黄色い閃光inダンジョン (いちごぎゅーにゃー)
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彼の名は

ある世界の救世主がオラリオにいる。そんなパターンもあってもよくね?


ある日のこと。

 

雲ひとつなく太陽が街ゆく人を照らしている。

 

そんな日。

 

争いなんて起きる余地のないほど気持ちのいい天気の日において、ロキ・ファミリアのホームである「黄昏の館」にある広い修練場で、金属のぶつかる音が鳴り響いていた。

 

「......っ!!」

 

「これはどうかな」

 

音の正体は2人の冒険者が奏でる演舞のもの

 

互いに金色の髪を揺らしながら武器をぶつけ合う。

いや、ぶつけ合うと言うよりかは戦っている2人のうち、男の方が手ほどきをしてあげているように見える。

 

金髪の少女が地面を踏み締め自分自身が持てる最高、最適の攻撃を、自他ともに認める剣技で繰り出しているのに対して、男は「クナイ」と呼ばれる極東において忍者(・・)が好んで用いる武器を使い、涼しそうな顔で少女の剣を捌きつつ、時おり隙をつくように反撃をしている。

 

「むう....」

 

「さすがだね」

 

「ああ」

 

ファミリアの重鎮であるドワーフ、小人族(パルゥム)、エルフが男の技量に対して感嘆の意を表す。

 

少女が剣を構える瞬間をついた刺突、この広いオラリオの中でも指折りの剣技とステイタスを誇る少女の攻撃を容易く受け流す防御力。

 

三人の目から見ても少女と男の技量は隔絶しているものに見えた。

 

「ほら。もっとスピードをあげるよ」

 

その言葉を合図にするかのように男のスピードが更に増す。

 

右、左、男が手にもつクナイに気を取られてばかりいるとどこからともなく蹴りが少女を狙う。

 

「っ!?」

 

少女は男の右足から繰り出され、自身の左腹を狙う蹴りを無理やり体を捻ることで回避する。

 

が、

 

「まだまだ甘いよ」

 

無理やり躱したことで生じた隙を目の前の男が逃すはずもない。少女の重心が僅かにズレたことを逃さす、男は少女の右足に自身の左足をかけて少女のバランスを完全に崩した。

 

「....あっ」

 

重心がブレ、男の足払いによって完璧にバランスを崩された少女はたまらず尻もちを着いてしまう。そんな大きな決定機を相手が許してくれるはずがない。そう思って次に来るであろう攻撃による衝撃を覚悟した少女は、目をつぶって体に力を込めて衝撃に備えた。

 

「......え.....?」

 

けれどもいつまでたっても体に衝撃が襲ってこなかった。そのことを不思議に思い目を開けると、そこには先程まで男が出していた鋭い雰囲気が嘘のように思えるような、とても人あたりのよさそうな笑顔が少女を待っていた。

 

「うん。今日はここまでにしようか、()()()。3人にいつまでも俺達のことを待っててもらうのも申し訳ないしね。でも、だいぶ技は良くなってるよ。これなら俺に攻撃を当てるのもそう遠くないかもね」

 

金髪の少女、アイズは少しだけ男の言葉にムッとする。元々精神年齢が高くなく、周りの大人たちや明るい仲間たちに、いつも良くしてもらってきたアイズは割と子供っぽいところがある。もっとも、このことは、ファミリアの最古参メンバーや主神であるロキくらいしか知っていないため、アイズがこのような態度をとることはほとんどの仲間は知らない。都市でも数少ないレベル5であるアイズの攻撃を容易く防ぎ、子供を相手した様に防御を崩された。にも関わらず自分を慰めようとしてくれる男の言葉に含まれる優しさに、心の中では理解していても顔には不機嫌さが出てしまう。

 

そんなアイズの一面を知らないファミリアの家族が見たら驚愕するであろう彼女の態度を、見て男は笑みを更に浮かべた。

 

「そんなにムッとしても俺は流されないよ。君はいつもそうやってもう1回って言ってくるんだから」

 

「でも、私レベル5になってからも()()()に攻撃を当てれたことが無い....」

 

ミナトと呼ばれた男は苦笑を浮かべる。そんな表情でも男は女性を引きつけるようで、目の前でその顔を見せられたアイズは少しばかり頬を染める。

 

「これでも都市最速って呼ばれてるからね。簡単には当てられてあげないよ」

 

ナミカゼ・ミナト

 

オラリオ内でも数人しかいないレベル6であり、ロキ・ファミリアの幹部でもある。その特有の魔法を用いた超高速戦闘をスタイルとすることから、神々から付けられた二つ名は【黄色い閃光】

 

文字通り都市最速を誇り、ロキ・ファミリア最大戦力の1人である。ちなみに、同じく都市最速と謳われるフレイヤ・ファミリアの【女神の戦車】(ヴァナ・フレイヤ)からはすこぶる嫌われているとかなんとか

 

「オラリオ内でも屈指の速さのアイズを相手に何を言っておるんだか....もうちょいお主は手加減してやろうとは思わんのか」

 

二人のやり取りを見ていて、少女を少しばかり可哀想に思ってガレスはミナトに対してやや非難の目を向ける。

 

「まあまあ、ガレス。僕達でもミナトに攻撃を当てるのは至難だろう?」

 

「そもそもこのオラリオでミナトに攻撃を当てれるものなど【猪者】くらいのものであろうに...」

 

「ハハハ.....3人ともお待たせしてしまいすみません」

 

ミナトはロキ・ファミリアの中でも古参メンバーであるが、目の前にいる3人はファミリア結成当初のメンバーであり、かつミナトよりも冒険者歴が長い。そのため普段から敬意を表してガレス達には敬語を使っている。もっともミナト自身の性分でもあるのだろうが。

 

『 ワシの力を使わないからだぞ、ミナト。あの娘にわざわざ付き合ってやるお前の気が知れん』

 

ミナトにしか聞こえない伝心のようなもので、彼の中に宿る存在が不満を表す。

 

「(君の力をこんな所で使ったりしたら辺りがめちゃくちゃになってしまうだろ?今日はアイズの鍛錬に付き合う約束だったんだからさ)」

 

そもそも、なぜミナトがこのような意思疎通な存在を己の中に宿してるかは、彼がレベル6になった時に遡る。当時ロキ・ファミリアが定期的に行うダンジョン遠征から帰ってきて後片付けが済んだ後、ミナトはステイタス更新を主神であるロキにお願いした。自分の可愛い眷属(子供)達が誰一人欠けることなく無事帰ってきた事を喜んだロキは、好物である酒を浴びるように飲んだ。そうして良い感じに酔いが回り始めた頃、部屋を訪ねてきたミナトのステイタスを更新した際、彼女は2つのことで大いに驚いた。1つ目はミナトのレベル5からレベル6へのレベルアップ。ファミリア内でもレベル6は最古参の3人しかいなかったため、ミナトとロキは2人して喜んだ。が、2つ目の要因に対してロキは絶句する。

 

『 九尾の妖狐』

 

前代未聞のレアスキルの発現。内容は主に伝説の妖狐をその身に宿し、その力を行使できるというもの。神であるロキはその手の伝承には聡い。そのためミナトが発現させたスキルの凄まじさをすぐに理解した。小さい頃から見守っていた自慢の子が都市最強に足を踏み入れ、伝説の九尾をその身に宿したことは、それはもう子煩悩であるロキを喜ばせた。遠征直後の真夜中だったにもかかわらず彼女は大いにはしゃぎ、何事かと心配したファミリアの面々が皆ロキの部屋の前に集まる。すると聞こえてくるのはロキの嬉しそうな声。「ああ、またか....」と、いつも通り慣れてる光景であったことにホッとしたロキ・ファミリアの家族達は自身の部屋に戻ろうとした時、「ランクアップおめでとうミナト!ほんま大きくなったなぁ....」

 

その言葉が聞こえ、事のめでたさを理解したために、

「おめでとうございます!」

「凄いなぁ。かっこいいなぁ...」

「ミナトさんも遂に団長達と同じレベル6ですね!」

「いつも私たちを守ってくれてありがとうございます!」

「ミナトさんかっこいいです.....」

「さすが。団長と並んでオラリオ1モテる冒険者です」

「羨ましいっス...俺も頑張ればモテるっスかね?!」

 

若干後半辺り関係ないようなセリフがあった気がするが、皆ミナトのレベルアップを祝福した。元々今みたいに持ち上げられるのを得意としていないミナトは「ハハハ....ありがとう皆」と微笑を浮かべてお礼を述べた。

 

なおロキの部屋に集まってた者達は、深夜にもかかわらず騒ぎ過ぎたことについてリヴェリアに大目玉を食らい、長々と説教を受けたのは余談である。

 

 

『あの猪野郎とやり合う時くらいしかワシを使わんだろうが。』

「(彼と戦うってなると、俺の攻撃じゃ軽すぎるからね。俺だけで対処できない時にこそ君の力を頼りにしてるんだよ)」

『 .......物は言いようだな』

「(そんなことはないさ。いつも頼りにしてるよ、九喇嘛(クラマ))」

『 ふん.....』

 

九喇嘛と呼ばれたように九尾の妖狐には名前があり、初めて名前を教えてもらった際にミナトはとても喜んだ。スキル発現当初、九喇嘛は険悪な雰囲気を出していてミナトとロクにコミュニケーションをとろうとしていなかった。けれども、数々の冒険を共に乗り越えていくことで次第に2人の距離は縮まっていき、九喇嘛自身の口から名を聞くことが出来るまで関係を深めることができた。それでもミナト以外には自身の名を教えないあたり、生来の陰険さは変わっていない。

 

「さ、そろそろ食堂に行きましょうか」

「そうだね。そろそろティオネ辺りが騒いでそうだ」

「そん時はお主がその小さな体で抱きしめてやれい」

「まったく...」

 

軽口を叩きながらフィン、ガレス、リヴェリアの3人は訓練場を後にする。

 

「.....むぅ」

「うん?」

 

3人が出ていったことで2人きりになった空間。アイズは先程の勝負に納得していない様子で、その端正な顔を膨らませていた。その様子を見兼ねたミナトは何も言わず苦笑を浮かべながらアイズの頭を撫で、膝を曲げて視線を彼女と同じところまで下げ「また今度ね」と、アイズの額を指で小突いた。アイズがそれに恥ずかしがってオロオロしている間に、ミナトも先程の3人と同じように訓練場から食堂へと向かった。

 

「今度こそ....必ず....」

 

叩かれて少しばかり赤みを帯びているおでこを手で抑えながら、金色の少女は自分よりも遥か高みにいる(ミナト)に追いつくため、隣で一緒に戦うため、彼の背中を支えるため、そして自身の憧憬に認めてもらうために小さく意気込む。

 

「ティオナ達が待ってる....、速く行かないと.....」

 

その言葉を最後にアイズも訓練場を後にする。食堂の方に近づくと聞きなれた仲間達のやり取りが聞こえてくる。

 

「皆...おはよう」

 

少女もまた和に加わろうと声をかけながら仲間たちの元へと向かった。

 

 




四代目が出てくる二次創作って少ないなと思い、気まぐれ全開で書いてみました。更新するかは分かりません


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一番いけないことは自分をダメだと思うこと

クシナ枠誰にしよう....
怒ったら怖そうなのはやっぱエイナさんよな

追伸

なんか二次創作ランキング乗ってるんだけど....


度重なる咆哮と武器が奏でる騒音が鳴り響いている。複数の種族からなるヒューマンと亜人(デミ・ヒューマン)の一団がモンスター達に立ち向かっている。冒険者達を迎え撃つのはヤギに似た大角を持つ人型のモンスター達。異形に立ち向かう勇敢な冒険者たちはモンスターの大群を相手に奮闘する。

 

 

「盾ェ、構えぇッ!!」

 

団長(フィン)の号令とともに盾と怪物との衝突音が辺り一体で鳴り響く。

 

「陣形を崩すな! 後衛組はそのまま攻撃を続行!」

「ええい!リヴェリアは何をしとるッ!さっさと詠唱を完成させんかッ!」

 

二枚の巨盾を構え大量のモンスターを受け止める筋骨隆々のドワーフ、後方より矢と魔法を打ち続けるエルフと獣人。

 

「いっくよぉぉッ!」

「リヴェリアの詠唱が完成するまで耐えるわよ!」

 

褐色の肌をこれでもかと見せびらかしていて、それでも下品さよりも爛漫さが目立つアマゾネスの姉妹は、レベル5のステイタスを存分に活かして戦場を駆け巡る。

 

「「「ッッッッッッッ!!!」」」

 

数多の冒険者とモンスターが蔓延る場において、冒険者側の陣形の中心には1本の旗が冒険者達を言外に鼓舞する。刻まれているのはオラリオでも屈指の強さと気高さを誇る道化師(トリックスター)のエンブレム。

 

「ティオネ、ティオナ!左翼が持たない!支援を急げッ!」

 

この場に置いて最も小柄であるが、首領の責任を十二分に務め、ファミリアの仲間達から尊敬と信頼を一身に受けるフィンは的確に、かつ迅速に指示を飛ばす。

 

「も〜う!こんなんじゃ体がもたないよ〜っ!」

「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと手助けに行くわよ」

 

指示を受けた姉妹が疾走し、陣形の左翼付近にいたモンスターを一瞬で屠る。

 

「リヴェリアまだぁぁ!?」

 

アマゾネスの少女が絶えることなく現れるモンスターの群れに辟易とし、我慢できず不満を漏らす。

 

「【間もなく、焔は放たれる】」

 

魔法と矢が絶え間なく連発する魔道士部隊の中心より、この戦場の決め手となる歌が紡がれていく。女神をも超える絶世の美貌を持つハイエルフが、白銀の杖を水平に構え魔法の詠唱を続ける。

 

だが、モンスター達も黙ってはいない。モンスター達の中でも一際巨大な一体が盾を構える前衛部隊を襲う。尋常でない膂力を存分に活かしたタックルは盾を吹き飛ばし、前衛部隊の一角を吹き飛ばした。

 

「ベート、フォローしろ!」

「ちッ、何やってやがる!!」

 

狼人(ウェアウルフ)の青年が自身の務めていた遊撃を中断し、自慢の脚をもって急行するが、間に合わない。数匹のモンスターが突破された箇所から陣営内に侵入してくる。モンスターの侵入を許したことで、それまで前衛部隊に守られていた魔導師達が危機に瀕する。

 

「レフィーヤ!?」

 

真っ先に突破してきたフォモール(モンスター)の攻撃を受け、エルフの少女が吹き飛ばされる。致命傷こそ避けたが自身よりも明らかにステイタスが上なモンスターの一撃は、吹き飛ばされた少女の体を一時的に機能停止にさせるほどの威力はあった。

 

「ーーーあ...」

「フォーーッ!!」

 

動けない少女の元へフォモールが追撃を仕掛けようと近づく。先程の攻撃によるものと、目の前の巨体に対する恐怖でレフィーヤは直ぐに身動きをとる事ができない。目の前でモンスターが手にもつ持つ鈍器を振りかぶるのが映った。

 

 

 

 

 

直後、モンスターがどこからともなく飛来した蹴りによって吹き飛ばされる。

 

「えっ?」

 

レフィーヤの視界に金色の髪と白のマントが映る。

 

「怪我はないかい?」

 

彼女の危機を救ったのはロキ・ファミリアが誇る都市最速の冒険者。戦場の至る所に一瞬で現れては一瞬でモンスターを倒し、フィンよりベートと同じく遊撃を任された男。その速さと戦闘スタイルよりオラリオの住民からは【黄色の閃光】と畏怖されている。また、数年前の戦争遊戯(ウォーゲーム)を目にした者達からは、敵対した際には必ず逃げろ。と言われるほどの実力者である。

 

「ミナト!!」

 

レフィーヤの無事と駆けつけた助っ人の登場に喜び、ティオナが歓喜の声をあげる。

 

「無事みたいだね、よかった。ほらポーションだよ。これを飲んで回復をしたらまた俺達を自慢の魔法で助けてね」

 

懐から取り出した回復用のポーションを少女に渡す。受け取ったレフィーヤは助けられた嬉しさと、みっともない所を見せてしまったことを恥じ、頬を赤くしながらポーションを少しづつ飲む。しかし、助けてくれた青年(ミナト)の10メートルほど後方より、先程蹴り飛ばされたフォモールが鈍器を振り回しながら接近して来るのが視界に映り、レフィーヤは顔を青くした。自分の命を救ってくれた恩人に危機が迫っている、けれども先程の恐怖がまだ体を支配するために上手く声を出すことができない。そんなレフィーヤの様子を見て状況を理解したミナトは、恐怖に震えるレフィーヤの頭をそっと撫でて微笑む。「大丈夫」と。

 

瞬間ミナトの姿が消える。レフィーヤも、今しがた襲ってきたフォモールも急にミナトを見失ったことに驚愕する。

 

 

「螺旋丸!」

 

声と共に先程のフォモールの背後から、風きり音を発した青い球状のモノを手のひらに形成したミナトが現れ、()()をフォモールの脇腹にぶつける。高密度の魔力によって形成された攻撃を受けたフォモールは、轟音がなったと思えばレフィーヤの視界の遥か彼方へと吹き飛ばされ、弱点である魔石を破壊されたのか、その身を灰にして消えた。

 

「さっきの蹴りの時、既にマーキングを付けておいたのさ」

「そ、そうだったんですね...」

 

【飛雷神】

 

ミナトが【黄色い閃光】と呼ばれる所以になった()()()()()()

 

ミナト自身を起点とし、あらかじめ付けておいたマーキングの箇所へと移動する魔法。点から点へと移動するこの魔法は時間を必要とせず、どんなに離れた距離でも一瞬で移動することが出来る。戦闘においてミナトは、普通の冒険者が敏捷と呼ばれるステイタス値によって、移動スピードが左右されるのに対し、マーキングを付けた場所へ一瞬で移動し、敵の反応速度を超越した攻撃を仕掛けることが出来る。そのため、1度マーキングを付けられてしまえば、マーキングはミナトにしか消せないため、どこへ行ってもミナトから逃げることはできず、気づいた時には攻撃されているという圧倒的不利な状況にされてしまう。この魔法を活かした超高速戦闘こそがミナト・ナミカゼの戦闘スタイルである。

 

「あ、あのッ!」

「ん、なにかな?」

「助けてくれて、ありがとう...ごさいました...」

 

ようやく恐怖から脱したレフィーヤは、命の恩人に対して感謝を述べる。言葉が途切れ途切れになってしまったのは恥ずかしさからだろうか。

 

「どういたしまして。でもね、ファミリアの家族を守るのは当たり前だし、俺も君たちの魔法にいつも助けて貰ってるからお互い様かな。ありがとうね」

 

まさかのお礼返し。

 

底抜けのお人好しで知られる目の前の朴念仁(ミナト)は、今のように誰ふり構わず優しくする傾向がある。この対応がオラリオ中の女性を魅了し、いつの間にか恋慕の意を向けられているのだが、いつもミナトはその好意に気づいていないのか、はたまた気付かないふりをしているのか、主神であるロキやファミリアの最高幹部3人の悩みの種になっている。

 

「え、えと...いえ...こちらこそ....ッ!」

「うん。それじゃあ俺はまた持ち場に戻るから、今度は気をつけてね」

「はいッ!ミナトさんもお気をつけて」

 

少女の激励を受け、ミナトはその場から【飛雷神】で飛ぶ。

 

 

 

 

 

 

「【ことごとくを一掃し、大いなる戦乱に幕引きを】」

 

陣形の後方。莫大な魔力の高まり。ミナトとレフィーヤのやり取りの間に、リヴェリアの魔法が遂に完成へと至ろうとしていた。

 

「【焼きつくせ、スルトの剣。我が名はアールヴ】」

 

リヴェリアの足元から弾ける音とともに魔法陣(マジックサークル)が拡大し、戦場にいる全てのフォモール達の足元へと広がった。

 

「総員、退避!!」

 

フィンの指示を機にロキ・ファミリアの面々が一斉に後方へと移動する。全員の避難が確認できたリヴェリアは更に魔法に魔力を込める。

 

「【レア・ラーヴァテイン】!!!」

 

全戦域が射程圏内。迷宮都市オラリオでも最高と名高いエルフの魔道士、リヴェリアの攻撃魔法が完成する。

 

豪炎がモンスター達の足元より現れると、それが無数の炎柱となり、フォモール達を串刺しにするどころか、その巨体ごと丸呑みし、その体を焼き尽くした。

 

リヴェリアの超広範囲殲滅魔法により、大量のモンスターは一掃され、戦場に幕が降りた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中規模ほどの野営風景が広がっている。

ロキ・ファミリアの冒険者達がテントを設置しようとしている。機材を肩に担ぐ者、地面にテントを縫いつけるために鉄杭を打ち込む者、軽く走りながら伝言を言い渡していく者、皆自分のやるべき事に勤しんでいた。多くのヒューマンと亜人(デミ・ヒューマン)が交ざり合うその場所に、2つの金髪がなびいた。

 

「また指示を無視して飛び込んだんだって?」

「......うん」

 

ミナトとアイズである。ちょうど先の戦場でアイズが暴走したことについて説教をしているようだ。ミナトが言葉を発する度に、心無しかアイズの身長がどんどん小さくなっているように感じる。

 

「そんなことをしたら危険に陥るし、周りも君のフォローをしなくちゃいけないのは分かるよね?」

「..................うん」

「君が強くなりたいのは知っている。けどね」

 

ポンっと

 

「....えっ...?」

「もう少しティオナ達も頼ってあげなさい。君は1人じゃないんだから」

 

元々無口で言葉数の少ないアイズは、自分の意見を人に伝えることを苦手としている。何も言わずにアイズの考えを理解できるのは()のロキ、最古参の3人、そして小さい頃自分の世話をしてくれたミナトくらいであろう。故に、ミナトはアイズに対する接し方はファミリア内でも特によく知っている。怒りなどの感情をぶつけるのではなく、言葉で、家族の温かさで、同じファミリアだからこそできる包み方でアイズに仲間の大切さを伝える。

 

「ア、アイズさん!ミナトさんも!」

 

2人が会話をしている時に、自分(アイズ)の名を呼ぶ声にアイズは耳を向ける。振り返れば、山吹色の髪をポニーテールにした少女が立っている。少女も眉目秀麗で知られるエルフに溺れず、人の目を引きつける可憐な容姿をしている。

 

「先程は助けて頂いて、ありがとうございました!アイズさんも前衛でモンスター達を足止めしてくれてとても助かりました!それに比べて...私、皆さんの足を引っ張ってばかりで.....そのっ、すみません!」

「.....怪我はない、レフィーヤ?」

 

自分の醜態を恥じるレフィーヤに、アイズはそう尋ね返した。一々大袈裟で緊張気味の彼女は目をこれでもかと見開き、大丈夫だと何度も何度も頭をぺこりとしながら主張した。

 

「ふふっ。相変わらずレフィーヤはアイズが好きなんだね」

 

目の前のエルフ、レフィーヤ・ウィリディスは先程の戦闘でミナトに助けられた魔導士だ。自分の身を案じてくれる憧憬(アイズ)とファミリアの幹部(ミナト)の2人に対し、真面目な少女は恩義と感謝の念を表してか、敏感に反応していた。

 

「.....本当にありがとうごさいました。私、あの場面で怖くなっちゃって....」

「....急にモンスターが襲ってきたら仕方ないよ」

 

なんども悔いるように発言するレフィーヤ。

アイズは言葉通りに仕方ないと伝えるが、自分の後輩である少女は一向に立ち直る気配がない。先程も言ったように自身の考えを伝えることが苦手なアイズは、内心どうしたら目の前の少女(レフィーヤ)を元気付けることが出来るか必死に考えていた。

 

「大丈夫だから」

 

結果、いつも自分が落ち込んでいる時、悩んでいる時にミナトがしてくれる仕草(なでなで)をする事にした。ぎこちなくレフィーヤの頭に手を乗せ、ゆっくりと山吹色の髪をなでる。驚いて少女は肩を揺らす。顔を上げたレフィーヤの瞳は、少しばかり潤んでいた。しばらく頭を撫でられた彼女は、頬を真っ赤に染めた後、「も、持ちます!」と、照れ隠しかアイズの持っていた荷物を奪った。「あ、」と途中まで鉄杭を打ってたテントの天幕がアイズの腕の中からスっと離れる。

 

「アーイーズ!」

「ひゃッ!?」

「.....ん」

 

だきっ!

そう効果音が聞こえるような軽い衝撃とともに、アイズの背後から腕が回された。ミナトはあらかじめ気づいていたのか特に驚いた様子はない。気づいていなかったレフィーヤはやや驚いた後、首を少し動かし、アイズの背中に抱きついている存在に目を向ける。

 

「ティオナ....」

「まーたレフィーヤを慰めてあげてたのー?」

「べ、別に私はっ!慰めて欲しかったわけでは....!?」

 

ティオナと呼ばれた少女の言葉にレフィーヤが一段と赤面する。ティオナはそんなレフィーヤの様子を面白がってか、けらけらと笑う。2人のやり取りを見て、アイズはほのかに口を緩めた。

 

「アイズが()()をしてただけだよ」

 

からかわれるレフィーヤをフォローするためか、ミナトが少しばかり苦笑しながらそう言う。

 

「私だって先輩だもーん」

「ティオナは先輩ってよりも、妹って感じが強いかな」

「どうゆうことだーー!?」

 

今度は先程まで少女(レフィーヤ)をからかっていたティオナがミナトにからかわれている。ミナトお得意のおちょくりを目にしたアイズとレフィーヤは、互いに顔を向け合い破顔した。

 

「ごほんッ。とりあえずミナトは置いといて!」

 

ティオナはアイズの金の瞳と目を合わせ、向日葵(ヒマワリ)のように笑った。後ろで「置いとくって、酷くないかな....」とボヤいてる男がいるが放っておこう。

 

大荒野(モイトラ)()る時は皆タダで済むわけないんだから、レフィーヤが気にすることないよ!一々謝られたら、アイズとミナトも困っちゃうよ。ね、アイズ!」

「....うん」

「うっ、わ、わかりました....」

 

調子を取り戻したのか、小さくなるレフィーヤのことをティオナはひとしきり笑うと、今度は、アイズに回していた腕の力を少しだけ強めた。

 

「でさ、アイズは何であんな無茶したの?」

「....」

「あたし止めたのに。前衛を維持するだけで、フォモール達のところに突っ込む必要はなかったよ」

 

ティオナは少しだけ問い詰めるように声音を強めて言う。モンスター達との戦闘の最中、アイズが指示を無視し、独断で突撃をしていったことを彼女は責めているようだった。

 

「....ごめん」

 

つい先程、ミナトからその事についてお叱りを受け反省をしているアイズは素直に謝る。

 

「あたしも大概だけどさ、アイズはもっと危なっかしいよ」

 

やがて「アイズはさぁー、もっとあたし達に頼っていいのになぁー」とぶーぶー言い出すティオナに、アイズは抵抗せずに身を任せて、ぎゅーっと抱き着かれ続けた。そんなふたりのやり取りを羨ましそうにレフィーヤは眺める。

 

「まあまあティオナ。大荒野(モイトラ)の事はさっき俺がちゃんと言っておいたからさ、その辺にしてあげなよ?」

「ミナトが言ってもあたしが納得してないもーん!」

 

ギャーギャーと場が次第に賑やかになっていく。家族愛と仲間愛の強いロキ・ファミリアの特色が現れているようだ。

 

「おい、気持ちわりぃからさっさと離れろ」

「痛ーっ!?」

 

突如横から伸びた長い脚が、ティオナの腰あたりを蹴りつけた。賑やかさに釣られて来たのか、頭に獣耳、腰あたりから銀色の尻尾を生やす狼人(ウェアウルフ)の青年がいた。

 

「いきなり何すんのさ!すっごく痛かったんだけど!?」

「気色悪いって言っただろうが。変なもん見せるんじゃねー」

「はーん。そんなこと言って、どーせ()()()はアイズにちょっかい出しに来ただけでしょ?このカッコつけめ!」

「なっ!てめぇ...喧嘩売ってやがんのか?!」

「やっぱり図星ぃー!」

「こォんのクソ女がぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「あ、あの、お二人共、こんな所で喧嘩は...?!」

 

電光石火の如く喧嘩に発展した激しい言い争い。ベートとティオナは普段からこのようにいがみ合うことが多く、喧嘩が耐えない。それでもダンジョン攻略の際は妙に息があっているのは不思議であり、かつて「実は君たち2人は仲良しだよね」と、ミナト言われた時は、ベートとティオナ2人揃って都市最速の男を追いかけ回したことがある。無論、捕まえることは出来なかったが。

 

「.....」

「まったく....」

 

あっという間に蚊帳の外に置かれたアイズとミナトは、方やポツンとたたずみ、方や大きなため息を吐き出した。

 

「何やってるのよ....バカティオナに、アホベートは」

「....ティオネ」

 

騒ぎを聞きつけたのか、ティオナの姉であるアマゾネスの少女がアイズの隣に並ぶ。腰まで届く艶のある黒髪と、一部()を除けばティオナに瓜二つだ。そんなティオネは、ため息を堪えながらアイズの方に振り向く。

 

「アイズ、団長が呼んでたわよ、行ってきなさい。あの二人は私がやっておくから」

「....ごめん」

「いいわよべつに。ほらあんた達、遊んでないで野営の手伝いをしなさい」

 

そう言って注意を促すティオネの声を聞きつつ、アイズはフィン(団長)達の所へ向かうため、その場をあとにした。

 

「(怒られるのかな.....)」

 

これから起こるであろう悲劇(お説教)を思ってるのか、アイズの足取りはやや重いように見えた。

 




やっぱ飛雷神はずるいと思う
原作でも使ってたから仙術使ってもいいよね?
ちなみにミナトは原作で亡くなった時よりも若い設定です。ベートと同い年の22歳(ダンメモ参照)でお願いします。


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他人勝つことなんてさほど難しくはない、自分に勝ち続けることを思えば

まさか日間ランキングに入るとは思ってなかったってばよ....

評価して下さった方々、本当にありがとうございます

つづく.....?


金色の髪をなびかせながら向かう目的地は、少女(アイズ)の視線の奥にある一際大きい幕屋だ。大きく幕を張り巡らせた小屋の側には、ロキ・ファミリアのエンブレムが刻まれた旗が立てられている。

 

 

 

「フィン」

「ああ、待ってたよ、アイズ」

「ちょうどお主の話をしていたところじゃぞ、アイズ」

「ガレス、今は少し気を引き締めてくれ....」

 

幕屋の入口をくぐった先には、小さな机を囲んでいる3人の最高幹部がいた。

レフィーヤと同じエルフ、正確にはエルフの王族であるハイエルフの女性、リヴェリア・リヨス・アールヴ。

数多の傷跡が渋く光る百戦錬磨のドワーフの戦士、ガレス・ランドロック。

そして机の奥で椅子に腰掛けている派閥の団長である小人族(パルゥム)、フィン・ディムナ。

この3人こそ都市最大派閥であるロキ・ファミリアの中核を担う首脳陣である。

 

「さて、前置きはいらないだろう。どうしてここに呼び出されたかわかるかい?」

「.....うん」

「そうか。ならどうして前線維持の命令に背いたんだい?」

 

アイズの半分程しか身の丈がないフィンが、少し冷たい口調で問いただす。

 

「アイズ、君は強い。だからこそ派閥の幹部でもある。そして君の行動は君の後輩や、他の仲間達に影響を与えるんだ。それを自覚してくれないと困る。」

「.....ごめんなさい」

「なんて、お説教はこれくらいにしておこうか。その様子じゃミナトに絞られたんだろう?」

 

一瞬で心を見抜かれる。フィンの強みはレベル6のステイタスを活かした戦闘能力ではなく、その頭脳にこそある。その頭脳を活かした戦場においての状況判断や、味方への指示は何度もファミリアを危機から救ってきた。目の前の小人族(パルゥム)からすればアイズの心を読むことは容易な事だ。

 

「....ミナトに、もっと周りを頼れって言われた....」

「がははッ、さすがにあやつはよく見とるわい!」

「笑い事ではなかろう...」

「窮屈かい?今の立場は」

「....ううん」

 

透明な瞳で優しく笑いかけてくるフィンに、アイズは素直に答える。

 

「まあ、そう言ってやるなフィン。アイズも前衛のワシらの負担を軽くしようとしたのだろう。一見無謀な行動だったが、そのおかげで危うく崩れかけてたところが持ち直した」

「それを言うなら、詠唱を長引かせた私の落ち度もある」

 

ガレスが、リヴェリアがそれぞれ助け舟を出す。ミナトとフィンの2人から()()()()()()()()を貰ったアイズは、申し訳なさそうに眉を下げる。

 

「それでも、アイズ、ここはダンジョンだ。何が起こるか分からない以上慎重になる必要がある。それだけは心に留めといてくれ」

「....わかりました」

「ミナトも言ったように、君には仲間がいる。何でも1人で背負い込む必要はないんだよ」

 

もうこれ以上は言うことはない、そう告げたフィンにアイズは反省の意を込めぺこりと頭を下げた。

 

幕屋を出てフィンとミナトの言葉を、心の中で反芻(はんすう)しながら歩いていると、ギャーギャーと賑やかな声が聞こえてきた。

 

「おいっ、下手くそが!!何でてめぇはテントの1つも張れねぇんだ、この馬鹿ゾネス!」

「う、うるさい!!ベートの教え方が悪いんじゃん?!」

「レフィーヤ、あのバカ2人はいいから、炊事の方をお願いね」

「は、はいっ、ティオネさんっ」

 

ここはダンジョン50階層。

ロキ・ファミリアは今現在『遠征』の真っ只中。ダンジョンの遥か奥深くまで潜り込み、まだ誰も見た事のない未開拓領域を目指している。今現在はモンスターの現れない安全領域で大掛かりな休息を取ろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、とにかくも乾杯しよう。ダンジョンだからお酒は無いけどね。それじゃあ」

『乾杯!!!!』

 

キャンプ用のテントが一通り張り終わって一段落着いたため、ひとまずここまでの『遠征』を労う食事会が開かれていた。

 

「あの、アイズさん、本当に食べなくて良いんですか?」

「うん、大丈夫だよ....」

「なーんて、ホントは食べたかったんじゃないのー?」

「.....」

 

携帯食を少しづつ口に含んでいるアイズにレフィーヤが尋ねる中、ティオナがスープしか残っていない容器を近づけてくる。その芳醇な香りに思わず負けそうになるが、アイズの心の中にいるミニアイズが必死に抵抗している。結局、ぷいっと顔を背け誘惑に勝つことが出来た。イタズラ女神(ロキ)に「ダンジョンでご飯食べ過ぎると戦闘状態(コンディション)に影響がでるでー!」と、かつて(そそのか)されたアイズはそれを信じて疑わない。

 

「(レフィーヤに先程までのような硬さは無い。流石はティオナ達ってところかな)」

 

少女達が見せる微笑ましい光景を目にし、ミナトは頬を緩めた。

 

「それじゃあ、今後の事について確認しようか」

 

食事の後始末が完了し、落ち着いた場でフィンが口を開く。夜間の見張り役以外の者達が小さな輪を作り、視線を彼へと向けた。

 

「今回の『遠征』の目的は未開拓領域の開拓、これは以前変わらない。けど今回は59階層を目指す前に冒険者依頼(クエスト)をこなしておく」

「確か、【ディアンケヒト・ファミリア】からのものでしたっけ?」

「ああ。今回は『カドモスの泉』から要求量の泉水を確保する」

 

ティオネが依頼内容を確認し、それを肯定するように頷くフィン。

 

「『カドモス』かぁー、めんどくさー。なんで引き受けちゃったの?」

 

姉の隣でティオナがげんなりとした声を出す。

 

「いつも懇意にしてもらってるし、報酬も豪華だったからね。ちゃんと依頼内容に見合ったものだったからだよ」

「それに派閥の付き合いもある。無下にはできない」

「ったく、面倒な依頼よこしやがって.....」

 

ティオナの疑問点をミナトが説明し、リヴェリアの返答の後にベートの悪態が続いた。

 

「51階層には少数精鋭のパーティを2組送り込む。物資の消費を避け、速やかに泉水を確保した後、この拠点に帰還。質問はあるかい?」

「はいはーい!何で2つにパーティをわけるの?」

「注文された泉水の量がやっかいでね。ただでさえ回収できる水が限られている『カドモスの泉』だ、要求量を満たすためには最低でも2箇所の泉を回らなくちゃならない」

「それに、食料も含めた物資には限りがあるしね。本来の目的である59階層へ向かうためには時間もかけられない、要は効率よく行こうって話さ」

 

フィンの説明にミナトが補足する。

未開拓領域を含むダンジョンへの『遠征』は多くの時間を必要とする。今現在いる50階層まで辿り着くのにも最低5日はかかる。地上へ帰還する際のことも計算に入れると、物資の消費はできるだけ抑えなくてはならない。

 

「それに『カドモスの泉』がある場所までは、大人数では移動できないからね。戦力の分散は仕方ないとはいえ、小回りは利いた方がいい。.....他に質問がなければ、パーティメンバーを選抜する」

 

フィンの方針に反対の声は上がらず、そのままパーティの編成に移った。

 

「はーい!あたしいくー!アイズも一緒に行こう、ねっ?」

 

ティオナがここでも挙手をする。

 

「うん」

「そもそも私たち第1級(レベル5以上)に行かせないで誰が行くのよ.....少数精鋭なんだから」

「じゃ、ティオネもあたし達と一緒ね!」

「ちょ、私は団長と.....!?」

 

ティオナの一存で早速3人のメンバーが決まる。

 

「リヴェリアとミナトはキャンプに残ってくれ。冒険者依頼(クエスト)の後のためにも、消費した精神力(マインド)を休んで回復しておいてくれ。ミナトには拠点の防衛を頼むよ」

「....止むをえないか」

「わかりました」

 

ファミリア最強の魔導士と最速の冒険者であるリヴェリアとミナトに、フィンは待機を言い渡す。

先の戦闘で『魔法』により消費した精神力(マインド)を回復させる事は、この後に控える未開拓領域へと向かうには必要事項なため、リヴェリアは彼の指示に素直に頷く。また、冒険者依頼(クエスト)達成のため、『カドモスの泉』に向かう戦力が十分であると判断したミナトもフィンに従う。

 

「レフィーヤ。私の代わりにアイズたちのパーティに入れ。」

「は、はいっ......って、え!?」

「問題ないな、フィン?」

「そうだね。いずれリヴェリアの後釜になってもらうんだ、いいだろう」

「わ、私なんかはまだっ.....!?」

「はいっ、レフィーヤも私達と一緒ねー!」

 

そんな!ちょっと待ってください!とティオナに捕まり異議を唱えさせて貰えないレフィーヤ。

 

「これじゃと、もう片方は残りで編成だのう。フィン、ベート、(わし)....後は」

「ラウル、俺の代わりに行ってくれないかな?」

「じ、自分っスか?!」

「他に誰が荷物持つんだよ。お前がサポーターとして入れ」

 

程なくして編成が決まる。アイズ、ティオネ、ティオナ、レフィーヤの美少女部隊。フィン、ベート、ガレス、ラウルの美男子(笑)部隊。

 

「.....おい、こいつら(女たち)大丈夫か?」

「んー......」

 

少々編成が不安すぎると危惧し、オブラートに包まず尋ねるベートに、フィンもやや眉間にしわを寄せる。

 

「ティオネ、君だけが頼りだ。僕の信頼を裏切らないでくれよ?」

「お任せくださいッ!団長!!」

 

見た通りフィンにぞっこんなアマゾネスの少女は、想い人からの期待に大歓喜しながら了承する。そんな姉の姿に「ちょろー」と妹が半裸の目で呟いた。

 

結局、そのまま部隊の編成を完了した2組のパーティは、数時間の仮眠を取り、拠点の防衛をリヴェリアとミナトに託し、51階層へと出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おりゃぁーー!」

 

自身の体ほどの大きさと、多大な質量を誇る大双刀(ウルガ)を振り回しながら疾走し、モンスター目掛けて振り抜いた。

 

「5匹目ェェ!」

 

力任せの一撃がモンスターの胴体を叩っ切り、吹き飛ばす。女戦士(アマゾネス)の少女は、あたかもその本能に突き動かされるように次なる獲物へと飛びかかった。

 

「アイズ、バカティオナをフォロー!」

「分かった」

 

ティオナの後に続いた金色の斬撃が、彼女に群がろうとするモンスター達を切り払う。

 

現在位置51階層。

冒険者依頼(クエスト)のために向かったこの階層において、アイズ達のパーティはモンスター達との戦闘に突入していた。目の前に蔓延(はびこ)るのは、ゴツゴツと黒光りした皮膚をもつモンスターの群れ。『ブラックライノス』であった。先の大規模戦闘において対峙した『フォモール』と比べても、遥かに皮膚の硬度が高い。

 

 

が、

 

「おりゃぁぁ!」

 

一刀両断される。

縦横無尽に敵の群れ内で振り回される大刃によって、ブラックライノス達はいとも簡単に引き裂かれていった。

 

大双刃(ウルガ)

 

太い柄に繋げられた2つの巨剣。数ある武器の中でも超大型に分類され、その威力もずば抜けている。ティオナはその細身の体で信じられないほどの怪力を発揮しながら、円を描くように舞いながらモンスターを次々と(ほふ)っていく。

 

「ッ!」

 

天真爛漫かつ大胆に武器を振るうティオナの側で、アイズもまたモンスターに斬撃を見舞う。使用しているのは1本のサーベル。ティオナの持つ大双刃(ウルガ)と比べると随分と見送りする見た目ではあるが、アイズ自身の技量によって、ブラックライノスの硬皮に抵抗を寄せ付けない。彼女の使用するサーベル、《デスペレート》は『不壊属性(デュランダル)』を帯びている。敵を何度切ろうが、いくら鮮血を浴びようが、銀の光沢が曇ることは決して無い。

 

限りなく、1秒でも長く戦い続けるため、アイズが愛剣として選んだ【ゴブニュ・ファミリア】製、第1等級特殊武装(スペリオルズ)である。

 

「アイズ、あたし右いくねー!」

「うん」

 

ティオナとアイズ、2人の第1級冒険者が作り出す剣舞は、モンスター達を全く寄せ付けない。

 

「右側と奥から新手、レフィーヤ、準備が出来次第すぐに合図を出しなさい!」

 

アイズ達の後方、中衛に陣取るティオネが指示を飛ばし、時折投げナイフでサポートをする。未だ途切れないモンスター達に対し、指示を出されたレフィーヤは最後尾の位置で、杖を構え『詠唱』を始めていた。

 

「【略奪者を前に弓を取れ。同胞の声に応え、矢を(つが)えよ】」

 

深層に生息するモンスター達の威圧感と、何より先輩(アイズ)達の奮闘。圧倒的な光景を前にして、緊張で震えそうな声を制しながら『魔法』に至るための歌を歌い上げる。

 

「ォォォォォォォォ!!!」

「!?」

 

突如、レフィーヤの真横の壁から1匹の巨大クモが現れる。破片を()き散らしながら現れたのは、赤と紫の硬皮を持つ『デフォルミス・スパイダー』。ダンジョンによって()()()()()()モンスターは、壁を突き破ると同時にレフィーヤへと襲いかかる。

 

「ギシャャ!?」

 

だが、

 

「詠唱を続けなさい、レフィーヤ!!」

「は、はいッ?!」

 

ティオネが襲撃(それ)を許さない。

 

黒い髪をなびかせながら、投擲(とうてき)しモンスターの顔面に突き刺さった一刀の湾短刀(ククリナイフ)、それをひねるように振り上げ、瞬く間にデフォルミス・スパイダーを解体した。

 

「あ、え、えっとっ...?!」

 

動揺が収まらないレフィーヤは即座に切り替えることが出来ない。詠唱にもたついている間に、アイズ達がブラックライノスの群れを片付けてしまった。

 

「す、すいません.....私.....」

「いーよ、レフィーヤ。仕方ない、仕方ない」

 

レフィーヤがうなだれて謝罪をし、戻ってきたティオナが慰める。

 

「やっぱり、レベル3の私じゃ、皆さんの足を引っ張って.....」

「落ち着きなさい、レフィーヤ」

 

どんよりと落ち込む後輩の肩に、ティオネが手を置く。ゆっくりと顔を上げる少女に、ティオナと揃って声をかける。

 

「レベルの適性が低くても、あんたの魔法ならこの深層でも通用するわ。リヴェリアとミナトのお墨付きでしょう?自信を持ちなさい」

「そ、それは.....」

 

神から授かる『恩恵』より、下界の眷族(子供)達には『ステイタス』が付与される。その内容には個人差があり、その人の可能性を手に入れるきっかけを与えてくれる。あくまで『ステイタス』を伸ばすのは『恩恵』を授かった者であり、モンスターとの戦闘などを通して【経験値(エクセリア)】を積むことが、『ステイタス』を変化させることに繋がる。

レフィーヤの『ステイタス』はレベル3で、アイズ達(レベル5)と比べ、少々見劣りするが、こと『魔力』に関しては負けていない。つまるところレフィーヤは、『魔力』を特化させた、完璧な後衛魔導士だ。さらに、先程ティオネが言ったように、レフィーヤには『魔法』の威力を高める『スキル』を持っており、火力の面ではこのパーティの中で彼女が最も高い。

 

「で、でも、1人じゃ『詠唱』も満足に出来ないですし、さっきもティオネさんがいなかったら.....」

「.....レフィーヤ達と、私達じゃあ、役割が違うよ」

 

落ち込むレフィーヤを励まそうと、先輩であるアイズが口を開いた。

 

「私もミナトに教わったから。私達はレフィーヤ達を守って、レフィーヤ達は、その.....えと、ん」

 

次第にアイズの口調がたどたどしくなっていく。普段から意志を伝えれてないため、思ったことを口にすることができない。

 

それでも、

 

「....その、私達は()()、『ファミリア』なんだから、助け合おう?」

 

つい数時間前にアイズ自身がミナトに言われたこと。家族を、仲間を頼り、助け合う。その教えを今度は自分がレフィーヤ(後輩)へ繋ぐ。普段からミナトが言っていることを自分の口から、なんとか伝える。

 

「私達は、何度でも守るから、だから.....私達が危なくなったら、レフィーヤが助けて?」

 

自分を真っ直ぐに見つめる金色の瞳と、仲間として信頼を寄せるその言葉に、レフィーヤは言葉を失い、うつむいて、かろうじて頷いた。「ぐすん」と少しばかり聞こえてくる小さな嗚咽(おえつ)。暗い雰囲気が一変し、どこか暖かい空気が出来上がる。この場にミナトがいたら口元を緩めていたに違いない。

 

「それじゃあ、『魔石』を回収するわよ。皆でやった方が早いし」

 

ティオネの言葉を合図に、ティオナ達は二手に別れて作業を始めた。

 

「レフィーヤ、荷物は平気?少しなら私が持つわよ?」

「い、いえっ、大丈夫です。これくらい、やらせてください」

 

作業を終え、彼女の持つ荷物を見たティオネの申し出をレフィーヤは固辞する。このパーティにおいての『サポーター』も兼任するレフィーヤなりに、責任を果たそうとしたのだろう。後方支援として、あまり動き回らない自分が荷物を持つべきであると、自ら志願してサポーターを務めていた。

 

「そろそろね。泉に着く前に、注意事項を確認するわよ」

「あの、強竜(カドモス)、というのは、その....」

「うん、すごく、強いよ.....」

「力だけなら、トップクラスじゃないかなー」

 

アイズとティオナが揃ってカドモスの強さを肯定する。そんな2人の様子を見て、ごくりとレフィーヤは喉を転がす。

 

「や、やり過ごすことは、出来ないんですか?」

「無理ね。泉に番人の様にいるし。泉水だけ回収なんて許してくれないでしょうね」

「あたし吹き飛ばされて、大怪我したことあるしねー」

 

けらけら笑っているティオナに、レフィーヤはさらに血の気を奪われた。

 

「そもそもロキ・ファミリア(うち)でカドモスを簡単に倒せるのなんて、ミナトくらいじゃない?」

「....うん、足が遅いカドモスと、ミナトの相性は凄くいい」

「【飛雷神】って凄いよねー、あたしだったら目回っちゃう」

「そ、そんなに凄いんですね.....」

 

思わぬ所で株が上がるミナト。かつて強竜(カドモス)相手に、無傷(ノーダメージ)で倒したことが、彼女達の中では強く印象に残ってるようだ。

 

「カドモスを仕留めて安全を確保、そしたら泉水の回収よ」

「わ、わかりました...」

「ティオネ....作戦は?」

「定石通り行くわ。あんた達(アイズとティオナ)と私の総掛かりでカドモスを抑える。レフィーヤはデカい魔法を打ち込んでちょうだい。(ひる)んだところを、私達が一気に畳みかける」

「レフィーヤ、今度はバッチリ決めてねー!」

「は、はいっ」

 

やがて『ルーム』と呼ばれる広間に辿り着く。この場所に『カドモスの泉』が存在するのだ。

 

「....」

 

ティオネが無言でアイズ達へと視線を送る。頷いた彼女達は、ティオネを先頭にして隊列を組み直した。ゆっくりと奥へと進んでいく。

 

「......?」

 

違和感に最初に気づいたのは、アイズだった。眉を怪訝(けげん)そうに曲げ、ゆっくりと構えを解く。

 

「....おかしい」

「えっ?」

「静かすぎる」

 

レフィーヤの呟きに答えながら、アイズは身を進めた。前を歩くティオネを追い越し、その先へと足を踏み入れる。

 

「なに、これ......」

「荒らされてる......?」

 

慌ててアイズを追いかけてきたティオナは、呆然と動きを止めた。

 

「くっさ....」

 

『ルーム』の奥から漂ってくる異臭に、ティオナが顔をしかめながら鼻元を腕で覆う。

 

ルームの最奥に位置し、僅かな量の水が不定期に湧き出ている。蒼いきらめきを宿す神秘的な泉水は、アイズ達パーティが求められる要求量を満たしているようだった。そして、泉の前で積もっている大量の灰。

 

「これって.....」

「....カドモスの、死骸?!」

「私達以外の【ファミリア】が、強竜(カドモス)を倒したんじゃあ...?」

 

目の前の光景にティオネが呟き、おずおずとレフィーヤが口を開く。

 

「こんな深いところまで来られる【ファミリア】は限られてるわ。特定の【ファミリア】が私達と遠征期間を被らせているなんて、聞いてないわ」

「.....それに」

 

アイズが呟き、灰の山へと膝を曲げる。手を伸ばし、灰に埋もれているものを持ち上げた。

 

「『カドモスの皮膜』?!」

「すっごく貴重なドロップアイテムじゃん!?」

 

彼の竜を倒しても滅多に発生しない、希少なドロップアイテム。換金すると莫大な資金が手に入る。資金で物資を揃える冒険者が、このようものを見逃すはずがない。

 

「えっと、つまり、どういうこと?」

「私達が来る前に()()がいたのよ、カドモスすら殺してのけるヤツが」

 

沈黙が落ちる。

 

「....嫌な予感がする。早く拠点(キャンプ)に戻りましょう」

 

ちゃっかりとカドモスの皮膜(ドロップアイテム)を回収するティオネ。その脇で冒険者依頼(クエスト)のための泉水を回収し終えたレフィーヤ、彼女は何とも言えない顔をしながらビンの蓋を閉め、バックパックへと詰め込んだ。

 

「2箇所の泉、回る必要なかったですね」

 

カドモスが既に殺されていたこともあり、フィン達の分まで泉水を手にすることができた。

 

「そうだね....」

 

ルームを後にし、来た道を引き返す中、アマゾネスの姉妹があのルームについて会話を交わしている。

 

「ねぇ、どう思う?」

「普通なら、他のモンスターの仕業なんでしょうけど....」

 

強竜(カドモス)は泉の番人として、その強さを知られる強敵である。その力は51階層最強であり、『階層主』を除けば、現在発見されているモンスターの中でも間違いなく最強クラスに位置する。先程アイズ達が相手したモンスターが束になっても、まずカドモスには敵わない。

 

「(.....異常事態(イレギュラー))」

 

アイズは己の主神がよく使う言葉を胸の中で呟いた。

それからしばらく進み続け、

 

「ああああああああああっっっ!?」

 

自分たちの仲間の悲鳴が聞こえてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遡ること数十分前

 

 

場所は50階層に設置された、ロキ・ファミリアの拠点(キャンプ)。防衛を任されたリヴェリアとミナトが会話をしていた。

 

「それで?」

「はい?」

「なぜ、フィンの言う通り、ここ(拠点)に残ったのだ。あの子(アイズ)らのパーティを考えればお前がついて行くのが妥当だと思ったのだか」

 

それは、つい先程出発したパーティの片方を心配する声だった。元々ティオネの気性は荒く、想い人であるフィンに好かれるために、(しと)やかに振舞っているため、本質的にはパーティリーダーに向いていない。加えて、天然娘(アイズ)脳筋娘(ティオナ)にまだまだ未熟な弟子(レフィーヤ)。ファミリアの『母』と呼ばれるリヴェリアが心配にならないはずがない。

 

「彼女達ならば強竜(カドモス)に遅れを取ることはないでしょう。それくらい頼もしくなってます。それに....」

「?」

「少し、思うところがありまして。何かあった時、リヴェリアさんだけだと小回りがききません。俺が残ってた方が何かと都合がいいと考えました」

「お前とフィンの勘は馬鹿にならん....神々の言う『フラグ』というやつだな」

 

ミナトとフィン。双方とも頭脳明晰であり、状況判断能力が図抜けて高い。その思慮深さから導き出される勘は、ことごとく的中する。リヴェリアは、今まで2人に助けられてきた経験をもとに納得する。

 

副団長(リヴェリア)、ミナトさん!!」

 

息を荒らげて、1人の仲間が2人を呼ぶ。余りの慌て様から、何事かと2人して少しばかり目を見開く。

 

「何があった?」

「51階層に繋がる通路から、ハァ...ハァ...見たことの無いモンスターの大群が....!」

 

「「何?!(ですって?!)」」

 

指をさされた方向に目を向けると、大量のモンスター達がこちらへと向かってきていた。全身を占める色は黄緑。ぶくぶく膨れ上がった緑の表皮には、極彩色がところどころに刻まれていて毒々しい。無数の短い多脚からなる下半身がより気味悪さを増長させる。大量の芋虫型モンスター達に、ロキ・ファミリアのメンバーが遠方より魔法と矢を使って攻撃を仕掛けている。

 

突如、矢が直撃した個体が、皮膚と同じ色をした液体を撒き散らしながら爆散した。よく見れば、液が着いた地面が、少しずつ「じゅぅっ」と音を立てながら()()()いた。

 

「あれは....」

『こりゃぁ、ワシを使わざるを得ないぞ。ミナトよ』

「(どうやら、そうなりそうだね)」

 

最強の妖狐、九喇嘛(クラマ)の牙がモンスター達の群れに襲いかかろうとしていた。

 




ちょこっと九喇嘛パイセンやっちゃってくだせぇ。
イレギュラーにでもならないと頼られないパイセン可哀想...

ルーキー日間ランキングの5位に入ることが出来ました。本当にありがとうございます。


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DEAD ENDなんて無い

思ったよりも見ていただけて嬉しいです。



場面は戻り、51階層。

事の重大さを直感させる凄惨(せいさん)な人の悲鳴。入り乱れた迷路に次々と反響し、鼓膜をあらゆる方向から何度も打ちすえる。聞き覚えのあるそのかえに、弾けるように顔を見合わせたアイズ達は、一気に走り出した。

 

「今の声って!」

「ラウルさん......!」

 

悲鳴の方角へと全力で駆ける。現れるモンスターを強引に振り払い、通路を何度も曲がったアイズ達の視界に、大量のモンスターが飛び込んできた。

 

「なに、あれ?!」

「い、芋虫(いもむし)...っ!?」

 

ティオナ、レフィーヤと声が響く中、アイズはその双眸(そうぼう)を見張る。

 

「(新種のモンスター?)」

 

ダンジョン深層を探索してきたアイズ達でさえも、1度も目にした事の無いモンスター。進行に合わせて上下に振動するモンスターの巨躯(きょく)が、4メートルはある天井と何度もぶつかる。その体格をもって、通路一杯を塞ぎながらこちらへと向かってくる光景は、感情に(とぼ)しいアイズにも嫌悪感を無理やり抱かせる。

 

「団長!?」

 

モンスター達との距離が少なく追走される、フィン達のパーティ。アイズ達に勝るとも劣らない戦闘力を誇る冒険者達が、戦闘を放棄し、全力で逃走している。

 

「っっ!!」

 

困惑の中、最も早く動いたのはティオナだった。

敵の進行を食い止めるため、追われるフィン達と行き違い、モンスター達へと斬りかかった。

 

「止せ、ティオナ!!」

 

フィンの制止は届かず、モンスターの口から噴出される液体を難なく回避し、(ふところ)に飛び込みがら空きになっている胴体へ、自慢の大双刃(ウルガ)を叩き込む。

 

『ーーーーーーーーッッ!』

「っ!?」

 

モンスターの苦悶の叫びと同時に、斬りつけたティオナの瞳もまた驚愕に見開かれた。斬りつけた箇所から先程のものと同色の体液が(ほとばし)り、辺りに飛散する。首をひねりかろうじて避けたが、1滴の液が1本の髪に触れ、じゅぅっ、という音と共に()()()()

 

「えっ....?!」

 

今まで(つちか)ってきた経験を頼りに、ティオナは地を全力で蹴ってその場から離脱する。後方へ着地した途端、ティオナは自分の目を疑った。大双刃(ウルガ)の片方の剣身が、消えている。溶けてしまっている。敵の体内に埋まったことであの体液に侵食され、跡形もなく溶かされてしまった。

 

まさかの武器破壊。

 

『ーーーーーーァァ!!』

 

モンスターがいきなり咆哮を上げ、一斉に口腔から液体を噴出させた。アイズ達は回避したが、液の一線が通路を走り抜け、瞬く間に地面を溶かした。

 

「何あれーー!?何で教えてくれなかったのさー!?」

「フィンが止めただろうが、馬鹿女!!」

 

愛剣を溶かされ、フィン達に倣って逃走に加わったティオナが泣き叫ぶ。すぐ隣で並走するベートは罵倒(ばとう)とともにツッコミを入れた。

 

「フィン!?冗談じゃないんだけど!もう、あたしの武器〜!」

「わからない。僕達も突然襲われた」

 

ついに柄まで溶けだした大双刃(ウルガ)を放棄し、涙目のティオナに、フィンが逃走しながら答える。強竜(カドモス)を倒した後に、引き返そうとした際に突然あのモンスターの群れと出くわし、襲われた。そう簡単にフィンが説明する。

 

「群れって、あれ以外にも同じやついるの?!」

「よく見ろっての。あのでけぇやつの後ろに、アホみたいに続いてんだろ」

「うぇ〜っ」

「僕達は問題ない。ただ、ラウルがあの攻撃を直撃させられた」

「早く治療してやらんと、こりゃいかんぞ!!」

 

ティオネの問にフィンが、あのモンスターの体液を浴びてしまったラウルを肩に担ぐガレスが、切羽詰まった声を出す。

 

「え、あのモンスター、ブラックライノスを襲ってるよ?!」

 

後ろを振り返る。アイズ達が通り過ぎた十字路で、横から現れたのはブラックライノスを、芋虫型モンスターが出会い頭に攻撃していた。

 

「あのモンスター達は、僕達も他のモンスターも、近づいたもの全てに攻撃してくる」

「見境なしってことですか?」

「どうかな。モンスターを率先して狙ってるようにも見える」

 

黄金色の髪を揺らしながら走る彼を見下ろしながら、ティオネは懐から木の欠片を取り出した。

 

「実は私達が向かう前に『カドモスの泉』が荒らされていました。強竜(カドモス)も既に灰になってドロップアイテムだけが...この木の欠片も同じ場所で」

「....決まりか。カドモスも倒すとはね」

 

受け取った欠片を見つめ、フィンはそう結論した。変色した木の欠片にも腐食液に晒された跡が残っている。

 

「フィン、あのモンスターは倒せる?」

 

一向に走り続ける中、アイズがその言葉を周囲に打った。

 

「一撃に対し一つの武器を犠牲にすれば倒せる。さっきのティオナのようにね。割に合わなすぎる」

「....」

「あの数を相手するには、尚更無茶だろう」

 

ただし、とフィンは続ける

 

「この状況下では難しいかもしれないけど、詠唱するだけの時間を何とか稼いで、群れを殲滅できるほどの強力な魔法を打ち込めるなら.....」

 

そう言い終わるや否や、その場にいる全員が一斉にレフィーヤの方に視線を向けた。視線の先の「えっ、えっ?」と顔をきょろきょろと左右に振る。

 

「ティオネ、武器とアイテムの手持ち(ストック)は?」

「え、あ、はい。何も消費していません。ティオナの武器以外は全て無事です」

「ならガレス達に武器を渡せ。この先のルームは行き止まりだ」

 

フィン達は武器を補充し、構える。

 

「おい、こんなの寄こしてどーすんだ!?どうせ溶かされんだろ!」

 

本来扱う獲物ではない武器を持って、ベートが声を荒らげる。

 

「親指がうずいている。恐らく、来るんじゃないかな」

 

行き止まりのルームに辿り着いた瞬間、辺りの壁面全てから亀裂が走った。

 

「!?」

 

ベート達が顔色を激変させる。

 

怪物の宴(モンスター・パーティー)

 

突発的なモンスターの大量発生。ダンジョンが起こす神秘を目の当たりにさせられる。

 

「ベート、ガレス、ティオナ!ラウル達を守りつつ敵を駆逐しろ!あの新種は僕とアイズがやる!」

 

ブラックライノスの大群にベートらが仕掛ける。

 

「レフィーヤ、後退して詠唱を始めろ。この戦闘は君の魔法にかかっている」

「.....っ!わかりました!!」

 

レフィーヤは与えられた役目に大きく頷いた。後方へと退避し、『詠唱』の準備を始める。

 

「アイズ」

「わかってる」

 

目配せしてくるフィンに、アイズは頷く。激しい戦闘音が鳴り響く場で、一声。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

超短文詠唱を引鉄(ひきがね)に、『魔法』を発動させる。

 

「【エアリアル】」

 

風が生まれた。目で視認出来るほどの大気の流れが、舞うようにアイズの体を包み込む。

 

【エアリアル】

 

アイズが使用出来る唯一の魔法。体や武器に風を纏わせることで、攻守、速度を上げる『風』の付与魔法(エンチャント)

 

「フィン」と呼びかけ、隣にいる少年に相棒の《デスぺレート 》を預ける。

 

「『不壊属性(デュランダル)』か....疑う訳じゃないけど、通用すると思うかい?」

「多分....」

「頼りないね」

 

苦笑を浮かべながら、代わりに予備の剣をアイズに渡す。

 

『ーーーーーッ!!!』

 

会話を交わす2人のもとに、モンスター達が肉迫する。

 

「風で腐食液を防げないようなら無理はしないでくれ。レフィーヤの準備が出来次第、叩く」

「うん。先に、行くよ」

 

地を蹴る。爆風と共にアイズの姿がかき消えた。全身に付与した風の力による超加速。文字通り疾風と化し、アイズはモンスターの群れへ一直線に突き進んだ。先頭のモンスターに近づいたアイズは、斜め下から剣を振り抜いた。防御不可能な敵の攻撃(腐食液)を風が吹き飛ばし、銀の一線が走る。風に護られた剣は、胴体を深く斬りつけても溶けることは無かった。間髪入れず傷口から体液が飛び散るが、アイズの体を取り巻く気流がその全てを吹き飛ばす。

 

『アイズ・ヴァレンシュタイン』

 

最強の一角とも名高い、金髪金眼の少女。迷宮都市オラリオ屈指の剣士として名を連ねる、第1級冒険者。その二つ名は、【剣姫(けんき)】。

 

『ーーーーーーーッッ?!』

 

凄まじい速度と鋭さ、剣筋でモンスターをめった切りにする。切り刻まれたモンスターは絶叫を上げ、肉体の均衡を失ったのか、勢いよく破裂した。

 

「やれやれ、倒したら倒したらで爆発するとは」

 

ため息を吐きつつ、フィンも芋虫型のモンスターに接近する。身につけている腰巻を(ひるがえ)し、地に伏せるような態勢で間合いを埋め、アイズの《 デスぺレート》をモンスターの足に見舞った。

 

「よし、いけるね」

 

芋虫型モンスターを攻撃しても、溶けだしていない剣を見て頷く。武器が溶けないことを確認し、次々とモンスターを斬りつける。

 

 

 

 

 

 

 

「ラウルッ、しっかりしなさい!」

「無理っす、ティオネさんっ。俺はもうダメっす」

「そんなことほざいてるなら私がトドメを刺すわよ?!あんたが全快しないと、団長のもとに行けないのよッッ!」

「す、すみません殺さないで.....?!」

 

ラウルの回復をしつつ、ティオネは戦況を確認する。

通路口から現れるモンスターはようやく終わりを見せようとしていた。アイズとフィンは敵を圧倒しているが、敵の数的有利は以前変わってなく、未だ油断は許されない。

 

「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ。押し寄せる略奪者を前に弓を取れ。同胞の声に応え、矢を番えよ】」

 

激しい戦闘が繰り広げられる場所から離れた後方で、レフィーヤは詠唱を行う。「次は助けてね」と、その信頼に応えなくてはならない。今度こそ、この『魔法』をもって彼女達を救うのだ。

 

「【帯よ炎、森の灯火。撃ち放て、妖精の火矢】」

 

歌う

 

「【雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】」

 

謳う

 

少女の持つ発展アビリティ、『魔導』が発動する。レフィーヤの足元に山吹色の魔法陣(マジックサークル)が展開され、輝きを増していく。

 

「撃ちます!!」

 

詠唱を完了したレフィーヤの合図で、前方にいたアイズ、フィン、そしてティオナ達が撤退する。それを目にしたレフィーヤは、杖を構え魔法を行使した。

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

魔法名と同時に大量の火の雨が連発される。燃え上がる(やじり)型の魔力弾はモンスター目掛け襲いかかる。数千にも及ぶ火矢に、モンスター達の絶叫も飲み込まれ、その場にいた全てのモンスターが灰すら残さず燃え尽きていった。

 

「ほらっ、やっぱり通用するじゃん!一発だよ、一発!すごいすごい!!」

「あ、ありったけの精神力(マインド)を込めたので、その....」

「景気良すぎんだろ、ババアと言いエルフどもはよぉ....くそっ、毛が焦げちまった」

「ガハハっ、ここまで来ればスカッとするわい!」

 

敵を掃討しティオナに褒めちぎられていると、やがてアイズとフィンも帰ってくる。

 

「....ありがとう、レフィーヤ」

「っ、....は、はい!」

 

感情の乏しい顔を、アイズは(わず)かだが確かに(ほころ)ばせた。尊敬する先輩に向けられた小さな笑みとその言葉に、レフィーヤはそっと目尻を拭った。

 

「....」

「団長?どうかしたんですか?」

 

押し黙っているフィンにティオネが尋ねる。

 

「このルームに逃げ込む前、危うく挟み撃ちされかけたあの時、モンスター達は前からやってきた。そしてあの道は50階層に到達できる正規ルートだ」

「...まさか、拠点(キャンプ)が!?」

「ただの杞憂ならいいんだけど....」

 

虫の知らせを感じるように、自身の右手、その親指を見下ろすフィン。

 

「急いで戻りましょう!?リヴェリア達が危険です!」

 

なんでも溶かす腐食液を放つ新種のモンスター。拠点を狙われたらひとたまりもない。仲間達の安否を心配するティオネが声を上げる。

 

「慌てるな、ティオネ。あそこ(キャンプ)にはリヴェリアがいる。それに.....」

「....ミナトもいる。だから大丈夫、だと思う」

「【黄色い閃光】は伊達じゃない。あらかた片付いているかもね」

 

慌てるティオネに2人がミナトの名を出す。それは信頼の表れ、ロキ・ファミリアで最も()()()冒険者が護っているならば問題は無いだろう。「ひとまず、全速力でキャンプに戻る」と続けたフィンに、その場にいる全員が頷き、一斉に走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場面は変わり、50階層の拠点(キャンプ)地帯。

 

「放て!」

 

リヴェリアの号令のもと、よじ登ってくるモンスターに向かって数人の弓使いが矢を放つ。命中した先から矢は腐敗して折れるが、攻撃を受けたモンスター達はぐらりと壁から足を離し落下、数匹を巻き込んでリヴェリアがいる高台から離れていく。

 

現在リヴェリア達は新種のモンスターに苦戦を強いられていた。何とか魔法と矢を使い耐えてはいるが、いつまで持つかはわからない。

 

「ミナトはまだか....?!」

 

リヴェリアの悲鳴にも似た囁きが零れ落ちた。

 

 

 

 

 

『オラァァァァァ!!!』

 

『ーーーーーーーッッ!?』

 

金色の青年が芋虫型モンスター達の脇を駆け抜ける。その背中辺りからは、半透明で朱色の尾が9本生えており、ミナトではない()()の声とともに、芋虫型モンスターをつぎつぎとなぎ倒していく。腐食液にも侵食されないその尾こそ、ミナトの持つ最強スキル、『九尾の妖狐』の能力だ。魔力をもとに形成してるため、溶かされる心配もない。倒した際に飛沫する腐食液は尾を丸めるようにミナトを囲むことで、完璧に防いでいた。1対多、それこそミナトが得意にしている戦闘であり、その強みを存分に活かし敵を駆逐する。

 

『ったく、こんな気持ちの悪ぃ奴らなんかの相手をさせやがって』

「ぶつぶつ言わない!さっさと片付けてリヴェリアさん達の方をフォローするよ!」

 

二つ名を体現するように駆けるミナト。余りの速さにモンスター達はまったく着いてくることができていない。腐食液で視界が塞がれたと思えば、【飛雷神】で見晴らしのいい場所に飛び、少しでもスキがあれば逃さず九尾の尾で敵を(ほふ)る。気づけばモンスター達はその数を残り僅かなものとし、半透明の尾がモンスター達にふりかかざされた次の瞬間には、全てのモンスター達が灰になっていた。

 

『こんな所か....。あのエルフ(リヴェリア)の付近にマーキングをしてるんだろう?』

「ああ、すぐに向かう」

 

モンスターの灰が辺り一面を覆う場所から、【飛雷神】を使用したミナトの姿がかき消えた。

 

 

 

 

 

「矢、放て!」

「これが最後ですが?!」

「構わん、撃て!」

 

リヴェリアの号令のもと、矢を放つ。

 

「まだあんなに.....?!」

「物資は最悪捨ててもいい、拠点(キャンプ)を守護することを最優先しろ!」

 

 

 

 

 

 

「キャンプはどうにか無事か.....」

「恐らくミナトが『スキル(九尾)』を使ったのじゃろう。アレなら腐食液も防げる」

「リヴェリア、みんな!?」

 

リヴェリアの激が飛ぶ中、ようやくアイズ達が到着する。彼女らの視界に移るのは、芋虫型モンスターの群れ。よく奥を見ればミナトのスキルによる九尾の尾が見える。物資を守り、キャンプも何とか護り続けているリヴェリア達に、フィンは舌を巻いた。

 

「速く助けに行かないと!?」

「待て、バカゾネス」

「痛ぁぁ!?何すんのさ!」

 

飛び出しかけたティオナは、横からベートに脚をかけられたことで、ゴロゴロと1メートルほど前に顔から転んだ。

 

「よく見ろ。もうババアの所にミナトがいるだろうが。今俺たちが行ったらあの汚ぇ液を浴びることになんぞ」

「え...?」

 

ベートの言葉に困惑するティオナ。その大きな瞳をリヴェリア達の方に向ける。見れば、(まばた)きをする度に、別な場所へと移動しているミナトが、背中の辺りから尾を生やし、次々とモンスターを倒している。思わず「はっや.....」と口にしてしまうティオナ。第1級冒険者である自分の目でも追えないその姿は、まさに【黄色い閃光】。二つ名に恥じない動き。一方、九尾の尾を初めて見たレフィーヤは、目を大きく見開いて表情を驚愕に染めている。

 

「うそ.....」

「.....うん、凄いね」

「相変わらず速すぎでしょう、まったく....」

「チッ...」

 

何でも溶かす液に逃走を余儀なくされたレフィーヤ達は、目の前で繰り広げられている光景に釘付けになっている。唯一ベートだけが、自分と似たような戦闘スタイル、しかし、明らかに自分よりも完成度の高いミナトの動きを見て、小さく舌打ちをした。

 

「どうやら、全部倒したみたいだね」

「見たところ、武器を除けば、物資は無事のようだしのう。大したものじゃ」

 

 

 

 

 

 

 

 

ミナトが最後のモンスターを倒すと、彼以外に動くものはなくなった。全てのモンスターを片付けたミナトに喝采が送られる中、『スキル』を解除したミナトは、既にリヴェリアと合流しているフィン達の元へと向かった。

 

「.....他のヤツらは無事なんだろうな」

「ベートが心配してる、めっずらしー!」

「うるせぇ!あいつ等が荷物を守ってねぇと深層(ここ)から帰れねぇだろうが!変な勘違いしてんじゃねえ!」

「こらこら、君たち2人はすぐ喧嘩しない」

 

恒例のように噛み付き合うティオナとベートが言い争いを始め、ミナトがそれを止めようしてる中、弛緩した空気が流れ出していた。くっついて離れないティオネとフィン、へたり込むラウルを背中に担ぐガレス、そして笑顔のレフィーヤ。全員五体満足で、張り詰めていた彼等の表情は和らぎかけている。仲間の姿を見回したアイズは野営地の様子を確かめようと、一枚岩の方角に振り返ろうとした、

 

その直後、

 

『ーー!!』

 

木をいっぺんにへし折る爆砕音が届いた。誰もがその方角を振り仰いだ。それぞれの武器を再装備し、臨戦態勢へと移る。やがてアイズ達の視界に、それは現れた。

 

「...あれも下の階層から来たっていうの?」

「うそでしょ....」

「人型.....?」

 

芋虫を彷彿(ほうふつ)とさせる下半身は変わらない。ただ上半身は滑らかな線を描き、人の上半を模していた。そのサイズは先程までの大型個体よりも、更に一回り大きい。

 

「あんな、でかいの倒したら....」

 

とてつもない量の腐食液が飛び散る。

 

「あの巨体じゃと、魔石を狙い撃つのも難しそうだのう」

「そもそもどこに埋まってんだよ」

 

ガレスが被っている(かぶと)をクイッと持ち上げ、ベートは苦々しそうに言葉を吐き捨てる。

 

『.....』

 

おもむろに、女体型のモンスターが動いた。その4本の腕を、優しく広げる。舞う光、虹のように輝く粒子。大量の鱗粉が撒き散らされ、アイズ達のもとに漂ってくる。第1級冒険者達は直感に従い、直ぐにその場から退避する。

 

間を置かず、無数の爆発が連続した。

 

「きゃあああああああ!?」

「ぐっ....!」

 

散乱して残っていた腐食液ごと、地面が爆砕される。レフィーヤの甲高い悲鳴が響き渡り、凄まじい熱気が頬を叩く。

 

「総員、撤退だ」

 

フィンが告げた。ばっと多くの目が振り返る中、彼は油断なく女体型を見据える。

 

「速やかにキャンプを廃棄、最小限の物資を持ってこの場から離脱する」

「おい、フィン?!逃げんのかよ!」

「あのモンスターをほっとくの?!」

 

ベートとティオナが噛み付く。第1級冒険者としてのプライドが、何より都市最大派閥(ロキ・ファミリア)としての誇りと責任が、目の前にいるモンスターを野放しにすることを許さない。

 

「僕も大いに不本意だ。でも()()()()()()()()()()()()、かつ被害を最小限に抑えるにはこれしかない」

 

これから言い渡すことを忌むように。フィンは表情を消して金髪金眼の少女へと向き直った。

 

「アイズ、あのモンスターを討て」

 

小人族(パルゥム)の少年は彼女の顔を見上げながら言った。

 

「待ってください、団長?!」

 

誰よりも早く、レフィーヤが叫ぶように声を上げる。

が、再び爆音がなり、振り向けば女体型のモンスターが、こちらに向かって進行してきていた。

 

「....時間がない。ラウル、他の皆にも撤退の合図をだせ」

「ちょ、ちょっと待ってよ、フィン!?なんでアイズ1人だけなの?!あたしも行くよ!」

「女に(ケツ)を守られるなんて冗談じゃねぇぞ!?」

「団長、私からもお願いします。ご再考を」

 

先程の爆発に吹き飛ばされかけてもなお、しつこく食い下がろうとしたティオナ達は、しかし、次の言葉で完全に反論を封じ込められた。

 

「二度も言わせるな。()()

 

冷酷な暴君のごとき威圧が彼女達にふりかかる。

その小さな背中にもう誰も逆らえなかった。何も言えず俯いていると

 

「それに、何も()()()1()()とは誰も言ってない」

 

ティオネ達の顔色が変わる。まさか、と

 

「ミナト、頼めるかい?」

「もちろんです、アイズは俺がしっかり守りますよ」

「そういう事だ。皆、撤退準備を始めろ」

 

誰もがフィンの指示に従い、撤退の準備に入る。その中でただ1人、レフィーヤだけがその場に残った。その細い方を震えさせ、最後まで自分もと、その場に残ろうとする。

 

「レフィーヤ.....大丈夫だから」

「....」

 

アイズがレフィーヤと入れ違うように前へ出て、とんっと、優しく少女の肩に触れる。

 

「....っ」

 

エルフの少女は一瞬時を止めた後、じわっと目尻に涙を浮かべ、ティオナ達の後を追う。この場から去っていく後ろ姿をアイズは黙って見つめ、すぐに前を向いた。

 

「すまない、アイズ、ミナト」

「ううん」

「問題ありません」

 

派閥の首領として時には非常さを求められるフィンが、このような場で謝るのは珍しかった。恐らくは、半日前にアイズへ説いた責務の話と、今の指示の話が乖離(かいり)していることを、彼自身割り切れていないのだろう。

 

「フィンさん。あなたはロキ・ファミリアの()()です。だからこそ、その決定に対する後悔を部下に見せてはいけない」

「ミナト.....」

「あなたは、【勇者(ブレイバー)】。なら、俺達に勇気をください。団長としての謝罪ではなく、激励こそ、俺達が今、この場で欲しい言葉ですよ」

 

ネガティブな考えも時には必要だろう。しかし、それを、組織内で最も影響力のある(フィン)が言ってはいけない。それは全体の士気に関わる。普段のフィンならばこのような醜態を晒すことは無いが、自分の中での葛藤(かっとう)が、彼を迷わせているのだろう。そんな胸中を察し、ミナトは厳しくも愚直に、先達へ願いを()う。

 

「そうか...」

「はい」

 

顔を上げたフィンの顔にもう迷いはない。後は組織のトップとして、2人に言葉をかけるだけ。

 

「アイズ、ミナト、頼んだよ」

「「うん(了解しました)」」

 

そう言い残し、自身もすべき事のため素早くその場を後にした。

 

「さて、アイズ」

「?」

「久しぶりの共闘(タッグ)だね」

「あ....!」

 

密かに想っている自分の憧憬、ミナトからの言葉に少女は、こんな時にも関わらず頬を染める。先程までの緊張が嘘のように消え、今度は恥ずかしさが込み上げてきた。目の前の青年と目を合わせると、何やら少しニヤニヤしている。困惑するアイズ、どうして笑っているんだろう。

 

「どうやらリラックス出来たみたいだね。さっきまでは少し顔が強ばってたよ?」

「......っ!?」

 

更に顔に熱が増す。恥ずかしさで頭が一杯になった少女は、手に持つ《デスぺレート 》を離し、ミナトの胸あたりをポコポコと叩いた。「いたた...」。そう言いながらミナトはアイズのなすがままにされる。

 

「.....(ぷい)」

「ハハ....ごめんね?」

 

からかわれて若干()ねた少女の機嫌を伺うように謝る。

 

 

『ーーーーーーーッッ!!!!』

 

微笑ましいやり取りだったが、それを許さない者がいる。見れば女体型モンスターが2人の方へと近づいて来ていた。

 

「さて、おふざけはこの辺にして。準備はいいかい、アイズ?」

「ミナトこそ...あんまり油断してると怪我するよ?」

「それだけ軽口が叩けるなら大丈夫そうだね」

 

二つの金色の背中が女体型の前に(たたず)む。

 

「いくよっ!」

「うん....!」

 

今回の『遠征』、最後の正念場を、2人の冒険者が乗り越えようとしていた。

 




次回、ベル君出てくるかなぁ....
微妙なラインなんだよぉぉ

出したいな


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愛で救われた事実を、人は忘れられない

戦闘難しい....


先程、去り際に返された《 デスぺレート》を装備し、まずはアイズが、女体型のモンスターと対峙する。地を()う多脚。揺らめく複腕。極彩色に彩られる怪物的な威容。迫る巨大な敵を前に、気負いも動悸(どうき)もなく、ただ静かに。金色の瞳を強く構え、呟く。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

風がアイズに付与される。ヒュンッと、アイズは愛剣は振り鳴らした。

 

『ーーー!』

 

女体型が震える。

呼び出された風に反応するように、アイズだけを標的と見なし、その上半身を()った。無表情に見えた顔面部に、横一線の亀裂を走られ、口腔を開放する。高速に打ち出される腐食液。量、速度ともに先の戦闘の比ではない。アイズは回避を選択し横へ跳んだ。すぐに轟く途方もない溶解音。彼女が立っていた地面をどろどろにして大きく(えぐ)り、更には奥の一枚岩まで突き進む。岩壁が悲鳴を上げ崩れ落ち、あっという間に変色した。膨大な黒い湯気が立ち上がった。

 

「(誘い出さないと)」

「(ん〜、攻撃の規模が大きいな....、まずは見晴らしのいい場所に移動させるか)」

 

フィンに指示された通り、まずはティオナ達が撤退するための時間稼ぎが優先だ。同時に、こちらに有利な地形へと敵を誘導する。

 

「とりあえず、場所を移そうか」

「うん」

 

連射される腐食液を躱しながら、女体型の懐に潜り込む。接近を許さないと言うばかりに、アイズ達とモンスターとの間から、黄緑の触手が飛び出してきて、2人に襲いかかる。

 

『ーーーーーッ!?』

 

 

無数の銀の線が、触手を粉々に斬り刻む。【剣姫(けんき)】の前でただの触手など意味をなさない。斬った箇所から、芋虫型と同じように溶解液が吹き出すが、身に(まと)う風がそれを寄せ付けない。

 

「さて、少し大人しくしてもらうよ」

 

いつの間にか女体型の足元へ辿(たど)り着いていたミナト。極彩色の皮膚に片手を置き、一声(いっせい)

 

「【飛雷神】!」

 

女体型の視界が変わる。岩場の多かった所から、先程、【ロキ・ファミリア】が芋虫型モンスターと戦い、その余波によりほぼ更地になった場所へと()()()()()()()()()()()

 

『ーーーーーーッッ?!!』

「これで見やすくなった。さ、反撃だ、()()()

「っっ!!」

『!』

 

空気を切り裂くかのように女体型へ肉薄する金色の少女。彼女に4枚の腕が、女体型の胸の前でバツ印を作るように、大振りされる。直後、目を疑うような(おびただ)しい量の鱗粉が、アイズとミナトの頭上を覆った。

 

『ーーー』

 

周囲一体を吹き飛ばす規模だ。女体型に近づきすぎたことで、離脱が間に合わないと判断し、風の鎧を全身に張り巡らせ、防御を固める。すぐに、爆発と轟音が彼女に襲いかかった。

 

「簡単にはやらせないよ」

『ケッ...!』

 

爆発が落ち着き、周りをよく見ると、朱色の魔力が少女を包み込むように覆っていた。幾重(いくえ)もの尾が爆発の衝撃を完全に抑え込み、完璧に防いだ。肌に感じるのは憧憬(ミナト)の温かさ。すぐに、また守られたのだと、アイズは理解する。

 

「今度こそ....!」

 

すぐさま武器を構え直し、再び駆ける。

 

『!!』

 

接近するアイズに2枚4対の腕で迎撃しようとするモンスター。距離を詰めれば、自分を巻き込んでしまうのか、爆粉は使用してこない。右、左、的を絞らせないように薙ぎ払いをやり過ごし、遂に懐に侵入、まずはその短い多脚を狙う。しかし、敵の反応速度も高かった。4枚の腕の内、下部に着いている腕を伸ばし、アイズの攻撃を防御する。

 

「(スキが、無い?)」

 

その図体からは想像できないほど機敏(きびん)で、かつ可動範囲の広い腕は前後左右全ての襲撃に対応できるようだった。そのまま女体型の真後ろに出ても、すぐに反応して、こちらに向き直ってくる。アイズは敵を分析しながら、何度も何度も斬りかかる。

 

「.....っ!」

 

魔法を行使して剣により強く風を付与し、モンスターの攻撃を打ち払い、防ぐ。

 

「前に気を取られすぎだよ」

『ーーーーーッ?!』

 

悲鳴とともに女体型の後ろ脚が()()切断された。巨体を支えていた脚を失ったことで、後ろに倒れそうになるモンスター。しかし、驚異的な反応速度で、地面から出した触手を使って体の後方を支える。即座にその巨躯を安定させることに成功した。

 

それでも

 

「風よ」

 

第1級冒険者(アイズ)の前において、()()は致命的なスキとなる。アイズの身を守っていた風が鎧を解いて広がり、周囲に漂っていた爆粉を吹き飛ばす。苦し紛れに炸裂したが、その爆風は彼女には届かなかった。

 

「(爆発するまで、3秒かな...)」

 

何度も目にした爆発。腕から散布されて爆発するまで、3秒。つまり3秒以内に風で爆粉を吹き飛ばせば、被害を(こうむ)ることは無い。

 

 

 

(「いいかい、アイズ。どんな敵と戦う事になっても、決して敵の詳細が分かるまで深追いしちゃいけないよ。モンスターは常に俺達を殺そうとしてくる、どんな手を使ってもね。命のやり取りに置いて、敵を知ろうとしないのは二流のする事。だからこそ、まずは情報収集に徹して、敵を分析する、そうすれば攻略方法も見えてくる。君ならそれができるはずだよ」)

 

かつて先達(ミナト)に叩き込まれた冒険者としての洞察力は、初めて見たモンスターに対する情報収集を決して(おこた)りはしなかった。

 

『ーー!』

 

女体型のモンスターにとって、風の魔法を使うアイズは天敵と言っていい。本来防御不可能の腐食液や爆粉、多くの冒険者にとって脅威たるその能力は、彼女の風によって全て無効化される。フィンは全てを見越して、アイズに女体型の討伐を、同様に女体型の攻撃をやり過ごすことができるミナトに、彼女の援護を命じたのだった。

 

やがて、遥か上空に閃光が 打ち上がる。撤退完了の信号。()()()()()()()。アイズは今以上の強い風を纏う。直後、軽く前傾し、疾走した。

 

『ーー』

 

モンスターの反応を振り切る。先程までとは比べ物にならないほどの加速から敵の右脇を抜きさり、多脚を横一線。まとめて断ち切った。

 

『?!』

 

片足の脚を全て失い。バランスを失うモンスター。さすがに疲労が溜まってきたのか、先のように触手で体を支えようとはしない。代わりに、右手へと傾く巨体を咄嗟に同じく右側の2枚の複腕で支える。アイズの動きは止まらない。モンスターの背中を駆け上がるようにして跳躍、そして背後にそびえていた一枚岩、その上部壁面に、脚を置く。

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】!」

 

最大出力。もはや小さな台風と化した風の大気流を全身に纏い、アイズは剣を溜める。繰り出すのは自身の最強攻撃。

 

『アイズたんっ、必殺技の名前を唱えれば威力は上がるんやでー?!』と、主神(ロキ)に騙されている彼女は、静かに、その名を放つ。

 

「リル・ラファーガ」

 

主神命名の一撃必殺を唱え、アイズは風の矢となった。閃光のごとく、神速の勢いで急迫するアイズに、モンスターは直前のところで反応し、空いてる左側の複腕を重ねて盾とする。

 

『!!』

 

風を纏い突き出された剣突は、一瞬の抵抗も許さなかった。

 

『ーーーーーーーーーーーー』

 

盾ごとまとめて女体型の体が穿たれる。大きな風穴を開けられたモンスターは、硬直し、瞬く間に全身を膨張。膨れ上がった体は一気に四散し、桁外れの大爆発が起こった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、俺がいたから良かったけど」

「......ごめん」

 

 

既にアイズは爆心地から遥か離れた場所にいる。

 

「自分の身を守ることを忘れかけるなんてね」

「...ごめん、なさい」

 

ミナトは先程の大爆発を見越し、女体型が膨れ上がると同時にアイズの元へ駆けつけ、即座に【飛雷神】で飛んだ。あれほどの規模の爆発を爆心地付近でモロに受ければ、いかに風の鎧があったとして危なかっただろう。

 

「お説教は帰ってから。さ、ティオナ達と合流するよ」

「うん...」

 

魔法を酷使したために、ふらつくアイズに肩を貸し、ゆっくりと歩き出す。道中、ところどころ先程の爆発の影響によって地面がえぐれていた。

 

「(新種の女体型モンスター。この子(アイズ)と俺だったからこの程度で済んだけど、これは....)」

 

階層主に匹敵するほどの巨躯、全てを溶かす溶解液、神出鬼没の触手、そしてなによりあの爆粉。2人が上手く倒せただけであって、他の冒険者には荷が重い。戦いの余波で荒れた場所を見て、ミナトは思考する。

 

「(あの芋虫型と言い、女体型。なにか嫌な予感がする)」

「ミナト...?」

 

怪訝(けげん)そうな様子で黙り込む隣の青年を、不思議に思ったアイズは彼の名を呼ぶ。なんでもないよと返されるが、その顔が晴れることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『『ーーーーーーッッッ!!!!!』』』

 

 

突如、突き刺すような()()の咆哮が、2人の耳に届いた。声の方に振り返れば、先程アイズが倒したのと同じ女体型のモンスターが3対、地面を突き破り現れている。

 

「っっ!?」

 

既にアイズは満身創痍。魔法の酷使により、体中が悲鳴をあげていた。それでも自分は冒険者、【ロキ・ファミリア】所属の第1級冒険者。その肩書きに恥じぬため、再び《デスぺレート》を構え、女体型と向き合う。

 

「仕方ない....」

『やるのか....?』

「久しぶりにね」

『隣のガキを巻き込まねぇようにするのは面倒だぞ』

「一撃で決める。アイズに怪我はさせない」

()()か』

「ああ、ありったけでいくよっ!」

 

貸してた肩をそっと離し、少女をすぐ側に下ろす。

 

「え....?」

 

当然アイズは混乱するが、ミナトの体から朱色の魔力が溢れ出したことで、すぐに言葉を失う。吹き出る魔力は次第に形を造り上げていく。凄まじい速度で大きくなっていくその姿は、女体型モンスターの巨躯に並び、そして、完全に()()()()()

 

 

『何年ぶりだ?尾獣化するのは』

 

少女の目に映るのは巨大な()。半透明な体から溢れ出す魔力は、アイズの【エアリアル】とは比べ物にならない量で、肌を刺すような威圧感を発している。ついさっまで隣にいたミナトは、見上げるほどの上空に位置する九尾の顔、その額の辺りにいる。巨躯の(かたわ)らに(たたず)む少女は、背後から伸びる9本の尾を見て、スキル(九尾の妖狐)によるものだと推測する。初めて目にした完全な九尾を前にして、アイズは端正な顔を驚きに染め、少しばかり空いた口が一向に閉じる気配がしない。

 

「時間が無い。行くよ、九喇嘛!」

『なまってねぇだろうな!』

『『『ーーーーッ!』』』

 

九尾の口が開く。目の前の存在に圧倒されていた女体型達は、その動作を機に、一斉に襲いかかる。爆粉、腐食液、触手と、極彩色の驚異がミナト達に降り注ぐ。

 

『フンッ』

 

一閃

 

『『『ーーーーー!!』』』

 

ただの一閃。尾を纏めて横に薙ぎ払っただけで剛風が発生し、爆粉も腐食液も、何もかもが吹き飛ばされ、モンスター達の方にまで余波が届く。多大な空気抵抗をその身に受けた3体は、全員体勢を崩した。

 

「凄い....」

 

2本の尾に守られているアイズは、尾の隙間から見えた光景に息を飲む。かつて、その背を追いかける決心をするきっかけとなった戦争遊戯(ウォーゲーム)においても目にすることの無かった、ミナトの全力。自分と、憧憬(ミナト)との距離を改めて痛感させられ、思わず顔を伏せてしまう。

 

「.....」

 

あまりにも遠い。本当に自分は追いつけるのか、願い(悲願)は叶うのか、そんな不安が彼女の心を満たす。

 

『『『ーーーーーーッッ?!』』』

 

突如モンスター達が怯むように声を上げた。ハッとなって顔を上げると、九尾の口元に、視認できるほどの(あか)い魔力が集まっている。次第に円形に形を変えていくそれは、女体型達に向けられている。その大きさは、巨大な九尾の半身程まで拡大し、形を整えていく。

 

そして、

 

ミナトと九尾が、構え、言い放つ。

 

 

「『尾獣玉ァ!!!!!』」

 

名とともに放たれた膨大な魔力の塊は、瞬く間にモンスター達のところまで接近する。先頭にいた女体型に触れた次の瞬間。先程アイズが仕留めた一体が、死に際に放った爆発を遥かに越す規模の大爆発が発生する。超巨大な衝撃波による砂埃と轟音により、一瞬で視界と聴覚を奪われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.....う、そ.....」

 

砂埃が晴れ、ようやく復活した目に映ったのは、()()()()()()()()()()()()瓦礫(ガレキ)も、女体型モンスター達も、全て消し飛んでいた。あの魔力砲はただの一瞬で、全てを無にし、戦いに幕を下ろしたという事を、無理やり少女に理解させる。

 

「ふう」

『....こんなところか、ワシは寝る』

「ああ、助かったよ」

 

 

朱色の巨体を構築していた魔力が開放され、霧散していく。数秒後には地面に降り立ったミナトだけになっていた。よく見れば肩で息をしている。あれほどの魔力を使用したのだ、疲れない方がおかしい。

 

「怪我はない?」

「....」

 

アイズに声をかけるが、夢のような光景にを見せつけられ、言葉を失っている。反応がない。少女の肩に触れ、名を呼ぶと「....ッ!大、丈夫...」。そう零れそうな声音で返事が帰ってきた。

 

「行こうか」

「うん.....」

 

2人の足取りは、どこか揃ってないように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイズさんっ?!」

 

レフィーヤの悲鳴が弾ける。視線の遥か遠くで巨大な火球のドームが形作り、周囲一帯のものを吹き飛ばした。モンスターの自爆を避けるために、十分な距離を離した上でアイズ達の戦闘の行方を見守っていた彼ら【ロキ・ファミリア】のところまで爆発の余波が届いく。押し寄せる熱風と衝撃に誰もが目を覆った。

 

「アイズ、ミナト.....」

爆発の余波で顔を赤く焼かれながら、ティオナは先の光景をじっと見つめる。次の瞬間、彼女の目は見開かれた。割れる炎の海。僅かに見える2つの人影。燃え盛る炎を背にしながら、金髪金眼の少女と金髪碧眼の青年が、肩を寄せ合いながらゆっくりと帰還してくる。

 

 

2人を大歓声が包み込んだ。

 

 

 

 

金色の少女の顔には少し雲がかかっている。




区切りがいいので、ここまで!

