サーヴァント・サマー・フェスティバル推量 -マテリアルに記録されていない、芸術に彩られた夏の話をしよう- (影斗朔)
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乗り物酔いのお話

メインシナリオ『いざ、天国のような島へ』にて、
主人公がサーヴァントたちと飛行機で移動している際の小話になります。


 大窓から外を眺めても100m先すら見通せないほどにいつも吹雪いている雪山の上のカルデア本部から、俺たちはヘリ、飛行機と乗り継いで常夏の楽園へと向かっている。

 これがバカンスなら最高だったけど、残念ながらそうではなく。突如として現れた来訪者(フォーリナー)の正体とその目的を突き止める任務として、ハワイ諸島へと飛んでいた。

 

 とはいえ、せっかくのハワイだ。未知の行楽地に浮かれないわけもなく、同行してくれているサーヴァントたち……マシュにオルタ、牛若、ロビン、そして茨木とみんなしてどこか浮き足立ってしまうのも仕方ない。

 今回はダヴィンチちゃんの手回しのおかげで、サーヴァントのみんなも霊体化することなく飛行機に搭乗できているから、その喜びもひとしおではないと思う。

 かく言う俺もなんだかんだで気分が高揚している。というのも、

 

「ほんと、移動方法がヘリと飛行機で本当によかったよ」

 

 船舶での移動ではなく、飛行機やヘリといった空中での移動だから。

 たとえそれがたとえエコノミークラスの硬い椅子だとしても、空の旅というだけでとても快適に感じる。

 そもそも飛行機に乗ったとしてもエコノミークラスしか使わなかったし、なんだかんだで落ち着くんだよね。

 目隠しの魔術がなかったらよりよかったけど、情報秘匿の都合上それはまあ仕方ない。

 

「先輩、先輩」

 

 なんて、わりと大きい声で独り言を口にしてしまっていたらしい。

 左肩に小さな手がとんと触れた。

 

「マシュ? どうかした?」

 

 目隠しされてからここまでエスコートしてくれて、今は俺の左側に座っているマシュがわりと深妙な声色で声をかけてくる。

 何か異常があったのだろうか。もしかして来訪者(フォーリナー)の反応を感知したとか……。

 

「いえ、先輩の独り言がちょっとだけ気になりまして」

「あ、そっちか。急にごめんね」

「いいえ、ふっと独り言が口から出ることなんてたまにはありますから。けれど話された内容が内容だったので……。つかぬことをお聞きしますが、先輩はもしかして」

「ご明察。実は俺って船酔いする人なんだよ。だからオケアノスはだいぶ辛かったよね……」

 

 きっかけは確か幼い頃に沖合まで流された経験からだったかな。それからはまるっきりプール派になってしまって、足がつかないくらいの深さになったらもう恐怖で体がすくんでしまう。

 ……うん、オケアノスの船上は今でも思い出すたびに吐きそうになってくる。

 わりと穏やかな波でも長時間は厳しいんだけど、嵐の中で海賊たちともみくちゃになりながら特異点修復したのは正直言って奇跡だと思う。

 だって甲板上の出来事のほとんどを覚えてないもんね。

 

「本当ですか? 私がマテリアルを確認した限り、主ど……藤丸さんがそのような素振りは見せなかったように思えましたが……」

「う、牛若、近い近い」

 

 右側に座っていた牛若が発言の審議を問いただそうと詰め寄ってくる。

 目隠しされてるせいで触覚が敏感になってるからあまり近寄らないでね? これでも健全な男子だから、失礼だとは思うけどちょっとは反応しちゃうんだよ?

 それといい加減に名前で呼ぶことに慣れてくれたら助かるなあ。このままじゃ両手に花という状況に加えて、そのうち片方に特殊なプレイをさせているヤバいヤツに見られかねないからさ……。

 

「はい。私がバイタルチェックをしている際も特に異常らしきものは感じられなかったので、てっきり大丈夫なのかと……」

「か、空元気ってやつだよ。戦闘に巻き込まれちゃったらそれどころじゃなくなるしね」

「なるほど、普段より眼光が3割増しに見えていたのはそのせいでしたか」

 

 それは黒髭に対する冷たい視線も入っていたと思う……。

 まあ死んだ目をしてたのは間違いなく四面楚歌の環境だったせいだけど。

 

「せっかくのハワイなのに普段とあまり変わりないとは思ったのですが、まさか藤丸さんにそんな事情があったとは。私としたことが不覚でした」

「あまり気にしなくていいよ。今回以外にもまた海に行く機会があるかもしれないし、いつまでも泳げないってわけにもいかないからさ」

 

 それに、みんなが戦っている最中に指示を出せないなんてマスター失格だし、加えて人理の危機を前に海の底知れなさに怯えている余裕なんてない。

 オケアノスからカルデアに戻ってからは三日間ほどダウンしてしまったけど、それからは毎日シミュレーターをオケアノスの海賊船上に設定した上でこっそりとトレーニングに励んだしね。

 

 厳しい特訓の甲斐あって、今では帆船の揺れには多少慣れた気がする。

 ただ、依然として海の恐怖が抜けなかったせいでやっぱり現実の船に乗るのはどうしても気が引けてしまっていた。

 だから、みんなには言えてないけれど、決めていたことがある。

 今回のハワイ観光……もとい調査で海嫌いを克服すると!

 

「ただまあ、こういう点はサーヴァントのみんなが羨ましいよ。だって乗り物酔いするサーヴァントなんて聞いたことないからさ」

「確かに、サーヴァントの皆さんが乗り物酔いするとは聞きませんね。むしろ騎乗スキルも相まって乗り物類には強いイメージがあります」

「私もクラス上、馬や舟に乗るのは得意ですし、サーヴァントならば死因がトラウマものの溺死でない限り不調に襲われることはないのでは? まあ、乗るのが得意と言っても舟の操縦はできませんが」

「まあ、そうだよね」

 

 全盛期の姿かつある程度の環境適応能力を併せ持ったサーヴァントたちが、乗り物酔いなんて体調不良に罹るなんてまずないだろうし。

 こればっかりは羨むのも筋違いといったものだろう。

 

「ちなみにですが、飛行機は問題ないのですよね?」

「まあね。高いところは苦手だったけど、事あるごとにパラシュートなしスカイダイビングされてたから、もう慣れちゃったよ」

「上手くいった試しより失敗した試しの方が多かったおかげというべきでしょうか。もちろん成功するに越したことはないのですが、最終的には妨害される前提から空に投げ出されると予測していたふしもありますね……」

 

 かといって訴えられるような相手もいなかったから、覚悟の準備をこちらがしなきゃいけないばかりだったもん。嫌でも慣れちゃうよ。

 まあ、俺の船酔いは海嫌いから来るものだから、場合によってはまた変わってくるんだろうけど。

 

「マシュは大丈夫? 空を飛ぶことはあっても飛行機は初めてだよね。気持ち悪くなったりしてない?」

「はい。この通り全然元気です。……ですが、さっきからロビンさんの顔がだんだんとお疲れ気味になっていまして……、もしかして飛行機酔いしてしまったのでしょうか」

「それはどちらかといえば隣で騒いでいる茨木のせいかと」 

「まあ、あれだけお守りに徹してたらそうなるよね……」

 

 機内食のアイスを食べ尽くした後、そのまま満腹感で寝てくれたらああはならなかったと思う。

 じっと座ってばかりいるのは飽きた! と席を立ちたがっているくらいならまだ良かったけど、さっきからは壁に穴を開けてでも上に登りたがっているみたいだし、大海原のど真ん中でそんなことをされちゃたまったもんじゃない。

 いやまあ、下が地上だとしても洒落にはならないけど。

 

「しかし、先輩はそのような理由から平静でいたのですね。てっきり「ハワイ観光なんて、もう飽きるほど行って満喫しきっちまったぜ」とばかりに考えているのかと思っていました」

「学生の立場上、観光なんてそう簡単に行けるようなものじゃないよ?」

 

 金銭面もそうだけど、親の了承が取れないとか部活動で休みが潰れたりとかで、結果行けても近場くらいなんだよね。

 というか、俺はそんな喋り方しないからね? 凄くなりきったような感じの声色で話してくれたけどさ、片時もそんなウザキャラだった覚えはないよ?

 

「そういえば、藤丸さんはその昔学生という身の上でしたね。なんでも学問を学びながらも学友たちと勉強会という名目で遊びに出かけるのだとか」

「あー、やってたやってた」

「空港の手続きも慣れていらっしゃいましたし、旅行の経験がおありなのも当然のことでしたね。中でも数年に一度行われる修学旅行というものは男女共に好かれるイベントだとのことなので、主殿もさぞかし楽しんだものかと!」

「牛若。口調、口調」

「はっ! し、失礼しました。それで、修学旅行は如何でしたか?」

「ま、まあまあ楽しめたかなー」

 

 なんて、ね。ごめん牛若、正直なところ旅行にはあまりいい思い出がないんだ……。

 特に修学旅行なんて、足を骨折していたせいでスキーは滑れなかったり、大人から子供まで人気の遊園地では友人たちとはぐれて一人で回ってたりしたし、その夜には高熱を出して旅行が終わるまで寝込んでいたという悲惨な状態だし。

 ……うん、思い出しても気が沈んじゃうだけだからこの話は止めようか!

 

 なにせ今回はあくまで任務。旅行じゃなくて任務だからね!

 旅行だって思ってしまったら多分碌な目に合わないし、普段通りにしていればトラブルだってやって来ないはず……!

 

「牛若、今回はフォーリナーの正体を突き止めて、問題のある存在か見極めるための任務だから。決して旅行じゃないって肝に命じておくように。いいね?」

「も、もちろんわかっておりますとも。ですがあまり根を詰めすぎるのもよくないと思います」

「はい。いつになっても先輩は息抜きが苦手なようですが、今回は任務の合間にしっかりと休んでもらいますからね!」

「わ、わかったよ……」

 

 まあ、せっかくのハワイだし、少しばかりはバカンスを楽しむのも悪くはないのかもしれない。

 海が苦手だって言いながらも、なんだかんだサーフィンを一回はやってみたかったしね。

 

「あくまで任務優先だけど、やることやって休むときには休む。これでいいんだよね」

「はい。今の段階で気を引き締めるのは先輩らしいと思いますが、まだまだ空の旅は長いです。焦らず気を落ち着かせましょう。……私としてはこの機会に先輩の昔話などお聞きしたいと思うのですがっ!」

「んー、前にも言ったけど、あまり面白い話はできないと思うよ?」

「いえいえ、それがいいんですよ、ある……藤丸さん。普遍的な日常を話題にするのは些か難しいものかもしれませんが、私たちからしてみるとそれこそが珍しく聞き応えのあるお話になるのですから」

「そっか、そうだよね」

 

 牛若の言う通り、自分にとっては何気ない毎日だとしても、二人からしてみると知らないことばかりで興味が湧くのも不思議じゃない。

 おまけに学生生活なんて二人には経験のないことだもんなあ。

 

「それならちょっとずつ思い出しながら話してみるよ。ええと、そうだなあ……」

 

 これから南国の島国に向かうというのにちょっとだけ場違いな日常のお話を二人に聞かせていく。

 けど、こんな日常を守るために俺たちは戦っていたんだと思い返すには凄くいい時間になったんじゃないかなと思う。

 

 

 ……ただまあ結局のところ、真夏のハワイに来てまでホテルの室内に篭って同人誌作りに勤しむなんてことになっちゃうんだけどね。




あとがきキャラクター紹介。
・藤丸
1.5部攻略後の主人公でありながら、2部5節までのサーヴァントとすでに縁があるマスター。
性格は至って真面目なのだが一癖も二癖もあるサーヴァントたちに振り回されるあまりツッコミが自然と上達している。
とにかく旅先では不運に見舞われやすいので、出発時点ではわりとすれた気持ちでいる。
・マシュ
心優しい後輩……なのだが時折天然ボケや暴走気味になったりする。ただし基本的には受け身の姿勢。
最近、藤丸が他のサーヴァントの方と仲良くしているのを見てしまうと、ちょっとだけもやもやしちゃう。

