がっこうぐらし! 縛りプレイ めぐねえぱふぱふMOD (かませ犬XVI)
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0-1表 キャラクリ

本当はもっと早くに投稿始めようかと思ってたんだ。
けど、原作最終巻発売待って、それから今一度全部読み直して、プロット添削しようとして――
ってやってたらここまで伸びちまってたので初投稿です。


 こんばんちはよう、諸君。新作実況縛りプレイはっじめっるよー。

 

 今回プレイするのはこちら。PC版『がっこうぐらし!』。はい、またニトロゲーです。R-18指定です。ゾンビアポカリプスものです。絵柄は可愛いですが、中身はバイオハザード並みに難しいです。

 ですが、実況プレイは勿論、RTA投稿数も既に数多いゲームなので、ただ漠然と実況プレイしても全く面白くありません。ナイフ縛りどころか素手縛りすら既にあるのにこれ以上何を縛れと。

 というわけで、今回はこんなMODを入れる事にしました。『めぐねえぱふぱふMOD』です。見ての通り、容量が意外と重いです。

 おっぱいに定評のあるあのMOD製作者が遂にがっこうぐらし!にまで手を出しやがりました(誉め言葉)。

 

 これは本作主要キャラの一人、めぐねえこと、佐倉慈先生に関するMODです。本作では、イベントの無い自由時間にキャラ同士の交流が図れるのですが、その選択肢にぱふぱふが追加されるというMODになります。選ぶと、主人公がめぐねえのおっぱいに甘えるやたら気合の入ったスチルが挿入されます。毎度思うんですけど、これスチル誰に描かせてるんですかね?

 ちなみに、これとは別に『りーさんぱふぱふMOD』『くるみぱふぱふMOD』『たかえぱふぱふMOD』『けーちゃんぱふぱふMOD』『みーくんぱふぱふMOD』『ゆきぱふぱふMOD』なんかも用意されています。最後の業深くないかね? 気になる人は自力でやるんだな。

 

 このMOD、これ単体では、バニラと比べても全く有利にも不利にもなりません。武器が増えるわけでも敵が減るわけでもないです。交流の選択肢がただ一個だけ追加されるという、ささやかなMODです。

 が、この選択肢、実は出す事自体に条件があります。というのも、このゲーム、キャラごとに主人公に対する好感度、精神状態を示す正気度、そして主人公が異性の場合には更に愛情度という隠しパラメータがあるんですが、これが高止まりしてないと選択肢を選ぶ事すら出来ないんですね。何も考えずにプレイすると、一度も見れずにエンディングすら有り得ます。

 バニラでも好感度と正気度に応じて交流の選択肢が変わってくるわけなんですが、その中でも一番難しい選択肢の条件をそのまま流用しているようです。

 

 という事で今回行なう縛り内容は、このぱふぱふスチルを毎日拝みながらスタッフクレジットまで辿り着く事です。毎日と言っても、自由時間が無いに等しい一日目はこの選択肢が出て来てくれないので、事実上二日目からがスタートという事になりますがね。そのために逆算すると色々条件が出て来るんですが、最初から全部解説しちゃうとつまらないのでプレイしながら解説していきましょう。

 

 

 早速キャラクリです。主人公を作成します。ランダム生成なんてのもありますが、これはRTAじゃないので自力で作りましょう。その気になれば、巡ヶ丘市内にある陸上自衛隊駐屯地所属のガチムキの現役軍人すら作れますが、今回は無難に女子高生でいきます。理由? 下手に凝ったキャラで始めると、めぐねえ含む学園生活部からの好感度を稼ぐのが難しくなるからだよ。二日目の内に一度目のぱふぱふをやって貰わなきゃ、この縛りは失敗なので。

 スチルで表示される主人公に合わせて、黒髪ミディアムストレートヘア、黒目、中肉中背でいきましょう。外見が特徴の無いモブみたいになっちゃいましたね。胸はBカップ相当でいいか。ボイン枠はりーさんに任せましょう。名前は『花田愛(はなだ まな)』に決定しました。一瞬『ほも』にしようかとも思いましたが、RTA走者達に失礼なので止めておきます。それにあんまり変な名前にすると、プレイ中へそで茶が沸きそうになるので雰囲気台無しです。

 

 次は技能ポイント割り振りですが、HPに相当する『体力』は若干、攻撃力と言ってもいい『筋力』、スタミナの『持久力』には厚めに、クラフト能力である『知力』には最低限の申し訳程度に振っておきます。直感は捨てます。ポイント足りません。また、RTA走者や一流縛りプレイヤーみたいに筋力や持久力全振りといった尖り過ぎた振り方は止めましょう。一芸特化し過ぎて熟練者向けですし、この縛りとは相性が悪いです。それに、教え子が返り血塗れのバーサーカーとか、教師から見ればSAN値直葬です。めぐねえの正気を殺しちゃ意味が無いので今回はやりません。ただのRTAなら自分で全部処理して回るパワープレイの方が早いんですがね。

 てことで設定が終わりました。決定ボタンをポチッとな。ロードを挟んで、早速ゲームが始まります。




ただの導入部、親の顔より見た設定画面ですな。
本編は次からです。


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1-1表 ノーキル縛り屋上マラソン

『三次創作に僕の許可なんか必要ねぇんだよ!』
という先駆者兄貴のお言葉に甘えて断りも無く連載しようかと思ったけど、やっぱり筋は通しておくもんだと思って許可貰いに行ったので初投稿です。


 オープニングムービーはスキップで良いでしょう。長いので尺泥棒です。見たい人は自分で検索してください。

 というわけで早速始まりました。開始場所はランダムなのですが、これは自分の教室ですね。プレイヤーとしては困惑しないでいいので楽ですが、動画としては話のネタにもなりませんね。周囲を見回しても、主要キャラは誰一人見当たりません。それではさっさと本プレイのメインヒロインちゃんを探しに行きましょう。

 さて、めぐねえ捜索中に今回の予定を開示しておきます。今回は、貴依や圭ちゃん、太郎丸を含む、主要キャラ全員救出、死者0、発狂者0かつ非戦闘狂プレイを目指します。何故かというと、全部めぐねえの正気度に悪影響が出て、ぱふぱふの選択肢が出て来なくなるからです。めぐねえのおっぱいを拝むのも結構大変なのです。

 

 二階には居ませんでしたね。って事で三階に上がって来ましたが、職員室にも居ないようです。もしや一階か? これはちと不味いですね。早く探さないと。さっさと降りましょう。

 原作と違い、めぐねえは由紀の補習をやっていません。加えて、高度なAIに従ってランダムに動き回っているため、下手するとすれ違い続けて気が付いたら手遅れという可能性すら有ります。

 おっと、居ました。ピンクのでっかいアホ毛が揺れてて距離があっても判りますね。一年C組の教室から出て来ました。見失わないように傍に寄っておきます。それから今の内にセーブしておきましょう。アウトブレイクが始まったらセーブする暇なんてありません。

 

 

 悲鳴が聞こえて、画面暗転。アウトブレイクイベントが始まります。スキップできませんので動き出す用意だけして見守ります。

 ムービーが終わり、動けるようになりました。めぐねえは教室の中と、教室越しに窓の外を見て固まってます。既に彼等がポップしてる廊下で明らかに隙だらけなので、さっさと手を引っ掴んで連行しましょう。ここは一階なので、後ろの窓の外にも彼等が湧いてます。窓際に突っ立ってると外から掴まれる事があります。さらに、正面玄関からも彼等が雪崩れ込んで来ます。当然ながら、放っておくとそのままタヒります。

 今回はめぐねえの居場所が校舎一階右翼寄りなので、ルートは右翼の教室側階段を三階まで行った後、屋上に通じる中央階段まで強行突破します。

 階段前ホールに彼等が二人。道を塞がれてるので戦いましょう。彼等目掛けて正面から接近し、相手の攻撃モーションが始まる前にタイミングを合わせて攻撃。何も武器を装備していない場合、これでケンカキックこと前蹴りが出せます。愛ちゃんは筋力にもポイントを振ってるので、重装備の彼等じゃ無い限りまず転ばせる事が出来ます。

 二人目に気付かれましたが、もう一度前蹴りで転ばせます。起き上がる前に、少し距離を取って通過しましょう。転んだだけなので起き上がりますし、近寄り過ぎると足を掴まれます。

 ホールの端に箒が落ちてますが、彼等に進路を塞がれてるので無視します。またドライバーも見えますが、落ちてるのは彼等の足元。取りに行くにはリスキー過ぎるのでこれもスルー。次行きましょう。

 階段踊り場にも一人。こっち向いてて気付かれました。が、勝手に転げ落ちていきました。彼等は段差に弱いので、階段で戦うとこのように勝手に脱落する奴も少なくありません。

 

「ひっ」

 

 おっと、ガバです。転げ落ちた彼等の行く末を見届けて、めぐねえが息を呑んでしまいました。彼等は受け身を取るという反射が無いので、あっという間に血の華を咲かせます。明らかに酷い流血を見て、正気度がゴッソリ削れました。しかも足を止めて硬直してます。RTAなら明確なタイムロスですね。これ以上正気度が削れる前に屋上に向かいます。

 手を引っ張って、無理矢理引き摺ってでも連れて行きます。めぐねえがよろけてますが、愛ちゃんは筋力があるので転ぶ前に引っ張り起こす事が出来ます。囲まれる前にさっさと先に進みましょう。

 ちなみに、今回のは相手が勝手に足を踏み外した事故だったので、正気度が減っただけで済みました。しかし、まだ状況も理解していないめぐねえの眼前で彼等を血祭りにあげて始末すると、好感度もゴッソリ消えて無くなります。彼等について満足に判ってないめぐねえから見ると、目の前で殺人事件を起こしたようにしか見えないというわけですね。

 愛ちゃんに武器も持たせず、蹴りだけで彼等を対処するのはこの好感度減少を嫌ったという理由があったわけです。

 

 二階階段前に一人。後ろ向いてますね。呻いてるので彼等です。ケツを蹴り飛ばして場所を開けます。またしてもホールの端に箒が落ちてますが、今蹴り飛ばした奴が邪魔で取りに行けません。無視します。

 そのまま三階に着きました。ここから二年生の教室前を走って突っ切り中央階段を目指します。彼等が廊下に三人、ここからでは教室内は見えませんが、もっと居ます。ここまで階段を駆け上がる間に生存者が減り、彼等のヘイトがそろそろ主人公達に集約し始めます。めぐねえを牽引してスタミナゲージ残量が心許ないので小休止を取ります。この時めぐねえの手を離してはいけません。状況がまだ分かって無いので、勝手にふら付いてそのままお陀仏し易いです。

 ゲージがマシになったので行きましょう。廊下を塞ぐあの三人は全部蹴り倒します。

 

「ひぃっ!」

 

 おっと、今のは危なかった。開いてたドアから飛び掛かって来ました。めぐねえがビビッて飛び上がってます。足音でこちらの存在に最初から気付いてたんでしょう。スタミナゲージの管理をしくじるとこういう時に追い付かれます。が、ドアから離れて走り続けていればめぐねえというお荷物を引っ張っていても早々捕まりません。相手するよりそのまま逃げた方が楽なので無視します。

 中央階段前には居ませんね。階段下で藻掻いているのが二人見えます。勝手に落ちたか。好都合なのでそのまま上に行きましょう。

 

「めぐねえ!」

「あ……」

 

 ん? 階段下から胡桃ちゃんが先輩を背負って駆け上がって来ました。人一人背負ってるのに彼等を器用に避けてます。相変わらず足取り軽やかですね。

 なんて言っている場合ではありません。道中で胡桃が合流するのはモタモタし過ぎた証拠です。ほら、胡桃を追うように彼等が上って来てます。この追っ手共は、段差に弱い彼等の癖に超高確率で屋上扉まで辿り着きます。つまり追い付かれたら終わりです。スタミナゲージ回復のために三階階段で止まり過ぎましたかね。こんな危険地帯で暢気に会話している余裕なんて無いのでさっさと引っ張って屋上に行きましょう。

 

 めぐねえもろとも屋上に飛び出します。胡桃及び覚醒素材君も一緒です。屋上には、既に先客である由紀とりーさんの姿もあります。右往左往していたようですね。飛び出してきためぐねえ達四人を見て驚いて固まってます。

 が、今はそんな事より扉を閉めて即刻連打の用意。すぐにガリガリバンバンドンドンとうるさくなる扉を押さえます。横にあるロッカーをバリケードにすると連打しなくても済みますが、今回は屋上に来るまでに時間とスタミナを使い過ぎました。ロッカーを倒すスタミナが足りるか微妙な上に倒す前に扉を破られそうなので、連打で対処します。破られたらどう転んでもめぐねえの正気度が死ぬのでリセットです。

 

「手伝え!」

 

 ついでに、ガバ防止策を発動。未だに事態を飲み込めず、オロオロしている由紀とりーさんに増援を頼みます。正気度が半減しているめぐねえは、床に崩れ落ちて茫然自失なので聞いてくれません。が、ただ混乱しているだけの二人は命令すれば動いてくれます。

 って、およ? 死体を見た割に、めぐねえも動いてくれました。初日のスプラッタは正気度減少が酷いはずなんですがね。道中の乱数で良い値でも引いたんでしょうか。運が良かったんでしょう。

 自分一人でも扉は抑えられますが、応援に呼んだのには理由があります。発症した先輩のターゲットを確実に胡桃に向けるためです。

 先輩は基本的に胡桃を狙いますが、位置関係の甘さによっては由紀やりーさんに襲い掛かる事もあります。彼女達が何処に突っ立っているかはAIの機嫌次第の完全ランダムなので、制御出来ません。酷い場合は折角連れてっためぐねえを喰い殺されたという報告もあります。無論、即リセット案件です。初日屋上の段階で誰か欠けたらまともなプレイは望めないので仕方ないね。

 

 四人がかりで扉を押さえながら、イベントの進行を眺めましょう。先輩が起き上がって胡桃に襲い掛かり、動揺した胡桃が落ちていたシャベルで頸動脈を切り裂きました。火事場の馬鹿力込みで両手フルスイング。綺麗に喉に決まってますね。

 先輩が倒れ、返り血塗れの胡桃が尻もち状態のまま茫然としてます。目が死んでるけど素材が良いのでこれはこれでも可愛いですね。

 

 やがて、扉の前の彼等も諦めたのか、連打ボタンが消えました。うめき声が聞こえなくなったら追っ手が消えたサインなので、扉から手を離して構いません。園芸部用具入れのロッカーを引き倒してバリケードにします。めぐねえが胡桃に駆け寄るのを尻目に、これで一日目のイベントはほぼ終了です。暗転して夜になったら、めぐねえをリーダーに籠城チームを結成します。今日はもう出来る事は殆ど無いので、全員に一通り話し掛けるだけやってブルーシート引っ張って寝る事にしましょう。

 お疲れさまでした。と、言いたいとこですが、このゲーム、日付が変わる時でも自動でセーブなんてやってくれないので、ちゃんと手動でセーブしましょう。ミスってリセットしたら、セーブサボってて数日前からやり直しだった、ってなって絶望の怨嗟を叫ぶ実況者、皆さんも見覚えあるのでは?

 はい。ちゃんとセーブ出来たので今度こそお疲れ様でした。




初日は最早セオリー通りから動かしようがねぇよなぁ……
ちゃんと介護して誘導しないと、初日でいきなりめぐねえ脱落するんだぜこのゲーム
大抵のスピンオフゲームは原作よりマイルドになる事が多いのに、プレイヤーの介入が弱いと初っ端から原作よりハードモード確定ってどういう事なの


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1-1裏 壊れた日常

果たして自分だったらこんな事態に巻き込まれて満足に動けるかどうかを考えてみて、原作主人公達は屋上で餓死しなかっただけでも十分に勇猛果敢じゃないかと思ったので初投稿です。


 何が起きているのか、理解が出来なかった。いや。何か、良からぬ事件が起きたという事だけは分かったものの、目に映る光景を理解する事を、頭が拒否していた。

 教え子達が、教え子達を襲っている。取っ組み合い、噛み付いている。悲鳴と怒号が響き渡り、鮮血が見えた。あまりの内容に私は思考すら停止させ、その凄惨な光景をただ眺めるしか出来なかった。

 

 そんな私の手を、誰かが掴んだ。三年A組の、花田愛さん。成績は中の上で、国語では読解は得意なのに、漢字の小テストが毎回壊滅的な、得手不得手がはっきりし過ぎている子だった。

 

「こっち!」

 

 意外と力の強い彼女に引っ張られるまま、私は校舎端の階段に誘導された。その途中、私は見た。一年生の教室の中でも、同じ制服姿の生徒達が乱闘している姿を。流血する子達の姿を。

 もしかしたら、あの場でも何か、出来る事があったのかも知れない。生存者を、手の指で足りる人数にまで減らさずに済んだのかも知れない。けれども、この時の私は満足に事態を飲み込む事も出来ず、ただ成す術無くまなさんに引っ張られるがままだった。

 

 まなさんが他の生徒達を蹴り飛ばしながら道を拓き、階段に辿り着いたその時。私は産まれて初めて、人の死と、そして血溜まりというものを間近で見た。

 上階に逃げようと階段を駆け上がる私達の前に、男子生徒が現れた。一年生で、成績は良くは無かったものの、お喋りで愛嬌のある子だった。その子が何だかふら付いている。様子が変だと思ったのも束の間、その子が足を踏み外し、踊り場から一階までを一気に転げ落ちた。

 見るべきでは無かった。けれども、私は思わず目で追ってしまった。身体を打ち付ける鈍い嫌な音をたて、階段の角に血の跡を付けながら一階に落ち行く彼の姿を。仰向けに落ちた彼は、額にパックリと大きな傷口を広げ、焦点の定まっていない目を天井へと向け、既にピクリとも動かなくなってしまっていた。ただ、傷口から溢れ出る鮮血が、早くも血溜まりを作り始めているだけだ。

 元々混乱していた頭が、それで真っ白になった。まなさんに力付くで手を引っ張られなければ、そこでいつまでも呆けていたかも知れない。ぎゅっと痛いぐらいに握り締められた手と、転びかけた身体を引き上げられる感覚だけが、私の足を動かした。

 

 三階に辿り着くと、しばし息を整える小休止だけを挟んで、再び中央階段を目指して走り出した。廊下は、酷い有様だった。赤い水溜まりが至る所に点在し、飛び散った血飛沫が窓どころか天井からも滴り落ちている。投げ捨てられたカバンは中身が散乱し、血を吸って赤くなった教科書が踏みにじられている。教室と廊下とを隔てる窓が幾つも割れ、そして数少ない無事な窓ガラスには、幾つもの赤い手形が付いていた。

 ツンと酸鼻を極める酷い臭いが漂い、それが血の臭いと気付いて吐き気が込み上げる。うずくまりたくなる。けれども、まなさんに手を握られ先導され続けている限り、それも叶わない。

 そんな時、開いていた二年B組の前のドアから、誰かが襲い掛かって来た。髪の長い、全身血塗れの女子生徒。振り乱された髪をそのままに、傷だらけの手を伸ばし、声にならない呻きを上げ、歯を剥いて迫り来るその姿に、私は反射的に身を縮こまらせた。誰なのか確認する事すら出来なかった。

 正直、よく捕まらなかったと思う。そして、よく転ばなかったと思う。手を牽かれ続けているおかけだった。

 

「めぐねえ!」

 

 中央階段にまで辿り着くと、階下から恵飛須沢胡桃さんが駆け上がって来る所に出くわした。

 名を呼ばれた事で正気を取り戻した私は、しかし、すぐさま恐怖にわなないた。踊り場に、二人の生徒が倒れている。どちらも血溜まりに沈み、遠くからでも分かるぐらい手足が折れ曲がっている。そして、そんな状態なのに痛みを訴える事も無く、鮮血の滴る肉の抉れた腕を振り回してくるみさんの足を狙っていた。

 声が出なかった。教え子“だった”生徒達が、得体の知れない何かに変貌したのだと、この時ようやっと理解したのだ。そして今、その得体の知れない何かが私達を狙い、追い詰められつつあるのだという事も、併せて理解してしまった。

 階段から目を離し、廊下を見た。道中でまなさんが蹴り倒した三人に加え、さっき教室から飛び掛かって来た子が、よたよたとこちらに歩を進めて来ている。反対側を見れば、職員室の前にも生徒が二人と、同僚が二人。階段に目を戻せば、階下から四人もの彼等が迫って来ていた。

 

「上だ」

 

 相変わらず痛いぐらいに手を握り締めてくるまなさんが、そう声を出す。と同時に彼女が駆け出し、手を牽かれて私も後を追う。その後を更にくるみさんが続き、屋上への扉を突破する。

 私を突き飛ばすように屋上に放り、そしてすぐ後を追って来ていたくるみさんを屋上に引き入れる。まなさんはそこですぐさま扉を閉め、そして寄り掛かるように体重を掛けて扉を押さえ始めた。

 ここは屋上。もう、これ以上逃げる場所は無い。屋上への出入り口は、今自分達が通って来たこの中央階段ただ一つのみ。非常階段も無ければ、避難はしごすらも設置されていない。そもそも校則では、屋上は原則立ち入り禁止なのだ。皆いつも無視しているだけで。

 屋上には、既に二人の女子生徒の姿があった。園芸部の若狭悠里さんと、逃げて来ていたのか、丈槍由紀さん。二人とも動揺しているようだ。ただ、怪我は無さそうだ。

 けれども、このままではまずい。何処かから、助けは来ないか。そう思って、藁に縋る思いで街の方へと目をやり、そして更なる絶望に囚われた。

 高校のグラウンドのみならず、校門の先、眼下に見える街の至る所が赤かった。そして、見渡す限り街のあちこちに黒煙が上がっていた。それは、この騒ぎが高校近辺だけではない証左だった。

 

 すぐに、ドンドン、バンバンと、扉が音を立て始める。扉の前にまで辿り着いた彼等が、殴る蹴るで破ろうとしているのだ。

 

「手伝え!」

 

 まなさんが声を荒げる。その声に、ゆうりさんとゆきさんが目を丸くし、しかしすぐさま立ち直って扉の方へと駆け寄って来る。

 遅れて、私もその後に続いた。明らかな異常事態。こんな時、どうすれば良いのか見当もつかない。つかないけれども、今、この扉が破られたらまずい事になる事ぐらいは判る。ガタガタと激しく揺れる扉を、四人がかりで押さえ付けた。

 

 けれども。それだけでは問屋は卸さなかった。卸してはくれなかった。

 くるみさんが背負い、共に避難して来ていた男性。これまでずっとぐったりしていたその人が、不意にゆらりと、不気味にふら付きながら立ち上がり、そしてすぐ傍にいたくるみさんに襲い掛かる。

 扉を押さえていた私は、それにどうする事も出来ず――

 

 ――否。認めよう。私は、動けなかった。教え子が、今まさに目の前で襲われているその時、恐怖で身体がすくんで動けなかった。駆け付けてあげる事が出来なかった。辛うじて、くるみさんの名を呼び、注意を向ける事は出来たが、それが精々だった。

 その代償が、全身を返り血で染め上げ、放心したようにへたり込む彼女の姿だった。教え子に、人をあやめさせてしまった。

 襲われたから止むを得なかったとか、少し距離があったから間に合わなかったとか、扉を押さえるのを止めるわけにはいかなかったとか、言い訳ならば幾らでも思い付く。けれども、彼女は私の教え子だ。私が護って然るべき生徒だ。そんな彼女の危機を、私はただ傍観し、それどころか彼女の手をみすみす汚させてしまった。己の無力が恨めしかった。

