone
…元々はイオリの横から男を掻っ攫っていく悪役令嬢転生モノにあるヒロインみたいな権力欲の持ち主にしようと思ったため。しかし権力欲が溢れすぎてしまったせいで、泥棒猫設定は消えてしまいました。

イオリ・ジョー・モノル:
色物令嬢→iromonoreijo→iori joe monor
…元々は悪役令嬢転生モノにある悪役令嬢枠かつ当初のキ〇ガイ枠。しかし他のキャラ達とバランスをとるためにまともになりました。

・シエナ・ブーア・ブックス:
へいぼんそばかす→heibonsobakasu→shiena bua books
…『人間関係ガチプロシエナさんの一切匂わせなしムーブ』は、友人Aの「もし、自分の兄弟姉妹が自分の友人と付き合ったとして、それを友人が何気ない会話の中で少しでも匂わせるようなことがあったとしたら、それは絶対に嫌だ……!」という魂のこもった言葉から生えてきました。

・カイネ・ジーニック・リプトン:
げんきポニーテール→genki ponytail→ kayne gnik lipton
…昔自動車学校で免許をとったとき、インストラクターが明るくて元気な素敵なお姉さんだったことがあり、友人Bに「明るくて元気なお姉さんが好きなのかもしれない……」と言ったら、「それは全人類好きだから」と諭された経験から生えてきました。


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