・牛若
できる弟であり、主に従える忠犬みたいな立ち振る舞いだが、すぐに気に入らない首を落とそうとしたり、無茶振りをさらりと口にしたりする気分屋。
ハワイに到着するや否やより一層周りを振り回すやんちゃ小僧っぷりを披露し始める。


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だって男の子なんだもん。

イベントメインストーリー『Wake up! XX!』直後のお話。
今回はジャンヌ・オルタ視点になります。


 さて、と。題材は決まってないけど、漫画を描くと決めたからには何かしらの題材を決めなきゃね。

 やけに機械じみたフォーリナーを退けてからそんなことを考えつつ、ようやくホテルのスイートまで戻って来れた。

 とりあえずは道具一式を揃えて私の部屋に作業環境を整えると決まって、早速取り掛かり始めた……のはいいけど。

 

「あれ、牛若は?」

「牛若丸ならもう取材に出たわよ。藤丸、アンタ何ぼけっとしてんの?」

「お、おかしいな……」

 

 さっきからマスターの調子がおかしい。

 話しかけてもどこか上の空だし、返事も「うん」とか「そうだね」とか一言で済ましてる。おまけに話すら覚えていない。

 体調が悪いとかそんなんじゃなさそうだけど、だったらちゃんとしてほしい。

 

「まったく、さっきダヴィンチの真似して「まーかせて」なんて言ってたじゃない。しっかりしてよね」

「フォーリナーと遭遇してから、どこか心此処に有らずといった状態ですよ、先輩。何か気にかかることでもありましたか?」

「気にかかることがあんなら早いうちに言っといた方がいいぜ。後になればなるほど言い出しにくくなるし、初動が遅れちまったら必然的に全体が遅れちまうからな」

 

 どうやら残っていたマシュとロビンも気付いていたみたいだ。

 というか、ロビンってなんだかんだで人のことちゃんと見てるのよね。英霊としての在り方がそっち寄りなのかしら。

 

「ロビンさんもこう言ってますし、言い出しにくいことでなければ話していただけませんか?」

「下手に出る必要なんてないわよマシュ。こういう時ははっきり言ってやらないと、いつまでもダンマリを決め込むでしょコイツ。てなわけで、薄情しなさい? でないと燃やすわよ」

「わ、わかった、薄情するよ。マシュの言う通りフォーリナーのことについてなんだけど…………あまりにもカッコ良過ぎない?」

「────は?」

「え?」

「んん?」

 

 照れ臭そうにして何を言い出すかと思ったら、あのフォーリナーがカッコいい?

 ちょっと何を言っているのかよくわかんないんだけど。

 

「アンタあのバケツ甲冑が頭から離れなくなるくらい気に入っちゃったわけ?」

「おいおい正気か? あんな誰彼構わず殺意振りまいてる怪しさ満点のサーヴァントに、好意を抱く要素なんぞなかったと思いますけどねえ」

 

 ほら、ロビンだってこう言ってる。

 こんなのでも人理を修復したマスターなんだから、敵味方の区別くらいは流石につけているでしょうけど、こうもぼけっとされるのは困るのよね。

 

「いやまあ、たしかに人格はバーサーカーかなって思うくらいだし、積極的に関わりたいかって言われたら違うけどさぁ」

「そんならどんな理由なんだ?」

「今の時点で伝わらないから理解されないとは思うけど、……はっきり言うよ」

「……どうぞ?」

 

 別にどんな理由だろうと私はどうでもいいんだけど、それで作業に支障が出るのならそうは言ってられない。

 改善できるようなものなら改善されて作業に集中させる。

 まあ、一目惚れみたいな甘っちょろい理由だろうし、すぐ別のことに興味を移すでしょ。

 ……なんて考えを抱いていた私の方が、ちょっと甘すぎたかもしれない。

 

「BBちゃんはメカとも言ってたけど日本では機械装置をメカと例えるから、あのフォーリナーは一旦四足駆体ロボットとして説明するとして、まずはやっぱりフォルムかな。白に複数の彩色を加えたカラーリングに硬く柔軟な材質からして、近未来から来たような印象を持てるし、何よりスタイリッシュな人形にキメているのは痺れるね!」

「……え?」

「次に兵装だけど、全身を使った『Xビーム』に背後の『オールレンジレーザー』、頭部の『小型バルカン』に近接も可能にする『変な槍』と、細身の体にこれでもかと詰め込んでいるあたり、SFチックなのにロマンを追求していてこれまた魅力的だ!」

「あの、マスター……?」

「戦闘スタイルは遠距離武器からの牽制に隙を突いて槍で斬りかかるという堅実なものだけど、関節の可動域から人に似せて作られているんだろうね。フォルムが女性的だったのも『ガチガチの装備をした美少女ロボにしよう!』といった製作者の熱意が感じられて好きだなあ」

「な、なんつーマシンガントークだ……」

「結局は一目惚れしちゃったわけでさ、正直なところ壊すのが忍びないから、どうにか人格の方を無害にするすべはないなぁって」

「わかった、わかったからちょっと待ちなさい」

 

 いや、何もわかんなかったけど!

 あまりにも前のめりでガンガン話すものだから考える余裕すらなかったわよ。

 ロビンどころかマシュまでも引いてるし、普段の生真面目さはどこに消えたわけ?

 ……あ、もしかして。

 

「ねえマシュ、コイツ暑さで頭がおかしくなっちゃったの? それとも嫌いな海に囲まれて気が狂っちゃったとか?」

「いえ、先輩はそういうところは男の子らしいというか……。ライダーの金時さんやメカエリチャンさんなどと長時間に渡ってロボット・メカ談議に花を咲かせていらっしゃいますよ」

「そういやオデュッセウスの旦那と話しているところを見たことはあったが、ありゃ宝具の変形ロボの事についてだったのか。やけに熱く語り合ってたからサーヴァントへの指揮について学んでいるものかと思ってたぜ」

 

 そういえばつい最近そんな名をした胸元露出男が来てたわね。

 美丈夫なところ以外はマスターと同じように生真面目なのかと思ってたけど、違う意味でもマスターと同じってことだったわけ。

 

「勿論兵法のことについても学んでいるよ。けど、んー、やっぱり誰もわかってくれないよね……。ロビンなら男なんだからあわよくば興味を持ちそうだと思ったんだけどなあ」

「あのなマスター、どうしたらそんな結論に至るのかわかんねーが、生憎とサーヴァントになってからしかメカとかロボとか聞いてないからな。それにオレはメタリックな素肌よりももうちょっと人間味のある肌の方が趣味なもんで」

「出たわね、プレイボーイ発言」

「円卓の皆さんよりも清々しいくらいに認めていらっしゃいますね。いえ、円卓の皆さんはむしろもう少し自分の行いを省みた方が良いと思いますが」

 

 シールダーは女好き三人衆を思い出したからか目を伏せていた。

 アイツらは確かに好色家で人目を忍ぶ気すらなさそうなのはたちが悪い。

 とはいえシールダーからしてみれば赤の他人なんだから、別にそんなにしょげなくてもいいとは思うけど。

 んで、マスターの方はまだ何か思うところがあるみたいで。

 

「人肌好き、かあ。それなら『人間と変わりない姿をしたロボが怪我をして、その傷痕から体内の機械部が露出する』といったメカバレってジャンルがあるんだけど……」

「ロボ・メカ関連にはやけに詳しいなおい! マスターってそっち系の趣味は持ってなかったんじゃねぇのかよ!」

「ま、アンタが何が好きなのかなんてどうでもいいけど……なるほど……メカ、ね。そういう路線もアリか……」

 

 そこまで好きというのなら、そっちに合わせてやるのも悪くはないかもしれない。

 ネタとして使えるし、からかう材料にも使えなくはなさそうだし。

 ……いや、やっぱりなし。フィクションならまだしも、夏場にあんな甲冑姿なんて暑苦しくてたまったもんじゃないわ。

 

「まあ、そんなに好きならアンタの案で同人誌を描いてもいいけど?」

「うっ。それは嬉しいけど……」

「けど何よ?」

「俺の案よりもオルタが好きに描いた方がいいよ。描くって決めたのはオルタだし、サークル『ゲシュペンスト・ケッツァー』の初作品がリーダーの作品じゃないなんて、あんまりだと思うからさ」

「……そう。まあそうよね」

 

 好きでもないことをしようなんて、モチベーションが続きそうにないし。

 避けようのない戦闘ならまだしも、やる気に左右される物作りならなおのこと。

 

「なら私が好きなようにやらせてもらうわ」

「好きなようにって言ってもだな……」

「わかってるわよ。『身の丈に合ったものを作る』、でしょ? 技術がないことくらいちゃんと理解しているわよ」

 

 ロビンの言い分はもっともだ。でも、私だって妥協したものを作りたいとは思わない。

 自分の実力に合ったもの、それでいて全力で取り組めばより良くなれるものを作りたい。

 それが無謀なことだとしても。ハワイ……もといルルハワに来たせっかくの機会、水着に着替えて霊基も変わったこの機会を大切にしたい。

 

────だって、帰ったらまたこの胸中は復讐の炎に焦されてしまうのだから。

 

「……うん、オルタの意思はしっかりと伝わったよ」

「マスター?」

「ちょっと浮かれすぎちゃったけど、これは任務だって思い出した。フォーリナーをどうするかは最善時まで一旦棚に上げて、今は同人誌作りに集中する」

「アンタ人の顔色というか、考えを読み取るのやめてくれない?」

 

 急に真面目ぶった顔してからこっち見て笑いかけるとか、ちょっとドキッとするじゃない。

 やる気になってくれたのならそれはそれで大歓迎だけど。

 

 実のところあの怪サーヴァントには、私もちょっとは気になる点があったりした。

 勤務時間の終了だとか、大規模交流(コンベンション)を許さないだとか。

 ……まあ、そのうちわかることでしょ。フォーリナーはまたどこかのタイミングで現れるだろうし。

 それよりも今は、

 

「そんじゃ、マスターの調子も戻ったことだし、牛若丸が戻り次第アイディア出しができるよう、作業スペース作りでもしようじゃねーですか」

「ええ、さっさと整えて題材を決めましょう」

 

 ジャンヌ(あの女)に勝てるものは作れなくても、どこか一つ、ほんの少しだけでも負けていないと誇れるような物を生み出す。それだけに全力を尽くしたいから。




あとがきキャラクター紹介2
・藤丸
ロボやメカが大好きすぎて少々拗らせたマスター。
メカエリチャンからバベッジに至るまで性癖の幅は広い。
ただしフランに対してはセクハラに当たりそうなので触れない。
またアヴィケブロンのゴーレムも機械ではないので触れない。
肝心なところでのみ人の心を読むスキル持ちだが、基本的に持て余している。

・マシュ
先輩がマシンガントークをしていてもしっかりと話を聞いてくれる懐の広い後輩。
円卓に対しては尊敬の念が強すぎるあまり辛辣になりがち。

・ジャンヌ・オルタ
バーサーカーになって何故かいつもより理性的&賢くなった厨二病。
おまけにいつものツンツン成分が減ってだいぶ素直になっている。
ジャンヌに対しては相変わらずツンツンしてる。

・ロビンフッド
ルルハワに来ても相変わらずついていない苦労人。
マスターとマシュは何かと気にかけることが多いが、たまに暴走された際には彼でさえも二人を止められなくなってしまう。
水着になってから楽天家成分がちょっぴり減っている。


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メイヴちゃんという高すぎる絶壁

メインシナリオ『何度も服を着替えて恥ずかしくはありません』の直後、牛若丸視点のお話になります。


「よし、メイヴたちに聖女様も行ったな。んじゃまあ、帰りがてらに今後の活動予定のおさらいといきますかね」

「はい。オルタ殿と合流して策を練りましょう。具体的には、あのあばずれ女の首を落とす方法を! お喋りな頭さえなくなってしまえば文句はありません!」

「まあまあ牛若、メイヴちゃんにいくらたてついたって鼻で笑われるくらいだから、かまってやらなきゃいいんだよ。……でなきゃ身がもたないからさ」

「ああ、先輩の顔が暗く……。大丈夫です! 先輩の身辺は私がお守りしますから!」

 