 

 しばらくすると、扉の音が無くなり、扉の前の気配も消えた。皆静かに扉から手を離し、また彼等が戻って来る前にと、まなさんと共に傍にあったロッカーを倒し、バリケード代わりとした。

 その後、茫然とするくるみさんに駆け寄ったものの、最早私に出来る事など殆ど無かった。精々が、彼女に怪我が無いかを確認した事、そして、せめて血塗れの顔だけでも拭ってあげた事程度。やがて、我に返ったのか、嗚咽と共に頬を濡らし始めた彼女を抱き締めて宥めたものの、それがその時私に出来た全てだった。

 

 

 

 日が沈み、空が暗くなる。その間、ずっと屋上で待っていたものの、警察も、消防も、自衛隊も、来てはくれなかった。

 街に目をやる。普段とは打って変わって、非常に明かりの少ない、不気味な街並み。時折、何処からともなく悲鳴が聞こえ、怒号が響き、そして乾いた銃声がその中に混じった。目に付く数少ない光源は、黒煙を吐き出しながら揺らめき続けている。火事が消火される事も無く、近くの家に延焼しているのだ。

 事態がまるで収束していない。すぐに助けが来るとは思えない。籠城するしかなかった。

 

 改めて、屋上に目をやる。今この場に居るのは、私以外に四人。まず、くるみさん。さっきまで泣き腫らしていたものの、泣き疲れたのか、今は壁を背に座り込んでいる。次に、ゆきさん。くるみさんの隣に膝立ちし、彼女の頭を抱き留めている。三人目に、ゆうりさん。床に座り込み、顔を伏せて塞ぎ込んでいる。そして、まなさん。バリケード代わりにしたロッカーに腰掛け、項垂れている。

 生徒が四人。大人は私ただ一人。頼れるのは私しか居ない。私がしっかりしなければ。私が彼女達を護らなければ。すぐには無理でも、きっと助けが来る。それまで、耐え抜かなければならなかった。

 

 皆に声を掛け、助けが来るまで、今この場に居る皆で耐え忍ぶ事を宣言する。皆を取り纏め、力を合わせるために。生きて帰るために。

 幸い、反応は悪くは無かった。真っ先にまなさんが賛同してくれた事も大きかった。「やるしかねぇか。こんなとこで訳も分かんねぇまんま死んで堪るかってんだ」とは彼女の弁だが、一人こうして動き出してくれれば、後は他の皆もなし崩しだった。

 

「やぁ」

「え?」

「えぇっと、あれだ。あたしら、初対面みたいなもんだろ? 挨拶ぐらいしとこうと思ってな。あたしは花田愛。宜しくな」

「あ、うん。わたしは丈槍由紀。よろしく」

「……――恵飛須沢胡桃」

 

「ねぇ」

「何?」

「若狭さんだっけ? 確か園芸部だよね」

「ええ、そうよ」

「じゃさ、ここ何か、布団代わりになりそうな物、無い? 一個あるだけでも大分違うと思うんだけど」

「布団? そうね……。ブルーシートぐらいならあるけど」

「ああ、それで十分だ。えぇっと、あれか?」

「そうよ」

 

 私の呼びかけが引き金になったのか、まなさんが皆に声を掛けて回る。とはいえ、屋上には光源が無い。暗闇の中で下手に動き回るのも危険だ。一先ず今日はここで夜を明かし、明日から生き残る術を考える事にする。

 屋根の無い野晒し、寝具はブルーシート一枚をコンクリ直敷きと悲惨だったが、今は我慢するしかない。

 

 願わくば、早く事態が終息しますように。お休みなさい。




めぐねえってかなりぽややんとしている印象だけど、今一度原作読み直したらあの笑顔の裏でこの程度は色々考えてたんだろうなと思う。
馬鹿じゃ教員免許取れないしな。


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2-1表 血みどろ校舎突入作戦

おおむねチャート通りなので初投稿です


 こんばんちはよう、諸君。『がっこうぐらし!』縛り実況プレイ、ゲーム内時間二日目、早速始めていきましょう。

 夜明けと共に目が覚めました。現在時刻、午前五時半チョイ前。うーん、早い。朝課外があって無駄に朝が早い高三でも、この時間起きはキッツイんじゃなかろうか。でも、屋上は野晒しだから日陰なんてありません。日の出と共に太陽光直撃浴びせられたら起きて当然だわな。

 さて、ぎゅうぎゅう詰めで寝たはずのブルーシートが妙に広々しています。画面を巡らせると、既にめぐねえが起き上がってますな。起きたというより、どうせろくに寝れてないんでしょうが。それから、胡桃も起きてますな。手すりに寄りかかって何処かを眺めてます。風でスカート揺れてるんだけど、見えそうで見えません。強風吹かねーかな。

 ああ、りーさんも目が開いてる。となると、未だに爆睡してるのは由紀だけです。こいつメンタル強いんだか弱いんだかホントわかんねーな。

 

 二日目の予定としては、三階の左側半分、特別教室群を制圧します。その後、音楽室にある机と椅子を使って初期型バリケードを作成。職員室付近にある左側階段と、音楽準備室と化学準備室のラインを封鎖、セーフエリアを確保します。そこまでやって、初めて放送室に拠点を移せます。なお、バリケードの作成には固定の為に紐が必要なので、職員室にある道具入れを漁るのは絶対条件ですな。ポリプロピレン製荷造り紐を探しましょう。針金? 有刺鉄線? 欲しければ二階或いは一階遠征が不可欠です。現時点では諦めましょう。もし達成出来なければ、セーフエリア確保は失敗。今夜もまた屋上でブルーシートのミノムシにならざるを得ません。

 というわけで、早速めぐねえに話し掛けて今日の予定を立てるところから始めましょう。何も言わずにいきなり校内に突貫する事も出来ますが、開始早々の独断専行は好感度マイナス補整が大きいから注意するんだな。

 RTAなら多少の好感度減退なんて知ったこっちゃ無いんですが、この縛り内容だとぱふぱふしてくれなくなります。

 

「そんな、危険です!」

 

 昨日あんな目に遭っておきながら、今日早速校内に入ろうなんて主張すれば、当然のように反対されます。が、ここは説得一択です。七日目には第一関門であるラッシュが控えているため、それまでに色々準備が必要です。あんまりグダグダやっている暇は有りません。また、ここの交渉フェイズが失敗したなんて聞いた事も無いので、成功率百パーセントなんじゃないですかね。

 

「分かりました。ですが、先生も行きます」

 

 はい、交渉成功です。その代わり、めぐねえも付いて来る事になりました。却下する事も可能ですが、正直どっちもどっちです。付いて来て死体見て正気度が減るか、それとも来るな=役立たずと言われて正気度が減るか。どっちにしても減ります。後者は好感度も併せて減るのでそのリカバリーも考えておきましょう。

 さて、校内突入組に、胡桃が立候補してきました。落ちてたシャベルも装備して、これで問題無く戦力として活用出来ます。以後、スタッフクレジットまで最強戦力として君臨するので、倒れない程度に扱き使ってやりましょう。戦線離脱? させませんよ。そもそもめぐねえが噛まれた時点で縛り失敗リセ確定の本プレイでは、めぐねえさえ離脱しなきゃ基本無事の胡桃が離脱など有り得ません。

 

「いいですか。くれぐれも、無茶はしないで下さい。それと、決して噛まれないように」

 

 めぐねえからの注意勧告を聞いたら、ロッカーをどかして入口を確保します。今は愛ちゃん手ぶらですが、武器は扉のすぐそこにあるんで大丈夫です。

 おっと、由紀がめぐねえに抱き付いてきました。りーさんも近くまで来て見送りです。ランダムイベントみたいなもんですが、由紀の正気度が低過ぎると発生しません。正気度をそれなりの値で保てているようです。由紀の目の前ではまだガバってないから当然ですな。

 

 セーブして校内に入ったら、武器はすぐ真横。階段掃除用の箒入れがあります。この手のロッカーの中には超低確率で彼等が潜んでて不意討ちかましてくるわけですが、呻き声もしないので居ないようです。さっさと箒を手に入れて装備しましょう。二本あるのでめぐねえにも渡しておきます。めぐねえのは無いよりかはマシです。有っても役に立つとも言ってませんが。

 はい。何の変哲も無い箒です。柄で突いて攻撃出来ます。が、軽過ぎて鈍器としての効力は無いので、非殺傷武器です。刃物を仕入れてアップグレードするまで止め刺しは胡桃に任せましょう。

 

「っ!」

 

 おっとっと。幸先が悪いですね。踊り場に降りたところでいきなり彼等と目が合いました。三階階段前に早速居やがるとは。まだ六時にもなってないので居残り組でしょう。初っ端から怯んでるめぐねえを下げて、胡桃と二人踊り場に並んで待ち構えます。

 彼等が階段に来ようとして、まず死体に躓いてこけました。この死体は多分、昨日の胡桃の追っ手でしょう。消える前に転げ落ちて死んだんでしょうな。掃除する死体が増えていい迷惑です。続いて階段を上ろうとして、二段目でまたこけました。彼等は基本的に段差に弱いので、階段の上で待ち構えると、運次第ではいつまで経ってもこちらの攻撃範囲に辿り着けない事もあります。が、今回は大丈夫そうです。三度目の正直で問題無く上がって来ました。どうやらターゲットは愛ちゃんらしいので、引き付けて正面から突いてやれば後ろに引っ繰り返ってそのまま階段を転げ落ちます。首があらぬ方向を向いているので無事転落死したようです。

 非殺傷武器だと敵を仕留める手段が限られるのが痛いところ。できるだけ早く殺傷武器を扱えるようになりましょう。

 

「こいつ等、階段苦手なのか?」

 

 胡桃が独白。敵の情報を学習しました。以後、知り得た情報を活かして立ち回ってくれるようになります。

 さて、キルスコアを稼いだところで階段を下ります。一応、転がってる死体も死体撃ちして確かめます。手足が動かないだけでくたばり損ないのゾンビも稀に居ます。気付かず近寄ると足を噛まれて即ジエンドです。

 二つも死体を見て、めぐねえが早くも吐きそうですね。いや、二階踊り場にも転がってるので四つか。正気度がガリガリ削れてます。まだ何一つ制圧してないのでどうしようもないんですが。

 

 さて、ここからは三倍速でいきましょう。全く見所がありません。三階制圧はチュートリアルみたいなもんなので仕方ないね。

 中央トイレの個室、各部屋隅の掃除用具入れ、LL室や放送準備室の大型機材入れ。人が入れそうな場所は全て片っ端から開けて確かめます。確率は低いですが、見落とすと後ろから喰われます。

 はい、何事もありませんでした。音楽室とLL室に十人ずつも居たので時間が掛かったぐらいでしょうか。討伐数が三十に達したところで、職員室に辿り着きました。敵の数は――別に普通の範疇ですね。モンスターハウスも引かなければ、二割の少数も無い。

 気付かなかった人も居るかも知れませんが、この三倍速の間に地味にレベルアップしました。レベルアップの得点は投擲スキル1を取っておきましょう。距離はさておき、フレンドリーファイア無しの遠距離攻撃は超有用です。特に、めぐねえを連れ回して護衛する事が増える本縛りプレイでは。別に縛りなどなくとも、余程偏ったプレイスタイルでもない限りはお勧めスキルの一つですがね。

 

 職員室の中には四人。ここに居るのは教師なので、生徒の彼等に比べ少しガタイが良いです。毛が生えた程度に移動速度とか違うので、一応気を付けると良いかも知れません。

 一人ずつおびき出して、二人で袋叩き。職員室は大きなロッカーの数も他の部屋に比べたら多いんですが、それも全て空のようです。何の危なげも無く終わりました。山も谷も無くて動画としては詰まらないのは難点ですね。

 後は流れです。職員更衣室、職員用トイレ、左端の階段には敵影無し。これで三階の半分を制圧しました。

 

 次に、死屍累々のこの彼等の成れの果てを片付けます。処理方法は、全部窓からポイです。死体が転がってるとセーフエリア内だろうと正気度持っていかれるので早く掃除しましょう。この掃除する時にも正気度が持っていかれますが、放置する意味は有りません。腐敗すると病気の蔓延すら有り得るのでその代償を払ってても片付けましょう。

 三十以上の死体をだたひたすら投げ捨てるだけなので、三倍速行きます。主人公の正気度もガリガリ削れてます。こりゃ酷い。

 

 はい、終わりました。めぐねえも胡桃も顔色悪いですね。話し掛けても返事がありません。死人に鞭打つような真似をしたので当然です。が、休んでる暇は有りません。バリケードを設置しないとセーフエリアは確保出来ません。その上、モタモタしてると教室側や下の階からおかわりがやって来ます。明日また掃除から始めたくなければ今日中に終わらせましょう。

 ですが、先にメシにしましょう。死体運びは重労働なので、皆スタミナが減ってます。今回はそれなりに数が多かったので、正気度の減少も酷いです。加えて、ゲーム開始以降、誰も何も食べて無いので、皆昨日の昼食以降丸一日飲まず喰わずです。なので全員のステにデバフが掛かっています。この状態で力仕事のバリケード作りは危険なので食い物を探しましょう。特に机を取り落して盛大に物音を立てると、わんさか寄ってきます。下手すると誰か直撃して骨折します。まともな医薬品も無い状態で重傷を負うと、そのまま衰弱死が有り得ます。即リセット案件です。

 

 というわけで、やっとめぐねえに出番です。主人公と胡桃で警戒と護衛をするので、荷物持ちをやってもらいましょう。職員室にはいくつか大きめのバッグがあるので、中に詰めれば五人分ぐらいは一度に持って行けます。

『カップうどんを手に入れた』

『カップラーメンを手に入れた』

『割り箸を手に入れた』

『チョコレートを手に入れた』

『ポテトチップスを手に入れた』

『グミを手に入れた』

『クッキーを手に入れた』

『饅頭を手に入れた』

『フルーツキャンディーを手に入れた』

『お茶(ペットボトル)を手に入れた』

『スポーツドリンク(ペットボトル)を手に入れた』

 無駄にアイテムの種類が多いのは何なんですかね。おかげで食糧を掻き集めている雰囲気は出ますけど。

 なお、この時めぐねえから目を離してはいけません。職員室には、例のSAN値直葬ファイルがあります。目を離すと、勝手に手に取って勝手に眺めて勝手に正気度減らして勝手に吐いてます。

 ただでさえ正気度が死んでる二日目にこれで止めなんて刺されようものなら、ぱふぱふなんて絶対無理です。下手するとそのまま発狂します。そこまでいかなくても、トイレに籠ったまま出て来てくれない事もあります。近くに居れば視線を気にして無視してくれるので遠慮無くストーキングして下さい。

 

 さて、食い物は十分集まったので、そろそろ屋上に帰りましょう。由紀とりーさんが祈りながら待ってます。

 ですがその前に、給湯コーナーから電気ポットを見付けて取り外しましょう。重いので中身はそれなりに入ってますね。めぐねえに押し付けます。それから大型延長コードが戸棚下段にあるのでこれも持っていきます。コンセント刺すのも忘れずに。

 これで屋上でもポットが使えるようになり、カップ麺が食べられるようになりました。

 余談だが、先駆者兄貴達の動画見るまで、この組み合わせが使える事にまるで気付かなかったのは内緒である。何てこったい。

 帰り道、三階中央階段前にまた一人ポップしてましたが、胡桃が仕留めてくれたので無問題です。じゃ、メシの時間は倍速だー。

 

 カップ麺は由紀とりーさんに渡して、自分達はおやつで済ませます。正気度が低空飛行していると、食欲減退が酷いので仕方ないね。チョコとか飴玉で我慢しましょう。無理してガッツリ喰うと、主人公ですら吐きます。そしてこんな状態で誰かが嘔吐すると、ほぼ間違い無く全員貰いゲロします。全員の体力正気度好感度、何もかもに大ダメージなので、リセットすら候補に入る大惨事です。

 倍速やってるのに皆食の進みが遅いですね。というより、皆揃って泣いてます。が、逆に言えば、泣ける程度には心が生きてるのでまだマシです。何の感情も示さなくなったら黄色信号、血溜まりの上で嗤い始めたら赤信号です。正気度管理には気を配りましょう。

 

 じゃ、バリケード作成に行きましょう。持って来た荷物はめぐねえとりーさんと由紀ちゃんに任せます。ですが、階段手前にポップした奴の死体を片付けないといけないので、胡桃と共に一旦戻ります。序盤で特に脆い由紀とりーさんの正気度を殺したくなければ、この手の気遣いは大事です。

 以後の拠点となる放送室に荷物を放り込んだら、いよいよバリケード造りです。一ヶ所のバリケードの作成には、机と椅子をセットで一ブロックとし、十二ブロックが必要になります。今回はバリケード二ヶ所を設置予定なので、二十四ブロック必要です。これを職員室で拾った荷造り紐で固定する事で完成です。後はこれを基にしてアップグレードしていきましょう。まずは針金が欲しいですね。

 布陣は、筋力のある胡桃と愛ちゃんが組み上げ担当。由紀とりーさん、そしてめぐねえが机の運搬担当です。胡桃は警戒要員も兼ねているのでシャベルを背負ったまま。実質愛ちゃんが組み立て主戦力になります。飯喰って少しは体力やスタミナを補充した事、彼等のおかわりが来なかったおかげで、無事終業時刻に間に合いました。終業時刻を過ぎると、教室に集っていた彼等が一斉に廊下に溢れ出すので、バリケードどころじゃ無くなる恐れがあります。

 

 しかし、完成してみると、うーん、バリケードの位置をもう少し欲張って前でも良かったような気もしますね。ただ、あんまり欲張り過ぎると、バリケード作成時の物音に釣られて教室の連中がやって来るんですよね。これはRTAじゃないから良しとします。

 メニュー開いて確認しましょう。セーフエリアの表示が出てます。完成ですね。じゃあ取り合えず自分達の空間を手に入れたので、次はやれる範囲でセーフエリア内部の掃除をします。

 左側階段の方からやりましょう。教室に近い方からやって、終礼時刻で出て来た連中に見付かると余計な戦闘が始まります。作ったバリケードが早速損壊するような事があれば、正気度も減ります。これ以上めぐねえの正気度を減らすとぱふぱふやってくれなさそうだからリスクは減らすに限ります。

 

 さらに、職員更衣室をセーフエリアに含めたので、備え付けのシャワーユニットが使えるようになりました。身を清める術を手に入れたのは、主力戦闘要員であるが故に返り血に染まり易い胡桃には特に効果があります。この二日目の内に是非とも機能を回復させておきたい施設の一つです。

 男女用各一ヶ所ずつあるので、同時に二人がシャワーを浴びれます。やろうと思えば、誰かを一緒に連れ込んで二人で洗いっこ、という桃源郷を拝む事も出来ますが、今は無理ですね。まだ全員の好感度を稼ぎ切れているわけでもなく、正気度にも不安が残ります。同性だろうと妙な真似をしたらごっそり好感度が減って大抵取り返しが付かないので、迂闊な真似は仕出かさないようにしましょう。ちゃんと全幅の信頼を得られた後なら、おっぱい揉んでも叱られるだけで済みます。これはPC版なので、上手く立ち回れば本番も夢じゃありません。それまでの辛抱です。めぐねえのπ乙は俺のもんだ!

 

 はい。自分達の居住環境が少しはマシになった事で、正気度も回復の兆しを見せてます。正気度の追加回復のためにも夕食にしましょう。めぐねえを含む戦闘要員は相変わらず食欲減退が酷いですが、摘まめるお菓子類は残ってます。ポテチだけでも体力回復効果は有ります。明日には学食や購買部に遠征するので、最悪食い尽くしても構いません。

 

 さて、正気度は持ち直しました。が、彼等との本格的な交戦、慣れないバリケード作成、広範囲の掃除による肉体的疲労と、事実上のオワタ式を強要される極度の緊張から来る精神的疲労。これらで皆疲れ果てているので、日没と共に就寝の時間です。

 まだ放送室にはろくな寝具が無いので、床に雑魚寝で掛布団はうっすいタオルしか有りません。しかし、少なくとも初日の野晒しコンクリブルーシートより遥かにマシです。二日目も屋上で過ごすと三日目以降の正気度が目に見えて落ちるので、これで次第点は取れました。

 

 プレイヤー目線では不要と言っていいものの、一応放送室前で一晩中見張りが立つ事になりました。立候補するのは、勿論めぐねえ。一人で全部背負いこむ気満々ですね。なので、愛ちゃんも立候補します。今から夜とはいえ、めぐねえを一人にしたら勝手に職員室に突撃しそうなのでそれを防ぐ意味もあります。お、胡桃がシャベルを貸してくれました。非殺傷武器の箒じゃ時間稼ぎしか出来ないので、これで万一場合にも自力で何とか出来ますね。

 廊下に出ました。一応見張りのはずなんですが、ここは既にセーフエリア内部。下手にライト付けたり大騒ぎしない限りバリケードが壊される事態はまず起きないので、名目上はさておき単なる自由時間です。

 

 では、本日のぱふぱふを回収させて貰いましょう。二日目も終わる寸前ですが、まだ終わってないのでこれが二日目のぱふぱふです。一日目は選択肢が出ないのでこれが初のぱふぱふですね。

 というわけで、話し掛けたら一番上にちゃんと選択肢も現れました。綺麗なセーフエリア確保して二度のメシ喰わせて身体拭かせてと色々やった甲斐がありましたな。

 仄暗い廊下のただ中、もろにめぐねえの胸の谷間に顔突っ込んでますね。ここまで顔突っ込むと鼓動すら聞こえそうです。めぐねえの憂いを帯びた曇った表情も中々ですな。そしてこんなセクハラ紛いの事やってるのにしっかり抱擁してくれるめぐねえマジ聖人。俺もリアルでこんな可愛い嫁が欲しかった(血涙)。

 

 さて、これで本日行う全ての予定が終了しました。そろそろ日付が変わります。途中で気を張り過ぎためぐねえが耐え切れずに寝落ちしてますので、その寝顔を眺めながら主人公もさっさと寝落ちします。これサムネにすっか。

 じゃ、お疲れさまでした。

 セーブしとこ。




湯上りしっとりめぐねえの寝顔眺めるだけでも気力回復しそう


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2-1裏 送別と出立

調べ物だけでも半日消し飛んだので初投稿です


 頭上には、満天の星空が見える。屋上に追い詰められ、野宿せざるを得ない私達を嘲笑うかのように、雲も少なく晴れ渡った良い天気だった。

 視線を巡らせる。街の方角には、微かに赤い光が見えた。無論、電灯ではない。ついぞ誰にも消し止められなかった火事が、未だに燃え続けているのだ。

 逆を見る。硬いコンクリートに申し訳程度に敷かれたブルーシートに包まり、四人の生徒達が並んでいる。中でもゆきさんとまなさんからは、はっきりと寝息が聞き取れた。

 彼女達がきちんと休めている事には安堵を覚える。しかしその一方で、こんな事態にもかかわらず、寝息が聞こえる程に静かである事には焦燥を覚える。どうして、警察も、消防も、自衛隊も、一切動いた気配が無いのか。

 今回のこの騒動が、街全体を巻き込む大事になっているのは判っている。救助が遅れるだろうとも夕方の時点で予想出来ていた。しかし、夜が更けるぐらいに時間が経ったのに、サイレンも聞こえない、ヘリも飛んでいないのは一体どういう事なのか。夜の内に出動するのは危険だからと、今は準備していて朝から動いてくれるのか。それとも、もう――

