ぐらんぶる〜もう1人の少年を添えて〜 (969)
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Grand Blue

特になんの共通点もない作品だけれど何となく勢いで書いちゃった(・ω<) テヘペロ

同年代の友達を得たキリトがどうなるのか。自分にも分かりませんが頭を空っぽにして読んでいただけると幸いです。

それと飲酒は20歳になってから! 未成年飲酒ダメ絶対


綺麗な砂浜に透き通るような海。

吹く風が心地よく、腰を据えていたら眠ってしまいそうになるほどの快晴。

菊岡誠二郎が運転する車の助手席で和人はこれから少しの間暮らす事になる伊豆について考えていた。

和人がそもそも進むはずだった向こうの大学は一応九月の入学となっていたのだが昨今の情勢もあり多少時期が押すそうで、その期間だけでも…という菊岡の勧めもあり伊豆大学にある研究室に勉強をさせてもらいに行くことになった。

 

なんでも菊岡の知り合いが和人が帰還者学校のメカトロニクスコースの仲間達と作り上げた《視聴覚双方向通信プローブ》に興味を持ち今回の提案をしてくれたらしい。

所詮は学生が作り上げたもの、上の物ならもっと色々あるのだが、逆に学生でありながらそういうものを作ろうとした心意気を高く買っていた、と菊岡が口にしていた。

大学にコネがあるなんて何処までも読めない大人だな、と和人は考えるものの向こうに行くまでの期間でこちらでも学べる事はあると押してくれた点は素直に感謝している。

 

明日奈と共に向こうでやっていけるかという不安もあったし親公認の中になってからは明日奈は通い妻の様に桐ヶ谷家を訪ね泊まっていくことも多く、こうして彼女と離れて数ヶ月生活するのはSAOをクリアして以来(UWを除けばだが)初めてかもしれない。

 

「そろそろ着くよ。悪いね、僕の提案に乗ってもらって」

 

「いや…俺としては空き期間に勉強させてもらえるから全然構わないんだけど…どうしてなんだ?」

 

「キミには色々と世話になったからね。 多少勉学の場を整えてあげるくらいでも釣り合いが取れないぐらいに。 それにキミや彼女にはこちら(現実)あちら(仮想)の架け橋になってほしいと下心なく思っている。 そんなキミが現実の美しさを知らない…なんて損だと思わないかい?」

 

「確かに…俺が見てきた風景はそんなに多くないし仮想で見てきた物が多いから…こんな綺麗な自然を見るのは珍しいかもな」

 

車が止まったのはGrand Blueと看板が掲げられたダイバーショップ…らしい。

雄大な青…か。 確かに目の前に広がる海に相応しい店名だろう。

 

「キリトくんは中に入っててくれ。僕はここのオーナーに挨拶してくるからさ」

 

「あ、あぁ分かったよ…」

 

車のトランクからボストンバッグとアミュスフィアやら申し訳程度のスペックのPC(自宅にある物に比べるとだが)を詰めたダンボールを担ぎ店の扉を開いた。

 

「北原ぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

「耕平ぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

「「「「「アウトォ!! セーフゥ!!」」」」」

 

「「よよいのよいぃぃ!!!!」」

 

全裸の男達が全力で野球挙をやっていた。

 

目眩を感じ扉を閉めようとしたのだが和人の肩に凄まじくごつい手が置かれた。というよりガッツリ掴まれている。

ギチギチとかつてSAOで戦ったボスに近しい圧倒的なまでの圧力を発する気配を背後に感じる。

 

「おぉ、お前が今日から伊織と同じくここに住み込むことになる桐ヶ谷和人だな?」

 

「こりゃ今年は豊作だなァ?」

 

「確かに俺は桐ヶ谷和人ですが…」

 

ダラダラと凄まじい汗を流しながら首だけを動かし振り返ると、そこには巨大な筋肉が居た。

しかも二人。

 

「それじゃあ、僕は帰る。 元気に頑張るんだよ」

 

「ま、待ってくれ菊岡さん!? これは、これは一体!!?」

 

無情にも走り去っていく車を眺めるしか手はなく、和人は筋肉に引き摺られ全裸男が野球挙をしていた店内に入る事になる。

 

「助けてくれぇぇええ!?」

 

 

 

 

 

 

 

■■□■■

 

 

 

 

 

「よーし、和人ぉ! 何飲む? ビールでいいか」

 

「いや、俺は「そぉれ、焼酎だァ!!」ぐぽぁぁぁぁぁ!!!?」

 

「あのリア充のようなやつも俺達の仲間入りか…」

 

「まぁ、仲良くしてやろうじゃないか耕平」

 

容赦なく注がれるアルコールに為す術もなく和人は倒れ込む。

和人自身、アルコールに弱い…ということは無い。というのも幼い頃に母親に少し飲まされた事も多少なりあったし、VRMMOの中で酔いはしないもののアルコールの味にはそこそこ慣れていた。

しかし、それはそれ。

 

「いい飲みっぷりじゃねぇか」

 

「あんたら正気かぁ!!?」

 

「それは俺も思った」

 

「しかし今更だ。諦めるんだな桐ヶ谷」

 

同意と諦めを促してきたのは黒髪の少し爽やかなイケメンと金髪の美形。

 

「おっと、俺は北原伊織だ。伊織でいい」

 

「今村耕平だ。同じく名前でいい」

 

「あ、あぁ…よろしくな? それで、その……ここはいったい…」

 

「よくぞ聞いた! って言いたいところだが知ってるだろう? ここはダイビングショップのグランブルー。 そして俺たちは伊豆大学のダイビングサークルだ」

 

「伊豆大学…あ、えっと…桐ヶ谷和人です。事情があって少しの間ですが大学の研究室で勉強させてもらいます」

 

「伊豆大学といや俺達の後輩になるな。寿竜次郎だ、よろしくな和人」

 

「時田信治だ。よろしくな」

 

初手に拘束、酒を口に流し込んできた相手とは思えない程の素直な自己紹介を受け和人は少し胸を撫で下ろす。色々問題はありそうな四人組ではあるが悪い輩ではないのだろう。

 

「という事で、和人。 少しの間でもお前はもう立派なダイビングサークルのメンバーだ」

 

「なにがという事なんだ!? えっと…伊織、耕平? 説明してくれ」

 

「「そういう事だ」」

 

「どういう事だぁぁぁぁぁ!」

 

頭を抱え項垂れる和人。

実家を離れて未だ数時間、最速で彼は明日奈に会いたくなっていた。

そしてそんな項垂れている彼の上では全裸の男四人が浴びるようにアルコールを摂取している地獄絵図。

間違いなく地獄絵図である。

 

「お、俺は電子系の研究サークルに…」

 

「問題ない。 とりあえず飲んでから決めようぜ和人!(道連れは1人でも多い方がいいな)」

 

「Peek a Booはとりあえず飲んで腹を割り話し合う素敵な場所だぞ(俺と伊織だけじゃ先輩方の相手は無理だからな)」

 

「だから不穏な空気が隠せてないぞお前たち…」

 

ジリジリと躙り寄る変態に臨戦態勢を取りながら何とかここから逃げねばと模索するが四方から囲まれており最早絶体絶命。

そんな時、店の扉が開け放たれた。

 

「あ、キミが今日からウチに下宿する桐々谷和人くん?」

 

野郎共のような野太い声ではなく鈴のようで心地のいい声を発したのは栗色で長く伸ばした髪の毛に、出るところは出て引き締まっているところは締まっているスタイルがいい女性だった。

 

「グランブルーでインストラクターをやっている古手川 奈々華です。 よろしくね桐ヶ谷くん」

 

「マトモな人だ…!」

 

ようやく現われた常識的(?)な人物にさめざめと泣いていると奈々華と名乗った女性に続いてもう一人中へと入ってきた。

 

「古手川 千紗。よろしく」

 

「あぁ…桐ヶ谷和人だ。 なぁ、あの人たちっていつも…」

 

「伊織と今村くんは最近来たばかりだけどあっという間に染まったの」

 

「なんというか…キミも大変だな」

 

「そのうち慣れるよ……桐ヶ谷くんが普通である意味助かった。あっち側にはならないでね」

 

「それじゃあ、桐ヶ谷くんは2階の部屋に荷物置いて来てくれるかな? 夜には歓迎会やるからそれまでにある程度、荷解きしておいてね」

 

「か、歓迎会だなんてそんな…お世話になる身ですし…」

 

「「歓迎会…」」と呟いて遠い目をした伊織と耕平には後で話を聞かなくてはならないだろう。

荷物を持ち上に上がろうとするとかの二人も和人の荷物を持ち部屋まで来てくれた。

 

「悪い、助かった」

 

「気にするなよ。どーせこれから暫くは一緒に暮らすんだし」

 

「これから暫くは同じサークルだからな」

 

「俺ダイビングとかしたことないんだけれど…」

 

「気にするな!」

 

「俺達もだ!」

 

グッ!とサムズアップを取った伊織と耕平を物凄く冷めた目で見つめている和人。

 

「と言っても俺たちはこの前、少しだけ海に入ったけどな」

 

「あぁ、浅瀬だったとはいえ俺は知らない世界を知ることが出来た気分だった」

 

先程のふざけた様子とは打って変わって楽しそうに話す姿はなんと言うか、自分の好きな物を語っている時の笑顔に感じる事が和人には出来た。 この2人は海に魅せられたんだな、と思いながら荷解きを進めていく。

なんだかんだと伊織、耕平の両名も手伝ってくれたり時には伊織秘蔵のAVを部屋で鑑賞しようとして追い出したりと和人にとっては珍しく、年相応の男関係を築いている。

最後のダンボールを開いた時、耕平が中身を覗き込み声を上げた。

 

「これはアミュスフィアじゃないか」

 

「なんだ、桐ヶ谷もVRMMOやってるのか」

 

「あぁ、基本的にはALOだけどな。 伊織達も?」

 

「いや、俺は金が無くて結局手を出してないよ」

 

「俺は一時期やっていた。最近はこっちの付き合いが多いからログインすらしていないがな」

 

「そうなのか、空を飛ぶのは楽しいぜ? 良かったら伊織もやってみろよ」

 

「とは言ってもなぁ…ダイビングもタダじゃないから金がさ…」

 

「VRMMOは接続料も機材料も馬鹿にならないからな。 今の北原にはそんなものは無い」

 

「うるせぇ耕平。ゲームの中といえど空を飛ぶってのも楽しそうだなー…」

 

部屋に最低限の家具と荷物を配置し終えると三人は各々床に座り身の上話をし始めた。

伊織は従姉妹である古手川家に居候をし伊豆大学へ通っていて、耕平は伊織に嵌められる形でサークルに入会したと。

他にもこの後に青山女子大学から梓さんと呼ばれる女性とケバ子?と呼ばれるケバいのが来るらしい。

しかしダイビング…菊岡はもしやこうなることを分かっていて「現実の美しさ」なんてことを言ってたのかもしれない、と考えると本当に何から何まで抜け目のない人だと溜息をつきたくなった。

 

「機会があれば一緒にやろうぜ伊織」

 

「そうだな。その前にそろそろ和人の歓迎会の時間だ」

 

「楽しもうじゃないか、桐ヶ谷」

 

「そうだ歓迎会って俺はどうすればいいんだ?」

 

「簡単に挨拶して後は自由だよ。歓迎会なんて名ばかりだしな」

 

「名ばかり…?」

 

 

 

 

 

 

これは特に事件が起こるわけでもなく、SAOをクリアした英雄でもUWで星王と呼ばれた男でもなく、一男子として年相応の(裸の)青春を送るどうしようも無い物語である。

 

 

 

 

 

 

「杯を乾すと書いて」

 

「乾杯と読む!」

 

「「「「「「YAHHHHHHHH!!!!!!!!」」」」」」

 

 

 

 

 

 

「はぁ…バカばっか」



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男の子!

なんだかこんな作品をお気に入りしてくれて挙句に感想まで頂いて…本当にいいのか???


「………っ!? イテテ…頭が…、」

 

ズキズキとした痛みと圧迫されるような鈍痛で目が覚めた。

俗に言う二日酔いという状態に陥っているのだが初めての経験である和人にとっては何が何だか分からない。

目が覚めたと言っても依然として寝ぼけ眼な和人は目を擦りゆっくりと目を開け辺りを見渡す。

視界に入るのは大量の空になったお酒の缶と瓶。 そして全裸の男約10人が仰向けやうつ伏せで倒れ込んでいる。地獄絵図を朝っぱらから見せられて気分は最悪だ。

 

そうだ歓迎会を皆が開いてくれてその後…その後どうしたんだ?

フラフラと立ち上がると仄かに味噌汁の香りがしてきた。

 

「起きたんだ」

 

「あー…おはようございます…古手川さん…」

 

「…まっ、全部脱がなかっただけまだマシか。伊織と今村くん起こしておいて。 朝ご飯出来るから」

 

「あぁ……」

 

痛みが走る頭を押さえながら足元を見ると和人は自分の格好にようやく気がつく。

パンツ以外全て脱ぎ捨てていたことに。

そして伊織と耕平が自分が着ていた服を握り締めている事に。

 

「おい、服を離せ。起きろ伊織、耕平」

 

「んん…なんだよ和人…まだ朝だろ…」

 

「朝だから起きろって言ってるんだよ…それと服を離せ。人の服を脱がしやがって」

 

「…くぅ…何言ってるんだ。 お前が自分から脱いで俺と北原に服を渡したんだろうが」

 

「なっ!? 馬鹿な……!?」

 

「ほら、3人とも馬鹿やってないで早くご飯食べて」

 

千紗に促されてすごすごと食卓に座ると気がついた時には床に転がっていた他のサークルメンバーたちは既に消えていた。いつの間に帰ったんだ…

味噌汁に目玉焼き、それと白米というシンプル朝食だったのだが記憶が混濁するレベルで飲んだ翌朝と考えるとむしろ丁度いい量だった。 暖かな味噌汁が五臓六腑に染み渡り心地がいい。

伊織、耕平も同じく味噌汁を啜り息をついている。

 

「桐ヶ谷くんは何時から研究室に?」

 

「今日の昼頃に一度顔を出す予定だよ。 一応俺や同じ学校の仲間内で作ったモノを見てみたいって言われててさ」

 

「そうか和人は別に講義を受けるわけじゃないのか」

 

「興味があれば出てみてもいいって言われてるけどな」

 

「明確な理由を持ってるのは俺達との違いだな」

 

千紗、伊織、耕平と次々口を開くが和人としてはそう立派な志があって研究室に顔を出す訳でもない。どちらかと言えば流れに流された結果の様なものだ。

 

「さて、俺達はそろそろ大学に行くか。千紗は?」

 

「行くけど2人とは一緒に行かない…」

 

「「何故だ」」

 

「2人が裸だからじゃないか…?」

 

「「普段通りだが」」

 

なるほど。とりあえずコイツらをどうにかするのが俺の仕事だな?

皿洗いは任せてくれ、と千紗を制して服を無理矢理着せた彼らと一緒に出てくのを見送り皿洗いを始める。

オーナーである古手川 父や千紗の姉である奈々華さんは朝から用事があるということで出掛けているらしく、今は和人一人で店に居る。 別に開店してる訳でもないので特に緊張することも無いのだが何処か気が張ってしまう。

 

カランと音が響き店の扉が開く。

今日は人が来ないと聞いていたのだがおかしいな、と顔を覗かせると和人と同い年ぐらいの女の子が店内をキョロキョロしていた。

 

「あー、えっと…生憎オーナーと奈々華さんは出掛けてて…」

 

「伊織って大学行っちゃった?」

 

「あ、あぁ。ついさっき」

 

「そっかぁ…和人は行かないの? って店をほったらかしていく訳にも行かないのか」

 

なんでこの人は自分の名前を知っていてフランクに話しかけてくるのだろうか…と考えていると件の女性はジト目で和人を睨み付ける。

 

「……もしかして昨日の夜のこと覚えてない?」

 

「…うっ、すみません。どなたでしょうか…」

 

「青女1年の吉原愛菜。 まったく忘れるなんて…って言いたいけど昨日のあれは私も引いたし寧ろよく無事だったわね…」

 

「そんなに酷かったのか!?」

 

「まだ私もPaBの飲み会は3回ぐらいしか体験してないけど…あれは飲み会なんて言えないか。現に伊織と耕平も潰れてたでしょ」

 

確かに今朝目を覚ました時は千紗を除いて死屍累々だった事を鮮明に覚えている。まぁ、それ以上前の記憶がすっぽりと抜け落ちているし思い出さない方がいい事ってあるんだろう。

 

「因みに、俺はどんな感じ…だった?」

 

「え? あー…裸?」

 

明日奈も直葉も近くに居なくてよかった。

醜態を晒すところだった。

 

「なんだか流れでサークルに入ることになったけど良かったのかな。ダイビングなんてした事ないし」

 

「私もしたこと無かったから大丈夫だよ。 初めは水着とタオルぐらい自分で用意して後はレンタルがいいんだってさ」

 

「なるほど…その辺は伊織たちに聞いてみるか」

 

「千紗に聞いた方がいいよ。あいつらはアレだし…」

 

どれだけ信用が無いんだあの二人。

 

「あ、近々沖縄で合宿をするって話があるんだけど、もちろん和人も参加するよね?」

 

「いや、昨日来たばかりで分からないまま入会されたんだけど俺…」

 

「和人の為に寿先輩達が一度軽く講習してくれるって言ってたよ? かく言う私もまだ片手で数えられる程度しか潜ってないから一緒に教えてもらうけど…」

 

それならばまぁ、何とかいけるのか?

ゲームと違いリアルの海に潜るなんて全く経験がないけれど、折角の機会なのだから挑戦しないのも損というやつだ。

そう結論付けて吉原がよく読んでいるというダイビングの教本を借りて昼まで時間を潰す事にした。時折、吉原が大学の前は何してた〜やら彼女はいるの? とか当たり障りの無い質問をしてきたけれど話せない部分も多いのでかなりぼかして返事をしていた。

彼女の事を言ったら何だか身の危険を感じる気もするしな…

 

 

 

 

 

 

時間は少し巻き戻り昨夜、和人の歓迎会が行われている頃合。

未だ大型アップデートなどを繰り返して多くのユーザーをかかえているALOの一角ではバーサークヒーラーを中心に複数名の女性プレイヤーが座って談笑していた。

 

「アスナ、元気だしなって…まだアイツが行ってから半日だよ?」

 

「わかってるけど寂しいものは寂しのよ…」

 

「ホント…こういう時は急にポンコツになるのよねアスナって…」

 

「シノのんまで酷いよ…」

 

「えっと、キリトさんって何処にいったんですか?」

 

「伊豆の大学にね。少しだけ在学…って言ったら変だけど勉強してくるんだって」

 

「伊豆かぁ…海が綺麗って聞くけど行ったことは無いのよねぇ」

 

ワイワイと伊豆の話で盛り上がってる友人たちを後目にアスナは頭を抱えて落ち込んでいる。 少しでも愛する和人の事を感じようと彼の心拍数を計測しているアプリを開いてみると…

 

「な、なにこれ?!」

 

「ん、どうしたのアスナ?」

 

開いたウィンドウを見てフリーズするアスナを不思議に思いみんなして覗き込むと…

 

和人の心拍数が凄まじい速度で増減したり一瞬止まったりと明らかにおかしな動きをしていた。

 

「ば、バグじゃない?」

 

「普通こんなのありえないわよね…」

 

「あ、アスナさんとりあえず落ち着きましょう…」

 

「き、キリトくんどうしちゃったの!!!」

 

 

 

 

 

 

「もっともってこいやぁぁぁぁ!!」

 

「おー、和人いい飲みっぷりだなー」

 

「今年の一年は活きがいいな」

 

「バカばっか…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時は戻って和人初めての大学。

キャンパス内は爽やかな風が吹いており何とも心地いい気持ちになるのだがこちらの気持ちを知ってか知らずか、伊織と耕平がパンツ一丁で仁王立ちしていた。

 

「ウェルカムキャンパスライフ」

 

「ノーサンキューだ」

 

「折角で迎えてやったと言うのになんて態度だ」

 

「なんで朝服を着ていったのに今はパンツになってるんだよお前たち!?」

 

「そりゃアレだ。講義中にビール飲んで暑くなったから脱いだ」

 

自らの常識が通用しないことに和人は打ちのめされ衆目の中で膝を着いてしまう。

何でこいつらはこんななのか…慣れるしか無いのかこの生活に…っ!

 

「そういや和人が持ってるそれが今朝言ってた作った物なのか?」

 

「ん、あぁ…通信用プローブな。 外に出歩けない人とかに風景を見せたくて作ったんだけどさ」

 

「へぇ、それ海の中でも使えないか? ダイビングの時に付けてけば気分だけでも海の中を見せれるだろ」

 

「うーん、防水性能は無いしな…ここから改良して…ってのも費用がかなり…でもユイの為なら」

 

ブツブツと呟きながら和人の様子に若干引き気味の伊織と耕平だが当の本人は気が付いていない。

とりあえずGrand Blueに戻ろうぜ、と二人に引き連れられ歩くこと少し。最早既に店内からは異様な雰囲気を感じ取った和人は踵を返そうとするのだが同い年の男二人に捕らえられた。

 

「な、何しやがる伊織、耕平」

 

「おいおい和人。俺たちは一蓮托生だろ?」

 

「まさか一人で敵前逃亡とは外道だな」

 

「あ、あのなぁ…俺たちは一応未成…「「大学生だ」」、無理があるだろ!?」

 

抵抗虚しく店内に拉致されれば半裸の女性がたわわなバストを揺らしながら野球挙を興じてた。

いけない、目をそらさなければ。

 

「おー伊織に耕平、それに和人おかえりー」

 

「ただいまです梓さん、何してたんですか」

 

「んー、野球挙。みんな弱くって」

 

裸にひん剥かれた男達が転がっていた。

そうか、俺は昨日自分で脱いだ訳じゃなくてこの人にジャンケンで負けて脱いでたんだな。

そう勝手に解釈した。というか、自分で脱いだなんて信じたくないのだ。

 

「梓さん…俺としましょう」

 

伊織がいつの間にか拳を握って店の中心にいた。欲望に忠実だなおい。

しかしチャンスとばかりに耕平を引連れ店の角に陣取っている千紗、愛菜の付近へ退散した。

 

「いつもこうなのか?」

 

「あぁ、俺と北原が来た時からこんな感じで慣れた。少し待ってろウーロン茶を持ってきてやる」

 

そそくさと立って飲み物を取りに行った耕平を眺めながら愛菜と千紗はダイビンググッズを雑誌で眺めていた。

 

「そうだ、今朝愛菜に聴いたんだけどダイビングって最初は水着とタオル…を買えばいいのか?」

 

「興味あるの?!」

 

「え、あ…あぁ…俺はゲーム一辺倒だったから新しい事を始めてみたかったし…いいタイミングで誘われたからさ」

 

「そっか。それなら少し出費になるけどマスクも買うといいよ。ダイビングの目的は海を見ることだし自分に合ったものを使うのが一番だから」

 

「なるほどな」

 

「明日みんなでダイビング器材を見に行くの。桐ヶ谷くんには実技と逆になっちゃうけど…先に少し道具を見てみよっか」

 

「お、何だか急にダイビングサークル感が出てきて少しワクワクしてきたよ」

 

「あはは、私も最初潜るまでなんのサークルかわかんなくなってたしね…」

 

「なんの話しをしているんだ?」

 

ウーロン茶を両手に持ち戻ってきた耕平が横に腰を掛けた。

 

「あぁ、いや…ダイビングをするにあたって買っておいた方がいいものとかを聞いてたんだよ」

 

「なるほど、俺も北原もケバ子もその手の店に始めてだ。 楽しみだな? 桐ヶ谷、ウーロン茶だ」

 

「…あ、それ」

 

ありがとう、そう感謝し受け取ったウーロン茶をゴクッと流し込んだそれは茶葉の味はせず、どちらかと言うと喉を焼くようなキツいアルコールが………

 

「き、サマ…なにを、のませ、た!」

 

「何ってウーロン茶だが?」

 

ウォッカ 9 : ウィスキー 1

 

「馬鹿だろお前は!?」

 

「これがPab式ウーロン茶だ。 色がウーロン茶だろ?」

 

「色で飲み物を判断するなよ…その水をくれ…っ」

 

和人は耕平が持っていた水のグラスを掻っ攫うと一気に喉を鳴らして飲み干す。

 

「がはぁ!?」

 

「それは可燃性の水だ」

 

「か、かねんせ…いっ…」

 

スピリタス(アルコール度数96%)

※良い子は真似しないでください

 

 

 

 

10分後

 

 

 

「アウト!! セーフゥ!!」

 

「「よよいのよいぃぃぃぃぃ!!!!!」」

 

パンツ一丁のバカ達が騒いでいた。

 

「和人、お酒が絡まなければ常識人なのにね…」

 

「そのうち伊織達と同じことになりそう」

 



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Vamos!! ショッピング!

映画見てきました。
もう一回見てきます。

一部映画ネタが入っているため皆はVamosダンスで調べて一緒に踊ろう!


「おぉ、ダイビングショップなんて初めてきた」

「私も! というか伊織と耕平もでしょうけどね」

 

愛菜と二人、若干興奮気味な和人。 未知への探求からか、それとも単に遠足前のような気分でテンションが上がっているからか。何にせよ、ここ数日のあの飲み会のせいで人としての大事な何かが欠落しつつあるのは確かではある。

先輩や他のメンバーに着いて行く形で歩いていると伊織が棚の前で止まり物珍しい瞳で商品を見つめていた。

 

「これがダイコンか…」

 

「へぇ、深度と潜水時間を測定して減圧症のリスク低減…か。 俺はまだ潜った事ないからわからないけど必要なのか?」

 

伊織に尋ねると彼が応えるよりも早く、寿先輩と時田先輩が答えてくれた。

 

「ダイコンから揃えるべきという考え方もある」

 

「自分用の安全器材を持って()圧症などのリスクを減らそうという考えだな。伊織や耕平はまだ危険な深度まで潜らせていないし心配することは無い」

 

※減圧症……体内に取り込んだ気体が気圧の変化で気化し、血管を閉塞させる障害。

 

「ある程度の深さまで潜ったり、インストラクターから離れて動き回るダイバーに必要なものだな」

 

ダイビングに関する事になると四人とも何処か落ち着いているというか随分と印象が変わる。などと一人妙な感覚に襲われる和人だが例の如く、数日後にはそれに慣れてしまう。 自分の取り巻く環境の変化に素早く順応してしまうのはSAOでの2年間デスゲーム生活によるものだろう。

今回の生活に至っては全く誇れるものでは無い。

 

「「最初はタオルだけあればいい」」

 

「「なるほど」」

 

え、水着は…?

 

「じゃあ、好きに見回っていいぞ」

 

「分からないことがあったら声をかけてくれ」

 

自由行動ということで各々気になるコーナーへと散っていき、少しした時に和人の瞳に映ったのは珍しい形のカメラだった。

マジマジと眺めていると真横に千紗が居た。

 

「桐ヶ谷くんも気になるの?」

 

「あぁ、これが気になる…ってよりはこういう形で防水のプローブを作れたらいいな…ってさ」

 

「えっと…私はあまり詳しくないしよく分からないけど…どうしてそこまで?」

 

「………AIの娘が居るって言ったら信じるか? おい、俺を伊織や耕平を見るような目で見るなよ」

 

「待て和人。 なぜ千紗の顔を見て俺の名前が上がる耕平ならまだしも」

 

めちゃくちゃ不名誉な瞳で見られた。

まぁ、でもVRMMOや人工フラクトライトによる研究で様々な界隈が賑わったが海に心を惹かれている千紗やPaBのメンバーが昨今のAI事情に知らなくても仕方がない。それにSAOでの出自を話さなければ興味のない人々には信じてもらえるかも怪しいだろう。

俺だって最近有名な俳優とか歌手の話をされても全く分からないし自分の興味とは違う畑の話をされたら人間こんな反応をするものなのだ。

 

「しかし千紗。最近のAIってのは凄いんだぞ? 自分で物を考えて話したり人間と何ら変わりのないぐらいになってるんだ」

 

「そうなの?」

 

「なんだっけか…えーと、そうだ。 1〜2年前に記者会見をしたアリスって人工知能が有名になったぐらいだしな」

 

「そうだったんだ…ごめんね桐ヶ谷くん。 今村くんを見るような目で観ちゃって」

 

「気にするなって。ちゃんと説明しなかった俺も悪かったし…今度みんなに会わせるよ」

 

ユイにもアスナにも…今の状態を見せる訳にはいかない。だからこそ今度だ。

少なくとも沖縄から帰ってくるまでに伊織と耕平の行動を少しでも矯正しなければ。

 

「因みに伊織。 何を持ってるんだ?」

 

「なんだと思う」

 

手に持っているのはフックの様な道具。

見た目から判断するに何かに引っ掛ける…?

 

「耕平の鼻に引っ掛けて引っ張る道具だ」

 

「なんだその限定的な使い方」

 

「カレントフックだよ。 潮の流れがある所で留まって回遊魚の群れとかを見るのにそれを岩とかに引っ掛けるの」

 

そうだったのか…と戦慄する様子を見せる伊織を放ってウエットスーツのコーナーへ行くと耕平が二つのダイビングスーツの目の前で跪いていた。

なんとも近寄り難い…というか知り合いだと思われたくないんだが…。

 

「む、桐ヶ谷と北原…お前たちもここに導かれたのか!!」

 

「ウエットスーツが欲しいのか?」

 

「買う気はなかったがこれは気になっている」

 

「確かに見た事ないデザインだもんな」

 

伊織の答えに耕平は信じられないものを見たような顔で詰め寄っていた。

 

「伊織、多分それコラボアイテムってヤツだよ。アニメのヤツだろ」

 

「へえ、そんなのもあるのか。これしかサイズないなら試着は無理だな」

 

「いや俺は着なくていいんだが…」

 

伊織、違うそうじゃない。

 

「そうか、着られるやつに頼んで感想を貰えるんだな」

 

「うん? そういう意味じゃ…」

 

 

 

〜数分後〜

 

 

「うん、着心地いいと思う」

 

「ただジッパーがないタイプだから好みが別れるかな?」

 

「だとさ耕平」

 

そこには綾○レイ風の愛菜と惣流・ア○カ・ラングレー風の千紗が更衣室から出て来た。

耕平は平伏し天を仰ぎ、一日の心の友を誓った。

……見ちゃダメだ見ちゃダメだ見ちゃダメだ…

…と、まぁ知り合いと思われたら恥ずかしい出来事が多々あったが色々なものが見れたし、防水性のプローブへのアイデアも手に入った。あとは本来の目的である水着とマスクか。

水着に関してはテキトーな黒いものを選びカゴに入れマスク売り場に来ると耕平が品定めをしていた。 伊織と梓さんは棚の影から何かを覗き見しているがスルーだ。

 

「桐ヶ谷か…水着は要らんだろう」

「要るからな? お前たちじゃないんだぞ?」

 

「マスクは中々悩むな。 サイズもそうだがデザインも気になるものがある。俺としてはららこたんをイメージできるような物がいいんだが」

 

「公式サイトにコラボして欲しいジャンルでダイビングとか書けばいいんじゃないのか」

 

「既に何度も送っている」

 

自分の趣味となると余念が無いな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまー」

 

「あ、みんなおかえりなさい。いっぱい買い物してきたのねっ」

 

「俺たちはマスクを」

 

「私はカメラを…」

 

各々の買ったものを袋から出し奈々華さんに見せる。 何だかみんなで同じようなものを買う経験って実は初めてじゃないだろうか。それも同年代の連中とだ。別に帰還者学校で友達が居なかった訳では無いが、彼らは結局SAOという同じ世界に居たある意味での運命共同体だった人達であって、ここに居る出会ったばかりのゲームとは別の趣味を持つ人は本当に初めてだ。

 

「沖縄に行く費用も掛かるのに器材まで買っちゃうなんて頑張ったのね」

 

「「「「あ…」」」」

 

「ん? どうしたんだみんな」

 

フリーズするみんなを他所に和人だけはキョトンとしている。 それもそのはず、先立つものは菊岡の、ラースの手伝いやアリスに関する出来事でそこらの同年代学生よりは遥かに持っている。

 

翌日、梓さんを含めた五人はバイトへと出向き俺は俺で寿先輩、時田先輩の指導の元で海へ潜る講習を受けることとなった。(おかげで前夜の飲み会からは逃げることが出来た)

 

「という訳で和人。 お前は初めて海に潜る訳だが」

 

「器材の名前やハンドサインは一頻り覚えているようだな」

 

「そりゃ…覚えとかないと不安はあるし」

 

「いい事だ。 因みに伊織と耕平はつい先日覚え始めた」

 

マジかアイツら。

先輩方の指導を受けとりあえず簡単なことから。

レギュレータを咥えて大きく深く息をすることを意識しそのまま海へと潜ってみる。 大きく呼吸をすると酸素が入ってきた…凄いな水の中に居るのに呼吸ができる…。

ふと、呼吸に意識を置いていたせいで景色を見てなかったと視線をあげる。

 

浅瀬で頭を下げて水中に入っただけだというのに、そこはまるで異世界で。何処までも続く澄んだ先には魚やサンゴ、輝く水面…いや、水中から見える空と言ったところか。 身体を包む水の温さが心地よく、音は自らが呼吸する音だけでそのまま溶けてしまいそうな感覚が身を襲う。

あぁ、なるほど。 これはもっと見たいと思ってしまう。 あの馬鹿二人が魅せられたのも分かる。 この世界は今のVRMMOには再現出来ないかもしれない。

ザバァ…と、音を上げて水面へ出ると先輩方が満面の笑みでこちらを見ていた。

何となくとか、言われたからサークルに入ることになったけれど…

 

「どうだった?」

 

「もっと、知りたいと思いました」

 

「そっか。 じゃ、沖縄でライセンス取らないとな」

 

バシッと少し強めに背が叩かれるも歓迎のように感じられて。

それは決して悪いものじゃないと俺は思うことが出来た。

 

 

 

そしてまた夜の事。

そろそろ落ち着いたしアスナやユイに連絡をしないとな…と思いながらいつも通りの飲み会が開かれていた。

ここに来てまだ数日の筈なのに随分と見慣れた光景だ。

そんな時、寿先輩が聞き捨てならない言葉を吐いた。

 

「しかし和人が来てもう1()()()か。早いもんだな」

 

…1週間? いや、まだ4日だろ?

と、考えた瞬間鈍痛が走る。 いや、記憶にない飲み会…?

 

「最初なんて2日程まるまる寝込んでいたからな」

 

「でも夜の飲み会には参加してたな」

 

待て俺がここに来たのは6月頭…それじゃあなんで今日…6月の10日をカレンダーは示している!?

つまりアスナに1週間も連絡を取っていないことになり端末にどれ程のメールや電話が届いているのか考えるだけで背筋が凍る。

 

「馬鹿な…」

 

「さてと、和人…飲もうじゃないか」

 

「い、嫌だぁぁぁ…がぼっ!?」

 

伊織と耕平はその光景に恐怖した。

未だPaB式の飲みに耐えられない和人の五臓六腑、そして脳を酒に満たすためとんでもない度数のモノを口に注ぎ込んでいる光景に。

あれはエグい。 あれほど無理矢理飲まされれば急性アル中になって運ばれてもおかしくはないのにそうはならない。 何故か?

PaBが脈々と受け継いできた知識によって限界点の一歩手前を弁えているからだ。

 

「和人が犠牲になっているうちに…」

 

「俺たちは逃げるか…さすが北原だ。クズの考えだな」

 

伊織と耕平はくるりと反転し店の扉へと全力で駆け出す。

今日の飲み会はなんだかマズいと心が叫びたがっていた。

 

 

 

Vamos(行こうぜ)!!」

 

 

寿先輩の叫びで身体が急停止する。

バカな扉は目の前なんだぞ…?! なんなんだVamosって…

 

「おかしい…知らないはずなのに…なぜ身体が動く…!」

 

「まるで別の俺たちが経験したかのようなこの感覚はなんだ!?」

 

体が勝手に踊り出す。

逃げられない。

 

軽快なリズムと共に口も動く

 

 

Bebe(飲め) Bebe(飲め) Bebe(飲め) Bebe(飲め)……

 

UNO DOS TRES

Fuego!!

 

 

「助けて…!」

 

「くれ…!!」

 

 

その日の夜はイケメンな俳優が素っ裸で撮影を行う映画の夢を見た気がした。



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沖縄上陸!!

総合ランキングに載ってました。

なんで? 大丈夫かみんな?


「決めた、私やっぱりキリトくんに会いに行く!」

 

「「「「えぇ!?」」」」

 

と言ったのが昨夜。 伊豆に行ってから一週間以上も連絡がなく、ようやく来たメールの内容も元気にやってるから心配しないで。大学で勧誘されたサークル活動をしているからALOにはしばらくログイン出来ない。しか書いてなかった。 優しいキリトくんの事だ、もしかしたら悪い先輩になにかされてるのかもしれない。

 

彼が伊豆に行ってから1ヶ月、また連絡がなく業を煮やしたアスナは決意を固めて休みの日に出向くことにした。

 

都心から伊豆まで数時間かけ、やっと和人が下宿している「Grand Blue」というお店に到着した。 潮風が心地よく景色もいい…和人と一緒にここを散歩とかしたら幸せだろうなー。と思いながら彼に会うべくお店の扉を開ける。

 

「こんにちは〜…」

 

「いらっしゃいませ。 お、始めてみる顔だ。お嬢ちゃんダイビングかい?」

 

「あ、あの…こちらに桐ヶ谷和人くんって男の子が下宿しているって聞いてきたんですが…」

 

「ん、和人の彼女さんか? あいつも中々やる男だったんだなぁ…俺はここの店長をしてる古手川登志夫ってんだ」

 

気さくそうなおじさんがにっこりと笑顔で出迎えてくれた。和人…と言ったので間違いなくここのようだ。

 

「しかしタイミングが悪かったなお嬢ちゃん…」

 

「…へ? タイミングが悪い…?」

 

「聞いてなかったか? アイツ()今ごろ沖縄に合宿だよ」

 

「お、沖縄ぁ!? な、なんで…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無事到着と地元ビールとの出会いを祝って…」

 

「「「「かんぱーい!!!!」」」」

 

ギラギラと照らす太陽の下、時田先輩の音頭で俺たちはカシュッ…と快音を鳴らして皆で缶を煽り喉を鳴らす。

うん、美味い!

みんなでワイワイと日が登ってる時間からお酒を飲むのは楽しいなと思いながらこれからの予定を時田先輩に聴くことにした。

 

「それでこれからどうするんです?」

 

「早速、ライセンス講習ですか?」

 

「いや今日は店長が紹介してくれて貸別荘で一泊だな」

 

「そこにレンタカーで向かうんだ」

 

へぇ、レンタカー……

 

伊織→ビール

耕平→ビール

時田先輩を始めとする先輩方四名→ビール

和人→ビール

 

「どうするんですかこれ!? というか俺まで自然にビールを開けて…あぁ……!!?」

 

「遂に和人も無意識のうちにアルコールを欲し始めたか」

 

「ウェルカム Peek-a-Boo!」

 

「桐ヶ谷は今更だからどうでもいいですけど流れるようにお酒買ってましたよね!?」

 

アスナ…ユイ…俺汚されちゃったよ…

さめざめとなく和人をほっぽり出して伊織と耕平はヒートアップするも無意識の行動、責めるの良くない。で流されてしまった。

このままでは貸別荘に行くことが出来ない…となればこの場に居ない先輩達を頼る他ない。

 

「誰か他の先輩はいないんですか」

 

「ナイスだ和人! よく気がついた!」

 

「アイツらは三日後に宮古島で合流だからな」

 

「バカか桐ヶ谷! ぬか喜びさせやがって!」

 

コイツらマジで海に沈めてやろうか…

 

「大丈夫大丈夫。 ちーちゃん免許持ってるし」

 

「なんだそれなら大丈夫だな。千紗は伊織や耕平と違って酒バカじゃないし」

 

「そうだな、耕平と和人みたく酒クズじゃない」

 

「全くだ。古手川に限って北原と桐ヶ谷の同列など有り得ないだろう」

 

ブンッ!!(←伊織が和人を殴ろうと拳を振るった音)

 

バキィ…!!(←和人が躱して伊織の拳が耕平の顔面にぶち当たった音)

 

「北原貴様ァ!」

 

「このスカし野郎が躱したんだよボケェ!」

 

「愛菜も免許持ってるかもよ?」

 

梓さんの一声で俺たちは顔を見合せた。確かに彼女を勘定に入れるのをすっかり忘れていた。

申し訳なく思った和人は眉を下げながら頷き口を開く。

 

「まさか、愛菜が持ってるわけないですよ」

 

「いやそれは無いかと」

 

「アイツ、相当鈍そうですから」

 

三人それぞれ言葉は違うものの彼女に対する印象は同じだ。今も向こうでアイスクリームを地面に食べさせている。

万が一持ってたとしても不安だし、アクセルとブレーキを平気で間違いそうなレベルだ。

 

「和人、ひと月でホント染まったよね」

 

「俺は至って真面目です」

 

コイツらには悪いがそれはないと言い切れる。

とりあえず千紗に運転してもらうことになり謝りながら皆でレンタカー屋さんに向かう事となった。

九人乗れる車って言ったらかなりデカめのやつだろう。

 

そして四人乗りの所を無理やり六人詰め込み、時田と寿が屋根に座って和人は二人の先輩に腕を掴まれていた。

 

「どうした兄ちゃんたち」

 

心底不思議そうな顔でPaB一行を眺めるレンタカー屋のオジサン。

 

「これを見てどうしたって言えるあんたがどうした…」

 

「これにどうやって九人乗れと…」

 

「九人…? あちゃー、四人と九人を間違えちまったかー」

 

普通間違えないだろ!?

伊織、耕平と同じくギャーギャー文句を上げるとオジサンも流石に申し訳なくなったのか(もっと早くなれよとは思ったが)もう一台、オープンカーを用意してくれると店へ戻って行った。

オープンカーとは聞こえがいいが軽トラだった。確かに荷台はオープンだもんな。

 

「「バカにしてんのか!?」」

 

「八人、九人乗れる車とかって…」

 

「そんな大きな車、ウチには無ぇぞ?」

 

なんなんだこの店…!

一応二台に増えたお陰で全員乗ることは出来るようになったのだが千紗が運転出来るのはAT限定。 軽トラはMTだし、そもそもアルコール入っていないのは愛菜だけなのだ。どう考えたって詰みである。

 

「ねぇ伊織、和人」

 

ダメだ、振り向いたら俺たちは後戻り出来ない気がする。

背後から声をかけてきた愛菜はトタトタと足音を鳴らして前に回り込み、その手に持っているカードを見せてくる。

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!!!

 

 

運転免許証

 

 

「伊織、耕平ぇ!」

 

「さいしょはグー!!」

 

「ジャンケン!!!」

 

「「「ポンッ!」」」

 

何のジャンケンかを言うまでもなく各々が手を突き出す。

負けられない戦いがここにあるんだ…!

 

和人・耕平 パー

伊織 チョキ

 

伊織は奈々華さん、梓さんと共に千紗の車へ。

俺と耕平、寿先輩は軽トラの荷台に積み込まれた。

 

「「神様(ららこたん / アスナ)…!!」」

 

「あんたら本当に失礼ね!? 和人までそうだとは思ってもなかったわ!」

 

「これはこれで乗り心地いいんだな」

 

ブロォン! エンジンを鳴らし愛菜の合図で車が走り出し、和人と耕平は神へと祈り、寿と時田は笑っている。

いつまで経ってもエンストする様子もぶつかる様子もなく恐る恐る二人が目を開けると普通に車が走っていた。

いや、車が普通に走るのは当たり前なのだが。

免許取り立てとは思えないほどスムーズで快適な運転を不思議に思った。

 

「実家でこっそり乗ったりしてたのか? 例えば農家の手伝いとか」

 

「見事な程に慣れてるな」

 

「ま、ま、まさかぁ! 都会の似合うウチが車で畑ン手伝いばしよったとでも!?」

 

まさかの正解だった。

それにしても海岸線を走るの車からの景色は伊豆とはまた違う素晴らしい海の景色で潮風も心地よくアスナといつか一緒に着たいな。などと、考えるほどだった。 同時刻、当のアスナが「Grand Blue」に訪れている事は知る由もない。

しかしこうなると…

 

「ビールが飲みたくなるな」

 

「はっはっはっ! 和人も立派な俺たちの仲間だな」

 

はっ、俺は今何を!?

 

「むっ、対向車が来るぞ!!」

 

「ヤバい、隠れないとっ! 桐ヶ谷、何かないか!?」

 

「ち、小さいブルーシートが…っ!」

 

三人でブルーシートに何とかギリギリ隠れるも足先はシートから出てしまい傍から見れば死体を運んでいる軽トラに見えてしまう。すまない愛菜。

 

「あんた達なにやってんの!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そんなこんな前途多難だった移動を乗り越えて到着した宿泊先はとても綺麗で庭にプールが付いているほど大きな別荘だった。

男部屋一室と女部屋二室に別れたのだが…

三人部屋に五人はみっちみち過ぎて一人が簡易ベッドを使ってもかなりキツイ。

こうなったら俺は下のソファで寝るか…

 

「簡易ベッドは伊織か耕平で使えよ。 俺はソファで寝るからさ」

 

「む、しかしそれは…」

 

「そうだぞ和人。ここは公平にだ」

 

「俺たちはベッドでいいのか?」

 

「先輩方は物理的に無理でしょうし」

 

「すまんなぁ…」

 

「まぁとりあえず決めるのはあとにして海に行きましょう」

 

そう言いながら衣服を脱ぎ捨て各々水着に…着替えることなく和人以外皆全裸で外へ出て行ったのだが案の定、愛菜が静かな怒りを見せて客が多く人目がある脱げないビーチへと移動する事となった。

 

「あれ伊織達は…?」

 

海の家で焼きそばとビールを買い自分達のパラソルの下まで戻ってきた和人はその場に居ない面々を探すように訪ねると皆は海を指さしていた。

バナナボートに乗った伊織、耕平、千紗の三人は楽しそうにはしゃいでいる。

 

「いいなぁ…青春っぽい」

 

「どしたの愛菜?」

 

「羨ましそうだな」

 

……いや、本当に楽しそうにはしゃいでいるのかあれ? 随分と力んでいる顔して……あ、振り落とされた。

プカプカと救命胴衣で浮きながら二人が砂浜に打ち上げられている。

 

「ねえねえ楽しかった!?」

 

「私は楽しかったけど…」

 

「愛菜も乗ってくればいいじゃないか」

 

「え、でも…」

 

チラリと愛菜は伊織に視線を移すと向こうも気が付いたようで愛菜に乗るかどうか聴いていた。

和人とは言うと…

 

「梓さんは遊びに行かないんですか?」

 

「んー、あたしはいいかな? ここで奈々華とちーちゃんと遊んでるからっ。和人こそ行かなくていいの?」

 

「俺も見ているだけで十分ですからね」

 

時田、寿と共にバナナボートへ向かう愛菜を見送りながら喧嘩を続けてるバカ二人に焼きそばとビールを手渡しみんなで食べながら日光に当たる。 まさか自分がこんな健康的なアウトドアを行うとは思ってもみなかった。菊岡さんの言っていた現実における自然の美しさをちゃんと実感出来るのが嬉しいとも思う。

本日二本目のビールを各々飲み始めると最早、和人も気が付くことなく飲んでいく。

彼は手遅れなのかもしれない。



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テストと海と死に優る屈辱

何があった!? とんでもなくお気に入りと評価が伸びてるんですがこれは!?

えっと、皆様ありがとうございます…?
皆様大丈夫ですか?


沖縄二日目の朝。

今日はライセンス講習だ。

まさかダイビングのライセンスを取る事になるなんてSAO当時の俺に言っても信じないだろうな…と、朝日が差し込むリビングのソファから起き上がり身体を伸ばす。

結局、簡易ベッドは耕平がリビングのソファは和人が。 そして伊織は奈々華さんと梓さんの部屋で寝ることになった。 メッセージが届いているようでスマホがチカチカと光っている。

寝ぼけ眼を擦りながら開いてみると…

 

【未読通知24件】

 

「………ふぅ…」

 

少し震えた指でタップするとアプリが起動し通知を送ってきた面々の名前が出てくる。

 

【アスナ 4件】

【直葉 2件】

【伊織 18件】

 

アイツの身に何が起きたのだろう。

 

和人は差し込む陽射しによって目が覚めた為か時刻はまだまだ朝早い。少し外の空気でも吸うかと外に出ると気持ちいい風が吹いており腰を下ろしたらまた寝てしまいそうだ。なんて思いながら軽いストレッチを行っていた。

だいたい30分後くらいだろうか? 別荘内に居た他の面々が動き始めた。

 

「桐ヶ谷くんおはよう。早いんだね」

 

「おはよう千紗。 陽の光で目が覚めちゃってな」

 

「悪いな和人。リビングで眠れたか?」

 

「大丈夫ですよ。 色んな所で寝るのには慣れてますし」

 

同じく起きてきた寿先輩が冷蔵庫で冷やしていたスポーツドリンクを投げ渡してくれた。有難い。千紗や寿先輩が起きてきたということは同室の人達も起きてきたというわけでリビングは賑やかになっていた。

 

「あれ? 伊織はまだ起きてないの?」

 

「北原なら眠れてるのかすら怪しいぞ」

 

ほれ、と耕平が起きてきた愛菜にスマホを見せている。アイツのところにもメッセージを飛ばしまくっていたようだ。

寝不足で試験に落ちた…なんてことが起きたら笑えないが大丈夫だろうか。

 

「寝不足になって筆記試験の結果が散々だった場合マズイな?」

 

「ありそう……」

 

「いやいや大丈夫ですよ」

 

「そうなのか?」

 

伊織って普段バカをやっているイメージが強いが実は大学では頭が良いのか…?

 

「ヤツは寝不足関係なく頭が悪いですから」

 

バカも振り切ればここまで信用されるんだな。

 

「誰か少しは反論しろよ」

 

階段から何故か首元を真っ赤にした伊織が降りてきた。その様子は寝不足のようには見えず、寧ろしっかりと睡眠を取れているようにも見える。

 

「言っておくが耕平より高得点を取る自信があるぞ」

 

「フッ、バカが良く言うぜ」

 

「あぁん?! ドイツ語17点がよく言うぜ」

 

「けっ、たまたま20点が偉そうにしてんじゃねーよ!」

 

「なぁ、20点満点なのか?」

 

「100点だよ」

 

想像を超えていた。

いや、ドイツ語の講義や試験が凄く難しい可能性も捨てきれ無くはない。

 

「ちなみに私は86点だったよ」

 

やはりバカはバカだったのか。

それにしても先程の伊織の自信は虚勢なんかでは無く本気の言い方だったので何か策があるのだろうか。

実力や暗記をしたのではなく「策が有る」と考えている時点で和人は伊織の勉学における知能をバカにしているのだが。

 

「カンペの出来が悪かっただけだ!!」

 

「それは互いに同じ条件だろう!」

 

「カンニングしてその点数なの!?」

 

かく言う和人もライセンスの筆記試験に於いては不安なのだ。 なにせ今まで触れてきた分野とは全く別のジャンルなのだから。

 

「和人も心配そうだな。一応少し問題を3人に出してやろう」

 

時田先輩がそう言うと寿先輩と共に教本をパラパラと捲り始める。

 

「オープンウォーターダイバーが潜れる最大深度は?」

 

「「「18m」」」

 

常識問題の当たりを敢えて出して自信をつけさせようとしてくれているのか…それともバカ二人の為にか…

 

「着替える時は更衣室を『使わない』まだ問題の途中なんだけど…」

 

いや、そこは使うだろ他の男共。

…別に今はいいが何かの間違いでアスナやスグ達が来た時だけは更衣室を使って欲しい。 今はいいが。

 

「んじゃ、少し難しい問題だ。 保温しないと手が動かなくなる温度は?」

 

「え? それは…」

 

「「18℃」」

 

答えられたのは和人と伊織。 耕平と愛菜は信じられないものを見たような瞳で伊織を眺めている。

 

「ば、バカな…」

 

「やるじゃないか伊織。和人は大丈夫だと思っていたが」

 

大丈夫だと思われていたのか…それはそれで嬉しいがプレッシャーは大きいものだな、と一人考える和人を他所に伊織は昨夜の部屋の状況も物々しく生々しく語る。 所謂、怪我の功名というやつだったらしい。

耕平はそれが気に食わないらしく次々と伊織に問題を出すがそれでも伊織(バカ)は易々と答えていく。

俺はついぞ伊織の事を実はバカなんじゃないかと疑っていたが…

 

「このハンドシグナルは!」

 

耕平は自らを指さす動作をして伊織を見つめる。 確か、こちらを見て下さい…か。

 

「おっぱい」

 

やはり馬鹿だったか。

 

「あぁ、いや違った…『こちらを見て下さい』のサインだ」

 

それじゃあこれは…と自らの耳を指差しバツを作る。

耳が抜けないだな。

 

「うなじを見てくださ…違うそうじゃない…そっちを見ちゃダメだ…教本に集中しないと…っ!!」

 

「脇目振りまくりじゃないか…」

 

「その程度の集中力か…だらしない」

 

やれやれと肩を竦める俺と耕平の頭を掴み階段の上を向かせる伊織。 それと同時にガチャりと扉が開け放たれると薄く身体のラインが浮かび上がる寝巻き…キャミソールなのだろうか?を身に纏った奈々華さんと梓さんが寝ぼけ眼を擦りながらゆっくりと降りてくる。

伊織の拘束を全力で振りほどき天を仰いだ和人と耕平は鼻から赤い液体を流すと共に呟いた。

 

「「見てないよららこたん(アスナ)…」」

 

年上のお姉さん二人は他の女子に部屋へ押し込められ衣服を正しに行った…助かった…

 

「それにしても眠れなかったんじゃないか?あれなら」

 

鼻血を拭きながら伊織を眺めると首に手形が付いているのが見える。

 

「自分で自分を締め落とした」

 

絶対に真似しないでください

 

 

それでもって筆記試験本番。

時田先輩と寿先輩の普段から考えたら有り得ないような真面目な言葉を頂いて望むこととなった。

問題自体はどれも難しいことはなく、教本をしっかりと読んでいれば解けるものだった。何故か途中で近づいてきた千紗が伊織に往復ビンタをして行ったがそれ以外は特に大きな問題もなく4人まとめて筆記の合格を貰うことが出来た。

さて、次は実技練習なのだが言葉で説明するのはだいぶ難しい。

タンクの初期残圧200をみんなで確認、60になったら浮上をするという事を話し合い「BCDの浮力調整」から始まった。

和人、耕平は上手く行うことが出来て伊織と愛菜はそれぞれ上手くいかず…

続くレギュレーターとマスククリアも和人、耕平はバッチリだったのだが、やはりあの二人は少し上手くいかないようだった。

 

昼を挟んで二度目の実技練習。

今度はバディのエアが切れてしまった時に自分のオクトパス(予備レギュ)を渡す練習。

愛菜の様子が多少おかしかったがこれは皆上手く出来た。

その後は午前と午後に習ったことや少しの水中散策をしていた所、奈々華さんがタンク圧の残量を聴いてきた。

 

【残圧は?】

 

【90です】 【80です】 【100です】

 

耕平、伊織、俺とそれぞれ圧を示す。

一瞬愛菜の指が止まったがすぐに60を示して全員で浮上することとなった。

 

浮上後に話を聞けば愛菜は自分の残圧が少ないせいで皆の足を引っ張ると考えてたらしく誤魔化そうとしたようで…

 

「全く、普段から伊織や耕平をバカだって言ってるのに誤魔化そうだなんてな」

 

「だ、だって…」

 

「シレッと自分を抜いたな和人」

 

俯く愛菜に梓さんは優しく声をかけ、それに時田先輩に寿先輩が続いていく。

コツは教えられるし自分たちだって初心者の頃はそうだったと。 普段のイメージとはだいぶ違うが根っこのところで優しい人はどこまでいっても優しいものだ。 俺はそんな人を何人も知っている。

 

「これからはこういったウソはダメだぞ」

 

「特に安全に関することはな」

 

そう言葉を〆てこの話を終えようとする先輩方に愛菜は涙を流す。

ここの先輩たちは一味違うのだ、と。

リーナ先輩も厳しかったけど優しく…良い人だった。 今の俺を見たら間違いなく激昂しそうだけれど…

 

「でもアレだねぇ。愛菜が私たちに気を使っちゃうのってさ」

 

「おう?」

 

「なんだ」

 

「身も心もさらけ出せてないからじゃない?」

 

「え゛」

 

そんな言葉を合図に先輩方は全てを脱いだ。

 

これが無ければなぁ…

 

 

 

 

 

 

さて、二日目の日程も終わり皆で市場に晩飯の食材の買い出しに来ているのだが伊織の様子がどうにもおかしい。 大方、先程の実技でこのままだと不味いとか言われたのだろうか。 何か手伝えると良いんだが…

 

「おい、伊織」

 

千紗も同じタイミングで伊織に声をかけたのだが…

 

「毒殺したらいいのか」

 

全力で距離を置こう。命が危ない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

当の伊織は考えていた。

 

まさか俺だけ不合格。 この事がヤツらに知られたら…

 

「まあお前じゃ仕方ないよな ※耕平」

「そうねぇ、私は合格出来たけど伊織じゃねぇ ※愛菜」

「バカはやっぱりお前だなぁ伊織 ※和人」

 

死に優る屈辱!!

むしろ死の方が温い…!

 

幸いマスクは持参しているし貸別荘にはプールがある。あとは奴らにバレないように練習するかだ…!

 

「潰すのは無理…、三人を拘束するには場所もない」

 

別荘の間取りを考えるがどれも無理だ…今は夕飯前の準備。だとすれば出来るのは!!

 

「毒殺したらいいのか」

 

「いい笑顔で何言ってるの」

 

「うぉ!? 千紗、盗み聞きとは趣味が悪いぞ!?」

 

「毒殺よりマシだよ」

 

誰にも知られてはならないと伊織はその場を走って逃げる。 運良く食材は別々に買い物をして夜に一人一品作ることになったのでこの間に奴らを毒殺出来るものを仕入れなければ…!

一人魚屋に向かえば並んでいる魚を眺める。

自慢じゃないが魚の種類なんて全くもって分からないのでここは店員に大人しく聴くことにしよう。

聞くはいっときの恥…だな!

 

「すみません!」

 

「あいよ兄ちゃん、何を探してるんだい?」

 

「一口で成人が昏倒するような毒魚を」

 

「ねぇよンなモン」



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ダイビング アンド オスマンサス

本当に何があった!? ってレベルで伸びてるんですけどみんなが楽しく読んでくれているなら嬉しいです。
お酒を飲みながら読むの推奨。

ダイビングシーンの描写ハチャメチャに少ないけど原作も少ないからいいよね!?


お気に入り祝300越えヾ(*‘ω‘ )ノ


「料理の順番を決めるクジ引いてー」

 

そんな梓さんの声でリビングにぞろぞろとメンバーが集まっていく。 人数が奇数の為に何処か一つだけ三人になるが基本は二人一組になるようだ。

伊織は依然として様子がおかしいうえに今は必死に何かを願っている。なんなんだアイツ。

 

「ん、3番ですね」

 

「俺たちと一緒か。桐ヶ谷ならば大丈夫だろう…ケバ子は分からんが」

 

「…練習中だし」

 

互いに何を作るか話し合っていると背後からバカ(伊織)の雄叫びが聴こえた。 どうやら千紗とペアになったようなのだが…そんなに喜ぶことなのか? いや、俺が知らないだけでアイツらはそういう関係…?

深追いは止めておこう。 その手の話題を振ったら必ず俺にも戻ってくる。

 

「そういや耕平達はなんで愛菜の事をケバ子って呼ぶんだ?」

 

「悪鬼の如くケバいからだ」

 

「い、今はケバくないでしょっ!!」

 

常人枠だと思っていたコイツもヤバい人間だったのかと和人が距離を置くと愛菜は半泣きになりながら追いかけ回してくる。 くだらない事ながらも楽しくて少し困ってしまう。

少し手間が掛かるものの為に俺たちの出番が来る前に仕込みだけさせてもらいリビングで寛いでいると耕平はアニメを見始め、何の気なしに愛菜も共に三人で見る事になったのだが…

 

【魔法少女ららこになぁれっ☆】

 

ふむ、確かに少し面白い気がする。

 

「面白い…? え、耕平泣いてるの!?」

 

一人号泣していた。いや今フツーに変身しただけだが?

そうこうしていると不意にスマホが着信する。

電話、しかもこの登録音は…!?

 

【アスナ】

 

ドドドドドドドドドドドド…!!!

 

出るか? いや、しかし…でも久しぶりにバカ達の声じゃなくてアスナの声を聴きたい…。

リビングは騒がし過ぎるのでお茶を取りに行った愛菜の後を着いて行くようにキッチンの方へと向かい通話を押す。

 

『あ、キリトくん!? もうずっと連絡つかないから心配したんだよ!?』

 

「わ、悪いアスナ…結構忙しくて…」

 

『もう…でも声が聴けて安心したかな? 前と変わらずだから良かったよ』

 

ごめんアスナ。君の知っているキリトはある意味死んだ。

 

『今は沖縄に居るんだってね。どう、そっちは』

 

「あぁ、天気も良くて過ごしやす……待て、なんで沖縄に居るって知ってるんだ? 伝えてなかったはずだけど」

 

『久しぶりに休みだったからキリトくんの下宿先に少し行ってみたんだ。そしたら今沖縄にいる…って』

 

ヒュッ…と一瞬呼吸の仕方を忘れて固まった。

考えろ和人、Grand Blue の部屋には何も無いはずだ。 寧ろまともに部屋ですごした回数も少ないから比較的安全…

 

「ご、ごめんなアスナ? わざわざ来てくれてたのか…」

 

キッチンに辿り着くと愛菜が影に隠れるように座り込んでいて俺にも隠れるようにハンドシグナルを送って来て、何が何だか分からないが促されるままに隠れる。

 

「本気なの?」

 

「あぁ、本気だ。俺も…(ダイビングが)好きになってるからな」

 

!?

まさか伊織…やっぱり千紗の事を…?

表情が読めない以上、言葉で判断するしかないがこの会話は…

 

『キリトくん?』

 

アスナの声が電話越しに聴こえるが既に気が気ではない。 どちらかと言うと伊織と千紗の関係が進展するか気になってしまう。

 

「そっか、嬉しい」

 

愛菜が号泣しながらヨロヨロとリビングへ戻っていく。 俺も場所を移そう。

 

「ご、ごめんアスナ。少しとんでもない事が起きてて…」

 

『大丈夫なの!?』

 

「あ、俺が当事者ってわけじゃ…「和人、シャワー空いたから…ってありゃ、お電話中だったかごめんごめん」 梓さん?!」

 

廊下で電話をかけていたら背後から緩く抱きつかれた。 甘い香りが…ってマズイ!?

 

『…キリトくん? 今女の人の声が…それに和人って…』

 

電話越しから感じる凄まじい圧と冷気に背筋が凍る。あらぬ誤解を与えてしまったと和人は慌てて否定しようとするもこういう時、慌てた方が余計怪しいと前に誰かから聴いた気がする。

どうしたものかと固まっていると梓さんが横から電話をかっさらった。

 

「もしもし浜岡梓です。 ん、明日奈ちゃんか。 うんうん、梓って呼んでくれて構わないから…そうそう和人はサークルのメンバーで…」

 

なんだか話が弾んでいるようだけれど…

 

「ほい和人」

 

「え!? あ、アスナさん…?」

 

『ごめんねキリトくんっ! 変な誤解しちゃったみたいで…サークル活動頑張ってね!』

 

丸く収まってる…一体何を言ったんだ梓さん…

そのまま料理番が来るまでの短い間だが世間話をして電話を切ると梓さんはニコニコ笑顔でこちらを見つめていた。

 

「ごめんね変なタイミングで話しかけちゃってさ」

 

「いえ、むしろ誤解を解いてくれて助かったと言いますか…何言ったんですか?」

 

「内緒っ」

 

後が怖ぇ!!

 

「あ、後で明日奈ちゃんの写真でも見せてよね」

 

ヒラヒラと手を振りながらリビングに戻る梓さん。アレが大人の余裕ってやつなのか…? 少なくともクラインよりは大人っぽく見える。

さて、いよいよ俺達の料理番になったんだが愛菜は先程のショックのせいか目が虚ろなのは分かる。 何故か耕平まで頭を抱えていた。

 

「おい、大丈夫か? 調子悪いなら俺だけで作るけど…」

 

「気にするな桐ヶ谷…俺は北原の性癖について考えを改めていただけだ」

 

マジで何があったんだ。

パッと見、他のメンバーはツマミ系のモノばかり作っているようだったし一人ぐらい主食を作ってもいいだろうと簡単パエリアを作る事にした。

元より料理が出来ないわけではなかったがこの先は料理を作る機会が増えると見越してアスナに少しずつ教わっていた。 教えてくれって言った時、凄く嫌そうな顔されたけど。

UWではユージオと飯を作ってたし凄く今更ではあるのだが。

耕平も横で野菜を切り始め、愛菜は和人と耕平を眺めて項垂れている。

 

「ふ、2人とも料理出来るんだ」

 

「ららこたんのキャラ弁を作る為に勉強した」

 

「腕のいい先生が居るもんでな」

 

そんなこんなで調理は恙無く(愛菜はフライパンを燃やしたが)終わり食卓には色取りの料理が並んでいる。みんな上手なんだな、愛菜を除いて。

そして伊織を中心に変な空気まで漂っている。

まさか千紗と伊織がな…

 

 

明日は試験当日だからと今晩は皆、アルコールを入れずに就寝することとなった。

和人も昨日もよく眠れたから大丈夫と言ってソファで寝ていたのだが夜中外から声が聴こえてきた為に目が覚め、ふと目を窓際に向けると般若のような形相をした女が立っていた。

 

「…ヒィ!?」

 

あまりの不意打ちの出来事で情けない声を上げてしまうがすぐさま飛び起きて距離を置く。 不法侵入だってら取り押さえなければ……って、ん?

 

「愛菜…?」

 

「和人…伊織と千紗が……!」

 

「あの二人がどうかしたのか…?」

 

「外で如何わしいことを…」

 

………何かと勘違いしてるんだな。 あのゴミを見るような目で伊織を見ていた千紗が、仮に本当に伊織を好きになっていたとしてもこんな皆が泊まっている貸別荘の外でなんて。

有り得ない有り得ない、と窓から外をチラリと覗くと千紗が一人で立っていた。 ほら、やっぱり…なんて思うも伊織はどこ行った?という疑問がすぐに湧いてくる。

視線を下に落とすと千紗の足は伊織の頭を踏んでいた。

 

正確には頭を踏んで這い上がろうとする伊織を無理やりプールに沈めていた。

 

「ダメだ千紗!? いくらバカでも殺人を犯すほどのモノじゃないだろ!!」

 

「桐ヶ谷くん?」

 

「か、和人…にケバ子!? 貴様ら何故ここに…」

 

抗うように浮き上がってくる伊織を尚も踏みつけ沈めようとする千紗。人殺しなんてダメだ…!

 

「こ、これは…プールにサイフを落としてだな」

 

「嘘だぁ!」

 

「実はダイビングの練習なんだ!」

 

「「嘘だぁ!!」」

 

「正直に言ったんだが!?」

 

ダイビングの練習でどうして頭を踏まれる必要性があるんだ。と思っていたんだが、どうにも実技の調子が悪かった伊織は千紗に頼んでマスククリアの練習をするから浮かび上がらないように頭を踏んでくれと頼んでいたらしい。

 

「それならそう言えよ。俺達だって手伝ったのに」

 

「お前らに嗤われるのが癪だからなぁ!」

 

耕平ならまだしも俺がそこまで疑われるとは…

 

「言ってくれたら手伝ったのに…」

 

「マジか! 助かる」

 

「それなら俺はリビングで耕平が降りて来ないか見張ってるよ。こっちに三人居ても手が余るだろ?」

 

「アイツにだけはバレたくないから任せたぞ和人」

 

わかったわかった、と和人はリビングに戻ると先程まで寝ていたソファに腰を沈める。

彼処まで真剣に練習しようとしているんだ、伊織はやっぱりダイビングに強く惹かれてるんだな、と思いついつい笑ってしまう。

沖縄から帰ったら伊織達をALOに誘ってみるか…あの世界ならではの風景や空を飛ぶ感覚も知って欲しいし…耕平以外はアミュスフィアを持っていないし用意しないとな。

思い立ったが吉日とばかりに深夜でありながら菊岡さんに、無理は承知でアミュスフィア少し融通してくれないかといった内容を送ったところ二つ返事でOKのメールが届いた。

というかこんな時間まで仕事しているのかあの人。

まぁ、これで伊織と千紗、愛菜の分は何とかなりそうだな。

 

そう言えばALOの水中ってどうなってるんだ…?

昔、リーファと追い詰められた所はでかいモンスターが居てアレだったけど、調べてみる価値はあるな。もしかしたらあちらの世界の水の中も面白い発見があるかもしれない。

 

「あ、桐ヶ谷くん」

 

「千紗? 終わったのか?」

 

「うん、もう少ししたら上がるから寝ていいってさ」

 

「そっか…明日も早いし…ふぁ…寝るよ…」

 

千紗と愛菜が部屋へと戻って行くのを見送ると俺も再びソファへ横になる。 明日は実技試験だ…上手くいくといいな。

 

 

 

翌日、伊織は熱を出した。

俺たち三人は頭を抱えた。 最後まで見ていればと。

 

「今日の実習はさすがに無理だな。 伊織のヤツは寝かせておくとしよう」

 

「和人達は自分のライセンス取得に集中してね? 伊織はあたしが見ておくから」

 

「了解です」

 

「はーい」

 

「和人、気に病むことは無い。 取得のチャンスは幾らでもあるからな。伊織も直ぐにお前たちと一緒に潜れるさ」

 

「…はい」

 

それから数時間、昨日習ったことを実践し特にミス無くライセンス取得をすることが出来た。

海の中はやっぱり綺麗で明日のボートダイビングが俄然楽しみになった。

千紗が写真を撮っていたので後で貰ってユイに見せてあげたいな。と耕平達と話しながら別荘に戻るとベロベロになった梓さんと意識なく、尻にネギがぶっ刺さった伊織がお出迎えしてくれた。

 

「先に祝杯を上げていたようだな」

 

「すっかり治ったようで何よりだ」

 

「酒は百薬の長っていいますからね。特に伊織には効くんじゃないですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

4日目の朝は飛行機での移動だった。

宮古島は同じ県内でもかなり距離があり本島よりも台湾の方が近いらしい。

そりゃ遠いわけだ…

スパァン!と小気味がいい音が響くと伊織と耕平が張り倒されていた。どうやらビールを開けようとしていたらしい…最早無意識レベルに刷り込まれてるなコイツら。

 

「桐ヶ谷くんはよく耐えたね」

 

「手にビールの缶を持ってたけどね」

 

鞄にそっと戻したの迄バレている…

何とか誤魔化しているとPaBの他の先輩方が車を回してくれていた。これでボート乗り場まで連れていってくれるらしい。

 

「わざわざ来てもらってすみません」

 

「いいってことよ。今年の有望新人たちも居るからな」

 

「俺たちは先に着いてたしな」

 

「いつ頃こっちに…?」

 

「昨日の晩だ。 朝からダイビングをするから前日入りをしないとな」

 

「「「なるほど」」」

 

思い返せば他の先輩方が潜っているところを見たことが無いかもしれない。 まぁこっちはライセンスを持っていなかったわけだし当然といえば当然なのだが。

 

「てっきりオトーリが楽しみで前乗りしてきたのかと」

 

「宮古島式の一気飲みか」

 

「そんなヒデぇ飲み方する連中なんているもんか」

 

えぇと、なになにオトーリとは…

 

・親になった人が「口上」を述べて一気飲み!

・その後、全員が順に一気飲み!

・最後に親が一気飲み!

・親が「後口上」を述べて次の親に交代

・これを人数分繰り返す!

 

なるほど地獄って言うのはここの事か。

海辺の店へ車を停めるとでかでかと看板が立っており

 

【PaB関係者お断り!】

 

何やったんだこの人ら!?

 

「まぁ、それはそれとして…お前らもいよいよダイバーデビューか」

 

「それなんですけど伊織が実は昨日熱を出しまして…」

 

「マジか…じゃあ伊織はライセンス取れなかったのか」

 

「お恥ずかしい…」

 

あははは、と笑う伊織だがやはりどこか寂しそうで…少し居た堪れない気持ちになってしまう。まだコイツらとはひと月程の付き合いだけれど、それでも一日一日で考えるとSAO当時のメンバーよりも長い付き合いかもしれない。 もちろん一緒に住んでいるからというのもあるのだろうけど…だからこそ本当に好きなことを出来なかった伊織の姿を見ると心が痛んでしまう。

各々荷物を持ち船へと乗り込むと直ぐにダイビングポイントへと船は動いた。

風を切り、波を掻き分けながら船は進んでいく。昨日も体験したがこれは本当に心地がいい。

いつかアスナも連れてきて一緒にダイビング…なんて楽しそうだな。

 

「おぉ!! スピードがすげぇ!」

 

少し憂いた様子だった伊織も今は興奮して海を見ている。

まぁ耕平はそんな伊織を煽っているがいつもと同じように敢えて接しているのだろう。

 

「初心者がはしゃぎやがって。なんなら初心者君に船上のマナーを教えてやろうか?」

 

「あぁん!?」

 

…わざと煽ってるんだよな? そこまで性根が腐ってるとは思いたくないぞ…?

 

「それでお前はどうするんだ? 最大深度17mだとライセンスがないとだめだろ」

 

「あぁ、それなら1本目 2本目は体験ダイビングの人たちと一緒に混ぜてもらうことになった」

 

船に同乗している海外の方がグッとサムズアップしながらHAHAHAHA!! と笑っていた。

向こうに留学したらあんな感じの人達と付き合っていくんだよな…不安だ。

 

「3本目はどうするんだ?」

 

「俺は船の上で待機だな」

 

むぅ、そうか…と耕平と和人が眉を顰めるが伊織は気にするなよと言い、体験ダイビングの人達と奈々華さんの元へと向かって行った。

仕方ない、こっちも準備をするか。

 

タンクやウェイトの確認を済ませ海へと入り、ゆっくりと耳抜きをしながら潜水を開始する。

昨日も潜ったがなんて綺麗なんだろう…と月並みな言葉が出てくる。

岩場の影から見える魚達を眺めていると奈々華さんがハンドシグナルで上を示す。

見上げればウミガメが親子で泳いでいてなんと一緒に泳ぐことまで出来た。

1本目はウミガメを見る事ができ、体験ダイビングで見ることが出来なかった伊織に寿先輩が写真を見せていた。

2本目も幻想的な光の差込みがある世界を泳ぎ、沖縄特有の生態系まで見ることができて今まで自分が生き見てきた世界の狭さを改めて思い知らされた。

少し上の方に伊織たち体験ダイビングの人たちが泳いでいる。 彼処ではまた違う景色なのだろう。

船に上がるとみんなで弁当を頬張りながら海の中で見てきたものについて語り合っているが伊織は一人デッキで休んでいるらしい…少し様子を見ようと和人は腰を上げたが、それよりも早く千紗がデッキの方へと向かって行ったのを見て苦笑し耕平達と共に3本目に挑むのだった。

 

 

日も落ち夕暮れ。

本日のボートダイビングが終了し皆疲れきって寝ている。 あぁ、この幸せは今までの生活では得がたいモノだ…願わくば、愛する人たちと共に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さて、みんな聞いてくれ。皆も知っての通り宮古島に来た理由の八割を占めるオトーリ体験だが…」

 

「予定していた店が何故か臨時休業になった為、断念する運びとなった」

 

エェェェエエエエウソダロォォォォオオオオオオオオオオオオオ!

 

そんな叫びが居酒屋に響くも伊織を初めとする1年組は胸を撫で下ろした。

終わりのない世界線から逃れることが出来たと和人、耕平はにこやかに握手を交わす。

 

 

 

 

 

「だが折角宮古島まできたんだ、せめて俺たちなりのオトーリをやってみようじゃないか!」

 

 

 

 

ダッ!!!←和人、伊織、耕平が走る音

 

ヒュバッ! ズルッ!? ←先輩がサンオイルをぶちまけ3人が転ぶ音

 

ドン!!←為す術なく床に取り押さえられた3人

 

 

 

「おいおい、そうはしゃぐなよ一年坊共」

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ

 

「さあ、始めようか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ところ変わって「Grand Blue」。

 

「お届け物でーす」

 

「はいよー…お、和人に届け物か。 随分重いな…部屋に置いといてやるか」

 

帰ってくるまであと1日。

 

そして地獄のオトーリが今始まる。



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オトーリ

お気に入りが400を超えました(震え声)
皆様、こんな拙い作品にありがとうございます…っ
あと終盤に出てくる女の子は次回も出る予定なのでそこそこ出番はあるかと…?


「キリト。ちょっとキリト起きてってば」

 

誰かが俺を呼んでいる。 重い瞼を開けば金髪でトレジャーハンター風の装備を身につけた女性プレイヤーがこちらの肩を揺すっており、これで起きなければ叩くしかないという雰囲気が彼女から感じられたので飛び起きた。

 

「ご、ごめんごめん。日差しが気持ちよくてさ」

 

「全くキリトはいつも変わらないね」

 

苦笑する彼女を他所にキリトは辺りを見渡すとそこは公園のような場所でアインクラッドのはじまりの街郊外に似ている。

はじまりの街自体、当時はあまり長居した場所では無かったので詳しくはないがこんな様な場所もあった気がする。

 

「あ、キリトくん! 私もばっちり二刀流のスキルが出たよ」

 

「え? そりゃ凄いなっおめでとう○○○!」

 

赤毛を腰まで伸ばした女性が笑顔で駆け寄ってくる。

あれ、SAO時代にこんな知り合いが居たか…?