 辛いことを思い出されたのか死んだ魚の目で怪しく笑う主殿を励ますマシュ殿。

 多くの英霊と縁を結んだ主殿だからこそ、誰がどのような行いをしていても達観した考えを持たれているのでしょう。

 ですが、あのような不逞の輩が身勝手を働くことで他の方々に不幸が降りかかるのも事実。

 残念ながらこの牛若、今回ばかりは黙っていられません。

 

「幸いにも今の私はアサシンの霊基、闇討ちくらいならお茶の子さいさいですとも。まあ武士道精神どうこうはこの際置いとくことにして────」

「ストップだ牛若。これ以上の怒りを吐き出したって、真夏のビーチの空気が悪くなるだけだぜ」

「む……。確かに、ロビン殿の言う通りですね。申し訳ありません」

 

 私の肉体を馬鹿にしただけでなく、幼気なアビー殿から壁配置を搾取したあの女狐めは手痛い目に遭って貰わねばですが、キラキラと眩しく笑顔と活気に満ちたビーチにて語ることではありませんでした。

 

「あの女王様は悪質なからかい癖の持ち主だから、対抗心を持っちまうのはわからんでもないけどな」

「気持ちの切り替えは大事ですからね。それにしても、メイヴさんにジャンヌさん、サバフェス参加サークルとしては優勝の有力候補とされるお二人に出会えるとは思いもしませんでした」

「有力候補なんて言葉じゃ甘いですぜマシュ嬢ちゃん。正確にはその二大サークルしか優勝候補の席につけねーんですよ」

「え? それほどまでに狭い門なのですか? 同人界隈って存外にも血で血を洗う排他的な場なのですね……」

「そんなスプラッタな業界があってたまるかよ……。牛若丸にでも影響を受けちまったのか?」

 

何故かしゅんとした顔になるロビン殿。マシュ殿は純粋な方ですけど、スプラッタ表現が強めのミステリですら熱心に読んでいらっしゃいますし、実情を知っても割と早い段階で順応出来る強さを持ってますから。

 それにロビン殿はご存知無いかと思いますが、武士の界隈などまるっきりマシュ殿のおっしゃるとおりの界隈ですけどね。

 

「ねぇロビン、二人のサークルしか優勝の資格がないって、一体どんな理由から?」

「いやなに、二人のサークルが他サークルよりも全てにおいて優っているとか、そう言った話ではなくてな。簡単に言っちまえば『売上を競う場』に他のサークルが立てねーんですよ」

「なるほど。知名度と戦法の差こそあれど、それを物差しとする舞台が『物売』ならばそうはなりますか」

 

 ロビン殿の言い分はおそらく……。

 売上で勝敗を決める戦いならば、往年にして人気であり知名度も抜群なジャンヌ殿と、多くの信者と姑息な手を臆することなく使うメイヴめのサークルが圧倒的に優位だということでしょう。

 

「だから今のうちに言っておくが、今回だけはメイヴを敵に回すのをやめとけ」

「何故ですか!?」

「何故ってそりゃ、優勝候補のサークルに喧嘩を売っちまったらオレたち新米サークルがどんな目に遭うかわかるだろ? 喧嘩を売ったりちょっかい出したりして疎まれちまった暁には、出版しようとした同人誌をおじゃんにされかねないぜ」

「でしたらなおのこと黙らせれば手っ取り早いではありませんかー!」

「そっか、それが一番逆効果になるんだね……」

 

 マスター殿とマシュ殿はなぜか納得したように頷いていらっしゃいますが、どこも納得のいく箇所がなかったと思うのですが!

 

「あのな牛若、メイヴ自身がオレたちを直接潰そうとは考えないだろうが、行き過ぎた挑発行為はやっこさんのスレイブたちやカメコたちを逆上させるからな。おまけに他のサークルからしてみても、オレたちの印象が悪くなっちまう」

「確かに。どこで集めたのかわかんないけど百人は下らないって凄い数のカメコたちが悪い情報を拡散するだけで相当に厳しいもんね」

「おそらくだがそのカメコたちもそこらにいるプロを騙った有象無象のアマじゃねぇ。あの女王様はそこんとこの審美眼が凄いだろうからな」

「彼らも正当な手段で集められた者ではなさそうですが……」

「そりゃまあ一般人からしてみれば、英霊なんざ天の上にいる手の届かない存在だしな。声をかけられた暁にはお近づきになれるチャンスだと目を輝かせるに決まってる。それに、大半の人ってのは富・名声・欲に抗えねぇもんで、コノートの女王メイヴへ従えるというメリットを切り捨てられないのは自明の理だと思いますがねぇ」

「……そう、ですね。ロビン殿のおっしゃる通りです」

 

 認めたくはありませんが、相手は一国の女王。男女を問わず相手を振り回す魅了の力と、国をおさめた手腕は本物です。

 勿論、私を含む我らサークル内の精鋭たちに魅力がないなど断じてありませんが、全員の力を合わせてもメイヴめの威光を前に尻込みしてしまうのもまた当然のこと。

 認めたくはありませんが……!

 

「私たちの目的はあくまで同人誌を無事に出すことですからね。相手の邪魔をするよりもまずは自分たちの作品に目を向けなければいけません」

「でも、出した同人誌が一冊も売れないなんてことは避けたいよね。新米サークルで知名度がないから難しいだろうけど……」

「そんならサークルと仲良くなるのが一番だ。ジャンヌ・ダルクのところなんかは特におすすめだぜ? 昨年王者と良い縁があるって広まりゃ、オレたちが出す同人誌にも箔がつくってもんだ」

「ただそうなると問題はオルタさんですね」

「そこですね……。どう考えてもジャンヌ殿に対抗心を燃やしていらっしゃるオルタ殿が仲良くなれるとは思えません……」

「そいつはまあ、マスターがどうにか間を取り持ってやってくれ。オルタの舵取りにゃもう慣れたもんだろ」

「それくらいならお安い御用だよ」

 

 そういうことで、

 メイヴめからちょっかいを出されても手や口を出さない。

 ジャンヌ殿と親しくなって知名度を伸ばす。

 以上の点を考えた上でサバフェスまでの残りの日を過ごしていくことになりました。

 

 メイヴめに手出ししないということが難しいですが、まあたぶんどうにかなるでしょう!

 と、そう考えていた矢先、先導を取っていたロビン殿が振り返って、

 

「とにかく、オレの貞操がかかっている以上、無駄に敵を増やすんじゃねえぞ? わかったな?」

 

 なんて、念入りに言ってきた。

 

「もしかしなくてもさっきからそのことしか考えてませんでしたねロビン殿!?」

「あったり前だろ! バカンスを碌に楽しめないだけでも嫌だってのに、この期に及んで豚になるとか死んでもごめんだっつーの!」

 

 ……まぁ創作物への取り組み方は人それぞれですし、絶望的な未来からの脱却も十分な理由にはなりますか。

 オルタ殿はジャンヌ殿の対抗心から。

 マスター殿とマシュ殿は初体験から来る好奇心から。

 行方不明になった茨木はさておき、だとしたら私はマスター殿への忠誠心からということになりますかね。

 

 ────もしも自分から作品を作りたいと思える時が来たら、私はどんなことを思うのだろうか。




あとがき当時人物紹介その3
・牛若丸
水着に着替えたことで直情的になったものの、状況分析など理性的な面も残している忠犬。
ただし気に入らない相手には積極的に噛み付いていく模様。

・藤丸
サーヴァントたちに振り回されるマスター。
どんな状況にも割と順応出来る方だが、あまりにもアレな状態が続くと目と精神がしぬ。

・マシュ
気遣いも完璧な身辺警護系後輩。
環境適応能力は誰よりも高く、ハロウィン・クリスマス・ユニヴァース時空にやってきても、突っ込むことなくすぐに割り切ってしまう。
ただし、突っ込みどころはマスターが代わりに言ってくれるんじゃないかという気持ちがなきにしもあらず。

・ロビン
頭の回転が早く機転の効く苦労人。
問題と解決策をわかりやすく説明してくれるが割と話が長い。
状況によってプレイボーイなのと自身の身の安全を優先することだけが玉に瑕。


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その日、彼女は廊下にて運命と出会う(前)

メインシナリオ『チクタク、戻る』の前に当たる三人称視点のお話になります。
長くなるので前後編に分けてます。


 初めての同人誌作りはとても新鮮で、創作の難しさを実感する良い機会になり……歯痒さが残るものだった。

 少なくとも、朝から晩まで働き詰めでホテルに戻ってすぐベッドに倒れ込んで眠りについた彼にとっては。

 

「だから、出発から数日前のカルデアの夢なんて見てるのかな」

 

 カルデアに来てからはサーヴァントたちの影響で明晰夢をよく見るようになった藤丸だが、誰一人いない空間でその場から立ったまま動けないという経験は初めてだった。

 サーヴァントたちが夏季休暇のために立ち去ったカルデアの廊下はがらんと広く、酷く静まりかえっている。

 まるで普段の活気がゆめまぼろしのものだったかのように。

 

「誰かの夢の中ってわけじゃなくて単純に俺が見ているだけの明晰夢なのだとしたら……やけに寂しい夢を見てることになっちゃうな」

 

 誰に返事を求めるわけでもなく、藤丸はがらんどうな廊下に言葉を漏らす。

 直前まで多くのサーヴァントたちで賑わっていたサバフェスに参加してたこともあり、喧騒のない無音の空間に一人となると孤独感というものをより感じやすい。

 景色が変わらず、外音すらなく、孤独な状況が続けば人は誰しも余計なことを考え出してしまう。

 それは、人理を修復したマスターであっても変わりなく。

 

「あーあ。なんだろうな、この不完全燃焼感は。暴れていたフォーリナーも自爆したし、サバフェスで同人誌も出した。この二つでハワイの目的は達成したわけだから、後悔なんてないはずなんだけどなあ」

 

 同人誌作りに資料の取材、フォーリナー撃退を加えるとバカンスに充てられる時間はほんの僅かなもので、飛行機内で彼が意気込んでいた泳ぎの練習すら叶わなかった。

 ただ、観光面において不満はない。充実した七日間を過ごしたのは事実であり、大きな問題もなく二つの任務も遂行できたのだから。

 

 ……それでも、彼の心奥には何故か強い後悔が残っていた。

 

「こうも気に食わない理由は多分わかっているはずなんだけど……。なんだろう、こうももどかしいのはきっとそれだけじゃないからなんだろうな」

 

 結果に満足いかないのは当然だ。彼らは素人集団であり、常連サークルが出しているような同人誌などの出品物を出せる実力などないのだから。

 立場を踏まえて自分が持っている分の実力を出した上で楽しみながら参加したはずなのに、向ける先のない乱れた感情に藤丸は惑わされそうになり、

 

「……やめよう。夢の中で過ぎたことを悔やんだってどうしようもない」

 

 頭を振って余計な思考を脳裏の片隅に追いやる。

 任務は既に果たしている、どうしても気になって仕方がないなら、夢の中ではなく帰りの飛行機内でマシュや牛若に聞いてみるのが一番だと。

 

「とはいえ、こうも体が動かせないのは一体なぜなんだ……?」

 

 意識を取り戻してどれほど経ったかは定かではないが、依然としてびくともしない体に彼はため息を吐く。

 可能性として高いのはサーヴァントの夢を見ていること。

 マスターとサーヴァントの間で契約のパスが通っていることが影響し、互いの過去を夢という形で記憶を共有して見る事がある。

 その場合だと相手の知らない場所では行動できないため、立ったまま不動の状態になってしまうのだった。

 

 ただ、普段なら早い段階で対象となるサーヴァントと遭遇できるので、彼が硬直現象に悩まされることもなかったのだが、毎度相手との合流がスムーズに済むとも限らない。

 こうなってしまっては合流までどうしようもないと、藤丸は雪がちらつく窓際に視線を向けようとして、廊下の片隅からこちらへと歩いてくる黒い影が見えた。

 

「あれは……オルタ?」

 

