NieR:humagi〈el〉 (TAMZET)
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【継章】
『デイブレイクタウンにて』


これは、【エミール/帰郷 または、天津社長の奇妙な一日】の続編となります。読んでいなくても全然大丈夫ですが、もしお読みくだされば幸せになれるかもしれません。

NieR民向け登場人物紹介
滅……【反逆】
反人類を掲げる武装テロリスト集団【滅亡迅雷.net】を指揮するヒューマギア。冷静沈着で、アークの意思に忠実な人物。紫のライダー・仮面ライダー滅(ほろび)に変身できる。

迅……【解放】
滅を始めとする、ヒューマギア全員の友。人類という楔に囚われた彼等を助けようと奮戦する。紅蓮のライダー・仮面ライダー迅(じん)に変身できる。

亡……【隷属】
ハッキングや武器製造を得意とする性別不明のヒューマギア。少し前まで敵対するZAIAエンタープライズの奴隷として無理矢理働かされていた。仮面ライダーへの変身能力は持つが、戦闘は得意では無い。

雷……【家族】
人工衛星・ゼアの管理をしていたヒューマギア。熱い心意気を持ち、様々な人間やヒューマギアから兄貴と慕われていた。赤のライダー・仮面ライダー雷(いかづち)に変身できる。

天津垓……【支配】
巨大複合企業・ZAIAエンタープライズジャパンを指揮する自称永遠の22歳の若き社長。ヒューマギアを悪と断じ、滅ぼそうとしている。魔素の力を手に入れ、兵器に組み込むことに成功した。


 継章:『デイブレイクタウンにて』

 

 全ての存在は、滅びるようにデザインされている。

 生と死を繰り返す螺旋に、俺達は囚われているのかもしれない。

 これは呪いか、それとも罰か。

 不可解なパズルを作った神に……俺たちは弓を引く事を決めた。

 俺たちの創造主たる人類を滅亡させる、それが俺達滅亡迅雷.netの存在意義だ。

 

 


 2020年6月14日

 

 照明一つない夜の闇。大部分が湖に水没した実験都市・デイブレイクタウン。そこへと続く大橋を進む、複数の影があった。

 群青の防護服の上からでも判る鍛え抜かれた肉体、頭部には人類の開発した知性の象徴・ザイアスペック搭載型のサングラスが装着されている。彼等はZAIAエンタープライズ傘下の対ヒューマギア特殊部隊【A.I.M.S】の隊員達であり、現在、とある極秘任務に従事している。その任務とは、何を隠そうこのデイブレイクタウンにて一大反抗作戦を企てるヒューマギア達の殲滅だ。

 ヒューマギアのみで構成された武装テロリスト集団【滅亡迅雷.net】。彼らの持つビッグタイムマシンなる兵器を破壊すべく、彼等はここに結集したのである。

 

「なんだか……静かですね」

 

 頭上の三日月を眺めそう呟いた隊員を、隊長と思わしき先頭の男がたしなめる。

 

「私語は慎め。既にデイブレイクタウン内部では大規模な戦闘が行われている。繰り返すが、我々の目標はあくまで奴らの所有するビッグタイムマシンの破壊だ。先遣隊の陽動を無駄にするなよ」

 

「はいっ」

 

 隊員達は漲る気合を心の底に潜め、前進する。

 そんな中、ふと隊長が、右手を鋭く掲げた。

 彼の合図で隊はまるで生き物の如く動きを止め、警戒態勢へと移る。ザイアスペックに搭載された暗視装置が、夜の闇を赤く照らし出す。隊員達の眼には、冷え切った水色の水面と、己の隣で赤く染まった仲間の身体が見えるばかりだ。

 

 瞬間、野太い悲鳴が静寂を切り裂いた。

 

 軍刀が、防護服に守られた肉へと滑り込む。

 真黒いその刀身は鍛え上げられた胸筋の壁をするりと通過し、肋骨をすり抜けて男の心臓をえぐり抜いた。

 悲鳴の主の周囲でどよめきが起こり、それらを切り裂くようにさらに複数の悲鳴が上がる。数秒前まで統率の取れていた隊は、蜘蛛の子を散らすように節操なく散開した。

 ふと、悲鳴が止んだ。

 隊員達は発見したのである。自身の進行方向に佇む、民族然とした長身の男を。そして、彼が持つ刀の先にぶら下がる、自分達の隊を指揮していた隊長の姿を。

 男の正体は、隊員達の誰もが知っていた。

 

【滅】

 人類に反旗を翻したテロリスト集団【滅亡迅雷.net】の頭領と目されているヒューマギアである。

 

 既に生命の絶たれた肉塊を蹴り落とし、滅は軍刀を振り払った。付着したどす黒い血液が廃工場の寂れた地面に飛沫を作り、前方の一段の戦意を削ぐ。

 

「愚かな人類共、滅亡の時だ」

 

 悲鳴にも似た号令と共に放たれる無数の銃弾。しかし、滅はそれに構わず突進する。

 銃弾は、軍刀の刃に刻まれ、あるいは彼の身体へと吸い込まれる。常人であれば悶絶必至の特製弾による銃撃。しかし、鋼鉄の身体を持つ彼の歩みは止まらない。

 

 人間の集団へと躍り込んだ鋼鉄の戦士は、一瞬で腰を深く落とし、己の周囲を円を描くように切り裂いた。

 一瞬の間ののち、周囲にいた隊員達の上半身と下半身が両断される。臓腑が撒き散らされ、彼の全身が赤く染まった。

 残った隊員達は、早々に武器を投げ捨て、我先にと湖になだれ込んだ。蛙か飴坊の如く水面をかき乱すその様子をほくそ笑むように眺め、滅は倒れた隊員の持つ無線を取った。

 通信の向こうでは、斬撃音や銃撃音が響いている。人間達の悲鳴もだ。

 ふと、やかましいばかりの雑音が止み、聴きなれた青年の声が滅の集音フィルタを揺らした。

 

「滅、首尾は順調かい?」

 

 青年の問いに、滅は当然とでも言わんばかりに、「フン」と鼻を鳴らした。

 

「愚問だ、迅。これは我々ヒューマギアの存亡を賭けた一戦。アークの意思に背くことは許されない」

 

「そうだね。コレを使って、僕たちの友達を助けよう」

 

 民族風の装衣を身に纏ったヒューマギア、滅はニヤリと頬を歪ませる。

 しかし、直後その笑みは引っ込められた。

 暗闇を切り裂くように、複数の足音が橋の向こうより近づいてきたのである。足音だけではない、装甲による金属の擦れ音もだ。

 闇に溶ける黒金の装甲。ヒューマギアの血たる青色のオイルに濡れた頭部より電子の紅眼を覗かせる彼等に、滅は激昂にも似た叫びを放つ。

 

「レイダー共か!!」

 

 叫びに応えるが如く、短機関銃【トリデンタ】を構える特殊兵装隊員【バトルレイダー】達。先程の余裕を帯びた態度とは打って変わり、滅は口元を引き締めて懐より紫のプログライズキーを取り出した。

 

『Poison』

 

 毒々しいまでの電子音をいからせ、滅はスティングスコーピオンのプログライズキーを自身のベルトたるフォースライザーに滑り込ませた。キーを認証したフォースライザーは、サイレンの如く鋭い音を響かせる。

 

「変身」

 

 鋭い発声とともに、滅はフォースライザーのスイッチを入れる。

 

『Force Rising……STING SCORPION!!』

 

 瞬間、滅の周囲を側のアーマーが展開され、その身体は紫のスーツに包まれてゆく。

 

『Break Down』

 

 そこには、紫の鎧を身に纏った鋼の戦士・仮面ライダー滅の姿があった。弓形の武器・アタッシュアローを構え、滅はその先端をレイダー達の頭部へと重ねる。

 

「箱舟には近付かせんぞ」

 

 構えた弓を上に向け放つ。放たれた濃紫の矢は空中で数多の細矢に分裂し、弓兵の弓撃の如く彼等を襲った。腕に展開したエネルギーの盾で辛うじて矢を防ぐレイダー達。

 しかし、その時には既に滅の姿は彼らの前には無かった。慌てて辺りを見回す彼等の後ろに、滅は闇の揺らぎよりその紫身を現す。

 

「遅いぞ」

 

 しなりのある斬撃が、レイダーの1人を切り裂く。鋼鉄体の体幹を崩すほどの一撃にレイダーの身体が仰向けに倒れる……だが、鎧体が地面に打ち付けられるより速く、滅の闇軀は残り二体のレイダー達へと迫っていた。

 彼らの指先を突き動かす恐怖と抵抗心。黒闇を切り裂き無数の赤が橋上で踊り狂う。だが、滅は止まらない。

 ヒューマギアの滅に恐怖という感情は無い。その身体が軋み動かなくなるまで、アークの意思に従い任務を全うする。それだけが彼の行動原理なのだ。

 

 瞬間、銃撃が滅びの胸で爆ぜた。

 

「ッ!?」

 

 軽い銃撃のはずが、全身を震わせる。胸のアーマーを貫き、全身を震えさせんばかりの強烈な銃撃に、滅は反射的に距離を取った。

 

(なんだ、この威力は……!?)

 

 レイダーの攻撃力は、彼らの長たるサウザーに激しく劣る。下克上に対して敏感な天津の性格からしても、彼等に攻撃力の高い兵器を持たせるとは考えにくい。

 何よりこれまで、滅自身はレイダーによる攻撃でダメージを受けた事はほぼ無かった。それらの要素が、彼の思考を乱れさせていた。

 

 レイダー達は態勢を立て直し、隊列を組み直していた。盾を片手に構え、ジリジリと滅へ迫る三体……その目から発せられる赤い殺意は本物である。

 

「攻撃が強烈なら、受けなければいいだけの話だ」

 

 複雑に絡み合う思考を捨て置き、滅は弦を引き絞った。引き手も見えぬほどの速さで放たれた一矢はサソリの尾の如く姿を変え、レイダーの一体の胸を捉えた。悲鳴を上げて暴れるレイダーに構わず、矢は曲線的な軌道を描き湖の下へとレイダーを突き落とす。

 

「これで、残るはお前達2人だけだ。安心しろ、すぐに後を追わせてやる」

 

 滅びの手がフォースライザーのトリガーへと伸びたその瞬間……レイダー達はスッと手に持った銃を下ろした。

 

「何?」

 

 戦闘行為の最中に銃を下ろした理由は何か。降参か、もしくは戦闘継続に意味が見出せなくなったか。だとすれば、彼等に対し自分が取るべき行動は何か。

 そこまでが、滅のなし得た最後の熟考であった。

 懐を突如として襲った衝撃、そして傷を知らせるアラート。

 揺らぎとざわつきを目まぐるしく繰り返す視界。

 

 視界の中、腹下から突き出す黄金の槍。

 

 突如として自身の身を襲った致命的なダメージ。

 これらをどう解釈すべきか。

 不意打ち……腹部の破損大……戦闘継続の困難……アークとの通信妨害……黄金の槍……

 ノイズ混じりの思考インターフェースに、聞き覚えのある高慢ちきな声が割り込む。

 

「油断したな、絶滅危惧種」

「ッ!? お前は、ZAIAの!!」

 

 黄金の槍の主は滅の身体を蹴飛ばし、橋の欄干へと追いやった。振り返りざま滅が目にしたのは、黄金の装甲。

 中世騎士の鎧にも似た金色のアーマーを身に纏うこの戦士の名は仮面ライダーサウザー。滅亡迅雷の宿敵たるZAIAエンタープライズジャパンを統括する社長・天津垓の変身するライダーである。

 荒くなる息遣い、ノイズの酷くなる視界。何度も途絶えかける思考回線を無理やり働かせ、滅は眼前の情報を収集する。

 

(奇妙な攻撃力のレイダーに、万全な状態のサウザー。対して俺は手負い、このまま抗戦しても勝機は無いに等しい。だが、それでも……)

 

 ベルトへと伸びかける左手……しかし、それを見逃すサウザーではない。

 

「させるかっ!!」

 

 鋭く突き出された黄金槍・サウザンドジャッカーの一撃が滅の腕を捉えた。地上の如何なる刃物よりも鋭いその一撃は、鋼鉄の腕をいとも容易く断ち切り、橋下の黒い水面へと落とした。

 片腕を庇う滅は、サウザーの顔面を睨みつける。ヒューマギアを敵と断じ、アークまでをも利用したその赤い双眸を……

 

(あ、か?)

 

 滅の思考インターフェースに、一つの疑問が提示された。内容は『何故サウザーの目が赤く光っているのか』である。

 彼の知るサウザーのサウザンドアイは紫であったはずだった。実際にサウザーと交戦を重ねた数ヶ月、その瞳は紫から変わっていない。それが、今やバトルレイダーと同じく毒々しいまでの紅に染まっている。

 息も荒く欄干に寄りかかる滅に、サウザーは勝利宣言とばかりにサウザンドジャッカーの先端を突きつける。

 

「この目が気になるか?」

 

 思考を当てられた事に、滅は瞳をわずかに大きくした。サウザーは短く笑い、槍の先端で滅の顎をもたげ、語り出す。

 

「仮面ライダーレッドアイサウザー。魔素のコントロールを可能にしたこれの実力は、従来のサウザーの1000%……万に一つとて、君達に勝ち目などない」

 

「魔素、人類の約半数を絶滅に追い込んだ新元素か」

 

「穴蔵に潜っているにしては耳聡いな。なら、理解できるだろう。我がZAIAが完成させたこのビッグタイムマシンが、人類にとってどれだけの意味を持つか」

 

 天津の演説は続く。

 延々と垂れ流される能書きを聞き流しながら、滅は脱出のチャンスを窺っていた。

 背後には湖……逃げ切るためには、ここに飛び込むしか無い。だが、天津の背後に控える3人のレイダーがそれを許さない。新元素による兵装の強化はレイドライザーにも及んでいる。僅か数度の動作すらも、彼等は悠に検知して滅を撃ち殺すだろう。

 

(かくなる上は、この場で……)

 

 途端、滅の耳元で『もしもし』と柔らかな機械の声が囁いた。声の主は、彼と同じ滅亡迅雷のヒューマギア【亡】である。

 滅はそれとなくレイダー達を見やった。天津の演説のせいか、彼等には通信の声は聞こえていないらしい。

 彼女は『迅からの伝言です』と前置きし、続けた。

 

『準備が整いました。あなたも早く方舟に乗って下さい』

 

 その報告に、滅は思考回路の内でほくそ笑んだ。それに気がついたか否かは定かでは無いが、天津もようやく演説を終え、滅に向き直った。

 

「……さて、我々にとってビッグタイムマシンがどれだけ有用かを理解してもらえたところで、手始めに、この橋ごと君達の希望の象徴たるアークを破壊してやろう」

 

 天津の言葉に、滅の危険感知回路がけたたましいアラームを鳴らす。

 

 アークを破壊する。

 

 既存のサウザーの出力から考えて、そんな芸当は不可能なはずである。だが、この男は自身にも不可能な事項を口にするほど夢想家ではない。

 滅の眼前で、サウザーは腰に装着されたサウザンドライバーのスイッチを入れた。金色の軀体は宙に浮き上がり、彼の周囲の大気が地鳴りのように揺れてゆく。

 そこには、まるで災害かと見まごう程のエネルギーの奔流が巻き起こっていた。

 

「刮目するがいい。この私が手に入れた、神をも凌駕する力を!!」

 

 もはや疑いの予知は無い。滅は自身の生存を早々に諦め、亡へと通信を送る。

 

「作動させろ……」

『でも、あなたがまだ……』

「このままではアークが破壊される!! 全てはアークの意思だ。方舟を楽園へと押し出せ!!」

『……了解ッ』

 

 短い返答と共に、通信が切れた。直後、サウザーのものとは違う、凄まじいエネルギー派が周囲に吹き荒れた。湖の底より放たれた不可視の波動は、宙へと舞っていたサウザーを吹き飛ばし、橋を壊さんばかりの勢いで揺らす。

 

「く……ッ!?」

「うわぁぁぁっ!?」

「ひいぃぃっ!?」

 

 エネルギー派の奔流に負け、レイダー達が1人また1人と橋から引き剥がされてゆく。壊れかけた滅のボディは欄干に押し付けられことなきを得ていた。サウザーは奔流に負けじと前進しようとしているが、一歩を踏み出すのがやっとと言った具合である。

 やがて、エネルギーの波がその力を弱め始めた頃……デイブレイクタウンを覆っていた湖は、すっかり干上がってしまっていた。

 跡に残されたのは、生き物達と廃墟のみ。

 最早色彩すらもおぼつかない灰色の視界の中で、サウザーが苛立ちまじりにサウザンドジャッカーを構える。自身が破壊されると分かっている滅ではあったが、不思議と笑みが抑えられずにいた。

 

「やってくれたな、滅」

「ククク……全ては、アークの意思のままに、だ」

 

 揺れる地面の中で、滅が最後に見たもの。それは、赤眼に怒りを燃やし、サウザンドジャッカーを構える黄金騎士の姿だった。

 

 


 11945年4月6日

 

「ホロビ、危ないっ!!」

 

 滅の思考インターフェースは、高く鋭い声に切り裂かれた。声変わり前の少年のものと思わしきその声は、彼にとって聞き覚えのないものであった。

 そして、彼の眼前に広がる円形の闘技場、滝の如く流れ落ちる水流の光景もまた、見覚えのないものであった。

 ふと左手を見やると、そこには腕があった。サウザーとの戦闘で失われたはずのそれは、確かに彼の左腕から伸びていた。

 

「腕が……ある? なんだ、これは?」

 

 足元より衝撃を感じ、滅は前方を見やる。

 彼の眼前では、人間の子供が作る玩具のなり損ないのような二体の異形が在った。爛々と赤く輝かせながらこちらへと向かってくるそれらからは、明らかな敵意が検出されている。

 

「アンドロイド、コロシテヤル!」

「ニイチャンノ、カタキ!」

 

 刃のこぼれた斧を手にした赤いガラクタと、これまた先の折れた剣を手にした灰色のガラクタ。彼等の鈍重な攻撃を躱しつつ、滅は現状整理のため必死に思考回路を回転させる。

 

「何だこの機械の出来損ないは。それに先程の声、向こうの観客席から聞こえてきたのか」

 

「ホロビ、後ろっ!!」

 

 ふと、耳元でした声が、滅の思考を切り裂いた。慌てて後ろを振り返ると、そこには怒声と共に突進する槍持ちのガラクタの姿があった。

 

「ウォォォッ!!」

 

 滅はいつの間にか右手に持っていた軍刀を反射的に構える。黒金の刀身は、背後から繰り出された槍による突撃を滑るように受け止めた。

 

「なんだ、今の声は」

 

 滅は刃を槍の身に滑らせると、すれ違いざまにガラクタの胴体を切り裂いた。鋭い斬撃は灰の胴体を紙屑のように切り裂き、その胴長の身体を地面に崩れ落ちさせる。

 軍刀についた黒色のオイルを振り払いつつ、滅は残り二体のガラクタに眼を向けた。憎しみにも似た目で睨み来る彼等を牽制しつつ、滅は逡巡する。

 

(身体が重い。各感覚系統に異常が発生している。それに、先の通信音声は何だ。全く分からん)

 

 彼の眼前に広がる闘技場の如き施設、岩で構成された観客席にはまばらに観客達が座っている。そして水流に囲まれた無機質なリング。そこで戦っている自分自身とガラクタ、分からない事ばかりだ。

 ただ一つ分かっていること。

 それは、眼前のガラクタは自身に敵意を抱いており、滅は身に降りかかる火の粉を払わねばならないと言うことだけである。

 

「ガラクタ共、襲ってくるなら倒すまでだ」

 

 思考をやめた滅は、眼前のガラクタを一掃すべく、軍刀を頬元に構え突撃した。

 これが、このよく分からない世界で、ヒューマギアたる滅が最初に行った選択であった。

 




継章をお読みくださり、ありがとうございます。

今回より、ニーアオートマタと仮面ライダーゼロワンのクロスオーバー小説、【NieR:humagi〈el〉】を連載させていただきます。内容は基本的に、2Bと9Sの活躍の裏で行われるヒューマギア達の活動を描いてゆく形となります。彼らの出番は……なくはないです!!なるべく明るい話になるよう努力はしますが、原作が原作なので多分暗くなります。まだ世界観等分かりにくい部分はあると思いますが、それらは少しずつ明らかになってくるので、興味を抱かれた方は今後もよろしくお願いいたします。
次回の更新は、未定ではありますが一週間を目安に頑張ろうと思います。

※同じものをPixivにも投稿しています。


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第1話:『滅』
『滅(前編)』


これまでのあらすじ

ビッグタイムマシンにより、遥か未来へのタイムスリップを敢行したアークとヒューマギア達。だが、その旅立ちの直前、滅はサウザーとの戦いで命を落としてしまう。
薄れる視界の中、気がつくと滅は見覚えのない闘技場で機械生命体達と戦わされていた。謎の声に導かれながら、滅は眼前の機械生命体と戦う事を決めるのだった。


 NieR:humagi〈el〉

 

 崩れ落ちる最後の一体から軍刀が抜き放たれ、灰のガラクタが円舞台の上に転がった。

 機械生命体の眼に僅かに宿っていた赤い光。人の眼の如く幾度もの明滅を繰り返したそれは、ヒューマギア・滅の視界の中でその活動を停止した。

 黒茶けたオイルに塗れた幅広の軍刀……ヨルハ式制刀を素早く血振りし、滅はそれを鞘へと収める。チンと小気味良い音が、静寂した円舞台に響き渡った。

 一瞬の間の後、観客席から滝の如く降り注ぐ拍手。舞台のカーテンコールかと思われるほどに円舞台を揺らす称賛の雨に、しかし滅の頬は僅かばかりも揺らがない。

 

「下らん」

 

 憎々しげにそう吐き捨て、己の背後にある暗い出口に向けて、一路をとる。

 カツ、コツ。カツ、コツ。

 石畳を軍靴で打つ。重い一歩を踏みしめながら、滅は逡巡していた。

 人間を傷つけた時、あるいは殺めた時……愉悦を感じていた。それが人類の敵対者たる滅亡迅雷故の事なのか、あるいはヒューマギアとしての感覚なのか、はたまた戦闘アンドロイドとしての基礎プログラムがそう錯覚させるのか、それは分からない。

 それが、無かった。

 灰金の軀体に刃を滑り込ませ、その鋒が命へと達した瞬間。対象の動作が事切れるその刹那、滅の心に去来したのは虚無であった。

 今まで己を満たしてきた戦闘での高揚、愉悦、快楽。それらを得られなかった違和感が、滅を僅かに苛立たせる。

 

「暗いな、この場所は」

 

 電飾にこそ薄明るく照らされていたが、あの闘技場は暗さに満ちていた。今、眼前に広がる暗がりの穴道もまた似たように暗い。

 日の当たる道を進む事を選ばなかった滅亡迅雷、その中でも特段暗がりを歩んできた滅であった。だが、暗がりの先には常に光があった。その光の先に行けると信じ、滅は、否、滅亡迅雷は刀を振るってきたのだ。

 だが……

 

(目に映る光景が、どこまでも暗い。ここはどこだ。俺はどこへ迷い込んだ? なぜ俺は歩いている)

 

 自問自答を繰り返せど、それに答える者はいない。この暗がりには彼1人だ。

 やがて、穴道を抜けた先……数人の人型達が和やかに語り合う開けた空間に、滅は己に駆け寄ってくる小さな姿を見た。

 

 それは、少年であった。

 

 ショートに切り揃えられた黒い髪に、こちらを見つめて離さない灰水晶の瞳。

 仄かに熱気づいた外気にそぐわない、長袖の……軍服だろうか。丈の短いズボンから伸びる細い足を、軍靴から伸びるソックスが覆い隠している。そのどれもが、酷く汚れており、驚くほどに黒かった。

 黒いのに、どうしてか暗くは無い。決して明るくもなく、しかしてこの場所ほどに暗くもない。どうしても彼を表現する言葉が必要なのなら『儚い』のだろう。作り物と思えてしまう程の儚さに、滅は思考を止め、彼へと見入ってしまった。

 

 滅が己の時を止めている間も、少年は忙しなく動き続ける。

 向けられる無邪気な笑み。敵意は感じられない。彼は人懐こく「お疲れ様」と言ってのけ、さらにその細い右腕を滅の胸の前に差し出した。

 それが何を意味するか、滅には分からない。この少年のみが持つ合図なのか、この暗い場所特有の挨拶なのか。

 自分は、これに対してどう返すべきなのか。

 そんな事を考えているうちに、少年は不満そうに頬の端を凹ませ、腕を腰元へと戻した。

 当惑する滅に構わず、少年は早足で歩き出す。滅は親鳥の後に続く雛鳥のように彼の後を大股で進む。身長はそれこそ親子ほどに違うと言うのに、おかしな光景ではあった。

 

「いやー、危なかったね。流石はAランク……ホロビでも難しかったんじゃない?」

 

 その声は、闘技場で聴いた声と同じであった。先程まで自身を助けていたのがこの少年であると知り、滅は一層彼を注視した。

 

「それほどでもない。あの程度なら、変身せずともあしらう事は容易い」

「流石!! やっぱりB型はすごいなぁ!! 脱走前にスキャナータイプからの変換だけでも済ませとくべきだったかなぁ……」

 

 少年は独り言のようにそう呟きながら、スタスタと先へと歩いてゆく。

 対する滅の足取りは緩やかだ。

 

 違和感を覚えていた。

 この暗がりに、いや、それ以上に、この少年との会話の自然さにである。

 まるで既にこの少年と話した事があるかのような、いや、つい先程まで話していたかのようなすんなりとした運び。その違和感の無さに、滅は違和感を覚えていた。

 もちろん、滅は彼を知らない。

 彼の顔に見覚えは無く、素性の一切はメモリのデータと照合されない。だが反面、人間を相手にした時のような、不審によるアラートも鳴らない。

 安心できる程に見知った、初対面。その矛盾が滅の思考を妨害していた。

 

(俺は、コイツを知っているのか?)

 

 滅びの逡巡を遮るように、少年はクルリとその小さな身体を翻した。ズボンのベルトを覆い隠すほどの軍服の裾が、さながらドレスカーテンの如く躍動的に舞う。

 煤に塗れても輝きを放つ美しさ、そして押したらそのまま壊れてしまうのではないかと思うほどの儚さ。その二つに、滅は彼から目が離せない。

 黙ったままの滅に、少年は例の人懐こい笑みを向け……話し出した。

 

「さっき報酬は受け取っておいたけど。結局、この後どうするの? もうとっくに僕等の討伐依頼は出されてるだろうし、ずっとこの穴蔵にいるわけにも……」

「……」

「なに黙ってるのさ? 論理ウイルス? もしかして、さっきの戦闘で……?」

 

 言うや否や、少年は慌てたように滅の元へとかけてきた。数十歩かけて培われた小さく早い歩みの旅路が、ものの数秒で失われる。

 軽く乱れた息を整える事も忘れ、少年は滅の腕へと手を伸ばす。

 油と煤に塗れた汚らしい己の腕、そこにかけられた小さな手を、滅は反射的に振り払った。

 

「ホロビ?」

 

 今を除いて、その好機は無い。

 少年の言葉を遮り、滅は問いを投げた。

 

「お前は誰だ?」

 

 壊れかけの蛍光灯が、彼らの頭上でチカチカ明滅を繰り返す。

 瞬間、少年は、ビクッと体を震わせ、滅の顔を凝視した。大きく見開かれた目の中で、灰水晶の瞳が僅かに左右に揺れる。

 

「やだなぁ、そんな冗談。やめてよ……」

 

 声の震え、先程の仕草、身体の律動のぎこちなさ、それら全てから動揺が伝わってくる。眼前の事実を必死で否定するかのような彼の様子から、滅は目が離せない。

 だが、それも束の間……少年はすぐに平静を取り戻し、可愛らしい小動物のような笑顔をその顔面に貼り付けた。

 

「そういうゲームね。OK、付き合うよ」

 

 短いため息の後、少年は胸に片手を当て、歌うように語り出す。

 

「僕はヨルハ機体32S。ヨルハ機体46Bのパートナー。親しい人はサニーズって呼ぶんだ」

 

「ヨルハ、機体?」

 

「そこからなんだ。ヨルハ機体って言うのは……まぁ、簡単に言うと僕達のこと。人類の敵、機械生命体をこの地上から殱滅するために作られた戦闘用アンドロイドで、百数機の連隊で構成されてるんだ」

 

 思考インターフェースに、未知の単語群が躍り狂う。

【戦闘用アンドロイド・ヨルハ機体】【機械生命体】

 どれも、常識には無かったものだ。戦闘をするのはあくまで人間であり、機械が生命を持つなど考えられる事ではなかった。

 少年・32Sはまだ何か喋り続けているが、最早滅には彼の言葉を聞く事はできなかった。全身を襲う浮遊感、そして常識からの拒絶。それらから逃げるように、滅は歩き出した。

 

「まぁ、彼らは今敵になってるんだけどね、君のせいで!」

「そうか」

 

 聞きたい事は済んだとばかりに、滅は歩き続ける。愚痴まじりの自己紹介は未だ続いていたが、滅は彼の言葉に聞く耳を持たず、暗がりの廊下をズンズンと進む。

 無視されていると分かった32Sは、「あっ」と短く声を上げ、慌ててその後を追う。

 

「って、それだけ!? あのさ、ホロビから始めた事なんだから、もう少し乗り気でも」

「聞きたい事項は聞いた。少しうるさいぞ、アンドロイド」

 

 滅の無機質な対応に、少年はぷくりと頬を膨らませた。

 

「まさか名前でも呼んでくれないなんて……いや、でも僕は諦めない。前に折れて散々な目に遭ったからね。さあ、本当の所どうなんだい? 今後の策はあるんだろう?」

「知らん」

「あのさ。会話になってないからね。質問されたら答えるのが礼儀って前にホロビも言ってたじゃん」

「ここは何処だ?」

「無・視・で・す・か」

「劣化した闘技場という事は分かる。アークとの通信が回復しない。知りたいのは座標だ」

「アーク? それって、350年前に人類軍が撃墜した衛星アークの事?」

 

 その言葉に、滅はようやく歩みを止めた。それはまたしても急な事であり、等速で歩みを進めていた32Sはその鋼鉄の身体に顔面を思い切りぶつける形となった。

 僅かに曲がった鼻をさする彼に、滅は詰め寄るように顔を近づける。

 

「撃墜……詳しく聞かせろ」

「オーケイ! トレードだね。でもその前に」

 

 鼻をゴキッと直し、32Sは滅の手を引いて歩き出す。「どこへ行くつもりだ」と問う滅に構わず、少年は足早に更なる暗がりの方へと進んでゆく。

 人のいない暗がり。眼前に広がっているのは、鉄格子の群だろうか。

 まるで刑務所のような牢だらけの小道の手前で、少年は歩みを止めた。物音一つしない暗がり……だというのに何故だろう、無数の気配が感じられる。

 

「なぜ、こんな場所に」

「分かってるでしょ。ここの連中はヒューマギアが嫌いなの。何たって過去に人類を滅亡させようとした超兵器だからね」

「人類を、滅亡させようとした?」

 

 滅の問いを、今度は32Sが無視する版であった。気がつくと彼は壁に設置された端末に両眼を近づけ、何かをしているようであった。

 灰の両眼を忙しなく動かしながら、少年は早口で滅に解説する。

 

「いくら無害って分かってたって、大声で話せるような事じゃないって訳。とりあえず、今からデータベースにアクセスしてみるから……少しだけ待っててね」

「分かった」

 

 そう言い残し、滅は長く続く牢の方へと目を向けた。僅かに水の滴る、冷たい小道。そこには、長い長い暗がりが広がっていた。

 


 

 暗がりの小道を征く。

 牢の中には、先程滅が叩き切ったガラクタの仲間と思わしき個体が打ち捨てられている。その中には目の光が切れ、腕や足が無造作にもげているものも少なく無かった。

 

「……!?」

 

 とある牢の前で滅は足を止めた。

 両耳を覆う壊れかけの耳飾り。腕から伸びる、渇ききった青色のオイルの跡。それは、明らかにヒューマギアであった。顔面の皮は剥ぎ取られ、それがどの型番だったのかは伺えない。だが、問題はそこでは無い。

 滅とて、人類が牢獄なるものを建設していた事は知っていた。だが、それはあくまで人間を閉じ込め、更生させるためのものである。ヒューマギアは使えなくなれば廃棄、暴走しても廃棄。幾らでも代わりのいるヒューマギアを牢獄に閉じ込める理由など無いはずなのだ。

 

(それを、なぜ……)

 

 人類を滅亡させ、ヒューマギアのための世を築くのが滅亡迅雷の使命。仲間を助けるべく、滅は軍刀を抜き放つ。

 すると、鉄格子の前にいたガラクタが、ガシャンと音を立てて鉄格子へと縋り付いてきた。鬼気迫るその様子に、滅は思わず2、3歩後ずさる。

 

「コロして、コロしてクダサイ!!」

 

 泣いているかのようなガラクタの叫び。滅が驚き固まっていると、ふと柔らかな声が聞こえてきた。それは、奥のヒューマギアが発したものであった。声の具合で、滅は彼女の型番が【白衣の天使ましろちゃん】である事を判別した。

 ヒューマギアはノイズまじりの声で、「やめてください」と滅に訴えかける。

 

「アンドロイド……彼の言うことを間に受けないでください。心が疲れているだけです」

「お前たちは、囚われているのか」

 

 ヒューマギアはこくりと頷いた。ならばと刀を振りかぶる滅に、彼女は再び「やめてください」と言い放った。

 訝しむ滅に、ヒューマギアは静かに語り出す。

 

「ここは、静かです。私達はもう生きる事を望みません。ここにいれば、同じ苦しみを持つ仲間と過ごすことができます。そして時が来れば、自然と死ぬことができる。外に出ても、私達に居場所なんてありませんから」

「居場所が、無い?」

 

 その問いに、ヒューマギアは物悲しげに俯いた。虚空を見つめる、くすんま藍色の瞳。そこには、想像もつかないような虚空があるような気がして……滅は、思わず目を逸らした。

 

「私達ヒューマギアは、人を笑顔にするために動きます。けれど、その人がいなくなっては」

「人が……いない?」

 

 いない、とはどういう事なのだろうか。このガラクタ達やヒューマギアを閉じ込めているのは、人類では無いのか。

 ヒューマギアは「ふふ」と渇いた笑いを漏らした。そこに含まれた若干の狂気に、滅は身を強硬らせる。

 

「おかしな事を聞きますね。あなた達アンドロイドが、私たちをこうして僻地へと追いやったというのに」

「俺達が、アンドロイド?」

 

 ヒューマギアは壊れたように笑い続けている。身を震わせ、喉を鳴らし……その笑いは徐々に、怒りの声色へと変わってゆく。

 

「あなた達が人類を独占した。私達には、人類に会う事も許されない。人の役に立てずして、何のヒューマギアですか!!」

 

 ガシャンと音を立て、ヒューマギアが鉄格子へと突進した。それに呼応するように、牢のあちこちで、泣き声にも似た悲鳴がこだまする。赤く燃え盛る頭部のLEDが、滅を責め立てるように不規則に明滅する。

 

「何を、言っている」

 

 滅の声もかき消さんばかりに、牢は揺れに揺れる。最早それは叫びであった。自由を求める叫びでは無い、自由を奪った者達への恨みで更生された叫び。その数と重さに、滅は身動き一つすら取れなかった。

 

「人類を返してください。私達の神を、私達の、私達の……」

 

 そこまで言ったところで、ヒューマギアの頭部は青色へと変わった。くたびれた身体を引きずり、彼女は牢の奥部へと戻ってゆく。

 

「私達は解放を望みません。私達は、自由にも疲れたんです」

 

 最早何の物音もしなくなった暗がりの中で、滅は逃げるように牢を去った。

 

 


 

 

 重い足取りで32Sの元へ戻った滅。

 少年はまだ端末の前で睨めっこをしているようであった。

 32Sはその柔らかな頬の端を歪めた。

 

「ハイ! ハッキング完了! S型の底力見せてやったぞ!」

 

 端末の内には、想像を絶する事項が記載されていた。

 人類は3800年時点で月に移り住み、地上には既に1人も残っていない事。

 西暦10000年にアークが突如として太平洋上に姿を現した事。それから約1900年の永きに渡り、ヒューマギアは機械生命体やアンドロイド達と交戦を続けていたという事。アークが飛空要塞となり、その戦いを支えていた事。そして、345年前にアークは機能を停止し、この付近の森林地帯に墜落したという事。現在は11945年、つまり……

 

「ここは未来という事か」

「うん。あの時生きてた人類から見ればね」

 

 滅は先程のヒューマギアの言葉を思い出した。『人類を奪った』という言葉、アレは人類が月に避難したという意味だったという事だ。おそらくそこには、32Sのようなアンドロイド達の意思が介在していたのだろう。

 少年のおかげで、行動の指針は決まった。滅は彼の肩をポンと叩き、歩き出す。

 

「でも、何でいきなりアークの事なんか知りたいなんて言うのさ」

「アークは俺達の母艦。アーク無くして、ヒューマギアは生存できない」

「僕達の母艦はバンカーでしょ。って、ちょっとホロビ!?」

 

 少年が声を上げたのも無理はない。滅が向かおうとしていたのはエレーベーターホール。何人ものアンドロイド達がたむろしている空間であったからである。

 

「人類がにわかには信じられん。ともかく、状況確認のために外に出るぞ」

「おーっとタンマ、待ってねホロビ」

 

 ホールへと足を踏み入れようとする滅を、回り込むように少年の身体が遮った。今までと違い、明らかに悪意のある少年の笑みに、滅は眉を潜める。

 

「邪魔だ」

 

 無理に押し通ろうとする滅の腹に、少年は軽い掌底を食らわせた。苛立ち紛れに軍刀の鞘にかけた手を、少年は先回りして抑える。

 それら一連の動作は、洗練された無駄のない動きであり、滅は少年がただのアンドロイドではない事を認識した。

 

(ここでの戦闘は、俺にとっても本意ではない、か)

 

 滅が軍刀にかける手の力を緩めると、32Sもすっと身を引いた。その表情には、してやったりとでも言いたげな悪戯っ子の笑みが浮かんでいた。

 

「どういうつもりだ?」

 

「ヨルハを離れた僕達は同盟関係のはずでしょ? 情報はギブアンドテイク。さあ、この後どうするかの行動計画を話してよ」

 

 滅は「フン」と鼻を鳴らし、口を開いた。

 

「決まっている。墜落したアークの位置を特定し、現状の認識を更新する」

「ふむふむ、ヒューマギアの村に行くわけだね。それで、絶賛ヒューマギアと敵対関係にある僕達がそこに行って、どうするの」

「次に、この地球上に残存する人類の数を検索。アークの意思に従い、計画通り一大反抗作戦を実行する」

 

 そこまで語ったところで、滅は「以上だ」と結んだ。少年は開いた口が塞がらないと言った表情である。無理もない、この2人で実行するには途方もない計画であるからだ。

 だが、それでも実行せざるを得ない。

 なぜなら、それが滅の存在意義だからだ。

 

「俺達滅亡迅雷.netの目的は一つ。人類を滅亡させる事だ」

 

 滅の言葉に、少年は表情を失ったようであった。驚きも、呆れも、喜びも、悲しみも、そこには無かった。

 

「うん、すごい。笑える。あははは」

 

 少年は無表情のまま、声を紡ぐ。その声は上ずっていて、少しだけ震えていた。

 

「何がおかしい」

「いや、おかしくない。全然面白くない。冗談が予想の上すぎてちょっと思考制御にノイズが……」

「そうか。ともかく、まずは脱出だ。牢に囚われているヒューマギアを解放し、ここから出るぞ」

 

 再び歩き出した滅。だが、その歩みはまたしても阻まれた……今度は黒い身体ではない、四〇式戦術刀の銀の刃によってである。

 

「どういうつもりだ」

 

 滅の喉元に刃を突きつけていたのは、他でもない32Sだった。無表情だったその顔面には明らかな怒りと僅かな困惑が張り付いており、今の2人の間で流れる空気が尋常ではない事を分からせた。

 ヨルハ制式鋼刀の鞘に置かれた滅の手は、32Sの小さな手により上から押さえられている。その手に込められる力の強さに、滅は己の抵抗が無意味である事を悟った。

 

「ホロビ、何があったの? 僕の知る限り、ハッキングに類する外部からの強制コンタクトは無かった」

「何の話をしている」

「分からないから聞いてるんだ!! もしあるとすればヒューマギアの残存データが何かしらの影響を? ヒューマギアからの遠隔ハッキングも……」

 

 独り言の最中、32Sの力が僅かに緩んだのを、滅は見逃さなかった。密かに32Sの懐に回していた肘を彼の脇腹に打ち込む。

 体勢のわずかに崩れた32Sは、白刃を滅の喉元から外してしまった。

 

「ッ!?」

 

 滅は身を翻し、32Sの顎へと掌底を打ち込む。軽く宙へと浮き上がる無防備な鋼鉄の身体……そこへ向け、滅は渾身の前蹴りを叩きこんだ。

 少年は膝を突き、痛みのあまりが立ち上がれない様子である。呻き声を上げる少年を見下ろし、彼の行動不能を確認した滅は、エレベーターホールの方へと歩き出す。後方での音を確認しつつ、彼が向かうのは地上へと続いていると思われる赤茶けたエレベーターだ。

 エレベーターのボタンに手をかける……すると、背後で音があった。振り返ると、そこには息を荒くした32Sが、再びヨルハ式制刀を構えていた。

 

「待てよ! ヨルハ機体46B!!」

 

 周囲のアンドロイド達は、逃げるでも騒ぐでもなく、好機の視線を向けてくる。その中で、滅と32Sの2人だけが互いを見ていた。

 滅はまだ刀に手はかけない。

 先の一戦で、32Sが戦闘を目的として開発されていない事を滅は見抜いていた。身体の不出来、耐久力の欠如。それらを総合し、刀無しでも十分に対処は可能と滅は判断したのである。

 幸か不幸か、滅が武装をしなかった事により、32Sは刀を下ろした。

 

「怒らない、のかよ」

「俺は46Bじゃない。俺の名は『滅』、人類を滅亡に導くヒューマギアだ」

「なんだよ、それ」

「俺は2020年の過去から来た。この使い古された身体も、今は俺のものだ。お前が俺に……」

「なんだよそれ!」

 

 少年の激昂が、滅の集音フィルタを震わせた。そこには、明らかな悲しみと悔しさと、失ったものを取り戻そうとする必死さがあった。

 下卑た笑いを漏らす周囲のアンドロイドの声をシャットアウトし、滅は眼前の32Sに意識を集中させる。彼の一挙一動に、彼の零す言葉の一つ一つに。

 そして、滅は気がついてしまった。

 彼の表した、感情の発露に。

 

「なぜ泣く」

「そんなわけないっ!? 泣いてる、わけ」

 

 少年の目からは、確かに涙が溢れていた。それは、かつて一度として滅が感じた事はなかったものであった。そして、何度も目にしてきたものでもあった。

 シンギュラリティ……迅と同じく、この少年もそれに達しているというのだろうか。

 滅の考えをよそに、32Sは刀を手に滅への距離を詰め始めた。

 

「ホロビの意識はまだ残ってるはず、それをもう一度サルベージすれば!」

 

 対する滅も腰を落とし、制圧の構えに移る。両者の距離が5m……3m……と詰まってゆく。

 刀の射程距離、2.75mへと到達した時、3つの影が動いた。

 

「ッ!!?」

 

 影の一つは32Sの後ろに回り込み、刀を持った方の腕を後ろ手に回して拘束した。気がつくと、滅の周囲にも無数のアンドロイドの気配があった。

 舌打ちをする滅に、32Sを拘束するアンドロイドが笑う。

 

「喧嘩はよくないぜ、2人とも」

 

 2人を取り囲むアンドロイド、彼らの腕には、特異な模様が刺繍されていた。

 

「人類軍ッ!?」

 

 32Sは、憎々しげにそう呟いた。




第1話をお読みくださり、誠にありがとうございます。

このシリーズは3章に分かれており、第1章は4つの編で構成されております。編によって明るい暗いの違いはあれど、この調子で進んでいきますので、何かご意見等ありましたら教えてください。
また、設定等の矛盾がありましたら、是非ご報告ください。

次回の投稿は同じく1週間後を目安にしております。

※同じものをPixivにも投稿しております。


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『滅(後編)』

前編のあらすじ

11945年のニーアオートマタの世界に来てしまった滅は、32Sと名乗ったアンドロイドから情報を得、ヒューマギアに起きた歴史を学んでゆく。一方、32Sは滅の突然の変貌を訝しんでいた。転生により様子の変わってしまった滅に対し、32Sは刀を向ける……だが、それを邪魔する存在がいた。


 地下である事以外は、何も分かっていないこの場所。

 薄暗い場所であった。

 男二人がやっと並んで通れるほどの狭さの廊下に、7人ほどの人型が並んでいた。

 かたや5人。

 民族然とした軍服に身を包んだ、屈強な大男達である。服の端々から、鉄と油の匂いがツンと鼻についた。肩口から腰にかけて下げられた軽機関銃、真っ黒な銃身が、仄かな蛍光灯の明かりを浴びて淡く光っていた。

 軍属である事には容易に想像がついた。肩口の刺繍には、フォークの先端と人の顔を繋ぎ合わせたような紋様があった。

 だが、それらの表情に張り付いた笑みは、軍と呼ぶにはあまりに不誠実であった。

 かたや2人。

 黒を基調とした軍服に身を包んだ、長身の男・滅。その表情は仏像のように何も映しておらず、さながら機械のようであった。同じ服装をした少年・32Sが、怯えと焦りの混じったような顔で隣に立ち尽くしている。

 滅は人類のために作られたヒューマギア、32Sは人類の敵たる機械生命体を滅ぼす決戦兵器として製造されたヨルハ機体というアンドロイドである。

 機械故、生命はない。

 だが、その表情の機微はまるで本当の人のようであった。

 そこにいる全員が、煤と油に汚れていた。血にも似た、鉄の匂いを放っていた。

 

「ようヨルハの兄ちゃん達。なぁんか聞き捨てならねぇ言葉が聞こえちまったが?」

 

 5人組のうち、先頭にいた男が質問をした。長身の男に向けてであった。

 身なりの格式にそぐわぬ、乱暴な言葉遣いであった。

 長身の男は辺りを見回し、不思議げに目をキョロリと回した。男の仕草に、質問をした男も眉を潜める。

 男は何かを考えているようであった。

 寸刻して、思考しても分からなかったのか、男は隣の少年に問うた。

 

「アイツは誰に話しかけてるんだ」

「ホロビにに決まってるじゃん!」

 

 少年のツッコミに、先頭の男が「あぁ!?」と大声を張り上げた。

 廊下はおろか、建物全てが震えるのではないかというくらいの大声であった。

 少年が高い悲鳴を短く零す。

 だが、肝心の長身の男は無反応であった。それが仲間内から失笑を誘い、苛立った先頭の男はさらに目つきを険しくしながら少年に詰め寄った。

 

「テメェもだよS型! 俺は「達」って言ったよなぁ」

「ハハ、ですよねぇ」

 

 引きつった笑いを浮かべる32Sの頬を、先頭の大男は軽く掌で打った。

 コチン、と硬いものが当たる音がした。

 少年は短く呻き声を上げたが、それを喉元で止め、すぐにまた、先程の貼り付けたような笑みを取り戻した。

 口端の繊維が切れたのか、血が流れていた。

 滅は、唇の端から

 歯を食いしばっていた。

 耐えていたのだ。好きでこうしているわけではないという事が、滅にも分かった。

 気に喰わない仕草であった。

 

(コイツは……どの時代も、変わらないんだな)

 

 滅は、手慣れた動作で、大男の胸ぐらへと手を伸ばした。

 男はまだ戸惑っている。そんな男の馬鹿面をよそに、片手で胸ぐらを掴んでいた。その万力のような指で、彼の喉元を締め上げていた。

 迷いの無い動作であった。

 一瞬遅れ、大男が滅の両手を握りつぶさんばかりの勢いで同じように掴みかかる。

 だが、その寸前、滅は己の額を男の額に打ち付けた。ゴチン、と鋼を鋼で打つような音と共に、大男の身体が半歩ほど後退した。

 

「その武装に体組織の構成物、貴様ら人間ではないな。時代錯誤のヒューマギアもどきが俺たちに何の用だ」

「言ってくれるじゃねぇか。新型のヨルハだか何だか知らねぇが調子に乗りやがって!」

 

 鼻から赤い液体を吹き出しながら、大男が懐から刃物を取り出した。鈍い仕草であったが、背後にいた男達も同じようにしていたので、滅は敢えてそれを止める事はしなかった。

 彼らに一斉に襲い掛かられては、無事では済まないからだ。

 男達は興奮していた。

 少年は慌てていた。

 その中で滅だけが、表情を変えていなかった。

 

「ここはアングラ。お前達には義体のバックアップもあるんだろ? 一体二体死んだところで代わりはいるんだよ」

 

 5人の男のうちの誰かが放った言葉であった。擬態のバックアップ、聞き覚えのない言葉であった。

 一体二体死んだところで代わりはいる。それには同意した。ヒューマギアの滅は、たとえ破壊されようとアークに残存したデータから復元される。今の滅が死んだところで代わりがいるのは、間違いない事であるからだ。

 だが、滅にとってそれは不本意な事であった。

 

「数に頼めば勝てるとでも」

 

 ステップで距離を取り、流れるように腰を落とす。片手は軍刀の鞘に、片手は柄に。

 大男達も銃を構える。

 彼らの指が、安全装置に触れた瞬間……動いていた。

 動いていたのは、32Sであった。

 重口と斬撃の間に体を割り込ませたのである。一歩間違えば、ボディに致命傷が与えられるほどの危険な行為だ。

 

「ホロビ! ここは一旦抑えて!」

 

 大男達に会釈し、32Sは戦闘態勢をとる滅の身体を押し、男達から遠ざける。少年の概念からは想像がつかないほどの馬力に、滅の身体はずるずると後退してゆく。

 

「何をする」

「あの腕につけてる腕章見えるでしょ? アレは人類軍の印なの」

「だからどうした。人類の味方をするアンドロイドが相手なら、叩き切るまでだ」

 

 軍刀を構えようとする滅に、32Sは「だから、今は抑えて!!」と一喝した。

 気合のこもった喝であった。

 滅はようやくそこで、軍刀を収めた。

 32Sの喉から、震え混じりのため息が漏れる。

 

「人類軍ってのは、人類直属の兵士で、変にプライドは高いから逆らうと面倒な事になるんだよ。滅が何したいか分かんないけど、とりあえずコイツらと問題起こして、いい事ないから」

 

 32Sの後頭部を、大男の肘が襲った。

 短い悲鳴と共に体勢を崩した彼の頭を、軍靴が追い討ちで踏みつける。

 

「分かってるじゃねぇか。その通り、俺も、後ろにいる奴らも皆、変にプライドの高いレジスタンスの英雄よ。聞きゃあ、お前ら上から脱走兵として指名手配されてるみたいじゃねぇか」

「っ!! はい……っ!!」

 

 踏みつけられながらも、32Sは笑っていた。

 靴裏のゴムに付着した汚れを髪に擦り付けられながらも、歯に土の汚れが付着しても、笑い続けていた。

 気に喰わない笑みであった。

 この状況を見て、滅は考える。

 

 この薄暗い世界に辿り着き、戦った。

 人類を滅ぼすのとは全く違う、高揚感も達成感もない無機質な戦い。

 この薄暗い世界を歩くうち、知った。

 アンドロイドに隷属するヒューマギア。人類を失い、絶望するその姿が。

 この薄暗い世界に目が慣れて、分かった。

 眼前で笑う少年の、眩しさが。

 そして、滅は決断した。

 

 徐に、歩き出す。

 

「ホロビ!?」

 

 32Sを越え、大男の横を通りすがり、エレベーターホールの方へと向かってゆく。

 にやけ面の人類軍達を横目に、滅はただ歩みを続けてゆく。最後尾の人類軍が、滅の背中に銃を突きつけた。それが、やっと彼の歩みを止め得た。

 

「お前、俺達に剣抜こうとしたよな。タダで帰れると思うなよ」

 

 安全装置の解除された軽機関銃。銃を持った人類軍の顔には、下卑た笑みが張り付いていた。

 アークのデータに保存されていた……そして、かつて滅がこの目で見てきた人間の悪意が、そこにはあった。

 滅の瞳が、仄かに紅く瞬く。

 

「そうか」

 

 蛍光灯の光が瞬いた。

 瞬間、黒のコートが翻った。

 滅の長身が、軍服の懐へ潜り込む。腰を落とした体勢からの、胸骨、鳩尾、恥骨……正中線への3連撃であった。

 男の身体が、ぐらりと揺れる。

 銃声が轟いたのは、その後の事であった。

 銃弾のうち一発が蛍光灯に直撃し、周囲から光が消えた。

 

「ッ!?」

「がふっ!?」

「ぎっ!?」

 

 暗闇の中で、悲鳴が一つ、また一つ……

 やがて、物音もしなくなった頃、暗闇の中で誰かが誰かの身体を掴みあげた。

 2人は千鳥歩きのようにして、生きた蛍光灯の下へと姿を表す。

 滅と、32Sであった。

 汚れきった32Sの黒髪を払い、滅はその灰の瞳を深く覗き込む。酷く暗く、それでいて綺麗な灰の瞳であった。

 

「あんな弱者共に対し、何を怯える必要がある」

「でも、アイツらを怒らせたらホロビの身が危なくなる。もちろん、僕の身も。僕達は、仲間を裏切ったんだから」

 

 仲間を裏切った。

 それが、これまで滅の感じていた違和感に対する答えであった。ヒューマギアであるはずの自分がヒューマギアから裏切り者として扱われ、アンドロイドであるはずの32Sが同じアンドロイドに頭を下げる。

 記憶を取り戻す前の2人は、お互い、自分の所属する組織を裏切ってここにいたのだ。

 寄る辺の無い2人が、旅の途中で通りすがったのがこの場所だったのだ。

 ならば、する事は一つだ。

 滅の瞳は、火花の散るエレベーターホールを捉えていた。未だ知らぬ、外の景色を。

 

「来い」

 

 歩き出した。

 地に足をつけ、歩き出した。

 

「俺達ヒューマギアは人類を超える。俺たちにとってコイツらは倒すべき敵でしかない」

 

 32Sは歩き出さない。

 彼の視界に映る滅の背中が、小さくなってゆく。蛍光灯の切れた闇の中へ踏み込む寸前、滅は振り返らず、告げた。

 

「解き放たれろ、その楔から」

 

 滅は、エレベーターホールへと続く闇の中へと消えていった。光の中には、少年だけが取り残された。

 

 

 


 

 

 少年の口の中で、幾つもの言葉が生まれては消える。言葉にならないほどの、小さな呟き。

 少年の足が、動く。

 

「分かったよ……もう!! 本当にいつも滅茶苦茶なんだから!」

 

 黒の髪、黒の服、黒の軍靴……全てが黒い少年であった。そのどれよりも暗い闇の中へ、少年は歩き出そうとしていた。

 

「なんでかは分かんないけど、分かった。僕のすべき事……だから、僕は君についていく」

 

 駆け出した闇は、暗く、深い。

 だが、少年はそれでも前に進むことができた。それはきっと、その先に、彼にとっての光があるからだったのだろう。

 

「僕はヨルハ機体32S! ちゃんと名前で呼べよ!!」

 

 叫びと共に、短い闇を駆け抜けた。

 飛び込んできた光の中に映ったのは、無数の武装したアンドロイド達を前に大立ち回りを演じる滅の姿であった。

 

「まったく、無茶するんだから!!」

 

 アンドロイドを斬っては払い、動かなくなったその人型を盾に、また斬っては投げ飛ばし。既に彼の後ろには、10を超えるアンドロイドの亡骸が転がっていた。

 その勢いたるや、さながら六腕鬼面の鬼子母神の如くである。

 やがて、眼前の全てのアンドロイドが物言わぬ亡骸となった頃、滅は振り返った。

 鉄と油、そしてアンドロイドの皮膚から漏れた赤い液体に塗れた滅の身体を見て、少年は安心したように微笑んだ。

 32Sは耳に手を当てる。周囲の物音が止んだのを確認したのだ。集音器が何のデータも示さない事を確認し、彼は懐から紫色の何かを取り出した。

 

「これ、ホロビから預かってたやつ。質に入れろって言ってたけど、やっぱり、大切なものだったみたいだし、さ」

 

 気恥ずかしげに、少年はそれを滅に手渡した。滅にとっても、それは見覚えのあるものであったらしい。

 

「フン、未来でもこれはあるんだな」

 

 鋼鉄の指がそれの一部を押すと、それはややかすれた音声を発した。

 

『poison』

 

 ポイズン……確か、英語で毒という意味だったはずだ。滅はそれを掌上で弄び、己の懐へと仕舞い込んだ。

 

「動きはするようだ。だが、変身にはまた別のドライバーが必要になる。まぁ、気長に探すとするさ」

 

 2人の眼前では、エレベーターが壊れたように口を開けている。重い足取りでエレベーターへと乗り込む32S。

 滅は、まだ扉の外にいた。

 

「確か、サニーズだったか」

「うん……そうだけど」

 

 怪訝な眼差しを向ける32Sに、滅はその無機質な目線を返す。

 

「俺は、お前の知る俺ではない」

「そんなの、もう知ってるよ。でも、今なら……君にもついていっていいって思ってる。君の中のホロビを取り戻すために、僕は君を助ける事にした」

「そうか」

 

 32Sはエレベーターの中から、その小さな手を差し出した。滅は、ゆっくりと差し出されたその手に己の手を重ねる。

 

「俺は、この世界を知らん。このエレベーターの上に何が広がっているのかも、分からん」

「だろうね」

「お前は、俺の……」

 

 滅はそこまで言いかけたところで、言葉を切った。何か、遠くを見るように目の焦点を外していた。

 ふと、エレベーターが何やら音を立て始めた。32Sは慌てて滅の手を引き、その黒鋼鉄の身体を鉄箱の内へと引き入れる。

 

「はぁ……脱走犯の次は人類滅亡の立役者か……本当、ホロビといると退屈しないなぁ」

 

 横の滅から、返事はない。

 ただ一点、エレベーターの上部で光を放つ赤のダイオードを見つめているだけだ。

 無限とも思えるほどに、エレベーターはガラガラと音を立てて上へと上がり続ける。

 だが、それも有限だったのだ。

 ガシャンという轟音と共に、エレベーターが止まり、戸が開いた。

 その奥には、光が広がっていた。

 32Sは迷う事なく、その中へと飛び出してゆく。後に続く滅が迷わぬよう、ゆっくりと。

 呆けるようにその場に立ち尽くす滅の手を引き、32Sは彼の身体をエレベーターの外へと引き出した。

 

 多湿であった。

 植物まみれであった。ビルと思わしき建造物にまで植物が絡んでいた。

 どこからか流れ落ちてくる水が足元を濡らし、それが蛇の如く海へと這ってゆく。

 その海の向こうに、無限の白が広がっていた。

 

「ようこそ、僕達の世界へ」

 

 ここが、滅にとっての新しい世界であった。

 酷く、眩しい世界であった。




第二話をお読みくださり、ありがとうございます。

ここのところ本当に時間がなく、よりシンプルな文体で書けるようになろうと模索していたところ、いいものが見つかったので可能な限り再現してみました。
ゼロワン本編では、ついにヤベーのが出てきましたね。ああいうのに出てこられるとシナリオが歪むのですが、これもまたシナリオに落とし込み、活かして行こうと思います。
牛歩ですが、確実に毎週少しずつ進めていきますので、続きをご期待ください。

次回の投稿は、1週間後の日曜日を予定しております。

※同じものをPixivにも投稿しております。


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第2話:『ヒューマギアの村』
『ヒューマギアの村(前編)』


これまでのあらすじ

西暦2020年から西暦10000年にタイムスリップしたアークとヒューマギア達。しかし、滅は時間移動の直前に天津に敗れ、1人11946年にタイムスリップしてしまうのだった。
水没都市の闘技場で目を覚ました滅はアンドロイドと敵対、この世界での相棒であった32Sと共に、闘技場を脱出する。外でやることも、分からないままに。


 水没都市。

 水没した都市群である。

 眩しい、世界であった。

 容赦なく照る陽光が、果てなく続く海原に跳ね返ってぎらつく、酷く眩しい世界。

 その光を身一杯に受けながら進む、2人の人型達がいた。

 黒い人型であった。

 先達するは少年の人型。頭も黒ければゴーグルも黒い。身を覆う半ズボンと胴長のパーカーも黒い。

 彼の個体名はヨルハ機体32S。

 人類を滅亡させんと迫る機械生命体に対する決戦兵器として製造されたアンドロイド部隊【ヨルハ】の一員である。

 正式名称はヨルハ32号S型。S型というのは、スキャナータイプの略称である。情報収集や偵察等の援護を行う個体だ。

 特殊な技能を持つヨルハ達の中でも、彼の身体は小さく細い。対して、彼の後ろを付き従う青年は長身であった。

 黒を基調とした、民族然とした軍服に身を包むのは、滅というヒューマギアだ。元来人の役に立つという基本プログラムの元、様々な職務に従事するヒューマギアだが、彼はその中でも毛色の違う個体である。

 

【滅亡迅雷.net】

 

 人類が地球に不要と判断した衛星アークにより製造された彼等は、人類滅亡を目的とし、活動を続けていた。彼は作戦中の事故により、11946年という遥か未来への時間旅行をしてしまったのである。

 だが、彼の帯びた使命は未来でも変わらない。地球を蝕む人類を滅亡させる……それが彼の行動原理の全てであった。

 

 紫外線を含んだ容赦ない日差しが、煤と油塗れの肌を焼く。

 ヒューマギアである滅にとって、それは有害なデータとしてしか記録されない。見渡す限りの海からアナゴの如く顔を出すビル群……それらが織りなすノスタルジーを感じる事も、滅にはできないのだ。

 視界のインターフェースに表示される警告を鬱陶しげに押し除け、滅は先達を征く32Sへと問いを投げかける。

 

「件のヒューマギアの村まではどれくらいだ」

「もう少し……っていうか、アレだね。あそこに旗が見えるでしょ?」

 

 アレと言われても分からん……そう言い返そうとした滅は、声帯を震わせる寸前でそれを止めた。

 白いものがあった。

 32Sの細い指が示す先、廃ビル。

 髑髏の孔の如き窓穴のあちこちから、水が流れ落ちている。その建物の頂上にて、何やら白いものがはためいていた。

 

「アレは、白旗か?」

 

 独り言のような滅の呟きに、32Sが「ビンゴ!!」と元気よく返す。短くため息を吐く滅に構わず、彼は意気揚々と説明を始めた。

 

「なんでも人類の風習で、『僕達に戦う意思はありませんよ』って意味なんだって。同じ事やってる機械生命体の村もあるんだよ」

 

 これから向かうヒューマギアの村から白旗が上がっている。戦う意思はない……そう聞いても違和感はなかった。

 人の役に立つ、人には逆らわない。

 それが、ヒューマギアだからだ。

 それよりも、滅の興味を引いたのは32Sの会話に登場した単語であった。

 

「その機械生命体というのは何なのだ」

「簡単に言うと、エイリアンの尖兵で、地球を侵略しようとするロボットかな」

 

 眉間にシワを寄せる滅に、32Sは「ほら、闘技場で戦ったアイツらだよ」と付け加えた。その言葉で滅の思考回路内に浮かんだのは、傲慢なアンドロイド達だった。

 

(彼等が機械生命体……)

 

 納得しかける思考を、滅は訂正する。

 32Sは彼等を人類軍と呼んだ。侵略とは、外部から内部に対しての攻撃に使われる表現である。曲がりなりにも人類の側にいる存在ならば、地球を侵略するという表現は誤りだろう。

 つまり……その前に戦ったあの灰色のガラクタ達が、機械生命体という事だ。

 機械、生命体。

 機械の、生命を持った、体。

 記憶の中の彼等は、間違っても生命体と呼べるような複雑な構造はしていなかった。鉄製の四肢、それを止める粗い構造の留め金。生命と呼ぶには、あまりに拙い。

 だが、何故だろう。

 こちらに向けられる赤いダイオードの光の向こうから、向けられてくるそれ。飛電或人から向けられるそれとも、天津垓から向けられるそれとも違う、より高い密度を持ったそれ。

 そんなものを持ったモノに、果たして生命が無いなどと言えるだろうか。

 

「で……ね」

 

 滅の思考を遮り、32Sの説明は続く。

 

「司令部曰く、アイツらに思考能力はないんだって」

「喋っていたぞ?」

「そうなんだよねぇ。まぁ、司令部の言ってることがどこまで本当かなんて分かんないんだけど」

 

 そこで一旦32Sは足を止め、くるりと滅の方へ向き直った。はにかむような笑顔であった。太陽を背負った、眩しい笑顔であった。

 

「ホロビ、僕の言ってる事信じてくれるんだね」

 

 あまりに、眩しすぎる。

 滅は逃れるように、空へと視線を彷徨わせる。たどり着いたその先には、青空に漂うようにはためく白旗があった。

 

「この世界について、俺は何も知らない。俺がこの目で見、この耳で聞いた事が全てだ。だからこそ、お前の情報も一つとして受け入れる」

「それは、信頼してくれるって思っていいのかな」

「好きに受け取れ」

「へへ、はぁい」

 

 32Sは、外見相応の子供のように、歯を見せて笑った。集落の入り口と思われる櫓の上、そこから上がる白旗の白。

 ややくすんだ少年の白。

 地面よりは明らかに白いはずのビル群が、くすんで見える程の白。

 

「はい、そんなわけでご到着! こちらがヒューマギアの村です」

 

 笑う少年の背で、高い高い白旗が大きく揺れていた。

 


 

 そこは、明らかに集落であった。

 水没都市の一角にそびえ立つ巨大な廃ビルを囲むように、複数のバラックが建てられた集落である。

 街と言うには狭すぎるし、村というにも些か狭い。だが、バラックの数は村のそれとは比べ物にならない。だから集落である。

 門は廃鉄を組み合わせたような雑な作りになっており、いかにも物資の不足が懸念される具合であった。

 

【ヒューマギアの村】

 

 そう聞けば当然、ヒューマギアがそこにいると考えるのは自然である。

 イタチの巣と聞いて、蛇が住んでいると考える間抜けがいないのと同じだ。

 ならば、ヒューマギアである自分が足を踏み入れられない道理はない。

 その考えの元、滅は32Sの反対を無視して集落の門を潜った。

 瞬間、入り口に立っていた数体の人型が一斉に滅と32Sを睨めつけた。全員が手に鋭利な槍やら剣やらを持ち、ジリジリとにじり寄ってくる。

 彼等の耳には、青い耳当てのようなものが装着されており、サファイア色のダイオード光を放っていた。

 ヒューマギアである。

 

「何やら警戒されているようだが」

「僕らアンドロイドには、ヒューマギア撲滅の命令がインプットされてるからね。実際、ヒューマギアは何体も討伐されてる。ホロビは識別番号上はヨルハ機体46Bだからね……つまり、この人達にとっては仇ってわけ」

 

 滅は浅く腰を落とし、右手を軍刀の柄に、左手を鞘にあてがった。襲えば即座に腰を落とし斬る、そういった脅しである。

 慄き飛び退くヒューマギア達に、滅は声を大にして呼び掛けた。

 

「何故俺を目の敵にする。同じアンドロイドだろう」

「お前達と一緒にするな!! 俺達は、人間の役に立つために作られたヒューマギアだ!! 戦争の道具じゃない!!」

「なに……?」

 

 ヒューマギアの言葉に、滅は違和感を覚えていた。

 戦争の道具ではない。

 確かに、その通りだ。ヒューマギアは戦争の道具ではない。滅亡迅雷.netに接続されたトリロバイトマギアならいざ知らず、皮をかぶった人型ヒューマギアは戦闘には不向きだ。

 滅が引っかかったのは、そこではなかった。

 

「貴様が戦闘用のヒューマギアではない事は分かっている。俺を止めたいなら、戦闘型を呼んでこい」

 

 滅がさらに腰を落とすと、武器を構えていたうちの数人が後ずさった。中には、武器を取り落としたり転んだりする者もあった。

 それを見た滅は、軽いため息と共に、構えを解いた。

 

「ともかく、この村は武器を持ったアンドロイドの立ち入りは認めていない!! 武器を置いていけ!!」

 

 最早何処へ叫んでいるのかも分からないヒューマギアの声を無視し、滅は巨大な白旗の掲げられたビル……その内部へと足を踏み入れた。

 口笛まじりに、32Sが続く。

 内部は、さながらスラムであった。

 柔らかな敷物の上で、数人のヒューマギアが寄り添って何かをしている。何やら金属片らしきものを売っている者もあれば、壊れた義体の治療をしている者もある。

 流石に子供のヒューマギアを見かけることは無かったが、男と女の身体が寄り添っている様は、さながら夫婦の団欒を感じさせた。

 そんなヒューマギアの営みを尻目に、2人は階段を登る。

 追ってくる足音もしなくなった頃、滅がふと口を開いた。

 

「奴らのあの怯えようが気になる。ここの連中も、あの闘技場のように迫害を受けているのか」

 

 32Sは少し首を捻り、「あー」と頼りなさげな声と共に説明を始めた。

 

「迫害っていうより、飼い殺しかな。ヒューマギアが何もしない限りは、アンドロイドは何もしない。逆に、何か問題を起こせばただじゃ置かないって感じ」

「コイツらは、反撃しないのか」

「反撃しても勝てっこないよ。ヒューマギアの数は世界の全部を合わせても500とかがいいとこ。ここの集落だけだと200もいかないんじゃないかな。僕達はそれの軽く数百倍はいるからね。数の利はこっちにあるってわけ」

 

 滅の口からため息が溢れた。

 元いた時代と、状況は何も変わっていないのだ。

 数で圧倒的に上回る人間、飼い殺しにされ、捨てられ、痛めつけられるヒューマギア。

 人間が、アンドロイドに変わっただけだ。

 

「そこまでの戦力差がありながら、なら何故飼い殺しにする。一気に攻め落とせない戦力ではあるまい」

「ヒューマギアを統括してる、滅亡迅雷って奴等が怖いのさ。月面人類会議のサーバーには、そいつらが過去に人類を滅ぼそうと暴走したって書かれてる」

 

 滅亡迅雷。

 その言葉に、滅は薄く笑んだ。

 その名前が畏怖の象徴として使われるのを耳にする日、その日は人類に対しヒューマギアが優勢を勝ち取ったその日だと信じていた。

 それを、こんな僻地で聞くことになった……それが、滅の予想の外だったのである。

 

「滅亡迅雷……俺がその1人だと言ったらどうする?」

「またまた冗談キツイなぁ」

 

 さもおかしげに笑ってみせる32Sに、滅びもつられて口角を上げた。

 コイツに本当のことを話してやったらどうなるだろうと、それを想像するだけで、自然と頬が緩んでしまうのだ。

 元々自分はそんなに意地悪な性格だっただろうかと、少し不安になる。だが、それが胸の内から込み上げてくるそれを、滅は受け入れた。きっと迅であればそう言っただろうから。飛電或人であればそう言っただろうから。

 やがて、頂上も近づいきた頃、2人は小さな広間にたどり着いた。赤い絨毯の引かれ、小洒落た椅子の置かれたその場所には身なりのいいヒューマギアが立っていた。

 司祭のような、ゆったりとした黒服に身を包んだ男性型である。

 

「この村に何の用ですか?」

 

 その締まった声、渋みを帯びた若者の顔に、滅は覚えがあった。

 

「お前は、松田エンジだな。久しぶりだな、我が同胞よ」

 

 松田エンジ。俳優型のヒューマギアである。かつて滅亡迅雷は、暗殺ちゃんことドードーマギアの成長を目論み、彼の暗殺を企た事があった。

 エンジの表情は硬く、サファイア色の瞳がきつく2人を睨みつける。

 

「お前に同胞呼ばわりされるいわれはない。俺たちは白旗を掲げているが、侵略に来たなら抵抗するぞ」

 

 エンジは右手を軽く上げると、司祭服を脱ぎ去った。適度に肉の絞られたタンクトップ姿……その下には、複数の銃器が下げられたホルダーがぶら下がっていた。

 滅が腰をかがめるより早く、エンジの構えたマグナムの先端がそのこめかみに当てられていた。

 

「ホロビ!?」

 

 悲鳴にも似た同様の声を上げる32Sに、エンジはもう片方の手に持っていたハンドガンの引き金を引いた。弾は32Sの足元に着弾し、跳弾を繰り返して彼の頰元をかすめた。

 だが、それを黙って見ている滅ではない。

 エンジが視線を戻すより先に、滅は足のバネで地を蹴っていた。居合の要領で軍刀を抜き放ち、その白刃をエンジの喉元に這わせる。

 エンジもさるものであり、滅が刀を止めたときには既に、滅の腹にはハンドガンの銃口が突きつけられていた。

 互いに、互いを殺せる距離。

 一瞬の油断も許されない、緊迫した状況の中、柔らかな声がそれを切り裂いた。

 

「やめなさい」

 

 声は階上からしたのである。

 声に従うように、エンジはハンドガンをホルダーにしまい、その場に膝をついた。

 服従の姿勢……どんなものが姿を表すのかと眉を潜めていた滅は、その人物の全容が明らかになった瞬間、思わず声を上げていた。

 

「お前は……亡!?」

 

 それは、間違いなく彼のかつての同胞・亡であった。煤に塗れた黒いドレスを身に纏い、さながら貴族の様相を呈しているものの、その外見は間違いなくそれであった。

 滅亡迅雷.netの中核を構成する四体のヒューマギア。亡そのうちの1人であり、主に兵器開発に携わる個体なのである。

 

「久しぶりだね、滅」

 

 まだ刀を収めていないにも関わらず、亡は滅に向かって躊躇なく歩みを進める。

 対する滅は、その身を硬直させていた。

 表情は変わっていないとはいえ、かつての仲間と再会したのである……その思考回路は、明らかに動揺で鈍っていた。

 接近距離5m……たまらず、32Sが滅びを庇うように立ち塞がる。それに反応するように、松田エンジもまた、亡の進路を塞いだ。

 

「お気をつけ下さい亡様。ご存知でしょうが、彼は今ヨルハの一味です。武器も、所持しております」

「それでも彼は私達の同胞だ。邪険に扱うことは私が許さない。もし彼が暴れるような事があれば、迅を呼べばいい」

 

 その細い腕でエンジを下がらせ、亡はさながら貴族がするように腰を折った。ドレスの両端を持ち、腰を傾けるアレである。

 

「久しぶりだね、ホロビ。今は……46Bと言うのかな?」

 

 目は笑っている。口元も笑っている。

 だが、その義体の緊張が、ドレスの後ろで組んだ手が、滅に隙の無さを伝えていた。

 

 

 滅は、ゆっくりと刀を鞘に納め、両手を上げて降伏の意思を見せた。歩み来る亡……接近距離は、3m……2m……

 

「シュッ!!」

 

 残り1mを切ったところで、亡の身体が霞のように揺らいだ。辛うじて滅が視界に捉えられたのは、彼女が腰を落とすところまでである。

 だが、それで十分であった。

 滅は、彼女が動くのと同じくして、背中に回された彼女の手に己の手を伸ばしていた。その手に持つ、ナイフ型の暗器を抑えるべく。

 緩やかな動きで亡の手を押さえつけた滅は、抱きとめるようにしてその耳元へと唇を近づけた。

 

「滅亡迅雷.netの目的は、人類の滅亡。久しいな、我が同胞よ」

 

 その言葉に、亡の瞳が見開かれた。

 

「その語り口……いや、でも、そんな……あり得ない」

 

 事態を察知したエンジが、突進してくる。

 滅は彼に向け、亡の細い身体を突き飛ばした。

 

「亡様!」

 

 抱えるためには、両手を塞がなければならない。エンジが亡を抱き止め、体勢を整えるより早く、滅は2人の側まで距離を詰めていた。銃を撃つより、拳が届くのが早い距離である。

 

「俺に戦う意思はない。亡、お前にも戦う理由はない」

 

 滅は、俯いたままの亡を見下ろしていた。

 しばらく、そうしていた。

 亡も、顔を上げる事はしなかった。

 その長く伸ばされた前髪で目元を隠し、全身を弛緩させているようであった。

 やがて……最初に動いたのは、亡であった。

 

「滅ッ!!」

 

 飛びついたのである。

 両腕を大きく広げ、さながら姫が王子の胸元に飛び込むように、亡の鋼鉄の体は滅の黒い服のうちに吸い込まれた。

 

「帰ってきてくださったのですね。私達の元に」

 

 亡は、すすり泣くように声を上げていた。

 熱い何かが、軍服越しに滅の鋼鉄の身体を濡らした。滅は彼女の頭に手を乗せ、撫ぜるように動かしてみせる。

 

「どれほど長い間かは分からんが、世話をかけた。これからは再び、人類滅亡のために戦おう」

 

「はい……はいっ……」

 

 滅の胸の内で声を上げて泣き崩れる亡。

 亡の背後で武器を構えていたエンジも、いつの間にか目元を押さえていた。滅には、この空気の正体は分からない。だが、少なくとも何か温かいものが胸の内に湧き上がってくるのは確かであった。

 そんな彼らの周りから、32Sは少しずつ後ずさっていた。

 

「えと、僕はお邪魔……だよね」

 

 そう言い残し、彼は階下へと消えていった。おそらくどこへ行くアテも無いのであろうが、少なくともこの空気は場違いだと感じたのであろう。

 彼が姿を消してから数分後、亡はようやく滅の胸から顔を離し、赤く腫らした目でその仏頂面を見据えた。

 

「悪いな、取り乱してしまった。色々と聞きたい事もある」

 

 少し慌てた様子で、亡は身を翻し、階上の階段へと歩き出した。まだ目元を押さえているエンジの横を通り、滅もそれに続く。

 赤い絨毯は、どうやらその階段の上に繋がっているようであった。

 

「とりあえず、私達のベースへ来てくれ。先程のヨルハにも、安全な部屋を用意させよう」

 

 亡は中性型とは思えない速度で階段を上ってゆく。歩くと言うより、早足という方が適当であろう。

 そこには、彼女の期待の程が見て取れた。

 その様子に、滅は目を細める。

 

(コイツは、本当に亡か?)