考えようとするも、いつの間にかキリトの横には黒髪の少女がちょこんと座っていた。

 

「どうかしましたかキリト?」

 

「いや、腹が減ったなってさ」

 

「キミってば寝てるか戦っているか食べているかだよね〜」

 

ボクもだけど!と勢いよく身を乗り出したユウキを見るとついつい笑ってしまう。

 

「キリトくん、一緒にご飯食べよっ」

 

「あぁ、アスナ。今行くよ…!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、お前ら急に遠い目をしてどうしたんだ」

 

「そりゃ現実逃避もしますよ!」

 

PaB(オレたち)なりのオトーリってなんですか!? つーか、和人お前も正気に戻れ!!」

 

「はっ!? 俺は何を!?」

 

伊織に引っぱたかれた頬を抑えながら身に覚えの無い景色を見ていた事に愕然とする。ついに酒で幻覚すら見るようになったのか…!

 

「まぁそう焦るな。今回はみんなで同じ(かめ)の酒を飲もうと思う」

 

「折角の合宿だからな」

 

なるほど同じ釜の飯を食う…みたいなものか。

ここにはアルコールが嫌いなメンツは居ないし実にPaBらしくていいとは思う。問題は中身だ。

 

「ところが酒の好みが全員一致することは大変難しい」

 

「そりゃ確かに…」

 

「ですね」

 

酒にはジャンルや銘柄、炭酸の有無に度数の違いと千差万別。

かく言う俺は少し強めのお酒が好きだし甘いのも好ましく思う。 伊織達もどちらかと言えば強い酒ばかり飲んでいる。

因みにビールは全員一致で好きな物になる。

 

「ここで皆の感想が異なるのは寂しいだろう?」

 

「そうですね、折角の合宿の思い出の酒ですし」

 

「だから俺たちは考えたんだ」

 

 

「「ならば公平になるよう全員がキツイ酒にしたらいい と」」

 

 

「「「公平の取り方おかしくないですか!?」」」

 

先輩がどデカい(かめ)をドン!! と前に置き、皆でこの瓶に各々酒を注いでいくらしい。

俺たちなりのオトーリ…生きて帰って来れるのか?

 

 

「まずは俺たちが少し真面目な口上を述べさせてもらおう…」

 

「出身地がバラバラ俺たちが同じ時、同じ場所に集い」

 

「同じ船に乗り同じ瓶の酒を飲める事を嬉しく思う」

 

「この場にいる皆が同好の士であり仲間だ」

 

「いずれその道が別れようとも共に過ごした時間はなくならない」

 

時田先輩…寿先輩…っ

目元がついつい潤んでしまう。 ずるい先輩達だな…

 

「どうか皆の人生に置ける青春の思い出として!」

 

「今日という日を忘れないで欲しい!」

 

トクトクトク…と二人は酒瓶を開けて(かめ)に注いでいく。 あの二人はPaBの皆を、皆で過ごす日々をそう感じとっていたのか…

不意に二人が持っている酒瓶が視界に入る。

 

スピリタス(96%)

 

「アホかアンタら!?」

 

「青春の思い出どころか記憶が混濁するわ!?」

 

絶叫する和人達を無視して横手先輩も口上を述べ、スピリタスを注ぎ込んでいく。

止めれるはずもなく少しずつ増えていく瓶に戦々恐々としていると東先輩が前に出てきた。

 

「化学ばかりやってきた俺は気の利いた事を出来ないが…せめて俺ができることをやろうと思う」

 

東先輩が手に持った瓶は酒瓶なんかでは無く。

 

エチルアルコール(消毒用)

 

「「「入れるなぁぁぁぁああ!!!」」」

 

なんてもん入れようとしてんだあの人!? 気の利いた事が出来ないってレベルじゃないぞ!?

 

「冗談だよ。こんなもん入れたら度数が下がっちまうだろ?」

 

「消毒用アルコールよりも度数がキツイだと!?」

 

「飲み物じゃねぇ!」

 

「伊織、耕平…かくなる上は水で薄めるしかない」

 

3人は固い握手をし自らの生存を掛けた戦いに挑む。 奇しくも普段互いを潰し合う3人が同じ目的のために手を取りあった最初で最後の共同戦線となる。

 

「ほら、一年共もやれよっ」

 

「あ、はーい」

 

先ずは伊織が出た。 あれを飲んだら俺達は人としての尊厳を失う!(既に失っている)

伊織が無防備に瓶へ近づくと揮発したアルコールが目に滲みいたりのたうち回った。

ダメだ伊織が殺られた。こうなったら俺たちでやるしかない…! と耕平にアイコンタクトを送ると静かに頷きまるで酒を入れるかのように水のペットボトルを開け瓶に近づいた。

 

「おいコラ和人ぉ…耕平ぇ…」

 

「ふざけた真似してんじゃねぇぞ」

 

「そこまでブチギレる事ですか!?」

 

せめてこれで許してくださいと3人で泡盛(60度)を掲げると渋々認めてもらうことが出来た。 これでギリギリなのか…

 

「それじゃあ和人から口上を述べてもらうか」

 

「お、俺から?」

 

参ったな特に何も考えてなかったぞ…それにこう言うのって仲間内の打ち上げでしかやったことがないし…

 

「思いの丈を言えばいい気にするな口上に上手いも下手もない」

 

そう時田先輩に促され、泡盛を持ちながら前へ出る。思いの丈…か

 

「俺はずっとVRMMOの世界ばかり見てきました。 仮想である、あの世界が俺にとっては現実のようなもので…それと言うのも今はまだ話せませんが事件に巻き込まれ長く過ごした事があるからで…察しのいい方はたぶん、これだけで何の事件かは分かるでしょうけど」

 

SAO事件。 2年もの間、1万人のプレイヤーが鋼鉄の浮遊城に捕らえられ多くの犠牲者を出したVRMMOの始まりにして最悪の事件。

 

「でも伊豆に来て、PaBの皆さんと出会って知らない世界を見ることが出来ました。 きっと俺はこれから仮想の世界もこの綺麗な海が広がる世界もどんどんと好きになってくと思います。 正式な伊豆大の生徒じゃない俺を誘ってくれてありがとうございましたっ」

 

素直な気持ちを述べ、泡盛を瓶へと流し込んでいく。

PaBの面々も拍手をして微笑みながらこちらを見てくれた。やっぱり優しい人達だな。

 

「和人って伊豆大生じゃなかったのか!?」

 

「いやそこかよ」

 

もっと突っ込まれるかと思ったけどコイツらはこんなヤツらだった。

今の俺にとっては有難いことだけどな。

 

「それじゃあ伊織、耕平も続いて口上を」

 

促されると二人揃って前に出て清々しい程の笑顔を浮かべながら口上を述べ始める。

 

「俺はPaBのお陰でずっと嫌いだった「今村耕平!」の魅力に気が付きました。 最初は流されて始めた「ゲームとアニメ!」も今では無くてはなりません。 これからは今よりももっと努力して「耕平お兄ちゃん結婚して!」と言えるように頑張りたいと━━━━━━」

 

伊織が耕平の頭部を泡盛の瓶で強打した。

清々しいほど気持ち悪い口上になっていたな。

 

「二人の距離が縮んでいく素晴らしいスピーチだったな」

 

素晴らしい要素があったか?

 

口上も全員が終わりコップには禍々しい色合いと臭気をした酒が表面張力限界で注がれている。少しでも量を減らさなければ命に関わると判断した。

伊織と耕平は酔っ払ったふりをして零そうと試みるも失敗をし、そのあと何故か2杯目も手に持っていた。何してるんだあいつら。

零したり薄めたりすることが出来ないのならばどうするか…

俺はPaBで何を学んだ?

人を蹴落としてでも生き残る意地汚さだ。

 

「愛菜、喉乾いてないか?」

 

「いや飲まないから」

 

万事休すか…

 

「和人、ほんと1ヶ月でだいぶバカになったよね…」

 

失敬な。確かにアルコールを入れることに忌避感は一切無くなって自分からも開けるようになったが何も変わっていないぞ。

 

「それじゃあ急いで飲むぞ」

 

「中身が減っちまうからなー」

 

あの人たちは何を言っているんだ?

誰が好き好んでこれを飲む………蒸発してるだと…!?

コップ並々に入ってたアルコールXは今は数センチ下に液面が下がっている。 恐るべき…オトーリ!

 

※ オトーリでこんな事は起きません。

 

「正しいオトーリを教えれば…!」

 

「この飲み方から解放されるやもしれん!」

 

伊織と耕平がスマホを持って先輩達に突撃していくがちょっと待って欲しい。

オトーリの正しい飲み方をおさらいしよう。

 

 

・親になった人が「口上」を述べて一気飲み!

 

・その後、全員が順に一気飲み!

 

・最後に親が一気飲み!

 

・親が「後口上」を述べて次の親に交代

 

・これを人数分繰り返す!

 

つまり最低でも13回乾杯することになる。

伊織が耕平の顔を殴り、和人は耕平の尻を蹴り飛ばしていた。

 

「まぁいい、強い酒は飲みなれている」

 

「確かにな! 俺たちに今最も大切なのは…!」

 

「酒を飲んでも飲まれないという強い精神力!!!」

 

 

 

 

 

「「「ウェエエエイ!!!」」」

 

「さすがは俺たちの後輩だァ!」

 

「あっという間に見慣れた光景に…」

 

おさけおいしいな。

 

3人纏めて酒に飲まれていると時田がダンボールを開けて驚愕する。

 

「酒が切れた!」

 

そんな言葉を聴けば和人達の混濁していた意識は一気にクリアになり、酔いなど忘れて皆して詰め寄った。

 

「発注ミスでは!?」

 

「まさか、あれだけあったお酒がなぜ…事件か?」

 

という訳で買い足すためにアルコールを入れていなかった愛菜の運転で伊織がコンビニまで出掛けていくと飲み会も少し勢いを潜め、思い思いに話しながらの形となっていく。

和人も先輩方から隠れるように女性陣に紛れて雑談に興じていたのだが…

 

「あ、そうだ和人」

 

「どうしました梓さん?」

 

「恋人の明日奈ちゃんの写真見せて〜?」

 

「ブフゥ!?」

 

突然の爆弾に飲んでいたウーロン茶(PaB式)を噴き出してしまう。梓さんはケラケラと笑い、知らなかった千紗は驚いた顔でこちらを見つめ、奈々華さんは楽しそうに微笑んでいる。

耕平は!?

 

「ららこたんの再放送が映らん」

 

大丈夫だ。

 

「桐ヶ谷くん、彼女居たんだ。 意外かも」

 

「千紗さんには俺が一体どう言う風に映ってるんだ…いや確かに居るようには見えないかもしれないけど」

 

「ん…伊織2号?」

 

「不名誉すぎるな!?」

 

ほっぽり出していたカバンからスマホを取りだしカメラロールをスライドさせていく。

千紗が撮った海の中の写真を大量に送って貰ったのでだいぶ下にアスナの写真がいってしまっている。何故か身に覚えのない裸の写真や伊織と耕平の写真まで多くあったが華麗にスルー。

伊豆に来る前に一緒に撮った写真を見つけると表示して3人に見せた。

 

「へぇ、凄く可愛い子だね〜」

 

「あ、ほんと美人さんだ…」

 

「和人くんもいい笑顔で映ってるね」

 

自分と彼女のツーショットをマジマジと見られるのはだいぶ恥ずかしい。が、アスナを褒められるのは悪い気がしないため何枚かスライドして見せていくとスグも写った写真が出てくる。

 

「こっちの子は…?」

 

「俺の妹の直葉だよ。歳は一つ下だから今年大学受験なんだ」

 

「和人に似て可愛い顔してるじゃん」

 

「梓さん? それは俺の方が嬉しくない褒めですよ」

 

あははは〜と、笑っていたら肩を強烈な力で捕まれ立てなくなるほど押さえ付けられた。

逃げられない。

 

「桐ヶ谷、言葉を選べ」

 

「バカな耕平!? お前はさっきまで向こうにいたはず…!」

 

抗えない力が肩を襲う。返答を間違えれば殺られると本能が警鐘をならすのは何時ぶりだろうか。

 

「妹が、居るのか」

 

「……居ません」

 

「この子だってさ」

 

バカ千紗! 写真を見せるな!

 

「ほう、そうか」

 

ミシミシと音を肩が立て身体が悲鳴を上げる。

 

「高校三年生らしいよ」

 

「へぇ? そうなのか」

 

「ま、待て耕平。お前は2次元にしか興味が無いのでは!?」

 

「知らなかったか桐ヶ谷。 俺は大学に入ったら【俺を中心にした女子高生美少女ハーレムサークル】に入りたかったんだ」

 

「そんな所がある訳ないだろう!!?」

 

あまりにもバカ願望につい声を上げるが奴の力は弱まることなく依然として和人を床に縫い付けている。

 

「しかし運が良かったな桐ヶ谷。 もし妹が中学生だったり()()の妹だったり…お兄様やお兄ちゃんと呼ばれているとしたらお前を12回殺さなければならなかった」

 

ふ、と肩にかかっていた力が抜けた許されたのか…?

 

「一度の死で許してやろう」

 

「それは許しじゃなくて処刑で…ゴハァ!?」

 

酒が入っているせいで避けることもままならず耕平の処刑フルコースをモロにくらって崩れ落ちた和人。

そして、和人が目を覚ました時には素っ裸にひん剥かれた伊織と耕平を踏み付けるように修羅が酒場に降臨していた。

 

「おぉ、和人…次はアンタばい!!」

 

「あ、愛菜…? ま、待て待て何をする…つも、あ、あーーーーーーー!?」

 

 

 

 

裸でビロンビロンに伸びたパンツを付けた野郎が三人。愛菜から逃げる伸びて海沿いに座っていた。

 

「全く酷い目にあった…」

 

「むしろなんで和人は気を失っていたんだ」

 

「それがよく覚えてないんだ…耕平は?」

 

「さぁな。 俺もさっぱりだ」

 

痛む身体に違和感を覚えながら月と星が輝く夜空の下で海を眺める。

ユージオと旅をしていた時もあの世界の夜空をよく見上げたっけ…

 

「夢のようだな…」

 

「この光景がか?」

 

「いや、この生活がさ」

 

和人は苦笑しながら2人を見ると彼らも揃って笑い頷いた。

 

「あぁ、なるほど」

 

「それもそうだな…」

 

「「「夢と言っても悪夢だがな」」」

 

背後から迫る脅威に三人は声を揃えて絶叫する。

沖縄の夜は暑く長かった。

 

 

 

 

 

 

 

「ただいま、お父さん」

 

「おー千紗、奈々華お帰り。 和人と伊織も疲れただろ」

 

「ただいまです叔父さん」

 

「疲れたというか…えぇ、まぁ疲れました…」

 

沖縄合宿を終え「Grand Blue」に帰宅すると登志さんが笑顔で出迎えてくれた。

オトーリやらなんやらで頭とか色んなところがイカれた気もするが楽しかったことは変わらない。

荷物を置き部屋へ一度入ろうとしたところ呼び止められた。

 

「そうだ和人。何日か前にお前宛ての荷物が届いてたから部屋に置いておいたぞ」

 

「え? 本当ですか…ありがとうございます」

 

「気にするなって。伊織もそうだが和人も今や家族のようなもんだしな」

 

気さくに笑う登志夫さんにもう一度お礼を言いながら部屋に戻ると確かに大きめのダンボールが置いてあった。

 

「随分とでかい荷物だな?」

 

「何を買ったんだ」

 

「なんでお前たちも普通に俺の部屋に居るんだ…」

 

「そりゃ飲むためだろ」

 

カシュッとビールの缶を開け始める二人にゲンナリしながら和人も渡されたビールを開け飲みながらダンボールを開け始める。

そして心臓が止まるかと思った。

 

「これは…和人、そんなに欲求不満だったのか? 山本ですら買わないぞラブドールだなん…カハッ」

 

伊織の鳩尾に渾身の一撃を喰らわせて撃破する。

人をあの女性に見境のないクズと一緒にするな。童貞の鏡のような山本と。

ダンボールから出てきたのは人間の…正確にはロボットなのだが。

 

「む、それは確かアリス…? なぜ桐ヶ谷の所に」

 

「知ってるのか耕平。…まぁ、えっと知り合いというか色々あってな」

 

「イテテ…冗談だってのに何もあそこまで本気で殴らなくても…」

 

バカの体は頑丈だな。

 

「それで…これは本物なのか?」

 

「ちょっと待っててくれ…確か互換性のあるコードが…あった」

 

実家から持ってきたケーブルをアリスのロボットボディに刺せば数秒後に軽い起動音がなり、瞳が開かれた。

 

「「おぉ…」」

 

伊織と耕平もここまでリアルなロボットが動くことに感動を覚えたのか感嘆の声を漏らす。

 

「ん、キリト…?」

 

「おはよう…というよりはこんばんはになるか。 久しぶりだなアリス」

 

「えぇ、そうですね。あまりにも連絡が取れないものだから休暇を利用してここに送られてきました」

 

以前のアレで味をしめたのか、時折荷物として郵送されてくる女の子は如何なものか。

 

「それでそちらの二人は?」

 

「あー、…」

 

「えっと、北原伊織だ」

 

「今村耕平だ」

 

コイツらの関係性はなんだと考えていたら一応先に名乗ってくれた。

 

「イオリとコーヘイですか。 私はアリスです。お二人はキリトとどの様な関係で?」

 

「………俺たちはなんだ?」

 

「四六時中一緒に居るが…」

 

「なんだろうな、一応友達という括りにしておくか」

 

アリスはぱちくりと瞬きしながら和人を見つめ、そして伊織と耕平にも視線を送る。なんとも言えぬ空気感が部屋に漂う。

 

「ふっ…そうですか。 しかし元気そうで安心しました。 お二人から見てキリトはどうでしょうか」

 

「「バカだな」」

 

「お前らには言われたくないんだが?」

 

このバカたちにバカ扱いは未だに腹が立つ。

 

「そうですねキリトは特別馬鹿です。よく貴方の事を分かっている友ではありませんか」

 

「アリスまで…っ」

 

「それしてもキリト…その、何故…三人とも下着姿なのですか?」

 

「「「普段通りだが?」」」

 

「そ、そうなのですか…」

 

何を当たり前のことを言っているんだアリスは…ひと月の間に何かあったのだろうか…

 

「とりあえず下に降りよう。アリスにみんなを紹介しなきゃだし」

 

「どうせ今夜も飲み会だろうしな」

 

「まさか人工知能…いやこの言い方は失礼か? こうして言葉を交わす事が出来る日が来ようとは…」

 

何が何だかという様子のアリスを引き連れ下へと降りるとアリスに驚いた千紗がフリーズしていた。

 

「桐ヶ谷くん、えっ、その…え?」

 

「落ち着け千紗。 彼女はアリス…あー、UW(アンダーワールド)っていう仮想世界で育ったボトムアップ型の人工知能だ」

 

「チサ、というのですか? 私はアリスです。いつもキリトが世話になっています」

 

「あ、えっと、お世話してます…?」

 

実際に世話になっているからなんにも言えないがその返しは変じゃないか千紗さん?

 

「ここは…何かのお店でしょうか?」

 

「え、えっとはい。 ダイビングショップですけど…」

 

「ダイビング…とは?」

 

あたふたしながら一生懸命に説明する千紗とそれを真摯に聞き質問をするアリスを見ていると中々面白いので暫く眺めておくことにする。

 

「しかし凄いな。まんま人間じゃないか」

 

「人間だよ。住んでいる世界が違うだけで俺たちとアリスのような人達は何にも変わらないさ」

 

「ま、和人が言うんならそうなんだろうな」

 

バカの癖に、こういう事に関しては受け入れるのが早いというかなんというか…

 

「よし、お前ら! 今夜はアリスちゃんの歓迎会だ!」

 

「飲むぞぉ!!」

 

荷物を置いていつの間に店にやってきたPaBのメンバーが雄叫びを上げるとまるで戦闘の合図のような雰囲気にアリスが驚き和人を見つめる。

肩を竦めて笑えば千紗がアリスを引き連れ奈々華さんと共にその光景が一番見える奥の席へと案内をしていた。

そこで見ているんだ。

ひと月で変わってしまった俺の姿を…

 

かつて両手に剣を握って戦った少年は、その手に酒瓶を構えて男達の中へと飛び込んでいく。

 

 

その姿を千紗とアリスはしょうもないものを見る目で眺めていた。



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妖精の空

お気に入り600ありがとうございます。
皆様は普段からウーロン茶を愛飲でもしてるんでしょうか?

今回は丸っきりのオリジナル回の為、面白くないかもしれません。と先に予防線を張っておくチキンです。お許しください。


「さて、私は今日の夜にはあちらに戻らないといけないのですが……聞いていますかキリト」

 

「あー…聞いている…」

 

「チサ、キリトはいつもこの様な?」

 

歓迎会から一夜明け。

全裸の状態で「Grand Blue」の床に伊織や耕平と共にぐったりとしている様子を見てアリスはキッチンで朝食を準備している千紗に訊ねるが、彼女はそうだよ、とひとつ返事をして彼らに一瞥もくれない。

 

「アスナが知ったらどう思うのでしょうね」

 

「うぐっ…」

 

「ユージオと共に過ごしていた時よりも自堕落になっているのでは」

 

「がはっ…」

 

あまりにもピンポイントに痛い所を疲れてぐうの音も出ない和人にアリスは苦笑しながら一つ…と指を立てて口を開く。

 

「今回の私の行動は独断です。アスナ達も知りません。故に条件次第では黙っておきましょう」

 

「本当か!?」

 

「はい、私をダイビングに連れていってください」

 

無理だァァァァァァァァ!!!!

ロボットだぞ!? 高性能とはいえ今のアリスのボディは水中には対応してない…っ!

 

「どうしましたキリト?」

 

知ってか知らずか微笑みながらこちらを見てくるアリスが悪魔に見えた。 ついでに千紗はダイビングの本を持ってアリスの周囲をぐるぐる回っている。 キッチンではスクランブルエッグが煙を上げている。

 

「和人、こんな事もあろうかと!」

 

「俺たちがいいものを用意しておいた!」

 

「はっ!? 先輩方!?」

 

扉を開け放ち朝日を背にしながら仁王立ちする寿と時田に和人は目を向ける。 朝日のおかげで丁度股間部が光っているため朝から見苦しいものを見ずに済んだ。 立地が良い店だなここ。

 

「前々から相談を受けていたものだがな。 お前のアイデアを元に大学の方で試作品を作った。 もちろん細かい設定は和人がしなければならないが」

 

ほれ、と渡された箱の中には和人が作成した通信用プローブが少しごつくなったモノが入っていた。

 

「元々ダイビング用に使えるカメラもあるんだ。 その外装を使用してプローブを水から守る物を作ってみた。まぁ、試作品だから数回の使用でガタがくるかもしれないが…」

 

「あとは電波の問題だなぁ」

 

「いえ、プローブには元々ローカルストレージも付けてたんで…これならユイもアリスも一緒にダイビングが出来るかもしれません…寿先輩! 時田先輩! ありがとうございますっ」

 

ナイスなタイミングだった。というか昨夜アリスに会ったから持ってきてくれたのだろうか…?

何にせよこれなら問題は解決だ。 アスナには昨夜の醜態がバレない。

 

「その代わり、今度俺たちの研究に付き合ってくれ人手が足りなくてな」

 

「もちろんですよ。ここまでしてもらいましたから!」

 

このセリフ、よく覚えておいて欲しい。

 

まぁとりあえず目の前の問題は解決したし、ご飯を食べてダイビングに行こう!とみんなで言っていたのだが伊織と耕平は准教授にレポートを出さないといけないのを忘れていたらしくグロッキーな状態(パンツ一丁)で大学へと向かった。愛菜も諸事情…というか旅行の疲れが取れていなく寝ているのか未だに連絡が取れない。

朝食を終え、ダイビングの準備を始めるといつの間にかアリスもダイビングスーツを身にまとっていた。もちろん潜る訳ではないが奈々華さんが着ているだけでも気分が変わるということで貸してくれたものだが。

 

「今日は透明度が高そうだな!」

 

「ダイビング日和だっ」

 

「アリス、今のうちにプローブの方に移れるか?」

 

「分かりました……」

 

カクンッとスイッチが切れるようにアリスの身体が傾くとボディを壁へともたれかけさせておく。

プローブのカメラが上下左右に動き始めアリスと意識がしっかりと移ったようだ。

 

「よし…OKです」

 

「それじゃあバディチェックするぞー」

 

互いに身の回り品やバルブチェックを行って順に海へと入っていく。 残念ながら試作水中用プローブには通話機能が未実装のためアリスの声は聞こえないが、潜行を始めると仕切りカメラが稼働して海の中を見つめていた。

少しは興味を持ってくれているといいんだがな。

奈々華さん達の後ろを付きながら泳いで行くと大きなサンゴがあり、隙間からは様々な魚が顔を出したりしており見ていて飽きることがない。 今日は透明度も高いから遠くまで見通せる。

惜しむらくは伊織と耕平、愛菜が居ないことか。

 

普段は存在そのものがアレだが居なかったら居ないで少し物足りなく感じてしまう。四六時中一緒に居るせいだろう。

水の中を気泡が上がっていく音が、海中で石と石がぶつかり合う音が聴こえる世界を記憶しようと眺める。 いつか仮想(あちら)の世界でもこれほど美しい風景を再現出来たならば…現実の空と海のように電子の海で世界のどこに居ても誰かと共に居られるようになるのならば。

その時はきっと、彼らと。

 

 

 

「……とても、とても美しい世界でした」

 

「だろう? UWには海が無かったもんな」

 

「はい。湖はありましたが…ここまで深く広くは無かったので」

 

感動したのか饒舌になっているアリスは「Grand Blue」のカウンターでこの1時間ほどずっと海中で見たものについて語っている。 後で録画したデータも見返すといい千紗や奈々華さん、それに防水仕様の準備をしてくれた先輩方の手を取り感謝して回っていた。 ここまで喜んでくれたなら一緒に潜った甲斐が有るものだ。

 

「決めました。次回は私もこのカラダで潜ります」

 

「え゛!? いや、それは…」

 

凛子さん、比嘉さん…申し訳ないが頑張ってほしい。

 

「さて、私はそろそろ帰らなくてはなりませんが…」

 

「え、もう帰るのか? 夜って言ってただろ」

 

「私はキリトほど暇ではないので」

 

痛い所を突いてくれるな…本当に。

 

「む、折角レポートを終えて帰ってきたと思えば」

 

「もう帰るのかアリス?」

 

「コウヘイ、イオリ。 腰を据えてあまりしっかり話せていませんでしたね」

 

腰を据えて話せなかったのはコイツらがアルコールを飲んでいたからであって時間がなかった訳ではない。

 

「キリトは知っての通りバカです」

 

おい。

 

「ですがキリトは何かと人の為に動き自分で背負い込んでしまう所があります」

 

「そうか?」

 

「寧ろこいつは嬉嬉として俺たちを貶めようとしているが」

 

「それはきっと貴方々を友として見ているからでしょう」

 

それは無い。それは無いからそんなニヤニヤした目でこっちを見るな伊織、耕平…!

 

「どうか彼が無茶しないように見守ってください」

 

「ま、女の子の頼みとなっちゃ」

 

「叶えない訳には行かないな」

 

いい話風にまとめようとしないでくれないか?

アリスはその光景にクスりと微笑むとイタズラが上手くいったような…彼女にしては珍しい表情を浮かべて店の外へと向かって歩き始める。

 

「それでは私は行きます。 最後にひとつだけ」

 

扉に手をかけ振り返るとアリスは和人を見つめて口を開く。

 

「私が入ってきた箱の底にキリトがクリスハイトに頼んでいたものが入っています」

 

なるほど、菊岡さんもこのアリスの襲来に一枚噛んでいたのか…とんだサプライズだよ、全く…。

 

「それではPaBの皆様、またお会いしましょう」

 

「「「おうっ! またなアリス」」」

 

ふっ、と口角を上げて出ていった彼女を見送る。 ありがとうなアリス。 それに業腹だが彼女を一人の人間として扱ってくれた伊織と耕平にも口には出さないが礼を言っておく。

 

とりあえず頼んでいたものが届いたんだし耕平にだけは教えておくか。

 

「耕平、少し良いか?」

 

「どうした我が友、桐ヶ谷くん?」

 

心底腹が立つ笑顔を見せた耕平を蹴り飛ばして一度部屋へと戻った。 やるのは天気の悪い日…だな。

 

 

 

 

 

 

 

 

さて、沖縄から帰ってきて早数日。和人の伊豆滞在も二ヶ月以上となり最近は茹だるような暑さの日々が続いているのだが外は暴風雨の為にダイビングが出来ずにいた。

それでも耕平と愛菜は店に来て皆でダラダラと過ごしていたのだがそんな状況を見て和人は今こそ皆をあの場所へ連れて行こうと思い立つ。

 

「みんな聞いてくれ」

 

「「「「?」」」」

 

何故か前もって打ち合わせをしていた耕平も間抜けな顔をして和人を見つめているが、まぁバカだからなと解決し話を続ける。

 

「みんなに体験して貰いたいものがあるんだ」

 

「体験…? 外は雨だぞ」

 

「天候関係なく出来るものだよ。まぁゲームなんだけどさ」

 

ちょっと待ってろ。と部屋へ足早に向かった和人は3人分のアミュスフィアを持って戻ってくる。 それを見てようやく合点がいった耕平もカバンから同じくアミュスフィアを取り出し腹の立つ笑顔を浮かべている。

 

「おぉ、アミュスフィアじゃねーか! これどうしたんだ!?」

 

「ちょっとアリス関係で出来たコネがあってな。 タダで譲ってもらったんだ」

 

「これって高そう…」

 

「私も話にしか聞いた事なくて…あはは」

 

「まぁ、俺がみんなと遊びたくて用意したものだって考えてくれればいいよ。 俺に新しい世界を見せてくれたみんなには…俺が居た場所を見せたかったしな」

 

照れ隠しのように頬を掻き目を逸らす和人の姿に愛菜と千紗は同じ様に少し気恥ずかしく感じ、伊織と耕平は気持ち悪いものを見た目で和人から距離を取っていた。

 

「どんなゲームをするの?」

 

「アルヴヘイムオンライン、通称ALOって呼ばれているゲームだな。 妖精のアバターを使うんだけどこのゲームの売りは宙を飛べることなんだ」

 

「宙を?」

 

「って、そう言えば3人ともVRMMO自体初めてなんだもんな。 説明するよりも先にやってみる方がいいか」

 

アミュスフィアの使い方だけ大まかに説明をし、伊織、耕平は俺の部屋に。 愛菜は千紗の部屋で各々アミュスフィアを付けて電源を入れる。

あぁ、思い返せばこんなに長い期間ログインしていなかったことは無かったな…

 

「リンクスタート!」

 

久しぶりのフルダイブの感覚に少し目頭が熱くなる。来る日も来る日も飲み会で気が付いたら日が昇り。 研究室に行っては色んなことを学び、帰ってきてまた飲み会…そんな二ヶ月を過して来たのだから仕方がない。

 

目を開けると二ヶ月前にログアウトした街の一角だった。 いや、本当に久しぶりだな…

おっと、感傷に浸るよりも先に3人を探さないと。

と、思ったんだが傍から見ても分かる。

何故か()()()()()()()()()()()()闇妖精の男。

それを呆れた様子で見る水妖精の女の子。

そして浮かれた様子で周りをはしゃいで見回り暖かい目で見られている今地面にすっ転んだ、和人と同じ影妖精の女の子。

 

どうみても伊織と千紗、愛菜だ。

いやなんでハラスメントコードギリギリの褌一枚なんだあのバカは。

 

「お、かず……じゃなくてキリト。こっちこっち」

 

「その姿で呼ぶな寄るな!? 変人の知り合いと思われたくない!」

 

「服の違和感が凄くてな」

 

何を言っているんだ、このバカは。

一応ゲームを始める前に和人は自分のアバターの見た目とプレイヤーネームを教えておいた。いきなりリアルネームを呼ばれるのも知り合いとはいえ周囲の目があればマナー的な問題もあるからだ。

 

「キリト、凄いんだね今のゲームって!? うはー! 風も気持ちいいっ」

 

「あー…ケバ子」

 

「ケバ子言うな! よく分からなかったからアイよ」

 

「俺は「スピリタスか」違うわ!? 俺もアイツと同じで無難にイオだ」

 

愛菜がアイで伊織がイオか。まぁ分かりやすいというかそのまんまだな。裸でも良かったんじゃないか?

チラリと千紗を見ると目を逸らされた。

 

「……マレ」

 

「なるほど。らしいな」

 

Mare…ラテン語で海だったよな。確か

千紗らしい名前だ。

 

「あれ? いまむ…じゃなくてえーと…うーん…オタクは?」

 

「名前がわからないからってそういう呼び方をするか。 いや、誰か分かるから問題ないけど」

 

「待たせたな」

 

背後から声をかけてきたのはリーファと同じ風妖精の緑がかった金髪をした男。耕平だろう。初期装備の3人とは違いしっかりとした片手剣に魔法耐性の高い防具をつけていて中々歴が長そうな感じだった。

 

「ふっ、初期装備か。雑魚め」

 

「運動出来ないくせに装備で威張りやがってバカめ」

 

「そんで、プレイヤーネーム聞き忘れていたんだが」

 

「キリト、俺は考えたんだ。プレイヤーネームは皆が、それこそNPCも呼んでくれる名前だろう?」

 

「ん? まぁ確かにそうかもな」

 

「だから《お兄ちゃん》と言う名前にすれば妹キャラからもそう呼ばれるのではと気がついた!」

 

「続けろ変態」

 

「まぁだが、そんな名前にすれば屈強なNPCにも《お兄ちゃん》と呼ばれることと、KAYA様のお声がするキャラに呼ばれたら死ぬ事に気が付き、RaRaKoにした」

 

「ららこ…って確か好きなアニメの?」

 

「あぁ、俺如きが名乗っていい名前では無いのだが…若気の至りでな。 まぁそれで仲良くなったプレイヤーも居た…つまりららこたんは人の輪を繋ぐ!!」

 

あー、はいはいと誰もが空返事。

とりあえず全員揃ったので郊外へとゾロゾロと並んで出ていく。 ユイは最後のログアウト前にアスナに預かってもらっているので意識的にキリトのログイン歴を調べない限りはこの連中と居ることはバレないだろう。

イグドラシルを出て比較的モンスターのポップがないエリアに着くと今回のメインである空を飛ぶ為に翅を出す。

それぞれ四人、自ら選んだ種族の色をした翅を出すと感心したように互いの翅を見て喜んでいる姿を見ると…これだけでもこの四人(耕平は元々やっていたが)をここに連れてきて良かったと思う。

 

「最初はこの補助スティックを使って飛んでみようか」

 

「ん、キリトくんは使わないの?」

 

「あぁ、慣れてきたら翅も身体の一部に感じるようになるからな意識するだけで自在に飛べるよ」

 

軽く飛翔し左右に揺れるように飛んでみるとアイとイオは目を輝かせていた。

 

「ららこは出来るのかよ」

 

「ふ、当然だ。 そこで見ているんだビギナーくん」

 

ふらふら〜…ふらふら〜…と浮かび上がるららこ。

そしてドヤ顔で戻ってくるららこ。

 

「ふっ、どうだ」

 

「瀕死の蛾の様な飛び方だったな」

 

「気持ち悪かった」

 

「うん」

 

「ま、まぁまぁ…補助なしじゃ本当に難しいんだよ。 とりあえずイオ達も飛んでみようぜ?」

 

みんなが補助スティックを操作するとフワリと…身体が軽く浮き上がり始める。

 

「わ、わっ!?」

 

「おぉ…!? 俺飛んでるぞっ!! すげー!」

 

「本当に飛んでるみたい…いや、本当に飛んでるんだけど…っ」

 

三人はゆっくりと宙に上がりながらくるりと回転してみたりと初飛行を楽しんでいるようだ。

もっとも何時ものごとくアイはあまり上手くいってないようなので少し教えに行こう。なんて思いながらキリトは翅を動かし飛行が上手くいっていない彼女の横に付く。

 

「き、キリトっ! これどうしたら…っ」

 

「落ち着け落ち着け…! とりあえずその場で留まれるように…」

 

左手は補助スティックを握っているためアイの片手を取って引くようにし宙での動きを身体へ覚えさせるように手伝ってあげている。

 

「えーと、アイ…大丈夫?」

 

「マレ…う、うん…何とかキリトのお陰で慣れてきた…かな?」

 

暫くしてやっと慣れてきたアイ(愛菜)マレ(千紗)と一緒に宙を舞っている。

新生アインクラッドの一層辺りでモンスターと戦ってみるのも面白そうだな。と思っているとイオが寄ってきた。

 

「キリト、スティック無しの飛び方教えてくれよ」

 

「お、イオ興味あるのか?」

 

「あのクズ(耕平)に負けっぱなしは屈辱だ」

 

なるほど。一理ある。

それでは、とかつてこのゲームに来たばかりの時にリーファに教わったようにイオの翅を触り仮想の筋肉があることを把握させ、彼もそれを動かすように意識していく。

ジジ…っ…と翅を振動させる音をさせるとそのまま一気に飛び上がった。

 

「おぉ、すっげぇ!? 俺マジで飛んでるって!」

 

「凄いぞイオ! バッチリ飛べてるっ」

 

あっという間に『随意飛行』をモノにしたイオはかつてのキリトよりも飲み込みが早く、自在に飛んでいる。

並走するように飛ぶといつの間にか速度を競うようなバトルになっていたけど…

 

 

「いやー、すっげぇな今のゲームって!」

 

「リリースはだいぶ前なんだけどな。 やっぱり本体は高いから手を出せない人も多いみたいだ」

 

「風を切るってあんなに気持ちいいんだーっ!」

 

「う、海の次くらいに楽しかったかも…?」

 

マレがそこまでの感想を言ってくれたなら本望だな。

 

「でも本当に貰ってよかったの? そこまで高いもの…」

 

「いいんだって。 いつかは他のPaBのメンバーも呼んでみたいもんだしな」

 

ゲームとはいえ、この世界でも疲労はある。

少し休憩ということでみんなで一度街に戻りゲーム内での食事を楽しみその途中でららこ(耕平)の知り合いが現れる。

 

「あ、ららこくん。今日はお友達と? 随分と久しぶりのログインだね」

 

「あぁ、久しぶりだ。 友達という訳では無いが…まぁそんなところだな」

 

ららこ()が女性プレイヤーと話しているだと…!?」

 

イオは驚愕を表した顔で(というかALOでそんな顔出来たのか)ららこを見つめて固まっている。

 

「そちらは?」

 

「たまに俺とパーティーを組むKAYA様の同士だ」

 

「へぇ、俺はキリトです。よろしく」

 

「NANAです。よろしくねブラッキー先生」

 

「うっ、その呼び方は…」

 

「有名だからね」

 

「そっちが、マレとアイ。それとバカだ」

 

「イオだよ! バカはお前だろ!?」

 

「はっ、よく言う工学20点」

 

「お前はカンペを使って22点だろーが」

 

ワイワイと騒ぐ二人を他所にナナはくすくす笑いながらそろそろ時間だからと挨拶を済ませて店を出ていった。

とりあえず二人を鎮圧しこの世界の飯でも味わってもらおう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「酔わないアルコールって苦痛だ」」」

 

「アンタらねぇ…」

 

「結局そこなんだね…」

 

何を飲んでもアルコールを感じられずにゲンナリしながらもう一度飛びたいという彼らの為に少しエリアを変えてみた。

イグドラシルから降り、地上街の外…どちらかと言えばららこ(耕平)の種族、風妖精の首都であるスイルベーンよりの場所でモンスター狩りもしてみた。

 

イオは持ち前の運動神経と場馴れを最大限に活かして難なく倒し、マレとアイも協力して倒し…

ららこは吹っ飛ばされていた。

 

「おまえ…」

 

「俺は普段パーティーを組んでいるからな。後衛職だ」

 

「にしたって限度があるだろ」

 

イオから前々から聴いていたが本当に苦手なのかこういうの。

その時、森の方から高速で何かが飛んでくる音を察知した。 もちろんスキルなんかではなく長年こちらの世界で培ってきた環境音や周りにいるプレイヤーが出す音とは別、ある程度距離のある所から聞こえる音はノイズのように聞こえ始めて徐々に鮮明になってくる…なんてシステム上の事から気がついた察知能力みたいなものだが。

PKもあるゲームだ。初心者丸出しの3人がふよふよと飛んでいたらそれを進んで狩ろうとするやつもいる。

背に担いだ剣に手を掛けて音のする方向を睨み付ける。

 

「ららこ! プレイヤーが来るかもしれないっ。三人を落とされないようするぞっ」

 

「悪いが対人は苦手だ」

 

「お前は何が出来るんだ!?」

 

彼の申し分に呆れてつい目を逸らしたその瞬間、森から一人飛び出してきた。 抜剣は間に合わない…二ヶ月の間にかなり腕が鈍ったと歯噛みしながら兎に角、一撃目は避けなければと意識するが予想外にもそのプレイヤーはキリトの胸へ飛び込んできた。

 

「お兄ちゃん!!」

 

「す、スグ!?」

 

桐ヶ谷直葉。

一つ下の実は血の繋がっていない妹。

ALOでは風妖精のリーファという名前でかなり有名なプレイヤーになっている。

そんな彼女がキリトを突進気味に抱きしめて反動そのままごろごろと地面を転がった。

 

「もう! 全然連絡ないから心配してたんだよ!?」

 

「ご、ごめん…ってなんで俺がここに居るって分かったんだ?」

 

「さっきイグドラシルの方でブラッキー先生が見た事ない奴らとツルんでたって話が聞こえて…」

 

色んな意味で名前が売れているキリトは良くも悪くも動いているだけでユージーンやサクヤ達のレベルで噂になる。

今回はそれが行為方向で成果を出してしまっただけである。

 

「それでお兄ちゃ…キリトくん。この人たちは?」

 

キョトン、とした顔でこちらを見つめている女性二人と傍から見れば…いやアバターだけど綺麗な女の子に抱き締められているキリトを見て両手剣を無言で引き抜き今にも首を取らんとしているイオを眺めてリーファは立ち上がる。

 

「えっと、この4人は俺が今下宿させてもらっている所で知り合った友達……知り合い? いや、被害者と加害者? だ」

 

「キリトの妹さん…なんだよね? 前に写真見せてもらったけど姿が違うから…私はアイだよ」

 

「えっと、マレ…です」

 

「なんだ妹なのか…俺にも妹はいるしな? イオだ。いつもキリトには迷惑をかけられている」

 

「おいおい、いつも俺に迷惑をかけているのはお前だろイオ」

 

「「あっはっはっはっ…」」

 

「「受けて立とうじゃねぇかこのクズ(バカ)!!」」

 

「えーと…?」

 

目を点にしながら睨み合うキリトとイオを指さしているリーファにマレとアイは無表情で首を振る。

 

「いつもの事だから…」

 

「いつも何ですか!? あんなキリトくん初めて見ますよ…」

 

「確かに最初来た時はもう少し大人びた感じだった。イオやららこに比べてだけど」

 

「へ、へー…そうなんですか…なんだか意外だけど…少し嬉しいかも」

 

「どうして?」

 

「んー、お兄ちゃんってあまり同年代の友達と遊んでいた事、私の記憶ではほとんど無くて…もちろん友達は居るんですよ。 仮想世界(こっち)では友達も戦友もライバルも沢山居ますし。 それでもこうやって同年代の人と遊んでいるのが珍しくって」

 

リーファがなんだか余計なことを喋っている気がするが今は目の前のイオから目が離せない。

キャラのスキルは始めたばかりだから初期のはずなのに如何せんプレイヤースキルが異様に高い。体捌きや先程会得したばかりの『随意飛行』まで用いて攻撃を仕掛けてくる。

 

「おいキリト」

 

「なんだイオ」

 

「あのバカ。やけに静かじゃないか?」

 

そう言えばららこ(耕平)は…?

ふと、2人して地上に居る彼を見るとそこには…

 

「ウゥ…ァァァ…」

 

邪神が誕生しようとしていた。

 

「逃げろキリト!? アレは止められる気がしないぞ!?」

 

「ちょっ!?」

 

「キィrIがYaaaa!!!!!!!!!!!!」

 

ヒィ!?

 

翅を震わせ最大速度で一気に更に宙へと逃げ始める。 ららこの『随意飛行』はお世辞でも上手くはなかったから余裕で逃げられ…

 

「Koろ…kokokororrrrr」

 

振り向いたら眼前まで邪神は迫っていた。

その後ろには恐らくイオのリメインライトが浮いている。 瞬殺してきたのか!?

 

「こ、の…ッ!!」

 

片手剣を振るい悪しき敵を斬り倒そうとするもバレルロールの如く身を捻り回避したららこはその手に持った槍(先端がイカの形になっている、アニメコラボ武器)でキリトの腹部を貫く。

 

「キリトくんが押し負けてる…!? あの人何者なんですかっ!?」

 

「あー…」

 

「うん…」

 

このままではHPが削り取られると焦りが生まれた辺りでららこのアバターが強制的に消えた。

 

「あれ? どうしたの?」

 

「急激な脈拍の上昇を感知して強制ログアウトしたのかもしれない…それにしても危なかった…」

 

「いや、それならもっと危ないんじゃないか?」

 

復活魔法をリーファにかけてもらったイオがキリトに寄りながら口を開く。

 

「だって俺たちの身体って今、同じ部屋にあるだろ」

 

「あ」

 

リーファも含めた四人の前から唐突にキリトのアバターが消えた。

 

「俺達もログアウトとするか」

 

「街に行かないと直ぐにログアウトできないんだよね?」

 

「うん、キリトくんが言ってた」

 

「ちょ、皆さん!? なんで何も無かったかのような振る舞いを!?」

 

焦るリーファにイオ達は頬を掻き肩を竦める。

 

「「「いつもの事だから」」」

 

とりあえず、リーファは彼ら3人を街まで見送り今日の事をアスナに話そうか悩んでいたのだが…

 

「あ、来週伊豆に行くってお兄ちゃんに伝えるの忘れてた…」

 

母に様子を見て来いと言われていたことを思い出し彼らの事を思い出す。

喧嘩とかはしてたけど普段はきっと仲が良くてキャンパスライフを一緒に送ってるんだろうなぁ…やっぱり内緒で会いに行こっと…




やめて!妹の直葉の登場で、今の桐ヶ谷・スピリタス・和人を見られたら、PaBのゲームで下着姿で梓さんと遊んでいる和人の精神まで燃え尽きちゃう!

お願い、死なないで和人!あんたが今ここで倒れたら、伊織や耕平との約束はどうなっちゃうの? パンツはまだ残ってる。ここを耐えれば、梓さんをポロリさせられるのだから!


次回! 妹襲来? 和人、伊織死す!
リンクスタンバイ!


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友達

今回短めです…はい。
いつも感想ありがとうございます。本当に励みになってるので毎日投稿しちゃってる次第です。ストック有りません助けて。


「おーす」

 

「ビール買ってきたぞ」

 

「有難く思え」

 

日も沈んだある日の夜。 アパートの二階にある山本(クズ)の家にやって来た和人、伊織、耕平らは珍しく服を着ている。

 

「おせーぞお前ら」

 

「焼き鳥冷めちまうだろ」

 

三人が来るのを待っていたのか山本(童貞)と野島は一応食い物には手を出していないようだった。

 

「さっきまで三人とも二日酔いでな」

 

「今八時だぞ…そんな時間まで二日酔いって」

 

「日が昇りかけてたもんな」

 

「六次会までだったか?」

 

袋に入ったビールを各々取り出して乾杯を交し飲み始める。一缶、二缶ほど空けてから山本(諦め)が哀愁を漂わせた表情をして他の四人に問いかけた。

 

「なぜ俺に彼女ができ「顔が悪い」「性格が悪い」「生き様が悪い」「出会いがないんじゃないか?」桐ヶ谷、お前だけは優しいんだな…っ!!」

 

「おいおい和人。こういうのはハッキリ言ってやるのが友人の務めだろ」

 

「山本に出会いがあったら俺にだってあるはずだ!」

 

「桐ヶ谷、優しさは時に人を傷付けるぞ」

 

伊織、野島、耕平は好き勝手に言っているが山本(バカ)は泣き喚いている。

 

「大体、伊織達の学部って女子が少ないんだろ? それなら仕方ないと思うんだが…」

 

「まぁ、それもそうだな」

 

「140:3の割合だしな。ははは…! そうだよなぁ北原ぁ!」

 

どこからかスコップを取り出して伊織の首に突き付ける山本(修羅)はそれはそれは恐ろしい顔をしている。

 

千紗(アイツ)には一切手を出していません!」

 

「よろしい」

 

「許す」

 

「え、千紗と伊織って付き合ってたのか?」

 

初耳なんだが…とビールを飲みながら訊ねると知らなかったのか? と他のメンバーは伊織をガシガシと蹴りながら肯定し、その伊織は首がねじ切れそうなほど縦に横に首を振っていた。

あ、あー…少し事情がある感じなのか。

 

「桐ヶ谷はそういう話ないのか?」

 

「いや、俺は…」

 

居る → 裏山に行って埋められる or 女の子を紹介しろ

 

居ない → 伊織が万が一アスナにあった場合、死

 

ダラダラと止まらない汗を噴き出させながら発言が止まると耕平が間髪入れずに言葉を挟んだ。

 

「桐ヶ谷には愛する妹が居るだろう」

 

「へぇ、妹が居るのか。写真とかあるのか?」

 

少し待てと、アスナが写っていない写真を探し出し直葉と二人で撮った写真を見せる。

 

「おぉ、めちゃくちゃ可愛いじゃねーか!」

 

「お、これがリーファちゃんなのか? 確かに可愛いな」

 

「今日から桐ヶ谷の事を義兄さんと呼ばせてもら…」

 

ドサッと山本(死体)が床に転がる。

何事かと写真を見ていた野島と伊織。それと写真とにらめっこをするように見つめていた耕平が顔を上げると和人が満面の笑顔で立っていた。

 

「さ、続き飲もうぜ?」

 

「「「お、おう」」」

 

大人しく飲み続ける空間に三人は冷や汗を流しているなか和人も気がついた事があった。

 

「そういえば藤原と御手洗は?」

 

「藤原は誘い忘れてた。 御手洗は最近付き合い悪いんだよなぁ」

 

「彼女でも出来てたりしてな」

 

「そんなまさか。 でもまあ顔はいいからなっ!」

 

「もし万が一彼女が居たらどうするよ」

 

「俺はアイツを信じてるぜ。まだクラスに馴染めていなかった俺に最初に声をかけてくれたのが御手洗だったんだ…そのおかげで野島やお前たちとも飲み会が出来ている…」

 

「山本…、御手洗も誘おうぜ?」

 

「おぉ、そうだ今から電話しよう!」

 

あっはっはっ! と笑うメンバーにほのぼのとする和人だが直ぐにこのメンツのクズさを再認識することになる。伊織が電話をかけそれを笑顔で見守っている面々。

 

「なるほど30分か…ふむふむ…キサマ女とヤッてるな

 

「「「……ッ!!!」」」

 

「…タイミング悪い時に電話かけちまったな?」

 

「あぁそれなら付き合い悪いのも頷ける」

 

「全くそれならそうと言えばいいものを」

 

「なるほどなあ…」

 

 

 

「焼き討ちに行くぞ」

 

「奴の家を知る者は」

 

「俺が」

 

「良くやった今村後で褒美をやろう」

 

やっぱりコイツらはクズだな。

 

「いいか! 絶対に奴に本懐を遂げさせるな!!」

 

「もちろんだ! 俺達は仲間だからなぁ!」

 

「人の幸せを見過ごせるかよ!」

 

セメント袋やらなんやら大量の器材を持って部屋を出ていく連中を止める術など無くなあなあで着いて行く羽目になった和人は様々な嫌がらせを見る事になった。

御手洗宅の前に辿り着くとインターホンを鳴らし…

 

「御手洗さーん、AV200本詰め合わせセットのお届けでーす!」

 

ゴトゴト…郵便受けから次々にAVを投入していく様は傍から見れば鬼畜の所業。

 

「いいのか山本?」

 

「お前の秘蔵のAVを…」

 

「構わないさ。俺の不幸でやつの幸せを潰せるのなら」

 

「いっそ清々しいな」

 

「やってる事はゲス以下なのに…!」

 

その後もメッセージアプリで名前を変えて送ったりなんだりする連中を冷めた目で見ている和人と耕平はノリで着いてきたがそろそろ帰ってもいい頃合いかと帰ろうとしたのだが…

 

「優おにいちゃん!」

 

いけない。そのフレーズは耕平に効く!!

 

「俺に任せろ。ミックスボイスという発声法を見せてやる」

 

涙ながらにやる事なのか!?

 

とまあ、男達の飲み会は色々あったのだがここからが本題。

見事にフラれた御手洗を迎えて始まった二次会も終わり、伊織が寝泊まりしている離れで三次会を3人で行おうとしていたのだが部屋に入るなり耕平は扉の前にバリケードを造り、和人は床に押さえつけられていた。

 

「な、何をするんだ伊織!?」

 

「いやいや、何ってなぁ? 裏切り者を始末するだけだ」

 

「安心しろ。妹さんは耕平お兄ちゃんが面倒を見るからな」

 

「何のことを…っていうかまだ言うか耕平!!」

 

ジタバタ暴れる和人に伊織は微笑み顔を寄せる。

 

「お前の彼女アスナさんについて聞かせてもらおうか」

 

何故こいつがアスナを!?

 

「梓さんから昨日の夜聞いてな」

 

梓サーーーーン!!!

 

「随分と美人なようじゃないか。そんな美人とどう出会ったか教えてもらおう」

 

「わ、わかった話すから上から退け!?」

 

仕方ないとか命拾いしたなとか呟きながら上から避ける伊織とバリケードを造り終えた耕平にビールを手渡しながら部屋の壁にもたれ掛かる。仕方ない、何れは言うつもりだったし…どうなるかは分からないが。

ため息一つ落としてポツリポツリと語り出す。

 

「俺はSAO事件に巻き込まれた一人なんだ。恋人のアスナもな」

 

「開き直って恋人とか普通に言葉にしたぞこいつ」

 

「やっぱり今から埋めに行こうぜ」

 

「落ち着けよ!? まだ語り始めだ!本にすれば1ページ目だ!」

 

ちっ、と舌打ちをして二人はスコップをしまって腰を下ろす。こいつらマジでヤバい。

 

「えーと二人はSAO事件についてどこまで知っている? 情報統制はあったけど調べれば沢山出てくると思うが」

 

「俺はあらましは知っている。そこのバカは知らないだろう」

 

「うっせぇ! でもヤバい事件だなって事しかニュース見て思わなかったな。ゲームで死んだら現実でも死ぬ…ってぐらいか」

 

「まぁ、そこを知ってるならいい。 出会った当初はゲームなんてほとんどやった事のない女の子だったんだ。 最初のうちは少し縁があって一緒に行動する事が多くてさ。ボス攻略もな」

 

ティルネル号に乗って一緒に戦ったりもしたな…なんて懐かしい事を思いながら当時のボス戦の話をすると二人は驚いた顔で酒を飲む手も止まっている。

 

「死ぬかも知れない戦いを…わざわざしていたのか?」

 

「まぁ…クリアしないと帰れないっていうからな。それでまぁ一年程たった頃には彼女はSAO内でトップのギルドの副団長になっていた」

 

「団長が和人でしたって話か」

 

「まさか。俺はソロプレイヤーだったよ」

 

「ん? それじゃあ接点なんてほぼ無いんじゃないか」

 

まぁ、それもそうなんだが…攻略会議とかではしょっちゅう顔を合わせて喧嘩してたんだよなぁ。

そこから大雑把にだけど74層に至るまでの話をしていった。所々彼らの琴線に触れるものがあったのか、詳しく教えてくれ…なんて言われたこともあった。

 

「まぁ色々ありまして…それで付き合ったきかっけというか…話さないとダメか?」

 

「「ここまで聞いたんだから話続けろ」」

 

「…殺されかけたんだよ。俺もアスナも」

 

「モンスターにか?」

 

「人にだ」

 

それを聞いて二人は再び固まる。

信じられないのだろう。

 

「居たんだよSAOにはわざと人を殺す集団がな。 俺が殺されかけて…それをアスナが助けてくれたんだが…そいつは隙をついてアスナを殺そうとしたんだ。 その時、俺が…そいつの命を奪った」

 

シン…とした部屋の中で口を閉ざした。

言う必要はなかったのかもしれない。 黙っていれば良かったのかもしれない。

それでもこの2人には…隠し事は作りたくなかったというのも事実なのだ。

 

「吊り橋効果か」

 

「それだ」

 

ピンと来たような顔で呟く耕平に伊織は指を差して納得する。

 

「つまり俺も女の子がピンチの時に駆けつければ…」

 

「北原には無理だろう。桐ヶ谷だから出来たという点もある」

 

「え、っと…それだけか?」

 

「あん? 何がだよ」

 

「いやいや、今凄い重要なこと俺は言ったつもりなんだぞ!?」

 

「俺にはよくわかんねーよ。ついこの前までVRMMOなんてやった事なかったし」

 

「北原と同じなのは癪だがそうだな。俺にもわからん」

 

なんの事だ?と首を傾げる二人につい和人は声が大きくなって詰め寄る。

 

「だから俺は人を…!」

 

「知らんと言っている。少なくとも俺達の前に居るのは酒が、ゲームが、海が好きなバカしか居ないぞ」

 

「そうだな。 今のお前は桐ヶ谷和人だろ」

 

あぁ、そうか。

きっと誰かを()()()しまった自分が誰かと関わる事、関係を作ることを恐れていたのだ。

同じSAOのメンバーは和人を攻めることは無い。 ユージオやアリス、ロニエやティーゼもまた違うだろう。

それを目の前の二人は何のことは無いと、知らないと言ってくれたのだ。

 

自然と頬に涙が流れる。

ここに居ていいのかと安堵をしてしまった。

 

()()()()()()()()()()

 

次の瞬間には再び床に組み伏せられている和人。

 

「まぁ、彼女が居ることを許す…とは言ってないがなァ?」

 

「もちろん、どれだけドラマティックで素敵な恋愛であろうと俺達は他人の幸せを許さない」

 

「は? いや、ちょっと待て…今はほら少し珍しくシリアスな展開から絆されるいい瞬間だったんじゃ…ごふぁ!?」

 

口の中に可燃性の液体が並々と注がれていく。

あ、これはヤバ…

 

翌日、本当に頭だけ出して砂浜に埋められている和人を発見した千紗はだいぶパニックを起こしたらしい。

 

 

 

 

 

 

和人の大暴露&処刑日から更に数日後のこと。間には青女祭があったのだが特に語りたいことは無い。 というか女装とか思い出したくないのでここでは語らない。

さて、本日の伊織だがどうやら妹から届いた手紙に返事をどうするか悩んでいるらしい。

 

「栞ちゃんへのお返事は書けた?」

 

「いやぁ、今回は返事はしないでおこうと思いまして」

 

「あらどうして?」

 

「便りが無いのは元気な証拠といいますし」

 

「でも家族の現状を知りたいと思うでしょ?」

 

「それはそうなんですが…」

 

伊織が背後を振り向けば全裸! 全裸! 全裸!である。

昼間っから酒を飲み干し衣服を脱ぎ捨てどんちゃん騒ぎをするサークルの面々。自分も普段はその中の一人なのだ。それを妹や家族に伝える? 否である。

 

「でも千紗ちゃんもう書いちゃってるよ」

 

嘘を書けば千紗の手紙でバレる。しかし本当のことを書けば最悪実家に強制送還!

当たり障りのないことを書くしかない!

 

【拝啓 栞へ こっちももうすぐ夏です。 伊織より 】

 

「本文は?」

 

書けるわけがない!

和人ならば何とか上手い誤魔化し方を知っているのではないかと考える。 主に彼女への言い訳とか。

ちらり、と視線を送ると裸の彼が気が付きスタスタと歩いてよってきた。

 

「どうした?」

 

「実はカクカクシカジカ」

 

「なるほど、この現状を知られないように伝える手紙か」

 

「よく今の説明で分かるね…」

 

最近言葉を聞かなくてもコイツらが何を言いたいか分かってしまう自分が怖い。

 

「とりあえず前略で始めてみたらどうだ?」

 

「なるほど!」

 

【前略 中略 後略】

 

「「「………」」」

 

カリカリとペンを走らせた千紗を取り押さえる伊織に奈々華さんは苦笑し、お題を出してみては? と言ったので和人が3つほど上げてくれた。

 

「サークル活動」

 

【栞へ 俺はPeak a Booというダイビングサークルに入っている。 ここの皆は紳士的で、飾らない自分を表現する方法を教えてくれた】

 

「学校の勉強」

 

【大学の勉強は今まで勉学と全く違って驚いている。テストの内容はどれも難しいが皆が努力を重ねている。今や俺たちは専門知識と技術を用いるスペシャリストだ】

 

「私生活」

 

【私生活については問題が無さすぎて書くことがないぐらいだ。規則正しい生活を送り、不衛生な服は着ていないし時には刺激のある毎日を過ごせている】

 

「凄いな全く嘘はついていないのに全部が嘘に塗れている手紙なんて」

 

「伊織、本当にこれを出すの?」

 

和人は畏怖の視線を、千紗は呆れの視線を伊織に向けるも彼はやりきった感を出して席を立つ。

 

「あぁ。これで心置き無く…あっちに交ざってこられる。行くぞ和人!」

 

「お、もちろんだ!」

 

2人で駆けだす。男の祭りの中へ。

 

「うっしゃー! かんぱーい!!」

 

「お、伊織来たな!」

 

「和人も戻ってきた!」

 

「遅かったなぁ!」

 

「「「「「かんぱーーーい!!!!」」」」」

 

どんちゃん騒ぎをしながら今日も日が沈んでいく。

日が沈めばもちろんこの場にいないメンバーも用事を終えて集まってくる。みんなの乱癡気騒ぎ、生まれも違えば育ちも違う人間たちが衣服纏わず心も体もさらけ出している。

 

「おー、今日もやってるねー!」

 

「本当に…もう、私も知らないからね!!」

 

梓さんは野球挙をしている中央へ。

愛菜もウーロン茶(PaB式)を飲み干して衣服を投げ捨てて参戦し始めた。

千紗は頭を抱えているもまぁ、悪くない顔をしている。 していてほしい。

 

「くそぉ! 和人、あとは任せた…っ梓さんの…梓さんの下着を剥ぎ取ってこい!」

 

「あぁ、任された」

 

片手に持ったスピリタスを呷り拳を構えながら梓さんの目の前に立つ。

梓さんは初手にパーを出す確率が非常に高い。

今俺の目の前に居るのはレイドボスだ。

PaBのメンバー全員がフルアタックしてここ(下着姿)まで削りきった…ラストアタックに繋げてくれた! だから俺は!

 

「アウトォ!!」

 

「セーフっ!」

 

「「「「「よよいの!!!」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

「やっと着いたー!」

 

本当はお昼ぐらいに着くはずだったのに突然、部活の後輩達が送迎会をしたいと言い出したので断るのも罰が悪く少しだけ顔を出すことにしたのだがこんな時間になってしまった。

でも、遅い時間の方がお兄ちゃんは絶対に家に居るだろうし…アスナさんは会えなかったみたいだけど。

あ、お店の人には迷惑かけちゃわないかな…たしか何かのお店に下宿してるって聞いたし。

 

「ダイビングショップ…Grand Blue……お兄ちゃんダイビングサークルに入ったの!? 嘘ぉ!?」

 

あのお兄ちゃんがアウトドア系に!?

ないない、有り得ないって…

お店のドアに手をかけると中から賑やかな声が聞こえてくる。パーティでもしてるのかな?

 

「すみませーん。こんばんはー…」

 

 

 

「「「「「よよいの!!!」」」」」

 

 

そこには、先日ゲームの中で久しぶりに出会うことが出来たお兄ちゃんが。

久しぶりに現実(リアル)の姿を見たお兄ちゃんが。

 

 

「「よいッ!!!!!!」」

 

 

パンツひとつで下着姿の女の人とジャンケンをしている愛する兄がそこに居た。

 

「か、勝った!? 和人が勝ったぞ!!?」

 

「「「「「うぉおおおぉぉおおおおお!!!!!!!」」」」」

 

「あちゃー負けちゃった…でもまだ一枚あるからねーん?」

 

女の人はブラを外し一応、片腕で隠しているもののどこか余裕そうな笑みで拳を構える。

 

「ふっ、勿論ここで止めますなんて言われてもはいそーですか。って通しませんよ。俺の拳には皆の想いが乗ってますからね」

 

「和人いけぇ!!」

 

「お前に全てをかける!!」

 

「それでこそ俺達の後輩だー!」

 

「「「「「和人! 和人! 和人! 和人!」」」」」

 

 

「お兄ちゃん…」

 

「いらっしゃ……あれ…?」

 

女の人が店に入ってきた私に気が付き近寄ってくるがその脇を抜けて部屋の中心でバカ騒ぎをしている兄らしきものへ近寄る。

カバンから竹刀を取り出し構える。

 

「お兄ちゃんの……!」

 

「ん? お、おまスグ…!?」

 

人だかりは左右に別れて兄への一本道が出来上がる。

 

「お兄ちゃんのバカぁぁぁぁぁ!!!」

 

渾身の一撃が頭へ吸い込まれるように入り彼は床へと落ちた。



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妹達

お気に入り700超えました。
皆様ありがとうございます。拙いどころか狂っている作品ですが指さして笑っていただければ幸いです。
感想等ありがとうございますっ。今暫くバカたちの日常にお付き合いください。


「お兄ちゃんはいったい何をしてるの!」

 

「えっと…野球拳を…ですね」

 

「あ、あの直葉ちゃん? 和人の事をあんまり怒らないでやっ「伊織さん、少し黙っててくださいませんか」あ、はい」

 

「是非俺のことを耕平お兄ちゃんと呼んで「(ギロリ)」 フッ、反抗期か」

 

「直葉ちゃん、そんなに怒らないの。私たち何時もこんなだし」

 

「何時もこんなのなんですか!?」

 

ここまでブチ切れたスグを見たことが無い。

心の底から恐怖し、伊織も隣で正座をしていて寿先輩方もあまりの怒気に充てられて店の隅っこでこちらを眺めている。 誰か助けてくれ。

 

「そーそー。 別にやましいことはしてないし和人は恋人に一途だし大丈夫だよ」

 

梓さんのフォローが苦しい。 あの飄々としている梓さんでさえ頬に汗を流している。

 

「野球挙で女性を裸にすることはやましい事ではないと?」

 

「もちろん。脱いでって頼まれるまでもなくいつも脱いでるし」

 

「梓さんストップ!! 余計な誤解を与えてるから! スグも竹刀を振りかぶるな!?」

 

「梓さん、脱いでって頼んだらもっと脱いでくれるんですか」

 

「はいはい、伊織はあっちでお酒でも飲んでなさい」

 

ズルズルと千紗に引き摺られて時田先輩たちの中に放り込まれた。くっ、いくらクズでも居ないよりはマシだったのに…

 

「千紗さん、お兄ちゃんは何時もこんな?」

 

「いつもは…いつも………」

 

チラリとこちらを見た千紗に伊織ばりの眼力とウィンクで合図を送ると彼女は一瞬微笑み…

 

「ごめん…これ以上は」

 

「千紗さん!? お兄ちゃん普段何してるの!!」

 

「誤解だスグ! ここはダイビングサークルだぞ!イチオウ。 普段からこんな飲み会をしてるわけがないじゃないか!タブン。」

 

「嘘ばっかり! ダイビングサークルがこんなのなわけないじゃない!」

 

それは俺たちも常々思っている事だ。

 

「まぁまぁ直葉ちゃん。 とりあえず暑いし水分でも取って落ち着こ? 和人も逃げないから」

 

「…どーも」

 

愛菜が割って入ってくれたおかげで直葉が止まりコップに入った水を受け取る。

正確には下着姿で正気を失っているハズの愛菜から…だ。

 

「待てスグ! それを飲むなっ」

 

静止も虚しく直葉はコップの液体を一息で半分ほど流し込んでしまった。

 

「んぐっ……こ、れ…………」

 

グラりと直葉の身体が揺れると和人が飛び込み間一髪で彼女の身体を抱き留めた。

彼女の手からこぼれ落ちたコップからは残った水が床にぶちまけられ直ぐに揮発していく。水は水でもPaBでいう可燃性の水であった。

 

「おま、愛菜なんてことしてくれるんだ!?」

 

「うちら楽しゅう飲みよるとに煩かったけん、少し黙らしただけばい」

※未成年飲酒は絶対にやめてください

 

「だからってアルコール、しかもスピリタスを飲ませるな!? スグは今年受験なんだぞっ? 伊織や耕平みたくバカになったらどう責任を取ってくれる!?」

 

「おいおい耕平聞いたか?」

 

「あぁ、まるで俺たちがバカみたいな事を言ってるな」

 

キュゥ…なんて声にならない音を鳴らして目を回している直葉を奈々華さんの手伝いも借りて何とか抱き上げながら和人の部屋へと連れていきベッドに横にする。

 

「とりあえず寝せて…どう説明したものか…」

 

「桐ヶ谷は寝ておけ。 俺が妹の面倒を見よう」

 

「あぁ…悪い頼…む訳あるかぁ! 耕平お前は金輪際、スグに近付くなよ!?」

 

「殺生な!? 慣れないアルコールで苦しんでいる子を見過ごせと!?」

 

「俺が居るから大丈夫だ」

 

外に蹴り出し扉を閉じて直葉の様子を見る。

顔を真っ赤にしてウンウン魘されているのを見ると申し訳なさが込み上げてくる。

心配で様子を見に来てくれたんだもんな…それを適当な言い訳で誤魔化そうだなんて…よし、スグが起きたらしっかりと…

 

 

 

 

 

 

 

「う、うぅん…あれ? 私いつの間に寝ちゃった…?」

 

「おはようスグ。だいぶ疲れてたみたいだな? 昨日来てあっという間に寝ちゃったんだぞ?」

 

「え、嘘!? それじゃあ夢だったのかなぁ…」

 

適当な言い訳ではなく、しっかりと誤魔化そう。

 

「どんな夢だったんだ?」

 

「お兄ちゃんがサークルの人達ととんでもない騒ぎをしてて…うぅん…なんでか頭が痛い…」

 

「ほら水だ。 暑かったし脱水気味なのかもな? 水分ちゃんと取るんだぞ」

 

先程自販機で買ってきた正真正銘の水(火がつかない。重要)を手渡して記憶が混濁している直葉の様子を見ながら内心ガッツポーズを決めている。

これならばいける。 コンコンと、部屋の扉がノックされると奈々華さんが顔を覗かせた。

 

「和人くん、直葉ちゃん起きた?」

 

「あ、はい。今起きました。 スグ、この人はこのお店のオーナーの娘さんでダイビングのインストラクターをやっている古手川奈々華さんだ」

 

「あ、いつもお兄ちゃんがお世話になっていますっ。 妹の直葉です」

 

行儀よく頭を下げて挨拶をするスグ。 我が妹ながらしっかりしているものだなと思う。

妹を引連れ店の方へと降りると千紗を始めとするPaBの面々が勢揃いしていた。 大丈夫、あれだけ言い聞かせたのだ。

 

「おはよう直葉ちゃん。 俺は北原伊織…ほら、前にALOで会ったイオだ」

 

「私は吉原愛菜。 アイだよ」

 

ニッコリといい笑顔で挨拶する二人。

伊織は昨日の修羅と化した直葉を忘れられないのか産まれたての小鹿みたくなってるし、愛菜は小さな声でひたすら謝罪しているがノータッチ。

 

「それであそこでダイビングの本を構えて様子を伺っているのが千紗。 奈々華さんの妹でALOではマレって名前をつけるほど海が大好きなんだ」

 

「ダイビングに興味ある?」

 

キラーンと目を輝かせながら躙り寄る姿を見ると千紗に迫る奈々華さんに近いものを覚え、やっぱり姉妹なんだなと認識する。

 

「そして俺が直葉ちゃんの本当のお兄ちゃ…カペッ!?」

 

「お、お兄ちゃん!? その人、首が変な方向を向いてるよ!?」

 

「コイツは今村耕平でALOではららこ。 耕平は首をこうやって回すのが特技なんだ」

 

「そうそう、耕平は色んな特技があってな。腕の関節がこっちに曲がったり…」

 

和人と伊織が揃って耕平を折り畳んでいく。

伊織が協力する理由はただ一つ。万が一、伊織の妹である栞ちゃんがここに訪れた際、和人が手助けをするという条件で結ばれた言わば妹協定である。

 

「それで私が浜岡梓っ」

 

ブルン…と効果音が聞こえてきそうなそれを揺らして()()姿()で現れた梓さんに天を仰ぐ。 あれほど言ったのにどうして…っ!

 

「ええ!? な、なんでそんな格好…」

 

「いやー暑くてさ?」

 

「お、お兄ちゃん達見たらダメっ!」

 

「今俺をお兄ちゃんと読んだか!?」

 

ちっ、耕平が気を取り戻したか。

 

「大丈夫大丈夫。私たちダイビングサークルだからさ? お互いのこういう格好結構見なれているんだよね。 下着も水着も似たようなものでしょ?」

 

「いや全然違うと思うんですけど…っ」

 

「直葉ちゃんは可愛いなぁ…ふふ、それじゃあ直葉ちゃんも水着になってみれば…「おっと、そこまでです梓さん!」えー、伊織のけちー」

 

水着が恥ずかしくなければ下着も恥ずかしくない、という考えを聞いて理にかなってるな…なんて思った時点で和人は後戻り出来ない位置まで辿り着いている。

それにしても伊織が全力で止めに入ったのはどういうことなのだろうか?

 

「す、スグも一緒にダイビングしてみようぜ?」

 

「え、いいの?」

 

「もちろん良いですよね?」

 

首がちぎれんばかりに縦に振っているのは千紗だ。

 

「んー、明後日の方がいいかも」

 

「そりゃまたどうしてですか奈々華さん」

 

「今日の夕方から天気が少し荒れ模様みたいだから」

 

なるほど…となると気になるのは

 

「スグはこっちにいつ頃まで居れるんだ?」

 

「えっと…明明後日までかな? 一応着替えとかも持ってきたし」

 

明明後日…?

くるりと背後を振り向くと笑顔でサムズアップしているPaBの面々。 おっと、これは誤魔化しが効かなくなるかもしれないな…でも帰れなんて言えないし。

 

「それじゃあ直葉ちゃんは和人くんと同じ部屋で寝泊まりでいいかな?」

 

「ふぇ!? お、お兄ちゃんと同じ部屋は…えで、でも仕方ないのかな…」

 

流石に大学生、高校生ぐらいになってまで兄妹で寝るのは抵抗があるだろう。とはいえ、千紗の部屋というのと千紗には申し訳ないし…横で無言で決めポーズをしている耕平は伊織が処刑してくれてるから問題ないとして…

 

「伊織、少しの間お前の部屋で寝かせてくれよ」

 

「いいぞ。布団はあるし」

 

俺が別の場所で眠ればいいか。それに伊織の部屋…というか離れならば夜中に飲んでてもバレないだろう。そしてなぜ梓さんは爛々とした瞳でこちらを見つめているのだろうか。

 

「しかし今日はどうする? 」

 

「大学を見学させるのは危険だな。 あのクズ達がほっつき歩いている可能性も捨てきれない」

 

何処までも邪魔をする奴らだ野島以下クズ達…

 

「飲むか?」

 

「飲んじゃう?」

 

「伊織、梓さんストップ! 直葉ちゃんが一人困るだけでしょ! いや、昨日の夜は私が…ゴニョゴニョ…」

 

思い返せばダイビングしているか飲むかしてないな本当に…

スグも参加出来るようなこと……

 

「王様ゲームでもする? 奈々華たちも一緒に」

 

「エッチな命令はあり「ウチの妹にしたらお前を埋める。次いでに耕平も野良犬に食わせる」エッチな命令はなしの方向で!!」

 

えー!ぶーぶー!と声を上げる梓さんに直葉は普通そこでブーイングするのは男の人の方なのでは…? と思うも口を噤んだ。

 

「千紗もやるよな?」

 

「…まぁ、直葉ちゃんもやるなら」

 

それじゃあと伊織はいつの間に用意したのか割り箸を握り締め高らかに叫ぶ。

 

「王様ァゲェェェェェェム!!!!!!」

 

「「「「「「イェェェェェェ!!!!!!」」」」」」

 

「え、な、何このテンション!?」

 

「ごめんね直葉ちゃん。いつもなの」

 

「はいはーい、みんな引いて引いてー。 手に持った? それじゃいくぞー! せーの!」

 

「「「「「王様だーれだ!」」」」」

 

各々手に握った箸を見つめる。

残念ながら王様ではない。

 

「あ、私ね」

 

奈々華さんが笑顔で赤の印が付いた箸を見せると少し考える素振りをしてから命令が下される。

 

「それじゃあ6番が右隣の人にお姉ちゃん大好きっ! って言うこと」

 

「なるほど、千紗。早く行ってこいよ」

 

「いや、私9番だよ?」

 

和人6番。

 

「…………………」

 

和人の右隣。 耕平。

 

ダッ!!←和人と耕平が走る音。

 

「おっと、逃がさないぞぉ二人共」

 

「王様の命令は…絶対だろぉ?」

 

時田先輩と寿先輩に羽交い締めにされる両者。

 

「お兄ちゃん大好き………」

 

「オロロロロロロ…」

 

もう嫌だ……トラウマになってしまう。

 

「2回戦行くぞ!」

 

「「「「「「王様だーれだ!」」」」」」

 

…ザワザワと誰が王様なのか皆がざわめくと直葉がスっと手を挙げた。

 

「あの、私…です!」

 

「直葉ちゃん遠慮なしに命令していいからねっ! 特にアイツらには」

 

愛菜がノリノリで言うがアイツらの中に含まれているのは一体誰なのだろうか?

うーん、と考えている直葉は少しすると思いついたようで王様の箸を掲げながら言う。

 

「7番の人が隠し事を1つ言う! なんてどうですか?」

 

俺は3番だ…セーフ。 いやここのメンバーの隠し事は少し気になるし結構いい命令なんじゃないか? 7番は誰だ? と皆がキョロキョロすると耕平が沈痛な面持ちで手を挙げた。またお前かよ!