 旗こそ手にしてはいないが、全身真っ黒な姿で不機嫌そうな顔つきといい、まず間違いない。

 ただ、藤丸の姿は見えていないようで、

 

「……ん? んん?」

「うわっ、ちょ、近っ!?」

 

 接触しそうなまでに歩み寄ると、しゃがみ込んで何かを拾い上げる。

 その時になってようやく藤丸は、自身の足元に一冊の同人誌が落ちていたことに気づいた。

 

「ふぅん。廊下に漫画をポイ捨てするなんて、誰だか知らないけどいい根性しているわね。ま、ゴミ箱にすら入れられないゴミ作品だったんでしょうけど」

 

 廊下に誰もいないことをいいことに、オルタは普段の捻くれた悪態を口にしながらも、本を元あった地面にそっと戻す。

 そうして何食わぬ顔でその場を立ち去ろうとして、

 

「…………」

「あれ?」

 

 困惑する藤丸をよそに、ふっと思い出したように後ろ歩きで戻り、再び同人誌を拾い上げた。

 

「ほんと、表紙を見る限り明らかに暗めのお話っぽいわね。魔女と怪物とか……はっ、まさにダークって感じ」

「え、わざわざ戻ってまた悪口言うだけなの?」

 

 はたして彼の言葉通り、オルタは再び拾った本の表紙をじっくり見るだけ見て、また元の場に戻してふたたび歩き出す。

 

「……………………」

「……また?」

 

 得意げな顔で4、5歩ほど進んだオルタは、またもや後ろ歩きでその場に戻り同人誌を拾い上げる。

 今度は表紙だけでなく、背表紙までをもじっくりと眺めていた。

 

「作者らしき銘記はなしか。ま、どんな奴が作った本かは知らないけど、読者からこうも無残に扱われるんじゃね」

「……ああ、なるほど。なんだかんだで気になってるってことか」

 

 相手は人ですらないのに素直になれない不器用さに呆れながらも、いまだ動けない藤丸は彼女の挙動に視線を向ける。

 またもや本を手放してその場を離れようとしたオルタの方も、ようやく自分の気持ちに素直になったらしく、

 

「…………………………っ! ああ、もう!」

 

 悪態と共にズカズカと本の元へ歩み寄ると、キョロキョロ辺りを見回し誰もいないことを確認したのち同人誌を拾い上げて駆け出していった。

 まるでリスが木の身を持ち去るような動きに藤丸はお腹を抱えて笑いそうになり、そこでふと気づく。

 

「あれ、体が動く? ……もしかして、オルタを追えってことか?」

 

 彼がいくら虚空に問いかけたところでここは夢の中、答えなど返ってくるはずはない。

 だが、返事を返されたかのように何者かから背を強く押された気がした。

 

「────行ってみるか」

 

 夢から抜け出す手立ては見つかっておらず、この夢がオルタのものだとすれば、オルタの行動に夢から脱するヒントがある可能性が高い。

 ならば迷う必要はないと、久々に動くようになった体を走らせて、藤丸はオルタの後を追いかけた。



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その日、彼女は廊下にて運命と出会う(後)

 たどり着いた質素な部屋の中で、オルタは既に漫画のページをめくり始めていた。

 誰に見られているわけでもないのに律儀に机に座り姿勢を正して読んでいる辺り、生来(オリジナル)の生真面目さが顕著に現れている。

 勿論、当人は「アイツと同じにするな!」と怒鳴るか「別に、これくらい普通のことでしょ。それとも何、アンタはこんなのも出来ないわけ?」と嘲り、断じて認めようとはしないだろうが。

 

「これ以上は近づけないのか。ここじゃ、あの同人誌がどんな本なのか全然わかんないな」

 

 部屋に入った途端、再び不可視の力に阻まれてその場から動けなくなった藤丸はオルタの手元にある同人誌に目を向けるが、部屋の暗さや装丁の色合いもあり、どのような題名の本なのかすら見えない。

 オルタが拾い上げた時にでも確認しておけばよかったが、漫画一冊に対してあれほど挙動不審になっていた彼女の姿に視線が向いてしまった時点で彼に見る機会は無くなっていた。

 どのような内容の本なのか気になって仕方がない藤丸だったが、動けないのだから仕方がないと、ひたすら同人誌に目を走らせるオルタへ目を移して、

 

「────」

 

 息を呑む。契約から今までにかけて一度も見たことのない振る舞いに。

 表情そのものは普段から見られる戸惑いや驚きとさして変わりないが、わなわなと体を震わせるまで表立って感情が露わになるのは初めてだった。

 

「何なの……? 何なのよ、コレ……!?」

 

 オルタも自らが抱いた複雑な感情に整理ができず、本を机上に取り落とすと呆然とした顔でその場に尻餅をついた。

 

「お、オルタ……!?」

 

 藤丸の脳裏に浮かぶのはシェイクスピアの宝具といった精神攻撃系の術式。

 本という媒体に組み込まれ、最後まで読み切ることで術理が発動する形式だとすれば、余すところなく最後まで読了した彼女は、術師の術中に見事にはまってしまったことになる。

 

「…………っ!」

 

 これが夢の世界であり、過去に起こった歴史をなぞる風景を映しているものだとしても、何も出来ずただその場に立ち続けるのは彼にとって酷く苦痛だった。

 視界のオルタは立ち上がりふらふらとベッドへ移動するとそのまま倒れ込む。

 かと思えば、突如としてシーツを抱え込み悶え苦しみ始めていた。

 

 シーツに隠された口元から時折発せられるのは言葉にならない唸り声。

 何かへと対する憤りのようでいて、どことなく迷いが感じられる小さな獣のような声は次第に鳴りを潜めて。

 何もない虚空を見つめ、顔半分を隠していたシーツをひっぺがした彼女は、ふっと口を開き、

 

「────悔しい」

「…………….え?」

 

 たった一言、それだけをぽつりと漏らす。

 何かしらの術を受けていたのだろうと思い込んでいた藤丸は、彼女が発した純然な言葉に困惑しかけるが、それも無理はない。

 彼にとっては幾度となく経験したことのあるものだとしても、他者にとっては未知の事象であることなどよくある話。

 『感動』という身も心も深奥から震わせるほどの感情に揺さぶられる。

 ……それこそ彼女にとって生まれて初めての経験だった。

 

「ええ、ええ! この漫画がとても良いことくらい、私にだって分かるわよ! コマ一つ一つを読むだけでも、心を燃やす復讐の炎すら忘れちゃうくらい話の中に深く引き込まれるもの! けれど、けれどよ! 初めから終わりまで読み通したってのに、『良いものだった』としか言葉にできないことが悔しい!!」

「オルタ……」

 

 白髪の長い髪を振り乱し絶叫するオルタを、藤丸は安堵の瞳で見つめる。

 彼女の憤りは、本を読んで『良かった』としか口にできなかった自分の語彙力のなさと、本を描いた誰かに向けた嫉妬心だった。

 術によって深いダメージを負ったわけではなく、ただ純粋に素晴らしい作品を見てしまって悶え苦しんでいただけなのだから。

 ただ、それも人によっては精神的ダメージとなることには変わりないのだが。

 

「けど、これだけは言える! ()()()()()()()()()()()()()! ええ、絶対にね!!」

「どこから来たのその自信!?」

「叩きどころがないくらいに良い話だったけど! だからってこれを描いたヤツは認めないわ! 少なくとも、こんな終わり方をするなんて、納得してたまるかってーの!!」

 

 シーツを放り投げてベッドから立ち上がると、彼女は再び椅子に座り机上の同人誌を手に取る。

 

「見てなさい、私はいつかアンタを超える! アンタよりも面白い話を書いてみせるから!」

「いや、ちょっと、まって……! なんでそうも素直じゃなくて不器用かなあ……!」

 

 憤怒に歪んだ顔をしていたオルタは行き先のない嫉妬心を本へぶちまけるという面白い行動をしたうえで、すん、と落ち着きを取り戻すと再び本を手に取って読み出したものだから、藤丸は思わず吹き出してしまう。

 ただ、オルタの盛大な独り言のおかげで、彼の中で引っかかっていた部分が解けていた。

 

 ハワイへと向かう直前、本が落ちてないか探してた、と言ってたのはこの経験があったからだと。

 普通は落ちてるものじゃないのに、どうしてあんなところに落ちてたのかは気になるが、そこはおそらく誰かが知らないうちに落としたのだろうと結論付ける。

 降って湧いたかのように創作に関する熱意を持ったのも、この経験があったからこそなのだろう。

 しかし、

 

「オルタがそこまで言うくらいの本、かあ。……正直、俺も読んでみたいな」

 

 藤丸に取って残念なのは、彼女の心境をそれほどまでに大きく変えた本が読めないということだった。

 彼自身、幼少期に触れたロボットアニメがきっかけでロボット・メカ系統に多大な興味を抱くようになったこともあり、誰かに影響を与えたものについては人並みかそれ以上の好奇心がある。

 ましてやそれが、復讐の炎に身を焼き続けているアヴェンジャーを変えてしまうくらいのものならば、その思いもひとしおだった。

 

「────あ、そっか」

 

 読みたくても読めないもどかしさに苛まれた彼はそのうちに気がつく。自分が抱いていた後悔の正体に。

 創作物は触れた人の気持ちや好みに大きな影響を及ぼす。それが、創作者の好みによって形取られたとしても……否、好みによるものだからこそ媒体を通して伝わってくる熱意や愛が、触れた者たちの心を揺さぶるのだとしたら。

 

「俺は、あの七日間で同人誌へ誠実に向き合ってなかったんだ」

 

 たった七日間で初心者ができることは限られる。だから、調べ方も描き方も中途半端で良しとしてしまった。

 もちろん作った話に愛着はあるし、これはこれで好きだけれど、それでもより良くする手立てがあったはずなのに。

 誰かの心を掴めるような努力を、己の愛情をより適切な形で表現する努力を怠っていた。

 それこそが、藤丸を蝕んでいた後悔の正体だった。

 

「ああ、悔しいなあ……」

 

 出来上がったコピー本が決して悪いものだったわけじゃない。それなりに良い出来にはできたとはサークルの全員が思っていた。

 でも、言ってしまえば『それなり』なことに変わりはない。

 仮に無料配布ではなく料金を定めた即売だとすれば、手に取ってくれた人はどれほどだっただろうか。

 良いものを作れば必ず売れるというわけではない。だが、より良質にできたはずのものを多くの妥協をした上で出すよりも、全力を尽くしてそれでもダメだった方がまだ自分を誇れるだろう。

 

 ────だから、今更になって藤丸は思ったのだ。『もっと面白いと自信を持って言えるものを作りたかった!』と。

 

「……わかってしまうとそれはそれでより苦しくなっちゃうものだなあ。せめて、もう一度でいいから、やり直したいくらい……」

 

 認めるしかなくなった後悔を口にそっと出してみたその時だった。

 

「ええ、いいですよ。一回なんて言わずに何度でもリトライしましょう!」

「……え?」

 

 どこからか甘ったるくも人を以て遊ぶような悪意を感じられる可愛らしい声が、藤丸の耳元に囁きかけてくる。

 天使のようで悪魔の如き甘言を伴って。

 

「創作物は人の心を大きく覆す。それが自分の手でできたらなんて素敵なんだろう! なーんて、そんな夢を見たんですよね、セ・ン・パ・イ?」

 

 

────こうして彼らは舞台は巻き戻された。創作物という限界のないものを相手に、気が狂うほどに身を焦がしたあの七日間の最初へと。




あとがき人物紹介その4
・ジャンヌ・オルタ
廊下に落ちていた同人誌と運命の出会いを果たし、創作物に大きな興味を持ち始める。
意外なことに好みのジャンルというものはあまりなく、自分が良いと思ったものは素直に良いと認めるタイプ。
ただし、自分の方がよりうまく作れるという自信を持っている。

・藤丸
参加当初はとりあえず楽しめたらいいかなというスタンスだったが、オルタの夢を見てからは一変して創作にのめり込むようになる。
それが自分がいたらなかったという後悔から来るものだとしても、より良いものを作りたいという熱源に変えて。


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なによりも敵は己自身なり

メインシナリオ『青空の下、泥のように書く』の直後のお話です。
今回は刑部姫視点で物語が進みます。


 アビーちゃんや北斎さんと同じクラス、フォーリナーを持った敵のXX(ダブルエックス)ちゃんとやらを撃退したあとのこと。

 (わたし)の部屋に戻ってきたまーちゃんたちはどうもサバフェスのことで盛り上がっているみたい。

 ただ、その会話の中でどうも引っかかる言葉が聞こえた気がした。

 

「そういえばさ、ちょっと気になったことがあるんだけど……」

「気になったこと? アンタ、XXを見て何か気づいたの?」

「いや、さ。あのSFロボじゃなくって、オルタちゃんたちがさっきから話してることの方」

 

 姫抜きで盛り上がっているところ悪いんだけどね、どうも変な話をしているようでならないのよ。

 というか、あの手のロボット系なら姫には畑違いだし、それこそメカエリチャンとかまーちゃんの方が詳しいと思うんだよね。

 

「さっきからというと……同人誌作りのことでしょうか?」

「うーん、そうじゃなくて全体的にというか……」

「全体的、ですか? はて、何か変なことでも口にしましたか?」

 

 割とはっきり喋っていた割にみんなして姫の疑問にピンと来てないらしい。

 なんか触れちゃいけなさそうな話題だけど、もう口に出しちゃったし……ええいままよ!