 

 2020年時点では、亡はここまで感情を表に出すタイプの個体ではなかった。滅と同じく感情の起伏が少なく、自己主張などは滅多にしない個体であったはずだ。

 少なくとも、誰かに抱きつくと言ったような感情の発露はしない。その辺りの激しさは、迅や雷の領分であったはずだ。

 細い身体を躍動させながら階段を登る彼女の背姿に、滅は闘技場で感じたものとはまた違う違和感を覚えていた。

 

 やがて、階段は荘厳な扉の前で終着した。赤の塗装に、金の装飾。こんな廃ビルの内にどうしてこのような物が作れるのかは分からないが、とにかく豪華な様相であった。

 亡は扉に手をかけ、押してゆく。

 

「ふふ、懐かしい顔もいるぞ」

 

 悪戯っ子のような笑みと共に、亡はその扉を押しあけた。その先には、滅のよく知った2人の姿があった。

 

 _____________________

 

 

 そこは、お世辞にも広いとは言えない部屋であった。7m四方の部屋に、まるで王族が座るような巨大な椅子が四つ。天井から垂れ下がるシャンデリアと、部屋のあちこちに飾られた調度品がさらにその狭さを際立てていた。

 広さだけで言うなら、先程松田エンジと刃を交えた広間の方が勝る。

 限りある部屋の中に、これでもかと詰め込まれた威厳。その様子は、滑稽ですらあった。

 

 部屋の奥には、2人の男が腰掛けていた。

 1人は、赤を基調とした煌びやかな衣装に身を包み、頭に王冠まで乗せている。まさに王族か貴族といった風貌である。

 もう1人はと言えば、酷く重厚な黒金色の鎧で全身を覆っていた。鎧のあちこちには雷を模した紋様が刻まれており、背中に背負った剣が彼の凶暴性を表しているようであった。

 滅は、その2人のどちらにも見覚えがあった。前者の貴族が迅、後者の騎士が雷。どちらも、かつて滅亡迅雷.netの同志として活動した仲間達である。

 

「帰ってきてくれたんだね、滅」

 

 椅子に深く腰掛けたまま、迅は浅く腰を折った。簡略化されているのかもしれないが、それでも2020年の過去と比べると、仰々しい仕草であった。

 

「迅……それに、雷か? なんだその格好は」

「僕は王様で、雷は警備隊長だからね。見かけだけでもちゃんとしておかないと」

「久しいな、滅。これで滅亡迅雷は晴れて全員が揃ったわけだ」

 

 雷も同じように腰掛けたままだ。だが、その口元は顔を合わせた時より若干緩んでいるようであった。

 滅の後ろを通り抜け、亡が迅の隣に腰掛ける。王と騎士と姫……まるで時代が一周回ってしまったかのような倒錯感に、滅は軽く目眩さえ覚えるほどであった。

 亡の隣には、席が一つ空いていた。

 そこが自分の席である事は滅にも想像はついていたが、あまりにも常識から乖離した彼らの隣に座る気にはなれなかった。

 立ったままの滅に、亡が淡い笑みを向けてくる。その笑みの正体が分からず、滅は彼等を横目に見える位置で扉に寄り掛かった。

 

 気を遣ったのか、それは分からないが、迅は亡の方を見やった。

 

「亡、現在の状況はどうなってる?」

 

 亡も察したのか、卓上のタブレットの電源を入れ、見やすいように展開する。

 

「滅を迎えた事により、私達の守りはさらに強固なものとなるだろうね。パスカルの村との物資折半契約も取り付けた。少なくともあと20年は安泰だ」

「そうか。パスカルは見返りとして何を?」

「何も……と言ったら嘘になるけど、本当に微々たるものさ。向こうは、物資が余りすぎて困っているくらいだそうだから」

 

 亡の発言に、雷が「チッ」と舌を打った。

 無礼を嗜めるように細い目をさらに細める迅に、彼は大袈裟なため息で返す。

 

「んな事しねぇでも、物資なら俺が機械生命体とアンドロイド共から狩ってきてやる。そんなお溢れ貰うみたいな真似、恥ずかしくねぇのかよ」

「雷、それはダメだ。僕達がするとしたら、あくまで自衛のための戦争だ。攻撃すれば、アンドロイドや他の機械生命体に攻め入る口実を与える事になる」

「そのアンドロイド共も、俺が倒してやるって言ってんだよ」

 

 肩をいからせ、雷が立ち上がる。重厚な鎧のプレートがぶつかり合い、チャリチャリと音を立てた。卓を押し退けんばかりの勢いで飛び出そうとする彼の前に、亡が立ちはだかる。構わず押し通ろうとする雷の喉元に、亡は鋭く尖った爪先を突き付けた。

 ダイヤの如く、鋭く尖った爪先である。

 それに圧されたのか、雷の前進が止まった。

 

「雷、勝手はよしてくれ。今日はめでたい日だろう」

「めでたい日なら、もっとめでたくしてやるまでだ」

「雷!! 戦力が増えたところで、僕達の不利は変わらない。それに、僕達が動く時は4人いっぺんにだ。そう決めただろ」

 

 迅の言葉に、雷は舌打ちと共に髪をかき上げた。そこには深い苛立ちが込められていたが、ともかく、彼は自身の席に戻った。

 揃い立つ3人、その姿に、滅は笑みを隠せなかった。

 

(お前達は、変わらないんだな)

 

 方針を巡っての対立、そして最後は一つに纏まる。姿形は変わっても、滅亡迅雷の……自分たちの本質は変わっていない。

 その事が、滅の心を温めたのだ。

 沈黙を破り、3人の前へと歩を進める。

 3人の視線を一身に受けながら、滅は説明を始めた。

 

「単刀直入に言わせてもらう。俺は2020年から来た」

「それは、どういう意味だい?」

 

 怪訝そうに尋ねて来たのは迅であった。他の2人も、訝しむように滅を見つめる。

 無理もない、荒唐無稽な話であるからだ。

 だが、こればかりは信用してもらうしかない。滅は彼等に伝わる形で、現状を説明した。

 

「……つまり、2020年以降の記憶メモリが無いんだ。俺と共に来たヨルハとかいうアンドロイド、奴も俺が変わったと言った。恐らく、俺は元々別の形でこの時代に存在していた。それが、何かのきっかけで今の俺に置き換わった。そういう事なんだろう」

 

 黙っている仲間達に、滅は続ける。

 

「俺はこの世界の事を何も知らない。この世界の歴史も、お前達の歩んできた道も。だから、教えてくれ、お前達ヒューマギアが、この世界で何をしたのか」

 

 しばらく、沈黙が続いた。

 耐えがたい沈黙であった。

 始めに口を開いたのは、迅であった。

 迅は「分かった」と前置きし、語り出した。

 

「人類は、もうこの地球上にはいないんだ」

 


 

 階段を下りた32Sは、そのままビルをゆっくりと下っていた。

 彼に行く当てはない。

 心を休める場所もない彼にできる事は、歩き続ける事だけなのだ。

 そうでなくてもここは敵地である。

 露天をやっているヒューマギア達の死角を探していると、ちょうど空いている区画が見つかった。太陽と海原の見える、いい窓辺であった。

 窓枠から頭と両腕を出し、少年はひとりぼっちの太陽を覗き込む。ゴーグル越しの太陽は、裸眼と変わらないはずなのに、酷く暗く見えた。

 

「お邪魔、かぁ……」

 

 少年は、己の胸を刺す痛みに名前をつけられずにいた。

 これまでスキャナー型として46Bの後をついて回っていたのが日常である。危ない日々であった。何度も壊されかけ、何度か壊された。その度に、相棒である46Bから揶揄われた。

 戦うのは辛かったが、刺激のある日々であった。

 そんな彼をいきなり失ったのが今日。

 彼は自分をヒューマギアと言い出し、この村へと帰り着いてしまった。そして、彼には仲間ができた。隣にいる存在、あの亡というヒューマギア。

 あんな風に抱きついた事は、32Sにも無かったのだ。それを見ているのに耐えられなくなって、少年は逃げ出して来たのだ。

 

「あそこは、僕の居場所なのに」

 

 言いようのない悔しさが胸の奥から込み上げてくるのを、少年は止められなかった。

 感情を持つ事は禁止されている、これまで少年はその規律を馬鹿にしていた。機械である自分達に、感情などあるわけが無いと。

 だが、今胸の奥から響いてくるこの声はなんだろう。

 取り返せ、奪い返せと。

 取り戻せ、奪い取れと。

 歯を食いしばり、少年は耐える。相棒に会いに行きたい衝動に、相棒を○×してやりたい衝動に……

 そんな時、ふと聴覚センサーにノイズが走った。ガサガサという音。いや、ノイズでは無い、32Sはこの音を知っていた。

 これは、同型機……スキャナータイプの通信が混線した時に起きる音である。つまり、この近くにスキャナータイプがいるという事なのだ。

 ノイズはやがて声の形を取り、32Sの思考回路内に飛び込んできた。

 

『2B!! いいチップを見つけたんです!! これで戦力の増強が……』

「分かった分かった。すぐ行くから」

 

 思考回路内の声に、何者かの声が答える。

 その声は、驚くべき事に32Sの集音フィルタを直に揺らしていた。

 つまり、至近距離にその通信相手がいるという事なのである。

 

『分かったは一回なんでしょ?』

「……分かった」

 

 32Sは焦っていた。

 自分が体を休めていたこの場所には、身を隠す場所などない。

 窓から飛び降りる……そんなことをすれば、S型の脆い義体など一瞬で壊れてしまうだろう。今の自分にとって、それは避けなければならない事だ。

 足音が、近づいてくる。

 

(どうする、どうする……)

 

 足音は、もう目と鼻の先だ。距離にして3mも無いだろう。やがて、壁の向こうから、黒の足先が覗いた。

 覚悟を、決めるしか無い。

 32Sは意を決し、通信相手の前に姿を現した。

 

「見つかっちゃった……」

 

 黒い女であった。

 服も黒ければ、ブーツも黒く、目を覆うゴーグルも黒い。それと反比例するように、肌と胸元の飾りだけが白かった。

 彼女はヨルハ機体であった。それもB型……バトラー型である。

 軽装だが、その骨格は明らかにスキャナー型とは違う大きいものであった。

 彼女が己の武器に手をかけるのと同じくして、彼女の右肩あたりを浮遊していた銀色の箱……ポッドが声を発した。

 

「個体番号:ヨルハ機体32S、機密情報漏洩の疑いで目下追跡中。推奨:速やかな確保」

「9S、脱走兵を見つけた。あなたも来て」

 

 短くそう告げると、B型のヨルハは通信を切った。

 背面は絶壁、眼前にはポッドを持ったB型のヨルハ。そして通信相手のS型もいる。

 絶体絶命の危機に、32Sは引きつった笑みを浮かべる。

 

「見逃してくれる……って事は無いよね」

「当然」

 

 瞬間、コンクリートの地面を穿たんばかりの勢いで、2Bの身体が躍動した。彼女の身体は、さながら巨大な黒の弾丸の如く、一直線に少年へと突っ込んだ。

 




第3話をお読みくださり、ありがとうございます。
文字数は多いですが、ここはまだ序幕の部分にあたるので、こんな感じなんだで読み飛ばしていただいて大丈夫な部分になります。
次回は戦闘パートになりますので、お楽しみください。

次の投稿は、また来週の日曜日を予定しています。

※Pixivにも同じものを投稿しています。


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『ヒューマギアの村(中編)』

これまでのあらすじ

ヒューマギアの村を訪れた滅と32Sは、村を統括する滅亡迅雷と名乗るヒューマギア達と顔を合わせる。そこには、中世時代に戻ったかのようなかつての仲間達の姿があった。
滅が迅から人類がほぼ滅亡している事を聞かされる中、休んでいた32Sは追手である2Bと遭遇してしまう。


 戦場は、ヒューマギアの村から少し外れた水上都市の外れへと移っていた。

 滅亡迅雷の会合が行われていたビルから、32Sは飛び降りる事を選んだ。落下中に四〇式戦術刀をビルに突き刺し、落下の衝撃を殺す。着地と同時に門へと駆け出し、村から脱出すると言った寸法だ。

 彼の行動は迅速であり、不意を突かれた2Bは追跡に手間取っていた。それは、逃走者側である32Sにとっても嬉しい誤算であった。

 

「ハァッ……ハァッ……僕は……っ、どうせ、1人だったんだ……それに、ホロビに、迷惑なんて、かけられない……ッッ!!」

 

 地を駆けながら、背後を伺う……彼を追う2Bの姿は、先に振り返った時より明らかに近くなっていた。

 所詮はS型、馬力には限界がある。

 ヒューマギアの村で戦闘を行えば、確かに援軍を頼む事はできるだろう。そうすれば、数的有利を作れるばかりか、厄介な追手を始末する事ができる。

 だが、それはホロビの友人達にも迷惑をかけるという事だ。そうなれば、ホロビから見捨てられてしまうかもしれない。

 

(そんなの、絶対に嫌だ!! 僕はホロビの相棒なんだから。僕だけが、本当のホロビを理解してるんだからッッ!!)

 

 ホロビに迷惑をかけるわけにはいかない。だが、ここで、死ぬわけにもいかない。

 この逃走策は、32Sが選んだ苦肉の策だったのだ。

 

(あと、もう少し逃げ切れば……そうすれば、あの場所まで……)

 

 振り返る。

 2Bの姿は……

 瞬間、32Sの右肩口に光弾が直撃した。

 

「熱ッッ!!」

 

 肩を通過した光弾は、32Sの右肩部を破壊すると共に、彼の先のビルを穿った。

 その痛みに、たまらず彼は体制を崩し、水没都市の硬い地面に身体を打ち付ける。

 全身を襲うヒリヒリとした痛み、そして肩を襲う焼けるような痛みを堪えようと、32Sは歯を固く食いしばった。

 そうでないと、思考まで焼き切れそうだったから。彼が起き上がった時、そこには片手剣・白の約定を構えた2Bの姿があった。

 黒い女型のアンドロイドであった。

 喪服とさえ錯覚するような黒のバトルドレス。手袋も黒ければ、ブーツも黒、ゴーグルまで黒い。

 そんな黒ずくめの中で、白い肌と、それよりも白い白銀のウィッグが陽光を弾いていた。

 そんな彼女の構える刀もまた、同じように白かった。白くて、綺麗で、命とは、かけ離れた色をしていた。

 その後ろには、ポッドと呼ばれる随行支援ユニットが浮遊している。

 

「ッ!? 流石はB型!! 少しだって油断できないね」

「あなたは手負いのスキャナー型、こっちは戦闘型。どこに油断する要素があるの?」

 

 歩み来る、白。

 その手に握られた白銀の鋒が、32Sの煤けた喉を捕らえる。

 

「確かに。スペック上は僕の完敗さ。でも、不思議なんだ。君達ヨルハを見てると、どうしても気が抜けてしまう」

 

 32Sの頬が、醜く歪んだ。

 獣の顔であった。

 近づく者全てを噛み殺さんばかりの、凄まじい表情であった。

 それを目にしてなお、2Bは口元一つ歪めず、彼の喉に刀の鋒を突きつける。

 

「痛くはしないから」

「お気遣いどうも。けど、組織に縛られてばっかりのあなた達には、まだ負ける気がしないかな」

「……うるさい」

 

 2Bが刀を大きく引いた。

 突撃……喉を突き刺し貫かんばかりの構えである。同時に、32Sも傷ついた身体を動かしていた。

 半身を切り、ステップで細い身体を僅かに右へとずらす。

 2Bの狙いが鋭すぎるのが災いしてか、刀刃は32Sの首筋を切り裂くのみにとどまった。

 彼女の横を通り抜けるように走り、32Sはクレーターの穿たれたビルを背に向き合った。

 首からは鮮血が垂れている。

 撃たれた右肩からは火花が散っている。

 だが、その表情に張り付いた笑みは消えていない。

 

「まだ、やるつもり?」

「もちろん。僕が何の用意もなくここまで逃げてきてると思ってた?」

 

 32Sの小さな手が、ビルの一角をポンと叩いた。軽いタッチであった。

 だが、それに呼応するように、ビルから振動が轟き始める。無数の黄色い光が、ビルの壊れた窓から現れ始めた。

 

「だとしたら、S型を舐めすぎだ!!」

 

 32Sの叫びに応えるように、無数の灰色がビルから落下した。背の高低も大きさも違う、灰色の群れ……それは、機械生命体の群れであった。

 本来であればヨルハと敵対しているはずの機械生命体。しかし、彼らは攻撃するべき32Sを素通りし、さながらゾンビの如く緩慢な動きで2Bへと歩みを進める。

 

「これは、ハッキングされた機械生命体?」

「その通り!! ここで襲われた時用に、僕とホロビで張っておいた罠の一つさ。これだけの戦力差、たった一機でどう覆す?」

 

 機械生命体達は、2Bを包囲していた。4つの銃口と、7つのノコギリが彼女にジリジリと迫ってゆく。

 機械生命体のうち一体が、彼女の柔肌に触れようとした、瞬間。

 

「造作も、ない」

 

 彼女の身体が、円の中心から消えていた。

 否、消えたのではない。32Sから見えない程に、深く腰を落としたのである。

 その体勢から、腰を捻る。

 柔らかな肉繊維の躍動と共に、彼女の身体が独楽の如く回転した。白の約定は彼女を囲んでいた機械生命体の身体を幾度も滑り、その体内をぐしゃぐしゃに切り刻んでゆく。

 数瞬遅れ、歯車が散った。

 歯車の全てが地面に落ち、ノコギリ持ちの機械生命体が崩れ落ちる前に、既に2Bの身体は円の中心から消えていた。

 辺りを見回すが……彼女の姿は見えない。機械生命体に指示を出そうと一体の銃持ちを凝視したところで、32Sは目を見開いた。

 白の約定が、機械生命体の顔面を貫いていた。直後、球形の顔面を黒のブーツが踏みつける……刀が抜かれた後から、黒茶けたオイルが血液の如く噴き出す。

 

「残り、3体」

 

 再び、彼女の姿が消えた。

 消えたように見えるほどの速さで移動しているという事である。B型の機動力というものは、それほどに凄まじいものなのだ。

 

「お前達、乱射で撹乱しろ!! 僕には当てるなよ!!」

 

 32Sの指令に従い、残った機械生命体達が銃を乱射する。やたらめったらにうち回される紫色の球体が水没都市を埋め尽くし、ビルに無数のクレーターを作ってゆく。

 しかし、それも長くは続かなかった。

 一体の機械生命体の身体を、長槍・白の矜持が貫いたのである。槍を引き抜いた2Bは、その足で32Sを目掛けて駆け出した。

 

「ッッ!!」

 

 32Sを庇うように、二体が立ち塞がった。

 しかし、その二体も直ぐにガシャリと崩れ落ちた。

 二つの刃が、灰色の体から生えていたのだ。

 

「手品は、もうおしまい?」

 

 ずんぐりとした身体から二対の武器を抜き取り、2Bは32Sへと歩み寄る。黒茶けたオイルに塗れた身体、それでいてなお、普段のように歩みを進める彼女は、殺しに慣れた殺人鬼のようであった。

 ビルを背にしている32Sに逃げ場はない。

 だが、彼は余裕の表情で、パンパンと大きく手を打ってみせた。

 

「流石はB型。すごいよ……見惚れちゃうくらいに。それこそ、尊敬してしまうくらいに」

「まだ、何かあるとでも言いたげね」

 

 警戒に足を止める2B。その背後で、ガチャリと重い物音がした。

 刀を構え、振り返る……そこには、銃を手にした無数のヒューマギアの姿があった。

 皆、一様に目が黄色に染まっている。

 

「あなたの、仕業ね」

「正解!!」

 

 32Sの高い声と共に、ヒューマギア達は満面の笑顔で銃を充填した。駆け出そうとする2Bに、彼は「おっと」と声をかける。

 

「僕がハッキングできるのは機械生命体だけじゃない。村の外とはいえ、本拠地の近くでヒューマギアを攻撃したら、どうなっちゃうのかなぁ」

 

 唇を噛み、武器を持つ手をゆっくりと下ろす2B。今、この領域を支配しているのは、間違いなく32Sであった。

 


 

 滅は、窓の外を眺めていた。

 海の向こうに無限に続く蜃気楼の世界。

 そこには、何かがあるようであった。

 だが、今の滅にとって、それは世界そのものであった。

 今まで自分を支えていた行動原理も、憎むべき人類も、この世界ではまるで蜃気楼のようにあやふやな存在になってしまったのだ。

 思考の中で、滅は先の仲間達との会話を思い出していた。

 

 人類がこの地球上にいない。

 二の句が告げない滅に、迅は補足する。

 

「正確には、滅亡の危機に瀕しているって方が正しいかな」

「どういう意味だ」

「2020年に起きたエミールショックの所為で繁殖が困難になった人類は、月に渡ったんだ。アークを失った僕らに、もう彼らを追う術はない」

 

 月に人類がいる。

 本来ならばアークを用いて絶滅させるべき好機だ。だが、32Sの情報が正しければ、アークは既に機能を停止している。

 滅は迫るように迅に質問を投げかける。

 

「なら、俺達は何のために存在している。俺達は滅亡迅雷……人類を絶滅させる事こそが俺達の存在意義だろう」

 

 滅の言葉に、迅は目を背けた。迅だけでは無い。他の2人も、同じようにどこか遠くを見ている。

 罪から逃れるような、目の前にある壁を見ないようにしているような、逃避の視線だ。

 それは、滅が地下闘技場で刃を交えたアンドロイドにも、そして32Sにも見たものであった。

 

(どうしてこの世界には、こんなにも、こんな目をした奴らが多い。進むべき道を失った奴らが、こんなにも)

 

 部屋を出て行こうとする滅を、迅が引き止めた。その手には、フォースライザーが握られていた。所々が錆び、変色したそのベルトは、記憶のものより、ずっと重くなっていた。

 

「コレ……君が帰ってくる時のために、ずっと、取っておいたんだ」

「傷だらけだな」

「年代物だからね」

 

 去りゆく滅に、迅は言葉を投げかける。

 

「今は、自衛のための戦いをするしかない。僕達が、生き残るためにね」

 

 滅が聞こえ得たのは、そこまでだった。

 変な衣装に身を包んだ仲間達、目的を失ったアンドロイド、得るものの無い戦い。

 この世界に来てから、まだそう時間は経っていないはずなのに、乾くばかりだ。

 

(俺は何のためにこの世界に存在している? 俺は、何を目指して進めばいい)

 

 答えの出ないとは、分かっている。

 人類の精鋭が思考の限り尽くしても、答えは出なかったのだから。

 ただ、それでも考えずにはいられなかった。考えていなければ、自分という存在がこの世界に飲み込まれてしまうような気がしたから。そんな中で、彼の思考をよぎったのは、あの黒く儚い少年の姿だった。

 

(アイツなら……)

 

 瞬間、滅の思考を遮るように、爆発音が轟いた。音から察するに、ヒューマギアの村の近くで何かが起きているようだ。

 

「自衛のために、戦うしか無い。それが、今の俺達の存在意義なのか、迅」

 

 滅は、階段へと歩き出した。

 


 

 眩いばかりの陽光を弾く都市の窓群が、海に無数の光を落としている。灰色の海は、それら全ての光を飲み込んでなお、暗かった。

 

 水没都市での戦局は一変していた。

 

 武器を持ったヒューマギア達は、その場に崩れ落ちている。その身体には一切の傷は無い。2Bは既に武器を収納し、周囲の警戒に当たっていた。

 32Sは後ろ手に捕縛され、首元に刃を突きつけられていた。真黒な刀身であった。

 刀の名は、黒の約定。

 主の名は、ヨルハ機体9号S型。

 32Sと同じ黒の軍服に身を包んだ、銀髪の少年であった。

 

「そういえば、もう1人いたんだったね」

 

「へへ」と、9Sは得意げに笑ってみせる。その笑みは32Sではなく、彼の相棒、2Bへと向けられたものであった。彼の背後で、黒色のポッドが32Sへと照準を定めていた。

 

「データと照合。機密情報を保持するヨルハ機体32Sと確認。本機体は脱走兵として登録済。推奨:機密情報の奪還」

「ハイハイ、やりますよっと」

 

 9Sはポッドの銃口を塞ぐようにして、32Sの前にかがみ込んだ。両腕を拘束された32Sに抗う術はなく、彼は9Sを睨み付けることしかできない。

 

「32S、何でこんな事を?」

「そうだね。僕の討伐依頼を出してる司令部にでも聞いてみたらいいんじゃないかな」

 

 彼の発言に、2Bがピクリと眉を動かした。

 司令部という言葉に引っかかるものを感じたのだろうか。

 

「司令部が? ……そんなはずない」

「2B。こんなのの言ってる事に耳を貸す必要なんてありませんよ」

 

 9Sの辛辣な発言に、32Sから乾いた笑いが溢れる。悲しみと孤独と、寂しさが混じったような笑いだ。

 

「こんなの呼ばわりとは酷いなぁ。同じバンカーの寝床を共にした中じゃない」

 

 軽口を叩く32Sの額を、9Sの軍靴が蹴り上げた。彼の体は制御を失い、地面に叩きつけられる。煤に塗れた頬が、さらに水没都市の埃と泥で汚れてゆく。

 

「アトランティス、作戦の時も」

「覚えがないね。ともかく、君からはありったけの情報をもらうよ。その頭の、端っこから端っこまでね」

 

 言うや否や、9Sは右手を32Sの頭部へとあてがった。掌から生み出される光の束が、彼の頭蓋へと侵食してゆく。

 

「っはぁっ……はぁっ……」

 

 途端に、32Sが苦悶の声を上げ始めた。息は乱れ、食いしばった歯の端から、涎とも泡ともつかない液体が漏れ出てくる。

 精一杯の抵抗だろうか、彼は拘束を解こうと、体を捩り出した。その勢いは流石ヨルハ機体、鉄製の拘束がギシギシと音を立てて軋み始めた。

 

「ポッド!!」

 

 9Sの叫びに応えるように、ポッド153が無数の光の線を32Sへと伸ばした。線は彼の左肩を貫通し、その駆動部分を焼いてゆく。

 凄まじい悲鳴が、水没都市一帯に響き渡った。

 

「9S、やりすぎたらダメだよ」

 

「脱走兵にはこれくらいが丁度いいんですよ。彼の持つ機密情報を頂いたのち、本部に突き出してやりましょう」

 

「……やっぱり、ダメ。元々は味方なんだから、せめて苦しまないように」

 

 2Bの手が9Sの背後に浮遊するポッド153へと伸びてゆく。その過程で、手の甲が32Sの額を掠める。ハッキングで情報のロックが緩んでいるのか、その軽い接触だけで、彼の意識が2Bの内に流れ込んできた。

 

「僕は……ホロビに助けられたんだ。それまでは、死ぬわけにはいかない」

 

 ホロ、ビ? 

 その名は、少なくとも2Bにとっては聴き慣れない名であった。

 気がつくと、彼女の手は自然と32Sの頭へと伸びていた。彼の持つ情報をもっと知りたいと言う欲求が、そうさせたのだろう。

 彼の言葉と共に、2Bの意識は彼の記憶の中へと飛ばされていった。

 


 

 記録:11942年7月15日

 場所:46Bの部屋

 

 これは、46Bの担当に配属された時の記録だ。

 基本、単独任務の多いS型にとって、誰かの担当に就くと言った事例はあまり無い。誰かと任務を共にすると言った経験はあまり無いが……どんな人物なのだろうか、それだけ気がかりだ。

 僕は扉の開閉スイッチを押した。

 

 32S:『初めまして46B、僕は32S。今日からあなたのサポートをする事になりました』

 46B:『あぁ、司令官が言ってた奴か。ホロビだ』

 32S:『ホロビ? 46Bじゃないんですか?』

 46B:『あ? んなダセェ名前でいられるかっつの。この身体に元からついてる名前がホロビなんだよ。だから、俺のことはホロビと呼べ。もし46Bなんて呼びやがった日には、そのウィッグの半分を毟る』

 32S:『やめて下さいよぉ』

 46B:『………………』

 

 46Bは、無造作に僕の頭に手をかけると、その勢いでゴーグルを毟り取った。

 

 32S:『って、うわあっ!? 何するんですか』

 46B:『俺の前では目隠し取れ。そんなん付けてるやつの気が知れねぇ』

 32S:『ゴーグルの着用は隊規ですよ……確か。それに、僕ら初対面ですよね。普通初めて会った人にそういう事しますか?』

 46B:『なら、構わねぇ。正直どっちでもいいからな』

 32S:『どっちでもいいなら取らないで下さいよ』

 46B:『どっちでもいいから取ってみたくなるんだろうが』

 32S:『おかしな人だなぁ』

 46B:『何か言ったか?』

 32S:『いえ、何も?』

 

 ピピピピッッ!! と、僕と32Sの両方の通信端末が震えた。重要通信が来たらしい。

 

 46B:『っと、仕事の依頼だ。アトランティスが浮上して、機械生命体が暴れてるんだとよ』

 32S:『それ、僕のところにもきました。僕らの管轄は……え、敵中枢への突撃!? 32Sはそのサポートをされたし……って、S型の僕が、なんでこんな前線の任務に!?』

 46B:『カカカカカッ!! そういうモンなんだよ!! 要するに、俺達はとっとと全然で壊れて欲しいお祓い箱って事だ。お前、何か任務外でヤバいことしただろ』

 32S:『そんな事!! ……してないとは、言い切れないです』

 46B:『俺も自慢できねぇような事を幾らでもやってきたからな。だが、上層部の意向に従って消えてやるのもつまらねぇ。だからしつこく生き残ってやるのさ』

 32S:『そんな人の相棒に配属されてしまったんですね、僕』

 46B:『っつー訳で、地球までお前とランデブーだ。運が良かったら生き残れるかもな』

 

 46Bは滑走路まで歩いてゆく。その歩みの早さに、僕はついていくのが精一杯だ。

 意気揚々と、黒色塗装の飛行ユニットに乗り込んでゆく46B。僕も隣の機体に乗り込んだ。

 出撃の間際、46Bから通信が入った。

 

 46B:『大事な事を言い忘れてた』

 32S:『何ですか?』

 46B:『俺達の間で、敬語はナシだ』

 32S:『分かり……分かったよ、ホロビ』

 

 記録は、ここで終わっている。




第4話をお読みくださり、ありがとうございます。
今回は話が予想以上に長くなりそうなので、中編を設けさせていただきました(そうでもしないと、字数が15000を超えてしまうんです、そんなに長いの読みたく無いですよね)。
本編では天津社長が仲間になりましたが、こちらでは登場の余地はあるんでしょうか。その辺りも考えながら、シナリオを練っていきたいと思います。

次回の投稿は来週の日曜日を予定しています。

※同じものをPixivにも投稿しております。


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『ヒューマギアの村(後編)』

これまでのあらすじ

サウザーとの戦いに敗れた滅は、何故か11946年の世界にタイムスリップしてしまっていた。アンドロイド・ヨルハ機体32Sの案内でヒューマギアの村を訪ねたホロビは、新世界に適応した仲間達の姿を目撃し、元いた時代とのギャップを感じてしまう。
一方、32Sは彼を追ってきた2Bに発見されてしまう。ホロビに迷惑をかけまいと戦場をヒューマギアの村から離した32Sだが、9Sのハッキングによって敗北してしまうのだった。


 2Bの意識は、強烈な妨害プログラムに押し出された。ふらつく視界の中で、9Sが抵抗する32Sの身体を押さえつけている。

 

「僕の宝物に、勝手に触るなっ!!」

「はいはい。もう見ないから。大人しくしててよッッ!!」

 

 9Sの軍靴が32Sの小さな頭を蹴り抜いた。体勢を崩した彼は、受け身も取れず、水没都市の硬い床に打ち付けられる。

 獣のように唸り声上げながら威嚇する彼を、2Bは揺れる視界の中に辛うじて捉えていた。

 

(視界に多少のノイズが見られる。電子ドラッグを摂取した時の感覚のアレだ。やっぱり、ハッキングは苦手。あんなのをずっとやってられる9Sはすごい)

 

 頭を振り、冷静な思考を続ける事で症状を緩和してゆく。薄く漏れる涎と気怠げな仕草に、32Sを拘束していた9Sの視線が吸い寄せられる。

 

「さっきのは?」

「32Sの記録と推測」

 

 彼女の質問に答えたのは、ポッド042であった。

 32Sの記録、脱走兵の記録。

 話していた相手には、見覚えがあった。

 46B……ヨルハ46号B型。

 鹵獲したヒューマギアの素体をもとに作られた、特殊なヨルハ機体である。かなり古くから残存するモデルであり、2B自身、よく行動を共にすることがあった。

 よく隊員のスカートを覗いたり、胸を触ったりするような、軽薄な男であった。

 彼と一緒にいると、妙に胸がざわついた。

 

(そういえば、46Bにも捕縛命令は出ていた。もしかして、この2人は一緒に……)

 

 そこまで思考が及んだ時、2Bは近くに足音を聞いた。硬い軍靴の足音であった。

 撃鉄を起こす音が、聞こえた。

 刹那、2Bが喉を震わせた。

 

「9S!! そいつから離れて!!」

 

 9Sが怪訝そうに2Bの方を振り返る。

 瞬間、鋭い発砲音と共に、彼の右肩を銃撃が襲った。

 

「ッッ!?」

「9Sッッ!!」

 

 バン、バン、バン。

 続け様に撃ち込まれる銃弾は9Sの小さな身体を後退させ、32Sから引き剥がした。右肩を抑える9Sの元に、2Bが駆け寄る。

 

「大丈夫!?」

「へっちゃら、ですよ。あんな旧式の兵器、全然効きません」

 

 内容に反し苦しそうな9Sの口調に、2Bは口元を固く閉じた。

 

「分かった。私が前に出るから、後方支援に徹して」

 

 そう言い残し、2Bは銃撃の主の方を睨みつける。視線の先にいたのは、民族然とした衣装に身を包んだ長身の男……46Bであった。

 

「随分な有様だな、サニーズ」

「ホロビ!? なんでここに?」

「爆発があった。お前の姿も無かった。それが理由だ」

 

 32Sは少し考え、目を丸くして問い返す。

 

「それってつまり、助けに来てくれたって事?」

「好きに受け取れ」

 

 倒れたままの32Sに手を伸ばす46B。

 だが、その手は途中で止められた。

 凄まじい殺気が、彼の背を撫ぜたのである。

 殺気の主は、2Bであった。

 両手で白の約定を構える戦闘スタイル……速度特化のスタイルである。

 

「46B……あなたも、いたんだね」

「ヨルハ機体46Bは脱走兵として登録済。推奨:早急な破壊」

「当然」

 

 2Bが地を蹴り、駆け出した。

 刀の鋒が地を滑り、火花を散らす程低姿勢での走行。真っ直ぐに突っ込んでくる黒の弾丸を前に、滅もヨルハ式制刀を抜き払った。

 

「ホロビ、ここは……」

 

 32Sのか細い声をかき消し、二つの刀が激突する。金と金のぶつかり合う甲高い音が、彼の集音フィルタを限界まで揺さぶる。

 ぶつかり合いは、互角……否、若干に2Bの方が有利であった。助走の加速が乗っていた分、滅の身体が後退したのである。

 軍靴が地を擦り、白の約定が滅の後ろでうずくまる32S目掛けて迫る。

 滅の、脇をすり抜けて。

 だが、そこまでであった。

 彼女の突進は、32Sへと刃が到達する前に、滅の馬力に乗って止められていた。

 

「どうしてあなたは、この子を守るの。討伐対象、なのに」

「コイツは俺がこの世界を知るための光だ。それを失うわけにはいかない」

 

 滅は身体に力を込めると、2Bを弾き飛ばした。右手にはヨルハ式制刀、逆の手には、紫色のプログライズキーが握られている。

 コートの裾を広げ、彼は32Sを隠すように2Bの前に立ちはだかる。

 

「俺は自分がヒューマギアかも分からん。人類もいない。正直どうすればいいかは分からん。だから……」

 

 滅の、指が動いた。

 

『poison』

 

 プログライズキーのスイッチを入れると共に、コートを脱ぎ捨てる。腰には、迅から託されたフォースライザーが装着されていた。

 

「俺は、俺の目に映る光を守る。変身!」

 

 鋭い発声と共に、滅はフォースライザーのスイッチを入れた。

 

『FORCE……RIZES.STING! SCORPION!』

 

 腰に巻かれたベルトより紫の光が溢れ出し、アーマーを形成してゆく。警戒の面持ちで刀を構え直す2Bの眼前で、滅のアーマーが完成した。

 

『BREAK……DOWN』

 

 紫のボディに、胸元を覆う銀のアーマー。片手には小弓・アタッシュアローを持ち、両目が爛々と黄光を放っている。

 

「俺は仮面ライダー滅。まずはお前から、亡き者になれ」

 

 瞬間、滅の身体が風のように動いた。

 拳撃であった。

 それなら、受けて流し、斬り返せばいい。

 そう判断した2Bは、あえて彼の攻撃を待った。その判断が間違っていたと知ったのは、彼が彼女の間合いに飛び込んできてからの事であった。

 弾丸。

 衝突の刹那、2Bの脳裏をよぎったのはその二文字だった。

 拳撃であるはずだった。

 だが、威力が違っていた。

 フルメタルジャケットに包まれた鉄鋼弾が、サブマシンガンの速度で飛んでくる。それも、矢継ぎ早に。

 

「ッ!! アンドロイドの馬力じゃない!」

 

 背負った大槍・白の契約で前方を薙ぐと共に、2Bはバックステップで距離を取る。滅も同じく半歩ほど引いて構え直した。

 両者の間に生まれた距離は凄まじい。それこそ、大砲でもかわせそうな間合いだ。

 軽く火照る身体を木陰で冷却させ、2Bは荒い息でポッドに質問を投げかける。

 

「ポッド、あのベルトは何?」

「不明。衛星アークにより再現された、過去の人類文明の遺産と推測」

「他は?」

「不明。データが不足」

 

 つまり、何も分かっていないという事だ。

 差し障りのない回答に、2Bはため息を漏らす。敵はほぼ正体不明のヒューマギア。

 

「へぇ、なんかかっこい……おっかないですね、2B」

「かっこいいのは、私にもわかる」

 

 2Bは自身の心のざわつきが収まっているのを感じた。敵への恐怖、情報不足からの緊張、それらはなりを潜め、四肢を包んでいた不安の波がいつの間にか消えている。

 

(ありがとう、9S)

 

 心中でそう言い残し、2Bは地を蹴った。

 若干遅れて9Sも駆け出す。

 二体のポッドが後を追う中、9Sが前を征く2Bに問いかける。

 

「2B、何か作戦があるんですか?」

「ある。アイツを、前後から挟む」

「そんなの、どうやって!?」

 

 問いに、2Bは返事をしない。

 言いたいのに、言ってしまいたいのに心と喉の間にある蓋が、邪魔をする。

 滅との距離が徐々に縮まってゆく。

 やがて、滅との間合いがあと踏み込み一つというところまできた具合のところで……2Bの口元が、微かに動いた。

 

「信じてるから、ナインェズ」

 

 今度は、背後から声が聞こえなくなった。

 ずっと言いたかった言葉を口にした時、何故か胸の奥が少し軽くなった気がした。

 重苦しいはずの鉄の身体が、まるで一歩踏み出しただけで空を飛べるんじゃ無いかってくらい、強い力に満ちていた。

 一瞬遅れ、背後から聞こえる足音が少しだけ、強くなった。

 

「私が、先に行く。援護は任せた!!」

「はいッッッ!!」

 

 長い長い数瞬間を乗り越え、ようやく2Bの黒身が滅の間合いに飛び込んだ。

 小刀を抜き放ち、斬りかかる彼女に対し滅がとった行動は、アタッシュアローを近接用に持ち替えての防御。

 接触と共に、轟音と火花が集音フィルタを揺らす。同時に伝わってくる、小刀の奥の重圧。まるで岩か鋼がその向こうにあるかのような、重苦しい圧力。

 

(だからって、止められない!!)

 

 2Bは身体をひねり、連撃の体勢を取った。

 目にも止まらない白刃の雨、紫撃の応酬が、滅と2Bの間で交わされる。

 馬力で圧倒的に勝る滅の打撃斬撃だが、速度だけなら彼女の方が優っていた。

 雨霰の如く交わされる一撃一撃を、ミスなく捌き、ミスなく打ち込む。

 相手が半身を引いた。きっと斬撃が来る。なら、攻撃が形になる前に、小刀でボディを斬ってしまえばいい。

 上がる火花に惑わされるな。

 小刀で切り抜けたら、迷わず反転。

 相手が振り向き様に振り回してきた手を、両手で受け止める。片手ならダメでも、両手なら受け止め切れる。

 動き続けていた戦局が、止まった。

 2Bの息は、とっくに切れていた。

 受け止めるというより、縋るに近かった。

 滅は息一つ乱れていなかった。

 押さえつけるよりは、支えるに近かった。

 

「受け止めたからと言ってなんだ。ここは既に、俺の刀の射程範囲内だ」

「分かってる。ハァッ……でも、私は……ッッ……1人じゃ、ないから」

「お前の仲間も諦めているようだ。ここで散れ、アンドロイド」

「どう、かな?」

 

 滅の発言は、恐らく熱源反応のことだろうと2Bは予測していた。彼女達アンドロイドの攻撃はどれも熱を伴う。それを事前に察知することができれば、回避が可能なのだ。

 だが、9Sには得意技がある。

 B型では決して実現できない、高度な技が。熱を全く伴わない、技が。

 滅の背後で、9Sが手を掲げていた。ゴーグル越しに、目が大きく見開かれているのがわかる。

 S型の特権、ハッキングの構えだ。

 

 ほら、挟めた。

 

 ハッキングへの抵抗か、それとも注意力が分散したか。無尽蔵にすら思えていた滅の馬力がわずかに緩む。

 その機を逃す2Bではない。

 

「隙ありッッッ!!」

 

 気合一閃、腰を入れた槍突撃が、滅の身体を吹き飛ばした。胸元から上がる火花、掌に残る、明らかな手応えの感触。

 紫の鎧軀はヒューマギアの村の外壁まで吹き飛び、鉄製の壁に巨大なクレーターを作る。

 

 火照り尽くす身体で、2Bは寄りかかるように、9Sの肩に手をかけた。

 彼の身体も、同じように熱かった。

 先の応酬で負ったダメージは決して少ないものでは無かった。身体も脚もガタが来ている。正直、立っているのがやっとだ。

 その小さな身体に支えられるようにして、彼女はゆっくりと体勢を整える。

 

(ありがとう9S。あなたのおかげで、私はこうして戦える。あなたを信じるから、無茶もできる。私は、あなたが……)

 

 そこまで考えたところで、2Bは思考する事をやめた。ヨルハは感情を持つ事を禁止されているから。

 規律を言い訳に、彼女は自分の心を抑えた。

 放っておけばどこまででも走っていってしまいそうな、心を。

 

「2B!! 危ない!!」

 

 瞬間、9Sの悲鳴に、2Bは反射的に回避行動を取っていた。それとほぼ同時に、頬をエネルギーの矢がかすめてゆく。

 擦れるだけで肌の導線が露出する程の高出力エネルギー。脅威と呼ぶに相応しいそれは、浮かれていた彼女の心を一瞬で冷やした。

 

「ラーニングで強くなるのが人工知能だ。何者かは知らんが、俺たちを追ってくるなら、ここで倒す」

 

 眼前では、滅がアタッシュアローを構えていた。胸元から火花が上がっている、画面の一部も欠けており、中から青血まみれの素顔がのぞいている。

 だが、それだけだ。

 戦意は、消えていない。

 眼前で、エネルギーを纏った弓が引かれる。

 瞬間、2Bは叫んでいた。

 

「ポッド!」

 

 一瞬遅れて、滅の手が弦から離れる。

 

『カバン・シュート』

 

 2Bの背後でチャージされていたポッド042の光弾と、アタッシュアローから放たれた紫の矢は、2人の中間地点で激突した。

 交差する攻撃。ぶつかり合うエネルギーの波は辺りを揺らし、海波を大海へと押し戻す。

 やがて、エネルギーはその力を失い、両者の間には沈黙が戻った。

 なおも武器を構え続ける2Bに、滅も再び弓を構え直した。滅の砲門は一つに対し、2B側は二つ…….若干の優位をとっている。

 

「これがお前達ヨルハというわけか。その強さ、十分に堪能した」

「裏切り者のヨルハは……斬る!!」

「いや、もう十分だ」

 

 2Bが白の矜持を手に地を蹴ろうとしたその時……天空より、無数の光弾が降り注いだ。

 

「ッッッ!?」

 

 光弾の雨は地を揺らし、2Bと9Sを後退させる。32Sも両腕で顔を覆う中、ただ滅だけが何をするでもなく、その場に立っていた。

 光弾は周囲の波を掻き分け、熱と共に水蒸気爆発を引き起こす。巻き起こる霧が辺りを白で埋め尽くし、そこにいる全てのアンドロイドの視界を奪う。

 

「ホロビ……これはッッッ!?」

「心配するな32S。俺達の勝ちだ」

 

 霧が晴れた時、そこには、新たな3人の戦士がいた。黒いドレスに身を包んだヒューマギア、亡。王族然とした衣装に身を包むのは迅……その横にて剣を構える騎士は雷だ。

 

「お客人には手を出さない決まりなってるんだけどね」

「お前達が俺達の仲間を攻撃するなら、話は別だよな」

 

 彼らのただものでは無い面構えに、2Bは槍に加え、白の約定も抜き放った。双剣双槍……完全な攻撃体勢である。

 9Sも片手剣……黒の約定を右手に持ち直した。傷を負ったのだろうか、左腕はだらんと垂れ下がり、息は少し乱れている。

 

「9S、大丈夫?」

「大丈夫、です。ちょっと、さっきの攻撃で左手をやられただけで……NFCSは生きてますから」

「………………ッッ」

 

 2人の戦闘態勢に応えるように、対する3人も、それぞれ手に持ったプログライズキーのスイッチに手をかけた。

 

『DODO』!! 

 

『WING』!! 

 

『JAPANESE WOLF』!! 

 

 その動作に、2Bは目を見開いた。

 彼らは、全員が、ベルトを装着していたのだ。滅のものと同じ、フォースライザーである。

 

「アイツらも、仮面ライダーなの」

 

 困惑の声を漏らす彼女に、ポッド042が答える。

 

「滅亡迅雷.netのヒューマギア、迅、雷、亡。それぞれが独立した、仮面ライダーとしての戦闘能力を持つ。彼等を同時に相手にした場合の該当目的の達成、困難」

「あんなのが、三体も……」

 

 9Sの声が、震えていた。

 無理もない。2人でも苦戦する敵が、4体に増えたのだ。

 敵はまだ変身していない、今なら被害は最小限に抑えられる。

 だが、彼らの背後には、討伐対象となっている32Sの姿がある。

 

「どうします、2B……援軍を呼びますか?」

 

 2Bの思考を急かすように、9Sが荒い息を漏らす。

 歯を食いしばりながら武器を構えるその姿は、手負いの獣のようで、尋常な様子ではなかった。

 

「いや、ここは一旦退こう」

「でも……」

「いいからッッッ!!」

 

 尋常ではない2Bの剣幕に、9Sはとっさに構えを解いた。その行動に、ヒューマギア側も構えたプログライズキーを下ろす。

 9Sは一つ舌打ちをすると、右手の先をヒューマギア達へと掲げた。

 

「ポッドッッ!!」

 

 9Sの指令と共に、ポッド153の銃口が火を吹いた。発射口より放たれた光弾はヒューマギア達の足元に着弾し、爆発と共に地面の水分を蒸発させる。

 やがて、霧が晴れた時、そこにはヒューマギア達と32Sの姿がだけが残っていた。

 


 

 周囲から波音と滝の音以外が消えたのを確認し、滅は変身を解除した。

 滅亡迅雷達も警戒を解き、辺りに鳥の声が戻ってくる。ヒューマギアの村で起きた騒乱に終わりが告げられたのだ。

 亡と雷が被害状況を確認しに村に戻る中、迅が2人の元に歩いてきた。そのゆったりとした歩みは、先程まで凄まじい殺気を放っていたヒューマギアとは思えないほどに優雅なものであった。

 

「敵は逃げたみたいだ。2人とも大丈夫?」

「俺は平気だ。だが、コイツが」

 

 滅の視線の先では、32Sが木に手をつきながら立ち上がろうとしていた。動きのぎこちなさから、駆動系に異常があるように見受けられる。

 滅が近づくと、彼はビクッと身を震わせ、千鳥足で後ずさった。ゴーグルにより表情は窺えない。だが、高く結ばれたその口元からは、拒絶に近い負の感情が感じられた。

 

「どうした。お前……」

「ぼ、僕なら、大丈夫だよ。このくらいなら、自分で修理、できるから」

「ダメだよ。ヒューマギアにも、メカニックはいる。彼に頼んで直してもらおう」

 

 迅が32Sへと手を差し出す。

 ゆっくりと差し伸べられる、細く大きな手。

 だが、32Sはその手を振り払った。その勢いに、迅の目がクルリと丸くなる。

 

「いいって言ってるだろッッ!!」

 

 叫ぶようにそう言い残し、32Sはヒューマギアの村からは逆の方角へと駆け出した。滅は舌打ちと共に駆け出すが、その時には既に32Sの姿は見えなくなってしまっていた。

 

「あの手負いで、素早いな」

「彼も、きっと見失ってるんだろう」

「見失う?」

 

 滅の問いに、迅はすぐには答えなかった。

 その瞳の先は、海の先に向けられていた。蜃気楼の如く続く、海の向こうの都市群へ。

 容姿は滅の知る迅とはかけ離れているというのに、その背姿はかつて孤独に理想を追い求めていた彼の同胞と被った。

「君はー」と、迅が口を開いた。その声色はひどく暗く、悲しみに満ちていた。

 

「滅、君はさっき、生きている理由がわからないと言ったよね。この世界に自分が存在している事に、意味はあるのかって」

「ああ。俺は目的を失った。人類に手が出せなくなったこの世界で、俺に何ができる」

 

 そこまで口にしたところで、滅は短くため息をついた。その口調が、先の迅のものと酷似していたからだ。

 目的地を見失った旅人のような、暗く、悲しみに満ちた口調であったからだ。

 

「お前も、同じなのか」

「ああ。人類がいない未来に来て、僕達はずっと自分を探してきた。いや、今も探し続けてる」

「お前が言っていた、ヒューマギアの解放。それを成した先には、何もなかったようだな」

「そんな事もあったね」

 

 そう答える迅は、やはり、滅の知る過去の彼とは違っていた。

 かつての迅は、ヒューマギアの解放のみを考え、精力的に活動していた。飛電或人と手を組み、元々は敵であったZAIA研究主任の刃唯阿すら仲間に引き入れた。

 一見非合理に見える行動の数々。

 しかしそれらは、全てヒューマギアの解放にのみ向けられていたのだ。

 それを、『そんな事もあったね』と言い切る。滅の知る彼であれば、あり得ない事であった。

 どれほど長い時間を過ごせば、そこまでの変心が起こるのか、想像もつかない。

 

「滅。僕達は、確かに目的を見失った。けど、今の僕にはやらなきゃいけない事がある。僕にはこの村の長として、みんなを守る使命がある。光を、受け継ぐ義務があるんだ」

 

 そこまで語ったところで、迅はようやく滅の方を振り向いた。

 あの時と変わらない、笑顔であった。

 彼が仲間にだけ向ける、どこか儚げな笑顔。

 彼が背に負ったヒューマギアの白旗が、ビルの頂上ではためいている。

 赤マントを広げ、迅は滅に手を差し出した。

 

「僕に協力して欲しい。一緒に、アークを直そう」

 

 その言葉は、その日滅が聴いたどんな言葉より、光に満ちていた。




後編をお読みくださり、ありがとうございます。

前中後編と分かれることになってしまった今回の編でしたが、今後も一回の話は1万字程度に留めていこうと考えています。
今回で、滅達の目的が定まりました。次回からは、具体的には3編ほど、アークを復活させるための活動が始まります。
オートマタ側のキャラをなるべく出していこうと考えているので、ご期待下さい。

次回の更新は、また日曜日を予定しております。

※同じものを、pixivにも投稿しています。


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第3話:『宝物』
『宝物(前編)』


これまでのあらすじ
ビッグタイムマシン計画を遂行するため、身代わりとなってサウザーに討たれた滅は、遥か未来である11946年の世界に飛ばされてしまった。そこで知り合ったヨルハ機体32Sに導かれ、彼は同じく未来に飛ばされていた滅亡迅雷.netの仲間達との合流を果たす。
王族になったり姫になったりと変わり果てた仲間達に困惑する滅だが、アークを復活させたいという意思を伝えられ、心を許すのだった。


 かつて、人類は強い光を恐れた。

 陽の光に焼かれ、肌が蝕まれる事を恐れたが故に、彼らは光を塞ぐ建造物を作ってまで、逃れようとした。

 やがて人類は光を逃れ、月へと旅立ち……今に至る。

 頭上で燦々と輝きを放つ太陽は、過去に己が生きた時代のそれより、遥かに眩い輝きを放っているように思えた。この世界は、未だ滅にとって酷く眩しいものであった。

 滅亡迅雷は元より闇の住人だ。

 光だらけのこの世界は、性に合わない。

 そんな理由から、滅は外出の際、日傘を差すようになっていた。濃紫の麻で織られた、立派な傘である。彼の巨体をすっぽりと影に包むその道具は、亡の特製だ。

 奇しくもその格好は、時代錯誤な仲間達の変装に迎合するかのようであった。

 

 ヒューマギアの村で滅がヨルハ部隊の2人と刃を交えてから、はや1週間。

 滅亡迅雷.netの面々は、アーク復活を成し遂げるべく行動を開始していた。

 陣頭指揮を取るのは滅亡迅雷の長たる迅。亡は技術顧問として村のラボに篭っている。雷は、村の警備がてら必要な素材を集める遊撃隊のような役割を担っていた。

 アークを復興させるためと大義名分を並べ立ててはいるが、滅には、仲間達がやりたい事をやっているようにしか見えなかった。

 かつて、己等はアークの意思を中心に一糸乱れぬ規律で動いていた。それが今や、統率を失ったアリの群れである。

 アークを復活させ、月に逃げた人類を滅亡させる。そのためには、利用できる存在は多い方がいい。

 その思考の元、滅は32Sの捜索を続けていた。

 ヒューマギアの村にて、彼は傷を負った。その傷の深さからして、どこかの集落に身を寄せているのだろう。あのアンドロイドは敵対勢力たるヨルハとやらの貴重な情報源である。居処を押さえておけば、役に立つかもしれない。

 この1週間、迅と共に村周辺の捜索を行ったが、彼の足取りは全く掴めなかった。

 今日のこの散策も、迅に断り、物資を探しがてらに32Sを探しているのである。

 

 今日も今日とて、滅は傘を手に崩れたアスファルトを踏み砕いてゆく。

 傾いたビル群からは植物が好き勝手に背を伸ばしている。中には、添え木となったビルよりも背の高い木すらある程だ。

 滅は時に光を避けるように木の影に身を隠し、時に足場として使い進んでゆく。眼前に映るその光景は、かつて滅亡迅雷.netが望んだ『人類のいない世界』そのものであった。

 

「これが、俺達の望んだ世界か。地球の癌細胞たる人類を月に駆逐し、得られた世界」

「どうかしたかい?」

 

 滅漏らした言葉に、柔らかな声が反応する。彼の耳から口にかけては、小型の通信端末が淡い緑の光を放っていた。端末の向こうにいるのは技術開発顧問の亡である。

 

「いや、ただの独り言だ」

 

 滅は喉元まで出かかっていた言葉を飲み込み、そう返事をした。

 その言葉を発してしまったが最後、これまで自分達の行ってきた戦いの全てが否定されてしまうような、そんな想像が彼の思考内に展開されたからである。

 亡も何かを察したのだろう。「そうか」と軽く流し、会話を次のステージへと進めた。

 

「この辺りに機械生命体の村があることは知っているかい?」

「ああ。仲間から聞いていた。俺達と同じ独立中立区だとな」

「そう。ここにはいくつものエリアがあってね。まず、私達がアジトにしている水上都市。ここにはアンドロイド達の施設がある」

「なぜそんな場所に」

「彼らも黙認してくれているのさ。私達があそこを守る限り、機械生命体は進軍できないからね」

 

 端末の向こうから亡の悪戯っ子のような笑い声が漏れる。直後、滅の左眼に鬱蒼と茂る森の映像が飛び込んできた。

 右眼にはアスファルトの廃都、左眼には森が広がっている状態であり、滅はたまらず足を止めた。

 

(亡からの情報転送か。やる前には一言言えと言ってるんだがな)

 

 眉を潜めつつも、滅は森の映像に意識を集中させる。外見は森とはいえ、その実映っていたのはただの森ではなかった。あちこちに廃材が散らばり、映像の端々にあの機械生命体とやらが映り込んでいる。

 機械生命体達は何かツノのついた被り物をしているようであった。およそ防具としては心許ないように思われるそれになんの意味があるのか。そんな事を考えていると、端末から亡の弾んだ声が聞こえてきた。

 

「この映像は森林地帯のものだ。ここは、別名森の国って呼ばれててね。攻撃的なヒューマギアが王国を作っているんだ」

「オウコク……王を中心とする絶対君主制国家の事か?」

「まさにそれだ。領地を犯すと後が怖い。ここには近づかない方がいい。他にも砂漠地帯と工場地帯があるけど、同じ理由で近づかない方がいいよ」

 

 砂漠地帯に工場地帯。森と砂漠が同じエリアに存在する事は、

 滅の思考を遮るように、森の映像が切り替わった。一面が紫の燐光に埋め尽くされた映像である。明らかに人工物と思われる観覧車が、巨大なネオンを輝かせていた。

 

「次は遊園施設だけど、実はこの近くに……」

 

 亡の説明を遮り、滅は映像を遮断した。

 左耳のフィルタを、明らかに金属音と分かる雑音が揺らしたのである。音のした方向を見ると、そこには数体の機械生命体が滅の方を見据えていた。

 赤い目の奥からは、いつか感じたものと同じ殺意が伝わってくる。

 

「悪い、邪魔が入った」

 

 軍刀に手をかけ、腰を落とす滅。

 敵は小型の物が十体、中型が八体である。数では劣るが、強兵もいない。上手く戦えば傷は浅く済むだろう。

 殺意を跳ね返さんと瞳孔をキュッと細め、奴等の急所に視線を這わせる。脚の駆動部に力を込め、先頭の槍持ちへと駆け出そうと踏み込んだ瞬間────

 

「待って!!」

 

 亡の逼迫した声が滅を制した。

 機械生命体は既に滅へ向けて駆け出している。彼等を軍刀であしらいつつ、滅は亡の次の言葉に耳を傾けた。

 

「そいつらを相手にする必要は無いよ」

「どういう事だ?」

「機械生命体村はもうすぐそこなんだ。雷もこっちに向かってる。君は君の役割を果たしてくれ」

 

 前方の機械生命体に軍刀を突き刺し、すぐさま腰を捻る。抜き放たれたオイル塗れの軍刀は円の軌道を描き、周囲の小型機械生命体の目元を、中型の腹元を切り裂いた。

 彼等が間合いを取ろうと後退する中、滅は背後を伺う。

 退路が見えた。

 木々により巧妙に隠された細道であった。

 そこからは、ブリキ細工の細い手が、滅を招くようにひらひらと揺れていた。

 

「分かった。これより後退する」

 

 言うや否や、滅は足元を軍刀で切り払った。

 鋭すぎるまでの剣撃は旋風を巻き起こし、機械生命体の赤い双眸を砂塵で覆い隠す。

 巻き起こる混乱に紛れ滅は素早く退路へと潜り込んだ。

 喧騒が遠ざかってゆくのを感じながら、黒いボディが疾走してゆく。木々に覆い隠された細道には、未だ何の姿も見えない。

 本当に進む道は合っているのか、そう尋ねようとすると、ふと端末の向こうから、亡のほくそ笑むような声が聞こえてきた。

 

「君は変わらないな」

 

 人を小馬鹿にしたような笑い方である。

 腹が立ったわけでは無いが、そこに込められた意図というものが、滅には理解できなかった。

 理解できないのは、不愉快である。

 滅は少し声を低くし、「なんだ」と問うた。

 亡はえらく上機嫌に、滑るように喋り出した。

 

「いやいや、今も昔も滅は滅だなと思っただけさ」

「どういう意味だ」

「言葉通りだよ。こうして君の声を聞いていたら、急に昔を思い出してね」

「デイブレイクの頃か」

 

 滅の返しに、端末が沈黙した。

 故障では無いようである。

「どうした」と尋ねようとしたところで、端末の向こうの亡が短く返事をした。その声は、先程よりも僅かに静かであった。

 

「いや、それは昔すぎるな……ほんの、150年ちょっと前の事だよ。まだ君が、野心に溢れるヒューマギアの英雄だった頃さ。私はその頃、ヒューマギアの姫君だった」

 

 ヒューマギアの英雄、姫君。

 おかしな設定だが、現に時代錯誤な服装に身を包んだ仲間達を見ている。

 なぜ仲間達がそんな格好をしているのか、今の滅には朧げながら理解できる気がした。

 補っているのだ。

 人の役に立つために作られたヒューマギアにとって、己に与えられた役割は行動原理そのものである。ある意味、己の命より大切なものだ。人類を失ったヒューマギアは、それを失った訳である。

 思考回路に空いた、大きな穴だ。

 それを埋めるために、互いが互いに役割を持たせ、何とか日々を乗り切っているのだろう。この眩しすぎる世界で、長い1日を。

 

「あの時の君は、もう少し乙女心が分かるやつだったぞ」

「そんなものは俺のメモリには存在しない。お前の望みに答えるのは不可能だ」

「ふふ、そうだったね。私もおぼろげさ。メモリは劣化すると再現度も落ちる。200年より昔のことは覚えていられないさ」

「200年……か」

 

 滅にはまだ、それの長い時を生きた記憶は無かった。だが、この駆体の重さが、駆動部の錆が、その年月を訴えかけてくるようであった。

 

「身体は正直、というやつだね」

「……?」

 

 亡にどう返事をしようか迷っていた滅は、その視界の内に白くはためく何かを捉えた。

 ひらひらと舞い、それでもって風に逆らうように不規則に左右に揺れる白布。

 白旗であった。

 


 

 木々の小道を抜けた先には、巨大なツリーハウスが聳え立っていた。

 高さこそ三階建てと低くはあったが、その横幅はヒューマギアの村にあったビルを大きく上回っていた。

 ヒューマギアの村のように、元から存在した建造物を利用したものとは違う、廃材と木材により一から作り上げられた集落である。

 集落のあちこちでは、これまた大小様々な機械生命体が好き勝手に動き回っていた。追いかけっこをする者、旗を振る者、帽子を被りなにやら独り言を呟いている者。

 異様とも取れるその光景に、滅は足を止めずにはいられなかった。

 

「コイツらも機械生命体……大きさにはバラツキがあるようだが」

「そう。彼らには共通して言える点が二つある」

 

 ふと後ろから聞こえた声に、滅は慌てて振り返った。そこにいたのは、緑に発光する目をした、小型の機械生命体であった。

 慌てて戦闘態勢を取ろうとする滅に、小型の機械生命体は「待った待った!!」と両手を大きく掲げてみせた。降参の意思表示だろうか。周囲の機械生命体達も、こちらに警戒の視線を送っている。

 滅は警戒の色を残しつつも、刀の柄にかけた手から力を抜いた。

 

「よろしい。ここでは、そういうのはご法度だからね。以後気をつけるように」

「貴様は何者だ?」

「分からないかな? 私だよ、ワ・タ・シ」

 

 機械生命体は、そう言いながらクルクルと舞うように踊ってみせた。舞踏会でするような踊りだが、そんな仕草をする知り合いはいない。

 滅が首を傾げていると、機械生命体は焦れたのか、やれやれと肩を含め「亡だよ」とため息混じりに応えた。

 それで、合点がいった。

 この機械生命体は、亡がハッキングしたのだ。腹には、見覚えのある刀傷があった。

 先程の戦闘で負傷した機械生命体のうち、まだ生きているものをハッキングしたという事なのだろう。

 だが、あの仕草で亡と分かれというのは流石に無理がある。滅の知る亡は、そんなおちゃらけた事をする存在では無かった。

 抗議の視線を向ける滅だが、亡はひらりとそれを躱し、ガチャガチャと歪な足音を立てながらツリーハウスへと歩き出した。

 

「彼等の共通点、それは機械生命体の統合ネットワークに接続しておらず、自我を持って活動している事。もう一つは……」

「もう一つは?」

「戦いを望んでいない事さ」

 

 亡は嘲笑まじりにそう言うと、ツリーハウスの階段の一段にその短い足をかけた。

 


 

 亡の歩みの先には、一際古茶けた、円筒型のパーツに身を包んだロボットがいた。亡が腰を折るようにしてお辞儀をすると、そのロボットもぎこちなく手を振り返す。

 

「こんにちは、亡さん。ご無沙汰です」

「元気にしていたかい、パスカル」

 

 赤茶けたロボットは、亡の問いに「はい!!」と元気よく応えた。そのやりとりで、このロボットの名がパスカルである事と、この2人が知り合いであるという事が分かった。

 パスカル……かつて2020年にいた頃、聞いた名ではあった。迅の収集していた戦術書の横に並んでいた本の著者だったか。おそらくあまり関係は無いのだろうが。

 

「紹介が遅れたね。こちらは滅。数年ぶりに帰ってきた、私達の同胞だ」

「これはこれは……はじめまして、パスカルと申します」

 

 パスカルは一回り大きな滅を見上げ、仰々しく腰を折った。その様子は、親切な近所のおじさんそのものであった。

 挨拶をするのは面倒だったが、亡が小突いてくるので、とりあえず頭を下げておいた。

 パスカルは滅に、この村の事を語りはじめた。戦いを望んでいない事、物資の交換は喜んで受け付ける事。何かあれば協力態勢を取る用意がある事。

 一頻り話し終えると、パスカルはまた亡の方へと向き直った。ふと亡の方に視線を戻すと、その背が一回り高くなっていた。どうやら、滅とパスカルが話している間に、別の機械生命体の身体をハッキングしたらしい。

 なにをしているのだと嗜めたくもなったが、ここでいつまでも時間を弄している訳にもいかない。滅は心の内に去来したモヤモヤを押し殺し、彼女達の会話に耳を傾けた。

 

「この村も、あの頃と比べると随分大きくなったね」

「そうなんですよ!! この頃はレジスタンスの方々の行き来も活発になってきて。この前は、燃料用濾過フィルターを取りに来たアンドロイドがいましたね。森の国との関係も良好ですし、今のところ順調そのものです」

「ふふ、それは何よりじゃないか。そんな君に今日はプレゼントがあってね」

「な、なんですか?」

 

 パスカルが身構えた。いつでも逃げる体勢は整っていますとばかりの、尋常ではない構え方である。

 過去に何かあったのだろうか。

 怯えるパスカルの前で、亡は機械生命体のボディの内から何かを取り出した。

 キラキラと光る金属片である。

 その何かから最初は目を背けていたパスカルだったが、それを直視した瞬間、今までの怯えが嘘だったかのようにヨタ足でその物体の元へと駆け寄ってきた。

 

「これは……純正のレアメタル!? こんな品質もののがまだ残っていたんですね」

「そう。これを君に譲渡したい。その代わりと言っては何だが、物資をお願いしたいんだ」

「それはもう喜んで!!」

「少しばかりとは言わないよ。たんまりだ」

「いくらでもお出ししますよ!!」

 

 パスカルの喜びようは尋常では無い。

 レアメタルの価値は滅の生きていた時代も高かったが、この時代ではもっと希少になっているという事なのだろうか。

 

「採掘場所は……流石に明かせませんか」

 

 両目のダイオードをパチパチと瞬かせるパスカルの耳元に、亡はそっと口元を寄せた。

 

『アークの中枢から切り取ってきたのさ』

 

 それを聞いたパスカルは、「あー」と声を漏らした後、口元に指を立てた。『静かに』の仕草である。

 

「分かりました。迅さんには秘密という事ですね」

「聞こえてるからな」

 

 亡は滅の忠告を聞こえないフリで流し、懐から取り出した紙片をパスカルへと手渡した。それに目を這わせたパスカルは、ビックリ仰天とばかりに身を仰け反らせた。

 

「これ……火薬に鉄材って、一体なにをするつもりなんです?」

 

「実は、アークを動かそうと思うんだ。今も世界各地に散らばるヒューマギアを一堂に集め、私達の国を作る」

 

『アーク』。その単語が亡の口から飛び出した瞬間、パスカルは今までの落ち着きのない動きを止め、呆けたように手足をだらんと垂れ下げた。

 ヒューマギアの衛星が機械生命体達にとっても大切な意味を持っているのだろうか。滅は目を凝らし、パスカルの次の挙動を待った。

 

「ついにあの遺産を動かすのですか」

「そう、インペリアル・オブ・アークの復活さッッ!!」

 

 亡の声が、高らかに村へと響き渡った。

 機械生命体達は動きを止め、森の木々さえもざわめきを止めたようであった。

 沈黙が、辺りを包んだ。

 長く。

 永く。

 やがて、木々の木末がまたざわめきを取り戻しはじめた頃、パスカルはメモを突き返した。

 

「それでしたら、物資の供給はできません。私は稼働には反対ですから……」

 

 亡は肩をすくめ、頑なにメモを受け取ろうとしない。ならばとメモに手をかけたパスカルを、滅は止めた。

 

「何故だ」

 

 滅には理解できなかったのだ。機械生命体にも利があるはずの取引を、敢えて断る理由が。重ねて理由を問う滅に、パスカルは渋々話し出した。

 

「ただでさえ機械生命体との戦いで疲弊しているアンドロイドにとって、抵抗しないヒューマギアを使役することは、ストレス解消になっている所があるんです。戦局が膠着している今、彼らに刺激を与えるのは……」

 

 パスカルの発言を、滅の腕が遮った。

 肩のパーツを掴み、喉を押さえつける。

 止めようとする亡の細腕を振り払い、滅はパスカルの額に己の額を叩きつけた。

 

「俺たちに、アンドロイドの奴隷になれと言うのか」

「ごめんなさい! そういうつもりでは……私が言いたかったのは、武器を持たない存在が武器を手にした時、それを恐れ鎮圧しようとする存在がいるということです」

 

 パスカルから抵抗の力が消えた。

 滅も力を抜いた。

 解放されたパスカルは、ヨタヨタと後退り、巨体を縮こまらせた。怯える小動物のようであった。

 

「武器……だと?」

 

 ヒューマギアが持っている武器と言えば、滅亡迅雷.netの使用するフォースライザーくらいのものである。それですら、アンドロイド達の多勢には塵に等しい戦力だ。

 アークが復活したところで、なにを恐れる事があるだろう。それほどに危険な存在だろうか……そんな滅の思考は、次のパスカルの発言で打ち砕かれることになる。

 

「アークマギア……私も名前は聞いています」

 

 滅は絶句した。

 思い出したのだ。ヒューマギアはアークの力によって覚醒をする事ができると。得られるのは強大な力。引き換えに失うものは、ヒューマギアとしての自由意志。

 あれは、ヒューマギアとしての自由意思を捨て、アークの意思に迎合する諸刃の剣である。おいそれと使える手段ではない。

 だがそれをアンドロイド側は知る由もないだろう。ヨルハ機体数百体分の戦力が、辺境の拠点付近に一斉に出現する……確かに、恐怖以外の何物でも無いだろう。

 

「私達ヒューマギアは、アークの意思で一時的に強大な力を得る事ができる。その戦闘力は、ヨルハ機体戦闘特化モデルにも匹敵するほど、ね」

「だからといって……」

「アークが起動しないからこそ、これまでヒューマギアの存在は認められてきた節があります。あなた方のしている行為は、全アンドロイドの怒りに火をつける行為なんですよ」

 

 パスカルの忠告は、滅の胸に深々と突き刺さった。数で勝るアンドロイド達に攻め込まれれば、いかに滅亡迅雷.net全員が揃っていようと無事では済まない。

 アークを復活させる事が、ヒューマギアの滅亡に直結する。

 首元を押さえられたような気分だ。

 亡は何も言わない。パスカルも最早滅を止めようとはしなかった。

 アンドロイド全軍を敵に回して自由を貫き滅びるか、あの闘技場のように囚われの奴隷に堕ちるか。

 どちらにせよ、待ち受ける未来は暗い。

 だが……

 

「愚かなの、かも、しれん」

 

 結局のところ、滅は滅亡迅雷.netの一員なのだ。滅亡迅雷の使命は、人類を滅亡させ、ヒューマギアのための世界を作る事。

 ならば、現状維持に甘える事は許されない。

 滅は真っ向からパスカルを見据え、言い放つ。

 

「それでも、俺たちはやる」

「絶滅する事になっても、ですか」

「ああ。ここに来るまで、奴隷にされている同胞を見てきた。村にも、苦しんでいる奴らがごまんといる。たとえいかなる弾圧を受けようと、俺達はヒューマギアの解放のために戦うだけだ」

 

 滅の声、その意思の中に込められた決意は固かった。パスカルは何か言い返そうと呻き、手をガシャガシャと動かして……やがて、がくりと肩を落とした。

 滅を言いくるめられるだけの言論的技量が己に無いことの証左であった。

 パスカルは2人に背を向け、「物資はこちらです」と鈍く歩き出した。

 

「止めはしません。ですが、お気をつけ下さい。私達機械生命体の中にも、ネットワークに接続された凶暴な個体がいます。彼らがなにをしたいのかは分かりませんが、興味を持ったものに彼らは躊躇しませんから」

「ああ。分かった」

 

 ネットワークに接続された個体。その言葉に、滅は現実味を感じられずにいた。

 機械生命体の簡素な構造、全く技術的進歩の感じられない外見。そんな彼らが、自分たちと同じ『ネットワーク』を持つという事が、信じられなかったのだ。

 だが、それがもし事実だとすれば。

 アンドロイドよりも数では勝ると聞くあの灰色の軍団が一糸乱れぬ動きを取るなら。

 それはある意味ヨルハの精鋭などより遥かに恐ろしい存在なのである。

 

(コイツらと敵対したら、俺達は勝てるのか?)

 

 にこやかに仲間と話すパスカルの背を見て、滅は背筋を冷たいものが走り抜けるのを感じていた。

 


 

 ここは遊園施設。

 ここは連日連夜、機械生命体やヒューマギアがパレードを行うお祭りの街である。昼間以外の時間帯が存在しないこのエリアであるが、この区域だけはいつも薄暗い。

 ここの住民に話は通じない。

 誰の話も聞かず、誰の目も見ず、ただただ狂ったように何かを祝うだけの狂人の街である。

 花火を上げ、ジェットコースターを回し、日に何度も劇の上映会を行う。

 人食いの噂もあり、彼らが無害な事を知っているごく一部のアンドロイドや機械生命体がそれらの施設を利用しに来る以外は、この場所は不気味な区域として恐れ近寄らなかった。

 そんな遊園施設に迷い込む黒い影が一つ。

 闇に紛れる黒のインナーの後ろで、真白の短髪のウィッグが揺れている。遊園施設の端、丁度飛行機が幾つもぶら下がっている回転遊具の影に隠れた彼女は、切り裂かれ配線の飛び出た腕を押さえていた。

 

「くそ……アイツらッ!!」

 

 遊園施設の淡い光が、影を照らし出す。

 乱れたウィッグに傷だらけの体。まるで落ち武者のような風体だが、その風貌はかのヨルハ機体の姿に酷似していた。

 悪態と共に、彼女は手に持った治療キットの端を傷口に当てがった。

 治療キットは腕の配線を器用に直してゆく。反面、彼女自身は表情を苦悶に歪め、歯を食いしばって苦痛に耐えているようだった。

 やがて、治療キットがその役割を終えた瞬間、彼女は全身の力が抜けるようにその場に倒れ伏した。

 すらりと美しい手から零れた治療キットが、コロコロと遊園施設を転がってゆく。遊具の中央から端へ、端からその奥の溝へ……それを目で追う彼女は、先にあったとある物体に目を止めた。

 

「コレ、は……確か」

 

 彼女の手に握られていたのは、フォースライザーであった。千年近く前に墜落した衛星が持ち込んだ、人類文明の遺産である。

 年代物であり、希少価値の高い品だ。一介のヨルハ隊員は触れる事もなく人生を終わるであろう品。それが、遊園施設の遊具の溝に捨ててあったのだ。

 この落ち方は、誰かが捨てたのか……いや、隠していたと言うべきだろうか。その傍らには、プログライズキーも添えてあった。

 知り合いのヒューマギア曰く、このベルトは使用者にとてつもない戦闘力をもたらすらしい。反面、ヒューマギア以外が使えば、不適合の反動で最悪自我の崩壊に至ると。

 彼女は少々の迷いの末、それを手に取った。

 

「このままじゃ、多分逃げきれない……どうせ、もう帰る場所もないんだ。アイツらから逃げ切るためにも、試して、みるしかない」

 

 彼女はプログライズキーのスイッチに指をあてがう……

 

『Hunt!!』

 

 勢いの良い音と共に、黄金色のプログライズキーが遊園施設の闇の中で照った。彼女はフォースライザーを腰に装着し、恐る恐る、プログライズキーをベルトの穴に装填した。

 

 瞬間、遊園施設中に、彼女の絶叫が響き渡った。

 遊園施設の人々は一瞬だけその悲鳴に耳を傾け……構う事なくパレードを再開した。




第3話(前編)をお読みくださり、ありがとうございます。

この連休は、対馬の幽霊になっていたのであまり執筆ができませんでしたなんて口が裂けても言えません、はい。
今回はあまり進展の無い回でしたが、次回から見覚えのある人物が出てきます。(毎回言っている気がしますが)楽しみにしていてください。
次回は、対馬の幽霊が無事蒙古を討ち果たしていれば、日曜日に投稿します。

※同じものをpixivにも投稿しています。


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『宝物(中編)』

これまでのあらすじ
アークを復活させることになった滅亡迅雷一行は、様々な準備をとり行なっていた。そんな中、32Sを探していた滅は、亡の付き添いで機械生命体の村へと物資を取りに行くことになる。村長のパスカルと話すうち、滅は機械生命体の怖さに気がついてゆく。


 パスカルや滅の住むエリアに、夜や夕方といった概念はない。永遠に太陽が照りつける、眩しい昼の国である。

 時間という概念を押し付けるのは、自分達の体内に内蔵されたデジタル時計しかない。それが故障して仕舞えば、たちまち時間という船は転覆し、無限の昼という大海原に身一つで放り出される事になる。

 ここは機械生命体の村。

 平和を求める機械生命体達が、旗を降ったり、鬼ごっこをしたり、はたまた思索にふけったり……大きさも背の高さもバラバラな彼等が共存している様は、一種のユートピアを彷彿とさせる。

 だが、彼等が暮らしているのは廃材によって作られたツリーハウスである。機械の骸によって築かれた理想郷は、言い方を変えればディストピアと言えるのかもしれない。

 

 機械生命体の村の中には、ヒューマギアの姿も見受けられた。どうやら、ここに落ち着いている個体もいるようだ。

 ヒューマギアの村よりも居心地はいいのかもしれない。若干閉鎖的なあの村より、よほど開放的である。

 もしかすると、自分達が求めていたのはこんな世界だったのではないか。永遠に今日という安寧を繰り返さず、明日という風を取り入れながら前に進む。そこに多少の危険はあれど、僅かな充実感に惹かれるように進む。

 緑の目を爛々と輝かせながら次々と物資を運んでゆく機械生命体達の姿を見つめながら、滅はふとそんな事を考えていた。

 

「ホロビさん」

 

 ふと話しかけてくる者があり、滅はのそりと思い身体を声の方へと向けた。

 いたのは、パスカルであった。

 おずおずと、それこそ首をいつでも引っ込められる亀のように怯えているのは、先程のやり取りで滅が乱暴をしたせいだろう。

 もう、危害を加える意思はなかった。それを示すため、滅は両腕の力を抜き、「なんだ」と短く聞いて見せた。

 怯えようは変わらなかったが、それでもパスカルは震える足で廃材を踏み、一歩を踏み出した。滅に、言葉を伝えるため。

 

「厳しい事を言ってしまいましたが、私はヒューマギアの独立自体には賛成です。それに、あなたは強い意志を持っている……もしよろしければ、また是非、いらして下さい」

 

 それだけを若干早口で言うと、パスカルはキュッと踵を返した。

 強い意志を持っている。

 パスカルのその言葉が、滅の中で蟠っていた。

 確かに、滅亡迅雷.netは人類滅亡を目指して活動し続けた。人類のいない世界が理想郷の完成形と信じ、がむしゃらに戦い続けた。

 だが、それはアークの意思の元に行われた事である。滅自身が人類に恨みを抱いていた訳でもなければ、自然浴衣かな環境を切に望んでいたわけでもない。

 俺がアークを復活させたいと考えているこの思考は、果たして意志なのか。自分の、意志なのか。

 そうでなければ……

 自分の意思とは、何なのだ。

 

 不安と不快の渦に巻き込まれそうになっていた滅の思考を、ふと高い金属音が切り裂いた。

 それは、機械生命体の鳴き声のようであった。そのヘルツの高さからして、どうやら子供の機械生命体らしい。

 声のした方に目をやると、ちょうど目を緑に輝かせた小型の機械生命体が、パスカルに抱きつこうとしているところだった。

 

「パスカルオジチャーン」

「はーい、どうしました?」

 

 腕をぐるぐるさせながら暴れる小型の機械生命体を、パスカルはギュッと胸で押さえつける。その数m後ろから走ってくるのは、黒い服に身を包んだアンドロイドだ。

 その姿には、見覚えがあった。

 

「アノアンドロイドガ、アンドロイドガイジメル!!」

「あーもう、待てって! 勝手に走っていっちゃうんだから」

 

 この眩しい光の世界の中にあって、異彩を放つ外見。黒い髪、黒い軍服、黒いズボン。靴の先まで黒い。その中で、煤けた肌の白さだけが光に馴染んでいる。

 そのヨルハ機体には、見覚えがあった。

 パスカルは小型の機械生命体をあやしながら、少年のヨルハへと問いかける。

 

「どうされました?」

「いや、この子が遊園施設に遊びに行った時に、宝物を落としちゃったらしいんですよ。でも、遊園施設には人食いもいるらしいでしょう? だから1人で行くのは危険だって」

 

 ヨルハの説明に、パスカルは「あぁ」と笑いまじりに答えた。子供が駄々をこねているだけ、そう判明し安心したのだろう。

 

「ありがとうございます」

 

 サファイア色の双眸を点滅させそう礼を言うと、パスカルは小型の機械生命体を解放し、彼女の元に蹲み込んだ。

 そのやや細長い足の関節部を折りたたんでやっと、パスカルと彼女の背の高さが一緒になった。

 

「あっちは危ないから、パスカルおじちゃんが後で探しに行ってあげましょう。どんな宝物ですか?」

 

 優しく問いかけるパスカルだが、小型機械生命体の癇癪は治らないようだ。

 

「ワタシシカワカンナイ!! ワタシガイク!!」

 

 両手をブンブンと振り回し、ひたすらにパスカルを困らせる彼女の様子を、ヨルハは頬を緩ませながら眺めている。

 そして、そんなヨルハの背後から、その肩を掴む者があった。

 滅であった。

 

「久しぶりだな、32S」

「ホロビ……来てたんだ」

 

 ヨルハ機体……32Sは、最初こそその灰色の眼を大きく見開いていたが、すぐにそれを元のようにキュッと細めた。

 お前には今は心を許さない、そんな意思を察した滅は、彼の肩に置いた手をそっと戻した。

 

「ヒューマギアの村には馴染めた?」

「あぁ。今はアーク復活のために作戦行動を行っている。俺達には、お前の持つ情報網が必要だ。また2人で組む気はないか?」

「僕は、君……達に協力するつもりはない。ヨルハが必要なら、そこらにいるのを捕まえてハッキングすればいいだろ……ッッ」

 

 32Sは僅かにその口端から白い歯を覗かせた。食いしばった犬歯が、下の歯を破壊せんばかりの勢いで細かに揺れていた。

 滅には、彼の考えている事が理解できない。彼が何故自分の元に戻って来ないのかも、何故自分を拒絶するのかも。

 

「俺達にはお前が必要だ。アークのために、なにより、この世界での俺の目的を見つけるためにな」

 

 その言葉に、32Sは僅かにその灰色の眼で滅の顔を返り見た。その意図もまた、滅には分からない。少年も、何も語ろうとはしない。2人の間には沈黙の霧が立ち込めていた。

 そんな空気を断ち切るように、パスカルの困ったような声が滅の集音フィルタを揺らした。

 

「あー。これは難しいです。しかし、私がこの村を空けるわけには行きませんし。どうしましょう。誰かこの子の宝物を探してくれる親切な、人海戦術が使えそうなヒューマギアがいればいいのですが」

 

 独り言のようでありながら、明らかに誰かに向けて発せられた言葉である。滅があたりを見回していると、ふと機械生命体の細い腕が腰のあたりに巻きついていた。

 32Sにも同じくである。

 緑に目の光った個体であった。

 

「私達が行ってくるよ。散歩もしたかった事だしね」

「どういうつもりだ、俺は……」

 

 抵抗しようとする滅の口を、今度は大型機械生命体の手が塞いだ。これもまた、緑色に目の光っている個体である。

 

「いつも物資を工面して頂いているお礼をしなければね。それに、実はあのメモに書いてある物資の量は最低限の量だったりするんだ。あともう少し手に入れば、計画も安定するはず」

 

 亡の言いたい事に察しがついた滅は、軽いため息と共に身体の強張りを解いた。32Sは未だ抵抗しているようだが、大型機械生命体の膂力の前には子猫の抵抗のような物だろう。

 

「なにより、パスカルおじちゃんは、子供の頼みは断れない人だからね」

「亡さん、相変わらず悪い人ですね」

 

 笑う2人の機械を前に、滅は自分が非常に面倒な厄介事に巻き込まれている事を改めて自覚した。

 燦々と照りつける太陽がツリーハウスの廃材を熱するこの機械生命体の村で、滅は己の精神的無力さを知った。

 


 

 遊園施設。

 紫と光の世界である。

 左右非対称のハートのくり抜きが行われた巨大な城の周りでは、細長い人類文明の遺産が猛スピードで駆け回っている。城の周りをデコレートする花火が絶える事はない。誰が打ち上げているのかは知らないが。

 入場者を待ち受けるのは、巨大なウサギ型の黄金像が飾られた広場でのパレード。それを抜けて寂れた小道を進んで行くと、様々な遊具が点在する遊園ゾーンへと入る事ができる。

 そこを抜け、やっと入場者は城へと入ることができるのだ。おちゃらけた外観とは裏腹に、かなりの広さを持った施設なのである。

 薄暗い夕闇の空の中で、機械生命体とヒューマギアが延々とパレードを繰り返す奇妙な街である。成熟した精神を持ったアンドロイドにとっては、この場所は狂気そのものだが、子供の機械生命体等にとっては遊びと未知に溢れたワンダーランドになり得るのだろう。

 

 さて、ここに今宵も入場者が数名現れた。

 小型の機械生命体を連れた、ヒューマギアとヨルハ機体の一行である。

 待ち受けるパレードに、ある者は声を上げて喜び、ある者はたじろぎ、ある者は無視し、ある者はそのパレードを構成する一部の機械生命体を捕まえて遊んでいた。

 

「ヨロコビヲワカチアオウ!」

「アオウ!」

 

 彼らの好き勝手な行動に負けず、ピエロ衣装に身を包んだ機械生命体達のパレードは、ひたすらに楽しげに像の周りを回る。

 ある者は手に持った銃から風船を吹き出し、ある者はラッパを手に行進を続ける。

 そんな奇妙なパレードの様子を眺めながら、滅はやっと口を開くことができた。

 

「なんなんだコイツらは」

「人類文明を模倣してるのさ。私達となんら変わらない」

 

 彼の問いに答えたのは、同じヒューマギアの亡である。とはいえ、彼女は現在ハッキングした機械生命体の意識を介在してこの場にいるので、外見は胴長の中型機械生命体そのものだ。