 

「あ、耕平さんですか? それじゃあお願いします!」

 

「わかった隠し事だな…? 俺は実はこう見えて…オタクなんだ」

 

「ブフッゥ!?」

 

どっからどう見てもオタクだよお前は…!

口元を抑えて笑いを堪える和人と直葉に周りは兄妹だなぁ、と感想を覚えていると不意にGrand Blueの電話が鳴り響いたので奈々華さんだけゲームを抜けて電話を取りに行った。

 

ゲームが続く最中、奈々華さんはメモにペンを走らせる。

 

「はい、はい…3名ですね? はい、当日お待ちしておりますっ」

 

走り書きされたメモに記された名前を知るはずも無く、和人は王様ゲームに興じており彼の危機はまだ続くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

そして2日後。

直葉的には帰宅する前日であり待ちに待ったダイビングの日なのだが…

朝食を食べるために伊織を叩き起しテーブルへ向かうと豪勢な、これぞ和食の朝食。というべき品々が並んでいた。

 

「あ、おはようございます和人さん」

 

「ん、おはよう」

 

「おはようございます兄様」

 

「おー…おはよう栞…」

 

二人して寝ぼけ眼を擦りながら着席し飯を食べようかという所で手が止まった。

誰だあの子? いや、伊織の事を兄様って言ったということは…彼女が妹の栞ちゃんか?

 

「って栞!? どうしてここに…手紙はしっかり返しただろ!?」

 

「はい、ですので全て嘘と確信してここに来ました」

 

どれだけ信用されてないんだ自分の家族に。

 

「あ、お兄ちゃんおはよう。 今朝は全部、栞ちゃんが作ってくれたんだよ。私より料理できて…悔しいけど」

 

「私は実家が旅館なものですから…直葉さんだって直ぐにこれぐらい作れるようになりますよ」

 

礼儀正しく料理も出来て人当たりも良い…か。

 

「なあ伊織」

 

「なんだよ和人」

 

「お前実は橋の下で拾われてきたとかじゃないのか?」

 

「正真正銘こいつの兄ですけど!?」

 

にしては全然似てないが。

 

「とりあえず皆様ご飯を食べませんか? 冷えてしまっては勿体ないですから」

 

奈々華さんや千紗、登志夫さんも席に着きみんな揃うといただきます…と手を合わせて食べ始める。

うん、味噌汁が普段の酒で疲れている五臓六腑に染み渡る。美味しい。

 

「こんなに美味いと実家が恋しくなるだろ伊織」

 

「ははは、おふくろの味ってやつですか」

 

登志夫さんに勧められて伊織も味噌汁を啜る。

ほっ、と一息ついて笑顔で言葉を漏らした。

 

「どんな味だっけなぁ…」

 

「「酷い記憶力…」」

 

「お、お兄ちゃんはアスナさんの手料理の味とか忘れてないよね?」

 

「当たり前だろ…?」

 

………………うん。大丈夫だと思う。

そう言えば、妹と言えば一番煩くしそうな耕平が見当たらないな。

キョロキョロと視線を動かしていると千紗がクイッと指を店の入口に向けている。

 

「ふsYゅるrrrrrrurrru」

 

そちらを見ると既に時田先輩、寿先輩に簀巻きにされている邪神がいた。

仕事が早いことで…

 

 

 

 

 

「どんな味だっけなぁ…」

 

このバカどうしてくれよう…

 

私、北原栞は別に兄が好きでもなんでもない。

ただ彼に実家の旅館を継がせる為にこうしてわざわざ伊豆までやってきて甲斐甲斐しく、実家から持ち寄った味噌まで使って朝食を振舞っている。

だと言うのにこのバカ()は味の記憶を失っていた。ホームシックという概念すらどこかに置き忘れてきたんですか貴女は。

 

「今日は兄様の部屋の片付けでもしましょうか」

 

「んなもん必要ないって」

 

「そんな事仰らないで下さい。兄様の身の回りの世話をしたいんです」

 

なんて出来た妹なんでしょう。こんな妹が居る実家に帰りたくなりますよね?

 

「和人が片付けてくれたしな」

 

は?

 

「あのな、お前少しは自分でやれよ」

 

「持つべきものは友だな」

 

桐ヶ谷和人さん…どうにも以前手紙と同封しておいた兎人形カメラで監視をしていた様子によれば兄はこの男ともう一人と普段から共に行動をしているようだった。

よくもまあ…あのバカに付き合っていられる。

 

「そう言えば兄様! 先日兄様の部屋をお掃除していたらこんなものが出て来ましたよ」

 

スっと取り出した兄秘蔵のエロ本を皆に見せつけるように掲げる。これを見ればこの家に居辛くなるはずだ。

 

「おー悪いな」

 

「お前そういうのはちゃんと隠しとけよな」

 

「あ、あわわわ…!?」

 

まさかのノーリアクション!? 千紗姉様も奈々華姉様も無反応ですか…!?

いえ、直葉さんだけは反応致してますが…ごめんなさい直葉さん、バカな兄を持つ者同士、貴女を辱めるつもりはなかったのですが…!

 

「伊織、そういうものはちゃんと隠しておかないとサークルのメンツに取られるぞ」

 

伯父様まで…!

 

何か手はないかと探っているとタイミングよく兄が水を零して自分にかけてしまった。

 

「はい、ふきん」

 

「伊織くん大丈夫? お風呂入ってきたらどうかな」

 

「うーん、そうしますかね…寝汗もかいたし」

 

ここだ、兄を連れ戻し実家を連れ戻す為ならば過度なブラコンでさえ演じきってみせます!

 

「栞も御一緒してお背中を流します」

 

「あらいいわね」

 

いいわねぇ!!!??

 

「お、お兄ちゃんと一緒にお風呂…お風呂…」

 

「どしたんだスグ?」

 

あぁ!?直葉さん申し訳ありません…!?

きっと彼女は純粋なブラコンなのでしょう。それをイタズラに煽ってしまう形で巻き込んでしまいました。

当の兄である和人さんはウチの愚兄と同じ顔で朝食を頬張っているが。

 

「さてと…私は支度してくるね」

 

「お、手伝うよ」

 

「? 今日は何かあるんですか」

 

お皿を片付けそそくさと店から出ていく和人さんと千紗姉様を不思議に思い奈々華姉様に聞いてみる。

 

「うん、伊織くんのライセンス講習の続きだよ」

 

 

 

てっきり形骸化した飲み会団体かと思っていましたが本当にダイビングサークルだったとは。

何とか言い訳をしてダイビングを肯定することを逃れました。肯定してしまえば兄の新しい居場所を認めてしまいますから。

 

「直葉さんは…和人さんと行かなくてよかったのですか?」

 

「2本目からは一緒に行くよっ。 最初はここで待機してるんだ」

 

「なるほど」

 

「…栞ちゃんってお兄ちゃんが大好きなんだね?」

 

不意にそんなことを言ってきました。

別に好きという訳ではありませんが、アレがいないと実家を継ぐことになってしまいますので…

 

「不安だよね。お兄ちゃんが目の前から居なくなるって」

 

「…はい?」

 

「私のお兄ちゃんね。一度帰ってこないんじゃないかってことがあったんだ」

 

「家出、でしょうか?」

 

訊ねると彼女は首を振る。 と、なれば帰ってこないは比喩的なもの…?

 

「SAO事件って知ってる?」

 

「はい、一万人もの人がゲームからログアウトが出来なくなってしまった事件…ですよね?」

 

「そう。 お兄ちゃんそれに巻き込まれて二年間ずっと病院のベッドで寝ていたんだ」

 

そう言えば兄も昔、それが買えなかった…と騒いでいた事があったような…あの時は結局買えなかったおかげで命拾い出来たようだった。

 

「それまで色々あって私、お兄ちゃんとあまり仲良くできてなくて…でもその事件でお兄ちゃんが居なくなりそうって思った時からかな? 凄く、凄くお兄ちゃんと話したくなったんだ」

 

「………それはどうしてですか?」

 

「失いそうになって初めて意地を張ってたって分かったのかもしれない」

 

「……私は兄様を大切に思っているので」

 

「ふふ、そっか…ねぇ栞ちゃん。 さっきは断ってたけどさ…一緒に海に行こう? お兄ちゃんが見ている世界を見てみるのって楽しいんだよ」

 

自然と手を握られ歩き出してしまう。

兄が見ているものを見たいからでは無い。このお姉さんに、直葉さんに誘われたから…




まだ先の話なんですけど無人島編で一人SAOキャラを投入しますがメイン所ではないですけどいいよね???


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印象ゲーム

あんまりポンポン話が進むと原作ストックが無くなることに気がついた969です。
あと最近NEW GAME!!のSSも描きたくなりました。


「あれ? 栞ちゃん」

 

一本目が終わり海から上がって行くと直葉が笑顔で栞ちゃんの手を握って待っていた。

 

「栞も…やってみたいです…」

 

少し違和感を感じていたがやっぱり兄が好きなんだなこの子は…

さてそれじゃあ二人分の道具を準備しようか、となった所で問題が起きた。

 

「栞の水着ってどうします? サイズが無さそうですけど」

 

バカ(伊織)が栞ちゃんの胸元をつついた。

 

「ちょっと伊織!?」

 

「何してるの!?!」

 

女性陣から非難轟々の伊織はなんでそんな言われないといけないのか分からない、と言った顔をしているが流石にそれはアウトだろう。実際、栞ちゃんも怒って伊織の肩を外してるし。

 

「ん? そう言えばスグの水着は…」

 

「大丈夫、私の古いので良ければ貸すよ?」

 

「ありがとうございます奈々華さん!」

 

愛菜が血涙を流しているが見なかった事にしよう。

 

「しかしそれだと栞の水着は…」

 

「待ちな…プレゼントだ」

 

耕平が手に持ったモノを伊織に投げ渡し決めポーズをしていたのだが…それは妹と胸元に書かれた白スク水。 犯罪の香りがする。

 

「おっと、野生のポリスメンが!」

 

「通報は止せ北原!! 安心しろ、お前は誤解をしているだけだ」

 

「ほう?」

 

「未使用品だ」

 

むしろ使用済み品だったらお前をマジで警察に突き出さないといけないが?

 

「そもそも貴様が妹の存在と来訪を俺に伝えていれば彼女にピッタリな水着を用意してきたのだ! 桐ヶ谷も同罪だぞ!」

 

「なんでだよ!」

 

「直葉ちゃんに似合った水着をだな」

 

「本当に懲りないなコイツ…」

 

栞ちゃんには千紗がTシャツと短パンを貸し、その上からウェットを着ていく。 直葉もサイズ的に問題なく着れたようだ。

伊織は引き続きライセンス講習の続きなので栞ちゃんは千紗が、直葉は和人と奈々華さんが一緒になることになった。

直葉の浮力調整は奈々華さんにしてもらい一緒に海の中へと入っていく。

 

そう言えば何時ぶりに妹の手を握って居るのだろうか。 まぁ、なんと言うか…悪くは無いものだけれど。

 

しかし、昨日は雨が酷かったせいか今日はだいぶ濁っているな。スグは楽しめているだろうか?

少し振り返り様子を伺うと以前のアリスのようにキョロキョロと辺りを見渡しており、和人が見ていることに気がつくとビシッ、とOKのハンドシグナルを送ってくれたので少しは楽しんでくれているようだ。

今日は気温が高かったからか海中の水温が心地いい。

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでは直葉ちゃん、栞ちゃんの歓迎と伊織のライセンス取得を祝って! かんぱーーい!」

 

「「「「「かんぱーーい!!」」」」」

 

講習とダイビングを終えてGrand Blueに戻ってくると早速というか飲み会が始まった。 まぁ昨日飲んでいないという時点でだいぶ異常だったから良くぞ我慢していたというか。

 

「これで伊織と一緒に潜れるな」

 

「風邪さえ引いて無ければ余裕だぜ。 待たせたな和人」

 

「中性浮力失敗してたがな」

 

キィーキィー!と猿のように喚きながら喧嘩をする二人を他所にスグと栞ちゃんを見ると千紗が目をきらきらさせながらダイビングの感想を伺っていた。

 

「気持ちよかったですっ! ゲームの中でなら色んなことしてましたけど…実際に経験すると違うなって!」

 

「私は…お味噌汁の中を泳いでいるような感じがしました」

 

「あ、なんとなく分かるかもっ」

 

「海藻もあるしねー」

 

「お天気が荒れたあとだとどうしてもね」

 

「普段はもっと綺麗なんだよ…?」

 

まぁ何はともあれ楽しんでいたようだし良かった。それにしてもいつの間に栞ちゃんとあんなに仲良くなったのだろうか? 同じ妹同士で思う事あったのだろうか。何にせよスグに友達が出来ることは兄としても喜ばしい。

 

「いやー、栞には兄として品行方正な所を見せることが出来た!」

 

水中で焦って体勢を崩して、ウーロン茶と言ってアルコールを飲んで、Tシャツにパンツなんて色々逆に危ない姿をしている何処が品行方正なのだろう。

 

「伊織の生活が心配になってきたんだよね?」

 

「はい。兄様は私が居ないと駄目ですから」

 

「今でも千紗が居てくれるからギリギリ人としての道を踏み外してるだけで留まっているもんな」

 

「居なかったら俺はお前にとってなんなんだ?」

 

「畜生だろ」

 

伊織と取っ組み合いながら梓さんの話を聞いていると、もし伊織に恋人が出来たら? という内容だった。

コイツって千紗と付き合ってるんじゃなかったか…? まぁ顔だけは良いし居ても可笑しく…可笑しく…いやコイツが服を来ているレベルでおかしな事だな。

 

「そんなの想像できませんっ」

 

うんうん、と耕平も頷いている。

 

「直葉ちゃんは? お兄ちゃんの恋人とは仲がいいの?」

 

「え、あ、はい! 明日奈さん…あ、お兄ちゃんの恋人の人なんですけどとってもいい人でこの前も一緒に買い物に行ったり…うちに来てお母さんと料理してますし…家族ぐるみで仲がいいです」

 

「「ケッ!!」」

 

「え、和人ってか、彼女居たの!?ウソォ!?」

 

「よし、お前たち直ぐに表に出てろ」

 

「もうそれお付き合いと言うより婚前だねぇ。知ってたけど」

 

野郎二人とケバいのを引き連れて表に出ていく。

 

「あははっなんかお兄ちゃん本当に楽しそう」

 

「んー? 和人達はいつもあんな感じだよ?」

 

「お兄ちゃん、同年代の男の人とあぁいう風に一緒に居ることって殆ど見たこと無かったですから…」

 

「そう言えば和人って色々あったんだもんね」

 

「はい。 私も全部を知っているわけじゃないんですけどね」

 

ジュースを飲む直葉は少し微笑みながら告げる。

寿や時田もその様子を見てだいぶ苦労してきたのだなと思いながらジョッキを空にしていき表で騒いでいる面々を眺める。

 

「アイツらにはアイツらなりの何かを見つけて欲しいものだな」

 

「あぁ、俺たちも先輩として連れて行けるところまで連れて行ってやりたいもんだな」

 

「ふふ…だねぇ」

 

 

 

 

 

そして夜が開ける。

 

「それじゃ栞、みんなに挨拶を」

 

「スグも」

 

兄二人に促されて妹二人は少しムスッとした様子で居た。

 

「どうしたんだスグ?」

 

「むぅ、お兄ちゃん一日でもいいから休みの日はこっちに帰ってきてね…」

 

「ん、分かったよ。ちゃんと帰る」

 

約束だ、と指切りをして頭を撫でてやると少しは気が済んだのか直葉は笑う。それでも栞ちゃんの方はそうもいかないようで不貞腐れている。

 

「…ご迷惑でなければもう一日」

 

「却下。 お前家に手紙だけ置いてきたんだって? 親父とおふくろが心配して電話かけてきたぞ」

 

「え、そうだったの!?」

 

「流石にそれは帰らないと…」

 

愛菜と千紗も流石に心配だと言った様子で栞ちゃんを見つめている。

 

「…兄様も一緒に帰りましょう?」

 

「断る! そのうち実家に顔出すからさ。今日は帰っておけよ」

 

「栞ちゃん、直葉ちゃん寂しくなったら何時でも耕平お兄ちゃんと呼んでくれぇぇえええ!!」

 

車に乗り込む俺たちを見て絶叫しているやつを無視して車が走り出す。人の妹をなんだと思っているんだ。

 

「明日奈さんにはお兄ちゃん元気だったって伝えておくね?」

 

「そうしてくれ。 余計な事は言うなよ?」

 

「大丈夫だって。良い友達が出来たって言っておくから」

 

「いや、それが余計な事なんだが…」

 

「直葉さん、是非旅館にお越しになって下さいね? 出来うる限り最高のおもてなしをさせてもらいます」

 

「あははっ、ありがとう栞ちゃん。 その時はお兄ちゃんとお義姉ちゃんと行かせてもらおうかな」

 

ギリィ…と歯ぎしりをして僻み全開の伊織を無視して車内での会話は盛り上がる。

友人の家に行く…なんてそう言えば何年も無かった話だな。その日が、楽しみだ。

 

 

 

妹達を駅まで届けて見送りが終わるとようやく気を弛めることが出来た。いやぁ…服ってこんなに拘束具だったか?

 

「いやぁ、あいつら(妹達)が帰ったしやっと裸で飲めるな」

 

「普通は裸にならないんだけど」

 

「てっきりお前は全裸肯定派かと」

 

「諦めているだけだからね!? 桐ヶ谷くんもあっという間に伊織達側になっちゃったし…」

 

「それは非常に申し訳ないと思っている」

 

俺もまさかそっち側になるとは思ってなかったし。

 

「今は愛菜が代わりに怒ってくれてるし」

 

「ケバ子なぁ。あいつも一度やって見てから言うべきなのに」

 

「無理言うなよ女子に。でもたまにアイツもはっちゃけてるだろ? この前も酔っ払ったせいでスグに酒飲ませてたし。沖縄ではひん剥かれたし」

 

酒癖の悪さはPaB No.1だと思う。

奈々華さんは用事を足しにそのまま出掛けてしまった為、千紗と伊織と和人の三人だけでGrand Blueに戻り千紗がドアを開けると直ぐに閉めた。

どうしたんだ。

 

「どうした千紗?」

 

「凄い違和感が」

 

よく分からないので伊織と2人で扉を少し開けて中を覗く。

 

 

ドケバーーン!! キャーキャー!! オーッシャーマダマダイクゾー

 

 

パタン…

 

なるほどアレが鬼神の如くケバいって事か。

 

「「筆舌し難い…!!」」

 

「だよね…」

 

「とりあえずどっかで時間潰すか?」

 

「いい喫茶店知ってるぞ」

 

ドン!!と嫌な音ともに扉が開け放たれ羅刹の如くケバい愛菜が出てきた。

 

「三人ともどこ行くと?」

 

「べ、別に!?」

 

「そうそう今帰ってきたばかりだし!」

 

「う、うん」

 

「なら早く中に入りんしゃい。今ちょうど野球拳で盛りがっとうところやけん」

 

満面な笑みで店内に戻っていくケバ子(愛菜)に三人は冷や汗を流しながら着いて行く。 間違えて強い酒でも飲んだのか?

どんちゃん騒ぎをしているメンバーを横目に椅子に腰をかけるとケバ子が飲み物を持って来てくれた。

 

「外は暑かったでしょ?」

 

………ポケットからライターを取りだしコップに波々注がれた水に近づけるとボゥッ…と青白い炎が付いた。

 

「…おい」

 

「オラァ!!」

 

抗議しようとケバ子の方へ向いた和人の開いた口にスピリタスを流し込まれテーブルに沈む。

 

「貴様、和人になんの恨みがあってこんな真似を!?」

 

「? 喉が渇いてとると思うて飲ませてあげただけばい」

 

撃沈された和人を抱える様にしながら叫ぶ伊織に対してもケバ子は笑みを絶やさずにスピリタスを構えている。

 

「さて…三人ともおかえりなさい」

 

「お、おう…お前のせいで一人グロッキーだけどな」

 

「…た、ただいま」

 

「それじゃあ、二人とも。 スピリタスにする? それとも野球拳?」

 

「新妻口調で容赦のない二択を迫るな」

 

明らかに様子が可笑しいケバ子に伊織の警戒度は跳ね上がる。何がコイツをここまで駆り立てるのだ…と。 和人は気を失っているが日々の鍛錬(飲酒)によって気を取り戻すのもそう遅くはならないだろう。 頭数を減らしてでも何かをしたかったのか!?

考えるも伊織の頭では無理だった。

 

「お前と飲んで野球拳か…別に構わんぞ」

 

「ホント?」

 

「ただし、お前がすっぴんでもやれるならな」

 

ゴシゴシと顔をタオルで擦りケバ子のケバメイクを徹底的に落としウィッグまで外す。

何を企んでいるかは分からないがこの状態のケバ子ならばこれ以上のことは無理だろうと伊織は判断したのだが…

 

「そ、れじゃぁ…始めよっか…っ!」

 

「何ィ!?!」

 

半泣きの愛菜は尚も勝負に拘った。

頭でも打ったのか? 化粧のし過ぎでおかしくなったのか? 千紗と伊織は訝しげに愛菜を眺めていると耕平が割って入ってくる。

 

「なあ北原聴きたいことがあるんだが」

 

「なんだよ」

 

「先日家でエロゲをやっていたんだが…そのゲームで一番可愛いのが主人公の身内だったんだ」

 

「それで?」

 

「血の繋がりと恋愛感情についてお前に聴きたい。 実際、お前はどう思っているんだ? 栞ちゃんの事を!!!」

 

「妹だよ」

 

何なんだいったい?

キョトンとした伊織を他所に梓さんが続いて声を上げる。

 

「みんなでゲームしよーっ」

 

「ゲームって野球拳とかですか?」

 

いつの間にか起きた和人がパンツ姿でビールを飲んでいた。 さすがに復活が早過ぎないかと伊織は思うもののクズだから当たり前かと片付ける。

 

「んー、印象ゲームなんでどう?」

 

印象ゲーム

・出題者がお題を出したら一斉にその印象に当てはまる人を指すゲーム。

 

「えらく単純ですね」

 

「よった頭でも出来るから助かるが」

 

「じゃ、始めるよー!」

 

 

「印象ゲーム!」

 

「「「「YEEEEEEA!!!!」」」」

 

 

「青が似合いそうな人! せーの!!」

 

ビシっ!とみんなで指を指す。

和人と伊織は下着の色的な連想をしたのか梓さんを。 その他、耕平、愛菜、時田、寿、梓は全員が伊織を指さした。

 

なるほど、そういう事か。と和人は頷いた。

 

「え、俺って青似合いそうです?」

 

「似合う似合う」

 

「あー、確かに梓さんじゃなくて伊織だったかもな?」

 

即座に手のひらを返す和人。理由は分からないがみんなして伊織を負けさせたいというのは分かった。

 

「負けた伊織は罰ゲームねっ」

 

「了解。 ビールか? サワーか?」

 

「ううん、このお水をイッキで」

 

なみなみと注がれた「水」に和人の頬が引き攣る。

 

「……………………………………………水?」

 

「水」

 

咄嗟にライターを近づけようとする伊織だが愛菜に阻まれイッキせざるを得ない。

 

「はい、イッキイッキイッキイッキイッキ」

 

「ブフゥ!!!」

 

盛大に吹き出す伊織。

 

「大丈夫? お水、飲むぅ?」

 

鬼か愛菜。

 

「それじゃ、次は負けた伊織が出題者ね!」

 

「分かりました印象ならなんでもいいんですよね? …それじゃあ印象ゲーム!!!」

 

「「「「「YEAAAAAAHHHH!!!!」」」」」

 

「お題はお風呂が長そうな人! せーの!」

 

ビッ! と次は和人を含めた全員が伊織を指さす。

 

「えっ、俺?」

 

「なんか伊織って感じ」

 

「あぁ非効率そうなところとかな」

 

「はい罰ゲーム」

 

ごくごくと「水」を飲んでいく伊織。

次の出題者も伊織だがさすがに手は打ってくるだろう。例えば狙い撃ち出来るようなお題で…、と和人は考える。

 

「印象ゲーム! お題はこの中で一番女装が似合いそうな人!」

 

「……!!!?」

 

このバカ(伊織)! 俺を狙い撃つつもりか!?

 

「せーの!!」

 

ビッ! と指さされたのは…やっぱり伊織だった。

 

「コイツが居るのにおかしいだろ!?」

 

「ほら青女の時の女装伊織も似合ってたし?」

 

「梓さんの格好もしてたことがあったからな」

 

3杯目の「水」の入ったグラスを一気に傾け空にすると間髪入れずにお題を叫ぼうとする伊織だが…

 

「次のお題いは…(ビシッ!) ってオイィィィィィィィィ!!!!!?」

 

叫ぶよりも先に選ばれた伊織が絶叫する。 流石にこれはやりすぎだろうとは思うんだが「水」は飲みたくないし伊織が痛い目に合うならそれはそれでいい気がしてきた。

 

「細かいことは気にしないの伊織」

 

「負けて文句とは三流以下だな」

 

「うぐっ! 悔しいが一理ある!」

 

一理もないと思うが…?

その後も伊織はひたすら負け続け空のコップの山を築いていくがコップの数が12を超えたあたりで泥酔しない伊織を流石に不思議に思ったのか愛菜が声をかけてしまった。

 

「なんだ気が付いていなかったのか? これただの水だぞ」

 

「え、嘘!? 私は確かに…っ!」

 

伊織からコップを奪い取り大きく一口飲み込んだ。

 

「なんてな。 実際は飲むフリして殆ど零していただけだ」

 

わざと大きくコップを傾け一気飲みしているように見せていたが口の端からダバダバと零すのを和人は見逃していなかった。 度数が高く揮発しやすいのを利用したトリックだ。

トリックなのか?

 

案の定、愛菜は本気の暴走をし耕平や千紗を振り回している。

和人と伊織は真相を聞くために寿の元へとビール片手に訪れて腰をかけた。

 

「結局なんだったんです?」

 

「あぁ、実はな。 オーナーから伊織と千紗が血の繋がりがない従姉妹と聞いて二人が付き合って子供をこさえているんじゃないかって話になったんだ」

 

「「なんだそれ…」」

 

ぶっ飛んだ話に少し頭が痛くなる。決してアルコールのせいではない。

 

「で、実際千紗ちゃんとはどうなんだ?」

 

「千紗やケバ子は「同い年の仲間」って感じなんですよね」

 

「ほう。和人は?」

 

「俺もそんな感じですかね。 ていうか血の繋がりってのもそんな珍しくないことだと思いますし。騒ぐほどでもないでしょう」

 

「そういうものか?」

 

「えぇ、なんだったら俺と妹のスグも直接の血の繋がりは有りませんからね。本当は従妹なんですけど」

 

「耕平が聞いたら殺されてしまいそうな内容だな」

 

確かに…と苦笑しながら飲み物を呷る。

 

「じゃあ伊織にとって梓や奈々華さんは違うのか?」

 

「いや当然仲間ではありますよ? ただあの二人は「年上のお姉さん枠」でして」

 

「あぁ分かるな。その感覚というか枠組み」

 

「だろ? だから正直俺は━━━「ただい…」━━同じ従姉妹でも奈々華さんのことはエロい目で見てますね」

 

「…ま……」

 

ナイスタイミング。いやバッドタイミングで件のお姉さん枠が帰って来てしまった。

 

「あ、あの奈々華さん!? これはですね…!」

 

「ご、ごめんね伊織君…私その…用事が…!」

帰ってきたばかりの奈々華さんは踵を返し店から走って出ていく。これは…面倒臭いことになったかもしれないな。

 

「違うんですよォォォ!!!」



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臨時パーティー

お気に入りが900オーバーに評価ゲージが遂に端まで届きました。 いや、本当に何となく描き始めたこれがここまで多くの人に楽しんで頂けてとても嬉しいです。
この話は某コンテンツの24時間生放送を観ながら書き上げた為に非常によく分からない話です。
うん、でもそのまま投稿するけど許してください。


伊織が見事に奈々華さんから避けられている頃合。和人はALOにダイブしていた。

正直避けられている伊織を見ているのは飽きないぐらい面白かったし、耕平に至っては腹を抱えてのたうち回っていたのだが伊織に誤解を解くのを手伝ってくれないならどっか行ってくれと怒鳴られてしまったので、彼のスマホの着信音を【奈々華さんのことはエロい目で見てますね】にこっそり変えておいた。

 

「しかしどうするかな。釣りスキルでも上げようか」

 

アスナに連絡してみたが今日は京子さんと一緒に買い物に出るらしくログインは難しいらしい。 アリスも会談だったかで忙しいみたいだし…本当にただの暇人なんじゃないか俺。

 

「お、キリトじゃねーか! ひっさしぶりだなぁ」

 

「クライン? 平日の昼だぞ仕事、首にでもなったか」

 

「縁起でもない事言うなよ!? 休みだよ休み、この前の休日に出た代わりにな。それよりお前こそ最近どうしたんだよ。ゲームバカのお前がログインすらしてないなんて」

 

「色々と立て込んでてな」

 

「かーっ! 留学をするって決めた若者は社会人より忙しいってか? 全く嫌味なやつだぜ」

 

すまん。全然そんなのじゃないけどそっちの方が体裁は良いから何も言わない。

 

「アスナさんやリーファちゃんはどうした?」

「アスナは用事、スグは勉強だよ。受験生だしな」

 

クラインと久しぶりにクエストを受けるのもいいかと思っていると不意に背後から小突かれた。

 

「こんにちはキリトくん」

 

「うぉ…ナナさん!?」

 

声を掛けてきたのはアスナや千紗と同じ水妖精の女性プレイヤー。 ららこ(耕平)とよくパーティを組んでいており腕前はそこそこらしい。

 

「今日は男の子の格好なんだね」

 

「俺は普段から男の子の格好ですけど…!?」

 

「ふふ、ごめんごめん。この前見た姿が忘れられなくて」

 

「おいおいキリト。また女性の知り合いを作ったのか?」

 

「誤解を産む言い方をするなよクライン。 この人はナナさん…あー、友達のパーティーメンバーなんだよ」

 

「そうか、友達のパーティーメンバー…キリトに友達!?」

 

いや、うん。そうだよなそこで引っかかるよな…

 

「キリトくん。彼、泣き始めちゃったけど…大丈夫?」

 

「く、クライン泣くのは止めてくれよ。まぁ心配かけてたのは分かるけど…」

 

「キリトよぉ…おめぇは…おめぇは本当に苦労してたからよォ…俺は、俺は嬉しいんだよ…」

 

クラインには…SAO時代から心配掛けっぱなしだったもんな。 誰かのために泣ける彼が時折羨ましく感じた事もあった。

 

「今度紹介するよ」

 

「あ、今度というかすぐそこに居るよららこくん」

 

「げっ、マジかよ…」

 

幸か不幸か、アイツはすぐ近くに居たらしく呼んでもいないのにフラフラと近寄って来やがった。

 

「む、貴様もログインしていたのかキリト」

 

「あぁ、あのバカが五月蝿かったからな」

 

「そっちの野武士のような火妖精は誰だ?」

 

ささっ、とナナの背後に隠れるららこ。

人見知り極限過ぎるだろ…よくナナさんと仲良くなれたな

 

「俺はクラインだ。 お前さんキリトの友達なんだってな? コイツは人付き合い苦手だからよ。仲良くしてやってくれ」

 

「何だかよく分からないが分かった」

 

「そう言えばナナさんとららこは何かクエストの途中とかなのか?」

 

「いや、あのケバ子が風邪をひいて先輩方は皆用事があるようだったからなお前と同じく暇つぶしでログインした」

 

そう言えば寿先輩は用事で出かけたし時田先輩は夕方からバイトって言ってたか。

 

「私はまた仕事が忙しくなる前に少しね」

 

「それなら四人でなにかクエストを受けねーか?」

 

クラインが名案とばかりに言い始めたが大抵こう言う時はろくなクエストを受けてこないのが彼である。

スクルド絡みのものでは無いと良いのだが…

 

「最近ALOの料理関係がアップデートされてよたこ焼きが追加されたらしいんだ」

 

「は? たこ焼き?」

 

「ほう、たこ焼き」

 

「いいねぇ!」

 

三者三葉の反応を見せる中クラインは何故か胸を張って誇らしげだ。

 

「そんでもってそのたこ焼きはアインクラッドのとある店でしか出してもらえないらしくてな? しかもクエストを受けねーといけねんだ」

 

「あー、読めた…」

 

「つまりたこ型モンスターを狩らないといけないのか」

 

「そーいうこと! ま、たこ型がポップするのはアインクラッドの4階層だから結構楽みたいだぜ」

 

「4階層ってロービアがあるところだっけ? あまり行ったこと無いから丁度いいかも」

 

懐かしいな、アスナとデカイ熊と戦って船を作って貰ったっけ。 それにキズメルに会うために黒エルフの城に行って…あの頃から俺はアスナのことを考える比率多かったのかもな。

そう言えばSAOで初めてステージの水の割合が多い階層でもあったか? 泳いだりなんだり…本格的にこの世界で泳いだのはアレが初だったし思い入れの多い所かもしれない。

 

いや、待てよ?

 

「たこなのに川で取れるのか?」

 

「キリト、そこはご愛嬌ってやつよ」

 

「それぐらい分かれ」

 

俺が悪いのか…?

ともあれ四人でアインクラッドの上層へ向かう。 新生アインクラッドが実装されてから早3年程経つのだが依然としてこの鋼鉄の浮遊城の完全攻略は行われていない。

現状最前線は70層。 本当のアインクラッドとは違い現実で死なない為か難易度を調整しているらしく帰還者である和人を始めとした攻略組、リーファやユージーンなどALOでもトップクラスのプレイヤーを持ってしてもハーフポイントの50層を攻略するのに数ヶ月掛かってしまい余りの難易度にみんな口を揃えて文句を言っていたものだ。 あれが本物のアインクラッドだったらクリア出来ずあの階層で全滅なんてのも有り得たかもしれない。 最も自分を含めた帰還者達も命が掛かっている訳では無いから腕も落ちているのも否めないが。

しかし、突破後は今まで50層で足止めをくらっていた反動か怒涛の勢いで階層主を撃破していった。75層で終わった城を100層まで攻略するために、あの頂上で今でも全て見ていそうなアイツが居る気がするから。

 

「何真面目な顔をしているんだ、らしくもない」

 

「あのな、俺だって真面目に考え込む事あるんだが…あのバカじゃあるまいし」

 

「ららこにとっちゃ真面目なキリトはらしくない…か。 本当におめぇは変われたんだなキリト」

 

「だから恥ずかしいからやめてくれよクライン」

 

件のたこ焼き店は50層、アルゲードの一画にあるらしくもっと言えば旧エギルの店に近い区画にあった。

 

「たこ焼き食いてぇんだけど」

 

『ダメだダメだ。 肝心のたこがねぇからな! 兄ちゃん達が取ってきてくれるってんならタダで食わせてやってもいいぞ』

 

【クエスト タコ足 10本納品】

 

「エギルの店の近くで良かったな。 下手したらアルゲードから抜けられない可能性もあった」

 

「私初めて来たなぁ…なんか少しワクワクする街だね」

 

「基本来ることがない場所だしな」

 

クエストを受理して4階層まで行く為にアルゲードの転移門まで歩いている最中、ららこ(耕平)の持っている武器が先日のイカ槍からまた別の物に変わっているのに気がついた。

 

「ららこ、武器変えたのか?」

 

「ふっ、流石はキリト。気が付いたか…これは先日コラボされたアニメの武器でな! カヤ様が演じる魔法少女が使っている武器! バルディッシュだ」

 

黒く無骨な斧を掲げて嬉しそうに叫ぶがへっぴり腰なのがなんとも奴らしい。

 

「特殊な魔法が設定されていて発動するとカヤ様のお声が聴こえるというスグレモノ! 普段は機械的な音声も流れる」

 

「………」

 

「おぉ、ららこはカヤ様が好きなのか?」

 

「む、クラインも同志か!」

 

わっはっはー!と笑い合っている二人になんとも言えない表情をするナナ。 まぁ、そりゃそうだよな…と和人は苦笑する。

ナナのリアルネームは飯田摩耶。 芸名が水樹カヤという超人気声優で耕平が崇拝する人物。

色々諸事情があってリアルで会うことがあった際に発覚したことなのだが耕平はそれを知らない。というか、知った瞬間に死んでしまうかもしれないので言っていない。

ロービアの街に転移し、町外れについても未だ話を続けるららことクラインを軽く小突く。

 

「ほら、その話はその辺にしておいてタコを狩るぞ」

 

「んじゃ、まっ…美味しいたこ焼きの為に狩るとしますか!」

 

「このバルディッシュで粉砕してくれる!」

 

「それじゃあ私は支援魔法を…っ」

 

目標のモンスターを見つけるとキリト、クラインは揃って突貫。 攻撃のタイミングに合わせてナナの支援魔法でバフが掛かり、ららこは触手に絡め取られている。

 

いやなんでだよ!

 

すぐさまクラインが触手を断ち切りメットを被ったようなタコの頭を蹴り飛ばしスイッチで和人がソードスキル デッドリーシンズの7連撃を叩き込む。 流石、ハーフポイントで受注できるクエストだからかタコメットのHPバーは2割ほど残って削りきれなかった。

 

「おいおい、4層のモンスターの強さじゃねーだろ!?」

 

「クエストを受けたからこそ出てくる系なんだろ…っ! 4人で狩り切るのは大分きついかもしれないぞ!」

 

「実質的3人かもしれないけどっ…うぅん、たこ焼き食べたいしっ」

 

あれー…なんて声を上げながら吹き飛ばされていくららこはもう無視し、タコメット達の猛攻を何とか凌ぐがそれでもこのままではジリ貧だとキリトは感じ取っていた。

 

「ららこくん、頑張って!」

 

吹っ飛ばされ、すっかり伸びているららこにナナが声を上げると飛び起きバルディッシュを横ナギに振って複数のタコメットを吹き飛ばした。

 

「どこからかカヤ様のお声が」

 

…一応プロテクト状の問題でボイスデータは本人と全く同じではなく近いものが割り振られている筈なんだがららこ(耕平)は本能的にナナの声をカヤと理解したのか…? だとしたら怖すぎるんだが。

 

「お前たち後ろに下がれ!」

 

「「は?」」

 

最前でモンスターの突進や突き攻撃を捌いているキリトとクラインは突然の合図に首を捻り、ナナは何かを察したのかバルディッシュを構えるららこの直線上から飛び退く。

 

「貫け!剛雷!」

 

詠唱なのか決めゼリフなのか分からないがとても嫌な予感がした為、急いでクラインと共にキリトが左右に飛び退くとバルディッシュの先端が輝き始める。

 

「『サンダースマッシャー!』」

 

ららこの叫びと水樹カヤのボイスが重なると同時に輝きから雷撃が放たれタコメットの群れを光が飲み込む。

いやいやいやいや、最早魔法じゃなくて兵器じゃん!

HPバーがみるみる減少し爆散。ポリゴン片になっていきドロップ品がイッキに7つも集まった。

 

「ま、まぁ何はともあれ7つ落ちたしこの調子であと3つ! ららこ、頼んだぞ」

 

「何を言う。今のでMPはガス欠だぞ」

 

使えねぇ!!

 

結局残り3つをドロップさせるためにクライン、ナナ、キリトの3人で10匹程倒して何とか必要個数を揃えることが出来た。 正直、今度やるとしたらもっと人数を増やしてやった方が絶対いい気がする。

 

「疲れた…そこらのネームドエネミーよりも疲れた…」

 

「お疲れ様。 キリトくん、やっぱり強いんだねっ! 聞いてた通りっ」

 

「ん、聞いてい「いやぁ、ナナさんのお陰で無事にたこ焼きにありつけた! ほれ、キリトも食えよ」 熱っ!? ゆっくり渡してくれよ」

 

容器越しでも熱々のたこ焼きを渡され焦りながらも受け取るとゆっくりと食べる。

…うん、美味い。 正直、ALO内で飯を食う必要性って特にないんだけどまぁ、たまには悪くないものだな。しかしビールが欲しくなる味だ…

 

もぐもぐと四人で食べながら転移門付近に再び移動するとナナが唐突に大声を出す。

 

「どうしたナナ?」

 

「たこ焼き食べたらすっごいバフが…!」

 

「れ、レアドロップ率アップ!? 確かにこんなバフが掛かるなら…あの難易度もしっくりくる…か?」

 

効果時間も長いしこれならばあの敵の多さと硬さは納得ものだ。

たこ焼きも美味しいし。

転移門前の広場で食べながらあーだこーだと四人で話していると小さな少女が走り寄ってくるのが視界の端に映った。

 

「パパっ!」

 

「ユイ!」

 

飛び込んでくる娘をしっかりと、たこ焼きを落とさないようにしながら抱きとめると久しく感じていなかった重さについ頬が緩んでしまう。

 

「パパ、お久しぶりですっ!」

 

「久しぶりユイ。少し大きくなったか?」

 

「もう、私はここから変わってませんよ! パパこそ不摂生な生活してたりしませんよね?」

 

めちゃくちゃしてます。

 

「キリトくん…? えっと、パパって?」

 

「はじめまして、プライベートピクシーのユイと申します。色々と事情があったのですがパパとママに助けられてからお二人のことをパパ、ママ…と呼ぶようになりました。 …何かおかしいでしょうか」

 

「う、ううん! おかしくないよ!全く!」

 

ユイの上目遣いを受けてナナさんは物凄く申し訳さそうに手をぶんぶんと振っている。我が娘ながら狡い子だ。

 

「俺をお兄ちゃんと呼んでくれないか」

 

「おい、ユイに変な事を教えるなよ」

 

「えっと、お兄ちゃん…?」

 

優しい子だから変態のお願いも聞いてしまうのは何とかしないとな…と考えるとららこは破顔しキリトの手を強く握っていた。

 

「後で2万渡す……!!」

 

「何の金だよ!?」

 

「ららこお兄さん大丈夫ですか?」

 

「……3万でどうだ…!!」

 

「だから何がだ!? ユイ、ららこの事をお兄さんと呼ぶのはやめような」

 

「? わかりました」

 

ららこは周りの視線を集めながら地面に転がっている。 コイツは本当に…

電子音が鳴るとメッセージ通知が表示される。

差出人は…バカか。

 

【寿先輩のバイト終わったら店、戻る】

 

あの人、バイトなんてしてたのか。

 

「イオが戻って皆と飲む……飯食うってさ!」

 

「む、もうそんな時間か…相変わらずここは時間の移りが分かりにくい」

 

「あ、私もそろそろ明日の用意しなきゃだ」

 

「なんだみんなログアウトしちまうのか? 俺はスクルドさんに会いに行こうかなぁ…」

 

まだ追いかけてたのか…いやその執念は凄くて少しは見習うべきなのかもしれないけど。

 

「クライン、近いうちにきっとそっちに戻るからエギルの店で会おうぜ」

 

「お、そん時は有給取ってくから連絡くれよな!」

 

「ユイ、あまり長く話せなくてごめんな。 今度アスナと会った時、俺の端末に入れるようにしておくから…そしたら一緒に居れるからな」

 

「はいっ、楽しみにしてますねパパ!」

 

じゃあ! と手を挙げて四人は別れてログアウトする。

目を開けると未だ部屋で寝た回数が少ないせいか見慣れないGrand Blueの部屋の天井。

部屋から出て階段を下りると既に伊織や寿先輩、時田先輩、梓さんに奈々華さんと揃っていた。

千紗はまだ風邪をひいた愛菜の家だろう。

一晩下着姿で寝たぐらいで風邪をひくなんてな。

 

「おかえりなさい奈々華さん。 あと伊織」

 

「おう、ただいま和人。悪いなメッセージして」

 

「いいって。飲みたかったしな……奈々華さんだいぶ飲んでますね?」

 

「えへへ、嬉しいことがあったの。 伊織くんがね私のことお姉ちゃんって」

 

「へぇ、伊織が…」

 

確かに奈々華さんは姉って感じだもんな。

何があったか聞こうとしたが伊織は手を突き出してそれを制する。

 

「やめろ和人。そこに辿り着くまで様々な道のりがあったんだ…」

 

「そ、そうか…お疲れ様。 でも確かに奈々華さんは姉って感じだもんな。よく分かるよ」

 

「本当? 今日だけで弟が二人もできちゃった」

 

嬉しそうに微笑む奈々華さんを見るとまぁいいかと思い買い置きをしておいたお酒達を取り出しみんなで軽く乾杯を交わす。

 

「今夜は中々心地いい風が吹いてるから外で飲んでみるか」

 

「お、いいですね!」

 

店先にみんなで出て空を眺める。

星が輝き月夜に照らされながら各々、思い思いにジョッキを傾け飲み干していく。

伊織にALOでの耕平の活躍?を話していると件の彼が万札を握りしめ和人の目の前に滑り込むような土下座をしながら現れた。

 

「桐ヶ谷、5万で頼む…!!」

 

「だから何の金だ」

 

「貰えるんなら貰っておけばいいんじゃないか?」

 

「例えば、栞ちゃんが耕平をお兄様って何かの間違いで呼んだとして」

 

「間違いはないと思うが…それで?」

 

「呼んだ瞬間に耕平が万札を突き出してきたら?」

 

「和人、警察ってこの時間でもちゃんと来てくれるよな?」

 

「あぁ、間違いないな」

 

2人して取りだしたスマホを耕平に奪い取られもう何度目になるかも忘れた取っ組み合いを始め、先輩達に咎められまたゲームで決着をつけるためにスピリタスを流し飲む。

あぁ、コイツらをクラインやエギルに紹介するのか…不安しか……ない、な。

 




ちょっとした次回予告

「退屈な発表をした自分を恥じたまえ」

「腸が煮えくり返る!!」

「いや俺は別に?」

次回 VS 准教授

※嘘予告になることもあります。


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准教授

お気に入り1000件ありがとうございます!
って言いたかったんですけど1100を超えてまして?顔になりました969です。
あとランキングもチラ見したとき1番上にいた様な…まさかねぇ?

今回は難産でした…

自分語りします。 数年前工業生だった969はとある試験をやった際友人とふざけて股間では無いものの試験片無しでやった為、減速なしのハンマーで臀部を強打しました。 めっちゃ痛いので真似しないでくださいね。


理系学部でキツいこと。

それは授業でも実技でもテストでもなくレポート。

題材を理解し、資料を探し的確に読み取りレポートを作成する。その苦労たるや授業の比ではない。らしい。

 

らしいと言うのは伊織談の事だったのでまたバカの妄言かと若干思っていたのだが…

今、右代宮准教授の所に研究棟の使用許可を取りに行こうと部屋へと寄ったのだがそこには爆睡している准教授と死んだ顔をしながらレポートを読み上げていた伊織を目の当たりにした。

 

「お前達に非がある。相手が寝てしまう程、退屈な発表をした自分たちを恥じたまえ。 そもそもプレゼンテーションの本質とは洗練された美しさにこそあるものだ」

 

「あの准教授。鍵を借りたいんですけど」

 

「次期教授だ。 おっと桐ヶ谷か。 いつもの掃除までご苦労だな。 利用者は使用前よりも美しくを心掛けていて中々見所がある。 お前の爪の垢を煎じてコイツらに飲ませた方がいいんじゃないか?」

 

はっはっはー! と高笑いしながら部屋を出ていく准教授を見送り伊織たちも覚束無い足取りで食堂へと向かった。 そういえばそろそろ昼か、俺も一緒に食べに行こうと連中の後をついていきプレートを受け取ってそこそこ離れた位置に腰をかけると連中は頭を抱えて…

 

「腸が煮えくり返る!!!!!!」

 

また馬鹿なことになりそうだ。

 

「なぁ、和人ぉ! ムカつかねーかあの態度!!」

 

「いや俺は別に?」

 

「けっ! 仲間意識がねぇやつだ!」

 

「これだから優等生はよ!!」

 

「………いや、普段真面目にやってないのにいい評価をもらおうとするのが間違いなんじゃ」

 

「「「「「…!!?」」」」」

 

伊織達の批難がピタリと止まりこちらに詰め寄らんとしていた彼らは腰を下ろし頭を抱える。

 

「違うんだよ。 確かに俺達もカンペや代返ばかりやって真面目にやってないし、レポートも過去の写しだったりなんだってするさ!」

 

それが悪いのではないか。

 

「でも言われた通り期限には発表をしたんだ! 」

 

「そうだ! 可をくれ! できれば優良!」

 

クズ共が。

 

「そもそもあの准教授の講義自体がクソつまらねぇ退屈なモノだろ!」

 

「…そうだあのオッサン言ったよな「退屈な発表をする方が悪い」って」

 

「あぁそうだな…?」

 

「上等じゃねぇか…誰に喧嘩を売ったのか教えてやる」

 

にやぁ…と邪悪な笑みを浮かべる伊織。

この面をする時は大抵良くないことが起きる。相手にも自分にもだが。

 

「和人も次のアイツの講義受けに来いよ。 好きに受けていいって言われてるんだろ? 俺たちが退屈しない面白いものにしてやるから」

 

「……」

 

あとで直葉に栞ちゃんの連絡先を教えてもらって報告しておいてあげようと思いながら、とりあえず飯を食い終えて右代宮准教授の講義に出るため移動する。

教室に入るなり奴らは何かを用意し始めたので一番後ろの席から精々眺めさせてもらうかと腰を下ろしノートを開く…まぁ、准教授も伊織たちも腐っても理系の人間たちだし、ここは大学なので少なくとも勉強にはなると和人は考えたのだがやはりそれは常識人の考え。 馬鹿共の行動はそれを遥かに上回った。

 

「よし、遅刻欠席はいないな。 それに桐ヶ谷まで参加とは次期教授候補筆頭の私の講義が余程有意義という事が証明されてしまった。 一分一秒噛み締めて受けたまえ」

 

准教授がホワイトボードに向かいペンを抜いた瞬間、教室の至る所からガサゴソ…とバカどもが動き始めた。あれは…飲み物と菓子か。

 

「誰だ! 飲食しているのは!!」

 

一人一人に圧をかけるようにお前か?と問い掛けるが皆口を揃えて違うと否定する。…これってもしやあのバカ達だけじゃなくてここにいる全員が共犯者なのか!?

 

「講義中の飲食は禁止ッ!! 常識、だぞ」

 

講義を続けながら水を飲んでいた生徒からペットボトルを押収し教本を読んでいく准教授に対して伊織がついに動く。

 

プシュッ

 

「だから水を飲むなと言っている!!」

 

「え? 誤解です先生…」

 

ドンッ!!☆

 

アサヒスーパー〇ライ (500ml)

 

「決して()は飲んでません」

 

「「ビールはないだろう!?」」

 

「和人、俺達にとってビールはなんだ? そう、身体を流れる血液だ」

 

「何も上手いこと言えてないし肯定しないからな!?」

 

「そんな事より講義の続きをお願いします。余計な時間を使わないで下さい」

 

「桐ヶ谷も五月蝿いぞ」

 

ついついツッコンでしまった和人を放って野島と藤原は淡々と言い放つ。心の底からムカつくなコイツら…!?

馬鹿どもに促されて仕方なく講義を続け始めた准教授。 まぁ、確かに淡々と進んでるだけあって淡白、退屈な印象も受けるが得てして勉強とはそんなものだと思う和人。 ノートを取りながら前の方を見るとサンドイッチを頬張っている奴がいたのだが当然、飲食禁止のくだりをやったのだからバレた。

 

「飲食禁止と言っただろうが…!」

 

「俺だけじゃないっすよ」

 

凄まじい速度で隠す馬鹿どもに対してそれを上回る反応速度で隠して来たモノを暴く准教授。

時折思うんだがここの人達は人間を辞め過ぎじゃないだろうか。

奴らが食べていたのはカ〇リーメイトやコンビニ弁当にホットプレートでの焼肉。

 

 

 

ホットプレートでの焼肉!?

 

 

「焼肉はおかしいよなぁ!!?」

 

「なんの事ですか」

 

「偶然カバンに入っていただけですよ」

 

「偶然でこんな物を持ち歩くか!!」

 

こればかりは准教授の方が正しいと思うのだが…とりあえず全員カバンの中身を出すことになったのだが和人のカバンからは改造の為に持ってきた通信用プローブ娘用だけで特に問題なし。 というか一応なんの問題も起こしていないし、大学側からしたら表立って戦死扱いをされているとはいえ防衛省肝入りの菊岡誠二郎が紹介して無理矢理ねじ込んできた和人の扱いには困っているのかもしれないが。

 

「流石は桐ヶ谷だな。よろしい」

 

各々、講義を受けに来た全員がバッグからものを取り出すと並べられたのは漫画雑誌にエロ本、AVなど…まぁ健全な男ならば持っててもおかしくないものだった。 もっともそれを大学に持ってくるか?と聞かれれば和人は部屋の中に隠しておくものだと答えるが。

 

それで最後に伊織のカバンから出てきたのは掃除機だ。

 

何故だ!!

 

「馬鹿だな和人。俺は気を使う真面目系男子だろ?」

 

「お前は気を許せない真面目にクズ系男子だが?」

 

そんな事を言う和人を無視して伊織は掃除機の電源を入れ、焼肉から出る煙の掃除機で吸って外に排気していた。なるほどそう使うのか。

バカだな。

 

「他の皆が煙たくないよう為の気遣いです」

 

「これぞ生徒の鑑」

 

そんな鏡叩き割ってしまえ。

 

「講義に関係ないものは没収する!」

 

「なっ!? 卑怯だぞ!」

 

「本当は自分が欲しいだけだろ!」

 

「口答えするなクズ学生共! 私の講義のルールは私が決める」

 

ギャーギャーと騒ぎ立てる生徒達をバカだなぁ…と眺めていると窓の外の方で千紗が手招きをしていたので騒ぎに乗じて教室を抜け出す。

まぁ元々出席してもいい…ぐらいのものだったので退席も自由、あんな騒ぎになってしまっている講義は立て直しが無理だと判断しての事だ。

 

「桐ヶ谷くん、あれなに?」

 

「俺もわからない。 伊織たちのことはそこそこ理解してたつもりだったんだが度し難い程のバカの考える事はさすがに理解出来なかった」

 

「はぁ…桐ヶ谷くんはこれからどうするの?」

 

「元々の予定通り研究棟の方へ行こうと思ってる。 千紗も来るか?」

 

「え、…うーん、行くかな。講義はあんなのだしお店に戻るのもアレだし」

 

少し悩む様子を見せた千紗だがすぐに了承し、二人揃って研究棟の一室へと向かう。今日は先輩たち来ていないようで少し物静かな感じだった。

千紗が横で見ている中、端末を立ち上げて先日先輩方の監修の元で組上げたプログラムを起動してみる。

 

「何してるの?」

 

「だいぶ前にAIの娘がいるって言ったの覚えてるか?」

 

「買い物してる時に言ってたね?」

 

「あぁ、その娘が一緒に海の中を楽しめるようにプローブを作ってるんだ。 アリスの時は完全に試作品だったからさ…と、来るぞ」

 

「え、来る?」

 

プログラムが起動すると端末の画面にユイがポンッと現れる。可愛らしい。

 

「パパ! こんにちはっ」

 

「こんにちは、ユイ。無事に移動出来たみたいで良かったよ」

 

「はいっ。 ところでそちらの女性の方は…? 浮気はダメですよパパ」

 

「違うからな!? 彼女は古手川千紗。俺が今お世話になっている所の娘で今は同級生…? って事になるかな」

 

「なるほど…チサさん。私はトップダウン型AIのユイです。 これからよろしくお願いしますね?」

 

「え、えっと…千紗です。 よ、ろしく?」

 

わたわたと身振り手振りしながら自己紹介する姿は普段の千紗からしてみれば珍しいものだ。AIというものに馴染みが無い所為もあるのだろうけど。

 

「チサさんから見てパパは普段どんな感じですか?」

 

「え? えーと………ふっ」

 

鼻で笑われた。

 

「おい千紗。娘の前だ嘘でもいいから褒めてくれよ」

 

「むしろ娘さんの前なら正々堂々としてるべきじゃないの?」

 

正論は人を傷つけるけど人を助けないって前になんかで聞いたな。

 

「それよりユイ。プローブの方のシステムは見た感じ大丈夫か?」

 

「はい。一通り確かめたところ問題は見つかりませんでした…あ、でも可動の際にラグが発生するみたいです」

 

と、まぁこんな具合にユイと千紗の手伝いも加わって三人でプローブやらプログラムやらの調整を始め、早一時間が経った頃に研究棟に先輩方が現れた。

 

「お、和人に千紗ちゃんか。珍しいな?」

 

「それに…そうかその娘がユイちゃんか」

 

「寿先輩、時田先輩! すみません借りてました」

 

「初めましてだなユイちゃん。 俺は寿竜次郎だ」

 

「俺は時田信治だ。 よろしく」

 

「この二人がプローブとユイ用のプログラムを組むの手伝ってくれたんだ」

 

「ありがとうございました。コトブキさん、トキタさん」

 

PCの前で腕を組み笑顔を見せる先輩にユイは行儀よく頭を下げてお礼を言う。

 

「なに、良いってことよ」

 

「可愛い後輩の可愛い娘の為に力を貸せたんだからな」

 

ユイが顔を上げて二人を見るとパンツ姿になっていた。

 

「…? パパ、大変です。 お二人の服がバグで消えてしまいました!」

 

「なるほどAI視点には衣服消失はバグになるんだね」

 

「千紗、感心しなくていいから。バグじゃないし」

 

バグってるのは頭の中だ。

 

「今は何をしていたんだ?」

 

「ユイが使うものですし一度本人にチェックを掛けてもらおうと思いまして」

 

「これを使えば私もパパと一緒に海に潜れると聞いて張り切りましたっ」

 

海と聞いた瞬間千紗がバッグからダイビング雑誌を取り出してユイに読み聞かせを始める様を見て彼女も彼女で常人とは少し違う気がするのだが言ったら怒りそうだし止めておく。

 

「可愛らしい娘じゃないか」

 

「そうでしょう」

 

「はっはっはっ、親バカときたもんだ」

 

この後、どこから嗅ぎ付けたのか耕平が乗り込んできてそれを叩き潰すのに苦労したのは語る必要のない些事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、なんで俺はまた准教授の実習を受けに来てるんだ」

 

また別の日の事である。伊織と耕平に連れられて何だかんだと実技を受けさせれている和人。

 

「この前逃げただろ。あの後急にテストを受けさせられたんだからな」

 

「お前達が騒ぎを起こしたからだろ」

 

「本日はシャルピー衝撃試験を行う。この試験は位置エネルギーの差異から物体の破壊に用いたエネルギーを算出するというものだ。ハンマーを振り落とし試験片に衝突させ、その後振りあがった高さを測定する」

 

えらく単純な実験だな。

 

「計算式も単純だし」

 

「今回はレポートも単純だろ」

 

うだうだとだらけながら言うクズ共を他所に試験の準備をしていると准教授が何やら連中に声をかけていた。

 

「この程度の実験でミスはしないと」

 

「「「「勿論です」」」」

 

「ならばこれを使え」

 

准教授がクッションを山本の股間部に取り付け、鎖でシャルピー衝撃試験機の前に拘束する。 試験片を破壊したハンマーは山本の男の尊厳すら砕いてみせるだろう。

 

「それでも人間か!?」

 

「芸人でさえもう少し優しいもの使うぞ!?」

 

「ハッハッハっ別によかろう? 全員、股間(ソレ)を使う機会がある訳でもないし」

 

「「「喧嘩売ってんのかァゴラァ!!」」」

 

「試験回数は5回。一度でも試験片を破壊出来なければ単位は与えんからな」

 

高笑いをしてその場を去る准教授に皆呪詛を唱えながら睨み付ける。

しかし5回か…5回?

伊織、耕平、和人、山本、野島。五人。

 

死ぬ訳にはいかない。

 

「じゃあ準備できている山本からいこうぜ」

 

「そうだな」

 

「待て待て桐ヶ谷もなんでそんなに乗り気なんだお前!? 俺よりも現実の女に興味が無い今村にするべきだろ!!」

 

「む、一理ある」

 

いや女性に見境のない山本(クズ)が先だと思う。

 

「いいか、俺の股間は大事なんだ。 俺をお兄ちゃんと慕う女子中学生の為に」

 

「「よし、コイツからにしよう」」

 

犯罪者を無くすためには犯罪を起こす前に始末するのが一番だ。

 

「やめろお前ら! だいたい俺よりも北原と桐ヶ谷には彼…うぐぅ!?」

 

余計なことを口走ろうとした耕平の鳩尾と首に二人で拳を打ち込み少しの間眠ってもらう事にした。

 

「さて耕平も同意した事だし」

 

「実験するか」

 

「なんという卑劣クソ野郎共…」

 

耕平の両手両足に枷を嵌めて絶対に逃げれないように固定する。

これで準備は完了だな。

 

「はっ!? 放せお前ら!!」

 

「ちっ、目が覚めたか!」

 

「実験の準備を急げ!!」

 

ハンマー準備、測定準備!

 

ヨシっ!

 

「よしっ! 実験開始!!」

 

「やめろぉぉおおお!お前らァァァァ!!」

 

「一同! 英霊に敬礼!!」

 

怨嗟の如く凄まじい邪気を放つ犯罪者予備軍に対して敬礼をする。

振り下ろされたハンマーはスカンッ!!とした音ともに試験片を真っ二つに破砕し、勢いのまま耕平の股間へめり込んだ。

 

 

 

 

「150度はやり過ぎたか」

 

「いいデータが取れた」

 

「つ、ぎの…次の被験者は俺に選ばせろ…っ」

 

耕平の呻きと共に視線は和人へと注がれている。

 

「「「任せた」」」

 

「嫌に決まってるだろバカか!?」

 

「そいつには、彼女がいる…!」

 

両腕を山本と野島に拘束され無理矢理試験機に取り付けられる和人。

 

「桐ヶ谷くぅん? なぁんでそんなこと黙ってたのかなぁ??」

 

「いやぁ、今度紹か「試験が終わった後にお前の頭をかち割って機械棟の溶鉱炉で溶かす」怖っ!?」

 

怒りの形相で紹介しろと言いかけた山本を睨み付けながらガシャン!ガシャン!と鎖を鳴らして暴れる狂人(和人)に恐れをなしたメンバーは慌ててハンマーの準備をして実験を始める。

 

「角度138度! OK!」

 

「測定準備よし! 実験、開始!!」

 

 

 

「アイツがあそこまで暴れるなんてな…」

 

「あぁ…アイツの彼女は気になるが禁句にしよう。御手洗辺りは死んでも構わんだろう…桐ヶ谷、次のご指名は誰だ?」

 

未だ狂人化(バーサーク)が解けていない和人は人語ならざる言葉を上げながら伊織を指差す。

 

「次の贄はお前だな」

 

「嫌じゃぁァァァ!!!!!!」

 

「何を文句言っているクズ!」

 

「偉大な英霊のご指名だぞクズ!!」

 

「このゲス野郎共めぇ!!」

 

逃げようとする伊織に耕平が髪束を見せつける。

そこにはビッシリと計算式、実験内容が書き込まれており耕平が過去にこの実験を行っていたのは確かだった。

 

「ここに書いてあるとおりにやれば」

 

「無事に済むんだな!」

 

熱い握手を交わす二人に和人は漸く狂人化が解けて落ち着いて耕平の過去レポートを流し読みしていく……これ計算式間違えてるな?

その間に伊織は意気揚々と自ら固定されにいき、ハンマーの角度は134度に設定されていた。

 

「なぁ、耕平この計算…」

 

「北原、ちなみにこの過去レポは再提出という評価を受けている」

 

ブンっ、とハンマーは落ち裁決は下された。

 

さて、3人が犠牲になった訳だがあと2回のうちに正しい答えを出さないといけない。 伊織が野島を指名している間に正しい計算をしておかなければ。

伊織と耕平、和人の3人が計算をして各々の用紙の結果を見る。

正解の角度は『α=101°』だ。

これなら股間が砕かれる危険性はないんだな。というか150だったり138だったり的外れすぎる角度じゃないか。

 

「出来たぞ野島」

 

「あぁ、3人とも同じ回答になったから間違いない」

 

「北原と今村の計算は期待出来ないが桐ヶ谷の計算なら間違いないな!」

 

「それじゃあ山本、130°で合わせてくれ」

 

これで野島も散った…と。最後は山本だな。

 

「待て待て!? もう101°って答えは出ているだろ!?」

 

「言っただろう頭を砕くって」

 

「本気の犯行予告だったのか!?」

 

「伊織、耕平。 山本を装置に」

 

「「御意」」

 

暴れる山本を殴って気絶させ野島も加わって奴を拘束していく。もう既に正しい答えは分かっているので最後の一回は遊んでも構わないだろうと四人は話し合いハンマーのメモリを眺める。

 

「という事で最大角度でいってみよう」

 

「さすが和人!」

 

「俺達には怖すぎてそこまでやる勇気はなかった!」

 

万が一、こいつらが明日奈に出会ったとしても今日というこの日を忘れないように身体に覚えさせておけば条件反射的に体の芯から痛みを思い出すだろう。

 

「恐れ多くも実験のスタート合図は私が」

 

「よし野島。任せた」

 

「うぅ…はっ!? ちょっと待ておま「実験開始!!」 ッ!!!?????」

 

山本が気を取り戻した瞬間に実験を始めるとはなんて酷いやつなんだ。

やるべき事は果たした和人はバカたちを放ってレポートに書きまとめ始めると伊織達は准教授にわざとらしい口調で教えを乞う。

 

「未熟な俺たちを導いてください!」

 

「俺たちが間違っていました!!」

 

「いいだろう! 特別にこの私が教えてやろうじゃないか!!」

 

言葉に乗せられてあれよあれよという間に装置にセットされる准教授もどうなんだ?

 

「ではお手本をお願いします」

 

「下っ腹に力入れてないと死にますよ」

 

「足はもっと開いて」

 

「やはりお前たちは愚鈍だな…私が計算を間違うとでも? α=101°に設定したまえ!」

 

まぁ、そうだろうな。と和人は一人思うも伊織達からは余裕な表情が見えることに気が付く。

まさか何か策があるんだろうか。

まさに実験開始の直前チラリと、試験機の一部に重りが吊り下がっているのが視界に映る。

 

「私の計算の正確さをお目にかけよう」

 

それが実験中最後のセリフとなった。




次回、三人娘と大人の林間学校


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三人娘!

小躍りしている969です。
大人の林間学校は次回に持ち越しとなった為、また完全オリジナル回です。
はい、許せる方だけどうぞ…


ある日のこと。

モノ好きな和人は大学へ向かってまた何かを作っているし、耕平はアニメをまた見るらしく店には来ず、ケバ子も大学の友達と遊ぶようで今日は来れない。日中は珍しいことに千紗、奈々華さん、伊織だけという状態になっていた。

 

いや本当に珍しい。

何せ和人も一緒に住むことになってアイツと俺と耕平はセットみたいになっていたし。

 

「あ、伊織くん。午後からお客さん来るんだけど少し準備手伝ってもらえるかな?」

 

「勿論ですよ。 千紗、店の方頼む」

 

「わかった」

 

店の外に出るとボンベの準備、今回のお客さんはフルセットの貸し出しらしくいくつかサイズを見繕ってマスクやウェットを用意しておく。

ふむ、サイズ的に女性三人か。

これは誰の邪魔も受けずに女性と仲良くなるチャンスなのでは…?

予想するに夏休みを利用した女子会のようなもの。上手く行けばこの辺を案内したりも可能!

 

「どうしたの伊織くん?」

 

「いえ、人生が楽しいなって思いましてっ!」

 

ルンルン気分で準備を終え、千紗に気味悪がられながら昼メシを作っている最中のこと。

冷やし中華でもと2人並んでキッチンで野菜を切り麺を茹でていたのだが冷蔵庫を開けて驚愕する。 昨晩まで山のようにびっちり入っていた酒類がすっからかんになっているではないか。

酒がないPaBなんて心肺が機能していない生き物と同然だ。

 

「というわけで買ってくる」

 

「気をつけてね」

 

「あぁ。 なんか他にいるか? 飲み物とか」

 

「スポーツ飲料何本か」

 

「了解」

 

財布を持って奈々華さんに断りを入れて近くのコンビニへダッシュする。

コンビニに着くと店員が何も言わずにダンボールでバックヤードからお酒を出してきたので折りたたみ式の代車を借り、千紗に頼まれていたスポーツ飲料も何本か買ってレジを通す。

あまり他の利用客を見た事ないがこのコンビニの売上殆どPaBのアルコール代なんじゃないか??

 

「ありがとうございましたー」

 

「…おかしいな。スポーツ飲料とお酒数本だけだったら数百円のはずなのになんで万札が無くなったんだ?」

 

ゴロゴロと代車を押しながら首を捻る伊織。

まぁいいか。と考えるのをやめて店へ戻ろうとした時、声を掛けられた。

 

「すみません、ちょっと聞きたいんですけど」

 

「はい?」

 

スポーツ飲料に大量の酒と訳わかんない組み合わせを持った男に声を掛けてきた勇気ある女性は少し童顔で濃い茶色のショートヘア。目元にすこしソバカスがある快活そうな印象を持つ女性だった。

 

「この辺にあるグランブルーってダイビングショップ探してるんですけど場所ってどの辺ですか?」

 

ちらりと後ろを見れば二人の女の子。

片方はリボンで明るい髪をツインテールにした子。 もう片方は眼鏡をかけたクールっ子って感じ。

 

「この道真っ直ぐ行ったところですよ。 良かったら案内しましょうか?」

 

「え、悪いですよ。荷物多いし…」

 

「というか、俺も今からそこに帰るんですけどね」

 

「帰る…? もしかしてお店の人ですか?」

 

「半分…そうかな? 下宿してるんですよグランブルーに。とりあえず行きましょうか」

 

伊織自身ができる最大限のスマイルと優しい口調で女性3人をエスコートしようとする。 女性達は顔を見合せ、お願いしますと告げて伊織の後に着いてくる。

ふっ、和人め。彼女が居るからって出会いを捨てるのが間違いだ。 こういう出会いから色々始まるんだからなっ!!

と、まぁ1人馬鹿なことを考える伊織。

 

「あ、そうだ自己紹介してなかったですね。俺は北原伊織。 伊豆大学の一年生です」

 

「え、一年生? 大人びてたからてっきり同い年か上かと…私は篠崎里香。 北原の一個上ね」

 

童顔のせいで年下に見えてたとは言わない方がいいな。

 

「篠崎さんですね」

 

「良いわよ敬語なんて…里香でいいわ。 硬っ苦しいの苦手なのよねぇ…一応初対面だし年上かと思ってたから敬語使ってたけど」

 

「あー、それじゃあ里香さん…後ろの二人は?」

 

いきなり名前呼びをさせてくれる年上…もしや脈アリか…? いやいや、俺は山本ではないんだガッツかずに紳士的に行けば自ずと結果は着いてくる。 彼女がいる和人だって自ら行くことは無いしそういう点を見習えば…っ!

 

「えっと、綾野珪子ですっ! 里香さんより二つ下…ですっ」

 

「朝田詩乃よ。歳は珪子と同じ」

 

「二人とも受験生なんだけど勉強ばかりで気を張っちゃうからお姉さんが気分転換にダイビングに連れてきたってわけ。最近知り合いが始めたみたいで私も興味あったし」

 

「仲がいいんだな?」

 

「まぁ付き合いが長いからね」

 

あーだこーだと話しながら移動をする。もとよりそんなに離れた位置では無いのであっという間に店に着いてしまった。

 

「おっと着いたぞ。ここがダイビングショップ、グランブルーだっ!」

 

別に自分の店という訳じゃないのだけれどダイビング目的でここに訪れた彼女たちを見ると何だか、その店に住んでいる自分まで誇らしくなった。

 

「奈々華さん、千紗ただいま」

 

「おかえり伊織」

 

「おかえりなさい伊織くん。 あら? 後ろの子達は」

 

「今日のお客さんみたいですよ?」

 

「予約してた篠崎です。 すみません時間より早く来ちゃって…お昼時みたいですし…」

 

「ううん、大丈夫よ。 あ、せっかくだし一緒に食べる?」

 

まぁ、食材はそこそこ有るし作れなくも無いか。

 

「いえいえ! お気になさらずっ!」

 

「私たちは先程食べて来たので」

 

「は、はいっ! 大丈夫です」

 

申し訳なさそうにする人たちをこれ以上誘うのもアレだろうし…と、店のソファにとりあえず座ってもらって伊織はさっさと冷やし中華をかき込んでいく。 今日の体験ダイビングには着いて行けないのは分かっている。ならば予定の時間までまだ暫くある今、話して仲良くなるしかないっ!

 

「ごちそうさま!」

 

「はやっ」

 

「何言ってるんだ千紗。俺はいつもこうだろ?」

 

ゴミを見る目で見てくる従妹を無視し冷蔵庫から冷えたジュースを取り出してお客さん三人に渡して近くに座る。

 

「ありがとう北原。 ここに住んでるのは北原とお店の人だけ? 三人にしては随分広いわよね」

 

「ん? あぁ、いやオーナーは今日は用事があって出掛けてるし、もう一人の居候も用事で居ないんだ」

 

「へぇ、もう一人はどんな人なの」

 

朝田ちゃんが少し気になったのか伺うような感じで聞いてくる。 和人に興味を持たれるのは癪だが聞かれたからには一応答えよう。

 

「クズだな」

 

「「「クズ!?」」」

 

「ん、どうかしたか?」

 

「い、いや何でもない。クズの他には…?」

 

「他? 他……」

 

和人はムカつくがまぁ友人だ。 悪友の方がしっくり来るかもしれないがあいつのイメージって言われると中々難しいものがあるな。

 

「あー……まぁ悪い奴ではないな。もう何だかんだ三ヶ月もほぼ一緒にいるし」

 

「確かに、伊織と桐ヶ谷くんと今村くんは朝から夜までずっと一緒に居るよね。昨日も…というか朝まで騒いでたし」

 

「仕方ないだろ先輩達と梓さんが寝なかったんだから!」

 

そう、昨夜もどんちゃん騒ぎをしていたのだ。だと言うのに先輩達も和人もよく朝早く起きて大学になんて行ったものだ。

そういえばそれでアルコールが無くて自然とコンビニで買ったのか。我ながら習性とは恐ろしい。

 

「仲良いんですねっ」

 

「あー、事ある毎に人を貶めようとしてくるけどな」

 

「伊織の自業自得が殆どでしょ。桐ヶ谷くんも時折悪いけど」

 

「ケバ子に裸にひん剥かれたしな」

 

「「「裸!?」」」

 

この三人は一体どうしたのだろうか。

裸なんて人間として当たり前の姿だというのに。呆然としている三人を他所に奈々華さん達も昼飯を食べ終え、食後の軽い運動がてら里香達と周囲を歩いてくる予定らしい。

 

「伊織くん、私と千紗ちゃんは体験ダイビングに行くからお店の方お願いね?」

 

「了解です。 里香さん達楽しんできてくださいっ」

 

笑顔で女性三人を見送ると店番と言ってもやることが無いのでとりあえずキッチンの片付けやら店内の掃除やらを始めると普段あまり気にしていなかったところまで気になってくる。 酔っ払って裸になって寝る場所なのだから綺麗にしなければ。

掃除機をかけ、雑巾がけをし床をピカピカにする。 これなら床で寝ても大丈夫だな! テーブルとかも綺麗にするか…などと掃除を行っていると時間は過ぎ、二時間ほど経っていた。

 

「ただいま…って伊織だけか?」

 

「おう、おかえり。 奈々華さん達はお客さんのダイビングにな」

 

「なるほど…梓さんももう少しで来るってさ。さっきすぐそこで会ったよ」

 

「お、なら飲んじまうか? そろそろ奈々華さんと千紗もお客さん連れて帰ってくるし」

 

「んじゃ、荷物置いてくる。時田先輩達にもメッセ飛ばしておくよ」

 

バッグを置きに部屋へと上がっていく和人を見送り冷蔵庫からキンキンに冷えたビールを取り出しておく。 どうせそろそろアニメを見終えた耕平と遊び終わったケバ子も来るんだろうし。

 

「ツマミになんか作るか?」

 

「冷蔵庫に叔父さんが捌いてくれてた刺身あるぞ」

 

カシュッ…、と鳴らし開ければ飲みながらキッチンに立ち刺身だけじゃ足りないだろうと2人してポテトを揚げたりテキトーに肉を焼いたりと作っていく。

 

「北原、桐ヶ谷なにをしてるんだ」

 

「やっぱり来たか耕平。これからみんな来るからツマミでもってな」

 

「パーティーでもやるのか」

 

どっさりと作ったツマミの量に耕平はやれやれと首を振りながらこいつもビールを飲み始める。時刻は15時とすこし。 まぁ飲み始めるにはいい時間だよな。

決して早くは無い(戒め)

 

「お客さんも来てるんだってさ。どうせいい所見せようとか考えてるんだろ」

 

「失敬な。俺はいつだっていい所しかないだろ」

 

「「ないな」」

 

コイツら前から思っていたが失礼な奴らだな。

 

「やっほー伊織、耕平! 和人はさっきぶり」

 

「おう、酒買ってきたぞ」

 

「昨夜は飲み過ぎたからなっ」

 

店の扉を開けたのは梓さんに大量の酒瓶を持ち運んでいる寿先輩に時田先輩。

なんの酒瓶かは気にしないでおこう。どうせ後で胃に入るんだし。

 

「これまた随分と作ったな」

 

「なんだ祝い事でもあったか?」

 

「お客さんで女の人が来ているらしいんですよ。それでこのバカが変に張り切ってるみたいです」

 

「なるほど伊織らしいな」

 

いつも以上の掃除を行い、料理もしてといつも以上に何だか働いた気がする伊織はビールが美味いと流し込んでいく。

耕平も和人も先輩方も次々とツマミを食べ酒を流し込んでいる姿を見ると楽しいな…なんて思っている自分は何時からおかしくなってしまったんだろう。

 

「ただいまぁ…って…わっなんだか凄い料理の量だねっ」

 

「ホント…あ、桐ヶ谷くんおかえり」

 

「千紗、ただい………ホァ!?」

 

「どうした和人!? 人間からは出ないような声が出たぞ!?」

 

和人が大慌てでキッチンの物陰に隠れた。ついでに人見知りの耕平も俺の影に隠れた。

コイツは本当に人に慣れないな…

 

「いやぁ、思ってたよりも凄かったわ! これは確かにまた近いうちにやりたいなーって思うかも」

 

「そうね…受験が終わって大学生になったら…ゲーム以外の趣味を持つのもいいかもしれない」

 

「その時は誘ってね詩乃さんっ」

 

奈々華さん達が帰ってきたという事はお客さんも戻ってきたというわけで…耕平の反応は分かるが和人のはなんなんだ?