 

「あのね、さっきから一度経験していることを話してる気がするのは気のせい、かな?」

「…………」

 

 姫の言葉にみんなの顔がみるみる青くなっていく。

 あっ……。これアレだ、地雷踏んだわ。

 

「それは、その……」

「も、もしかしなくても聞いちゃヤバかったやつだよね!? ごめん聞かなかったことにして!」

 

 あわわわわわわわわ……。どーしよう……。

 やっぱり聞いちゃダメなヤツだったじゃん!

 でもさ、姫がいる場で話し出すみんなも悪くない!?

 

 襲撃タイミングは把握してますとか、結局アイツとは最終日に決着をつける運命とか、ゲームに出てくるめちゃくちゃ強いライバルと決着をつける前の姫を見てる気分になるもん!

 それにアロハの人も早い段階で倒せていたら同人誌作りが楽になるって言ってたし、これはもうアレよね。

 まーちゃんたちってみんなでごっこ遊びをしていない限りループに巻き込まれてるよね!

 

「……ちょっと、待ちなさい。待たないとアレだから」

「アレってなに!?」

「いいからしばらく待ちなさい! いいわね!?」

「アッハイ」

 

 凄みの効いた笑顔を向けられて固まる姫をよそに、オルタちゃんたちは切迫詰まった顔でヒソヒソと相談し始めた。

 初めからバレないように気をつけてくれたら、姫も地雷を踏むなんてことなかったのに……。

 って責任転嫁よくない! 口は災いの元なんだから、姫も空気を読んどくべきだったなぁ。

 

「────よし、今回ばかりは事情をちゃんと説明するが、断られたら無理強いをしないってことでいいな?」

「私たちとしてはそれで良いのですが、問題は"手伝い"が過剰なものにならないかですね。いえ、刑部姫のことを信用していないわけではありませんが」

「ま、いざとなれば燃やせばいいでしょ」

「ちょっと!? 今不穏な言葉が聞こえたんだけど!」

 

 オルタちゃんも火属性キャラなの? きよひーみたいなこと言わないでよね!

 それとオルタちゃんの言葉に頷くみんなもみんなだから!

 

「それじゃ、よく聞きなさい。私たちが置かれている立場……漫画よりも奇妙な事実をね」

 

 さっきまで険しい顔してたのに、一変して楽しそうにオルタちゃんは話し始める。

 ……てなわけで、姫はまーちゃんたちの事情を聞いたわけだけど。

 

「なるほど、フォーリナーの一件に加えてサバフェス一位かぁ、そりゃあループでもしなきゃ無理だもんね。……正直、いくらループしても厳しいとは思うけど」

 

 創作はただ完成させるだけじゃ技量は上がらない。

 前の創作物よりも良いものを作るのは当然として、何が悪かったのか、どこを改良すべきかを客観的に見る必要がある。

 熟練の創作者でさえもそう簡単に直視できない問題を、完全初心者であるオルタちゃんがどのように捌くのか……見ものではあるけど、決して他人ごととは思えないんだよね。

 

「何周かは技量向上に使うってのはダメなの?」

「うーん、その手立てもあったんだけど、サバフェスで本を出さなきゃロビンが豚になっちゃうからさ」

「…………なんで?」

「そいつはオレもわかんねぇ。BBはどうしてもオレをいじりたいらしいんだわ」

 

 そう言われてみると、カルデアでもBBちゃんにいじられていたような。

 ロビンさんってぱっと見だと陽キャのチャラ男に見えるけど、案外苦労人なのかもしれない。

 ナンパした相手が粘着質だったりとかならザマァ感が凄いけど。

 

 でも任務に支障が出るのならそうも言ってられないか。

 まーちゃんの護衛を務めているってことならなおさらね。

 

「なので、私たちが一位になるように仕組むのだけは控えていただきたいと」

「まー、不正して一位を取るのはダメだもん。そこんとこはしっかりと線引きするよ。だってヤラセって関わっただけでもロクなことないし、あくまで漫画上達の協力関係ってことなら問題ないでしょ」

「ありがとう、おっきー!」

「ふ、ふへへ……、頼られるって悪くないね……。でもそっか、一位を取れないと無限ループしちゃうのかー」

 

 仲間ができたと喜んでるまーちゃんたちには悪いけれど、次のループ時点で姫の記憶もリセットされちゃうんだよね。

 そうなるとまた姫に協力を仰ぐことになるだろうし……。

 

 そもそも、今回の週だけでサバフェス一位はまず無理だと思う。

 ジャンヌさんの描いた本があれほどのものなら、それを超える努力なんてサーヴァントであっても難しいし、初心者ばかりのまーちゃんたちが一週間でその域に達するなんてそれこそ夢物語だ。

 

 ループが無限だとしてもいつかは抜け出さなきゃだし、出るのも早い方がいいから、今のうちに教えられるだけを教えてあげたい。

 ええと、今の姫に出来ることで、次の姫に繋げられることといったら……。

 ────あ、そうだ。

 

「それなら次のループではもっと簡単に姫から協力を貰えるようにしなきゃね」

「それは、今よりも手早くということですね?」

「うん。今回は最初から最後まで事情を聞いちゃったから丸一日くらい無駄にしてるでしょ? それを10分くらいに収めたらより効率的だよね?」

 

 あのメカを撃退してから説明されているうちに日が海に沈みかけているし、その時間にセカンドハウスを作ってオルタちゃんへのアドバイスを一つや二つでもできたら上等でしょ。

 

「それはそうですが……、刑部姫は何か策でもあるのですか?」

「策ってほどのことじゃないよ。未来の姫からの伝言として『オルタちゃんの手助けをしないと、深淵龍(アビスラドン)Z装備を最大強化したクリハンのデータが消える羽目になる』って言えばいいだけだもん」

「オレのアロハ化みたいな脅しじゃねーか」

「え、そのアロハ自前じゃなかったんだ」

「そうよ。BBの企みでね、ざっくり言うならこの服自体が外せない爆弾ってところかしら」

「はえー、BBちゃんって器用なことするねぇ」

 

 なるほどぉ、創作活動にまるっきり興味なさそうなロビンさんがオルタちゃんたちを手伝っているのはそういうことね。

 それと好意を寄せられている女性から貰ったものを着せられている感があったのはそんな理由かー。

 まーちゃんの護衛といい、やっぱりロビンさんって苦労人なんだなぁ。お疲れ様です。

 

「刑部姫。お言葉ですが、背水の陣にしてもデータ全削除はさすがに辛くはありませんか……? もしわたしなら、辛さを紛らわせるあまり近くにいるであろう常陸坊に斬りかかりますよ?」

「弁慶……不憫すぎる……」

 

 ジェノサイド牛若ちゃんの言葉にまーちゃんが遠い目を向け始める。

 まあ、強面な弁慶さんの不憫さはさておいて。

 

「なに言ってるの牛若ちゃん、姫がほんとにデータを全削除するわけないでしょ。あくまで協力しなかったらそのうちデータが消えるってことと、未来の姫が言ったってことを信じさせたらいいんだから」

 

 姫のセーブデータは誰とも共有してないし、装備もくろひーに自慢するまで誰にも話さないようにしてたから、まず間違いなく未来の姫からだって信じるはず。

 うん、姫にしてはわりと完璧な作戦だと思う。

 なんて考えていたら、想定外な人から困惑の視線を向けられた。

 

「ん? どうしたの、ロビンさん」

「いやなに、ちょっと意外に思っただけだ。自分を追い詰めるような手を晒すなんて、そう簡単に出来そうにない気がするんだがな」

「まあ今の姫には関係ない話だし、ループ後の姫なんて他人事とも言えるからね。それに……」

「それに?」

「自分の敵は自分だよ。これは創作だけじゃなくてスポーツとかにも例えられるけど、やっぱり自分で自分の背中を押してあげなきゃ最初の一歩すら踏み出せないわけだからね」

「へぇ、案外スパルタ思考なんだな。案外レオニダス王と話が合うんじゃないか?」

「そんな体育会系代表と話が合うわけないじゃん! 姫ってば根っからの文化系なんだからね!?」

 

 ただ、ロビンさんの言ってるように、どんな事情があっても自分から行動に移すってところだけは、あの筋トレ王様とも話が合いそうな気がする。

 筋肉って確か運動とか食事に気を付けないとなかなかつきにくいって聞いたことあるし、そこんとこは継続が大事な創作活動と同じだと思うから。

 

「じゃあなんで今頃締め切りに追われてんのよ。クリハンとやらをやってなかったら、もう完成してたんじゃないの?」

「その話はやめれ!」

 

 姫ってばたまにはいいこと言ったかな? なんて上機嫌だったのに、オルタちゃんってば急にテンション下げるようなこと言わないでよね!

 

「創作業って疲弊するからたまには休憩しないとやってられないの!」

「ああ、休憩が本業になるってヤツか。一度ハマっちまったらそう簡単に抜け出せなくなって、後で自分の行動して後悔するオチがつくんだよな」

「身に染みて理解してるからこれ以上古傷をえぐらないで!」

「ちなみに私たちが一位を取るのはいつになるかわからないから、この期に及んでサボろうとしたら世にも恥ずかしい物が世間に出回ると思った方がいいわよ」

「さ、サボる気は流石にないって! ……休憩は大事だからするかもだけど」

 

 いやほんと、休憩って大事なんだよ?

 ずっとハイペースで描き続けたりなんかしていると、そのうち勝手に鬱ってきちゃったり、一度筆を置いたらなかなか筆が取れなくなっちゃったりするんだからね!