 深呼吸する。悪い方に傾く思考を強制的に打ち切り、自分を落ち着ける。唯一の大人である自分が取り乱したら、この子達はどうなる。私は教師だ。私が、この子達を無事に帰すのだ。

 

 ちら、と、この屋上唯一の出入り口へと目を向ける。結局、この屋上に立て籠もった直後を最後に、扉はずっと沈黙を保っている。誰も来ない、扉を叩かない。それは、落ち着いて寝ていられるという意味では、良い事かも知れない。だが、他の生存者が合流してこないという意味では、絶望的な状況を示している。

 助けは期待出来ない。全部、自分達でやるしかない。では、どうやって生き残るべきか。幸い、水道はまだ生きている。水は飲める。けれども、食べ物はどうする。屋上菜園があるとはいえ、本格的な畑というには耕作面積が狭過ぎる。五人で消費し始めたら、あっという間に底を突くだろう。どうすればいい。どうすれば――

 

 

 気が付けば、東の空がうっすらと明るみ始めていた。そろそろ夜明けか。意識を飛ばしていたようだ。

 嗚呼、コンクリートの上で寝た身体が痛い。そしてこの痛みが、昨日の夕方以降の出来事を悪い夢ではないと伝えて来る。これがただの悪夢だったらどれだけ良かった事か。大慌てで起き出して、遅刻寸前に職員室に辿り着いて、いつものように教頭先生に小言を言われて、神山先生に宥められて――

 現実逃避はここまでにしよう。まずは、今日を生き延びる事を考えるべきだ。

 そもそも、一体何が起こったのだ。何故、教え子達は豹変したのか。この場に居る私達は何故無事だったのか。とそこまで考えたところで、昨日、くるみさんが殺めて――否。殺めさせてしまった人の事を思い出した。

 昨日、ぐったりしていた彼は急に起き上がり、そしてくるみさんを襲った。どうして。なぜ。せめてその理由だけでも把握しておくべきだ。この子達を護るためにも。

 

 ブルーシートからこっそりと抜け出す。あれ以来そのままのはずの彼の所に向かうと、昨日と変わらぬ姿でそこに倒れていた。傍には、血塗れのシャベルも放り出されている。

 頭が冷える。気分が悪くなる。殺された人の亡骸など、あまり見るものではない。けれども、昨日の今日だ。一応、確かめる必要がある。血溜まりの中に踏み込み、彼の手に触れる。ぞっとするほど冷たかった。そして、硬くなっていた。

 これは、死後硬直か。本当に死んでしまったのか。

 者が、物に変わってしまった事を改めて理解し、私は思わず自身の胸元に下がる十字架を握った。寝ている皆を起こすわけにはいかない。彼の開きっ放しだった瞼を閉じ、黙祷を捧げ、短く哀悼の意を示す。

 彼には悪いが、移動させよう。流血と損傷の酷い彼の遺体は、見て気持ちの良いものではない。思わず閉口し、目を背けたくなる惨たらしさがあった。しばらくすれば、皆も目を覚ますだろう。起きて早々に気分を害して欲しくなかった。

 本来なら、送別し、埋葬すべきだ。だが、屋上という閉鎖空間に閉じ込められている今、それは叶わない。埋葬するにしても、場所が無い。菜園に埋めてしまうのは気が引ける。ならばせめて、彼女達が容易く目にしない場所に、太陽光発電コーナーの隅にでも安置しておくべきだと思った。

 

「めぐねえ」

 

 ところが、彼を抱え上げるために頭上に回って屈もうとしたその時、声が掛けられた。見れば、くるみさんが佇んでいる。起きていたのか。それとも、起こしてしまったのか。それよりも、彼をどうにかしようとしている姿を見られてしまった。

 

「――起きていたんですか?」

「……寝れなかった」

 

 何とか声を紡ぎ出すと、彼女は返事をしながら力無く笑った。なのに、声は湿っぽかった。

 強がって笑おうとして、なのに、込み上げる感情は抑え切れなくて。そんな心情が、声色に全部滲み出ていた。

 

「ありがとう。めぐねえ。先輩の事、祈ってくれて」

 

 十数秒とも、数十秒ともとれる沈黙の後、彼女は続けて、そう言葉を絞り出した。ただ、抑え切れない感情の発露によって、声は次第に聞き取り辛くなり。そして、堪え切れたのは言い切るまでで、すぐに嗚咽を漏らし、静かに泣き始めてしまった。

 抱え上げようとしていた彼から離れる。立ち尽くし、声を押し殺して泣く彼女を、正面から抱き締めた。出来る限り、力一杯に。

 こんな時、どんな言葉を掛ければいいのか、皆目見当も付かない。どんな言葉を掛けても、彼女の心の傷を癒す事など出来そうに思えなかった。しかし、こんな彼女を放っておくわけにはいかない。いつもは快活な彼女が、今や追い詰められ、こんなにも小さくなっている。このままでは、彼女が壊れてしまう。目を離せば消えてしまいそうな彼女を、何とか繋ぎ止めたかった。

 

 始めは、ただ私にされるがままに抱き締められていた彼女も、しばらくすると少しずつ、抑えようとしていた感情を露わにし始めた。握り締められていた拳が解かれ、りきみながらも下げられていた両腕が、私の背に回る。その手は私の服を握り締め、また、額を私の胸元にまるでぶつけるようにして押し付け、力の限りに縋り付いて来る。

 正直、痛い。しかし、これが彼女が抱えた心の傷。ぶつける先の分からない、やり場の無い憤怒と悲哀。声の無い慟哭だった。

 泣く事には、心の負荷を軽減する効果があるという。これで彼女が少しでも心の内を吐き出せるというのなら、立ち直れるというのなら、私はそれを受け止めよう。それは、昨日、あの時、傍に居ながらにして何も出来なかった事に対しての贖罪でもあった。

 

 やがて、落ち着いたのか、彼女は静かに私から離れた。泣き腫らして目が赤いものの、さっきよりは元気を取り戻したように見える。

 

「ありがとう」

 

 ちょっと無理した笑顔。ただ、涙だけは止まっている。

 

「いえ……」

 

 言葉は、返せなかった。

 

「それで……」

 

 くるみさんが目線を外し、私の後ろへと向ける。視線の先にあるのは、彼の亡骸。明言は無かったが、先程やろうとした事の説明を求められているのだと分かった。

 

「彼を、あのままにしておくわけにはいかないわ」

「……うん。そうだな」

「せめて、人目に付きにくい所に安置してあげましょう」

 

 そう言うと、彼女は私の方へと顔を向け「安置?」と問い返して来る。

 

「ええ。隅っこの方の、太陽光発電パネルの裏。そこなら人目は避けられるでしょう」

 

 ところが、彼女の反応は芳しくなかった。僅かに目を見開き、驚いた表情をしたのも一瞬。顔を曇らせ俯いた彼女は、しばしの逡巡の後、小さく口を開いた。

 

「それじゃ駄目だ」

「え?」

「隠したって、駄目だ。菜園の野菜まで食べられなくなる。だから」

 

 彼女はそこで言葉を途切れさせ、そして横を向いた。転落防止柵の外を。その意味を、私は正しく理解した。

 彼の遺体を、柵の外に投げ棄てる。彼女は言外にそう意向を示していた。

 何故。決まっている。腐敗を警戒しているからだ。ここには、霊安室の代わりになる冷蔵施設も無く、土葬する大地も無い。火葬場なんてこの高校の近くにすら無い。となれば、常温のこの屋上に安置するしかないが、帰天した遺体は、すぐさま腐敗を始めてしまう。私はまだ死臭など嗅いだ事は無いものの、自宅で亡くなった人の死臭が家から漏れ出し、周辺住民が体調を崩す程の事態にすらなり得るというのはニュースで知っている。太陽光発電ゾーンでそうなったとして、食糧の生える園芸部ゾーンにどんな影響が出るかなど、想像すら出来ない。

 投げ捨てるという選択肢を無意識に忌避したからこそ、当初の私は太陽光発電ゾーンへの移動を考えた。しかし、最終手段とも言える選択肢を提示されると、それを却下する事も出来なかった。

 思わず息が詰まる。顔が引き攣る。死者の尊厳を自らの手で穢す時が来るなど、これまで予想すらした事が無かった。

 

「せめて、送ってあげましょう」

 

 私は牧師ではない。設備も道具も無い。だから、これはちゃんと葬ってあげられない罪悪感から来る、私の自己満足。けれども、最後の別れの時ぐらいは設けてあげるべきだろう。くるみさんが、彼との別れを乗り越えるためにも。

 それからの私は、牧師の真似事に勤しんだ。顔だけでも遺体を拭い、死水を取り。そして、小声とはいえ、讃美歌を謳った。その間、くるみさんは手を合わせ、静かに祈祷している。これが、今の私達に出来る精一杯。どうか、安らかに眠って下さい。

 

 そうして儀式が終われば――遺体の片付けをしなければならなかった。もう、時間は残されていない。東の空には日が顔を出し、薄暗かったこの屋上を急速に照らし始めている。そろそろ、皆が起きてしまう。その前に済ませたかった。

 本当は、一人でやるつもりだった。けれども、連れて来たのは私だからと主張するくるみさんの言葉を否定する事も気が引ける。結局、お互いに片棒を担ぎ合う破目になってしまった。

 二人で抱え上げた人一人分の重みを、柵の外に放り出す。柵のはるか下から、聞きたくも無い音がする。けれども、目を背けるわけにはいかなかった。これも、私の罪の一つ。自分達が生きるため、死者の尊厳を切り捨てた。その決断の結果なのだから。

 

「ごめんなさい。ありがとう。さよなら」

 

 手すりに手を乗せたまま、くるみさんが小さく呟く。その後、彼女はくるりと背を向けて歩き出し、水道で手と顔を洗いだす。

 その後ろ姿を見送りながら、私はこの事態を生みだした何かを呪った。彼がくるみさんの近しい人だった事ぐらい、いや、想い人だった事ぐらい、様子を見ていれば察する事が出来た。こんな事さえ無ければ、彼女達は甘酸っぱい青春を送る事が出来ただろう。だというのに、その想いを過去形にしなければならない事に、決別しなければならない事に、私は憤った。

 何が悲しくて自らの手で想い人を葬らなければならないのか。この子達が一体何をしたというのか。

 くるみさんに続いて水道を使わせて貰いながら、私の脳裏では、この問いが何度も飛び交っていた。

 

 

「めぐねえ、ありがとな」

 

 手を洗い、一息ついたところで、くるみさんが話し掛けて来る。

 

「いえ……」

「葬式、出来るとは思わなかった」

「あれが、せめてもの“たむけ”だから」

 

 そう言うと、彼女は軽く目を閉じ「うん」と頷いた。

 少しは心の整理が付けられたのだろう。昨日と比べて、表情が穏やかになっている。あの式が立ち直る切っ掛けになれたのなら、それは幸いだった。

 けれども。まだ、話は終わっていない。私には、彼女に問わねばならない事が残っていた。

 

「恵飛須沢さん」

「ん?」

「こんな事、今訊くべきじゃないんですけど――」

 

 そう前置く。雰囲気の変化に気付いてか、彼女も私に振り向いた。

 

「昨日、一体何があったんですか」

「……え?」

「何もないのに、こんな事が起こるはずがありません。何故、私や貴女は無事なのに、彼だけがああなってしまったのか。

 私達が生き残るためには、何に気を付ければいいのか。それを知りたいんです」

 

 想い人を送った直後に訊くような内容ではない事は承知している。しかし、訊かないわけにもいかなかった。私達は今から生き延びなければならない。私が彼女達を護り抜かねばならない。何も知らないばかりに、彼女達まで喪うわけにはいかなかった。

 そんな私の問いを受けて、彼女は目線を落とし、真剣な顔をして考え始める。

 

「……噛まれた」

「噛まれた?」

「そう、噛まれた。先輩は襲って来たのを止めようとして、噛み付かれて、だから振り払って、一緒に逃げた。だけど、すぐに動けなくなっちゃって、だからあたしが負ぶって逃げて来たんだ」

「何か浴びたとかは?」

「ない、と思う」

「噛まれるまでは、体調が悪そうとかいう事は無かったんですか?」

「ううん。無かった」

 

 話を聞く限り、噛まれたら駄目なようだ。噛まれると感染し、狂暴化して他人に襲い掛かる。まるで狂犬病みたいだな、というのが第一の感想だった。潜伏期間が無に等しい伝染病のようなものだろうか。

 

「そうですか、分かりました。では、噛まれない事を念頭に置いて動きましょう」

「動くって、めぐねえ、どうする気なんだ?」

「救助が来るまで、何としてでも耐えます。もう、夜が明けました。警察や消防もそろそろ動き出すでしょうから」

 

 昨日の夕方の時点で、警察や消防の動きがまるで確認出来なかった事は考えない事にした。悪い方向に考え過ぎてもどうしようもない。自分で希望を潰し、彼女達を絶望させるわけにもいかなかった。

 

 

 それから程なくして、ゆうりさんが目を覚ました。顔を巡らせて周囲を見回す彼女は、少々混乱している様子である。無理もない。昨日のあれがただの悪夢なら、どれだけよかった事か。このふざけた冗談のような現実を中々受け入れられないのは、痛いほど理解出来た。

 

「おはようございます。若狭さん」

 

 だからこそ、敢えて明るく声を掛ける。この場で最年長者である私は、余裕を見せておく必要があった。私が辛気臭い顔をしていれば、それはすぐさま皆に伝播してしまうだろう。それでは駄目だ。きっと皆、押し潰されそうな強い不安に苛まれている。彼女達がストレスに負けてしまわないように、パニックに陥らないように、私が皆を鼓舞する必要があった。

 やがて、まなさんが起き、最後に、ゆきさんも起きた。まなさんは、普段とあまり様子が変わっていないように思う。欠伸交じりに伸びをしながら、一直線に水道に顔を洗いに行っている。一方、ゆきさんはゆうりさんと同じだ。寝ぼけているのか、頭をフラフラしながらぼうっとしていたのも束の間。すぐに周囲を見回し、状況を確認し、そして目に見えて狼狽した。

 私は彼女に近付き、横に膝を付き、挨拶しながら背を擦る。すぐに抱き付いて来る彼女を受け止めながら、この中で一番ショックの大きそうな彼女をどう元気付けようか、頭を悩ませた。

 

 結局、ゆきさんはへたり込んだまま、塞ぎ込んでしまった。流石に、私が声を掛けたぐらいでどうにかなるものではないか。少し、時間が必要だろう。

 そんな事を考えている時、まなさんに声を掛けられた。ゆきさんには聞かれたくないのか、共に来るよう促される。そして、手すりの傍まで誘導されたところで、彼女が口火を切った。

 これから校舎に入って三階を制圧したい、と。

 

「そんな、危険です!」

 

 思わず、大きな声が出た。途端に、くるみさん、ゆうりさん、そしてゆきさんの目線が私達に集中する。しまった、と思うも、もう後の祭り。くるみさんは近付いて来るし、ゆうりさん達もじっと私の方を窺っている。

 そんな中で、注目を集める事も厭わず、まなさんはその理由を説き始める。調理器具の無いこの屋上では、生野菜を口にするのも一苦労である事。その生野菜の数も十分ではない事。風雨を凌げる場所の無いこの屋上では、雨が降ったら終わりな事。昨夜はたまたま晴れたが、今夜は、明日は、一切の保証が無い事。そして、まだ体力のある今の内に動かなければ、消耗して動けなくなってからでは遅い事。

 反論出来なかった。内心でその通りだと思ったから。ただ、昨日の今日で校舎に入るというのは、全く気が進まない。危険なのが目に見えている。しかし、止めたところでどうにもならない事もまた事実だった。何しろ、ここで待っても助けがいつ来てくれるかという目途も保障も無いのだ。ここで二の足を踏み、食糧を食い尽くし、そして雨に降られて弱り切ってからでは何もかも手遅れになる。

 誰かが危険を冒して校舎内に入り、状況を打破する何かをするしか無かった。

 

「分かりました。ですが、先生も行きます」

 

 最早、そう答えるほかに道は無かった。まなさんは自ら赴く意志を見せている。けれども、彼女一人に任せるわけにはいかない。彼女は私の教え子だ。生徒一人を死地に追いやって、自分だけのうのうと安全地帯に留まるわけにはいかなかった。

 

「めぐねえ、あたしも行く」

 

 そんな私達の会話をほぼ最初から最後まで聞いていたくるみさんが、すかさずそう名乗り出る。

 

「くるみさん!? 駄目よ、危ないわ」

「だからだよ」

 

 本当は行かせたくない。自分だって行きたくない。そんな危険な場所に、くるみさんまで飛び込もうとしている。まなさんの時と同じように思わず止めようとすれば、彼女は落ち着いて反論してくる。

 

「何すりゃいいのか分かんないけど、人手は要るだろ。ここに居たってジリ貧なんだ、あたしも手伝う」

 

 反論を許さない確固たる意志で以てそう言い切った彼女は、そのまま背を向けて歩き出し、そして血溜まりの残る場所でおもむろに屈み込む。その手は、昨日の一件以来、ずっと床に転がったままだったシャベルを掴み上げた。返り血を浴び、赤黒く染まったそれを手にして、彼女は再び私達のもとへと歩み寄って来る。

 

「大丈夫なのか?」

「ああ」

「ならいい。宜しくな」

「こちらこそ、宜しくな」

 

 まなさんとくるみさんが言葉を交わし、どちらからともなく頷き合う。僅か数秒で協力体制を築き上げた彼女達は、揃って私へと顔を向けてくる。

 もう、私には止められそうも無かった。仮に私が猛反対したとしても、彼女達は二人だけでも校舎に入ろうとするだろう。いい加減、私も腹を括るべき時だった。

 

「いいですか。くれぐれも、無茶はしないで下さい。それと、決して噛まれないように」

 

 説得を諦めて、二人に警告する。二人がしっかりと頷いたのを見届けてから、三人で扉へと向かう。

 

「めぐねえ!」

 

 途中、ゆきさんが駆け寄り、しがみ付いて来る。また、飛び付いてこそ来ないものの、ゆうりさんも近寄って来て、私達三人を不安気に見回している。

 たった五人の生存者。そしてその内の三人が死地に戻ろうとしている。まだ立ち直れていない彼女達二人からすれば、早速置いて行かれるなど冗談じゃないだろう。私としても、涙交じりに引き留めて来る彼女の制止を結果的に無視する事になるのは、心苦しかった。彼女達をこの場に置いていく事にも後ろ髪を引かれる。

 けれども、全員で踏み込むのも危険過ぎる。そして、現状で一応は安全地帯とも言えるこの屋上か、それとも、死地と言って差し支えない場所に踏み込む二人か。私がどちらに付くべきかは、明白だった。

 

「丈槍さん」

 

 可能な限り穏やかな表情を心掛けて、彼女に向き直る。やんわりと抱擁し、取り乱す彼女を宥めながら、諭すように口を開く。

 

「心配してくれているんですね。有難う御座います。でも、大丈夫よ。先生達、皆帰って来ますから」

 

 何の保証も無い、事実上単なる気休めの言葉。けれども、そう決意している事だけは確かだった。私達は、自らの活路を切り開きに行くのだ。

 ゆきさんの背を撫で下ろしながら、視線をゆうりさんに向ける。

 

「しばらく、ここの留守を宜しくお願いしますね。戻って来た時は知らせますから、それまで戸締りして、決して開けないようにして下さい」

 

 ゆうりさんは、賢く物分かりが良い。私達がやろうとしている事が必要な事であるというのは、理解しているだろう。理解はしていても、気持ちとして受け入れられるかどうかは別として。

 希望には沿えない。実質そう言い放った私の言葉に、ゆうりさんが俯く。所在無さ気に立ち尽くす姿に、後悔の念が浮かばないわけはない。けれども、くるみさんとまなさんも待っている。いたずらに時間ばかりを浪費するわけにもいかなかった。

 やがて、ゆきさんの手から力が抜ける。解放してくれた。私は静かに待っていてくれた二人に合流し、扉の前に立つ。

 

「行って来ます」

 

 出発間際、何気無い挨拶。残される彼女達が悲壮な雰囲気にならないよう、せめてそれだけは言い残し、私は校内へと足を踏み入れた。




主人公、なんとチョイ役
まぁこんな時もある


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2-2裏 制圧と無力感

事実上めぐねえパートが本流に成り代わっちゃったので初投稿です


 校内は、やはり酷い有様だった。至る所に鮮血が飛び散った痕があり、一日経って腐り始めているらしく、酷い臭いが充満している。顔を思わずしかめ、鼻を抑える。そんな私を気にする事無く、まなさんは掃除用具入れを慎重に開け、そして中に入っていた箒を手渡してきた。一瞬意味が分からなかった。しかし、同じ物を手に身構えるまなさんを見て、それがやっと槍の代替である事を覚った。

 そんな有様だった私は、正直、何の役にも立てなかった。階段でまず最初の彼等を見た時点で、私は傍目からも判るであろう程にビクついてしまい、まなさんから後方に下げられてしまった。その後もそうだ。倒した相手を、本当に倒したのか確認したのも彼女達。廊下に彼等の姿がほぼ無い事を確かめたのも彼女達。二人で死角を補い合いながらじっくりと進む彼女達の後ろを、私はただ金魚の糞のように付いていく事しか出来なかった。

 中央女子トイレから始まり、男子トイレ、物理準備室、物理室、化学準備室、音楽準備室と、彼女達は部屋を一つずつ確認、連携しながら処理していく。ロッカーや、機材入れ等、全ての収納すら逐一解放しながら。

 彼女達は即席で組んだはずなのに、良く息が合っていた。無言のくるみさんが拳を挙げればまなさんが足を止め、くるみさんが中をチラリと窺って指を三本立てれば、まなさんはくるみさんを援護出来る位置に陣取る。そうして彼等を一人ずつ誘き寄せて対処、三人倒せた時点で、部屋の中に入っていく。何処で示し合わせたのか、ハンドシグナルで連絡さえ取り合っているのだ。彼女達の連携の中に、私が割り込む余地は無かった。

 

 三十人以上もの彼等を倒し、校舎端の階段に至るまでの掃討が終わった。職員室を含む、特殊教室群を制圧出来たのだ。放送室という、中がほぼ荒らされていない部屋を見付けられた事も成果だった。

 けれども、それで終わりでは無かった。今回倒した、三十人以上もの彼等の遺体。その処理を、投棄をしなければならなかった。

 昨日まで生きていた人間の頭を砕いて殺し、あまつさえ、その遺体を投げ捨てて損壊する。今朝、確かに私は一人投棄したとはいえ、その前には葬儀を行い、心の準備を行う暇があった。だのに、今回はそれすらも無い。そして、数が多かった。

 化学準備室から手袋を見付けてきて、三人で一緒に何人もの遺体を運ぶ。一切力の入っていない、脱力し切った人体の何と重い事か。こんな事件が起こる前、怪我した生徒を保健室に連れて行ったのとはまるでわけが違う。疲れる。心が痛い。動悸がする。泣きたくなる。だが、そんな暇も無い。今日中に何処かを確保しないと、今夜もまた屋上で野宿なのだから。

 最終的に、私は出来るだけ何も考えず、心を閉ざすのが一番なのだと学んだ。これはただの重労働。単なる物運び。聞きたくも無い音がしても、全て聞き流す。

 

 そうして辛い作業をこなしても、休む事すら許されなかった。まだ、するべき事が山積みなのだ。

 職員室に戻った私達は、そのまま部屋中を引っ繰り返しての食糧収集を始めた。正直、私は食欲が全く無い。あんな事をした後で胃に何かを入れたら、嘔吐しかねない予感すらあった。