 

「おかえりなさい里香さん。楽しかったようで何より」

 

「凄かったわ! 私も趣味にしようかしら少しカッコイイ感じしない?」

 

「あー、わかる。趣味でダイビングって聞くとなんかいいよなぁ…あ、よかったら三人とも食べていってくれ!」

 

「ありがとう北原っ。でもその前に……」

 

「そうねその前に…」

 

里香と詩乃が伊織ではなくキッチンの方へ視線を向けている。

 

「キリ…じゃなかった和人さん! 隠れてないで出てきてくださいっ」

 

「…は、和人?」

 

何故この女性群から和人の名前が出てくるんだ?と首を捻る伊織を他所に物凄くバツが悪そうな顔で和人が現れた。

 

「よ、よぉリズ! シノンにシリカも奇遇だな!?」

 

「あんたね…それは流石に無理があるでしょう」

 

「うっ、はい…仰る通りで」

 

まさか知り合い…だと!?

 

「だいたいなんで隠れたのよ? やましい事をしてる訳でもない……し?」

 

「あの、和人さんその手に持ってるのってビー「和人ぉぉぉぉぉぉぉおおおお!!!」 ひゃう!?」

 

店内に響く雄叫びに珪子は若干脅え、里香に詩乃も何事かと伊織の方を向くがそこには既に修羅しか居なかった。

 

「貴様ァ…彼女だけでは飽き足らず可愛い女の子達とも知り合いだとぉ…? 貴様はラブコメの主人公か? アァん?」

 

「相変わらず訳分からないことを宣ってるが今はナイスタイミングだ…!」

 

取っ組み合いの喧嘩を始めた伊織と和人を呆然と見つめる三人に近寄るのは梓。

 

「こんにちは、私は浜岡梓。梓って呼んでね〜 三人は和人のお友達?」

 

「え、あ、はいっ…そのアレは?」

 

「ん? いつものじゃれあいかな。 可愛いし面白いよねぇ!」

 

「えぇ……」

 

「可愛いというかバカらしいですね…」

 

たかだか三ヶ月会ってないだけで何があったんだというテンションで伊織を返り討ちにしている和人。

里香は楽しそうではあるけど…と見つめ、詩乃はバカを見る目で呆れ、珪子に至ってはどういう感情なのか形容し難い感覚に襲われている。

 

「和人ー、伊織と遊ぶのもいいけど久しぶりに会ったんならちゃんとお話しないとっ」

 

「それもそうですね…えぇい離せ伊織! 後でちゃんとお前の事も紹介するから」

 

「さすが心の友だな」

 

ムカつく笑顔で飲み物取ってくる!と離れた伊織をゴミを見るような目で眺めながら大人しく里香達の前に正座した。

 

「あんた何してるの」

 

「ダイビングサークルに入ってました」

 

「なら別に隠れる必要ないじゃない」

 

「それはそうなんだけど…」

 

背後で半裸姿のままポージングを決める先輩を無視しながら言葉を続ける。

 

「もう昔の俺ではないと言いますか…」

 

「えっと、和人さんはいつでも和人さんですよ?」

 

純粋な珪子の視線がここまで痛いものかと和人は呻くも彼の肩に手を置いたのは梓だった。

 

「和人、大丈夫。 和人はここに来た時から何一つ変わってないよ」

 

「梓さん……いや、それはそれで嫌なんですけど」

 

変わってないと言われての現状はそれはそれで不服なので変わったことにしておいてほしい。

いつの間にやら梓さんも下着姿になっているのだがもう何度も見てきたうちに慣れたというか今更驚くことでもない。

 

「あ、あんた何やってんのよ!? っていうかいつの間に!」

 

「和人さん!?」

 

「…最低」

 

里香と珪子が顔を真っ赤にして声を上げ詩乃は侮蔑の視線を送ってくる。おかしい、まだ何もしていないはずだ。

 

「ありゃどしたの皆?」

 

「ふ、服!服着てください梓さん!」

 

「変態」

 

「不潔です!」

 

あー…なるほど?

 

「安心しろいつもの事だ」

 

「何時も見てるの!?」

 

「クズね」

 

「お、大人です…っ」

 

「シノンさんさっきから辛辣過ぎません?」

 

三者三葉の様子を見せる里香達にどう説明したものかと頭を悩ませていると伊織がようやく飲み物を持ってきた。

 

「何してるんだ?」

 

「ちょっと北原! あんたからも梓さんに服を着るように……って何であんたもパンツ一丁なのよ!」

 

「いやぁ…ここじゃあいつもだし…なぁ和人?」

 

「リズ…いや里香。ここでは、PaBでは常識が通用しないんだ」

 

彼女の肩を掴み真剣な眼差しで訴える和人にコクコクと首を縦に振って何とか理解してくれたようだと少し安心する。

詩乃は相変わらず冷ややかな視線をあびせてくるし珪子は顔を真っ赤にしている。

 

「とりあえず飲み物でも飲んで落ち着いて」

 

里香にはビール、詩乃と珪子は未成年だからとオレンジジュースを渡していく伊織。 和人にはウーロン茶を手渡した。

 

「…ウーロン茶にライターなんて近付けて何してるわけ?」

 

「まぁ見てろ詩乃」

 

また訳の分からない行動をし始めた和人を見ているとライターを近づけたウーロン茶に火がつき蒼白い炎が揺れる。

 

「伊織、せめて普通にビールにしてくれないか」

 

「お前を潰せばみんなが幸せだろ」

 

「…待って。とりあえずその火がついたモノは何?」

 

「「ウーロン茶だが?」」

 

「普通のウーロン茶は火がつかないわよ…!」

 

「そもそも和人さんってまだ未成「それ以上はいけない」あ、はい」

 

危なかった。それ以上珪子が言葉を続けていたら俺どころか伊織に耕平、千紗、愛菜の立場も危うくなるところだった。

 

「まあまあ、折角来たんだ。楽しんでいってくれ」

 

「和人の知り合いとなれば尚更な」

 

「時田先輩、寿先輩。 そっちの二人は今年受験生だからその手に持っている飲み物はダメですからね」

 

「わかっている。 無理強いはしないさ」

 

「何事も経験なんだがなぁ…」

 

「ちょっ、和人!?」

 

「諦めてくれ皆。こうなったら誰にも止められない」

 

和人に里香が詰め寄るがジョッキを持って既に遠い目をしている彼にはどうすることも出来なく宴の始まりを粛々と待っている。

 

「それでは皆様! "杯を乾すと書いて"!!」

 

「"乾杯"と読む!!」

 

「「「「「「かんぱーーーい!!」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またどんちゃん騒ぎしてる…どうせ脱いでるんでしょうけど!」

 

本当は来るつもりがなかった愛菜だが伊織から飲み会やってるぞ。 のメッセージが来ていたので顔を見せるぐらいはしておこうかなと思いお店にやってきた。扉を開ける前から既に盛り上がりが聞こえる。服なんか着ていないと諦め半分で扉を開けると…

 

「じゃんじゃん持ってきなさい!」

 

「嬢ちゃんいい飲みっぷりじゃねーか!!!」

 

「ちっ、なかなか…やりますね里香さん…っ!」

 

「あーら、北原? さっきまでの威勢はどうしたのかしら」

 

「和人、耕平…悪いが俺はここまでだ…っ」

 

「馬鹿な北原がやられただと…!? ビールだぞ!?」

 

「……はっ!? このビール…スピリタスが混ぜてあるぞ!?」

 

下着姿の伊織、耕平、和人は何時もの光景なのだがそこに初めて見る女性が居た。 もれなくその女性も下着姿なのだが。

 

「な、ななな!?」

 

「ケバ子やっと来たか」

 

「こんばんは愛菜」

 

「耕平、千紗! あの人誰!?」

 

「桐ヶ谷の知り合いらしい。最初は戸惑ってたが1時間もしないうちにあんな感じになった」

 

「ちなみにあっちの隅っこで座っているのも桐ヶ谷くんのお友達みたい」

 

千紗の視線の先にいる二人がペコりと頭を下げて来たので愛菜もつられて頭を下げてしまう。どうやらあちらの二人はマトモらしい。

 

「こ、こんばんは〜…吉原愛菜です」

 

「…どうも、朝田詩乃です」

 

「綾野珪子です。こんばんはですっ」

 

「えっと…和人のお友達…なんだよね?」

 

「不本意ながら」

 

「は、はい! いつも和人さんにはお世話になってて…えっと…はい」

 

…あー、これは酒が入った和人を見てなんとも言えない表情をしているのだろう。

 

「その、あいつは普段どんな感じなんですか」

 

「和人の普段…? うーん何時も大学に行って研究してるって聴いてるけど…その辺は千紗の方が詳しいかも。 ここにいる時は…伊織や耕平を止めてる側かなぁ」

 

「それにしては私たちが知ってる和人さんより何だかはっちゃけているような…」

 

「アイツらと一緒に居るとあんな感じになっちゃうのよねぇ…」

 

「で、でも良かったですね詩乃さん。和人さんが元気そうで!」

 

「いや良くないでしょ…お酒飲んで裸になって騒いで…アスナが知ったら卒倒ものよ?」

 

「ちゃ、チャンス到来…っ?」

 

「…前から思ってたけど中々に図太いのよね珪子」

 

苦労しているんだな…としみじみ思いながらパンツ姿でもう1人の女性と腕を組んでジョッキを空にする和人を眺める。毎日がお祭り騒ぎのようなこの場所で色んな出会いがある。

 

「ALOでたまに遊ぶ時もあるんだ」

 

「愛菜さんもやるんですか?」

 

「うん、和人に誘われて伊織達と一緒にね? 珪子ちゃん達も?」

 

「私は別のゲームをやってることが多いけど…珪子達ともALOをやってるんです」

 

「是非今度一緒にやりましょうっ」

 

「あ、あはは…始めたばかりだから足引っ張っちゃうかもだけどね…」

 

たわいもない話をしていると和人が里香と呼ばれていた女性を背負って近寄ってきた。

 

「おーい詩乃、珪子。 里香に服着せてやってくれないか」

 

「あんた本当にそのうちアスナにブチ切れられるわ」

 

「里香さん、どうしちゃったんですか!?」

 

「いや、間違えて俺が飲んでたウーロン茶飲んじゃったみたいで…」

 

「あの火がつくヤツを飲んでるアンタはなんなのよ…」

 

すぅすぅ眠る里香に衣服を着せる二人といそいそと一人服を着直す和人。

 

「あれ桐ヶ谷くんどうしたの? 服を着るなんて珍しい」

 

「流石に日も暮れてるしな。 酔っ払った女の子を連れて女の子だけで宿泊先に行くのは危ないだろ?」

 

「至極真っ当なことを言ってるように聞こえるけどこうなったの和人の所為でしょ」

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとな」

 

「なによ突然」

 

里香をおんぶして歩く和人と詩乃、珪子。

風は生温いが月明かりが綺麗で少しロマンチックな雰囲気だが詩乃は相変わらず厳しい視線を和人にぶつけている。

 

「ん、久しぶりに会えてよかったってことだ」

 

「たまたまよ。 元々は里香が何処か旅行に行こうって言うから気分転換に着いてきたんだもの」

 

「キリトさんをビックリさせようって計画もあったんですけど逆に私たちが驚いちゃいました」

 

「申し訳ない…」

 

「あんたもあんな風にバカ騒ぎ出来るのね。それが意外だったわ」

 

「たまに子供っぽいキリトさんは知ってましたけどあんな風なキリトさんは初めてだったんで少し楽しかったですっ」

 

「全部聞いた上で付き合ってくれてるからな。ムカつくしウザいけど頭は上がらないよ」

 

「ま、良いんじゃない。 男同士の付き合いっていうのも。 クラインやエギルとは歳が離れてるし出来ないこともあるんだろうし」

 

「はいっ。少し目のやり場に困りましたけど…」

 

「シノン…シリカ…」

 

「でもアスナにはしっかり報告させてもらうから。今から言い訳でも考えておく事ね」

 

しっかりと釘を刺されてしまいどうしたモノかと考え込む和人にクスクスと笑う二人。

 

「んぅ……んん…」

 

「リズは随分ぐっすりだな」

 

「移動とダイビングで疲れた上にキツいアルコールを入れたらそうなるでしょ」

 

「それもそうか…」

 

「キリトさん、少し筋肉つきました?」

 

そういえばこっちに来てからなんだかんだ力仕事をする機会も増えたからか少し筋肉がついたのかもしれない。リズを結構な時間おんぶしているが疲れないし。 どちらかと言うと酒の件よりリズを長い間おんぶしてたって事を知られた方がアスナは怒る気がする。

 

「ダイビングショップの手伝いしてるからかもな。 ボンベとか重いからさ」

 

「ちゃんとお店の手伝いしてるんですね」

 

「そこまで疑われてたら俺は何も言えないよ…」

 

「そこの宿よ。ここからは私達がリズを運ぶわ」

 

背中から呑気に寝息を立ててる彼女を下ろし二人に受け渡すとよろよろとよろめきながらも肩を貸して宿へと向かっていく。

 

「今度はアイツら連れて帰るよ。その時はエギルの店でも行こう」

 

「期待せずに待ってるわ」

 

「アスナさんにもちゃんと連絡してあげてくださいねっ」

 

二人を見送り店へと足を向ける。少しぐらい遅くなっても構わないかとスマホを取り出してコール音聴きながら耳を当てると直ぐに声が聞こえた。

 

「もしもしアスナ? さっきな…」



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大人の林間学校!

総合ランキングにまた載らさせていただきました。皆様ありがとうございます。
感想、お気に入り、物凄く嬉しくてどんどん書いちゃいます。
書けば書くほどぐらんぶる本編のストックが無くなっていきます。助けて。

次回は少し遅れてしまうかもしれません…申し訳ないです…


「来週辺り、小学校に行かないか?」

 

耕平が爽やかな笑顔で突然そう言った。

 

「小学校?」

 

「小学校」

 

「通うんじゃなくて?」

 

「通うんじゃなくて」

 

千紗と愛菜の質問にも真面目に頷き返答をする耕平にみんな揃ってHAHAHAHAッ!! と笑いながら四人は身を寄せ合う。

 

「俺と和人がヤツの注意を引くからそのうちに」

 

「わかってる通報ね」

 

耕平を羽交い締めにしている間に千紗の携帯はコールを鳴らしている。まさか身内から犯罪者を出す事になるとは…!

 

「待て待て待て待て。この程度の事で警察の手を煩わせるな!」

 

「この程度だと!?」

 

「充分に重大な案件だと思うんだけど…」

 

こいつの常識はいったいどうなってるんだ。

 

「色々言いたいことはあるが俺は変態行為(縦笛舐めツアー)に付き合う気は無い」

 

「私も変態行為(体操服盗撮)には反対だから」

 

変態行為(更衣室侵入)なんて以ての外だぞ」

 

「お前ら俺を何だと思ってるんだ!!?」

 

そりゃ二次元大好きな危ないヤツだろう。

 

「そもそも俺は三次元の小学生には興味が無い!!」

 

「小声で予防線を張るな」

 

栞ちゃん(中学生)スグ(高校生)にあそこまで執着しておいて良く言う」

 

ジト目で見つめる俺たちを無視して耕平がスマホの画面を見せてくる。 なになに…学校に泊まろう? へぇ、廃校を宿泊施設として貸し出してるのか…

ゲームの中では色んなところで寝泊まりしたがこういうのはやった事ないから楽しそうだな。

 

「楽しそうだねっ」

 

「耕平にしちゃ上等な提案だが…何を調べたら小学校に行き当たったんだ?」

 

「何故目を逸らす貴様」

 

本当に事案にならないことを願うが企画としてはいいものだ。経緯を知らなければに限るが。

愛菜が耕平のスマホを持って先輩方に伝えに行くと口を揃えて丁度いいと言い出した。

嫌な予感がする。

 

「夏らしく合宿でも…と思っていたんだがサークル予算が厳しくてな」

 

「安くて大勢泊まれる場所が欲しかったところなんだ」

 

「じゃあ予約しますか」

 

「車は何台いります?」

 

「いや今回の合宿なんだが学年別行動にしようと思う」

 

「たまには横の繋がりも大事にするといい。 特に和人は来年、ここに居る訳じゃないからな」

 

そうだ。まだ時期こそ未定だがずっと伊豆大学に通うわけじゃなく、アスナと共に渡米する予定なのだ。 伊織や耕平とバカをやれるのもそう長くない。

 

「そうか、それじゃあ俺たちだけで車を借りて時間通りに現地集合しろってことですね」

 

「道中は好きな所に寄り道していいからな」

 

だったら、と伊織達と集まって当日の予定を立てていく。運転は愛菜、飯の用意は男子三人、千紗は場所のピックアップと役割分担をしていく。

先輩達の邪悪な笑いに気がつく事もなく。

 

 

 

そして当日。

愛菜の運転する車に荷物を詰め込み乗車すると各々のスマホに入っている音楽を掛けて何繋がりかを当てるゲームが始まった。

…あまり音楽入ってないんだがどうしたものか…

 

「「「「うーーーーーん」」」」

 

「さて何繋がりでしょーかっ」

 

「ケータイのCMソング!」

 

「ハズレー」

 

「ヒントをくれ! ヒント!」

 

「私が好きな番『テラスホーム主題歌』なんでわかったの!?」

 

だって愛菜だし。

考えたら自分の身の回りで愛菜みたいな恋愛!って感じの女性って殆ど居なかったような気がする。もちろん和人が知ることは無いだけなのだが。

 

「じゃあ次は俺の番だな」

 

「「「「アニソン」」」」

 

「せめて聴いてから答えろ!!」

 

「次は和人ね」

 

うげ…、と言いながらも一応こういう時の為に組んであるプレイリストを再生する。

聴こえてくるのはアコギの前奏と柔らかな女性の歌声。

 

「んん、何繋がりだ…?」

 

「ゲームのテーマソングとか?」

 

「彼女がハマっている曲繋がりとかだったら走ってる車から叩き出すからな」

 

唐突に死刑宣告をされたが一応違う。 アスナや知り合いに勧められてハマったってのは間違いじゃないけれど余計な事だし言わないでおこう。

 

「んー、あれ? この曲って神崎エルザじゃない?」

 

「あぁ、女性シンガーソングライターの?」

 

「伊織が憧れて自分で曲「千紗、それ以上続けたら揉むぞ…!!!」……ッ!!!!!」

 

突然、伊織は助手席に座る千紗の背後から手を回して胸元へ手を近付けるが般若の形相をしながら凄まじい力で伊織の腕を掴み押さえ込んでいる。

 

「桐ヶ谷くん、今村くん。 伊織を取り押さえておいて」

 

和人が伊織の腕を捕まえ、耕平が首に手を回して締め上げるとワタワタと暴れるも千紗にその手を伸ばすことが叶わない。

神崎エルザの曲が止まり、代わりに千紗のスマホからまたアコギの前奏が聴こえてきた。聴こえてきたのだが何処か安っぽいというかチープな印象を受ける感じがした。

 

「聴いたことのない曲だな」

 

「伊織の様子だと知ってるのか?」

 

Uh〜♪

十年後 二十年後

まだ見ぬ いつかの

BOKUの為〜♪

(唄:北原父)

 

「伊織の自作曲」

 

「ギャァァァァァァァァ!!!!!!」

 

「和人、耕平しっかりと伊織を抑えておいて」

 

「「もうやっている」」

 

「放せぇえ! でなければいっそ殺せぇぇえええ!!!」

 

黒歴史を垂れ流されるのがここまで地獄だとは…まあ伊織のだしせいぜい笑えばいいのだが…どうやってこれを手に入れたんだ。

 

「栞ちゃんに伊織が夏休み帰省するつもりがないって手紙送ったら同封されてきた」

 

眠れない夜はMidnight♪

 

「栞ぃぃぃいいいいいいい!!?」

 

これは酷い。

………特に何にもないけど帰省したらベッドの下と棚の奥の物を処分しておこう。なんにもないんだけどなっ。

 

「桐ヶ谷くんは帰るんだっけ?」

 

「あぁ、プローブの方も一段落ついたし久しぶりに彼女に会いたいから」

 

「耕平、扉を開けろ。彼女が居るってバレてから事ある毎に話に出しやがって!!!」

 

「任せろ」

 

「アンタら後ろで遊ぶな!!」

 

愛菜に怒られてしまったので大人しくシートベルトを締め直し静かに座る三人。

ひたすら静かに前を見つめている三人。

 

愛菜からしたら正直気味が悪い。

 

「………」

 

「「「……………」」」

 

「…ごめん、騒いでいいからその気味の悪い真顔やめてくれない…」

 

「黙ってろって言ったり騒いでろって言ったりなんなんだケバ子」

 

「大体どこが気味の悪い顔だ。鬼神の如くケバいお前のメイクの方が気味が悪いだろう」

 

ケバッ子カフェの手伝いをした時に初めて見たがあれは本当に鬼神の如くケバかった。俺がもっと早くPaBに入ってて、伊織や耕平と同じタイミングで愛菜に会ってたとしたらきっと今みたく名前で呼ばずにケバ子と呼んでいただろう。

そんなどうでもいいことはさておきだ、車内では伊織作の2曲目がかかっているのにようやく気がつく。 作曲家の彼も思い出したかのように再び悶えているので耕平が顎に流れるように肘打ちを叩き込んで気絶させた。 相変わらず惚れ惚れするほどの体術スキルだ…

 

1時間と少し経った頃、車は拓けた丘の公園に到着しシートを広げて少し早めの昼食を摂ることとなった。完璧にピクニックだな。

ユイやアスナと一緒に新生アインクラッドの22層ではよくピクニックをしてるけどリアルのピクニックなんて……………

 

「俺の現実って実はとんでもなくまっさらなのでは?」

 

「何言ってるの和人」

 

「とても彼女持ちのセリフとは思えんな」

 

「それよりも飯にするぞ飯!」

 

一瞬ブルーになりかけるも伊織と耕平によって引き戻され車からデカいタッパーに詰め込んだ弁当を持ち出してくる。

 

「天気よくて良かったね」

 

「千紗がいい所見つけてくれたしな」

 

「あれ、耕平と和人も作ったの?」

 

「俺たちが昼飯の用意!」

 

「愛菜が運転!」

 

「完璧な役割分担だ!」

 

「……料理下手で悪かったわね」

 

「練習してたらすぐに上手くなるよ?」

 

蓋が開けられた中には弁当の定番、から揚げにだし巻き玉子(甘め)、ウィンナーや少し手間をかけた春巻きまで入っており主食も好みに合わせて幾つか具を用意したおにぎりにサンドイッチと五人分ということでかなり豪勢なメニューとなっている。 おかげで朝の仕込みに結構苦労した。

 

「ん、耕平の癖に意外だ」

 

「桐ヶ谷くんが作ったのも美味しい…っ」

 

「意外とはなんだ。失礼な」

 

「和人は置いておいて、耕平は【バカ・生活力ゼロ・運動音痴】が特徴だろ」

 

「お前ら何も分かっちゃいないな。ギャルゲの男主人公は料理上手特性が基本属性だぞ」

 

「「「なるほど」」」

 

納得してしまった。 しかし耕平の作ったのおかずは本当に美味い。 伊織の腕前は普段、Grand Blueでの昼食や夕食の時に千紗と料理しているので知っていたが耕平は今朝一緒に作った時の手際の良さからなかなか驚いたものだ。

 

「ひぐっ……えぐぅ……ぶわぁぁぁぁ美味しいぃぃぃい…!」

 

「愛菜!?」

 

「何故泣きながら食う!?」

 

「だって耕平にも和人にも負けるなんて…!!」

 

「おい、耕平と同列に扱うのはやめてもらおうか」

 

「これから頑張ろ?」

 

「お前ら俺をなんだと…! 文句は金欠で外食が不可だった北原に言え!」

 

「酷い。最低。バカ」

 

「変態作曲家」

 

「酒クズ」

 

「曲の話はやめてくれぇえ!!」

 

尚も泣きながら昼飯に食らいつく愛菜が不憫で仕方がない。 自身の腕前の問題なのだが。

 

「ケバ子、こんど料理教えてやろうか?」

 

「伊織と耕平に教わるよりは和人がいい」

 

「貴様、人の親切心をなんだと…!!」

 

「しかし桐ヶ谷のも中々手が込んでて美味いな」

 

「師匠の腕が凄いからな。 教えてくれって頼んだ時はめちゃくちゃ渋い顔したのにいざ教えるってなったらスパルタでさ…」

 

「惚気…」「惚気だね」「死ねばいいのに」「地獄に落ちろ」

 

「酷くないか!? いや、機会があればお前達にも食べてほしいぐらい美味いんだよ! …あ、そうだ愛菜もその時は料理教えてもらえばいいじゃないか」

 

「え、いいのかなぁ…?」

 

「提案は嬉しいが和人はいいのか? 彼女の手料理を俺たちが食べても」

 

「ん? あー、皆なら別にいいかなってさ」

 

野島や山本達だったら首から上を土に埋めるが伊織達はここ三ヶ月ほどおはようからおやすみまで一緒に居るものだから若干、家族のような感じになっている。

 

「それじゃあ夏休みにみんなで和人の実家に行くか」

 

「都内だったか? 久しぶりに行くのもいいな」

 

「賛成っ」

 

なんか勝手に決まってしまったが何とでもなるだろう。

 

 

スグと母さんになんて言おう…

 

 

昼飯を食い終わると少し休んでから再び移動を始める。 近くにあった牧場でソフトクリームを食べたり、たまたま見つけた釣り堀で釣り対決なんかをしてみたりと五人で遊び倒し日が落ち始めた頃、件の小学校(廃校)に到着する運びとなった。

駐車場には車が既に数台止まっており先輩たちはどうやら先に到着していたようだ。

 

「随分早いみたいだな」

 

「お、来たな一年共!」

 

顔を見せたのは相変わらずガタイが良く、パーマを当てた身の毛が特徴の東先輩だ。

 

「東先輩お疲れ様です。 結構早く来てたんですか?」

 

「色々と準備があったからな」

 

「準備? 言ってくれたら手伝いましたが」

 

「気にするな気にするなっ。そうだ携帯とかの貴重品はこのカバンに入れてくれまとめておくから」

 

アタッシュケースのようなカバンに皆、なんの疑いもなくしまい込み歩き出す。 その瞬間、和人は猛烈に嫌な予感に襲われた。

先輩達が先に来て準備、携帯等の通信機器を手放す。

 

まさか…な?

 

「校庭でキャンプファイヤーできるんだって!」

 

「体育館とか一通りの施設は使えるらしいな」

 

「教室でベッドで寝るなんて新鮮だし」

 

「周りに何も無いから迷惑もかからない」

 

「我ながらいいものを見つけたものだ」

 

「今度こそ素敵な心のアルバムを…!」

 

愛菜が目を輝かせてそんな事を息巻くが…無理だな。だって俺たちの貴重品が入ったアタッシュケースを持った東先輩はもう何処かに消えてるし…今から向かう廃校舎はどう見たって…!

 

陰鬱な雰囲気に吹き荒れる風は呻き声のようにも聞こえるほど不気味な空間。

そしてライトと共に置いてある紙には

 

 

肝試し!

屋上まで来ること

PaB先輩一同

 

 

「私の…アルバム………!」

 

「もうそのアルバム諦めろよ」

 

「これはこれで面白いかもしれないだろ」

 

「全裸とお化けも立派な青春の1ページだろ」

 

「もう嫌! 私、ここで終わるまで待ってる!!」

 

半泣きになりながら廃校の入口前でしゃがみこむ愛菜だが寧ろここで待っている方が怖いと思うんだが。

 

「まあそうビビるなって」

 

「どうせ巫山戯て遊びで作ったものだ」

 

「…ねえ」

 

千紗が先程の紙を裏返すとやけに達筆でこう記されている。

 

 

 

 

この企画終了まで

 

全員酒を

 

断っている。

 

 

 

「「「「「……ひぇ」」」」」

 

あの生命=アルコールの先輩達がアルコールを断つだなんてどれだけガチで作り込んでいるんだ…!?

 

ライトを持って入口にいざ向かうと廊下の左右に紙が貼られておりそれぞれ【女子用】【バカ用】と明記されていた。和人は首を捻る。

 

おかしいな、俺が行くルートがないぞ。

 

「早く3人で行きなよ」

 

納得がいかない。

耕平がライトを持ち渋々3人で廊下を進んでいく。中は御札や血糊が壁や床の至る所に付いているのだが血糊はどうにも紙の上に書いて貼り付けているようだ。

 

「ぎゃぁああああああああ!! やめろぉおおおお!!!!!!」

 

突如耕平があげた悲鳴に少し驚くも原因はアニメキャラのフィギュアが紐に括られて宙吊りにされていたかららしい。よく分からない絶叫だな…と和人と伊織は耕平からライトを奪い取り先へ進む。ブツブツ言っている耕平の方が不気味だと思いながらひとつ階段を上がると日本人形がポツンっと座っていた。

 

「この手の奴は…なぁ和人」

 

「あぁ北原。どうせくるぞ」

 

三人の後頭部にぺちゃり…と生温いこんにゃくがぶつかった。

全く、この程度じゃ俺たちは驚かないぞ。

 

「恐怖を感じる要素がないな!」

 

「甘く見られたものだ」

 

「ん、こんにゃくになんか紙が……」

 

【使用済み】

 

 

「「「イヤァァアアアアアアッ!!!!!」」」

 

 

あまりの酷さに男三人はこんにゃくの元から全力で走ってさらに上の階を目指した。

こんなえげつない空間早く抜けて酒を飲んで全部忘れてやる!!そう決意を固めて走り抜けると廊下の奥にぼんやりと女の人の姿が見えた。

 

「あれは女の幽霊か!?」

 

「近くで確認してみるか」

 

「やめろ北原ぁ!」

 

あまりにも浅はかな考えの伊織を耕平が引き止める。

あれが本物の幽霊ならば…問題は無く、真の問題はあの格好をしているのが梓さんでない場合、あれの中身は筋骨隆々な野郎だったら気絶まっしぐらのトラウマものだ。

 

「「はっ!?」」

 

振り向けば数メートルの所にトラウマが立っていた。

 

「ち、近寄るな!!」

 

「あ、梓さんですよねぇ!!?」

 

「この際、女なら幽霊でも…!!」

 

ムキッとした筋肉質の脚が見えた。

 

「「「嫌だァァァァァァ!!!!」」」

 

さっきから叫んでばかりな気がするがこれは仕方ないと考える伊織と耕平。何処まで折ってくるかも分からないと必死に走り汗を流して近場の教室に飛び込んでやり過ごす。やり過ごせた…のだが。

 

「…お、おい耕平…和人は?」

 

「……さっきまで一緒に走ってたはずだ…」

 

「まさか!? 捕まったのかアレに!!」

 

「……いや、別に問題ないんじゃないか? 和人だし」

 

「そうだな、死んでもヨシ」

 

 

 

一方、別ルートでは

 

「ち、千紗…今なんか白い人影が…!」

 

「誰かが白い服を着てるだけじゃない?」

 

「で、でもぉ…こういうのって本物が混じるって定番だし…!! あ、アハハハ」

 

「そ、そんなまさか…」

 

パッと、千紗がライトで目の前を照らすといつの間にか白い服に顔が見えないぐらい垂れ下がった前髪を持つ女性がゆらりと揺れながら現れた事に二人の女子は身を固くする。

 

「あ、梓さんですよね…」

 

「………」

 

返答はなく、ジリジリとその距離を詰め始める。

 

「しょ、正体は分かってるんですからね!! そ、そんな格好を変えただけじゃこ、怖くもなんとも……」

 

ピタリと動きが止まると警戒心をMAXに引き上げるのだが、突如のスプリントに愛菜は悲鳴を上げて逃げていってしまった。

 

「きゃぁぁあああああああ!!!!」

 

「あ、愛菜…!?」

 

幽霊もそのまま愛菜を全力疾走で追い掛けて行ってしまったので千紗は置いてきぼりを食らってしまった。

 

「はぁ…大丈夫かな愛菜」

 

ひとまず走り去った彼女を迎えに行かなきゃと後を追うように廊下を暫く歩くと背後に不思議な気配を感じた。

 

「…?」

 

振り向くも何もそこには居らず、気のせいかと思い直して前を向くと水飲み場の影に泣きじゃくった愛菜が座り込んでいる。

 

「愛菜、大丈夫?」

 

「千紗ぁぁぁぁ!! うわぁぁぁ…やだよォ、帰りたいよぉ…!」

 

「よしよし…もう少しで屋上だから頑張ろ?」

 

コクコクと首を縦に振りながら自分の腕に抱きつく愛菜の姿に苦笑しながら振り向くとまた白い服の女性が居た。

 

「…うっ」

 

「大丈夫、梓さんだよ」

 

不安を紛らわすように伝えると愛菜もゆっくりと歩き出すのだがそこで変化が起きた。

 

ヒタ……ヒタ…、ヒタ……ヒタ…、

 

梓さんであろう幽霊とは逆、先程千紗と愛菜が居た方の廊下を歩いてくるもう一人の幽霊が居た。

 

「「…ひっ」」

 

目の前に居るのが梓さんなら後ろのは誰だ?

他の先輩たちはガタイがいい為にとても女性の格好を出来るとは思えない。

それに目の前にいるのは先輩たちに比べて小さく細い。

今にも気絶しそうな愛菜に珍しく顔を引き攣らせる千紗は慌てて近くの階段を駆け登り屋上へと向かって行ってしまった。

 

「いやぁ、あんなに怖がってもらえると用意したかいがあったねぇ」

 

「突然とっ捕まって女装させられた俺の身にもなってくださいよ梓さん」

 

二人が居なくなったと分かれば幽霊役の梓は髪をかきあげて微笑み、もう一人の幽霊に突然させられた和人も同じくウィッグによってロングになった髪をかきあげてゲンナリしている。

 

「さてと、みんな迎えに行こっか!」

 

「俺、このままの格好なんですか……?」

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「かんぱーーい!!」」」」」」」

 

各々がビールを持って大きく叫ぶ。

 

「どう、怖かった!?」とは梓さんのセリフだ。

 

「怖かったです…」

「トラウマレベルでした…」

「あれはもう法律で禁止するレベルですって…」

「黒歴史が増えました…」

 

愛菜、耕平、伊織に和人と次々に気持ちを吐露し千紗も小さく震えるように頷いており、思い出と言うよりは深い傷がそれぞれに残ったようだった。

 

「楽しんでくれたようで何よりだ」

 

「もしかしてこれの為に学年別の車に?」

 

「おうとも」

 

「サークル恒例の肝試しだ。耕平がいい所見つけてくれて助かった」

 

「耕平……」

 

「俺は悪くないぞ!?」

 

BBQも始めて酒を飲みながら肉を頬張る和人に皆が視線を注いでいる。

 

「なんだよ」

 

「いや、そういや何で和人はキリコちゃんになってるんだ」

 

「あの時、俺は先輩に捕まってな。抵抗する暇もなく服をひん剥かれて渡されたのがウィッグとこのワンピースだったんだよ」

 

「…桐ヶ谷くん似合ってるね?」

 

「学祭の時も思ったけど可愛いよね和人」

 

「流石、青女ミスコン準優勝者だな」

 

「いや一位のやつ審査員と前から知り合いだったみたいだし実質的優勝だろ」

 

「やめろ、アレを思い出させるな…!」

 

酷い出来事だったので正直思い出したくない。

 

「おーい伊織、耕平、和人!」

 

「キャンプファイヤーに火をつけるの手伝ってくれー!」

 

「「「うーすっ」」」

 

組まれた木々に火を放ち少し大きくなるまで待つと月明かりと星空、燃え上がる炭とは比にならない明るさが辺りを包みこむ。

キャンプファイヤーだなんて何時ぶりだろうかと和人が眺めていると愛菜が何か言っていた。

 

「青春ドラマのワンシーンみたい……男の子が背を差しのべてくれてフォークダンス…なんてやったらロマンチックだよねぇ」

 

相変わらず憧れてるんだなそういうのに。

と、思っていると伊織が愛菜に「踊ろうぜ」と声をかけた。あいつも中々やるな…と思っていたんだが実際は……

 

 

ドンドコドンドコドンドコドンドコ

ワッショイ!ワッショイ!

ドンドコドンドコドンドコドンドコ

 

リンボーダンスに誘っただけだった。情緒の欠けらも無い。

 

「おいおい、伊織少しは考えろよ」

 

「あん? なにをだ」

 

「リンボーに負けたらどうせとんでもない罰ゲームをさせられるんだ」

 

「おう、それで?」

 

「一度その流れをぶっ壊してやればいい」

 

「ほう……いったいあそこまで盛り上がっているリンボーをどうやって止めるんだ?」

 

まぁ、見てろ…と伊織に告げスピリタスを口に含み酔いを回す…俺は正常じゃない、だから許してくれアスナ。

マジックショーで死にたくは無い。

 

項垂れる愛菜の目の前に立つと和人は手を差し伸べ微笑みながら告げる。

 

「踊ろうぜ?」

 

「どうせリンボーでしょ…」

 

「フォークダンスのお誘いなんだが?」

 

「ふぇ…!? え、えっと…よろしく…?」

 

手を掴み立ち上がらせると梓さんがその様子に気がついたのかどんちゃん煩い音楽からフォークダンスにピッタリな曲に切り替わり炎の前で和人と愛菜が踊り始める。

 

「こんな感じだったか?」

 

「私もちゃんとした踊りはわ、分からないけど…っ」

 

アスナともいつかやってみたいなと思いながら踊っていると周りの先輩達もお酒を飲みながら踊り始めたのが見える。 いい流れになったと伊織も親指を立ててサムズアップしている。

 

「ありがとね和人? 彼女がいるのに…相手してくれて…女の子の格好してなかったらもっと良かったけど」

 

「それは我慢しろ。…まあ罰ゲームのマジックショーが嫌だったしな… 伊織!俺も飲みたいから交代しようぜ」

 

「おうっいいぞ」

 

「へ、か、和人!?」

 

「頑張れよ、愛菜」

 

握った手を離すと伊織が入れ違うように愛菜の手を取りフォークダンスを始める。

まったく…世話のやける。

 

「ふぅ…」

 

「皆よくやるね」

 

「まあな。でも俺は好きだよ…こういうの」

 

「…そっか。桐ヶ谷くんが楽しめてるならいいんじゃないかな」

 

「千紗は楽しんでないのか?」

 

「ん、すごく楽しいよ」

 

「ならお互い様だな」

 

「千紗ー!」

 

愛菜が笑顔で手を振り千紗を呼んでいる。

 

「行ってきたらどうだ? 悪くないんだろ」

 

「…うん」

 

PaBに来てから…本当に色々な初めてを経験している。

伊織達と過ごせるのは長くても一年程なのだが…きっとまだまだ楽しいことは待っているだ。 だったらこの一瞬を忘れないようにしたい。

パシャリ…返してもらったスマホで楽しそうに笑う友人たちの姿を収めておく。 アスナやユイに見せてあげよう。彼らの姿を。

 

もちろん裸なのは除いて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「伊織くん、和人くんいってらっしゃい!」

 

「「はい、いってきます!」」

 

合宿も終わって早数日、伊織と和人は2人揃って奈々華さんに見送られて近場のファミレスへと足を向けた。

伊織は合宿の夜、酔っ払った千紗に何か言われたらしくお金を貯めようと一念発起したらしく、和人は和人でこの先ちょっとした計画にお金が必要とのことで二人揃ってバイトをすることにしたのだった。

 

制服に着替え、店長に促されるまま休憩室にいる先輩スタッフに挨拶することとなった二人。

 

「新人の桐ヶ谷和人です」

 

「北原伊織です! これからバリバリ働くのでよろしくお願いし━━」

 

頭を下げた瞬間頭にジュースのような何かをぶっかけられた。

 

「いきなり何しやがる!」

「なんて事を…!」

 

「あーら…かけられるのはジュースよりビールの方が良かったかしら? 着替えあるわよ?」

 

嗜虐的な笑みを見せる女性。

いやこの顔どこかで………

 

『お前の魅力、俺たち以下でやんの!』

 

『やめとけよ伊織。可哀想だろ?』

 

…………oh......確か青女のミスコンで…

 

「「今までお世話になりました!」」

 

「まあ待ちなさいよ」

 

逃げようとする二人の肩をミシミシと悲鳴を上げさせるほどの力で掴みながら静かに呟く。

 

「これから仲良くやっていきましょうね。後輩…?」




さぁ、ようやく出ました毒島様! なんだかんだ好きなキャラです。

そして次回は待っている人は待っていた時は少し遡って青女祭のお話! 祭りだ! 浴衣だ! ミスコンだ!
ちょっとしたゲストキャラも出てくる予定ですのでお待ちください。


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酒とバカとミスコンテスト (前)

おかしい。
毒島さまが出て来なかった。


時は遡り沖縄合宿後のある日の事だった。

青女祭が行われるらしいのだが入るには青女の生徒から入場チケットを貰わないと入れないようで、さらに1枚で4人までと制限が掛かっているとの事だった。

因みに和人は梓さんから手伝って欲しいと前もって貰っているのだが伊織と耕平が愛菜に馬鹿みたいに頼み込んでいる姿を見てしまったので何も言わずにチケットを隠し持っている。

 

そして当日、和人は伊織、耕平と共に愛菜の学科が出しているカフェ 【ケバッ子カフェ】の手伝いをさせられていた。何故、梓さんの手伝いじゃないんだ。

 

「おい和人、お前なんで居るんだよ」

 

「梓さんから貰ってな。手伝いをしてくれって言われてたから来たんだが…嵌められた」

 

「彼女が居るくせに1人だけ勝ち逃げしようとするからだ」

 

伊織は以前、伊豆大学の学祭で梓さんの格好をしたからと女装させられて、耕平はミックスボイスという高音域の発声を自然と出来るという理由で同じくメイド服。

そして和人は単に女装が似合いそうというだけでメイド服を着せられて…

 

「可愛いなキリトちゃん」

 

「あぁ可愛いぞキリトちゃん?」

 

「貴様ら…!」

 

ふりっふりのフリル付きスカートを翻し、注文の品をテーブルに届ける姿は初見の人間からすればそれはそれは可憐な少女に見える。

結果としてナンパが酷い。 ナンパされる和人を見て爆笑していたアイツらも今まさにナンパされており顔が死んでいる。ざまぁみろ。

暫く三人でホールを回しているとようやくメイクのために引っ込んでいた女子陣が出て来た。

真っ白い顔にデカデカと誇張される瞳に目に痛いルージュを引いた唇。

これがケバいというものか…!!

 

「そんなに……見ないで…!」

 

「素晴らしい出来だケバ子」

 

「素材の良さを殺しきる匠の技だ」

 

「ざっとこんなもんよ」

 

千紗の良さを殺しきるメイクってなんなんだ…おぞましいにも程があるぞ。

ケバメイクに慄いている和人に追撃をかけるように更なるケバ気配を感じとると三人のケバ子が現れた。

 

「愛菜の友達?」

 

「うん、お店手伝ってくれるって」

 

「ホント!? ありがとー」

 

キャピキャピじゃなくてケバケバしている。

 

「初めまして飯田かなこです」ケバーン

 

「鈴木恵子です」ケバーン

 

「神尾清子だよ」ケバーン

 

「古手川千紗です…」ケバーン

 

酷い絵面にドン引きする男性陣。

それに気がついたのか飯田と名乗った女子が不思議そうに首を捻る。

 

「どうしたの?」

 

「いや、俺とコイツは初めましてじゃないんだが…」

 

伊織と耕平は知り合いだったのか?

 

「え、耕平くんと伊織くん!?」

 

「あはっ! あはははははすごーーい!! あはははははははははは!!!! 美人美人!!」

 

「ちょ……ぶふっ……きっこ…笑いすぎ…ぷぷっ」

 

「知り合いだったのか?」

 

「ちょっと前にな」

 

「忌まわしい記憶だ…っ」

 

どうせ愛菜に無理言って合コン組んで貰って恥でもかいたって、ところか?

 

「いやぁ、あの時はごめんね」パシャパシャ

 

「おい今撮ったぞコイツ」

 

「マジか消せ。頼むから消せ」

 

「そっちの娘は?」

 

興味は和人に移ったのかゾロゾロと囲むように寄ってくる女性陣。少し怖い。 いや、ケバいのがにじり寄って来るのめちゃくちゃ怖い! これならアンデット系のモンスターに囲まれた方がまだいい気がする!!

 

「えっと、桐ヶ谷和人…です……」

 

「え、男の子!?」

 

「…………ッ!!!」

 

「かわいいー! ウェディングドレスとか着てみない?」

 

飯田は驚き、神尾は腹を抱えて机を叩いて爆笑し、鈴木は絶対喫茶店の衣装じゃないものを持ち出して目をランランと危ない輝きをさせている。

 

「そ、そういうのは伊織たちの方がだな」

 

「キリトちゃん。可愛いくしてもらったらどうだ」

 

「キリコちゃんになればいいんじゃないか」

 

くそ、敵しかいない…!

 

「はいはい、みんな接客に戻って! あ、キリトちゃんは少し休んでていいよオープンから手伝ってもらってるし」

 

「あぁ、ありが……いやその呼び方を定着させないでくれないか?」

 

ポツーンと一人取り残されたキリトちゃんはお店の裏側へ入って言われた通り腰を下ろして一休みする。 全くなんでこんなことになったんだか…鏡を覗き込むと腰まである黒髪にクリっとした瞳をした美少女が写っている。

自分で美少女なんて言ってたら世話ないが…アスナやスグには見せられないな…見せたら嬉嬉として色んな格好させてきそうだし。リズは爆笑してシノンはあの時を思い出すだろう…。

 

「あ、キリトちゃん?」

 

「だからその呼び方は…って…あ、どうも…」

 

ついつい反応して否定しようとしたらツインテールにしたケバメイクの女性が立っていた。 初対面の人相手に否定から入るのもアレだしさっきの話を聞いてそう呼んだだけかもしれない。

 

「えっと…」

 

「あ、私は摩耶。飯田かなこの姉です」

 

「あぁ…そうだったんですか…せめてちゃんじゃなくてくんにしてください…」

 

「ごめんごめん。キリトくんってさ…前に会ったことある?」

 

「え、いやないと思いますけど…」

 

「例えばALOの中でとかっ」

 

ALOの…?

と、言われても色んな人に会ってるしな…キリトって名前だからもしかしたら相手が気が付くことはあるかもしれないけど…こちらからはどうにも分からない。アバターの問題もあるのだろう。 SAO組は仕様上、アバターの見た目が現実寄りなのだが他の人はスグとリーファの様に全くの別物が当たり前なのだ。

 

「確かにALOで名前はキリトですけどね…」

 

「あ、ごめんね? 詮索するような感じになって。 やっぱりそうだったんだ…この前会ったナナって言ったら分かるかな?」

 

ナナ…? ん、確か耕平とパーティをよく組んでるって言う…?

 

「あ、あぁ!! ナナさんって摩耶さんだったんですか」

 

「挨拶だけだったけど覚えてくれてて嬉しいな」

 

世間は案外狭いものなんだな…いや、ALOでスグに会った時も世間の狭さを感じたか。

 

「個人的に噂のブラッキー先生を探してたしゲームでもこっちでも見つけられてラッキー」

 

「ん、個人的に探してた?」

 

「そうそう、私…というか私の知り合いがね〜。あ、連絡先教えて貰ってもいい? 紹介したい人が居るんだ」

 

「えっと…まぁいいですけど」

 

互いの端末を出して連絡先を交換すると表から声がかかった。

 

「キリトちゃん、ごめん休んでてって言ったけど凄いお客さん来ちゃって…!」

 

「わかった、今行く! すみません摩耶さん」

 

「大丈夫大丈夫、 ありがとね。 私も頑張らないとっ」

 

2人して表に出ると梓さんが伊織のスカートを捲っていた。何をしているんだいったい…

 

「何してるんですか梓さん」

 

「およ…その声………和人?」

 

「えぇ、こんな格好ですが貴女がよく知る桐ヶ谷和人です」

 

「かっわいいー! 抱かれてみる気ない?」

 

「何言ってんだあんた!?」

 

背筋に走った悪寒についつい叫んでしまう。というか梓さんそんな事言ったら伊織がブチ切れるだろ…と思っていたんだが伊織は和人の肩に手を置き首を振っていた。なんだ、何かあったのかお前…!

 

「ところで伊織、和人今は忙しい?」

 

「「遺憾ながら」」

 

「ありゃ人手借りたかったんだけどねー」

 

「人手?」

 

「梓さんのところの出し物ですか?」

 

「ううん、私の友達が実行委員の責任者なんだけどさ。 声優ライヴの設営が遅れてて時間が短縮になるかもって…」

 

「犬とお呼びください」

 

どこからともなく耕平が跪いた格好のままスライド移動してきた。どうやってるんだそれ。

動きやすい格好に着替えてくると言いながら凄まじい勢いで駆け出していく耕平は止めようがなく、伊織も設営に加わろうとするもそれは却下された。

 

「お待たせしました」

 

カヤ様の力お借りします。とばかりに全身に水樹カヤのグッズを装備した耕平が出てきた。両手にペンライトとか握られているし動きやすい格好には全く見えない。

 

「じゃあ、耕平借りてくよー」

 

「急ぎましょう!!」

 

ドゥン!とリノリウムの床を蹴って駆け出していく耕平はとても運動神経が鈍く見えない。本当に妹や水樹カヤが絡むととんでもないな…

 

「す、凄い子だね…あの子」

 

「アイツはいつもあんな感じですよ。あの通り気持ち悪いやつでして」

 

摩耶さんが少し顔を顰めた。

 

「本人にも散々気持ち悪いぞって言ってるんですけどね」

 

「…酷い言い方」

 

「ま、それが耕平だしな」

 

「あぁ、だからアイツは凄いんだよな」

 

「散々気持ち悪いって言ってたくせに…」

 

「そこまで言われても好きで好きで譲れない物があるなんて凄いじゃないですか。 耕平はアニメが大好きで、こいつはゲームが大好きで…」

 

「お前は今じゃ海が大好きだろ」

 

「そこは俺たちだろ?」

 

違いない、と笑い合う二人を摩耶さんは呆けた顔で見つめている。

 

「そっか。それならいいかな?」

 

先程の顰めた顔から微笑むと納得いったように呟き仕事に戻ろうとする。 伊織もお客さんの所へと走っていった。

 

「あ、摩耶さん。因みにさっきの耕平が貴女のパーティーメンバーのららこですよ」

 

「え、えぇ!? て、てっきりゲームの中での言動はあそこだけかと…」

 

「だから俺も伊織も奇行だって言うんですよアイツのこと…」

 

「あ、はは…恥ずかしいな…」

 

「恥ずかしい……?」

 

「あ、うん。ほら私、水樹カヤって芸名で声優やってるんだ」

 

「あぁ、なるほど。それは恥ずかしいですね」

 

ハッハッハっ、と和やかに笑って二人して仕事に戻る。耕平が抜けて忙しくなってきたから大変だ。

 

「水樹カヤ!!!!????」

 

とんでもない人と連絡先を交換したんじゃないか俺!!?

耕平に殺される……!

 

「和人!じゃなかったキリトちゃんヘルプ!」

 

全力で近寄ってきた伊織に鬱陶しそうな表情を向けると彼は店の入口を指さした。座っているのはダサ服(野島)永久童貞(山本)浮気野郎(御手洗)(藤原)が座っていた。

来てしまったのか…ならバレる前に

 

「「潰すしかないな社会的に」」

 

握手を交わして奴らへと歩を進める和人と伊織。

 

「お席にご案内しますね」

 

「美人さんだな」

 

「他の子はケバいけど2人はすごく可愛くて良かったな」

 

伊織が案内をしたテーブルは店の最奥の角席。ここならば他に邪魔されず処理が出来ると判断したのだろう。 いい仕事をする。

 

「ご注文を承りますね。 そちらのお客様は」

 

「俺はアイスコーヒーで」

 

「あ、俺もアイスコーヒー」

 

「かしこまりました。そちらの童貞のお客様は?」

 

「何か聞き方おかしくないか!? 俺は童貞じゃない!!」

 

「きゃっ…!」

 

怒号をあげる童貞に対してこれ見よがしに怯む演技をする伊織。仕掛けるならここだ!

 

「どうしたのイオちゃん!」

 

「こちらのお客様が大声を上げて…少し驚いちゃって…」

 

「いやいや、元は「座ってろ童貞!」「お姉さん達に絡むな童貞!」「そう見えるお前が悪いんだよ童貞!!」」

 

「失礼しました、こちらのイオちゃんにも不手際があったようで…童貞のお客様、気を悪くしないでください。そうとしか見えなかったので」

 

「申し訳ありません一生童貞のお客様」

 

「謝っているようで失礼の上乗せだな!? 未来は分からないだろ!!」

 

「「きゃっ…」」

 

「座ってろ永世名誉童貞!」

「事実だから仕方ないだろ!」

「来世も期待するな童貞!」

 

山本が精神的に撃沈したのを見てほくそ笑み改めてお仕事としてメニューを取り始める伊織。

アイスコーヒーの注文だったのだが機転を利かせてアルコールを勧めた。なるほどあとは酔い潰しておしまいって訳か。

…単に山本を罵って終わりなような気もするがいいか。

注文表を手に二人でキッチンの方へと周り酒瓶を探すが例のものが見つからない。

 

「どうしたの和人?」

 

「あぁ、愛菜。 スピリタスが何処にあるかしらないか?」

 

「あるわけないでしょ…」

 

なんだと…あれが無ければ酔い潰すなんて無理だ…

 

「簡単だ和人」

 

「何か手を思いついたのか伊織」

 

「和人がセクハラを受けて、奴らを警備員に引き渡す」

 

「シバキあげるぞ伊織」

 

こいつも敵か。

 

「わかった。よし、なら御手洗は俺が受け持つ。 野島はお前が殺れ」

 

「まぁ、それなら…」

 

「また俺が詰め寄られたら頼むぞ」

 

最早、大学の友人予備軍を潰すことになんの躊躇いもない和人はその程度の提案で首を縦に振る。

伊織は墨汁を混ぜたカルーアをグラスに入れて運んでいき、とりあえず奴らに飲ませるらしい。 なんて末恐ろしいことをするんだこいつ。

遠目で伺っているとなんの疑いもなくカクテルを飲み始める馬鹿共…いや飲む方も飲む方でどうなんだよ…

 

「カルーアをベースに墨汁で色を付けてみました」

 

「「「どうしてそんなモノを混ぜた!?」」」

 

「良かれと思って…」

 

「何をどう良かれと思った…!」

 

明らかに顔を顰めて機嫌を悪くする連中だが警戒されちゃこれ以上何も出来ないのでは?と和人は考えるのだが奴らの単純さをよく知っているのは伊織なのだ。その様なミスはしない。

 

「お詫びに私の連絡先でも。今スマホが無いのでお借りしてもいいですか?」

 

あ、急に笑顔になった。

すんなりと御手洗からスマホを受け取るとなにやら操作を始めて…気が付いたら恐ろしい速度で教室に入ってきた女性が御手洗を絞め上げていた。たしか…御手洗の彼女だったか。

 

「お客様、なにか問題でも有りましたか?」

 

「あぁいえ…お嬢さんは危ないからこちらへ」

 

野島を仕留めるために動いた和人に見事釣られた野島は和人の肩に手を回して御手洗から誘導するようにするのだが……

 

気色悪い手の動き…!

 

仮に知り合いの女性が野島にこのような事をされているのを見たら手が滑って伊織たちと共に四肢を砕いてしまうかもしれない。

 

「あの、出来れば会って欲しい方が居るんです」

 

肩に置かれた手を外すように握りチラリと野島の顔を眺めると反吐が出そうな程、醜悪な面を晒しており伊織もドン引きしている。

彼の手を引き店の扉を開けると警備員に野島を引き渡す。

 

「先程からお店内で大騒ぎをして…突然肩や腰に触れてきたんです…っ…こわくて…!」

 

「通報ありがとうございます」

 

「ほらこっちに来い!」

 

「ぐっ、アイツも痴漢してました!! それどころかこんな人が集まる場所で俺は童貞だ!とか大きな声で叫んでました!」

 

「言ってねーよ!? え、いやだから違っ」

 

山本と野島、ついでに何故か御手洗まで連行されていった。

なんにせよこれで悪は滅びた…。

 

「やったな伊織」

 

「あぁ、勝った方が正義だ」

 

「あんたら…騒ぎを起こしてるんじゃないわよ…」

 

「伊織がやりました」

 

「ちょ、和人!?」

 

外に連れ出された伊織を他所に和人はスカートを揺らしてお客様の元へと走り出す…警備員の世話になるのは嫌だと。

 

「あれ、伊織くんは?」

 

「締め出されたよ」

 

「あ、そうなんだ…和人くんこれからお店が第2部になるから忙しくなるよ」

 

「第2部…?」

 

第2部とはなんだと聞く為に背後から声を掛けてきた神尾の方へ向くと…神尾が居らず可愛らしい女性が居た。アスナには負けるけど。

 

「…あれ、神尾さんは?」

 

「きっこでいいよ?」

 

「えーと、きっこは何処だ?」

 

「ここだよ?」

 

女性はここ、ここ、と自らを指差す…まさかあのケバいのが…コレなのか!?

 

「あっはははは!! な、に驚きすぎ……あはは!!!」

 

「笑い上戸かよ!にしてもかなり印象変わるな。 いや、あれだけ分厚いメイクしてたら元の顔なんて分からないか…それで2部って?」

 

「ふふっ…あはっはっ…ごめんごめん…えーとね、2部はケバメイクしてた皆がメイク落として接客するんだー。だからお客さんも沢山来るし…」

 

それ、と手を握られて店の入り口の方へと引き摺られる。何事かと思えば店の前でメイクを落とした他の女性陣も勢揃いしており、もちろん千紗と愛菜も居た。

 

「ほらほら和……キリコちゃんもこれ持って!」

 

「キリコちゃん!?」

 

「キリトちゃんは嫌そうだったから!」

 

「諦めてキリコ、きっこも恵子は止まらないわ」

 

「ごめんねキリコちゃん」

 

愛菜と飯田に謝られながら渡された看板を高々と掲げて前を見ると無数のカメラがこちらに向いていた。

 

え?

 

マイク持った女の人がなんか喋っているんだが…?

 

「ケバッ子カフェでーす!」

 

「今から第2部始めますよー!!」

 

「よろしくお願いしまーす!!!」

 

「以上、現場からの生放送でしたー!」

 

…アスナ、ユイ……俺、取り返しのつかない姿を伊豆に晒したよ…

 

「キリコ、さめざめと泣かないで私も恥ずかしいから」

 

「お前は女だろ千紗…! 俺は…俺は……!!」

 

「大丈夫、キリコちゃん似合ってるから!」

 

褒め言葉じゃない…、あとやたらローアングルを狙ってカメラを構えている奴もいる…見えるのはボクサーパンツだぞ…!

 

「…………これはこれで…」

 

「何を撮った!? そこのお前何を撮った!!」

 

カメラを構えた男は捕まえるよりも速く姿を消した…取り逃した!

 

「はいはい、キリコちゃんも接客がんばろーねっ」

 

「は、放せ愛菜! もう、もう勘弁してくれぇぇぇええ!!」

 

ケバッ子カフェの第2部はそれはそれは人気を博したという。

 



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酒とバカとミスコンテスト (後)

今話はモブキャラの出番が少し多めです。

モブキャラです。えぇモブキャラですよ?
次回はバイトのお話になります。それとSAOからのゲストキャラも出る予定です。

モブキャラですからね!


時刻は18時を回りケバッ子カフェの営業が終了した。

和人は一生分の恥と男からナンパされ続けるという地獄の空間を抜け出して青女の廊下を歩く。 因みに衣服は女物の衣服でウィッグ(茶髪)ももちろん付けたまま。というのも愛菜が色々とやらかして和人としての服が着れなくなってしまったからで…メイド服で出歩く訳にもいかずお店を手伝ってくれたお礼に、と愛菜と同じ学部で和人と似たような背格好の女子が予備で持ち込んでいた衣服を貸してくれたのだ。

恥の上塗りである。

 

今頃、耕平は水樹カヤのライブを見ているだろうし一度追い出された伊織も何かの手を使って校内にいるらしい。 伊織と合流して帰るか。

 

と、思って伊織がメッセで記していた教室を覗くと丁度ヤツが女性の頭にビールをぶっかけていた。

アイツ何やってるんだ…?

 

伊織、以下馬鹿共が教室を出て行き残された三人の女子は慌てに慌ててる。

 

「何よあいつら!? 最悪なんですけど…!」

 

「た、タオルタオル!」

 

「桜子大丈夫!?」

 

大慌てしている女性陣を放って置くのも気分が悪いし何があったのかそれとなく聞いてみるか…とバッグからタオルを取り出し素知らぬ顔で近寄る。 もちろん裏声で。

 

「大丈夫ですか、これ良かったら使ってくださいっ」

 

「あ、ありがとう…はぁ…なんなのよあいつら…っ」

 

「何かあったんですか?」

 

「聞いてよ…!」

 

事の始まりは水樹カヤのステージ設営から始まったらしく、設営を手伝っていたこの三人は伊織達に誘われてこの教室で飲むことになったらしくその時点では耕平も一緒に居たらしい。

耕平は水樹カヤのライブに行くと途中抜けをしたのだがビールをかけられた女性 桜子が「耕平の為」と声優ライブの整理券をひっそりとパクったようでそれを伊織達に言ったところ急にあいつらがキレて今に至ると…

 

「あんな歳になってアニメとか声優とかみっともないでしょ!」

 

なるほど…手元に飲み物があったら俺もぶっかけていた。

人が本気でやっていることを邪魔するのは許せない。

 

「ちょ、桜子! ミスコンの時間までそんなにないよ!」

 

「早くシャワー浴びて浴衣借りに行かなきゃ!」

 

「本当だ…もう最悪…っ! タオルありがと、今度返すから!」

 

足早に教室を出ていった三人の背を見ながら和人はスマホを操作し伊織に連絡を取る。

 

「もしもし俺だ」

 

『貴様…良くもぬけぬけと連絡を取れたな…っ!』

 

「お前が先に連絡してきたんだろ。 それより見てたぞ女の子にビールぶっかけたの」

 

『…あー、ちょっと色々あってな』

 

「大丈夫だ。内容はだいたい聞いたからな…因みにお前は何処に?」

 

『ミスコン見るんだよ。お陰でナンパ出来なかったしな。せめて可愛い子だけ見て帰りたい』

 

「ミスコンか…さっきの女も出るみたいだぞ?」

 

『げっ、マジか……』

 

不意に伊織が何かを考え込むように押し黙ったので和人も余計なことを口に出さず少し待つ。だいたい何を言い出すのかは分かってるんだけどな…

沖縄で一緒に騒いでこの前、腹を割って話せたぐらいからかだいたいコイツらが考える事が分かってきた気がする。気がするだけなのかもしれないが。

 

『なぁ、和人。耕平の為に…ってのも癪だけどよ力貸してくれないか?』

 

「…ま、いいぜ。 俺に出来ることならなんでも」

 

受け入れてくれた友人だ。一肌ぐらい脱いだって構わないだろう。

 

 

 

 

 

「なんでもって言った確かに言ったけどお前バカじゃないか!?」

 

「完璧だキリコちゃん」

 

「ついに脳みそも溶けたのか? ん?」

 

十数分後、伊織と合流した和人はあれよあれよと言う間に浴衣に着替えさせられていた。

つまるところ、ミスコンにエントリーしてしまったのである。

 

「だいたいなんでミスコンが耕平のためなんだよ!?」

 

「実はな、優勝賞品が賞金10万と優勝者のお願いを何か1つ叶えてくれるらしいんだよ。もちろん大学生ができる範囲に留まるらしいけど」

 

「………それで」

 

「まぁ、元はと言えば俺が耕平をあの女達の飲み会に誘っちまったからアイツはライブに入れなくなっちまった訳だからな」

 

「お前がミスコンに出て優勝しろよ顔だけはいいんだから…!」

 

「和人の方が美少女に仕上がるだろ? 俺は信じてるんだキリコちゃんの可能性を!」

 

いけしゃあしゃあと良く言いやがる…!

もう既にエントリーされてしまっている和人はどうにかしてこの下手人を地獄に落とせないか考えていると風に流れて写真が1枚飛んできた。

 

なんだ…と手に取り写真を見るとそこには……

 

【メイド服キリコちゃん(チラ見せver.)】

 

「なっ!?」

 

なぜこの姿の写真がある…!!

 

「………中々のベストショット無くしたら大変…」

 

「お前はケバッ子カフェに居たムッツリ!」

 

「……ムッツリじゃない」

 

写真を追っ掛けてなのかいつの間にか現れた小柄な男は首をちぎれんばかりにブンブンと振っている。そんな男に対して伊織は写真を横から掻っ攫いまじまじと眺めて…

 

「へぇ、よく撮れてるじゃないか」

 

こいつ…自分の姿が撮られてないのをいい事に…!

 

「……1枚300円」

 

「えーと、千紗に梓さんに先輩方だろ…10枚くれ」

 

「……毎度」

 

「お前は何を買ってるんだ伊織」

 

「違う、俺は和人の女装になんて興味はないんだ! この写真を周りに配ったら…お前が不幸になって俺は楽しいなって…」

 

「このクズ野郎…」

 

何処までも性根が腐った男だ…!

 

「む、お主達はミスコンの参加者かの? そっちはまだ着付けもしておらぬのか…時間が惜しい。 早く済ませてしまおう」

 

ズルズルと変わった喋り方をする女の子に引き摺られていく伊織。

 

「ちょっと待て、俺は男だぞ!!?」

 

「何心配ない。ワシの友人も男じゃがバッチリメイクを決めて出場するからの」

 

「いやいやいや、俺はミスコンになんて…!」

 

「可愛くしてもらおうなイオリちゃん?」

 

死ぬ時は一緒だぞ、俺の友達。

 

 

 

 

《さあ、始まりました! 青海女子大学後夜祭メインイベントの浴衣ミスコンテスト! 女子大学なのにミスコンとはこれ如何にっ! でもお客さん男性多いし私も可愛い姿見れるからいいけどね。司会の一年 きっこでーす。 そして審査員は今回浴衣を提供して頂いた"浴衣の小畑"さんから社長の小畑さん! そして今年度は残念ながら優勝は出来なかった元ミスター伊豆大 工藤会長! 》

 

会場のボルテージはアルコールの力なのか、それとも学園祭という特異な空気感からなのか既に最高潮に達しており凄まじい熱気がステージ裏まで届いてくる。最も、ステージ裏の一部は死んだ空気になっているのだが。

というか、きっこが司会で居る時点で和人と伊織の正体がモロバレなのだ。

伊織も工藤という名前を聞いて何故か頭を抱え、もう一人の男も小畑と聞いた時に顔面が蒼白になっていた。 一体彼らに何があったのだろうか。

 

《審査方法は得点式で参加者16名の中から審査員が独断と!偏見で!得点を入れていきます! また観客の皆さんの反応も採点に加わるので皆さんじゃんじゃん盛り上げてくださいね!》

 

ワーーーーーーー!!!!! ととんでもない歓声が聞こえてくるのだがキリコちゃん、イオリちゃん、あともう一人の男にとっては死刑宣告に他ならない。

 

最初の8人がステージにあがり質問を受けてPRしており、観客の男たちも大盛り上がりだ。イベントとしては間違いなく成功の部類に入るだろう。 次の登壇で男3人が現れることを除けば。

メイクのお陰でまるで別人のような美少女が出来上がっているので余計に変な感覚だ。

 

「よ、よろしくねキリコちゃん、イオリちゃん」

 

「ミスコンに自ら望んで出るとか変態か…それともバカか…」

 

「バカじゃないよぉ! ちょっと人よりお茶目なだけで…それに優勝しなきゃいけない理由があるんだ!!」

 

「大学生になってお茶目はないだろ」

 

「イオリちゃんとどっこいだな」

 

胸ぐらをつかみ合う和人と伊織だがせっかく着付けた浴衣がよれると直ぐに手を離しガンのくれ合いをしつつ話しかけてきたもう一人の男に優勝しなきゃいけない理由とやらを聞いてみる事にした。

 

「それでわざわざ女装してまで参加する理由ってなんなんだ?」

 

「実は友達と旅行に来てたんだけど…財布落としちゃって…日雇いのバイトでステージ設営やったんだけどね? その、宿泊代に届かないから優勝しないと今夜は野宿になっちゃうんだ」

 

「バカだな」

 

「バカだ」

 

「そんなバカバカ言わなくていいじゃないか! それだったら君達だって女装してる俺可愛いだろ!って変態じゃん!」

 

「いや、俺達には小石より小さく水溜まりより浅い理由があるんだ」

 

かくかくしかじか…計画とはいえないほど情けない児戯のような事を彼に伝えるとなるほど…賢いね!なんて言ってきた。バカなのか…

 

「でもいいね。お願いを友達の為に使うだなんて」

 

「ま、キリコちゃんが優勝出来ればだけどな」

 

「お前が優勝しろよイオリちゃん?」

 

《次の組の方どーぞー!》

 

くっ、もう出番か……!

ステージに登壇すると物凄い数の観客に一瞬気圧される。ここで会場の客に女装だとバレる訳にはいかないんだ…!

 

《それじゃあ二組目、トップバッター9番の方から。 お名前を教えて頂けますか?》

 

「神崎ひでりでぇす☆」

 

《どうです、審査員の小畑さん!》

 

《そうですねぇ、浴衣が似合っていていいと思いますよ》

 

《おぉ、これは好評価だ! 工藤会長はいかがですか?》

 

《とても可愛いと思うな。どうだい、今度一緒に旅行でも》

 

《はいはーい、ナンパは後にしてくださいね。それでは10番の………10番の方はなんとエントリーぎりぎり飛び入りで参加してくれた他校の方です!》

 

ダメだ。きっこは俺と伊織の正体に気が付いたのか口角が上がって何とか笑いをこらえてる段階だ。

でも、これも耕平の為………なんで耕平如きの為に体を張らないといけないのか考えたら負けだが。

 

「キリコですっ。 よろしくお願いしますっ」

 

《艶やかな黒髪に大きく綺麗な瞳、オジサンに連絡先を教えてくれないかな?》

 

何言ってんだこのおっさん(審査員)

 

《スポンサーの小畑さんはすこーし熱中症気味な様ですが放っておいてキリコさんにもどんどんと質問させてもらいますね。 今回キリコさんは青の浴衣を着ていますがチョイスした理由は!》

 

「え、えっと…友人が好きな色だったので…勇気を借りる…みたいな理由で…」

 

《素晴らしい理由だ。よく似合っていると思うよ》

 

「ありがとうございます…っ」

 

ごめんユージオ。

言い訳はしない。

 

《小畑さん、キリコさんの浴衣の着こなしについて何か質問ありますか?》

 

《下着はどのようなものを》

 

《ここが女子大学って分かってます〜?》

 

いやどのようなって言われても女物の下着なんてつけてる分けないだろ…きっこが何とか諌めてくれるのを期待したいんだが…

 

きっこは特に止めるわけでもなくにっこにこの笑顔で和人を見つめている。

 

《しかしまぁ、同じ女性として気になる点ではあるので差し支えなければどのような下着を?》

 

「つ、つけてません…」

 

ボクサーパンツなんて言えるか。

 

《キリコさん、何とか浴衣の下は何もつけてないとの事! お客さん盛り上がり所ですよぉウェーブ! ウェーブ!》

 

「私もつけてません!!!!!」

 

《おっと、12番! 12番の秋子さんも大胆なカミングアウトだーー!!》

 

「「「「「うぉおおおおおおお!!」」」」」

 

鋼鉄の浮遊城でデスゲーム宣告を受けたあの瞬間よりも今の方が地獄に感じるのはどうしてだろうか。

会場の熱気によって横に居る伊織は最早死に体状態。というか明らかに前の9番の人よりも持ち時間多い気がする。

 

《名残惜しいですが次の11番の方にマイクを回しましょう! キリコさんありがとうございましたー!》

 

きっこの満面の笑みが怖い。

何はともあれ自分の番が終わったことに安心する和人は横の伊織を軽く小突いて耕平の為なんだろ…と小さく告げると伊織もなんで耕平の為にこんな恥辱を…と呟いた。元凶はお前だろ。

 

《では11番の方、お名前をどうぞっ!》

 

《イオリですっ!》

 

《イオリさんはスラッとしたこれまた美人さんですね。 どうですか工藤会長? あ、小畑さんはまだ座っててくださいねー五月蝿いので》

 

《とてもレベルが高くて驚いてるよ。さっきの子もすごく可愛かったけど俺はイオリちゃんが優勝候補かなぁ》

 

《おーっと! 審査員の一人がイオリさんを優勝に押したァ!!》

 

苦虫を噛み潰したような表情を浮かべながら工藤会長を眺めている伊織はマイクを握り唐突に笑顔になる。

 

「ありがとうございます工藤会長。 工藤会長は男性に告白したと聞いたことがあったので…応援してくださって嬉しいです」

 

《確かに先程あったタレコミによると工藤会長は伊豆大祭で男性に告白したらしいですね》

 

《あれは何かの間違いだ! だいたいあれはPaBの奴らが……ゴホンッ…とりあえず俺からは以上だよ。小畑さんはどう思いますか?》

 

《是非ボンデージを着たイオリさんにピンヒールで踏んでいただきたいですね》

 

「誰がやるかボケぇ!」

 

《お小遣いもあげよう》

 

「ダメだキリコちゃん、こいつ話を聞かねぇ」

 

「耐えろイオリちゃん」

 

「そうだよイオリちゃん! 殺るならコンテストが終わった後で裏で殺ろう! 手伝うから」

 

12番までそんなことを言う始末である。

 

《……おや? そちらの秋子さん…以前どこかで…》

 

先程の下着つけてない宣言の時は和人に視線を奪われていた小畑が今は12番をまじまじと見つめている…まさか知り合いだから登壇前の様子がおかしかったのか…? いや女装する時点で男性陣の様子はおかしかったけどさ。

 

「…はい…」

 

《はーい小畑さんは少し黙っててくださいね。 それではマイクを12番、秋子さんに回しまして質問といきましょー。 彼氏はいますか?》

 

「い、いません! 今まで一度だって!」

 

《おぉ! これは会場に居る男性諸君にとっては朗報ですね!》

 

《連絡先交換しないか?》

 

《いくら欲しい?》

 

《審査員といえど弁えてくださいね》

 

審査員の12番に対する怒涛の質問攻めは止まることがない。

 

《吉井さんは一人暮らしなのかな》

 

《やはり昔ミスコンで会った方だ!》

 

和人と伊織、その他の参加者に観客達も何が何だかと首を傾げているときっこが強引にマイクを次へと渡して質問を打ち切る。 多少強引な方が司会として有能なんだな、とどうでもいい事に関心を覚える和人。

しかし審査員の食い付きを見るにまさかの12番が優勝候補なのかもしれない。

 

《はい、13番の方どーぞー!》

 

「1年 桜子です。 よろしくお願いしまーす」

 

出た、伊織にビールをぶっかけられていた女の人だ。

 

《おお、ようやく青女の生徒! それに浴衣も似合っていますねー。 どうですか浴衣を提供した小畑さん》

 

《興味無いね》

 

《うん、可愛いんじゃないかな?》

 

《それよりも10番、11番、12番を中心に水着コンテストでも》

 

「「「絶対嫌です」」」

 

桜子と名乗った女の子を完全放置な魔境とかしたミスコン会場。 空気は最悪…かと思いきや、きっこの盛り立てや小畑の欲望に忠実過ぎる質問、そして見目麗しい浴衣美人達(男数名)が並び立つ光景に会場の男共(バカ共)の様子はテンションが高く今にもステージへなだれ込みそうな程に前に押し寄せている。

 

嫌な予感がした。

 

「もっと前で見てぇんだよ!」「おい押すなって!」「可愛いなぁ!!」「……これは不味い…!」「連絡先を!!」「いやこのあとデートを!」「ま、待つのじゃお主ら!」「いいや押すね!」「最短で最速で!」「やべぇなこれ…!おいお前ら逃げ…!」

 

咄嗟の判断。

 

キリコちゃんもイオリちゃんも、近くに居た他の女性参加者の手を取ってステージの後へと強引ながらも連れ去る。それと同時に野郎共の波はステージを襲った。

モンスターハウスかよ!!