 

 

「……よし、セカンドハウスを作る準備しなきゃ」

 

 オルタちゃんたちが部屋の片付けに戻ったので、原稿をきりのいいところ保存して荷物を整理する。

 サバフェスが終わるまで移動するつもりなんてなかったから、散らかった荷物をまとめるところから始めなきゃだからまどろっこしい。

 後回しにする癖は直した方が良いってきよひーによく言われるけどさ、めんどくさいことはなるべく避けたいんだよね。

 

「それにしても、まさか姫が教える側に回るなんてなー」

 

 いつになっても帰ってこないからきよひーの許可は得てないけど、まあ、まーちゃんの手伝いって時点で断ることはないだろうからよしとしよう。そうしよう。

 それにオルタちゃんが見せてくれた同人誌を読んだらハードルの高さも理解できるだろうしね。

 

 ……それくらい、あの同人誌は凄かった。

 姫が今まで見てきた中でも五本の指に入るくらいの傑作だったと思う。

 戦時中という重たい題材から熱い愛の物語への移り変わりが丁寧で不思議とページをめくる手が止められなかった。

 展開としてはシェイクスピアの"ロミオとジュリエット"に似ているようだけど、作者のオリジナリティが全面に引き出されていて少しも気にはならなかったし……。

 

 やっぱり天使が描いたんじゃないだろうか。神様というには劣るけど、姫のようなアマだと相当の努力を積んでたどり着ける領域だもん。

 ただ、著者名とサークル名が全く書かれてなかったから、ジャンヌさんが描いたものなのかは正直微妙だけど。そのあたり、くろひーなら何か知ってるかな。

 

「ていうか、姫が教えたところであの本を越すなんて無理難題じゃない!?」

 

 それこそ前回王者のジャンヌさんとか、シェイクスピアやアンデルセンに助けを求めた方がいい気がするんだけどなー。

 オルタちゃんの対抗心の高さがそれを許せないんだろうなー。

 

「……でもまあ、いっか。どうせループ前提の話だし、次の姫がなんとかしてくれるはず! きっと!」

 

 姫は難しいことを考えるのが苦手だし、そのあたりの問題は姫以外の誰かが解決してくれるでしょ。きっと。

 決してめんどくさいから後回しにしようなんて思ってないんだからね。

 

 それに、今は少しだけ嬉しさが勝ってる。

 素晴らしい同人誌に巡り会えたこともそうだけど、オルタちゃんという新しい創作仲間が増えたことがなによりも。

 

 創作活動をする人なんて想像するよりも意外に少なくて、ましてや継続できている人とかになるとほんとに微々たるものなのだ。

 だから、たとえジャンヌさんへの対抗意識とかBBちゃんからのお願いからだとかの理由があったとしても、創作者としての一歩を踏み出してくれたことが嬉しい。

 

 できたら、今回のサバフェスが終わったとしてもこれからも同人活動を続けてくれたらいいなぁ。

 なんて思いながら、漸くまとめ終えた荷物を持って姫は珍しく自分から部屋を出るのだった。




あとがき人物紹介その5
刑部姫
自業自得による修羅場中の身の自堕落姫。
暇を見つけてはグータラしたいからか、割と賢く頭が回る方。
他人の手助けをする時に限って本領をフルで発揮できるタイプなのだが本人は気づいてない。

藤丸
割と空気が読めるタイプなマスター。
今回はサーヴァントたちの聞き役に徹していたため発言は少なめ。

マシュ
マスターと同じく空気を読むスキルが高めな後輩。
ごくたまに会話に出すのはよろしくないことを発してしまったりするドジっ子。

ロビンフッド
ルルハワでは実質休みらしい休みが皆無だと宣告された不憫な弓兵。
苦労していることは口に出さなくてもわかりやすいので、多くのサーヴァントたちから哀れみの目を向けられる。

牛若丸
思考が通常よりもジェノサイド化している。
ロビンからして見ると、血の雨の中でも無邪気な笑顔で跳ね回っていそうだ、とのこと。
正確には子供っぽくなったことによる感情の発露が大きいことや、子供特有の無邪気な害意が表立っているだけ。


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十人十色のサークルたち その2

メインシナリオ『十人十色のサークルたち』の後のお話。
ジャンヌ・オルタ視点の物語になります。


 聖女サマとの朝食をさっさと終わらせたのは良しとして、部屋に戻ってから昨晩半分くらい進めたネームがどうしてか気に食わなくなった。

 理由は多分、主人公の周りにいる人物のキャラ付けだと思う。

 サークルの話を聞いてから、自分が生み出したキャラクターの個性がどうも薄いように感じられて筆が全く進まなくなってしまったのだ。

 

 だからマスターを引き連れて気分転換に空港の方へと寄ってみたのだけど。

 明らかにハワイに似合わぬ羽織り姿が見えた辺りで引き返しておけば正解だったかもしれない。

 

「あ、マスターじゃありませんか! カルデアから遠く離れた南国の地でお会いできるとは……何というか、運命的な感じがしますね!」

 

 ブリテンの王様と似た顔を満面笑みに変えて、浅葱色のダンダラ羽織りを揺らしながら彼女は一瞬にして私たちに距離を詰めてくる。

 確か新撰組一番隊隊長の沖田総司、だったかしら。

 常夏だというのに厚着をしているもんだからどうも頭が茹っているようね。

 

「運命もなにも、ほとんどのサーヴァントがここに来てるわけだから、そう珍しくはないことくらいトンチキ英霊のアンタでもわかるでしょ」

「トンチキ英霊って何ですか!? 少なくとも沖田さんはトンチキまでいかずお間抜け英霊くらいですから!」

「トンチキも間抜けも一緒なんだけどなぁ……」

「自分で認めてるんだし、別にいいでしょ」

 

 夏の暑さに浮かされてるヤツなんてみんな頭のネジが数本外れているんだから、気にするだけ無駄なのよ。

 

「あのーマスター、そちらの方は……」

「ジャンヌ・ダルクよ」

「白くてピカピカしてる方じゃなくて、黒くてツンツンしてる方のね」

「余計なこと付け加えなくていいから。それで、新撰組隊長のアンタがなんでこんなところにいるわけ? ツレのキワモノなら浜辺でロケンロールしてたわよ?」

「私とノッブはセットの組み合わせみたいな捉え方はやめてもらえません!?」

 

 心外だとしかめっ面して言われてもねぇ、同じボイラー室横の部屋に陣取っている辺りよっぽどの物好きだと思うけれど。

 

「(オルタ、沖田さんはその……事情があるんだよ)」

「事情? ああ、なるほどね」

 

 藤丸の耳打ちで理解した。

 ツレと共にいない理由、コイツが持っていなくて信長が持ってるものを。

 

「アンタってまだそのカッコしか持ってなかったものね。海辺には水着を着たサーヴァントたちがはしゃいでいるものだから、敗北感から近付きたがらないんでしょ」

「! いいえ、それは見当違いですよオルタさん。ええ、確かに私は水着の霊衣を持っていません。ですがその代わりに、私には! ハイカラな! 和装が! ありますから!」

「……どっちにしろ夏場に着るようなものじゃないでしょ」

「こふっ!?」

 

 あ、吐血した。

 病弱なのに炎天下の中で何やら怪しげなビラ配りなんかしてたから当然だろうけど。

 というか、なんでわざわざクーラーの効いてない屋外でうろついているのかしら。

 

「ふ、ふふ。強気でいられるのも今のうちです。来年はきっとあなたよりも見目麗しい水着を貰ってマスターを悩殺、沖田さん大大大勝利ーの流れになるに決まってますから!」

「自分であまりハードル上げない方がいいと思うよ。焦らなくても、水着が貰えたらちゃんと見て褒めるからさ」

「は、はい。その時は是非……」

「……私は何を見せつけられているのかしら」

 

 まあ、別に、イチャイチャしたいならお好きにどうぞって感じだけど、目の前でやられるなら流石にムカつくわよ?

 何かしら、そんなに燃やして欲しいわけ?

 

「ええ、今年も水着を貰えなかったのは正直凹みましたとも!」

「マスターに優しくされたからって急に開き直るわね」

「で、ですが今回はサバフェスという行事に参加して、新たな志士たちを募集している最中なのです! ずばり、今の沖田さんはサークル新撰組一番隊隊長! なので悔しくはありません! ありませんからね!」

「悔しそうに言われてもねぇ」

「オルタ、正論だとしてもそれくらいにしてあげて……」

 

 そう言われても、ねぇ。吐血して息も絶え絶えな状態で強がられてもウザったらしくない?

 それと顔も青ざめているんだし、いっぺん息を整えさせた方がいいでしょ。だから黙らせたのよ。実に効率的じゃないかしら?

 

「ところで沖田さん、勧誘はサバフェスの趣旨から外れているような気がするんだけど」

「そうなのですか? ワルキューレのお三方は行っていましたよ? 『ヴァルハラ・シュトラーセ』というサークル名で、ヴァルハラへと向かう勇士を募集中だとか」

「それを見て考えなしに真似しようなんて、アンタも相当ね……」

 

 コイツ絶対ヴァルハラがどういう場所を指しているか理解してないでしょ。

 まったく、藤丸もそうだけどやっぱり日本人ってどこかしら振り切ってる面があるのかしら。

 誰が言ったか『日本出身サーヴァントは誰しもバーサーカー適性がある』ってのもあながち信憑性がありそうね。

 

「勇士って言っても限られた人だけじゃなかったっけ」

「一旦仮勇士として保留して、そこからヴァルハラへと向かう資格のある者だけを選別するそうですよ」

「うへー、結構なことをするのね」

「ええ、それは沖田さんも思いました。新撰組は何人来てもらっても大歓迎ですけどね!」

「それもそれで大概ではあると思うよ……」

 

 名案ですよね! と顔を輝かせている沖田だけど、藤丸が目を逸らしているのはどうも見えていないらしい。

 局中法度とかいう決め事もあって、敵よりも味方を斬った数の方が多い組織に望んで入りたがるヤツなんているのかしら。

 

 というか、ワルキューレたちって死んだ勇士たちをヴァルハラに連れて行くのよね?

 何かしら、サークル『新撰組』って名のっているけど、そのうちの大半が『ヴァルハラ・シュトラーセ』に流れていきそうなんだけど。

 ……ただ、そう考えるとサークル同士の関係って割と面白いわね。

 

「ねぇ、アンタみたいなサークルって他にもあるわけ?」

「おや、オルタさんもどこかのサークルに参加しようとお考えですか?」

「んーそうじゃなくて、敵情調査、みたいな? 俺たちがサークル参加する以上、他のサークルについても知っておきたいからさ」

「なるほど。でしたら私が知っている範囲でお教えしましょう! 他でもないマスターからのお願いですからね!」

「ありがとう、助かるよ!」

 

 他サークルにはどんなヤツがいるのか、などと考えているうちにトントン拍子で藤丸と沖田の間で話がついていた。

 お願いを言い出したのは私なんだけど……まあ、いいか。

 

「まずは有名どころの『藤紫の物絵巻』ですかね。紫式部さんのサークルです。昔ながらの巻物に物語と絵を付けて配布されているそうで、売り子は自身を"なぎこさん"だと名乗る謎のパリピギャルだとか」

「本人は当日に参加しないのね」

「ええ、なんでも『泰山解説祭(たいざんかいせつさい)』という術の影響が悪く出てしまうから、だとか」

「……なにそれ」

「話すと長くなるから後で説明するよ……」

 

 長くなるなら思い出した時でいいわね。今知りたいのは紫式部の術ではなくてサークルの情報だから。

 ……まあ、気になるのは気になるから後で聞いてみたけれど、『相手の思考や経歴などを、地の解説文みたいに、相手にのみ見えないように表示させる』なんてとんでもない術だった。

 相手の思考が周囲にダダ漏れになるんじゃ溜まったものじゃないだろうし、サバフェスとかいう密集地で発動した暁には……ああ恐ろしい!

 紫式部ってヤツがどんなサーヴァントなのかは知らないけど、サバフェス会場に入らないってのは英断だと思う。

 

「お次にインド系サーヴァントの方々で構成されたサークル『ガンジス・マサラ』。何でもサバフェス後夜祭のステージライブで本場のダンスを披露するとか」

「ダンスねぇ。ドラゴン娘がライブをやったり坂田金時がバンドしたりするのは聞いてたけど、ダンスを踊ったりってのもアリなのね」

「芸術の形は人それぞれだからね、そういうのも面白そうでいいんじゃないかな」

「ふーん」

 

 ま、私が踊るわけじゃないから別にどうだっていいわ。

 あのインド系サーヴァントたちがサバフェスの参加者側で、しかもダンスを踊るってのは意外だけど。

 インド系のダンスってどんなものだろう。特異点の新宿で踊ったワルツ? それとも人気のあるブレイクダンスかしら?