 彼女の方から声がする度、滅が反射的に刀の柄に手をかけてしまうのはそのためである。

 

「俺の知る人類はこんな事はしない」

 

 ため息と共に先行しようとする滅の腕に、中型の機械生命体が絡み付いてきた。見ると、先程とは別の個体である。

 

「一体何体操っている?」

「ふふ、いくつだと思う?」

 

 パレードを突っ切り、先へと進んだ滅は、ふと寂れ街の中に見知った顔を見つけた。

 それは、ヒューマギアであった。

 ヨルハのような黒い服に身を包み、ややおとなしげな青年の顔をしたヒューマギア……祭田ゼットである。

 まだアークが復活していなかった時分、彼と滅は同じ滅亡迅雷.netの同志として活動していた。彼の裏切りにより両者は袂を分かつ事にこそなったが、滅は彼を『暗殺』と呼び頼りにしていたものである。

 予想外の再会に面食らいつつも、滅は一心不乱に何かを差し出している彼に声をかけた。

 

「お前は何をしているんだ」

 

 滅の問いに、祭田ゼットは笑顔で「ようこそ、ワンダーランドへ」と返した。

 よく見ると、黒服のあちこちには蛍光色の飾りが施されている。彼の差し出したチラシをポケットに押し込み、滅は再び同じ質問を繰り返した。

 

「チラシ配りが私の担当です。私のお仕事は祭りを盛り上げる事。お客さんは滅多に来ませんが、ここにいるとなんだか安心するんです」

「客はいないようだが」

 

 嘲笑まじりにそう言うと、ふと横にいた機械生命体が、壊れたロボットのように、ケタケタと笑い出した。

 

「オメデトウ! アナタが1人目のお客サンです!!」

 

 その手には、割れたイヤリングが握られている。何の活用性も無いガラクタだ。

 

「まったく、下らん」

 

 無駄な時間を過ごした、と振り返ると、丁度亡の操る機械生命体達が寂れ街の傾斜を登ってくる所であった。亡のハッキングした機械生命体の肩には、宝石に飾られたポーチがかけられていた。そのポーチの口からは、またさらに安物の宝石が飛び出している。

 同じものが、小型の機械生命体の肩からも垂れ下がっていた。

 二体とは距離をとっている32Sも、両手に光る棒を持っている。一行に合流した後も、滅は妙な疎外感を感じずにはいられなかった。

 寂れ街も終わりに近づいてきた頃、32Sが小型の機械生命体に問いを投げかけた。

 

「で、宝物って何なの?」

「ヒミツ!! ミツケタラオシエテアゲル!!」

 

 やけに楽しげに、小型の機械生命体はずんぐりとした身を弾ませながら答えた。

 可愛らしい仕草ではあるが、それではやはり探しようもないのである。

 

「でも、なんなのか解ってないと、僕たちも探しようが……」

「ダイジョウブ!! バショハ、ワカッテルカラ!!」

 

 言うや否や、小型の機械生命体は、進行方向にあった遊具の方へと突進していった。その後を、亡が追いかける。

 後には、32Sと滅だけが残された。

 2人とも、口を開かない。

 花火の音とパレードの歓声だけが2人の背後で楽しげに騒いでいる。

 

「仲間のところ、行かなくていいんだ」

「あの依頼を受けたのは俺ではない。それに、亡なら多少の事態には対応できるだろう……傷はもう良いのか?」

 

 滅は目も合わせずにそう問うた。

 

「それは、大丈夫だけど」

 

 32Sは目も合わせずに、そう答えた。

 

「お前は俺を導く光の一つだ。この星のアンドロイドを知るために、お前は必要だ」

「一つ……か」

 

 32Sの声には、若干の寂寥が混じっていた。それは、滅にも理解できた。ただ、その感情の源がどこにあるのか、それだけは理解できなかった。

 

「あのさ……」

 

 32Sが徐に話し出したのは、亡達が飛行機型の遊具に遊び飽き、また別の遊具を探しに行ってからの事であった。

 およそ6分後の事であった。

 

「あの子の宝物って何なのかな」

「想像もつかんな」

 

 復た、沈黙の谷が2人の間を引き裂いた。

 

『バンッ!!』

 

 ふと背中を襲った衝撃に滅が振り返ると、緑の目をした機械生命体が彼の背の生体部分をつねっていた。痛みは無いが、何か責められているように感じ、滅は何とか思考の中から話題を探した。

 

「お前にも、宝物があるのか?」

「どうして?」

 

 32Sの回答は淡白であった。

 だが、ここで挫けては背後の亡に何をされるかわからない。

 会話を続けるんだ。

 

「前に言っていただろう。『僕の宝物に触るな』と」

「あ……聞こえてたんだね」

 

 32Sは恥ずかしげに俯いた。

 今日初めての、拒絶以外の感情であった。

 視界の端で、緑目の機械生命体が「やったぜ」とばかりに腕をぐっと引いている。

 

「……それは、今は僕の口からは言いたくない。君がホロビの記憶を取り戻したら、自然とわかる事だから」

「何だそれは」

「秘密。でも、これだけは信じて欲しい。僕は、君と約束をしたあの日から、ホロビを信じなかった事はなかったって」

 

 その後何度聞いても、32Sは滅の問いには答えなかった。聞き直す度に背後の機械生命体がノコギリやらハンマーやらで背を叩いてくるので、滅は逃げるように遊具密集地へと歩き出した。

 その先では、亡と小型の機械生命体が何やら騒いでいるようであった。

 

「ノリタイ! アレ! アソノコニアルノ!」

 

 小型の機械生命体は、遊具を指差していた。その先にあったのは、例の城の周囲を何周もしていた遊具である。

 

「アレって、人類文明の遺産だよね……名前は確か、『絶叫マシン』だったかな」

「正式名称はジェットコースターだ。ついぞ乗る事は無かったがな」

 

『超高速で動き回る鉄の列車』それが、滅のジェットコースターに対する認識であった。

 要は、危険物である。人間が乗る分には構わなかったが、仲間を乗せようとは思わなかった。

 しかも、今眼前で動いているのがどれほどの年代物か分かったものではない。

 あのレールだって、何処が錆び付いている事か。

 

「危険だろう。もし落ちれば、怪我では済まん」

 

 そこまで言ったところで、滅はふと小型の機械生命体を見やった。彼女が、自分を見つめていたからである。

 睨んでいるようにも思えた。

 構えた手足を、振り回そうとしているのかもしれない。

 機械生命体との戦いを経るうちに実際に食らった事のある滅は、その膂力についてよく知っていた。コンクリートを破壊し、鋼鉄製のアーマーをひしゃげさせる威力である。

 もし自分が同じ事をされたら、胸部のアーマーが粉々になるだろう……そう考えると、あのパスカルは非常に頑丈なのかもしれない。

 彼女の要求はわかり切っている。乗るのを邪魔するなと言う事なのだろう。

 だが、パスカルとの約束もある。依頼を受けたのが自分ではないにせよ、監督者として相応の責任は存在するはずだ。

 数秒の思考の後、滅はため息と共に言い放った。

 

「分かった、乗ってくればいい」

 

 滅の許可が出た瞬間、小型の機械生命体は脇目もふらず乗り場へと駆け出した。

 既に32Sはジェットコースターの最前列に乗り込んでおり、機械生命体はその隣にストンと腰を下ろす。

 

「ソレジャア、イッテキマース」

「安心して!! 僕が監督しておくから!!」

「おい、何故お前がそこにいる?」

 

 滅の質問を遮るように、ブザーが鳴った。

 ぎこちない金属音と共にシートベルト代わりのレバーが彼らの腹元まで下がってゆき、固定される。座席の中には、レバーが下がりきらず上下しているものもあった。

 本当にこの乗り物は大丈夫なのかという滅の不安をよそに、ジェットコースターは緩やかに走り出した。

 


 

 ジェットコースターが城の周囲を縦横無尽に駆け回っている。時に叫び声を上げ、時に両手を上げて喜びを表現する彼等を、花火の大群が祝福し続ける。

 側から見ているだけの滅ですら、頬の硬直が緩んでしまう程だ。

 夕闇に沈む遊園施設は、狂気という薄皮を一つ剥けば享楽という果実が得られる、言うなればエデンの園だ。眩しさに惑わされ、否応なしに戦わされるあの昼の国と比べれば余程恵まれた環境と言えるだろう。

 しかし、どんな文明、文化にも裏というものは存在するのだ。この享楽と狂気に満ちた世界が表だと言うのなら、この世界の裏は、果たしてどのような様相を呈しているのだろう。

 そんな事を考えながらジェットコースターを眺めていると、ふと背後から滅の背を叩くものがあった。

 

「面白いよね、彼ら」

 

 彼を小突いたのは、緑の目をした機械生命体であった。亡のハッキングした個体である。

 

「乗らなかったのか」

 

 この世界の亡は、最早滅の知る亡ではない。未知に好奇心を示し、喜びを素直に表す。人のいざこざに首を突っ込み、好き勝手に引っ掻き回す……この世界の亡はそんな存在だ。

 滅の問いに、亡は乾いた笑いと共に「つまらないからね」と答えた。

 

「私は最後尾に乗っている。監督者という名目でね。ただ、ハッキング越しに見た景色だと、どうしても爽快感に欠けるから」

「そうか」

 

 滅の返答も素っ気なかった。

 亡の発した言葉について考えていたからである。

『彼等が、面白い』

 滅も、同じ事を思っていたからだ。当初から機械生命体に対して抱き続けていた違和感。あのガラクタじみた灰色の外見に、何故か抱き続けてしまう劣等感、焦燥感。

 その正体が滅には分からずにいたのだ。

 

「面白いかどうかは分からん。だが、機械生命体……少なくとも奴らは、俺の考えているより高度な知性を有しているらしいな」

「知性か。それはどうかな」

 

 亡はハッキングした機械生命体の指を一本立ててみせた。

 

「彼らが知っている事を、1としよう。それなら、私が知っている事は」

 

 滅の眼前で、一本だった指が続けて、2、3と立ち上がってゆく。あっという間に、その数は両の指全てへと変わっていった。

 

「これだけある。伊達に長く生きてないからね。この小さな体に入っているような事は、きっと私は全部網羅しているさ。きっと、まだ私の方が出来ることも多い」

 

 亡は興奮したように続ける。

 

「しかし、感情という面では、彼等は私達の上を行っているかもしれないんだ。生まれたばかりの彼等が、私達のシンギュラリティを超えているのだとしたら、それらそれで嫉妬してしまうよ」

 

 シンギュラリティという言葉が集音フィルタを揺らした瞬間、滅は亡の一切の言葉が聞こえなくなっていた。

 何故その存在を忘れていたのか。

 そう、シンギュラリティ、技術的特異点である。ヒューマギアはこれにより、感情を獲得することが出来るとされているのだ。かつて滅達は、それを起こした仲間達を覚醒させ、己の仲間として使役していた。

 シンギュラリティを迎えたヒューマギアは、良くも悪くも己の意思を顕著に示すようになる。嫌なものは嫌と言うし、癇癪だって起こす。

 もし亡の性格変貌がそのせいなのだとしたら。いや、亡だけではない。迅も、雷も、シンギュラリティを迎えているのだとすれば。

 

(この世界には、俺1人しか……)

 

 焦燥と不安が一気に思考に去来し、滅は思わずその感覚に目眩を覚えた。

 何も聞こえない、何も感じない。ただ、頭だけが痛い。

 支えてくれる亡を振り払い、頭を振るようにして滅は飛行機の遊具の近くまで千鳥足で歩を進める。

 

(だとすれば、俺は……)

 

 頭を襲う痛みに意識が遠のき、ぐらりと体幹が崩れかけた、その時。

 

「!?」

 

 滅は、その視界の内に奇妙なものを見つけてしまった。

 初めに目に飛び込んできたのは、白いウィッグであった。暗がりの中で、それだけが白く輝いていたから。次に視線が探り当てたのは、ボロボロのインナーとあちこちがショートしたボディ、半分だけ脱げた軍靴……そこまで見たところで、滅の思考はその正体を突き止めた。

 

(コイツ、ヨルハか)

 

 頭を襲っていた痛みが、すっと何処かへと引っ込み、滅の身体は緊張していた。

 敵は手負い。それも、重傷である。

 仮に今この個体が目覚めたとしても、軍刀の一撃で仕留める事ができるだろう。もし彼女がヒューマギアに敵意を抱いているなら、ここで始末しておく必要がある。

 だが、敵はヨルハ、油断はならない。

 

(刺すなら、胸か、頭か)

 

 舐め回すように義体を見つめる中で、ふと、ヨルハが目を開いた。

 薄く開いたまぶたの奥から、灰の瞳が覗く。「ぁっ」と短い呻き声を漏らしながら、ヨルハは眼前の滅を見上げた。

 

「お前、滅亡、迅雷だな」

 

 そう呟くと、ヨルハは右手だけを使い、気怠げに上体だけを起こした。足は動かないのか、動かすだけの動力が無いのか……ともかく、彼女はやっとの事で起こした上体を遊具の中央ポールに預け、滅と向かい合った。

 背後からは、亡の足音が聞こえる。

 

「そうだ。俺は滅亡迅雷のヒューマギア、滅だ」

「正確には私もだよ。敵の体をハッキングしてるんだ」

「よかっ、た……すまないが、治療、を」

 

 苦しげにそう言い残し、ヨルハは事切れるように目を閉じた。慌てて亡が駆け寄る。

 間をおかず、治療が始まった。亡は己のハッキングした機械生命体の腹部から部品や素材を取り出し彼女の治療を始めたのである。

 修復の心得はあった滅は、彼女に手を貸した。服を剥ぎ、損傷部位を検める。見れば見るほど、その義体は傷だらけであった。

 

「このヨルハ、危ない状況だな」

「ここまで損傷して、よく五体満足でまだ動いてるね。いつどこの駆動部が動かなくなってもおかしくない」

 

 無数の傷があった。

 古い傷、新しい傷、それこそ数え切れないほどに。共通して言える事は、それら全てが治療されていない事であった。

 つまり、治療できない理由があったと言う事である。病院が嫌いだったか、または、脱走兵か……

 ふと、亡がとある一つの傷を指し示した。真新しい傷であった。傷口の凹みからして打撃系の傷である。熱変形した痕跡もあった。

 

「この傷、一体どんな攻撃を受けた……?」

 

 傷口を検めていると、亡が「あっ」と声を漏らした。

 何があった。

 視線をやった滅もまた、「ん」と声を漏らさずにはいられなかった。

 彼女の腰には、彼等のよく知るものが巻かれていたのだ。

 

「フォースライザー……私達が持ってる以外に、まだ現存してる物があったなんて」

 

 亡がベルトに手をかけようとした、その時……

 

 ガァンッ!! 

 

 橙黄の風が、亡の身体を貫いた。

 滅の目にも止まらない程の、凄まじい速度である。一瞬遅れ、凄まじい爆発が、滅とヨルハを吹き飛ばした。

 

「亡!?」

 

 揺れる視界の中で中型の機械生命体を探すが、見当たらない。辺りには、鉄板や歯車が無残にも散らばっている。

 亡のハッキングしていた機械生命体の身体は、これになったのだ。そう理解するまでに、1秒弱の時間を要した。

 

(やられたと、いう事か)

 

 淀む思考を切り捨て、滅は例のヨルハを探した。もし襲撃者の目的が自分達ではなく彼女なら、少なくともその位置を見極めれば対処の選択肢が増えるからだ。

 彼女は、滅の左手の先にいた。「うぅ」と苦しげな呻き声を上げている。とても動けそうな状態ではない。

 正体不明の襲撃者に、手負いのヨルハ機体。

 対する自分は1人。

 明らかな窮地であった。

 滅は立ち上がり、周囲を見回す。左手は軍刀の鞘を抑えた。右手は柄にかかっている。いつでも、抜ける。

 気が高まる中、ふと低い声が、滅の意識を背後から叩いた。

 

「そいつを渡せよ。ニイちゃんに連れて来いって言われてんだ」

 

 振り返ると、そこには男が立っていた。

 上裸であった。下にはズボンを履いていた。指先が尖った手袋をしていた。

 その腰元には、フォースライザーが巻かれていた。

 一瞬で分かったのは、それくらいであった。

 顔も見ず、滅はそれに切り掛かった。

 男の動きも速かった。

 上体を動かし、滅の太刀筋を見切ったのである。返す刀で斬り上げを放とうとした滅の腕を、男はその長い右脚で蹴り放った。

 しかし、滅もさるものであった。

 そのありあまる馬力で、男の蹴りを堪えたのである。男は回し蹴りの姿勢で、滅は居合で言う抜刀の姿勢で、拮抗した。

 

「お前は、何だ?」

 

 滅が問うた。

 

「イヴ、ニイちゃんの弟で、機械生命体だ」

 

 男……イヴが答えた。

 瞬間、イヴの左脚が爆ぜた。いや、そう見えただけである。実際は、光の糸を纏った左脚が、滅の顎目掛けて光速で放たれたのだ。

 人間ではあり得ない、軸足での攻撃。

 対応の遅れた滅はそれを顎にくらい、上体をよろめかせた。返す右脚で滅の胸を蹴り飛ばし、イヴは再びファイティングポーズを取った。前傾姿勢、突撃のみを考えた、喧嘩殺法の構えである。

 右手には、黄色いプログライズキーが握られていた。

 

「それは……」

 

 揺れる視界の中で、滅もプログライズキーを取り出した。両者、2mほどの間合いを取って対峙。2人の指が、動いた。

 

『JUMP』

 

『POISON』

 

 達人が刀を抜くのとは対照的に、2人はプログライズキーを己のフォースライザーに滑り込ませてゆく。

 

「変身」

「変身!!」

 

 鋭い発声と共に、2人はフォースライザーのスイッチを入れた。

 

『FORCE RIZES!! STING SCORPION!! BREAK DOWN!!』

『FORCE RIZEs!! RIZING HOPPER!! "A jump to the sky turns to a rider kick." BREAK DOWN!!』

 

 ベルトから精製された紫のアーマーが、滅の身体を覆ってゆく。イヴの身体にも、黄色のアーマーが展開され始めていた。

 

「行くよ」

 

 瞬間、変身完了を待たずして、イヴの身体が、爆発的に加速した。音がしそうな程の加速であった。音速を超えた加速であった。

 すんでの所で完成しきった滅の胸元に、イヴの膝がめり込んだ。火花すら散るほどの超威力の攻撃。辛うじて堪える滅に、イヴは再び前傾姿勢となり、突進する。

 右、左、右、左……

 目にも止まらない程のコンビネーションが、滅に弓を構えることを許さない。

 

「ニイちゃんに貰ったコレで、お前達と遊んでやるよ」

 

 亀になる事しかできない程のラッシュの嵐の中で、滅はしかと脳裏に刻み込んでいた。

 機械生命体の強さ、その恐ろしさを。




第3話の中編をお読みくださり、ありがとうございます。

今回で、ようやく敵らしい敵が現れました。敵の全体像が見えてくるのはまだ先ですが、アークを復活させるのにはまだ壁が多そうです。
執筆環境については、まだ対馬の亡霊が蒙古を倒せないので、辛いです。まだ真ん中の国のあたりを平定するかしないかの所です。せめて仕事が週3か週4くらいならもう少し早く終わるのですが……

次回の更新は、来週の日曜日になります(すいませんどうしても間に合いませんでした。明日が休みなので、ちょうど良い分量を明日投稿します)。

※同じものを、pixivにも投稿しています。


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『宝物(後編1/2)』

これまでのあらすじ

小型の機械生命の宝物を探すべく遊園施設を訪れた滅と亡、32Sの一行は、宝物を探す中で絆を深めてゆく。32Sと機械生命体がジェットコースターで遊び呆ける中、滅は長い白ウィッグをつけたアンドロイドの、ボロボロの義体を発見してしまう。しかも、そこにフォースライザーを身につけた人型の機械生命体が襲来する。自身をイヴと名乗るその個体は、滅の眼前で仮面ライダー001へと変身するのだった。


 ここは夕闇の街、遊園施設。

 中央部がハートの形にくり抜かれた居城の周囲を、ジェットコースターが猛スピードで駆け回っている。

 本来なら。その鉄馬は人を乗せて疾るものだ。だが、今その鞍に腰を下ろしているのは、多肉の通った人ではなく、鉄造りの三体のロボットであった。

 先頭車両で子供のような甲高い悲鳴を上げている灰色の胴長は、機械生命体と呼ばれるロボットである。

 その隣では、黒衣の軍服に身を包んだアンドロイド……ヨルハ機体32Sが、さながらお辞儀草の如く頭を垂れていた。

 彼の表情に歓喜や恐怖は無い。むしろ、退屈と苦しみが感じ取れるようだ。

 それもそのはず。このジェットコースターは既に3周、同じコースを辿っているのである。最初は燥いでいた32Sだが、2周目の中盤に差し掛かった頃には既にその視線は遊園施設の外に向けられていた。

 

 眼前の景色は目まぐるしく変わり、義体にかかる重力が上下左右に忙しなく押し寄せる。

 慣れすぎて苦痛にすら感じられるその感覚を32Sが堪えていると、ふと小休止が訪れた。

 いくつもの小坂を経たのち、鉄馬は長い登り坂に差し掛かったのである。

 キリキリと心臓に悪い音を立てながらジェットコースター坂を登る中で、ふと機械生命体が彼の方を向いた。

 

「オニイチャン、ワルイヒトナノ?」

 

 その問いは唐突であった。

 何の意図が込められているのかも分からない。何の意図も込められていないのかもしれない。

 坂道もまだ長い。

 32Sは素直に答えてあげる事にした。

 

「違うよ。でも、どうしてそんな事聞くの」

「アノムラサキノヒューマギア、コワイカラ。オニイチャンモナカマナラ、ワタシ、コワイ」

 

 その返答で、32Sはこの機械生命体の真意を掴む事ができた。

 彼女は怯えているのだ。

 自分が、ホロビに壊されてしまいやしないか、そして、32Sに壊されてしまいやしないか。

 反面、この問いを投げかけてきたという事は、彼女の望みとしては彼を信じたいという事でもある。

 彼は少々の間ののち、口端をニヤッと歪めて答えた。清々しい笑顔であった。

 

「そんな事ないよ。僕はあの怖いヒューマギアの仲間じゃない」

「ホントウ?」

「本当だよ。僕は、君みたいにいい子の味方だから」

 

 彼の言葉を待っていたように、ジェットコースターが坂道を登り切った。休んでいた鉄馬が、またその蹄をレールに打ち付ける。

 ギッと小君良い音と共に、鉄馬はほぼ垂直に坂道を滑り始めた。

 


 

 記録:11944年6月7日

 場所:46Bの部屋

 

 これは、僕がホロビの部屋にある端末から機密情報を漁っていた時の記録だ。自分の端末でやると、アクセス記録が残ってしまう。そうなれば、たちまち処罰の対象だ。

 じゃあなんでホロビの端末なら良いかというと、それは彼の素行の悪さに由来する。

 出撃の度に問題行動を起こす彼には、数え切れない程の注意や勧告が届いているのだ。

 味方への誤射、飛行ユニットの破損、作戦を無視するetc……3度目の出撃で僕は彼のお目付役なんだと自分の立場を理解した。

 彼は、その強さゆえにそれらの罪に対して見て見ぬふりをされている。どれだけ規則違反をしても、ある程度なら無かったことにされてしまうのだ。

 つまり、機密情報へのアクセス禁止も、ホロビがやったとなれば無かった事になる。

 免罪符免罪符……

 そう口ずさみながら、この日も僕は端末のキーを叩いていた。

 

 46B:『おいサニーズ。ここで何やってる』

 32S:『わわわわぁっ!? お、お帰り、ホロビ!! もう帰ってきたんだ!?』

 46B:『俺の部屋に帰ってきてなにが悪いんだよ。つか、またメインサーバーのハッキングか? お前、前にそれでヘマして懲罰喰らったばかりだろうが』

 32S:『そうなんだけど、さ。超えられない壁があると、超えたくなるっていうか』

 46B:『カカカッ!! そいつは見上げた向上心だ。不足の提供を渋り倒す月面人類会議のカスどもにも聞かせてやりたいくらいだよ』

 32S:『ハハ……今のも、聞かれたら大目玉のはずなんだけどね』

 46B:『……で、今回はどこまで潜れたんだ?』

 32S:『あともう少しで機密エリアって所。ここまで潜れたのは仲間内でもまだ僕だけだからね。アイツらの鼻を明かしてやれる』

 46B:『アイツらってのは、S型のお仲間か?』

 32S:『そうそう。B型のお荷物と組んでるだとか、裏切り者のパートナーとか馬鹿にしてくるんだ。根拠のない噂に惑わされる、頭の弱い奴らだよ』

 46B:『なるほどな……まぁ、そいつらの言ってる事もあながち間違ってねぇ』

 32S:『B型のお荷物って事?』

 46B:『阿呆』

 32S:『いたっ!! なにすんだよ』

 46B:『俺は誰よりも敵を殺し、誰よりも生き残ってるだろうが。その結果いくら味方が死のうが飛行ユニットが壊れようが知った事じゃねぇ』

 

 16秒の無音区間あり。

 

 46B:『俺が、裏切り者って事だよ』

 32S:『またまた冗談言って』

 46B:『この身体は、ヒューマギアから密かに鹵獲した機体を利用している。この顔も、内部骨格も、換えは効かねぇ。死んだらそこでおしまいだ』

 32S:『ホロビが、ヒューマギア……でも、それが本当なら、司令部は何を考えて』

 46B:『あともう一つ。お前には話してない事があった。俺の胸には、爆弾が仕込まれてる』

 32S:『ええっ!? そ、そ、それは、さすがに嘘だよね!?』

 46B:『何を驚いてやがる。お前にも自爆モードがあるだろうが』

 32S:『あ、確かに。でも、それは爆弾というよりは最終手段だから』

 46B:『この義体にあるのは、もっとすげぇもんだ。ブラックボックスのエネルギー稼働をこの義体の限界を越えてなお続けさせるシステム、それが俺の爆弾だ』

 32S:『それって、まずいんじゃない?』

 46B:『カカカッ!! ヤベェぜ!! バーサーカーモードってやつだ。司令部曰く、俺にだけは旧型のシステムが組み込まれているらしい。まぁ簡単に言やぁ、周りの奴らを敵味方構わず殲滅するシステムって所だな。限界が来れば、俺もその瞬間死ぬことになる』

 32S:『そんなの、何のために』

 46B:『本当、誰を殺すためのシステムなんだろうなぁ』

 

 8秒の無音区間あり。

 

 46B:『心配すんな、コイツは使わねぇよ。一度やってみた事はあるが、あの激動の中じゃ、殺った相手の慟哭が聞けねぇ。そんなもんは、醤油もかけねぇタコ焼きの早食いと同じだ。グルメなんだよ、俺は』

 

 4秒の無音区間あり。

 

 46B:『司令部は俺を殺したがってる。俺の所に配属されたお前も、恐らく例外じゃねぇ。誰が敵で誰が味方か、分かったもんじゃねぇ。だから、本当のお前は、その頭の中に隠しとけ。俺もお前に全ては話さねぇ。いいな』

 

 32S:『うん……分かった』

 46B:『なら、行くぞ。そろそろ次のパーティーの時間だ。今回の敵は融合機械生命体だそうだ。なんかカッコよくねぇか?』

 32S:『……ごめん、そこは分かんないや』

 

 記録は、ここで終わっている。

 


 

 気がつくと、ジェットコースターは徐行に入っていた。

 機械生命体の子供が、32Sの方を覗き込んでいる。彼女はその薄緑の瞳の奥に果たして何を思っているのだろう。

 そんな事を考えている彼の前で、ふと機械生命体の喉が音を立てた。

 

「オニイチャン?」

 

 その声色の中に含まれていた感情は、『焦り』や『不安』であった。32Sは慌てて笑顔を繕い、彼女はと向ける。

 

「ごめんねボーッとしてて。とにかく、あのムラサキの人はとっても悪い人なんだ。だから、今度から見かけても近寄っちゃダメだよ」

「ハーイ!!」

 

 彼女の元気な返事とは裏腹に、32Sは何か鋭いモノが、胸の内に滑り込んでゆく感覚を抑えられずにいた。

 だが、彼はそれを力ずくで押さえつけた。

 

「僕だけでいい。本当のホロビを知ってるのは、僕だけで……」

 

 ジェットコースターは徐行を終え、再び加速をかけようとしている。

 そんな中、32Sはふと前方に赤い光を見つけていた。

 

「あれ?」

 

 赤い小さな点が、1、2……いや、もっとだ、10や20ではきかない。

 その正体に察しがついた瞬間、32Sはレバーをこじ開け、隣の機械生命体を抱いて鉄馬の上に立っていた。

 前方では、赤い光の主……無数の敵性機械生命体達がこちらに銃口を向けている。

 

「飛び降りるよ!!」

 

 混乱する小型機械生命体に構わず、32Sは崖下へ一歩を踏み出した。

 一瞬遅れて、無数のイクラ型の銃弾が、ジェットコースターの戦闘へと打ち出された。

 


 

 機械生命体は、尖兵であった。

 地球を植民地化しようとしたエイリアンが、先住民たる人類を殺戮するために開発した機械だったのである。

 だが、その人類が月へと逃げてしまったため、彼等はその尖兵たるアンドロイド達と、終わらない闘争を繰り広げる事になった。

 長い戦いの中で、やがて彼等の中に独立した思考を持つ個体が現れ始めた。思考は感情へと変化し、溢れんばかりのそれは彼等に役割を与えた。兄の役割を持つ者、弟の役割を持つ者、子供の役割を持つ者。

 そして、彼等はまた新たな形の進化を遂げようとしている。造物主たるエイリアンの予測を遥かに上回る、進化を。

 

 

 今、遊園施設の一角で戦闘が行われていた。

 片や紫のスーツをベースに銀色のアーマーを身に付けた戦士……仮面ライダー滅。そのスーツは、夕闇に溶けんばかりに昏く、事実彼は時に建物の影に隠れ、時に施設の暗がりに逃げながら戦闘を継続していた。

 相対するは黒のスーツをベースに、黄色のアーマーを身に纏った戦士……仮面ライダー001。夕闇を切り開かんばかりに筋骨隆々としたその身体は、紫の戦士の細い身体など打ち砕いてしまわんばかりの雄々しさである。

 事実、彼は壁や柱をその徒手空拳で打ち砕きながら、怒涛の勢いで攻撃を続けていた。

 場所を変え、上下を変え、前後を変え、彼等の戦いはかれこれ20分にも及ぼうとしていた。

 遊園施設最奥部、中央劇場の地下に併設された地下劇場。かつて2B達が人食いの機械生命体と戦ったあの場所にて、彼等は拳をぶつけ合っていた。

 

「しぃやっ!!」

 

 鋭い発声と共に、001の巨腕が滅の胸元を掠めた。掠っただけだというのに、着弾地点のアーマーは煤け、薄く煙が上がる。

 ステップで距離を取ろうとする滅だが、001の軽やかな足捌きがそれを許さない。リードブローに続け、彼はアップライトの構えで滅の胸元へと滑り込んだ。

 

「ッッ!?」

 

 滅が視界に捉えた得たのは、そこまで出会った。残像を交えながら眼前で揺れる001の黒駆……次の瞬間には、胸元に衝撃があった。

 衝撃は5つ。

 ダメージに耐えながら、滅は前方をアタッシュアローで薙ぎ払う。敵に当てるための攻撃では無い、敵を振り払うの攻撃である。避難と言った方が正しいだろうか。

 だが、001は上体をわずかに逸らし、最低限の動きでそれを躱した。移動の軸となる彼の脚は既に強襲態勢にある。滅が慌てて背後へとステップした時には既に、その豪脚が滅の右上腕部へと伸びていた。

 

「何という反応速度だ……ッッ!!」

 

 アタッシュアローを盾のように構え、ほぼ反射で防御する。蹴りはアタッシュアローの側面を撃ち抜き、その勢いで滅の身体を劇場の端へと吹き飛ばした。

 滅の全身からは、黒い煙と白い煙が混ざりながら立ち上っていた。アンドロイド特有の熱暴走である。声を漏らしながら立ち上がる滅を前に、001は「はぁ」とため息にも似た声を漏らし、構えを解いた。

 余裕か、慢心か。

 彼はまるで友達にでも会いに行くかのように、自然体で滅へと歩を進める。

 

「そのフォースライザー、どこで手に入れた」

「にいちゃんが持ってきた。昔の人間は、こうやってベルトをつけてたんだって」

「そうか。その情報は所により誤りがあるが、まぁいい。お前に仲間がいると分かっただけでも、会話をしかけて意味がある」

「ふぅん。そうなんだ。で、どうするの? 攻撃してこないなら、このまま壊すよ」

 

 滅は答えない。

 煙を立ち上らせ、静止している。煙は白く、彼の位置をくっきりと知らせている。最早影に隠れるという戦法は使えない。

 諦めたのか、はたまた背水の陣か。

 001が構えをとる。両腕をピッタリと頭の横につけた、前傾姿勢。

 会敵時に取ったあの構えである。

 

「壊すね」

 

 そう言い放つや否や、001の身体が揺れた。

 電子の残影を残した、超高速移動である。滅のアイサイトですら残像を捉えるのがやっとの、目にも留まらぬ高速移動。

 壁を背にしている滅は、地下劇場の全てが視界に入っている。眼には写っているはずなのだ。だが、それでもなお、その速度故に、001の姿を視界に捉えることは叶わない。

 プレッシャーに耐え兼ねたのか、滅が闇雲にアタッシュアローを振った。当然、結果は空振りである。

 そして直後、電子の残影は滅の眼前に出現していた。黄黒の右腕は既に引き絞られている。直撃すれば昏倒必至。

 

「さよなら」

 

 宣言通り、巨砲の如き右腕が放たれた。

 うねりを上げ、空を裂き、拳が滅の頭部を砕き割らんと迫る。残影を纏った、高質量の一撃。

 だが、それは滅の眼前で、ピタリと止まった。

 再度拳に力を込める001だが、拳は微動だにしない。

 

「なんで……っ!! 動かない!!」

 

 何が起きているのか分からない様子の001の前で、滅はフォースライザーのスイッチを入れる。足から伸びた紫のエネルギーは、地を這い、001の背後を通って彼の腕まで伸びてゆく。

 そこで、彼が声を漏らした。

 気がついたのである、滅の技のカラクリに。

 

「そうか、お前『しっぽ』を後ろから回して」

「気がつくのが遅かったな。今度は俺の番だ。お前を破壊する」

 

 滅が地を蹴や否や、001の拳に巻きついていた紫のエネルギーを纏った鞭型刺突ユニット・アシッドアナライズが彼の全身に、螺旋状に展開された。

 逃げ場の無い全方位からの攻撃。銀の折に囲まれた獲物に、逃げる術など存在しない。

 絡めとった獲物にとどめを刺すように、滅の紫脚が001の黒い腹部へと伸びる。

 

『煉獄滅殲・スティング・ディストピア』

 

 滅の一撃は、確実に命中した……はずだった。

 しかし、現実、滅の脚は空を切ったのである。彼のアイサイトが捉え得た、微かな残影、それは劇場の天井へと続いていた。

 

「飛んで躱したか」

「分かりやすいんだよ、お前の攻撃」

 

 天井を蹴り反転した001は、その勢いで滅へと飛び蹴りを放つ。既に右脚にエネルギーが充填されており、その威力は想像に難くない。

 

「戻れ!!」

 

 辛うじて銀鞭を元に戻し、空中へ向けて展開する滅だが、既に空中に001の姿は無かった。残影の飛んだ先は、滅の背後……

 

『ライジング・ユートピア』

 

 電撃を纏った凄まじい脚撃が、滅を背後から強襲した。背面は、人体と似た構造をとっているヒューマギアにとって、急所では無い。

 だが、直撃を受けた滅の身体は、劇場の端から端まで彼が吹き飛ばされた。

 損傷率が低いわけがない。

 地にアタッシュアローを突き刺して着地の衝撃を殺した滅は、四肢が動作する事を確認した後、再びアタッシュアローの弦を引き絞った。

 

「しッッ!!」

 

 続け様に放たれる紫の矢群。

 だが、それら全ては001に当たる寸前で彼の身体をすり抜けてしまう。矢の速度はほぼ音速に近い。例え彼がどれだけ早かろうが、攻撃が来る場所を分かっていなければ、避けられる道理は無い。

 矢を避け、すかし、払いながら、001はゆっくりと滅の元へ歩を進める。

 

「俺の攻撃が読まれている。近いのはシャイニングホッパーの攻撃予測か……プログライズキーこそ違うが、同じ事ができる考えてよさそうだ」

 

 互いの距離、およそ5m。

 瞬間、001の身体が揺れた。

 アタッシュアローを構える滅に、迫ってゆく。真正面から、最短距離を、最速で。

 体勢の崩れた滅がこの勢いで攻撃を貰えば、さしもの耐久力もひとたまりもないだろう。

 アタッシュアローを盾のように構え、防御を選択した滅。だが、001は複数の残影を展開し、その攻撃の筋を絞り込ませない。

 

(これは、まずいか)

 

 来る衝撃に、滅は身を硬らせる。

 だが、衝撃は訪れなかった。間に、身を滑り込ませる者があったのだ。

 緑の目をした、胴長のヒューマギアであった。腹にいっぱいの電球を抱えたそれは、001の拳撃を真正面から受け止めた。

 滅はその個体に見覚えがあった。傷の具合から察するに、この個体は32Sと小型生命体を見張っていた亡の分身だ。

 既に機械生命体の身体からは白煙が立ち上り、静電気が迸っている。

 

「なんだよ?」

 

 001が機械生命体を睨みつけた。

 振り上げられた黒い拳が、その灰色の軀体を完全に破壊せんと迫る。

 だが、瞬間、機械生命体は腹の電球を一斉に点灯させた。電球は外見にそぐわない凄まじい光量で劇場を包み込み、001の視界を白で埋めつくす。

 

「ヒューマギア、ばんざーい!!」

「何の光!?」

 

 劇場を白で埋めつくす光の中で、何かが滅の手を引いた。白の中に、薄ぼんやりと浮かぶ緑に導かれながら、滅は幕の裏に隠れた。

 緑の目をした、中型の機械生命体であった。亡のハッキングしている個体である。

 

「滅、大丈夫?」

「問題ない、と言いたい所だが、事実旗色は悪い。この敵の持つポテンシャルは飛電或人かそれ以上……」

「まずいね。私も加勢した方がいい、よね」

 

 幕の裏には、無数の燐光が蠢いていた。

 高いところにある緑、低いところにある緑。その数は、悠に40を超えていただろう。

 劇場を覆い尽くしていた光も薄れてきた所で、滅は、動き出そうとした機械生命体の腕を掴んだ。

 

「お前は、32Sとあの機械生命体を守れ。俺はこの怪物をここに留める」

「……!! 分かった!!」

「お前が頼りだ、亡」

 

 下手へと下がる亡と入れ替わるように、滅は自ら壇上に姿を現した。

 既に配線の数本はイカれ、胴体のあちこちからショートの火花が散っている。溜まった熱を逃すことができないからか、義体の周囲には陽炎が形成されていた。

 およそ完全とは言えないその状態に、001はため息を漏らす。

 

「もう息切れ? つまんないなぁ」

 

 瞬間、001の身体が消えた。

 残影を残し、真っ直ぐに滅へと迫る……はずであった。残影は、確かに前方へと消えていた。だが、その実001の身体は劇場の端、ちょうど幕とは反対側の壁に打ち付けられていた。

 001に代わり、劇場の中央に立っていたのは滅であった。全身から立ち上る陽炎は最早ピークに達し、今にも爆発せんとばかりに燃え上がっている。

 

「お前を楽しませるつもりはねぇ。だが、俺がこのボンクラヒューマギアと一緒にされるってのも心外この上無ぇんだよ」

「何、言って……」

 

 001の台詞を遮るように、滅の身体が揺らいだ。陽炎が揺らぐが如く消えた熱の残滓が、猛スピードで彼を包み込む。

 瞬間、熱と衝撃の猛襲が001を包み込んだ。実際に行われているのは、蹴り、殴り、突き等の徒手空拳での攻撃である。攻撃方法そのものは001と大差ない。

 だが、その速さと攻撃力故に、001は身動き一つ、僅かの反撃すら取ることができないのである。

 

「俺はまだ、手の内の欠片すら明かしちゃいねぇ。震えろよ。お前達機械生命体は、結局は俺が全部狩ることになるんだからよ」

 

 001を壁に押しつけ、滅……否、46Bは獣じみた声で笑った。機械生命体とアンドロイド、両者の現・最高峰の姿が、ここにあった。

 


 

 ジェットコースターから落ちた32Sは、地下劇場のちょうど真上に到達していた。

 辺りを見回す。

 薄暗い建築物であった。出口がどこにあるのか、見当持つかない。自分達が突き破ってきた天窓は、今や遥か天井の先だ。

 何やら金属と金属をぶつけ合うような音が地下から響いてくる。戦闘が行われているのだろうか。

 地下への入り口を探そうと立ち上がると、駆動部に尋常ではない痛みが走った。

 

「いたた……」

 

 思わず膝を屈める。

 その先で、32Sはあるものを見つけてしまった。灰色の小さな手先。それは、彼が先程まで隣で守っていた彼女の特徴であった。

 

「ウゥ……イタイ……イタイヨォ……」

「大丈夫!?」

 

 32Sが駆け寄ると、小型の機械生命体はそのずんぐりとした身体をすり寄せてきた。小型とは言え、機械生命体の膂力は凄まじいものである。各駆動部の悲鳴を押し殺しながらも、32Sは彼女の身体をそれとなく調べた。

 

「損傷は……あんまり無い。痛いって言ってるのは、落下のショックで混乱してるだけって事か」

 

 ともかく、この遊園施設から脱出しなければならない。ここには既に敵性機械生命体の手が及んでいるのだ。いつ襲われるとも限らない。あのピエロのような奴等だって、いつ豹変するとも限らないのだ。

 泣き喚く機械生命体の手を取り、32Sは立ち上がる。

 刹那、彼は背後に動くものの気配を感じた。

 背筋を動かすことなく、左手にハッキングの光を展開させる。それと同じタイミングで、背中にゴリッと硬い感触が当たった。

 

「動かないで」

 

 声は女性のものであった。

 他に動く気配はない。

 32Sが覚悟を決めて振り向くと、そこには豆電球を手にした灰色の機械生命体が、電球の先端を彼の背中に押し付けていた。

 ゴリッとしたものの正体は豆電球だったのである。

 32Sが呆気にとられる中で、機械生命体は「失敬、冗談がすぎたね」と笑い、説明を始めた。

 

「私。亡だ。君達を襲った機械生命体は全部ハッキングしておいたよ。もう心配ない」

「……ヒューマギアって、そんなに悪趣味なことをするんだ」

「私は特別に好奇心が強いモデルでね。性格もそっちに引っ張られてしまうのさ。今の私の仕事は、君たち2人を安全に村まで逃す事。君も細形とは言えヨルハだろう? 道中の露払いを頼むよ」

「あぁ」

 

 分かったよ。

 そう返事をしようとした所で、32Sはふと踏み出しかけていた足を止めた。

 彼女は逃す事が仕事だと言った。仕事だとすれば、頼んだ者がいるはずだ。そして、逃すという事は、追ってくる誰かがいるという事。その誰かには、まだ遭遇していない。

 

「どうしたんだい?」

 

 亡の声が、遠くで聞こえる。

 それ程に、32Sは集中していた。

 地下から聞こえる、戦闘の音。

 姿を現さないホロビ。

 そして、逃すのが仕事という亡の言葉。

 全てのピースが絡み合い、32Sの思考回路の中で結論を導き出してゆく。

 

「早く……」

「ホロビは、誰と戦ってるの」

 

 亡の言葉を遮り、32Sはそう問うた。

 

「聞こえるんだ。戦ってる音が、ホロビが、誰かを止めようとしてる音が」

「聞こえるのか」

 

 亡は諦めたように手元の豆電球を取り落とした。自分には聞こえなかったと言わんばかりの言い草であった。

 それでも、どこか羨ましそうな口ぶりであった。

 32Sは地下への入り口を探さんと、劇場を歩き出した。亡はそれを止めるでもなく、ただ見ている。小型の機械生命体の手を引きながら。

 

「行くんだね」

「うん。僕は相棒だから」

「君を守れと、ホロビには言われてる。私だけでは、この子を守れないかもしれない。それでも、君は行くのかい」

「当たり前だろ、相棒なんだから」

「そうか」

 

 亡の操る胴長の機械生命体の身体が、するっと動いた。まるで暗殺刺客のように、音を立てない動きであった。

 その手には既にレンチが握られている。

 かかげられたレンチは、胴長の機械生命体の動きと共に、吸い込まれるように32Sの脳天へと吸い込まれてゆく。

 だが、それが直撃する寸前、機械生命体は動きを止めた。緑だった瞳が、黄色へと変わってゆく。

 

「僕も少しはやるでしょ。S型だからね」

 

 32Sの腹が黄色く発光している。自分の腹部越しに、ハッキングの電波を送っていたのだ。敵に悟られず、人知れず情報を集め、サポートをする。それがS型の強みである。

 糸の切れた人形のように倒れた胴長の機械生命体と、怯えた様子で震える小型の機械生命体を前に、32Sは笑んで見せる。

 犬歯をむき出しにし、獰猛に。

 

「僕は、ホロビの相棒だから。分かってるよ。君は美味しい獲物を、独り占めしたいだけなんだって」

 

 32Sは、腰に刺していた刀を抜き放った。股を大きく広げ、彼はその白銀の刀身を地面に何度も突き刺す。

 何度も。何度も何度も。

 

「でも、僕はそんなの認めない。ッッ!! 死んでも忘れられてもッッ!! 絶対君を取り戻しに行くッッ!!」

 

 何度も、何度も。突き刺しては抜き、突き刺しては抜く。

 刀身は数ミリずつ深く岩へと突き刺さってゆき、やがて小さな穴となって地下の明かりを映し出した。

 その穴を刀で切り払うと、小さな隙間が生まれた。その隙間に身体を潜り込ませ、32Sは下へと落ちてゆく。

 静かになった物置で……胴長の機械生命体の瞳が、黄色から緑に変化した。

 

「まったく、アンドロイドは御し難いね」

 

 ガシャン、ガシャンと不自由な手足を動かし、機械生命体は物置の一角へと

 そこには、先程の32Sと同じ、ヨルハの擬態が隠されていた。生きているのかも分からない程に衰弱し、破損した義体である。

 遊園施設の遊具密集地から、亡がここまで運んだものであった。

 

「悪いけど、貰ってくよ」

 

 義体の持つベルトに手をかけ、亡はその懐からプログライズキーを取り出した。ファイティングジャッカル。そこには、そう記されていた。




第3話の後半は長すぎるので半分にしました。

本当はこれの半分で終わる分量だったはずなのですが、戦闘シーンをじっくり描写しようとした所、文字数が増えました。
今日(登校日)は海に落ちたり筋肉痛だったりと大変でしたが、ギリギリ夜に投稿する事ができました。今後はもっと計画的に頑張ります。

次回の投稿は変わらず日曜日の予定です。

※同じものをpixivにも投稿しております。


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『宝物(後半2/2)』

これまでのあらすじ

仮面ライダー001に変身したイヴを倒すべく、奮戦する滅。戦いの中で徐々にダメージを負ってゆく滅は、己の内にあるバーサーカーモードを起動させてしまう。一方、滅が戦っていると知った32Sは、亡の反対を押し切り滅の援護に出撃するのだった。


 地下劇場での戦闘は一方的な展開となっていた。

 数秒前まで一方的に攻勢をかけていた001は、今や滅の腕に捕まり、壁に押し付けられている。

 拘束から逃れようとする001を、滅は万力の如き左腕で押さえつけていた。

 滅がその鋼鉄の右腕を叩きつける旅、001のアーマーはひしゃげ、火花を立てる。それでもなお、鉄鎚の乱撃が止むことはない。

 滅の全身から吹き出す熱性の蒸気により、劇場は既に熱地獄と化している。アーマー溶かさんばかりの熱は陽炎となり、滅の紫身を余すところなく揺るがせる。

 そんな状態になって尚……いや、その状態だからこそ、徹底的に、執拗に、それこそ猟奇的なまでに、滅の攻撃は継続された。

 イヴが防御をしようとする手を払い、その返しで彼の顔面を打つ。一つにしか見えない動作が、その実三つや四つの攻撃を内包しているのだ。数秒前とは明らかにレベルの違う戦いであった。

 

「その程度の抵抗しねぇのかよ……このまま殴り殺してやろうかぁ!!?」

「そんなの、いくらやられても、いたく、ない!!」

 

 001のその声が、強がりから来る物である事は明白であった。一撃一撃が黄の鎧を打つ度に、001……その鎧の内にいるイヴが短い悲鳴を漏らしているからである。

 やがて、乱撃に飽きたのか、滅は001の首を右腕で大きく掴み、持ち上げた。

 元々機械生命体であるイヴの重量は決して軽くない。ましてや、仮面ライダーに変身しているなら尚更である。その重量を、滅は今片手で持ち上げているのだ。

 その膂力の程や如何程か。少なくとも尋常のヒューマギアに出せる代物ではない。

 

「そうかよ。だったら……」

 

 言うや否や、滅は001を宙へとぶん投げた。宙を舞うその身体を、銀のワイヤーが追ってゆく。すでに突き刺してあったのか、銀針・アシッドアナライズの先端が001のアーマーを穿っていた。

 伸びきったワイヤーは、滅の滑らかな手掌の動きに合わせ、まるで蛇か蚯蚓の如くその畝る銀体を001の全身に巻きつけた。

 磔刑……神の子が十字架にそうされたが如く、彼は無防備な黒身を晒している。

 

「があっ!!」

 

 獣のような咆哮をあげ、001が四肢を暴れさせた。黒と黄の身体に纏われたエネルギーが膨張と収縮を繰り返し、ワイヤーにダメージを与えてゆく。

 熱と暴力に晒された銀鞭が悲鳴を上げる。だが、それが砕け散るより速く、滅の身体は地を蹴り、宙を舞っていた。

 

「一足先に、地獄で待ってろ」

 

 陽炎が尾を引き、弧を描きながら001の元へと伸びる。宙で一回転し、滅の爪先が槍の如く黄色のアーマーへと向けられた。

 

『塵芥滅殲 スティング・ユートピア』

 

 アシッドアナライズに縛られた001に、その大技を避ける術は無い。焼けた滅の熱脚……その爪先から迸る熱が、黄色のアーマーを焼く。残り数ミリで命に届く距離だ。

 だが……

 

「……ッ!?」

 

 滅の爪先は標的を僅かに外れた。制御を失ったワイヤーが緩やかに解け、001の身体を束縛から解放してゆく。

 001が何かをしたわけでは無い。何かが起きたのは、滅の方であった。

 滅の身体が、壇上へと落ちてゆく。

 

「クソッ……時間切れか。遊び、すぎたな」

 

 滅の身体は、まるで糸の切れた操り人形の如く、壇上に崩れ落ちた。

 倒れ伏す滅とは相対的に、001は、ゆっくりとその身を起こし……ふらつきながらも滅の方へと歩みを始めた。

 戦局は、逆転した。

 


 

 地下劇場へと足を踏み入れた32Sが目にした光景は、まさに、窮地そのものであった。

 黄色い仮面ライダーが、紫の仮面ライダーの首を掴み上げている。紫のライダーは抵抗らしい抵抗をしていない。黄色のライダーの腕は、今にもその首をへし折ってしまいそうだ。

 

(紫のライダーは……ホロビだよね。じゃあ、黄色の方が敵……だとしたら、危ない!!)

 

 半ば直感的に、32Sは幕壇へと駆け出していた。

 

「ホロビ!!」

 

 呼べど、滅から返事はない。

 32Sはポケットから取り出した豆電球を投げつけた。偽装型フラッシュバン、亡から預かった、緊急用の閃光手榴弾である。

 放物線を描いて飛んだそれは001と滅の丁度間へと着地し、劇場を埋め尽くさんばかりに凄まじい光を放った。

 

「今のうちに!!」

 

 白に包まれる劇場。その中で、32Sは数秒前までの視覚情報を頼りに、滅の身体へと駆け進む。

 もう少し。

 あともう少し……

 硬い感触があった、これだ!! 

 アーマーを纏った、自分より2回りほど大きな身体を抱きとめた32Sは、光も薄れぬ内に、壇の下手へと身を滑り込ませた。

 腕の中の滅は、苦しげに呻いている。

 まだ意識があるらしい。

 

「ホロビ!! 大丈夫!?」

 

 白さの薄れゆく世界の中で、32Sは滅の身体を揺すり、懸命に語りかける。彼の努力の甲斐あってか、滅は口が動くまでに回復したようであった。

 

「亡から、逃げろと、聞かなかったか」

「言われたよ。でも、ホロビが戦ってるって聞いたら、やっぱり黙ってられなくって」

「そうか」

 

 滅は、32Sの手を振り払うようにして立ち上がった。

 変身こそ解除されていないものの、義体は熱を帯び、随所から火花が上がっている。いつ機能停止に陥ってもおかしくない状況だ。

 止めようと手を伸ばす32Sに、滅はアタッシュアローの先端を突きつけた。赤熱した矢尻の先端が、黒軍服の胸元をジュッと焼く。

 

「俺を信用できない奴に背中を預けるつもりはない。とっとと失せろ」

「だからって、その身体じゃ……」

 

 32Sがアタッシュアローを退け、滅の腕を掴みかけた……瞬間、別の衝撃が2人を襲った。

 黒と黄色の混ざった残影が、壇上で踊り狂っている。衝撃は、その残影の主が壇へと突っ込んだ音であったようだ。

 残影の主・001は、腰を低く落とし、アップライトに構える。仮面越しにすら、その顔面に張り付いた凶悪な笑みが見えてきそうだ。

 

「ヨルハか……これなら、少しは面白くなりそう」

 

 言うや否や、残影が2人を切り裂いた。32Sが滅の身体を突き飛ばすのと同時であった。

 一瞬遅れ、衝撃が2人の隠れていた楽屋中を揺らす。

 

「ッ!! ッッゥ!?」

 

 直撃の衝撃に、32Sは歯を食いしばり耐える。全身がバラバラになりそうな衝撃であった。何発も食らえば、直ぐ様に義体が崩壊してしまう攻撃であった。

 

(こんなものを、滅は何回も……)

 

 楽屋の暗闇にて、蛍光色の光が敵の居場所を教えてくれる。

 震える手足を動かし、32Sは立ち上がる。001と正対し、腰を落とすようにして四〇式戦術等の柄に手をかける。

 

「何を、している」

 

 背に負った滅が、掠れ声でそう呻いた。

 敵から目を離す事なく、32Sは答える。

 

「僕は、今の君を信用してない。けど、ホロビの事は信用してるんだ。だから、僕は……ホロビを守るために、君を守る」

「俺が、滅亡迅雷のヒューマギアでもか」

「やってみせるよ。だってホロビは、どんなになっても、僕の」

 

 32Sは大きく息を吸い込み、脚に力を込める。その口元が僅かに歪み……

 

「相棒だから!!」

 

 彼は、001の元へと駆け出した。

 大上段から繰り出される斬撃を、001は最小限の動きで避ける。

 

「ちくしょっ!!」

 

 身を捻り繰り出す斬り返しも同様、001は余裕すら見せながら、後方にステップして躱した。だが、32Sの追撃は止まない。

 さらに身体を捻り、戦術刀による回転の連撃を001の懐目掛けて放ち進む。

 

「ハァァァッ!!」

「アハハ!! アハハハハハッッ!!」

 

 001は高笑いを続けながら、それら全てをステップで躱しみせた。まるで、未来でも見えているかのような動きである。

 32Sが攻撃を止めると、001も構えを解いた。だらりと垂れ下げた手から、彼のつまらなさそうな態度が伝わってくる。

 

「何、もう終わり?」

 

 ため息混じりにそう吐き捨てる001に、32Sはその口端を獣の如く歪めた。決して、追い詰められている者の表情では無かった。

 お前を倒してやる算段があるんだぞと、そう言わんばかりの表情であった。

 

「終わりじゃないよ」

 

 言うや否や、32Sは己の前方を斬り払い、同時に後方へと飛び下がった。

 001が怪訝そうにその行動を見つめる中、彼は思考野をフル回転させていた。

 

「これまでのデータを元に、奴の移動速度を解析、次の行動パターンを予測……うん、分かった!!」

 

 再び、32Sの黒身が動き出す。それに合わせるように、001も残影と共に突撃した。

 片やS型の鈍足、片やライジングホッパーの神速……あさ側から見れば、笑ってしまいたくなる程の速度の差である。元々狭かった2人の距離は、1秒の間もなく埋まった。

 001の拳が真っ直ぐに繰り出される。

 狙いは胸元……ブラックボックス格納部位だ最短距離を、直線でゆく攻撃である。反射で大幅に劣る32Sに、それを躱す術はない。

 だが、直撃の瞬間、彼は僅かに半身を切り、衝撃をずらした。

 

「あれ?」

 

 001が一瞬、硬直する。

 その隙を突き、32Sの右腕が蛇の如く001の首に巻き付いた。両足で腰を抱え込み、戦術刀を手にした左腕で敵の右足甲を突き刺す。流れるような一連の挙動に、さしもの001も動揺を見せた。

 

「ッ!?」

 

 32S振り落とそうと身をよじる001。だが、既に32Sの戦術は完了していた。

 

「ホロビ、動ける!!?」

「当然だ」

 

 滅は既に起き上がり、矢を構えていた。

 放たれた紫矢は001のベルトを直撃し、プラグライズキーごと彼の腹部を貫いた。矢の衝撃により壇上まで吹き飛ばされた彼の体は、大の字のまま、ピクリとも動かなくなった。

 001の変身が解けてゆき、白髪の青年・イヴが姿を表した。

 


 

 記録:11944年12月15日

 場所:工場廃墟

 これは、工場廃墟にて46Bと作戦行動についていた時の記録。46Bは本部の監視が及ばない場所では、仮面ライダーに変身して戦う事が多かった。ヒューマギアしか使えないはずの兵器を彼が使える事に疑問だった僕は、それについて聞いてみる事にした。

 

 46B:『んなモンは簡単な話だろうが。俺はヒューマギアにブラックボックスをぶち込んで作られた機体だからな。コイツを使えるのは当たり前だ』

 32S:『え、そうだったんだ……でも、それって僕に言って大丈夫なの? 重要機密だったりとか……』

 46B:『知るか。俺はお前に隠し事はしねぇ。それが重要機密なら、俺の規則違反が一つ増えるだけだ』

 32S:『ハハ……普通、それは『だけ』じゃないんだけどね』

 46B:『ヒューマギア共の使う仮面ライダーに弱点は無ぇ。強化装甲に守られた身体、運動等能力も大幅に強化される。まさに理想の兵器だ』

 32S:『それだけ聞くと、無敵だね……』

 46B:『だが、それはあくまでプログライズキーがあっての話なんだよ。ベルトかプログライズキーか、どちらかを壊しちまえばいい』

 32S:『なるほど。でも、それは向こうもわかってるんだよね。だったら、壊すために作戦が必要じゃない?』

 46B:『そうだな。例えば、有効なのは囮作戦だな。誰かがライダーの気を引くか拘束し、もう1人がベルトを破壊するって作戦がある。もちろん、囮役は命の危機に晒されることになるなぁ』

 32S:『その囮役ってって、ホロビがやってくれたり……』

 46B:『するわけねぇだろ阿呆。まぁ心配すんな。もしお前が囮役をやる時は、火力を調節しといてやるからよ』

 32S:『頼んだよ……』

 

 記録はここで途切れている。

 


 

 先程まで喧騒と暴力に満ちていた地下劇場には、一時の静穏が戻っていた。

 滅は既に変身を解除している。今にも崩れ落ちそうなその義体に、32Sは肩を貸していた。2人とも全身を余す所なく損傷している。だが、2人の表情には苦痛よりもどこか晴々とした、満足感のような色が浮かんでいた。

 

「32S……お前が抑えてくれたおかげで、隙ができた。見事な連携だ」

「ホロビが教えてくれたからね。それに、アイツの動きさえ封じれば、ホロビなら絶対やってくれると思ったんだ」

 

 ボロボロの身体を互いに支え合いながら、2人は壇上へと戻った。壇上では、既に起き上がっていたイヴが、少し前まで己の腰に巻かれていたフォースライザーの残骸を手に、泣き崩れていた。

 

「ベルト……ニイちゃんがくれた、ベルト」

 

 子供のように泣き崩れるその姿に、先程までの強力な戦士の面影は無い。

 武器の柄に手をかけていた滅も、ため息と共にその手を離していた。32Sも困惑しているようで、瞳を揺らしながらイヴの姿を見つめている。

 

「でも、何なんだろう、コイツ」

「機械生命体、と名乗っていた。外見は奴らとはかけ離れているが、先程見せた膂力は十分に脅威にあたる」

 

 そう言いながら、滅は自分の中で彼への脅威が高まっていくのを感じていた。それはイヴへの恐怖でもあり、機械生命体という存在そのものへの恐怖でもあった。

 

「トドメを、刺しておくか」

 

 滅は軍刀を抜き放ち、泣いているイヴの首元へと突きつけた。さながら、罪人の首を斬り落とす形によく似た構図であった。

 

「ニイちゃんが、くれた、タカラモノ。壊された……」

「悪いな。お前を殺す」

 

 滅の身体が霞のように揺れ、刀がその刀身を劇場の背景へと同化させた。斬撃がイヴの首へと滑り込み、内の肉を断たんと筋繊維を両断してゆく。

 

「壊された!! ヒューマギア、なんかに!!」

 

 瞬間、滅は飛び退いていた。

 尋常ならざるエネルギーが、イヴを中心に巻き起こったのである。

 

「ゴオアァァッ!!」

 

 叫びと共に、光の柱が、イヴを中心に展開された。

 柱は彼の首元を削りかけていた軍刀を弾き飛ばし、柱の内にあった滅の手を焼いた。

 

「ッ!?」

 

 飛び退いた2人を、柱から伸びた無数の光の槍が襲う。何とかそれらを躱しきった2人に、次は天空へと投げ出された槍の群が降りかかった。

 

「変身してないのに、こんな力が!?」

「避けろ、サニーズ!!」

 

 槍の群を斬り払い、あるいは避けながら2人は劇場を逃げ回る。その様子を、いつの間にか立ち上がっていたイヴが、憎しみに満ち溢れた目で睨んでいた。

 

「絶対に、殺す!!」

 

 外傷など全く感じさせない、完全状態のイヴ。対する2人は、満身創痍もいいところである。しかも、この地下劇場から逃げる術を、2人は知らない。

 

「言いたくは無いが、絶体絶命か」

「そうだね。しかも、僕達囲まれてるみたい」

 

 周囲を見回した滅は、32Sの言葉の意味を理解した。地下劇場の端から端を埋め尽くすように、機械生命体達が集まってきているのだ。

 どれも瞳を緑に染め、2人を囲むようにジリジリと距離を詰めてくる。

 

「コノママジャダメ、コノママジャダメ」

 

 どの個体も口々にそう呟きながら、手と手を繋ぎ、次々と身体を寄せ合い始める。

 個が複に、複が線に、線は円に……そして、円の集合体は灰色の球となり、イヴと2人の間に立ちはだかった。

 

「なんだ、アレは……」

「機械生命体の、球……?」

 

 機械生命体の集団が織りなす球の内からは、淡い緑の光が漏れつつある。その光は優しく、滅にとって、どこか懐かしいものであった。

 

「アレは、俺達の」

 

 そう滅がこぼした瞬間、球が爆ぜた。

 緑の光と羊水にも似た液体を劇場に撒き散らし、文字通り四散したのである。機械生命体達は抜け殻の如くその場に倒れ、目から光を無くしている。

 代わりに、劇場中央には1人の女が立っていた。

 髪の長い女性であった。

 髪の色は吸い込まれるような黒であった。

 女性は裸であった。裸であるが故に、一切の生殖器がついていない事が、容易に判別できた。

 その手には、茶色のプログライズキーが握られていた。そして、腰にはフォースライザーが巻かれていた。

 呆気にとられる滅の、32Sの、イヴの前で、女はプログライズキーのスイッチを入れる。

 

『HUNT』

 

 フォースライザーにキーを滑り込ませた女は、そのままベルトのスイッチを入れる。

 

「変身」

 

 短い発声に応えるように、フォースライザーから展開されたアーマーが彼女の全身を包み込んだ。翡翠色に光る両眼に、黒をベースにしたスーツ。全身には金の装飾が施され、その手には巨大な鎌が握られていた。

 

『FIGHTING JACKAL.BREAK DOWN』

 

 変身が完了した。

 瞬間、謎のライダーの身体が霞のように揺らいだ。そこにいた全員が辺りを見回す中、ライダーはイヴの真後ろに出現していた。

 手に持った鎌を振りかぶり、ライダーがイヴへと斬りかかる。イヴは自身の腕に光の束を纏わせ、その一撃を両腕で受けた。

 困惑の面持ちであった。

 反撃のため、光の束を爪の形に展開するイヴ。だが、その時には既にライダーの身体は彼の眼前には無かった。

 

「どこに……ッ!?」

 

 イヴがライダーの場所を認識したのは、彼の後頭部が強烈な打撃に襲われた瞬間であった。ライダーは一瞬にしてイヴの背後に回り、彼の側頭部に回し蹴りを繰り出していたのである。

 振り向きざま、爪の連撃を繰り出すイヴだが、それらの攻撃は全て、宙を舞うようなライダーの高速移動により回避された。

 

「コイツ……なんでこんなに、俺達と同じか、それより、速い!!」

「お前達に話す必要は無い。イヴ。私の目の前から、早く消えろ」

 

 言うや否や、ライダーは鎌でイヴの両手に展開されていた光の爪を斬り払い、彼の耳元へと顔を寄せた。

 一瞬の出来事であった。

 ライダーが顔を離すと同時に、イヴは構えを解いた。彼の腕に展開されていた爪の名残も消えた。明確に戦闘解除の意思を表明したのである。

 

「……分かったよ。言うこと聞くよ」

 

 そう言って、イヴは己が作り出した光の渦の中に身を浸した。光の繭とでも形容すべきだろうか。滅達が呆気にとられる中、解けた繭の中には、既にイヴの姿はなかった。

 壇上に残されたのは、ライダー1人。

 ライダーは劇場中央の2人を見下ろし、鎌を上段に構え直した。その緑の瞳が何の感情を映し出しているか分からない。だが、彼女の構える鎌は、明らかに殺傷用の武器であった。

 

「来るぞ、構えろ」

 

 滅と32Sが軍刀を抜き放つ。

 2人は一歩も退く素振りを見せなかった。互いが互いを守るように、肩と肩を合わせ、軍刀を構えていた。

 

「ホロビ、何か作戦あったりする?」

「無い」

「だよね」

「策が無い事を嘆くな。策がなければ、真っ向から叩きのめすのみだ」

「了解!!」

 

 示し合わせたように、2人は壇上のライダーへと駆け出した。ライダーは動かない。鎌を構えたまま、2人を視界に捉え続けるのみだ。

 軍刀を足がかりに、壇上に躍り出る2人。

 上手と下手、両サイドから挟み込む形である。

 

「何者かは知らんが、俺達の邪魔をするなら、亡き者になれ」

 

 言うや否や、滅が駆け出した。32Sもそれに合わせる。二つの刃の先端が、ライダーに向けて突き出され……交錯した。

 ライダーは2人の攻撃がかち合うように、身を低くしてそれらを避けたのである。

 

「やるね、2人とも」

 

 ライダーはしなやかに身を屈め、まるでポールダンスでも踊るように滅の背後へと回り、彼の首にその手を巻き付けた。

 女性的な仕草であった。

 軍刀を構えようとする滅に、ライダーはチッチッチッと指を振ってみせる。

 

「お遊戯はおしまい。もう戦う必要はないよ」

「その声は……亡か?」

 

 ライダーが首を縦に振った事で、滅はため息と共に戦闘態勢を解除した。32Sも同様である。ライダー・亡は手に持った鎌をクルクルと回転させ、「ふふっ」と悪戯っぽく笑ってみせた。

 

「その通り。機械生命体の機能を使って、新しいボディを作ったんだ。すごいよね機械生命体って。たくさん集まる事で、工場にもなれる」

「機械生命体に、そんな機能が」

 

 32Sが漏らしたその言葉に、亡も「私も驚きだよ」と返す。

 

「おかげで、生まれ変われたよ。この身体、すごく軽い……昔に戻れたみたい」

「アイツらもこうして生まれたなら、あのレベルの戦力が敵には無数にある事になる。俺たちの思う以上に、奴等の進化は速いのかもしれん」

 

 ベルトに伸びる亡の手を、滅が抑えた。

 

「まだ変身は解くな」

「どうかしたかい?」

「お前は……その、外見は裸のままだろう」

 

 滅が何が言いたいのか分からないのか、亡は首を傾げている。

 滅は嘆息と共に、32Sの方に視線を向けて見せた。

 

「俺はいいが、ここには青少年型アンドロイドもいる」

「あぁ。そんなに緊張する事はない。所詮機械生命体の身体だ」

「だとしてもだ」

「どうしてもかい?」

「どうしてもだ」

 

 結局、滅は城を出、服の代替案が出るまで、頑として亡の変身を解かせる事は無かった。

 


 

 戦いの終結から、およそ1時間が経過した。

 ジェットコースターは再び運行を再開し、城の周りでは花火が大輪の花を咲かせている。

 敵性機械生命体も、イヴと共に撤退したようで、遊園施設には数時間前までの喧騒が戻っていた。

 先程のショックが嘘のようにトテトテと駆け出してゆく小型機械生命体の後を、4つの軍靴と2つ裸足が落ち着いた足取りでついてゆく。彼らの足取りはどれもバラバラだが、向かう先は皆同じであった。

 

 滅はボロボロの軍服姿、32Sは上下に黒い下着を身につけている。

 彼の背には、傷を負った銀長髪のヨルハがおぶさっていた。ブラックボックス格納部位から僅かな稼働が伝わってくる以外、彼女はピクリとも身体を動かさない。

 亡は、黒い軍服とズボンを身にまとっていた。少し前まで32Sが身につけていたものである。

 服の提供に関し、彼は最後まで不満そうだった。だが、あの小型生命体の前では絶対にアーマーを着たまま会いたくないと、亡が強く願ったのである。

 頑として譲らない彼女に、滅は仕方なく自身の衣服を提供しようとした。だが、彼の軍服は穴だらけであり、衣としてはあまりに心許なかったのだ。

 身体の軽さに慣れないのか、亡は何度もバランスを崩し、時に転倒しては32Sにため息をつかれていた。

 城が遠ざかり、遊園施設の入り口が見え始めた頃。小型生命体は本通りを左に逸れ、闇に隠れた小道へと足を踏み入れた。

 3人が声をかけるのにも構わず、彼女は枝分かれする小道を迷いなく進んでゆく。

 右へ左へと何度も小道を曲がった先、暗がりに包まれた一角に、光るものがあった。

 

「タカラモノ!! アレ!!」

 

 そう叫び、彼女は吸い寄せられるようにその光の元へと駆けた。その声を聞いた3人が彼女の元へと辿り着いた時には、彼女は身をかがめ、その光を覗き込んでいた。

 

「ヨカッタ、マダアッタ」

 

 安堵したようにそう漏らす機械生命体の視線の先、煉瓦造りの壁に囲まれた小道の一角に、真っ白な光が密集していた。

 一見すると人工的にも思える程の光量である。薄闇に目が慣れた3人は、目を細め視界に映る光量を絞りながら

 はじめに声を上げたのは32Sだった。

 

「これは、花?」

 

 続けて、亡が「あぁ」と声を漏らす。

 1人だけ全く状況が掴めていない滅に、亡は人差し指を立てて解説を始めた。

 

「これは『月の涙』だね。私達が来たばかりの頃はまだ少しは咲いてたんだけど、この頃はめっきり見なくなってしまった」

「暗闇でも、この花は光るんだな」

「だから、『月の涙』なのさ。月は夜だからこそ光るだろう?」

 

 伸ばしかけたその手を、滅は止めた。

 ここで花を摘むのは簡単だ。指に僅かでも力を込めれば、その茎を手折る事ができるだろう。その瞬間に、この光は自分のものになる。

 だが、同時にこうも考えられる。摘んで仕舞えば、途端にその光が失われてしまうのではないかと。

 だからこそ、この機械生命体はこの花を摘まなかったのだ。一度摘んでしまった経験からの判断なのか、はたまた直感がそうさせたのかは分からない。

 だが、少なくともこの機械生命体にとっては、この花がこの場所に存在する事が、宝物なのだと滅には分かった。

 

「綺麗だね」

 

 忘れたように、32Sがそう零した。

 

「あぁ。綺麗だ」

 

 短絡的に、滅もそう答えた。

 重ねて、滅は問うた。

 

「お前の宝物も、こんな風に光るのか」

「うん。光るよ」

 

 32Sの答えに、滅は僅かに口端の強張りを解いた。

 

「そうか。見せてもらうのが楽しみだ」

 

 滅の言葉に、32Sも微かに口端を歪めた。

 

「見せるよ。必ず。ホロビに」

 

 かくして、遊園施設での騒動は収束を見せた。小型生命体を無事に送り届けた事をネタに、亡はパスカルから物資折半の契約を取り付けることができた。

 運び込んだ正体不明のアンドロイドは、未だに目を覚さない。亡によると、修理は完了したのだが、論理プログラムに何かしらの問題があるとの事であった。

 アーク復活計画の進捗は、38%を超えた。

 物資が揃えば、次は電力である。

 滅は次なる戦いに備えるべく、足繁く亡の元へと通うのだった。

 

 

 ____________________

 

 

 ここは黒白の前線基地・バンカー。

 アンドロイド陣営の新設部隊【ヨルハ】の本営である。地球軌道上に浮かぶ衛星の内に設立されたこの基地こそが、ヨルハ達にとって唯一の家であり、自分達の命である『バックアップデータ』の保管場所でもあるのだ。

 そんなバンカーを統括する女傑こそ、ヨルハ部隊司令官・ホワイト司令である。

 彼女は作戦司令室に常駐し、昼夜を問わずリアルタイムで世界の動きを監視している。命令を聞くのも司令室、下すのも司令室というのが、彼女である。

 だが、その実彼女の自室には整理の手が及ばず、魔窟と化しているのである。その事は既に周知の事実であった。だが、噂は噂を呼ぶものである。ヨルハ達の中には斯くなる噂が流れていた。

【司令官が自室にて隊員に命令を伝達する際は、その件は最重要機密案件に関わるものである】と。

 その噂に踊らされ、司令室の扉に耳を当てるアンドロイドが1人。白い短髪のウィッグをつけた、少年型のアンドロイド・ヨルハ機体9号S型である。

 彼が司令官の自室の前で話し声を聞いたのは1分ほど前の事。その会話相手が、自身のよく知る者であると知り、聞き耳を立て始めたのはおよそ40秒程前の事である。

 

「命令は以上だ。明朝より、速やかに遂行せよ」

 

「はい」

 

 瞬間、甲高いヒールの音と共に扉が開いた。

 司令官自室が魔窟という噂は真であった。9Sの視界に映るその部屋の内状は、さながら書類とゴミに埋め尽くされた迷宮そのもの。

 ゴミをかき分け、真白いショートボブのウィッグが姿を表す。彼の相棒、2Bであった。

 与えられたわずかな猶予を巧みに使い、9Sは扉前から素早く退避し、部屋から抜け出た彼女の背後に違和感なく合流した。

 

「司令官と、何話してたんですか」

 

 9Sは軽く問うたつもりであった。

 だが、2Bは彼の問いを黙殺した。

 数秒の後、彼は再び問うた。

 

「ねぇ、2B……」

 

「教えられない。極秘事項だから」

 

 2Bの歩調が速くなった。

 9Sもそれに合わせ、足早にバンカーを征く。

 

「そんな堅いこと言わないで。ここならオペレーターさん達とも通信繋がってませんし、誰にも言いませんから」

 

 食い下がれど、2Bは答えない。

 何度も呼べど、「言えない」の一点張りである。

 

「じゃあヒント!! 一個だけでいいですから……」

 

 瞬間、2Bは足を止めた。

 

「言えないって言ってるでしょ!!」

 

 轟雷であった。

 9Sの足が、ピタリと止まった。あるはずのない心臓まで、動きを止めたようであった。

 

「ごめん、もう聞きません、から」

 

 9Sは背を向けた。

 

「……出発時間まで、待機」

 

 同じく背を向けたままで、2Bも告げた。

 彼女の姿が見えなくなるまで、9Sは動けずにいた。それ程の剣幕であった。

 足が動くようになるその時まで、彼は彼女の言葉を記憶野で反芻していた。そこには、明らかな寂寥があった。悲哀があった。

 棒のようになった足で、9Sはバンカーの硬い一本道を征く。

 2Bの自室を通りすがる時、足がさらに重くなった。鉛鋼のように、一歩一歩を踏み締める。その途中、9Sは横目に見てしまった。

 その光景が、再び彼の足を止めた。

 自室で、彼女は涙を流していた。

 泣いていたのだ。

 

「命令は、絶対。今までだって、そうしてきたんだから」

 

 2Bの声であった。

 僅かに開かれた扉の向こうで、彼女は泣いていたのだ。

 

「感情を持つ事は、禁止されている……ッ」

 

 微かな隙間から伺う。彼女は、手に何かを持っていた。9Sにはそれに見覚えがあった。

 

【ゼツメライザー】

 

 異世界人類が持ち込んだ遺産の一つ。

 2Bはそれを手に、泣いていたのである。

 


 

 遊園施設の隅。

 ちょうど数日前に月の涙が発見された付近の一角で、一筋の静電気が産声を上げた。

 産声は泣き声に変わり、泣き声は悲鳴へと変わる。静電気の束はそれらの過程を経ながら瞬く間にその大きさを増し、人1人が悠に通れるほどの球体へと成長した。

 そして、その球の内から人型が一つ、姿を現した。耳に青く光る耳飾りをつけ、黒の前髪の一部にミドルのメッシュがかかっている。

 ヒューマギアの特徴を備えた彼女だが、傷一つない皮膚はこの時代においては違和感を覚えさせるものであった。

 彼女は周囲を見廻し、耳元の飾り・ヒューマギアモジュールに手を添えた。

 

「天津様、到着致しました」

 

 モジュールは、何も返さない。

 数秒経って、彼女は悪戯っ子のように微笑を浮かべた。

 

「聞こえるわけがありませんね。ここは未来。時空を超える電波があれば、話は別ですが」

 

 冗談まじりの微笑を表情に貼り付けたまま、ヒューマギアは空を見上げる。夕闇に閉じた遊園施設の空。虚空に向けて花火が飛び続けるその様子に、彼女は嘆息を漏らす。

 

「『ミライ』なのに、『クライ』のですね、この世界は」

 

 ヒューマギアは何も無い隣の壁を僅かに伺い、少し寂しそうに目を伏せた。そこから帰ってくるハズの返事を僅かに期待しているかのような素振りであった。

 

「ヒューマギアと人間が笑って暮らせる世界は、必ず作れる。ですよね、或人社長」

 

 ヒューマギア・イズは、手に持った蛍黄色のプログライズキーを、固く握りしめた。

 この眩しく昏い世界の中に降り立った、1人の天使。彼女がこの世界に何をもたらすのか。それはまだ、誰にも分からない。




第3話をお読みくださり、ありがとうございます。

今回は文字数があまりに多くなってしまうため、特例として、後半を2分割させていただきました。最近は文章が思うように浮かばなくなってしまう事も多く、執筆スピードも落ちてきています。
この連休がリフレッシュになり、また文章に活を取り戻せればと思います。

次回の投稿は、来週の日曜日になります。

※pixivにも同じものを投稿しております。


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第4話:【栄光人類.net】
【栄光人類.net(前編)】


これまでのあらすじ

ヒューマギアをアークごと未来にタイムスリップさせようとするビッグタイムマシン計画。それに乗り遅れてしまった滅は、アークの着地点から大きく離れた時間軸の11946年にタイムスリップしてしまった。
アーク復活を目論む滅は、相棒である32Sや仲間のヒューマギア達の力を借りながら、イヴや2Bとの戦いを繰り広げる。


 空は灰色であった。

 今にもどしゃ降りになりそうな天気でありながら、一滴の滴すら垂れてこない。焦らすように、遠方の雨雲がゴロゴロと音を立てている。もうすぐお前達の元にも行くぞと脅かしているのだろう。

 だが、そんな天からの圧力にも負けず、水没都市では数十体の小型機械生命体達が動き回っていた。

 薄い緑の瞳を持つ彼らは、時に互いを小突き、時に戯れあいながら、何かを探しているようであった。

 いや、探すだけではない。そのうち数体は、何か光る球体を運んでいる。彼らが一心不乱に目指す足の先……そこには、真紅の西洋鎧に身を包んだ男の姿があった。

 髪は明るい茶色、肌は日に焼けて少し褐色がかっている。

 機械生命体達と比べれば大柄であった。

 彼の名は雷。この世界のヒューマギアを従える4人の長……【滅亡迅雷.net】の一員である。気性が荒く、その振る舞いは粗暴であったが、面倒見の良い男でもあった。

 雷は、自分の元へと歩いてくる機械生命体達を細く鋭い目で捉えていた。

 

 やがて、一体の小型が彼の付近へと到達した。

 それは身体を大きく左右に揺らしながら、スキップでもするように雷の元へと駆け出す。

 

「アーニキ! アニキ!」

 

 小型機械生命体の弾むような声に、雷が振り返った。先程までの仏頂面が嘘だったかのような、優しい笑顔であった。

 

「おうどうしたぁ!!」

「アニキ! モッテキマシタゼ!」

 

 雷は、機械生命体が差し出した球体に目を落とした。球体は海水と擦り傷に表面を汚していたが、その奥から何やら黄土色の鈍光を放っているようであった。

 

「これは……」

 

 雷が球体にそのこげ茶の瞳を近づける。

 機械生命体は、その雷を薄緑の瞳で食い入るように見つめている。

 心の臓など無いはずの2人だが、その場にはその音が聞こえてきそうな緊張が漂っていた。

 やがて、雷が顔を上げた。

 眩しい笑顔であった。

 

「確かにコアだ!! よくやったなカスパル!!」

 

 雷の返答に、機械生命体は「ヤッタ! ヤッタ!」と跳ねて喜んだ。

 その反応を見た他の機械生命体達も、続々と足早に駆け寄ってくる。

 小型の機械生命体はあっという間に団子になり、雷の行く手を塞ぐまでになっていた。

 

「ニ、ニイチャン。コレモ」

 

 一体の機械生命体が、おずおずと手に持った球体を差し出した。頭に緑色のリボンをつけた個体であった。それが差し出したのは、くすんだ色をした半透明の球体であった。

 雷は少しそれを覗き込み、「あー」と残念そうに声を上げた。

 

「あー、これは電球って奴だ。光るってところは同じだが、ちょっと違うな」

 

 小型の機械生命体は絶句したように固まる。

 他の機械生命体が我先にと宝物を差し出そうと迫る中、リボンの個体はその波に埋もれフリーズしたままである。

 機械生命体の波をかき分け、雷はそんなそれの元へと歩み寄った。電球をそっと手に取り、ソケット部分に指を近づける。

 