 

《ちょ、これはさすがに無理無理!!》

 

《く、貴様らには秋子さん達を渡さんぞ! 渡さんからな!!!》

 

《お、小畑さん暴力はダメで…ぐぼぁ!?》

 

ステージの上は大乱闘。

なんて醜い絵面なんだ…

恐怖のあまり泣き出す女性もおり何とかならないかととりあえず安全な場所へと参加者たちを避難させているとあの波から逃れてきたきっこが紙を持ってやってきた。

 

「はぁ…疲れた…」

 

「お疲れ様きっこ」

 

「その紙、一応はコンテストの結果なのか?」

 

「まぁねー? 賞金とかもあるしサラサラっと発表しちゃうよ」

 

何のめでたさも盛大さもなくきっこが読み上げたのは優勝は12番とのこと。

めちゃくちゃ汚い字で《優勝!!!! ご両親に挨拶!!》と12番の欄に書かれているので本当に青女の生徒たちの身が危なかった可能性があると考えると冷や汗ものだ。 良かった12番が男で。

 

「えっと準優勝はキリコちゃんね」

 

「は!?」

 

「良かったなキリコちゃん。美人で」

 

「イオリちゃんは三位ね」

 

「は!?」

 

「良かったなイオリちゃん。美人で」

 

上位3人が男という始末。

節穴過ぎるんじゃないかあの審査員達…

あまりにもあっさりとした発表だった為に他の参加者は悔しさも特になくおめでとー! と言って会場を去っていく。

まぁ…せっかくのイベントがこうなったら気分も冷めるよな…

 

「あら…貴女、タオル貸してくれた子よね?」

そんな残念な結果発表の中、賞金を受け取って小躍りしている12番(バカ)を眺めていると声をかけられた。

 

「え、えぇ…桜子さんも出てたんですね。驚きました」

 

「準優勝おめでとう…って言ってもあんな審査員(クズ)に評価されるなんてまっぴらだわ。そっちの貴女もそう思うわよね?」

 

「…………」

 

全力で顔を逸らしている伊織を不思議に思ったのか近寄ってくる桜子は顔を隠した奴を覗くように顔を寄せる。

 

「……手を避けなさい」

 

「…嫌です」

 

「そう、力ずくがいいかしら?」

 

「雑!?」

 

唐突な脳筋反応についつい手を離すと満面の笑みの桜子が伊織を見つめていた。

 

「あらぁ、さっきぶりねぇ? それにしても女装が趣味だったとは驚いたわぁ……?」

 

この女、伊織と同族の匂いがする。

ニタニタと笑う桜子に対し、焦った伊織は距離を置くように走り去りながら捨て台詞の如く言葉を吐き捨てた。

 

「お前の魅力、俺たち以下でやんの!」

 

「やめとけよ伊織。可哀想だろ?!」

 

「………コロス」

 

「あ、ちょ、ちょっとキリコちゃん!イオリちゃん!」

 

後ろから12番(バカ)の声が掛けられるも伊織の挑発によって修羅と化した桜子が怖すぎるので振り返る余裕もなく逃げることとなった。

 

「秋子さん……いや、本当の名前は?」

 

「あはは…やっぱり女装だって分かった? ……ってそうだ! 優勝したら賞金の他にお願いも1つ叶えてくれるんだよね?」

 

「あー、うん。 叶えられる範囲でだけどね」

 

「それじゃ、お願いがあるんだけどさっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉぉぉおおおおおおおおお!!!!!!」

 

修羅(桜子)から逃げ続けていると天に向かって吼えている耕平が居た。そんなに悔しかったのか…

 

「耕平…」

 

「まぁ、なんだ…ライブはまたあるかもしれないだろ…?」

 

「あまりにもKAYA様のライブが素晴らしすぎて涙が…!」

 

チケットをスられて観れなかったのでは?

 

「ライブ…見れたのか?」

 

「設営のチーフが口を聞いてくれてな」

 

「いい席だったのか?」

 

「いや1番後ろだった…チケットを無くして絶望していたが…ライブに参加したら全て吹っ飛んでしまった」

 

泣きながら笑う耕平に和人と伊織は苦笑し肩を竦める。

 

 

いや待て。それじゃあ俺と伊織は何のために…?

 

「和人、こいつの金で焼肉でも食いに行こうぜ」

 

「いい案だな伊織」

 

「なっ!? なぜだ!?」

 

まったく…こっちは大変だったというのに…和人は肩を落としながらため息を吐くも嬉しそうにライブの内容を語る耕平を見ると自然と笑ってしまった。

 

「ほら行くぞ」

 

「さっさと行かないと閉まっちまう」

 

「まだ奢るとは言ってないぞ!? それと、なんでお前らは女装をしているんだ?」

 

「「深くは聞くな!!!」」

 

 

翌日の事だ。

Grand Blueで昨夜のライブを思い出して未だにニヤついている耕平と何故かブチ切れてる千紗に吊るされている伊織を眺めながら和人がビールを飲んでいると珍しいお客を愛菜が連れてきた。

 

「お邪魔しまーす」

 

「お、昨日はお疲れ様キリコちゃん」

 

「その呼び方は二度とするなきっこ」

 

「ダイビングしに来てくれたの!?」

 

「いやいやそうじゃなくて…」

 

千紗の質問に苦笑しながら飯田かなこは鞄を開けると一枚の色紙を取り出し耕平へと手渡した。

 

「私の姉さんから耕平くんにって」

 

これ、水樹カヤさんのサインか!?

 

「お、ぉおおおぉぉぉおおおおおおおお…………………!」

 

色紙を掲げたままへたり込む耕平に戸惑う飯田は戸惑いながらも姉が耕平の応援を喜んでいたと告げると輝くような笑顔を浮かべながら涙を流す。

 

「伊織くんと和人くんの事も褒めてた」

 

「え、俺たち?」

 

「なんだろうな…?」

 

キョトンとしながら顔を見合わせる俺たちにきっこが続く。

 

「はい、これはミスコンの優勝者から」

 

水樹カヤのサイン色紙3枚にサイン入りのTシャツ3枚。

それぞれ北原伊織、今村耕平、桐ヶ谷和人と名前入りのモノだ。

 

「これは…?」

 

「ミスコン優勝者ってあの12番だよな?」

 

「そ、明久くんが優勝した時のお願いでね。 友達のために頑張ってた二人に水樹カヤさんのグッズをプレゼントしてあげて欲しいって」

 

耕平は感情が壊れたのか呆然とした表情を浮かべたまま2枚目の色紙とシャツを抱きしめている。

 

「アイツ…変なやつだな」

 

「ま、結果オーライってやつだ」

 

耕平は数時間に渡り水樹カヤについて永遠と語り、旅行客の男四人組が店に入ってくるまで続いた。



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バイト仲間!

おーまーたーせしーましーたすーごーいやーつー

いやたいした凄くはないです。


さて、回想を終えて嫌な現実に目を向けよう。

バイトを始める事になった伊織と和人を待ち受けていたのは何時ぞやの修羅。

 

「桜子さん、2人と知り合いで…?」

 

「店長、私がこの新人の教育係をやらせてもらいますね」

 

「え? いや、いいけど…」

 

ギリギリと万力の如き力で肩を掴まれている和人と伊織はコイツが教育係なんて嫌だと全力で首を振るが桜子は満面の笑みで2人の顔をアイアンクローで締め上げる。

その細腕の何処からこんなパワーが……!

 

「それじゃあ店長。あとは私がやっておくので…」

 

「う、うん。それじゃあ仲良くするんだよ?」

 

スタスタと出ていく店長について行こうとするも桜子に強引に止められそれも叶わなずに強制的に正座をさせられた伊織に和人。それを見下す桜子と決してファミレスの休憩室では見る事が普通出来ない光景が出来上がってた。

 

「私のコトは桜子様と呼びなさい」

 

「桜子様?」

 

「普通は名字で呼ぶものじゃ」

 

「まあ、そうなんだけどさ。私は自分の名字が嫌いなのよ」

 

胸元にあるネームプレートを見ると「毒島」と表記されている。

 

「なるほど毒島か」

 

「誰がブスだコラ」

 

伊織が言ったのに一緒に顔面を踏みつけられた。なぜ俺まで…っ

 

「別に気にすることでもないだろ。 誰もアンタを見てブスとは思わん」

 

…伊織にしては随分と気を利かせたことを言えるじゃないか。

ミスコンの時は特に思わなかったが目の前にいる理不尽の塊、毒島桜子は美醜で問われれば皆が美と答えれる程には美人なのだ。

伊織のそんな言葉に桜子は少し機嫌を持ち直したのかブスッとした表情を━━━

 

「いま、私のことをブスって思ったわね?」

 

「滅相もない!」

 

どんなセンサーしているんだ…!?

敏感な割には判定がガバってるんだが!?

 

「顔がブスなんて言う奴には言ってやればいい」

 

「なんてよ?」

 

「ブスなのは心の方だと…」

 

頭にぶちまけられた2杯目は水だった。

それと正座している上に石を置かれたのでファミレスの休憩室で行われた世界初の拷問かもしれない。

 

「考えてみたら桐ヶ谷はまだしも北原に名前を呼ばれるのも気持ち悪いわね。 特別に名字で呼ぶ事を許可するわ」

 

「了解。じゃあ毒島さんだな」

 

「毒島"様"でしょう? 桐ヶ谷、あんたもよ。アンタらが私好みの美形ならどう呼んでもいいけどね」

 

ここまでハードな女性は人生初だ。

 

「まぁ、いいわ。とりあえず教育係を引き受けたからにはアンタらが使えるようになるまでたっぷり扱いてあげるから覚悟しなさい。 まずはお客様の案内から。 最初は桐ヶ谷から私を来店客だと思って接客しなさい」

 

まぁ、毒を吐き辛辣な態度を取るがやる事はやってくれるらしいので新人バイトの身としては文句はあれど断る理由はない。

1度部屋を出た桜子が再び入ってくると意を決して和人が思う接客をしようとスマイルを見せて声を掛ける。

 

「いらっしゃいませ! お客様は一名様でしょうか?」

 

「笑顔が気持ち悪い」

 

「理不尽この上ないな!?」

 

「ふっ、和人俺に任せろっ」

 

「それじゃあ次は北原ね。でもアンタ、桐ヶ谷よりブサイクだから…」

 

ホント、呼吸をするように自然と毒を吐くなコイツ。

伊織は普段からは想像つかない爽やかな笑顔を見せながら上の制服を脱ぎ裸になって桜子を出迎える。

 

「いらっしゃいませー。お客様は一名様ですか?」

 

「何故脱ぐ? セクハラかコラ」

 

「濡れた服での接客は失礼かと…!」

 

目にも止まらぬ手の速さで伊織をボコる桜子に必死に言い訳をしている様は無様だった。

しかしその言い分には一理あるな。

 

「一理ないわよ」

 

「ナチュラルに頭の中を読むなよ!?」

 

「顔で分かるわよ。馬鹿なことを考えているって。もういいわ、服を着て続けて」

 

服を着直した伊織は桜子(客)と短いやり取りをした後に近くのテーブルへ案内をする。ここまでは特に問題もなく、水を持ってきた伊織はライターを近づけ正真正銘の水と証明して離れようとしたのだが再びアイアンクローを仕掛けられた。

今の行動になんの問題が。

 

「全然ダメ! そもそも基本がなってない!」

 

「「基本?」」

 

「接客の基本は"気持ちのいい笑顔"! わざわざ意識して浮かべているようじゃダメよ。アンタらの笑顔は"気持ちの悪い笑顔"」

 

「喧嘩売ってんのか」

 

「落ち着け伊織。お前のが気持ち悪いのは痛いほど分かる」

 

メンチ切ってる伊織をシカトして桜子の話を聞いていると彼女は嫌味が無いほど自然に、そして聞きやすくハッキリしたトーンで「いらっしゃいませ」と声に出す。

なるほど、確かに気持ちのいい接客だ。

初めての接客バイトだし緊張していたのかもな。

 

「ほら、やってみて。笑顔も立派な商品よ」

 

「いらっしゃいませ!」

 

「いらっしゃいませっ!」

 

伊織と和人がニコッと、微笑みを見せ挨拶をすると桜子は深刻そうな表情を見せて考え込む。

 

「ごめん、私が間違ってたわ」

 

「何が」

 

「笑顔がどうとか言ったけどそれ以前にさ。顔そのものが気持ち悪くて…」

 

「終いにゃ本気でキレるぞ」

 

「好き放題言いやがって」

 

「そこまで悪くないはずだろ! 和人は兎も角!」

 

「なんで俺を引き合いに出したんだ? なぁ?」

 

「桐ヶ谷は目を瞑ればイケるわ。 あんたは言い難いけどゲロ以下の雰囲気が出てるから目を瞑っても反吐が出る程よ」

 

言いにくさとは一体。

 

「だいたい伊織はあんたに飲み物ぶっかけたから理不尽な口撃も仕方ないと思ってるけど俺は関係ないだろ!?」

 

「女装した桐ヶ谷。 ミスコン。 準優勝」

 

「あ、はい」

 

特に反論も出来ずに恨めしそうに桜子を見つめる(バカ)二人。

桜子と言い争いをしているのと耕平と言い争いをしているのがあまり大差ない気がしてきた二人は恨めしそうに桜子を睨んでいると視線に気がついた彼女はハッ!と鼻で笑った。

 

「あら何その顔、言い返せるならどうぞ〜?」

 

ボロクソ言った後に嘲笑する桜子に和人は一種の感情を覚えた。

 

桐ヶ谷和人は同年代の男性と比べると幾分、大人びて見える人物だ。 もちろん子供っぽい面も多くあるがそれを含めても下手な挑発にわざとノることはあれど、まんまと引っ掛かることはそうそうなかった。

 

なかったのだが今の和人の胸中には非常にしょうもなく、それでいて子供っぽい感情が浮ぶ。

 

 

 

この女(桜子)、ムカつくと。

 

 

 

「耕平如きにフラれた負け犬」

 

「女装した男3人に劣った負け犬」

 

ビシィ!! と何かにヒビが入ったかのような音が聴こえた気がした。

 

 

数分後、あまりにも物々しかった新人と桜子の様子が心配な店長はこっそりと休憩室の様子を伺うために扉を開けると目に入ったのは、両手のお盆の上に並々水が注がれたコップが積み重なるように載せられ必死に零さぬよう耐えている伊織とそこから零れた水を永遠と拭いている和人の姿。

 

「はい、この卓は何番卓?」

 

「この状態で答えられるかァァァァ…!!」

 

「それなら水追加ね」

 

「おい伊織、さっきから何度も零すなよ。拭いてもキリがないだろ」

 

「ならお前がやってみろ…!」

 

それはそれは楽しそうに伊織を調教、もとい指導する桜子の姿にハラハラしている店長。

 

「毒島さん、これは…イジメでは?」

 

「教育です」

 

「店長! 助けてください、FB毒島様が酷いんです!!」

 

「FB?」

 

「ファッキン・ビッチの略ですが」

 

「あぁ、お互い様のようだね。 ところで桐ヶ谷くんは…何がどうしてそうなったの?」

 

「何がですか?」

 

「いや何がって…なんで女性用の給仕制服を…?」

 

スカートを揺らし丈の下から見える足は黒のストッキングを身に付けており、桜子と同じく袖にフリルが着いた制服を着た和人(ウィッグ付)。

 

「あ、ごめんね?! なんで…って聞いちゃったけど個人的な事かもしれないもんね…っ」

 

「いえ、濡れた制服の代わりにそこの毒島様が用意してくれたのがコレだっただけですよ」

 

「どうして女性用のを出されてそれを着てるんだい!?」

 

「もうあんまり抵抗がないというか…慣れですかね」

 

「慣れるものなの!?」

 

シレッと言いながら軽く笑う和人に店長は最近の子よく分からない…っ! と言いながら休憩室を出ていってしまった。

結局、その後伊織が盛大に全ての水をぶちまけ自分たちが散らかしたんだから自分で始末をつけろと桜子に言われて二人は床掃除を始めた。

 

許すまじ毒島様。

 

2人で思い付く限りの暴言を呟きながら水を拭き取っているともう1人、いつの間にか手伝ってくれている人影が見えた。

 

「あ、初めまして。 キッチン担当の乙矢尚海です」

 

「あ、桐ヶ谷和人です」

 

「北原伊織です」

 

「今日から入った方たちですよね。敬語はいいですよ。僕よりお2人の方が年上ですから」

 

あはは、と笑いながら掃除を手伝ってくれる彼は安心したように息をつく。

 

「でも良かったです。新しく入った方達が良い人で…これからよろしくお願いしますね。北原さん、桐ヶ谷さん」

 

………天使か?

 

ここ数ヶ月の中での初対面の人達って酒を飲ませてきたりクズ共だったりしたせいか和人の中での尚海の好感度はそれはもう爆上がりである。しかも、和人が女性給仕制服を着ていることにも一切触れないという素晴らしい心遣い。

伊織はそんな彼の存在を眩し過ぎて直視出来ないと目を覆い、尚海は真に受けて慌てる。

途端、ドン!と扉が蹴り開けられて姿を見せたのは毒島様。

 

「「あぁ、クズの顔はホッとするなぁ…」」

 

このセリフを和人が言ってるなんてユージオやリーナ先輩が聞いたらそれはそれは怒りそうなものだ。

 

「あ、桜子さん。お疲れ様です」

 

「あれ? 尚海君!?」

 

びくぅっ! と身体を震わせるとさっきまでのクズ顔が一瞬で猫被りの顔へと変わった。

なんなら声色も違う。

 

「えー? まさか掃除手伝ってくれてたのー?」

 

「おい見ろよ和人。あれがクズの猫被りだ」

 

「お前がしょっちゅうやってる事だな」

 

「何か言ったかしら?」

 

「なんでもないです毒島様」

 

背筋を伸ばして滅相も無いと首をブンブンと振る二人に尚海は不思議そうに見つめるも桜子はしれっと誤魔化してしまう。

挙句、桜子と呼んでね。と念を押された。勿論人の居ない所では毒島様とお呼び!との事だが。

ブレないところは結構好感を持てるんだよなぁと思いながら床拭きに戻り、尚海くんは何ともまぁ優しいことに賄いを作りに行ってくれた。

 

「良い子だな」

 

「良い子でしょう? しかも凄い美形!」

 

「耕平とは別のベクトルだな?」

 

「本当に顔だけは良いからな耕平は」

 

「つーか、そこまで言うってことは乙矢くんを狙ってるのか…? やめとけよ心の貧富の差が凄いんだから」

 

「毒島様じゃ無理だ。 人としての心の器が寸胴鍋とペットボトルのキャップぐらいの差があり過ぎる」

 

「あ゛ぁ!? 全然お似合いだしマジであの子を狙ってんのよ! だからアンタらが邪魔をするなら……」

 

「シゴキか?」

 

「陰湿なイジメか?」

 

 

 

 

「オマエタチヲコロス」

 

 

 

正直、覚悟を決めていないで言われたせいもあるけれどSAOでの命のやり取りをやった時よりも心の底から怖かった。

アスナとユイに会いたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

毒島様からの最上級にえげつない調…シゴキが続いて早1週間が経ちようやく仕事に慣れてきたものの身体はそうもいかずにボロボロだった。

夏休み時期で客は多くスタッフは少ないとの事で常に暇な伊織と和人は出ずっぱりである。

 

「伊織と桐ヶ谷くん、様子おかしいよね」

 

「フラフラとバイトに行ってはボロ雑巾のようになって帰ってくるし」

 

「ファミレスのバイトでそこまでなるってどうなの」

 

「ねぇ、梓…」

 

と、様子を見に行って欲しいなんてお願いを奈々華にされた梓は千紗と愛菜を引き連れて件のバイト先へやってきたのだが店内は時間の関係かあまり混んでおらず、それだったら何故あの二人が疲労困憊なのか考えつかなかった。

 

「いらっしゃいませー。 何名様ですか?」

 

「あ、三人………和人?」

 

「あぁ、なんだ梓さん達ですか」

 

「あ、うん。そうなんだけど…なんで女物の制服着てるの?」

 

「色々とありまして…あ、伊織に接客任せますね」

 

面白いもの見れますよ。と告げて一旦離れると間髪入れずに梓達へ伊織が寄っていく。

 

「あ、梓さん!? ぐっ、和人め……うぅ」

 

「どうしたの伊織」

 

「大丈夫!?」

 

「う…はぁ…ご案内致します…美しきマドモアゼル…」

 

絶句である。

千紗はもちろんの事、愛菜はドン引き、梓でさえ目を点にする程の絶句である。

 

「だ、だって女性だけのお客さん相手だとこうやって言うって俺と和人は教わったから!」

 

「いらっしゃいませ。2名様ですね。お席にご案内します」

 

梓達に続いてやってきた女性客を和人が接客する。

 

「和人ぉぉおおおおお!! 毒島ぁぁあああああ!!」

 

客を案内し終えた和人の首根っこを掴んでスタッフルームに連れ込むと店内に聴こえるレベルの絶叫が響く。

 

「あんなの嘘だってわかるだろバカじゃないか?」

 

「アンタ、あれマジでやったの? バッッッッッカじゃないの?」

 

「伊織と和人はいつも楽しそうだねぇ」

 

梓はケラケラと笑い苦笑する千紗、愛菜も続いて席へと腰を掛けた。

 

 

日も暮れた頃合、座席が埋まっていた店内はチラホラと空席が目立ち始めた俗に言うピーク時を終えたあたり。

 

「アンタがまだまともに使えてよかったわ」

 

「お褒めに預かり光栄だよ毒島様」

 

「それにしてもムカつくぐらい似合うわねスカート」

 

「それは褒めじゃなくて侮辱か?」

 

「侮辱よ」

 

イラッ、としながら桜子と並び店内を眺める和人。 伊織は尚海と共に食器類の清掃を奥でしている。

 

「それにしてもムカつくわ。北原のやつ」

 

「なら毒島様が伊織をぶちのめして変わればいいんじゃないか? 手伝うぞ」

 

「そういうクズい所は嫌いじゃないわ。 私そろそろ上がりだから中途半端に手伝えないのよ」

 

なるほど、自己中女と考えていたが仕事関係では教育係としてもそうだし案外しっかりとしているんだな。

 

「ほら、お客さん来たわよ。行ってきなさい」

 

「はいはい……いらっしゃいませ。 何名様ですか?」

 

桜子に促されて店へと入ってきたお客様に近づく。フードを目深に被り声を出すわけでもなく指で一人と示したので空いた席へと通すと和人が引っ込むよりも先にメニューを開いてドリアを指さした。

 

「ドリアですね。少々お待ちください」

 

厨房へ行き注文を伝えたあと遠目でフードの客を見ていると向こうもスマホを弄りながらちらちらとこちらを伺っている雰囲気を感じた。 特段、危ない客…って訳でもなさそうだけれど…なんだ?

 

「桐ヶ谷さん、ドリア7番卓お願いします」

 

「はいよ」

 

尚海から受け取り先程のフード客へ運ぶと肩を震わせ笑っていた。なんなんだ…この客は…

 

「ほ、本当に女装して働いてるなんて…くくっ」

 

「…お客様?」

 

突如笑い始めたお客様に驚くも店内の他の人々は特に気にすることなく食事や談笑を続けている。

それにしてもこの鼻にかかるような特徴的な喋り方と可愛らしい声…何処かで…

 

「なァ、キー坊。 最近楽しいカ?」

 

「あ……アルゴ…!? おま、どうしてここに!?」

 

アルゴ。本名は帆坂朋。

SAO時代、「鼠のアルゴ」で幅広く知られた情報屋で当時は彼女が作った攻略本に数多くのプレイヤーが救われた。 SAO事件以降は姿を晦ましていたがURの騒動の際に……いや、これは今関係ないな。

そんな彼女が何故ここに…!

 

「とある情報通の同業者から写真が回ってきてナ」

 

ピラリと見せられた写真は何時ぞやの

 

【メイド服キリコちゃん(チラ見せver.)】

 

あのムッツリスケベか…!!

 

何処かでムッツリじゃない…という否定が聞こえてきそうだがそれよりもの写真を破棄しなければ。

 

「これがキー坊にそっくりだったから確かめようと思って伊豆に来たんだけド…まさか、たまたま立ち寄ったファミレスで女装してるだなんて…そっちにハマったのカ?」

 

「これはやむを得ない事情があっ…ごはぁ!?」

 

「キー坊!?」

 

驚きの声を上げるアルゴを他所に和人は体をくの字に曲げて通路を転がりそのままスタッフルームの方まで飛んで行った。

 

「貴様ァ…人が洗い物してる時に仕事をほっぽり出してナンパとはいいご身分だァなぁ??」

 

「伊織、お前は勘違いしてるし口調もなんか変だぞ!?」

 

「毒島様! こいつがお客様に狼藉を!」

 

「いや、ちょっと待ってくれ毒島様!!」

 

「店内でギャーギャー騒ぐなブサイク共!」

 

激怒した桜子によって伊織と和人はスタッフルームの中へと引き摺り込まれて行く。その様子を見ていたアルゴはなんとも言えない表情で眺め、再び爆笑し始めた。

 

「まさかキー坊。あんなに楽しそうだなんて…想像以上だったヨ」

 

これは取材が必要だナ! とそれはそれは素晴らしい笑みを浮かべていた事に和人は気が付かない。



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ある日の海

今回面白味がないです。
散々待たせてこの体たらくだよ!!

ミリシタのイベントPR取ったり十三機兵防衛圏にどハマりしたり、上条当麻が主人公のSS書きたいなーとかしてたら遅れましたごめんなさい。


「「「「おはようございます!」」」」

 

「北原集合」

 

「………はい」

 

とある日の朝。

Grand Blueでは奈々華さん、梓さん、千紗、愛菜が水着姿で本日のお客を出迎えていた。

まぁ、いつも通りの水着姿なのだが、奈々華さんと梓さんが持つそれ破壊力は初対面の人にとってはとんでもないモノだろう。 千紗と愛菜だって美人な方なのだ。

その客というのが毒島様と乙矢くん、あと一人なのだが…

 

「キー坊、随分といいものを普段から見てるんだナ?」

 

「なんでいるんだよアル…帆坂」

 

「伊豆の取材だヨ」

 

アリスにスグにリズ達と…なんでみんなダイビングしに来るんだ…?

ダイビングの魅力を知ってもらえるのはいいがそれが不思議なんだよな。

 

「桐ヶ谷も来なさい」

 

「あ、はい」

 

色々と聞こうとしたのだがその前に毒島様に招集をかけられたのでニヤつくアルゴを後目に首を絞められている伊織と毒島様の元へと向かう。

 

「なんだよ…毒島様」

 

「尚海くんがあっちに靡かないようにあんたも協力しなさい」

 

「そもそも乙矢くんが毒島様の方へ倒れると思わないが」

 

首を絞められた伊織も必死に首を振っているが聞く耳持たずと毒島様は俺と伊織の唇を摘み声を出させることすら許されなかった。

 

「分かったわね?」

 

「「…」」

 

コクコクと頷くしか出来ない和人と伊織をひとしきり睨むと興味が失せたとばかりに放り出された。

まったく…、と溜息を吐きながらとりあえず三人を他のPaBメンバーに紹介することとなる。

 

「改めてバイト先で一緒になってる乙矢尚海くん」

 

「乙矢です。よろしくお願いいたしますっ」

 

「それに毒島桜子さん」

 

「ダイビング初体験なのでお手柔らかにお願いします」

 

「んで、こっちが俺の知り合いの帆坂朋さん」

 

「よろしくお願いしまス」

 

三人の紹介を終えるといつの間にか和人の背に隠れるように耕平が引っ付いていた。本当にいつの間に…

 

「知らない人が三人も…」

 

「お前まだ人見知り(ソレ)治ってなかったのか」

 

「……って、なんで毒島様も隠れてるんだ?」

 

「よりによってなんでソイツが…!」

 

「「そう言えば耕平に振られてたな」」

 

「あんたらぶっ飛ばすわよ」

 

確かに耕平に振られるなんて屈辱この上ないだろうし、俺が女でも嫌だ。

 

「別にいいだろ振られたぐらい」

 

「よくないわよ!! 私は「清楚で優しい可憐なお嬢様」で通してるんだから!」

 

「最早、女であること以外一致する点がない」

 

「どうしよう……記憶失うぐらい殴ればいいのかな…」

 

「アイツ、あの日のことは水樹カヤに会ったことしか覚えてないから大丈夫だ」

 

「それはそれでムカつくわね」

 

情緒の振り幅が凄いな毒島様。

 

「まぁ、どうしてもって言うなら死ぬほど殴るが」

 

「石も用意するか? かち割ってしまった方が楽だろ」

 

「あんたらのそーゆー所嫌いじゃないわ。 むしろ好きね」

 

 

 

 

 

「水着に着替えてきたけどキー坊たちは着替えないのカ?」

 

「俺たち男はそんなに手間がかからないからな。道具の準備終えたら着替えるんだ」

 

「そっか。 それでオネーサンの水着はどうダ? あーちゃんとかあちらのオネーサン達よりはあれだけどスタイルはそこそこだロ?」

 

「ソウダナー」

 

「む、随分と余裕そうでなんかつまらないナ」

 

「いや、なんというかその辺に関しては感覚が麻痺しているというかな…? 大変申し訳ないがアスナの水着でも 似合ってるな! ぐらいの感想しか出ない気がするよ」

 

「あーちゃん泣くゾ」

 

「今の俺の生活を見たらアスナどころか親も泣く自信がある」

 

「一体どんな生活をしてるんダ…キー坊…」

 

「おまえらー、準備も終わったし俺達も着替えていくぞー」

 

「「「うーすっ」」」

 

寿に促され、伊織と和人、耕平はその場で服を脱ぎ捨てパンツも下ろし水着を探す。全裸で。

運良く、愛菜や毒島様は既に店の外へ出ていたので怒鳴られずに済んだ。

 

「き、きききキー坊!?!?」

 

「なんだよ」

 

「なんだよ…じゃないだロ!? まだオイラもいるの二!?」

 

「あ、悪い悪い。 水着見かけなかったか?」

 

「いや前を隠すのがフツーじゃないカ?!」

 

「羞恥なんてとっくの昔に捨てたんだ」

 

おかしい、ここはキー坊がオネーサンの水着をドギマギする筈だったのに何でオネーサンがキー坊の裸を見てテンパっているんダ!?

とか、なんだかよく分からない事を宣ってるアルゴを無視して水着を履き外へと出た。

 

ふと、店の影に目をやると伊織と毒島様が何やら話し込んでいて…あ、またアイアンクローくらってるので無視だ。

 

「梓さん、ペアどうするんです?」

 

「ん、桜子ちゃんは奈々華とで乙矢くんは千紗かな。 朋ちゃんは私」

 

「梓さんなら安心ですね」

 

「和人はトッキーと。 それにしても随分と可愛い女の子の知り合いが多いみたいだねぇ?」

 

「昔の事件の時に色々とありまして…」

 

「アスナちゃんもそうなんだもんね。 囚われたお姫様を救うだなんて昔の和人はやるもんだ」

 

あっはっはー!と笑う梓さんに照れくささを感じ………いや待て。 囚われたお姫様? SAO事件のことはサラッと話したことはあったけど…どちらかと言うとそれはALOの時の…ただの比喩的表現なのか?

 

「ほら、そろそろ行くよっ」

 

「あ、はいっ」

 

まぁいいか、と違和感を置いておき海へと向かう。今日の海は気持ちよさそうだ。

 

 

2本潜ったのだが1番驚いたのは乙矢くんだ。

彼の動きは奈々華さんのようなイントラの動きだった。離れた人が居たら逸れないように近くに居たり、この時期の魚が居そうな場所に目を配ったり、その場所に先導するわけではなくあくまでもそれとなく其方に向かったり…とみんなと自分が楽しめるように動いていた。

 

純粋に凄いな、と思う。

聞いた話によれば彼は高校のダイビング部の部長なようで、そこで周りに気を配る技術が身についたのだろう。

乙矢くんは自然と人を導く才があるのかもしれないな。アスナとはまた別のカリスマ性というか。

 

そういえば海に潜っている時の雰囲気は千紗に似ているようにも見えた。

 

「乙矢くんはすげぇな…」

 

「顔も良いし性格も良いし本当に凄いのね」

 

「あぁ…だからさ。もう充分だろ?」

 

「何普通に諦めさせようとしてるのよ」

 

「そうだぞ伊織。 例え月とすっぽん、天と地の差があって、女装した俺と伊織ともう一人の男に負けた毒島様だろうと人を好きになるのは自由なんだから」

 

「桐ヶ谷、そこになおりなさい。ボンベ抱かせて海に沈めてあげるわ」

 

「ダメだ毒島様! 和人なんか沈めたら海が汚れる! 山に埋めないと」

 

俺が死ぬことは確定なのか…!

 

「って、あれ? 和人は毒島様が乙矢くんを狙うのは別にいいのか」

 

「別にな。 耕平の一件を聴いた時はクズだなと思ったけどバイトを一緒にしてる分にはそこまで嫌な奴でもないし、本気で狙ってるんならそれを邪魔する方が酷いだろ」

 

「まぁ、拷問をしてくるけど仕事はちゃんと教えてくれるしな」

 

拷問してくるのは普通ではない気がするが。

 

「なに、アンタら口説いてるの?」

 

「「反吐が出る」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お疲れ様でした!」

 

「「「「「お疲れ様でしたー!」」」」」

 

時田先輩の合図で各々ジョッキを掲げて声を張る。毎回ダイビングは楽しくて時間が過ぎるのはあっという間だ。

 

「いやぁ、キー坊が楽しんでる理由よく分かったヨ」

 

「そうか?」

 

「随分といい人達に会えたみたいだシ……何飲んでるんダ?」

 

「ウーロン茶だぞ。アルコールの塊みたいな」

 

「オイラもそれを貰おうかナ?」

 

「めちゃくちゃキツイけど…」

 

まぁいいが…とウォッカとウィスキーを混ぜ合わせ帆坂に手渡すと刺身を取り分けて離れテーブルに伊織がやってきた。

 

「そろそろ紹介してくれよそっちの美人」

 

「あー、昔SAO時代に知り合った奴でな」

 

「よろしくナ。 北原伊織くん?」

 

「お、おぉ…よろしく帆坂さん? にしてもマジでお前は女の知り合いばかりだな」

 

「キー坊は昔から女の子にモテるからナー…っと、それじゃあカンパイ!」

 

3人でジョッキを突合せカチンと音を鳴らして各々、液体を流し込むと俺と伊織は慣れてるけど…アルゴは…

 

「んんー、やっぱり濃いナ!」

 

案外平気そうだ。

どんな肝臓してるんだよお前。

 

「んで、本当になんで来たんだ帆坂」

 

「キー坊の痴態…こほん。 様子を見にナ」

 

「今、痴態って言ったか? なぁ?」

 

「ご覧の通りだぞ」

 

パンツ一丁なのは伊織も同じじゃないか。

 

「キー坊…というかここの人達はみんな脱ぎ癖でもあるのカ?」

 

「脱ぎ癖というか…服って着ている意味がないだろ?」

 

「ごめんキー坊。オネーサン、キー坊が何を言ってるか分からないヨ」

 

「和人の言う通りですよ帆坂さん。 服なんて着ていると邪魔じゃないですか」

 

「あれ? なんだか急にオネーサンがおかしい事になってないカ?」

 

おかしいなぁ…と言いながらウーロン茶(PaB式)を飲み干すアルゴにドン引きしながらたわいも無い会話をしていく。 やれキー坊は普段どんなことをしているのか、とか伊織の彼女が千紗だって事とか。

 

「いやなんで俺の(一応)彼女が千紗だって知ってるんだ!?」

 

「諦めろ伊織、こいつと話せば話すほど色々抜き取られるだけだ」

 

相変わらず末恐ろしい相手なので伊織を囮にあまり口を開かないようにしていると千紗と乙矢くんが一緒になって店の外へ出ていくのが見えた。

ついでに愛菜が臨戦態勢で毒島様に食ってかかってた。目を離した隙に何が起きてるんだ…?

 

「桐ヶ谷、北原。少し気になったことがあるんだがいいか?」

 

「あぁ、なんだ?」

 

「あそこに居る女。どこかで会った気がす…ゴフゥア!?」

 

「キー坊!? 北原くん!?」

 

「「何か問題でも?」」

 

ゴスゴスと店にあったパイプやら石で耕平の頭をぶん殴る俺と伊織に何を驚いているのか。

毒島様から耕平がなにか思い出しそうだったら始末してくれとの事だったので容赦なくいかせてもらう。 そもそもあの日コイツが毒島様にチケットをスられなければ女装なんかしなくても良かったのだ。

 

「ねーねー伊織」

 

「梓さん? ちょっと待ってくださいね。耕平の後始末しちゃいますから」

 

「大事な用なら連れて行っていいですよ? 耕平はちゃんと俺が処分しておくんで」

 

「あ、大丈夫大丈夫。 ちーちゃんを乙矢くんと2人にしていいの?」

 

「? どういう意味です?」

 

「あー、そういうことカ」

 

「どういうことだアルゴ? 何ひとりで物知り顔してるんだよ」

 

「ほら、あーちゃんが男の人とどこか2人で行ったら…「始末する」前よりも過激になってないかキー坊!?」

 

アスナを連れ出して2人っきり…だと? 許せん…!

 

「だからそういうことだヨ。北原くんの彼女のちーちゃんが男と二人っきりになってもいいのかナーってことサ」

 

「まさかそんな。戻ってきたら聞いてみますよ」

 

まぁ、千紗に限って…限って……乙矢くんは美形で人が良くて海が好き…伊織と比べたら…

勝ち目がないな。

 

呑気な顔をして酒を飲んでいる伊織をゴミを見るような目で見つめる和人。

そうこうしている内に件の千紗が戻ってきて和人の手を握って店の外へ引っ張り出した。

 

「な、なんだ千紗!?」

 

「き、桐ヶ谷くん…聞きたい事が…っ! いやでもっ…! ど、どどどどどうしよ!?」

 

「千紗!? とりあえず落ち着け!」

 

千紗が珍しく取り乱しているというかバグってる。

 

「そ、そうだよね………はぁ。 ねぇ桐ヶ谷くん…伊織って素敵な男性…なのかな?」

 

何を言ってるんだ。

「伊織」と「素敵」って言葉が一文に入ることなんて絶対にないだろ。

待て、その考えは早計なのではないか…? もし千紗が本気で伊織のことを考えているのならばやつを貶すことは今するべきではないだろう。

ともなれば、伊織のいい所を探すべきか…

 

「す、素敵かどうかは分からないが…自分に正直な奴だと思うぞ?」

 

「そ、そうだね自然体だよね…! 他には…」

 

「他!? え、えーと美味しそうに飯を食うとか…」

 

ヤバい、アイツのいい所が思い浮かばない。

 

「美味しそうに食べるもんね伊織!」

 

もはやなんの話をしてるんだ俺たちは…

 

「ありがとう桐ヶ谷くん。 なんの解決もしなかったけど整理する時間は…少しできた」

 

「力になれたならよかった…のか?」

 

何が何だか分からないまま店へと戻る千紗の後を追い元いたテーブルへ戻るとアルゴが伊織を質問攻めしていたので助け舟は出さずに梓さんの前へ腰を据える。

 

「ちーちゃんなんだって?」

 

「……人って変わってしまうんですね」

 

「何があったのさ」

 

「俺の口からはとても…」

 

まさか千紗が本気で伊織に惚れ込んだなんて…。



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友達…?

本当に更新スパンが開いてしまい申し訳ございません…

そしてそんな拙い作者からのお願いなのですが…


面白い悪役令嬢ものってなにかありますかねぇ!?


まさか、まさか乙矢くんみたいな海が好きでいい子が…あの伊織に興味があるだなんて…! あんなに顔を赤くして恥じらいながら伊織に恋人がいるか…なんて聞いてくると思わなかった…。

というより恥ずかしかった…もしかして自分が告白なんてされてしまうのかもしれないと考えた自分が。

桐ヶ谷くんにどこまで話していいか分からなかったから質問する感じになってしまったけど…確かに伊織は良くも悪くも正直者だし、普段のだらしなさを知らないから高校生である乙矢くんが大学生に憧れている…それだけだと思いたい…。

 

「胃が痛くなってきた…」

 

「おかえり千紗。少し顔色悪くないか?」

 

よー、なんて気の抜けた迎えをしてくれたのは桐ヶ谷くんと伊織、それに梓さんと帆坂さん?だった。

 

「…ただいま、桐ヶ谷くん…えっと…少しね」

 

「乙矢くんは?」

 

「…え、えっとジュース買いに行くって…」

 

「ああそうなのか。 ところで千紗…乙矢くんと何か話してたのか?」

 

どうしてこういう時に限って伊織は察しがいいのだろうか。

 

「ど、どうしてそんな事気にするの…?」

 

声が上ずってしまった。

 

「いや、戻ってくるの遅かっただろ? で、何を話していたんだ?」

 

「言えない……コト…………」

 

「そんなバカな!!!!!」

 

伊織が頭を抱えて何かブツブツと呟いている。

こんな不気味な奴のどこが素敵なんだろう…

 

「あ!千紗さん、色々聞きたいことあるんですっ!」

 

「お、おかえり…えーとうん。いいよ?」

 

あぁ、また胃が締め付けられる…なんで私が伊織(に関連する)の事でこんな目に…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「乙矢くん、まさかの肉食系男子だったのか」

 

「よっぽどビビッときたんじゃない?」

 

千紗は伊織の事が好きだけど、乙矢くんに告白されたのか…複雑な人間関係だな…

でも一応の恋人関係ではあるから千紗に勝機はあるのか? などとかなり見当違いな考えをしている和人を他所に梓さんは真面目そうな顔をして伊織を見つめている。

 

「んー、北原くんにとってあのちーちゃんってどんな感じなんダ?」

 

「あぁ、えっと…俺と千紗は従妹なんですよ。 それでまぁ…色々とありまして体面的には付き合っているんですけど…」

 

「ショックじゃないのか?」

 

「ショックっちゃショックだけどあれだ…感覚的には妹が告白されたみたいな?」

 

千紗のことは妹として見てるのか…なかなか厳しい認識だな…。

 

「キー坊? 多分、キー坊すごい勘違いしてると思うヨ」

 

勘違いってなんだよアルゴ。と言いたかったのだがそれよりも先に声を発した奴がいた。

 

「妹…告白……Really?」

 

「ヒッ!?」

 

「「耕平、生きていたのか」」

 

妹という言葉に反応してか記憶を失うほど殴り倒した耕平が血みどろになりながら現世に舞い戻ってきた。しぶとい奴だ。アンデッドエネミーみたくなってる所為でアルゴもドン引きしてるじゃないか。

 

彼女(栞ちゃん)が告白されただと!?」

 

「彼女…? あぁ、(一応千紗は彼女だし)どうやらそうらしい」

 

多分、耕平は栞ちゃんの事だと思って伊織は千紗の事だと思って話が進んでるな。

 

「なぜお前は呑気にしている!?」

 

「なぜって俺には関係ないことだろ?」

 

「無関係なものか! お前は立派な身内だろう!」

 

奇跡的に会話が噛み合っているのはこいつらが馬鹿だからか。

 

「家族として見極めろと!」

 

「あぁ、相応しくなければ追い払え!」

 

「そして相応しかった時は男として…」

 

「男として…始末しろ」

 

「なんでだ!?」

 

どうして相応しかった時に始末するんだよ!?

 

「なんでも何も当たり前だろ桐ヶ谷。 自分より相応しいやつが出てきた時はそいつを消せば自分が一番相応しいだろうに。なぁ北原」

 

「いや、俺をお前側に勘定しないでくれないか?」

 

「キー坊が彼女作った時は功績積み重ねて彼女と共に既成事実作りかけてたからナー」

 

「待てアルゴ。俺はアスナとは健全なお付き合いを…伊織、耕平、そのノコギリとスコップは何使うんだ!? 四肢を切り落として埋めるのか!?」

 

「彼女がいるのは今更だが…」

 

「惚気をしていいとは約束してないぞ」

 

梓さんもアルゴもニヤニヤしながらこっち見てるし…なんなら梓さんがなんか余計なことをアルゴに吹き込んでいる気さえする!

しかし向こうを止める前に目の前の狂人を止めるため、和人はゆっくりと口を開く。

 

「耕平、夏休み中に俺の実家にくるか? スグも居るし」

 

「犬とお呼びください桐ヶ谷様」

 

「和人テメェ!? 直葉ちゃんを使うのは卑怯だろ!?」

 

「だったらお前も栞ちゃんに会わせてあげたらいいじゃないか」

 

手に持っていたノコギリを俺の首から伊織の首に当てて清々しい程の手の平返しをした耕平は満面の笑みを見せている。

スグが家に居る…とは言ったが会わせるとは言ってないので嘘は吐いてない。

 

「こんな危険人物を会わせる訳ないだろ!?」

 

「北原、桐ヶ谷」

 

「ひ、知らない人…!」

 

唐突に声をかけてきた毒島様だが耕平の様子を見るにあの日の事を思い出すことは無いだろう。ぶん殴ってよかった。

 

「ちょっと、あれどうなってるのよ」

 

あれとは…と首を捻るがすぐ分かった。

千紗と乙矢くんだ。今も楽しそうに笑い合いながら何かを話し合っているのを見ると余程、同じ趣味の人間に会えたことが嬉しいのだろう。

 

「今すぐ邪魔してきなさい」

 

「「お前って奴は…」」

 

「私は私で譲れないのよ。手立てを選んでいる立場じゃないわ」

 

いつもの意地の悪そうな笑みでもクズな顔でもない毒島桜子の言葉は少し重みを感じた。

 

「本気で顔が好みなの」

 

「左様ですか」

 

「いっそ清々しいな」

 

「キー坊の友達としては新しい部類だナ」

 

「理由がはっきりしてていいね〜」

 

もうここまでさっぱりしてると好感を持てる。

千紗と乙矢くんには申し訳ないが恋する毒島様の為だ…全力で邪魔させてもらおう。

 

「耕平、伊織の部屋の棚からギターを持ってきてくれ。隠してあるがお前なら見つけられるだろう」

 

「分かった」

 

「なんで和人が俺の部屋の隠し物を知っているのかは甚だ疑問だが今はいい。 先輩達!ありったけの酒を掻き集めて!」

 

「おぉ、伊織!和人! やっとこっちで飲む気になったか!」

 

「全く待ちかねたぞ!」

 

最後の防壁であるパンツを脱ぎ捨て椅子の上に立ち上がる和人と伊織。その手にはウーロン茶でさえ薄く感じるアルコール…いつも通りスピリタスが握られている。

 

「よっしゃァァァァァ!!!騒げぇ!騒げぇ!!」

 

スピリタスもウーロン茶も、ジョッキに注がれたモノを騒ぎながら全力で飲み干していくPaB男性陣。 これではまだ千紗と乙矢くんのいい雰囲気は崩せないだろう…!

 

「耕平! それを伊織に!」

 

「任せろっ!! 俺の歌を聴けぇぇぇぇ!!」

 

ギターをかき鳴らしながら騒いでる様は本当に見苦しく、千紗と乙矢くんには申し訳ないが甘い雰囲気なんてぶち壊せるだろう。

 

「伊織、ちょっと!」

 

「え? いや俺は…」

 

千紗に引き摺り出されていった伊織をなんだなんだと男性陣が見送る中、乙矢くんがおずおずと和人の元へ近付いてきた。ひとまず雰囲気は壊せたようでよかった。

 

「桐ヶ谷さん。北原さんは?」

 

「千紗が用事あるみたいで連れてったよ」

 

「そうなんですか。 皆さんは普段からこういう飲み会を…?」

 

「あぁ、うん…」

 

回数をこなせばこなすほど記憶がぶっ飛ぶことが無くなった気がするのだが最近に至っては日が昇るまで飲んでることがある。

人は成長する。人の可能性は無限大だな。

 

「そう言えば千紗と何か話し込んでたのか? だいぶ戻ってくるのが遅かったけど」

 

「あ、いえ…大したことではないんですけど。 桐ヶ谷さんは北原さんといつも一緒に居ますよね」

 

「そうだな気がついたら一緒に居るな」

 

「皆さん楽しそうで羨ましいです。 やっぱり素敵ですよね…北原さん」

 

…………………………は?

 

「…え、いや? ん??」

 

言っている言葉の内容が理解出来なく、和人が思考の海に溺れていると背後から思いっきり突き飛ばされて店内の床をゴロゴロと転がる。

下手人は桜子だ。

 

「尚海くん、お刺身あるよ? あっちで食べよ〜」

 

「あ、はいっ! ありがとうございます桜子さん」

 

くっ、まぁ毒島様の雰囲気破壊オーダーはこなしたし暫くは平和に飲めるだろ。

 

「キー坊、いつもこんななのカ?」

 

「もっと酷いぞ」

 

もっとカー…と言いながらもう顔を赤らめることもなく、恥ずかしがることもなく素っ裸の和人を見つめる目は(あぁ、可哀想に。これから出荷されるのね)という目をしていた。

 

「楽しそうにしてるのはオイラも嬉しいけどナ。 …と、なんか北原くんが突撃してくるゾ?」

 

外を指さす彼女に釣られて視線を向けると千紗の静止を振り切りながら伊織は全力でアルゴと俺の所へ駆け寄ってきて…

 

「和人、おっぱいは好きか」

 

おまえは何を言っているんだ(好きだ)

 

「キー坊最低」

 

「はっ!?」

 

ハメられた!? くっ、伊織のヤツめ…なんて巧みな話術なんだ。

 

「ゴホン…!! それで、唐突になんなんだ伊織」

 

「千紗にさっき引き摺られていっただろ? 急にアイツがおっぱいが好きなの?って聞いてきたんだよ」

 

千紗は酔っ払っているようだな。

 

「どう答えるのが正解だ!?」

 

変態(伊織)の思うがままに答えればいいだろ」

 

「そんなこと言ったら最低っ!って言われて蔑まれるだろ、今のお前のように」

 

確かに今、俺はアルゴに蔑んだ視線を受けているが…伊織が千紗にそういう目で見られるのは常時だろう。

 

「肯定しつつ否定する最適な回答を探せ」

 

「………!! 千紗!」

 

意を決したように顔を上げて立ち上がり、後を追ってきた千紗を迎え撃つ伊織。

そんな彼が口にした言葉は確かに肯定しつつ否定するような回答だった。

 

「右側の…おっぱいだけ………好きだ!」

 

どういう事なんだろう。

 

「訳のわからない事ばかり!」

 

「それはこっちのセリフだ!?」

 

「もういい、栞ちゃんに聴くから!」

 

「待て待て待て待て待て!!!!!」

 

千紗も相当テンパっている様子でなりふり構ってられないといった姿を見ると血は繋がってなくとも伊織の親戚なんだなぁ…と思った。 突飛な行動がそっくり。

 

「桐ヶ谷、再集合!」

 

また毒島様の召集がかかった…はぁ…向かう前にアルゴに1つ、お願いをしておこう。

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

翌々日ぐらいの夜。

毒島様、乙矢くん悩殺(笑)会議を開く為に伊織がその道のプロに声をかけ、とあるバーに集結していた。

 

その1! モテるバーテン(寿竜次郎)

 

その2! 彼女持ち(時田信治)

 

その3! 同じく彼女持ち(桐ヶ谷和人)

 

その4! 美形(今村耕平)

 

「どうだ!」

 

「解散してもらっていいで「うぉい!? まだ話すらしてないだろ!?」

 

呼び出された和人を含む4名はなんで呼ばれたのかは聞いておらず、解散してと言われてキョトンとしている。

帰っていいなら帰りたいのが和人の本音だ。

 

「今日はどうしたんだ?」

 

「伊織に呼び出されてな」

 

「だいたい読めた…」

 

「大事な話があると聞いて来たのだが」

 

毒島様が居るってことは乙矢くん絡みで伊織が大見得きったのだろう。

グラスに入った氷を眺めながら傾け味わうように少しずつ飲んでいく…なんかこうやってゆっくり飲むのは珍しいな…いつもすぐに味なんて分からなくなるし。

 

「役立ったらテキーラ(コレ)イッキな」

 

「はン! 上等じゃない。使えなかったらアンタがイッキね」

 

「今に見てろ…ということで寿先輩、時田先輩! 異性に求めることってなんですか?」

 

「異性に求めることか…」

 

「うーーん……」

 

「「異性関係はさっぱり分からん」」

 

「ストレート? それともロック?」

 

「まだ結論は早い!!」

 

案の定、というかその手の話には疎い先輩たちは役立たず、毒島様はグラスにテキーラを注ごうとするも伊織は慌てて制止する。

 

「こ、耕平!」

 

「いいだろう…俺の好みは、年は中学生から高校生!」

 

コトッ… (なみなみ注がれたテキーラストレート)

 

「俺の事を【お兄ちゃん】と慕い!」

 

コトッ…

 

「副業が魔法少女であること!」

 

コトッ…

 

「お前もう帰ってくれないか!? か、和人…何かあるか!?」

 

「異性に求めること…やっぱり安心感とかじゃないか? 付き合うとなったら一緒に過ごす時間は増えるし」

 

「安心感ね。私って包容力あるし問題なさそうね」

 

え、どこが?と言ったらしばかれそうなので口を紡ぐ和人。

 

「それだけじゃ役立たないわ。 アンタなんかに彼女が居るのが不思議で仕方ないけどどんなお付き合いをしたの」

 

「一緒に暮らしたな」

 

コトッ…

コトッ…(和人の前にも置かれた音)

 

「いや、待てなんで俺まで!?」

 

「夢から覚まさせてやるためよ」

 

「ほんと役に立たねぇなお前!?」

 

畜生!! と伊織と二人して一気にグラスを空にして口を抑える。 如何に普段から強いのを飲んでようとイッキはまた違うんだよなぁ…

 

「うぷっ……今に見てろよ桜子さんよぉ……」

 

「しかし和人…見ての通り俺たちじゃ役に立たねぇぞ…!」

 

「なに、心配するな…手は打ってある…!」

 

カランコロンとベルが鳴る。つまるところ自分たち以外の新たな客が来たということなのだがそれは和人が呼んでおいた彼女の登場である。

 

「待たせたなキー坊。 報酬はいちばん高いお酒でいいヨ」

 

「悪いな帆坂。 という訳で秘密兵器情報屋の投入だ」

 

一際悪い顔をした和人は空のピッチャーをいくつか用意して伊織とテキーラを構える。

 

「乙矢くんの好みのタイプは豪快に飲食する人、海から上がって何気なくギターを弾ける人…なーんて結構具体的な好みが上がってたヨ。 要するに自分とは逆のタイプが気になるみたいだナ」

 

「え゛っ!?」

 

「初めて潜った海はパラオ。そこからダイビングに魅せられて今は高校の部活の部長。 人望も厚く、同じ学校内でも女子生徒に人気で告白やラブレターも後を絶たないとカ」

 

次々と現場に流れる乙矢くん情報に桜子はダラダラと汗を流している。

 

「参考になったカ?」

 

「え、いやえーと……」

 

だばだばだばー…とピッチャーにテキーラを注いでいく伊織と和人に抱きつきながら必死に制止するがやられたらやり返す倍返しだ!とばかりに止まらない。

 

「そこまで!そこまでね!? 私が弱い女の子だから死んじゃうって…!」

 

「安心しろ俺たちが立派な漢にしてやるから」

 

「あぁ、飲めば飲むほど乙矢くん好みの豪快な飲み食いにきっと近づくさ」

 

「日本語通じてる!?」

 

ピッチャーを抱えるように持ち涙目になっている桜子を他所に耕平はふと、何かを思い出したかのように呟いた。

 

「北原、さっき気になったんだが…時田先輩にナニがいると…?」

 

「あ、俺も気になった」

 

「彼女だ」

 

「観音城?」

 

「ガールフレンド」

 

「ガンブレイド?」

 

「恋人」

 

わっはっはっ! と3人で笑いながら耕平と和人は拳を突き出し伊織の顔をぶん殴る。

殴られた伊織はより勢いをつけた本気の拳を2人の顔に叩き込んだ。

 

「ね、寝ぼけているのかと…」

 

「そんな…馬鹿な…」

 

「ち、因みに何科だ?」

 

「は? あんたなんで一番に学科を気にして…」

 

「ヒト科だ」

 

「Fuckin' shit!!」

 

「待て耕平! ゴリラも霊長目ヒト科だぞ!!」

 

「生物分類の話!?」

 

あの時田先輩だぞ!? 尊敬はしてるし良い人だけどゴリゴリのマッチョで酒が血液で裸族…なのは俺達もだけど…あの時田先輩に人間の彼女!?

 

「というか耕平君ってそういうの興味無いんじゃないの?」

 

「確かに俺自身は興味はないが……他人の幸せって反吐が出ないか?」

 

「わかる」

 

「一理あるわね」

 

「ムカつくよな」

 

耕平の問いかけに伊織、桜子、そして俺と続けて首肯する。 いや、俺は他人の幸せだっていいじゃないか…って昔は思ってたんだけどコイツらと居ると時折思うんだよな。 ムカつくなぁ…って。

4人は頷きあって酒が入ったグラスをぶつけて飲み始める。

アルゴはカウンターで先輩2人と飲みあっている……いや、先日の飲み会でも思ったがアルコールに強すぎないか?

 

「そういえば毒島様は耕平を耕平君って呼ぶんだな」

 

「初めて挨拶した時の流れよ。流れ。 なに、もしかして北原と桐ヶ谷も名前で呼ばれたいとか?」

 

「片腹痛いわ」

 

「寝言は寝て言え」

 

「アンタらねぇ!?」

 

「ふむ、俺は普通に毒島と呼べばいいのか?」

 

「桜子って呼びなさい。名字が好きじゃないのよ」

 

「「「毒島」」」

 

「バーテン……寿さんでしたっけ? コイツらに一番キツいやつを」

 

「よっしゃー!飲め飲めお前ら!」

 

「今日は先輩の奢りだ!」

 

「マジっすかー!!?」

 

「アルゴもこっち来いよ!」

 

「はン。オネーサンを酔わせようだなんて10年早いヨ、キー坊!」

 

そして今日も夜は更けていく…




ぐらんぶるの原作を読んでいる方々はこの先の展開を知っているでしょう。

そう毒島様の告白の結果です。

ですが、二次創作の権限を利用して毒島様はここで告白させません。
その為、今後暫く離脱する彼女の代わりにちょくちょく毒島様が絡んできます。
趣味がゲームでもダイビングでもなく共通項目がない、この作品の和人にとってのある意味初めての友人にしてみたかったので。


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愛菜の事情…はどうでもいいので研究だ!

新刊読んでモチベが回復しました!!!
待たせたなぁ!

お気に入りも増えてめちゃくちゃ嬉しいです…皆さんありがとうございます。


毒島様&アルゴの襲来からまた数日。

今日は愛菜が伊織をデートに誘ったようで2人とも朝からGrand Blueには居なく、耕平、和人、千紗あと何故かアルゴが奈々華さんについて行く形で海に潜り、夜はいつもの通りみんなで酒盛りをしていたんだけど……どうにも伊織の様子がおかしかった。

 

「…………」

 

「どうした北原?」

 

「伊織が考えるなんて明日は大荒れか?」

 

「あぁ、北原の顔に考え事なんて似合わないぜ」

 

「それを言うなら悩み事だろ。ただの悪口になってるぞ貴様ら……まぁ、丁度いい耕平の知能じゃ足りないが和人も居れば何かと役に立ちそうだし」

 

なんだなんだ、と肩を捕まれそのまま伊織の部屋に連れ込まれたのだが…散々飲んでいたため話し合いは翌朝になった。

 

「それで? 愛菜と何かあったのか?」

 

「いや、ケバ子に何かあったが正解だ」

 

「ケバ子に?」

 

「なんでも…学費の問題で実家に帰らないといけないらしい」

 

「経済的理由か…難しいな。愛菜本人が言ってたのか?」

 

「いや、梓さんから聞いた」

 

「なるほど…それだったら奨学金を申請したらいいんじゃないか?」

 

耕平がスマホで調べたページを開いて俺と伊織に見せる。青女の奨学金システム…なになに、高校時の平均評定が「3.5」以上が条件か。

 

「俺も見てみたんだけどな3.5以上だろ?」

 

「あぁ、そうなるな。桐ヶ谷…やつの体育の評定はいくらだと思う」

 

「1だな。情けで2をくれてやってもいい」

 

「家庭科と芸術はおそらく2。若しくは1」

 

「つまり他の成績で3.9の評価が必要だ」

 

「愛菜がオール4以上か」

 

「「「え、普通に無理だろソレ」」」

 

奨学金案はナシだな。最初からなかった。

 

「い、いや…一応確認しておこうぜ? 何かの間違いで5を貰っている教科もあるかもしれないし」

 

「確かに、ケバ子に学力で劣っているとは考えたくないが念の為な」

 

いそいそと腰を上げて店の方に来ているであろう愛菜の元へと向かうとやはりというか千紗と話していた。休日だというのに他に行く場所がないのか愛菜は。

 

「よっ、おはよう愛菜」

 

「あ、おはよう和人。 伊織と耕平も」

 

「なぁケバ子、最近学校はどうだ?」

 

「上手くやれてるか?」

 

様子の探り方が下手かお前達は!?

愛菜も訝しげな顔をしてこっちを見ているじゃないか…少しもう少し遠回りで聞いてみろ…とアイコンタクトで伝えると上手く伝わった様で大きく頷いた。

 

「少しお前の成績が心配になってな」

 

「勉強はついていけてるか?」

 

「あんたらに言われたくないんですけどぉ!?」

 

シッシッ!と追い払われた伊織と耕平を見送りながら俺の出番だなと冷蔵庫から麦茶を取り出して愛菜の横へ腰を下ろす。

 

「何よ和人。あんたも何かあるの?」

 

「いやアイツらと似たような事なんだけど青女ってどんな講義してるんだ? 俺は伊豆大しか知らないし」

 

「んー、特にこれといって変わったものは無いよ? たまにイースト菌の発酵の講義とか面白ネタみたいのあるけど」

 

パンでも作る気か?

 

「青女って結構いい大学だったよな? 高校の時、愛菜は成績良かったのか?」

 

「いやぁ…結構ギリギリで…成績も良かったってわけじゃないし」

 

よし、奨学金の線は完全に無くなったな。

 

「和人は高校の時……ってあれ?居ない!?」

 

 

 

 

「どうだった?」

 

「バカだった」

 

「やはりか。奨学金が無理となるとバイトだな」

 

しかし愛菜がバイトか…悪く言えば鈍臭いしなぁ。料理も出来ないから俺や伊織がやってるバイトは無理だろうし…毒島様辺りに聞いたらいいバイトの話とかないだろうか。

 

「桜子に女の子でも出来るバイト聞いてみるか?」

 

「奴に借りを作るのは癪だ」

 

「確かに」

 

「見てくれはそこそこいいからな。前みたくキャンペーンガールでもやらせればいいんじゃないか?」

 

「あいつがやるって言うと思うか?」

 

「ないな」

 

前途多難過ぎる。

それでも自分で公言せず、梓さんにだけ話してたとなるとかなり切羽詰まった状況で人に言えないようなレベルなのだろう。自然と助けるにはそれとなくバイトに誘ったりするしか…

 

「あるぞ。ドン臭くてドジをしても出来る仕事が」

 

「本当か耕平!?」

 

「あぁ、尚且つ時給が高い!!」

 

「勿体ぶらずに早く言え耕平!」

 

何処から取り出したのか、一枚の衣服…いや衣装というかコスプレを取り出した。

確かにそれは…!

 

「メイド喫茶ならドジっ娘も属性だ」

 

「「なるほどなぁ…」」

 

アスナのメイド姿…うん、似合うな。

 

「おい、こいつまた彼女のメイド姿とか想像してるぞ」

 

「安心しろ耕平。 キリコちゃん(ボクサーパンツチラ見せver.)の写真をバラ撒いてやる」

 

「やめろクズ共!? ほら、さっさと愛菜のところ行くぞ…っ」

 

二度目の突撃…も、相変わらず不自然な伊織と耕平の所為で疑われたので撤退をし、バイトの話を切り出せばそれはそれで勘づかれそうだという結論に至った。

 

「せめてメイド服さえ渡せれば自然とメイド喫茶に思い至るんだが…」

 

「そうか……?」

 

「伊織が渡したら伊織の趣味だと勘ぐられそうだが」

 

「普通はメイド喫茶に思い至る」

 

耕平の普通は全然普通じゃないと思うのだが俺を除いてPaBの面々は普通じゃないしもしかしたら思い至るのかもしれないなぁ…

伊織は何かを思いついたようでタンスの中からラッピングされた小さな箱を取りだした。

 

「千紗に渡すプレゼントがあったんだ。ケバ子にも一緒に渡す口実になるだろ?」

 

「伊織にしちゃ賢い案だな」

 

「それじゃあ行ってくる!」

 

スタスタと2つの箱を持って部屋を出ていく伊織を耕平と2人で見送るとカシュッ…と朝っぱらからビールを開けて顔を寄せる。

 

「上手くいくと思うか?」

 

「いくわけないだろう」

 

数分後、フライパンを片手に怒り狂った千紗が伊織を半殺しにしていた。

 

「お、おれのはなしを…聞け…」

 

「落ち着け千紗!? いくら伊織でも今死んだら少しだけ困る!」

 

「古手川、バカも利用価値はあるんだ程々にしておけ」

 

何とか怒りをおさめる様に宥めながら現状、愛菜の身に起こっている事をわかっている範囲で説明していくと千紗も一緒に考えてくれる運びとなった。

しかし何故あんなにも怒り狂ってたんだ。

 

「伊織が私に下着を送ってきたから」

 

「耕平、準備はいいか!?」

 

「安心しろ今通報している」

 

「待て待て待て待て待て」

 

必死に止めて来る伊織が気持ち悪いのでとりあえず通報は止めておいた。そもそもなんで千紗に下着なんて送ったんだ…怖いもの知らずにも程があるだろうに。

 

「前に約束したんだよ。お礼に色気ある下着を買ってやるってな…奈々華さんと梓さんに手伝ってもらった」

 

「欲しいなんて言ってないんだけど!?」

 

「要らないならネットで売ればいい」

 

「なるほどな。フリマアプリで学費のアテにするのか…なにか売れそうなものあるか?」

 

「うーん…あ、あるぞ和人!」

 

「……ろくな物じゃなさそうだけど聞いておいてやる」

 

「水樹カヤのウェットスーツ。200万ぐらいで売ろうぜ」

 

「「最低」」

 

カヤさんと知り合いの所為もあるけどその提案に乗ってしまったら人として何かを捨てることになると思う。

 

「…今、買い手を探す」

 

「え、今村くん勝手に出品したり……!?」

 

 

 

腎臓売ります

200万円〜

当方、健康的な大学生です。

お支払いはキャッシュ、振込可。

 

 

 

「いくら出そうとも売らないから」

 

「お前のどこが健康的だ。酒浸しの腎臓だろ」

 

「黙れ桐ヶ谷! 古手川様、何卒…! 何卒ご慈悲を!!」

 

「ダメ。ウェットスーツ隠してくる」

 

スタスタと伊織の部屋を出ていく千紗に手を伸ばし血涙を流す耕平は無様だった。

 

「しかしフリマアプリか…多少の足しになるかもしれないな」

 

「何かあるのか和人」

 

「まぁ俺は実家の方にパソコンの部品とか色々あるし…耕平の部屋って意外にマニアでは高く取引されてそうなお宝がありそうじゃないか?」

 

 

そしてやって来ました耕平の部屋。……の前。

茹だるような暑さの中、部屋を片付けると言って伊織、千紗、そして俺を外に放置したままかれこれ30分近く経っている。

千紗に気を使ったのか…と、伊織と肩を竦めながら待つこと更に10分程経った時、ようやく扉が開けられた。

 

招かれるように部屋へと入ると目に入るのは複数の等身大パネル、壁一面にタペストリー、天井にはポスター、本棚から溢れかえるほどの漫画や雑誌の数々………

 

「「お前は何を片付けていたんだ!!」」

 

「ごふぁ!?」

 

伊織の拳が耕平の腹へ刺さり、くの字に折れ曲がった彼の頭部に和人が鋭い手刀を落とす。

40分も待たされてこのザマか…!

 

床に倒れ込んだ耕平を蹴り飛ばしながら何か売れないものはないかと三人で家探しをしているとタンスの中には何十…いや、百単位である同じ表紙の本がギっちりと詰め込まれていた。

まさか、本当に片付けていただと…?

 

「それにしても多過ぎだろ!?」

 

「お前どんだけこの本を布教するつもりだよ」

 

「布教?」

 

「違うの?」

 

「確かに布教だが…それは俺が高校時代に描いたモノだ」

 

自作同人誌だと…!?

 

「これを今村君が!? 絵うまい!」

 

「まさか隠れた才能…いや執念と言うべきか」

 

「マジかお前!?」

 

「やれやれ…これで桐ヶ谷と古手川にも俺がオタクという事がバレてしまったか」

 

「「……………………………?」」

「そういう事にしといてやれ」

 

今更何をと思ったのだが本人がそのつもりなのだからそっとしておいてやろう。

とりあえず、ららこグッズ以外なら基本OKと貰ったので売れそうなものを探していくのだがこれなら俺の中古PCとかを売った方が纏まった金になるな…

 

「収入面で何とか出来ないなら支出を減らすしかないだろう」

 

「…と、なれば部屋か」

 

「桐ヶ谷が北原と同室になって空いた部屋をケバ子に当てればどうだ?」

 

「うーん、確かに。お姉ちゃんもダメって言わないと思うよ」

 

「…俺に任せてくれ」

 

そう力強く言った伊織の背はどこか、やってくれそうな気がした。

 

 

 

まぁ、結論から言えばダメだったんだけどな。

所詮クズ(伊織)は何をやっても伊織(クズ)か、

夕方になり和人、伊織、耕平、千紗は頭を抱えて悩んでいた。 菊岡さんにこれ以上借りを作るわけにもいかず、となれば自分達の手で何とかするしかない。 しかし一介の大学生如きに出来ることは高々知れている。

そうこうしているうちに先輩達に話があると呼び出されてしまった。 愛菜の事か…

 

 

 

 

 

「愛菜が実家の畑の手伝いでしばらく帰るそうだ」

 

 

 

 

はたけ?

畑!?

 

「まだ夏の思い出作れてないのにぃ…」

 

戯れ言をほざく愛菜を捨て置き、耕平と俺は伊織の胸ぐらを掴み揺らす。

 

「貴様どういう事だ!?」

 

「貴重な休日をなんて無駄なことに使わせた北原ぁ!」

 

「ま、待て…!? 梓さん!?経済的理由って言ってましたよねぇ!?」

 

「手伝わないと学費出してくれないんだってさ」

 

「「「なんて人騒がせな!!!」」」

 

あっけらかんと言い放つ梓さんに男三人は頭を抱えて項垂れ、千紗は口を開けたまま声にならない叫びを上げたあとフリーズしてる。

 

「心配して損したぜ!」

 

「全くだ!」

 

「まぁ、よかったけどなァ!?」

 

3人それぞれキレながら冷蔵庫の酒を取りに行こうとすると愛菜がニコニコしながら着いてきた。

 

「そっかぁ〜〜〜! 心配させてぇごめんねぇ〜?」

 

「はぁああ!? 何言ってんだ!!?」

 

「悪鬼のようにケバいんだが!??」

 

「勝手を言うなケバ子ォ!!!」

 

「今はケバくないでしょ!? というか和人までケバ子言うな!!」

 

まぁよかった。なんて思ったけど一刻も早く実家に帰って欲しい。

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

 

 

ケバ子が実家に帰って1週間が経とうとしている頃、PaBのメンバー一部は違和感に包まれていた。

 

① 体力バカの先輩が弱っている。

 

② 急激に痩せている。

 

③ 同居人の和人が数日前から行方不明。

 

そして極めつけ

 

④ 寿先輩が飲み会に参加していない。

 

「由々しき事態だ…」

 

「この異常事態の謎を究明しなければ…!」

 

「……」

 

「俺は先輩が病気か凄い病気、それかヤバイ病気、性病になったんじゃないかと思うんだが…」

 

「待て北原、全部同じだ」

 

「桐ヶ谷君は実家に帰省してるとか…ない?」

 

「それはないぞ古手川。 桐ヶ谷様は俺を直葉ちゃんに会わせてくれると約束した!!」

 

「耕平の言葉は無視するとしてもアイツが俺たちに黙って帰るって考えにくいだろ」

 

「確かに…」

 

和人はクズだが義理は通す性格…だったはずなので勝手に帰ることは無いと…思う。多分。

 

「でも、先輩達が飲み会に参加しないのがそんなに異常事態?」

 

「ペットの犬が呼吸をしてないレベルだぞ」

 

「そんなレベルなの!?」

 

先輩がガリガリになってたり飲み会に来なかったり和人が行方不明になってたり…一体どうなっているんだ…!

そう考えていると店の扉が開かれ、光が差し込むと共に寿先輩、安西先輩、横手先輩が現れた!!

 

「先輩たち…!」

 

「生きていたのか?!」

 

「随分な挨拶だなぁ」

 

「なんだなんだお前たち」

 

目が虚ろで精気がない先輩達によれば選択の特別講義で忙しいらしく夏休みだと言うのに研究室で教授の手伝いをしているのだと言う。

和人も以前(第8話 妖精の空 参照)手伝うと言ったために駆り出されているらしい。

そして今見学に行き手伝えば教授に顔を覚えて貰えるばかりか単位がやばい時も助けてくれるかもしれないと聞き、俺と耕平はまんまとその甘い誘いに乗ってしまった。

 

甘い誘いだと気が付いたのは研究棟に着いてからだったのだが…

 

 

和人がヒョロっヒョロっになって床に倒れていた。

 

「和人ぉおおおおおお!?」

 

「桐ヶ谷……くっ、惨い! なんて死に方を…!」

 

「ほ、本当に死んでるようにしか見えないんですけど…」

 

「はっはっはっ…! 死んでいるわけないだろ? ほら、和人…起きろォ…!」

 

「大丈夫です。俺、寝てないです」

 

「和人、正気に戻れ!?」

 

「伊織…? 耕平…? それに…千紗…」

 

気を取り戻したように和人はゆっくりと首を動かし俺たち三人を眺めると柔らかなほほ笑みを浮かべた後に…邪悪な笑みを先輩達と見せた。

 

「「「「Welcome!!」」」」

 

ダッ!!!←3人が全力で出口に向かって走る音。

 

バン!!←先輩が扉と窓を閉める音。

 

ガシッ!!!←和人が千紗と伊織、先輩が耕平を捕らえる音。

 

「い、嫌だ! 死にたくない!?」

 

「和人、貴様ァ!!」

 

「わ、私はお店の手伝いあるから…!!」

 

「別にただ俺たちと一緒に研究しようって言ってるだけだろ?」

 

「まったく、俺たちの後輩の癖に取り乱し過ぎだ」

 

「和人を見習え。文句言わずにひたすらプログラムを組んでるんだぞ?」

 

「文句言わずじゃなくて口を開く気力もないの間違いでは!?」

 

和人を1人研究室に置いて先輩方に案内されたのは教授の部屋。

なんでもこの研究はホワイト研と呼ばれているらしくホワイトと言うからには白川教授が頭なのだろう。

 

「ようこそ私の研究所へ!」

 

「「なんでだ!?」」

 

「ハッ!? なぜ優秀な桐ヶ谷だけでなく下劣な貴様らが此処に!?」

 

ホワイト…白…しろ…?

 

右代宮 准教授。

 

うしろのみや…

 

「悪意のあるネーミングセンスだ」

 

「しかしヤツには不可を貰っている…」

 

「貴様らが真面目にやるのならば評価を改めてやらんでもない」

 

「「最高評価でお願いします」」

 

と、まぁ…目先の欲にくらんだ俺と耕平だったのだが…

 

「先輩! このデータ量、手入力じゃ無理ですよ!?」

 

「ならばプログラムを組め!」

 

「やった事ないんですが!?」

 

「任せろ耕平…その程度のプログラム…俺が…」

 

「桐ヶ谷!? しっかりしろ! しっかりプログラムを作れ!!」

 

「データが取れてないような…」

 

「ふむ、部品が壊れたか…よし機械工作室だ!」

 

「まさかの手作り!?」

 

地獄のような工程に来たばかりの俺や耕平はおろか千紗まで若干燃え尽きていた。

研究所に着いたのが朝の10時だったのに今や夜の19時を回っているのを考えると凄まじく忙しかったと実感する。

 

「何とか上手くいった…」

 

「実験装置も何とかなったね…」

 

「こっちも入力終わった…」

 

「…………………」

 

和人は既に人の言葉を忘れているようだ。

 

「実験結果が出るのは20時頃だな」

 

「教授も帰ったし…ここからは俺たちの時間だ!」

 

どこから取り出したのか。教授の車が出て行く音を聞くやいなや研究室にピザやビール、果てにはプロジェクターを用いてゲーム機まで現れた。

 

「いいんですかこれ!?」

 

「教授が帰ればこっちのもんよ!」

 

「…千紗……」

 

「?」

 

和人に手招きをされて千紗が離れるがお構い無しに騒ぐ先輩方とバカ2人。

 

「明日家の手伝いがあるので…」

 

「なんだ千紗帰るのか」

 

「手伝いありがとうな。気をつけて帰るんだぞ」

 

千紗を見送り、ゲームを始める俺たちは楽しく笑いこんな事が出来るならいくらでも手伝う…なんて甘いことを考えていた。

そう、考えてみればこの程度であの先輩達や和人があんなになるはずが無いのに。

 

「あの実験は連続で繰り返し試行する必要があってな。 50分感覚で300回やるんだ」

 

「…昼夜関係なく?」

 

「300回な」

 

「「………」」

 

「逃がさないぞ伊織、耕平」

 

「和人、貴様…!?」

 

「大人しく死んでいればよかったものを!」

 

「いくらでも付き合ってくれるんだよなァ…」

 

「単位の為に最後までやりきろうぜェ…!」

 

「「いやだァァァァァァ!!!!!」」

 

絶叫する二人に悪魔の笑みを見せる四人。

そんな時、研究室に天使が舞い降りた。

 

「皆さん、私も手伝います! 頑張りましょう!」

 

PCの画面には拳を握り頑張るぞ!とポーズをしたユイちゃんが映っている。

こんな小さな子がやると言ってるのだ…

 

「……やってやらぁぁぁぁぁ!!」

 

「ユイちゃん、是非俺をお兄ちゃんと呼ん…ごはぁ!?」

 

待ってろ、俺たちの戦いはこれからだ!!




次回!!!!! 無人島編!!!!!


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休日の無駄な日!

無人島編と言ったな。
筆が進まなかったので嘘だ!!
なので前半、とある漫画の若干パロ回です。

更新できていない間でもお気に入り登録をしてくれた方が居たみたいでありがとうございます。
感想もお待ちしております……!