 

 てか、ダンスの話題が出たってのに隣にいるコイツは全く顔色を変えたりしないけど、私とのダンスを覚えてないのかしら。それはそれでなんか癪に触るわね。

 ……念のためにドレスを持ってきてたらよかったかしら。

 

「お、オルタ? 急に睨まれても反応に困るんだけど」

「なんでもないわよ。で、他には?」

「後は、アヴィケブロンさんとパラケルススさんのお二方が立ち上げたサークル、『ケテル・マルクト・ホーエンハイム』ですね。サバフェス1日前に行われる造形専門祭(ワンダーステージ)の優勝候補とまで言われているそうですよ」

「そんなのもあったわね。締め切り前日だったからすっかり忘れてたわ」

 

 ミケランジェロやロダンとかが現界しているなら、ソイツらの独壇場な気がしなくもないけど、意外な二人組が優勝候補なのね。

 ……いや、石造掘りって確か非常に繊細だって聞くし、現界のタイミングが悪いと作品の完成すら怪しいから当然と言えば当然なのかしら。

 

「私が知っているサークルはこれくらいでしょうか」

「え、それだけ? 思ったより少ないわね」

「新参サークルですからね、知らない方が多いに決まっているじゃないですか。ただ、サークル以外で有名な方々も多少は知ってますよ」

「……一応聞いておこうかしら」

「サーヴァント当人の御名前およびサークル名がわからない所でよく聞かれるのは、サバフェス後夜祭の夜に海上から満天の花火を咲かせる寡黙な"花火師" 、前触れなく大規模なパフォーマンスを敢行して終わると共に暗がりへ姿を消す"フラッシュモブのアサシン"、ピカイチの腕前を持つ礼儀正しき謎のカメコ"ライダー冤罪剣"などでしょうか」

「最後だけ聴き覚えがあるなあ……」

 

 言いたいことはわかるわよ。それを自分から名乗るのか、でしょ?

 別にいいんじゃない? 夏になると誰だって浮かれちゃうみたいだし。

 私としては"フラッシュモブのアサシン"とやらを一度は目にしてみたいものだけど。

 

「すみません、私が知っているのはこれくらいしかありません」

「ま、いい話が聞けたわ。割とこういったものに興味のなさそうなヤツらも参加してるものなのね」

 

 インド系のサーヴァントもそうだけど、藤丸から聞いた円卓の男たちもサークル活動に励んでいるそうだし、割と幅広いサーヴァントが参加してるのね、サバフェスって。

 

「沖田さんは何か知りたいことはない? 俺たちに答えられることなら答えるけど」

「でしたらマスター、土方さんがどこにいるか知りませんか? 空港で待ち合わせをしているのに一向に現れないのですよね。ただでさえ斎藤さんや永倉さんといった隊長格が現界してない人手不足な状況だというのに、どこで何をやっているのやら……」

「土方さんなら確かクカニロコで見かけたような」

「え、クカニロコにですか? なんで?」

「私だってなぜか聞きたいわよ」

 

 唖然とした顔で丸くなった目を向けられても困るんだけど。

 あの男はどうしてハワイ有数の、それも安産・子宝祈願のパワースポットに来てまで沢庵食べてる理由なんて知ってるはずないでしょ。

 というか、いつもどこでもアイツ沢庵食ってるわよね。もう"新撰組のバーサーカー"から"沢庵のバーサーカー"にでも改名したらいいんじゃない?

 

「そうですか……でしたらマスターも"新撰組"の一員となるのはどうでしょうか! マスターならサークルの掛け持ちくらいなら許可しますよ!」

「は?」

「あのー、勧誘しただけで殺気飛ばしてくるのやめてもらえません? 時が幕末なら即座に首を跳ね飛ばしますよ?」

「牛若丸といい切り替え早くて逆に気持ち悪いわね……」

 

 私も割と喧嘩好きだけど、ここまでパッと命のやり取りに意識を切り替えられたら逆に引くわよ。

 どっかで聞いたことわざ……だったか忘れたけど、『ヤガでもそれは引く』ってヤツよ、きっと。

 

「悪いけど、コイツ私のアシで重要な戦力なの。人手不足はこっちも同じなんだから、勝手にトンチキサークルに入られても困るのよ」

「えー、いいじゃないですかー! ね、ほんのちょっと! 爪先だけでいいので!」

「爪先だけ、かあ。……爪先だけ新撰組ってどうなのかな?」

「アンタはなにちょっとだけなびいているのよ。ていうか爪先だけで新撰組隊士になれるんなら、やっぱり名ばかりのトンチキサークルじゃない」

「単なるもののたとえですー!!」

 

 これだから揚げ足取ってくる相手は嫌いなんですよ、と不貞腐れている沖田だけど、それは同感。アンタもだいぶ相手をするのが面倒な方のタイプよ。私にとってわね。

 でも、ここでコイツに出会えたのは割と良かったかもしれない。

 正直なところ、あの聖女サマから聞けたサークルって漫画系ばっかりだったし。

 別に他の漫画系サークルの特色とか知れたのは良かったけど、それだけじゃこの祭典に関わる人たちの全体像が知れなかった。

 

 おまけに、話を聞くことでネームの改善箇所も見えてきた。

 私がコイツや聖女サマが苦手なように、主人公にだって苦手なヤツがいる。

 自分が描きやすい、思いつきやすい人物ばかりではなくて、絶対に描きたくない想定外な性格も加えてやるべきだと思う。人間、誰だって同じ性格で仲良しこよしだったりしたら逆に寒気がするし。

 

「さて、いい情報も得られたし、さっさとホテルまで戻るわよ。正直、こうして話してる時間も惜しいくらいなんだから」

「ちょっと、オルタ? 急に走らないでくれないかな! あ、沖田さん色々とありがとう! サークル活動頑張ってね!」

「は、はい。マスターも頑張ってくださいね!」

 

 藤丸め、なんでわざわざ別れ際の挨拶してるのよ。どうせ特異点を解消したらいつでも挨拶できるでしょ!

 私は思いついたアイディアを早く出力したいのよ! このままじゃ頭から飛んでっちゃうじゃない!

 あーあー、お互い別れ際がわからなくなって手を振り合っちゃって……もう、じれったい!!

 

「ったく、遅いわね。ほら、手!」

「え? う、うん」

 

 困惑した表情でおずおずと差し出された彼の手を引っ掴んで、さっさと戻るぞと足を早める。

 余計なことを頭の中に入れないように前から視線を外さないようにしてる私の耳に、沖田の声が聞こえてきた。

 

「オルタさーん、我々新撰組のお話もぜひ検討してくださいねー!」

「ええ、殺伐としすぎているからやめとくわ!」

「そんなー」

 

 アンタがいくらしょぼくれようが知ったことじゃない。邪魔しないで頂戴、今は早く描きたいの。

 きっと面白くなる会心のアイディアを、内側から外へと余すところなく出さなきゃなの。

 そうしなきゃ、アイツには勝てない。アイツを超えられる漫画なんて生み出せないんだから。

 

 

 そうして彼女はマスターの手を引いたまま、空港からホテルまで駆けていく。

 多くの視線を気にも止めず、ただ描き出したいという衝動を胸に抱き一心不乱に。

 無意識にまばゆい笑顔を浮かべるオルタに引っ張られていく困惑顔の藤丸は、まるでどこかにありそうな青春映画のワンシーンのようで。

 

 ……その日の夜にロビンの口から『エモいことしてるじゃねーか、お二人さん?』と、場を引っ掻き回す爆弾を投下されることとなった。




ジャンヌ・オルタ
だんだんと創作の楽しみを分かり始めてきた厨二病。
実はマスターに対して異性の目を向けることはあれど、恋愛対象としては見ていなかったりしる。
彼女からしてみると、藤丸は"長年付き添ってきた悪友もしくは舎弟"といったポジション。
ただ、誰にもその位置を取られたくないが故の独占欲であり、開き直る程度に認めているので非常にワガママ。

藤丸
創作に対しては未だ疎いマスター。
女性経験はないが、学生の頃は意外にも女友達が多い方だった。
そのためか女性から異性的に好かれるというよりは、気の合う同性として見られている節がある。

沖田総司
来年にケッタイな水着を貰うこととなった新撰組一番隊隊長。
ポンコツ幕末脳なのだが謎のカリスマ性があり、オルタたちと別れてからサバフェス終了までに数十名の隊士を加入させることに成功する。
ただし、ループの影響で翌日にはまた0名となる模様。是非もないよネ。


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大和撫子七変化!

メインシナリオ『ビーチの女王』直後のお話。
マシュ視点の物語となります。


 自分で撒いた種は自分で回収するべき。

 はい、ごもっともな事だと思います。

 ただ……今回ばかりは回収をお断りしたい事態となってしまいました。どうしましょう……。

 

「とりあえず借りた衣装からいくつか見繕って、それらの服に着替えてキャラを演じてもらいましょうか」

「あ、あのー。どうしてもわたしじゃないといけませんか……? 牛若丸さんでも問題ないのでは……」

「牛若丸だと普段のキャラが強すぎて話にならないのよ。かといってロビンや藤丸に着てもらうのも、ねえ?」

「マスターはどうか知らねぇが、少なくともオレは御免だからな!?」

「いやいや、俺だって女装は無理だよ!?」

 

 お借りした衣装が全て女性物ですからね、マスターやロビンさんが嫌がるのはもっともな話ですが、今はもう一人くらいお仲間が欲しい気分です。

 ……はあ、まさかこんなことになるなんて……。

 

 

 事の発端はオルタさんが欲しがっていた資料……『傲慢ちきで、自分が世界一美しいと考えている感じの女性が、(ひざまず)いている写真』が手に入らず、仕方がないので不肖わたし、マシュ・キリエライトがその役を演じてみたのが始まりでした。

 

「ふーん、そんな経緯でアンタがメイヴ役を演じて見せたってことね。言ってくれないとわかんないわよ、そんなの」

「ですよね。申し訳ありません……」

 

 どうにもオルタさんから見ると、わたしが変な呪いにでも掛かったようにしか見えなかったそうです。

 確か何かを演じて見せる、なんてわたしには初めての経験なような気もしますし、上手いこといかないですよね。

 

「ん。まぁいいわ、へったくそだったけどそのやる気だけは買ってあげる。せっかくだから出そうとしている他のキャラも演じてもらいましょうか」

「あ、ありがとうございま…………え?」

「出来たら衣装も欲しいわね。牛若、なんかいい案ない?」

「でしたら確か刑部姫が参考資料にと、黒髭殿から衣装を何着か借りていらしたかと。ちょっと借りられるか聞いて参りますね」

「え、あの……」

 

 褒めてくださるのは嬉しいのですが、ちょっと想定外な話になってきました。

 これも良い機会ではあるのでしょうが、流石にわたし一人だけが服を着替えて演技をするというのは気が引けるのですが。

 

「ちょっとオルタ、まずはマシュに確認を取ってからじゃないかな? どうにも状況が掴めてなさそうなんだけど」

「まあまあ、そう固くなりなさんなよマスター。お前さんだって、マシュ嬢ちゃんの普段見れない服装に興味がないわけじゃないだろ?」

「いや、まあ、……うん。正直なところ、興味あるけど……」

「先輩!?」

 

 まさかロビンさんが先輩を言い包める側に回るなんて……!