 けれども、私はさておき、くるみさんやまなさん、そして屋上に待たせているゆきさん、ゆうりさんの食べ物確保は必要だった。彼女達を飢えさせるわけにはいかない。

 こうして始まった食べ物集めだが、びっくりするほど集まらなかった。空っぽの冷蔵庫に絶望し、たった一つのカップラーメンに歓喜する。半分しか残っていないキャンディーの詰め合わせに溜息を付き、手の平サイズのグミの袋に安堵する。

 拝借したバッグが満杯になる事は無く、集まったのは小さなお菓子ばかり。生徒達四人の食糧というには、あまりに貧相な量。ろくな食糧の無い現状を改めて突き付けられ、強い不安しか感じない。

 途中、戸棚の前を通った時に、何やら緊急時用のマニュアルがあった事を思い出したが、今はそんなものを確認する暇も無い。私の護衛としてまなさんが付いて来ていて、くるみさんが廊下を警戒している。そんな彼女達に要らぬ待ちぼうけをさせるのも気が引ける。その上、この後にはまだ、バリケード作りも待っているのだ。

 

 

 一度、屋上に戻る。道中、階段前に再び一人うろついていたものの、くるみさんが対処。問題無く階段を上る。言いつけ通り、ちゃんとバリケードで封鎖されていた扉を呼び掛けて開けて貰い、朝以来の屋上へと足を踏み出す。

 全身に降り注ぐ太陽光が温かい。ゆうりさん達が涙の痕の残る顔で私達を迎え、特にゆきさんは無事に再会出来た事に感極まって抱き付いて来る。

 ぎゅっと抱き締められる感覚に、ようやっと安全地帯に帰って来れた事を実感し、思わず気が抜ける。

 

「ただいま、丈槍さん」

 

 安堵の溜息をつきながら、ゆきさんにそう呼び掛ける。けれども私は、抱き付いて来る彼女に挨拶する以外の仕草で応える事までは出来なかった。

 両手で抱える電気ポットが意外と重いというのは理由の一つだが、それだけではない。さっきまで、自分がこの手で何をしていたのか。己の所業が頭をよぎったのだ。いくら手袋をしていて、そして終わった後には手はゆすいだとはいえ、人の遺体を大量に投げ捨てた。その時に感じていた手袋越しでも判る冷たさと、血のぬめり。その感覚が消えていなかった。この手で触れると彼女の事まで穢してしまいそうで、手を伸ばすどころか、彼女の身体が触れる事にすら抵抗を感じてしまうほどだった。

 

 全員で円陣を組んで座り、中心に掻き集めてきた食糧を広げる。そのうち、主食と呼べそうなものはカップ麺が僅かに三つ。他は全てお菓子類というラインナップだった。

 職員室中を引っ掻き回して、これだけしか見付からなかった。特にカップ麺は、私が辞退するとしても、生徒達四人に対し一つ足りない。誰かが我慢せざるを得ないという有様なのだ。

 けれども。その足りないはずのカップ麺が、一つ余ってしまった。理由は言うまでもない。くるみさんも、まなさんも、私同様に深刻な食欲不振なのだ。

 そんな私達に配慮して、ついにはゆうりさん達すらも辞退すると言い出し始める。しかし、私が「駄目よ。遠慮しないで、二人はちゃんと食べて」と言えば、まなさんがすかさず「喰える時に喰っておくべきだ」と後を続け、くるみさんも「あたしらも、何か腹に入れとかないとな」と力無く笑う。食欲が湧かないだけで、食べなければいけない事は皆解っているのだ。生きるためにも。

 結局、食欲の残るゆきさん達は予定通りカップ麺を、食欲の無い私達三人は、口の中で溶かして食べられるものを中心に配分した。食欲は無くても、唾液を飲み込む気力は残っている。固形物は無理でも、ほぼ液体なら何とかなるんじゃないか、とは、まなさんの弁である。

 

 何かを口にする事自体気が進まなかったため、キャンディを口に含んだのは、生き残るためにという半ば義務感からだった。共に校内に入ったまなさんやくるみさんも同じくキャンディを口にしたため、私だけがやっぱり要らないなんて言い出すわけにもいかない。内心、吐き気を催す事すら警戒していたというのに、舌でキャンディを転がし始めた瞬間、それらが一気に吹き飛んだ。

 丸一日ぶりの食事、丸一日ぶりに感じる味覚。溶け出す砂糖と果物の果汁が、瞬く間に身に沁みた。顎がじんわりと痺れるような感覚に包まれ、唾液が溢れて来る。たかが、小さな飴玉一つ。普段何気無く口にしていたそれが、今は堪らなく美味しかった。

 そして、同時に嫌でも理解した。これからは、この何気無く感じていた甘味が貴重になる事を。食料確保に四苦八苦し、美味しい料理を食べる事はおろか、腹を満たす事すら困難な時を過ごさせばならない事を。これまで、当たり前と思って気にしていなかった平穏は、昨日、とうに崩れ去ったのだ。

 誰が最初に感情を抑え切れなくなったのか、覚えていない。気が付けば、私を含め、皆で泣いていた。一日ぶりに感じる味覚が、つい昨日でありながら、まるで遠い昔のように感じる平穏な日常を想起したのだ。

 どうしてこんな事になったのか。いつまでこんな事が続くのか。誰か助けて。ぶつける先も、縋る先すらも分からない感情が、ただただ零れ落ちていった。

 

 大した量を食べたわけではないにもかかわらず、昼食に一時間以上を費やしていた。結局、私達校内突入組はキャンディのみならず、板チョコやフルーツグミにも手を出し、ゆきさん達も、カップ麺をスープを含めて全て平らげた。

 少しは腹が膨れ、気が済むまで泣いたからか、皆多少なりとも落ち着いている。もう休憩は済んだ。まだ、今日中にやるべき事が残っている。そちらに取り掛からねばならなかった。

 くるみさん、そしてまなさんを先に校内に戻し、道中の“片付け”をして貰う。その間に、重さが半分以下になったバッグをゆきさん、電気ポットを私、そして延長コードをゆうりさんが持ち、校内へと拠点を移す準備を行った。やがて、二人が戻って来次第、全員で校内へと踏み込む。

 

 

 漂う酷い臭い、そして一面血塗れの光景に、ゆきさんとゆうりさんが足を止めて青褪める。彼女達はこの光景を見るのは初めてだから仕方が無い。私だって、朝はそうだったのだから。

 

「めぐねえ……」

「大丈夫ですよ。先生達で安全な拠点を確保出来ました。付いて来て下さい」

 

 恐怖で震える二人に振り返り、私はそう断言する。先に三階に展開しているくるみさん達は、未だ手付かずの教室側を警戒している。臨戦態勢のままじっと動かないという事は、今は廊下に彼等が居ないのだ。今の内に、私達は放送室に入る必要があった。敢えて有無を言わさず私が先導する事で、二人もおずおずと後を付いて来る。

 放送室の中は、部屋の外の有様が嘘のように小綺麗である。恐らく、昨日の騒動発生以後、誰も入って来なかったのだろう。念のため、人の隠れられそうな収納をまなさんが片っ端から開放して回ったものの、目に付くのはそれだけだ。ここなら、床に寝転ぶ事が出来る。

 全く荒れていない部屋の中を見て、二人は目に見えて安堵した。自分達の居住空間、拠点を手に入れた事を理解したのだろう。私が抱えていたポットを机の上に置くと、それに倣って二人もそれぞれの荷物を下ろした。

 

「さ、二人とも。もう一仕事ですよ」

 

 ほっと一息付いている二人に、声を掛ける。バリケード作りには人手が必要だ。手早く終わらせるため、彼女達にも手伝って貰おう。それに、これならば全員で協力出来る。

 このままでは、まなさん達二人に負担が集中してしまう。付いて行っておきながら、何の役にも立たなかった私が言えた事ではないが、それでは駄目だ。私達でも出来る事は、私達で肩代わりしなければ。彼女達に頼り切ってしまうのは良くない。

 

 ゆうりさん達を連れて放送室を出る。部屋の前で廊下を警備するくるみさん達に合流し、二ヶ所のバリケード作りが始まる。とはいえ、流石に五人で手分けしてやれば、大した時間は掛からなかった。寧ろ、まなさんが確保していた荷造り紐でどうやって積み上げた机を固定するか。その試行錯誤の方が時間が掛かった。

 私も多少の荷造りの経験はあるが、ここまで大きな物を縛った経験は無い。加えて、彼等がもし破ろうとした際に容易く壊れない耐久性を得ようとすると、どこをどう縛ればいいのか。実際に揺らして確認しながら作業するしかなかった。

 

 それが終われば、次は血だらけで物の散乱した領域の掃除だった。妙にまなさんが校舎端、職員室側から掃除する事にこだわったものの、それも終わってしまえば理由が理解出来た。

 トイレが階段のすぐ傍にある事は勿論、職員用更衣室とその周辺を掃除出来た事で、シャワーが浴びられるようになったのだ。流石に浴槽は無いから入浴は不可能だが、シャワーだけでも浴びられれば、身体の清潔さは保つ事が出来る。

 今日、彼等と最も激しく戦い、その代償として酷く返り血を浴びていたくるみさんは、真っ先に立候補した。本人は、昨日陸上部として活動中に事件に巻き込まれ、以後そのままである事による汗臭さを理由に挙げていたものの、血生臭さも原因である事は想像に難くない。

 使うタオルは、トイレ等での手拭き用として常備されていた物を流用する事にした。職員室の給湯コーナーで棚の中にしまい込まれていたタオルは、昨日の事件以後も変わらず棚の中で畳まれていた。バスタオルと違って大きさに物足りなさを感じるものの、無い物ねだりをしてもどうしようもない。

 なお、使用したタオルの洗濯は――二階の家庭科被服室が使えない今、洗濯機も洗剤も無い。明日以降も使うためには、水道で手洗いするしか無さそうである。

 

 くるみさんを始め、皆で順番に部屋を使い回し、最後には私の番になった。タオルを片手に更衣室に入り、ドアを閉める。

 部屋の前で警備する皆の姿が見えなくなると、途端に静寂が部屋の中を満たした。そういえば、トイレの時を除き、完全に独りになるのは今日は初めてである。皆で掃除した甲斐もあって、部屋の中は散らかってはいない。私からすると、見慣れた光景だった。

 自分に割り当てられていたロッカーを開く。中に入っているのは、私が使い古した櫛やリップクリーム、日焼け止め、髪留めの予備といった小物が少々。これらが何か彼女達の役に立つかというと、無いよりはマシという程度だろう。こんな事なら、もっと色々詰め込んで置けば良かったと思う。

 

 溜息を付き、胸元のリボンをほどく。本来真っ白だったリボンも、今や末端部分は赤黒く染まっている。くるみさんの想い人を”送った”時に付いたのだろう。自分のワンピースにも、あちこちにべっとりと血の跡がある。血への忌避感のせいか、思わず手が止まる。自分の服を脱ぐだけですら恐る恐るになりつつある自分の有様に気付き、再度溜息が漏れる。

 昨日、そして、今日。事件が起こって、これで二日が経った。この間、私は何か彼女達の役に立てたのだろうか。そんな問いが浮かんでくる。しかし、思い返してみても、良い答えは見付からなかった。

 私が屋上に避難出来たのは、一早く行動を起こしたまなさんのおかげだ。彼女から手を牽かれなければ、私も多分あの一階の廊下で、無惨な最期を迎える破目になっていただろう。屋上で真っ先に扉を抑え始めたのも彼女だ。私は、追手が来ている事を気付いていながら、彼女から声を掛けられるまで茫然と座り込んでいた。くるみさんが襲われた時も、私は何も出来なかった。それどころか、口にする事こそなかったものの、動けなかった事への言い訳すら探した。そして、今日。校舎内の制圧で、最も活躍したのはくるみさんだ。また、言い出しっぺであるまなさんはその後も、事後処理、食糧の収集、バリケード設置、掃除と、彼女が次々と方針を打ち出し、私達を指揮した。私ではない。私は、あろう事か彼女達の、教え子達の後ろに隠れ、護られ、ただ指示に従う事しか出来なかった。

 情けない。生徒を護り導く教育者である私が、反対に彼女達から護り導かれている。こんな緊急事態だからこそ、唯一の大人である私がしっかりしなければならないのに。

 

 ワンピースを脱ぐ時、髪が服に引っ掛かった。頭皮が引っ張られ、痛みが思案の海に沈みかけた私を引き揚げる。

 そういえば、この髪も何とかしなければならない。ずっと伸ばし続けてきた長髪には、思い入れはある。だが、自分や皆の命には代えられない。緊急事態の時、何かに引っ掛かる、或いは彼等に掴まれるような事があれば、一巻の終わりなのだ。リスクは少ない方が良い。後で切るべきだろう。

 下着まで全て脱ぎ捨てて、タオル片手にシャワーユニットの戸を開ける。半畳程度の広さ。思った以上に狭い空間。こんなことになるまで、私は殆ど使った事が無かった。だが、今はこれが有難い。余計な思考は止め、手早く温水を浴びる。あまりもたもたする時間は無い。皆、部屋の外で私を待ってくれているのだから。

 ユニットから出て、身体を拭う。そうして拭き終われば、一度は脱ぎ捨てた衣服を再び身に付けていくわけなのだが、やはり血痕が気にはなる。下着には幸いまだ血が染みてはいないものの、その他は駄目だ。靴下を含め、大なり小なり血を浴びている。それに、二日同じ服を着続けている。洗濯は出来なくとも、替えの服ぐらいは欲しくなる。

 何もかも、物資が足りない。何処かから色々と調達する必要があるだろう。例えば、購買部とか。

 そんな事を考えながら、更衣室を出る。職員休憩室に足を踏み入れると、そこにはゆきさんとゆうりさんが長椅子に腰掛けていた。私が出て来た事に気付き、彼女達が振り返る。

 

「めぐねえ」

「待たせてしまいましたね」

 

 私の姿を見て、ゆきさんがほぅっと息を吐く。この様子では、私が部屋を使っていた時は塞ぎ込んでいたのではないだろうか。彼女は、まだ危うい。目を離さないようにしないと。

 ゆうりさんは、少なくとも表面上は落ち着いている。けれども、昼食の後で校舎内に踏み込んだ時、酷く青褪めていた事は見ているから知っている。きっとショックから立ち直ったには程遠い状態だろう。なにせ私がそうだった。神経をすり減らし、恐怖で身体が震えて上手く動けず、結果何の役にも立てずに、まなさん達の後ろに隠れていたのだから。

 

「二人も呼んで、戻りましょうか」

 

 この場に居ない残る二人は、この職員休憩室の出口と、反対側の更衣室の出口を警備している。終わった事を知らせに行く必要があった。

 三人で揃って二人を迎えに行く。特に何の問題も無く合流でき、そのまま五人連れ立って放送室へと戻った。




戦力にもなれず、指揮官にもなれず。不安定な覚醒なんてチャートに入れて貰えるわけもなく。
原作だと多分指針を定める総司令官の役割ぐらいはこなしてたんだろうとは思うものの、ここだとゲームプレイヤーという神の視点が介入してくるからね。
司令塔の役割すら奪われてしまう。この状況じゃ、終始雰囲気が暗いままなのも致し方無しかなと思う。


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2-3裏 黄昏の抱擁

日が暮れたので初投稿です


 放送室には、奥に番組収録用のブースが設置されている。防音壁と防音ガラスで囲まれたそこは、静かで、空調もしっかりしており、拠点にするにはうってつけの空間であった。収録用の折り畳み長机を搬出し掃除した今、私達五人が横になってなお余裕のあるスペースがある。今はまだ寝具の類がろくに存在しないものの、布団、せめて寝袋を確保出来れば、まともな寝室として機能するだろう。

 そんなスタジオを防音ガラス越しに眺められるコントロールルームで、私達五人は机を囲んで席に付いていた。机の上には、昼に食べ残した食糧が全て広げられている。今この場にある物が、私達が集められた食糧の全て。後は屋上菜園に野菜も存在するものの、食べたければバリケードを乗り越えて取りに行くしかない。

 否が応でも食糧事情の悪さが目に付き、必然的に話の内容もそれに絡むものとなる。

 

「どうする? これじゃ朝の分すら怪しいぞ」

「だけど、節約したところで一食分にもならない。いっそ今ここで喰い切っても良いんじゃないの?」

 

 ポテトチップスを摘まみながらくるみさんが問題提起をすれば、クッキーを片手にまなさんが意見を言う。

 

「まな、それじゃ朝飯抜きだぞ」

「今日もそうだったろ? その代わり、明日は朝一で二階に降りるしかない」

 

 苦言を呈するくるみさんに、まなさんが言い返す。

 

「待って下さい。二階に降りる気なんですか?」

 

 昨日の今日でもう二階へ行く事を提案するまなさんに、流石に私も口を挟む。

 

「ん? ああ、そうすべきだと思います」

「危険過ぎないか? まずは三階を制圧する方が先だと思う」

 

 肯定するまなさんだったが、くるみさんは異論を唱えた。

 

「いや、確かに三階の制圧もしたい。けど、今のあたし達に一番足りない物って、食糧じゃないか?」

「そりゃそうだけどさ、急ぎ過ぎじゃないか?」

「けど、他に食い物のあてが無い。飢える前に次の食い物を探さないと、動けなくなる」

 

 まなさんとくるみさんが議論を交わす。顔を突き合わせ、真剣な表情で言い合う二人に、私は口を噤んだ。

 双方の言い分も分かる。安全の確保、そして食糧の確保。どちらも大事だ。同時進行するには人手が足りないだけで、いずれ明日か明後日には両方やらなければならない。

 私の心情的には、出来るだけ危険を避けたい。すなわち、安全を優先したい。けれども、食糧事情が逼迫している事もまた事実。節約したとしても、明日の朝には食べ物が全滅してしまう。

 まだ全ての部屋をきっちり探索し終えたわけではないから、生徒会室や校長室等を引っ繰り返せば、もう少し食糧が見付かるかも知れない。けれども、摘まめる程度のお菓子ならさておき、そう大量の食糧が見付かるとも思えない。三階で未だ制圧が済んでいないのは、二年生の教室と、その準備室のみ。そこにも纏まった食糧など残っていないだろう。安全は確保出来た、けれども食べ物が底を突いた、では大問題なのは理解出来る。

 

「……三階であと残ってるのは、二年の教室だけか。確かに何も無さそうだな」

「ああ。だが学食の冷蔵庫なら、少なくともカラってのは無いはずだ」

「屋上の野菜もあるぞ」

「あれは温存すべきだ。あれを食い尽くしたら、野菜なんてもう手に入らない」

 

 そもそも、安全の確保というのなら、私達は先程バリケードを組み上げたばかりだ。揺すって強度を確かめながら作り上げたからには、一先ずの安全は確保出来たと言えなくもない。彼等が段差に弱い以上、三階全域を確保し、三つの階段前をそれぞれ封鎖する方がより安全だろうが、明日の朝には底を突く食糧の方がより不味い事態であると言えるだろう。

 余裕が無い方を先に何とかするのなら、食糧確保を優先すべきだ。そのためには、二階に下りるしかない。

 

「二人とも、少し落ち着いて下さい」

 

 あれこれと話し合う二人を止める。正直気が進まないが、私の中でも結論が出てしまった。彼女達の話し合いも二階遠征に傾きかけている。ここで方針をはっきりさせてしまう方が良いだろう。

 私の制止を聞いて、二人とも口を閉じる。そんな二人のみならずゆうりさん達の視線も私に集中し、議論を遮った私が後を続けるのを待っていた。

 

「先生も、食糧の確保が急務だと思います。二階に行きましょう」

「決まりだな」

「勿論、先生も行きます」

 

 校舎端、職員休憩室や更衣室の向こう側にある階段。購買部や学食の調理室に行くには、そこを下りるのが最も近い。階段最上段にバリケードを作ったため、階段そのものから先は危険地帯だ。

 今日の皆の動きを振り返れば、恐らく二階に下りるメンバーは私と、まなさんと、くるみさんの三人。私だけで何とか出来るなら何とかしてやりたいが、今日晒した醜態を鑑みる限り、悔しいが、私だけではどうしようもない。

 ならばせめて、荷物持ちでも何でもやろう。雑用だろうと構わない。生徒達を死地に送り込んでおきながら、自らは安全地帯でのうのうと過ごす選択肢は無かった。

 

「若狭さん」

「! はい」

 

 これまで会話の中心に居たのがくるみさんとまなさんだったからか、ゆうりさんに声を掛けると、一瞬彼女の反応が遅れた。

 

「明日は先生達で、食材を見付けて来ます。その間、丈槍さんと一緒に職員室の給湯コーナーの掃除をお願い出来ますか」

「はい」

 

 学食の冷蔵庫に入っているとすれば、それは食材単位だ。野菜にしろ、肉にしろ、そのままでは食べられない物ばかりだろう。食べようと思えば、誰かが調理しなければならない。

 その点、職員室の給湯コーナーは、大して広くも無いくせに給湯器やガスコンロを揃え、まな板も、包丁すらも完備している。今日取り外した電気ポットの他には炊飯器、電子レンジ、コーヒーマシン、食器洗い機も置いてあり、家庭用と比べても遜色無い冷蔵庫もある。これだけあれば、一端の台所として機能する。料理するには十分だ。日頃から、妙に設備が整っていて流石は私立だとは思っていたが、その設備が今は有難かった。

 

「丈槍さんも、若狭さんのお手伝い、お願いしますね」

「うん」

 

 明日、またしてもこの二人を残して行く事になる。食糧調達は絶対に必要な事とはいえ、誰かがケアしなければならないだろう二人を放置せざるを得ない事に、不安を感じる。

 けれども、それも明日か明後日までの辛抱だ。持てる限りの食糧を回収できれば、職員室の冷蔵庫が埋まるぐらいの物資は持って帰って来れるだろう。食糧事情にも余裕が出て来る。後は、三階全域を確保出来れば、安全確保の面でも一息つく事が出来る。

 とここまで考えたところで、たった一日で状況が大きく好転した事に気付き、小さく安堵の溜息を付いた。少なくとも昨日、あるいは今朝の、今後の展望がまるで存在しなかった状態から考えれば、確かな進歩だ。まだまだ予断は許されないが、着実に自分達の生存環境が整い始めている。一抹とはいえ、希望が出て来ていた。

 

「はぁ、喰った喰った」

「ラーメンもあるぞ」

「それは最後の一個だろ」

「くるみのだぜ」

「まなも喰ってないだろ」

 

 くるみさんとまなさんの雑談を聞き流しながら、皆の様子を窺う。お菓子だけとはいえ、食事を出来たからなのか、皆落ち着いて見える。少なくとも、表面上は。

 とはいえ、ゆきさんも、ゆうりさんも、俯いて視線を机の上に彷徨わせている。ただ退屈しているだけ、というわけではあるまい。彼女達の口数が異様に少ないのは、まだこの現実を受け止め切れていないのだろう。出来れば付きっ切りで居てあげたいのだが――。

 他方、今日は抜群の連携を見せてくれたくるみさん達も、果たして内心は如何ほどなのか。今は時折笑顔も見せ、大丈夫そうには見える。しかし、昼間に掃討が終わった後の“片付け”の時には、二人とも表情が抜け落ちていた。私も思考停止して対処したぐらいなのだ。相当なストレスが掛かっていたはず。持ち直したのならいいが、空元気に過ぎないのなら必ず限界が来る。明後日、あるいは明々後日。一日でいい、彼女達に休息が欲しかった。

 

「さ、皆さん。もうすぐ日が暮れます。そろそろ寝ましょうか」

 

