デュランに転生したから、本気でマナの樹を守ってみる (縁の下)
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第一章 序章
第一話 父を目指してみる


 物心ついたときには、自分のことについてはっきりと思い出せるようになっていた。

 

 17歳という若さで、草原の王国フォルセナ随一の剣士と謳われた青年。

 

 そう、聖剣伝説3に出てくる6人の主人公の内の1人、デュランになっていた。

 

 以前の自分については思い出せることは少ない。

 

 聖剣伝説3の物語についてや、かつての日本の文化などは、不思議と頭に思い浮かべることができるが、前世の自分に関する情報はまったくわからない。

 

 聖剣伝説3についても、デュランルートしかプレイしていないというちょっと曖昧な記憶なわけだが、世界が崩壊の危機に陥るって知ってるだけでも儲け物だと考えるべきだろうか。 

 

 さて、今の年齢は4歳。恐らくだが、17歳のときの剣術大会後に、紅蓮の魔道士が攻めてくるはず……。

 

 そのときの襲撃で生き残れる気がしないんだが?

 

 紅蓮の魔導師さんの舐めプで偶々見逃された感しかなかった記憶。

 

 だって瞬間移動みたいな真似するし。あのシュシュンってやつ。

 

 カッコいいけど、現実だと笑えないから困る。どうやって剣で斬りつけんのかって。

 

 ってか、あの魔法は何だって感じなんですが。

 

 ……やめよう。前向きに考えるんだ。

 

 でないと、こうして必死に木刀で素振りしてんのが馬鹿らしくなってくる。

 

「やってるな、デュラン」

「父さん、遠征は終わったの?」

「ああ、またしばらくはゆっくりできそうだ」

 

 声をかけてきたのは、茶髪のナイスガイ、黄金の騎士ロキ。

 

 後に竜帝と刺し違え、ドラゴンズホールの谷底に落ち、黒耀の騎士として竜帝に操られてしまう運命にある俺の父親だ。

 

 できることなら助けたい。

 

 しかし、良い手が浮かばない。そもそも戦いに行くときには、俺はまだ5歳だ。

 ウェンディが生まれて、元気にハイハイしてたのを考えると、誕生から8か月くらい。

 

 あと1年ほどだ……。今の俺にできることはほとんどない。

 

 いや、少しでもこの黄金の騎士から技術を吸収することだけか。

 

 どうしようもできない中で歯痒い気持ちはあるが、何もできないなりに足掻いていたい。

 

「父さん」

「どうした?」

「基礎だけでもいいんだ。剣を教えてくれないかな? 父さんがいない間にも、俺強くなりたいんだ。家族を守れるくらいに」

「……そうか。だが、お前にはまだ——」

「早くなんてない。1日でも早く、父さんを助けたいんだ」

 

 そうだ。俺は父をむざむざと死なせたくない。その慈愛に満ちた瞳に、ありったけの気持ちを込めて視線をぶつけた。

 

 家族を残したことを最後の戦いで後悔させたくない。

 

 俺がいるから大丈夫だと、そう思わせたい。

 

 例え小さくても、ロキの息子であることに胸を張って父を送り出したい。

 

「少し見ない間にも、成長するものだな……。お前の覚悟、父はしかと受け取った。やるからには、息子であろうと手加減はせん。全力でついてこい!」

「はい!父さん!」

 

 

 

 

 

 4歳の身では、多くの技術を習得することが難しかったが、理論や知識は身体を動かす以外のときにも聞いて記憶していく。

 

 ゲームではあまり知的な面は少なかったが、デュラン自体の頭はかなり賢いらしい。これで知性と精神が低いとかどういうことだ……。

 

 それとも転生の影響だろうか。

 

 修行に明け暮れ、あっという間に1年が過ぎ、父との別れの日が近づいてきた。

 

 ウェンディが生まれ、家族の幸せを噛みしめていた頃から、竜帝の活動が街でも噂されるようになってきていたのだ。

 

 嵐の前の静けさというか、父が家を空けることは少なかったが、母のシモーヌは、そんな父を心配させまいと明るく振る舞っていた。

 

 原作のデュランよりも、子どもらしくなかったかもしれないが、剣の修行もこなしつつ、ウェンディの世話を第一にし、母への負担を減らすよう努めた。

 

 しかし、少しずつ母の病は進んでいるようで、最近体調が優れないようだが、そのことを隠している。

 

 父にこのことを話さなくていいのか?

 

 母は、わかっている。そのことを知れば、父が戦いに赴けないことを。原作知識などではなく、同じ家族として、仲睦まじい2人を見ていればわかる。

 

 俺は、2人ともを失いたくない。

 

 最悪、俺のことはいい。だが、ウェンディはどうなる。父も母の顔も知らないなんて、そんなことがあっていいのか。

 

 いや、なんとかしないと。

 

 

 

 それからまもなく、リチャード王子とともに竜帝退治へと旅立つ話が出た。

 

 母さんは、気丈にも何も言わずに見送るつもりだ。

 

「父さん、待ってください!」

「デュランよ。待つことはできん。多くの人々が、竜帝の悪事により苦しんでいるのだ。黄金の騎士として、私は王子とともに務めを果たさねばならんのだ」

「ならば、一つだけお願いがあるのです。どうか何も言わずに、リチャード王子と話をさせてください」

「王子と?」

「それが叶うのならば、父さんに私は、二度と我がままは言いません。騎士として、二言は無いと誓います」

 

 正確には、まだ騎士ではないが、この言葉はきっと父に届く。そう思った。

 普通の身分なら無理だろうが、ロキの息子で、そして、父はやれる範囲のことはやってくれるのだ。

 

 ……そういう真っ直ぐな父だからこそ、死なせたくないのだが。

 

「わかった。ならば、騎士として誓いを立てよう。シモーヌ、見届けてくれるか?」

「ええ、でもあなた、いいの?」

「王子も嫌とは言わないだろう。前から会ってみたいとは言っていたのだ。それに——」

 

 父は、真っ直ぐに俺の顔を見た。何て優しい顔をしているんだろう。

 

「デュランが騎士を志してくれることが、嬉しいのだ。まだ5歳だが、この子の意思は本物だ。親馬鹿だと、私を笑うかい、シモーヌ」

「ふふっ。なら、私も親馬鹿になるわね。見届ける証人となること、誇りに思うわ」

 

 な、なんだこの甘い空間は。

 

「2人とも、ちょっと恥ずかしいんだけど」

「すまないな、デュラン。さて、私はお前を王子に会わせることを約束しよう。代わりに、私からも頼みがあるのだ。聞いてくれるか?」

 

 俺に頼み?

 

 と、一瞬疑問が浮かんだが、この機会を逃すわけにはいかない。

 

「わかった。俺ができることなら」

「お前にしかできないことだ。デュラン。私が留守の間、家族はお前が守るんだ。ウェンディは、産まれたばかりで1人では何もできん。それに母さんも我慢強いが、こう見えて人に頼るのが苦手でな、心配なんだ」

「あなた……」

「だが、お前が守ってくれるというなら、私は心置きなく戦いに赴ける。どうだ、この父の頼みを聞いてくれるか」

「全力を尽くします、父さん」

「ありがとう、デュラン」

 

 

 

 

 

 リチャード王子との謁見は、出立の前日となった。翌日の国を挙げての盛大な見送りを前に、人々が湧き立っている日だ。

 

 フードを目深に被り、家のドアを叩いたのはリチャード王子その人だった。

 

「王子!護衛も連れずにお一人で来るなんて!」

「ははっ、ロキよ。これから竜帝と戦おうというものが、そう簡単にやられるわけがないだろう!それに、明日のパレードのことであれやこれやと準備が面倒になってな。逃げてきたわけだ」

 

 悪びれもなく豪快に笑って見せた彼は、ゲームのあの王様と同じにはあまり見えない。

 

 だが、立ち居振る舞いや、服から押し上げられた筋肉を見るに、ロキと肩を並べる強者であることは間違いない。

 

「リチャード王子、紹介いたします。この子が、王子への謁見を申し出た我が息子デュランでございます。将来、この国や王子のお役に立つと思っております故、お見知り置きを」

「ほお、まだ年端もいかない童だというのに、あの黄金の騎士ロキにそこまで言わせるとは……。なるほど、瞳の輝きはお主に負けず劣らず、良い面構えをしておるな」

 

 父はそんな王子の言葉に満更でもなさそうだ。俺も嬉しい。

 

 さて、喜んでばかりではダメだ。ここからが正念場だ。

 

「お褒めにあずかり光栄です、リチャード様。黄金の騎士ロキの息子、デュランと申します。この度は、私の願いを聞いてくださり誠にありがとうございます。無礼を承知で申し上げます。私と2人きりで話をすることはできませんか?」

「デュラン何を……」

「ほお、父を前にしていては話しにくいことなのか?」

「その通りでございます」

「いいだろう。ロキよ、しばらく席を外せ」

「——御意。デュラン、くれぐれも失礼のないようにな」

「わかってるよ、父さん」

 

 静かに退室した父を見送ると、王子が口を開いた。

 

「して、何用かな」

「王子、これから話すことは他言無用です。父にも黙っていていただけますか」

「……ふむ、男同士の内緒話ということか、懐かしいな。いいだろう、申してみよ」

 

 なんかここまですんなり過ぎて怖いくらいだが、5歳児の話だからと思われてるのかもしれない。

 

 実際はもっとヘビーなんだが。

 

「マナの女神様から、神託を受けました。信じていただくために申し上げますが、今のリチャード様には、フェアリーが憑いていますね」

「——!」

 

 リチャード王子は二重の意味で驚いただろう。

 

 しかし、これから話すことを、前世で知ったことだと言われても、妄想として一蹴されてしまうだろうし、何より父の顔に泥を塗ることになる。

 

 ならば、この世界で最も信仰の厚いマナの女神様からの言葉としてしまえばよいと考えたのだ。

 

 あの方が自ら下界に関わることなどないから、これが露呈することもないし、信じられる情報と一緒に話せば信憑性も増すからだ。

 

「なぜ、というのは先ほどの言葉通りです。続けます」

 

 父が竜帝と刺し違えて谷底に落ちてしまうこと。それから何年か後に一度は死んだ竜帝がとある魔道士のせいで復活し、父が竜帝に呪いで操られること。

 母が病を患っており、父に知られないように医者を手配しておいてほしいこと、さらに。

 

「古の都ペダンで、きっとデュランと名乗る青年に会うはずです。その者から何か有益な情報を得られるはずです。父は冗談だろうと笑い飛ばすと思いますが、無視せずに必ず会話に応じてください」

「まさか、マナの女神様はそこまでのことを見通せるのか?」

「フェアリーに聞いても答えは出ないと思います。今、私が話したことで未来が変わったかも知れません。馬鹿げた話かも知れませんが、リチャード様には母のことと、ペダンでのことをお願いしたいのです」

「……にわかには信じ難いが、フェアリーのことを知っていたのが何よりの証、か。まだ誰にも話をしていないのだからな。他に女神様はなんと?」

「武運を祈る、と」

「そうであるか。なぜ、フェアリーの憑いた我ではなく、其方に神託を授けたのか、という疑問はあるが……」

「……」

 

 で、ですよねー。

 

 やっぱり未来の英雄王相手では、苦しすぎたかな。

 

 でもこうする以外、方法思いつかなかったし。

 

 と、冷や汗が滝のように流れ出てきたところで、王子がふっと息を抜いた。

 

「きっと、そこにも我には思いもよらない、女神様のお考えがあるのだろうな。——安心しろ、其方の父も母も簡単に死なせはせん。だからそんな顔をするな、必ずロキを連れて戻ると約束しよう」

 

 そっと、温かな手が頭に添えられ、優しく撫でられる。

 

 そこでやっと自分の顔から強張りが解けたのがわかった。

 

「どうか、お願いいたします。リチャード様」

 

 

 

 

 

 出立の日の朝。

 

 家の入り口に立つ父の背中が遠くに感じる。

 

「シモーヌ、デュラン、ウェンディ、私は必ずここに帰ってくる」

「あなた、気をつけてね。約束よ」

「あーあー、パー、パー」

 

 まだ話ができないウェンディは、母に抱かれながら、無邪気に父へ手を伸ばしている。

 

 父がウェンディに視線を合わせ、その小さな手をそっと握った。

 

「デュラン、お前に言い忘れたことがあった」

「——?」

「この間、二度と我がままを言わないと約束したな」

「はい、忘れていません」

「それを聞いて思ったのだ。それではまるで私とお前の今生の別れのようだとな」

 

 そうか。そんなつもりはなかったが、今から竜帝と命懸けで戦う父からすると、そう思わせてしまっても無理はないかもしれない。

 

 それとも、そうなるかもしれないと予感したのか。

 

「……ごめんなさい、そんなつもりじゃ」

「わかっているさ。あのときした約束だがな、実はもうひとつ私からお前にお願いがあるのだ。デュラン、聞いてくれるか?」

「俺にできることなら」

「ありがとう。では、あー、その、なんだ。『二度と我がままを言わない』という約束を破棄してほしい。私が帰ったら、たくさんデュランの話を聞かせてくれ。ウェンディとも一緒に遊ぼう、母さんとデュランの好きなものが並んだ食卓を囲もう」

「父さん……」

「私は、黄金の騎士ロキは、そう易々と死にはしない。必ず、竜帝を倒し家族の元に帰ると約束しよう。だからデュラン、男として、騎士として、それまで家族を頼んだぞ」

「ああ、任せてくれ!」

 

 力強く返事を返した俺だったが、たぶん今の顔は泣き顔なんだろうと思う。

 

 父は優しく微笑んで、俺の頭をくしゃくしゃと撫でてくれた。

 

 大きな手だ。この手によって、これから世界は救われる。

 

 

 

 ただ、そのときこの偉大な騎士はこの世からいなくなってしまう。

 

 

 

 父の温もりが名残を惜しむようにそっと離れていく。

 

 彼の背中がはっきりと、何倍もの大きさに見える。

 

 子供の俺とは違う、大きな歩幅で、だんだんと遠ざかっていく。

 

 もう帰ってこないのだと、思わされてしまう。

  

「父さん!」

 

 気付けば叫んでいた。

 

 頭によぎるのは特訓の日々。笑顔で食事を共にしたとき。家族で眠りに落ちるとき。

 

 もう、家族がそろうことはないかもしれない。

 

 その背中に、父がきっと安心できるだろう言葉をぶつける。

 

 まだ伝えていなかった思いをぶつける。

 

 これが最後かもしれないから。

 

「父さんを、黄金の騎士を超える男に、俺は絶対になる! だから、何も心配しないで、思い切り戦ってきて! 俺が、竜帝なんかよりももっとずっと強くなるから、だから‼︎」

 

 ——安心してくれ

 

 建前ではなく、かけがえのない本音だった。

 

 涙があふれそうになるのをこらえて、父を見つめていた。

 

「いってくる。愛する家族たちよ——」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから半年後、父が竜帝と刺し違えて谷底に落ち、亡くなったことをリチャード王子から報告された。

 

 リチャード王子は、俺の方を見て何か言いたげな顔をしていたが、それ以上は何も言わなかったし、俺も聞こうと思うほどの気力がわかなかった。

 

 運命は変えられなかった。

 

 今以上の戦力を揃えるのは無理だったにしろ、ペダンで未来の俺に会えなかったのだろうか。

 

 何か装備を渡すなり、竜帝の弱点なり教えなかったのだろうか。

 

 何も竜帝を倒す助けになるものがなかったのか?

 

 それとも何かトラブルが起こったのか。

 

 ——考えても答えが出るものでもない。王子に聞くべきだが、あれから何日も経ってしまったし、戦後のことで慌ただしい今、ロキの息子といえど簡単には会えないだろう。

 

 わからないことばかりだけど、一つだけ変わったことがある。それは、母の病が早い治療のおかげで治ったことだ。

 

 原作では父の後を追うように亡くなる未来だった。確かに父を亡くした衝撃は計り知れないが、身体を壊すことはなかった。

 

 それは大きなことかもしれない。とても嬉しいことだ。

 

 でも、たったそれだけ、とも取れる。

 

 今の俺にはこれだけしかできないと、初めて現実を突き付けられたようだった。

 

 未来を知っていても、力が無ければ何も変えられない。

 

 力が無ければ、竜帝を倒し、父の仇を取ることもできない。

 

 いや、竜帝を倒すのは『デュラン』だってやったじゃないか。母の運命を変えたように、もっと大きな力で世界の運命を変えてやる。

 

 そうだ。竜帝の好きになんてさせてやらない。

 

 

 

 マナの樹を守りきって、俺が世界を救うんだ——

 

 

 

 

 

 

 

 

 




需要があったら続きます。。


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第二話 未来の人の話を考えたけど、わけわからんから大事なことだけ覚えてみる


読む前にプイプイ草を準備しとこう。






 

 

 

 父の訃報を聞いて1ヶ月が経った。やはり、竜帝の手によって黒耀の騎士となってしまうのだろうか、と、そのことばかり考えてしまう。

 

 やれることをやろうと、家族の手伝いと修業を日課に生活する毎日だ。

 原作ではいまいちわからなかったが、騎士の家系であることから、毎月収入があったようだ。黄金の騎士の家の大きさは、周りと比べるとやや造りも立派に見える。

 

 もう少し大きくなったら、畑仕事に行く子どもや商人としての勉強を始めるものがいる中で、騎士の家系は剣術を修めるのがフォルセナの主流らしい。

 

 まぁ、うちには畑がないから、騎士として身を立てるしかないわけだが、原作の設定だと傭兵となっていたのがいまいちわからない。

 

 それはいいとして、今後の方針だ。

 

 まず、王子に話を聞きたい。ペダンや、最後の戦いのことだ。

 未来の俺は何を託したのか、それがこれからの旅に大きく影響するはず。

 

 それから、マナの樹を守ると決めた以上、原作を効率よく進める必要がある。

 

 つまり、早いうちから精霊に助力を請おうということだ。

 

 結局のところ、裏で暗躍していた敵が聖域の入り口を開くために、マナストーンの解放をしてしまうことが問題なのだと思う。そのせいで、世界のマナのバランスが崩れてしまったわけだから……。

 もちろん、神獣から力を取り込もうという一石二鳥も狙っていたことは間違いないだろう。

 

 とりあえずの方針は、奴らが動き出し、マナの大変動が起き始める前に出来るだけ精霊を集め、聖域に向かう準備をすることが大事かな。

 

 先にマナの剣を手に入れ、かつ、暗躍している敵を倒すこと、が勝利条件となるのだろうか。

 

 うーん、できるのか、それ?

 

 そもそもマナの聖域で敵が三つ巴でやりあったから、倒す勢力がひとつで済んだって考えることもできる。

 

 奴らが共闘することはないのだろうけど、それぞれ潰していくのは難しい。

 仮面の導師と、黒の貴公子だっけ。

 黒の貴公子はマナの剣がなければ復活しないから、こいつは問題ない。

 仮面の導師に関してはよくわからないんだよな。竜帝にやられるくらいなわけだが……。これに関しては手足のように動いている死を喰らう男を倒せばいいのか?

 

 たしか、ヒースというウェンデルの神官が死を喰らう男にさらわれるという出来事が、主人公の一人、シャルロットのプロローグにあったはずだ。それを阻止できれば、仮面の導師の企みを一つ潰せるかな。

 

 じゃあ、精霊集めと並行して、聖都ウェンデルへ向かい、ヒースに警告すること。あとは、ナバールがローラントを襲撃して王子をさらうのも阻止できれば、黒の貴公子側にも打撃になるか。

 

 残る問題だが、紅蓮の魔道士の方もなんとかしないとダメか。17歳の剣術大会までに、奴を倒すくらい強くなれるのかってとこだが。

 ラスボス前の敵にクラス1の強さでは難しいだろうな……。

 

 やはり、マナの剣を最速で手に入れる必要を感じるけど……。でも、フェアリーに選ばれなければマナの剣って抜けないわけで。

 

 前提として、マナの剣を抜かなけりゃ安全って考えは捨てた方がいいか。マナの剣を変質させるような力を持った奴らだし、手間をかければ剣を手に入れられる可能性だってある。

 

 あの聖域の戦いでそうしなかったのは、三つ巴の戦いのあと、すぐに主人公たちが来たからと考えることができる。

 

 自分たちが用意したなんらかの手段よりも、抜いた聖剣を奪う方が効率的だから、とか。

 まさか、邪悪な自分たちがマナの剣を抜くことができないという前提を知らないなんて話はないだろうからな。

 でなけりゃ初めからマナの剣を狙ったりなんかしないだろうし。

 

 あー!考えることもやることも多すぎ!

 

 ちょっと可能性を度外視して考えてみるか。例えば、最短はこんなんかな?

 

 紅蓮の魔道士と出会い、倒す。

 竜帝は力を取り戻せない。ドラゴンズホールにいるだろうから退治。

 死を喰らう男からヒースを助け、かつ、奴を倒す。敵陣営、動けなくなる?

 美獣をローラントか、火炎の谷で倒す、かつ邪眼の伯爵を火山島ブッカで倒す。

 敵陣営動けなくなる?

 

 うーん、あんまいい手じゃないか。そのあと黒幕がどう動くか予想できないし、どこに隠れてるかも知らないし。

 てか、やっぱり紅蓮の魔道士をそのときまでに倒す実力がつかないだろうから、破綻しているし、他にも突っ込みどころ多すぎ。

 何が最短なのか。って感じだわ。

 

 じゃあやっぱり、マナの聖域までは俺が入り口を開いてご招待からの、マナの剣は手に入れさせずに三つ巴をさせて、かつ、マナストーンに手を出させない。

 

 これかな?

 

 あれ、てかこれしかなくない?

 

 三つ巴で潰しあって一勢力になったあと、仮にマナストーンを放出されて、神獣退治をしたとしても、マナの剣は抑えてるから超神化されることもないし……。

 それに、聖域への扉が開いたら、剣を手に入れることが最優先になるから、マナストーンの解放もいったん中止するんじゃないか?

 

 あとはフェアリー誘拐さえ回避すれば、有利な状況になるはずだ。

 

 ということはやっぱり、マナの剣まで最短を目指すのがベストか。

 あとは各地の精霊が素直に力を貸してくれるかどうかだな。

 

 うーん。

 

 

 

 

 

 

 そんなふうに毎日頭を悩ませていたある日、リチャード王子がなんの前触れもなく訪ねてきた。

 

 そんなにほいほい城を空けて大丈夫なのかと思わなくはないが、以前よりもやつれた顔つきに、深刻そうな表情で現れたこともあり、俺の緊張感も高まる。

 

 戦後のごたごたをいったん落ち着かせてきたって肌で感じる。というか、察する。

 時間がないのか、挨拶もしないうちに王子が切り出した。

 

「デュランよ、少し2人で話がある」

「は、はい」

 

 母は複雑そうな顔をしていたが、俺は大丈夫と一声掛けて、母はウェンディを連れて二階へと上がって行った。

 

「お礼を言うのが遅くなりましたが、殿下のお気遣いのおかげで、母の命が救われました。本当にありがとうございました」

「……よい。まさかもうすぐ6歳になるだけという童に、そのようなことを言われるとはな……。ロキもさぞかし将来を期待したことであろうに」

「……そんなことは」

 

 しまった。不意のことでちょっと言葉に詰まってしまった。

 失言と思ったのか、咳払いをすると王子が言葉を切り出した。

 

「今日来たのは、デュランが聞いたという神託のことだ。あの日、ペダンで確かにお前のいう『デュラン』に会った」

「本当ですか⁉︎ その者は、一体何を話したのか、教えてください!」

「うむ。まぁ、いろいろあってな。その者から、お前への伝言を頼まれていたのだが、落ち着いてから折りを見て話そうと思っていたのだ。内容はこうだった。『全ての仲間を集めろ』、それから、『常識に囚われるな』、最後に何のことかはわからぬが、『俺のルートは失敗だった。向かうべきはペダンではない、主人公はお前だ』と」

 

 は?

 

「俺のルートは失敗だった、とは?」

 

「わからぬ。が、そう話した後に、まるでそこに誰もいなかったように忽然と姿を消してしまった」

 

 いや、おいおい、失敗だった原因は何だったのかわからんとまた同じ失敗をするだろ!未来の俺何してんの!

 

 報告、連絡、相談のホウレンソウをちゃんとしてくれよー!

 

「ほ、他には何かありませんでしたか?」

「それ以外はない」

「そうですか……。では、父は『デュラン』を見て、なんと?」

「——いい面構えをしている、まるで息子の成長した姿のようだ、とな。そのあとで、デュランはこの剣士を超えるだろうと、笑っていたよ」

「父がそんなことを……」

 

 それも未来の俺なんだけど、それを更に超えろって、なかなか無茶を言ってくれる。思わず笑みがこぼれてしまう。

 

「ハハッ、さすがに嬉しそうだな。お前が笑うのを見られると我も嬉しいぞ」

「すみません、少し、いや、だいぶ嬉しくて」

「……あれは、お前の未来の姿か、いや、未来のお前が何らかの力であの場に居合わせたのだろう?」

「それは——」

「よい。それもマナの女神のお導きであろう。目的は、父の死を食い止めるため、か。しかし、向こうのデュランは、我らに策を与える前にお前への伝言を残して消えてしまった。きっと、その行動にこそ、意味があるはずだ。父の死よりも、もっと重大な真実が、な。それを考え続けるのだ、デュラン!」

 

 そうか。そうかもしれない。意味がない行動をするはずがない。

 たぶん、一周だけでは無理なことが起きたんだ。だから、俺は父を救うことよりも、この周期を生かす道を選んだ。

 あるいは父を救う道はなかったからかもしれないけど、そのことを考えるのはやめよう。

 

 運命の賽は投げられたのだ。

 

「——我の話はこれで終わりだ」

「貴重なお話をありがとうございました」

「時が来たら、そうだな、お前が旅に出るときには必ず我に相談に来るのだ。女神の神託により、いずれそうなる日が来る予感がするのだ。そのときまで腕を磨けよ」

「——御意。必ずや殿下の前に参ずることを約束致します」

 

 こうして、王子との二度目の邂逅を終えた。

 王子がさっ、とフードを目深にかぶって人混みに消える。身のこなしもそうだが、気配を消すことにも長けていることにさすがと思わずにはいられない。

 

 さて、大事な話は聞けたが、考えることが多いな。

 一個一個懸念事項を潰していくしかない、か。

 

 『全ての仲間を集めろ』ね。その発想はなかった。思えば全員がクラス3になれるような逸材なわけだし、父や王子もきっとクラス3のロードかパラディンであろうことは想像できる。最後の敵と戦うのに、そのくらいの戦力が必要になるってわけだ。

 

 それに仲間にしていいのが3人って制限もないからな。

 

 『常識に囚われるな』ってのは、よくわからないが、原作知識に囚われすぎるなって意味にも感じられる。俺から俺への伝言だから、普通の意味であるはずがない。たぶんそういう意味であろうが、何に対してなのかは推測していくしかない。

 

 仲間集めにしてもそうだからな。常に疑っていこう。

 

 ただ、問題は3つ目だ。

 『俺のルートは失敗だった。向かうべきはペダンではない、主人公はお前だ』という言葉。

 

 まず失敗とは何を指す?

 

 俺の目的はマナの樹を守ることだ。単純に守りきれなかったと考えるべきだろうか。

 

 だが、作中でペダンに行くタイミングは闇のマナストーンの場所を特定するときのはずだ。

 そのときにペダンに行っていては遅すぎる。だから、向かうべきはペダンではない、と言いたいのか?

 

 しかし、それでは自分で間に合わないことがわかっていて、ペダンに行ったことになる。急いでも間に合わないことがわかっていたから、あえてペダンに寄ったのか?

 

 それとも全てが終わったあとにペダンに行ったのか、かな。そのときは次元の歪みがギリギリ繋がっていた、とか。

 

 あー!わからん!答えがわからんから余計もやもやする。

 あと失敗って何をだよ!

 

 仕方ない、他のワードから推測してみよう。

 主人公はお前だ、というのは、ラスボスが竜帝となることを指しているのだろうか。

 それとも、そうなるようにフラグを立てろということか?

 でないと失敗する、という意味を込めているかもしれない。

 

 あっ、そうか。

 

 前提として、闇のマナストーンの場所を聞くためにペダンに行ったんだ。

 主人公は俺。だから、ガラスの砂漠に闇のマナストーンは現れ、三勢力の内、竜帝が最後に生き残った。

 だから、向かうべきはペダンではなく、ガラスの砂漠、もしくはドラゴンズホールということ。

 失敗だった、はペダンに寄ることの時間のロスを言っているのか。

 それとも、父を助けられなかったことなのか。

 

 うーん。でも生き残った勢力がどこだったかは、マナの剣の騒動ではっきりするよな。三つ巴がうまく起きればだけど。

 

 そう考えると、もしかして俺、マナの剣奪われたんじゃないか?

 その失敗のことか?

 

 そこから予測すると、俺はペダンに寄らないでドラゴンズホールに直行するだろう。神獣のことは放って、まず竜帝から片付けるはずだ。わざわざ超神化させる理由がないからな。

 でも、これを伝えるってことは、すべての結果が出た後だろうし。

 

 んんっ?わけわからんな。

 ってか、答えにいたる材料少なっ!

 

 何でこんな回りくどいことをしたんだ、と思ってしまうところだが……。

 リチャード王子に全てを話しても伝えきれないと思った可能性が高いか。

 これから死闘をする人間に悠長にこの先の未来を話しても信じてはもらえないと判断したのだと思う。

 

 あとは、——そうか。

 

 それを話していなくなったってことは、たぶん、この伝言が俺に届く未来が確定したことで、『未来のデュラン』の未来と辻褄が合わなくなったから、か?

 

 ゲームではいきなりペダンからいなくなるような演出やイベントはなかったことからもそんな予想がつく。

 つまり、もっと具体的な話をしようとしたが、出来なかったって感じかな。

 さすがだな、未来の俺。ギリギリのラインで情報を伝えようとしたわけだ。

 

 でもぼやっとしすぎだけどね!

 むしろ失敗した不安が押し寄せてきてるけどね!

 

 ただ、確実なのは、未来が変わったってことか。

 ここからが成功になるか、失敗になるかは未知数だってことだ。

 

 より良い未来になるか、それとも最悪な未来になるか。

 

 まぁ考えても答えは出ない。切り替えよう。

 心に留めておくことは、マナの剣を手に入れて、奪われないこと。ペダンに寄る必要がないこと。

 だろうか。たぶん。

 

 ペダンに行かないことで生じるタイムパラドックスがうんぬんとかは、考えない。この人生が全てだからな。

 ただ、もしも父を救う道があるなら……。

 いや、やめやめ。忠告に従う方針で行くぞ。

 

 まぁ、今後の方針に多少の影響はあったが、ひとまずは、旅立つ目処を立てないとな。

 各国を回れるだけの力、資金、時間、それから仲間にできそうな精霊のピックアップ、主人公たちの勧誘……などなど。

 

 はぁ、と思わずため息がこぼれた。

 

 前途多難、という言葉が頭を過ぎる。

 

「そういえば、未来デュランの話に食いつきすぎて、最後の戦いの話聞きそびれたな……」

 

 いや、今はまだやめておこう。王子にも、俺にも心の整理が必要だからな。

 

 神託の通りになってしまったと王子は考えているかもしれない。

 俺も、言わなければ違う結果があったかもしれないって、どこかで思ってる。

 

 聞けるようになったら、必ず聞こう——

 

 

 

 

 

 





自分でも書いてて混乱したから、読者も混乱のバッドステータスになったはず。
何のこと言ってたかはきっとおいおいわかってくる…予定。
草がない人ようにマーマーポトの油、まいときますね。パシャパシャ


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第三話 ちょっと早めに世界に飛び出してみる


母とのやりとり&陛下の独白(後半)







 

 

 

 毎日毎日、剣を振り続け、疲れては休み、また剣を振る。

 何度突きを放ち、幾度袈裟斬りをしたのか。

 手の平のマメはできては潰れ、めくれた皮膚が、赤以外に染まる日の方が少ない。

 

 しかし、決して無駄な時間などではなかった。父からの教えを忘れることなく、ただ愚直なまでに繰り返すことで、成長を感じていた。

 

 三十分と保たずに休みを入れていたものが、半日以上持続するように。

 か細く、小さかった手は、皮膚が剥ける度に頑丈に、剣の柄を安定して握り込めるほどに。

 そして、少年らしかった小柄な体躯は、15歳となった今では大人ほどまでにたくましく、力強さを感じさせるほどになった。

 度々剣の勝負を挑んでくる同年代の剣士を、勝ち負けを繰り返した末に、今では必ず返り討ちにする程度には実力をつけた。

 未知の土地への知識を仕入れるために、国立図書館へと足繁く通い、知識すら貪欲に取り込んできた。

 

 そう。全ては旅立つ今日のために。

 

 俺はペダンでの話を聞いたあの日から、原作の始まる二年前に旅立つことを決めた。

 

 理由はいくつかある。

 一つは、世界を周るためには、それなりに時間がかかることがわかったからだ。原作と違い、一日二日の距離では船旅で港町へ到着することができないと当たり前のことに気づいたのだ。

 

 ここから一番近い自由都市マイアまで行くのに歩いて二週間。そこから城塞都市ジャドまでさらに二週間かかるらしい。それだけで一ヶ月だ。移動だけでもこれだ。あっという間に二年経ってしまう。

 

 元の世界の地球よりも広くはないらしいことは何よりだが、だからといって、時間に余裕が生まれるわけではない。

 

 そして、全てを自分一人でこなすのは無理だとも判断した。

 

 なので、今回陛下(リチャード様が史実通り王となった)に、聖都ウェンデルの光の司祭へフォルセナからの遣いを出してもらう予定だ。

 

 王からの遣いと、一筆書いた書状付きだ。無碍にはしないだろうと思っている。

 その書状に、ビーストキングダムからの襲撃に備えることや、ヒースへの警告を書いてもらった。

 本当であれば直に俺が説明すべきだろうが、この件に関しては、光の司祭の判断に任せても悪いことにはならないだろうという希望と、旅の時間短縮などを考えての決断だ。

 優先順位をつけた結果ともいえる。

 

 じゃあ、俺はどこに向かうのかというと、目的地は二箇所だ。

 

 一つめは、風の王国ローラントだ。

 ここに決めた理由だが、風の精霊ジンのいる場所がはっきりしているからだ。

 これまた陛下からの書状を添えれば、風の回廊への入り方を教えてもらえるかもしれないし、俺自身は原作主人公の一人、リースに会って話をしておきたいと思っている。あわよくば、と考えていることもある。

 

 ……変な意味ではないぞ。

 

 二つめは、魔法王国アルテナだ。

 これも水の精霊ウンディーネの位置がはっきりしているからだ。

 

 ただ、寒い。氷壁の迷宮にたどり着く前に死ぬ可能性すらある。

 だが、マナのバランスが崩れ始める前なら、エルランドやアルテナがまだ女王の魔力によって、温暖な気候である可能性が高い。であれば、零下の雪原の攻略も多少マシなのでは、と考えている。そっちまで影響してるかはかなり微妙ではあるが。

 

 ただ、最悪なのは、行ってから港が閉鎖されることだが、アンジェラがエルランドからジャドに来れたように、それまではギリギリ港から船が出るであろうことも考えた。

 そして何より、ここは寒さの障害以外は何もない上に、紅蓮の魔道士の出現が判断できることが決定打となった。

 

 紅蓮の魔道士のことだが、ドラゴンズホールへの出入りを、陛下に見張ってもらえるか聞いてみたことがある。だが、竜帝を倒したとはいえ、竜種の多い危険地帯であることは変わらず、兵士を駐留させるのは難しいとのことだった。

 

 世界の危機の要因になる可能性でもあるが、国に忠誠を捧げた兵士をむざむざと死地に送りたがるわけもない、ということだろう。それに、生半可な戦力では現地の魔物相手に駐留などできはしないだろうし、並の兵士でそれができるなら父の捜索を陛下が諦めるはずもない。

 

 それ以上はどうしようも無かったので、紅蓮の魔道士は十中八九現れるだろうと思って、行動することに決めた。

 

 魔法を使えない奴がどうやってドラゴンズホールまで行き着いたのかは原作で語られていないため、もしかしたら現れないのでは、という淡い期待もないことはない。

 だが、竜帝の精神体が、偶然ドラゴンズホールに行き着いた魔道士の心を見透かし、自身の死体まで導いたのでは、という推測もできる。

 もしかしたら、それすらも偶然ですらないというところまで考えてみた。だとしたら、竜帝の存在はまったく侮れないと思った方がいいだろう。

 

 とにかく、精神体と呼ばれるものが、どこまで現世に干渉できるかはわからないが、幽霊船に本当に幽霊がいるような世界だ。竜帝ほどの存在が、それくらいのことをできてもおかしくは無いだろう。

 

 話を戻すが、以上二カ国を巡ったらフォルセナに帰国するくらいの時間になるのでは、と予測した。

 少し余裕を持った予定になるが、あとは原作と似たような旅路になるかもしれない。

 

 ちなみに、他の精霊について。

 月の精霊ルナも場所は月読みの塔だとわかっているが行けないのは獣人の強さが未知数だからである。

 慣れない森で、人間を憎む獣人に囲まれたら、さすがにひとたまりもないだろうしさ。無理して死にたくは無いという判断だ。

 なので、森に慣れているケヴィンを仲間にしてから行く予定だ。

 

 土と光はジュエルビーストとフルメタルハガーと戦いになる可能性がある。これも一人では極力戦いたくない。

 原作の一年前くらいに食べられていたんだっけ?

 それとも、直近の時期だっけ?

 とか曖昧なこともあるが、何より今の時期だと見つけられない可能性の方が高い、というのが判断の理由だ。

 食べられた頃に助けに行こうと思う。

 

 ……ちょっと考えがゲスいけど仕方ない。

 

 ああ、木の精霊ドリアードはランプ花の森にいることは分かっているが、シャルロットがいないと花畑の国ディオールでエルフから情報を聞けないだろうから、除外する。

 そもそもドリアードがいる道への目印が金の女神像ですらないのでは、と疑っているところだし。

 というわけで、シャルロットがいることが必須条件となる。

 

 火の精霊サラマンダーに行かないのは、時間の都合だ。精霊の位置がはっきりしていることは、アルテナと同様だが、片道が長くなる分、帰りの時間が減ってしまうことを考えた。

 

 であれば、紅蓮の魔道士の出現を確認する方に天秤が傾く。

 その存在の有無で今後のことを一から考え直す必要もあるし。

 何より、紅蓮の魔道士が単独で攻めてくることが確定したなら、早めに帰国し、陛下を守る必要もあるだろう。

 

 ——たぶん俺よりも遥かに強いだろうが。(陛下)

 

 まぁ、守りを固めさせるためにいると思えばいい。

 

 と、いろいろ考えたわけだが、これがベストな方法ではないんだろうな、きっと。

 もっと早くに旅立てば、とも思うかもしれないが、1人で旅をする自信がなかったことや、ウェンディのことがある。

 家にいるのだから、身の安全は保証されているが、今までは父親代わりだったこともあり、10歳になるまで待とうと考えたのだ。

 

 父との約束もあったしな……。

 

 そんなこんなで、今日ようやく旅立ちの日を迎えた。家族との別れも先ほど済ませた。

 長い下積みを終え、ここから更なる下準備をしていくわけだ。

 考えていたとおり、陛下からウェンデルとローラントに書状を書いてもらうことができた。

 途中マイアとバイゼルの別れ道である黄金街道までの間は、ウェンデルへの遣いの人と時を同じく過ごすことになるわけだが——

 

「おい、何で俺様が、ライバルであるお前との旅なんかに付き合ってやらんとならないんだ?」

「ブルーザーか……」

 

 この選抜は間違えていないだろうかと、少しだけ陛下を疑ってしまった。

 

 ここ数年勝ち越し続けて、他の同年代剣士からは勝負を挑まれることはほとんどなくなった。

 しかし、こいつだけは例外だ。

 あの若手剣術大会で決勝戦を争うことになるブルーザーだ。

 旅支度もバッチリと終え、王国兵士に支給される鎧兜を着込んでいる。

 

 普段であればムスッとした不機嫌顔が拝めるわけだが、今日は兜からくぐもった苛立ち混じりの声が聞こえてくるだけだ。

 

「これから王国の騎士となろうって奴が、任務を果たした後に悠長に旅に出るだなんてよ。いい身分だぜ、まったく」

「お前、悪態をつくのは構わないが、陛下の勅命だからな。このこと報告したら、次に陛下に会う前に首と胴がさよならしちまうが……いいの?」

「なっ、脅そうってのか!」

 

 一応ローラントへは友好のための使者という体裁であるので、陛下からの勅命となっている。そのあとは世界を巡る旅に出ると、周りには伝えてあるのだが、どうやら気に食わないらしい。

 実際は、陛下に二回目の神託があった、という風に話をして協力を仰いでいるわけなので、勅命も形だけではある。

 マナの樹を守るためという途方もない話をよく信じてくれたな、と思うが、一回目のことと、ロキの息子であることが決め手なんだろうな。

 

「ははっ、冗談だよ。そんなに熱くなんなって」

「てめぇ……。ふんっ、まぁいいさ。黄金街道に着くまでに勝ち逃げしてる分をチャラにしてやるからな」

「お前、旅の最中もやる気なのか……」

「当たり前だろ。そのくらいやらないと、黄金の騎士のようにはなれんからな。てめぇより先に絶対に俺が次の黄金の騎士になってやる」

 

 ちょっと勘弁してくれよって、思ったところだったが、父さんの話が出るなら話は別だ。

 それに強くなる分には悪いことじゃないしな。いろんな地形で戦う経験も必要になるだろうから、今の俺にとってはさほど悪いことではない。

 陛下はそこまで見越していたってことなんだろうか。

 

 まさかな。

 

「まぁいいさ。何回連勝記録を伸ばせるか、楽しみだな」

「てめぇ言ったな!絶対負かしてやる!」

 

 俺たちはフォルセナの大門をくぐった。

 次にここを通るのは、ひとまずの目標を達成してからだ。

 

 気分的にはあのプロローグで流れるBGMが聴こえてくるような、そんな胸の高鳴りすら感じている。

 

 なんか、わくわくしてきたぜ!

 

「何感傷に浸ってんだ!早く行くぞ」

「まったく台無しだよ、お前ってやつは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————————

 

 

 

 

「デュラン、行くのね」

「ああ、母さん。これは決めていたことなんだ。今行かないと、絶対に後悔する。ほら、ウェンディもそんなに泣くなって」

「だって、だって……」

 

 グズグズと泣いている妹の頭を優しく撫でてやる。一時とはいえ、愛しい家族との別れを名残惜しく思う。

 

 父さんもこんな気分だったのだろうか。

 

「こうと決めたら曲げないところは、父さんにそっくりね……。いいわ、ただし、中途半端は許しません。あなたは、ロキの息子で、ウェンディの兄なんだからね。やるべきことをやり通してきなさい」

「ああ、ありがとう……」

「ウェンディのことは任せて、安心して行きなさい。あなたが思うほど弱い子じゃないわ」

 

 本人も必死に涙を止めようとしながら、こくっと小さく頷いた。

 この歳になるまで待って正解だったのかもしれないな。強くなったと思う。

 

「わかってるよ。あのさ、ひとつだけ約束してくれるかな?」

「なに?」

「俺が帰ってきたら、みんなで母さんのご飯を食べよう。旅の土産話をいっぱい聞かせるからさ、だから——」

「あなたが思ってるようなことはないわ。身体のことなら心配しないで、無理が出たら姉さんに頼るから」

「見透かされてたか」

「当たり前よ。あなたは、私の息子なんだから。——父さんの剣が、きっとあなたを護ってくれるわ。必ず帰ってくるのよ」

「にぃに、ちゃんと帰ってきてよ!」

「ああ、母さん、ウェンディ、行ってくるよ!」

 

 

 

「デュランの旅路に、マナの女神様の加護があらんことを」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————————

 

 

 

「まったくデュランのやつ、とんでもない要求をしてくれたものだ」

 

 デュランに二回目の神託がきたというのは半年前のことだ。

 まるで、これから起こることを見てきたかのように語るのだ。

 それが壮大な妄想とは思えないほど具体的であるし、何より余ですら知らぬウェンデルの神官の名を出されれば、あやつの今までの行い、立場を鑑みても信じざるを得ない。

 

 何せ、ペダンでの一件もある。本当に起きうることを見てきたのやも知れん。

 

 とにかく、デュランのいう世界の危機を回避するためならば協力を惜しまぬと決めた。

 

 だが、心配もある。

 

 聖都ウェンデルへの書状なら、友好の意味でも何の問題もない。あそこは絶対中立を貫いているからだ。

 

 ただ、風の王国ローラントか。お互いに交流はあまりないわけだが、果たしてどの程度信じてもらえるか。

 

 デュランは同年代と比べてかなり聡い子ではあるが、国家間にある複雑な事情まではさすがに知らないだろう。

 

 ことさら、マナストーンに関することなど、国家の存亡にすら関わる機密情報だ。それを一国の王が害を与える気など毛頭ないとはいえ、マナストーンの関わることに協力を請うなど、聞くものが聞いたら即戦争になりかねん。

 

 それを世界のためとはいえ、この英雄王に一筆書かせることの重大さをきちんと理解しておればよいが。

 

 まぁ、幸いジョスター王は温厚な性格で知られ、かなりの知性を兼ね備えていると聞く。即処刑という荒っぽいことはないだろうし、フォルセナとの戦争という不毛なことも起きないだろう。

 

 そして、もう一つの目的地アルテナ。

 あの国への書状は頼まれていないし、くれぐれもフォルセナの名を出さぬようにする、ということだ。

 アルテナとの間に何かが起こる可能性があるのだろう。

 恐らく、竜帝の復活に関わる魔導師関連で間違いない。が、最後まではっきりとは言わなかった。そのことに関わる情報を集めに行くという予想はつくが……。

 と、なれば、余の方からもそれなりの支援をしてやらねばな。デュランでは拾いきれない情報もあるであろう。

 

 ここまで考えて、ふと水差しに入った水をあおる。喉を通り抜ける温度はぬるかったが、様々な考えがめぐる頭を少し冷静にさせてくれた。

 

 王となり、できることも増えた気でいたが、まだまだ及ばぬこともあるものだな。

 

 しかし、荒事となろうともあやつならば、その難局も乗り越えてくれるのだろう。

 いや、それすらもあやつの予想の範囲内なのかもしれん。

 

 女神から選ばれた麒麟児、親愛なる友の息子よ。

 

「デュランめ、ますますロキに似てきたものだな」

 

 ふと親友の姿が頭に浮かび、思わず、笑みがこぼれた。

 

 

 

 

 

 





父さんのブロンズソードと取り替えていきな!

SFCでは2つあるけどリメイクではちゃんと取り替えて1つだけでしたよね。
あれ?記憶違いかな。自信はないけど確かそんな感じ(笑


ここまでお付き合いいただきありがとうございます。

思ったより読んでくれる方がいるみたいなので、
自分も楽しめてるうちはぼちぼち書いていきますね。
次からジャンプ間隔くらいを目処に更新予定です。


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第四話 大地の裂け目 & バイゼルで怪しい買い物をしてみる

 

 

 

 

 

 大地の裂け目といえば、あの底無しとも思える谷を思い浮かべ、かつ、印象深いのはゴーレム自爆イベントであろう。

 どちらかというと、人なんて全くいない閑散としたイメージをもっているかもしれないが、現実は、そこそこの交通量がある、ということ。

 

 まだ世界に魔物が増え始める前だからだろうか。それとも増えてはいるが、問題になっていないからなのかはわからない。

 

 吊り橋を何人かの商人が行き来しているのが見える。横幅はかなり広く、人が五、六人は並んで歩けそうだが、さすがに馬車で渡ろうとする無謀な者はいないらしい。

 

 あらかじめ待機していたキャラバンが、反対側にいるキャラバンと交渉して品物のやりとりをしている。

 それをせっせと運んでいるわけだ。

 

 フォルセナへの輸出入は、ここで行われていたというのは知らなかった。

 まぁ、バイゼルもマイアもフォルセナ領ではあるから、輸出入というと少し語弊があるかもだが。

 

 そんな吊り橋を、今は2人でゆっくりと渡っている。時折吹き付ける強風に橋と体が揺れるが、それに動じない体幹の修業と思いバランスを取る。

 

 というか、何か考えていないと体がすくみそうだ。

 

 初めての者はみなやるのだろうが、吊り橋を渡る前に手近な石ころを谷に投げ込んだのだが、着地音が全く聞こえないくらいに深かった。

 

 つまり、落ちたら終わりだ。

 

「うへぇ、ムシャ……この下に落ちたらいくら俺様でも……ムシャムシャ……助からないかもな」

 

 ブルーザーが商人から買ったばかりの干し肉を美味そうに頬張りながら、橋の下を覗き込んだ。

 やめてくれ、下を見ただけで身震いするんだ。他人のことでも気が気じゃない。

 

「ブルーザー、悪い事は言わないからもっと内によっとけ。ただでさえ重量があるんだからよ」

「へっ、ばあか、そんな簡単に俺様が落ちるわけが——」

 

 そのとき、一際強い風が吹いて、ブルーザーの体が体勢を崩した。

 

「ブルーザー!」

「ああっ!」

 

 瞬時に腕を掴んで引き戻したものの、先程まで手にしていた干し肉は、奈落の底へと落下していき、あっという間に見えなくなった。

 一歩間違えたらブルーザーもこうなっていたかと思うと、身も心も震え上がる瞬間だった。

 

 そして、こうも思った。

 

 俺、フラミーに乗ったら死ぬんじゃないだろうか、と。

 風のマナストーンだけは絶対に守りきろう。空中戦に剣士の出番はない。うん。

 

 気合い入れて守るようにジョスター王に進言せねば。

 

「俺様の干し肉……」

 

 このやろう……!

 

 

 

 

 

 大地の裂け目といえば、もう一つ確認したいことがあった。

 

「やっぱりここにもないか……」

 

 確認が済むと、すぐに落胆した。

 

 それは、女神像の有無だ。

 

 フォルセナ城にもないことから、その可能性を視野に入れていたわけだが、どうやらそういうことらしい。

 

 つまり、セーブなんてものはないし、女神像で回復しておこう、という発想もないってこと。

 

 当たり前だろって思うだろうが、これはかなり大きい。

 聖剣伝説3では、ほぼ必ずボス戦前には金の女神像で回復が可能だった。これで道中気にせず進んで行けたユーザーも多かったはず。

 消耗を考えながら先に進まなければならないなんて、もはや別ゲーだろう。

 

 ……もちろん、生半可な気持ちでマナの樹を守ると決めたわけじゃないが、難易度が一つ上がったことを再確認した。

 

 それともう一つは、ウィル・オ・ウィスプがいないと、ドワーフ村の入り口を見つけられないということ。

 

 光の屈折率を利用して、入り口を巧みに隠しているって言っていたが、そんなもん常人には全く見つけ出せない。

 俺には全部ゴツゴツした代わり映えのない岩壁にしか見えないのだ。

 片っ端から手探りしていくのも日が暮れてしまうだろうから、ウィスプを仲間にしてから、もう一度来る必要がありそうだ。

 

 まぁ、仮にノームが見つかっても、女好きの彼が、むさ苦しい男についてきてくれるかは微妙なこともあって、さほど落胆はしていないのが救いか。

 

「なあ、デュランよお。ここらで今日はキャンプにしようぜ。商人もいることだし」

「そうだな。……明日にはお前ともお別れだな」

「ま、そうなるわな」

 

 淡白な反応を返して荷物を下ろし始める。まだ、大地の裂け目を抜けきっていないため、屋根に困る事はない。

 商人たちの声や、そこらから明かりが漏れてきていることもあり、あまり不自由しなさそうだ。

 

「結局お前の旅の理由ってなんなんだ?」

 

 どさっ、と寝袋を広げてブルーザーが不意打ちのように聞いてきた。

 真剣に話す気があるのかないのかはわからないが、今まで何にも聞いてこなかったわりに気にしていたようだ。

 

「そうだな、いろいろ理由はあるが、一つは父さんを超えること、かな」

 

 マナの樹を守るのは、誰に課せられたものでもない、自分自身の目的だ。

 だけど、旅をする理由はそれだけじゃない。

 

「あの黄金の騎士を超えるってか?」

「ああ、そうだ。その為には世界を見なくちゃいけない。父さんはフォルセナだけで終わるような騎士じゃなかったんだ。きっと世界にもそんな人たちがいるはずだからな」

「そいつらに勝負でも挑もうってか。まったく、お前ってやつは。とんだ迷惑野郎だな」

「……いや、ブルーザーには一番言われたくないんだが?」

「はんっ、俺様はいいんだよ。そうだ、寝る前に最後の一戦、勝負しておくか」

「最後のって言うと縁起が悪い。まぁ、そうでなくても遠慮しておく……。明日からお互いに一人旅なんだ。余計な疲れを残したくない。それに」

「あん?」

「勝負は後にとっておかないか?」

「どういう意味だよ」

「俺はこの旅を2年で終えフォルセナに帰郷する。そして、そのときに開催される若手剣術大会に参加するつもりだ。そこでブルーザー、お前が勝ったら、今までの負けはチャラってことにしてやる」

「なんだとぉ!? それは、俺に今日の勝負を我慢させる方便じゃねぇだろうな!」

「違うさ。俺は楽しみにしてるんだよ。俺よりも先に黄金の騎士になると宣言した男が、黄金の騎士を超える予定の男とどんな勝負をするのかを、さ」

「…………」

 

 ブルーザーは原作でも『デュラン』と決勝争いをしたほどの実力者だった。つまり、若手の中では主力となる。

 あの紅蓮の魔導師と戦うのに戦力はあったほうがいい。それに原作とはだいぶ流れが変わってしまった。俺がフォルセナを離れたことでブルーザーが弱くなってしまった結果、紅蓮の魔導師のいいようにやられてしまうのでは困る。

 

 上から目線かもしれないが、ブルーザーには強くなって欲しいのだ。

 何より、父さんという同じ目標を見てくれているライバルだから、余計にそう思うのかもしれないな。

 なんかこの旅でちょっと感化されちまったかも。

 

「あー、あー! わかったわかった。2年後だな! てめぇ、1日でも遅れて不参加にでもなってみろ。その瞬間お前の負けだからな!」

「必ず間に合わせるさ。その間、俺以外の誰にも負けんなよ」

「けっ、誰にものいってんだ。お前の方こそ、俺様がギタギタにしてやるんだからな。魔物に食われて死ぬようなつまんねぇことになんじゃねぇぞ」

「まさか、心配してくれてんのか?」

「だぁー!うっせーな!ちげぇよ、てめぇやっぱ今から勝負するかー!」

 

 うるさい奴だが、悪い奴ではないんだよなぁ。

 

 

 

 

 

 翌日。ブルーザーと何の感傷もなく別れた俺は、1人での野宿にも慣れ、黄金街道を抜けた。

 

 途中数回ほどゴブリンに襲われることがあったが、危なげなく撃退することができた。モンスターを殺すことに抵抗がなかったことにも少し驚いたが、向こうから襲ってきた以上、慈悲はない。

 

 この程度のモンスターを苦戦することなく倒せるということは、原作的には今のレベルは10付近だろうか。

 

 もっとも、レベルやステータスといった概念が存在しない為、そんな推測はまったくあてにならない。しかし、こいつらに苦戦していたらクラスチェンジなど到底できないだろうから、そういう意味では多少のバロメーターにもなるだろう。

 

 さて、俺がやってきたのは、商業都市バイゼル。ブラックマーケットで探し物と、あることをしに来た。

 しばらく船旅になるだろうから、そんなに長居するつもりもない。ちょうど出るという明日の定期船に乗って、パロへと向かうつもりだ。

 

 夜。俺は宿泊する宿に荷物を置き、ブラックマーケットまでやってきた。

 入り口に立つ強面スキンヘッドのおっさんが鋭い眼光で睨みつけてきたが、なんてことなく受け流す。この程度の暴力に怯えるようなら、魔物と戦うなんて無理だし、まして世界など救えやしない。

 

「まだ坊主みてぇだが、肝が座ってやがる。金はあんのか?」

「おっさん、誰に口聞いてんだ。金がない客がここに来るのか?」

 

 暗にコソ泥の類が紛れ込むのかと挑発してやる。

 

「はっ、生意気な野郎だが、金があるなら話は別だ。入んな。ただし、中で揉め事でも起こしてみろ。後悔させてやるぜ」

「……そりゃどうも」

 

 なんでこう、血の気の多い見張りなんだろうか。まぁ、別のVIP用らしき入り口では、へこへこしているこれまた強面2が見えるわけだが。

 

 かくして、無事に入場を果たした。

 屋内は中央の舞台が煌びやかに輝いているが、全体的に薄暗く、いくつもの布のしきりがあり、かなりの店舗が構えているらしいことがわかる。

 

「原作じゃあ、こんなに店なかったけどな」

 

 思わず呟いてため息がこぼれた。

 目的のものを探して店内をうろつくが、フードを目深にかぶった商人ばかりで、本当に後ろめたいことがあるような雰囲気だ。

 

 ブラックマーケットって、街の商人がそれっぽい名前で始めただけだなんていう、ゲームキャラのセリフなかったっけ?

 

 まぁアレを売ってる時点で、やっぱりそんなわけないかと思い直すわけだが。

 

 広い屋内ではあったが、だいたいの店を回ることができたが、一番の目的の店はまだない。

 やがて、仕切られた空間の中でもより一層暗く、カビの生えたような床のある空間まで来た。かなり奥まっているから空気が悪いのか、それとも、この奥に存在するものから発せられるすえた臭いのせいか。

 

 正直、かなり臭う。

 

 そして、目的の場所、人物が見つかったことを悟る。

 幸いにして、どうやら目的のものを扱っているのはこの一件だけらしい。それは尚都合が良い。

 

「おい、商品について聞かせろ」

 

 威圧的に、殺気すら交えて低く唸るように尋ねる。

 この薄暗さでは、体格、表情からも俺のことは15歳には見えないだろう。ましてや、今にも剣を抜きそうな男が現れたら——

 

「へ、へい!なんなりとお申し付けくだせぇ、若旦那!」

 

 商人はへりくだり、媚びた顔つきで反応した。人を見る目はあるらしい。それとも、暴力の匂いを的確に嗅ぎつける嗅覚か。

 

「この奴隷の中に、自分を王子だと名乗る男児はいるか?もしくは、いたか?」

「お、王子?いえ、そんな奴隷は入ってきていやせんな。若い男をお求めなら、若旦那におすすめが——ひぃ!」

「黙ってろ、首と胴が離れてもいいならな」

「は、はひ」

「今からだいたい2年経ってから、もしここにそのような子供が来た場合、そいつを買い取りたい」

「は、え?」

「予約というやつだ。ただし、奴隷を仕込んで騙そうとしても無駄だ。前金はこれで足りるか?」

「こ、こんな額を!うちの奴隷を10人は買える値段でっせ!若旦那はいったい——」

「不服か?ならこの話は」

「めっそうもない!商談成立です若旦那!自分を王子だと名乗る男児ですな!他に条件は!?」

「……そうだな、ローラントにまつわる物も所持していれば、さらに今の額の倍の値段を支払おう。ただし、貴様が自ら手引きしたことがわかった場合——どうなるかわかるな?」

「へっへぇ!もちろんですとも!あっしは仕入れはしても、狩りをするようなそんな仁義には反しませんで!」

「なるほど。商人として最低限の誇りはある、と」

「もっ、もちろんです」

 

 奴隷商人にそんな誇りがあってたまるか。今すぐにでもこいつを手に持った剣で痛めつけてやりたい、そんな思いが出てくるのをこらえる。

 まったく反吐が出る。

 

「ならば、その商人の鑑であるという貴殿を信じることとしよう。俺の顔は覚えたな? 他に同じようなことを言ったり、俺の出した条件に当てはまる奴隷を買いたいという奴が出てきたとき、そいつがいくら払うと言っても必ずキープしておけ。その倍を支払おう」

「しょ、承知いたしました!」

「では、くれぐれも約束を忘れるなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つ、疲れた。これで仮にローラントの王子エリオットが売られてきてもなんとかなるかな。

 

 路銀をだいぶ消費したが、必要な出費だし、陛下からかなりの価値になる宝石類も賜っている。

 旅に大金を持ち歩きにくいから、『必要な分を売って現金化するといい』、という陛下のご配慮だ。

 

 商人に契約書を書かせたりすることとかも考えたが、そんなもの何の役にも立たないと気付いた。

 何せ真っ当な商売じゃないんだ。闇の商人に対して、信頼信用なんて意味がないだろう。

 それよりも、単純に金になるかどうかだ。あいつの目は、最初から最後まで、俺が金になるかそうでないかを気にしていた。もちろん、命も天秤にかけて考えていただろうが、それよりもどこに活路があり、金が生まれそうかを生き汚く見ている目だった。

 

 って、そんな大して深い闇を知ったわけでもない俺が言うのも何だけど。

 

 金になることがわかっているなら、エリオットを救える可能性が少しだけ生まれる。

 もっとも、あの商人にとって命の危機があればその限りではないだろうが。

 赤い目の男、邪眼の伯爵だったか。手段を選ばずに手に入れにかかるだろうか。その可能性は高そうだが、それよりも別の心配がある。

 

 その心配事——俺が考えている仮定の通りだとすると、今回のことは無駄骨、無駄金になるわけか。

 

 それは、王子を攫ったビル、ベンが、この世界で本当に王子を売り払うのかどうか。

 

 もともと、黒の貴公子が必要としているから手に入れたはず。ならば、わざわざ売ってまた買い戻す意味は何だ?

 

 考えられる流れとしては、最初は王子の存在はまだ必要ではなかった可能性だ。

 だから売って資金に変えた。

 しかし、その存在が後から必要であることがわかり、買い戻した。

 

 この推測の通りなら、俺の準備が多少は生きてくる。

 しかし、そうではなく、最初から王子もローラント襲撃の目的だったとするならば、売り払うなんて無駄な行動はしないだろう。効率が悪い。

 

 わずかな可能性としては、ナバールと邪眼の伯爵が表ではつながっていないから、そんな面倒な手間をかけた、ってのもあるか。

 いや、美獣にみな操られていることから、この可能性はほぼないか。

 

 はぁ。なんか悪い方にばかり気が回るな。

 しかし、打てる手は打っておいて損はないはずだ。前向きに考えよう。

 

 さて、最後の用事だ。もう少し、必要なものを買ったら宿に帰りますか——

 

 

 

 

 






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第二章 ローラント編
第五話 オカルト信者になってみる & 使者になってみる


 

 

 

 

 

 潮風が心地よく感じられたのも、船旅が始まって3日ほどぐらいまでだろうか。自分で歩いて旅をしていたときは、夜にぐっすり眠れないことを苦に感じていたが、航海の間は船酔いもなく、快適だ。夜も何に怯えることもなく眠れるし。

 

 しかし、一つ致命的なことを挙げると、退屈なのだ。釣りに没頭する船客もいるのだが、釣竿を持参することまでは頭が回らなかった。

 

 剣の素振りだけはしておこうと、甲板の邪魔にならないスペースで鍛錬をするくらいしかやることがない。

 

 ただし、水が貴重なためだいぶ汗臭くなってしまうのがきついんだよな。

 

 かといって、暇つぶしにどこぞの船室で行われる賭け事に参加するつもりもない。陛下から頂いたお金を無駄にはできないからな。

 

 必然、強くなることに時間を費やすこととなる。

 

 と、旅程も残り半分を切ろうというときだった。

 

 まさか、こんなところでこいつに会うとはな。

 

 造形は一般NPCと大差なかったから、容姿の印象は原作とだいぶ異なる。

 

 ひょろっとして少し不健康そうな顔つきをした青年が話しかけてきたのだ。

 

「どうも、幽霊マニアのマタローです。あなたは、幽霊信じますか?」

 

 いや、信じませんけど。

 

 日本ならマルチか宗教かと疑うようなセリフだ。間違いなく危ない人種と判断する。

 

 しかし、悔しいことに信じないけど、この世界には存在してることを知っている。

 

 ってことは、信じてるわけか……。

 

 なんか知りたくなかった現実を、一番言われたくない人から突きつけられた気分だ。

 

 世界の真実の一端をこんなヤバめな人が知っていることにもちょっと動揺する。

 

 それを知ってる俺って、同類?

 

 いや、いやいや。

 

 でももしかして陛下からそう思われてるんじゃ——

 

 まぁ、今はそのことは置いておこう。

 

 マタローは、この時期はまだ幽霊船にいなかったんだな。どのタイミングから乗ってたのかは知らないけど。

 とりあえず、気付きたくなかった思いを述べておく。

 

「……不本意だけど、信じてるな」

 

 えっ、何そのパァーッて感じの笑顔。

 

「同士よっ!」

「いえ、違いますけど」

「共に幽霊になろうじゃないか!」

 

 全然話聞いてないし。何気に腕掴んできてて、振り解けないくらい力強いんですが。

 

 どんだけ理解者を求めてたってんだ。

 

 なんかずっとぶつぶつうんちく語り始めたし……。

 

 ってか、幽霊信じてても、幽霊になりたいとは一言も言ってない。

 

 あれ、でも待てよ。

 

 マタローは幽霊船で幽霊になる呪いにかかるわけだよな。

 

 ということは、こいつの足取りが追えれば、闇の精霊にたどりつける?