ある日の暇な日。

夏にしては風が心地よく絶好の運動日和に若者五人は公園を走っていた。

爽やかに汗を流す若者たち。

 

「ゼェゼェ……」

 

「コヒュゥ…」

 

傍から見れば青春だろう。

呼吸が乱れ、顔が死んでいるので爽やかというのはやや語弊があるかもしれないが。

 

「もう、無理……っ」

 

「さっさと…倒れなさいよ…」

 

「くっ、……なぜ、俺がこんな事を」

 

1人、また1人と倒れ込み、最後に立っているのはショートカットの少女…千紗だけとなった。

千紗は息を整えながらゆっくりと振り向き、倒れた伊織や和人に手を差し伸べ笑顔でこう告げた。

 

「私の勝ち」

 

敗者たちは涙ながらに差し出された手に向かって…

 

それぞれ1000円を差し出した。

 

そう、運動賭博である。爽やかなんてモノは欠片もなく人間の欲、醜さを凝縮したような内容で1種目1000円。 5人居るので勝者は4000円のプラスになるのだ。

 

「くそ、おかしいだろ!? なんで千紗の方が俺達より体力があるんだ!?」

 

「お店の手伝いしてるから」

 

ふんす、と胸を張る千紗に体力が回復してない四人は息も絶え絶え状態で芝生に転がり文句を垂れ流している。負け犬の遠吠えというやつだ。

 

「というか私が一番不利でしょう! 単なる女子大生よ!?」

 

「私もただの女子大生だけど…」

 

「安心しろ、耕平はそれ以下だ」

 

「ヒュゥ…ヒュゥ…」

 

「ここまで体力がないといっそ清々しいな」

 

とは言え、懸垂に始まり腕立てからの耐久ジョギングと続けてやっている為、伊織に俺はかなり体力の消耗が激しい。

ちなみに懸垂は伊織、腕立ては俺が僅差で勝っているので今のところ収支はプラスだ。

桜子と耕平は横並びでドベである。

 

「次は桜子が決めていいぞ。勝てる種目を選ぶんだな」

 

「大体なんで私がアンタたちに付き合って挙句にお金を払わなきゃならないのよ」

 

「事の始まりはうちの梓さんの一言だった…」

 

 

 

 

 

 

 

「伊織は元々だったけど和人と耕平はいい感じに引き締まって筋肉ついてきたよね〜」

 

「なんだかんだ体力使いますしね」

 

「耕平は筋肉ついても貧弱だけどな」

 

「フッ、バカを言うな北原。 俺は直にギャルゲの主人公として相応しい知能と運動神経を持つ男になる」

 

「色々手遅れだろ」

 

「ちーちゃんも結構脱いだら凄いんだよ?」

 

「梓さん!?」

 

「まさか。 千紗に…というか同年代の中じゃ俺が一番なのは揺るぎないですよ」

 

「むっ…聞き捨てならないな伊織。俺だって最近は結構動けるんだぞ。昔は剣道もしてたしな」

 

「ふっ、武器を持たなければ肉体に勝てない弱者め」

 

「肉体でもその他でも劣っている耕平には関係ない話だろ」

 

ガン飛ばし合う野郎三人に千紗は呆れ顔で梓さんは梓さんでやれやれー!とノリノリ。止める者は居らず、唯一の救いといえば筋肉お化けの先輩方が居なかったことぐらいだ。

 

「よぉし、だったら賭けようじゃねーか!」

 

「いいな、誰が一番か分からせてやる」

 

「愚かな。 お前らが俺に勝てるものか」

 

「「いや、お前のその自信はどこからくるんだよ」」

 

「こんにちは〜…ってアンタらなんでそんなに盛り上がってるのよ………なんで無言でにじり寄ってくるの。 ちょっと、ねぇ!?」

 

 

 

 

 

 

「なっ、大した理由じゃないだろ」

 

「大した理由じゃないのに私は付き合わされてるのね」

 

「ぶ、毒島様? なんで俺の顔を掴んでるんですかね」

 

「次の勝負は握力勝負にしましょ」

 

メキメキと顔の骨が軋む音が…

 

「ぎゃぁぁぁぁぁ!?」

 

「か、和人の顔が…!」

 

「奴はゴリラゴリラゴリラなのではないか?」

 

「アンタらも受けてみたい?」

 

「「毒島様の勝ちでいいです」」

 

俺が顔を抑えて蹲っているのを他所に千紗も含めて1000円札を差し出している。問答無用で桜子の勝ちか…いやとんでもなく強い握力だったけどさ…怒りの力じゃないかアレ…!

 

「…不毛な戦いじゃない?」

 

「やめろ千紗。梓さんの一件もあるがその実、あまりにも暇だったから始めたくだらない遊びなんだ」

 

「そうだぞ千紗。耕平から金を巻き上げれるチャンスなんだ」

 

「ノリが悪いわね。 ここは男共から毟り取るぐらいの勢いでやりなさいよ」

 

文句を垂れながらも何だかんだで乗り気な奴らである。というか桜子も乙矢くん関係なしに最近はよくGrand Blueに来るというか伊織や俺達と飲んでるというか…千紗との関係も特段悪いことは無く、今はこの場に居ない愛菜の代わりと言ってはなんだが同じ女子同士絡むことは多いようだ。

 

「えーと伊織と俺、千紗に桜子はお題目を出したし次は耕平の番だな」

 

「お前が俺たちに勝てるモノなんてあるのか?」

 

「いいかスポーツは何も運動だけではない。 今やゲームだってeスポーツというジャンルで…「ゲームだったら和人がぶっちぎりだろ」 …いいかスポーツは何も運動だけではない」

 

1度目を無かったことにして同じフレーズを2度言い始めたぞ。

 

「つまり競い合うことが出来ればそれはスポーツと言えるのではないか」

 

「耕平の癖に一理あることを」

 

「「「一理もない」」」

 

スポーツは一定のルールに則って勝敗を競う身体活動だ。 確かに今の世の中はeスポーツとかも立派なスポーツの部類に入るが……耕平の事だ、ららこクイズとか言いかねない。

 

「そこでだ、俺たちはPaBの一員。 最終戦はPaBらしく酒で決めよう」

 

「なるほどそれは一理あるな」

 

「全くだ耕平の癖に」

 

「桐ヶ谷くんも伊織も飲みたいだけじゃ…」

 

「でも確かに運動の後のタダ酒は美味しいかもしれないわね」

 

何だかんだと最終戦に乗り気な四人はジャージ姿のまま朝っぱらから何処かで飲もうとしている。

 

俺がここに来て四ヶ月程。ゲームで知り合ったわけじゃない友人が何人も出来、アルコールに対する異常な耐性を会得し、賭け事、人を蹴落す心構えにダイビングと得る物が沢山あった。

 

もっとも、人としての尊厳やら羞恥やらは失ったのでアスナに何を言われるかわかったものでは無いが…最悪、伊織と耕平を差し出そう。

 

「…うーん、あまり店が開いてないな」

 

「昼前だしね」

 

「開いてたとしても長時間飲むのははばかられる」

 

「となればいつも通りGrand Blueで飲むか」

 

「今日はお客さん来てるし…」

 

そう言えば奈々華さんが朝言ってたっけ…今日は何組かお客が来てるって。

 

「あ、伊織の部屋でいいだろ」

 

「豚小屋?」

 

「おい桜子。それはどういう意味だ」

 

「ごめんなさい……豚に失礼よね」

 

「よーし、その喧嘩受けて立とう」

 

「んじゃ、酒買って帰らないとな」

 

ダラダラと運動によって疲労が蓄積した身体を引き摺りながら公園を後にする五人。今夜は荒れそうだ。

 

 

案の定、荒れに荒れた。

 

「北原、アンタはね……クズなのよ。クズ」

 

「桜子さんの言う通り」

 

「あんたも大変ねこんな彼氏持って」

 

酒盛りを開始して早…………早……何時間だ…? 日が暮れているし…あれ、いつの間に店側で飲み始めたんだ?

頭が痛い…っ。

二日酔いが当日に来るってどういう事だ……っ

 

「和人、大丈夫か?」

 

「寿先輩…?」

 

「頭が痛いのか。二日酔いには迎え酒だ! 飲め!飲め!」

 

差し出されたショットグラスを一気に煽り喉に流し込む…効くなぁ…………っ

しかし舌が潤い、先程までの喋ることが億劫な程の感覚は消え去ったのでよろよろと伊織たちの元へと歩いていく。どうにも何かで盛り上がっているようだ。

 

「おい和人、お前からも桜子に言ってやれよ。 お前レベルの女は沢山いる…って! つーか、女装した俺と和人にすら負けてるんだし」

 

「そのお口、まーだお酒が足りないようねぇ!」

 

「はっ、そんな度数の低い酒を飲んでるだけのお前には言われたくありませんー!」

 

「で、結局なんでそんな話になったんだ」

 

「和人に彼女が居るって前の飲み会の時話しただろ? 桜子より美人だって教えてやったら有り得ないってよ」

 

「だって桐ヶ谷よ? こんな奴に私以上に美人な彼女? 笑わせてくれるわね」

 

「桜子以上? 違うぞ伊織」

 

「ほら、見なさい北原。 本人だって違うって…「桜子なんて足元にも及ばない程の美人だ」 あぁん?」

 

「出た出た和人の惚気……」

 

「そんなに言うなら見せてみなさいよあんたのその彼女。 現実にいるのなら写真の1枚でもあるんでしょう?」

 

勝ち誇ったような言い方をしてくる桜子に俺はテーブルに置いてあったスマホを弄りアスナとのツーショットを探す。 どうせだアスナがとびきり美人に見える写真を見せ付けてやる。

 

酔いが回りすぎて正常な判断ができなくなっている和人なのだがそんなことは後に立っても覚えていないのであまり関係の無いことだが。

 

「どうだ、美人だろ」

 

スマホに映したのは背後からアスナが俺を抱きしめている所のツーショット。さすがに撮った時は恥ずかしかったけどこれが一番美人に見える。

 

「はぁー! ホント、後で和人は埋めようぜ耕平」

 

「なんだまた惚気けているのか? 埋めよう」

 

「別にいいだろ……彼女の自慢ぐらいしたいんだよ」

 

「はぁ!? これが桐ヶ谷の彼女?! レンカノじゃないの!?」

 

失礼なことを言うな桜子。

 

「なるほどその発想はなかった」

 

「だけど直葉ちゃんとかも知っていたよねアスナさんのこと」

 

「流石にレンタル彼女を家族には紹介しないだろ。漫画の1本ぐらい書けそうなネタになるぞ」

 

耕平、千紗、伊織と次々に口を開くが実際にこの三人は未だアスナに会ったことはない。それでも存在を認めてくれているのが分かると信頼されてると実感する。

 

「……いや、写真の角度の問題ね」

 

「そこまで認めない気か桜子」

 

「醜いな」

 

「流石毒島」

 

などとある意味賞賛を送っていると俺達と同じように下着姿になった桜子が素っ裸の和人のスマホを取り上げ背後から抱きつき(腕で首を締め上げながら)、アスナとのツーショットと同じような角度で写真を撮った。

 

「ふっ、どんなものよ」

 

「和人が気絶してるんだが」

 

「あ、でも桜子さん綺麗だよ」

 

「でっしょぉ?」

 

ポイッ、と興味を失ったとばかりに和人とスマホを放り投げて飲みに戻る桜子と他3人。

 

そんなスマホに通知が浮かんでいる事には誰一人、ついぞ気がつくことは無かった。

 

【画像を送信しました】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

§

 

 

深夜一時頃。

やる事もやってさて寝ようと思ってた時にアスナから電話がかかってきた。珍しい時間にかかってきたなーと思いながら通話を押すと啜り泣くような声が最初に聞こえる。

 

「アスナ…? どうしたのよアンタ、泣いてるの!?」

 

「リズ…、キリトくんが……」

 

キリト、と聞こえた時点であー、また寂しい病が発症したのかななんて思ってしまうのはいい加減許して欲しい。最近は也を潜めていたけど溜まりに溜まって爆発することもあるのは分かるけど何もこんな時間じゃなくても……

 

「キリトくんが浮気してるかも……」

 

「はぁ?」

 

思っていたこととは全然違って、絶対にありえない事を言われたらこんな反応になってしまうのは仕方ないだろう。

珪子や詩乃だって同じリアクションをするだろうし、というか浮気する程度のアレならあたしやアリスがやってるわ!!!

 

「そんな訳ないでしょう…」

 

「だ、だってキリトくんの端末から写真が送られてきて…」

 

「どんな写真よ」

 

「は、はだ、裸で抱き着いてて……」

 

裸、裸ねぇ…あーうん。

 

「大丈夫よ。だいたい浮気だったらこっそりとするものでしょーが。 わざわざアスナに写真なんて送らないって」

 

それにしてもキリトに抱きつくなんて誰だろうか。 千紗ちゃんや愛菜ちゃんはそんな感じはしなかったし、女装した北原とかあたり? いやぁ、ないわぁ…

 

「そんなに心配なら会いに行ってみればいいじゃない。 きっと喜ぶ…喜ぶわよ?」

 

「なんで一瞬言い淀んだの!?」

 

喜ぶとは思うけど今のキリトが自分を見られてどう思うかは分からない。

結局、珪子や詩乃と話し合ってキリトのあの痴態に関してはアスナに言わない事にした。 というか、こっそり会いに行ったのがバレたらこっちまで危ない気がするから直葉ちゃんやアリスも黙っているのでアスナだけ会っていないし何も知らないのよね…

 

「そもそも最近どうなの? アイツと一緒に向こうに行くって決まってても今はやる事そんなにないでしょ」

 

「私だけ何もしないわけにもいかないから色々勉強してるのよ…キリトくんも頑張ってるから忙しいんだろうし」

 

酒に溺れて海に潜って忙しいとか言えないわね。

 

「大学が夏休みの間はこっちに帰ってくるんじゃない?」

 

「う、うん…帰ってくるとは聞いてるけど」

 

「それならその時に色々とっちめてやりましょ!」

 

少しは納得してくれたのか、それとも落ち着いたのか先程までの焦った感じは無くなった。

まったくキリトは何をやっているんだか…

 

「あ、因みにアスナ? その写真って見せてもらえる?」

 

「えっと、うん……大丈夫……大丈夫……」

 

よっぽどショックなようね…。昔のアスナなら多分電話をかけてくるよりも先にあいつの場所に突っ込んでいってたわね。 丸くなってよかった。

 

「とりあえず、浮気なんて絶対有り得ないんだから今日は寝なさいっ。 アイツがアスナ以外を好きになるなんて有り得ないんだから」

 

「ありがとう、リズ…。 うん、おやすみ…」

 

通話が切れ、代わりに件の写真が送られてきたので見てみると見た事のない女がキリトに抱きついていた。

確かにそういう関係に見えるけど。

 

「二人とも顔も耳も真っ赤にして…これはアレね。あそこの飲み会ね」

 

体験した身からすれば何となくどうしてこうなったか分かる。かくいう自分も脱いでたと2人から教えてもらったし……思い出せないけど恥ずかしい。

ま、この子については北原にでも連絡をとって教えてもらいますか。



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無人島へ行こう!

今回はそこそこ書き溜めてたので早かった……!
ゲストキャラが今回次回と出ますが少しふわふわしてるので原作また読んできます。

感想お待ちしております。


研究室の手伝いも終わりようやく日常を取り戻しバイトに勤しんでいた俺が休憩に入るとスマホに伊織から通知が来ていた。

 

内容は明日、2泊3日無人島キャンプに行ける人を募集。

楽しそうだが8人集まらないといけないらしく、現時点では伊織、奈々華さん、梓さん、俺も暇だから入れると4人…あと4人か。

 

「あ、桐ヶ谷さん。お疲れ様です!」

 

「あぁ、お疲れ様乙矢くん。…そうだ乙矢くん、明日と明後日空いてるか?」

 

「えっと…はい。シフトも入ってないですし空いてますよ!」

 

「伊織達が無人島キャンプに行けるメンツを探しててさ。乙矢くんさえ良かったら一緒に行かないか?」

 

「北原さんがですか! もちろん行かせていただきます!」

 

伊織にメッセを飛ばしておこう。

 

「それじゃあ詳しい内容は夜に送っておくな」

 

「はい! 楽しみにしてますね!」

 

なんてことを話したのが昨日のことで…そして翌日、無人島キャンプ当日。

港には伊織、俺、乙矢くん、寿先輩、時田先輩、千紗に奈々華さん、梓さんが集結していた。これで既に8人居るのだがあと二人来る予定となっている。

 

「おはよう桐ヶ谷、北原」

 

「桜子!? なぜお前が…!!」

 

「俺が呼んだ。 大勢の方が楽しいだろ」

 

「仕方ないからお呼ばれしてやったわ。 ま、暇だったし乙矢くんも居るし」

 

「おはようございます、桜子さん!」

 

「おはよ乙矢くん」

 

バイトの時、ふと思い立ったので声をかけてみたら少し考えた様子もあったが一つ返事で参加を了承していた。

まぁ、別に険悪な仲でもなくバイト仲間で一人声を掛けないのもアレだろう。 に、しても乙矢くんが居るのに猫を被らなくなったのは何かあったのだろうか。

 

「よう」

 

「耕平? なんか大事な用事があるんじゃなかったのか?」

 

「確かにあったが梓さんからKAYA様が参加すると聞いてな」

 

「摩耶さんが?」

 

梓さんの方をチラリと見ると満面の笑みで親指を立てていた。マジか。

 

「耕平くん水樹カヤだよー(裏声)」

 

「殺意の湧く声真似はやめろ北原ァァァァ!!!」

 

伊織は来ないと判断したのか耕平にアホな事をやっている。確かに常人ならば嘘だと判断するが梓さんの友人だしな摩耶さん。 なんなら俺も連絡先知ってるけど。

 

「ごめーん、お待たせー!」

 

「大丈夫大丈夫! ギリギリセーフだよ摩耶」

 

「そう? 良かったー。 あ、和人くん久しぶり」

 

「えぇ、お久しぶりです摩耶さん」

 

「え、まさか本当に!?」

 

「あの人って耕平くんが好きな声優だっけ」

 

「あぁ、アイツが信仰している声優だ」

 

伊織が驚き、桜子も信じられないといった目で聞いてくるのだが肝心の耕平は梓さんに膝まづいて頭を垂れている。

 

「生涯変わらぬ忠誠を貴女に…!」

 

「大袈裟だねぇ耕平は」

 

いや、それはマジのやつですよ梓さん。

 

「揃ったようだし乗りましょ?」

 

「うん、そうだね! みんな荷物積んでー」

 

これは色々と…大変なキャンプになりそうだ。

 

船の上では嘘をついた伊織の背中に千紗が座ってたり、千紗と伊織が付き合ってると聞いた乙矢くんが目を輝かせて伊織のいい所を語ったりしていたのだが伊織にいい所なんてあったのか?

 

着いたのは木々が多く、心地よい風が吹き目の前は海の最高のロケーションだった。

ここでキャンプ…は確かに胸が躍るな…!

 

「なんかワクワクしてくるな和人!」

 

「あぁ、めちゃくちゃ楽しそうだ!」

 

「BBQとかやっちゃうか!?」

 

「ははっ、お客さん。すみませんが先にテントを建てましょう」

 

「おっと、そうだった」

 

ついつい楽しそうで先走ってしまった。

船の荷物も全部運ばないといけないしやる事は山積みだ。 男勢で女性陣の荷物も運び出し、寿先輩が水樹カヤと一緒の船に乗ったという事象故に過呼吸起こして干からびた耕平を担いできた。

 

「………これエアポンプで治りますかね」

 

「耕平だしな…」

 

「どうだろうか」

 

「一応やってみるか」

 

気を取り戻した耕平と伊織と共にテントの設営を始める。 思い返したらこいつ摩耶さんの存在に感動して挨拶してないんじゃないか?

 

「耕平、いい加減挨拶ぐらいした方がいいんじゃないか?」

 

「何を馬鹿な」

 

「いや折角の機会だからいいだろ」

 

「俺があの人の生声を聴いたら自我が崩壊するくらい分かるだろ」

 

「「お前にとってあの人なんなの」」

 

と、まぁテントを建てていると女性陣の姿を見失ったのだが水着にでも着替えてるのだろうか。

 

「……はっ!? 耕平、想像するな深呼吸だ!」

 

「落ち着け、落ち着くんだ耕平!」

 

「すぅ……はぁ…すぅ………」

 

女性陣のテントの方を見ると若干影のような感じで動きが見えるが耕平の意識をあそこから反らせば死は免れるであろう。

 

「ぁん♡ もう梓ったら変な声出ちゃったじゃない」

 

「摩耶のおっぱい久々〜」

 

耕平が倒れて顔色が土と同じ色になっていた。

 

「先輩! 耕平が、耕平が!!」

 

「どうした!?」

 

「見たことの無い顔色になってるぞ!?」

 

「死ぬな耕平!!」

 

そんなこんなあってテントの設営は先輩たちと終え水着に着替えて(水着を着ている ここ重要)浜にいる女性陣と合流する。 耕平も何とか死地から帰ってきたのでよかったがこれから摩耶さんの水着姿を見たら本当にあの世に行くんじゃないか?

 

「おまたせしました」

 

「あ、みんな。ちゃんと水着なんだね」

 

「ははは、最初ぐらいはな」

 

「………?」

 

言葉の意味が分からない、と桜子が指を指すが俺は首を横に振り目を逸らす。

一方、伊織は梓さんと顔を寄せあってなんかよく分からないことをしてるし。

 

「それにしても桜子はこの光景を見ても何とも思わないんだな」

 

ついさっきまで水着を着ていたはずの先輩が裸だったりするのに女の子らしい反応もせずただただ真顔で日焼け止めを肌に塗ってる。

 

「今更でしょ。ほら、見てる暇があるなら日焼け止め塗るの手伝いなさい」

 

「乙矢くんに塗ってもらえよ」

 

「誘われたからバカンスをしに来ただけでラブロマンスとかしに来たわけじゃないのよ」

 

「なんなんだお前」

 

「まぁ、私の事はいいわよ。 それより摩耶さん大丈夫なの? 一人でどこか行ったみたいだけど」

 

「なんだってそれは本当か毒島!?」

 

「どこから出てきたのよアンタ。あと桜子と呼びなさい」

 

「えぇい、そんなことよりKAYA様はどこだ!?」

 

「摩耶なら砂浜歩いてくるって言ってたよ〜」

 

梓さんが言う通り、少し離れたところを歩いている摩耶さんの背中が見えた。 「KAYA様のお背中…!!」とか耕平が一瞬崩れかけるが摩耶さんが誰かに話しかけられ始め耕平から黒いオーラが滲み出始める。

 

「ナンパかしら」

 

「摩耶さん美人だしな」

 

「ナンパ…だと……?」

 

「落ち着け単細胞」

 

「和人の言う通りだ狂人」

 

「あのクラスの美人ならナンパ程度あしらえるで………耕平くんは?」

 

「「は!?」」

 

ついさっきまで俺と桜子、伊織の近くに立っていた筈の耕平が凄まじい勢いで駆け出していくのが見えた。

 

「お久しぶりです、KAYAさん。まさかこんな所でお会いするとは」

 

「あ、久しぶりっ。キミがいるってことは…」

 

「えぇ、あっちのテントに…ヒュッ!?」

 

何やら親しげに話しているイケメンの首に凄まじい速度で手を回しそのまま砂浜へと叩きつける強烈な一撃。 なんて綺麗なネックスローなんだ…じゃなくて!!?

 

「成敗…」

 

「何やってるのよアンタ!?」

 

「大丈夫ですか!?」

 

「お前、ただのファンだったらどうするんだ!?」

 

「いや今のは間違いなくナンパだった」

 

「その根拠も無く断言する自信は何処からくるんだ!?」

 

「がはっ…な、なんなんですか…」

 

「すみませんコイツも悪気があったわけじゃ「今トドメをくれてやる」ダメだ悪気しかねぇ!? 和人、桜子、止めるのを手伝え」

 

「仕方ないわね…」

 

暴れる耕平を俺が羽交い締め、桜子がアイアンクローで奴を潰すと地面に叩きつけられた男性がヨロヨロと起き上がった。

20代後半ぐらい、身長は俺よりも大きく170の後半だろうか。引き締まった体つきに肩口まで伸びた黒髪、そして顔が整ったイケメンである。

まさか摩耶さんの…?

 

「ダーリンどうしたの…ってKAYAさんだ」

 

なんて考えていると小柄な女性がふらつきながら立ち上がったイケメンの尻を蹴り飛ばして海の中へと転がっていった。哀れすぎる…

しかし、現れた女性…どこかで見たことあるような。

 

「久しぶりっ。まさかこんな所で会うなんてね」

 

「2人ともこんな時期にお休み貰えるなんてねー」

 

和やかな雰囲気で話し込んでいる二人を他所に、海へ転がっていった男は若干溺れてるし小柄な女性の後ろには180ぐらいあるんじゃないか?って感じの女性が全く隠れていないが隠れるようにしてこちらの様子を伺っていた。

 

「摩耶さんの知り合いみたいだったな。耕平、後でちゃんと謝っておけよ」

 

「KAYA様と言葉を交わす時点で万死に値する」

 

「その理論だと俺達も漏れなく死罪なんだが……って伊織? さっきからどうした黙り込んで」

 

「いつも不細工な顔が余計ブサイクになってるわね」

 

「か、か……!!!」

 

伊織がいつも通り壊れている。

 

「あ、みんなに紹介するね。 お仕事で仲良くなったシンガーソングライターの神崎エルザちゃんだよ」

 

「「「神崎エルザ!?」」」

 

「ホントだ見た事ある人だなと思ってたけど」

 

「それであっちにいるのが香蓮ちゃんで海に転がっていったのがダーリン。あと一人はテントの方でご飯の準備してるんだー」

 

なんだか急に有名人が出てきてたぞ…

 

「」

 

「桐ヶ谷、北原が息をしていないわ」

 

「伊織!? お前まで耕平になるな!! 戻ってこい!!」

 

スパァン!! スパァン!! と奴の頬に平手打ちをかますがどこか焦点が定まっていない。

 

「伊織ってエルザさんのファンだったからね」

 

千紗が未だ惚けてる伊織の頭を軽くバットでぶっ叩き(どこから持ってきたんだバット)、ようやく伊織は現世に戻ってきた。

 

「は!? なんか寺が見えた!?」

 

「寺? 何言ってるんだお前は」

 

「今日はちょっとアレだけど明日、そっちさえ良ければ一緒にレクリエーションでもしない?」

 

突然の申し出に伊織は再び倒れ、耕平は摩耶さんの前で臨戦態勢。ダーリンと呼ばれていた男はこめかみを軽く抑えながら足早に何処かへ走っていった。

 

「どうしたんだ和人。そちらの女性は?」

 

「先輩! えっと、神崎エルザさん。摩耶さんの知り合いで…明日一緒にレクリエーションをしませんか?ってお誘いを受けました」

 

「俺達は構わないぞ。 今夜はすこしあれだが」

 

「私達も用意があるから明日がいいの」

 

「それじゃあエルザちゃん、明日楽しみにしてるね?」

 

「うんうん、楽しみにしてて? 用意はダーリンがしておくから……ええ、楽しみましょうねKAYAさん。そしてキリトくん」

 

ゾワッと、全身にとんでもない悪寒が駆け巡った。

なんで神崎エルザが俺の名前を知ってるんだ…?

 

 

 

 

 

 

先輩たちと女性陣が火起こしをしているので残りの男勢は魚も食べたいということで釣り糸を海に垂らしている。

 

「まさか神崎エルザさんが居るなんて思いませんでしたね!」

 

「俺はよく分からないがKAYA様のお知り合いならば失礼のないようにしなければ」

 

「出会い頭にそのエルザさんのダーリンを成敗したけどな」

 

「神崎エルザに彼氏が居るなんて……」

 

北原(バカ)は散々人の事を普段から言っておいてこのザマか。まぁ、俺もKAYA様にそんな事があったら死を選ぶが」

 

「私がどうかしたの?」

 

あ、耕平にクリティカル。

 

「カ、カカカカカ!!!!??」

 

「わ、面白い動きっ。と、そう言えばそうだった今更だけどキミが伊織君だよね?」

 

「あ、はい」

 

「お二人は初対面なんですか?」

 

「ん、一応…青女祭で会ってはいるんだけどね」

 

「俺と伊織は女装していたしな」

 

「そうそう素顔では初めましてだね。和人くんは顔がそのままだからすぐ分かったけど」

 

「それは褒められてないですね」

 

「どんな出会いだったんですか…」

 

一刻も忘れ去りデータも消し去りたい。アルゴにあのムッツリを探し出さなければ……

 

「それでキミが耕平君だ」

 

「KAYA様が俺の名を………………っ!!!!」

 

「いちいち感動するな鬱陶しい」

 

「よっぽどファンなんですね」

 

「ありがと、でももうちょっとフランクに接してもらえると嬉しいな……あっちみたいに」

 

「摩耶さん、それはダメだ!!」

 

ALOでナナと名乗って耕平と普段一緒に居ることを知らせてしまえば、耕平の自我が崩壊して廃人になってしまう!

 

「…………補陀落?」

 

よかった、あれは馬鹿なことを考えている顔だ。

 

「おい耕平、こんな機会もう二度とないのかもしれないんだぞ? 話さなきゃ勿体ない意外のなにものでもないだろ」

 

「確かにそうだが……万が一嫌われたらと思うと」

 

「それなら俺に任せろ。なんとかしてやる」

 

「北原……?」

 

「貸し一つだぞ」

 

「命を懸けて返そう!!」

 

またロクでもないことになりそうなので乙矢くんと少し遠巻きに釣りをしながら眺める事にした。

釣れませんねー、なんてほのぼのしている乙矢くんはアスナやユイを除けばこの世界に舞い降りた唯一の天使なんじゃないか?と錯覚してしまいそうだ。

 

 

「キリトくん?」 「パパ?」

 

 

違う。違うからな!?

 

「どうしたんですか桐ヶ谷さん!?」

 

「な、なんでもない……」

 

危なく変な方向に行くところだった……随分とバカになった和人が項垂れていると伊織が摩耶さんにこそこそと何かを伝えようとしていた。

まぁ、さっきの耕平の件で妙案が浮かんだんだろうな。

 

「摩耶さん、耕平の奴なんですけどね? 少し前に摩耶さんの妹さんを家に連れ込もうとしたことが」

 

「えっ」

 

「耕平、お前……ガッ!?」

 

「ゴヘァ!?」

 

「遺言を聞こうか」

 

血の滴るバットを振り被りながら狙いを定めている耕平。なんで俺まで…!

 

「一回……嫌われたら楽になるかと思って……」

 

「そんなに殴ったら……俺のHPがゼロになるぜ…………」

 

「潔く死ね」

 

 

 

 

さて夜になってBBQもたらふく食べて満足した頃合。

 

「そろそろ何かゲームでもしようじゃないか!」

 

「そうね〜普段やらないようなやつがいいかも。伊織、何かない〜?」

 

「何か……うーん、野球挙も王様ゲームも普段やってるし…和人は何かあるか?」

 

「そういう手のゲームは俺にはからきしだな」

 

「……あ、いいのありますよ」

 

「ほんと桜子ちゃん? どんなのかな」

 

うんうん頭を抱えながら悩んでいると桜子が手を挙げて奈々華さんが楽しそうに説明を促した。 ヤツが手を挙げるなんて珍しい。

 

「ロシアンマリーゲームっていうやつなんですけど」

 

 

ロシアンマリーゲーム

 

・トマトジュースと一つだけタバスコ入り激辛ブラッディマリーを用意する。

 

・各々罰ゲームを紙に書きシャッフルした後に1枚罰ゲームを引く。

 

・皆で一斉に飲み誰がハズレを飲んだかを当てる。

 

・当てられた人は選ばれた罰ゲームを行う。

 

 

「っていうやつだけれど」

 

「俺たちにピッタリだな」

 

「ここは桜子ちゃんが言うそのゲームをしてみよう。 トマトジュースもブラッディマリーもないから水と(スピリタス)でやるか」

 

「寿先輩ストップ!? それだと誰がハズレを引いたか分かる前にぶっ倒れる人が出ますから!?」

 

「それじゃあウーロン茶とウィスキーで」

 

まぁ、それぐらいならなんとか……

乙矢くんは未成年故にアルコールが飲めないので時田先輩と二人で進行役だ。

罰ゲームを各々書き込んでいき箱へと入れていく。

 

「罰ゲームかぁ…」

 

「奈々華は何か決めた? 私は決めたよー」

 

「あ、決まったなら僕が回収しますねっ」

 

「そうそう質問なんだけどさ」

 

「「いやらしいのはどこまでOK?」」

 

「え゛っ!? た、多分全面的にNGかと」

 

「少しもダメ?」

 

「5秒だけとか!」

 

奈々華さん、梓さん? それは俺たち男子のセリフだと思うんですが。

いや、俺はアスナ以外に興味はないんだけどな? ほら男として言わないといけないことってあるだろ?

 

「皆さんグラスは持ちましたか? それでは1回戦行きますよー!」

 

「ロシアンマリー・ゲーム!」

 

「「「「「「YEAHHHHHHHH!!!!!!」」」」」」

 

【右隣の人に愛の告白♡ ※全力で愛を込めて】

 

俺の右隣は…梓さんか。 正直アスナにバレたらリアルでスターリィ・ティアを受けそうだからハズレを引いてもバレないようにしないとな…。

それで俺に告白するのは誰だ?

 

ふと、首を向けると汗を全身から噴き出している耕平が居た。

 

様子のおかしい耕平を見て、俺だってお前から告白なんて受けたくないわ!と言いたくなったが奴の理由はさらにその奥だった。

摩耶さんが耕平の横に座っている、その状況だけで奴は壊れそうだと言うのに罰ゲームで摩耶さんが選ばれれば……摩耶さんが耕平に愛の告白をすることになる。

 

死体が出来上がる!?

 

「せーの!」

 

時田先輩の音頭で皆がグラスを傾ける。

 

「「「「「「「ハズレはだーれだ!」」」」」」」

 

頼む、俺でもいいから摩耶さんがハズレでないように……!!

 

顔を上げると口を抑えて震えている千紗が居たので指を指した。

わかり易すぎるが今は助かったよ千紗…

 

「あのね、ずっとずっと前から━━━そしてこれから先も、大好きだからね」

 

あんなこと言われたいな。と、思っていたら千紗の告白を受けた奈々華さんが大号泣していた。

前から思っていたんだが奈々華さんって千紗の事になるとかなり危うい人間なのでは?

 

「あの子、わかり易すぎね」

 

「まぁ元々あまり飲むタイプじゃないからな。桜子だってそうだろ」

 

「はっ、私を甘く見ないことね!」

 

 

「残高溶解! 海面蒸発! 不思議なステッキの一振で魔法少女ららこになぁれっ☆」

 

 

「かわいい〜!」「もう1回!もう1回!」

「ギャーハッハッハッハッ!!」「ブフッ…ニ、ニアッテルゾ」

 

なんて言ってた後の3回戦では息巻いていた桜子が即落ちしたので動画に取っておいた。

 

「くっ、その動画消しなさい!」

 

「断らせてもらう」

 

悔しそうにする桜子に対して和人は長い髪をかき上げ、スカートを翻しながら不敵に笑う。

 

「その姿だってちゃんと撮ってあるんだから!」

 

「今更女装がどうした」

 

2回戦でハズレを引いて摩耶さんプレゼンツ! フリフリゴスロリキリコちゃんになっている和人だが羞恥の心は死にふんぞり返っている。

 

バイトに肝試し、青女祭と遡ればここに来てからしょっちゅう女装をしてる気がしなくもないがそもそもの始まりはGGOのアバターだよなぁ…顔の作りはほぼそのままだったし。

 

その後もゲームは回数を重ね、伊織がケバいメイクをしたり耕平が一気飲みをしたり梓さんが先輩達と踊ったりとかなり楽しい時間を過ごしたのだが、

 

「海への愛が私を酔わせただけでお酒に酔ったわけじゃない!!!」

 

千紗がベロベロに酔っ払ったのでゲームはやめてここからは普通に飲むこととなった。

海に飛び込んだ千紗は服を着替える為にテントに、伊織はスピリタスを取りにテントに……ん? 2人ともテントって事は。

 

「落ち着け千紗! これは事故だ!!」

 

「ソノ記憶ト命ヲ置イテイケ」

 

「記憶を奪えば命は不要では!?」

 

考える間もなく二人は物凄い勢いで林の中へと走り出して行った。

 

「はぁ…少し暗いし探してくるか。 耕平、悪いけど先輩達に言っておいてくれ」

 

「任せろ。KAYA様は死んでも守る」

 

「せめて話をちゃんと伝えてくれよ?」

 

スタスタと二人が消えた林の方へと向かうと案の定というか視界は悪かった。こっちが迷子にならないようにしないとな…

 

「やっと二人きりになれたね」

 

「…ッ!?」

 

突然の気配に飛び下がり声がした辺りをライトで照らすと白い服、艶やかな黒い髪を靡かせて微笑む神崎エルザ(悪魔)がそこに居た。

 

「……神崎エルザ……あんた、何者だ?」

 

「そういうキミはキリトくんでしょ? SAOをクリアしちゃった黒の剣士さん」

 

「…帰還者か?」

 

「SAO失敗者(ルーザー)ってところかな?」

 

「失敗者…?」

 

「そう、ゲーム開始日に事情があってあの世界に行けなかった失敗者。 死を知ることが出来なかった失敗者」

 

「……その失敗者さんが俺に何か用か」

 

「いやぁ、その昔ベータテストをしていた時に『俺よりレベルが2つも低いのに、そこまでやれば立派なもんだ。ここのボスは譲るよ、いつかタメになったらまたやろうぜ』とか言ってきた人にキミが似てる…っていう理由と死銃事件のBoBでキミとシノンちゃんの戦いを見て興味をずっと持っていたんだよね」

 

…………前半の理由は覚えがあるようなないような……ほら、当時の俺って14歳でアバターはそこそこ気合いの入ってたイケメンにしてたし気が大きくなってたから言ったかもしれない。

しかし、後半部分のシノンと共闘していたのが俺だってなんで分かったんだ…?

 

「女装したキリトくん、アバターにそっくりだから」

 

「女装したままだった……っ!」

 

まぁ、昼にあった時からキリトってバレてたみたいだし調べあげたんだろう。どこからか。

 

「興味があったから接触してきた……だけじゃないんだろうエルザさん」

 

「そうそう、お誘いにね。 キリトくんSJ(スクワットジャム)に参加して私と殺し合わない?」



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荒野の果てに…待つのはなんだ?

気がついたら新年度。
ようやく色々と解放されめした
たすてけ


戦況は混沌を極めていた。

生き残った3つのチームが入り乱れての戦場とかしている。

先程まで自らの横にいた仲間が物言わぬ死体となり、身を隠している場所には雨霰の如く弾丸が降り注ぐ。 目まぐるしく変わる戦況に誰が何処に居るかは分からず、ただ分かっていることは目の前の女がヤバいやつという事だ。

 

「いやいや、おねーさん楽しいよ。あのキリトとこうやって殺り合ってるんだから……ねッ!!」

 

猫のように肢体をしならせ飛び上がるピトフーイは散弾をばら撒くように撃ち放つ。 これ以上は不味いと物陰から這いずるように飛び出し回避。

ポンプアクションショットガン故にリロード次一瞬の隙がある。 現実では大した隙では無いだろうがここは仮想の世界、AGIにものを言わせて一気に距離を詰めると彼女は獰猛に笑いリロードをしかけていた《レミントンM870》を投げてきた。

 

「くっ……!」

 

咄嗟のことで判断してしまい光剣を振るって切り払うと彼女の銃はポリゴンとなり爆ぜた。

爆散エフェクトによって一瞬、視界が奪われると同時に悪寒に襲われ首を捻った。

光が過ぎ去る。

 

「ひゅー! 今の避けるなんてさっすが黒の剣士!」

 

「そいつは、どうも……ッ!!」

 

互いに体勢を立て直しながら光剣《ムラマサF9》を軽く振るうとブォン…!! と音を鳴らす。

それは相手の手に握られてるモノと同じ。

 

睨み合いながら飛び込むとピトフーイも獰猛な笑みを浮かべながら同じく飛び込んできた。

身体的リーチはピトフーイにあるものの懐まで入り込んでしまえばこちらが有利。しかし、別の場所でイオ(伊織)やアマゾネスのようなヤツとぶつかり合っているレンはキリト以上に小柄でAGI極振りだ。近づかれればキリトの光剣が届くよりも先に股から脳天にかけて撃ち抜かれてお終い。

何としてもあっちの戦線が崩壊するよりも早くピトフーイを撃破して向こうに合流しなければ勝つのは難しいだろう。

 

「悪いけどレンちゃんはそんな簡単にやられないよぉ? あんな見た目でもSJ覇者だからね」

 

「それなら余計に俺があんたを斬らないとな。イオはバカだから。ららこ(耕平)は……生きてるかも分からないが」

 

光剣同士がぶつかり光を散らしながら戦闘は激化していく。ソードスキルを駆使し剣戟の速度は速く、更に速くギアが上がっていく。

直撃すれば一瞬でHPが全損するのはお互いにだ。

 

「ピトさん!!」

 

「キリト!!」

 

一分経ったのか、それとも十分か。分からないほどの濃厚な攻防をピトフーイとキリトは切り結んでいるとレンとイオが互いに撃ち合いながらもこちらに距離を詰めてきた。

2対2になればバカが居るこっちが圧倒的に不利だ……!

 

「くそ、イオ! 自爆してでもレンを止めろ!!」

 

「俺に死ねと!?」

 

「大丈夫だ、無駄死にじゃない!」

 

「いや、死ぬのはお前だキリト」

 

パァン! と乾いた音が鳴り響くとキリトの脳天に風穴が空き、HPのバーが全損。 その場に死体がひとつ出来上がった。

 

「「「「「「「は?」」」」」」」

 

誰もが声を上げた。

誰もが動きを止めた。

 

「ららこ!? お前何をし」

 

イオが飛び出た瞬間、再びパァン!と音がなり2つ目の死体が出来上がった。

 

「ふっ、バカめ。 大会報酬のららこたんコラボ武器は準優勝だ。 優勝したら意味が無いだろう」

 

「え、いや、ちょっと?」

 

ピトフーイの制止も聞かずにららこは自らの頭部に銃を押し付け引き金を引いた。

 

SJは幕を閉じる…………

 

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

「ってな感じになりそうだからSJには出ない」

 

「随分と具体的な想像だ事で……」

 

というか、アイツらと出たら出たで嬉々としてシノンあたりが遠距離狙撃の雨霰が降りそうだし。

 

「ま、無理強いはしないよ。今は今で楽しいようだし」

 

「なんだ、あっさり引き下がるんだな」

 

「此処で会えたのは偶然だしね。 やるとしたらもっと手回しし━━━━」

 

ガサッ!! 木々が揺れ、不気味な声が聴こえてきた。 悲鳴と怒声がミックスされたような音が林の中に響き渡る。

 

「………エルザさん、後ろに」

 

「……なんだろうね」

 

一応、女装はしているとはいえ俺は男だし有名人に怪我をさせる訳にはいかないだろう。と、彼女を背に隠し、音のした方向を睨み付けていると…

 

「和人助けてくれぇ!!」

 

「伊織!?」

 

「ソノ命…置イテ…イケ……」

 

暴走の限界点を超えた千紗がフロアボスに見まごう程の威圧感を撒き散らしながら全力で走ってきた。

 

「伊織、潔く散れ」

 

「クソがァァァ!!」

 

林の中へ走り逃げていく伊織を眺めているといつまで経っても千紗の威圧感が背後から消えない。

 

「え、えーと…千紗さん? 伊織のバカはあっちに逃げたぞ」

 

「………桐ヶ谷クン、セッカクダカラ」

 

「何がせっかくなの!?」

 

このまま居ては殺されると和人も駆け出し林の中へと逃げていくのをエルザは苦笑しながら見送った。

 

「ま、明日のレクリエーションで少しは遊べるしいっか」

 

昔ほどの邪気は恐らくないだろう。

笑いながらテントの方へと戻っていくエルザ。一方逃げた伊織と和人は…崖の下に居たのだった。

 

「お前はバカなのか!?」

 

「お前が最初に下に落ちてたから心配で来てやったんだろう!?」

 

「そりゃどーも! それで携帯は?」

 

「千紗に持ってくる前に追い掛けられたからテントに置きっぱだ」

 

「…まぁ、俺もだが」

 

千紗に追い掛けられた和人は夜目が効かず早々に崖下へと落下。 すぐ近くでそれを見ていた伊織も大慌てで和人を助けようと手を伸ばすも足を滑らせ落下したのだ。

まぁ、伊織の心遣いというか心配してくれたのは嬉しいが。

 

「そもそもなんで追いかけられたんだお前」

 

「スピリタスを取りにテントに戻ったら千紗がこう…脱いでて?」

 

「…まぁ、あいつも酔っ払ってたしな。正常な判断が出来ないんだろう」

 

千紗が裸を見られて乱心か…何時も俺達の裸を見てるのにな…と考えている和人は最早常人の領域に戻れないことに気が付いていない。

 

「北原さん! 桐ヶ谷さん!!」

 

ズザザザザザ…!! と音を鳴らして滑り降りてきたのは乙矢くん。 助けに来てくれたのか…!

 

「ご無事ですか!?」

 

「あぁ、乙矢くんこそ…飛び降りてくるなんて無茶だ。怪我ないか?」

 

「大丈夫です!」

 

「しかし、良かった…俺たち二人とも連絡手段が無くてな。乙矢くんが来てくれたなら安心だ」

 

良かった良かった、と伊織と頷きあっていると乙矢くんは少し申し訳なさそうな顔して目を逸らした。

 

「そ、その………スマホ…忘れてきました」

 

「よし、とりあえず火を起こそう」

 

「ライターはあるしな」

 

「すみません!すみません!! 僕が不甲斐ないばかりに!」

 

元はと言えば俺たちが2人揃って崖下に落ちたのが悪いのでわざわざ助けに来てくれた乙矢くんをどうこういう資格は無いので宥めながら火を起こす。

 

「それにしても乙矢くんはどうして俺たちを?」

 

「あ、摩耶さんが心配そうにしていたので」

 

「いまKAYA様のお名前が聞こえたが!?」

 

バカも増えた。

 

「なんでお前も飛び降りてくるんだよ」

 

「む、何の話だ?」

 

「ダメだ和人。コイツ飛び降りてきたことすら気が付いてない」

 

「何時ものことだろ。 ほら、火がついたぞ」

 

乾燥した木々に火をつければそれを囲うように男メンツは腰を下ろし、伊織と耕平が野生の椎茸や野生のウィスキーを採取してきたのでとりあえず飲むことにした。

椎茸は削った木の棒に刺し焚き火で炙る。

 

「うーん、美味そうだ…」

 

「醤油が欲しくなるな」

 

「そういや乙矢くんの飲み物がないな…」

 

「あ、気にしないでください。僕は大丈夫なのでっ」

 

「水ならありますよ」

 

「あぁ、これはどうも…」

 

ペットボトルを受け取り乙矢くんに渡すとはたと気がついた。

昼間、神崎エルザと一緒に居た男がいつの間にか焚き火の前に座っていた。

 

「いつの間に!?」

 

「いえ、ちょっとした準備をしていたら火の明かりが見えたもので。改めて、阿僧祇豪志です」

 

「桐々谷和人です。 そっちがバカ(耕平)で、こっちはクズ(伊織)です」

 

「準備ってなにを?」

 

「明日のレクリエーション用の準備ですよ。 日中の間に本島に戻って道具を用意して今準備していました」

 

………なんかシレッと凄いことをやってる気がするな。

 

「レクリエーションはなにを?」

 

「それは明日になってのお楽しみです。 まぁ、それほど悪いものじゃありませんよ。 あぁ、それとテントへはそちらの林を抜けて左に曲がると海岸に出るのでそこから戻れます」

 

ガサガサと林を掻き分けて消えていく男の背をなんとも言えない感覚で見送るとバカ2人は酒盛りを再開していた。コイツらは…

 

「おい、俺の分残しておけよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして夜が開けた! ▼

 

 

 

「ということでレクリエーション! ウォーターファイトっぽいもの!」

 

「ウォーターファイト? ってなんだ」

 

朝飯を千紗と用意していたらやたらテンションが高い女性。篠原美優さんが水鉄砲を構えてやってきた。

 

「この的が書かれているジャケットを着て水鉄砲で撃ち合う簡単な競技っ」

 

「チーム分けは?」

 

「クジで決めるよ〜。あ、こっちのグループの人はこっちの人とだけどね!」

 

なんて準備のいいことか。 ワラワラとテントから出てきたこちらのグループの面々に説明よりも先にクジを差し出して引かせていた。

 

チーム分けの結果。

伊織と千紗。

耕平とカヤさん。

先輩チームに梓さん奈々華さんチーム。

 

向こうは小比類巻さんと篠原さん。

エルザさんと豪志さんがチームらしい。

 

クジに不正でもあるのでは…?

 

因みに毒島と乙矢くんは見学で、俺はと言うと。

 

「1人だけソロっておかしくないか!?」

 

「え〜? キミって元ソロプレイヤーでしょ?」

 

とか、若干適当な理由を言われて森の中へと放り出された。

女性陣はジャケットに水をかければいいのだが男性陣に用意されたのは紙でできたパンツで水で溶けるらしい。 つまりパンツが溶けたら負けというわけだ。

裸からが勝負だろう()()

 

とりあえず水が近くにある場所に陣取るか…

そそくさと移動を始めると早速交戦しているアホたちがいた。

 

「千紗!? 俺は敵じゃないが!?」

 

「敵でしょ」

 

「ふははは!KAYA様! 貴女に勝利を捧げます!!」

 

「ほ、ほどほどにね?」

 

木に縛り付けられた伊織が顔に延々と水をかけられていた。交戦というより拷問だった。

 

「…何してるんだ?」

 

「む、桐ヶ谷! 丁度いい、貴様もここで死んでいけ!」

 

ダメだ会話にならない!

踵を返し逃げようとした瞬間、何かが降ってきて破裂した。

 

パンッ!! と音を立てると共に水がぶちまけられ、この場にいる野郎三人の水着は少し溶け、千紗と摩耶さんのジャケットは赤く染る。

 

「む、仕留められなかった!」

 

「現実でもグレネードなんだ…」

 

篠原さんと小比類巻さん…!

篠原さんがパンパンに水を詰めた風船を次々に放り投げてくる。さながらボマーだ。

憐れ木に縛り付けられた伊織は集中砲水を食らっている。

仕留められないどころか致命傷だった。局部を晒したまま身動きが取れていない。

 

「KAYA様の目を汚すな俗物!」

 

「好きで晒してるんじゃねーよ!?」

 

とりあえず逃げよう…

 

 

 

 

伊織は拷問の末に壮絶な最後を迎え、耕平は摩耶さんを守る為に盾となり散った。ざまあみろ。

 

「やっぱり来たねキリトくん」

 

「エルザさん…いやピトフーイさんって呼ぶべきか?」

 

「ここじゃゲームの中ほど動けないけどねー。その辺はこっちにダーリンも居るし五分って事で…ッ!!」

 

不意打ちの1発は身体を逸らされ躱されてしまった。だが、ほんの少しだけジャケットの的を赤く染めることが出来た。

 

「…あっぶな…やるねぇ不意打ちなんて!」

 

エルザは即座に水鉄砲を構えて放水する。ポンプ式の水鉄砲故に勢いと飛距離は和人の持つものと比べて二倍以上を誇る。

木々を隠れ蓑にしながら距離を詰めようとするが豪志の射撃が上手く寄せ付けない。

 

…と、言うか。

 

「水鉄砲に差があり過ぎじゃないか!? こっちなんて小さい拳銃型だぞ!?」

 

「水鉄砲の性能が全てじゃないでしょ?」

 

「ステータスとかがない現実ですが!?」

 

こんなことになるなら伊織(バカ)からかっぱらってくるべきだった。

まぁそんなこんなで暫くの間、攻めあぐね居ると救世主(先輩達)がやってきた。

 

「お、居た居た」

 

「よーし和人ォ…覚悟はいいか」

 

素っ裸で。

 

「あの、ルール的には失格なのですが」

 

「裸からがスタートだろ?」

 

豪志さんの物言いにも屈しない先輩は流石だ。

じゃなくて…

 

「先輩、因みに先輩の水鉄砲はどこですか?」

 

「持ってるだろう?」

 

「俺には樽にしか見えないんですが」

 

「樽に水を入れてぶち撒ければ水鉄砲だろう」

 

「いやそれは鉄砲じゃぶぼぁぁぁぁぁ!!!?」

 

「寿、次はアッチだ!」

 

「よぉぉし!!!」

 

凄まじい水圧により倒れ伏した和人、そして巻き添えを食らった豪志とエルザの両名はまたしても純粋な勝負する機会を失うのだった。

 

 

因みにレクリエーションの優勝はもちろん先輩チームだった。 裸だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という事があったんだけどな?」

『お兄ちゃん、何言ってるの?』

 

夏休みの思い出を語っただけなのに随分な言われようだ。

 

『まぁいいや、お兄ちゃんお盆にはこっち帰って来るんだよね?』

 

「あー、実はだな…」

 

チラりと横を向くと耕平が酒を持って頭を垂れているのだがその酒はスピリタスだ。潰す気だなコイツ…

 

「いや帰るには帰るんだが伊織と千紗も一緒に行くんだ」

 

「お兄様、私は…私は…!!」

 

兄と呼ぶな。

 

『え、そうなの!? それじゃあ部屋の掃除しておかないと。伊織さんとお兄ちゃんは同じ部屋でいいよね。私は千紗さんとか〜』

 

「それと夏休みの後半はパラオで過ごす事になったからパスポートも持ってくよ。それじゃあな」

 

『…ん? え、パラ──ブチッ』

 

そう、パラオ。

伊織達とパラオのダイビングショップで2週間ほどバイトすることとなったのだ。 ある程度話せるサポートが欲しいということで仕方なく…あとアスナにプレゼントを買ってやりたいので割のいいバイトをする為に。

夏はまだまだ、長い。



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納涼祭!

いざパラオ!
とは行かずに次回は帰省のお話になりまする。


「いやー、来週からパラオなんて急だねぇ」

 

「梓さん達は行かないんですか?」

 

「私ら一応3年だしね。和人も行くの?」

 

「えぇ、留学前の予行演習だと思って行くことにしました」

 

「海外だと知っていれば俺は断ったのですが…」

 

「今更足抜けは許さん」

 

そう、この話を聞いた時に耕平な絶対断ると分かっていたため少々卑怯な言質を取ってメンバーに捩じ込んだ。

先輩達は酒を呷りながら静かに呟く。

 

「俺たちの夏はそろそろ店仕舞いだな」

 

「だな」

 

それもそうか。先輩達は3年だし、4年になったら就活とか色々追い込みの時期だもんな…ということはサークル自体も送る会みたいのしないといけないんじゃないか?

チラり、と伊織に視線を送るとウィンクを飛ばしてきたので一発殴った。

 

「か、和人…なにを……!」

 

「バカは放っておいて今日明日は俺たちはまだこっちに居ますし先輩、何かやり残したこととかないですか?」

 

和人がそう言うと先輩達一同は少ししんみりした様子を漂わせながら紙に次々とやりたい事を記していく。

耕平も桐ヶ谷にしてはいいことを言うな、と素直に褒めていた。

 

「やり残しか…」

 

「折角だし紙に書き出してみるか」

 

 

 

 

・皆のちゃんとした浴衣姿が見たい!

 

・たこ焼きをやりたい!

 

・記憶に残る飲み会をやりたい!

 

 

 

 

「たこパだな」

 

「たこ焼き飲み会だな」

 

「特に変なこともなさそうだし」

 

「よし、伊織も耕平も千紗も問題ないな。 先輩、これ全部やりましょう!」

 

「おー、そうか。んじゃ浴衣を着て集合な」

 

「奈々華もやろー」

 

「いいわよー」

 

なんて、先輩方のやりたい事にしては随分と良識的な内容に安堵しながら各々浴衣を着て店に集まる事となったのだが…

 

「どうした和人?」

 

「いや、考えたら俺は浴衣がないなってさ。実家ならあるかもしれないけどこっちには」

 

「あー、俺は甚兵衛あるからそれを着るよ」

 

裏切り者め…

伊織が部屋へと歩いていくのを飲みかけのビールを飲み干しながら睨み付けていると梓さんが背後から抱き着いてきた。

 

「やっぱり困ってるねぇ和人」

 

「そりゃ困ってますよ。やろうって言ったは言いけれど俺は浴衣ないですし」

 

「そんなことだと思って和人のちゃぁんと用意してあるよ」

 

「本当ですか!? 借りてもいいなら借りさせてもらいます…」

 

梓に抱きつかれて居るのだが、それを意に介さないのは慣れなのかなんなのか。

まぁ、普段の距離感だと言われれば納得せざるおえないのだが明日奈や直葉が見れば憤慨モノだろう。

とりあえず梓の提案にホイホイと着いて行った和人であった。

 

 

 

 

 

「それじゃあ夏の締めくくりということで……」

 

「「「「「「かんぱーーーーい!!!!」」」」」」

 

浴衣に着替えた一同は近所のスーパーで軽く買い物を済ませ日も沈まぬ頃合からジョッキを傾け、焼きたてのたこ焼きを頬張り混みながらどんちゃん騒ぎをしていた。

 

「……普通だな?」

 

「今のところな」

 

「…(もぐもぐ)」

 

先輩達の様子は普段の飲み会通り。 どんな無理難題を吹っ掛けられるかと思っていたが、結局のところ今の皆で普通に楽しく飲み会をしたい…というのが先輩たちの願いだったのだろう。

 

「あ、先輩たち!」

 

「「「「ん?」」」」

 

伊織がカメラを構え、集まった先輩達の姿を写す。記憶に残る飲み会…か。

 

いや、待てよ…?

 

「それだと記録に残る飲み会だろ」

 

「あ、そうか」

 

「そうそう、それだと違うだろ?」

 

………っ!?

突然の悪寒。SAO時代に培った第六感が凄まじい警鐘を脳内に鳴らしている。逃げなければ…!

和人が何も言わずに転身した直後、梓が腰に抱きつくように手を回して来た。これでは逃げれない…!!

視界の端では先輩達がやりたい事を書き留めた紙を受け取る伊織が映る。

 

「ほれ、ちゃんと読め伊織」

 

「なになに…ん、隅っこになにか…」

 

「ダメだ伊織! その折り込みを捲るな!?」

 

左端、折り込まれた部分を捲ると【最重要】と書かれた一文が追加されていた。

 

 

全てPaB式で!

 

 

「逃げろ、3人とぐぼぁ!?」

 

叫ぶよりも先に焼きたてアツアツのたこ焼きを口内にぶち込まれた和人は地面をのたうち回り、三人も逃げることは出来ず各々先輩達に捕縛されていた。なんという悪質…!!

 

「やり残したことは全てやるんだよなぁ?」

 

「俺達は優しい後輩を持ったなァ?」

 

「悪質詐欺のそれですよコレェ!?」

 

「最期のひと文が余計過ぎるッ!!」

 

「…………………!!」

 

伊織、耕平の抗議なんてその。先輩達は清々しい笑みを見せながらビールのジョッキではなくウィスキーやら焼酎やらスピリタスの瓶を片手に高らかに叫ぶ。

 

「これよりPaB式納涼祭を始める!!!」

 

「「「「「「イェェェエエエエエエエエイ!!!!」」」」」」

 

「「「イヤァァァァァァァァ!!!!!」」」

 

またこうなるのか!? 結局!?

 

「という事で、先ずは私からねー」

 

「梓さん? 梓さんの要望は浴衣でしたよね?」

 

「うん、ちゃんとした浴衣姿だよ? 浴衣って…下着付けないのがちゃんとしたなんだって。 伊織のは浴衣じゃなくて甚兵衛でしょ?」

 

逃げようとした千紗は浴衣を着てきた奈々華さんに捕まり店の奥へと引きずり込まれ、先輩方と耕平は浴衣の下のパンツを脱ぎ捨て、伊織は裸に帯だけ巻いていた。

 

「変態かよ」

 

「仕方ねぇだろ!? つーか和人お前もさっさとパンツ脱げ!」

 

「履いてないが?」

 

「ブラは?」

 

「付けてるわけ無いだろう!? バカかお前は!」

 

「いや、最初にツッこまなかった俺達も悪いが堂々と女物の浴衣を着て大和撫子風なキリコちゃんを見たらつい…?」

 

「梓さんが着付けしてくれたからな。 完璧だろ」

 

青色地に金木犀の天ノ川、ツツジの花凜が咲く可憐な浴衣を身に纏い最早慣れてしまった黒髪ロングのウィッグを軽く片手で撫でる。

 

「………綺麗」

 

「ありがとう千紗」

 

ふふっ、と微笑む和人…もといキリコちゃんに梓は満足気に腕を組み頷き、千紗は普通に見惚れて耕平と伊織はドン引きしている。

あといつの間にか店内に居た男とアルゴが写真を数枚撮って足早に逃げていった。

 

あの二人まだ伊豆に居たのか…!?

 

「いやー、やっぱり可愛いわ和人」

 

「嬉しくないけどありがとうございます梓さん」

 

「よし、エッチしようか」

 

「アンタは何言ってるんだ!?」

 

「諦めろ和人。俺も諦めた」

 

「伊織も何を言ってるんだ!? 耕平、鼻血を流してないでなんとかしろ!!」

 

わーわーと騒いでいる男子勢を他所に千紗は寿先輩の方へと歩いて行く。胸元を押えながら。

 

「あの浴衣は分かったんですけど…PaB式のたこ焼きって…」

 

「俺たちが揃えた材料で作ればPaB式だ。心配するな」

 

☆たこ焼き粉☆

 

☆卵☆

 

☆水☆

 

「「「ダウト!ダウト! その水ダウト!」」」

 

ラベルに96%なんて書いてある水がある訳ない。

 

「むぅ、しかしこうでもしないとPaB式にならんぞ?」

 

「そもそもPaB式が間違えているんですが…」

 

「しかし動画ではこうしていたぞ?」

 

「動画…?」

 

怪訝そうな表情をする俺たちに先輩がタブレットに表示された動画を見せる。これ通りに作れば…出来るのか…?

 

 

 

 

 

§

 

 

『姫路瑞希の女子ご飯っ』

 

『今日はお酒が大好きなあの人を射止めるお酒を使ってお酒にピッタリなたこ焼きを作りたいと思いますっ』

 

『まず用意するのはスピリタスですっ。お酒が大好きな彼の為に一番度数の高いものを用意しましたっ。 これをたこ焼き粉と混ぜるのですが…』

 

『ここでワンポイントっ。 スピリタスは揮発しやすいので手早く混ぜていきます。この時、揮発したアルコールが目に染みないように注意してくださいねっ』

 

『しっかり混ぜたらアルコールで分離する前に一気に流し込み具材を入れて焼き上げますっ。焦げないように気を付けてっ』

 

『ここからワンポイントっ☆』

 

『今回はたこ焼きにかけるソースも作っちゃいます。中濃ソースにめんつゆ、ケチャップとハチミツを混ぜるだけでも美味しいですがここに先程よりは度数の低いお酒(エバークリア 95%)も少し入れちゃいましょう。またソースを作り過ぎて長い間保存しておくのも…と思う方も多いと思います。そんな方のためにソースを長持ちさせる為、硝酸カリウムを少し多めに入れます』

 

『またオリジナルソースを作りたい方は酸味の為にクロロ酢酸を入れるのもいいと思いますよ』

 

『焼きあがったたこ焼きをお皿に盛り付けソースをかけたら…はいっ、お酒の大好きな彼の特製たこ焼き出来上がりです♡』

 

 

§

 

 

 

 

 

料理の結果、たこ焼きでは無く化合物Xが出来上がった。

 

「絶対食いたくない」

 

「たこ焼きにあるべき姿じゃない…」

 

「何焼きなんだよこれ…」

 

「何気にする事はない。火が入ればアルコールは飛ぶだろ」

 

「ソースに火は入ってませんけどね!!」

 

「ほれ食ってみろ」

 

寿先輩が化合物Xを差し出すが和人も伊織も耕平も首を振り、千紗は先輩の焼いた普通のたこ焼きを必死に食べてる。最後の晩餐が化合物Xなんてお断りしたい。

 

「お、たこ焼きか? はは、随分と不格好だなぁ…どれ、いただきます」

 

「「「あ」」」

 

登志夫さんが化合物Xをヒョイッと一摘み口に放り込み…

 

バタンっ…ガクガクガク…ビクンビクンッ!!!!

 

「…予想以上にやばいシロモノだぞ!?」

 

「おいお前たちが作ったんだしお前たちが食えよ!?」

 

「桐々谷、何一人で逃げようとしている。 貴様も調理を止めなかった時点で同罪だ!!」

 

野郎三人(一人女装)が取っ組み合いながらギャーギャー騒いでいると千紗が不意に化合物Xを手に取った。

まさか食べる気か!? と思ったのだが…

 

「はい、伊織」

 

「食えるか!?」

 

「恋人らしいことしないと」

 

なるほどその手があったか。

くるりと身を翻し、千紗と伊織のやり取りを写真に収めて後の脅しのための材料にしようとしている耕平に化合物Xを突き出した。

 

「耕平、あーん」

 

「…血迷ったか桐ヶ谷?」

 

「いやいやまさか。スグに合わせる前にお前を葬っておこうって思っただけだよ」

 

微笑みながら耕平にあーんをさせようとしている姿はさながらカップル。 こいつ顔だけはいいからな。

 

直葉ちゃん(俺の妹)に会うまで俺は死なんぞ!! おい貴様、写真を撮ったな!?」

 

「お前だってさっき俺と千紗の撮ってたから同じだろうがバカめ! いいぞ和人、もっと顔を近づけろ。この写真を山本たちに見せれば耕平はあの世行きだ!!」

 

「おいおいお前たち喧嘩はダメだぞ」

 

「「「「だってこのバカ(伊織/耕平/和人/千紗)が!!!!」」」」

 

珍しく…というか無人島辺りから千紗もだいぶ振り切れるようになってきている気がする。

 

「こういう時はいつも通りゲームで解決だな」

 

「ほい和人。ゲームを決めるあみだくじっ」

 

手渡された紙に書かれたゲームは三種類。

 

ビールでイッキ飲み!

たこ焼き一気食い!

水イッキ飲み!

 

………ビールだ!せめてビールだ!!!!

 

 

30分後。 後輩達は死屍累々となっていた。

 

「まさかコイツらが気を使ってくれるとはな」

 

「なんだかんだ言って可愛いところがあるんだよな」

 

「私は最初っから全部かわいいと思ってたけどね〜」

 

倒れ込んだ後輩達を眺めながら諸先輩方は正真正銘、普通のたこ焼きを食べながら呟く。

 

「和人も色々とあったらしいが…年相応の楽しみ方をしてくれてるようだしな」

 

「遊んでなんぼだろうしなこの歳頃なんて」

 

たまたま和人が伊豆大に来て、たまたまこの店に下宿して…複数の偶然が重なった結果がご覧の有様になったのだが…来たばかりの和人は少しどこか遠慮しているようだったので心配だったのだ。自分たちとそう年齢の変わらない彼が難しい顔をしているのが。

 

「しかしこれで就活に集中できるな」

 

「俺らは製図とレポートあるしな。和人が居るうちは手伝ってもらうつもりだが」

 

「記憶に残る楽しい飲み会だった」

 

「もっともこいつらにとっては記憶に『障害が』残る飲み会になったようだが」

 

 

 

 

 

 

翌日、伊織が実家にパスポートを送って欲しいと電話したところ栞ちゃんが絶対に送らないと言われて電話を切られたらしい。不思議な事もあるもんだ。

 

「俺も実家に電話しておかないと…あとあっちにも…」

 

数度深呼吸して通話ボタンを押す。

平日の昼間だけど出てくれるか…? 数度のコールの後、心配の必要はなかったのか相手が出てくれた。

 

『────』

 

「お久しぶりです、桐々谷和人です。実は…えーと、用意して欲しい物がありまして…」

 

「なんだ和人もやっぱり実家に一度帰るのか」

 

耕平の首を締め上げている伊織は何だか初めて見る和人の様子に首を傾げながら眺めていた。

 

「…離せ北原…ッ!! 俺は栞ちゃん()直葉ちゃん()に会わねばならないのだ…っ」

 

「…何言ってるんだコイツ」

 

「もう電話終わったの?」

 

「あぁ、少し知り合い…?にお願いしてただけだしな。 伊織の実家に俺も着いて行っていいか?」

 

「おぉ、和人ならいいぜ? コイツは捨てて起きたいが…」

 

耕平は顔を青くしながらも未だしつこくのたうち回っている。なんて言う執念だ。

 

こうして伊織の実家&和人の実家巡りツアーが計画されたのである。



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実家に行こう!

なんで2ヶ月も経ってるんですかね前回更新から…
大変申し訳ありません…短めです。


「なんで私まで…」

 

「そう言うな。伊織の実家の後は俺の実家に直行の予定だしそっちで合流ってのも味気ないだろ?」

 

鈍行列車に揺られ、ガタンゴトン…と音を聞きながら流れ行く景色を眺め買っておいた駅弁をひと口食べる…うん、なんか旅行って感じがしていいな。

 

「栞のやつ、なんでパスポートを送らないとか言い出したんだ」

 

「1度も実家に帰ってないからでしょ」

 

伊織のあまりなアレに千紗は何を馬鹿なことを、と言い捨てる。

 

「肩でもお揉みしましょう」

 

「まぁまぁ、俺も伊織の実家…旅館だっけか? 行ってみたかったし丁度いい機会だろ」

 

「お飲み物お持ちしました」

 

「桐ヶ谷くんの実家は道場があるんだっけ」

 

「雰囲気のいい店があるからそこに連れて行ってやるよ」

 

「北原様、桐ヶ谷様…お土産はお饅頭で宜しいでしょうか」

 

「「千紗、窓を開けろ。心苦しいが窓からゴミを捨てる」」

 

「棄てられても追いついてやる!!!」

 

カバンに入れていたロープで耕平を簀巻きにし2人して担ぎ上げる。 家庭に不安を持ち込むわけにいかないのでここで処理をしなければ…!

そんな俺達を呆れた様子でこちらを眺める千紗を見て伊織はなにかに気がついたようだ。

 

「…なぁ、千紗。 お前も分類上は妹だよな」

 

「私が今村くんにお兄ちゃんっていうの!?」

 

グリンっと、耕平の首が90°回った。怖いなコイツ。

 

 

IMAMURA EYE

・Igaito Yoi Chichi

・Excellent HIP!!!

・Sister

 

 

耕平が耳打ちをしてきた。なになに…

 

「千紗……残念ながら選考落ちだそうだ」

 

「それはそれで妙に腹ただしいんだけど…」

 

本当に耕平は何様なんだろうか。

 

「耕平は後で捨てるとして俺たちは飲もうぜ和人、千紗」

 

伊織に促されて缶ビールを開け一口煽る。美味い…!

沖縄に行くまであんなに忌避していたのに…どこで俺は道を間違えたんだろうか。

いや、もしかしてこれが大学生の普通ってやつなのだろうか…? 酒を忌避する方が異常…?

チラリ、と横を見ると耕平が伊織のビールにスピリタスを注いでおり殴られていた。 何してるんだアイツ。

 

「桐ヶ谷くんも変わったよね」

 

「待て千紗。それはもちろんいい意味合いで…だよな?」

 

「伊織に似てきた」

 

「屈辱だ! 撤回してくれ千紗! 俺はこんなクズでもなければバカでもないからな!?」

 

「酷い言われようだな俺」

 

「私水買ってくるね。3人とも何かいる?」

 

「「「酒を頼む」」」

 

千紗がゴミを見るような目で伊織と耕平を見ながら席を立って行った。あいつも大変だな。

千紗が去ったのを待ってたのか耕平が珍しく神妙な面持ちで口を開く。

 

「以前聞いたことなんだが…北原と古手川は血が繋がってないんだよな?」

 

「あぁ、それか。 俺の親父が養子でな」

 

「なるほど。それで…その…古手川の母親は亡くなってたりするのだろうか…」

 

そういえばあの家で母親の話を聞いたことは無かったな…

 

「いや、和人と耕平が考えてるようなことは無いぞ。伯母さんは元気だし離婚とかもない。海外で仕事をしてるだけど」

 

「俺はてっきり複雑な事情があるのかと…」

 

「自然と避けていた話題だったもんな」

 

「最も…家庭が円満かって言われると「Verdammt(この野郎)!!」 ん?」

 

車両には俺達以外乗ってなかったのだが突然響く野太い声が聞こえてきた。随分と熱くなっているようなのだが何を言い争っているのか内容は分からない。聞いた限りドイツ語…だろうか。

 

Sie ein magisches Mädchen passt zu ihr(彼女には魔法少女が似合う)!」

 

Sei nicht dumm(バカを言うな)Sie muss einen HAKAMA tragen(絶対羽織袴だ)!」

 

かなり大きな声だ。 仕方ない少し注意してくるか英語でだけれど伝わるだろう。

 

「言ってくるよ」

 

「あぁ言ってこい賢いバカ」

 

「こういう時にしか役に立たんからな桐ヶ谷は」

 

「覚えておけよお前ら」

 

席を立ち上がり声の主の方へ視線をやるとエギルのような体格の男が二人言い争いをしていた。

 

二人ともゴリゴリの肉体にはち切れんばかりの魔法少女のようなフリフリの衣装を身に纏って。1人は魔法のステッキも持っていた。

 

 

「………」

 

「どうしたバカ(和人)

 

「何でもない。俺たちは何にも聞いていない。言及するな戻って来れなくなるぞ」

 

静かにしていれば嵐も過ぎ去る筈だ…

チラリと覗いてしまった伊織も無言に賛同して俺たちは静けさを取り戻すまで祈った。直ぐに先程までの言い争いは聞こえなくなったので伊織と二人でもう一度、先程の外国人達の居た場所を見たのだが…

千紗を相手に外国人二人が膝を着いていた。

 

「和人、男三人旅楽しみだな」

 

「俺が生きている間はパーティーメンバーを見過ごすことは出来ない……出来ないが……っ!」

 

「お前たちどうしたんだ」

 

そうこうしていると千紗が伊織の肩をミシミシと音を立てながら鷲掴み筋肉魔法少女二人に向かって「私の彼氏」宣言をすると見事に攻撃の矛先が全て伊織へと向かった。

これで平和になるな。

 

「話はこの今村耕平が聞く!」

 

「無茶言うな!? 初対面かつ相手は言葉の通じない外国人だぞ!!」

 

ふと、気がついたことがあったので耕平の肩を叩き筋肉の胸元に付いたバッジを指さしてやる和人。

 

ららこたんバッジ

 

無言で肩を組んで小躍りするオタク達に白い目を向けながら読書に戻る千紗。酷い絵面だ。一応ここ電車の中だからな。

意気投合した3人はどうやら伊織を始末する方向で意見が一致したらしい。

 

「待て待て待て!? 和人、和人さん! コイツらに俺に敵意は無いことを伝えてくれないか!?」

 

「あー…うーん…」

 

とりあえずコイツらしい解決方法の為に思い浮かんだことを英語ながらに伝えると意外にも2人は笑顔で答えてくれた。

 

「「Trinken(飲め)」」

 

笑顔で伊織に酒を差し出している外国人2人。

これで解決。

 

「お前なんて伝えたんだよ!?」

 

「こいつはお酒が大好きですって」

 

「やっぱりお前は馬鹿だよクソっ!」

 

コトッ、と和人、耕平の前にもグラスが置かれる。

そして奴らはテーブルに置かれたビールの缶を指差し笑っていた。

何言ってるかは分からないんだが…

 

「「「OK、喧嘩を売られてることはわかった」」」

 

3人揃って一息にショットグラスを傾け、空になったグラスをテーブルに叩きつけた。

 

「何だこの酒…ッ」

 

「ぐっ…!!」

 

「美味いな……」

 

一人だけなんだか違う事を言ってるのは和人である。 大体、普段の伊織と耕平はアルコールの味の違いなんてあまり分からないのだが今回のはかなり癖がある様だ。

それから数分、5人は数杯飲み続けたのだが伊織と耕平は苦戦しており和人は次々に飲み干していっており何なら少し薄いとすら思い始めていた。

 

「ナニしてるノ!!」

 

スパァン!! と音が響くほどの一撃が外国人二人の脳天に叩き落とされた。

 

「スみませン! スみませン! コの二人、ホントにアタマが悪くてっ」

 

二人をノシたのは彼らの連れであろう綺麗な外国人の女性だった。ひたすら謝りながら二人の首根っこを掴んであっという間に隣の車両へと移っていってしまう。

 

「何だったんだいったい…」

 

「分からない。突然声をかけられたから…」

 

「暴走した観光客か」

 

「千紗は美人だしな。ナンパだったのかもしれん」

 

改めて四人で座席に戻ると伊織が苦笑しながら呟いた。

 

「とりあえず俺はさっきの女の人に親近感が湧いたよ」

 

「どうして?」

 

「いやぁ、バカに振り回されてるところとかさ」

 

「あぁ、なるほどな」

 

「それは俺も思った」

 

「私も」

 

あははは、と和やかに4人が笑うが和人はどうしても今のセリフが引っ掛かった。いや和人だけではなく全員が、である。

 

「お前ら、自分が常識人ポジションだと思ってるのか!? 烏滸がましいぞ!?」

 

「それはこっちのセリフなんだけど!?」

 

「俺のセリフだろ!」

 

「バカ三人をまとめてる俺の身にもなれよ!?」

 

 

 

 

 

 

 

「いらっしゃい」

 

「ようこそ北原旅館へ」

 

髭を蓄えた男性と和服の似合う女性、それに栞ちゃんが目の前に座っている。思ってたよりも凄い大きさの旅館だった。

 

「お久しぶりです。叔父さん、叔母さん」

 

「久しぶり千紗ちゃん。大きくなったわね」

 

「そちらの二人は伊織の友達かい?」

 

「はい、桐々谷和人です。伊織にはいつも世話かけさせられています」

 

信じられないものを見た目で俺を見つめている千紗。

 

「俺は今村耕平といいまして、栞ちゃんの本当のお兄様です」

 

「オイコラァァォォァァ!!!?? なぜ我が家に不和をもたらす! そして世話をかけさせられているのは俺だ和人ォ!」

 

「そんなつもりは一切ない」

 

「余計タチ悪いわ! そうだ母さん俺のパスポート!」

 

そう言えば里帰りじゃなくてパスポートを取りに来たんだった。すっかり忘れていたな……沖縄行った時もそうなんだがアスナを置いてコイツらと旅行なんてして俺は大丈夫なんだろうか。

 

いや大丈夫じゃないな。確実に。

 

「栞、パスポートは!?」

 

「千紗姉様、今村さん、桐ヶ谷さん温泉にご案内しますね」

 

「「「助かる」」」

 

「あれ、俺の言葉聞こえてる? というか俺の事ちゃんと見えてる?」



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実家に行こう! 北原旅館!