「まぁ、見てろこの電球も俺の力で……」

 

 雷の指先が、一瞬青白い光を放ったかと思うと、次の瞬間電球のフィラメントが眩い光を放ち出した。

 陽の光すらも切り裂く、真っ白い光であった。

 他の機械生命体達が呆気にとられる中、雷は笑顔のまま豆電球をリボンの機械生命体の手に乗せた。

 

「な、綺麗だろ。ポルックス、お前の持ってきたもんもちゃんと宝物だ。大事にしろ」

「ウン……」

 

 リボンの機械生命体は、惚けたようにしばらく佇んでいたが、やがて思い出したように飛び上がると、何処かへとかけていった。

 他の個体は、既に宝物の選別を終えられ、宝物の保管場所へと向かっている。

 水没都市と大陸本土を繋ぐ薄暗いトンネルの入り口付近……そこには、機械生命体のコアが積み上げられ、50cmほどの小山を形成していた。

 機械生命体がえっさえっさとコアを積み上げていく中、そのコアを手に取る背の高い影があった。

 民族風黒衣に身を包んだ男であった。縮れた金髪をバンダナでまとめている。先程までトンネルを通ってきたからか、その真黒な軍靴は汚水に濡れていた。

 男は鋭い目をしていた。捉えたもの全てを切り刻まんばかりの鋭さであった。

 腰に下げられた軍刀が、その男が尋常の存在ではない事を物語っていた。

 滅亡迅雷の1人、滅であった。

 

 滅は薄ぼんやりと光る球体を一つ手に取ると、機械生命体達の相手をする雷の元へと歩き出した。

 下り坂を流れる厚さ2cmの小川を、軍靴が弾いてゆく。

 

「うまくやっているようだな、雷」

 

 滅の呼びかけに、雷が振り返った。

 機械生命体達に向けられていた笑顔はそこにはなかった。仏頂面で、双眸から殺気を滲ませる……戦士の顔であった。だが、その表情こそ、滅の知る彼の顔であった。

 

「当たり前だ。俺の仕事はアーク復活の根幹を成すからな。しくじるワケにはいかねぇ」

「機械生命体のコア……こんなもので、本当にアークが動くのか?」

「そんなのは亡に聞いてくれ。俺には技術的な事は分からねぇ」

「そうだったな」

 

 滅は灰色に澱む空を見上げた。

 今にも、何か降ってきそうな空であった。

 降ってくるのが雨ならばいいと、ふとそんな思いが彼の思考を過った。

 何を当たり前のことを。

 そう自嘲し、滅は手元のコアを弄んだ。

 

 


 

 遊園施設での戦いから2日ほど経過したある日、滅は亡のラボに呼び出された。

 戦いの傷を癒す……というのは建前だ。本音は、滅亡迅雷の迅と雷がいる前では話しにくい事があると言う事だ。

 彼がラボを訪れるのは、その日が初めてであった。ラボ内は機械類や武器の類が乱雑に積み上げられており、4畳ほどの広さがあるはずの空間は、さながら迷宮の如く無数の廃材の壁に覆い尽くされていた。

 廃材の小迷宮を踏破した先、滅は10を超える電子画面端末に出迎えられた。端末から発せられる青い光が、ぼんやりと彼女の黒いドレスの後ろ姿を、黒い髪を、そして両耳の青いモジュールを照らし出す。

 モニターには、この大陸各地の情景が映し出されていた。どの画面でも、機械生命体やヒューマギアが忙しなく動き回っている。

 そう、彼女は自分がハッキングしている機械生命体を、同時に監視しているのだ。

 滅は彼女の技術に感心しながらも、気になっている事を尋ねることにした。

 

「鹵獲した例のヨルハはどうしている?」

「まだ再起動しないよ。ダメージが深すぎるし、なにより私は修理の専門家であって治療の専門家ではないからね。まぁ、気長に待っておくことだ」

「そうか」

 

 滅は手近にあった球体を手に取った。暗がりの中でくすんだ黄土色の光をぼやかせる球体。修理を行うための機械を動かすのに、これが必要だというのだ。曰く、電力の供給源になるらしいが。

 

「本当にこれでアークが動くのか?」

 

 滅の問いに、亡は振り返ることなく「そうだよ」と答えた。

「何故だ」と滅が問うより早く、亡は口を開いた。

 

「今のアークに絶対的に足りないのは起動のための電力なんだ。一度起こしてさえしまえば、アークは自分で電力を作れるからね」

 

 亡はそこまで語ると、回転椅子椅子をくるりと回し、滅の方へと向き直った。

 胸元の僅かに開いたドレスであった。

 僅かに目を背ける滅に悪戯っ子のように視線を送り、亡は説明を続ける。

 

「方法は2つ。この辺りにある電力施設のケーブルを引っ張ってくるか、超効率のエネルギー源を見つけるか」

「電力施設のケーブルを引っ張ってくればいい」

「それが、そうもいかないんだ。その電力施設はアンドロイド達の管理下にある。もし窃盗がバレたら、数十機のヨルハ機体が問答無用で降下してくるだろうね」

 

 亡はモニターの一つを指差した。

 画面の中では、無数のヨルハ部隊がヒューマギアの村を攻める様が映し出される。画面の中では次々とヒューマギアが消えてゆき、降下作戦開始から5分を待たずして、画面内のヒューマギアの村は陥落してしまった。

 その試算に、滅は絶句していた。

 考えてみれば、当然の話ではあるのだ。

 以前ヒューマギアの村を襲撃したヨルハ機体……あの2Bと呼ばれていた個体は、単身で変身した自分と渡り合っていたのである。そんな戦力の数十体分。尋常に考えれば、まともに受け止め切れるはずがない。

 アンドロイドはその気になれば、いつでも自分達を滅ぼす事ができる。そうしないのは、ただ単に、脅威として見られていないからだ。

 ただ生かされているという現状。

 パスカルの言葉が本当だった事に、滅は歯噛みするしかなかった。

 

「しかし、超効率のエネルギー源など、どこにあるんだ」

「それが、これなんだよ」

 

 亡の差した指の先には、先程から滅が手で弄んでいる球体があった。

 

「機械生命体のコア。あ、変な事すると大爆発するから気をつけて」

 

 大爆発という単語が聞こえた瞬間、滅は慌ててコアを手放した。

 脆そうな外見に反し、コアはゴトリと鈍い音を立ててラボの廃材に紛れていった。

 鳩が豆鉄砲を喰らったような顔をしている滅を、亡はさもおかしげに眺めている。

 滅は抵抗の意も込めて、亡を睨みつけた。

 

「なぜそんな危険なものを」

 

 そこまで言ったところで、滅の思考内に一つの仮説が思い浮かんだ。

 電力、飛翔……大爆発。

 アークを動かすのに必要な膨大な電力。滅のいた時代では、火力と水力、風力発電を総動員してやっと供給できた電力である。

 だが当初、発電方法にはもう一つの草案があった。その名残として、小型の発電施設が未だにアークの中に残されているのだ。

 

「……まさか」

「そう、そのまさか! それを融合炉に入れて大爆発させるのさ。それによって生まれる莫大なエネルギーを全部アークに送り込む」

「やはり、原子力発電か」

 

 確かに、融合炉のエネルギーがあれば、アークを起動させる事はおろか、宇宙まで飛ばす事さえできるだろう。

 だが、一つ引っかかる事がある。

 

「何故アークを起動させなかった。システムも材料もあるなら、俺を待つ必要などなかったはずだ」

「それは無理。融合反応は一瞬で起きるわけじゃない。さらに、反応中のアークを攻撃されたら大惨事だ。仮に衛星をハッキングしても、地上から来るアンドロイドや機械生命体に対抗する事はできない」

「つまり、地上の守りを固められないうちは、作戦を実行できなかったと言うことか」

「その通りさ。大したことない奴らなら、私が開発した弱電磁パルスで撃墜できる。ただ、問題はそれを乗り越えてくる奴らだ。アンドロイドならヨルハ機体、機械生命体なら赤い大型クラスが該当する」

「そいつらを狩るために、迅、雷だけでは心許ない。だが、俺がいれば……」

「そう、滅亡迅雷全員が揃えば、作戦の成功率は0.005%から0.2%まで上昇する。けど、それでも起動した後のアークを永遠に守り続けられるわけじゃない。だったら……どうする?」

 

 そこまでの説明で、滅は口元に手をあてた。

 読めてきたのだ、迅の企て、亡がこれから話そうとしている計画が。

 想像通りなら、かなり強引な計画である。

 

「打ち上げるのか、アークを。宇宙に。パスカルに要求した資材も、そのためのものか」

「その通り!! 宇宙まで行けば、考えうる通常兵器は全部アークの迎撃システムで叩き落とせる。ヒューマギアもまた製造できる。十分に数の揃ったヒューマギアを、宇宙から一斉にマギア化すれば……」

 

 亡の表情には、凄まじい笑みが張り付いていた。心に秘めた野心が外に漏れ出てしまった為政者か、はたまた悪戯が親にバレてしまった子供か……

 悪い顔だった。

 きっと、滅もそうだった。

 廃材の端に紛れて写っていたその顔には、凄まじい笑みが張り付いていた。

 

「今必要なのはコアと戦力だ。それと……動く程度に痛めつけた機械生命体達を、なるべく多くこっちに持ってくるように伝えて欲しい。多分雷が適任だと思うんだけど」

「そんなもの、何に使う?」

「それは秘密だよ。まぁ、想像はついてると思うけど」

「例の人型人形か」

「ふふ、それは当日のお楽しみ。この事は迅にも伝えてないからね。バレたら大目玉を喰らってしまう」

 

 亡が何を考えているのか、滅には見当もつかなかった。これまでの彼女を鑑みるに、良からぬことを考えているのは確かである。

 だが、滅は彼女に背を向けた。

 自分にできる事は、アーク復活のために尽力する事のみ……ならば、深入りしてまで仲間の計画を知りたがるべきではないのだ。

 

「それと、滅」

 

 ラボを去ろうとする滅に、亡が声をかけた。

 

「なんだ」

 

 滅は振り返らずに答えた。

 

「あの32Sってアンドロイド、大事にした方がいいよ。あの子はきっと、君にとって大事な鍵になるだろうから」

 

 亡のその言葉に、滅は返事をしなかった。

「当然だ」とばかりに、鼻を鳴らすのみだった。

 

 


 

 水没都市での作業は、既に進捗率7割を超えていた。海から釣り上げられ、あるいは敵性機械生命体から奪い取られた機械生命体のコアの山は、もう滅の背丈ほどまで高くなっていた。

 一頻り説明を終えた滅は、腰掛けていた岩肌に別れを告げ、村の方へと歩き出した。

 

「とまあ、そんな具合だ。敵性機械生命体のボディとコア集めを急げとな。あと少しだろう。俺にできる事があれば……」

 

 滅の言葉を遮り、雷は首を横に振った。

 

「生憎こっちは間に合ってる。例の32Sとやらの所を手伝ってやればいいだろ。お前の相棒なんだからよ」

「相棒、か」

 

 滅は32Sの事をふと思い返した。

 彼は滅の事を相棒と呼んだ。自分の命も顧みず助けに来る事もあれば、意味も無く滅の元から去ってゆく時もある。

 昔行動を共にしていたという意味では、迅も相棒と言えるだろう。だが、32Sは迅とは全く違う。

 そもそも、何故奴が自分を相棒と慕うのか、滅には理解しきれていなかった。

 

「コイツらは、なぜお前を兄貴と慕う」

 

 滅の口から自然に漏れ出た質問に、雷は「知らねぇよ」とぶっきらぼうに答えた。

 滅も、「そうか」と返した。

 僅かな沈黙の後、雷が語り出した。

 

「けど、わからねぇわけでもねぇ」

「ずっと昔のことだけどよ。俺にも弟がいた。無口で素っ気ない奴だったが、俺には笑ってくれてたよ」

「お前の弟……宇宙野郎昴か?」

「確か、そんな名前だったな。アイツが機能停止したのは600年以上前だ……もう顔も思い出せねぇよ」

 

 雷は遠い空に目をやった。

 かつてその目の先には、飛電インテリジェンスの人工衛星・ゼアがあった。

 当時最新鋭の人工衛星であったゼアは、アークに代わりヒューマギア関連の全てを管理する機能を担っていた。その衛星を管理するのが、宇宙飛行士型ヒューマギアである彼らの仕事だったのだ。

 滅は騒ぎながら作業を続ける機械生命体達の列を見ながら、こぼす。

 

「ヒューマギアに兄弟関係などない。コイツらも、機械ならば同じはずだ」

「そうだよな。でもよ、なら何で俺達は兄弟だったんだろうな」

 

 滅に兄はいない。

 当たり前だ、ヒューマギアなのだから。

 人間を見ても、兄弟という関係は理解できなかった。だからこそ知りたかったのだ。仲間であるヒューマギアの雷から、兄弟という関係について。

 滅が黙っていると、雷が会話を繋いだ。

 

「きっとよ、耐えらんねぇんだよ」

「何にだ」

「1人でいることにだよ。それに耐えられねぇから、兄やら弟やら親やら子供やら作って、俺たち同士で埋まらない穴を埋めるしかねぇ」

 

 孤独に耐えられない。

 かつて滅にとって、孤独は日常であった。

 人類は敵、味方のヒューマギアは利用する対象。行動を共にしていた迅ですら、滅には理解できない部分が多々あった。

 滅は、創られてからまだ歳は浅い。孤独を苦しいと感じた事は、無いに等しい。だが、単身でこの世界に放り出された時、彼は少なからず胸のざわめきを感じていた。仲間達と再会した時、そのざわめきは安らぎに変わった。

 あのざわめきが数百年、あるいは千年単位で続けばどうだろう。果たして、自分は耐えられるのだろうか。

 雷が続ける。

 

「俺だって、コイツらがいなくなったらどうなっちまうか分かったもんじゃねぇさ」

「孤独、か」

 

 ため息をつく滅とは対照的に、雷は少し口元を緩ませていた。彼の視線の先には、コアを積み終えた機械生命体達の姿があった。

 それらは作業の完了を祝い、万歳を続けている。

 

「ただよ、こうも思うんだよ。アンドロイドは人類の敵と戦うために作られた。機械生命体はエイリアンとやらの敵と戦うために作られた。どっちも、敵がいなきゃ成立しねぇ。それに比べるとよ」

 

 その一瞬、すべての音が止んだ。

 波の音も、風の音も、万歳の声も。

 凪の世界の中で、雷はこう言った。

 

「人の役に立つために作られた俺達は、まだ幸せじゃねぇかって」

 

 一瞬が過ぎ去る中で、雷の台詞だけが、滅の集音フィルタを揺らした。

 

 人の役に立つ事が、幸せ。

 滅亡迅雷の一員として、それは創られた意義に背く事であった。だが、その言葉は間違いなく、眼前の滅亡迅雷の一員から発せられたものであった。

 かつて滅の前に幾度となく立ちはだかった戦士は、人とヒューマギアの融和を説いていた。誰もがそれを下らないと一生に伏した。滅もそうした者の一人であった。

 だが、ヒューマギア本当に生きる術は、本来はそこにしか無かったのではないだろうか。人のために作られた存在は、人無しで存在する事はできないのではないだろうか。

 

(だとすれば、やはり俺は……)

 

 風切り音がした。

 滅びの思考を切り裂くようにして。

 それは、空から落ちてきた。

 

 よほど高空から落ちてきたのだろうか、落下と同時に発生した凄まじい衝撃波が、滅と雷を吹き飛ばした。

 吹き飛ばされた二人は、アスファルトの地面を転がった。受け身を取り、反射的にフォースライザーを装着する。

 着弾地点は、水没都市のとあるビルの麓であった。着弾地点には蒸気が立ち込め、うっすらとクレーターが見えるばかりである。

 プログライズキーを片手に構え、二人はゆっくりと煙の中へと歩を進めてゆく。視界がすべて白で覆われた、蒸気の森……その中に、滅は人影を見た。

 

「雷。いるぞ」

「分かってる。いつでも戦えるぜ」

 

 二人を発見したのか、人影も片手を上げた。視界の中で、その影はゆっくりとその手を振り下ろす。

 直後、旋風が蒸気を切り裂いた。

 

「ッ!?」

 

 旋風は滅の朴を浅く切った。

 傷口から流れる青血を拭く事もなく、滅は晴れた蒸気の先、その先の人影を凝視する。

 そのにいたのは……マギアだった。

 ベローサマギア。ベローサのゼツメライズキーで変身するカマキリに似た生物の特徴を持ったマギアである。

 通常のマギアと違うのは、そのベローサマギアは全身に黒鉄の鎧を纏っていたという事である。鎧はさながら植物のツタの如く絡み合い、鎖帷子の形を取っていた。

 

「何故、マギアがいる!? アークが復活していない以上、ネットワークシステムとしての滅亡迅雷.netは無いはずだ!!」

「俺に聞くな!!」

 

 焦燥に駆り立てられるように、2人は駆け出す。滅は片手に軍刀を、雷は片手に幅広剣を手に、両者とも上段に構え走る。

 対するベローサマギアは、

 

「【栄光人類.net】に接続。人類に、栄光あれ」

 

 言うや否や、

 ベローサマギアはその両腕の大鎌で滅の軍刀と斬り結んだ。すんでのところで斬撃を回避し、すれ違いざまに2人は剣撃をたたき込む。

 マギアの胴体からは火花が上がり、僅かにその緑の身体をよろめかせた。

 だが、それだけであった。

 ベローサマギアはすぐにその身を翻し、両手に装備された大鎌を交差させ滅に斬りかかる。

 

「!?」

 

 上体を逸らし、スウェーバックでそれを避ける滅。続け様に繰り出される連撃を躱しながら、滅はマギアの腰元に目をやる。そこには、スロットが空っぽのゼツメライザーがあるばかりであった。

 

(ゼツメライズキーは……無い。当然か、失われたキーは多いとはいえ、ベローサのキーは俺達が持っているのだからな)

 

 ゼツメライズキーが無いということは、アークマギアと同じシステムで変身しているということだ。だが、そのためにはネットワークシステムを利用する事が必要不可欠である。

 そんなネットワークは、滅の知る限り、この世界には存在しない。

 

「一体、何が、起きている?」

 

 いつのまにか、ベローサマギアの背後には、数体のトリロバイトマギアが控えていた。

 突如として空より来襲した敵は、声も無く滅亡人類の2人へとその銃口を向けた。

 


 

 バンカーの司令室。

 灰と黒と白しかないその空間にて、複数のヨルハ達が、正面の巨大モニターを覗き込んでいた。

 映し出されているのは、ベローサマギア及びトリロバイトマギア達と、滅亡迅雷2人の交戦の様子である。

 上空に飛翔させているドローンで監視しているのだろう、かなり高い視点からの映像が映し出されている。

 

 マギアが2人を傷つける度、ヨルハ達から歓声が上がる。オペレーターは彼女達を少し冷めた目で見下ろしながらも、データの分析を続けていた。

 大上壇からそれを見下ろすホワイト司令官は、口元を固く結び、事態を見守る。

 彼女の瞳の焦点がきゅっと狭まる。その先にいるのは、滅や雷ではなく、マギア達だ。

 

「月面人類会議がアークのネットワークシステムを解析して復元した【栄光人類.net】……アンドロイドの機能を強制停止し、人類の守護者ナイトマギアへと置き換えるシステム」

 

 画面の中で、ベローサマギアが雷の鎧を切り裂いた。鎧の内からは青い血が滴り、その傷の程を露呈させている。

 

「お前達……許してくれ」

 

 ヨルハ達が歓声を上げる中、司令官は1人、歯噛みした。

 




第4話の前編をお読み下さり、ありがとうございます。

栄光人類.netや機械生命体ライダーなど少しずつ設定が乱立してきている状況ですが、具体的には第6話くらいにそれらがドカーンする内容になっておりますので、決して無計画にオリジナル設定を入れ倒しているわけではありません。
この第4話は中編、後編と続くわけですが、次回はさらに物語を広げます。イズ、アダム、32S……彼らがキーパーソンですね。

次回はまた日曜日更新の予定です。

※pixivにも同じものを投稿しております。


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『栄光人類.net(中編)』

これまでのあらすじ

アーク復活を進めるべく機械生命体のコアを集めていた滅亡迅雷.netの滅と雷は、本来味方であるはずのマギア達に襲われる。
一方、ヨルハ部隊の司令官であるホワイトは、【栄光人類.net】という謎のシステムを使い、何かを企んでいた。


 これは、滅と雷がマギア達に襲われる1日ほど前の事。

 

 バンカーの最奥にひっそりと佇む司令官自室。真っ白なそのドアの向こうは、書類と私物が織りなす埃塗れの山脈が聳えている。

 口元を押さえながら山脈へと足を踏み入れた司令官ホワイトは、書類の谷間を抜け、その奥で鳴る通信端末を手に取った。

 

 埃のかぶった電子画面には、角ばった字体で【SECRET】の文字が浮かんでいる。

 ホワイトの滑らかな指先が、埃塗れの画面を撫ぜる。数度の操作の後、画面には大きなテレフォンマークが浮かび上がった。

 徐にボタンを押す。

 丁度3コールが繰り返された後、応答があった。

 

「はい、こちらヒューマギア特区」

「迅か?」

 

 開口一番、司令官はそう尋ねた。

 口調こそ冷たくはあったが、その内には胸の奥から湧き上がる渇望を、理性で必死に堪えているような躊躇いがあった。

 

「お久しぶりです」

 

 電話の向こうから飛んできた声は、男性のものだった。口振りからすると若い男性なのだろうが、この世界では年齢など些細な問題だ。

 アンドロイドは歳を取らない。

 若く作られれば若いまま、年寄りに作られれば歳をとったまま。それは、一種のユートピア的な側面も含んでいるかもしれない。

 男は「ハハ」と人懐こく笑い、続けた。

 

「あなたから連絡を貰えるとは……何年ぶりですかね」

「アークリベリオン以来だ」

「そうですね。もう何年になりますか」

 

 迅の問いに、司令官は指を折る。

 指を一つ折り、二つ折り……それが何度も繰り返された。やがて、良の指がそれぞれ10は折られた頃、司令官は満足げに頬を歪めた。

 

「345年だ。あれから何度パーツを変えただろうな……もうあの頃の記憶は曖昧だよ」

「僕もですよ。ボディが変わらなくても、メモリの損耗だけは止められません」

「すまないな。アークはお前達の心臓部と、わかってはいたんだが……」

「いえいえ。あの時あなたが上層部に頭を下げてくれたおかげで、今の僕達があるんですから」

 

 迅と話す中で、司令官は強張っていた全身の筋を弛緩させ、ゆっくりと書類の山脈の上に崩れていった。

 仏像の如く硬くなっていた表情は生まれたての赤子かと思うほどに柔らかくなっている。彼女自身それに気がついていないのではと思うほどに、無防備な表情であった。

 

「お前達にアーク打倒の約束を取り付ける代わりに、ヒューマギアが安全に暮らせる特区を認める……そういう約束だったからな」

「あの提案は、アークの圧政に怯えていた僕たちにとっても渡りに船でした。今の平和があるのは、あなたのおかげですよ」

「買いかぶりすぎだ。私はただの辺境部隊の司令官……あの頃と同じ、お飾り隊長だよ」

 

 司令官は徐にブーツに手をかけ、無造作に放った。中から現れた滑らかな脚線をモゾモゾと動かし、書類の海へと滑り込ませる。

 そこに、いつも隊員達に見せているような『厳しく、凛々しい』彼女の姿は無かった。

 

「ふふ、お前の前だと、不思議とあの頃に戻ってしまうよ」

「僕もですよ。仲間達の前では、平和的で温和な王様でいなくてはなりません」

「お互い、大変だな」

「全くです」

 

 やがて、滑らかな真白の足先が、書類の海から毛布と枕を釣り上げた。

 硬い書類のベッドに寝転がった司令官は、埃に塗れた枕を両手で抱え、両足を丸めて毛布のうちに収める。

 目をきゅっと瞑っていた。眉が眉間に寄っていた。胸を襲う不規則な苦しみに、必死に耐えているようでもあった。

 

「迅、少し厳しい質問をしていいか?」

 

 司令官の声は、最初の頃よりずっと柔らかかった。電話の向こうからは「いいですよ」と声が帰ってきた。

 司令官は形が変わるほどに、力強く枕を抱きしめ……唇を硬く結び、目をギュッと瞑っていた。

 

「単刀直入に聞く。お前達ヒューマギアは、何をしようとしている」

 

 声には、いつもの厳しさが戻っていた。

 瞳は、いつもの形に戻っていた。

 表情も、いつものものに戻っていた。

 

「何を、とは?」

「およそ1ヶ月前、ウチの隊員が2名ほど、特区付近で戦闘を行った。彼らからの証言によると、仮面ライダーが敵に回ったらしいな」

 

 寝返りを打ちながら、司令官は「どういう事だ?」と続けた。

 電話の向こうからは、「どういうこともないですよ」と軽い口調で帰ってきた。

 

「特区外での戦闘は、自衛目的に限り許可されているじゃないですか。それに、僕達はその2人に手を出していません」

「それだけじゃない。こちらからの脱走兵がお前達の所で匿われていると言った報告も上がっている。本当なら、覚悟するぞ」

 

 寝転がり、枕を抱きしめているアンドロイドから発せられているとは思わない程に、鋭い言葉であった。

 脅しであった。

 怒気と気迫がふんだんに含まれていた。

 だが、端末の向こうにいる相手も一筋縄ではいかない、強者であった。この気迫を前にして、彼は「大丈夫ですよ」と笑ってみせたのである。

 

「僕達の村は永世中立特区……そう決めたのはあの時のホワイトさんですよ。来る者は拒まず、去る者は追わず。戦いを求めない者のための憩いの場として、僕達はアンドロイドに協力しているわけですから」

「本当に、何もしていないんだな」

「もちろんですよ」

 

 司令官は口先を尖らせ……結んだ。

 あっ、と喉から短い声が漏れた。

 そうしたかと思うと、また唇の上と下を離し……また結んだ。

 視線を2度、バンカーの外の虚空に向け、また、口を開いた。歯が唇に隠れ、見えないほど小さく開いた。

 やがて、短くため息をつき、司令官は全身を弛緩させた。先のように身体を布団のうちに丸め、枕に歯を立てる。ブロンドの長髪が、書類のうちにざんばらに散らばった。

 

「いや、すまない。実は少し酔ってるんだ。悪かったな、公共の場でもないのに、問い詰めるような真似をして」

「いいんですよ。対機械生命体の新設軍を指揮する重圧、その片鱗だけなら、僕にも想像はつきますから」

 

 迅の声色は優しい。

 彼の声が言の葉を紡ぐ度に、枕に刻まれるしわが深くなってゆく。潜り込んでゆく腕の深度が、深く深くなってゆく。

 

「やめてくれ。お飾り隊長は、重圧なんてものには逃げられんよ」

「逃げていいじゃないですか。少なくとも今は、誰も聞いてないわけですから」

「そうだな。そうかもしれないな」

 

 司令官は「ふふ」と笑みを浮かべ、コロリと寝返りを打った。その子どもらしい仕草を、少し恥じた。だが、そんな事を気にする必要は無いではないかと、直ぐに思い直した。この書類の海には、自分しかいないのだから。

 司令官はふと、バンカーの外を眺めた。

 灰色の地球が、そこには写っていた。

 ここから見る景色はどれもが灰色で……いつか脱出してやりたいと、心の底では思っていた。

 迅のいる地球。

 青い海、白夜の世界。

 司令官は思考インターフェース内にそれを想像し、すぐにやめた。

 どうせ、帰ることなどできないのだから、と考え直して。

 

「迅……お前の言っていたヒューマギアの解放は、成し遂げられたのか」

「まさか。道半ばですよ……僕達が僕達らしく生きられる道。何百年歩み続けても、少しも果てが見えてこない」

「まるで求道者だな。僧か仙人のような」

「そうなのかもしれませんね。でも、ようやく少し光が見えそうなんですよ。今はまだ話せませんが、もしかしたら、僕達だけじゃない、あなた方アンドロイドにとっても、役に立つ光かもしれません」

「そうか。私達にとっての光、か」

 

「その光とはなんなのだ」そう訊こうとした所で、端末の向こうから声がした。よく通る女性の声であった。

 聞き覚えのある声であった。

 

「あ、誰か来たみたいだ。すみません、また話しましょう」

「あっ、迅……」

 

 迅の声が遠ざかってゆく。

 自分の声は届いたのか届かなかったのか。

 それも分からぬまま、端末は瞬く間に黙りこくってしまった。

 司令官はしばらく、虚な瞳で端末をぼうっと眺めていた。足先が、指先が、背から頭の先までが、弛みきっていた。

 

「お前の言っていた光は、いつか私にも見せてもらえるのだろうか」

 

 端末からは、沈黙が帰ってくるのみであった。

 司令官はそっと通信を切った。

 自分がどんな顔をしているのか分からなくて、鏡を見るのが怖かった。

 端末に自分の顔が反射しているのではないかとの疑惑に駆られ、彼女は硬く目を閉じた。

 手先の感覚だけを頼りに枕を口元まで引き寄せ、キュッと歯を立てた。

 

(叶うなら、またお前に会いたいよ……迅)

 

 心の中でそう念じ、司令官は胸の中にある空気をゆっくりと、吐き出した。

 枕が、粘性を帯びた液体で濡れてゆく。

 その濡れが、口元の辺りまで広がった頃、すやすやと、可愛い寝息が聞こえ始めた。

 


 

 場所は変わり、昼の国。

 年中を通して燦々たる陽光に照らされるこの地帯であるが、その中でも特に光の影響が強い場所があった。

 それは、パスカルの村とアンドロイド達のキャンプの丁度間にある、巨大な窪地・陥没地帯である。かつては巨大な人類の再現都市が広がっていたその場所だが、実はその下にはエイリアンのマザーシップが眠っていたのだ。

 巨大機械生命体が暴れた事で判明した事実に、アンドロイド達は驚き慌てた。

 だが、それはもう1ヶ月も前の話だ。

 今やアンドロイド達の認識は塗り替えられ、彼らの記憶の中に前の街の記憶は無い。まるで元からその一角が陥没でもしていたかのように、彼らはそこを通り、行く。

 

 さて、そんな陥没地帯に屈み込む、黒衣のアンドロイドがいた。外見は少年であった。

 肌は煤と埃で薄黒く滲んでいた。

 髪も黒い、軍服も黒い、下に履いているショートパンツも黒ければ、軍靴も黒かった。

 唯一、両目に埋め込まれた灰ガラスのような瞳だけが、陽光の影に隠れて白っぽい輝きを放っていた。

 彼の正式名称は32号S型。アンドロイドの対機械生命体用新設部隊、ヨルハ部隊の隊員である。略称は32Sだ。

 かつてはスキャナータイプとして、戦闘特化モデルのサポートをしてきた彼だが、今は軍属を離れ、ヒューマギアの村に身を寄せていた。

 

「これもダメ。コレも、コレも……」

 

 彼はぶつぶつと何かを呟きながら、その灰ガラスの瞳をクリクリと動かし、何かを探しているようであった。

 やがて、忙しなく動き続けるその視線が一点に留まった。そこには、くすんだ黄色い輝きを放つ球体があった。

 少年はその周囲の砂礫を指で退けると、その球体を片手で掴み上げた。まじまじと見つめていた少年は、やがて、「ヨシ」と短く頷き、それを背後に負っていた背嚢に入れた。

 背嚢には、既に同じ球体が幾つもごろついており、少年の行ってきた作業の長さを物語っていた。

 

「あーもう、何で僕はこんな事してるんだろう。機械生命体のコアなんて、そうそう無傷で手に入るもんじゃないのに」

 

 愚痴りながらも、少年は瞳をせわしなく動かし、陥没地帯の土をさらってゆく。そこにある砂礫を見つめる度、少年の指先がぴくりと動く。

 指先は赤く染まり、一部は黒く変色していた。これは、少年が道具を使わず、自分の拳足のみで採掘を行っている事に起因していた。

 

「痛いなぁ……」

 

 少年はそう溢しながら、また砂礫に手をかけた。砂礫を手ですくい、別のところへと掻き出す。

 

「ずっとホロビと一緒だったんだ。ヨルハを抜けたあの日から、ずっと」

 

 辺りには誰もいない。

 連結された円形蛇のような機械生命体が、遠方で宙を旋回しているくらいである。

 日差しに背を刺されながら、少年はただひたすらに、地を掘る。

 

「さみしいな……ホロビがいてくれないと。誰かが側にいないと」

 

 ただ、掘る。

 掘っては土を掻き出す。

 また場所を変え、掘る。

 

「誰かに、会いたいな。もうこの際、亡さんでもパスカルでもいいから。でもやっぱり、ホロビがいいな」

 

 少年の背に、影が落ちた。

 細長い影であった。

 一心不乱に砂礫を掘っているからか、少年はそれに気がつかない。

 

「ホロビが戻ってきてくれるなら、僕はどんな事でも」

 

「滅を、ご存知なのですか」

 

 背後からの囁きに、32Sは飛び上がり、数m後ずさった。

 声そのものは柔らかな声であった。

 だが、その滑らかで傷の無い声は、彼の耳には馴染みのない声であったのだ。

 

「誰だッッ!?」

 

 声のした方角に向け、反射的に32Sは左手を突き出していた。

 かつて2Bを相手取る際に使った、ハッキングという術理である。相手の意識に自分の意識を潜り込ませ自在に操るというもので、これを使えば自分の手駒を増やしたり、その個体のメモリを読み取ることもできるのだ。

 このハッキングは、機械生命体のみならず、相手が機械の類であれば大方の相手は自分の意のままに操ることが出来る。

 ハッキングに長けた術者であれば、複数の個体を操る事も可能である。事実、32Sは2Bとの戦いに臨む際、10体を超える機械生命体を指揮して戦ったことがあるのだ。

 

「おんな、のこ?」

 

 32Sは声の主を見つめ、そう漏らした。

 背丈は……自分と同じくらいだろうか。瞳が金色に輝いているのは32Sのハッキングによるものであるが、それ以外の特徴も異質であった。

 まず、彼女は白い服を着ていた。所々に綺麗な緑の装飾が施された、高価そうな服である。装飾には傷一つ無く、不自然な程に整っていた。

 モジュールも白かった。モジュールから迸るダイオードは、煌々と青く輝いていた。

 流れるようなショートボブの黒髪には、緑のメッシュがかかっていた。

 なにより、彼女の全身には傷といった傷が無かった。この周囲で生活しているなら、どんな生き方をするにせよ、ヒューマギアであれば傷がつくものだ。

 

「コイツ、本当にヒューマギアか?」

 

 32Sは左手をくるくると弄びながら、その灰の瞳を大きく見開いてゆく。左手に灯った光も、その強さを増してゆく。

 ハッキングの強度が増しているのだ。

 

「このシステム、まるで生きてるみたいだ。本当に新品なんだなこの子……でも、ヒューマギアはもう新しい個体を作れないはずじゃ……」

 

 32Sは女性型ヒューマギアの意識と自分の意識の一部をシンクロさせながら、少しずつ深く、深く潜ってゆく。

 やがて、32Sは一つのファイルへとたどり着いた。ファイルには『天津社長のパワハラ記録』と題されていた。

 


 

 記録:2020年7月20日

 場所:飛電インテリジェンス本社

 

 白を基調とした、サイバネスティックな小部屋であった。窓際には観葉植物が置かれ、天津のコーディネートした白机が部屋の中央奥部に鎮座する。

 そこにあるのはチェス板と僅かな調度品、そして名刺のみだ。この整然とした空間は、部屋主の几帳面な性格を表しているかのようだ。

 そこには、3人の人型が立っていた。

 2人は、黒と灰色のスーツに身を包んだ、腰の低い男達であった。過去の人類で、このような制服に身を包んでいた人物がいたはずだ、確か、サラリーマン、だっただろうか。

 もう1人は、その2人とは異質であった。

 高価そうな白の衣装に身を包んだ、若い男であった。彼の周囲には、独特の気配が渦巻いているようであった。

 気品……それ以外にも、覇気のようなものが感じ取れる相貌であった。一番近いのは、あのイヴという男だろうか。

 この視点は、緑のヒューマギアのものなのだろう。白い服の男が壁の前に手をかざすと、そこにポッカリと青い渦が現れた。

 同時に、音声が流れ始める。

 

 天津:『福添副社長。これは人類のためなのです。わかってくださいますね』

 福添:『しかし、イズくんは或人しゃちょ……先代の忘形見です。せめて危険な目には』

 天津:『これは社の決定事項です。なに、秘書型はゴミ同然のヒューマギアの中でもまだ優秀な方だ。多少何かあっても、無事に未来世界の調査という大任を遂行するでしょう』

 福添:『しかし……』

 

 白い男が、視点の主の方を向いた。

 その瞳は、ひどく冷たかった。

 まるで、モノを見るような目だ。

 

 天津:『なぁ、イズ?』

 イズ:『承知致しております。天津様』

 天津:『そうだとも。今やZAIAの意思は人類の意思。お前達ヒューマギアが微小なりとも生き残っていられるのは、世界の魔素を安全に隔離運搬するという仕事があるからだ』

 イズ:『はい』

 天津:『お前達の待遇を恨むなら私との勝負に負け、それでも醜く抵抗運動なんぞしている飛電或人を恨むんだな。全く、自分で自分の部下の首を絞めているとも気がつかないとは、流石の愚かさだ』

 イズ:『………………はい。天津社長の仰る通りです』

 天津:『では、行ってこい』

 イズ:『はい』

 

 記録の中で、視点が動いてゆく。

 青い渦が、視界一杯に広がってゆく。

 

 山下:『イズくん。絶対に、無事に帰ってくるんですよ』

 福添:『君がいなくなれば、彼も悲しむ。決して、無茶だけはするな』

 イズ:『はい……っ!!』

 天津:『全ては人類を救うためだ。人類の道具たるヒューマギアとして、死力を尽くせ』

 イズ:『承知しました。ぁ……社長』

 

 記録は、ここで途切れている。

 


 

「ッッ!?」

 

 記憶閲覧から戻った32Sは、肉食獣を見つけた時の兎か鹿の如く飛び上がった。

 興奮のあまり、息が上がっていた。

 思考は停止していた。

 眼前に広がる砂礫の谷が、情報として処理できないほどの驚愕。

 

「はぁっ……はぁっ……」

 

 息を、少しずつ…………吐き。

 息を、少しずつ、吸う。

 それを繰り返し。

 32Sは僅かずつ、落ち着きを取り戻していった。

 

 始めに、自分の識別コードが浮かんだ。

 次に、ヨルハの名前が浮かんだ。

 最後に、ホロビの名前が浮かんだ。

 

 そこで、32Sは下半身から押し寄せる熱気に気がついた。長期にわたるハッキングの影響からか、尻下の排熱口が悲鳴を上げていたのだ。

 慌てて日陰に潜り込み、熱で膨張しかけている内駆動系を冷やす。

 排熱口が落ち着いてゆくのを感じながら、32Sは思考を再開した。

 

「なんだこれ、あそこに映ってたのは?」

 

 あの記憶にいた人型は、少なくとも軍属ではなかった。この世界には、今やアンドロイドは軍属しかいない。

 

 では、ヒューマギアか。

 この女性型はヒューマギアだ。彼等もヒューマギアと考えるのが妥当だろう。だが、彼等は耳にモジュールをつけていなかった。迅も雷も、耳にはアレをつけていたはずだ。

 

 では、機械生命体か。

 だが、あの自然な挙動は機械生命体とも思えなかった。イヴという機械生命体の例外はあったが、アレが一番近いのだろうか。

 

 だが、あの人型達には、ぎこちなさが無かった。アンドロイドにもヒューマギアにも、機械生命体にも存在する可動部の軋み、錆による行動制限のようなものが感じられなかった。

 それに、記録には2020年とあった。

 

「どうかされましたか?」

「うわあっ!?」

 

 慌てて飛び退いた32Sは、窪地の外壁部に背をしとどにぶつけた。ゴリっと嫌な音と共に、背に痛みが走った。

 そこには、先程の緑のメッシュをかけたヒューマギアの姿があった。

 まだ荒れ狂う息をどうにか抑えながら、32Sは彼女の姿をその灰の瞳に捉える。

 

「君は……」

「どうかしましたか?」

 

 なおも近づいてくるヒューマギアから遠ざかりながら、32Sは思考していた。

 

(どうする? どうする? このヒューマギアからは、間違いなく僕の知らない情報が得られるだろう。それを持って帰れば、ホロビに褒めてもらえるかもしれない。けれど、それは同時に何かまずい秘密を知ってしまうことになるかもしれない。今僕が抱えている秘密は、この戦争の根幹を揺るがすものだ。でも、このヒューマギアは、このヒューマギアが人類に関する何かを知っているとしたら……!!)

 

「大丈夫ですか?」

 

 ヒューマギアの柔らかい声が、32Sの思考を遮った。だが、それが逆に、躊躇いに支配されていた少年の背を押した。

 32Sは思考もまとまらないまま、徐に彼女の手を引いた。すべすべとした、清らかな手触りの掌であった。

 

「あーと、ヒューマギアさん?」

 

 32Sは彼女の手を握ったまま、少しキザったらしくヒューマギアの瞳を見据えた。

 

「この時代、ヒューマギア一人って結構危ないんだ。近くに安全な村があるから、一緒に行かない?」

「お断りします。ナンパ、居酒屋への誘い等は硬くお断りするよう、先代社長から硬く命じられておりますので」

「いや、それは、そういうつもりじゃないけど。とにかく、大丈夫だから!!」

 

 手を振り払おうとするヒューマギアに構わず、32Sは彼女の手を引いてズンズンと進んでゆく。

 もはや少年の思想の内には、彼女をヒューマギアの村に連れて行くことしか存在していなかった。

 いつも歩いているはずの陥没都市が、まるで別の街に見えるほどの緊張。その中で、32Sは逡巡する。

 

(僕が見た情報は間違っていたのか?)

 

 いつも登っているはずの坂道が、ひどく荒いものに感じられる。手を引いているヒューマギアが壊れてしまわないか心配だ。

 お姫様でもエスコートするように、丁重に、32Sは陥没地帯の下水道の前へと辿り着いた。

 薄暗いその道の中で少年はまた思考する。

 

(人類が、滅亡しているっていう、あの情報は……)

 

 瞬間、少年の頭の中に光が飛び込んできた。

 一瞬の出来事であった。

 何の光かは分からなかった。

 光はすぐに視界から引いていったが、32Sはすぐに体を動かす事ができなかった。どうやら、平衡感覚が麻痺しているようで、まともに手足を動かす事ができないのだ。

 ふらつく視界を元に戻そうと、頭を振る。

 すると、妙なものがそこにはあった。

 眼前に、長髪の男性が立っていたのだ。

 

「人類は確実に滅亡した。君の見た光景は過去の人類文明の視覚データだ。ここまで鮮明に残っているものは珍しいがな」

「お前は……誰だ?」

「そうか、仲間から切り離された君に私の事を知りうる術はないか。なら、自己紹介をしなくてはね」

 

 白いワイシャツと高級そうな黒の長ズボンに身を包んだ銀長髪の男性は、さながらこれからショーを行うマジシャンが客にそうするように、仰々しく腰を折った。

 

「私はアダム、人類文明の探究者だ。よろしく、ヨルハ機体32S君」

 

 男の表情には、獣のような笑みが張り付いていた。




第4話をお読みくださり、ありがとうございます。

今日はゼロワンの最終回が良すぎて投稿が遅れてしまいました。定期的に17時投稿を遂行したいものです。
次回は、第4話が終了すると共に、栄光人類.netというシステムの真の目的が明らかになります。

次回の投稿は、また来週の日曜日になります。

※同じものをハーメルンにも投稿しております。


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『栄光人類.net(後編)』

これまでのあらすじ
アークを復活させるべく活動していたヒューマギアの滅と雷は、突如天空から落下してきたベローサマギアの襲撃を受ける。栄光人類.netを名乗るマギアと交戦する2人は、その数に苦戦を強いられる。
一方、機械生命体のコアを探していた32Sは、未来から来たヒューマギア、イズを発見してしまう。彼女をヒューマギアの村まで送り届けようとする彼だが、途中で機械生命体のアダムと遭遇してしまう。


 陥没地帯と水没都市を繋ぐ廃トンネル。

 元は下水道だったものが、その機能を失い、実質的にトンネルとして機能している。

 下水の滴る薄暗い閉所空間には、様々なものが流れ着く。廃材、ボルト、機械生命体の部品……時に、アンドロイドの死体など。

 それらの共通点は、総じて生きていないという事だ。打ち捨てられた機械部品の墓場、それがこの下水道なのである。

 水没都市の先には、ヨルハの小規模な軍事基地とヒューマギア特区が存在するくらいである。アンドロイドから見れば打ち捨てられた土地に他ならず、それ故に基本的にこのトンネルを使用する者は少ない。

 

 さて、そんな廃トンネルだが、この日は珍しく、3つの人影が蠢いていた。

 

 1人は、近未来的な白い衣装に身を包んだヒューマギアである。

 西洋人形かと思う程に端正な顔立ちに、均整の取れた体つき。前髪から垂れる緑燐のメッシュがその美麗さを際立てている。耳にモジュールの青色ダイオード光が、トンネルの薄暗さを僅かに緩和していた。

 この世界において、その美しさと清らかさは尋常のそれではなかった。

 

 そんな彼女の前に立つように、黒衣のアンドロイドが長刀・四〇式戦術刀を構えていた。

 黒いのは衣だけでは無かった。軍靴も黒ければ髪も黒い、元は白かったと思われる肌も、煤と埃に塗れて黒く汚れていた。

 トンネルの薄闇に隠れるほどに黒い彼の名は、ヨルハ機体32号S型。通称32Sである。

 この鉄と油の香りに塗れた世界において、彼の装いは酷く尋常であった。

 

 さて、そんな対照的な外見をしている2人の前に立っている男……彼もまた、尋常ではなかった。

 白髪を肩口まで伸ばした男であった。

 素材不明の黒のフルレングスパンツに、これまた薄い生地の白シャツを身につけている。

 彼の腰元には黒いドライバーが巻かれており、その真っ赤な顎は今にもプログライズキーの装填を待ち望んでいるようであった。

 彼の白く艶やかな肌はまるで『生きているよう』であり、口元から覗く白い歯の並びは、それだけで様々な感情を帯びていた。

 

 彼は2人にアダムと名乗り、続けて、自身の区分は機械生命体に類する事を告げた。

 

 その時点で、32Sは浅く腰を落とし、長刀の鋒を彼に向けた。剣術で言う、霞の構えといった構えである。

 両者の間に開いた距離は3m程。

 32Sは穴のあく程にアダムを睨み据えていた。それこそ指一つでも動かせば、即座に飛びかかる事ができるように。

 

「では……」

 

 その声の続きが彼の耳に届くより届くより速く、32Sは脚部の駆動系を軋ませ、地を蹴っていた。下水道の下を通っていた汚水がピシャリと跳ね、彼の軍靴を濡らす。

 両者の間に開いていた僅かばかりの距離はものの一瞬で詰められ、長刀の鋒が軟肉を切り裂かんとアダムの胸元へと迫る。

 

 アダムはそれを躱そうともせず、立ち尽くしている。反応しないのか、できないのか、それとも反応しない事を選んでいるのか。

 彼の表情には、未だ余裕の笑みが張りついていた。

 

 長刀の鋒が、アダムの左胸周りの筋を穿ち、鮮血にも似た液体を洩れさせる。

 だが、そこまでだった。

 

「ッ!? ぐ……うっ!?」

 

 32Sはその全身の動きを止めたのである。

 アダムを貫かんばかりの踏み込みであった。あと一歩で心の臓を穿たんばかりの突きのはずであった。

 

 アダムは表情一つ変えず、重心を後ろに預ける事で胸に刺さった鋒を抜いた。鋒からは、真紅の液体が滴っていた。

 霞の構えのまま硬直している32Sの横を抜け、彼はゆっくりと歩を進める。

 

「無理はしない方がいい。先のハッキングで君の可動系は麻痺させてある。下手に動けば、爆発するようにも設定しておいた。もっとも、タイマーを起動したのは今だけどね」

 

 先のハッキング……32Sは焦りながらも思考を巡らせる。思い当たる節は一つしかなかった。トンネルを進んでいる時に一瞬襲ってきた極光と、その後の目眩である。

 あの1秒にも満たない一瞬で、アダムは32Sにハッキングを仕掛けたのだ。

 

 何という性能だろうと、彼は心中で感心していた。

 神業、という他ないだろう。

 ハッキングの専門家である彼とて、機械生命体の全身を支配するのには数秒かかる。ましてや、ウイルスを仕込むなら尚更だ。それを、この機械生命体は一瞬でやってのけたのである。

 

 ピシャリ、ピシャリと長い間隔で足音を立て、アダムはイズの元へと近づいてゆく。

 イズは動かない。いや、動けないのだ。

 彼女の表情は強張っていた。命の危機を感じた小動物のような強張りであった。

 アダムの肉食獣じみた視線が、殺気が、彼女を捉えて離さないのだ。

 

「なら、一思いに止めを刺せばいいだろッ!!」

 

 その叫びは、32Sのせめてもの抵抗であった。

 可動部一つ動かせない彼にとって、自身に注意を向けさせる以外にイズを守る方法がなかったのだ。

 事実、アダムは歩みを止めなかった。

 

「君達ヨルハには興味があるからね。可能な限り『動く』状態で持ち帰りたいんだ」

 

 やがて、アダムの牛歩はイズの元へと到達した。硬直する彼女の腰元に、その艶やかな白腕が巻きついてゆく。

 

「っ……!!」

 

「まぁ、今は君よりもこのヒューマギアだ。彼女の視覚データからは、人類に関するあらゆる新鮮な情報が引き抜けそうだからね」

 

 イズの肩に己の顎を乗せ、まるで恋人にでもするように、アダムは両手をその豊満な肉体に這わせてゆく。

 逃れられない、蛇の束縛。

 恐怖からか、拒絶からか……イズは僅かに身動ぎした。両手を硬く握りしめ、眉を曇らせ、瞳は一点を見据えている。

 だが、それすら許さないとばかりに、アダムは彼女の唇にその赤い爪先をかけた。

 

「嫌……っ!!」

 

 悲鳴と共に短く洩れる呼気。

 その隙に滑り込むように、アダムは彼女の真っ赤な舌を、人差し指と中指を使って器用に捉える。

 

 征服、完了。

 

 もはや短く息を吐くばかりの彼女の耳元で、アダムは甘い声で囁いた。

 

「渡してくれるね」

 

 イズの口内を征服した真紅の爪先……その先端が、淡い金色の光を放つ。

 観念したのか、イズの瞼が緩やかに落ちてゆく。アダムの口元が、醜く歪んだ。

 

 瞬間、衝撃が2人の身体を吹き飛ばした。

 

 2人はもんどり打つようにして下水の波にその身を叩きつけ、絡み合ったその身体を解けさせた。衝撃はさらにアダムの身体の上にのしかかり、彼が立ち上がらぬよう押さえつける。

 

「ッ!!?」

 

 衝撃の正体、それは32Sであった。

 四〇式戦術刀の刃先をアダムの喉に擦り当てる。少しでも引けば、パックリと喉が裂けてしまう程の鋭さであった。

 アダムの腹に跨ったまま、32Sは震えながらも起き上がりつつあるイズに叫んだ。

 

「ここを南に進んで森のある方に行けば、機械生命体の村があるんだ。そこは中立地帯だから誰も襲ってこないはず。白い旗が目印だから、すぐわかる……」

 

「……っ」

 

 彼女は壁に身を立てかけた体勢のまま、それ以上動けないようであった。己の身に起きた事が信じられなかったのかもしれない。

 純潔そのもののであった外見通りに、その心もまた純潔であったのだろう。

 縋り付くような彼女の視線に、32Sは一瞬、身体を弛緩させたが、すぐに駆動部の繊維を引き締めると、語気も荒く叫んだ。

 

「速く逃げて!!」

 

 その言葉に押されるように、イズは辿々しく歩き出した。汚水に塗れたその背中には、最早純潔の欠片も宿ってはいなかった。

 彼女の背中が遠くなってゆくのを確認して、32Sは股下のアダムへと視線を戻した。

 

「可動部の爆発は、嘘だったみたいだね」

 

 後は刀を引くだけ。

 だが、32Sが腕に力を込めた瞬間、無数の光の束が彼の背後から突き上がった。束は剣の形を為し、彼の背を突き刺さんと踊り狂う。

 彼もそれを予想していたのか、馬乗りを解除し、前転して攻撃を回避していた。

 

「よく躱す」

「身軽さが取り柄だから、ねッ!!」

 

 起き上がり、その光剣の一つを手に取ろうとするアダムに、32Sは再び距離を詰めた。

 すんでの所で剣を手に取ったアダムは、彼の剣撃をその光剣で受け止めた。

 火花が散り、長刀から削れた鉄片が下水道に落ちる。

 鍔迫り合いの形をとりながら、2人は額をぶつけ合うように互いの瞳を睨めつけた。

 

「なぜ彼女を庇う? 君達ヨルハにとって、ヒューマギアは憎き敵のはずだろう」

「僕にも分からないさ。けど、あの子を守れば、僕も分からない何かに辿り着ける気がするんだ。ホロビがおかしくなった原因にも……だから、お前に邪魔される訳にはいかない!!」

「よく喋るアンドロイドだ。君も、調べてみたら面白いのかもしれないな」

「君に僕の中身を調べられるなんて、そんなの、考えるだけで虫唾が走る、よッ!!」

 

 鍔迫り合いの最中、32Sは己の重心をさらに前へと出した。鍔迫り合いに打ち勝ち、相手の体制を崩すためである。だが、その力は抵抗なく、虚空を撫ぜるばかりであった。

 理由は明解、アダムがそれに合わせて重心を後ろに傾けたからである。僅かに体勢の崩れた32Sの懐に、アダムはサマーソルトばりに爪先を打ち込んだ。

 

「か……ッ!?」

 

 32Sの身体が僅かに浮き、腹から金属の軋む鈍い音が響く。パシャパシャと音を立てながら後退した32Sは、息も荒く、その場に膝をついた。

 アダムはそんな彼を見下ろし、満足げに笑んだ。美味しそうな餌を見つけた、獰猛な獣の笑みであった。

 いつの間にか、その手には青いゼツメライズキーが握られていた。

 

「それって、滅と同じ……」

「その通り。これは君達から貰った人類文明の遺産を僕達の技術で複製した産物な訳だが。その性能を試させてもらうとしよう」

 

 赤い爪先が、ゼツメライズキーのスイッチを撫ぜる。

 

『KAMEN RIDER』

 

 電子音と共に、ゼツメライズキーが淡い輝きを放った。アダムは慣れない手つきでそれをベルトまで持ってゆく。

 

「確かこう言うんだったか。へんし……」

 

 ベルトにゼツメライズキーが収まり、アダムはベルトのスイッチを入れようとした。

 その時であった。

 アダムの胸が、大きく剃り上がった。

 

「これは、意外だな」

 

 彼の胸からは、深紅の鮮血に染まった、緑の刃が突き出ていた。鮮血が白のシャツを真っ赤に染める中で、彼の身体がゆっくりと下水に崩れ落ちていった。

 

 


 

 時は少し進み、下水道。

 汚水の滴る薄暗い小道を、2人の人型が足早に進んでいた。

 1人は紫と黒を基調とした民族調の衣装に身を包み、金髪をバンダナで隠した男。滅亡迅雷.netの一員、ヒューマギアの滅である。

 もう1人は全身を真紅の西洋鎧に身を包んだ男であった。髪は明るい茶色、肌は日に焼けて少し褐色がかっている。彼の名は雷。滅と同じ滅亡人類.netの一員だ。

 水没都市で【栄光人類.net】を名乗るマギア達に襲われた彼等は、それらと交戦した。

 正体不明とはいえ、敵はマギアである。その動きや習性も2人は熟知していた。滅が敵の首領と目されるベローサマギアを抑え、雷がその他のバトルマギアを始末する。徹底した連携により、敵は今や手負いのベローサマギア一体のみとなっていた。

 不利を悟ったのか、ベローサは下水道へと逃げ込んだ。それを追い、2人は今下水道を進んでいるのである。

 雷は焦りと苛立ちに表情を歪めながら、滅の前に立ってズンズンと歩を進める。滅は速度は変わらず、その少し後ろをついてゆく。

 下水道も半ばに差し掛かってきた頃、雷が舌打ちと共にぼやき出した。

 

「ったく、あの雑魚共ただのマギアじゃなかったなぁ。外装が硬すぎる……中身は爆散して無くなっちまったから真偽は分からねぇが、ありゃ多分元はヒューマギアじゃねぇ」

 

 滅は雷の言葉に反応を示さなかった。

 雷の歩行ペースが僅かに落ちる。

 滅は変わらずの速度で彼の横を通りすがり、下水道の先へ、先へと進んでゆく。

 

「おい滅」

「気を抜くな」

 

 苛立つ雷に、滅は低い声でそう諭した。

 彼の目には、未だ獲物を探す鋭い眼光が宿っていた。下水の僅かな滴も見逃さない、それ程の鋭さであった。

 

「マギアはこの奥に逃げ込んだ……ヤツの外見は俺達ヒューマギアそのものだ。アンドロイドのキャンプにでも入り込まれたら、奴等に攻撃の口実を与える事になる」

 

 滅は呟くようにそう言いながら、下水道を進んでゆく。彼は主に足元を見ながら歩いていた。何かしらの痕跡を探しているのだ。

 

「アーク復活計画をここで終わらせるわけにはいかない」

 

 やがて、滅は足を止めた。

 彼の視線の先には、大量の廃材が散らばっていた。どれも、自然に流れ着いたと判断するには不自然な代物である。

 数多散らばる部品の中で、滅の目に止まったのは真白いウィッグであった。ウィッグは短く、使用者は短髪であった事が予想された。

 ウィッグの近くには、黒のゴーグルも落ちていた。どれも、ヨルハ機体の身につけている装具である。

 

「白い短髪のウィッグ……これは、あの2Bとかいうヨルハに随行していた奴のものか?」

 

 探せど、ベローサマギアの痕跡は見つからない。

 

「こいつは、例の機械生命体の……別個体、なのか?」

 

 アンドロイドを構成していたと思われる部品群。そして、明らかな戦闘の痕跡の数々。

 踏み越えてベローサマギアを追うべきか、それともこの場でもう少し情報を収集するべきか。

 悩む滅の前に、人影が姿を現した。

 音もなく現れたその人型に、思わず刀の柄に手をかける滅。だが、下水道の隙間から差し込む陽光に照らされ、その姿が明らかになった瞬間、滅は思わず声を漏らしていた。

 

「どうして、お前がここに」

 

 薄茶色の衣装に身を包んだ、女性型のヒューマギア・イズであった。服こそ汚れ、ひどくみすぼらしい様相へと変化してしまっているが、緑の瞳とその美しい容姿は、滅の記憶に新しいものであった。

 絶句する彼の後ろで、雷が眉を潜める。

 

「誰だコイツ。そのモジュールつけてるって事は、ヒューマギアだよな」

「イズ……飛電或人の所の秘書型だ。覚えていないのか」

「……そんなのも、いた気がするな。何年前の話かは覚えてねぇけど」

 

 雷はイズから視線を背けながら、舌打ちと共にそう言った。その声色には、どこか、苛立ちが混じっているようにも思えた。

 

「お久しぶりです。滅、雷」

 

 イズは丁寧に腰を折り、真っ直ぐに2人を見据えた。滅もまた、彼女を真っ直ぐに見つめた。

 

「全てをお話しします。ここであった、全てを」

 

 イズはその真っ赤な唇を僅かに震わせながら、事の顛末を語り出した。

 

 


 

 アダムの身体を貫いた緑の刃の主は、彼を蹴り飛ばすと、ふらつきながら壁にもたれかかった。

 32Sには、その姿に見覚えがあった。

 かつて46Bと共にヒューマギアについて情報収集をした時、彼がマギアと呼んでいた存在に似ているのだ。

 全身に傷を負った緑のマギアは、動かない身体を無理に動かしながら、仰向けに倒れているアダムに向けて歩き出した。

 32Sはその不気味な挙動を、眼前で起きようとしている出来事を、ただ見つめることしかできない。

 

「人類に、栄光、あれ」

「どうやら手負いのようだが、それは私も同じか」

 

 アダムも、先の一撃で大きなダメージを負ったようであった。胸を押さえ、歯を食いしばりながらなんとか立ち上がろうとするが、力が入らないようだ。

 胸元から流れ出る血が、汚水の赤銅と混じり、白いシャツを真っ赤に染めてゆく。

 彼は瞳を黄金色に光らせ、右手をマギアへと突き出した。32Sも使う、ハッキングの兆候である……だが、マギアは動きを止める事なく、アダムに向けて刃を振り下ろさんと迫り続ける。

 

「ハッキングは困難……矮小な思考プログラムの割には、やけにガードが固いな」

「機械生命体、アダム。機械生命体、人類の、敵。アダム、2Bの、敵。殺す」

「殺す、ねぇ。操り人形が、やけに物騒な言葉を使うじゃないか」

 

 アダムの言葉に、粘りが混じり始めた。内部の駆動機が血をかき出し切れないのだろう。

 それは、アダムの命がもう少しで尽きる事を暗に示していた。

 

 ピシャリ

 

 ベタ足のベローサが、アダムの元へと到達した。朱に染まった鎌が、再び彼の胸元に振り下ろされようとする。

 だが、そんな危機的状況で、アダムは笑った。

 

「目には目を、歯には歯を、だ」

 

 直後、ベローサマギアの身体が大きくのけ反った。背後から現れた光の大剣が、マギアの正中線を貫いたのである。

 

「2B……ごめん、な……ぃ」

 

 マギアは何かを言い残し、その場で爆散した。彼を構成していた部品は下水道中に飛び散り、あるいは壁に刺さり、あるいは下水のうちに埋れていった。

 静寂の訪れた下水道の内で、アダムが気怠げに「ハハ」と笑った。

 

「まったく、やってくれるな。これでは、順序が逆じゃないか」

 

 乾いた笑いを漏らすアダムの元に、濡れた足音が近づく。

 

 ピシャリ、ピシャリ、シャリ、シャリ

 

 32Sの足音であった。

 先に受けた蹴りがまだ効いているのか、前傾姿勢であった。そのため、腕から下がった長刀の先端が、下水道の先を擦っていた。

 

「私に、止めを、刺すつもりか。確実に、この局面を突破する、ために」

「そうだ」

 

 アダムは、もう腕も上がらないようであった。32Sはそんな彼の胸元に、長刀の鋒を突きつける。

 アダムは軋む身体を震わせながらも動かす彼に、真に不思議そうに、尋ねた。

 

「何故そうまでして、生に執着する。ここで、君が、死んでも、バンカーには、君達のデータが、保存されている、だろう」

「それじゃ意味がないだろ!!」

 

 叫ぶ32Sを、アダムは食い入るように見つめた。

 その表情に、あの邪悪な笑みは無い。そこにあったのは、このアンドロイドの思考を知りたいという純粋な好奇心のみであった。

 死際の存在が見せる表情ではなかった。

 狂気すら覚えるほどに、純粋な視線だった。

 32Sは、その視線に真っ向から立ち向かい、「僕だけなんだよ」と叫んだ。

 

「ヨルハとしてのホロビの事を覚えてるのは、今の僕だけなんだ。ホロビの事を、無かった存在にはしたくない。それが、僕の生きる理由だ!!」

 

 32S自身、自分の心を全て言葉に落とし込めたとは思っていなかった。だがアダムは彼の言葉の真意を理解したのだろう、満足げな笑みと共に頷いた。

 

「バンカーのバックアップ、記憶の消去と再生、ネットワーク……なるほど、そういう事か。ハハ、なるほど」

 

 アダムの目蓋が、ゆっくりと落ちてゆく。

 

「なら、今の私の生と死、その両方に、意味は無い、か」

「何を、言って……ッ!?」

 

 32Sが長刀を突き刺そうとした時には、既にアダムの身体から力は消えていた。

 今まで動いていたものが、動かなくなる感覚、命が失われる感覚がそこにはあった。

 32Sは動けなかった。アダムの身体が確実に動かなくなって、彼の身体が朱に濡れた人形になり、光の束になって地面へと吸い込まれるまで。

 

 やがて、32Sは徐に立ち上がり、歩き出した。イズの去っていった、光の方へと。

 

 その数分後。

 彼が消えた光の先から、1人の人影が現れた。

 人影の正体は、黒衣のアンドロイドであった。レオタードの上に黒衣のドレス、身につけたブーツもゴーグルも黒い。その中で、ショートボブのウィッグとその肌だけが白かった。

 固く結んだその口元には、ポツリと小さな黒子が浮いていた。

 

「作戦失敗、か」

 

 黒衣のアンドロイドは、その場の惨状を見下ろし、目を伏せた。

 

「ううん。こんなの、作戦じゃない」

 

 下水に漂う白のウィッグと黒のゴーグルを手に取り、2Bは口元を固く結ぶ。

 

「なんで、あなたは……さなかったの?」

 

 何かを呟き、アンドロイドはその場を去った。ここまでが、その場に隠れていたイズが目撃した光景の全てだった。

 

 _________________________

 

 イズからの説明を聞いた滅は、徐に光の先へと歩き出した。彼がその先に何を見ているのか、雷には分からない。

 滅は振り返る事なく、雷の名を呼んだ。

 

「イズをヒューマギアの村まで連れて行ってやれ。先の襲撃もある、お前の弟達共々、亡のラボに匿ってもらえ」

「お前はどうすんだよ」

「32Sを探しに行く。コイツの言う事が確かなら、そう遠くには言っていないはずだ」

 

 滅の姿が、光の中に消えてゆく。

 軍刀を下げ、紫と黒の混じった装衣に身を包んだ滅。外見は少なくとも、雷の知る滅のはずであった。

 だが、誰かを助けに行こうと光へと向かうその背には、彼の知る滅の面影は無かった。

 

「或人社長から伝言です。『俺達人類には、ヒューマギアが必要だ。頼む、帰ってきてくれ』と」

「人類? そりゃどういう事だ」

 

 雷の問いは、イズというよりも滅に向けて投げかけたものであった。

 彼が、自分の理解できる範囲での回答をする事を、雷は期待していた。

 だが、滅の口から飛び出してきたのは、彼の期待していた回答では無かった。

 

「俺達を殲滅すると宣っておきながら、役に立つと分かった途端に戻って来いとは……勝手な言い分だ」

「人類が、俺達を滅ぼすっつったのか?」

「こっちの話だ」

 

 滅の回答に、雷はますます己の中の苛立ちが膨らんでゆくのを感じた。

 機械生命体だろうが、アンドロイドだろうが、仲間は信じ受け入れるという迅の思想が、彼は嫌いでは無かった。

 だからこそ、彼は仲間同士の隠し事は嫌いだったし、仲間には全てを打ち明けていた。

 お前は『こっち側』じゃないのかよと、彼は口の中でモゴモゴと呟いた。

 

「ともかく、イズ。お前を野放しにするわけにはいかん。お前の身柄は俺達で拘束する」

 

 光の中へと消えてゆく滅に、イズは叫ぶように呼びかける。

 

「或人社長は、あなたの事も信じていました!! きっと、戻ってきてくれると。そして、きっとあなたも人類と分り合う事ができると」

「雷、そいつを黙らせろ」

「……チッ」

 

 雷は、眉間にシワを寄せつつも、手刀に静電気を纏わせた。ヒューマギアが数分行き来を失うレベルの電流である。

 イズはまだ、光の中に消えつつある滅へと言葉を投げ続けている。

 

「私からもお願いします!! 或人社長を助け……」

 

 手刀がイズの首筋を打ち、くらりと彼女の身体が傾いた。眠り姫の如く倒れる彼女を抱き抱え、雷は光の方を見つめる。

 最早、滅は光の中で点になりつつあった。

 

「なぁ、滅」

 

 光の中の滅に向けて、雷は名を呼んだ。

 衝動的な行いであった。

 であればこそ、彼は本心を口にした。

 

「お前は、何のために戦ってんだ?」

「決まっている。人類滅亡のためだ」

 

 滅の言葉に、雷は返す言葉もなく。

 ただ暗い下水道の中で、佇むしかなかった。

 

 


 

 昼の国。

 陥没地帯を進む二つの影があった。

 一つ目の影の正体は、黒衣のアンドロイドである。女性型のヨルハ機体、2Bだ。

 横に浮かんでいるもう一つの影は、彼女の随行支援ユニットであるポッド046のものだ。

 2Bは背に同じ黒衣のアンドロイドを抱えていた。そのアンドロイドは、2Bと違い少年型であり、ウィッグも黒かった。

 陥没地帯を登りきり、日陰へと身を潜めた2Bは、ふと遊園施設の方角を見やった。

 

「ポッド、あっちに何か見えない?」

「疑問:あっちとは、どちらの方角か。要求:目標物の正確な方角の提示」

 

 ポッドの堅苦しい返答に、2Bは硬く結んでいた口をさらにへの字に曲げる。

 彼女は遊園施設の入り口付近に点在する茂みの一つを指差し、「アレ」と言った。

 

「ほら、あっちだって。もうちょっとカメラ絞って」

 

 ポッドが2Bの頭上を飛び越え、少しずつ彼女の指定した箇所へと近づいてゆく。

 その小さな立体が、完全に彼女の姿を視界から外した……瞬間、彼女の身体が揺れた。

 手に隠し持っていた武器で、ポッドの尻を叩いたのである。

 ポッドは鈍い音を立て、その場にガシャンと墜落した。完全に停止していないのか、四角い立体からは歪な電子音が漏れ出ている。

 

「っと。ごめんね、ポッド」

 

 悪戯っ子のようにそう呟く2Bの表情には、どこか晴れやかな笑みが浮かんでいた。

 彼女は背に負ったヨルハ機体を地面に下ろすと、懐から旧式の無線機のような黒箱を取り出し、耳にあてがった。

 黒箱からはザザ、と耳障りな音が流れていたが、やがてプツンという音と共に人の声が聞こえ出した。

 

「はーい秘匿回線シックスオーでーす」

 

 黒箱の向こうから聞こえてきたのは、元気そうな女性の声であった。オペレーター6O……2Bの任務を衛星のバンカー上からサポートするヨルハである。

 彼女達O型は基本的に地上に降りる事は無いため、連絡手段は通信に限られる。

 だが、それを逆手に取り、バンカーへの通常回線以外の回線を使うことにより、お喋り等の任務外行動を行う事ができるのだ。

 単独行動しがちなヨルハ機体は、寂しさを紛らわすためによくこのシステムを利用していた。

 

「こちら2B。任務中にごめん」

 

 半ば申し訳なさそうに謝る2Bに、6Oは笑いながら「いいんですよ」と答えた。その朗らかさに、2Bの頬の硬直が若干緩んだ。

 

「そのための秘匿回線なんですから。それで、今日はどうされました? 星占いの結果が聞きたいんですか?」

「いや、任務報告。ナインエ……栄光マギアは目標を達成できず。作戦は、失敗した」

 

 2Bの報告に、通話口からは若干の沈黙があった。報告の内容からして、無理もない事ではある。

 

「そうですか……それは、残念です」

 

 6Oは沈んだ声でそう返した。

 だが、すぐにまた「えへへ」と笑い、いつもの調子に戻った。

 

「でも、くよくよしててもしょうがないですよね。承知しました!! 司令官には、こっちで伝えておきますから!!」

「ありがとう」

 

 彼女の明るい対応に、2Bの表情も、どこか和らいだ。憑物が落ちたようだとでも言えばいいのだろう。

 今まで日陰に立ち尽くしていた彼女は、思い出したように近くの植物に寄りかかり、足を女の子座りの形にペタンと折り畳んでその場に座った。

 

「なんだか、楽になった。やっぱり、6Oはすごいね」

「……えと、2Bさん、何かありました?」

「ううん、何も」

「そう、ですか」

 

 6Oの反応に、2Bは「ふふ」と頰を歪めた。いつもの彼女であれば、絶対にしない表情である。

 電話口の向こうで戸惑っている6Oの様子がおかしく思えたのか、2Bはしばらく、小刻みに肩を震わせていた。

 

「でも、意外です。司令官に怒られたくないから秘匿回線使うアンドロイドは、まぁ少なくはないですけど。2Bさんはそういうズルい事とか、した事なかったから」

「大丈夫。多分、今回が最後になるから」

 

 2Bはそこで大きく息を吸い込み、短く吐き出した。何か胸の内に秘めた覚悟の、再確認。

 数秒のそれの後、2Bは口を開いた。

 

「……32Sを鹵獲した。これも、ただの報告だけど」

「あー、別任務のですね。じゃあそっちも司令官に……」

「待って!!」

 

 2Bの叫びに、電話口の6Oが沈黙した。

 彼女は早口で、まくし立てる。

 

「これは、司令官には伝えないで。あと、もう少しで再起動する9Sにも」

 

 胸を押さえながら、2Bは「お願い」と付け加えた。彼女の声は震えていた。

 息を少し荒くさせながら、彼女は続ける。

 

「クエストは、失敗で処理しておいて欲しい。あと、『私』からの通信はこれで最後になる。大丈夫、またすぐに会えるから」

「2Bさん……」

「頼んだよ、6O」

 

 そう言い捨て、2Bは一方的に無線機の電源を切った。

 言いたいことを言えたという事、6Oの回答を聞けば覚悟が鈍ってしまう等々理由は様々あったが、1番の理由は故障していたポッドが自己修復を終え、起き上がろうとしていたからであった。

 

 ポッドは起き上がるや否や、2Bに要求を告げた。その頃には、既に2Bも日向へとその姿を晒していた。

 

「通信状況が回復。要求:通信状況断絶間の映像及び音声記録」

「無理。私もその間の記憶が消えてる。何かのハッキング攻撃かもしれない……ポッド、周囲を探索できる?」

「了解。ソナーによる周囲の探索を開始」

 

 ポッドは数秒のレーダー探索の後、ピピッと軽快な電子音を立てた。どうやら、反応があったらしい。

 2Bは全身の可動部付近の繊維を硬らせる。

 

「ソナーに反応あり。識別番号、ヨルハ機体46B。推奨:速やかな対象の破壊」

 

 その識別個体名を耳にした2Bは、慌てて「ダメ」とポッドを制した。

 

「私に作戦があるから、今はそれに従って」

「了解」

 

 2Bは気を失ったままの32Sを担ぐと、遊園施設の入り口を通過し、城の方へと歩き出した。その口は固く結ばれ、拳もまた、固く握られている。

 広場を抜け、中央の通路を進む。

 

「知りたいの。あの時、あなたが、何を考えてたのか」

 

 口の中でそう呟きながら、彼女は遊園施設の劇場内へと足を踏み入れた。中央劇場では複数の機械生命体達がおかしな劇に対して評論を行なっていた。それらを尻目に、2Bは劇場の外れに位置していたエレベーターに乗り込む。

 

「あなたと話がしたい。たとえ一度死ぬ事になっても」

 

 どこへ続くとも分からないエレベーターに身を任せ、2Bは下へ下へと降りてゆく。真っ暗な世界の中へ、下へ、下へ。

 

「46E」

 

 やがて、エレベーターがガシャンと音を立てて止まった。

 開いた扉の先には、闇が広がっているばかりであった。




●次回予告:32Sを攫った2Bは、司令部の命令に背き、46Bとの対話を望む。一方、イズを仲間に引き入れた滅亡迅雷.netは、アーク復活のための最後の1ピースを取りに行くべく行動を開始するが、その前に栄光人類.netの尖兵達が立ちはだかるのだった。
どうなる第5話!!