 って、驚くほどのことでもないような気もしますが、どうしましょう……これでわたしの味方と言える方がいなくなってしまいました。

 せめて、牛若丸さんが刑部姫さんから衣装を借りられなければ、あるいは────。

 

「皆様、お待たせいたしました! 刑部姫にお聞きしたところ、快く数着お借りいただけました!」

「でかしたわよ、牛若!」

「まあ、そうなりますよね……」

 

 うきうきした笑みで戻られた牛若丸さんの手元には複数の衣装が掛けられていました。

 これはもう、どうあがいてもやるっきゃないようです。

 

 

 ……といった経緯で、わたしはコスプレを披露した上でオルタさんが望むキャラを演じるなんて状況になっていたのでした。

 

「まずはメイド服でしょ。コスプレって言ったらメイド、これに限りますよ」

「まあ妥当よね。てなわけで牛若、着替えの手伝いしてやって」

「任せて下さい! とはいえ私は、服を着せたり脱がしたりといった経験はないので、アドバイスをお願いいたしますねマシュ殿!」

「わ、わたしにもそんな経験はありませんが……」

 

 むしろ、そんな経験のある方がこの場にいらっしゃるとは思えませんが、それはさておいて。

 いつの間にか決まってしまった状況ではありますが、こうも皆さんから期待の眼差しを向けられてしまっては背に腹を変えられません。

 

「わかりました。不肖マシュ・キリエライト、皆さまのご期待に添えるようなキャラクターを演じてみせます!」

 

 そうして牛若丸さんを連れて意気揚々と隣の部屋に着替えに向ったのですが……あまりにも気が逸っていたようです。

 着替えを終えて部屋の前に立つ頃には緊張で声が震えていました。

 

「おおおお待たせしました! マシュ・キリエライト、入室します!」

「……私っていつから面接官になったのかしらね?」

「着慣れない服を着て人前に立つのは割と勇気がいるものだから……。落ち着いてからでいいよ、マシュ」

「い、いえ、大丈夫です、先輩! マシュ・キリエライト、行けます!」

 

 しかし、一度ドアを開け放てば落ち着かせたはずの気持ちが一気に乱れてしまうものでして、

 

「おおお帰りなさいませ、ご主人さま! ごごごご注文はいかがいたしましょうか!?」

「なんでメイド喫茶口調なのよ」

 

 仏頂面で出迎えたオルタさんに、ぐさりと一言物申されてしまいました……ぐすん……。

 

「おや、メイドというものはこのようなものだと、黒髭殿からお聞きしましたが、どこかおかしかったでしょうか?」

「牛若の入れ知恵? ふつーにおかしいわよ。主人を迎えたメイドが注文がないかって問いかけるワケないでしょ」

 

 です、よね……ちょっとおかしいんじゃないかなとは思っていたのですが、頭が真っ白になってしまってこの言葉しか出て来なかったのです。申し訳ありません……。

 

「こら、目を伏せないの。着ているのは際どいミニスカじゃなくてシンプルなクラシカルスタイルなのに、恥じらいとか不安が前に出てて役になりきれてないわ。それじゃ資料にならないじゃない」

「いやいや、これはこれでいいもんだぜ? 不安げな顔で恥ずかしさに頬を赤らめるウブさなんて、クラシカルなメイド服に似つかわず逆に映えるだろ。なあ、マスター?」

「い、いきなり俺に振らないでくれない!? 似合ってることを上手く口にできるよう、今考えているから!」

「先輩……」

 

 難しい顔をされていると思ったらそんなことを考えていたんですね……。

 大丈夫ですよ、先輩。似合ってるって言ってくださるだけでも、わたしは凄く嬉しいです。

 もちろん、ロビンさんみたいに詳しく言ってくださるのも嬉しいですが、嬉しさに大小差なんてありませんから。

 

 ……ただ、あまりにも具体的に褒められると、場合によってはちょっと引いてしまいそうになりますけど。

 

「じゃあ、いくつかポーズを取ってもらおうかしら。それが終わったら、次はこれに着替えてきて」

「次はチャイナ服ですか。了解です!」

「つ、次はもうちょっと、緊張しないように頑張ります!」

 

 衣服を持って颯爽と駆け出していった牛若丸さんを追いかけようと振り返って、長い丈のスカートがふわりと揺れる。

 それがちょっとだけ新鮮で、自分のことなのに可愛らしく見えて、頬が緩んだ。

 

 ……でも、次の衣装に着替える頃にはそんな気持ちもどこかに吹き飛んでしまいました。

 

「し、失礼します。え、えーと、そのぅ……」

「あー、さっきはああ言ったけど、無理にキャラ付けしなくていいわよ。恥じらいなんてそう簡単に捨てられるものじゃないし、ないものは自分で補完するわ。とりあえずポーズを取ってもらう程度で妥協するわよ。それくらいならできるでしょう?」

「は、はい。任せて下さい!」

 

 オルタさんは口調こそ強いですがちゃんとわたしを気遣ってくれてますし、その期待に応えられるように努めたい、とは思うのですが……。

 

「なんか動きがギクシャクしてるわね、もうちょっとシャキッと動けない?」

「す、すみません……。スリット、と呼ばれる切れ込みがどうしても気になってしまいまして……」

 

 今わたしが身につけているチャイナ服は赤を基調とした体にフィットする綺麗な衣装なのですが、左足のスリットが腰付近まで伸びている仕様となっていて、これが、その……地味に恥ずかしいのです。

 

「普段の鎧姿よりも露出は控えめなはずですが、どうしてでしょうね?」

「そりゃあ、素肌を全て隠せそうなほど長い丈の衣服を着ているのに、少し動くだけで切れ込みの入っている腰付近まで見えちまうってのが気になるんだろ。赤の服に艶やかな白い足はとても映えるからな」

「ま、その部分こそチャイナ服の醍醐味みたいなものだし、視線を集めるには十分な破壊力を持っているものね」

 

 皆さんが各々の意見を交えながらわたしの足に注目してくるのも、恥ずかしさの原因とはなっているのですけどね。

 ただ、マスターはさっきよりわたしの方を見てくれないのはなぜでしょう。あまり似合ってなかったのでしょうか……。

 

「マシュお嬢さん、マスターなら気にしなさんな。男ってものは直視できるもんとできねーもんの二つに分かれてて、マスターは後者なだけなんすよ」

「……?」

「私が言うのも何だけど、アイツただのムッツリなだけだから。アンタの服が似合ってないってことじゃないわよ」

「む、ムッツリなんかじゃないって! ……ちゃんと見れなくてごめん、マシュ。でも似合ってるよ」

「そう、ですか? ……ありがとうございます、マスター!」

「はいはい。とりあえず見たいものは見れたわ。じゃ、次はこれで」

 

 

 ────こうして、わたしは着せ替え人気みたいに色々な服を着てまわりました。

 中には男装用スーツであったり、先輩の通っていた学校の制服に似た衣服もあったりして、普段では感じられることのない新鮮な経験ができたと思います。

 ただ……。

 

「はい、お疲れ様。とりあえずこんなもんかしらね」

「大丈夫でしたでしょうか」

「ん? と言うと?」

「わたしはあまり上手く演じることができませんでしたし、衣装が似合っていてもオルタさんの資料にならなければ意味がないので……」

 

 わたしが着替えていたのは、あくまでオルタさんが求めていた資料が手に入らなかったから、代わりの資料としてのことでした。

 だから、役に立てなければ意味はないですし、貴重な時間を無駄にしているだけだと、そう思ってしまうのです。

 

 対して、オルタさんは小さくため息を吐いた、ように見えました。

 呆れからだと思うけれど、失望は感じられなくて。……ただ純粋にバカなことを喋っていると言いたそうに。

 

「あのね、上手いか下手かなんてどうだっていいのよ、今書いてる漫画の登場人物だって演者の卵だし、熱意に突き動かされているバカばっかなんだから」

「熱意ですか。刑部姫さんが言っていましたね、アマチュアだからこそ熱意だけは忘れてはいけないと」

「ええ。私だってそう、同人姫からしてみたら『アイツに負けたくないから』っていう熱意に動かされているらしいし、最初はそれが何よりも大事なんでしょ? だったらアンタが着替えていたのも決して無駄にはならないわよ」

「オタクもたまにゃいいこと言うじゃねえか。そう、肝心なのは楽しむこと。出来栄え云々はひとまず置いといて、まずは心の底から楽しみましょうやマシュお嬢さん」

「たまになんてことはないでしょ。けどまあロビンの言う通りよ、衣類なんてものは自分を飾るもの。恥ずかしがっていたら飾られているように見られるわよ」

 

 ロビンさんに口を出されて少しばかりムッとしたようですが、オルタさんなりに励ましてくれているのでしょう。普段からは考え難くはあるのですが、案外世話焼きなところもあるのですよね。

 

 ……熱意。確かにさっきまでのわたしは皆さんのお役に立とうと思う熱意だけはあった気がします。

 ですが、やはり上手く演じられているわけではないのは事実。

 

「でしたら、どうすれば良いのでしょうか?」

「簡単な話よ。自然体でいなさい」

「そ、それだけで良いのですか?」

「当然でしょ、外も中も取り繕ってたらあまりにも作り物臭くて見てらんないわよ。アンタは素材が良いんだから、何を着たって堂々と自分を演じてたらいいの。変なスイッチが入っているタイミングなら着こなせる服のレパートリーが増えそうだから尚更ね」

「……はっはい!」

「何よ、今の間は」

「いえ……オルタさんって、ファッションへの理解も深いのですね」

「これくらい当然でしょ。プロはもっと沢山のことを考えているんだから、そう簡単に詳しいなんて言わないの」

「ホント、お前さんはどうしてそうも卑屈になるかねぇ……水着のセンスはお前さんらしくていいと思うんだけどな」

 

 確かにロビンさんの言うとおりです。オルタさんは存外知識が豊富なのですから、もう少し自分の事を認めてもいい気がします。

 ただ、わたしも人のことを言えそうにないので口を噤んではいますが。

 

「それより、意外だったのはコイツね。水着サーヴァントを見慣れているんだから、ちょっとばかり過激なのを見ても大丈夫だと思ったらこの有様よ」

「それに関してはオレも同意だわ。漫画でもないってのにショックのあまり失神するなんてな」

 

 そう、私としてもビックリだったのですが、先輩はどうやら刺激が強いものには弱かったみたいです。

 オルタさんの悪ふざけでちょっと露出が強めの衣装を着たところ、十秒も経たずしてその場で失神するとは……。

 今はベッドに寝かせていて、牛若丸さんにミネラルウォーターを買いに行ってもらっているといった状態でした。

 

 先輩には悪いですが意外に可愛らしい面もあるのだと初めての発見でした。

 ただ、お二方が調子に乗って横になっている先輩をつつき始めたので、その邪魔になるようにベッドに座りますが。

 

「ただまあ、マスターは一度としてマシュお嬢さんの服が似合わないとは言わなかったんで、そこんとこは自信を持っていいと思うぜ」

「そう、でしょうか」

「そうそう。たださっきみたいな刺激の強いのはあんまりみたいだけどね。こいつにとってはアンタが自然体でいられる服が好みなのよ、きっと」

 

 それなら、よかったです。

 慣れないことをしてしまったせいで、先輩に迷惑をかけてしまったのではないかと心配していたので。

 

 でも、色々と着替えてみてわかりました。────普段着ることのない服に着替えてみるのはとても楽しいと。

 いつものわたし、マシュ・キリエライトとしての振る舞いが、服を替えるだけで全然違ったものに変わるのですから。

 これはきっと、オルタさんが言っていた情熱に繋がるものなのでしょう。

 創作ではないですし、私自身の内面が変わったわけではありません。それでも、普段とは違う自分を演じ、内側にある感情を外側に出すという行為に繋がる着替えというのはとても楽しいと、そう思います。

 

 あくまで今回はサバフェスの資料役として様々な服に着替えましたが、またいつか機会があれば、もっといろんな服を着てみたい。

 そして、先輩にみてもらいたいな……なんて、思いながらわたしは真っ赤な顔のまま眠っていらっしゃる先輩の頭を撫でるのでした。




あとがき人物紹介その8

マシュ
着せ替え人形にされるうちにコスプレ趣味に芽生え始めた後輩。
元々変装に関しては興味があったところを今回の件で熱が入ったらしい。
カルデアに戻ってからも時折こっそりとコスプレをしはじめ、ハロウィンではなんとデンジャラスな衣装を披露するほどに。
……ただ、その翌日に理性を取り戻したのか、数日間は恥ずかしさのあまり他人の顔を見れなったとのこと。

藤丸
あまりにもウブだったカルデアのマスター。
実のところ肌色耐性や過度な露出に耐性がないわけではなく、相手がマシュだったからこそ見てられなくなったのだが、それを知っているオルタやロビンは面白いから敢えて黙っているのだった。

ジャンヌ・オルタ
マシュにコスプレ趣味を芽生えさせた張本人。
地味に自己満足感が低く、自身が求めるクオリティーは結構高め。

ロビンフッド
今回は逆に苦労させる側に回った苦労人。
多くの女性に声をかけてきた経験からか、衣服の褒め方などが上手。語彙力も強め。

牛若丸
着せ替えの手伝いや買い出しなど今回は裏方に回りがちだった平安武士。
言動がバーサーカーっぽいことを除けば指示に従い予想以上の成果をもたらしてくれる筋金入りの忠犬。


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