 このままでは、明確な答えも無い思考の海に沈む。加えて、ここでただ座っていても、何も事態は進展しない。いたずらに時間だけを浪費させるぐらいなら、せめて明日に備えて皆を休ませるべきだ。

 思考を打ち切った私は、努めて明るい声を出し、皆に呼び掛ける。

 

「そうだな」

「んぅ、疲れた」

 

 そんな私の声に一番に反応してくれるのは、やはりくるみさんとまなさんの二人。ゆうりさんは聞き取りに難儀するような小声で「そうね」と言うに留まり、ゆきさんは頷くだけ。

 不味い。たった四人の彼女達の中で、もう分断の兆しがある。このままでは、元気そうな二人と、そうじゃない二人に分かたれてしまう恐れがあった。

 だけども。今は、そして明日の午前中は、最早どうしようもない。メンバーを入れ替えて交流させようにも、私達遠征班は危険極まりない。明日もきっと戦闘が待っている。私ですら、何とかしなきゃと思っていながら、それでも恐怖で動けないのだ。今のゆうりさんやゆきさんに戦闘が出来るとは到底思えなかった。

 

 各々、無言で片付けを始める。ゆきさんが機材の影からゴミ箱を見付け、ゆうりさんが梱包や空箱等を手早くまとめる。まなさんは唯一残ったカップラーメンをバッグに放り込み、邪魔にならぬよう戸棚にもたれかけさせる。くるみさんは、すっかり軽くなった電気ポットの中を確認し、それを持って部屋の外に。例えただの白湯でも、水道水そのままよりはマシだ。補充に行ってくれたのだろう。

 私は台拭きが無い事に気付き、職員室へ。給湯コーナーで水を補充中のくるみさんの後ろをお邪魔し、タオルを手に取る。湿らせた後は、ポットを抱え直した彼女に続いて部屋に戻る。

 部屋の中は、既に粗方片付いていた。ゴミの姿は消え、椅子も戻され、ゴミ箱も元の位置に。後は私が拭くだけのようだ。台拭きで食卓を拭きあげると、ポットを卓上に戻し、後は寝るだけになる。

 ちらと時計を見る。現在時刻、午後六時十六分。窓の外も明確に日が暮れ始めている。普段と比べると就寝時刻と言うにはかなり早いものの、今日は朝も早かった。精神的、肉体的にも疲れている。これ以上起きている理由も無かった。

 

「で、誰が見張りに立つ?」

 

 ゆきさん、ゆうりさんをブースに向かうよう促していると、くるみさんがそんな事を言い出す。

 今日、掃討出来たのは、中央階段から左側、特別教室群だけだ。階段右側、教室群とその準備室には未だ手付かずの危険地帯が広がっている。彼等が一体何人潜んでいるのか、その把握すらしていない範囲だ。そんな場所がバリケードの向こう側、廊下のすぐ先にある以上、無防備になるわけにはいかなかった。

 皆で作り上げたとはいえ、肝心のバリケードの耐久性も未知数だ。揺らしながら確認はしたものの、彼等を相手に果たしてどこまで持つか。実際に確かめられたわけでもない。荷造り紐が彼等の攻撃で千切れないか、切られないかも不安が残る。

 加えて、この放送室と廊下とを隔てる扉は、たった数センチの厚さしかない。一応金属製とはいえ、ノックした時の音を聞けば、中空構造である事は判る。本気で蹴破ろうとされた時、信頼出来るかは疑問符が付いた。また、この扉は廊下側に開く外開き構造だ。屋上に居た時のように、厚い金属製の扉を重量物のロッカーで抑えて封鎖するような真似は出来ない。

 誰かが、見張り番をしなければならなかった。就寝中に襲われたら終わりなのだから。

 

「先生がやります。皆さんは休んで下さい」

 

 コントロールルームから動こうとしない二人に振り返り、立候補する。

 

「じゃああたしも」

 

 間髪入れずに、まなさんもそう名乗り出る。

 

「花田さん、先生がやりますから、大丈夫ですよ」

「独りってのも危険過ぎません?」

 

 生徒達、特に、働き詰めだった二人には休んでいて欲しい。そう思って断ろうとするも、すぐさま反論が飛んで来る。その反論に、私は何も言えなくなってしまった。

 今日、結局私は、一度も彼等と戦う事は無かった。前衛を務めた二人が二人だけで全部済ませてしまったから、というのは言い訳に過ぎない。手が震え、前に出れなかった私は、終ぞ彼女達の横に並ぶ事が出来なかった。いや、何かあった時に援護出来る位置に進み出る事すら怪しかった。

 夜間、もし彼等が放送室に近付いて来た時、果たしてそんな私だけで対処出来るのか。そう自問した時、自信を持って肯定を返す事が出来なかった。寧ろ、答えられるわけが無かった。昼間、私は自分の無力を思い知ったばかりなのだから。

 

「あたしはいいのか?」

「くるみはいい。明日の主力だからな」

「あー、分かった。任せた」

 

 私が沈黙している間に、二人がそんな言葉を交わす。

 その後、くるみさんは持っていたシャベルをまなさんに手渡し、手ぶらでブースへと向かっていく。

 

「おやすみ、めぐねえ」

「もう、めぐねえじゃなくて、佐倉先生」

「まだ気にするんだ、それ」

 

 己の無力感を抑え込み、普段通りに振舞うよう努める。彼女達には悪気など無い。私が戦えなかったのは事実であり、見張りが私一人では信用出来ないのは道理なのだ。

 明日の事を考えた上で合理的な判断を下すなら、戦える彼女達二人の内どちらかが見張りに付き、私がその支援に付く。そしてもう一人は明日に備えて寝るのは何ら間違っていない。

 

「おやすみ、佐倉先生」

「はい、おやすみなさい」

 

 改めて、くるみさんが挨拶してくる。私も挨拶を返しながら、彼女をブースまで送っていく。

 室内には、先に向かっていたゆきさん達の姿もある。数枚のタオルを掛布団代わりにして既に寝転んでいる。

 

「皆さん、今日はお疲れさまでした。ゆっくり休んで下さいね。それでは、おやすみなさい」

「おやすみなさぁい」

「……おやすみなさい」

「おやすみなさい」

 

 床に就く三人に挨拶すれば、既に挨拶を済ませていたはずのくるみさんを含め、三者三様に挨拶が返って来る。そんな彼女達を一通り見回した私は、壁に手をやり電気のスイッチを切った。

 もう、日が暮れている。黄昏時を過ぎて急速に弱まりゆく太陽光は、閉じられた厚手のカーテンに遮られ、ブースの中が一気に暗くなる。外に出て分厚い金属扉を閉じた私は、コントロールルームで独り待っているまなさんに合流する。

 

 全ての蛍光灯が消え、人工の光が途絶えた校内は、暗く、そして不気味な静寂に包まれていた。一応、廊下を挟んで放送室の反対側にあるLL教室越しに、沈む夕日の最後の残り日が申し訳程度に差し込んでいる。けれども、廊下を照らすにはあまりにも光量が不足し、そう離れていないバリケードですらぼんやりと影が確認出来る程度でしかなかった。

 黄昏時が終わり、宵に切り替わろうとする最後の刻。じきに、足元はおろか、手元すら満足に確認出来ない漆黒の宵闇が廊下を満たすだろう。この分では、恐らく月明かりは役に立たない。夜目が利いたとしても、果たしてどこまで見えるようになるのか。

 放送室の前、扉を背に立ち尽くす私は、今この場に独りでない事に安堵した。徐々に弱まる光、一切の物音が消えた静寂、そして漂う仄かな血の臭い。それらに本能的な恐怖が呼び起こされ、身体が震える。鳥肌が立つのを抑えられなかった。

 ちら、と横に佇むまなさんの様子を窺う。シャベルを手に、中央階段側バリケードの方を見遣る彼女は、一見すると自然体だ。少なくとも私にはそう見える。恐怖にろくに抗えていない私から見ると、余程肝が据わっているのだろうと感心すら覚えた。

 

「先生?」

「何ですか?」

 

 けれども。私はすぐに、自分が抱いた感想が間違っていた事を知らされた。

 ふと、まなさんから小声で呼び掛けられる。反応し問い返した私に、しかし彼女は続く言葉を紡ぐ事は無く、代わりに行動で用件を示した。

 おもむろに私に近寄って来た彼女は、物音を立てないようそろそろとシャベルを床に置くと、そのまま私に正面から抱き付いて来たのだ。少し屈んでいるらしく、彼女の顔が私の胸に埋まるような格好だった。

 

「あの……花田さん?」

 

 まさかいきなり抱き付かれるとは思わず、私は彼女の両肩に手を添えた。そっと手に力を入れ、離れるよう促しながら声を掛ける。

 

「鼓動――生きてる証」

 

 しかし。彼女がポツリと呟いた言葉を聞いて、引き剥がそうとしていた手を思わず止めた。その代わり、両手を彼女の背と後頭部に回し、ぎゅっと抱擁する。

 昨日の放課後に事件が起きた時から、一貫して行動力を示し続けていたこの子。誰よりも早く立ち直り、指針を立てて今日は終始皆を導いてくれた彼女に、私は頼もしさを感じていた。胡桃さんと共に最前線に立ち、道を切り拓いてくれる彼女の姿は、凛々しく、自然体に見え、そして肝が据わっているかのように思えた。

 だけど。そんなわけが無い。彼女は上手く恐怖を抑え込んでいただけだ。そもそも、彼女は昨夜「こんなとこで訳も分かんねぇまんま死んで堪るかってんだ」と言い放っていた。死にたくない一心で、生き残るために知恵を巡らせた結果思い付いたのが、今日の方針であり、そして奮い立たせた心で恐怖に蓋をし立ち向かうという決断だったのだろう。

 とは言えど、こんなつい昨日まで良き隣人だった人々が突如豹変し、動く屍と化して襲って来るなんて事態に巻き込まれて、平気でいられるはずも無い。彼女の心にも、多大な負荷が掛かったのは間違いない。彼女も摩耗しているのだ。私に人肌を、生者の存在と証を求めたくなる程度には。

 

 よくよく見ると、彼女は小さく震えていた。今は夜ではあるが、廊下も冷え込んでなどいない。気温のせいではない。今日一日、抑え込んでいたものが解き放たれたのだろう。

 今日初めて見せた、彼女の弱った姿。私は、四人の中で一番大丈夫そうに見えたが故に、他の三人と比べて彼女の扱いが杜撰になっていた事、そして、あろう事か生徒に甘えかけていた事を自覚し、大いに後悔した。

 せめてもの罪滅ぼしに、彼女を精一杯に抱き締める。今日、何の役にも立てなかった私だが、そんな私に縋る事で彼女の心労が少しでも軽くなるのなら、私は喜んでそれに応えよう。例え仮初でも、私が彼女達の心の安寧に役立てるのなら、それが私の役割だった。




R-15指定って、胸部の描写はどこまで赦されるんだ?
流石に官能SS並みに書き殴ったらBAN待った無しだしなぁ……


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3-1表 チキンハートの二階遠征

またしても朝食抜きなので初投稿です


 こんばんちわよう、諸君。PC版『がっこうぐらし』ゲーム内時間三日目、チュートリアルが終わってそろそろ本格的にゲームが始まる頃合いから始めていきやしょう。

 

「……。――! まな! 起きろって!」

 

 ん? 画面が真っ暗なまま、声だけがフェードインしてきました。この声は胡桃ですね。叩き起こしに来たようです。まぁ、当然ですな。見張り番が二人揃って寝落ちしているようじゃ、見張りの意味がありません。

 というわけで、はい。画面が明るくなりました。って、あれ? 明る過ぎません? この放送室前の廊下は、校舎の構造上の問題で蛍光灯無しだと薄暗くなりがちなはずなんですが。明らかにしっかり日が差し込んでます。これ、既に相当日が高く上ってますね。寝過ごしたってレベルじゃねぇな。ヤバイこれアカンやつや。

 壁にもたれて、愛ちゃんとめぐねえが寄り添って座り込んでいます。正面には、屈んで二人を揺り起こす胡桃の姿。床に置いてたはずのシャベルもしっかり彼女の背に回収されております。カメラを巡らせれば、半開きのドアから顔を覗かせ様子を窺う由紀とりーさんの姿も見えます。

 一体、何時間寝てたんだ。まどろみから覚め、自分が爆睡していた事に気付いためぐねえが大慌てで立ち上がりますが、今更飛び起きても何の意味もありません。

 

「ったく、何時まで経っても起こしに来ないと思ったら――」

「本当に、申し訳ありませんでした」

 

 生徒に呆れられ、深々と頭を下げるしかない教師の図。なお、他人事ではありません。胡桃の説教と小言は主人公に対しても行なわれるので、大人しく反省の意を示しましょう。ふざけて神経逆撫でする事も出来ますが、好感度が七割消し飛んだ挙句にキレた胡桃に長いガチ説教喰らって貴重な時間が吹っ飛びます。

 

 

 ところ変わって、放送室のコントロールルーム。生徒会室の清掃が済んでいないので、今はまだこの狭い部屋が集会場です。五人全員が長机越しに向き合って、今日の方針を決めます。とはいえ、やる事は決まってるのでちゃっちゃと割り振って終わりです。

 愛ちゃんと胡桃、めぐねえが二階食堂遠征。由紀とりーさんが三階清掃担当です。さあ、割り振りが終わったら可及的速やかに行動を開始しましょう。時間は敵の味方です。

 

 なお、現在時刻は午前八時ニ十分。この時間見て何となく嫌な予感がした人、正解です。プレイヤーの皆さんは判ってるでしょうが、この巡ヶ丘学院高校は普通科高校です。大学入試の近い三年生には、当然朝課外があります。この時間は既に朝課外を無断欠席したに等しい状態なので、三年生の教室がある二階教室側は既に彼等が出揃っているでしょう。さらに、朝のホームルームの時間も近付いているため、一年生や二年生の彼等も続々と登校して来ています。つまりは、無駄な時間を過ごせば過ごす程に敵が増えます。

 ちくせう。なんでこんなに寝過ごしたんだ。乱数のせいか? そんなに疲れてたのか? それともめぐねえと寄り掛かり合って寝たせいで体勢に無理が無かったのか? さっさとリカバリーしないと昼食すら怪しくなりかねんぞ。

 めぐねえが食糧運搬用のリュックを装備している事を確かめたら、早速出発です。おら行くぞ。

 

 バリケードを乗り越えて、二階へ。簡単だった三階とは違い、ここから先がゲーム『がっこうぐらし』の本番です。敵の数は三階と比べて倍以上。迅速かつ精確な行動が要求され始めます。

 さて、まずは踊り場でめぐねえに待機して貰いましょう。敵の頭数が分からない今、めぐねえを連れ回すとめぐねえが危険ですので。胡桃とのタッグだけで移動する方が遥かに気が楽です。

 

 まず階段前。敵影無し。次、二階から一階への階段。一階踊り場に彼等が一人。制服じゃないから外部の人間か、あるいは調理員か。愛ちゃん目掛けて上って来るので蹴り落します。はい次。

 エレベーター前。敵影無し。購買部及び学食厨房用の荷捌きスペース。血飛沫の飛んだ段ボールの箱が幾つか。敵影無し。

 おっと、胡桃が手を挙げました。視線の先には、調理員用休憩室。ここは無人である可能性も低くは無いんですが、今回は居るようです。ピタリと動きを止めれば、壁越しに微かに呻き声。確かに居ますね。

 狭い部屋だと舐めてはいけません。1%のゾンビパーリィを引き当てると、十人近い彼等が一斉に襲い掛かって来る事があります。部屋が狭くて詰め込まれているため、ほとんど同時に雪崩のように押し寄せてくるので、無対策で出くわすと囲まれてジ・エンドです。乱数の機嫌次第ですが、下手すると主人公を庇って胡桃が噛まれる、といった可能性すらも秘めています。言うまでもありませんが。そうなったら即リセです。ですので、何かあったら即退却、階段での防衛戦に切り替えられる備えを忘れないように。

 

 胡桃が扉の前に陣取り、あらかじめシャベルを振り被って待機。それを見届けたら、愛ちゃんが扉に手を掛けて、いざオープン。

 そこには、生徒の彼等ばかり四人が詰めていました。開けた音で全員同同時にこちらを視認。襲い掛かって来ます。戦闘開始です。正面を主力の胡桃に任せ、脇から援護しておきましょう。倍速は――今回は止めておきます。

 

「ヴオオオォォォ!」

 

 胡桃が三人目を撃破、四人目を愛ちゃんが転ばせて足止めしている最中、彼等の雄叫びが聞こえました。音源は右横至近距離。学食調理室の中からです。加えて、既に扉の前に居るらしく、扉がガタガタ揺れ始めました。ドンドンドンドンと、短い間隔で激しく扉を叩き付ける音もしています。少なくとも二人以上の彼等が扉の向こうに居る証拠です。

 はい。えー、正直に白状致します。無茶糞ビビりました。おかげで無駄に二回も方向転換した挙句、眼前の最後の彼等を放置して戦闘を放棄。胡桃の手を引っ掴んで退却してます。

 一目散に階段で待つめぐねえに合流。踊り場に陣取り、階段で防衛線を張ります。この時、プレイヤーはモンスターハウスを引き当てた可能性を恐れてました。いくら胡桃と一緒に居るとはいえ、まだ殺傷武器すら持っていないのにモンスターハウスを正面から安定して蹴散らせる自信は無いので。ましてや、学食調理室は広いので、モンスターハウス引いた時は人数も多いんですよね。時間帯によっては学食の連中まで雪崩れ込んで来て地獄になります。

 仕留め損ねた一人が階段までやって来ました。ターゲットは愛ちゃんっぽいので、引き付けてからの、一閃突き。突き落としてまず一人仕留めます。次に、階下からおかわりが上って来たものの、愛ちゃんが動く前に胡桃が一撃。眠らせました。

 

 では、ここから五分ほどキンクリします。三人揃って踊り場で敵を待ち惚けしてるだけなので、見所どころか動きすらありません。結局扉が破られる事も無く、扉叩きも二分ほどで収まったんですが、この時はモンスターハウスだと信じ込んでいました。そのせいで現状最も安全に戦える階段踊り場から動けなかったんですね。

 結局、痺れを切らした胡桃に気遣われ、彼女に先導されて、再び二階へ。めぐねえと合流しちゃったので、今度はめぐねえも一緒です。モンスターハウスを警戒するならもう一度めぐねえを待機させるべきだったんですが、それすら頭から吹っ飛ぶぐらい緊張してました。で、そんな必要以上に及び腰の愛ちゃんをよそに、胡桃が自分で調理室の扉を開けます。中には十人しか居ませんでした。たまたま扉の近くに二人固まってただけですね。

 勘違いだと気付いた瞬間前に出る愛ちゃんの姿は我ながら嗤えますね。驚いたのか、胡桃が愛ちゃんガン見で様子見てるの草。では、討伐中は三倍速です。

 

 室内掃討が終わりました。食材梱包用にラップを見付けたのでめぐねえにパス。ついでに包丁も二本回収。胡桃を冷蔵庫漁り中のめぐねえの護衛に付けて、自分はラッシュに備えてフラグ回収に行きましょう。まずは閑散としている食堂です。

 流石は食堂、広いですね。確か教室六個分ぐらいの広さがあるんでしたっけ? こんな事を調べた検証班が一体何をしたかったのか知りませんけど。彼等は十三人見えます。部屋が広いからまばらに見えます。

 では、大人しく戻ります。めぐねえの持つリュックがパンパンに膨らんでます。荷物のおかげでめぐねえの移動速度が少々落ちているので、しっかり護衛しましょう。

 

 

「めぐねえ!」

「おかえりなさい」

 

 職員室に帰り着きました。雑巾片手に冷蔵庫に飛び散った血飛沫を掃除中の由紀ちゃんと、食器洗い中のりーさんが迎えてくれます。

 掃除を頼むと、きちんと掃除しているモーションをしてくれるの、すごいですよね。指示だけ出して後ろから監督してると、屈んだり背伸びしたり四つん這いになったりしながら頼んだ範囲きっちり端から端まで掃除してくれるんですよ。なお、由紀の場合たまにミスって何か壊したり落としたりするのはご愛敬。胡桃の場合あんまり広い範囲を任せると途中で集中を切らして後半が杜撰になっていくのもご愛敬。りーさんやみーくんはきっちりやってくれますので大事な場所の掃除はこの二人に任せましょう。

 

 めぐねえが冷蔵庫に成果品をしまい込んでます。これで冷蔵庫が推定三分の一埋まりました。後二回必要ですね。では、さっさと二度目の遠征に行きましょう。特に見所が無いので三倍速です。一度目で掃討を済ませたので二度目は早いですね。一切の戦闘がありませんでした。

 二度目に戻ると、雑巾片手の由紀ちゃんがトイレから出て来るところに出くわしました。雑巾洗いに来たのか。こりゃ掃除終わったな。戦闘要員も居ないのに中央階段側には近寄って欲しくないので、りーさんの手伝いを頼みます。生徒会室の清掃を頼んでも良いんですが、スロースタートで序盤は情緒不安定な由紀と、脆く崩れやすいりーさんを単独で放置はあんまりしたくないんですよね。

 って事で、三度目の遠征に行きましょう。冷蔵庫の七割弱が埋まった今、流石に引き留められますが、食糧の備蓄は生死に直結しますので、ここは説得一択です。第一、調味料がありません。一度目、二度目の遠征で調味料の類を無視したのはここで説得材料にするためでもあるんですね。別にこんな小手先技無くても行けるんですが。

 

 さて、再びバリケードを乗り越え、二階踊り場へ。ここで胡桃に話し掛けて付いて来て貰いましょう。めぐねえには待機を命じます。

 今日中にやらなきゃいけないのが、食糧確保の他にもう一つ。由紀の親友にして貴重な戦闘要員枠、チョーカーネキこと柚村貴依の救出です。

 彼女は、校舎内にあるトイレの何処かの個室に閉じ籠っています。が、何処に隠れているかはAIの機嫌次第、偏向性ランダムです。何故偏向性ランダムかというと、チョーカーさんは三年生なので、三年の教室がある二階にいる確率が一番高いからですね。次いで三階、運が悪いと一階のトイレに隠れています。

 彼女の生存期限は三日。つまりは今日までなので、是が非でも今日中に回収して仲間に迎え入れねばなりません。なので、ちょっと寄り道して校舎二階左翼側トイレも調べてしまいましょう。

 

 購買部バックヤード。購買部の在庫品が置いてあります。お菓子の類はここにもダンボール詰めで置いてあるので、余裕があるなら持っていくのも手です。無人ですね。

 次。バックヤードを通り抜けて、トイレ前の廊下へ。トイレの向かい側にある図書室からの襲来に気を付けながら、男女両方のトイレを見て回ります。チョーカーネキ、たまに男子トイレに紛れ込んでる事があるからね。

 見ましたが居ませんでした。仕方ないので、残る捜索は飯喰ってからにしましょう。めぐねえを迎えに行って、三度目の冷蔵庫漁り開始です。

 

『味噌を手に入れた』

『唐辛子を手に入れた』

『胡椒を手に入れた』

『酢を手に入れた』

『オリーブオイルを手に入れた』

『塩を手に入れた』

『マヨネーズを手に入れた』

『醤油を手に入れた』

『ケチャップを手に入れた』

『砂糖を手に入れた』

 