ベル君には次回出演してもらいます。


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簡単に手に入らないものが心繋いでいく

やっとベル君登場

逃げろ兎ちゃん!


【ロキ・ファミリア】が今、進んでいるのは岩窟(がんくつ)だった。むき出しの岩石から造られる通路は無秩序に張り巡らされた横穴の他にも縦穴が存在し、天然の洞窟と言える。壁面上部に僅かに灯る明かりが、薄暗い迷宮内を照らしている。

 

ここは深層より遥か地上に迫った中層域、17階層。

 

「まだまだ暴れ足んないよ〜」

「しつこいわよ、あんた。いい加減にしなさい」

 

50階層で繰り広げた戦闘の後、【ロキ・ファミリア】は未到達階層の開拓を諦め、地上への帰還に行動を切り替えていた。つまるところ、今回の『遠征』は中断したことを意味している。ぶーたれるティオナを、ティオネがたしなめている。

 

「団長が何度も説明したでしょ?あのモンスターにやられて武器が心もとないって」

「素手で戦えばいいじゃん....」

「あの芋虫に素手で触れたらどうなるか、馬鹿なあんたでも分かるでしょうに」

 

50階層での防衛戦で、ほとんどの武器を使い捨ててしまった。装備が無ければモンスターとの戦闘に支障が出る。ましてや、あの新種達に素手で挑むなどもってのほかだ。

 

「う〜っ、悔しい〜。せっかく苦労して50階層まで行ったのにー」

 

フィンの采配から、深層からの退却を実施して既に6日。何度も何度も同じ内容で論破されているティオナは頭の後ろで手を組んだ。装備品を何も所持していない彼女は、隣でてくてくと歩くアイズを羨ましそうにみる。愛剣を腰に下げる少女は、ティオナの視線に気づいて首を(かし)げた。

 

「あのモンスターのせいで....結局何だったの、あれ?」

 

振られた質問に対し「わからないわよ」とティオネが肩をすくめる。

 

「新種のモンスター、としか言えないでしょう 」

「そうだね。未確認のモンスターで間違いないと思うよ。....変なところもあったけどね」

 

言いつつ、ミナトは腰のベルトに着いているポーチに手を伸ばし、モンスターの『魔石』を取り出した。

 

「もしかしてあのモンスターの魔石?ミナト、どうやって見つけたの?」

スキル(九尾)でちょっとね」

 

芋虫型は例外なく、倒した後は漏れ出す腐食液で時間をかけて全身を溶かした。体内にある魔石も同様に。あれだけの数を苦労して撃破したにもかかわらず、ティオナ達は1つの魔石も回収出来ていない。溶解することを無視できる戦法を取ったミナトだけが、魔石を入手していた。

 

「わ、何それ。変な色」

「ええ...普通の魔石とは少し違うわね」

 

魔石の色は一様に紫色だ。ミナトの手にある小石大の魔石は、中心が極彩色、残る部分は紫色と見たことの無い輝きを放っている。

 

やがて、一行は広いルームに辿り着く。深層域とは比べ狭い道幅の関係で、【ロキ・ファミリア】はこの17階層に上がる前に部隊を2つに分けていた。あまり大勢で一度に動くと、モンスターの襲撃等に対応出来ないからだ。リヴェリアが率いるこの前行部隊は、ティオナ達も含め十数人ほどの団員達が固まっている、フィンやガレスは後ろの部隊だ。遠征の帰り道ということもあって、団員達、特に荷物を運搬するサポーター役達の疲労は色濃い。

 

「リーネ、少し手伝おうか?」

「えっ?あ、だ、大丈夫です!?」

 

眼鏡をかけたヒューマンの少女にミナトが声をかけると、滅相も無いと即座に断られた。第1級冒険者に荷物持ちなど任せられない、そんな意識が見て取れる。派閥の幹部を務めているミナトには、その強さと容姿から、ほとんどの団員達がこのような(かしこ)まった態度をとる。

 

「やめろっての、ミナト。雑魚(そいつら)に構うんじゃねえ」

 

一部始終を見ていたベートが声を挟んだ。180センチを越す長身の持ち主で、特にその引き締まった足はスラリと長い。左側の額から顎にかけて青い刺青(いれずみ)が刻まれており、その端正な顔立ちに荒々しい印象を上塗りしている。

 

「それだけ強えのに、まだ甘いこと言ってんのか、お前は。弱ぇ奴らに構うだけ時間の無駄だ、間違っても手なんて貸すんじゃねー」

「...」

「精々見下してろ。強いお前は、お前のままでいいんだよ」

 

鼻を鳴らしながら口を吊り上げるベートに、ミナトは沈黙する。彼は【ロキ・ファミリア】でも典型的な、いや、過度とも言える実力主義者だ。自分よりも先を歩き(レベル6)、同年代でも最高クラスのミナトのことを一目置いている節がある。

 

「ベート、君の言う強者の意味を、俺は理解しているつもりだ」

「...」

「弱い、いや、まだ未熟なだけ。()()()()()()()()だけ。そんな彼女らを叱咤(しった)する君の気持ちは分からないでもない」

「うるせぇ...」

「あまり()()()()()()のも考えものだよ、ベート」

「....ちっ、抜かしてんじゃねぇ...」

 

悪い人ではない。2人のやり取りを見ているアイズはそう思っている。意見の食い違いからよく真剣な口論に発展するリヴェリアが言っていたが、「誤解を招くことに関して、あいつ(ベート)の右に出る者はいない」という皮肉らしき言葉を聞いたことがある。

 

「ミナトほっときなよ、ベートの言うことなんか聞いてたら偏屈になっちゃうよー」

「くたばれ、クソ女。てめぇこそあいつ等の雑用を引き受けてろっての。手ぶら(武器なし)だろ、間抜け」

「うるさぁーいっ!?」

 

言ってる側から口喧嘩を始めるベート達だったが、すぐに、その言い争いは途切れることになった。

 

『ヴヴォォォォォォォォォォッッ!!』

 

目の前の通路から牛頭人体のモンスター、『ミノタウロス』の群れが現れた。

 

「ほら、ベートがうるさいから『ミノタウロス』が来ちゃったじゃん!」

「関係ねぇだろっ。馬鹿みたいに群れやがって...」

「リヴェリア、私達がやっちゃうよー?」

「ああ、構わん。ラウル、後学のためにお前が指揮を取れ」

「は、はい!」

 

今この場にいる団員と『ミノタウロス』とでは、その『ステイタス』に隔絶した差がある。【ロキ・ファミリア】ほどの大派閥であれば、まず遅れは取らないだろう。が、今回は数が数だった。ティオネの申し出からアイズ達も戦線に加わる。

 

『ヴォォォォォォォ!』

 

その後の戦闘の流れは、誰もが予期せぬ方向へと転がった。あっという間に半分ほどのミノタウロスを返り討ちにした時。戦力差に怯えたのか、1匹のミノタウロスがアイズ達に背を向けた。その個体が合図となったかのように、残っていたモンスター全てが足並みを揃え、一気に、集団逃走を始めた。

 

「ええっ!?」

「お、おいっ!?てめぇ等、モンスターだろ!?」

 

我先にと、物凄い勢いでモンスター達がルームを飛び出し、通路の奥へ消えていく。

 

「いけない!」

「追え、お前達!!」

 

いの一番にミナトが駆け、動揺を抑え込んだリヴェリアの号令が飛ぶ。

 

一回層、また一回層。ミノタウロスの暴走は破竹の勢いとばかりに続いた。各階層を出鱈目(でたらめ)に走り回り、アイズ達の追跡を撹乱(かくらん)していく。散らばったモンスターを処理するため、1人、また1人と団員達が追跡隊から姿を消していく。6階層へと到着する頃には、既にミナトとアイズ、そしてベートしかミノタウロスを追う者は残っていなかった。

 

「ひぃ!?」

「どけぇ!」

 

今にも冒険者に襲いかかろうとしていたミノタウロスを間一髪ベートが倒す。彼らのいる『上層』は地上に最も近い階層域だ。ミノタウロスに襲われたらひとたまりもない、そんな初心者(ルーキー)達の領分でもある。もはや犠牲者がいつ出てもおかしくない状況になっていた。

 

「まずい、1匹見失った...っ」

 

ミナトも別のミノタウロスの撃破に成功するが、残る最後の1匹を取り逃してしまう。

 

「こっちだ、来い!」

 

狼人(ウェアウルフ)の嗅覚は、他の獣人の比べても一段と優れている。ミノタウロスの残り香を突き止めたのだろう。1つ上の5階層に駆け上がり、辺りを見渡すと、

 

『ヴォォォォォォォ!!』

「ほぉあああああああああああああっ?!」

 

悲鳴が聞こえた。

 

「っ!」

 

声の1番近くにいたアイズが誰よりも速く駆け出し、叫び声と咆哮が交差する方向へと身を馳せる。ミノタウロスと襲われている人物はすぐに見つかった。処女雪を連想させる白い髪。涙が零れ落ちかけている深紅(ルベライト)の瞳。まるで兎のような外見を持つ、ヒューマンの少年。

 

「ド素人じゃねえか!?」

「っ!?彼は確か...」

 

装備する貧相な防具は一目で初心者用とわかる。逃走一つ取っても動作の節々から(つたな)さが(うかが)えた。

 

駆け出し中の駆け出し。あの兎はミノタウロスにとっては餌にしかならない。足に力を込め、全力で踏み出す。

 

「え?」

『ヴッ?!』

 

少年とミノタウロスの間の抜けた声。背後から神速の斬撃を胴体に見舞い、手を止めず無数の線をモンスターの全身へ刻み込む。

 

『ヴゥモォォォォォォォ?!』

 

原型を留めていた巨体が、木っ端微塵となる。断末魔と共に血しぶきを上げながら、ミノタウロスはいくつもの肉の欠片となって崩れ落ちた。そして、少年と少女の目と目が合う。

 

「....大丈夫ですか?」

 

正面から見下ろす格好のアイズの問いかけに、少年は身じろぎ一つさえしなかった。言葉を失ったように、アイズのことを静かに見上げてくる。少し戸惑った彼女は、もう一度尋ねてみる。

 

「あの....大丈夫、ですか?」

 

返事は返ってこない。困り果ててしまったアイズは、座り込む少年のことを改めて見つめる。ミノタウロスの血を浴びてしまった体は真っ赤に染め上がっており、こちらにとてつもない申し訳なさを与える。アイズを見上げる顔を熟れていくリンゴのように、じわじわとその肌を赤めさせていた。少年の様子を心配に思ったアイズは、剣を鞘に収め、手を差し伸べる。

 

「立てますか?」

 

なにか言おうとしていた少年の唇が、ぴたっと止まった。すると、瞬く間に耳や首、肌という肌が紅みを帯びていく。

 

「だっ、」

「だ?」

 

彼女に首を傾げる暇も与えず、少年は跳ね起きる。次の瞬間。

 

「だぁああああああああああああああああ?!」

 

全速力でアイズから逃げ出した。

 

「(.....え?)」

 

ポカンと、アイズは目を見開いて立ちつくす。逃げ去った通路の奥から少年の奇声が反響してくる中、彼女はめったにしない呆けた表情を作った。

 

「.....っ、....くくっ!」

 

後ろを振り返れば、震える体を必死に抑えるようにして腹を抱えるベートが、堪えながらも笑いを零していた。

 

「.......」

 

頬を赤らめたアイズは、歳相応の少女のように。きっ、と目の前で笑う青年を睨みつけた。

 

 

 

 

「(間違いない、彼は()()が担当する新米冒険者の子だ。これは申し訳ないことをしてしまったかな...)」

 

立ちつくすアイズ、体を震えさせているベート。その2人の後方にいるミナト。襲われていた新米冒険者の少年。彼が自分の知己である女性のギルド職員、彼女がつい最近話していた新しい担当冒険者の子であると理解し、バツの悪そうな顔で少年が走り去って行った方向を眺める。

 

「(()()に彼の所属ファミリアを聞いておくか...)」

 

紆余曲折はあれ、アイズ達の長い遠征は、こうして幕を閉じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やっと帰ってきたぁ....」

オラリオ北部、北の目抜き通りから外れた街路沿い。周囲一体の建物と比べ圧倒的に高い、巨大な館が建っていた。

 

【ロキ・ファミリア】本拠(ホーム)、黄昏の館。

 

「あー、疲れたー、お肉たくさん食べたーい」

「私は早くシャワーを浴びたいわね」

「あはは...」

 

アマゾネス姉妹の言葉にレフィーヤが苦笑する。ダンジョンから帰還したアイズ達はホームを目前にしていた。30人規模の一団がそれぞれの物資を抱え、あるいは引きずりながら、正門の前に到着する。フィンは門番の2人に声をかける。

 

「今帰った。門を開けてくれ」

 

フィンの言葉を受け開門される。彼を先頭にアイズ達はぞろぞろと敷地内に足を踏み入れた。

 

「ーーーおっかえりぃぃぃぃぃぃぃっ!」

 

アイズ達の入門を見計らっていたかのように、館の方から走り寄ってくる影があった。朱色の髪を揺らす彼女は真っ先にアイズ達女性陣のもとへ突き進んでくる。

 

「みんな無事やったかーっ?!寂しかったー!」

 

飛びついてくる彼女を、ひょい、ひょい、とアイズ達がすんなり回避する。

 

「きゃぁぁぁぁぁぁ?!」

 

最後尾にいたレフィーヤはとばっちりに合い、悲鳴をあげながら抱きつかれ、押し倒された。

 

()()、今回の遠征での犠牲者は無しだ。到達階層を増やすこともできなかったけどね。詳細は追って報告させてもらうよ」

「んんぅ、了解や。おかえりぃ、フィン」

「ああ。ただいま、ロキ」

 

目の前でエルフの少女に抱きつく彼女こそが【ファミリア】の主神、ロキだ。

 

「ロキー、レフィーヤが困ってるから離れてくんなーい?疲れてるしさー」

「おおぅ...すまんレフィーヤ。感極まって、ついなぁ」

「い、いえ....」

「ところで...ちょっとおっぱい大きゅうなった?」

「な、なってませんっ?!」

 

ぐふふと、ゲスな笑みを浮かべる己の主神に、レフィーヤは真っ赤になって叫ぶ。ロキには女神でありながら女好きという厄介な性癖があった。彼女の勧誘を通して今の規模に至った【ロキ・ファミリア】は、男性はともかく、美女美少女ばかりの女性構成員は大いに彼女の趣味が反映されている。

 

それでも、そんなロキの振る舞いが、自分の家に帰ってきたと、誰もが疲労に滲む表情を緩めさせた。

 

「アイズも、お帰りぃー」

「ただいま、ロキ...」

 

「ん、体ちゃんと休ませなあかんよ?」

「....」

 

全て見透かしているような朱色の神の瞳は、それ以上何も言わなかった。押し黙るアイズに一笑し、背を向けて、今度は男性陣の方へ足を運ぶ。

 

「ミナトは今回も無傷やんなぁ」

「これでも今回はいっぱいいっぱいだったよ、怪我をしなかったのは運が良かっただけさ」

「いつも同じ言葉(セリフ)言ってるやろ、自分?!」

「そうだったかな」

「まあ、ええわ...とりあえず、おかえりぃ」

「ただいま、ロキ」

 

(ミナト)を幼少期の頃から知るロキは、本当の母のように彼を労う。ミナトもまた、『遠征』では決して見せなかった柔らかい表情で彼女の言葉に返事をする。

 

「ああ、そうだ」

「どしたん?」

「部屋に戻って落ち着いたら、少し()()()の所に行ってくるよ」

管理機関(ギルド)かぁ、明日じゃダメなん?」

 

まずは疲れを落としてからにしないか、そう瞳に込めながらロキが言う。

 

「ダンジョンで少し思うところがあってね。なるべく早く済ましたいんだ」

「ならしゃーないなぁー、エイナたんによろしくなぁ」

「ちゃんと伝えておくよ」

 

会話を終わらせると、他の団員達と同じように館の方へと歩き去っていった。

 

「(ムフフ...あの堅物(ミナト)がここまで入れ込むとはなぁ。これは弄りがいのあるネタやで!)」

 

細めがちな瞳は今は弓なりに曲がり、その端麗な顔立ちとともに相貌を崩している。下界の者の羨望である完璧に整った顔の造作も、今ばかりは目を背けたくなるほど醜い。この後の夕餉(ゆうげ)でからかわれること間違いない。哀れなり、ナミカゼ・ミナト。




そんな訳で、エイナさんに決定させて頂きました。色々な意見を下さった方々、本当にありがとうございました。

美人、包容力、怒るとまじ怖い。エイナさん、あなたが今作のヒロインです。


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行きたいようにいけ、やりたいようにやれ、愛したいもの愛せ

日間ランキングの21位に掲載して頂きました。

ただの気まぐれで始めた今作ですが、読んでくださっている皆さんのおかげで続けることが出来ています。

これからも不定期ですが、頑張ります。


「エイナさぁあああああああんっ!!!」

「ん?」

 

ダンジョンの運営管理をする『ギルド』の受付嬢、エイナ・チュールは片手に持った仕事用の冊子から顔を上げた。ほっそりと尖った耳に澄んだ緑色の瞳。セミロングのブラウンの髪は光沢に溢れている。美しいその容姿はエルフのように完璧に冴え渡っている訳ではなく、どこか柔らかい風貌。スレンダーな肢体はギルドの制服を綺麗に着こなしていた。その容姿と親しみやすい性格から冒険者に評判の彼女は、ヒューマンとエルフの間に生まれたハーフエルフである。少しばかり暇を持て余していたエイナは、自分の名を呼ぶ声の主をすぐに察する。

 

「(今日も無事だったんだ...)」

 

半月前。深紅(ルベライト)の瞳を大きく輝かせながら、少年はギルドで手続きを行った。自分がダンジョン攻略のアドバイザーとして監督することになった少年の年は14。年齢、種族問わず誰でもなれる冒険者であるが、その職業柄、犠牲者の数は多い。元々面倒見のいいエイナは、まだ年端もいかない子供である少年が、わざわざ危険地帯へ(おもむ)くのにいい顔はできなかった。

 

「(()が一緒に行ってくれたら安心なのになぁ)」

 

自分が担当している1人の冒険者を思い浮かべる。百戦錬磨の彼ならば、少年を上手く導き、間違っても死なせるなんて事は犯さないだろう。まあ、【ファミリア】が違うことに加え、彼と少年とでは余りに釣り合わない組み合わせだ。(はた)から見れば、獅子の後ろで兎が隠れている様にしか見えない。

 

「ふふっ」

 

ありえない光景を想像し、少しばかり笑みを作る。そんなエイナの様子を目にした1人の男性冒険者が、彼女が作り出す雰囲気にあてられて顔を赤く染めた。

 

 

自分が担当しただけあってその身を案じているエイナは、少年。ベル・クラネルの安否を確認して頬を緩ませる。制服の襟を正し、自らも声をかけるべく声の方向に振り向くと、

 

「エイナさぁあああああん!!」

「きゃぁぁぁぁぁぁあああ?!」

 

全身をドス黒い血で染めきった少年の姿が、視界に飛び込んできた。

 

「アイズ・ヴァレンシュタインさんの事について教えてくださああああああああいっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あのねぇ、ベル君」

「はい....」

「返り血を浴びたならシャワーくらい浴びてきなさいよ....」

「すいません....」

 

体を洗ってさっぱりした少年の前で、エイナはこれみよがしにため息を着く。2人がいるのはギルド本部のロビーに設けられた小さな一室。互いに椅子につき、テーブルを挟んで向き合っている。

 

「あんな格好のままダンジョンから街を突っ切って来ちゃうなんて、私ちょっと君の神経を疑っちゃうなぁ」

「そ、そんなぁ」

 

美人の彼女にそんなことを言われてしまい、心が(えぐ)られる。涙が浮かび上がってしまいそうだ。エイナは苦笑し少年の鼻をちょんと指で押さえると、「今度は気をつけるんだよ?」と微笑んだ。ぶんぶんぶんと、大袈裟にベルは首を縦に振る。

 

「えっと...アイズ・ヴァレンシュタイン氏の情報だったっけ?どうしてまた?」

「えっと、それは....」

 

真っ赤になりながら先程あった一部始終を語った。話していくうちに、向かい合う彼女の瞳から光が無くなっていくのは気のせいだろうか。

 

「どうして君は私の言いつけを守らないの!ただでさえ1人(ソロ)でダンジョンに潜ってるんだから。不用意に下層へ言っちゃダメ!冒険なんてしちゃいけないっていつも言ってるでしょ!?」

「は、はいぃ....」

「君はまだ初心者(ルーキー)なんだからね!?なんで彼みたいに慎重に攻略してくれないかなぁ...」

「えっと...誰のことでしょう?」

 

少年の不用心さに腹を立て、感情を表す彼女が口にした「彼」が気になり、ベルがおずおずと尋ねる。

 

「えっ...」

「エイナさん?」

「(私、声に出してた!?)」

 

ベルの言葉で我に返り、自分の失態に気づく。無意識に口に出していたこと、それを年下の男の子の前でやってしまったこと。すぐにエイナの顔が熱病にかかったみたいに赤くなる。

 

「なっ、なんでもないよ!気にしないでっ!?」

「でも...」

「き、に、し、な、い、で!!」

「はっ、はい!?」

 

結果、彼女の圧に負けたベルが折れ、エイナは無理やり話を元に戻す。

 

「それで、ヴァレンシュタイン氏の情報ね?」

「はい!」

「う〜ん、ギルドとしては冒険者の情報を漏らすのはご法度(はっと)なんだけど...」

 

「教えられるのは(おおやけ)になっていることくらいだよ?」と前置きをしてエイナは語り始めた。本名、アイズ・ヴァレンシュタイン。【ロキ・ファミリア】の中核を担う女性冒険者。繰り出す剣技の凄まじさからついた二つ名は、【剣姫】。女神にも匹敵する美貌につられ、下心を丸出しに近づいてくる異性はみな玉砕されているとか。

 

「え〜と、他に何があったかなぁ。あの容姿であの強さだから、話題は尽きないんだよね」

「その、趣味とか好きな食べ物とか、情報を...」

 

顔を熱くしながら尋ねる少年を見て、エイナは目を2、3度。ぱちくりと瞬かせた。

 

「もしかしてベル君、ヴァレンシュタイン氏のことを好きになっちゃったの?」

「いや、その....、はぃ....」

「あはは、まあ、仕方ないのかな。同性の私でも彼女には思わず見惚れちゃうし」

 

目の前のエイナもアイズに負けずとも劣らない美人であり、それでいて意外と人懐っこく親しみやすいものだから、ギルド職員は硬派な人である、そんなイメージとのギャップでやられる人は多い。担当してもらっているベルも、初めの頃はエイナの美貌にすっかり(とりこ)にされ、浮かれていた口だ。

 

「でも、お付き合いしている人がいる。なんて事は聞いたことが無いかなー」

 

ベルは思いっきりガッツポーズをとる。

 

「趣味とかは流石に知らないかな...って、ダメダメ!恋愛相談は職務に関係ないって!」

「そ、そこをなんとか!」

「だーめ!ほら、もう用事が無いなら、帰った帰った!」

 

椅子から立ち上がり、少年を追い出すように部屋の退出を(うなが)すエイナ。

 

「エイナさんのいけず....」

「あのねぇ...君は冒険者になったんだよ?もっと気にしなきゃいけない事がたくさんあるでしょう?」

「うっ.....」

 

理解はしている。庇護してくれる存在がいないベルは、自分を救ってくれた主神の恩に報いるため、その小さな体を使ってダンジョンに挑み続けるしかない。お金も節約する必要がある。苦楽を共にする『神様』になるべく負担をかけないよう、自分がしっかりしなくてはならない。アイズのことを考える余裕は、実際彼には無いのだろう。

 

「君は神ロキ以外の神様から恩恵を授かったんでしょう?【ロキ・ファミリア】で幹部クラスのヴァレンシュタイン氏にお近づきになるのは、私は難しいと思う」

「.....はい」

「諦めろ、なんて言いたくはないけど。現実はしっかりと見据えておかなきゃ。じゃないとベル君のためにもならない」

 

少なくとも今は冒険者として全力で頑張れ。そういう意味だろう。若干へこむベルに困った顔をしながら、エイナは()()()()()()()として、言葉を続けた。

 

「ベル君」

「何ですか....?」

「あのね、女性はやっぱり強くて頼りがいのある男性に魅力を感じるから、えっと、めげずに頑張っていれば、その、ね?」

「......」

「ヴァレンシュタイン氏も、強くなったベル君になら振り向いてくれるかもよ?」

 

ギルド職員ではなく、1人の知人として励ましてくれていることに気づいたベルは、みるみる内に笑みを咲かせた。勢いよくその場から駆け出した後、すぐに振り返り、彼女に向かって叫ぶ。

 

「ありがとうございます、エイナさんっ。大好きー!!」

「....えぅ!?」

「じゃあ、またー!」

 

顔を真っ赤にさせたエイナを確認して、ベルは笑いながら街に走って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

場面は変わり、【ロキ・ファミリア】のホーム、「黄昏の館」

 

1度自室に戻り愛剣と防具を外したアイズは、ティオネ達に引き連れられ上層の浴室へ向かった。

 

「アイズの服ってさぁ、結構大胆だよね」

「着ないと死んでやるってロキが言うから....」

 

彼女の着る服は、背中の部分が大きく見開いており、瑞々しい肌が丸見えだ。アイズの性格に似つかわしくない露出度の服に疑問を感じたティオナは、その返事だけで「そういうことねー」と納得した。

 

「レフィーヤ、早く脱ぎなさい。後がつかえるわよ」

「あ、はい...」

 

微塵も恥ずかしがらず裸になるティオネに対し、レフィーヤはゆっくり服を脱いでいく。この辺りの違いは、大胆さが売りのアマゾネスと、(つつし)みを重んじるエルフとの種族差から生まれるものだろう。

 

4人が入室した浴室。と言っても10人ほど入ればいっぱいになる室内は、ほぼシャワールームと言っていい。奥に湯船があるが、それも少人数用だ。

 

「アイズさぁ、ちょっと落ち込んでる?」

「....?」

「なーんか、50階層の時もそんな感じだったけど。ミノタウロスの群れを追いかけに行った後から尚更ーって感じ」

 

ティオナの指摘に内心で驚く。50階層で新種の女体型モンスターと戦った際に、ミナトとの差を見せつけられたこと。ベートには笑われたが、助けた相手に悲鳴を上げられ全力で逃走される珍事。このダブルパンチが、精神の幼いアイズを落ち込ませていた。

 

「レフィーヤの裏切り者ぉ...!」

 

そんなアイズの胸中よりも、目の前の育ってきている(裏切り者)レフィーヤの方が彼女にとっては重要なのか、ティオナが恨めし声を発した。

 

「ええ!?」

「無視しなさい。レフィーヤ」

「安心せぇティオナ!うちが揉み揉みして大きくしたるーっ!!」

 

ガラッと突如開かれた扉から、獣のような影が飛び出した。

 

「今日の晩御飯何かなー」

 

背後からの奇襲を難なく避け、足払いをかけるティオナ。目にも止まらぬ速さで足を刈られたアホ(ロキ)は、頭からタイル状の床に墜落した。

 

「う、腕を上げおったな、ティオナ...」

「じゃまー」

「なんやねんこの仕打ちっ!レフィーヤ慰めてぇぇぇぇ!?」

「え、まっ、きゃぁぁぁぁぁぁ!?」

 

慣れたようにアイズ達は退室する。後輩を生贄(いけにえ)にして。

 

 

 

 

「酷いですよぉ」

「ごめんごめん、あたし達もロキの相手するの面倒くさくてさ〜」

 

更衣室で着替えつつ、レフィーヤが零した恨み節にティオナが軽く答える。

 

こんな風景こそ彼女達【ロキ・ファミリア】の日常であり、子を愛するロキが時折暴走する。言葉ではうざいと言いつつも、実際、心の底から彼女(ロキ)を拒む者は1人としていない。家族同士の繋がり。それこそがティオナ達が所属する【ファミリア】最大の強みなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び場面が変わり、ギルド本部。

 

先の『遠征』で携帯していた武器等を自室に片付け、外出用の服に着替えたミナトは、ギルドの入口を通り、そのまま受付カウンターに向かっていた。

 

「おい、あれって....」

「【黄色い閃光】だよな?」

「確か、前にイシュタル・ファミリアとの『戦争遊戯(ウォーゲーム)』に1人だけで勝っちまったやつか!?」

「『遠征』から帰ってきてたのか....」

 

ギルド本部には冒険者を支援する様々なサービスがある。そのため、それ目的に来場する人は多く、毎日時間を問わず、ギルド内は大勢の冒険者で賑わっていた。

 

「....」

 

都市最大派閥として注目を浴びる事に慣れている彼は、気にした様子もなく足を進める。やがて1人の受付嬢の元へと辿(たど)り着いた。

 

「お久しぶりです、()()()()()()

「お久しぶりです。『遠征』からのご帰還、心から喜び申し上げます、()()()()()

 

声の行先はハーフエルフの女性。つい先程まで少年(ベル)と話していたエイナである。

 

「ナミカゼなんて、そんな他人行儀な...」

「君だって、私の下の名前を呼ばなかったくせに」

「...」

「...」

「ははっ」

「ふふっ」

 

先程までの硬い空気が嘘のように晴れる。そこにあるのは、知人同士が再会を喜ぶ光景だ。

 

「エイナがいつも通りで安心したよ」

「ミナト君こそ。今回は新階層を目指したんだから大変だったんでしょ?」

「うん、それについてはまた後日詳細を纏めて送るよ。うちの団長(フィン)が綺麗に纏めてくれる予定なんだ」

「了〜解。それで、ミナトくんはどんな用事でここ(ギルド)に来たの?」

 

お互いの身を案じ、言葉を交わしていると、エイナがそう問いかけた。

 

「....ん、用事が無いと会いにきちゃダメかな?」

「.....っ!もうっ!そういう言葉は軽々しく言っちゃダメって、いつも言ってるでしょ!?」

 

奇しくも先程の光景と今が重なる。ベルとミナトをそれぞれ違う理由で(しか)る彼女の顔は、先程ベルに見せたものとは違う意味で赤くなっている。

 

「ミナト君のそういう所が、女性を勘違いさせるんだよ!?」

「でも、俺は君に」

「い、い、ねっ!?」

「わ、分かりました....ははは...」

 

エイナの圧が彼を押さえつける。これまた先程(ベルの時)と似たような光景である。少年と彼、もしかしたら2人はどこか似ているのかもしれない。

 

受付カウンターから身を乗り出すように、叱りつけてくる彼女に苦笑しつつ、ミナトはエイナにある提案をする。

 

「今日はもう特にやることはないんだ。それで...」

「それで?」

 

彼の言葉に、コテンと首を横に傾ける。そんな仕草でもあざとく見えない彼女の容姿は、やはり整っている。

 

「君が良ければだけど、今夜一緒に食事を取らないかい?」

「.................えっ!?」

「君と2人きりで話がしたくてね」

 

そう言いつつ、真っ直ぐ碧色の瞳をこちらに向ける青年に困惑するエイナ。頬を軽く染めながらオロオロする彼女に対し畳み掛けるように言葉を続ける。「どうかな?」と。十数秒ほどフリーズ(機能停止)したハーフエルフの少女は、口元を手で隠すようにしながら

 

「え、えっと...う、うんっ!....あと1時間くらいで仕事が終わるから、それまで待っててもらっても良いなら....」

「もちろん。まだ予約の時間まで余裕あるから、大丈夫だよ」

 

「お、お店、決めてたんだ....」と、カウンターを挟んで向かい合う彼には聞こえない声で(つぶや)き、これまた彼に見られないように顔を伏せ、ほんの少し口元を緩めた。

 

「じゃあ、また後で迎えに来るよ」

「う、うん。ありがと...」

 

なんとか、消え入りそうな声音で返事をする。

 

「....おい」

「ああ...見たか、あのエイナちゃんの顔!?」

「あんな嬉しそうな笑顔見たことねぇぞ!」

「【黄色い閃光】と付き合ってるって噂は本当だったのかよ!?」

 

受付嬢の中でも人気の高いエイナには、毎日のように多くの男性冒険者達からデートの誘いが絶えない。彼女がどんなにしつこく誘われようが、それを丁寧に断ってきたことをよく知る冒険者達は、目の前の光景に驚愕する。しかもデート(食事)の誘いをしたのは、あの【黄色い閃光】。甘いマスクとその実力から、多くの女性に憧れを向けられるナミカゼ・ミナトである。よく見れば、ギルド本部内にいた女性冒険者達が、2人のやり取りを見て、羨ましそうに彼女へと視線を送ってるのが分かる。心なしかエイナと同じギルド職員数名からも同じ視線を感じた彼女は、気まずそうに、でも嬉しそうに手元に残ってた仕事に意識を戻したのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

静かな空間で食器と器具がぶつかる音が微かに鳴り響く。オラリオの外れにある個室専門の料理店。そこの一室で、西洋風の机に腰掛ながら、出てくる料理に舌づつみを打つミナトとエイナ。個室専門なだけあって他の客の声は聞こえてこない。元来、賑やか過ぎるのが苦手な2人には、静謐(せいひつ)な場所が似合っていた。料理を食べ、言葉を交わす2人の周りには、和やかな空気が流れている。

 

「こんな素敵なところに連れてきてくれてありがとう、ミナト君」

「どういたしまして。それに、君もこういう場所の方が性に合うだろう?」

「うん、酒場みたいに賑やかなのはちょっと...ね」

「ははっ、よく知ってるよ。昔君と行った時、目を回してたよね」

「あ、あれはっ!あの雰囲気に圧倒されたの!」

「ごめんごめん。分かってるから、怒らないで。ね?」

「もう...」

 

彼といると調子が崩される。普段誰にも見せないような自分を見られてしまう。いや、彼と一緒にいると嫌でも浮き立つ自分がいる。エイナが初めて担当した冒険者が、誰であろう他ならないミナトであり、以来5年近く彼と二人三脚で歩んできた。当時、『学区』からオラリオに来たばかりの彼女と、気性の優しいミナトは何かと話が合い、今日みたいに度々(たびたび)2人きりの機会を設けてきた。何年もミナトと過ごしていれば、嫌でも彼の人の良さを理解させられる。まるでエイナの心が読めているかのように、その場のその場で彼女が求めることをする。加え、常に自分(エイナ)を最優先に考えて行動してくれるため、知らず知らずのうちに彼女は彼に対して甘えてしまう。そんな彼に対してエイナは、元々の面倒みの良さと、人懐っこい性格を存分に発揮し、献身的にミナトのことを後ろから支える。彼自身、そんな彼女の姿勢にはとても助けられており、自分を支えてくれるエイナに、密かに恋心を抱いている。いつ想いを打ち明けるか、最近はもっぱらその事に悩まされているミナトであった。

 

 

「今日は聞きたいことがあるんだ」

「どんなこと?」

「うん。この間新しく担当することになった子がいるって言ってたでしょ?彼について少し教えてくれないかな」

「ベル君の....?どうしてまた」

「実は.....」

 

5階層での出来事を事細かく説明する。『ミノタウロス』を取り逃してしまったこと。そして、新米冒険者であったベルを危険に晒してしまったこと。一つ一つ、心の底から申し訳なさそうに、エイナに話した。

 

「そっか...ベル君の言ってた『ミノタウロス』は【ロキ・ファミリア】が....」

「謝って済む事じゃないって分かってる。でも、どうしても彼と、彼の『主神』に謝罪をしたくてね...」

異常事態(イレギュラー)なら、仕方ないよ....モンスターが逃げるなんて聞いたことないし」

「それでも彼を含め、上層にいた冒険者を危険な目に合わせたのは変わらない。俺が見た彼だけでも、どうか....」

 

ダンジョンの特異性によるものだから仕方ない。そう言って彼の気を軽くしようとするエイナだったが、ミナトの顔色は戻らない。

 

「わかった...」

「えっ?」

「ベル君のこと教えてあげる、そう言ってるのっ」

「...ありがとう、君にはいつも助けて貰ってばかりだな...」

 

ミナトの姿勢に負けたエイナは、ベルの所属ファミリア、本拠(ホーム)の場所、そして彼の主神について説明した。

 

「『ヘスティア』様って確か...」

「知ってるの?」

 

今しがた教えた少年の主神の名を、口にするミナトを不思議に思い、おずおずと尋ねる。

 

「ヘファイストス様が何度か口にしてたことがあってね、名前だけは聞いたことがあったんだ」

「そうだったんだ...」

「うん。これで彼に会いに行ける」

「優しくしてあげてね?」

「取って食ったりするわけじゃないんだから...安心して」

 

冗談を交えつつ会話を続ける2人は、窓から差し込む月光も相まって、とても綺麗だった。




エイナさん可愛ええわ

ほんま可愛ええ


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引き寄せられた俺達一匹狼の群れ、共に過ごせる日々の中で

ヘスティアって、紐とったらどーなるんだろ...

失礼しました


『男に生まれたならハーレムを目指さなきゃな!』

 

まだ幼いベルへ(しき)りにそう言い聞かせていた祖父の清々しい笑みを、今でも鮮明に覚えている。昔から祖父が読み聞かせてくれた英雄譚が大好きだった。怪物を退治し、人々を救い、囚われのお姫様を助け出す。そんなカッコイイ英雄達のように自分もなりたいと、当時のベルは本気でそんな夢を抱いてた。

 

英雄達の物語には、可愛い女の子との出会いが鍵となる。祖父はそう教えてくれた。祖父の言う英雄に憧れ、可愛い女の子達に囲まれたい。純粋な少年の心は幼いながらも欲望が溢れていた。その後、たった1人の家族であった祖父を亡くしたベルは、願いを叶えるために、この『迷宮都市オラリオ』にやって来たのだ。

 

ドワーフ、エルフ、獣人、多種多様な人達で溢れかえる中央街道を突き進んでいく。田舎で育った少年にとってオラリオは全てが新鮮で鮮やかに瞳に映る。いかにもというような細い道を通り、何度も角を曲がる。背中に届いていたざわめきが無くなった頃、ベルは袋小路に辿り着いた。

 

「....」

 

目の前の建物を仰ぐ。廃れた教会がそこにはあった。神を崇めるために造られた二階建ての建物は、ほぼ崩れかけていると言える。見た通り年季の入った外観は哀愁が漂っている。

 

「よいしょ」

 

扉のない玄関口をくぐり教会の中に入った。内観も外に負けず劣らずのボロボロ。廃墟と言われても否定できない教会内を少年は慣れた足取りで進み、地下へと続く階段を降りる。階段を下りきったベルは、明かりが漏れた、目の前にあるドアを開く。

 

「神様、ただいま帰りましたー!」

 

少年の呼び掛けに応じて、トトトトと足音が聞こえる。やがて現れたのは見目麗しい幼女、もとい、ベルの主神である『ヘスティア』だった。

 

「おかえりぃー。今日はいつもより早かったね?」

「ちょっとダンジョンで死にかけちゃって...」

「おいおい!」

 

大丈夫なのかとベルを心配し、忙しなくペタペタと彼の体に触れて、怪我の有無を確かめてくる。その気遣いに嬉しくなり、ベルは頬を染めて照れてしまった。

 

「大丈夫です。神様を1人ぼっちにはしませんから」

「言ったなー?なら大船に乗ったつもりでいるから、覚悟してくれよ?」

「変な言い方ですね...」

 

2人は笑みを漏らし、部屋の奥にあるソファに腰掛けた。隣に座るヘスティアは紛れもなく美少女だ。艶のある黒髪のツインテール、髪を結んでいるリボンには銀色の鐘。形のいい幼い容貌、それもあってか、服の上からでもわかる成熟した胸元には思わず目が引き寄せられる。そのアンバランスさが幻想的な雰囲気を(かも)し出していた。

 

「それじゃあ、今日の君の稼ぎはあんまりかな?」

「いつもよりは少ないですね。神様の方は?」

「ふっふーん、これを見たまえ!じゃーん!」

「そ、それは!?」

「今日は売上が良くってね、店長から大量のジャガ丸くんを貰ったんだ!今夜はパーティーだぜ、ベル君!」

「凄いです神様!!」

 

『神』がバイトをして日銭を稼ぐ。下界に降り立った際にその力の一切を使用することを禁じた神々は、ベル達、下界の子供たちと体の構造はそう変わりない。明日を生きるために、食べなくてはならないのだ。食べるためにはお金がいる。極貧ファミリアの2人にとって、ヘスティアの稼ぎは必要不可欠だ。

 

「それにしても...マスコットみたいに皆可愛がってくれるけど、ボクの【ファミリア】に入りたいという人はいないんだよなぁ...」

「どの【ファミリア】でも授かる『恩恵』は同じなんですけどね....」

 

【ロキ・ファミリア】のような大手だったら引く手数多なのだろう。今まで【ファミリア】を創っていなかったヘスティアはほぼ無名であり、ロキと比べれば、どうしても知名度に差が出てしまう。

 

「はあ、ベル君1人に負担をかけるのは、ボクとしては心苦しいんだよねぇ....」

「僕は全然気にしませんよ。それに神様も働いてくれているじゃないですか」

「ごめんねぇ、こんなへっぽこ神と契約させちゃって」

「か、神様ぁ....」

 

しゅんと小さくなるヘスティアを見て、ベルも情けない声を出してしまう。どうやら彼女は、【ファミリア】の矮小さを負い目に感じているようだった。

 

「大丈夫ですよ神様!僕達【ヘスティア・ファミリア】は始まったばかり、これからですよ!!」

「ベル君、君ってやつは....」

 

がばっ!と立ち上がって力説した。ヘスティアはそんな少年に感動の眼差しを向けている。さっきまで聞かされたエイナの受け売りなのだが....

 

ベルは少しだけ心が痛んだ。

 

「君みたいな子に会えてボクは幸せ者だよ」

 

ようやく立ち直った彼女は満面の笑みを浮かべる。釣られてベルも破顔した。

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんください」

 

2人が談笑していると、地上の方から男性の声がした。声の主に覚えがない2人は顔を見合わせて互いに頷くと、何故か戦いを前にするような空気を纏い始め、恐る恐る上へと繋がる階段を上り、地上層に出る。やがて玄関に近づくと、1人の青年が手に紙袋を下げながら立っていた。

 

「このような時間に失礼します。私はナミカゼ・ミナトと言う者です。ここは【ヘスティア・ファミリア】のホームに間違い無いでしょうか?」

 

(うやうや)しく2人に尋ねる金髪の青年。それに対してベルとヘスティアは、無名の自分達を知る目の前の青年を不思議に思い、揃ってぽかんと口を開ける。まさか、こんな場所(廃墟のような教会)に人が訪ねてくるとは思ってもみなかった。少しの沈黙の後、おずおずとヘスティアが口を開く。

 

「う、うん。ボクがヘスティアだけど...君は、ミナト君だっけ。どうしてボク達のところへ?」

「はい。()が、隣の男の子を危険に晒してしまったことを謝罪しに来ました。」

 

「お気持ちですが」と言いつつ手に持ってた袋をヘスティアに渡す。

 

「こ、これは!?」

 

そっと中身を確認した彼女が目にしたのは、オラリオ内でも1、2を争う人気菓子店が、1日数個限定で販売している超高級菓子であった。噂によると一つ100万ヴァリスは下らないらしく、普通の住民には手が出さない代物だ。そんな高価なものを簡単に渡してくる青年に、ヘスティアは警戒を少し強める。

 

「数量限定のために、4つ程しか用意できませんでした。申し訳ありません...」

「よ、よっつぅぅぅッ!?」

 

最低でも400万。高収入の上級冒険者でも簡単には稼げない金額だ。ただ1人この場において、ことを理解していないベルは、「一体何を頂いたんですか」と慌てふためくヘスティアに尋ねる。

 

「これはね...」

 

ごにょごにょ、ごにょごにょ。

彼女から、袋の中身の物について聞いたベルは顔を真っ青にする。400万ヴァリスのような大金を、今の自分が稼ぐとなると、もはや理解もできず、そんなものを貰った(あかつき)には何を要求されるか分からない。軟弱な見た目通りにビビり散らすベルは、「お返ししましょう!?」と提案する。

 

「急であったために、そのようなもの(お菓子)しか用意することができませんでした。他にも何かありましたら、できる限りお応えします」

 

「じゃ、じゃあ...」と調子に乗る貧乏神(ヘスティア)。隣にいるベルが、全力で彼女を止める。

 

「こ、これ以上は頂けません!?」

「でも...」

「君がどのくらいお金持ちなのかは分からないけどさ、あんまり謙虚すぎるのもいけないぜ?」

 

先程までとは打って変わったヘスティアがそう続ける。そんな彼女をベルは目を半開きにして、じっと横目で見つめた。

 

「だいたい、どうしてこんなところ(廃れた教会)に来たんだい?」

「それは...」

 

ダンジョン上層で、ベルを襲った『ミノタウロス』を()()が取り逃してしまったこと。少年の命を危険に晒してしまったこと。自らの犯した過ちを丁寧に話す。聞いていくうちに、みるみるその端正な顔を怒りに染めあげていくヘスティアは、遂に限界が来たのか、声を荒らげて目の前の青年に叫んだ。

 

「き、()のせいでボクの可愛いベル君が死にかけたっていうかい!?ふざけるのも大概にしておくれよ!!」

「...」

「この子はまだ駆け出しなんだ!そんな化け物に襲われたら一溜りも無いことくらい、君なら分かるんだろう!?」

「.....」

「か、神様、もうその辺で...」

「ベル君は少し黙ってておくれ!」

 

何分経過しただろうか。ぜぇ、ぜぇと肩で息をするヘスティア。神である彼女の前では何人たりとも嘘は付けない。目の前の青年が、ただただ、謝罪の意を瞳に込めていることを理解したヘスティアは、ようやく口を閉じた。彼女の叱責を一身に受けとめたミナトは、消え入りそうな声音で言う。

 

「...ヘスティア様。彼と少し話をしてもよろしいでしょうか」

「ああ、構わないよ...」

「え、えっ!?」

 

すっかり蚊帳(かや)の外に置かれていたベルは、急に自分の方に矢先が向いたことに驚いた。

 

「ベル・クラネル君であってるかな?」

「は、はいっ!あの、どうして僕の名前を...?」

 

初対面の人にフルネームを呼ばれたことを不思議に思い、そう尋ねる。

 

「君の担当アドバイザーであるエイナ・チュールさんに聞いたんだ。勝手に聞いてしまって申し訳ない」

 

明らかに年上の男性が自分に頭を下げることに耐えきれず、「とんでもありませんっ、頭を上げて下さい!?」とほぼ反射的に答えた。

 

「ありがとう...君は彼女が話していた通り、優しい子みたいだ」

「め、滅相もないですぅ...」

 

あまり褒められる事に慣れていないベルは、頬を染めて答える。しかも、先程のような菓子を用意出来ることから分かるように、只者ではないミナトからの賛辞は、結構嬉しい。純粋かつ単純な白い少年は、思わずニヤけてしまっている。

 

「じ〜.....」

 

だらしない少年の様子を、今度はヘスティアが睨みつける。

 

今の一瞬で、ベルとヘスティアの深い絆を理解し、自分達(ロキ・ファミリア)と似通っていると感じたミナトは、思わず笑みをこぼしてしまった。

 

「ん、急にどうしたんだい?」

「す、すみません...」

「ふーん...」

 

今一度、気を引き締め直し、改めてベルと向き合う。

 

「君には本当に申し訳ないことをした。()()()に出来ることなら何でもする。君の納得が行くまで、殴るなり、蹴るなりしてくれても構わない。それ程のことを君にはしてしまった....」

「わ、わざとじゃ無いことは知ってますし、エイナさんも異常事態(イレギュラー)って言ってました。だから、ナミカゼさんが謝ることじゃないですよ」

「でも...」

「それに、エイナさんの言いつけを守らずに5階層に行った僕の自業自得でもあります」

「...」

 

少年の言い分にミナトは目を丸くする。『ミノタウロス』を取り逃し、あまつさえ彼を襲わせてしまった。故意では無いにしろ、到底許されることではない。にも関わらず、ベルは、自分も悪いんだと。むしろ自分の方に非がある。そう口にした。まだ未熟な彼がどれほどの恐怖を味わったか、理解できないミナトではない。真っ直ぐ深紅(ルベライト)の瞳を向けてくるベルは、どんなに彼が謝罪しようが譲らないだろう。

 

「本当に君は、()()ね...」

「あったり前さっ!ボクのベル君なんだからねっ!?」

「神様ぁ...」

 

自らの子を自慢げに話す彼女は、今日1番の、太陽のような笑顔を見せた。更にむず痒くなったベルは、モジモジとしている。

 

「君と、神ヘスティアの心の広さに感謝を。この度は本当に申し訳ありませんでした。最後ですが、どうか未熟な()を許して頂けませんか」

「ん?」

「はいっ、もちろんです!ナミカゼさんのお気持ちは良く分かりました!」

 

元気に答えるベルの横で、ヘスティアは(いぶか)しげな表情を浮かべる。

 

「ねぇ、ミナト君」

「はい、何でしょうか?」

「本当に()()せいなんだよね?」

 

気になったことがあったのか、そう尋ねる。

 

「ええ、()()責任です」

「...言い方を変えるよ。()()()の失態なのかい?」

「それ、は....」

「君のさっきの言葉、嘘じゃないみたいだけど、少しだけ含みがあったように聞こえた」

「....」

「そう言えば聞いてなかったけど、君。所属はどこなんだい?」

 

戦闘に関することを専門に(つかさど)る訳では無いヘスティアだが、彼女の目から見ても金色の青年の(たたず)まいは並のそれではない。それに、あの高級菓子。長い年月を生き、下界の子供達とは比べ物にならないほどの観察力を誇る彼女は、ミナトがダンジョン中層に出現する、たかが一体の『ミノタウロス』を取り逃がすとは考えれなかった。何か他の要因がある、そう勘ぐり、探りを入れることにした。

 

「...所属は、【ロキ・ファミリア】です...」

「ロ、【ロキ・ファミリア】っ!?」

「ロキのヤツだってぇぇっ!?」

 

都市最大派閥。そこに籍を置くミナトに対し、方や驚愕を、方や彼の主神(ロキ)への嫌悪感を口にする。

 

「金色の髪の毛に、碧い目....かっ、神様っ!こ、この人、多分ですけど...っ!?」

「なんだい、ベル君。彼を誰だか知ってるのかい?」

「【黄色の閃光】で知られる、()1()()()()()の方ですよ!!」

 

本物だぁ、と目を輝かせるベルに、ミナトは苦笑する。ヘスティアは未だに誰だか理解していないようで、可愛らしく首を(かし)げている。

 

「レベル6の超有名冒険者の方ですよ、神様っ!!」

「わ、わかったから落ち着いて...っ!」

 

あまりの興奮から、彼女の小さな両肩をブンブンと揺らすベルには言葉が届いていないようだ。彼に揺らされながら、「そう言えば、ヘファイストスに聞いたことがあったような気がするような、しないような...」と呟いている女神は、その可愛らしい見た目に反して案外タフである。

 

「クラネル君、ヘスティア様が苦しんでるよ」

「あっ!す、すみません、神様!?」

「い、いいんだ...ベル君。これもボク達のコミュニケーションだぜ...」

 

目が回ったのか、ふらつくヘスティアに肩を貸すベル。少し反省しているようで、申し訳なさそうな顔をしている。

 

「ふぅ....。で、そろそろ本当のことを教えてくれてもいいんじゃないかい?嘘じゃないけど、ホントのことじゃないってのも分かってるんだ」

「...」

「何を隠しているかは知らないけど、さっきあれだけ謝ってくれたんだ、もう怒ったりしないよ」

 

肩幅ほど足を開き、腕を胸の前で組む。威圧感を出そうとしているのだろうが、その幼く可愛らしい見た目のせいで、むしろ背伸びしてるように見えて可愛い。隣で自らの主神を眺めるベルは、内心そう思ってしまった。また何か言い出すことが予想できるため、絶対に口にはしないが。

 

「わかりました...」

 

17階層で、大量のミノタウロスと遭遇し、半数を討伐したところで、一斉に逃走され始めたこと。上層までの各階層に散らばったミノタウロスを討伐するために、その場にいた団員全員が全力で駆け抜けたこと。本来は()()()1()()の責任ではなく、【ロキ・ファミリア】の責任であること。ミナトは意図的に話さなかったことを彼女に明かした。

 

「なるほどねぇ...そういうことかー」

「すみません...」

「1人で背負い込もうとするなんて、カッコイイじゃないか」

「...は?」

 

そういうのは好きだぜ

 

そう口にする彼女に対して、虚をつかれたように固まるミナト。思わぬ返答にどう反応したらいいか分からなかった。

 

「君、ルックス(見た目)も良いし、かなりモテるだろう?」

「い、いえ!そんなことは...」

「いやいやいや、絶対モテるよ!!ベル君もそう思うだろう?」

「はい。ナミカゼさんは、とてもかっこいいと思います!」

「さっすがベル君!わかってるね〜」

 

ミナトは、すっかり2人のペースに飲み込まれていた。責められると思ってた矢先に、まさかの褒め言葉。先程までの重い空気が、賑やかなものへと変わっていた。その原因である2人は、「レベルも高いんだろう?」、「公式で6だったと思います」、「ひゃー」などと会話を弾ませている。

 

もはや混沌(カオス)である。

 

ミナトは1人ポツンと取り残され、自分の話題で盛り上がる2人を眺めながら、彼らの関係について考えていた。このような場所で住んでいても、あんなふうに明るく振る舞えているのは、2人の人の良さによるものだろう。エイナ(担当アドバイザー)が気にかけているだけはある。見たところ、団員はベル1人だけのようで、ヘスティアを入れて2人きりの【ファミリア】なのだと理解する。【ファミリア】の始まり。その奇跡を、今、目の前で見せつけられているミナトの心は、少しだけ。けれども確実に、先程までよりも晴れやかになっていた。

 

しばらくして、ハッと我に返った2人は、「ご、ごめんよ」、「す、すみません...」と謝った。ちょうど先程までの状況と逆転した光景にミナトは破顔した。

 

「見たまえ、ベル君。彼の笑顔を」

「はい、神様」

「きっとアレで何人もの女の子を落としてるんだぜ?」

「同じ男の僕にも、少し分かるかもしれません...」

「君はああなっちゃダメなんだからねっ!?」

「は、はいっ!?」

 

またもや賑やかに話し始める2人。

 

「はははっ」

 

ミナトは微笑ましい光景に耐えきれず、遂に声を上げて笑った。

 

「....君、簡単にその顔を女の子に見せるんじゃないよ...?」

「え、あ、わかり、ました?」

「ホントかなぁー...」

 

ジト目で見つめてくるか彼女の顔に、もう怒りは無いようで、普段通り、親しみやすい女神に戻っていた。

 

 

 

 

 

その後、しばらく3人で話し込んだ。ヘスティアの提案で、ミナトの買ってきた菓子を、彼も含めた3人で味わいながら過ごした時間は、一生の宝物になるだろう。途中、あまりの美味しさに泣き出したヘスティアを、同じく泣いていたベルが慰めるという珍事件もあったが、たった数十分の談笑は、3人の距離感を確かに縮めたのであった。

 

 




ベル君、ヘスティア様、2人とも。ここからやで


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理想と闘争心の手綱を締め引寄せてく

書いてたら長くなってしまった...


【ロキ・ファミリア】拠点(ホーム)「黄昏の館」

 

食堂は大変混み合っており、椅子と椅子の間を通って移動するのも一苦労だ。遠征直後で騒ぐ元気は無いが、待望の酒食をむさぼる団員達は絶えず賑やかであった。同行せず残った居残りに今回の遠征の武勇伝を聞かせたり、どのテーブルでも会話が弾んでいた。

 

「ティオネー。この後って打ち合わせとかあるの?」

「団長が今日は休むように、ですって。また明日からよ」

「さっすがフィン!」

 

食べ終えた者から食器を片付けて大食堂から出ていく中、酒を飲んでいたロキが、思い出したように立ち上がる。

 

「忘れとった。今日中に【ステイタス】更新したい子は、うちの部屋まで来てなー。今日は先着10人で!」

 

気まぐれな神らしい提案だった。ロキの方を振り返っていたレフィーヤは、アイズ達の顔を見る。

 

「皆さんはどうしますか?」

「私はやめとくわ。ゆっくり寝たいし」

「あたしはどうしよっかなー。やる事もないけど、【ステイタス】がぐーんと伸びるほど稼いだ気もしないし...気が向いたらかな。レフィーヤは?」

「私も今日は...」

「アイズは...聞くまでもないわね」

「うん」

 

ロキがいつの間にか消えてることを確認した彼女は、レフィーヤ達に断りを入れ、その場を後にする。

 

塔の集合体からなる「黄昏の館」において、ロキの私室は他の塔に囲まれた中央塔。その最上階にある。備え付けられている階段を上り、部屋の前に来たアイズはドアを軽くノックした。室内は主に酒類が散らかっており、色々な物で溢れかえっていた。

 

「よし。えーよー」

 

ロキは言葉通り準備を終えた。ついでに手招きをし、アイズを丸椅子に座らせる。

 

「やっぱりアイズたんが1番乗りやなー。みんなも遠慮しとるんかなー」

「そう、なんでしょうか...」

「自分からコミュニケーションや、それで確かめてみぃ。ほな、服脱いで」

 

背を向けた彼女は、言われたと通りに上着を脱いだ。何の跡もない、きめ細かい瑞々しい背中がロキの眼前に晒される。

 

「ふひひ、うちちょっと酔うてるから、手を滑らせてしまうかもしれん...!」

 

わきわきと(うごめ)くロキの両手。自身に迫る不穏な気配に、アイズは拝借していた短剣を、キンッと鳴らした。

 

「あ、もう酔い覚めました。大丈夫です」

「早くしてください」

「あ、ハイ...」

 

冷や汗を流すロキは直ちに作業に取り掛かる。小針を人差し指の腹に指す。赤い血を浮かび上がらせると、アイズの背中、首の根元あたりに触れる。

 

(ロック)はかけとるけど、無闇に背中を許したらあかんよ?」

「はい」

「ま、アイズたんの場合、心配するだけ無駄やな」

 

アイズを退屈させないよう、口を動かしながらロキは作業を進める。

 

「ん、おしまい。紙に書くから待っとってな」

「分かりました」

 

アイズの背から、手元の羊皮紙に意識を向け、羽根ペンで更新した【ステイタス】の概要を記していく。

 

「ほい」

 

ロキから羊皮紙を受け取ったアイズは視線を走らせた。

 

 

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン

Lv.5

力 :D549→555

耐久:D540→547

器用:A823→825

敏捷:A821→822

魔力:A899

 

 

 

 

「.....」

 

更新された【ステイタス】を見て、アイズは感情を押し殺しながら黙考する。

 

あまりにも低過ぎる。

 

約2週間もの期間、『遠征』を通してあれだけモンスターを倒したにも関わらず、各アビリティの熟練度は全く上がっていない。

 

「(もう、ここが頭打ち...)」

 

上昇値が減少したことから、今のアイズにはもう伸びしろが無いことを理解させる。Lv.5に到達して既に3年。限界という見えない壁がアイズの前に立ちはだかる。

 

「...」

 

これ以上の成長は見込めない。これを変えるにはLv.の上昇。より高次な器へと昇華するしかない。悲願(ねがい)をかなえるために、更なる力がいる。人形のように表情を消し、強い意志を心の奥に秘める。

 

「アイズ...」

 

彼女の横顔を見守っていたロキが、ゆっくりと口を開く。呼ばれたアイズが振り向くと、彼女は静かに口を開いた。

 

「つんのめりながら走りまくってたら、いつか必ずコケる。それを忘れんようにな」

「.....」

「行ってええよ。お休みぃ」

 

微笑むロキから一瞬目を逸らし、「おやすみなさい」と返事だけは返して部屋を出た。

 

自室にへと向かう。ドアを開ける。調度品は少なく、最低限のものしかない。アイズは部屋を突っ切ってベッドに倒れ込んだ。

 

「....」

 

無言のまま、ゆっくりと(まぶた)を閉じる。遠のく意識に身を委ね、そのまま眠った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こういう日には決まって同じ夢を見る。

 

まだ幼いアイズ、母、そして1人の英雄。3人で過ごす日々が好きだった。いつまでも笑い合いながら幸せに過ごしていたかった。

 

『私は、お前の英雄にはなれないよ』

 

既にお前のお母さんがいるから、と彼は続け、幼い少女の頭を撫でる。

 

『いつか、お前だけの英雄に逢えるといいな』

 

その言葉を最後に、母と英雄は、闇に飲み込まれた。

 

 

泣き叫ぶ少女。何度名を呼んでも2人が帰って来ることは無い。絶望に打ちひしがれる。

 

 

『アイズ』

 

 

それでも

 

 

『ほら、こっちだよ』

 

 

手を差し伸べてくれた人がいた。

 

 

『さあ行こう』

 

 

自分と同じ金色の髪を持つ青年。

 

彼の優しさが、苦しくて、辛い。

 

幼いアイズは泣き出す。

 

 

『大丈夫』

 

 

泣き叫ぶ自分を、何度も何度も抱きしめてくれた。

 

 

自分だけの英雄。

 

 

『俺が君の傍にいる』

 

 

やっと出逢えた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「....」

 

意識がゆっくりと浮上していく。ぼやけた視界に映るのは夢の続きではなく、見慣れた自室。白いカーテンの隙間からは日の光が差し込んでいる。

 

「アイズー?起きてるー?もう朝食だよー」

 

ややあって、ドアの向こうからティオナの声が届いてきた。どうやら起床時間を寝過ごしてしまうほど、深い眠りについていたらしい。遠征の疲労か、それともあの夢のおかげか。どちらにせよ昨夜までは無かった安らぎは心地よかった。

 

ティオナに返事をして、支度を始めた。

 

 

 

 

 

朝食を終えて、アイズ達は遠征の後処理をすることになった。ダンジョンの戦利品の換金や、武具の整備もしくは再購入、アイテムの補充など、やるべき事が山積みになっている。量が量なのでほぼ団員全員が出動だ。

 

「夜は打ち上げやるからなー!遅れんようにー!」

 

ロキに送り出され、アイズ達は北西のメインストリートに出た。彼女達【ロキ・ファミリア】は周囲から多くの視線を集めていた。オラリオでも屈指の実力を持つ彼女等の存在は誰もが知るところであり、多くの羨望とやっかみ、畏怖を向けられる。道行く人皆端により、集団で固まる彼女達の道を塞ぐ者は誰1人としていない。

 

「なんかやだなー、こういうの。ベートは喜びそうだけど」

「ベートもそこまで下品ではないぞ、ティオナ。あやつなりに第1級の誇りと自覚を持っておる」

「えー、ガレス、何でベートの肩なんか持つの?絶対嘘だー」

(さげす)むのと増長するのは、あやつの中では違うらしい」

「意味わかんないよー」

 

雑用を押し付けホームで待機している青年の話も挙がる中、アイズ達はメインストリート沿いに建てられたギルド本部の前までやってきた。すると、

 

「あ、あの...っ!ナミカゼさんっ」

 

1人の猫人(キャットピープル)の少女がミナトの元へと駆けてきた。なにやら手に手紙を持っている。

 

「えっと...俺に何か御用ですか?」

「はい!これ、良かったら受け取ってください...!」

 

そう言って手紙を渡すと、彼女は一目散に走り去った。突然現れ、恋文(ラブレター)を手渡し、突然去る。嵐のような出来事にアイズ達はポカンと呆けた顔をする。

 

「今のって...」

「ええ、そういうことよね」

 

調子を取り戻したアマゾネスの姉妹が

 

「...うん」

「またか...」

 

金髪の少女とハイエルフの魔導士が

 

「さ、流石っす!」

「ガハハ」

 

冴えないヒューマンと筋骨隆々のドワーフが

 

「はわわわ.....!」

「やれやれ」

 

エルフの少女と小人族(パルゥム)の少年が

 

「ハハ...」

 

皆、彼に対して視線を送る。堪らず苦笑するミナト。自分のせいではない、とも言いきれない。そのため何も言い返すことができない。今のような出来事は割と良くあることであり、今回は無かったが、フィンと2人でオラリオ中の女性から熱烈なアピールを受けることが日常と化している。

 

 

 

「ミナト君....?」

「エ、エイナっ!?」

 

声のする方向に振り向けば、ブラウンの髪をなびかせたハーフエルフの少女が立っていた。瞳に光が灯ってない。そんな彼女の様子で、事を理解したミナトの背中からはじんわりと汗が滲み出す。

 

「....今、何を貰ってたの?」

「ち、違うんだ!?これはっ、」

「へぇー、言い訳するんだ...」

「誤解だ!?話を聞いてくれっ...!」

「どうしてそんなに慌てているのかな?」

 

何を言っても、どんどん顔に影が差すエイナ。こうなった彼女はしばらくこのままだろう。長年の付き合いから察したミナトは、想い人から向けられる非難の視線を何とか解こうするが、叶わない。

 

 

「あれって、修羅場ってやつ...?」

「そうみたいね...」

「面倒な事になったのう...」

「ハア...」

 

目の前で繰り広げられる痴話喧嘩(修羅場)?を、2人から距離を取っていたティオナ達は先程とは打って変わって、あんまりな責められ方をするミナトに哀れみの目を向ける。年長者のガレスとフィンはこの後の面倒事を予期してか、深いため息をついた。

 

いよいよ涙目になりそうなミナトに、リヴェリアから助け舟が出る。

 

「早まるなエイナ、あの猫人(キャットピープル)の娘はそれ(ミナト)の知人でも何でもない。先程が初対面だ、私が保証する」

「リ、リヴェリア様!?」

 

風習を重んじるエルフは、当然その王族であるハイエルフに対しての敬意も怠らない。ハイエルフとしてエルフの頂点に立つ人物、リヴェリアから話しかけられたら、半分でもエルフの血が流れているエイナは、彼女を無視することは出来ない。

 

「そうなの、ミナト君?」

「あ、ああ...!?誓って彼女と面識はないよ!」

「そっか...私の勘違いだったんだ...」

 

状況を正しく理解し、自分の誤解であったことを自覚したエイナは、目の前で捨てられた子犬のような視線を向けてくる彼に、きちんと目を合わせて謝罪した。

 

「やるじゃないか、リヴェリア」

「あれでは、流石にミナトが可哀想だろう...」

「ミナトすっごくモテモテだしねー」

 

言葉を交わすフィンとリヴェリアに、ティオナが茶化すように言う。

 

「ゆ、許してくれるのかい?」

「私が勝手に勘違いしたんだから、許すも何もないでしょ?」

 

「エ、エイナ...!」と感動したように身を震わす彼をよそに、「でも」と彼女は言葉を続けた。

 

「そもそも!ミナト君が誰ふり構わず優しくするのもいけないんだからね!?」

「エイナっ!?」

「いっつもいっつも、いっつもそう!違う女の人から話しかけられて、鼻の下伸ばしてるんじゃないの!?」

「そ、そんなことは...っ!?」

 

 

その後10分ほどお説教を食らい、仕事だからとギルドの方へ向かっていたエイナから、去り際に「しばらく反省して!」と言われたミナトは、案山子(かかし)のようにその場で立ち尽くしていたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「僕とリヴェリア、ガレスは『魔石』の換金にいく。みんなは予定通り、各々の目的地に向かってくれ。換金したお金はどうかちょろまかさないでおくれよ?ね、ラウル?」

「あ、あれは魔が差しただけっす!?本当にアレっきりです、団長っ!?」

「ははっ。じゃあ一旦解散だ」

 

ダンジョンで回収した資源はギルドや【ファミリア】に買い取って貰うことが出来る。とりわけ『魔石』の需要は高く、その用途は多岐に渡る。違法取引を防ぐためにも、売買を始めとした権利をギルドが独占している。そのため、『魔石』の換金は例外なくギルドですることになっていた。

 

 

「さ、 私達も行くわよ。ほら、ミナトも、シャキッとしなさい」

「ああ...」

「間違っても『ドロップアイテム』を盗まれないでよ」

「【ロキ・ファミリア】に喧嘩を売る人は流石にいないんじゃあ...」

「用心よ。レフィーヤ」

 

希少な資源は当然盗まれる可能性が高い。都市最大派閥にそのような事をする人はいないとレフィーヤは言うが、愛しのフィンから一任されたティオネは、確実に仕事をこなそうとしている。多少注意深くなっているのはそのためか。

 

「ラウル達、しっかり交渉してお金をとってくるから凄いよね。あたしは無理だなー」

「何も学ぼうとしないアンタが間抜けなだけよ」

 

実際、【ロキ・ファミリア】という看板もあり、商談は進めやすい。深層でしか入手できない貴重な素材を持ち帰ることのできる数少ない派閥とあって、商人や【ファミリア】はアイズ達の機嫌を損ね取引相手から外されることを何より恐れているからだ。

 

 

少し歩いてアイズ達は巨大な建物に辿り着いた。純白な石材で造られた建物には、【ディアンケヒト・ファミリア】を表すエンブレムが飾られている。

 

「いらっしゃいませ、【ロキ・ファミリア】の皆様」

「アミッド、久しぶりー」

 

彼女達を迎えた少女に、ティオナが気さくに手を上げる。ヒューマンである彼女の容姿は、精巧な人形、と言う言葉がピッタリであった。150センチ程の小柄な体がその印象に拍車をかけていた。ぺこりと下げられた頭から零れる細い銀髪、大きな双眸(そうぼう)には長いまつ毛がかかっている。白を基調とした制服は、治療師(ヒーラー)を連想させる。

 

アミッド・テアサナーレ。

 

【ディアンケヒト・ファミリア】に所属する団員で、アイズ達の顔見知りでもある。

 

「本日のご要件は、引き受けて頂いた冒険者依頼(クエスト)の件で間違いないでしょうか?」

「ええ、今は大丈夫?」

「はい。どうぞこちらへ」

 

アミッドに案内され、アイズ達は建物内を進む。多くの部屋から繁盛振りが(うかが)える中、アイズ達はカウンターの一角に通される。

 

「申し訳ありません。今は商談室が空いていませんので、こちらでよろしいでしょうか」

「構わないわ。早速だけど、これが冒険者依頼(クエスト)で注文された『カドモスの泉水』。要求量も満たしている(はず)よ。確認してちょうだい」

 

ティオネが泉水の入った瓶をカウンターに置く。手に取り、一通り確認したアミッドは頷いた。

 

「確かに...。依頼の遂行、ありがとうございました。つきましては、こちらが報酬になります。お受け取りください」

 

用意されたのは20本もの万能薬(エリクサー)だ。【ディアンケヒト・ファミリア】が販売するものの中でも最高品質のそれらは、単価50万ヴァリスはくだらない。報酬の品に対しティオネがほーと口を丸く開け、レフィーヤはまじまじと見つめる。

 

「アミッド、実は深層で珍しいドロップアイテムが取れたの。ついでに鑑定してもらってもいいかしら?良い値ならここて換金するわ」

「分かりました。善処しましょう」

 

ティオネに促され、アイズはカウンターの前に歩み出る。持っていた長筒の容器を開け、巻いて収納してあったドロップアイテムをアミッドに差し出した。

 

「へぇ、凄いじゃないか」

「....これは」

「『カドモスの皮膜』よ。運良く手に入ったわ」

 

アミッドが静かに驚嘆する。滅多に目にすることの無いドロップアイテムを前にして、彼女は手袋をはめ丁寧に目を通し始めた。『カドモスの皮膜』は回復系のアイテムの原料としても重宝される。商業系の【ファミリア】からすれば、その希少性もあって、喉から手が出るほど欲しいドロップアイテムの1つだ。

 

「....本物のようです。品質も申し分ありません」

「そう。それで、買値は?」

「700万ヴァリスでお引き取りしましょう」

「1500」

「お、おいティオネ...!?」

 

ここぞとばかりにティオネがふっかけた。

 

ぎょっとするティオナとレフィーヤが目を剥き、アイズさえ小さく驚く中、唯一ミナトがティオネに声をかける。が、彼女は不敵な笑みを浮かべている。

 

「お(たわむ)れを。800までは出しましょう」

「アミッド?貴方の言う通り、この皮膜の品質は申し分ないと私も思うわ。今までで1番上等と自負出来るほど....1400」

 

静かに商談の幕が切って落とされる。突然始まった水面下の激しいやり取りに、アイズ達は一瞬圧倒的された。

 

「ちょ、ちょっと、ティオネっ?」

「私は団長から『金を奪ってこい』と、そう一任されているのよ?半端な金額で引き下がるつもりは毛頭ないわ」

「流石にそこまでは言われてませんが!?」

 

これぞアマゾネスとばかりに本能に忠実な少女には、妹の声も、後輩の叫びも届かない。ミナトはため息を吐き、アイズは固唾(かたず)を呑んでその光景を注視する。カウンターに肘を置いて身を乗り出してくるティオネに、アミッドも視線を外さない。

 

「850。これ以上は出せません」

「今回の強竜(カドモス)は手強くてね、危うく死にかけたわ。私達の削られた寿命も加味してくれてもいいんじゃない?1350」

「そうなのかい?」

 

いけしゃあしゃあと.....。

 

『カドモスの皮膜』の入手経緯を知るティオナ達は、ティオネにそれぞれが思うところの視線を送る。ただ1人何も知らないミナトが、隣のティオナに尋ね、アミッドに聞こえないように耳元で返ってきた返答に、顔を引きつらせる。

 

「私の一存では決めかねます。少々お待ちを。ディアンケヒト様とご相談して参ります」

「あらそう。じゃあここでの換金は止めておきましょうか。時間もないし、もったいないけど、他の所で引き取ってもらうことにするわ」

 

ぴたりと動きを止めるアミッドに、微笑むティオネ。アイズ達がすっかり置いてけぼりされる中、人形のような少女は、諦めたように小さく息をついた。

 

「1200.....それで買い取らせてもらいます」

「ありがとう、アミッド。持つべきものは友人ね」

 

調子のいい言葉を口にするティオネに、彼女はもう一度ため息をついた。ほどなくして買取額分の金が用意される。恐縮するレフィーヤに手渡された大きな麻袋の中で、大量のヴァリス金貨が音を鳴らした。

 

「ごめん、アミッド...」

「いえ、足元を見て冒険者依頼(クエスト)を発注したのは、こちらが先ですので」

「流石に後味が悪い。何か買っていくよ」

 

商談で謝るのも場違いだが、アイズが思わずそう口にしてしまうと、ミナトもそれに続く。そんな2人に、どうかお構いなくとアミッドは苦笑した。「お互い痛み分けで手打ちにしましょう」とそう告げられる。

 

心優しい彼女らしい気配りだ。治療師としても自分達冒険者を癒してくれる彼女にアイズ達は心を許しており、アミッドもまた【ファミリア】の垣根を越えてアイズ達を信頼してくれている。ぎこちなく微笑みを返したアイズは、ミナトと一緒に、気休め程度に遠征で消費した高等回復薬(ハイポーション)を購入した。ティオナやレフィーヤもそれに続く。

 

「あー、今度アミッドと顔があわせづらいなー」

「これくらいもらっておかないと割に合わないわよ。アミッドだって分かってくれるわ」

 

報酬を含めた金品を抱えながら、アイズ達は北西のメインストリートを進む。

 

「じゃあ、さっさとホームに報酬(これ)を置きに行きましょうか。いつまでも持ち歩いているのは流石に怖いし」

「...ティオネ、ごめん、武器の整備に行ってもいい?」

「あ、【ゴブニュ・ファミリア】のところ?あたしも行くー!大双刃(ウルガ)壊れちゃったし!」

「俺も着いてくよ。ゴブニュ様に謝らないと...」

 

ティオネはしょうがないわねと口にする。

 

「私とレフィーヤはホームに荷物を置いてくるわ。行くわよ、レフィーヤ」

「あ、はい。アイズさん、ティオナさん、ミナトさん、また後で」

 

2人と別れ、アイズ達は別の方角に歩き出した。

 

【ゴブニュ・ファミリア】が拠点を構えるのは、北と北西のメインストリートに挟まれた区画だ。狭い道が多く、住宅も少なくないため、ごちゃごちゃとしている。あまり華やかとは言いがたい雰囲気だ。

 

知名度や勢力規模は同業大手の【ヘファイストス・ファミリア】をぐっと下回るものの、作り出す武具の性能そのものは勝るとも劣らない、まさに質実剛健の【ファミリア】だ。

 

「ごめんくださーい」

「ください....」

「おじゃまします」

 

入口をくぐり、工房という言葉をがしっくりくる建物の中に入る。中では複数の職人達がそれぞれの作業に没頭していた。

 

「いらっしゃいませ....って、げぇぇぇ!?【大切断(アマゾン)】!?」

「ティオナ・ヒュリテ!?」

「あのさぁ、二つ名で悲鳴をあげるの止めて欲しいんだけど...」

 

まるでモンスターと遭遇したかのような相手の反応に、半眼でぶすっとするティオナ。

 

「親方ァー!壊し屋(クラッシャー)が来ましたー!?」

「くそっ、今日は何の用だ!?」

「ウ、ウルガはどうした!?馬鹿みたいな量の超硬金属(アダマンタイト)を不眠不休で鍛え上げた、専用武器(オーダーメイド)だぞ!?」

「溶けちゃった」

「ノォォォォォォォォォォォォ!?」

「す、すみません...彼女もわざとではないんです」

 

ミナトの謝罪も届かず、親方ァー、親方ァーと悲鳴が散っていく横をとことこと歩きさり、アイズは奥の部屋に入った。中には老人の外見をした男神がいた。

 

「整備を、頼みに来ました」

 

彼女からの注文は、いつもゴブニュに1度目を通すことになっている。なぜかは分からないが、依頼を出す際には「俺を通せ」とそう厳命されているのだ。

 

「....また派手に使ったな」

 

手渡された《 デスぺレート》をじっくり眺め、ゴブニュはそうこぼす。不壊属性(デュランダル)は壊れはしないが、切れ味、威力は低下する。普通に扱えばそんな事にはならないのだが、生憎アイズは普通ではない。

 

「刃がやけに劣化しているが、何を斬った?」

「何でも溶かす液と、そのモンスターを、たくさん...」

 

寡黙な鍛冶神は目を細め、《デスぺレート》を観察し続ける。アイズも進んで話す方ではないので、静寂が続く。

 

「ゴブニュ様」

「ミナトか...」

 

部屋の入口付近からミナトが入ってきて、沈黙を破った。

 

「すみません...ティオナがまた無茶な注文をしてしまったみたいで」

「お前が付いていても、そうなって(壊れた)しまったのだから仕方ないだろう」

 

正確に言うと、その場にはいなかったのだが、それを口にしても、ゴブニュは「異常事態(イレギュラー)とはついてなかったな」と、特に責めることもなくアイズの方に向き直った。

 

「もとの切れ味を取り戻すまでは時間がかかる。代わりの剣を貸してやるから、しばらくそれを使っていろ」

 

おもむろに切り出された老神の提案に驚いたアイズは、武器は自分の方で用意すると言おうとしたが。

 

「半端な武器ではどうせ使い潰す。素直に甘えておけ」

「....」

「ははは...すみません...」

 

全く言い返せず、アイズは強引に代剣を押しつけられることになった。2人のやり取りを見ていたミナトは、今日何度目か分からない謝罪を苦笑と共に述べる。

 

 

しばらくしてゴブニュが別室から持ってきたのは、細身のレイピアだった。受け取ったアイズはレイピアを鞘から引き抜いた。剣身を見ればかなりの業物だと分かる。単純な威力なら《デスぺレート》を上回っているだろう。

 

「整備の方は、そうだな...5日経ったら来い」

「分かりました...ありがとうございます」

 

ぺこりと頭を下げるアイズに彼はふんっと鼻を鳴らし、ミナトをだけをこの場に残すように言う。「先に行ってて」と言われ、大人しくアイズは部屋から退出させてもらった。長剣のレイピアを持って、まだ口論を交わしていたティオナと合流し建物の外に出る。腰に取り付けた剣は、愛剣よりも少し重いように感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 




嫉妬するエイナたん萌え〜


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あの日会えた奇跡を忘れそうになるたび

ここが無いと始まらない気がします


遠征後に盛大な(うたげ)をすることが【ロキ・ファミリア】の習慣である。団員の労をねぎらうという名目のもと、無類の酒好きであるロキが率先して準備を進め、団員達もこの日ばかりは大いに羽目を外す。遠征の後処理が落ち着いた頃にはすっかり日も暮れ、東の空は夜空が見え始めていた。そんな中アイズ達は西のメインストリートへ向かった。

 

「あまり来ないですけど、こっちの空気も賑やかでいいですよね」

「うん、冒険者しかいない北西のメインストリートより好きだな、あたし」

 

冒険者ではない住民達が多数を占める西のメインストリートは、物騒な装備に包まれていない人の群れがそれだけで場の雰囲気を軽くしていた。仕事帰りの労働者達が食事を楽しむ声がたくさん聞こえる。

 

「ミア母ちゃーん、来たでー!」

 

辺り一面が完全に夜を迎えた辺りで、ロキが予約した酒場に到着した。酒場の女将の名を呼ぶと、すぐにウエイトレス姿の店員がアイズ達を席に案内する。

 

『豊穣の女主人』

 

この西のメインストリートの中でも一際大きいこの酒場は、ロキのお気に入りの店だ。店員が全て見目麗しい女性であり、そのウエイトレスの制服が彼女の琴線に触れたらしい。

 

「お席は店内と、こちらのテラスの方になります。ご了承ください」

「ああ、わかった。ありがとう」

 

酒場にはカフェテラスが存在した。恐らくはアイズ達一行が店に入り切らないための処置だろう、礼儀正しいエルフの店員にフィンが了承し、酒場に入る前に団員の半数をテラスへ座らせる。残ったアイズ達は入口の方へ向かい、案内された。

 

()()()さん。今日はお世話になります」

「とんでもありません。ぜひ楽しんでいってください」

「そうさせてもらいます」

 

ミナトとリュー。古い友人同士で言葉を交わす。どこか硬い感じが見受けられるが、それが彼らの距離感なのだろう。互いに深く干渉せず、お互いの立場を尊重し合う。()からそうだった。

 

「いらっしゃませー!」

 

酒場は満員だった。予約済みの席以外は全て埋まっており、多くの種族の人間が飲み騒いでいる。ロキ以外にも従業員目当ての客は多いらしく、美少女のウエイトレス達に鼻の下を長くしていた。

 

「ここの料理美味しいんだよね〜。つい食べすぎちゃってさ〜」

「てめぇはいつも食べまくっているじゃねぇか...」

 

来店した【ロキ・ファミリア】を見て、例のごとく客の冒険者達が顔色を変え声を潜め出すが、ティオナ達は気にした素振りも見せず席へついていく。

 

「......?」

 

アイズはふと、自身に向けられる視線の中で、他とは異なるものを感じた。言葉では上手く表現できないが、こう、なんていうか不快な感じがしない。気にはなったが、ティオナ達にも促されたので、詮索することもなく椅子に座った。

 

「(あれは、クラネル君か...?)」

 

ミナトだけは視線の正体に気づいたが、ベルもプライベートで来てるのだろうと、下手に声をかけようとはしなかった。僅かに目を合わせ、挨拶代わりに小さく手を振った。

 

「(何かの縁だ、後で少しだけ話しかけに行こうかな)」

 

今は【ファミリア】が優先。ミナトもアイズの隣の席に腰掛ける。

 

「よっしゃあ、ダンジョン遠征みんなご苦労さん!今日は宴や!思う存分、飲めぇぇ!!」

 

立ち上がったロキが音頭を取り、次には一斉にジョッキがぶつけられる。団員達が盛り上がる中、アイズもお酒ではないジュース(ノンアルコール)飲料の入った杯を軽く上げ、ティオナ達と乾杯した。運ばれてくる料理と酒はどれも美味なものばかりで、団員達の伸ばす手も自ずと早くなる。特に爽やかな果実酒と豚の照り焼きは絶品だった。

 

「団長、つぎます。どうぞ」

「ああ、ありがとう、ティオネ。だけどさっきから尋常じゃないペースでお酒を飲まされているんだけどね。酔い潰した後、僕をどうするつもりだい?」

「ふふ、他意なんてありません。さっ、もう一杯」

「本当にぶれねえな、この女.......」

「うぉーっ、ガレスー!?ウチと勝負やー!」

「ふんっ、いいじゃろう。返り討ちにしてやるわい」

「ちなみに勝った方はリヴェリアのおっぱいを自由にできる権利付きやぁっ!」

「じっ、自分もやるっす!?」

「俺もおおおお」「俺もだ!」「私もっ!」「ヒック。あ、じゃあ、僕も」

「団長ーっっ!?」

「リ、リヴェリア様...」

「言わせておけ...」

 

騒ぎ合う仲間達の横で、自分のペースで食を進めていたアイズだったが、当然のように飛び火はやって来る。酔ってたかが外れているのか、普段は大人しい後輩の団員達に、どうぞどうぞと杯を突き出され、彼女は思わず困ったように微苦笑してしまった。

 

「止めろ、お前達。アイズに酒を飲ませるな」

「...あれ、アイズさんお酒飲めないんでしたっけ?」

 

リヴェリアがすかさず止めに入り、不思議に思ったレフィーヤが彼女に尋ねる。どこか言いにくそうにアイズが口を開きかけると、右隣でパクパクと料理を食べていたティオナが答えた。

 

「アイズにお酒を飲ませると面倒なんだよ、ねー?」

「......」

「えっ、どういうことですか?」

「悪酔いなんて目じゃないって言うか....ロキが殺されかけたっていうかぁ」

「ティオナ、お願い......止めて」

「あははっ!アイズ顔赤〜い!」

 

頬を染めてうつむくと、ティオナに横から寄りかかられる。慌てふためくレフィーヤとけらけら笑うティオナに釣られ、アイズは赤らんだ顔を上げ、ほのかに微笑んだ。

 

皆それぞれ同じテーブルに座る団員同士で会話の花を咲かす中、それとなく席を立ったミナトは、先程入店する際に見かけたベルが座るカウンター席へと向かった。

 

「こんばんは。昨日ぶりだね、クラネル君」

「こっ、こんばんは!ナミカゼさんっ」

 

ぎょっとした少年の隣に座りつつ声をかけた。返ってきた挨拶に「ミナトでいいよ」と言うと、近くにいた店員に果実酒を頼んだ。注文を受けとった猫人(キャットピープル)のウエイトレスは、そそくさとキッチンの方に向かっていくと、数十秒後には注文の酒を彼に届けた。カウンターに置かれた果実酒で喉を潤すと、ベルの方に顔を向ける。

 

「昨日の今日だけど、ダンジョン探索の調子はどうかな?」

「は、はいっ。今日は3階層に行って、」

 

それから2人は他愛もない話を交わした。やれ、ゴブリンに囲まれて危なかった、やれ、初めて怪我をせずに3階層までいけたなど、緊張しながらも楽しそうに話すベルに、ミナトは笑顔で耳を傾け続ける。年相応に瞳を輝かせながら真っ直ぐ目を合わせる少年は、やはり心の綺麗な子だと感心する。

 

1人(ソロ)なのに凄いじゃないか」

「いえいえっ!ミナトさんと比べれば僕なんか!?」

「俺の方が冒険者歴が長いから当たり前だよ。少なくとも君と同じ新米(ルーキー)の時にそこまでできなかったと思うな」

「ありがとう、ございます...」

 

自分の頑張りを、憧れの先輩から褒めて貰えたことが嬉しく、ベルは照れながらお礼を述べた。自分よりも遥か高み、それも都市最高クラスの冒険者に褒めて貰えるなど夢にも思わなかった。

 

「そ、そう言えば、」

「うん?」

「ミナトさんは【ロキ・ファミリア】の皆さんの所にいなくてもいいんですか?僕なんか相手してくれなくても...」

 

楽しそうに食事を楽しむ【ロキ・ファミリア】の団員達は、皆笑顔で会話を弾ませ、賑やかに輪を作っている。その輪に加わらず、わざわざよそ者の自分(ベル)の相手をしてくれる彼を気遣うように尋ねる。

 

「確かに今日みたいな()機会は大切だと思うよ」

 

けど、と続ける

 

「こうして君と運良く再開できたんだ。何か縁を感じてね」

 

【ファミリア】の団員達とはいつでも会える。言外にそう言う彼は、少年に片目で軽くウインクを飛ばす。その一部始終を見ていた猫人(キャットピープル)のウエイトレスは、彼の仕草に「出たにゃあ...女殺し...」そう口にして仕事に戻った。

 

2人はカウンターを挟んだ向かいにいる女将(ミア)から、ご好意で出されたサービスの料理に舌を鳴らしつつ、会話を続ける。第1級冒険者と新米冒険者の組み合わせは、2人の関係を知らない周囲の者達から視線を集める。おどおどするベルをミナトが落ち着かせるように、彼の肩に軽く手を置きながら「ごめんね」と苦笑しながら言ったことで、ベルも釣られて微笑み、周りの事は気にならなくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そうだ、アイズ!お前あの話を聞かせてやれよ!」

 

ベルとミナトが会話を続ける一方で、ロキを中心に遠征の話題で盛り上がっていた時だ。アイズの斜め向かいで、ベートが何かの話を催促してきた。機嫌の良さを滲ませる彼に、アイズは小首を傾げる。

 

「あれだって、帰る途中で何匹か逃がしたミノタウロス!最後の1匹をお前が5階層で始末しただろう!?あん時にいたトマト野郎の話だって!」

 

ベートの言わんとしている事を理解した。自分が助けた白髪の少年。

 

「ミノタウロスって、あの集団で逃げ出したやつ?」

「それそれ!奇跡みてぇにどんどん上層に上がっていきやがってよっ」

 

ティオナの確認にベートがジョッキを卓に叩きつけながら頷く。普段よりも声の調子が上がっている彼に、アイズは何か嫌な予感を覚えてしまった。

 

「......っ!」

「クラネル君...」

 

ミナトの隣に座る少年の顔色が次第に変わっていく。

 

「それでよ、いたんだよ、いかにも駆け出しっていうようなヒョロいガキが!」

 

止めて。アイズは反射的に心の中で呟く。

 

「笑えたぜ、兎みたいに壁際に追い込まれちまってよぉ!」

「それで、その冒険者どうしたん?助かったん?」

「アイズが間一髪ってところでミノを細切れにしてやったんだよ、なっ?」

 

 

 

「すまない、クラネル君。お酒も回ってるのか、普段の(ベート)はあんな調子じゃないんだ...」

「.....いえ」

 

隣で血が滲むほど握りこぶしを作るベルに、申し訳なさそうに言うが、少年はうつむいたままだ。

 

 

 

「それでそいつ、あのくっせー牛の血を全身に浴びて...真っ赤なトマトになっちまったんだよ!くくくっ、ひーっ、腹痛えぇ...!」

「うわぁ...」

 

ティオナが顔をしかめながら(うめ)いた。

 

「それにだぜ?そのトマト野郎、叫びながらどっか行っちまってっ.....ぷくくっ!うちのお姫様、助けた相手に逃げられてやんのっ!」

「.......くっ」

「アハハハハハっ!そりゃ傑作やぁー!冒険者怖がらせてしまうアイズたんマジ萌えー!!」

「ふ、ふふ....ご、ごめんなさい、アイズっ、流石に我慢できない....!」

 

どっと周囲が笑いの声に包まれる。レフィーヤが、ロキが、ティオネが、その場にいる誰もが堪えきれず笑いだした。アイズだけがただ1人、取り残されたように表情を変えていない。

 

「ああぁん、ほら、そんな怖い顔しないの!可愛い顔が台無しだぞー?」

 

顔を覗き込んでくるティオナに、自分が今どんな顔をしているのか尋ねたかった。あの少年のために、どんな目をしてあげられているのか。

 

「しかしまぁ、あんな情けねぇやつ久しぶりに目にしたぜ、ホント胸糞悪くなったな。野郎のくせにぴーぴー泣きやがってよ」

「......あらぁ〜」

「ホントざまぁねえよな。ったく、泣きわめくくらいだったら最初から冒険者になんかなるんじゃねぇっての。ドン引きたぜ、なぁアイズ?」

 

気づかないうちに膝に置かれている手が、拳を作っていた。ふと視線を感じて目を向けると、リヴェリアがアイズの事を見つめている。彼女がこの周囲の中で1人、その黙りこくった表情の裏で不快感を覚えているようだった。

 

「ああいうヤツがいるから俺達の品位が下がるんだよ。勘弁して欲しいぜ」

「いい加減そのうるさい口を閉じろ。我々の不手際で少年を巻き込んでしまったんだ。それを酒の肴にする権利はない。恥を知れ」

「おーおー、流石エルフ様、誇り高いこって。でもよ、そんな情けねぇやつを庇って何になるんってんだ?ゴミをゴミと言って何が悪い」

「こら、やめぇ、ベートもリヴェリアも。酒が不味くなるわ」

 

ロキが見兼ねて仲裁に入るも、彼は言葉を緩めない。

 

「アイズはどう思うよ?あんなヤツが俺達と同じ冒険者を名乗ってるんだぜ?」

「...あの状況じゃ、仕方なかったと思います」

「何だよ、いい子ちゃんぶっちまって。じゃあ、あのガキと俺、(つがい)にするならどっちがいい?」

 

その強引な質問にフィンが軽く驚く。

 

「....ベート、君、酔ってるの?」

「うるせぇ。ほらどっちなんだよアイズ。どっちの雄に滅茶苦茶にされてえんだ?」

 

この時ばかりは、はっきりと、ベートに嫌悪感を抱いた。

 

「...私は、そんな事を言うベートさんとだけは、ごめんです」

「無様だな」

「黙れババアっ!じゃあ....何か、お前はあのガキに好きだの愛してるだの目の前で抜かされたら、受け入れるってのか?」

「....っ」

 

高ぶっていた感情に水を浴びせられた気がした。

 

それは無理だ。アイズには弱者を(かえり)みる余裕はない。遥か後ろにいる存在のために立ち止まることはできない。アイズの願いは遥か先にある。もうアイズは、弱い頃の過去には戻れない。

 

「はっ、そんな筈ねえよなぁ。自分より弱くて、救えない。気持ちだけが空回りしている雑魚野郎に、お前の隣に立つ資格なんてありはしねえ。()()()()()()()()()()()()()()()

 

彼は遂に、言った。

 

「雑魚じゃあ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣り合わねぇ」

 

アイズが否定できない言葉を、

 

 

 

 

 

 

 

「.....っ!?」

「クラネル君、ここは俺が持つ。行っておいで」

「......ありがとうございます....っ!」

「ベルさん!?」

 

店員の少女の叫び声と共に、ベルは店の外へと飛び出して行った。

 

「ミアさん。少し、騒がしくなるかもしれません」

「ったく...あんたも苦労するねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「(....)」

 

少女が後を追う中、アイズの目はその少年(ベル)の顔をはっきりと捉えてしまった。

 

全て聞かれてしまっていた。彼はダンジョンのある都市の中心に走り去っていった。彼を追いかける店員の少女が見えたが、アイズはそこから動くことができなかった。先程ベートに言われた言葉が自分の頭の中で繰り返される。弱い頃のアイズなら、少年を追いかけることはできただろう。けど、今は違う。今の自分には、涙を流しながら駆けて行った彼を追うことはできない。心の中で葛藤する彼女の横を、1人の青年が横切った。

 

ミナトだ。

 

「ミナ.....っ!?」

 

その碧い瞳には、滅多に彼が見せない憤怒が宿っていた。すれ違う瞬間に()()を目にしたアイズは思わず息を飲む。彼女の横をそのまま通り過ぎると、やがて、先程までベルを気持ち良さそうに罵倒していたベートの前で立ち止まる。

 

『っ!!??』

 

尋常ならざるミナトの表情を見た団員達は、皆揃って驚愕した。普段、怒りとは無縁の彼が、あの誰よりも心優しいミナト・ナミカゼが激怒している。

 

「ああん?」

 

自分を見下ろす形で近づいた彼を怪訝に思い、ベートが疑問の声をこぼす。

 

「どうして...」

「あ?」

「どうしてあんな言い方をしたんだ、ベート」

「何キレてんだ、お前?」

「答えろ、ベート」

「ちっ...雑魚を雑魚と、弱えやつを弱え、そう言っただけだろうが」

 

ミナトが発する圧に少しばかり萎縮するベートだが、すぐに調子を取り戻し、自分は間違っていない。そう告げる。

 

「そうか...表に出ろ。ベート」

「ちょっ!ミナト!?」

「面白ぇ、ずっとお前と()りたいって思ってたんだよ...!」

「ベートも!止めなさいよ!?」

 

一触即発の空気を纏い始めた2人をアマゾネスの姉妹が止めに入るが、無駄に終わる。

 

「フィン!止めなくていいのっ!?」

「うーん...ミナトなら大丈夫じゃないかな」

「そんな!?」

 

堪らずフィンに助けを求めたティオナだったが、まさかの放置。既に店の外に出た2人を止めるには、時既に遅い。

 

 

 

 

『豊穣の女主人』が店を構える正面の大通りで、2人の青年は向き合っていた。

 

「今さら待ったは無しだぞ」

「それは俺のセリフだよ、ベート。少しお灸を据えてやる」

「はんっ!やれるもんならやってみやがれ!」

 

その言葉を最後に、狼人(ウェアウルフ)の青年は自慢の脚力を使い駆け抜けた。迎え撃つは【黄色の閃光】。少年(ベル)の誇りを守るために

 




次回、ベート死す


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壊れて叫んでも消しされない記憶と

1度は書いてみたかったあの技。むじぃ...