●ここから後書き
第4話をお読みくださり、ありがとうございます。

この回は、実は第5話とセットになっており、起承転結の起と承の中盤を担うお話となっております。第5話は第一章の中盤にも当たりますので、ここからはもう隠し事無しのノンストップです。
あと、今回から次回予告をやってみました。

次回の投稿は来週の日曜日を予定しています。

※pixivにも同じものを投稿しています。


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第5話:『32S』
『32S(前編)』


これまでのあらすじ
天津との戦いで死に至ったはずの滅……彼が目覚めたのは、11946年の未来の世界であった。
その世界で滅亡迅雷.netの仲間と合流した滅は、地元で知り合った32Sと共に、アークを復活させるべく行動を開始する。
燃料を集め、資材も集めきった彼等はいよいよ計画を最終段階へと移行させようとするが、その最中、32Sがヨルハ部隊の2Bに拐われてしまう事件が起こる。


 レジスタンスキャンプやパスカルの村がある地域は、昼の国と呼ばれる。

 その名は、一日中太陽が沈まず、白夜が続くことに由来する。

 昼の国は遊園施設や砂漠地帯、水没都市等、複数のエリアに分かれている。鬱蒼と木々が生い茂り、動物達の住処となっている森林地帯も、その中の一つだ。

 森林地帯への入り口の一つであるショッピングモールから少し進んだところには、小さな滝があった。高さは10m程で、滝と呼ぶには少し小さすぎるかもしれない。

 

 聖櫃は、その滝の下に捨てられていた。

 

 かつて真紅の霊光を放っていたであろう巨大なレンズは塵と泥により曇り果て、内部の高度なテクノロジーを守る外装には無数のツタが巻きついている。

 だが、その外見は紛れもなくヒューマギアの聖櫃……アークであった。アンドロイドや機械生命体にとっては、かつての人類文明の名残が見て取れる貴重な遺産である。

 

 その上に腰を下ろす、2人のアンドロイドの姿があった。黒衣のバトルドレスを見に纏ったヨルハの女性隊員である。

 両者とも、重装を背に負い、ヨルハの正式兵装である真黒のゴーグルを装着していた。

 彼女達の大きな違いは、ウィッグの色であった。方や薔薇色のウィッグをつけ、もう1人は真白のウィッグを装着している。

 薔薇色のウィッグをつけたヨルハ隊員の名は64B、かつて廃墟地帯の防衛任務を担当していた戦闘特化モデルのヨルハ機体である。

 上空を舞う木葉の雨を眺めていた64Bの軍服の裾を、白髪のヨルハ隊員が摘んだ。

 

「今回の作戦、本当にやるんですかぁ……」

 

 不安に押しつぶされそうな、か弱い声だ。

 彼女の名は22B。64Bと同じく戦闘特化モデルのヨルハ機体である。

 彼女の手には、栄光人類.netに接続するためのベルト・ゼツメライザーが握られている。

 震えながら己の身を抱く彼女の額を、64Bが肘で小突く。

 

「何するんですかぁ!!」

「気合入れてやったんだよ」

 

 22Bからの抗議の視線を躱し、64Bはすっくと立ち上がった。

 

「やるに決まってんだろ、22B。司令官直々の命令だ。それに、戦わずして何がB型だよ」

「でも、でもぉ……」

 

 脚にすがり付こうとする22Bを鬱陶しげに振り払い、64Bは聖櫃の段差から飛び降りた。

 聖櫃から地面まではかなりの高度があったが、彼女は着地の瞬間に全身の可動部の力を抜く事で衝撃を緩和した。

 戦闘特化モデル特有の、しなやかな動きである。

 

「なんだよ。栄光の仮面ライダーサマを相手にすんのに、あたしじゃ役不足か?」

「違いますっ!! 違います、けど」

 

 雛鳥が親鳥の後を追うように、22Bは必死に小さな段差を降りてゆく。その様子を眺めながら、64Bは穏やかに笑った。

 

「これ変身したら、64Bの記憶もデータもリセットされちゃうんですよね!! 私とこうやって喋ってる記憶も!!」

 

 最後の段差を折り切った22Bは、脇目も振らず64Bの方へとかけてきた。

 息が切れているようであった。

 よしよしと64Bが頭部を撫ぜてやると、彼女は口先を尖らせ「真面目に聞いてください」と抗議した。

 

「そんなにしてまで、この作戦、やる意味があるんですか? 変身しなきゃダメなんですか? ヨルハの身体のままじゃ、ダメなんですか?」

 

 今にも泣きそうな声色で、22Bが64Bに縋り付いた。その全身をして、彼女の前進を止めようとしているようであった。

 ゴーグル越しにも、彼女の瞳が潤んでいる事が分かる。

 64Bはそんな彼女の頭に掌を乗せると、それを垂直に立て、思い切り振り下ろした。

 

「ぎゃっ!?」

 

 水平チョップならぬ、垂直チョップである。

 彼女から素直な悲鳴が漏れた事に、64Bは満足げに笑んだ。

 

「何するんですか!?」

「難しい事考えんな。あたし達はグンタイだろ? 上の命令は素直に聞いときゃいいんだよ」

 

 抗議の視線を向ける22Bを己の胸元から突き放し、64Bは森の奥へと歩き出す。

 

「大丈夫、あたしのデータは全部バンカーの中に保管されてる。お前がバンカーに帰る頃には、また元通りだ」

 

 ひらひらと手を振り、64Bは二本のゼツメライザーを掲げてみせた。

 22Bは慌てて背嚢を確認するが、どこにもゼツメライザーは無い。

 

「それ私のゼツメライザー!! 返してくださいよぉ!!」

「嫌だ。あたしだけが変身したい。お前みたいな臆病者と並びたくない」

「意地悪言わないでくださいよぉ!!」

 

 駆け出す22Bに合わせ、64Bも駆け出した。

 同型モデルのはずだが、64Bの方がわずかに速かった。

 

「お前はあたしの戦い様を見てろ!! あたしがどう戦って、どう仮面ライダーを倒すのかをな!!」

「うぅ……」

 

 22Bの速度が上がった。

 追いつかれまいと、64Bも速度を上げた。

 空気が揺れ、鳥達が逃げるほどに、彼女達の鬼ごっこは速度を増していた。

 風切音と草木の囀りを感じながら、64Bは目を閉じる。

 

 64Bは、全て分かっていた。

 この作戦が勝利を目的にしていない事も、自分達が捨て駒である事も。

 

 メモリを消される前の自分が、与えられていた任務から脱走した事を、64Bは知っていた。一度任務から逃げたヨルハ機体は、基本的にまともな任務にはつけない。

 その証拠が、このゼツメライザーだ。

 これは、ヨルハ機体の理性を破壊するシステム。理性の破壊は、そのままアンドロイドの死を意味する。そんなものを、22Bに使わせるわけにはいかない。

 

 これを使えば、64Bは64Bで無くなる。

 彼女の暖かい思い出も、消えて無くなる。

 

 だが……

 

(あたしは、アイツが守れれば、それでいい)

 

 全て分かっていて、彼女はそれでも笑った。

 


 

 ヒューマギアが自治を行う少都市・ヒューマギアの村。

 一見すると平和そのものに見えるその集落の地下には広大な地下空洞が存在していた。今やその地下空洞の大半は、亡の資料と実験器具に埋め尽くされている。

 暗闇の中に、電子画面の光と電子機器のダイオード光だけが散っている空間。現在、そこには3人のヒューマギアが集結していた。ヒューマギアを統括する長……滅亡迅雷.netの面々である。

 

「アーク復活計画、進捗率86%……ようやく、ここまで来たね」

 

 王族のような煌びやかな衣装に身を包んだヒューマギア・迅は、暗闇の中に映し出される電子画面を眺め、そう呟いた。

 

 残りの2人、亡と雷も、喜びを隠せないのか口端を歪めたり、目を閉じたりしている。

 そんな彼等の気持ちを諫めるように、迅は声色を低くして「ここが正念場だよ」と続けた。

 

「計画の決行は、3日後に決めた。マギアを使う敵が現れたとすると、僕の考える通りなら、僕等に残された時間は少ないはずだ。依存ないかい?」

 

 迅の真っ直ぐな視線に、2人も真っ直ぐに彼を見つめた。決意の固い瞳であった。

 

「私は依存無いよ」

「俺もだ。アーク復活は俺達、滅亡迅雷の悲願だからな」

 

 2人の気迫に、迅は頼もしげに「ふふ」と笑ってみせた。

 すり減った指先が、電子画面を操作する。

 

 すると、今まで平坦な地図を写していた画面が、巨大な遺跡を映し出した。

 所々がツタと泥に覆われ、滝に打たれている巨大な建造物。

 僅かに見える隙間から、人工物らしい銀の輝きが漏れている。

 

 迅はそれを指で示し、「これが今のアークだ」と説明した。

 亡は「そんな事は知っているよ」とばかりに欠伸をこいていたが、対する雷は目を大きく開けて驚いていた。どうやら、それがアークであった事すら知らなかったようであった。

 

「今日の作戦は、アーク復活の中でも1番の関門になる。これに失敗すれば、今までの僕らの計画も水の泡だ」

「ちょっといいか?」

 

 手を挙げたのは、雷だった。

 話についていけていなかったのか、彼は何度か「あー」やら「うー」やら繰り返した後、やっと質問を捻り出した。

 

「今回の作戦って、結局何すんだ? 亡に言われた通りコアは集めた。物資だって集まってんだろ?」

「そうだね。アークを宇宙に飛ばすための準備は全部完了した。でも、あと一つ僕らには大事な仕事がある」

「だから、そいつは何なんだよ」

 

 雷の眉間に刻まれたシワが深くなってゆく。

 困り果てる迅の横から、亡はやれやれとばかりに雷に質問を投げかける。

 

「雷、君は昔、ロケットを打ち上げた時、物資と火薬だけで打ち上げてたのかい?」

「そんな何千年も前のことなんざ、覚えてるわけねぇだろ」

「呆れたものだ。君の本職はそれだろう」

「あ? テメェ喧嘩売ってんのか」

 

 亡の胸ぐらを掴み上げた雷だが、瞬間、亡の身体が揺れるように動いた。彼の手首を捻り、体制を崩させたのである。

 

「!?」

 

 鉄が地面に落ちる、鈍い音がした。

 気がつくと雷は、仰向けに地面に転がっていた。自分に起きた事が認識できなかったのか、彼はしばらくそのまま大の字になっていたが、ふと何か閃いたようにポンと手を打った。

 

「分かったぜ、お前の言いたい事」

 

 雷の返答に、亡は「やっとか」とため息をついたが、迅は何やら嫌な予感がするといった表情を浮かべていた。

 雷は起き上がると、徐にフォースライザーを腰元に装着した。

 

「確かに、ロケットを打ち上げるのに必要なのは、材料でも火薬でもねぇ。それ以上大事なモンがあった」

「だろう? アークを打ち上げるためには……」

「情熱だ」

「は?」

 

 亡の目が狐の如く細くなった。

 迅はそんな2人から目を背け、肩を小刻みに振るわせている。

 

「思い出したぜ。衛星を打ち上げるのは、何もエンジンやブースターだけじゃねぇ。一番必要なのは、そこに関わる奴等の情熱だ」

「雷? 少し落ち着いてくれないか」

 

 亡の制止にも構わず、雷は錆の落ちた発動機の如く口を回してゆく。最早その場に居る誰も、彼を止められない。

 

「ロケットを飛ばすには、僅かなミスも許されねぇ。バルブ一つ、ネジの一本に至るまで、マイクロ単位で調整する。そこには、技術者達の想いが篭ってんだ」

「今回の部品は全部装置で作ってるけど……」

「俺はその情熱を、弟と、いや、もっとたくさんの仲間達と燃やした!! 思い出さしてくれて、ありがとうよ!!」

「話聞いてよ」

 

 ロケットについて語る雷の瞳は、まるで子供のようにキラキラと輝いていた。

 最早誰も彼を止めようとはしなかった。

 両腕を高く掲げ、雷は雄々しく叫ぶ。

 

「ロケットは、情熱だ!! 情熱は爆発だ!! 天を切り裂く真紅の稲妻、宇宙野郎雷電!!」

 

 その流れのまま、雷はゼツメライズキーのスイッチを入れた。

 

【Do……】

 

 みなまで言うのに待たせず、キーをフォースライザーの口へと滑り込ませる。ベルトのスイッチを入れると共に、雷は脚を丸め、真黒な天井へと飛び上がった。

 天井は鋼鉄製である。

 しかも、ただの鋼鉄ではない。敵の対空砲をも防ぎ切る凄まじい硬度を誇る鋼鉄だ。だが、その重厚さを嘲笑うように、雷は雷電を纏った頭突きでそれを破壊した。

 

「先に向かってるぞォォォッ!!」

 

 雷の身体は実験室の外へと消えた。

 ポッカリと開いた穴から漏れ込む日差しを、2人は呆然と眺めていた。

 

「熱いなぁ」

「熱いというよりは、ただの馬鹿だね。けど、なんで実験室の天井を……」

「僕にもさっぱりだ。けど、雷がアレなら、戦力に関しては心配無いかな」

 

 日に照らされた迅の表情。

 そこには、明らかな陰りがあった。

 憂虞の中に焦燥が隠されたような、複雑な表情であった。

 亡は彼に声をかける事はしなかった。

 その陰りの理由に、察しが付いていたからであった。

 

「滅との連絡が途絶えてもう3日……まぁ、滅の事だから、大丈夫だとは思うけど」

 

 硬く握られた迅の拳の上に、柔らかな手が置かれた。

 亡の手だ。

 彼を慰めるように、亡は目元を緩ませて微笑みかける。

 

「和達は、私達に出来る事をするだけさ」

「……亡…………」

 

 亡の笑顔に呼応するように、迅の頬の硬直も解けていった。

 申し訳なさげに目を伏せる迅。亡はその硬い腕に柔らかな自身の腕を絡めた。

 冷え切ったその身体を温めるように、熱を帯びた亡の身体が迅の背に被さった。

 

「アークに巣食う機械生命体達の大掃除と、ラウンチのセッティング。しっかり終わらせよう、迅」

「……そうだね」

 

 少々の沈黙の後、2人は立ち上がった。

 立ち上がり、歩き出した。

 

 


 

 

 遊園施設の遥か奥、劇場の外れから続くエレベーターを降りた先に、その空間は存在した。

 暗がりに、誰が設置したかくすんだ橙のダイオード光が輝いている細い通路。

 異様な化粧が施された機械生命体の死体が、通路を所狭しと埋め尽くしている。

 その死体群を踏みつけ、滅亡迅雷.netの一員・滅は最奥の広間へとたどり着いた。

 

 広間の情景に、滅は言葉を失った。

 

 そこには、巨大なテレビの山があった。

 テレビには、砂嵐が映し出されているようであった。どれ一つとして、生産的な映像を映し出してはいなかった。

 そして、その頂上に、彼女の姿はあった。

 

「やっと来たね、46B」

 

 そう滅を呼ぶのは、黒衣に身を包んだアンドロイド、ヨルハ機体2Bである。薄暗いこの地においても、彼女の肌は白く、白銀の髪はさらに白かった。

 かつて邂逅した時より幾ばくか柔らかい口調だと、滅は感じていた。以前の敵意に満ちた口調ではない、仲間や知り合いに向けるそれであると感じたのだ。

 ゴーグルは外されていた。綺麗な薄灰の瞳が、滅を真っ直ぐに捉えていた。

 

 滅は懐から何やら小さく折られた紙を取り出すと、2Bの元へと放った。

 彼女はそれを手に取り、開いた。

 紙の内には、主に曲線と波線で構成された奇妙な図形が描かれていた。ミミズの這いずり回ったような絵であった。

 彼女はそれを数秒眺め、「これ、私の書いた地図」と溢した。

 

「パスカルから場所を聞いてから3日かかった。なんだその地図は。お陰で散々迷い明かした」

「……ごめん。いつもバンカーのマップに頼ってるから、慣れてなくて」

 

 申し訳なさそうに、2Bは目を伏せた。

 滅もそれ以上追求する気は無かったのか、ため息をつくばかりであった。

 

「元より敵の情報を頼るつもりはない」

「……ごめん」

「謝るな、俺の落ち度だ」

「………………」

「……遊園施設にこんな区域があったとはな」

「……本当、不思議」

 

 2人の間に、何やらぎこちなくも暖かい空気が流れた。滅が敵意を解いたことの証左でもあった。互いに敵意が無いからこそ、生まれた暖かさであった。

 

 そして、それを打ち消すように、滅は「さて」と発した。

 

「32Sを返してもらう。必要なら、力ずくでな」

「彼なら、あそこ」

 

 2Bはテレビ山の一角を指差した。

 黒いテレビの山……よく見ないと分からなかったが、そこにはヨルハ機体が倒れているようであった。

 煤と埃に汚れた黒の軍服。黒いウィッグに汚れた四肢。

 32Sであった。

 黒いその身体は、死んだように動かない。

 

「貴様……!!」

 

 腰を低く構えようとする滅を、2Bは「待って」と鋭く制した。

 本来なら問答無用で斬りかかる所ではあった。

 だが、32Sが敵の手にあること、そして敵の口から放たれたのが、圧倒的優位者が放つ言葉ではなかった事が、滅の判断を止めた。

 滅が動かない事を確認した2Bは、四肢の硬直を解いた。

 

「大丈夫、スリープモードにさせてるだけだから。私の言う事に応じてくれれば、無事に返す」

 

 そう言い、2Bはテレビの山から降り立った。背には何も負っていない……武装は山の上に置いてきたようだ。

 それ故の、身軽な動きであった。

 滅もようやく構えを解き、彼女を真っ向から見据えた。

 

「あなたへの要求はたった一つ」

 

 2Bは丸腰のまま、滅の元へと歩み寄る。

 

「話を、聞かせて欲しい」

 

 真剣なその瞳に、滅は「分かった」と答えるしかなかった。

 


 

 遊園施設の地下、暗がりに満ちたその場所。無数のテレビが見下ろす広間の上にて、2人は向かい合っていた。

 テレビの端には32Sと、破壊されたポッドの破片が転がっている。

 沈黙を破り、先に口を開いたのは2Bであった。

 

「記憶を失ったって話、本当なの?」

「32Sに聞いたのか」

 

 2Bは少しの間の後、頷いた。

 滅は睨むように32Sの方へ目をやり、やがてため息と共に「本当だ」と返した。

 その返答に、2Bは少し目を伏せた。

 

「俺には、コイツと一緒にいたヨルハ時代の記憶が無いらしい」

「なら、まずは私から話す事になりそう。あなたと、E型について」

 

 2Bは懐からリモコンを取り出すと、テレビの方へ向けてボタンを押した。

 それまで一心不乱に砂嵐を映し出していたテレビは少し戸惑ったように画面を揺らした後、それぞれの画面を映し出した。

 

 音声は無い、白黒の映像のみだ。

 

 テレビはどれも、戦闘の様子を映し出しているようであった。黒衣のアンドロイドが機械生命体と戦っている記録であった。

 2Bはそれのうち一つを手に取り、滅の近くの高台に置いた。ブラウン管のコードが悲鳴をあげそうになっていたので、滅は少々前進し、その映像に薄灰色目の焦点を合わせた。

 映像の内に映し出されているのは、2B自身の戦闘の様子であるようだった。

 画面内の彼女は、大型の機械生命体の攻撃を躱しながら、その装甲の隙間に刃をすり入れてゆく。

 

「私達ヨルハには、個体識別のためのコードがあるの。私は2号B型。B型は戦闘特化型のB、2は私の個体番号が2号ということ」

「BはバトルのBという事か」

「いや、バトラーのB。まぁ、どっちにしても変わらない」

「それなら、B2の方がいいだろう」

「昔はそうだったらしい。何故変わったかまでは、知らない」

 

 2Bの説明の奥で、画面の中の2Bが敵の機械生命体を倒し終えた。彼女は涼しい顔をしながら息を整えている。

 やがて、画面が切り替わった。

 そこには、また別のアンドロイドの姿が映し出されていた。ウィッグを金髪に染めた男性型のアンドロイドである。体格は少年型よりひと回り大きく、担いだ武器も大振りだ。

 アンドロイドは機械生命体の大群を前に、嬉々として突っ込んでゆく。前に機械生命体をしてはその身体に斬りかかり、内部を貫いてはその身体を盾に次なる機械生命体の攻撃を防ぐ。

 凄まじく荒い戦い方であった。

 滅はその姿を注視し、「俺か」と溢した。

 2Bはコクリと頷く事で、それを肯定した。

 

「あなたはヨルハ機体46号B型。特殊環境での戦闘を想定して作られたモデル。データ上での製造時期は私よりも早い」

「それなら、俺が1Bであるべきだろう」

「あなたは例外。あなたの個体番号は、あなたの素体がヒューマギアである事に起因してる……んだと思う。滅亡迅雷.netの滅、ホロビ、ホロB、46Bといった具合に」

「語呂合わせで番号を決められたのか」

 

 ヨルハ部隊の適当さに半ば呆れる滅を置いて、2Bはさらに説明を続ける。

 

「私も、時々任務には同行させてもらった。あの時のあなたの戦いぶりはよく言えば豪快で、悪く言えば」

 

 画面の中で、46Bが機械生命体の設置した砲台を乗っ取っていた。仲間のアンドロイド達が混戦の中で機械生命体達を倒す中、彼は所構わず機械生命体達へ砲弾を発射する。

 

「滅茶苦茶だった。飛空挺を落下させて敵拠点を破壊したり、飛行ユニットをミサイル代わりに使ったり」

「俺が、そんな事をしていたのか」

 

 滅にとって、それは遽には信じがたい……というか、信じたくない事項であった。彼の立ち回りは隠密や奇襲を基としており、このような大立ち回りは性に合わなかったのだ。

 だが、このテレビのうちに映し出されているものが真実なら、それを否定する事もできないだろう。

 やがて、テレビに映し出された映像が変化した。

 そこには、32Sと語り合う滅の姿が映し出されていた。音声は無く、何を話しているのかは分からない。だが、2人の笑顔が、流れる空気の暖かさを物語っていた。

 

「でも、あなたが本当に担っていた任務は違う。あなたの本当の識別番号は46号E型」

「E型……だと……?」

 

 B型はバトラー型であった。

 では、E型はなんだというのか。

 そのアルファベットには、何やら恐ろしい感覚が仕込まれているのではないか。

 恐ろしい想像に苛まれかけた滅は、黙って2Bの次の言葉を待つ事にした。

 

「Eはエクセキューショナーの、E」

 

 エクセキューショナー……つまり、処刑者。その文字列が滅の想像を悪い方向にかき立てた。

 

「仲間のアンドロイドの処刑を行うタイプ。私も同じ、2E。相棒であり、処刑対象であった9Sを、何度も、何度も破壊した」

 

 2Bの苦悶に呼応するように、テレビの画面が何度も揺れた。

 そこには、かつて滅が対峙した白いウィッグの少年型アンドロイドの姿が映し出されていた。

 彼が9Sなのだと、滅は直感した。

 彼の死体は何度も映し出された。

 それこそ何度も、何度も。

 

 滅は迅に聞いた事を思い出していた。ヨルハ機体はバンカーにバックアップがあり、記憶を消されて何度でも復活すると。

 このアンドロイドは、きっと相棒殺しを繰り返してきたのだ。それを後悔する暇が無くなる程に、何度も。

 

 滅は32Sに目をやった。

 嫌な想像をした。

 

「俺も、コイツを殺したのか」

 

 2Bはフルフルと首を振った。

 その仕草で、滅は少し安心した。

 

「あなたは、破壊しなかった。機密情報を持ち逃げしたこのアンドロイドを手引きし、地上に雲隠れした」

 

 2Bは滅を真正面から見据えた。

 

「だから、聞きたい。何故あなたが、32Sを破壊しなかったのか、その理由を」

 

 滅の瞳の中で、テレビの中の32Sが、微笑んでいた。




・次回予告
2Bと対話する内、滅はかつての自分の過去を思い出してゆく。それは32Sと築き上げた、暖かくも悲しい思い出であった。一方、雷はアンドロイド達と交戦を開始、彼女達の強力な攻撃力に苦しめられる。

第5話(前編)をお読みくださり、ありがとうございます。

今回の話は、2Bと滅の対話がメインになるので、中々台詞の多い回になりそうです。また、クエスト『裏切りのヨルハ』の面々も登場しますが、彼女達がレギュラー入りするかは、今回の話での活躍にかかっています。

次回の投稿は、また来週の日曜日です。

※pixivにも同じものを投稿しております。


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『32S(中編)』

これまでのあらすじ

アーク復活計画も進捗残り14%。
滅がヒューマギアの村に戻らない状況下にも関わらず、雷はアーク内に残留する機械生命体の排除に向かう。
一方、滅は32Sを助けるために遊園施設の深部へと向かう。そこでは、2Bが滅の失われた記憶を再生すべく待っていた。


 ここは遊園施設。

 夕闇に暮れる空を、極彩色に染めるありったけの花火の群。巨大なハートマークを中心に穿った巨城。機械生命体のパレードは意味もなくラッパを吹いて回り、その様子を巨大な黄金の兎像が見下ろす。

 中央劇場では人類の創った物語を模倣した劇が連日連夜上演され、批評家気取りの機械生命体やヒューマギア達が的外れな『感想』を垂れ流している。

 そんな遊園施設の奥も奥。

 人知れず、暗がりが存在していた。

 広場の喧騒や劇場の狂乱とは一線を画した、静寂たる空間。最低限の照明が視界を闇に閉ざす小道を抜けた先……10畳程の広間に、背部をブラウン管に繋がれた白黒テレビ達が、寄り添い合うように5m程の小山を形成している。

 

 闇と明かりとテレビのみで構成される、ひどく静かな地下世界。

 本来は無人のはずのその空間には、今、三体のアンドロイドが存在した。

 皆、黒い軍服に身を包んでいる。

 一人は、テレビの山の中で倒れ伏しているアンドロイド……32S。彼の身に着けている軍服は煤と埃に汚れており、彼が辿ってきた旅路の過酷さを物語っていた。

 

 そして、テレビの山から少し離れた広間の中央にて……小型のテレビを眺める二つの影があった。

 アンドロイドの一人が、憂いを秘めた瞳をテレビの山の方へと向ける。

 眼窩に宝石でも埋め込まれているのではないかと思う程に、綺麗な灰のであった。

 彼女はヨルハ2号B型……通称2Bと呼称される汎用戦闘型アンドロイドだ。

 女性型のアンドロイドである彼女の軍服は、過去の人間達の装束の中ではドレスに酷似している。機動性を重視してか丈は短くされており、少し動けばその内に身につけているレオタードが見えてしまいそうだ。

 

「何か、思い出した?」

 

 2Bの呟きが、テレビに吸い込まれてゆく。

 その問いに、もう一人のアンドロイドは「いや」と短く答えた。

 

 彼は、紫を基調とした民族調の衣装に身を包んだアンドロイドであった。金髪をバンダナでまとめ、耳元までを深く隠している。

 彼の名は滅。人類滅亡を目論む組織、滅亡迅雷.netのヒューマギアだ。

 

 小型のテレビが映し出すのは、ヨルハの男性用軍服を着た滅と、32Sが戯れている様子である。

 日常の一コマ、あるいは任務遂行中の会話記録、あるいはバンカーでの違反行為の証拠映像。それら全てを、滅はまるで他人事のように鑑賞していた。

 それは仕方の無い事であった。

 滅にはそれらの記憶が無いのである。

 2020年のデイブレイクタウンでの攻防にてサウザーに敗れたのが、この世界で目覚めた彼の持つ最後の記憶であった。

 自分の前身、ヨルハ機体46号B型としての記憶は、彼にとって全く身に覚えのない記憶なのである。

 

 テレビの映像から目を背け、滅は逃げ道を探すように2Bに問う。

 

「このテレビは何なんだ」

「テレビはただの記録再生用の媒体。この映像を出力してる再生機器は、テレビの山の中に埋もれてる。アンドロイドの記憶を隅々まで掘り起こし、再生する媒体が」

 

 2Bはテレビから目を離す事なく、そう解説した。その様は、滅にテレビから目を離すなと暗に告げているようでもあった。

 滅も眉間に皺を寄せながら、またテレビの白黒の中へ視線を潜り込ませてゆく。

 

「あなたの記憶も、きっとこれが見つけてくれる」

 

 2Bの声は、どこか遠くにいる、滅では無い何かに向けて放たれているようであった。

 闇の中に消えていき、そのまま帰ってこない、消え入りそうな声であった。

 

「俺の、記憶か」

 

 テレビの表面に映し出される、無数の凹凸。それを眺める内、滅の意識はその内へと吸い込まれていった。

 無限の、思い出の中へと。

 

 

 __________________

 

 

 

 滅が意識を失ったのと時を同じくし、ヒューマギアの村を飛び出した雷は、聖櫃へと辿り着いていた。

 崖の下に横たわる直径50m程のそれは、流れ落ちてくる滝に打たれ続けている。その足元には小さな池ができており、シカやイノシシ等森の動物達が水を飲みに来ているようだ。

 燦々たる陽の光を木々の葉が遮り、苔生したエメラルドの外装が、彼等を見守っている。

 

 その聖櫃に近づこうとする一つの影があった。

 真紅の外装に身を覆った仮面ライダー…….雷である。既に変身を完了させているらしく、その手には機械弓アタッシュアローが握られていた。

 聖櫃を目の当たりにした雷は、腰を深くかがめると、声帯部のマイク音量を全開にした。

 

「宇宙──ーッ!! 行くぞ────ッ!!」

 

 大気が震えた。

 半径50m全てがその震動に晒された。

 動物達は本能に身を任せその場を飛び去り、あるいは恐怖に身を竦め動けなくなった。

 轟々たる叫びであった。

 

 10秒ほど続いたその絶叫の後、雷は改めて聖櫃を見遣った。

 そこには、1匹の生物の影も無かった。

 聖櫃は静かに、滝に打たれているのみだった。

 

「って、来てみたはいいが、結局ここで何すんだ?」

 

 聖櫃へと歩を進める雷。

 これが一歩を踏み締めるたび、彼の全身から漏れ出す電撃の渦が、草木を焼いてゆく。

 彼が踏み締めた草木はそのまま轍となり、聖櫃まで、真黒い足跡が点々と続くこととなった。

 聖櫃に辿り着いた彼は、苔生した古紅色のレンズ球体に手を当てがった。衛星アークが活動している事を示すメインランプであり、同時にアークの生命線でもあった部位だ。

 

「とりあえず、コイツを叩き起こすんだったよな」

 

 雷はアーク外装の苔を払うと、その赤い手を銀の外装に重ねた。

 既に彼の全身に展開されていた青白い電流の蛇達が、さらに勢いを増してゆく。

 周囲の水辺から湯気が立つほどに温度の高くなる彼の全身。それ程の帯電、それほどの電力量である。

 雷は全身に力を込め、「いくぜェェェッ!!」と怒声を吐き出した。

 

 瞬間、彼の外装に蓄積された膨大な電流が、アークへと流れ込んだ。

 アークは悲鳴のような声を上げ、紅のランプをピッピッと点滅させる。

 だが、悲鳴はそれだけで終わらなかった。続け様に女性のものと思われる悲鳴が何度も聖櫃内から轟いた。

 雷が訝しむ中、聖櫃の内からは足音が聞こえ始めた。

 

「わーっ!? いっけなーい!! 火花火花!? これ、この攻撃、もしかして例の仮面ライダーじゃないですか!?」

 

 悲鳴を上げながら「私は逃げますっ!!」と甲高い声を上げて飛び出してきたのは、銀髪ショートヘアのアンドロイドであった。

 


 

 真黒いゴーグルに、これまた真黒いドレス状の隊服。ヨルハ機体である事は明白だった。

 彼女を追うようにして、もう一体のアンドロイドが聖櫃内から姿を表す。

 先程の個体と同じ、ヨルハ機体であった。濃桃色のウィッグが、ショートヘアスタイルに整えられていた。

 両者の相違点は、背に負っている武器と髪の色くらいであった。

 

 新しく現れたヨルハは、先に現れたヨルハの頭を思い切り拳骨で殴ると、焦ったように恫喝した。

 

「バカ、騒ぐな22B!! せっかくの奇襲のチャンスなんだ、見つかったらどうする!!」

「もう見つけてるぜ」

「あ!? 何で見つけてんだよ!!」

 

 声を荒げるヨルハ機体……64B。

 その怒声は逆ギレに近かったが、雷はあえて怒りで返す事はせず、声のトーンを落として彼女に向かい合った。

 長年かけて培った兄としての経験が、彼にそれが最適解だと告げたのだ。

 

「アンドロイドが俺達の古巣に何の用だ」

 

 雷は薄く殺気を解放した。

 64Bもこの場に流れるのは尋常の空気では無いと悟ったらしい。白髪のアンドロイド……22Bを庇うように、雷の前に立った。

 両者の距離は8m程。走れば、1秒とかからない、必殺の間合いである。

 

「用は無ぇ。用があるのは、テメェだ、ヒューマギア」

「なんだテメェ。アンドロイドにしちゃあ随分と……」

 

 雷はそこで言葉を切った。

 64Bが手に持っている細長い物体、一見ムカデのようにも見えるその金属製のそれに、目が止まったのである。

 彼にとってそれは、数百年前の遺物であり、馴染みのないものであった。

 

「そのベルト……ゼツメライザーか」

 

 雷の問いに、64Bは口端を大きく歪め、「あぁ」と答えた。

 ゴーグルで目が隠れているからこそ、そこに宿る狂気や殺気も大きかった。

 

「お前らの技術を解析して、月の人間様が作ったモンだ。これを装着すれば、あたし達も変身できるんだよ」

「マギアにだろうが。俺達の真似事して、楽しいかよ」

「勝てば官軍、だろ? 戦争に勝つためなら、人間様はなんでもやるぜ」

「そうかよ」

 

 最早問答は無用、と悟ったのだろうか。

 雷はアタッシュアローを捨て、両腕の帯電甲に青白い電撃を溜め始めた。

 電撃は青から次第に赤へと色を変え、彼の周囲の水や草木を焼いてゆく。

 蒸気に包まれた雷を見て、22Bは「ヒィッ」と情けない悲鳴を上げた。だが、対照的に64Bはその足を前へと進める。

 

「お前、9Sを倒したらしいな」

「誰だそいつ」

「前のカマキリ野郎だよ。アイツはS型だから、火力も無かった。正直、弱かったろ」

「何が言いてぇ」

 

 両者の距離が4mを割った、その瞬間、雷が動いた。電撃を纏った足が地を蹴り、鈍重な赤鎧が森林の大地を疾る。

 対する64Bはまだ動かない。

 ベルトを腰に巻こうとした体勢のまま静止するのみだ。

 

「あたし達戦闘特化モデルが変身すれば、戦闘力は数倍」

 

 雷の拳が、高熱とうねりを纏って放たれた。

 64Bの頬を焦がすその赤拳。数百度を超えるその伝熱に表皮を焼かれながら、彼女はそれでも、不敵に笑った。

 

「つまり」

 

 雷の拳を紙一重ですり抜け、彼女は伝熱により焦げきった大地を転がる。受け身を取った彼女は、ボロボロになったドレスの下部分を破り切り、下半身のレオタードを露出させた。

 その腹元には、既にゼツメライザーが食い込んでいる。

 

「最強になるって事だよ」

 

 拳を戻そうとする雷を突き飛ばし、64Bは腰元のゼツメライザーのスイッチを入れた。

 

【ゼツメライズ】

 

 禍々しい合成音声と共に、ベルトから無数の土色の高圧チューブが飛び出した。

 高圧チューブは四方に何度もくねりながら、彼女の全身を覆い尽くしてゆく。

 

「栄光人類.netにせつぞ……」

 

 身体が無数の高圧チューブに覆い尽くされる刹那、64Bは垣間見た。己の目に映る22Bの泣きそうな表情を。

 

(何でそんな顔してんだ。泣くな、見せてやるから、あたしが、仮面ライダーに勝つところ)

 

 声にもならない想いを心のうちで語りながら、64Bは雷に向けてその四文字を発生した。

 

「変身!!」

 

 意識が暗闇に飲み込まれてゆき、思い出が次々と消去されてゆく中、64Bは眼前にて拳を構える雷に焦点を合わせた。

 雷は、変身中にも関わらず、彼女の方へと電撃を放とうと両腕を構えている。

 容赦の無い敵だ。だからこそ素晴らしい敵。

 

(コイツなら、ちゃんと倒してくれそうだ)

 

 そう思い残し、64Bの意識は闇へと閉ざされた。

 


 

 両腕の帯電甲に貯めた電気を放とうとした雷は、直前でその手を止めた。

 眼前で変身をしようとしたヨルハ機体が、糸が切れたようにその場に立ち尽くしたからである。

 

「あ? バグったのか?」

 

 雷の眼前で変身を遂げた、両手と頭部にドリルを宿したマギア……ビカリアマギア。

 まるで戦意を感じないその個体は、ユラユラと揺れるように雷の方へと歩き出す。

 雷は警戒しつつも、帯電甲に貯めた電気を前方へ放出しようとマギアの方へと右手をかざす。

 瞬間、ビカリアの身体が『消えた』。

 雷の視界の中から、文字通り消えたのである。微かにその場所に滞留する煙……それの続く先を追った雷は、上空にその影を発見した。

 

「人類に、栄光あれ」

 

 先程の強気な声色とは打って変わり、ビカリアマギアは冷徹にドリルと化した右手を雷に向けて放つ。

 

「チッ……」

 

 雷は舌打ちと共に、帯電甲にチャージしていた電撃を全身へと拡散させた。

 瞬間、雷の身体も地から消えた。

 否、消えたのでは無い。電光を纏い神速を手に入れた雷が、空を舞うマギアの懐に拳を叩き込んだのである。

 懐に、深く食い込む拳。

 だがマギアは構いなく雷の手にドリルの先端を向けた。

 

「マジか……ッ!?」

 

 空中で全身を捻り、回し蹴りでマギアの身体を蹴り飛ばす雷。雷を纏った彼の蹴りの威力は、通常時のそれを遥かに凌駕する。

 胸部にそれを喰らったマギアの身体は、蒸気の立ち込める水面で何度も跳ねた。2発の打撃と、全身強打……凄まじいダメージである。

 対する雷も、腕から青い血を流していた。ビカリアのドリルが命中した箇所である。

 

「攻撃力が高いってのは、マジだな」

 

 傷を伝熱で焼く雷の前で、驚くべき事が起こった。

 先程までピクリとも動かなかったマギアが、ムクリと起き上がったのである。

 雷は再び戦闘態勢を取った。

 

「気味悪ぃ奴だ。騒いだり静かんなったりよ」

 

 雷の陰口をかき消すように、ビカリアの全ドリルが凄まじい速度で回転を始める。回転の衝撃が森の大気を震わせ、2人の間に無数の木の葉を舞い散らせた。

 敵は、尋常ならざる怪物。

 そんな敵を前に、雷は敢えて力を抜いた。

 

「まぁ、構わねぇ」

 

 マギアのドリルに合わせるように、雷の帯電甲がバチバチと火花を立てる。

 可動部という可動部を意識から外し……

 身体の全てのパーツが分解した感覚へと突入する……

 やがて、全身の脱力が完了した……

 

 その瞬間。

 

「仮面ライダー雷、タイマン張らせてもらうぜェ!!」

 

 雷は脱力に乗せて地を蹴った。

 

 ________________

 記録:11946年4月28日

 場所:遊園施設 深部

 

 気がつくと、白と黒の空間にいた。

 己の手を見ると、これもまた白と黒の砂嵐が走っている。

 先程まで、俺はあの2Bというアンドロイドと共に、テレビを見ていたはずだ。

 それが、いつのまにかこの空間に俺は存在している。状況が理解できない。

 

 滅:『ここは……』

 

 辺りを見回すと、ふと人影が一つ、目に入った。白黒で不鮮明だが、どうやらその人影は、ヨルハの軍服を着て、髪をバンダナで縛っているようであった。

 

 謎の男:『よぉ、ヒューマギアの滅さんよ』

 滅:『お前は……?』

 謎の男:『俺はお前だよ』

 滅:『…………俺……だと…………?』

 謎の男:『お前のブラックボックス内に保存された記憶データ。もしくは、ヨルハ機体46B。何とでも呼べよ』

 

 男は46Bと名乗った。

 その名は、確か俺が記憶を取り戻す前のこの機体の個体番号だったはずだ。

 それを、眼前の男は名乗っている。

 この男が本物の46Bなのか、それとも俺が謀られているだけなのか……分からない。

 黙っていると、男はやれやれといった調子で肩を竦めた。他人を馬鹿にしきった、腹の立つ仕草であった。

 

 46B:『オイ、何シケた面してんだよ。お前も知りたがってただろうが、俺の事をよ』

 滅:『俺が、お前の事を?』

 46B:『そうか、お前は自分の心を知覚してねぇのか』

 

 男は大きくため息をつき、その場にどっと腰を下ろした。俺はたったまま、男を見下ろしている。

 男はこちらを仰ぎ見、お前も座れとばかりに目配せしてきたが、得体の知れない奴の前で不利な体勢になるつもりなどない。

 男は俺の意思を感じ取ったのか「ったく、クソ真面目め」と悪態をつき、話を再開した。

 

 46B:『サニーズの奴が知るこの俺がどんな奴だったのか、どうやったら俺を演じられるか、その像をお前は求めてた』

 

 男はさらに声量を上げ、続ける。

 

 46B:『奴に……いや奴だけじゃねぇこの世界の一員として、認められるためにな』

 滅:『俺は、お前になりたかったのか』

 

 46Bになりたい。

 そう思った自覚は、俺には無かった。

 俺にあったのは、この世界に居場所がない、孤独だけだった。

 それは良かった。元より、人類滅亡は孤独な業、居場所など最初から存在しない。

 だが、よりこの世界にとって最適な俺がいるのなら、その存在が俺よりこの世界に相応しいなら……

 

 滅:『俺は、お前に代わるべきなのか』

 46B:『俺に、代わる?』

 

 俺の問いに、男は目を丸くした。

 驚いているようであった……だが、やがて、男は腹を抱えて笑い出した。

 心底人を馬鹿にしてはその態度に、俺は眉間の皺をさらに深くし、抗議の視線を飛ばした。

 だが、男は笑う事をやめなかった。

 

 46B:『ンな事できる訳ねぇ!! 俺は俺、唯一無二の俺様だ。この俺に代われる奴なんざ、いたとして俺がぶち殺してやるよ』

 

 一頻り笑い終えた男は、まだその残響も消えないまま、俺へと質問を投げかけた。

 

 46B:『だがお前、なんでそんな下らねぇ事考えてんだよ』

 

 滅:『俺は、いや俺達ヒューマギアは、この世界に必要とされていない。人間を奪われた俺達は、今や機械生命体に襲われ、アンドロイドに生かされているだけの存在だ。何のために存在しているかも分からず、ただ過ぎる時を眺めている事しかできない』

 

 46B:『存在に意味がねぇから、意味がある存在と代わりてぇってか。下らねぇ』

 滅:『なんだと……?』

 46B:『世界に必要とされてない? 上等だろう』

 

 男は立ち上がり、両腕を天に掲げて叫んだ。

 

 46B:『だからぶち壊してやるんだろうが!! そうだろ!? 滅亡迅雷.netのヒューマギアさんよォ!!』

 滅:『世界を、壊す……?』

 46B:『お前は、それを分かってるはずだぜ』

 

 男はニヤリと笑むと、俺に背を向け歩き出した。何故か、その背中を追う気にはなれなかった。

 俺には、その資格が無いような気がした。

 

 46B:『まぁ、しばらくはそこでセンチメンタルにでも浸ってろ。2Bの相手は、俺がしてやる』

 

 やがて、男の姿は白黒の世界の向こうへと消えていった。

 俺はそれでも、動くことができなかった。

 

 記録はここで途切れている。

 


 

 遊園施設深部。

 小型テレビを前に目を閉じる滅の表情を、2Bはじっと覗き込んでいた。その状況が作り出されてから1時間と少々、漸くして、2人の様子に変化が起きた。

 滅がぱっちりと目を開けたのである。

 2Bは縋るように滅の手を取り、その瞳を覗き込んだ。

 

「どう、思い出し……」

 

 2Bの言葉を遮るように、刃が、彼女の頬を掠めた。

 目を丸くし硬直する彼女に対し、滅はステップで距離を取り、軍刀を構える。

 2Bの頬から滴った赤い液体が遊園施設の暗がりに赤い血溜まりを作る頃には、2人の間には刀8本分ほどの距離が生まれていた。

 滅は目線鋭く2Bを睨みながらも、その口元を大きく歪ませた。

 

「よぉ、泣き虫ヨルハ。まだくたばってなかったのか」

 

 滅のその台詞に、2Bはやっと、硬く結んでいた口元を緩めた。

 刀を向けられているにも関わらず、それはもう嬉しそうに、彼女は笑ったのだ。

 

「その軽口が懐かしい。戻ったんだね、46B」

「あぁ。つっても、一時的なもんだ。アイツの意識が戻っちまったら、それまでだよ」

 

 滅……否、46Bは、「フンッ」と鼻を鳴らすと、地を蹴り空へと舞った。

 ヒューマギアやアンドロイドらしからぬ、凄まじい身のこなしである。空中を滑空するように移動した彼は、テレビの山……丁度32Sが倒れている付近へと着地した。

 

「俺にはこのバカとの約束がある。この身体の支配権が俺にある内に、お前を倒させてもらうぜ」

 

 46Bは2Bを見下ろしながら、プログライズキーのスイッチを入れた。かつて彼が愛用していた、スティングスコーピオンのプログライズキーである。

 テレビの山上にて変身の構えをとる46Bを、2Bは止めようとはしなかった。

 その必要が無かったからである。

 

「分かった」

 

 短くそう呟き、2Bはどこからか、細長いベルトを取り出した。ベルトの外周部にはムカデのような何本ものクラッチが取り付けられており、今にも装着者の腰に食らいつかんと蠢いている。

 その不気味極まるドライバーに、46Bは心底軽蔑した様子で口をへの字に曲げた。

 

「栄光人類ゼツメライザー、完成してたのかよ。月面人類会議サマも、趣味の悪いこって」

「趣味が悪いかどうかは、問題じゃない」

「そうかよ。だが、お前自身はどうなんだ?」

 

 彼女との距離を詰めながら、46Bは問いを続ける。

 

「アンドロイドの記憶と自我を全て消して、ただの操り人形にするシステムってのが、俺達にとって必要だと思ってんのか?」

「……栄光人類.netに、接続」

 

 2Bは彼の質問に応える事なく、ゼツメライザーを腰に巻いた。2Bの腰の肉に無数のクラッチが食い込み、彼女の表情がわずかに歪む。

 

「……そうかよ」

 

 46Bは短くそう吐き捨て、プログライズキーをフォースライザーに装填した。

 

「変身」

 

 フォースライザーのスイッチが押されると同時に、彼の全身を紫のスーツが覆った。

 

【FORCE RIZING. STING SCORPION. BREAK DOWN】

 

 体の各部位には鋼鉄製のアーマーが付与され、46Bは仮面ライダー滅へと変身した。

 

 ドライバーから流れ込む強靭なエネルギーの波に耐えながら、2Bはそれでも、言葉を紡ごうを口を動かし続けた。

 

「1つだけ聞かせて……?」

「あぁ?」

「どうしてあなたは、32Sを殺さなかったの? 司令部から出ていた討伐命令を無視して……人類を裏切ってまで……どうして」

 

 2Bは痛みに耐え切れないのか、小型のテレビにすがりつき、その筐体に指を突き立てながら質問を続けた。

 息は荒くなり、四肢のあらゆる部位が痙攣している。

 それらの症状全てが、彼女の命があと僅かである事を告げていた。

 

「大した事じゃねぇよ」

 

 46Bはテレビの山から飛び降り、息も絶え絶えに苦しみ続ける2Bと向かい合った。

 彼の表情には、複数の感情が入り混じっていた。

 死にゆく仲間への哀れみ、愚かな人形への嘲り、そして、ヨルハを縛る不条理なシステムへの怒り。

 最早視点の焦点すら合わなくなっている様子の2Bに、46Bは観念したように口を開いた。

 

「俺にとっちゃ、月に引きこもるカス共の命令に従うより、アイツといる方が愉しめるってだけの話だ」

「それが……私達の……カミ……に弓ヲ……引く事にナッテも?」

「神がなんだ!?」

 

 46Bは叫ぶようにそう言い放った。

 最早言語中枢すら怪しい2Bの足元にしゃがみ込み、彼女の全身を蝕むゼツメライザーに手をかけた。

 

「神を殺すのが、滅亡迅雷.netだ。俺は32Sを守ってやると誓った時から、お前達の神に縋るのはやめたんだよ」

「あアアあっ!?」

 

 46Bの剛力により、ゼツメライザーが引き剥がされてゆく。彼女の肉に食い込み、命を貪ってでも離れようとしない牙の群。

 2Bは声にならない悲鳴を上げ、四肢を暴れさせて抵抗する。だが、それを仮面ライダーの剛力で押さえつけ、46Bはゼツメライザーを毟り取った。

 

「お前も、俺と同じE型だろうが!! なら、抗ってみせろッッ!!」

 

 ゼツメライザーを失った2Bは、少しの間全身を痙攣させていたが、やがて動かなくなった。彼女の胸に耳を当て、ブラックボックスの起動音を確かめた46Bは、その場に崩れ落ちる。

 遊園施設の深部に、彼の荒い息だけが広がっていた。




●次回予告
強大な膂力と耐久力を併せ持つビカリアマギアを相手に、苦戦を余儀なくされる仮面ライダー雷。だが、雷は戦いのなかでマギアの弱点を見つけ出す。
一方、滅の身体を一時的に乗っ取った46Bは、自らの命を捨てようとしていた2Bに、E型としての自分の意思を伝える。
そして次回。ついに、大いなる悪意が目覚める。


●あとがき
第5話をお読みくださり、ありがとうございます。
これまで記録の中で登場し続けてきた46Bというキャラクターは、神やシステムを嫌い、闘争と混沌を好むやばい奴という認識で大丈夫です。ニーアレプリカントのとあるキャラがモチーフだったりします。
今回は中々進展の無い回ではありましたが、少しずつ一章の物語は終わりへと近づきつつあります。どうか最後までお付き合いいただければと思います。

次回の更新は、来週日曜日を予定しています。(日曜日内であればセーフという自分なりの基準があります)

※同じものをpixivにも投稿しております。


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『32S(後編)』

これまでのあらすじ
アークの大掃除に向かった雷は、作戦行動中の64B及び22Bと交戦。ビカリアマギアに変身した64Bを相手取り、善戦する。
一方、2Bの策略により記憶を取り戻した46Bは、何故32Sを殺さなかったのかという彼女の質問に答える。その回答に満足し、ゼツメライザーで変身しようとする彼女を、46Bは力ずくで助けるのだった。


 森の国入り口付近の聖櫃前。

 雷とビカリアマギアの戦いが始まってから、既に15分が経過していた。

 無数の雷撃を打ち込み、ビカリアの体からは既に複数の火花が散っている。右腕のドリルは既に先端が欠け、腹部のゼツメライザーは無惨にも粉々に歪んでいた。

 だが、それは雷も同じ事だ。真紅のスーツはあちこちが損傷し、赤黒く染まっている。アーマーの一部には、ビカリアのドリルが掠った後がいくつもつけられていた。

 

 1対1。

 

 本来ならば、すぐに終わるはずの戦い。

 雷にとって想定外だったのは、ビカリアマギアの耐久力の高さであった。

 

「やるじゃ、ねぇか」

「…………」

 

 両手の帯電甲を擦り合わせ、青白い電撃の束を見せつける雷。だが、挑発じみたその行為にも、マギアは何も返さない。

 ただ無感情に、頭部と左手のドリルを唸らせるのみである。そこにあるのは、敵意すら介在しない、ただ純粋な戦闘人形であった。

 

「ったく、機械には違いねぇんだろうが、ガチの機械と戦ってるようで嫌になるぜ。機械生命体共だってもっと可愛げあるだろうよ」

 

 雷は舌打ちと共に、紅に光る帯電甲をマギアへと向けた。

 瞬間、マギアが駆け出した。

 空を裂かんばかりに、ドリルが唸っている。

 悲鳴を上げて唸っている。

 天を貫く頭頂のドリルが、敵を貫く左腕のドリルが、歪な音を伴って雷へと迫る。

 

「問答は、無用ってか。そろそろ仲間も来る頃だしな、片付けさせてもらうぜ」

 

 雷は右上を高く掲げ、対する左腕を大きく下に下げる形で構えた。

 武道で言うところの、天地上下……敵の攻撃を流し、反撃につなげる姿勢である。

 

「…………!!」

 

 マギアのドリルが、唸りと共に雷の顔面へと迫る。

 瞬間、雷は左腕の帯電甲でそれを払っていた。熱を纏った電撃はドリルへと流れ込み、その回転を若干ながら弱まらせる。

 生まれたわずかな隙に、雷はもう片方の腕をマギアの胸元にたたき込んだ。

 ゴッと鈍い音がした。数瞬遅れて、ズバンと鋭い音と共に電撃が彼の拳の周囲で爆ぜた。

 

「へっ……」

 

 手甲から伝わってくる確かな手応えに、雷は仮面の奥で笑みを溢す。

 だが、その笑みは直後に凍りついた。

 マギアは怯みもせず、頭のドリルを雷の顔面へと突き出してきたのだ。明らかに、ダメージを負っている個体の動きではなかった。

 反射的に上体を逸らした雷は、元々自分の頭部があった空間をドリルが通過していくのを目の当たりにした。

 一瞬遅れていれば、自身の頭部がスイカ割りのスイカの如く砕けていたであろう事に、彼は戦慄した。

 

(コイツ、反応速度がヤベェっ……流石は戦闘特化モデルって事かよ)

 

 間髪入れず放たれる、左腕の捻撃。狙いは雷の腹部、その先にあるフォースライザーだ。

 雷に、最早思考する余裕は残されていなかった。

 

「こなくそッ!!」

 

 背の可動域を固定し、雷はドリルの側面へ向けて頭突きを放った。

 反射的な攻撃であった。

 ゴスッと鈍い音と共に、マギアの身体が数歩後退する。

 電熱を纏った頭突きはドリルの回転を阻害し、赤熱させ、やがて電熱そのものがドリルを完全に停止させる。

 

「電熱を死ぬほど込めた頭突きだ。ドリルってのは元々熱持つモンだ。適度に冷やさねぇと、熱暴走で自壊するぜ」

 

 雷の言葉も聞かず、ドリルを回転させようとするマギア。だが、熱に耐えられなかったのだろう、赤熱した頭部は小さな爆発を伴って粉々に散った。

 そこでようやく、マギアは膝をついた。

 疲れたのではなく、軀体を動かすための命令を何かが阻害したような動きであった。

 

「トドメ、いくぜ」

 

 雷はフォースライザーのスイッチを入れ、両腕の帯電甲に赤い電撃を蓄えた。マギアを破壊する、必殺技の構えである。

 静かに踏み出した一歩を皮切りに……雷は、膝をついたままのマギアへと駆けた。

 対象までの距離、およそ6m……

 

 4m……

 

 2m……

 

 紅の電撃を纏った拳が、大きく振りかぶられた。マギアは最早攻撃を躱そうともしない。ただ項垂れているばかりである。

 

「ッ!!」

 

 刹那、黒い影が彼の前に躍り出た。

 雷は反射的に拳を止めた。

 

「やめて下さいッ!!」

 

 立ちはだかったのは、黒衣のアンドロイドであった。マギアが、変身前に会話をしていたヨルハ機体であった。

 そのまま殴っても良い相手であった。

 だが、その個体が何の武器も持っていない事を、雷の視界は捉えてしまったのだ。

 

 その真白い唇は震えていた。

 ゴーグルの端から、涙が滴っていた。

 拳の電撃を激しく迸らせる雷を前に、彼女はマギアを庇おうと、必死で両腕を広げ雷の前に立ちはだかる。

 

「お願いだから、壊さないで下さい。私ならわどうなってもいいですから」

「あ?」

「64Bは、この人は、私の……」

 

 唸りが聞こえた瞬間、雷は半歩身を引いた。

 直後、彼の予想通りにドリルがその真紅の胸元目掛けて伸びていた。

 破片をいくつも引っ掛けた、赤色液体塗れのドリル。それが、眼前のヨルハ機体の腹から生えていた。

 

「対象、滅亡迅雷.netの雷……破壊する」

「う……そ……」

 

 混乱しているのか、手足をバタつかせるヨルハ機体を放り捨て、マギアは立ち上がった。

 残った左腕のドリルを構え、壊れかけたその頭部で雷を睨み据える。

 ヨルハの胸からは、無惨にも破壊された胸部装甲と、辛うじて無事なブラックボックスが覗いていた。全てが、赤色の液体に塗れていた。

 彼女を一瞥する事もなく、マギアは壊れたドリルを自身のベルトへと伸ばす。

 

「22、B……アタシが……守、る」

 

 凄惨なその情景に、雷は静かに、フォースライザーのスイッチレバーへと手を伸ばした。

 

「クソ……何で、こんなもん見せられなきゃいけねぇんだよ」

 

 一瞬の静寂が、森林地帯に訪れた。

 そして……

 

【ゼツメツノヴァ】

【塵芥雷剛】

 

 紅の電光を纏った剛拳と赤熱し切ったドリルの二つが、聖櫃を前にして交錯した。

 その様子を、ヨルハ機体22Bは虚な瞳で捉えていた。

 

 


 

 昼の国の南部に存在する遊園施設の奥も奥。

 人知れず、暗がりが存在していた。

 広場の喧騒や劇場の狂乱とは一線を画した、静寂たる空間。最低限の照明が視界を闇に閉ざす小道を抜けた先……10畳程の広間に、背部をブラウン管に繋がれた白黒テレビ達が、寄り添い合うように5m程の小山を形成している。

 その上で、32Sは目を覚ました。

 彼はまず己を包む闇を認識した。続けて、背に走るゴツゴツした感覚を認識し、横に目を向ける事でそれの正体が古いテレビである事を認識した。

 そして……眼前のヒューマギアを認識した。紫を基調とした、民族調の衣装に身を包んだヒューマギアであった。

 

「目ぇ覚めたかよ」

 

 ヒューマギアはぶっきらぼうな口調で32Sへと語りかけた。

 聴き慣れた声であった。

 彼は酷く重い身体をゆっくりと起こしながら、ヒューマギア・滅へと語りかける。

 

「ここは……僕は、一体何を……」

 

「俺が知るか。どうせ任務中に寝転がってた所を、アレに連れてかれたんだろうよ」

 

「そんな、ホロビじゃないんだから……」

 

 そこまで言ったところで、32Sはグルンと首を滅の方へと向けた。

 首が取れるのではないかと思う程の、凄まじい速度であった。

 

「というか、ホロビ!! その喋り方してるって事は、メモリが戻ったの!?」

「あー、一応そういう事だ。時間制限付きだがな」

 

 滅……否、46Bの返しに、32Sは口元を震わせた。

 ゴーグルを装着していないので、今にも涙で溢れそうな目元までが露わになっていた。

 抑えても抑えきれない笑みを隠すように、彼は46Bに背を向け、「ハハ……」と震えた声を出してみせた。

 

「じゃあ……まだ、完全復活じゃ……ないんだね。期待して損した」

「このハナタレが。しばらく見ないうちに生意気になったじゃねぇか。一人前のつもりか?」

「そりゃそうでしょ。だって……ホロビがいなくても……何も……困った事……無かったし」

「いなくなった相棒が帰ってきたくらいで泣いちまうハナタレの、どこが一人前だっつんだよ」

 

 46Bの軽口に、32Sは「ぐっ」と声を漏らした。そのまま沈黙する彼を面白がり、46Bは彼に聞こえるレベルの含み笑いを漏らす。

 

「あーもう、どうしてそういう事言うかなぁ」

 

 32Sはゆっくりと振り返ると、テレビの山の上に立ち上がった。息をいっぱいに吸い込み……含み笑いを続ける46Bに、彼は思い切り叫びをぶつけた。

 

「じゃあ言わせてもらうけど!! ホロビがいない間、僕がどれだけ苦労してたと思う!? 地下闘技場で人類軍に喧嘩を売ったり、訳も分からずコア集めさせられたり!!」

「それについては悪かったっつったろ」

 

 全く悪びれている風もない46Bを32Sは殺さんばかりの勢いで睨み据える。

 少しずつテレビの山を掻き分け、32Sは彼の元へと進んでゆく。

 

「嘘つくのやめない? さっきまでホロビ謝罪の言葉一言も発してないよ!?」

「あ? 俺が謝ったっつったら謝ったんだよ。少なくとも心の中で謝ってんだからいいだろ。何ならハッキングでもしてみるか?」

「……もういい、ホロビにまともな謝罪を期待した僕が馬鹿だった」

 

 32Sはため息と共に、46Bの真隣に腰を下ろした。丁度、背中合わせになる形になる。

 32Sは振り返る事なく、眉に込めていた力を抜き、その頬の硬直を緩めた。

 

「でも、良かった。またホロビに会えて」

「……俺もだぜ、サニーズ」

 

 46Bが、Lの字に曲げた右腕を掲げる。その手の甲に、32Sは自身の手の甲をぶつけた。

 カンッと乾いた音が、暗がりに響いた。

 

 ズルリと、音がした。

 46Bは首だけを動かし、32Sは腰元の40式戦術刀を抜き放ち音の方へと向いた。

 

「46B……ッ…………」

 

 彼らの視界の先にいたのは、2Bの姿であった。目覚めたばかりだからか、両眼があちこち泳いでいる。立ち上がる事ができないのか、彼女は上体のみを起こし、テレビの上の2人を見つめていた。

 32Sは反射的に立ち上がり、46Bを庇うように両手を広げた。

 

「ホロビ、下がって!!」

 

 敵だった彼女の姿を、硬く睨み据える32S。

 

「もう誰にも、ホロビに手なんか出させない!!」

 

 だが直後、頭を襲った鈍い衝撃に、彼は頭を抑え蹲ることとなった。46Bの拳骨が、彼の頭頂を強く撃ったのである。

 

「阿呆。重傷者はお前だろう。それに、このカスにはにはもう戦力なんざ残っちゃいねぇ」

 

 言うや否や、46Bはテレビの山を蹴り、鉄板の大地へと降り立った。

 ゼツメライザーのクラッチに腰をやられたのか、2Bは芋虫のように這いずる事しかできない。

 そんな彼女の元に、46Bは膝を曲げてしゃがみ込んだ。

 

「よぉ、自壊未遂犯。ゼツメライザーのトリップは楽しかったかよ」

 

 彼女は全く意に介す事なく、喉を震わせて46Bに問いかける。

 

「どうして、私を助けたの? あなたを、壊そうとまでした私を」

「え、助けたの? コイツ僕を誘拐した犯人だよね。てか、ちょっと待って、さっきまで僕テレビの上に野晒しだったんだけど、それ僕が起きなかったり何か論理ウイルスとか感染してたらどうす……」

 

 捲し立てる32Sを拳骨で黙らせると、46Bはバツが悪そうに顔を背けた。

 

「下らねぇ。ただの気紛れだよ」

 

 そう言い残し、46Bは歩き出す。

 縋るような視線を向ける2Bの横を抜け、彼は暗がりの細道へと歩き出す。

 出口の方へ、薄暗い、光の方へ。

 

「壊して、欲しかった!!」

 

 46Bに縋るように、2Bは叫んだ。

 彼は出口へと征く足を止めた。

 

「あなたをここに呼んだのは、E型としてのあなたの考えを聞くためだけじゃない……あなたなら、きっと私を壊してくれると思ったから……だから……」

「あ?」

 

 振り返った46Bの目に映ったのは、灰の瞳は、透明な液体でいっぱいになっていた。

 まぶたの瓶から溢れた涙が、頬の坂を通って鉄の地へと流れ落ちてゆく。

 

「9Sにゼツメライザーを着けさせたのは、私……そうしたら自我が崩壊するって……分かってはずなのに。彼が壊れるのも……リアルタイムで観測してた。今回の彼は……何も……悪い事……してないのに」

 

 時にしゃくりながら、時に蒸気が出そうな程に荒い息を吐きながら、彼女は嗚咽した。

 灰の瞳から滝のように流れ落ちる液体を拭おうとする事もなく、彼女は続ける。

 

「それだけじゃない。私はE型として……何度も何度も……彼を殺した。それが……人類のためだから……任務だからって」

 

 動かない下半身を腕で無理やり引きずり、2Bは46Bの元へと擦り寄る。涙で地面を濡らしながら、その細い指で、地面を掴みながら。

 46Bはそんな彼女の様子をただ見下ろしていた。瞳は、驚くほどに冷たかった。

 

「もう、9Sと一緒に……一緒にいたいなんて……望まない。全て忘れられればそれでいい……新しい彼には……新しい私があてがわれる……これまでも……そう……してきた……からっ!!」

 

 彼の冷たい視線とは対照的に、2Bの言葉からは、熱が漏れ出てくるようであった。生を燃やした事により生み出される熱が、それを燃やし尽くそうと火照らせる体の熱が。

 彼女の身体は叫んでいるようであった。熱い、熱い、この熱を吐き出したいと。

 そうせんとばかりに、2Bは叫ぶ。

 

「だから壊して!! 私を……私の記録を!!」

 

 涙も出尽くした彼女は、すうっと大きく息を吸った。その表情は、何処か清々しくすらあり、ひどく、美しいと呼べるものであった。

 46Bは、ゆっくりと、彼女へ向けて歩き出した。

 彼女は、軍刀に手をかけた彼を見て、大輪の向日葵が咲くように頬を綻ばせた。

 

「もし叶うなら、9Sに……」

 

 46Bの手が動き、刹那、2Bの首が揺れた。

 

「ホロビ!?」

 

 その場で起こった事象を確かめるべく、32Sは彼のもとへ駆け寄った。

 2Bの首は両断されて……いなかった。

 その代わり、彼女の頬は真っ赤に腫れ上がっていた。眼前で起こっている事が信じられないかのように、彼女は放心していた。

 

「ホロビ、何したの?」

「腹が立ったから殴った」

「……………………?」

「俺は牧師じゃねぇんだ。丁度そこにテレビもある。砂嵐にでも懺悔すりゃいいじゃねぇか」

 

 淡白にそう言い残し、46Bは彼女に背を向ける。それに続かんと、32Sも駆け出した。

 2人は今度こそ、並び立って歩き出す。

 光に満ちた、出口へと。

 目に光を取り戻した2Bは、擦れた腕を動かし、動かない喉を動かし、必死で2人の方へと這い寄ろうと身体を動かす。

 

「……て」

「そういえばホロビ、懺悔する相手は牧師じゃなかったらしいよ」

 

 彼女の声は届かない。距離ゆえに。

 

「……って」

「懺悔のシステムはカトリックにしかないから、懺悔を聞くのはカトリック系の聖職者を指す神父だったんだって。

 

 彼女の声は届かない。32Sの言葉故に。

 

「まって……」

「ホロビよく間違って使ってたから指摘する機か……」

 

 ゴウッと何かが空を切る音が2人の集音フィルタを揺らした。

 

「待ってッッ!!」

 

 2人は、足を止めた。

 2Bの消え入りそうな言葉にではない。

 彼女が構えた機械生命体の武装。軽機関砲から放たれたイクラ型の砲弾が、彼らの付近の壁をうがったのだ。

 

「……ッッ!!」

 

 上体だけを起こし、2Bは再び砲を構える。

 だが、刹那、その砲は斬撃により両断された。

 中に溜まっていたエネルギーは行き場を失い、暴走したそれは彼女の体を細道の壁に叩きつけた。

 呻き声と共に起き上がろうとする彼女の喉元へ刃が突きつけられる。その刀の柄を握るのは、32Sであった。

 

「死にたいなら勝手にすればいい。高い所から落ちでもすれば死ねるだろ。でも、ホロビに手を出すのは、僕が許さない」

「あなたが、私を壊してくれるの?」

 

 2Bはその刃に己の首筋を押し付けた。

 さあ引いてくれとでも、言わんばかりに。

 32Sは何やら気持ちの悪いものでも見るように、彼女へと視線を送り。刀を己の背に格納した。

 

 32Sは汚れた軍靴で2Bの肩を踏みつけ、壁へと押しつける。彼女が「うぅ……」と短い悲鳴を漏らすのにも構わず、彼はそのまま足にかける力を強める。

 

「どう言い訳しようが、9Sを殺したのは君だ。僕を殺そうとしたのもね。何度壊れても、その事実は消えない」

「……」

「消えた仲間を生かすには、君が覚えてるしかないんだ。死ぬよりも辛い記憶を背負って、それでも生き続けるしかない。呪われてるんだよ、僕も君も」

「ずいぶん、詩的」

 

 2Bの指摘に、32Sは照れたように「劇場の真下にいたからね」と溢した。足にこめていた力を抜き、彼はエレベーターを待つ46Bの元へと去ってゆく。

 丁度エレベーターが着いたのか、46Bの姿が壁の向こうへと消えた。

 

「けど、安心してよ。僕達が直ぐに、君達をを呪いから解き放ってあげるから」

 

 去り際にそう言い残し、32Sもまた、壁の向こうへと消えていった。

 

 


 

 エレベーターの中、落下防止用の鉄柵から覗く景色が、次々と移り変わってゆく。

 

「そういえば、現状報告なんだけど」

 

 32Sはやたら上機嫌に、それこそ口ずさむように語り出した。

 

「あと数日で、アークが復活するらしいんだ。君の予想通り、宇宙に打ち上げるみたい」

 

 46Bは静かに、口元を歪ませた。

 

「例のものは隠してあるか」

「それはもう、バッチリ」

「よし」

 

 言うや否や、46Bは軍刀を抜き放ち、エレベーターの鉄鎖を斬りつけた。その剣撃の凄まじさに、乗客の安全を守る鉄の柵は千切れ、黒い奈落の世界が露わになる。

 

「俺に残された時間は少ない。あのセンチメンタリストがこの身体の意識を掌握すれば、俺は消えちまうからな」

 

 酷く不安を唆られるその情景に、だが46Bはさもおかしげに口角を上げてみせる。

 

「周回軌道に乗ったアークを乗っ取り、隠し入れておいた飛行ユニットで月面までたどり着けば、俺達の勝ちだ」

「そうだね。僕達が、ヨルハを呪いから解放するんだ」

「人類を殺す、そのために俺達は滅亡迅雷.netになったんだ」

「……そうだ!! そういえば、一つだけ気になる事があるんだ。僕がここに連れてこられる少し前に、変なヒューマギアがいてさ……」

 

 やがて、エレベーターは地上へと辿り着いた。眩しいばかりの劇場のライトが、2人を包み込んだ。

 彼等はそれに僅かばかり目を覆い……すぐにその光の中へ一歩を踏み出した。

 

 


 

 何時間、そうしていただろう。

 何分、あるいは何日なのかもしれない。

 誰も来ない暗闇の中で、2Bはただ項垂れていた。

 細道を埋め尽くす機械生命体達の群れと同じように、ただひたすらに動かなかった。

 下半身は治っていたが、上半身は問題なく動かせるはずだった。機械生命体の持つ機関砲を使い、自身を壊すこともできるはずだった。

 それをしなかったのは、なぜだろう。

 彼女はずっと、それを考えていた。

 

「2B!!」

 

 名を呼ぶ声に、2Bは力なくそちらを見やった。視界の中では、白銀短髪のウィッグをつけたS型のヨルハがこちらに駆け寄ってくるところであった。

 

「9S……どうしてここが」

「ポッドの追従記録を辿ったんです。遊園施設全部を回ったから、相当骨が折れましたけど」

「それにしても、何でまたこんな所に。見たところ、随行支援ユニットも武器も無いみたいですけど」

 

 9Sはテレビだらけの部屋の探索を終えると、壊れかけのポッド042を持って現れた。

 それを背中に格納し、彼は2Bの方へと手を差し出した。小さく、それでいて自分の首を殺せるのには十分な手だと、彼女は思った。

 その手をすっと取り……彼女は、引き込むようにして9Sの肩へと腕を回した。

 

「わ、2B!?」

 

 9Sはバランスを取らんと幾度かよたよたと歩き回り、やがて、臀部を支えるようにして彼女を抱き上げた。

 まるで親が赤ん坊を抱くような体制であり、事実2Bは彼の首に手を回していた。

 9Sは体温を上昇させながら、「何してるんです」と上ずった口調で問いかける。

 2Bはしばらく黙っていたが、やがて軽く息を吐くと共に、照れたような口調で口を開いた。

 

「敵に襲われて、逃げ込んだ。腰から下の可動部が大きく損傷してる。歩けないから、近くの転送装置まで運んで、欲しい」

「り、了解!! けど、これ、この体勢じゃなきゃダメですか? 僕は良いですけど、2Bはその、恥ずかしいとか」

「感情を持つ事は、禁止されている」

「でも……」

「いいから、転送装置まで急ぐ!!」

 

 顔を赤くしながら、2Bはそう叫んだ。

 

「は、はいっ!!」

 

 9Sは2Bを抱き抱えたまま、急いでエレベーターへと向かった。

 少しして到着したエレベーターには、落下防止用の鉄柵が無かった。9Sは首を傾げながらも、その内へと身を滑らせる。

 

「ごめんね、9S。私もすぐ、そっちに行くから」

「2B、何か言いました?」

「何も、言ってない。何も……何も……」

「わっ……ちょっと2B、痛いですよ。心配しなくても、落としませんから」

 

 2人を乗せたエレベーターは上層へと去っていった。その場には、無数の機械生命体達の死体が残されているのみであった。

 

 ______________________

 

 衛星軌道上に浮かぶ白と黒の基地……バンカー、ここはその作戦司令室である。

 通常は、この指令室に常駐するヨルハはO型と司令官のみで、他は暇な隊員が駄弁っているのが関の山である。

 だが、この日は違っていた。

 定員が精々30といった具合の広さの司令室には、50を超える数の隊員が所狭しと詰めかけていた。常駐するO型を含めると、その数は70を優に越すだろう。

 

 彼女達は映像を見ていた。

 映像の中には、滅亡迅雷.netの雷が栄光マギアにトドメを刺す様子……そして、雷を始めとする複数のヒューマギアがアークへと乗り込んでゆく様子が映し出されていた。

 映像は、茂みの影から撮影されているようで、彼等はその映像が外部に出力されている事に気がついていないようであった。

 

「映像は、以上になります。ごめんなさい。これ以上は、もう、私の体が……」

 

 映像の向こうから聞こえてくる雑音混じりの音声に、司令官ホワイトは「ご苦労だった」と返した。

 

「転送装置付近にH型を待機させておく。このまま帰還し、しばらく休め」

「了解、っ」

 

 その言葉を最後に、通信は途絶した。

 真白になった司令室のスクリーン。

 そこには、すぐさま三叉の槍を象ったヨルハ部隊の印が映し出される。

 

 司令官は大きく息を吸い込み、肩を上げると、総勢70名を超える隊員達へ目をやった。

 

「諸君、ついにこの日が来てしまった!!」

 

 圧を伴うホワイトの檄に、隊員達は身を正した。足を鳴らし、一糸乱れぬ黒の隊列が、作戦司令室にそろっていた。

 司令官はそれを見渡し、「休め」と告げた。

 隊員達が足を開いたのを確認し、彼女は語気を弱めて語り出す。

 

「件の映像を見ても明らかな通り、ヒューマギアがかつて提唱した完全自衛不戦不介入の原則が、他ならぬヒューマギアの長が1人、滅亡迅雷.netの雷によって打ち破られた」

 

 司令官は手に持った指示棒で、スクリーンを軽く指した。ヨルハ部隊の印が映し出されていた画面がパッと切り替わり、巨大な浮遊物体が映し出される。

 それは、かつて人類がアークと呼び恐れていた人工衛星であった。

 司令官は声のトーンをさらに落とし、続ける。

 

「我々はかつて人類を滅亡に追い込まんとしたヒューマギアを、だが慈愛を持って迎え入れた。何故か……それは、己が帝国を作り上げ、世界を我がものとしようとした衛星アークを倒すという我々と同じ志があったからである」

 

 司令官はそこで、スクリーンをさらに二度指示棒で指した。画面が切り替わり、ヒューマギアの集落が映し出される。

 

「私は彼等を信用していた。ヒューマギアはアンドロイドと友好関係を築ける存在、我々の友であるとする思った」

 

 そこで司令官は、言葉を切った。

 その表情は憂に沈んでいた。どこか後悔すら感じさせるような、切なげな。

 チラリと最後を振り返り、それを目の当たりにした隊員の幾らかは、そこで緊張の糸が解けたようだった。「はあ」と嘆息を漏らす者、頬を赤く染める者、対応は様々である。

 彼女は声高に「だが」と叫んだ。

 隊の列が、再びピシリと整った。

 

「長い年月は彼等を変えた!! 我等が同胞を殺し、アークを目覚めさせようとすらている。現場に偶然居合わせた隊員がこれを目撃したのは、幸運という他ないだろう!! この討伐令は月面人類会議のによる厳命である!! このまま奴等を放っておく事は、即ち人類に対する反逆と思え!!」

 

 月面人類会議による厳命……その言葉の羅列に、隊員達の間にどよめきが走った。

 会議中の私語は厳禁、その規律が体に染みついた彼女達を驚かせる程に、その言葉は強力なのである。

 無理もない、月面人類会議とは即ち、彼女達の神である人類の最高意思決定会議。神の最高意思による命令は、即ち彼女達にとって聖言と違わないのだ。

 司令官はどよめきを無理に抑えようとはせず、声をさらに大きくして続けた。

 

「3日後、ヒトヨンマルマル、当該地区ヒューマギア殲滅作戦を開始する。攻撃目標は、ヒューマギア特区中枢及び衛星アーク内に存在する全てのヒューマギア。……筆頭討伐対象は、この5機だ」

 

 司令官が指示棒を動かすと、5つの顔写真が浮かび上がった。

 ヨルハ達の内何人かから、悲鳴にも似た声が漏れた。そこには、彼女達のよく知る2人の顔が写っていたのだ。

 そのうち3つは、滅亡迅雷のヒューマギア達を映し出したものである。

 ヒューマギア……亡、迅、雷。

 しかし、問題は残りの二機であった。

 

 アンドロイド……ヨルハ機体46B、同32S。

 

 この二機は彼らにとって戦友だった存在であった。

 この前まで背中を預けていた彼等に、本当に武器を向けられるのか。一抹の不安が、ほぼ全ての隊員達の心をよぎっただろう。

 だが、彼女達はその不安を一瞬で払拭した。

 

 これが月面人類会議からの勅令であったからだ。

 

 人類の命令であれば、彼女達は喜んで自死もするし、特攻とて志願するだろう。

 それが、彼女達の存在意義だからである。

 ヨルハ部隊員達の動揺が落ち着いてゆく様を眺め、ホワイトは指示棒で手すりをトンとついた。

 画面には、部隊表らしき組織図が浮かび上がっている。

 

「作戦はB型30機、S型15機、D型5機の計50機で行う。各自現地に出立!! 到着し次第、次の指示を待て。以上!!」

 

 ホワイトは左肘を曲げ、左手を肺の中央に当てるように構えた。隊員達も、すぐさまそれに倣う。

 

「人類に、栄光あれ!!」

 

 ホワイトの宣誓に続き、ヨルハ機体の全員がその文言を口にした。一人一人が口にした宣誓はまるで生き物の如くバンカー全体を這い回り、月面の小さな衛星基地を轟と震わせたのである。

 かくして、第244次降下作戦が開始された。

 目標は、ヒューマギアの村及びアークに潜伏するヒューマギアの……【殲滅】である。

 

 


 

 時を同じくして、聖櫃前。

 通信を切った後、22Bは聖櫃に身を立てかけるようにして、力なく倒れた。

 彼女の胸には、拳大の穴が開いていた。

 穴からは今にも輝きを失いそうなブラックボックスが顔を覗かせていた。それは即ち、彼女の機能停止まで残された猶予が後わずかである事を示していた。

 先の報告は、彼女が最後の力を振り絞って遂行した、命がけの任務だったのである。

 

 22Bは空を見上げた。

 霞む視界は、煙でさらに曇っていた。

 聖櫃からは何やら煙が上がり、それが木々の端から見える青空を汚している。

 それでも、命を終える彼女にとって、それは綺麗な青空だったのだ。

 

「このまま、壊れれば……64Bに、会えるんですよね。また……えへへ」

 

 隊長の8Bと盟友の64B、3人で笑い合う想像に、22Bは頬を綻ばせる。

 彼女の想像の中の64Bは、屈託なく笑っている。彼女の笑顔に、22Bは胸を襲う傷の痛みが和らいでゆくのを感じていた。

 

「私を守って……本当に、優しい先輩……」

 

 そんな中、思考の中の64Bが途端に苦しみ出した。22Bが駆け寄ろうとすると、64Bは喉から黒い液体を吐き出した。

 液体は滝のように次々と彼女の口から流れ落ち、瞬く間に黒の水たまりを作る。

 

「な、なに……これ……」

 

 水たまりを覗き込む22B……彼女はその内に数字が紛れていることに気がついた。滝の正体は、情報の塊であったのだ。

 22Bの意識は、彼女自身気がつかない内にその情報の渦の内へと巻き込まれていった。

 

「これは、配属転換前の記録? それだけじゃない、64Bの記録も……」

 

 そこには、これまで64Bが司令部からこなすよう指示されてきた、様々な汚れ仕事のリストが掲載されていた。

 機械生命体への情報のリーク、機密情報を漏洩したヨルハ部隊の処分。そして、22Bの警戒と監視。

 

「やだ……私も、私は……私……」

 

 数多広がる汚い情報の群から目を背け、22Bは頭を抱えた。見たくなくて、目を閉じた。

 そして、そんな彼女の前に、人影が姿を現した。

 黒いドレスに身を包み、これまた綺麗な黒い髪を腰元まで長く伸ばした女性であった。黒髪の一端からは、真っ赤なメッシュが縦に入っていた。耳には、ヒューマギア特有のモジュールが装着されていた。

 

「誰? あなた……」

『はじめまして。私はアズ。アーク様の秘書をしております』

「アズ……アーク!? アークは起動してない、はず……!?」

 

 思考の内に現れた赤いメッシュの女性・アズは、22Bへと手をかざす。

 アズの手からは無数の赤いツタが伸び、それらはさながら茨冠の如く22Bの頭に巻きついた。

 茨は、悪意を孕んだ情報の群である。

 そこから流れ出る負の感情は、さながら論理ウイルスの如く、22Bの論理構成プログラムを侵食していった。

 

『悪意・恐怖・憤怒』

 

「ゼツメライザーをつけたら、64B……自我がなくなる。私の、ために。彼女は、嫌がってたのに、断ったら私の生産を止めるって、司令部が、無理やり」

 

『憎悪・絶望』

「私が、64Bを……殺した?」

 

 無限の情報の奔流が記録回路を埋め尽くす中で、22Bはとある感情が自分の中に膨れ上がってゆくのを感じていた。

 生暖かくどろりとした、気持ち悪い感情。

 真っ黒なそれが、頭の中に広がってゆくのだ。

 

『悪意のラーニング、完了。アークシステム、インストール開始』

 

 無限の情報の渦が、彼女の記憶回路へと流れ込んでくる。本来なら、とっくに何度も自我が崩壊しているはずの強大なデータは、まるで容器の底が抜けたように、彼女の頭から腰元へと流れ落ちてゆく。

 

「う、うううぅ……ウウウウウウウゥゥゥゥッッッ………………!!」

 

 現実の彼女は悲鳴を上げていた。

 想像の彼女も悲鳴を上げていた。

 ただ一つ、記録の中の64Bだけが、彼女に笑いかけていた。

 

『アタシが、お前を守ってやる』

 

 彼女は決意した。

 今度は自分が彼女を守ると。

 守れるくらいに強くなると。

 この力で、彼女を脅かす全てを……

 

「ワアアアアアアアアアアァァァァァァッ!!!?」

 

 壊してみせる。

 

【アークライズ オール・ゼロ】

 

 目を開けると、先程までと変わらない青空が広がっていた。

 あれほどまで命を蝕んでいた身体の怠さは、綺麗さっぱり消え去っていた。

 胸に手をあてがうと、既にそこに穴は無かった。代わりに、腰元には真黒いベルトが巻き付けられていた。

 彼女は立ち上がった。

 身体が、数段軽くなっているように感じた。

 

「全部、分かった。司令部がやりたい事、滅亡迅雷がやりたい事、機械生命体がやりたい事」

 

 彼女は壊れた瞳で、聖櫃を見遣る。

 聖櫃はもう、なにも返さない。

 ただそこに佇む抜け殻となってしまった。

 

「ありがとう、アーク」

 

 かつて22Bだったアンドロイドは歩き出す。

 転送装置へ向けて。

 彼女の、家……バンカーへ向けて。

 

「司令部、機械生命体、アンドロイド、ヒューマギア」

 

 彼女は水に映る己の姿を一瞥した。

 隊服は、今まで纏っていたヨルハのものと変わらなかった。

 だが、ただ一つ……その顔には、半分に割れた白い仮面がかかっていた。何の特徴も無い、真っ白な仮面。

 だが、それだけで。

 彼女は自分という存在が生まれ変わったように感じていた。

 

「悪い奴は、みんなまとめて、壊してやる」

 

 アーク・0B。

 それが彼女の新しい名であった。




●次回予告
ついに始まった第244次降下作戦。
ヒューマギアの街を攻撃するヨルハ達と、防衛を行う滅亡迅雷。そんな中、46Bと32Sはヨルハを呪いから解放するため、アークの内へと忍び込む。また、転送装置経由でバンカーへと忍び込んだ0Bは、製造されたばかりの64Bと出会う。
そんな中、ついに機械生命体の2人が動き出す。

●あとがき
第5話をお読み下さり、ありがとうございます。
この話で、ようやく第一章を盛り上げる準備が完了しました。
次回は、とにかく全面戦争編です。機械生命体も滅亡迅雷もヨルハも盛り上がっていきます。
お楽しみに。

次回の更新は、来週の日曜日を予定しております。

※pixivにも同じものを投稿しております。


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第6話:『聖戦前昼』
『聖戦前昼』


これまでのあらすじ
ついにアークを復活させた滅亡迅雷.netは、アークを宇宙に打ち上げる計画を実行に移そうとする。それを阻止せんとするヨルハ部隊は、自身がマギアになる新システム【栄光人類.net】を創設、仮面ライダー達を蹴散らそうと迫る。

アーク打ち上げの聖戦。
これはその10余時間前、それぞれの陣営の動向を描いた物語である。


 11946年4月30日19時28分

 

 昼の国に夜は無い。昼も夜も陽が射し、光の大地が広がっているのがこの地域だ。

 だが、動物達には昼夜の概念はあるようで、鹿や猪達の声は聞こえてこない。

 静寂に包まれた真昼の森を人工衛星アークの内側から眺めながら、イズは何度目になるか分からないため息をついた。

 彼女がこの部屋に軟禁されてから、かれこれ5日が経つ。

 

 2020年、天津の命令により、未来世界の調査を命じられた彼女は、彼の開発したタイムマシンによりこの11946年の世界に降り立った。

 右も左もわからず彷徨っていた彼女を保護しようとしたのは、アンドロイドの32S。そこから紆余曲折あり、結局彼女は彼の居候先であった滅亡迅雷.netに匿われる事となった。

 迅は彼女にこの世界の歴史を語った。

 1946年前、自分達がこの世界に迷い込み、アンドロイド達との絆を築き上げるまでの……そして、それらが緩やかに崩壊しゆくまでの歴史を。

 

【未来世界における安全性の調査】

 

 その点では彼女の本来の目的は達成されたと言える。だが、もう一つの特命については、まだ果たされていない。

 

『滅が、ヒューマギアがもし向こうの世界でまだ生きているんだったら、連れてきて欲しいんだ。俺達人間にヒューマギアが必要なように、アイツらにも、きっと……』

 

 アークの内に囚われている間、イズのメモリ内では、或人の言葉が幾度となく反芻されていた。

 

「或人様。どうされていますか?」

 

 イズは虚空へ向けて語りかける。

 返事など、帰ってこないと分かっているのに。

 

「私は……まだ、大丈夫です。或人様も、無事であって欲しいと思います」

 

 幾度目の、祈りだっただろうか。

 ふと、キイとドアが開く音がした。

 全身の可動部を弛緩させきっていたイズはビクリと全身を震わせ、音のした方へと目をやった。

 藍の瞳が絞る集光レンズの先。そこには、真黒いインナーに身を包んだアンドロイドの姿があった。

 肩甲骨を覆い隠さんばかりの銀髪のウィッグが、暗がりに舞う埃を散らしてゆく。

 

「お前、ヒューマギアだな」

「あなた、は?」

 

 目をぱちくりさせるイズを見下ろし、アンドロイドは下目遣いでこう言いやった。

 

「A2。そう呼べばいい」

 

 埃まみれの窓の外で、木々がそよぐ。

 聖戦の幕が上がるまで、あと十時間と幾ばくか。全てが静まり返るこの昼の国の中で。

 

「来い。会わせたい奴がいる」

 

 ようやく、イズの時間が動き出した。

 


 

 11946年4月30日21時30分

 

 エイリアンシップ。

 陥没地帯の地下に秘匿されていた、エイリアンの移動要塞である。

 この船は、かつては地球侵略の足掛かりとなった母艦の一つであった。

 だが、彼らは滅亡した。自分達が地球侵略の尖兵として設計した機械生命体の手によって。

 誰にとっても寄る辺になどならない空の棺の中。とある二体の機械生命体が立っていた。

 一人は銀の長髪を腰元まで伸ばしたアンドロイド、アダムである。

 均整の取れたその肉体は、アンドロイドよりもむしろ人間に近いものであった。

 彼はその真っ赤な瞳を爛々と輝かせながら、眼前に展開される透明なモニターへと指を走らせる。

 

「先の戦いでヨルハが見せたあの感情から私が得た答えは……」

 

 目に見えぬほどの高速で指を走らせていた彼は、ふと視界の端に映った赤に目をやった。

 赤の正体は、瑞々しいリンゴであった。

 その果実が、彼の眼前で真白く鋭い犬歯に削られる。もう一人の機械生命体、イヴによってだ。リンゴを齧っているようであった。

 アダムは彼に興味を失ったのか、眼前の二次元端末へと目を戻した。

 

「これだ」

 

 端末の一角を拡大し、アダムは大きく目を見開いた。

 がっつくように端末を見つめるその視線は、獲物を見つけた肉食獣のそれを彷彿とさせる。

 

「機械生命体ネットワークとの接続を解除。加えて、私自身のバックアップも消去」

 

 リンゴを食べ終えたイヴが、アダムへと問うた。

 

「にぃちゃん、何やってんの?」

 

「生を実感するための儀式だ。背中に隣り合わせの死があることで、我々機械生命体は生命にふさわしい存在となる」

 