 

 というか現状では、俺がシェイドを見つけるには偶然幽霊船に乗り込むしかない。

 

 原作の流れではローラント奪還後のパロから幽霊船に乗るイベントがあるわけだが、そもそもこの世界でローラント奪還イベントが起きるのだろうか。

 加えて、そのイベント後のパロから幽霊船に乗り込めるかどうかは確定じゃない。

 

 もちろん、フェアリーの力でなんとかできるかもしれないし、運命とかってのもあるかもわからん。

 

 でも、そんな楽観視もしてられないだろう。

 

 打てる手は打っておくか。俺にはそれしかできないしな。

 なんか最近の合言葉みたいになってる気もする。

 

 まぁいい。マタローに会えたのは、かなりラッキーだ。

 

 そう思ったら切り替えてやることをやろう。

 

 未だにトリップしてるこいつに一番効果のある一言は——

 

「俺、幽霊になる方法、心当たりあるけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうデュランさん!おかげで良い船旅になったよ!」

「いや、こちらこそ、楽しかったです。見つかるといいですね、幽霊船」

「ああ!僕が幽霊になった暁には、同士である君を必ず幽霊にして見せよう!そのために僕は少しでも多くのネタを集めなくてはいけない!しばしの別れではあるけれど、幽霊になるまでに死なないようにね!アデュー!」

 

 ぶんぶんと腕がちぎれそうなくらい手を振って立ち去っていくマタロー。

 

 死んだら幽霊になるし、幽霊になったら死ぬんだけど、それは言ったら野暮なんだろうなぁ。

 

 まぁ、幽霊になっても死なない方法もあるからあながち間違いでもないか。

 

 マタローには、存在の情報だけは流して、幽霊船を見つけてもらうことにした。

 

 餅は餅屋。幽霊船は幽霊マニア作戦。

 

 俺のために幽霊船をしっかり探しといてください。

 

 あとは、その情報が俺のとこまでちゃんと届くのかという問題があるが、マタローに必ず見つけたらメッセージを残して欲しいことと、パロかバイゼルの宿屋に言伝するように頼んだ。

 こういうとき、この世界には携帯とかがないと不便だと思う。

 

 ——幽霊船見つけても、伝言残す前にのこのこ乗り込みかねない予感しかないが、考えるだけ無駄か。

 

 

 

 それはそうと、やっと着いたな漁港パロ。船旅が長かったせいか、まだ少し体が揺れているような感覚があるくらいだ。

 しばらくは海の旅は遠慮したい。

 

 パロの雰囲気だが、活気がある。当然、ナバールの支配は受けていない。平和そのものだ。

 

 そして、見上げるとそこには頂上が雲に覆われて見えない巨大な山がそびえる。

 

 とうとうローラントの真下まで来たか。

 まだ旅も序盤といったところだが、原作の場所を巡るのはちょっと胸が高鳴る。

 

「よぉーっし、いっちょ山登り」

 

 スンスンと鼻を鳴らす。

 

「——の前に宿でゆっくり風呂に浸かるか。ちょっとにおうかもだしな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天かける道。

 俺は朝露に濡れた木々や、そこらに生えた花に目を配りながら、せっせと登っていた。

 まだ登り初めて半刻も経っていないが、見渡す景色には息を呑む。

 

 きっとこうして多くの旅人が足を止めたのだろう。

 

 少しだけ目的を忘れ、その景色に魅入っていた。

 山に登りたがる人の気持ちを、ほんの表面だけ理解したつもりになる。

 

「さて、行くか」

 

 誰に言うでもなく、登山を再開する。口うるさいあいつがいたら、干し肉を食いながら、『さっさとしねぇと置いてくぞ!』とか、台無しになることを言うに違いない。

 

 少しだけ笑えてくる。

 

 

 

 

 山道は物資の運搬もあるからだろうか、比較的歩くのには困らなかった。

 道幅が広い分、魔物に襲われても対処できそうだが、今のところその気配もない。

 

 まだ魔物の動きは活発になっていないということか。

 

 こうして歩いている間にも商人とすれ違った。馬車はさすがにこの険しさでは利用できないからだろう。どの商人も歩き慣れているのか、ひょうひょうとした顔で下っていく。

 

 こっちをチラッと見て笑顔でうなずいた後、何事もなく通り過ぎていった。

 

 なんだ?と首を傾げたが、どうやら息が荒くなっていることを馬鹿にされたと気付く。

 

 騎士が商人にバテた顔など見せられん。

 むんっ!と気合いを入れて歩き始める。

 

 言い訳をさせてもらうと、長い船旅で体力が少し落ちていただけだい!

 

 しかし、船での移動後に毎回こうなると困るな。何か対策を立てないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝早くから登り始めて、現在日が沈みかけた時刻。これも修業と思い、休憩を挟むことなく一気にここまで上がって来た。

 

 かなりのペースで登ったような気もするが、商人とすれ違ったのは昼前くらいのときだけだった。

 

 ムキになっていたのは確かだが、昼食もろくに取らなかったせいか、お腹が空いている。

 息をゆっくりと吸って、吐いて。呼吸を整えてみるが、心なしかそんなに息苦しくもない。

 最初の息切れはあれか。ランナーズハイの前みたいな感じだろうか。長距離を長く走ってると途中から苦しくなくなるやつだ。

 それとも、高山トレーニングのつもりだったが、船旅でも意外と体力は落ちなかったってことかな。

 

 それから。途中、誰かから監視されているような気配を感じていた。

 

 気のせいだった、わけじゃないよなきっと。

 

 手を出して来なかったから、山賊ではなくローラント兵だったのだろう。さすがに城までの道をまったくの無防備にするわけもないことに思い当たり、少し安心する。

 

 ともあれ、何事もなくローラント城の前までたどり着くことができたので、深く気にしないことにする。

 

 確か、風の護りによって門以外から敵を寄せ付けないんだったか。

 

 守りには自信があるだろうが、仮にパロが占領され、食料の補給がままならなくなったら不利になりそうな気がする。

 

 それは今気にしてもしょうがないか。

 別にローラントと戦争しにきたわけでもないし、そんな対策を思いつかないほど馬鹿でもないだろう。

 

「さて、城の中に入れてもらえればよし。門前払いなら野宿か……。やだな」

 

 最近はベッドで寝ることが続いていたので、できれば野宿したくないなっていうわがままだ。

 

 ってかこの時間に訪問って、よく考えると失礼かな。

 

 いや、待てよ。そもそも俺はこの格好で合ってるのか?

 

 髪は原作デュランと違い、適当に短く切り揃えているから、多少はマシだろう。というか、原作のあの長さは旅には向かないし。

 

 ただ身につけているものが、あのザ・ファイターって感じの装備だ。インナーとして黒いシャツを着て、キルテッドレザーの胸当てと肩当てで動きやすさ重視の装備。頭には兜ではなく、ヘッドギアをつけ、額を保護している程度だ。

 

 うん、フォルセナからの使者感が0だな。

 

 それを思えば、ブルーザーの格好は暑苦しかったが間違いではなかったわけだ。

 

 ブルーザーめ。なんか腹が立ってきた。

 

 そもそも陛下がいっぱいくれた旅費って、この衣装代込みだったのかな。

 

 いや、でもバイゼルでの出費があったから、ここは準備できなくても仕方なくないか?

 

 ああ、仕方ないな。

 

 気持ちよく開き直ったところで覚悟を決めて、城へ続く橋に立つ衛兵さんに声をかける。

 

「夕暮れどきにすみません」

 

 2人いるが、どちらも女性だ。槍を持つ姿にも違和感がない。

 というか、隙がないな。こちらを油断なく睨みつけてくる。

 

「何者だ。行商の予定はもう終わったはずだが?」

 

 警戒心が一段階上がったのが分かる。

 

 やはり、時間と格好は大事だったかな。いや、大事ですよね、わかってた。

 

 それとも、今の感じからするとアポ無し訪問が問題なのか。

 

 ええい、気にしてもしょうがない!

 紳士的な対応で信用を勝ち取ってみせる!

 

 勝負だ、アマゾネス!

 

「——フォルセナから来ました、黄金の騎士ロキの息子デュランです。我が敬愛する英雄王、リチャード王より、風の王国ローラントを統べる偉大なるジョスター王へ、親書を届けに参りました」

 

 懐から準備していたフォルセナの国印が押された封書を見せると、衛兵の警戒していた顔が驚きに染まる。

 

「何分、旅慣れない者故、朝早くからパロを出たもののこのような時間となってしまいました。失礼であることは承知しておりますので、お目汚しとならなければここで夜を明かし、明日また伺わせていただくつもり——」

「な、何をおっしゃるか!すぐにお通しいたします!」

「えっ?いいんですか?」

「フォルセナの英雄王と言えば、世界を救った英雄です!その使者をないがしろにしたとあっては、ローラントは世界に恥を晒すことになります!さぁ、中へ」

「あ、ありがとうございます」

 

 えっ、陛下って、世界での扱いこんな感じなのか。

 あまりにもあっさりと通されたことに拍子抜けしてしまった。

 

 英雄王の呼び名は伊達じゃないな。

 いや、これ口に出したら不敬だから言わないけど。

 

 ってか、何。勝負だアマゾネスって。はっずいわ。

 目の前に人がいなかったらごろごろしたくなる恥ずかしさだわ。

 

 そんな俺の気持ちには気付かなかったのか、案内されるままに堅固な城門をくぐり抜けた。万が一にも侵入を許さないよう、城門前にもさらに二人兵士がいた。

 

 中は、意外と広い。というか、城のスケールがフォルセナとはまた違う。

 自然要塞とも言えるのだろうが、地形を生かした城の造りが、ここからでもわかる。

 もちろん、これはほんの一端に過ぎないのだろう。

 

 ほーん。と田舎者丸出しで城を眺めていたときだった。

 

 案内してくれた兵士さんが、ちょっと困り顔をしていることに気づき、赤面する。

 

「す、すみません。あまりの壮大さに呑まれてしまいました」

 

 思ったことを素直に口にした。

 初めての方は皆そうなります、と気を遣われたのか、さりげなく自慢されたのかはわからない。

 

「あの、先程パロから日を跨がずに登ってきたというのは」

「あ、はい。すみません、山には登りなれていなくて時間がかかってしまいました。商人の皆さんは苦もない様子で降っていったので、本当に感心しました」

 

 偽りのない本音を話してみる。ここまできたら今更だしな。

 

「……そ、そうですか」

 

 えっ、何その感じ。なんか引かれてない?

 

 こいつしょぼいなって思われたかな。

 

 いや、気にするな。これ以上恥をかくことがないと開き直ろう。

 

「本日は、デュラン様もお疲れだと思いますので、陛下への謁見は明日とさせていただきたく思いますが、いかがでしょうか」

 

 えっ。別に全然行けるんだけど。

 

 もしかして、気を遣われているのだろうか。

 

 いやでも、王との謁見だから、時間をもらって少しでも綺麗に見えるようにしておこう。

 

 というかいくら他国の遣いと言っても、そんな今日来てすぐにほいほい王様に会えるなんて話があるわけないか。

 

 王の尊厳にも関わるだろうし、あえて一日置くことで、どちらのメンツも保っているのだろうな。

 

 やはり、女性はその辺の忖度が上手いな、うん。

 

「はい。構いません。お気遣いありがとうございます」

「では、そのようにさせていただきます。客室を用意してありますので、本日はゆっくりお休みください」

「あー、重ね重ねありがとうございます」

 

 

 

 

 

 夕食は豪勢な肉料理が振る舞われた。一言でいうと、美味かった。あのから揚げみたいなのは何の肉なんだろうか。

 

 ま、まさかアレじゃなかろうな。

 

 いやいや。まさかね。

 

 用意してもらったお湯で、体を拭いて身なりを整えることもできた。

 さて、明日の謁見が本当の勝負だ。

 

 今日は、久しぶりの緊張で精神的にだいぶ負荷がかかったからな。気力を充分に回復させておこう。

 

 ふかふかのベッドで早く寝たいからとかではない。決して。

 

 それじゃ、おやすみなさい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————————

 

 

 

「——という事がありました」

「ふむ、報告ご苦労。下がってよいぞ」

 

 パロからこの城までを、わずか一日で登ってくる使者か。

 登り慣れた商人でさえ、一回はどこかで体を休めて二日かけて登る道のりであるというのに。

 初の登頂で、あまつさえ、疲れを微塵も感じさせないとは。加えて、歳も我が愛娘とそう変わらない、と。

 

 秘密裏に監視していた別の兵からも、一日で登ってきたことは報告が上がっている。見栄を張ったわけでもなく、ただ淡々と謙虚に事実を述べたあたり、誠実そうな印象も受ける。

 

「少し興味がわいてきたな」

 

 フォルセナからの遣いであるから、どんな用件かも気にはなるが、その人物に会うのは少々楽しみだ。

 

 おお、そうだ。

 

 娘のリースも同席させてみるか。

 他国の使者と交流する機会ともなれば、学ぶことも多かろう。

 それに、同年代同士、もしかしたら気が合うこともあるやもしれん。

 

 ……嫁にはやらんがな。

 

 

 

 

 

 




お気に入り登録、評価ありがとうございます。
四話から両方ともなぜか一気に増えて震えてます。
三話時点で、60件くらい登録いただいて喜んでたのに、いつの間にか190件に。。
プイプイ草でも震えが止まりません(笑)

感想もたくさんいただきありがとうございます。応援励みにさせていただいてます!ありがたや

いろいろ独自解釈とか、実は敢えて書いてないこととかありますが、今後ともよろしくお願いします。

次回リ○スが登場予定。


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第六話 王族に振り回されてみる

 

 

 

 

 

 翌日。

 気力も体力もマックスになった俺は、今現在ジョスター王の御前で、リース殿下と向き合っていた。

 

 玉座の間ではなく、もっと開放的な青空の下で。

 

 お見合いのような甘い空気などではなく、場に張り詰めた空気が満ちていた。

 

「デュラン様、準備はよろしいですか?」

「はい。いつ始めても構いません」

 

 リース殿下が構えているのは刃を潰した槍だ。当たりどころによってはかなりまずいことになる。

 

 こっちも刃を潰した両手剣を構える。

 

 長く艶やかな金髪に、どこまでも透き通って見える碧い瞳。まだ少女のあどけなさを残しているが、目鼻立ちが整った容姿は人を惹きつけること間違いない。

 

 まさか、原作主人公とこんな形で出会うことになるとは——

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少しだけ遡る。

 

 案内された部屋に通されると、立派に装飾された玉座に座るジョスター王と視線が合う。

 

 いや、彼は過去に負った傷のせいで盲目なはず。しかし、気配を確かに感じ取ったかのように俺の方を向いていた。

 

 その隣には、可憐な少女がこちらを窺うような顔をして立っている。

 

 あの二つ縛りの髪型、頭についた羽付きリボン。額にはあの緑の宝石はないが、しかし、王の隣にいるということは——

 

 間違いない、リース殿下だ。

 

 原作のような緑をベースにしたドレスを着ている。違いと言えば、上は白いブラウス、下はドレスの内側に白のスカート姿だ。

 さすがにあの胸元や足を大胆に晒した格好ではない。

 

「陛下。フォルセナよりの使者、デュラン殿をお連れいたしました」

 

 紹介とともに膝をつき、首を垂れる。

 

「うむ。下がっていなさい。デュラン、といったか。遠方から長旅ご苦労であった。昨晩はゆっくり休めたかな?」

「はっ、陛下の御心遣いにより、心身ともに充実しております。私のような者に過分なもてなしをいただき恐縮です」

 

 ほお、とどこか感心した様子を見せるジョスター王。

 

「聞けば、初登頂にも関わらず、パロからここまで一日で来たというではないか。フォルセナの騎士はみなそなたのように屈強なのであろうか?」

「はっ?いえ、その」

 

 ん?

 

 これは盛大に挑発されているのか?

 

 フォルセナの騎士が軟弱者であると、そう言いたいのだろうか。

 

「謙遜するでない。慣れた我が兵達でも一日で踏破できる者はそういない。なかなか見所がある、と言いたいのだ」

「それは……光栄です」

 

 褒められてたのか。勘違いしてたのも恥ずかしい。

 

 なんか微妙な顔になったかもしれん。

 

「陛下、早速ではありますが、フォルセナからの書状をお受け取りください」

「うむ」

 

 懐から書状をそばに控えていた案内役の女性兵士に手渡す。

 

 彼女は書状を開き、陛下の隣で静かに読み上げた。

 

「ほお、作り話にしては面白いが——しかし、無視するには少々具体的すぎる」

 

 さすがにリチャード陛下のようにはいかないか。

 

 当たり前だが、信頼関係がない。

 

 見ず知らずのものから言われて、鵜呑みにする方が国王としては心配だ。ある意味有能ともとれる。

 

 ローラントへの書状の内容はこうだ。

 

 まず、神託による未来への予言を授かり、ローラントへ警告を出したことだ。

 

 一年から二年後あたりに、ナバール盗賊団によるローラント襲撃があること。

 

 王子のエリオットを利用して、城の守りの要、風を止めさせる侵入者が現れること。

 さらに、その者たちにより、エリオットがさらわれること。

 

 また、風のマナストーンのエネルギー解放を狙って動き出す者たちがおり、そちらにも警戒する必要があること、だ。

 

 あとは、マナの減少による世界崩壊を防ぐため、俺が精霊を探しているから力を貸してほしいことも書かれている。

 

 うん。盛り沢山すぎてついていけないね。

 あっ、最初の方には友好を深めたいって書いてあるはずだ。

 

「そもそも、この話、神託を受けたというのがどうにも信じきれん。何かそれを示すような物があるのだろうか?」

 

 物か。物は当然ない。

 

 というか、神託を受けた証など聞いたことがない。悪魔の証明みたいなものだ。

 

 それともマナの女神様の聖痕でも刻まれるのだろうか。

 

 まぁ証はないが、ここで何かしら信じられる一押しができればいけそうか?

 

 神託を受けたのが自分であり、リチャード様の時のように、知っていることをそれっぽく話すか。

 

 いや、だが、これは諸刃の剣だ。神託と言えるような内容じゃない気もするし——

 

 ダメだ。迷ってる場合じゃない。疑われて終わるより、そう思わせない突き抜けた行動が必要。

 

 ここはGOだ。

 

「私が、マナの女神様より神託を受けた者です。具体的な証拠はありませんが、女神様より伝え聞いた話で良ければ」

「お主が⁉︎……聞かせてもらおうか」

「陛下の傍らにいらっしゃるリース殿下が今身につけていらっしゃるリボンは、亡くなられたミネルバ王妃の形見である、という話を知っていたら信じていただけるでしょうか」

「どうしてその事を!」

 

 リース殿下が食い気味に反応するが、ジョスター王は動じていない。もう一押しか。

 

「そしてエリオット様の誕生と同時に王妃様がお亡くなりになられたことも」

 

 動揺していたのはジョスター王よりもリースの方だったようだ。

 

 だが、これで信じられるのだろうか。

 

 どれも調べればわかる事だ。形見のリボンのことも一見信じられそうではあるが、城内から情報が少しずつ漏れたともとれる。

 

 逆の発想になるが、神託はこの際信じられなくてもよいと思っている。

 

 これらの情報を遠方にいるはずの俺が調べてきた、と取られてもいい。

 

 なぜなら、それだけの情報網があるのならば、やはりこの警告も全くの嘘とは考えにくく、何かしらの根拠があるように思えるから、だ。

 

 まぁそうなると、なんで神託なんて回りくどいこと言ってんだ?みたいなことにもなりかねないリスクはあるわけだが——

 

「——なるほど。嘘をついた様子はない、か。わかった。我はそなたと、そなたの王の警告を、国を守るために尊重することとする。また、ローラントはフォルセナとより友好的な関係になることに前向きである、とも」

「はっ。我が王もお喜びになります」

 

 これは、かなり上手くいったか。

 

 神託を信じたのだろうか。いや、半信半疑といったところか。

 

 しかし、フォルセナにローラントへの害意はないと判断したと考えられる。

 

 俺としては、まったくその通りだし、何も文句などないが、こんなに簡単でいいのだろうか。

 

「ただし、そなたへの協力に関しては条件をいくつか出させてもらおう」

「条件……ですか?」

 

 ですよねー。そんな楽なことあるわけない。

 

 いや、転生してからわかってたことですけどね!

 

 致し方ないが、協力してもらうためには条件を吞む以外にないだろう。

 

 というか、こっちから情報は提供したが、不確かな情報で国を惑わせたとも言えるわけで。

 

 これ、断ったら国際問題になるやつやん。

 

 拒否権は最初からないわ。

 

 というか、友好を結ぶ上で、どこまで条件呑めるかとか、陛下と何の打ち合わせもしてないよ。やばいよ。

 

 今さらだけど、リチャード様どんだけ俺のこと信じてるのさ。

 

 それとも逆に見放されてるのか⁉︎

 友好?どうせ無理無理って感じで。

 

 いや、陛下に限ってそれはないか。

 

 ってことは、俺の裁量でいいの?

 えっ、責任重すぎるんですけど……。

 

 思考の迷路にハマっている間、渋い顔をしていたのか、ジョスター王は朗らかに言った。

 

「なに、そう構えなくとも良い。一つは、我が娘リースと武を競って欲しい。この結果によっては、協力を取り消す可能性もある」

「なっ、お父様何を勝手に!」

 

 それ、そんな微笑みながら言うことじゃないです。

 

 なんか変なことになってきたな。

 

 リース殿下も急なことに大分取り乱してるし、陛下の独断なことは明らかだ。

 

 だが、俺にとっては好機でもある。

 

 もっと、食料輸出の関税がー、とか、兵士の駐留をー、とか、戦争時の協力体制についてーなどなど、そんなんかと思ったわ。

 

 そういう重さに比べたら、楽勝楽勝。

 

「私は構いません。それでジョスター王の信頼を得られるのならば」

 

 迷いなく言い切った俺に対し、リース殿下もどこか諦めた様子だ。

 

 その空気を感じ取ったのか、ジョスター王がニヤリと薄く笑った。

 

「さすが、騎士たる者として潔い!表に出て早速始めよう。二つ目の条件は、一つ目の条件をクリアした後に話すこととしよう。それでもよいか?」

「御意」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ということで冒頭に戻る。

 

 ジョスター王が何を考えてるのかはさっぱりだが、それでこっちの要求が通るのならば安いものだ。

 

 使者への扱いや、条件の出し方が普通の国同士だとやっちゃいけないような対応じゃね?とか思うけど、こっちも大概だから何も言わないことにしてる。

 

 というか分かりやすくて大変嬉しいくらいだ。

 

 しかし、この勝負思ったより厄介で——

 

「でやああ!」

 

 リース殿下の気合いの入った突きを両手剣でいなす。

 

 怒涛の連続突きに、防戦一方を強いられる。

 

 強い。

 

 たぶん、ブルーザーといい勝負だろうか。初見ならブルーザーは負けるかもしれない。

 

 突きをとことん極めてきたのか、攻撃の後の隙を見つけにくい。

 

 さて、そろそろ適度に反撃していくか。

 そう思った矢先だ。

 

「なかなか上手くかわしますね。これならどうですか!——風よ!」

 

 ゴウッと俺の周りを強風が包む。

 

「なに!」

 

 魔法?いや、必殺技⁉︎

 

 『旋風槍』か!

 

 強風で足が止められたところへ、目の前にリース殿下が現れる。

 

 馬鹿の一つ覚えのように、また突きだ。

 

 ただし、今回は体勢を崩されてる。

 まともに受け流せない。

 

 仕方ない——ちょっと本気出すか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————————

 

 急なお父様の申し出に戸惑ったり、諦めたりしながら、結局勝負を始めてしまった。

 

 フォルセナの騎士デュラン殿。私と歳はそう離れてはいないだろうけど、一国の王を前にあれだけ堂々としていられるなんて。

 それに神託の話も、驚きの連続だった。

 

 私が同じ立場で、同じことをしろと言われてできるだろうか。

 

 アマゾネス隊の隊長に来年からなるというのに、その覚悟も決まらない私が?

 

 きっとできないだろうと思ってしまう自分がいる。

 

 なんだかもやもやする。

 

 両手剣を構える騎士を目の前に、何を考えている!

 

 頬を叩き、勝負に集中しきれない自分を叱咤する。

 

 こういうときは思い切り体を動かすに限る。

 

 そう、ひたすらに突き詰めてきた槍技で、お父様の考えも、なんでもできそうなこの騎士も、全部全部吹っ飛ばす!

 

「でやああ!」

 

 何も考えず、とにかく速く。

 

 一撃一撃に渾身の力を込める。

 

 狙うは短期決戦。実力を出し切らせない内に、一気呵成に攻め立てる!

 

 相手に攻撃させる余裕なんて与えない。

 

 いける!

 

「——っ!」

 

 いなされた!

 

 押しきることができない焦りがチリっと首筋に奔る。

 

 決まると思った瞬間ですら、いつの間にか勢いを逸らされている。

 

 まさか、私の槍が負ける?

 

 ——そんなことはない。

 

 だったら破壊力を上げる!

 

「なかなか上手くかわしますね。これならどうですか!——風よ!」

 

『旋風槍』

 

 アマゾネスがこのローラントで修業を積むことで会得できる奥義だ。

 

 風のマナを集め、相手を風の檻に閉じ込める。

 

 そして、全力の一突きを叩き込む!

 

 ぐんっ、と自分の体が前のめりに加速した。

 

 狙いは腹部。相手も初めて見る奥義に目を見開いている。

 

 完璧に虚をついた。

 

 勝った。

 

 そう、確信した瞬間。

 

 ギィィンッ!

 

 鈍い金属音が響いた。

 

「——っ!」

 

 音とともに自分の両腕が振り上げられていることに気づく。

 

 なぜ?

 

 下から掬い上げられた両手剣の存在が目に映る。

 まったく見えていなかった。

 

 腕が今の一撃でビリビリと震えている。槍を手放さなかった自分を褒めてあげたい。

 

 そう思った瞬間。

 腹部に衝撃が襲う。

 

「かはっ!」

 

 耐えきれず、空気が口から漏れ出した。

 

 振り上げた剣を器用に持ち替え、体当たりの要領で柄の先端による強打が決まったのだ。

 

 それでも槍を手放すことはなかったが、衝撃で顔が地面を向いた。

 

 動けない。体がまだいうことをきいてくれない。

 

「終わりだな」

 

 剣が振り上げられた気配を感じる。ダメだ、避ける気力がない。

 

 ああ、この勝負、私の——

 

「姉様を殺さないでー‼︎」

 

 

 

 

 

 

 ————————————————

 

「エリオット……来ては、ダメ!」

「つっ!」

 

 振り上げた剣は寸止めするつもりだった。いつもブルーザーとやってるときもそうだった。

 

 そのつもりで振り下ろそうとした瞬間、小さな体が俺にぶつかってきたのを感じる。

 

 痛くも痒くもなく、むしろ動揺していた。

 

 えっ?なんで乱入してきた?

 

 まだ4、5歳くらいだろう、リース殿下と同様、金髪碧眼の将来イケメンを約束された男の子がいた。

 

 エリオット殿下だ。

 

 君を助けるために、俺は大金を支払ったわけだが、その仕打ちが体当たりとは。これは許されるのだろうか。悲しい。

 

 しかも、困ったことに場が硬直してしまった。

 振り上げられた剣が行き場を失ったので、ゆっくりと下ろす。

 

「姉様から離れろ!姉様、今のうちに逃げて!」

 

 太腿をボカボカと殴りだす始末。大した力なんてないが、それでも少しは痛い。

 

 側から見たら、これ俺が悪者?

 

 えー。

 

「……そんなに姉様が大事か」

「ひぃっ!」

 

 威圧したつもりはないが、そりゃ怖がりもするか。初めて見る男が剣を持って大事な家族と戦ってて、その知らない男に体当たりをしたわけだからな。

 

 膝を折ってエリオットの正面に向き直る。

 

「そんなに大事かって聞いてんだ。いいから答えろ。でないと姉様を酷い目に遭わせる」

 

 エリオットを押し除けて、再び立ち上がりリース殿下に剣を向ける。リース殿下もなんとか立とうとしているが、さっきのはクリティカルだろう。まだ無理そうだ。

 

「だ、大事だよ、だから姉様を殺さないで!」

「エリオット……」

 

 リース殿下はエリオットの必死な様子にじーんと来てしまったらしい。

 

 いや、いいんだけどさ。

 

 もう決着でいいのかな。

 

「だったら早く姉様よりも強くなるんだな。相手が俺でなければ姉様は死んでいた」

「う、うぅ。姉様より強くなんてなれないよ……」

 

 まだこんな小さいんだ。無理もない。

 だが、このままではダメだ。

 この性格を変えなければ、ローラントの運命も変えられない。

 

「そんなことはない。お前の心は誰よりも強い」

「ほんと?」

「ああ、そうだ。この場にいる誰もが、動けなかったときに、お前だけは姉様の危機に体を張って立ち向かった。それは、お前の心が大事なものを守るために強さを発揮したからだ」

 

 実際は御前試合と理解していたから誰も動かなかったのだが、そこは言うだけ野暮ってやつだ。

 

「僕の、心が」

 

 これからエリオットに降りかかる事を考えると、弱いままではいられない。彼の成長の為に、少々この場を利用して芝居をしてみたわけだが、少し話に熱を入れすぎてしまったかな。

 

 と、ジョスター王の視線が俺を射抜いた気がした。

 

 ん?なんだあの視線は。

 あっ。

 やばい。そうか。ついつい年下だと思って敬語を忘れていた——

 

 不敬罪。極刑。

 

 の文字が一瞬で脳内をめぐる。

 

 まだだ、まだ雰囲気で誤魔化せるはず。いや、誤魔化すしかない(反語)

 

「……そうです、殿下。これから先、どんな逆境に立たされてもその心を忘れないでください。あなたはローラントの王子なんですから」

 

 チラッとジョスター王の方を見ると、ニヤニヤと笑っている。

 は、腹立つな。さては分かってて、わざと威圧したな。

 

「そこまで!決着はデュランの勝ちでよいだろう。リースも文句はあるまい」

「……悔しいですが、完敗です」

 

 俺はその一言を聞いてほっと息を吐いた。

 

 冷や汗が止まんなかったぜ。別の意味でな!

 

 そんな俺の様子を知ってか知らずか、リースがゆっくり近づいてくる。

 

「あの、まだ無理に動いては」

「このくらいならもう大丈夫です。……それより、あなたは強いんですね」

「あ、ありがとうございます。殿下もかなりの腕前だと——」

「エリオット、おいで。私を庇ってくれてありがとう。でも、本当の戦いをしていたわけではないから安心して。無理をしてあなたが怪我をしなくて良かった」

「姉様……うわーん」

 

 リース殿下はエリオットをそっと抱きしめ優しく語りかけていた。

 

 何この空気。

 というか、リース殿下がしれっと俺を無視したんだが。

 

 一応他国の使者って立場忘れてないか。

 

「わはは、面白くなってきたわい」

 

 いや、楽しんでるのジョスター王だけですよ。

 

 

 

 

 






読んでいただきありがとうございます!
評価、お気に入りも励みになります。
ぽちぽち感想返しもし始めました。

さて、物語の方はしばらくリースのターンです。
ジョスター王が、ローラントを建国するよう神託を受けた、とかって設定があるようなんですが、今作ではスルーしています。。
これからもよろしくお願いします。


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第七話 天の頂に登ってみる

 

 

 

 

 

 衝撃的な御前試合を終え、一つ目の条件をクリアした。

 だがしかし、二つ目の条件もなかなか俺にとって厳しいものとなった。

 

「二つ目の条件だが、マナストーンの安置されている風の回廊に入れてやることはできん」

「……そうですか」

「まぁ、そう落ち込むでない。今は時ではないということだ。それにいくら友好関係を結ぶとはいえ、まだ時期尚早であるのはお主ならわかっているだろう?」

 

 そう言われると、何も言い返すことはできない。

 

 マナストーンが関わり、かつて世界中で戦争が起きたのだ。

 それを利用しようという者が現れれば、その人間の気質がどうであれ、簡単に一国王がマナストーンに近づけさせるはずもない。

 

 かといって、ここで引き下がるわけにもいかない。書状を届けて役目を終えては、本来の趣旨から外れてしまうからだ。

 

 本来の趣旨。そう、精霊探しだ。

 

 精霊のせの字も出ないくらいだから、忘れそうになるが、ここには登山に来たのでも、リース殿下と決闘まがいのことをしに来たわけでもない。

 

 ジンに会いにきたのだ!

 

 風の回廊に入れないということで、見つけられる可能性がぐっと下がったことは否定できない。

 

 ただ、ジンもマナストーンの近くにはいるだろうが、絶対にそうとは限らない。

 

 それにこうなることもしっかり予測済みだ。

 

 よほどのお人好しか、リチャード様に心酔しているわけでもない限り、これが一国王の判断として妥当なものだと分かっている。

 

 なので、代案もきちんと用意してある。

 

 というか、この考えがあるからこそ、ローラントに来る決め手になったとさえ言える。

 

「では、風の精霊ジンのいる場所に心当たりがあれば、教えていただきたく思うのですが」

「ん?うむ……風の回廊以外でか……あるには、あるが」

 

 口を濁している、ということはあまり知られたくないことだろうか。

 

 だが、たぶん予想通りだろう。

 

「天の頂、ですね」

「——そこまで分かっておるのか!」

「未来を守るためには、風の精霊ジンと、翼あるものの父の力が必要なんです。陛下、どうか私めに天の頂へ行くための許可をお与えください」

「…………」

 

 長い沈黙が場に降りる。

 

 これもダメか?

 

 やはり、原作通りが一番良かったのか?

 

 だが、そうすると多くの命を散らすことになったはずだ。結果的に、ここに来たことによって救われた人がいると信じよう。

 

 ジョスター王は、渋い顔をして黙り込んでしまった。

 

 ……仕方ない。ジンもフラミーも今は諦めるか。

 

 あー、しかし大幅なロスだ。

 

 計画の変更をしなければならないだろうし、ひとまず明日の朝には下山してパロで情報を集めることにするか。

 

 世知辛い。

 

「……この返答は少し考えさせてもらう。明日、また案内役を遣わす。ゆっくり体を休めよ」

「ぎゅ、御意」

 

 な、何!

 やばい、ダメだと思い込んでたからテンパって舌噛んだ。

 

 陛下のその言葉の後、案内役の人に促され素直に退室する。

 

 良かった。可能性が0でないだけマシだ。

 だけどなんか引っかかる感じではあった。何かあるのだろうか。

 

 分からないが、楽観ばかりもしてられない。もしダメだった場合の対策も立てねば。

 

 何せ時間は限られているからな!

 

 

 

 ————————————————

 

 

 

 翼あるものの父。

 まさか、そのことまで知っているとは。一体どこまでの知識を持ち合わせているのか、まるで測りきれん。

 

 ローラント王族とそれに近しい限られた者しか知らぬ話だ。

 

 それをローラントとは何の縁もない国から来た者に知る術などあるだろうか。

 

 いよいよ、本当に神託を受けたという話に信憑性が出てきたか。

 

 それにしては、まるで自分で見て知っていたかのようにも感じられる。

 

 マナの女神様が、事細かに様々な想定や、未来を話した、と言われれば納得せざるを得ないが。

 

 幸い、彼自身は善の者のように感じている。

 私の勘が正しければ、そう悪いことにはならんだろう。

 

「しかし、未来を守る、か」

 

 ローラントの行く末か?

 

 それともフォルセナか?

 

 はたまた彼自身のだろうか?

 

 目的が何なのか、予想がつかんな。

 

 しかし、手段から推測くらいはできる。

 精霊を探しており、さらに聖獣ときた。

 

 ——まさか。

 

 しかしだとすると、やはり。

 

 マナの聖域絡みか?

 

「……この私の判断が世界の分かれ目になるやもしれんとは」

 

 天の頂へ行く許可を出したところで、ジンに会えるとも、翼あるものの父に会えるとも限らない。

 

 何より、彼らに会えたとしても、デュラン殿を悪なるものと判断すれば、協力を拒否するだろう。

 

 それもわかっていながら、許可を出すには、あともう一押し欲しい。

 と、この玉座の間に人の気配が近づいてくるのを察知する。

 

 この気配は、リースか。

 

「お父様」

 

 やはりそうだった。普段よりも声が一段低く聞こえる。

 何か頼み事があるようだな。

 

「おお、リース。体の具合はどうだ?」

「大丈夫です。ご心配をおかけしました」

「そうか、それは何よりだ。して、何用だ?どうやら、何かを頼みに来たように思えるが」

「……お父様には隠し事はできませんね。実は、お願いがあって参りました」

 

 少しだけ躊躇うように間をおいて、愛娘は言った。

 

「——私を天の頂へ登らせてください」

 

 あともう一押しのピースが揃った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  

 

 ————————————————

 

 

 

「もう、エリオット。アルマの言うことを聞いて、良い子にしているのよ。すぐに帰ってくるから、ね?」

「いやだ!僕も一緒に行く!」

「ほらほら、エリオット様。ご無理を言って、リース様を困らせてはいけませんよ」

「やだやだ!姉様、行かないで!」

 

 早朝。門の入り口でかれこれ十分はこの調子だ。

 

 王が結論を保留してから待つこと一日。天の頂に登る許可が下りた。

 どんな心境の変化かは分からないが、俺にとってはありがたい。

 

 しかし、ここで条件の三つ目だ。

 

 リース殿下を同伴させること。彼女の指示には絶対に従うこと、だ。

 

 これは推測だが、所謂お目付役、監視といったことだろう。

 

 ジョスター王は、俺がジンを探していることや、フラミー(まだ名前はないが)と接触したがっていることをわかっている。

 俺が話した目的通りではなかった場合の備えだ。

 つまり、万が一、俺に彼らを害する意志がある場合を想定しての監視役といったところだろう。

 

 だが、分からないのはなぜその役がリース殿下なのか。

 

 いつの間に仲間フラグが立ったんだ?

 

 というか、監視役は予想してたし、来るのはライザという副隊長あたりかと思っていたのだ。

 今はまだ隊長かもしれないけど、まぁいい。

 

 実力はこの間の件で、俺の方がリース殿下よりも上だとジョスター王もわかったはずだ。

 

 なるべく怪我をさせないように気をつけられる程度に実力の差がある。

 

 そうなると力づくで、俺が暴走した場合止めることができないわけで。

 

 それに殿下だぞ。

 

 何かあったときに困ると思わなかったのか?

 

 いや、俺からは何もしないけどさ。

 怪我とか、万一の事故とか、そっちね。

 

 とにかく、ジョスター王の真意が読めない。

 

 それに、天の頂へは特別な許可を得た者しか入れないローラントの聖域らしいのだ。

 

 だから他の監視役はいないようなことも仄かしていた。

 

 それがブラフであることも考えられるか。

 

 そうだよな。

 一国の王女をつい先日、身元が保証されてるとはいえ、会ったばかりの男に何の保険もなく同行させるはずがない。

 

 よし、そこまで分かれば、やることは見えた。

 

 目的のものを探しながら、てっぺんを目指す。それから、国際問題にならないよう、リース殿下に怪我をさせない、無礼を働かない。

 

 うん、これだ。

 

 しかし、あのやりとり長いな。いつまで子どもの駄々に付き合うつもりだ。

 二人揃ってまごまごしおって。

 

 まぁ、ウェンディにもそんな時期があったからよく分かる。

 どこへ行くにも、にいに、にいにと引っ付いてきたからな。

 

 あーあ、ついに泣き出したよ。

 こういうのは言葉じゃないんだよな。もっと物理的にいかないと。

 

 さて、ここは兄歴の長い俺の出番だな。

 

「あの」

「デュラン殿、すみません。もう行きますので」

 

 リース殿下が焦ったようにエリオットを引き離しにかかるが、余計に強くしがみついている。

 

 無理に離して怪我をしても困るから、本気の力ではないのだろう。

 

 そんなエリオットに視線を合わせるように中腰になってやる。

 涙で目が真っ赤だ。

 

「エリオット。そんなに姉様と離れるのが嫌か?」

「ぐすっ……うん」

「そうか。まあこれでも食べろ」

 

 用意していたものを無理矢理口の中に押し込む。当然、害はない。

 

「な、何を食べさせたんですか!エリオット、吐き出しなさい!」

「……おいしい。甘くておいしい!」

 

 必殺、泣く子も黙るまんまるドロップ作戦。よく泣き止まないウェンディにも買ってやってたな。

 

 この世界では、傷の回復なんてそんなとんでも効果は見込めないが、旅の非常食として重宝されている。

 

 だから、量もそれなりに持ってきているのだ。

 

 王族でも子どもはやっぱり好きなんだな、飴。

 

 さて、ひとまず泣き止んだな。これなら落ち着いて話ができそうだ。

 ここからはお兄ちゃんモード発動!

 少しテンション高めの声と大袈裟なリアクション、これ大事。

 

「うまいかー!そいつは良かった。エリオット、兄ちゃんな、実はもっっっと甘くて美味いもの持ってんだ」

「えっ、ほんと!」

「ああ、本当さ。食べてみたいか?」

「うん!」

「そうかそうか。ただな、これはすごく貴重でな。なかなか手に入らないんだ」

「そうなの?じゃあ食べれないの?」

 

 すっかり甘いものの魅力にハマってしまったらしい。

 甘いものは大きくなるまでダメです!っていう家庭の方針だったらどうしよう、とか頭をよぎったが、今さらか。

 

「実は姉様には黙ってるように言われたんだが……」

 

 泣き止んだエリオットはリースから手を離している。

 チラッとリースを見て、少し距離を開けてもらい、いかにも内緒話をするように耳元に手を当てて囁く。

 

「この用事が済んだら、そのお菓子を姉様にあげる約束なんだ。姉様が出かけるのはエリオットにおいしいお菓子をあげる為なんだぞ」

「そうだったの!」

 

 パッと顔に明るさが戻る。あともう一息だな。

 俺はバッと両手を広げて大仰に頷いて見せた。

 

「ああ、そうさ!姉様がエリオットをおいていなくなるわけないだろ?それに姉様が強いことは知ってるな。だから、これ以上姉様を困らせないよう、良い子に待ってるんだ。お前は強い子だから、できるよな?」

「うん、できるよ!」

「よしっ、いい子だ」

 

 わしゃわしゃと頭を撫でてやる。

 

「お兄様」

「んっ?」

 

 いつの間にお兄様呼びにクラスチェンジしたんだ。

 

「お兄様の方が強いから、姉様を守ってね!」

 

 幼いながらも、俺の方が強いってことを分かってるんだな。

 騎士として、その願いを断れるはずがない。

 

「おう、任せとけ。姉様は俺が守るさ」

 

 その言葉に満足そうに笑うエリオット。そしてなぜかニヤニヤと笑う乳母のアルマ。

 

「い、行きましょう。デュラン殿」

「はい。案内をお願いいたします、リース殿下」

 

 俯いて表情は見えなかったが、リース殿下が少し笑っているような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————————

 

 

 

 パロからローラント城までは、広く踏みならされた道だったが、天の頂は、まさに登山道だ。

 

 時折、広い道に出ることもあるが、基本は人一人分の幅を登っている。万一、魔物と鉢合わせたり、空から襲われたりしたらかなりピンチだ。

 

 ここで戦うなら、斬りつける剣よりも、突きに特化した槍の方が戦いやすそうだ。アマゾネスの武器が槍なのも地形との相性もあるんだろうな。

 

「しかし、思ったほど魔物と遭遇しないものですね」

「ええ。こちらから意図して探さない限りは。定期的にアマゾネス隊が見回りをしていますし。もっとも、天の頂にはほとんど魔物が現れることはありません」

「そうなんですね」

「はい」

「……」

「……」

 

 ……俺、会話下手か。

 

 かれこれ出発してから二時間ほど経つが、交わした会話はほとんどない。

 

 出発したときは少し和んだ空気だったような気がしたんだが。

 

 なんか機嫌を損なうようなことしたかな?

 

 リース殿下とは御前試合くらいしか関わりがなかったけど——

 

 あ。めっちゃしてましたね。

 

 監視役とはいえ、なんかこう、もっとさ。友好的に接したいんだが。

 今から関係悪化させて、仲間になってもらえなくなるのは困る。

 未来の俺からの貴重な伝言を生かすために、ここは俺の全コミュニケーション能力を駆使して好感度を上げていくしかない!

 

 そうと決まれば会話あるのみ!

 

「「あの」」

「「あっ、何ですか?」」

 

 えっ。気が合いますね。

 じゃなくて、なんだこれ。

 

「すみません殿下。何でしょうか?」

「いえ、あなたからどうぞ」

 

 何このやりとり。ぎこちなくて居心地悪い。

 今だけはブルーザーがいてくれたら、と思ったが、あいつがいたらいたでさらにややこしいだろうことに思い至る。

 

「この調子だと、だいたい頂上まではどのくらいの予定ですかね」

 

 ローラント城から天の頂の頂上までは、一日かけて登る道のりだという。行って帰って来るだけなら二日の行程だが、目的が達成できずに留まることも考えて四日と考えている。

 そのための荷物もバッチリ準備してあるわけで——

 分かり切っているが、まずは必要な会話から広げていこう作戦!だ。

 

「そうですね。このペースなら予定通り行けそうです」

「そうですか」

「はい」

 

 はい、の流れはやばい。会話を殺しにきている!

 まだだ、まだ終わらんよ!

 

「……殿下は登頂の経験がお有りなんですか?」

「ええ、昨年の一度きりですが」

 

 おっ、いいぞ。

 

「そのときはどんな用事だったのか尋ねても?」

「……別に大したものではありません。これも神託に関わることですか?」

「えっ、いえ」

「そうですか」

 

 ちーん。ダメだったよ。

 

 神託に関わらないんだったら余計なこと話しかけてくんなよ感が半端ない。

 

 なんでこんなつんけんしてんのー。

 

 確か今時期は俺の一つ下、14歳だよな。あれか?思春期か?

 

 いや、この世界で、しかも王族だぞ。もっと精神的に早熟なはず。

 

 ってことはやはり、俺の不手際による会話ボイコットと考えるのが筋。

 

 不手際=御前試合勝利

 

 ここは謝っておくべきか?

 

 でも待てよ。勝ってごめんなさいとか、傷口に塩塗り込んで唾吐き捨てるようなもんだぞ。

 

 つか、さっき声掛けなきゃリース殿下から会話振ってくれてたのに!

 俺の馬鹿!

 

 うおーん、どうすりゃいいってんだ!

 

 

 

 そこからもんもんとしながら、そろそろ昼かと思った頃だった。会話がない空間に光が差した。

 

「風が変わりました。雨が降ってきます。あと少しで雨をしのげる場所に出るので急ぎましょう」

「あっ、はい」

 

 雨?

 空を見上げたが何の気配もない。真っ青な快晴といえるぞ。

 それに風もだ。

 相変わらず自分勝手にビュービュー吹いてるだけだ。変わった気配など微塵も感じない。

 

 そう思っていたが、余計なことは言わない。

 お口チャックが利口というものだ。

 ペースを上げたリース殿下に置いてかれないようについていく。

 

 ところが、間も無くして急に雲行きが怪しくなってきた。晴天だったのが一転、どこから現れたのか重い灰色の雲がもくもくと増え出した。

 

「もう少しです」

 

 後ろ姿を追いながら、思うことを尋ねた。

 

「殿下、よくこの天気になるとわかりましたね」

「風が教えてくれるので」

「へっ、ええ」

 

 そうだった。原作で風が泣いてるとか言ってたもんな。

 ほーん。とか思ってたけど、実際マジで分かるんだ。

 アマゾネスすげぇ。

 

 歩き続け、あと少しというところで、ついに豪雨が降り出した。

 休憩場所である小さい洞穴に到着したが、あと3分早ければ濡れずにいけたのにな、とか少し思ったが、これは仕方ないことだ。

 むしろ、あの判断がなければもっとひどいことになるとこだった。

 リース殿下に感謝しなければ。

 

「へくちっ。……すみません」

 

 リース殿下が身震いして、自分の肩を抱いた。御前試合のときの姿に上から外套を羽織っていたが、標高が高い上に濡れたこともあり寒そうだ。

 

「いえ、体が冷えてしまいます。火を起こしましょう」

 

 旅の経験から慣れたもので、ものの数分で火がついた。途中から、休息を見越して燃えそうな木を集めていたことが功を奏した。

 用意していた昼食を食べ終え、ぼんやりと二人で燃える火を眺めている。

 

 焚き火にくべられた木の爆ぜる音だけが洞穴に反響する。

 

 ここでいい関係なら、少しは雰囲気も出るだろうが、いかんせん気まずい。

 

 何か話題を——

 

「何も文句を言わないんですね」

「えっ?」

 

 焚き火に照らし出されたリース殿下の顔を見た。

 どこか拗ねたような、年相応な表情をしている。

 

 文句って、なんで?

 

「私が案内人では不安だったのでしょう?実際、こうして濡れてしまって、もう少し早く気付いていればこうはならなかったのに、って」

「いえ、そんなことないですよ」

「いいえ。だって、登頂の経験があるか聞いてきたじゃないですか。そう思ってなければ聞かないはずです」

 

 えー!あの会話裏目に出てたんか!

 だから怒ってたのかーい!

 

「いや、それはちが」

「それに自分より弱い者を当てがわれて、不服ですよね。あなたの方がずっと私なんかより強いですし。それにエリオットだって、あんな、あんな簡単に……」

「だーっ!もー、ちっがうわ‼︎」

 

 なんでこんなネガティブな感じになってんだ!

 なんか腹立ってきた!

 

「こっちはむしろ俺の用件に付き合わせて申し訳ないって思ってる!それに山登るのに武の強い弱いとか関係ないし、俺はさっき天気を言い当ててここまでちゃんと案内してくれて、すっげぇなって尊敬してるくらいだ!ほんとに助かってます!登頂の経験の話は、話題がないかなって思っただけで、ただ話がしたかっただけ……です」

 

 ぽかんと口を開けてこちらを見ているリース殿下。

 

 ああ、やってしまった。

 

 せっかくフォルセナの使者としてうまくやってきたってのに。

 

 というか、最近こんなに感情を発散させることなんてなかったのに。

 

 なんでだ?

 

 ま、もう関係ないか。ジョスター王の前だけは気をつけよう。

 

「あなたって、意外と口調が乱暴なんですね」

「はぁー。そうですよ、素の俺はこんな感じ。フォルセナの騎士が全員こんなんじゃないし、陛下に会えばすごさも分かる。だから勘違いしないでくださいよ」

「いえ、私はむしろ今の方が話しやすいです。少しだけ、あなたを身近に感じられるから」

 

 不意打ちのような微笑みに一瞬ドキッとした。

 いやいや。一国の姫だからね。ないない。

 

「それに、私もほんとはもっと話してみたいと——思ってました」

 

 えっ、なんでそんな恥じらう感じで言うの。

 そんなん惚れてま——

 

「私、ずっと同年代の友人が欲しいと思っていたので」

 

 ですよねー。わかってましたよ、もちろんネ‼︎

 何浮かれてんだって話ですよ。

 

 うん。

 

「私は今年14歳になりましたが、デュラン殿、さんは?」

「俺は15歳です」

「だったら、私よりも一つ上、ですね。確かにお兄様ってエリオットが言うのもわかります。お兄様って私も呼んでいいですか?」

「……お兄様は勘弁してください」

「あら?ダメでしたか?」

「ダメです」

 

 いろんな意味でね!

 なんかちょっと、ダメな感じする!

 

 いや、でもありかなしかで言ったら、なしよりのありか?

 

「ふふ、冗談です」

 

 まぁそうだろうな。だが、そんなお上品に言っても許さ……許す!

 

「雨、止んだみたいですね」

「そうみたいだな」

 

 なんか急に振り回されっぱなしだな。

 リース殿下が立ち上がり、入り口へと歩いていく。

 雲間から差した空の光が彼女を照らし出す。

 

「行きましょう、デュランさん」

 

 振り向きざまに笑顔を向けられ、つられて自分の表情もゆるむ。

 さっきまでのぎこちなさが嘘みたいだ。

 

「ああ、行こう」

 

 

 

 

 








お気に入り登録、評価ありがとうございます。
その他原作の週間ランキング6位に入っててびびりました。
感想も嬉しいです、ありがとうございます。

ちょっとストックがないのでチャージまで時間かかりますが、お付き合いください。
今回はリースが可愛く書けてれば○


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第八話 天の頂に登ってみる②

 

 

 

 

 

 雨上がりの登山は少々厄介だった。

 

 足元がぬかるむ中、ただでさえ狭い道を、滑落に気をつけながら進んで行かなければならないのだ。

 

 万が一の備えとして役に立つのか分からないロープを腰に巻きつけてはいるが、足元には細心の注意を払っている。

 

 長いこと歩き続け、夕暮れ時になろうという時間だった。

 

「そろそろ頂上に着きます」

 

 前を歩くリース殿下から、そんな声がかかった。

 

「やっと到着か……」

「恐らくですが、目にしたことのない景色が見られますよ」

「ここからでも良く見えるくらいだからな。そりゃ絶景なんでしょう」

 

 もう見慣れたと言わんばかりの返答になってしまったが、頂上の開けた場所に出ると息を呑んだ。

 

 夕陽に照らし出された雲海が視界いっぱいに広がったのだ。

 まるで自分の存在がひどく小さなモノに思えてくる。

 吹き付ける風を身に受けながら、頭の中が真っ白になるような感覚だ。

 これまでの景色ですら霞むほどの絶景。

 

 登山が目的ではなかったが、人生の中でこんな経験ができることに感動を覚える。

 

 マナの樹を守ることも忘れちゃいないが、人としての楽しみも大事にしたいな、なんて考えは捨てるべきだろうか。

 

「私も初めて見たときは、あなたと同じような顔をしていました」

「……すごく綺麗だ。なんていうか、言葉が出てこない」

「ええ。ずっと見ていてもきっと飽きることがない。だから、翼あるものの父もこの場所を好み、その翼を休めるのでしょう」

 

 そうか。そうかもしれないな。

 

 そもそもフラミーの巣は勝手に頂上かと思いこんでいたが、そうではないことに今更気付いた。

 

 もっと安全なところか、それともずっと上空を飛んでいるのかもしれない。でないと風の太鼓ですぐに駆けつけるなんて無理だろうし。

 

 まぁ、実際のところは結局わからないが。

 

「ジンは……いないか」

「風の精霊は気まぐれですから。御山の中のどこにでもいて、どこにもいないのです」

「なんだか謎かけみたいだな」

「そう言われるとそうですね、不思議な存在であることには変わりないでしょうけど」

「それは違いない」

 

 さて、しかしそれだとしばらく滞在することになるわけか。

 

 いくら景色がいいとはいえ、さっきのように天気がころころ変わったり、この寒さの中でずっと過ごしたりはしたくないのだが。

 

 それにもうすぐ日も落ちる。

 

 ふと、自身の足元、崖の下から黒い点が見えた。それがだんだんとこちらに近づいてくることに気付く。

 

「ん?」

「あれは——何かこちらに向かってきます」

 

 なんだ?

 

 まさか、あれは。

 

「デュランさん!ハーピーです、迎撃の準備を!」

「くそっ、期待させやがって!」

 

 素早く背中のバックパックを下ろし、ブロンズソードを構える。

 

 幸い、この場はかなり広い。ぬかるみがあることを除けば、端に行かない限りは二人で立ち回っても問題ないだろう。

 

 強いて問題点をあげるなら、ハーピーの強さがどの程度なのかってことくらいか。

 

「登山道で襲われなかったのは不幸中の幸いでした。帰り道や休息中に襲われてはたまりません。この場で必ず仕留めます!」

「ああ!」

 

「キエエエエッッ!」

 

 奇声を上げて現れたのは、やはりハーピーだった。青い翼を持ち下半身は鳥、上半身は腕が翼になっていることを除いて人間の女の姿をしている。

 凶悪に引き延ばしたような裂けた口から垂れる唾液に、巨大な脚のカギ爪が日に照らされ血のように赤く見えた。

 

 極め付けに、体は俺よりも一回りでかい。

 

「油断しないでください。あいつ、普通のサイズより大きいです!」

「みたいだな!」

 

 原作の中では主人公達とそう大きさは変わらないように見えていた。

 

 しかし、それよりも大きいハーピーというと、その差はなんだ?

 

 個体としての差か、それとも存在しないと思っていたレベルか?

 

 少なくとも、ただのハーピーってわけじゃなさそうだ。

 

「みたいだなって、戦ったことがあるんですか⁉︎」

 

 ゲームの中でな。

 

「……そんなことより来るぞ!」

 

 鋭く尖った鉤爪が俺に迫るが、ローリングでかわし、片膝をついて素早く体勢を立て直す。

 

 もう一撃来るか?

 

 すぐさまカウンターの構えをとるが、警戒したのかハーピーは空に舞い上がった。

 

「どうやらバカじゃないらしいな。どうする、殿下?」

「……空中では手出しできません。あいつが攻撃に出る瞬間にどちらかが仕掛けましょう」

「それしかないか。おらっ、こっちだ鳥野郎!」

 

 迷わずに俺自身をおとりにする。

 

 リース殿下に怪我などさせられない。

 

 アビリティが存在するなら、これが『挑発』になるだろうか。

 

「その羽根全部むしりとってやる!それとも俺様にびびってんのかぁ?」

 

「キエッ!ギエエアアア!」

 

 こわっ、叫び声が山に反響してやがる。並の心臓なら震え上がりそうな声だ。

 

「そっちに行きますよ!」

 

 ハーピーは空中で奇声をあげたかと思えば、狙い通り真っ直ぐに俺に向かって突っ込んでくる。

 

 でかい体のわりに速い!

 

 突っ込んでくる勢いをそのままに、すれ違い様に両脚の爪で引き裂いてくる。

 左脚は剣でさばいたが、右脚による蹴り上げが肩をかすめる。

 キルテッドレザーの肩当てが紙でも切るように軽く切り裂かれた。

 

「掠っただけでこの威力かよっ!」

 

 これはマジでやらないとやばいぞ。

 

「大丈夫ですか⁉︎すみません、タイミングを逃しました」

「大丈夫だ。もう一撃来たときは、もっと上手く流すさ」

 

「キャキャキャッ!」

 

 よほど嬉しかったのか、叫声を上げるハーピー。

 

「いつまで調子に乗っていられるかな。ほら、てめぇの一撃なんて痛くも痒くもないんだよ!」

 

 剣をぶんぶんと振り回して、腕が健在なことをアピールする。

 すると、ハーピーの顔付きが変わった。

 完全にターゲットを俺に絞っている。

 

「殿下、あの一撃をお願いします。生半可な一撃では、あいつを取り逃がしてしまう」

「ですが!それではあなたも巻き添えになります!それに、タメの時間が」

「任せてください。あいつを地上に足止めします」

「……いいんですね」

「時間がない。お願いします、殿下」

 

 奴が夜目が利くタイプかは分からないが、暗くなってからでは満足に戦えない。

 どのみちあいつが夜になって引くかどうかわからないんだ、時間は限られている。

 

「ギエエアアア!」

 

 二度目の絶叫。

 

 次は仕留めるってことか?

 

 いいぜ、かかってきやがれ!

 

 ————————————————

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 天の頂に登ろうとしたことには理由がある。

 

 それは強くなること、だ。

 

 単純だけど、自分の力の無さを試合に負けて気付かされた。

 

 決して楽をしてきたわけではない。

 

 慢心していたわけでもない。

 

 ただ、私は彼よりも弱かったから。そんな自分が許せなかった。

 

 ちっぽけなプライドです。

 

 アマゾネス隊の隊長に推薦されて、どうしようかと迷っていたのは、自分に絶対の自信がなかったから。

 

 ただ姫であるからなんじゃないか。

 

 そう思うときさえあった。

 

 周りはそんなこと何も言わないけれど、私にかけられた期待は重かった。

 

 それが、負けた。

 たったあの一回で私は、嫉妬と羨望を抱いた。

 

 なぜ、私と同年代なのにここまで強いのか。嫉妬だ。

 

 その驕らない姿がカッコよかった。羨望だ。

 

 私は強くない。だから、もっと努力するべきだ。

 

 そう、思ってしまった。

 

 だから、かつて一度だが修行した天の頂を修行場所に選んだのだ。

 並大抵のことをやっても効果は薄いと思い、一人で山に篭る覚悟だった。

 

 前回修行を積んだ時に、風のマナをより感じることができるようになったことも決め手だ。あの必殺技は実用的だが、まだ完成の域にない。

 

 お父様へお願いして許可は下りたが、それは私が望む形とは全然違った。

 

 ライザ辺りが一緒に来るだろう。そうしたらより修行効率があがると考えていた。

 

 実際には、私の対戦相手が共をするという。そして、私はその案内役となった。

 

 なぜ?

 

 風の回廊には入れないが、ジンを探すためだと言う。

 

 国政が関わる判断だと思い、致し方ないと諦めた。それに、彼とは話しにくいが、話をしてみたい気持ちもあった。

 

 だけど、勝負に負けた私で彼は納得するのだろうか。

 

 それに何というか、何を話せばいいの?

 

 いや、こういうとき、話をしない方がむしろいいのかな。

 

 ライザだっていつも寡黙な方だし。

 

 でも、愛想がある方がいいのかな?

 

 しかし考えてみると相手は同年代とはいえ、一国の使者だ。

 

 私が王女であるとはいえ、失礼があってはならない。それに、騎士ともなれば無駄な会話を好まない人の方が多いのかも——

 

 ここでまさか男性騎士との距離の取り方を考える羽目になるなんて。

 

 ローラントの女性兵士の割合が大きいことが裏目に出てしまった。

 

 そんなふうに悶々としてはいたが、結局はライザ式で行こうと決めて、出発となった。

 

 エリオットがあっさりと泣き止んで、あまつさえ、彼になついた様子を見せたときには、姉として少し、いや、かなり嫉妬したことは否めないけれど。

 

 悪人ではないと確信を持てた。

 

 何故だかちょっと安心して笑ってしまったのは許してほしい。

 

 焚き火を囲んで、少しだけ、そうほんの少し、彼のことがわかった気がする。

 

 思ったよりも、彼は友好的で、最初に思っていた人を寄せ付けない印象とは真逆だった。

 

 だけど、また一つだけ、許せないことができてしまった。

 

 なんでだろう。

 

 こればっかりはどれだけ理屈で考えても答えが出ない。

 

 

 

 

 

 

「殿下殿下って、私にはリースって名前があるんです‼︎」

 

 殿下って呼ばれる度に、彼との距離が離れていくような気がして。

 

 なんだかとっても——むしゃくしゃします。

 

「——風よ、ありったけの力を貸して!」

 

 彼を中心として風が渦巻き始めるが、加速を始めたハーピーの攻撃はすぐには止められない。

 

 まだ、まだタメ切れない。

 

 一体どうやって時間を稼ごうというの?

 

「っしゃあ、来やがれ!」

 

 手にしていた剣を地面に突き刺し、両手を広げた。

 

 そんな、嘘でしょ⁉︎

 

 あまりにも無謀だ。

 

 あの爪の威力を見た後で、武器を捨てる選択をするなんて。

 

 って、今更ごちゃごちゃ考えてる場合じゃない。

 

 集中してこの一撃に賭ける!

 

「俺を信じて出し切れ、リース‼︎」

「——言われなくたって!」

 

 何故だろう。

 

 名前を呼ばれただけだっていうのに。

 

 風が力強く唸っている。

 

 ううん、風が教えてくれる。

 

 これが『旋風』だって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








実は、一話が長くなりすぎたので切りました。

あと二、三話くらいでローラント編終了予定です。


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第九話 天の頂に登ってみる③





賛否ありそうな話になってしまった…
頭空っぽにして読んでください。







 

 

 

 

 

 

 武器を捨てたことでチャンスと踏んだのか、ハーピーが一直線に向かってくる。

 

 この手は二度は使えない。

 

 成功するかも五分五分だ。

 

 俺が耐え切れるか、奴が上手か。

 

 まさかこんなに早く命懸けの場面が来るなんてな。

 

「来いよ、鳥野郎‼︎」

 

「ギエエアア!」

 

 俺の真正面から向かってくる。

 

 成功確率が上がる。

 

 ハーピーが体勢を変えて蹴りの姿勢に入る。

 先ほどの両脚による引き裂きじゃないと読む。

 

 また成功確率が上がった。

 

 今が使いどきだ!

 俺は腰からあるものを掴み叫ぶ。

 

「いけ、魔法のロープ‼︎」

 

「ギュアアア!」

 

 勝手にロープが目標を定め、ハーピーの脚に巻きつき、攻撃を封じる。

 バイゼルで購入した怪しい品の一つだったが、うまく起動してくれた。

 一回こっきりしか使えないが、マナが込められた魔法道具で、目標の場所に結びつく性質を持つ。

 原作ではダンジョン脱出アイテムだが、この世界ではそんな便利機能はない。

 しかし、一回しか使えない割に魔法道具だからか値段はクッソ高い。登山をするから念には念をと思って買ったのが幸運だった。

 

 虚をついたことでハーピーの体勢を崩すことに成功する。

 

 だが、当然加速したものは急には止まらない。

 

「ぐっあああ」

 

 咄嗟にロープを引くことで鉤爪の向きを変えることには成功したが、奴の体を全身で受け止めることになった。

 

 予想外だったのは、まるでトラックかというほどの重さの塊の衝突に体が悲鳴を上げたことだ。

 

 鳥って飛ぶために軽いイメージだったが、違うのか。

 

 そんなどうでもいいことが頭に浮かぶ。

 

 ぬかるんだ地面を滑りながら、なんとか受け止めきったが数メートルは後退したかもしれない。

 

 だいぶ崖際に近づいてしまった。迂闊に足を滑らせたら終わりだ。

 

 万が一にも翼による羽根飛ばしをされないよう抑えつけたが——どうやら、準備が整ったようだ。

 

「今だ!」

「旋風槍‼︎」

 

 俺の周囲の風が渦巻く。

 

 あの日の威力とはレベルが段違いだ。暴れるハーピーの翼を風が切り裂いていく。

 

「逝きなさい」

 

 ハーピーの背中に槍が突き刺さった。貫通はしていないが確実に致命傷だ。

 

 素早くハーピーの体から離れ、リース側に回り込み突き刺さった剣を手に取った。

 

「ギョギギギ、アアア‼︎」

「まだ倒れないのか⁉︎」

 

 やばい、今やつが飛んだら——

 自分の腰に巻き付いたロープに意識が向く。

 

 考えるより先に体が動いていた。

 

 数歩の距離を瞬く間に詰める。

 

 無言で剣を袈裟斬りに振るい、奴の体を切り裂いた。

 

 声を上げることもなく、静かにその場にハーピーが倒れ込んだ。

 

「……倒したみたいですね」

「ふぅ、やれやれ。危なかったな」

 

 死ぬかと思った。全身が軋むが、自業自得と言わざるを得ない。

 

 剣で捌くほどの技量がなかったからこんなことになったのだ。

 

 修行が足りない。

 

 だが、この戦いで得たものはあまりにも大きい。

 俺の中にあった強さに関するある仮説が、一つ真実に近づいた気もしている。それはこれからの戦いを大きく左右するものだと思う。

 

 さて、魔法のロープを回収しておこう。一回こっきりとはいえ、ロープはあって困らんしな。

 手早く回収し、リースに向き直る。

 

「危ない!デュラン‼︎」

 

 えっ、と気付いたときに振り返ると、ハーピーが立ち上がっていた。

 

 こいつまだ生きてたのか⁉︎

 

 今度はこちらが虚をつかれた。

 

 体が硬直している。

 

 奴が脚を蹴り上げようとしているのが視界に入った。

 

 ロープが外れる瞬間を待っていたのだ。

 

 まずい。

 

 足に動けと命令を送るが、鉛のように重い。

 せめてもの抵抗と剣を体に引き寄せようとしたときだ。

 

 小柄な体躯が、風のように飛び出してきた。

 

 リースが槍ごと体当たりを仕掛け、ハーピーの体に激突したのだ。

 

「グギャアアア‼︎」

「落ちなさい!」

 

 ぐんっ、と一押しを決めて、ハーピーの巨体が遙か崖下へと落下していく。

 

 不意をつかれたが、リースのおかげで大事には至らずに済んだ。

 

 油断大敵だな。

 

「デュラン、無事ですか」

「あ、ああ。助かったよ」

「それなら良かっ——」

 

 ぐらりとリースが傾いたかと思うと、下へと下がり始めた。

 

 いや、地面がなくなる⁉︎

 

「リース‼︎」

 

 咄嗟に伸ばした手がなんとかリースの手を掴んだ。

 

 ぬかるんだ地面が今の踏み込みの衝撃と急な負荷で崩れたのだ。

 

 リースの体が宙に投げ出される寸前の行動だったわけだが、俺の体勢もなかなか悪い。

 

 剣を手放して飛びつくような格好になったせいか、地面にうつ伏せで、腕だけを崖下に伸ばしてリースの右手を掴んでいる状態だ。

 

 リースは状況を察したのか、それとも瞬間的な判断か、槍を捨てて少し身軽になっていた。

 

「リースッ、大丈夫か⁉︎」

 

 くそっ、体がギシギシと悲鳴をあげてやがる。

 

 ここで踏ん張れなくて何が騎士か!