月の光が妖しく照りつける。ほとんど音はなく、2人の身体が交差する時のみ接触音が鳴り響いた。

 

「ッ!!」

「......」

 

第1級冒険者でも視認する事の難しい速度で、何度も打ち合う。遠慮なく頭を狙う上段蹴りがミナトを襲う。狼人(ウェアウルフ)の身体能力を存分に生かし、蹴り技を主体とするベートの攻撃はオラリオ内でも()()()()()。『スキル』の恩恵も合わさり、凄まじい速度と威力を誇る蹴りは、並の冒険者程度であれば防御(ガード)ごと吹き飛ばすだろう。そう、()()()()()

 

「.....」

「ちっ....!」

 

左手の甲を使い、繰り出される豪脚を難なくいなす。自慢の蹴りをいとも簡単に防がれたベートは、カウンターを予期してか、即座にその場から後退する。

 

「どういうつもりだ、てめえ....!?」

「.....」

 

5m程距離が開き、ただこちらを見つめるだけの青年に、ベートは苛立(いらだ)ち言葉に乗せ彼に問いかけた。

 

「さっきから防いでばかりで、ちっとも攻撃してこねぇ」

「.....」

 

投げかけられたミナトは何も言わない。

 

「【飛雷神】も使わずに....俺を舐めてんのか...っ!?」

 

どれだけ仕掛けようが完璧に蹴りを防がれ、しかも向こうからは攻撃をしてこない。得意の【飛雷神】も使わず、ただ()()()()()()のみで自身(ベート)を完封する。そんなミナトの態度に業を煮やしたベートは、地面を蹴り、今日最速の蹴りで彼の横腹を狙う。

 

「.....」

「っ!?」

 

反気相殺(はんきそうさい)

 

相手の白打に同質の威力、速度をぶつけることで、攻撃を完全に殺す超高等技術。

 

第1級冒険者(Lv.5)の中でも最速を誇るベートの蹴りに、寸分の狂いもないタイミングで同質の蹴りを放ったミナト。先程までとは違って、ただ防ぐだけではなく、実力差を見せつけるような動きにベートは屈辱を覚える。その強靭な精神をもって感情を押し殺す彼に、遂にミナトが仕掛けた。

 

「.....」

「く、そがぁ...!」

 

鋭い掌底、死角から放たれる蹴り、それらが先のベートを超える速度かつ緩急をつけながら襲いかかる。次第に防ぎきれなくなり、受け始める。明らかに自分よりも上の『技と駆け引き』、『ステイタス』。目の前の男には自慢の速度さえも完全に劣っている。上位互換。攻撃を受けるベートの頭にその言葉が浮かび上がった。

 

「....たまるか」

「......」

「認めてたまるかァァァああ!?」

 

()()()強者(ミナト)を前に屈する、それだけは許せなかった。それは自らにかけた(いまし)めを破ることを意味する。()()()()()()()としての矜恃を失う。たとえ、眼前で格下だと決めつけられようが、ここで負けようが、『牙を収める』。それだけは絶対にしない。

 

月光が彼を強く照らす。瞬間、ベートの身体が脈動した。毛並みが逆立ち、端正な顔に鋭さが増す。眼孔は細長く縦に割れ、彼が狼人(ウェアウルフ)であることをより強く示した。

 

月下咆哮(ウールヴヘジン)

 

狼人(ウェアウルフ)ならば誰もが発現する獣化スキル。月の光を浴びることで獣性と力が発揮され、全アビリティ能力に超高補正がかかり、状態異常も無効化する。このスキルは月の下でないと発動できないため、狼人(ウェアウルフ)は最もダンジョン攻略に向いていない種族と揶揄(やゆ)される。スキル発動時のベートは、『魔法』を使っていないアイズを、一方的にねじ伏せることが可能になるほどまで強化される。

 

「獣化か...」

「いくぞ、舐めプやろう!!」

 

それを合図にベートの姿が掻き消える。スキルによる強化が加わった彼の【ステイタス】はLv.6に匹敵する。2人の戦いを観戦していたアイズ達(Lv.5)は彼の姿を目で追えなかった。次の瞬間にはミナトの背後へと回っており、左腹を狙うように右脚で回し蹴りを繰り出していた。視界の端でベートを捉えたミナトは、放たれる蹴りの威力が先程までとは比べ物にならないものであると判断し、腰を落とすように身を(かが)めることで躱す。そのまま低い姿勢を保ちつつ、後ろ蹴りでベートの顎を狙う。

 

「見えてんぞ!」

「.....」

 

スキル発動前であったなら、彼はその反撃(カウンター)を防げなかっただろう。しかし今は違う。確実に捉えたミナトの攻撃を、両の(てのひら)を重ねるようにして受け止める。無理な体勢から蹴りを放ち、それを防がれたミナトに隙が生じる。すかさずベートはがら空きの胴体へ蹴りを放つ。しかし、放った脚に手応えが返って来ることは無かった。顔を上げて見渡せば、9時の方角の少しばかり離れたところにミナトが立っている。

 

「使いやがったな、【飛雷神】」

「.....」

「てことは今の蹴りは、()()()じゃあ躱せなかったってことでいいんだよなぁ?」

「.....」

「いい加減何か喋りやがれ!」

 

距離を開けながらベートが叫ぶ。

 

「【ステイタス】頼みの攻撃から、少し変わったね...」

「....ああ?」

「さっきまでの君は、()()()だった。そう言ってるんだよ」

 

なまじLv.5という恵まれた【ステイタス】があるために、その火力任せになることは珍しくもない。しかし、()()が通用するのは自分と同格か格下を相手にした時である。格上と戦う際に同じことをすれば、先のベートがその身で体験したように、より強い【ステイタス】で封じられるだけで、通用することは無いと断言できる。その差を埋めるものこそが『技と駆け引き』であり、第1級冒険者が何よりも重要視しているものだ。磨き上げられた技術は、時にレベル差を(くつがえ)す武器になりうる。

 

「今の君の【ステイタス】は、俺に匹敵するくらいまで上昇している」

「だから何だってんだ....」

()()()()()少し本気で行く。構えなよ」

「かかって来やがれ!」

 

再び閃光が交差する。両者ともずば抜けた敏捷の持ち主、繰り出される攻撃回数は他の冒険者を軽く凌駕する。だからこそ、一瞬の判断が2人の命運を分ける要因であり、コンマ数秒という限りなく短い時の中でベートとミナトは攻防を繰り返す。

 

 

 

「凄い...」

「ミナトはもちろんだけど。『スキル』を使ったとはいえ、ベートがここまで食い下がるなんて...」

 

ティオナとティオネが目の前の光景に息を飲む。恐らく今のベートには彼女達ですら、手も足も出せずに負けるだろう。普段、月の光が届かないダンジョンでのベートしか知らないために、彼女達は本来の彼の姿を目にし、静かに驚愕した。

 

 

 

「オラァ!!」

「ふっ!!」

 

自力の差を埋めたことでミナトに食らいつき始めたベート。少しずつ攻撃が当たり始める。その身に鈍い痛みを増やしながらも尚吠え続ける。目の前の男に勝つために。もはやベートの頭に酒場での出来事など微塵も残っていない。あるのはただ、目の前の男(ミナト)を倒すことのみ。

 

「ここまでやるとは思わなかったよ」

「なに、言ってやがる...っ!?」

 

蹴りがかすった時に切れたのか、唇から垂れる血を指で(ぬぐ)いながら言う。超高速で行われる攻防の中でミナトだけが余裕を残していた。それに対して、ベートを見れば肩で息をしているのが分かる。「そろそろ終わらせる」そう言い、ミナトがベートに肉薄する。

 

「っ...!?」

 

一段とギアを上げた速さにベートは反応が遅れる。鳩尾(みぞおち)付近を狙ったパンチを辛うじて防ぐが、すぐに連続して放たれた蹴り上げをモロに顎で食らう。決して軽くない彼の身体が宙に浮く。

 

「行くよ」

 

空中で身動きの取れないベートの背後に回ったミナトが仕掛ける。手始めに腰をひねり左脚で蹴りを放つ。

 

が、

 

「甘ぇ!」

 

驚異的な反応を見せたベートは、左腕でガードする。空中でも手足は動く。体勢を持ち直すことは出来ないが、四肢を動かすことは可能だ。

 

「甘いね」

 

2人の戦いを見ていたフィンが呟く。

 

受け止められた脚の裏を使い、ベートの腕を踏み台にするように蹴ることで、彼の背後から真横へと体を移動させる。その踏み込みと同時にバランスを崩されたベートは、次に繰り出された裏拳に反応はするも、ガードは間に合わず首元に食らってしまい、地面に頭を向ける形になった。

 

「く..そ..がっ!」

 

流麗な舞のように振りかざされる連撃。ここまで体勢を崩されれば、もはやベートに抗う(すべ)は無い。ミナトは裏拳の流れのまま体をコマのように捻り、その回転から生み出された遠心力を乗せた右腕の腹でベートを殴る。

 

「終わりだよ」

 

既に2発、確かに手応えのあった打撃をベートに与えたミナトは、トドメとばかりに叫ぶ。

 

獅子連弾(ししれんだん)!」

 

重力に従い落下していく狼人(ウェアウルフ)の青年に、この戦いに決着を着けるかかと落としが直撃した。地面とミナトに挟まれる形で叩きつけられたベートの体に、余すことなく衝撃が伝わる。叩きつけられ、地面に仰向けになるベートは、Lv.6の【ステイタス】から放たれる連撃をその身に全て受けたために、立ち上がることが出来ない。

 

 

 

 

 

「そこまで!」

 

『獣化』で身体能力が強化されたとは言え、身動きの取れない状態から叩きつけられたのだ。体中が悲鳴を上げているだろう。ベートの身を案じたリヴェリアが、すかさず試合終了の合図をだす。そのまま彼の元へ駆け寄り『回復魔法』を施す。

 

 

「清々しいまでの完敗だな、ベート」

「....るせぇ」

「アイズ、ティオナ、ティオネ、そしてベート。お前達4人はここ最近【ステイタス】に頼りすぎている」

「.....」

「その顔だと、今ので思い知らされたようだな」

 

Lv.5の【ステイタス】は凄まじい。それは誰もが知るところだ。ただでさえ難しい器の昇華を何度も経て、ようやく手にすることの出来る力を持つ彼女達は胸を張っていいだろう。だが、それに頼りきっては成長は見込めない。【ステイタス】を行使するのはあくまで人間。力任せに振るうことはモンスターと何ら変わりない。先程ミナトがベートに見せつけたように、『技と駆け引き』。それと【ステイタス】が合わさってこそ、本領を発揮するというものだ。巨大な力を使う側であっても、力に使われる側になってはいけない。リヴェリアが言いたいのはそういう事だろう。

 

 

 

 

 

 

「原点回帰ってやつかな」

「...」

「あの少年(ベル)にも、同じように君にも()がいる。」

「.......」

「俺が何を言ってるか、君なら分かるだろ?」

 

他人に勝つことは、さほど難しいことではない。むしろ自分で研鑽(けんさん)し続けることこそが、最も重要で、最も難易度が高い。誰もが最初は弱いのは道理。そこからどう花開くかは全て己次第。ミナトの言う「上」に勝つためには、確固たる意志と決して折れない覚悟が必要になる。『豊穣の女主人』においてベートがベルにやったことは、他人の意志と覚悟を踏みにじる行為であり、彼の可能性を否定するものだった。

 

「...やめだ」

「ベート」

 

ミナトの言わんとしている事を理解したのか。リヴェリアに手当をしてもらい、自力で動けるまで回復したベートは起き上がって本拠(ホーム)の方に歩き始めた。リヴェリアが彼の名を呼ぶが特に気にもせず、ミナトとすれ違い、一瞬だけ目を合わせ、そのまま歩き去っていった。

 

「(分かってくれたみたいだね)」

 

すれ違い様に見たベートの瞳には、少年を侮辱する意思は見受けられず、ただミナトに負けた悔しさが滲み出ていた。ベルのことについて反省したかは分からないが、少なくともこれ以上馬鹿にすることは無いだろう。

 

 

 

「さ、飲み直すでぇ〜!!」

「まったく、この馬鹿(ロキ)は...」

 

白けた空気を元に戻すように、ロキがおちゃらけた声を出す。そんな彼女に呆れたガレスは深いため息をついた。その後、狼人(ウェアウルフ)の青年が酒場に戻ってくることは無かったが、再び【ロキ・ファミリア】の団員達は楽しそうに騒ぎ散らし、何人か潰れたところで今晩はお開きになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌朝。

 

 

「むー」

 

腕を組み、ティオナは(うな)る。

 

「ティオナさん?」

「何難しい声出してんのよ」

 

朝の食堂でレフィーヤとティオネに見つめられながら、考え込む。

 

「アイズ、また元気なかった」

 

朝食を終えた今、自分の隣にいたアイズはもういない。今日はいつもの4人で食事を取ったり話題を振ってやれば、言葉少なながら普段通りの受け答えが返ってきて、その様子は何も変わりないように見えた。しかしだ。ティオナにはわかる。空元気と言うほど取り繕ってもないだろうが、今のアイズは本調子ではない。

 

「ベートに腹を立たてるだけでしょう?放っておけばいいじゃない」

「いや、多分ベートはあんまり関係ないんだよ。アイズは最初からあの狼のことはきにしてないって」

「あんた、酒場であれだけベートをのしといて.....」

「アイズ、別のことでまた落ち込んでる」

 

ティオナは考えることは苦手だが、能天気な振る舞いで、アイズから笑顔を引っ張り出してやることはできる。

 

「レフィーヤ、ティオネ。今日の予定はなんかある?」

「いえ、特には」

「あたしは今日も団長のお手伝いに....」

「じゃあ暇だね、あたしに付き合ってよ!」

「ちょっと!」

「あたし、アイズ探してくる!」

 

小難しいことはいい。要はアイズのしょぼくれた顔を見たくないのだ。ホーム中を駆け回ってアイズを探していて狭い廊下を走っていた時だ。

 

「....おい」

「わっ!?」

 

長い足が壁にかけられ、ティオナの行く手を阻む。ギリギリ立ち止まったティオナは、いきなり通せんぼしてきたベートを睨みつける。

 

「ちょっと危ないじゃん!」

 

酒場の事もあって語気を強める彼女に対し、口を引きつるベートは、くいっと窓の外を顎でしゃくる。

 

「アイズなら、中庭にいるぞ」

「え....」

 

呆気に取られるティオナを見て、ベートは足をどける。歩き去って行く背中に、両目を瞑ってあっかんべーをした後。素直に中庭へと向かった。

 

「!」

 

ベートの言葉通りアイズはいた。その隣にミナトもいる。

 

木の下にある長椅子に2人揃って座り、アイズは視線を空に向け。ミナトは手元の本に意識を向けている。ティオナはぱっと顔を明るくさせ駆け寄った。

 

「ア〜イズ!」

「...ティオナ?」

「うん?」

 

目の前に現れた彼女に、金色と碧の瞳が瞬きする。ティオナは2人の片手を両手で取り、長椅子から立ち上がらせた。

 

「買い物行こう!!」

 

 

 

 

 

 

 

レフィーヤ達と合流し、ティオナはアイズを連れて街へと繰り出した。

 

「ったく、強引に連れ出して.....」

「いーじゃん、たまにはさ!ぱーっと気晴らしに買い物行きたいって、ティオネだって前に言ってたでしょ!」

「1人だけ男が混ざってもいいのかい?」

「いーのいーの、ミナトは審査員ね!」

「審査員?」

「うん!服、服買いに行こう!アイズもいいよね!?」

「う、うん」

 

アイズの手をしっかりと握り、ティオナは先導するように進む。

 

北のメインストリート界隈はアパレル関係で有名だ。種族間に存在する衣装の壁は意外と大きい。多くの種族で溢れるオラリオでは、各種族に対応した店が多く並ぶ。特に北のメインストリート周辺は、世界でもトップクラスの数の店舗が軒並み店を構えている。

 

「まずはここねー!」

「えっ、ティオナさん、このお店って....」

 

レフィーヤの声音がまさかという危惧を(はら)む。店内に入ると、非常に際どい衣装がズラっと並んでいる。1目見ればわかる、アマゾネス御用達の店舗だ。

 

「久しぶりねー、私もちょっと羽目を外しちゃおうかしら」

「な、なあ...俺は入口で待ってるから、君たちだけで行っておいで?」

「いいからいいから!ミナトも、ほら、アイズも行くよ!」

「え、あの、」

 

ティオナとティオネに挟まれたミナトとアイズが連行される中、レフィーヤも慌てて後を追う。結論を言えば、店内はアマゾネス以外の種族には目に毒でしかなかった。中でもミナトの顔から冷や汗が止まらず、顔を青くしている。性別の問題ももちろんあるだろうが。かつて【イシュタル・ファミリア】との抗争で多くの戦闘娼婦(バーベラ)を蹴散らした彼は、日頃からアマゾネスに熱血的、肉体的なアプローチを受けている。そのため、アマゾネスという種族そのものに嫌悪感を抱いてる節がある。そんなミナトの心境は(つゆ)知らず、ティオネとティオナはアイズに服を進めていた。

 

「アイズ、これ着てみない?貴方体の線が細いから、きっと良く似合うわよ」

「な、なんでアイズさんがここの服を着ることになっているんですか!?」

「なあ、頼むからこの店は止めないか?」

「別にいいじゃない、せっかくなんだし。レフィーヤもどう?」

「き、着ませんっ!」

 

 

それから何軒も店を回り、最後にヒューマン用の店に入った。

 

 

「「「おおー」」」

 

3つの感嘆が重なり合う、ティオナ達が声を揃える中、気恥しさで頬を染めるアイズは、人形のようにただずみ軽くうつむいた。さりげなく花を(かたど)った刺繍が施された白い短衣に、ミニスカート。単純な組み合わせだが、着こなしている素材が素材だ。美しい金の長髪と合わさってこれ以上なく映えている。

 

「に、似合ってます、アイズさん!」

「うんうん、凄くいい!ロキがいたら飛びついてきそう!」

「肌は綺麗だし、出るとこは出てるし....羨ましいわね、ホント」

 

彼女達から黄色い声を浴びながら、アイズ少し上目遣いで、この場でただ1人の男であるミナトに声をかけた。

 

「どう...かな」

「ああ、よく似合ってる。綺麗になったね」

「....あ、ありが...とう」

 

赤らめた顔を上げられない彼女に、ティオナ達は笑みを漏らした。

 

「でた!ミナトのすけこまし!」

「す、すけこまし...っ!?」

「そんなんだからギルド職員のエルフさんに怒られんのよ」

 

「褒めただけじゃないか」と落ち込むミナトをよそにティオナ達は大いにはしゃぐ

 

「アイズ、これにしよう!」

「う、うん.....ティオナ、お金は....」

「大丈夫!ミナトがさっき払ってくれたから!」

 

Vサインを向ける彼を見たアイズは、ありがとうと礼を述べた。

 

 

 

 

 

「そろそろお昼にしない?あたし、お腹空いちゃった」

 

時刻は正午を迎えようとしていた。

 

「少し早いような気もするけど、そうしましょうか」

「あ、でしたらこの先にカフェがありますよ」

 

会話をしながら歩んでいると、ティオナは視線を感じた。後ろを振り向くと、アイズが少し下を見つめてきている。

 

「どうしたの、アイズ?」

「ティオナ.....」

 

言い切る前に、どんっ、という衝撃がティオナを襲った。

 

「わっ!?」

「おっと、ごめんよ、アマゾネス君!」

「ヘスティア様?」

「おお、ミナト君!この間ぶりだね。でもごめんよ、今は少し急いでるんだ!」

 

ティオナにぶつかった幼い女神は、そそくさと先へ行ってしまった。

 

「今の可愛い女の子...女神様ですよね?」

「うん、彼女は『ヘスティア』様というお方だよ」

「どこで知り合ったのよ......どうしたの、ティオナ?」

「胸が、すごい大きかった...あんなに小さい体なのに」

『.......』

 

ティオナに辟易とした視線を送るレフィーヤ達。辺りを見渡せば、女神の姿がそこら中で見える。

 

「そういえばロキが言ってたわね。『神の宴』が近いって」

「そういうことかー」

 

ティオネの発言にティオナが納得する。よく見れば女神達の腕の中には何着ものドレスがあった。

 

やがてティオナ達はカフェを見つけ、丸テーブルに座る。

 

「ねぇ、この後は南のメインストリート行こうよ!」

「繁華街ね....私はいいけど」

「私も大丈夫です」

「俺も付き合うよ」

「アイズも行こう!夜にならなくてもあっちは凄く賑やかで楽しいんだ!」

 

隣の席にいるアイズに笑いかけると、彼女は何も言わず視線を落とした。

 

「ごめん、ティオナ....」

「.....」

 

金の双眸を伏せたままアイズは、つい先程も言いかけようとしたのだろう、その言葉を口にする。ティオナの振る舞いが、自分を気遣ってのものだと気づいたのだろう。アイズは申し訳なさそうに体を小さくし、視線を上げようとしない。

 

「あたし、謝って欲しくてアイズを連れ回したんじゃないんだけどなー」

 

そう言いつつ、2度、3度とアイズの額を小突く。やがてティオナが手を止めると、打たれた額をさするアイズは、おずおずと彼女と目を合わせた。互いに視線を交わした後、彼女は力が抜けたように、口元を綻ばせる。

 

「.....ありがとう、ティオナ」

 

小さな笑顔。

 

ようやく笑ったアイズに、ティオナも破顔し、勢いよく抱きついた。

 

「ティオナさんっ、抱きつく必要はないんじゃあっ...」

「あ、レフィーヤ、もしかして羨ましいの?」

「ち、違っ....!」

「でもダメー。アイズの隣はあたしの特等席だし!」

「.....!?」

「ふふ、素直になった方がいいんじゃない、レフィーヤ」

「やれやれ.....」

 

その肩に両手を回して、レフィーヤに見せつけるようにアイズと頬を触れ合わせる。くすぐったそうに片目を閉じる彼女は照れはしても、拒むことはない。レフィーヤが動揺し、ティオネが面白そうに見守る中、ミナトが小さく息を吐いた。くっつき合うティオナとアイズは、2人一緒に笑顔を分かちあった。

 




反鬼相殺をオマージュしたのが反気相殺です。BLEACHから少しお借りしました。



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好きだから困らせたくなって、好きだから抑えきれなくて

やっとモンスターフィリアや


西日が照り、街が茜色に染まっている。市街の奥で日の入りが始まる中、ティオナ達はホームへの帰り道を歩いていた。

 

「あー、遊んだぁー」

 

控えめではあるがアイズの顔には笑みが戻っており、強引に連れ出したことが功を奏したとティオナもご満悦気味だ。最後の方は彼女の気分転換無しに遊び倒しだったため、レフィーヤなどは苦笑いとともに疲れも滲ませている。

 

「あれ?」

「馬車.....?」

 

館の正門に見慣れない乗り物を見つけ、ティオナとレフィーヤは不思議そうにする。近寄ってみると、豪華な黒いドレスを着こなしたロキが今まさに馬車に乗り込もうとしているところだった。

 

「わっ、ロキ、何その格好!?髪型まで変えちゃって!」

「ん?お〜、帰ってきおったか5人組。ぬふっ、どや、似合う?」

「はい、似合ってますけど...どこかに行かれるんですか?」

「ん、ちょっと『神の宴』に足を運ぼうと思ってなぁ」

「あら、でも『神の宴』には興味無いとか言ってなかった?」

「ふひひ。ちょっと愉快な情報を耳に挟んでなぁ、貧乏神のドチビをいじりに行ってくるわ」

「またそんなこと...」

 

よく分からないことを言うロキに首を傾げるティオナ達と、こめかみを押さえるミナト。とりあえず、よからぬ事を考えていることだけは、その不敵な笑みを見て分かった。

「ほんじゃ、行ってくるわー!ご飯は適当に食べといてなー!」

 

なぜか御者席にいるラウルが、ぱちんっ、と(むち)を振ると同時に馬車が動き出す。窓から手を振るロキを眺めた後、ティオナ達は顔を見合せ、再び遠ざかっていく馬車を見つめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ーーーガッ!?』

 

鋭い一撃が『ガン・リベルラ』を真っ二つにする。振り抜かれたレイピアの餌食となる蜻蛉(とんぼ)型のモンスター。片手剣ほどもある敵の体躯が灰へ変わっていく最中、アイズは振り向きざま剣を再び振る。飛翔してきたモンスター達は同時に切り裂かれ、弱点である魔石を的確に破壊されたことで灰になった。

 

「(.....使いにくい)」

 

モンスターの一団との戦闘を終えたアイズは、代剣として借り受けたレイピアを見下ろす。武器の性能は確かに高い。しかし使い慣れた《デスぺレート》と比べ、リーチと重さ、何より強度が違う。細い剣身は繊細な扱いをアイズに強要しているようで、使いづらかった。もっと武器を労ることを知れ、とゴブニュに言われているようで、アイズはぐうの音も出ない思いだった。

 

「(.....拾わなきゃ)」

 

剣を鞘に収め、アイズはひとまず発生したドロップアイテムを回収する。1日かけてダンジョンにもぐり続けているせいか、腰に取り付けている小袋(ポーチ)は既に魔石で溢れんばかりであり、筒型のバックパックもあまり余裕が無い。こういう時にサポーターのありがたみが身に()みる。

 

「.....」

 

20階層は自分の足音くらいしか聞こえないほど静かだった。中層にもなると、Lv.2以上のステイタスを求められるので、同業者の数もぐっと減る。モンスターの遠吠えが時折響くだけであった。ぼうっと灯る苔の燐光(りんこう)に横顔を照らされながら、アイズは1人通路を進む。

 

「.....?」

 

アイズの視線の先、冒険者の一団が横穴から出てくる。巨大なカーゴを引きずっている彼等は充実した防具に隙のない身のこなしを纏っており、相当な実力者達である事が分かる。

 

「(【ガネーシャ・ファミリア】.....)」

 

武装に刻まれている象の顔のエンブレムを見て、アイズは冒険者達の正体を察する。伴って、あの黒鉄のカーゴの中身も悟った。彼等は明日に迫った怪物祭(モンスター・フィリア)のため、モンスターの捕獲に来ているのだ。年に1度だけ、ギルドか主催するモンスターの調教ショー。簡単に言えばそんなところだ。

 

アイズは怪物祭(モンスター・フィリア)に関しては何とも言えない。モンスターをダンジョン外に運び出すのは確かに危険だが、催し自体の狙いは市民と冒険者のための緩衝材だろう。各々の思惑はあるだろうが、一概に悪いと断ずるのは、それはそれで難しいと、冒険者の1人であるアイズは思っている。

 

「.....」

 

がたがたと揺れるカーゴを眺めた後、アイズは進路を変える。【ガネーシャ・ファミリア】の邪魔にならないよう、別ルートで上階へ向かった。

 

 

 

 

 

地上に帰還し、ホームに帰り着く頃には、すっかり夜になっていた。門番の団員にぺこりと頭を下げ通してもらい、館に入る。既に夕食も終わった後だろう。意識を周囲へ張り巡らし、アイズは人目を避け廊下を進んだ。どこかコソコソとしながら物音1つ立てず、人の気配を感じ取ればすぐさま迂回する。首を傾げるレフィーヤもやり過ごしつつ、アイズは塔の上階にある自室を目指した。

 

「アイズ」

 

ぴくっ、と細い肩が震える。ゆっくりと後ろを振り返ると、そこには行動を予測し待ち構えていたかのように、目を若干細めたリヴェリアが立っていた。

 

「どこへ行っていた...と聞くまでもないな」

「.....」

 

完全武装しているつま先から頭のてっぺんまで、翡翠色の瞳が視線を移動させる。アイズは一瞬逃走を図ろうとしたが、止めた。後が怖過ぎる。リヴェリアはこれみよがしにため息をつく。

 

「ダンジョンにもぐるなとは言わん。だが、遠征が終わった直後だ。体は十分に休めろ」

「.....うん」

「全く、調子を取り戻したかと思えばすぐそれか」

「.....ごめんなさい」

 

最後の言葉には呆れも混じっていただろうか。まるで夜遅くに帰ってきた子供を叱る母親のようなリヴェリアの様子に、アイズも自然と体を小さくしてしまう。お互いの力関係が一目でわかる光景だった。こんな時ミナトがいれば、アイズをフォローしてくれるのだが、肝心ときに彼はいつもいない。

 

「ううっぷ.....あれぇ、アイズたんとリヴェリア、何しとるん....おえっぷっ」

 

アイズがひたすらしゅんとしていると、その場にロキが通りかかる。おぼつかない足元、果てしなく悪い顔色、そして何より凄まじく酒臭い。酒を一滴も飲まないリヴェリアが、理解できないような目付きでロキを見やる。

 

「それはこちらの台詞だ.....いや待て、近寄るなっ、来るんじゃないっ」

「うちは水飲みに来ただけやぁー....うぷっ。あー、頭いったい....声あんま出さんといてー。これからミナトのところに行くっちゅーのに、それまでに()()()().....」

「また、酔いを覚ますためにあいつを頼るのか.....」

 

ロキは『神の宴』から帰ってきた後、ずっとこのような調子だった。フィン達の声も聞かず止めるなッとばかりにやけ酒をし、泥酔。正確には三日酔いだろうか。何でも馬鹿にしようとしていた女神に逆にやり込められ、悔しさのあまり酒を飲まずにはいられなかったらしい。普段から二日酔いなどで苦しむ際に彼女は、きまってミナトのところへと足を運ぶ。彼の出す『九尾の衣』に触れると、なぜか分からないが体の調子がすこぶる良くなるのだ。二日酔いにも効くと知った時、ロキが狂喜乱舞したのは言うまでもない。

 

そんなロキにアイズも距離を取ってしまう中、彼女は頭をさすりながらリヴェリアを見る。

 

「で、何やっとるん?」

「.....アイズがダンジョンにもぐっていた。この時間までな」

「あー、そういうことなぁ.....うぇっぷ」

 

リヴェリアの話に吐き気と一緒に相槌(あいづち)を打つロキは、ちらっと横目でアイズを(うかが)う。しばし金色の瞳を覗き込んでいたかと思うと、彼女はおもむろに笑みを作った。

 

「よぉし、お転婆アイズたん。うちらに心配かけとる罰や、明日は付き合ってもらうで?」

「......?」

「フィリア祭や。()()()とデートしよ?」

 

酒気を漂わせながら、にへっと頬を緩めるロキ。瞬きを繰り返したアイズは口を開こうとしたが、「拒否権はなしやからなー」と先回りされてしまう。

 

「息抜きにはちょうどええやろ。うちも行く予定やったし。リヴェリアもどう?」

「.....私は遠慮させてもらおう。あのような祭りの空気には、どうも馴染めん」

「ありゃりゃー、残念やな。せっかくダブルデートを楽しめるかと思ったのに.....あたたっ」

 

思い出したようにこめかみを押さえるロキを他所に、アイズはリヴェリアを見るが、彼女も言うことを聞いておけと目で語りかける。ロキの言う「うちら」、つまりは最低でもあと一人同行者がいることが気になるが、明日になれば分かるだろう。

 

「じゃあアイズたん、明日は朝集合なー。1人でどっか行ったらあかんでー」

「わかりました」

「私も行くか.....アイズ、繰り返すが、ほどほどにしろ」

「うん.....」

 

「ミナトぉぉ」と情けなく叫ぶロキと、リヴェリアにそれぞれ別れを告げ、その日は解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え〜っ、アイズ、ロキとフィリア祭行くの〜?」

 

翌朝。部屋を訪ねて来たティオナは、怪物祭(モンスター・フィリア)への誘いをアイズが断ると、そう言った。

 

「ごめん、ティオナ.....」

「う〜ん、でもしょうがないか。先に声をかけたロキが優先だしね〜」

 

扉の前で悔しがるティオナは、すぐに一転して笑いかけてきた。

 

「あたしはティオネ達とすぐに東のメインストリートに行くけどさ、合流できたら、一緒に祭り見ようね!」

「うん」

 

淡く笑い返したアイズはその後、ティオナと大食堂へ向かった。食事を済ませて再び自室へと戻る。

 

「.....」

 

丈の短い上衣にミニスカート。ミナトに買ってもらったあの服だ。鏡の前に立つ自分の格好はやはり気恥しさが先に立ったが、せっかく頂いたプレゼントだ、このような日に着ない手はないだろう。念のため剣帯を服の上から巻き、護身用のレイピアを差す。一気に物騒な感じが増したが、仕方ない。デートなどとは言うが一緒に行動する以上、ロキの護衛も兼ねるべきだ。ブーツも履いて、アイズはエントランスホールに足を運び、ロキが来るのを待った。

 

「おはようー、アイズ。ごめんなー、遅くなって」

「大丈夫です」

「ありがとな〜。もう少しであと1人も来るはずやから、待っとってあげてな、って!?」

「.....?」

「おお、その服いいな!?めっちゃ可愛い!まさかアイズたんのこんな格好を拝めるとは!」

「.....ありがとう、ございます」

「まさかうちのためにオメカシしてくれたん!?くぁぁ〜!萌え萌えやー!似合ってるでー!抱き着きー!」

 

条件反射で反応してしまったアイズは、飛びついてきたロキに高速の張り手を見舞い、横手の壁に叩きつけた。顔面が壁にめり込み、どさっと落下する音。顔を両手で覆いゴロゴロとのたうち回っていたロキだったが、やがて何事もなかったように立ち上がる。

 

「うん、アイズたんのスカートの中身確認できたし、良しとしよう」

「.....見たんですか?」

「え、あ、見てへん見てへん。新品(おニュー)のスパッツなんて、これっぽっちも確認してへんッ!」

 

再び一悶着が起きた後、しばらくして。

 

「やあ、おはよう2人とも。......どうしてロキは顔が腫れてるんだい?」

「.....ミナト、おはよう。ロキ(それ)は放っておいて、いいよ?」

「わ、わかった」

 

挨拶をしながらなぜか顔をパンパンに腫らしたロキを不思議に思い尋ねるが、アイズの無表情かつ冷淡な言葉でスルーすることにした。

 

この場に来たと言うことはミナトが、ロキの言うあと一人の同行者で間違いないようだ。それから2人はボロボロのロキに引き連れられ、フィリア祭へと出発した。

 

 

 

 

「2人ともすまん。ちょっと行くところあるんやけど、寄ってもええ?」

「俺はいいけど、アイズは?」

「大丈夫.....朝ごはん、ですか?」

「ん〜、それもあるんやけどな」

 

北から東のメインストリートへと五分ほど歩く。

 

「ここや、ここ」

 

祭りの開催を前にして浮き足立つ人々で賑わう中、3人は人の群れを縫って、大通り沿いにある喫茶店の前に出る。ドアをくぐり鐘の音を鳴らすと、すぐに店員が対応してきた。ロキが一言二言交わすと2階に案内される。アイスがその場に足を踏み入れた瞬間感じたのは、時間が停止したかのような静けさだった。客の誰もが心ここに在らずといった表情で、口を開きっぱなしにし、全ての視線を一箇所に集めている。彼等が見入っているのは、窓辺の席で静かに座っている、紺色のローブを纏った1人の女神だ。

 

「よぉー、待たせたか?」

「いえ、少し前に来たばかり」

 

彼女の元へ真っ直ぐ足を運んだロキは、気さくに声をかける。相手もまた深く被るフードの下で微笑を浮かべた。

 

「なあ、うちまだ朝飯食ってないんや。ここで頼んでもええ?」

「お好きなように」

 

どうやら彼女に会うため、あらかじめ連絡をしていたらしい。2人の邪魔にならないよう護衛の位置に控えるアイズは、フードの奥から覗くその銀の瞳を見て、初めてあった神の正体を察する。

 

「ところで、いつになったらその子を紹介してくれんのかしら?」

「なんや、紹介がいるんか」

「一応、隣の()()()とは面識があるけれど、彼女と私は初対面よ」

 

女神の瞳もアイズの顔に向けられる。髪の色と同じ銀の双眸に、アイズは一瞬引き込まれるかのような錯覚を感じた。

 

【ロキ・ファミリア】と同等の戦力を持ち、一部の者からは都市最強派閥とも囁かれている【ファミリア】の主神。

 

女神フレイヤ

 

「んじゃ、うちのアイズや。これで十分やろ?アイズ、こんなやつでも神やから、挨拶だけはしときぃ」

「.....はじめまして」

 

生まれてこの方、リヴェリアより美しい女性を見たことがなかったアイズだが、目の前の女神の美しさは完璧にハイエルフの彼女を超えていた。いっそ寒気すら覚えるその妖艶さは下界の者を、同格の神々でさえも惑わせる力を持っている。ローブで身を隠しているにも関わらず、周囲の客を(とりこ)にしているのがいい証拠だ。

 

『美の女神』

 

文字通り美を司る彼女は、他の女神と比べても一線を画す。

 

「可愛いわね。それに...ええ、ロキがこの子に惚れ込む理由、よく分かった」

 

許可を貰い椅子に座るアイズに、フレイヤは笑みを浮かべてくる。緊張した様子を見せるアイズに、くすりと笑みを漏らしたフレイヤは、ミナトの方に視線を向けた。

 

「久しぶりね、ミナト」

「ええ、お久しぶりです、フレイヤ様」

「やっぱり綺麗な魂の色ね。どこまでも澄んだ碧、一切の(よど)みが無い魂」

「私には分かりかねます...」

「相変わらず釣れないのね」

 

そう言って頬を膨らませる眼前の女神は、やはり美しい。子供のような仕草でも周囲を惹き付けるその美貌は今だけ、全てがミナトに注がれている。

 

「勘弁してください、フレイヤ様.....」

「あらごめんなさい。あなたといると、ついやってしまうのよね」

「コラコラコラ!この色ボケ女神っ。何うちのミナトに誘惑してんねん!?」

 

一途に恋する乙女。先程までのフレイヤを例えるとしたらそれに尽きるだろう。ひたすら「愛してる」そう月のような瞳で訴えかける彼女に、たまらずロキが間に割って入る。

 

 

 

 

「それで、どうして私は呼び出されたのかしら?」

 

フレイヤがそう尋ねると、ロキは口を吊り上げ、単刀直入に用件を切り出す。どうやら彼女は最近妙な動きを見せるフレイヤを警戒していたらしく、先日顔を見せた『神の宴』にも探りを入れた。あれほど興味が無いと言っていた筈なのに、何故今頃になって参加したのかと。

 

【ロキ・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】。迷宮都市の双頭と比喩されるほど実力が拮抗している両派閥の間には、勢力争いが絶えない。隙あらば蹴落とす関係にある2つの【ファミリア】は、お互いを無視できず、一方が動けばもう一方も動かざるをえなくなる。ロキはフレイヤの思惑を知る一方で、面倒を起こすなと、そう釘を刺すのが目的だったらしい。二柱の女神から放たれる物騒な神威に気圧され、いつの間にか周囲の客は店を出ていったようだ。

 

「男か」

 

何かを悟ったように、ロキがその一言を発する。変わらず微笑みだけを返してくる美の女神に、緊張を解いた彼女は大きくため息を出した。

 

「はぁ.......つまりどこぞの【ファミリア】の子供を気に入ったっちゅう、そういうわけか」

 

アホくさ、と1人で見当をつけてしまったロキに、アイズは一瞬置いてけぼりを食らう。整理すると、どうやらフレイヤは、他派閥に所属する()()()()()を見初めてしまったらしい。ちらりとフレイヤの方を窺うと、彼女は正解とも不正解とも言わず、ただフードの奥で笑みを浮かべていた。

 

「ったく、この色ボケ女神が。年がら年中盛りおって、誰だろうがお構い無しか」

「あら、心外ね。分別くらいあるわ」

「抜かせ、ついさっきミナトを(たぶら)かそうとしたくせに」

「彼はまた別。この際だからはっきり言っておくわ」

「.....」

「ミナトはいずれ、()()()()()使()()()()()()()()()()()

「それは、うちに喧嘩売ってるっちゅう事でええんか....?」

「ふふっ、言わないと分からない?」

「....上等や、いつでもかかってきぃや」

 

瞬間、2人から膨大な神威が放たれる。2人の一番近くにいたアイズは()()の威圧感にあてられ、呼吸が浅くなる。目の前の女神達が、絶対的な存在であることを嫌でも思い知らされる。

 

「ロキ」

「....っ、すまん!2人とも大丈夫やったか!?」

 

ミナトの掛け声で我に返ったロキは、申し訳なさそうに尋ねる。神威から解放され、ある程度呼吸の落ち着いたアイズは「大丈夫です」と答え、問題ないことを伝えた。

 

「私達の神威を浴びても一切顔色を変えない、やっぱり素敵ね」

 

銀の瞳に熱を込めたフレイヤは碧眼の青年に、その熱眸を向けた。あなたが欲しい、そう視線に込めながら。

 

 

 

それからフレイヤの気になった男の特徴を聞き出そうとしたロキに、彼女は魂が綺麗だったと簡潔に答えた後。窓の外に何かを見つけたのか、ロキに一言挨拶すると、急くようにして店から出ていった。

 

「.....!」

 

アイズは、フレイヤが目で追った方向を反射的に追ってしまった。大通りを埋める人込みの中から金の双眸が見つけたのは、兎のような真っ白い頭髪だった。

 

「ん?アイズ、どうした?何かあったん?」

「.....いえ」

 

返事はするが、まだ窓の外に向けられていた。見間違いかもしれない。確信も持てない。でも来ているのかもしれない。このフィリア祭に。アイズはもう見えなくなってしまった白い髪に対して、どこか期待を感じている自分に気づいた。会えるかもしれないと。

 

「なぁアイズたん、誰かいたん?めっちゃ気になるんだけど」

「まあまあ、ロキ。アイズが何でもないって言ってるでしょ?」

「でもなぁ〜」

 

ようやく窓の外から視線を外したが、ロキが不思議そうにアイズを見つめ、しつこくまとわりついてくる。ミナトがアイズをフォローするが、それでもロキは隠し事をするなと言いながら伸ばした彼女の手を冷静にアイズに捌かれていると、ほどなくして入店当初注文した料理が運ばれてきた。ロキは不満気に口を尖らせた後、大人しくパンとスープ、サラダを食べ始める。へそを曲げるロキをミナトが慰め、アイズは我関せず黙々と出された料理を口に運ぶ。

 

こうして、二柱の女神の衝突という中々に重い出来事から、彼女達3人の怪物祭(モンスター・フィリア)が始まった。




ミナトって、いつも誰かしら慰めてない?


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離れてく距離に届かない君の匂い

今回も長くなってしまった...


道の脇や中央に並ぶ屋台から漂ういい香りは道行く人々の胃袋を引き止める。火で豪快に焼かれた鶏肉からは肉汁が滴り落ち、ジューッという油の弾ける音が一層強く食欲を刺激した。賑やかな祭りの空気に、誰もがその顔に笑みを咲かせている。

 

「せや!2人とも、まずはジャガ丸くん食べよ!」

「.....!」

「いいね」

 

ロキに連れられ寄った屋台では、潰した芋に衣をつけ油で揚げた食品を販売していた。実はジャガ丸くんが大好物であるアイズは若干目の色を変える。

 

「すみません、普通のジャガ丸くんと.....」

「小豆クリーム味、1つ」

 

ミナトの声に自分のものを被らせて注文すると、すぐに芋を衣揚げした一口大の料理が手渡される。アイズの頼んだものは更にクリームも混ぜて揚げられたものだ。美味いのかというロキの視線も気にせず、静かに、そして心持ち熱心に()()()()と食べる。

 

「アイズたん、アイズたん」

「?」

 

唇にクリームを付けたまま振り向くと、ロキはがぶっと自分のジャガ丸くんにかぶりつく。更に行儀悪くぺろぺろと何度も舌で舐め回したかと思うと、晴れやかな笑みを浮かべ、アイズの口元にその芋の塊を突き出した。

 

「はい、あーん」

「嫌です」

 

即答

 

「なんでやー!?うちが満足するまで付き合ってもらうって言ったやんかー!」

「それだけ汚したら誰でも嫌でしょ....」

「アイズたんにあーんするのうちの夢やったんやー!?頼むーッ!」

「嫌です」

 

にべもなく断るアイズにロキは何度も食い下がってきた。しかしアイズも断固拒否する。泣き落としまで使ってくる主神に対し、鋼の意志ではねのけ続けた。

 

「じゃあアイズたんがうちにあーんしてっ、あーんっ!それだったらええやろ!?」

「.....」

「はぁ...」

「一口、一口でええから!」

 

横でミナトがため息を吐く中、アイズは手元のジャガ丸くんに1度視線を落とした後、必死な形相を作るロキのことを見やる。周囲の目もはばからず懇願してくる己の主神に、彼女はおずおずと、食べかけのジャガ丸くんを差し出した。すぐに、ぱくりっ、と。アイズの両手を包みながら勢いよく噛み付いたロキは、不細工なリスのように頬張り、よく味わってから飲み込む。

 

「ふへっ、ふへへぇ.....アイズたんと関節キスやぁ」

 

アイズは己の行動を非常に悔やんだ。そして今すぐアホ(ロキ)から目を背けたくなった。形容し難い気色悪さがアイズを襲うその時、すっと横から、一口大のジャガ丸くんがアイズの目の前に差し出された。

 

「はい」

「.....?」

 

見れば小さく切り離された()()をミナトがアイズの口元に運んでいる。ロキに自分の分を食べられたアイズを可哀想に思ったのか、ミナト自身の分をアイズに分けようとしているみたいだ。図らずとも憧れの人からの「あーん」が少女の眼前に迫る。数秒固まったアイズは「ほら」と催促が来たことで我に返り、ほんのり頬を染めながら、恐る恐るミナトの持つジャガ丸くんを口に入れた。

 

「なんでやー!?なんでうちのはあかんくて、ミナトのは平気やねん!?」

 

その一連のやり取りが面白く無いのは、先程頑なに断られたロキだ。アイズた〜んと情けない声を上げながら彼女の腰に抱きつこうとしてくる。この神、落ち込んでると見せかけてセクハラを仕掛けようとしていた。

 

「.....」

 

アイズがひょいっと躱すと地面に顔からダイブするロキ。そのままじたばたする姿は女神とは程遠い。

 

 

「神様、神様ぁっ!?お願いしますから勘弁してください!?」

「おいおい、遠慮するなよ!今度は僕がお返しする番だろう!?ほら、あーん!」

 

どこからともなく聞こえてきた会話に、似たような境遇は自分だけではないのだと、アイズは少しだけ救われたような気がした。

 

「さあ、まだまだ行くで!!」

 

2人はそれからロキに手を引っ張られながら、通りの出店を見て回った。

 

「.....」

「ん、どうした、アイズ?」

 

ふとアイズが足を止めてしまったのは、何と武器を販売している出店だった。冒険者の聖地でもあるオラリオならではと言えばいいのか、彩飾用から実用向きなものまで色々な武器が置かれていた。今日まで何振りもの剣を手に取ってきた反動なのかもしれない、ついつい視線が飾られている武器に引き寄せられ、掘り出し物はないか探し出してしまう。この日1番の熱心な眼差しを送るアイズに、ロキとミナトは苦笑した。

 

「今日くらいはそれ(武器)から意識を外したらどうだい?」

「アイズたんにはもうちょい女の子してほしいなぁー、うち。.....ほれ、いい加減行こう」

「.....はい」

「そんなあからさま名残惜しそうな顔をせんでも.....似たような店は今日1日、どこにでも出とる、ここだけやない」

 

説得される形でアイズは出店から離れる。まだまだ遊び通すとばかりに意気込むロキに連れられ、華やかな通りを歩き回っていった。

 

 

 

 

 

 

「あー、いかん、もう始まっとる!」

 

闘技場から響いてくる歓声に、ロキが慌てたように叫んだ。

 

「この道で、大丈夫なんですか?」

「おう、ばっちしや!大通り経由するより断然近道やで!」

 

つい時間を忘れ、屋台めぐりにのめり込み過ぎたのが失敗だった。肝心な怪物祭(モンスター・フィリア)の開催時間を大きく逃してしまったアイズ達は、駆け足で急ぐ羽目になっている。ロキの土地勘通りに進む途中、アイズは怪訝そうな顔をした。

 

「......」

 

耳が一瞬捉えた獣の遠吠えらしき響き。闘技場で調教師(テイマー)と戦うモンスターの雄叫びが風に乗ってきたのか、と納得しようとするも、腑に落ちない表情を浮かべてしまう。

 

「あかん、走り疲れた.....うぅん?なんや、この空気」

 

ロキが息を切らす中、闘技場周辺の雰囲気は張り詰めていた。整備のため配置されているギルド職員の動きは不安をかきたてる程に騒がしく、慌ただしい。今も歓声が上がる闘技場とは真逆の混乱と動揺が広がっている。何より【ガネーシャ・ファミリア】の団員達が武器を構え広場から散っていく光景は、もはや異変が起きたと証拠づけるものだった。アイズはロキを見て頷きをもらうと、闘技場の南側、正門付近に足を運んだ。輪になっている少人数のギルド職員達を見つけ、アイズは彼等に情報を求める。

 

「.....すみません、何かあったんですか?」

 

その声に弾かれるように振り返ったギルド職員達は、こちらを見るなり目を見開いた。

 

「ア、アイズ・ヴァレンシュタイン.....」

 

彼等は呆然とした後、飛び付くように男性職員の1人がアイズに近寄り、早口で現在の状況を説明してきた。聞くに、祭りのため捕獲されていたモンスターが数匹脱走したらしい。それに加え、逃げたモンスターを追いかけるはずだった【ガネーシャ・ファミリア】の団員達は、何故か魂を抜き取られたかのように放心し、再起不能に陥っているということだ。

 

「モンスターを鎮圧するには人手が足りません、どうかお力を.....」

 

男性職員の懇願を断る理由は無い。後ろを振り返り、己の主神に視線を飛ばす。

 

「ロキ」

「ん、聞いとった。もうデートどころじゃないみたいやし、ええよ。この際ガネーシャに借し作っとこか」

「なら俺はこのままロキの護衛を続けようかな。アイズ、脱走したモンスターを頼んだよ」

「うん」

 

にわかに沸き立つギルド職員達とロキが言葉を交わし、モンスターの数、種類、動かせる人員状況を確認する。何故モンスターの脱走を許したのか考えるのは後回しだ。都市を脅かす事態に、アイズは儚く光るレイピアの柄を掴んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大観衆の拍手と喝采が万雷のように鳴り響く。闘技場内のアリーナでは、今まさに【ガネーシャ・ファミリア】のテイマーがモンスターを手懐けたところだった。

 

「やっぱりガネーシャのとこ、凄いな〜。調教(テイム)を簡単に成功させちゃって。あんなの真似できないや」

「そうですね。ただでさえ成功率は低いのに、こんな大舞台で.....」

「華もあるわよね。ただ調教するんじゃなくて、観客を魅せる動きをしてる。お金もとれるわ、これなら」

 

怪物祭(モンスター・フィリア)の観戦に来ているティオナと、レフィーヤ、ティオネは口々に感想を言う。朝早くから入場していた彼女達は他派閥の精鋭による数々の美技に、素直に舌を巻いていた。

 

 

 

 

「ねぇ、なんか【ガネーシャ・ファミリア】慌ててない?」

「ええ....何人か調教(テイム)に関係ないヤツも出てきてるし」

「あ、やっぱりそう思う?」

 

フィールドから顔を上げるティオナとティオネの視線の先、主神であるガネーシャがいるのであろう闘技場最上部の賓客席に、代わる代わる足を運ぶ団員達の姿がある。更に彼等は観客席へ下りては手当り次第に神や冒険者へ耳打ちをしており、何かを要請しているようにも見えた。どこか余裕のない彼等の動きに、ティオナ達は何かしらの事態が起きていることに薄々感付き始めた。

 

「どうしますか?」

「...少し、様子を見てきましょうか」

 

レフィーヤの問いかけに答え、ティオネは観客席から立ち上がる。3人は盛り上がる観客の間を通って階段を駆け上がっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ガネーシャのとこの子達はなにやってるん、ミィシャちゃん?」

「差し支えなければ教えてくれないかな」

「え、えっとぉ、市民の安全を最優先に動いてます。私達と連携して、この東地区からの避難を」

「ふむ.....こんな状況でまともな情報なんて期待できへんし、モンスターの方はやっぱりアイズに任すか」

「そうだね」

 

どこか舌足らずのギルド職員の話を聞き、ロキは周囲を見渡す。闘技場を囲む広場はようやく統率の取れ出した動きを見せていた。黒スーツを着たギルド職員が各々の役割を果たし、武装した【ガネーシャ・ファミリア】の団員と(しき)りに検討し合っている。他もごく僅かながら協力に応じた冒険者の姿もあり、指示を仰いだ側から広場から走り去っていった。

 

街のはるか彼方からは、今もモンスターの遠吠えが響いてくる。

 

「ロキ!ミナト!」

「おっ?」

「来たね」

 

2人の元に駆け寄ってくるティオナ達に、ロキはよく来たと手を上げる。既にただならぬ状況を周りの様子から察している彼女達は、詳しい説明を求めてきた。

 

「簡単に言うと、モンスターが逃げおった。ここらへん一帯をうろついてるらしい」

「えっ、不味いじゃん、それ!?」

「ん、不味いなぁ」

 

驚くティオナに対しロキは平然とした態度を崩さず。何暢気(のんき)に言ってんの、と詰め寄られる中、彼女は苦笑しながら指示を出す。

 

「ティオナ達は、アイズが打ち漏らしたら叩いてくれんか?そうやな、うちももうミナトを連れて移動するから、見晴らしのいいとこにでも陣取っといて」

「アイズさんはもう、モンスターのもとに向かったんですか?」

「いや、まだ行っとらん」

「はぁ?じゃあどこにいるのよ」

 

レフィーヤとティオネの疑問に、ロキは指で答えた。

 

「あそこ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風の音が響いている。美しい金の長髪をあおられながら、アイズは闘技場の上から街の光景を俯瞰していた。本来立入ることのできない闘技場の外周部。もはやまともな足場さえない天頂部分の縁はここの付近一帯の中で最も高度が高い。この場からは、東のメインストリートから入り乱れる街路の隅々まで一望することができた。街に散らばったモンスターを追って闇雲に走り回るのは非効率。「高所から敵の位置を把握して、奇襲をかけなさい」とミナトから助言を受けたアイズは、それに従う。

 

「.....見つけた」

 

魔法の一部を風に乗せることで咆哮の振動を敏感に感知するアイズは、瞬く間にモンスターの位置を割り出していく。近辺で確認できたのは8匹。現時点で逃げ出したと情報のある9匹の内、あと1匹が捕捉できない。時間もかけられないので索敵を諦めたアイズは、腰のレイピアを抜いて一声。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

風の気流を纏い直す。縁の端に足をかけ、背中から打ち寄せる大音声に押されるように、体を前に倒した。傾いていく視線の中で、最も距離の近いモンスターをその金の瞳で射抜く。

 

全速で仕留める。

 

「リル・ラファーガ」

 

蹴りつけられる壁。自信を弾丸に見立て、アイズは長距離射撃を決行した。

 

「!?」

「なんだっ!?」

 

貫く。

 

街路の中心を行進していた『トロール』を背後から砲撃さながら粉砕した。巨人のモンスターを相手取ろうとしていた冒険者達は一斉に驚愕し、そのあまりの轟音に逃げ遅れていた市民達も肩をはね上げる。

 

一体、また一体と。金の疾風が剣を()げ、街中を駆け巡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

「職員の指示に従って避難してください!この近辺にはモンスターはいないので、どうか冷静に!」

「娘がっ、娘がいないんです!?この騒ぎではぐれてしまって........!」

「落ち着いてください。ご息女の特徴を教えて貰えますか?」

 

混乱を来たす市民をギルド職員達が必死に誘導している。絡み合う怒声と悲鳴を受け止め、他の冒険者の手も借りながら、彼等は避難行動に努めていた。

 

ハーフエルフの女性職員と獣人の母親が会話をする様子を見下ろしていたロキは、再び上がったモンスターの断末魔に顔を上げる。

 

 

「エイナ!」

「あ、ちょ、ミナト!?」

 

ギルド職員の中に知己を見つけたミナトは、ロキの待ったも聞かず彼女の隣から一瞬で消える。

 

「まったく.....にしても、ティオナ達には悪いけど、アイズ1人で片付きそうやな.....」

 

闘技場から移動し高くそびえる鐘楼に上った彼女は、視界奥の光景を眺めながら呟いた。視線の先では金髪の少女が広大な街の区画を絶え間なく動き回っている。今もまた補足したモンスターを1匹切り伏せた。

 

「にしても.....うっさん臭いなぁ、この騒ぎ」

 

市民の安全に尽力した者達を褒めるべきなのだろうが、拍子抜けもいいところだ。

 

「(死んだもんはおろか、怪我人も無しってのは話が上手過ぎやろう......。人間(子供)達を襲わんモンスターがどこにおんねん)」

 

ロキの見据える方角、街角を突き進んでいるモンスターは悲鳴を上げる亜人(デミ・ヒューマン)達を見向きもしない。まるで何かを探し求めているかの様だ。

 

「まあ、この先、何が起こるかはわからんけど.....」

 

視線の先のモンスターがまたアイズに仕留められる。こんな芸当ができる、あるいはしでかす輩は。とそこまで考えて脳裏によぎったのは、フードに隠れた魅惑的な微笑みと、きらめきをこぼす銀の髪だった。

 

「.....あん?」

 

唐突にロキは足元を見た。ぐらり、と感じた振動。よろめくには至らないものの、鐘楼を一瞬ゆらめかした。身を乗り出し、街の周囲を見渡す。

 

「地震、か.....?」

「ロキ!」

 

街を観察する彼女のもとに、何やら焦った様子のミナトが現れる。

 

「お、ミナト。エイナちゃんはもうええんか?」

「ああ、そんなことより急いでここから離れる。悪いけど説明してる暇は無いから大人しく俺に捕まって!」

「.....分かった。頼むで、うちの騎士(ナイト)

 

ミナトはロキの首元と膝元を片手づつ使って彼女を持ち上げる。いわゆるお姫様抱っこをされるロキは特に恥ずかしがる様子もなく、大人しく彼に従った。そして次の瞬間、2人は風の音と共にその場から姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うわー、本当に出番なさそー」

 

家屋の屋根伝いに移動していたティオナ達は足を止めた。打ち漏らすどころか的確にモンスターを屠り、ティオナ達の援護を無用のものとしている。ふわりと、ここまで伝わってくる風の余波に髪を撫でられた。

 

「エサを用意されて、そのままお預けを食らった気分ね」

「あ、わかるかも」

「.....お、お二人とも、武器もないのによくそんなこと言えますね」

 

今日のティオナ達はもともと武器を携帯していない。各自の得物である武器は怪物祭(モンスター・フィリア)観戦の邪魔になるだろうという判断からだ。防具は言わずもがなである。手持ち無沙汰になりかけている中、体があればこと足りるとばかりのアマゾネス姉妹の会話に、レフィーヤは空笑いをする。

 

「.....?」

「ティオナ?」

「どうかしたんですか?」

 

眉を訝しげに曲げ、過敏な野生動物のように周囲を見渡し始めるティオナ。表情を張り詰めさせる彼女は口を開いた。

 

「地面、揺れてない?」

「.....本当、ね」

「地震.....じゃないですよね」

 

地震と言うにはあまりにもお粗末な揺れは、ティオナ達に不穏なものを覚えさせる。ダンジョンで培われた感覚が、どんな小さな出来事にも、いかなる前触れに対しても彼女達を敏感にさせていた。そして。自然に身構えていた彼女達のもとに、何かが爆発したような轟音が届く。

 

『!?』

 

引き寄せられるように視線を飛ばすと、通りの一角から、膨大な土煙が立ち込めていた。

 

『きゃあああああああああああっ!?』

 

次いで響き渡る女性の金切り声。揺らめきを作り煙の奥からあらわになるのは、石畳を押しのけて地中から出現した、蛇に酷似する長大なモンスターだった。

 

ぞっっ、と背筋に走る嫌な予感。ティオナ達は顔色を変えた。

 

「ティオネッ、あいつ、やばい!!」

「行くわよ」

 

叫ぶと同時に走り出す。一歩遅れてレフィーヤも駆け出し、屋根の上を踏んで一直線に突き進んだ。悲鳴を上げ市民が逃げ惑う最中、ティオナ達は通りの真ん中へ、だんっ、と勢いよく着地を決める。

 

「こんなモンスター、ガネーシャのところはどっから引っ張ってきたのよ.....」

「新種、これ......?」

 

細長い胴体に滑らかな皮膚組織。頭部。体の先端部分には目を始めとした器官は何も備わっておらず、若干膨らみを帯びたその形状はヒマワリの種を連想させた。全身の色は淡い黄緑色で、ティオナ達に嫌な既視感を覚えさせる。顔のない蛇、と形容するのが最も相応しいだろう。

 

「ティオナ、叩くわよ」

「わかった」

「レフィーヤは様子を見て詠唱を始めてちょうだい」

「は、はいっ」

 

目付きを鋭くするティオネの指示に、ティオナ達と、そしてモンスターも反応した。次の瞬間、地面から生える体をムチのようにして襲いかかってきた。

 

「!」

 

力任せの体当たりをティオナとティオネは回避する。巻き上がる石畳に、ばら撒かれる粉砕音。ぞるるるっと嫌な音を立てその細い体をくねらせるモンスターに、2人はすかさず死角から拳と蹴りを叩き込む。

 

「っ!?」

「かったぁー!?」

 

皮膚を打撃した瞬間、彼女達は驚愕を等しくした。渾身の一撃が阻まれる。素手とはいえ、並のモンスターならばそれだけで肉体を破砕される第1級冒険者の強撃だ、にもかかわらず貫通も撃砕もかなわない。凄まじい硬度を誇る滑らかな体皮が僅かばかり陥没したのみで、逆にティオナ達の手足にダメージを与えていた。皮の破けた右手をぶんぶんっと振るい、ティオナは目を見開く。

 

『ーーーー!!』

 

ティオナ達の攻撃に悶え苦しむ素振りを見せたモンスターは、怒りを表すようにより苛烈に攻め立ててきた。氾濫した川の激流のような勢いで体を蛇行させ、押し潰すあるいは蹴散らそうとしてくる。アマゾネスの姉妹は危うげなくいなした後、敵の至る場所に何度も拳打を見舞う。

 

「打撃じゃあ(らち)が明かない!」

「あ〜、武器用意しておけば良かったー!?」

 

舌打ちと叫び声を上げる間も蛇型のモンスターとの戦闘は続いた。貰えば一溜りもない敵の攻撃をことこどく避ける。モンスターは暴れ狂うように全身を叩き付けるが、軽やかに周囲を飛び回る彼女達にはかすりもしない。互いに決め手を見せないまま、状況が停滞する中。その外で、レフィーヤはティオナ達の稼ぐ時間を受け取り、詠唱を進めた。

 

「【解き放つ一条の光、聖木の弓幹。汝、弓の名手なり】」

 

魔法効果を高める杖はなく、片腕を突き出しながら言葉を編む。速度に重きを置いた短文詠唱。出力は控えめの分、高速戦闘にも十分に対応できる。更に目標はティオナ達の攻撃にかかっきりで、レフィーヤに見向きもしてない。これならば余裕を持って狙い撃てる。山吹色の魔法陣(マジックサークル)を展開しながらレフィーヤは速やかに魔法を構築した。

 

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」

 

そして最後の韻を終え、解放を前に魔力が集束したその時、

 

 

「よせ、レフィーヤ!!()()()()()()()()!!」

「.....ぇ」

 

ぐるんっ、と。それまでの姿勢を覆し、モンスターがレフィーヤに振り向いた。どこからともなくミナトの声が聞こえたが、モンスターの異常な反応速度に、レフィーヤの心臓は悪寒とともに打ち震える。今の今までこちらに無関心だった筈のモンスターが、その顔の無い頭部を差し向けた。ティオナ達が既に退避を始めているを視界に。『魔力』に反応した、と。レフィーヤがそのように直感した次の瞬間。衝撃が腹部を貫いた。

 

「.....ぁ」

 

地面から伸びる、黄緑の突起物。防具も戦闘用の装束も付けていない無防備な腹に、レフィーヤの腕ほどもある()()が、叩き込まれていた。ぐしゃと不細工な音が体内から鳴り響くとともに、その唇から血を吐き出す。

 

「「レフィーヤ!?」」

「間に合え...っ!」

 

反動で宙に浮いた体が背中から地面に落ちようとするが、辛うじてミナトがレフィーヤの体を優しく受け止めることに成功する。散るティオナ達の叫喚、華奢なエルフの体は致命傷に等しいダメージによってミナトの腕の中で身動き一つ取ることができない。地面から生えた謎の触手は不気味に動き、一方で蛇型のモンスターにも現れる。まるで空を仰ぐのうに体の先端部分をもたげたかと思うと、ピッ、ピッ、と幾筋もの線をその頭部に走らせ、次には、()()()

 

『オオオオオオオオオオッ!!』

 

咆哮が轟き渡る。開かれた何枚もの花弁。毒々しく染まるその色は極彩色。中央には牙の並んだ巨大な口が存在し、粘液を滴らせている。生々しい口腔の奥、薄紅色の体内で瞬くのは、陽光を反射させる魔石の光。

 

「蛇じゃなくて.....花!?」

 

正体を表したモンスターにティオナが驚愕する。その形状から蛇だと思い込んでいた細長い体は茎であり、顔のない頭部は蕾だったのだ。花開きその醜悪な双眸を晒す食人花のモンスターは、レフィーヤへ向ける意志を明確にする。体から派生する何本もの触手を周囲の地面よりどんっどんっと突き出させ、本体は蛇のように獲物の元へと這い寄っていた。

 

「レフィーヤ、ミナト!逃げなさいッ!!」

「あーもう、邪魔ぁっ!!」

 

駆けつけようとするティオナ達に触手の群れが襲いかかる。黄緑色の突起は拳で何度も打ち払われようが起き上がり、(うごめ)く林を形成して彼女達の行く手を阻んだ。ティオネの呼びかけも虚しく、モンスターはミナトの腕の中で倒れ込むレフィーヤの眼前に迫った。

 




レフィーヤの体を怪我した雑草め、覚えておけよ


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夢叶え夢失って、成功し同時に敗北者になる

レフィーヤがレベル5以上になれば、どうなるんだろう


嫌だ、とレフィーヤは思った。上空の太陽を(さえぎ)る長大な体躯。黒い影が、支えられている体を何度も動かそうと(こころ)みている自身の体を覆い尽くす。嫌悪しか喚起しない食人花は生え渡る牙からポタポタと粘液を滴り落とし、レフィーヤの顔のすぐ横を垂らしていく。周囲の悲鳴が遠い。逃げ遅れていた市民達は青ざめ、今まさにミナトとレフィーヤが食われようとする光景を見て立ちすくんだ。恐怖を来たしかける彼等の腕をギルド職員や冒険者達が取って急いで避難させていく。

 

嫌だ、嫌だ、とレフィーヤは再度思った。腕よ足よ体よ動けと念じる。どこでもいいから動いて立ち上がれと、震えるのみで一向に動くことのない全身へ(むち)を討つ。レフィーヤを支えるミナトは、怪我人の彼女を放っておくなんてことは絶対にしないだろう。痛みと恐怖に震える体を優しく包み込んでくれる。よく見れば所々青年の体には擦り傷があり、この場所に来る前に()()()()()()()を経て来たことが窺える。急いで駆けつけてくれたのだろうか、心なしか息も上がっている、とレフィーヤは薄れかける意識の中でミナトの様子を観察する。不甲斐(ふがい)ない自分のせいで【ファミリア】の先達に危機が迫っている。責任感の強いレフィーヤは、どうにかして彼が傷つくことだけは避けようともがくが、彼女の体が応えてくれることはなかった。

 

醜い大口が迫ってくる。あぁ、と嘆いた。(かすみ)かけている瞳が、降ってくる食人花を映す。嫌だ、嫌だ、もう嫌だ。同じ。また、同じ。きっと。

 

きっとまた、自分は、

 

『アアアアアアアアアアアッ!?』

 

視界に、金と銀の光が走り抜ける。敵の首を斬り飛ばした壮烈な剣の(ひらめき)と、美しい金の髪の輝きが、悔し涙を流す瞳を焼いた。

 

きっとまた、自分は、あの憧憬の彼女に守られる。

 

 

 

 

 

 

 

絶叫を轟かせ、断たれたモンスターの首は建物の一角に突っ込んだ。全力で振り抜いたレイピアをきらめかせ、勢いよく石畳に着地したアイズは後方を振り返る。ミナトとレフィーヤに食いつく(すんで)のところで切断したモンスターの体は勢いよく()け反り、ぐにゃりと折れ曲がりながらその場に崩れ落ちた。

 

「アイズ!」

 

ティオナ達を襲っていた触手もまた力を失ったように地面に落下する。間一髪だった、とこの場所に急行してきたアイズは思う。視界に極彩色が見えた瞬間、突き動かされる形でこの戦場へと進路を取っていた。魔法を酷使し飛び込みざま斬撃を見舞ったことでレフィーヤは九死に一生を得たが、少しでも遅れていたら彼女の命は危なかったかもしれない。そして、()()()()()()()()()使()()()()()()ミナトに対しても疑問が浮かぶ。本来の彼ならばあの程度の包囲攻撃など、たとえ怪我人1人抱えていたとしても歯牙にもかけないはずであった。にもかかわらず襲いかかる食人花に抵抗することなく、レフィーヤを庇うように背を向けていた。

 

「.....」

 

まず間違いなくミナトは本調子では無い。こちらに向かってくるティオナ達を視界入れつつ、アイズはレフィーヤ達の方を見やる。今だミナトの腕の中で倒れているエルフの少女の身を案じた彼女は、すぐさま駆け寄ろうとしたが。微細な地面の揺れが、その足を引き止めた。

 

「......!」

 

直ぐにその揺れは大きな振動に変わった。アイズが剣を構える中で、辺りの石畳が隆起する。

 

「ちょ、ちょっとっ」

「まだ来るの!?」

 

ティオナ達の悲鳴を区切りに、黄緑色の体が地面から突き出した。アイズを取り囲むように3匹。閉じた蕾を一斉に開花させ、見下ろす格好でその巨大な口を彼女に向ける。生暖かい吐息に頬を打たれながら、視線を鋭くするアイズがいざ斬りかかろうとすると、前触れもなく。ビキッ、という亀裂音の後に、レイピアが破砕した。

 

「...」

「なっ...」

「ちょ...」

 

手の中にある得物が壊れる光景にアイズだけでなくティオナとティオネも言葉を失った。魔法の出力とアイズの激しい剣技に耐えかね、細身のレイピアがとうとう音を上げたのだ。今の今まで愛剣の《デスぺレート》と同じように取り扱ってしまった。根元から木っ端微塵に剣身が砕け散り、いかに限界を超えていたのかを物語る。散りゆく銀光。

 

いけない、怒られる。

 

借りた代剣をあられもなく壊したアイズは、まず先にそんなことを思ってしまった。

 

『ーーーーー!!』

 

食人花が蠢く。3匹いっぺんに襲いかかってきた相手に、アイズは跳躍をして回避した。

 

「っ!」

 

右手に持つ刃を失った細剣、その柄をモンスター体に振り下ろす。はね返ってくる硬質な感触。風を付与しているのにも関わらずへこむだけで傷のつかない敵の体皮を見て、アイズはそれ以上の攻撃は諦める。

 

「ちょっと、こっち見向きもしないんだけど!今度はアイズ!?」

「魔法に反応してる...!?」

 

アマゾネスの姉妹も参戦するが、いくら攻撃を加えても食人花は矛先をアイズに向け変えようとはしない。レフィーヤから遠ざけるように後退をしつつ、連続回避。

 

「アイズ、魔法を解きなさい!追いかけ回されるわよ!」

「でも.....」

「1人1匹くらい何とかするって!」

 

うねる蛇状の体が通りを暴れ回り、並んでいた屋台をまとめて吹き飛ばしていく。殺到するモンスター達に防戦を強いられる中、アイズは何度も交錯するティオナ達から呼びかけられ、止むを得ず魔法を解除しようとした。

 

その時だった。

 

「!」

 

アイズの視界にその人影が映りこんだのは。一般人。逃げ遅れたのか。屋台の影に隠れるようにして獣人の子供が座り込んでいる。恐怖に震える彼女の目と視線がぶつかった。かねてからの退避方向である右手に逃げれば、あの巨大な体躯に屋台ごと巻き込まれることは間違いない。判断は一瞬だった。風の気流を全力で纏う。既に潰されている左側の退路に、アイズは一か八か突っ込み。そして、捕まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫ですか!?」

 

ミナトに体を支えられ悶え苦しみながら座り込むレフィーヤに、外から手が伸ばされた。小刻みに震える手をつき、何とか体勢を立て直そうとしていた体が、ゆっくりと地面から持ち上げられていく。

 

「エイナか...」

「かはっ、けほっっ、ぁ......!?」

 

血の欠片を混ぜながら咳き込むレフィーヤは、ギルド職員の女性とミナトの2人に支えられながら上体を起こした。

 

喉は焼け、腹部が燃えるように熱い。

 

「無理しない方がいい。腹部を貫通している。生憎回復薬(ポーション)を持ち合わせていない、アイズ達が今は何とか堪えてくれている。君はここで休んでなさい」

 

身じろぎすればすかさず痛みが走る己の体に、ミナトが心配の声をかけ、レフィーヤは何とか視線を周囲に巡らせた。視線がおぼつかない瞳をさまよわせながら、レフィーヤは彼女達を探した。自分より遥かに強い冒険者達を。弱い自分をいつも守ってくれるあの心優しく、残酷でもある高嶺の存在達を。やがて焦点がはっきり結ぶ頃、ようやくレフィーヤは、通りの奥にその姿を見た。

 

「!」

 

それと同時に呼吸が凍りつく。壁を粉砕された商店。巨大な木造の建物に、モンスターの大口に捕まった金髪の少女が、半ば埋まるような格好で押さえつけられている。噛み付かれていることで球状になる風の気流。更にその側からもう2匹の食人花が押し寄せ、がつんっ、がつんっ、と喰らいつく。ティオナ達が強引に掴みかかるが引き剥がせない。無数の牙が今まさに、金髪の少女を蹂躙しようとしていた。

 

「動かないでください、治療のためここから離れます!ミナト君もっ!君も怪我してるんだから!?」

 

必死になって立ち上がろうとする体を、ハーフエルフのギルド職員に制される。抵抗するレフィーヤにうろたえる彼女は、レフィーヤが見つめる先を追った瞬間、息を呑んだ。

 

「.....【ガネーシャ・ファミリア】の救助がもうすぐやって来ます。彼等に任せて、貴方達は避難をっ!」

「俺はいい。それよりも彼女、レフィーヤの方が重症だ。急いで治療班の元へ連れてってくれ」

「そんな!ミナト君はどうするの!?」

「息を整え次第アイズ達に加勢する。()()()でも囮役くらいはできるはずだから」

「.....っ!」

 

レフィーヤは走り抜けた激痛に体を咄嗟(とっさ)にくの字に折る。エイナが彼女の身を案じてくれる中、荒い息をつきながら、自分の左手を見下ろした。【ガネーシャ・ファミリア】。武装した彼等ならばきっとアイズ達を救い出してくれるだろう。負傷しているレフィーヤより遥かに彼女達の力になってくれるに違いない。ここから目を背け全てを委ねてしまえ、と体の痛みもそう囁きかけてくる。ぐっと喉を詰まらせるレフィーヤはうつむいて、目を瞑り、次には。左手を握りしめ、勢いよく双眸を見開いた。

 

立ち上がる。

 

「.....っ!?」

「レフィーヤ...」

「私はっ、私はレフィーヤ・ウィリディス!!ウィーシェの森のエルフ!」

 

瞠目(どうもく)するエイナとミナトに見上げられながら、弱音を全て追い払うように声を上げた。

 

「神ロキと契りを交わした、このオラリオで最も強く、誇り高い、偉大な眷属(ファミリア)の一員!逃げ出す訳にはいかない!」

 

言葉は力に変わる。魔法と同様、自身を奮い立たせ力の本流を取り戻したレフィーヤは、ふらつく一歩を踏み出し、直後には一気に走り出した。窮地に陥っている彼女達の力になろうと、今一度戦場へと舞い戻る。ミナトはそんな彼女の意志を汲み取ったのか、「ミナト君!?」そうエイナが呼び止めるも、レフィーヤの隣で並走した。

 

「(わかってる、わかってるよ!)」

 

レフィーヤとて、とうに理解している。

 

「(私じゃあ、あの人達の足手まといにしかなれないなんて!)」

 

これまでもこれからも、自分は彼女達に守られていく。彼女達を助けようと死力をつくしても、最後にはきっと、優しく胸を押され遠ざけられる。大丈夫だからと言われ、側にいることを許されない。あの時のように。

 

「(どんなに強がっても、私はあの人達に相応しくない!)」

 

追いかけても、追いつかない。追い(すが)っても、差はなお開く。劣等感に(さいな)まれるほど、卑屈に陥ってしまうほど、あの憧憬は遠すぎる。その憧憬(アイズ)すら追いつくことのできない高みにいる青年が、自分を見守る形で並走してくれている。心が折れてしまうほど、彼女達は、金色の彼女は強く、自分は弱い。

 

「(でも.....!)」

 

追いつきたい。助けたい。力になりたい。できることならば、一緒にいたい。自分を受け入れてくれた彼女達の、自分を何度も救い出してくれた彼女達の隣にいることを、許されるような存在になりたい。いつまでも庇護(ひご)される立場でいたくない。

 

「っっ!」

 

距離は埋めた。十分に近付き自身の射程圏内に目標を捉える。アイズに群がるモンスター達を身捉え、レフィーヤは詠唱を開始した。

 

「【ウィーシェの名のもとに願う】!」

 

追い縋るしかないのだ、結局。憧憬に追いつくためには。

 

「【森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと(きた)れ】」

 

血反吐を幾ら吐こうとも、何度も地に足をつこうとも、溢れる涙でその頬が枯れることはなかったとしても。追い縋る者には、追いかけることしか許されない。

 

「【繋ぐ絆、楽宴の契り。円環を廻し舞い踊れ】」

 

意思は折れる。何度でも折れる。折れない誓いなどありはしない。その折れた意思を何度も何度も立て直す者が、諦めの悪い者がいるだけだ。どんなに無様に転ぼうとも、何度でも立ち上がる、不撓不屈(ふとうふくつ)を叫ぶ者がいるだけだ。

 

「【至れ、妖精の輪】」

 

レフィーヤは歌う。込み上げてくる血を飲み下ろし、守られるだけの自分を脱却するため、憧憬に追い付くため、詠唱を紡ぐ。

 

「【どうか、力を貸し与えてほしい】」

 

歌を届けよう。歩みの遅い自分が、遥か先にいる彼女にも聞こえるように。例え振り返って貰えずとも、彼女の耳に届け、彼女を癒し、彼女を守り、彼女を脅かす敵を倒して見せよう。森を踊る妖精のように。愛する者を救ってきた精霊のように。自分が今できる歌を、どこまでも精一杯歌おう。この魔法(うた)を届けよう。

 

「【エルフ・リング】」

 

魔法名が紡がれるとともに、山吹色から翡翠色へと魔法陣(マジックサークル)がその色を変化させた。

 

「レフィーヤ!?」

「っ!?」

 

高まる魔力にティオナが気付く。伴って、アイズに牙を突き立てていたモンスター達も、より強い魔力の源へ振り返った。アイズの金瞳もまた見開かれる。

 

「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け】」

 

詠唱が続く。完成した筈の魔法へ更に詠唱を上乗せ、別種の魔法を構築する。

 

魔法の習得可能数には上限がある。

 

【ステイタス】にある魔法スロットは3つ。つまりどんなに才に溢れた者であろうと3種の魔法のみしか行使することはできない。その中でレフィーヤが最後に習得した魔法は、

 

召喚魔法(サモン・バースト)

 

同胞であるエルフの魔法に限り、詠唱及び効果を完全把握したものを己の魔法として行使する、前代未聞の反則技。二つ分の詠唱時間と精神力(マインド)を犠牲にし、彼女はあらゆるエルフの魔法を発動させることができる。その魔法にちなみ、神々が彼女に授けた二つ名は、【千の妖精(サウザンド・エルフ)】。

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地】」

 

召喚するのはエルフの女王、リヴェリア・リヨス・アールヴの攻撃魔法。極寒の吹雪を呼び起こし、敵の動きを、時さえも凍らせる無慈悲な吹雪。

 

詠唱が紡がれる中、レフィーヤの玉音に加えもうひとつ、美しい声音が重なり合う。翡翠色の魔法陣(マジック・サークル)がまばゆい輝きを放ち出した。

 

『ーーーーーーーーッ!!』

 

食人花モンスター達が急迫する。鳴き声を上げ、未だ高まる魔力の高まりへと殺到した。

 

「やらせないよ」

「はいはいっと!」

「大人しくしてろッ!!」

「ッ!」

『!?』

 

だが、レフィーヤの体を朱色の尾が包み込んで食人花の触手を寄せ付けない。また、神速とばかりに一瞬で追いついたティオナ、ティオネ、アイズがモンスター達の前に立ち塞がり、殴り蹴り弾いてその突撃を阻む。

 

『.....いいのか』

「何がだい?」

『さっき()()と同じやつを何匹もやった時に、お前。【()()()】を使いすぎてろくに精神力(マインド)が残ってねえだろうが』

 

九尾の言う通りミナトはレフィーヤ達の所に来る前、目の前にいる3匹と同じ食人花のモンスター達を1()0()()程倒してからここに来た。徒党を組むモンスター達は避難最中であった住民を誰ふり構わず襲い、周囲の建物をことこどくその黄緑色の体躯で破壊していった。住民の避難と多数のモンスターの討伐を同時進行するため、ミナトは自分とほぼ同じ性能を持つ分身を作り出す【影分身】を使い、各地に馳せ参じ、それぞれの状況に対応したのだ。しかし、【影分身】はその高性能さとは裏腹に、多大な精神力(マインド)を消費する欠点が存在した。そのため、この場に駆け付ける前に既にミナトは精神疲弊(マインド・ダウン)寸前であった。今ここで更に精神力(マインド)を使用すればどうなるか、説明するまでも無いだろう。

 

「後輩が頑張っているんだ。なら俺はそれを手助けするだけさ」

『ふん...』

 

アイズ達の背中に守られるレフィーヤは、紺碧の双眸を吊り上げ一気に詠唱を終わらせる。

 

「【吹雪け、三度の厳冬。我が名はアールヴ】!」

 

拡大する魔法陣(マジック・サークル)。そして唇が、その魔法を紡いだ。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

三条の吹雪。射線上からアイズ達が離脱する中、全てを凍てつかせる純白の氷撃がモンスター達に直撃する。体皮が、花弁が、絶叫までが凍結されていき、やがて余すことなく霜と氷に覆われた三輪の食人花は、完璧に動きを停止した。蒼穹に舞う氷の結晶が、陽の光を反射し、きらめくように輝いた。

 

「ナイス、レフィーヤ!」

「散々手を焼かせてくれたわね、この糞花っ」

 

歓呼するティオナと若干頭に来ているティオネが、3匹のうちの2匹の懐にたっと着地する。蒼色の氷像へ、2人は滑らかに淀みなく、申し合わせたように同じ動きをなぞった。

 

「っ!!」

「いっっくよおおぉーーッ!」

 

一糸乱れない渾身の回し蹴り。褐色の素足が体躯の中央に炸裂すると同時に、無数の亀裂が刻まれ、食人花の全身は文字通り粉々に粉砕された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイズー」

「.....ロキ?」

 

ティオナ達がモンスターを粉々にする横で、アイズは自分を呼ぶ声に視線を上げる。半壊した商店の屋根に二つの影。見覚えのあるすすり泣く獣人の少女と、彼女を腰に抱き着かせたロキだ。アイズの主神は、ほいっと言って剣を放り投げた。

 

「これは.....」

「ん、そっから、ちょちょっとな」

 

ロキが指す方向は、モンスターに潰された屋台の武器屋だった。

 

「じゃ、後は頼むなー」

 

笑いかけてくるロキに、いつの間に少女も一緒に回収したのかという言葉は呑み込んで、アイズも小さく笑った。

 

「.....」

 

アイズはゆっくりと、残った一つの氷像へと歩み寄る。凍り付いた食人花は物言わない。時間も停止した蒼の彫刻にむかって、アイズは抜剣し、振り抜いた。刻み込まれる無数の斬撃。ズレ落ちていく氷塊。均衡を失ったモンスターの氷像は、次には砕け散った。清音を奏でながら、氷の粒が舞い、金の髪が蒼いきらめきとともになびいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レフィーヤ、ありがと!ほんと助かった!」

「ティ、ティオナさん!?」

 

傷ついているのも関係なしに、ティオナがレフィーヤへと抱き着く。顔を真っ赤にする彼女は、体が痛むのか左目を瞑る一方で、まんざらでもなさそうに頬を緩める。どこか安堵したようなその表情に、アイズも素直な言葉を送った。

 

「ありがとう、レフィーヤ.....」

「アイズさん.....」

「リヴェリア、みたいだったよ......すごかった」

 

目を軽く見開いた彼女は感極まった表情を作り、うつむいてしまった。ティオナに横から抱き着かれたままリンゴのように赤くなる。

 

「はいはい、まだ仕事が残ってるよ」

 

ぱんぱんと、手を叩いてミナトが場に割り込んだ。見ると、確かに周囲ではギルド職員が慌ただしく動き回っている。まだ闘技場から抜け出したモンスターの全てを倒しきった訳では無い、予断を許さない状況は続いていた。

 

「ティオネ達は地下の方に行ってくれ。もしかしたら残党がいるかもしれない」

「はいはい、任されたわ」

「レフィーヤ、君はギルドの方達に治療して貰いなさい」

「あ、はい。分かりました」

 

碧色の瞳がアイズを見る。

 

「アイズは残ってるモンスターを頼むよ」

「わかった」

 

ミナトが指示を終えると、その場にロキだけ残し、ティオナ達と別れた。

 

「.....」

「おっと」

 

ティオナ達の姿が見えなくなり、人目の付かない狭い路地裏まで歩いたミナトの体がゆっくりと傾く。そのまま地面に倒れるのをロキが支えることで防いだ。

 

「こんの色男が。カッコつけおって.....」

「ははは.....」

「ったく...無理しすぎや。アイズたんじゃないねんから.....」

「今回ばかりはね、住民に被害が出るのは何としても防ぎたかったんだ」

 

ロキは彼の頭をゆっくりと自身の膝上に移動させる。

 

「頑張った男の子には、膝枕って決まってるんやで〜」

「初めて聞いたよ」

 

【影分身】の酷使と先程の戦闘の影響で精神疲弊(マインド・ダウン)を引き起こしたミナトを労わるように、それでいておちゃらけた台詞を吐く彼女は、眷属()を心から愛する()の顔をしていた。

 

「おつかれぃ、ミナト」

 

彼女に身を委ねる碧眼の青年と朱色の女神を、真っ赤な夕日が優しく照らしていた。

 




あれ、ロキがヒロインだっけ.....?