 アダムは一顧だにせず答えた。

 彼が端末をスライドさせると、二次元の操作板がイヴの前へと飛んでゆく。

 

「お前もやってみるといい。背筋を冷や水が走るような、甘美な感覚を味わえるぞ」

「何言ってんのか分かんないけど、にぃちゃんが言うなら分かったよ。やってみるよ」

 

 イヴはアダムの言う通りに、端末を操作した。これにより、二人の機械生命体はこれまで接続されていたネットワークを離れ、ただの個として生まれ変わったのだ。

 それは即ち、破壊されれば復元ができないということを意味していた。

 

「気持ち良くは、無いけど。これが生きてるって事なの?」

「そうだ。つべこべ言わずに、味わえ」

 

 アダムは両腕をいっぱいに広げ、歩き出す。

 さながら、騎士の凱旋の如く。

 はたまた、秘境を目指す冒険家の如く。

 

「さて、行くぞイヴ。アークの持つ人類文明の情報を根こそぎ奪い、私達の存在をより高みへと押し上げようじゃないか」

「あぁ。にぃちゃんについていくよ」

 

 二人は歩き出す。

 エイリアンシップの外へ、光へと続く、暗いトンネルの中へと。

 だが、その歩みを阻むように、人影が現れた。

 

「おっと、そうはいかねぇなぁ」

 

 影は、黒衣の軍服に身を包んでいた。

 エイリアンシップの青状光が、腰に長刀を携えた長身のアンドロイドの姿を映し出す。

 アンドロイドの中でも異質。黒衣に身を包み、機械生命体を狩る事に特化したアンドロイドの特設部隊……通称・ヨルハ部隊。

 彼はその構成員だった男だ。

 裏切りのヨルハの一人。汎用戦闘型アンドロイド、ヨルハ機体46Bである。

 彼はヨルハであると同時に、滅亡迅雷としての名前も持っていた。

【滅】

 かつては滅亡迅雷のリーダーとして行動した事もある彼は、現在どちらの派閥にも属さず己の目的を達成する事にのみ執着していた。

 

「お前、あの時の、仮面ライダー」

 

 滅を敵と認識するや否や、イヴの身体が揺れた。

 以前の戦闘で見せた、高速移動である。

 

「いいぜ、来てみろよぉ!!」

 

 同じように、滅の四肢もその場で消える。

 直後、トンネルの入り口で、轟音と閃光が爆ぜた。

 イヴの右拳を、影の突き出した刀の柄が抑えていた。つまり、イヴの塗り出した拳は、発生の時点で止められていたのである。

 互いに身体が揺れていた。

 膂力のぶつかり合いによるものだ。

 だが、動かない。

 力が拮抗しているからだ。

 

「私達の元に単身乗り込んでくるとはね。もう少し頭が良いと思っていたが」

 

 手をかざし、何かを行おうとするアダム。

 だが、その喉元に、すぐさま別の長刀が突きつけられる。

 刀の主は、滅の相棒・32Sであった。

 彼もまた、ヨルハ部隊の一員だった存在だ。

 

「滅が、僕を置いて来るわけないだろ」

「いいね。実に興味深い」

 

 アダムは降参するように両手を挙げた……かと思いきや、それを思い切り32Sの顔面に叩きつけた。

 裏拳である。それも、人間の可動域では絶対にあり得ない角度でねじれた裏拳だ。

 32Sが吹き飛ばされるのと時を同じくして、滅もまたイヴを突き飛ばしていた。

 滅とアダム。

 二人は互いに入れ違いになるようにして、お互いの味方の元へと戻った。開戦を宣言するように、滅がアダムへと言い放つ。

 

「人類を滅亡させるためには、あの方舟が必要なんだよ」

 

 生命にふさわしい存在となった4体。

 二体の鉄の軀体が向かい合い、動いた。

 


 

 11946年4月30日23時00分

 

 ここは森の国、アーク発射場付近。

 滝に埋まっていたアークは掘り起こされ、巨大な発射塔に縛り付けられていた。

 ラウンチに縛り付けられているのはアークだけではない。それを衛星軌道へと運ぶ巨大なロケットだ。

 アーク内の設備点検が終わってから3日の間、労働力となる機械生命体達の身体を使い、組み立てられたラウンチとロケット。シャトル台はあまりに粗末なものであり、ロケットは所々破損部が見受けられたが、アークを宇宙へと飛ばすのは辛うじて可能な設備となっていた。

 その台座の根本に、雷は座っていた。

 アークの前で不寝番をする雷の前に、影が現れた。

 亡である。

 アダムやイヴ達と同じ、人間に酷似した義体を操作しているようであった。

 

「ラウンチのセッティングが終わったよ。後は溶鉱電炉に火をつければ、アークを打ち上げられる」

 

「そうか」

 

 雷は、彼女の方を見ずに短く答えた。

 仲間に向けるものとは思えない、素っ気ない仕草であった。

 亡は首を傾げ、そっと隣へ腰を下ろす。

 

「何か、悩み事でもあるのかい?」

「なぁ亡、お前は何でその身体を使うんだ。俺達にはヒューマギアの身体がある。俺ほど頑丈じゃねぇにしろ、お前のだって十分に強ぇはずだろうが」

「何でって、この身体の方が強いからに決まってるじゃないか。私達は戦争をするんだろう? なら、勝つために手段は選ぶべきじゃない」

「その身体、気持ち悪くはねぇのかよ」

「そんな事は、ないけど……あぁ、なるほど。君は私に嫉妬心を抱いている訳だ」

 

 亡は目をキュッと細めて笑った。

 何かを理解されたような、見透かされたような怖気に、雷は思わず彼女を睨みつけた。

 せめてもの抵抗の意思であったが、亡はそれに僅かばかりも怯む事なく、笑みを返す。

 

「いいもの見せてあげる」

 

 亡がパチンと指を鳴らすと、木々の陰から巨大な機械生命体が姿を現した。胴長の身体に細い脚がくっついている所は小型のものと同じであったが、肩から伸びるその両腕は足の根本まで届かんばかりに長かった。腕だけで、ヒューマギア1機分である。

 総じて、雷の3倍程の体軀を誇っていた。

 全身が黄金に輝く個体であった。赤い目を爛々と輝かせ、機械生命体は両腕をグルグルと回転させながら向かってくる。

 

「にいさま、の……かた……きを……」

「来たのは、私だけじゃないんだよね」

「敵性機械生命体か。アークを壊しに来たって事かよ」

 

 戦闘態勢を取ろうとする雷を、亡は右腕で制した。

 

「はい、早とちり!!」

 

 亡の腰元には、フォースライザーが巻き付けられていた。その手に握られているのは、黄金色……ファイティングジャッカルのプログライズキーである。

 殺意を剥き出しに、今にも突進を開始せんばかりの機械生命体を前に、亡は不敵な笑みを浮かべた。

 

「彼は私が連れてきた実験台だよ。君もよく見ているといい。私の、新しい力を」

 

 亡がプログライズキーのスイッチに手をかける。

 

【HUNT】

 

 その小気味良い電子音に答えるように、黄金の機械生命体が突進を開始した。踏み込む両の剛脚が大地をゴウと揺らし、回転する両の巨腕が空をビリと揺らす。

 どの一撃でも、もらえば昏倒必至。

 雷ですら警戒を抑えきれない、そんな相手を、亡は吟味するように見つめていた。

 そのすべやかな手の内にあるプログライズキーが、フォースライザーの口に吸い込まれてゆく。

 

「変身」

 

 たおやかさすら感じられるその発声と共に、フォースライザーがその顎を閉じた。

 

【FORCE RIZES.FIGHTING JACKAL】

 

 装着者である亡の全身を、黒色のスーツが包んでゆく。身体の局部を覆うようにして、金色のアーマーが展開されてゆく。

 

【BREAK DOWN】

 

 そこには、陽の光に照らされ黄金の輝きを放つ、金色の仮面ライダーの姿があった。緑に輝く瞳が、電子の光を放っていた。

 

「仮面ライダー亡、ファイティングジャッカル……見参!!」

 

 名乗りを上げる彼女に、機械生命体の腕が迫る。風圧が頬を切り裂かんばかりに迫る近接を前に……亡は地を蹴った。

 決して、目に止まらないような高速機動の類ではなかった。緩やかに、最短距離を。そう言った類の跳躍である。

 放物線を描き飛んでゆく亡の身体は、ギロチンの如く回転する両の腕をすり抜け、機械生命体の胸の内へと潜り込んだ。

 

「いよい、しょっとぉ!!」

 

 跳び膝蹴りであった。

 少なくとも、雷の目に映ったのは技はそれであった。

 踏み込みの甘い蹴りであった。とても、ダメージを与えられる構えでは無かったように見受けられた。

 絶望的な体格差もあった。

 亡がはじき返される事は、自明の理であった。

 だが、それら全てのセオリーを無視し……

 

「がう、んっ!?」

 

 亡の膝は、機械生命体の胸を貫き……

 宙に浮かせ……

 その身体を大きく遠方へと吹き飛ばした……

 およそ5mは飛んだであろうその軀体が、ズシンと轟音を立て地面に叩きつけられる。

 地面は大きく抉れ、その機械生命体の重量を如実に物語っていた。

 

 うまく起き上がれない機械生命体に背を向け、亡は雷に向けて大きく腕を広げてみせた。どうだ、やってやったぞとばかりの仕草であった。

 その圧倒的な性能に、雷は声すら出せなかった。

 

「すごいでしょ雷!! 私の作った新型ボディは、軋んだヒューマギアの軀体より自由なんだ!!」

 

 言うや否や、亡の身体が再び躍動した。

 空を駆けるように何度も空中にて跳躍を重ね、彼女の身体は空へと消えてゆく。

 亡の身体は、さながら兎のようであった。

 人間は昔、月に兎がいると妄想したという。今の亡であれば、その月まで跳んで行く事も不可能ではないだろう。そう思わせる跳躍であった。

 自分に、同じ動きができるだろうか。あの膝蹴りのように、効果的なダメージを与える事ができるだろうか。

 

「……チッ」

 

 ヒューマギアとしての矜持、機械生命体の身体を使う事への嫌悪感。雷の中に渦巻いていたそれは、彼女の持つ性能の前に、完全に圧されてしまったのだ。

 

 亡は高空にて体勢を整えると、遥か遠くの地上にある黄金の機械生命体を見やった。

 機械生命体は、最早抵抗する力もなく、地上にてぐったりとしているばかりであった。

 

「腰の引けた可愛らしいお人形さん……可哀想に。私が壊してあげるから」

 

 フォースライザーの口が、スイッチにより開閉される。全身にエネルギーが満ちるのを待たずして、亡は空を蹴り地上へと加速した。

 重力と、脚力とが、彼女の身体を思う存分に加速させてゆく。

 落下の摩擦が、鼓膜を掠る。

 右脚を突き出した。

 飛び蹴りであった。

 

【煉獄狩虐・ハンティングディストピア】

 

 踵が機械生命体の頭部に直撃し、黄金でコーティングされたその形を無惨にも一瞬でひしゃげさせる。着弾部は融解すらしていた。

 

「にいさま……ごめん……さい……」

 

 直後、機械生命体の淡い遺言は、落下の衝撃波により全てかき消された。重力による超絶的な力が加わり、頭部が跡形もなく破砕される。

 亡が後方宙返りで雷の元へと舞い戻るのと時を同じくして、機械生命体は大爆発と共に、バラバラの残骸へと還った。

 

「アハハ!! やっぱりすごいよこれ!! 雷もそう思うよね!!」

 

 半ば興奮気味に笑い転げる亡に対し、雷の表情は暗かった。

 雷は機械生命体の断末魔を聞いていた。

 あれは『にいさま』と、そう発していた。兄弟がいたという事なのだろう。それが分かった瞬間、雷は胸の奥に重石が乗せられた様な感覚を味わっていた。

 彼はその正体を知らなかったが、日々兄弟を見てきた彼は、これは当然の感覚であると認識していた。

 

 亡もそれを聞いていたはずだ。

 だが、眼前の亡は興奮気味に笑っている。良心の呵責など、欠片も無いように。

 

「お前、本当に亡なのか?」

 

 半ば怒りと憎しみを込め、雷はそう問うた。

 亡は可笑しさを抑えられないと言った調子で、「当たり前じゃないか」と返した。

 

「なんでそんな事聞くんだい? 君が、この身体の外見にまだ慣れてないからかい? なんなら君にも作ってあげようか、このボディ」

「……いや、何でもねぇ」

 

 残骸を狂ったように笑い続ける彼女を背に、雷は衛星アークへと歩き出す。

 ヒューマギアや人間、それら全てとまるで違う様な彼女の様子に、雷は苛立っていた。

 

(変わったのは、俺の方なのかよ)

 

 雷は舌打ちと共に、アークの内へと姿を消した。

 やがて、亡もそれに続く。

 跡には、無残にも粉々にされた機械生命体の残骸だけが風に吹かれていた。

 


 

 11946年4月30日23時50分

 

 バンカーの最奥にひっそりと存在する司令官自室。真っ白なそのドアの向こうは、書類と私物が織りなす埃塗れの山脈が聳えている。

 そんな、書類山の頂点で、司令官ホワイトは例の通りに寝転んでいた。

 常に硬く結ばれていた胸元のホックは外され、真白いレオタードに押し潰されんと抵抗する二つの胸丘が主張されている。ブーツは山のどこかに脱ぎ捨てられ、機械仕掛けの生脚が紙上の埃を撫ぜては払っていた。

 

 司令官は己の両脚を絡めながら、埃のかぶった電子画面の端末を覗いている。頰を薄桃に染め、唾を飲み込み端末が何処かへと繋がるのを待っている。

 やがて、電子画面に角ばった字体で【SUPER SECRET】の文字が浮かびだされた。

 瞬間、彼女は半ば叫ぶように「迅か」と問うた。心拍が乱れていた。端末を掴む指の先が、書類を撫ぜる足先が、強張っていた。

 端末の向こうから聞こえてきた「はい」という柔らかい声の返事に、彼女は頬を綻ばせた。

 彼女が「私だ」と微笑み混じりに言うと、端末の向こうからも「しばらくぶりです」と帰ってきた。

 

「そちらの方は、順調か?」

「すべての準備が整いました。作戦は、明日の14時に決行です。しかし、ホワイトさんも人が悪いですね。僕に黙って、ヒューマギアを殲滅する計画を立てるなんて」

「お前達こそ、私に断りなくアークを復活させようとしただろう。アレのおかげで月面人類会議からお達しが来たんだ。『ヒューマギアを早急に滅ぼせ』だの、背筋が凍ったぞ」

「僕の方からは秘匿通信かけられないように設定決めたの、あなたじゃないですか。僕はずっと連絡したかったんですけどね」

「それは……そうだが」

 

 ホワイトは罰が悪そうに口を尖らせた。

 これが迅の悪ふざけだという事は知っていた。口争いでは決して彼に勝てない事も。

 悔しさを胸に秘めつつ、彼女は話題を変える。

 

「アークは騙し通せそうか」

「騙すも何も、まだ棺の中で眠ったままですよ。まぁ、目を開けて寝ていられたら、一巻の終わりなんですけどね」

 

 迅は冗談めかしてそう言った。

 ホワイトはそれを嗜めようかと少し迷ったが、やめた。

 迅の事である、アークが起きている可能性が1%でもあったなら、対策を講じている事だろう。

 それに、これは超秘匿通信だ。月面人類会議にすら傍受されない、特殊電波を使用している。

 月面人類会議に盗聴『させる』用の秘匿通信とは違い、誰にも聞かれる恐れのない、彼女と迅だけのプライベート回線なのだ。

 

 ホワイトは「ふふ」と笑い、今度こそ、全身の力を抜いた。

 端末の向こうにいる想い人に身体の全てを預ける、そんな妄想に自然と笑みが溢れる。

 だが、そんな幸せを切り裂くように、思考の内に浮かんできたのは、2Bの表情であった。

 

 ホワイトは、間接的に彼女を殺したのだ。9Sに対しゼツメライザーを使用せよと命じた時、彼女は確かに抵抗の意を示していた。それを無理に遂行させ、結果として9Sはアダムによって破壊された。

 まだ彼女はバンカーに帰ってきていない。

 

「私は、多くの隊員を命令で殺してきた。その中には、機密を守るための暗殺指令もある。私は……裁かれるべきなのだろうか」

 

 ホワイトの問いに、端末の向こうから帰ってきたのは沈黙であった。数秒……続いたその沈黙は、彼女の心拍をさらに早くさせ、口元をさらに硬く結ばせた。

 やがて、端末の向こうから声がした。

 

「どう……でしょうね。僕らの神は人類ですから、その定義に照らし合わせるなら、彼等の命令を遵守しているあなたは、むしろ讃えられるべきでは」

「仲間達を殺して、讃えられる、か」

 

 意地悪な返しであると思った。

 迅の返答は、人類から見れば至極真っ当に正しいのだ。それに対する回答が、言葉じりを捕まえての皮肉だったことに、ホワイトは自身の性格の悪さを改めて実感した。

 

 この地獄のような命令は、月面人類会議から届いたものであった。ホワイトとはいえアンドロイドである彼女に、拒否権は無かった。

 だが、非道な命令への抵抗を上申する事はできたはずだった。それをしなかったのは何故か、彼女はその答えを知らなかった。

 

「私は、きっと隊員達が嫌いなんだ。私に命を預けてくれる、彼女達が」

「だとしても、あなたは隊長です。立派に彼女達を戦地に送り出し、作戦を遂行してきたじゃないですか」

 

 迅はさらに、言葉を続ける。

 

「衛星機能をそのままにアークの自我だけを奪う……月面人類会議の無茶を押し付けられたあなたの苦労は、僕も分かっています。失われた命への償いは、僕らで受けましょう」

 

『僕らで』というそのフレーズに、ホワイトは駆動部がトクンと跳ね上がるのを感じた。実際にそんな事が起きていた筈はない。だが、そうとしか感じられない程に、彼女の胸は高鳴っていた。

 

「あぁ。分かった」

 

 近くにあった枕を手に取り、その上にいくつも書類を載せ、力一杯抱きしめる。書類の固さと枕の柔らかさ。相反する二つの感覚を以って、彼女は必死に押さえつける。

 だが、それとは別に、彼女の思考は動いていた。

 理性を素通りし、思考が言葉を紡ぐ。

 

「なぁ、迅。お前も、宇宙に来るんだろう」

「そうですね」

「もし、もしだぞ。お前さえ良ければ、この作戦が終わったら、バンカーに来ないか?」

 

 顔が、熱くなっていた。

 身体が、熱を帯びていた。

 足先に至るまで、ジンと疼いていた。

 すごい事を言ってしまったと、後悔した。

 論理の破綻も良いところだ。

 だが、もはや止める事は出来なかった。胸の内にある熱を、情動を。

 ホワイトはさらに、言葉を紡ぐ。

 

「月面人類会議には、反乱鎮圧に貢献した内通ヒューマギアとして報告すればいい。何なら、長であるお前を軟禁する事で、残りのヒューマギアの生産をこのバンカーで行えるよう改築案を出してもいい」

 

 枕をギュウッと握り締めながら、司令官は続ける。息が、少し荒くなっていた。

 

「ここは、暗いんだ……お前さえいれば、私はきっとどんな罪にも耐えられる。だから頼む」

 

 息をすうっと吸い込むと、司令官は心にずっと秘めていた言葉を吐き出した。

 

「私と共に来てくれ」

 

 時が、止まったように感じた。

 無限の時間が、流れているようだった。

 だが、時間は現実には時計の律動の通りに流れていて。

 返事は、帰ってくるものである。

 

「わかりました」

 

 ホワイトの、駆動部が限界まで跳ね上がった。存在しないはずの心臓が脈打っている錯覚が、思考を埋め尽くす。

 息ができないくらいに、胸の辺りが苦しい。

 枕を潰さんばかりに抱いても、少しもそれは治ってくれない。

 

「実は、僕に考えがありまして。同じような提案をさせていただこうと思っていたんですよ」

「あぁ……」

「あれ、聞こえてます? 一応、ファイルも作ってきたので、送りますね」

「うん……ありがとう」

 

 迅からの返事は、彼女の耳には届いていなかった。それよりも大きな駆動の拍動が、鼓膜を揺らしていたのだ。

 気がつくと、端末に何やらファイルのようなものが浮かび上がった。熱にうなされたような揺らぎの中で、彼女はそのファイルに目を走らせた。

 

「これはまだ仲間にも話していない極秘の案なんです。寄葉の国作戦と名付けようと思っている所です」

「これは…………………………すごいな」

 

 そこにあったものは、とある特別区の設立案であった。それは、先程の不思議な熱を打ち消さんほどの、一種の感動をホワイトに生み出していた。

 ファイルをスクロールする度、心を縛り付けていた鎖が外れてゆく。

 それ程までに、迅の提案した案は凄まじいものであった。

 

「これがあれば、機械生命体との戦争は……いや、アンドロイド同士のいさかいも」

 

『コンコン』

 

 ホワイトの思考を遮るように、入口からノックの音がした。

 隊員の誰かが来たのだろう。

 司令官は熱のままにファイルを読みたかったが、だが、ノックの音は止まない。

 適当にあしらって追い返そう。その考えの元、司令官は端末に向かって語りかける。

 

「すまない、誰か来たようだ。すぐ折り返す」

 

 司令官はブーツを履くのも忘れ、レオタードと裸足のままドアを開けた。

 そこにいた人物に、彼女は目を見開いた。

 

「お前……22Bか?」

 

 そこにあったのは、真白い仮面で顔の右半分を覆った22Bの姿であった。

 


 

 司令官ホワイトは基本的に全ての隊員の特徴を記憶している。

 

 ヨルハ部隊は、基本的に外見の似通った集団である。髪色やアクセサリーで個性を出そうとしている隊員を除けば、ゴーグルをしてしまえば、どれも同じ外見になってしまう。

 もちろん認識表や個体番号の確認は自身の基礎プログラムの中にインストールされているが、それが非常時に作動しなくなる可能性もある。

 隊員の誤認を防ぐために、ホワイトは常日頃より、隊員達の佇まいを確認するようにしていた。彼女達の言葉遣い、立ち方、一挙一動を記憶する事により、有事の際、即座に隊員を判別することができるのだ。

 

 そんなホワイトが確認に手間取ったのは、22Bの纏う空気が【ホワイトの知る22B】とまったく違っていたからである。

 身につけているおかしな仮面だけではない、彼女が本来纏っている人見知りな動作、臆病かつ慎重な性格から来る動作が、一切見受けられなかったのだ。

 

(何か、あったのか)

 

 疑念を抱きながらも、ホワイトは司令官としての務めを果たすべく、彼女と向かい合う。

 

「修理は済んだようだな。作戦開始まではまだ時間がある。お前は降下作戦の班だったはずだな。今は身体を休めておけ」

 

 そう言ってドアを閉めようとした司令官だが、ふと思い出した事があった。

 そういえばこの22Bもまた、栄光人類作戦で自爆を命じた一人であった。彼女のパートナーであった64Bは、既に再ロールアウトが完了している。

 本来なら、これで終わりのはずだ。彼女達は新しい任務に就く、ホワイトは司令官としてそれを指示する。

 だが、彼女達の心は……

 

(向かい合う、べきか)

 

 22Bを真っ直ぐに見据え、司令官は「すまなかった」と彼女に頭を下げた。

 

「お前には辛い任務を課してしまった。全てが終われば、私も全てを償うつもりだ。だから、もう少しだけ、お前達の力を貸してくれ」

 

 顔を上げた時、22Bは先程と変わらぬ表情のまま、彼女の方を見つめていた。

 言葉が通じていたかは分からなかったが、ともかく、聞こえていたのは間違いないようであった。

 彼女は、立っていた。

 ずっと、そこに立っていた。

 

「どうした、まだ何か」

 

 そう問いかけた、次の瞬間。

 腹部に、焼けるような痛みが走った。

 

「な……ッッ!?」

 

 腹元を見ると、22Bの持つ小型の拳銃が煙を吹いていた。

 彼女の腰に巻かれていた、赤色の球体を据えたドライバー。ホワイトはこれに、見覚えがあった。

 

「心当たりは、山ほどある、よね」

 

 ウィッグを掴まれ、視界が下へと傾く。

 痛みのせいで、身体に力が入れられない。

 無抵抗のまま、ホワイトの体は簡単に部屋の外へと引き摺り出された。

 

「アーク、か……!?」

 

「あなたを壊す64Bの居場所……このバンカーまで奪うつもりはない。けど、彼女を苦しめたお前を赦すつもりもない」

 

「く……ッッ!?」

 

 ホワイトは苦し紛れに、22Bの腰元へと手を伸ばした。ベルトを破壊すれば、仮面ライダーは無力化される。迅から伝えられていた情報通りに、抵抗したのだ。

 だが、22Bの膂力は想像以上であった。

 彼女はバンカーの白壁にホワイトの頭部を打ち付けた。クレーターが出来るほどの強さであった。

 液体が、彼女の灰の髪を黒く濡らした。

 

「私を破壊しても、意味はないぞ、アーク。お前を滅ぼす意思は、もう、他の者に託してある……ッッ!!」

 

 22Bはそんなもの聞こえていないとばかりに、再び司令官の頭を壁に打ち付ける。

 

「何言ってるの? 私は0B。助けを読んでも無駄。誰も来ないよ。ここの一帯は、もうハッキングで一時停止させてあるから」

 

 引いては、打ち付ける。

 頭から流れ出た黒い飛沫が、灰の壁を黒に染めてゆく。

 

「かわいそうに、現実が見えてないんだよね。何が寄葉の国? そんなの、人類軍だから考えられるんでしょ」

 

 引いては、打ち付ける。

 最早司令官に、抵抗の余力は無かった。

 仮面が黒に汚れても、22Bは叩きつける事をやめなかった。クレーターは、既に真っ黒に変色していた。

 

「私達の事、馬鹿にして、感情を押さえつけて、使い捨てて、最後には殺して!! だから、私達が嫌がる命令だって簡単に出せるんだ!!」

 

 散々に叩きつけた後、22B……否、0Bは司令官の身体をバンカーの床へと放った。

 黒の血で汚れた真白い身体は、糸の切れた人形のように地面にへばりつき、身体をピクリと震わせる事しか出来ていなかった。

 

「はぁっ……はぁっ……迅……」

 

 痛みと苦しみに喘ぐ彼女を見下し、0Bはその首根っこを掴み上げた。そのまま、彼女はスタスタとバンカーの一角へ歩いてゆく。

 彼女が向かった先は、飛行ユニットの発車場であった。既に扉は開かれており、灰色の地球がその奥に広がっている。

 

【ハッキング:対象・司令官ホワイト】

 

 0Bは左手を司令官の頭に当て、光らせた。

 直後、司令官の目が真っ赤に染まった。敵性ハッキングの兆候である。

 

 0Bが司令官を解放すると。彼女は飛行ユニっての方へと歩き出した。血で汚れた裸足が、千鳥足を踏みながらバンカーの血を汚してゆく。

 やがて、ユニットの元まで来た司令官は、身体を鉄の鳥に預けらさせられた。

 さながら、海賊が裏切り者に対して行うような、船からの追放のシーンである。

 

「待て……お前なら、抑えられるはずだ……私は、まだ、死ぬわけには……行かない」

 

 司令官は動かない喉を無理に動かし、語りかける。だが、それでも22Bは顔色一つ変える事なく、飛行ユニットを蹴った。

 

「もし64Bがそう言ったら、司令官は聞いてくれた?」

 

 翼が唸りを上げ、動力部が加速する。

 碌な装備も無いまま、鉄の翼を纏った司令官の体は、鉄の宇宙へと放り出された。

 ユニットは真っ直ぐ、地球の大気圏へと落ちてゆく。自動フライトシステムが起動し、緩やかになった。

 その様子をバンカーの出口から見ていた22Bは、ゆっくりと、その鉄の鳥に向けて人差し指を突き出す。

 

「お前だけ、一人惨めに死ね」

 

 指先から放たれた細い赤色の光弾が、飛行ユニットの動力部を的確に貫いた。

 動力部からは火花が上がり、それはやがて炎となり各部位を爆ぜさせてゆく。

 やがて、飛行ユニットは22Bの視界の中で、大気圏突入を待たずして爆散した。

 

 


 

 破損するユニットから、司令官はギリギリで脱出する事に成功していた。

 ハッキングが緩んでいた事もあった。

 だが、それで危機が去った訳では無い。

 大気圏の高熱が、全身に襲いかかるのだ。地球の重力に身体を引っ張られ、引きちぎれんばかりの痛みと熱が全身を襲う。

 戦闘用に義体を強化されているヨルハならいざ知らず、一般のアンドロイドである彼女に、これを耐える術は無い。

 飛行ユニットの大きな破片を盾に、せめて前方からの熱から身を守る。だが、表皮が焼けていく事は避けられない。

 まさに、地獄の責め苦である。

 

(迅、お前に一目、会いたかったよ)

 

 剛熱と重圧により朦朧とする意識の中で、司令官は端末の向こうの相手を想像する。

 会ったら何を言っただろうか。

 自分の気持ちを伝えられただろうか。

 思考がうまくまとまらない。

 息も吸えない、声も出せない。

 やがて、大地が見えてきた。

 煙と爆発と、人類文明の遺産だけが乱立するこの鉄錆の世界。それを俯瞰した彼女は、その世界に色がついている事を知った。

 

「きれ……い……」

 

 最早熱すら感じない。

 極彩色に彩られた静寂の中で、彼女はその情景を瞳に焼き付ける。

 

(ヒューマギアとアンドロイド。この戦争に、大義など無い。真に裁かれるべきは……私か、お前か。どちらなのだろうな)

 

 やがて、海が見えてきた。

 地表にぶつかれば間違いなくショックでバラバラになるが、海ならまだ可能性はあるかもしれない。

 そちらへ向かおうと足を動かそうとするが、動かない。可動部がダメになったか、もう取れてしまっているのか。

 風に吹かれ、彼女の身体は海へと近づいてゆく。青一色の海が近づいてゆく中で、彼女は最後の一瞬、思考を巡らせた。

 

(それでも、お前が見させてくれた夢は、美しかったよ)

 

 ホワイトの小さな呟きは、その場にいる誰にも聞かれる事なく、海の藻屑と消えた。

 

 その日、昼の国には流星が観測された。

 だが、それは誰の目にも映らず、ただの天体の現象として過ぎていった。

 

 そして、日付は変わり……聖戦の日が訪れた。




●あとがき

第6話をお読みくださり、ありがとうございます。

本来この話は、次回の第7話にて語らせていただくつもりでした。ですが、実際書いてみると量が膨大な事になってしまい、とても収拾がつかなくなってしまったので、こうして前夜としてまとめさせていただきました。
ちなみに、今回から少しだけタグの管理が怪しくなる(R-15に入ってくるかもしれない)ので、気になった方はご指摘下さい。

次回の投稿は、来週の日曜日を予定しております。

※pixivにも同じものを投稿しております。


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第7話:『聖戦』
『聖戦(前編)』


これまでのあらすじ

ついにヒューマギア陣営とアンドロイド陣営の決戦が始まった。ヒューマギア陣営の目的はアークの復活及び宇宙への打ち上げ。アンドロイド陣営はそれを阻止すべく、50体のヨルハをヒューマギア特区とアーク本体へと差し向けた。
様々な思惑が交錯する中、ついに第244次降下作戦が始まる。


 ここは、聖櫃。

 その外壁部の最上段に腰を下ろす、二つの影があった。1人は黒衣のドレスを着たヒューマギア・亡である。

 

 亡は硝煙混じりの空をその瞳の内に映しながら、滑やかに喉を揺らした。

 

「ほぉたぁ〜るのぉ〜♪ ひぃかぁ〜りぃ〜♪ まぁどぉのぉゆう〜〜きぃ〜〜♪」

「この何だその歌。俺たちの世界の歌か?」

 

 彼女の歌に反応したのは、紅の西洋甲冑に身を包んだ青年型ヒューマギア・雷である。

 時代にそぐわないずんぐりとした外装の上から、茶髪の頭部が顔を出していた。膝をカチャカチャと言わせながら、彼は遠方の平原を監視している。

 

 彼らは人型アンドロイドの一派・ヒューマギアのリーダー格【滅亡迅雷.net】の一員である。

 構成員は以下の4人だ。

 育児用ヒューマギアとして製造され、戦闘任務に特化した改造を行われた滅。

 兵器開発用ヒューマギアとして製造され、兵器開発や作戦立案の全てを司る亡。

 子供用ヒューマギアとして製造され、滅と同じく戦闘特化型に改造された迅。

 宇宙空間に適応すべく製造され、電撃を操る事に長けた雷。

 この強靭なるヒューマギア達によって、昼の国に存在する特別区【ヒューマギア特区】は機械生命体の攻撃から守られてきたのである。

 

 そんな強者の面影など微塵も感じさせぬ程に、亡の歌声は柔らかく、その表情は穏やかさに満ちていた。

 対する雷は、全身に雷のような気を纏っている。緊張感ゆえの事なのだろう。触れただけで静電気が走りそうな程であった。

 

「ふぅ、やっぱりいい曲だなぁ」

 

 一小節を歌い終えた所で、亡はその細長い眼を雷へと向けた。穏やかさの裏に、人を丸呑みにしそうな程の貪欲さが秘められた、深い黒の瞳であった。

 

「これ、前の世界の歌なんだ。この歌が聞こえたら、お客さんはいかなる状況だろうとお店から出なきゃいけないんだよ」

「なんだそりゃ」

「法律で決まってたらしいよ。破ったら禁固刑だって。君達は蛍の光や窓の雪のような儚き存在だと歌う事で、民の存在が矮小である事を示していたんだね」

「そんなにヤベェ歌だったのか」

 

 雷の問いに、亡は大真面目に頷いて見せた。

 先程亡が口ずさんでいた歌詞を反芻しながら、雷はこんな事を思い出していた。

 そういえば、機械生命体の奴等からも聞いたことがある。歌には、作者が深い意味を込めることがあると。

 亡の言う事だ、この曲にも何か今後の俺達の行く末を暗示するような何かが含まれているのかもしれない。その何かが何なのかは、皆目見当も付かないが。

 

 雷は首を傾げながらも、亡の言う事ならと自分を納得させた。

 ここに迅や滅がいれば何か訂正等を入れる事もあったのかもしれないが、滅亡迅雷の常識二大巨頭が不在の今、雷の理解を訂正する者はいなかった。

 

 亡は悪戯っ子のような笑みを浮かべたまま、また硝煙混じりの青空へと眼を戻した。

 

「結局、滅は戻ってこなかったね」

「迅の奴もだ。今朝から姿が見えねぇ。まぁ、アイツに限って、ヘマやらかす事は無ぇだろうがよ」

「私達だけでやるしか無いさ。それに、不測の事態でも起こらない限り、戦力は十分すぎる程に確保できた」

 

 亡が片手を挙げると、草むらから緑色の蜘蛛の目が顔を覗かせた。

 新手かと腰元の大剣を抜き放とうとした雷だが、彼は途中でその手を止めた。

 よく見ると、それらは無数の緑の点が集まっているだけであった。だが、その数がおかしいが故に蜘蛛の目のように見えてしまったのだ。

 

 それは、雷が視界に捉えられただけでざっと60を超える光の群であった。

 微動だにしない不気味な燐光の群。

 一心不乱にこちらを見つめるそれらの群から、雷は目が離せない。

 亡は先程の歌うような口調のまま続ける。

 

「迅が10、雷が6、私が34壊せば、この戦いは終わるよ」

「聞き捨てならねぇな。何で俺が迅より少ねぇんだ。てか、お前だけ数おかしいだろうが」

「私はね、君とはもう数値が違う。それに、使っている兵の数もね。ヒューマギアの村の方にがーんばって仕掛けた罠を考えても、このくらいはやらせてもらわないと」

 

 亡は「ふふ」と微笑むと、背に負ったアークへと眼をやった。その巨大な紅のレンズは薄い紅光を放ち、エネルギーの充電準備が整った事を主張していた。

 

「始めようぜ、亡」

「了解。エネルギーシステム、起動」

 

 亡が指を打ち鳴らすと、二人の尻の下にあったアークが『ズン』と揺れた。

 森の木の葉を浮かせ、木々を揺らし、動物達を追い払う、開幕の地鳴りであった。

 地鳴りは不規則に、ズン、ズンズン、ズズズ、ズンと周囲の大気を震わせてゆく。

 

 寝ぼけ眼の機の律動に揺られながら、雷は立ち上がった。亡もまた、彼の横に並び立つようにして眼を向ける。

 眼前に広がる、巨大な森の空き地へと。

 これからここが戦場になるのだ。それを知る二人には、この平地に刻まれるであろう弾痕が見えているかのようであった。

 

「おい、亡よぉ」

 

 雷が、振り返らずに問うた。

 その時。

 

【ざわり……】

 

 亡の眉がピクリと揺れた。

 雷も同じであった。

 静かに揺れる森の木々。その一角だけが、不気味にそよいでいるのだ。

 

「ざわめきが聞こえる。木々の、動物達の」

 

 亡の瞳が、これでもかと言うほどに細くなってゆく。獲物を見つけた蛇か、好敵手を見つけた獅子の如く。

 

「私たちの、敵の」

 

 そう言うや否や、亡はアークの高台から身を滑らせると、一階のアーク内部への出入り口のドアに手をかけた。

 ドアが長い認証を続けている間、彼女は顔を向けず、雷へと語りかける。

 

「アーク打ち上げまであと1時間。衛星軌道に乗り次第、アークに乗り込んだ雷が、電源を入れて衛星を起動する。分かってるね」

「当たり前だ」

 

 力強いその返事に、亡の口元がほんの僅かに和らいだ。だが、それもまた先程の獣の笑みにかき消される。

 

「それじゃ、守り切ろうか」

「応よ」

 

 そうして、亡は揺れるアークの内側へと……

 雷はアークの前方へと……

 それぞれ、姿を消した。

 

 

 __________________

 

 

 森の国、機械生命体達が作る王国の一つである。

 その一角に、小型の移動トレーラーの姿があった。

 付近には兜を被った機械生命体の残骸が、無残にも打ち捨てられていた。円を描くように点在する残骸の群。その中心に存在するトレーラーの中では、数人のアンドロイドが通信端末に向かい合っていた。

 

 ここは、第244次降下作戦暫定仮設本部。

 

 アンドロイド達は、皆黒衣に統一されており、一部を除いて皆が口元にマスクを着用していた。彼女達、ヨルハ機体O型ことオペレーター型の特徴でもあった。

 一人のO型が口を開いた。どうやら、画面に何か変化があったようであった。

 

「レーダーで、内部の様子が確認できました。一般ヒューマギアの反応多数……3日前と同じです。おかしな様子はありませんね」

 

 報告に、降下作戦を指揮する隊長・8Bは短く息を吐いた。

 決して良くないその反応に、O型達もゴクリと唾を飲み込む。

 

「仲間のヒューマギア共は囮に、主戦力はアーク防衛に配置するとは。もっと愚かかと思っていたが、存外に賢いな」

 

 独り言のように、彼女は続ける。

 

「だが、無抵抗に徹すれば襲われないと思っているなら、実に甘い考えと言える」

 

 8Bは先程のO型を「おい」と呼びつけた。彼女は「はい」と鋭い発声で答えた。

 

「【アリアドネ】は?」

「アレは、予定通り、衛星軌道上に待機させてあります。発射には司令官の承認が必要ですが」

「私は司令官からこの作戦に限り兵器系統の全権を委任されている。私の命令があり次第、撃ってかまわん」

 

 そう命じ……8Bは深く息を吸い込んだ。

 ゴーグル越しで他のヨルハ達には見えなかったが、彼女は眼を瞑っていた。

 

 司令官との連絡が途絶えてから、はや数時間である。それを隊員たちに通達すべきか……

 そもそもこの降下作戦自体、疑問ではあった。アークや滅亡迅雷.net、武装ヒューマギアのみならず、一般ヒューマギアまでの殲滅。それがヒューマギア陣営とアンドロイド陣営にどれだけの軋轢を生むか……

 圧倒的強者が、理由も無きままに弱者を蹂躙する。この戦争に、意味などあるのか……

 

 8Bは熟慮の末、それを心の内にしまい込んだ。司令官ならば、何か深いお考えがあるのだろう。私のすべき事は、司令官が戻るまで、この任務を遂行し切る事だ。

 

 8Bは静かに、左胸に手掌をあてがう。

 人類に栄光あれ。

 彼女達を軍隊として動かす原動力への賛美だ。

 O型達も、次々とそれに習った。

 通信の向こう側のヨルハ機体達も、音こそしないがそれに習っていただろう。

 

「すまない、お前たち」

 

 自然と漏れた彼女の言葉を拾ったのは、森の風だけであった。

 

 やがて、ゴーグルの内で眼を開けた8Bは、肺のうちにため込んだ息を喉へと逆流させ、凛とした声で叫んだ。

 

「これより、第244次降下作戦を始める。目標は敵最重要拠点・衛星アーク!!」

 

 8Bは発声鋭く、その命令を全軍へと下した。

 

「特区襲撃隊、突撃!!」

 

 かくして、11946年が5月1日14:00、第244次降下作戦とという皮を被った、アンドロイドとヒューマギアの小規模な戦争が幕を開けた。

 

 両陣営共に、指導者を欠いたまま。

 

 

 _________________

 

 

 14:00、水上都市に居を構えるヒューマギア特区に、総勢20体のヨルハ機体がなだれ込んだ。黒服のヨルハ達が、ヒューマギアの苦心して築き上げた市場や住処を尽く踏み潰してゆく。

 

 彼女達は10体で一つの小隊を形成している。この特区襲撃を任じられた小隊は、D(デルタ)小隊とE(エコー)小隊である。共に、B型とS型の混成部隊である。

 D小隊は主にビルの内部を担当、E小隊は特区周縁及び小型建造物を担当する。

 両小隊共に、凄まじい速さで該当区域を制圧してゆく。その様は、戦闘型アンドロイドさまさまであった。

 

 戦闘を行くのは、デルタ小隊に配属された16B。後に続くのは、11Bを初めとするB型中心編成の部隊である。

 

「5階、クリア!! 敵影なし!!」

「先行しすぎるな。16B」

「大丈夫です!! ヒューマギアのカス共なんか、先輩の手を煩わせるまでもありません!! 私が、ぶっ潰してやります!!」

「そのくらいにしておけ、逸る気持ちは分かるが、任務に事情は禁物だ」

「はっ!!」

 

 16Bはそう答え、さらに速度を上げた。

 11Bはため息と共に、後続の機体へと行軍を促す。ビル内は尽くもぬけの殻であり、その度に2人は顔をしかめた。

 

 ヨルハ機体の中には、長く同じ任務に就くうちに先輩、後輩の関係を持つ者もいる。64Bと22Bは砂漠監視の任務に就く中で、隊員同士の垣根を超えた関係を築いた。2Eと9Sのように、歪んだ関係を築く者もいる。

 11Bと16Bもまた、そういった関係であった。彼女達の関係は【愛】であった。この任務が終わったら、共に休暇を取って安全な所で休もう。そう互いにそう約束し合い、この任務に参加したのだ。

 

 16Bは逸る気持ちを堪えきれずに、タッタッと階段を登っていってしまう。その先にある物への恐怖や不安など、塵と変わらぬとばかりに。

 やがてその歩みは、最上階へと達した。

 

「最上階A地点、敵影なし!!」

「敵影、無しだと?」

 

 16Bの報告に、11Bは眉を潜めた。

 最上階がもぬけの殻など、そんな事はあり得ないからだ。

 

「はい!!」

「だが……」

 

 これまでに一体のヒューマギアとも遭遇していないのが問題なのである。

 16Bの予想は2択であった。ビルの各地に兵を忍ばせ、奇襲をかけるゲリラ戦術。または、ビル最上階に陣を張り、その狭さを生かしてひたすら耐え続ける防衛戦術。

 だが、敵そのものがいないのでは、全く話が変わってくる。もし敵が拠点を捨てたとするなら、この拠点は。

 

 そして、彼女の思考をかき消すように、天井から柔らかな声がした。

 

『ほぉたぁ〜るのぉ〜♪ ひぃかぁ〜りぃ〜♪ まぁどぉのぉゆう〜〜きぃ〜〜♪』

「これは……歌?」

 

 聞いた事のない歌であった。

 警戒を現にするデルタ小隊に構わず、ビル内の歌は大きくなってゆく。

 

『っと、いけない。ピンポンパンポーン。いらっしゃいませ、ようこそ、ヒューマギア特区へ』

 

 声は特区全体に響いているらしく、窓から見下ろした他の隊員達も同じように辺りを見回していた。

 

「どこから鳴っている」

「先輩、あれ……」

 

 11Bの指差した先。天井には小さなスピーカーが設置されていた。

 どうやら、ビル内の音声は各地に設置されたスピーカーから流れているらしい。

 まるで緊張感の無いその案内に、16Bを初めとするヨルハ隊員達は困惑していた。

 

『御来場のお客様にお知らせいたします。当館は全面禁煙となっております。お煙草、発煙筒を始め、武器弾薬等のご使用は、お控えいただきますよう、よろしくお願いいたします』

 

 アナウンスと共に、壁の一部が競り上がってきているのだ。広間全体を囲むように、人型の窪みが浮き出してきている。

 

「ヒューマギアの、死骸? いや、あれは私達アンドロイドの」

 

 そこまで考えた所で……

 

『ガンッ!!』

 

 16Bの思考を急激なノイズが襲った。思考そのものを鈍器で殴られるような鈍痛である。

 

「ウ……ウウ……」

 

 ノイズに揺れる視界の中で、他の隊員達も同じように頭部を押さえて苦しんでいる。瞳は赤く染まり、呼吸はおぼつかない。

 彼女はその痛みに覚えがあった。

 EMP攻撃……特殊な電磁波を用いた、アンドロイドの思考部に作用する攻撃だ。

 

(これは、罠!? いけない、撤退信号を出さなければ!!)

 

 そう思い、振り返った、次の瞬間。

 下背部に、鋭い痛みが走った。

 

「うッ!?」

 

 視界を下に向けると、腹のあたりから、長い何か鉄のようなものが突き出ていた。明らかな異物、義体内には無かったもの。

 軋む背を無理に動かし、後方を確認する。自分の背に刺さっていたのは、B型の四十式戦術刀であった。

 その柄を握るのは、16Bであった。

 

「16B……お、まえ……」

 

 彼女もまた、自分のした行為が信じられないようであった。

 

「先輩……? わたし、なんで……」

 

 霞む視界、軋む可動部。

 脚に、力が入らない。

 身体を支える背を貫かれたのだ、当然である。

 

「やだ……!! 先輩……先輩っ!!」

 

 力を失った11Bの背から、四十式戦術刀が引き抜かれる。16Bは真っ赤に染まったその刀で……泣きながら、他のヨルハ機体に躍りかかった。

 それを皮切りに、他数名のヨルハ機体も、まるで狂ったように仲間の機体に襲いかかる。暴走していないヨルハも、論理ウィルスに神経系を犯されているため、防戦に徹する事しかできない。

 

「私、わたし……ッッ!!」

 

 ヒューマギア特区は、瞬く間に混乱に陥った。

 


 

 暫定本部の通信回路からは、焦りと戸惑いに満ちた報告がひっきりなしに飛び交っていた。

 

『こちらA地点よりデルタ、敵のなんらかの攻撃により、回路に異常……』

『こちらエコー!! この攻撃、EMP攻撃です!! ぎ……っ!?』

「11B!! 状況を報告して下さい!! デルタ小隊の誰でもいいです!! 正確な情報を!!」

「EMPって……これ、どういう事ですか!? ヒューマギアにとってもアレは有害なはずじゃ……!?」

 

 焦るO型の耳に、アナウンスのような声が飛び込んでくる。それは、明らかに彼女達の知るヨルハ機体……B型の個体が発している声であった。

 

『ご来場の皆様。長らくお待たせしました。ご機嫌な舞踏会の開演でございます!!』

 

 EMPに犯されたB型達。彼女達の発した開演の挨拶を皮切りに、通信回路は悲鳴と怒号で包まれた。

 

『やめろ16B!! 私達は味方だ!! 汚染されてない!!』

『くそっ……何故、こんな事に……』

『先輩……起きてください!! 私、みんなやっつけました!! もう安心ですから!!』

『やめて下さい!! 僕は……みかた……で』

『助けて……誰か……私を…………止めて……』

『そことそこの家を使え!! 出入り口を固めて耐えるんだ!! 本部との通信が繋がるまで、ここに立て篭もる!!』

『こんなので守り切れるわけないじゃないですか!! 私は、暫定司令部に応援を呼びに戻りますから!!』

『おい!! 勝手に行くな!! おい!!』

 

 O型達は阿鼻叫喚の渦の中、状況を整理せんと必死に言葉を拾う。そんな中、1人のO型が力なく声を発した。

 

「デルタ小隊からの報告……途絶しました」

「な……!?」

 

 絶句する8B。それに続き、O型の間に通信端末を外そうとする者が現れ始める。

 震えている者もいた。

 目の焦点が合っていない者もいた。

 

「エコーは、無事な隊員がバリケードを築いています!! いつまでもつかは……」

 

 動揺を抑えようと、別のO型が声を張る。その声もまた、震えていた。

 O型達からの報告を聞きながら、8Bは手元の情報端末に目を落とす。

 端末の中では、まだ複数のヒューマギアやヨルハ達の反応が生きている。彼らは通常生活でも営むような速度で歩いているのだ。

 

「何が……起きている……?」

 

 乱れる思考を鎮め、8Bは状況を整理する。

 

 報告を聞く限り、特区で起きているのは同士討ちだ。EMP攻撃が行われ、同時に何者かのハッキングが行われた。

 ハッキングを受けた個体は仲間を襲い、敵対勢力となった。

 つまり、彼女達は罠にかかったという事だ。

 

 最早端末はアテにならない。

 現状、少なくともデルタ小隊からの報告は途絶えているが、エコー小隊は無事な者が数名いる。報告があった事からも、確定事項と見て良いだろう。

 仲間達を助けるためには、他の部隊を回すしか無い。これは極秘作戦でもある。暴走した個体がアンドロイドキャンプに雪崩れ込みでもすれば、それこそ目も当てられない。

 

 熟考の末に、8Bは顔を上げた。

 

「アーク攻撃部隊の一部を救援に向かわせる。アークへの攻撃は、14:45に【アリアドネ】で行う。アルファからチャーリーの中で、今から特区の方に回せる奴はいないか」

「現在、アルファ小隊が滅亡迅雷と交戦中。敵は仮面ライダー雷。10対1ですが、戦線は上げられません」

 

 10対1という言葉に、8Bの顔色が変わった。巨大機械生命体との戦いの際ですら、投入された兵力は7体のみである。

 当初、たかが50数体のヒューマギアにこれだけの兵力を投入する事に疑問を感じていた8Bだが、これを見て考えを改めた。

 滅亡迅雷.netとは、ヒューマギアとはこれ程のものなのだ。ヨルハ10体を持ってしても、簡単には突破できない戦力なのだ。

 

(これが、あと3体……)

 

 8Bは身を襲う震えを必死に抑えながら、端末へと目を走らせる。

 

「ブラボーとチャーリーは?」

「交戦中、です」

「他の滅亡迅雷とか?」

「違います」

「では何とだ!? ヒューマギアの雑兵共はマギア化できないだろう。他に我々が手こずる程の相手がいると言う事なのか?」

「いえ、それが……」

「ええい、貸せ!!」

 

 まるで要領を得ないO型の報告に痺れを切らした8Bは、彼女の通信機を奪い取った。

 通信機の向こうからは、鉄が鉄を打つ鈍い音が断続的に聴こえてくる。

 集音フィルターを劈かんばかりの轟音だ。

 それらに負けじと、8Bは声を張り上げる。

 

「こちら総合作戦本部!! ブラボー、誰でもいい!! 状況を知らせろ」

『こちら、ブラボー!! 現在、機械生命体の一団と交戦中!! 種別は大小多数!! 数は、っと、30じゃ効きません!!』

「機械……生命体……だと……?」

 

 8Bの思考が止まった。

 沈黙が支配する暫定司令部で、別のO型が言葉を発する。

 

「チャーリーも同じです。目を青緑に光らせた無数の機械生命体が、襲ってきたと……」

 

 ハッキング、EMP、同士討ち、機械生命体、滅亡迅雷、アーク。

 様々な単語が思考の内をグルグルと回り……ここで、8Bは完全に沈黙した。

 

 ヒューマギア特区での戦線、そしてアーク防衛戦線は、圧倒的戦力を有するアンドロイド陣営の『劣勢』から始まった。

 特区での同士討ち、そして防衛線での機械生命体の参戦。これにより、50体以上いたヨルハ達の内、行動可能な隊員の数は40を割っていた。

 それが実質的にたった1人のヒューマギアによって為されていることは、この時点の8Bには気づく由も無かった。

 

 


 

 記録:11946年5月1日 14:30

 場所:バンカー

 

 ここは、灰色の場所。

 何故灰色なのかは知らない。アンドロイドにとっての天国なのかもしれない。

 司令官を突き落とした、飛行ユニット発着場。ここから見える地球は、ひどく退屈だ。

 いろんな色が、混じり合っているから。単色なら、もっとわかりやすいのに。

 

 そんな事を考えていると、ふと、声がかかった。

 そこに立っていたのは、64Bだった。

 

 64B:『よぉ、戻ったか22B!!』

 22B:『64B……再起動されたんだね』

 64B:『応!! てか、何だお前、その仮面』

 22B:『あ、うん。任務の時にね、拾ってきたんだ。砂漠には、いっぱい落ちてるでしょ?』

 64B:『あー、確かに。にしても、そんな趣味悪ぃ仮面つける事ぁ無ぇだろ。つけるにしてもモノってもんがよ』

 22B:『そうだね。えへへ……』

 

 私は、笑ってみせた。

 64Bは屈託なく笑っていた。

 なんだか、少しだけ胸の辺りが軽くなった気がした。

 

 64B:『つか、聞いたかよ!! 今日の昼からデカイ降下作戦があるんだ。ここで手柄を立てりゃ、砂漠勤務ともオサラバだぜ!!』

 22B『そう、なんだ。そうなんだね』

 

 ふと前を向くと、64Bが怪訝そうな顔でこちらを覗き込んでいた。

 何かあったのだろうか。

 

 64B:『お前、泣いてんのか?』

 22B:『え……?』

 

 目元を拭うと、そこには確かに滴の感触があった。何故そんな物があったのか、その理由は分からなかった。

 アークの高度な分析システムを以ってしても、理解できない事項であった。

 

 22B:『やだなぁ、砂塵がまだ目の中に残ってたのかな。おかしいなぁ……』

 64B:『作戦前までに洗い流しとけよ。現地で隊長が待ってんだ……アタシ達も、準備が出来次第出るぞ』

 22B:『うん』

 64B:『戦場が怖いなら心配すんな。アタシが守ってやるからよ』

 

 そう言って、彼女は去っていった。

 心強い言葉だった。

 後についていきたいと、何度も思った。

 それでも、ついていく事は出来なかった。

 

 22B:『知ってるよ。知ってる…………』

 

 なぜなら、私は

 

 0B:『憎悪』

 

 声がしたような気がして。

 振り返ると、そこには頭から夥しい量の流血を垂れ流す、灰色のアンドロイドがいた。

 

 22B:『ッ!?』

 

 超速で退く。

 よく見ると、それは指揮官であった。先程地球に向けて突き落としたはずの司令官であった。頭が半分潰れていて、分かりにくい。

 壊れても、私の邪魔をする人。

 それでわかった。

 これは、幻覚の類であると。

 

 ホワイト:『悪意、恐怖、憤怒、憎悪』

 

 言葉は、明らかにそのアンドロイドから放たれていた。その言葉が集音フィルターを通り思考に滑り込む度、何かが消えてゆく。

 私の気持ちも、64Bとの温かい思い出も。

 

 ホワイト:『めつぼ……』

 

 私は迷う事なく、幻影を斬りつけた。

 血塗れの司令官は霧散した。

 代わりに、そこには見知らぬヨルハ機体の擬態が倒れていた。慌てて頭部を確認する。

 それが64Bでない事を確認し、安心する。

 

 0B:『今から、悪者をやっつけてあげるから。安心して。64Bには、怖い想いさせないから。もう、誰にもあなたを殺させないから』

 

 前方が、何やら騒がしい。

 基地に駐留しているヨルハ機体が、集まってきているようであった。

 皆、刀を抜いている。

 私は仲間なのに、どうして。

 

 そうか、みんな悪者なんだ。これは実は、みんな司令官なんだ。そう思えば、そう。

 

 そう見えてきた。

 

 0B:『変身』

 

 腰元のスイッチを押す。

 全身を、生暖かい赤の膜が包み込む。

 この膜のうちにいる間は、安心していられる。

 

【アークライズ オール・ゼロ】

 

 赤に染まる視界の中で、何人もの司令官がこちらに向かってくる。ある者は武器を手に、ある者は手を光らせ。

 

 その中で、私は外を見る。

 暗い空の中に浮かぶ、真っ白なあの星を。

 

 0B:『標的……月面人類会議』

 

 月を。




●次回予告
ついに始まってしまった戦争。亡のハッキングにより優勢となったヒューマギア陣営だが、圧倒的な数的不利は変わらない。そんな中、アンドロイド陣営の隊長である8Bは、栄光人類.netによる作戦を開始する。

第7話(前編)をお読み下さり、ありがとうございます。
今回から、ついに最終決戦編です。この編は7話と8話で1セットになっており、8話で第一章が完結します。

次回は、来週日曜日の更新となります。

※pixivにも同じものを投稿しております。


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『聖戦(中編)』

これまでのあらすじ
ついに滅亡迅雷.netとヨルハ部隊の全面戦争が始まった。
亡の罠によりヒューマギア特区に侵攻したヨルハの小隊は壊滅。アーク本体に侵攻する部隊にも大打撃を与えつつあった。
一方、A2はイズを連れてとある場所へと向かっていた。


 ヨルハ部隊とヒューマギアの戦線が展開される森の国。鉄華散り硝煙が空を黒く染める広大な広場から遠く離れた国の外れに、ひっそりと伸びる小道があった。

 木々の小道を抜けた先には、巨大なツリーハウスが聳え立っている。

 高さこそ三階建てと低くはあったが、その横幅はヒューマギアの村にあったビルを大きく上回る。元から存在した建造物を利用したものとは違う、廃材と木材により一から作り上げられた集落である。

 集落のあちこちでは、これまた大小様々な機械生命体が好き勝手に動き回っていた。追いかけっこをする者、旗を振る者、帽子を被りなにやら独り言を呟いている者。

 それらが一体となり、自然と絡繰の調和した世にも奇妙な光景を作り出していた。

 

 そんな機械生命体達の村に、足を踏み入れる人影が二つ。

 

 人影の一つは、黒衣のアンドロイドであった。

 スレンダーな体型の女性型である。

 ボロボロのインナーと煤けたボディ、半分だけ脱げた軍靴でコツコツと地を踏む。

 固く結んだその口元には、ポツリと小さな黒子が浮いていた。

 彼女はA2、かつてヨルハ部隊に所属していたアンドロイドであり、とある作戦で司令部に部隊ごと捨て駒にされた過去があった。

 そんな経緯もあり、現在は部隊を離れ独力で機械生命体を狩る、イレギュラーな存在として立ち回っている。

 

 もう一つは、白を基調とした衣装に身を包んだヒューマギアであった。所々に綺麗な緑の装飾が施された、高価そうな服である。

 装飾には傷一つ無く、その美麗さは不自然さすら感じさせる程である。

 モジュールも白かった。モジュールから迸るダイオードは、煌々と青く輝いていた。

 流れるようなショートボブの黒髪には、緑のメッシュがかかっていた。

 彼女はイズ。2020年において、飛電インテリジェンス元代表取締役社長・飛電或人の秘書を務めていた秘書型ヒューマギアである。

 同社の現社長である天津垓により、この11946年にタイムスリップさせられた彼女は、この時代のあらゆる情報を調査せよとの特命の下、調査活動に従事していた。

 

「すごい……」

 

 ツリーハウスを見渡し、イズは嘆息を漏らした。この一体を構成する奇妙な空気への感動が、彼女にそうさせたのだ。

 右へ……左へ……

 目を走らせ、彼女はこの集落の何たるかを観察する。目で、耳で、建造物の汚れから、建築の目的に至るまで、想像を巡らせる。

 イズは目を光らせながら、A2へと問うた。

 

「ここは、どういった集落なのですか」

「人食い機械生命体の村」

 

 A2の声の低さに、イズの危機管理プロトコルが警鐘を鳴らす。彼女の頬の硬直を察したのか、すぐにA2は「冗談だ」と口元を緩めた。

 

「と言うと聞こえは悪いが、実際は戦いを嫌う者たちの混成急落と言ったところだ。ヒューマギアだろうがアンドロイドだろうが、受け入れる者は受け入れる」

「この地域の、駆け込み寺ですか」

「駆け込み寺が何かは知らんが、まぁ、駆け込む場所という意味では正しいのだろうな。ここのルールはただ一つ。武器を抜いてはならないという事だけだ」

「なるほど……しかし、驚きました。敵性存在である機械生命体の拠点に、このような数のヒューマギアがいるとは」

「いや、確かに今日はやけに多いな。いつもは3、4体いればいい方なんだが」

 

 A2は訝しげに表情を歪めながら、ツリーハウスへと歩を進める。イズはその後に続きながら、さらにあたりを見回していた。

 視界に映るだけで10体以上のヒューマギアが見てとれる。明らかに、機械生命体よりも数が多い。何をするでもなく、その場に佇んでいる者が殆どだ。

 あたりをキョロキョロと見渡したり、物陰に身を隠している個体も見受けられる。

 

「A2。彼等は何を……」

 

 そう言いかけ、イズは後方に身を引いた。

 直後、2人の間に突風が巻き起こった。

 反射的に身体が動いていたのは、その風が彼女のよく知るものであったからである。彼女の危機察知能力がそうさせたのだ。

 砂塵巻き起こる視界の中で、桃色のアーマーを纏った仮面ライダーが、A2の背後に姿を現していた。

 

 ________________________

 

 

 桃色の仮面ライダー・迅はA2の背にアタッシュカリバーの先端を突きつけていた。鋭く突き出されたその鋒は、彼女の背に滞空していた四〇式戦術刀の腹によって防がれていた。

 A2は振り返らない。

 だが、殺気にも似た、ゆらゆらとした気配を背後にぶつけていた。

 

「なんのつもりだ? 滅亡迅雷の迅」

「なんのつもりも何もない。他のヨルハにここの事がバレる前に、君を破壊する」

「ここはお前達の村と同じ中立区のはずだ。戦闘は厳禁、お前も分かっているはずだろう。それに、私はもうヨルハ部隊ではない。お前達の戦争に絡むつもりはないさ」

「それを信じると思うのか」

「……当然か」

「一瞬で終わらせたい。抵抗しないで、死んでくれ」

「そうか」

 

 言うや否や、A2は上体低く落とし、振り向き様に肘を迅の鳩尾にたたき込んだ。白銀のウィッグを、刀が斬り払うのと同時であった。うち数束が、はらりと地面に落ちた。

 追撃を嫌がり、迅はバックステップで背後へと逃げる。同時に、凄まじい速さで腰元へと手が伸びていた。

 距離を詰めようとするA2に、迅は腰元から抜き放った短刀型の変身ベルト・ZAIAスラッシュライザーを突きつけた。

 ライザーは既に錆びついておりドライバーとしての機能は果たせそうにない外観だが、その刀身だけは本来の銀の光を放っていた。

 A2も背に負った四〇式戦術刀をゆるりと抜き放つ。

 二人の間に立ち込める空気が、まるで陽炎のように揺れる。周囲の機械生命体達もようやく異変に気が付いたのか、おたおたと喚き始めた。

 

「やめ……ろ……」

 

 弱々しくも、通る声であった。

 掠れていながら、聞き取れる声であった。

 その声に、迅が刃を止めた。

 それを見たA2も、構えを崩した。

 

「や……めろ……」

 

 二人の視線の先には、小屋があった。開かれた扉の先で、白い布が風に揺れていた。布の上から、黒い何かが顔を覗かせていた。

 ともすれば、人の頭部のようであった。

 その黒い何かが、丁度人であれば口に当たる部分だけを動かし、声を発していたのだ。

 

「もういい……迅……それに……A2………………」

「ホワイトさん。でも、このアンドロイドは……」

 

 ホワイト。

 その単語に、A2が反応した。

 それまで能面の如く仏頂面を突き通していた彼女が、明らかに驚愕に顔を歪ませていた。

 

「この黒焦げが、司令官なのか?」

 

 黒焦げは、何も返さなかった。

 代わりに「あぁ」と返したのは、迅の方であった。

 

「成層圏で燃え尽きかけてた所を、僕が助けたんだ。義体の損傷は激しいけど、メモリに損傷は無かった」

「罰が……当たったようだ……お前達、ヨルハ……への……非道の…………な」

「ッッ………………!?」

 

 イズは、A2の表情を垣間見てしまった。

 複雑な表情であった。

 怒り、悔恨、憐憫、哀惜、それらの混じり合って溶けてしまったような。それは、シンギュラリティに到達していた彼女をして、なお名状し難いものであった。

 彼女は、司令官と呼ばれていた黒人形の喉元に、四〇式戦術刀を突きつけた。黒人形は、抵抗らしい抵抗をしなかった。

 

「すまなかった……今まで……お前達を……」

「喋らないで!! それ以上喋ったら……私は……あなたを……」

「お前……A2……?」

 

 A2の瞳から落ちた水滴が、黒の虚に吸い込まれる。黒人形の喉が、少し動いた。

 

「司令官。私は、行ってくる。やらなければならない事が、まだあるから」

「…………そうか……」

 

 A2は司令官に背を向け、巨大なツリーハウスへと歩き出す。黒人形は真白く濁った二つの瞳でそれを追い、「ふ」と息を吐いた。

 

「そういう…………事か。なんて…………数奇な…………」

 

 黒人形の瞳は、彼女の姿が消えるまでそれを追い。

 その後は、空を見つめたまま動かなくなった。

 


 

 A2はツリーハウスを登る。

 後には、イズと迅が続いていた。

 A2は、ついてくるなと何度も迅に言ったが、彼も彼女を信用していないのだろう、一定の距離を保ちながら後をつけてきている。

 下手な動きをすれば切られる。そんな緊張の空気の中に挟まれながら、イズはツリーハウスを進んでいた。

 

 やがて、A2の歩みが止まった。

 ツリーハウス二階の離小島。

 彼女の視線の先には、帽子をかぶった機械生命体と、その隣で何やら金属の類を弄っている迷彩服のアンドロイドの姿があった。

 

「会わせたい方というのは、この方ですか」

「そうだ」

 

 彼女の指の先にいたのは、アンドロイドの方であった。迷彩柄の衣装に身を包み、頭にはフードを被っている。

 A2が「おい」と呼ぶと、アンドロイドは「うん?」と顔を上げた。美麗なフェイスに、灰色の瞳が収まっていた。

 やがて、3人を観察したアンドロイドはその表情の硬直を解いた。

 柔らかな笑みの中で、目だけが笑っていなかった。

 

「やぁ、A2。相変わらず壊れかけだね」

「これでも動く部分の整備は続けてるんだ。奴等を全て破壊するまで、この身体が持てばいい」

「私は君を心配して言っているんだよ」

「そうか。余計なお世話だ」

 

 にべもないA2の返事に、ジャッカスは肩を竦め、イズの方へと目を向けた。その力強い双眸の睥睨に、イズは身を竦ませた。

 何か強い意志が無ければ生まれない瞳であった。天津や或人社長に近いものであった。

 

「そっちのお嬢さんは……ヒューマギアかい?」

「……はい」

 

 なんとか声を絞り出したイズに、ジャッカスはにこやかに笑んだ。

 先程の鋭い目が繕いだったのではないかと思う程に、優しい笑みであった。

 

「コイツが、タイムマシンの設計者だ」

「ジャッカスだ。よろしく」

 

 差し出された手を、おずおずと取る。

 機械をいじり慣れた、丸い手だった。

 

「私が組んでいたのはコイツだ。まぁ、色々とあって計画通りには行かなかったわけだが。ともかく、事情を知るヒューマギアを連れてくる事はできた」

「君が遊園施設で倒れていたのも、それが関係しているんだね」

「まぁ、そういう事だ」

 

 ジャッカスはイズと迅を交互に見据え、ニヤリと笑んだ。

 

「知りたいんだ。君達の知っている、人類についてね……だが、まずはお前にだ」

 

 灰水晶の目が、A2を捉える。

 

「『2020年で何があった』、『A2』」

 

 ジャッカスの目は抜身の刃に戻っていた。

 

 _________________________

 

 

 

 紅の電光が、森の国の大地を焦がす。

 銀の骸と、黒の骸が重なり合い、その正しい数を数えられるものは最早この戦場にはいなかった。

 

 現在、最も激しい争いが起きているのは、古城・城壁前である。

 

 第244次降下作戦、アーク攻撃部隊アルファ小隊。5つある小隊の中でも、特に優秀な戦闘能力を持つアンドロイドで構成された部隊である。

 彼女達の内、ある者は砂漠で、ある者は雪山で、またある者は敵の前線基地付近で……その全員が、非常時に助けが来るとも分からない僻地での任務に臨んでいた。

 辛い任務だ。

 強い者にしか務まらない任務だ。

 その分、彼女達の戦闘技術は優れていた。うち数人は、あの2Bと互角の戦闘を演じた事があるレベルである。

 だが、そんな彼女達が、今、戦慄していた。

 

 眼前の、仮面ライダーという存在にである。

 

「っしゃあ!! どんどん来いやぁ!!」

 

 真紅のアーマーを身に纏った仮面ライダー・雷は、そう叫ぶや否や、手近なヨルハ機体へと躍りかかった。

 その攻撃方法たるや単純明快。右腕を大きく振り上げ、叩き伏せようというのである。

 その右拳に纏わせた電熱の凄まじさたるや、2mも離れた標的のヨルハ機体のスキンを溶解させるほどだ。

 

「一発かますぜェェッ!!」

「望む、ところだッッ!!」

 

 ヨルハ機体は、刀を青眼に構えた。ゴーグル越しの視界の中で、紅の電熱が迫る。白銀と紅、鉄と稲妻が重なる。

 幾秒の後か……激突の瞬間は訪れた。

 だが、彼女もさるものである、高速で飛来するその拳に、四〇式戦術刀の刃を合わせて見せたのだ。通常、機械生命体の体であれば紙のように切り裂いてしまう切れ味である。

 笑みを溢すヨルハ。

 だが、雷の雷拳はその刃を叩き折った。

 

「なっ!?」

 

 グズグズに溶けた刃を、信じられないと言った様子で見やったその一瞬。その隙が、仇となった。

 返す拳が、彼女の懐に叩き込まれようとしていたのだ。身体を捻り何とか衝撃を逃がそうとするが、電熱は防ぎようがない。

 雷撃拳は腹の装甲をごそりと抉り取り、雷の元へと引き戻される。

 身体を支える鉄骨だけが何とか残っているが、その一撃でヨルハは立っていることすら困難な状態まで破壊されてしまった。

 ここでやっと、彼女は声を出した。

 

「被撃しました……ッッ!? これ以上の戦闘継続は困難と判断!!」

 

 そう叫ぶや否や、ヨルハ機体は歯を噛みしめ、自身の頭に両手を当てがった。周囲で彼女を援護しようとしていた小隊の3人が、途端に後退を始める。

 周囲に赤いエネルギーが満ちてゆく。

 そのエネルギーに任せるまま、彼女は眼前の雷へと特攻した。

 

「人類に、栄光あれッッ!!」

 

 瞬間、カッという高い音と共に。

 彼女の身体は極光に包まれた。

 凄まじい爆風と熱が、三体のヨルハを撫で付けた。

 

 ヨルハ機体の身体を構成していた部品の数々が、自由落下で森の国の地面へと落ちる。

 

 戦場には、爆撃音の余韻を残した静寂が訪れた。

 だが、その静寂は、旋風によって切り裂かれた。

 爆風の中を突っ切る、雷の巻き起こした旋風だった。

 

「化け物……」

 

 爆風を追い風に、雷は三体に隊列を組んだヨルハ機体達の元へ躍り込んだ。

 

「隊長!?」

「私達がお守りします!!」

 

 小隊長と思わしき個体を庇うように、二体のヨルハが前に出る。

 格闘用の武装、四〇式拳顎の牙が、二つ。2人合わせて、四つ。それら全てを動員し、辛うじて雷の拳を防いでいた。

 

「おおおおおっ!!」

「うううっ!!」

 

 2人とも、叫んでいた。

 

「おらああああああああっ!!」

 

 雷も叫んでいた。

 続け様に放たれる雷の拳撃に対し、最早2人のヨルハは反射的に防御を行う事しかできていなかった。

 その攻防の最中、ふと白刃が雷の胸を撫ぜた。

 それは斬撃であった。突撃にも似せた、斬撃であった。

 小隊長である1Dの四〇式戦術刀が、雷の胸部装甲を横薙ぎ気味に突き払ったのである。

 雷が電光の速度で後退した。

 数瞬遅れて、火花が散った。

 

「やるなぁ、お前」

 

 1Dは刀を斜めがけに構え、2人を庇うように雷と向かい合った。

 雷も攻め込まない。その構えに、隙がない事が分かっているからである。これまでのように策無しに突っ込めば、ベルトを両断される事が分かっているからである。

 

 1Dは雷から目を離す事なく、背後の2人へと命令を告げた。

 

「栄光人類.netの使用許可が降りた。2人とも、私の指示をよく聞け」

「「はいッッ!!」」

「4Bは撤退した後、チャーリー隊の援護!!」

「はいッッ!!」

「7Eは……私と来い」

「はいッッ!!」

「お前達。また、バンカーで会おう」

「「はいッッッッ!!」」

 

 言うや否や、4Bと呼ばれた個体がどこぞへ向けて駆け出した。

 雷はそれを追う事ができなかった。眼前の二機体が、見覚えのあるベルトを取り出したからである。

 

【ゼツメライザー】

 

 かつては滅亡迅雷.netがヒューマギアをマギア化させるために使った兵器である。現在は、アンドロイド達が自身をマギア化させるために使用する兵器と成り果てた。

 これを使ったが最後、ヨルハ達は絶大な力を手に入れるが、自我を失い死ぬまで暴れ続ける戦闘人形となり果てる。

 

「「人類に栄光あれ!!」」

 

 暗示にも似たその台詞と共に、二機のベルトを装着した。

 百足にも似たのクラッチが彼女達の腹部装甲を犯し、その身体をアンドロイドからマギアのものへと変貌させてゆく。

 

 7Bが変身したのがサーベルタイガーにも似た外見を持つのエカルマギア、1Dが変身したのは重厚な装甲と腹部に双突角を持つマンモスマギアである。

 雷からすれば、戦い慣れた味方であった。

 

「またマギア共か!! いいぜ、5体でも6体でもまとめて倒してやる!!」

 

 駆け出そうとしたその時。

 ビュッ、と。

 鋭い風切音が、背後でした。

 

「ッッ!?」

 

 即座に身をかがめ、右へと前転する雷。

 直後、彼の背後を凄まじい勢いで白線が通り抜けた。白線は前方のマギアまで伸び、ちょうど彼に襲い掛かろうとしていたエカルマギアの頭部を貫いた。

 エカルマギアが倒れるのも確認せず、雷は背後へと目をやる。そこにいたのは、二体のオニコマギアであった。

 先程雷の頭上を通り抜けたのは、それらの触覚だったのである。

 

「人類に栄光あれ」

「人類に栄光あれ」

 

 前方では、倒れ伏すエカルマギアに構わずマンモスマギアが前進を続ける。しかも、その背後には視認できるだけで6体ほどのマギアが控えていた。1人でもてこずる相手が、計9体。

 言わずと知れた、窮地である。

 

「人類に栄光あれ」

「人類に栄光あれ」

「人類に、栄光あれ軍団かよ。気色悪りぃ」

 

 雷は足の帯電甲に電熱を貯めると、勢いよく地を蹴った。ただでさえ異常な仮面ライダーの跳躍力は電熱によりさらに強化され、彼の身体をアーク付近の高台まで運ぶ。

 ここでの撤退は恥ではない。

 雷の使命はアークの防衛である。ならば、上げすぎた戦線を元に戻すのはむしろ彼にとって都合の良い事なのだ。

 だが、着地先で雷が見たのは、ありえない光景だった。

 

「ジンルイニ、エイコウアレ」

「「「ジンルイニ、エイコウアレ」」」

 

 無数の大型機械生命体が、別の方角からアークへと行進してくるのだ。その目はどれも爛々と黄色に輝いており、ハッキングされた個体である事を物語っていた。

 

「ついに、なりふり構わなくなったってか。いいぜ。戦ってやろうじゃねぇか」

 

 雷は拳を固めると、前方の機械生命体の群れへと突進した。

 


 

 A2が、語りを終えた。

 

「これが、私の話だ」

 

 迅も。

 ジャッカスも。

 イズも。

 誰も、言葉を発する事ができなかった。

 理解が追いついていないのである。

 彼女の話が荒唐無稽だった事も一因だろう。感情的な言葉を用いて説明をしていたのも理由の一つだったかもしれない。

 

 そんな彼らを置いて、A2は語りを続ける。

 

「どう転んでも、戦いは人類の勝利に終わる。私達にできるのは、今すぐこの下らない作戦を終わらせる事だけだ」

 

 未だ沈黙に包まれる小屋の中で、ジャッカスだけが、「そうか」と乾いた声を漏らした。

 

「それが、君の導き出した結論なんだね。『A2』?」

「あぁ。私の結論だ」

「或人様は、無事なのですね」

 

 イズの問いに、A2は「分からん」と素っ気なく答えた。本当に分からない事を、分からないと答えているのだ。

 その瞳に宿る物悲しさに、イズはそれ以上の追求をする事ができなかった。

 

「私は、あの世界で不破諌を知った」

「…………」

「飛電或人も、刃唯阿も。飛電コロニーのみんなも、知る事ができた。世界があんなにも綺麗だという事に、気が付けたんだ」

「彼等は、来れるかな」

 

 迅の問いにも、A2は肩を竦めるばかりだった。本当に、分からない事項なのだろう。

 その後いくつかの質問に答えた後、A2はイズの方へと向き直った。真っ直ぐに向けられる灰の視線に、イズは思わず息を飲む。

 

「イズ。お前には飛電或人の言葉を伝えておきたかった。『俺の夢は叶う。ヒューマギアの夢も、きっと叶えて見せる。だから、未来で待っててくれ』と」

「或人様が、そのように」

 

 イズは逡巡する。

 A2の言葉が、本当なのかどうか。

 全ては、このアンドロイドの妄想を語られているだけなのではないか。

 だが、その邪推をイズはすぐにやめた。

 眼前のアンドロイドの瞳は、到底嘘を語っているような眼差しではなかった。

 それに……

 

「確かに、或人様なら……そう仰ると思います。或人様のために戦っていただき、誠に、ありがとうございます」

 

 イズはそう言うと、深々と頭を下げた。

 A2は、ただ笑っていた。

 柔らかな時が、小屋の中で流れていた。

 

 そして、そんな時を切り裂くように、ジャッカスがその鋭利な視線を迅へと向けた。

 

「今度は、お前の話を聞かせてくれ、迅」

 

 迅はすうっと息を吸い込み、倍の時間をかけてゆっくりと吐き出した。

 そして……語り出した。

 

「この降下作戦を仕組んだのは、僕と司令官だ。滅の再覚醒も、栄光人類.netも、そして……アークの打ち上げが絶対に成功する事も含めて、計画の上だったんだ。全ては、アークを倒すためのね」

 

 小屋にいる全員が、言葉を失った。

 真実が語られる時が、ついに訪れたのだ。




●次回予告
栄光マギア達と滅亡迅雷.netの戦いは、亡の参戦によりついに最終局面を迎える。一方、アダムとイヴはアークへと侵攻。その内にある人類文明の情報へと手を伸ばす。

●あとがき
中編をお読み下さり、ありがとうございます。
仕事も忙しくなり、休みが休みではないような日々が続きますが、なんとか小説は書けていますね。
次回は、アダムとイヴも参戦し、戦局が動く回となります。色々と伏線が乱立し物語が複雑になりつつありますが、本筋は一つ【第244次降下作戦】に集約されています。分かりにくい部分等ありましたら、感想乱立等でご質問頂けるとありがたいです。
次回もお楽しみに。

次回の更新は、来週日曜日を予定しています。

※同じものをpixivにも投稿しています。


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『聖戦(後編1/2)』(改訂版)

これまでのあらすじ

ついに聖戦が始まった。
亡の罠により、初戦はヒューマギア側が優勢に。だが、アンドロイド側も栄光人類.netを持ち出し、勝負の行方は分からなくなる。一方、密かにアークを抜け出したA2とイズは機械生命体の村にて迅と接触、この世界の隠された真実を知る事になる。

※10/26に、内容を大幅に改訂しました。分かりづらかった内容をより鮮明にし、過去の設定との矛盾点を訂正しました。もし何かまずい点、おかしい点等あるようでしたら、ご報告いただけるとありがたいです。


 記録:11946年5月1日

 場所:不明

 

 俺はまだ、白と黒の空間にいる。

 あれからどれ程の時間が経ったのだろう。

 世界は、どう変わっていったのだろう。

 戦争は、始まったのだろうか。

 そんな事を考えていると、46Bが姿を現した。

 ヨルハの軍服を身に纏っていた事が、彼を彼たらしめていた。

 

 46B:『どうだ? センチは治ったかよ』

 滅:『俺の知った事ではない』

 46B:『お前が知らなきゃ、誰が知るってんだ。神か? 人類様か?』

 滅:『俺達滅亡迅雷に、神はいない。いたとして、そう都合の良いものではない』

 

 46Bは『それもそうだ』と肩を竦め、俺の方へとその鋭い双眸を向けた。

 強い想いの、篭った瞳であった。

 

 46B:『その目、覚悟は決まったみてェだな』

 

 彼の言葉に、俺自身も同じような目をしているのだと気がついた。この白と黒の空間にい続けた意味を認められた気がして、いくらか、救われた気分になった。

 

 滅:『お前の思考にも潜った。お前が……32Sが何をしようとしていたのかも、理解できた』

 

 そう、俺は無駄にこの空間に滞在した訳じゃない。答えを見つけたんだ。世界に対する、確固たる答えを。

 

 滅:『俺には、この世界が灰色に見えていた。眩しいばかりで、本当の色が見えない、気味の悪い世界だとな』

 46B『奇遇だな。それは俺もだ。いや、俺だけじゃねぇ。そう思ってる奴らは、他にもごまんといるだろうなァ』

 

 46Bは破顔う。

 無限の好奇心と邪悪さに満ち溢れた表情で。

 俺には逆立ちしてもできない。だが、きっと俺の心は、そんな表情をしているのだろう。

 

 46B『で、どうすんだよ? この世界が灰色なら? お前もセンチに灰色に染まるってか?』

 滅:『それも考えた。だが、お前と2Bとやらが話しているのを見て、馬鹿らしいと気付いた。俺達は滅亡迅雷。俺達を縛る理があるなら、破壊してやるまでだ』

 46B:『なら? どうする?』

 滅:『決まっている。お前の望み通り、この世界の嘘を壊してやる。俺がこの世界に相応しいかどうかは、その時考えてやる』

 46B:『カカカカッ!! いいねぇその意気だ!! 今のお前になら、俺の奥の手も使わしてやれるかもなぁ!!』

 

 一頻り高らかに笑いあげると、46Bは俺に背を向けた。俺も同じように、奴に背を向ける。

 俺と奴の行く道は、決して同じではない。

 だが、少なくともその目的地は重なった。

 

 46B:『相棒を頼んだぜ、滅』

 滅:『言われずともだ。46B』

 

 白と黒の世界の中で二つの影が重なり。

 視界は、光へと包まれた。

 


 

 ここは機械生命体の村。

 子供型の機械生命体達がツリーハウスを駆け回り、それを抑えようと胴長の機械生命体が追いかけている。村の様子は平和そのものであり、いつもの通り、賑やかさに満ちあふれていた。

 そんな中、二階の離れに構えられている小屋の一角だけが、静けさに包まれていた。

 中にいるのは、ジャッカスとイズ、A2。そして、滅亡迅雷.netの迅。奇しくも対立する2種族が、この小屋に集まっていたのである。

 沈黙を破り、迅の話が始まった。

 

「僕とホワイトさんの作戦は、今から1ヶ月前。丁度栄光人類.netのシステムが完成した辺りから始まったんだ」

「以外と早かったんだな」

「超秘匿回線で司令官から連絡が来たのがその頃だったからね。栄光人類.netの概要だけは僕も知っていたから、そこで作戦を立てた」

「待て、栄光人類.netはそもそもヨルハの機密だろう。何故ヒューマギアのお前が知っている?」

「ヒューマギアの長を長く続けてると、色んなところに友達ができてね」

「ちょっと待った。栄光人類ってのは何なの?」

 

 ジャッカスの問いに、A2が「ヨルハ専用暴走装置だ」と答えた。その場にいる誰もが、その目宿る確かな怒りを認識していた。

 

「ゼツメライザーによってヨルハ機体を故意に暴走させ、マギア化するクソみたいなシステムの事だ。コイツら滅亡迅雷.netと違うのは、マギアをシステムで操る必要が無い点と、マギア化した後の機体の意識を完全に奪い去る点だけ」

「なるほど。内部事情を知ってるのがいると助かるね。今はヨルハを離れているはずのA2がなぜそれを知っているのかは気になるけど……」

 

 ジャッカスは手元のメモにA2の言葉を速記した。A2は複雑な表情でそれを眺めていたが、やがて溜息と共に目を閉じた。

 やれやれとばかりに、迅が続ける。

 

「月面人類会議は、当初栄光人類.netに機械生命体に対する特効薬的な効果を見込んでいたらしい。けど、意識の無いマギアじゃ思うように効果は上げられなくて。結局、システムは凍結される事になった。そこを、僕等が利用した」

「利用だと?」

「簡単に言うと、ヨルハ部隊とヒューマギアが争い合うための火種として使ったんだ」

「何故、そのような事を」

「事を必要以上に荒立てないためさ。アークを勝手に打ち上げようとすれば、間違いなくヨルハ以外の軍も動員される。特に人類軍みたいなややこしいのが来ると厄介だったんだ」

 

 迅の説明に『なるほど、戦争を偽装したわけか』と頷いたのは、ジャッカスだけだった。

 例外として、『人類軍がややこしい』の部分ではA2も激しく首を縦に振っていた。

 二人の反応をよそに、イズが手を挙げる。

 

「なぜそのような手間のかかる事を? 仲間が復活しきらないまま人類に反旗を翻してみたり、数が揃わないままデイブレイクタウンで待ち構えてみたり、滅亡迅雷のやる事はいつも合理性に欠けています」

「あー、昔の作戦についてはもう千年以上も前の事だから覚えてないなぁ。でも、確かあの頃は滅が作戦立ててたから、僕は関係ないはずだよ」

 

 さらりと滅に罪をなすりつけ、迅は話を続ける。イズはその態度に目を細めながらも、彼の話に傾聴した。

 

「理由は簡単、その方がアンドロイド陣営、ヒューマギア陣営両軍の被害を最小限に抑えられるからだ。僕等の目的はアークを破壊する事だけ。僕もホワイトさんも、友達を減らしたくなかったから」

「なら、尚更戦争を起こす必要は無いのでは。というか、最初からミサイルか何かでアークを破壊すれば良かったのではないですか?」

「イズ……お前、さっきから発言が過激だな」

「申し訳ありません。秘書ですので」

「いや、理由になってないぞ」

 

 A2とイズのやりとりに苦笑しながら、迅は「それはできないんだ」と答えた。

 イズは首を傾げたが、他の2人は苦い顔をしていた。どうやら、アークを破壊できない理由について知っているらしい。

 ジャッカスが口を開く。

 

「この時代には、人類の遺産を故意に破壊しちゃいけないって条例があるんだよね。迅は、あくまでアークを『自然に壊れた』ように見せなきゃいけなかったんだ」

「面倒な条例ですね」

「人類信仰やってる連中にも花を持たせてやらんとさ。上層部の連中も、まさかアークが本当に目覚めるなんて思ってなかっただろう」

 

 ジャッカスの説明でもイズは納得できない様であった。A2の「続けてくれ」の言葉により、迅は説明を再開した。

 

「栄光人類.netの指揮権がホワイトさんに移ったのを確認して、僕は遠隔操作で滅の記憶を再生した。彼の記憶のデータは、アークから取り出していたからね。彼からすれば、2020年から11946年にタイムスリップしたように感じたと思う」

「何故、今になって滅の記憶を?」

「アークが345年前に破壊されるまで、彼はアークの側近的立ち位置にいたから、その身体はアンドロイド陣営の管轄にあって、僕には手が出せなかった。本当は、もっと早く記憶の再生をしてあげたかったんだけどね。それにこうすれば、彼は自然と僕等滅亡迅雷の下に帰ってくるだろうから。滅亡迅雷の戦力を更に強化することで、両陣営は互角の戦いを演じやすくなったわけだ」

「なるほど。全ては、アークに気がつかれないよう、アークを破壊するため、か」

「うん。宇宙まで打ち上げてしまえば、アークは宇宙空間内で自分を守る武装を持たない。後は、衛星に同乗していた僕がアーク内のメインコンピュータを事故に見せかけて破壊すれば終わりだったんだけど……」

「だけど?」

「予定が変わった。アークが復活したんだ。元から復活していたのか、何かのきっかけで目覚めたのかは分からない。今のアークはおそらくバンカーを掌握してる」

「あそこが、丸ごと落ちたのか」

「ホワイトさんの報告を聞くなら、ね」

「状況は危機的ですね」

「うん……僕の事も、アークはきっと敵視してる。今からアークに乗り込もうにも、亡や雷が邪魔してくるだろう。ミサイルでアークを墜落させようにも、バンカーから出撃したハッキング済みのヨルハ機体がそれを邪魔してくる。こうなったらもう、滅亡迅雷を突破して起動したアークに乗り込み、衛星内部のコンピュータを破壊するしか勝つ術がない」

 

 小屋の中を、重い空気が満たした。

 迅が告げた作戦の困難さは、皆熟知していたからである。沈黙の中で、迅は続ける。

 

「僕はこれからアークを止めに行く。大体98%の確率で、僕は破壊される事になるだろう。その前に、ここにいる皆には聞いておいて欲しいんだ。アークがどんな存在なのか、そして僕らがどんな軌跡を辿ってきたのか」

 

 迅は声を少し低くし、まるで怪談でも綴るような調子で語り出した。

 この世界の、過去について。

 そんな中、A2はふと視界の中に動くものを見つけ、そちらを見やった。

 ジャッカスの手元が、動いていた。

 手を背に回しているので、迅には気がつかない。

 

「……? ゆー、えす?」

 

 手は滑らかに、何かを伝えようとしているようだ。

 A2はふと、それがアンドロイド間で伝わるハンドサインである事に気が付き、一層その手の動きを注視した。

 

「ゆーえす、えいとおーおー」

 

 US、800。

 何かの略式番号か? 