 

「ええ、なんとか。デュランは……」

「大丈夫なら、早いとこ登ってこれるか?」

 

 引き上げたいが、周囲につかんでいられるものが何も無い。

 万一、引き上げようと無理をすると、二人とも真っ逆さまになる可能性が高い。

 

 この不安定な地面にしがみつき、リースが登ってくるまで耐えるしか無いのだ。

 

 ああ、くそっ!

 

 魔法のロープを使うんじゃなかった!

 

 じゃなくて、せこい真似なんかせずにきちんとハーピーの生死を確認すべきだったのに!

 

「ごめんなさい。どうも左腕が上がらないの。さっきの体当たりで肩を痛めたみたい」

 

 顔から血の気が引いていくのが分かった。

 

 槍は咄嗟の判断ではなく、握っていられなかったのか。

 

 この状況で都合よく助けなんてないことは明らかだ。

 

 リースに登るだけの力がないなら、俺が引き上げるしかない。

 

 更に悪いことは続く。

 じくりと地面にしがみつく左腕が痛みを訴えてきたのだ。

 

 さっきのハーピーの爪。キルテッドレザーだけでなく、肩まで切り裂いていたようだ。

 

 それとも体当たりを止めたときにあの硬い羽で切れたのか?

 

 わからんが、今頃になって血がじわじわと出てくるなんて。

 

「デュラン、まさか腕を」

「心配するな、かすり傷だ。すぐに引っ張り上げてやる」

 

 一か八か、俺の力があるうちに、ぬかるみを気にしないで引き上げるしかない。

 

「……デュラン殿」

「なんだ。今忙しいから後にしてくれ」

 

 リースの声が硬い。こんな状況で、この人が言いそうなことなんて一つしかない。

 

「これは命令です。手を離してください。このままではあなたまで」

「はっ、落っこちるってか」

「そうです。私たち二人が戻らなければ、フォルセナとローラントに致命的な溝が生まれるかもしれません。そうなっては本末転倒です」

「それは俺だけ戻ったって変わらない」

 

 ああ、ちくしょう。少しずつ腕が痺れてきた。

 

 これ以上はマジでやばいぞ。

 

 どうする、何か手はないのか。

 

 ロープを垂らすか?

 

 しかし両手が離せないんだ。無理だ。

 

「いいえ、この事実を伝えればお父様なら」

「分かってくれると本気で思うか?」

「ええ、思います。条件の三つ目です。手を離さずに助かったら、陛下に報告します。それならどうです?」

 

 この石頭がっ!

 

 喧嘩なんてしてる場合じゃない。

 

「残された家族が、どんな思いか。お前なら分かるんじゃないのか?」

「それは……」

「それを告げなきゃならない者の痛みが分かるか?」

 

 考えたくもない。あのときの陛下の顔が頭をよぎる。

 

「それに元は俺が招いたミスだ。リースにその尻拭いをさせて死なせるなんて絶対にしたくない」

「でもこのままじゃ二人とも‼︎」

「……約束したんだ」

「えっ?」

「エリオットに、俺は誓った。リースを守るってな。約束を破って帰ったら、あいつは人を信じられなくなっちまうかもしれない。それに——」

 

 なんだこの感情は。

 

「これから先、俺が俺を信じられなくなる。そんなのは俺の騎士道じゃない」

「デュラン……」

「リース、頼みがある」

「えっ?」

「俺に頼んでくれないか。ほんとは、色々言ったがびびっちまってる。でも、一言助けてくれって言ってくれたら」

 

 絶対に約束を守るから——

 

 リースは軽く目を瞑って、俺を真っ直ぐに見つめた。

 

「お願い……私を助けて、デュラン」

 

 情けない騎士で申し訳ない。

 

 だが。

 

 覚悟が決まった。

 

「ああ。任せろ!」

 

 腹の底から力を込める。

 ありったけの持てる力を全て右腕に集中させつつ、全身のバランスをとる。

 

 少しずつ、ゆっくりとリースが持ち上がる。

 慎重に、慎重に。

 だんだん持ち上がってきたら、左腕を使って上体を起こしていく。

 じくじくと熱を持つ痛みは無視だ。

 

「うおおお‼︎」

 

 リースの体が持ち上がる。

 

 よし、このまま一気に——

 

 瞬間、左腕にこらえきれない痛みが奔った。

 

 意志だけではどうしようもできない体の反射で、バランスが崩れる。

 

 ぐらっと、視界が左に傾く。

 支えとして機能していたはずの左手が地面を滑ったのだ。

 

 瞬時に理解した。

 

 二人とも落ちる。

 

 ——せめて、リースだけでも

 

 全身を捻って一気に引き上げる!

 

 ただ、その反動でリースと入れ替わるように俺の体が横滑りし、宙を舞う。

 

 完全に助からない。

 

 リースと視線が交錯する。

 

 掴んでいた手を離そうとして——離れない!

 

 直後。

 

 ゴオオウッ‼︎

 

 すさまじい突風が崖下から吹き上がる!

 

 一度は落下を始めた俺の体は風に捉えられ、反対にリースに引かれる形で転がるように地上に帰還した。

 

 二人で泥まみれになりながら、ゴロゴロと地面を回転する。

 

 生きてる?

 

 奇跡だ。

 

「あなたは、なんで手を離そうとしたんですか‼︎」

 

 目の前にはリースが泣いているのか、怒っているのか分からない顔で、怒鳴っている。

 

 怒鳴ってるから、怒ってんのか。

 

「生きてるな、俺」

「だからっ!もうっ!」

 

 ゆっくりと茫然とした頭が回転し始めた。

 リースを体に抱き込むような体勢になっていることに遅まきながら気が付いた。

 

 気が付いたのだが、体から力が抜けて動けん。

 

 なにせ、つい今し方一回死んだようなモノなのだ。体から力が抜けるのも仕方ないだろう。

 

「私たち、生きてます。ありがとう、デュラン」

 

 リースの顔に笑顔が浮かぶ。

 

 その碧眼に吸い込まれそうに——って、顔ちか!

 

 って、待て待て。この密着具合はやばい!

 

 ジョスター王に殺される!

 

 いや、その前にこの体勢はまずいって!

 

 体の柔らかさとか、甘い匂いだとか、もろもろがダメだ!

 

 体は疲れ切ってるのになんでこんな余分なことばっかり考えちまうんだ!

 

「お楽しみみたいダスなー」

 

 不意に、不思議な声があたりに木霊する。

 

「なっ⁉︎」

「風の精霊様‼︎」

 

 声に反応してか、ガバッと体が反射的に起き上がり、構えをとった。

 

 ある意味戦士としては正しいのだが、男としては少し残念——いやいや。

 

 思考を切り替えよう。探し求める存在が目の前に現れたのだから。

 

 薄青い肌に、黄色い帽子とパンツ、柔らかく愛らしい表情。

 体全体が薄く光っているのはマナの濃さ故だろうか。

 

 間違いない、風の精霊ジンだ。

 

「オイラが風を起こさなかったら、二人とも下の岩肌に体を打ってバラバラになってしまうところだったダスヨー」

 

 あの突風は奇跡じゃなかったのか。

 

 いや、俺にとっては奇跡には変わりない。

 

 でも、なんでだ?

 

「なぜ、私たちを助けてくれたんですか?」

 

 リースが起き上がりながら聞いた。

 

「んー、最近暴れまわって生き物を食い荒らしてたあいつを倒してくれたのが一つ」

 

 空中で寝そべった体勢をとるジン。どこまでも気ままだ。

 

「あとは、純粋に自分の命を投げ出してまで他人を助けようとする人間を死なせたくないなって思ったダス。ま、オイラの気まぐれで風が吹いただけダスナー」

 

 それは俺のことか?

 

 それとも、あのとき手を離さなかったリース?

 

 あるいは、どちらともを、か。

 

 自然と俺は片膝をつき、首を垂れていた。

 

 最大限相手を立て、礼儀を尽くす。

 

「風の精霊ジン様。まずは、命を助けていただきありがとうございます。おかげで、命と同じくらい大事なものを守ることができました」

 

 俺の騎士の誓い、約束、フォルセナとローラントの関係、諸々全てだ。

 

 リースは、何故か少し顔を赤らめている。

 

「オイラの気まぐれダスから、お気になさらずー。じゃ、オイラは消えるダスヨー」

「待ってください、ジン様。どうか私めに力をお貸しください——」

 

 話を聞いてくれることにも少し驚きつつ、俺はマナのバランスを崩そうとしている者がいることや、フェアリーが女神様から遣いとしてやってくること、聖域に入るため精霊の力を借りることになることを話した。

 

 リースはその話を初めて聞いたからか、驚きつつ、考え込むような素振りを見せる。

 

 そして肝心なジンはというと、意外なことにすんなりと話を受け入れてくれた。

 

 だが。

 

「話はわかったダス。でも今はまだ、兄ちゃんについて行くことはできないダスナ」

「そんな、何故ですか⁉︎マナのバランスが崩れるかもしれないんですよ!」

「ん〜。でも、オイラにもやらなきゃならないことがあるんダスヨー。うーん。そうダス!」

 

 名案が浮かんだとばかりに明るくジンが笑った。

 

「デュランの兄ちゃん。ついでに、リースの姉ちゃんにオイラの加護を授けるダス」

 

 加護?

 

 なんだそれ。

 

「加護とはいったい」

「それがあればいつでもオイラの力を貸してあげられるダス。要は風のマナを扱いやすくなるっていう優れものダス!あとは、時期が来たら兄ちゃんを見つけられるようにするための目印ってところダスナ!」

 

 なるほど。

 

 これって、あれか。原作で風の魔法が使えるようになるようなもんか。

 

 一緒についてくるか来ないかの差はあるが、強くなれるならやる気も上がる。

 俺の中の仮説がまた一つ信憑性を増した。

 

「今はそれで充分です。しかし、私にもし」

 

 ——フェアリーさんが憑いたならすぐにわかるダス。それまでは、こっちも手が離せないダスから、我慢するダス。ああ、あと風のマナの使い方のとっかかりくらいは芽吹かせてあげるダス。

 

「——!承知いたしました」

 

 これは、テレパシーってやつか。

 

 ってか、なんで声出さないんだ?

  

「気まぐれダス」

 

 お、おう。

 

「じゃ、お二人さん。末永く仲良くするダスヨー」

「なっ、何言って‼︎」

 

 過剰にリースが反応したもののその言葉が届かぬうちに、ブワッとジンを中心に風が渦巻いた。

 

 瞬きの間にその姿はもうどこにもなかった。

 

 ああ、そうか。

 

 テレパシーで俺の考えてることがわかったから、あんなに簡単に信じたって言いたかったんじゃないか。

 

 どっかで本当に信じたのかって気持ちもあったからな。

 

 なんだよ、あんなダスダス言って気の抜けるような雰囲気出しといて。

 

 やっぱ精霊って人間なんかより偉大だな。

 

「これでようやく一体」

 

 あと7体か。あれ、果てしなくね?

 

「デュラン、さっきの話ですが」

「ん、全て本当のことだ。別に隠すつもりもないんだけど、あんまり言ったって信じられないだろ?だから、黙ってたんだ。悪いな」

 

 フェアリー云々とか、初対面でいきなり言われたって盛り沢山過ぎてついていけないだろうしな。

 

「いえ、確かにあなたの言う通りですね。別にそのことはいいんです」

「そうか、まぁ今はあまり深く詮索してくれるな。もっと詳しく話せるときが来たら話すからさ。それより、夜営の準備しようぜ」 

「その前に、あなたの肩の止血が先です。それ、化膿したら腐りますよ」

「なんでそんな怖いこと言うんだよ……」

「デュランにはそれくらいがちょうどいいとわかってきたからです」

 

 長い一日が終わる。

 

 進展はあった。

 あとはフラミーに会えれば完璧なんだが、どうかな。

 

「デュラン」

「あ?」

「助けてくれて、ありがと」

「……さっき聞いたし」

「ふふ、そうだっけ?」

 

 こっちこそ、だよ。

 

 あの瞬間、手を離さずにいてくれたから、俺はここにいるんだからな。

 

 精霊に会えたことより、今無事なことの方が何よりの収穫かもな——

 

 

 

 

 









魔法のロープ万能説を…!
いや、すみません。最初からこんな効果でどっかで書きたいと思っていたのが、こんな形になってしまいました。
かくいう私は、プレイ時に魔法のロープは9個用意するも最後まで一度も使わないという放置プレイっぷりでした。
現実だったらこんな感じかなって、思ったので、ほーん、そうなん?ってくらいの気持ちで流してくだせぇ。

次回まではほんとにチャージかかりそうですので、気長にお待ちください。
評価、お気に入り登録、感想等ありがとうございます。励みに頑張ります。


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第十話 下山後、考えてみる

 

 

 

 

 まったく無茶ばかりする。

 

 自分のことは棚に上げて人に説教するなんて、間違ってます。

 

 私が、デュランの家族にその死を告げることになるとは考えなかったのでしょうか。

 

 でもきっと、それすらも理解した上であの手を離そうとしたんですよね。

 

 国のためだろうか。

 

 いや、約束の話をしてたし、エリオットのためかな?

 

 それとも、私のため?

 

 ほんの一秒にも満たない時間だったけれど。

 

 私は手を離せなかった。

 

 ちょっと違うか。手を離したくなかった。

 

 だってまだデュランとは出会ったばかりで、もっと知りたいことがたくさんあるから。

 

 だから、風のおかげで彼が助かったとき、本当に安心してしまった。

 

 言いたかった言葉が出てこなくて。

 

 ただ素直にお礼の言葉がこぼれた。

 

 こんな抱き合ってるような体勢、もしアマゾネス隊のみんなが見たら、なんていうかな。

 

 ちょっと恥ずかしい気もするけど、意外とそんなに嫌じゃない。

 

 むしろ……、なんだろ?

 

 

 

 ジンと話しているときのデュランは、お父様と話をしているときと同じ顔をしていた。

 

 何が彼をそこまで必死にさせるのか。

 

 たかが、一国の王女に過ぎない私には、理解が及ばないことなんだろうか。

 

 私に何か、力になれることはないの?

 

 でも、彼は目的の一つを達した。

 翼あるものの父にはまだ会えていないけど、神話のような存在だ。もともと会えるかも賭けだったのだ。

 近いうちにまたどこか遠くへ精霊を探しにいくのだろう。

 

 遠くに行ってしまう。

 

 手が届かないところへ。

 

 何故だか胸が締め付けられた気がした。

 

 ——加護の目印は、風のマナの使い方に習熟すれば相手の居場所も察知できるダス。これでデュランの兄ちゃんと離れることもないダスね。

 

 なっ、頭の中に風の精霊の声が!

 

 ——ちょっとだけ先の話をすると、デュランの兄ちゃん、これから苦難の連続ダス。頼りになって、側で支えてあげられる人が絶対に必要ダス。

 

 側で支えられる人。

 

 例えば、同じ騎士の仲間とか。

 

 何の問題もなく、楽しくやってそうだ。

 

 そこに魔法使いの女性とかも加わるんだろうか。

 

 彼の腕をとっている女性の姿を想像する。

 

 なんか、それは少しやだ——って

 

 え、なんで嫌なんだろ?

 

 ——その点、リースの姉ちゃんは、兄ちゃんに気があるみたいだからぴったりダスな。早めに手をつけとかないと、あとから後悔するダスよ。その想像みたいになることもあるかもしれないダスし。

 

「じゃ、お二人さん。末永く仲良くするダスヨー」

「なっ、何言って‼︎」

 

 なんてこと言い捨ててくの!

 

 顔に熱が集まるのを感じる。

 

 まるで私が意識してるみたいじゃない!

 

 いや、そりゃ、いろいろあって気にはなってるけど。

 

 あー、もう!

 

 考えるのやめやめ!

 

 今は、生きて会話ができることを楽しめればそれで——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————————

 

 

 

 結局、夜を明かした後、俺たちは下山の判断をくだした。

 

 リースの武器がないこと。

 

 二人とも重傷でないとはいえ、戦闘に支障が出るかもしれない負傷をしたこと。

 

 滞在することで怪我が悪化し、安全に下山できる可能性が減るのを避けるためだ。

 

 フラミーに会うというもう一つの目的は達成できなかったが、今はまだ会えないんじゃないかと思ってる。

 

 それは、ジンが言っていたやらなきゃならないこと、だ。

 

 精霊に仕事があるとすれば、マナストーンを守ることだと思う。

 

 だから、原作でもマナストーンを解放させない為に、守るべき場所すら離れて旅の共になっていたのだ。

 

 今、マナストーンを脅かす存在がいるのか。

 

 それはないと俺は考えている。

 

 ジンのやるべきこと。

 

 もしかして、フラミーを育てているんじゃないか?

 

 確か彼女はまだ子どもだったはず。産まれたばかりなのか、それとも産まれてすらいなくて、それを見守っているとか。

 

 まぁ推測に過ぎないから、答えはわからないけれど。

 

 ただ、気になったことがある。

 

 あのジン、どこまで俺の事情を分かったんだ?

 

 まず、名前だ。

 

 俺とリースの名前はジンの前で名乗っていないのにあいつは知っていた。

 

 考えられるのは二通り。

 

 一つは、天の頂に入ってからか、それ以前、この山に来たときから、監視されていた説。

 

 だから俺がフラミーとジンを探しに来たことも知っていた。

 フラミーのことは言わなかったが、わざわざやることがあるなんて意味深なことを言う必要があるだろうか。

 

 二つ目は、俺とリースの記憶をテレパシーで読み取ったから名前を知っていた説。

 

 この際、どこまでの記憶を読み取れるのかは不明だが、この可能性もある。

 

 どっちにしろ、次にジンに会うときに教えてもらえるだろう。

 

 今は精霊の加護をもらえたことで良しとしておく。

 

 ……フラミーのことを聞く余裕がなかったことだけは悔やまれる。

 

 

 

 

 下山中の雰囲気は、登りと比べたらだいぶ過ごしやすかった。

 

 二人とも疲労と怪我もあり、口数は少なかったが、精神をすり減らすような思いはしていない。

 

 下山したら、まずは陛下に事の成り行きを説明しないとだな。

 あとはしばらくの間、怪我の治療に専念させてもらえればいうことはないが。

 

「デュラン」

「なんだ?」

 

 前を歩いていたリースが不意に足を止めた。

 ローラント城まであと一時間くらいだろうか。もたもたしてると日が暮れてしまう。

 

「どうした?」

 

 黙ったままだったリースがこちらを振り向いた。

 どこか躊躇うような、言葉を探している様子だ。

 

「その、あのですね」

「ああ」

「デュランさえ良ければですが、しばらくローラント城に滞在しませんか?」

「えっ?いいのか?」

 

 それは願ったり叶ったりだが、甘えていいのだろうか。

 

「え、ええ!もちろん!その、肩の傷のこともありますし、それが治らない内に出発するのは、危ないというか」

 

 先ほどまでの表情と一転して華やいだ笑顔を見せた。

 しかし、少し歯切れが悪い口ぶりに引っかかりを覚える。

 

 なんだ、何か裏があるのか?

 

 しかし肩の傷か。確かに利き腕ではないとはいえ、戦闘に支障が出ることは間違いないわけだし。

 

 そこまで考えてピンと来た。

 

「そうか、ありがとうリース」

「へ?何がですか?」

「とぼけなくたっていいさ。この傷はリースのせいなんかじゃない。俺の弱さが原因だ。でも、その申し出は本当に助かるからさ、傷が治るまでお言葉に甘えさせてくれ」

 

 根が真面目なんだろう。

 

 一国の王女として、誠実なのは大事だが、責任感が強いのも少し心配かもな。

 

 何でもかんでも一人で背負い込まないように助けてやらないと。

 

「……まぁ、それでいいですけど」

「なんだって?」

「何でもありません‼︎」

 

 えっ?怒ってる?

 

 なんか間違えた?

 

「ほら、もたもたしてると日が暮れます。急ぎますよ」

「あ、はい」

 

 そのあと傷に響くようなペースで一気に下りきった。

 なんか、女の子の扱いって難しいなって思いました。

 

 

 

 

 

 

 ジョスター王に事の仔細を話し、しばらくの滞在の許可を得た。

 

 そして、俺は一つの約束を果たす為にエリオットを訪ねた。

 

 もちろん、気軽に会っていい相手ではないから、リースを仲介としている。

 

 ……まぁ、リースもこんな風に使ってはいけないわけだが、事情を知っているから協力してくれているわけだ。

 

 何をというと、約束のもの。

 

 そう、もっっっと甘くて美味いものだ。

 

「わあ!お兄様、これは何ていうの?この間のよりももっと甘くて美味しい!」

「だろ?それはぱっくんチョコっていう非常食さ」

 

 なお、ぱっくんチョコもまんまるドロップと扱いは同じだが、溶けやすいこともあり、その点は旅人よりも町人に好まれる傾向が強い。

 

 しかし、手軽なエネルギー補給手段としてはまんまるドロップと並び重宝されているものでもある。

 

 溶けても美味さには影響ないぜっ!って人は、わりとこぞって買っているわけだが、まんまるドロップよりは値が張るので俺もそんなにはストックはない。

 

 本当に疲れたときの自分へのご褒美としている。

 

 その点、今回は十分に食べるに値する働きはしたわけだが、この分の消耗を考えると、次回に持ち越しだな。

 

「エリオット、良かったわね」

「うん。ねぇ、お兄様。姉様にも食べさせてあげたいんだけど、ダメかな?」

 

 姉思いの弟だな。まぁ確かにリースにも世話になったし、あげるのは構わない。

 

 それに、さっきからぱっくんチョコへ熱い視線を向けているし。

 

「リースも食うか?」

「ほんとですか⁉︎でも、貴重なものなんじゃ」

「大抵、大きな街なら流通しているものだから、大丈夫だ。ほら、食べてみて」

「あ、ありがとう」

 

 恐る恐るといった感じで、その細く白い指で丁寧に包みをはがす。

 

 桜色の健康的な唇に視線が吸い寄せられる。

 

 一口で含めそうなところまでめくったところで、こちらを上目遣いで見つめてきた。

 

「ほんとに、いいんですか?」

「ああ、味わってみてくれ」

「わかりました。遠慮なくいただきます」

 

 その控えめな口から、可愛らしい舌が見えたかと思うと、ためらいを捨て思い切りぱくっと口に咥えた。

 

 最初はゆっくりと舌の上で転がし、その甘さを味わっていたようだが、やがてこらえきれなくなったのか。

 

 パキッと噛み切って咀嚼を始めた。

 

「ん〜〜ッ!」

 

 言葉にならない美味さだったようで、頬に手を添えて悶絶していたリースが見れたのは、かなり貴重な経験だったと言っておこう。

 

 というか、うん。

 

 なんでチョコ食うだけでこんなに——ああ、いや変な意味とかじゃなくてね?

 

 美味しかったみたいで何よりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 『常識に囚われるな』

 

 この言葉の意味を常に考えてきた。

 

 常識とは何か。

 

 いつも念頭にあるのは、転生前の原作知識だ。

 

 これから起こること、敵は誰なのか、強さの基準は……それらは、だいたいは正しい。

 

 これは予言みたいなものだ。

 

 ただし、これからは予測と少しずつずれていくだろう。

 

 俺が積極的に事態を変えようとしているからだ。

 

 当然、予想される動きは、この動きに対抗してくる勢力が現れることだ。

 

 まだ、俺はこの世界に小さな波紋を呼び起こしているに過ぎない。

 

 それが全てを塗り替える大きな波になるのはまだ先の話だ。

 

 奴らが動き出すのも、まだ先だろう。

 

 少し話は変わるが、ここで、一つ常識を疑ってみようと思う。

 

 先の戦闘で倒したハーピー。あいつはどうやって飛んでいたのか。

 

 翼があるからだろ、と思うだろうが、あの巨体でぶつかってきたとき、かなりの重量だった。

 

 鳥は空を飛ぶのに、必要な筋肉以外はあまりなく、軽いと聞く。

 

 あいつが飛んでいるのは、前の常識に当てはめると不自然なわけだ。

 

 しかし、ここにはあるエネルギーが存在している。

 

 マナだ。

 

 やつが風のマナを利用して揚力を得ていたと考えるならば、あり得ることだろう。

 

 魔物としての体格にマナを使っていたとなればあの強さにも納得がいく。

 

 対して人は?

 

 俺は、今までかなり鍛え込んできたと思っていた。

 

 黄金街道ではゴブリンに苦戦することもなかったし、それなりに強いという自負もあった。

 

 原作主人公の一人、素質の塊のリースにも勝ったわけだし、自信はあった。

 

 まだ鍛える余地はあるだろう。

 

 磨ける技術もあるだろう。

 

 この時点で極めただなんて、そんなこと口が裂けても言えないし、父さんを超える騎士などにはなれはしない。

 

 だが、魔物に対してあまりにも今のままでは人間が不利すぎる。

 

 こちらの伸び幅が、体を鍛えたり、技術を磨いたりすることしかないからだ。

 

 しかし、今回の件でも分かる通り、魔物は体格、重量ともに人より遥かに大きい場合がある。

 

 蟻が象に勝てないように、とまではいかないかもしれないが、武器を駆使しても人という種はあまりにも脆弱だ。

 

 変わり種のハーピーとはいえ、そんな奴に苦戦している時点で竜帝を倒すなど、何回転生しても無理だとすら思う。

 

 でも、リチャード陛下や、父さんのような存在もいる。

 

 彼らはなぜ強いのか。

 

 体格は人の範疇だ。技術も卓越したものを有していることは間違いない。

 

 だが、人だ。

 

 出せる出力は、魔物達のようにそう大きくはないはず。

 

 最初は鍛えていくうちに、英雄王や、黄金の騎士のようになれるとばかり考えていた。

 

 だが、そうではない可能性に気付いたのだ。

 

 ここで、あのハーピーが飛んでいた話に戻るが、やはり人を強くする要素の中でも最重要なものがあると考えた。

 

 それがたぶん、マナだ。

 

 では、人がマナを得る為にはどうすればいいか、という疑問が生じる。

 

 考えられるのは三つ。

 

 一つ目は、リースのようにマナの濃い場所で、修行を積むことだ。

 

 これである程度マナを扱えるようになるのだろう。

 

 二つ目は、精霊から力を借りる、加護を得ることだ。

 

 たぶん、自然にマナを身につけるよりも早く馴染むだろう。何せ彼ら自身が各属性のマナの化身のようなものだからな。

 

 三つ目は、マナストーンから力を得ることだ。

 

 中には神獣が封じられているほどのマナの塊だ。影響はこの中でダントツだろう。

 

 推測だが、マナストーンに念じることで、クラスチェンジしていた描写があった。

 

 念じたときに、何かしらマナストーンに作用する現象が起きることで、主人公たちは更なる力を手に入れているわけだ。

 

 原作では、その現象の一つ目のキーはレベル18であることだった。だが、この世界にレベルはない。

 

 では、クラスチェンジの基準は?

 

 存在するかもしれないが、レベルではなく、別のことではないかと考えている。

 

 マナストーンに念じることで、クラスチェンジできたのは恐らく、マナストーンからマナの力を得たからだ。

 

 人の通常持つマナの容量よりも、さらに容量を大きくさせた状態に強制的に引き上げる、と推測している。

 

 だから、ひょっとするとクラスという枠組みすら、後付けでつけられているだけなのではないだろうか。

 

 クラスチェンジをしたから、その技や、魔法を扱えるのではなく、技や魔法を使いこなせる強さになったから、そのクラスと呼ばれるのではないだろうか。

 

 クラスチェンジという概念はこの世界にはなく、マナストーンからマナを得るだけなのでは。

 

 そして、そのマナをうまく使いこなせれば、魔法などの奇跡や、基礎身体能力を強化できる、と考えたわけだ。

 

 長くなったが、マナを扱えることが、これから先での戦いにおいて最重要となり、次点で体を鍛え、技術を磨くこととなるわけだ。

 

 この可能性に気付いたとき、こうしてはいられないと思って、すぐに指導を頼んだ。

 

 すでに風のマナを扱えるリースだ。

 

 彼女は元から使えることもあり、加護を得てさらにパワーアップしたようだ。

 

 今戦ったらどうなるかわからないかもしれない。

 

 ただ、どうやらリースは感覚派な面が強いらしく……。

 

 風のマナの使い方を教えてほしいと言ったら、「では、風と対話できるようになりましょう」とか言われて、今は城の外の広場で黙々と風と対話を試みているわけで。

 

 今こうして俺が座禅を組み、集中するフリをしながら思考に没頭する羽目になっているわけだ。

  

「デュラン、何やら言いたいことがあるようですね」

「いや?何も」

「そうですか。風がそう言ったような気がしましたが、気のせいでしたか」

 

 風、こわいっす。

 

 

 

 

 








なぜかお気に入りと評価がすごいことに…
リース人気にひたすらびびってます。(あとはわずかなデュラン君支持)

こんな感じなら面白いよなーとか、考えてはいますが、期待に添えなくなったら許してくだせぇ。

あとリースのチョコ食いに他意はないです。何か思うことがあったあなたは、闇のクラスに適性がありそうですね!


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第十一話 計画はあくまで計画だから変更してみる





二話分の長さです。切りが悪くなるんでこのまま。。
今週はこれ1話やもしれんです。







 

 

 

 

 

 あれから、居心地の良さと、ジンの言っていたマナの扱いのとっかかりを掴んだことも相まり、一ヶ月もローラントに滞在してしまった。

 

 怪我自体は二週間ほどでほぼ治っている。

 

 だが、風のマナが濃いこの山でないと修行がはかどらないことを懸念し、長く滞在することに決めたのだ。

 

 旅のできる期限も気にしなくてはならないところだが、最後に必要になるのはやはり力だ。

 

 旅の目的と照らし合わせて考えても、マイナスにはならないだろう。

 

 そして、この選択は正しかった。

 

 二つも有能な技術を習得することができたからだ。

 

 一つは風のマナを生かした高速移動だ。

 これで剣速なんかも上げることができる。技術を磨いて綺麗に斬れるようにしなくてはいけないことが今後の課題となった。

 

 ただし、力にはさほど変わりがないため、鍔迫り合いとなると力不足になる可能性があるだろう。

 

 原作リースのスピードアップに近いだろうか。他人には使えないが、自分オンリーでコントロールができる。

 

 速さしか変わらないのは風の属性を纏うからだろうか。それとも修行不足故か。

 

 もう一つは、一番可能性が高いと思っていたセイバー魔法が使えるようになったことだ。

 

 地道に座禅を組み、風の声に耳を傾けていた甲斐があった。

 

 もっとも風の声は未だに聞こえはしないが、瞑想を続けたおかげか、精神力がついたのだろう。

 

 剣に雷を纏うセイバー魔法、サンダーセイバーを習得した。

 

 ちなみに風のマナを圧縮してぶつける魔法、エアブラストの習得は無理みたいだ。

 

 やはり、剣を使うイメージが強すぎる為か、それとも魔法という概念を理解し切れていない為か、風のマナを感じ取れるようになったが使える気配がない。

 

 もっとも、サンダーセイバーが使えるだけで戦略の幅はかなり広がったといえる。これは今後の切り札となるだろう。

 

 原作では、クラス1のファイターの状態では習得できなかったわけだが、やはり、この世界では関係ないらしい。

 

 つまり、セイバー魔法、ヒールライトの両取りが可能なパターンが考えられる。

 

 あくまで希望ではあるが、十分にその可能性があると思っている。

 

 これにより、クラスとは、その存在の格を示す一つの基準であることがわかった。

 

 だから、ニンジャなどのクラスが原作でもいっぱい敵として出てきたのだろう。

 

 どいつもこいつもマナストーンに行列作って念じまくっていたはずがないわけだからな。

 

 修行を積んだ結果として、ニンジャと呼ばれるだけの力を得たから、クラス2のニンジャと呼ばれていたんだろう。

 

 そこから考えると、クラスチェンジと呼ばれていたものは、手っ取り早く強くなるための儀式だったと思われる。

 

 マナの力を得ることで、一気にその存在の格を上げることができるわけだ。

 

 うん。そりゃマナストーン巡って戦争が、起きるはずだ。

 

 キーとなる現象が何かはわからないが、マナストーンを解放する禁術があるくらいだからな。

 

 個人に作用する術があってもおかしくないし、古代で禁術指定されずに見逃された可能性は十分ある。

 

 まぁ、それが分かっても風のマナストーンには近づけないから試すこともできないわけだがな!

 

 強くなれる可能性がすぐそばに転がっているのに、みすみす逃すことになるとは。

 

 世知辛い。

 

 しかし、ローラントで無理でも、まだ他の場所で強くなれる可能性は十分ある。

 

 次の場所へとそろそろ向かうべきだな。

 

 それにあんまり長居すると離れ難くなってしまうし。

 

 まだ一年と少しはあるといえ、決してゆっくりはしていられないしな。

 

 当初の予定通りに行くならエルランドに向かって、またマイアの方へと戻るわけだが、ある情報が入っている。

 

 それは、パロから砂の都サルタン経由でエルランドに向かうことができるということだ。

 

 原作ではブースカブーでサルタンに向かうことになる。

 

 何故かというとナバール盗賊団が美獣に支配されて、好き勝手に暴れていることから治安が悪化し、サルタンの港が封鎖されるからだ。

 

 現在はそんなこともなく通常営業なので、来た道を戻って、マイアから入り組んだ内海を通るよりも近いというわけだ。

 

 というか、パロから直接エルランドに行けると思っていなかったことが大きな誤算だったわけだが。

 

 フォルセナにあった地図からの情報と、原作の知識をもとに計画を立てたため、そういう発想にならなかったのだ。

 

 フォルセナからパロじゃ遠すぎて、交通情報なんて調べようがないからな。

 

 パロからエルランドへは、サルタンを経由するルートしかないらしいので、選択としてはそれが最短だから他に選択肢はないだろう。

 

 直通でエルランドに行かないのは、補給の問題なんかを考えると、きっと妥当な航路だからなんだろう。

 

 北は寒く、南は暑い砂漠と、一月はかかる距離だけ離れているとはいえ、なんだかちぐはぐな感じではある。

 

 しかし、この世界の全てはマナによる影響が大きいため、その常識は忘れることにする。

 

 常識に囚われてはいけません。戒め。

 

 予定していた期間よりも早くエルランドに行けるのならば、ついでにサルタンでやることをやってしまおうと計画の前倒しを画策しておく。

 

 それは火の精霊、サラマンダーに会うことだ。

 

 ジンの加護を得た今、他の精霊も話を受け入れやすくなったのではないかと考えている。

 

 ウンディーネは涙もろいから、それっぽい話をすれば仲間になってくれそう、とか思っていたが、サラマンダーは暑苦しい性格だ。

 

 どうやって説得しようかと、悩む手間がジンのおかげで省けたといえる。

 

 問題は火炎の谷への攻略をどうすればいいかだが、いろいろ考えながら、現地で情報を集めていこうと思っている。

 

 この選択がどうなるかは未知数だ。

 

 あまり火の精霊攻略に時間をかけ過ぎると、エルランドの環境が悪化していってしまうからな。

 

 スピード攻略を目指す。

 

 でも、良い前倒しとなりそうかな。プラスに考えて行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 出発を決めてからは早かった。

 

 陛下への挨拶を抜かりなく行うと、フォルセナへの書状を預かった。

 

 ただし、届くのが一年後になることもきちんと伝えた上での内容となっている。

 

 その辺は事情を汲んでくれたのでありがたい。

 

「デュランよ、そなたが来てからというもの、少し城内が活気付いたように思う。何か心当たりはあるか?」

「はっ……と、言われましても。強いていうのなら、アマゾネスの皆さんが私に模擬戦を挑んできてくださっていたことでしょうか」

「聞き及んでおる。何やらリースともよく相手になってやったそうだが、どうだ?」

「はい。殿下の腕前は日に日に上がる一方で、いつ私が敗れてもおかしくはないと内心肝を冷やしておりました」

 

 実際、お互いに風のマナを使いこなすようになってから今までの実力とは、段違いとなっている。

 

 主な理由は戦闘が高速化したことだが、魔物相手に短期決戦は悪い選択ではないので、確実に強くなったといえる。

 

「……ふむ。それもそうなのだがな。余が聞きたいのは……まあよい。フォルセナからの使者デュラン、まことその武といい、精霊に認められたことといい、そなたには驚かされてばかりだ」

「はっ、お褒めにあずかり光栄です。全ては陛下の英断があればこそです」

「そなたの姿勢は余の好むところではあるが、謙遜しすぎるな。そなたのような者が低く見られるのは気に食わん」

「……!ありがとうございます。陛下、我らの話をゆめゆめお忘れなきよう」

「貴殿の忠告、しかと胸に刻んだ。決してこの城を落とさせはせん」

 

 この様子なら、きっと何かしらの対策をしてくれるだろう。

 

 あとはこの国とリースを信じるのみだ。

 

「最後にお主にとっておきを用意した。選択はお主に任せるが、あと腐れないようにしてくれよ。次の来訪を期待して待つ。以上だ、達者でなデュランよ」

「あっ、はっ!失礼いたします」

 

 とっておきってなんだ?

 

 まさか、風の太鼓か?

 

 いや、さすがにそれはないか。でも、決してあり得なくはないのかな?

 

 うーん、何の話だったんだ。

 

「デュランッ!」

「リース殿下」

 

 廊下に出ると、壁にもたれかかっていたリースに声をかけられた。

 

 周りに衛兵もいるため殿下呼びだ。人がいるときには基本、そう呼ぶように心がけているのだ。

 

 というか、他国の姫を呼び捨てにする使者なんて聞いたことないしな。

 

 あれ、それは盛大なブーメラン——

 

 まぁいい。

  

 いつもの服装だが、なぜか少し息があがっている。急いでいるのか?

 

「明日、旅立つというのは本当ですか?」

「ええ、殿下の心遣いのおかげで怪我も治りましたし、風のマナの扱いもあとは一人でもなんとかなるところまで修行できましたからね」

「……その、もう少し、居ることはできないのですか?」

「えっ?」

「あの、ほら!エリオットも寂しがるし、アマゾネス隊のみんなだって、次こそあなたに勝つって意気込んでいるし」

 

 ——そうか。いつの間にそんなに打ち解けられていたのか。

 

 思わず笑みがこぼれた。

 

「ありがとうございます、殿下。しかし、決めたことです。それを覆したのでは、優柔不断と取られ、陛下からの信用をなくしてしまうでしょう」

「お父様はそんな器の狭い王では……」

「何より、私自身の決めたことです。お声をかけていただいたことは嬉しく思いますが——」

「もう!だったら勝手にすればいいわ!今まで世話になったのに急にいなくなる人のことなんて知らない!」

 

 踵を返し、走り去ってしまうリースの背中を俺は呆然と見送る。

 

 そばに控えていた衛兵も突然のリースの豹変に驚いた様子だった。

 

 確かに、つい先日サンダーセイバーをものにしたからか、早く行かねばと思う気持ちが先走ってしまっていた。

 

 よく考えると、世話になった人たちにお礼の一つも言えていないことに気付く。

 

 こんなのはフォルセナの騎士がやるべき礼儀ではないだろう。

 

 かと言って、明日出発することを変更する気はない。

 

 そして今の俺にできることは、そう多くはない。

 

 今日は一日修行を控え、今までのお礼を言って回るとしよう。

 

 気付かせてくれたリースにも謝らなくては——

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅支度を整えて、いよいよ出発のときが来た。旅費として、またいくらかの資金を陛下から得たので、これを使って砂漠やら雪原やらを攻略する装備に充てようと思う。

 

 城門前には何人もの人が集まってくれた。

 

 昨日、出発の話をしたからか、昼食の他にも旅に使えそうな道具類やら、日持ちのする食糧やらをプレゼントされた。

 

 なんか自分が媚びて回ったような気になったが、純粋な好意からの頂き物だ。ありがたく使わせてもらおう。

 

 リースは、どこか不機嫌そうに腕を組んでいた。昨日から一言も口をきいていないが、見送りには来てくれたのだ。

 

 そばにはエリオットがいるから付き添って来ただけかもしれないが。

 

 後腐れのないように、という陛下の言葉が胸に刺さる。

 

「お兄様、本当に行っちゃうんだね……」

「ああ。すまないな、エリオット。少ししか相手をしてやれなくて」

 

 ときどき、木製の武器を使った稽古をつけてあげるほどに懐かれていたのだ。

 

 まだ幼いとはいえ、筋が良かったのはさすがリースの弟と言える。

 

 エリオットの目がウルウルと涙をため始めた。俺は膝を折って、両手でエリオットの顔を挟み込む。

 

「エリオット、よく聞くんだ」

「うん?」

「これから先、どんなことがあっても、城の風を止めるな。お前が風を止めない限り、大好きなお姉様や、お父様を守ることができる」

「風を?」

「そうだ。絶対に、誰に何を言われてもだ。約束できるか?」

「うん、約束する!」

 

 無邪気に笑うエリオット。あともう一つ。

 

「ただし、お前の命や、命より大切なものを守るためだったら許す」

「命より大事なもの……お姉様?」

「それは自分で考え、大切にするものだ。俺に答えを求めるな」

 

 そんな無責任なこと、俺にはできない。

 

 いや、そもそもこの忠告ですら、エリオットの人生を狂わせているかもしれない。

 

 これは俺のエゴだ。

 

 ナバール盗賊団の団員であるビル、ベンに出会ってしまったときのエリオットの身の安全を考えて、こんなことを言っているに過ぎない。

 

 一番いいのは、風を止めないことだ。

 

 最悪、エリオットが死ぬことを許容すれば、ローラントは守られ、黒の貴公子も代わりの体が見つからない可能性が生まれる。

 

 マナの樹を守る、それだけのことを考えるなら言う必要のないことだ。

 

 それでも、俺はエリオットに肩入れする道を選ぶ。

 

「風を止めて、それでも見逃されずにエリオットがどこかに連れて行かれたとしても、決して忘れるな。心が挫けそうなときはこう叫べ。いいか?『僕はローラントの王子だ』、とな。そう言い続ける限り、必ず俺がお前を助けてやる」

「お兄様が?ほんとに?」

「エリオット、忘れたのか?俺はお前との約束をちゃーんと守っただろ?」

「えへへ、忘れてないよ!わかった、僕はローラントの王子だ!だね!」

 

 わしゃわしゃと頭を撫でてやる。

 

 そうだ。これでいい。これで売られてきても必ずバイゼルで救ってやれる。

 

「ああ、絶対に助けてやる」

「デュラン……」

 

 リースが、どこか切羽詰まった様子で呼んだ。

 

 俺から言うべき言葉はきっと、仲間になってくれ、なんだろうな。

 

 俺が今からやろうとしていることは、もしかしたら未来デュランに背くことになるかもしれない。

 

 というか、そうなるだろう。

 

 下手をすると予定が大きく狂う。

 

 だが、もう決めたことだ。あとから辛いと思っても、苦しいと思っても、自分で何とかすると決めた。

 

 父さんもきっと、それでいいって言ってくれるはずだ。

 

 

 

 ——俺はここでリースを仲間に誘わない。

 

 

 

「殿下、今までお世話になりました。数々のご無礼、お許しください」

「……」

 

 俯いて何も言わなくなってしまった。

 

 まぁ、言うべきことは言えた。これでいい。

 

 あまり長くなると、出発しにくいしな。

 

「ありがとう、ローラントの皆さん。また会いましょう!」

 

 前に向かって歩き出す。盛大な、とは言い過ぎかもしれないが、温かい拍手と、エリオットの別れを惜しむ泣き声が聞こえてきた。

 

「僕は!ローラントの王子だああ!」

 

 やめてくれ、こっちまでちょっと泣きそうになるわ。

 

 

 

 

 

 

 

 橋を渡り終え、見張りの兵からも旅の無事を祈る言葉をかけられた。

 

 すぐそばの短い洞窟を抜けたところで、背後から誰かが近づく足音が聞こえて——

 

「待ちなさい、デュラン!」

「殿下?」

 

 全力で走ってきたのか、リースが肩を弾ませるほど息を乱していた。

 

「どうしてここまで?」

「……名前」

 

 ん?

 

「名前で呼んでくれなきゃ言わない」

「いや、あの」

「名前」

 

 周りを見回すが、人の気配がないことを確認する。

 

「……リース、どうしたんだ?」

 

 先ほどまでの表情から一転し、花の咲いたような笑顔を見せる。

 

 機嫌直してくれたのか?

 

 ちょっとだけ安心する。

 

 後腐れが残るところ、だったわけだな。やっぱり。

 

「さて、どうしてでしょう?」

 

 明るく言い放つリース。

 

 なんだ、何かあったっけ?

 

 頭を回転させ、ある一つのことを思い出す。

 

 陛下の言っていた、とっておきのものか?

 

「何か陛下から預かっているのか?」

「ぶっぶー。違いますー」

「じゃあ何だ?」

「なんでそんなにぶっきらぼうなんですか?物じゃなかったからですか、あんないっぱいもらったのに?」

 

 ちょっとだけ眉が下がり、悲しそうな顔をする。

 

「すまない、そういうつもりじゃ——」

「嘘ですよ、デュラン。では、単刀直入に言います。私をあなたの旅に連れて行ってください」

 

 誰が、誰の旅に?

 

「リースを、か?」

「ええ。お父様から許可もいただいてます」

 

 どこで仲間フラグが、とか考えるのは意味がないからやめとくか。

 

 というか、とっておきってこれかい!

 

 このままリースが仲間になってくれる。

 隣で支えてくれる人がいる。それがリースだったら——

 

「それは、正直に言うとすごく嬉しいな」

「うれっ!何言って——」

 

 でも、俺は決めたんだ。

 

「嬉しいが、連れて行くことはできない」

 

 えっ、と虚を突かれたように呆然とするリースに対し、静かに理由を語る。

 

「リースにはエリオットを守ってやって欲しいんだ」

「エリオットを?」

「そうだ。あのとき、陛下の前で話した内容は覚えているだろ。エリオットがいないことに真っ先に気付くのはリース、お前なんだ。そして、その襲撃者と対面するのも——」

 

 ビル、ベンをまともに相手にしてリースが逃げ切れる保証はない。あのときは拉致する対象のエリオットがいたから見逃されただけかもしれないのだ。

 

 いや、その可能性の方が高い。

 

 そうなったとき、先程エリオットに言った内容が実現してしまう恐れがある。

 

 つまり、リースの命と引き換えに風を止めてしまう可能性だ。

 

 その後、やつらの行動を予測するに、そう長いことあの場にとどまるような真似はしないだろう。

 

 見逃される可能性が生まれる。

 

 もしかしたら、リースが予想を超える強さとなって返り討ちにできる場合もなくはない。

 

 だが、もし仮に、やつらに合体忍術を使用されれば確実に命を落とす。

 本来三人がかりで倒す相手だ。それくらいを想定した方がいい。

 

 だから。だからこそ、本当は仲間として連れて行きたい。

 

 自分の手の届かないところで、少しでも心を通わせた人を危険な目に合わせたくはない。

 

 しかし、それはエリオットにも言えるのだ。

 

 彼は俺の中で、エリオットという記号のような存在ではなくなっている。

 甘い物を食べて喜び、姉と話して笑い、お兄様と無邪気にじゃれついてくる、俺にとって、ウェンディとどこかだぶる存在なのだ。

 

 死なせたくは、ない。

 

「リースにしか、頼めないんだ」

 

 声が、震えたかもしれない。

 

「——じゃあ、あなたのことは誰が助けるの?」

「えっ?」

「ううん、何でも……何でもなくないか」

 

 一度俯いたリースが顔を上げた。どこか諦めたような、吹っ切った様子がうかがえる。

 

「デュラン、私決めたよ」

 

 力強く言った。

 

「エリオットを守ったら、今度は私があなたを助けるの。だから、今はまだ行かない」

「リース……」

「なんであなたがそんな泣きそうな顔をしているんですか。大丈夫です。私たちにはジンの加護があるんですよ。悪いことにはなりません」

 

 そうか、確かにそこは少しだけプラスだ。そして、原作時点よりもリース自身強くなっているはずだからな。

 

 少しだけ気持ちが軽くなる。

 

 不思議な感覚だ。

 

「だから——」

 

 トンっと胸の中に温かいものが飛び込んでくる。ふわりと甘く優しい匂いが鼻をくすぐった。すぐ目の前にはリースの鮮やかな金糸のように美しい髪がうつる。

 

 表情は、胸に顔を埋めていてわからない。

 

 え、なな、なんだこの状況。

 

 あれか、これはぎゅっとするのが正解なのか?

 

 待て待て、そんなこれ、えっ?

 

 両手を宙に彷徨わせて、一瞬を長い時のように感じていたとき。リースの声に、はっと意識を戻す。

 

「絶対に死なないでね、私の——」

「私の、なんて?」

 

 ぱっ、と胸の中からリースがいなくなった。

 後ろに手を組みながら、悪戯っ子のように舌を出している。

 透き通るような碧眼と視線が絡んだ。

 

 ちょっとだけその温かさを名残惜しく思うのは、やっぱりまずいだろうか。

  

「ひみつです!」

 

 リースさん、なんかあざとい!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————————

 

 

 

 デュランは大事なローラントのお客様としてもてなされている。

 

 当然、専属の使用人がいるのだが、そこから、デュランが明日には旅立つと言っていたことを聞いた。

 

 聞いたときはなぜか何も考えられなくなった。

 

 ついにきてしまった、とも、やっときた、とも思った。

 

 お父様を説得して旅立つ許可はもらっていた。時間はかかったけど、そうしたいと思ったのだ。

 

 フォルセナに挨拶に行くという名目だ。ライザやアマゾネス隊を率いる話も出たが、それは断った。

 

 自分の実力を試したいと思う気持ちもあったからだ。彼女たちがいては、絶対に甘えてしまう部分が出る。

 

 それはデュランが居ても変わらないかもしれないけど。

 でも、デュランなら許してくれそうな気がしている。

 

 あれ、そういう問題じゃないか。

 

 それにしても急すぎて、全然準備ができていない。

 そうだ、見送りの会だってできないし、もう少し出発を遅らせられれば。

 

 そう思っていたけれど、彼が一度決めたら曲げない性格なのを忘れていた。

 

 頑固者め。

 

 でもみんなで旅の無事を願いたかったのは本当だ。

 この唐変木は、そんなことにも気付いていないみたいで……ああ、もう!

 

「もう!だったら勝手にすればいいわ!今まで世話になったのに急にいなくなる人のことなんて知らない!」

 

 やってしまった。

 

 これから一緒に旅をしようという相手に、出発前日に喧嘩を吹っかけるなんて。

 

 なんでこう、デュランに対して感情が波立ってしまうんだろう。

 

 でも、デュランも悪いんです。私を今まで一言でも一緒に来ないかって、誘ってくれなかったんだから。

 

 やっぱり唐変木です!

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夜明けて、結局デュランと話ができなかった。

 

 目が覚めると冷静に考えられた。

 もともと私がいつ出発するかを聞かなかったことも悪かったのです。

 それなのにデュランばかりを責めてしまった。

 

 合わせる顔がない。

 

 でも、いつ発つのかくらい言ってくれればいいのに。

 だってそんなの、私たちとはいつ別れても平気みたいで寂しいじゃないですか。

  

 旅の支度はなんとか間に合ったけれど、彼になんて言えば……。

 

「お姉様!お兄様の見送りに行くよ!」

 

 我が弟ながら、本当によくできた可愛い弟です。

 

 

 

 

 

 

 

 エリオットをきっかけに見送りに来たけれど、私も行くの一言が絞り出せなかった。

 

 私よりも他のみんなとばかり話している。エリオットにはことさら真剣に話をしている。

 

 あの神託のこと、だ。

 

 お父様も真剣に考えていたから心配はしていない。

 

 なのに、デュランはエリオットを心から心配してくれている。

 

 一か月の時を共に過ごしたとはいえ、まるでエリオットの本当の兄のように思える。

 

 デュランがいる間は、私に甘えてくる回数も減ったみたいだったし。

 

 少し成長したようにも思えた。

 

 エリオットは、デュランの話にいつも通り素直に頷いている。

 

 そんな姿を見ていて、エリオットにばかりかまけているデュランに、なんだかちょっとだけ気持ちがささくれだった。

 

 えっ。私、エリオットに嫉妬してる?

 

「デュラン……」

 

 絞り出した声に、あと一言がのってこない。

 

 一緒に行きたい、そう言うだけなのに。

 

「殿下、今までお世話になりました。数々のご無礼、お許しください」

「……」

 

 なんで、そんな一生の別れのように言うの?

 

 私たち、友人でしょう?

 

「ありがとう、ローラントの皆さん。また会いましょう!」

 

「あっ……」

 

 行ってしまう。少しずつ遠ざかる背中を目で追うしかできない。

 

 諦めるしか——

 

「リース様、いいんですか?」

「ライザ……」

「その後悔を抱えたまま、アマゾネス隊の隊長が務まるんですか?」

 

 ぐっ、と拳に力が入る。

 

 こんな中途半端でいいの?と問う自分がいる。

 

 私の憧れる騎士なら、こんなとき——

 

「行ってください。何も考えず、走るんです、さあ!」

 

 言葉が背中を押した。

 

「ライザ、ありがとう!」

 

 そうだ、後悔したくない。

 

 ——これから苦難の連続ダス。頼りになって、側で支えてあげられる人が絶対に必要ダス。

 

 ジンの言葉が脳裏を駆け抜けていく。

 

 ——早めに手をつけとかないと、あとから後悔するダスよ。その想像みたいになることもあるかもしれないダスし。

 

 別にそんなつもりじゃないし!

 

 ただ、もっとあの頑固な騎士のことをよく知りたいだけなんです!

 

 

 

 

 

 

 そんなに遠くには行ってないけれど、その姿が見えてきて、さらに加速した。

 

 鼓動が激しい。そんな大した距離を走ったわけでもないのに。

 

 心臓がうるさい。

 

「待ちなさい、デュラン!」

「殿下?」

 

 この唐変木はいつまで殿下って呼ぶつもりなの!

 

 少し拗ねてみたら慌てて名前で呼んでくれた。

 

 やっぱり、こっちの方が好きだな。

 

 自分でも驚くくらい簡単に、一緒に行くことを伝えられた。

 あんなにためらったのが嘘のようだ。

 

「それは、正直に言うとすごく嬉しいな」

「うれっ!何言って——」

 

 何を急に!それって、どういう——

 

「嬉しいが、連れて行くことはできない」

  

 目を見て分かってしまった。先ほどまで浮かれていた気持ちが沈んでいくのがわかる。

 

 ——ああ、本気なんだな。

 

 でも、デュランは真剣に話してくれた。

 

 それはエリオットのためだと言う。

 そこまで弟のことを考えてくれて嬉しい気持ちは嘘じゃない。

 

 でもなんでそんな辛そうな顔をするの?

 

 他人の為に一生懸命で、頑固者で、でも約束を守るあなた。

 

 なら、そんな優しいあなたを誰が守ってくれるの?

 

 ——側で支えてあげられる人が絶対に必要ダス。

 

 うるさい。そんなこと、誰が見たって分かってる!

 

 何も支えがないんだったら——私が守る。

 

 デュラン自身も、彼の心も。

 

 その為に、今よりももっともっと強くなるから。

 

 約束するから。

 

 だから。

 

 気付いたら、デュランの胸に飛び込んでいた。

 

 顔が熱に浮かされたみたいに赤くなってるのがわかる。

 

 ちょっぴり恥ずかしいけど、でも、悪くない。

  

 なんで私、こんな大胆なことしたんだろ。

 

 一緒にいられなくなる分、デュランが長く私を覚えていてくれるように、かな。

 

 それとも、近くにいたいだけ?

 

 わからない。

 

 ——ううん、うそ。

 

 風のマナに想いを託す。

 

 私の代わりにデュランを守って——

  

「絶対に死なないで、私の騎士様」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








お気に入り登録、評価、感想ありがとうございます。
なんか、たくさん読んでくださる方がいて恐縮してます。。
そして、新着感想があるたびに実はドキドキしています。いつも温かいコメントをありがとうございます。

さて、この話でローラント編終了です。
リースがログアウトすることで読者が離れていく姿が見えます(笑)

当初の予定とは外れますが、予定とはそんなものだと思っていただければ。。
次はサルタンに向かうわけですが、いったいホークなにがしが現れるってんだ⁉︎
しかし、作者のアンジェラ書きたい欲が高まるとなにがしアイさん編が一瞬で終わります(白目

これからもよろしくお願いします。






これは蛇足なんですが、リメイク版でブースカブーに乗ってパロからエルランドルート、サルタン経由ルートを加速無しで時間計ってみました。
パロ→エルランド 46秒
パロ→サルタン  25秒
サルタン→エルランド 33秒
1秒一日と考えるとそこそこ距離ありますよね。

これがフラミーだと…めっちゃ早い…






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第三章 砂漠の嵐編
第十二話 砂漠の嵐を探してみる


 

 

 

 

 

 リースには、エリオットを守れたら聖都ウェンデルに来て欲しいことを伝えた。

 

 なぜフォルセナでないかは、その頃ウェンデルに向かっているからと、わかるような、わからないようなことを言ってしまった。

 

 まぁ納得していたからいいだろう。

 

 それにしても、なんかこう、リースとちょっといい感じじゃなかったか?

 

 いやいや。

 

 やめとこう、なんか浮かれ過ぎてあとから勘違いでしただと恥ずかし過ぎるしな。

 

 あれは、ほら、あれだよ。

 

 海外でよくある別れのハグってやつだ。ローラントではあれが一般的なんだよ。たぶん。

 

 フォルセナにない文化だから、すっかり勘違いするとこだったぜ。

 

 まったく……。一国の王女様に対して考えることじゃないな。

 

 と、分かってはいるが。

 

 一人の旅がなんだか寂しく感じてしまう。

 

 パロではマタローからの伝言を確認したが特に残されてはなかった。

 まぁ、そんなもんだろう。きっとどっかのタイミングで会えるさ。

 

 てか、今幽霊船乗ったら詰みだからな。

 

 そのフラグだけは全力で回避しておく。

 

 

 

 

 

 砂の都サルタン。

 

 火のマナの濃いこの大地は、砂漠地帯となっており、近年少しずつ気温が上がっているらしい。

 

 幸い、サルタンにいる分にはまだ水に困ることはないようだ。砂漠を横断していくならば、十分な量を確保しておく必要がある。

 

 砂漠で水が貴重なことには変わりはないからな。

 

 パロから乗るときにも船に大量の樽を詰め込んでいた。これは船内で飲む水も含まれているが、この地では酒に適した作物が育ちにくいこともあり、大量に酒を輸入しているかららしい。

 

 まぁ、そんな事情があるからか、酒などの輸出入を管理している商人は、だいぶあくどい儲け方をしていると噂になっている。

 

「もっとも、昔からいる義賊によって、そういう商人は痛い目を見ることになるがな」

 

 薄暗い店の中で、ターバンを巻いた小麦色の肌をした男が言う。どこを歩いてもそんな身なりの人ばかりだがな。

 

 ここは、サルタンにある酒場だ。まだ昼間だからか、中にいる客は俺一人だけ。目の前でせっせとグラスを磨いているのはここのマスターだ。

 

「へぇ、その義賊ってのは」

「ナバール盗賊団さ。名前くらい聞いたことあるだろう?奴らに目をつけられた商人は必ず罰がくだるのさ。街の奴らからは砂漠の嵐って呼ばれてる。英雄みたいなもんだ」

「英雄ねぇ……。その英雄に会いたいんだが、どうすりゃ会えるんだ?」

 

 ぬるいワインを半分ほどまで飲んだが、あんまり美味いとは思えない。

 

 舌がお子さまなんだろうか。ぶっちゃけまずい。

 

 なんだろ、舌に残る酸味がちょっと苦手だ。

 

「なんか依頼でもあるのかい?」

「まあな。ちょっと観光で火炎の谷まで案内してくれそうな人物を探してるんだが、見つからなくてな」

「……兄さん、悪いことは言わないからやめとけって。あんなところ、観光で行くような場所じゃない。死ぬぞ」

「それを聞くのももう何回目かわからん。そんな話を聞いても、どうしても行きたいのさ。だから、あとは骨がありそうなナバール盗賊団頼りなわけよ。なんか知らないか?」

 

 ため息混じりにだが、重い口を開いた。

 

「さてな、そんなこと依頼する奴なんて今までいなかったしな」

「そう言わずに、さ」

 

 そっとチップを出して、更なる情報を引き出そうと交渉する。

 

「まったく。こっちは親切のつもりで言ってんだぜ?本当に死んでも知らねえぞ」

「あいにくと、死神じゃなくて女神がついてるからな」

 

 というか、ついていて欲しい。願望だが、言い続ければ本当になる、きっと。

 

「ナバールに繋ぐほどのコネは残念ながらねぇが、今狙われている商人ならわかる。そこで腕の立つ用心棒を募集しているらしいが——そっからは自分次第だぜ?」

「紹介してもらえるかい?」

 

 ノータイムで返事をすると、ぐいっと残りのワインを飲み干す。

 

 うーむ、やっぱ美味くない。

 

 空いたグラスにさらにチップを放り込むと、綺麗な音が反響した。

 

「まいどあり!」

 

 

 

 紹介されるままに屋敷まで足を運んで来たわけだが、どう対応したものか。

 

 砂漠地帯でこれほど広い屋敷に住むとなるとかなりの財を築いたのだろうということはわかる。

 

 わかるが、それを守る用心棒がこいつらではお粗末にもほどがあるんじゃなかろうか。

 

「おいおい、お前みたいなヒョロっちいのが用心棒だって?笑わせてくれるぜ!」

「まったくだぜ。早くママのところに帰っておっぱい飲んで寝るんだな!」

 

 は〜。

 

 なるほどなるほど。

 

 街のその辺にいるごろつきでも連れてきたのかな。

 

 というか人相といい、だらしない服装といい、悪人にいいように使われるチンピラAとかにしか見えない。

 

「おーい、きこえてまちゅかー?」

 

 潰すか?

 

 いや、冷静になれよデュラン。

 

 最近の俺は王族やら、国の兵士やらといった常識も礼儀も弁えた人とばかり接し過ぎたんだ。

 

 いいじゃないか、たまにはこういう元気な人達と関わったってさ。

 

 けっこうけっこう。気にしないよ、別にサ。

 

「へ、こいつびびってら。声もでねぇみたいだ!」

 

 ゲラゲラと下品な笑いが響いた。

 

 ……ここで揉めても仕方ない。

 

 大人になれ。

 

 クールにいこう、クールにな。

 

 ふー、ふーっ!

 

 とりあえず、この一番偉そうにしてるハゲ、もとい、スキンヘッドが素敵に似合う中年男性に聞くべきだな。

 

 ただし、こっちも礼儀はいらんだろ。

 

「こんなかの一番はどいつ?」

「見てわかんねえのか、てめぇの目の前にいるだろうが」

「ああ、あんたか。だったら、ここの用心棒とやらも価値がないな。まだ犬っころを番犬にしておく方がマシじゃないのか?なんせ、全員かかってきても俺より弱いんだからな」

「……てめぇ、どうやら死にたいらしいな」

「お前ら倒したら用心棒として雇ってもらえるなら、いくらでも相手してやるけど。まあ、余計な手間と金を省くなら、今すぐこの木偶の坊共を砂漠に捨てて俺を雇うのが賢い選択ですけどね」

 

 うん。ちょークールにいいきった。

 

 穏便に終わらせましょうって意味が伝わったかな?

 

「言ったな?旦那、やらせてくだせえ、こいつ、骨の一本でも折らないと分からないらしいんでさぁ」

 

 あー、残念だ。交渉決裂ですね。

 

 スキンヘッドが、商人にへこへこしながら申し出る。

 でっぷりとした商人の姿に、かなり私腹を肥やしてきただろうことが伺えた。

 

 まぁ成敗してやろうとか、そんな余計なことを考えるまでもない。

 

 ナバール盗賊団に会うためのエサだからな。

 

 暇ができたら、ほんとに悪徳商人か調べてこらしめるのもありかもしれん。

 

「ま、いいだろう。好きにしろ。君が勝ったら用心棒として雇ってもいい。勝てれば、な」

 

 前振りが長いんだよな。こういう連中はさ。

 

 ゆっくりと抜き放ったブロンズソードが煌めく。

 

 指先が延長しているかのように、この重さも、長さも手に馴染んでいる。

 

 今日も手入れは完璧。一日も欠かさないメンテナンスのおかげで新品同様だ。

 

「ぷっ!おいおいおい!マジかよこいつ!」

「ぎゃはは、ブロンズソードとか、どこの骨董品だよ」

 

 は?今なんつった?