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許せば進めるし恨みは立ち止まらす

長すぎた....後悔はしている


カァン、カァン、と金属を打つ音が生じている。

周囲から(しき)に鳴り響いてくる甲高い打撃音。舞い狂う音の後に眩い火花が飛び跳ね、辺り一帯に閃光を散らす。(つち)を振るい、大量の汗を流す精悍(せいかん)な男達の声も時折聞こえてくるこの場所は、鍛冶場と呼ぶに相応しかった。

 

『うおおおおおおっ!?大切断(アマゾン)、てめぇ、くたばりやがれえええええええええ!?』

 

とある作業場の一角では、大の男達が5人ががりで特大の超硬金属(アダマンタイト)を鍛え上げている最中だった。不眠不休の怨嗟(えんさ)も込められた、友人の少女に対するそんな雄叫びを耳にしながら。アイズはどこか肩身狭そうに、とある神物の前でたたずんでいた。

 

「まさか、5日で使い潰すとはな.....」

 

重く、そして呆れ返ったようなゴブニュの言葉に、ぴくりとアイズの肩が震える。ドワーフを連想させる小柄ながらたくましい体付きの初老の男神は、ちらと彼女の顔を見やり、ため息を吐き出した。怪物祭(モンスター・フィリア)から翌日の朝。アイズは今、整備を頼んでいた《デスぺレート》を受け取るため、【ゴブニュ・ファミリア】のホームに訪れていた。工房でもある広い平屋の中心にいる彼女達の周りでは、鍛冶師達が早朝にも関わらず汗水流して働いており、鍛錬の作業に没頭する者、炉の炎を調節する者、設けられた掲示板に貼り出されている武器の依頼書を確認する者など様々いる。忙しなく動き回る彼等に囲まれるアイズは、《デスぺレート》を受け取ると同時に、ゴブニュから借り受けた代剣、レイピアを返却していた。

 

無残にも剣身が砕け散った、残骸の状態に変えて。

 

「お前らは本当に鍛冶屋泣かせだな」

「.....ごめん、なさい」

 

台の上に乗っている()()()()()()()を、ゴブニュと挟んで見下ろしながら、アイズはしゅんとうなだれる。仲間の壊し屋(ティオナ)のことも含まれた神の皮肉に、かき消えそうな声で謝った。

 

「少しはミナトを見習え。あいつは()()()()()で武器を調達してるが、整備も滅多に注文しないほど綺麗に使っているぞ」

「.....ミナトを出すのは、ずるいと思います」

 

怪物祭(モンスター・フィリア)にて脱走したモンスター達との交戦で見事に破砕した代剣は、今は台上で無数の破片となって転がっている。また【ロキ・ファミリア】かよ、というげんなりした視線を周囲の職人達から浴びながら、アイズはひたすら恐怖する思いだった。

 

「.....あの、お代は?」

「4000万ヴァリス、といったところか」

 

ガーン!と音を立て、4000万という金額がアイズの頭上に降って直撃する。しばらくダンジョンにもぐって返済しなきゃ、そう意気込んだ。腕を組んでやれやれとこぼすゴブニュの顔を見ながら、申し訳なく、そして落ち込みながらアイズは思った。少年(ベル)に会って謝罪するのは、まだまだ先になりそうだ

 

「(.....ミナト、一緒に行ってくれるかな)」

 

淡い期待を胸に、アイズはホームへの帰路を進む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風を斬る音が響いている。庭で日課となった素振りを、まだ日が出ていない時間帯から行っていたアイズ。やがて日の出を知らせる光が、オラリオの東の空を赤く照らし出す。アイズは最後と言うように庭木から落ちた1枚の緑葉をヒュンッと斬り上げ、両断し、剣を鞘に収めた。

 

「.....?」

 

鍛錬を終了させたアイズは、自分を見つめる視線に気付く。振り向くと、庭に繋がる塔の出入口付近で、レフィーヤが目を見開きながらたたずんでいた。胸に分厚い本を抱えている彼女はアイズの剣舞に魅入っていたように固まっており、目を向けられると、思い出したようにはっとして、それから笑顔で拍手をし出す。

 

「す、すごかったです、アイズさん!私つい見とれちゃってっ、声をかけるのも忘れちゃいました!」

「えっと.....ありがとう?」

 

その賞賛に、アイズは小首を傾げながら答えた。日課である事柄を褒められたところで、どう反応していいかがわからない。

 

「本当にこんな朝早くから剣を振られているんですね.....だからアイズさんはあんなに強くって.....私も見習わなきゃっ」

 

目の当たりにした鍛錬の積み重ねが、アイズを【剣姫】と呼ばれるまでに押し上げた要因の一つであると確信するレフィーヤは、力を込めて精進しようと意気込む。そんな後輩の少女の姿に、アイズは微笑ましそうに口元を綻ばせた。

 

「アイズさんは、剣術を誰かに教わったりしたんですか?」

「.....お父さん、かな」

 

アイズは視線をさまよわせ、少し考える素振りを見せた後、ポツリと質問に答えた。

 

「お父様が.....そういえば、アイズさんのご両親は今は何を.....?」

 

と、レフィーヤがそこまで言葉を続けたところで、別の方向から声が投じられた。

 

「レフィーヤ。書庫へ行って本を取ってくるのに、どれだけ時間がかかっているんだ」

「リ、リヴェリア様.....」

 

新たに中庭に立ったのは、レフィーヤと同じ美しいエルフの女性、リヴェリアだ。翡翠色の長髪から細く尖った耳を覗かせる彼女は、剣を構えたアイズの姿を認めるなり、何もかも悟ったように吐息した。

 

「アイズの鍛錬に現を抜かしている暇はないぞ、お前も修行中の身だ。朝食の時間まで続けるぞ。アイズ、また後でな」

「ア、アイズさぁ〜んっ.....」

 

リヴェリアにずるずると引きずられていくレフィーヤ。本を抱えながら名残惜しそうな表情をする彼女に、頑張って、とアイズは軽く手を振った。どうやらレフィーヤはレフィーヤで、リヴェリアから魔法の教示を受けていたらしい。あの様子からして、恐らく夜通しだろう。ほんの数年前まで似たような境遇だったアイズは、リヴェリアの指導が苛烈(スパルタ)であることを知っている。どこかしみじみと過去を振り返りながら、頑張って、と再度胸の中で激励を送り。アイズもまた剣を持って、中庭から塔の中へと戻った。

 

シャワーを浴びてさっぱりしたアイズは、ホームの廊下を移動し、大食堂へ向かった。既に食堂には数名の団員がおり、朝食の料理や皿を配膳している。厨房から漂う香ばしい匂いは朝早くから活動していたアイズのお腹を大いに刺激した。ちらっと見たところ、本日は野菜スープとサラダ、サンドイッチ、それに野菜入りオムレツのようだ。先日【デメテル・ファミリア】から届けられた大量の野菜が猛威を振るっている。彼の派閥の野菜はとても甘いので、アイズは好きではあるが。食べ切れるかな、と思いつつ、アイズは他の者達に紛れてさり気なく配膳を手伝った。長方形の食卓に食器等を並べていく、が。

 

「うぉっ、アイズさん、いつの間に!」

「ありがとうございます、でも大丈夫ですから!」

 

感謝されると同時に、めっそうもない、と団員達から断られてしまう。まるで姫君のような扱いでやんわりと遠ざけられた。しょぼんと、アイズの肩が心なし、しおれる。

 

『ティ、ティオネさん、朝食は俺たちが...』

『団長の朝ごはんは、わ、た、しが作るのよ!手出し無用よ、引っ込んでなさい!』

 

ちらっと見える、厨房にこもり団員を押しのけ朝食作りに勤しむティオネの姿。皆と賑やかに交流している、ようにアイズの目には見える。ティオネは凄い、と思いつつ、優しく大食堂から追い出されてしまった。

 

「うっ.....」

「?」

 

当てもなく廊下を歩いていると、曲がり角から現れたベートとばったり出くわす。出会い頭にぎょっとした彼は、口端を軽く痙攣(けいれん)させながら、無理矢理とわかる笑みを浮かべた。

 

「.....よ、よお」

 

『豊饒の女主人』での一件を引きずっているのか、どこかぎこちない態度を取るベート。あの時はベートも酔っていたと、好感度はやや減少しつつも、アイズはもうそこまで引きずっている訳ではない。ので、おはようございます、と挨拶を返そうとしたが。

 

「おっはよーアイズ!」

「ぐおっ!?」

 

どんっ、とベートを押しのけ、ティオナが正面からアイズに抱きついてきた。軽くのけ反り、キョトンとするアイズの体を笑顔で抱きしめるティオナは、背後を振り返り「べーっ」と舌を出す。ぐぎぎぎっ、と歯を食いしばるベートを他所に、彼女はアイズの手を引っ張ってその場を離れ出した。

 

「アイズー、あの狼男と話してもいいことないから、あっち行こう?」

「おいこらっ、聞こえてんぞド貧相女!?」

「ド貧相とか言うなぁあああああああ!!」

「あ、あの.....」

「朝っぱらからうるさいぞ!廊下で騒ぐでない、お主等!」

 

その後、ドワーフのガレスに、アイズ達は食事の時間まで一頻(ひとしき)り注意されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、団長。私のお手製料理です、たーんと食べてください」

 

大食堂で朝食が始まる。湯気が立つスープやふわふわのオムレツに各々が手を伸ばす中、上座にいるフィンの前には、巨大魚を丸焼きにした野性味溢れる女戦士(アマゾネス)料理が置かれていた。1mを超える魚の丸焼きに、小人族(パルゥム)の少年は黙って遠い目をした。ご機嫌なティオネに強引に食べさせられる彼の元へ、気の毒そうな視線が集中砲火する。

 

「ふあぁ、おはよう皆.....」

 

そんな時、今しがた起きたのか欠伸(あくび)をしながら金髪碧眼の青年、ミナトが食堂に登場。空いてる席の近くにいたアイズ達に挨拶をした。

 

「.....おはよう、ミナト」

「おっはよー!」

「おはようございます」

 

アイズ、ティオナ、レフィーヤ、3人の美少女達に迎えられるミナトに嫉妬の視線が送られる中、アイズは空いてた自分の前の席に彼を座らせ、そそくさと彼の分の朝食を厨房から運んだ。何も知らない者が見たら卒倒するような光景だが、ここ【ロキ・ファミリア】では割と朝に弱いミナトに、アイズが食事を持ってくるという光景が日常化していた。まだミナトが幼い頃はリヴェリアやロキがしていたことだったが、ここ数年で一番彼との付き合いが多くなったアイズが、いつの間にかこの役割を担うようになっていた。

 

「.....これ、今日の朝食。【デメテル・ファミリア】から貰った野菜を使っているんだって」

「へぇ、それは楽しみだなぁ」

 

他愛もない朝の会話を繰り広げる2人は、同じ金の髪もあってか、周囲からは本当の兄弟のように見える。実際10年近くも同じ【ファミリア】内で過ごしているため、兄弟に近い関係を築けているのだろう。朝から微笑ましい光景を目にした団員達は、揃って破顔した。

 

「アイズ、今日は何かする予定あるの?」

「ん、と.....」

 

50人以上の団員が一斉に食事をとる大食堂は話し声が絶えない。ざわめきに囲まれながら、アイズから貰ったサンドイッチをひょいっとつまみ、ティオナが尋ねてくる。

 

「一昨日、剣を壊しちゃったから、弁償しないといけなくて.....」

「それって、フィリア祭で使っていたレイピアのことですか?」

 

隣にいるレフィーヤにこくりと頷くアイズ。昨日のゴブニュとの会話、しばらくダンジョンにこもって必要資金を確保しようとしている意向を、若干羞恥を覚えながらティオナ達に語った。

 

「じゃあ、あたしも行くよ!アイズのことだから、1週間くらいダンジョンにこもるつもりなんでしょ?」

「でも、ティオナ.....」

「大丈夫、大丈夫!あたしだって作り直して貰った大双刃(ウルガ)のお金、用意しないといけないし」

「私もお邪魔で無ければ、お手伝いさせてください!」

 

ともに資金稼ぎしようとティオナが提案し、負けじとばかりにレフィーヤも協力を申し出る。自分の不始末にティオナ達を巻き込んでしまうのはアイズとしては心苦しい思いだったが、こう頼み込まれては断り切れない。何より、純粋に2人の善意が嬉しかった。

 

「.....うん、じゃあ、お願いするね」

 

眉を下げて微笑むアイズに、ティオナとレフィーヤも笑い返した。

 

「ミナトも、その、一緒に.....」

 

どこか照れくさそうに、少しうつむき彼を上目遣いで見つめながら、誘おうとするアイズ。まるで大好きな兄に遊んでもらうため一生懸命おねだりする妹のような態度の彼女に、ようやく意識が鮮明になってきたミナトは「ん、なら俺も行こうかな」と答えた。

 

「なら決まりだね!ホームを結構空けそうだし、フィン達に言っておかないと駄目かな?」

「そうですね。次回の『遠征』はまだ先ですけど、しばらくダンジョンに滞在するなら、ロキか団長に申請しておいた方が」

 

無断で行ったら余計な心配かけちゃいますし、とレフィーヤはティオナに答える。4人で大まかな滞在期間、探索日程の話し合いを進めている内に、周囲では席を立ち上がる者が出始めた。食事を済ませ、団員達が部屋を退出していく。ふとアイズは、そういえばロキがいない、と今になって気づく。いるだけで賑やかな主神が朝食の場に顔を出していないことを、彼女達は疑問に思った。また二日酔いに陥るほど酒盛りに(ふけ)ったという話は聞いていない。

 

「あんた達、さっきから何話してるのよ?」

「あ、ティオネさん」

「4人で1週間くらい、ダンジョンにお小遣い稼ぎ行こうかなーって。ティオネもどう?」

 

フィンとの食事を終えたティオネが、アイズ達の元へやって来る。全て食べきれないと固辞された巨大魚の丸焼きを、想い人の食べかけを、完食(しょり)した彼女は中々どうしてご満悦そうたったが、

 

「1週間?いやよ、そんなに団長のお近くにいられないなんて」

 

ブレない姉に、ティオナはボソリと考えを口にする。

 

「どうせだからフィンも誘ってみようかなー」

「しょうがないわねー、私もついて行ってあげるわ。感謝しなさい」

 

俄然(がぜん)乗り気になったティオネに、アイズは苦笑するミナトと顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ロキ・ファミリア】の本拠(ホーム)『黄昏の館』。多くの塔が連結してなるこの場所で、フィンの私室は真北の塔にあった。

 

「フィン、入るよー?」

 

ノックをし、ティオナが両開きの扉を開ける。彼女達に続いてアイズとレフィーヤ、ミナトとティオネも入室した。

 

「何だ、お前達。ぞろぞろとやって来て」

「あ、リヴェリア様.....いらっしゃったんですか?」

 

書類の束に目を通しているフィンの隣にはリヴェリアの姿もあった。朝食を終えた後、派閥の総務を行うため2人で部屋にこもっていたらしい。団長の少年を補佐する副団長は、羊皮紙を片手にアイズ達に目を向ける。

 

「相談っていうか、ちょっとフィンと話したいことがあるんだけど」

「んー、少し待って貰っていいかな。そろそろ一区切りがつきそうだから」

 

ティオナの申し出にフィンは書類から顔を上げずに答えた。しばらくの間、羽根ペンの動きを止めず、淀みなく文字を書き続け、真横に立つリヴェリアから新しい羊皮紙を受け取っていく。

 

「よし、待たせたね。それで話ってなんだい?」

「実はですね、ティオナ達がしばらく探索に出かけたいそうなんですけど、もし団長も良かったらと.....」

 

仕事を一区切りさせたフィンに、ティオネがずいと前に出て説明する。彼は「ああ、いいよ」とあっさりと了承した。

 

「僕もそろそろダンジョンに行こうと思ってたからね。たまには気ままに、じっくりと探索をしておきたいし」

 

派閥の首領として『遠征』では常に団員達を統率する身であるが故に、プライベートな迷宮探索も時には楽しみたいとフィンは笑う。「じゃあフィンも決まりねー」とティオナがにこやかに言い、また自動的にティオネも参加が決定した。

 

「せっかくだし、リヴェリアもどうだい?」

「.....そうだな、私も行かせてもらおう。私達が留守の間は、悪いがガレスに任せるか」

 

リヴェリアもフィンの言葉に乗り、これでアイズ達を入れて7人。レフィーヤを除いても6人も第1級冒険者と、豪華なパーティができあがった。

 

「あ、このことベートには内緒ね!聞いたら絶対付いてくるし、付いてきたらうるさいし」

 

朝のことを根に持っているのか、ティオナは意地の悪い笑みで釘を刺す。フィン達は苦笑を浮かべつつ、いっぺんに派閥の主力が出払うのも考えものなので、異議は挟まなかった。

 

「それじゃあ、各自準備を行って、正午にバベルに集合と行こうか」

『おー!』

 

片腕を突き上げるティオナとティオネを真似て、アイズも恥ずかしがるレフィーヤとともに控えめに右手を伸ばす。意外と乗り気で手を高々と上げているミナトにリヴェリアが呆れる視線を送る中、一同はフィンの提案に賛同するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あっ、フィンとティオネ、来た」

「僕達が最後だったか。待たせてすまない」

 

広大な中央広場、その中心地にそびえるバベルから少し離れた広葉樹の一角。木陰にいたアイズ達は、長槍を肩にかつぐフィンと同じくバックパックを片方の肩に背負うティオネを認める。寄りかかっていた広葉樹を蹴り、ティオナはうきうきとしながら自身の巨大な獲物を手に取った。レフィーヤとリヴェリアも杖を持ち、ミナトは三枚刃のクナイを片手に構え、アイズは腰に付けた《デスぺレート》の感触を確かめる。

 

「準備は万端のようだね。じゃあ、そろそろ行こうか」

「ああ。この顔ぶれでダンジョンにもぐるのも、久々だな」

「そうですね。俺もアイズと2人が多いですし」

「えへへ〜、あたし行く前からわくわくしてるもんね〜」

「ちょっとは自重しなさいよ、あんた?」

 

フィン、ミナト、リヴェリアの声に続き、能天気なティオナへ呆れ顔のティオネが注意を促す。そんな彼女達を見てくすりと笑みを漏らすレフィーヤが、アイズの方に振り向いてきた。

 

「私もお役に立てるよう、頑張ります」

「うん、ありがとう、レフィーヤ.....頑張ろうね」

 

ほのかに笑い返すアイズは、それから皆と同じように頭上を仰いだ。天を()くように伸びる摩天楼。美しく壮大な白亜の巨塔を見上げていると、やがて東の空から正午を告げる大鐘が鳴り渡る。澄んだ都市の鐘の音に押されるように、アイズ達は巨塔の門前へと歩み出して行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイズ達は予定通り、正午頃バベルを発った。彼女達はあっという間に『上層』を超え、『中層』の17階層半ばまで足を進めた。

 

「あー、やっぱり大双刃(ウルガ)があると落ち着くなー」

「作り直してもらった武器、完成したんだね」

「うん、二代目()()()!できたてホヤホヤだよ〜!」

 

ミナトの言葉にティオナは、片手で持った巨剣を軽々と回しながら答える。出発前に【ゴブニュ・ファミリア】から受け取ってきた専用武器(オーダーメイド)に、彼女は機嫌の良さを滲ませた。

 

「【ゴブニュ・ファミリア】の苦労が目に浮かぶわね.....」

 

嘆息しながらティオネはティオナが倒したモンスターの死骸から『魔石』を摘出する。目標4000万の道のりは遠く、換金率の高い『深層』に出没するモンスター達の素材や魔石を求めるアイズは、こっそりむんと気合いを入れながら、まずは下層域を目指すべくパーティの先陣を切って行った。

 

「んー、ようやく休憩!」

 

傾斜を描く洞窟を抜け、ティオナが一段落とばかりに伸びをする。18階層に降り立ったアイズ達を迎えたのは、頭上より降りそそぐ暖かな光、そして木々が(まば)らに生えた森の入口だった。穏やかな空気を放つこの18階層は、アイズ達が以前の『遠征』の際に利用した50階層と同じ、ダンジョンに数層存在する安全階層(セーフティポイント)だ。

 

「いつ来ても綺麗だね、この階層は」

「うん、そうだね.....」

 

自然を好むためか、頬を緩ませるミナトにアイズは頷く。森林の中を進む彼女達の目には、苔を纏う立派な大樹やせせらぎを奏でる小川が映っていた。

 

「今は.....どうやら『昼』のようだな」

 

手で傘を作り、リヴェリアが頭上を見上げる。階層の天井には、無数の水晶が隙間無くびっしりと生え渡っていた。これらがそれぞれ光を放つことで、18階層には地下でありながら『空』が存在している。多くの冒険者の目を奪ってきたダンジョンの神秘だ。時間の経過によって水晶の光量が落ちていき、『朝』『昼』『夜』の時間帯を作り上げる。また光量の変化は少しづつ時間のズレを作るため、地上との差が生まれる。先程リヴェリアが確認したのはそのためだ。

 

「とりあえず(リヴィラ)に寄ろうか。ここまで集めたドロップアイテムを1度整理しておこう」

 

フィンの提案に従い、一行は現在地である南の森から階層の西部、ダンジョン内に存在する『街』へと進路を取った。

 

「あー、この街に来るのも久々のような気がするなー」

 

ティオナの言葉が向かう真正面、大陸の片隅を切り取ったかのような高く巨大な島の頂上付近に、その『街』は築かれていた。名を『リヴィラの街』。ダンジョン内での中継地点を必要とした冒険者達の要望に答え、()()()()()()築き上げた街である。

 

「突っ立ってないで、早く行きましょう?一休みもしたいし」

 

ティオネの呼び掛けからアイズ達は街へと足を踏み入れる。そのまま通りを歩く傍ら、レフィーヤが今後の予定を確認するように口を開く。

 

「買取所で魔石やドロップアイテムを引き取ってもらって、それから.....」

「宿はどうするの?またいつもみたいに、森の方ねキャンプ?」

「んー、今回くらいは街の宿を使おうか。野営の装備も持ってきてないしね」

「でも団長.....1週間も寝泊まりすれば結構な金額になりますよ?ここはリヴェラなんですから.....」

 

危険なダンジョンにあることで需要が高いこと、冒険者達が店を切り盛りすること、これらの要因から地上の3倍、4倍と値段の張ることは『リヴィラの街』の特色でもあった。

 

「ティオネ、ケチ臭ーい。いーじゃん、たまにはさー」

「ケチ臭い言うな!!あんたはずぼら過ぎんのよ!」

 

2人のやり取りに、笑みを漏らしたフィンが提案する。

 

「いいよ、宿代は僕が全部出そう。アイズ達はお金を貯めなきゃいけないみたいだしね」

「それなら俺も半分出しますよ。あまり使う機会も無いですし」

「.....ごめん、フィン、ミナト」

 

恐縮そうに謝るアイズに、2人は揃って「こんな時にしかお金を使わないしね」と笑いかけた。

 

「.....」

「リヴェリア.....?」

 

2人に礼を告げたアイズは、ふと、1人黙っているリヴェリアの様子に気付く。彼女は美しい街並みを見回しながら、その唇を開いた。

 

「街の雰囲気が、少々おかしいな」

「そういえば、いつもより人が少ないような.....」

 

リヴェリアの言葉にレフィーヤも周囲を見やる。すれ違う冒険者は片手で数える程しかいなかった。ここまで人気がないと流石に違和感をもたらすようになる。

 

「えーと.....どうする?」

「ひとまず、どこかお店に入ろうか。情報収集も兼ねて、街の住民と接触してみよう」

 

ティオナの言葉にフィンが答えた。彼に率いられながらアイズ達は広場から移動する。やがて天幕でできたとある買取所に店主の姿を発見し、足を運んだ。

 

「今は大丈夫かい?」

「おお、【ロキ・ファミリア】じゃないか。客かい?」

「街の様子がいつもと違うようだけど、何かあったのかい?」

「.....ああ、あんた達、今街に入ったばかりなのか」

 

ちらりとアイズ達を見やったアマゾネスの女店主は、辟易したように話した。

 

()()()()。街の中で、冒険者の死体が出てきたらしい」

 

フィンも含め、アイズ達は目を見張り、驚きをあらわにする。

 

「ちょっと前に見つかったらしくてね。狭い街さ、あっという間に話が広まって、ほとんどの奴らが野次馬に行っちまってるよ。殺しなんてしばらくなかったんだけどねぇ」

 

踊り子のような衣装を身に付けている彼女に、フィンは質問を重ねた。

 

「何者かの手で殺されたのは、確かなのかい?」

「さあね、詳しくは知らないよ」

「その死体はどこで見つかったのか、わかるか?」

 

その後、事件の発生場所を聞いた彼女らは天幕を出た。

 

「.....どうしますか、団長?」

「ここで宿を取る以上、無関心でもいられないだろう。行ってみよう」

 

彼の言葉を最後に移動し、事件が起こったという『ヴェリーの宿』と看板のある宿にたどり着いた。

 

「うわ〜、ちょっとこれ、進めなそう.....」

「宿の中はっ、入れないんでしょうか?」

 

多くの野次馬のせいでとてもではないが割って進めそうにない。そこで一番小柄なフィンが動く。

 

「ちょっと僕が見てくるよ。リヴェリア達はここにいてくれ」

 

小柄な体格を活かし、彼は人集りの奥へするすると入っていった。おおー、とティオナ達が感心する横で、1人取り乱すのはティオネである。

 

「団長っ、待ってください!?.....ちょっとあんた達、どきなさいよ!」

「ひっ、【ロキ・ファミリア】.....!?」

 

ティオネの形相に怯えた冒険者達が一斉に左右に割れる。空いた道を進み宿へと向かう。アイズ達は3名程の冒険者が入口前に待機している部屋を見つけ、うろたえる彼等に頼み込み、中へ踏み入れさせて貰った。

 

『.....っ!』

 

部屋に入ったアイズ達は一瞬、言葉を失う。

 

1番奥に位置する部屋は、真っ赤に染っていた。そして無惨な姿で横たわるのは、頭部を失った男の死体であった。




アイズとミナトって見た目も兄弟っぽいよなー


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レディース&ジェントルメン Are you ready for dancing?

ちょっと書きたかったところです


部屋に入ったアイズ達を待っていたのは、首のなくなった男の死体だった。下半身のみ衣服を纏った、鍛えられ筋張った褐色の肉体。無造作に投げ出された手足は男の苦悶を物語っているようだった。頭は踏み潰されたのか、首から上は弾けた果実のように成り果て生前の容貌は知るよしもない。

 

「見ないで、レフィーヤ」

 

有無を言わせない口調でアイズは、レフィーヤの視線を死体から(さえぎ)った。うろたえる彼女を背後に追いやりながら、改めて部屋全体を見渡す。部屋に飾られている多くの水晶の装飾品が、固まりかけている赤い液を滴らせている。

 

「ぐろ.....」

 

眉間を歪めながらティオナが呟くと、室内にいた2人の男性が振り返った。遺体の横で膝をつき、現場検証をしていた彼等の内の1人が、アイズ達を見やるなりその太い眉を吊り上げる。

 

「あぁん?おいてめえ等、ここは立ち入り禁止だぞ!見張りの奴等は何やってやがんだ!」

「やあ、ボールス。悪いけど、お邪魔させてもらっているよ」

 

怒るヒューマンの男に、フィンは話しかけた。

 

ボールス・エルダー

 

この『リヴィラの街』で買取所を営む上級冒険者だ。『俺のものは俺のもの、てめえのものも俺のもの』と言ってはばからない彼は、事実上の街のトップである。ならず者が寄せ集められたこの街において、トップに求められるのは他の者を黙らせる腕っ節であり、この街唯一のLv.3であるボールスが最も強かった。

 

「僕達もしばらく街の宿を利用するつもりなんだ。落ち着いて探索に集中するためにも、早期解決に協力したい。どうだろう、ボールス?」

「けっ、ものは言いようだなぁ、フィン。てめえ等といい【フレイヤ・ファミリア】といい、強ぇ奴等はそれだけで何でもできると威張り散らしやがる」

 

「アイツ自分のこと棚に上げてない?」とティオネが不遜(ふそん)な口振りでフィンと話しているボールスを睨み付ける。汗をかくレフィーヤが「お、落ち着いてくださいっ」と必死に(なだ)めた。

 

「それで、どうなっているんだい?この冒険者の身元や、手にかけた相手のことは?」

「ああ.....くたばった野郎は、ローブの女をここに連れ込んできた全身型鎧(フルプレート)の冒険者だ。そうだなヴェリー?」

 

ボールスの他に部屋にいた獣人の青年、ヴェリーはその確認に頷く。宿屋の主人である彼は補足するように話を続ける。

 

「昨日の夜に、2人で来てよ。どっちも顔を隠して、宿を貸し切らせてくれって頼まれたんだ」

「たった2人で宿を貸し切り.....ああ、そういうことか」

「ああ、そういうことだ。うちの宿にはドアなんて気の利いたもんは無いからよ、喘げばそこら中にダダ漏れだ。やろうと思えば覗き放題だしな」

 

フィンは言わんとしていることをすぐに察し、話に耳を傾けていたレフィーヤも何かを悟ったのか、か〜っと真っ赤になる。

 

「まぁ、男の浮かれた声にムカついてよ.....くたばっちまえなんて思いながら部屋を貸したら、このザマだ。ぞっとしちまったよ」

 

軽い調子で語るヴェリーだったが、その顔には肝を冷やしたという感情の名残が残っていた。片手を首に回す彼は参ったように重いため息をつく。リヴェリアが(いた)むように遺体の潰れた頭部に布を被せる中、フィンは質問を投げた。

 

「そのローブの女の顔は見なかったのかい?」

「フードを目深に被ってたんだ、男と同じで顔は全然分からなかった......あー、でも、ローブの上からでもわかるくらい、めちゃくちゃいい体してたな。ああ、思わずむしゃぶりつきたくなるような女だったぜっ」

「おお、実は俺様も街中でチラッと見かけたんだが.....ありゃあーいい女だ。顔は見えなかったが、間違いねえ」

 

力説するヴェリーに続き、ボールスまでもが、件の女がいかに男好きする体付きをしていたかを熱弁する。鼻息が荒くなっている彼等に、ティオナを初めとした女性陣が冷たい視線を送った。

 

「.....でもさぁ、自分のお店なのに、部屋で何があったのかわからなかったの?あの入口の前のカウンターにずっと居たんでしょ?」

「勘弁してくれよ。あんないい女を連れ込んで部屋から声が聞こえてきたら、嫉妬でおかしくなっちまう。満室の札を店の前に置いて、俺はさっさと酒場に言っちまったよ」

 

飲まなければやってられないとばかりに飲み明かしたと言う彼の証言は、昨夜酒場にいた者達によって裏付けされている。ヴェリーが酒場に行った昨夜から今朝の間に男は殺され、そしてローブの女が姿をくらましたことは間違いないなさそうだ。床へ脱ぎ捨てられいる衣服と、半裸である男の格好から、死ぬ直前まで何を行おうとしていたのかは想像に難しくない。情事に至る寸前、その隙をつかれる形で殺害されたのだろう。くだらなそうに部屋の状況を眺めていたティオネは、ボールスに問いかける。

 

「その様子だと、ローブの女の目撃者も誰もいないみたいね?」

「まあな。今のところ何も手がかりはなしだ。とりあえず、今からこの野郎の身元を体に直接聞くところだがな。おい、『開錠薬(ステイタス・シーフ)』はまだか!?」

 

ボールスの声にちょうどヒューマンの冒険者が駆け付けてきた。慌てて来た彼の手には真紅の液体が入った小瓶が抱えられてる。受け取ったボールスが無遠慮に仰向けの遺体をひっくり返すと、小瓶の栓をキュポンと引き抜く。赤い液体を背中に垂らすと、いつの間にいたのか、それを引き継ぐ形で獣人の少年が模様を描くように机の上で指を踊らせ始めた。

 

「『開錠薬(ステイタス・シーフ)』って、確か.....」

「我々のステイタスを暴くためだけのアイテムだ。正確な手順を踏まなければ、それ単体だけでは神々の(ロック)は解除できないがな」

 

レフィーヤの隣で、死体を(はずかし)める真似をするボールス達をリヴェリアは険しく見据える。

 

「あーいう技、どこで覚えて帰ってくるんだろうね.....」

「冒険者が金にがめつくて何でもする『物好き』なのは、今に始まったことじゃないでしょ」

 

呆れ顔のティオナ、半眼を作るティオネの視線の先、ボールス達は淀みなく【ステイタス】が隠れている背中に指を走らせていく。

 

「ボールス、できた」

「おう、でかした」

 

開錠を担当した小男が退く中、ロックをこじ開けられた【ステイタス】を見下ろすボールスは、しまった、というかのようにばしんと頭を叩く。

 

「いけねぇ、【神聖文字(ヒエログリフ)】が読めねぇ.....」

「それなら私が読める」

「私も」

 

頭を抱えるボールスに、リヴェリアとアイズが口を開いた。目を丸くした彼は、肩を上げて道を開ける。進み出た彼女達は【ステイタス】を俯瞰し、【神聖文字(ヒエログリフ)】の解読に移る。やがて、ゆっくりと、彼女達は唇を動かした。

 

「名前はハシャーナ・ドルリア。所属は.....」

「.....【ガネーシャ・ファミリア】」

 

アイズがリヴェリアの言葉を引き継いだ瞬間、場が静まり返る。一瞬、室内から音が消え去った。そして次には、にわかに騒然となる。

 

「【ガネーシャ・ファミリア】!?」

「おい、間違いじゃないのかよ!」

 

瞬く間に上がる悲鳴のような声々に、アイズも、リヴェリアも遺体の【ステイタス】に視線を縫いつけたまま動かさない。張り詰めた眼差しを浮かべる彼女達に、フィンやティオナ達も目を見張った。わなわなと震えるボールスは、平静を欠いた声で、何より看過できない事柄を叫んだ。

 

「冗談じゃねえぞ、【剛拳闘士(ハシャーナ)】っつったら、Lv.4じゃねえか!?」

 

アイズ達の口からもたらされた、第2級冒険者の死。同時に導き出されるのは、ローブの女。ハシャーナを殺した犯人は少なくともLv.4以上の実力者という事実。第1級冒険者に相当する殺人鬼が、まだこの街に潜伏しているやもしれない可能性に、凍てつくような戦慄が走り抜けた。

 

 

 

 

 

 

収まらない声々が宿の壁に、青い水晶の柱に吸い込まれていく。その場にいる多くの冒険者が取り乱す中、騒然となっている『ヴェリーの宿』は混乱の一途を辿っていった。頭部を失った遺体が晒す【ステイタス】を、アイズ達はそれぞれの表情を浮かべながら見下ろしている。

 

「.....ほ、本当に、この人は力ずくで殺されてしまったんでしょうか?その、毒とか.....」

「アビリティ欄には『耐異常』もあるから、多分、違う.....」

「ハシャーナさん程の実力者なら、劇毒を盛られたとしても、さほど効き目はないだろうしね」

 

レフィーヤの疑問に、アイズとミナトが答える。ハシャーナの【ステイタス】には『耐異常』が刻まれており、しかも効果値をG評価まで伸ばしている。G評価であればほとんどの異常効果を無効にすると言っていい。例えその手に強い薬師が作った毒でも、彼の行動の自由を奪うには足りないであろう。

 

「ことに乗じることで油断させていたとはいえ、第2級冒険者の寝首をかける女、か.....」

「.....【イシュタル・ファミリア】の戦闘娼婦(バーベラ)?」

 

フィンの言葉にティオナが考えを口にする。匂い立つような色香と(なまめ)かしい体を備える淫売の存在に言及すると、フィンは「ンー」と死体から視点を離さず口を開いた。

 

「だとしたらわかりやすくていいんだけどね、まぁ、疑ってくれと言っているようなものかな」

「そうよ、あからさま過ぎるじゃない」

 

ティオネがそう続け、さらにフィンが、

 

「それに、彼の【ファミリア】の団員達、彼女達のほとんどは1()()()()に夢中だしね」

 

【イシュタル・ファミリア】の話題になってからただ1人苦笑いを浮かべ続ける金色の青年に視線を送りつつ、そう加えた。

 

「あの戦闘遊戯(ウォーゲーム)か〜、ミナトも大変だね〜」

「ははは.....」

 

フィンの言葉に納得したティオナが、どこか他人事のように同情の視線を送った。その直後だった。室内にいた取り巻きの1人が、半狂乱でアイズ達に指を向ける。

 

「そ、それらしいこと言ってるけどっ!!今ちょうど街にやって来たって顔して、本当はお前等の誰かがやったんじゃないか!?」

 

その発言を皮切りに、ボールス達は一斉に振り向いた。泣く子も黙る第1級冒険者達に疑惑の視線が向けられる。第2級であるハシャーナを実力で殺害できる有力な容疑者は、確かにこの場ではアイズ達を置いていないだろう。「え〜」とティオナは心外とばかりの表情を浮かべ、ティオネは反感のこもった眼差し、リヴェリアも片目を瞑り、レフィーヤは慌て始めた。ミナトは軽くため息を吐き、フィンは苦笑しながら頬で指をかく。アイズも困ったように、少々身動(みじろ)ぎした。

 

「こいつらがやったとすると.....」

「ああ、まずフィンとミナトはありえねぇ.....」

 

アイズ達を囲む冒険者達の輪。緊張で喉を鳴らすボールスが、小柄な小人族(パルゥム)、何より男であるフィンと同性のミナトを真っ先に容疑者から外し、冒険者達は順々にアイズ達の体を見た。目撃されている謎のローブの女は、外衣の上からでもわかる胸もと豊かな体つきだ。アイズ、レフィーヤ、と視線が移り、リヴェリアとティオナに彼等の目が止まる。薄い胸回り、とりわけ露出の高いティオナの戦闘力(胸の大きさ)を凝視した彼等は、うむ、と一様に頷く。

 

「こいつはないな」

「ああ、ないな」

「うぎーっ!?」

 

両手を振り上げ暴れようとするティオナを羽交い締めするアイズ。ばたばたと部屋の一角が騒がしくなる中、冒険者達の疑いの目は、最後にティオネへと向けられた。

 

「.....その体を使えば、男なんていくらでもたらし込めるだろうなぁ?」

 

ボールスの言葉が響く中、冒険者達の舐めるような視線が、妹以上に露出の高い彼女の体にまとわりつく。

 

「.....あァ?」

 

そんな彼等に対し、ティオネは。目を見開き、とてつもない表情で、憤怒を爆発させた。

 

「私の(みさお)は団長のもんだ!!ふざけたこと抜かしてると、その股についてる汚ねえモン引き千切るぞ!?」

 

凄まじい罵詈雑言が続け様に炸裂する。鬼の如き形相を浮かべるティオネはがなり立て、踏み出した一歩で床を打ち砕いた。今にも飛びかかろうとする実姉を今度はティオナが抑える中、虎の尾を踏んだ冒険者達は例外なく、盛大に青ざめて内股になる。

 

「.....あー、ボールス。ご覧の通り、彼女達には異性を誘惑できる適性がない」

「お、おおぅ.....疑って悪かった。す、すまん」

 

股間に手を添えた情けない格好でこくこくと頷くボールス。自身も疲れきったように伏し目がちになるフィンだったが、気を取り直して、改めて室内を見回した。

 

「死因は頭部の破壊.....いや、どうやら最初に首の骨が折られているな」

「首を折って殺害した後、頭を潰したということか?」

「恐らくは」

 

ボールスに許可を取り遺体に触れたフィンに、リヴェリアが問いただす。彼女に原型が残る下顎と首を調べながらフィンは頷く。

 

「何か目的があったのか.....それとも」

 

死体から顔を上げたフィンは、室内の隅にあるバックパックを見やった。物色された跡のある()()は派手に荒らされていた。

 

「ローブの女は、ハシャーナの特定の荷物を狙って近付いたのかもしれないね」

「おー、わかりやすくていいなぁ。それでハシャーナの野郎はまんまと色仕掛けに乗って、殺されちまったってわけだ」

「この荷物の状態を見るに.....焦っていたというより、相当(いら)立っていたようだな」

 

フィン、ボールス、リヴェリアと声が続く中、アイズも荷物のもとまで歩み覗き込む。引き裂かれているバックパックは中身をかき出され、周囲にはいくつかの道具も散乱していた。確かに乱暴にものに当たった感情が見え隠れしている。

 

「ンー?」

 

破損したドロップアイテムなどの荷物が多くを占める中、フィンが取り出したものは、1枚の血まみれの羊皮紙だった。見守っていたアイズの横から、ティオナ、レフィーヤが顔を出す。

 

「何それ?」

冒険者依頼(クエスト)の依頼書ですか?」

 

羊皮紙を開くと、大半の文字は飛び散った血に汚れ、ろくに読むことはかなわなかった。それでも真っ赤に染まっている紙から、いくつかの文字を拾い上げる。辛うじて読み取れる文字を抜粋し、フィンが独り言のように呟く。

 

「ハシャーナは依頼を受け、犯人に狙われる『何か』を30階層に取りに行っていた.....?」

 

周囲に染み渡るように、1度部屋に静寂が訪れる。膝を着いていたフィンは、羊皮紙を見るのを止めて立ち上がった。側にいるボールスの顔を見上げて尋ねる。

 

「ハシャーナが普段身に付けていた装備品に、覚えはあるかい?」

「んん〜〜っ、ヴェリー、何かわかるか?」

「確か、前は兜を被ってたな。ガネーシャと似たような感じの、顔が見にくいやつ。でも全身型鎧(フルプレート)はつけてなかった、これは間違いねえよ」

 

ふむ、とヴェリーの言葉を聞き、顎に手を添えるフィン。彼の横でリヴェリアが口を開いた。

 

「ハシャーナは引き受けた依頼のために、素性を隠していたようだな。恐らくは【ファミリア】の者にも話さずに」

「.....ボールス、一度、街を封鎖してくれ。リヴェラに残っている冒険者達を出さないで欲しい」

「まだ犯人が何気ない顔で出歩いてるってか?俺様だったら、とっくにトンズラこいてるがなぁ」

「ハシャーナほどの人物が極秘に当たる依頼.....犯人が探していたものは、よほどの代物だった筈だ。もしまだ確保できていないとしたら、手ぶらでは帰れないだろう」

 

それに、とフィンは続けると、ぺろりと右手の親指を舐めた。

 

「きっとまだいると思うよ.....勘だけどね」

 

足元から見上げてくる碧眼に、ボールスは神妙な顔で了承した。彼は太い腕を振って部屋の者達に指示を飛ばす。ボールスの舎弟達が慌ただしく動き出す中、ティオナ、ティオネ、レフィーヤ、ミナト、そしてアイズはその様子を外から眺める。

 

「何だか凄いことになってきたね」

「うん.....」

「ここまできたら、ハシャーナの(とむら)い合戦ね。絶対に犯人を捕まえるわよ」

「は、はいっ」

「無茶だけはしないようにね」

 

アイズはティオナ達に相槌を打ちながら、物言わなくなった遺体を見つめた。目を伏せ追悼の念を抱きながら、やがて顔を上げ、ティオナ達とともに自らも行動を始める。

 

「(九喇嘛(クラマ))」

『あぁ...?』

「(少しの間、周囲の感知を頼めるかい?)」

『.....面倒くせえ』

「(人が1人亡くなっている、お願いだ)」

『ちっ...仕方ねーな』

 

人の感情、とりわけ殺気のような強い感情に敏感な九尾は、ある程度の悪意を感知することができる。今は殺人という非日常的な出来事によって、多くの者が不安などの負の感情を出していて感知しにくいが、用心に越したことはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ボールスによって封鎖命令が下された『リヴィラの街』の中は、いつにないざわめきと動揺が伝播していた。

 

「集まるのが早かったね」

「呼びかけに応じねえ奴はら街のブラックリストに載せるとも脅したからな。そうなりゃどこの店でも即叩きだしだ。この街を今後も利用してえ奴等は、嫌々でも従うってもんよ」

「それに、1人でいるのは恐ろしい、か」

 

ああ、とフィンの呟きにボールスは頷く。彼等の視線の先で揺れ動いている人集りは、程度の違いはあれその顔には不安と恐怖を抱えていた。ボールスの命令とフィンの提案のもと、街にいる全ての冒険者達がこの中心広場に集まっていた。

 

「お前等以外の第1級が見つかりゃあ、わかりやすかったんだがな.....」

「最初から騒動を起こすつもりでいたんだろう。変装をしているか、あるいは公式のLv.を偽っているのか、安易に疑われない対策の一つや二つは取っている筈だよ」

「相手も馬鹿じゃねえか」

 

冒険者達を見回すフィンとボールス。ざっと数えても、集まった人数は500に届く。

 

「この人数を調べるの、大変そうだね.....」

「うん、でも....ここからもっと、数を絞れるから」

 

フィン達の側で集まった冒険者達に圧倒されていたティオナは、アイズの返答に「はえ?」と目を丸くさせる。

 

「ハシャーナさんを襲った人は、女性の筈だからね」

「あ、そっか!女の冒険者だけを調べればいいんだ!」

「それくらい気付きなさいよ、あんた.....」

「付け加えるなら、男の欲情をそそるような体の持ち主、という点だな」

 

ミナトの答えに合点がいったとばかり笑う妹に、ティオナは呆れ、その横からリヴェリアが補足する。「それなら楽勝じゃん!」とも続けるティオナに、レフィーヤは思わずといった感じで苦笑した。

 

「【ステイタス】を見せてもらうのが一番手っ取り早いが.....」

「我が物顔で調べれば、都市中の【ファミリア】から反感を買ってしまいますしね」

 

リヴェリアの言葉に、レフィーヤは相槌を打った。目の前で男女に分けられる冒険者達。現在18階層は『昼』。天井の水晶が地上のアイズ達を照らす中、準備は整った。

 

「まずは無難に、身体検査や荷物検査といったところかな」

「うひひっ、そういうことなら.....」

 

フィンの助言に嫌らしく笑うボールスは、顔を上げて女性冒険者達に叫んだ。

 

「よぉし、女どもぉ!?脱げーっ!!体の隅々まで調べてやるぜー!!」

『うおおおおおおおおおおおおおおおッ!!』

 

ボールスの要求を聞き、全男性冒険者達が熱烈な歓声を上げる。俄然やる気をだす浅ましい男達に、ふざけんなーッ!死ね!と女性冒険者達から大顰蹙(だいひんしゅく)の声が男どもに飛んだ。

 

「馬鹿なことを言っているな。お前達、我々で検査するぞ」

「はーい」

「うん」

「こいつらの団結力って何なの?」

「わ、わかりましたっ」

 

雄叫びを上げる男達を放っておき、リヴェリアが検査を受け持つため歩み出る。声をかけられたアイズ達は彼女の後に従った。ぶーぶーと男性冒険者達が野次を垂れ流す中、アイズ達は横一列に並び、それぞれの女性冒険者に対応しようとする。

 

「それじゃあ、こちらに並ん、で.....」

 

自分の前に列を作るよう指示をしようとしたレフィーヤの声が、突然途切れる。彼女の視線の先、女性冒険者達はアイズ達を見向きもせず、ずらりとフィンとミナトの前に長蛇の列を作っていた。

 

『フィン、早く調べて!?』

『お願い!』

『体の隅々まで!!』

『ミナトさん、このまま宿に行きましょ!?』

『ちょっと!私が先よっ!!』

『なんならここでも!?』

 

「.....」

「え、えっと.....」

 

多くの少年趣味(ショタコン)が遠い目をするフィンに詰め寄る。隣の列ではフィンに勝るとも劣らない数の普通趣味(ノーマル)の女性陣がミナトの体の至る所にしがみ付いて他の女を蹴落としている。

 

勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ

【黄色い閃光】ナミカゼ・ミナト

 

オラリオにおける女性冒険者人気の1、2を争う、第1級冒険者の2人である。

 

「あ、の、アバズレどもッ.....!?」

「ちょっとぉ、ティオネー!?」

「離しなさいっ!?団長が変態どもに狙われているのよ!?」

 

フィンに殺到する女性陣を見てブチ切れるティオネ。暴走しかける姉を必死に食い止めるティオナは「鏡見てから言いなよー!」と叫び散らす。

 

『フィンが押し倒されたぞー!』

『ミナトの服が脱げかけてないか!?』

『うがぁぁぁぁぁあああああああ!!』

 

男性冒険者達の悲鳴が響き渡り、怒り狂ったティオネが妹の拘束を振り解き、街の広場は大混乱に陥った。

 

「うん、と.....」

「あぁ、もう何が何だか.....」

 

目の前で広がる混沌(カオス)に、アイズとレフィーヤは頭を痛める。

 

「.....?」

 

ふと。アイズの瞳が、人混みの中からとある人物を捉える。中型のポーチを携えた犬人(シアンスローブ)の少女だ。小麦色の顔を、今は病人のように青白く染めている。

 

「アイズさん?」

 

動きを止めじっと彼女を見るアイズの視線に、レフィーヤも気付いた。騒がしい人立ちの中で1人浮いてる少女は、広場の中心地を見つめたまま震え、怯えている。彼女は後ずさりした後、集団の混乱を利用するように、素早く広場から逃げ出した。

 

「行こう」

「は、はい!」

 

その不審の身を放置する選択肢は無かった。声をかけるアイズにレフィーヤは頷き、急いで少女の後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おい、何を馬鹿やってやがる』

「(少しは助けてくれてもいいんじゃないかな!?)」

 

未だ女性冒険者達に囲まれ熱烈なアプローチを現在進行形で受けているミナトに九尾が声をかける。冷たい物言いの九尾に珍しく少し怒りを覚えたミナトだったが、次の言葉で一気に現実へと引き戻された。

 

『あの金色のガキ(アイズ)チビエルフ(レフィーヤ)が一際ビビってるヤツを追って行ったぞ』

『(っ!?それなら今すぐ行かないと.....!?)』

 

アイズとレフィーヤが犬人(シアンスローブ)の少女を追いかけたことを感知した九尾がミナトに『追わなくて良いのか?』と尋ねるが、ここ一番だと、尋常でない馬鹿力を発揮する女性冒険者達がそれを許さない。

 

「あ、あの、すみません!少し離して貰っても.....って、ズボンに手をかけないで下さいっ!?」

『一生そうしてろ.....』

 

彼の請声は虚しく、目の前の獲物(ミナト)を決して逃さんとばかりに離さない女性陣には届かず。せっかく教えてやったのにも関わらずその場から動けないミナトに呆れた九尾は、もう彼を放っておくことに決め、寝ることにした。




さ、次回までには逃げれるかな、ミナトくぅん


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真っ黒な壁に黒のスプレーで助けてと書かれたメッセージ

日間ランキング7位ありがとうございます!

ダンメモ3周年イベント、第1弾完走しました。過去編ということもあり原作でも描かれることの少ないキャラ達が活躍してるのは心踊りました。

ぶっちゃけ輝夜がドンピシャで好みの容姿です。

はよ声つかないかな.....
アリーぜから東山奈央さんの声がきこてくるんだよぁ


面倒なことになった。

 

その人物は胸中で呟いた。今は小人族(パルゥム)の少年と金髪の青年を巡って抗争が起こっている広場の中心地を眺めながら、溢れかけている億劫そうなため息を口の中にとどめている。

「(殺したのは早計だったか.....他にも『アリア』の件もある.....ああ、面倒くさい.....)」

 

苛立ちの感情を膨らませ、いっそこの場にいる者達を皆殺しにしてしまおうかと、そう自棄的な考えがよぎった瞬間、その光景が視界を掠めた。人混みの中を走る獣人の冒険者に、それを追う金色の剣士とエルフの魔導士。彼女達はただならぬ雰囲気で脇目も振らず、広場から離れていく。

 

「.....」

 

沈黙を纏いながら群衆の間を縫い、怪訝そうな視線を浴びながら、少女達を追う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

18階層の水晶の空は、『昼』から『夜』に移り変わろうとしていた。天井の中央に生える無数の白水晶が発行を止め、周囲の青水晶も光量を落としていく。みるみるうちに階層全体が暗くなり始める。

 

「はっ、はっ.....!?」

 

周囲が暗くなる一方で足元から生える青水晶がうっすらと輝きを放つ中、獣人の少女は岩の路地を走っていた。長く平らな道をひた走っていくと、金髪の剣士、アイズが、彼女の前方に現れる。

 

「えっ!?」

 

行く手に立ち塞がるかのごとく道の真ん中にただずむアイズに、獣人の少女は愕然とする。後方からの追跡をエルフの魔導士、レフィーヤに任せた彼女は驚くほどの速さで先回りをし、獣人の少女が来るのを待ち受けていたのだ。前からゆっくりと少女へと近寄るアイズ。迫る彼女に恐れをなしたのか犬人(シアンスローブ)の冒険者はその場にへたりこんでしまった。

 

「はぁ、はぁ.....捕まえましたね。流石アイズさん」

「ううん。レフィーヤの、おかげだよ」

 

息が上がっているレフィーヤと前後から、地面に座り込んだ獣人の少女をアイズは見下ろす。

 

「事情聴取は.....私達がするより団長達に任せた方がいいですね」

「うん、広場に戻ろう」

 

挙動不審だった彼女を怪しい人物と睨み、アイズとレフィーヤはフィン達の元へ連れて行こうとしたかが、

 

「やめてっ!?」

 

垂れた耳をぴくりと動かした少女は、途端に涙ぐみ、顔を振り上げて懇願する。

 

「お願いっ、止めて、あそこに連れていかないで!?あそこに戻ったら、今度は私が、きっと私がっ.....」

「あ、あのっ.....」

「ちょ、ちょっとっ、何してるんですか!?」

 

アイズに縋り付くように両腕を掴み、少女下から見上げてくる。アイズがうろたえる中、レフィーヤが慌てて引き離そうとするが、「お願い、お願いっ.....!」と彼女はうつむいた顔を振るばかりで、掴んだ腕を離そうとしない。

 

「どう、しましょうか?」

「.....人のいない場所に連れていこう」

 

落ち着いて話を聞こう、怯えている少女を見つめながらアイズは提案する。確かにこのままでは(らち)が明かないと悟ったのか、レフィーヤも最後には頷き、少女の手を取って3人で移動した。

 

 

 

人気の無い『リヴィラの街』の倉庫に少女を連れていき、カーゴに囲まれる空き地ような空間で、アイズ達は向き合った。

 

「もう、大丈夫?」

「.....うん」

 

レフィーヤが携行用の魔石灯を見つけ、点灯させる。

 

「貴方の名前は?」

「ルルネ.....ルルネ・ルーイ」

「Lv.と、所属も教えてもらえますか?」

「第3級、Lv.2.所属は、【ヘルメス・ファミリア】.....」

 

アイズとレフィーヤの質問にうつむきながら答える少女、ルルネは、落ち着きを取り戻したようだった。快活そうな顔立ちは今は曇っているが、しっかりと受け答えが返ってくる。彼女の瞳を見つめながら、アイズは事情を尋ねる。

 

「どうして、広場から逃げたしたの?」

「.....殺されると思ったから」

「何で、そう思ったんですか?」

 

押し黙る彼女に、アイズは鋭く言葉を踏み込ませた。

 

「貴方が、ハシャーナさんの荷物を持っているから?」

 

レフィーヤも、そしてルルネも目を見張る中、アイズの瞳はそのポーチに向けられる。今も肩にかけて肌身離さずに持っている中型のポーチに、反射的に手を添えたルルネは、やがて告白するようにぎこちなく頷いた。

 

「どうして、貴方がハシャーナさんの荷物を.....も、もしかして、盗んだんですか?」

「ち、違うっ。私はっ.....依頼を、受けたんだ」

 

依頼と聞いてレフィーヤははっとする。彼女がこちらを見なる中、アイズの脳裏にもハシャーナの荷物から出てきた例の血塗れの羊皮紙が思い浮かんだ。

 

「その依頼の内容は?」

 

特定の荷物を受け取り、依頼人(クライアント)に届けること、依頼人(クライアント)が誰かは分からない。それらをアイズ達はルルネから聞き出した。そこで、

 

「あれ、でもルルネさんはLv.2ですよね?お話を聞く限り、お独りでこの18階層にやって来て地上に帰るのは、危険じゃないですか?」

 

レフィーヤが問いかけると、ルルネはあからさまに焦った素振りを見せ、言葉を濁しながら白状した。

 

「そ、その.....ヘルメス様にランクアップしたことは隠しとけって言われてて.....ご、ごめん。私、実はLv.3なんだ」

「「.....」」

 

何とも言えない表情を浮かべるアイズとレフィーヤは、しゅんと体を小さくするルルネを見る。恐らくはアイズより一つ二つ年上だろう彼女は、今ばかりは叱られた子供のように見えた。だが、これで分かったこともある。その謎の依頼人(クライアント)は、ルルネをLv.3だと見抜くほどの情報網を持っているということだ。

 

「.....」

「アイズさん、やっぱり、団長に知らせた方が.....」

「駄目!」

 

自分達の手に余る事柄だと言うレフィーヤだったが、ルルネの激しい一声に遮られる。

 

「人のいる所は怖いっ、きっとハシャーナを()ったやつはまだあそこにいる!荷物を持ってるってバレちゃえば、今度は私が.....!?」

 

ポーチを強く胸に抱き、ルルネはまくし立てるように言葉を続ける。レフィーヤが困り果てていると、アイズはルルネの横顔とそのポーチを見つめ、口を開いた。

 

「私達に、その荷物を渡して」

 

その要求にルルネは瞠目した。感情の乏しい表情の中、アイズの金色の瞳が強い訴えを放っている。鋭い【剣姫】の眼差しにたじろぐルルネは、しかし依頼人(クライアント)の報酬に揺れ動いているのか、少し間が空ける。大金と身の危険を天秤にかけていた彼女は、やがて命あっての物種だと悟ったのか、我慢するように頷いた。

 

「詮索しないで、絶対に誰にも見せるなって言われてたんだけど.....」

 

そう言ってポーチを開ける。中から出てくるのは口紐がきつく締められた袋だ。ルルネは緊張した面持ちで、その大きく膨らんだ袋の中身を取り出す。

 

「.....!」

「な、何ですかっ、これっ.....?」

 

ルルネから手渡されたのは、アイズの両手に収まる球体だった。緑色の宝玉。薄い透明の膜に包まれているのは液体と、不気味な胎児だ。丸まった小さな体に不釣り合いなほど大きな眼球が、アイズとレフィーヤのことを見上げている。

 

ドロップアイテム?

 

あるいはダンジョンの新種のモンスター?

 

レフィーヤが(うめ)くような声を出す一方で、アイズの瞳はその宝玉に釘付けになった。そっと手に持つと中の胎児と目が合う。

 

「(なに、()().....?)」

 

鼓膜の奥で響く高い耳鳴り。襲いかかる強烈な寒気。そして猛烈な吐き気が込み上げてくる。めまいに襲われた次の瞬間、アイズは耐えきれず膝を折った。

 

「アイズさん!?」

 

地面に膝をつき、手の上の宝玉が転がりおちる。レフィーヤの手に支えられながら、アイズは大きく呼吸を乱す。ルルネは既に泣きそうな顔で立ち尽くしていた。急いでレフィーヤが宝玉をアイズがら遠ざけると。はあ、はあ、と胸を上下させていたアイズの体は徐々に静まり、回復していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞳は少女達の動向を追っていた。街壁の上。眼下、視線の先では、巨大なカーゴが乱雑に置かれる倉庫の一角で、ヒューマン、エルフ、獣人の少女達が向かい合って会話を交わしている。息を殺し闇と同化する視線が少女達の顔をなぞっていくと、最後にヒューマンの剣士のところで止まった。

 

 

強いな

 

 

瞳が細まる。あれは手間がかかりそうだ。サーベルを腰に携帯し、隙のない身のこなしを纏う金髪金眼の少女に対し呟きが落ちる。やがて、懐に伸ばされた手が取りだしたのは、草笛だった。

 

「出ろ」

 

唇と草の間から生まれる高い笛の音。鳴らされた呼び笛の声が、上空を渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ようやく調子を取り戻したアイズをレフィーヤが心配し、ルルネと3人でフィン達のいる広場は戻ろうとした直後だった。遠方から何かが崩れる音と、悲鳴、そして破壊の咆哮が届いてきたのは。

 

「!?」

 

アイズ達とともに目を見開き、次には弾かれるように駆け出す。視界が一気に広がる高台にやってきた彼女達の目に飛び込んできたのは、

 

「あれは.....!?」

 

空高く首を伸ばす、無数の食人花のモンスターだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なにモンスターの侵入を許してやがる!?見張りは何やってんだ!」

 

ボールスの怒号が響き渡る。高い街壁を乗り越え、街の至る所から鳴声を上げる食人花のモンスター達に、街中央部の広場は騒然となっていた。冒険者達が集まるこの広場を目指し、その長駆を蛇行させ、蠢かし、周囲からモンスターの群れが殺到してくる。

 

『ーーーーーーアァッ!!』

 

水晶の柱を破壊し、光り輝く破片の雨をばらまきながら、1匹の食人花が広場へと到達した。それを皮切りに、一拳、他のモンスター達がなだれ込む。触手を振り回すモンスター達の群れに悲鳴が連鎖する。

 

「ティオナ、ティオネ、彼等を守れ!」

 

フィンの支持とともにアマゾネスの姉妹が疾走した。双方武器を手に人混みを飛び越え、食人花のモンスターに接近、大斬の銀光と二振りの斬閃で敵の頭部、触手を切断する。

 

「フィリア祭の時と言い、こいつ等どこから現れるのよ!」

「みんなっ、逃げちゃダメだって!?」

 

敵わぬ相手と知った冒険者達は広場の外、街の各所へと散らばってしまう。止むなくティオナとティオネは散開し、逃げ惑う冒険者達とモンスターを追った。

 

「リヴェリア、敵は魔力に反応する、できる限り大規模な魔法で付近のモンスターを集めろ!ボールス、五人一組て小隊を作らせるんだ、数で当たれば各班一匹は抑えられる!」

「わかった」

「お、おう!?」

「ミナトは各所に遊撃を頼む」

「了解です」

 

一瞬でフィンは適切な指示を繰り出した。リヴェリアが広場の中央で魔法陣(マジックサークル)を広げ、ボールスが周囲の冒険者に怒鳴り散らし、ミナトが跋扈(ばっこ)する食人花を屠っていく。ハイエルフの美しい歌声によって広場近辺のモンスターが引き寄せられる中、フィン自身も前面に立ち長槍で多くのモンスターを貫いていく。口腔の中にある『魔石』を正確に一突き。跳躍し、あるいはモンスターの体を駆け上がり一撃必殺を見舞う彼の勇姿と、そして喉が枯れんばかりのその鼓舞の声に、冒険者達は奮い立った。混乱が収まり、彼等は次々と迎撃に乗り出す。

 

「でき過ぎているな.....!」

 

街に一斉に出現した50匹程の食人花。それらが一切接近の予兆さえ感じさせずい襲いかかってきた。

 

あまりにも作為的過ぎる。

 

フィンは走り出し、なぎ倒された水晶の柱や大岩の上を跳んで、広場から街中を真っ直ぐ縦断した。あっという間に崖際まで到着し、身を乗り出す。

 

「っ.....!?」

 

崖下を見下ろしたフィンの碧眼が、驚愕に揺れる。高さ200mはある絶壁の下から(おびただ)しい数の食人花のモンスターが断崖をよじ登っている。今まで姿を隠し、一斉に襲いかかってきたこのタイミング。怪物には不可能である戦略的行動。見え隠れする人の意志。これだけのモンスターの統率、信じられない、だがそれしか考えられない。フィンは顔を歪め、導き出した答えを口にした。

 

「まさか、調教師(テイマー)か.....!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そんな....!?」

「な、なんなんだよこれ、何がどうなって.....!?」

「街が、モンスターに攻め込まれてる」

 

動揺するレフィーヤとルルネの横で、アイズも驚きを隠せていないようだった。普段から感情が希薄な表情が、今はその瞳に険しさを乗せている。冷静に俯瞰すると、街中央の広場はモンスターの襲撃に手際良く応戦していた。

 

「広場に戻って、フィン達と合流しよう」

 

アイズの判断に異論はなかった。激戦地でもあるが、間違いなくあの場が街の安全地帯だ。ルルネが必死にこくこくと頷き、レフィーヤもはいと返事をする。ポーチを抱え直し、高台から出発した、しかしその矢先。

 

『オオオオオオオッ!!』

「!?」

 

破鐘の叫び声を届かせ、一体の食人花のモンスターがレフィーヤ達の眼前に飛び出した。土石流のように激しい勢いで、岩の斜面を削りながら現れる。抜剣したアイズが、立ち尽くしたレフィーヤとルルネを置いてモンスターへと斬りかかった。あっという間に斬り倒されるモンスターだったが、身に襲う振動にレフィーヤは嫌な予感を覚える。

 

「あっちからも.....!?」

「う、嘘だろ!?」

 

レフィーヤ達の進路方向から北西、その街壁から食人花のモンスターが群れで出現し、レフィーヤ達のいる元へと押し寄せてきた。ルルネの悲鳴を待たず、咄嗟にアイスが倒したモンスターの死骸を避けて道の奥へ駆け込む。直ぐに後方を滑り抜ける食人花はうぞっと音を立てて長駆をくねらせ、停止、顔の向きを反転させ再度レフィーヤ達に向かってきた。

 

「レフィーヤ、先に広場に行って!」

「アイズさん!?」

 

完璧に捕捉されたレフィーヤ達の中からアイズが飛び出す。斬撃の嵐をモンスター達へと見舞い、進軍を食い止める。モンスターの軍勢を1人で食い止めるアイズに対して躊躇(ちゅうちょ)の感情が生まれるが、レフィーヤは悔しさを振り払って、ルルネの手を掴み走り出した。この場に残っていても足手まといになるだけだ。魔力に反応する食人花の前で不用意に詠唱を始めれば問答無用で群がられることになり、アイズに防戦を強いることになってしまう。そんな時、ひとつの影が、レフィーヤ達の前に現れた。

 

「(男性の、冒険者.....?)」

 

手足の先から胸元まで黒い鎧に包まれた、男性冒険者だ。首にはボロ布のような襟巻きをし、頭には兜を被っている。レフィーヤが細い眉を曲げ訝しげな表情を隠せないでいると、その男は無言でこちらに直進してきた。

 

「と、止まってくださいっ!?」

 

レフィーヤの停止も聞かず、鎧の冒険者は彼女に近づいてくる。そして、十歩ほどの間合いを切った次の瞬間、男の姿はかき消えた。反応を許さない速度の肉薄。目を見開くこともできなかったレフィーヤは懐に踏み込まれ、その首を、片手で掴み上げられる。

 

「がっ.....!?」

 

彼女の足が地面から離れる。首を圧迫する籠手。恐ろしく冷たい感触が肌に食い込み、レフィーヤの手の中から杖が高い音を立てて地面に転がり落ちる。男のその右手を必死に剥がそうと両手をかけるものの、取り付いたまま全く離れない。首を締めようと、いや握り潰そうと、凄まじい膂力で五指が食い込んでいく。

 

 

「うおおお!?」

「......」

「ぁ.....!ぅ、っ......!?」

 

助けようとしたルルネは男に飛びかかるが、一瞥(いちべつ)も無しに振り抜かれた左手によって水晶の柱に叩き付けられ、地面に倒れ込む。ルルネが気絶する中、レフィーヤの意識もまた急速に遠のいていく。

 

みしっ、と細い喉が歪んだ。だらり、と最後まで抵抗を続けていた両の手が垂れ下がる。

 

「(アイズさん.....)」

 

頬に一筋の雫を流しながら、レフィーヤはその名前を思い浮かべた。

 

次の瞬間。

 

『オオオオオオオオオオオオオオッ!?』

 

水晶の柱を破壊し、ずたずたに斬り刻まれた食人花が突っ込んできた。絶叫を上げながら突っ込んでくる食人花のモンスター。レフィーヤの瞳にもその光景が映り込む。間髪入れずに現れたのは、(まなじり)を吊り上げる、金髪金眼の剣士だった。

 

「っっ!!」

 

瞠目し横手へ振り向いた男目がけ、その銀のサーベルが振り下ろされる。レフィーヤを離し咄嗟に回避した男の鎧に、鋭い剣閃の跡が刻み込まれた。

 

「げほっ、げほっ!?」

 

男の手から解放され地面に落ちたレフィーヤの咳き込む音を背中で聞きながら、アイズは油断なく前方の人物を見つめた。

 

「レフィーヤ、大丈夫?」

「は、はいっ.....」

 

アイズの声に、呼吸を落ち着かせたレフィーヤが答える。未だに立ち上がることができない彼女は首元を抑え、涙を拭った目で前方を見た。

 

「.....貴方が、ハシャーナさんを殺した人?」

「だったらどうした?」

 

その声を聞いた瞬間、アイズとレフィーヤは大きく目を見張る。高く響いた声は外見通りのものではなく、()()()()()()()()()()()

 

「貴方は男性の筈じゃあ.....!?」

「引き剥がしただけだ」

「えっ.....?」

「死体から顔の皮を引き剥がして、被っているだけだ」

 

レフィーヤは絶句した。アイズでさえもその発言に息を飲む。

 

毒妖蛆(ポイズン・ウィルミス)の体液に浸せば人の皮の腐敗は防げる.....知らなかったか?」

「それじゃあ、その顔は、ハシャーナさんの.....?」

 

そこまで言いかけたレフィーヤは顔を蒼白にさせ、口元を抑える。

 

「ああ、くそ、きつくてかなわん」

 

女はアイズ達を無視し、苛立ったように身につけている鎧を脱装し始めた。胸鎧を掴み、砕く。あっさりと壊して取り外すと、剥がれた鎧の下からインナーに包まれた豊満な胸がまろび出る。他の鎧も強引に剥がし、白い首筋やそのしなやかな肢体をあらわにした。首の上は男の顔、下は女の体をした姿が違和感を放つ中、ぐずり、と。腐敗防止の作用が切れたのか、肉の仮面の一部が音を立てて溶ける。左眼周辺の肌が剥がれ、白い女の肌があらわになった。

 

「いい加減、宝玉(たね)を渡してもらう」

 

そう告げ、女は腰に付けた長剣を抜き放った。次には一気に飛び出し、アイズへと襲いかかる。

 

「っ!」

「ああ、やはり強いな」

 

衝突する。レフィーヤの傍から疾走し自らも仕掛けるアイズ。己の高速度に反応して見せたアイズに女は目を細め、そこから更に連撃を繰り出した。

 

強い!

 

眼前の敵の実力にアイズは瞠目する。自身の剣技に引けを取らない戦闘技術。純粋な剣術ではなく拳と蹴りも織り交ぜられた洪水のような攻撃は、アイズが今まで直面したことがないほど凄絶で、苛烈だった。

 

「【狙撃せよ、妖精の射手。穿て、必中の矢】!」

 

斬撃の量が格段に増える一方、レフィーヤも短文詠唱の過程を高速で終えようとしていた。敵はアイズに釘付けにされており、自分の方には来られない。そして玉音の響きとともに、魔法陣(マジックサークル)から強い光が立ち上がった。

 

「【アルクス・レイ】!!」

 

打ち出される光の矢。レフィーヤの『スキル』と多大な精神力(マインド)が注ぎ込まれたことで、もはやそれは『矢』ではなく『大光線』、ビームであった。更に放たれた魔法が持つのは自動追尾の属性。発動すれば必中であり回避はかなわない。そんな彼女の魔法に対し、女は、()()()()()()()()

 

「え!?」

「っ!?」

 

レフィーヤとアイズの驚愕もろとも、女の左手が大閃光を受け止める。雷鳴のような音が発生し、光の飛沫(しぶき)が上がる。ひび割れる籠手が先に砕ける一方、女の細腕は微塵も揺るがず、それどころか、次には押し返した。力任せに腕が振るわれ、軌道をずらし、斜め前の壁に叩きつける。

 

「ーーーーーーっ!?」

 

水晶の爆砕とともに衝撃波が起こった。跳ね返された大閃光の威力にアイズも体勢を崩す中、間を置かず、女は襲い攻めかかってくる。

 

「(やるしかない!)」

 

対人戦では強力過ぎて使うまいとしていた、己の魔法、その行使にアイズは踏み切った。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!!」

 

アイズの唇が大きな一声を打つと同時、魔法が発動し、剣に、全身に風の力が付与される。爆発的に高まった速度をもって敵の攻勢を押し返した。

 

「なっ」

 

女の左眼が驚愕する。長剣を撃墜しそこから一閃、大風が宿った斬撃を放つ。咄嗟に防御するも相手の体は耐え切れず、凄まじい勢いで後方へ吹き飛ばされた。

 

巻き起こる風の咆哮。斬撃の余波、その風圧によって敵の兜が宙を舞い、女の双眸があらわになる。血のように赤い髪、そして輝石のごとき緑色の瞳。千切れかかった包帯を残した顔半分があらわになる女の素顔。白い肌の美貌は、その切れ長な左眼を愕然と見開いていた。

 

「今の風.....そうか、お前が『アリア』か」

 

その呟かれた名前に、アイズは金の双眸を大きく見張る。声も発せぬほどの衝撃が全身を襲い、何故、という言葉が頭の中を埋めつくした。アイズの細い喉が、動揺に震える。

 

 

『アアアアアアアアッッ!!』

 

そこで突如。地面に転がっていた宝玉が、胎児が叫喚を上げる。

 

「!?」

 

背後からの甲高い叫び声にアイズは振り向いた。同じくその声を聞き、焦燥をあらわにした赤髪の女が、動き出すより早く。宝玉の胎児から細い触手が飛び出し、次には水晶の壁に埋まる食人花のモンスターへと飛び込み、接触、そして()()した。

 

「なっ.....!?」

『オオオオオオオオオオオオオッッ!?』

 

瀕死だった筈の食人花が絶叫を上げる。長駆に張り付いた胎児はあたかも刻印するかのようにモンスターの体皮と同化していき、さらに変化が生まれた。

 

寄生された食人花の肉が隆起する。悶え苦しみながら変化を続けるおぞましいモンスターの姿がレフィーヤの瞳に映りこんだ。まるで(さなぎ)から蝶に羽化するように、人の体らしき輪郭が、メリメリと体皮の下で起き上がろうとしていた。

 

『ーーーーーーーーォオオッ!?』

 

のたうち回るモンスターは未だ変化の途中で襲いかかってきた。無造作に暴れ狂い攻撃を仕掛けてくるその巨体に、アイズは疾走してレフィーヤとルルネを抱え込み、その場から急いで脱出した。

 

「ええい、全て台無しだ.....!」

 

赤髪の女も盛大な舌打ちをしてその場から離脱していく。

 

胎児に寄生されたモンスターはアイズ達を追いかけ進撃していく最中、別の食人花のモンスターを捉えると容赦なく食らいついた。驚きながらアイズ達が後方を顧みる先で、何体ものモンスターが折り重なり繋がっていく。そして、アイズの金の瞳は。羽化を遂げたかのように、モンスターの体皮を破った女体の姿を捉えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは50階層の.....!?」

 

遠目から()()を目にした金髪碧眼の青年は、その目を見開きながら、前回の『遠征』時に自身が倒した女体型モンスターを思い浮かべる。彼のモンスターと酷似している驚異が、同じく視界に映った金色の剣士とエルフの魔導士、そして獣人の少女に襲いかかっていた。

 

「間に合え.....っ!」

 

アイズ達の身を案じた彼は、囲むようにその巨躯を振りかざしてきた5匹の食人花()()の首を一瞬で斬り飛ばすと、急いでその場からアイズ達の元へと、一筋の閃光となり駆け出していった。

 

 




あれ、ミナトさん今回出番すくないですねぇ
アイズに主人公バトンタッチするか?



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窓に映る光でさえももう照らしてはくれないような気がして、1人で凍えていた

アリーぜ、フィン、リヴェリア5凸してしまった.....
アストレア様欲しいのに何故かドワーフ爺がでやがるっ!?