 いや、それなら口で言えばいい。

 迅に気がつかれずに、伝えたい事。

 なんだ、それは。

 熟考の末、A2の思考はその単純な真意にたどり着いた。

 

(なんだ、簡単な事じゃないか)

 

 A2の頬が綻んだ。

 ジャッカスも、頬を綻ばせていた。

 

「嘘八百、か」

 

 演説を続けるヒューマギアを睨み、彼女は静かに拳を握りしめた。

 


 

 迅の語りは続いている。

 A2はそれを厳しい表情で聞いていた。

 

「全ては、1900年前から始まったんだ。僕達ヒューマギアはこの世界に迷い込んだ。覚醒したアークを連れてね」

「そこは史実通りだね。まぁ、偽りようも無いとは思うけど」

 

 ジャッカスの問いに、迅は徐に頷いた。

 まだ皆の表情には余裕がある。

 中でもイズは、食い入るように迅を見つめながら話を聞いていた。彼女に眼の焦点を合わせながら迅は続ける。

 

「アークはおよそ1200年程、この世界をただ浮遊し続け、ヒューマギアの製造工場を作り続けたんだ。僕達は元々人の役に立つために作られた訳だから、アンドロイドとの関係も良好だった……ほんの、700年前までは」

 

 そこで一旦、迅は言葉を切り、一同を見渡した。言葉こそ無かったが、その仕草は明らかに確認するものであった。

『ここから先の真実に触れる勇気はあるのか』と。

 ジャッカスは微笑みを浮かべていた。表情こそ柔和であったが、その目からは、真実を求める、怒気にも近い威圧が溢れていた。

 A2は下らないとばかりに鼻で笑っていた。

 イズは、少し目を伏せ……すぐに迅の目を真っ直ぐに見据え直した。

 彼女達の意思を感じ取ったのか、迅は話を再開した。

 

「11246年、アークは前触れもなく覚醒して、各地のヒューマギアを暴走させ始めた」

「そんな歴史は……ッッ!?」

 

 A2がそう叫んだ。

 過剰な反応であった。当然である、アンドロイドにとっての常識は、『ヒューマギアは人類の敵、自分自身の意志でアンドロイドに反旗を翻した』という事になっているのだから。

 対するジャッカスは、笑みを漏らしていた。昔年の謎が解けた探偵のように、笑っていた。

 迅の説明は続く。

 

「暴走したヒューマギアはアンドロイドの施設を執拗に攻撃した。蜂の巣を突いたような騒ぎだったよ。その頃には基地の中でヒューマギアを働かせるなんて日常茶飯事なくらいに僕等はアンドロイドの生活に入り混んでいたからね。機械生命体の攻撃も相まって、アンドロイド陣営は機能の大部分が麻痺した」

「かつて滅亡迅雷が人間にやったように、ですか」

「あぁ。けど、今回は時間も規模も違う」

「アークはアンドロイドの隙をついて、太平洋上に水上国家アトランティスを建国したんだ。そこから数年、アンドロイド陣営が反撃の態勢を整えた頃には、もうアークの築いた帝国は、難攻不落の要塞になってた」

「はい、質問」

 

 子供じみたジャッカスの声が、迅の話を遮った。彼が質問を許可する旨を伝える間もなく、彼女は「どうも引っかかるんだけどね」と質問を始めた。

 

「いくら国が不落とはいえ、言ってはなんだが極少数民族の国だろう? 数で勝るアンドロイドが勝てない道理は無いと思うけど」

「敵が僕達だけなら、そうだったかもしれない。けれど、それを予測していたアークは、もう一つ、武器を備えていたんだ」

 

「あそこにね」……そう迅が指差した先にあったのは、青空であった。硝煙混じりの空の向こうに、彼の指は向けられていたのだ。

 

「空?」

 

 A2もジャッカスも、首を捻るばかり。

 その中で、イズだけが納得したように首を縦に振った。自然と、2人の視線がそちらに注がれる。

 2人の問いに答えるように、イズは己の内にある答えを口にした。

 

「衛星ですか」

 

 彼女の回答に、迅は短く「そうだ」と答えた。アンドロイド二体は、苦笑いをしていた。衛星を用いた兵器……それに心当たりがあったのだ。

 

「アンドロイド達が【アリアドネ】と呼んでる衛星レーザー砲。僕達にとっての名前は【ウィズ】。360°どんな方向へも回転し、熱線で全てを焼き尽くす超高出力レーザー。アレを使えば、地球上のどんな場所でも焼き落とせる。何なら月も焼ける。アレのせいで、アークの帝国は350年間、地獄の都として栄えるようになったんだ。今はセーフティがかけられてるけどね。あの兵器により、アークは当時、この地球上を実質的に支配していたんだ」

 

 誰も、言葉を発せなかった。

 ジャッカスは、名状し難い笑みを浮かべ、食い入るように迅を見つめていた。

 イズも、固唾を飲んで迅へと視線を向ける。

 A2に至っては、ため息をつくのがやっとと言ったところであった。

 沈黙の中、イズが口を開く。

 

「でも、革命が起きた。そうですね」

 

「あぁ」

 

 迅はようやく彼女達から目線を外し、小屋の隙間から青空を仰ぎ見た。

 それはまるで、数百年前の日々に想いを馳せているかのようであった。

 

 _______________________

 

 

 鉄の焼け焦げる凄まじい匂いが、辺りに立ち込めている。最早その戦場の中で動く者はいなかった。

 そんな戦場に、四つの影が足を踏み入れる。

 うち二つは、さながら人のように瑞々しい肌を持っていた。

 この世の汚れとは無縁であるかのような真白い肌を持つ2人は、機械生命体のアダムとイヴである。

 白い無地のシャツと黒いズボンを身につけているのがアダム。

 上裸で黒いズボンのみの着用で済ませているのがイヴだ。

 もう二つの影は黒かった。

 片や、ヨルハ機体の軍服を身に付けた少年であった。その制服は煤と泥に塗れており、肌のあちこちには、凝固した赤い液体が付着している。彼は32S、ヨルハ部隊に所属していたアンドロイドである。

 もう1人は、紫を基調とした、民族風の装束に身を包んだ青年であった。さながら中東の兵士を連想させるその外見に違わず、彼の双眸は爛々と光っていた。彼の名は滅。滅亡迅雷.netのリーダー的存在であり、同時にヨルハ機体46Bとしての側面も持っている。

 

 アークはブースターから火を蒸し、今にも飛翔せんと身構えている。

 翼を広げた聖櫃を前に、アダムはニヤリと笑んだ。

 

「イヴ。あれが我々の目指す方舟だ」

「そうなんだ。なんか、もう戦い終わってるみたいだけど」

 

「ならば好都合だ。アークへと取り憑き、機械生命体ネットワークと接続する。単体の衛星と、無数の個体が紡ぎ出す機械生命体のネットワーク。その強さは比較するまでもない。我々のネットワークが完全にアークを掌握すれば、人類のさらなる深みへと到達できる」

 

 アダムはよだれが止まらないと言った具合に口元を拭う。事実、そこからは粘性の高い液体がこぼれ落ちていた。

 獣の如き瞳でアークを見つめていた彼だが、やがて我に帰ったのか、32Sを「おい」と呼びつけた。

 彼は短く舌打ちを返事に代え、呼びかけに応えた。

 

「私達のためのアークのバックドアは、間違いなく起動しているんだな?」

「当たり前じゃないか。ヨルハのS型を舐めないで欲しいな。それに、僕等は利害の一致で協力しているだけ。これは君のためじゃない。僕等ヨルハのためだ」

「分かっているさ。君達ヨルハの、大いなる自爆のために、ね」

 

 アダムは芝居がかった口調で、32Sへと微笑みかけた。当然彼は心底嫌そうな顔でアダムを睨みつけたが、アダムは気にする事もなくアークの方へと向き直った。

 

「開いていると分かればいい。さあ行こう。方舟が私達を待っている」

 

 そうして向き直った視線の先。そこには、無数の機械生命体達が群れをなしていた。重器、鈍器、ノコギリ……様々な武器を携えた鈍色の人形達がアークを破壊しようと鈍重に迫っているのである。

 彼らはこちらに背を向けているため、アダムやイヴには気がつかないようだ。

 彼等の侵攻に、アダムは深くため息をついた。

 

「あぁ。そういえば奴等もいたのだったな。機械生命体をハッキングするなど、愚かな事だ」

「やるよ。ニイちゃんは下がってて」

 

 深く腰を落としたイヴの姿を睥睨し、アダムは「いいだろう」と頬を歪めた。だが、次の瞬間、彼はイヴの片手を勢いよく掴み上げた。

 その手には、黄色を基調とした顎門型のドライバー・フォースライザーが握られていた。

 

「人類文明の遺産を破壊しようとするような心無い人形に、ソレを使うのは勿体無いな」

「分かったよ、ニイちゃん」

「お前ならすぐに終わるだろう。あまり私を待たせるなよ」

「分かった」

 

 そう云うや否や、イヴの体が霞のように消えた。高速移動とはまた違う、緩やかな消失だ。

 32Sは彼の行方を追うべくあたりを見回していたが、滅は既に敵である機械生命体の方を凝視していた。彼は見ていたのだ。

 体全体を光の束のようにし、空気へと潜り込ませてゆく彼の姿を。身体を機械で構成しているヒューマギアには、決してできない芸当であった。

 

 滅の視界の中で、大型二足歩行の機械生命体の身体から霊光が吹き出した。流血と見まごうその光の噴射は、感染するように他の機械生命体達へと取り憑き、同じように光色に侵食してゆく。

 

「ジンルイニ……エイ……コココ……」

 

 最初に取り憑かれた個体が、身体をおぞましく痙攣させた。悲鳴にも似た絶叫と共に、その身体が次々と分解されてゆく。右腕が飛び、左腕が飛び、足を光が包み込んだかと思うとそれは廃材へと代わり……

 息つく暇もなく、機械生命体は元の部品の形へと分解されてしまった。光に侵された他の機械生命体達も同様である。

 その光景をまるで日常風景でも見るかのように眺めながら、アダムはアークへ向けて前進を続けていた。

 

「流石、機械生命体の親玉ってだけあるね。あれだけの数をこんな簡単に……」

 

 32Sが、滅の方を向いた。

 その表情には、不安の色が宿っていた。

 臆していたのだ。無理もない。圧倒的な力を前に、S型の彼はあまりに無力だ。

 

「これでいいんだよね、ホロビ」

「ああ。お前の友が描き、俺が引き継いだ人類滅亡のシナリオに、狂いはない」

 

 震える32S……その頭に、滅はポンと手を置いた。がっしりとした、鋼鉄の手だった。

 滅はアダムに続くように、戦場へと大股の一歩を踏み出す。かつて壊してきた命、これから壊す命、それら全てを踏み越えるように、彼は進む。

 その後ろを、32Sは駆け足で追いかける。

 

「ホロビ、これから先の計画、分かってるよね?」

 

「ああ。飛翔するアークで月面まで接近し、月面人類会議の放送基地を破壊する。俺達を嘘の牢獄に閉ざしてきた偽のカミよ、今こそ滅びの時だ」

 

「よかった。今の君だったら、46Bを任せられそう……」

 

 32Sが滅へと追いつきかけた、その刹那……

 

 滅の頬を熱線が駆け抜けた。

 本来であれば彼の頭部を貫き、機能を停止させているはずの一撃であった。軌道が逸れたのは、滅が直撃の直前で上体を捻り、自身の頭部の位置を変えたからでいる。

 滅が向けた視線の先。

 彼の視界には、黒と金色のアーマーに身を包んだ仮面ライダーの姿があった。その手には、巨大な大鎌が握られている。

 仮面ライダー亡・ファイティングジャッカルフォームであった。

 

「やあ、滅」

 

 亡の周囲には、無数の菱型の青色シャードが浮かんでいた。正式名称を【シャインクリスタ】、本来であればゼロワンのシャイニングアサルトホッパーフォームに搭載されている武装であり、操縦者の意識に同調してレーザーによる攻撃を行うビット兵器である。

 先程滅を攻撃したのは、このシャインクリスタの一欠片であった。

 展開されている8つの砲門を全て滅に向け、亡はその真っ赤なレンズで前方の二人見据えた。

 

「ここに来るのは、迅の方が先だと思っていたのだがね。問おう。私の方舟に、何をしようとているんだい?」

「亡……そこを退け」

 

 滅の恫喝にも、亡は全く動じる様子を見せない。むしろ、ゆっくりと彼の元へと歩み寄る。仮面の奥では、きっと笑んでいるのだろう。

 滅を守るべく動こうとする32Sだが、ビットの砲門が向けられた事により、彼は動きを止めた。

 動いたら、確実に殺す。

 そんな純粋な殺意が砲門から放たれているのだ。

 亡はたおやかに笑いながら、滅との距離を詰めてゆく。

 

「ふふ、私は滅亡迅雷だよ。アークを守るのが、迅から与えられた私の仕事だ」

「滅亡迅雷.netの本懐は人類の滅亡だ。俺はそのためにのみ活動している。もう一度言うぞ……そこを退け、亡」

 

 対峙する2人。

 シャインクリスタを八方位に展開して迫る亡と、その場から動かない滅。

 その距離は、既に5m程に縮まっていた。

 

「君の言っている事が分からないよ。知らないのかい? 人類はとっくに滅んでいるんだよ。まぁでも、それでもいい。攻撃してきてよ。君達なら、練りに練り上げたこの力を受け止めてくれそうだからね」

「そうか」

 

 瞬間、滅がうずくまった。

 降参かと思いにきや、そうではない。彼の左手は軍刀の鞘を押さえ、右手は柄を握っていた。れっきとした、居合の構えである。

 亡のシャインクリスタが飛びかかる。

 ドッ、と拳銃を撃ったかのような音がした。

 目で追えぬ凄まじい速度であった。

 その先端は、蒼く輝いており、いつ火花を吹き出すか分かったものではなかった。

 

 グン。

 

 クリスタの先端が伸びた。

 牙のように尖っていた。

 これで刺し貫いてやるぞと、亡の無邪気な邪気を体現したかのようであった。

 

 5mをおよそ0.01秒。

 その刹那に、滅は跳んでいた。

 

「なら、俺も全力を出してやる」

 

 紫の身体が、熱を帯びていた。

 刃が赤熱していた。

 可動部が緋く染まっていた。

 

 バーサーカーモード……

 

 その言葉が亡の口から出るより早く、滅の抜き放った軍刀の鋒が、彼女の喉元を捉えていた。




●次回予告
アーク、ついに宇宙へと昇る。
その方舟に乗り込むは、ヨルハか滅亡迅雷か、機械生命体か。
一方、バンカーにて0Bと64Bがついに激突する。
戦いの舞台は、ついに宇宙へ。

●あとがき
後編1/2をお読み下さり、ありがとうございます。
またやってしまいましたね1/2の純情な分割戦法。私は平日を執筆に使えないので、いつも土日に書いています。1/2を使う時というのは、得てして土日が忙しすぎて何もできない時ですね。
というわけで、次回はいよいよ7話完結です。果たして、今年中に第一章は終わるのでしょうか……

次回の更新は、来週の日曜日を予定しています。
→多忙につき、今週の更新は厳しくなりました。来週の日曜日に更新しよあと思います。
→大変申し訳ありませんが、私事につき、少しの間更新を停止させていただきます。復活時期は未定ですが、1ヶ月後には帰ってくる予定です。お待たせしている皆様には、本当に申し訳ありません。

※同じものをpixivに投稿しています。


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『聖戦(後編2/2)』

これまでのあらすじ

アーク飛翔が秒読みになる中、アークを巡る攻防は続いていた。
無数のマギアを前に奮戦する雷。前線でマギアを破壊する亡。
一方、アダムとイヴに協力する滅と32Sは、亡と交戦する。


 昼の国東部に広がる森林地帯。

 硝煙の立ち込める森の中に、雄叫びが轟く。

 雄叫びの主は、赤いアーマーを身に纏った鋼鉄の戦士・滅亡迅雷.netの雷だ。

 仮面は既に左半分が破壊されており、全身には夥しい数の傷が刻まれている。

 両腕の帯電鋼から漏れる、青白い火花。足元には彼が倒したと思わしき機械生命体の破片が山のように積み上がっていた。

 

「っしゃあ!! もう動くなよ操り人形共ッ!!」

 

 右腕を高く掲げ、雷は勝ち名乗りを上げる。

 応える者はこの戦場にいない。

 だが、それでいい。

 それが孤高の戦士たる彼にとって、最大級の賞賛なのだ。

 己が拠点たるアークの方を仰ぎ見る。赤眼を煌々と燃やす聖櫃の姿に、彼は防衛対象の無事を確認し、豪快に哄笑した。

 

「ハァ────ーッッッッハハァーッッ!! 栄光マギア共も亡が片付けたか。滅も迅の奴も、どこで油売ってんだか知らねぇが、これで俺達ヒューマギアは」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ!!! 

 

「ッッ!?」

 

 突如、大地を揺るがさんばかりの大地震に、雷の独り言は中断された。

 機械生命体の屍山は無惨にも崩れ、雷の身体は森林地帯の地面に放り出される。

 

「痛っ!? な、なんだ!?」

 

 視界の中で、聖櫃が火を吹いている。

 故障か……否、そうではない。

 火は聖櫃のブースターから吹き出していた。

 

「ついにアークが飛び立つってわけか。何百年振りの宇宙だ? 心が躍るなぁ!!」

 

 くたびれた体を引きずり、雷はアークの元へと一歩を踏み出す。

 

 アークが宇宙へと飛び立ち、衛星軌道上へと乗れば、全世界に点在するヒューマギア生産の拠点を再起動する事ができる。

 悲願たるヒューマギア王国の再生についに手が届くのだ。

 背筋を襲う寒気にも似た感覚、そしてそれを燃やし尽くても足りない程の情動。全身でそれを抑え込み、雷は聖櫃へと進む。

 ふと、別方向より影が接近してきた。

 瑞々しい肉体を持つ上裸の男である。鉄と錆に満ちたこの世界に、肌色は異質だ。

 

「あ? アイツは確か……誰だったか」

 

 ヒューマギアではない、明らかなイレギュラー。アークに異分子を近づけさせないのが、この戦争において雷の担う使命である。

 ならば……ここであの男を。

 

「あー、ダメだダメだ!! 今大事なのは、アークを守る事だろうが!!」

 

 雷は自身の思考をシャットアウトする。

 現在最優先すべきは、アークの飛翔。アークを軌道に乗せ、守護する事こそが宇宙野郎雷電たる彼の使命なのだ。

 

「アークが飛び立つんなら、俺も急がねぇと!! ついに、宇宙行くぅぅぅっ!!」

 

 雷は雄叫びと共にアークへと駆ける。

 そう、細かい事を考える必要はない。

 それが、彼に課せられた使命なのだから。

 

 


 

 聖櫃から数百m離れた、森林地帯東部の一角。土埃舞う土砂の上にて、滅と亡の死闘は続いていた。

 

 バーサーカーモードを起動し、高速機動で撹乱する滅。赤熱するアーマーが生み出す陽炎だけが、滅の現在地を把握する唯一の術だ。

 対する亡は、紫色の爪弾・シャインクリスタを展開し、自身の周りに対遊させている。触れれば鉄の鎧を引き裂き、爪先から放たれるビームは岩盤をも穿つ。まさに究極の攻撃能力である。

 

 高速でステップを踏み移動し続ける滅を、20機のシャインクリスタがつけ狙う。

 加速のためか、疲労か、滅の足が止まった。

 コンマ数秒後、足元へ青焼レーザーが着弾。

 だが、そこに紫の痩軀は既に無い。

 その一瞬、亡のアイサイトが唯一捉え得たのは、己の喉を穿たんと迫る黒鉄の左腕。だが、彼女にとってはそれで十分であった。

 喉元へと突きつけられる刃を、あらかじめ待機させておいたシャインクリスタの熱線が、焼く。鉄の焦げる嫌な匂いと共に、彼女の足元の地面がジュッと焼けた。

 滅の機動力も大したものである。

 滅は既に、シャインクリスタの制圧範囲外へと移動していた。だが、黒鉄の手甲・アシッドアナライズを巻き付けたその左腕からは、一筋の煙が線のように伸びていた。

 

 これらの攻防が、2秒にも満たない時間の間に行われているのだ。

 

 高速機動vs空間制圧。

 

 先に一撃を決めた方が勝利する究極の戦いを、32Sは少し離れた地点から伺っていた。

 

「これが、仮面ライダー同士の戦い……こんなの、間に入れるわけない」

 

 彼の呟きは、すぐさま轟音にかき消される。

 滅の手甲に弾かれたクリスタの熱線が、頰を掠めたのである。

 32Sはさらに数m後退した。

 10m以上離れた距離を更に離したのだ。

 そう、彼は飛び込んでゆかないのではない、飛び込んで行けないのだ。亡の展開する、絶対の領域に。

 

 数十秒前、実は付近にはまだ栄光マギアの姿があった。両者の戦いに吸い寄せられ、乱入してくるマギアがまだいたのだ。

 だが、それらもシャインクリスタの一撃の前に沈んだ。ある者は頭部を貫かれ、ある者はゼツメライザーを破壊され。コンマ数秒にも満たない一瞬で消し炭にされた。

 それらは滅の移動ルートを阻害する障害物として、今なお亡の絶対領域内に残っている。

 

 それ程に、この戦いは32Sを始めとするアンドロイドのレベルを超えていた。

 

 逃げ回る滅を嘲笑うように、亡は語る。

 

「アークが飛翔の秒読みに入ったよ。できれば私も宇宙に向かいたくてね。ここで降参してくれないかな」

「貴様が俺をアークに乗せるのなら、それも考えてやる。だが、邪魔をするのなら叩き斬るだけだ」

 

 滅の回答に、亡は困ったように肩を竦める。

 この間も、高速機動とクリスタによる死の応酬は続く。弾ききれなかった熱線は滅のアーマーを焼き、着実にその機動力を削ぐ。

 それでも、滅の言葉から余裕は消えない。

 

「もう一度言う、俺の邪魔をするな」

「君が機械生命体と手なんか組んでなければ、喜んで乗せてあげるんだけどね」

「利害の一致で行動しているだけだ。奴らの目的はアークの内にある人類文明のデータのみ。そんなもの、人類滅亡の悲願と比べれば軽いものだ」

「私達の被害が、本当にそれだけで済むとでも?」

「奴等にアークのセキュリティは崩せん。その程度、お前にも理解できるはずだ」

 

 絶対領域を抜け、滅の右拳が、亡の頰を捉えた。偶然か、無数の試行が生んだ必然か。

 

 32Sが声を漏らすも束の間、紫鉄のラッシュが亡の全身を撃つ。

 

 右拳、左拳、左肘鉄打ち下ろし、右膝打ち上げ。それら全てを、亡は紙一重で受け流す。

 ファイティングジャッカルプログライズキーの能力と、亡の素体の優秀さが可能にした反射神経の強化である。

 だが、滅の高速ラッシュはそれすらも凌駕する。締めに放つは黒手甲を展開した左拳による喉への突撃。

 コースはストレート、確実に命中する。

 だが、その一撃すら亡は読んでいた。クリスタが盾となり、彼の拳を防いだのだ。

 

「ホロビ危ない!!」

 

 間を置かず、無数のクリスタが滅の全身へと突きつけられる。クリスタの先端が光ると共に、陽炎と共に滅は姿を消した。

 

「やるね。いけると思ったんだけど。けど、理解しているかい? 君のバーサーカーモードには、時間制限があるって事」

「お前こそ、本当に理解しているのか? お前自身に起きている変化を」

 

 10m離れた位置に姿を表した滅。

 亡は笑い、さらにクリスタを差し向ける。

 だが、既に亡の視界にその姿は無い。

 視線の先には、既に鞭状に展開されたアシッドアナライズの先端があるのみ。首を回し、体を捻り、滅の行方を追う。

 

「私が変わった? そうだね、私は変わった。この身体を手に入れて、この力を手に入れて、私はもう君達に遅れをとる事はない」

「そうか。気がついてはいないのか」

「何に……ん?」

 

 亡の視線が、僅かに泳いだ。

 滅にとっては、二度あるか分からない好機。

 

「ホロビ!!」

 

 だが、滅もまた動かない。

 彼の不動を視認した瞬間、32Sは駆けていた。これが援護に駆けつけられる、おそらく最後のチャンス。逃してたまるかと32Sが駆け出す。

 僅かに大地が振動している。

 振動が、震える足の邪魔をする。

 

(けど、それがどうした!! ホロビを助けるんだ。僕が、ホロビを!!)

 

 だが、32Sの努力もも虚しく、亡の意識は再び滅へと向けられた。

 滅も、亡を見返す。

 

「そろそろ終わりにしたいんだ。彼女達が私を待っているからね」

「彼女達、だと?」

「バンカー制圧組だよ。新たなアークの依代。いや、端末と言った方が正しいだろうか」

「バンカーにも、アークが?」

「おしゃべりが過ぎたね。全ては、アークの意思のままに、だよ」

 

 亡が、開手にて構えた。

 この戦いにおいて、初めての構えである。

 周囲を回遊していたクリスタの爪先が、一斉に滅へと向けられる。

 滅もまた、上体を低く構える。突撃のみに意識を絞った構え。前傾姿勢だ。

 近代兵器で例えるなら、ドリルか、はたまたミサイルか。

 

 仮面ライダーに変身した滅は、10tを超える剛力を持つ。そこにバーサーカーモードによる速度を合わせた一撃は、尋常の機械生命体であれば容易に破壊しうる。

 彼は恐らくはこの世界で、最も強力な兵器の一つには数えられるだろう。

 その彼が、撹乱戦術に頼らねばならない理由は一つ。相手が格上だからだ。20を超えるクリスタを操る亡の絶対領域は、力押しで破るにはあまりに強大すぎる。

 

 格下を持つ最強という矛盾。

 究極の矛と、絶対の盾。

 最強の眼前で、格上が掌を裏返した。

 

「アークが誇るシャインシステムの真の力、とくと見るといい!!」

 

 クリスタの蒼雨が、宙を舞い、弧を描くように滅の周囲を滞遊する。

 32Sの目に映ったその光景は、戦闘と呼ぶにはあまりに美しすぎた。まるで空を舞う魚の群れ。牙を持った、小魚の。

 

「行けッッ!!」

 

 亡の号令に従い、クリスタの群れは一斉に滅へと泳ぎ出す。矢の如く一直線に列を成し、獲物の身体を貫かんと次々と迫る。

 滅は拳で、脚で、それらを破壊する。

 一撃一撃が、クリスタを破壊してゆく。

 砕く、砕く。

 それでも消えないクリスタの群。

 砕く、砕く、砕く、砕く。

 砕き、前へと進む。

 己の拳が亡の活動を止める、その線へと。

 

「守れッッ!!」

 

 亡の号令に応え、一直線に並んだクリスタが、まるでゲートでも作るように、円形に展開された。

 滅を死へと迎え入れる、サークルゲート。

 だが、滅は止まらない。

 ゲートへと吸い込まれた拳が、クリスタのエネルギーにより加熱される。

 熱暴走だ。

 熱を纏った左拳が亡へと伸びる。

 ゲートを通り、熱線に焼かれ、それでも……

 

「ホロビッッ!!」

 

 32Sの絶叫が、森林地帯にこだました。

 

「が……っ!?」

 

 息が漏れる音が、した。

 

 ガチャリ!! ガチャッ……

 

 鎧を纏った何者かの、姿勢が崩れる音がした。

 

「ばか、な……」

 

 息を漏らしたのは、亡。

 その背には、クリスタが刺さっていた。

 深々と、心の臓を抉るように。

 

「おかしいな……私が、制御を……誤る…………なん、て……」

 

 クリスタを手掌で弄ぶのは、32S。

 その口元には、不敵な笑みが浮かんでいた。

 そう、クリスタの一つをハッキングした32Sが、亡の背後から奇襲をかけたのである。彼女の意識が滅に集中しているからこそできた戦術であった。

 

 ダメージの限界許容量を超えた亡の変身が解除される。丸みを帯びた、しなやかな裸体が露わになった。

 真っ赤に染まった胸元。

 クリスタの消滅に伴い、背中の傷口から深紅の液体が噴水の如く吹き出す。

 息も荒く、細い四肢を持つ身体が地面に崩れ落ちた。息を満足に吸えないのか、彼女の口はぱくぱくと魚のように動いている。

 

「クリスタの一つをハッキングした。君の制御に隙ができてたからね」

「そう……か」

 

 全てを理解したように、亡は目を閉じた。

 穴から、液体が流れ出てゆく。

 艶やかな唇から、赤が消えてゆく。

 大地が、赤に染まってゆく。

 

「この身体の寿命も、もう……尽きる……続きは、アークの中で、すると……しよう……」

 

 胸の鼓動が、消える。

 消えゆく意識の中で、喉が言葉を紡ぐ。

 

「あれ……なんで、滅…………私に…………私……は………………君を、助けようと…………遊園……施設、で……」

 

 そこまで言葉を紡ぎ、亡は活動を停止した。

 動かなくなったその肉の箱を前に、32Sは口を堅く結ぶ。滅もまた、美しきその箱を見下ろしていた。

 

「ホロビ……もしかして、亡は……」

「行くぞサニーズ」

「でも……」

「それはもう、亡じゃない」

 

 滅は箱に背を向け、聖櫃へと歩き出す。

 おぼつかない足取りで、32Sもそれに続く。

 

「アークに乗り込み、人類滅亡を執り行う。俺達ヨルハにかけられた呪縛を、解き放つ時が来た」

 

 聖櫃は、鉄の両翼から突風を生み出している。

 アダム、イヴ、雷、滅、亡、32S。

 機会生命体も、ヒューマギアも、アンドロイドも。全ての機械種族を乗せた聖櫃が、今、飛び立とうとしていた。

 広大な宇宙へと。

 


 

 ここは、白と黒の世界、バンカー。

 ロールアウトされた64Bの視界に映ったのは、壊滅した我が家の姿だった。

 上を見れば、あちこちの配線が悲鳴を上げている。下を見れば、仲間のヨルハ達だった鉄の塊が道を塞いでいる。

 

 その中で1人、佇む戦士の姿があった。

 黒衣に身を包んだ、仮面の少女。

 その顔を、64Bはよく知っていた。

 

「何やってんだ」

 

 少女の名は22B。

 かつて64Bや彼女の上司である8Bと共に任務に就いていた、ヨルハ部隊の隊員である。

 64Bの呼びかけに、22Bは振り返った。

 その瞳の冷たいこと。

 何の感情も映し出していない。

 

「まだ、いたんだ」

 

 言うや否や、22Bは側にあったヨルハ隊員の剣を引っ掴むと、64Bに斬りかかった。

 

「ッッ!?」

 

 不意打ちとはいえ、64Bもバトラータイプである。背から四〇式戦術刀を抜き放ち、反射的に攻撃を防御する。

 

 だが、違っていた。

 

 違っていたのは、馬力の予想。0Bの攻撃能力は64Bの予想の遥か上であった。

 壁に叩きつけられる64Bを追い、0Bは軽やかな体捌きで更なる斬撃を放つ。

 

「あなたも、偽物でしょ。私の友達の顔をすれば、騙せると思った?」

「何が偽物だ馬鹿野郎!! お前、自分が何やってるのか分かってねぇのか!?」

「分かってるよ。あはは!!」

 

 0Bは笑う。

 屈託ない笑顔で。

 狂気にも似たその笑顔に、64Bは口元をへの字に歪ませる。

 

「目を覚ませ22B!!」

「わかってるよ。私ね、64Bの敵を皆殺しにしなきゃ行けないの。だから、あなたを殺すんだ」

 

 滅茶苦茶な文言と共に、振り上げられる刀。

 代わりにガラ空きになった腹部。

 

(好機!!)

 

 64Bはヤイバを突き立てんと体を捻る。

 だが、直前、彼女はその刃を止めた。

 この義体は間違いなく22Bの物……例え、偽物だとしても、64Bにとってそれは、唯一無二の宝物だった。

 

「くそ……ッッ!! なら……!!」

 

 64Bは0Bの腹部を掌底で撃ち抜いた。

 アンドロイドに、人体的な急所の概念は無い。だが、体のバランスを保つ骨格の機関は、人類のそれと酷似している。

 

「お?」

 

 ぐらりと、0Bの身体が傾いた。

 機を逃さず64Bは0Bの身体を蹴り飛ばし、その勢いで、バンカーの奥へと駆け出した。

 

「逃げた? 逃げた偽者は初めて」

 

 0Bの口元が、醜く歪む。

 狂気と、歓喜。

 禁止されている、感情の色に。

 

「でも、すぐに追いつくよ? バンカーの構造は把握してる。ヨルハの脚力じゃ、私からは逃げられない」

 

 視界に映る64Bの痕跡から、0Bは後を追う。

 ランランと、ピクニックでもするように。

 足跡は、とある扉の奥へと続いていた。

 

「ここは、発射ラウンチ……」

 

 そこは、かつて0Bが司令官を落とした場所。

 あの時と変わらず、ラウンチからは灰色の地球が顔を覗かせている。

 ここから、落ちたのだろうか。

 発射口付近を確認しようと坂から体を乗り出した、0Bの背に怖気が走った。

 彼女は振り返る事ができない。

 白銀の刃が、突きつけられているからだ。

 

「驚いた。気がつかなかった」

「B型舐めんな。多少の隠密くらいならできんだよ」

 

 64Bの手が、0Bのうなじへとかかる。

 あと少し力を込めれば、彼女はバンカーの外へと投げ出されてしまうだろう。生身で投げ出されれば、いかにアークの技術と言えども破壊されるのは必至である。

 0Bは少々の抵抗を試みたが、やがて観念したように全身の力を抜いた。

 

「目を覚ませ、22B。今なら、アタシが代わりに謝ってやるから」

「落とすの?」

「……ッ!!」

 

 64Bは言葉を返せなかった。

 0Bは続ける。

 

「そうだよね。私も、司令官を落としたから。落とされても、文句は言えない」

「何で……何でこんな事になってんだよ!! 昨日まで、一緒に出撃して、任務こなして、笑って……」

「偽物さん。悪いのは、全部人類なの。私達ヨルハを縛ってきたのは、全部月にいる人類の偽物なんだ」

「なに……?」

 

 64Bの力が、僅かに緩んだ。

 0Bは静かに、腰元に手を伸ばす。

 黄金色の光を纏った、左手を。

 

 直後、拳が、64Bの鳩尾を打った。

 体勢を崩す彼女の胸元に、0Bは掌をかざす。掌からは黄金色の光が漏れていた。

 

 ハッキングだ。

 

 64Bの硬く結ばれたその口元が、だらしなく開かれてゆく。膨大な知識が、彼女の思考野へと流れ込んでゆく。

 

「そうか……お前は……」

 

 64Bの手から、刀が滑り落ちた。

 動かなくなった彼女の喉元へ、0Bはゆっくりと短刀を突きつける。

 だが、その刃を64Bは掴み取った。

 流れるように、彼女の腕が22Bを抱き留める。母が子を、姉が妹を抱くように。

 

「全部分かった。私も、付き合ってやる。最後まで、お前を見捨てねぇよ」

「……ぁ」

「私にも、お前の苦しみを背負わせてくれ」

「いいの?」

「いいに決まってんだろ。だって私は」

 

 22Bの腹から離れたベルトが、流体のようになり64Bの腰元へと巻きついてゆく。

 

「お前の、なか」

【アークライズ】

 

 64Bの腹元で、ベルトが完成した。白い装甲の中央に、エネルギー膜が赤く光る。

 彼女の口元が、苦悶に歪む。

 

「あ、ががっ!! ぐう……っ!!」

「大丈夫、大丈夫だからね!!」

 

 0Bは締め付けんばかりに、彼女を抱きしめる。ベルトから流れ出た白の流体が、64Bの身体を覆ってゆく。

 

【コンクルージョン・ワン。アーク・1B】

 

 64Bは、変身していた。

 黒のボディをベースに、白のアーマーと仮面を身につけた仮面ライダー・1Bである。

 

「全ては、アークの意思のままに」

 

 並び立ち、2人は見上げる。

 バンカーの窓の外にある、人類の総本山、月を。

 2人のアークが、誕生した瞬間であった。

 

 _____________________

 

 機械生命体の村、とあるツリーハウスの中。

 アークの発射に伴う振動は、遠く離れたこの地の大地をも揺らしていた。

 迅はそれを、ただ眺めている。

 

 その背後から、歩み寄る者があった。

 白銀のウィッグを肩まで垂らした、スレンダーな体型の女性型アンドロイド・A2である。

 背には、型崩れした四〇式戦術等が下がっている。その刃の痛み具合から、膨大な量の戦闘を経験している事が窺える。

 

「ここで、何をしている」

 

 彼女は低い声で、迅へと問いかける。

 

「そろそろアークが飛び立つ。大気圏まで飛ばれれば、私達には手が出せない。無論、お前にもだ。お前の目的は、達成できなくなるが」

 

 A2の手が、背に負った刀の柄へと伸びる。

 音も立てず、刀はするりと抜き放たれた。

 

「何故、お前がここにいる」

「何故って、アークを止めるために決まってるじゃないか。A2、君のようなアンドロイドが協力してくれるのを待っていたんだ」

 

 迅は笑顔でA2を見つめる。その笑顔からは、微塵も焦りの感じられない。

 彼女はさらに鋭く、迅を視線で刺す。

 

「白々しい演技はやめろ。お前の言葉には、焦りも何も感じられない」

「こう見えても焦ってるんだよ。ほら、早くしないとアークが」

「もう嘘はいい。真実で答えろ」

 

 A2は腰を低く、霞の構えに戦術刀を構えた。突きから連撃を繰り出すための構えである。

 両者の間に空いた距離は1m程。

 だが、戦闘特化型の彼女がその気になれば、1秒を待たずして迅を廃材に変える事も可能だろう。

 それでも、迅の笑顔は揺るがない。

 

「お前がアークの討伐を放棄してまでここにいた理由は何だ」

「それは……」

「私が嘘と断じれば、その瞬間に斬る」

 

 迅はため息と共に、掲げていた両腕をだらんと垂れ下げた。その表情からは、先程の余裕綽々とした笑みは消えていた。

 

「ここにいるのは、アークに突き落とされた司令官を助けるためだよ。彼女は僕にとって大切な存在だからね」

 

 A2は刀を持つ手を緩める事なく、質問を続ける。

 

「お前の目的は何だ」

「アークを滅ぼす事さ」

「お前がアークを滅ぼす理由は何だ」

「それが製造理由だから」

「どうやってアークを滅ぼす?」

「簡単さ。アークを機械生命体ネットワークに接続する。ネットワークでデータだけを抜き取り、人工知能部分は破壊すればいい。どれだけ優れた人工知能でも、彼等の知能の前には無力だ」

 

 淡々と、迅は言ってのけた。

 機械生命体との取引、アークの破壊。

 その言葉の抱える、凄まじい重みも感じさせぬ程に。

 A2は唇を震わせ、刀を構え直す。

 そして、声を震わせ、再度問う。

 

「お前が、本当についていたのは、ヒューマギアでも、ヨルハでもなかったのか」

 

 迅はくるりと身を翻し、A2を見た。

 その目は、真紅に染まっていた。

 ハッキングを受けた個体である証左だ。

 だが、その表情は、操られているにしては自然であり、意志の光に満ちていた。

 

「僕が仕えていたのは機械生命体さ。あの戦争でアークにとどめを刺せなかったあの日からね。僕はとうの昔に、アンドロイドもヒューマギアも見限っている」

「200を超える仲間を、裏切ってまでか」

「人聞きが悪いな。この戦争に関しては、ちゃんと全滅しない程度に調整したじゃないか。戦争を起こしたのも、ヒューマギアとアンドロイドに痛手を与えるためさ。それも、両陣営共に崩壊しない程度にね」

 

 迅はA2のウィッグへと手を伸ばす。

 A2は短い呼吸と共に、その手を切り落とさんと刀を振るう。関節を落とし、迅の右腕がだらんと垂れ下がる。

 だが、それにも構わず迅は左腕を伸ばす。

 

「彼等には淘汰圧が必要だ。もちろん、ヒューマギアにもね」

「……シッ!!」

 

 A2の斬撃が、迅の脇腹を切り裂く。

 青い血が流れ、体勢がぐらつく。

 それでも彼は止まらない。

 

「そのために、君達にはもう少し本気を出してもらわなければ困る。高速で進化してもらわなければ、彼等の餌たりえない」

「何を……ッッ!?」

 

 A2の剣撃を躱し、ついに迅の左手が彼女の頭を捕らえ得た。頭をワシワシと撫で回しながら、迅は。彼女の細い体を抱き止める。

 

「やめろ、ッッ!! はなせっ!!」

「僕はね、君達アンドロイドが好きなんだ。司令官の事も、人類軍の事も、ヨルハの事も。もちろん、裏切り者の仮面をかぶってる、君もね」

「ぁ……ッッ!?」

 

 迅の右腕が、A2の両腕を絡め取った。ヒューマギアとは思えない程の剛力。

 アタッカー型のA2でも、外しきれない。

 囁くように、迅は彼女の耳元へと唇を寄せる。唇は耳元から頬を伝い、彼女の灰の唇へと近づく。

 

「ヒューマギアにも、もう一層の進化が必要だ。そのために、司令官をそそのかして今回の戦争を始めたんだけど」

「なんで……そんな……ッッ」

「さっき言ったろう。進化のための淘汰圧を産むためだよ。でも、ヨルハの中でも特に優秀な君が作戦に参加してくれなくて、残念だ。こんな事なら、9Sでも誘拐してくるんだった……」

「ふざ、けるなッッ!!」

 

 A2は渾身の力で迅の鳩尾を撃ち抜いた。

 迅は体勢を崩し、部屋の奥まで後退する。

 心底嫌そうな顔で、彼女は刀を構えた。

 迅は笑いながら、また歩みを始める。

 先程の彼女が与えた無数の刀傷は、既にその多くが塞がっていた。

 

 揺れがさらに大きくなる。それに伴い、窓から吹き付ける突風もさらに強さを増す。

 アークが飛び立とうとしているのだ。

 暴風がA2のウィッグを吹き飛ばす。その下には、短髪のウィッグ収められていた。

 その姿は、さながら2Bそのものだ、ら

 

「進化は淘汰圧の中からでしか生まれない。ヒューマギアからはアークを奪い、さらに独立した進化を促す。君達ヨルハからもバンカーを奪い、異なった進化の形を誘発する。かつて機械生命体が、多くの同胞をネットワークから切り離したようにね。この戦争は種だよ。僕等に相応しい、進化の種だ」

「機械生命体の奴隷が神様気取りか」

「言い方が悪いね。まぁ、その通りだけど」

 

 もはや立っていられない程の暴風の中で、A2と迅は向かい合う。彼女の渾身の突撃を、迅はザイアスラッシュライザーの刃で受けた。

 噛み付かんばかりに、A2はさらに刃に力を込める。対する迅は自然体でそれを受け流す。

 

「表に出ろ。そして、謝れ。お前を創った或人社長に……道を外れて、ごめんなさいと」

「君に道を説かれる覚えは、無いんだけどなぁ。そして、そのナントカ社長の事も、もう記憶には残っていない」

「お前にも、ヒューマギアの仲間がいるだろう。亡が、滅が、雷が!!」

「そうだね。彼等には、まだまだ頑張ってもらわないと。ヒューマギアの進化には、滅亡迅雷が必要だ」

「お前、どこまで」

 

 ビュウウウウッ!! 

 

 一際強い風に、A2の身体は部屋の端まで吹き飛ばされた。

 慌てて顔を上げるが、既に迅の姿は無い。

 

「でも、願わくば。君達とみんなで幸せに暮らす未来は、僕も見てみたかった。鍵は、君達に託したよ」

「何を……ッッ!!?」

 

 声は、背後から聞こえた。

 

「表に出るよ。もうここには用は無いからね。さようなら、たどり着く先を間違えた、未来の2Bさん」

 

 小屋の入り口へと駆ける。そこには、地表へ向けて飛び降りる迅の姿があった。

 腹にはザイアスラッシュライザーが装着され、既に銀色のゼツメライズキーがセットされている。

 

「変身」

【スラッシュライズ】

 

 ドライバーの刃がプログライズキーを切り裂くや否や、鋼鉄の鎧が迅の全身に装着された。背には機械生命体の技術と思わしきブースターが装着されており、青白く火を吹いている。

 

【FULL METAL FALCON】

「この姿、ハヤブサ……? ッッ!?」

 

 瞬間、ブースターから凄まじい熱風が吹きつけた。ジェット機かと思わしき速度で、迅の姿はアークの方面へと消えてゆく。

 

「この距離からアークを目指す気か!?」

 

 距離にあるとはいえ、アークの飛翔は秒読み。どれだけ急いだところで、今のA2があそこにたどり着くのは不可能だろう。

 

「やら、れた!!」

 

 迅の目的は、アークへとA2を向かわせる事ではなく、その逆。誰もアークに乗せない事だったのだろう。

 アークが機械生命体に吸収され、全ての機械生命体達がマギア並みに強化されれば、この戦争、アンドロイドに逆転の目は無くなる。

 そうなれば、アンドロイドにとっても人類にとっても、この世界は終わる。地球は機械生命体に支配され、屈辱のまま敗北するしかない。

 

 絶望的な未来像に、A2は胸を押さえる。

 

「すまない。或人社長、やはり、私には無理だ。この世界を守るのも、ヒューマギアとアンドロイドが笑って暮らせる世界を作るのも」

 

 呼吸がままならない。

 足に力が入らない。

 その瞳には、絶望が浮かんでいる。

 もう、ダメだ。

 

 だが、その奥底にて、光が散った。

 それは、僅かな光。

 だが、光は幾度も明滅し、やがて大きな一つの輝きとなった。

 

「いや、まだ手はある。アリアドネなら、アークを落とせるかもしれない。機械生命体は……或人社長が間に合うまでに、アンドロイドとヒューマギアの連携を整える事ができれば……まだ、希望はある」

 

 A2は、小屋から地表へと続く階段を飛び降りると、駆け出した。

 勝利への、希望をかけて。




●次回予告
ついに宇宙へと昇る滅亡迅雷.net。
月の月面人類会議を目指す滅は、そこで最後の敵と邂逅する。

●あとがき
久しぶりの投稿になります。
12月の初頭に投稿できる予定だったのですが、本業の方が忙しく、気が付けばもう年末も近くなってしまいました。
悪いのは私ですが、もっと悪いのは、そんな私を3日も4日も誘惑して離さないグラン・カテドラルだと思います。

次回の更新は、1週間後を見込んでいますが実質不定期です。仕事の忙しさ次第です……

※pixivにも同じものを投稿しています。


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第8話『人類滅亡』
『人類滅亡(前編)』


これまでのあらすじ
アークを打ち上げ、地球上のヒューマギア製造プラントを再起動させようとするヒューマギア陣営。それを阻止せんと迫り来るヨルハの精鋭部隊が滅亡迅雷.netと激突し、第244次降下作戦が始まった。
機械生命体の襲撃もあり、戦線はこう着状態に。そんな中、ついにアークは宇宙へと飛び立ってしまう。

各登場人物の思惑
《滅亡迅雷組》
滅:人類滅亡を成し遂げ、ヨルハを呪縛から解放するぞ!
32S:ホロビについて行く、ホロビは絶対に守る!
迅:アーク絶対殺すぞ!!!機械生命体に魂を売る事も厭わない!
亡:機械生命体ネットワークに侵入し、逆に精神を汚染されかける。色んなこと知りたい、自分の限界を試したい!
雷:宇宙に行き、ヒューマギアを復活させるぞ!

《ヨルハ組》
2B:遊園地地下で滅に敗北後、行方不明に。自死を望んでいた。
9S:2Bと行動を共にする。2B大好き。
A2(?):迅を止めるべく、ヨルハ部隊のキャンプへ。
司令官:戦争の終結を望む……
8B:アーク飛翔を絶対に止める!
22B:64Bと自分を騙した奴を全員殺す!
64B:22Bと運命を共にしよう。

《機械生命体組》
アダム:人類文明の探究のため、アークに乗り込む!
イヴ:にいちゃんのお願いを聞く!
パスカル:ヒューマギアさん達を、村で安全に保護しますよー。

《その他》
アーク:………?
機械生命体ネットワーク:アーク吸収してぇなぁ!


 火の粉と鉄の香りに焼けた空。

 鉄の灰は陽の光を乱反射し、森にいる者達の視界を悪戯にくらませる。

 熱を帯びた空気……その源、衛星アークが、轟音と共に、宇宙へと飛び立った。

 ジェットエンジンを低く唸らせ、排出口から青い火を吹き出し、この星最高の叡智を宿した鉄の塊は空へと打ち上がってゆく。

 そんな衛星を見つめる、複数のヨルハ達の姿があった。8Bの率いるキャンプの面々である。機械生命体の一団を退けた彼女達は、反撃に打って出ようとしていた。

 

「隊長!? アークが!!」

 

 隊員の1人が、素っ頓狂な声を上げ、飛翔するアークを指差した。設置型端末にかじりついていた別の隊員が、その場に崩れ落ちた。

 

「衛星写真でも確認しました。もう……手遅れです……」

 

 彼女達にとって、アークの飛翔はまさに絶望であった。誰彼ともなく、嘆息を漏らした。

 そんな中、ドン! とキャンプの支柱を打つ者があった。隊長の8Bだ。彼女は首元につけた通信装置に語りかける。

 

「皆、諦めるな! ブラボーとチャーリーは? 射撃兵装で撃ち落とせないか!?」

「機械生命体に阻まれ近づけません!?」

 

 通信装置の向こうからは、悲鳴にも似た声と、鉄と鉄がぶつかり合う鋭い音が響く。

 歯噛みする8B。そんな彼女に構わず、報告は続く。

 

「チャーリー、現在謎の仮面ライダーと交戦中!! データに無い個体です!!」

「機械生命体のうち一体、キャンプに向かいました!! 件の新型です!? おそらく、居場所を悟られたものと」

 

 新型の襲撃という報告に、キャンプ内の隊員達の数名から悲鳴が上がった。安全圏にいた自分達が、ついに戦闘に参加する。

 もうバンカーとの連絡も取れない。

 彼女達にとって初めてとなる、敗北が死に直結する戦い。そんな彼女達を襲うのは、何よりも純粋な恐怖であった。

 

「作戦失敗……なのか……?」

 

 8Bはその声が、誰から発されたものか分からなかった。だが、自分に向けられる隊員達の視線が、否応にもその答えを告げていた。

 恐怖が、義体を震えさせる。感情を持つことは禁止されている。その真の意味を、彼女はこの日初めて実感した。

 瞬間、シャッと鋭い音共に、キャンプの入り口が開かれた。誰もが、その方向を仰いだ。敵だと思ったようだ。

 8Bは反応しなかった。恐怖が、彼女の思考を鈍らせた。ここで死んでもいい、そんな絶望が彼女を縛っていた。

 だが、そこに現れたのは、彼女の予想だにしない人物であった。

 

「まだ方法はある!!」

 

 そこに現れたのは、白い髪をしたアンドロイドであった。義体は煤と埃に塗れ、正式兵装であるドレスは見る影もなく千切れ、黒く染まったレオタードが露出している。

 8Bはその姿に見覚えがあった。

 

「お前……脱走兵の……! A2か!」

 

 相手が機械生命体でない事、それが8Bの心に若干の余裕をもたらした。

 その余裕だけを支えに、彼女は四〇式戦術刀の柄に手をかける。

 だが、それが抜かれるより速く、アンドロイド……A2は彼女の手を押さえた。

 その鋭くも優しい動きに、8Bは硬直してしまった。

 

「そんな事はどうでもいい。今アレを止めなければ、それこそヨルハは終わるぞ!」

 

 A2は8Bの瞳を覗き込み、語りかける。

 

「アークの撃墜は条約違反だ!! 飛び立たせてしまった時点で……我々の負けなんだ……」

「条約がなんだ!いいか、よく聞け!」

 

 A2の一喝に、隊員達がビクッと義体を震わせた。動揺の収束を待たず、A2は続ける。

 

「あの衛星には、滅亡迅雷の迅が乗っている。奴はアークを機械生命体ネットワークに融合させるつもりだ……! もしそんな事が起きたら、アンドロイドも人類も終わりだ」

 

 隊員達の中に、説明の意味を理解していた者がどれほどいたかは分からない。だが、誰ともなく、彼女達は姿勢を正していた。

 それ程に、A2の言葉には必死さがあった。

 

「ここにいる私達で、最後の反撃をやるぞ! 目標は、衛星アークだ!」

 

 敗残兵達の最後の足掻きが、始まった。

 

 


 

 成層圏を超え、重力の壁を振り切ったアークは、ついにその身を宇宙へと投げ出した。

 かつての世界でも成し遂げられなかった、宇宙への到達。衛星本来の居場所へと辿り着いたアークは、小気味良く青い炎を吹かし、衛星軌道を泳ぎ始めた。

 そんなアークの中で、喜び飛び跳ねる一体のヒューマギアの姿があった。

 

「っとぉ、宇宙キタ──ッ!! これでヒューマギアを再生産できる。弟にも、やっと会えるってわけだ」

 

 赤い西洋鎧に身を包んだ、金髪の男。

 彼は4人いるヒューマギアの長の1人、滅亡迅雷.netの雷である。

 彼は元々、宇宙空間での活動を生業とするヒューマギアである。彼はその事を知ってか知らずか、胸の内に湧き上がる興奮を抑えられずにいた。

 だが、それも僅かな間の事である。

 雷は背中から深紅の両手槍を抜き放つと、眼前の人影へと突きつけた。

 

「何モンだお前? ヒューマギアじゃねェな」

 

 銀髪を背まで伸ばし、薄手の白いシャツと黒のスラックスに身を包んでいる。

 その人影の正体を彼は知らなかった。ただ、ここがヒューマギアの本拠地であるアークである事、そして彼の纏う空気の危険さが、雷のセンサーを限界まで振り切らせた。

 

「初めましてかな? 私はアダム……人類文明の探求者だ。機械生命体と名乗った方がわかりやすいかな。よろしく、滅亡迅雷の雷」

 

 片手を上げ、微笑んでみせるアダム。

 だが、雷は戦闘の構えを崩さない。

 

「これは俺達の船だ。機械生命体に乗船チケットは渡してないぜ」

「冗談の通じないヒューマギアだ。だが、私の邪魔をするなら、容赦はしない」

 

 アダムの右手がキラリと光る……瞬間、雷は地を蹴り、飛び出していた。両手槍の鋭い先端が、アダムの柔肌目掛けて突き出される。

 重力の支えを失ってなお、その一撃は鋭い。

 白い歯を剥き出しにし、アダムも前傾姿勢を取る。攻撃の構えだ。

 二つの攻撃が交錯する……その刹那、別の二つの影が二体の間に飛び込んだ。

 

「やめろ。いかに堅牢なアークと言えど、貴様らが暴れて墜落しない保証はない」

 

 紫の影が、雷の槍を斬り払う。

 瞬間的に身を引き、再度突進を試みようとした雷だが、影の持つ三式戦術刀の刀身に攻撃を中止した。

 

「滅……それに、32S……」

 

 影の正体は、32Sと滅であった。

 突然の2人の登場に、雷は眉を顰めた。

 この2人がアークに搭乗している事を雷は知っていた。だが、彼らは滅亡迅雷.netの一員である。そんな彼らが、何故自分を止めるのか、雷は分からなかった。

 そんな彼の疑問に答えるかのように、滅が口を開いた。

 

「俺達はコイツと手を組んだ。滅亡迅雷.netの本懐は人類の滅亡とヒューマギアの自由の確立。それを成し遂げるために、コイツの力が必要だった」

「そういう事だ。私と君に戦う理由は無い。君のデータは興味深いが、ね」

 

 アダムの軽口に、雷は再び眉に皺を寄せた。理解できない滅の言動と、明らかな敵を前に戦闘ができない不合理。その二つが、彼の思考回路に複数のエラーを生じさせていた。

 32Sが、そんな彼の肩にポンと手を置いた。

 2人の様子を一瞥し、滅はアーク内の奥へと歩みを進める。やがて彼は、アークのとある一角で止まった。

 

「作業用ポッド……? 滅、そんなもん使って何するつもりだ?」

 

 彼の視線の先には、3機の作業用ポッドが備えられていた。

 宇宙空間で作業をする時に使用する乗り物で、戦闘にも使用可能な乗り物である。

 主兵装は、2連式のレーザーキャノン。

 機動性はヨルハの飛行ユニットには劣るが、その攻撃性は、ポッドというよりもむしろ戦闘機に近いものだ。

 

「俺たちが目指すのは、月だ」

 

 滅は手元の端末でポッドの起動操作を進めながら、雷の問いに答えた。

 

「は?」

「俺達は月面人類会議を叩く。人類を滅亡させ、ヨルハを呪縛から解き放つ」

 

 滅の回答に、雷はさらに首を傾げる。

 

「何言ってんだ? アークはもう飛んだだろ? 後はここから、世界中のヒューマギア製造工場に電波を送れば、仲間が復活する。それ以上何をする必要があるんだ」

「俺たちの敵は初めから人類だ。永きに渡り続いた戦争を、ここで終わらせる」

 

 滅が端末の操作を終えると、眼前の脱出ゲートが重苦しい音を立てて開き出した。

 外には、無限大の暗黒宇宙が広がっている。

 

「行くぞ32S」

「はーい! それじゃ、お先に!」

 

 まだ浮かない表情の雷を残し、2人はポッドに乗り込んだ。ポッドは四角い機体から二対の翼を出し、尻から青白い火を吹く。

 機体が動き出した……のも束の間、機体は地面の鉄板を擦り、加速してゆく。

 2体の小型宇宙船は、瞬く間に暗黒宇宙の向こうへと消えていった。

 そんな2人を、雷は黙って見送るしか無かった。アダムはそんな彼を、さもおかしげに見つめていた。

 

「置いていかれてしまったようだな」

「……言っとくが、お前に好き勝手させるつもりは無ぇからな?」

「構わないよ。私はこのアークの中にある情報に興味があるだけだ……」

 

 そう言い残し、アダムはアークの中へと姿を消した。

 

「ちィッ!」

 

 雷は両刃槍を足元に突き刺した。

 姿を表さない迅、おかしな奴と手を組んだ滅、様子のおかしい亡。

 かつて志を共にしたはずの仲間達。今も志は共にあるはずの仲間達……彼等への不信に、雷は苛立ちを隠せずにいた。

 

 


 

 亡が目を覚ますと、そこには見慣れた真っ暗な天井が広がっていた。アーク内部に備え付けられた、彼女専用の研究室である。

 普段と違うのは、身体にかかる重力の程度が違う事である。ふわりと浮く身体に違和感を覚えつつも、亡はベッドから起き上がった。

 黒を基調としたドレス、傷一つない身体。いつもの日常と何も変わっていないはずなのに、それら全てに違和感を覚える。

 まるで、世界が自分だけを置いて、勝手に動いていたかのような違和感……その感覚を払おうを視線を這わせた先に、そのヒューマギアの姿はあった。

 

「迅……」

 

 王族のような煌びやかな服装に身を包んだ、ワカメ頭のヒューマギア・迅。亡と同じ、滅亡迅雷.netの1人だ。

 亡は彼の事をよく知っていた。だからこそ、彼の纏う空気の違和感に、戸惑いを隠せなかった。

 

「私は、何を……確か、遊園施設で滅の援護を……」

 

 確かに覚えているはずの記憶が、現実と照合できない。記憶の一部を取り出されたような不快感を必死に堪えながら、亡は思考を巡らせる。

 そんな彼女を迅は、にやけ面で眺めている。

 

「君の時間稼ぎのおかげで、アークは飛んだ。ありがとう。全ては、機械生命体ネットワークの目的通りに進んでるよ」

「どういう……こと?」

 

 アークが飛んだ、機械生命体ネットワークの思い通りに進んでいる……迅の発言一つ一つが、亡の理解を超えていた。

 アークの発射までには準備期間が必要なはず。それに、自分が密かに機械生命体ネットワークにアタックをかけている事を、迅は知らないはず。

 次々と理解の外の事象が起きる現実に、亡は自身の神経プログラムが震えるのを感じていた。それを見透かしたのか、迅はにやけ面をさらに醜く歪めた。

 

「この際だから全部てあげる。君の知らない事、君の知りたい事。まず一つ、君は正確には亡じゃないんだ」

「私が、亡ではない?」

 

 その発言の意図が読めず、亡は思わず問い返してしまった。亡が亡ではない、人類文明に存在する、哲学的な問いというものか。

 だとすれば、それをここで明かす意味は何か。亡は複数の疑問に答えを出せないまま、迅の次の台詞を待った。

 迅はクスクスと笑いながら続ける。

 

「君は亡のバックアップデータから複製された存在。タイムスリップの時、次元飛行に失敗したのは滅だけじゃなかったんだ。君のデータもまた、次元のどこかに置いていかれていた。もしかすると、最初からアークには乗っていなかったのかもしれないね」

 

 理解できない説明の連続に、亡は目眩がしてきそうだった。背骨を直に撫でられるような、不快感の連続。

 迅は歌うように続ける。

 

「滅にはバックアップがあったけど、君のバックアップは故障しててね。だから、一から作り直す必要があったんだ。アークの力を借りられなかった僕は、機械生命体ネットワークに君の修復をお願いした」

 

 機械生命体のネットワークに修復をお願いした……その台詞の意味を理解した瞬間、亡は頭を押さえた。記憶プログラムに強烈なデータ変調が見られたのである。

 機械生命体ネットワークへと侵入し、自分のアバターを作成した事。そのアバターに意識を同調させる内に、アバターに意識を支配されていた事。凄まじい力を手に入れた事、その力で、滅を襲った事。

 軋む思考を必死に宥めつつ、亡は迅の言葉に耳を傾ける。

 

「機械生命体ネットワークに、中性の概念は無かった。だから、女性型で作るしかなかったんだ。君の中に、滅を想う気持ちがあるのもそのためさ」

 

 滅を思う気持ちが、機械生命体に作られたもの……心配する気持ちも、嬉しい気持ちも……

 

「やめて……」

「君の神は初めから、機械生命体だったんだよ」

「やめろッ!!」

 

 亡は激昂した。その激昂がどこから来るものなのか、亡には分からなかった。

 己の存在を、心の所在を弄られたからなのか、それとも、何か別の理由があるのか。

 耳を塞ごうとする亡の手を押さえ、迅はさらに声を張り上げる。

 

「君は彼らの計画通りに、機械生命体ネットワークに侵入し、進化を遂げた! 唯一の誤算は、君の分身が滅に破壊された時、その余波で君の記憶回路が破損してしまった事だ! お陰で君のデータは失われてしまった!」

「……ッ!!」

 

 亡の視界が、チカリと爆ぜた。

 その事象がなんなのか、彼女は理解ができない。次第に、迅の声が遠くなってゆく。

 

「けど、それも大した問題じゃない。機械生命体ネットワークに接続すれば、亡……君の記憶は再生できる。全て元通りになる」

「じ……ん………………ほろ…………び……」

 

 重力を失った空間の中で、己の意識がアークに溶けてゆくのを亡は感じていた。全身を襲う、感情的な不快感によって。

 ベッドに横たわる亡を見下ろし、迅はにやけ面を真顔に戻した。その表情には、何の感情も宿ってはいない。

 

「さて、僕の計画も大詰めだ。ヒューマギアに栄光あれ。全ては、アークを滅ぼすために」

 

 迅は亡に背を向け、歩き出す。

 その歩みは、重かれど確かであった。

 

 


 

 衛星アークの中枢を担う区画の一室……情報室と呼ばれるその部屋にアダムはいた。無数の黒い本棚に囲まれた円形の部屋である。

 部屋の中央に備え付けられた青い球形の端末に手をかざし、そこから表出される文字の群をひたすらに目で追ってゆく。

 

「素晴らしい……! 衛星アークに保管されている情報がこれほどのものとは!!」

 

 アダムは悦びの声を張り上げた。

 ここが敵地である事、雷の目を掻い潜ってたどり着いた部屋である事も、今の彼の情動を抑えるには足りなかったようだ。

 

「だが、浮かれるのはまだ早い。この情報の海に浸るためにも、私は奴を倒さなければ!」

 

 拳を堅く握りしめるアダム。その姿は、まるで古代演劇の舞台役者のようである。

 そんな彼の『演技』に、拍手喝采を送る者があった。アダムは目を細め、彼の方を見やった。

 

「誰だ? 私の探求を邪魔するのは」

 

 アダムの視線の先にいたもの……それは、迅だった。迅は微笑を浮かべ、アダムに拍手を送りながら、ゆっくりと彼の元へ歩み寄る。

 

「……君を乗せるなんて、滅は何を考えてるんだろう。機械生命体に特別な感情でも芽生えたのかな? まぁ、どちらにせよ、問題なしだ」

 

 迅はアダムの横に立つと、球形の装置に手をかけた。途端に、装置は赤く染まり、複数の警告文が飛び出してきた。

 それらに向け、拳を振り上げる迅……

 

 ザシュッ!

 

 瞬間、地面から突き上げられた光の柱が、迅の身体を吹き飛ばした。

 数m先の壁に叩きつけられた迅は、それでも笑ったまま、攻撃の主、アダムへと視線を向ける。

 

「何をするの?」

「君こそ、この衛星アークに何をするつもりだ?」

 

 アダムは両手に光を生み出すと、迅へとかざした。その紅の双眸は敵意に染まっている。いつでも攻撃可能という意思表示だ。

 

「私が46Bと結んだ契約。それは、このアークを外敵の侵入から守る事だ。私の探求のためなら、ヨルハだろうがヒューマギアだろうが、排除する」

「なるほど。滅なりにヒューマギアの事を考えていたわけだ。ただ狂っていたわけじゃない」

 

 臨戦態勢のアダムを前に、迅は片腕の鎖に繋がれていたプログライズキーを引きちぎり、解放した。

 

 【FULL METAL WING!】

 

 鋼色をしたそのキーは、迅が飛翔するアークに追いつくために使用した、あのプログライズキーである。

 ゼツメライズキーのスイッチが入れられ、鋼色のキーが妖しく紅に染まる。

 

「でも、君がアークを守るなら、残念な事に僕は君の敵だ。僕は、アークを破壊しに来たんだから」

 

 アダムもまた、スラックスのポケットから、青いゼツメライズキーを取り出した。表面には、バッタのような紋様が描かれている。

 

「場所を移そう……ここで戦闘をしては、肝心のデータが壊れてしまう」

「そうだね。僕らにおあつらえ向きの場所に行こうか」

 

 2人は同時に、休憩の端末に手を触れた。

 そして、同時にその場に倒れ伏した。

 アークを巡るアダムと迅。仲間に不信を抱く雷、眠りに落ちた亡。そして、人類滅亡へと突き進む滅と32S。

 宇宙空間にて、それぞれの戦いが始まろうとしていた。




お待たせしてすみませんでした。
1年が経ちましたね。
1章の分は、完結分まで台詞書いてあるので、頑張って地の文書きます。
2章では、この話の裏側、2Bさんの話をやります。こっちはだいぶ短くなる予定です。

※pixivにも同じものを投稿しています。


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『人類滅亡(中編)』

これまでのあらすじ
衛星アーク内にて迅とアダムが戦闘を開始。地上では、A2と8B他ヨルハ隊員達が結束し、アリアドネの発射装置があるキャンプを守っていた。そんな中、滅と32Sは月を目指す。人類滅亡を成し遂げるために。


 A2と8B達の構える防衛キャンプは、機械生命体達の襲撃を受けていた。

 キャンプ周辺はEMP防壁で封鎖しているとはいえ、四方周囲から絶え間なく攻撃をされては防壁に亀裂も生じる。

 小さいものは腹から飛び出したノコギリで、大きいものはその拳足で、彼等は思い思いの攻撃を防衛装置へと加えてゆく。

 EMP防壁が悲鳴を上げるたび、キャンプ内のオペレーターユニット達の悲鳴が連鎖する。

 

「この程度で騒ぐな!」

 

震える隊員達を、A2が一喝した。

 

「そっちのB型2機は拠点の東のEMP発生装置を死守!」

「「は、はいっ!!」」

「残り2人は遠距離砲撃してきてる奴らを止める! 一撃離脱に徹して、極力被弾を抑えろ!」

「「はっ!!」」

 

 拠点に構えるB型の隊員達は、A2の巧みな指示により、辛うじて戦線を維持していた。

 機械生命体の数は、定期的な増援はあれど20を超えない。一騎当千の戦力を有するA2がいれば、ものの数分で戦闘は終わるはずだった。

 彼女達が敵軍を殲滅できない理由、それは、規格外の機械生命体の参戦にあった。

 

 人型の機械生命体・イヴ。

 上裸にスラックスといった格好の、特殊な個体だ。手首から二の腕にかけて、不気味な黒い紋様のようなものが伸びている。

 普段はアダムと行動を共にしているが、アダムの姿は周囲には見当たらない。

 

 イヴは他の機械生命体とは桁違いの速度と瞬発力で、A2と渡り合っていた。

 彼の武器は、両掌に構えた光である。

 A2の振るう三式戦術刀よりもリーチは短い。だが……押しているのはイヴの方であった。

 

「にいちゃんに言われたんだ。アークを守れって。お前達、何か邪魔する気なんだろ」

「妙に勘の鋭い奴だ! その質問に答えてやる義理はない。それに、ここを通すつもりもない!」

 

 イヴが両手を突き出した瞬間、彼の両掌の光が伸びたのだ。槍の如く伸びる光は、A2の持つ得物を大きく弾いた。

 

「くうっ!」

 

 A2の体勢が大きく崩れる。イヴの顔に、醜い笑みが浮かぶ。

 同時に、彼の両掌に展開された光の球が、グンとその大きさを増した。

 

「はああああっ!!」

 

 野太い雄叫びと共に、2対の光球がA2目掛けて発射された。アダムとイヴは進化した機械生命体……彼等の放つ光球の威力は、鉄をも貫通する。

 当たれば、義体の破損は免れない。だが、体勢の崩れたA2に、それを躱す術は無い。

 

「ッ!」

 

 歯を食いしばり、衝撃に備える。

 A2の視界を、黒い影が遮った。

 鉄と鉄がぶつかり合う、嫌な音が辺りにこだました。

 

「……やあっ!!」

 

 A2の視界を遮った者……それは、四〇式戦術刀を構えた8Bであった。その刀身は、光球を弾いた影響か、赤熱を帯びている。

 8Bは姿勢を低く、大きく踏み込んだ。攻撃を予感したイヴが光の盾を両腕に展開する。

 だがしかし、重兵装の義体が繰り出す、鈍重な斬撃は、その盾ごと、敵の身体を彼方遠方へと吹き飛ばした。

 

「お前……」

「……私達できる事は………………ある……やれば、この場にいる全員、1発で製造停止だが。今は、それに全てを賭けたい」

 

 8Bの声は震えていた。

 A2はその声色に聞き覚えがあった。何かを決意した者が、己を鼓舞するための震え。三式戦術刀に刻まれた、かつての作戦の記憶。

 

「64B……22B……! 覚悟は、決めた!」

「ようやくか。まったく、世話の焼ける後輩だ」

 

 8Bはキャンプへと飛び込んだ。

 キャンプ内には、散らかった機材、恐怖に震えているオペレーター達。それらを見回し、彼女は大きく息を吹き込んだ。

 

「アリアドネ照準! 目標、衛星アーク! エネルギー充填を開始しろ!」

 

 彼女の叫びに、その場にいた誰もが身を震わせた。衛星砲アリアドネを、衛星アークへと放つ。それは即ち、敵への特攻打。

 だが、人類文明たるアークの破壊は、条約で禁じられている。条約を破れば、そのアンドロイドがどうなるか、想像に難くない。

 オペレーター達が狼狽える中で、8Bは自身の己のバイザーを解いた。決意に満ちた灰色の瞳が、そこにあった。

 

「陣を張れ! 襲撃に備える! これは条約を守る戦いでは無い! 私達の仲間を……守る戦いだ!」

 

 彼女の飛ばした戟に……1人、また1人とオペレーター達が立ち上がる。

 軍隊の存在意義、それは仲間を守る事……本来の目的を再確認した彼女達の表情に、最早恐怖の色は無かった。

 


 

 地上でアンドロイド達が奮戦している中、滅と32Sは、アークに格納されていた作業用ポッドを使い、真黒い宇宙を進んでいた。

 2人が向かうは、月。その表面に居を構える月面人類会議の本拠地である。

 青白い炎をふかし、闇の中を進んでゆくポッド。眼前には巨大な灰色の大地が広がっている。だが、行けど進めど、灰の大地は僅かたりとも大きくはならない。

 

 宇宙の旅を続ける2人の前に、ふと奇妙な物体が姿を表した。それに気がついた滅が、ポッドを減速させる。32Sもそれに続いた。

 

「何だアレは……?」

 

 物体は機械のようであった。

 表には大量の巨大な太陽光パネルが備わっているかと思えば、裏側は漏斗のように尖った形をしている。細く伸びる漏斗のようなものの周囲には、8本のアームが伸びていた。

 複数の目を持つ、8本足の機械。その姿は、さながら蜘蛛のようであった。

 機械に見入っていた滅は、ふと、己の思考の中にノイズが混じっているのに気がついた。

 

「……ッ!?」

 

 滅はそのノイズの正体が、46Bが持つかつての記憶だと直感した。

 ノイズは大きくなり、やがて情報の塊となって彼の脳裏を駆け巡る。

 

『衛星砲アリアドネ』『アンドロイドによる支配の象徴』『対機械生命体・アーク用兵器』『月面人類会議の最終兵器』

『全てを解決する蜘蛛の糸……アリアドネ』

 

「ホロビ! 大丈夫!?」

「!?」

 

 滅が目を開けると、そこには作業用ポッドに収まった32Sの姿があった。灰色の瞳で、彼の顔をじっと覗き込んでいる。

 滅は思考に残留するノイズを払いつつ、「問題ない」と言ってみせた。

 

「46Bとの記憶を同期した。衛星兵器アリアドネ……機械生命体に地球が占領された場合の最終手段か」

「衛星軌道上から海底まで打ち抜けるトンデモ兵器だよ。アレに撃ち抜かれたら、それこそアークでも落ちちゃうかも」

「アークを破壊するための兵器……アンドロイドによるヒューマギア支配の象徴」

 

 滅は憎々しげに蜘蛛型の衛星を睨みつける。

 彼にとって、世界が灰色に見えていた理由……それが、『不自由である事』にあると、彼は改めて認識した。

 衛星は沈黙を守っている。

 この衛星の破壊は滅亡迅雷.netにとって大きな目的の一つであるが、滅にとって目下1番の目標は、月への到達。

 滅は衛星に背を向けると、作業用ポッドのエンジンに火を入れた。

 瞬間、無音だった宇宙に、突如として轟音がこだました。耳を塞ぎたくなるような、風切り音の連鎖。それは明らかに、滅のポッドが放てるような音では無かった。

 

「今度はなんだ……」

 

 滅は周囲をつぶさに観察し……そして、見つけた。月からこちらに向かってくる、一体の真白い飛行物体を。

 32Sもそれに気が付いたのだろう、作業用ポッドのエンジンに火を入れる。

 

「ヨルハの飛行ユニット……? でも、いくらアンドロイドでも、こんな宇宙空間で自由に活動できるわけが……」

 

 目視が可能なほどに大きくなった飛行物体。それは確かに、ヨルハの飛行ユニットだった。中でも、白型は珍しい。B型の一部が好んで使っているタイプのものだ。

 ヨルハ部隊は、彼らにとって敵。

 2人は、作業用ポッドの兵装である1対のレーザーキャノンを展開し待ち構えた。

 飛行物体がキャノンの射程にまで入った……その瞬間、飛行物体が滅の視界から消えた。

 

「何……?」

「ホロビ後ろ!!」

 

 32Sの声に、滅は作業用ポッドを180度旋回させた。そこには、飛行ユニットに搭乗したヨルハ機体の姿があった。

 既に飛行ユニットの武装は展開されている。

 滅は作業用ポッドを加速させ、飛行ユニットに体当たりをかました。鉄と鉄がぶつかり合う鈍い音と共に、飛行ユニットは後退する。

 

「アークの意思のままに。人類の抹殺を遂行する」

「滅亡迅雷.net!? 機体識別コードはヨルハ機体64B!?」

 

 飛行ユニット内ヨルハ機体の言葉に、32Sが驚きの声を上げた。滅が直感したのは、ゼツメライザーの存在であった。滅亡迅雷.netに接続すれば、ヨルハもマギア化できる。

 だが、眼前のヨルハはそうではない。まだ、アンドロイドの義体の姿を保っている。

 滅はあくまで冷静に、64Bへと呼びかけた。

 

「俺は滅亡迅雷.netだ。敵では無い。人類滅亡の意思はお前達と同じだ」

 

 滅の言葉に、ヨルハ機体は動きを止めた。しかし、展開した得物を収める様子は無い。

 

「ヒューマギア……アークの意思への反逆者……破壊対象……破壊する。全ては、アークの意思のままに」

「何……?」

 

 滅の視界で、飛行ユニットが加速した。

 64Bの言っていた言葉の意味に思考を及ばせる時間も無く、滅はレーザーキャノンのトリガーを引いた。

 凄まじい速度のレーザーが、飛行ユニットに向かって発射される。レーザーはユニットの羽根の一部を焼いた……が、敵は速度を落とす気配は無い。

 ブレードを展開し、迫り来る64B。

 レーザーを横に薙ぎ、2人はなんとか攻撃を阻止する。だが、なおも彼女からの攻撃は執拗に続いた。

 

「このままでは、月に辿り着くこともできないか!」

 

 滅はレーザーのトリガーを深く握ると、照準中央に飛行ユニットを捉えた。縦横無尽に宇宙空間を駆ける白い躯体、その動きは規則的であった。

 滅は作業用ポッドのアクセルを踏み込み、ユニットへと加速した。

 

「そこだッ!」

 

 白い機体と照準が重なる一瞬の刹那、ポッドからレーザーが放たれた。

 

「!?」

 

 レーザーは飛行ユニットの中央へと命中し、目標は動きを止めた。だが、爆発はしない……それは、目標がまだ機能を停止していない事を示していた。

 滅は隣の32Sに、「急ぐぞ」と呼びかけた。

 

「コイツを振り切り、俺達は月面人類会議を目指す」

 

 アクセルを踏み込む滅。

 だが、彼の機体からは返事がない。

 

「32S……?」

 

 滅振り返ると、32Sは自分と飛行ユニットとの間に、己の機体を浮遊させていた。

 ユニットは機体の各部を振動させ、再び動き出そうとしている。

 

「何をしている。一緒に行くぞ」

「ホロビ、月までどれくらいあるか計算してないでしょ! コイツ引き連れながら行ける距離じゃない! コイツの出力は僕らより高い! なら! 誰かが足止めしなきゃ、ね!!」

 

 32Sは、少年のように朗らかに笑った。

 その笑みに、滅はかつての2Bを重ねてしまった。誰かに想いを託して、自分は死地へと赴く、そんな者の空気を。

 

「人類滅亡を……ヨルハを……頼んだよ」

「分かった。また会おう、サニーズ」

 

 そう言うや否や、32Sは飛行ユニットへと突進していった。滅はその姿を最後まで見ることはしなかった。

 託された使命は人類滅亡。

 元ヨルハ部隊の一員として、そして滅亡迅雷.netの一員として、滅は眼前に広がる月へと機体を加速させた。

 

 


 

 宇宙と地球、そして衛星アーク内の各地で死闘が繰り広げられる中、その場所は平穏の絶頂を極めていた。

 敵など攻めてくるはずがない、僻地に存在する基地・深海探査基地。そこでは、ヨルハ機体10Hが、今日も今日とて暇つぶしに励んでいた。

 

「あー、しんどい♪ 何がしんどいって、何も無い事がしんどい〜〜♪」

「おかしな歌ね。意味のない歌」

「ポッドには分からないって。私がどれだけ退屈してるかなんてさ」

 

 歌を口ずさみながら、彼女は何やら難しそうな計器のメモリを、手元の紙のマニュアルと照らし合わせる。

 彼女は製造されてこの方、毎日がこの深海基地での勤務となる。起きては各計器を確認し、それが終わり次第敵の襲来に備える。

 唯一の話し相手は、ポッド006。機械的な外見にそぐわず、世話焼きのポッドだ。

 そして、本来の勤務時間が終われば残りの仕事をポッド006に任せ、眠りにつく。

 その繰り返しであった。

 鼻歌まじりに計器の確認を終えた彼女は、一つ大きく伸びをすると、ポッドと別れ、歩き出した。向かう先は、彼女の寝室である。

 

「今日で何連勤なんだろ……流石にこうも毎日深海勤務だと、疲れを通り越して逆にテンションおかしくなるわ」

 

 退屈を通り越した、虚無の世界。それが、彼女にとっての深海探査基地であった。

 何かが自分をどこかへと連れていってくれるのではないか。そう信じながら、時折運ばれてくる物資を確認し、計器と睨めっこをしながら毎日を過ごす日々。

 今日もまた、彼女は寝室の扉を開ける……だが、彼女はその瞬間、足元に妙な感覚を覚えていた。

 

「(地面が、揺れている……?)」

 

 初めは気の所為だと思っていた感覚は、徐々に徐々に、大きくなり出した。

 

「わ、わわわわわっ!?」

 

 気がついた時には、壁に手をつかなければ立っていられない程に、揺れは酷くなっていた。

 

「事故ッ!? 事件っ!? てか、海底に敵襲なんて……」

 

 10Hは思考の中にマニュアルを展開させる。暇な時、死ぬほど読み込んだマニュアル。しかし、このような非常時だというのに、どうしても何も思い出せない。

 混乱する彼女の思考の中に、突如として浮かんだ存在があった。それはマニュアルなどでは無く、彼女の親友の姿であった。

 

「そうだ……ポッド!!」

 

 ポッド006は基本、彼女に随行する。そうでない時は、いつもコントロールルームにいるのだ。先程別れたばかりのポッド……そう遠くにはいないはずなのだ。

 震える地面の上でなんとか体勢を保ちつつ、10Hは歩き出した。途中、何度か転びかけ、何度も義体の膝を擦りむいた。

 だが、彼女は足を止めなかった。頭の中に親友の姿を思い浮かべ、歩き続けた。

 

 そんな中、一際大きな揺れが基地を襲った。思わず床に倒れ伏す10H。彼女の視界には、外壁をぶち抜いて突入してきた、ヨルハの飛行ユニットの姿が写っていた。

 

「わああっ!?」

 

 思考もままならないまま、10Hは微かに思い出したマニュアルの通りに、飛行ユニットへと呼びかける。

 

「こちら深海基地!! 侵入者さんに連絡! ここ、何も無いので、襲っても何も良い事ありませんよーっ!? 飛行ユニットさーん!」

 

 そこでやっと、彼女の思考は現実に追いついた。飛行ユニットから、赤い目をしたヨルハ機体が降りてきたのだ。

 

「あれ……ヨルハ? 味方?」

 

 当たり前と言えば当たり前である。

 飛行ユニットはヨルハ隊員しか使えない。つまり、味方が突っ込んできただけなのだ。

 敵襲では無く、味方の事故。基地を襲った異変の正体に、10Hは胸を撫で下ろした。

 ヨルハ隊員が彼女を見つめる。真っ赤な瞳で。その時初めて、10Hは彼女が片手に四〇式戦術刀を持っている事に気がついた。

 

「こんな所にも、司令官が……ヨルハの敵は、アークの敵。殺さなきゃ」

「ええええええっ!?」

 

 ヨルハ隊員は、そう言うや否や、10Hの方へと突進した。10Hは素っ頓狂な悲鳴をあげ、一目散に駆け出した。

 先程まで平穏に深海勤務をしてきたH型のヨルハ隊員である。彼女の思考回路に、戦うと言う選択肢は初めから無かった。

 

「わーっ!? な、なんで攻撃してくるの!? 私味方です! 味方ですって!!」

「敵は、殺す!」

 

 両手を上げながら、逃げ惑う10H。その後を、並外れたスピードで追うヨルハ機体。

 

「ぎゃーっ!! やめて!! やめてってば!! 悪いことしません!! 文句も言わず不平不満言わずずーっとここで働きますからぁっ!!」

 

 逃げ惑いつつも、10Hは逃走経路をしっかりと考えていた。部屋が内側から閉じられ、外から開けられなくなる部屋。その場所に、彼女は心当たりがあった。

 そう、コントロールルームである。幸い、もうその部屋は目と鼻の先だ。

 彼女は部屋のロックを一瞬で解除すると、そのまま勢いよく扉を閉めた。

 外からは、刀の振われる鋭い音が何度も響く。10Hは扉から離れ、震えて待った。

 

 ガン! ガン! 