 胡桃も巻き込んで、厨房のあちこちに分散して置いてある調味料を漁ります。このように、お菓子類同様無駄に種類があります。調理の際、調味料の種類が足りないと食事での正気度回復が減少するので注意です。とはいえ、料理はりーさんやめぐねえに任せておけば勝手に調節して使ってくれます。当然ながらこれだけの量を手で抱えて持っていくなんて無理ですので、めぐねえのリュックにごっそり詰め込んでやりましょう。

 では、長居は無用。さっさと戻りましょう。帰路も彼等は居なかったので楽勝でした。やっぱり一回目で一階からおかわりが来たのは戦闘音が聞こえたからなんでしょうね。

 

 料理はスキル持ちのりーさんとめぐねえに任せます。返り血を浴びてる愛ちゃんと胡桃の二人は、その間にトイレの洗面で返り血を拭いましょう。シャワーを使わない理由は、あんまりジャブジャブ水を浪費すると枯渇するからです。どうしてこんなとこまで律義に現実的なのやら。由紀ちゃんにはその間トイレ前で見張りをお願いしました。ちゃんと正気を保って生き残っていれば料理人はめぐねえとりーさんで十分だからね。仕方ないね。

 血を落とせば、昼食が出来るまで束の間の自由時間です。今の内に由紀と交流しておきましょう。次は武器の整備です。調理室で包丁を確保した事で、箒の柄に括り付けてやっと殺傷武器である槍に昇華させる事が出来ました。由紀が興味があるのか何してるのか訊いてきます。正直に武器造りと答えときましょう。この娘は直感が鋭いので下手な嘘吐いても全部見抜かれます。さて、ガムテープと荷造り紐による即席武器ですが、構造が単純極まりないので意外と耐久もあります。これでとどめ刺しを胡桃頼みにしなくてよくなりました。やったね。

 

 飯の時間は特に何も無いから倍速だ。画面上のゲージが色々とモリモリ回復していきます。生きたければ食べる事だ。




俺、トマトやキュウリ喰う時は丸かじりで十分、サラダも基本的にドレッシングもマヨネーズも使わない派なのよね
知らんがな? さいですか……


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3-2表 くるみとトイレにランデブー

保護者の目を盗んで隠密任務に行くので初投稿です


 さあ、食後になりました。現在時刻は午後一時ニ十分。普段なら五時間目の授業の時間です。というわけで、廊下をうろつく彼等の数も少しは減ったでしょう。胡桃と共にチョーカーさん探しの時間です。

 胡桃を見回りという名目で分離し、残る三人には生徒会室の片付けを頼んでおきます。ただ、三人もいれば意外と早く終わりそうな上、めぐねえは目を離すとすぐ職員室にSAN値直葬ファイルを見に行くので、生徒指導室の掃除も追加で押し付けてしまいましょう。

 めぐねえを仕事で拘束し、常に複数人での行動を強要して妙な動きをさせないのがコツです。尤も、それでもこっそり抜け出してSAN値直葬ファイル見てる時もあるんですが。

 

 というわけで、胡桃を連れて遠征に行くぞ。

 

「何処行くんだ?」

 

 校舎左翼側バリケードに到着。乗り越えようとすると、胡桃から引き留められます。見回りって名目で呼んだからね。でもセーフエリア内部とも言ってないよ。って事で、引き留めを振り払って外に出ます。

 胡桃は自分が戦闘要員という自覚があるので、こんな時は嫌々でも付いて来てくれます。よっぽど嫌われてでもない限り、見棄てられる事は有りません。マジ良い娘。階段を降り始めると、すぐに追い付いて来てくれました。って事で、一階左翼側、職員玄関前トイレに向かいます。

 

L E V E L U P

 

 お、レベルが上がりました。が、チョーカーさんは居ませんでした。戦果は彼等三人だけです。なので戻ります。まだ二階どころか三階の制圧すら済んでいない現状、無駄にリスクを冒す必要は有りません。すぐ近くにある保健室や技術室も魅力的な部屋なんですが、ここでも1%でゾンビパーリィが発生する事には変わりないです。また、戦闘音に釣られてあちこちから続々と彼等のおかわりが来るので、経験値もスキルも足りない現状でたった二人の孤立無援の戦いなんてやりたくないです。

 

 三階に戻ったら、今の内にスキル振っておきましょう。いざという時用の投擲レベル2にします。これで射程は半径三メートル。狭いようで意外と届く、結構な範囲です。

 ところで、今回ってレベル上がるの遅くないか。これ、まだ二度目のレベルアップなんだけども。殺傷武器持つのが遅かったせいか? 相当な経験値を胡桃に持ってかれたようだな。

 

 生徒会室の扉が閉まってますが、中から声が漏れ聞こえてますね。内容までは判りませんが。とはいえ油を売ってる暇なんて無いので、無視してそのままセーフエリアは素通り。今度は中央階段側バリケードを乗り越え、二階及び一階の中央トイレを探します。諦めたのか、今度は胡桃は何も言わずに付いて来てくれました。

 が、居なかったので倍速です。うーん、運が悪いですね。(激ウマギャグ)。一旦三階に引き揚げます。

 残るトイレは三ヶ所。校舎右翼側、セーフエリアから最も遠い教室の向こうのトイレです。道中が最も長くなるので、連れ帰るまでの帰路が長くなり、きちんと掃除しないと救出失敗も有り得ます。

 とはいえ、今は授業中の時間である事も手伝ってか、三階廊下は閑散としてます。騒がなければ大丈夫そうですな。不要な物音を避けるため、歩いて突破します。

 

 まず女子トイレ。未制圧エリアが近くにあるため、ドアはこっそり開けます。胡桃も招き入れて中に滑り込み、ドアをこっそり閉めます。さて、手前から順に静かに中を覗いて行きましょう。言い忘れていましたが、この時には戦闘態勢は絶対に解かないように。超低確率で、この個室の中にも彼等が潜んでいる事があります。噛まれた後で逃げ込んで、そのまま彼等化しちゃったんでしょうねぇ。

 それから、チョーカーさんを捜す際には、必ず全ての個室の中を確認するように。チョーカーさんは居ても息を潜めて居留守を使う上、寝落ちしていてノックしようが何しようが一切の反応を示さない事があります。

 三階には居なかったので倍速。

 

 二階に下りましょう。敵が一気に増えます。また、現時点で三階右翼側を制圧出来ていないという事は、交戦の音で三階から彼等が下りて来る可能性もあるというわけです。可能な限り隠密状態を維持するように。

 階段前は無人。だが教室前廊下に五人。一番近い彼等はD組前の男子生徒。まだ日が高いので、視線が通ります。迂闊に出ると見付かります。階段から新手が来ない事を祈って気にしつつ、あっちを向くのを待ちましょう。

 待機する事四十秒、あっち向きました。よし、今の内に通り過ぎましょう。トイレ前は無人でした。流石にここに居たらどう足掻いても戦闘するしかないので一安心です。って事で中に入りましょう。

 おや? 鍵の掛かった個室があります。呻き声も聞こえません。ここですね。

 

「誰か居るのか?」

 

 ドアが開かない事を再度確かめた後、声を潜めつつ胡桃がそう訊いてきます。多分そうだと答えたいとこですが、何の選択肢も出ないので返答は保留。まずはドアをノック。反応が有りません。必死で気配を消してるんでしょう。

 ドライバーでも持っていればピッキングして無理矢理開ける事も出来るんですが、残念ながら今の愛ちゃんはそんな物は持っていません。っていうか、拾うの忘れてました。普段やらないめぐねえ接待プレイだからかなんか緊張してますね。

 って事で、一つ手前の個室に入ります。便座を経由してタンクの上によじ登って、仕切りの上から個室を覗きます。

 ビンゴ。居ました、チョーカーさんです。

 

「やぁ。無事?」

 

 便器の蓋を閉じた上に座って、両手で口を押えてます。まさか上から確認されるとは思ってなかったのか、固まって茫然と見上げてますね。二日のトイレ籠城でやつれ、化粧が乱れて酷い顔ですが、生きてます。見たところ制服にも血に染まった部分は見当たらないので無傷でしょう。

 見付けたので後は連れて帰るだけです。悲鳴を上げられる前に会話を繋いで落ち着かせましょう。因みに宥めすかす事に失敗し悲鳴を上げられた場合、彼等が集まってきて数の暴力で押し潰されます。トイレのドアなんて紙装甲です。籠城戦は出来ません。

 

 

「柚村、静かにな」

 

 合流するか否かの説得が無事終わったので、トイレから脱出します。流石に飲まず食わずで弱っているので、皆で三階に立て籠もってる事と物資がある事を説けば、説得も簡単ですね。胡桃がチョーカーさんに忠告するのを聞きながら、時計を確認しておきましょう。現在時刻、午後二時三十九分。

 六時間目がほぼ終わっています。あと十分で六時間目が終わり、ニ十分でホームルームが始まり、三十分で下校時刻になります。帰宅のため彼等がわんさか廊下に溢れ出てくるので、その前に何とか拠点に帰り着きましょう。

 因みに、事件発生から丸二日を飲まず食わずで耐えてきたチョーカーさんは、ステータスが痛烈なデバフ塗れとなっております。さらに、バッドステータスとして脱水症状も付いてます。具体的に言うと、スタミナがスッカラカンなので走れません。歩く速度が半減し、しかもただ歩いているだけなのにフラ付き、何も無い場所で転ぶ事があります。階段を上る速度に至っては七割五分も減退し、しかも手すりまたは他人の介護が必要です。バリケードを乗り越える際には、上から引っ張り上げる人と下から押し上げる人の計二人からの介護が必要になります。

 つまりは戦闘しながら逃げるなんて不可能です。交戦の際は、彼女は一切動けない要救護者と見做して対処する必要があります。勿論こんな状態で彼等に組み付かれたら抵抗なんて出来る訳がありません。一瞬で噛まれるのでオワタ式と思って行きましょう。

 

 二階階段前。どこから沸いたのか彼等が一人。チョーカーさんが足を止めました。震えてます。その間に胡桃が大きく振り被って、上段から唐竹割り。綺麗に脳天に決まって、一撃必殺。無力化しました。が、代償として打撃音を聞かれました。三年C組前にいる一人とD組前に居る一人がこっちガン見してます。視認判定食らいました。隠密失敗です。ついでにチョーカーさんの正気度も減退しました。

 階段には彼等の姿は有りません。控え目に言ってプルプル震えてるチョーカーさんの手を引っ張って、少しでも移動速度を稼ぎます。胡桃は後ろ、殿を務めてくれるようです。追尾されてる事を判ってるからね。

 片手で手摺を掴ませ、もう片手を愛ちゃんで引っ張り、難所である階段を急ぎます。流石に介護すると速力減退も結構緩和出来ますね。踊り場に着きました。あと半分です。ここで胡桃が一撃。階段下で追っ手を一人片付けました。もう一人も仕留めるつもりみたいなので、今の内にさっさと三階を目指しましょう。

 

 三階階段前、現在時刻、午後二時四十八分。このまま拠点直行は駄目みたいですね。一旦三階女子トイレに退避、隠れます。

 彼等の行動パターンは、時間割にかなり忠実です。移動が遅いので遅刻したり階段で転がって遊んでる連中も多いですが、休み時間は廊下に出る彼等の数が大きく増えます。ホームルーム前の十分休憩でもそれは同じ事です。

 

「まな、どうした?」

「……なぁ、行かないのか?」

 

 胡桃、次いでチョーカーさん。二人揃ってトイレに退避した行動の件について訊いてきます。勘とでも答えておきましょう。取り合えず十分間ここで隠れ、ホームルーム中の最後の十分でなんとかバリケードを乗り越えましょう。

 それを逃したら、彼等が帰宅し終わるまで一時間近くは追加で待機せねばなりません。そうなると、めぐねえがバリケードを乗り越えてでも捜しに来始めるので、死亡率が跳ね上がります。主にめぐねえの。というわけで、待機中はキンクリします。

 

 現在時刻、午後三時二分。十分以上経ちました。最後のホームルームの時間になったので、残る八分の間に教室前を突っ切ります。廊下には、彼等の姿はありません。皆教室に戻ってくれたようです。

 では、チョーカーさんの手をしっかりと握って、歩きます。一度でも転べば、物音で彼等が様子を見に来るのでアウトです。

 ただゆっくり歩いてるだけなので倍速。たっぷり四分掛けて、最難関地帯を超えました。中央階段前とトイレ前を過ぎたら、次は物理実験準備室。ですが、ここで倍速解除です。

 

 

 バリケードのすぐ向こう側にめぐねえの姿。二人が居なくなってる事に感付いて探しに来たんでしょう。抜け出した事をばっちり見られました。

 

「何してるんですか!」

 

 いつの間にか生徒が外に居た事に気付き、焦っためぐねえが声を掛けて来ます。不用心にも、バリケード外にもそれなりに聞こえるような声量で。

 

「ア"ア"!?」

 

 と同時に、バリケードすぐ手前、物理実験室から彼等の呻き声。間違い無く気付かれました。すぐさま胡桃が反応。追っ手を警戒して後ろに居た彼女が前に出て、シャベルを構えます。拳を掲げ、止まれの合図。交戦の気配に怯えて縋り付いて来るチョーカーさんを背に庇い、きちんと止まります。

 実験室から一人出てきました。白衣を着てるんで教師でしょう。同僚の変わり果てた姿を見て、めぐねえ絶句。ちょっと不味いですね。めぐねえの正気度にダメージが入りました。しかも、めぐねえの声に反応して出て来たので、バリケードに取り付こうとしています。逆に言えば、こっちに背を向けているので攻撃チャンスなわけですけども。

 すかさず胡桃が駆け出して、そのままダッシュ斬り。踏み込み付きの大振りの一撃が決まりました。が、彼等が弾かれるように前に倒れ、バリケードに激突。ガシャンと打撃音を響かせます。

 

「急げ!」

「あ……え……?」

 

 胡桃がシャベルを背負い直し、バリケードをよじ登って振り返ります。めぐねえが思考停止してますが、今は無視。チョーカーさんをボタン連打で押し上げます。とは言え、最低限は筋力のある愛ちゃんなら連打も楽です。チョーカーさんも軽いですし、胡桃も上から引っ張り上げてますので。

 胡桃が完全に引っ張り上げたのを確認したら、愛ちゃんも後を追います。よじ登って、飛び降りて。振り返ると、教室前に彼等が八人。めぐねえの声に反応したのか、それともバリケードにぶつかった音に反応したのか。少し距離があるおかげでまだ視認判定は喰らってません。見付かる前に退きましょう。

 

「掴まれ」

 

 胡桃が手早くチョーカーさんに肩を貸し、立ち上がらせます。それを見て、困惑していためぐねえも正気を取り戻しました。胡桃と共にチョーカーさんを抱え、バリケードから離れます。愛ちゃんは殿を務めましょう。彼等はヨタヨタこっちに向かってますが、バリケードのおかげもあってまだ隠密状態を維持出来てます。防衛戦しなくてもやり過ごせるでしょう。

 

「――えっ? たかえちゃん!?」

 

 騒ぎを聞き付けて、由紀とりーさんまで出て来てしまいました。すぐに由紀がチョーカーさんの存在を見付け、駆け付けて来ようとして、けれども四人の雰囲気に気付いて、すぐさま事態を察したようです。りーさんはちょっと困惑している模様。でも悪いが話は後だ。

 気を利かせた由紀が生徒会室の扉を開け放ったので、そのまま中に退避しましょう。椅子に座らせたらこれで保護完了です。ちょっと危なかったですね。

 

 

 改めて、由紀とチョーカーさんが感動の再会です。飛び付いた由紀が泣きながら抱き締めて喜んでいます。

 が、残念ながらそれを暢気に見守る事は出来ません。りーさんに由紀達の見守りを任せ、残る三人は放送室のコントロールルームに逆戻りです。そこで愛ちゃんは胡桃立会いのもと、めぐねえと謝罪合戦をせねばなりませぬゆえ。

 何せ無断でバリケードを乗り越え、胡桃を巻き込んで冒険を仕出かした事はバッチリ見られています。これも独断専行の部類なので、好感度も正気度も減ります。しかもそれだけではなく、最後のバリケード越えの所にて、めぐねえの声で彼等が寄って来てしまうという痛恨のミスを犯しております。自分のせいで生徒に危機が及んだ事、あわやバリケードに彼等が殺到するところだったと自覚しているめぐねえは、自責の念から正気度にも追加ダメージが入っております。

 これらは生存者を確保したボーナスを打ち消して余りあるダメージなので、ケアしてめぐねえの正気度と好感度を何とか回復させねばなりません。

 

「本当に、申し訳御座いませんでした」

 

 己の過ちを年下相手にもきちんと謝罪出来る、良く出来た大人の図。身体を直角に曲げて見事な謝罪である。やっぱりめぐねえ好き。

 ただし、そもそもの発端は愛ちゃんの独断専行なので、こっちも謝罪しましょう。というわけで、愛ちゃんがするのは土下座だ。独断専行の方が罪が重いからね仕方ないね。

 

 こんな事ならめぐねえも連れて行けば良かった、と言いたいとこですが、安定を欲すればめぐねえは連れていけませんでした。何せ、要介護ヒロインです。戦闘になれば、ろくに戦えもしないくせにすぐ殿を務めたがるので、目を離すとすぐ噛まれます。チョーカーさんという要救助者を護衛せねばならないと判っている状態で、更に要介護ヒロインの面倒まで見ながら戦闘なんて面倒以外の何物でもありません。

 また、チョーカーさんの存在とタイムリミットを知ってる神の視点のプレイヤーと違って、居るかどうかすらもわからない生存者の捜索を提案しても、反対されるのは目に見えています。まだ三階の完全開放すらしていないので、まずは自分達の生存圏確保を優先すべきと言われるのが関の山です。

 というわけで、めぐねえを由紀やりーさんに預けて外に出たんですが、それが裏目に出てしまいました。大人しくリカバリーしましょう。

 それから、巻き込んだ胡桃にもきちんと謝罪を。態度に出ていなくても、好感度はしっかり減ってます。というより、今回の独断専行の最大の被害者なので蔑ろにするべきではありません。

 

 愛ちゃんが土下座を始めると、めぐねえが呆気に取られました。慌てて止めに来ますが、このまま全責任を背負いこんでしまいましょう。そもそもホウレンソウをしっかりしていれば、めぐねえが声を荒らげる事も無かったわけですので。胡桃も仲裁してくれるので、これで何とか穏便に済ませる事が出来ました。

 

 さて、今から夕食ですが、その前に返り血を落としましょう。シャワーを使えなかった昨日の昼はさておき、更衣室を奪還している今返り血を浴びたまま食事をすると、自分は勿論同席者全てに悪影響が出ます。食事の準備はりーさんに任せて、胡桃と共にシャワーユニットの世話になりましょう。

 が、まだ終わってないです。独断専行が現行犯でバレ、めぐねえが探しに来たという事は、由紀やりーさんにも心配をかけたとみてほぼ間違いありません。漏れなく彼女達からの好感度も下がっているはずなので、不和の火種が燃え上がる前に消火しましょう。特にメンタルが弱いりーさんとの対立は危険です。

 

 めぐねえ付き添いのもと、生徒会室に戻って謝罪会見です。胡桃が庇って一緒に謝ってくれました。胡桃とは戦闘要員として共に居る時間が長いおかげか、減った割に好感度が高止まりしている様子。この場には救出したチョーカーさんも居るので、りーさんからも溜息一つと忠言だけで勘弁して貰えました。由紀はチョーカーさん助けたボーナスが最もデカいので、差し引きでお釣りが来ます。

 ただ、りーさんからの好感度がちょっと不安ですね。明日以降にはリカバリーが必要でしょう。

 

 

 チョーカーさんの体調が優れないので、新メンバー加入イベントは発生しませんでした。まだそんな体力無いです。回復したらまたイベント発生判定が来るでしょうから待ちましょう。

 さて、飯も食ったし、チョーカーさんを除く三人のシャワーを護衛して本日やる事もほぼ無くなったので、そろそろ就寝の時間です。放送室に移動しましょう。が、就寝前に本日のぱふぱふをして貰わねばなりません。

 果たして、後半ガバった件がどこまで響いているか。もし選択肢が出て来なければ、縛り失敗なのでリセットですね。昼食までは大体上手く行っていたので、そこから先が悔やまれます。しかもセーブしてなかったので、リセットしたら昨夜寝落ちするところからやり直しです。

 放送室に移動して、就寝準備。本日の見張り役は、胡桃とめぐねえです。ブースに向かう四人の見送りに見張り二人もコントロールルームに残っているので、今の内に話し掛けましょう。

 

 めぐねえ、おっぱい貸して。

 

「どうしたんですか?」

 

 嗚呼、あったあった。助かった。トラブルがありましたが、カバーし切れたのか元々が高かったのか。ちゃんとぱふぱふが出ました。

 それじゃあ本企画二枚目のスチル、回収と行きましょう。

 昨日の物と比べて、格段に絵が明るいですね。廊下と違って、室内なら蛍光灯が付けられますのでそのおかげです。昨日も室内で話し掛けるべきでしたね。

 前回同様、ふくよかなマシュマロめぐパイに正面から顔突っ込んでますな。良い匂いしそう。そしてこの同性とはいえセクハラ紛いにやっぱり抱擁で応えてくれるめぐねえのこの包容力よ。

 そうそう。後で調べたんですが、この背中を抱き留めて後頭部下部を支える抱擁方法、抱っこ紐を使いつつ赤ちゃんを抱く時とそっくりなんですね。メタ的に言えば描く時参考にしたんでしょうが、ナチュラルに赤子のように抱いて貰えるとか幼児退行したくなるんじゃ。

 お姉ちゃんみたいだからめぐねえって愛称なんですけど、彼女にバブみを感じる身としては恥も外聞も投げ捨ててママって甘えたい。

 

 ただ。このスチル、一つ難点がありまして、どうしてもこの構図が、ちょっと気に入らないんですよね。皆も何となく見覚えがあるんじゃないでしょうか。

 多分これ、原作一巻139ページ目のトレースですね。真後ろに扉がある事といい、めぐねえの少し左斜め前から描いてある事といい、めぐねえのアホ毛のしなり具合といい、そっくりです。部屋そのものが明るいのと、めぐねえが無傷なのと、噛まれた腕を庇うんじゃなくて主人公を抱っこしてくれてるから雰囲気は真逆なんですけどねぇ。元のコマの状況を思うと、気にしないわけにはいかない。

 彼等ごときにくれてやるには勿体無いので、ちゃんとエンディングまで連れて行ってあげましょう。

 

 さて、めぐねえにも癒して貰えたし、さっさと寝るとしましょう。いつの間にか由紀やりーさんが顔出してるし、胡桃にも早よ寝ろと促されます。

 

「それじゃあ皆さん、お休みなさい」

 

 愛ちゃんがブースに入ると、その後ろを付いて来ためぐねえが壁のスイッチに手をやりつつ、本日最後の挨拶をしてきます。

 めぐねえが見張りをすると、この挨拶も毎日欠かさずやってくれるの良いですよね。一緒に寝る時も、見張り担当が出発する前に最後の挨拶してくれますけど。

 おかげで、うっかりめぐねえが戦死した後は就寝前が寂しい事寂しい事。もうプレイヤーの自分がやる気無くすレベルですよ。精神崩壊し掛けたり共依存に陥ったりしながらとはいえ、原作主人公勢はたった三人でよく乗り越えたな。

 

 消灯されました。セーブしながら大人しく寝ましょう。お疲れさまでした。




めぐねえって歳いくつなんだろうなぁ
明らかに若いし俺よりは下だろうけど

ゆき達三年の現国を担当してるんだから、多分一年から共に繰り上がって来てるはず
教員免許は留年浪人無しのストレートで取れたとして、大学卒業と同時だから二十二、卒業と同時に就職決めたとして二十五か? 誕生日によってはまだ二十四ってとこか