「なにあれ、(たこ)!?」

「あいつ、50階層の.....!?」

 

各所で戦闘が続く街の中、突如出現したその巨躯に、ティオナとティオネは声を上げる。ティオナの言葉通り、それは巨大な蛸と似た姿をしていた。十本以上もの足は食人花のモンスターからなり、それぞれが意志を持っているかのようにくねり、うねり、蠢いている。複数の足の付け根より上は極彩色の体、女体を象った上半身が存在し、遠目から確認できるその全貌は、あたかも海辺にひそむと言われるスキュラのようだ。ぶるぶると震えていた上半身が動きを止め、ゆっくりと無貌の顔を上げると、食人花の女体型は移動を開始した。都市中央部、水晶広場へと進路を取る超大型モンスターに、ティオナとティオネは走り出す。

 

「もうここら辺でモンスターに狙われている人いないよねー!?」

「助けた側から広場に追い返したんでしょ!さっさと行くわよ!」

 

破壊し尽くされた天幕や小屋を踏み付け跳躍しながら、ティオナ達は一直線に街の中心地へ向かった。

 

 

 

 

 

「どこから現れた、と問いただしたいところだが.....始末する方が先だな」

「ああ、そうだね」

「何でてめえ等はそんな冷静なんだ!?ちったあ慌てろっ!」

 

ボールスの悲鳴が響き渡る横で、リヴェリアとフィンはその巨躯を見上げた。レフィーヤとルルネを抱え逃げ込んできたアイズに続き、その食人花の足を侵入させ、轟音とともに女体型が広場へ到達する。蛸足のごとき食人花達は細かった体を一回り以上も太く、大きくさせ、まるで巨大な幹のような直径を誇っている。幾重もの咆哮を上げる下半身とは打って変わって、極彩色の上半身は依然としていた。目と鼻の無い顔は人の顔を丸呑みできそうな唇が薄く開いており、後頭部から波打つ緑髪が腰にまで届いている。その髪は奇形である全身の中で唯一美しい。肩から伸びる両腕は肘から先が無数の触手と化しており、今は食人花の足にかかっている。

 

「50階層のモンスターも、あの胎児のせいでこんな風に.....?」

 

アイズに下ろされたレフィーヤは、目の前の女体型を仰ぐ。その巨大な極彩色の体はレフィーヤ達を天から見下ろしていた。

 

「着いたー!」

「あー、間近で見るともっと気色悪いわねぇ」

 

ティオナとティオネが頭上から広場に着地する。先に放ったリヴェリアの魔法の残滓が空を紅く染める中、集結したアイズ達を、今一度女体型は見下ろした。

 

『!』

 

巨躯が動く。

 

ぐわっ、と顔を上げる野犬のように食人花の足が一斉に地面から離れ、土砂をこぼしながらアイズへと突撃した。アイズは気絶しているルルネをレフィーヤに預け、巻き込まないように逆方向に走る。食人花の顎が彼女のいた場所を通り過ぎ、広場中央にあった双子水晶を破壊した。

 

「狙いはアイズか!」

「発動している(魔法)に反応しているのかな」

 

モンスターの全面に備わった食人花全てがアイズに殺到する光景に、リヴェリアとフィンは杖と槍を提げてモンスターの元へ接近する。そして彼等より先に急行するティオナとティオネが、アイズを追う足の2本に踊りかかった。

 

「そりゃあーーッ!?」

『オオオオオオオオオオオオオ!?』

 

振り下ろされたティオナの大双刃(ウルガ)が食人花の首を切断する。大斬撃を浴びて断たれた足から絶叫が(ほとばし)った。二つ名に恥じない豪快な斬撃を見舞うティオナはまさに【大切断(アマゾン)】の名を体現していた。

 

『ーー!!』

「痛ったぁー!?」

 

花部を失った足は斬られた断面から血を流しつつ、そこからティオナを弾き飛ばす。大切断(ウルガ)の極厚の剣身を盾にした彼女は、地面を一度転がりすぐさま立ち上がる。

 

「力めちゃくちゃ強くなってるんだけどー!?しかも首落としたのに動くのー!?」

「ありゃもう足の1本に過ぎないでしょうが、そりゃ動くわよ!」

 

妹は異なり冷静に足の1本を料理するティオネが叫ぶ。湾短刀(ククリナイフ)を用いて葉脈が走った長足を瞬く間にズタズタに切り裂く彼女は、危うげなく攻撃を回避していく。動きの精彩を失う足をここぞとばかりに再起不能に追い込もうとするティオネだったが、そこで女体型の上半身が動いた。アイズを追っていた顔を彼女に向け、腕の触手を槍のごとく放出する。

 

「くそっ!」

 

押し寄せる無数の触手を二刀の湾短刀(ククリナイフ)で切り払う。直線だけでなく曲線も描き四方から襲いかかってくる触手に悪態をつき、ティオネはその場から離脱する傍ら、懐から取り出した投げナイフを投擲した。上半身に迫る高速の白刃を、触手の1本がキンっと撃墜する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大玉螺旋丸!!」

 

中央広場から少し南方、 アイズ達の元に向かう途中『リヴィラの街』の冒険者とともに食人花の迎撃に当たっていたミナトは、食人花の花弁が開く醜悪な顔とほぼ同程度の大きさを誇り甲高い風切り音を発する蒼玉を、目の前の食人花のモンスターの頭部にぶつけ口腔内の魔石ごと吹き飛ばした。ここに来るまでおよそ5()0()()。食人花のモンスターを撃滅してきた彼はその動きに一切の淀みを見せないまま思考する。

 

「(見計らったようなタイミング.....俺たち(冒険者)を取り囲むように陣形を取るモンスターの動き.....そして何より、あの女体型.....)」

 

戦場を、状況を、高速戦闘を交えつつ冷静に分析する。先のフィンと同じように主要な判断材料をつまみ上げ、彼もまた調教師(テイマー)の存在に辿り着いた。普段フィンが【ファミリア】の指揮を取るため余り目にする機会は少ないが、食人花のモンスター達を屠りつつ、冒険者達を避難させ、かつ状況分析を全て並行してこなす金髪碧眼の青年は、聡明な首領(フィン)に勝るとも劣らない頭脳の持ち主。アイズ、ティオナ、ティオネ、他にも多くの後輩に『戦闘においての頭の使い方』を叩き込んだのは何も最古参(リヴェリア達)だけではなく、今まさに()()を実践するミナトも同様である。幼い頃から広大な視野を持ち、冒険者には何が必要なのかを自ら追及し続けた彼は、情報は時に何よりも優先して得るべきものであるとアイズ達に教示した。戦闘とは強大な力を振りかざす者が勝つのではなく、最も合理的に、論理的に、最巧に力を振れる者こそが勝利を得る。大きな力は工夫された小さな力に劣る。それこそミナトの心得の1つであり。後輩達、何より昔は無鉄砲だったアイズに叩き込んだ教訓である。

 

 

三枚刃のクナイを巧みに使い、食人花のモンスターの長駆をいなし、躱し、隙を生じさせたモンスターから逃さず灰にしていく金色の疾風は、豪快な動きを持ち味とするティオナとは正反対なものであると、彼の動きを目にした冒険者達は一様にそう思った。最小限かつ最高効率で繰り出させる攻撃に無数の食人花達は一切ついていくことができず、彼を見失った傍から駆逐されていった。

 

「よし!皆さん、次は螺旋閃光超輪舞吼参式(らせんせんこうちょうりんぶこうさんしき)を仕掛けます!どうかこのクナイをモンスターの方に投げてください、後は俺がやります」

『.................』

 

クナイを受け取った冒険者達が全員揃って何とも言えないような表情を浮かべる。ミナト・ナミカゼ。【黄色い閃光】と呼ばれ、その実力はオラリオ屈指であることは誰もが知るところである。が、まさかこのような天然(残念)な面があるとは誰もが思いもしなかった。目を細め、残念なものを見るような視線を彼に送る冒険者達は、言われた通りにクナイを投げるのであったが、どこか締まらない空気感にただ1人ミナトだけが気づかず「どうしました?」と素っ頓狂なことを抜かしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「リヴェリア、先に行く」

「ああ。そこのエルフ、背の弓を貸せ!」

「は、はい!?」

 

フィンが加速して足の1本に長槍を突き立てる中、リヴェリアが1人のエルフの男を呼ぶ。王族(ハイエルフ)の声に彼は無条件に従った。サブウェポンであった大型の弓を矢筒ごと、走ってくるリヴェリアに受け渡す。素早く矢筒を腰に固定したリヴェリアはその深紺色の弓を構え、立て続けに矢を連射した。上半身に射った矢をわざと触手に弾かせ、本命であるフィンの支援攻撃を次々と着弾させていく。

 

「ボールス、人手が足りない!指揮は任せた!」

 

そしてリヴェリアの援護射撃を受けながら、長槍を振り回すフィン。あたかも背中に目があるかのように、後方より雨あられとそそぐ矢弾は掠りもせず、モンスターの足を裂いては穿っていく。その小柄な体で僅かな隙間もかいくぐり、アイズに群がろうとする複数の足をまとめて相手取っていた。

 

「あ、あいつら、やっぱり頭がどうかしてやがる.....!?」

 

ティオナ、ティオネ、リヴェリア、フィン、彼女達の波状攻撃により女体型のモンスターはアイズを見失った。索敵しようとするもティオナ達の激しい攻撃に意識を割かれ、致し方なく彼女達の迎撃に移る。

 

「みんな.....!」

 

食人花の足に追いかけ回されていたアイズは女体型の集中攻撃から一旦解放され、飛び交うティオナ達の姿を見る。自身もあの攻撃に中に加わり、一気に女体型のモンスターをたたみかけようとしたアイズだったが、彼女の体を影が覆った。

 

「!」

 

振り下ろされる攻撃をアイズは間一髪回避する。体の向きを変えると、果たしてそこにいたのは赤髪の女だった。

 

「お前は私だ。このままタダでは帰れん.....付き合ってもらうぞ」

「.....!」

 

鋭く見据えてくる緑色の左眼に、アイズも瞳を吊り上げた。赤髪の女は広場から追い出すように激しく攻めかかってくる。アイズは対抗するように《デスぺレート》を用いて応戦を行った。他のことにかまける余裕はない、相手がそれを許しはしない。同時に、相手へ問いたださなければならない事柄もある。

 

「アイズ!?」

 

ティオナの声を背で聞きながら走り出していく。アイズは女の一騎打ちに応じ、広場から移動していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「恐らく魔石が埋まってる、あの上半身を狙うしかなさそうだけど.....」

 

地面に落ちた短槍、他の冒険者が落とした得物を拾い上げ、フィンが敵の上半身に向かって勢いで良く一投するが、両腕から生えた触手に阻まれた。柄を叩き折られ宙を舞う槍に、フィンはため息する。女体型の触手は懐に侵入した敵を迎撃する対地対空の武器であり、同時に鉄壁の盾でもある。あの膨大な数の触手を越えて遠距離から攻撃を通すのはまず無理だろう。かと言って、迂闊に敵の間合いへは飛び込めない。

 

「やっぱり、リヴェリア達に任せるしかないか」

 

フィンが一瞥する方向、広場の東側最奥。島の湖を背にする格好で、リヴェリアは杖を水平に構え、詠唱を始める。

 

「【誇り高き戦士よ、森の射手隊よ】」

 

広域展開する魔法陣(マジックサークル)。何重も翡翠色の円が輝きを放ち、その存在を誇示するかのようにまばゆい光粒と光条が足元から立ち昇る。

 

「【押し寄せる略奪者を前に弓を取れ、同胞の声に応え、矢を番えよ】」

『!!』

 

ぐるんっ、と女体型が顔と上半身を振り向かせた。膨大な魔力に反応し、広場の中心から這いながら猛進する。その巨躯の進撃を阻むのはフィン達でさえもかなわない。迫り来る巨体と複数の食人花の大顎を前に、リヴェリアは柳眉を逆立てながら詠唱を続けていく。

 

「【帯びよ炎、森の灯火、撃ち放て、妖精の火矢】」

『ーーーーーーーーーッッ!!』

 

食人花の足が大きく吠え、目標の魔力に飛びかからんとする。そしてお互いの距離が20mを切ったところで、リヴェリアは退避した。魔法陣(マジックサークル)の中心から矢のように真横へ飛び、女体型の前面から消え失せる。あっさりと魔法を中断し、モンスターの突撃を回避した。側面へ逃げるリヴェリアを食人花の足が追う中、女体型の上半身は腑に落ちないに後頭部の緑髪を揺らした。

 

「【雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】」

『!?』

 

女体型が震えた。中断された筈の詠唱が未だ続き、その美しい声音が空間に鳴り響く。モンスターが後方を振り返ると、広場の西側最奥、たった1人で山吹色の魔法陣(マジックサークル)を展開するエルフの少女の姿があった。

 

リヴェリアは囮である。

 

彼女の抜きん出た魔力を隠れ(みの)にすることで、レフィーヤがモンスターの意識の外で魔法の構築を着々と進めていたのである。

 

強力な魔導士を2枚用いた囮攻撃(デコイ・アタック)

 

一方の魔導士に敵の注意を引きつけることで、味方の援護も、盾も必要とせず、本命の魔導士が砲撃を放つ連携攻撃。囮のリヴェリアの詠唱と重ねて響いていたレフィーヤの玉音の声が、最後の詠唱文を唱える。

 

「総員、退避だ!」

「でけえのが来るぞぉぉぉっ!?」

 

フィンとボールスの呼び掛けに全冒険者達が射線上から避難する中。モンスターを残し誰もいなくなった広大な視野へ、レフィーヤは砲撃を繰り出した。

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

『ーーーーーーーーーアアアァァッッ!?』

 

孤を描き殺到する矢の一斉攻撃はおよそ10秒以上も続いた。万に届こうかと言うほどの膨大な火の雨はモンスターごと着弾地点である広場東部を炎の海に変え、街の上空を再び爆炎の霧で染め上げる。全ての足を炎上させ、極彩色の上半身も焼け焦げる女体型は、つんざかんばかりの絶叫を空に打ち上げた。

 

「畳み掛けさせてもらおうか」

「お供します、団長!」

「せぇーのっ!!」

 

砲撃終了から後を待たず、3つの影が女体型に肉薄する。長槍を持ったフィンが、二刀の湾短刀(ククリナイフ)を打ち鳴らすティオネが、そして大双刃(ウルガ)を振り上げるティオナがモンスターへと跳躍した。神速の刺突が見舞われ、二振りの斬閃が交差し、破壊の一撃が黄緑の体に叩き込まれる。繰り出させる攻撃は止まらない。そして嵐のように傷を刻み込み、食人花の足が何本も上半身から脱落し、その体皮が炎ごと弾け飛ぶ。

 

『アアアアアアアアアッ!?』

 

そして次の瞬間、悲鳴とともに極彩色の上半身から下半身から切り離した。

 

「逃げた!?」

「あいつ、湖に飛び込む気!?」

 

切り離されたモンスターの下半身が炎に燃える中、広場の端から身を乗り出したティオナとティオネの視線の先で、極彩色の上半身が緑髪を振り乱しながら必死になって斜面を駆け下りていく。

 

「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に(うず)を巻け】」

 

そこに、詠唱が響いた。女体型と同じように斜面を駆け下りるのは、翡翠色の長髪をなびかせるリヴェリアだ。疾走を続けるその足元には、同じく翡翠色の魔法陣(マジックサークル)が伴っている。

 

「【閉ざされる光、凍てつく大地】」

 

『並行詠唱』

 

魔力の暴走を抑えるため停止して行われる詠唱を、高速移動を実現しながら展開する離れ業である。レフィーヤや他の多くの魔導士達が未だ辿り着けない領域にリヴェリアはいる。通常の走行と変わらない速度でモンスター追う彼女は、完璧に魔力を自らの制御下に置いていた。魔法陣(マジックサークル)を引き連れる彼女の足は敵よりも速い。風を切り翡翠色の光粒を纏いながら、彼我の距離をみるみる内に埋めていく。

 

「【吹雪け、三度の厳冬。我が名はアールヴ】!」

 

そして詠唱の終了。今度こそ己の魔法を構築したリヴェリアは、突き出た斜面の岩を蹴り、宙に身を踊らせながら杖を突き出した。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】」

 

三条の吹雪が放たれる。扇状に広がる範囲攻撃は壊滅した街の店々や水晶ごと斜面を凍結させていった。そして砲撃の中心にいたモンスターも、一瞬で純白の霜と氷に呑み込まれる。

 

『ーーーーーーーーーッ!?』

 

全身が凍結し悲鳴もろくに上げられない中、女体型は最後の力を振り絞って、急斜面へと腕を振り下ろした。岩をも砕く衝撃の反動で空中を泳ぎ、凍てつきながらも断崖の境界線を超える。全身からこぼれていく、きらめく細氷の尾。崖を落下し、女体型の唇が安堵の形に歪んだ。

 

「左から回り込みなさい!」

「わかった!」

 

が。

 

凶暴な2匹の猛獣が、彼女を追って断崖から飛び降りた。

 

『ーーーーー』

 

リヴェリアの両脇を抜いたティオネとティオナが、一切のためらいなく崖から身を投げる。垂直に切り立った断崖の壁を蹴りつけ、走り、冗談のように下方へ疾走してくる。褐色のアマゾネスが地の果てまで、絶壁の先までモンスターを追いかける。

 

『ッッ!?』

 

なけなしの力で両腕の触手を繰り出す女体型。迫り来る攻撃に対し、アマゾネスの姉妹は申し合わせていたかのように一挙、壁を蹴って大きく左右に分かれる。触手が視界の外に流れる中、ティオネは左斜めの角度からモンスターに斬りかかった。

 

「逃がすかぁ!」

 

二刀の湾短刀(ククリナイフ)を閃かし、女体型の両腕を切断する。最後の武器である触手を失い硬直するモンスターへ、今度は、右斜めの角度からティオナが突撃してくる。その体をいっぱいに後ろに反り、大双刃(ウルガ)を背にため、渾身の振り下ろしを見舞った。

 

「いっっくよおぉぉぉッ!!」

 

大切断。

 

『ーーーーーー』

 

(ほとばし)った大剣の破壊力に、魔石を破壊されたのか、モンスターは木っ端微塵に砕け散った。

 

「やりーっ!」

「馬鹿ティオナ!魔石ごと吹っ飛ばしてどうすんのよ!」

「あ」

 

声を上げて喜ぶティオナと、それを叱るティオネ。2人は現在進行で崖下を凄まじい勢いのまま進みながら、がみがみと一方的な説教とへこへこという一方的な謝罪が交わされる。

 

「.....アイズとレフィーヤ、大丈夫かなぁ」

 

やがて、ティオナは湖に背を向けながら、顔を上げて呟いた。

 

「リヴェリアとミナト、何より団長がいるのよ?平気に決まっているわ」

「.....そうだねっ」

 

何故か自慢げにそう口にする姉の顔には、信頼の笑みが浮かんでいた。それを見たティオナも、くしゃっと破顔する。姉妹揃って彼女達は、遠ざかっていく断崖の頭上を見上げた。間もなく、どぼんっ、と。勢いよく湖に着地し、2人分の盛大な水しぶきが上がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!」

「便利な風だな」

 

剣の切れ味、速度ともに上昇させる【エアリアル】に赤髪の女は表情を変えず呟く。風のエンチャントが彼女の階層主(バケモノ)じみた強撃を弾き返す。振るわれる長剣のことごとくを縦横無尽の斬閃で打ち落とした。大きく《デスぺレート》を打ち付け、相手を押し返し、距離を保ったままその場からざざざっと並走した。

 

「『アリア』、その名前をどこで!?」

 

滅多にない感情の発露をするアイズ。相手を見据えるその顔には鬼気迫るものが浮かび上がっている。ティオナ達でさえ耳にしたことがない大きな声音に、横並びに走る赤髪の女は口を開いた。

 

「さぁな」

「っ.....!!」

 

アイズは柳眉を逆立て再び斬りかかった。目にも止まらない速さで剣撃が放たれる。瞬きする間に10をも超える攻撃が両者の間で乱舞し、互いの肌に細い血の一線を刻んでいく。

 

「人形のような顔をしていると思ったが」

 

そして。

 

激しい心の動きにより、常時より前のめりになったアイズの剣筋を、赤髪の女は見逃さなかった。緑色の左眼を細めた次には、その体がぶれる。大振りになったアイズの剣を躱し、風を引き千切る一撃を見舞った。すくい上げるような拳。籠手を失った左手が気流の鎧ごと腹部を強打し、細身の体を後方に殴り飛ばす。

 

「っ!?」

 

強制的に後退させられ体勢を崩すアイズ。姿勢を立て直す彼女よりも速く。左手を流血させながら、赤髪の女が長剣を振りかぶり、眼前に踏み込んだ。

 

「!」

 

ぞくっっ、と。アイズの全身に悪寒が駆け巡った。緑色の左眼を大きく開く敵は、一気に長剣を振り下ろす。アイズはあらん限りに目を見開き、魔法(エアリアル)を最大出力、そして驚異的な速度で《デスぺレート》を体の前に構えた。

 

瞬間。

 

「ーーーーッッ!?」

 

轟音が爆発した。超速の袈裟斬り。左斜めに斬り下ろされた長剣は《デスぺレート》の防御と風の気流を突き抜け、アイズの身に衝撃を貫通させる。一瞬で敵の姿が目の前から遠ざかり、宙を飛ぶアイズは後方の瓦礫(がれき)の山に叩きつけられた。

 

「うっっ!?」

 

肺から空気を引きずり出されたアイズの体は、神経が途切れたかのように一瞬言うことを聞かなくなる。カランッ、と《デスぺレート》が音を鳴らし、地面へと転がった。

 

「やっと終わりだ」

 

剣身が爆発し粉々に砕け散った長剣を捨て、赤髪の女は疾駆する。地面に膝を着くアイズに向かって突撃し、その右腕を背に溜める。対応できない。向かってくる拳を受ける他ないアイズの胸中は、迫る赤髪の女への恐怖ではなく、自分への怒り、そして何より。

 

 

「ふっ!!」

「がっ.....!?」

 

アイズへと拳を振り上げていた赤髪の女が、完璧な不意打ちのタイミング。それに加え彼女の優れた身体能力ですら感知することのできない速度で振るわれた蹴りによって吹き飛ばされた。

 

 

 

 

「大丈夫かい?」

 

アイズの心を占めていたのは、何よりも。自分が危機に陥った時、必ず駆け付けてくれる金色の青年に対する劣等感と自分の弱さに対する悔しさであった。

 

「(また.....)」

 

背中を強打し、言葉を上手く口にできないアイズは、目の前の青年、ミナトを痛む腹を手で抑えながら見上げる。

 

「(また、助けられた.....)」

「ここで少し待ってて。すぐに終わらせてくる」

 

赤髪の女が吹き飛ばされた方向へと、大地を滑るように疾走していく。

 

「また.....立てない.....っ!」

 

地面の砂を握り潰すように掴み取り、血が滲むほど唇を噛み締めるアイズ。何度も、何度も、何度も決意した筈だった。彼の隣で戦いたい。自分に背中を任せて欲しい。些細な事でもいいから頼って欲しい。何より、()()()()()()()()

 

 

 

 

昔からそうだった。まだ幼かったアイズは、当時、僅か1年足らずでLv.2に昇格するという偉業を成し遂げた。その当時から彼女の教育係兼先生を担当していたミナトに追いつけた気がした。Lv.3の彼とLv.2の自分とではまだ差があるのは明白。それでも、Lv.1の頃よりはその背中に近づけたつもりでいた。だが、現実は非情だった。アイズの目指す青年は誰よりも聡明で、勇敢で、強かった。普段の温厚さからは想像できないほど冷酷に敵を屠る姿は幼いアイズに恐怖を覚えさせ、同時にレベルアップ(器の昇華)を経た彼女が微塵も彼に追いつけていない現実を突きつける。ナミカゼ・ミナト。彼は天才という言葉では表現できない、才能の権化、文字通り『神の恩恵』を一身に受けた麒麟児である。同世代で彼に敵う者は【ロキ・ファミリア】はおろか、オラリオを見渡しても存在しない。同じ【ファミリア】内においても彼に追いつこうと本気で思っているのはアイズ、ベート、ティオナ、ティオネ等の第1級冒険者くらいのものであり。ほとんどの団員達は彼の才能に絶望し、その歩みを止めてしまう。中でも彼と同時期に入団した同期の団員達は、自分達とミナトとの差に見切りをつけるのが非常に速かった。

 

 

 

 

 

 

「お願い.....っ、遠くに、行かないで.....!」

 

消え入りそうな声音が木霊する。50階層でミナトの本気を間近で見せつけられたアイズは、自分と彼との()()()()()を測れないでいた。近くにいるはずなのに、その実遥かに遠い所にいる、そんな気がしてならない。並びたい背中は常に、一歩も二歩も彼女の前を歩き続ける。

 

そして。

 

今回も()()()()()()()()

 

「私...はっ、弱いっ.....!」

 

振り返ることも、立ち止まることも許されない。それほどの願い(悲願)を持つアイズ。自分と同じ金髪の青年が進み続ける前方の道。後ろを見ることも、前を見ることもできない彼女はまるで、静かに涙を流す迷子の少女のようだった。




しばらくダンメモをやっていなかったせいで、今とのギャップを凄く感じています


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わずか数センチだって、願った場所に向かって、進んでいく止まるなんて

アストレア様出な過ぎ......

どなたかダンメモで今強い編成を教えてください


赤髪の女の戦鎚のように振るわれる両腕に対し、ミナトは危うげなく体を捻りながら躱す。(むち)のようにしならせた腕で鋭くクナイを突き出し、かと思えば足元を水平に足払いで薙ぎ払う。素早く隙のないヒューマンの青年に、赤髪の女は非常にやりにくそうに上体を逸らし、跳躍して、目まぐるしい攻撃を回避した。

 

2人が激しい攻防を繰り広げる中、フィンとリヴェリアがアイズの目の前に現れた。

 

「フィン、リヴェリア.....」

 

アイズが掠れた呟きを落とすと同時に、焦燥に満ちた声がかけられる。

 

「アイズさん!」

「レフィーヤ.....?」

 

胸と背中に細い手が当てられる。横を向くと、駆けつけてきたレフィーヤがアイズの体を支えるように手を添えていた。

 

「レフィーヤ、アイズを治療しろ!」

「はい!」

「アイズ、ミナトは?」

「赤髪の女の人と、向こうで.....」

 

フィンに問われ、レフィーヤに治療されるアイズが顔を向けた方向では、赤と金の絶え間ない戦闘が激しさを増している所だった。

 

 

 

「貴方がモンスターを統率していた調教師(テイマー)ですか?」

「.....お喋りとは余裕があるな」

「それは貴方も同じでしょうに」

 

普段温厚である青年の面差しは戦士の顔に変わっていた。大事な妹分をあのように傷付けたのだ。手加減する必要は無い。

 

鋭い眼差しで敵を観察し、容赦なく死角からクナイを仕掛ける。その碧眼は彼我の間合いを随時見極め、時には離し、時には大胆に懐へ飛び込み、常に先を制する格好で優位な位置に自身の体を運んでいく。凄まじい速度で真正面から斬りかかるアイズとはまた異なった戦法に、赤髪の女は舌打ちを放った。武器を失っている彼女は攻めあぐね、そしてそれ以上に、ミナトの立ち回りが上を行っている。冒険者の首を容易く折ってのける程の膂力を誇る剛腕も、蹴りも全て空を切り、ミナトの体には掠りもしない。堪らずクナイを弾き飛ばそうとするが、先読みされていたかのようにミナトはクナイを女の背後に投げ放ち、クナイに付いている()()()()()へ【飛雷神】で飛び、素早く拾うと、彼女の背後から白い肌が見える顔へ容赦なくクナイで一閃。頬を撃ち抜いた一撃に、女の顔が苛立ちに歪んだ。

 

「調子に乗るなッ!!」

「っ!?」

 

振り上げられた左足が地面に打ち込まれ、爆発する。目を疑うような威力の踏み込みによって岩盤は削れ、発生した衝撃は綿毛を飛ばすように青年の体を宙に浮かせた。地面から足が離れ、行動の自由が奪われるミナト。正面で浮遊している彼に向かって、赤髪の女は思い切り腰を捻り、裏拳の如くなぎ払いを見舞った。

 

「ミナトさん!?」

 

レフィーヤの悲鳴とともにクナイが吹き飛ぶ。その怪力でクナイの刃身を粉砕した女は、左眼を、見開いた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。タンッ、と地面を蹴る音がする方角に顔を向ければ、赤髪の女の腹に蒼い球体が突き付けられるところだった。

 

「螺旋丸!!」

「ぐっ.....!?」

 

咄嗟に腰に巻き付けていたポーチから()()1()()()()()()を取り出し、空いていた左手で投げ捨て、先程と同じように【飛雷神】で躱したのだ。飛んだと同時に女へ疾走し、ミナトに得意の魔法を打ち込まれた赤髪の女。今度は自分が宙に舞う番であった。そのまま体をくの字にして、遥か彼方へと飛ばされる彼女は身動きを取ることができず、このままでは後方にある崖下へと落とされてしまう。

 

「ちっ!!」

 

咄嗟に右腕で自分の体を地面に叩きつけるように殴る。自傷行為とも取れる行動だったが、武器を持たない彼女が現状取れる最善策は自分の体を何とか地面に着かせることであった。ミナトの魔法による衝撃を、その強靭な両脚で地面を全力で踏み込つけ踏ん張り、ズザザザザザ、と滑りながらも何とか耐えることに成功する。

 

が。

 

「っっっ!?」

 

空中から逃れ、目の前の敵(ミナト)へと視線を向けようとした彼女のすぐ右真横から、空気を切り裂くように迫った正拳突きが端正な顔立ちに突き付けられる。

 

振り抜かれた右腕がその頬に叩き込まれ、赤髪の女は再び吹き飛んだ。全身を余すことなく使われた渾身の一撃に、彼女の体はもう一度宙を滑空し、すぐに地面を削って数十メートル先まで転がっていく。

 

【黄色の閃光】をその身で体現する黄金の連撃に、レフィーヤの瞳はアイズともども言葉を忘れ、釘付けとなった。

 

「.....」

「ミナト?」

「指を折られました」

「なに?」

「体に付けたはずのマーキングも既に消えたようです」

 

無表情で右手を振るうミナトに、リヴェリアは目を見開く。彼女がそこから前方へ瞳を向けると、ぐぐぐっ、と赤髪の女が手をついて立ち上がるところだった。

 

「第1級.....Lv.5、いや6か。そしてその金髪に碧い瞳、瞬間移動じみた敏捷。そうか.....お前が、()()の言っていた、()()()()()()か.....」

「.....」

 

右頬をに拳打の跡を刻まれ体の至る所から鈍い痛みを覚える彼女は、忌々しそうに吐き捨てる。フィン・ディムナ、リヴェリア・リヨス・アールヴ、ガレス・ランドロック。そしてここにナミカゼ・ミナトを加えたLv.6の彼等派閥首脳陣が、【ロキ・ファミリア】における最強戦力だ。アイズ以上の戦闘の場数、そして培われた技と駆け引きが、純粋な数値以上の力を発揮して赤髪の女をも圧倒する。気になる言葉も発していたが、今は目の前の女を捕らえることが優先。そうミナトが思った矢先に、

 

「分が悪いか.....」

 

ぽつり、と呟き、女は脇目も振らず速やかに逃走した。目を見開くアイズは、体の痛みを耐えてその場から駆け出す。

 

「アイズさん!?」

 

レフィーヤの叫び声を後方に置き、ミナトとフィン、リヴェリアも抜く。彼等の追走する気配が続いている中、アイズは赤髪の女の後を追った。

 

「.....!」

 

女はモンスターが破壊した街壁を抜けて街の外へ出た。岩と水晶が粉砕された破壊跡を越えてアイズも『リヴィラの街』の西方、視界に移る血の色のように赤い髪の後ろ姿を猛追する。崖際まで到達した赤髪の女は、ちらりとアイズを左眼だけで見やり、躊躇なく踏み切り、崖下へ。眉を歪めるアイズが崖際で急停止し身を乗り出すと、女は壁を走って湖に突き進んだ。フィンとミナト、そしてリヴェリアの3人がアイズの隣に駆け付けると、その姿は既に石の粒ほどもなく、暗い闇に紛れていく。ややあって、水しぶきが上がった。

 

「何てやつだ.....」

 

崖下を見下ろしながらリヴェリアが呟く。湖の底を泳いで移動しているのか、アイズ達がどんなに目を凝らしてもこの崖際からはその姿を視認できない。ここで行方をくらましてしまえば、この広大な18階層で追跡することは不可能だろう。

 

「.....っ」

 

レフィーヤが遅れて追い付いてきたのを脇に、アイズは唇を引き結んだ。表情は抑えられていたが、その右手がぎゅっと拳を作る。

 

敗戦の後の無力感にも似た空気が、1人、少女の体を包み込む。階層の天井、蒼い薄光を生む水晶の薄明かりが、その金の髪を儚く照らしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

風のような人だった。子供のように純粋で、まだ幼かった自分よりも無邪気で。人の悪意というものを知らず、知らされず。白い雲と一緒にたゆたう、あの青い空の流れのように。誰よりも自由な、風のような人だった。

 

そして自分は。そんな風のように振る舞い、温かく、優しかった彼女が好きだった。屈託のない笑みを浮かべる母親のことが、大好きだった。撫でてくれた手付きを覚えている。頬に添えられる指の温もりを覚えている。耳をくすぐる綺麗な声音を覚えている。彼女が何度も語る、優しくて幸福な物語を、覚えている。

 

彼女の胸の中、物語を聞き終えた自分が、抱きしめられながら振り返ると、無邪気な微笑みがあった。頬を染め、自分の顔にも笑みが浮かぶ。彼女の前では誰でも笑顔になれる。誰もを笑顔にすることができる。慈愛の眼差しで見下ろしてくる彼女に、貴方のようになりたいと、幼い声音が口にする。風のような貴方に、私もなりたいと。

 

『あなたはあなただから、私にはなれないよ?』

 

首を傾げながら、自分とそっくりな声音で、彼女はそう言った。そういうことじゃないよ、と丸い頬が膨らむと、彼女は何がおかしいのかころころと笑った。頬を膨らませていた自分も、その笑みに引き寄せられるように笑った。やがて、彼女が振り返ると、そこには薄手の防具で身を包み、銀の長剣を腰に収めた青年が立っていた。彼の顔を見て、彼女は抱くのを止め、自分の胸の中から少女を降ろす。最後に頭を撫でて、ゆっくりと立ち上がった。少女の寂しげな視線に気づくと、青年は不器用に笑った。すまない、と父親は謝った。そして(きびす)を返し、母親を呼ぶ。

 

『行くぞ、アリア』

 

自分を置き、2人は寄り添いながら白い光へと呑み込まれて行ってしまった。

 

 

 

『アイズ』

 

母と父が傍から離れ、静かにすすり泣く少女の頭が優しく撫でられた。見上げれば彼女(母親)と同じ金色の髪を揺らした青年が、少女に優しい笑みを向けていた。

 

『泣いてたみたいだけど、怖い夢でも見た?』

 

ううん、と小さく首を横に振りながら答える。目の前の彼の碧い瞳を覗くと、不思議と安心感を覚える。風のように掴みどころのない母親とは違う色。それでも何故か幼い少女の心を満たしてくれる優しい色。少女はその色が何よりも好きになった。

 

『ほら、行こう』

 

差し出された手を掴み、少女もその場から立ち上がる。彼の手に引かれながら草原を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.....」

 

夢から現実へ、少しずつ引き戻されていく。小さく肩が揺らされていた。ひやりとした冷たい空気も頬に感じ、意識がハッキリとした輪郭を象っていく。アイズは、ゆっくりと(まぶた)を開けた。

 

「平気、アイズ?」

「.....うん」

 

ティオナの声に、間を置いて頷く。視線を上げると、彼女が横からこちらを覗き込んでいた。

 

「休憩時間、終わるらしいよ。そろそろ出発するって」

「ん.....」

 

頭を軽く振ることで、僅かに残っている眠気を飛ばし、アイズは今度こそ視線をハッキリと巡らせた。携帯用の魔石灯の周りで円を作っているのは、フィン、リヴェリア、ティオネ、そしてアイズとティオナ。みな一様にして腰を下ろし、今では武器の整備やアイテムの確認をしている。どうやら眠っていたのは自分だけだったらしい。薄闇と、そして白い壁面に囲まれている現在地は小規模の広間(ルーム)。アイズ達の元を離れた場所ではミナトとレフィーヤが見張りを行っている。アイズ達は広大な迷宮の一角で休息を取っていた。

 

『リヴィラの街』での事件から六日。あの騒ぎの後、アイズ達は一度地上へ帰還し、負傷者の救護や地上撤収に際しての護衛はもちろんのこと、事件の詳細をギルドやロキに報告した。赤髪の女の情報も回そうとしたが、ロキの「まだ待って」という指示によって一時保留となっている。食人花や女体型に関しては、ギルドからの強い緘口令が敷かれ、もみ消されるがごとく、事件のほとぼりは急速に冷めつつある。

 

「『リヴィラの街』、もう直され始めてたもんね。ほんと早いなー」

「あそこまで金根性が突き抜けていると、感心するわね.....まあ、助かるって言えば助かるんだけど」

 

ティオナとティオネが思い出したように世間話をする。既に修復されつつある『リヴィラの街』。ならず者達が運営する場所は、どこよりもたくましく、そしてしぶといのだ。

 

「食人花のモンスター.....あの調教師(テイマー)も目立った動きは見せていないな」

「んー、流石に動きが派手だったからね。主神が手綱を握っているなら、しばらく自重するように言い含められているだろう。それに、あれだけのモンスターを新しく調教することは短時間では不可能だ。今回みたいなことはまず起きないと思うよ」

 

まだ調教済みのモンスターが残されているとは思いたくないけどね、とフィンはリヴェリアの言葉に返す。食人花のモンスターの襲撃は以後なく、赤髪の調教師(テイマー)は鳴りを潜めているようだった。

 

「さて、そろそろ出発しようか。レフィーヤ、ミナト、大丈夫かい?」

「あ、はい!行けます!」

「問題ありません」

 

現在、アイズ達は本来の目的であった資金稼ぎ、迷宮探索を再開させている。現在地は37階層。『下層』を越えた『深層域』だ。フィンの声にレフィーヤとミナトは頷き、見張りを止めてフィン達の元へと駆け寄った。

 

「アイズ、何も食べないでぐっすりだったけど、いいの?あたし、食べ物まだちょこっと残ってるよ?」

「ありがとう、ティオネ.....大丈夫だから」

 

立ち上がり武器を装備し始める中、ティオナの心づかいをアイズはやんわりと断る。最後の探索を半日以上も続けていたアイズ達は、一度、37階層の片隅にあるこの『ルーム』で長時間の休息を取った。日帰りではなく、滞在を視野に入れた長期間のダンジョン探索では一時的な休息は言わずもがな、冒険者達は体力回復に務めるために度々迷宮の中で野営(キャンプ)をする。魔石灯や寝袋などの野営道具をレフィーヤのバックパックにしまい、アイズ達は休息を行った『ルーム』から出発した。

 

「でも超硬金属(アダマンタイト)があの『ルーム』から出てきた時は、ビックリしたなー。壁を壊してたらぼろっと出てきて、凄いラッキーだったよねー」

「あの超硬金属(アダマンタイト)だけでも、結構なお金になりそうですよね」

「うん、ちょっと大双刃(ウルガ)のお金の足しになるかも!」

 

休息を取るために壁を破壊していると偶然採掘してしまった希少金属の存在に、ティオナは機嫌の良さを滲ませている。彼女とレフィーヤの会話が隣で交わされているその一方で、アイズは、1人押し黙って内面に意識を落としていた。『アリア』、という名前と。あの赤髪の女の姿が。音を立ててぐるぐると頭の中で回っている。

 

「(強かった.....)」

 

強い、強かった。あの赤髪の調教師(テイマー)の実力を、激しく襲いかかってくるその苛烈な姿を思い出しながら、アイズは何度もそう呟く。もし彼女を倒すことができていたら、何か聞き出せたかもしれない。何故『アリア』のことを知っているのか、分かったかもしれない。

 

「(もっと、力があったら.....)」

 

弱い。まだ弱い。アイズ・ヴァレンシュタインは、なんて弱い。敵を倒すことはおろか、憧憬に護られてしまった。あまりにも、弱い。

 

呪詛のように、アイズは己のことをそう評し続ける。彼女より強ければ、よりこの手に力があったなら、心も体も脆弱でなかったのなら.....黒く染まった言葉がいくつも浮かび上がってくる。自分はいつの間にか、牙を抜かれていたのか。自分はたった1つの悲願(ねがい)を、僅かでも思い出の1つにしようとしていたのだろうか。いつの間にか、憧憬に追いつくことを心のどこかで諦めてしまったのだろうか。遠すぎる彼の背中を追いかける資格も失ったのだろうか。無意識のうちにアイズの手は握りしめられていた。忘れていた心の奥底の黒い炎が、静かに彼女の身を焦がす。

 

「.....あの、アイズさん?」

 

恐る恐る、レフィーヤが隣から声をかけてくる。彼女への返答は、その唇からこぼれることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ!!!!」

 

鬼気迫る相貌でモンスターを斬り伏せる。その大顎を開け、長い舌を打ち出してくる『バーバリアン』。ねじれ曲った角を生やすモンスターの舌撃を切り払い、打ち上がる悲鳴ごと斬り伏せる。すかさずアイズは走り、ずんぐりした黒石の塊である『オブシディアン・ソルジャー』を両断した。アイズの足元にモンスターの亡骸が、灰がうずたかく折り重なっていく。サーベルが銀の斜線を刻めばたちまち複数の相手が散り、血飛沫を飛ばした。意思の炎に燃える金の瞳はどこまでも敵を求めた。(まなじり)を吊り上げ彼女は円を描くように足を捌き、疾風の如く、四方のモンスターをまとめて横一線に斬り飛ばす。

 

「流石に腰が引けるなぁ.....リヴェリア、何も話を聞いていないのかい?一度辛酸を舐めさせられたくらいで、ああにはならないだろう」

「駄目だ。『何でもない』の一点張りで、何も話そうとしない。唯一知ってそうなのはミナトくらいか.....」

 

フィンが困ったように目を細め、リヴェリアはその心労を語るように盛大にため息する。もはや手持ち無沙汰に陥る彼等の視線の先で、金髪金眼の少女はティオナとともに時間をかけず残った敵を殲滅していった。

 

「君は何か知ってそうだけど、さっきから黙ってるだけかい?」

「.....彼女の口から聞かない限りは何とも言えません。あまり詮索し過ぎても逆効果でしょう」

「今、灸を据えても意味は無さそうだね.....やれやれ」

「あの、団長、ミナトさん、リヴェリア様.....アイズさん、大丈夫なんでしょうか?」

「ああいった状態の時は、大抵空腹になれば治まるが.....腹を空かせた素振りをみせたら、すかさず餌付けをしてみろ。落ち着くかもしれん」

「は、はいっ」

 

勝手知ったる様子で話すリヴェリアに、レフィーヤは汗を流して頷く。ティオナやティオネ、レフィーヤは連日のアイズの様子に心配そうな色を表情に出していたが、リヴェリアとフィンが「今はまだ放っておけ」と頃合いを(うかが)うように語るので、その言葉を信じることにした。過ごしてきた時間で言えば、ティオナ達より、フィン、リヴェリアの方がアイズとの付き合いは長いからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

37階層には闘技場(コロシアム)と呼ばれ、一定数を上限にモンスターが無限のごとく湧き出る大型空間も存在する。アイズが一度単身で乗り込もうとした時は流石に止めたが、以降は無難な探索が続いた。アイズもレフィーヤ達を危険に晒す真似はせず、積極的にモンスターと戦闘をこなすものの、行動そのものはパーティの一員に沿ったものだった。戦闘が終了すれば、普段の感情に乏しい表情を纏い、ティオナ達の会話にもハッキリとした受け答えをする。唯一その剣の冴えだけが、普段とは違っていた。

 

「もう相当モンスターを倒しているし、結構お金も溜まったんじゃない?ダンジョンに5日くらいもぐって探索してるしさぁ」

「そう、かな」

 

話題を探すようにして、ティオナが明るくアイズに話しかける。アイズとティオナはもともと借金のためにダンジョンへ赴いたのだ。当初の目的を今更ながら思い出したアイズは、少しだけ罪悪感が込み上げてきた。

 

「あ、ルーム」

 

Lv.3、あるいはLv.4にカテゴライズされるモンスターを順調に撃破しながら進んでいくと、やがてこれまでより大規模な『ルーム』に辿り着いた。

 

「(ここは.....)」

 

階層中央付近ということもあって、幅も高さも凄まじい。白宮殿(ホワイトパレス)の中でも見覚えのある広大な間に、彼女は最後に床を見下ろし、その金の瞳を細める。

 

「んー、そろそろ帰ろうか?今回はお遊びみたいなものだし、ここで長居して、帰りの道でダラダラと手を煩うのも面倒だ。リヴェリア、君の意見は?」

 

ダンジョン攻略に本腰を据えた『遠征』でもないのだから、無理にとどまる理由もないと語る彼に、リヴェリアは頷いた。

 

「団長の指示なら従うさ.....お前達、撤収するぞ!」

「「はーい」」

 

リヴェリアの指示にティオナとティオネが返事をし、サポーター業に精を出しているレフィーヤからも「分かりました!」と声が帰ってきた。そんな中、ミナトは隣で何やら考え事をするようにうつむくアイズを見やった。

 

「.....フィン、リヴェリア。私だけまだ残させて欲しい」

 

アイズがそう申し出た。

 

「食料も分けてくれなくていい。みんなには迷惑をかけないから。お願い」

 

最後には懇願するように、アイズは階層への居残りを彼等に願う。

 

「ちょ、ちょっと〜!アイズ、そんなことを言う時点であたし達に迷惑かけてる!こんな所にアイズ取り残していったら、あたし達ずっと心配しちゃうよ!」

「私もティオナと同じ。いくらモンスターのLv.が低くても、深層に仲間1人放り出す真似なんてできないわ。危険よ」

 

アイズの申し出に、ティオナは堪らず迫り寄った。ティオネも眉をひそめてゆっくりと彼女の後に続く。そしてその態度はアイズに対する想いの裏返しだった。心から心配してくる姉妹に、アイズは何も言い返せない。

 

「アイズはそんなに綺麗なのにもったいないよ。もうちょっと女の子しようよ〜」

「私は.....そういうのは、いいよ」

「なんでぇ?強い雄.....お気に入りの男とか見繕わないの?アイズのその綺麗な顔は飾りなの?」

「あんた、自分でもしないことを押し付けるのは止めなさい」

 

やり過ぎだとばかりに呆れるティオネが突っ込みをいれる中、1歩離れて見守っていたリヴェリアは息を着く。彼女はフィンに振り向いた。

 

「フィン、私からも頼もう。アイズの意志を尊重してやってくれ」

「「リヴェリア!?」」

 

まさかというティオナとティオネの声が響き渡る。アイズもまた内心で驚いていた。

 

「んー.....?」

 

そしてフィンも、リヴェリアの真意を問うようにその美しい顔を見上げる。

 

「この子が滅多に言わないワガママだ。聞き入れてやってほしい」

「そんな、子を見守る親みたいな気持ちじゃあ動けないよ、リヴェリア。それではティオナ達の言っていることの方が正しい」

「甘やかしている自覚はあるが.....さて」

 

吐息とともにリヴェリアはアイズのことを見やる。申し訳なさそうな顔をする彼女の胸の内を知ってか知らずか、リヴェリアは自嘲するように眉と唇を曲げる。フィンに視線を戻し、告げる。

 

「私も残ろう」

 

その翡翠色の瞳を見つめ返すフィンは、顎に手を添え、勿体ぶるように頷いた。

 

「わかった、許可するよ」

「えぇ〜、フィン〜。説得してよ〜」

「リヴェリアが残るなら万が一にも間違いは起こらないだろうしね。けれど、」

「?」

「念には念を、だ。ミナト、頼めるかい?」

「ええ、俺も最初からそのつもりでしたし、任せてください」

「ミナトまで〜!?」

 

ほとほと不服そうな顔をするティオナが抗議の声を上げる。レフィーヤもアイズを心配するように彼女の元に残ると言い出したが、フィンに一蹴された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、さっきの提案の本題はなんだい?」

 

小声で問いかけてくる彼に、リヴェリアはちらりと視線をやる。

 

「まさか言葉通りではないんだろ?」

「.....今あの子を止めたとしても、後回しになるだけだ。いずれ暴走するなら、目の前で大いに爆発させた方がいい」

「なるほどね」

 

お見逸れするよ、と笑うフィンは瞼を閉じた後、流し目を送る。アイズへの過保護を冷やかしているように見えるその姿に、何か言いたげな視線を浮かべるリヴェリアは、結局何も言い返さなかった。

 

「例の調教師(テイマー)が現れることはないと思うけど、どうか気をつけてくれ。僕の手持ちの精神力回復薬(マジック・ポーション)は全て置いてく。.....アイズの申し出を許したのは君だ、君が彼女の分まで責任を負わなくてはならない」

「わかっている.....そして、すまない、ありがとう」

「ミナトも残ることだし、むしろ帰り道の僕らが危ないかもね」

 

 

冗談を交えつつフィンが撤退の指示を飛ばし、レフィーヤ達が準備を整えるのを見守り、ややあって、彼等と別れる。『ルーム』に存在するたった一つの出入り口の前で、去り際にティオナと、そしてレフィーヤが、何度もアイズへの激励の言葉を送った。

 

 

 

 

 

「.....ありがとう、リヴェリア、ミナト」

 

3人だけになったルームで、アイズは口を開いた。隣合っているリヴェリアは見返すことも無く、淡々と答える。

 

「これっきりにして欲しいところだが、今更だな。あまり手をかけさせるなとだけ、愚痴を言わせてもらおう」

「.....ごめん」

「まあまあ、彼女も悪いと思ってるみたいですし.....」

 

リヴェリアの前では、あらゆる意味で自然体の自分になっている、とアイズは自覚があった。上手く言葉にはできないが、それは仲間に寄せる信頼とも少し違った、温かい何かだ。

 

「.....」

 

暗い広間の中で、何をする訳でもなくしばらく沈黙を重ねる。

 

 

「「.....?」」

 

動こうとしない自分を怪訝に思ったのか、ミナトとリヴェリアが視線を向けてくる。2人の視線を肩で感じながら、それでもアイズは動かなかった。この階層に、この『ルーム』に残った理由は別にある。

 

自分の考えが正しければ、恐らく。

 

思考を働かせるアイズが、息を凝らしその時を待ち続けていると、不意に。小さな、本当に僅かな振動が、身につけているブーツを揺らした。

 

やはり。

 

「来た」

「.....そういうことか」

「なに?」

 

アイズは柳眉を鋭く構え広間の中心を見据える。ミナトは彼女の狙いに勘づき、リヴェリアが問いただそうと口を開きかけたが、彼女も気付いたようだった。地面が揺れ、少しづつその振動は大きくなっていることに。

 

「まさか.....」

 

リヴェリアの呟きが落ちるのと同時、『ルーム』の中心の地面一帯が隆起する。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオッッ!!!』

 

やがて、漆黒の巨体が産声を上げるように雄叫びを上げながら姿を現した。出現したのは『リヴィラの街』で戦った女体型にも劣らない超巨大なモンスター。そして全身から放たる圧倒的な威圧感は、女体型を倍するほどと言っていい。他ならない階層主。37階層に君臨する『《迷宮の孤王(モンスターレックス)》』。Lv.6、『ウダイオス』

 

 

「リヴェリア、ミナト、手を出さないで」

 

予想通り出現した階層主に対し、アイズは腰の鞘から《 デスぺレート》を抜き放つ。次のステージへ移行する絶好の機会。既に打ち止めになった己の器を昇華させるため、階層主という強大な相手を単身で撃破する。神々さえも認める偉業を成し遂げ、アイズはアイズの限界を超克する。より強く、もっと強く、もう誰にも負けず屈しないように。弱い己から脱却するために、更なる力を手にするために。脳裏に浮かぶ赤髪の女の姿を、目の前の漆黒のモンスターに重ね合わせ、アイズは金の瞳を吊り上げた。




進んでいく止まるなんて、No No No...


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決めたならいけよ、お前だって、ここで終わってたまるか。そう思っているんだろう

アーディ強くね?


「アイズ、本当に1人でやるつもりか?」

 

歩み出すアイズの背に、リヴェリアが強ばった声を飛ばす。上下の顎骨を開口し、凄まじい咆哮を放ってくる『ウダイオス』を前に、アイズは剣の銀光を静かに散らした。

 

「大丈夫」

 

絶対の決意を胸に、彼女は唇を開く。

 

「すぐに終わらせるから」

 

見てて、とミナトを一瞥し、そう続ける。

 

黒骨の巨身が震えた。射程圏内へと1人足を踏み入れたことで、凶悪な戦意が開放される。全身の骨格を(きし)ませ、臨戦状態へと移行する最強の敵を前に。アイズは地を蹴って、その無謀な戦いへと身を投じた。

 

 

 

 

 

 

一直線、敵の元へ駆け抜ける。唯一の武器にして数々の死闘をくぐりぬけてきた愛剣を右手に提げ、アイズは見上げるほどの大巨躯の懐へ、真正面から疾走した。

 

『オオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

突貫してくるアイズに、ウダイオスは大気を震わす雄叫びを上げる。揺らめく朱色の眼光で金色の影を睨みつけ、剥き出しの長骨が黒く光る歪な左腕、その巨大な鈍器を背に溜めた。大気を抉り取りながら、矮小な影に向かって、横なぎの一撃を繰り出す。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!!」

 

押し寄せる一撃必殺に対し、アイズは超短文詠唱を唱えた。瞬く間に風の気流が防具ごと体を包み込む。速力の増したアイズは、叩きつける左足で地面を爆発させ、一気に加速した。ぐんと体を前に倒し、ウダイオスの左腕が自身を捉える前に懐へと入り込む。空洞の(あばら)を眼前にするアイズは、跳んだ。宙を貫き接近するのは敵の左脇中段。腕がなぎ払われたことでがら空きになった左の胸部目掛け剣を構える。更に剣身に付与される風の出力を上げ、威力を底上げした。腰を捻り、右手の《デスぺレート》を左肩に溜め、お返しとばかりに音速の横切りを放つ。

 

『ウゥゥゥ!?』

「!」

 

肋の隙間を狙って滑り込ませようとした風の一撃を、第五助骨が上下動することで阻んだ。弱点である魔石を黒骨の盾で守ったのだ。防がれても足をとめず、体の左脇を抜けてウダイオスの後方に出るアイズは地面に着地し、すかさず反転する。隙だらけの背後、背骨を晒す階層主へ斬りかかった。

 

次の瞬間。

 

走るアイズの足元、その地面から伸び上がる槍のように漆黒の逆杭が放出された。

 

「っ!」

 

顎の下から突き上がる鋭い一撃を、上半身の動きだけで回避する。漆黒の柱によって金の長髪が乱れる中、続いて地面より射出された5本の矛からアイズは素早く横手へ逃げた。地面を破って現れる黒槍、あるいは剣山は執拗にアイズを追いかけ、眼下から攻撃を加える。

 

その巨躯ゆえに機動力が乏しいウダイオスには、大人数のパーティでさえも一気に攻めかかることができない理由がこれだ。この地面から放たれる無尽蔵の逆杭(バイル)によって、敵を近付けさせないのだ。迂闊に飛び込めば串刺しにされてしまう。上半身のみのウダイオスは、残りの下半身で『ルーム』全体の支配権を握っていると言っていい。あらゆる所から繰り出される攻撃はまさに攻防一体であり、その攻撃範囲は『ルーム』全域である。ウダイオスの目の前を進んだが最後、逃走しようものなら出入り口は漆黒の剣山で塞がれる。骸骨の王は、獲物を駆逐するまで『ルーム』から逃がしはしない。

 

『ルゥオオオオオオオオッッ!』

「くっ!?」

 

まるで誘導されるように漆黒柱の群れがアイズの動きを支配する。連続の回避行動を強いられるその体は、気付けばウダイオスの正面に連れ戻されていた。敵を目の前にした階層主は容赦なく両腕で攻撃を開始する。地面からの逆杭(バイル)と頭上より押し寄せる剛腕、その激しい天地からの挟み撃ちに対し、顔を苦渋に歪めるアイズは風を纏いながらどうにか切り抜けていく。

 

「アイズ!」

 

手を出さないでと懇願されているリヴェリアが外から叫んだ。ルームの出入り口付近でウダイオスに補足されていない彼女の足元は、嵐の前の静けさのように沈黙を守っていたが、戦闘の行方を見守るその心中は穏やかではない。対大人数用の逆杭が全てアイズ1人に集中している。魔法の恩恵によって並ならぬ速度を得ていようが、あれでは捕まるのも時間の問題だ。杖を持ち一歩踏み出そうとしたリヴェリアの足を、彼女の隣で同じくアイズを見守っていたミナトの双眸が制する。

 

彼女の戦いです、と訴えるその碧色の視線に、リヴェリアの顔が何かを耐えるように歪む。

 

「.....っ!」

 

2人の視線の先、アイズは下方から伸びる槍撃を大きく避ける。あっという間に足場を埋め尽くしていく剣山をすれ違う度に切断しながら、アイズは横目でウダイオスの体を見据えた。

 

「(狙うなら、関節.....!)」

 

文字通り肘や肩を始めとした関節は、『魔石』の輝きにも似た紫紺の輝きを放っている。皮も筋肉もないウダイオスの骨身が動くのは、あの核関節の力によるものだ。膨大な魔力を放つ節々の核の力によって巨大な骨は縦横無尽に可動、そしてパーツ同士を繋ぎ止めている。関節を打ち壊せば、敵の体は脱落し、大きく力を削ぐこのができる。狙うのは関節の数だけ存在する紫紺の輝きだ。敵の魔力もまた無尽蔵、こちらの力が底をつく前に仕掛けなければ。思考に区切りをつけ、アイズは防戦一方から攻勢へ転じようとする。精神力(マインド)をかき集め、その唇を開いた。

 

「風よ!!」

 

最大出力。

 

風の鎧が気流を、厚みを、風力を増し、アイズの体を小さな剛嵐へと変える。痛みを訴えていた全身が一層激しく軋む中、莫大な風の力を味方につけ、この日一番の加速を断行した。

 

『!?』

 

視界の外へ消えたアイズにウダイオスの瞳が揺れる。敵の巨体の左手から、直角の起動を描いて後方へと回り込む。ウダイオスも堪らず逆杭(バイル)の射出を行う。しかし、当たらない。掠りもしない。アイスが、あまりにも速過ぎる。

 

いくつもの黒槍を置き去りにしたアイズは、ウダイオスの真正面から急迫し《デスぺレート》を構える。細い竜巻を宿すその銀のサーベルを、アイズは敵の腰の前を駆け抜けると同時に振り抜いた。

 

『ゴッッ!?』

 

腰椎の一部を破壊され、均衡を失った上半身が前のめりになり、地面へと倒れ込んだ。平伏するように上半身を折り曲げるウダイオス。好機とばかりにアイズは踊りかかる。姿勢を崩した階層主の右腕、その核関節へ切っ先を下に向け、直下させた。

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】!!」

 

剣身に大気流を流し込み、暴走させる。刃が埋まった核関節は瞬く間に破裂、爆砕した。

 

『ーーーーーーーーーーーーーッッ!?』

 

ウダイオスの絶叫が(ほとばし)る。弾け飛んだ関節から右肩がゆっくりと離れ、肩から先の上腕、右腕1本を、ウダイオスは失うことになった。

 

「何てやつだ.....!」

「アイズ.....」

 

視線の先で巻き起こった光景に、リヴェリアは(うめ)くように呟いた。同じくアイズとウダイオスの戦闘を見ていたミナトも彼女の名をこぼす。

 

『ウゥ.....』

 

右腕を消失させた漆黒の骸骨は、憤怒の炎を瞳に宿しながら、1本の逆杭(バイル)を大地から召喚する。蠢く漆黒の指骨が掴み、抜き取る、同色の柱。

 

一振りの剣。

 

およそ6mほどか、アイズからすれば極厚の長剣。天然武器(ネイチャーウェポン)のごとき、黒大剣。その巨体に釣り合わない細く長い武器を左手に、モンスターはアイズのことを見下ろした。

 

「.....!?」

 

アイズもミナトも、そしてリヴェリアでさえも目にしたことの無いウダイオスの行動。武器を装備した階層主は、ゆっくりと左腕ごと振りかぶる。肩、肘、手首。それぞれの核関節が、燃え上がる太陽の如く発光している。ぞっっ、とアイズの背中がわなないた。左手を振り上げた体勢で固まっている階層主から、全力で、距離を取ろうとする。ほぼ同時に、ウダイオスの左手が霞んだ。

 

「ーーーーー」

 

視認を許されない超速度でなぎ払われた、黒大剣。核関節が光を炸裂させたかと思うと、階層主ではありえない攻撃速度をもって武器が振るわれる。アイズの視界の隅で漆黒の影が過ぎり、次には凄まじい爆風が起こった。

 

「〜~〜~〜~っっ!?」

 

直前の子ところで黒大剣の効果範囲から逃れたアイズは、その衝撃波に殴り飛ばされ地に叩きつけられた。ウダイオスの隠し球、今まで確認されなかった、本当の切り札。階層主が隠し持っていた力に対し、アイズの相貌から、強い危機感が汗という形で滲み出していた。

 

「アイズ、一度下がれ!?距離を取れば剣は届かない!」

 

後方から打ち寄せる吹雪の余波とともに、リヴェリアが呼びかける。階層主の声に応じ召喚された大量の『スパルトイ』をミナトとともに殲滅するため、魔法を放ち、詠唱を終えて口が自由になった彼女の忠告に、しかしアイズは従わなかった。剣の柄を握りしめ、頑なになったようにウダイオスへ肉薄する。

 

「馬鹿者.....!」

 

痛罵の声を背で聞きながら、自ら懐へ近づく。もう一度突撃をしようとしたアイズは。がくんっ、と。肉体から力が失われる音を聞いた。

 

最高出力の魔法、更に長時間の連続行使。その殺人的な過負荷に耐えかね、精神力(マインド)より先に、アイズの体が限界を迎えたのだ。そして、ウダイオスはそれを見逃さず、勢いよく逆杭(バイル)を地上から射出した。

 

「っ!?」

 

何とか回避するも、纏っている気流が削られる。現在位置は完璧に敵の射程圏内。凍りつくアイズを、揺らぐ朱色の瞳が無慈悲に見下ろしている。思考が純白に染まり上がる中、幾重もの気流を纏い、アイズは全力で己の体を突き飛ばした。次の瞬間、

 

『オオオオオオオオオオオオオッッ!!』

「うっ!?」

 

捉えられた。

 

黒大剣の切っ先が風の鎧を打ち破る。我武者羅に回避行動へ走ったおかげか、体に直撃することこそなかったものの、しかし衝撃だけでもアイズを殴り飛ばすには十分な破壊力だった。地面を削りながら、数10mもの距離を凄まじい勢いで吹き飛んでいく。纏っていた気流は弾け飛び、【エアリアル】が強制的に解除された。

 

「アイズ!?」

 

悲鳴を放つリヴェリア。震えながらゆっくりと仰向けの体を起こそうとしている少女の姿に、その美貌を歪める。

 

「どけっ!!」

『ゲェッ!?』

 

力任せの長杖に殴り飛ばされ、眼前のスパルトイの頭部が粉砕した。群がられていた最後のモンスターを撃破したリヴェリアは、アイズの元へ駆け寄ろうとする。

 

『オオオオオオオオオオオオオッ!!』

「っ!?」

 

しかし、足元から剣山が発射される。咄嗟に身を傾けたリヴェリアが顔を上げると、遥か前方ではウダイオスが眼孔の奥を彼女へと照準させていた。優先順位を倒れたアイズからリヴェリアに切り替えたらしい。漆黒の逆杭(バイル)に襲われる彼女は、その柳眉を吊り上げる。

 

「【終末の前触れよ、白き雪よ。黄昏を前に】.....っ!?」

 

吹き飛ばしてやる、と。素早く『並行詠唱』を行うリヴェリアは滅多に見せることの無い激怒の表情を浮かべ、翡翠色の瞳でウダイオスを睨み返した。が、詠唱の途中で彼女と階層主の間に割り込んできたミナトが、リヴェリアを抱き抱え、遥か後方へと退避するように跳んだ。

 

「離せっ、ミナト!!あの娘が、アイズが!?」

「.....」

 

未だ起き上がることのできていないアイズを見やり、狼狽するリヴェリアに怒声の如き嘆願をされるミナトは、何も言わず、ただウダイオスから距離を取る。

 

「私にあの()を見殺しにさせるつもりか!?」

「.....」

 

彼の胸元を強く握りしめながら、鬼のような形相で下から睨みつけるリヴェリアに、やはりミナトは何も言わない。

 

「何か...言ってくれ.....っ!」

 

懇願するようにより強く彼の服を細い指で握りしめ、泣き出しそうに美しい顔を歪め、何より意味不明な行動を取る彼に怪訝感を抱き、消え入りそうな声音で言う。実娘のように、ともに過ごしてきたアイズが命の危機に瀕している。仮とはいえ、母親として到底見過ごせる筈がない。

 

「彼女が.....」

「っ!あの娘が何だと言う!?」

 

やがて十分に離れたと判断したのか、彼女を優しくその場に下ろし、ようやく口を開いたミナトに、すかさずリヴェリアは言葉を返す。

 

「アイズが、『冒険』をしようとしてるんです.....見守ってあげませんか?」

「あの娘はお前とは違うっ!?確かに剣の才は目を見張るものがあるが、お前(ミナト)のような本当の天才ではない!!何でも1人でできる娘ではないことはお前も知っているだろう!?」

「.....それでも、ほら。見てください」

 

彼女は立ちますよ。

 

ミナトの言葉に感情をあらわにする彼女をよそに、そう続けた彼が視線を向けた先、リヴェリアもその方向に翡翠色の瞳を向けると、そこでは、今まさに。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミナ、ト.....」

 

自分を信じてくれる碧色の視線を浴びながら、上半身を起こし、吹き飛ばされようが離さなかった《デスぺレート》を、杖のように地面へ突き立てた。額から溢れる血液で顔を染めながら、アイズはゆっくりと立ち上がっていく。

 

「ありが、とう」

 

柄を握る手を震わせ、地面から体を引き剥がしながら言う。ぽた、ぽたっ、と割れた額からとめどなく血が流れる。地面に真っ赤な血溜まりを作り上げながら、アイズはその四肢で立ち上がった。

 

リヴェリアが唖然(あぜん)と見つめる中、振り絞るように、詠唱を行う。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】.....!」

 

巻き起こる気流。風の加護を全身に宿し、アイズは再びウダイオスと対峙する。戦意を欠片も失っていない少女の姿に、階層主もまた瞳の火をゆらめかせた。

 

『アアアアアアアアアッッ!!』

「っ!!」

 

咆哮と同時に疾駆する。意思の力で悲鳴をあげる体をねじ伏せ、ありったけの精神力(マインド)を風に。後先のことを捨て、アイズは決戦を仕掛けるべくウダイオスへ突貫した。

 

「アイズ.....?」

 

その光景に、リヴェリアは呆然とするように立ち尽くす。激しく舞うように逆杭(バイル)を避け、銀の剣を携え漆黒の骸骨へと斬りかかる。風の雄叫びを上げながら、アイズは己の命を削っていた。

 

「(もっと.....もっと!)」

 

身を包む風に誓いを立てるかのように、心が叫んでいた。

 

「(私は、もっと!!)」

 

どうすれば、この心と体は。この決して折れない剣のように、この速く気高い風のように、憧憬の彼のように、強く在ることができるのか。

 

「(もっと、強くならなくちゃ!!)」

 

視界が白く弾け、次には黒く染っていく。胸の奥へ、心の奥底へと。深く、深く落ちていく。

 

「(もっと、私は!!)」

 

許せない。アイズは自分の弱さが許せない。何より、弱いままでいる自分が誰よりも許せない。

 

 

「(絶対にっ!)」

 

アイズはわかっている。自分がこの先も数多の敵を、斬って、斬って、斬り倒し。積み上げられる骸の山を作り上げ、その上を乗り越えるしかないのだと。そして、その先に。その遥か高みにいるのは。

 

「(絶対に、取り返す!!)」

 

願望を。

 

渇望を。

 

悲願を。

 

「うああああああああああっ!!」

 

感情を吐き出すことの無い喉が、咆哮する。渇いた叫びが、手を、足を、全身を、限界の先へと駆り立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いけ、アイズ」

 

金色の青年の激励が木霊する。

 

 

 

 

 

 

 

より速く、より鋭く、より刹那的な斬撃が、気圧されるウダイオスの体を断ち切っていく。そして渾身の一撃が、黒大剣の切っ先を破壊した。

 

 

『オオオオオオオオオオオオオッッ!?』

 

怪物をも上回る彼女の強大な意思と力に恐怖する階層主は、その漆黒の巨身で恐怖を追い出すように、雄叫びとともに震え上がる。

 

ウダイオスの咆哮、そして最後と言わんばかりに繰り出された黒大剣に対し。アイズは、一点突破の神風を放った。

 

「リル・ラファーガ!!」

 

漆黒の剣突と風の螺旋矢が衝突した。真正面からぶつかり合う必殺と必殺。紫紺の光輝と風の衝撃波が発生する中、2つの力は拮抗した。

 

「風よ、風よ、風よッ!!」

 

アイズの叫びに呼応するように、風の出力が増す。徐々に押し返される黒大剣にウダイオスが瞳をゆらめかせ、更なる咆哮と力を注ぎ込んだ。再び戻る拮抗状態に、今度はアイズの顔が歪む。

 

「【集え、大地の息吹。我が名はアールヴ】!」

 

流麗な詠唱がアイズの元に届いた。

 

「【ヴェール・ブレス】!」

「!!」

 

気流ごと体を包み込む、温かな翡翠の光膜。リヴェリアの支援によってアイズの体に小さな活力が戻る。見張られる金の瞳に「これくらいは寛容しろ」と翡翠色の瞳が憤然とした眼差しで訴えてきた。彼女の隣では碧色の瞳で「君なら大丈夫」と伝えてくるミナトが、優しく微笑んでいた。リヴェリア達と数瞬目を合わせたアイズはすぐに前を向き、その眦を吊り上げる。

 

なけなしの力を注ぎ込み、【エアリアル】の力を激発させた。

 

瞬間、黒大剣の剣突を破壊し、アイズの矢が打ち勝った。黒大剣を抉るように剣身の半分まで突き進み、そこから一気に空中へと飛び出す。風の閃光は一直線にウダイオスの左肩の核関節へ突き進み、爆砕した。

 

ウダイオスの左腕が轟然と脱落する。後方で絶叫が上がる中、敵の肩を粉砕したアイズの体からはあたかも力尽きたように気流が消え、魔法が解除された。そのまま下降し、彼女は受け身も取れず地面へと脱落する。

 

それでも。

 

もう一度、詠唱を紡ぐ。

 

「.....【目覚めよ(テンペスト)】」

 

もう一度、力を振り絞ろう。あと少しだけ、死力を尽くそう。あの敵を倒して、あの敵を超えて。強くなろう。今の弱い自分と、決別しよう。あの遥か遠い背中(ミナト)に少しでも追いつくために。

 

風の鎧を纏い、背後を振り返る。両腕を失い叫喚を上げ続けている漆黒の大骸骨に、剣の柄を握りしめながら。アイズは一歩、足を踏み出した。

 

 

両腕を失い、バランスを崩し、仰け反るように倒れ込んでいるモンスターの胸部に飛び乗った。

 

アイズは無言で《デスぺレート》を両手に持ち、刃の先端で天を衝く。風の渦を巻く銀の剣。大上段に構えたその一撃を、静かに、足元へ振り下ろした。

 

次の瞬間、魔石を砕かれたウダイオスの全身が崩れる。そして、数秒後には跡形もなく巨躯全てを灰に変えた。

 

大量の灰、怪物の屍の上に立つ彼女は、ゆっくりと頭上を見上げた。額から出血した顔を、そして胸当てを血まみれにしながら。言葉もなく、魂が抜けたかのように、闇に塞がれた天井を仰ぎ続けた。

 

「.....」

「.....リヴェリア」

 

剣を鞘に収め、地面に降り立つアイズの元に、リヴェリアが近付いてくる。

 

「じっとしていろ」

 

何かを言いかけようとしたアイズの口を、リヴェリアの唇が紡ぐ詠唱文が塞ぐ。やがて傷を治療し終えると、リヴェリアは1級品防具でもある己の聖布を破き、押し付けるようにしてアイズの血の汚れを吹いていく。多少、いやかなり強く拭ってくる聖布に、アイズは片目を瞑り、頬をぶにぶにと押されながらなされるままになった。

 

「.....」

「.....」

 

顔をあらかた拭うと、リヴェリアは手を下げて視線を合わせた。ちょうど彼女の隣にミナトが到着する。一瞬彼に目を向けたアイズは、自分より背の高いエルフの瞳を、黙って見上げた。

 

「何があった」

 

叱るわけでもなく、咎めるわけでもなく、ただ尋ねてきた彼女に目を見開く。

 

「あの人、私のことを.....『アリア』って」

 

18階層の出来事を全て話し、そう告げた瞬間、ミナトとリヴェリアは目を大きく見張った。何か黙考する素振りを見せた後、リヴェリアは少女を見つめる。

 

「アイズ、私は頼れないか?」

「!」

「私は.....いや、ミナトやティオナ達も、お前のことを家族のように想っている」

 

その温かさは、アイズの内側に染み渡った。そして、髪を()く優しげな指か、アイズの胸を叩いた。

 

「お前はもう一人じゃない。忘れるな」

「.....うん」

 

リヴェリアの、愛と言えるものに触れ、アイズは揺れた瞳を隠し、頷いた。頬を淡く染め、やがておずおずと、彼女の顔を見上げる。

 

「リヴェリア.....」

「何だ?」

「.....ごめんなさい」

 

ふっ、と。リヴェリアの唇が綻ぶ。ぱしんっ、と軽く叩かれたアイズは、頭を両手で押さえきょとんとしてしまう。目を丸くするアイズに、リヴェリアはもう一度微笑む。

 

「魔石の量も大概だか、ドロップアイテムも大量に発生してしまったな。アイズ、ミナト、手伝え」

「.....わかった」

「はい」

 

ウダイオスの灰に埋もれる魔石へと歩むリヴェリアの後ろ。アイズとミナトは静かに、ゆっくりと顔を合わせる。もじもじと、どこか落ち着きのない様子の少女は。ちらっ、とミナトの目を見ては逸らす。そのよくわからない行為を数回繰り返したアイズに、碧色の双眸を優しく緩めたミナトは、彼女の頭に手を置き「頑張ったね」と少女を労るように、『冒険』をした妹分を可愛がるように言った。

 

「あ.....」

 

言葉を残してリヴェリアの方へ向かう彼の背中を、彼女に叩かれた時よりも赤めた表情で見送る少女の心の中は。憧憬である青年に褒めて貰えた嬉しさで満たされ、2人の後を追いかける彼女の足取りを軽くするものであった。

 

 

 

 

 

 

翡翠色の長髪と、2つの金髪を揺らす彼女達は。親子のように並んで、帰路につくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 




リヴェリアママ好きや


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ラフに行こう。一回休みくらいみたいに。わかりやすく言や適当だ

書いてみたかった!


「(私、怖がられているのかな?)」

 

現在、【ロキ・ファミリア】のホーム、黄昏の館において、客人であるエイナが、ミナト、ロキと会話を繰り広げるその脇。来客室用の椅子の上で体を丸めるアイズは、落ち込んでいた。

 

『ウダイオス』の単独討伐後の帰り道、ダンジョン上層で、倒れていたベルを発見。リヴェリアの提案で彼の意識が戻るまで、()()をしてあげたアイズ(天然娘)。ふかふかの白髪に心癒されていた彼女を待ち構えていたのは、感謝ではなく。まさかまさかの、2度目の逃走。奇っ怪な叫び声を上げながら走り去っていくベルの背中を見やり。あ、と手を上げながら少年の走り去っていく方向を見つめるアイズの眼にこそ涙は浮かばなかったが、少しばかり、ていうかかなり精神ダメージを心に受けた。可愛らしい見た目の小動物に拒絶された気分、帰宅後のホームで、今まさに彼女が味わっているのはそれだった。

 

しかも。

 

このこと(逃走劇)を半当事者達であるリヴェリアとミナトに話したところ、

 

『.....くッ』

『それは.....ッ』

 

と、2人して肩を揺らして笑われる始末であった。

 

「(リヴェリアがいけないんだ.....)」

 

人知れず泣きべそをかく彼女に、立ち上がったロキが声をかける。

 

「ほれ、いつまで落ち込んでんねん。そや、【ステイタス】更新しよ?」

 

エイナとの話は終わったのか、ミナトの姿も見えず、椅子の上でずーん、と落ち込むアイズに歩み寄る。

 

「.....わかり、ました」

 

苦笑を浮かべながら少女の元へ来た己の主神に、アイズはゆっくりと首肯した。

 

「ふっふっふ、久しぶりに柔肌蹂躙したるで〜!」

「斬りますよ」

「えっ、マジ?」

 

(ベル)に逃げられたことが思いの外効いているのか、ロキのセクハラ発言に割と本気で答える。そのトーンに本気(ガチ)で怖気付くロキは。びくびくと、それでもどこか嬉しそうにニヤニヤと、アイズの背中に血滴を垂らす。

 

「今のアイズたんに冗談通じへんな〜。ホンマ何があったん?」

「別に、何も.....」

 

背中でホイホイっと【ステイタス】の更新を続けるロキを、どこか他人事に感じながら身を委ねる。

 

「?」

 

ふと、ロキの指が止まった。彼女の方に振り向くと、なにやら口元をひくつかせている。

 

「ア、」

「あ?」

「アイズたんLv.6来たァァァァァァァァ!!」

 

先の階層主に匹敵する大咆哮が響く。ホーム中に響き渡るロキの声に、様々なところで慌ただしい騒音が生まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイズのレベルアップにより、次の朝ホームはその話題で持ち切りだった。ある者は尊敬と畏怖を。ある者は先を越されたことへの悔しさを。朝から騒がしい団員達をよそに、派閥の首脳陣は、フィンの自室に集まっていた。

 

「あの娘もとうとうLv.6になりおったか」

「ティオナ達も触発されてすぐに続くだろうな.....無茶をしなければいいが」

「まあ、士気が上がるのはいいことだよ」

「そうですね。俺達もうかうかしていられません」

 

ガレス、リヴェリア、フィン、ミナトが順に言葉を交わす。

 

「ミナトの言う通りやで。フィン達も古参の面子を潰されんようにな〜」

 

面白がるように彼等を見つめるロキは、「まあ、若干一名はそうでもないんやけど.....」と金色碧眼の青年を見つめ、ボソリと呟く。

 

「よし。そろそろ極彩色のモンスターにまつわる話をしよか」

 

机の上に乗りながらロキが言う。彼女の言った通り、首脳陣である4人と主神であるロキがこの場に集まったのは、50階層、並びに18階層での女体型、およびそれに関わる極彩色のモンスターの情報交換をするためであった。

 

「極彩色の魔石、芋虫の新種と、例の食人花じゃな」

「ああ。それに、ロキ。ベートと向かった地下水路の方はどうだったんだい?」

 

ガレス、フィンと続く。

 

「モンスターはおったけど、手がかりは全然ナシや。胡散臭い男神はおるし、しかも面倒事を押し付けられるし.....」

 

十日前にベートと2人で地下水路で彼女が見たこと、感じたことを話すロキは、最後にギルドは白か黒、それはまだわからないと告げる。

 

「んじゃ、フィン達の方は?」

「僕達が見たことは....」

 

『リヴィラの街』での事件、赤髪の調教師(テイマー)、女体型のモンスター。それらのことを事細かに説明する。

 

「モンスターを変異させるとは.....その宝玉とやらが鍵かのう?」

「恐らくはな。アイズとレフィーヤしか目にしてはいないが.....」

「うちはその赤髪が気になるな〜。ミナトがちょっぴり押すくらいだったんやろ?【猛王(おうじゃ)】やないんやから。本気出せば勝てるん、ミナト?」

「どうだろう.....単純な速さでは負けるつもりは無い。けど、力は圧倒的にあっちの方が上だったからね。正直、真正面からの対決は避けたいかな」

 

ロキはミナトの赤髪の調教師(テイマー)に対する考えを聞いて、怪訝そうな顔をする。その女もまた、ミナト達と同じLv.6である可能性が高い。どの【ファミリア】に在籍するのか、おそよ見当もつかない。

 

「これはアイズに聞いたばかりなのだか.....」

 

おもむろにリヴェリアが言う。

 

「赤髪の女は、あの娘を『アリア』と読んだそうだ」

 

彼女のその言葉に、フィン、ガレス、ロキの三者は目を見張る。真剣な眼差しでフィンがリヴェリアに問いただす。

 

「間違いないのかい?」

「ああ。あの娘の魔法を見て、とのことだ」

 

敵の狙いにはアイズも含まれているのか?とロキ達の疑問点がまた増える。

 

更に。

 

調教師(テイマー)の女は、俺のことを()()()とも言いました。恐らく、尾獣について何か知っているかと」

『!!』

「敵も同じく尾獣を持ってるっちゅう可能性は.....?」

 

ミナトの言葉に、次はリヴェリアも加えた4人が、先程のアイズの件の時と同じように驚愕する。

 

「ありえないことはない、と思う。けど、俺の容姿と戦闘スタイルを見てから彼女はそう言ったからね。誰かしらバック(参謀)がいると見て間違いないと思うよ」

「ミナトが言うならそうなんやろうなぁ.....」

 

18階層で、赤髪の調教師(テイマー)との交戦中に得た僅かばかりの情報をもとに導き出される極小の可能性。否定できる材料が無い以上は、否、そう言い切ることはできない。やれやれ、と両手を肩の高さまで仰向けに上げ、首を横に振るロキ。

 

「儂等以外に、アイズの身の上とミナトの九尾を知る者がいるとは考えられんぞ」

「しかし、それでは敵がそのことを知っていることが説明できん」

 

この場にいる5人のみが、知る。そう眉をひそめるガレスとリヴェリアのやり取りを横目に、フィンはロキに視線を送る。

 

「神でアイズとミナトの事情を知る者は?」

「いたとしても、ウラノスくらいやろうなぁ」

 

確信が持てない、と言外に示す彼女の態度に、ギルドへの疑いはとりあいず保留することになった。今考えても答えが出ることはないだろう。

 

「仮にアイズの正体を、敵が知っているとしたら狙いは?」

 

ミナトの口から問いが投げられる。

 

誰も答えない。答えるだけの判断材料が決定的に足りていない。話が話なだけ、安易に結論を下すことは誰にもできない。

 

「もう1つ、気になることがあります」

「なんだい?」

「赤髪の女は、俺達【ロキ・ファミリア】の情報を知らないようでした」

「どういうことだ?」

 

ガレスに問われ、ミナトは続ける。

 

「彼女は俺との交戦中に、俺のLv.を確かめるような発言をしました。自惚れではありませんが、このオラリオで俺のLv.を知らない人はいないでしょう」

 

なるほど、と一同頷く。【ロキ・ファミリア】は数ある派閥の中でも最大級の規模と戦力を保有する。当然団員のLv.や種族といった公開されているプロフィールは誰もが知るところである。だからこそ、赤髪の調教師(テイマー)がミナトのLv.を知らないような素振りを見せたことは不可解でしかなかった。

 

「大量のモンスターを率いて、公然の情報をあまり知らない。それはまるで.....」

 

そこまで言いかけたミナトは、発言を止めた。

 

「まるで、なんじゃ?」

「いえ、何でもありません」

「.....」

 

ガレスの追求に、横に首を振った。唯一この場において、ミナトと同じ考えに至りかけていたフィンだけが、彼をちらり、と(うかが)いながら黙考をしていた。

 

「.....アイズ本人に話を聞く必要があるかな」

 

そう言ってフィンは、手元の引き出しを開け、とあるハンドベルを取り出しては、軽く振って音を鳴らした。

 

ドドドドドという駆け音が聞こえてくる。

 

「お呼びですか、団長!?」

 

他でもないティオネが満面の笑みで現れた。彼女に無理やり押し付けられた呼び出し用のベルで、ティオネを召喚したのだ。その行き過ぎた愛.....もといフィンの役に立ちたいという彼女の気持ちを体現したような、どぎつい赤リボンの装飾が施されたベルを見て、フィン以外の4人は。女戦士(アマゾネス)の愛を一身に受ける小人族(パルゥム)の首領に遠い目を向けるのであった。

 

「アイズをここに呼んで来てくれないか?」

「お任せくださいっ!」

 

想い人からのお願いに歓喜の声を出したティオネは、勢いよくその場を後にした。「便利じゃの.....」と呆れるガレスに、「まあね」と返すフィンは少しばかり彼女(ティオネ)に毒されてしまっているのかもしれない。

 

「そんじゃ、アイズが来るまで時間かかりそうやし、今度の『遠征』について話しとこか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ひとまず、準備を進める。その方針でいこうか」

 

フィンが話に一区切りをつけると、ちょうどいいタイミングで部屋の扉がノックされた。

 

「おや、アイズはどうしたんだい?」

「えーっと、ですね.....」

 

フィンの質問に、バツが悪そうに「1人でダンジョンに行ったそうです」とティオネが告げる。

 

5つのため息が溢れた。その後、地下水路の調査、【ヘファイストス・ファミリア】への『魔剣』受注、その他『遠征』に向けての準備を、各々が役割を担い、その場は解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイズは現在、ダンジョン上層において、偶然出くわしたベルの手助けをし終えたところだった。何やら凄く急いでいる様子だったので彼がアイズに気づくことは無かったが、その場に緑色の防具、腕先に付けるタイプの軽量防具を落として行った。後で直接渡そう、と決めたアイズは不意に、妙な気配を感じ、気配の先をじっと睨みつけた。

 

『流石だ。お見逸れする』

 

金色の瞳が見つめる奥から、黒いローブを纏った人物が現れる。

 

「貴方は、誰?」

「以前、ルルネ・ルーイに接触した、と言えばわかるかな?」

 

その言葉にはっとするアイズ。以前獣人の少女が言っていた依頼主、恐らくは目の前の人物がそうなのだろう。

 

「単刀直入に言おう。君に、24階層に向かって欲しい」

 

24階層で発生している異常事態(イレギュラー)食料庫(パントリー)、さらに今回の件に関わっているとされる赤髪の調教師(テイマー)。謎の依頼主(クライアント)はアイズに淡々と事情を説明していく。

 

「どうか、【剣姫】の力を貸してほしい」

「わかり、ました.....」

 

怪しいとは感じたが、真剣さはひしひしと伝わって来たので、彼女はその細い首を縦に振った。

 

今すぐ向かって欲しい。彼の人物の要求を呑んだ金色の少女は、【ファミリア】への伝言だけ頼み、24階層へと足を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あんのお馬鹿アイズたん、24階層に行きおった.....」

 

優男を気取る男神、ディオニュソスと共に情報交換を行っていたロキの元に、一通の手紙がとどいた。

 

心配しないでください。と一筆されているが、このタイミングだ。心配しない訳がない。結果、【ディオニュソス・ファミリア】所属のエルフ、フィルヴィスと、【ロキ・ファミリア】のベート、レフィーヤ。そして監視役兼お目付け役としてミナトの計4名が指名され、24階層へ向かったアイズを追いかけることになった。

 

 

 

 

 

 

 

ややあって、黄昏の館前で集合した4人。

 

「よ、よろしくお願いします!」

「足引っ張るんじゃねえぞ」

「抜かせ、狼人(ウェアウルフ)

「喧嘩は無し、だよ?」

 

二度目の会合でも馬が合わないベートとフィルヴィス。第1級冒険者を含む、臨時パーティを結成することになったことに緊張するレフィーヤ。最後に険吞な空気をかもち出す2人をなだめるミナト。中々に個性の強いパーティメンバーを少し離れた所から見守るロキとディオニュソスの顔は、面白そうなものを見るかのようなニヤニヤと、実に神らしい(自由人)笑みを浮かべている。

 

「さ、出発するよ」

「はいっ!」

「ミナト、とろいヤツ等は置いていくんだよな?」

「それは自己紹介か?」

「.....あぁ?」

「う、うぅ〜、ミナトさ〜ん.....」

 

一応、隊長ということになっているミナトが号令をするが、これまた2人が喧嘩腰になる。見かねたレフィーヤが彼に助けを求め、請われた金髪の青年は深いため息とともに、「行くよ」とだけ残し、バベルの方角へと歩き出した。

 

「そんな〜!?」

 

まさかのスルー。この場で1番頼りになる人物の半ば諦めた態度にレフィーヤは思わず涙目になる。誰でも険悪なムードは嫌だが、人一倍それを苦手とする彼女はしぶしぶ、本当にしぶしぶといった感じで、後方で距離を開けながら着いてくるベートとフィルヴィスをちらりと見やり、駆け足で先頭を行くミナトの隣に並ぶのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

依頼を承諾したアイズは、もう既に18階層へ到着していた。()()()がいるらしき『リヴィラの街』。その外れにある酒場へと、彼女は足を踏み入れた。

 

「あれ、【剣姫】じゃん!?奇遇だな!」

「ルルネ、さん.....」

 

そこで彼女を迎えたのは、先日、同階層で事件に巻き込まれた犬人(シアンスローブ)の少女、ルルネだった。

 

「前はありがとな!」

「いえ.....怪我は、平気ですか?」

「あはは、お陰様でな〜」

 

軽い挨拶を交わし、アイズはルルネの真横のカウンター席に座る。彼女の元にドワーフの店主が注文を取りに来たので、彼女は教えられた『合言葉』を口にした。

 

「ジャガ丸くん抹茶クリーム味」

 

その瞬間。酒場内の至るところで騒がしい物音が響き渡った。隣に座っていたルルネなんかは椅子から転げ落ちている。

 

「あ、あんたが援軍.....!?」

「彼女で間違いないんですか、ルルネ」

「ア、アスフィ.....」

 

獣人の少女に確認の声をかけながら登場した彼女は、【ヘルメス・ファミリア】の団長。【万能者(ペルセウス)】、アスフィ・アル・アンドロメダである。オラリオでも数少ないレアアビリティの『神秘』持ちであり、アビリティを活かしたレアアイテムの製造、およびそれ等を用いた多種多様な戦闘方法を得意とする女傑。

 

アイズがアスフィに依頼の確認をしたところ。曰く、ルルネが金に釣られた。曰く、Lv.の虚偽申告をバラすと脅された。曰く、主神(ヘルメス)にまた面倒事を押し付けられた。淀みなく()()()アスフィを見てアイズは「何だかリヴェリアと似てるかも」、なんて思ってしまった。

 

ルルネを叱り付けるアスフィ。何だろう、凄く見覚えのある光景である。

 

ごほん、と。

 

「あの.....これからのこと。確認、しませんか?」

「見苦しいところをお見せしました.....」

 

アイズの提案に謝罪とともに調子を取り戻したアスフィは、その青い瞳を向けながら、依頼内容、保持戦力、武器やアイテム、等々。慣れた様子で丁寧に、かつ素早く説明していく。この辺りは団長として身についた特性、のようなものか。

 

「【剣姫】である貴方がいてくれるなら心強い。短い間ではありますが、よろしくお願いします」

「.....よろしくお願いします」

 

笑みを浮かべる彼女にアイズも小さく笑い返す。こうして彼女も【ヘルメス・ファミリア】のパーティに加わった。最後に、アスフィ達については第三者に言ってはならない。そう釘を刺され、一行は24階層を目指し出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイズ達が18階層を発った数十分後。レフィーヤ達はちょうど同じく18階層に辿り着いていた。

 

が。

 

「きょ、今日はいい天気ですね〜?」

「うん。絶好のダンジョン日和かな」

「18階層に、つーかダンジョンに天気も糞もあるか」

「「......」」

 

無理やり話題を振ったレフィーヤに便乗したミナトごと、ベートが一蹴する。

 

気まずい。

 

別段会話がなくても平気なミナトだが、後輩の少女が健気に場の雰囲気を良くしようとしているため、それを無下にするような真似はしない。こんなやり取りが既に10回ほど。この階層に辿り着くまでに繰り返されていた。一応、ベートは反応、皮肉が効いたセリフを吐いてくれるのだが、フィルヴィスは一向に口を開かない。

 

今回手を貸してくれることになった純白の同族(エルフ)は、エルフにありがちな、取っ付き難い印象、というのが感じ取れるレフィーヤ。それでも、ここまでの道中で彼女はさりげなく、本当にさりげなくだが、レフィーヤを守ってくれた。詠唱のためその場を動けない彼女に降りかかるモンスターをことごとく追い払ってくれたのだ。

 

悪い人ではない、山吹色の長髪を揺らしながらそう思った。

 

「フィ、フィルヴィスさんっ、先程は助けて頂いてありがとうごさいました!」

「.....」

「私、実はミノタウロスが苦手で.....えっと、」

「............」

「フィルヴィスさんは、ひょっとして魔法剣士だったり?だ、だとしたら私、憧れちゃいますっ!」

「...................」

「あ、あはは.....好きな本とかありますか?」

 

諦めず声をかけ続けたレフィーヤだったが、最後は苦しくなってしまった。一切声を返さない彼女に、心が折れそうになるが、めげない。なんのこれしき!と自らを奮い立たせ、彼女に話しかけ続ける。

 

「いい加減にしろ。耳障りだ」

 

と、ベートがダルそうに口を開く。

 

「弱ぇなら置いてくだけだ。仲良くする必要なんてどこにあるんだよ」

「同感だな。貴様とだけは馴れ合うつもりはない。野蛮な狼人(ウェアウルフ)

「なんだ喋れるじゃねぇか、陰険女。そのままモンスターにお得意の(魔法)でも聞かせてこいや」

 

売り言葉に買い言葉、もはや一触即発の感じを出し始めたベートとフィルヴィス。2人の様子を見て一層涙目になるレフィーヤは、今度こそお願いします。そう瞳に込めてミナトを見やった。後輩から『おねだり』を受け取ったミナトは。何やら面白そうな、ロキのような不敵な笑みを浮かべる。お願いしたレフィーヤだったが、そんな彼の表情を見た彼女の背中に、少し冷や汗が滲む。

 

「まあまあ、2人とも」

 

ミナトが切り出す。

 

「「.....」」

「ここはダンジョンなんだからさ、仲良くとは言わないけど、助け合うくらいはしないか?」

「けっ.....こんな雑魚を助けるなら1人で先行く方がマシだ」

「それはこちらのセリフだ。貴様こそ1人で突っ走った矢先、迷子になるのがオチだろうがな」

 

一切譲り合う気の無い2人に、ミナトはますます笑みを強めた。

 

「へぇ、なら俺が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「はぁ?」

「......」

 

突然何を言い出すのか、先程彼自身が協力し合おうと言っていたのに、まるで正反対なことを口にするミナトに、碧色の瞳が見つめる先の2人は怪訝そうな顔をする。

 

「女性1人抱えてるとは言え、()()()()()()()()()()()()

「てめぇ.....」

「言わせておけば.....」

 

何故かより険悪になる場に「え、え?ミナトさんっ!?」と慌てふためくエルフの少女。自分の要望は、最低限場の雰囲気を良くしてもらうことであり、決して更に悪化させることではない。嫌な予感がますます強くなるレフィーヤ。ごくり、と思わず喉を鳴らしてしまう。

 

「鬼ごっこといくかい、鬼さん達(2人とも)?」

「.....上等だ」

狼人(ウェアウルフ)と同じ意見なのは遺憾だか、やむをえん。その鼻っ柱叩き折ってやる.....」

「ちょ、ミナトさん!?何煽ってるんですかぁ〜っ!?」

「あはは。そら、失礼するよ、レフィーヤ」

「え、て、きゃあああああああああぁぁぁっ!?」

 

レフィーヤを横抱きにし、走り出すミナト。初速から尋常ではない速度を出した彼は、後方の2人を置き去りにする。Lv.6、それも都市最速を誇る疾走は、ミナトの腕の中に収まっているレフィーヤに悲鳴を上げさせるには十分なものだった。風を全身に受ける彼女は、ゆっくりとミナトの顔のすぐ横、左肩から後ろを覗くと、20メートルほど間を開けたところにベート、その更に後方にフィルヴィスの姿が見える。

 

第1級冒険者を含む超高度な遊戯(鬼ごっこ)が、ここ18階層で繰り広げられるのであった。

 

 




鬼さんビビってる、ヘイヘイヘ〜イ


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辿り着けるように、一歩テイク、後戻りは無い。

今回のガレスって強いんですか.....?