 

「そんなひよっこしか使わないような剣で、ここにいる五人を倒せるわけねぇだろ!なに言ってやがんだ!」

 

 こいつら。

 

 マジで許さん。

 

「——そうか、お前らの武器は?」

「はっ、見ろよ!旦那からいただいたバスタードソードだ!てめぇのそのおんぼろの数十倍は値段が張るだろうな!勝ち目なんてねえんだ、よっ!」

 

 不意を打ったつもりか。

 大振りな一撃を一歩下がってかわす。

 

 おっそ。

 

「へっ、運が良かったな。でもまぁ、おれたちの前で二度とその生意気な口をきけないようにしてやるよ!」

 

 いや、運じゃないけど。

 

 もうどうでもいいや。

 

「どうでもいいから、早く来いよ」

 

 口に出てました。

 

「雑魚が調子に乗ってんじゃねえ!」

 

 五人が一斉に得物を構えた瞬間。

 

 風のマナを纏う。

 

 修行の成果か、ジンのおかげか。ほぼ瞬間的にこの力を発揮できる。

 

 男たちの間を縫うように走り、剣の柄を切り払う。

 

「はっ?」

 

 五人の後ろまで駆け抜けたが、その間は瞬きの間に過ぎない。

 

「俺の剣を馬鹿にしたんだ。ただで済むと思うなよ」

 

 バスタードソードの柄から先がゆっくりとずれ落ちていく。

 

 カランカランと金属が床に落ちる音が響いた。

 

 いくらの損害かは分からないが、使い手に選ばれなかった剣には同情の念を禁じ得ない。

 

「さ、採用する!採用だ!こいつらの倍、いや、五倍は支払う!」

 

 にこりと笑顔を向けてやる。

 

「交渉成立だな。さて、敗者は——とりあえず何をすべきか、わかるよな?」

「わ、悪かった!おれたちが調子に乗りすぎた!許してくれ!」

「ん?」

「あんたの剣は最高だ!馬鹿にしてすまなかった!」

「ああ、分かってもらえればいいんだ。俺の方こそ悪かったな。仲良くやろうぜ」

 

 物分かりがいいやつは嫌いじゃないよ、うん。

 

 ちょっと大人気なかったことは反省だ。

 

 それにしても、やっぱり父さんのブロンズソードは最強だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ナバール盗賊団。

 

 悪徳商人や、民を虐げる貴族から奪い、困窮した市民にその財を分ける。

 

 それだけ聞くと美談のように思えるが、必ずしもそういう側面だけではないだろう。

 

 だって、結局その奪ったもので生活のやりくりをしているわけだからさ。

 民に配るあたりはまだマシかもしれないが、もともと搾取された人たちが浮かばれないだろう。

 

 とか、勝手に想像したわけだが、世間の反応が全てだ。

 

 彼らはこの砂漠で信頼があついらしい。盗み以外でも、無闇な略奪をする盗賊を退治し、地域の治安維持に貢献しているようだ。

 

 それに、一般市民から盗まない。

 

 当然、市民は自分たちが安全で、しかも恵んでくれたり、驚異から守ってくれたりするナバールを嫌いになるはずがない。

 

 市民を味方にしてうまく立ち回ってるわけだ。

 

 なんか、こう考えると俺って嫌なやつだな。素直に受け入れればいいんだろうが、なんかこう、しっくりこないんだよなあ。

 

 盗むじゃなくて、公的に処罰する道はなかったのか、とかさ。

 

 王に調べ上げた帳簿とかの情報を流して、裁くとかさ。そうすりゃ、財産没収して国が潤うから、市民全員に貢献できるだろうし。

 

 もっとも、そんな風にうまく回らないから、今のやり方で落ち着いたのだろうから、よそ者の俺が口を挟むことじゃないとも思っている。きっと根が深い歴史があるんだろうな。

 

 にしても、警備を始めてもう二日目だぞ。

 

 来る気配が微塵もない。あのマスター、ガセネタ掴ませたのか?

 

 屋敷の出入口は固めている。家主には不自由を強いることになるが、二階からの侵入もバリケードによって塞いだ。

 

 今は正面入り口に俺を含めて三人体制で守っている。

 

 夜の間、交代もあるが、ほとんど夜通しだ。

 

 だからか最近、寝不足気味となっている。早く来てくれないとキツい。

 

 暇な時間にはマナの操作を習熟してるから無駄ではないのだが、そればかりにかまけていられるわけもない。

 

 風のマナを感じ取れるようになったから、他のマナはどうだろうかと試しているのだ。

 

 火のマナを感じるのは難しいが、ローラントとはまた違った感触があるように思う。

 

 でも、自分で操るまでは難しい感じがする。うまく自分の中にマナを溜め込むことができないのだ。

 

 まだ始めて間もないからかもしれんし、続けてはいこうと思う。

 

 ——不意に、外からのわずかな気配を感じとる。

 

 噂をすれば影、ってやつか。いや、話してなかったけど。

 

 来たな。

 

 他の連中は気付いていないらしい。

 

 風のマナのおかげか、空気の流れに敏感なのだ。

 

 玄関の前であくびをしていたスキンヘッドに声をかけてやる。

 

「おい、お客様だぞ」

「へっ?」

 

 扉が思い切り開け放たれたと思えば、三人の影が滑り込んできた。

 

 瞬く間に正面扉の目の前に陣取っていたスキンヘッドが、三人のうちの一人に昏倒させられる。

 

「あ、兄貴!」

 

 動揺したのか、修理した自慢のバスタードソードを抜くのにもたついた。

 分かっていたことだが、これも広がって侵入した一人にあっけなくやられる。

 

 つ、使えねえ。

 

 まぁ元から期待はしていないから別に構わないし、今からのことを考えると、こいつらが倒れてるのは都合がいい。

 

 相手は三人。当然、手の空いているもう一人は俺の頭部を同じように狙ってくるが——

 

 一閃。

 

 斬ってはいない。例によって剣の柄を思い切り腹に叩きつけた。

 

 その一撃だけで軽く数メートルは吹き飛び、意識を失ったらしい。

 

「こんばんは、ナバールの皆さん」

 

 力強く声を発する。

 

 おごりもなければ緊張もない。

 

 自然体で構える。ただ、常人と違うのは、マナを纏っていることか。

 

 殺しに来るかはわからないが、飛び道具にも警戒することを忘れない。

 

「……なるほど、あんたは他の奴らとはモノが違うらしいな」

「それは褒めているんですよね?嬉しい限りです」

 

 丁寧な言葉を意識しているが、逆効果か?

 

 向こうの警戒の度合いが上がった。

 

「オレたちはあんたとやり合う気はない。目的の物が手に入ればそれでいいんだ」

「それを守るのが私の仕事なんです。どうしても通りたかったら、一対一で勝負しますか?そちらが勝てたらお通ししますよ」

「何?」

「二人がかりでもいいですが、これ以上やられると撤退に影響が出るでしょう?」

「舐めているのか……!いいぜ、やってやる。たかが盗賊と舐めたことを後悔させてやる」

 

 目深に被っていたフードを取った。

 

「おまえっ!」

 

 紫紺の長い髪を後ろに束ねた特徴的な髪型に、その二枚目フェイスは。

 

 原作主人公の一人、ホークアイだ。

 

「まさか手練れの用心棒を雇っていたとはな、ハズレの情報をつかまされたぜ」

「いやいや、逆だよ。大当たりだ」

 

 俺の中ではな。

 

 相手がホークアイと分かったことで、考えていた作戦を変更する。

 

 お互いが無言で向き合った瞬間。

 

 俺が先手をとる。

 

 一気に駆けて、目の前で剣を振るう。手に持ったダガーで防いでくるが、関係ない。

 

 俺にホークアイを倒す意思はないからだ。

 

 とにかく攻撃を繰り出し、ホークアイにだけ聞こえる声でささやく。

 

 敬語は一度捨て去ろう。その方が、話しやすい。

 

「ジェシカは元気か?ホークアイ」

「なに⁉︎」

 

 食いついた。

 

 手は止めずに続ける。

 

「君に忠告がある。明日の昼、酒場に来てくれ。俺の話を聞いた方がいい」

「ジェシカに何をする気だ‼︎」

「俺じゃない。だが、近いうち命の危険がある。知ってて守るのと、敵を知らないまま守るのと、どちらが賢い選択なのかはわかるだろ?」

「お前……オレを脅そうってのか」

 

 裏稼業の自覚はあるのか。心当たりを考えているみたいだが、多すぎるのだろう。

 

 そしてそれが現実にありえることも分かっている。

 

 だから悩む。

 

 だが、これは罠だとも思っている。

 

 何が事実か。ブラフなのか。

 

 って、感じかな。善意だけを持ち出しても、俺だって疑う。

 

 いきなり初対面の敵に、「ウェンディは元気か?デュラン」とか聞かれたら、こいつ何者?なんで知ってんの?ってなるし。

 

 そして、全て嘘と可能性を切り捨てられないことも、わかる。

 

 もう一押しだな。

 

「脅しじゃない。俺が君に依頼したいこともある。これは、そう。取引だ」

「取引だと?」

「ああ。君はジェシカの晒されるであろう脅威について知ることができる。その対価として、俺は俺の依頼を受けてもらえる。詳しい内容は——」

 

「くせものだー‼︎全員アニキに加勢しろー‼︎」

 

 いいところで邪魔しやがって!馴れ馴れしくアニキ呼びすんな!

 

「ちっ、リミットだ。早く行け」

 

 大振りの一撃を盛大に目測をずらして振るう。

 

 ホークアイはその動きを見て、バック宙で華麗に回避した。 

 

 こいつ曲芸師かよ。

 

「今日のところは帰ってやる。だが、あくどい商売を続ける限り、何度でも来るからな。覚悟しておけ!」

 

 悔しげに言い捨てていく感じが、どこかやられ役っぽい。

 

 って、俺のせいなんだよね。すみません。

 

 倒れてる方はもう一人がちゃっかり回収しており、素早く逃げ出した。

 

「待ちやがれ!」

 

 おっと。

 

「ぐっ、いてー!だいぶ食らっちまったか⁉︎」

 

 わざとらしく大声を出して、その場にうずくまる。

 

 これで追おうとしていた用心棒の皆さんの足が止まった。

 

 彼らとしては、自分たちよりも強い俺が怪我をしたという事実に恐怖を感じたようだ。

 

 それでいい。

 

「だ、大丈夫ですかい、アニキ」

「ああ、なかなかの手練れだった。俺よりも他の二人が心配だ、そっちを看てやってくれ」

「そんな……、あんなに失礼な態度をとったおれたちのことを心配してくれるなんて……」

「いいから早くしてやれ」

 

 死んではないだろうが、しばらく痛みは引かないだろう。まぁ、それはナバールの一人も同じか。

 

「——さて、ご主人に報告して、依頼達成としますか」

 

 今日はぐっすり眠れそうだな。

 

 騎士は、どんな悪党とでも裏切られない限りは約束を果たすんで、な。

 

 この一回はな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————————

 

 

 

 今回も楽な仕事だと思っていた。

 

 相手は最近増えている貿易商人の類だ。

 

 下調べも十分に済ませたし、用心棒の数も分かっている。

 

 まぁ、仮に戦闘になっても問題ないだろう。

 

 そう思っていたのだが。

 

 ——なんなんだ、あの強さは。

 

 たった一撃であんなに人が吹き飛ぶなんて。どんな手品だ。

 

「こんばんは、ナバールの皆さん」

 

 背筋に嫌な汗が流れる。

 

 たったその一言で、この部屋の空気が鉛のように重くなった。

 

 息苦しい。

 

 ダメだ、呑まれてる。

 

 ここで弱みを見せるな。

 

 なんとか虚勢は張れた。一対一に持ち込むこともできた。あとは不意をついて追撃が入れば——

 

 そう思うが、この剣士にそんな隙などない。

 

 的確な斬撃に防戦一方を強いられる。攻撃する合間などない。

 

 仲間が援護に入ろうとするタイミングで、やつが視線を向ける。

 

 たったそれだけで援護の機会を潰しているのだ。

 

 こんな化け物がサルタンにいたのか⁉︎

 

 そんなはずはない。

 

 つい先日の定期船でやってきたのだろう。まだ肌が焼けていないことからも長く逗留していないことは想像がつく。

 

 くそ、調査不足だったってか。

 

「ジェシカは元気か?ホークアイ」

「なに⁉︎」

 

 動揺が顔に出る。

 

 頭に血が上っていくのがわかった。

 

 こいつなんでオレやジェシカを知っている?

 

 最初からここで雇われてるのはオレが狙いだったのか⁉︎

 

 話をしながらも剣の乱舞は止まらない。こっちから距離を離そうにも、向こうのペースがまったく変わらないのだ。

 

 オレが肩で息をして対応しているというのに、こいつの息にはまったく乱れがない。

 剣技、スピードだけじゃなく、スタミナも並じゃないのか。

 

 今は勝ち目がないことを悟る。幸い、こちらを殺す気がないことはわかった。

 

 

 

 その後、見逃してもらう形で撤退に成功する。

 

 目的を達することができなかったのは悔しいが、今回の場合は命があっただけマシだろう。

 

 それに、あの剣士が話していたことも気になる。胡散臭い話だったが、まったくの嘘、無関係とは思えない。

 

 普通、こんな回りくどいことなんてしないだろう。オレを殺すならさっきいつでもやれたはずだ。

 

 ましてや、無防備なところをジェシカが襲われたなら——

 

 それを自覚し、今更ながら手が震える。

 

 恐ろしいやつだ。

 

 だが、ジェシカの命を守るために、あいつに接触する必要がある。

 

 ——酒場って言ったな。行って確かめてやろうじゃねえか。

 

 ついでに、あいつの本当の目的も見定めて、ナバールにちょっかい出したこと、後悔させてやる!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 












お気に入り登録、評価、感想ありがとうございます。
それから誤字修正の連絡もありがとうございます。お礼が遅くなりすみません。とても助かります。。


SFC版だと、紅蓮の魔導師に敗れ、ヤケ酒をしていたデュラン。
たぶん聖剣世界はその辺年齢制限とかないんでしょう…たぶん。
皆さんは20歳になってから飲むようにしてくださいね!


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第十三話 交渉してみる

 

 

 

 

 

 

 昼間から酒を飲む輩なんて、ろくな奴ではないだろう。

 

 ましてや、昼間から夜までずっと酒場にいるような奴はもっとろくでもないに違いない。

 

 つまり、俺はろくでなしだ。

 

 一人ぽつん、と薄暗い店内の一番隅にあるテーブルで来ない待ち人を待ち続けている。

 

「ホークアイに酒場の名前言ってねぇじゃんかよ……」

 

 昨日の出会いから、あまりにことがうまく運び過ぎたとは思っていたが、まさかこんなミスを犯すとは思わなかった。

 

 このサルタンだけで何軒酒場があるのだろうか。

 

 原作なら一件程度なわけだが、この街には何百、何千という規模の人々が生活しているわけで。当然、酒を飲む場も多くあるわけだから——

 

 過ぎたことを気にしても仕方ない。

 

 あの話を必要と思うなら向こうから接触してくるだろう。

 

 むしろ、ある意味こんな目立つ異国人を見つけられないようでは、盗賊としていかがなものか。

 

 と、開き直ってみる。

 

 きっと人探しとかモノを見つけたりとかは探偵並みに得意なはずだ。

 情報も掴まないで盗みに入ったりとか……ないだろうし。

 

 あー、にしても失敗した。

 

 このロスどんくらいだ?

 

 今日接触できなくて、これが一週間とかになったらロスがデカ過ぎる!

 

 というか、そもそも来る気がない可能性も視野に入れた方がいいのかもしれない。

 

 オアシスの村ディーンに行って、そこでガイドを探すか?

 

 でもそれなら最初から酒場のマスターがそういう助言をくれるだろ。

 

 だからたぶん、マジで誰も火炎の谷に近づこうとしないってことだ。

 

 地元民ですら近づかないんやで……って言われると、危険感半端ないですね。

 

 いや、他人事じゃないんだけどさ。

 

 天の頂は、人為的に閉鎖されてるだけで、人の出入りがあるから、そんな未知の恐怖とかあんまり感じることはなかった。

 

 原作のイメージで考えると、火炎の谷って溶岩とかぽこぽこしてるような、そういう場所なんだろうし。

 

 普通に落下した衝撃で死ぬよりも、苦しい死に方になりそうな未来しか見えない。

 

 落ちること前提で考えるのもどうかと思うけどね。

 

 まぁ、それ以前に砂漠を渡って、素人の俺が辿り着けるのか、という問題がある。

 

 体力に自信があっても、そんなの環境が変われば、100%を発揮できるとは限らないわけだしさ。

 

 なんなら俺よりも体力のないような老人とかですら、慣れ親しんでいれば横断も容易だろうし。

 

 それは極端かもだけど。

 

 地元流の砂漠の踏破方法とか絶対あるだろう。俺が付け焼き刃で砂漠の渡り方を調べてもいいが、それは最終手段にしたい。

 

 とにかく案内なしじゃ無謀だ。

 

 三日くらい待って無理なら今回は諦めることも選択肢に入れようか。

 

 そう思ったときだった。

 

 

 

「——やっと見つけたぜ」

 

 

 

 この聞き覚えのあるハスキーなイケメンボイス。

 

 紫紺の髪に、黄金色の瞳。

 

 光が見えた気がする。

 

 ホークアイだ!ひゃっほー!

 

 おっと、変なテンションでまた余計に悪い印象を与えるわけにはいかない。

 

 切り替えよう。

 

 ホークアイが、テーブルの向かいの席にどかっと乱暴に腰を下ろした。

 待ち人が来たことで、周囲を確認するが、客はまばらだ。新たに増えた様子もない。聞き耳を立てない限りは話し声が聞こえることはないだろう。

 

 それに、他の仲間は店内にはいないようだ。

 

 これは俺にとって都合がいい。

 

 確認が取れたところで、適当に飲み物を頼もうとしたが、断られてしまった。善意なんだけどね、仕方ない。話を進めよう。

  

「……よくここがわかりましたね」

「苦労したぜ。サルタンにいったい何軒酒場があると思ってんだ。情報を集めて、異国人が出入りしてるところを絞りこみ、ようやくこの港近くの寂れた酒場を見つけたんだぜ?」

 

 どうだ?とでも言わんばかりの態度だが、何軒酒場があるかは結局わからんから凄さがいまいち伝わりにくいな。

 

 しかし、見つけてくれたことは素直にありがたい。

 

「さすが、砂漠の嵐は仕事が早い」

「ちっ、嫌味か?約束は昼間だったけどな」

 

 あ、もうそれは全然気にしてません。

 

「オレを試したんだろ、ムカつく野郎だ。それで、取引だ。まずはジェシカを狙っている奴のことを教えろ」

 

 せっかちなのか、腹が立っているのか。

 

 これは両方か。

 

 何にしろ、印象は悪いみたいだ。

 

 ってか、試したわけじゃなくて、単純なミスだったんだけど、なんか変に勘違いされてるな。

 

 でもまぁ弁解するとちょっと間抜けっぽいし、触れずにおこう。

 

「先に言っておきますが、私はあなたや、あなたの大事なものに敵対する気はまったくありません。それを前提に話を聞いて欲しいのですが」

「それを決めるのはお前じゃない。オレだ」

 

 ごもっともです。でもこんな喧嘩腰じゃ、まともに話も聞けないだろう。

 

 気は進まないが、仕方ない。

 

 すまん。

 

 心の中で相棒に謝罪する。

 

「……これをあなたに預けます。これで、少しは信用する気になってくれるとありがたいんですけどね」

 

 そっと、ブロンズソードを剣帯から外し、ホークアイに手渡す。

 

 その様に彼は目を見開いている。

 

「馬鹿か、剣士が剣を預けるなんて!」

「かもしれません。ですが、これでいくらか緊張もほぐれたでしょう?」

 

 いくら原作で仲間だったからと言って、今の俺たちの関係は最初の出会いが良くない。

 

 実際、報復に仲間が酒場の周りに張っている可能性もある。

 

 しかし、俺にホークアイをどうこうする意思は当然ない。

 

 まずはそこをきちんと理解してもらえないことには、話が前に進まないだろう。

 

「この間は仕事とはいえ、すみませんでした。会話にしても、あなたの興味を引くためとはいえ、挑発と捉えられても仕方がなかったと思います。ですが、純粋に力を貸して欲しいんです。あなたにしか頼めない」

 

 やっぱり、悪いと思ったら謝罪が必要だ。

 これはどこの国に行っても同じことだろう。

 

 第一、わだかまりが残ったままでは、到底信じ合うことなんてできはしない。

 

 これからの関係を思えば、それをためらう理由などないし、剣を預けることでちょっとでも信用されるなら、それに越したことはない。

 

 他人に剣を触らせるなんて、本当はめっちゃ嫌だけど。

 

 嫌だけどね、これは。

 

 大人だから、仕方ないと割り切れるだけでね。

 

 いや、正確にはもうあと数日で16歳になる年頃なんだけどさ。

 

 この世界じゃ、もう大人みたいなもんだ。

 

 ガマン!

 

「……あんたが信用できると思ったらこいつは返してやるよ」

「それでいいです。ひとまず、信じてくれてありがとうございます」

「ふんっ。それで、あんたの依頼を聞く前にこっちの用件を済ませてもらおうか」

「はい。ですが、その話をする上で私の身の上話もする必要があります。聞いていただけますか」

「美人の話ならいつまでも聞いていられるが……男の話はな。手短に話せよ」

 

 剣を預けたからか、軽口を言ってくれるくらいには態度が柔らかくなったように感じる。

 

 何より、こちらの話を聞く準備ができたみたいだ。

 

 生半可な気持ちだとただの戯言と聞き流されてしまうだろうから、剣を預けたのは正解だったかな。

 

 ようやく交渉のテーブルについてくれたと考えていいだろう。

 

 ここから先を信じてもらえるかどうか。

 

 いや、大事なのは彼にとって俺と交渉するだけの価値があると思われることだ。

 

 話してみないことにはわからないが、これは。

 

 

 ——賭けだな。

 

 

「わかりました。とにかく最後まで聞いてくださいね——」

 

 俺はこれから起こるであろうことを目的を含めて話した。

 

 マナの女神から神託を受け、精霊を集める旅をしていること。その中で世界に危機をもたらす存在が暗躍しており、ナバール盗賊団を操ろうと画策する存在が現れること。

 

 つまり、美獣イザベラだ。

 

 盗賊団の首領フレイムカーンが砂漠の砂嵐で行方不明になったときに、美獣イザベラが助け、そのままフレイムカーンを術で傀儡とすること。

 フレイムカーンの様子がおかしいことに気付いたホークアイと、彼と兄弟同然であるイーグルを、美獣イザベラが殺そうとすること。ジェシカへ命に関わる呪われたアイテムをつけること。

 

 神託を受けたって話から渋い表情で聞いていたが、首領やイーグルの名前が出たときには目の色が変わった。

 

 なぜサルタンに来たばかりの人間がそんなことを知っているのか、という説明を探しているのだろう。

 

 まだ半信半疑といったところか。

 

 しかし、まったくのデタラメと一蹴されるよりマシだ。

 

「……信じられないな。妄想にしてはよくできていると称賛したいくらいだ」

「女神様の言うことですよ。全くの嘘とは言い切れませんよね?」

「女神様が言ったかどうかを確かめる術がない」

 

 まあ、正論だな。

 

 今回は書状もないし、ホークアイに関する話をしようにも、他に信じてもらえそうな情報がない。

 

 だから、新たに加わったカードで勝負することにする。

 

「私が強い理由、知りたくないですか?」

「いきなり何を言って——」

「なぜ、あんなに速く動けるのか?そう思いませんでしたか?」

「それは……」

 

 彼が見た唯一信じられるもの。

 

 俺の強さだ。

 

 自惚れるわけではないが、今の時点ではホークアイとの差は歴然としている。

 

 その強さがなんなのか、理由が気にならないはずがない。

 

「答えだけをシンプルにいうと、風の精霊ジンに認められているからです。精霊の力を借りているということが何を意味しているのか、分かりますか?世界を救う旅であると、精霊が認めているのです」

 

 ホークアイが口をつぐんだ。

 

 ちょっと強引過ぎるような気もしたが、実力を目の当たりにしてる分、この話の信憑性が高いと判断したのかもしれない。

 

「そして、この地へは火炎の谷にいる火の精霊サラマンダーの力を借りにきました。あなたへの依頼は、火炎の谷まで案内してもらうことです。できれば、帰りも付き添いをお願いしたいのですが、いかがですか?」

「あー!無茶苦茶だな、おまえの話はよ!」

 

 ぐしゃぐしゃと頭を掻き毟る。考えがまとまらないんだろう。

 

 ほんと、よくジョスター王はこんな話を信じたな。

 

 あ、リチャード様のお墨付きがあったからか。

 

「極論を言うと、先ほどの神託については、今は信じなくてもいいです。ただ、覚えておいて欲しいんです」

「あ?どういう意味だい?」

 

 フレイムカーンが行方不明になるかは確実じゃないかもしれない。

 

 だから、信じてもらえそうなターニングポイントは——

 

「フレイムカーンの側に、イザベラという女が現れたら、女神様の神託が実現します。そのときは大切な人を連れて逃げてください」

「別に信じちゃいないが、オレに他の仲間やフレイムカーン様を見捨てろっていうのか?」

 

 その瞳は仮定であると分かっていても、怒りに燃えていた。

 

 仲間思いなんだろう。握り締めた指先が、怒鳴りたい気持ちを抑えていることを教えてくれる。

 

 助けたいさ。それが叶うのなら。

 

「イザベラは私よりも遥かに強い。生半可に手を出せば、イーグルもジェシカも命はありません」

「そんなこと分からないだろ」

「いえ、分かります。あなたは確実に死にます——だから、手の届く範囲を救うことだけで耐えてください」

 

 黄金色の瞳を見つめる。先ほどまでの怒りはない。

 

 戸惑い、だろうか。彼の瞳が揺れ、視線が俺から外れた。

 

「……もし、そんなことが起きたらそうしてやるさ」

「ありがとうございます。さて、私からの忠告は以上です。それで、依頼は受けていただけるんですかね?」

 

 ホークアイに会ってこの話ができたのだ。やりたかったことの一つは達成したと言えるかな。戦力が増えたわけでもないし、彼が仲間になることが決まったわけでもないから、目的だけを見るならまだ何もできていないが。

 

 うん、まあ悪い気はしていないし、時間の無駄とも思わないな。

 

 彼は、じっと考え込んでいるようだ。これで受けてもらえないなら他の手を考えるしかないわけだが——

 

「いくらだ?」

 

 ん?

 

「何とぼけた顔してんだ?依頼するのに対価を支払うのは当然だろう」

「それは、まぁそうですけど」

「まさか胡散臭いその神託だけで自分の要求を通そうとしたわけじゃないんだろ?」

 

 ぐっ、そんなつもりはなかったが、確かにこれだとあまりにもホークアイに得がなさすぎる。

 

 仮にイザベラが現れなければ、タダ働きもいいところだ。

 

「……支払える分を超えなければ、言い値を払いましょう」

 

 ひゅー!っと口笛を吹くホークアイ。

 

「なかなか気前がいいな。悪くない!それと、条件をもうひとつ加えさせてもらうぜ」

「何ですか?」

 

 ここまで来たらもうホークアイを逃す気はない。火炎の谷までは何が何でも案内してもらうぞ。

 

「あんたの剣は旅の間、オレが預かる」

「なん、だって?」

「当たり前だろ?昨日のことを忘れたとは言わせないぜ。まだオレはあんたのことを信用なんてしていない。むしろ、まだ敵かもしれないと思ってる。そんな奴が武器を持ってるなんて、正気の沙汰じゃない」

「さっきも言いましたが、あなたをどうこうしようなんて気は——」

「神託と同じさ。信じられるものはあるのかい?」

 

 ない。あくまで俺の意思一つで変わることだ。

 

「心配なさんな。武器を壊したりしないし、道中のモンスターもどうとでもなる」

 

 そういう問題ではないんだが、何を言っても聞いてもらえそうになさそうだ。

 

 ここでの優先順位の一番は自分のことではない。

 

 火炎の谷に行けるか、それとも行けないかだ。

 

「……わかりました。条件を呑みましょう」

「話がわかるじゃないか。出発は明後日だ。それまでに旅支度を済ませておいてくれよ」

 

 半ば強引に決まったが、結果としては目標は達成してるから良かったのか。

 

 しかし、依頼を通すために言い値を払うとは言ったが、どのくらい要求する気なんだろうか。

 

 相場がいくらなのか調査しておくべきだったな。

 

 旅の準備費用と、砂漠横断の日数、プラス、誰も近づきたがらない、案内できない火炎の谷へのガイド。

 

 最後のプラスの部分で値段が跳ね上がるから調べても無駄か。

 

 エルランドでの資金も残しておかないとだし、あんまり払えないかもしれん。

 

 最悪、フォルセナの名で借金を……、馬鹿か、そんな恥知らずなことできるわけがない。陛下の顔に泥を塗るような行為だぞ。

 

 いや、待てよ。

 

 こないだの用心棒代があるから、なんとかなるかな?

 

 うん、希望が見えた。

 

 どんな経緯で手に入れたものかは知らないが、俺の仕事に対する支払いだし、ルクに罪はないからな。

 

 世界のために有効に使わせてもらおう。

 

 それにしても、旅の間剣を預かるだって?

 

 憂鬱すぎる。

 

 

 

 

 

 砂漠渡りに必要な道具は何かというレクチャーを受け、一日を準備にあてた。

 

 その翌日、夜に出発する話を聞き、待ち合わせ場所である街の出入口に到着する。

 

「よお。遅かったな」

「……なんです?この荷物は」

 

 大きなバックパック以外に、ホークアイの足元にある木箱を見て疑問を投げる。持って歩くには邪魔に思うが、必需品でも入っているのだろうか。

 

 彼は、疑問符を浮かべる俺に満足したのか、不敵な笑顔を見せた。少しこちらに近づき、声を落としてささやいた。

 

「あの商人から盗んだブツさ」

 

 ああ、と思い当たる。

 

 一日空けたのは、準備の為とばかり思っていたが、そっちの目的があったわけか。

 

 あの用心棒達じゃ、ホークアイから守り切るのは不可能だったことだろう。

 

 もう用心棒はあの一回でやめたので、悔しくとも何ともないのだが、ホークアイとしては満足しているらしい。

 

 ただ、一点だけ気になることができた。

 

「確認ですが、誰も殺していませんよね?」

「そんなヘマするかよ。ナバールは盗賊であることに誇りを持っているんだ。盗みはするが、殺しはしない」

 

 分かるような分からないような。

 

 しかし、安心した。前回のときで分かってはいたが、ナバールは人殺しはしない主義らしい。

 

 これであっさりと人を殺すような連中だとするなら、いくらものすごい素質を秘めた人だとしても、この旅だけの縁だと感じたからだ。

 

 無為な人殺しなんて、自分の掲げる騎士道に沿わない。

 

 だから良かった。

 

「何安心した顔してんだ?オレが来ないとでも思ったのか?」

「いえ、そうではありません。気になさらず」

「ちっ、気持ち悪い野郎だな。夜のうちに休息場所まで一気に行くぞ」

 

 と、荷物を担いで立ち上がるホークアイ。だが、なぜか木箱は置いたままだ。

 

「……?奪ったものはどうするんですか?」

「仲間が回収するのさ。今は顔をあまり晒したくないから隠れている」

「ああ、あの建物の裏手と、そっちの木の影にいる人ですね」

「……お前の感覚はマジでどうなってんだ」

 

 

「——風が教えてくれるんですよ」

 

 

 正確には風のマナだが、間違いではない。声は聞こえたことないけどね。

 

 ホークアイからは、なんか変な目で見られた。最初はもしかして俺もこうやってリースを見てたのかもしれない。

 

 少し反省せねば。自分の価値観で相手のことを決めつけちゃいかんね。

 

「まぁ、変わりもんなのは今にはじまったことじゃねえしな」

 

 やっぱ変人認定されてる!

 

「途中で倒れたら荷物だけはもらってやるから安心しな。それじゃ、まずはオアシスの村ディーンに向けて出発する!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————————

 (蛇足)

 

 

 

「いや、風が教えてくれたというよりは、風のマナを通してですね——」

「あー、はいはい、わかったわかった」

 

 言いたくても、真似しない方がいいことってあるよね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 











お気に入り登録、評価、感想ありがとうございます。

なんでこんな温かいお言葉ばかりなのかと恐縮しています。
また、未プレイの方が興味を持ってくださってるみたいなので、嬉しく思います。ありがとうございます。

最近、仕事、家事、これ、しかやってない。。のめり込み過ぎて睡眠時間削りまくってるので、ほどほどに頑張っていきます。。


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第十四話 嘘つきは泥棒の始まりなので、泥棒を始めてみる

 

 

 

 

 

 

 昼間は街で過ごすのとはまた違う、厳しい暑さだった。

 

 砂漠の照り返しと直射日光で、ガリガリと体力を削られることになる。

 

 レクチャーされて疑問に思いつつも購入した、すっぽりと頭から全身を覆う厚手の外套。何に使うのかと思ったが、日中の日差しと照り返しから身を守るためだったのか。

 

 ホークアイの方針で昼間にはあまり移動しなくて済むよう、岩影や洞穴のある休息地点まで進み、日が落ちて気温が下がってから移動するようにしていた。

 

 このおかげで、体力の消耗はかなり抑えられている。

 水もかなりの量を用意したつもりでいたが、十分とはいえなかった。

 

 水のある休息地点で補給できなかったらと思うと、ぞっとする。砂漠でミイラになっていたことだろう。

 

 やはり、案内なしでは無謀だったわけだ。

 

 何より、方角やら何やらがまったく掴めない。方位磁針は持ち合わせているし、使い方も心得ているが、見渡す限りの砂漠では心許ないことは確実だった。

 

 やはり、今こうして隣を歩くホークアイがいて良かったと感じている。

 

「何じろじろ見てんだよ」

「いえ、あなたがいて良かったと思って」

「気持ち悪りぃこと言ってんな。ビジネスだからだよ。ビ、ジ、ネ、ス」

 

 まぁ、完全な善意ではないだろうが、敵だと思っているという相手の依頼を受けたことも気になってはいる。

 

 話だけ聞いて、半信半疑のままでも立ち去れたはずだ。

 

 それとも、敵だから近くで監視していたいと考えたか。

 

 どんな考えであれ、結局は本人にしかわからないのだけれど。

 

 そんな風に考え事をしながら歩き、何回目か分からない砂丘のてっぺんまで来たときだった。ホークアイから静かに声がかかる。

 

「止まれ」

「……どうかしましたか?」

「あそこだ、見てみろ」

 

 月明かりに照らされた砂漠で目を凝らす。かなり離れた場所で蠢いている何かが見えた。

 

 なんだ?あれは。

 

「ありゃバレッテの群れだな。大人しいモンスターだが、万が一戦闘になったら厄介だ。迂回するぞ」

「倒せないんですか?」

「馬鹿か。あんな硬いモンスター相手にしてオレのダガーをダメにしたくない。お前は腕が立つ剣士だが、ブロンズソードなんて簡単に折れちまうよ」

「……そうですか」

 

 バレッテ。サイのような見た目に、頭部についた二本のツノと、太い尻尾の先端にトゲがついているモンスターだ。

 

 硬いというのには同意だ。見た目通りと言える。

 

 しかし、とても大人しそうな外見には見えないのだが……。

 現地人が言うのだからそうなのだろう。

 

 今のところ、ここまで戦闘もなくモンスターに出会わなかっただけに、間近に脅威があると思うと剣がないことを歯痒く感じる。

 

 迂回してあまり時間は取られたくないところだが、仕方ないか。

 

 バレッテの群れを注視したときに、群れの流れから離れる個体が見えた。

 

「あれは——」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————————

 

 

 

 

「ホークアイ、あそこにいるのは?」

 

 迂回するルートを考えていたオレに、不意に声がかかった。

 

 まったく。誰の為に考えてると思ってんだ。

 観光じゃないんだからよ。

 

 顔を上げてもう一度、依頼人の指差す方向を見る。

 

 一匹のバレッテが、向かっていた方向から逸れ始めた。

 

 それを機に、他の数匹も群れから離れ始める。

 

「おかしい。何か獲物がいない限り、そんな行動は——」

 

 そこまで考えて、進行方向に目を凝らすと、三人の人影が見える。

 一人はまだ小さい子どもだ。

 

 近くの岩場に隠れていたようだが、運悪く見つかったのか。

 

 バレッテは比較的大人しい。それに違いはないはずだ。こちらから手を出さなければ襲って来ることなんてない。

 

 だが、たまに闘争本能の強い個体が現れることがある。

 

 特に、群れのような複数の個体がいるときには混ざっている場合があるのだ。

 

 しかし、数が多い。

 

「三、いや、四匹はいる。そんな話聞いたことないぞ」

「……マナの変動」

 

 ぼそっと、依頼人が呟いた。

 

 今はそんなこと、気にしてる場合じゃない。

 

 親子であろう、追われている人たちとの間にはまだ距離がある。

 

 だが、時間の問題だ。奴らは獲物として目をつけたものを気まぐれで逃すようなことはないだろう。

 

 大人しいとはいえ、奴らはモンスターなのだ。

 

 助けに入って、全員を救えるか?

 

 今まで様々な修羅場をくぐり抜けてきた勘がささやく。

 

 

 答えは、否。

 

 

 子供だけでも助けられるか、と言われれば、できなくはない。

 

 しかし、奴らから逃げるには背中の荷物は重過ぎる。

 

 全て捨てていって、逃げ切れたとしても水がないまま、ディーンに辿り着けるかは賭けだろう。

 

 

 それこそ、女神による奇跡が必要だ。

 

 

 どうする?

 

 ——いや、愚問だったな。

 

 心は決まっている。

 

 せめて、あの子供だけでも。

 

 ゆっくりとバックパックを背中から下ろす。

 

「ホークアイ?」

「悪いな、案内はここまでだ。野暮用ができちまったんでな」

 

 まったく。損な性分だ。

 

 だが、子供を見捨てるなんて、できるわけがない。

 

「ここから東に一時間ほど歩けば、小高い岩山があるはずだ。そこから更に南に歩けばディーンは目と鼻の先だ。報酬は、次に会ったときでいい」

 

 おっと、忘れるところだった。

 

「あんたのことを信用したわけじゃないが、剣は返してやる。ただし、オレとの距離が十分開いたところに置かせてもらうぜ。後ろから斬られたらたまったもんじゃないからな」

「……助けに行くんですか?」

「まさか。あいつらから盗むのさ」

 

 全ては無理でも、あいつらから一人は盗んで見せるさ。

 

 何か言いたそうにして、口をつぐんだ同行人を見つめる。

 

 結局、こいつのことは何もわからなかったな。

 

 デュラン、と言ったか。

 

 草原の国フォルセナといえば、英雄王が治める国だ。あの英雄譚に憧れて、こんな旅をしている馬鹿なのか。

 

 それとも、本当に女神の神託を受けて世界を救う旅をしているのか。

 

 ま、もう関係ないな。

 

「じゃあな、依頼人さんよ!」

 

 一気に駆け出す。砂丘を風の如く滑り降りながら、後ろの気配を確認する。

 

 ついてこない。この辺でいいだろう。

 

 降る勢いのまま剣を砂に突き刺す。思ったより深く刺さってしまったが、あいつなら関係ないだろ。

 

 ぐんぐんと親子に近づいていく。

 

 小さかった人影が、今や普通の大きさになった。

 

「早く走りなさい!行くんだ!」

「もう、だめ。あなた、この子を連れて、逃げて!」

「ママ、がんばって!」

 

 父親と娘だろうか、家族を叱咤する声が聞こえる。

 母親の方は足を痛めたのか、動きが鈍い。

 

 くそっ、最悪な状況だ。

 

「おいっ!こっちだ!」

「アナタは⁉︎助けてください、妻が、足を!」

「そんな余裕はない、娘を連れて逃げろ!ここはなんとかする!」

 

 ああ、馬鹿野郎だ。

 

 なんとかするなんて、わかりやすい嘘をついちまうなんて。

 

「そんな、妻を置いては」

「死にたいのか!ここはオレが食い止めるって言ってんだ、行け!」

「あなた、お願い。行って!」

「——すまないっ」

「ママァー‼︎」

 

 父親が幼い娘を抱きかかえる。娘の悲痛な声が届いた。

 よろよろとではあるが、母親も動いてはいる。

 

 切り替えろ。少しでも時間を稼ぐんだ。

 

 父親と娘が助かるまで時間を生み出せば及第点。母親が逃げ切れれば満点か。

 

 オレもこんなところで死にたくはない。しかし、状況が状況だ。

 

 バレッテ一匹ならまだなんとかできる。

 

 しかし、計四匹など相手にしたことなどない。何人がかりで戦うかと言われれば、オレが四人いても足りないだろう。

 

 こりゃ、死ぬかな。

 

 やっぱり未来の神託なんてアテにならない。

 

 ダガーは抜かずに低く構えた。

 

 オレにあいつらを倒すような武器はない。足止めがせいぜいといったところ。

 

 機を見てオレも脱出しなければ、待っているのは死だ。

 

 バレッテの勢いは止まらない。地響きのような足音を立てて迫って来る。

 

 狙うのは頭部。眼球だ。

 

 唯一、そこに体を覆う硬い甲殻がない。

 

 だが、まずは。

 

 懐から取り出したダーツを投擲する。

 

 頭部の角に弾かれたが、視線はオレに向かった。動きを止める気は微塵もないらしい。

 

 十歩ほど離れているこの距離では、狙ったところに当たらないか。

 

「おらおら、こっちだ!このノロマ!」

 

 ギロリと首をこちらに向けて、走る方向を変えてくる。

 

 うまくいった。

 

 先頭のこいつが釣られれば、あとの残りもついて来るはず!

 

 突進してきたバレッテの角を直前で横に転がることで回避する。

 

 砂塗れになるが、そんなことで動きを止めない。すぐに起き上がる。

 今直進してきた奴は急ブレーキをかけてゆっくりと反転しているところだ。

 

「他の奴は⁉︎」

 

 ぐるりと周りを見ると、こちらに向かってきている。

 

 ただ一匹を除いて。

 

「ひいい!」

 

 間近に迫ったバレッテに恐怖したのか、悲鳴があがった。

 

「やめろ!止まれ!」

 

 母親が足をもつれさせて転倒する。そこに追い討ちを掛けるようにバレッテが突進した。

 

「よせっ!」

 

 手を伸ばそうとして、寸前で自分に迫った他の個体の突進を転がって回避するが。

 

 間に合わない——

 

「やめろおおお!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「サンダーセイバー‼︎」

 

 

 

 

 雷が閃いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————————

 

 

 

 

 

 ホークアイのやつ、結局俺のことなんも信じてなかったな。

 

 素直に剣を返してくれれば一緒に戦うってのに。

 

 というか、一方的に言い捨てて行くか、普通!

 

 しかも、何が厄介ってよお。

 

「あいつ、どんな馬鹿力で剣突き刺しやがったんだよ!」

 

 全然引っこ抜けないくらい深く砂に埋まってやがった!

 

 実際、すぐに追いかけても良かった。しかし、ホークアイがずっと剣を置かないとかいう状況になるとまずい。

 だから剣を置くまで待ったのだ。

 

 おかげで、追いつくのに時間がかかってしまったが——これは、タイミング良すぎるか?

 

 女性のもとに向かって来るバレッテを視認する。

 

 ホークアイは、他の三匹に囲まれているし、距離がある。

 

 間に合わない。それは今のままでは俺も同じ。

 

 ならば。

 

 ——風よ、力を貸してくれ。

 

 体が羽根のように軽くなる。

 

 一歩を力強く踏み出す。

 

 加速。

 

 ぐんっ、と景色が線で流れ行く。

 

 なんとか割り込めそうだが、バレッテを止めるだけの攻撃力が必要だ。

 

 だったら、持てる最大の火力をぶつける!

 

 体に纏うマナを、指先の延長に収束させていく。

 

 今の俺の力量では、両方を同時に行使することができない。

 

 マナの補助によるスピードアップを解く。だが、十分にスピードはついた。

 

 バチバチと音を立てて、紫電が剣に満ちていく。

 

 不思議と、持つ手には何の影響もない。自分の力だからか?

 

 まぁいい。

 

 記念すべき実戦による初披露だ。

 

「喰らえ——サンダーセイバー‼︎」

 

 横合から、交差するようにバレッテの甲殻に剣を当てて、刃を痛めないように流し斬る。

 

「ゴアアアア‼︎」

 

 低い雄叫びがあがる。

 

 脇腹から背中にかけて、バチバチと紫電が這い回った。

 

 斬れてはいないが、剣に纏った雷がダメージを与えたようだ。バレッテは体当たりの勢いのまま砂に体を埋もれさせる。

 

 ビクビクと体を痙攣させ、仰向けに倒れこんだ。油断なく近づき、甲殻のない、柔らかそうなその腹にブロンズソードを突き立てる!

 

 刃はすんなりと貫通した。声を上げることなく、絶命したのを確認する。

 

 まずは、一匹。

 

 ハーピーで学んだことをきちんと生かす。

 

 唖然とした表情でこちらを見上げる女性。あと一歩遅ければ、巨体が激突していただろう。

 

 突然の出来事に頭がついていっていないようだ。

 

「大丈夫ですか?」

「え、ええ」

「さぁ、立って。できるだけ遠くへ」

「ありがとうございます、騎士様」

 

 少しずつではあるが、よたよたと父親と娘が走り去った方へと進んでいく。

 

 これでいい。

 

 ホークアイを助けねば。

 

 三匹の間断ない体当たりに晒されながら、未だに回避し続けている。だが、肩で息をしているのを見るに、結構ギリギリの様子だ。

 

 急ごう。

 

 ——風よ。

 

 体に風のマナを纏う。

 

 頭にズキリと痛みが奔る。

 

 実戦での使用だからか、サンダーセイバーで思ったよりも消耗している。

 

 それに、俺のサンダーセイバーは原作と少し違う。原作では時間で効果が切れる仕様だったが、俺のは一撃で効果が切れてしまう。

 

 習熟の問題かもしれないが、長い間維持しておけないのだ。

 

 しかし、威力は保証された。

 

 奴らを倒すにはサンダーセイバーを使うしかない。

 

 だが、体の状態からして、あと一、二発が限度。

 

 砂の上を疾駆する。

 

 ホークアイに突進を仕掛けたがかわされ、反転し始めた二匹目に狙いを定めた。

 

 貴重な一発だが、ためらっている場合ではない。少しでも数を減らす!

 

 バレッテがこちらに気付いたようだが、もう遅い。

 

 ブロンズソードに紫電をたっぷり溜め込む。

 

 

 俺の間合いだ。

 

 

「サンダーセイバー‼︎」

 

 背後から斬りつける形になるが、刃を滑らせて尾から肩までを剣で撫で斬りにする。

 

 刃はやはり通らない。

 

 今の俺の技量では、斬ろうと甲殻に刃を立てた瞬間に、刃こぼれをするか、ブロンズソードが折れてしまう予感がする。

 

 だが、この雷撃は確実にバレッテへと致命的なダメージを与えてくれる。

 

 弱点属性だったか?

 

 記憶は曖昧だ。そんなに細かいことまでは分からない。

 

 一匹目と同様、痙攣して仰向けに倒れたところを、腹に剣を突き刺しトドメをさしておく。

 

 これで二匹目。

 

「ぐっ!ぎぎ——」

 

 体に痛みが奔る。無茶なマナの行使に頭痛だけでなく、体が悲鳴を上げ始めた。

 

 視界が歪むが、倒れるわけにはいかない。

 

 あと二匹。どうあっても、あと二発のサンダーセイバーが必要だ。

 

 しかし、今の現状を鑑みても——

 

「へっ、根性の見せ所ってわけか」

 

 加速に回すマナは無しだ。

 

 純粋な肉体によるスピードでなんとかするしかない。

 

 それもこの消耗し切った体でだ。普段の半分以下の動きになってしまうだろう。

 

「なんで来たんだ⁉︎」

 

 ホークアイがバレッテの突進をかわし、いつの間にかすぐ側に来ていた。

 

 やばい、気付いてなかった。

 

 集中しないと。

 

「……逆に聞きますが、なんで来ないなんて選択肢があるんですか?」

「はっ?」

 

 ズキズキと痛む頭を振って顔を上げる。

 

「助けるに決まってる。襲われた人たちも、あなたも」

 

 なぜ、なんて考えてもなかった。

 

 最初から決めていたから。

 

 ホークアイが行かなければ、自分一人でも行くつもりだった。

 

 剣を返してもらえなくとも、助けるくらいなら何か方法があったろう。楽観的かもしれないけど。

 

 戦いたいわけではない。だけど、必要に駆られれば体を張るものなのだ。

 

 それが騎士だ。

 

「……やっぱり信用ならねえな」

 

 二人で対する二匹のバレッテを睨みながらホークアイが言う。

 

「別にいいですけど、そろそろちょっとくらいは信じてくれてもいいんじゃないですか?」

 

 言葉を吐きながら、息を整える。

 

 ちょっと愚痴っぽいか?頭が働かない。

 

「あんたから欲ってもんが感じられねぇ。そういう奴は、職業柄信用しにくいのさ。泥棒は嘘に敏感だからな」

 

 嘘なんてついたつもりはないが。

 

 バレッテから視線を外さずにホークアイを盗み見る。

 

 その表情に素の疑問がこぼれた。

 

「なんで笑ってんだ?」

「さあ、なんでだろうな?」

 

 ふっ、と肩から力が抜ける。

 

 不器用なやつだな。

 

 俺も、お前も。

 

 少しは通じ合えそうで、安心した。

 

「はっ、本音を言うとな、お前がいないと火炎の谷までの道に困るから仕方なく助けるのさ。分かったか?」

「——そっちの方が盗賊には百倍分かりやすいぜ」

 

 警戒して動きを止めていた二匹が同時に突進してくる。

 砂漠の砂でこれだけの足音が鳴るってことは、かなりの重量なのだろう。

 

 受け止める選択肢はない!

 

 二人で左右に散る。俺は左へ。ホークアイは右だ。

 

 そのまましばらく走ったらまた反転してくる。だから——

 

「ホークアイ、やつらの動きを直前の一瞬でいい。なんとか止めてくれ!あとは俺が迎え撃つ!」

「ちゃんと勝算はあるんだろうな⁉︎ってか一瞬止めろってそんなの」

「盗賊なら一瞬の時間を盗むなんて簡単だろ?」

「だっー!無茶苦茶言いやがる!一瞬だけだぞ‼︎」

 

 正直言って、思った通りにいく保証はどこにもない。

 

 だが。

 

 やるしか、生き残る道はない!

 

「俺の正面に来てくれ!」

「そんなことしたらやつらの的になっちまう!」

「それでいいんだ、早く!」

「ああ⁉︎それはどういう——そうか、オレにも都合がいい」

 

 何かを察したのか、素早く正面へ回ってくれた。

 問答している間にも、奴らが再度突進を仕掛けてくる。もう、考えを話している余裕はない。

 

 ——風よ、もう少しだけ協力してくれ

 

「ギッ——」

 

 情けない声が漏れそうになる。歯を食いしばり正面を見据える。

 

 勝負は一瞬。

 

 文字通りの一発勝負。

 

 剣にありったけの力を込める!

 

 奴らも直線上に並んだ。

 

 単純だな。しかし都合がいい。

 

 怖いくらいの好機だ。

 

 突然だった。ホークアイがバレッテに向かって走り出した。

 

「何を⁉︎」

「盗むなら、確率は高い方がいいだろ?」

 

 動揺するが、すぐに集中し直す。

 

 あいつがやることを信じろ。

 

 信じて、やるべきことを為せ!

 

 ホークアイとバレッテの距離があと8歩まで迫る。

 

 7歩。

 

 6歩。

 

 残り5歩の距離になった瞬間。

 

「この距離なら——‼︎」

 

 ホークアイが立て続けにダーツを放つ。それぞれの手に2本ずつ、器用に指で挟み持った4本のダーツが腕を開く動作とともに先頭のバレッテに放たれた。

 

 放つとほぼ同時、あいつは思い切り横方向へと跳んでいる。ギリギリのタイミングで突進を回避した。

 

 ほんの一秒にも満たないタイミングを逃せば、命はない動き。

 

 ダーツは甲高い音を立てて角、額、足元に当たり、その硬い甲殻に弾かれる。

 だが、残りの一本が眼に直撃。柔らかい眼球を貫いた。

 

「グオオオオ‼︎」

 

 大地を震わせるような叫びをあげ、バレッテの動きが止まった。連鎖的に後ろに並んでいたもう一頭が追突し、動きを止める。

 

 命を賭けた行動がこの時間を生み出した。

  

 最高のタイミング。

 

「今だ!行けえええ‼︎」

 

 ダーツをホークアイが投げた瞬間、すでに俺は飛び出していた。

 

 両手で握ったブロンズソードが、紫電を纏い、昼と見間違うほどに辺りを照らし出す。

 

 これで打ち止めだ。

 

 体全身から危険信号が出ている。

 

 一人だったらこんな無謀な賭けには出られなかった。

 

 だが、仲間がいる。

 

 後のことは、そいつに任せた。

 

 

 全身から力をありったけ吸い上げた、最後の一撃だ——!

 

 

「サンダーセイバー‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————————

 

 

 

 

 

 大したやつだ。

 

 まさか、魔法が使えるなんてな。

 

 おまけに最初の二匹は本気の一撃じゃなかったのだろう。

 

「まさか二匹いっぺんに真っ二つにしやがるとはな……」

 

 改めて、こいつのとんでもなさに度肝を抜かれた。

 

 二匹のバレッテが、胴を上下に分断された死体を晒している。その断面は焼け焦げた様相だ。

 

 あの熱量で振り抜かれたのが人間ならチリも残らなかったかもしれない。

 

「おーい、大将。大丈夫かー?」

 

 そんな有様を作った張本人は、砂漠にぶっ倒れてぴくりとも動かない。

 息はしているが、ペシペシと頬を叩いても何の反応もない。

 

 にしても、こいつはなんで。

 

「なーんでそんな安心した顔をしてんだよ」

 

 周辺にはもうモンスターの気配はない。

 

 戦っている間に、群れはどこかへ移動してしまったらしい。

 

 安全は確保されたわけだが、しかし。

 

 荷物を持っていくか、こいつを運んで行くか。

 

 ……

 

 ——選択肢は一つしかないか。

 

「仕方ねえよな」

 

 そう呟いたときだ。

 

「お二人ともご無事ですかー!」

 

 先ほどの父親が戻ってきたらしい。その隣には妻である女性も見られる。

 ということは、娘も無事かな。

 

 あいつも大概お人好しだ。オレ達がやられてたらまた危険になるだろうに。

 

 それを承知で来たのか、それとも、先程の光を見て安全と思ったのか。

 

 どちらでもいいか。

 

 ここまでやった甘ちゃんには、そんくらいの手助けがあってもいいよな。

 

 人のことは言えないだろうけど。

 

「悪い!手を貸してくれ!」

 

 まったく。泥棒への貸しはでかいぜ?

 

 

 

 

 

 










日常とのバランス取るためにペースダウンしました。

嘘つきは泥棒の始まりなので、泥棒を始めてみる。
すでに神託という大嘘こいてるのにデュラン君って奴は…
タイトルの意味は察してください。。

ホークアイ…泥棒は嘘に敏感。←嘘だとは言ってない
彼は自分が孤児だと思っているので今回みたいな行動をとりました。。

サンダーセイバーLV0→LV1 って感じでしょうか。
原作の効果時間設定って、マナの使い方どうなってんだろ、ってデュラン君は思ってます。これからも研究していきます。


なんやかんや言い訳を挟んでみましたが…最後はほーんですませてくれぇ

読んでいただきありがとうございました。

誤字修正しました。バッテラ→バレッテ 事件や…



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第十五話 精霊ってのはつくづく謎な存在だとちょっとだけ考えてみる

 

 

 

 

 

 

 ——ヒュー、ヒュー。

 

 どこかで聞いた音だ。

 

 どこだったか?

 

 ——ヒューヒュオオー。

 

 最近聞いた覚えがある。

 

 そうだ、天の頂で聞いた。

 

 風の音だ。

 

 うっすらと目を開ける。視界一杯に真っ白な雲海が広がる。

 

 どこまでも先へ。世界の果てまで通じているかのように錯覚する。

 

 俺が立っているのは、ハーピーと死闘をした場所だ。

 

 風が体にぶつかり、髪をかき上げていく。風の爽やかさに心地よさを覚えた。

 

 そして、当然の疑問に思い当たる。

 

 

 なんで俺はここにいる?

 

 

 ——まったく。兄さんとことん不器用ダスな。

 

 

 ジンか?

 

 

 周りを見渡そうとして、首が回らないことに気付く。

 

 手足も、まるで金縛りにあったように動かせない。

 

 しかし、不思議と不安は感じなかった。

 

 空が見えているからだろうか。

 

 なおもジンらしき声は響く。

 

 ——ちょっとだけ力を貸してあげたダス。もうちょっと風をうまく使いこなしてもらいたいダスね。こんなサービスは、一回きりダスよ。

 

 最後の一撃のことか?

 

 ——そうダス。

 

 全力を込めたつもりだったから、ジンの力を借りてるなんてまったく気付かなかった。

 

 それも加護の恩恵なのだろうか。

 

 ——まぁ、力を貸すって言い方だと、少し語弊があるダスな。兄さんの中に眠ってる可能性をちょっと刺激した結果ダス。

 

 俺の可能性……もっと強くなれるのか?

 

 ——それを望めば、どこまでも高みにいけるダス。

 

 その言葉を聞いて。

 

 なんでこんなにも剣を握りたいと思うのか。

 

 そうだ、俺の剣は無事なのか。

 

 バレッテを斬った感触は覚えている。ただ、最後の瞬間をいまいち覚えてない。

 

 ——自分の可能性を信じるダス。

 

 答えになってねえよ、それ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 パチリと目が開く。

 

 そこに雲海はなく、見慣れない木の天井が上から俺を見下ろしていた。

 

 立ってすらいない。少し固い感触が背中に伝わってくる。

 

 ベッドの上だ。

 

 変な夢だったが、夢ってこんなにはっきりと思い出せるものなのか。

 

 風の音や、感触、匂い、雲のリアルさ、どれをとっても本当にあの場所にいたような気がしてならない。

 

 本当にジンと会話していたのだろうか、だとすると気になることを言っていた。

 

 俺の可能性、か。

 

 少しは風のマナを使えるようになって、強くなった気でいたけども。

 

 バレッテとの戦いを振り返ってもまだまだなことが多かった。

 

 より高度な技術、効率的なマナの運用を身につけないとな。

 

 今のままではあまりに力不足だ。

 

「ん?なんだやっと目が覚めたのか」

「ホークアイ……」

 

 部屋に入ってきたホークアイの両手には、薄く焼いたナンのようなパンがあった。香ばしい香りがすぐに部屋に充満する。

 

 目が覚めたばかりだけど、腹が減った。

 

 腹が減ってるってことは健康だな。

 

「食うか?」

「ああ、ありがとう」

 

 そばにあった水差しに入った水を一口飲んでから、パンを頬張る。

 ほのかな甘さと焼きたての香りに食欲がより刺激され、気付けばあっという間に平らげてしまった。

 

「呆れるくらい元気そうだな。その様子だと、医者にかかる必要はなさそうだ」

「心配してくれていたのか?」

「まさか。持ち主のいなくなった荷物の引き取り手になれるかと期待していたのさ」

「……ひどい言いようだな」

 

 本心なのか、冗談なのか。半々といったところだろうか。

 

 深く考えるのはやめておこう。

 

「ここはディーンなのか?」

「そうだ。ここまでお前を運ぶのは一苦労だったんだぜ〜?」

「すまない、迷惑をかけたみたいだな」

「そりゃ今さらだな」

 

 呆れ顔で返された。

 

「あれからどうなったんだ?生きてるってことはバレッテを倒したんだよな」

「何アホなこと言ってんだ。お前が倒したんだよ。そのあとぶっ倒れてんのを必死こいてここまで運んだってわけ。お分かり?」

「あ、ああ。大変だったみたいだな」

「大変だったみたいだな、だって?他人事みたいに言いやがって!オレが何度お前を砂漠に置き去りにしようと思ったことか!何食ったらそこまで重くなるんだってーの。このっ、筋肉達磨がっ!」

 

 一気にまくし立てるようにホークアイは言い放つが、声色は落ち着いたものだ。どうやら口で言うほどには怒っていないらしい。

 

 彼の表情からはこちらを探るような様子もなく、どこか素の姿であるように見え、今までになかった親近感を感じさせた。

 

 だからだろうか、こちらも素直な気持ちで言える。

 

「ありがとう、本当に助かった」

「……ふんっ、勘違いするなよ。目の前で死なれたら寝覚めが悪いだけだ。それにまだ依頼も途中で、もらうもんももらってないんだ、当然だろ」

「盗賊なのに真っ当な仕事の考え方だよな。気絶してる俺から盗もうとは思わなかったのか?」

 

 少しだけからかい混じりに聞いてみる。

 そんな気がないことはこちらも当然理解している。

 

「ナバール盗賊団はそんなせこい真似はしないんだよ。ったく、急に馴れ馴れしくしやがって」

 

 腕を組んで舌打ちをする様子に、思わず笑みがこぼれた。

 

「何笑ってんだよ」

「ははっ。いや、敬語の方が良かったかと思ってな」

「勘弁してくれ。お前さんの薄気味悪い言葉遣いにゃ鳥肌が立つ。素のままの方がまだマシだ」

「そうか。ならこのままいかせてもらうよ。俺も余計な気遣いをする必要がなくなるしな」

「最初からそうしろっての」

 

 どかっとベッドのそばにある椅子にホークアイが座り込んだ。

 まだ話を続けてくれるつもりらしい。

 

「そうだ。ホークアイ、俺はどのくらい寝てたんだ?」

「あれからぶっ倒れて、ちょうど丸一日くらいだな」

「丸一日、か。ずいぶん寝てたんだな」

 

 本当にホークアイがいるときで良かった。

 マナの使い過ぎで倒れたのなんて初めてだからな。これが一人のときだったとしたら、そのへんの魔物の腹の中だったかもしれない。

 それに使いすぎるリスクも知ることができた。

 

 今は頭痛もないが、体にはまだ怠さが残っている。あまり無理はしたくない。

 

 だが。

 

 無性に剣を握りたい。

 

 強くなれると言われたら、誰だってそうなる。ましてや、その太鼓判を押したのが精霊様だ。

 

 その衝動を抑えられるわけがない。

 

 夢かどうかは置いておいて、上がったモチベーションはそのままにしておきたい。

 

 そうなると、肝心の物が見当たらないことが気になって仕方ないのだが。

 

「で、俺の剣はどこにあるんだ?また回収したのか?」

「あ?あー、お前の剣な、あー」

 

 ぎくりと肩を震わせる様子を見て、嫌な予感がした。

 目が泳いでいるのを見るにかなり動揺している。

 

 こいつ、盗賊のくせに感情出し過ぎだろ。

 

「返すのは別にいいんだけどな、何というかだな」

「なんだ?もったいぶってないで、早く出してくれよ」

「それが実は、手元にないんだ」

「は?」

 

 何言ってんだ。どういうことだ。

 

 えっ?