SSSS.DYNAZENON が終わってしまい、よもゆめ優生思想に取り憑かれています。
この話を書き終えるまでにSSSS.DYNAZENONのクロスオーバーSSが4話書き上げました。
違うんです。許してください。

DYNAZENONの方も後ほどあげます。

そう言えば連載して1年経ってました。初期から呼んでいただいてる皆様、本当にありがとうございます。


さて、伊織が栞ちゃんに土下座してパスポートをねだっている姿を写真に収め、PaBの連絡グループへと送信したので和人は温泉に向かうことにした。

 

それにしても立派な旅館だ。

ご両親も穏やかそうな人だったし妹もしっかりしてるし…やはり伊織は自然と橋の下辺りにPOPしたんじゃないか?

などと馬鹿なことを考えていたら遅れて伊織、耕平が風呂へと入ってきた。

 

「聞いてくれよ和人」

 

「妹に土下座してた話か?」

 

「違ぇよ!? あの電車で会った外国人たちがウチに泊まりに来ている」

 

「へぇ、そりゃまた。 偶然もあったものだな」

 

「そしてコイツは北原旅館の見取り図を落としたらしい」

 

「へぇ、そりゃまた。バカも極めたものだな」

 

………もしその見取り図をあの外国人達が拾ったら…?

 

「恐らく奴らは栞の部屋に向かうだろう。そこを颯爽と俺が助けてパスポートを返してもらう算段だ」

 

「「この外道め…!!」」

 

自らの家族を贄に使うとは人としてゲスもいいところと和人、耕平は吐き捨てる。

 

「というかさ、栞ちゃんもそうだが千紗も狙われるんじゃないか? アイツらの様子からすると」

 

「そうだ、古手川はどうするつもりだ?」

 

「安心しろ、こういうこともあろうかと千紗風のウィッグを作ってきた」

 

「お前が着るんだよな。 なぁ、そう言ってくれ伊織」

 

「これを和人に着せる」

 

畜生…ッ!! と風呂場で項垂れる和人。

普通に考えて用意されていても着なければ良いだけなのだが、女装に慣れた弊害なのか拒否をするという選択肢が完全に消え失せているのである。

ノロノロと脱衣場に戻り三人揃って身体を拭いていると和人はふと思った。

 

「というかさ、本当に栞ちゃんの所にヤツらが来るのか?」

 

「あぁ、宵街きららが好きならば栞ちゃんに興味が無いはずがない」

 

「宵街きらら?」

 

説明しよう。

宵街きららとは女将で園児にして前世の妹な『青色スプリング』の妹キャラで栞ちゃんに、千紗にも少し似ている凄いキャラなのだ。

 

「属性盛り過ぎだろ」

 

「大きなギルドの副長で料理もできて美人で閃光なんて二つ名がついてるお前の彼女に比べたら属性は少ないだろ」

 

「……………はっ、それもそうだな」

 

衣服を着ようと籠に手を伸ばすと「きらら」と書かれたスモックが入っていた。 なるほど、これが宵街きららの衣装か。

じゃなくて!!

 

「おい伊織(バカ)これはいったいどう言う…」

 

女装ならまだしもこんな格好をするだなんて聞いてない! と伊織に問いただそうと視線を向けると全く同じ衣装を伊織も持っていた。

 

「古手川も似ているが年齢がな」

 

「おいちょっと待て」

 

「俺たちの着替えがおかしいのにツッコめ」

 

「着てきた服は?」

 

「どこにも見当たらん。和人のは洗濯機にぶち込んだからここにはない」

 

「やっぱりお前が犯人かよ!」

 

「やれやれ、ならそれを着るしかないだろう」

 

「「絶対に嫌だ」」

 

伊織はどうでもいいが、なんで俺まで着ないといけないんだ。 耕平の旅館浴衣を剥ぎ取ろうと軽く顎に一撃を入れていると、北原父が浴衣を片手に更衣室から出ようとしているのが目に入った。

 

「何しているんだねマイダディ」

 

「外国人のお客さんがな。 栞に『これ(スモック)』を着て欲しいと言っていたんだが、栞は嫌がってな。だから同じ遺伝子を持つお前が着れば大丈夫だと」

 

なるほど、この人も中々にヤバい人だな!?

 

「伊織はスモックでいいんでその浴衣を俺に貸してくれませんか!?」

 

「ん? 構わないよ」

 

北原父の手から浴衣をかっさらい、伊織に捕まる前に腕を通した。 パンツはないがそんなの今更だ…と和人は一息付き、先程気絶させた耕平を引き摺りながら北原親子を更衣室に放置して外へと出た。

 

「あ、お風呂ゆっくり入れましたか?」

 

「あぁ、凄く良かった。 疲れが取れた感じするよ」

 

それは良かったです。ふふ。とハンカチ片手に笑う栞ちゃんの後ろには恐らく薬か何かで眠らされたであろう外国人二人が椅子にもたれかかっていた。 まさか!?

 

「ダメですよ。和人兄様」

 

カクン…と、和人のカラダが崩れ落ち、気絶した耕平の身体に重なるように倒れた。

 

目が覚めたのは晩飯の時間になってから。

伊織と耕平に蹴り起こされ、痛む身体を動かしながらなんとか卓に付くと刺身や天ぷらなどの料理が運ばれてきた。

美味そうだ…

 

「伊織はこんなものを食べて育ったのか」

 

「立派なものを食ってこんなクズになるとはな」

 

「贅沢者」

 

「バカ言うな。食えても期限ギリギリの余り物だけだ」

 

「乾いたお刺身とか食べ飽きましたね…」

 

伊織と栞ちゃんは遠い目をしながら食事を口に運んでいく。 旅館の子はそれはそれで大変なのか。

 

「栞が大きくなってからはコイツが作ってたけどな」

 

(栞ちゃん)の手料理か……ァ!」

 

「面倒だから殺気立つな。和人はどうなんだ?」

 

「ウチは当番制だな。親は仕事で居ないことが多かったし…まぁ俺も二年ほど起きてなかったからごく最近の話になるけど」

 

(直葉ちゃん)の手料理か……ァ!」

 

「面倒くさ…」

 

千紗がボソッと呟きながら刺身を摘んでいる。

 

「そんなに言うなら帰りに弁当でも作ってもらえばいいだろ」

 

「いいのか栞ちゃん!?」

 

「それくらいでしたら。千紗姉様と和人兄様にも」

 

「なんだか申し訳ないな」

 

「うん、無理しなくていいんだよ?」

 

バカな兄の提案に答えようとしてくれていると考えるとなんて可愛そうで健気な妹なんだ…と涙が流れる。その兄は無関心にビールを注いでいた。

はっ倒してやろうか。

 

「いいんです。嬉しいんですよ? 旅館で疲れを癒し、帰りの電車で楽しそうに千紗姉様が私のおにぎりを手に取り、今村先輩が私手作りの卵焼きを食べて、和人兄様が旅館での出来事を思い出しながら唐揚げを味わい、兄様が私手作りのパスポートを手に笑顔になる…私、そういうのが凄く嬉しいんです」

 

「栞ちゃん…っ」

 

「なぜお前が兄様呼ばわりされている桐ヶ谷?」

 

「日頃の行いだろ」

 

「いや、俺のパスポート偽造されてなかった?」

 

そういえば栞ちゃん、いつの間に着物から浴衣に着替えたのだろうか?

そしていつの間に俺は千紗みたいな格好になったんだろうか。

 

何の気なしに食事を楽しんでいたが和人は伊織が用意していた千紗ウィッグを装備していた。薄く化粧もしてある。

 

「浴衣姿、似合ってるね栞ちゃん」

 

「うん、可愛い」

 

「どうですか、兄様?」

 

褒められて嬉しいのか実の兄に浴衣姿を見せるよう少し手を開いて微笑む栞。

それに対して伊織はしっかりと眺めて『色気がねぇな』と感想を覚えていた。

 

「とりあえず一枚脱いでくれ」

 

「実の妹に何を…」

 

「兄妹では普通のことだろう? なぁ、桐ヶ谷」

 

「今すぐお前を警察に突き出してやろうか?」

 

こいつはスグに近付けちゃ絶対ダメだ。

 

「ところで兄様。栞はどこで寝たらいいですか?」

 

「あ〜それは…「耕平兄様の布団で一緒にゴヘァ?!」 和人、悪いけど処分してきてもらえるか?」

 

「山に埋めてくる」

 

「千紗と一緒の部屋じゃダメか?」

 

「私は別にいいけど…? さっき警察も来ていたみたいだし栞ちゃん1人じゃ心配」

 

「頼んだぞ千紗。 いざとなったらこの偽千紗(和人)を差し出すんだ」

 

千紗が危ない目に合わないように俺が犠牲になるのはやぶさかでないが伊織の命令だと無性に腹が立つな…

 

「アノ、先ホドは失礼しましタ」

 

鈴のような綺麗な声が聞こえ、そちらに視線を送ると電車の中で出会った外国人の女性が酒瓶をお盆に乗せてやって来た。

 

「えっと……?」

 

「あの外国人のツレでカリーナというらしい」

 

「カリーナでス。 ツレが申し訳ありまセン」

 

「その他の二人は何処に?」

 

「確カ写真がどうノ…トカ言っテました。松ノ間二居ると思いマス」

 

ざっと二人は立ち上がって和人の両腕をつかみ引き摺るように食事処を後にする。

 

「おい、なんで俺まで」

 

「ヤツらを完璧に沈めるにはお前が必要なんだ」

 

「あぁ、お前しかいないんだ和人」

 

真剣な表情をしながら和人の肩を掴む伊織と神戸の様子に和人もゆっくりと頷き、立ち上がった。

 

「わかった。俺に出来ることならやらせてもらう」

 

そして数分後、部屋に乗り込んだ俺たちは栞ちゃんや千紗の写真をフィギュアや抱き枕に貼り付けている外国人二人に対し、俺たちは酒を取りだし勝負をしかけた。

 

「ハッ、坊やたちまだ飲み足りないか?」

 

「チェイサー有りの勝負にしようぜ」

 

「オイオイ、大和魂は二次元に置いてきたか!? ジャパニーズゥ!?」

 

と、ゲラゲラ煽っていた外国人のお二人はチェイサーと思い、我々が用意した水(可燃性)を煽った瞬間沈黙した。

 

「お前達の酒がチェイサーでこっち(スピリタス)が酒なんだよォ!」

 

酒、やはり酒は全てを解決する。

 

「はっ、口程にもねぇ!」

 

「…しかしまぁこんなにする程、アニメのキャラが好きなんだな」

 

「サークル仲間で日本に旅行に来るほどだしな…」

 

サークル仲間で、なぁ………ん?

 

「なぁ、耕平。もしお前が同好の士と旅行に来るとしたらやっぱり仲間内だよな?」

 

「まぁ、そうだな。興味が無いやつを誘っても面白くはないだろう……ん?」

 

「なんだ、どうした和人、耕平」

 

「いやな? コイツらと同じサークルのあのカリーナって女も……同じなんじゃないか?」

 

「………!!!! そうか、そうじゃなければこんなヤツらと一緒にいる必要が無い!!」

 

「あぁ、こんなのと一緒にいるなんて罰ゲームもいい所だ」

 

「お前、今すぐ俺と伊織と千紗に土下座しておけよ」

 

とりあえずコイツらに聞いてみるかと眠っている二人を叩き起こす。

スピリタスのせいでぐでんぐでんになってるが…まぁ、大丈夫だろう。

 

「和人、翻訳頼む。カリーナについて聞きたいことがある」

 

「英語でだけどな…あー『私はカリーナにとても興味があります』」

 

「「!?」」

 

「彼女は日本の何が好きなんだ」

 

「『彼女は日本人のどんな所を好きになってくれますか?』」

 

「「oh......!!」」

 

「栞と千紗に危険はないか?」

 

「『私の家族と仲良くなれるでしょうか?』」

 

「「Supporting international marriage of students」」

 

…ん?

 

「桐ヶ谷、ヤツらはなんて言ってるんだ?」

 

「俺たちは学生の国際結婚も応援するってさ」

 

「なんでそうなった!? お前の英語おかしいんじゃないか!?」

 

勉強してきた通りに喋ったつもりだが…やっぱりまだまだだな俺も。

もう少し話してみると彼らは『青色スプリング』というゲームのシーンを栞ちゃんと千紗で再現したいとの事だった。

…青スプなぁ?

端末を開き軽く調べてみるとしっかりと『R18』と出てきた。エロゲーかよ!!!

 

「エロゲーじゃねぇか!!」

 

「「「それがどうした?」」」

 

「おい和人。妹を持つ仲間として手伝え」

 

「そうだな…ヤツらはともかくやっぱり耕平はここで始末しておくべきか」

 

ゴキンッ…!!と指を鳴らし、俺と伊織は始末するべく動いたのであった。

 

 

 

 

 

 

カリーナ、栞、千紗が松の間に入ると千紗の外見をした和人がスモックを着て写真を撮られ、PCの画面に写ったイラストに似ているポーズを決めている。

 

「…何してるの?」

 

「千紗。いや、こいつらがお前にこういう写真を撮らせろって言いよる所を俺が止めていたんだぞ?」

 

「…私の格好で?」

 

「………千紗さん? その拳は…」

 

「…………もうこんな時間だし桐ヶ谷くん。寝ないとね」

 

「永遠の眠りてき……なッ!!?」

 

強烈な一撃が和人の鳩尾を抉り抜き、彼の体が宙に数瞬浮いたあとドサッと畳の上に落ちたのであった。

ちなみに伊織はカリーナに求婚したと勘違いされ、挙句結婚しようと言われたので栞ちゃんにパスポートを押し付けられ翌日には家を追い出されるのである。



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馴染みの店に行こう!

お気に入りしている方が増えて本当に嬉しいです…

ふと思ったのですがまさか、まさかとは思いますがコレを読んで「ぐらんぶる」を知った人は居ない…ですよねぇ?


「お、あったあった」

 

部屋の棚を漁っていると目的のパスポートを見つけた。 留学前に使うことになるとは思ってなかったけどアイツらと行くなら…と見つけたモノをカバンの中へとしまった。

そう、北原旅館を出た俺たちが次に向かったのは俺の実家。 つまるところ桐ヶ谷家である。

 

「殺風景な部屋だな」

 

「ムッツリなコイツのことだ。何処かにエロ本隠してるぞ」

 

「殺風景も何も必要なものは軒並みGrand Blueの方に持ってって生活してるしな。あっちの方が生活感あるだろ」

 

「…桐ヶ谷くんって部屋で寝たことあったっけ?」

 

思い返せば伊豆に行ってから与えられた部屋で寝た回数は片手程しかない気がする。

それでも健康的で文化的な最低限の生活はしているはずなので問題は無いだろう。きっと。たぶん。

 

「お義兄様、(直葉ちゃん)は何処に?」

 

「受験生なのにお前らが居たら集中出来ないと思って図書館に行ってもらった」

 

「ガッデム…!!!!」

 

「直葉ちゃんに申し訳ない」

 

「しかしまぁ…すんなり目的のもの見つけたしどうするんだ? 街でも行くか?」

 

そもそもパスポートを実家に取りに行くだけの事をスムーズに出来なかったのは伊織の所為であって普通は出来ることなのだが…

 

「和人オススメの店あるんだろ? 折角だし昼から飲もうぜ」

 

オススメの店、エギルの店である。

チラリとバカ達に視線を移すと相変わらずの間抜け面をしていた。

 

「…千紗さん。昼間っから飲みに行っていいでしょうか」

 

「………まぁ、いいんじゃない? 折角だし」

 

「「千紗様…!」」

 

夏休みを経て千紗は随分と可笑しく……、愉快な性格に変質しているように感じたのは和人だけでは無いだろう。

とりあえず床に転がって血の涙を流している耕平を叩き起して久方ぶりに帰ってきた桐ヶ谷家をさっさと後にする。

たかだか三ヶ月離れただけというのに街並みが懐かしく感じるとは…来年から留学をすれば今のように手軽に帰って来れる距離でもなくなってしまう。 アスナが居ればホームシックになることは無いと思うが…。

 

「明日奈さんには連絡しないの?」

 

「ん? あー、明日奈は少し用事が…というか京子さん…母親が今連れ回していると思う」

 

「仲がいい親子なんだな」

 

「若干俺のせいってのもあるんだけどな…今回のは」

 

まさか承諾してくれるとは思わなかったし、と付け加える和人にまたバカなことを考えているのか?という視線を隠さなくなってきた三人。

電車を乗り継ぎながら目的の店である「ダイシー・カフェ」に辿り着く。

 

「おい、和人(バカ)準備中の札掛かってるじゃねーか」

 

「ん、出直す?」

 

伊織と千紗の言葉を無視して札が掛かった扉を開けて勝手に中へと入り込んでいく。

 

「ついに文字も読めなくなったか…」

 

「桐ヶ谷くんもお酒に脳をやられたんだね」

 

「妹と娘がいる天罰だ」

 

好き勝手言い過ぎじゃないか?

 

「悪いな、今はまだ準備中………キリトか?! 」

 

「よっ、エギル。相変わらずだな」

 

「おいおい、来るなら先に連絡よこせよ! クラインの奴も会いたがってたぞ?」

 

「連絡したらお前が驚かないだろ。…あ、紹介するよ。 俺が今下宿している店の娘の千紗、それとバカ二人だ」

 

「あ、えっと…古手川千紗です」

 

「どうも、北原伊織です。こいつはバカです」

 

「どうも、今村耕平です。さっきのはバカです」

 

紹介をしたら後ろで二人が殴り合いを始めたのでスルーしておくのだが、エギルがそれはもう見た事がないほどの間抜け顔で伊織達を見つめている。

 

「キリトの友達…?」

 

「毎回思うがお前はどんだけ友達が居ないんだ?」

 

「孤高のソロプレイヤー(笑)」

 

「桐ヶ谷くん……」

 

「千紗、哀れみの目で見ないでくれ…伊織…とりあえず表に出ようか? 今日こそお前をぶちのめす」

 

ギリィ!と歯を食いしばりながら拳を構える和人にエギルは豪快に笑い、とりあえず何が注文しろ奢りだ!と手招きしてくれた。

和人と伊織は胸ぐらを掴み合いながらも、カウンター席に腰をかけ続くように千紗と耕平も腰を据えた。

 

「しかしまぁ、キリトに友達とはなぁ…」

 

「エギル、お前いつまでそれ言うんだよ…俺だってまだ年頃の男なんだぞ? 友達の一人、二人ぐらい…」

 

「今まで居なかったろ」

 

「……うぅん…」

 

学友、に当たる存在は居たとは思うのだが伊織や耕平ほどに付き合いがあったか…と言われればそれはない。 たかだか三ヶ月の付き合いの方が数年の付き合いよりも濃密過ぎる。

 

「改めて…アンドリュー・ギルバート・ミルズです。この店のマスターをやってる。キリトとは古い付き合いでな。伊織と耕平…って言ったか? キリト…あー、和人は普段どんな感じなんだそっちで」

 

「「クズ(ゴミ)ですね」」

 

「……?」

 

「安心しろエギル。 そいつらは今自己紹介し直しただけだ」

 

「貴様、言うにことかいて俺たちがクズだと!?」

 

「そうだ訂正しろ! クズなのは北原だけだと!」

 

「まあまあ…俺の聞き方が悪かったみたいだな。 お前さんたち注文はどうする?」

 

相も変わらず和人を挟んで取っ組み合いを始めそうになった二人を仲裁する姿は流石大人、と言ったところか。改めてエギルの事を見直した和人である。

さて、注文は? と聞かれ答えるのは容易い。 しかしそれは普通の居酒屋やPaB関係者がいる場合であり、目の前のエギルは和人の本当の年齢を知っている。

だからこそ、この注文は慎重にすべきだ。

 

「「「「ビールで」」」」

 

和人、千紗、伊織に耕平は一部のズレもなくビールを注文した。やっぱり飲み始めはこれだろう。慎重とはなんだったのか。

 

「あー、キリト? お前って確か「大学生だ。一応」 いや、な? キリ「ビールで」 はぁ……まぁいいか」

 

意外と物わかり…というかノリがいいエギルなので苦笑しながらジョッキにビールを注ぎ持ってきた。なんならエギル自身もジョッキを持っている。

 

「店はどうするんだよ」

 

「臨時休業…ってことで。そんじゃ、再会とキリトの友達に乾杯っ!」

 

「「「「乾杯っ」」」」

 

5人がジョッキをぶつけ合い、耳に心地の良い音を立てる。 そのまま口元へ運び喉を鳴らしながら半分ほどまで中身を流し込んでいく。

美味い……っ!

 

「いい飲みっぷりじゃねぇか。だいぶ飲んでたのか?」

 

「まぁな…」

 

「これは飲むうちに入るんだろうか」

 

「さてな…」

 

遠い目をしながらぐびぐびと残り半分を一気に飲み干し乾杯から一分待たずに二杯目を要求した。

 

「そういやキリトやお前さんたちは何かのサークルに入ってるんだってな。リズ達がこの前愚痴に来ていたぞ」

 

「アイツら……俺たちはダイビングサークルなんだよ。 沖縄の海にも行ったんだぞ?」

 

「毎回レンタルも厳しいから俺と和人はバイトして道具一式買おうと思ってるんですよ」

 

「俺もそろそろ考えないとな…」

 

「4人で都内のダイビングショップ見に行こうか?」

 

レギュレータやらダイコンやら…値段はピンキリなもののやはり長く使いたいし、そこそこいいモノが欲しいと思ってしまうのはハマったものの性であろう。

ある程度買い揃えておけば渡米した後でも使えるだろうし。

 

「ダイビングか。昔一度だけしたな」

 

「そうなんですか?」

 

「あぁ、パラオでな」

 

「「「「パラオ…!!!!」」」」

 

千紗の問に対しての答えに俺たちはつい声を上げてジョッキを掲げていた。

 

「な、なんだお前ら?」

 

「いや明後日から俺たちパラオにバイトしに行くんだよ」

 

「明後日だっけ?」

 

「たしか?」

 

「お前さんたち、なんというか…随分と詰め込んだ生活してるんだな…」

 

確かに余裕はあるけれど余裕が無い生活をしている気はしていた4人は目を逸らしながら二杯目のビールをカラにした。

ペースとしては早い気もするがビールなんてアルコールが無いに等しいものだろう、と考え和人が動く。

 

「なぁエギル、ウォッカとウィスキーないか?」

 

「あるっちゃあるが…そんなものどうするつもりだ?」

 

「見せてやるよ…PaB式の飲み方ってやつを…」

 

 

 

 

 

 

 

 

日も暮れ始めた頃合、仕事を終え端末に入っていたメッセージを見た男 クラインこと壺井遼太郎は大急ぎで馴染みの店であるダイシー・カフェへと向かっていた。

キリトが店に来ている。そんなメッセージが入ったのは今よりも5時間ほど前である為、今更行ったところで会えないかもしれないのだがそれでも彼は走り、ようやく店の入口が見えた。

見えたのだが入口の看板は【CLOSE】のままだ。 もう閉めた…と考えるには早くゆっくりと近づくと普段からは考えられない賑やかさが中から聞こえて来る。

 

貸切でもしてるのだろうか?

 

少しだけ、扉を開いて中を覗くと………

 

 

 

 

「「「「「アウトォ! セーフゥ! よよいのぉよいぃ!!!」」」」」

 

 

 

 

リズベットがキリトとよく知らない男を二人裸にひん剥いて高らかに笑っていた。

 

 

 

「アッハッハッハッハッ!!!!」

 

「まだだ!まだ俺たちは負けてねぇ!」

 

「いや北原さん裸じゃないですかっ!?」

 

「ここからが真の戦いだ!」

 

「今村さんも素っ裸じゃない…」

 

「いくぞ伊織、耕平!」

 

「桐ヶ谷くん、彼女さんがこれ見たら破局ものだよ?」

 

シリカにシノン、知らない女の子が呆れ顔で野郎三人を眺めていた。いったい何が起きているんだ…? とクラインが視線をさ迷わせればエギルが笑顔で手招きをしている。

 

「お、おいエギル。ありゃキリトか?」

 

「あぁ、アレはキリト…ってか桐々谷和人だ。あの三人は友人の北原伊織、今村耕平、それと古手川千紗」

 

チラりと和人達の方に視線をやれば…

 

「ふっ、珪子ちゃん。俺が裸だって?」

 

「北原さんそんな堂々と立たないでくださいよ!? どうみたって裸じゃないですか!!」

 

「これを見るんだな…!!」

 

「そ、それは…ヘアピン!? ………それは服に入らないですからね!?」

 

「北原、かかって来なさい!!」

 

「里香さんまでぇ…!!」

 

あれがキリトの友人………?

 

「おぉ、クライン。久しぶりだな」

 

「キリト、お前帰ってくるな「悪かったって。驚いたろ?」 そりゃ驚いたけどよ…」

 

今の現状に。というかなんでお前さんも裸なんだよ。

 

「ほら、走ってきて疲れたろ。ウーロン茶でも飲めよクライン」

 

「お、すまねぇなキリト!」

 

話しかけて来た感じは伊豆に行く前と…てかALOで会った時と何ら変わりはないんだけどなぁ…と首を傾げながら渡されたウーロン茶を呷る………

 

「ゲホッ!? ゴホッゴホッ!? な、なんだこれ…っキツい…っ」

 

「それキリト達が教えてくれた新メニューだ。PaB式ウーロン茶ってやつだな」

 

「ウーロン茶じゃねぇだろこれ!」

 

「ウォッカ9にウィスキー1を入れた飲み物だな。色はウーロン茶だろ?」

 

「お前さんは色で飲み物を判断してるのか…?」

 

よく見ればキリトも同じ飲み物を手にしており本当のお茶のようにガブガブと飲み干しているのでクライン的に彼の将来が心配になった。

 

「アンタたち何時まで裸で居るのよ…」

 

「服に心を縛られる…実に虚しい事じゃないか?」

 

「今すぐ人類に謝りなさい」

 

金髪の青年はシノン(女子高生)の横に腰を据えて酒を飲んでいた。 警察に見られたら即現行犯で取っ捕まる光景だった。

 

「あの金髪がALOで一緒にクエストをしたららこだ」

 

「マジかよ…」

 

キリトに友達が出来たことを喜べばいいのか、それともこんな状況に困惑すればいいのか…

 

「クライン」

 

「…んだよ」

 

「乾杯」

 

「はぁ…ったく、乾杯!!」

 

とりあえず、今を楽しめばいいのか。

その後、アルゴが店に水樹カヤを連れ込んできたり菊岡誠二郎がやって来たりと騒がしい事になったのだが筆舌に尽くし難い内容のため割愛しよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

某所にて一人の女性は自ら打ち込んだスケジュールを眺め、嬉しそうに微笑んだ。

 

「キリトくんとデートかぁ…ふふっ」




次回

閃光参戦。


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いざパラオへ!!

なんか知らないですけどあっという間に1話書き終わりました。

あとえげつないほどお気に入りとかが伸びていて皆さんアルコールキメすぎでは…?と戦慄しています…
本当、感想とかめちゃくちゃ嬉しくてありがとうございました!




【成田国際空港】

 

OWD(オープン)だとあんまり深いところ潜れないからアドバンス…みんなで取っておきたかったね」

 

「アドバンス取るためにバイトしに行くんだし仕方ないだろ。 グアム経由で行くんだっけか」

 

「そうだな。理由はどうであれアメリカに足を踏み入れる訳だ…耕平、ポルノ規制とかで引っ掛かるなよ」

 

「バカめ。俺がそんな物を持っていると思うか?」

 

「向こうは規制厳しいらしいもんね」

 

「「「「はははははっ!!」」」」

 

朗らかに笑い合う皆。しかし耕平はカバンをしっかりと抱きしめて凄まじい形相でこちらを睨みつけていた。

 

「フーッ!!! フーッ!!!」

 

「お前は何を持っていこうとしてるんだ…」

 

「早く鞄の中身を出せ。飛行機が間に合わん」

 

泣き喚く耕平を伊織と二人で締め上げ、鞄の中に入っていた本にの数々を処分し飛行機へ。全く…こっちは朝早くから大変だったってのに。

 

「出国する前でよかった…」

 

「あっちでトラブルになるのはゴメンだからな…」

 

「俺たちまで同罪になるのは勘弁だ…」

 

「ほほう、そこまで言うのなら北原…お前はグアムでエロ本を見付けても買わないんだな?」

 

「当たり前だろう…」

 

 

 

 

【グアム国際空港】

 

「フーッ!!! フーッ!!!」

 

「桐ヶ谷、手伝え」

 

「あぁ、気を失わない程度にシメる」

 

考えが丸わかりな伊織の顔面に耕平と千紗が一撃をぶち込み、和人がジャーマンでトドメを刺して飛行機内へと連れ込んだ。

あまりにも手が掛るヤツらだ…

機内で弁当を食べたり、パラオの観光ガイドを読んだり、朝早かったので寝たりなんだりしているとようやく、パラオ・コロールへと到着した。

 

 

 

 

【パラオ・コロール】

 

「ようやく着いたな…」

 

「こんな時間か…」

 

「やけに疲れた…」

 

「グアム経由は時間がかかるから…」

 

空港到着ロビーを通り、軽く外を眺めると日は既に沈み時間も夜を迎えていた。 スーツケースを転がし、早く現地の酒を飲んでみたいな…と思いながらこの後の日程を千紗に聞いてみる。

 

「この後どうするんだ」

 

「誰かが迎えに来てくれる…らしいよ?」

 

「あれじゃないか? ドルフィン…ってボード持ってるし」

 

伊織が気が付いたのは出口付近で分かりやすくボードを構えている人影。案内があるのは助かる。長旅の後に自力で移動となると疲れるし…

 

「今年の夏は盛り沢山だったなぁ…」

 

「研究室でピザ食って1週間ほど監禁されたり」

 

「カヤ様と無人島に行ったり!」

 

「伊織の実家に行ったし、桐ヶ谷くんのご家族にも会ったし」

 

「…直葉ちゃんに挨拶してないんだが?」

 

「耕平、気絶していたしな」

 

「エギルさんのお店はまた行きてぇもんだ」

 

「新しくPaB式ってメニュー作るって言ってたね…」

 

エギルの店で急性アルコール中毒が起きなければいいのだが…

 

「楽しそうなお話ですね」

 

そう呟いたのはボードを持っていた人物。

女性だ。

 

「そんな楽しい話じゃないんですけどね」

 

「いえ、楽しそうですよ」

 

女性は掲げていたボードを下ろし、目深に被っていた麦わら帽子を脱ぐと艶やかな髪がサラリと現れ、眉を吊り上げながらドヤっとした表情が見えた。

 

「私が居なかった時の話が、ね」

 

「「「ケバ子ぉぉぉ!?」」」

「愛菜!?」

 

愛菜は実家に手伝いで帰っていたはずだ!?

何故パラオに!?

 

「実家に帰っていたんじゃ!?」

 

「帰ってたわ! 来る日も来る日も家の手伝い…っ! そっちも皆、過酷な労働をしてるかと思えば皆でキャンプ!? 写真を見たら沢山人いるし!」

 

「カヤ様に出会えて最高だった」

 

「その後はPaBで納涼祭なんてしてるし!」

 

「酷い納涼祭だったな…未だに内容を思い出せない」

 

「次は伊織の実家!!」

 

「いい温泉だったよ」

 

「最後は和人の実家!!」

 

「面白い店に行ったぞ」

 

「挙句にパラオってどういうつもりよ!!!!」

 

要するに自分が居なかった時に楽しそうにやっていたこちらが羨ましかったようだ。 なんだかんだ桜子とか乙矢くんとかが普通に居るようになっていたから…大変申し訳ないがすっかり忘れていた。

 

「私が居ない間に楽しい思い出作らないで…って言ったのに…!」

 

「楽しかったか?」

 

「苦労が多かったような…」

 

崖から落ちるわ、記憶は飛ぶわ。

変な外国人たちと死闘を演じる羽目になったし…

 

「それよりケバ子。聞きたい事があるんだが」

 

「あぁ、ケバ子。大切なことだ」

 

「伊織と耕平と同じなのは癪だが俺もある」

 

「…いや、あのそれよりも私からどうしてもしたい質問があるんだけれど」

 

至極真面目な顔をして俺たちを見つめる愛菜に皆が首を傾げた。

どうしてもしたい質問…? そんなものがあるのか…? 顔を見合わせる俺と伊織に愛菜は溜息をつく。

 

「その美人な人は誰!?」

 

愛菜が指を指したのは千紗の横に立つ女性。

スタイルがよく顔立ちは整っており長く伸ばした髪は柔らかく、風に綺麗に靡く。

女性の名は「結城 明日奈」。 つまるところ和人の彼女である。

 

「「「明日奈さんだけど?」」」

 

「私の知らないところで仲良く!?」

 

伊織、耕平、千紗は何を言っているんだ?と首を傾げながら愛菜を見つめており、愛菜からしてみれば疎外感が半端ない。

 

「え、えっと…結城明日奈です。キリトくんがいつもお世話になってます」

 

「…えぇ…はい…いつもお世話してます…吉原愛菜です…」

 

「おい、愛菜。 俺がいつお前に世話されたんだよ」

 

「何時もでしょ!?」

 

愛菜に世話になったことなんてないと思うんだが…

 

「キリトくん、私からもいいかな?」

 

「どうしたアスナ」

 

「ここは何処?」

 

「パラオ」

 

「なんでかな!?」

 

「バイト兼旅行だけれど…」

 

「ごめんねキリトくん。少し理解が間に合わないかな…! 私、そもそも皆さんとは初めましての筈なんだけれど…っ」

 

「「「和人(桐ヶ谷くん)からよく聞いてたので」」」

 

「説明、してもらえるよね?」

 

ニッコリと微笑んだアスナの表情を見るのは久しぶりだけれど冷や汗が止まらず、いつの間にか空港のロビーで正座をしてきた。

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

時は今朝まで戻る。

 

今日は3ヶ月ぶりにキリトくんとのデートだ。

大好きなキリトと会える為か、昨夜から落ち着きがない明日奈は何を着てデートに行くかすこぶる悩んでいた。

久しぶりに会うから可愛いと思われたいし、綺麗だって言われたい。 女の子としての感覚はいつまで経っても無くなるものでは無い。

 

「その服、いいんじゃないかしら」

 

「これ? うーん、確かにそうか…も……ってお母さん!?」

 

「あらどうしたの? あの人とデートなのでしょう?」

 

「そ、そうなんだけれど…」

 

母親にデートに着ていく服で悩んでいる姿を見られるのは中々に恥ずかしかった。

 

「このポーチ、持っていきなさい」

 

「え、これお母さんの…でしょう?」

 

「えぇ、私が初めて貴女のお父さんと出かけた時に持っていったモノよ。 だいぶ古いもの…だけれどあまり古めかしくないでしょう?」

 

手渡されたポーチは母の言うような年代を感じさせず、綺麗なモノで確かにこれを持つのだったら先程母が選んでくれた服が合いそうだ。

 

「…いいの?」

 

「えぇ、良かったら使いなさい」

 

「……ありがとう、お母さん」

 

受け取ったポーチを大事そうに一度抱きしめて微笑む姿を母の京子は嬉しそうに眺め、一拍置いて軽くパンっと手を叩いた。

 

「早く着替えて行きなさい。 待ち合わせに遅れてしまうわ」

 

「あ、もうこんな時間!?」

 

大慌てで着替え、髪を整えメイクをしていく。

珍しく、本当に珍しく母が準備を手伝ってくれたのが凄く嬉しくてデート前から明日奈の気分は高揚していた。

 

「気をつけて行ってくるのよ」

 

「うん、分かったよ。いってきます」

 

「いってらっしゃい」

 

家を出て、電車に乗って…彼が待つ場所に辿り着くと笑顔で、彼が迎えてくれた。

 

「アスナ、久しぶり」

 

「久しぶり、キリトくんっ」

「その、なんだ…今日の服装…似合ってるな」

 

「ありがとう。この服ね、お母さんが選んでくれたの」

 

「そうだったのか…流石…って言うべきか。 …早速だけれど行こうか」

 

ぎゅっ、と握られた手は三ヶ月前に比べて少し逞しくなった気がした。

 

「キリトくん、少し筋肉ついた?」

 

「ん、まぁ下宿先の手伝いをしてたら自然にな」

 

「ダイビングショップだったよね? そっかぁ…私もいつか一緒にダイビングしたいな」

 

「俺もアスナと一緒に海に潜りたいよ」

 

「ふふ、嬉しい。 向こうではちゃんと食べてる? 大学の人とは仲良くできてる?」

 

「あぁ、下宿先で作ったり…作ってもらったりしてちゃんと食べてるよ。大学の人も…全部さらけ出せるぐらいは仲良くなったさ」

 

「良かった。キリトくん人付き合い苦手だから」

 

「そんな事ないって。 伊織と耕平…って二人とはいつも一緒に居るぐらいさ」

 

「本当? 意外だなぁ…」

 

くすくすと笑いながら彼に手を引かれて歩くのは本当に幸せだ。 それにしても一体何処に行くのだろうか?

話すのが楽しすぎてすっかり周りの風景を見ていなかった……ここは、空港…?

 

「和人! 遅せぇぞ!」

 

「悪い、アスナを迎えに行ってたんだよ」

 

「ったく…」

 

背が高い黒髪の男の子がキリトくんにスーツケースを手渡した。

 

OWD(オープン)だとあんまり深いところ潜れないからアドバンス…みんなで取っておきたかったね」

 

「アドバンス取るためにバイトしに行くんだし仕方ないだろ。 グアム経由で行くんだっけか」

 

「そうだな。理由はどうであれアメリカに足を踏み入れる訳だ…耕平、ポルノ規制とかで引っ掛かるなよ」

 

「バカめ。俺がそんな物を持っていると思うか?」

 

「向こうは規制厳しいらしいもんね」

 

「「「「はははははっ!!」」」」

 

楽しそうに(見える)話している四人を眺め、よく分からないままキリトに手を引かれてアスナもゲートへと向かう羽目になる。 この人達を見送るって訳じゃないよね…?

 

「これアスナのチケット。 パスポートはポーチに入ってるはずだ」

 

「え? キリトくん?」

 

「よし、行こうか」

 

「ちょっとキリトくん?」

 

 

 

 

 

§

 

 

 

 

 

 

「という訳だ」

 

「「どういう訳!?」」

 

「おかしい、全然伝わってない…」

 

「和人…お前…」

 

「なるほどな」

 

「桐ヶ谷くんらしいね」

 

伊織と耕平、千紗には伝わったらしい。周波数が合っているのだろうか?

いや、それよりも明日奈にみんなを紹介するのが先か。何だかんだと飛行機の中でも紹介していなかったし。

 

「要は俺はアスナと海外旅行がしたかったのと、俺の友達…? に会って欲しかったんだよ。改めて紹介するな? これが北原伊織、こっちが今村耕平。 そして古手川千紗だ」

 

「「「初めまして」」」

 

「あ、どうもキリトくんが…」

 

頭をペコペコと下げあっている四人は傍から見てると凄い絵面だった。

 

「でもパスポートとかなんでポーチに…」

 

「京子さんにお願いしておいた」

 

「お母さんもグルだったのね…っ!?」

京子さんが色々と手伝ってくれたおかげでアスナに一切悟らせずに準備が出来た。

パスポートの用意から水着や着替えまで京子さんがスーツケースに詰め込み、荷物だけ先にパラオへと送ってくれているのでアスナはポーチ一つで旅行に来ることが出来ている。

 

「と、とりあえず明日奈さんも一緒に行くんですよね? 移動しよう…だから和人、正座はやめて…目立つから…!」

 

愛菜に襟首を掴まれ引き攣られる形でハイエースされた和人。 車の運転手はバイト先「ドルフィン」の店員であるジョンさんである程度の日本語は分かるらしい。

 

「はぁ…キリトくん…私怒ってるんだからね?」

 

「面目ない…」

 

「サプライズは…嬉しかったし会えたのも凄く良かったけど…」

 

……これで怒られるのはまぁ仕方ないとはいえ…飲酒してることについても怒られるんだろうなぁ…

……アスナはアルコールに強いんだろうか?

 

「耕平…、抑えろ。 寮に着いたらアイツを殺す…」

 

「あぁ…それにケバ子の肥大化した胸の件もある…!」

 

前の方では伊織と耕平が千紗と並んで座っている愛菜の胸を見る。

数週間前に別れた時よりも明らかに大きく、そして下にズレていた。

 

(((ズレてるぅぅぅう!!!)))

 

(盛るならちゃんと盛れェ!!)

 

(詰めが甘いんだよケバ子ォ!)

 

(頼む千紗、気が付いてくれ…!!)

 

「キリトくん、なんで愛菜ちゃんの胸を見てるのかな?」

 

「ヘェァ!? いや、誤解だアスナ!?」

 

和人が明日奈にシメ上げられている中、千紗はパラオの話をしていた。

 

「パラオって親日らしくて結構日本語が根付いてるんだって」

 

「ソダヨー 。マタアシタートカ、サムイネートカネー」

 

「へぇ、そうなんですかぁ!」

 

「私も少し聞いたことがあるんだ。乾杯はツカレナオースで伝わってるらしくて他にも──」

 

 

 

 

「──ブラのことチチバンドとか…ね」

 

 

 

((ナイスだ千紗!!!))

 

「へぇ、そうなんだ」

 

愛菜は何事も無かったかのようにズレたパッドを元の位置に戻して微笑む。 この時点で漸く和人が何を気にしていたのかに気が付いた明日奈は軽く和人の頬を叩くことで許した。

和人は内心腑に落ちてないものの甘んじてそれを受けたのは自らへの戒めか、それとも今後のために先に罰を受けたのか。

それから暫く車に揺られていると見えてきたのは立派な寮。 寮というか最早家である。

 

「ここが私たちの暮らす臨時の寮」

 

「マジか!」

 

「スゲェ!!」

 

「沖縄の別荘みたいだな」

 

送ってくれたジョンさんを手振って見送り、和人達は早速荷物を持って中へと入る。

寮の中はロフトがあったり、立派なシャワールームがあったり風景の良いテラスや焦げ付いた鍋や何かよく分からない物体が出来上がっているキッチンが有った。

 

「ち、違うの! 折角、みんなが来るから何か食べれるもの用意しておこうって思ったんだけどね!? なんかよく分からないうちにこんな事になっていて!?」

 

「「「よくやった!!」」」

 

「へ?」

 

三人が指さしたのは地元の缶ビール。

 

「流石ケバ子だ」

 

「俺たちのことをよくわかっている」

 

「持つべきものは友人だな!」

 

「で、でもキッチンは…」

 

「ケバ子らしいから大丈夫!」

 

「失礼な!?」

 

とりあえず乾杯だー!! と騒ぎながらリビングに集合すると各々缶ビールを片手に向かい合うと伊織が改めて!と音頭を取り始めた。

 

「伊豆大1年 北原伊織です! 和人には何時も迷惑かけられてます!」(カシュッ

 

「同じく1年 今村耕平。 桐ヶ谷には何時も手を焼いています」(カシュッ

 

「伊豆大1年 古手川千紗です。 桐ヶ谷くんにはお店の手伝いとかしてもらってます」(カシュッ

 

「青女1年 吉原愛菜です。 和人は気を利かせてくれるけど基本バカです」(カシュッ

 

「「「「どうぞよろしくお願いします!」」」」

 

「…みんな俺の友達だ。アスナ」(カシュッ

 

「初めまして、結城明日奈です。 いつもキリトくんがお世話に……キリトくんなんで自然にビールを開けてるの!?」

 

しまった…流れで!?

 

「未成年飲酒はダメだよキリトくん!」

 

ササッ!!とみんな顔を逸らした。そりゃそうだ、アスナだって9月に二十歳になるのだから俺たち皆未成年だ。

 

「アスナ…許してくれ」

 

「で、でも…」

 

「明日奈さんだって飲んだことぐらいあるでしょう!?」

 

「あぁそうだ、間違いない。貴女は飲んだことがあるはずだ!!」

 

「わ、ワインとか飲んでそうですよね」

 

「…そうそう! お嬢様って感じだし?!」

 

何を慌てだしたのか全員がフォローに入り始めた。もうここまで来てしまったら共犯者に落とした方が早い。

 

「う、うぅ……もう、知らないからね!!」(カシュッ

 

「「「「「「乾杯!!!!!!」」」」」」




どうしても、どうしてもアスナさんがキリトくんに甘々になってしまう…
まぁ、まだ全裸になってないからいいよ…ね?


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パラオの海

838383 83を舐めると〜


朝が来た。

潮風が髪を揺らし、上り始めた太陽が肌をジリジリと焼いていく暑さを感じる。

 

最近の自分にしては随分とすんなり起きる事が出来たな…と和人は目を擦って辺りを見渡すと伊織と耕平はパンツ姿で転がっており、千紗と愛菜も薄い寝巻きのような格好で転がっていた。

……そうだ、パラオに来たんだったか。

 

パラオに到着して宿泊先で飲むも、バイト初日は朝早いと聞いていたので絶対に遅刻しないようにバイト先の目の前で飲んだんだ。

これなら間違いなく遅刻はしない!と時田先輩達から教わった技だった。

 

「あ、キリトくん起きた?」

 

「ん、おはよう…アスナ………アスナ?」

 

そうだ、このパラオ旅行?にはアスナも連れてきてたんだった…

 

ギギギギ…と油が切れたような動きで声の主の方へと首を回し見上げると彼女は笑顔で和人の事を見詰めていた。

 

「とりあえず、なんでみんなそんな姿なのか聞こうかな?」

 

おかしい、アスナも結構な量を飲んでいたはずだ。 若干、記憶をぶっ飛ばしてしまえば何とでも誤魔化せると考えていたフシもなくは無かったが…

 

「み、南の島…だからかな?」

 

「羽目外し過ぎじゃないかなぁ!?」

 

「ほ、ほら服を着てると苦しいし」

 

「服を着ていると苦しい!?」

 

あ、あれ? 俺なにか間違ってること言ったか!?

 

「ん…朝から騒がしいぞ和人……あ、おはようございます明日奈さん」

 

「まったくだ…おちおち寝てもいられない…む、おはようございます明日奈さん」

 

「う、うん、おはよう伊織くん、耕平くん。 …その、二人は何で下着姿…なの?」

 

「「南の島だから?」」

 

アスナが頭を抱えだした。

頭痛だろうか? いきなり海外に連れてきてしまったし…申し訳ないな…

 

「えっと、それでも服は着ていた方がいいんじゃない…?」

 

「「服を着ていると苦しいですし」」

 

「─ッ!!! ─ッ!!?」

 

声にならない何かを訴えるアスナを不思議そうに眺めながら伊織と耕平は辺りに散らばった缶ビールや瓶を手際よく片付けていく。

 

「明日奈さん、おはようございます…」

 

「おはようございます、明日奈さん…」

 

「…あ、おはよう千紗ちゃん、愛菜ちゃん」

 

いつの間にか逞しくなっていた千紗に愛菜はぺこりとアスナに頭を下げ、一緒になって酒盛りの残骸を片付けていた。 俺もやらないと…

 

「あの…二人はこの三人の格好見てなにか思わない…の?」

 

「えっと…いつも通り…です」

 

「…久しぶりに見たなーって感じですね」

 

「私がおかしいの…? あれ…?」

 

いけない、アスナが処理落ち仕掛けている。

 

「遠路はるばる、お疲れ様」

 

「オーナー!」

 

凛、とした声が聞こえた。

店の中から出てきたのはサングラスをかけた女性。 その女性は和人や耕平に一人一人に声をかけ、その口に棒付きの飴を差し込んでいく。甘い。

どうやらドルフィン パラオ支店のオーナーらしい。

 

「よく来てくれたわね、伊織君。アンタも久しぶり千紗」

 

「ん、伊織と千紗の知り合いなのか?」

 

「あぁ、言ってなかったか。あの人は古手川沙耶香。 千紗の母さんだよ」

 

 

 

 

 

 

「改めてよろしくお願いします」

 

「ヨロシクー!新米インストラクターのマキです。今日はオープン前の総仕上げってことで皆には困ったお客さんになってもらいたいんだ」

 

「スタッフの対応力を試すためにもね」

 

シレッとアスナも一緒にバイトすることになってるけどどうしよう。

「大丈夫だよ。私もキリトくんと一緒に働いてみたいし」

とは言ってくれたが。

 

「古手川店長から聞いたんだけれどキミ達はOWD(オープン)を取ったばかりなんでしょう?」

 

「はい」 「そうですね」 「その通りです」

 

伊織、和人、耕平は頷きながら答えるとマキは満足そうに笑顔で言葉を続けた。

 

「あと人として大事なものが欠けてるって! そうなの?」

 

(((あの男(オッサン)め……おのれ…!)))

 

「雑用として雇ったつもりが三人も思わぬ拾い物をしたね」

 

「「「いやいやいやいやいや」」」

 

オーナーとマキさんには悪いが非常識という烙印を受け入れるわけにはいかない。

 

「店長は誇張しすぎなんですよ」

 

「北原と桐ヶ谷は非常識ですが、俺はこのとおりまともです」

 

「えぇ、伊織と耕平と違って俺は常識人です」

 

ガンをくれ合う三人を千紗と愛菜は冷めた目で眺めており、アスナはオロオロとしている。

 

「古手川店長から事前に写真が送られてきてね? これを見て非常識人にピッタリ!って思ったの!」

 

見せられたのは素っ裸の三人が肩を組んでビールを飲んでいる写真だった。

これ何時の飲み会だっただろうか。

だがしかし…

 

「「「これの何処が非常識なんです?」」」

 

「オーナー…」

 

「とんだ逸材が居たもんだね」

 

「やっぱりキリトくん変だよ!?」

 

オーナーにアスナまで…っ!?

 

「千紗は店員をやりな。ほら、時間が無いからさっさと始める」

 

ぽいっ、と首根っこを掴まれて店の外に投げ出された和人と明日奈、以下三名は顔を突き合わせ普段通りいこうと決めて店の中へと入っていく。

 

「おはようございます」←伊織

 

「おはようございます。睡眠時間は大丈夫ですか?」

 

普通。

 

「「おはようございます」」←和人&明日奈

 

「おはようございます。疲れ等はありませんか?」

 

こちらも普通。

 

「お、おはようございます」←耕平

 

「おはようございます。移動疲れ大丈夫ですか?」

 

耕平が少し緊張気味。なんでお前が緊張してるんだよ。

 

「おはようございまーす」←悪鬼羅刹の如くケバい愛菜

 

「おはようござ………」

 

あ、マキさん崩れ落ちたな。

 

「ほらマキ。 ゲストさんの体調確認の一言を忘れずに」

 

「あ、ハイ! 頭の方は大丈夫ですか!」

 

「「なんて挨拶を」」

 

でも、鬼のようにケバいメイクを見てしまえば頭の具合を確かめるのも仕方が無いだろう。 和人は最早見慣れたモノではあるが明日奈は余計に目を回している。

 

「次は免責事項の確認お願いします」

 

病歴等…か。

 

「これで困った行動か…」

 

「どうしたものか」

 

「お前らは頭が悪いだろ」

 

「あの、このチェック項目…私乗り物酔いがかなり酷くて大丈夫でしょうか?」

 

殴り合う伊織、耕平、和人を後目に愛菜は項目に目を通して困った…程では無いがちょっとした問題持ちになったみたいだ。

 

「よし、俺達も」

 

「あの手でいこう」

 

「すみません、実は僕喘息持ちで。ららこたんを見ると苦しく…」

 

「水中でも咳は出来ますが…あまり多いと大変なので」

 

喘息持ちでもある程度は大丈夫…なのか。

続いて伊織が神妙な面持ちで手を挙げた。

 

「実は私、妊娠してまして」

 

「ブフゥゥ!!!」

 

「お客さんの事情で吹き出さないの」

 

「ち、チーフだって…!だって…!」

 

なんでよりによって妊娠を選んだんだ伊織。

 

「いやたまたま目に入ったから」

 

「俺は何も言ってないが…」

 

「和人の目が物を言っていた」

 

「キリトくん…伊織くんとは言葉を交わさなくても分かり合う仲なんだね…」

 

そして何故か虚ろな目をして遠くを見つめ始めたアスナ。

そんな俺たちを他所にマキさんを始めとする店員側の合わせでウエットスーツのサイズ確認から着用までを行った。

 

「皆さん大丈夫そうですね!」

 

マキさんの言う通りサイズはピッタリ。

それにしてもアスナはウエットスーツも似合うな…綺麗というか…

 

「桐ヶ谷、沈むか?」

 

「突然の死刑判決やめろ!?」

 

「どうせアスナさんのことを考えてたんだろう」

 

「だって綺麗だろう?」

 

「「「「まぁ、わかる」」」」

 

伊織と千紗、愛菜も同意して首を縦に振る。

ところで愛菜のPADがまたズレていてとんでもない事になってるのだが見て見ぬふりをしていた。

 

「ブッフゥ!!!!」

 

あ、マキさんが気が付いた。

 

「それはアウト」

 

「実際にある事だしね。 チーフ頼むよ」

 

「はい。 吉原さん、ズレちゃってます」

 

オーナーに頼まれたチーフはササッと素早い動きで愛菜の元へ近づくとストレートにコトを伝え、気が付いた愛菜は慌てて更衣室に引っ込んだ。

 

「それとなく気が付かせるのが正解じゃないんですか?」

 

伊織のそんな質問にオーナーは何をバカなことを言っているんだという目を向けていた。

 

「間違いだよ。ゲストの気持ちをわかっちゃいないね。 なんであの子が胸を盛ってると思う?」

 

「えー?」

 

愛菜は持たぬ者…だから?

 

「キリトくん?」

 

急に気温が下がった気がするので目を逸らした。

 

「気になる異性が居るからに決まっているだろう。 その相手に気が付かれる前にスタッフが教えてやる」

 

チラリとアスナを見てみる。 いや特に理由は無いのだけれど。

 

「キリトくん?」

 

少し顔を赤くしたアスナが見えた。

 

「よし、耕平。 ノコギリ持ってこい」

 

「北原、ここで切ったら店が汚れる。 縄で縛って山に連れていこう。そこから四肢を落として杭を打ち込む」

 

「よーし、お前らとりあえず手に持ったパイプとスコップをバックヤードに戻してこい。 相手になるぞ」

 

油断も隙もないなコイツら…!

 

「女なら普通にわかるよ千紗は気が付いてなかったようだけれど」

 

「…ッ!!」

 

千紗は顔を顰めて俯いてしまう。

 

「ほら、アンタらこれから海に出てもらうよ」

 

「え!?」

 

「初日から潜らせてもらえるんすか!?」

 

「むしろ初日だからだよ。明日からは忙しいからね」

 

オーナーのはからいで船に乗り込んだ俺たちは風を浴びながら先へ先へとすごい速度で進んでいく。

 

「早いね。高速船ってやつかな」

 

「みたいだな…というかアスナがOWDを持っててよかったよ」

 

「だいぶ前にね。お兄ちゃんとやった事があって」

 

「おい桐ヶ谷、明日奈さん! あっち!」

 

耕平が興奮気味に指をさしていた。 なんだなんだ、とその方向を眺めるとイルカの群れが併走するように船の真横を泳いでいるのが見えた。

 

「「お、おぉぉぉお!!!」」

 

凄い! 端的だがそんな感想しか今の俺には思い浮かばなかった。

暫くイルカ達は船の横を飛ぶように泳ぎ、ダイビングポイントへ着くとイルカ達をこちらが見送る形となった。

 

「ここはパラオで最もメジャーなポイント、ブルーコーナーです。楽しんでくださいねっ」

 

装具の点検、バディチェックを行ってイントラの合図で潜水を初めて行く。

 

潜ってすぐだ。何種類もの魚達が出迎えてくれた。

それに遠くが見えるほどに透明度が高い!

 

アスナの方に視線をやると彼女もコクコクと頷きOKのハンドサインをしていた。

 

これは人生観が変わるな…

 

 

 

 

「すっげぇ良かった!!!」

 

「ダイビングやっていて良かった…!!」

 

「こんな綺麗な海があるなんて…!」

 

「アスナを連れてきてよかった…!」

 

「私もキリトくんと一緒に潜れてよかったよ」

 

「ふふ、嬉しい感想だね」

 

次々に感想を語っている和人達はこのバイトをやりに来て良かった!!と叫ぶのだが…

 

「何言ってるんだい。バイトはこれからだよ」

 

「「「はぇ?」」」

 

「空になったタンクを運びな! 明日の器材の準備と店内の掃除!」

 

「マジか!!」

 

「くっ、流石は古手川母!」

 

「ちょっと、それどういうこと?」

 

「アスナ、俺頑張るから」

 

「わ、私も手伝うよ?」

 

「そこぉ! 隙あらばイチャつかないで!?」

 

ギャーギャーと騒ぎ立てる俺たちのパラオバイト初日はそうして始まって終わったのであった。



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テレビに出よう!

毒島ぁ!毒島ぁ!!になった新刊でした。


「今日はテレビ取材が来ます」

 

ホワイトボードに【テレビ取材★】と描いたチーフは改めて俺たちバイトにそう告げた。

曰く、プレオープンに合わせて宣伝の為にコネで呼んだらしい。千紗の母はやり手なようだ。

 

「雑用班とTV対応班に別れてそれぞれ対応してもらうよ。チーフが班決めしているから文句はなし」

 

「「「「はーい」」」」

 

「雑用班は絶対に、撮影に、映らない」

 

何故か伊織と耕平と俺はオーナーに念を押された。納得のいかないままチーフの指示通りに二班に別れたのだが…

 

TV班 チーフ マキ ジョン 千紗 明日奈

 

雑用 オーナー 伊織 耕平 和人 愛菜

 

「「ちょっと待って」」

 

奇しくもオーナーとハモった。

 

「アスナは臨時のバイトなんですよ!?」

 

「なんでアタシが雑用に」

 

「オーナーの意向に沿っただけですよ? オーナー緊張するとすっごく無愛想ですし。 明日奈ちゃんは華があるからテレビ映えするので。本人も許可してるし」

 

ものすごく正当な意見を言われてすごすごと店のバックヤードに入った俺たちはボートの磨きやウエットスーツの点検などを黙々とこなす事になった。

 

「バイト2日目でテレビ取材とは恐れ入った」

 

「アスナまでテレビ班対応とはなぁ…」

 

「明日奈さんは綺麗だからな。北原や桐ヶ谷のような顔とはアレだろう」

 

「後半の言葉はさて置くとして、お前が素直に女を褒めるの珍しいな耕平」

 

「そんなことはないだろう。 梓さんや奈々華さんの事は綺麗だと思っているしな。 明日奈さんは桐ヶ谷から散々聞いていたから初対面の気がしないだけだ」

 

耕平も耕平なりに俺に気を使ってくれてるんだろうな。

 

「そう言えば撮影にはジャギーズ事務所のイケメンとアイドルが来るらしいぞ」

 

「へぇ、そりゃまた随分としっかりしたメンバーだな」

 

「俺は声優を呼ぶべきだと思うのだがな。 …………ところで桐ヶ谷、北原。 お前達は異性に何を求める?」

 

「癒しとか安心感?」

「言い難いが身体だ」

 

「桐ヶ谷のはいいが貴様は言い難いなら一瞬でも間を置け馬鹿者」

 

さすがは伊織、清々しい程のクズで惚れ惚れする。

 

「どうしたんだ藪から棒に」

 

「桐ヶ谷には彼女がいるだろう? お前ら二人の回答を比べれば参考にでもなるのかと思ってな」

 

「なるほど、俺の正常さと伊織のクズさが浮き彫りになっただけだったな」

 

「で、性欲以外では何を重視するんだお前達は」

 

癒しと安心感も性欲で一括りにされているのが納得いかないんだが?

しかし、耕平はなんだか真面目そうに聞いてくるので俺も伊織ももう一度考える。 性欲以外で、か。

アスナと過ごす日は朝から楽しいし求めるもの…と言われても……しかしそんな普通の回答を求めているとも思えない。 となれば、俺が直感で思ったもの…!

 

「柔らかさだろうか」

「乳房だろうか…」

 

「貴様もそこの北原(バカ)と同類だ。 そして身体と乳房は言い方を変えただけだからなソレ」

 

伊織と同類…だと?!

俺の回答のどこが間違っていたんだ…

 

「まぁ、和人の最初の答えに近いが…『居心地の良さ』だろうな」

 

ふと、伊織も真面目な顔で答え始めた。

こいつの恋愛観を聞くのは本当に初めてかもしれない。

 

「あとは『好きなものがある』とか『新しい世界を教えてくれる』とか」

 

「つまり『四六時中一緒にいて』『自分の趣味があって』『新世界を見せてくれるヤツ』か」

 

「そんな感じだ」

 

ゴロゴロと三人揃ってボンベを転がしていたのだがそれを聞いてつい手が止まってしまった。

それってもしかして…!

 

「「こいつ(桐ヶ谷 / 耕平)か………?」」

 

互いに指をさしながらダラダラと汗を流す。

俺な訳があるか! 耕平だろうそれ!!

俺は伊織と四六時中一緒に…居るな。

好きな物…はゲームとダイビングがある。

新世界…は伊織に初めてVRMMOの世界を見せたか……

 

「「やっぱり俺か……?」」

 

次は互いに自らを指を指し伊織に視線を向けた。

 

「異性の話でって言っただろうが…」

 

「よせ俺はそっちの新世界は見せられん」

 

「いくら俺が女装が天下一似合って、耕平が女声を出せてもそれは無理だ…」

 

「俺も見せろとは言ってない!!」

 

三人で殴りあっているとどうやらジャギーズ事務所のアイドルが来たらしく、不毛な喧嘩はやめて様子を見に行くことにした。

挨拶に来たのは整った顔立ちで如何にもアイドル然とした男性だった。

 

「あ、池越くんだ」

 

「知ってるのか、愛菜」

 

ふら、とやってきた愛菜がアイドルの顔を見て呟いた。

 

「Sipsのメンバーだよ。キャラがイマイチ立ってないから人気もそんなに…みたいだけれど」

 

「アイドルってのも世知辛いもんだな…」

 

「愛菜はああいうのがタイプなのか?」

 

「昔はね! 昔は!! 今はそんなことぜんっっっっぜんないから!!!」

 

伊織の胸ぐらを掴みながら必死に否定している愛菜とその二人を眺める耕平を見ると何となく、先程の耕平の質問の意図が分かった。そういう事か。

しかし人の幸せが大嫌いな俺達だが耕平は何故、愛菜に手を貸そうと思ったのだろうか。

 

TV班が池越さんと海に出て三時間後。船が戻ってきたのだがどうにも様子がおかしかった。

 

「千紗、アスナ、どうしたんだこれ」

 

「あ、桐ヶ谷くん。 池越さんが怪我しちゃって…」

 

「サンゴで頬を少し引っ掻いちゃったの」

 

「うわ…結構な傷になりそうだな…」

 

応急的な処置はしてあるのかガーゼを付け鎮痛の面持ちで関係者の人達と話している。

 

「残りは残念だけれど池越くん抜きで…」

 

「それじゃダメなんです! これぐらいの傷なら何とか…!」

 

「しかし顔だしねえ…」

 

伊織と耕平もなんだなんだと様子を伺っていたので事情を説明していると突然、池越さんが耕平の肩を掴んだ。その瞳は名案がある!という実現したらヤバそうな瞳をしている。

 

「キミ!!」

 

「キャァァァァァァアアアア!!!?」

 

「あ、そいつ極度の人見知りなので」

 

「池越さんは悪くないです。はい」

 

「ご、ごめんね?」

 

しっかり謝罪できるのを見るに人としては普通…というか良識人なのかもしれない池越さん。

一言断りを耕平に入れ、ワックスでサラリとした耕平の髪の毛に外ハネを少し付けていく。 やはり顔だけはいいなコイツ…

髪の毛を整え終われば驚いたことに耕平は池越さんそっくりだった。そこに元々つけていたサングラスを掛ければこの現場を見ていない人間には分からないほどにそっくりだ。

やっぱりというか、これはロクでもない名案の類だろう。

 

「「「「替え玉ァ!?」」」」

 

「お願いします!! 7年間アイドルをやっているのですがキャラが立ってないと言われ続け…やっと掴めた初の冠番組なんです!! ダイバーアイドルとして売りたいんです!!」

 

「そんなにキャラ立たないだろ」

 

「う、うーん…キリトくんの言う通りかも…?」

 

「え、私はいいと思うんだけれど…ダイビング…」

 

千紗はしゅん、と落ち込みながら座り込んでいるので無視。

 

「どうにかお願い出来ないか耕平くん!」

 

「無理に決まっている」

 

「そこをなんとか!」

 

「無理だと言っている」

 

「声優の村中ゆりかさんのサインを頼んでみよう」

 

「任せろ。しっかりと貴様を演じきってやろう」

 

なんと素早い手の平返し。

 

「ありがとう! これで撮影は何とかなりますね!」

 

「いやぁ…池越さん…少し考えた方がいいと思いますよ…?」

 

「俺も和人と同じです」

 

「ど、どうしてです!?」

 

「「あいつ、かなりの変人ですから」」

 

「キリトくん、お友達のことをそんな言い方しないの?」

 

千紗と愛菜のお前たちが言うのか? という視線がある気がするが気のせいだろう。変なのは耕平と伊織だけだ。 あとアスナは優しすぎる。現実を見るべきだ。

そう告げると池越さんは顎に手を当て考え込む素振りを見せる。諦めてくれると助かるが…

 

「それは……それはちょっと…望むところですね…」

 

「文法がおかしいぞ」

 

「了承する時の言葉ではないな」

 

そのまま耕平(池越メイク)が船に乗り現場に向かい30分でディレクターが戻ってきた。

 

「引き取ってくれないか……」

 

「「何やったんだお前」」

 

「はだけた姿が欲しいと言われたのでな」

 

「普通は全部脱がないんだけれど…」

 

「だ、だよね!? 耕平くんあまりにも自然に脱ぐからまた私がおかしいのかと…」

 

いかん、アスナの心労が凄まじい。

おのれ伊織に耕平め…!

 

「耕平、ダメだよ脱いだら。いい? 引き受けたからには脱がない」

 

「難しいが善処してみよう…」

 

「難しいのかい!?」

 

テレビ業界ってキャラが濃い人が多いが流石にこいつらのような馬鹿はいないのか…?

 

「おはようございますっ!」

 

池越さんが病院に行くのと入れ替わりでアイドルの女性がやってきた。あ、テレビで見た事ある。

 

「枳殻虹架です! よろしくお願いします!」

 

カチューシャをし灰色に近い髪を揺らしながら件の女性、枳殻虹架はしずしずと頭を下げて挨拶をしている。

 

「綺麗な人…」

 

「これまた俺でも知ってるアイドルだな…」

 

「今人気だもんね」

 

「これは是非お近付きに!」

 

「伊織ごときが相手にされるわけないでしょ」

 

「せめて夢を見るぐらいには…」

 

なんとも言えない表情でこちらを見詰めてくるので仕方なく少しフォローしてやる事にした。

 

「犯罪者にはなりたくないだろ?」

 

「伊織はもう後がないから」

 

「さすがに庇えないわ!」

 

「次会うときは絞首台だな

 

「せめて法廷で会おうか!?」

 

「五人は本当にお友達なんだよね!?」

 

アスナの質問は華麗にスルーした。

虹架さんの挨拶が終わり、何故か伊織が狂喜乱舞していたのでパイプで叩きのめしているとどうやら外で撮影が始まったらしい。

 

「よーい、スター──────カットォォォォォォォ!!!!」

 

始まったと同時に終わった。

 

「なんで脱ぐの!!!」

 

「インパクトが必要かと思ってな」

 

「そんなインパクトなんていらんわ!?」

 

「い、池越さん!?」

 

愛菜がツッコミ、虹架さんもどうしていいのか分からないと叫んでいる。 アスナはアスナで目を自分で隠しているので後で対処しよう。

 

「大丈夫ですよ。食レポの時はナプキンはします」

 

「もっとあぶねぇ絵面になるわァ!!」

 

あ、伊織が生き返った。

ディレクターとテレビクルーが撮影にストップをかけて池越(耕平)を取り押さえているのでこの隙に和人はアスナを店内に連れて行こうとした。

 

「キリトくん、大丈夫。大丈夫だから! キリトくんのお友達だもんね! うん!」

 

「アスナ、アスナさん? そんなに気を使われると非常に申し訳ないんだけれど…!」

 

「キリト…アスナ…? あ、あのっ」

 

1人ポツンと残された虹架さんがこちらに寄ってきた。

 

「え、えーと? 私たちに何か用…ですか?」

 

「キリトとアスナって聞こえたから。もしかして…その、黒の剣士と閃光…さん?」

 

「「へ?」」

 

「そ、その……えっと、ありがとうございました!」

 

「「なにが!?」」

 

「あのゲームを…クリアしてくれて」

 

「もしかして…ゲボァ!!!」

 

なにか重要なことを聞いた瞬間にとてつもない衝撃が和人の身体に襲いかかりそのまま海へと吹き飛んで桟橋から落ちた。

 

「おいおい、和人よ。 また女の子と仲良くなろうとしてるのか? ん?」

 

「ゲホッ!! い、伊織…お前!」

 

「伊織くん、またって?」

 

「こいつ、Grand Blueでバイトしてる時によく大学生の女の子とかと仲良くなってるんですよ」

 

「…へぇ?」

 

「いや、アスナ違うぞ? 伊織が言ってるのはリズとかシリカとかシノンが店に来た時の話で…」

 

「私の知らないところでみんなに会ってたんだ?」

 

どうやら選択肢を間違えたようだ。

 

「とりあえず、正座…しよっか」

 

「アスナ、ここ海…「正座」 はい…」

 

ゴボゴボゴボ…と沈んでいく和人を伊織はせせら笑うように眺めているが内心、アスナの豹変に戦々恐々としているのである。

 

何とか海から上がることを許されると耕平が虹架さんと共に食レポを行っていた。

 

「シャコ貝です! 国際的な取引は禁止されていますがパラオでは食べることができますっ。 大きな身に反して味は繊細ですねっ」

 

「あぁ、貝の味がする」

 

「マングローブ蟹!」

 

「蟹の味だな」

 

「タロイモ!」

 

「イモだ」

 

これは酷い。

どうにか耕平にリアクションを取らせようと頑張っているスタッフ達は次に絵面がインパクトが強い、蝙蝠スープと40%のアルコールが卓に並べられた。

 

「キャッ!?」

 

虹架さんはお手本のように可愛らしい反応。

そして目下問題の耕平は…

 

「ムシャムシャゴクゴク」

 

ノーリアクション。

まぁ、スピリタス入りたこ焼きとかに比べると食べ物してるしな蝙蝠スープ…。

テレビスタッフも頭を抱えて項垂れて居るとバタンっ…と、虹架さんが倒れていた。

 

「虹架ちゃん!?」

 

「どうしましたか!?」

 

大慌てでテレビスタッフも店のスタッフも駆け寄るのだが、顔を真っ赤にして目を回しているのを見るに…

 

「酔っ払ってますね」

 

ぐでんぐでんだった。

 

「どうする!? アイドルの2人が欠けるなんて番組が成立しないぞ!?」

 

「池越くんのように替え玉を用意できない!」

 

「キミ、テレビに出てみないか!?」

 

混乱を窮めた現場は遂にアスナに目を付けた。

確かにアスナはチーフの言った通り華があるし上手いことやってしまうかもしれないが…

 

「それはダメです」

 

「キリトくん…でもみんな困っているし…」

 

「ふっ、話は聞かせてもらった」

 

「お前は…伊織!!」

 

アスナに余計な事を吹き込んだ奴をどう始末するか。

 

「まぁ待て和人。 お前は明日奈さんをテレビに出したくない。 テレビクルーは虹架さんに負けないほどの華のある美人が欲しく、尚且つ耕平を制御出来る人がいい…違うか?」

 

「そんな都合のいい人が居るのか…?」

 

「俺に任せてくれ。 いいっすかディレクターさん」

 

「もうここまで来たらキミたちに賭けるしかない!」

 

大学生に全てを賭ける番組なんてあってたまるか。

 

「分かりました。 和人、少し手伝ってくれ」

 

「仕方ないアスナの為だ…」

 

伊織に連れられて店の中へと一度入るとガタイのいいツンツン頭に羽交い締めにされた。

なんだと…!?

 

「悪いな。 これもバイトの為だ。 番組が流れたら日当が流れちまうかもしれないんだ」

 

「メイクの準備はばっちりじゃ。 手早く始めてしまおう」

 

「衣装の用意も出来たよ和人くん!」

 

「…撮影なら任せろ」

 

中性的な顔立ちにおかしな言葉を使う人物に馬鹿そうなのが一人、さらに俺のヤバい写真を持っている盗撮魔一人。思い出したくない記憶の中に見かけた顔な気がする。

 

「謀ったな……謀ったなァァァァ伊織ィィィィィィィィ!!」

 

「美人と言ったが女性とは言っていない」

 

 

 

 

「どうですか!」

 

「うんうん、最高にいいよ! 可愛いしクールさもある!」

 

スタッフ達のお眼鏡に叶ったのかキリコちゃん(虹架スタイル)はエラくウケが良かった。

チーフやマキさん、ジョンさんも笑顔でサムズアップしてるし今日も俺は綺麗なようだ。

 

「き、キリトくん?」

 

「話は後だアスナ。 ここからは俺に任せてくれ」

 

髪を靡かせテーブルに着くと横にいる耕平(池越メイク)をチラリと見る。

向こうも何故かこちらを見ていてウインクしてきたのだが殴るわけにはいかないのでスタッフの傍に控えていた伊織にアイコンタクトを送る。

 

(任せろ!)

 

バチコーン!! と腹立つウインクをしてきた奴はスタッフのインカムを付けスマホを操作する。

突如として耕平の動きが挙動不審になった。

俺と伊織の合作 feat.KAYAのアプリを起動したのだろう。文字を打ち込むと自動で抑揚を付けて摩耶さんの声が流れるのだ。

耕平を意のままに操る為にしっかりとギャラを払って摩耶さんのボイスサンプルを取りまくってユイに手伝ってもらって組み上げたのだ。

 

「じゃあ、シャコ貝の食レポから仕切り直してみようか。 よーい!スターット!!」

 

「シャコ貝です! 国際的な取引は禁止されていますがパラオでは食べることができますっ。 大きな身に反して味は繊細ですねっ」

 

枳殻虹架の台本を一言一句、同じままで和人(虹架スタイル)は進行していくと一発目から変化が起きる。

 

「美味い!!! こんなに素晴しい食べ物は食べたことが無い!! 食材の艶やかな味わいと南国というこのシュチュエーションはまさに奇跡のマリアージュ! こんなものが食べられるのがここパラオなのか!!」

 

どうせカヤさんのボイスで「私が作ったの」とか言わせたんだろうな。

 

「こちらはマングローブ蟹ですっ。苦味がある味わいが癖になりそうですねっ」

 

「大きな身の食べ応えにこの苦味とパラオのお酒、レッドルースタービールのフルーティーな味わいが互いを際立たせて素晴しいですね」

 

紹介が上手くなりすぎでは?

その後も順調に撮影は進んでいきスタッフ達の中で耕平も俺もとても好評だったので…

 

((そろそろ耕平には消えてもらおう))

 

キメ顔でアプリ内に文字を打ち込んだ伊織。

その直後、耕平は空中で身を捻り3回転しながら海へと落ちていった。

 

「耕平!?」

 

「伊織ダメだよ!?」

 

「なんの事かわからんなぁ!」

 

尚も続く耕平の奇行は一部始終カメラに収められた。 いや、どこまで使えるのかは分からないけど…まさかなぁ?

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい!ごめんなさい! 私途中から記憶がなくて!」

 

必死に頭を下げている虹架さんに至ってはちょっと強いお酒(40%)を飲ませたスタッフが悪いのでそんなに謝らなくていいと思う。

 

「なんだかとてもギャップがあってワイルドな映像が取れたらしいね!?」

 

病院から戻ってきた池越さんはそんなことを嬉しそうに言っていたが彼のこれからのキャリアが心配である。

そして後に池越さんは金髪に髪を染めて耕平ソックリになりある出来事から耕平に殺されそうになるのだが…それはまた別の話。



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海と貴女と

テイルズアライズめっちゃ面白かったです。

期間が空いて申し訳ございません。
自分で一話から読み直したのですがキリトくん、なんかめっちゃはっちゃけてませんか?
それとアスナを出したことによりキリトたちが抑制出来るかな、と思ったのですが僕の方が抑制されて上手く書けませんでした。許してクレメンス


パラオにやって来て十日目の昼ちょっと前。

アスナと俺が店前から掃除をしていた時のことである。

 

「と、いうわけでケバ子と北原の行動を手伝ってやろうと思う」

 

「どういう訳か分からないが何となく察せたから了承しよう。アイツの幸せは反吐が出るが愛菜に罪は無い」

 

「え、えっ! あの二人ってそうなの? あとキリトくん、今自然と伊織くんの幸せについて凄いこと言わなかった?」

 

何を言うアスナ。伊織の幸せに関してはみんな共通の思いだろうに。

 

「だけど分かりやすく二人っきりにしたら、それはそれで勘繰られてしまうんじゃないか?」

 

「あぁ、それでさっき俺はケバ子にどつかれた。 折角人が二時間ほど戻らない!と念を押したというのに」

 

「それはどつかれるに決まってるだろ。バカか」

 

耕平はそういう所の気遣いが出来ないんだよなぁ…いやそもそも気遣いとかそういうものが決定的に欠けてる人間だから今更か?