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3-1裏 調理室遠征

はじめての遠征に出たので初投稿です


「……――え、めぐねえ! 起きろって! めぐねえ!」

 

 誰かに名を呼ばれ、肩を揺すられて。私は、深いまどろみから強制的に引き揚げられた。けれども、意識を取り戻したところで、重い瞼は容易くは開かず。まだ眠い。あと五分寝たい。なんて、そんな事を考える程度には、寝惚けていて。

 だから私は、目の前で屈み、私を揺り起こそうとしているのがくるみさんなのだとようやっと知覚した時、全てを理解し、思い出し、己の仕出かした所業に真っ青になった。

 

 そうだ。見張り番。私は昨夜、見張り番を引き受けたのだ。

 大慌てで立ち上がる。けれども、最早何の意味も無い事は明白だった。辺りを見回すと、いつの間にか宵闇は取り払われ、廊下には暖かな朝日が差し込んでいる。明らかに朝である。しかも、それなりに日が高い。

 昨夜の最後の記憶は、共に見張り番に立候補したまなさんと、壁に背を預けて寄り添い合って座っていた事。真っ暗闇で、視覚がまるで機能しない中、互いの存在を重ね合わせた手の平の温もりに感じていた事を覚えている。詳しい時間は判らないが、真夜中だった。それから一体何時間寝ていたのか。

 

 視線を横に落とせば、まなさんと目が合う。彼女も無事だ。突然立ち上がった私に驚いたのか、目を丸くしている。くるみさんは呆れ顔。また、半開きの放送室の扉からは、ゆきさんとゆうりさんも顔を覗かせている。

 皆居る。幸い、夜の間は何事も無かったのだろう。けれども、それで私のやらかしが消えてなくなるわけではない。たまたま何も無かっただけで、見張り一つ満足にこなせなかった事に変わりはないのだから。

 

「ったく、何時まで経っても起こしに来ないと思ったら――」

「本当に、申し訳ありませんでした」

 

 ため息交じりに言葉を漏らすくるみさんに、躊躇う事無く頭を下げる。ともすれば、私のせいで皆にこの朝日を見せる事すら出来なくなっていたかも知れないのだ。

 

「それと、まな。お前シャベル放り出してどうすんだ」

「ごめんなさい」

 

 私の横で、まなさんが同じく頭を下げる。そう言えば、確かに昨夜、私に抱き付く時に床に置いていたのは覚えているものの、その後ちゃんと拾っていたのかどうか覚えていない。くるみさんにこう言われているという事は、あのまま置きっ放しだったのだろう。

 それに、くるみさんの説教を聞く限り、私よりは早く起きたものの、まなさんも居眠りしてしまっていたらしい。いや、当然か。もし起きていれば、居眠りした私を叩き起こしてくれただろうから。

 昨日、ずっと最前線で戦い続けてくれた彼女が疲れ果てていたのは自明の理。私がしっかりしていなければならなかったのだ。

 

 

 放送室に戻り、今日の活動方針を皆で確認する。昨晩の話の通り、私とまなさん、くるみさんが調理室に行って、食糧の調達。その間、ゆうりさんとゆきさんは、調理場代わりの職員室の給湯コーナーを使えるようにする。

 朝礼の最中、心なしかまなさんが急かしているように感じるのは、気のせいではないだろう。今、私達の手元には食糧が無い。食べ残したカップラーメンが一つだけ残っているものの、五等分するには小さ過ぎる。つまりは朝食抜きなのだ。昼食をしっかり食べられるようになるためにも、早く動き出したい心情は理解出来た。

 布陣は、私が職員室で確保したリュックを背負い、食糧の運搬役を担当。くるみさん、まなさんは武器を手に前衛を務める。リュックはかなり大きいので、詰め込めば大量に入るだろう。出来れば、今日の昼食や夕食のみならず、明日以降の分も確保したいところ。生徒に危険な戦闘を任せてしまう以上、私も頑張らなければ。私が持ち帰る食糧の量が、彼女達の食糧事情に直結するのだから。

 

 職員室を突っ切り、バリケードの前に辿り着く。昨日組み上げたそのままの姿で、バリケードは静かに鎮座していた。その向こうにも人影は無い。皆でバリケードを乗り越える。

 昨日掃除したのは、このバリケードまで。手付かずの階段には何ヶ所も生乾きした血溜まりがあり、壁には飛び散った血飛沫が垂れた跡がある。血が腐り始めているのだろう。酸鼻を極める、つんとくる嫌な臭いが漂う。その臭いに誘われてか、何匹か蠅が飛んでいるのが確認出来る。

 顔をしかめ鼻を摘まみたくなるものの、最年長者である私がそんな真似をするわけにはいかない。それに、くるみさんも、まなさんも、両手で武器を構えて警戒してくれているのだ。

 

 階段の踊り場まで下りたところで、まなさんから待機するよう命じられた。くるみさんと二人で、偵察に行くという。

 

「分かりました。お気を付けて下さいね」

 

 大人しく、受け入れる。私はリュックを背負うために、武器は持っていない。付いて行っても足手纏いになるだけだ。だから、二人を信じて待つ。

 例え、階下から彼等の呻き声が聞こえても。そして、直後に誰かが階段を転げ落ちる音が聞こえても。それが今の私の役割だった。

 その後、移動した二人が何処かの扉を開け放つ音が聞こえ、それを皮切りに激しい戦闘が始まった。彼等の雄叫びが複数。それに混じって、恐らくくるみさんのシャベルであろう、金属による打撃音。攻撃が効いたのか、誰かが床に叩き付けられたのだろう鈍い音。複数人の彼等と同時に戦っているらしく、喧騒はすぐには止まなかった。

 まさか、彼等に囲まれるなんて事にはなっていないだろうか。長引く戦闘に、嫌な想像が頭をよぎる。やっぱり心配だ。思わず胸元の十字架に手が伸びる。

 

 と、その時だった。手で激しく扉を叩く音が聞こえ始めた。それと同時に、聞こえる雄叫びの数が増える。壁越しなのか、くぐもった声ではあるのだが、場所はすぐ近くだった。彼等の、新手が現れたんだ。

 まなさん達は無事なのか。一体、二階で今何が起きているのか。

 

「くるみ!」

「あっ、おい!」

 

 私が困惑し、どうするか逡巡しているその間に、二人の声が聞こえた。まずまなさんの、切羽詰った鋭い声。間髪入れずに、くるみさんの驚いた声。

 明らかにただ事ではない。無言のままハンドシグナルで意思疎通をやってのける二人が、無暗に叫び声を響かせるなんて有り得ない。つまりは、緊急事態か。

 何てことだ。やっぱり自分も付いて行くべきだったと半ば後悔したその時、二人の姿が視界に戻って来た。

 血相を変えたまなさんがくるみさんの手を握り締め、引き摺るように連行しながら、全力で私のもとへと戻ってくる。二人とも、制服が赤い。怪我をしたのか。もしや、噛まれたのか。

 

 最悪の結末すら脳裏を過ぎる中、私の前に辿り着いたまなさんが、くるみさんを放るように手を離し、そのまま反転。今まさに彼女が駆け上がってきたばかりの階段へと箒を突き付けた。

 一方のくるみさんは、まなさんから手を離された段階でシャベルを構え直しながらも、まず何よりも先にまなさんへと顔を向け、「まな!」と声を掛ける。

 

「一体、どうしたんだよ!」

「モンスターハウスだ!」

 

 くるみさんの詰問に、まなさんがそう吐き捨てる。私を蚊帳の外に会話する二人の様子から、どうやら怪我をしたわけでも、ましてや噛まれたわけでもない事は見て取れた。そこは一安心である。

 ただ、モンスターハウス? 怪物の家? 何かの専門用語だろうか。彼女達の会話の意味は理解出来なかった。とはいえ、明らかに臨戦態勢を整えるまなさんの様子は、ただ事ではない。彼女の発した単語の意味は判らなくとも、それが良くない事である事は察する事が出来た。

 

「マジかよ……」

 

 意味を理解しているらしいくるみさんが、それを聞いて一言呟く。その間も、バンバンと扉を叩く音が続く。彼等の雄叫びに近い呻き声も一緒だ。

 それからしばらく、私を背に庇い、二人は並んで階段の上に陣取り続けた。まるで、彼等が攻めて来るのを待ち構えるかのような厳戒態勢。大勢の彼等でも見たのだろうか。

 ちら、と私は階上のバリケードに目を遣る。もしそうなら、ここで待ち構えるより、バリケードの内側に戻った方が良いのでは。――否。あのバリケードは、最後の護りだ。もしもバリケードが破られたら、私達の拠点が失われる。ゆうりさん達にも危険が及ぶ。あそこに彼等が辿り着かないように、彼女達はここで迎え撃とうとしているのだろう。

 私は、自分が荷物運搬係だからと、大きなリュックにかまけて武器を持って来なかった事を本気で後悔した。これでは、私は本当にお荷物ではないか。調理室にすら辿り着けていない現状、これでは荷物の運搬以前の問題である。

 武器を取りに戻るべきか。いや、この子達の傍を離れるわけにもいかない。昨日の件で、私は自分が全く戦闘に向いていないという事を嫌というほど思い知らされた。もしも、私がこの場を離れた隙に、彼女達に何かあったら。それこそ取り返しが付かない。この子達抜きでは、私達は食事の用意も拠点の維持すらも出来ないのだから。そうなれば、ゆきさん達まで共倒れだ。

 

 ――万が一の時は、私自身を囮にしてでも彼女達を逃がすべきだ。

 そんな決意を固める事、何分か。臨戦態勢を崩さない私達だったが、その割に一向に何も起こらない。二人ほど階段にまで辿り着いて来た彼等が居たものの、二人がそれぞれ一人ずつ、危なげなく対処してしまった。

 気が付けば、扉を叩く音も止み、彼等の雄叫びも聞こえない。いつの間にか、飛び交う蠅の羽音が聞き取れるほどの静寂が廊下を支配していた。

 

「まな、大丈夫じゃないか?」

「でも、モンスターハウスが……」

「音も止んだぞ?」

「……」

 

 痺れを切らしたのか、くるみさんがまなさんを説得する。相変わらずモンスターハウスという単語の意味は理解出来ないけれども、私もくるみさんに賛成だった。

 多分、私達は彼等を撒いたのだ。このままここで待っていても、ただ時間だけが過ぎていくだろう。彼等の群れや待ち伏せがあるのなら、対処は考えないといけない。けれども、ここで立ち尽くして事態が好転するとは思えなかった。

 

「今の戦力じゃ……」

 

 まなさんの呟きが聞こえる。昨日、常に最前線に立ち続けてくれた彼女とは思えないほどに弱気な姿勢。彼女の中に、それだけ慎重にならなければならないような、何か重大な懸念がある様子だった。

 それに、よくよく見れば小さく震えている。昨晩、彼女が抱き付いて来た時の事が思い起こされる。彼女も怖いのだ。昨日のように、恐怖に蓋が出来なくなるほどに。

 

「まな。私が先導する。中に居るなら、釣り出しながら戦おう」

 

 くるみさんが妥協案を出す。釣り出しなら意味が分かる。自分達が対処できる範囲の彼等を誘き寄せ、少しずつ対処するつもりか。それを聞いて、しばし逡巡するまなさん。だが、やがてこくんと頷いた。

 嗚呼、情けない。私は、一切口を挟む事が出来なかった。戦う事の出来ない私は、気休めを言う事すら出来ない。後ろに庇われているだけなのに、どの口が楽観論など言い放てるのか。そして、食糧が枯渇しているのだ。諦めたり、時を改めたりする事など出来はしない。危険を承知で、何とか切り抜けるしかないのだ。彼女達に、ほぼ全ての負担を押し付けた上で。

 

 

 ゆっくりと、二階に下りる。こんな事が起きる前は気にもしなかった自分の足音が、壁に乱反射して響いている。死屍累々倒れ伏す、彼等の成れの果てを出来るだけ見ないようにしながら、私達は学食調理室、階段側入口の前へと辿り着いた。

 扉に手を掛けるのはくるみさん。そのまま首だけで振り返り、まなさんにアイコンタクト。まなさんも箒で身構えながら、頷きを返す。

 そろそろと、扉が開かれる。音で気付かれぬよう、慎重に。やがて、人一人は通れる隙間が出来た段階で、くるみさんが静かに中を覗く。けれども、すぐには頭を引っ込めなかった。そのまま半ば顔を突っ込むように中を見回している。

 

「十人しか居ない」

 

 中を確認し終わり、一旦頭を引っ込めたくるみさんが、振り返ってそういう。まなさんがそれを聞いて、掠れた声で「えっ」と漏らし、構えていた箒の穂先を大きく下げた。拍子抜けしたのだろう。

 彼等が十人。私にとっては恐怖を感じる数字だが、まなさんにはそうではないのか。再び身構え直した彼女は、そのままくるみさんの横へと並んだ。

 

「制圧しよう。時間が無い」

「おい……」

 

 怯えを消し、闘志を漲らせるまなさん。その姿に、今度はくるみさんが拍子抜けする番だった。

 だが、時間が無い事は事実である。まなさんの懸念が思い過ごしである事が分かった以上は、当初の予定通り、食糧回収を急がなければならない。

 呆れ顔のくるみさんが気を取り直して扉を開き、そして彼女達は二人揃って調理室内部へと踏み込んでいった。

 

 

 調理台の並ぶ調理室は、視線が通る割に障害物が多い。机や椅子と違って蹴り飛ばしてもびくともしない頑丈な造りなおかげで、彼等の移動ルートも限られている。彼等の位置を逐一確認し、各個撃破を心掛けた彼女達の戦いは、終始優勢で進められた。

 先程、扉を叩いていたと思われる彼等の二人組も居たものの、くるみさん達の相手では無い。まなさんが片割れを突いて足止めしている間に、上段に大きく振りかぶったくるみさんがもう片割れを倒し、続けざまにもう一撃繰り返す事で、二人目を倒す。全く危なげなかった。

 倒した彼等を本当に倒せたかの確認も終わり、それからようやっと、私の出番だった。

 

 屋上にある太陽光発電のおかげだろう。業務用大型冷蔵庫は今も変わらず動き続けてくれていた。中の食品は無事だ。調理員が仕舞ったそのままであろう、種類毎に分けてきちんと整頓されている。

 まなさんがラップを見付けてくれた。それを使って、様々な食材を手当たり次第にリュックに詰めていく。うどん麺、ラーメン、蕎麦麺、鶏肉、豚肉、牛肉、それから魚の切り身に、生卵。野菜も大量だ。

 できればお米も持っていきたいものの、流石は業務用。大きくてリュックに入るサイズではない。袋には10kgの文字。リュックとの両立は厳しい。今は諦めよう。

 

 その間、くるみさんが私の後ろで護衛に付き、まなさんは忍び足で食堂の様子を窺いに行っている。直接調理室に踏み込んだせいで、学食の様子が分からないためだ。

 しばらく食堂の様子を観察し、まなさんが戻ってくる。彼等の数は大した事無いそうだ。数えたのか、十三人と断言している。くるみさんも「そんなものか」と息をつき、シャベルの切っ先を床に降ろした。

 

「今の内だな」

「うん」

 

 その後、満杯になったリュックをくるみさんの助けを借りながらも背負い直し、三階へと引き上げた。往路と違って、静かで平穏な復路。バリケードを乗り越える際、リュックを運ぶために二人の助けを借りた程度で、動く彼等の姿を見る事は無かった。

 

 

 三人で職員室に戻る。何かをゆすぐ音が聞こえる。給湯コーナーに姿を見せると、ゆきさんもゆうりさんも一斉にこちらに視線を向け、そしてパッと表情を明るくした。

 

「めぐねえ!」

「おかえりなさい」

 

 出迎えてくれる二人を見て、少し気が抜ける。帰って来たのだという実感があった。

 

「ただいま」

 

 そう挨拶を返しながら、リュックを下ろす。それからすぐに、冷蔵庫に取って来た食糧を仕舞い始める。一通り、色々と持って来れた。これなら何か作れるだろう。

 ただし、リュック一つ分という制約は大きく、冷蔵庫で埋められたのは三分の一程度。五人で食べるなら、これで三食分ぐらいにはなるだろうか。ただ、この量では明日には再び食糧が危機に瀕するだろう。つまりは余裕が無いと言える。少なくとももう一度は向かうべきだ。

 冷蔵庫を閉めて立ち上がる。すると、近くで静かに佇み待機していたまなさんが無言で数歩歩み寄ってきて、同時に、何時の間にか椅子を確保し座っていたくるみさんが立ち上がる。二人とも、手には武器を持ったままだ。

 

「行きましょう、先生」

 

 私が何か言うまでも無く、まなさんがそう声を掛けて来る。くるみさんも何も言わない。彼女達は、既に二度目の遠征を覚悟している様子だった。

 

「そうですね」

 

 すっかり軽くなったリュックを背負い直す。

 他方、そんな私達の様子を見て顔を曇らせたのが、ゆきさんだ。折角戻って来れたというのに、またしても危険を冒して出掛けようというのだ。止めたくなるのも理解出来る。ゆうりさんも、手を止めて私達の会話に集中している。何も言わないだけで、行って欲しく無さそうなのは察する事が出来た。

 本音を言えば、私だって行きたくない。少なくとも今日の分は確保出来たのだ。明日の分はまた明日でもいいじゃないかというその場凌ぎな誘惑が、心の中で囁いている。決意が揺らぎそうになる。くるみさんやまなさんが返り血を浴びる光景など、見たくもないのだ。

 だけれども。そうはいかない。余裕が無いからには、赴かなければならない。この場に居る唯一の大人として、私が真っ先に逃げ出すわけにはいかなかった。

 

「丈槍さん、若狭さん。大丈夫よ。すぐ戻って来ますから」

 

 内心を押し殺し、表層を取り繕う。私が辛気臭い顔をすれば、彼女達の心も後ろ向きになるだろう。危険を冒してでも活路を切り拓こうとしているまなさん達の覚悟にも水を差す事にもなる。例え演技でも、私は自信と余裕を持たなければならなかった。

 ゆきさんが俯く。唇を噛み締めている。私達を止めたくて、けれども止めるわけにもいかなくて。理性と感情が相反しているのだろう。

 そんな私達の様子を見て、ゆうりさんが動いた。

 

「ゆきちゃん」

 

 ゆうりさんが話に参加してくる。ゆきさんはピクリと肩を震わせた。

 

「めぐねえが用事を済ませている内に、掃除全部終わらせましょ。お昼ご飯が遅れちゃうわよ」

 

 優しい諭す様な声色で、ゆうりさんが援護してくれた。ゆきさんは一度ゆうりさんの方を向き――再度俯きながらも、小さく頷いた。その後、もう一度私の方へと顔を向ける。泣きそうな顔。悲しみと不安がないまぜになり、それを押し隠そうとして、なのに全く隠しきれていない。

 

「めぐねえ、気を付けてね」

「ええ。もう少し待っていて下さいね」

 

 健気にも気丈に振舞おうと努めるゆきさんを抱き締めたくなるが、おくびにも出さずにぐっと堪える。折角彼女が私達を送り出そうとしているのだ。私が彼女のもとに留まっては、彼女の決意を無駄にしてしまう。

 敢えて背を向けて、二人に合流する。三人で出口に向かい、見えなくなる寸前で、一旦振り返る。

 

「行って来ますね」

 

 涙を拭うゆきさんの姿に、心が痛んだ。

 

 

 二度目の遠征は、正直、拍子抜けするぐらいに簡単だった。廊下に倒れ伏す彼等の亡骸はそのままだったが、動く彼等と一人も出くわさなかったのだ。一度目の遠征で掃討したおかげなのは明白だった。

 何の障害も無く冷蔵庫に辿り着き、何の障害も無くリュックを満杯にする。何の障害も無くバリケードにまで帰着でき、二人の手を借りつつリュックのバリケード越えをこなせば、もう遠征は終わりだった。

 一度目と比べ、随分と早い。そのせいで、少し欲が出て来る。折角調理室を制圧出来たのだ。彼等が居ない今の内にもう一度向かえば、冷蔵庫を満杯にする事すら出来るのではないか。今日明日と言わず、明後日、明々後日の食糧すら確保出来るのでないか。そんな事が頭を過ぎる。

 道中、ゆきさんと合流した。その手には、湿った薄紅色の雑巾。女子トイレの洗面で雑巾を洗っていたらしい。色が変なのは、恐らく洗って絞っても、吸った血の色が落ちなかったのだろう。その代わりに掃除は順調で、頼んでおいた給湯コーナーは大体終わったとの事。

 とは言っても、ゆうりさんはまだ調理器具を洗う途中のようだ。あまり分散して行動するべきではない、というまなさんの言葉もあり、ゆきさんには引き続き、ゆうりさんのお手伝いを頼む。五人居るのだ。食器を用意するだけでも大変だろう。

 

 再度リュックの中身を全て冷蔵庫に仕舞い込んだ後、少し議論になった。冷蔵庫が六、七割ほど埋まり、ゆうりさん、くるみさん、ゆきさんがもう十分だと判断する中、まなさんが三度目の遠征を主張したのだ。そして、その根拠として挙げられたのが、調味料の不足だった。

 職員室の給湯コーナーは、本来本格的な料理をするような場所では無い。料理が出来る設備が整ってはいるが、だからと言って普段誰もこんなところで料理などしない。私の記憶を辿ってみても、ここで誰かが手の込んだ料理をしているところなど見た事が無かった。

 まなさんの説得に、ゆうりさんが閉口。戸棚を今一度確認しに行く。けれども、見付かったのはコーヒー用のスティックシュガーがそれなりと、多分お惣菜に付いていたのであろうと思われる、ワサビや柚子胡椒、辛子の小袋がいくつかのみ。塩すら見付からなかった。

 冷蔵庫の食材にばかり気を取られ、調味料の事が頭からすっぽり抜け落ちていた。具材だけがあっても、調味料が無ければ味付けに不自由が出る。別に無ければ無いで何とかならないわけでもないが、やはりあった方が良い。手に入れられるのなら、手に入れておきたい物である事は確かだ。

 加えて、道中でも考えていたが、可能な限り冷蔵庫を埋めておきたいという思いもある。物資の備蓄は、有るに越した事は無いのだから。そう考えると、私個人の意思としては、出来れば行きたい。まなさん達が冷蔵庫までの道のりを切り拓いてくれた、その影響が残っている今の内に。

 

「まなさん、分かりました。もう一度だけ行きましょう」

 

 私がまなさんの意見を支持すると、やがて皆も三度目の遠征に同意してくれた。

 もっとも。この決定に、ゆきさんが特に落ち込んでいる。二度目の遠征ですら、落涙するほどに私達を案じ、引き留めようとしていたのだ。その上更にもう一度危険を冒しに行くと決まっては、内心穏やかでは居られないだろう。

 

 彼女は心優しい子だ。事件前の、何の変哲も無い日常に愛着と思い入れを持てるぐらいに、日々の生活を大事にしていた。彼女にとっては、私達すらもその一部。けれども、その日常が訳も解らぬうちに崩壊し、運良く生き残った私達も死線を潜らねばならない事に、特に心を痛めてくれている。痛め続けている。