 

 混乱する俺に割り込むように、木の軋む音が部屋に響く。ドアが勢いよく開いたのだ。

 

「あなたは……?」

 

 そこにいたのは、今回助けた男性だ。髭面が似合う渋い顔に、火傷の治りきらなかったような傷が袖をまくった腕にいくつか見受けられた。

 

「ああ、デュランさん!目が覚めたんですね!ちょうど良かった!」

「えっと、何がですか?」

「あなたの剣ですよ!いったいどんな手品を使ったんですか⁉︎」

「だからなんの話だって」

「あのブロンズソードでバレッテを斬ったというのに少しの刃こぼれで済むなんて、何か魔法的な処理を施されてるとしか思えない!だというのに、私にはこの剣の仕組みがまるで分からないんです!」

 

 興奮して今にも手を握ってきそうなほど接近してきた。鼻息も荒くてちょっと怖い。

 

 おい、ホークアイ。いつの間に椅子をそんなに下げたんだ。一人だけ逃げんな。

 

 視線を向けたが、オレは知らんとばかりに顔を背けやがった。

 

 というかこいつ、知っててわざとはぐらかそうとしたな。迷惑をかけた分の仕返しのつもりだろうか。

 

 子供かって感じだが、命を助けてもらったのだ。こんなからかいくらい水に流してやろう。

 

 俺の剣の話らしいし、自分で対応するのが筋だしな。小さくため息をついて、気持ちを切り替える。

 

 ホークアイがニヤついているのが見えたが無視だ。

 

 きっと彼に剣を渡した段階でこうなることがわかっていたのだろう。もしくは同じ目にあったか。

 

 まぁいい。話を進めよう。

 

「何か変わったことでも?」

「いや、それが分からないんですって。私には至ってごく普通のブロンズソードにしか見えないんです!」

 

 仕組みも何も、父さんが駆け出しのときに使っていた剣としか聞いていないけれど。

 

「特別なことは何も聞いてないですが」

「そうですか……。私は鍛治師としてそれなりに長いと思っていましたが、まだまだ勉強不足というわけですね。一つだけわかったのは、使い込まれて年季が入った剣だということだけです。よほどデュランさんは大切に扱っているんですね」

「それは、もちろん」

 

 分かるものなのか。大切にしているのは事実ではあるが、なんだか急に褒められて、ちょっと照れ臭い。

 

「ホークアイさんから火炎の谷へ向かうと聞きました。私にできることはせいぜい剣を手入れするくらいでしたので、綺麗に研ぎ直しておきました。どうぞ、お使いください」

「本場の鍛治師にやってもらえるなんてな。ありがたい」

 

 ベッドから降りて剣を受け取ると、早速鞘から刀身を抜いてみる。

 

 前に使ったときよりも、さらに磨きがかかり、とても刃こぼれしていたとは思えない仕上がりだ。

 満足して剣をしまう。

 

「うん、すごく綺麗だ。感謝します」

「礼を言うのはこちらの方です。家族共々無事でいられるのはあなた方二人のおかげです。サルタンへの商売を兼ねた旅行が悲惨なものにならなくて本当に良かった」

「ええ、あなたや、あなたの家族が無事で本当に良かった」

 

 本心から言葉がこぼれる。

 その言葉に、男性は破顔した。

 

「世界にあなたのような騎士が増えたら、もっと平和な世の中になる気がします」

「それは……褒めすぎです」

「そうだぜ親父さん、こんな変わりもんがそう何人もいてたまるかって——」

 

 じろっと睨みつけるように視線を向けるとホークアイが口をつぐんだ。

 

「ふふっ、いいコンビですな」

「「どこが」」

 

 声がはもる。それを聞いてまた男性が笑った。

 

「そういうところですよ。さて、もう一つお礼をさせて欲しいのです。もしよろしければ、店にある好きな品を一つずつ持って行ってくださいませんか?」

「いいのか⁉︎やったぜ、人助けはするもんだな!」

 

 その言葉に飛びついたのはホークアイだ。

 

 お前さっきまで我関せずだったくせに。調子のいい奴だ。

 

「……いや、俺はこれ以上頂けません。もう十分にお礼はもらいました」

 

 剣の手入れと、感謝の気持ちだけで充分だ。

 

 それ以上は欲張りというものだろう。

 

「おい、何言ってんだよ。この際だから貰っときゃいいだろうが」

「使う気もないのに剣を持つのは、剣に失礼だ」

「馬鹿かお前は。だったら予備として持ってりゃいいだけだろ」

「予備として持っていられるほど荷物に余裕があると思うか?」

「まぁ、そりゃそうかもしれないけどよ。ブロンズソードじゃ不便もあんだろ。より質の良い剣を手にしてこそ、剣士ってのは強くなるんじゃねえの?」

 

 それは一理ある。というか、正論だろう。使い手が同程度の技量同士なら、装備の差で決着がつくのは、想像に難くない。

 

「……そうかもしれない。でも、今はまだこの剣以外を使う気にはなれない」

「はぁー?わかんねえやつだな。バレッテだって武器が違えばもっと簡単にやれただろ」

「こいつでも倒せたことに変わりはない」

「だから——」

「ホークアイさん、いいんですよ。デュランさんがそう決めたのなら、私からは何も言うことはありません」

 

 なおも続けようとしたホークアイの言葉が止まった。

 

「いや、だけどよー」

「剣の良し悪しは、やはり相手を倒すことを目的とする武器にとっては大事なことだと思います。ですが、使い手がこれと決めたものが一番強いのも、また一つの真実。その剣からは、不思議と何か力を感じるような気がするのです。私の店にはデュランさんのお眼鏡に適うそれ以上の品はきっと見つからないでしょう」

「いやいや、ただのブロンズソードだろ?そりゃ親父さんいくらなんでも言いすぎだって」

 

 半笑いのような、呆れをにじませてホークアイは言った。

 問題の剣の持ち主である俺とて、そう思う。

 

「かもしれません。しかし、デュランさんがいいというのに無理に押し付けるわけには参りません。ですので、ホークアイさんに二品お譲りいたします。どうですか?」

「それで気が済むのなら、俺は構いませんよ」

「……なんだかオレがごねたみたいな感じになってねえか?」

「ははっ、そんなことはありませんよ。さぁ、ではデュランさんはゆっくりお休みください。ここの支払いは私が責任を持ちますので。ホークアイさん、今から来ていただけますか?」

「ん、ああ。じゃ、いってくる。出発は明日だ。準備はこっちでやっとくからお前は休んでろ」

「いいのか?」

 

 まだ目が覚めたばかりだが、やはり体は本調子とは言えない。ゆっくり休めるならそれはありがたいことだが。

 

 甘えてもいいのだろうか。

 

「慣れない奴がやる方が時間がかかる。料金は後で請求するから安心しろ」

「……その図太い要求を聞いて罪悪感がなくなったわ。任せたよ、ホークアイ」

「素直にそう言っとけ。オレが良い品をもらってきても羨ましがるなよな〜」

「誰がそんなこと——」

 

 最後まで言い終える前に部屋を出て行ってしまった。

 

 まぁいいけどさ。

 

 この剣への思い入れはそう簡単に捨てられるものなんかじゃない。

 

 理屈ではない、こいつが俺のパートナーなのだ。

 

 サンダーセイバーが使えることでブロンズソードの可能性だって広がったわけだし。

 

「剣は己を写す鏡、だよな。父さん」

 

 なんの変哲もないと言われたこいつに、鍛治師が秘めた力があるって思うくらいだ。

 

 それは、俺にも眠っている力があるということだと思う。

 

 今回みたいな危機だって、また起こるとも限らないし、その対策は武器の質を上げることが近道だと理解はしている。

 

 それでも。

 

 まだ、限界はこんなもんじゃない。

 

 もっと強くなれる——強さの限界を武器の質で決めたくない。

 

 ほんの些細な、ちっぽけな意地だ。

 

 これからぶつかる強敵のことを思えばこそ、どこかでブロンズソードと離れることになるのはわかっている。その覚悟だけはしておこう。

 

 ただ、それはきっと今じゃない。

 

 スーッと滑らせるように剣を鞘から抜き出す。

 

 もう少し、そばにいてくれよな——相棒。

 

 まるで応えるように陽光が剣身にきらめいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆっくり一日休み、朝から半日の道のりで火炎の谷まで来ることができた。砂漠だらけだったのが、岩山が多くなり、次第に気温が高くなっていることをはっきりと認識した。

 原因は何かと探っていると、周囲の岩場が熱を帯びているということに否応なく気付かされる。

 

 荷物の大部分はディーンの宿屋に置いてきたので、いつもよりはかなり身軽だ。

 もしも金属製の装備を身につけていたとしたら、この暑さには耐えられなかったかもしれない。

 

 砂漠育ちのホークアイも、少しげんなりした様子だ。

 

「なあ、お前の風のマナでなんとかならないのか?」

「そんなうまい話があるわけないだろ」

 

 そんなことはとっくに試みていたが、暑い環境で風を循環させても、結局は熱風を浴びるだけで、疲れる割に効率が悪いから早々に諦めた。

 

 それに、こんなところでマナ不足になる事態も避けたい。

 

 口数も少なくずんずんと進んでいくと、だんだんと横穴や地面から火が吹き出してくる頻度が増えてきた。

 

 ホークアイが先行して、そういった箇所を的確に回避してくれている。

 それがなければ今頃何度丸焦げになっていただろうか。

 今の俺ではそういった部分は感知できないので、素直に感心している。

 

 口には出さないがな。

 

「おい、見てみろよ」

「ん?」

 

 ホークアイの視線の先、煮えたぎる溶岩の真ん中に円形の広場が見える。そこまでをつなぐ橋のように、一本道が通じていた。

 溶岩までは高さ十メートルはあるだろうに、顔にかかる熱量は火傷しそうなほどだ。

 

 そして、その道の先に淡い輝きを放つ不思議な結晶を見つける。

 

「まさか……!」

「あっ、おい、一人で先行するなよ!」

 

 ホークアイの制止も聞かず、自然と歩調が早くなり、ついには駆け出していた。

 

 はっきりと結晶の大きさが認識できるところまでたどり着く。

 

 俺の体よりも遥かに大きな存在が、宙にふわふわと浮く姿は現実離れしていた。

 

 そんな風に輝く石は、この世に一種類しかない。

 

「これが、マナストーン——」

 

 美しい。

 

 ただただ、その幻想的な光に目を奪われる。

 先ほどまで感じていた暑さなど、気にもならない。

 今まで見てきたであろうどんな宝石よりも強く目を惹きつけて離さない。

 時を忘れ、ずっとここにいてもいいと思えるくらいだ。それほどまでに、このマナストーンの存在感は圧倒的だった。

 

「こいつは、確かにすごいな」

「そんな感想こどもでも言えるぞ、ホークアイ」

「うるせえ、お前だったらなんて表現するのか言ってみろ」

「そりゃ、すごいとしか言いようはないが」

「ほら見たことか」

 

 くだらない会話の応酬に、少しだけ興奮が落ち着いた。

 まずは、このマナストーンで試してみたいと思っていたことを実行してみよう。

 

 そう、考えたときだった。

 

 

「——そこにいるのは、誰だ?」

 

 

 突如響く第三者の声に、俺は確信をもって応えた。

 

「火の精霊サラマンダー様!」

 

 ぼうっ、っと勢いよく溶岩の中から全身が燃えているタツノオトシゴのような生き物が現れた。

 

 予想した通り、火のマナの化身、サラマンダーだ。

 マナストーンのそばに居てくれたのはありがたい。ジンのようにいろんな場所に出歩かれると予測できないからだ。

 

「ほ、ほんとに精霊が⁉︎」

「ややこしくなるから少し黙っとけ」

 

 こいつやっぱり信じてなかったのか。それとも信じてたけど、実在してることに驚いたのか。

 

 半々ってとこかな。

 

 サラマンダーに視線を戻すと、様子がどこかおかしいことに気付く。

 

 風がひりついている。先ほどまでの自然な暑さではない。

 

 攻撃的な熱さ、というのか。

 

 実際、サラマンダー自身がメラメラと炎を踊らせている。

 

「てめぇら、こんなところまで来るってこたぁ、マナストーンに何かする気だな‼︎許せねぇ‼︎」

 

 なんか誤解してる!

 

 マナストーンにも用事はあるし、ある意味あってるけど。

 

 ここまで来て出会えた幸運を逃すわけにはいかない。敵になるなんてことになったら目も当てられない。

 

 なんとか交渉しないと。

 

「待ってください、サラマンダー様‼︎」

「問答無用だ!ファイアボール‼︎」

 

 マジかよ!

 

「避けろ、ホークアイ‼︎」

「言われなくても!」

 

 高速で迫る火の玉をなんとかかわす。

 ただでさえ空気が熱いというのに、今ので肌がちりちりと焼けた感覚がある。

 

「ほー!やるじゃねえか!これはどうだ!」

「まだやる気かよ!こんなところで死んだらジェシカに顔向けできねぇ」

「泣き言は後だ!来るぞ!」

 

「ファイアボール‼︎」

 

 くそっ!——風よ、力を貸してくれ。

 

「むっ、てめぇ……」

 

 サラマンダーの様子が変わるが、それどころではない。

 風を纏い、手を伸ばせば届く距離の地面に火の玉が激突した。それを尻目に、サラマンダーに一気に接近する。

 

 敵対する意思はない。

 

 だったら——

 

「どうか、話を聞いてください!」

 

 宙に浮いているサラマンダーの下で、膝をつき首を垂れる。

 

「……どうやら、敵意はなさそうだな」

「最初からそうだ——って、わかったよ、黙ってる」

 

 遠くで警戒態勢をとっているホークアイを睨みつけて黙殺する。

 

「長いことここにいるが、マナストーンにちょっかいをかけるような奴らしかこんなところに訪ねてくるやつはいない。どういう事情があるか聞かせてもらおうか。相応の理由がないときには……わかるな?」

 

 敵対する意思をほのめかしているあたり、まだ油断はできない。

 

「突然の訪問を許していただき、ありがとうございます。実は——」

 

 世界の危機について説明し、精霊に力を貸してもらっていることを伝える。

 ジンのようにテレパシーは使えないのだろうか。そうすれば信用も得やすいが……。

 

 一通りの説明を終えると、サラマンダーはしばらく黙り込む。やがて。

 

「……それを証明できるものはあるのか?てめぇのいうフェアリーが来るという保証は?」

「時期が来たら、としか。ですが、風の精霊ジンからは加護をいただいています」

「ジンだって?ジンの加護なんざ、あいつの気まぐれとしか思えんがな」

 

 まぁ、そこはあんまり否定できない。

 

「だがしかし、最近気になっていることがあるのも事実だ」

 

 うーん、とどこか考える様子を見せる。もう一押しか?

 

「マナの変動、ですね?」

「何だと?」

「モンスターの今までとは違う行動、気温の上昇、マナのバランスがおかしくなってきているってことはありませんか?」

「……精霊だったら気付いていても不思議にゃ思わねぇが、人間でマナのことに気付くやつがいるとはな。てめぇ、なにもんだ?」

 

 やばい、警戒心を抱かれてしまったか?

 

 一瞬緊張が場に張り詰めるが、意外な援護が入る。

 

「こいつが言ってんのは、こないだバレッテの群れの中に好戦的な奴が複数いたことを言ってるんだ。返り討ちにしたけどな。それに、最近の暑さが変わってきてんのは砂漠に住んでる誰もが感じてる。オアシスの水量の調査も始まったしな」

 

 ホークアイ、ナイス補足だ!

 

「ほぉ、それをマナと結びつけたわけか。人間にしては、良い勘してやがる」

「それをマナと関係してるなんて考えるのは——よっぽど昔から生きていて、寝物語に聞くような話を今でも信じてるような年寄りだけだがな」

 

 その一言は余分だろうが。ニヤニヤしながら露骨に視線逸らしやがって。

 

「伊達に女神の使徒を名乗っているわけじゃなさそうだな」

「女神の使徒?」

「違うのか?まぁどちらでもいいがな。話を聞いて気が変わった!世界の様子も気になるし、ついていってやる」

「本当ですか!?」

 

 やった、これで二体目——

 

「ただし、オレ様は一切てめぇに力は貸さねぇ」

 

 と、思ったら……。

 

「……それは、どういう意味でしょう」

「言葉通りの意味だ。フェアリーが来るとも限らねー。無駄足を踏ませるようならいつでも後ろから丸焼きにしてやるからな——」

 

 ええー……。やっとホークアイと打ち解けたと思ったらこれか。

 

 言うだけ言うと、火のマナの燐光だけが空間に漂う。姿を消したようだ。

 

 ——いつでも近くにいるから安心しな。それから、マナストーンには触るんじゃねえぞ。指一本でも触ったら、この話はなしだ。

 

 頭に声が響く。

 

「うへぇ、なんかきもちわりぃ!」

 

 ホークアイが舌を出して間抜け面をしているのを見て気が抜ける。

 

 ——テレパシーが使えるなら最初からそうしていただければ、話が早かったんですが。

 

 ……?

 

 反応がない。

 

 小言混じりだったから無視されたのか?

 

 それとも、これはテレパシーとは違うのか、頭の中で語りかけても反応がない。

 一方的な語りかけだけしかできないのかもしれない。

 

 精霊のことはよくわからん。いろいろ謎な存在だ、ということだけ再認識しておく。

 

「デュラン、お前ただでさえ変な顔がさらに変な顔になってるぜ」

「やかましいわ」

 

 とりあえず、念じたところで反応がないのだ。サラマンダーは、テレパシーが使えないという前提で考えていこう。

 もしくは、俺のことを見極めて信用するまではコミュニケーションを取る気がないのかもしれない。

 

 どっちにしろ精霊の助力を得られないことだけはわかった。加護がないのは痛いが、ひとまず目的は達したと考えよう。

 

 惜しむべくは、マナストーンを使ってのクラスチェンジ理論を試してみたかったのだが、それが叶わないことか。

 

 サラマンダーからの禁止令がでてるし、致し方ない。アルテナにもチャンスはある。

 

 ひとまずは。

 

 火の精霊サラマンダーが仲間(仮)になった!

 

 ってことに満足しておこう。

 

「おい、用事が済んだならとっとと帰ろうぜ!こんなところにいたら干物になる前に黒こげになっちまう!」

 

 お前は気楽でいいよな、ほんと。

 

「ああ、行こうか」

 

 ホークアイとの旅もあっという間に終わりだな——

 

「ホークアイ、良いアシストだった。ありがとな」

「やめろよな。柄にもないこと言われると鳥肌が立ちやがる!」

「美人に言われるのは?」

「そりゃべつもんだ」

 

 このやろう。

 

 目的をすんなり達成してほっとした空気の中、歩いて帰ることに二人で顔を見合わせてげんなりしたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










デュラン君が寝てたの一日ですが、現実では一月以上流れてました。。
遅くなりましたが、時間のあるときにぽつぽつと投稿していきます。
(ペースが上がるとは言ってない)

この話は一月以上寝かせたのを加筆修正してたのですが…
なんかどつぼにはまるというか、これでいいのか?みたいな感じになったので、作者もふて寝してました(笑
いや、すみません。
感想をくださってる皆様ありがとうございます。励みになります。
要望とか話の筋を変えたりとかはしないと思いますが、先の予測は控えてわくわくしつつ、後から読んでみて、「おっ、予想通りやんけ」ニヤニヤとかしてもらえるとありがたいです。

ちなみにこの話でいつもの二話分くらいです。

評価、お気に入り登録もありがとうございます。楽しく書けるうちは頑張ります!
よろしくお願いします。


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第十六話 出航の際に思ったことを叫んでみる

 

 

 

 

 

「明日にはここを出るのか」

「予定が詰まってるんで、長居はしないんだ。世話になったな、ホークアイ」

 

 俺たちは、ディーンで荷物を回収してサルタンまで戻り、目的達成の祝杯をあげていた。

 

 店は、俺が名前を伝え忘れた場所だ。

 

 あのとき、ホークアイが見つけてくれなければ、サラマンダーにも出会えてなかったと思うと奇妙な縁だと思う。

 

「そうだ、ホークアイ。約束の報酬の話なんだが……」

「ああ、そうだったな」

 

 言い値を支払うとの約束を忘れてはいない。精霊の協力を取り付けることに成功した対価と思えば安いものだ。

 

 が、あまりふっかけられても困るというのは都合が良すぎるだろうか。

 

 いろいろ考えはあるが、決して表情には出さない。

 

 男が一度言った言葉に責任を持つのは当然。

 

 うじうじ考えるのはやめだ!

 

 さぁ、いくらでも提示してくるがいい。我がパトロンである英雄王の財源が枯れることなどないと知れ!

 

「考えたんだが、今はもらうのを保留させてくれ」

「……保留?」

 

 ああ、とどこか思案するような顔を見せるホークアイ。

 こちらとしては、覚悟が決まったところでのその反応に、なんだか肩透かしを食らった気分である。

 

「それは、いいのか?情けない話、ここからは減る一方だから、後からだと払えなくなってしまうかもしれないぞ?」

「そんときあるだけもらうさ」

 

 こいつ鬼かよ。

 

「冗談だ。わかりやすい顔だな」

「やかましい。どういう風の吹き回しだよ」

 

 言ってはなんだが、ホークアイは人並みにがめついというか、もらえるものはもらっとく主義だと思っていたのだが。

 

「単純さ。お前さんの話を信じる価値があると思ったんだ。実際、精霊を仲間にしちまうなんて、常人にできないことをやってのけたんだからな」

 

 確かに、この世界を支えるマナの根源にもっとも近い精霊と接点を持つなど、一生経験のないまま人生を終える者がほとんどだろう。

 

 そんなありえない体験をした後だからこそ、1%でも起こりうるかもしれない可能性を視野に入れることになったわけか。

 

「美獣イザベラだったか。奴が来たら警戒しておく」

「警戒だけでは足りない、逃げるんだ!」

 

 思わず語気を強めてしまう。

 

 だが、言わずにはいられない。

 

「大切なものを失くす前に、判断を誤らないでくれ。頼む」

 

 ホークアイにとって兄弟分であるイーグルを失うことの意味は大きい。

 

 事前にそれが防げる可能性があるからこそ、救えるものなら救ってやりたい。

 

 ただの自己満足なのは分かっている。本気で救うなら、ここに滞在し続ければいい話だ。

 

 だが、無責任にも俺は自分の目的を優先している。

 

 わかっている。だけど、それでも手の届く範囲でなんとかしたいと思ってしまうのだ。

 

「……引き際を間違えることはない。気をつけておく」

「ありがとう、ホークアイ」

「よせよ。別にお礼を言われる筋合いはない。本当に変な奴だな、お前さんは」

 

 ホークアイは視線を背け、ぐいっとグラスを煽る。その表情は、言葉ほど刺々しくはない。

 

「信じてくれたついで、といっては何だが、一つ頼まれてくれないか?これはホークアイにとっても悪い話じゃないんだが」

「なんだ?また依頼か?」

「まぁ、そんなようなものだと思ってくれていい。これを」

 

 ホークアイに差し出したのは蝋で封をした手紙だ。

 

「これは?」

「見ての通りだ」

「誰宛だ?まさか、ジェシカとは言わないよな?」

 

 少し警戒した目をしている。こいつ、どんだけジェシカが好きなんだろうか。その割には女性に対して態度が軽いわけだが。

 

「そんなわけないだろ。美獣が現れて、風の王国ローラントを襲う計画を企てていたら、これをその国の姫に渡して欲しいんだ」

 

 手紙には、ホークアイが信用できる人物であることが書いてある。それから、俺が差出人である手紙だと信じられるような内容も書いておいた。

 

「これを渡して、襲撃の計画について伝えるんだ。そうすれば、きっと力になってくれるはず」

 

 襲撃のタイミングが分かれば、ローラントだって対応しやすいし、何よりエリオットを守る人は多いに越したことはない。その点、ホークアイなら安心だからな。それにリースの負担も減るから一石三鳥だ。

 

 いや、ホークアイの面倒を見るという点ではマイナスなのか?

 

「……おまえって、頭が回るようで、実は馬鹿だよな」

「あ?何か問題があるか?」

「一国の姫にコソ泥ごときがあってもらえると本気で思ってるのか?」

「ん、うーん。会えないかな?」

「無理だろ」

 

 無理か。というか、あの門番の人達にはフォルセナの国印がある封書を見せたっけ。

 

 当然、そんな国印なんて持ってるわけない。

 

 詰みかな。いや、待てよ。

 

「別に直接会う必要はないから、手紙だけ渡せればいいだろ。中を見れば分かるしな」

「百歩譲って、手紙を受け取ってもらえたとしよう。それでなんでオレに協力してくれることに繋がるんだ?情報だけ提供して、はい、さようならってオチは勘弁だぜ」

「安心しろって。リースはそんな人じゃない」

 

 あのリースがそんな風に簡単に人を切り捨てるわけがない。

 むしろ、不遇な目にあっているホークアイに力を貸してくれるだろう。情報提供はそういった意味では関係を作りやすくする架け橋でしかない。

 

 まぁ、自惚れでなければ、多少は俺の口添えも役に立つはずだ。

 一応はフォルセナの使者として信頼を得たはずだからな。

 

「リースってのは、まさか、ローラントの姫か?」

「そうだが、それがどうした」

「なんで一国の姫に対して、そんなに親しげなんだよ」

「そんなつもりはなかったが、なんかおかしいか?」

「いや、なんかもうお前さんならあり得るか……。待てよ、もしかして……」

 

 少し宙に視線を彷徨わせたかと思うと、急にこちらの顔を覗き込んでくる。

 

 どうした、挙動不審すぎるぞ。

 

「ははーん。そういうことか。てんでそういうことには興味ありませんが?って顔してる癖に、やることはやってんだなあ」

「……何の話だ?」

 

 こいつ酔ってんのか?

 急になんなんだ。にやにやといやーな笑顔を浮かべて。

 

「つまり、この姫さんとお前はいい関係なんだろ?」

 

 いい関係?

 共にハーピーと死闘をくぐり抜けたしな。悪い関係にはなってないだろう。

 

「まぁ一月以上一緒にいたからな」

「なっ!」

 

 ホークアイが目玉が飛び出るかのような表情で、テーブルに身を乗り出してくる。

 乗っていた料理の皿が軽く宙に浮いた。

 行儀の悪い行動に一瞬眉をひそめる。

 

「だから、この手紙なわけかー!かー、なんていうか、健気というか、女々しいというか!で、どこまでの関係なんだよ!」

「どこまでの関係って何が」

「はー⁉︎ここまで喋っといてそりゃないぜ!いろいろあんだろ、ほら、どこまで踏み込んだんだ?お兄さんに言ってみ?ん?」

 

 どこまで。何を以てどこまでなのかまったくわからん。

 しかし、目の前の男、完璧に酒が回っていそうだ。なんなら答えるまでずっと同じ話題が続きそうなほどだ。

 面倒だな……。

 

「とりあえず、俺はこの旅の間に16になった。お前をお兄さんと呼ぶような歳じゃあないぞ」

「そんなことはどうでも……良くないな、おめでとう!というか、オレと同い年だったとはな!」

 

 そうなのか。まぁ、どっちが上か下かなんて大した問題じゃないわけだが。

 

「で、実際どこまでいったんだ?」

 

 誤魔化し切れてなかったか。夜が長くなりそうだな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あーだこーだと適当にはぐらかし、ホークアイとは支払いのために、再会を約束して別れた。

 

 全てのことが済んでローラントにたどり着いたとしたら。そのあとジャドに向かうはずだ。

 

 そううまくいくかは分からないけれど、タネは撒けたはずだ。

 

 なんだか締まりのない別れになったのは心残りだが、近いうちにまた会えそうな気がしているから不思議である。

 

 砂漠の都でもいろいろあったし、暑いし、環境はなかなか厳しいものだったが、いざ出立となると寂しさも感じていて驚く。

 

 神獣が解放されない限りは、もう来ることはないだろう。イーグルとジェシカをホークアイが救えることを願っている。

 

 船着場に到着し、エルランド行きの船を探す。

 

 いくつもの船が並んだ中で、すぐに目的の定期船は見つかったのだけれど、ここでトラブルが起きた。

 

「すいやせん、名前は?」

 

 頭にターバンを巻き、こんがりと焼けた肌を見せている船乗りが言った。チラチラと剣を見ているのが気になる。

 

「デュランだが」

「……そうですかい。悪いけど、にいちゃんは乗せられねぇんでさぁ」

 

 言葉のわりにあまり申し訳なさを感じ取れない。

 むしろ、厄介なものが来たとでもいうような顔をされている。

 

 この時点でそんな対応をされる心当たりはない。

 

「何故だ?金なら払えるが」

「いや、依頼主の意向で、剣士風の男が来ても乗せるなと言われてるんでさぁ。他をあたってもらえますかい」

「そうか……倍支払うと言っても?」

「こっちができるのは乗せないところまででさぁ。報告までは言われてねぇんで、これで勘弁してくだせぇ」

「わかった。無理を言ってすまなかったな」

 

 厄介ごとに首を突っ込みたくないとでも言わんばかりの態度だ。まぁ、向こうにも事情がありそうだから、気にしないようにしよう。

 

 さて、一旦状況を整理しようか。

 

 なぜかは分からないが、剣士風の男に限り、乗船できなくなっている。というか、そのキーワードが「デュラン」の可能性は高いだろう。

 剣を気にしたことから、条件は「剣士」「デュラン」といったところか。

 

 俺以外の理由があるかもしれないが、俺に関わることだとすると、思い当たるのは一つしかない。

 

 依頼主と言っていたことから原因は金持ちか、権力者だ。俺がサルタンで関わったことがあるのは、ホークアイ達の手から一回守り通したあの商人ぐらいだ。

 

 つまり、そいつがなんらかの理由で手を回している、かもしれない。

 

 何が目的かは不明だが、嫌がらせだろうか。

 

 これでもし、俺が暴力に訴えるような人間だったら、どうなっていたことか。

 そのへんの損得勘定ができないから、ナバールに狙われるような稼ぎ方しかできないのだ。

 

 なんてな。

 

 そんなふうに知ったようなことを考えながら、渋々船から降りる。

 

 しかし、さて。

 

 困ったぞ、これは。

 

 マジで解決策として思いつくのは出航間際に無理矢理乗り込み、脅迫して運ばせる案が、濃厚になってきた。

 

 でもこれは最悪の場合だ。

 

 できれば真っ当な手段で解決したいし、騎士としての尊厳は最低限守りたい。

 

 だが、せっかく予想より早く解決したんだ。こんなところで足止めはごめんなのだが。

 

 うーん、と頭を抱えていたときだった。

 

 

 不意に、後ろから、声をかけられた——

 

 

「お困りですか……。今ならエルランド行きの船に……無料で乗れますぜ……」

 

 

 低く、ねっとりとした男の声。

 

 まさか。

 

 いや、え?ここで来るのか?

 

 恐る恐る、ゆっくりと振り返るとそこには——

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっ。有名人」

「なんだホークアイか……脅かしやがって」

 

 てっきり幽霊船イベントが始まってしまったのかと思ったわ。冷や汗が半端ないぜ。

 

 というか有名人ってなんだよ。

 

「随分と早い再会だが、どうした?やっぱり支払いをした方がいいか?」

 

 半分呆れたように肩を竦める。その態度を見ても、ホークアイはにやにやと笑っているだけだ。

 というか、少し楽しそうだ。

 

「お前さんな、今はどこの船にも乗せてもらえなくなってるみたいだぜ」

「剣士は入船を制限されてるってか?」

「なんだわかってるようだな」

「ついさっき知ったのさ。なんでそんなことになったのかはわからん」

「お前が一度護衛をした商人の八つ当たりさ。どうも一回盗まれただけじゃ懲りなかったらしい。あわよくば、自分のところに直談判に来たところをもう一度雇い直して、飼い殺しにする算段みたいだぜ。そうなったら金が思うままだから、案外悪くないかもな?はっはっは」

 

 そう言いながらも、まったく名案だと思っていないことは表情からよくわかる。

 

「昨日今日でよくそこまでの情報を集めたな」

「酒場で飲んだくれてる剣士を探すよりは簡単なことだ」

 

 皮肉か?いや、しかし自分へも痛烈なブーメランになってるような気もしないでもないが。

 それとも、もしかして謙遜してるのか?

 

「……なんだよ?」

「いや、根に持ってるのかと思ってな」

「そりゃあんだけ意味深なこと言っといて店の名前を言わないまま消えるようなやつだ。こっちの情報収集能力を試されてるって思うだろ」

 

 そんな意図はまったくなかったが、そういえばそんなこと言ってたな。

 

「あのときはうっかりしてたんだよ。まぁでも、ホークアイの腕にかかれば何の問題もなかったがな」

「あ、ああ。そうだな。多少手間取ったが、見つけられないことはないと思っていたしな」

 

 あれ?照れてんのか?

 

「照れてんのか?ホークアイ」

「んなっ!そんなわけないだろっ!それで、エルランド行きに乗りたいんじゃなかったのか⁉︎」

 

 そうだ。ホークアイをからかっている場合じゃなかったな。

 

「乗りたいが……船があるのか?」

「あるから提案してるのさ。なんで持ってるか知りたいか?」

 

 原作でそんな設定はなかったから、予想の範疇だが、たぶん理由はアレだろうな。

 

「密輸用か?盗品を国内で売り捌くのはリスクが高いし、足元を見られたら安くて商売にならない。だったら、商船に混じって堂々と国外で捌いた方が値も上がるしな。どうだ?」

「……面白味のないやつだな」

「言ってろ」

 

 だいたい当たったのかな。まぁ、細かいところまで全部説明するはずもない。そんなに簡単な話じゃないだろうしな。

 

 今肝心なのは、船に乗れるか、乗れないかだ。

 

「で、俺は本当にただで乗せてもらっていいのか?」

「ま、このホークアイ様の紹介なら無料どころか、朝飯に新鮮な魚までつけてくれるだろうぜ」

「お、おう。そいつは嬉しいな」

 

 何をこんなにはしゃいでるんだって感じだが、助かったのは間違いないからな。余計なことは言わないようにしよう。

 

 二人でナバールの船が停泊してある場所まで向かって歩き始める。ぽつぽつとホークアイが話を振ってきた。

 

「なぁ、お前さん、これからも旅を続けるつもりか?」

「そうだが。なんだ、藪から棒に」

「少し気になっただけさ。で、本当に全ての精霊を集めるつもりなのか?正気か?」

「正気じゃなかったら火炎の谷なんて行かないさ」

「……それもそうか」

「ああ」

 

 それきり無言の時間が続く。

 港にはそれなりに人はいるが、今、俺たちの周りに話を聞いているものはいない。

 

 またもや口火を切ったのはホークアイだった。

 

「世界の平和のため、と言ったっけ?一体何のためにそんなことするんだ?」

「今日は質問攻めだな」

「いいから。——答えろよ」

 

 ホークアイが足を止めた。俺もそれに合わせて少し前で止まった。

 

 その声音から、この質問によってこれからのホークアイとの関係が変わることになると予感する。

 

 立ち止まって、ほんの少しの間に思考する。

 

 何のためにそんなことをするのか、か。

 

「自分のためだ」

「オレにはまったくそんなふうには見えないね」

「泥棒は嘘に敏感なんだろ」

 

 振り返り、ホークアイの瞳を覗き込む。

 

「自分のためだ」

 

 先ほどより低いトーンで繰り返す。

 

 その言葉に、ホークアイは息を呑んだ。

 

「何が自分のためなんだ?はっきり言って得られるものなんてない。せいぜいが名声だろうが、お前はそんなもん求めてないだろう」

「どうだろうな」

 

 本当のところ、自分でもよく分からない。何を一番に考えてこの旅をしているのか。

 

 初めの頃は一つだったはずだが、だんだんわからなくなってきた。

 

 というか、こうして動いていた方がいいと思う理由の方が多いくらいだ。

 

 だからまぁ、最後は結局マナの樹を枯らさない、マナが無くならない世界になれば、自分のためになる。そういう感じだろうか。

 

 本当にそうだっただろうか。

 

「いいだろう。話せないなら、エルランド行きは諦めてまたあの商人に雇われるんだな」

「待ってくれホークアイ」

「いいや、待たないね」

 

 後ろを向いて立ち去ろうとする姿に焦りを感じる。

 

 なんて答えたらいいのか。

 

 正解があるのか。

 

 ごちゃごちゃと頭の中がまとまらない。

 

 でも、彼が聞きたいのはたぶん、そんな理屈じゃない。

 

 そうなんだよな?

 

 だったら。

 

「——正直、お前に聞かれて分からなかった。たぶん理由はいっぱいあって、そうした方がいい、そんな気がしてるんだ」

 

 ホークアイの足が止まる。肩越しにゆっくりとこちらを向いた。

 

「そんな漠然とした理由でこんな過酷な旅ができるわけないだろう。精霊がいるようなところは火炎の谷のような厳しい自然の中のはずだ。生半可な覚悟じゃ、お前さん——」

 

 ホークアイが口を噤む。代わりに小さく舌打ちをして地面を蹴った。

 

 ああ、そうか。

 

 ここでようやく気付く。

 

 まったく自分の鈍さ加減にほとほと呆れ果てる。

 

「もしかして、心配してくれてるのか?」

「ばっ!はぁっ!んなわけないだろっ!こんな旅をしてたら命がいくつあっても足りないから、死ぬ前に荷物をもらってやろうかと思っただけだ!」

 

 こいつ、勢いよく縁起の悪いこと言い切りやがったわ。

 

 でもまぁ、本心を暴いてしまった申し訳なさもある。ここは、黙って乗ってやるか。

 

「まあ、そんなこったろうと思ったけどな」

「けっ、人を見る目がないんだよ」

「でもこれだけは言わせてくれ」

「なんだよ、改まって」

 

 ぶっきらぼうに言い放つホークアイ。まったく、いい歳の男が拗ねても可愛かねえぞ。

 

 だけどな、また一つ旅の理由が増えた気がするよ。

 

「ありがとう、ホークアイ」

「……礼を言われる筋合いはねえよ」

「そうか。じゃあ、その分はとっとけよ。いつか返してもらう」

「やな奴だよ、お前ってやつは」

 

 

 

 

 

 

 

 

 港の外れに一隻の船が停泊していた。

 ナバールの船はその辺の商船と比べてもまったく見劣りしない物で驚く。

 ちょうど出航の準備を済ませたらしい。

 

 タイミングが良すぎる気もするが、ホークアイに尋ねるのも癪だからな。素知らぬ顔で乗り込むとしよう。

 

「世話になったな」

「まったく最後まで迷惑なやつだったよ」

 

 呆れたと言わんばかりの表情に、いつもなら一言二言、言いたくなるところだが、不思議とよぎったのは名残惜しさだけだった。

 

 互いに多くは語らない。

 視線が交錯したが、思うことは同じだったように感じる。

 

 口には出さなかったが。

 

 死ぬなよ、と言われた気がした。

 

 そのあと鼻で笑われたがな。

 

 俺が最後の客だったのか、連絡橋を渡り終えると同時に、乗組員全員にとどくようなバカでかい声がかかる。

 

「船が出るぞー!」

 

 出発の声が響き、錨が上げられていく。

 ガラガラと耳障りな音の中、ホークアイが声を上げた。

 

「おいっ!」

 

 桟橋からホークアイが袋を投げつけてきた。高さは二階建てくらいあるのだが、なかなかの強肩具合である。

 弧を描いたそれをキャッチするとずしりと重さを感じさせる硬い感触だった。

 中を見るより早く、ホークアイの補足が入る。

 

「あの親父からもらったガントレットだ!防具だが万一剣がなくなっても、素手よかマシだろ‼︎」

 

 やばい。ほんとにいいやつじゃないか。ちょっと一瞬涙腺を刺激されたぞ。

 

 ってか、戻ってくる間ずっと持ってたなら早く渡してくれればいいのに。余計な荷物で重たかったろう。

 

 とことん不器用なやつだな。

 

 船が少しずつ加速していく。桟橋からぐんぐん距離を取っていく。

 

 もうすぐ声が届かなくなるだろう。

 

 言わなければ、ホークアイに。

 

 俺の本当の気持ちをっ!

 

「ホークアアアイ‼︎俺、本当はお前のこともっとがめついやつだと思ってた!すまあん!」

「おまっ!それ嘘じゃなくて本気のやつだろ!謝れー‼︎」

 

 いや、だから謝ったやんけ!

 

「デュラーン‼︎いつか——」

 

 何かを叫んでいるが、もう声は届かない。最後になんて言ったのか、それが少しだけ気になる。

 

 いつか、周りの大切な人を守った後には、俺に力を貸してくれるかな。

 

 そのときを楽しみに待つとしよう——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————————

 

 

 

 酒場で祝杯をあげているときだ。

 

 こいつの顔が少しだけ柔らかくなったのを感じて、なんだか面白い予感がしたんだ。

 

 ただの堅物で、人助けに命を顧みない、おまけに目的のためなら躊躇わずに危険に飛び込んでいく……そんなオレには到底理解できない男がだ。

 

 しかも相手はローラントの王女だという。

 

 なんだこれは。

 

 そんな寝物語で聞かされるような甘酸っぱい話があっていいのか?

 

 まったく。そんな嘘みたいな話に、このオレの好奇心が刺激されるはずが……。

 

 

 

 

 

 

 ——いいぜ、いくらでも聞いてやる。というか教えろや!

 

 はっきり言ってしまえば、王族に憧れなんて微塵もないし、興味の一欠片すらない。

 

 興味があるのはただの一点。お前のような男が惹かれた女が、どんな魅力の持ち主なのか、それだけだ。

 

 場合によっては……いや、それはやめとくか。

 

 少しの付き合いだが、なんだかこいつを嫌いになれないから……なんて訳はないが、単純に王族に興味が湧かないからな!

 

 とにかくだ。

 

「どこまで進んでるのか話してみろやー!」

 

 この男の口を割らせるのは、一筋縄ではいかないということだけはわかった。

 

 

 

 

 

 昨日は飲み過ぎた。

 

 再会の約束をしたのはかすかに覚えているが、気付いたら宿の部屋だった。

 

 ナバールの仲間でサルタンの状況を把握している仲間に、噂やブツの流れについて聞き込みをするとある話があがってくる。

 

 デュランだ。

 

 どうやらヤツを封じ込める包囲網を敷かれてるらしい。

 

 オレには関係のない話だ。

 

 だが、ムカつく。

 

 無性に腹が立つ。

 

 あの商人、オレたちが盗み出したもの以外の隠し財産があったこともそうだ。だが、下調べが甘かったのは情報班の失態だからまだ許せる。

 

 なら何にこんなに感情が波立つ?

 

 気付いたら港に走っていた。

 

 まず、ナバールの船乗りにエルランド行きを待ってもらう。本当に偶然だが、今日が出発だったのだ。これを逃したら半年は状況が変わらない限りここから動けなかっただろう。

 

 次は問題の騎士バカだ。

 

 定期船乗り場にあたりをつけて、探し回ると、すぐに見つかる。ぶつぶつと考え込んでいるところを後ろから驚かせてやる。

 

 予想以上にびびったらしい。

 

 冷や汗すら流しているから、驚かせたこちらも満足だ。

 

 気分が良くなって、少し余計に踏み込んじまった。

 

 聞かなくても良かったことだってのに。

 

 こいつは世界の危機を救う旅を自分のためだという。

 まぁ、本当かどうかはまだ分からない。しかし、こいつは嘘を言っていない。

 そうオレの勘が告げていた。

 

 本当の理由は話さなかった。

 

 それでも旅は一人で行くという。

 

 馬鹿だ。正真正銘の気持ちのいいくらいの馬鹿。

 

 命がいくつあると思ってる?

 

 一つだ。

 

 なんでそんな何の得にもならないことに命を懸けられるのか。

 

 それじゃあ、お前ばかりが損をしているだろう。

 

 そんな不平等が、オレは嫌いだ。

 

 頑張ったやつが頑張った分だけ報われるような——そんな当たり前のことが許される世界であって欲しい。

 

「もしかして、心配してくれてるのか?」

「ばっ!はぁっ!んなわけないだろっ!こんな旅をしてたら命がいくつあっても足りないから、死ぬ前に荷物をもらってやろうかと思っただけだ!」

 

 まったく。ムカつく野郎だ。

 

 別れのときに、お互い言葉はなかったがデュランはたぶん、生きろ、と伝えたかったんだと思う。

 

 甘ちゃんらしい考えに、鼻で笑っちまった。

 

 そうだ、ずっと渡すタイミングを掴めなかったガントレットを投げ渡す。

 

 いつかいつかと思って渡せなかったが、今渡さなければ転売することになる。

 

 いくら盗賊と言えど、純粋な感謝に対する礼品を使わずに売り払うなど鬼畜の所業だ。

 使われるべき者にもらわれた方が嬉しかろう。

 

 と、思ったが、このあとのめちゃ腹の立つ一言はイラッとしたぜ。

 

「デュラーン!いつか——」

 

 だが、お前のような男に少しだけ憧れる自分がいることをオレは自覚している。

 

 どこまでも真っ直ぐで、お人好しで、危うい一面があって。

 

 ちょっとだけ助けてやろうかって、思わされちまう。

 

 いや、この先の道でどんな面白いことをしでかす気でいるのか。

 

 盗賊の好奇心が疼くのかもな。

 

「——再会したときにはお前の旅にオレも連れて行ってくれえー‼︎」

 

 

 

 

 

 











お気に入り、評価、感想ありがとうございます。
こんくらいのペースでぼちぼちやっていきたいと思ってます。。
未だにたくさんの方が読んでくれているみたいなので、頑張れそうです!
今回も二話分くらいの分量。読みにくくないかが少し心配です。

さて、ホークアイとはしばらくお別れで、次回からエルランドに舞台を移します。
登場するのはなんと…、いったいアンなんだってんだ⁉︎お楽しみに。


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第四章 魔法王国アルテナ編
第十七話 気に食わないと思うことは積極的に変えてみる


 

 

 

 

 

 一月近く船に揺られていただろうか。

 まったく、この旅は航海の方が長い。自分を鍛える時間に事欠かないな。

 

 もしもステータスというものが存在していたならば、少しはレベルが上がったんじゃなかろうか。

 

 今一番欲しいのは間違いなくMPだろう。精神を鍛えればいいのだろうが、果たして結果が出ているのかどうか。

 たぶん、集中力や、五感を通してマナを感じ取れる能力が増すことが、この場合の精神鍛錬だろうと当たりはつけている。

 

 気持ちの問題とか、マナ切れは甘えとか、そういうことじゃないとは思ってる。大事だけどね、気持ち。火事場の馬鹿力とか言うし。

 

 それはさておき、マナをうまく扱うために、船上で派手にサンダーセイバーをぶちかますようなことはもちろんしていない。

 

 基本的に、四六時中海と向き合っていたのだ。剣を振るうか、瞑想して風のマナを感じ取るか、あるいは本当に何も考えず釣り糸を垂らすか。

 そんなことを際限なく続けていたある日のことだ。

 

 ふとしたときに、真っ青な雲一つない天気を見て、何故だかもうすぐ雨が降ると感じたことがあった。リースじゃあるまいし、とは思ったものの、どうにもその予感が拭いきれずソワソワとしていたのだが、一刻も経つ頃には土砂降りになった。

 

 恐らく、マナを感じる力がより鋭敏になったからだろうと予測を立てる。

 リースは既にこの域には達していたわけだから、今は俺よりも扱いがうまくなっているだろう。

 

 ……ちょっとだけ感傷的になってしまったな。

 

 船上ではそんな修行の日々を過ごした。

 

 しかし、それも終わりを告げ、名残惜しくもナバールの皆さんとお別れをしたばかりだ。

 

 ホークアイが彼らから一目置かれる存在だったからだろう。俺への扱いは客人のそれだった。だいぶ手厚くもてなされていたと思う。

 

 ホークアイと別れた後で聞いたことだが、急に俺が乗ると決まったときに食料事情が変わるから急遽追加で搬入した、とか笑いながら言われたときには申し訳なかったものだ。

 

 もっと事前に根回ししといてくれよ、とは口が裂けても言えない立場なんだが。でもねえ。なんだか申し訳ない思いだった。

 

 まあ、何はともあれナバールの皆さんには感謝している。できれば、この人たちがイザベラの支配から逃れられることを祈っておこう。

 

 舞台は酷暑だった砂漠から、極寒のエルランドへと移った。

 

 話を聞くに、まだ暖かさは街に残っているようだ。ただ、街の外はだいぶ影響を受けており、周辺は雪に覆われつつあった。アルテナ城周辺から離れるほど、気温が下がっているということだ。

 

 最低限必要な情報を集めて、さっさと氷壁の迷宮を目指したいところだが、あいにくと天候がそれを許さない。

 これからはさらに寒さが厳しくなる時期に入るらしい。迂闊に零下の雪原へと赴けば氷像が出来上がるか、雪溶けまで冷たく白い大地に埋もれたままになるそうだ。

 

 そんなのはごめんだ。

 

 最低でもあと一ヶ月は待った方がいいと言うことを聞いて、俺は一つの決意をした。

 

 そうだ、アルテナに引っ越そう。

 

 思い付きと勢いだけのネタに聞こえるかもしれないが、本気である。

 

 理由は四つだ。

 

 一つ目、エルランドでは意外と情報が入ってこない。

 

 原作では、寒さが厳しくなっていく状況を嘆いている住民の反応ばかりだったが、アルテナがどんな情勢なのかという話があまり出てこない。良いか悪いかは分からないが、港町だというのに素朴で、そして田舎だ。

 

 二つ目、紅蓮の魔導師の存在を確認する必要があること。

 

 言うまでもないが、旅をする時点で決めていたことの一つである。存在するのであれば、どの程度の力なのか知っておくことは大事だ。原作知識だけでなく、事実を知ることで、余計な憶測や、油断をなくしておきたい。

 

 無論、原作知識があるおかげで、油断は微塵もない。だが、勝てるイメージもまだ湧かない。

 未知数な存在を少しでも現実の存在へと落とし込み、来たる戦いに備えておきたい。

 

 三つ目、アンジェラ王女が生きているかどうか。

 

 原作プロローグでは、女王にマナストーンを解放する禁呪の生贄にされるところで、転移魔法が発動し難を逃れていた。時期的にはもう少し先のはずだが、そろそろグレーゾーンの可能性を視野に入れている。

 

 それは何故か。理由はこうだ。

 

 プロローグのイベントを世界地図で見て、ジャドから遠いところからイベントが発生していくと考える。

 

 なぜジャドなのかと言うと、一度はシャルロットを除いて主人公達がジャドにいる瞬間があるはずだからだ。

 

 世界地図から逆算して考えれば、一番最初にイベントが起こるのはホークアイだろう。さらに、ナバールが乗っ取られてからローラント侵攻が起こるので二番はリースになる。

 三番は地理的に遠いアンジェラだと睨んでいる。ケヴィンと俺のイベントはどちらが先かは分からないが、少なくとも俺の方はアンジェラの後だと予測している。

 

 紅蓮の魔導師がどの程度の距離を瞬間移動できるか分からないが、フォルセナ侵入のイベント後、デュランがジャドに到着するときには、アンジェラが同時か、先に着いていることを考えるとデュランの前にアンジェラでなければ旅程的に成立しない。

 最後は直前にシャルロットという順番だろう。

 

 どの主人公もプロローグだけはなんとなく覚えている。最後までクリアしたのがデュランだけだったから、細かいところはうろ覚えなところも多いわけだが、覚えてるだけマシだと思っている。連れていた仲間のこともハッキリとしないが、能力の傾向くらいは掴んでいるというのが今の状態だ。

 正直、ここから先は役に立つ知識が出てこない可能性もあるわけだし。

 

 そんな理由があることから、アンジェラ王女の生存も確認しておきたい。

 

 万一、イベントが起こった後だとするなら、俺ものんびりはしていられないからだ。

 

 しかし、9割くらいはまだ時間的に大丈夫だとは思っている。

 

 最後に四つ目、氷壁の迷宮に至るまでの障害があるかどうか。

 

 雪で覆われている場所であるし、火炎の谷同様で、秘境のような扱いらしい。今回もガイドが必要かもしれないが、ホークアイのときのようにはいかないだろう。

 

 何せ入り口近くにマナストーンが安置されている場所だ。アルテナは魔法王国でもあるし、その重要性は理解しているだろう。

 もしかしたら、ローラントの風のマナストーンのように守られている可能性がある。

 

 しかし、秘境であるからこそ、火炎の谷のときのように自然に守られているだけとも考えられる。

 原作でも放置されていたしな。後半ではマシンゴーレムと戦うことになることから、何らかの守りがあるかもしれないとは思っておく。何事も最悪を想定しておこう。

 

 まぁ、調査をして備えておけば万事においてうまくいくもんだ。運が良ければガイドも見つかるだろう。

 

 そんなことを考えて、アルテナでの宿屋暮らしが一ヶ月過ぎる……。

 

 アルテナでの生活にも慣れた頃だ。

 

 懸念していた冬季の寒さに身を震わせながら、足繁く城近くの酒場に通う毎日だった。たぶん、マスターは金持ちの不良息子が放浪しているとでも思っているのではなかろうか。わからんけど。

 ってか、この旅での酒場の利用度半端ないね。人が集まるところに情報が集まるから仕方ないんだけどさ。

 

 まぁ、実際有益な情報も得られている。

 

 毎日通う中で、雑談からアンジェラ王女の噂も聞こえてきていた。

 

 理の女王の美しさに引けを取らない美貌の持ち主であり、唯一の王位継承者。

 父親に関しては明かされていないのか、一切の情報がない。噂として、魔法に優れた賢人との子である、女王を虜にするほどの吟遊詩人、とある国の王子であるなど、信憑性のない話が出回っているみたいだ。

 

 理の女王とは異なりまだまだ精神的に幼い部分が目立つというような、少し厳しい話もあるらしいが、気になっていることが出てこない。

 

 それは、魔法が使えるかどうか、だ。

 

 不自然なくらいにそのことに関して誰も触れていないような気さえしている。

 

 アンジェラ王女の魔法の腕前はどうなのだろうか、と雑談として酒場の客に聞いたことがある。

 女王に負けないくらいに才に溢れているだろう、後継として気温を維持する術を学んでいるだろう、と。

 正確に敵を撃ち抜く魔法を使うらしい、と言っていた者に、「実際に見たのか」も聞いたが、「女王様の娘ならそうなんじゃないか?」と逆に聞かれた。

 

 どれも予想や推測、願望といったような事しか出てこない。

 

 誰一人として、見たことがある、それが絶対の事実である、とは言わないのだ。

 

 美貌に関しては式典などで見たことがある、と聞けたが、魔法について信憑性のある情報はない。

 

 意図して隠しているのか、それとも俺のようなスパイ対策か。

 それとも、女王への信頼が厚すぎる故に、気にも止めていないだけか。

 

 ああ、いや。別に好きでこんな諜報員みたいなことしてるわけじゃないけどさ。

 

 真実か嘘かわかりにくいものしか出てこないのには、やはり作為的な何かを感じる。

 

 このようなことから、俺の中では一つのある仮説が出来上がっていた。

 

 それは、アンジェラ王女は、やはり魔法が使えない、ということ。

 

 何故そう思うのかというと、出てくる情報や噂から推測できる。

 

 もしも、次期女王は魔法が使えないという話が他国に知れ渡ったとしたら。

 

 現在の理の女王に何かあったときに我先にと、他国から狙われる隙になる可能性が高い。

 

 さらに、内政的には、気温のコントロールができなくなることが国民に知れれば、暴動が起きることすらあり得る。

 

 つまり、アンジェラ王女が未だに魔法を使えないということは、国として決して明るみになってはならないことだから、情報封鎖をしているのでは、ということだ。

 

 そんな国の爆弾を取り除こうとしたのが紅蓮の魔導師なのかもしれない。

 

 ある意味で理に適っている。

 

 アンジェラ王女がいなくなることで、さっきのリスクは消え去る。次の問題は王位継承者だが、魔法が女王に次ぐ実力者であると認められた紅蓮の魔導師ならば、国民は納得できるだろう。

 

 そうやって国を支配する基盤を盤石にしていこうと画策していたわけだ。

 この世界に転生してこなければ、こんな事実があるかもしれないなんてこと考えなかったかもな。

 

 しかし、果たして。今俺が生きている世界でも紅蓮の魔導師がそんな計画を進めているのかどうか、というところだが……。

 

 カラン——

 

 酒場の入り口に視線を向ける。木製のドアにつけられた鈴の音が響く。

 

 まだ昼間だからか、客は少ない。

 

 入り口に立つのは外套を身に纏った女だ。アルテナの城下町は気温を完璧にコントロールしているので、寒さはあまり感じないはずだが、まるで今から町の外に出るような、そんな格好である。

 

 ん?

 

 ふと、フードの下から覗く瞳と視線が交わる。

 アルテナではあまり見かけない、故郷でよく見られた緑色の瞳だ。

 

 それに気付いたときには、女がバタバタとこちらに歩み寄ってくる。

 なんだ、と警戒するが、何の遠慮もなく俺の腕を掴んで、いや、抱きついてきた。外套越しからもはっきりとわかる柔らかな感触。

 

 うわ、おぱ——!

 

「お願い!追われてるの、助けて!」

 

 切羽詰まっているのか、こちらの返事を聞くことなく、入り口から隠れるように俺の隣に座る。

 

 ほどなくして、入り口から痩せ型の男が入ってくる。肩で息をしながら、ぐるりと店内を見回し、尋ねてきた。

 

「すみません、こちらに女性が来ませんでしたか?」

 

 マスターはちらりと顔を向けて、何事もなかったように無言でグラスを磨いている。

 

 おい、そこは誤魔化すところだろ。

 

「ん?そちらに座っているのは、あなたの連れですか?」

 

 返事がないのもお構いなしに、俺に水が向けられる。店内の客は俺と、この謎の女だけだ。

 正直に言うと、余計な厄介事は抱え込みたくはない。

 

 見たところ、この男は手荒なことをするような輩には感じられないし、引き渡しても問題ないんじゃないか。と、考えている自分がいる。

 

 考えたのは一瞬だった。

 すぐに答えを返そうとしたそのとき。

 

「私、ヴィクターと申すもので、事情は話せませんがある女性を探しているのです。何か知っていたら教えていただきたいのですが」

 

 その名を聞いて、頭の中に雷鳴が響く。

 

 ヴィクター。アンジェラ王女の世話係のような男だったはず。

 

 ということは、必然的に一つの答えに行き着く。

 

 この隣でフードを目深に被った女性が、アンジェラ王女か?

 

 わからんが、可能性は高い。

 

 だったら、この好機は逃せない。知りたいことが山ほど知れるチャンスだからだ。

 

 頭の中でスイッチを切り替える。先ほどまでの穏やかな自分を捨て、戦闘モードだ。

 

「こいつは俺の連れだ。悪いが、あんたが探してるような女はここには来ていない、他を当たってくれ」

 

 こういう場面は敬語ではなく、少し荒っぽいくらいがちょうどいいのだと、ホークアイから学んだ。

 それに、動揺は嘘だと言っているようなものだ。しれっとしているのが正しい。

 

 実際、その態度を見たからかヴィクターは一歩後退り、視線を泳がせた。

 

「あー……そうでしたか。教えていただきありがとうございます」

「なあに、いいってことよ。早く見つかるといいな」

 

 軽く会釈だけして男は項垂れながら外に出て行った。

 女はその様子にほっと息をつく。

 

 これで良かったのか?

 

 一瞬、そんなことが頭をよぎるが、後の祭りだろう。

 

 情報を得たら、何食わぬ顔で立ち去ればいい。

 

「マスター、何かあったかい飲み物をちょうだい!」

 

 女の注文に無言でうなずき、マスターが支度を始めたのを横目で眺める。

 

 勝手に注文してるし。めっちゃマイペースなやつだな。

 

「さっきはあなたのおかげで助かったわ、助けてくれたついでに、飲み物もご馳走になっていい?」

 

 可愛らしく甘えた声でそんなことを言う。もしもフードを取っていて真正面から言われていたら、少しくらい悩んだだろうが、一つ言わせてもらいたい。

 

 行動と言動の順序が逆だろ!と。

 

 しかし、あの不意打ちの柔らかいものが接していた状態が続いていたのならば、二つ返事で答えていた自信がある。取り繕うことはしない。

 

 なぜなら俺は男だからだ!

 

 だが生憎と、先ほどまで俺の気持ちを舞い上がらせていたものが当たっていない。

 

 今の俺は非常にクールなのだ。

 

 静かに脳内で図々しいやつを印象に追加しておく。

 

「会って数秒の女に奢るわけないだろ。まずは事情を話して、そういう要求はその後だろ。で、何で追われてたんだ?」

「……助けてくれたのは感謝するけど、いちいち人の事情に首突っ込まないでもらえる?それに飲み物くらいでケチケチして、小さい男ね!」

 

 こめかみに血管が浮き上がったような気がしたが、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。

 

 オーケー、そっちがそういうつもりなら考えがある。

 

「今すぐにあいつを呼ぶのは簡単なことだが、構わないんだな?」

「あんた⁉︎最低なやつね‼︎」

 

 いや、初対面の相手にする態度じゃないのはお互い様だろ。

 

 考えを切り替える。

 

 第一印象はお互いにあんまりいいものじゃないが、これから先を見据えた建設的なコミュニケーションを取る必要がある。

 

 クールに、練っていた計画通りに行こう。ちょっと行き当たりばったりだけど、なんとかするしかない。

 

 よし。

 

「まぁお前の素性は今はどうだっていい。俺はちょっとした理由で情報を集めているんだ。それを提供してもらえるなら飲み物だろうと食い物だろうと好きに頼んでいいし、このまま何も見なかったことにできる。わかるか?」

「……何を知りたいってのよ。言っとくけど、街のことなんて何も分かんないわよ」

 

 なんかもう、その口振りで身分を隠す気がないのかと呆れる。

 

 やっぱりアンジェラ王女っぽいが。フードは深く被っていて隣にいてもよく顔がわからない。

 

「分かる範囲でいいさ。早速だが一つ目だ。この国の中でもっとも魔法に長けた人物が誰かわかるか?」

「何、いくつ聞くつもりなのよ」

「三つほどだな。で、どうだ?」

 

 うーん、と顎に手を当てて考えている。輪郭からも女が痩せていることがよくわかる。

 

「そうね、一番は女王様だろうけど、あんたが聞きたいのはそういうことじゃないんでしょ?」

 

 その通りだ。

 

「頭が悪いわけじゃなさそうだな」

「いちいちムカつく男ね!」

「褒めてるのさ。それで?」

「ふんっ……。一昔前は女王に次ぐ魔法の使い手といえばホセ……という賢者だったろうけど、今はだいぶ衰えたと自分で言っていたから——ムカつくけど、紅蓮の魔導師でしょうね」

 

 その言葉が出てきたとき、何とも言えない複雑な気持ちが胸に込み上げてきた。

 いない方が被害が少なく済むのではとも考えたし、その逆にいることで最適な行動を取りやすいかも、とも考えていた。

 

 紅蓮の魔導師が存在する。

 

 どちらともつかない感情だが、その衝撃は確かに俺を貫いていった。

 

「何黙ってるのよ。知ってるの?」

「いや、初耳だな。紅蓮の魔導師とはどんな奴なんだ?」

 

 実際、この一月の間には話題に上がっていなかった。

 兵の実力は極力明かさないように徹底されている可能性がある。

 

「すっごい嫌な奴よ」

「わかりやすいようで分かりにくいな。実力はどうなんだ」

「認めたくないけどいろいろな魔法を使えるみたい。数年前まで魔法の才能なんてないって言われていたのに。ふらっと旅に出て戻ってきたら魔法を使えるようになってて、女王様の右腕にまでなってしまったの」

 

 聞けば聞くほど、知識と現実が一致していくな。

 

「あと二つよ。一つ言ったから飲み物はこれでただねー!」

 

 コトリと彼女の前に鼻腔をくすぐる甘そうな飲み物が置かれた。ココアだ。

 

 いつの間にか一つ答えたら、一つ注文できるスタイルになっていた。別にその辺は気にしてはなかったが、意外と謙虚な人なのかもしれない。

 

「うーん!良い香り!逃げてたらお腹も空いたから、何かおすすめをちょうだい!」

 

 無言でうなずき、何やら材料を切り分け始めたマスターを見ながら、二つ目の質問を投げかける。

 

「次は、氷壁の迷宮についてだ。あそこは国で守られている場所なのか?」

 

 ストレートに聞いた。あまりこんな話をよそ者がするべきではないだろう。サルタンと違って、ここは明確に敵国だからだ。

 他の町人に聞くときは慎重を期してじっくりと遠回しに話題を振っていたが、ちょっとばかし常識に疎そうな彼女に聞く分には問題ないだろうと判断した。

 

「あんな場所に興味があるの?あそこを守ってるなんて話、聞いたことないかなあ。かなりの僻地だし、好き好んで行く人なんているのかしらって感じ」

「その口振り、まるで行ったことがあるようだが?」

「まだ子供の頃に何度かね。いや、えっと何かうちに縁があるみたいでさ」

「ほー。なるほどな」

「……何よ」

 

 少し警戒しただろうか。しかし、氷壁の迷宮と王族に関係があるのは知らなかった。単純にマナストーン繋がりだろうか。

 まぁいい。今はまだ守りを固めていないことが分かっただけ上々だ。

 あとは、そこまでの道筋さえ分かればいい。

 

「いや、何も。三つ目だ、先に注文していいぞ」

 

 話している間に美味そうなシチューが置かれている。いつの間に置いたのか、話の邪魔をしないように配慮したのはさすがと言わざるを得ない。一月通った常連だが、マスターにそんな特技があったことには気付かなかった。

 

「んー、じゃあデザートをお願い!」

 

 シチューを頬張りながら、まるで迷いなく注文をする。最初から決めていたのだろうな。

 そして、俺の三つ目の質問も最初から決まっている。

 

「さて、三つ目だが、魔法を使えるようになれると言ったらどうする?」

 

 彼女にはウンディーネの加護を得て、魔法が使えるようになってもらう。その上で、紅蓮の魔導師から国を守るために、旅について来てもらうよう頼み込む、そんな風に考えていたプランのための足掛かりをここで作る。

 この機会を逃せば、原作通りの展開になるか、最悪は王女がマナストーンを解放するための生贄となり、主人公が六人揃わなくなってしまうことすら起こりうる。

 それを回避するための一手を打つ好機が転がり込んできたのだ。ためらう理由はない。

 

 シチューに沈めたスプーンの動きがぴたりと止まる。

 もぐもぐと咀嚼していたモノをごくりと飲み込んでから、一呼吸おいて、フードの下からこちらの様子を窺うのがわかった。

 

「……どういう意味?」

「言葉の通りだが?」

 

 質問に質問で返されたが、気にする素振りも見せずに答える。

 

 気にかかるのも無理はない。

 

 俺とて、ジンの加護を得られていなければ、すぐにでも飛びつきたくなるような話だ。

 

 魔法を使えるのが当たり前の環境で育ち、この国でもっとも強大で有名な存在の娘として生まれたにも関わらず、魔法を使うことが出来ずに苦しみ続けている。

 

 なのに。

 

「そんなことが簡単に出来るなら、世の中には魔法がもっと栄えているでしょうね」

 

 こいつはわりと冷静だ。

 そんなうまい話があるはずがないと、鼻で笑いながらこの流れを切って捨てた。

 

 この立場が逆だったとしたら。

 

 俺はこんなにも気丈に振る舞えただろうか?

 彼女のように自分の中にある可能性を、強く信じていられるだろうか?

 

 まったく、主人公になるような奴らはやっぱりどこか違うらしいな。

 

 何故か少しだけ誇らしい気持ちになる。

 

 さて、いつまでも心を動かされてばかりもいられない。

 

 ここからが正念場だな。

 

 アンジェラが再びシチューに手をつけようとしたところで、俺は会話を再開した。

 

「それは質問の答えになっちゃいない」

「は〜?だから、そんなことができるわけないって言ってんのよ。分かるかしら?頭まで筋肉でできてんじゃないの?これだから剣士ってやつは!」

 

 冷静だと思ったのは訂正だ。見ず知らずの男に飯をたかり、あまつさえ、得体の知れない剣士に暴言を吐き捨てるようなやつだった。

 

 危機感が欠片もない彼女に今の状況を落ち着いて判断してもらうには、彼女をもっとも深く知る者を利用する方が賢い選択だろう。

 

「そうか。では、帰って賢者ホセに伝えるんだな。精霊ジンより加護を得た剣士が、あなたの教え子に魔法をもたらすと」

「——あんた!」

「話は以上だ。俺は一週間はここにいる。それより先は旅に出てしまう。もしも、俺の話を信じるんだったら、覚悟を決めて来るんだな」

「一体、何を言って……」

 

 ぐっ、と顔を近づけて、囁く。甘い、ココアの匂いが香った。

 

「長ければ二週間は城を空けることになる。うまい言い訳を考えてから来いよ」

「そんなの信じるわけないでしょ!」

 

 返ってきたのは怒声。怒るのも無理はないかも知れない。

 城云々に突っ込んでこないあたり、彼女もなかなかテンパってるのかもな。

 

 そもそも、俺は名の売れた魔法使いでもなければ、学者でもない。

 

 見てくれはその辺にいる剣士と変わらない。騎士とも呼べないだろう。目立つ格好を避けているからでもあるが。

 そんな奴の言うことを、いきなり信頼される方が怖いというものだ。

 

「そうか。じゃあ信じても信じなくてもいい」

「何よ、あんた何なの?」

 

 その質問には答えない。またも、声を落として彼女にだけ聞こえる声で言う。

 

「風でドアをこじ開ける」

 

 目を閉じることなく、軽く集中するだけでマナが集まってきたのを感じる。

 

 ——風よ、力を貸してくれ。

 

 ゴウッと唸りを上げて俺の体から突風が吹き出す。

 風がドアにぶつかっていき、見事に狙い通りこじ開けることには成功した。

 が、留め具が外れて一応くっついてるような状態だ。申し訳ないことをした。

 

 しかも、勢いがよすぎたせいで、彼女は椅子から転倒してしまっている。

 制御しきれなかった分が漏れてしまったのだ。幸い、棚やなんかには被害がなかった。

 普段、こんな使い方をしなかったわけだが、意外とやればできそうなイメージが持てたな。

 

 驚いた彼女は風でフードがめくれ、その大きな瞳を更に見開いて、こちらを見ていた。

 

 隠されていた素顔があらわになる。

 

 整った美しい顔を見て、国に噂が広がる理由にも納得できた。一度見たら、しばらく忘れられないだろう。例え忘れてしまったとして、美しかったという情報だけは強烈に脳内に残る。

 そして、再び見たときには鮮明に思い出す。それほどまでに綺麗な女性だった。

 

 一瞬、見惚れてしまっていた。

 正体はやはり、アンジェラ王女だったわけだ。まぁ、人違いでしたじゃ困ったわけだけど。

 

「あなた、えっ?今、まほ……」

「急な突風だったが大丈夫か?」

 

 すっと、自分の口元に人差し指を添えてそれ以上の言葉を言わせない。

 

「代金はここに置いておく。余りはあのドアの修理にでも使ってくれ。また来る」

「ちょっと、待ってよ!」

 

 入り口で立ち止まる。今はあまり長居はしたくない。今の音で騒ぎがあったかと野次馬が来るかもしれないからだ。

 ヴィクターも戻って来るかも知れない。王女と一緒にいるとなれば、面倒なことになるだろう。

 

「いいな。さっき言った通り、今見た通りだ。俺を信じろ」

 

 一から十まで全てを説明はしない。素性のわからないやつの言うことなど、半分も信用できないからだ。

 

 だが、今起こった事実だけは客観的に見えるはず。

 

 魔法なんて使えるはずがないと決め付けていた剣士が、魔法を使う。

 

 自分の強烈な先入観を突き崩すことが目の前で実際に起こったのだ。

 

 しかも、その男は魔法を使えるようになる方法を知っているという。

 

 同じ状況の自分も使えるようになれるかも。そう思わせられれば良い。

 

 詐欺のような手段だし、少し考えれば疑うような点ははっきり言っていくつも出て来る。

 

 それでも、印象的な出来事にはなっただろう。

 

 撒いた種がどう芽吹くかはわからない。だけど、最善を尽くしてみる価値はあるはずだ。

 

「では、また会おう」

 

 風の力を以て、全力で走り出す。

 たぶんアンジェラ王女には瞬きの間に消えたように見えたことだろう。

 

 こんなんで信じて来てくれるかは怪しいところだが、来たときと来なかったときの両方を想定して準備を進めるとするか。

 

 彼女なら、どちらに転んでも正しい判断となるような気がしている。

 

 俺は俺で、やっぱり気に食わないことは変えてやりたいって思ってるしな。

 

 娘が親に殺されそうになるなんてこと、絶対に回避してやる——

 

 

 

 

 









一月以内に更新できて良かったです。お待たせしました。

感想、評価、お気に入り登録と、励みになっています。ありがとうございます!
じゃんじゃん投稿したいのですが、なかなか時間が取れなくて…
脳内イメージをそのまま文章にする素敵マシンとか開発されないかな。
ないですね。

では、次話をまたお待ち下さい。。


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第十八話 逃避行してみる

 

 

 

 

 

 アンジェラと出会った日から期限の一週間が経つ。あのときと同じ酒場。今は太陽がちょうど真上に昇った頃だ。

 

 アンジェラ王女が来る気配はない。

 

 すでにいつここを発つことになっても大丈夫なように準備は済ませてある。

 なぜなら、ここから先の行動には常にリスクが付き纏うからだ。

 

 軍事機密を探り、王女を誘拐しようと画策する男がいる。状況だけ見るとそんな感じだろうか。

 

 それは王女の中に留まる話ではない。引退したものの、未だに王族に仕える大魔法使いと謳われたホセの耳に入るのだ。

 

 そして彼はどちらかの選択をするだろう。

 

 俺を他国のスパイ、王女を害する者と判断するか。または、あらゆる怪しさに目を瞑り、王女が渇望し続けている魔法をもたらす存在と判断するか。

 

 偉大な魔法使いと言うのなら、きっと精霊の加護について知っているはず。

 

 氷壁の迷宮の話をしたことまでアンジェラが伝えたとすれば、俺の目的も透けて見えて来るだろう。

 

 すなわち、ウンディーネが目的ではないか、と。

 自らウンディーネが目的だと告げると、その裏にさらに何かあるのでは、と疑われてしまう恐れがある。余計な推測や詮索をされるのに比べたら、そのようにわかりやすく思われている方がいいだろう。

 

 アンジェラなんかは頭も回るようだし、ヒントから答えを自力で組み上げていく可能性もなくはないか。

 

 まぁ、ウンディーネ以外に裏はないわけだが、探られても向こうが納得するような答えを出せる自信はない。

 全てをぶっちゃけて「マナの女神から……」とか言ったら、「こいつ大丈夫か?」と相手にされないか、「つまらない嘘を‼︎」と激昂させることになるかだろうし。

 

 でも、うーん。そうなることはやっぱり嫌だな。お互いに信用されるようになるまでは、この話を伏せておく方が無難だろう。

 

 カラン——

 

 直ったばかりのドアについた鈴が鳴る。入り口に目を向けると、好々爺然とした白髪の老人が一人、杖をつきながら歩み寄って来る。

 

 一般市民には出せない、威厳というか、雰囲気が違うことが肌で感じ取れる。

 

 まさか?