激走劇を終えたレフィーヤ達は『リヴィラの街』に到着した。手当り次第聞いていたらキリがないので、一行は街の棟梁(とうりょう)であるボールスの元へ(おもむ)き、話を聞きに行った。

 

「【剣姫】なら俺様の所にも来たぜ」

 

街のトップである彼の情報網は広く、やはりといった様子で、ボールスはアイズの目撃情報を得ていたようだった。「これを預かってくれ、って来てな」と続けた彼は、背後にあった棚から緑色のプロテクターを取り出してレフィーヤ達に見せた。

 

どう見ても第1級冒険者である【剣姫】が付けるような防具ではない。下級冒険者用、といったところか。彼女が何故このようなものを持っていたかはわからないが、今知りたいのは彼女の行方である。

 

「あの、アイズさんがどちらに行かれたか知りませんか?」

「【剣姫】の行き先かぁ〜」

 

立ち上がりレフィーヤを見下ろすボールスの顔には、勿体ぶるような笑みが浮かんでいる。

 

「知りたいなら、相応の()()を用意しねぇとなぁ?」

 

人差し指と親指で丸を作り、レフィーヤの眼前に突きつけるボールスは、実に悪党らしい顔をしている。情報料をよこせ、というの物言いに、レフィーヤは顔を引きつらせる。

 

「ごちゃごちゃうるせえ、さっさと言え」

「あっ、はい。言います言います」

 

ベートに胸ぐらを掴まれながら睨みつけられたボールスは、あっさりと彼に屈した。あまりにも早い態度の変わり様にレフィーヤが冷たい視線を送っていると、ボールスは知っていることを白状し始めた。

 

アイズ含む一団は、トラップアイテムなどの陽動用のアイテムを大量に購入。そこから導き出されるのは。

 

食料庫(パントリー)か」

「だろうな」

 

ミナトとベートが同じ回答に行き着いたようだ。血肉(トラップアイテム)はモンスターの食欲を刺激することで、設置した周囲にモンスターをおびき寄せる効果を持つ。アイズ達が24階層に向かうことは事前に聞いているため、何があり、そしてトラップアイテムで何をするのかは大方予想できるため、ベートは一足先にボールスが(あきな)う小屋から出ていった。フィルヴィスも後に続く。

 

「あの野郎、調子に乗りやがって!おい、【千の妖精(サウザンドエルフ)】っ!金やるから1発あの狼殴ってこい」

「無理です、殺されます.....」

 

ベートがいなくなった瞬間に耳打ちしてくるボールスに、絶対の拒否を示すレフィーヤ。返り討ちにされて泣かされるイメージしか湧かない。彼女とて乙女、傷つくことは嫌なのだ。

 

「ところで.....」

 

1人離れたところにいるフィルヴィスに視線を送りながら、ボールスが呟く。

 

「お前ら、『死妖精(バンシー)』と組んでいるのか?」

「ボールス.....」

「えっ?」

 

ばっ、と振り向くレフィーヤに対し、少し避難の目を向けるミナト。

 

「てめえも()()()()()()()()()()()、ミナト」

「だけど.....」

「隠すようなことでもねぇ、俺様がそこの嬢ちゃんに教えてやんよ」

 

フィルヴィス・シャリアに付けられたもう1つの渾名。あれほど美しい女性に付けられた不吉な呼び名。レフィーヤはボールスに経緯を尋ね、返ってきた内容に、彼女は絶句する。

 

フィルヴィスの組んだパーティは彼女だけを残し、全滅する。6年前、闇派閥(イヴィルス)によって引き起こされた『27階層の悪夢』で彼女だけが生き残ってしまった。さらに、その日を境に、彼女がその後組んだパーティではことごとく彼女以外が死んでいく。事件後に何とか再起した後も、フィルヴィスの周りには不幸が途切れなかった。疫病神、妖精ならぬ死神、彼女への非難は止まらず、やがて付いたのが『死妖精(バンシー)』。

 

「まあ、気をつけろや。そこの色男がいる限りは大丈夫だろうけどよ」

 

肩を竦めて忠告するボールスは、レフィーヤにそう告げると小屋の中に戻って行った。

 

レフィーヤとミナトが広場で待つ彼女の元まで行くと、艶のある綺麗な黒髪を翻しながら、白きエルフは振り向いた。

 

「聞いたのだろう?私といるとロクな目に遭わないことを」

「それ、は.....」

「どうでもいいがよ、要はてめえが仲間を見捨てた、ていう話だろうが」

 

本人の前で、彼は乾いた笑みを浮かべる。少女の傷を抉るような物言いに、正義感の強いレフィーヤが彼に怒りを見せるが、当のフィルヴィスは何も言わなかった。

 

「お前言う通りだ」

 

仲間を見殺しにしたと、あっさり認めるフィルヴィス。彼女の自嘲じみた笑みを目にしたベートとレフィーヤは動きを止めた。

 

「どうする、ここで別れるか?」

 

お前達も殺してしまうぞ。と続ける彼女に、狼人(ウェアウルフ)の青年は舌打ちを放った。

 

「てめーみたいな奴が1番頭にくるんだよ」

 

そう吐き捨てて、彼は広場の外へ向かい出した。

 

「フィルヴィスさん、貴方は.....」

「そんな顔をするな、ナミカゼ・ミナト」

 

壮絶な過去を持つフィルヴィスに、同情の仕方もわからず、ただ申し訳ない顔を浮かべるミナトに、彼女は告げる。

 

「お前のことはよく知っている。『暗黒期』の英雄。たった1人で闇派閥(イヴィルス)の中でも幹部クラスだった者達を次々と屠った、オラリオの光」

「......」

 

死妖精(バンシー)』は続ける。

 

「お前が駆けつけた場所では、()()1()()()()()()()()()()()と言う。まさに英雄の成す(わざ)だな、惚れ惚れするよ」

「......」

「フィルヴィスさん.....」

 

死妖精(バンシー)』は続ける。

 

「まだ20にも届かない若輩者が、あれほど壮絶な時代を攻略するための鍵になったとはな」

「それ、は.....」

 

死妖精(バンシー)』は続ける。

 

「あの卑怯で、下劣で、愚図な連中が尻尾を巻きながら逃げる様、私も見たかったよ.....」

「......」

 

()()()()()()()()()()()は続ける。

 

「だからこそ、だ。レフィーヤ・ウィリディス.....間違っても私に情を移すな。私は同胞を穢したくはない」

 

私は汚れている。

 

瞠目するレフィーヤに、ハッキリとそう告げた。まだ綺麗な同胞を、血で汚したくはない。エルフにあるまじきセリフを吐き、彼女は拒絶の瞳をレフィーヤに向ける。だが、目の前にいる山吹色の同胞(エルフ)は違った。

 

「貴方は汚れてなんかいない!!」

 

彼女の細い腕を掴み、レフィーヤは偽りなく叫ぶ。今度はフィルヴィスが瞠目した。

 

決して汚れてはいない、穢れてなんかいない。なぜなら、私を助けてくれる優しい心が残っているから、と。

 

「お前と私はまだ会って間もないはずだ。何がわかるっ!?」

「こ、これから貴方の良いところを一杯見つけていきます!!」

 

正論に負けそうになったレフィーヤは、勢いに身を任せ言い返した。

 

「.....」

「.....」

「ふふっ」

 

フィルヴィスはぽかん、と。レフィーヤはじっ、と。ミナトはくすくす、と。三者三様の表情を浮かべる。ややあって、「くっ」と笑いだしたフィルヴィスは、

 

「結局答えになってないぞ」

「えっと.....」

「ははははっ!」

 

その美しい相貌を崩しながら、おかしそうにレフィーヤに告げ、彼女も素っ頓狂なことを言った自覚があるらしく赤面した。2人のエルフが作り出す微笑ましい光景を目にし、金色の青年は肩を震わせて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ギャッ!?』

 

銀の一閃がモンスターの頭角を切断し、そのまま顔面を断ち切った。

 

「やっぱり強いなぁ〜」

「ルルネさん達も、凄いです.....」

 

モンスターを瞬殺したアイズの剣技に、目を輝かせながらルルネが言う。今現在、アイズ達は目的地である24階層に足を踏み入れていた。16人の中規模パーティの指揮をとるアスフィ、ルルネの軽やかなナイフ捌き、その他パーティメンバーも粒がそろっている。個人の技量も、連携も高い水準でこなす【ヘルメス・ファミリア】に、アイズは静かに驚嘆していた。

 

そんな中アスフィがアイズの隣まで近づいて来る。

 

「【剣姫】。率直な意見を聞きたいのですが、今回の依頼についてどう考えますか?」

「.....えっと、」

「リヴィラの件はだいたい聞いています。謎の宝玉等のことも。今回も似たように、危険なものだと思いますか?」

 

モンスターの大量発生の原因は、例の宝玉が関係している。ずばり、そう切り込んできた彼女に対し、依頼を受ける際に同じようなことをローブの男から聞いていたため、アイズは小さく頷いた。

 

それからしばらく道のりに従って歩いた。その道中で、金になるアイテムやモンスターを見つけはしゃぐルルネを、アスフィが(たしな)めたりもしていると。前方の通路に潜む気配に、アイズを始めとする冒険者達は反応した。アスフィが慎重に、と指示を出し、気を引き締め直して進行を再開する。通路を奥まで進み待っていたのは、視界いっぱいに広がるモンスターの大群だった。

 

「うげぇ.....」

 

うじゃうじゃといるモンスターの群れに、ルルネが1番に反応し、他の団員達も嫌な顔をする。醜悪な怪物が、巣穴のごとく溢れかえるその光景を観察していたアイズは、実に不思議な集まり方だ、と思った。

 

「アスフィ、どうする?」

「致し方ありません。ここで始末します」

「.....それなら、私が行きます」

「は?」

 

愛剣(デスぺレート)を鞘から抜いたアイズは、モンスターの群れへと突っ込んだ。

 

「おいおいっ!?」

 

ルルネ達が止める間もなく、単独先行する。次々と押し寄せる群れに対し、真正面から銀の剣閃を見舞う。少女が通った後には灰のみが残り、次々とモンスター達がその数を減らしていく。先程までアイズを食わんとしていたモンスター達の咆哮は、次の瞬間には叫喚に変わっていた。

 

「.....もう、彼女に全部任せてもいいんじゃないですかね」

 

アスフィが固まりながらも呟いている間にも、アイズは敵を駆逐していく。実際のところ彼女が1人で突っ込んだのには理由があった。それは、器の昇華、すなわちLv.6になった自身の体を確かめるため。【ランクアップ】を経た【ステイタス】の激上は凄まじく、【ランクアップ】直後は、今までのイメージと体の()()が起こりやすい。それを調節するために彼女は単身でモンスターの群に飛び込んだのだ。魔法は使用せず、純粋な身体能力のみで戦う。

 

数分もしないうちに、あれほど大量にいたモンスター達は、全て灰に姿を変えていた。

 

「やっぱり第1級冒険者って凄いなっ!あ、回復薬(ポーション)いるか?」

「ううん、平気.....ありがとう。でも、ミナトならもっと速く終わらせてたと思う」

「【黄色の閃光】だっけ?そんなに凄いのか?」

「.....うん、凄いよ」

「なぜ知らないのですか.....」

 

戻ってきたアイズを笑顔で迎えたルルネは、アイズの華麗な剣技を褒め称える。褒められすぎて照れたのか、ミナトの名前を出したアイズたったが、獣人の少女はあまり知らないらしく首を傾げた。ある意味【剣姫】より有名な【黄色の閃光】をしらない団員に、アスフィは思わずため息をつく。そんな彼女の呆れた様子も気にせず、ルルネは続けて尋ねた。

 

「で、モンスターは片付けてもらったけど、これからどうする?」

 

リーダーの判断をパーティが待つ中、アスフィは口を開いた。

 

「モンスターがいるところを進みます」

「ほぇ?」

「モンスターが発生している方向を進めば、恐らくその近くに原因となるものがある筈です」

 

おお、とアイズはアスフィの説明に納得した。なるほどなぁとルルネ達は顔を上げ、アイズが倒したモンスターの死骸を見やる。モンスターの行列が押し寄せてきたのは方角は、

 

「.....北、ですね」

 

一行は北の食料庫(パントリー)を目指すことに決定した。

 

モンスターの大量発生の原因、それは一体何なのか。今まで以上の緊張感を保ちつつ、一歩一歩通路を進んでいくと、冒険者達は、とうとうそれを目撃する。

 

「なっ.....」

「おいおい、なんじゃこりゃ!?」

「壁が、植物.....?」

 

アイズ達の目の前な現れたのは、不気味な光沢とぶよぶよと膨れ上がる緑色の壁だった。明らかに他の石壁とは作りが異なっており、ここら一帯で不気味な気色悪さを放っていた。

 

「.....ルルネ、本当にこの道なのですか」

「う、うんっ、間違いないって!食料庫(パントリー)に繋がる道を選んできたんだ、こんな壁(緑肉壁)はない.....筈なんだ」

 

アスフィの指摘に慌てて地図を確認したルルネだったが、やはり道は間違っていなく、正しい道順で進んできたようだった。

 

「(生きている.....)」

 

後方でアスフィが団員達に指示を飛ばし、周囲をくまなく調べる中、アイズは壁の表面に触れた。そして感じるのは、ほのかな熱と僅かな鼓動。警戒を怠らず、彼女は壁をじっと見据えた。

 

「アスフィ、一通り調べた」

「どうでしたか?」

 

そこから【ヘルメス・ファミリア】の考察が始まった。周囲を見てきた彼等は、他の経路も同様の肉壁によって塞がれているのを見つけ。名の通り食料を求めて食料庫(パントリー)に集まったモンスター達が、次に向かう先は()()食料庫(パントリー)であると予想する。これらの要素からわかることは、ここ数日冒険者達を苦しめていたのは、異常事態(イレギュラー)によるモンスターの大量発生ではなく。次なる食料を求めたモンスター達の大移動。そう結論づけたアスフィは、「やはり、この壁を破壊するしかないですね」と呟いた。緑色の肉壁が通路を塞ぎ、進行方向を限定することで発生したモンスターの大移動。それを解決するには壁の破壊が1番手っ取り早いと、そう彼女は告げる。

 

「植物らしき外見から、炎が有効そうですが」

「斬りますか?」

お前(アイズ)、意外と物騒だな.....」

 

金髪の少女が剣を、ちゃきん、と鳴らすと、ルルネが呆れた目を彼女に向ける。ややあって、壁を観察していたアスフィは、魔法を試すことにした。

 

彼女に命じられた小人族(パルゥム)の少女、メリルが、小さな体に見合った小さな魔杖を構え、詠唱を始める。やがて完成した魔法名を口にすると、大爆炎が気味悪く脈動する壁に着弾、そして爆発する。ぽっかりと開いた燃焼穴を、急いでアイズ達がくぐり抜けると。次第に、ゆっくりと破壊したはずの壁がずぶずぶ、と音を立てながら修復していった。

 

「脱出できなくなったわけではありません。帰りの際には、また穴を開ければいいだけです。さぁ、行きますよ」

 

アスフィに従いアイズ達は緑壁の奥へ歩み出した。

 

「なぁ、もしこのぶよぶよが全部モンスターだったら.....」

『やめろっ!』

 

ルルネの恐ろしい一言に、全ての団員達から非難が飛んでくる。他派閥のやり取りを耳にしながら、アイズはとある一点を見つめた。うっすらと()()()に光る花弁。思わず金色の双眸を細めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『オオオオオオオオオオッッ!!』

 

肉壁の中を進んでいたアイズ達は、天井近くに潜んでいた食人花のモンスターと激しい戦闘を繰り広げていた。この場にたどり着くまでモンスターとの戦闘はなかった訳では無いが、食人花と遭遇することは1度たりともなかった。

 

「ルルネ、あの花の魔石の位置は!?」

「た、確か、口の中!」

 

初見の【ヘルメス・ファミリア】の団員達が攻勢に出られない中、いち早くアスフィは、唯一あのモンスターを見たことがあるルルネに、敵の弱点の位置を尋ねた。次には、ベルトのホルスターから紅い液体の詰まった小瓶を取り出し、食人花の口に投げ入れる。

 

大爆発。

 

『神秘』を持つアスフィだからこそ作成可能な、特製の爆薬を食らったモンスターは、魔石を破壊され灰になった。自分専用かつ高威力の爆弾を駆使し、彼女は次々と敵を倒していく。そんな彼女の動きに触発された団員達は、一気に攻めに転じてモンスターに襲いかかった。

 

 

 

 

 

「あらかた片付けましたね」

「落ち着けば何とかなるな〜」

「調子に乗らない」

「うっ、ごめん.....」

 

しゅん、と獣耳と一緒に項垂れるルルネは、結構可愛い。そう感じたアイズは、先日逃げられた(ベル)を思い出し、少しばかり落ち込んだが、アスフィの言葉で直ぐに切り替えた。

 

「【剣姫】、貴方はあの新種を熟知しているようですが、今のうちに詳細を教えていただけますか?」

「分かりました」

 

打撃が通りにくいこと、魔力に反応すること、触手を駆使してくること。知っていることを全て提供した。

 

「.....多分ですけど、他のモンスターを狙う習性があるって、ミナトが.....」

 

最後は迷ったが、尊敬する金色の青年の予想だ。間違っていることは無いだろう、と判断し、アスフィ達に告げた。

 

 

()がそう言うなら間違いないのでしょう」

「なんだよ、アスフィ【黄色い閃光】と知り合いなのか?」

「ええ。数回顔を合わせた程度ですが」

 

問に答えるアスフィに、「そんなんで信じられるのかよ〜」と続けるルルネだったが、何故か横から飛んできた鋭い金色の視線と、首領の青い瞳に黙らされた。

 

「彼ほど聡明な人を、私は他に知りません。彼の【勇者(ブレイバー)】と知恵対決で張るとのことですし、問題ないでしょう」

「.....うん、いつも2人でチェス、してるよ?」

「チェスとかするのかよ.....」

 

計らずとも手に入った第1級冒険者の豆知識に、情報屋でもある獣人の少女は、貴重な情報であるはずなのに、目の前の少女が何故か自慢げに話す姿を目にして、なんだかなぁ、とボヤく。

 

「コホンっ。話を戻しますよ」

 

眼鏡をくいっといじりながら、アスフィは自身の仮説を打ち明けるように切り出した。

 

「モンスターがモンスターを狙う行動には、主に2つの理由があります」

 

まず1つ目。

 

「突発的なモンスター同士の戦闘。これは群れの中でもよくあることですから特段珍しくはないですね」

 

アイズ達が頷くと、アスフィは2本目の指を上げた。

 

「2つ目は、モンスターが『魔石の味』を覚えた場合、です。別個体の『魔石』を食らった個体の能力は大きく上昇します」

「『強化種』.....」

「有名なのは『血濡れのトロール』でしょうか」

「【フレイヤ・ファミリア】が倒したやつだっけ?」

「ええ、多くの上級冒険者を返り討ちにしたのは、記憶に新しいですね」

 

ルルネ達の会話を聞きながらアイズも黙考する。だか、食人花のモンスターは、食人花同士で共食いはしないため、何か別の要因があると思われる。もしかしたら、魔石のみを狙う。そんな習性があるのかもしれない。

 

 

 

 

『オオオオオオオオオオッッ!!』

 

その時、通路の前と後ろ、その両方向からモンスターの声が響き渡ってきた。

 

「また、ですか.....【剣姫】、片方をお願いしても?」

「わかりました」

 

首肯するアイズ。第1級冒険者である彼女ならば食人花に遅れはとらない、そう判断したアスフィはアイズに前方のモンスター達を託した。間もなく、食人花のモンスターに斬りかかり1匹目を倒した、次の瞬間。

 

タイミングを合わせたかのように、天井より超巨大な柱がアイズのいる位置へ落下した。

 

「っっ!?」

 

すぐさま反応したアイズは、地面を蹴りつけ緊急回避をする。が、

 

「.....」

 

アスフィ達と分断されてしまった。耳をすませば柱の奥からルルネの叫び声がするが、食人花達がアイズの元へ殺到してくるため、気にしている暇はない。

 

「ッ!」

 

敵の触手を切り裂き、最後の1匹を倒した後。肉壁に近寄り、奥にいるアスフィ達と合流しようとするが、彼女の背後から浴びせられる強烈な殺気が、それを許さなかった。

 

「.....!」

「そちらから出向いてくれるとはな。手間が省けた」

 

現れたのは赤髪の女、18階層でアイズが敗北した調教師(テイマー)だった。冷たい緑の視線を、金の瞳で受け止める。

 

「ここで、何を?」

「さぁな」

これ(肉壁)は貴方が作ったもの?」

「お前が知る必要は無い」

 

こちらの質問に対し、やはり相手はまともに答える気はないようであった。以前と同じく、バッサリと切り捨てられる。

 

「お前に会いたがっている奴がいる。一緒に来てもらうぞ、『アリア』」

 

その言葉にアイズは視線を鋭くした。

 

「『アリア』は私じゃない。『アリア』は私のお母さん」

「抜かせ。『アリア』に子供がいる筈がない。そうであったとしても関係ないがな」

 

そう言って、女は地面に右手を突き刺す。やがて勢いよく引き抜くと、彼女の手には()()()()()()()()()。臨戦態勢を取る敵を前に、アイズも《デスぺレート》を構え、体から余計な力を抜く。全ては、目の前の強敵を倒すため。

 

「行くぞ」

 

女が告げた瞬間、2人は激突した。




次回。レヴィス、死す?


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魑魅魍魎亡霊呪縛、第六感で受け取るメッセージ

早く第2弾きてくれぇ〜!!


赤髪の女が圧倒的な膂力を使って長剣を振り下ろす。アイズは真っ向から受け止め、弾き返した。『リヴィラの街』でアイズを圧倒した勢いで女は続けて斬りかかった。大気を真っ二つにするかの如き横薙ぎの一撃をアイズは屈んで難なく躱して、カウンターを見舞う。

 

「?」

 

激しい斬り合いを続ける中、女が怪訝そうな表情を作る。徐々に鋭く、速くなっていくアイズの剣筋に気づいた女は瞠目した。一切反撃の余地を与えないほどの連撃、袈裟斬り、お返しと言わんばかりの横薙ぎの一閃。体勢を大きく崩された赤髪の調教師(テイマー)の長剣が弾かれる。

 

「なにっ!?」

 

驚愕する女に、アイズは間髪入れず追撃する。もはや剣の幕が出来上がるほどの銀のきらめき。無数の連撃を浴び続ける女は何とか防御しているが、次の斬り上げで大きく後退させられる。

 

「まさか.....」

 

豊満な胸元に付けられた傷に手を当てながら、アイズに向かって顔を上げた。

 

「器を、【ステイタス】を昇華させたのか!?」

 

僅か10日間。1度目の接触から、決して長くはない期間しか開いていない。にも関わらず、前回とは比べ物にならないアイズの能力に、ようやく気づいたようだ。

 

「これだから冒険者はッ.....!!」

 

苛立ちを言葉で吐き捨てる。10日前は確かに圧倒していた身体能力が、今では拮抗している。忌々しそうに睨みつけてくる女に、アイズも金の瞳を向け、言う。

 

「負けたくなかった、ただそれだけ」

 

本来ベート達にも劣らない程負けず嫌いのアイズ。その乏しい表情の奥では、静かに、目の前の女に対するリベンジ精神がメラメラと燃えていた。その意志を示すように、《デスぺレート》の剣先を向ける。

 

「面倒な.....!」

 

冷静かつ冷淡な表情を消し、赤髪の女は、目の前の剣士を明確な敵として再確認する。静かに武器を構え合う2人であったが、あることを疑問に思い、赤髪の女の方が口を開く。

 

「風は使わないのか?」

 

反則めいた魔法を使わないアイズに、問を投げる。

 

「いらない」

 

(エアリアル)に頼りきっていた自分を反省し、今一度、『技と駆け引き』を胸に刻み込む。冒険者としてでは無く、剣を扱う者。1人の剣士として勝負に挑む。

 

「舐めるな!」

 

アイズの物言いに激昴した女は、握り締めていた剣の柄にヒビをいれた。端正な顔立ちを怒りに染めあげる女は、次の瞬間、地を蹴り砕いてアイズに肉薄する。襲いかかる敵に対し、少女も静かに剣を構え直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【アルクス・レイ】!!」

 

美しい玉音とともに『魔法』が放たれる。図抜けた魔力とスキルの相乗効果により、凄まじい威力と化した光の矢に、モンスター達は悲鳴をあげる暇もなく消し飛んだ。魔法の発動主、レフィーヤはふう、と息を整える。

 

「お前はウィーシェの森の出身か。道理で凄まじい魔力だ」

「い、いえっ!私の取り柄はこれ(魔法)くらいなので.....」

 

当初よりもかなり打ち解けた様子の2人は、数匹のモンスターを吹き飛ばしたレフィーヤの魔法にフィルヴィスが感嘆しており、とんでもありません、とレフィーヤが頬を赤めて照れながら言葉を交わしている。

 

「ふっ!」

 

彼女達から少し離れた右手側。およそ10匹程のモンスターに囲まれているミナトは。まず背後から突進してきた蜥蜴人(リザードマン)の頭上をサマーソルトのように飛び越え、着地と同時に弱点である魔石を、三枚刃のクナイで突き刺す。(魔石)を破壊されたモンスターが灰になる前に、すかさず次の敵に襲いかかる。ヒットアンドアウェイ。速さに自信があるミナトが得意とする戦法の1つであり、一撃一殺の一振りは、何人たりとも阻むことはできない。瞬く間に灰にされたモンスター達と、それを成したミナトを見て、レフィーヤは口を半開きにし、呆然とした。

 

「ウィリディス」

「は、はいっ!?」

 

魔法を使用してやっとのことモンスターを倒した自分と比べ、純粋な物理攻撃のみで敵を駆逐し切った先達(ミナト)に畏怖を覚えているレフィーヤに、横からフィルヴィスが声をかけた。

 

()()()と自分を比べるな。こういう言い方は余り好まないが.....奴は、次元が違う」

「はい.....」

「伊達に神々の間で才能の化け物と呼ばれている訳ではない、ということだ」

「.....」

「お前にはお前の強みがある。何も奴と比較して落ち込む必要は無い」

「フィルヴィスさん.....!」

「奴と比べれば、【剣姫】ですら霞むと言われているしな」

 

そもそもお前とあの男とではLv.も違う。そう続ける彼女は、落ち込んでいるレフィーヤを励まそうとしているのだろう。彼女の温かさの一端に触れることのできたレフィーヤは、「ありがとうございますっ!」と、フィルヴィスの手を両手でガシッと掴みながら感謝を述べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖(いかずち)】!」

 

歌を紡ぎながらモンスターの攻撃を躱す。残る2体のトロール達が純白のエルフに襲いかかるが、捕らえることは叶わない。『並行詠唱』で魔法を完成させた彼女は、モンスター達に杖を突き出す。

 

「【ディオ・テュルソス】!!」

 

超短文詠唱から放たれる一条の雷が、トロールの巨躯を丸ごと焼き尽くした。

 

「す、凄い.....」

 

基本、前衛に詠唱中は守ってもらう必要のあるレフィーヤにとって、『並行詠唱』を軽々とこなすフィルヴィスの戦いぶりは理想とするものだった。『並行詠唱』を可能とする魔導士は、要は動く砲台と化す。莫大な魔力を移動しつつコントロールすることは至難であり、レフィーヤが未だに習得できない高等技術であった。

 

「てめーもアレくらいできるようになればな」

「うぅ.....」

「そういう言い方はしちゃダメだって言ってるだろ、ベート?レフィーヤならいつか必ずできるようになるよ」

「頑張りますぅ.....」

 

ベートの追い討ちよりも、ある意味ミナトのフォローの方が辛い。心無しかレフィーヤがどんどんしょぼくれていく。エルフ特有の尖った耳すらしおらせて落ち込んでいると、今度は戻ってきたフィルヴィスが擁護してくれた。

 

「火力特化のウィリディスにそこまで求めるのは酷だ。それに、いざという時に必要なのは、ウィリディスの方だろう」

 

上級魔導士こそが切り札になる、と主張するフィルヴィスに対し、ベートは2人のエルフを見つめながら、ふんっ、と鼻息を鳴らした。

 

「随分と仲良くなってんじゃねえか。さっきまでの意地の悪さはどこいった」

 

そう皮肉を吐く彼に、フィルヴィスとレフィーヤは2人揃って頬を軽く染め上げる。が、今度はレフィーヤのみに視線を飛ばすベートが続ける。

 

「いつまでも守られてばかりでいいのか?」

 

琥珀色の瞳が、レフィーヤの心を覗き込んでくる。普段通りの皮肉を、真剣な表情で彼女を睨みつけるベートに、レフィーヤは萎縮してしまった。

 

「そこの甘ちゃん(ミナト)や馬鹿ゾネスどもは甘やかしているみてえだがな、俺はそんなことしねえ」

「だからそういう言い方は.....」

「お前は少し黙ってろゲロ甘野郎」

 

ゲロ甘野郎って酷くないか、と落ち込むミナトを他所に、狼人(ウェアウルフ)の青年は更に畳み掛ける。

 

「魔法だけが取り柄だとか抜かしてる内は、てめぇは一生お荷物だ」

「っ!」

「お前は甘い」

 

突き付けられた彼の言葉には、一切の手加減が無かった。ベートの言葉は的確に、その者が持つ弱みを逃さぬように指摘してくる。無遠慮に他人の傷口を抉る彼は、その態度から嫌われることが多い。だが、逆に捉えれば。彼を嫌うものは自分自信の弱みと向き合えていない者を意味する。何も言い返すことのできないレフィーヤは、酷く落ち込みつつ、ベートの言葉を頭の中で反芻(はんすう)する。今のままではいけない、変わらなければならない、彼の言っていることは至極正しい。

 

「大体いつもいつも君のフォローをしてるのは俺なんだよ?もう少し違うやり方とかさ」

「うるせぇ!甘ちゃんの中の甘ちゃんのお前が何も言わないから、俺が言ってやってるだけだろうが!」

 

ギャーギャーと言い争う2人。何やら普段の言動についてまで話が発展しているようだが。男子組を置いておいて、1人で黙り込むレフィーヤに、フィルヴィスが心配の視線を送る。

 

「前から思ってたんだけどよ、お前のその説教癖は何とかならねぇのか?正直うぜぇ」

「んなっ!?」

「毎度毎度疲れねぇのか、世話焼き野郎」

「君ってやつは.....!」

「八ッ!図星突かれたらそれかよっ。案外脆いもんだな、【黄色い閃光】様?」

「ちょ、ちょっと!何でお2人が喧嘩するんですか〜!?」

 

堪らず2人の間に割ってはいるレフィーヤだったが、彼女を挟むのは【ロキ・ファミリア】が誇る第1級冒険者達である。彼らの放つ威圧感に自ら閉じ込められた彼女は、涙目になりながら「アイズさ〜ん!」と、ここにはいない憧憬に助けを求めるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アイズと別れた【ヘルメス・ファミリア】一行は、食人花のモンスターとの交戦を繰り返しながら、食料庫(パントリー)の奥、大空洞へ足を踏み入れるところだった。

 

『.......』

 

視界が一気に開けた直後、アスフィ達は言葉を失い、その場に立ちつくしてしまう。計四体、食人花に似たモンスターが、赤水晶の巨柱に絡みついている。禍々しい極彩色の超大型達は、大きさも、太さも、通常の食人花の何倍ものサイズであった。

 

「まさか、柱から出る養分を吸い上げている?」

 

モンスターの触手や根は柱だけにとどまらず、そのまま壁や天井、地面にまで伸びて肉壁を形成していた。今回の騒動の原因は、間違いなく目の前の光景であると断言できる。

 

「あ、あれは!?」

 

大空洞の中では、アスフィ達の他にも謎の集団がいた。ローブを被り、素性がわからない彼等は【ヘルメス・ファミリア】の団員達を見て、殺気立っているようだった。剣呑な雰囲気が場を支配する、その傍らでルルネはある一点を見つめ、呆然とする。彼女の視線の先、四体の巨大花が巻きついた柱の根元には、

 

「あの時の宝玉.....!?」

 

胎児が宿る不気味な宝玉が取り付いていた。

 

 

 

 

 

「仕事だ、闇派閥(イヴィルス)の残党ども。我らの(いしずえ)となれ」

 

アスフィ達が愕然としている一方、ローブの集団の間を割って出てきたのは、軽装に身を包んだ白ずくめの男だった。彼はアスフィ達を一瞥した後、謎の集団のリーダーと思われる人物にそう告げた。

 

「っ、言われなくとも!お前達、侵入者どもを逃がすなぁ!!」

 

ローブの男から怒号が飛ぶ。指揮を受けた、大空洞にいるローブの者達は彼に従い、武器を構えアスフィ達のもとに押し寄せる。

 

「応戦しますよ!ここで何をしていたのかを暴きます」

 

敵の異様な雰囲気を感じ取りながら、アスフィは周囲へ視線を張り巡らせる。この巨大花から造られる緑色の肉壁は、人為的な物か否か。ひいては新種のモンスターが眼前の母体らしき大柱から産み出されているのか。憶測と観察を同時に行い戦慄を覚えながら、団員達に指揮を飛ばす。

 

「殺せ!!」

「かかりなさい!!」

 

両指揮者の発破で、両陣営の戦闘が始まる。一切連携もせず、ただ武器を振り回してくるローブの集団に対して。【ヘルメス・ファミリア】はお互いにフォローし合う連携と、【ステイタス】の高さを生かした個人技能をフルに使い、上級冒険者級の敵を一切寄せ付けない。

 

だか。

 

「この命、ロロのもとにぃ!!!」

 

身元を暴くために、ルルネが拘束した敵の男は、服の下に巻き付けてあった大量の『火炎石』に火をつけ、次の瞬間には()()()()。ルルネは、咄嗟に掴んでいた男の胸ぐらを離し、前に蹴りつけ距離を取ったことで、間一髪爆発に巻き込まれるのを防いだ。

 

「じ、自爆.....!?」

 

爆発の中心源、原型をとどめた男の体は、燃えていた。情報漏洩を阻止するために、決行された自爆。およそ常人では考えられない、己の命を代償にした自爆攻撃を取った敵に対し、ルルネは顔を青くした。

 

「主よ、この身を委ねます!!」

「シルフィ、どうか許したまえ!!」

「ああ、ダスト!!」

 

あちこちから耳をつんざく轟音とともに爆炎が飛び散り、大空洞をたちまち真っ赤に染めた。爆発に【ヘルメス・ファミリア】の団員達も巻き込まれ、絶叫が上がっている。

 

「アスフィ、こいつら死兵だ!!」

 

ルルネが叫び、鼓膜が意味をなさなくなるほどの爆音と衝撃を身体中に浴びながら、アスフィは繰り広げられる光景に息を呑んだ。敵が自爆の際に呼んでいる名は、各自異なっていため、主神の名前なのか、知人の名前なのか、判断することができない。ただ1つ言えるとすれば、彼等、ローブの集団は、己の命などとうの昔に捨てているということ。理解できない狂乱振りをみせる敵に、アスフィの背筋が凍り付く。

 

 

 

 

 

一方。そこら中から爆発と悲鳴が飛び交う戦場を傍観していた白ずくめの男は、好機とばかりに、告げる。

 

食人花(ヴィオラス)

 

男が名を呼んだ瞬間。エリア内のモンスターが、まるで統率されたように凄まじい勢いで動き出す。

 

「なっ!?」

「一斉にこちらに向かってくるぞぉぉっ!?」

 

食人花のモンスターも戦場に加わる。【ヘルメス・ファミリア】を狙ったモンスター達の攻撃は、彼等だけにとどまらず、ローブの集団にも襲いかかった。敵味方関係無しに蹂躙され、場は混乱を極める。たが、この状況下において、ただ1人冷静なアスフィは攻略の鍵口を探っていた。

 

「(あの白い男.....恐らくは調教師(テイマー)!)」

 

これ程大量のモンスターを従えるなど聞いたことがないが、今ある情報から導き出される答えとして、アスフィから離れた場所に位置する白ずくめの男。彼が何かしらの手法で食人花達を操っていることは間違いない。

 

狙うなら、今!

 

水色の髪をなびかせながら、敵の1人を片手剣の一閃で斬り捨て、そのまま白ずくめの男の元へ駆け抜ける。

 

「大人しく喰われていればいいものを」

 

面倒だ、と続けた男は迫り来るアスフィに対して、自らも前に出る。埋まる間合い、素手の男と、片手剣を提げたアスフィ。有利なの後者に違いない。アスフィはさらに速度を上げ、斬りかかった。

 

「そこだ」

「っ!?」

 

男との距離が1mを切った刹那、彼女と男との間から無数の触手が彼女へ打ち出される。瞬時に真横へ飛ぶことで回避した先には、複数の食人花のモンスターが待ち構えており、背後からは白ずくめの男が迫ってきている。

 

「さすがに動けるな、【万能者(ペルセウス)】」

「くっ!」

「ここで死ね」

 

緊急回避の直後で体の進行方向を変えることのできない彼女に食人花の大口が肉薄する。四方八方から迫り来るモンスター達によって彼女の逃げ道は塞がれてしまった。

 

「仕方ありません.....」

 

惜しむような顔色の彼女は、小さく舌打ちをすると同時に、自身の靴、その(くるぶし)辺りをそっと撫でた。

 

「『タラリア』」

 

美しい声音とともに、彼女の体が宙へ駆け抜ける。

 

「なに!?」

 

頭上を仰ぐ男を、ひとまず後回しにし。まずはモンスターを倒しにかかる。

 

『オオオオオオオォォッッ!?』

 

空爆。

 

空を翔ける彼女を阻む者はおらず、文字通り縦横無尽に飛び回りながら爆炸薬(バースト・オイル)を投下するアスフィに、モンスター達は一方的に焼き散らされる。爆煙により視界が塞がる中、モンスターの包囲網を強引に突破した彼女は、視界の端に捉えた白ずくめの男を急襲した。

 

「(もらった!)」

 

未だに丸腰の男の背後から、必殺の一撃を見舞う。

 

だが、

 

「.....」

「!?」

 

剣身を、ただの()()で受け止められた。

 

「なっ!?」

 

その光景に固まるアスフィ。武器を素手で掴みかかる無謀な手法にも関わらず、Lv.4である彼女の全速力の刺突を、目の前の男は腕1本で押さえ込んでしまった。凄まじい怪力。得体の知れない気味悪さが彼女を襲う。

 

「ふんッ!」

「ぐっ!?」

 

胸ぐらを掴まれ地面に叩きつけられる。吹き飛ばされたアスフィはゴロゴロと転がりながら後退していくが、モンスターの死骸がクッションとなって彼女を受け止めた。よろよろ、と打ち付けられた肩の痛みを堪えながら立ち上がる。視界から消えた男を探し出すため視線を動かす。直後。

 

「っっっ!?」

 

ズブッ、と。彼女の体から灼熱のような痛みとおぞましい音が鳴った。腹部に広がる赤い染み。痛みに悲鳴をあげる体から視線を背後へと向けると、白ずくめの男が立っていた。手元を見れば先程まで彼女が使っていた得物が逆にアスフィに牙を立てている。

 

「がっ.....!?」

「冒険者がしぶといことは身に沁みて知っている。確実に殺してやるから安心しろ」

 

男は突き刺さした短剣を、アスフィの体か勢いよく抜き捨て、そのまま彼女の細い首を持ち上げた。尋常じゃない膂力で握りしめる男の手を必死に解こうとするアスフィの顔が歪む。兜で見えない瞳をギラつかせ、男は一気に彼女の柔い首をへし折ろうとした。

 

だか、次の瞬間に轟いた雷鳴が男の動きを停止させた。白ずくめの男が振り返ると、視界の先には、戦場を駆け巡る狼人(ウェアウルフ)と、魔杖を水平に構える2人のエルフがいた。さらに。

 

「.....っ!?」

 

欠片も気配を感じ取らせず、一条の閃光が。アスフィを始末しようとしていた白ずくめの男を吹き飛ばした。

 

「がはっ、ごほっ.....あな、た....はっ!?」

 

開放され地面に倒れ伏したアスフィは、咳き込みつつも、彼女の目の前に現れた金色の青年に声をかける。

 

「大丈夫かい、アスフィさん?」

「【黄色い閃光】、ナミカゼ・ミナト.....」

 

この食料庫(パントリー)に到着すると同時に、首謀者らしき白ずくめの男とアスフィが交戦している様子を視界に捉えたミナトは、彼女の元へと自慢の脚を活かして駆けつけた。アスフィと似た色の碧き瞳を敵に向ける彼に、白ずくめの男も、忌々しそうに睨み返す。

 

「【黄色い閃光】っ!()()()()()()()()()()()()()().....!」

「さて、思い当たる節が無いわけでも無いけど。俺の予想が当たっているなら、少しばかり面倒なことになっているみたいだね」

「気をつけて、ください.....っ!あの男は、純粋な身体能力だけなら...私よりも確実に、上です.....」

 

ミナトから手渡された高等回復薬(ハイ・ポーション)で体を癒しながら、敵の情報を伝えるアスフィ。彼女の助言に「大丈夫」とだけ伝えると、青年の姿がかき消えた。

 

「は....?」

 

数瞬後。思わずポカン、とする彼女の視線の先では。あれほど彼女を苦しめた白ずくめの男が、()()()()()()()

 

「....おの、れ....【黄色い閃光】っ.....!?」

 

ミナトから20m程離れたところで、膝に手を付きながらゆっくりと立ち上がる男は、目元を覆い尽くす兜の上からでもわかるほど憤慨していた。

 

()()().....」

 

第2級冒険者(Lv.4)のアスフィにすら視認を許さない速度で、5()()ほど男に打撃を食らわせたミナトは、手応えの少なかった自身の右拳を一瞥してから、そう呟いた。

 

「(何なんですか、彼は!?速すぎるにも程があるでしょうっ!?)」

 

24階層に来る道中まで行動を共にしていた【剣姫】、アイズの動きも確かに速く、鋭いものであった。が、彼女の瞳の先に立つ青年の動きは、速い、などと陳腐な言葉で表すことすらできないものであった。『都市最速』を謳われるナミカゼ・ミナト。およそ7()()程の速度の攻撃はアスフィはおろか、白ずくめの男ですら一切認識することを許さない圧倒的さを誇る。

 

そんな彼女達の注目を集めるミナトは、敵の異様に硬い皮膚について考察をしている最中であった。

 

「(あの赤髪の調教師(テイマー)と似た硬皮、Lv.4のアスフィさんをねじ伏せるパワー。極めつけは食人花のモンスターを従えているときた。これは、()()()())」

 

恐ろしい程、正確に、迅速にパズルのピースが当てはめられていく。やがて1つの答えに辿り着いたミナトは、視界に映る男に、証拠を突きつけるように問いかけた。

 

「どうやら貴方は、赤髪の女性と仲間、もしくは利害関係にあるようですね」

「ほう」

「あれほど大量の食人花を調教(テイム)できる人は、()()()()()()()()()()()

 

白ずくめの男の反応に、仮説が定説へと変わっていく。

 

「苗床のように見える肉の柱。貴方型の目的は、」

「いい加減口を閉じろ、【黄色い閃光】」

 

遮るように、低い声音で男が告げる。

 

「貴様の考え通りだったとして、だから何だというのだ」

「.....」

食人花(ヴィオラス)は既に最終段階へと入っている。もはや止めることなど叶わん」

 

ミナトの考察など意味をなさない。手遅れ。後は時間の問題。口端を歪め声を荒らげる敵に、ミナトの双眸が鋭くなる。

 

「ナミカゼ・ミナト。貴様は()()()()()()()()()()()()()

「貴方は、やはり.....」

「気にする必要はありません。どちらにせよここ(食料庫)は我々が焼き尽くす予定ですから。無論、あの大型達も」

 

勝ち誇った表情を浮かべる男に何か言いかけたミナトであったが、回復を終えたアスフィが問題ないと続ける。もとから破壊するつもりでいたため、彼女の顔に焦りの色は無い。まずは目の前の敵を倒すことが優先すべきである、言外にそう伝えたのだ。

 

「ふん.....冒険者風情に何ができる」

「黙って聞いてりゃ、イラつくセリフを吐きやがって....」

 

ミナトとアスフィの後方より、狼人(ウェアウルフ)の青年が、悪態を付きながら現れる。

 

「【凶狼(ヴァナルガンド)】、それに【黄色い閃光】.....そうか、貴様ら【ロキ・ファミリア】は【剣姫】を追ってきたか!!」

「っ!アイズをどうした!?」

「「ベート!(凶狼(ヴァナルガンド)っ!?)」」

 

鎧兜の下で口元を歪める男に、2人の停止も聞かず、ベートが双剣を構えて襲いかかる。斬撃を紙一重で躱す相手は反撃をしながら返答を重ねる。

 

「私の同士が相手をしている。今頃は四肢をもがれているだろうさ」

「殺す」

 

溢れんばかりの殺気を纏い、ベートが攻撃の手を更に速めた。敵を斬り刻もうとより苛烈に攻めかかる。白ずくめの男もまた笑みを浮かべながら剛腕を振るい返した。

 

「ベートさん!?」

「ウィリディス、飛び出すなっ!!」

 

更に遅れて登場した、レフィーヤとフィルヴィス。彼女らは魔法で狼人(ウェアウルフ)の青年をサポートしようとするが、構えた杖が何度も何度も照準をズラされる。

 

「(速すぎてっ!)」

「やめておきなさい」

「えっ、ミ、ミナトさん!?でも....っ!」

 

男も、ベートも、両者とも凄まじい速度の肉弾戦を繰り広げているため、Lv.3であるレフィーヤ達には一切目で追うことができていない。ミナトは彼女達を気遣ってか、はたまた誤爆をしないようにか、2人の前に腕を遮るようにかざし、静観に徹するよう指示をだす。

 

「オラァッ!!」

「ぐっ.....!?」

 

レフィーヤ達が傍観する中、ベートが魔剣を第2級特殊武装《フロスヴィルト》に吸収させ、その威力を上乗せした渾身の蹴撃を、眩く光り輝くメタルブーツとともに男に叩き込んだ。両腕で防御した男の体は彗星のように魔法の光沢を、蹴りを食らった箇所から放ちながら後方へと吹き飛んだ。

 

「やったのかい?」

「殺すつもりでぶっ飛ばしてやったがな」

 

ミナトがベートに尋ねた。どれほど耐久値に自信のある者でも、あの巨撃を受けて無事という訳にはいかないだろう。2人の第1級冒険者が見据える先、男が飛んで行った方角を見やる。衝撃による煙が立ち上る中、その黒煙の中から1つのシルエットがゆっくりと歩み出てくる。

 

「化け物、ですか.....?」

 

全身をボロボロにしながらも、しっかりと両足で体を支える男に、アスフィは瞠目する。ベートの必殺を防御した両腕はズタズタになっており、両腕のガードを貫通したのか、胸元の戦闘衣(バトル・クロス)は大きく破けている。

 

「惜しかったが.....」

 

男の唇が動く。

 

「『彼女』に愛された体は、何よりも尊い」

 

にやり、と唇を吊り上げた男の体に、異変が起こる。

 

「あれは.....」

「ちっ」

 

ミナトとベートの視線の先。先程ベートの攻撃によって付けられた男の傷口が、ゆっくりと塞がっていく。この場にいる者全員が声を失っていると、巻き上がっていた煙が晴れ、白ずくめの男の顔があらわになった。

 

「なっ!?」

「.....やはりそうか」

 

最初に反応したのはアスフィで、ほぼ同時にミナトが何かに納得するように呟く。恐ろしく白い男の顔を見て、雷に打たれたかのように動きを止めていたフィルヴィスが、恐る恐る、ゆっくりと口を開いた。

 

「オリヴァス・アクト.....」

 

硝煙から全身を表した白ずくめの男、オリヴァス・アクト。かつて死んだ筈の【白髪鬼(ヴァンデッタ)】が、不気味な笑みを浮かべ、フィルヴィス達に()()()の瞳を向けていた。

 

 




回を重ねる毎に、『暗黒期』のハードルが上がってる気がする

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ホンモノを見せつけろ、ニセモノに見せつけろ

ダンメモに一杯吸われました〜

ははは.....


「オリヴァス・アクトって、確か.....!」

 

悲鳴のような叫び声を放ち、ルルネは目の前で正体を表した男を何度も見る。幾度も「だって、アイツは!?」と繰り返す彼女が焦燥に駆られるのも無理はない。ただ1人上手く状況を呑み込めていないレフィーヤだけが、挙動不審になりながらミナト達の顔色を(うかが)っている。

 

その時。

 

「馬鹿な!何故死んだ者がここにいるっ!?」

 

常に冷静頓着だったアスフィが、水色の髪を激しく揺らしながら怒鳴り散らした。彼女の取り乱す様に、ますます置いていかれるエルフの少女は、次のミナトのセリフに、言葉を失った。

 

「オリヴァス・アクト。【白髪鬼(ヴァンデッタ)】の2つ名を持ち、闇派閥(イヴィルス)の幹部クラスだった男だよ。そして、」

「.....」

 

次の内容こそ、オリヴァスを死者たらしめるものである、そう言うかのように顔つきを鋭くするミナトに、レフィーヤはごくり、と息を飲み込んだ。

 

「そして、『27階層の悪夢』の()()()でもある」

「っ.....!?」

 

その言葉に、レフィーヤは咄嗟にフィルヴィスの方を振り向いてしまう。あの白き気高いエルフに深い心の傷と、【死妖精(バンシー)】という汚名を着させるきっかけとなった事件。その首謀者が目の前にいるオリヴァス・アクトという男であった。

 

「彼自身もあの事件の中で俺達(ギルド)側の派閥に追い詰められて、最後はモンスターの餌食になった筈なんだけどね.....まさか生きているとは思いもしなかったよ」

 

ちゃんと彼の死体も見つかってた、そう付け加え、彼は再びオリヴァスの方を向き、死んだ筈の男に問いかけた。

 

「死んだのは確か、だった筈。どうやって生き延びた?」

「いや、私は確かにあの時に()()()()()()()

「....一度?」

「だか、私は蘇ったのだ!!他ならぬ『彼女』の手によってなぁ!!」

 

狂気的な笑みを浮かべると同時に、自身の胸元を愛しいように撫でる。よく男の体に目を凝らして観察してみれば、下半身は黄緑色に染まっており、今も傷口の修復が進んでいる。そして何より目を引くのは、()()()()()()()()()()()()()()()()であった。

 

()()()()()()()

「.....相変わらず貴様は聡いな、【黄色い閃光】」

 

何かに気づいたミナトは端正な相貌を歪め、彼の予想は正しいと言わんばかりに口端を吊り上げるオリヴァス。

 

「貴方は闇派閥(イヴィルス)の残党、なのですか....?」

 

必死に冷静であろうと努めるアスフィが、視線を鋭くしながら問いただす。ミナト達の視線を全て浴びるオリヴァスは、はっ、とくだらなそうに吐き捨てた。

 

「あのようなカス共と一緒にされては困るな」

 

周りに倒れ伏している多くの焼死体を見やりながら、あくまで彼等とは利害が一致していただけ、一時の協力関係に過ぎないと黄緑の瞳で語る。続けてこの食料庫(パントリー)の謎、目的。そう質問を重ねたアスフィに、オリヴァスはあっさりと返す。

 

「ここは苗花(プラント)。モンスターを食料庫(パントリー)に寄生させることで食人花(ヴィオラス)を産み出し、()()()()()()()()()()()だ。」

 

オリヴァスの語る内容に、レフィーヤ達は驚きを隠せなかった。食人花を地上に運ぶこと、そして何より。

 

「モンスターがモンスターを産む、か.....」

 

ダンジョンこそがモンスターの『母』。絶対の理が崩れかける音が彼女達の耳に届く。巨大花によって包まれている大空洞の各所で食人花が産声を上げている最中、オリヴァスは更に続ける。

 

「勘違いするなよ冒険者ども。苗花(プラント)は何もモンスターを産み出すために作った訳では無い」

『!?』

 

語気を強める。

 

「私も、食人花(ヴィオラス)も、全ての起源は『彼女』まで遡るモノ同士。『彼女』の手足となる私にモンスターは従っているだけだ」

 

身に余る光栄に震えるように、恍惚とした表情で述べる。理解できないものを前にするように顔を嫌悪で覆い尽くしたアスフィは、興奮冷めやらぬオリヴァスに対して、核心に迫った。

 

「知れたことを....オラリオを滅ぼす、目的などこれの他にあるまい」

 

オリヴァスの回答に、息を飲む気配がレフィーヤの周りからいくつも伝わってくる。オラリオはダンジョンの真上にそびえ立つ巨大都市であり、ダンジョンに対する防壁でもある。そのオラリオが崩壊すれば、オラリオの冒険者達によって迷宮(ダンジョン)内に閉じ込められていた数多のモンスター達が地上に蔓延ることになるだろう。

 

「地中深くで眠る『彼女』が叫んでいるのだ!地上に出たい、空がみたい、太陽の光を浴びたいと!!」

 

狂気に目を見開き、オリヴァスは声を荒らげて続ける。

 

「『彼女』に選ばれた私こそ、私こそが!彼女の願いを成就させるのだ!!」

 

彼女こそ私の全てだ、と常軌を逸した雰囲気で2度目の命を授かった相手への信仰を語るオリヴァスに。ルルネは正気の沙汰じゃないと言うように顔を横に振った。フィルヴィスも、レフィーヤも、アスフィも、女性陣は目の前の男に気圧されたのか、その場で棒立ちになってしまっている。

 

「もういいだろう.....」

「クソつまらねえ御託並べやがって」

 

不意に、ミナトとベートが口を開く。

 

狼人(ウェアウルフ)の青年は唾を吐き、オリヴァスを心底くだらなそうなものを見るように睨む。

 

「ろくに動けねぇ癖に、三下らしく時間稼ぎしてんじゃねえ」

 

琥珀色の瞳を鋭くしたかと思うと、不意にそう告げた。硬直していたレフィーヤ達は驚いて彼の横顔を見やり、オリヴァスは特に何も言い返す様子はない。述べたことに偽りは無いと思われるが、体力回復の時間稼ぎであることを、第1級冒険者である2人は気づいていた。治癒に魔力とエネルギーを回し、先程のような動きはもうできないと、看破している。

 

「流石は第1級冒険者だ、恐れ入る」

 

オリヴァスはベート達の読みを肯定する。

 

「『彼女』の加護はこの身には過ぎるものでな、そこの【凶狼(ヴァナルガンド)】の言う通り、私はろくに動けん」

 

だか、とオリヴァスは不敵な笑みを浮かべる。瞬間、アスフィ、ベート、ミナトの三者のみが何かに気づいたように目を見開いた。

 

巨大花(ヴィスクム)!!」

 

柱に寄生していた四体のうち、一匹が大口を開きながら柱に付着していた緑色の巨躯を引き剥がす。極彩色の花弁を大きく開き、呆然とするレフィーヤ達の頭上より、余りにも巨大な長駆が重力に従って、彼女達を押し潰さんと天から降ってくる。迫り来る巨大花。オリヴァスに気を取られ過ぎていた彼女達に逃げ場など存在しない、その瞬間。レフィーヤの隣より、この場にそぐわない淡々とした声音が、絶句する彼女達全員に響き渡った。

 

「お前には聞きたいことが山ほどある、けど」

『!?』

「悠長なことを言っている場合じゃないみたいだからね、()()()()()

 

金髪の青年の変身ぶりに、一同が瞠目する。彼の全身から淡い朱色の光が放たれた次の瞬間には。ミナトの格好が大きく変わっており、軽い防具衣の上から着ていた緑のベスト、風に揺られていた白い外装も、金色の髪も、全てが朱色一体になっていた。胸元には大きな渦巻き模様と、その上に複数の勾玉が彩られている。変色したマントの後ろにも同様に、渦巻き模様と勾玉がある。また、体の線をなぞるように黒い隈取り線が複数伸びており、仙人のような雰囲気を醸し出していた。この場において最も『魔法』の才に秀でたレフィーヤは、今のミナトがいかに埒外な状態であるのかを理解し、わなわなと、前にただずむ青年を震えながら見ることしかできない。膨大な魔力を体に飽和しきれないのか、チリチリと紅い魔力がミナトの体から細やかに立ち昇っている。

 

「な.....っ、貴様!!まさか、それは.....!?」

 

この間わずか3秒程、ミナトの姿が変化し、レフィーヤがその異常さに驚嘆し、オリヴァスが紅く周囲を照らす青年に焦燥した様子を見せている。

 

「『()()()()()』」

 

瞬間、気配が4()()に増える。「えっ!?」と眼前で次から次へと彼女の理解を軽々と超えるミナトに、レフィーヤは繰り返し驚きの声を上げた。

 

『下等種の分裂体(もど)きが、いい加減鬱陶しい』

 

どこからともなくレフィーヤ達の耳に届くドスの効いた声音。唯一その声主に心当たりのあるベートが、全力で叫んだ。

 

「っ!?死にたくなかったら伏せろ、雑魚ども!!」

 

ベートの忠告がレフィーヤ達に届いたと()()()、巨大花の姿が瞬きの時間すら置かず()()()()()()()()()()()()()。訳のわからない状況下に置かれたレフィーヤ達は、それでも数々の修羅場を経験してきた猛者である。直ぐに我を取り戻し、ベートの指示に従って身を低く屈め、次の瞬間に備える。

 

「馬鹿な.....」

 

オリヴァスの戦慄が、静かに木霊した。

 

「おいおい、マジかよ.....」

「うそ.....」

 

彼女達視線の先、オリヴァスも緑黄色の瞳を向ける先。レフィーヤ達から北西におよそ100メートル離れた地点、その遥か上空に()()はいた。

 

『オオオオオオオオオオオオッッッ!?』

 

衝撃波を発生させるほどの咆哮が24階層に響き渡る中、上空に強制的に飛ばされた巨大花(ヴィスクム)がレフィーヤ達の視界に映った。更に、それよりも上空。超大型モンスターの巨躯を覆うほどの蒼玉が四つ、甲高い風きり音を上げながら、この階層にいる者達全員を明るく照らしていた。

 

「「「「『超大玉螺旋多連丸』!!!!」」」」

 

四本の彗星がモンスターの体を包み込む、その次の瞬間。大爆発とともにその余波による膨大な衝撃波がレフィーヤ達の元に届いた。

 

『っっっ!?』

 

低い姿勢のまま地面にしがみつくレフィーヤ達。強すぎる衝撃波は瞬く間に24階層全体へと行き渡り、彼女達を吹き飛ばさんとする。【ステイタス】によって底上げされた膂力を全て踏ん張りに使い、押し寄せ続ける剛風と衝撃に耐える。少しでも力を緩めてしまえば即座に吹き飛ばされてしまうだろう。硝煙が大量に上がり、轟音も響き渡るため、視界と聴覚を奪われた彼女達は、ただ一心にその場に留まれるよう努めた。

 

やがて、

 

「.....」

「これ、は.....」

 

ようやく煙が晴れ、視界が回復したため、周囲を見渡したレフィーヤとアスフィが目の前の光景に言葉を失う。

 

「あの野郎、()()()()()()()()().....!」

 

ベートの視線の先、未だ煙が少し立ち昇っている先程の爆心地付近に、見える1つのシルエット。やがて完全に煙が晴れ、目に飛び込んできたのは金色の青年の背中であった。朱色の状態から元に戻ったミナトは、ゆっくりとこちらを振り返る。

 

「ふ..ふざけるなァッ!?」

 

能力は階層主や『リヴィラの街』でも現れた女体型と比べるまではないとはいえ、あれほどの超大型モンスターを、ただの一瞬。それも巨躯を全て消し飛ばすほどの大攻撃を瞬く間に完了させたミナトに、オリヴァスは動揺を隠せない。自身の切り札であった一体が瞬時に屠られた事実は、これまで余裕の笑みを続けていた彼の顔を歪ませるには十分であった。

 

「『人柱力』とは、これほど.....これほどまでにデタラメな存在だというのか.....っ!?」

 

圧倒的な威力を誇る『魔法』によって、超大型モンスターを一瞬で倒し切ったミナトに、レフィーヤはおののく。50階層の時も、フィリア祭の時も目にした機会はあったが。ミナトの魔法、いや、『スキル』がここまで異常なものだと思いもしなかった。自分と同じ魔法種族(エルフ)でもない彼が、どうしてあそこまでの『魔力』を行使できるのか。レフィーヤには到底理解できることではなかった。唯一引っかかるとすれば、オリヴァス・アクトの口にした『人柱力』という単語。文字通りであれば人柱、ということになるが。今まで『スキル』を使用しても命の危機に陥った、なんてことは一度もないため、単純な意味ではないのだろう。この場において結論を出すことは不可能、そう結論付けかけたレフィーヤの考察を、オリヴァスの言葉が無理やり中断させた。

 

「おのれ【黄色い閃光】っ!あのような若造が何度も何度もこの私の前に立ち塞がるだと!?断じて許さん!!!」

 

激昴するオリヴァスは、今度こそミナトも含めた冒険者達を生き埋めにしようと、怒りに染まり切った顔を階層中心付近の大柱に向け、叫ぶ。

 

「やれ、巨大花(ヴィスクム)!!!【黄色い閃光】諸共、ここで始末しろ!!」

 

 

三度、大きく振動する地面。揺れの原因は間違いなく、大主柱に寄生していたもう一匹の超大型。今まさに極彩色の長駆を柱から引き剥がし、レフィーヤ達の目の前に降り立った。今度はミナトが『尾獣』の力を使う前に仕掛けてやろうと、オリヴァスは黄緑の瞳を細め、新たに召喚した巨大花(ヴィスクム)に指示を出そうと片腕を頭上へ上げようとした、その時だった。

 

大空洞の壁面の一部が、爆裂する。

 

『!?』

 

誰もが破砕音の方に視線を向け、そこから煙を引いて飛び出してきたのは、赤髪の調教師(テイマー)だった。吹き飛ばされたかのような速度で壁を破壊して飛び出してきた彼女は、肩から地面に叩きつけられ、そのまま超大型がいる場所から離れた地点まで進んで行った。

 

「ぐっ!?」

 

ようやく停止した彼女は、剣身が折れた長剣を投げ捨て、傷だらけの体を主張するようにその場で片膝を着いた。彼女が破壊した箇所から次に現れたのは金髪金眼の少女、アイズ・ヴァレンシュタイン。彼女もまた全身に切り傷を負いながら、肩で息をしている。

 

「アイズさん!?」

「レヴィス!?」

 

レフィーヤとオリヴァスの声が重なる。《デスぺレート》を閃かせながら大空洞に踏み込んだアイズは、視線を巡らせ周囲の光景を観察し、そしてレフィーヤ達の姿に驚いた顔を見せ、彼女達に自分の身の無事を伝えるように頷いた。

 

アイズとレヴィスと呼ばれた赤髪の女。両者共に傷だらけ、所々破損している防具。互いに疲弊し、今は睨み合っている。

 

「情けないな、レヴィス」

 

味方である女に嘲笑を投げるオリヴァス。その声に、レヴィスは同じ緑色の瞳で彼を一瞥する。彼女からアイズの方を振り向き、オリヴァスは怪訝な顔を作る。

 

「この娘が『アリア』など.....『彼女』が望む以上仕方ないか」

 

今一度、片手を真上に上げる。

 

巨大花(ヴィスクム)

 

召喚された3体目のモンスターに、アイズが見下ろされる中、救援に向かおうとしたレフィーヤ達だったが、目の前に黄緑色の触手が複数飛び出し、彼女達の行く手を阻む。

 

「おい、止めろ」

「貴様の手に負えない相手を私が片付けてやる」

 

レヴィスの停止も聞かずオリヴァスが、ばっと片腕を前に突き出すと、使役された超大型のモンスターが蛇行しながらアイズに急迫する。

 

「ちっ....馬鹿が」

 

この後の展開が読めているのか、レヴィスが小さく舌打ちを放つ。

 

「いくよ.....【目覚めよ(テンペスト)】」

 

唇に詠唱を乗せる。

 

直後、少女に呼ばれた風の気流が彼女の愛剣に纏わり付いていく。迫り来るモンスターに対し、アイズは《デスぺレート》を高々と掲げ。次には、一閃。

 

『ーーーーーーーーーーォォォ!!』

 

横一文字にきらめいた斬撃が、巨大花の首を両断した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、なぁっ.....!?」

 

数歩ずつ、その場から後退り、オリヴァスは死人のような肌を一層白くする。先程ミナトに見せつけられた悪夢、それを今一度呼び起こすかのように再現して見せたアイズに、いよいよオリヴァスの顔から僅かな余裕すらも無くなった。

 

食人花(ヴィオラス)(アイズ)を殺せぇっ!!」

 

統率者の指示に従い、残りのモンスターが全てアイズの元に襲いかかる。レフィーヤ達を無視して肉薄するモンスター達に、風を纏う彼女は一切の焦燥も見せず、ただ銀の剣閃を見舞うのみ。圧倒的な剣撃、それも『魔法』を上乗せしたものにただの食人花達が耐えれる筈もなく、アイズが剣を振る度に八つ裂きにされていった。

 

「差ぁ開けられた」

「君らしくもない、尻尾を巻いて引くのかい?」

「んなわけねぇだろうが!?.....直ぐに追い付いてやる」

 

ベートが不機嫌そうに呟いたのを逃さず拾ったミナトは、数時間前の仕返しとばかりに彼を茶化したが、ベートは少しばかりの反応を見せるだけで、琥珀色の瞳に強い意志を秘める。未だLv.5の彼はアイズの戦う様子に対抗心を燃やしているようだ。

 

「おい、俺達もさっさと片付けるぞ!?」

 

自分達を足止めしている巨大花に対し、ベートは周囲に発破をかける。アイズの姿に触発された冒険者達の士気が上がり、ベートの声を合図にして一斉にモンスターを攻め落としにかかった。

 

弱点(魔石)は、やはり頭か.....!」

「フィルヴィスさん!?」

 

レフィーヤの声を振り切り駆ける。片手に魔杖を構え、今なお激闘が行われている巨大花の懐に急迫する。

 

狼人(ウェアウルフ)!」

「ちっ、言わなくてもわかってらぁ!」

 

視線を交わし合った2人が更に加速する。相変わらず険悪なムードではあるが、互いの役割を理解しているのだろう、淀みのない動きでベートが雑魚(食人花)を蹴散らしつつ道を作り、巨大花の長駆をフィルヴィスは駆け登りながら詠唱を開始した。

 

「【一掃せよ、破邪の聖杖(いかづち)】!」

 

『平行詠唱』を難なく完了させ、モンスターの頭付近まで辿り着いた彼女は、その大口に向けて、一声。

 

「【ディオ・テュルソス】!!」

 

魔杖から放たれた一条の雷が巨大花の口腔に打ち込まれた。多大な精神力(マインド)が込められた一撃は、瞬く間にモンスターの皮膚を焼き尽くしながら核である魔石に接近し、次には眩い光とともに超大型の食人花は灰となって崩れ落ちた。




かませ犬が、引っ込んでやがれ


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何もかも諦めて生きていくつもりは無い。後ろに明日は無い、力を宿せWAR

ベート達が巨人花(ヴィスクム)を討伐する直前、アイズは彼女の元に殺到していた食人花を全て撃破していた。魔法(エアリアル)を存分に使った圧倒的な力を、モンスターを使役したオリヴァスは見せつけられる。

 

「馬鹿、な.....!?」

 

美しく戦場を舞う金の戦士。風を纏いモンスターを打ち倒すその姿は、まさに【剣姫】。オリヴァスに与えられた恩恵がことごとく彼女には通用しない。緑色の双眸が震え見開かられる中、少し離れた場所では3匹目の巨大花(ヴィスクム)が、純白のエルフが放った雷に穿たれて灰となった。

 

「馬鹿な!?【黄色い閃光】がいたとはいえ、こんな、こんなはずでは.....っ!?」

 

精神が崩れ落ち、完全に冷静さを失った男は、地を蹴りアイズへ突進した。『魔石』が超常の力を男に与え、金色の少女の柔肌を蹂躙しようとする。それでも、ベートに食らわされた蹴りのダメージが未だ抜けきらない男の動きは、今のアイズ、【エアリアル】を使用している彼女にとって余りにも遅い。

 

「.....」

 

肉薄する怪人に《デスぺレート》の剣先を向け、銀の光を閃かせる。

 

「ーーーーーっっっ!?」

 

無数の斬撃がオリヴァスに叩き込まれる。剣の嵐は男の体全体、ほぼ全ての箇所を斬り裂いた。全身から血飛沫を散らせたオリヴァスは仰向けに倒れ込む。

 

「か、『彼女』に選ばれ.....人間という種を超越したこの私が、この私がああぁぁぁぁ!?」

「他人から貰った紛い物(魔石)の力に頼ったお前が、彼女(アイズ)に勝てる道理はない」

「.....ミナト」

 

恐怖にわななき、呻き声を漏らすオリヴァスの近くにミナトが現れ、地面に横たわる男の首元にクナイを突きつけた。

 

「アイズ、横槍を入れるようで悪いけど、こいつはここで俺が始末するよ」

 

情報を引き出すよりも、調教師(テイマー)としてモンスターを操る男の能力。そして何より、ミナトの予想が当たっているとしたら、オリヴァスとレヴィス(赤髪の女)の2人は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()可能性がある。オリヴァス・アクトは、かつてギルドが公布した手配書では推定Lv.は3、と記載されており。ミナト自身も一度だけ目の前の男と手合わせしたことがあるため、ギルドの情報は間違ってないと思われる。

 

だが、

 

先の戦闘においてベートと互角以上に渡り合っていたオリヴァスは。死んで蘇った後に、『彼女』とやらに魔石を与えられて復活し、その【ステイタス】をLv.5以上までに伸ばしたということになる。神の恩恵以外を用いた『魔石』による身体強化、これが意味するのは、

 

「『強化種』と同じように、力を付けることができるようだね」

「!?」

 

クナイを首元に当てられ、1ミリも動くことの許されないオリヴァスの目が見開かれる。瞠目する男の様子はまるで金色の青年の推理が間違っていない、そう確固づけるものに見えた。彼の後ろに控えるアイズも、上手く理解することはできていないが、この短時間で素早く情報を引き出すことに成功したミナトに驚きを隠せず、その金の双眸を大きく開いた。

 

もう何も聞くことは無い、と告げたミナトはクナイを持つ右腕を振り上げ、オリヴァスの息の根を止めようとした、その瞬間。

 

「これはっ!?」

「っ.....!?」

 

殺されるのをただ待つだけであった男の周囲の地面より黄緑の触手が無数に現れ、ミナトとアイズに襲いかかった。予期せぬ攻撃に驚愕する2人ではあったが、さすがに第1級冒険者達。驚異的な反応で即座に後方へ地を叩き蹴り、跳ぶことで、完璧な不意打ちを回避することに成功する。

 

「とんだ茶番だな」

「レヴィス.....っ」

 

再起不能に落とし込まれ、あまつされえ自分達の情報を奪われたオリヴァスへ、横からレヴィスが歩み寄った。そのまま横たわる男の傍へ近づき、緑色の瞳で見下ろす。

 

「す、すまない、助かった.....」

「......」

 

どうにか起き上がり膝を着くオリヴァスは酷く息を切らしている。少女に付けられた傷から流れる血液を無視し、必死に呼吸を整える。虫の息である男に対し、レヴィスは無言だった。2人の周囲には、たった今この場に駆け付けたベート達が半円を描き、2人の調教師(テイマー)を追い詰めたと言っても過言ではない状況になっている。そんな中、おもむろにレヴィスが無表情のまま手を伸ばした。オリヴァスを立たせるように彼の服を掴み、片手で持ち上げる。そして、その次の瞬間。

 

『!?』

「なっ......っ!?」

 

手刀を、味方である筈のオリヴァスの胸に突き刺した。

 

「不味い.....!」

 

女の取る珍妙な行動の意味、それをただ1人正確に把握していたミナトだけが、レヴィスを止めるために走り出そうとしたが、がくんっ、と脚が崩れ落ちてしまう。

 

「(くそっ、こんな時に()()()()()()が来るなんて.....!?)」

「ミナトっ!」

 

突然両膝を地に付け、両手すらも地面に伏せた彼の様子に、すぐ近くにいたアイズが慌てて駆け寄る。急変した憧憬(ミナト)に肩を貸しながら支える少女は、次には、視界に入った光景に言葉を失った。

 

「ぐっ、レヴィスッ.....!」

 

破った胸の中に埋まっていく女の細腕。溢れる血液に顔色一つ変えず、ぐぐぐっ、と更に腕を押し込んでいく。当のオリヴァスは、レヴィスが何をしているのか理解できていない表情を浮かべていた。

 

「何を.....っ!?」

「周りをよく見てみろ」

 

ミナト、アイズ、レフィーヤ、ベート、フィルヴィス、アスフィ、その他上級冒険者達の視線を浴びながら、淡々と、冷酷に告げる。

 

「より力が必要、ただそれだけだ」

 

レヴィスのやろうとしていることを、彼女の言葉で察したのか、オリヴァスは凍りついた。

 

「ま、まさか!?たった1人の同胞を殺す気か!?」

「ふん」

 

くだらなそうに鼻を鳴らす。

 

「私がいなければ『彼女』はどうする!?」

 

男の叫びを塞ぎ、無視し、レヴィスは勢いよく胸元から腕を引き抜いた。血にまみれた手に握られているのは、極彩色の『魔石』。核である魔石を抜き取られたオリヴァスは、モンスターと同じように灰となって崩れ落ちた。

 

「勘違いするな。アレは私が守ってきた。そして、これからもな」

 

足元の灰の山にそう吐き捨て、赤髪の女は振り向く。

 

「やはり、貴方達は.....!」

 

呆気なく仲間を殺したレヴィスに瞠目するベート達の中、アイズに肩を貸してもらっているミナトは碧色の瞳で女を見やり、確信を胸に呟いた。

 

()の言う通り、貴様の聡明さには目を見張るものがあるな、【黄色い閃光】」

 

美しい相貌を少しばかり笑みで崩した彼女は、オリヴァスから奪い取った『魔石』を口に含み、噛み砕いた。

 

「アイズ、俺のことはいい、全力で構えろ!!」

「えっ.....」

(魔法)も躊躇わず使うんだ、いいね!?」

「.....う、うん」

 

これからの展開をいち早く読み通したミナトが、借りていたアイズの肩を彼女に返し、語気を強めて言う。状況を上手く飲み込めていないアイズは戸惑いながらも、彼の言葉にゆっくりと頷き、愛剣(デスぺレート)を構える。

 

敵の呆気ない幕切れにレフィーヤ達が言葉を無くす中、レヴィスは握りこぶしを両手で作り、何かを確かめるように繰り返し握り直す。直後、血のような赤髪を揺らし、アイズへ弾丸のごとく疾走した。

 

「っっ!?」

 

アイズ以外の反応を置き去りにして、彼女へと剛腕を振り抜いた。正面からの攻撃にアイズはミナトの指示通り、風を付与したまま《デスぺレート》を構えて防御するが、次の瞬間には真後ろへ凄まじい勢いで弾き飛ばされた。

 

「貴方は!?」

「まだ喋る余裕があるか」

 

驚嘆するアイズに、赤髪の女はすかさず仕掛けた。間違いなく上昇している【ステイタス】。オリヴァス・アクトから奪い取った『魔石』を摂取したことによる変化を目の当たりにしたアイズは。頭の中で欠けていたピースが見つかったかのように、ミナトの言葉の意味をようやく理解した。

 

繰り出される下段蹴り、Lv.6へと進化し、魔法まで使用しているアイズに力負けしないその威力。神速の斬撃を見舞えば容易く回避しカウンターを狙ってくる。先程までアイズに対して防戦一方だった筈のレヴィスは、剣撃の全てを見切って対応してきた。

 

『魔石』を喰らうことで激上した女の身体能力。『魔石』を喰らえば喰らうだけ上昇するという能力。間違いない、彼女は『強化種』の原理をどういう訳かその身に宿している。恐るべきことに単純な身体能力だけで言えば、今の彼女はアイズの【ステイタス】を上回っており、『魔法』を使用することで僅かながら優勢に立てているという状況だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何なんだよアイツ.....あんなのデタラメだ」

 

アイズと互角に渡り合うレヴィスを見てルルネはごくり、と喉を鳴らした。第三者が立ち入る隙もないほどの激戦に棒立ちとなる冒険者達であったが、駆け出したベートを区切りに、レフィーヤ達も後に続いた。

 

「アイズもだけど、こっちもか.....」

「ええ。貴方もそんな状態ですし、不味いですね.....」

 

ベート達が援軍に向かう中、ミナトとアスフィは逆方向に走り出した。2人の目的は食料庫(パントリー)に寄生している緑色の宝玉だ。今回の件も、『リヴィラ』の件でも鍵となった宝玉を何としても確保しようと全力で駆ける。大主柱に接近したミナトとアスフィだったが、突如、アスフィの横から奇襲を受けた。

 

『!!』

「なっ!?」

「いつの間にっ!?」

 

紫の外套と不気味な仮面。第2級と第1級の2人からどうやって気配を断っていたのか、急に現れた謎の敵客にアスフィは殴り飛ばされ、辛うじてミナトが受け止めた。アスフィ(Lv.4)の耐久を歯牙にもかけない凄まじい『力』。更に両手のメタルグローブがアスフィ特性のマントの上から衝撃を貫通させたのだ。

 

「完全ではないが、十分に育った。エニュオに持っていけ!」

『ワカッタ』

 

アイズと戦いながら、アスフィを襲った仮面の人物にレヴィスが声を張り上げる。謎の刺客は宝玉を握りしめ、そのまま張り付いている柱から力づくで引き剥がした。

 

「行かせない!」

 

絶対に逃さないと、仮面の襲撃者を追走するミナト。

 

巨大花(ヴィスクム)!!」

 

だが、レヴィスがそれを許さない。怪力を活かした横薙ぎによってアイズを吹き飛ばすと、大主柱に巻きついている最後の巨大花へ命令した。

 

 

「枯れ果てるまで、産み続けろ!!!」

 

大空洞が大きく揺れる。

 

「.....!?」

 

赤髪の女に斬りかかろうとしたアイズは顔を上げる。ベート達も、この場全ての冒険者達が不可解な震動に動きを止めた。

 

そして、

 

ビキリッ、と天井、横壁、大空洞の全箇所に存在する『蕾』が、一斉に開花した。

 

『オオオオオオオォォォォッッ!!!』

 

極彩色のモンスター達が、巨大花()の声に応じ、産まれ落ちた。四方八方、360度、視界という視界の全域に映る食人花。それらは力を使い果たし死んでいく『食料庫(パントリー)』に取って代わり、全ての個体が産声を一つにした。

 

醜悪な花弁がアイズ達目がけ、一斉に襲いかかる。圧倒的数の暴力に冒険者達が悲鳴を上げる。視界一杯に広がる夥しい数の極彩色。どこを見渡しても花、花、食人花のモンスター。歴戦の冒険者達の戦意を折るほどのモンスターの群れ。数十、数百、あるいはそれ以上であり、通常の怪物の宴(モンスター・パーティー)と比べるまでもない。

 

「くそっ!」

 

仮面の人物は、ミナトの追跡を難無く躱し、モンスターの網の奥。出入り口と思われる穴に飛び込み、大空洞からあっさりと姿を消した。

 

長駆と超重量を活かした蛇行、無数の触手を蠢かせ、毒々しい大口で冒険者達に襲いかかるモンスター達。手当り次第暴れ回る人喰い花は、視界に入った冒険者にすかさず攻撃を仕掛け、闇派閥(イヴィルス)の残党達にも巨体をけしかける。予測不可能な食人花の動きに、戦場は大いに混乱させられている。

 

そんな中、モンスターとレヴィスの挟み撃ちを食らうアイズは。再び長剣を地面から取り出した女と、背後から迫り来る食人花の連携によって、劣勢を強いられていた。一瞬、食人花に気を取られた少女の隙を見逃さず、レヴィスは彼女の持つ《デスぺレート》を弾きき飛ばした。

 

「逃がすか」

「!?」

 

赤髪の女を無視し愛剣の回収に向かおうとするも、操られたモンスター達がアイズの邪魔をする。得物を失ったアイズに対して長剣を提げるレヴィスは、遠慮なく彼女に斬りかかった。不慣れな格闘戦を強制され、アイズは更に劣勢に立たされることになってしまう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大量のモンスターが蔓延る戦場において、レフィーヤを含めた魔導士は全く力を発揮できないでいた。『魔力』に反応する食人花達に囲まれながら詠唱をすることは自殺行為。前衛の冒険者達も自身の身を守るのに精一杯なため、詠唱中に魔導士を守る壁すらない。誰もが死力を尽くして戦っている。ベートも、アスフィも、ルルネも、焦燥を見せながらも確実にモンスター達を倒していく。ついさっきまでアイズの手を借りていたミナトでさえも、顔に大量の脂汗を滲ませながら戦場を駆け回っている。そんな彼等の、無力な自分を置いて戦い続ける冒険者達の姿が、レフィーヤの心を(さいな)む。

 

なぜ、自分(レフィーヤ)はあの勇ましい戦士達と並んで戦うことができないのか。得意の魔法は封じられ、今や足を引っ張ることしかできていない。守られて、守られて、また守られる。血を流し彼女からモンスターを引き剥がす彼等のために、魔法で助けてあげることができたならば。

 

「(リヴェリア様のように、フィルヴィスさんみたいに.....!!)」

 

思い浮かぶのは美しき先達、今なお戦っている同胞。師である最強の魔導士の背中は遠く、白く気高い魔法剣士にも手が届かない。

 

自分も。

 

レフィーヤ・ウィリディスにも、『平行詠唱』ができたのならば。

 

(魔法)を歌うことでモンスター達を撃退することができたならば。

 

「アイズ.....!」

 

レフィーヤの苦悩が募る時、ベートが見つめる方角では、たった一人でレヴィスと食人花に襲われる金髪の少女の姿が、彼の顔を歪めていた。何か手はないか、視線を張り巡らせるベートの瞳に、山吹色の少女が映る。

 

「おい!」

「え.....っ?」

「俺はアイズのところに行く、ここはてめえがやれ!」

 

レフィーヤの元に駆け寄り、胸ぐらを掴んだベートは彼女に吠える。

 

「で、でもっ」

「そのアホみてえな『魔力』だけは認めてやる!」

 

レフィーヤの声を(さえぎ)りながら、彼は続ける。

 

「今、ここで!あのクソババァを超えてみせろ!!」

 

都市最強魔導士、リヴェリア・リヨス・アールヴを超えてみせろ。そう彼は言ったのだ。ただの発破ではなく、お前は今のままでいいのか、と。もう一つの意味も込められたベートの瞳に、レフィーヤの全身が熱く燃えたぎる。何かを決意したように握りこぶしを作る彼女を、どんっと突き飛ばしたベートは、それ以上は何も言わずに背を向けて駆け出した。その背中を見つめながら、冒険者とモンスターの叫び声に囲まれながら。小さな魔導士は、今、覚悟を胸に刻み込んだ。

 

「いけるね、レフィーヤ?」

 

いつの間にか隣に降り立っていたミナトが、強く杖を握りしめ、瞳に力を込めるレフィーヤに問いかける。

 

「はいっ!!」

「露払いは俺達に任せてくれ。君は、君の(魔法)に集中すればいい」

「お願いします.....っ!」

「ああ」

 

任せたよ。と残して彼は周囲の冒険者達に、レフィーヤの詠唱時間を稼ぐよう指示を飛ばす。【黄色い閃光】からの、【ロキ・ファミリア】の大幹部からの要請に、【ヘルメス・ファミリア】を初めとした全ての冒険者達が一同に応じた。

 

「5分、いえ、3分持たせてください!!」

 

頷いた冒険者達は彼女を囲むように陣形を取る。全てのモンスター達がこちらへ反転する中、円の中心に立つエルフの少女は、詠唱を開始した。

 

「【ウィーシェの名のもとに願う】!」

 

彼女の周囲に展開される山吹色の魔法陣(マジックサークル)

 

「【森の先人よ、誇り高き同胞よ。我が声に応じ草原へと来れ】」

 

膨れ上がる魔力に殺到する食人花。

 

「【繋ぐ絆、楽園の契り。円環を廻し舞い踊れ】」

 

歌え。唱え。速く、正確に、一秒も無駄にしてはいけない。今自分が歌えているのは全ての冒険者達が守ってくれているから。命を懸けた防衛策を絶対に無駄にするな。

 

「【至れ、妖精の輪】」

 

召喚するのは最強の魔導士(リヴェリア)の全方位殲滅魔法。偉大なる王族(ハイエルフ)の力を借りて、モンスター達を一掃する。

 

「【どうか、力を貸し与えてほしい】」

 

余計な情報はいらない。瞳を瞑り、ただ魔法のみに集中する。視界を閉じた彼女の耳に届く冒険者達の雄叫び。レフィーヤを信じる者達の声に応えて見せる。

 

「【エルフ・リング】」

 

山吹色から翡翠色へと、彼女を包み込んでいた魔力光が変化する。すかさず攻撃魔法の詠唱に移るレフィーヤ。彼女を何とか守り抜くアスフィ達の元に、一際大きく食人花達が突き進んできた。

 

「どけ!」

「お、おいっ!?」

 

盾を構える【ヘルメス・ファミリア】の連中を押しのけ、フィルヴィスはモンスターの前に飛び出した。

 

「【盾となれ、破邪の聖杯(さかずき)】!」

 

アスフィとルルネが目を見張る中、彼女の持つ2つ目の魔法を発動する。濁流のように押し寄せてくる食人花達へ、フィルヴィスは左手を突き出した。

 

「【ディオ・グレイル】!」

 

障壁魔法が展開され、モンスター達の激進をまとめて受け止めた。残り1分ほど。フィルヴィスの後方で歌い続けるレフィーヤの魔力が、更に膨れ上がってく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【間もなく、焔は放たれる】」

 

山吹色の少女の玉音が、無手で戦い続けるアイズの耳に届いた。

 

「っ!」

 

剣技と比べ拙い肉弾戦において、レヴィスに追い込まれる彼女の元に、レフィーヤの(詠唱)が響き、更にそこへ、ベートが疾走してきた。

 

「オラァ!」

 

モンスターの網を無理やり突破し、激戦を繰り広げていたアイズ達に追いついた。驚くアイズとレヴィスの視線を浴びながら、彼はアイズの元に突っ込んだ。

 

「よこせ!」

「風よ!」

 

短いセリフの意味を理解した彼女は、すれ違いざまにベートのメタルブーツに【エアリアル】の風を送り込んだ。白銀の両靴に凄まじい風の気流が宿る。

 

「【忍び寄る戦火、免れえぬ破滅。開戦の角笛は高らかに鳴り響き、暴虐なる争乱が全てを包み込む】」

 

風を受け取った狼人(ウェアウルフ)の青年は、すかさず赤髪の女に真っ向勝負を仕掛けた。

 

「黙ってろ、化物女!」

 

剣を取り戻すため離脱するアイズに焦りを見せるレヴィスだったが、ベートが彼女の追跡を許さない。

 

「【至れ、紅蓮の炎、無慈悲の猛火。汝は業火の化身なり】」

 

アイズに剣を回収させるためにこの場を受け持ったベートは全力で相手を食い止める。

 

「邪魔だ!!」

「っ!?」

 

大剣が連続で振り回され、ベートの体を脅かす。アイズの風を借り受けようが、今のレヴィスの能力はベートの遥か上を行く。凄まじい勢いで繰り出される蹴撃の全てを女は捌き切る。

 

「どけ!!」

 

感情をむき出しにしたレヴィスは、咆哮とともに剣の速度をあげた。防戦一方となるベートの体に裂傷が刻まれ始める。

 

「【こどごとくを一掃し、大いなる閃乱に幕引きを】」

 

追い詰められるベートに届く少女の歌。彼女の周りで抗い続ける冒険者達。歯を食いしばっていたベートの顔が、 凶暴なまでに吊り上がった。

 

「おおおおおおおおおおッ!!」

 

勝鬨(かちどき)をあげるため、耐え忍ぶ彼等(雑魚)を一瞥し、猛り声とともにベートは一撃を繰り出した。振り下ろされる大剣と衝突する渾身の蹴り。

 

吹き飛ばされた風の気流に、メタルブーツを貫通して粉砕される足。激しい衝撃の焼けるような痛みに、ベートの目が血走った。

 

「【焼きつくせ、スルトの剣。我が名はアールヴ】!」

 

遂に、レフィーヤの詠唱が完了する。同時に戦場全域に広がる翡翠色の魔法陣(マジックサークル)

 

「【レア・ラーヴァテイン】!!!」

 

巨大な炎柱が、エリア一帯を埋め尽くす。レフィーヤ達のもとから放射状に連続する炎の極線。天井まで届き昇る業火は全ての食人花達を焼きつくし、声すらあげる暇を与えない。魔石すら灰と化す広域殲滅魔法が、大空洞を紅い世界へと作り変えた。




もしかしたら明日投稿できないかもしれません.....