 一番良いのは、今すぐに何処かから救助が来て、曲がりなりにも日常が戻って来る事。しかし、現時点でそれは期待出来ない。この高校が襲われてから、既に四十時間近くが経過している。その間、飛行機やヘリコプターを始め、消防や自衛隊のような組織が動いたと思える気配がまるで感じられなかった。今すぐの救助は無理でも、様子を確認する偵察にぐらいは来てもおかしくはないのに。それすらも無い。警察や自衛隊が機能していないなら、私達は当分ここで籠城し続けなければならない。

 何でも良い。気休めでも、現実逃避でも。何とか彼女を元気付ける方策を見付け出さなければ。彼女が、彼女の心が潰れてしまう前に。




めぐねえに視点を投げると、全員の様子見なきゃならんから長くなるな
自称めぐねえ接待プレイで特定の方向しか向いてないプレイヤーとは大違いだ


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3-2裏 失踪する二人

心労が増えたので初投稿です


「先生、ちょっと待っててくれませんか」

 

 三度目の遠征。バリケードを越えて踊り場まで下りてきたところで、まなさんからそう声を掛けられた。

 

「確認したい場所があるんです」

 

 そう言って、彼女はくるみさんを連れて二階へと降りて行った。確認したい場所。そこが何処なのか、彼女は具体的な場所名を挙げなかった。

 後から思えば、この時彼女は、別の生存者を探していたのだ。なのに私は、彼女の言動に何の疑問も持たなかった。道中の安全を再確認でもしに行くのだろうと、軽く流してしまっていた。

 私に相談してくれなかった事について、思うところが無いわけではない。けれども、それ以上に私は自分が情けなかった。私よりも、彼女の方がよっぽど前を向いている。今手の届く範囲を見るだけで精一杯の私には、他にもまだ生き残りが居るかも知れないなんて、考えるような余裕は無かったのだから。

 

 程なくして戻って来た彼女達と合流し、三度目の調理室に足を踏み入れる。皆で手分けして、調味料を漁る。明確な目的を持って探し回ると、案外色々と見付かった。砂糖、塩、お酢、醤油、味噌、胡椒、マヨネーズ、ケチャップ、ドレッシング、果てはカレー粉まで。どれもこれも未開封の新品だ。こんな事件さえ無ければ、昨日今日の学食で消費されていたものだろう。加えて、学食用に用意されているだけあって、全て業務用のビッグサイズだ。使い切るまでには当分掛かるだろう。しばらく、調味料の事は考えなくても良さそうである。

 全てをリュックに入れ込んで、けれどもまだ余裕があって。だから、空いたスペースには限界まで食材を詰め込み、冷蔵庫を埋める事に専念した。

 

 何事も無く三階まで帰還し、冷蔵庫に戦果物を詰め込んでいく。三回も危険を冒しただけあって、これで冷蔵庫はほぼ満杯。調味料も十分に確保出来た。お米を持って来れなかったのは残念だったが、業務用のパスタやうどん麺ぐらいなら持ち帰って来れた。今日の主食はこれで行けるだろう。

 時計を見る。現在時刻、十二時十六分。ほぼ正午。今から調理するとなると少々遅れそうだが、なんとかお昼ご飯として食べられるだろう。

 私は、戦って道を切り拓いてくれた二人を洗面に送り出し、早速ゆうりさんと一緒に昼食作りを開始した。

 

 主食のパスタは私が担当。ゆうりさんには副菜をお願いする。本当は主菜も用意したいのだが、五人分という地味に大変なパスタがコンロを占領している以上、火を使うような本格的な主菜までは手が回らない。

 炊飯器はあるのだ。お米さえ回収出来れば、コンロもおかずに回して、本格的な主菜や汁物にも手が出せる。そう思うと、あの大きな米袋を持って来なかったのは失敗だったかな、などという考えが脳裏をよぎる。サイズの関係上、そう簡単に手が出せる物ではない事は二階で結論付けたのに、だ。

 食べ物が底を突く事を心配していた昨夜との落差に、溜息が出る。少なくとも今の私は、手に入れる食材を選ぼうとするほどの余裕があるらしい。

 

 小さく深呼吸。雑念を掃う。まだ、三階の開放も済んでいない。バリケード内の掃除だって不完全だ。やる事は山積みである。余裕など無い。

 ちら、と横を見る。キャベツをちぎり終えたゆうりさんが、ボウル代わりのカップにマヨネーズ、水、胡椒を入れて混ぜ合わせている。驚いた。単なるサラダとしか聞いていなかったが、これはドレッシングか。シーザーサラダ用だ。

 コンロをパスタが占領している今、副菜は火を使わない物で作るしかない。正直、適当に切った野菜に下から持って来たドレッシングをかけただけのサラダでも十分だと思っていたが、存外に手が込んでいる。

 

「随分、手慣れてますね」

「ええ、園芸部ですから」

 

 声を掛ければ、出来栄えを確認しながらゆうりさんが答える。そう言えば、文化祭の時に菜園の野菜を調理して出していたのも園芸部だった。普通のサラダを始めとし、和え物、漬物、お浸し、炒め物に湯で物と、飲食店に謙遜無い程にかなりの種類があった事を覚えている。

 彼女にこれだけのスキルがあるのなら、これからも調理を手伝って貰おう。私はずっと独り暮らしで一人分なら作り慣れているが、五人分となると量が違い過ぎて勝手が違うし時間も掛かる。人手が増えれば、それだけ彼女達に空きっ腹を抱えて待ち惚けさせる時間も短くなるだろう。

 

「若狭さん。これからもお食事の用意、手伝って頂けませんか?」

「ええ。勿論です」

 

 鮮やかな手並みに見惚れながら続けてそう声を掛ければ、彼女は私に顔を向けながらそう返事した。その口許には、小さな綻び。この事件が起きて以降、初めて見る彼女の微笑みだった。

 昨日、今日と大して様子を見てあげる事すら出来なかったが、自力で少し持ち直したのかも知れない。良い兆候だと思う。

 

「若狭さん、トマトソースの缶を取ってくれますか?」

「冷蔵庫ですね。レンジは任せて下さい」

「ええ。お願いします」

 

 割り箸を菜箸代わりに麺を混ぜながら、言葉を交わす。

 思えば、こうして何かを料理する事自体、実に三日ぶりだ。加えて、誰かと協力しながら、話しながら料理するとなると、いつ以来だろうか。

 気が紛れる。山積みの問題を忘れていられる。こんな事が起こる前の、平穏な日常を過ごしていた時と同じように。

 実際には、パスタの茹で加減を見る、という大義名分に縋り、思考を放棄しているだけなのだが、それだけでも心が落ち着けた。

 意識しなくても弛みゆく自身の顔を自覚しながら、私はやがて五人分のトマトソースパスタを準備した。

 

 放送室に戻ると、匂いで昼食が出来たと理解したのだろう。無言のまま、しかし目を輝かせながらくるみさんが顔をあげた。

 部屋の隅では、ゆきさんとまなさんが工作をしている。二階で見付けた包丁を武器に使う気なのだろう。厚紙とホチキスを使って鞘を作っているようだ。その隣には、柄の先端に包丁の括り付けられた箒が壁に立てかけられていた。明らかに殺傷を目的として作られたそれを見て、顔が曇りそうになる。

 けれども、意識して表情を和らげる。今の状況を考えれば、この手の殺傷武器は必要なのだから。寧ろ、私が手渡された箒もこうしなければならないのだ。

 

 武器の類から目を背けて、私はゆうりさんと共に食事を運び込んだ。トマトソースパスタと、シーザーサラダ。たった二品ながらも、昨日丸一日をお菓子でやり過ごしたため、皆二日振りのまともな食事である。

 配膳を済ます頃にはまなさん達も工作を終えたようで、皆で席に付く。湯気のくゆるパスタに、おお、と感嘆の溜息を漏らすくるみさん。舌なめずりをしているまなさん。そして、獲物を見付けた猫のようにじっとパスタを見つめるゆきさん。

 そんな彼女達の様子に苦笑しながらも、私が音頭を取る。

 

「頂きます」

 

 こんな事態になって初めて痛感する、食べ物のありがたさ。心の底から神様に感謝しながらそう挨拶すれば、彼女達もそれぞれ手を合わせて各々パスタにフォークを付け始める。

 嗚呼、美味しい。市販のトマトソースをレンジで温め、麺に絡めただけの簡素なパスタにも関わらず、身に沁みて顔が綻ぶ。二日続けて朝食抜きであった事もあり、しっかりと腹に貯まりゆく感覚が堪らない。

 皆の様子を窺うと、やはりお腹が空いていたのだろう。食事中は何よりも食べる事に夢中で、静かなものだった。特に、体力仕事である戦闘をこなした二人はそれが顕著で、サラダを含め、まるで競っているかの如き勢いで食を進め、相次いで完食している。

 もしかして、足りなかっただろうか。パスタ五人分を一度に作るなど初めてで、お代わりの分は用意出来ていない。サラダも作った分は全て分配してしまった。

 

「花田さん、恵飛須沢さん、足りましたか?」

 

 足りなかったと言われても、用意出来る物など何も無い。それでも、私は思わずそう問わずにはいられなかった。

 

「はい。十分です。美味かった」

 

 満足気に笑いながら、そうくるみさんが答える。

 

「ダイジョーブダイジョーブ」

 

 他方、口許に手をあてたまなさんは、片言でそう言った。直後に顔を背け、けふ、と小さなげっぷ。恐らくは早食いのし過ぎだろう。

 さては、くるみさんに対抗意識を燃やしたか。量に不満があるわけではないという事に安堵しつつも、少々呆れる。

 

「花田さん? しっかり噛んで食べて下さいね?」

「……はい」

 

 軽く叱れば、項垂れるまなさん。そんな彼女を、くるみさんがニヤニヤしながら勝ち誇った様子で見つめ、そしてそんな二人を見て、ゆうりさんが眉尻を下げる。

 束の間の休息。昨日よりは明るくなった食卓の雰囲気を見て、私はこれからも、せめて食事中ぐらいは穏やかな時が続く事を切に願った。

 

 

 昼食の後片付けが終われば、次の私達の仕事は生徒会室の清掃だった。普段の拠点にするためである。

 今まで使っていた放送室は、ブースとコントロールルームに隔てられており、正直なところ、かなり狭い。食卓代わりの長机を置けば、それだけで部屋の過半が占領されてしまう。もっと伸び伸びと過ごせるようになるには、別の部屋を確保するしかなかった。

 生徒会室内部は、特に荒れてはいない。部屋の中には血痕も無く、窓も無事。この部屋ならば確かに居間として使えるだろう。ただし、部屋の随所に大量の書類が山積みされており、さらに掃除も行き届いていない。どこか埃っぽいこの部屋を綺麗にするのは、意外と時間が掛かりそうだった。

 

「まずは、書類を纏めましょうか」

 

 室内の現状を一通り把握した私は、振り返って後ろについて来ている二人にそう話し掛ける。

 今回作業するのは、私とゆきさん、ゆうりさんの三人。くるみさん、まなさんの二人は、拠点内の見回りを行なう。とはいえ、昨日の時点でも拠点内の見回りは行っている。今日改めて見て回らねばならない物など、バリケードに損壊が無いかどうかを確かめる程度でしかない。これは、昨日、今日と、常に最前線で戦い続けてくれた彼女達への休み時間と言っても差し支えないつもりだった。食糧を確保出来、一息つける体制が整った今の内に、少しでも休んで貰いたかったのだ。

 ――尤も、実際には、私達が掃除をしている最中も、彼女達は戦い続けていたわけなのだけれど。

 

「二人とも、午前中はお掃除、有難う御座いました。おかげで快適にお料理出来ました」

 

 昨日、三人で校舎の制圧に出向いたその時から、私はずっとまなさん達に付き続けていた。そのため、五人全員で力を合わせたバリケード造りはさておき、ゆうりさん、ゆきさんと本格的に共に行動するのは、これが初めてとも言える。

 命の危険を冒してでも道を切り拓いてくれたくるみさん達と共に居た事を、判断ミスだとは思っていない。けれども、結果的にこの二人をないがしろにする結果となった事は、紛れも無い事実である。

 だから私は、積極的に彼女達との会話に興じようと考えていた。少なくとも、会話していれば気ぐらいは紛れる。また、抱え込んだ心の傷、心の闇を吐き出す切っ掛けになれるかも知れない。戦闘では全く役に立てなかった私だが、そんな私を縋り付く対象として選んでくれたまなさんも居る。心の傷で斃れないように、私が彼女達の心を庇うのだ。

 

「頑張りましたから。ね、ゆきちゃん」

「うん」

 

 給湯コーナーを掃除して貰っていた間に、二人で会話していたのだろう。幾分か仲良くなった様子の二人に、内心でほっと息を吐く。

 昨日の夜、目に見えて落ち込み口数の少なかった二人の様子を見ているだけに、交流すら満足にしていない可能性もあったのだから。

 昼食作りの時にも感じたが、ゆうりさんは自力である程度持ち直した様子だった。空元気に過ぎない可能性もあるため過信は禁物だが、少しずつでも、このまま普段の調子を取り戻していってくれれば良い。

 

「めぐねえ、この椅子壊れてる」

「あら、本当ですね。退けましょうか」

 

「先生、ガムテープ見ませんでしたか?」

「そこの戸棚には有りませんか?」

「りーさん、こっちにあるよ」

 

 対して、ゆきさんはまだ要注意だ。普段の彼女は、明るいムードメーカーだった。皆を引っ張る力に溢れていた。そんな彼女が殆ど言葉を発しない。表情も沈んでいる。それは、未だにこの酷い現実に打ちのめされたままなのだという事を推察させる。

 とはいえ、完全に無口になってしまったわけでもない。少なくとも掃除は熱心にしているし、受け答えもきちんとしている。

 涙が引っ込んだわけではないだろう。しかし、こうして何かしていればその場凌ぎにはなっているのだろう。

 けれども、それは所詮その場凌ぎだ。時間稼ぎにはなるかも知れないが、解決には至らないかも知れない。何とかしなければならない。なのに、何も思い付かない。こんな状況で、何が出来るのか。何が残っているのか。私達は、最早今日この日を生き延びるだけでも精一杯なのに。

 

 そう思い悩む私に一つの解をくれたのが、ゆうりさんだった。

 授業。事件以降、中断したままである授業の再開。それが彼女の提案だった。それを聞いた時、私は思わず呆気に取られた。言われるまで、まるで頭に浮かばなかったからである。それこそが本来の私の仕事であったはずなのに。

 確かに、彼女達は生徒だ。勉学が本分であるはずなのだ。こんな事さえ無ければ、彼女達は普段通りに授業を受けていただろうし、私も授業していただろう。失われた学びの時は、いつか取り戻さねばならない。

 加えて、今や遠く夢幻の彼方に消え去った日常を想起し、気を紛らわす事も出来る。また、内容がどんな物であれ、身に付いた知識は決して自分を裏切らない。今日を生き延びるため、明日を考えるため、この事態を切り抜けるため、学びの場を確保するのは良い事だと思った。

 

 職員室が荒れ果て、彼女達も教科書を失っている今、教材や内容は一から再構築しなければならない。まず内容を決め、そこから少なからず準備が必要だ。しかし、筆記用具にすら事欠く有様である今、あまり大掛かりな授業は出来ない。そこも勘定に入れなければならないだろう。

 ゆきさんと共に在る傍ら、そんな事を考え始めていた私は、後から思えば浮かれていたのだろう。いや、現実逃避していた。

 何せ私は、ゆきさんから見回りに出ている二人の行方を尋ねられるその時まで、彼女達の失踪に気付きもしなかったのだから。

 

 

 この時点で確保していた私達の領域は、三階の半分。彼女達の姿が無い事に気付いて今一度探し回るのに、五分も掛からなかった。トイレの個室から更衣室のシャワーユニットの中まで、全てを確認して居ない事を確認し、生徒会室に三人で集まる。

 バリケードの中に居ない以上、乗り越えて何処かに遠征に向かったのだろうとは予想出来た。だが、何処に向かったのかが分からなかった。手掛かりも無かった。そして当然ながら、心当たりも無かった。

 

 では、どうすべきか。私に、私達に残された選択肢は、ただ一つ。あの二人を信じて待つ。それだけだった。

 何せ、二日続けて彼女達と共に行動していながら、私はついぞ、彼等を一人たりとも倒せなかったのだから。私は教師だ。私が彼女達の守護者だ。そう心の中で勇ましい事を考えるだけならば簡単だ。だが、いざ彼等を前にした時、私は跳び上がった挙句、身体の震えを抑える事すら出来なかった。

 こんなザマである私が、二人を探しに行く? 二人と共に居た時にすら何にも出来なかったのに? 無理無茶無謀もいいところである。彼女達を探し出すどころか、彼等が一人増えるだけの結果に終わりかねない。無論ながら、ゆきさんやゆうりさんを送り出すのも論外だった。

 

「あの子達が、何の意味も無く姿を消すとは思えません。二人を待ちましょう」

 

 狼狽する二人を前に、私はそう断言した。どうして忽然と姿を消したのか、理由は判らない。しかし、彼女達は強いのだ。それは、今私達が居るこの生活圏を切り拓いてくれた彼女達の実績が保証してくれている。

 

「でも……」

「丈槍さん、落ち着いて下さい。あの二人なら大丈夫ですよ」

 

 自身の表情を取り繕い、ゆきさんを励ます。

 

「さ、二人とも。彼女達が戻って来たら、お夕飯の時間ですよ。今の内に食卓と台所の準備を終わらせましょう」

 

 彼女達が何事も無く戻って来る前提で話を進め、二人を促す。現時点で答えの出ない問題を何時までも悩んだところで、心理的に追い詰められるだけだ。それよりも、今出来る仕事をこなして時間を潰し、気を紛らわせる方が良い。

 そうして時間を潰しても、あの二人が気掛かりである事は変わり無い。失踪した事に気付いてからそれなりに時間も経っている。妙に遅い。時が経つ度に、不安が膨れ上がる。

 

「ちょっと様子を見て来ます。二人は少し待っていて下さい」

「めぐねえ!」

「心配しないで下さい。バリケードの内側を一回りするだけですから」

 

 私は二人を生徒会室に待機させて、今一度拠点の内側を見て回る事にした。間髪入れず、私までバリケード外に出ると思ったのか、ゆきさんが泣きそうな声で呼び掛けて来る。すかさずそれを否定しながら、小さく微笑んで見せる。

 そう言えば、私が彼等と一度たりとも戦えた経験が無い事を、ゆきさんは知らないのか。もし、私もあの二人と対等に戦えると勘違いをしているのなら、バリケード外に探しに行くと早合点してもおかしくはない。

 誤解しているのなら、解くべきか。いや、それはそれでいたずらにこの子達の不安を煽るだけだろう。何しろ、戦える人員が実は二人だけで、その二人が今は不在。何か起これば、戦闘要員が居ない状態で対処しなければならないという意味になるのだから。

 

「すぐ戻ります」

 

 そう言って、箒を手に部屋を出る。扉を閉めて、取り合えず耳を澄ます。ヨタヨタと、不安定な足音が微かに聞こえる。教室側バリケードの更に向こう。彼等がうろついているのだ。

 教室側に視線を送る。バリケードに遮られて良く見えないが、廊下に人影が見える。下半身が黒い。ズボンの色。男子生徒だった彼等だ。迂闊に近寄って、見付かるわけにもいかない。

 背を向け、反対側に歩を進める。校舎左端、職員室側階段に辿り着く。こちらのバリケードも昼前と変わらぬ姿でそこにある。荷造り紐も緩んでいない。特に変化は無い。その向こう、階段に目を向けるも、見えるのは荒廃した無人の階段だけだ。昼前、食糧を取りに行った時の血の靴跡が見える。飛び交う蠅の羽音すら聞こえる静けさ。彼女達の気配も、彼等の気配も無い。

 あの二人は、何処に行ったのだろう。どうしてこんなにも遅いのだろう。ゆうりさん達の手前だから強がっては見せたが、私だって心細いのだ。早く無事な姿を見せて欲しい。

 そう思いつつ、動く者の無い階段を後にする。そうして後回しにした教室側バリケードに向かう。

 

 さっき見掛けた彼等は何処かに居なくなっただろうか。見付からないようにしないと。そう思いながら、バリケードに歩み寄りつつ向こうに目を凝らした時だった。

 私は息を呑んだ。見付けた。二人だ。見間違いなどしない。私の人生の中で、一、二を争う程に色濃いこの二日間を共に過ごした生徒達なのだから。

 

 小走りでバリケードの前にまで辿り着く。バリケード越しにまなさんと目が合った。意志のはっきりとした眼差し。手には血に染まった槍。無事だ。くるみさんはこちらに背を向け、後方を警戒している。

 何の断りも無しに突然姿を消すなんて、一体何を考えているのか。どうしてそんな危ない真似をしたのか。残された私達がどれだけ焦ったと思っているのか。

 

「何してるんですか!」

 

 思わず、声が荒らいだ。

 

「ア"ア"!?」

 

 そして、次の瞬間には後悔した。物理実験室。私が愚かにも気にも留めなかった横の教室から、彼等の怒鳴り声が聞こえたから。

 彼等に見付からないようにしないと。そんなつい十数秒前の戒めを、私はあろう事か自ら破ったのだ。

 一瞬で血の気が引いた。しまった。何て事を。彼女達がまだバリケードの外に居るのに。私が彼等を呼び寄せてどうする。あの子達を殺す気か。

 

 この声に、くるみさんがすぐさま反応した。まなさんの後方を警戒していた彼女が素早く身を翻し、前に躍り出て身構える。

 やがて、物理実験室から白衣を着た彼等が姿を現す。目が合った。向かって来る。当然だ。私が呼んだのだから。見知った顔。当たり前だ。同僚だったのだから。

 不用意に大声を出し、彼等を呼び寄せた。これは私の失態、私の責任だ。私が対処して然るべきだった。だのに私は、彼等にロックオンされたという事実に、明確に命を狙われているという恐怖に、瞬く間に震え上がった。

 怯んだ。動けなかった。バリケードを挟んだ反対側に居ながら、生徒達がまだ危険地帯に居ると分かっていながら、後ずさりこそしなかったものの、腰が引けてしまった。

 

 私の尻拭いをしてくれたのは、結局くるみさんだった。バリケードに組み付かれる前に、彼女のシャベルが彼等を屠った。だがその代償として、倒れ込んだ彼等がバリケードに衝突。硬い物――彼等の頭蓋が机とぶつかる激しい衝突音を廊下に響かせた。

 

「急げ!」

 

 素早くバリケードをよじ登ったくるみさんが、振り返ってまなさん達の方に手を伸ばす。

 それに合わせて、まなさんも動いた。彼女は背に庇っていた女子生徒を引っ張って、バリケード前にまで連れて来る。

 

「あ……え……?」

 

 私はこの時初めて、まなさんが後ろに誰かを連れていた事に気が付いた。呆気に取られた。生存者。その一単語すら浮かばなかったのだ。

 その間にも、彼女達は動き続ける。二人で協力して女子生徒をバリケードの上にまで引っ張り上げ、下ろす時は先行したくるみさんが飛び降りる彼女を抱き留めた。

 

「掴まれ」

 

 消耗しているのか、足元の覚束ない女子生徒。流石にバリケードの内側にまで来ると、顔もはっきりと視認出来た。柚村貴依さん。よくゆきさんと一緒に居る姿を見掛けた子だった。

 膝から崩れ落ちそうな彼女に、くるみさんが肩を貸す。その様子を見て、私も慌てて動いた。反対側の手を取り、二人で両側から抱え上げる。足が覚束なくても、これなら問題無く退避出来る。殿はまなさんに任せ、私達は迅速にバリケードから距離を取った。




原作四巻の遺書によると、めぐねえの授業再開、提案したのりーさんなんだってな


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