 

 一瞬、その垂れ下がった目が俺の背中にある剣を捉えた。

 よっこいしょ、と老人はカウンター席にゆっくり腰をかける。俺とは二つ分席を空けた場所にだ。

 

 間合いを警戒しているらしい、ということは動きから予想がついた。座った重心がすぐに回避行動に移れるよう傾いているのが何よりの証拠だ。

 

 危険を感じるくらいなら遠くに座ればいいだけの話だ。そうしないということは、俺に用事があって来た人物、ってことだろうな。

 

 老人は適当な飲み物を注文すると、顔をこちらに向けて話しかけてきた。

 

「さて、お主があの方に魔法が使えるようになるという話を持ちかけた者で間違いないかの?」

 

 口調にとげとげしさはなく、明日の天気でも話すような穏やかな口ぶりだ。予想した通り、俺に用事があるらしい。

 

 そしてたぶん、彼がホセだ。

 

「そうだが、あなたは大魔法使いと謳われたホセ老か?」

「その通り。聞いていたよりも話が分かる若者のようじゃの」

 

 あいつ、いったい何て言いやがったんだ。

 一瞬の苛立ちを表情に出すことなく尋ねた。

 

「簡単な質問に答えてもらおうか。ここに彼女が来ないのは返事はノーってことか?」

「ほっほ」

 

 何がおかしいのか。くつくつと笑う老人に、不気味な印象を抱く。

 

「では、お主はあのお方が来るはずと、本気で思っておったのか」

「半分以上は、そうだ」

 

 実際、ホセが来ることなどまるで想定していなかったのだ。

 彼女が来るか、来ないか。その二択以外の可能性を除外していた。

 

 そしてホセが来た。なぜ彼なのか、その理由を考える。

 考えろ、と脳内で警鐘が鳴り響いている。

 

「お主には、あの方に魔法を授けることなどできはしない」

 

 さすがだ、その通り。否定する必要はない。

 

「ああ、そうだ。俺には無理だ」

 

 素直に認めたことで、ホセの眉が跳ねる。一瞬見せた動揺は、瞬きの間に老獪な笑みの下に隠された。

 

「しかし、お主以外の存在がそれをもたらすことを知っている」

「肯定だ」

「……精霊じゃな。ウンディーネの力を利用して一体何を企んでいる?」

「企むなんてことはない。少し力を借りるだけだ」

「簡単に言ってくれるわい。その精霊様と、いったいどうやって会うつもりじゃ」

「どうやっても何も探し出すだけだ」

 

 いつも行き当たりばったりなのは否めないが、これしか方法が無いのだから仕方ない。

 俺の返答にホセは軽くため息をこぼす。どうやら望む答えではなかったらしい。

 

「どうやら肝心のところは教えてもらっていないようじゃの」

「急になんの話だ?」

 

 突然の話に一瞬会話についていけなくなる。

 

「お主は若い。誰にたぶらかされておる。マナストーンに近付けば身を滅ぼすことになることを理解しておるかの?」

 

 おおう。マナストーンを狙うって、そっちのパターンか。というか、この口振りだと俺のバックに誰かいると思い込んでんな。

 とにかくマナストーンに関しての誤解は解いておかないとまずい。

 

「ホセ老、あなたは何か勘違いをなさっている。私は決して邪な目的があるわけではありません」

 

 思わず敬語が出てしまう。

 

「いいや。魔法というものを知り、精霊の存在を利用しようなどと、そんなことを一介の剣士が、ましてやこんな若造が思いつくはずがなかろう」

「これにはわけが——」

 

 先ほどまでの穏やかな態度とは一変し、突き刺すような敵意をあらわにしてきた。

 

「何人であれ、マナストーンとこの地の精霊を脅かす者を野放しにはできんよ。ワシの目が黒い内はな」

 

 突如、酒場のまわりに気配が現れる。

 

 ——さっきまでまるで感じなかったぞ。

 

 酒場奥の窓の外に一人、マスターのいるカウンター裏口に二人、入り口に三人、といったところか。

 

 どの気配も、戦う気満々だ。

 

 自然と硬くなった俺の表情から、ホセ老が感心したように笑う。

 

「ほっほ、察したようじゃな。風使いは周りに敏感だからの。ギリギリまで隠させてもらったわけじゃ」

「……狸爺いめ」

 

 最初から話を聞くつもりはなかったわけだ。

 だが、聞いてもらわねば困る!

 

「話を聞け!私は決してあなた方と敵対するつもりはない‼︎」

「それを信じるに値するモノもなく、そのような言葉に踊らされるほど耄碌してはおらんよ」

「かもしれません!ですが、言わせてください、私はマナストーンを守る側なのです‼︎」

「そのような世迷言をよくもっ‼︎」

 

 聞く耳持たず、か。

 もはや和解の道は断たれた。今回はいろいろとやり方が不味かったらしい。

 ちょっと欲を出しすぎたのか。いや、マナストーンの近くに踏み込むということの危険度を低く見すぎていた。

 

 ここは魔法王国アルテナ。どこよりもマナについて研究しているだろうことを考えれば、それに近づく者を見逃すはずがない。

 さらに言えば、情報収集の段階からこの国が他と異なる雰囲気だったことも分かっていたはず。

 

 読みが甘かった。

 

 賽は投げられた。まずはこの状況から脱出するしかない。

 と、するならば。

 

「何、悪いようにはせんよ。裏についている者が誰なのかを洗いざらい喋れば——」

 

 風よ、力を貸してくれ——

 

 話し合いはもはや無意味と判断。あえての正面突破で道を切り開く!

 

 俺は出来る限り大きく息を吸い込み、懐から取り出した煙玉を思いきり地面に叩きつけた。

 もうもうと室内に煙が充満する。事前に大きく息を吸ったからむせることもない。

 

「何の真似だ!」

 

 対するホセへは完全な不意打ち。むせながらの叫びが上がると同時。バタバタと入口から足音が殺到する。

 

 思惑通りで口元がにやけたのが分かった。座っていた椅子をホセに投げつけ、自分は入り口へと駆け出す。

 

「ぐあ、なにが⁉︎」

 

 入り口から二人来るのを気配で察する。

 

「ホセ様!大丈夫で——ぐぅ⁉︎」

 

 飛び込んできたアルテナ兵の腹に剣の柄頭をぶち当て昏倒させる。

 そのまま倒れこもうとする兵士を後ろに続いてきた兵士に向かって押し倒す。

 

「がっ、おい!邪魔だ!」

 

 視界は塞がれたままだがうまく転倒させると、入口へと駆け抜け外へ。異常を察して身構えていた兵士とかち合う。

 

 兵士との距離は六歩ほど。

 

 女性兵士。特徴的な紫のローブに鍔広の帽子。ローブの下は見えないが、レオタードなのだろうか。

 そんなどうでもいいことが脳裏をよぎった瞬間。

 

「ッ!ファイア——」

 

 魔法詠唱。

 後ろの建物に当たったらどうなるか。

 

 ——そんなこと微塵も考えちゃいない!

 

 考える余地などない。反射的に強く踏み込み、一足飛びでその距離を埋める。

 

 詠唱を終えるよりも早く、強烈な一撃を見舞い詠唱を中断、気絶させた。

 

 後ろからは煙幕に巻かれて咳込む声が聞こえてきていた。立ち止まることなくその場を離れる。

 煙幕がこれほど役に立つとは思わなかった。ナバールの皆さんと一緒に船旅をしたおかげだ。次に会えたらお礼を言わなくては。

 

 追手があるか背後を確認するが、ついてきている気配はない。

 十分な距離を稼いだところで、人波に紛れ込むことに成功する。気は緩めずに、しかしほっと一息つくことができた。

 

 宿までの道筋を警戒しながら、不自然にならない程度に急ぐ。宿に準備してある荷物を持ち、街を出るのだ。

 

 そして、氷壁の迷宮を目指す。

 

 すぐにでも国を出た方が良いかも知れない事実が頭をよぎった。

 

 だが、時間が限られた旅であることや、再びここへ来る頃には会えるかもわからないブースカブー頼りになってしまうこと、マナストーンに触れるチャンス、いろんな要素を考えたときに、国を出るという選択肢はなかった。

 

 先ほども楽観視して招いた危機だったわけだから、もっと慎重に行くべきなんだろうが……。

 

 俺一人のために港を封鎖することもないだろうとも思っている。そんなことをすれば、ただでさえ安定しない気温に加えて、民衆からの不満を溜め込むことになるからだ。

 

 まぁ、民衆のことを考えるだけの思考力が女王に残されていれば、というのが前提の話になるけどな。

 

 この判断が吉と出るか、凶と出るか。

 

 荷物はすぐに持ち出すことができた。普段使いのバックパックに加えてスコップやらカンテラやら、とにかく雪原で野宿をするのに困らない支度をありったけ準備してある。

 

 荷物は体の二倍くらいの体積はあるだろうか。それでも、それほど動くのに苦労がないのは普段からの修行の賜物と言える。

 万一、彼女が来たときのために用意していた食糧やらも詰めるだけ詰めた結果だ。無駄にはできない。

 

 時間も無駄にはしない。ぐずぐずしていたら、先ほどの件で街の出入りに問題が生じるかもしれないからだ。

 すぐに宿を引き払い、街の出入り口である門へと向かう。

 

 氷壁の迷宮へは地図頼りとなる。ガイドがいないことは不安材料だ。旅慣れてきて一人での行動も余裕はあるが、油断はできない。

 

 なにせ未知の土地、雪国だからな。

 雪山では無闇に動いてはいけない、何ていうのはこっちでも常識だ。一番厳しい時期を越えたとはいえ、油断はできない。

 

 食糧が予定日数の半分を切るようなら引き返す。これだけは必ず守ると決めている。

 

 再度のアタックができるかはそのときの状況次第だ。

 

 すたすたと大荷物を背負いながらも、苦もなく歩を進める。

 

「おい、火事だってよ」

「兵士が鎮火に出向いてるらしいぜ。行ってみよう」

 

 先ほどの騒ぎによる情報が錯綜しているみたいだ。バタバタと酒場に向かっていく野次馬とは、逆方向に歩く。

 

 門には二人の女性兵士がいたが、一人が街の様子を気にして声をかけてきた。

 

「何か騒がしいようだが……?」

「どうやら火事があったようです。詳しくはわかりません」

「そうか。巻き込まれなくて良かったな」

 

 まだ、俺のことは伝わっていないのだろう。心臓がバクバクと鳴っているのがうるさいくらいだ。

 

「はい。荷物が無事で何よりです」

「エルランドに行くんだろ。冬季が明けたとはいえ、最近の天候は不安定だ。気をつけて行けよ」

「ありがとうございます」

 

 何食わぬ顔で門をくぐる。冷や汗が止まらない。

 どうやら門を閉めるほどの騒ぎにはなっていないらしい。

 

 ほっと安心して息をつく。

 

 ふと、疑問が頭によぎる。

 

 そんなことがあるのか?

 

 状況を見ると、姫を拐かそうと企てた者がいるんだぞ。

 そいつがのうのうと、街から出られるなんてことありうるのか?

 あそこから一目散に、荷物を取らずに来たならわかる。

 

 だが、一度宿に戻る時間があったんだぞ。この行動は外で活動するのに絶対に必要なことだから、間違いではない。

 間違いではないが、可能な限り早く動いたとはいえ、それでも賢明な者ならば、まず門を閉鎖するために遣いを出すんじゃないか?

 

 その判断をホセがしないことがあるだろうか。

 

 が、実際はそうなっていない。

 

 たまたまうまくいっただけ、そう考えることもできるのか?

 

 何か嫌な予感がする——

 

 何事もなく門から出て、街を抜けた。自然と歩調が早くなる。

 

 まだだ。まだ、門番が見える。

 

 気を抜くな。見えなくなるまでは——

 

「そこの者、待ちなさい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ——————————————————

 

 

 

「いやはや。煙に撒かれるとはまさにこのことじゃな」

「笑い事ではありません、ホセ様」

 

 黒煙が止んだ酒場の中は、さほど荒れてはいなかった。床に壊れた椅子が転がっているのみと、諍いが起こった後にしては穏やかなものだ。

 自分にも大した怪我はない。左手を打撲した程度の軽傷を負ったのみ。

 

 そして、誰も死んでいないという僥倖。

 

 甘く見ていたことは否定しない。死ぬ可能性が高かったこともだ。

 

 分かった上で、自らが接触する選択をした。

 

「まんまと逃げられたのは想定外かの」

「……だから、危険だと進言いたしましたのに」

「ほっほ、みな生きておるのだから問題ないわい」

 

 連れてきた私兵の一人の言葉は、さらっと受け流す。警戒はしていたが、兵の存在を明るみにしたことによる動揺を悟り、油断が生まれた。

 完全な自分のミスだ。

 

 この接触はある種の賭けだった。

 

 姫様からの相談で、まさか精霊という手段が出てくるとは考えてもみなかった。

 

 それを教えたのが剣士だという。

 

 自分自身ですら、精霊を利用しようなどとは思わないのだから、聞いた瞬間に他国からの干渉を疑った。

 

 すぐに兵士を送り込んで捕縛し、洗いざらい吐かせようと決め、そして自分自身で実行に移した。

 

 だが、同時に天啓とも思ったのだ。

 

 その力を利用し、秘密裏に姫様のために使うことができるのならば、と。

 

 このままもしも姫様が魔法を使うことができなければ、国の行く末は危うい。

 

 仮に百歩譲って魔法が使えない姫様の代わりとなりうる伴侶を選ぶとして、国を背負うに足る実力者でなければならない。

 そういう者の中から、良い国を築いてくれそうな人物など、簡単には出会えないことは歴史上明らかだ。

 

 だから、このチャンスをモノにするために、信頼のおける手勢を連れて直接の交渉に望みを賭けたのだが。

 

「まさか交渉に入る前に逃亡されるとはの」

 

 いきなり囲み込んだのは、力の差を見せれば優位に立てると考えたわけだが、完全に裏目に出てしまった。

 裏で糸を引くであろう人物に近づく手がかりをみすみす失ってしまったことになる。

 

 どうしたものかと考えている時間はないだろう。事態は考えていた分岐のうち、最悪な方へ向かい始めている。

 

 交渉が決裂した今、彼をこのまま野放しにしておくことはあまりに危険だ。

 

 姫様を利用しようとしたことを考えれば、氷壁の迷宮までの道程は分からない可能性がある。

 

 一週間もの猶予を与えたことを見るに、簡単に諦めるとは考えにくいか。いや、不利な立場であると察して逃亡するだけの思い切りの良さがあるのだ。

 目的達成か、国から追われるリスクとを天秤にかけたときに迷わず国外への脱出を決めかねない。

 

 となれば、港を封鎖し、身柄の確保を最優先とすべきか。

 もっともその指示を簡単に出すことはできない。緊急時だからと、そうほいほいと大掛かりな包囲網は作れないのだ。経済の停滞による民衆の不満や、警備体制の問題をつつくことで内部に面白く思わない者も出てくるだろう。何より、今の自分は軍や政治に直接的に口を出せる立場にはない。

 

 どのようにして精霊の力を利用しようとしたのか、これを聞き出せれば姫様の力になるだろうことはわかっている。

 

 無論、姫様の力を疑ってなどない。いずれは女王様と肩を並べる大魔法使いとなるお方だと信じている。

 ただ、今の姫様は、気持ちの有り様だけでは魔法を使うきっかけが掴めないのだ。

 

 精霊がそのきっかけとなるならば。

 

 何を迷う必要があるだろうか、手段を選んでいる場合ではなかろう。

 

 ただ諭し、説法を聞かせるだけでは、あの方の長年の自分の価値観を突き崩せないと、自分自身が感じてしまっているのだ。

 

 これ以上の苦しい思いをすれば、弦のように張り詰めた心がばらばらに引き裂かれてしまうのではないかと、そんな想像すら大袈裟ではないと思っている。

 

 もう十八になられたのだ。素質がある者ならとうにマナの扱いを覚えて、新兵として魔法兵の訓練を受けているはずだというのに。

 

 その焦りがないはずがない。偉大な女王の子息であるならば尚のことだ。

 

 知らず、強く噛み締めた歯がぎりっと嫌な音を立てる。

 

「ホセ様、いかがいたしましょう?」

 

 部下の一声で少し冷静さを取り戻す。

 マナストーンを狙っている輩がいることは確かだ。それも、この国にとっては大事に違いない。

 であれば、他の兵にも応援を要請した方がいい。

 

 なに、魔法を使えるようになる可能性が消えたわけではないし、もともとうまくいくと決まっていたわけでもない。

 姫様の問題は振り出しに戻さねばならないが、あの男は捕らえるべきだ。

 

「すぐに他の部署にも伝達を——」

「ホセ様!こんなところにいらっしゃったのですかっ!」

 

 焦ったような遣いの言葉に耳を傾けることよりも、指示を遮られたことに年甲斐もなく腹が立った。

 

「何事じゃ騒々しい!」

 

 だが、続く言葉に久方ぶりに思考が真っ白になる。

 

「姫様が、姫様がいなくなりましたっ‼︎」

 

 一瞬、言われた意味が分からなかった。

 

「なんっ、じゃってえええ‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 ——————————————————

 

 

 

「聞こえないのか!そこの者、止まりなさい」

 

 一度目は無視したが、再びの制止の声に足を止めた。

 

 バレたのか?いや、先ほどの様子では何も把握していなかったはず。

 それに、門からはだいぶ離れた位置だ。

 

 待ち伏せられていた。誰が、何のために。

 

 ほんの一時思考が目まぐるしく回る。

 

 様々な疑問が浮かんだが、やり過ごすという選択を取るために恐る恐るゆっくりと振り返った。

 

「あんた、レディを誘っておいてほったらかしなんて酷いと思わないの?」

「お前は……⁉︎」

 

 道の脇にある木にもたれかかるように待ち受けていたのは、今回の騒動の一因となったアンジェラ王女だった。

 さすがにレオタードだけなどということはなく、全身を毛皮のコートやら防寒具で覆っている。変装のつもりだろうか、深く被っていたフードを少し上げて顔を見せ、口元につけていた白いスカーフを外した。

 これで門番を欺いたというなら大した姫様だ。

 

「というか、一週間もほったらかされたのは俺だろうがっ!」

 

 なんてことは顔にも声にも出さない。出したら負けだ。クールになれ。よし。

 

 大丈夫、ちょっと取り乱しそうだったが、落ち着いた。

 

 ふぅ。

 

「……どうしてここに?」

 

 当然の疑問がこぼれる。ホセが来たのだ、てっきり交渉は決裂したと思っていたのに。

 

「相変わらず、デリカシーのない男ね……と、言いたいところだけどこっちにだっていろいろあるのよ、少しは察しなさいよね」

「察するだけの情報がないわ。無理難題を当たり前のように言うんじゃねえよ」

 

 こっちだって何が何だかわからなくてテンパってるっていうのに。察しろの一言で済むなら世界はもっと平和に回っているはずだ。

 

「あら、そんな態度をとっていいのかしら〜」

「なんだって?」

「わたしがここで大きな声を出したら……いったいどうなるかしらね?」

「おまっ、脅そうっていうのか⁉︎」

 

 ここで衛兵を呼ばれるのはまずい。まだ街中に潜伏していると思われている方が遥かに状況はいい。

 外に出たことが知れるのは遅いほどいいのだ。

 

 俺が渋い顔をしているのが分かったのだろう。ふふっ、と小さく笑って舌を出した。

 

「冗談よ、ジョーダン!あのときの仕返しです〜!ひっかかった?」

「……おまえなあ」

 

 こんな真面目な場面でやることじゃないだろ。と、喉元まで出かかった言葉を飲み込む。

 なんかこいつ変なテンションになってないか?

 それともこんな性格だったっけ?

 原作の記憶もあまり頼りにならないものだな。

 

「そんなことするくらいならこんなとこまで追いかけるわけないじゃない。それが答えよ」

 

 隣に並んで先行するように歩き出す。

 何を考えているのか。ホセの口振りが実際の彼女の行動と噛み合わない。

 

「さっ、何ぼけっと突っ立ってるの、早く移動しましょ。ホセがわたしを探し始める前に少しでも距離を稼がないとなんだから!」

「言ってることには賛成だが、急に仕切るなよ。それに、ついてくる気があるってことでいいんだよな?」 

「何よ、はっきり言わなきゃわかんないわけ?」

「むしろ突然現れたやつが何食わぬ顔で旅に同行してくることに驚きを隠せねえよ」

「いちいち細かい男ね……。あんたモテないでしょ」

「余計なお世話だ。ホセ老がお前が来るわけないだろうって力強く言い切ってたんだ。簡単に納得するわけないだろ」

 

 その言葉に少々げんなりした様子を見せた。

 

「ホセのことは悪かったわね。ホセにはホセの考えがあって、わたしにはわたしの考えがあるのよ」

「いや、襲われたことに関してはまるで許したつもりはないぞ」

「あんたがちゃんとした身分を明かさないから——」

 

 待てよ。こいつさらっと気になること言ってなかったか?

 

「なあ」

「何よ、少しは話す気になったわけ?」

「ホセが追ってくるのは俺じゃないのか?」

 

 『わたしを探す前に』じゃ、噛み合わない。つまり。

 

「お前まさか城にいなくなる口実を作ってないのか……?」

 

 ああ、そんなこと。と言わんばかりの表情に、豊かな胸を張って言った。

 

「そんなめんどうなことするわけないでしょ。だからホセには黙って出てきたんだから」

 

 なん、だと?

 

「わかった、大丈夫だ。少しまとめさせてくれ」

 

 顔を片手で覆いながら、最悪だ、と呟きが漏れる。

 

 これで誘拐未遂犯から、めでたく誘拐犯にクラスチェンジだ。

 俺の情報が門番まで回っていなかったことも、肝心の姫が城から消えたことの衝撃を考えれば、後手に回ってしまったのだと頷ける。

 恐らく、姫の失踪の発覚とホセの接触は同じくらいの時間に起こったのだろう。

 

 しかし、ホセ側としては現状手掛かりがない。となれば有力な関係者となりそうな俺への追手は確実に出してくるはずだ。

 

 となると、本当に氷壁の迷宮を目指すでいいのか?

 

 姫の失踪となるくらいならば、港の閉鎖など最優先だろう。最悪、目的を達しても国から出られなくなる。

 

「ちょっと、何黙ってんのよ」

 

 頭の回転が早いのか悪いのか分からない姫様はこんな調子だ。

 

「事態はお前が思うよりも深刻なんだよ、少しは考えさせてくれ」

「あー、あんたの身の安全の心配?だったら約束してあげる。あんたの言う通り、わたしが魔法を使えるようになったら、ちゃあんとホセに話を通してあげるわよ」

「それで丸く収まると本気で思ってるのか?」

 

 え、これってそんな簡単な話なのか。あまりにも自信満々に言うものだから、一瞬思考が止まったんだけど。

 

「ええ。ホセはわたしには甘いからね。だから先に言っておくけど」

 

 ぐっ、と体を寄せてくる。不用意に近づいてきたあまりに綺麗なその顔を見て、迫力と合わさり思わず一歩引いてしまった。

 

「今から降りようなんてこと、させないからよろしくね」

 

 妙に凄みのある笑顔に「あ、ああ」と頷くことしかできない。

 どちらにしろ、もうやり抜くしか選択肢はないのだ。それならば、やった後で彼女になんとかしてもらうとしよう。

 

「よしっ!じゃあ出発するわよー!」

「目的地もわからないくせにどこに向かうってんだ」

「氷壁の迷宮に用があるんでしょ?ホセが気付くのも時間の問題だからさっさと行くわよ!」

「残念ながら、もう気付いてるんだけどな」

「だったらなおさら急ぎましょ!」

 

 タタタッと軽快な足取りの彼女がこちらを振り返る。麻色のコートがまるでドレスのようにふわりと舞い上がった。

 雪原に広がるその姿を幻想的だと、そんな安直な感想が浮かんだ。

 

「もう知ってるだろうけど、わたしはアンジェラ。魔法王国アルテナの女王の一人娘よ。あんたは?」

 

 知ってる。その自己紹介は一般人には強烈過ぎることを自覚しているのだろうか、いや、してないな。

 

「草原の国フォルセナ出身、黄金の騎士ロキの息子デュランだ」

「そ、よろしく頼むわね。騎士としてしっかりと姫を守るように!」

 

 お気楽に振る舞っているが、少し、アンジェラの肩が震えた気がした。

 何を思い、彼女はこんななり損ないの見知らぬ騎士と旅に出るのか。

 

 俺にはその心の在り方を測ることはできない。

 

 だから。

  

「騎士として必ずや危険から御身を護りましょう」

 

 ただ、このアンジェラという一人の女性の決意に敬意を表して、そう宣言しておく。

 この言葉で少しでも肩の荷が降りて欲しいと、そんな願いを込めて——

 

「ぷっ、なんか似合わないわね」

「……やっぱり嫌な奴だな」

 

 ——込めたことを一秒で後悔した。

 

 あまりに前途多難過ぎる逃避行が始まろうとしている——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









遅くなりました。なんとか2ヶ月経つ前に間に合いました。。

時間をかけるほど方向性を見失ったり、書きたかったことが増えたりしてタイミングを見失ってました。一月で出すくらいがちょうどいいのですが…

ホセ…本作ではイメージで補完しています。たぶん原作とは立ち位置も性格も違うけど、こんなんもありかな、と。
アルテナ兵…女性ばっかりでしたが、今作では男もいます。たぶん、魔法兵に女性が多いだけなんじゃないかなって思ってます。女王が治めている国だから、とか、魔法使いに女性が多い、とかそう言った理由かなと推測。

いつも感想、お気に入り登録、評価ありがとうございます。励みになります。
アンジェラ出てきたのでもちっと気合い入れていきます。


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第十九話 俺は強いと虚勢を張ってみる

 

 

 

 

 

 魔法の使えないわたしに価値はない。

 

 周りの視線は冷ややかだった。幼少の頃はそんなこと気にしたことなかったのに。今でははっきりと感じている。

 

 面と向かってわたしを非難する者はいない。それを口にすればどうなるか分かっているから。

 

 いつからなのか。十になる頃は座学だって頑張っていた。勉強は嫌いだったけど、お母様に褒めてもらいたくて必死だったことは覚えている。

 

 そうして、一年、また一年と過ぎていく。十四の年には初歩の魔法を成功させる者が出てきた。

 

 わたしにはその兆候はない。

 知識では分かっているはずなのに、マナと言われるものがなんなのか、理解できなかった。

 そこに『在る』はずのものが、わたしには感じられなかったのだ。

 

 このときから一抹の不安と焦りがわたしの中に芽生えていた。

 

 それを見ないフリをして、目を背けて、いつか、必ず、わたしなら、そんな言葉で自分を鼓舞し続けた。

 

 そして、女王の娘であることへの重圧が理解できる年齢になっていったのである。

 

 賢くなればなるほど、自分の不甲斐なさに打ちのめされる。学べば学ぶほど、自分に才能がないことの裏付けをしているみたいだった。

 

 そんな自分が滑稽だった。

 

 誰からも期待なんてされてない。お母様ですら、わたしを見放している。そう感じるたびに、わたしの心はささくれていった。この一年、公務で忙しいとはいえ、同じ城内にいるというのにまともに会話すらしていない。

 こんなにも近くにいるはずなのに、お母様はわたしにとって遥か雲の上の存在だと、理解するのにそう時間はかからなかった。

 

 わたしは、いつの間にか頑張ることをやめていた。

 

 一生水面に浮かぶことなく、水の中でもがき続けることに疲れてしまったのかもしれない。

 

 最近では城を抜け出しては、周りを困らせている。最初はいい気晴らしかとも思っていたけれど、少し経つと刺激のないただの時間潰しとなった。

 

 影では無能な王女と囁かれている。

 

 もう知っている。今更それがどうしたというのだ。

 

 ホセにはよく叱られた。でもそれも次第にどうでもよくなっていった。

 

 心が、悲鳴を上げている。

 

 どうにもできないのだ。この年齢になるまで魔法を使えないということが、どういうことなのか。

 

 身につけた知識が、城に保管された資料が、おまえには無理だと言っているのだ。

 

 そう、思っていたのに。

 

 

『魔法を使えるようになれると言ったらどうする?』

 

 

 せっかく諦めていたのに。

 

 諦められると思っていたのに。

 

 もうとっくに消えて冷たくなっていた胸の中に、小さな火がついたのが分かった。

 

 否定しても、魔法が使える可能性があると示された。

 

 信じてもいいのだろうか?

 

 答えは分からない。でも、わたしのやることは決まっていた。

 

 燻り続けていた火種を見つけてしまったから。

 

 本当はこのまま終わりたくなかった。どんな手段でも、わたしの知らない方法があるのなら。

 

 確率がゼロじゃないのなら。

 

 賭けてみようと、思ったのだ。

 

 ホセに相談するのは最後の最後だ。全ての旅支度を秘密裏に済ませ、ホセが駄目だと言っても行くことに決めた。

 

 ホセは、きっと反対するだろうから。

 

 自分の教え子が魔法を使えないことに責任を感じているくせに、堅実な彼はこの機会をチャンスではなく危機と捉えるだろう。

 

 彼のことは手に取るように分かる。だからこそ、そうさせてしまうわたしを、わたしは恥じた。

 

 でも。

 

 ホセには相談しておきたかったのだ。誰よりもそばでわたしを見ていてくれたから。

 

 まだチャンスがあるよって、言いたかった。魔法が使えるようになったわけでもないのに、可能性があるかもしれないってだけなのに。

 

 やっぱり反対されたし、すぐにホセは彼を捕まえに行ってしまったけれど。

 

 彼はそのくらいでは捕まえられないだろうって、よく分からない確信があった。

 

 女の勘?

 

 ううん、違う。そうであって欲しいって思ってる。願望かな。

 

 半分は、そのくらいの障害でつまづくようなら、諦めもつくと、打算的な考えもあった。

 

 だから、わたしが取るべき行動は揺るがない。

 

「いってくるね、お母様」

 

 わたしを変えるために——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————————

 

 

 黙々と歩き続けて、三、四時間が経った。ここまで順調に来たが、エルランドとの岐路に差し掛かったところで、少し頭を悩ませていた。

 

「立ち止まってどうしたの?氷壁の迷宮なら右の道よ」

「そんなことはわかってる」

「じゃあなんだってのよ……」

 

 生意気な口を叩いているが、ややアンジェラに疲れが見えている。あと一、二時間もすれば陽が落ちてくるだろう。

 となれば今日の休息場所を早急に確保しなければならない。

 

 だが、問題がある。

 

 追手の存在だ。追手がかかっているとして、その判断はいつで、もう出発しているだろうか。

 

 今日どの程度まで距離を稼げば安全だろうか。

 

 場合によっては日没まで歩かないとならないだろうし、実際その方が安心はできるだろうが。

 

 それに、どのような作戦で来るのかも想定しなければならない。

 

 エルランドに向かったと考えて部隊を出した場合と、氷壁の迷宮に辿り着く前に捕らえようと考えた場合、この岐路での休息は悪手だ。

 

 どちらの場合でもかち合う可能性があるし、この場合準備を最小限に抑え、最速で捕らえに来るだろうからな。

 

 しかし、目的地を一方に絞らず、エルランド、氷壁の迷宮の二つとし、部隊を半々に分けるのならば、やはりここで分岐するだろうし、なんなら氷壁の迷宮に行く部隊は準備の分の手間や重い荷物があるだろう。

 

 氷壁の迷宮部隊は最初に考えた通り、最速で来るなら準備不足で途中引き返してくれることもあるかもしれない。

 

 まあ、一番楽なパターンは何も考えずに追ってきてる場合かな。

 

 それにしたって、判断材料が少な過ぎる。最適な行動が何なのか読めない。

 

 とりあえず無駄かもしれないが少し小細工しておくことにしよう。

 

 おもむろに荷物を雪の上に下ろす。ギュムッと雪を踏み締める音が鳴った。

 

 幸いにも雪は足首が埋まる程度で、それほど移動の妨げにはなっていない。

 つい先日までかなり降ったものだが、予想に反してここだけは良かったと言える。

 

「ちょっと、ここで休息をとるの?ここは進むべきよ、わたしに気を遣ってるつもり?」

「すまないが、まだもう少し動くことになる。ちょっと待ってな。風よ——」

 

 深く、深く意識を沈めていく。

 

 俺を中心に一陣の風が巻き起こり、円のように遠くへ広がっていく。この風が周辺の生き物の気配を教えてくれる。

 

「この風、あんたが⁉︎」

 

 アンジェラの問いに反応はしない。それほどの余裕がないのだ。気が抜けない。

 

 ローラント王は、常にあの広大な城の気配を探ることができた。それだけの風のマナの使い手であるということ。

 

 俺もいずれはそこまでいきたいものだが、実際の実力は周辺十メートルくらいの気配を察知できる程度だ。

 

 だから今は、広大な範囲をソナーのように風を使って探知している。

 森や雪といった環境だが、五百メートルくらいまでなら感知できただろうか。

 

 モンスターの気配は、なさそうだ。追手の存在も察知できなかったが、相手は魔法兵だ。ホセにもやられたが、気配を絶つ術を持っているかもと考えると、安心はできない。

 

「ふぅ、よし。しばらくはモンスターとの出会いはなさそうだ」

「今のも風の魔法?」

「まぁ、名前はないから魔法といっていいのかわからんが、マナを扱う技術の一つだな」

「そう。そんなこともできるのね」

 

 どこか考え込むような表情をしているのが気になったが、のんびりとしている時間はない。

 

「俺は寄り道してくる。先に行ってできるだけ進んでてくれ。すぐ追いつく」

「ちょっと何言って⁉︎」

 

 それだけ言い残し、返事を待たずにダッシュで雪の道を駆け出した。エルランド方向へだ。

 

 一分くらいで先ほど探知したギリギリまで来た。ここはちょうど下りとなっているため、あの岐路から見ると先が見えなくなる場所だ。

 

 だからここから先に『足跡』を残す必要はない。

 

 なんでこんなことをしているかというと、単純にエルランドに向かったかも、と思わせるのが目的だ。

 

 ここまでモンスターとの遭遇はなかったが、すれ違う人もなかった。それに加えて、俺たち以外でアルテナを旅立った者もいない。

 

 なぜなら俺たちより前に人の足跡がなかったからだ。

 

 今は雪も降っていないし、足跡があれば行先は考えずとも分かってしまうのだ。

 だからこんな面倒な手間をかけている。

 

 本当に小細工だ。やらないよりはマシといったところ。

 一番は追手なんてものがないことだが、それは楽観的過ぎるだろうしな。

 

「さて。二人分だからな。後ろ向きで走るってのはいい修業になるかな?」

 

 雑ではあるが、もう一人分の足跡を残すべく、後ろ向きで駆け出した。

 

 復路は多少時間がかかったが、まだ五分と経っていないだろう。岐路まで戻ったところで周辺の雪を踏み荒らしどの足跡かわからないようにする。

 

 ほんの少しの時間稼ぎだ。運が良ければ引っかかって十分くらいは損をしてくれるだろうか。そのままエルランドに行ってくれれば、というのは期待しすぎだろう。

 

 アンジェラはちゃんと先に向かったらしい。ぽつぽつと足跡が残っているが、姿は見えない。

 

 荷物を持って、次はアンジェラの足跡に被せて移動すれば、今できることはできたはず。

 こうすれば、単純にエルランドに二人分の足跡、氷壁の迷宮方面に一人分の足跡だ。

 

 とりあえずどっちに進んだか迷いはするだろう。

 

 もうすぐ日没であることを考えれば無茶な進軍を避け、今日は諦めて休息をとるかもしれない。

 

 これ以上は読み切れないな。

 

 ささやかな努力をしたところで、慎重にアンジェラの付けた足跡を正確に辿っていく。

 

 さっささっさと歩を進めると、細い人影が見えてきて、あっという間に影の主に追いついた。

 こちらは曲がりくねった道なので、もう岐路は木の陰に隠れてまったく見えない。

 

「……何やってたのよ」

「ちょっと小細工をな。なんだよ、どうした?」

「べつに。護るとか言ったくせに、一人にするんだなぁとか思ってないわよ」

「だから先の道の安全確認はしたし、早く戻ってきただろ?」

「そういう問題じゃないの!何の説明もなしに指示だけ出されても不安なのよ、この唐変木!」

 

 時間をかけないようにと最善を尽くしたと思ったんだが、ちょっと裏目に出たようだ。

 これはまた嫌われたかもしれん。 

 

「悪かった。次はきちんと説明する」

「それじゃ満点の回答じゃないけど、今回は大目に見てあげるわよ」

「そうしてくれると助かる」

「……ま、ちゃんと来てくれたわけだし」

「なんか言ったか?」

「何でもないわ」

 

 どうやら少しは機嫌を直してくれたらしい。気を付けねば。

 しばらく歩いていると、ぴくっと違和感が背筋に奔る。

 

 例のアレが来た。

 

 よりによってこんなタイミングで。

 

「今日はここで休息にする」

「はあ?今度は何⁉︎まだ陽が落ちるまで時間があるわよ」

 

 確かにその通りだ。まだ余裕がある。

 

 だが、準備を急ぐ必要がある。

 荷物を下ろしながら、バックパック横に引っ掛けていたスコップを手に持つ。

 

「雨か、いや、雪が降ってくる。すぐにキャンプの準備をしないと死ぬぞ」

「雪が降ったらそりゃ、まずいけど。雲ひとつない晴れよ?絶対に先に進んだほうがいいわ」

 

 俺だって追手がかかっていて、天気が崩れないならそう判断していただろう。

 ただ、天気は悪くなる。ただし、その正確な時間がわからない。一時間後かもしれないし、十分後かもしれない。これをどう説明してやればいいんだ。

 

 いや、説明して納得してもらうのは後だ。

 

 小細工なんてやってる場合じゃなかった。これであの足跡はさっぱり消えるだろうと思うと、足取りが追えなくなって好都合なのに何故か切ない。

 

 そんな反省は後にしよう。今は時間が惜しい。切り替えてアンジェラの説得をしなくては。

 

「賭けよう」

「は?」

 

 なんの脈絡もない唐突な発言に、アンジェラの視線が雪より冷たく感じる。

 

「雪が降らなかったら奴隷にでもなんでもなってやる。だがもし、雪が降ったらこの旅の間は俺の言うことを信じてくれないか」

 

 奴隷になるってのは結構重い意味を持つ。口約束だが相手は王女だ。外したらほんとにそうなってしまうかもしれない。

 

 まあ、ほぼハズレはないからちょっとずるいかもだが、度々俺の言うことを疑うことになると咄嗟の時に危険から守れないかもしれないし、必要なお願いだ。

 

「そういう問題じゃないんだけど。わたしは追ってくる兵士の心配をしてるんだけど?」

 

 はい。正論ですよ。奴隷のくだりは完全にスルーだったわ。やっぱりこういうところは冷静なんだよな。何でもはいはい言われたら、それはそれで不安だし。

 

 だが、答えは簡単に返せる。

 

「それは大丈夫だ。いざとなれば追い払うし、何よりそれによって死ぬことはないだろ」

 

 『アンジェラだけは』という言葉は飲み込む。

 正直、十人規模の魔法兵となると何人かを無力化したところでたぶん魔法を食らってしまう。だからこの追い払えるというのはやり方、状況次第かもしれないから百パーセントの話じゃない。

 まぁ可能性がゼロでもないからぎりぎり嘘は言ってない。

 

「だが、雪が降った場合、対策をきちんとしなければ凍死する確率が高い。信じてもらえないかもしれないが、『風』が雪が降ると言っているんだ。わけわからんかもしれないけど、俺は本気だ。それに俺は俺の責任であんたの命を守りたいって思ってる。だからここで休息をとる。いいか?」

 

 早口でまくし立てるように一気に言い切る。呆気にとられたような顔をしていたアンジェラだが、数秒考えたあとため息とともに口を開いた。

 

「わかったわよ。ただし、追手が来たらなんとかしてよね。それが条件よ」

 

 そう言って、アンジェラも背負っていた荷物を下ろした。渋々、といったところか。

 

「ありがとう」

「別に。追手を追い払える手段があるんだったら、命を失うリスクを避けて休息したって問題ないって納得しただけよ。それに——」

「それに?」

「……やっぱり何でもないわ。支度するんでしょ。手早く済ませてよね」

「いや、悪いが働いてもらうぞ。時間が惜しいんでな」

「っとに!分かってたけどね!何したらいいってのよ‼︎」

 

 ここで怒るのはちょっと理不尽じゃなかろうか。

 

「そう手間はかけさせないさ、まずは——」

 

 出された指示に怪訝な表情を見せるアンジェラ。

 

「あんた、本当に休憩する気あんの?子供の遊びじゃないのよ」

「本気だ。できるだけ大きく頼むぞ」

「これで死んだら祟ってやるんだから」

 

 文句を言いながらも作業を始めたのを見届けて、スコップ片手にこちらも活動を始める。

 間に合うかはギリギリのところだが——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟々とものすごい勢いで吹雪く音が聞こえている。あのまま歩いていたら、とてもじゃないが氷像プラス雪だるまのコンボで死は免れなかっただろう。

 

「本当に雪が降ったわね」

「ああ、早くに準備して良かったよ」

 

 寝袋に入って温まりながら、ランタンに灯る火を見つめて呟く。

 外の様子は入り口用に開いている穴の隙間から見えるが、そこもなるべく風が入らないよう荷物で塞いである。

 

「それにしてもこの中は暖かいのね。作り始めたときは気でも触れたのかと思ったけど、雪の中がこんなに快適とは知らなかったわ」

「カマクラっていうんだ。俺もこの国に来るまでは半信半疑だったけどな」

 

 前世ではそう真新しいものではないだろうが、こちらにはそういう文化がないらしい。実際に作ったことがあったかは定かではないが、知識があるのはこういうときに便利だ。

 

「狭いことを除けば言うことはないんだけど。ちょっと、もう少し離れなさいよ」

「もっと広くして欲しかったなら、雪玉を今の二倍にするべきだったな」

 

 巨大な雪玉を外から固めて中をスコップでくり抜くというやり方で作ってみたが、思いの外うまくできた。難点は狭いため、2人入るとどうしても肩を寄せ合うくらいの近さになってしまうことか。

 

「アレが限界よ!それにこんなもの作るなんて聞いてなかったし、次に作るときはうんと大きくしてやるんだからね!」

 

 なんやかんや、元気そうだな。この分なら心配いらないか。

 

「吹雪が収まるまではここを動けないんだ。寝ていてもいいぞ」

「そんなこと言って、あんた、寝込みを襲おうってならただじゃおかないわよ」

「そんなつもりはない。寝ないと明日がもたないって言ってるんだ」

 

 寒いには寒いが、外と比べれば寝ても凍死することはないだろうし、カンテラが灯っている分、わずかに寒さが和らいでいる気がする。

 

「あんたのこと、完全に信用したわけじゃないのよ」

「そりゃそうだろうな。俺がお前の立場なら同じ考えだろうよ」

「今が良い機会だから聞いてあげる。なんであんた、わたしに魔法が使えるようになるなんて教えてくれたの?」

「それは」

 

 すぐに返そうとして、一瞬、問われた意味を考えた。今聞くことか、とも思ったし、今更だな、とも思ったのもあるが、俺の目的を話して果たして信じるだろうか。

 

 俺が返事をためらったように思ったのか、アンジェラはさらに言葉を重ねてくる。

 

「同情じゃないことは分かってるわ。でなければわざわざわたしに近づいたりしないだろうし、何か目的があるんでしょ?」

「同情なんかでこんな危険な力を教えるわけないだろ」

「じゃあわたしが女王の娘だから恩を売ろうってわけ?」

「別にそれも関係ないさ。第一そういう目的だったらもっと別のやり方をするだろうな。女王に間接的にでも打診してから行動にうつさなければ印象は薄いし」

「じゃあ一体何?まさか気まぐれだなんて言わないわよね」

 

 気まぐれね。唯一得られたジンの加護を受けた俺らしいというか。いつも行き当たりばったりなことを考えると半分くらい当たっているかもしれない。

 

 だが、明確な理由を、と言われたら答える用意は最初からある。

 

「強い仲間が必要なんだ」

「仲間?なんで?」

 

 まあそうなるよな。

 

「今は言いたくない。だけど、悪事に手を貸して欲しいわけじゃない。壮大な慈善事業なんだ。実現すればアルテナへの利はかなり大きい。そのために仲間が必要なんだ」

 

 嘘は言ってない。マナが守られれば、気候もこのまま安定させられるし、アルテナの存続に大きな影響を与えられる。

 

「その慈善事業は他国へも利があるってわけね。でもあんた自身への儲けがないから慈善事業ってことかしら」

「そんなところだ」

 

 よくこんな雑な説明で理解できるな。やっぱりなぜ魔法が使えないのか、謎が深まる。頭の良さとマナを扱う技術は比例しないということなのだろうか。

 

「ふうん。なんだかはっきりしない目的ね。でもやっぱりなんでわたしに魔法を教えようとしているのか、という答えにはなってないわ」

「あ?何でだよ。最初に言ったろ」

「突っ込みどころはいろいろあるけど、あんたが求めてるのはただの仲間じゃなくて強い仲間なんでしょ。今のわたしははっきり言って戦いでは役立てない。なのにあんたはまるでわたしが魔法が使えるようになることを確信しているみたいじゃない。まだ他に理由を隠しているんでしょ」

 

 鋭い。確信しているし、アンジェラがマナの勇者の一人だということも隠している。

 が、それはやはり今言う必要はない。

 

「アルテナに勇名を馳せている理の女王の一人娘に、才能がないわけないだろ。単純な理由だ」

「っ!だからって魔法が使えるようになるとは——」

「それを使えるようになるためについてきたんだろ?そう自分のことを否定するなよ。大丈夫だから、俺に任せておけ」

「勝手なこと言って、わたしが今までどんな気持ちで……」

 

 その声と表情から気付く。

 

 ああ、どうにも俺ってやつは、他人を気遣う力が欠けているのかもしれない。

 

 自分にそこそこ力がある故の傲慢か。

 

 多くを知っていることへの慢心か。

 

「魔法を使える可能性があるかもって思ったって、今まで無理だったことが急にできるようになるなんて、そんなの簡単に信じられないのよ‼︎女王の娘だったら、今頃——」

 

 そこから先は口をつぐみ、顔を背けてしまった。

 

 感情に任せて怒鳴り散らすアンジェラを見て、俺は失敗したことを悟る。

 触れてはいけないところに触れてしまったらしい。今までの境遇を考えれば、藁にもすがる想いだったのだろう。

 それを俺はよりによってコンプレックスを刺激するような言い方で。いや、無理やり納得するような筋道を探して傷つけてしまったのかもしれない。

 

「でも、来てくれただろ。信じろよ、お前ならできる」

 

 今更かもしれないけれど、言わずにはいられなくて言葉を重ねるがそれはやっぱり届かない。

 

「無責任なこと言ってんじゃないわよ……。寝るわ、無駄な時間だった」

 

 力なく寝袋に潜り込んだアンジェラを見て、ため息をこぼしそうになるのをぐっと飲み込んだ。

 

 慈善事業達成までの道のりが険しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝陽が昇り始めると、太陽に照らし出された雪原という、幻想的な光景が視界に広がる。

 朝飯もそこそこに吹雪いた影響でだいぶ埋まってしまったカマクラから這い出して、俺たちは出発した。

 

 それからは雪が降ることなく、順調な行程だった。時折、遠くからこちらを窺う魔物の気配を感じるが、襲われることはなかった。

 

 まだマナの変動の影響が小さいのだろうか。初日の吹雪だけは予想外ではあったが、このまま辿り着ければ幸運だと思った矢先のことだ。

 

「待った、止まってくれ」

「何よ、また吹雪?」

 

 あの会話からほとんど事務的な会話しかしていないが、無視をされるよりよほどいい。

 アンジェラが大人な方で助かった。

 

 と、そんなことよりも。

 

「何か変だ」

 

 立ち止まって荷物を下ろす。精神を研ぎ澄まし、風を頼りに周囲を探っていく。

 

「ここからそう遠くない場所で誰かが戦って……こっちにも来るぞ!」

 

 剣を引き抜き、前方から目視できる距離に魔物がこちらへ向かってくるのが見えた。

 

 全部で三体。

 

 緑色の体表が妖しく光る。ずんぐりした体型に歪なモリを持つ魔物、サハギンだ。原作ではデフォルメされてけっこう可愛かったのに、現実で見ると俺の胸くらいまで身長あるし、なんか生々しくて気色悪い。

 

「知らない間にサハギンの縄張りに入っていたのかしら」

「さあな。俺が相手をする、下がってろ」

「やっと騎士らしいところが見られるわけね」

 

 軽口を叩けるあたり、やはり肝が座っている。と、感心して横目でアンジェラを窺う。

 

 口元を引き結び、やや緊張した表情。しかし、口調とは裏腹にわずかに足が震えているのがわかった。

 

 そりゃそうだ。護衛の兵士が何人もいて一番奥の安全な場所にいればいいわけじゃない。

 

 こんな何処の馬の骨とも知れない男一人で、その男はいつ見捨てて逃げるとも分からないのだ。恐怖心は計り知れないだろう。

 

 何と言えば安心できるか、と少しだけ逡巡したが、出てきた答えはさっさと倒すしかない、というシンプルなもの。

 

 だから。

 

「大丈夫だ。強い仲間が欲しい俺も——けっこう強い」

「何よ、それ」

 

 くすりと、少し引きつっていたかも知れないが初めて笑ってくれたように見えた。

 

 サハギンとの距離は十メートルもない。下手に動けばアンジェラにまで槍が迫るが、呑気に待ち構えて動かないのは悪手。

 

 隊形を築かれる前に倒す。それがベストだ。

 

 最初からとばしていく。

 

「——サンダーセイバー‼︎」

 

 風が吹き荒れ、紫電が剣に纏われていく。

 

 ——からの、加速‼︎

 

 一歩を最速で踏み込み、力強く前方へと突き進む。雪が後方へと盛大に舞い上がった。

 ほんの一息で列をなした先頭のサハギンに接敵。

 

「ギョ」

 

 槍を突き出してくる前に胸部両断。その一太刀で絶命した。確かな手応えを得たのだ、振り返っていちいち確認はしない。

 

 サンダーセイバーの出力は——切れていない維持したままだ。

 

 なら、このまま押し切る‼︎

 

「ギョギョギュー‼︎」

 

 二匹目は仲間が斬られたことに激昂の叫びを上げ、それが最後の断末魔と化す。

 

 首を断ち切る。

 

 サンダーセイバーが弱まったような気がする。あまり見えないが発光が薄くなったように感じた。

 

 三匹目。手に持ったモリを突き出してくるが、力に任せた技術のかけらも感じられない攻撃。

 なんなく下から掬い上げ、モリは宙へと舞い上がる。

 万歳状態になったサハギンの腕を抜け、喉を串刺しにすると一気に引き抜く。

 

 残心。息を長く吐き、呼吸を整える。

 

 サンダーセイバーの効力で、ついでに感電もしたのか焼け焦げたらしい匂いが辺りに漂った。

 

「す、すごい」

 

 漏れたらしい呟きが耳に届く。アンジェラの賞賛が少しだけ誇らしい。

 

 だが。

 

「……どうやらまだおかわりがあるらしい」

「そんなっ⁉︎」

 

 悲鳴にも似た動揺の声があがる。

 同じ方角から今度は十匹程度が群れを為して流れ込んできているのだ。

 

 どうして急に?

 

 原因が気になるところだが、今はそれを考えている場合じゃない。

 

 この状況、アンジェラを護りながらではかなり厳しいだろう。

 

 サンダーセイバーがやけに調子が良いことだけが救いだ。これは修業の成果か、それともこいつらがバレッテよりも柔らかいからなのか。

 

 何にせよ、十を相手にするならあと三、四発分のサンダーセイバーが必要だ。

 砂漠でぶっ倒れたときは三発目で倒れた。

 

 加速の分のマナ込みだと、今の俺はどれくらいやれる?

 

 すでに一発と加速一回。風の探知はそんなに消耗していないが、果たして保つのか?

 

 ギリギリだろう。もしくは、少しオーバーだ。

 

 使いどころを見誤ってはいけない。節約できるところは節約していく。

 しかしそのためには、『一人で』戦う必要がある。

 

「なあ、すまん。荷物を持って隠れててくれ。さすがに護りながらだと厳しそうだ」

 

 あんだけ大見得切っといて情けないが、ここで万が一、俺もアンジェラも死んでしまったら六人の勇者の内二人欠けてしまうことになる。

 

 それだけは避けなければならない。

 

「逃げるって選択肢はないの⁉︎」

「たぶんあいつらの方が早い。何とかするから、終わったら後のこと頼むわ!」

「後のことって何よ!わ、わたしだって少しは役に立つ!何ができるか教えてよ‼︎」

 

 アンジェラの足はまだ震えている。本人だってその自覚があるだろうに。

 

 自分の今の力を理解した上で、それでもなお、気丈に立ち向かおうとする。

 

 ——それが俺の中の何かを激しく揺さぶってくる。

 

「その勇気があるから、お前は強くなれるよ」

「えっ?」

 

 漏れた本音に、自分でも何でそんなことを今言ったのかと、動揺した。

  

「何でもない!今お前にできる最善はさっき言った通りだ!さぁ、早く行け‼︎雪を予言した俺の言うことを守れよ!」

 

 早口でまくし立てて、下手な誤魔化しになってしまっただろうか。

 

「……死んで約束をなかったことにするなんて許さないからね‼︎」

 

 納得してくれたみたいだ。熱くなった顔を見られずに済んだことを安心する気持ちの方が強いとは。

 

 余裕があることの裏返しなのか、開き直っているのか。

 

 それとも、生き残る気しかないからか。

 

 来た道を走って戻っていくアンジェラを見届けて、随分近くまで来ていた御一行と対面する。

 

「俺は今のところ約束を破ったことはないし、これから先も破る気はない」

 

 誰に言うわけでもないが、これは自分への宣言だ。

 

 気持ちは不思議と落ち着いている。視界がいつもよりはっきりと見えるくらいだ。

 

 二十の瞳が、俺へと敵意の視線を浴びせてくるのを感じる。

 

 マナを研ぎ澄ます。防寒着を脱ぎ捨て、万全の態勢で迎え討とう。

 

 もしも一体でも撃ち漏らしてしまおうものならば、俺の『強さ』が嘘になってしまうから。

 

 そんなのは俺のちっぽけなプライドが許してくれないから。

 

「ここから先へは行かせねえ——‼︎」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









お気に入り登録、感想、評価ありがとうございます。いつも励みになっています。ほんとに。
頭の中の構想からプロット、文章へと段階を踏んでいくんですが、文章を書くうちに内容が変わるので二転三転…。いろいろ心配で今回は二話分書いてから投稿にしました。
そして推敲、加筆、修正、と暇な時にやるんですが、まー、ね。
時間をください(切実

はい、言い訳終了‼︎
感想返してないのは申し訳ないのですが、読むのは楽しみにしてます(ボソ
では、また次回!


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第二十話 雪に倒れて空を見上げてみる

 

 

 

 

 

 

 彼の目的は、女王に——お母様に取り入ることだろうかと最初は考えていた。

 

 でなければ、わざわざ落ちこぼれのわたしに近づいて、魔法を使えるように導くなど、彼にとってメリットがない。

 

 もしくは、彼の正体は他国の工作員という説。

 わたしを人質にアルテナを相手に優位に立とうとする他国が送り込んだ者か。

 しかしだとしたら、大真面目に約束を守ろうと氷壁の迷宮まで進む意味はない。

 

 あるいは、わたしを亡き者にして利益を得られる者の遣いか。それも考えたけれど、それなら今の状況こそ絶好のチャンスだったはず。

 

 わたしは、彼に生かされている。

 

 初日の夜。壮大な慈善事業のために強い仲間を必要としていると言った。

 

 本当に理由はそれなのだろうか。

 

 いや、今更問い返さずとも、わたしの中でほぼ確信はある。

 

 あるけれど、心の奥底でまだ信じ切れない自分がいる。

 

 『こんなに都合が良いことが起こるはずがない』

 

 そう囁かれているような錯覚。

 

 だって、今まで誰も助けてくれなかった。

 

 孤独。

 

 わたしの努力を嘲笑うものばかりだった。

 

 無力。

 

 お母様は、わたしを見限っていた。

 

 絶望。

 

 そんな失意に塗り固められた人生の中で救いはなかった。

 

 救いの手を差し伸べ続けてくれた人もいたけど、わたしはわたしのちっぽけなプライドでその手を払った。

 

 ホセ。

 

 今は、悪魔の囁きにも似た彼の手を取った。

 

 どん底にいたわたしには、あまりにも魅力的すぎた。それがどんなに怪しいものだとしても、思わず目を瞑ってしまうくらいに。

 

 だから、全てを信じていない、中途半端な覚悟で来てしまったのかもしれない。

 

 諦めていたくせに、希望がちらついていることに舞い上がって、勝手に期待して、落ち込んで。

 

 彼は、そんなわたしを責めたりしなかった。

 

 彼の実力は圧倒的だった。サハギン三体を相手に一人でなんなく倒してしまった。

 

 神速。そう評しても過大ではない。

 

 アルテナの魔法兵ですらあんなに簡単に倒せはしないだろう。

 

 あれなら何体来てもどうとでもなる、そう思える戦いぶりだ。

 

 それほどまでに強い彼が、強い仲間を欲している。

 

 そのためにわたしに声を掛けたのだと。

 

 嬉しいような、でもどこかやはり疑ってしまう。

 

 本当に、わたしが必要とされているのか、と。

 

 女王の娘だから、彼はそう言った。かと言って、わたしに才能があるかはまた別の話だ。

 

 なかったから今こうなっているのでは。

 

 彼の方法でも魔法が使えなければ、また見捨てられるのか。

 

 それがとても恐い。

 

 どうなるかなんて分からない。今考えても仕方ないことなのに。

 

 恐くてたまらない。

 

 遠くで戦っている音がいつの間にか聞こえなくなっていた。

 

 わたしは、木の根に身を預け膝を抱きしめていた。

 

 まるで小さな子どものようだ。

 

 なんだか笑えてくる。

 

 こんなわたしが、彼と同じ場所で戦えるのか、と。

 

 ざく、ざく、と雪を踏み締める音が聞こえた。

 彼だろう。だが、どことなく足音は不規則で疲れが感じ取れる。

 

「よお、無事だったか?」

 

 あいさつでもするくらいの軽い声にわたしは顔をあげた。

 

「おかげ様でね。あんたは——」

 

 平常心で弱さを見せないよう、精一杯虚勢を張って声を出したつもりだった。

 

 なのに。

 

「ちょっといいのをもらっちまったが、大丈夫だ。このくらい慣れてる」

 

 左腕は力なく垂れて、出血がひどい。幸いそれ以外は大丈夫そうだが、止血をしないとすぐにでもどうにかなってしまいそうだった。

 

「慣れてるって、その怪我⁉︎早く手当てしないと」

 

 そう言って、怪我の手当てなんて今までやったことがないことに気付いた。

 

 わたしは本当に今まで何をやっていたのだろうか。

 

 こんなときですら役に立てない自分に、ふつふつと怒りが湧いてくる。

 

「お前の無事を確認するのが先だったからな。自分で止血はできるから、安心してくれ」

 

 その言葉が脳内でぐるっと一周駆け巡って、かあっと顔が熱くなるのを感じた。

 

 今度は怒りとは別の感情。

 

「ば、何バカなこと言ってんのよ‼︎わたしは隠れてたんだから無事に決まってるし!それにさっさと止血しないとまた敵が来たらやられるんじゃないかって、気が気じゃないだけよ、分かった⁉︎」

 

 そんな場合じゃないのに、彼がわたしを気にかけてくれたことがなんだか嬉しかった。

 

「あ、ああ。それもそうだな。——いや、お前の意見が正しかったみたいだ」

「今度はな、に」

 

 わたしの目に何体ものサハギンが映る。

 

 一、ニ、三……木の影から次々と姿を表してくる。

 そのたびに暗い感情が生まれた。

 

 次はないかもしれない、と。

 

 今度は十体以上いるだろう。木を背にして囲まれてしまっている。たぶん見えないけれど後ろにもいるのだろう。

 

 気味の悪いギョギョギョという耳障りな声があたりに響き始め、まるで合唱のような不協和音を奏でる。

 

 夜になって鳴く虫の心地よい合唱とは違う、ひどく心をざわつかせる異音。

 

 追い詰めたぞ、とでも訴えているようだ。

 

「これは、ちょっとやばいな」

「ちょっと、なの?」

 

 ちょっとで済むならいいと思った。彼はすでにわたしではなく、サハギンに向き直っていてどんな表情をしているかは分からなかった。

 

 だらんと下がっていた左腕は、いつの間にか剣の柄に添えられている。

 

 サハギン達は様子を窺っているようで、攻撃する気配はまだない。仲間が大勢やられたのだ。こちらが手負いとはいえ、警戒している。

 

 この剣士を、それだけ強敵とみなしているということ。

 

 いや、それだけではない。

 

 彼をよく見ると少しでも動きを見せたサハギンにわずかに顔を向けたり、剣先をずらしたりと牽制しているのだ。

 

 たったそれだけで、この数のサハギン相手に膠着状態を作っている。

 

 ——動いた最初の者が斬られる。

 

 そんな明確なビジョンが見えるような張り詰めた空気が漂っていた。

 

 だが、長くはもたないだろう。いつかはサハギンの我慢が切れ、一斉に飛びかかってくるかもしれない。

 

 そのときはさすがの彼もわたしを守り切れないであろうことは想像できる。

 

 そんな予想が頭に浮かんだときだった。彼が大きく息を吐いた。

 

 きっと彼も同じ結論に辿り着いたに違いない。

 

 わたしは、見捨てられるだろう。

 

 だって彼には生きる目的がある。こんなところで、つい先日会ったばかりの女の為に命を懸ける義理などない。

 

 彼はわたしを生かすより、ここを生き延びてまた仲間集めをすれば良いだけの話なのだ。

 

 わたしが逆の立場だったら、きっとそうしてるし、この状況でどちらかしか助かる見込みがないと言うのなら、その方が効率が良い。

 

 それでも仕方ないと思った。

 

 わたしが弱いから悪い。

 

 魔法を使えないから。

 

 女王の娘に生まれたから。

 

 ここで死ぬのなら、終わるのなら、それでも未練はないのかもしれない。

 

 誰も、悲しむ者なんて。

 

 諦めがわたしの中で絶望に変わろうとしたときだった。

 

「いいか、よく聞け」

 

 彼の声音はひどく穏やかだ。この状況でもまだ生きることを微塵も諦めていないように感じる。

 

「俺が正面を切り開く。そこから氷壁の迷宮まで一気に行くんだ」

 

 彼は予想の斜め上を遥かに超える提案をしてきた。

 

「一体どういう」

「いいから黙って聞くんだ」

 

 弱々しいわたしの言葉を遮る彼の声に余裕はない。当然、わたしも理解が追いつかない。この男は何を言っているのだ。

 

「……マナストーンの周りにいるウンディーネを探せ。事情を話して、ウンディーネの力を借りれば魔法が使えるようになるはずだ。あとは追手が、捜索隊が来るまでそこで待つんだ」

 

 待って、待ってよ。それじゃ。

 

「あなたは」

「後から行く。ここは任せろ」

 

 嘘だというのは、幼い子に言い聞かせるような説明ですぐに分かった。

 でなければ、追手を待てなど言わないだろう。

 

 まるで自分のことを含んでいない発言をしていて、その言葉を鵜呑みにしろだなんて、そんなの無理だ。

 

 口にしなくても分かった。

 

 囮に、犠牲になる気だと。

 

 彼が小さく呟いたのをわたしは聞き逃さなかった。

 

 すまない、と。

 

 「なんで」と返したわたしの言葉は、彼の詠唱でかき消えた。きっと彼の耳には届いていない。

 

 わたしの気持ちを置き去りにして、膠着した時が動き出す。

 

「——サンダーセイバー‼︎」

 

 気迫のこもった声に、剣が応えた。

 

 紫電の輝きが殊更に眩く発光し、わたしの意識を引き戻す。

 すぐに立ち上がって、詠唱と同時に駆け出した彼の背中に無意識に続いた。

 

 彼に先ほど見せたスピードはない。後ろのわたしに合わせたのか、それとも怪我のせいなのか。

 

 周りを牽制しつつ正面の一体を斬り伏せたところで、彼が反転。左右から襲い来る二体に向き直った。

 

 あまりにも簡単に倒された仲間を前に、他のサハギンたちも不用意に飛び込むことなく足を止める。

 

 道は拓かれた。その先へは一人しか進めない。

 

 進むのは、道を作った彼ではなく、何の役にも立っていないわたしだ。

 

 生かそうと動いた彼ではなく、命を諦めようとしたわたし。

 

「行けえええ‼︎」

 

 反転した彼の横を駆け抜ける。

 

 振り向いてはいけない。

 

 無駄にしてはいけない。

 

 考えてはいけない。

 

 走る、走る、走る。

 

 肺が、冷たい空気をいっぱいに吸い込んでひゅーひゅーと悲鳴をあげている。

 

 我慢しろ、こんなこと!