 

「では自然にアイツの好みをケバ子に誘導してみるか」

 

「好みを誘導…? 既に嫌な予感しかしないんだが…大丈夫なのか?」

 

「あぁ、昼の時点でお前と北原の好みは理解したからな。 少しずつ怪しまれないようにケバ子のポイントを会話に盛り込む」

 

…そんな器用なことがこいつに出来るのだろうか。

 

「耕平くん、キリトくんの好みはなんて言ってたのかな」

 

「柔らかさと言ってました」

 

「キリトくん?」

 

「ま、待てアスナ! 違うぞ、違うからな!?」

 

太ってないもん…と呟くアスナに必死に何かを言おうとしている和人の姿は非常に滑稽で耕平のスマホにその風景が収められた。

後に野島その他に晒され合コンを組む羽目になるのだがここで耕平を処分しておくべきだった。

 

「因みに伊織くんの好みはどんな子だったのかな?」

 

アスナの純粋な疑問に耕平と和人はビクッと震え、一瞬、互いの瞳が交差した。

そしてその一瞬を見逃す閃光様では無い。 笑顔が怖いです。

 

「えっと…四六時中一緒に居て、好きなものを持っていて、新しい世界を見せてくれるような人…らしくてな?」

 

「あぁ、不本意な事にそれに該当する人間が二人ほど居るんだ」

 

「え、そうなの!?」

 

「「3つの条件が合わさるのはコイツなんだ!」」

 

またしても互いに指さし合う和人と耕平にアスナは呆けた顔をした。

 

「桐ヶ谷は女装が似合うだろう! お前だ!」

 

「耕平だってめちゃくちゃ美形だし可愛い声出せるだろ!」

 

「ごめんね二人共! 多分前提条件が間違ってると思うよ!?」

 

「「本当か!?」」

 

「異性で、って話だよきっと!」

 

「そう言えば伊織(クズ)も異性とか言っていたような…?」

 

「あぁ、てっきり宇宙人の異星かと」

 

そこに気が付くとは流石アスナだな…と感心していると伊織と愛菜が休憩室から顔を覗かせていた。

 

「お前ら何やってるんだ…?」

 

「明日奈さん、お昼ご飯食べましょっ」

 

「あ、うん! キリトくん、耕平くん行こ?」

 

話は聞かれていなかったみたいだな…とりあえず助かったと胸を撫で下ろし休憩室に用意された弁当を開ける。昼飯も仮で泊まれる寮もあってバイトとしてはかなり良いところだよな…よく分からない機械に寝かせられて帰りに記憶を消されてたりするより遥かに。

 

「そうだ北原。恋占いは好きか?」

 

「「「ぶふぅ!?」」」

 

「なんだ気味が悪い。それに三人が何故か吹き出したぞ大丈夫か」

 

「そうか興味あるか。純情シャイボーイめ、恥ずかしがることは無い」

 

「話を聞けよ。そっちの3人も無視かよ」

 

飲んでいたお茶が器官に入ってそれどころじゃない…!

なんて、なんて強引なんだこの耕平(バカ)は!!

 

「さぁ、北原。トランプを一枚引くといい…ついでだ桐ヶ谷も引け」

 

「なんだ和人もやるのか? まぁいいけどよ」

 

「ゲホッゲホッ…俺もかよ…まったく…」

 

引いたカードはハートのA。ららこたんがカードの真ん中でハートを作ってる。何だこのトランプ。

 

「引いたカードは?」

 

「ハートのA」

「ダイヤの3」

 

「全てが見えた」

 

「とんでもないな」

「一枚でわかるのかよ。伊豆の父とかになれるぞ」

 

美形がキメ顔を作ってるので余計いい顔になっているのが腹ただしいが耕平だから仕方ない。

 

「先ずは桐ヶ谷だ。 ハートのAを引いた貴様は家庭的で人当たりがよくなんでも出来る女性がお似合いだと出ている」

 

「アスナか?」

 

「もう…キリトくんったら…」

 

「けっ…バカップルが…んで俺はなんなんだよ」

 

「そう慌てるな北原。 お前は化粧をするとドケバい田舎出身の恋愛脳女と出ている」

 

名前が出てないのに誰かわかる文書だな。

というか怪しさ満点だ。

 

「そんな色物が…!?」

 

「ガーン!!?」

 

色物扱いされた愛菜は天を仰ぎ涙を流している。 伊織は未だになんのことだと首を捻りアホ面で弁当を頬張っており何とも言えぬ空気が場を支配している。

アスナが慌てたように話題を振った。

 

「そ、そういえば千紗ちゃんは!? どこ行ったんだろうね!?」

 

「「「「あー………」」」」

 

千紗はというと、実は絶賛不機嫌だったりする。

理由はオーナー…つまり千紗母との折り合いの悪さ。 イントラになりたい千紗とそんな娘の不器用さを知っていて無理だと言う母が平和的に話す事が出来るはずもなく意を決して話しかけたものの無視されたようで…。

 

「桐ヶ谷くん、こっち手伝ってくれる?」ニコーッ

 

不機嫌になった千紗は今までに無いぐらい美しい笑顔を浮かべている。

 

「「「うぷっ」」」

 

「あんたら吐くな!!」

 

「だ、って…あんな満面の笑みの千紗を見た事あるか!?」

 

「伊織を処分しようとした時…?」

 

「完璧に殺戮者じゃねぇか!!」

 

あの笑顔からはアインクラッド61層、セルムブルクにあったアスナの当時の私邸で見た彼女の笑みに似通った何かを感じて冷や汗が止まらない。

 

「キリトくん、お願いできる?」

 

「いやちょっとあの千紗の相手は……」

 

アスナにも自分の命の惜しさを知って欲しい。

 

「キリトくん」

 

「はい」

 

気がついたら返事をしていた。してしまった手前、腰を上げて千紗に着いて行く。伊織と耕平はスマホで墓の値段を調べていた。縁起でもない…っ!

 

「…ごめん」

 

「へ?」

 

ウエットスーツ洗いを手伝っていると突然謝られた。その表情は満面の笑みではなく沈痛な面持ちに変わっている。

 

「わかってる。私が不器用だなんて…」

 

「あぁ…なるほど…確かに千紗は不器用だもんな。 問題事の解決手段が伊織と俺の始末か処分だし」

 

ぅ゛っ…!! と呻く千紗を見て笑ってしまった。

やはりというか千紗は真面目が過ぎるのだ。少しぐらい伊織の適当さとかを見習った方がいいし、考えるのを放棄しても誰も咎めないだろう。

 

「そう考えると千紗に足りないのはPaB精神だよな」

 

「…なにそれ」

 

「おい、人が珍しく真面目に話してるのにその反応はなんだよ」

 

「いやPaB精神って…」

 

「つか、娘の千紗に言うのは違うとは思うんだが…あのオーナー、人の話を無視するとは思えないんだよな」

 

「それは桐ヶ谷くん達はお手伝いだから…」

 

「バイトと娘の扱いを別々に出来るほど器用でもないと思うんだけどな。娘の千紗と同じであの人も不器用なんじゃないか」

 

まぁ、その辺は後で伊織が何とかしてくれる気がするんだけれどな。

今は少しでも千紗の怒りをおさめさせあの、人を殺せる笑顔を消さなくてはいけないので問題は伊織に丸投げをしてご機嫌を取っていく。

 

「ほら、明日は一応俺たちみんな休み貰ってるだろ? みんなでダイビング行こうぜ」

 

「…最近思うんだけれど桐ヶ谷くんも私の事、海で何とかなる軽い女って思ってない?」

 

「ソンナコトナイ」

 

「…そう」

 

 

 

「と、言うことなので伊織。任せた」

 

「なぜ俺が!?」

 

「貴様は親族だろう? これ程適任はいない」

 

「千紗の為でしょっ!」

 

「みんな伊織くんに対して強気過ぎじゃないかな…?」

 

「明日奈さんだけが俺の味方だ…ッ」

 

おいおいと泣いている伊織にとりあえずビールを渡して飲ませる。 酔わせて許諾を取ってしまえば後はどうでもいい。

千紗はチーフとマキさんとご飯に行っているので今日を逃したらこの話は最終日まで出来ないだろうし、さっさと解決するに限る。

 

「…まぁ、折角パラオに来たのに千紗があの状態なのはいただけないしな…」

 

「明日はみんな休み貰ってるしダイビング行こうぜ。 そして伊織はこっそりとオーナーと話してみる」

 

「俺も行きたいんですけど!?」

 

 

 

 

 

そして翌日。

今日も今日とて海の中は最高に綺麗だった。

マキさんがイントラとして色んなスポットを周り、チンアナゴやニシキアナゴが見れたり、こちら特有の魚達も見ることが出来た。

 

全員で集合写真を撮ろうとした時にはなんと、マンタの番いが頭上を泳いでいった。 こんな経験、本当にダイビングをやっていなければ味わうことが出来なかったことだ。

伊織達には…感謝しかない。 絶対に口には出さないが。

千紗も、水中では目を輝かせていた。

少しは気分転換になった…か?

 

「すっっっっげぇぇ!!!」

 

「ほんと!マンタの番いまで見れるとは思ってなかった!」

 

「しかし同時に悔しいな。これならばアドバイスをやはり取っておくべきだったな…」

 

「リベンジしようぜ。 そん時は和人、お前もアメリカから飛んで来い」

 

「俺もかよ! もちろん行くけどさ」

 

「ダイビングって…最高だなぁ!」

 

 

興奮気味な面々はその後日々の疲れからか船の上で熟睡。 寝相だろうが伊織と耕平、和人は互いに互いを殴りあっている。

そんな彼らを見て千紗は苦笑し一枚、また一枚と写真に収めた。 バイトしている最中も幾つか撮っていたのでいつの間にかカメラの中は彼らとの思い出でいっぱいになっている。

 

(──お母さんは…なんで私には無理だって何度も言うのだろう)

 

大学に入る前もそうだったが今回の母は頑なだった。 間違ったことは…言ってないのだと思う。 最初の接客の時も、海に潜った時も、男のお客さんの…アレをベルトで挟んでしまった時も、母は向いていないと言いながら一応口下手なりにアドバイスはくれていた。

それでも尚、あの人は…

 

「お母さんのこと、気になるの?」

 

「明日奈さん…」

 

「私もね。前はお母さんと上手くいってない時があったんだ。今だって…少しぎこちないけど」

 

「明日奈さんのような人でも…ですか」

 

「私はそんなに大した人じゃないよ? …まぁ、私のお母さんは私が大好きな世界を全く知らなくて…それで互いに反発しあっちゃった…って感じだけどね。 千紗ちゃんのお母さんはさ、千紗ちゃんよりも長く同じ世界を見てるんじゃないかな」

 

「同じ世界を長く…」

 

あの雄大な海をもっと、もっと…知っているんだ。

だから、私は…



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帰国!

今回短めです!!許して!!
お気に入りが1900になってました! ありがとうございます!
始めた当初は100くらいいけばいいなーと思っていたのでめちゃくちゃ嬉しいですっ。

感想お待ちしてますー


帰国当日の朝。

やはりというか、千紗とオーナーは結局ちゃんと話し合えずに最終日を迎えてしまったようなのだが…いつの間にかあの恐怖の笑顔が無くなりいつも通りの千紗に戻っていた。

伊織も耕平も愛菜も知らないと首を振っていたし……なんだ?

 

それにしても気持ちのいい朝だ。

あんなにしこたま飲んだのはバイト前以来だし久しぶりに酔った!って感じがしてよく眠れたんだよな。まだみんなは寝ているし、少し外の風でも浴びてくるか…

 

「…やけに日が高いな」

 

パンツ姿で外に出ると異変に気が付いた。

恐る恐るスマホを開くと表示されたのは12:21の時刻。

さて、帰りの飛行機は何時だったか。

14:45 だな。

 

HAHAHAHA☆

 

「全員今すぐに起きろぉぉぉぉおお!!!」

 

寝ている伊織、耕平を蹴り起こし、千紗を揺らして愛菜とアスナを起こさせる。

全員揃って飛行機に間に合わないのはシャレにならない。

 

「あ………キリトくん…おはよ…」

 

「おはよう、アスナ。頼むから起きてくれ寝惚けている場合じゃない」

 

「耕平、片付けは?」

 

「桐ヶ谷を始末したら何時でも空港に迎える」

 

「あ、手伝うよ耕平」

 

「みんな荷物はまとめた?」

 

流石アルコールに慣れてる連中は動きが違う。

伊織と千紗が全員の荷物をまとめ、耕平と愛菜がゴミを片付けている。 いや、俺まで片付けられてたまるか。

 

「うぅん…頭が……痛い……」

 

「アスナ、水。 飲んだら着替えてくれ!」

 

「…うん……」

 

ダメだ。やはりアスナにウーロン茶は早すぎた。 いや、都合の悪いこと全部忘れてくれてるならバンザイだけれども。

 

「明日奈さん、こっち!」

 

「和人、伊織、耕平はゴミ出しして荷物を表に出してタクシー呼んで!」

 

「「「任せろ」」」

 

千紗がアスナを引き摺り別室で着替えさせてる間に男三人は利用する前よりも綺麗に!をモットーに片付けきり、止めたタクシーに荷物を積み込み女性陣を待つことになったのだが……

 

「すまん、ドルフィンに忘れ物をした」

 

「なんだよ」

 

「エロ本だ」

 

「………行け」

 

手を振って伊織がドルフィンに向かって走って行くのを見送り、女性陣がやって来たのでそのままタクシーに乗り込んで空港へと向かった。

 

「いや、伊織は!?」

 

「マキさんから貰ったエロ本を取りに行ったぞ」

 

「あんた達止めなさいよ!!!」

 

「しかしな…なぁ、桐ヶ谷」

 

「あぁ…そうだな耕平」

 

「明日奈さんがグロッキーなのを良い事に好き放題ね…」

 

「まぁ、伊織もそこまで馬鹿じゃない。時間には間に合うように帰ってくるだろ」

 

「だといいけど…」

 

少し頭を抑えるように千紗が溜息を吐きながら首を振る。信用されてないなアイツ。

そのまま空港に到着し、先輩たちと乙矢くん(ついでに毒島様)へのお土産に酒と菓子類をピックアップして手荷物検査に駆け込みパスポートのチェックも終え 「14:45 」 無事に搭乗した俺たちは2週間近くお世話になったパラオに別れを告げ、日本へと帰るのであった。

 

伊織は乗り遅れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっかえりーー!」

 

むにゅん、と豊かな双丘が顔を圧迫してきた。

既に下着姿の梓さんが扉を開けるなりお出迎えをしてくれたのだ。

 

「き、キリトくん!? そ、そういうのはダメだと思うんだけど!!」

 

「あぁ、ただいまです梓さん。 ちゃんとお土産買ってきましたよ」

 

「もうそういう気遣いしなくていいのに〜」

 

「え、そういう反応なのキリトくん!?」

 

なんか大声を出しているアスナを他所に買ってきたお酒をGrand Blueに運び込む耕平達。

店内には素っ裸の寿先輩、時田先輩たちが待ち構えており、流石にこれをアスナに見せるのは可哀想な気もする。

 

「先輩方にも向こうのお酒買ってきましたよ」

 

「おぉ、有難いな!」

 

「おう、飲むとしよう! 和人、お前も飲むだろう!」

 

いや、アスナも居るしここで一人にさせるのは可哀想だろう…

 

「オーナーがツマミで刺身の盛り合わせ用意してくれたみたいだ」

 

「ぜひ飲みましょう」

 

アスナも愛菜と千紗と仲良く話したいだろうし、あちらに任せて飲むとしよう。

 

ヒャッハー! と衣服を脱ぎ捨て男性陣に飛び込んでいく和人の背を明日奈は見たことの無いものを見る目で見送ることとなる。

 

「え、えっと…千紗ちゃん…愛菜ちゃん…どういうこと?」

 

「「いつも通りです」」

 

「いつもなの!?」

 

「色々と考え直した方がいいと思いますよ?」

 

あんなに楽しそうな和人を見たのは初めてだ、と思うものの流石に限度を超えているというかみっともないというか…それでも止めるのは忍びない気もするし…と頭を抱え込み始めてしまった明日奈を千紗と愛菜が介抱するように店の隅へと運ぶ次第となった。

 

「貴女が明日奈ちゃん? いつも和人くんにはお世話になっています。 千紗ちゃんの姉の奈々華です」

 

「あ、いえ…何時も和人くんがお世話になってます…結城明日奈です」

 

「明日奈ちゃんも泊まっていくのだものね。今日はゆっくり楽しんでいって?」

 

梓を除いた女性陣は店の角のソファへ腰をかけ、少しのご飯を食べながらお酒を嗜んでいる程度に済ませている。

一方、和人が飛び込んで行った先は浴びるように…比喩ではなく本当に浴びながらお酒を飲んでおり既に正気の沙汰ではなくなっているので明日奈としてもお酒で忘れようと思った。

 

「明日奈さんはどうして…どうして、って聞くのはおかしいとは思いますけど…桐ヶ谷くんと?」

 

「最初は仕方なく、途中ですれ違いから凄く仲悪くなっちゃって…」

 

「でも今は…その見てるだけで胸焼けするぐらいアレですよね…」

 

「そ、そんなでもないと思うけれど…」

 

「「いやいやいや」」

 

「そ、そういう愛菜ちゃんだって伊お「わぁぁぁ!!! ダメ!ダメです!!」 え、えっとごめんね?」

 

愛菜ちゃんは伊織くんのことが好きなんだよね…耕平くん以外知らないのかな?

 

「いや、俺は気がついているが千紗は気がついてない」

 

気が付いたらキリトくんが隣に座っており、こちらにだけ聞こえるように囁き…あっという間に耕平くんに連れて行かれた。

 

「何時もですから」

 

「あぁ…うん…もう考えないようにしたよ。 よければキリトくんがここに来てからの話聞かせてくれる?」

 

沖縄に行った時はまだ今のような感じではなかったこと。

ミスコンで準優勝したこと。

リズやシノのん、シリカちゃんが来てリズがあっという間に染まってしまったこと。

愛菜ちゃんと(女装したまま)フォークダンスを踊ったこと。

バイトを始めて新しい友達ができたり、その人を含めてみんなで無人島に行ったこと……

 

伊豆に来てからのキリトくんは普段以上に子供っぽい姿をみんなに見せていたようで悔しいような…それでいて嬉しい気もする。

 

「明日奈ちゃんは本当に和人くんのことが好きなのね」

 

「え? は、はい………」

 

改めて人から言われると恥ずかしい。

 

「羨ましいなぁ…私もそんな関係に……」

 

「愛菜ちゃんなら出来ると思うけど…」

 

「うん、愛菜も可愛いよ?」

 

「くっ…千紗に言われると嬉しいけど悔しい…!」

 

 

 

明日奈達がガールズトークに明け暮れ、和人と耕平たちは野球拳に夢中になり数時間。 一人、飛行機に乗り遅れた伊織が夜になってようやく帰ってきた。

 

「ただいま帰りました!」

 

「おー、伊織! おかえり!」

 

「まさか飛行機に乗り遅れるなんてねー」

 

「あったのかエロ本?」

 

「バッチリだ! と、そうだ千紗ちょっといいか?」

 

「エロ本は要らないんだけど…」

 

「ちげぇよ!? 少し真面目な話だっての」

 

そう言って伊織は千紗を連れ店の外に出ていく。 恐らく、伊織が残った本当の理由について話すんだろうな…と水を飲みながら眺める和人に顔を真っ赤にした明日奈が近寄っていく。

 

「キリトくん」

 

「どうしたアスナ…って真っ赤だな…どんだけ飲んだんだ…すみません、先輩。 アスナ寝かせてきますね」

 

「壁は薄いからな」

 

「なんの心配ですか!?」

 

フラフラとしている明日奈を抱き上げた和人はそのまま自分が寝泊まりしてる部屋(実際に寝たのは両手で足りる程度なので布団も綺麗だ)に運び布団に寝かせる。

パラオに突発的に連れていったが…喜んでくれたかな。

 

「おやすみアスナ」

 

電気を消し部屋から出て下へ降りるとみんなが酒瓶を持って外へと出ていた。

それにならって和人も冷蔵庫から水を取り出して外に出るとパラオとは違った…馴染んだ心地のいい風が身体を包む。

 

「こうして外で飲めるのもそろそろお終いだな」

 

「あぁ、俺たちは就活もあるしな」

 

寿先輩、時田先輩が続くように言い他の先輩達も頷く。

先輩達が居なくなってしまうのは寂しいな、と思うも考えれば自分も来年にはこの場に居ないのだ。 …いや下手をしたら9月ぐらいまでは居ることになるかも知れないが…その時はその時だろう。

 

「オーナーが暇な時はパラオまでバイトしに来いって和人に伝えてくれってさ」

 

「行けるわけないだろ!? …というか、その様子だと千紗とオーナーのことも解決したのか」

 

「あー、解決…というか結局二人は似たもの同士だったんだよ。分かってないだけで」

 

不器用に服を着せたような人だったもんなオーナー。

 

「ん、電話だ………」

 

「どうした伊織……」

 

表示されていた名前は毒島様。

 

どうやら俺たちの夏は終わりそうにもない。




一応、コミックを追う形でやっているので追い付いた場合はちまちまと番外を書いたりする予定です。

それと別作を書こうとも思ってます。
バカテス×五嫁
ダイナゼノン×ウルトラマンZ
マクロスF/Δに紛れ込むグラハム・エーカー

どれにしようか。


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合コンなんて…

感想等々ありがとうございます!
順当にいけば次回は栗拾いと宝くじのお話になります。
そしてアスナには都内に帰ってもらいます。

代わりに栗拾いにはユイちゃんが同行しますわ。


毒島様からの電話を無視した翌日。

ゴミクズ(耕平)の端末から流出した写真が元凶となりカス(野島)共の怒りが天元突破。

このまま自分だけが処刑されてたまるか、と和人は伊織が奈々華さんと一緒に住んでいることをバラし、二人で仕方なく合コンをセッティングする事となった。

 

「改めて経緯を思い返すと野島や山本は近いうちに処分した方が世のためだな」

 

「全くだ。お前も手段を選ばなくなってきたな和人」

 

「なぜ俺まで来てるんだ?」

 

「二人で三人を処分するのは大変だからな。報酬は今日の飲み代だ」

 

ふむ、と納得したのか了承したのか分からないが耕平はそれ以上は口にせず大人しく腰を下ろした。 それに引替え野島達(廃棄物)は好みの女の子が居たら誰が狙いか分かるようにテーブルに置いてある箸先を女の子に向ける! と決めていた。

 

「和人、やっぱりコイツら会わせる前に処理しようぜ」

 

「そしたら約束が違う!って騒ぐだろ。俺だってコイツらをアスナとか奈々華さんに会わせたくないっての」

 

そうこうしているうちにやって来たのは奈々華さん。

恐らくというか…この後に続くのは何時ものメンバーな気がする。アスナはもちろんとして身内贔屓を抜きにしても奈々華さん、梓さん、千紗に愛菜は美人だし。

チラり、と視線を男たちに向けるとだらしなく鼻先を伸ばしていた。

 

「あれは何時しか見た俺の天使…困ったなまだ子供の名前も決めてないのに」

 

「おいおい童貞(山本)、妄想は大概にしておけよ? 俺の妻だぞ」

 

「俺のだって」

 

「お前ら…奈々華さんに妙なことをしたら……殺す…」

 

まぁ、修羅(伊織)がそれを許さないだろうが。

 

「はっはっはっ、構いませぬ…」

 

野島が浮かべていた表情。

それは覚悟の決めた者こそが浮べることのできる春の快晴の如き笑顔だった。

 

「そ、そうだ! 俺なら彼女を幸せに出来る!」

 

「あぁ、一途に愛してみせよう!!」

 

おかしな命の賭け方をしてるなコイツら。

 

「明日奈ちゃんも入った入った!」

 

「あ、梓さん押さないでください…っ」

 

続いて入ってきたのは何時もの緩い格好をした梓さん。 それにふわっとした柔らかい印象を受ける服装のアスナだ。

 

バキィッ!!と音が聞こえたのでテーブルを見ると奈々華さんへ向いていた山本(永久童貞)と藤原の箸がへし折れ、梓さん、アスナにも向いている。

そうか二人はアスナが俺の彼女だと信じていないのか。

 

「貴様ら一途はどうした? ん?」

 

「勝手に箸が折れただけだ」

 

「お前ら、アスナに何かしてみろ。朝を迎えることがない眠りに落としてやる」

 

「はっはっはっ、構いませぬ…」

 

藤原が浮かべていた表情。

それは覚悟の決めた者こそが浮べることのできる春の快晴の如き「フンッ!!」「グハァァアァァ!!?」死に表情だった。

 

「男側、一人減っちゃったな」

 

「いや桐ヶ谷が減らしたんだが…まぁいいか。藤原なんて居なくても」

 

「そうだな。競合相手が居なくなっただけだ問題は無い」

 

アスナに向いていた箸は無くなり気が付いたらやって来ていた愛菜に向かっている。

愛菜の為にも童貞を何とかしておきたいが…アスナで手一杯なので犠牲になってもらう他ない。

 

「こんばんは」

 

最後に入ってきたのは…御手洗の彼女だ。

 

「なんで?」

 

「最近仲良くなった大橋りえさんだよ」

 

「少しの間お邪魔します」

 

御手洗は今日呼んでいないはずだ。何故ここに大橋さんが…

と思っているとメッセージが届いた。

 

 

 

【お前たち今日合コンなんだって!?】

【俺も今から行く!】 -19:03

 

【来ない方がいい】-19:03

 

【つれないこと言うな】

【今夜はオオカミになるぜ】

【わおーん】-19:04

 

 

 

 

「あ、今来るみたいです」

 

「ありがとう。私の代わり、呼んであるので」

 

スタスタと外に出て行った大橋さんを見送り十数秒後、絶叫と救急車の音が聞こえたが俺たちは目を閉じ耳を塞いでじっとしていた。

 

「…………」

 

毒島降臨。

 

「「シクシク…」」

 

「そこ、さめざめと泣くな。それと桐ヶ谷電話に出なさい。 合コンだって来てみれば誰も彼も見た事あるやつばかり………?」

 

チラり、とアスナを見ればこの子は誰だと指を指したので仕方ないから紹介しておくことにした。

 

「結城明日奈。俺の彼女だ」

 

「えっと、和人くんの彼女の結城明日奈です…」

 

「……あんたどうやって脅したの? 親族を人質とか…金銭で揺すって!?」

 

どれだけ信用がないんだ俺は。

伊織じゃないんだぞ?

明日奈も必死に首を振っており否定しているのだが時折、桜子の顔をまじまじと眺めて首を捻っていた。

 

「か、和人くんはそんなに酷いことしないよ…!」

 

「レンタル彼女…?」

 

「違うから。ほらとりあえず合コンの体を為してくれ」

 

早々にこいつらを始末する、と耳打ちをすると桜子も大人しく席に着き人数分のビール(アスナはジュース)を注文した。

山本がしきりに愛菜に向かって気持ち悪いウィンクを繰り返しているが無視をしておく。

 

「とりあえず、みんな飲み物来たみたいだし乾杯しよっか」

 

「はぁ……乾杯っ!」

 

「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」

 

さてどうやってこいつらを処理しようか。

いや案外普通に話をして終わるだけなのかもしれないし始末は浅慮か…?

 

「キミ達、青女(ウチ)の学祭でも一緒だったよね? 仲良いねぇ」

 

「いやいやお恥ずかしい((こいつらと仲良いなんて))

 

「和人くんって、学校ではどんな感じなのかな」

 

「我々の為にとって(都合が良くて)かけがえの無いヤツですよ」

 

身から出る邪悪さを消しきれてないぞお前たち。

伊織と耕平と黙りながら運ばれてきたビールを傾けていると童貞が愛菜に向かって話を切り出した。

 

「あのさ、童貞ってどうかな」

 

「助けて和人! 伊織! 耕平!」

 

「貴様、なんてことを!」「台無しじゃねぇか!!」

 

愛菜が泣きながら飛んできたのであやす様に頭を撫でてやりつつ野島、藤原が童貞をボコボコにする様を見ていた。

伊織ですら愛菜を哀れみと同情の瞳で眺めているので彼に愛菜を任せた。

 

「私は童貞アリだと思うけどなぁ」

 

グリンッ!!!と音が鳴るような速度で奴らの首が回り、そのガッツき加減が分かりやすかった。

 

「奈々華たちはどう?」

 

「わ、私は…そういうのわからないから…」

 

「私はそういうの……で、決めたり、しないし…」

 

「興味なし」

 

「私もそういう話はちょっと…」

 

「ブサイクの童貞なんて死んでもごめんね」

 

明らかに野島達の方を見ながら言っている桜子にアスナはビックリしてしまってる。

 

(((ブサイクじゃなくてよかった)))

 

超前向きだなコイツら…!!!

 

「そんなどうでもいい話じゃなくて楽しい話しなさいよ。 北原と桐ヶ谷はなんかないの? そっちにいる男連中は論外過ぎるわ」

 

「「「ぐっ!?」」」

 

「面白い話なぁ……」

 

「アンタ達の別れ話とかないの?」

 

「「ホント、ゲスなところ見てて安心するなぁ…」」

 

パラオに行っていた時に俺たちに足りなかったのはこの、人を何とも思わないクズさ、ゲスさだったのかもしれない。

こいつが居たら居たでとんでもない事になっていた気がするので何も言わないけれども。

 

「どうせ夏休みろくなところに連れて行ってもないんでしょ。バイトして酒飲んでたんじゃないの?」

 

「「うっ…」」

 

「そうでも無いだろう。北原は都内と実家とパラオに連れて行ったのだから」

 

「は!?」

 

「桐ヶ谷も明日奈さんをパラオに連れて行ったしな」

 

「それって婚前旅行とご挨拶……?」

 

俺は明日奈に会うことすらままならなかった…というか若干気が引けていたのもあるが伊織と千紗だけ見ると事情を知らない人からすればそう見えるか!

新しい発見したと思っていると桜子はホロホロと涙を零し泣いていた。

 

「ど、どうした桜子!?」

 

「そんなに北原の顔が気持ち悪かったのか」

 

「いいえ……二人が、可哀想だと…」

 

「「脅迫なんかじゃねぇよ!?」」

 

いつの間にか喋っているのがこちらだけになっていたのでそろそろ本気で奴らの処理方法を考えていると伊織がとてもいい笑顔でひとつのアイテムを取り出した。

それは以前、俺達が破壊された時のアイテム。

 

「嘘発見器!!! って、そんな仰々しいもんじゃないけれど嘘をついたらかるーくピリッとするやつだ」

 

梓さんに手渡し手を乗せてもらうとひとつの質問をぶつける。

『この中に気になる相手がいますか』

そんな質問に奴らは喜び、梓さんと奈々華さん、愛菜はYESと答えて機械は反応無し。

愛菜は分かるが二人が居るのは意外だな、と思ってると伊織が顔を覆っていたのでこれ以降何も考えないようにしておいた。

 

「いいえ」

 

「彼氏がいるのに!?」

 

「はいっ…」

 

アスナが可愛らしく…顔を真っ赤にして呟くように言った。

 

「「「桐ヶ谷、後で──!!」」」

 

なんて言われたんだ俺!?

 

「いいえ…っ痛!?」

 

悪寒にビクビクしていたら桜子に電流が走ったようだ。 まぁ、美形好きなら耕平の外見だけは好みの範疇だろうしな。

 

「ありがとう、北原! 桐ヶ谷!」

「最高の合コンだ!!」

「終生の友よ!!」

 

歓喜の涙を流し幸せそうな顔で語り合っている三人。

俺には伊織や耕平と出会うまで、同年代の友だち…と呼べるものがユージオを除いて居なかったのだと思う。 アスナも居たしクラインやエギル、リズにシリカと仲間が沢山いたお陰で憧れるということはなかった。

野島や山本、藤原はよくツルんでいる三人だ。

そんな三人のここまで幸せそうな顔は見たことが無い。

 

ホント。

 

 

 

 

 

 

醜悪過ぎて反吐が出る顔をしてるなぁ……

 

そして自分の思考もかなり捻れ伊織脳になっていることにもどうしようも無い罪を感じる。

 

「さてと和人、そろそろ」

 

「あぁ。そうだな」

 

「どうしたんだ2人とも?」

 

「耕平、今回のクエストは合コンを開く。つまり合コンを開いた時点でクエストは成功だ。 アイツらの生死は含まれていない」

 

「生かして返すとも約束してない」

 

「なるほど一理ある」

 

((一理ないんじゃ…))

 

千紗とアスナから電波を感じとったがアスナに醜悪な面を見せた罪を償って貰わなければならないので却下だ。

 

「それじゃあ俺の番! この中に、好みの相手はいませーん…なんちゃ…ってぇえええええええええええええええええ!!!???」

 

バリバリと音が鳴って野島が沈んだ。

 

「野島…?」「え、これどういう?」

 

「ほら早くやれよ藤原。盛り下げるなよ…?」

 

「…っ、こ、この中に好みの女性はい、いいぃいぃい!!???」

 

ぷすぷすと少し焦げ臭い匂いをさせながら藤原も沈んだ。

 

「いやいやいや、まだ何も答えてないのに感電してたよな!? おかしくないか!?」

 

「どうでもいいだろ藤原の答えなんて」

 

「そうだぞ。早くやれよ山本」

 

「いややるも何も桐ヶ谷が持ってるのはスタンガガガガガガガガガガガ!!!」

 

よし、仕事終わり!!

 

「ごめんなアスナ。煩くしちゃってさ」

 

「え、えーと…キリトくんのお友達じゃなかった…の?」

 

「まさか」

 

友達だなんてアスナは面白い冗談を言うな。

 

「待ちなさいよ、まだアンタらやってないじゃない…桐ヶ谷はいいは答えは分かってるから。北原やりなさい」

 

……居ないと答えたら奈々華さんに(千紗ちゃんのこと好きじゃないの?)と殺られるのか。伊織に逃げ道がないぞ…これ?

 

「………すぅぅぅ…はぁ………俺の好みの相手は…この中に…何人か!います!!!」

 

おぉ、上手い逃げ方したな。

見た目だけならここにいるメンバーはみんな凄いし。

 

「いやぁ、みんな魅力的と言いますか…」

 

「ねぇ、伊織くん。それは千紗ちゃん以外にも好きな人が居る、ってことかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良かったの? あの二人を前の店に置いてきて」

 

「血は見たくないだろ桜子。少なくとも俺は見たくないしアスナにも見せたくない」

 

「あー、はいはい。分かったわよ」

 

生贄を置いて脱出すると飲み足りなかったのでみんなで寿先輩のバイト先のバーへと来ていた。

多分後で二人も来るだろうからこその店のチョイスでもあるか。

 

「………あ! 思い出した!」

 

どこか晴れない顔でジュースを飲んでいたアスナは突然大きな声を出して桜子に詰め寄った。

 

「あなた、前にキリトくんに抱きついて写真を撮っていた人!」

 

「「は?」」

 

「間違いないわ…この、写真!」

 

アスナが見せてきたのは俺とのタイムラインに流れていた1枚の写真。裸の俺が下着姿の桜子に物理的に落とされている写真だった。

 

「あー……いつの飲み会だこれ」

 

「結構前よね…それでこれがどうしたの明日奈さん」

 

「どうもこうもないわよ! キリトくんは私の彼氏なんだから…!」

 

「あ、そうだ思い出したわ。 桐ヶ谷が彼女居るって公言して写真見せてきたから私も似たような構図で撮ったんだったかしら?」

 

「首締められてて覚えてないんだが…」

 

「とにかくキリトくんは…わ、私のだから!」

 

「いや要らないわよこんなクズ」

 

「へ?」

 

すごい恥ずかしいのだけれど、アスナの中で桜子と俺がそう言う関係になりかけていたって…ことか?

ないない、と首を振る和人。

 

「く、クズじゃないもん」

 

「いやどう考えてもクズでしょうコイツ。 明日奈さん、目を覚ましたら?」

 

「いい所沢山あるんだから!」

 

「その倍は悪いところ言えるわ」

 

「あー、その辺にしてもらえませんか……俺が耐えられない…」

 

「ちっ、仕方ないわね。 とりあえず面貸しなさい」

 

首根っこを桜子に掴まれて引き摺られると流れるように正座の体勢を取りビールタンクを抱えさせられていた。その昔の拷問か?

 

「先ず、アンタは私に礼を言う必要があるわ」

 

なにか礼を言うようなことをしてもらった……あ。

 

「ええ、そうよ。 アンタと北原が空けたシフトの穴を埋めたのは私だもの」

 

「毒島様、ありがとうございます」

 

「まぁ、桐ヶ谷に礼を言われても反吐が出るだけだから要らないわ」

 

この女…!

 

「だから別の方法で借りを返して貰うわ」

 

そう言った彼女の頬はアルコールのせいか、朱に染っていた。

いやアルコールせいではない。これから言うことに関しての羞恥だと和人は理解し息を飲んだ。

 

「北原と私をくっつける手伝いを命じるわ」

 

俺が恋愛の手伝いなんてユージオが聞いたら正気を疑うんだろうな。




前回言っていた
バカテス×五嫁 のクロスオーバーですが調子乗ってたら3話ほど書き上げてしまいました。
どうしよう。


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栗拾いってなんだ?

やたら時間かかった割にこれでいいのか?ってなりました。
次回は毒島、和人メインです。


「パラオかー、私も行きたいなぁ…でもこれから色々あって更に忙しくなりそうだし…」

 

と、言いながら笑顔で敵性MOBを撃破するのはナナさんこと水樹カヤ(飯田摩耶)。

なんでナナさんとALOでクエストをやっているのかと言うと、何でも欲しいイベントアイテムがある。しかし一人でやるとイベント終了まで間に合わない。そこで確実に暇、かつ人手として申し分のない和人に白羽の矢が立った。

時刻はド深夜。 PaBの飲み会が終わり寝ていたところ電話が鳴ったのだが…酔っ払って寝惚けている状態で超有名声優からの電話は心臓への負担が凄まじかった。

 

「忙しく?」

 

「あ、うん。私事だけどね。 これはオフレコで頼むよっ」

 

「言いませんよ。というかカヤさんと知り合いなんて誰にも言えないし信じて貰えないですからね」

 

「それもそっか!」

 

ケラケラと笑いながらも器用に羽を動かし飛び食虫植物っぽいMOBの触手を回避しながら狩り尽くす姿はなんというか怖い。

 

「ん、よしよしドロップ品も揃った! 助かったよキリトくん。こんな時間までごめんね? 明日早かったりしない?」

 

「いえいえ、これぐらいしか手伝えることないですし。 明日は休み………あ、みんなで栗拾い行くんだった」

 

何故栗拾いに行く事になったかと言うとだ、伊織の実家である北原旅館の近くには大きな栗の木があり毎年この時期になると栗ご飯を作って食べていたという。 その時に語られた作り方は実際こちらの食欲を誘うもので凄かった。

まぁ人間、長年してきた習慣が急になくなると異常に寂しくなったりするものなので分からなくもない。

 

「え、栗拾い!? いいなぁ、私も行きたかったよ」

 

「いや貴女が来たら連れの一人が死ぬんで勘弁してください…」

 

耕平が惨たらしい最期を迎えてしまう。

とりあえずそんな当たり障りのない話をしながらナナさんと安全圏まで移動すると待ち構えていたかのようにひとつの影がキリトの腹部に突撃し、勢いのままキリトを巻き込んで転がっていった。

 

「パパ! こんな時間まで起きてるなんて明日遅れたらどうするんですかっ」

 

「ゆ、ユイ!? いやこれはやむにやまれぬ事情というか…ナナさんの手伝いをしてだな…」

 

「明日は私も連れて行って貰うんですっ。しっかり寝てください」

 

「ユイちゃん、ごめんね? キリトくんを呼び出したの私なんだ」

 

「ナナさんは悪くありません。パパは最近不摂生が祟って頭がおかしくなっているので」

 

「ユイ? 色々と言ってくれるのは俺としても嬉しいけれど頭がおかしいってのは頂けないからな? な?」

 

ユイにまでそう言われてしまうとは俺はそろそろヤバいのかもしれない…少しは生活に気を使わなければ。

 

「ナナさんすみません。 今日はここら辺で止めます…」

 

「大丈夫大丈夫。アイテムも集まったし! むしろありがとうねっ。 ユイちゃんも今度遊ぼうね」

 

「はいっ! それではパパ、明日の朝モーニングコールするのでちゃんと起きてくださいね」

 

 

 

 

 

 

 

なんてことがあったのが今から6時間前のこと。

 

「と、言うわけで伊織があまりにもウザイので栗拾いに来たぞ」

 

「もう少し言い方とかありません? 有難いですけど」

 

「あまりにもウザかったからな」

 

「あぁ、人が村中ゆりかのサインが届いて喜びに満ちていたというのに貴様の顔を見たら掃き溜めを見た気分だった」

 

「お前らも言い方に限度ってものがあるからな? 栗を服の中にねじ込むぞ」

 

「「なら脱げばいい」」

 

「脱ぐな!!」

 

耕平と一緒に愛菜からお叱りを受けたので元凶の伊織を睨みながら事務局の方から借りた栗拾いセットを身に付ける。まぁ、あまりにも落ち込んでいた伊織の様子を見捨てられないのは分かるし、それを見た千紗がわざわざ栗拾いツアーを企画してくれたので先輩方たちと来たという訳だ。

ユイはアリスがダイビングする時に使用した通信プローブを改造に改造を重ねて作ったディスプレイ付きの端末に居る。

音声も出るのでユイの表情を見て会話することが出来るレベルになっている。 先輩達様々である。

 

「伊織がこれ以上鬱陶しくならないように皆くれぐれも励んでくれ」

 

「他にも1組、2組お客さんが来ているらしいので迷惑にならないようにな」

 

「「「「「はーい」」」」」

 

「嬉しいけど敵しかいねぇ…」

 

【伊織さん、沢山見つけましょうね】

 

「ユイちゃんだけが俺の味方だ…!」

 

「ユイに手を出したらタダじゃおかないぞ」

 

「あぁ、俺の妹…ゴハァ…!?」

 

耕平を叩きのめしたので早速栗拾いを開始したのだが…これがなかなか見付からない。

 

【パパ、あっちの木の下とかどうですか?】

 

「お、あるかもしれないなっ!」

 

「仲のいい親子だな。和人達」

 

「あぁ、協力したかいがあるってもんだ」

 

寿と時田は満足そうに裸で腕組みをしており、伊織は素足で栗のイガを踏んで悶絶している。あまり栗を見つけることは出来ていないがこういう野外活動も楽しいものだ。次はアスナとユイと三人で来てみようか。

 

【あの、ひとつ聞きたいんですが…パパ達は何故裸なのですか?】

 

ユイの純粋な質問に男たちは首を傾げ顔を見合せた。栗拾いを開始した時点では服を着ていたのは確かなのだが気がついた時点で裸だったのだ。あれは、温泉を見つけた辺りだろうか?

 

「ユイ、急に服がなくなったんだ」

 

【バグでしょうか?】

 

「バグかもな」

 

頭の。

 

それ以上、裸については言及することは無く栗拾いに精を出していたのだがここでまたしてもユイが一つの事案に気がついた。

 

【大変ですパパ! 耕平さんの姿が先程から見えません!】

 

なんだ、そんな事か。

少なくとも温泉に入った時点では居たはずなのでその後にはぐれたのだろう。チラリと伊織や先輩たちの方に視線を配ると首を横に振っていた為、知らないようだ。でもまぁ耕平ならば全裸で山に放り込まれても生還する確率の方が高いと思われる。

しかし万が一があったら……?

 

「ん? なんだ耕平、そんな所に居たのか」

 

和人が考え込みそうになった時、伊織が林の奥から顔を覗かせている耕平を見つけていた。

 

「お、おう…!」

 

「……貴様、なぜ服を着ている?」

 

「え゛!?」

 

「いや、その前に本当に耕平か?」

 

「も、もちろんだ…!」

 

顔は耕平なんだが…どうにもオタクっぽさや雰囲気が違うし常に目が泳いでるのは怪しい。

とりあえずスピリタスでも飲ませてみせようか?

 

【パパ、この人耕平さんではありません! 先程まで観測していたバイタルと大いに違いますっ】

 

「どのへんがどう違うんだ?」

 

【耕平さんやパパ達より凄く健康的です!】

 

「伊織、捕らえろ」

 

「既に」

 

耕平もどきを羽交い締めにして捕らえたのでやっぱりスピリタスでも飲ませてみよう。

泥酔すればベラベラと喋るだろうし。

 

「ご、ごめん! 言い出せなかったことは謝るからそれは止めてくれないかな!? ほら、パラオで会った池越です!」

 

「「池越……あぁ…」」

 

寿先輩、時田先輩は首を傾げるがパラオに行った面々なら分かるだろう。

ジャギーズ事務所のアイドルで髪を染めれば耕平に瓜二つな人物。

 

「池越さんがなんでまたこの山に? 撮影ですか?」

 

「そ、そうなんだ…実はこの山で撮影をしていたんだけど少し席を外していた間にスタッフが居なくなっていて…人を探して歩いていたらパラオで見かけたキミたちが居て…」

 

「なるほど。 耕平のフリなんてしなくても良かったのに」

 

「プロデューサーにキャラが薄いと言われてね…キミたちと行動したらキャラというものが分かるかと…」

 

「池越さん、世の中には知らなくていいキャラもあるんです」

 

「えぇ、ここの面々を知れば知るほどろくな人間になりません」

 

本当に、数ヶ月前の俺を返して欲しい。

 

「待てよ? 池越さんと一緒に来ていたスタッフが居なくなって…こっちは耕平が居なくなって…不味いのでは」

 

とやかく言っても仕方ないのだが耕平が再びテレビ撮影に出ているとしたら池越さんの地位が非常に不味い。

池越さんと先輩方を連れて森の中を駆け抜けると人影が見えてきた。スタッフ達か、それとも他のお客さんか…!

 

「なんであんたら裸なの!!」

 

「ちっケバ子か!」

 

「舌打ちされた!?」

 

【愛菜さん、実は耕平さんそっくりな池越さんと出会ったのですが耕平さんが代わりに行方不明でして、もしかしたらテレビスタッフさん達と一緒に居るかもしれないんです!】

 

わかりやすい説明をユイがしてくれたので和人と伊織、池越は首を縦に振るだけで済んだ。

ユイが居ると助かるなぁ…

 

「ユイちゃんが居るのに桐ヶ谷くんは脱いだんだ…」

 

「末期ね…」

 

「違う、温泉を見つけて入ってたらいつの間にか服が無くなったんだ」

 

「だからって裸で山の中を歩くな!! 池越さん、すみません…ウチのバカたちがご迷惑を…」

 

「いやいや、彼らのおかげでキャラってものが分かるかもしれないからドンと来いだよ!」

 

「それは…その、止めておいた方が…」

 

「大丈─ヒュン─ぶっ…?」

 

何かが、彼の顔横を高速で飛び血の一筋を描いて背後の木へと突き刺さった。

 

栗だ。

 

投擲した下手人は耕平だった何か。

その迫力はフロアボスも後退りするだろう凄まじさだ。 俺も出来るうるならこの状態の耕平とは向かい合いたくない。

 

「何か──言い残すことは─あるか─」

 

「入れ替わったりしてすまない!!」

 

「どちらかと言えば耕平が謝るべきなんじゃ…」

 

「何をそんなに怒っているの耕平?」

 

池越さんの謝罪。愛菜は呆れた目で耕平を眺め、梓さんはいつもの笑顔を見せながら豹変している耕平に事情を聞いたのだがアレは余程やばい事情だろう。

 

「声優との結婚、断じて許さん…!!!」

 

「「池越さん逃げろぉおおおお!!!」」

 

寿先輩、時田先輩、伊織と俺で抱きつき動きを止めようとするも尚も動きが止まることなく少しずつだが前へ前へと進む。

なんだこのSTR!?

 

伊織とか俺が殺られるならばまだいいが池越さんが締められるのは非常に不味い。

使いたくない手段だがやるしか無い…!

 

「ユイ、頼む!」

 

【耕平お兄ちゃんやめて下さい!】

 

ビタッ……と、耕平の動きが止まった瞬間を逃さず愛菜が慌てて持ってきた縄でぐるぐる巻きにして吊り上げた。

危ない、山に血の紅葉が舞うところだった。

 

 

 

「それでは第一回! 死刑争奪 イガ栗バレーボールゥゥゥゥ!!!!!!」

 

「「「「「「YEAHHHHHHH!!!!!」」」」」」

 

「ルールは簡単。イガ栗を使ったバレーボール! 25点先取で死刑権利をゲット出来る!」

 

「よかろう!」

 

「よくないよ!?」

 

慌てる池越さんを他所にコートの設営が行われ、チーム分けすらも終わった。耕平&和人、池越&伊織という塩梅で公平なゲームになるよう握手が交わされる。

 

「サーブ権は耕平達からでいいぞ」

 

「本当にやるのかい!?」

 

「あんなモノをサーブしたら手の方が先に壊れますから大丈夫ですって」

 

「あぁ、なるほ「くたばれぇえええ!!!」 打ってきたぁ!?」

 

伊織の予想とは裏腹に怒りで痛覚すら無と返している耕平は続けざまにポイントを重ねていく。その姿はまるで一流アスリートの如き。

 

【パパも頑張ってください!】

 

「よし、次のサーブは任せろ」

 

「いいか、奴の頭を狙え」

 

池越さんに恨みはないがユイにかっこいい所を見せるためだ。

 

掌にイガが刺さることも気にせずサーブを打ちまくる耕平と和人を前に池越は地を這うように逃げ惑い、気が付けばマッチポイントにまで達していた。

死刑を獲得するために耕平が最後のサーブを放とうとした瞬間、先程まで死にかけていた池越の目に火が灯る。

 

「俺は確かに村中ゆりかさんと結婚する!!」

 

「どうした、腹を括ったか!!」

 

「それは、俺が結婚できたということは! 同じ顔のキミ(耕平)も声優との結婚が出来るという未来を示したんだッ!!!」

 

池越さん渾身の叫びに耕平は崩れ落ち、血を流しすぎたのでそのまま起き上がることはなかった。

また無益な戦いをしたものだなぁ………

 

 

 

 

 

 

 

後日。

ユイの発言。

 

「ユイちゃん、キリトくんとの栗拾い楽しかった?」

 

【はいっ! 沢山見つけることが出来ましたっ。今度は三人で行きたいってパパも言ってました】

 

「ふふ、よかったぁ…。そうだね三人で行こっか」

 

【あ、でも突然裸になってしまうかもしれないので気を付けないと…】

 

「うん?」

 

【イガ栗バレーボールはとても見ていてハラハラしました!】

 

「…………はい?」




先日言っていたバカテス×五等分の花嫁 1話を上げました。
もし宜しければそちらもどうぞ。


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沖縄 再び!

今回繋ぎ回の為めちゃくちゃ短いです。
1話目ぐらい短いです。 それなのに難産。困っちゃうね。

メリークリスマス!!


「って事で伊織は宝くじを当てて沖縄に行くらしい」

 

「あっそ、じゃあ桐ヶ谷。 沖縄行きの飛行機取っておきなさい」

 

「は?」

 

じゃあ、じゃないんだが。

バイト先で昨日あった事を桜子に伝えたら、とち狂った事を言ってきた。 何をどこで間違えたのか分からないが桜子は伊織が好きらしい。金だろうか?

 

「は? じゃないでしょう。しっかりと働きなさいよ」

 

「わかったわかった…飛行機お前の分を取っておけばいいんだな?」

 

「あんたこんなに可愛い女の子を1人で行かせる気?」

 

「?」

 

「可愛い女の子って聞いてキョロキョロするんじゃないわよ」

 

まさか彼女は自らの事を言っているのだろうか?と一瞬、体を抱いて身を引く和人だがそこで気が付いた。

相変わらず彼は桜子の用意したウエイトレス制服でバイトをしており店長もお客様も見慣れ始めていた。 和人自身もなんの違和感もなくスカートを揺らしてバイトに勤しんでいる。

 

「俺のことか…?」

 

「あんた、本当に病院行った方がいいわ」

 

何故だ。最近、ユイにもパパ可愛いです!って言ってもらったばかりなんだぞ。

 

「とにかくアイツらが旅行に行く日を調べてホテルと飛行機を取っておきなさい。 バイトのシフトも考えなきゃいけないんだがら」

 

「それなんだがな? バイト先(ここ)、来週から改装工事入って暫く休業だってよ」

 

「あら、なら丁度いいわ。 頼むわよ桐ヶ谷」

 

なんてことがあったのがはや数日前。

そして。

 

「着いたわね沖縄」

 

「着いてしまったな沖縄……」

 

桜子と和人は二人、スーツケースを転がしながら沖縄の空港へと到着してしまった。

向こうの空港から出発する際に野島、山本達の襲撃を受けたが桜子のパワープレイによって彼らは国家権力(警察)の世話になったので追い掛けてくるにしても時間はまだあるはずである。

 

「何処を探すんだ? 伊織と千紗が何処に行くかまでは聞いていないぞ?」

 

「お酒か海でしょ?」

 

「……沖縄の海なんて何ヶ所あると思ってるんだよ」

 

「だからこそアンタを連れてきたのよ、桐ヶ谷。 バカはバカと引き合うでしょう?」

 

俺は伊織のなんなんだ。

 

「とりあえずレンタカーを借りて移動しながら探すぞ。 あいつらは俺たちよりも先にこっち来てるしな」

 

6月に沖縄へ来た時にお世話になった……というより世話かけさせられたレンタカー屋に行くと流石に二人乗りの軽自動車は存在した。

荷物を積み込み、桜子監修で沖縄らしい格好にさせられるとそのまま肩を組まれて写真を撮られた。

 

うーん、空港をバックにアロハシャツの二人。

いい写真だけれど。

 

「桜子とツーショットか……はぁ…」

 

「シバキ倒されたいのかしら」

 

「でも何で写真なんて撮るんだ。 要らないだろう俺とお前とのツーショットなんて」

 

「明日奈さんに送るのよ」

 

「ちょっと待とうか? な? その手に持った端末を海に投げ入れろ今すぐ!!」

 

「ほら早く目ぼしい海岸に向かいなさいよ」(カシュッ

 

「貴様、酒にまで手を出したな……」

 

一人放置して帰ってやろうか。

そう思いつつも車を走らせ、空港から三番目に近い海へと向かっている。

 

「なんで一番近い場所じゃないのよ」

 

「あのバカ(伊織)が一番近い場所を選ぶとは思わない」

 

「一理あるわね」

 

途中、前もって調べておいたバーガー屋によってバーガーとポテトに飲み物を買いながら移動していると桜子のスマホが音を鳴らした。

 

「……ん?」

 

「何かあったのか? あと申し訳ないんだけど俺にもバーガー分けてくれないか?」

 

ズイッ、と口元に寄せられたバーガーを食べながら、信号待ちのタイミングで桜子がこちらに向けてきたスマホの画面を眺める。

 

【桜子、沖縄に行ってるの!? 沖縄にジャギーズの池越くんがいるんだって!】

 

これは桜子の友達からのメッセ? というか……このSNSに挙げられている写真って池越さんに似てるが……

 

「来ているようね」

 

「なるほど。耕平も伊織の幸せが許せなくて始末しに来たか」

 

「始末されちゃ困るのよ。 私のお金……じゃなくて北原が」

 

「お前本当に伊織が好きなんだよな? 宝くじの金目当てじゃないよな?」

 

しかし耕平が来ているなら話が早い。 恐らくだが奴は既に伊織を見つけているだろうし、連絡を取って合流すれば伊織と千紗を見つけられ……

もしかしなくても桜子とはいえ女性と二人っきりで沖縄に来た俺も同罪なのでは?

 

「毒島様、ただ単に沖縄を楽しむではダメですか……」

 

「あんた何言ってるのよ。ほら、この写真の所に向かいなさい」

 

こちらの申し出は却下されてしまったので大人しく車を走らせ写真の場所、つまり池越さん(耕平?)の目撃箇所へとやってきた。

とはいえ、あの目撃情報からは既に一時間経っているので移動をしている可能性の方が高い。

車を降りて暫く周囲を散策するもそれらしき姿は見えず、仕方ないのでズボンの下に履いてきた海パン姿になって海へとダイブする。

いやはやこの当たりの海は潮がベタつかなくて最高だな……

 

「なに海に入ってるのよあんた!」

 

「いや、そこに海があったから……桜子もどうだ?」

 

「………………はぁ」

 

呆れてものも言えないという顔をしながら桜子は車に戻ってしまった。あいつ、俺が居ないと車動かないことを分かっているんだろうか。と、思っていたら水着に着替えて戻ってきた。

 

「ここで入ったら見付けるまで他の海に入らない。それで決まりよ」

 

「なんというか、俺の扱い方を覚えてきたな桜子……………水着も新調したんゴファ!?」

 

「ほら、さっさと泳いで飯食って探しに戻るわ」

 

「少しぐらい沖縄を堪能させてくれ…こっちは彼女でもない奴と沖縄に来て、更にはいいように使われてるんだぞ…?」

 

「あら、使われて嬉しいでしょ?」

 

「まったくだが?」

 

危機感を覚えた和人は必死に泳ぎ、桜子は満面の笑みで逃げる和人を追いかけ始める。 傍から見れば、それはきっと微笑ましいカップルのそれなのだろう。 傍から見ればだが。

そのまま大体一時間が過ぎ、泳ぎ疲れた二人は這う這うの体で車に乗り込み、とりあえず何処かご飯を食べられる場所を探すこととなった。

時刻は夕方。伊織、千紗や耕平、愛菜は和人達よりも数時間早く沖縄に到着していた為、彼らと同じように動いていれば時刻が遅くなるのも当然だった。

 

「晩飯食べたらホテルだな」

 

「しっかり別部屋取ってるんでしょうね?」

 

「当たり前だろ。お前と同室なんて取るぐらいだったら即刻伊豆に戻るっての」

 

「殺すわ」

 

「何でだよ」

 

三線ライブを見ながら酒を飲み、代行を頼んで予約していたホテルに向かってもらって足早に二人は別々の部屋へと入っていく。

まぁ、幾ら気心が知れてる間柄とは言え旅行ともなると桜子のような理不尽が服を着ている生物でも疲れるようだ。

 

おもむろに端末を確認し伊織にメッセージを送ってみる。

 

『伊織、沖縄着いたのか? あまり羽目外しすぎるなよ』

 

既読は暫くつかなそうだしシャワー済ませてしまうか。

と、思っていたらポコンと通知音が部屋に響いた。なんだ随分早いな。

 

【スグ 通知 1】

 

……なんでだかとても嫌な予感がする。

 

ポコン

 

【リズ 通知 1】

 

ポコン

 

【シリカ 通知 1】

 

ポコン

 

【飯田摩耶 通知 1】

 

摩耶さんのだけ見るか。

 

『夜にごめんねー。 キリトくんには少し先に教えておこうと思って。 私、結婚するんだっ』

 

こ、耕平の命が危ない!!!!

 

慌てて耕平に連絡を取ろうとするも着信が入った。 くっ、こんな時にいったい誰だ!?

 

「もしもし…!」

『キリトくん?! な、なんで桜子ちゃんと二人っきりで沖縄に!』

「ごめんアスナ! 今それどころじゃないんだ! 耕平が、耕平が!!」

『それどころって…! 耕平くんがどうしたの…?』

「下手を打てば死ぬ」

『何が起きてるの!?』

「アスナ、ごめん。 後でしっかり話を聞くから…!」

『……危ないことをしてる訳じゃないんだよね?』

「…………大丈夫だ」

『今の間は何!?』

「あ、電波が」

『ちょっと、キリ─ブチッ』

 

ふぅ、アスナの方は後日謝るとして……一安心だな。

 

『おー、沖縄着いたぞ。 今日は軽く泳いで三線ライブを見て明日と明後日に本格的にダイビングだ』

 

伊織の危機感の無さに反吐が出る。

しかしこいつも桜子に狙われている身だ。丁重に供養してやるか……

 

 

 

 

 

そして夜が明ける!!



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沖縄で騒ごう!

大変申し訳ないです。
他の作品書いたり、載せてない奴を20話ぐらい書いてたりとやっていた癖にこちらは全く更新せず。

ね、たまに凄く俺ガイルとか描きたくなるんですよ。えぇ。


眼前で繰り広げられているのは桜子と伊織のキスシーン。

行動力がある方だとは前から思っていたが……まさかここまでぶちかますとは。

とりあえず、店の入口に立ってるのもあれなのでみんなの席に座ることにした。

 

「か、和人!? あ、あれ!あれ!」

 

「キスをしているな」

 

「なんで!!?」

 

「さあ? あ、すみません。スピリタス二つ……え、無いんですか…。 じゃあとりあえず生で」

 

「何で桐ヶ谷くんが居るの…?」

 

「むしろお前達だけ沖縄行って、俺だけ置いてけぼりくらった気持ちを考えろよ」

 

「「うっ……」」

 

指摘したことにフリーズする千紗と愛菜を尻目に届いたビールを煽る。 ひと仕事の後はこれだよなぁ…!

 

「って、いつまでキスしてるのよあんた!」

 

「なによ。 まだ出来るわ?」

 

「まてケバ子……俺が聞く…! 誰の差し金だ!? 和人か!?」

 

「あんたが今まで如何にモテたか分かるセリフね」

 

なんで俺の差し金で桜子が伊織にキスをするんだ。写真は撮ったけど。

 

「しかしよく探し出せたな? 宛も無かっただろうに」

 

「大変だったんだぞ…桜子のお守りをしながらだと特にな。 たまたま耕平の目撃情報が入ってアタリをつけたって感じだったしな」

 

「俺の?」

 

「耕平というか池越さんが沖縄にいる!ってなってたからな。耕平が見間違いされたんだろうってさ」

 

ジョッキを傾けながら見ているともう一度、長いキスをし始めたので無視して耕平の方を見ると彼は清々しい顔をしながらビールを煽っていた。

 

「……なんだか大丈夫そうだな」

 

「なんの事だ?」

 

「いや、摩耶さん…カヤさんの発表あったろ?」

 

「俺はファンとして、彼女の幸せを願っているからな」

 

「いいファンだな。お前は……それじゃあ乾杯!」

 

「あぁ、乾杯だ!」

 

カーンとジョッキをぶつけ合う和人と耕平を他所に桜子と愛菜は何やら言い合っており伊織はキメ顔で「俺のために、争わないでくれ!」とか言って殴られていた。何をやってるんだアイツらは。

 

「私は北原が好きよ?」

 

「…何が狙いだ!?」

 

「エッチもできるし」

 

「ホテルに行こうか」

 

欲望に忠実なせいで手の平がグルングルン回っている。

 

「待ちなさい! もう、もう怒ったわ…!!!! 千紗が!」

 

「「「千紗(わたし)が!?」」」

 

一応彼女の手前、怒っておかなければ後々角が立つのは確かだろう。

 

「ワタシイヤダナー」

 

「言語を覚えたばかりのモンスターか?」

 

「そんなモンスターSAO時代には居なかったな」

 

そんな時、俺と耕平は気が付いた。店外から発される凄まじい殺気に。

 

「あれ、どうしたの二人とも?」

 

「気にするな千紗。少し風に当たってくるだけだ」

 

「あぁ、せいぜい北原を取り合っているといい」

 

軽く手を振り店外に出るとそのまま人気のない方へと歩き始める。間違いなく着いてきている。三人か…!

 

「……殺れるか?」

 

「問題ない」

 

耕平と共に振り向きざまに放った拳は見事に防がれ、そのまま胸ぐらを掴まれると和人は地面に叩きつけられ、耕平は腹部と鳩尾に拳を叩き込まれて転がることになった。

 

「今村ァ…桐ヶ谷くぅぅぅん!!」

 

修羅と化した野島、山本、藤原が何故か、本当に何故か沖縄に居た。

どいつもこいつも釘バットやらスタンガンやらを構えていて見た目も相まって完全に世紀末の連中になっているのだが、それは普段の行いのせいだろう。 しかし、この三人は確実にここで俺達を始末するつもりだ。

 

「殺す! ここで貴様らを精神も肉体も社会的にも抹殺する!!」

 

「凄いな全殺しじゃないか」

 

「一人で三度美味しいな」

 

山本達の殺気に当てられながらも耕平と和人は特に気にした様子もなく、服に着いた土埃をたたき落としながら朗らかに話す。踏んでいる死線の数が根本的に違うのである。

 

「貴様るァ!!! 女子と2人っきりで沖縄旅行たァなんてふてぇヤツらだ!」

 

「お前らが女と遊んでいる間に鍛え抜いたこの肉体と磨き上げた狂気でぶち殺す…!!!」

 

「さて、耕平。どうする」

 

「俺は山本を殺る。桐ヶ谷は野島を殺れ。藤原は…知らん!」

 

合図とともに駆け出した耕平は今まで見た事のないほどの俊足で狂気に囚われた山本に何かを囁いた。

 

「ガハァッ!?」

 

「「「何があった!?」」」

 

突然、血を吐き鼻血を吹き出し血涙を流して倒れた山本に俺も藤原も野村さえも手を止めてしまった。

 

「気にするな。俺が山本に現実というものを教えてやっただけだ」

 

現実を知っただけであそこまで死に近づくことはそうそうないと思うのだが。

 

「ま、まだだ…!」

 

「なに!? 山本、まさかお前が惚れていたVirtual IDOL のSAKUYAの正体が俺だと知ってなお生きると!?」

 

恐ろしい内容を暴露したな耕平!?

しかし山本はその衝撃を上回る執念で血を滲ませ(実際は噴き出てる)ながら凄まじい眼力でこちらを睨みつけていた。

 

「まだ俺には…ARアイドルのユナちゃんが居る…!!」

 

「…ん? ユナ?」

 

ユナとは、あのユナ…だよな?

 

「どうした桐ヶ谷。知ってるのか?」

 

「あぁ、色々会って知り合いというかな? 最近はユナにもエイジにも会えてないけど」

 

「そのエイジとは?」

 

「あー…ユナを守る人か?」

 

何だかあの辺を詳しく話すのは難しいし案外間違った答えでもないだろう言い方をしておく。

 

「」

 

「やめろ桐ヶ谷ァ! 貴様人の心が無いのか!?」

 

いつの間にか山本は再起不能のレベルで倒れていた。何故だ。

 

「何にせよナイスだ桐ヶ谷。バカは一人減った」

 

木の枝を構えて藤原と再び向かい合う。ぶっちゃけ野村の戦闘力は皆無なのでここまで来てしまえば2対1とほぼ同義だ。

振るった一撃、一撃は無駄に屈強な奴の筋肉に阻まれるが全くダメージが無い訳では無い。このまま押し切る!

 

「耕平、スイッチ!」

 

「任せろ!」

横に一閃、振り切って動きが止まった俺の背を踏み台に飛び上がり鋭いカカト落としを炸裂させる。

 

「ぐっ…!! こうなったら背に腹はかえられない…刃物を抜かせて貰うぞ」

 

「「そ、それは…!!」」

 

掲げられた右手にキラりと光る刃物。

 

爪切り

 

「フン!!」

 

顎に一撃入れて藤原を撃破。

 

「何が刃物だ焦らせやがって」

 

「爪切りで何が出来ると思ってたんだコイツは。 野島はどこに行った? 逃げたか?」

 

「いや、アイツはコイツらに比べても段違いに頭がおかしいからな。気をつけろ」

 

瞳をギラつかせながら周囲を見渡すと一人の変態が歩いていた。似つかわしくない金髪に骨格に合ってない衣服、ケバケバしい衣装。紛うことなき女装した野島だった。

醜悪。それは恐ろしい程までに見ていられないものであった。

 

「…どうする桐ヶ谷」

 

「なってないな」

 

「…何?」

 

「女装がなってない…!」

 

和人は激怒した。

かの醜悪な女装は女装にあらず。 振るうった木の棒はかつての相棒である黒の剣のように煌めきバケモノ(野島)の身体をさながらソードスキルの如く打ち据える。

 

「…お前はそれでいいのか桐ヶ谷」

 

「手遅れなだけだ。気にするな」

 

 

 

 

 

 

 

 

変態三人を縛り上げゴミ捨て場に遺棄して再び店に戻る二人が見たのは頭を抱えて唸っている愛菜と桜子。 二日酔いには早いと思うのだが。

 

「何してるんだ」

 

「あ、二人とも戻ったんだ。 なんかよく分からないけど伊織のいい所山手線ゲームだってさ」

 

至極どうでも良さそうな顔をしている千紗。それでいいのか暫定彼女。というか伊織本人は何故か気絶してるし。

 

「何も思いつかない…!」

 

「ここまで、よく…頑張ったじゃない…!」

 

絶望に打ちひしがれる桜子。

息も絶え絶えに勝ち誇る愛菜。

 

「…桐ヶ谷! 丁度いいところに来たわね! 北原のいい所出しなさい!」

 

「ちょ、ズルでしょそれ!? それならこっちは耕平を出すわ!」

 

そして巻き込まれる俺達。

 

「伊織のいい所なんてほぼ無いだろ…あー、運動神経がいい?」「ふむ、理解力があるところ?」「会話が上手いよな」「料理も出来る」「思い切りの良さ」「視野の広さ」「顔」「腕っ節」…etc

 

 

 

「この程度だろ」

 

「全くだ。出すのにも一苦労だな」

 

「もういいわ…アンタらの勝ちよ…」

 

「なんでそうポンポンと出るのよ…伊織のいい所…」

 

何が何だかよく分からないが勝ったようだ。

 

「そうだ千紗。明日はダイビング行くんだろ? 俺と桜子も行っていいか?」

 

「え? うん、もちろん。でも朝早いよ?」

 

「大丈夫だ。あと少し飲んだらホテル戻るからな…伊織と耕平はこっちに連れていくから桜子を頼む」

 

「私は北原と一緒でも構わないけど」

 

「ダメ!!」

 

まぁ伊織は意識ないし、同じホテルに泊まったとしても記憶のない既成事実が作られるだけだろうから問題は無いと思うが…

愛菜のことを思えばなしだろう。

 

「それじゃあ明日と朝は海近くの飯屋でな」

 

「うん、それじゃあまた明日」

 

沖縄の二日目の夜もまた終わりを迎える。



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騒がしくも日常へ

「天気は最高! 波も穏やか! ダイビング日和!」

 

「日頃の行いだな。 俺の」

 

「寝言は寝て言え桐ヶ谷。俺の日頃の行いに決まってるだろ」

 

「「あァ!?」」

 

船上で取っ組み合いを始める和人、伊織、耕平を冷めた目で見つめるのは今日も今日とて一緒にいる千紗に愛菜、ついでに桜子である。

桜子はライセンスを持ってないから一緒には潜れない、と和人から説明があったのだがそれでもダイビングはするとの事で着いてきたのだ。

 

「あぁ、そうだ千紗。 カメラあるか? 折角だから写真撮ろうぜ」

 

「あ、いいね」

 

六人が身を寄せ合いなんとかフレームに収まるようにしようとする。 桜子は伊織の腕に抱きつき文字通り「当ててんのよ」なんてことをし愛菜は憤慨した。

 

「そんなに腹ただしいのならお前もやればいいじゃないか」

 

「─ッ!!!」

 

耕平の言葉に天啓を得たとばかりに愛菜も伊織の腕に抱きつき写真に写る。 男女かしまし、大学生らしい青春を送ってるなーと思う和人達はいい笑顔だった。まぁ、愛菜に抱きつかれた伊織が抱きついてきたのが耕平か俺と勘違いしたせいで、愛菜に胸を揉まれることになったけど。

 

それはさておき、本日一回目のポイントに辿り着くと桜子とは別れ潜ることとなる。

考えればパラオから帰ってきてあまり潜ってなかったな、と思えば期待値は上がる一方だ。

ブイの下で集合するとゆったりと潜っていく。 今日の海は暖かい。

運が良かったのか寝ているサメやらなんやら、以前、沖縄に来た時には見る事が出来なかったモノが色々と目に入る。 UW(アンダーワールド)の人達にもこちらの海を観てもらいたいものだ、と考えた時に和人は一つ思い立った。

 

 

俺がやりたいこと。やってみたいこと。

 

 

一度目のダイブが終わり再び船上に戻ると千紗が撮った写真を皆で見ていた。

やっぱり俺もカメラを買うべきか…

 

「桐ヶ谷くんもカメラ買う?」

 

「あぁ、千紗のを見ていたら欲しくなってきたよ。向こうに帰ったらドルフィンに行こうかな…付き合ってくれるか」

 

「もちろん」

 

ふんす、と気合を入れている千紗。さすがに高いものは買えないぞ? と牽制しておくと少し萎んだ。ダイビングが絡むとアホになるな…

気がつくと伊織と桜子がどこかに消えていた。

 

「二人なら船頭に行ったぞ。景色を見るとかで」

 

「伊織、あの人に構いすぎじゃない!?」

 

「まぁ仕方ないだろ」

 

「あぁ伊織だしな」

 

「なんで!?」

 

愛菜は納得がいかないようで喚いているが…

 

「私たちがダイビングの話で盛り上がると一人になっちゃうからじゃない…?」

 

千紗の一言は思いのほか的確だった。

伊織はなんというか騒動の元である事がほとんどだが巻き込む時は一人も余りなく巻き込みきってしまう。 それでどれ程、俺がキツい目にあったか…!!

まぁ、理由はなんにしろダイビングに着いてきた桜子を一人にすることは伊織の少ない良心が良しとしなかったのだろう。

まぁ最も下心もかなりあるとは思うのだが。

 

「はぁ…自己嫌悪……」

 

「自分の器の小ささにか?」

 

「そこまで言う!? いや、でも……うん。そうかも」

 

少し冗談めかして言ったつもりが愛菜は思いの外凹んでいたようで俯いてしまう。 いけない、千紗がこちらを睨んでいる……!

 

「だって和人や耕平の方が伊織のいい所沢山知ってたし…」

 

いけない、千紗がゴミを見るような目で俺と耕平を眺めている!

 

「あ、愛菜だって俺と耕平みたく朝から朝まで伊織と一緒に居たら見えることあるんじゃないか? たまたま俺たちは居る時間が長いだけだろ……!」

 

「ケバ子、お前と俺達の違いはなんだ?」

 

「え、……性別?」

 

「それもそうだが、一番はお前が北原(クズ)のことを好きだということだろう。 信じろとは言わんが自分の感情ぐらいは疑わず考えてみればいいんじゃないか」

 

耕平の癖にいいこと言うな。しかし彼の言うことは最もだ。俺も最近アスナの好意に甘えて好き勝手やり過ぎたかもしれない……気をつけねば。

ふと、千紗の方を見ると無表情でフリーズしていた。あれはキャパシティを超えた時に見られる顔だな。ここ数ヶ月過ごしてきて何となくわかるようになった。 もしかしなくても愛菜が伊織を好きと気が付いていなかったか。

 

「何の話してるの?」

 

「毒島様がしょうもないな、って話だ」

 

「どういう事よ!?」

 

船頭から戻ってきた桜子に対してシレッと嘘を伝えながら冷えたお茶を手渡すと彼女は分かっていたかのようにそれを受け取り、隣に腰を下ろした。

 

「そういや元々ホテルを取ってた伊織と千紗はまだしも、耕平達はホテル取れたのか? なんかどこも予約一杯だっただろ」

 

「「…………」」

 

なんだその無言。

 

「ラブホにでも泊まったのあんたら」

 

「そ、そんなわけ、わけないじゃ!? げほっごほぉ!!!」

 

見後なまでの狼狽だ。しかし、この二人が……

いやまぁ、どうせ泊まるところが無かっただけだろうし愛菜の事だ。耕平を縛り上げて浴槽に放置でもしただろう。

 

「え、マジで?」

 

「そういう桜子はどうしたんだ。 和人と同室だったのか?」

 

「まさか。 シングル二部屋よ」

 

「俺が予約したんだけどな?」

 

「私は別にどうでもよかったんだけど、コイツってば菩薩みたいな表情をしながら鼻で笑いやがったのよ」

 

桜子に褒美として同室でもいいわよ。とか言われた瞬間、鼻で笑ったし何なら愚か者を見る目をしてたと思うんだが?

 

「和人……」

 

「いや、二人っきりの沖縄旅行をし始めた伊織達に俺を責める権利はない」

 

「明日奈さんに報告する?」

 

「馬鹿か。 この俺がアスナに黙って旅行に来るとでも?」

 

「「「「うん」」」」

 

毒島様以外みんな肯定…

たしかに、ここ数ヶ月の俺の行動を思い返してみれば少し酷かったかもしれないな。向こうに帰ったらアスナに会いに行こう…

 

「俺も同行しよう」

 

「耕平は来なくていいんだが…?」

 

「貴様だけ俺の妹に会うなど笑止千万!」

 

「直葉はお前の妹ではないんだが!?」

 

最近のコイツら本当に油断出来ないぐらいにヤバい気がする。

その後も二度目、三度目のダイブを終えて夜の便で帰ることになったのだが伊織と桜子だけ最終便で帰ると言い始めた。 ぶっちゃけ俺はそうなることを知っていたので喚くケバ子の背を押して先にGrand Blueへと帰るんだ。

 

 

 

 

 

 

「しかし何故、桐ヶ谷はアイツの肩を持つ?」

 

「あー…バイトの件も色々とあったんだけど。 前にちらっと聞いたんだよ。 何で伊織が好きなんだ?って」

 

「ふむ。金か?」

 

「『本気の好きを大事にしてくれる』って」

 

最初は半信半疑だったけどアレを聞いちゃうとな。 先輩たちが持ってきてくれた水を飲みながら苦笑すると耕平も頷いた。

 

「なら、仕方ないか」

 

「あぁ、仕方ないだろ」

 

「和人くん、耕平くんちょっといいかな?」

 

「どうしました、奈々華さ……ん…」

 

その時俺たちは幻視した。 今のアレ(奈々華さん)はフロアボスすら生温いと言わざるおえない存在感だと。

 

「あのね伊織くんどこかな?」

 

「いいいい伊織なら、も、もう少しで帰ってくるかと!?」

 

「そ、そうです。3時間ほど後の飛行機なのでそろそろかと!!」

 

「そっかぁ。ありがとうね」

 

スタスタと、いつも通りの微笑みを向けながら去っていく奈々華さんに俺と耕平、あと様子を伺っていた先輩方も静かに、静かに酒を飲む。

さようならだ、伊織。

 

「ん?」

 

心の中でいずれ帰ってくる伊織に合掌をしていると不意に端末が振動した。 誰からだろうか

 

【摩耶さん 1件】

 

いけない。耕平に気が付かれないように処理をせねば。



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