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日常はすぐにやってくる

熱と紅の光に全ての冒険者の横顔が焼かれる中、ベートの口が吊り上がる。全滅した食人花、それを成したエルフの少女。みなの期待に見事応えてみせ、()()()()()()()()()()()()()()レフィーヤ。弱者が吠えてみせたのだ、ならば強者である狼人(ウェアウルフ)の青年には手本を見せる義務がある。

 

琥珀色の瞳に力が宿る。レヴィスの怪力に押し切られかけていた左脚に、砕けた脚に入らない筈の力を注ぎ込み、吠える。

 

「おらァァァァァァッッ!!!」

 

強者(ベート)の脚が、紅い大剣を弾き返す。

 

「なにっ!?」

 

全身全霊の一撃を犠牲にしたベートによって、レヴィスの体勢が大きく崩される。両者ともに後方に吹き飛ぶ中、赤髪の女の元へ、金の影が疾走する。火の粉を振り払い、取り戻した剣を提げたアイズが迷わず突き進む。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

 

体に風を乗せ、更に加速する。ベートが作った隙を無駄にはしないと、《デスぺレート》を大きく振りかぶり、風の一閃を見舞う。

 

「ぐっ!?」

 

咄嗟に構えた大剣を切断し、そのまま手首を返し、斬り上げる。

 

「っ!?」

 

魔石が埋め込まれた心臓部分に迫る斬撃を何とかずらし、左肩辺りを大きく斬り裂かれるレヴィス。

 

「はあぁぁッ!!」

 

渾身の袈裟斬り。宙を舞い、両手で剣を握り締め、彼女の意思に応え猛る風を全て剣身に纏わせ、赤髪の女に、全力で叩きつける。

 

「っっ!!!」

 

レヴィスは両腕を盾にして剣を受け止めた。凄まじい衝撃波が発生し、次の瞬間。彼女は彗星の如き勢いで吹き飛ばされた。両足を地面に叩きつけ二本の線を描きながら、それでも勢いは止まらず、大主柱に背中から叩きつけられた。

 

「はぁっ、はぁ.....」

 

息を切らしながらも剣を構え、アイズはレヴィスの元へと歩み寄る。片膝をついていたレヴィスは、ゆっくりと立ち上がり、『魔石』の恩恵から今も傷の修復が進む中。彼女は静かに口を開いた。

 

「今のお前には勝てないようだな.....」

 

淡々と、アイズに感情を読ませずに告げる。同胞(オリヴァス)を喰らってもなおアイズには届かない。モンスターも、同胞も、全ての味方を失ったのにも関わらず、冷静さを保ち続ける彼女に、アイズは怪訝な表情を浮かべる。

 

食料庫(パントリー)の核である、これ(大柱)が壊れるとどうなるか、わかるか?」

「っ!?」

 

柱の表面を撫でるレヴィスを止めようとしたが、遅かった。素早くも強烈な拳打が大主柱に叩き込まれる。大量の亀裂が入った柱は、先程モンスターを生み出し続けたことで機能を失いかけていたこともあり、すぐさま崩れ、倒壊してしまった。

 

「!」

「お前の仲間も、お前も、逃げなければ埋まるぞ?」

 

彼女の言葉に連動するかのように食料庫(パントリー)の天井が崩れ始めた。満身創痍のアスフィ達、精神力(マインド)の酷使で倒れ付すレフィーヤ、足の砕けたベート、その他怪我を負った冒険者達に降り注ぐ岩盤。

 

「怪我人を優先的に逃がして!荷物はいい、ここから脱出することだけを考えてください!!」

 

痛む体に鞭を打ちながらも指示を飛ばすミナト。アスフィを始めとした【ヘルメス・ファミリア】は即座に動き出す。その後アスフィに指揮を託したミナトは、片足を粉砕されたベートに肩を貸した。

 

「引っ付くんじゃねえ!助けなんざいるか!」

「今くらいは大人しくしてくれないかな!?」

 

ギャーギャーと言い争いながら出口に向かう2人は、こんな状況下においても、意外と余裕なのかもしれない。彼等のすぐ後ろでは、同じようにフィルヴィスとレフィーヤが支え合いながら着いてきている。

 

「.....っ!」

 

撤退を進める冒険者達の姿に、アイズも出口へと向かおうとしたその時。背後で赤髪の女が口を開いた。

 

「『アリア』、『人柱力』とともに59階層へ行け」

 

聞きなれない『人柱力』という言葉と、『(アリア)』の名を口にするレヴィスに、アイズは視線を向ける。

 

「どういう、意味ですか」

「お前の知りたいものがそこに(59階層)あるぞ」

「.....」

「お前の中に流れる血が、他ならないお前が行けば、手間も省ける」

 

彼女はこちらを見つめ、目を細めながら告げた。

 

「つくづく()()()は酔狂なモノに魅入られるな」

 

独り言のように残し、レヴィスはその場にたたずむだけであった。

 

「アイズ!」

「急げ!!」

 

ミナトとベートに呼びかけられ、赤髪の女から意識を彼等に向けつつ、まだ塞がれていない出口へと走っていった。

 

やがて、怪我人に手を貸しながら崩れ落ちる大空洞から退避を完了させることに成功する。そして、この日。24階層の食料庫(パントリー)は崩落したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『アリア』、『人柱力』.....」

 

あの事件から2日。ホームへと帰還し、体力を全快させたレフィーヤは、24階層での事件について考察をしている最中であった。あの場でアイズとミナトはオリヴァスにそう名指しされていた。『リヴィラの街』でも同様に赤髪の女はアイズを『アリア』と読んでいた。尊敬する先輩達と敵である彼等との接点が気になってしまったレフィーヤは、思い切って2人に尋ねてみたところ。ごめんね、と2人揃って柔らかに断られてしまった。

 

「詮索はダメだけど.....う〜ん」

 

自室のベットに転がりながら、気になっちゃうなぁ、とレフィーヤは天井を見上げながら呟いた。

 

「レフィーヤ、大丈夫ー?」

「ティオナさん?」

 

ドアの奥からかけられた声に、レフィーヤはベットから起き上がって声の方へと歩いた。扉を開ければ予想通りティオナが、そのすぐ隣にはティオネもいた。

 

「もう動いて平気なのー!?」

「は、はい、もう体の方は.....」

 

ずいずいっと迫ってくるティオナに後退するレフィーヤ。見かねたティオネが妹の襟元を掴んで後ろに引っ張った。

 

「うげーっ!?何すんのさ!!」

「レフィーヤが困ってるでしよ、馬鹿ティオナ」

「い、いえ.....」

 

それから3人はここ最近の出来事についての情報を交換し合うことになった。ティオナ達は地下水路に足を運んだところ、食人花のモンスターを見つけたが、特に収穫は無かったと言う。そんな彼女達に、おもむろにレフィーヤは気になっていたことを尋ねた。

 

「あの....お二人共、『アリア』と『人柱力』って知ってますか?」

「『アリア』、『人柱力』?私は知らないわね.....」

「『アリア』だったら、あたし知ってるよー」

 

心当たりが無いと首を傾げるティオネに対して、ティオナはあっさりと答えた。驚くレフィーヤの手を引き、何故かそこから移動するように駆け出した。

 

「確かこの辺で見かけた気がするんだけど......あ、あったあった!」

 

書庫に連れてこられたレフィーヤと、彼女達についてきたティオネを他所に、目当ての本を探し当てたティオナは、本棚から一冊の古書を取り出した。

 

「.....精霊、『アリア』」

 

ティオナが手に取ったのは大昔の英雄譚であり、そこの扉絵に記されていた名前こそ『アリア』だった。

 

「昔から好きなんだよね〜」、「そう言えば英雄譚とか好きだったわね」と昔話に花を咲かせる姉妹。そんな中、レフィーヤはじっと本の中の女性を見つめる。

 

「(『精霊』。神に愛された、神の分身.....)」

 

エルフと同じように魔法を行使し、エルフ以上の威力を誇る『奇跡』の使い手。

 

「(アイズさんの、風?)」

 

精霊とアイズの関係を無理やり結びつけてみたが、まさか、と一笑した。神の分身である精霊が子を成せないことは常識であり、その目で見れば神のように人間との違いに何となくだか気づくこともできる。勘違いと結論づけ、『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』とタイトルが付けられた本を、レフィーヤはそっと閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

翌夜。団員達が賑やかに夕食を取る大食堂の一角では、ずーん、と思い切り肩を落とすエルフの少女の姿があった。

 

「ね、ねえ。レフィーヤどうしちゃったの.....?」

「知らないわよ.....」

 

レフィーヤと同じ机を囲むアマゾネス姉妹がひそひそと言葉を交わすその隣。アイズも感情の乏しい表情をとハッキリとうろたえさせていた。更に、アイズの右隣に座るミナトも、惨たらしく項垂れる後輩の様子に、何て言葉をかけてあげたら良いのかわからないでいた。

 

「.....レフィーヤ、どうしたの?」

 

恐る恐るアイズが尋ねると、光を失った瞳でレフィーヤは真っ直ぐ彼女を見つめる。思わずビクッ、と肩を震えさせてアイズにレフィーヤは、これから罪を暴く探偵のように、質問という名の尋問を始めた。

 

曰く。今朝方、アイズがどこの誰とも知らぬ白髪の少年と密会していた。

 

曰く。仲睦まじく身を寄せあっているところを見てしまった。

 

アイズは、昨日できたばかりの秘密を、これ程までに早く見つけられるとは思いもせず、表情を驚愕に染め上げた。先日、24階層より帰還したアイズは、体をゆっくりと休めた後。18階層のボールスに預けていたベルの防具をギルドに届けに行った。何の偶然か、落し物(ベルの籠手)を受付カウンターに持っていく途中、視界に入った面会室で、ハーフエルフの受付嬢と白髪の少年が面会をしていたのだ。その後、ベルに『ミノタウロス』の件についての謝罪を述べ、帰路につきながら彼と話をしていると、ベルのダンジョン攻略の話題になった。そこで彼には戦う(すべ)を教えてくれる師がいないことを聞いたアイズは、自らベルの先生に立候補したのだ。驚異的なスピードで到達階層を更新するベルの秘密に迫りたい、という淡い期待と。純粋に償いがしたかった。これら2つの理由より、次の『遠征』までという短い期間ではあるが、他派閥の冒険者に指導する、アイズ・ヴィレンシュタイン先生が爆誕したのである。

 

が。

 

まさか記念すべき第一回目の際に、可愛い後輩にバレるとは予想外も予想外だった。レフィーヤの手を引っ張って大食堂から空き部屋へと移動したアイズは、彼女とベルの密会を見てしまったと、涙目になりながらこちらを見上げるレフィーヤに、諦めたように白状し始めた。

 

「...........特訓?」

「う、うん.....」

「今朝抱き合っていたのは、怪我をしたあのヒューマンに肩を貸していただけ.....?」

「は、はい.....」

 

確かめるように繰り返すレフィーヤに恐れをなしたのか、何故か最後は敬語になってしまったアイズ。ややあって、少年との特訓をフィン達に秘密にする代わりとして、レフィーヤの特訓にも付き合う約束を交わした。一変して機嫌を良くするレフィーヤと、困った顔を浮かべるアイズは、食堂に戻ってきた彼女達を見た他の団員からは、さぞ不思議に思える光景だったとか何とか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前達、身だしなみくらいはどうにかしろ」

 

恐らく実戦と変わらない激しい組手を行ってたのだろう。砂埃だらけのアマゾネスの姉妹を見かねたのか、リヴェリアがため息をつく。

 

「少し休んだらまたやり合うし、このままでいーよ」

「面倒だし、このままでいいわ」

 

女戦士(アマゾネス)らしい大胆さを見せる彼女達に、王族(ハイエルフ)の魔導士は再びため息をついた。立ち上がった彼女は長椅子にティオネを強引に座らせる。

 

「リヴェリア?」

「フィンの前でこのような姿を見せるのか?髪くらいはなんとかしろ」

 

ティオネの背後に移動したリヴェリアは、慣れた手つきで彼女の黒髪を()き始めた。彼女の意外な一面に驚くティオネに、昔アイズの世話でな、と簡潔に答えるリヴェリア。自分にもやってほしいと駄々をこねるティオナに、リヴェリアは眉を下げて微笑みをこぼす。

 

「ねえ、リヴェリア。『アリア』って知ってる?」

 

不意に、ティオナが尋ねた。

 

「その名をどこで聞いた?」

「18階層とか、24階層とかでアイズが呼ばれてたって、レフィーヤが言ってた」

「あと、ミナトが『人柱力』.....だったかしら?」

「.....そうか」

 

危険な連中から狙われるアイズの身を案じたのか、ティオナは正直に聞いたことを話し、ティオネもミナトの謎に迫るよう、姉妹揃ってリヴェリアの翡翠色の瞳を真っ直ぐに見つめる。

 

「リヴェリア、何か知っているの?」

 

ティオネの問いに、リヴェリアは顔の向きだけ変え、口を開く。

 

「59階層、そこで何かわかる筈だ」

 

彼女の綺麗な声音が、静かに3人を包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ミナトの予想が当たっとったな〜」

 

抜けるような青空から日差しが照りつける大通りに、だらしない声が響く。多くの人達が周囲で行き交う中、金髪の青年、ミナトは隣にいるロキの顔を見つめた。

 

「予想って、何のこと?」

 

ミナトとロキ、更に小人族(パルゥム)のフィンの3人はメインストリートを進みながら、会話を繰り広げていた。

 

「ガレス達と会議をしたあの時のことじゃないかな」

 

2人を見上げる形でフィンが、先日、彼の自室において、首脳陣4名とロキが話し合った時のことだと補足する。

 

「ポロッと言いかけておったけど、赤髪の女が、人ならざるモノ、そう言いたかったんやろ?」

「あの時はまだ予想の範疇だったからね。無闇な混乱は避けるべきと思ったんだ」

「結果的に当たってたわけだ、流石だね、ミナト」

「フィンさんも気づいていたと思いますが?」

 

まあね、と返すフィンにロキは笑みを見せ、彼等の会話に割って入る。

 

「一体59階層に何があると思う?」

「さあ、僕程度じゃあ想像もつかない」

「俺も同じ、かな」

 

自分の考えを口に出そうとしないフィンは、ペロリと右手の親指を舐めた。

 

「でも、ようやく敵の輪郭が浮かび上がってきた」

 

複数の思惑が何重にも重なり合って、絡み合っているような、きな臭い感じがすると彼は続けた。

 

「不謹慎やけど、予想外だらけのことばかりで面白くなってきたなぁ〜」

「ロキ.....」

 

呆れるようなフィン視線に、すまんすまん、とケラケラ笑いながら瞳を細める彼女は、下界の『未知』にその身を震わせる。退屈しのぎのため下界に降り立った神々達は常に娯楽を求めており、その最たるものが自分達()ですら知らない『未知』。あらゆる可能性を秘めた『未知』こそが、彼女等の心を満たすものであった。

 

「まったく.....まあ、『未知』に挑む感覚を楽しみにしている僕も、人のことは言えないかな」

 

己の顔を肩越しに見上げながら口元を吊り上げるフィンに、ロキも間を空けて、くしゃっと破顔した。2人の様子を見守っていたミナトも笑みをこぼす。

 

長年の付き合いを感じさせながら3人は歩みを再開させる。ロキから振られるくだらない会話を交わす内に辿り着いたのは、とある大きな工房であった。

 

「来たわね」

 

あまり清掃の行き届いていない工房の前には、鮮やかな紅い女神が立っていた。

 

「ヘファイストス様、おはようございます」

 

ミナトが恭しく礼をする隣で、おっす〜、と軽く手をあげるロキ。彼等と相対するのは『鍛治』を司る女神、ヘファイストス。オラリオに限らず、世界で最も高名な鍛治派閥【ヘファイストス・ファミリア】の主神兼現役鍛冶師である。ちなみに、昔一度だけロキも加えた食事会で、何故か気に入られたミナトの専属鍛冶師でもある。彼の所持する特殊なクナイは全て、ヘファイストスの手によって打たれた第1等級武装で。普通は何億ヴァリスと破格の値段が付けられる代物なのだが、専属鍛冶師として自ら進んでミナトの武具を造る彼女は、「お金なんて要らないわ」と、大胆不敵に彼に告げた。流石に申し訳ないと思ったミナトは、定期的に『遠征』で入手したモンスターの素材などを彼女に無償で譲り渡している。

 

「丁度良かった。貴方のクナイも整備が終わったところだったのよ」

 

そう言って彼女は、腰に巻き付けていた革袋から三本のクナイを取り出し、ミナトに手渡した。

 

「相変わらず仕事がお早いですね」

「あら、褒めたって何も出ないわよ?」

「素直な意見を述べただけですよ」

 

楽しげに話す2人を見かねたのか、ゴホンっ、とロキがわざとらしく咳をした。彼女の向ける呆れた視線に、ヘファイストスも小さく咳をして、我に返る。

 

「ごめんなさい。それで.....ロキ、悪いわね、わざわざ足を運んでもらって」

「気にしないでええで、ファイたん。『魔剣』やら団員を貸してくれやら、こっちが無茶振りしとるんやし」

 

次の『遠征』において、【ロキ・ファミリア】は【ヘファイストス・ファミリア】に鍛冶師の同行を申請し、『深層』でのドロップアイテムを讓渡するという条件で合意することができた。

 

「こちらの申し出を受け入れて頂き、感謝する。神ヘファイストス」

「いいのよ。こっちも貰えるもの(ドロップアイテム)貰うんだし、お互い様ね」

 

それからヘファイストスに案内され、中から金属の打撃音が鳴り響く建物へと入った。

 

「打ち合わせがあるから顔を出しなさい、って言ったんだけど、今いいところみたいでね.....」

「子は親に似るって感じやな〜」

「彼女も相変わらずみたいだね」

「そうですね、俺も久しぶりです」

 

ため息をつくヘファイストスに、ロキがけらけらと笑い、フィンとミナトも唇を曲げる。扉を開けた先は、一つの鍛冶場。視線の先で結わえている黒髪を揺らす彼女は、ロキ達にも気付かずただ一心に鎚を振り下ろす。もう少し待っててあげて、と鍛冶神(ヘファイストス)の要望に一同は頷き、真摯に鉄と向き合う彼女を見つけ続ける。

 

やがて一振りの剣が完成する。片手に持つそれをまじまじと眺めていた彼女は、ようやくそこで息を着いた。

 

「椿」

「おお、主神様ではないか!どうだ、此度の『魔剣』は中々ではないか?」

 

成人している歳の彼女は、屈託のない子供のような笑みを浮かべ、声をかけてきた自分の主神に、自慢げにできあがった『魔剣』を見せつける。

 

「まったく.....ロキ達と『遠征』の話し合いをするって言ったでしょう?」

「おお、そうだった!」

 

主神の呆れ声に合点がいったのか、ポンッと手のひらを打つ椿。

 

「久しぶりだね、椿」

「フィンか!相変わらず小さい体しおって!ところで、今人肌が恋しいのだ、抱きしめさせてくれ!」

 

両手を大きく広げながら近づいてくる彼女に「遠慮させてもらうよ。バレたらティオネに殺される....」とフィンは苦笑を返し、椿は声を上げて笑った。

 

「ではミナト、お主が手前の相手をしろ〜!」

「ちょ、ちょっと!?」

 

ミナトの幼少期を知る彼女は、当時から彼をマスコットのように扱う節がある。まだ10歳にも満たない時から徹底的に叩き込まれた姉根性に、ミナトは全く頭が上がらない。言葉では拒否しているが、大人しくされるがままに抱きつかれている様子から、内心は既に諦めているのだろう。

 

「はぁ.....その辺にしておきなさい、椿」

「なんだ主神様よ。つれないことを言うでない」

「くぅ〜、ミナトの奴あんな羨ましい思いしおって〜」

 

椿のさらしに巻かれた豊満な胸に顔を埋めている、いや。無理やり埋め込まれている金髪の青年に、親父魂全開のロキが歯を食いしばりながら呻く。それでも鼻の下を伸ばしながら椿の胸元を見ている彼女は、やはり救えない駄女神。

 

「相変わらずイイおっぱいしとるなー。ぐふふふ.....」

「欲しければくれてやるぞ?鍛治の時には邪魔にしかならん」

「グッハァァっ!?」

 

セクハラ発言をした馬鹿(ロキ)に痛烈なカウンターを見舞う椿。図らずもコンプレックスを指摘されたアホ女神は吐血した。

 

「つ、椿さん.....そろそろ、息が...離し、て.....」

「何だ?これしきで根を上げるなー、だらしない」

 

倒れ伏したロキを無視して、豊かな双丘によって窒息しかけているミナトが、彼女の腕をタップしながらギブアップを宣言する。椿はブーブー言いながらも渋々ミナトを解放した。

 

「まったく.....」

「やれやれ.....」

 

血を吐き倒れ伏すロキ。呼吸を止められ脳に酸素が行き渡らず仰向けに寝転がるミナト。そして親子揃って(神と眷族)同じ格好で床にダウンする2人を見て、大爆笑している椿。中々に混沌(カオス)な状況に、両派閥の主神と首領は深くため息をつくのであった。

 




運転疲れた〜


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今から一歩でも、胸を張れる自分で在れ

よろよろと復活したロキとミナト、椿、ヘファイストス、フィン。両派閥の主神と団長同士、薄暗い工房の中で『遠征』について会議を始めていた。

 

「結局、ファイたんの子は何人貸してもらえるん?」

「そうね。戦える子を選ぶわけだし.....椿は勿論だとして、ざっと20人くらいかしら」

 

いつ何が起こるか予想できないダンジョンを攻略するのだ。武具の整備が主な依頼だとしても、『深層』のモンスター達から最低限身を守れる実力があることが望ましい。

 

「それを聞けて安心したけど、椿、君も来てくれるのかい?」

「ああ。手前も『深層』の素材が欲しいのだ。できることなら自分の手で調達したい」

 

【ヘファイストス・ファミリア】はあくまで鍛治派閥であり、冒険者業を生業としている派閥ではない。いくら椿が実力者だとしても、モンスターの質と量が跳ね上がる『深層』に自派閥だけで挑むのは、あまりに危険過ぎる賭けと言える。【ロキ・ファミリア】の『遠征』に自ら同行を名乗り出たのも、まだ見ぬ『未知』への探究心からだった。ダンジョン『深層』に興味津々の椿は、屈託の無い笑みを浮かべながら告げてくる。

 

「『不壊属性(デュランダル)』の武器の方は?」

「抜かりない。注文通り、お主等(第1級)の分の得物をそれぞれ用意してやったわ」

「そりゃ心強い。サンキューな、椿」

「ミナトのは私が用意したわ。椿にばかり任せては専属鍛冶師の名が泣くもの」

「わざわざすみません」

「ひゅー。ファイたん(鍛冶神)のお手製なんて贅沢もんやなー」

 

ダンジョン50階層より下層で遭遇した芋虫型の新種。全てを問答無用で溶かし尽くす腐食液を撒き散らす厄介な敵に対応するため、フィン達は不壊属性(デュランダル)が付与された武器も【ヘファイストス・ファミリア】に依頼していた。リヴェリアを除く第1級冒険者の人数分を『最上級鍛冶神(ハイ・スミス)』である椿自信が用意した。ミナトの分だけは、彼の専属鍛冶師であるヘファイストスが手によりをかけて造ってくれたらしく、胸を張って「どう?」と威張っている。

 

「それよりもロキ」

「なんや?」

 

おもむろに椿がうんざりした顔で切り出す。

 

狼人(ウェアウルフ)の小僧を叱っておけ。あやつの無茶振りに答えた銀靴(フロスヴィルト)を粉々にしおってっ、直すのにも苦労したわ!」

 

数振りの特殊武装(スペリオルズ)作製という大仕事。そこに、「遠征までに直せ」と直接椿の元まで尋ねてきたベートにお冠のようだった。

 

その後は、『遠征』当日の大まかな予定、集合場所と時間、その他必要事項を確認し、その場は解散となった。

 

期日は3日後。【ロキ・ファミリア】と【ヘファイストス・ファミリア】は着々と準備を進め始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【猛者】が中層に、っすか?」

「ええ。さっき冒険者達が話しているのを聞いただけだから、嘘かもしれないけど.....」

 

『遠征』二日前、その夕方。ギルド本部において、2人の冒険者が『遠征』の手続きをしながら言葉を交わしていた。

 

【ロキ・ファミリア】男性構成員、ラウル・ノールド。アナキティ・オータム、同僚達には『アキ』の愛称で親しまれる猫人(キャット・ピープル)の女性団員である。2人はここ数日『中層』でモンスターを狩っていると噂のオッタル。ライバル派閥の【フレイヤ・ファミリア】の首領について話をしているところであった。

 

「一体、何してるんすか.....」

「今更【猛者】が中層で探索なんてしないだろうし.....」

「どうかした?」

「あ、ミナトさん」

 

2人が頭を悩ませていると、派閥首脳陣の一人であるミナトがやって来た。若くして大幹部に抜擢された彼に、ラウルとアキの周囲にいた冒険者達から尊敬の視線が集まる。

 

「実は、」

 

アキはミナトに簡潔に話した。

 

「オッタルが『中層』に、ね」

「『遠征』もあるし、どうする?」

 

このまま無視しても、二日後に予定されている『遠征』に支障がでるんじゃない?と彼女は続ける。少し考える素振りを見せたミナトは。【ロキ・ファミリア】の大一番のため真剣に考える2人に向けて、柔らかい笑みを浮かべて答えた。

 

「うん、気にしなくていいと思うよ」

「いいんすか?」

「彼が単身で俺達に仕掛けてくるとは思わないし。何より彼自身、争いごとはあまり好まないしね」

 

それにギルドも支持する未開拓領域への進出を拒めば、それ相応のリスクも生じてくる。と、片目を瞑り、ウインクをしながら補足するミナト。周囲から嬌声が上がる中、天然女殺しに呆れる表情を浮かべたアキは、目を細くしながら彼をじっ、と見つめた。隣では一人ミナトの説明に納得しているラウル。今、オッタルにかまけてる暇はない。そう結論付けた3人は、『遠征』についての内容へと話を変える。

 

「ミナトさん、そっちの方は.....」

「ああ。後はギルド本部に申請をするだけ。予定通り『遠征』は二日後に決行だよ」

 

不壊属性(デュランダル)』等の武装を含め、『遠征』の準備は整ったと言うミナトは、アキ達を連れてロビーの窓口カウンターを目指す。

 

「ラウル達のコンディションはどうなんだい?」

「え、えっと....はははっ」

「ぼちぼち、かなぁ......?」

 

隣を歩くラウル、アキにミナトは問いかける。アイズのランクアップに触発された団員達は。近頃、『遠征』前にも関わらず鍛錬に励んでいるのだ。苦笑いをするラウルに、明後日の方向を向きながら口笛を吹くアキ。そんな2人の様子を見てミナトも苦笑を浮かべる。

 

「みんな、頑張ってるんだね.....」

 

昨夜、ガレスに付き合わされて彼の愚痴を聞かさせる羽目になったことを思い出す。聞けばベートに夜な夜な毎晩、人目のつかない場所で訓練の相手をさせられているらしく、他の団員達の前では鍛錬をしている素振りを見せないベートにうんざりしているらしい。一度承諾してしまった以上、断ることもできず、結果的にファミリアのためになる、とガレスは自分に言い聞かせて彼に付き合っていると言っていた。

 

「?」

 

ラウルに不思議そうに見られながら、昨日のことを思い出し空を仰ぐミナトは、どこか儚い雰囲気を醸し出していた。そうこうしている内に受付嬢の待つ窓口に辿り着く一行。

 

「【ロキ・ファミリア】です。先の仮報告通り、『遠征』決行は二日後の旨を申請しに来ました」

「はい、かしこましました」

 

ミナトが提出する羊皮紙を、彼の担当であるエイナが受け取る。職務上かつ公的な場であるため、やや固い口調になる両者。椅子から立ち上がった彼女は姿勢を正し、組んだ両手を腹部に当て、深々と一礼する。

 

「帰還をお待ちしております。どうかお気を付けて」

「はい。ありがとうございます」

「.....頑張ってね、ミナト君」

「ああ、行ってくるよ」

 

最後はギルド職員としてでは無く、彼の友人として、一人の女性として、エイナは想い人の背中を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーにが『行ってくるよ』、だ。カッコつけちゃって〜」

「.....」

「ほれほれ〜」

 

うりうり、と肩をつついてくるアキが絶妙にうざい。ラウルはともかく、ほぼ同期の仲間でも今みたいにミナトをからかってくるのはアキくらいかもしれない。猫人(キャット・ピープル)である彼女は、まるで気分と同調するように猫耳と尻尾を動かしつつ、綺麗な漆黒色の瞳を曲げながら向けてくる。椿とヘファイストスではないが、彼女とロキもどこか似てるのかもしれない。今の彼女を見ていると、普段アイズ達にセクハラをしかけるロキの姿が重なって見える。

 

「ちょ、ちょっと.....アキっ」

 

一つしか年は変わらないが、冒険者としても、一人の男としてもミナトを尊敬しているラウルは、同期(アキ)の言動に冷や汗をかきながら彼女を止めようとする。

 

「はぁ.....」

 

たとえ【ロキ・ファミリア】内では二軍だとしても、第2級(Lv.4)のアキとラウルはオラリオではかなりの知名度を誇る。そこに第1級(Lv.6)のミナトが加われば当然周囲の視線を集めることになり。今も楽しそうに微笑むアキと、彼女を止めようとするラウルはちょっとした見世物になってしまっていた。『遠征』前に肩の力が入っていない、悪く言えば緊張感の薄い彼女達を見やり、ミナトは人知れず小さくため息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勝負の日がやって来る。

 

『遠征』当日。昨晩までに【ステイタス】更新や装備の調整など、各々がやれることを全てやり尽くした【ロキ・ファミリア】の団員達はたくましい顔つきをしている。アマゾネスの姉妹は自身の得物の感覚を確め、山吹色の少女は同胞(エルフ)の魔法剣士に付き合ってもらった特訓の成果を確かめるように魔杖を握りしめ、狼人(ウェアウルフ)の青年は同じ団員達に不器用な発破をかけ、首脳陣の3人それぞれの覚悟を再確認している。

 

そして。

 

金髪の青年もまた、自室で瞑想をしながら意識を深めているところであった。

 

「59階層、そこに行けば何かが必ず掴める筈.....」

 

赤髪の調教師(テイマー)、緑色の宝玉、女体型のモンスターとその手足達。

 

「風向きが間違いなく変わっている」

 

目を閉じ、静かに呟く。

 

()()()()()()()()()()()、そして.....」

 

閉じていた瞳がゆっくりと開かれる。

 

()()()のこの俺へと繋がれてきたものを、途切らせてはいけない」

 

『火の意志を継ぐ者』として、【ロキ・ファミリア】を守る。同行する【ヘファイストス・ファミリア】の団員達も必ずこの手で守ってみせる。『火の意志』とは何か、『忍』とはどのように在る者を指すのか。

 

「俺が守るんだ.....」

 

かつて立てた誓い。誇り高き『正義』を掲げていた者達に誓った願い。今は亡き、偉大なる先人達に託された想い。

 

「『()()()()()』は、この俺なんだから」

 

部屋に備え付けられている窓から中央広場(セントラルパーク)へ目を向ける。次から次へと集まっていく『遠征』の構成員達を見やり、ミナトはその場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

澄んだ青空から陽光が冒険者達を照りつける。フィンの指示のもと、中央広場(セントラルパーク)に集合する団員達。装備品と物資を積んだ大型カーゴを何台も伴い、ダンジョンの入口から少し離れた場所で待機している。泣く子も黙る最強の道化師(トリックスター)が刻まれた団旗に羨望と畏怖を集めながら、アイズ達は出発の号令を待っている。

 

「久しいな、【剣姫】!」

「.....椿さん」

 

壮健であったか?と尋ねてくる最上級鍛冶師(マスター・スミス)の椿に、アイズは彼女の名前をよびながら軽く会釈をした。極東風の和装に身を包み、腰に大太刀を差す椿は、気さくな態度でアイズに話しかけるのであった。からからと笑う姿に苦笑を浮かべていると、彼女は視界に入った狼人(ウェアウルフ)の青年の元へと歩み寄って行く。

 

「いたなベート・ローガ。今回はそれ(銀靴)を壊すでないぞ?」

「たりめぇだ。そんなほいほい壊すかよ、って、おい、こっちに来るんじゃねぇ!?」

 

ベートの足元に目を向けながら告げる椿。ニヤニヤと笑いながら間合いをどんどん詰めてくる彼女に、狼人(ウェアウルフ)の青年は暑苦しいと言葉を荒らげながら彼女を振り払った。

 

一方アイズは、見送りに来た【ヘルメス・ファミリア】のルルネから、餞別代わりの携帯食と、かつて彼女に依頼を持ちかけてきた()()()()()()()()からの依頼品だという青水晶を受け取り、彼女から激励の言葉を送られると。ルルネは「それじゃあな」と言って帰っていった。

 

「準備は万端かい、アイズ?」

 

犬人(シアンスローブ)の少女が去っていったすぐ後、ミナトがアイズの隣から声をかけた。

 

「.....うん」

「頼りにしているよ」

「!」

「俺と同じLv.6になったんだ。不思議じゃないだろ?」

「うん、任せて.....!」

「ミナトさん、アイズさん」

 

声をかけられ2人が振り向くと、立っていたのは人形のように整った顔立ちの美しい少女だった。北西のメインストリートからやって来た彼女、アミッドは手にポーチを持ちながら頭を下げる。

 

「少しバタついていたのですが、何とか間に合いました。どうぞこれを」

「これは?」

「我々の高等精神力回復薬(ハイ・マジック・ポーション)です」

 

手渡されたのポーチに入っていたのは、透明な試験管の詰め合わせだった。アミッドが「『遠征』への餞別です」と口にすると、3人のやり取りに気づいたティオナがやって来た。

 

「アミッド、見送りに来てくれたんだ!でも、あたし達にはないのー?」

「勿論。用意してありますよ」

 

そう言って彼女はミナトのものより大きめなポーチを、ティオナに差し出す。受け取った彼女が中を見てみれば、高等回復薬(ハイ・ポーション)万能薬(エリクサー)が数本ずつ入っていた。

 

「ありがとう、アミッド!すっごい助かるよ!」

 

心優しい治療師(ヒーラー)は、ティオナ達を順に見つめ、

 

「どうか、お気を付けて」

 

とだけ告げ、ティオナ達に会釈をして彼女達から離れ始めた。アミッドに貰ったアイテムに視線を落とし、ティオナ達は一斉に感謝の意を伝えた。周囲でも【ロキ・ファミリア】の面々と交流がある冒険者達が声をかけているようだ。誰もが『未開拓領域』への進出を願っているのだろう。行き交う人がみな彼等を応援していた。

 

「総員、これより『遠征』を開始する!!」

 

間もなく、首領のフィンが良く響き渡る声音を出した。

 

「これから僕達はまだ見ぬ『未知』へと挑戦する!」

 

団長からの(げき)が、全ての団員達の耳を打つ。誰もが小人族(パルゥム)の少年に意識を向け、ダンジョンへの思いを馳せた。

 

「君達は誰もが勇敢な戦士であり、冒険者だ!!犠牲などいらない、必ず全員で生きて帰る!みなそれを心に強く刻み込んで欲しい!!」

 

団員達がぐっ、と拳を作る中、フィンは息を吸い込み、始まりの合図を告げた。

 

「遠征隊、出発だ!」

 

瞬間、団員達から雄叫びが上がった。澄み切ったオラリオの空に轟き渡る冒険者達の咆哮とともに、先行部隊がバベルの入口へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先行する第一部隊とは、言わば先鋒である。その先鋒部隊には主戦力を注ぎ込むことが多い。予測不可能なダンジョンにおいて、進路先で発生する異常事態(イレギュラー)に対応するためだ。物資を運ぶ後続部隊の安全を確保することが、第一部隊の役割であり。その中にはフィンを筆頭に、リヴェリア、アイズ、ベート、ミナト、ヒュリテ姉妹と、【ロキ・ファミリア】の誇る第1級冒険者が計7名という錚々(そうそう)たるメンバーが揃っていた。後続に【ヘファイスト・ファミリア】の鍛冶師(スミス)が同行していることに疑問を持ったティオナに、前回の『遠征』で芋虫にやられたでしょ、と呆れながらもティオネが補足した。途中、【ヘファイストス・ファミリア】の団員達に対するベートの、「間違っても足でまといにはならねぇな」という発言にティオナ達が反感を唱えることがあったが、順調に先行部隊は予定通りのルートを進んで行った。

 

「ねぇ、何か慌ててない?」

「ほっときなさい」

「どうしたのー!?」

「はぁ.....」

 

視界に取り乱した様子の冒険者を捉えたティオナが、姉の制止を聞かないで、事情を聞くために彼等の元へと駆け寄った。

 

「な、なんだよ、って.....ア、【大切断(アマゾン)】!?」

「ティオナ・ヒュリテだぁ!?」

「てか、【ロキ・ファミリア】!?え、遠征かっ!?」

 

フィン達の素性を察した冒険者たちは近付いてきたティオナに脅えた顔を浮かべた。「何であたしばっか .....」と名で恐怖されるティオナがぶつくさ呟く中、フィンが彼等に事情を尋ねた。

 

「さっきまでいつも通り探索してたらよ、『ミノタウロス』がこの上層にいやがったんだ!」

 

『中層』に出現するモンスターが、『上層』にいたと述べる男性冒険者。

 

「さっきも白髪のガキが襲われてたんだけどよ、俺達あの化け物にビビっちまって......」

 

瞬間、アイズが鬼気迫る表情で詰め寄った。

 

少年が、ベル・クラネルが襲われている。

 

「その冒険者がおそわれていたのは、何階層ですか?」

「9階層だ、移動してなければだがな.....」

 

それだけ聞き出すと、アイズは即座に駆け出す。

 

「アイズ!?」

「何やってんだお前!!」

 

彼女の遥か後方より響くティオナとベートの声を置き去りにし、尚も加速した。途中で少年(ベル)の仲間だと言う小人族(パルゥム)の少女に遭遇し、傷ついた彼女からベルの居場所を聞いたアイズは、少女を抱きかかえて走り出した。そして、目標地点直前の大広間に突入した、その次の瞬間。

 

「止まれ」

 

なんてことの無い一声が、アイズの足を無理やり止める。モンスターも他の冒険者もいない場所で、彼は圧倒的な存在感を放っていた。2メートルを超す巨躯からアイズを、錆色の瞳で真っ直ぐ見据えている。

 

「.....【猛者】」

「【剣姫】、手合わせ願おう」

「!?」

 

その一声に今度こそ驚愕をあらわにするアイズ。対してオッタルは地面に突き刺さっていた大剣を掴み、静かに持ち上げる。

 

「どうしてっ!?」

「敵を討つことに、時と場所は関係あるまい」

 

一切の揺らぎを見せないオッタル。そして、動揺する彼女に静かに告げる。

 

「娘を置け。巻き込みたくはないだろう」

 

死ぬぞ、と傷ついた少女を射抜く強者の瞳。それと同時に手に持った大剣を構え、臨戦態勢へと移行したオッタル。アイズの前に立ちはだかる『頂点』。フィン達すらも超える最強(Lv.7)が、絶対的な壁として彼女の行く手を阻む。

 

「来い」

「そこをどいて!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『技』が、『駆け引き』が、『魔法(エアリアル)』までもが。目の前の男には一切通用しない。多少の擦り傷程度は与えられているが、そのことごとくが単純な膂力によってねじ伏せられる。全力で攻め立てるアイズが劣勢なのは火を見るより明らかであった。今こうして戦っている内に少年(ベル)の身に何か怒るかもしれない。『ミノタウロス』と言う勝てる筈の無いモンスターに彼が殺されてしまうかもしれない。

 

「どいてっ!?」

「.....」

 

ベルの身を案じて焦るアイズと胸の奥底を覗かせないオッタルが激しい剣劇を繰り広げる中、不意に。

 

「オッタル」

「!」

 

 

2人の背後からかけられた声に、今まで感情を見せなかったオッタルが、僅かばかり目を見開く。大薙ぎでアイズを声主の方へと吹き飛ばし、錆色の瞳をそちらに向ける。やがて、2人の元へ声を飛ばした人物の名を、オッタルは静かに口にした。

 

「ミナト.....」

 

【猛者】の視線の先、三枚刀のクナイを右手に提げた【黄色い閃光】が、静謐さを纏い大広間へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 




アンケートのご協力ありがとうございました!

今後も今と同じくらいの分量でいこうと思います。度々増えるかもしれないけど、そこは許してくださいぃ


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You really?Are you excited?行こう

「.....っ!」

 

 

碧色と錆色の瞳が交差する。都市最速と都市最強が発する圧倒的な威圧感に、アイズは思わず萎縮してしまう。彼女を一瞥した後、ミナトはオッタルへ問いを投げかけた。

 

ここ(上層)で何を?」

 

声音を一切動かさず、淡々とオッタルへ視線を向け続ける。この場でアイズと戦う事自体が彼の目的で無いことは分かりきっているミナトは、主神(フレイヤ)の神意なのか、と続ける。

 

「.....」

「.....」

 

静かな緊張感が場を支配し始めた。その次の瞬間。

 

「!?」

 

たんっ、という跳躍音が二つ。ミナトとアイズの背後から聞こえたと同時に、右方から大気を切り裂きながら振り下ろされた大双刃と、残りの左側から地を這いながら振り抜かれた蹴りの二撃が【猛者】へと襲いかかった。

 

オッタルは驚愕ごと得物を振り払い、双方向からの強撃を打ち返した。

 

「どうなってんのー!?」

「猪野郎ッ!!」

 

大双刃(ウルガ)を弾かれて着地したティオナは驚きの声を上げ、蹴りをいなされたベートが目の前の猪人(ボアズ)を睨みつける。

 

「【大切断(アマゾン)】、【凶狼(ヴァナルガンド)】.....!」

 

敵の増援に目を見開く【猛者】へ更に追撃が迫る。

 

「っ!」

「どうなってんのよ、これっ!?」

 

妹と同じセリフを口にしながらティオネもまた参戦した。5対1。圧倒的な数的有利の状況を好機と見たのか、アイズは全力で『風』を纏い、オッタルが守り続けていた通路口へ突入を果たした。

 

「(待ってて!)」

 

金髪の少女は全身から力をかき集め、道の奥へと駆け抜けて行った。

 

「.....!」

 

己の背後を通り抜けていったアイズに、オッタルは顔を歪めた。今から追いかけても『魔法』を使用している神速の【剣姫】には追いつけない。残る第1級冒険者4人に囲まれながら、彼は悟ってしまった。

 

「やれやれ、親指がうずいていると思ったら.....」

 

間もなく、ミナト達がいる通路口とは逆の方向、下層へと続く正規ルートから小人族(パルゥム)の少年の声が届いた。黄金の長槍を携える少年に、オッタルの双眸が鋭くなる。

 

「やぁ、オッタル」

「.....フィン」

 

久しぶりの再会を惜しむように声をかけてくるフィンに、オッタルはゆっくりと武器を下ろした。彼の参戦により全てが決したと事実を受け入れ、【猛者】は臨戦態勢を解いた。戦意を消した相手を他所に、ベートとティオナがアイズの後を追って走り出す。

 

「リヴェリアー!その子(小人族)助けてあげてー!」

「ちっ、何が起こってやがる!?」

「あ、アイツら.....!」

「.....」

 

自由奔放に広間から飛び出して行った妹達にティオネが顔を引きつらせる中、再びミナトとオッタルは相対する。フィンの登場によりこの場に踏み留まるティオネと、傷ついた少女を治療するリヴェリアのすぐ側で彼等を見守るフィンの視線の先で、両派閥の首領と幹部は話を始めた。

 

「もう一度聞くよ」

「.....」

「女神フレイヤは、俺達との戦争を望んでいると?」

 

表情を変えず尋ねてくるミナトに、オッタルは押し黙った。碧色の瞳が彼を射抜く中、武人は静かに口を開く。

 

「俺の、独断だ」

 

低い声音で告げたオッタルは、武器を放棄し歩み出した。ティオネが鋭く睨みつけるが、彼は迷わずミナト達の元へ進んでいく。リヴェリアとフィンは警戒を解き、ミナトの傍に控える中、オッタルは彼等の横を素通りした。

 

「とどめられなかったこの不覚、呪うぞ」

 

アイズに負わされた傷から血を滴らせ、岩のような拳を強く握り締め、己への呪詛を落とす。ただ前だけを見据えた武人は、一切背後を振り返らない。

 

「無力な自分を棚に上げて言おう」

 

迷宮の遥か奥より響く猛牛の咆哮、そして一人の冒険者の雄叫びを耳にしながら、続ける。

 

「殻を破れ、己を賭けろ、『冒険』に挑め」

 

最後に。

 

「あの方の寵愛に、見事応えて見せろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.....大丈夫?」

 

間に合った。オッタルを振り払い、全力で走り続けたことで少年の元に間一髪駆けつけることができた。()()()()()()()()()ミノタウロスと傷だらけの少年(ベル)小人族(パルゥム)の少女が逃げるための時間を稼ぐためにここまで頑張ったのだろう、少年の体には至る所に裂傷や打撲が刻まれていた。人のために命を張ったベルを、アイズは誇らしく思う。もう彼を傷つけさせないために、今はただ目の前のモンスターを倒そう。

 

追いついてきたティオナとベートが、更にはミナト達が足音を鳴らし大広間にたどり着く中、アイズは倒れているベルの前に立ち、ミノタウロスに視線を走らせる。次には小さく振り向くと、呆然とした表情を浮かべている少年が、ぼろぼろになった体を手を使って起こしていた。

 

「.....頑張ったね」

 

初めてあったあの日のように。あの頃とは比べ物にならないくらい成長した彼を守るために。

 

「今、助けるから」

 

そしてアイズが前に踏み出そうとした、その瞬間。

 

「(.....え?)」

 

アイズのすぐ後ろから誰のものでもない、地を蹴り飛ばす音を鳴らした。

 

「っ!?」

 

彼女が振り向くのと、その手を掴まれたのは同じタイミングだった。

 

ぼろぼろに傷ついた少年はもう一度、自分の足で立ち上がる。

 

「...ないんだ」

 

掴んだ手を引き、驚愕する彼女を後方へと押しやる。

 

「アイズ・ヴァレンシュタインに、もう助けられるわけには、いかないんだっ!!!」

 

自ら前に出たベルは、漆黒のナイフを握り直し、ミノタウロスへと立ち向かっていく。

 

「(どうして.....)」

 

ただの少年であったはず。心優しくとても純粋な、ただの子供であることをアイズは知っている。決して冒険者としての『器』があった訳では無いことを、アイズ・ヴァレンシュタインは良く知っている。

 

それでも。

 

決して強くはなかった筈の少年は、覚悟を持って立ち上がった。武器を持った。震える体を叩き起した。

 

己の殻を破り、彼は今、『英雄』への道のりを。確かに一歩、踏み出したのだ。

 

「勝負だッ!!」

 

そして少年は『冒険』へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

火花が散り、血飛沫が飛び、甲高い武器の衝突音が響き渡り続ける。戦う(すべ)を教示したアイズの視界では、怪物と少年が互角に渡り合っていた。

 

「.....あぁ?」

 

ベートも気づいた。

 

「え、あれ.....?」

「Lv.1、ですって?」

 

ティオナも、ティオネも気づいた。

 

「僕の記憶が正しければ、」

 

フィンも察し、狼人(ウェアウルフ)の青年へと語りかける。

 

「一ヶ月前、ベートの目には、あの少年が全くの初心者に見えたんじゃなかったのかい?」

 

第1級冒険者達ですら目を見張る程の変貌を遂げた少年が、己を賭して『冒険』をしている。

 

「ああああああああッッッ!!」

『ヴォオオオオオッッッ!!』

 

咆哮が響き渡る。

 

真っ向勝負を繰り広げる2人に誰もが目を奪われていた。

 

「クラネル君.....」

 

金髪の青年も、『冒険者』ベル・クラネルに魅せられていた。英雄譚の一幕のように、自分達(第1級)より遥かに劣る戦いだとしても、己の全てを注ぎ込む少年の勇姿は。まるで、

 

「『アルゴノゥト』みたい.....」

 

英雄を夢見る青年が、人々に笑われながらも、確かに『英雄』へと至る、最低で最高な英雄譚。

 

「あたしあの童話好きだったなぁ」

 

ティオナの声がアイズ達の耳を震わす。目の前の光景を英雄譚に重ね合わせるかのように呟いた彼女は、夢見る少女の如く笑みを浮かべ、両手を胸に抱き締めた。

 

ミノタウロスが。

 

ベル・クラネルが。

 

人と怪物が描く【眷属の物語(ファミリア・ミィス)】。

 

あらゆる技、あらゆる駆け引き、自分の持つ全てを。『全て』をこの一戦に注ぎ込む。

 

「ファイアボルト!」

 

そして。少年が叫ぶ。

 

「ファイアボルトォォォッッ!!」

 

敵の懐で、最後の一撃を。今、ベル・クラネルのもてる最高の一撃を。

 

「ファイアボルトォォォォオオオオオオオッッ!!!」

『ーーーーーーーッッ!?』

 

強靭な肉体に叩き込まれた漆黒のナイフ。モンスターの体内へのゼロ距離攻撃。体の内側から炎を(ほとばし)らせたミノタウロスは凄絶な断末魔とともに、灰となって消え失せた。ドロップアイテムの角だけが残り、そこには少年だけが残された。

 

「勝ち、やがった.....」

「た、立ったまま気絶してる.....」

「.....精神枯渇(マインドゼロ)

 

ベートも、ティオナも、ティオネも。全員がナイフを振り抜いたまま動かない少年に戦慄する。

 

「.....」

 

アイズも、限界を超え『冒険』を果たした少年。ベル・クラネルの存在を、心に刻み込んだ。

 

そして。

 

()()。貴方の探していた人物は、彼なのかもしれません」

 

かつて恩師が話していた『予言の子』。戦乱の時代に現れ、世界を脅かす悪を振り払う救世主たる子。

 

今はまだ弱く、脆く、未完の『器』の少年だが、格上に挑み打ち勝った姿は英雄そのもの。確かに才能は無いのかもしれない。たが、その意志は泥臭くも真っ直ぐで、強い。何よりも大切なものを秘めているベルは、『資格』を持ってるのかもしれない。

 

何より。

 

「この先、君がどう成長していくのか、楽しみになったよ」

 

産声を上げた新しい『英雄』に、世界がどう動くのか。彼がどう運命に立ち向かっていくのか。

 

「『木の葉舞う所に火は燃ゆる。火の影は木の葉を照らし、また木の葉は芽吹く』」

 

まだミナトが極東で暮らしていた頃、命を懸けて故郷を守りきった先人の言葉を、碧色の瞳で少年を見つめながら呟く。新しい『火の意志』を目にしたミナトは、ベルの背中にかつての自分を重ねるのであった。

 

「ここからだよ。クラネル君」

 

ベル・クラネル。

 

四代目火影はもう、その名前を忘れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野営を準備する団員達の忙しなく動き回る音が響いている。指示を掛け合い仕事に勤しむ彼等【ロキ・ファミリア】は、現在50階層、モンスターの産まれない安全階層(セーフティポイント)にて大規模な休息を取っていた。予定通り二つに分けられていた部隊は18階層で合流した後、『深層』まで進行した。天幕やカーゴに付けられた魔石灯の光が揺れる中、団員達の間では野営の準備とはまた違ったざわめきが起こっていた。

 

「一体ベート達はどうしたのよ.....」

「俺が知りたいっす.....」

「いつにも増して皆さん凄い威圧感です.....」

 

アキを始めにラウルやヒューマンのリーネなど、【ロキ・ファミリア】二軍以下の構成員達は時折及び腰になりながら、ひそひそと話をしていた。彼等の視線の方向では、アマゾネスの姉妹や狼人(ウェアウルフ)の青年が。方や大双刃(ウルガ)を手に持ったまま(うな)り、方や二振りの湾短刃(ククリナイフ)を無言でくるくると回し、方や琥珀色の瞳を鋭くして他の団員達を怖がらせていた。落ち着きの無い第1級冒険者達の雰囲気にあてられたラウル達はうろたえ、首脳陣のフィン達もため息を付く始末だった。

 

「.....」

 

レフィーヤも視線の先にいるアイズに心配した眼差しを送っていた。

 

アイズ達の様子がおかしい理由。それは、先の「上層」においての、ベル・クラネル対ミノタウロスの大激戦であった。

 

あの時、下級冒険者が成し遂げた『偉業』に誰もが声を漏らさず、静かに少年を見つめていた。やがて背中の部分が少しだけ肌けていたため、ベルの【ステイタス】が気になった一同は、彼等を代表してリヴェリアが基本アビリティだけを読み取った。そこに刻まれていたのは、限界を超越した【ステイタス】。オールSに等しい全アビリティ。恩恵を授かって僅かひと月程で驚異的な成長を遂げた少年に、誰もが言葉を失ってしまった。

 

それからベルと小人族(パルゥム)の少女を保護し、地上まで送り届けたアイズ達は、『遠征』を再会させたのだが。少年の勇姿触発されたのか、普段よりも苛烈にモンスター達を屠っていく姿を見せていた。ということが50階層で彼女達の様子が落ち着かない理由である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

野営地の準備を済ませた一同は食事に移った。キャンプファイヤーを囲むよう輪になる団員達は、これまでの『遠征』を労うごちそうに舌鼓を打っていた。途中、椿がティオナに道中での苛烈さの理由を尋ね、アマゾネスの少女は楽しそうに少年の話を彼女にした。

 

「さて、そろそろ最後の打ち合わせを始めよう」

 

食事を終えた彼等は、フィンを中心に今後の最終確認を始めた。

 

「予定通り51階層からは選抜したパーティで攻略を仕掛ける。残る者は【ヘファイストス・ファミリア】とともにここ(拠点)の防衛だ」

 

51階層より下へ行くには、サポーターと言えども最低限の能力を要求される。大部隊だと小回りが効かないため、身軽さを重視した編成にすることは仕方ないことだった。

 

「パーティには僕、ガレス、リヴェリア、ミナト.....」

 

第1級冒険者である首脳陣達と幹部、計8名がフィンの口から名を告げられ、支援組も呼ばれていった。

 

「サポーターには、ラウル、アリシア、レフィーヤ.....」

 

Lv.4の実力者がサポーターを務める中、ただ1人Lv.3であるエルフの少女は密かに緊張していた。最後にフィンはアキにキャンプでの指揮を任せ、椿には自分達に同行するよう命じた。

 

連絡事項が全て終わると椿が勢いよく立ち上がった。

 

「よし、渡すものを渡しておくぞ!」

 

彼女の合図とともに上級鍛冶師(ハイ・スミス)達は、アイズとリヴェリアを除いた第1級冒険者の目の前に、荷物の中から取り出した武具を並べた。

 

「シリーズ《ローラン》。注文されていた不壊属性(デュランダル)をそれぞれの要望通りに作った」

 

フィンは長槍、ベートは双剣、ティオナは大剣、ティオネは斧槍(ハルバード)、ガレスは大戦斧。各自手に取って武器の感触を確かめていると、「ほれ、主神様(ヘファイストス)からだ」と言って、椿は一振りの剣をミナトへ渡した。

 

「《草薙の剣》の一振りだそうだ。流石は主神様よ」

 

ミナトは受け取った刀を鞘から抜き、鋭い光沢を放つ剣身を眺めた。不壊属性(デュランダル)が付与されて尚、威力を損なわないと言われる《草薙の剣》。噂によれば剣そのものが魔法を帯びているものもあるらしいが、この剣はシンプルに切れ味を突き詰めたものであると、椿が補足する。現存する武器の中でも最上級の武器であることは間違いない。

 

「(ありがとうございます、ヘファイストス様)」

 

金髪の青年は心の中で、これほどの代物を用意してくれた自身の専属鍛冶師である女神へと感謝を述べるのであった。

 

「では、明日に備え一旦解散だ。各自英気を養ってくれ」

 

首領であるフィンの指示を皮切りに、団員達は周囲にばらけ始めた。

 

鍛冶師(スミス)に武器の調整を頼む者。

 

興奮冷めぬ体を沈めるため軽い手合わせを願う者。

 

未体験の階層への緊張を見せる団員の肩の力を抜かせる者。

 

進行が予定されている階層へビビり散らす者。

 

明日への牙を静かに研ぐ者。

 

誓った『意志』を唱える者。

 

それぞれが、それぞれにできること。まだ見ぬ『未知』へ辿り着くために必要なことを済ました後、眠りに着くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出発する」

 

静かな号令とともに、フィン率いる【ロキ・ファミリア】の精鋭パーティは50階層を発つ。8名の戦闘員、5名のサポーター、1名の鍛冶師(スミス)、総勢14名のパーティである。前衛にはベートとティオナ、中衛にはアイズとティオネ、そしてフィン。後衛にはリヴェリア、ガレス、ミナトの3名。各所にそれぞれ2名ずつのサポーターが付き、中衛に椿が配置された。

 

「何でベートと一緒なのー」

「うるせぇ馬鹿ゾネス。俺もごめんだっての」

 

今から緊張するサポーター達が無言になりがちになる中、大剣を肩にかつぐティオナがぶーたれ、両手に双剣を構えたベートが、彼女と視線も交わさずに口元をひん曲げた。

 

「少しは緊張感を持って欲しいね.....」

「はっはっ、賑やかでいいことじゃないかぁ」

 

固くなる素振りも見せずギャーギャーと言い争うティオナ達を見て、ため息を吐くミナトに椿がけらけらと笑いかける。年長者のガレスとリヴェリアが他の団員達の緊張を解し、軽く会話を交わしながら一行は51階層へと繋がる大穴へと向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここからは無駄口は無しだ。総員、戦闘準備」

 

やがて現れた大穴にフィンが声を発する。50階層の西側、その端に空いた大穴。50階層と51階層を繋ぐ連絡路は険しい坂を作っている。奥の方まで目を凝らせば、モンスター達の眼光が闇に浮かび上がっていた。

 

やがて、長槍を構えたフィンは、告げた。

 

「行け、ベート、ティオナ」

 

凶暴な狼と獰猛な女戦士が風となって急斜面を駆け下りる。彼等が作る道を、中衛以降のメンバーが続く。

 

「がるぁああああああああっっっ!!!」

「ベート邪魔ぁぁぁああああっっ!!!」

 

 

立ちはだかるモンスター達に、飛び出したベートの蹴りが炸裂する。崩れゆく死体に目もくれず体の動きを一切緩めないで次の得物へ襲いかかる姿はまさに【凶狼(ヴァナルガンド)】。自慢の脚を活かし道を切り開くベートにやや遅れを取ったティオナも、負けじと大剣を豪快に振り回して奮迅の活躍を見せる。2人の暴れぶりに、「聞きしに勝るじゃじゃ馬達だな」と笑いながら椿は音速の居合をモンスターに見舞う。

 

「相変わらず凄い『技』ですね」

「試し斬りをしているうちに、な。自然と身についてしまったわ」

 

ミナトの賞賛に、はっはっはっと豪快に笑う彼女に若干怯えるラウル。本業(冒険者)の自分より戦闘力のある椿に、軽くドン引きしている。

 

 

 

 

 

「来た、新種ー!」

 

前衛を務めていたティオナがいち早く()()を察知した。

 

幅広い通路を余すこと無く埋め尽くす黄緑色の芋虫。最も警戒していたモンスターと、とうとう遭遇した。

 

「隊列変更!ティオナ、下がれ!」

 

迅速かつ的確な指示がフィンから放たれる。次には彼の意図を素早く汲み取ったアイズが、ティオナと入れ替わるように前衛へ躍り出た。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】」

 

魔法を使用し、ベートと肩を合わせながら突撃する。

 

「よこせ!」

「風よ」

 

ベートの要請を受け彼のメタルブーツに風の力が纏われる。風の恩恵と不壊属性(デュランダル)の双剣を構える2人は芋虫型達に襲いかかった。

 

『オオオオオオッ!?』

 

モンスターの絶叫が響き渡る。

 

口腔から打ち出される腐食液は全て風の鎧が弾き、続く銀の閃光がモンスター達を切り刻む。疾風と化すアイズとベートは後方の仲間達にも一滴たりとも腐食液を通さない。十分な対策を練ってきた【ロキ・ファミリア】の実力者達はもはや新種達に後れを取ることは無い。

 

「【吹雪け、三度の厳冬。我が名はアールヴ】!」

 

やがて都市最強魔導士(リヴェリア)の『並行詠唱』が完了し、フィンが前衛の2人に撤退の合図を出す。

 

翡翠色の魔法陣(マジックサークル)を引き連れた彼女は、美しい玉音をモンスター達へと向け、解き放つ。

 

「【ウィン・フィンブルヴェトル】!!」

 

三条の吹雪が芋虫型を、通路を、全てを凍りつかせた。凍土に変わったダンジョンをパーティは、モンスター達の氷像を全て壊しながら走り抜ける。

 

 

 

「ここからは補給はできないと思ってくれ」

 

52階層へ繋がる通路を前に、フィンはパーティ全員に振り返る。体力や精神力(マインド)の回復は今ここで済ませろと言外に告げる彼の言葉に、ここまで無傷で来た彼等は、ただ張り詰めた表情を共有するだけであった。

 

「行くぞ」

 

やがて団長の簡潔な号令とともに、52階層へ進出した。

 

「おおっ、ゲット!」

 

走りながら仕留めたモンスターの素材に、目を輝かせる椿だったが、拾いに行こうとした彼女をミナトが許さなかった。

 

「止まっちゃいけない!」

「むっ?」

 

手を引っ張られた椿は、走りながら疑問を口にした。

 

「何故だ?手前はここまで深く潜ったことがない。何かあるのか?」

()()()()()()()()

 

やや焦った表情を浮かべ、ミナトは言った。

 

「狙撃、だと.....?」

 

どういうことか、と更なる問いを投げようとした彼女は、ラウルを始めとしたサポーター達が死に物狂いで第1級冒険者達の後に続いていくことに気づいた。

 

椿が違和感を覚えていると、禍々しい咆哮が響いた。

 

「.....竜か?」

 

咆哮の持ち主を察したが、Lv.5を誇る彼女の知覚範囲には何もいない。

 

「フィンさん」

「ああ」

 

背後からかけられるミナトの声に、フィンは頷く。

 

「補足されたか、総員、全力で走れぇ!!」

 

小人族(パルゥム)の首領が声を荒らげて指示を飛ばす。走行速度を更に上げる中、椿はようやく声の発生場所を捉えた。

 

「下か.....!?」

 

瞬間。中衛にいたアイズが呟いた。

 

「来る」

「ベート、転進しろ!」

 

すかさずフィンの檄が飛び、先頭にいたベートとティオナ、遅れてパーティ一団は正規ルートを大きく外れ横の大通りへと飛び込んだ。

 

直後。

 

『ーーーーーーーーーーー』

 

地面が爆発した。

 

『ーーーーー!?』

 

足元から立ち昇る紅蓮の業火。ベート達の顔を、背中を、全身が豪炎の余波で真っ赤に染まる。視界間近で発生したダンジョンの爆発。更に押し寄せる爆風にサポーター達が何とか悲鳴を押し殺す。

 

常識外の砲撃が、彼等の行く手を阻んだ。

 

 




明日怪しいかも....


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「ひ」

「西のルートへ迂回する!!」

 

フィンの指示に従いパーティが進路変更をし、全力で走るすぐ後方でまたもや大爆発が起こる。

 

「新種を引き付けてもいい!リヴェリア、防護魔法を急げ!」

「【木霊せよ、心願(こえ)を届けよ。森の衣よ】」

「敵の数は!」

「6、7、いや.....それ以上!?」

 

途方もない熱量と大振動がパーティを襲う。何発もの大爆撃が続き、灼熱の暴風と無数の火の粉がアイズ達の元に押し寄せる中、フィンの指示にすぐさまリヴェリアは『詠唱』を開始し、爆発し続けている地面を見下ろしながらティオネが敵の数を叫び返す。地面から吹き出す大爆発の正体、それは紅蓮の豪火球であった。

 

「そういうことかっ!」

 

浮かべた笑みを盛大に歪ませた椿は、全てを悟る。その一方で、ラウル達の後ろを必死に着いて行くレフィーヤの顔からは血の気という血の気が失われていた。

 

「こ、こんなことって.....!?」

 

事前には聞いていた。心の準備は万全であった筈だったのに、現実を目の当たりにして動揺を隠すことができない。アイズ達(第1級冒険者)ですら逃げ惑う竜の咆哮と、今なお続く砲撃に、パニックになりかける中、レフィーヤの瞳はそれを視認してしまった。

 

「ラウル、横だ!!」

「えっ?」

 

彼女と同じくいち早く気付けたのは、パーティの最後尾に位置していたガレスだけだった。通路の横穴から迫り来る極太の糸束に、呼びかけられたラウルは反応することができない。だが、

 

「ラウルさんっ!?」

 

すぐ後方にいたレフィーヤが咄嗟に手を伸ばし、ラウルのバックパックごと突き飛ばした。前方にこける青年を他所に、レフィーヤは腕を糸に捕縛され、ぐんっと隊列から引き剥がされる。

 

「レフィーヤっ!?」

 

ティオネの叫び声が響く中、顔を焦りに染める少女を釣り上げた巨大蜘蛛のモンスターは、醜悪な大口を開け捕食しようとした次の瞬間には、()()()()()。突如レフィーヤの眼前で爆発した地面から吹き上がった爆炎がモンスターを消滅させる。

 

「あ.....」

 

糸によって宙に投げたされていたレフィーヤは、たった今目の前にできた大穴に、そのまま落下した。そして、彼女は()()を目にした。

 

あまりにも深い、放出された大火球によって階層を複数ぶち抜かれた巨大な縦穴。穴の底で得物を仰ぎ見るのは、獰猛な牙を覗かせ口から煙を吐く数匹の紅竜であった。

 

やはり間違いない。

 

途切れることなくパーティを襲っていた大爆発の正体は、彼女達のいる遥か下層より放たれた竜の砲撃。レフィーヤ達は何百メートルも離れた地底からモンスターによって狙撃されていた。

 

『階層無視』。あまりに規模が違う攻撃にレフィーヤの相貌が絶望に(ひび)割れる。

 

『オオオオオオオオッッッ!!!』

 

視界の遥か先の地底、5()8()()()に構える砲竜『ヴァルガング・ドラゴン』。全長10メートルを誇る怪物達が、徒党を組んでレフィーヤを地獄の底へと誘う。

 

「「レフィーヤ!!」」

「足引っ張るんじゃねぇ!」

「っ!?」

 

その時だった。恐怖に我を失いかけていた彼女に届いた声の方向、真上に目を向けると、そこには空いた大穴に身を投げ出したティオナ、ティオネ、ベートがいた。

 

更に。

 

「落ち着いて。ゆっくり息を整えるんだ」

 

()()()()()()()()()()()レフィーヤと同じ高さまで駆け抜けてきたミナトが、跳躍とともに彼女の体を優しく横抱きにする。

 

「ミナトさん.....っ!」

 

ドジを踏んでしまった自分の救援に駆け付けてくれた第1級冒険者達に、彼女を優しく包み込む温かさに、レフィーヤの瞳に涙が浮かぶ。

 

「【ヴェール・ブレス】!!」

 

次いで52階層からリヴェリアの防護魔法が縦穴を急降下する5人の元に届いた。だが、ほぼ同時に大紅竜から砲撃が放たれる。直径5メートルを軽く超える大火球がレフィーヤ達へ真下から襲いかかった、次の瞬間。

 

『ギャアアアアアアアアッッッ!?』

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「「「「は.....?」」」」

 

ベート、ティオネ、ティオナ、レフィーヤの4名が、一瞬。眼前で起きた現象に目を疑い、素っ頓狂な声を漏らした。

 

摩訶不思議な出来事の原因を探る彼女等は、視線を巡らせていると、豪炎に呑まれる『ヴァルガング・ドラゴン』達の足元に、()()()()()()を見つけた。

 

「もしかして.....!?」

 

ティオナが驚愕を叫び、見覚えのある武器、その持ち主である金髪の青年へと視線が集まる中。当の本人であるミナトはにこやかにウィンクを浮かべていた。

 

「【飛雷神】の応用、ってね」

 

あらかじめ58下層で待ち受ける大紅竜達の足元へ、『マーキング』の付いたクナイを投げることで【飛雷神】の発動条件を満たし。後はモンスターの砲撃を【飛雷神】でモンスター達にお返しするだけ。口で言えば簡単に聞こえるが、ベート達でさえ思考の余裕を持てない状況下において、レフィーヤを助けると同時に先手を打っていたミナトに、誰もが脱帽した。一切の無駄を見せない【黄色い閃光】がいる限り、彼女達に豪火球が届くことは無い。

 

「もうっ!速い奴がいるんだけどぉ!?」

「ちっ、『強化種』か.....っ!?」

 

砲竜の火球全てをミナトが【飛雷神】で逆に攻撃に利用することに業を煮やしたのか、竜達は次第に直接ティオナ達へ襲いかかって来た。降下を続ける彼女達は壁を蹴っては跳びかかり、【ステイタス】を存分に活かした戦法でモンスターを撃墜していくが、空を飛べない彼女達には流石に限界があった。周囲から飛龍(ワイバーン)も現れ、中には一際体躯の大きい個体がおり、宙を駆け回りながらティオナ達を苦しめる。

 

だが。

 

「とりゃぁぁぁあああああああっっ!!!」

 

超威力の大双刃(ウルガ)を。

 

「がるぁぁぁぁああああっっっ!!!!」

 

きらめく銀靴(フロスヴィルト)を。

 

「いい加減うざえんだよおおおおッッ!!」

 

怒りに身を任せた斧槍(ハルバード)を。

 

『オオオオオオオオッッッ!?』

 

手足のように得物を操る第1級冒険者達はモンスター達を倒しつつ、遂に58階層へその身を着陸させた。たった3人の冒険者に対し、大紅竜を含めた無数のモンスターが一斉に襲いかかる中、間髪入れず新しい影が天井より現れる。

 

「3人とも、その場を離れろ!!」

 

身構えていたティオナ達の頭上より、警告が投下される。肌で感じ取れるほどの『魔力』に反応した彼女達は、モンスターの攻撃に構わずその場から離脱する。

 

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!」

 

58階層に無数の火矢が降り注いだ。上空から空襲する魔力弾に絶叫が響き渡る。強靭な肉体で何とか耐えきる『ヴァルガング・ドラゴン』を残し、それ以外のモンスター達はことごとく焼き尽くされていく。

 

「ミナト、レフィーヤ!!」

「い、生きてる.....」

「あれだけかましといて良く言うわ」

「凄いじゃないか」

 

ミナトに抱えられたレフィーヤが58階層に降り立つ。攻撃範囲から見事逃れたティオナが2人に駆け寄り、腕の中で呟くレフィーヤにティオネが一笑した。

 

「あのクソ竜だけは潰すぞ」

 

双剣を構え直したベートが彼女達に告げる。眼前に移るは残り一体の大紅竜。【飛雷神】によるカウンターとレフィーヤの『魔法』によって撃滅されたモンスターの内、辛うじて生き残った個体がベート達に牙を見せ高々と咆哮を放つが、次の瞬間。

 

『ガァァッ!?』

 

頭上より来襲した影が、最後の『ヴァルガング・ドラゴン』の頭部を粉砕した。頭部を弾けさせ豪快に倒れ込んだモンスターの姿に、ティオナ達は言葉を失う。静寂が走り続ける中。その人物は倒れた竜の死骸から、振り抜いた大戦斧を引っこ抜いた。

 

「なんじゃ、このトカゲが最後の一匹か」

 

深く被った兜の奥から、にっ、と不敵に笑みを浮かべるドワーフの大戦士に、レフィーヤ達は目を見開く。

 

「ジジイッ!?」

「ガレスさんっ!?」

「「ガレス!?」」

「フィンさんの采配かな.....」

 

たった今見せつけられたデタラメな光景を作り出し、何事もなかったかのように姿を見せたガレスに、ミナト以外の全員がようやく我を取り戻し、彼の戦士の名を驚愕の声に乗せた。

 

「何を呆けておる。ほれ、新手が来たぞ。さっさと暴れて老人を労わらんかい」

 

周囲から飛来する飛竜(ワイバーン)達を一瞥した後、口にした冗談めかした挑発に、「てめえみたいなジジイが耄碌するかっての」、「あたしも負けないもんねー!」、「血が(たぎ)るわね.....っ!」とベート達は反応を示した。

 

好き勝手言う血気盛んな彼等に、ガレスは「ひよっこどもが」と笑う。

 

「あ、あれはっ!」

 

慌てて杖を構えたレフィーヤの視線の先、57階層への道から数えきれない芋虫型のモンスター達が現れていた。

 

「やれやれ.....」

「次から次へと.....若造ども、離れるでないぞ!!」

 

息もつかせぬ脅威を目の当たりにしながらも、第1級冒険者達は都市最速の青年とドワーフの大戦士に遅れを取るまいと、彼等の後に続いて駆けだした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「大丈夫でしたか、アイズさんっ!?」

「うん、平気。レフィーヤ達は?」

「ガレスとミナトのおかげで楽させて貰っちゃった〜」

 

ようやく合流した一団は、エリア内にいたモンスター全てを倒し、次の出現時間までのインターバルを利用して小休憩を取っていた。

 

「途中で二手に分けられたが、58階層を攻略できたか.....」

「初見じゃなきゃ余裕だっつーの」

 

リヴェリアのセリフにベートが鼻を鳴らす中、見えを張っているように聞こえる言葉に「さっきまでヘロヘロだったくせに」とティオナがからかう。「そりゃてめぇのことだろうが、馬鹿ゾネス!?」と怒鳴り返すベート達を皮切りに、パーティには少しばかり弛緩した空気が流れた。

 

「......」

「......」

「フィン、ミナト。何を難しい顔をしておるのだ?」

 

ティオナ達が息を着く中、椿が怪訝そうな表情を浮かべている2人に声をかける、

 

「【ゼウス・ファミリア】の記録によれば、59階層から先は極寒の領域だった筈.....」

「ええ。だからこそ火精霊の護布(サラマンダー・ウール)を用意しましたが、これは.....」

 

2人だけが理解したように言葉を交わすのを他所に、レフィーヤ達も椿に続いて彼等の様子を不思議に思い始めた。

 

「第1級冒険者の動きを阻害する程の冷気が発生する階層」

「なら今その階層の目前にいる、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

彼等の分析に、はっとティオネ達は肩を揺らす。今現在パーティが待機しているのは、59階層へ直接続いている連絡路のすぐ前。にも関わらず極大の冷気を一片たりとも感じ取ることができない、そうフィンとミナトは言っている。

 

「何かあるってこと?」

「まさか【ゼウス・ファミリア】の誇張ってわけでもねーだろ」

 

穴を見据えるティオナに、銀靴(フロスヴィルト)を鈍く光らせるベートが続ける。

 

「フィンさん、どうしますか?」

火精霊の護布(サラマンダー・ウール)は必要ない。三分後に出発する」

 

直ちに準備を済ませたパーティは、武器を装備し隊列を組み直しながら目の前の大穴へと足を踏み入れた。

 

「これは.....」

「じめじめして鬱陶しいのぉ」

 

情報にはない蒸し暑さにミナトとガレスが反応する中、誰もが胸騒ぎを覚えた。そして、一団は誰も目にしたことの無い『未知』へと進出した。

 

『ーーーー』

 

視界に拡がった光景に、誰もが言葉を忘れる。事前情報の氷山や冷気など存在せず、彼等の瞳に移るのは()()()()()()()()()

 

「森、いや.....ジャングルか?」

 

太刀を装備する椿が唖然と呟く。背の高い木々、極彩色の輪を小さく咲かせた花々、四方八方の壁面に生える(つた)(コケ)

 

「これって、もしかして24階層の.....?」

 

脇を締め魔杖を両手で胸に抱くレフィーヤは、喉を震わせながら呟いた。巨大花に寄生された、例の苗木(プラント)に酷似している光景にアイズやベート達も目を細める。

 

やがて、樹木が姿を消し、灰色の大広場へと進んだ冒険者達の目に、それは飛び込んできた。

 

「あれは、女体型か?」

「寄生したのは『タイタン・アルム』に見えるな.....」

 

荒野に似た広間の中心には、無数の食人花と芋虫型のモンスター。大量の怪物が囲むのは、下半身が巨大な植物で構築された『女体型』だった。眉間に皺を寄せるガレスの隣で、見覚えのある女体型の半身にリヴェリアが、寄生されたと思われるモンスターの名を口にする。

 

女王に献上品を捧げるように、芋虫型達は口腔から細い器官を伸ばし『魔石』を差し出している。次々と受け渡される極彩色の魔石を、女体型は途切れることなく捕食していた。自身の(魔石)を捧げた芋虫型が灰となっていく中、食人花達も同じように自らの命を差し出し体を崩していく。

 

「不味いっ!」

 

『強化種』の法則を真っ先に思い浮かべ、対応に乗り出そうとしたフィン達の視線先で、突如()()()()()()()()()()

 

『ーーァァ』

 

小刻みに震える女体型の上半身の肉が一気に盛り上がる。驚愕する彼等を無視し、歓喜の声を漏らす女体型の上半身から殻を突き破るように、艶かしい体の線を描いた『女』の体が飛び出した。

 

『ァァァアアアアアアアアアッ!?』

 

産まれ変わる女体型の変化が落ち着き始め、アイズ達の視界の中に、怪物に相応しくない麗しい『女』が映り込む。緑色の肌、緑色の長髪、全てが緑色に染まる体の中で、唯一その瞳だけが淀みがかかった金色を放っていた。また、上半身と同様変貌を遂げた下半身は、無数の触手や巨大な花弁を咲かせている。

 

「う、そ.....」

 

血のざわつきがアイズの体を支配し、かつて『宝玉』に触れた時よりも遥かに強い衝撃が彼女を襲う。そして、天に向かって産声を上げていた『彼女』もアイズを感じ取ったのか、首を振り回し、こちらを見つめ歓声を上げる。

 

『アリア、アリア!!』

 

金髪の少女に『アリア』と嬉しげに連呼する極彩色の天女。

 

間違いない。

 

あの異形の存在は。

 

「『精霊』.....!」

 

更に。

 

『.....っ!?』

 

『女』は大きく目を見開き、アイズの隣にただずむ金髪の青年。正確には()()()()宿()()()()の波動を読み取ったのか、狂喜から恐怖へ顔色を急変させた。

 

『キ、九尾様....っ!』

「「「っ!?」」」

 

おぞましき女がそう口にした瞬間。【ロキ・ファミリア】の首脳陣は一斉にミナトの方を向く。決して無闇に口外してこなかった【ファミリア】の最重要機密を口にした敵に、ましてや人間ですらないモンスターが()()を知っている事実。これまで赤髪の調教師(テイマー)が『アリア』と『人柱力』の名を口にしたのは、アイズとミナトから直接聞いていたが。モンスターがその2つを、方や再会を喜ぶように、方や貴い存在への畏怖を示すように名を呼んだことは、百戦錬磨の彼等を混乱させるに十分であった。

 

「『精霊』.....!?あんな不気味な奴が!?」

「それに、なんでモンスターがミナトの()()()を知っているのよ!?」

 

アイズの言葉に反応し、未だ怯える『女』を見やったアマゾネスの姉妹が叫ぶ。軽く15メートルを超す巨躯を誇る怪物相手に、冷静さを取り戻しつつあるフィンは。新種の芋虫型や食人花達が、女体型モンスターを眼前にいる存在へと進化させるための、触手かつ餌でしかなかったとことを悟った。

 

そして、小人族(パルゥム)の首領の視線を浴びる異形の存在は()()()()()()()()()()、吹っ切れたのか、再び相貌を崩し、アイズの方へと向き直すと、彼女に向かって呼びかけた、

 

『アリア!!会イタカッタ!!』

「.....っ!?」

 

子供のように叫び散らし、たどたどしい言葉を紡ぐ。

 

『貴方モ、一緒ニ成リマショウ?』

 

少女に向けられている異常な言葉の羅列に、ばっとアイズの方へ振り返るレフィーヤ達。フィンやミナト達は何かを察しているのか、緊迫した表情を浮かべる。

 

『貴方ヲ食ベサセテ?』

 

怪しげな笑みを『精霊だった』ものが浮かべると、『彼女』の足元に残っていたモンスター達が一斉にベート達へ照準を向ける。ほぼ同時に、彼等が行きに通ってきた階層の出入口が緑肉壁によって塞がれた。

 

「総員、戦闘準備!!」

「儂も前衛に上がるぞ!?」

「はっ!どうせいつもとやることは変わらねぇ、蹴り殺してやる!」

 

フィンの号令を合図にして飛び出すガレスとベート。腐食液と触手を交わしながら斧と双剣でモンスター達を叩き潰しては切り刻む。断末魔が階層中に響き渡る中、立ち尽くしていたアイズも、ティオナ達も全身から動揺を消し去って戦線に加わった。

 

異常事態(イレギュラー)に直面しても都市最強派閥は一瞬で持ち直すことに成功した。『魔剣』でアイズ達を援護するLv.4のサポーター達。レフィーヤも『詠唱』始め、椿も自前の太刀をもって食人花の群れを斬殺する中。自らも『魔法』の準備に取り掛かろうとしたリヴェリアにフィンが待ったをかける。

 

「フィン?」

「親指の疼きが止まらない.....何かが来る!」

 

予測できない『未知』に誰よりも危惧を抱く彼の直感を。

 

美しい微笑みをもって女体型は、肯定した。

 

『【火ヨ、来タレ】』

『!?』

 

巨大な下半身の元に広がる巨大な魔法陣(マジック・サークル)。禍々しい魔力を全身から溢れ出すモンスターに、アイズ達全員の驚愕が重なった。

 

「いけない!」

「リヴェリア、今すぐ結界を張れ!?」

 

堕ちた精霊が発する紅い魔力光を目にしたミナトがリヴェリアの方へ振り向くと同時に、目を見開いたフィンがなりふり構わず叫んだ。アイズ達でさえ見たことも聞いたこともないミナトとフィンの焦燥した様子に、リヴェリアも焦った表情で詠唱を開始した。

 

「敵の詠唱を止めろ!」

「ま、『魔剣』斉射!」

「【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!」

 

フィンから続けざまに放たれる指示に、ラウル達が砲撃を、『詠唱』を完了させていたレフィーヤが魔法を放った。

 

だが。

 

「はははっ、あれが効かないというのか.....」

 

人工の魔撃と数百発の火矢を前に、傷一つ負っていない敵の姿に椿が笑おうとして、失敗した。こちらの最大火力が一切通用しない敵にレフィーヤとラウル達が愕然とする中、尚も女体型は魔力を(みなぎ)らせる。

 

「【猛ヨ猛ヨ猛ヨ炎ノ渦ヨ業火ノ咆哮ヨ突風ノ力ヲ借リ世界ヲ閉ザセ燃エル空燃エル大地燃エル泉燃エル山燃エル命全テヲ焦土ト変エ怒リト嘆キノ号砲ヲ我ガ愛セシ英雄ノ命ノ代償ヲ】」

 

「【舞い踊れ大気の精よ、光の主よ。森の守り手と契りを結び、大地の歌をもって彼等を包め。我等を囲え】」

 

リヴェリアと女体型の、玲瓏たる歌声と禍々しい呪文が同時に紡がれる中。魔導士であるリヴェリアとレフィーヤの目が見開かれる。

 

信じられない程の長大な詠唱を、都市最強魔導士よりも速く、正確にこなす『精霊』の美貌が微笑み、リヴェリアの美貌が焦燥に歪む。

 

やがて。

 

「総員、リヴェリアの結界まで退避しろ!!」

 

リヴェリアの詠唱が完成する直前なり、フィンが前線にいるアイズ達へ撤退を命じ。彼女達がフィン達の元まで辿り着いたと同時に、示し合わせたようにリヴェリアの詠唱が完成する。

 

「【ヴィア・シルヘイム】!!」

 

リヴェリアが誇る最硬防護魔法が行使された。彼女の足元から発生した翡翠色の魔力壁がドーム状へと形成されていき、アイズ達全員を包み込む。

 

それとほぼ同時。詠唱を終えた女体型は、『魔法』を解き放つ。

 

『【ファイアーストーム】』

 

視界全てが紅蓮に染まった。

 

火精霊を連想させる極大の爆炎が、アイズ達の前方から津波のように押し寄せる。モンスターも、大広間も、ドーム状の『結界魔法』ごと、全てが呑み込まれた。

 

「〜〜〜〜っっっ!?」

 

灼熱の暴風が結界に触れた瞬間には、ビキッ、ビキッッ、と。無数の(ひび)が発生し、術者のリヴェリアは苦悶の声を上げた。

 

「結界がっ....!?」

 

全ての方角から伝わる亀裂に、ラウルとレフィーヤが青ざめる。前方から押し寄せる炎の爆流に、みなの先頭で熱風を浴びるリヴェリアは叫んだ。

 

「ガレスッッ、アイズ達を守....!?」

 

不意に。

 

翡翠色の髪を揺らし振り返るリヴェリアの肩に。『遠征』当初に白髪の少年がアイズにしたように。彼女を後方へと押しやる者がいた。

 

「リヴェリアさん、アイズ達を頼みます」

 

今にも破壊されそうな結界を他所に、金髪の青年。ナミカゼ・ミナトはリヴェリアの横を通り過ぎたまま結界の最前線へと躍り出た。

 

『ミナトっ!?』

 

誰もが叫喚を彼にぶつける。リヴェリアも、ティオネも、ティオナも、フィンも、ベートでさえも。誰もが何故か先頭に飛び出した彼に驚きを見せ、今すぐ後ろに下がれ、と腹の底から叫んだ。

 

「.....ミナトっ」

 

青年の後方より、消え入りそうな声が団員達の耳を弱々しく叩いた。

 

「アイズ.....」

「だめっ、今すぐ戻って!?」

 

感情に乏しい少女が、激情をあらわにして懇願した。ミナトがしようとしていることに気付いた彼女は、彼の元に駆け付けようとするが、「ダメだよっ!?」と背後から羽交い締めをするティオナによって止められてしまう。

 

「離、してっ!?」

「ダメだって!今前に行ったらどうなるかわかるでしょ!?」

「よしなさい、アイズ!!」

「だったらミナトはっ!?」

 

必死に振りほどこうと暴れるアイズを、横からティオネも加わり2人で押さえつける。

 

結界の亀裂が大きくなっていく。

 

「アイズ」

「.....っ!?」

 

振り返らず背中を向けたまま少女の名を呼ぶ。

 

「そこでじっとしていなさい」

 

『アイズ、そこでじっとしていなさい』

 

「待って.....っ!」

 

彼の姿が。

 

「行かないでっ!!!」

 

かつての父と。

 

「ミナトっ!!」

 

憧憬の背中が、自分を残して去っていった父親と重なって見える。

 

 

 

次の瞬間。ミナトを除く全員の体を、朱色の衣が優しく包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「(里を守り、子を守る)」

 

少女の悲鳴を背中に受ける青年は、先人から託された想いを胸の中で静かに燃やす。

 

 

「(俺は、()()())」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

直後、視界を覆い尽くす程の炎波が全てを呑み込んだ。

 

 




サブタイトルの意味がわからないと思いますが、私の自己満足ですので許してください笑



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さようなら。そして、こんにちは

「ぐぅ......っ!?」

 

熱風が収まると、そこには、地に倒れ伏すアイズ達の姿があった。全てを焼失させた地面には灰以外残っておらず、モンスターや樹木も一切見当たらない。焼け野原の中心地にいる女体型を境に階層は地獄と化していた。『九尾の衣』によって直撃は免れたものの傷だらけとなった体。呻き声を漏らし言うことを聞かない手で何とか地面から顔を上げると。

 

【ロキ・ファミリア】の冒険者たちは、みな言葉を失う。

 

羽織っていたマントは焼け落ち、トレードマークである緑のベストの至る所が焦げていた。防具から露出していた箇所の肌は目を当てられない程重度の火傷を負っており、何より。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

仲間を守るために全リソースを自分以外に注ぎ込んだことで、ノーガードで『精霊』の魔法をその身に受けた青年は、うつ伏せに転がったままぴくりとも動かない。

 

【黄色い閃光】の再起不能。

 

「ミナト.....」

 

誰もが認める【ロキ・ファミリア】最巧の冒険者が脱落した事実に、アイズを始めとした団員達の士気が大きく低下する。それ程までに、目の前の光景は彼の後輩達の心を折るには十分過ぎる威力を持っていた。首脳陣の3人でさえも、双眸を苦悶に歪めている。

 

『【地ヨ、唸レ】』

『っ.....!?』

 

再び展開される巨大な魔法陣(マジック・サークル)がアイズ達を凍りつかせる。

 

『ーーーー』

 

詠唱量は先と比べて落ちてはいるが、逆に、それが短時間で『精霊』による魔法が射出されることを意味している。

 

「リヴェリア、もう一度結界を張れっ!?」

 

前方でダウンしていたミナトを回収したフィンは、すかさず全員に集合をかけリヴェリアの後方へ固まらせると同時に、彼女へ防護魔法を急ぐよう命を飛ばす。

 

『【メテオ・スウォーム】』

「【ヴィア・シルヘイム】!!!」

 

女体型の魔法陣(マジック・サークル)が階層の天井を包み込むと同時に、結界が完成する。『九尾』の力の一端を譲り受けた影響か、先程のものよりも遥かに大きく、堅牢な翡翠色のドームがアイズ達の周囲を覆い尽くした。

 

「うあああああああああああッ!?」

「ぐぅぅッッ!?」

 

時を待たず、次には巨大な隕石群が59階層に降り注いだ。階層全体の岩盤をことごとく破壊する超重量の砲撃の一つが結界に衝突し、恐怖に震えがるラウルと結界の維持に精神力(マインド)を注ぎ込むリヴェリアの叫喚が上がる。翡翠色の防壁の外側では無数の隕石が大地を削り爆砕していた。

 

『アハッ、スゴイスゴイ!!』

 

見事防ぎきった王族(ハイエルフ)の魔導士へ、女体型が賞賛を送る。ほっと息を着く冒険者達。

 