 

 足がもつれそうになろうとも、無理やり前に。前へと動かす。

 

 少しでも遠くに。

 

 少しでも——!

 

 足元に違和感。

 

 凍って固くなった雪の塊に足をとられたと気付くが遅い。

 

 つまづいた。顔から派手に雪の上に落ちる。

 

 呼吸が荒い。苦しい。

 

 いいの?これで。

 

 体が止まってしまったから、考えないようにしていたことが、頭に浮かび上がってきてしまう。

 

 彼の戦う場所からはだいぶ距離が空いた。もう少し行けばもっと安全性は高まるだろう。

 

 彼は、どうなる?

 

 浮かび上がった疑問がわたしの胸を締め付ける。

 

 いいじゃない、助かったなら。

 精霊を探して、力を貸して貰えば魔法が使えるようになるのよ。簡単な話だ。この距離ならあと一日も歩けば、氷壁の迷宮に辿り着ける。

 彼の言う通り、出されたであろう追手を待てば国に帰ることもできるだろうし。

 

 今わたしがすべきことは彼の犠牲を無駄にしないこと。

 

 そうだ。ここでわたしが失敗したら、全部意味がなくなってしまう。それだけは駄目だ。

 

『魔法が使えるようになるって言ったらどうする?』

 

 やめて。

 

『強い仲間が必要なんだ』

 

 やめてよ。

 

『そう自分のことを否定するなよ。大丈夫だから、俺に任せておけ』

 

 そうよ。だから任せたの。自業自得よ、だからやめて‼︎

 

『お前の無事を確認するのが先だったからな』

 

 わたしなんか助けても何の得にもならない。ましてや、わたしになんか価値なんてないはずなのに。なんで自分の怪我より優先してんのよ、バカじゃないの。

 

『その勇気があるから、お前は強くなれるよ』

 

 誰もそんなこと言ってくれなかったのに。

 

 足掻いて足掻いて、足掻き続けて。

 

 一番欲しい言葉をこんなところで聞けたって言うのに。

 それなのにわたしは、そんな大事なことを言ってくれた人を。

 

『すまない』

 

「————!!!」

 

 気付けば言葉にならない叫びを上げていた。

 

 何かがあふれてきて、止められなくなった。

 心が、叫べと。わたしを鼓舞しろと、そう言っていた。

 

 こんなところで腐ってなんになる。

 

 ここであいつを諦めて何でわたしは平気でいられる。

 

 今まで捨ててきて、諦めてきて、後悔しかしてないっていうのに。

 

 わたしのために踏ん張ってくれてる人を、手を差し伸べてわたしを諦めなかった人を、放っておくなんてできるはずがない‼︎

 

 乱暴に顔についた雪を拭いとって、立ち上がる。

 

 つまづいた足が少し痛むけど、十分走れる。

 

 荷物の中から、使えるはずないって思っていた樫の杖を取り出した。

 

 魔法が使えなくても、鈍器にはなる。

 杖術だって、多少の心得がある。

 

 戻ろう。

 

 わたしは魔法が使えない。

 

 でもわたしには、勇気がある。彼に気付かせてもらった大事なわたしの強さだ。

 

 何ができるかなんてわからない。何もできないかもしれない。

 

 でも、わたしの可能性を信じてくれた人を犠牲にしてまで、わたしは何かを得たいと思わない‼︎

 

「待ってて、すぐに助けに行くから‼︎」

 

 わたしは元来た道を全力で駆け出した——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————————

 

 

 

 満身創痍。

 

 最初の十体との戦闘で、左腕を負傷したがまだ持ち堪えていた。

 

 ギリギリだったが、加速を節約することでなんとかサンダーセイバー四発で仕留められたのだ。

 

 頭痛はひどいが、これはまだ前兆に過ぎない。なんとか保たせることができそうだと。

 

 そう思っていた。

 

 怪我の手当てより何より、優先してアンジェラを探し出して見つけたまでは良かった。

 

 しかし、周囲への注意が散漫になってしまっていた。気付かずにいる間に簡単に周りを囲まれてしまったのだ。

 

 安全な場所にいたアンジェラを巻き込む取り返しのつかないミス。

 

 挙げ句、自身は戦えるような状態ではない。勝利し、危機を脱したと油断した。

 

 ここからの逆転は、ない。

 

 しかし簡単に諦めて、死ぬ気は毛頭ない。

 

 アンジェラを逃したあとに俺も逃げる算段だ。ある程度引きつけたら懐の煙玉を使えば何とかなるかもしれない。

 だが、屋外という条件に加えて、こいつらに効くのかは未知数なのが怖いな。

 

 ここから荷物まで逃げられれば言うことはない。

 その後は運を天に任せよう。

 

 ただ、アンジェラを逃がすことだけは、絶対に成功させる。

 

 この危機は俺の招いたことだから。

 

 俺が歴史を変えようとしなければ。

 

 アンジェラを連れ出そうとしなければ。

 

 警戒して手当てを先にしていれば、あるいは囲まれるのは一人で、俺だけの危機で済んだのに。

 

 様々な可能性が浮かんでは消えた。

 

 時間は戻らない。

 

 せめて、彼女だけは良い方向に進んで欲しい。

 

 これも俺のエゴだ。

 

「すまない」

 

 贖罪は彼女を無事に逃がし終えてからだ。

 

 さぁ、いこう。

 

「サンダーセイバー‼︎」

 

 俺の全てだ。とっくにガス欠な体に鞭打ったせいで、そう長くは戦えないと改めて認識する。

 

 うまく一体を倒し、アンジェラを逃すことに成功した。

 俺の状態は変わらない。サンダーセイバーが切れたら、恐らく体も動かなくなるだろう。

 

 いや、まだ死ねない。

 

 二体目を斬り伏せ、立て続けに襲ってきた三体目も倒した。

 

 剣から輝きが消える。

 

 ぜえぜえと不快な音が絶えない。

 今頃になって自分が肩で息をしていることに気付く。

 

 剣を突き立てなんとか体を支える。

 

「まだ、だ。まだ倒れん」

 

 眼光だけは、サハギンを射殺すつもりで睨みつける。

 

 とっくに限界なのはわかっている。だが、この気迫にサハギンがほんの一時躊躇した。

 

 今だ。

 

 震える手で、煙玉を取り出そうとして手から取りこぼす。

 

 指先の感覚がない。

 

 血とマナを失い過ぎたのか、視界がぐにゃりと歪む。

 

 雪の上に音も立てずに着地した煙玉を見て目を見開いた。

 

 はは、よく考えてみりゃ煙玉は硬い地面に叩きつける必要があるか。雪の上じゃ効果は見込めないというのに。そんなことにも気付けないとは情けない。

 

 まともに考えられていない。思考を回す余力がないことだけは理解した。

 

 理解すると、この絶望的な状況が見えてくる。

 

 サハギンの数は三体を倒しても焼け石に水。

 

 しかし、ここで俺が踏ん張らなければアンジェラに危険が及ぶことは明らかだ。

 

 時間を稼ぐ。それだけしかできない。

 

 少しでも長く、生きているだけでいい。

 

 いや、そんな消極的な考えでは。

 

「くそったれ……‼︎」

 

 バックステップで距離を取ろう。囲まれたらやばい——

 

 目の前がサハギンの群れから真っ青な空に切り替わり、思考が一瞬空白になる。

 

 なんで空が見える?

 

 仰向けに倒れたのだ。バックステップをしようとして、足が体の動きについてこれなかったということを理解するまでに時間がかかった。

 

 今、致命的な隙を晒している。

 

 分かっている。だがもはや重力を跳ね除けるだけの余力がないのだ。指先だけは共に地面に落ちた剣を掴もうと宙を彷徨わせる。

 

 届かない。

 

 サハギンが跳躍して俺にモリを突き立てようとする瞬間が、歪んだ視界にスローモーションで映る。

 

 足掻く間もなく、終わってしまう。

 

 あっけない終わりだ。

 

 ホークアイ、陛下、父さん、母さん、ウェンディと順々に顔が浮かんでは消えていく。

 

 リース。

 

 もう一度みんなに会いたかった——

 

 

 

 

 

 不意にサハギンが動きを止めたように見えた。時が止まったかのような錯覚。

 

 

 

 

 頬に生暖かい何かがぴしゃっと付着する。これが血液だと気付くのに時間を要した。

 

 ついでどさっと重量のある何かが雪の上に落下した音が耳元に響く。

 

 今まさに跳躍していたサハギンの頭だ。

 

 胴体はそのまま雪上に力なく倒れ込んだらしい。

 

 轟と、旋風が踊り狂っていることだけは、肌と耳を通して理解できたが、状況がまったく掴めない。

 

 まさか、アンジェラが魔法を使った?

 

 そんなことができるなら、俺はこんなところに来てはいない。

 

 なら、誰だ?

 

 いつの間にか、音は鳴り止んでいた。さほど時間は経っていないだろう。周りから聞こえてきていたサハギンの耳障りな鳴き声も消えている。

 

 俺を覗き込む黒い影が視界に映るが、ぼやけてよく見えない。

 

「だれ、だ」

 

 まともに声が出なかった。相手はそんな問いかけを気にした風でもなく、全く別のことを話し出した。

 

「そのなまくらでここまで戦うとはな」

 

 低く、何かに蓋をされてくぐもったような声だ。

 

 男か。アンジェラではないらしい。

 

 地面に横たわる俺の剣を見て呟いたようだ。

 

「これは……」

 

 男がかがみ込み、柄を握って持ち上げようとする素振りを見せた。

 

「触るな。父さんの、剣だ」

 

 何を言っているのか、自分でもよく分からない。

 ただ、何故だか剣を持っていかれてしまうような気がした。

 

 直感だろうか。俺の物なのに、もっとふさわしい人が現れてしまったような、そんな焦り。

 この状況で考えることなんかじゃないってのに。

 

「……そうか」

 

 何の感情もない声音でそう返すと、男は一本一本の指をゆっくりと引き剥がすように柄から手を離した。

 男が身を翻した気配を感じる。

 

 視界が、暗くなっていく。まぶたが閉じかけているのだ。強い眠気に逆らえない。

 

 金属製の鎧が擦れる音と重量のある雪を踏み締める音。

 

 音が遠ざかっていく。

 

 待ってくれ、まだ行かないでくれ。

 

 せめて、これだけは。

 

「あり、がとう」

 

 声が届いたのかはわからないが、音が止んだことで男が足を止めたことを認識する。

 間を置いて、ためらいがちに言葉が返ってきた。

 

「……気にするな、元々はこちらの相手だ。それにこれは、仕事と目覚めの腕慣らしを兼ねた掃除に過ぎない。それから——」

 

 何だ。もうよく聞こえない。

 

 ——達者でな。デュラン。

 

 その言葉が最後に届いたとき、俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








次話は今半分程度ですが、しばらくかかりそうです。お待ちください。

一体デュラン君を助けたのは誰なのかは、次で。。

いつも多くの感想ありがとうございます。これを機に聖剣伝説3を思い出してくれたのが私としても嬉しいかぎりです。
余談ですが、魔法のクルミはまだ出てきません。貴重品という扱いで考えており、いつか登場したときににやっとしてください。そんなアイテム達が数知れずいることが申し訳ない…でも出来るだけ使っていければと思います。
いつか原作のようにボス戦でポトの油まみれになるマナの勇者の皆さんとか見られるかも(いや、ないか

お気に入り登録、評価、感想ありがとうございます。ではまた次回!


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第二十一話 雪に倒れて空を見上げてみる②

 

 

 

 

 

 わたしが急いで元の場所に戻ると、サハギンの姿はなかった。逃げる際に彼が倒したはずの死体もなくなっている。

 

 でも、『何があったのか』よりも『無事なのかどうか』の方が今のわたしにとって大事なことだった。

 

 辺りを見回して彼の姿を探す。

 

 雪の上にはサハギンの青い血が辺り一面に広がっている。真っ白なパレットに青だけを塗りたくったような有様だ。

 

 

 

 彼は、その青い海の中に横たわっていた。

 

 

 

 サハギン達がいないことと死体がないことから頭の中で最悪な想像が組み立てられていく。

 

 仲間の死体をサハギン達が持ち帰った。ということは、勝ったのは向こうなのでは。

 

 「負け」、「敗北」、それが何を意味するのかなんて、考える必要すらない。

 

 「死」だ。

 

 飛びつくように駆け寄って、すぐさま胸に耳を当てる。

 心音は——駄目だ、鎧が邪魔でわからない。

 

 慌てて手袋を外して、祈る気持ちでそっと首筋に手を当てる。

 

 お願い。お願い女神様、どうか——

 

 静かに、だが確かに脈打つ心拍を確認できた。

 

 無意識のうちに頬が緩んだ。

 

「生きてる!」

 

 彼は勝ったのだ。恐らくは善戦し、勝てないと悟ったサハギン達が撤退したのだろう。そこで力尽きた。

 

 落ち着いて周りを見ると、少し違和感を持つ。

 

 雪が溶けてる?

 

 血が飛び散った部分の雪が溶けてるのは分かるが、そうではなく彼の周囲だけ、雪のかさが低く見えたのだ。

 

 それに、なんだか彼に触ったとき温かさを感じた。

 いや、生きているのだから当たり前だが、そうではない。

 

 血を失って倒れていたにしてはやや不自然な温かさといえばいいのだろうか。

 

 ——とにかく今は考えている場合じゃない。状況はわかった。わたしに今できることは止血と、安全な場所まで彼を運ぶこと。

 

 この生臭い血の中ではまた魔物を呼び寄せてしまうかもしれないからだ。

 

 見た目よりもずっと重い彼をなんとか起こし、右腕を肩にひっかけて引きずっていく。

 

 剣は後で回収しよう。今はこの場を離れることを優先する。

 

 死なせない。絶対に死なせない。

 

「助けられなくてごめん。ごめんね。今度はわたしが、あんたを助けるから!だから踏ん張りなさいよ‼︎」

 

 

 

 

 ————————————————

  

 

 

 パチパチと木の燃える音が聞こえる。

 

 酷く頭が痛むが、マナを使い過ぎた副作用だと感覚で分かった。

 

 背中の感触が固いことに違和感をもつ。

 どうやら木を背もたれにして座っているみたいだ。体を預けるにふさわしい太さのようで、どっしりと構える木の生命力すら感じられる。

 

 そうして少しずつ意識が戻ってくると、次第に温度を認識できるようになってきた。身体は少し寒いと訴えているが、何故だか一部分に温かさを感じていた。

  

 左腕だ。

 

 なぜ、と思考を回そうとするが、あまりの気だるさに考える気力が湧かない。

 

 首を動かすのも億劫だ。だが、何故温かいのかだけ確認しておこうとゆっくりと顔を向け、重い瞼を開けた。

 

 状況を確認して、心臓が一際大きく跳ね上がる。

 

 アンジェラの顔が鼻先数センチのところにあったのだ。

 

 つるりとした綺麗な肌にすっと筋の通った高い鼻、長い睫毛がときおり揺れている。

 

 美しい、そう形容するしかない。

 思わず見惚れてしまった自分に気付いて首は動かさずに目を背ける。

 

 すぐそばでアンジェラが包帯を巻くことに悪戦苦闘していたのだ。

  

 彼女がここまで運んでくれたのだろうか。

 

 左腕に巻かれていく不器用な包帯。よほど集中しているのか、本人は俺が起きたことにまるで気付く様子はない。

 

 まだ日は高いようだが、どのくらい意識を失っていたのだろうか。

 前回倒れたときと比較した体感だが、まだ頭痛がひどいことと倦怠感が強いことから、そんなに長くは経っていないように思える。

 

 駄目だ。考えられない。

 

 少なくとも危機を脱したことだけは察することができた。だったら、今は体を休めよう。

 

 ゆっくりと再び目を閉じる。意識が途切れる間際。

 

「もうっ!なんでこんなにややこしいの……!」

 

 そんな苛立ち混じりの声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 次に目が覚めたのは夜だった。だいぶ深い眠りだったらしい。

 

 雪が降っているわけではない。眠っている俺を気遣ったのだろう。体は寝袋の中に入っており、火が焚かれていた。

 

 左腕の包帯は、やはりというべきか、傷口を抑えるという意味ではなんとか機能しているという具合だった。

 

 もちろん、助けてもらった身で文句は無い。

 

 体を少し起こしてみる。昼間から絶えず火の管理を続けていたのであろうアンジェラと目が合った。

 

 たぶん、俺がもぞもぞと動いていたときから見ていたのだろう。彼女の顔に驚きはなかった。

 

「やっと目が覚めたのね」

「迷惑をかけたみたいだな」

 

 少し掠れた声が出てしまった。対してアンジェラはいつもと変わらない調子だ。

 

「まあね、大変だったわよ。女の力であんたみたいな筋肉達磨を運んだり、寝袋に寝かせたりするのはね」

 

 なんだか申し訳ない。相当な苦労だったことは察する。

 

「なかなか寝心地は悪くないぞ」

「うっさいわね、ひっぱたくわよ」

 

 ふいと顔を背け、その横顔が焚き火の加減か、赤く照れているように見えた。

 

 実際はきっと馬鹿にするなと怒っているのだろうが。

 

 そんな顔が見られた安心感からか、ふと湧いて出た疑問がこぼれた。

 

「どうして戻って来たんだ?」

 

 責めているわけではない。純粋な疑問だった。

 

 アンジェラの目的は魔法を使えるようになること。その方法さえ分かってしまえば、それが叶うかどうかはさておき、死ぬかもしれないリスクを負ってまで戻ってくる必要はないはずだ。

 

 というよりも、あの状況ではアンジェラが手を貸したところで死を免れるとは思えない。

 それこそ、彼女の中に眠る力が都合よく暴走でもしない限りは。

 

「最初に言うことがそれ?まず言うべきことがあるんじゃないのかしら」

 

 過程はどうあれ、助けられたことは一理ある、か。

 

「助かった。感謝している」

「ふふん。どういたしまして!」

「で、なんで戻ったんだ」

 

 ややぶっきらぼうな言い方になってしまった。アンジェラの方も、感謝されて少しは機嫌が良さそうだったが、問いかけに対して急に仏頂面になってしまった。

 

「戻っちゃ悪かったわけ?」

「実際は助かった。だが、一歩間違えれば全滅だった。そのことは理解できてるのかと思ってな」

 

 偉そうに説教できるような立場ではないことはわかっている。

 それでも言わずにはいられなかった。

 

 もしもを考えたとき、今こうして二人で火を囲んで座っていられるのは奇跡そのものだから。

 

「考えたんだけど」

 

 アンジェラが俺から視線を切って焚き火を見つめながら言った。

 

「後から来るんだったら、今から一緒に行ったって変わんないじゃんって思ったわけ」

 

 は?何言ってんだ。屁理屈か。

 そう笑い飛ばしてやろうとして、何故だかそれはやってはいけないと直感する。

 

 アンジェラの瞳がいつの間にか焚き火から外れていた。視線は確かな熱を持って真っ直ぐに俺を貫いていった。

 

「だから戻ったの」

 

 いろいろと思うところはある。彼女が命を張るほどの理由が思い付かないのもそうだし、これから先に同じことが起きるのも嫌だと思った。

 

 いや、そう思ったのは俺だけじゃないってことなのか。

 

「死ぬ気はなかったんでしょ?だったらいいじゃない」

 

 あっけらかんと言い放つ姿に言葉を失った。

 

「だからって——はぁ、分かった。分かってないけど分かった」

 

 視線の圧に、これ以上詮索するな、これで終わりだ、というような意思を感じてこの話題を打ち切る。

 

 生き残ったんだ。結果論だが、今回はそれでいい。

 

 次に俺がやらなきゃいけないことは、いつもと変わらない。

 

 

 もっと強く、今よりも前へ、だ。

 

 

 今のままでは、到底竜帝には届かない。

 

 ましてや、その下僕である紅蓮の魔道士やドラゴン達にだって敵わないだろう。

 

 次も今回のように都合良く助かるだなんて思う気はないし、次のピンチを自力で乗り越える必要がある。

 

 この決意は胸にしまっておこう。

 

 話題を変える。ちょっとだけ気が晴れるようなことでも言ってみるか。

 

「そうだ。助かった祝いに特製ホットぱっくんチョコ飲むか」

「何それ!めっちゃおいしそう!なんで今まで出さなかったのよ‼︎」

 

 白々しく切り出した話題に思ったよりも食いついてきた。甘いものが好きみたいだったし、空気を変えるのに乗っかったというより、本気で興味があるのだろう。

 

「俺のとっておきだからな。さすがに今回は疲れたから、疲労回復を兼ねてるんだ。ちょっと待ってろ」

 

 がさがさと荷物を漁る。しっかりと荷物の回収までしてくれたアンジェラに頭が上がらないな。

 食糧袋の中に大事にしまってあったチョコはかちかちに凍っていた。しかし、コップに入れて火にかけると舌の上でとろけて……これがまた美味くて、体があったまるんだわ。

 

 頭の中で想像していい気分になっていたところに、アンジェラからしおらしい声がかけられる。

 

「あのさ、デュラン」

「ん……はっ?」

 

 今、名前で呼んだか?

 

「一回しか言わないわよ。助かったわ、ありがとう」

 

 二重の衝撃に呆気に取られて、思わずアンジェラを見つめてしまう。どこか気恥ずかしさをごまかすように彼女は長く綺麗な髪をかきあげた。今度は、焚き火の加減ではなく照れくさそうに頬を染めていたのが分かった。

 

「何よ、何か言いなさいよ!」 

 

 いじらしく上目遣いでこちらを見つめる視線に自然と鼓動が早くなっていく。

 

 なにこれ、可愛すぎる。

 

「お、おう。別に、気にするな」

 

 何でこんな返事しかできないのか、自分の不器用さが今はもどかしい。

 ホークアイならもっと気の利いた台詞を言うだろうに。「美人を守るのは男として当然だろ?」とか、「俺に惚れてもいいぜ」とか。

 

 言わないかな?さすがにないか。

 

 それに比べて俺って奴は!

 

 久しく感じていなかったドギマギとした感情に戸惑う。

 

 誰にでもそうなるわけじゃ無いわけだが、健全な心の持ち主だからこそ、そう感じるのは自然なことなわけで。

 

 これは好きとかそういうのとは全然違うわけですよ。

 

 相手は王女様だしって、俺は誰に言い訳してんの!

 

 一人問答を続ける俺にアンジェラが静かに囁いた。

 

「……今度はちゃんと役に立つように頑張るから」

 

 その声音に、どこか悲しそうな響きを感じて。冷や水をぶっかけられたくらい、頭の中が冷静になった。

 

 彼女は下を向いていて、どんな顔をしているのかは見えない。でも、それが笑顔じゃないことくらいは鈍い俺でも簡単に分かった。

 

 説教なんてするまでもなかった。

 

 彼女だって戻ったところで何もできないかもしれないって分かっていたのだ。

 

 それでも戻ったのだ。

 

 そりゃ、馬鹿なことだろう。せっかく助かった命を無駄にするなって、死んでたら言ってたかもしれないさ。

 

 だけど。だけど、自分の力のなさを分かっていても、引き下がらなかったんだ。

 

 命を投げ出すくらいしかできなかった俺。二人とも助かる道を探そうとした彼女。

 

「あー、なんつーか」

 

 右手で頭の後ろを掻きながら、言葉を探す。

 

 駄目だ、やっぱり気の利いた台詞が出てこねえ。

 

 俺にはどうもホークアイのような変化球はハードルが高すぎるみたいだ。

 

 カップに砕いたチョコを入れて火に当てたところで、俺は思ったことを素直に言うべく口を開いた。

 

「十分役に立った、というか助かったぞ」

「でもわたし、何も……」

「お前が来てくれなかったら、俺は死んでたかもしれないだろ」

 

 否定の言葉に被せるように、事実を重ねていく。

 

「それにこの旅にお前がいなかったら、一人で戦って、誰も知らないまま行方知れずになってたかも」

「わたしがいなかったら氷壁の迷宮を目指さなかったかもしれないじゃない」

「いや、目指していたさ。俺にも目的があるからな。だから、いいんだ」

 

 ゆっくり噛み締めるように。

 

「アンジェラが一緒にいてくれて良かった」

 

 顔を上げてお互いに視線を交わす。数秒見つめ合っていただろうか、なんだか背筋がむず痒くなった気がして、顔を背けた。

 照れたわけじゃない。なんとなく次の言葉が出なかったからってだけだ。

 

「ほらよ」

 

 アンジェラの分のカップを手渡そうと腕を伸ばすと、彼女の両手がそっと俺の右手ごと包み込んだ。

 

「あ、おい——」

 

 手袋越しだというのに、何故だか優しい温かさを感じる。

 

「ありがと、デュラン」

 

 その声音からは悲しみが消えていた。

 

「……礼を言ってるのはこっちなんだが?」

「あら?何かまずかった?」

 

 悪戯が成功したかのように、明るく笑って見せる様に、俺も思わず笑みがこぼれた。

 

 怒涛の襲撃に一度は死を覚悟したが、こうして生きていられて本当に良かった。

 

 お互いに静かにカップに口をつける。穏やかな時間がしばらくの間流れた。

 

 別に嫌ではない、居心地の良さを覚える沈黙。言葉がなくてもそう思える自分に少し驚いた。

 

 お腹が少し膨れた頃、アンジェラがおもむろに聞いてきた。

 

「でも本当によく追い払えたわね。さすがに全部は倒さなかったんだろうけど、何体くらい倒したの?」

「ん、あー、それはだな」

 

 まるで英雄譚をせがむ子どものように無邪気に聞いてくる。

 それについては、何とも歯切れの悪い答えになってしまう。

 

 というか、説明し難い。

 

「三体だ。あとは誰かに助けられた」

 

 そう、誰かに助けられた。

 

 俺の曖昧な記憶が確かなら、あれはまるで。

 

 ——父さん、だったのだろうか。

 

「誰かって……わたしたち以外にもこの時期にこの辺をうろついてる物好きがいるってこと?もしかして、捜索隊に正体気付かれずに助けられてたとか?」

「そうじゃないと思う。あの人は、一人だった」

 

 そう一人だ。

 

 黒い鎧であろうことはぼんやりと覚えている。兜に遮られていたであろうくぐもった声からは、父さんと断定はできなかった。容姿や声からは判断がつかないのが正直なところだ。

 

 だが、俺の名前を知っていた。

 

 なんで?何か分かる情報があったか。

 

 直前に剣の話をした程度だ。そこから息子であると推察するのは難しいだろう。 

 あとは?

 

 最後に言葉を交わしたのはもっとずっと幼いとき。今の俺と結びつけられるだろうか。

 

「まさかと思うけど、知り合いだった?あー、でも知り合いならそのまま放っておくわけないか」

「知り合い……そうか」

 

 古の都ペダンか?

 

 あそこで一度今くらいの『俺』に会っている。

 

 父さんが竜帝に蘇生されたのが最近だったなら、青年となったデュランの顔と名前を覚えていたことに納得がいく。

 

 しかし、だから助けた、ってのは都合が良すぎるか。

 

 でも、あれはやっぱり父さんだ。

 

 自分でも不思議だが、そうだと思えるのだ。

 

 仮に別人としておいてもよいが、黒耀の騎士として動き始めたと考えておく方が、今後の心構えとして良さそうだし、この直感を大事にしておこう。

 

 しかし、そうだとして今の時期に蘇生されたのだろうか。それはある意味竜帝の力が戻りつつあることの証にもとれる。

 

 仕事、と言っていた。一体何をしていたのか。人を救うことが第一じゃないことは確かだろう。

 

 第一じゃない。だったら、人を殺すことも優先順位が低かったから見逃されたのか?

 あるいは、それが目的ではない仕事を任されている、とか。

 

「それにしてもサハギンの死体もぜーんぶどうやって処分したのかしら」

「処分?死体がなかったのか?」

「ええ。わたし、わりと早く駆けつけたと思うんだけど、一人だったんでしょ?てっきりサハギンが逃げ帰るときに仲間の死体を持って行ったのかと思ったんだけど」

 

 そんな余裕はサハギン側にはなかっただろう。暴風が吹き荒れていたかのような惨状だったし、父さんだとしたら一体も逃すはずがない。

 

 何のために死体を回収したんだ。いや、それが仕事と何か関係があるのか。

 

 これは竜帝から指示されたことなんだろうか。

 

 考えても情報が少なすぎる。いろいろ想定しておくのはいいが、今はまだおいておこう。

 

「ねぇ、まだ休んだ方がいいわ。顔色が真っ青よ」

「……そうだ、な。そうさせてもらう」

 

 今は、分からなくていい。

 

 父さんが、生き返った。

 

 なのに、こんなに複雑な気持ちになることが悲しい。

 

 父さんに助けられて嬉しいのに。

 

 なんで素直に喜べないんだ——

 

 

 

 

 










デュラン君が倒れると投稿が空いてしまうジンクスが生まれつつあります。お久しぶりです。コツコツ書いてますがなかなか思ったように書けません。少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
投稿ペースには期待しないでくだされ…!今年中に仲間が増えたらいいなぁ(目標)


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第二十二話 ウンディーネを捜索してみる

 

 

 

 

 

 

 氷壁の迷宮へは、昨日の襲撃がなかったかのように何事もなく到着した。モンスターの気配もなく、安全だったことを考えると、この辺一帯に生息していたモンスターを全て狩り尽くしたのだろうか。

 モンスターに遭遇しなかったことを運が良かっただけとは、どうにも考えにくい。

 

「相変わらず綺麗ね」

 

 氷壁の迷宮——洞窟内で、アンジェラの声はよく響いて聞こえた。

 火を灯さなくても、洞窟内は不思議と淡く光っていて、そして一際目立つものが辺りを照らし出しているからだ。

 

 マナストーンである。この石の神秘的な輝きを前に、アンジェラがうっとりしたように呟いた。

 

「見たことがあるのか?」

「ええ。来たことがあるもの。前に言ったでしょ、王族として一度はここに来るの。国の繁栄を願う為だったり、これから守っていくモノがなんなのか見定める為にね」

 

 そこまで言って、彼女は肩をすくめた。

 

「ま、わたしには荷が重すぎたみたいだけどね」

「そんなことはないさ」

「そうだといいんだけどね」

 

 しれっと流したアンジェラだが、内心は複雑なことを察して、これ以上突っ込んだ話をしないようにする。

 

「それで、どうやって精霊を探すの?」

「それはだな……」

 

 どうやっても何もないというのが正直なところだ。マナストーンの周りで隠れている可能性は高いが、どうするか。

 

 いや、目には目を、精霊には精霊を、だな。

 

「サラマンダー様、いらっしゃいますか?」

 

 虚空へと問いかけるが返事はない。しんとした沈黙が場を支配する。

 

「……何もいないみたいね」

「いや、そんなはずはない。と思う」

 

 妙な気恥ずかしさを感じていると、小さく燃える火種が宙に浮かび上がる。

 洞窟を仄かに照らす炎が一際燃え上がると、求めていた者が姿を表した。

 

『気安く呼ぶんじゃねえ。ただでさえこんなしけた場所にいて気が滅入ってるってのによ』

 

 苛立ち紛れに吐き捨てたサラマンダーに苦笑を返しつつ、内心安堵する。

 水のマナで満ちたこの空間では、本来の力が出ないのだろう。やはり属性の相性はあるという解釈でいいな。

 

「うそ、本当に精霊……?」

 

 アンジェラが驚きを隠しきれないと言わんばかりに口をあんぐりと開けている。上品に両手を添えて隠そうとしているあたりは育ちの良さか。

 とりあえず、彼女のことは置いておく。

 

「急に呼び立ててすみません。サラマンダー様のお力を貸していただきたく——」

『目的は分かっている。ここにいるのは水の精霊だろ。自分たちで呼べばいいだけの話だろうが』

「呼ぶ、とは?」

『さてな。自分の頭で考えろ』

 

 そう言うやそれきり黙り込んでしまう。

 しかし、この場から消えるわけではなく、宙に漂ったままだ。

 

 見せてみろ、とでも言われているような気がしてくる。

 サラマンダーから本当の意味での協力を得られたわけではないのだ。試されていると考えるのは自然なことだろう。

 

 であれば、あとできることは限られている。水の精霊がいるらしいことは分かったのだ。何とかするしかない。

 

「マナストーンを利用することはお許しいただけますか?」

『ふん、好きにすればいい。水のマナストーンは俺には無関係だからな』

「……ありがとうございます」

 

 本当か?と疑念がよぎるが、精霊が良いというなら、良いのだろう。

 好きにやらせてもらうことにする。

 

「ちょっと、マナストーンに何するつもりよ!」

 

 再起動したアンジェラから詰問される。

 

「大丈夫だ。少し力を借りてみる」

「借りてみるって、何考えてるわけ……?」

 

 古代の魔導士くらいのレベルなら好きにマナストーンの力を引き出すことができるだろう。しかし、俺にはそんな真似はできない。

 

 できることは一つだ。

 

「念じるのさ」

 

 主人公達はマナストーンの前でクラスチェンジをしていた。その際にレベルを満たした状態で念じることでマナストーンの力を得ている。

 つまり、何かしらマナストーンに変化を起こすことでそれを見守っているであろうウンディーネを呼び出そうという算段だ。

 

 さてしかし。今原作の状況と大きく違う点は二つだ。

 

 一つは大前提としてフェアリーがいないこと。

 これにより念じてもあまり意味を成さない可能性がある。あくまでもフェアリーの力を利用して、何らかの効果を発揮していたようにも見られたからだ。

 「もっと強く念じて!」とか言っていたのをみると、ただ単にマナストーンから力を引き出すだけの実力が伴えばいいのかもしれない場合も考えられるが……。

 

 二つ目はフェアリーのある無しは関係なく、実力(レベル)があればよい場合。ただし、レベルという概念は聞いたことがないのでどの程度の実力でマナストーンに干渉できるかは未知数だ。今の自分がマナストーンの反応する強さになっているのかはまったく予測できないことから、この仮定が成り立つとしても実力を満たさない限り反応しないわけだから試しても無駄な可能性がある。

  

 わりとどうしようもないが、ぐだぐだ考えても仕方ない。とにかくやってみるしかないな。と、脳筋スタイルで方針を定める。

 

 マナストーンを前に一歩を踏み出す。神秘的な輝きを放ち続ける目の前の存在に圧倒されながらも、手を伸ばせば触れられる距離まで移動した。

 マナストーンは宙に浮き、静かに俺の為すことを見ているような気がする。

 

 念じるのは、ウンディーネを呼ぶことか?

 

 果たしてそれで精霊が来るのかは甚だ疑問が残るところではある。

 人の身であり、ましてや魔導士でもない俺ができるのは念じること。カッコつけた手前、後には引けない感じもする。アンジェラも固唾を飲んで見守ってくれているが、これで期待外れではやるせない。

 

 ええい、やるか!

 

 ぐっと眉間に力を入れて、マナストーンを睨みつける。

 

 ——ウンディーネ様、どうか姿をお見せください。

 

 言葉には出さず、脳内で何度も繰り返す。

 静謐な洞窟内では、天井から落ちる水滴の音だけが虚しく聞こえ続ける。数分間の苦行のあと、何の反応もないことを確認したアンジェラがおもむろに口を開く。

 

「その方法、ほんとに合ってるの?」

 

 そんなことは俺が知りたい(白目)

  

 チラッとサラマンダーの方に視線を向けると退屈そうに宙に寝そべる体勢に変わっていた。

 

『なんだ、もう終わりか?意外と根性がなかったな』

 

 その言葉にはわりとカチンときたが、表情に出さなかった自分を褒めてやりたい。

 何も言わない俺に対して、アンジェラが再度口を開く。

 

「念じるとかそんな回りくどいことしないで、単純に呼んでみたらいいんじゃないの?」

「そんな簡単に見つかるわけがないだろう」

 

 やや拗ねたような返しになってしまった。いかんいかん。

 

「そうかしら?デュランは難しく考えすぎなんじゃない?」

「そんなことはない……と、言い切れないことは自覚している」

 

 頬をかいて、アンジェラの言うことも一理あるかと思い直す。が、彼女の行動は俺の思考の一歩先を行った。

 すぅっと息を吸い込むアンジェラが何をするのか悟る!

 

「ばっ、よせ!」

「お願い、出てきてウンディーネ‼︎んぐっ!」

 

 俺はというと突然の奇行に慌ててアンジェラの口を塞ぎにかかるが若干間に合わず。

 

 ウンディーネと叫んだ部分が洞窟内に反響する。だいぶ奥まで声が届いたことは疑いようがない。

 

 反響がおさまり、静寂が訪れたことでアンジェラが俺の手を払い除けた。

 

「ぷはっ、何すんのよ!」

「あのなぁ!ウンディーネ以外のモノを呼び寄せることになったらどうすんだよ‼︎」

 

 氷壁の迷宮の奥から魔物が湧く可能性もなくはないのだ。神獣が解放されているわけではないから杞憂かもしれないが、突然の行動に冷や汗が止まらない。

 

「結果的に何もなかったじゃない」

「ああ、ウンディーネも現れなかったしな」

「ふんっ、何よ。こっちは大見得切ったくせに結果が出てない誰かさんに代わって、代案をやってあげたのに。それでわたしを責めるのは違うんじゃないのかしら?」

 

 ぐぬぬ。こちらの意趣返しに対して、よく回る口だ。間違ってないだけに反論もできない。

 

 しかし、こちらも失敗している以上、いずれは取ったかもしれない行動だ。あまり批判もできない。その点は理解できるが、順序というものがある。

 

「まだ試していないこともあるんだ。もう一度任せてくれないか」

「へー、当然叫んで呼ぶよりも現実的な方法で、ぼけっとマナストーンの前に立ち尽くすような案ではないんですよねー」

 

 相当根に持ってるなこいつ。

 

「はぁ、悪かったよ。ただ後先考えずに動くのはやめてくれ」

「……わかったわよ」

 

 口を尖らせて拗ねた様子を見せるアンジェラに、ウェンディの姿が重なる。

 容姿は全く違うというのに、善意で手伝おうとして余計に手間を増やしてしまう幼さを愛おしいと感じたことを思い出した。

 まぁ、一国の姫に感じることではない感情なわけだが、どこか懐かしい気持ちが呼び起こされたのだ。

 

 ふぅ、と一息ついて頭を切り替える。念のため風の力を借りて周囲を索敵することを忘れない。

 

 幸い、魔物の気配はなさそうだ。そこは一安心か。

 

「もう一度念じてみる。ただし、今回は目的を変えてみる」

「目的を変えるって……。ウンディーネを呼び出すんじゃなかったの?」

「もちろん、そこは忘れてないさ。まぁ、見ててくれ」

 

 ウンディーネを呼び出すために念じても機能しないことが分かった。

 

 そもそも、マナストーンに念じるだけではマナストーンから溢れ出るマナを思った通りの力として発現することはできないのではないだろうか。

 であれば、本来の使い方を通してウンディーネにマナストーンの異常を察知させればいい。

 

 つまり、原作でいうところの『クラスチェンジ』を試みるのだ。

 

 『クラスチェンジ』はないのでは、という仮説は以前も考えたし、本来ファイターであるはずの俺がセイバー魔法を使える時点で、クラスの概念はマナストーンによるクラスチェンジによるものではないというのが結論。

 

 今回の『クラスチェンジ』は何か、というと単純にマナストーンから水のマナを授かる、と考える。これは精霊からの加護とも似ているが、豊富なマナで肉体をより強靭なものに変えることができるのでは、と考えていた仮定の実行である。

 

 それが俺の強さの糧になる可能性があるなら、ウンディーネも呼び寄せられて一石二鳥というわけだ。

 

 剣を掲げ、胸の前で強く念じる。

 イメージするのはマナストーンからマナが流れ、自らの肉体に注ぎ込まれていく姿。

 そのマナが身体の隅々を巡り、満遍なく力が満ちていくのを想像する。

 

 強くなりたい。

 

 サハギン如きに遅れをとった自分が許せない。

 

 『デュラン』がそんなに弱くて許されるはずがない。

 

 守りたいものも守れずに、目的も果たせずに、散っていきたくない。

 

 強さの壁をもう一段越えたい。

 

 自らの力への渇望を自覚し、自然と顔が綻ぶ。

 

 簡単なもので、つまるところやはり俺は悔しいのだ。

 

 負けたくない。それは唯一のちっぽけな誇り。

 

 誰かが傷つくのを見たくない。手が届く人を救いたいという傲慢。

 

 俺が強くなることで、守れるものが一つでも増えるのならば、それはこれ以上ないほど嬉しいことだ。

 

 自分の中のマナがより大きなマナに包まれるような感覚が奔る。

 

「な、何!地響き⁉︎」

 

 遠くでアンジェラの声がする。

 

 ただひたすらに瞑想にも劣らぬ集中力でマナストーンへ念じ続ける。

 

『ほお……』

 

 やがて。目を瞑っていた俺でも念を思わず遮られてしまうほどの眩い光が迸った。反射的に顔を腕で覆い隠す。

 同時にマナストーンから力が流れてくる感覚。しかしすぐにそのマナは霧散していってしまった。

 やがて光が収まった頃にうっすらと目を開けた。

 

「これは!」

 

 きらきらと辺りに光の粒が舞い散る。マナストーンの存在も相まり、より一層幻想的な雰囲気だ。

 

「デュラン、大丈夫⁉︎」

「あ、ああ。なんとも……ない」

 

 失敗だったのだろうか。一瞬マナストーンからのマナを感じた気がしたが、今の身体はいつも通りとしか言いようがない。

 まだ早いのか。それとも、やはり『クラスチェンジ』など存在していないのか。

 では、今の現象は何だったんだ。フェアリーがいないからダメだったって可能性もあるかもしれない。

 

 不意にアンジェラが近づいてきて、身体をペタペタと触りだす。

 

「えっと、どうした?」

「ん。本当に大丈夫そうね」

 

 そんなに心配させるようなことがあったろうか。と、思う前に不意に近寄ってきたものだからふわりと香る甘い匂いに鼓動が跳ねた。

  

「これだけ反応があったら、ウンディーネも出てきてくれるわよね」

 

 そわそわと周りを見渡すアンジェラを見て、本来の目的を思い出した。

 

「そう、だな」

 

 ぎこちない返事を返しながら、ウンディーネの気配を探してみる。

 

 悪い癖だな、すぐに別のことに考えを巡らせてしまう。優先順位があるってのに。

 

「何が起こったのか理解できないけど、こんな景色見たことない。すごく綺麗ね。これが見られただけでも来た甲斐があったかもしれないわ」

「そう言いたくなる気持ちも分かるが……」

 

 と、これ以上は野暮だと思ってやめた。

 ちょっと前に死ぬような目にあったことだとか、王女を連れ去ったと追われる身になったであろうこととか、そんな立場になってまでこの景色で差し引きゼロとは言えない現実主義の自分は恐らく器が小さいのだろう。

 

 この反応ならば何かしら手がかりがあるかもと、しばらく二人でウンディーネを探してみた。だが、肝心のウンディーネは一向に姿を見せず、俺たちはこの場所で一夜を明かすこととした。

 

 サラマンダーがいつの間にか消えていたのが気になる。不合格だったのだろうか。精霊の考えることはわからん。

 

 テキパキと準備を整え、周りの安全を確認するといったん外に出て木を拾い集め、戻って火を起こす。

 俺が火の番を引き受け、朝方に交代してもらい短い睡眠を取る予定となった。

 味気ない保存食の干し肉を火で炙って咀嚼し終えたときだった。

 不意にアンジェラから疑問が投げかけられた。

 

「あのとき、何を念じたの?」

「え?」

 

 ぼんやりと火を見つめながら、アンジェラが言う。

 

「マナストーンに何を念じたのかって。二回目のとき」

 

 膝を抱えたまま、焚き火から視線は外さずに彼女は続けた。

 

「あのときのデュラン、笑ってたけど、なんか……」

「あー、気持ち悪かったか?」

 

 笑ってた自覚はあんまりないが、想像するだに恐ろしい。

 なんだか的外れな回答をした気になったが、言い淀むアンジェラの雰囲気に耐えられなくて突っ込んでしまった。

 

「そうじゃなくて、なんか——苦しそうだった、かな」

 

 苦しい、か。だから、あのときすぐに俺を心配してくれたのか。あれだけ見惚れていた景色よりも先に。

 そう思うのはちょっと単純過ぎるか。

 

「別に苦しくなんかなかったさ」

「……そう」

 

 あまり納得していないらしい。

 そんなにも切羽詰まった表情をしていたのだろうか。自覚はあまりないが、想いが顔に出てしまうくらいに強く念じていたのかもしれない。

 そう捉え直すと、苦しいくらいに切望していることには納得できる。

 

「いや、やっぱりアンジェラの言う通りかもしれない」

 

 あまり重い感じにならないように軽く切り出してみた。

 アンジェラは視線をこちらに向けて先を促す。

 

「あー、なんだ、その、別に話すようなことはないんだが」

「いいじゃない、話してくれたって」

「そうは言っても説明しにくい」

 

 軽く言ったもののごちゃごちゃと頭の中の考えがまとまらない。それもあるし、なんだかアンジェラにはあまり話したくない気もした。男のつまらない意地なのかもしれないが、何故だか言葉に詰まる自分がいる。

 

「ふ〜ん。ま、いいけど」

 

 話題が長引かなかったことに胸を撫で下ろす。

 

「わたし、ウンディーネを見つけられなかったらどうなっちゃうのかな」

「どうって、それは——」

 

 アンジェラの立場になって考えを巡らす。考えなかったわけではないが、そういう可能性は除外して動いていた。

 

 精霊は見つかるだろう、という推測を勝手に確信に変えていたことは否めない。

 

 このままだと、外国の者に手を貸し国の重要なマナストーンに近づけたことを咎められるだろう。

 その点に関してはウンディーネと出会って魔法を使えるようになっても変わらない。

 だが、使えるようになるかならないかでは、意味が大きく変わるはずだ。

 それに協力させられたのならば、状況は全然違う。

 

「——うまくいかなかった仮定を考えるのも大事だ。ま、いざってときのアンジェラの身の安全は保証する」

「それは、あんたが一人で悪者になるってことでしょ」

 

 少し語気を荒らげてアンジェラは言う。こういうときは頭の回転が早いらしい。

 

「そうなるかもしれないってだけだ」

「じゃあもし、仮に魔法が使えるようになったら?」

「その功績を引っ提げて、ホセ老あたりを説得すれば悪いことにはならないだろう」

 

 そうなってくれるのが理想だが、背後に控える紅蓮の魔導師がどう動くかだな。今回の件をきっかけにプロローグイベントが早まる可能性は十分にある。

 と、なるとこの先しばらくはアルテナにいる必要も出てくるだろうな。

 

 いつも通り出たとこ勝負になってしまうわけだ。

 まあ、しかし。

 

「そんな心配するなよ。最初の頃の威勢はどこへいったんだ?」

「心配とかそういうのじゃないし。ただ、あんたといると考えさせられるの」

「何をだ?」

「わたしができることって何なのか、ってね。この旅ではあんたにおんぶに抱っこで、魔法が使える使えない以前だって痛感したわ。だから、魔法が使えなくってもわたしに何があるのかって考えてみようかな、とか思ったの……何よ、その顔は」

「ああ、いや。驚いてた」

 

 自分でも気づかずに呆けた顔をしていたようだ。

 

「バカにしてるわけ?」

「そんなわけないさ。すごいなって感心した」

「なんか上から目線なとこがムカつくんだけど」

「いや、本当に」

 

 魔法が使えないから、なんてそんなに簡単に割り切れる話じゃない。今までの人生の根幹を揺るがすようなことを言い切ってることに気づいているのだろうか。

 これが昨日今日魔法に挑んで敗れた者なら何の重みもないが、今までを懸けてきたアンジェラが言うのだ。

 素直に驚くだろう。

 そして。

 

「尊敬するよ。アンジェラはすごい」

「なっ!はあ⁉︎何言ってんの‼︎」

 

 慌てたように罵声を飛ばす彼女の頬は赤い。もごもごと言葉を発しようとしては引っ込めていたが、やがてそんな行動すらも恥ずかしくなったらしい。

 

「もう寝る‼︎おやすみ‼︎」

 

 寝袋にバタバタと潜り込んでいくのを何とも言えない気持ちで眺めていた。

 

「ああ、おやすみ」

 

 彼女の苦悩が解消されてほしいと、心の底から願った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————————————

 

 

 

「わたしがやる」

 

 朝一番はその一言で始まった。

 マナストーンの前で念じる話だ。

 

「急にどうしたってんだ」

「わたしにできることをするの。もしかしたらマナストーンに縁のある王族なら何かしらの反応があるかもしれないでしょ」

「まぁ、余所者よりは可能性は高いかもな」

 

 昨夜の会話が影響しているのだろうか、どこか気負った様子のアンジェラにやめろとも言いづらい。

 やるだけやってみたらいい。それでウンディーネが見つかるなら儲けものだし、アンジェラが言うことも一理ある。全てを自分の知識だけで判断することは現状やめるべきだ。

 

 あくまで可能性のあることはやっておく必要があるのだから。

 

 アンジェラがマナストーンの目の前で膝を折る。両手を固く結び、祈るように目を閉じた。

 とても絵になるような構図だ。

 

 表情も真剣そのもの。

 

 魔法を使えるようになりたい、その一心でここまで来たのだ。当然の熱意ともとれるが、それ以外にも何か理由があるようにも見えた。

 

 それがプラスに働くかは置いておいて、十分近い時間だろうか。いつまでも見ていられるような姿だったが、マナストーンには残念ながら変化はない。

 

 周りに精霊が表れる様子は——ないか。

 

「アンジェラ」

 

 そっと声を掛ける。彼女は目をかたく瞑ったまま、祈りの姿勢を崩さない。

 

 俺は一つ息を吐くと、手近な岩に腰掛けた。何か手応えがあるのかもしれない。どちらにせよ、俺も次の手を考える必要がある。

 

「すまないが、今のところ代案がない。他の案が浮かぶまでちょっと時間をくれ」

 

 たぶん聞こえたと思うが、反応はない。それだけ念に没頭しているということだろうか。

 アンジェラに任せながら、それらしい気配が表れないか探ってみるが、まったく分からない。

 精霊の気配ってのはどうにも読み取りにくいみたいだ。

 

 思考を切り替えて、代案を考えようかと思ったところだった。

 

『来たか』

 

 サラマンダーの呟きに、いつの間にいたのか、とツッコミを入れる間もなく、巨大な水柱が宙空から出現した。

 

「アンジェラ下がれ‼︎」

 

 素早くアンジェラの前に出て剣を抜く。負傷している左腕が痛むがその程度だ。動くことはできる。

 目の前の水柱に最大限の注意を払いつつ、待ちに待ったモノかを慎重に見極める。

 敵か、ウンディーネか。

 

「デュラン、たぶん大丈夫」

「なんで——」

 

 そう言い切れる、と口にする前にそれは表れた。

 

『随分と熱心に祈ってたけど、アンタらなにもんなん?』

 

 どこか独特な訛りで話すのは可愛らしい人魚の姿をした水の精霊——ウンディーネだ。

 待ち望んだ精霊の出現に心が躍る。

 

 刺激しないようゆっくりと剣をしまい首を垂れる。

 

「私たちはウンディーネ様を探してこの地に来ました。まずは話を聞いていただけますか?」

 

 返事がない間が続き、頭を上げると、ウンディーネはチラッとこちらを一瞥してアンジェラに視線を向けた。

 

『ん〜、ウチが興味あるんはあんたじゃないねん。そっちの子に聞いとるんや』

「えっ、わたし⁉︎」

 

 精霊が表れたことに呆けていたアンジェラが急に話を向けられ戸惑いを見せる。

 こちらにアイコンタクトで助けを求めて来たが、アンジェラとの対話を望む精霊との間に入って機嫌を損ねるのは不味い。

 

 お、ま、え、が、は、な、せ。

 

 口パクで意図を伝えると苦虫を噛み潰したような顔でほんの一瞬睨んできた。

 が、すっと表情を改めてウンディーネに向き直る。

 

「魔法が使えるようになりたいの。お願い、あなたの力を貸して」

 

 て、うおおーい!いきなり本筋に入るやつがあるか!まずは警戒心解くなり、名乗るなりあんだろ‼︎

 

『ぷっ、あはははは!』

「何笑ってんのよ!こっちは真剣に頼んでるっていうのに‼︎」

 

 精霊の笑いに俺は呆気にとられていた。そして媚びないいつものブレないアンジェラにも反応できない。

 悪くない反応、と捉えていいのか。

 

『えらくどストレートな要求やな。こんなおもろいこと聞いたの何百年ぶりやろか』

「何百年って……そっか、あなたずっとここにいたんだもんね。人と話すのも久しぶりなんだ。マナストーンは綺麗だけど、私にはここでずっと暮らすなんて考えられないわ」

『ウチには居心地が良くて快適なんやけど、人間にはちょいしんどいかもしれんな』

「話し相手もいないんでしょ?私も一人でずっと過ごすよりはここにいる冴えないやつでもいた方がマシなくらいだもの」

 

 おい、余計なこと言うんじゃねえ。

 

『ふふ、そうかもしれへんな。娯楽なんてもんはウチら精霊には必要ないんやけど、こうして人間が訪ねてくるのはなかなか刺激があってウチは好きなんよ。ねぇ、サラマンダー』

『ふん、一緒にするんじゃねえ』

『とか言って、そこの男の子が寒さで死なんようにしとったやんか』

 

 ん?何の話だ?

 

『知らねーな』

『そうかなー?サハギンに向かって魔法を放つ寸前だったみたいやったけどなー?』

『勝手に言ってるんだな。知らねーもんは知らねえ』

 

 そうだったのか?じゃああのとき、助けに入ろうとしたら父さんが現れたってことなのだろうか。

 間にアンジェラが口を挟んだ。

 

「二人とも知り合いなの?」

『初対面やな。でもウチら精霊にはそういう感覚はないねん。ま、話すと長くなるから気にせんといて』

「そうなんだ……ってそんなことじゃなくて、協力してくれるの?」

 

 旅の理由も何も説明してないけど大丈夫だろうか。アンジェラが魔法を使えるようになるのは目的の一つだが、それが本筋じゃない。

 マナの聖域に向かう準備をすることが重要なのだ。

 ウンディーネは、うーんと手を顎に当てて考える素振りを見せている。

 

『サラマンダーになんとかしてもらえばええやん』

『俺はまだ手を貸すと決めたわけじゃねえ』

『こんなところまでついてきてそんなこと言うなんて、相当な捻くれもんやなぁ』

 

 話すならここのタイミングか。

 

「ウンディーネ様、実はもう一つ目的があるのです」

『まぁ、そうやろな。こないなとこに火の精霊を引き連れて、魔法を使えるようにしてほしいなんて用なわけないもんな。なんとなく察しはついてんねんけど、話してみ』

 

 これまでジンやサラマンダーに話したような事情を説明する。

 壮大な話だが、アンジェラにぼかした部分についても素直に話す。

 

 ここまで来て結果が残らないのは意味がないからだ。

 

 アンジェラは神妙な顔で話を聞いていた。

 

『話はだいたい分かったわ。風も火も協力してるんや、ウチも手を貸したる』

「よろしいのですか?」

 

 あまりにもあっさりとした返答に思わず聞き返してしまった。

 余計なことを言ったと思ったが後の祭りだ。だが、それも一瞬の杞憂に終わる。

 

『ええよ』

「マナストーンから離れることになりますが……」

 

 ただでさえここには紅蓮の魔導士がいるのだ。ここを俺がずっと守ることは現実的ではないのだが、精霊からしたらそんなに簡単に離れられるものなのか疑問があったのだ。

 

『なんかいらん心配してるみたいやから説明したる』

「お願いします」

『素直なやっちゃな。あんなぁ、万が一マナストーンを解放できる魔導士がいたとして、その魔導士と争うことになった場合に考えられるのは良くて相討ちにできるかどうかってとこやな。ウチがやられたらそんときは打つ手なし、マナストーンは終わりや。でも逆にそれ以外の魔導士がいくら来ようと今代の魔導士程度じゃマナストーンを都合よく利用することなんてできないんよ。だからウチが居てもいなくてもあんまし変わらへんねん』

 

 なるほど。確かにそうかもしれない。マナストーンをどうにかできる連中は少なくとも精霊以上の力を持っていると考えればいいわけか。

 精霊を失い、あまつさえマナストーンをも解放されてしまうよりは、精霊だけでも力になってくれる方がありがたいのはたしかだ。

 

 もしかして、原作でもそんな意味があって精霊たちは協力したのだろうか。

 

「分かりました、ありがとうございますウンディーネ様」

『それと、そのかたっくるしい喋りもやめてくれへん?聞いてるだけで肩が凝ってくるわ』

「……分かった。気をつける」

 

 何というか、精霊というより人間のような気さえしてくる態度だ。

 まぁ、向こうがそう言うならわざわざへりくだる必要もない。こっちも一つ肩の荷が降りるってもんだ。

 

『そうそう。人間素直が一番やで』

 

 それを精霊のお前が言うか。

 

「あ、ってことは私、魔法が使えるようになるってこと、よね?」

 

 アンジェラが思い出したかのように呟く。

 

「なんか情報量多すぎて処理が追いついてないし、こいつが言ってた壮大な慈善事業にもぜーんぜん納得いってないけど‼︎でも、そういう話でいいのよね⁉︎」

『構わんで。加護は授けたる。ただ、こっから先はアンタ次第や』

「——」

 

 言葉もない。今にも飛び上がりそうなほどにアンジェラが嬉しさを全身で表現している。

 

「上等よ、きっかけがあるってことは、使える可能性がでてきたってことでしょ。立ち往生してる暇なんて、ないんだから‼︎」

『そうや、その意気やで。そらっ!』

 

 一瞬淡く青い光が満ちたかと思うと、俺とアンジェラに吸い込まれるように急速に光を失っていく。

 

 感覚で分かる。これは水のマナだ。

 

 それが分かると今度はまるで視界が開けたかのように、辺りに満ちた清らかなマナを全身で知覚する。

 

 透き通る冷たさの中にいるのに、どこか心地良い。

 

「なんかちょっと寒くなくなったかも?」

 

 アンジェラの発言と同じことを思っていた。

 これがマナを認識するということなんだろうか。

 

『ウチの加護なんやから、そのくらい朝飯前や。アンジェラもいいセンスやね、道のりはそう遠くなさそうや』

 

 それを聞いて、花が咲いたような笑みを浮かべるアンジェラ。今までの苦しみが報われる希望が見えてきたのだ。その喜びが理解できる分、俺も何故だか嬉しく思える。

 

「よろしくね、ウンディーネ!それじゃデュラン、さっさとアルテナに戻るわよ!」

「あぁ、そうだな。長居は無用だ」

 

 さて、ここからが問題だ。考えた通りに事が運べばよいが。

 

 

 

 

 

 









大体次の話の目処がついたら投稿してます。必殺技はレベル2までは貯めるタイプです。(何言ってんの
久しぶりの投稿にも関わらず温かい感想や評価をいただけて嬉しかったです。ありがとうございます。
書きたい話はいろいろありますが、亀更新です。どうか続く限りお付き合いくださいませ。。


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第二十三話 魔法を斬ってみる

エコーズオブマナでデュランとアンジェラ強化したら力尽きました。全凸は無理…









 氷壁の迷宮からの道のりは単純だ。来た道を戻る、これに尽きる。

 

 懸念は幾つかある。

 

 捜索隊の存在だ。今もアンジェラを探して、その捜索範囲を拡げているとなれば鉢合わせる可能性が高い。アンジェラが説得してくれるだろうが、それでも勝算は薄いと見ておくべきだ。

 

 国の姫を危険に晒したこともそうだし、正式な許可なく連れ回したのだ。魔法が使える見込みができたし、無事だから問題ない、とはならないと考えるべきだろう。

 

 だが、ホセなら精霊を味方につけたことを話せば説得できる可能性は高いとみている。

 

 このことについては、アルテナ上層部に話が及ぶことを避けたいのは言うまでもない。

 

 上層部に精霊に関しては伏せた上で、ホセの説得ができることが最上だ。そこまでことが運べば、アンジェラの無事を確保できたことになるだろう。

 その時点でひとまず俺は自分の身の安全の為にアルテナを即時離脱。一人フォルセナに戻ればいい。

 

 この場合、その後がどうなるか一番予想がつきにくいのが厄介なところか。

 無事にアンジェラが紅蓮の魔導士から逃げられるのか、という点では、干渉してしまった時点で原作とズレている可能性がある。

 

 原作通りならば、この先数ヶ月以内にアンジェラは女王からマナストーンへの生贄となることを宣言される。その際には彼女自身が混乱したことと命の危機に魔力が暴走し、テレポートすることで難を逃れることができていた。

 精霊の加護を得たことで、魔力の暴走がどのような形で発現するかが分からないことが心配だ。

 

 しかし、アルテナに俺の存在が露呈した場合の厄介さは、これとは比べものにならない。

 

 何せ、これから起こるマナの聖域への侵入を予見し、あまつさえ先に対策を立てようと動く者がいるかもしれないと悟られてしまう可能性があるからだ。

 

 計画がバレているはずがないと余裕を持って準備している奴らからすれば寝耳に水。警戒度を上げてくるだろうし、何より計画を早めるかもしれない。

 

 それは非常に困るわけだ。

 

 原作より早めに行動することが悪手になるのは避けたい。

 そうなると、どのような動きが一番いいか、とそんな話になってくるわけだが。

 

 実は、答えは最初から出ているわけで。

 

 ただそうなったときの理由が説明しにくいのが本音なわけよ。

 

 まあ、つまりあれだ。

 

 このままアンジェラを連れ去るという選択肢だ。

 

 アルテナに来てからずっと考えていたことではある。

 精霊を仲間にし、あわよくばアンジェラも魔法を覚えてそのまま仲間にしてしまう。

 

 理想的な流れだ。

 

 ただし、今の俺にはそれが正解だとはいい切れない。

 

 アンジェラは魔法を使えるようになって女王に認められたいのだ。まだ使えるわけではないが、時間が経てばそうなるだろう。それが彼女の一番の望みのはずだ。

 

 それを無下にしてまで、俺に付き合わせるってのはなんか違う気がする。

 俺自身は紅蓮の魔導士の傀儡となった女王から、アンジェラが何をしようと認められることはないと確信している。

 

 しかし、アンジェラにとってはそうではないし、それを説明するとなぜわかるのかと、そんな話になるはずだ。根拠が俺の原作知識、もといマナの女神様のお告げで通し切れるかは微妙なラインだと思われる。

 

 ただ、気持ちを度外視してもアンジェラの命を守るためなら、俺は遺恨を残すことになっても彼女を連れて行くだろう。

 

 今はまだ、その選択に至る決定的な部分が見えていないから、迷っているのだ。

 

「ねえ」

「ん、どうした?」

 

 不意に歩くことに集中していたアンジェラが話しかけてくる。周囲を警戒したり、足元の悪い雪道に気をつけて歩いたりで、あまり雑談などはしていなかったのだが。

 

「デュランは帰ったらどうするの?」

「帰ったらって、アルテナにか?」

「そうよ。他にどこがあるってのよ」

「今は絶賛お尋ねものだろうからな、アルテナには戻らないつもりだ」

 

 しん、と辺りが静かになる。ざくざくと雪を踏みしめて歩を進める音が一つ減った。

 アンジェラが足を止めたのだ。

 

「それなんだけどさ、考えたんだけどデュランは私に手を貸してくれたって話にすれば別に問題なくない?魔法はまだ使えないけど、きっかけは掴めたんだし」

「正当な王国からの依頼でもない、きっかけを掴んだといっても魔法を使えるようになったわけでもない。こんな長期間連れ回す理由になるか?」

 

 説得とは相手が納得できるかどうかだ。その点、アンジェラとの口約束程度では俺の身の安全は保証されないだろう。

 

「それにだな、きっかけを掴んだというが、実際に精霊に会った俺たちと違って、今まで生きていて精霊に出会ったことがない、精霊を御伽噺だと思っている連中にどうやって信じさせるつもりだ?」

「そりゃあ、あなたの言いたいことはもっともだけど……」

 

 だよな、それが分からないほど馬鹿じゃあないよな。

 

「魔法を使えるなら話は変わるが、今それを信じさせるのは難しい。それに精霊のことも本当に信頼できる者以外には伏せておきたいんだ」

「精霊を狙う人が出てくるから?」

「それもある」

「壮大な慈善事業に関わるわけね」

「……正解だ」

 

 特に紅蓮の魔導士の耳にはこの情報を入れたくない。精霊の存在自体は気付いているかもしれないが、まだマナストーンを守護している可能性が高いと思わせておきたいからな。

 

「だから、これ以上俺がアルテナにいるには命の危険を伴うわけだ。分かるよな?」

 

 それは確認のつもりだったのだが、アンジェラはそうは受け取らなかったらしい。

 

「じゃあ、私があなたを正式な護衛に任命するとか。わ、私としてはしょうがなくだけど!」

「……突拍子もないことだが、悪くはないかもしれないな。ただお咎めなしになるかは難しいだろう」

 

 この旅をホセが知っていて、それがどこまで話が広がっているかが問題だ。ホセで止まっていればアンジェラの提案で丸く収まる可能性は少なくない。

 ただ、王女の行方不明をそんな小事として捉えているかと言われれば、楽観的過ぎると思う。

 期間も一日二日ではないのだ。既に城内には知れ渡っていると考えるのが自然だろう。

 

「むー」

「すまんな、これでも最悪はいろいろと考えてるんだが——」

「そうじゃないわよ!このバカ!」

 

 ずんずんと効果音が聞こえてきそうなくらいペースを上げ、突然の罵声に唖然とした俺をアンジェラが追い抜いて行く。

 心なしか、頬が赤い気もしたがそんなに怒らせてしまったのだろうか。

 しかし、そんな提案をしてくれるくらいには良い関係になれたと思って良さそうだな。彼女なりに俺の身を案じてくれたことは嬉しい限りだ。

 

 

 

 

 

 それからも旅程は順調に進み、もうすぐエルランドとアルテナの岐路というところまで差し掛かったときだった。

 

 人の気配がして、足を止める。

 

「どうしたのよ」

 

 しっ、と口元に指を添えてまばらに乱立する木の影にアンジェラと隠れる。

 様子を伺うと明らかに誰かを探しているであろう様子のアルテナ兵が徐々に近づいてきていた。

 

 どうする?