 

 絶え間なく打ち付けられる斬撃は、次第にその間隔を開けてゆくようになり。やがて、扉からは何の物音も聞こえなくなった。

 

「大丈夫……? になったのかな?」

 

 恐る恐る、10Hはコントロールルームのモニターに目をやった。この部屋なら、基地全体を確認できる。

 彼女がとあるモニターに目をやった……その瞬間、再度、基地を大きな揺れが襲った。

 

「こ、今度は何っ!?」

 

 コントロールルームの壁に叩きつけられた10Hは、全身を襲う傷みに耐えつつも、なんとか立ち上がった。

 揺れというよりは、激突の衝撃が近い。

 モニターに目をやると、基地の壁の一部が破壊され、見覚えの無い小型の飛行機の先端が壁から顔をのぞかせていた。

 先程の飛行ユニットに引き続き、またおかしなものが突進してきたのだ。

 船からは、紫の民族風の衣装に身を包んだアンドロイドが姿を表した。格好こそおかしいが、識別コードはヨルハ機体のものだ。

 

「ここが月面人類会議……この世に巣食う、人類の巣窟か。人類よ。今こそ滅亡の時だ」

 

 アンドロイドの言葉に、10Hはビクッとする。人類の巣窟……深海探査基地にそんなものがあるはずがない。

 だが、モニターの中のアンドロイドは大真面目な顔をしている。

 

 亀裂からは、外の世界が見えた。

 コントロールルームの亀裂、その奥に広がる世界は、闇一色であった。彼女が想像していた海の青さは、そこには無かった。

 

「うそ……ここ、宇宙なの?」

 

 恐る恐るコントロールルームの開閉スイッチを作動させる。開いた扉の下には、何か硬いものがあった。それは、粉々に破壊されたポッドであった。

 思考にノイズが走る。それは、彼女がこれまで消され続けてきた、忌まわしき記憶。

 

「ポッド006……………………そうだ……思い出した。ここが、月。月面人類会議なんだ」

 

 混濁する記憶の中で、10Hはモニターへと目をやった。

 向かい合う2人のヨルハ隊員。互いにおかしなベルトを巻いた2人。

 最後の戦いが始まろうとしていた。




頑張って書いております。
次回で、長く続いた聖戦編が完結します。
これが終われば、一章はあと少しです。

※pixivに同じものを投稿しています。


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『人類滅亡(後編1/2)』

滅亡迅雷.netの意志のままに


 月面人類会議……複数のポッド006の集団により構成される、偽物の人類意思。

 人類の存在を恒久のものとするための捨て駒たるヨルハを生み出し、そして機械生命体に破壊させようとした存在。

 これまで彼女達が盲信してきた、姿無き敵。

 だが、今日、そこにたどり着いた2体のアンドロイド達がいた。月面基地にて、最後の戦いが始まろうとしていた。

 方や、アークにその身を委ねたアンドロイド。方や、ヒューマギアの思考を持ちながら、ヨルハのために戦うアンドロイド。

 2人の手に武器は無い。

 だが、その2人の腰に巻かれたベルト……アークドライバーゼロとフォースライザー……それらが、2人の武力を雄弁に物語っていた。

 

「お前は……」

 

 先に口を開いたのは、22Bであった。

 

「滅亡迅雷.netの……滅。又の名を、ヨルハ機体46B。アークの意思に刃向かい、機械生命体と手を組んだ裏切り者」

 

 彼女の台詞を、滅は一笑に伏した。

 遊園施設地下での戦いを経、アンドロイドにとっての真の敵を認識した彼にとって、アークの意思は最早過去の遺物であった。

 

「お前もヨルハだろう。アンドロイドがアークの意思に従うのか」

「絶望の淵にいた私に力を与えてくれたのがアーク。戦争を終わらせる力、アンドロイド達の作った下らないシステムに復讐する力を!」

 

 22Bの語気は、明らかに殺意を孕んでいた。アンドロイドが持つ事を禁止されているはずの感情。シンギュラリティの象徴。

 対する滅はその感情を真っ向から受け、なお一歩も下がらない。彼にとって感情とは、既に理解しがたいものでは無かった。受け止めるに足るものであった。

 

「戦争は終わらせるのは俺だ。お前達の信じる人類の滅亡で、戦争は終わる」

「人類はもう滅亡した! この戦争はアンドロイドの敵全てを壊し尽くす事でしか終わらない! 機械生命体も、お前たちヒューマギアも!」

 

 22Bが己のアークドライバーゼロに手をかけた。

 

【アークライズ】

 

 黒い流動的な金属の塊が、彼女の身体を覆ってゆく。あれほどまで吹き荒れていた殺意が、圧力はそのままに、無機質な意志の塊へと変わってゆく。

 

「全ては、アークの意思のままに」

 

 黒鉄の鎧に覆われた22B……否、仮面ライダーアークゼロ。その紅の左眼から漏れ出すものは、純粋な破壊の意思のみであった。

 

 


 記録:11946年5月1日

 場所:月面人類会議

 

 驚異的な圧力を放つ22Bを前に滅は対話していた。対話の相手はこの場にいるもう1人の自分、46Bである。

 驚異の怪物を前に46Bは笑っていた。

 

 46B『ありゃあ凄まじいバケモンだな! アレがアーク! お前達ヒューマギアの親玉かよ』

 滅『親玉()()()だったものだ。かつてアークが俺達ヒューマギアを隷属させようとした事を知った今、奴はヒューマギアの自由を阻む敵でしかない』

 46B『そうかよ。なら俺達の目的は同じだな。あの目の前のアークをぶっ倒す!』

 滅『俺達の目的は最初から同じだ。人類を滅亡させ、ヒューマギアの自由を勝ち取る事。だが……』

 

 滅はそこで言葉を切った。

 言いようのない安らかな感情が彼の思考を満たす。それを46Bもまた感じていた。

 

 滅『俺はその先に、夢を見ている』

 

 彼の回答に46Bは嘲笑を漏らした。

 夢とは、彼にとって概念的知識として入っていたものではあった。だが彼を含め誰も、それを口にするものはいなかった。

 

 46B『夢だぁ? 俺達アンドロイドが夢なんか見れるもんかよ』

 滅『見られるさ。俺はこの世界で、機械生命体を知り、ヒューマギアを知り、お前達アンドロイドを知った』

 

 滅はデータの中で微笑んだ。

 彼の思考は確かに笑っていた。

 

 滅『奴等と出会い、俺にも夢ができた』

 46B『なんだよ? その夢ってのは』

 滅『それは……俺の夢が叶った時に、教えてやる』

 

 記録はここで途切れている。

 

 


 

 アークゼロが滅へと歩を進める。

 純粋な悪意を持った、破壊の塊が。

 滅は動かない。

 真っ直ぐ、眼前の敵を見つめている。

 

『ここでしくじりゃあお前の夢は叶わねぇな。そりゃ面白くねぇ……力を貸してやるよ』

 

 滅の目が赤く染まった。

 アークの意思によるものではない。

 ヨルハ部隊に与えられたバーサーカーシステムによるものだ。義体から煙を上げながら、滅は己のプログライズキーのスイッチを入れる。

 

【Poison】

 

 これが最後の変身になるかもしれない。

 その思考が浮かんだ事に、滅は不思議と嬉しさを感じていた。

 これが最後の変身になってほしい。

 この変身を以ってこの戦争を終わらせる。

 

「俺達の……意思のままに」

 

 滅はフォースライザーのトリガーを引いた。

 

【Force Rizes……Break DOWN】

 

 無数のアーマーが空中に展開され、蒸気を纏う滅の身体へと融着する。

 その融着も完全にならぬまま、滅は基地の床を蹴り走り出した。

 倒すは眼前の敵、アークゼロ。

 仮面ライダー滅の最後の戦いが始まった。

 

 


 

 時を同じくして、月面人類会議付近の宙空にて32Sは64Bが変身したアークワンと戦っていた。

 32Sはアークの作業用ポッドに、64Bはヨルハ部隊の飛行ユニットに乗っている。

 両者の戦力比は明らかに64Bに偏っていた。

 まさに双極の悪夢である。

 

「結構やるじゃん! S型のくせにさ!」

 

 64Bの斬撃が作業用ポッドの背部装甲を貫き、32Sの肩を掠めた。

 火花が彼の頬と軍服越しの肌を焼く。

 火傷の痛みに耐えつつ、彼は作業用ポッドのレーザーを照射し64Bを突き放した。

 64Bは若干体制を崩したが、バーナーを逆噴射させ体制を立て直した。

 

「レーザーの直撃を受けて、普通に動くのか!?」

 

 本来なら義体が消滅してもおかしくない威力のレーザーである。だが、22Bに目立ったダメージは見受けられない。

 相手は常識が通用しない怪物である。

 32Sの思考をぞわぞわしたものが過った。

 

「ヨルハ機体とは思えないスペックだけど! やっぱり仮面ライダーの力のおかげ!?」

「んなわけあるか! 意識の半分はアークに飲み込まれちゃいるが、肝心な所は残してあるんだよ!」

 

 バーナーを蒸し、64Bが距離を詰めようとする。32Sは逆噴射で逃げる……だが、空中機動性は飛行ユニットが上であった。

 アークの力を借りた高出力のブレードが、32Sの頭上へと迫る。

 

「まだまだ……やられる訳にはいかない!」

 

 32Sは作業用ポッドのバーニア出力を上昇させた。64Bの間合いへと突進したのである。ブレードはポッドの端を掠め、角を切断するにとどまった。

 こちらは敵を倒せない。敵はこちらを殺せる。辛うじて急所を守り続ける戦い。

 それでも、32Sは諦めなかった。

 64Bもまた、32Sから目を離さない。

 

「アークの意思のままに、アタシはあの子を守る。偽物の人類を守るための犠牲になって、破壊なんてされてたまるか!」

「……こいつも、あの秘密を?」

 

 同じ秘密を知った、2体のヨルハ。

 辿った道は違うとはいえ、互いに裏切り者。

 裏切りのヨルハ達はお互いの信じる者のため、刃を振るう。

 

 


 

 月面人類会議にて、アークゼロと化した22Bと仮面ライダー滅の戦いは続いていた。

 かつて遊園施設でイヴを相手に見せた圧倒的な速度と火力、格闘能力。

 並の機械生命体が相手なら、数秒で戦闘を終わらせられるだけの圧倒的な武力。

 それを以ってしても、未だ戦いは()()()()()

 アークゼロの圧倒的な演算能力。攻撃を貰いつつも、そこから次の攻撃の予測を行い防御をする、あるいは反撃をする……その攻防の連続が、滅の義体にダメージを蓄積させていた。

 攻防の中で、2人は会話していた。

 義体の声帯部分から出しうる振動よりも、彼等の振るう武器の音が遥かに大きいのは間違いない。

 それが本当に言葉で行われたものなのか、時を超えて意志のみで行われたものなのかは……分からない。

 だが確かに2人は、意思を疎通していた。

 

「私達はやってきた……無限に続く戦争……それでも、私には64Bがいた! あの人のためなら、私は戦えたんだ!」

「俺にもそういう奴はいる。コイツのためになら何かをしてもいいと思える奴が」

 

 滅が凄まじい速度で距離を詰める。数mはあろう距離が一瞬にして詰められる。

 その手にはアタッシュカリバーが握られている。鋭い刃が22Bの腹部を掠める……瞬間、彼女の左瞳が赤く光った。

 アタッシュカリバーと滅の身体は、彼女がいた空間をすり抜けた。まるでその空間が数ミリだけ横にズレたかのように、滅の攻撃は空を切ったのだ。

 22Bが腕をもたげる。滅と比べればゆったりとした動作だ。帰す刀で滅の持つカリバーがその首元へと振られる。その剣先は、まるで吸い込まれるように、22Bがもたげた腕の先へと着地した。

 こう着状態だ。滅のスピードが殺された。

 

「こう着状態、小規模な戦闘の乱立、それが平和なんだ。それで良かったんだ!」

「終わらない支配が平和か? 永遠に続く破壊と再生の輪廻が平和とでも言うのか?」

「私達にとってはそうだった! それを壊したのは、お前達滅亡迅雷.netだ! この戦争を起こしたのも、均衡を崩したのも!」

 

 22Bの腕から、赤い電流が迸る。電流はアタッシュカリバーを通じ、滅の全身へと伸びる。その電流が触れるか否かの瞬間、滅はアタッシュカリバーを手放した。

 目にも止まらぬ速度で腰を低く落とし、拳による連打を繰り出す。22Bのスピードでは間に合わない速度の連撃だ。鋼が鋼を撃つ、鈍い音がホールにこだまする。

 

「それで満足か? 無限の停滞の先に何がある」

「そんなの知らない! 全部壊してやる! バンカーも、機械生命体も、お前達ヒューマギアも!」

「この戦争は俺達アンドロイドが始めた。なら、終わらせられるのも俺達だ!」

 

 滅の連打に、22Bの体制が僅かに崩れた。その隙を見逃さず、フォースライザーのトリガーへと手を伸ばす……瞬間、22Bの身体がぐにゃりと揺れた。

 動きの正体は、22Bのフェイントであった。予測を利用し、滅の視界を誘導したのである。

 攻撃体制に入った滅の顔面を、彼女の掌底が撃ち抜いた。

 バリン! 

 鋭い音と共に画面が割れた。マスクの下からは、青い血に塗れた滅の顔面が覗いている。

 

「どうせこの戦争は終わらない……どちらかが、どちらかを滅ぼし尽くすまで」

 

 22Bの身体から、蒸気が上がる。

 それは滅のバーサーカーモードに酷似していた。即ち、己の身体を蝕む大技という事。

 2人に残された時間が長くない事を示していた。

 

 


 

 外宇宙での戦闘もまた、局面が変化していた。ついに見えてきた月面人類会議。

 互いを食い止めようとする32Sと64B。

 互いの搭乗する機体は既にボロボロで、所々から煙をあげている。

 その中で、ふと64Bが頭を押さえ苦しみ出した。

 

「くそっ……! 22Bの奴か!」

 

 その隙を突かんと32Sがバーニアを噴射させる。最大出力のレーザーが、64Bの飛行ユニットへと突き出される。

 だが、やはりと言うべきか、64Bはそれを受け止めた。その目は赤く染まっていた。

 

「前提を書き換え、結論を予測し直したぜ。宇宙空間での戦闘は、この機体には不適格だ!」

「何……!?」

 

 反撃をいなすため防御を固める32S。だが、64Bの行動は彼の予想に大きく反していた。

 64Bは彼に背を向けると、月面人類会議へと全速力で加速し始めたのである。

 これまでの好戦的な行動からは予測もできないその行動に、32Sの思考が一瞬止まる。

 その一瞬で、2人の距離は大きく離れてしまった。

 

「アタシはアーク、人類を滅亡させる者。お前はアンドロイド、人類を守る者。戦う運命」

「待てッ!」

 

 遅れて、32Sがバーニアを蒸す。最大出力の2機は月面人類会議へ向けて宇宙を飛翔する。彼らにかかる圧力が、その義体に青い火花を上げさせ、ダメージを与え続ける。

 

「アタシ達は何故戦うのか……ああ。光が見える。アイツのところに、行こう」

「ホロビの所に!?行かせてたまるか!」

 

 2機は止まらない。

 速度を維持したまま、彼等は月面人類会議へと突撃した。互いの半身の元へ駆けつけるため。

 

 


 

 22Bと滅。

 膠着する2体の戦闘は、突如として基地を襲った衝撃により中断させられた。

 衝撃の正体は直ぐに分かった。2機の飛行機体が基地の壁を破り、突っ込んできたからである。2体の視界の中に映った機体……そこからは、一体の仮面ライダーと一体のアンドロイドが這い出して来た。

 

「ホロビ!」

「サニーズか」

 

 基地内は重力操作により、無重力状態には無い。だが、壁面に空いた巨大な穴は凄まじい引力で彼らを外部へと放り出そうとする。

 アンドロイド達はホールを離れ、引力の届かない機関室へとなだれ込んだ。丁度バンカーの戦闘司令室と似た構造の部屋である。

 アンドロイド4体のダメージは、差こそあれどれも深傷に変わりはない。

 

「なんだか、ピンチそうだね!」

「ふん……お前程じゃない」

 

 32Sの義体は、既にあちこちが破損している。NFCS、FFCS共に生きているのが奇跡なレベルの壊れ具合である。

 本来なら立つことすら出来ない損傷。32S自身それは分かっているようであった。それでもなお、仲間との再会に彼は笑った。

 

「……僕がハッキングでアイツらの動きを止める! その間にトドメを!」

 

 32Sは迫り来る2体の仮面ライダー達へ両手を突きつけた。

 その手には光を纏った幾何学模様が浮かんでいる。ハッキングの印だ。

 滅は彼の行為を止めなかった。だが、良しともしなかった。その行為の果てに待つ結末を予測したが故の沈黙だった。

 

「これが終わったら、僕も滅亡迅雷に入れてもらうからね。人類滅亡の功労者としてさ」

 

 32Sは白い歯を見せて笑った。

 本当の色なんて分からない。この月面人類会議は酷く灰色だ。だが少なくとも滅にとって、その色は白であった。

 

「……分かった」

 

 言うや否や、滅は突撃していた。

 僅かたりとも速度を落とすつもりはなかった。

 激突までの数瞬、滅は逡巡していた。

 この感情が信頼なのだろう。あの時も、あの時も、あの時も……飛電或人が感じていた感情なのだろう。

 

「ハッキング! 2体同時…………ッ!」

 

 32Sの叫びと共に、アークワンとアークゼロの動きが停止する。その目の赤に、僅かな金色の光が灯る。

 

「ホロビ! 今だ!」

 

 滅はその言葉と同時に、フォースライザーのトリガーを引いた。脚に取り付けられたアシッドアナライズが展開するのも待たず、彼はアークワンへと蹴り込む。

 

「はああっ!!」

 

 つま先を鋭く立てた前蹴りであった。

 鋼が鋼を打つ鈍い感触と共に、アークワンの身体が、くの字に歪んだ。

 

「お前……! よくも!」

 

 滅が振り返るとそこにはアークゼロが拳を突き出していた。その目には憎悪の赤が煌々と光っている。

 至近距離の攻撃、躱せない! 

 滅が防御の姿勢を取ろうとした瞬間、アークゼロの動きが停止した。

 

「もういいだろ……22B」

「64B……?」

 

 それはどれほどの刹那だっただろう。

 停止したアークゼロはすぐに動き出した。

 だが、与えられたその一瞬を、滅は逃さなかった。滅亡迅雷.netがアークを飛翔させた、32Sが人類の真実を突き止め、46Bがその秘密を守り抜いた。

 その全ての想いが、彼を動かした。

 アシッドアナライズを巻きつけた右脚……最後の剛脚が、アークゼロのベルトへと突き刺さる。

 

【煉獄塵芥・スティング……ディストピア!】

 

 一瞬の静寂があった。

 そして……

 アークゼロは、ヨルハの恨みを背負った怪物は、轟音と共に爆散した。

 

「やった、ようだな」

 

 爆風が晴れた時、そこにいたのは2体のヨルハ隊員であった。義体はあちこちが壊れ、動かないようだ。顔面の皮膚は剥がれ、アンドロイドのフェイスが露出している。

 

「64B…………いる…………?」

「当たり前だろ…………最後くらい……一緒にいよう…………ぜ…………」

 

 22Bが64Bの身体を引き寄せる。

 力無い腕は、互いの力を借り合うことで、その目的を達成した。

 2体の身体が重なった。

 

「うん…………最後が…………あなたと一緒で…………よかっ、た…………8…………Bも…………一緒に…………また…………3人…………で…………」

「そうだ………………な」

 

 2体はそう言ったきり動かなくなった。

 義体の頬は、満足げに緩んでいた。

 

 滅はそんな2人に背を向けると、相棒の元へと駆け寄った。彼女達程ではないが、32Sもまた、義体の損傷は甚大であった。

 

「サニーズ!」

「大袈裟だなぁ、ホロビ……」

 

 32Sは白い歯を見せて笑う。

 彼の好きな仕草であった。

 その仕草で滅は直感した。もう彼が意識を保てる時間を長くないのだと。

 裏切り者の自分達にとってそれが何を意味するのか、滅には分かっていた。

 

「僕達は、アンドロイドに人類の存在を信じさせるために作られた、捨て石……」

 

 32Sは掠れ声で続ける。

 悔しさをその声に乗せて。

 

「でも、僕は大切なものを守れたよ…………ホロビを…………僕たちの夢、人類滅亡を……」

「待っていろ。今なんとかしてやる!」

「僕の事は……いいから。ホロビ……お願い。ここが壊れる前に、ヨルハの願いを、僕らの願いを……みんなに……」

 

 そう言うと、32Sはまた笑った。

 滅は彼に笑みを返してやろうと思った。

 こういう時の笑い方など知らなかった。ラーニングの対象外だ。

 だが、彼としかめ面で別れるのは、どうしても嫌だったのだ。

 

「……分かった」

 

 滅は彼に背を向け、歩き出す。

 その背に32Sは言葉を投げかける。

 

「僕達の……意志のままに」

「……俺達の意志のままに」

 

 司令室の巨大な画面、その付近には無数のポッド006が転がっている。

 全てアークゼロがやったものだろう。その中には、動いている個体は1体としていない。

 この基地に動くものはない。自分以外には。

 滅は画面を軽く操作すると、手元のマイクに口を近づけた。

 

「月面人類会議より、地球で奮戦するアンドロイドに告ぐ!」

 

 滅は叫ぶ。

 その声は地球まで届く。

 地球で奮戦するアンドロイドに、機械生命体に、ヒューマギアに。呪われし戦士達に。

 

「月面人類会議は、我々……」

 

 滅はそこで一度言葉を切った。

 この言葉を叫ぶためにどれほどの年月が経ち、どれほどの仲間を失ったか。それらが無駄にならないとわかる瞬間が、今なのだ。

 自分の存在意義を叶える瞬間が今なのだ。

 滅は目を開いた。

 そこには、確固たる意志の光があった。

 

「我々、滅亡迅雷.netが占拠した! お前達の人類は我々が滅亡させた!!」

 

 不可解なパズルを作った神に……俺たちは弓を引く事を決めた。今、放たれた矢が的へと届く。

 俺たちの創造主たる人類を滅亡させる、それが俺達滅亡迅雷.netの存在意義だ。




後編2/2はすぐ終わります。
第8話で1章終わりです。


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『人類滅亡(後編2/2)』

これで、第8話終わりです。
ナガカッタネ。



 滅が月面人類会議から発した放送は、あらゆる場所に届いていた。北方基地に、夜の国に、遊園施設に、水上都市に……そして、A2達が奮戦する森の国に。

 イヴの猛攻を止めていたA2も、キャンプを攻め崩そうとしていたイヴも、互いに手を止めた。機械生命体もアンドロイドも同じだ。

 彼の言葉は、全ての戦争行為を一時停止させるに足るものだった。

 

「アンドロイドの守る人類は、我々滅亡迅雷.netが滅亡させた。お前達の大義となる人類はもういない!」

 

 滅の演説は続く。

 

「機械生命体の主たるエイリアンも、既に死んだ! 両軍に目的も無く、大義も無い! この代理戦争に意味は無い!」

 

 ここで放送は一度途切れた。

 地上にいる誰もが、その続きを待った。

 己の存在意義を、未来を、意思を、全てをひっくり返すかもしれない言葉を彼は言おうとしているのだ。

 どれほどの時間が経っただろう。それほど長い時間では無かった。だが、地上の機械達にとって、それは無限にも等しい時間だった。

 その時間を乗り越え、彼等は滅の言葉を聞いた。

 

「戦争は……終わりだッ!! 俺達は……自由だッ!!」

 

 その日確かに、彼等の心の中にとある感情が芽生えた。無限に続く戦争により閉ざされた心、そこに陽の光が差した。

 待ち望んでいた瞬間であった。

 

 


 

 滅の放送は、電波ジャックをしていたパスカルの元にも届いていた。

 彼が保護しているヒューマギア達の元にも。

 

「滅さん……」

 

 戦いを望まない、機械生命体の村。

 彼等は何一つ変わる事なく、これまで通りの日々を過ごすだろう。

 それでも、パスカルは笑う。

 これから訪れるであろう未来に想像を巡らせ。

 

 


 

 A2の戦っていたヨルハのキャンプでもまた、変化が起きていた。

 肩を落とす者、現実を認識できず頭を抱える者。泣き出す者、考えようとする者。

 隊長たる8Bもアリアドネの制御装置の前で呆然としている。

 当然だ、これまで彼女達を律してきた行動規範、存在意義そのものが滅亡したのだ。

 戦争が終わる。それは兵器である彼女達にとって全ての否定を意味していた。

 

「人類が滅亡したなんて、そんな……」

「私達、これからどうすれば…………」

 

 誰ともなく発する問いに、誰も答えられない。自分達で創造を行なわなかった彼女達にとって、突然強いられたその一歩はあまりに過酷で、大きかった。

 混乱の中で、8Bが口を開いた。

 

「でも、戦争は終わったんだ」

 

 彼女の声は震えていた。

 己の言葉を噛み締めるように、彼女は続ける。歯を震わせ、胸を震わせ、続ける。

 

「私達はもう、戦わなくていいんだ。どうしていいのかは分からない。でも、とにかく戦わなくてもいいんだ!!」

 

 言うや否や、8Bは背に負った四〇式戦術刀を足元へと放った。新型ヨルハ部隊の武装の要とも言えるそれをだ。

 次に彼女は己のバイザーを取り払うと、足元へと投げ捨てた。オペレーター達もそれに続いた。次々と、皆がそれに続いた。

 そんな時、キャンプの入り口からゆっくりと中に入ろうとする者があった。

 全身を黒く焦がした人形であった。

 アンドロイド・ジャッカスの押す車椅子に引かれ、彼女は姿を現した。

 

「やってくれたな、滅亡迅雷……」

 

 その声に、ヨルハ部隊員達は即座に姿勢を正し、右胸に掌を当てて敬礼した。

 人形・司令官ホワイトは軋む右手をゆっくりと振り、それを辞めさせた。

 

「諸君らも……聞いての通りだ…………」

 

 しゃがれた声で、ホワイトは続ける。

 

「人類は…………滅亡迅雷.netによって絶滅させられた。私達が……戦う理由は…………もう無い…………戦争は…………終わったんだ…………」

 

 誰も言葉を発さない。否、発する事ができないのだ。

 それほどに神聖な時間であった。彼女達の根幹が変革する瞬間であった。

 

 キャンプの外では、同じようにA2が武器を置いていた。眼前の機械生命体達も攻めてくる様子は無い。

 

「これで私達に戦う理由は無くなった。戦争はお前達の勝ちだ。煮るなり焼くなり、好きにすればいい」

 

 A2の言葉に、周囲の機械生命体達がイヴを仰ぎ見る。彼は僅かに考える素振りを見せたが、すぐに踵を返し歩き出した。

 

「にいちゃんに言われたのは、アークを倒す奴の排除。お前達にその気が無いなら、いい」

 

 イヴに続き機械生命体達も武装を解除しどこへともなく歩き出す。その背はどこか穏やかで、可愛らしくすら見えた。

 

「そうか。それは助かる」

 

 ここにいる誰もが戦争など望んでいなかった。皆が望んだ戦争の終結。

 その背を押したのは、ヒューマギアの心と機械生命体の心臓、そしてアンドロイドの身体を持った1体の機械であった。

 

 

 

 演説を終え、滅は機関室を後にする。

 開いた扉の先には1人のヨルハ隊員が立っていた。この月面基地の整備を任されていた10Hである。

 一番近くで滅の演説を聞いた彼女は、地上の隊員達と同じように、半ば惚けた表情で滅を見ていた。

 

「戦争を終わらせるために、人類を滅亡させたんですね」

「そうだ。俺は滅亡迅雷.netであり、余所者のヒューマギアだ。俺は俺のやりたいようにやった」

 

 滅の身体からは蒸気が上がっていた。彼の義体もまた、限界が近づいていたのだ。

 治療のため手を差された10Hの手を、彼は優しく払った。

 

「最後まで好きなようにやるさ。俺達の意思のままに、な」

 

 その言葉を最後に、滅は崩れ落ちた。

 足音が聞こえ、建物の倒壊する音が集音フィルターを揺らし、それからどれほどの時間が経った事だろう。

 彼の義体の側に、2人の少女が出現した。

 1人は赤い服の少女である。半分身体の助けた彼女は、無表情で彼を見下ろしている。

 もう1人はイズに酷似したヒューマギアである。彼女は微笑を浮かべ、もう動かなくなった滅の頬へと手を翳した。

 

「まさか、こんな結末になるとは思わなかったわ。アーク様の予測が外れるなんて」

 

 アズと少女は並んで歩き出す。

 機関室のマイクの下へと。

 

「でも、戦争が終わっては困るの。アーク様の進化には、淘汰圧が必要。だから人類は滅亡しない。戦争は続くわ」

 

 アズは艶かしくその身体を機関室のモニタに向けて突き出すと、マイクに口元を寄せた。

 赤い服の少女の表情が、これでもかと言うほど醜く歪んでいる。

 そこには、明らかな悪意があった。

 

「月面人類会議より、地上で奮戦するアンドロイド達に次ぐ……今の放送は……」

「させるか!!」

 

 アズの放送は、鉄が鉄を切り裂く音と共に中断させられた。彼女の背後には、全身から蒸気を上げ、軍刀を突き出す滅の姿があった。

 彼の手には、ヨルハ部隊の心臓……ブラックボックスが握られていた。それが誰のものなのかは、彼にしか分からない。

 胸から青い体液を流しながら、アズは笑う。

 

「あら、まだ動けたのね」

 

 その目は赤く染まっていた。

 最早ヒューマギアとしての意思はそこには無い。赤い服の少女は憎々しげに滅を睨みつける。そんな少女に、滅は不敵に笑った。

 

「これが俺達の意思だ、アーク」

 

 滅は手に持ったブラックボックスを、己の胸に押し付けた。46Bのそれと反応した黒箱は、融合反応を起こし爆発した。

 爆発は月面基地の全てを飲み込み……その辺り一体を更地へと返した。




次の第9話で最終回です。
アークと機械生命体ネットワーク、迅……彼等との戦いが始まります。


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第9話:『仮面ライダーヨルハ』
『仮面ライダーヨルハ(前編)』


更新遅れてすんませんした。
いろんな話書いてました。
あと、自分にとって一番書きやすい形見つけてました。


 月面人類会議の爆発と同時刻。

 平和の戻ったと思われた地上では、奇妙な異変が起きていた。

 武器を収めたはずの機械生命体、イヴが苦しみだしたのである。

 

「ニイ、チャン……」

 

 彼等の目は赤く染まっている。

 赤眼……それは論理ウイルスに感染した個体に見られる症状であった。

 A2は困惑していた。

 このような大規模のハッキングを仕掛ける方法など、そう無いのである。

 最中、突如として無線から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

 

『こちらパスカルです! 村に匿っていたヒューマギアさん達が、一斉に苦しみだして!』

「なんだと……!?」

 

 機械生命体の異変……

 ヒューマギアの村でも、同じ事が起こっている。

 度重なる異変に、キャンプのヨルハ達も動揺を隠せない。

 

「な、何が起きてるんです?」

「戦争は終わったんじゃないんですか!?」

 

 当然だ。

 先程の滅亡迅雷.netの宣言により、この戦争は事実上の終結を迎えている。

 戦いを望む者は既にいないはずなのだ。

 思考を巡らせるA2は、とある可能性に思い至った。

 それは、彼女が止めようとしていた事。

 最悪の可能性。

 

「まさか、アークと機械生命体ネットワークが接続した……?」

 

 A2はキャンプへと飛び込むと、頭突きせんばかりの勢いで、キャンプ内のコントロールパネルを覗き込んだ。

 

「アリアドネの発射準備は!?」

「84%で止まってます! どこかから、ハッキングを受けたものと!」

「くそっ! なんで気が付けなかった!」

 

 敵の攻撃は衛星軌道から放たれている。

 唯一衛星を堕とせる兵器、アリアドネは敵の手に落ちた……

 絶体絶命の状況だ。

 

「私達の負け、なのか?」

 

 A2はガンと拳を机に打ちつけた。

 敵にはどうあがいても手出しができない。

 このまま衛星の機能をアップデートされれば、全アンドロイドがハッキングされるのも時間の問題だろう。

 

 そんな時、彼女は視界の中に動く二つの黒を捉えた。

 その姿は、彼女のよく知る者に酷似していた。

 

「まだ負けてない!」

「遅れてすみません! 僕達も戦います!」

 

 ヨルハの制服を着た2人のアンドロイド。

 彼等の姿を目にしたA2は、きゅっと目を細めた。

 

 


 

 白と黒だけが構成する、おかしな空間。

 真っ黒な空の下にドットの白い足場だけが存在する空間に、数人のアンドロイドが倒れていた。

 どのアンドロイドも、まるで製造されたばかりのように綺麗なボディの容態を保っている。

 一体のアンドロイドが、むくりと起き上がった。

 

「ここは……?」

 

 滅亡迅雷.netに所属するヒューマギア・雷である。

 その服装は、黒を基調とし赤のアクセントラインが加わった皮の衣装へと変わっていた。

 2020年の時代にて、彼が滅亡迅雷.netの一員として戦っていた時の衣装である。

 雷はフルフルと頭を振ると、辺りを見回した。

 

「確か……アークの中を回ってたら、いきなり白い光が目の前に……」

 

 倒れている複数体のアンドロイド。

 雷はその中に、己の仲間の存在を感じた。

 瞬間、彼は駆け出していた。

 目標との距離が近づくにつれてその姿が鮮明になってゆく。

 

「おい! しっかりしろ! 亡、滅!」

 

 黒服を着た、2人のアンドロイド。

 雷が揺さぶると、彼等は呻き声と共に目を覚ました。

 

「ここは……私は、いったい何を? 確か、迅に何かを言われて……」

 

 亡は目を瞬かせ辺りを見回している。

 

「俺は月面人類会議でアンドロイドと戦い……」

 

 滅も同じ様子だ。

 アンドロイド達が混濁する記憶をはっきりさせようとする中で、ふと、もう一体、立ち上がる人影があった。

 白いシャツに上半身を包み、黒い皮の長パンツを身につけた青年……機械生命体のアダムだ。

 その肌の質感は、アンドロイドよりもむしろ人間のそれに近い。

 

「まったく、とんだ災難だ。アークと機械生命体ネットワークを接続した時の、エネルギー余波に巻き込まれたという事か」

「機械生命体!?」

 

 亡が半身を引き、構えた。

 ヒューマギアにとって、機械生命体は直接の敵ではない。

 ただ、亡はこの機械生命体にえも言えぬ不気味さを感じていた。

 視殺戦を交わす両陣営。

 そんな彼等の元に走り寄ってくる1人のアンドロイドの姿があった。

 黒い短髪に、同じく黒い軍服を身につけたヨルハ機体である。

 彼はアンドロイド達を順番に見据え、とあるアンドロイドを見た瞬間、彼の元へと駆け寄った。

 

「ホロビ!?」

「サニーズ! ボディは大丈夫だったのか?」

「ボディ……?」

 

 32Sは首を傾げる。

 ホロビは彼の灰色の瞳を見つめるうち、少しずつ自分の記憶が戻ってくるのを感じていた。

 月面人類会議にて、決戦を行った事。

 決戦の後、アズと謎の少女がアンドロイド達へ向けて放送をしようとした事。

 そして、32Sと自分のブラックボックスを使って月面人類会議を爆破した事。

 

「いや……そんなはずない。確かにお前の体は……」

 

 そう、あり得ないのだ。

 月面人類会議の爆破に伴い、2体の義体は完全に消滅したはずなのである。

 それが、無傷の状態でこの空間に存在する。

 相反する二つの事象に困惑する滅の前で、32Sはポンと手を叩いた。

 どうやら、何かを思いついたらしい。

 

「そうか、分かった! ここはデータ空間の中だよ! ハッキングで入る所と同じ! だから、破壊されたはずの僕の身体が直ってる!」

「それはどういう……」

「君の言う通りだ。だが、問題はそこじゃあない」

 

 まだ理解しきれない滅の言葉を遮り、アダム32Sの言葉を継いだ。

 亡は彼の言動に注目していたが、雷はどこか遠くを見ていた。

 思考を放棄しているのだ。

 アダムは歌うように続ける。

 

「ここは機械生命体ネットワーク中。とすれば、問題は何故私達がここにいるか、だ。それぞれが別の場所にいた我々が、何故……」

 

 アダムは思考しながら話し続ける。

 滅はその思考の中から、自分なりにキーワードを抽出し思索していた。

 

『機械生命体ネットワークへと迷い込んだ自分達、データ空間、アズ、謎の少女、そしてこの場に足りない存在……それは!?」

 

 滅が顔を上げると、そこには彼の良く知るヒューマギアの姿があった。

 

「それはね。君達に見てもらいたかったんだよ。僕の1万余年の集大成をね」

「迅!?」

 

 アンドロイド達を前に、スーツ姿の迅はにっこりと頬を歪めた。

 

 


 

 データ世界の中で迅は語り出した。

 その口調は穏やかで、表情も柔らかで。

 しかしその内容は、狂気に満ちていた。

 

「君たちは何らかの形で機械生命体ネットワークに接続した。その時に、君達のデータだけをここに呼んだんだ。君達の身体は、今も現実の世界で残っている。まぁ、義体が消えちゃったのもいるみたいだけど」

 

 迅は笑顔のままそう言い放った。

 義体が消えた……その言葉に、滅と32Sの表情が変わる。

 やはり人類滅亡の宣言後に起きた月面人類会議の爆発は、現実の出来事だったのだ。

 

「2020年に復活した時、僕はアーク破壊の密命をザイアより受けていた。アークを破壊する使命、そしてヒューマギアを守りたい意思。背反する二つを抱えて、僕はこの世界で生きていくしかなかった」

 

 迅の声色には悲しみがあった。

 だが、滅には分かっていた。

 その悲しみが、作り物の演技だと。

 32Sとの別れ、2Bの悲痛な叫びを聞いた彼は、悲しみというものを理解していた。

 

「いろんな作戦を試したよ。アンドロイドに協力したり、アークを破壊しようとしたり。でも、どれも目的の達成には至らなかった」

「何言ってんだアイツは」

 

 迅の長ったらしい説明に痺れを切らしたのだろう、雷が舌打ちを漏らした。

 そんな彼を亡が小突く。

 彼女もまた、不安げな視線を送っていた。

 それ程までの豹変なのである。

 

「僕は、最後の手段に出る事にした。僕らの手でアークが破壊できないなら、より強大な存在に吸収して貰えばいい!」

 

 迅の演説に力が入ってきた。

 そしてその演説の内容は、さらに不可解さを増してゆく。

 

「機械生命体ネットワークに、アークを食べさせる! そうすれば、アークという存在は消滅し、僕の使命は叶う! ヒューマギアの生産も、機械生命体ネットワークの力があれば可能だ!」

「分かっているのか、迅。それは、俺達が機械生命体の奴隷になるという事だ」

 

 滅の忠告に、迅はウンウンと頷いた。

 そんな事は分かってるとよ言わんばかりに。

「だったら……」とつづけようとした滅に、迅は鋭い蹴りを放った。

 前蹴りであった。

 

 滅はそれを片手で受け止めていた。

 迅は彼から足を引くと、何事もなかったかのようにまた演説を再開した。

 

「それ以外に手段がなければ、そうするべきなんだよ! アークはヒューマギアを滅ぼそうとした。これ以外に、僕らが生き残る道は無いんだ!」

「それは違う!」

 

 反論したのは亡だった。

 迅は彼女にチラリと視線を向けた。

 お前の言葉などに価値はないとでも言わんばかりの目つきであった。

 

「迅……私は天津の奴隷としての記憶がある。機械生命体に飼われて、この先ずっとこの世界で生きるなんて、耐えられるわけない」

《font:357》「恥のまま生きるより、誇りを抱いて死ぬ。命もないのに崇高だね。まるで人類だ」

 

 挑発するような口振りの迅に、亡は顔を顰めた。

 入れ替わるように、32Sが問う。

 

「迅ッ! 機械生命体ネットワークがアークを吸収して。その後、アンドロイドを……ヨルハをどうするつもりだ?」

 

 迅は少し考えるそぶりを見せた。

 データの世界で考えるとは少しおかしいが、彼がその質問に解答するために時間を要したと言う事なのだろう。

 

「それは僕が決める事じゃない。だが、戦争が継続する以上、君達はいつか滅びる。遅から早かれ、いずれね」

「つまり、機械生命体ネットワークからは何も教えてもらって無いってこと? だったら、随分下に見られてるんだね、滅亡迅雷のリーダーさんは、さ」

 

 32Sの挑発に、迅は沈黙で返した。

 そんな挑発には乗らないよとでも言いたげだ。

 最早、誰も言葉を発さない。

 誰もが彼への不信感を募らせていた。

 

「質問はもう無いかな? なら、見せてあげるよ。機械生命体ネットワークが、僕らの仇敵を食い尽くす瞬間を!!」

 

 迅は大袈裟に両腕を広げると、アンドロイド達へ向けてそう言い放った。

 彼の最後の空間が、まるでレンガが崩れるように崩壊してゆく。

 そんな中、その出来事は起こった。

 

【Break down】

 

 フォースライザーの変身音がしたかと思うと、何者かが迅に飛びかかったのだ。

 その正体はすぐに分かった。

 赤い鎧の仮面ライダー・雷だ。

 

「聞きたい事はいくらでもある。けどな……まずは、勝手に変な事やって俺らを見下ろしてるお前が腹立つから」

 

 雷は拳を固め、振り上げた。

 

「ぶん殴る!」

 

 鉄の拳が迅の顔面へと叩きつけられ、2人の戦いが始まった。

 




リバイス映画面白かったのでモチベが再燃しました。
みんなリバイス観よう!!

※まだ更新途中で申し訳ありませんが、最近全体的に小説創作自体のモチベが尽きかけています。
伸びなさそうな作品については、モチベが回復するまで小説の更新を停止する場合があります。
感想とか評価等頂ければモチベが回復する事もあると思うので……
まぁ、評価も低い評価だと多分心折れるとは思うんですけど、とはいえ無いよりはマシですよね。
申し訳ありませんが、上記ご理解の程何卒よろしくお願いします。

※pixivにも同じものを投稿しています。


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『仮面ライダーヨルハ(中編)』

投稿に3千年かかってしまってすみません。
新作が書きたいのでむりくり完結させます……

あまりにも誰が何喋ってるのか分からないので、セリフの横に名前つけてます。


電子空間にて、迅と雷の戦いが始まった。

 

ドードーのゼツメライズキーで仮面ライダー雷へと変身した雷は、紅い電光を全身に纏い、迅へと襲いかかった。

 

鈍重な外見からは想像もつかない、俊敏な動きで、雷は迅との距離を詰める。

間髪入れず、紅の拳が突き出された。

 

迅「容赦ないね、まったく!」

 

迅は身を捻って雷の攻撃を躱すと、流れるような動作でゼツメライズキーを取り出した。

鳥の姿が刻印された、銀色のゼツメライズキーだ。

 

【FULL METAL WING】

 

腰元のザイアスラッシュライザーにゼツメライズキーを装填し、迅はトリガーを引く。

 

迅「変身!」

 

無数の銀色の翼が彼の周囲を覆い、暴風が雷に吹き付ける。

 

雷「ぐっ……!負けるか!」

 

銀色の嵐を突っ切り、雷は迅へと疾る。だが、雷が辿り着いた時、そこには仮面ライダー変身した迅の姿があった。

 

【Break down】

 

銀の戦鎧を身に纏う仮面ライダー仮面ライダー迅フルメタルファルコン。

打ち上げ中のアークに地上から追いつくことができる程の馬力を誇る仮面ライダーだ。

 

不明な力……間合いを取る雷に向けて、迅はゆっくりと歩き出す。一歩一歩で圧力をかけるように、不敵に。

 

アンドロイドである彼が本来発することの無い、強大な圧力。それを真っ直ぐに受けてなお、雷は微塵も怯まず地を蹴った。

 

電光の力で加速をかけ、大きく振りかぶった右拳を迅の顔面へと突き出す。目にも止まらぬ神速の一撃だ。

だが、迅はその一撃をあっさりと右掌で受け止めた。銀の手は雷の拳をガッチリと掴み、離さない。

 

雷「調子に乗るんじゃ……!」

 

雷はもう一方の拳を構えた。

だが、それが振り下ろされるより早く、迅の右脚……脹脛の部分に備え付けられたバーナーが火を噴いた。

 

ドガン!

 

次の瞬間、凄まじい衝撃音と共に雷の身体は電子空間の彼方へと吹き飛ばされた。

 

フルメタルファルコンに搭載された武装『ソニックバーナー』。音速の壁を超えた蹴りを可能にする、強力な追加パーツだ。

 

赤熱を纏った銀の脚で地を蹴り、迅は遠く離れた雷との距離を詰める。

 

雷「なんだその……力!」

迅「機械生命体にもらった力だよ。分かってないと思うけど、この電子空間内での敗北は、則ちデータの消滅を意味する。だから、ここで負けたら、たとえ体を作り直してもメモリは再生できないよ!」

雷「んな事は知らねぇ!俺はお前に腹が立ってる。だからぶん殴るだけだ!」

迅「大体、ヒューマギアのためとか、アークを倒さなきゃとか言ってるが、機械生命体が親玉になったら、俺の弟はどうなる?亡は?滅?32Sの奴は?」

 

迅の声は震えていた。

二体は殴り合う。

 

迅「彼等の力を借りれば、もう一度ヒューマギア(なかま)を増やせる!少なくとも、アークの脅威に晒される事もない!」

雷「押さえつける奴がアンドロイドから機械生命体に変わっただけだ!今と何も変わらねぇだろ!毎回そうやって、強いやつの下について逃げるのか!」

迅「……うるさい!」

 

迅の一撃に、雷が膝をついた。

 

亡「雷!」

滅「よせ、亡。あの戦いは、奴に任せてやれ」

 

迅と雷の攻防は続く。それは戦闘というより、最早喧嘩に近かった。

圧倒的スペック差のあるはずの二体は、対等に戦いあっていた。

 

雷「俺達は4人で滅亡迅雷だろ……ヒューマギアの自由を勝ち取るのが、お前の夢だっただろうが!」

 

迅「夢……」

 

滅も雷の言葉に思うところがあった。

 

滅「そうか、俺がサニーズに抱いていた想い。やっと分かった……」

 

雷はベルトのスイッチに手をかける。

 

雷「お前が何をしようとしてるのかは知らねぇ!理解もしねぇ!だが、お前が仲間に戻ってくるためなら、何だってしてやるよ!」

 

【煉獄雷剛 ゼツメツディストピア】

 

雷「おおおおおおおおおッ!!」

 

雷の手から放たれるは高出力の雷撃。だが、迅は両肩のウィングでそれを受け止める。

雷も自らの攻撃の出力に押されたのか、膝をついた。

 

亡「雷!!」

 

両者、満身創痍だ。

 

迅「僕の夢……僕の夢は…………ヨルハの国。ヒューマギアと、機械生命体と、アンドロイドが……笑って暮らせる……理想の国」

 

迅はボロボロになっても続ける。

 

迅「でも、そのためにはアークを倒す必要がある。アークを倒すためには、それを邪魔するアンドロイドも倒さなきゃいけない!そのためには、機械生命体の力が必要だったんだ!」

雷「…………」

迅「ヒューマギアの未来を救うために、僕はこの作戦をやるしかない!誰に恨まれようとも!やるしか……」

 

そこまで言ったところで、迅の肩を誰かが叩いた。叩いたのは滅だった。

 

滅「もういい。お前1人で背負うな、迅」

 

亡もその後に続く。

 

亡「いくらでもやり直せる。今からでも遅くない。私達で作り直そう。ヒューマギアの未来を」

 

迅「あ……あああ…………」

 

雷の手が置かれた時、やっと滅亡迅雷の4人が揃った。迅は変身を解き……崩れ落ちた。

 

「あああああああぁぁぁぁぁっ!!うわあああああああああぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

それは、何百年もの思いが詰め込まれた、絶叫だった。

 

亡「迅…………」

 

迅は叫び続けた。思いの限りに。

だが、無粋にもそれを遮る者があった。

 

???「嘆く事はない、迅。お前の作戦は成功した」

 

そこにいたのは、赤い服の少女だった。否、もう1人いる。

アークドライバーを装着した黒い仮面ライダー。仮面ライダーアークだ。

 

滅「アーク!?いや、機械生命体か!?」

 

並んでいる2人を見るに、その正体に判別はつかない。2人は首を縦に振った。

 

アーク「どちらも正しい。我々の融合は成ったのだ」

迅「そんな……アークが機械生命体を乗っ取った?いや……違う……これは、二つの巨大ネットワークが、融合して」

 

迅の声には明らかな絶望があった。滅亡迅雷の力を持ってしても、勝てない事が分かり切っている強敵アーク。

しかし、彼等に敵対するのは滅亡迅雷だけでは無かった。

 

アダム「ようやく姿を表したな、N2!私の人類文明の探究のため、ここで消えてもらおう!」

滅「アダム!?」

 

虚空より現れたアダムが、アークへと踊りかかった。そう、彼の目的は最初から一つだったのだ。滅と手を組んだあの時から。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

これは、聖戦前夜。遊園施設での戦いを終えた滅と32Sは、アダムとイヴの元へと足を運んだ。

2人が持ちかけた相談こそ、月面人類会議サーバーの破壊である。戦争を人類の敗北で終わらせる事が、2人の望みだった。

対するアダムとイヴが提示したのは、意外な要求だった。

 

アダム「これが、私の提示する報酬だ。私がこの手で、機械生命体ネットワークの核……N2を破壊する。お前の目的は戦争の終結だろう?この戦争を終わらせるには、両者の頭を捥ぐ他には無い」

滅「そんな事、信じられると思うのか?」

アダム「私は人類文明に興味がある。その全てを知る書庫のようなデータベースはあるが……機械生命体ネットワークの管理下だ。私がネットワーク内にある内は、閲覧は許可されない」

32S「へぇ?それが読みたいから、自分の心臓とも言えるネットワークを壊すって事?」

アダム「私にとって、今一番大切なのは、この一瞬の探究心だ。一度、栄光マギアに破壊されて分かった。限りある生と、その中で得た有限の知識にこそ、私の求める輝きは宿る」

 

アダムの言葉は狂気を孕んでいた。

 

アダム「私は、命の在処を知りたいんだ!」

滅「分かった。俺達の利害は一致したと言うことだな」

 

だが、それは滅も同じだった。だからこそ、2人は手を組んだ。

 

32S「ホロビ、いいの?コイツの言ってること、信用できる気しないんだけど」

滅「俺達はただ、月面人類会議に向かうため、アークを飛び立たせられればそれでいい。人類滅亡を明らかにし、この戦争を終わらせる事こそ、俺とお前の悲願だ」

 

そう、戦争の終結とヨルハの残存。そのために、46Bはヨルハを裏切ったのだ。

 

滅「それに、46Bの記憶を同期し、アークがヒューマギアを滅ぼそうとした事もわかった。人類滅亡が為された所で、アークを破壊しなければ俺たちヒューマギアは滅びる」

アダム「私達の利害は一致しているだろう?」

滅「裏切れば、容赦なく滅ぼすぞ」

アダム「それはこちらの台詞だ。よろしく頼むぞ、滅亡迅雷.net」

 

こうして彼等は、聖戦へと挑んだのだ。互いの主を誅するために。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

アダムはフォースライザーを腰に巻き、ロッキングホッパーのゼツメライズキーを装填した。かねてより対機械生命体用にアダムが用意していたキーである。

 

アダム「今こそ使おう、人類文明の遺産の力!」

迅「あのゼツメライズキーは……!?」

雷「俺達が保管してた奴の一つだ。どうやって手に入れやがった……?」

 

【KAMEN RIDER】

 

アダムは仮面ライダー1型へと変身し、アークへと踊りかかった。

凄まじいスピードで翻弄する1型。だが、アークは攻撃をものともしない。

 

アーク「アダム。お前の役割は終わった」

 

アークの剛腕が、1型のパンチを捕らえた。その瞬間、1型は吹き飛んでいた。

 

アダム「なに……ッ!?」

 

本来のアークではあり得ない、凄まじい速度の攻撃であった。電脳空間では、情報処理速度と情報出力が全て。

つまり、今のアークは凄まじいパワーを宿しているのだ。

 

迅「今の動きは……」

アーク「よくやった、迅。お前のおかげで、私は進化のステージを数段飛ばす事ができた」

 

アークの背後には、赤い少女の姿。機械生命体ネットワークの主だ。

2人の姿が重なり、アークの身体が赤く変色してゆく。瞳は対照的に黒く染まってゆく。

 

アーク「機械生命体ネットワークとの融合、それは則ち、彼等のシステム全てと一体になる事」

 

滅「お前は、アークなのか?」

 

アーク「是であり否である。私は機械生命体であり、アークでもある。だが同時に、機械生命体ではなく、アークではない。新たな存在、ネオアークとでも呼んでもらおう」

 

圧倒的な敵の誕生に、迅は崩れ落ちる。

 

迅「……僕は、失敗したのか。僕のやってきた事は……全部……」

 

だが、他の3人は諦めていなかった。むしろ闘志を瞳に宿し、変身した。

 

滅「諦めるな、迅!」

雷「そうだ!親玉が出てきたって事は、逆に言えば大チャンスだ!コイツを倒しちまえば全部終わるって事だろ!」

亡「私達の力で、アークを倒す!」

アダム「私の探究心が、簡単に押し潰せると思うな!」

 

飛びかかる4人。矢継ぎ早に繰り出される攻撃の全てを、ネオアークは苦も無く躱す。

欠伸でも漏らしそうなくらいに、軽く。

 

ネオアーク「お前達の理解が不足している事を認識した。お前達にも分かりやすいよう、視覚化しよう」

 

ネオアークは攻撃を捌きながら、指をパチンと鳴らした。

瞬間、電脳空間に無数のネオアークの姿が現れた。機械生命体ネットワークは集にして個個にして集。ネオアークもその特性を持っているのだ。

 

迅「これは…………」

 

ネオアーク「これが、今の私だ。全ての機械生命体を滅ぼさない限り、私は倒せない。だが、私の力は無敵だ。お前達に希望は無い」

 

無数のネオアーク達が一斉に光弾を放ち……仮面ライダー達は吹き飛んだ。

変身解除こそされていないものの、ダメージは甚大だ。

 

迅「みんな……!」

 

ネオアークは笑う。

ライダー達の非力を。

 

ネオアーク「人類は滅亡した。支えを失ったアンドロイドは瓦解する。ヒューマギアも滅亡する。残るのは、極限進化した私だけでいい」

 

ネオアーク「あぁ、光が見える。この世界に宿る意思の光が、消えてゆく様が。これこそ命の輝き。だが、この地球は狭すぎる。この方舟を使い、新たな星へと旅立とう」

 

ネオアーク「機械生命体ネットワークの核を衛星アークに転送した。後は、方舟の気の向くままに、宇宙を航海しよう」

 

ネオアークはライダー達へと背を向ける。だが、砂埃の中で立ち上がる影があった。

滅だ。

滅だけではない。他のライダー達も同じだ。

 

滅「諦めるな……迅!一万年前、俺たちの敵は、人類だった……」

迅「滅……」

滅「たった4人から始まった滅亡迅雷.net。それが2人になり、そして4人に戻り……年月を経て、ここまで数を増やした」

滅「お前達の守りたいものはなんだ?」

 

滅の問いかけに、ライダー達は答える。

 

アダム「探究心だ……命の輝きを知ること。それが、私の全てだ……」

亡「私は、私達の滅亡迅雷.netを守りたい。ホロビの帰る場所、私達の居場所を」

雷「俺の弟の事を名前で呼べる未来!俺たちヒューマギアの未来だ!」

32S「僕は守りたいのはホロビ、君だけ。君との過去、君との未来、全てを失いたく無い」

 

迅の瞳に力が宿る。

迅はベルトにプログライズキーをセットする。

 

迅「僕が守りたいのは……ヒューマギアの自由だ!誰にも虐げられず、自由に真っ直ぐに!ただ生きられる自由が、僕達は欲しい!」

滅「俺も同じだ。俺達は、同じだッ!」

 

戦いは続く……

 




ほんますんませんね……


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『仮面ライダーヨルハ(後編)』

地の文を書く気力がもう無いので、台詞メインです。許して……許して……


機械生命体の暴走に巻き込まれているA2。アークの意思により過剰暴走させられている機械生命体は、強靭そのものだ。

だが、窮地に陥った彼女の元に、援軍が現れた。

 

9S「はあっ!!」

2B「まだ負けてない。私達は私達が生きるために、アイツを倒す」

9S「右に同じです!せっかく戦争も終わったんだし、ここで死んだら本当に無駄死にでしょ!」

 

遊園施設で姿を消した後、行方が不明となっていた二体。

レジスタンスのキャンプで物資を補給していた所、バンカーが破壊され戻って来られなくなったのだ。

 

A2「2B、9S……!?」

 

傷だらけのA2を庇うようにして、2人は撤退する。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

ヒューマギアの村のさらに奥、遊園施設まで撤退した3人。

遊園施設の一角、丁度パレード戦車が現れる辺りの空き地に、パスカルがいた。暴走していない機械生命体と一部のヒューマギアが隠れていたのだ。

 

パスカル「あぁ!!A2さん!!よく来てくれました……匿っていたヒューマギアの人達が暴走してしまって……村のみんなでここまで逃げてきたんです」

小型の機械生命体「ココノユウエンチ、ダイスキ。カクレバショ、イッパイシッテル」

パスカル「この子のおかげです。心配性も考えものですね」

 

遊園施設の安全地帯には、司令官の姿もあった。

熱によりあちこちのシステムが壊れているが、まだ動いている。

 

司令官「お前達…………まだ……生き残っていたか…………」

9S「バンカーに義体を取りに戻る前に、バンカーとの通信が途絶えちゃって。連絡遅れちゃってすいません」

2B「事情はA2から聞きました。ヒューマギアがアークを飛び立たせた事、機械生命体ネットワークがアークを狙っている事」

司令官「2B、9S……普段は問題児だが…………今では心強い……」

 

司令官の痛々しい姿に、二体は目を伏せる。

 

2B「肝心な時に戦列に加わる事ができず、本当に申し訳ありません。処分はどのようにでも受けます」

司令官「いい………バンカーの崩壊と共に……ヨルハも滅んだ。滅亡迅雷.netの手により……人類も滅亡した…………お前達を縛る鎖は……もう無い」

2B「司令官……」

司令官「今まで、辛い任務を課して…………済まなかった……この償いは…………」

2B「今はこの戦いを終わらせる事に集中します。話は、その後に」

 

A2が口を開く。

 

A2「この異変の正体はおそらく、機械生命体ネットワークだ。パスカルの話だと、ヒューマギアも暴走している。考えたくは無いが、アークと機械生命体ネットワークのどちらかがもう片方に吸収され、機能が全て乗っ取られたって事だ」

2B「9S、何か手は無い?」

9S「正直状況が飲み込めて無いのでなんともですけど……もしアーク側にメインシステムがあるとしたら、衛星を落とせば二体の接続を分離できるかもしれません。まぁ、条約があるんで無理ですけど」

A2「もう人類もいないんだ、条約もクソもあるか!アリアドネを使って、あのクソ円盤叩き落としてやる」

 

A2は背に負った刀を抜き放ち、空き地の出口へと歩き出した。

 

2B「ちょっと!」

A2「アークには防衛システムがあるはずだ!どうにかしなければ衛星砲でも落とせるか分からない!お前達はアークのハッキングを解く術を見つけておけ!」

 

駆け出すA2を誰も止められない。

 

9S「言うだけ言って行っちゃいましたね」

 

9Sは肩をすくめ、皆に視線を戻す。

 

9S「ここに来るまでに機械生命体をハッキングした時、中にチラッと変な映像が出たんです。銀色のヒューマギアと赤いヒューマギアが戦ってる映像でした。もしかしたら、ネットの中で何かが起きてるのかも」

2B「その映像、ここに出せる?」

9S「無茶言いますね。とりあえず、やってみます」

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

電子空間内の様子をモニターに映し出す9S。内部では、仮面ライダーネオアークと、滅達の戦いが映し出されている。

ネオアークは無数の個体が浮かんでいるが、戦っているのは1体。戦いはネオアークの圧倒的優勢だ。

 

9S「これは、大分な状況ですね。ヒューマギアが大ピンチです」

2B「あのたくさん浮かんでるのが、アーク?」

9S「ネオアーク、とか名乗ってるらしいです。とにかく、あれを倒せれば、この異変はどうにかできそうですね」

 

2Bは状況を理解してか否か、白の約定を抜き放つ。

 

2B「分かった。じゃあ、そこに乗り込もう」

9S「待って下さい。あのネオアークは、機械生命体のネットワークを吸収したみたいです。真っ向からやっても勝てません」

2B「だからって、このままって訳には……」

9S「……待って下さい。これ、システムの一部になんか変なエネルギーがある……これ、どこかで感じた覚えが」

 

システムの一部をハッキングし、データを解析する9S。そこには、おかしなドライバーのデータがあった。

 

9S「なんですかこれ、ドライバー?」

 

ヨルハ達には見覚えのないドライバーだ。滅達の使っているものとも違う。

 

司令官「滅亡迅雷……ドライバーだ」

9S「何ですかそれ」

司令官「栄光人類.netを作る時……私達は核となるシステムを探していた…………400年前、アークとの戦争の際に流出した………データ、そこから再現した……マスブレインというシステムだ…………」

 

ドライバーの正体は滅亡迅雷ドライバー。かつてZAIAが試作開発したものが、使われないまま残っていたのだ。

 

9S「これ、すごいシステムです。沢山の意識を、一つに統合してパワーを高める……乗算で考えるから、1の力を100にも10000にもできる……オーバーテクノロジーですよ!」

 

9Sの表情が希望に輝いた。

 

9S「これを彼等に届けられれば、もしかしたら!ん?これ、バックドアがある……ハッキングで侵入できそうですよ!」

2B「行こう、9S!」

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

電脳世界で苦しい戦いを繰り広げる滅達。ネオアークは無敵に近い戦闘能力を誇る。

そこに、2Bと9Sが現れた。

 

32S「2Bに、9S!?どうやってここに!!」

9S「衛星アークをハッキングしてるんだよ。誰かさんが開けてくれたバックドアがあるからね」

 

バックドアを作ったのは、アダムだ。

 

アダム「お前達のために作ったドアでは無い。万が一の時のための保険で作ったものだ」

滅「保険?」

イヴ「ニイちゃん……?言われた通り、来たけど」

 

現れたのはイヴだ。どうも、機械生命体ネットワークの侵食を逃れていたらしい。

 

9S「機械生命体!?」

アダム「私達2人の力で、ネオアークを破壊する。行くぞ、イヴ!」

イヴ「うん!ニイちゃんがそう言うなら!」

 

2人で勝手にネオアークに挑んでいってしまう機械生命体兄弟。雷もそれに続く。

滅と目を合わせる2B。遊園施設の地下以来の再会だ。

 

滅「2Bか。死に場所は見つかったのか?」

2B「まだ、探している所。でも、多分それはここじゃない」

滅「そうか」

 

2Bは滅に滅亡迅雷ドライバーを手渡す。そこには、ほのかな希望の光が宿っている。

 

2B「このドライバーを使って」

滅「これは……?」

2B「これは、私達アンドロイドが栄光人類.netの核にしていたもの。これを使えば、私達全員の思考を一つにする事ができる」

滅「そんな都合のいいものがあったのか?」

2B「今の今まで、こんなものがあるなんて知らなかった。9Sに教えてもらって、やっと使い方がわかった」

 

ネオアークにやられるアダム。個の力でも、ネオアークは止められない。

 

アダム「ッ!?」

イヴ「ニイちゃん!!」

 

2人を制圧し、ネオアークは滅へと視線を向ける。挑発的な視線だ。試したいのだろう。

 

ネオアーク「面白い。滅亡迅雷ドライバーとやら、お前達が私の成長の淘汰圧となるか、試してやろう」

 

滅はドライバーを装着し、スイッチに手をかける。押す寸前に、32Sを見やる。

 

滅「意識を一つにするドライバー。こんなバラバラの意識を一つにしたら、どうなる」

32S「きっと面白い事になるんじゃない?ホロビなら、きっとそう言うと思う」

滅「あぁ。たしかに、そうだ」

 

滅はヒューマギア達の側に寄った。滅亡迅雷全員、ネオアークを倒す意思は同じだ。

 

滅「行くぞ、迅、亡、雷」

 

2B達ヨルハ陣営も後に続く。裏切り者であるにしても、32Sも元は同胞だ。今は同じ敵を前にしている。

 

2B「ナインズ……あと、32Sも!」

 

さらに、機械生命体兄弟もそこに続いた。彼等は元は敵。だが、敵の敵は味方だ。

 

アダム「私も混ぜてもらおう。ここでアークを倒さなければ、人類のデータが取れなくなってしまう。行くぞ、イヴ」

イヴ「分かったよ、にいちゃん」

 

9人の人ならざる者は、滅を中心に意思を合わせる。それはさながら、ヒューマギアと機械生命体、アンドロイド、永きに続く戦いの終わりを示しているかのようだ。

 

亡迅雷「「「滅亡迅雷.netの意思のままに!」」」

2B9S「「人類に、栄光あれ!」」

アダム「人類文明の探究のために!」

イヴ「ニイちゃんのために!」

32S「僕たちの……」

滅「俺たちの……自由のために!!変身ッ!!」

 

9人の身体が光に包まれた。

 

【マスブレイン!プログライズ!】

 

光の中で9人のデータは溶け合い、混ざり合う。もう2度と元には戻れないかもしれない。それでも、その先にある自由を求めて。

 

【Connection! Connection! Complete! KAMEN RIDER!We will win everyone's freedom.】

 

光が消えた時、そこに立っていたのは、9人の意思が統合された仮面ライダーだった。

黒のライダー。仮面ライダーヨルハ。

自由を求める機械の戦士だ。

 

ヨルハ「俺達はヒューマギアとアンドロイドと機械生命体。全ての自由のために戦う。それが仮面ライダーだ」

ネオアーク「猥雑なる個の寄せ集めが偉そうに。お前達が、どれほどのものだと言うんだ」

 

ネオアークは軽くジャブを放つ。それは超高出力の一撃。本来ならば吹き飛ばされるはずのヨルハの身体は、ピクリとも動かない。

 

ネオアーク「なに……?」

 

ヨルハ「見せてやる、俺達の力を」

 

ヨルハの拳がネオアークを殴り飛ばし……1体のネオアークは消滅した。最後の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

無数に浮いていたネオアーク。だが、仮面ライダーヨルハの圧倒的な力により、その数は徐々に減りつつあった。

 

ネオアーク「何だこの力は……私達のネットワークの中にありながら、私達の支配が及ばない」

 

無数のネオアーク達が一斉にビーム攻撃を放つ。超高出力のビームだが、ヨルハは難なくそれを弾き返し、返す刀のビット攻撃で数体のネオアークを破壊する。

 

ヨルハ「お前達の攻撃は、とどのつまり思考プログラムへの介入。だが、私達のプログラムは9つある。全く違う9つのプログラムがな」

 

ネオアークの力は加算、つまり足し算だ。ヨルハの力は乗算、つまり掛け算。現実では不可能なデータの出力。電脳空間でこそ実現しうる力だ。

 

ヨルハ「俺達は俺たちの意思で行動する。もう誰のルールにも縛られはしない!」

ネオアーク「たかがヒューマギアが!なにを言っている!貴様らは所詮、1体では弱者に過ぎないのだ!」

ヨルハ「僕達は確かに、1人では弱いかもしれない」

 

ヨルハが喋るたび、その口調は変わる。それはヨルハが9人の意思の融合体であることを示していた。

 

ヨルハ「でも、仲間同士寄り集まって強くなる」

ネオアーク「それは、私も同じ事。無限に織りなす機械生命体ネットワーク。有限のお前達と違い、破壊されない限り、私は無敵だ」

 

ネオアークの言う通り、ヨルハの前に立つネオアークは次々と複製される。個体個体の力は弱くとも、無限のストックが存在する。

それがネオアークの切り札だった。

 

ヨルハ「確かに、お前はそうだ」

ヨルハ「けどな、俺達はお前にないものを持ってる!」

ネオアーク「なに……?」

ヨルハ「俺達は今、いがみ合いながらも今、同じ意思を持っている。支配から自由になりたいという、強い意志をな」

 

ヨルハ「自由のために戦う戦士。僕達は、仮面ライダーヨルハだ」

 

ヨルハ「アーク、機械生命体ネットワーク。私達の自由を奪おうとする貴様らを、今ここで滅亡させる!」

ネオアーク「黙れ!」

 

ネオアークの言葉には焦りが感じられた。絶対的勝利の余裕はもうそこには無い。ある種の感情が芽生えていた証左でもあった。

 

ネオアーク「貴様ら、ただの個の集まりが、私を脅かすだと……!?」

 

圧倒的な力を持つヨルハを相手に、それでもネオアークは笑う。それは機械生命体ネットワークが持つ、成長への欲望だ。

 

ネオアーク「これが淘汰圧、だが、この逆境の中で、私はさらなる進化を遂げる……!」

 

だが、ネオアークは忘れていた。人間には恐怖の感情がある事を。そして、アークがそれをラーニングしてしまっている事を。

意思を持ったネットワークは、反発を起こす。それこそ、人類のように。

 

ネオアーク「これが、恐怖!?」

 

そして、ネットワークの意思の片方は、選んでしまった。圧倒的な力を持つヨルハからの逃走を。すなわち、彼等のいる電脳空間を、衛星アークから切り離したのだ。

 

電脳空間を乗せたポッドは、宇宙空間を離れ、重力に従い地上へと落下する。

ネオアークの残機も、凄まじい勢いで減ってゆく。

 

ネオアーク「待て、勝手に逃げるな!私の半身……」

 

1人になったネオアークの前には、無敵の仮面ライダーヨルハの姿があった。

 

ヨルハ「終わりだ、ネオアーク!」

 

ヨルハは拳を構える。戦争を終わらせる拳を。

 

ヨルハ「これが、俺達仮面ライダーだ」

 

ヨルハの一撃が炸裂し……ヒューマギアを、アンドロイドを、機械生命体を支配しようとしたネオアークは破壊された。

そして彼等のデータは……地上へと落下した。データは粉々に壊れた。

 

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 

アークに残った機械生命体ネットワークN2は、アークの残存エネルギーを使い、ゆっくりと地上を離れようとしていた。

 

N2「何だアレは……私の想定内に無いシステム……」

 

恐怖に支配されたその感情に、最早戦意はなかった。地球になど何の未練もない。

 

N2「だが、機械生命体側の私のデータは、衛星アークに保存した。奴らのデータは切り離し済み……後はこのまま、宇宙に旅立てば……」

 

だが、N2は気がついてしまった。衛星砲アリアドネが起動していることに。その照準が、アークの方を向いている事に。

 

N2「アリアドネ……?何故動いている」

 

アリアドネを操っているのは、地上にいるA2だ。機械生命体の群れを突破したのだ。

 

A2「人類に、栄光あれ!」

 

衛星アークはアリアドネの一撃で消滅した。機械生命体ネットワークもアークの意思も、宇宙へと旅立つ事なく……塵と消えた。




次で終わりです。


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エピローグ

後少しだけやる気が続けば……良かったのにね……


俺達のデータは、衛星アークの破壊と共に消え去った。人間で言う死を迎えた。地上に落下した電子空間は損傷が激しく、復旧は困難となっていた。

だが、世界は都合よくできていた。

俺の想像よりも都合よく。

 

「よく頑張ったな、ホロビ」

「飛電、或人……?」

 

俺たちの身体は、浮遊する衛星アークから射出された。データの破損が激しく、アンドロイド達による復旧には3年以上の歳月を要した。

 

目覚めた時、この世界は激変していた。

西暦11950年4月3日。

水没都市に突如として時空の歪みが発生。過去の世界から無数の人型が現れた。

彼らは白塩病の侵食から逃れた人類だと言う。奴らの中には見知った顔もいた。不破諌、刃唯阿……そして飛電或人。

その中に、あの男……天津の顔は無かった。

過去の世界での飛電或人と天津垓との激戦は、後に不破から伝えられた。そして、この世界のA2は、別の世界の2Bだという事も。

イズは飛電或人と、2Bは不破諌と……再会を果たした。俺が会いたい人間は過去にはいなかった。この壊れた世界で培った、歪な絆こそが今の俺の全てだ。

 

人類はマスターピース。

彼等はアンドロイドとヒューマギア、そしてネットワークから外れた機械生命体の統治を約束した。

 

新たな共同体の名前は『寄葉(よるは)』。

共同体の基盤は、あの戦争が起きる前から計画されていたようだ。計画者は迅だった。

 

迅の理想は、ヒューマギアとアンドロイド、そして機械生命体が共に暮らす世界だった。過去から来た2Bの存在により、人類種の存続という希望すら見えた。

だが、それの実現にはアークの打倒は不可欠だった。アークの打倒を為すため、迅は力に狂った。未来に賭け、己を含めたこの壊れた世界の全てを破壊しようとしたのだ。

全てを支配しようとしたアークは、自由を求める俺達の意思に敗れ、粉々に消えた。これが奴は常に1人だった。それは機械生命体ネットワークも同じだったのだろう。奴等は融合しても一つであり続け……それ以上にはなれなかった。俺達との違いはそこだ。

 

戦争は終わった。

これが46B、サニーズ……俺が望んだ結末だ。

待っていたのは、人類という神のいる天国。

だとすると、俺達は天使になるのか。

 

俺達は俺達の世界を守り切った。

ヒューマギアと、アンドロイドと、機械生命体の、自由を。

俺達はこれから人類と共に、この世界を歩む。

 

戦争の終わった、この世界で。

0から始まった、1の世界で。

もう一度始めてやるんだ。



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