 

 交渉か、逃げるか、判断に迷った。

 ホセが見えないことが、俺に交渉の選択を取らせるのをためらわせた。

 

「あれって、うちの兵じゃない」

「そうだ。どう出るかまだ決まっていない」

「ホセがいないから?」

 

 その通りだ。今までのアンジェラならそのまま大声で呼びかけていたところを、俺の判断に合わせて隠れてくれている。

 それなりの信頼関係は築けたのだな、と今考える意味がないことが頭をよぎった。

 

「ねぇ、あれってデュランと同じことやってない?」

「なんだって?」

 

 一人のアルテナ兵の周囲に風のマナが集まっていくのが感じられた。

 これは周辺探知の予兆——

 

 ほどなくして意識しなければ分からないようなぬるいそよ風が全身を撫でていく。

 なるほど、術者のレベルで感知される側も気付けるわけか。

 

「って、んな悠長に考えてる場合じゃない——」

「こっちに気付いたみたい……」

 

 こちらの存在に気付いた兵が集まってくる。アンジェラに伝えずとも見つかったことが分かったようだ。

 

「ねえ、どうする?」

「どうするもこうするもこうなったら交渉を仕掛けるしかない!」

 

 木の影から飛び出して両手をあげる。少しでも敵意がないことを示すためだ。隠れていたのが分かっている分、焼け石に水な可能性が高いが、このまま隠れているよりはマシだろう。

 

 兵士の数は四人。姿は見えないが、恐らくはもっといるだろう。周辺からそのうち集まってくる可能性が高い。ホセは見当たらない。どこかに拠点を設けて指揮をとっているのだろうか。

 

 ——さて、この状況どうなる?

 

 冷たい空気を思い切り吸い込み、よく通る声で呼びかける。

 

「アンジェラ王女は無事だ!私は王女の護衛として連れ添った旅の者である!私にあなたたちに敵対する意思はない!話を聞いてもらえないだろうか‼︎」

「私は元気よー!大丈夫だからー‼︎」

 

 俺の言葉を裏付けるようにアンジェラも木の影から姿を表して、飛び跳ねながら健在をアピールする。飛び跳ねるたびに別の部分の存在もアピールされてることはこの際考えないようにする。

 

 アルテナ兵の皆さんは風の探知魔法を使った術者を中心にひそひそと話した後、何も答えずにじりじりと距離を詰めてきた。

 

「おい、なんか様子がおかしくないか?」

「話しにくいから近づいてきてるだけでしょ?おーい、私は生きてまーす‼︎ぜーんぶこの護衛が守ってくれたのー!」

 

 どことなくアンジェラからほっとした雰囲気を感じとる。

 無理もない。命の危機に遭遇して、気が気じゃない日々が続いたのだ。自国の兵士に会えて安堵する気持ちもわかるし、ましてや人に会えたことで人間の支配地域に戻ってこれたと実感できたのであろう。

 

 そんな風に、どこか俺自身気を緩ませかけたときだった。

 

 おもむろにアルテナ兵が杖を掲げた。

 それと同時、不穏なマナの気配を感じとる。

 

「アンジェラ伏せろ‼︎」

 

 少し乱暴にアンジェラの頭を上から押さえつけ、姿勢を下げさせる。

 低い風の唸り声が頭のほんの少し上で炸裂し、後方の木々を切り裂いた。

 間に合わなかったらと思うと背筋が寒くなる威力だ。

 エアブラスト。風の下位魔法だろうと予測する。この世界では初めて見た。

 

「うそっ⁉︎」

「どうやら嘘じゃないらしい、走れ‼︎」

 

 攻撃の手は緩まない。地上から土と雪を巻き上げ、結晶状に固まった土杭が空中に乱舞し、俺とアンジェラに立て続けに迫る。

 

 ——これはダイヤミサイルか⁉︎

 

 一人が唱えた分じゃない、二人分はあるだろう量が俺たちが伏せていた場所を貫き、追随して走り抜けるすぐ後ろの雪や木々に突き刺さる。

 距離が離れていなければ走ったところで避け切れる速度ではなかった。

 

「なんであいつら私たちを狙ってるのよ!」

「んなこたぁ俺が一番知りたい‼︎」

 

 本当にどうなってる?

 

 俺だけが狙いなら分かるが、あまりにも雑過ぎる。万が一王女に当たったらとか、そんな迷いが一切感じられない。

 

 むしろ——

 

「待って!お願い、攻撃をやめて話を聞いて‼︎」

 

 魔法の雨が止むと同時にもう一度アルテナ兵に向き直って対話を試みるアンジェラ。両手を広げ、無防備に立ち尽くしている。

 

「ダメだ、アンジェラ!」

 

 振り返ったが、相手に止めるという選択がないことを悟る。

 攻撃の姿勢を緩める気がないことを見て理解する。奴らには敵意しかない、と。

 

「アイススマッシュ‼︎」

 

 敵の詠唱がはっきりと聞こえると同時に、氷塊がアンジェラに迫る。

 

 判断は反射的に行われた。

 

「——サンダーセイバー‼︎」

 

 加速を付与したスピードでアンジェラの前に躍り出る。巨大化し、眼前の景色いっぱいに広がる氷の塊を見据えた。

 

 斬れる、そんな予感とともに剣を迷いなく振り抜く。

 ジュッという熱いものが何かを焼くような音が響いたかと思えば、視界が急激に開かれた。

 

 重たい落下音とともに真っ二つに切り裂かれた氷塊が、俺の後ろに流れていく。

 

 アンジェラには掠りもしていない。

 

 魔法を斬った。可能かどうか分からなかったが、直感の行動は間違っていなかった。

 

 アンジェラが無事なことにほっとする間もなく、激情が腹の底から湧いてくる。

 

「なぜだ、なぜ彼女を狙う‼︎お前たちの目的は何だ⁉︎」

 

 知らず、張り上げた声は自分でも分かるくらいに震えていた。

 恐怖にではない、これは怒りだ。

 

 何に対しての?

 

 決まっているこんな事態を引き起こしてしまった自分の浅はかさに対してだ。

 

「抵抗するな。その女を大人しく引き渡してもらおうか」

 

 ……その女?

 

 風の探知を行ったアルテナ兵が応じた。あいつがリーダーらしい。

 こちらとはそれなりの距離をとっている。俺が斬るには少し遠く、向こうが魔法を一発は打てそうな絶妙な遠さだ。

 加えて相手は四人。倒すにしても四発分の魔法をどうにか掻い潜る必要がある。

 

 違和感を覚えながら、打開策を考える。相手の目的を探る。

 

「それなら何故魔法を放った?姫の身の安全を考えている者のやることではないだろう!」

「誰の身の安全だって?」

「だから姫の……」

 

 言いながら、嫌な予感がざわざわと背筋に奔る。

 今すぐにでも背を向けてこいつらから逃げた方がいいと、直感が告げた。

 が、それは叶わない。

 

「あははは!そいつはもう姫でも何でもない。反逆者だ!手足が欠けていようが死んでいようが、その身を連れ帰ればいいんだよ!」

「馬鹿な!誰がそんな指示を出した——」

 

 そう問いながら、かちりと歯車がハマる音がした。

 

 いるじゃないか、彼女の存在を生贄に差し出したいと思う者が。

 

 女王の後継者を都合よく排除しようと画策する者が。

 

「女王様以外にいるわけがないだろう!その女のあまりの出来損ないぶりにとうとう廃嫡を決意されたのだ‼︎」

 

 そんなわけがない。裏で動いている者がいるというのに、こいつらは何も分かっていない。

 いや、そういうことにしているのか?

 

「そんな、嘘よ……」

 

 アンジェラの呟きが力無くこぼれる。

 

「信じなくていい。女王がそんな命令を下すはずがない」

「残念だが事実だ!貴様もアルテナの王族であったのならば潔く出頭せよ。せめてその程度のことはできるだろう?」

 

 同調するように他の者たちが嘲るような笑い声をあげる。

 直接こんな罵倒を受けたのはきっと初めてなのだろう。見なくても、背中越しに小さく震えているのがわかる。

 

「大人しく来るのならば、そこの護衛の剣士は見逃してやろう!どうするのが賢いか、わかるな?」

「……デュラン、わたし」

「聞くな、アンジェラ。聞かなくていい」

  

 影では今のような、心を引き裂くような悪辣な言葉を投げつけられていたのだ。こんな環境の中で、それでもじっと耐えてきたのだ。

 

「女王様もこれで憂いを断てるであろう?貴様のような無能を自ら処分しようと言うのだから、よほど目障りだったのだよ」

「わたし、そんな、そんなつもり——」

「気がついていなかったのか?女王様の貴様を見る目。はっ、虫ケラを見ているようだったではないか!」

 

 一際笑いが大きくなる。

 

 それが、ひどく耳障りだ。

 

 もういい。これ以上は。

 

「生まれてくるべきではなかったんだよ!名君であられる理の女王唯一の汚点が‼︎」

 

 

「——いい加減黙れよ」

「……⁉︎」

 

 ああ——

 

 風が荒ぶっている。周囲のマナが激しく流動するのが見える。

 

「き、貴様、抵抗する気か⁉︎」

 

 違うか——

 

 その中でじっと耐えて耳を塞ぎ、小さな幼子のようにうずくまるアンジェラがいる。

 風が教えてくれる。

 

「セイバー魔法ができる程度でこの人数に勝てるわけがないだろう!揃いも揃って馬鹿な奴らだ」

 

 アンジェラが必死に感情を抑えつけている。

 

 これ以上傷ついてほしくないんだ——

 

「アンジェラ」

 

 振り向かない。きっと、彼女は弱さを見せたくないだろうから。

 

「この世に自分の子どもを憎む親なんていねえよ。それを俺が絶対に証明してやる。だから——」

 

 剣を握り込む。荒ぶる風が刃に収束し、紫電の輝きを纏わせていく。

 風が静かになるのに比例するように、あまりの感情の荒波で狭まっていた視界が急速にクリアになった。

 

「俺を信じてくれるか?」

 

 場違いだが、自分が思うよりも、穏やかで優しい声が出てきたことにちょっとだけ驚いた。

 

「デュラン……お願い、わたしを助けて」

「ああ、任せとけ」

 

 助けを求める声に力強く応えると同時、身体は羽根よりも軽く、踏み込みは雪を盛大に巻き上げる。

 当然、アンジェラに配慮した上での移動。

 

「ふん、愚策だな!まずはあの剣士から仕留めろ‼︎」

「ファイアボール!」

「「ダイヤミサイル‼︎」」

 

 あらかじめ準備していたのか。思ったよりも無能じゃないと判断。

 不意打ち気味の加速による一刀では厳しい。

 

 直線上に向かってくるファイアボールを横に跳んで回避。

 続け様に矢の如く降り注ぐダイヤミサイル。木々を足場にして縦横に跳躍する。ジグザグに立体的な軌道で空中を舞う。

 目標を見失ったダイヤミサイルは、木に突き刺さるか虚しく空に向かって飛び去っていく。今の速度は、奴ら程度じゃ追い切れないだろう。

 

 予定外の動きだったが、標的にもう一息の距離に迫る。

 

「こいつ獣人か⁉︎出し惜しむな‼︎」

「アイスッ——」

 

 この距離は俺の方が速い。

 

 狙いは先頭の術者。魔法発動前に杖を両断。

 

「——ぎゃあああ⁉︎」

 

 サンダーセイバーの副次効果か、感電したらしく無様に雪上に倒れ込む。

 続くはずだった詠唱は苦痛による叫びに変わり不発となった。

 

「切り替えろ、応戦する!はあああ‼︎」

 

 気合いをこめたつもりだろうか、接近戦となり魔法を諦めて杖による殴打を繰り出すアルテナ兵たち。

 

 そうか、その手は読んでいなかった——

 

「いや、それは悪手だろ」

「ぐがががが⁉︎」

「ぎっ——」

 

 言い終わる頃には杖を切り裂き、同じく感電させる。返す刃でついでにもう一人も同様に処理。

 

「剣しか能がない剣士に、接近戦なんて馬鹿か?」

「お前は一体、何なんだ、なぜ邪魔をする⁉︎」

 

「そんなの決まってんだろ。俺はあいつの騎士だからだよ」

 

 すっ、とまだ紫電を纏った剣をリーダー格の女の前に近づける。

 

「正直に話せ。アンジェラを消そうとしてんのは誰だ」

「だから女王様——ひぃい‼︎」

 

 サンダーセイバーの出力を上げる。眩いばかりに輝き、あと数センチでも近づければタダでは済まないことは誰の目にも明らかだった。

 

 

「二度はないぞ……死ぬか?」

 

 

 小さいが低く平坦な声は確かに届いたようだ。こちらの本気を汲み取り、目に涙を溜めて口を動かし始めた。

 

「ぐ、紅蓮の、紅蓮の魔導士様だ‼︎あの方が今回の命令を出したんだ‼︎」

 

 慌てたように口をついて出た言葉。

 やはり紅蓮の魔導士が裏で糸を引いていたか。

 だが、まだ情報が足りない。

 

「分かった。——お前を殺す」

「待ってくれ、嘘じゃない!本当だ、本当なんだ!魔導士様からの命令のあと、確かに戸惑うものもいた!だが、女王様からも直々に勅令が下ったんだ!頼む信じてくれ‼︎」

 

 真実かどうかカマをかけてみたが、どうやら嘘は言っていないようだ。もしもこの必死さが嘘だとするなら、騙されても仕方ないと思えるレベルだが。

 

「他にも何か俺たちに関わることで隠し事はないか?」

「た、他国の者と通じている、と。その者も——」

「殺せと?最初から生かす気はなかったわけだな」

「違う、そんなことは、ぎゃあああ‼︎」

 

 剣を軽く当て、気を失ったアルテナ兵から視線を外す。

 これ以上の問答は無用だ。一刻も早くアルテナから脱出をすべきだと確信も持てた。

 だが——

 

 消沈して冷たい雪の上に座り込んでいるアンジェラに声を掛ける。

 

「どうする?俺たちはお尋ね者になっちまったみたいだ」

「……」

 

 あえて軽い調子で言ってみたが反応はない。

 

「聞こえてたろ?最初にお前を殺すように命令したのは紅蓮の魔導士だ。大方、国を乗っ取ろうって腹積もりだろうが」

「ちょっと、黙って」

 

 氷のように冷たく重い言葉に、思わず息をのんだ。

 

「らしくなく早口ね。そんなにわたしに考える時間を与えたくないの?」

「いや、そんなことは」

「大丈夫よ、分かってる。お母様がわたしを切り捨てたがってたことなんて」

「それは違う」

「どう違うの?結局、紅蓮の魔導士のやり方に賛同しているのだから同じことよ」

「だから違うって‼︎」

 

 思わず出た大きな怒声にアンジェラが目を丸くしている。周辺にいるかもしれない敵の耳にも届いたかもしれないほどだ。

 まぁ、この声以前に先程の敵の絶叫の方が聞こえた可能性の方が高いかもしれないから今さらか。

 俺は少しだけ声のトーンを落とす。

 

「お前の母親はそんな人じゃない」

「会ったこともないくせに知ったようなこと言わないでよ‼︎」

 

 失言だ。その通り過ぎてぐうの音も出ない。だが言わずにはいられなかったのだ。

 今のアンジェラに女王が操られているなんて言ったところで信じてはもらえないだろう。だから、これ以上の問答は無理だ。

 

「——とにかく、他の兵に見つかる前にここを離れるぞ。まずはエルランドで情報収集だ。そこで何かわかるはず」

 

 確証がないことなど百も承知だ。ただこのままここに居ても悪い未来しか見えない。すぐに動かなくてはならないと状況がそう言っている。

 

「……行って。私に構わないで」

「何言って……」

「もう、いいの。なんか疲れちゃったみたい」

 

 一筋、アンジェラの瞳から大粒の涙が流れた。

 淡く今にも消えてしまいそうな微笑で続けた。

 

「あなたは関係ないもの。アルテナ兵から追われているのはわたしだから。わたしがここにいれば大丈夫。だから、ね?」

 

 アンジェラの存在が希薄になった気さえしてくる。溌剌としていて、太陽のような明るさはそこになかった。

 ただ、母親から見捨てられたと打ちひしがれる女の子が力無く座り込んでいる。

 

 その事実を認識して、またも俺は自分のアホさ加減に気付かされる。

 選択肢なんて初めから決まっていたのだと。

 

「そうだな、俺には関係ないことだ。だから勝手にさせてもらう」

 

 俺は言い捨てながら、アンジェラの腕をとり無理矢理引き上げる。

 

「……えっ?」

「行くぞ」

「だからわたしはここに——」

「うだうだ言ってんじゃねえ‼︎」

 

 関係ない?いや、大アリだ。

 

「いつものアンジェラだったらな、母親の顔面引っ叩きにいく場面だろ!なんでそんな命令下しやがったってな!それがなんだ?赤の他人から言われたこと鵜呑みにしやがって、馬鹿か!いいや、大馬鹿だな‼︎」

「ちょ、はぁ⁉︎なんであんたがキレてんのよ⁉︎」

「うるせえ!俺は怒ってんだよ‼︎」

 

 自分でも勢い任せで変なテンションになってる自覚はある。

 だがそんな悠長に慰めてやれる時間もなければ、俺にそんなスキルもない。

 俺にできるのはせいぜい思ってることをストレートに伝えることくらいだ。

 

「今会ったばっかの兵士の言葉と、この何日間か命懸けで旅してきた俺の言葉とどっちを信じてんだよ‼︎」

「——それはっ!でも‼︎」

「でももだってもねえ!ここに居て、あいつらに捕らえられたら母親に会えない可能性の方が高いだろうが!だったらここは一旦仕切り直して、チャンスを待つのが正解だ‼︎」

 

 ぐいっ、と強く腕を引いた。先程よりも力を込めたせいかアンジェラの足がもつれかける。

 

「ちょっと待って!いいからわたしのことは放っておいてよ!」

「放っておけるわけねえだろ‼︎」

「どうして⁉︎」

 

「最初に約束しただろ‼︎お前を守るってな!」

 

「そんなの守らなくたって」

「お前が勝手に心が折れたなら、それはお前の勝手だ。けどな、それで俺が折れるのは違うんだよ。お前は、俺を約束を違える騎士にさせたいのか?」

 

 まったく理屈になっていないことは分かっている。だが、アンジェラをどうこうするより、きっとこっちの方がこいつには効く。

 

「俺は一度誓ったことをなかったことになんてしない。お前が動かないなら、俺はここでお前を守る」

 

 少しの沈黙の後、アンジェラは小さくため息をこぼす。

 

「守る対象を脅す騎士なんて聞いたことないわ」

「まだ見習いなんでな」

 

 悪びれることなく返答すると、今度こそアンジェラは観念したらしい。表情をわずかに和らげてみせた。しかし、それもほんのわずかな間で、こちらを睨みつける。

 

「——勝手にしなさい。どうなっても知らないんだから」

「ああ、勝手にさせてもらうさ。さぁ、さっさと動くぞ」

「ほんっとにアンタって——」

「なんだよ?」

「何でもないわよ!バカ‼︎」

 

 少しはいつもの調子が戻ってきたみたいだな。

 強引かもしれないが、これがきっと今できる最善のはずだ。

 アンジェラもそれ以上は何も言わずにただ黙って歩き始めた。

 なんとしてもアルテナから脱出しなくては——

 

 

 

 

 

 

 

 エルランドまでの道中、アルテナ兵の姿を見かけたが、なんとかやり過ごしながら目的地に到着した。先ほどの戦闘を除けば順調とさえ言える。兵との遭遇が少なかったのは捜索網から外れていたからだろうか。何にせよラッキーだった。

 しかし、到着先のエルランドで問題が生じている。

 

「船が軒並み見張られてるな」

 

 船が停泊している周辺にはアルテナ兵の姿が多数。物陰からその様子をうかがっていた。どうやら船への乗り口で一人一人の人相を調べているらしい。

 さすがに出航停止にできるほどの事情ではないようだ。まだ紅蓮の魔導士の力もそこまでの強制力を持たないことが分かったのはプラスだろうか。

 しかし、乗船前のアルテナ兵による検問を乗り切らなければならないのは問題だ。今は船の検問だけだが、いずれエルランド全体まで捜索の手が伸びるだろう。だからここに滞在することも得策ではない。

 

「なんでこう毎回船の問題が起こるんだ……」

 

 街までの兵が少なかったのは、確実に逃げ道を塞ぐ術があったからだと気付く。

 大陸を渡る手段が船しかないためか、簡単に封鎖されてしまうのはこの世界の悪いところだ。早いところフラミーに出会えればこんな悩みもなくなるのだが。

 

 無いものねだりをしても仕方がない。どうするか——

 

「困っているようじゃな」

 

 まったく気配を感じさせずに声がかけられた。

 だが、驚きは少ない。

 

「……あんたはいったいどっちの味方だ?」

「ほっほ、ワシは最初から姫様の味方じゃ。それ以上でも以下でもない」

 

 相変わらず飄々とした様子で感情を読み取らせない。

 その言葉の意味を吟味する必要はなかった。

 

「ホセ‼︎」

「姫様、よくご無事で」

 

 何の警戒心もなくアンジェラがホセへと飛びついていったのだ。その姿は孫と祖父のようだ。

 

「もう俺のことは警戒しなくていいのか?」

 

 一度は対立している間柄だ。どうしても口調はきついものになってしまう。

 

「きっかけを作ったのは業腹じゃが、いずれこうなっていたことを考えれば、悪い選択をしたわけじゃないと思うたわい」

 

『いずれ』ということは、今回のような事態を推測をしていたということだろうか。

 咳払いしてホセは続ける。

 

「選んだのはワシではなかったがの」

 

 その眼は我が子を見るかのような優しさで満ちていた。

 ホセはここまでの事情を理解しているのだろう。

 そしてアンジェラのために己の危険を顧みず接触してきた。

 いつまでも小さなわだかまりを残しているわけにはいかない、か。

 

「今アルテナはどんな状況なんですか」

 

 口調を改めて、ホセに問う。

 予想通りと言うべき答えが返ってくる。

 アルテナ国内では王女が他国の者と通じ反乱を企てているという話が出ているようだ。

 アルテナ城内でその内容は半信半疑といったものが多かったが、女王の判断が決め手になったらしい。

 

 その話は、今のアンジェラにはきついだろうに、包み隠さずホセは言った。

 これ以上は今は聞かせたくない。そう思って口を開こうとしたときだ。

 

「しかし、ワシは女王様のご判断ではないと考えている」

 

 そんな俺の様子を止めるようにホセは続けた。

 

「紅蓮の魔導士、奴がどうにも裏で糸を引いているようじゃ」

「俺たちを襲ったアルテナ兵が、今回の件は紅蓮の魔導士が発端だったと言っていました」

「やはりそうか。しかし」

 

 ここで奴をどうにかできるなら……、一瞬そんな考えがよぎる。

 

「奴を追い詰めるための材料が足りんな。仮にアンジェラ様のお言葉を添えても、今は立場が悪過ぎるからの」

「そう、よね」

 

 アンジェラも肩を落とす。自分が母親から命を狙われているなど、信じたくないに決まっているからだ。

 そんなアンジェラとは裏腹にホセの眼には強い輝きが感じられた。

 その深い知性を以ってして、アンジェラの取るべき道を決する。

 

「姫様はこの者と国を出なされ。もとよりそのつもりだったからここにいるのでしょう?」

「うん、そうだけど……」

「しばらくは、この国に戻ってはなりませんぞ。ワシはここでできることをやってみます」

「そんな、それじゃホセが!」

「ほっほ、枯れても賢者と言われた身。女王様を正気に戻す術を探ってみます。それまでどうかご自愛くだされ」

「お母様は……」

 

 最後まで問いを発することなく、それ以上の言葉をアンジェラは飲み込んだ。

 

「分かった。頼りにしてるわよ、ホセ」

「任されました。そこの剣士、姫様を頼んだぞ」

 

 扱いが雑過ぎやしないかと思ったが、きっかけは俺だ。仕方ないかと嘆息する。

 

「最初からそのつもりです」

「では、船はこちらで用意しよう。伊達に長くは生きておらんでな」

「助かります」

 

 胸の内にあった心配ごとが片付き、安堵する。アンジェラも心なしか元気を取り戻したふうに見える。

 

 ホセから案内されるままにしばらく歩き、先ほどの港とは違う区画の船に乗り込む。人相の確認はホセの一声で形だけ行われたが、当然の如くスルーされた。

 

「言い忘れておりましたが」

 

 船に乗り込む直前、ホセから穏やかに声をかけられる。

 

「女王様は、毎日のように女神様に祈りを捧げているようでした」

「……」

 

 アンジェラは俯いている。再びの女王の話で何を語るというのか。

 

「そして、それは決まって娘が無力を嘆き泣いているときでしたな」

「何が言いたいっていうの?」

 

 静かに震える声でアンジェラが問う。

 

「あの方は、姫様。あなたのことを愛しているということです」

 

 その言葉を聞いて、俺は黙ったまま船に乗り込んだ。後ろのアンジェラの顔は見えない。

 

「ありがと、ホセ」

 

 小さな呟きがやけに胸に響く。

 

「剣士よ、頼んだぞ」

 

 その一言に込められた想いの強さが、ずしりと両肩にかかるようだった。

 

「ああ、任せてくれ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ぽちぽちと文を作っている間に時が進んでいました。
遅くなって申し訳ない。。
楽しんでいただければ幸いです

やっっっとアルテナ編終わりました。
ここまで付き合っていただき感謝です。ありがとうございました!

完結感出してますが、まだ続きます。アンジェラのキャラが多少賢い風になってる気がしますが、元気で魅力ある感じに活躍させてあげたいと思ってます。頑張ります(笑
少し早足になるかもですが、変わらず応援してもらえたら嬉しいです。(投稿が早まるとは言ってない)


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第五章 草原の国フォルセナ編
第二十四話 「えっ——あ、うん。覚えとく……」


 

 

 

 

 

 

 

 長い航海を終えて、マイアを経由した俺たちはようやく我が故郷フォルセナへと辿り着いた。

 

 さすがに海を越えてからは追手の心配をすることもなく、平穏な旅路だった。

 

 旅の間、相変わらず船上では修行に明け暮れ、水のマナをコントロールすることができるようになった。

 もっとも、あんなピンチが早々起こらないように立ち回るし、自分の力を過信などしない。

 なぜなら、未だあの数秒のうちにサハギンを全滅に追い込んだ剣技に達していないからだ。

 

 あのレベルに至るには、肉体から離れたマナですら剣に纏うのと同程度に扱うことができねばならない。それに純粋な肉体の強度を高めなければ、あの威力は出せないだろう。

 そう悠長に構えていられる時間がないだけに、自分の実力不足に不満しか湧いてこない。

 

 ただ、水のマナを使いこなす中で、マナの持続力、出力はかなり伸びたように感じている。マナの許容量が増えた、ということだろうか。今の状態ならサハギンが数十匹来たとしても何とかなる気がしている。

 加護を受けるごとに強くなっていくのかもしれない、という仮説もあるが、陛下や父さんが精霊の加護を受けたなどという話は聞いたことがない。

 

 これは推測だが、一人で闇雲に修行を積んだだけではこのスピードで強くなることはなかっただろうと思う。そこに少なからず加護が影響を与えているはずだ。だからこのまま順当に精霊から加護を得られれば、今以上に強くなれる可能性があると考えている。

 

 もっとも、使いこなすための修練は必要だろうが、その程度どうということはない。伸びしろがあるというだけで、この上ないモチベーションなのだ。むしろどこまで高みにいけるか楽しみですらある。

 高みに到達出来なかったときは破滅があるかもしれないプレッシャーもあるが、後悔しないように努力していく方針だ。

 

 

 一方のアンジェラの方は、未だに魔法が使えないままだ。本人なりにはいろいろと試行錯誤しているようだが、なかなかモノにならないらしい。

 何かきっかけが必要なのだろうか。原作では、精霊を仲間にした後のレベルアップで魔法を覚えたような記憶がある。純粋に戦闘経験が足りないのか、とアンジェラと考察したこともあったが、アルテナの魔法兵達はモンスターと戦って習得したわけではないと、一蹴されてしまった。

 

 実戦ではないとしたら、願う強さだろうか。しかし、それなら誰にも負けていないはずだ。

 それともやはり技術的な何かだろうか。俺自身は加護を受けてからリースと訓練を積んで習得できたわけだが、攻撃魔法はどうやっても使えていない。早々にセイバー魔法に絞ってしまったからというのはあるが、相性のようなものはあると思う。相性という点では、アンジェラが習得出来ないような特別な何かがあるとは思えないのだが……。

 

 と、考えるのはここまでだ。

 久しぶりの故郷の匂い、懐かしい街並みを感じながら、俺たちはフォルセナの城内へと入っていく。まずは、陛下の勅命に関する報告があるからだ。

 

「長い旅だったんだから、先に家族に会うのかと思ったのに」

「大事な手紙を預かっているんだ。まずはそっちが最優先なんだよ。国際問題になっちまったら目も当てられん」

 

 そう言って、懐にしまわれたローラント王国の国印のついた手紙を叩く。

 味方になってくれるかもしれない国と国交が絶えるなんて、マナの剣を狙う奴らにとって好都合なだけでこちらに得はない。

 

「こんな少しの時間の差で怒るほど、小さな器の国王じゃないでしょうに」

「おまっ!不敬だろうが!」

 

 慌ててアンジェラの口を塞ぐ。幸い、見回っている衛兵に見咎められることはなかった。

 確かにアンジェラの言うことも分かる。決して口にはしないが。だが、筋は通さねば落ち着かない。

 

「責任を果たすのが務めなんだよ」

 

 ふーん、とまるで興味のなさそうな反応が返ってきた。

 まぁいいさ。

 

 そうこうしている内に謁見の間まで来てしまった。久しぶり過ぎて、なぜだか緊張してきた。

 息を吸う、吸って吐く。

 

「ちょっと、早くしなさいよ」

「だーっ!あのなあ、お前には心の準備ってもんがないのか!」

「はぁ?なんで?」

「一国の王に会うってんだから少しくらい緊張しろ!」

「そういうものかしら」

 

 今まであまり表舞台に立たなかったからだろうか。それとも同じ王族だからだろうか。何の緊張も見せないアンジェラに対して、今日何回目か分からないため息をこぼす。

 

 謁見の間を守る守衛に一声かけて、扉を開けてもらう。重厚感のある音が、その先の王の偉大さを表現しているようだ。

 静かに王まで歩み寄り、首を垂れる。

 二年近く会っていなかったが、その姿は変わりなく威厳に満ち溢れている。

 そして、今だから分かる。陛下から立ち昇る圧倒的なマナの力強さを。

 

 そして、今だからこそ強さの根源を理解することができるし、俺の中で一つの確信を持つ。

 

 ——この人は間違いなく世界最強の一角である、と。

 

「陛下、ただいま戻りました」

「よく無事に戻ったな、デュランよ。……その者は?」

 

 ちらっと、アンジェラの方を陛下が確認する様子が伺えた。

 

「こちらはアルテナの王女です。訳あって私と行動を共にしています」

「お初にお目にかかります。紹介にありました通りアルテナの王女アンジェラと申します」

 

 ふわりと優雅に一礼する様はそれだけで絵になる美しさだ。さすがは王族だと内心で見直す。

 

「——まさか、理の女王の子か?」

「? ええ、母は女王です。英雄王の二つ名は我が国でも有名なほどです。陛下にお会いできて光栄ですわ」

 

 ですわ?

 聞き慣れない言葉に違和感をもつが、表情に出さないように意識する。

 

「噂は聞こえていたが……本当だったとはな」

「国交もありませんし、知らなくとも仕方のないことです」

 

 陛下らしからぬ、どこか煮え切らない反応だ。陛下の情報網でもアルテナの情勢を知り得ないなどあり得るのだろうか。だが、明確に敵対していなければ、積極的に関わろうともならないのかもしれない。アルテナは完全な雪国であるし、食糧の生産や鉱石を掘る山が充実したフォルセナと比較したら、魔法学問くらいしか交易の旨みがないからな。

 

 会話の切れ間とみて、疑問を横に置いて話を進めることにする。

 

「少し時間がかかりますが、彼女のことも含めて報告をさせていただきます」

「分かった、聞かせてくれ。お前の旅路を」

 

 そう前置くと、今までの旅の経緯を全て話す。ローラントから始まり、精霊の加護、アルテナでの暗殺未遂、アンジェラを保護していること。

 

 時折質問を挟むこともあれば、眉間に皺を寄せて考え込む場面もあった。

 精霊の加護については、聞いたことはないということだった。何か強くなる手掛かりになるかと思ったが、英雄王の知識にもないとなると、フェアリーに尋ねるのも期待は薄いな。

 

 しかし、加護がなくても自力で強くなることは可能だということは分かった。そして、陛下や父さんの強さは常人では考えられないものだということも。

 

 陛下が特に反応したのは、アルテナの情勢についてだ。終始険しい顔つきで、何を考えているかは読み取れなかった。

 

「ふむ、ご苦労であった。して、アンジェラ殿下。自身の身の振り方は考えているのか?」

「わたしは……」

 

 突然、今まで蚊帳の外であったアンジェラに水を向けられ、言葉に詰まったようだ。困ったようにこちらを見ている。

 仕方ない。

 

「恐れながら陛下、我が国で保護することは可能でしょうか」

「可能か、不可能かで言えば可能だ」

 

 何だろう、陛下にしては歯切れが悪い。

 

「だが、それは明確にアルテナと敵対する道を選ぶということ。それほどの価値があると、そう考えているのか?」

 

 戦火に巻き込まれて困るのは国民達だ。俺の意思一つで、そこまでの重い決定はできない。

 

「それは——」

「その価値を連れてきたお前が証明できないのであれば、保護する価値はないであろう。が、長く滞在しないのであれば、軽々しく我が国に攻め入る口実にはなるまい。しばらくは骨身を休め、自分の身の振り方を決めることだ」

「しかし陛下」

「他に報告はないのか?」

 

 有無を言わせぬとはこのことだろう。俺はこの件でこれ以上の話をすることをやめた。どの道、フォルセナに保護して欲しいというよりは、後ろ盾になってもらえればという程度で持ちかけた話ということもある。

 アンジェラには、このまま旅に同行してもらいたいしな。ただ、アンジェラ自身がそれを望まなかった場合の選択肢が欲しかったというだけだ。とりあえず、現状アンジェラがどうするかは、一緒に考えてやればいい。

 

 最後にこれは本命だ。

 

「最後に、大事な報告があります。アンジェラ、いったん出ていてくれるか?」

「分かりました。それでは陛下」

「退室を許す。何かあれば、こやつを頼れ。こう見えて、何でもそつなくこなす男だ」

「存じ上げております。ただ」

「ただ?」

「女性の扱いだけは、合格とはいい難いですが」

 

 おい、余計なこと言うんじゃねえ!

 

「ふははは!そうかそうか、なかなかよく分かっているようだな。しばらくはよく手ほどきをして男を磨いてやってくれ!また会おう、アンジェラよ」

「はい、お任せください。それでは、失礼いたします」

 

 特に気にした風もなくアンジェラが退室していく。元々分をわきまえているし、聞かせられない話があることくらい察したからだろう。

 最後のは本当に余計だったが、陛下が笑ってくれたから良しとしておこう。良くないけど。

 

「良い信頼関係を築けているようだな」

「そう見えたのであれば、陛下の中では女性の扱いは合格をいただけると?」

「お前は余の価値観で合格を貰えたら満足するような、そんな小さな器ではあるまい?」

「それを言われては、返す言葉もございません」

「くくっ、励めよデュラン。それで、あやつを外してまでのこと、余程の内容であろう。申してみよ」

 

 頭を切り替える。アンジェラのおかげで少し和んだが、そんな空気のまま話せる内容ではないからだ。

 そんな俺の雰囲気を読んでか、陛下も笑っていた口元を引き締め、鋭い眼光でこちらを見つめている。

 

「アルテナ国、零下の雪原で父に会いました」

「それは真か!」

 

 椅子から思いきり立ち上がり、大声を出した陛下に驚く。

 これほど取り乱した陛下は初めて見た。

 

「すまぬ。余としたことが。それで、ロキは?」

「私のことをデュランだと認識していたようでした。しかし」

「……神託の通りになってしまった、と」

「はい。私の命の危機を救ってくれましたが、漆黒の鎧に身を包んだ父は姿を消しました。このことから、恐らく竜帝は復活している可能性が高いかと」

 

 そこまで話すと、陛下がどかっと勢いよく椅子に体を預け、天を仰いだ。

 

「分かった。竜帝の動向だが、今は警戒以上のことはできない。無闇に復活の前兆を仄めかすことは、世の混乱を招くからだ。だが、何か情報が入ればすぐに伝えよう。お前も何かあれば、報告をするように」

「御意」

「辛い思いをさせてすまない。余があのとき……いや、やめておこう」

 

 何を言いかけたのかは気になったが、陛下が言わないのならば詮索無用だ。

 

「報告は以上です」

「うむ、ご苦労。次に会うのは剣術大会だな、当然出場するのであろう?」

 

 そうだ、もう一つ大事なことを伝えないとだった。

 

 女神からの神託として、剣術大会の日の夜、アルテナの紅蓮の魔導士が城に侵入し、夜間警備の兵を残らず焼き殺すかもしれないこと。

 それに備えて城内の警備を手厚くすることを進言した。

 

「デュランよ、それはやはり確定した未来なのか?」

 

 ロキ以来の死を予告した話だからか、陛下は動揺されているみたいだ。

 俺は自分の手を見つめる。以前は何もできない小さな手だった。だが、今なら。

 顔を上げて、陛下に真っ直ぐ向き直る。

 

「いいえ、陛下。この未来を変えるために、神託を授けられたのだと、そう考えています」

 

 今度こそ自分の力で変えてみせるさ。原作のようになんてならない、誰も死なせない結末を掴んでやる。

 

「……そうか、あのときとは状況も違うしな。来ると分かっていれば、やりようはある。対策はこちらに任せて、お前はひとまず休め、そして大会に備えよ。表彰式で会うのを楽しみにしているぞ」

「はい。ご期待に添えるよう、全力を尽くします‼︎」

 

 少しでも陛下を安心させたくて、俺は気合いを入れて返事をした。

 そんな気持ちが伝わったのか、陛下の表情が和らいだ気がする。

 

「今後については、大会後にまた時間を作る。そこで、お前の考えを聞かせよ。それまで何か不自由があれば、城の者に何でも言うがいい。可能な限り手を尽くす」

「はっ!ありがとうございます、陛下」

 

 

 

 

 

 城を出て、実家に向けて歩み始める。

 

 アンジェラの対応についてだけ、普段の陛下らしからぬ態度に違和感があった。

 やはり、他国の姫だ。外交的に戦争のきっかけとなるという判断に間違いはないが、それ以外にも何か引っかかる。

 それが何なのかは分からないが。最後には少し打ち解けたように思えたのが幸いか。

 

 にしても、アンジェラのブレないメンタルは尊敬に値する。あのくらいのやりとりは王族、貴族の中では当たり前なんだろうか。陛下も笑ってたし。

 

「ねえ」

「なんだ?」

 

 考え事ばかりで城を出てから無言で歩いていたことに気付く。

 

「私は今日の宿をどうすればいいわけ?まさか、案内もせずにその辺で野宿させるわけじゃないわよね」

「あー、そうだな……」

 

 ご機嫌はよろしくないらしい。

 それもそうか、アンジェラからしたら国から出て行け、厄介事を持ち込むなと言われたに等しい。その上見知らぬ土地でもうすぐ陽が落ちるのに宿もないのでは、ナーバスにもなるだろう。

 

 しかし、自分の実家で寝泊まりするのが当たり前の故郷で、懇意にしている宿などあるわけがない。

 その辺の宿を適当にとることはできるが——

 

 まじまじとアンジェラを見つめる。

 

「な、何よ」

 

 旅の途中、どこにいてもアンジェラの存在は目立っていた。俺が側にいることで不逞の輩に絡まれることはほとんどなかったが、これが一人になるとするとどうだろうか。

 

 これだけの美女だ。魔が差して普段ならば犯さないであろう過ちをしてしまう者もいるかもしれない。

 

 一人にすれば余計な問題が生じるだろうことは予想される。

 

 というわけで、特に悩むこともなく結論へと行き着く。アンジェラを一人にはできない。

 

 なら今まで通り、一緒に行動すればいい話だが、俺は久しぶりに実家へ帰りたい。

 路銀は長旅の報酬としてそのまま受け取っているが、無駄にしていいわけではないし、宿に泊まるのはよろしくないだろう。

 

 ってことは、必然的に実家にお誘いすることになるわけだが。

 だが、待てよ。このあとの展開は、さすがの俺でも想像がつくぞ。

 

 長旅からふらっと帰ってきて、こんな美女を泊めるってなったら家族はどんな反応をする?

 

 まあ、ホークなにがし風に言えば、いい関係ってやつに勘違いするのは間違い無いだろう。

 

 俺は誤解されようと気にならないが、果たしてアンジェラがそんな屈辱に耐えられるのかが問題だ。

 シュミレーションしてみよう。

 

『誰がこんな奴と‼︎』べチーン(ビンタ)。

 

 もしくは。

 

『誰がこんな奴と‼︎』バゴーン(殴打)。

 

 あれ、なんで俺悪くないのに殴られてんだ(白目)

 

「さっきから一人で面白い顔してるけど大丈夫?」

「全然平気だが何のことだ?」

 

 すぐさまキリッと顔面を引き締める。

 どうやら表情に出ちまったらしい。こんな情けない考えを読まれるわけにはいかん。

 

「ははーん、もしかして」

 

 えっ、俺声にも出してた?

 

 スキップで俺の前に回り込んだアンジェラが、得意げな顔で尋ねてくる。

 

「あんたが何を悩んでるか当ててあげようか?」

 

 手を後ろ手に組んでこちらを覗き込んだからか、揺れる豊かなものに自然と視線が吸い寄せられそうになる。

 本人はまったく気付いていないだろうが、意志の力で俺は強引に目線を上げた。

 

 段々とこういった素振りにも見慣れたつもりだったが、上目遣いプラス不意打ちのコンボにどきりと心臓が跳ねたのを自覚する。

 

 絶対分かっててやってるよな、あざとい!

 

「いや、聞きたくはない」

「こんな美女が一人で宿を取るなんて危険すぎる、俺が守ってやらないと!って思ったんでしょ?」

 

 そっちか。まぁ、俺の心配の方が斜め上過ぎた感はある。

 アンジェラの言う推測もなくはないが、全部を肯定するのはなんだか負けた気がするわけで。

 

「……半分は当たってるな」

「あら?半分当たったなら上等ねー。その通りって言えないところはマイナスだけど」

「世の男が染めなくてもいい犯罪に手を出してしまわないか心配してただけだっての」

「じゃあ私が美女だって部分は認めてるってことね?」

 

 片手を口に添えながら、にやりと擬音がつきそうな笑みを浮かべるアンジェラ。やっぱり素直に認めたくない。

 

「さあな」

「素直じゃないのね。でもどうせならもう半分の方が良かったかな……なんてね!」

 

 これまた予想外の言葉でアンジェラを直視できない。自分が可愛いことが分かっての態度なのが、また腹が立つポイントだ。

 しかし、先ほどとは一転して機嫌は直ったようだ。

 ごほん、と咳払いをして話を進めることにする。

 

「俺は実家に帰る。客間があるからアンジェラも泊まるか?宿代も浮くしな」

「あのねぇ、誘い文句にしてももっと気の利いたセリフが言えないものかしらね」

「一人でいるよりは楽しいんじゃないか?」

「なんで疑問系なのよ」

「一人の方が好きだって人間もいるからな。まぁそれでも断りたいってなら、どっかの宿を紹介してもいい。実家の方が安全だし、万が一にも対処しやすいからおすすめだぞ」

 

 あとは飯もうまいし、可愛い妹のおまけ付きなんだが、余計な事言って後から変に家族に吹き込まれるのは恥ずかしいからやめておく。

 一方のアンジェラは、少し迷っている様子だ。なんだかんだ言いながら決めかねているらしい。

 

「で、どうする?もちろん宿代はとらないし、三食昼寝付きでいいぞ」

「そんなとこ心配してないし!……その、万が一があったとき、あんたは後悔しないわけ?」

 

 ん?ああ、そうか。

 俺の家族を心配してくれてるのか。

 

 言われてみれば、フォルセナに来たから100%安全だとはならないわけだし、アンジェラの心配は当然と言える。

 だが、アンジェラを一人にさせたくないってのが、俺の考えだ。決めた路線は譲らない。

 

「情けないところを見せたこともあったが、俺の強さも知ってんだろ。気にせず来いよ」

「別に情けなくなんて……でも、分かったわ。せっかくだから、あんたの家族にも会ってみたいし」

「あ?そりゃどうしてだ?」

「さあ、なんででしょうね?」

 

 ふふ、と薄く笑うアンジェラは、どこか楽しみな様子が見てとれる。

 変に気が回るところがあるからな。楽な気持ちで休めればそれでいい。それから、訂正が一個。

 

「あとさっきのもう半分の話だけどな、おまえのこと守ってやらないと、なんてのは常に意識にあることなんだよ。だから守るか、守らないか、なんていちいち悩むようなことじゃないから。そこんとこよく覚えとけよ」

「えっ——あ、うん。覚えとく……」

 

 頷いたかと思うと、目線を逸らして艶のある紫紺の髪をくるくると指先でいじるアンジェラ。

 あれ、なんか思ってた反応と違う。しかし、言っとかないと、また変なとこで意地張って命懸けられても困るしな。普段から刷り込んでおかねば。

 

 にしてもこれは、照れているのだろうか?

 

「な、何よ、まだなんかあるわけ?」

「あー、いや、もしかして、照れてんのかなーって」

「はあ⁉︎んなわけないでしょ!変なこと言ってんじゃないわよ!」

 

 おっと失言だったかな。

 アンジェラはというと、言うや否や顔を伏せると、スタスタと早足で先行していく。

 

「なあ、場所分かんのか?」

「ッ!分かんないわよ!ちゃんとエスコートしなさいよね、この……‼︎」

「この?」

「何でもないわよ!バカ‼︎」

 

 えー、そんな理不尽な。

 変に揚げ足を取るようなことを言ってしまったせいか、アンジェラは頬を赤く染めて怒っている様子だ。

 どうも俺は女性の気持ちを汲み取るのが苦手らしい。まぁ、今更だけど、合格をもらうまでの道のりは遠そうだな。

 

 彼女に歩く速さを合わせて、改めて肩を並べながら俺の実家に向かう。

 何故だか少し、先ほどより帰るのが楽しみな自分がいた。

 

 

 

 このときは、まさかあんな事が起きるなんて、想像すらしていなかった——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




新章開始しました。
お久しぶりです。年内に投稿できて良かった。
やっとこさスタート位置なんですが。遅筆で申し訳ない。
早く仲間そろえー!って皆さん思ってますよね、ええ、作者も気持ちは同じです笑
頑張ります、きっと来年の作者が(白目)

お気に入り、評価、感想等ありがとうございます。読み返してモチベーションになってます笑
いつも読んでいただきありがとうございます!


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第二十五話 ああ、後悔はない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、ふ——」

 

 ほんのりと月明かりの差した部屋に、妖艶な囁きがしんと静まった部屋に響く。

 

 おい、待て。俺の手のサイズは、同年代と比べてかなり大きい方なんだぞ。だというのに、こいつはそんな俺の手が小さく感じちまうほどのボリューム、明らかに手の平に収まりきっていない。

 薄い触り心地の良い布越しからでもはっきりと分かる。

 そっと握るだけで形を変えながら、けれども手の平に吸い付くかのような柔らかさ。俺の手が脳からの離せという指令を拒絶していやがる。

 

 こんな、こんなものがこの世にあるなんて——

 

「ん、デュラン?どうしたの?」

 

 甘くとろけたようなアンジェラの声。

 

 ——ああ、後悔なんてない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は実家に到着したときに遡る。

 

 屋敷、というには少々小さいが、一般家庭よりはやや大きい二階建ての家屋が我が実家である。黄金の騎士の住まう場所にしては、謙虚だとか、欲がないとはよく近所で耳にした。

 しかし、雰囲気だけはあるようで、踏み入るには多少気合いを入れないといけない趣らしく、旅でいろいろな建物を見てきた今の感覚からすると、十分と立派な作りだと思う。どこか温かみを感じるのは、これが実家だからだろうか。

 そこに住むのは、俺、妹のウェンディ、そして、母のシモーヌだ。原作の母は亡くなってしまうはずだったところを、原作知識と必殺女神の神託により、その命を救うことができた。

 

 俺のわずかな、されど誇らしいあがきの一つだ。

 

 玄関に立つ。Jの字を逆さにしたような木の棒に吊り下げられた呼び鈴を鳴らそうとして一瞬ためらった。

 自分の実家なのに、そんなよそよそしくてはおかしいかと思い直して、そのままドアを開けることにする。

 

「へー、あんたの家、なかなか立派じゃない」

 

 と、急にアンジェラが感想を漏らす。俺は伸ばした手を引っ込めて後ろのアンジェラへと振り返る。

 

「お前な、城に住んでるやつが何言ってんだ」

「あら?今のわたしは旅芸人のアンなんでしょ?」

「そりゃ、さっきそう決めたが……」

 

 アンジェラの身分が一国の姫であると告げれば、俺が家族にどんなに普通に接してくれと言っても難しいだろうことは容易に想像できた。それ故に、俺の家族が無用な心配や気遣いをしないようにということと、しばらく滞在する上で、どのような人物なのかひた隠しにすることは怪しい、など様々な理由で偽名とその生い立ちの設定を決めた。

 旅芸人というのは本人の申し出だ。確かにこの容姿であれば、その肩書きは吟遊詩人でも踊り子でも違和感はない。多少目立ってしまうのは織り込み済みで、隠して噂が一人歩きしてしまうことの方が恐ろしい。旅芸人と言っておけば、踊りでも歌でも多少形になればどうとでも言い訳ができるだろうしな。

 それに市井の情報拡散力は、前世のネットにも匹敵するかもしれない。それは主に井戸端で生活仕事を行う女性達であったり、儲け話に目をぎらつかせる商人達であったりなど、様々あるが、俺は決して侮らない。

 そして、俺が容易くアルテナに潜入できたようにアルテナ兵がすでに紛れているとしたら——その線もなくはないのだ。警戒することは悪いことにはならないだろう。

 

「ふふ、分かれば良し!」

 

 屈託のない笑顔だ。まぁ、機嫌が悪いよりは百倍マシだろう。

 ふぅ、と息を吐いて気合いを入れ直した。

 俺はドアノブに手を掛け、ゆっくりと開け放つ。

 

「ただい——」

 

 扉の影から小柄な少女が飛びついてくる。全体重ののった鳩尾への体当たりだ。俺の意識はそんなとっさの攻撃に悪意がないことを読み取って、飛びついてきた者の勢いを共に回転する事でいなす。

 

「……ただいま、ウェンディ」

「おかえり、お兄ちゃん‼︎」

「あのなぁ、訪問者にこんなことしたら危ないからやめとけよ」

 

 俺だったから良かったものの、間違いなく転倒させるくらいのスピードだったわけだし。

 というか、玄関で待機してたのか?

 怪訝な顔をした俺の様子を察してか、ウェンディが訳を補足する。

 

「お兄ちゃんが帰ってきたって、知ってたから、大丈夫!この時間にウチを訪ねてくるなんて、お兄ちゃんか危ない人くらいだから!」

 

 いやいや、危ない人に突っ込むなよ。

 妹の無鉄砲さが兄として心配になるわ。

 

「言いたいことはいろいろあるが、とりあえず俺が来るってのはどうやって知ったんだ?伝言だって急いでたから頼んでないってのに」

「お昼くらいに近所のおばさん達が教えてくれたんだよ!城に向かって行くお兄ちゃんと、美人なお姉さんがいたって」

 

 おおう。やっぱり近所の目は侮れん。しかしもう根も葉もないゴシップが流れまくっているかもしれないと。そういうことですね。

 

「とにかく、中でお母さんとステラ伯母さんも待ってるから早く行こ!後ろの——」

 

 急に言葉につまった妹の顔を見る。

 フリーズとはまさにこの状態のことを言うのだろう。口をぽかんと開けたまま、アンジェラに魅入っている。

 

「ウェンディ?」

「あ、うん、後ろの綺麗なお姉さんも、どうぞこちらへ」

「ありがと、ウェンディちゃん」

 

 なんだかぎこちないウェンディ。まぁ、その気持ちはよく分かる。少女にすらこんな反応されるくらいなんだ。やはり一人にしなくて正解だったろう。

 奥の居間まで進んでいくと、玄関を開けてすぐから香っていた食欲をそそる肉の焼けた匂いが強くなった。

 

 部屋には、大きな長方形のテーブルに所狭しと胃袋を刺激する料理が並べられていた。そして、母シモーヌと伯母ステラが料理を前に穏やかな表情で座っていた。

 ふと、旅立つ前の会話を思い出す。帰ってきたら、母さんの料理を食べたいと言ったんだった。見れば、どれも俺が好きなものばかり。

 俺が帰って来ると聞いたのが昼だと言うなら、どれだけ急いで支度をしたのだろうか。ステラ伯母さんは助っ人だったのかもしれない。

 胸の内にじわりとあたたかいものが広がっていく。

 

 帰ってきたんだ、俺は。

 全てが終わったわけではないけれど、ここからが始まりだというのに、俺は今無性に幸せを感じてしまっている。

 

「おかえりなさい、デュラン」

「ただいま、母さん……その広げた腕は何?」

「あら。二年振りの我が子との再会だもの。抱きしめた方が感動的でしょう?」

「客人の前だし、第一座ってる状態でどうしようってんだ?」

「それもそうね。そんなことより、後ろのお客様を紹介してもらえないかしら?」

 

 そんなことよりで流される親子の感動の再会。別に抱き締めて欲しいわけじゃないからいいけど。このくらいの方が今はちょうどいい。変にしんみりするのもらしくないしな。

 それに、久しぶりのどこかピントのずれた会話もなんだか懐かしくて嬉しく感じてしまう。

 

「こっちは旅芸人のアン。訳あって一緒に旅することになったんだが、路銀もあまり多くないから、しばらくうちに泊めたいんだけどいいかな?」

 

 すっ、と後ろに控えていたアンジェラが前に出てくる。流れるような所作で礼をすると、胸に手を当てて微笑んだ。

 

「旅芸人のアンといいます。デュランには危ないところを助けてもらった縁で、護衛を兼ねてもらいながら一緒に旅をしてきました」

「そう、大変なのね。部屋はあるから好きなだけ泊まっていっていいのよ。あ、私はこの子の母のシモーヌ。こっちは私の姉のステラで、今日はお祝いのために来てくれたの。それでそこのおチビちゃんがウェンディ、デュランの妹よ」

 

 シモーヌの紹介からステラが話し始める。

 

「私は普段はこちらにいないのだけれど、今日は手伝いと久しぶりに甥に会いに来たの。よろしくね、アン」

「やっぱり手伝いに来てくれたんだね、ありがとうステラさん」

「お礼は私じゃないでしょ?シモーヌがね、デュランが帰ってきたから手伝って!って大騒ぎでねー。ウェンディと3人で必死だったんだから」

「お兄ちゃん、あたしの自慢の一品、ちゃんと味わって食べてよね!」

「どれだけ大変だったかなんて想像つくよ。母さん、ウェンディ、ありがとう」

「もう、いいのよそんなこと!相変わらず真面目なんだから!さ、美味しいうちにどんどん食べ始めましょ!」

「ああ、いただきます!」

 

 そんな平凡なやりとりで始まったささやかな祝い。穏やかな雰囲気で食事が進んでいく。

 久しぶりの母の手料理に、手も口もずっと稼働しっぱなしである。ふと大事な客人であるアンジェラはどうかとチラッと窺うと、上品にナイフとフォークで音を立てずに食べている。

 食事をする様子から気品というか、優美さが滲み出ているのだが、もう少し出自を隠す努力をしてほしいものだ。

 

 そんなこちらの考えに気付いたのか、アンジェラとぱちりと目が合った。

 一瞬考えるそぶりを見せて、何を思ったか何故かウィンクが飛んでくる。

 楽しんでいる、という意味だろうか。まぁ、平常運転のようだし気にせず食事を続けよう。というか、そのウィンクにどう返せと?

 

 そう思い、口一杯に肉を頬張った瞬間だった。

 

「で、二人はいつ夫婦になるのかしら?」

「ぶっ!ごほっ、ごほっ!」

 

 突然の母から放り込まれた爆弾に食事を開始していた俺は対応不可能な不意打ちを受ける。

 

 いきなり何言ってんだ!

 

「違ったのかしら?あっ、もしかしてこれからだった?」

 

 てへっ、と舌を出そうが誤魔化されんぞ。

 

「アンとはそういう関係じゃないから。変なこと言わないでくれ」

「変なことなんて言ってないわよー。自然なことよ、自然なこと。だって男女が二人で旅をするなんてロマンチックじゃない!そこに何もないだなんて、そんなのつまらないもの。ね、ステラ?」

「諦めなさいデュラン。あなたがシモーヌの好奇心に火をつけたんだからね」

 

 ステラさん諦め早すぎ。ため息吐きながらちょっと笑ってるの、ちゃんと見えてますからね?

 にしても、変な誤解は解いておかないと。アンジェラから後で何を言われるか……。

 

「母さんがつまらないとか楽しいとかはどうでもいいし」

「可愛い息子が連れてきた美人さんだもの、何にもないわけがないじゃない!」

「そんな信頼はいらないから!」

「その焦りよう、ますます怪しい」

 

 この人一切聞く気ないやんけ。

 

「本当に女の私ですらうっとりするくらいの美人だもんねー……ははーん、さてはアンちゃんはどっかのお姫様で、二人で愛の逃避行の末ここまでたどり着いたとか?どう?これ面白くない?」

 

 その通りなんですけどちょっと黙ってもらえませんかね?(白目)

 なお、そこに愛はない模様。

 

「もうお母さん、お兄ちゃんがこんな綺麗な人から好かれるわけないんだから、お兄ちゃんに変な希望持たせたらかわいそうでしょ。ごめんなさいアンさん。お母さんお酒の飲み過ぎよ」

「私一滴も飲んでないけどね」

 

 むしろ飲んでないのかよ。飲まずにこのテンションでぶっ込んできたのかよ。ってかウェンディのツッコミに俺は泣いた方がいいのだろうか。

 

「お兄ちゃんにお嫁さんはまだ早いんだから」

「ふーん?そうやってウェンディはお兄ちゃんを独り占めしようって魂胆なわけかー。はー、嬉しい限りね、デュラン」

「はあー⁈何言っちゃってんの、お客さんの前で適当なこと言わないでよね!お母さんだって今日お兄ちゃんが連れてくる女の子を見極めるって息巻いてたじゃない!」

「あ、あー!それ言う?それ言っちゃうのウェンディ⁉︎だったらこっちだってあのこと言わせてもらうわ——」

 

 ギンッと思わぬ方向から飛んできた殺気に汗が流れる。

 言い合いになりかけた二人の顔がギギギとステラさんに向く。

 

「二人とも、お客様の前よ。いい加減にしなさいね?」

「「は、はい」」

 

 これが闇のマナかと思う何かが、ステラさんの背後から湧き出ている。

 俺は何も悪くないのに、冷や汗が止まらん。

 

「デュランの家族って、みんなあなたに似て個性的ね」

「おまっ!これを似てると言って一括りにする気か⁉︎」

「自分じゃ案外気付かないものよね。ね、ステラさん」

「あら、話がわかるわね。あなたも苦労してるのねー」

「私なんてまだまだですよー」

 

 なんか意気投合してるんですけどー。

 アンジェラが家族内ヒエラルキーを的確に把握してて、しかもなんかいい感じに会話始まっちゃったんだけどー。

 

 

 

 飯、食うか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりの実家のご飯を十分に堪能して、リラックスモード。妹も母も反省したのか、あれ以降は大人しく食事をしながら、雑談に興じていた。

 女三人集まれば、とは言うが、四人で話していて話題が尽きないのかと思うほどだ。

 ときおり振られる会話に適当に返しながらも、少し眠気を感じ始めていた。

 勝手知ったる我が家。先に部屋を出て風呂を済ませると、後は流れで寝ると伝えたら自分の部屋へ。今はもうベッドの上だ。

 今日は陛下との謁見やら、アンジェラの紹介やらで気疲れしたのだろう。横になると疲労でまぶたが重くなってきた。

 そういえば、旅に出る前はよくウェンディと寝てたっけな。

 今はもう一人で寝ることに慣れただろうし、一緒に寝たいとは言い出さないだろうが。

 

 ——と、ドアからノックの音が響く。

 

「あの、お兄ちゃん?寝ちゃった?」

 

 返事を待たずにウェンディがドアの隙間から顔を覗かせる。

 

「寝る寸前だった。どうかしたか?」

 

 何かあるとしたらアンジェラだろうが、先ほどの様子を見るに上手く打ち解けたと思っていたが、なんだろうか。

 

「その……あのさ」

「ん?」

 

 もじもじとしていてなかなか言い出さない。どうやらアンジェラのことではなさそうだな。

 

「……久しぶりに一緒に寝るか?」

 

 掛け布団を上げて、隣をぽんぽんと叩く。

 

「別に一人でだって寝られるんだからね、ほんとよ?」

「ああ、わかってるよ。たまにはいいだろう?」

「いい?お兄ちゃん、今日だけだからね!特別よ!」

「はいはい」

 

 小動物のようにタタタッと駆け寄ってきて、あっという間にベッドに潜り込んで来た。

 

「しょうがないやつだな」

「えへへ」

 

 にこにことご機嫌な様子に俺も自然と頬が緩んでいることに気付く。

 しばらく緊張状態が続いていたのだ、今くらい緩んでしまっても仕方がないだろう。

 天下のフォルセナ城下町で、密やかに事を起こすことは難しい。しばらくは気兼ねなく過ごせるだろう。

 

 そんな算段が浮かんで、いよいよ眠気も増してきた。目を閉じたら三秒で眠りに落ちる自信がある。

 

「おやすみウェンディ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ————ふと、もぞもぞと動く存在にまどろみから引き戻される。

 

「ウェンディ、どうした?」

 

 いつの間にか灯りは消されていた。時刻は深夜を回ったくらいか。わずかな月明かりで一応部屋の中は見通せそうだが、わざわざ体を起こすほどではないし、目もほとんど開けていない。というか眠い。

 

「……トイレ」

「ん、行ってこれるか?」

「いける。だいじょぶ」

 

 ウェンディの気配がベッドから降りてドアの向こうに消えていった。

 一人で行けるようになったなんて立派になったな。

 

 ——寝るか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ギィ……

 

 ひた、ひた、ひた。

 

 戻ってきたみたいだ。

 

 もぞもぞと俺の隣へ身を寄せてくる。布団を掛けないと寒いだろうにそんな素振りもなく寝てしまったらしい。

 すーすーと規則正しい寝息をたてはじめた。

 

「風邪引くぞ」

 

 そっと、布団を腰の辺りから肩辺りまで持ってきたときだった。

 

 ふにゅ、という弾力のあるモノに手が当たった気がした。

 違和感を感じて、あれ?と疑問がよぎる。

 ——ウェンディの肩って、こんな位置にあったか?

 

 何がいるんだと手で探ると、ふにゅふにゅっと今まで感じたことのない手の平の感触。

 

 おい、待て、これは——

 

「んっ——」

 

 いつからそこに寝ているのがウェンディだと錯覚していた——?

 

 月明かりに照らされた横顔は成長した妹の姿、などではなく、寝ている姿さえ艶やかな魔性の女アンジェラであった。

 そして、俺は寝ぼけていたとはいえ、彼女の胸を鷲掴みにしている。

 なんなら自覚しているのに未だに手が離れないでいる。

 

 その事実に脳が一気に覚醒する——

 

 いや、違うんだ。不意に動かしたら起こしてしまうかもしれないだろ?

 この状態で起きたらきっとアンジェラも傷付くだろうし、これからのことも考えるとここは穏便に済ませるべきなわけだ。

 というか、ここ俺の部屋だし、ウェンディの寝る場所として空けといたわけだから、アンジェラが来たことがそもそも違うと俺は思うんだ。

 だってそうだろ、そうに違いないよな?

 だからこれは俺の過失っていう過失じゃなくて、これは、そう、あれだよ。あれ、ああ事故ってやつ?

 

 うん、そう、事故。

 

 事故、なんですよね?

 

 お願い誰か助けてください。

 

「あ、ふ——」

 

 あ、やばい。どうしよう。

 

「ん?デュラン、どうしたの?」

 

 甘く囁くようなアンジェラの声。誘っているかのようにも聞こえるが、俺には分かる。

 なんでここにいるか分かってないやつですよね。

 

 大丈夫だ、なぜなら俺も分かってないから。

 

「あー、アンジェラ。いいか、落ち着けよ。あのな」

 

 眠い目を擦りながら、こちらを見上げるアンジェラ。徐々に意識がはっきりとしてきたのか、俺の顔と自分の胸とを視線が行き来する。

 

「待て、落ち着け、これは——」

「——どこ、触ってんのよ‼︎」

 

 素早く身を起こしたアンジェラからの強烈な一撃が頬に炸裂する。

 衝撃でベッドから転げ落ちながら俺は思った。

 

 

 ああ、後悔はない——と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 いや、嘘。めっちゃある。これからどうすんの。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 









お久しぶりです。お待たせしました。
次話も半分くらいまで進んだので投稿。未だに感想いただけることに感謝しております。いつも皆さんの感想が励みになってます。
リアルの忙しさもありますが、なかなか筆が進まず…今年中にフォルセナ編を終わらせたい(希望的観測)
イメージはわいてるので頑張ります。

いつも読んでいただきありがとうございます。これからも応援よろしくお願いします!


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