「た、助かった....」

「レフィーヤ、万能薬(エリクサー)を急げ!!」

 

瀕死のミナトの前で大盾を構えていたガレスが叫び、声に応じた山吹色のサポーターは、顔中に脂汗を滲ませた金髪の青年の、何より酷い右腕へ万能薬(エリクサー)をふりかけた。最高ランクの回復薬の恩恵により何とか原型が見えるまで治療することはできたが、今この場で可能な措置はこれが限界だろう。

 

「これで、右腕は何とかなるじゃろう」

「は、はいっ!」

 

炭化していた箇所が、重度の火傷へ。時間を巻き戻すように軟化したミナトの右腕に、ほっと息を着くガレスにレフィーヤも強く頷きつつ、痛々しい右腕に優しく丁寧に包帯を巻き付けた。

 

「.....っ」

 

憧憬に施される治療行為を彼の傍で見守っていたアイズは、金の双眸を凄めて女体型の方へ振り向くと同時に、『彼女』の浮かべる微笑に、思わず息を飲んだ。

 

『スゴイスゴイッ!!アリアノ仲間八トッテモスゴイ!』

 

でも。と続ける。

 

2()()()八、ドウスルノ?』

『!?』

 

告げられた瞬間。立ち昇る爆煙を突き破って、三度結界の元へ『精霊』の悪意が襲いかかる。

 

限界に達していたリヴェリアの防護魔法は、瞬く間に破壊され、冒険者達のすぐ目の前に隕石が迫る。咄嗟の反応により全力で後方へと跳び退いた彼等は。眼前に落下した隕石の余波によって凄まじい勢いで吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「.....ぁ」

「くそ、がぁっ.....!?」

 

 

焦土の上に描かれたクレーターの中で、半死のレフィーヤが呻き、ベートが地面に拳を叩き付ける。

 

円形の傷跡が辺り一面にできあがっていた。抉られた大穴付近で彼等は倒れ伏し、女体型に見下ろされながら身じろぎし、震える体を何とか起こしていく。そして、眼下の光景に金色の瞳を細める女体型は、両腕を広げ下半身に存在する二つの蕾を大きく開花させる。

 

「魔力を、吸ってる.....?」

 

巨大な花弁に階層中から光の粒が吸い寄せられていく。視線の先にアイズが呆然とする一方で、女体型は先の攻撃で破壊したリヴェリアの結界の残素でさえ、残酷なまでに吸収していた。加えて、女体型の声に応じるように、60階層から呼び寄せられた大量の芋虫型と食人花が女王の背後から出現した。

 

「終わり、か.....?」

 

諦念を滲ませる椿。地に手をつくティオナ、ティオネ、ベートもそれは同じだった。既に闘争心は風前の灯火と化しており、レフィーヤやラウル達サポーターも地面から視線を上げることができない。ミナトの傍に寄り添うアイズは、体を震えさせながらも、必死に眦を吊り上げながら敵を睨みつけた。

 

「.....」

 

誰もが意志を折られる中、フィンは。携えていた黄金の長槍を杖代わりに使って乱暴に立ち上がる。這いつくばる彼等の横をゆっくりと通り抜け、手にした槍を地面に突き立てた。

 

「あのモンスターを討つ」

 

告げる。

 

「君達に『勇気』を問う。その目で今何を見ている?」

 

息を呑むティオナ達。瞠目する彼女等を見やり、尚も続けた。

 

「恐怖、絶望、それとも破滅か?僕の目には倒すべき敵と、勝機しか見えていない」

「同感だな。私にも同じ未来が見えている」

「無論、儂もじゃがな」

 

いつの間にかフィンの両脇に控えていたリヴェリアとガレスも、彼に同調するよう力強い意志を絶望に打ちひしがれた者達に見せる。

 

彼等の言葉に、一同の肩が震える。驚愕の視線を背中に受け止めながら、小人族(パルゥム)の首領は『勇気』を示し続ける。

 

女神(フィアナ)の名に誓って、この槍で君達に勝利を約束しよう」

 

ついてこい、と。

 

ティオナ達の胸が、レフィーヤ達の瞳が、アイズ達の四肢が震える。

 

「それともベル・クラネルの真似事は、君達には荷が重いか?」

 

最後に。

 

()()()()()()()()()()()、そこで寝ていろ」

 

どのような状況下においても味方を鼓舞し、奮い立たせる者が『英雄』と呼べるなら。フィン・ディムナこそ誰よりも『英雄』たる器であった。

 

ベート達の脳裏に呼び起こされる、金髪の青年か見せた『火の意志』。少年と怪物が繰り広げる大決戦。命を懸けて仲間を守りきった青年の覚悟が、全身全霊をもって『冒険』を成した少年の勇姿が、崩れかけていた彼等の意志に再び火を灯す。

 

「雑魚に.....負けてられるかァァッ!!」

「誰が、尻尾巻いて引き下がるもんですか.....っ!」

「あたし達も見せてやんなきゃね」

「.....うん」

 

ベートが吠え、ティオネが髪をかき上げ、ティオナが笑みを浮かべ、アイズも立ち上がった。続々と奮起する第1級冒険者達に驚愕するレフィーヤ達。ベート達の顔から悲壮感が消え、ただ目の前の敵を倒さんと気迫が満ちた。

 

「ラウル達は後方で支援、僕とアイズ達で女体型に突撃する!」

「はい!」

 

各所に散らばった各々の武器を広い直し、最初で最後の突撃の準備が始まる。アイズ達の慌ただしい動きを背後に、素早く支度を済ませた首脳陣の3人は、地に倒れ伏すミナトの元に近づく。

 

「お主はここまでかのぅ?」

 

傍で止まったガレスは深い眠りに着く青年に目を向けない。

 

「火影というのも難儀だな。そこでゆっくりしてるといい」

 

翡翠色の瞳で前だけを見据えるリヴェリアが、挑発するように杖を青年の耳元で鳴らす。

 

「君が起きる頃には終わってるさ、僕達は先に行く」

 

己の野望と意志を告げ、フィンは歩み始めた。盟友を連れ、彼は前へ進む。

 

「行くぞ!!」

「ああ!」

「おう!」

 

準備を完了させたベート達に振り返り、フィンは最後の号令を放った。雄叫びを上げる冒険者達を引き連れ、咆哮を上げるモンスター達の元へ突き突貫していく。

 

そして、その背後で。

 

ぴくりと、仲間の足音を聞く青年の体が、揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

随分と昔のことだ。

 

『ここにおったか』

 

()全体を一望できるほど高所にある『顔岩』の上に座っている幼い少年の元に、優しい微笑みを皺だらけの顔に浮かべながら、『火』と刻まれた傘帽子を被った老人が近づいてくる。

 

『ご壮健そうで何よりです、()()()

 

10にも満たない童が大人顔負けの言葉遣いと、恭しく一礼を向けたことに老人は苦笑した。

 

『相変わらず賢い子じゃな』

『いえ.....』

 

いい意味でも悪い意味でも子供らしくない、そう目で訴える先達に、少年は何とも言えないような表情を浮かべる。

 

()()()はお主に上手く学を説いていおるか?』

『はい、先生はとても立派な方ですから、俺も尊敬しています』

 

かつて自らが教示した教え子、それも中々癖の強い男が弟子を取ったことを耳にした老人は、やや心配そうな声音で尋ねた。真っ直ぐ目を見ながら正直に告げた少年に、『ふむ』と満足そうに頷く。

 

『時に、ミナトよ』

『はい』

『お主は、里とはどのようなものか、考えたことはあるか?』

 

先程とは違い真剣な瞳を向ける老人に、少年はそのまま視線を返し、少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。

 

『みなの帰る場所、でしょうか.....』

 

年端もいかない少年の答えに、イタズラそうな笑みを浮かべた老人は『そうか、そうか』と楽しげに声を上げた。

 

『三代目?』

『いやいや、すまんのぅ。年寄りの悪ふざけと思ってくれ』

 

自身の回答に微笑みで返した相手を怪訝に思ったミナトに、老人はこれまた笑いながら返した。そして少し息を整え傘帽子を深く被り直してから、視線を少年から眼下で栄える里へと向ける。

 

『お主の言ったことも、答えの一つに違いない』

『.....』

『儂の考える里とはなーーー』

 

老人の口から告げられた内容は、幼くも聡明な少年の胸に強く刻み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

強く地面を握り締め、体を持ち上げ、傷だらけの体に鞭を打ち、四肢を震わせながら。

 

「皆さん...言って、くれますね.....!」

 

起き上がる。

 

「ミナトさんっ.....!」

 

どこまでも強靭で、どこまでも強い意志を秘める【黄色い閃光】に、ラウルの瞳から滴がこぼれ落ちた。ミナトが再び立ち上がることを、信じて止まなかった首脳陣と彼との絆に、その光景を目にしていたサポーター達は全員胸が熱くなる。満身創痍の全身になりふり構わず、ミナトは文字通り閃光となってフィン達の後を駆け出し、敵の死角となってる瓦礫の影に隠れると、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「いいものを見た。手前も一槍となろう」

 

身を奮い立たせる【ロキ・ファミリア】の姿に、潰れた右腕を下げたまま、椿は左手で持った太刀を構え戦場へと参戦する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『魔力』を喰らい続けている『穢れた精霊』までおよそ200メートル。敵を前方に見据えるフィン達は、光り輝く武器を提げ一直線に突き進む。

 

「アイズ、全力の一撃で君が仕留めろ!他の者はアイズを守れ!」

 

無数の触手とモンスターの肉壁をもって進行を阻む敵を前に、フィンは自分達が稼ぐことが可能な時間は一瞬であると判断した。アイズに力を蓄えさせ、彼女以外が身を削って相手の懐に送り届けるという算段。

 

「【目覚めよ(テンペスト)】!」

 

フィンの命に頷いたアイズは、気流の鎧をその身に纏う。『魔法』を使用したアイズを中心にティオナ達が隊列を変え、フィンを先頭に置いた攻撃陣形を取る。

 

「レフィーヤ、『詠唱』を始めろ!何を選ぶかは君に任せる!」

「はいっ!」

 

アイズが力を溜める中、レフィーヤに指示を出したフィンもまた、詠唱を唱えた。

 

「【魔槍よ、血を捧げし我が額を穿て】」

 

鮮血色の魔力が集まる左手、その指先を己の額に押し当てた直後、魔力光が体内に注入される。

 

「【ヘル・フィネガス】!!」

 

次の瞬間、見開かれたフィンの瞳が、紅に染まった。

 

「うぉおおおおおおッッ!!」

 

【ヘル・フィネガス】。小人族(パルゥム)の首領が持つ戦闘意欲を爆発的に高める魔法(ドーピング)。代償として判断力を捧げる代わりに、術者の能力全てを大幅に引き上げる。

 

この魔法を使用したことは、フィンが指揮を捨てたことを意味する。狂戦士と化した首領の姿を見て、彼は女体型への道を切り開くため、判断力よりも能力(ステイタス)を優先させたのだと、アイズ達は悟る。

 

右手に金、左手に銀。それぞれ長槍を構えたフィンが迫り来るモンスター達と衝突した。ティオナ達のもとから一人先行し、咆哮を上げる。

 

『ーーーーーーーーーーーッッ!?』

 

腐食液を吐こうとしていた芋虫型の上半身が、不壊属性(デュランダル)の銀槍によって吹き飛ばされる。複数の芋虫型を巻き込みながら薙ぎ払われる銀突。迫り来る触手を含め食人花を蜂の巣にする金突。フィンの前に立ったモンスターは全てがその姿を灰に変えた。その後方からはティオネ達も続き、モンスター達を屠っていく。

 

『アハッ』

 

魔力のリチャージを行う女体型が、凄まじい勢いで肉薄してくるフィン達に狙いを定め、歌う。

 

『火ヨ、来タレ』

 

おぞましく玲瓏な歌声を響かせ、詠唱が開始された。

 

「やべぇ!?」

「またあれ(魔法)が来る!?」

 

展開された紅い魔法陣(マジックサークル)にベートとティオナが叫んだ。すでに敵との距離は半分を切ったが、未だ無数のモンスター達は健在であり、女体型の元まで辿り着けない。再び膨れ上がる敵の魔力にアイズ達が息を呑む中、主装備である金槍《フォルティア・スピア》を握り締めるフィンは。ぐぐっと歯を食いしばりながら、己の上体を目一杯反らし、渾身の投擲を放った。

 

「ああああああああああああッッッ!!」

 

勇者(ブレイバー)】による全力の槍投げ。打ち出された金の槍にが空気を穿ちながら、一条の閃光となって女体型に猛接近し、顔面を穿った。

 

『!?』

 

『詠唱』を強制的に中断されたことで、魔力を暴走させた女体型の頭部が大爆発を起こした。アイズ達が目を見張り、後方のラウル達が歓声を上げる。

 

「今じゃッ!!!」

 

指揮を捨てたフィンの代わりにガレスが檄を飛ばし、アイズ達は千載一遇の好機とばかりに疾走する。怪物の肉片を撒き散らし、とうとうモンスターの大軍を切り抜けた。

 

「【どうか力を貸し与えて欲しい】」

 

そして、修行の成果である『平行詠唱』をレフィーヤが完成させる。

 

「【エルフ・リング】!」

 

召喚魔法を待機させ、次の戦況へ対応させるために山吹色の魔法陣(マジック・サークル)を展開させたままにする。

 

『【突キ進メ雷鳴ノ槍ーーーー】』

 

魔力を自己修復にあてることで、槍による風穴を治癒させた女体型は、黄金の魔法陣(マジック・サークル)を発生させた。

 

「短文詠唱!?」

 

発動速度に重きを置いた短文詠唱型魔法。威力は通常のものより遥かに劣るとは言え、『精霊』が放つそれは並の魔導士とは比べ物にならない。空から現れた無数の雷にティオナが思わず叫び声を上げた。

 

『【サンダー・レイ】』

 

轟きともに雷撃がアイズ達を焼き尽くさんとした。

 

「【盾となれ、破邪の聖杯(さかずき)】!」

 

だか、そうはさせまいと。山吹色から純白へと魔力光を変化させたレフィーヤが、アイズ達の前に飛び出した。

 

「【ディオ・グレイル】!!」

 

超短文詠唱によって出現する障壁魔法。間髪入れず、破邪の白盾と雷の槍撃が衝突した。

 

「レフィーヤ!!」

「踏ん張れぇぇぇえええ!!」

 

背後からティオネとティオナが障壁の前に不壊属性(デュランダル)の武器をそれぞれ交差させ、自分達の全身ごと白盾を支えるように押し付けた。

 

「わたしだって.....」

 

背後に、フィンが、ベートが、アイズがいる。目の前にはティオナとティオネが身を削って助けてくれている。

 

それでいいのか。今のままで本当に。

 

 

 

否。

 

 

 

次の瞬間、全身から魔力を発火させながら、レフィーヤは紺碧の瞳をかっと見開いた。

 

「私だってぇぇええええ!!!!」

『!?』

 

少女の咆哮とともに純白の聖盾が輝きを増し、雷の砲撃を相殺した。二つの魔法が衝突したことで発生した衝撃波によってアマゾネスの姉妹と、術者であるレフィーヤが凄まじい勢いで真後ろに飛ぶ。

 

「行くぞ!」

 

気にしている暇はない。仲間が尽力して作り上げた隙を無駄にしてはならないと、ベートの叫びとともに大戦斧を持つガレスと長槍を構えるフィン、風を蓄えるアイズが疾走する。

 

さらに。

 

「【レア・ラーヴァテイン】!!」

 

王族(ハイエルフ)の彼女にのみ許された、歌と歌を繋げる超技、『詠唱連結』を完了させたリヴェリアが全精神力(マインド)を注ぎ込んだ無数の炎柱を、女体型とその周りのモンスター達を囲むように発生させた。

 

『ーーーーーーーッッ!?』

 

凄まじい熱量と威力が込められたリヴェリアの殲滅魔法が、今まで崩れることの無かった女体型の下半身にある花盾を燃やし尽くした。熱気に囲まれ、アイズ達の全身が激しく火照る中、リヴェリアの援護を受けた彼女達は疾走の速度をさらに上げた。

 

『!』

 

守りの手段を失った女体型から、ここで初めて笑みが消える。残り約30メートル。敵の懐まであと僅か。

 

『アアアアアッッ!』

 

だか、『精霊』の声に応じるかのように、急迫するアイズ達の目の前に無数の触手の束で築き上げられた壁が出現した。

 

「「!?」」

 

ただちにベートとフィンが壁を破ろうと双剣と銀槍を見舞うが、突発することができない。

 

 

それでも。

 

「ぬるいわぁぁぁぁぁあああ!!!」

 

これしきの()でドワーフの大戦士を止めることは叶わない。アイズ達を追い抜かしたガレスは戦斧を壁に何度も打ち込む。地を揺るがすほどの轟音を響かせ次第に亀裂が生まれていく緑壁。

 

「邪魔じゃあ、どけぇいっ!!!」

 

亀裂の間に僅かに生まれた隙間へ、両腕を突っ込み、左右に引き裂く。

 

「今だ!」

 

フィンの呼び声に押され、アイズとベートはガレスが開けた防壁の隙間に飛び込んだ。

 

『ッ!?』

 

10メートルを切るところまで侵入を許した女体型は、持てる触手全てを迎撃につぎ込んだ。荒れ狂う無数の大鞭をベートとフィンが迎え撃ち、アイズに女体型までの道を作る。

 

「「おおおおおおおおッッ!!」」

 

フィンとベートの雄叫びが重なり合う。防具を吹き飛ばされてなお速度と威力を増し続ける2人の双剣と槍が、遂に一本の道を切り開くことに成功した。

 

「「行け!!」」

 

仲間達が切り開いた活路を疾走し、アイズは女体型と対峙する。今や暴風と化した【エアリアル】を纏いながら『穢れた精霊』へと突き進んだ。見下ろす淀んだ金と、見上げる金の瞳が視線を交差させる。

 

「(私は『アリア』じゃない。私は貴方のことを知らない)」

 

初めに喜びに打ち震えていた『彼女』の言葉と、存在を否定する。

 

「(でも、貴方はいちゃいけない)」

 

禍々しくその在り方を堕とした『精霊』を前に、金の双眸を吊り上げ、己の剣を振り鳴らすアイズは、女体型へ突貫した。

 

「あああああああああああっっっ!!!」

 

とうとう無くなった間合いから、相手の巨躯へ向かって地を蹴りつけ、跳ぶ。暴風を纏った己の全身ごと、両手で握りしめた《デスぺレート》を呆然とする『精霊』に叩き込む。

 

その直前。

 

『穢れた精霊』は、笑った。

 

その唇を開け口の奥で輝く蒼色の魔法陣(マジック・サークル)をアイズへ見せびらかす。沈黙や驚愕はこれ(魔法)を少女へ放つための布石。至近距離まで誘い込まれたと、アイズの表情が凍りつく。もう遅いとばかりに、敵は容赦無く、静かに紡いだ。

 

『【アイシクル・エッジ】』

 

巨体な氷の柱が眼前から放たれる。零距離。アイズに躱す手段は無い。勝利を確信した『精霊』の顔が不敵に笑みを浮かべた。次の瞬間。

 

『!?』

「っ!?」

 

女体型とアイズの間に、金色の影が割り込み。

 

そして。

 

()()・超大玉螺旋丸!!」

 

眩い輝きと風切り音を纏った巨大な蒼玉を、蒼氷の刃に叩き付け、粉々に砕き割った。

 

『アァァッ!?』

「今だ、アイズ!!」

「っ!!」

 

完璧な不意打ちを阻止された『精霊』が叫喚を上げるのを他所に、緋色の隈取りを浮かべた青年は、後は任せたよ、と。自分と同じ金髪の少女に全てを託し、地面へと崩れ落ちるように落下していった。

 

『イヤッ!?』

 

全てを理解した【剣姫】は、託された想いを剣に、風に乗せ、告げた。

 

「【吹き荒れろ(テンペスト)】!!」

 

体中からかき集められた力が『風』をより強く、気高いものへと昇華させる。

 

「アイズ.....」

「やれい」

 

リヴェリアが呟き、ガレスが目を細める。

 

「「いけぇっ!!」」

 

ティオナとティオネが高々と吠える。

 

「やっちまえ」

 

ベートが告げる。

 

「頼んだよ」

「アイズさんっ!!」

 

フィンが笑い、レフィーヤが少女の名を呼ぶ。

 

「アイズ」

 

ミナトが信頼の目を向ける

 

そして、

 

「リル・ラファーガ!」

 

神風が放たれた。

 

『ーーーーーーーーーーー』

 

瞬く間に女体型の頭部と胸を穿ち、貫通する風の一矢。精霊の頭上から足元まで一閃が走り抜け、巨躯を貫く。次の瞬間、巨体を完全に射抜くとともに大地に激突し、爆風が巻き起こる。『魔石』を貫かれた女体型の体が一瞬で灰となった。豪風の余波が衝撃波となって階層全体を震わせた。

 

そして。

 

ダンジョンを激震させる衝撃に耐えきったティオナ達が顔を上げると、巨大なクレーターの中心で。地に剣を突き刺していた少女が、ゆっくりと立ち上がった。

 

「アイズゥーー!!!!!」

 

傷だらけのティオナが、どこに余力を残していたのか、アイズを目掛け走り出す。すぐにティオネも、レフィーヤも、続いた。小さく微笑んだアイズに、満面の笑みを浮かべる彼女達は勢いよく体当たりし、一緒に少女の体をかき抱いた。

 

「無事かい、ミナト?」

「.....何とか、ですけど」

「よく動けたもんじゃわい」

「『仙術』まで使うとは......大したものだ」

 

息絶えながら腰を下ろす火傷だらけのミナトへ歩み寄った首脳陣は、弱々しくも笑みと一緒の返答に苦笑を返した。そんな4人のやり取りに、側で足を止めるベートも目を瞑り、笑った。

 

「いやはや、凄いものを見せてもらった」

 

喜び合う【ロキ・ファミリア】を一人遠くから見守る椿は、ややあって子供のように一笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、この時を待っていた化身は、彼女達を見逃してはくれない。

 

『何、祝勝ムードを上げてやがる』

『!?』

『この俺様を抜きにして楽しんでんじゃねぇぞ』

 

先程まで女体型が君臨していたその地中より、驚異を消し去った喜びを分かち合う冒険者達の耳へ、死神の足音が届けられた。

 

『そこにいるんだろぉ、()()()?』

 

突如発生した砂嵐の中に、『穢れた精霊』を遥かに超える巨大な影が、アイズ達を見下ろしていた。




いつ過去編をやろうか.....


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突きつけられる現実

遂に毎日更新をとぎらせてしまいました.....
不定期になりそうですが、週末は頑張って更新します


『さっさと出てきやがれ、クソ狐!!』

 

ただの咆哮ですら軽い衝撃波を発生させる化け物に、満身創痍のアイズ達は、ただただ愕然と呆けるだけであった。先の女体型を優に超える巨躯は最早小さな山のように見える。土色の表皮には所々紺の模様が入っており、異常に発達した下顎から獰猛な牙をチラつかせている。硬貨に近い金色の瞳は瞳孔が十字に割れていて、巨体の中で一際不気味さを醸し出している。そして何より、

 

「な、何なのよ、あの化け物.....っ!?」

「尾が、一本ということは.....」

「ああ、間違いない。あれが()()だ.....っ!」

 

驚愕に顔を染め上げるティオネの視線の先では。臀部から伸び、本体の体よりも大きい一本の尾が、彼女達の目を引いた。見たことは無い。だが、聞いたことはあった怪物の特徴に、王族(ハイエルフ)の魔導士と小人族(パルゥム)の首領は、敵の正体に辿り着く。

 

『無視してんじゃねーぞ!!俺が怖ぇのか!?』

 

甲高い声で怒鳴り散らす『一尾』は、ミナトの方を見ながら、憤怒の形相を浮かべた。十字の金眼が射抜くのは彼自身ではなく、()()()()()()()()であり、今だ何も反応を見せないことに憤りを感じているようだ。

 

『この野郎っ、コケにしやがってぇ!?』

 

とうとう我慢の限界が来たのか、一尾が円形の腹部に右腕を当て、口元に『魔力』を蓄え始めた。

 

「っ!?」

「不味い!?」

 

魔導士であるレフィーヤとリヴェリアは、怪物が練り上げる『魔力』の量と質をいち早く感知し、顔色を真っ青にしながら叫喚を上げた。『詠唱』はしていない。が、『穢れた精霊』と同等かそれ以上の『魔力』を秘めた魔法陣(マジック・サークル)を口元に展開する一尾は、目を見開き、叫んだ。

 

「【風遁・練空弾】!!」

 

瞬間。豪嵐が超巨大な五発の砲弾となってアイズ達へと打ち出された。速度、規模、ともに桁違い。すでに傷だらけの冒険者達に躱す術はない。数秒も経たず彼等の元へ嵐弾が到着し、凄まじい轟音とともに爆発した。

 

半径50メートルはあるクレーター全体を覆い尽くす爆風。直撃を免れなければ耐えることは不可、砂の化身にとって取るに足らない人間程度など即死で間違いない。確かに手応えがあったと、口を吊り上げる一尾は、直後の光景に瞠目した。

 

『あぁ.....?』

「ハァ...ハァ.....」

 

怪物の眼下に映るのは、銀の剣(デスぺレート)を横に構える金髪の少女。よく見れば少女の周囲だけ魔法(砲弾)の影響が見受けられない。辺りは地面に大穴を構築したのに対して、アイズの周りだけが何も変化していなかった。

 

「た、助かった.....」

「何とか、間に合った......っ」

 

ドサッと、思わず尻もちを着いたティオナは、額に滲んだ冷や汗を乱暴に手で拭った。

 

一尾の攻撃が届かなかったのは、敵の魔法()に対してアイズも『風』を発動し、最高出力で放出することで、『尾獣』の魔法を見事相殺してのけたのだ。アイズに助けられた一同が止めていた息を吐き出す中、既に限界を迎えていたことで精神疲弊《マインド・ダウン》を引き起こした少女の体が、ふらりと後ろに倒れる。すぐ近くにいたティオナが「アイズ!?」と名を叫びながら、少女の体を受け止めた。

 

『大したもんだなぁ。あれ(魔法)を防ぐとは、少し驚いたぜ』

 

金髪の少女を褒めるように、けらけらと笑う一尾は、再びミナトを睨みつける。

 

『今のでわかったけどよ〜』

「.....」

 

十字の瞳を細め、口角を上げて何かを確信した表情を浮かべる尾獣に、青年は無言で返す。

 

『狐野郎、お前。()()()()()()()()()()()()()()?』

『.....』

()()()()()()とは違うってことかぁ。ククク、こいつは面白ぇ!』

 

同じ尾獣だからこそ見抜けた事実。生身の人間が尾獣に勝つことはまず不可能であり、対抗するにはそれ相応の規模感が必要となるため、ミナト自身が『尾獣化』することが最も最善かつ必須の選択肢。にも関わらず、満身創痍のアイズ達を前にして一向に尾獣化をする気配の無い人柱力に、一尾は原因があることを即座に見抜いた。人柱力が尾獣から力を引き出す方法は主に2つある。1つ目は、尾獣から無理やり『魔力』を引き出す方法。これは特定の技術と封印が充実しているのであれば特段難しいものではない。そして、2つ目は、人柱力の器である人間と尾獣が和解し、互いの『魔力』を結びつける方法である。癖の強い尾獣達と気を合わせることは至難の技ではあるが、人柱力としての最高峰、『尾獣化』をできるようになる。前者と比べ後者の方が圧倒的に引き出せる力の規模が桁違いかつ、暴走の危険(リスク)も少ない。ミナトと九尾はすでに協力関係にあり、九尾から引き出せる『魔力』も相応のものであるはずだが。

 

『本来のお前なら、その程度の傷を治すことなんて10人だろうが100人だろうが余裕な癖によ』

『.....何が言いてぇ』

 

ようやく九尾が口を開いた。

 

()()()()()()()()()に大した魔力も回してねぇんだろ。随分と丸くなったなぁ?』

『バカ狸が、言わせておけば......』

 

はっ、と鼻で笑う一尾の目の前に。ミナトの体から朱色の魔力が溢れ出た次の瞬間には、巨大な妖狐が砂の化身を睨みつけていた。

 

『覚悟はできてんだろうな』

『中途半端な尾獣化しかできねぇ雑魚に俺様が負けるかよ!』

 

先の『精霊』など最早比較すること自体がおこがましい。大気を震わせる程の魔力を(ほとばし)らせる2匹の獣に、ティオナ達は武器を握っていた手の力を無意識に手放し、ガシャンと金属音が複数鳴り響いた。

 

『死ね、クソ狐!!』

『そりゃてめぇだろうが、バカ狸!!』

 

互いに土色と朱色の魔法陣(マジック・サークル)を眼前に展開させ、膨大な魔力を球状に圧縮していく。尾獣が放てる最高火力魔法【尾獣玉】が今にも放たれる、その瞬間。

 

「ごほっ、ごほっ.....!!」

 

大量の血を吐き出したミナトの意識が一瞬で飛び、尾獣化も解け朱色の魔力が残滓として周囲に飛び散った。

 

先の大戦で『九尾の衣』をアイズ達全員に付与し、かつ『穢れた精霊』が放つ魔法を直接浴びたミナトの体は、本来は立っていることすら奇跡なまで消耗しており、そこに尾獣化で魔力を更に使えばどうなるかは自明のことだった。

 

『ヒャハハハハハハッッッ!!』

『ミナト.....っ!』

 

今もミナトを見下ろす一尾と、青年の中に戻った九尾が対照的な声音を上げる。

 

『情けねぇ、情けねぇぞ!!』

『くっ.....!』

『認めたくはねぇが、俺様達(尾獣)の中でも魔力量なら図抜けてたお前がこのザマかよ!?』

 

宝の持ち腐れだなぁ、と絶対的優位に立った砂の化身は、荒ぶる魔力をコントロールせず周囲を威圧するように解き放った。そのまま魔力の余波を浴びれば、ボロボロの【ロキ・ファミリア】の団員達は一溜りもないだろう。それを瞬時に悟った九尾は、倒れ伏すミナトの体から9本の尾を出現させ、冒険者達全員を包み込んだ。

 

『あの狐がなぁ〜』

 

孤高の存在であった九尾が他の者を守るために尽力している、その光景を前にした一尾は面白そうなものを見るように口端を更に吊り上げた。

 

「これ、って.....」

「『九尾』の魔力だ。お前達、絶対にその場を動くなよ.....」

 

見覚えのある朱色の尾に包まれる中、レフィーヤが呆然と驚嘆を零し、『尾獣』の恐ろしさをある程度知っているリヴェリアが翡翠色の瞳を凄めながら告げる。

 

やがて、津波のような魔力波が収まった。同時に限界が来たのか、朱色の魔力も拡散し跡形もなく消え去る。

 

『本当に情けねぇな』

『.....』

『ここでお前らをぶっ殺してやってもいいがよ.....』

 

十字の金瞳でアイズ、ティオネ、ティオナ、ベート、と順々に彼女等を見やる一尾は、つまらなそうに息を吐くと、三度ミナトを睨みつけた。

 

『ここはてめぇ(九尾)が一番ムカつくことをするのに決めたぜぇ』

 

ニヤリと、不敵な笑み浮かべた怪物は、弱っている相手を殺すことよりも、宿敵に屈辱を与える方が自身の欲求を満たすことになると考えたのか。一際声を上げ、ドスの効いた宣言を告げた。

 

()()()()()()()()()()()()()、さっさと尻尾巻いて巣に帰りやがれ、ひよっこども』

『.....ちっ』

 

最高で最低な提案が投げられる。回復をしなければ今にも死に絶えるミナトを始めに、アイズ達全員は最早風前の灯火であった。今この場で『尾獣』という埒外(らちがい)の存在を相手取れば、命を落とすことは必須。敵に見逃される屈辱に耐えされすれば帰還することができる。悔しさに打ち震える【ロキ・ファミリア】が一尾を睨みつける中、ただ一人。フィンだけが冷静さを欠くことなく、最適の回答を言った。

 

「.....撤退する」

『ほぉ?』

「総員、直ちに準備を進めろ」

 

首領の英断に、一同は血が滲むほど拳を握りながら、小さく頷くのであった。間もなく撤退準備が整い、58階層へと繋がる正規ルートへ引き返そうとした、その時。

 

『じゃあな、クソ狐。次は無様な面見せるんじゃねぇぞ』

 

上層へ向かうフィン達の背中を眺めていた一尾が、最後に九尾、いや。冒険者全員の心に爪痕を刻み込んだかと思うと、山のような巨躯を崩し、数秒後には大量の砂を残して階層から完全に姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『穢れた精霊』と『一尾』との接触。前者を突破した彼等に残されたのは、高揚感などではなく、屈辱だけであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

砂の化身に見逃された【ロキ・ファミリア】は、かき集められたアイテムを中心に全員の治療を何とか済ませ、動けるまでに回復させ、50階層の拠点(キャンプ)を目指し、51階層まで辿り着いた所だった。

 

「つまりは、あの女体型でさえ尖兵ということか.....」

「ああ。宝玉がモンスターに寄生することで変貌するんだろう?」

「確かにアイズ達もそう言っておったが.....」

 

体に鞭を入れてパーティが強行軍に努める中、59階層で得られた情報をもとに語られるフィンの考察に、リヴェリアとガレスは動揺を隠せない。

 

「女体型の本体は別にいる。これは間違いない」

 

それに、とフィンは続ける。

 

「敵に『尾獣』がいる。これが分かっただけでも今回の『遠征』は価値があった」

「.....」

「むぅ......」

「宝玉を用いた『精霊』の地上召喚、恐らく敵の狙いはそれだろう」

 

都市最強派閥であるフィン達ですら辛勝した穢れた精霊、その『分身』。あの女体型が何体も現れ、都市を脅かすことになる。肝心の尾獣に関しては、「そう簡単に御せる存在である筈がない」と結論付けた3人は、サポーター達によって運ばれ、未だ眠っているミナトを一瞥するのであった。

 

「急いでロキに知らせる。準備が出来次第、地上へ帰還しよう」

「わかった」

「おう」

 

異議を唱えることはなく、冒険者達は階層を脱出するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「.....ふぅ」

「気持ちいいですね〜〜〜〜」

「うっひゃー!さいっこー!!」

「ちょっと、こっちに水が跳ねるでしょうが!?」

 

顔まで水面に浸かったアイズとレフィーヤが、心地よい水の冷たさに息を吐く。岩の隙間から流れる小滝に突っ込んでいた顔を引き抜き、ティオナが歓声を上げる。ぶんぶんと犬のように顔を振って水を切る彼女に、姉であるティオネは怒って声を張った。

 

天女の如き少女、容姿端麗な妖精(エルフ)、瑞々しい褐色肌を惜しまないアマゾネス。そんな彼女達が作り出す光景は桃源郷のようであった。

 

「うぅ.....皆さんスタイル凄すぎます.....」

「貴方だっていいもの()持ってるじゃない」

「わ、私は太っているだけで.....っ!?」

 

リーネの呟きに、細い尻尾を洗っていたアキが、くびれが映える腰をひねりながら告げる。顔を真っ赤にして胸を手で隠す少女に肩を竦めた猫人(キャットピープル)の少女も、美乳と言って差し支えない胸の持ち主であった。

 

「【ロキ・ファミリア】は本当に別嬪揃いだな。主神の趣味が見え隠れしておるわ」

 

かっかっかっ、と豪快に笑い上げる椿は、魅惑的なうなじをチラつかせながら、美女美少女達を見渡す。

 

「こりゃあ男どもは堪らんだろうなぁ。覗いてきたらどうする?」

「成敗します。問答無用です」

「あはは...男性方は覗きたくても覗けないんじゃないかなぁ.....」

 

椿の問いに、アリシアとナルヴィが答えた。2人とも59階層進行の際に同行したLv.4の実力者であり、二軍メンバーの中心人物だ。彼女等は自分たちの為に周囲で見張りをしている女性団員達に手を振り、感謝の意を表す。ロキの趣味が爆発しているこの【ファミリア】では、構成員の殆どが女性である。人数も質も女に軍配が上がる【ロキ・ファミリア】では、男達の夢が叶うことは無いだろう。

 

 

現在18階層。階層奥から流れてくる水晶の流水で作られた湖にて、アイズ達は水浴びをしていた。なぜ帰還せずにこの『迷宮の楽園(アンダー・リゾート)』に滞在しているかというと。ダンジョン『下層』において遭遇した『ポイズン・ウィルミス』の大量発生が団員達に猛威を振るったからである。毒妖蛆(ポイズン・ウィルミス)は『毒』を用いるモンスターの中でも最上位の危険度を誇り、その劇毒は上級冒険者の『耐異常』を容易に貫通してのける。末端構成員の多くが毒の餌食となり動けなくなり、彼等を抱え全力でモンスターの産まれない18階層まで駆け抜けてきたということだ。地上まではまだ時間がかかると踏んだフィンは、18階層で団員達の治療を行うことに決め、ミナトが回復しきっていない現状。動ける中で最も足の速いベートに、『特効薬』を地上まで取りに行って貰っている。彼が往復するのにフィンの見立てでは残り2日。今頃悪態を着いているであろう狼人(ウェアウルフ)の青年を待つ他無かった。

 

「こりゃあしばらく火の車かのぅ」

「ガレス、今は忘れさせてくれ.....」

 

【ヘファイストス・ファミリア】への素材讓渡。不壊属性(デュランダル)の武器が数振り。新種対策の『魔剣』が30振り異常。さらには『遠征』最後に待ち受けていた特効薬の買い占め。莫大な資金を必要とする『遠征』は道中で手に入れたドロップアイテムや『魔石』が、費用回収の大半を占める。『深層』のモンスターから得たドロップアイテムは全て【ヘファイストス・ファミリア】に讓渡する契約だったため、彼等の収入源は『魔石』だけだあった。

 

「次回の遠征は資金集めがメインかな.....?」

「こうなった以上は仕方あるまい。ロキへの報告はベートに持たせた手紙がしてくれる」

「儂らも少し羽を伸ばさせてもらうとするか」

 

それぞれ思うところを口にした首脳陣は、最後のガレスの提案に口を挟むことなく頷くのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

18階層には地上と時間はズレるが、『朝』、『昼』、『夜』が存在する。階層の天井一面を覆う水晶郡が発光量を時間によって変化するためだ。現在は『夜』。階層で取れる果物や木の実を含めた食事を、【ロキ・ファミリア】は団員全員で取っていた。

 

「つ、椿さん、このキノコって食べられるんすか!?」

「『耐異常』があれば問題ない!」

「やっぱり毒キノコじゃないっすかぁ!?」

「いや、意外とイけるかもしれないよ?」

 

一際賑やかな箇所では、自ら採ってきた巨大キノコを丸焼きにした椿が、怪しげな色に怯えているラウルに勧めていた。必死の形相で断るラウルにミナトが存外乗り気なのを他所に、椿の隣に座っていたティオナがぱくっ、と大きく口を開けてキノコにかぶりついた。その光景を目にした団員達から笑い声が上がり、アイズも笑みを浮かべる。

 

その後も賑やかな食事は続き、みな『遠征』の疲れを癒すのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダンジョン内で迎えた『朝』。

 

「.....」

 

階層天井から光が地上へと降り注ぎ、早朝の森を思わせる明るさが野営地に広がる中、アイズは天幕から抜け出した。地上との時間差を肌で感じながら、アイズはおよそ2週間浴びていない太陽の日差しと、趣のある月明かりが恋しくなった。何となく歩きたい気分になったアイズは、剣の素振りもしたいな、なんて女の子らしからぬことを考えていた時、地鳴りのようなモンスターの咆哮を耳にした。

 

「!」

 

すぐにアイズは何が起きたのかを察する。この階層の1つ上、17階層で出現する階層主『ゴライアス』が冒険者を襲ったのだろう。ゴライアスが産まれ落ちる大広間は、【ロキ・ファミリア】が拠点にした野営地からそう遠くない場所にある。同業者の身を案じたアイズは、誰よりも早く目的地へと向かった。

 

そして。

 

「え?」

 

草原の上に倒れ伏す、3人のパーティを見た。しかも、内1人は見覚えのある白髪の少年。

 

「ベル.....?」

 

少女の足を掴み、助けを懇願し気絶した少年は、間違いなく。ベル・クラネルであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現在は『夜』

 

【ロキ・ファミリア】の野営地では、団員達の人集りとともにざわめきが起こっていた。

 

「な、何かあったんですか?」

「あ、レフィーヤ」

 

キャンプの中心地にできた人集りのもとに、レフィーヤは慌てて駆け寄る。騒ぎを聞き付けてきた彼女に、ラウル、更に隣にいたアキが振り返る。

 

「17階層でゴライアスに襲われたパーティを、アイズさんが助けたらしいっす.....」

「ボロボロになって、今は意識を失ってるの.....」

 

ラウルの答えにアキが補足する。騒ぎを聞き付けた者達が囲む場所、草地の上では3人組のパーティが寝かされており、リヴェリアや治療師(ヒーラー)のリーネ達が様態を確認しながら治療に当たっていた。

 

「あの3人の中に『ヘファイストス・ファミリア』の団員もいるらしいっす」

 

驚くレフィーヤと一緒にリヴェリア達を眺めていたラウルは、さらし姿の椿の方に視線を送る。

 

「ヴェル吉.....」

 

最上級鍛冶師(マスター・スミス)の彼女は、眼帯で覆われていない右眼を大きく見開いている。流石に【ヘファイストス・ファミリア】の身内がいるとなれば、基本的に他の冒険者には不干渉が暗黙の了解であるダンジョン内においても、無視はできない。今もリヴェリアが周囲の団員達に指示をとばし、少年達の治療が進められている。

 

「あと、アイズとミナトの知り合いみたいよ」

「お2人の.....?」

 

そういえば、と思い出したようにこぼしたアキの言葉に、レフィーヤは敏感に反応した。怪我人が一体何者なのか気になった彼女は、野営地に運び込まれた冒険者達をつい観察してしまう。

 

「(.....あれっ?)」

 

寝かされている内の一人。まだ幼さを残す白髪の少年。彼を視界に捉えたレフィーヤの瞳が大きく見開かれた。

 

「あ〜〜〜〜〜っ!?」

 

次の瞬間には、少年を指差し、大絶叫する。周囲の団員達が山吹色の少女へと振り向く中、己の憧憬に師事をしていたベル・クラネルと図らずも再会した彼女は。「怪我人の前だ、静かにしろ!!」とリヴェリアから雷を落とされるのであった。

 




まあ、原作ではかませ犬だった一尾も本当は強いはずですから。今のアイズ達では勝てないでしょう


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再会

「(クラネル君は凄いな。もうここ(18階層)まで辿り着いたとは.....)」

 

今は貸し出された【ロキ・ファミリア】の天幕の一つで眠っている3人組のパーティ、その1人である白髪のヒューマンを称賛するミナト。既に彼等が運び込まれてから半日が過ぎ、その間に首領であるフィンと【ヘファイストス・ファミリア】の鍛冶師(スミス)達が何人か見舞いに訪れていたようだ。天幕の中ではアイズが付きっきりで看病をしており、何かあった時の為に、そのすぐ外側でミナトが待機しているのが現状だ。

 

およそ2週間前。ミナト達の目の前でミノタウロスとの死闘を繰り広げ、見事打ち倒した少年は、恐らくLv.1からLv.2へと至ったのだと思われる。昇格(ランクアップ)直後にも関わらず、到達階層をミナト達のいる18階層まで更新する大胆さ。ただし、これは少年の思惑通りでは無かったのだろう。彼等3人の様態から考察するに、決して軽くない怪我を負ったために途中で引き返すのを諦め、安全地帯(セーフティ・ゾーン)である18階層を目指すことにした、と考えるのが一番辻褄が合う。だとしても彼等の決断は第1級冒険者のミナトですら舌を巻くものであり、一度『冒険』を乗り越えた少年の成長を見せつけるものだった。

 

「ん.....?」

 

思考に耽っていると、何やら天幕の中から話し声が聞こえてくる。聞き覚えのある2つの声音は、アイズとベルのもののようだ。ややあって、2人が天幕から出てくると、外で待機していたミナトの姿に、ベルが驚いたように声を上げた。

 

「ミ、ミナトさん.....っ!?」

「やあ、クラネル君。元気になったみたいで何よりだよ」

 

ベルの脳裏に浮かび上がる数週間前の出来事。あの夜、ミナトから謝罪とお気持ち(高級菓子)を頂いた彼と少年、そしてヘスティアを含めた3人での夜会はとても華やかなものだった。憧れの第1級冒険者の口から紡がれる『冒険譚』は、新米冒険者であるベルにとっては夢物語であり、同時に目指す場所でもあった。アイズとはまた違った、尊敬と畏怖を一緒にしたような、上手く言えないが。何となく、ナミカゼ・ミナトはベルにとっては雲の上の存在なのだ。そんな青年を、意識を取り戻したばかりなのに目の前にした白髪の少年は、ガチガチに緊張しているようで。深紅色(ルベライト)の瞳を上下左右と、あちこちに泳がせていた。

 

「.....?」

 

ミナトとベルが知己であったことを知らない少女は、可愛らしく首を傾げ、慌てふためく少年と苦笑を浮かべる青年を見つめるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティオネ聞いた!?アルゴノゥト君来てるんだって!!」

「うるさいわねー。というか、何なのよ『アルゴノゥト』って.....」

 

野営地に近づいてきたモンスターの駆除を行っていたアマゾネスの姉妹は、他派閥の冒険者が運び込まれたことは聞いてはいたが、詳細までは知らなかったらしい。レフィーヤから説明を受けたティオナがはしゃぐのに対してティオネは呆れた顔をしている。

 

「凄いなー、もうこんな所まで来ちゃったんだ!」

「.....本当、血が騒ぐわね」

 

女戦士(アマゾネス)としての本能だろうか。『強さ』に(こだわ)る彼女達らしい反応に、レフィーヤは面を食らっている。

 

「ねぇねぇ、アルゴノゥト君はどこにいるの?」

「団長達と面会中みたいです.....」

 

アイズとミナトがフィン達のいる所に案内していったことを、やや不機嫌そうに説明するレフィーヤ。そんな彼女に対してティオナは「後で会いに行こう!」と楽しそうに言う。その後、2人と別れたレフィーヤは、振り分けられた仕事に戻りながら頬を膨らませてしまう。不満を募らせる少女と同調するかのように、野営地にいる団員達は、みな同じ金髪を揺らす2人に連れられる少年を余り歓迎していないようだった。「皆のアイズさんなのに.....!」とか。「俺達ですらまともに会話したことないのにっ」とか。「私もミナトさんにお世話してもらいたい!」とか。とにかく、突如現れた謎の少年対する反感を隠そうともしていないようで、レフィーヤは他の団員達からも意見を聞こうとする。

 

「皆さんは、あのヒューマンをどう思いますか?」

 

レフィーヤと同じく炊事を担当していたアキ、ナルヴィ、リーネは少女の質問に顔を見合わせる。

 

「まあ、こんな時くらいは助け合わないとね」

「流石に見捨てるのは、後味が悪いよ」

 

アキとナルヴィは同業者として思うところがあるのか、2人揃って苦笑を浮かべた。

 

「それに、アイズさんとミナトさんのお知り合いみたいですし.....」

 

最後に休憩を貰っていたリーネが、おずおずといった感じで告げた。予想外の返答に、思わずレフィーヤは口を尖らせてしまう。

 

「でも、少し意外です」

「どうしたの、リーネ?」

「他の方達と同じように、ラウルさんも不満がると思ってたんですけど.....」

 

ヒューマンの少女が眼鏡越しに見つめる先では、冴えない男性冒険者、ラウルが他の団員達を必死に(なだ)めているところだった。

 

「ラウル君は、何て言うか、苦労人?」

 

「皆落ち着くっすよ〜!?」と叫んでいるラウルの姿に、擁護にもならないセリフをナルヴィがこぼす。

 

「私とラウルは、同期みたいなものなんだけどさ.....」

 

おもむろにアキが口を開いた。

 

「私達が【ファミリア】に入った時、アイズはもうLv.2だったの」

「確か、8歳でLv.2になったっていう.....?」

「そう。自分達よりもずっと幼い子がどんどんモンスターを斬り倒していく様子に、ラウルはもう震え上がっちゃってね」

 

苦笑を浮かべたアキは「それからあいつはアイズのことを、『さん』付けで呼ぶようになったのよ」と付け加えた。

 

「それに、ね.....」

「ま、まだあるんですか.....!?」

 

猫人(キャット・ピープル)の少女の次は、ヒューマンの少女が口を開いた。今でも既にお腹一杯なレフィーヤに、更なる追加攻撃(デザート)が添えられる。

 

「私はあの娘(アイズ)よりも、ミナトの方が怖かったかな」

「えっ?」

 

ナルヴィがこぼした、温厚なナミカゼ・ミナトが怖いという言葉に、面食らったレフィーヤは固まってしまう。

 

「今もそうだけど、昔からミナトは()()()()().....」

「.....」

「.....」

 

 

目を伏せるナルヴィに、リーネとレフィーヤは思わず息を呑む。唯一共感できるのか、アキだけは彼女と同じように眉を反らせていた。

 

「ミナトにはね、誰も追いつけないの」

「それって、どういう.....」

 

単純な脚の速さではないことはわかっている。恐る恐る尋ねるレフィーヤに、ナルヴィはくしゃっと、自嘲じみた笑みを作った。

 

「どんなに私達が努力しても、工夫しても、誰一人としてミナトの背中を見ることさえ叶わない」

「.....」

「普段近くにいる分、『冒険者』としてのミナトを見ると、どうしてもその凄さに圧倒されちゃう.....」

「.....私も、ちょっとわかるかな」

 

歳は大して変わらない。だが、才能は違う。当時は今よりも苛烈だったアイズを遥かに上回る実力。【ファミリア】に入団した者達の誰よりも、彼の歩む速度は速かった。ナルヴィとアキも当時はあの金色の背中を追いかけていた。若い世代の中でも特に突出した実力者が近くにいることは、彼女達にとっては良い刺激になっていたのだが、追いかけようとすればする程、自分達と彼との差を知ってしまう。その差を強く実感させられてきたアキも、ナルヴィに同感するよう小さく頷いた。

 

「ここだけの話、実はね」

 

どこか達観した瞳を向けるアキに、レフィーヤは何故か胸が締め付けられた。

 

「昔、一度だけ。ミナトと自分を比べていた時期があったんだ。どうして私はあんな風になれないのかな、って毎晩ベッドの上で考えてたの.....」

 

都市最強派閥【ロキ・ファミリア】に所属する冒険者達は、迷宮都市オラリオの中でも屈指の実力者が多く所属している。アイズ達ばかりに脚光が向けられるが、Lv.4のアキやナルヴィ達も(れっき)とした実力者である。『魔法』に秀でたレフィーヤでさえLv.3なのだから、それ以上の彼女達がいかに優れているかは説明するまでも無い。

 

「でも、今はそんなこと考えたりしないんだけどね」

 

私は私のペースで頑張るって決めたからさ。と最後に告げたアキは、手元で調理していた鍋に意識を戻した。

 

「ちゃーんと皆ミナトを尊敬してるんだからね?」

 

先程とは違って、ナルヴィも明るい笑みを向けながらレフィーヤにそう補足して、続けた。

 

「だから大丈夫、レフィーヤ」

「えっ?」

「私達がミナトに劣等感を抱くことは無くなったし。ティオナ達や貴方のおかげで、アイズは随分と丸くなったし。前よりずっと笑うようになったよ」

 

白髪の少年に、自分の憧憬が奪われた気になっていた心を見透かすように、ヒューマンの女性に笑いかけられるレフィーヤは、思わず赤面してしまった。

 

「(まあ、私達とアイズさん達の間には、深い絆がありますし?あのヒューマンが立ち入る隙なんてどこにも無いですし?)」

 

ナルヴィに諭されたレフィーヤは、少し上機嫌になりながら、アキ達と夕食の仕込みを進めた。

 

しかし。その後にティオナの口から、彼のヒューマンが『ミノタウロス』を、それもLv.1の時に単独撃破したことを聞いたレフィーヤは、再び。むむむむむ、と頬を膨らませるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「18階層まで辿り着いた彼等に、同じ冒険者として、どうか敬意をもって接して欲しい。それじゃあ、乾杯だ」

『乾杯!!』

 

揉め事を避けるように釘を刺された後、ささやかな宴が始まった。昨晩に続いて開催された晩餐では、ベルを含め、彼のパーティメンバーである鍛冶師(スミス)の青年と小人族(パルゥム)の少女も参加していた。

 

「ヴェル吉!」

「げっ、椿!?」

 

少し酒が回り、酒瓶を持って真っ直ぐベル達の元へ向かってきた椿に、声をかけられた青年は顔を思い切りしかめた。

 

「なんじゃ、その態度は〜」

「うぉ!?酒臭ぇ、寄るな馬鹿!」

 

椿の参入でたちまち賑やかになる一角。ここで(18階層)採れた果物を飲み込んだティオナは、ティオネの手を引っ張りながらベルの隣に割り込んだ。嫉妬の視線を一身に受ける兎に「ミノタウロスを倒した時凄かったよー!」と詰め寄るティオナを他所に、何故か冷や汗を流している少年の元へ痺れを切らしたレフィーヤが突撃しようとした、その瞬間。

 

『ぐぬああっ!?』

 

野営地から離れたところから、可愛らしい悲鳴が届いてきた。見張り役の団員達に断りを入れたベル達3人は、声主の元まで駆けて行き、アイズ達も彼等の後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや〜、助かったよ!まさか階層主に襲われるとは思ってなくてね」

 

愉快そうに笑う男神が歯切れよく言葉を連ねる後方、水色の髪をため息と一緒に揺らす従者が控える中、フィン達は更に増えた客人達を見つめた。宴の最中に聞こえてきた悲鳴の持ち主は、まさかの女神ヘスティアのものであり、聞けば、ダンジョンから帰らない眷族(ベル)を心配に思った彼女は、護衛を引き連れて自らダンジョンへと潜り込んで来たと言う。今フィン達の目の前にいる、男神ヘルメスを除く、彼の眷族や他の冒険者が彼女の護衛ということだろう。

 

「つまり、貴女方はベル・クラネル一行を救出するために来た、ということかな?」

「その通りさ【勇者(ブレイバー)】。ヘスティアに依頼書も用意されてね」

 

アイズ達が見守る中、ヘルメスは懐から取り出した依頼書をフィンに見せる。ギルドの承認印が示されていることから、男神の言っていることは嘘ではないようだ。フィンとヘルメスがことの確認をしている中、何やら忙しないやり取りが聞こえ、アイズは金色の双眸をそちらへと向けた。

 

「こ、これは火影様!?」

「ちょ.....オラリオでは名乗ってないから、そんなに固くならなくていいから、ね?」

「い、いえ、そういう訳にはいきませんっ!?貴方様は彼の『木ノ葉隠れの里』の長であらせられます(ゆえ)!」

「だ、だから.....」

「火影様にダンジョンでお会いできるのなんて.....どうしよう(ミコト)ぉ」

「じ、自分に言われましても.....」

 

見れば極東風の戦闘衣(バトル・クロス)を纏った冒険者達が、ミナトに対して全力でひれ伏している。一向に顔を上げようとしない彼等を何とかしようと躍起になっている青年だが、声を発すれば発するほど恭しくなる彼等に困った表情を浮かべている。

 

「ハッハッハ。いやぁ流石は『火影殿』だ。極東出身の桜花君達にとっては、とても尊き御方みたいだね」

 

ヘスティア達の護衛に協力してくれた桜花と呼ばれる青年達、【タケミカヅチ・ファミリア】が(こうべ)を垂れる姿を見て、ヘルメスは楽しそうに笑い上げた。

 

「神ヘルメス。『木ノ葉』については団員達に余り話していないんだ。吹聴するような真似は控えて頂きたい」

「あぁ、すまない。つい舞い上がってしまったよ」

 

優男の神に怪訝そうな顔を向けた小人族(パルゥム)の少年に、当の本人は余り反省していないように謝罪した。

 

『(木ノ葉.....火影.....?)』

 

聞いたことの無い単語に、周囲で控えていたアイズ達は疑問を浮かべる。『木ノ葉』とは何を刺しているのかはわからないが、極東風の冒険者達が名を告げながら平伏することから、『火影』とはミナトを指す言葉なのだと推測できる。神の一柱と【ファミリア】の首領が会談をしてる以上、余計な口は挟むことはできないと理解しているアイズ達は、頭の中に浮かんだ疑問を口にするような真似はしなかった。

 

 

「単刀直入に言おう、【ロキ・ファミリア】の諸君。どうか君達の野営地に滞在をする許可を貰いたい。そして可能ならば、君達が地上へ戻る際に俺達の同行を許して欲しい」

「安全に帰還するために、ということかな?」

「話が早くて助かるよ」

 

フィンの確認に、ヘルメスは笑顔で頷いた。もともとベル達が18階層に避難してきたのは、自力で地上へ帰還することが叶わないため、上級冒険者達に同行させて貰うことが目的であった。ヘルメスの申し出も要は同じことを意味しており、【ロキ・ファミリア】の後ろにくっついて行くことが最も安全な手段なのだ。

 

「急いで準備してきたからね、野営の道具なんて持って来れなかったんだ。食料の方は何とかするし、何か必要な出費があれば俺の【ファミリア】が肩代わりしよう」

「随分と羽振りがいいな」

「ヘファイストスにヴェルフ君のことを頼まれたからね、遠慮はできないさ」

 

先に本音と建前を置き、後から少しの誠意を見せることで相手に申し出を断りにくくしている。此度の『遠征』で協力関係を敷いている【ヘファイストス・ファミリア】の名も出して、上手いこと交渉を持ちかける男神に、アイズ達は脱帽する。

 

「どうだろう。この申し出、受け入れてくれるかな?」

「余計な駆け引きは止めよう。一度保護した以上、見放すつもりは毛頭ないから安心してほしい」

「これはすまない。ありがとう【ロキ・ファミリア】、感謝するよ」

 

その後、ヘルメスの口からロキ、ディオニュソスとの三柱で同盟を組んだことを聞かされた一同は驚愕するも、慎重派であるフィンが、ロキに確認を取るまでは信用できない、と述べると。ヘルメスは「今はそれでいいさ」と告げ、未だ寸劇を繰り広げるミナトと【タケミカヅチ・ファミリア】の元まで行くと。

 

「ミナト君。これは君の()()からだよ」

「!」

 

そう言ってヘルメスが取り出したのは、可愛らしい蝦蟇(ガマ)印の付いた一通の封筒。受け取ったミナトが瞠目していると。「この間オラリオの郊外に出ている時に、少しね」、そう言って自身の師と妙な繋がりを示唆した男神は、軽く手を振りながら天幕を出ていった。

 

「(旅好きの先生のことだから、って考えるのは早計かな.....)」

 

フィン達に断りを入れ彼も天幕を後にし、野営地から少し離れたところに生える1本の広葉樹の根元に腰を下ろし、蝦蟇の封を切る。

 

「これは.....」

 

中から出てきたのは一枚の手紙と、『口寄せ』が組み込まれた魔法式であった。これは『魔剣』と同じ要領で作成されるものであり、言わば極東式の魔剣といったところだろう。比較的簡単に作れる代わりに使用限度回数が一回のみではあるが、今ミナトの手元にあるような小さい紙一枚で『魔法』を使えるため、割と極東では重宝されている。なぜ口寄せ術式を送ってきたかは手紙の内容が教えてくれるだろうと、ミナトは作家でもある恩師が直筆で書いた文面に、意識を落とすのであった。

 

「『拝啓、四代目火影殿』、まったく、相変わらずですね.....」

 

一度もその名で呼んだことがない癖に、踊ったような字体でそう書いてあるため、自分をからかっているのが良くわかる。小さくため息を吐き、手紙から読み取れる師の変わらない様子に苦笑した。

 

『なーんて、硬い挨拶は無しだのぉ。可愛い弟子との世間話に花を咲かせるのも悪くわないが、手紙じゃあ儂の片思いになってしまうしのぉ。が〜ハッハッハ!!』

「先生.....」

 

自身の声をそのまま文字にする簡易術式を使用したのか、ところどころ筆者の口癖や笑い声の痕跡が見て取れる。

 

『とまぁ悪ふざけはここら辺にしといて。何故ヘルメスと儂が顔見知りなのかは、お互い流浪人でもあり、たまたま旅先で会ったからだ』

 

この辺りは先程聞いたことであるために、特段驚きはしない。

 

『今回お前に手紙を残したのは、いくつか伝えておくべきことがあったからでなぁ。と言っても2つではあるんだが、きな臭さがプンプンしやがるもんでのぉ』

「......」

『お前がオラリオにいる間、()()()()の存在がこっち(極東)では浮き彫りになってきてな』

 

こういう時、百戦錬磨である師の勘は必ず当たる。その能力柄、情報収集も得意としている仙人は何かを掴んだようで、やや固い文面が連なっている。

 

『構成員は多くはないんだが、面子(メンツ)が厄介でのぉ。どいつもこいつもS級の指名手配犯で、単純な戦力だけ見ても小国に匹敵する、そう儂は睨んでおる』

「S級が、何故.....?」

 

ギルドのブラックリストのように、極東にもビンゴブックという、要注意人物を纏めた一覧書がある。その危険度や注目度によってランクが分けられ、その中でもSとは最上級の位を表すものである。実力も()ることながら、性格も一癖や二癖ある人物達が、一組織に所属しているという事実は信じ難いことであった。

 

『何が目的なのかはわからんが、指名手配犯を集めるような組織だ、まずまともじゃないだろうのぉ』

「一体.....」

 

わざわざ性格に難のある実力者達を束ねる以上、何かしらの目的があるのは違いない。だが、全く狙いが見えてこないのだと、そう続けられている。

 

『どうやらオラリオの近くでも動いているようだからのぉ、お前の耳にも入れておきたかった』

 

ミナトと同じか、それ以上の実力を誇る、あの()()()がここまで警戒する相手である以上。決して無視はできない。どうやら、地上に戻ってからもやることは山積みのようだ。

 

『怪しい動きを見せ、粒揃いの小組織。その名は、』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「『(あかつき)』、か.....」

 

師の手紙に(つづ)られていた1つ目の事項。『暁』という名の組織について。極東だけでなく世界各地、オラリオにまで足を踏み入れようとしている。流石に武闘派の実力者が多く揃う迷宮都市には簡単に手を出せないのか、はたまた周囲で何かの準備をしているのか。ダンジョン内で敵の狙いを定めることは無理だろう。早急に地上へ帰還する必要が出てきた。自来也から託された『口寄せ』術式もあるため、長居することは悪手に違いない。

 

「まずはフィンさん達に報告かな」

 

尊敬する師からの警告。内容が内容なだけに、【ファミリア】の首脳陣に伝える必要があると判断したミナトは、手紙と『口寄せ』の術式紙を懐に入れ、再びフィン達のいる天幕へと向かうのであった。

 

 

 

 

 




やっぱ暁は良い味出してくれますわぁ


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想い

間が空いてしまいました。すみません.....


「何か凄い話になってきたね.....」

 

【ロキ・ファミリア】女性陣が利用する天幕の一つにて、ティオナの呟きがやけに大きく響き渡った。ヘルメス達との交渉が終わった後、レフィーヤと他派閥の椿を含めたLv.4以上のメンバーで、59階層やここ最近のことについて整理をしていた。ミナト等男性陣はまだ仕事が残っており、アイズとリヴェリアはこの場にはいない。

 

ヘルメスから告げられた、ダンジョンの入口がバベル以外にもあるという推測。誰にも認知されない抜け穴は食人花のモンスターを運び出すために必要となることには間違いない。話の規模の大きさに頭を抱えるティオナ達は、続いてアイズとミナトについて話題を変えた。

 

「アイズは59階層の怪物が精霊ってことを、真っ先に気づいていたわね」

「ミナトは何故か怯えられてたし.....」

 

魔法を行使してきた『穢れた精霊』。彼の存在はアイズを『アリア』、ミナトを『九尾』という名で呼んでいた。それぞれ確認するようにアマゾネスの姉妹は怪訝そうな顔つきで呟く。

 

「もともと変わっている娘だとは思っていたがなぁ」

「椿さんっ!」

「アキはこの中で一番の古株なんだし、何か知らない?」

「生憎、訳ありの子ってことしか知らないわ」

 

顎に手をやる椿にレフィーヤが食いかかる中、アキはティオナの問に、あまり詳しくは知らないと返した。

 

「う〜ん。『精霊』と『アリア』なら、やっぱり『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』が引っかかるんだけどなぁ.....」

 

おとぎ話を好むティオナが天井を仰ぐのに対し、姉であるティオネは口をへの字に曲げた。

 

「それは『古代』の話でしょ?アイズがその『精霊』な訳無いじゃない」

「そうだけどさ〜.....」

「確か、精霊は子を産めない筈では?」

 

エルフのアリシアも言葉を続ける。2人に指摘されたティオナは両腕を組んで、う〜ん、と眉を下げながら呻き声を漏らす。

 

「精霊の子孫なんぞ知らんが、その血を受け継ぐ者は普通におるぞ?」

『えっ!?』

 

あっさりと告げられた仰天事に瞠目する一同を見て、最上級鍛冶師(マスター・スミス)は楽しそうに笑った。

 

「少し待っておれ。()()()を連れて来よう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「で、何のつもりだ、椿....?」

 

女だけの花園に、赤髪の青年が中央付近に座らされている。あからさまに嫌そうな顔を浮かべる彼は、やや距離を置いて囲むティオナ達を見回しながら、面倒事を持ち込んできた張本人(椿)を軽く睨みつけた。

 

「ふふふ、ヴェル吉よ。まずは自己紹介をするといい」

「それより先に説明をしろっ!!」

 

彼女が同派閥の団長であることも関係無しに怒鳴るヴェルフに対して、何処吹く風な様子の椿は話を進める。

 

「こやつの名は、ヴェルフ・クロッゾ」

「あれ、クロッゾって確か.....」

 

いち早く彼の名に反応を示したアキが、腰から伸びる細い尻尾をぴんと立たせた。

 

「『クロッゾの魔剣』で知られるあの()()()()に間違いないぞ、アキ。そこのヴェル吉は彼の鍛冶貴族の末裔だ」

 

ラキア王国が他国を侵略する際に大いに貢献したと伝えられている『クロッゾの魔剣』は、魔剣の常識を覆す言い伝えが残っており。オリジナル魔法を超える威力を超えるとされ、その威力は『海を焼き払った』と言われる程だ。『クロッゾの魔剣』で世界に家名を轟かせた一族、その血を引くとされる青年に、みなの視線が集まった、その瞬間。

 

「何だ、アリシア。エルフ(森の一族)であるお前なら『クロッゾ』に対して思うところがあると踏んでいたのが、そうでは無いのか?」

 

ラキアの侵略戦争において猛威を振るった『クロッゾの魔剣』は、あらゆる土地、街、国をことごとく灰に変えてしまったと言う。その戦火はエルフの里にも及び、静かな森の中で生活する彼女達一族にとって『クロッゾ』は、憎き怨敵である筈なのだが。謹厳実直を地で行く典型的なエルフのアリシアならば、何かしらの反応を見せると予想していた椿は不思議そうな表情を浮かべた。

 

「確かに.....同胞の里を焼き払った『クロッゾ』に対して憎しみが無い訳ではありません.....」

 

投げられた疑問に目を伏せながら答えるアリシアは、件の『クロッゾ』家、その末裔の青年を一瞥した後、もう一度椿に向き直った。

 

「昔、同じようなことをミナトと話しまして.....」

「ほう?」

「彼の故郷にも、ラキア王国が攻め込んできたことがあったと、直接教えて貰ったんです」

『!!』

「何と、それは初耳だな」

 

過去を嘆くように告げられたアリシアの言葉に、椿以外がみな息を呑んだ。

 

「ミナトの故郷はエルフの里と同じく自然に富んでいるらしく、決して少なくない被害を被ったそうです」

「.....」

 

何かを考えるように『クロッゾ』の青年が目を瞑る中、妙齢のエルフは続ける。

 

「私はその時、彼の態度が気に入らなくて、思わず怒鳴ってしまいました」

「ど、どうして、ですか.....?」

 

普段は頼りになるお姉さんとして団員たちから支持を集めるアリシアが誰かに怒鳴る、なんて状況を想像できないレフィーヤは、恐る恐る理由を尋ねた。

 

()()()()()()()()()()()()憤りを覚えたんです」

 

どうしてそんなに平然としていられるんだ、故郷が焼かれたんだぞ、と。強く金髪の青年に訴えかけたアリシアに返ってきたのは、彼女の遥か上をいく意志の強さであった。

 

「『復讐に走れば憎しみが産まれ、その憎しみがまた別の憎しみを産む。だからこそ、誰かがその負の連鎖を断ち切らなくちゃいけない』。そう言い返してきたミナトの瞳には、強い覚悟が込められていました」

「それと、お前が『クロッゾ』に激情しないことと、どう関係があるのだ?」

 

椿の問に、自嘲じみた笑みを浮かべたアリシアは、ヴェルフの瞳を見つめ、告げた。

 

「『憎しみ』による復讐は、エルフの矜持とはほど遠い。ミナトの言葉でそれに気づかされたんです」

 

「昔の私なら間違いなく怒り狂っていたでしょうね」と付け加えたアリシアに、赤髪の青年は驚いた顔を浮かべる。『クロッゾ』の名前を聞けば誰もが魔剣に何かしらの強い執着を見せることが多く、それが里を焼かれたエルフなら尚更である。今青年の目の前にいる妙齢のエルフは、森の一族として、()()()()()ことを選択したのだ。無闇に復讐の念を燃やすのでは無く、新たな『憎しみ』を産み出さないために。

 

「ということらしいが、ヴェル吉よ」

「.....何だ」

「アリシアのようなエルフもいるのだ、手前よりも強力な『魔剣』を打てるお主が自分の血筋を忌み嫌うことは、ちと勿体無くは無いか?」

 

『クロッゾ』は『魔剣』を打つ術を失ったからこそ没落したと言われているが、最上級鍛冶師(マスター・スミス)のものより強力な武器と聞いて、レフィーヤ達をはぶっと噴き出した。アリシアも目を見開いて椿の言葉に耳を傾けている。

 

「ラキア王国から飛び出したのも『魔剣』を強要されたかららしい」

 

唖然とするティオナ達に、けらけらと笑う椿。一方話題の青年は、身の内を勝手に喋る彼女にいい加減にしろとばかりに憤って口を開いた。

 

「おい、さっきからべらべらと話やがって!」

「別に減るもんでも無いし、小さいことは気にするな」

 

ヴェルフの叫びも虚しく、飄々とする椿には全くもって通用しない。いい加減この天幕に連れてこられた目的を欲した青年は、【ロキ・ファミリア】の面々に物怖じすることなく尋ねた。

 

「じゃあさ。君が『精霊』の血を引いてるってのはホントなのー?」

「.....」

「こちらも知りたいことがあるのだ、付き合ってくれ」

 

ティオナの質問に、青年は瞳を細めて椿を見やる。どこまで勝手に話してやがるという非難がましい視線に、ようやく彼女は、悪かった悪かった、と謝った。

 

深く息を吐いたヴェルフは、他言無用だと釘を指した後、レフィーヤ達に自身と『精霊』との接点を説明し始めた。

 

まだ世界が『古代』と呼ばれる時代の頃。『クロッゾ』の初代は『精霊』をモンスターから助けたことがあり、その際に深傷を負った彼を助けるために、精霊は自身の血を分け与え命を救った。それからというもの、初代クロッゾは凡夫なヒューマンでありながら『魔法』も使用できるようになり、寿命まで伸びたという。出鱈目(でたらめ)な『魔剣』を打てるようになったのも『精霊』の恩恵であり。以後、彼の子孫は『クロッゾの魔剣』を打てるようになったということだ。

 

赤髪の青年から『精霊』の奇跡を聞いたレフィーヤ達は、アイズの強力無比な『魔法()』を思い浮かべた。彼女はヒューマンであり、特段魔法に秀でた種族では無いのにも関わらず、階層主にたった1人で渡り合える程の恩恵をもたらす【エアリアル】は、アイズに『精霊』の血が流れているならば辻褄が合うのかもしれない。古株のアキもアイズの両親や血筋を知らないため、この場にいる者だけでは彼女の謎を解き明かすことはできない。他にも『精霊』について知っていることはないか、と椿がヴェルフに尋ねるが。己の血筋を忌み嫌う青年は、突っぱねるように心当たりは無いと答えた。結果、「その手の話だったら俺よりずっと詳しいやつがいる!!」と言い残し、彼は生贄を椿達に押し付け、さっさと天幕を出ていった。

 

「あ、あの〜.....どうして僕はここに?」

「ベル・クラネルよ、お主はヴェル吉に売られたのだ。覚悟するがよい」

 

ヴェルフと入れ違って天幕の中央に新たに座らせられているのは、白髪のヒューマンだった。悪代官のように不敵な笑みを浮かべる椿に、少年が怯えていると。

 

「アルゴノゥト君って英雄譚とかに詳しいって聞いたけど、本当?」

「詳しいかはわかりませんけど、昔はよく読んでいました」

 

竜殺しの英雄が倒した怪物の住処。伝説の騎士が助け出した王女の名と、その際に使用した武器の名前。ティオナの抜き打ちテストに全て答えたベルに、彼女は「すごいすごい!!」と歓呼した。いつまでも続けられる2人のやり取りに痺れを切らしたティオネが、早く本題に入れと促す。

 

「精霊『アリア』ですか?英雄アルバートに生涯寄り添った『迷宮神聖譚(ダンジョン・オラトリア)』の大精霊?」

「それそれ!」

 

よくもまぁ答えられるものだと、椿達が感心している中、ティオナが遂に切り出した。

 

「じゃあさ、『アリア』が誰かに血を分け与えたとか、子供がいたっていう話は知ってる?」

「う〜ん.....血を与えたり子供がいたりしたことは知らないですけど、英雄アルバートに子供がいたっていう話なら.....」

「何それ〜!?あたし知らな〜い!!」

 

難しい顔をしながら昔の記憶を引き出す少年の言葉に、ティオナが驚きの声を上げた。ベル曰く、彼の読んでいた英雄譚は彼の祖父が描き上げたものらしく、もしかしたら独創性(オリジナリティ)が加えられているのかもしれない。

 

「ならさ、『九尾』って知ってる?」

「えっと.....確か名の数だけ尾を持つ『尾獣』の一体でしたっけ?」

「ほぉ、よく知ってるなベル・クラネル」

 

続いてミナトの謎に迫ったティオナの問に答えた少年に、極東に(まつ)わる話すらも知っている彼に対し、椿が再び感心の声を漏らした。

 

「その様子じゃ椿も何か知ってるのね」

「手前に限らず、極東に関わる者なら誰でも知ってるであろうな」

 

ここにきて白羽の矢が立てられた椿。『九尾』について何かしらの知恵があると思われしハーフドワーフに、ティオネが確認するように尋ねかけ、彼女もそれを肯定する。

 

「ええ〜、知ってたなら教えてよ〜!」

「そうぶーたれるな。手前の代わりにそこの少年が説明してくれる、な?」

「えっ?あ、はいっ」

 

ぶーぶー、と口を尖らせるティオナに苦笑する椿は、自分よりも話が上手いベルに託すよう隻眼の瞳を彼に向けた。

 

「ぼ、僕が説明すれば.....っ!?」

「ああ、頼んだぞ」

「それじゃあーーー」

 

椿の頼みを聞き入れたベルは、ティオナ達へ丁寧に語り始めた。

 

九尾とは『尾獣』と呼ばれ、膨大な魔力を内包した9匹の魔獣の1匹であり、その起源は『古代』より前の時代に遡る。()()()()()()()()()()()()()()()()()『六道仙人』という者が、かつて地上を脅かさんと出現した1匹の獣を倒そうとした。が、その獣の力は凄まじく、倒すことは不可能だと悟った六道仙人は、怪物を滅するのではなく、()()することにした。『核』となる抜け殻を残し、獣の力を9つに分散させることに成功する。そうして誕生したのが『尾獣』であり、他ならぬ六道仙人の手によって守り通されていたのだ。

 

「六道仙人の死後、尾獣達は自分の意思で世界各地にバラバラになったと伝えられています」

『.....』

 

白髪の少年の話から想起されるのは、最後に59階層でティオナ達の前に立ちはだかった砂の化身、『一尾』。圧倒的な存在感を放っていた一尾と同じような怪物が他に8体も存在するという事実は、彼女達の背中に冷や汗を滲ませる。

 

「アルゴノゥト君は、尾獣が人間に宿るってことは聞いたことある......?」

「はい、『人柱力』と呼ばれる人達のことですよね」

「.....本当に博識だな、お主は」

「い、いえっ!興味のあることだけですぅ.....」

「じゃあさーーー」

 

椿が三度感心した様子を見せる中、ティオナはいよいよミナトについて聞き出そうとした、その瞬間。

 

「お前達、あまり詮索をしてやるな」

 

天幕入口の布を片手でよけ、中に入ってくる者がいた。

 

「リヴェリア!」

「どうしてここにっ!?」

 

他の者達ともどもティオナとレフィーヤが狼狽えると、リヴェリアは翡翠色の髪を揺らしため息する。あまりにも賑やかなので彼女はフィン達のいる本営からこちらへと足を運んだのだ。

 

「ベル・クラネル、お前はまだ病み上がりの身だ。しっかりと休養を取れ」

「す、すみません.....!」

「仲間達も待っていることだろう、もう戻るといい。身内が迷惑をかけたな」

「は、はいっ!」

 

都市最強魔導士に気を使わせてしまったことに、凄まじい罪悪感を抱いた少年は、脱兎のごとく天幕から出ていくのであった。それから、リヴェリアがそれぞれの者を見回すと、アリシア達は恐縮そうに身を縮める中、椿だけは「このくらい、大したことではないだろう」と肩を竦め相変わらず平然としていたが。

 

「.....リヴェリア。アイズとミナトの秘密って、同じ【ファミリア(家族)】のあたし達には教えられないことなの?」

 

眉を下げながら、ティオナは胸の内を吐露するように問いかける。

 

「確かに私達は絆で結ばれた【ファミリア】だ。しかし、お前達にも、打ち明けていない秘密の一つや二つあるはずだ」

「っ!」

 

無理に聞き出されたとして、お前達はそれ(秘密)を教えるのか、と付け加えたリヴェリアに。アキ達は目を見張り、体を揺らすティオナとティオネは翡翠色の瞳から目を逸らした。

 

「だが、お前達の気持ちもわかる」

「え.....」

「こうなった今でも何も話すことができないのはアイズの弱さであり、ミナトの優しさでもある。59階層で一部始終を見たお前達に何も話せないのは、確かに不誠実なのだろう.....」

 

リヴェリアは両の(まぶた)を閉じ、改めて口を開いた。

 

「本人達がいない以上、全てを語ることはできないが.....アイズには『精霊』の血が、ミナトには『九尾』が宿っている」

 

アイズとミナトの謎について肯定され、レフィーヤ達は息を呑んでいる。リヴェリアは一瞬、どこか遠いところに眼差しを向けた後、言葉を続けた。

 

「いつかあの娘達から話す時が来るだろう。それまで、どうか待ってやってくれ」

 

最後に、この場にいる者達に懇願した。

 

「全てを知った後も.....これまで通りあの娘達と接してほしい」

 

僅かな間、静寂が場を包み込んでいると。リヴェリアの願いにティオナが前に歩み出て、破顔する。

 

「当ったり前じゃん!私達は家族だもんね!!」

 

アイズはアイズ、ミナトはミナトだよと天真爛漫に笑い、あっさりと言う彼女を皮切りに、他の者達もティオナの後に続いた。

 

愛に溢れた少女達を椿が優しく見つめる中、リヴェリアはゆっくりと目を細め、微笑んだ。

 

「ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

迷宮の楽園(アンダー・リゾート)』の奥、森林が爽やかさを強く醸し出す場所では、()()()()()()()()が設置されている。ダンジョンで亡くなった英雄達に対して、敬意と哀愁が表されていた。

 

「貴方も花を贈りに来てたのですか」

 

背後からかけられた美しい声音に、慰霊碑を眺めていた金髪の青年は、ゆっくりと後ろを振り返った。

 

「リューさん、それにクラネル君も」

「こ、こんにちわっ」

 

フード付きの長いケープを羽織っているエルフの女性と、純白のヒューマンが並んで立っていた。聞けば彼女の墓参りにベルが付き合ってくれているようで、彼自身この場()に来るのは初めてだという。

 

「ここは.....」

「ダンジョンで亡くなった『英雄』達の墓だよ」

「.....亡くなった方達の」

 

見た目や飾られている花などから、ある程度は予想できていた答えだが、自分と同じ冒険者がこれ程多く亡くなっている事実は、まだ成熟しきっていない少年の心に強い衝撃を与える。

 

「ということは、その.....」

 

この場にいるということは、()()()()()()なのだろう。口に出すことは望ましくないと思い、言葉に詰まるベルに、ミナトは苦笑とともに、おどおとする少年の肩に軽く手を置いた。

 

「そんなに固くならないで。君が気を使うことじゃ無い」

「彼の言う通りです。他人を思いやる心は美徳だが、貴方まで背負い込む必要はありません」

「ミナトさん、リューさん.....」

 

人格者の2人に諭されたベルは、困ったような笑みを浮かべた後、静かに今は亡き英雄達に祈りを捧げた。

 

「ここに来ると、どうしても()()()を思い出してしまいます.....」

「はい.....」

 

少年が死者を弔っている中、彼の後方でミナトとリューは、神妙な顔つきで言葉を交わす。

 

「本当に惜しい人を亡くしてしまった」

「ええ.....」

「あの時、俺がもっと速く駆けつけていれば.....」

 

慰霊碑に刻まれた名を見つめながら、金髪の青年は自責の念を禁じ得ないでいた。隣にいるエルフも何か思うところがあるのか、かける言葉を見つけることができないようで、ただ、青年の声に耳を傾けている。

 

「生きていれば、今頃()()()()()()達だって、」

()()()

「っ!.....すみません」

「生を受けている私達が悲観していれば、きっとあの世でアリーゼは、我々に怒鳴りつけているでしょう」

「そう、ですね.....」

「彼女達に託された命。決して無駄にはせず、『正義』を貫き通すと、()()()決めた筈です」

 

脳裏に浮かぶのは、天真爛漫な笑顔を向ける赤髪の少女とその仲間達。かつて誇り高き翼と剣を掲げ、悪が跋扈(ばっこ)する『暗黒期』において人々を守り続けた女傑達。まだ若かったミナトとリューの同年代だった彼女達は、何かと共に行動することが多かった。【ファミリア】という垣根を越え、手を取り合った戦友かつ、親友。想いを託して散っていった彼女達に報いるためにも、2人は強く在らねばならない。リューの言いたいこと汲み取ったミナトは、彼女の隣で今一度慰霊碑に祈りを捧げ、受け継いだ『意志』を再確認するのであった。

 




原作では『古代』まで恩恵を受けた人間はいないという設定でしたが、六道仙人だけは、別枠として設定させてください。


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星の内海、物見の台。楽園じゃあ!

やべえ、リアルが辛すぎる.....


 

【ロキ・ファミリア】の本拠地『黄昏の館』では『遠征』から帰還した冒険者達と、留守を任された冒険者達が会話を弾ませている最中であった。『遠征』後、一夜明けた朝。後片付けやら何やでゴタゴタする中、ロキの「まずは【ステイタス】を更新やな!」という一声によって、三十名以上の団員が主神の元へと(おもむい)ていた。大派閥なだけあって中々の人数がロキに【ステイタス】更新を迫り、骨が折れる作業ではあったが、彼女自身も可愛い眷族達の成長を楽しみにしているのか、わくわくしながら機敏かつ効率よく捌いていった。

 

そして。

 

「しゃあっ!!」

「アイズに追い付いたー!!」

 

ベートやティオナ達の叫び声が館中に響き渡った。未到達領域での死闘を経て、彼等はLv.5からLv.6へと器を昇華させたのだ。ロキから受け取った【ステイタス】を写した羊皮紙を両手にティオナははしゃぎ、珍しくベートも他の団員達の目もはばからずに吠え、喜び一色の様子だ。同様にティオネもLv.6へと至り、期限の良さを滲ませる中、昇格(ランクアップ)をしたのかと彼女に尋ねられたアキとナルヴィは、軽く肩を竦めて否の意を表した。そんな中アイズは、『穢れた精霊』を初めとした深層域での戦闘から得た経験値(エクセリア)が、確実に【ステイタス】を上昇させていたことに対して、満足そうに頷いている。

 

一方、遅れて更新を行っていたレフィーヤはと言うと。

 

「えっ?」

「おめでと!自分もLv.4になれるでー!!」

「や、やったぁ!」

 

にこにこと笑うロキの顔を数秒見つめた後、着替えようと服に手をかけていたレフィーヤは、喜びの声を上げた。手に持った服で隠しているだけで未だ裸な上半身を揺らしながら、今にも飛び跳ねようとしてしまう。

 

「(どうですかっ、見ましたか!!)」

 

ここにはいない白髪の少年にライバル心を勝手に燃やしている彼女は、ここぞとばかりに胸を張った。

 

「それでなぁ、レフィーヤーーー」

 

ややあって、ロキは自分の胸の内をレフィーヤに明かした。確かにLv.4へ昇格(ランクアップ)することはできる、が。今の【ステイタス】ではやや勿体ない。Lv.2からLv.3になった時、彼女の秀でた魔力の能力値(アビリティ)はS。対して今、Lv.3の最終値はBである。かつてSまで伸ばしたことがあるために、今回もSまで能力値(アビリティ)を上げきってから、Lv.4になってはどうか、そうロキは提案した。

 

「たかが数十、数百かもしれん。『極める』ってことの労力を考えれば、さっさとLv.4になった方がええ」

 

ただ、と続けてロキは行儀悪く机の上に腰掛けた。

 

「その取りこぼしが、レフィーヤの才能を全て引き出せん原因になるのは、流石に勿体ないなぁ」

 

能力値(アビリティ)はランクアップをする度に、一度リセットされる。しかし、それは()()()()()()であり、実際には前Lv.の能力値(アビリティ)が次Lv.へと引き継がれている。勿論、ここに冒険者達の技術である『技と駆け引き』などと言った要素も加わって、初めてその者の実力を表すが。昇格(ランクアップ)毎に上乗せされる能力値(アビリティ)に余白を残したまま、次のステージ(Lv.)へ移行することは、ロキの言う通り勿体ないことであると言えた。

 

「勿論、これはウチやフィン達のワガママや。決めるのはレフィーヤ、自分の好きにしたらええ。どうする?」

 

思考の間を置き、ややあって、レフィーヤは頷く。

 

「もう少し、今のままで頑張ってみます」

 

リヴェリアの後釜として期待されているプレッシャーは確かにある。それでも、純粋にその期待に応えたいと思っている。都市最強魔導士を継ぎ、アイズ達の背中を支えるためには、できることを全てこなしても尚足りないかもしれない。だかこそ、今できる精一杯を。1歩ずつ着実に、憧憬に追いつきたい。

 

「ありがとな、レフィーヤ」

「はい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「またLv.7はお預けか」

 

団員達の【ステイタス】更新がある程度澄んだ後。【ファミリア】内で最後に更新を行った首脳陣の中で、リヴェリアが腕を組みながら呟いた。

 

「ここまで来ると、オッタル(Lv.7)に話を聞いてみたくなるなぁ」

「世界最高のLv.7は未だ2人のまま、だのう.....」

「精進あるのみ、ってことですかね」

 

リヴェリアの他にロキの部屋には苦笑するフィン、溜息をつくガレス、頬を指でかくミナトが残っていた。彼等もみなLv.6を維持だ。中庭でたむろする団員達を窓から見下ろしながら、首脳陣達もこの時ばかりは歯がゆさを浮かばせていた。

 

「.....まあ、フィン達は皆を導く側やしなぁ」

 

チラリと金髪の青年に一瞬何か言いたげな視線を送ったロキは、頭の後ろで手を組んだ。

 

その後、【ヘファイストス・ファミリア】へ讓渡するドロップアイテム、今回かかった費用、ギルドへの報告など、『遠征』の後始末について話を纏め、その場は解散となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ステイタス】更新が終わると、団員達はそのまま街へと繰り出した。

 

小人族(パルゥム)の首領はギルドへの『遠征』終了報告を。冴えないヒューマンの青年や猫人(キャット・ピープル)の少女達はドロップアイテムやダンジョン産鉱物の換金を。ドワーフの大戦士は『遠征』に協力した派閥へ報酬の受け渡しを。王族(ハイエルフ)の魔導士は『魔法石』が破損した杖の修理の依頼を。アマゾネスの姉妹や金色の少女達は医療派閥へ『遠征』前に貰ったアイテムの礼を。

 

そして。

 

「ただいま、エイナ」

「おかえりなさい、ミナト君」

 

金髪の青年とハーフエルフの少女は再開の祝福を。

 

ささやかな一時ではあったが、それぞれが『遠征』から無事帰還したことを実感しながら、束の間の安らぎに身を委ねるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃあ、皆『遠征』お疲れちゃん。乾杯!!」

 

『遠征』の後処理が落ち着いた夕方頃。【ロキ・ファミリア】の団員達は『豊穣の女主人』にて、酒好きの主神先導のもと打ち上げを行っていた。

 

「あ、このお肉美味し〜!」

「.....私も」

「ったく、落ち着きなさいよね.....あ、そこのやつ(料理)おかわりお願い」

「皆さん、す、凄い食べっぷりですね.....」

「これも美味しいよ、食べるかい?」

「あ、頂きます!」

「しまった、ここの勘定まで計算には入れてなかったぞ.....」

「祝いの席くらいはいいじゃないか。いざとなったらロキのヘソクリで何とかするさ」

「しゃーないなー!今日はうちの奢りや!!」

 

両手で豪快に焼かれた骨付き肉を持ち、がぶり、と噛み付くティオナに便乗して小さな口に肉料理を運ぶアイズ。妹を注意しつつどんどん料理を平らげていくティオネ。2人のアマゾネスが繰り広げる大食劇に圧倒されるレフィーヤに、採れたての野菜で彩り良く飾られたサラダを進めるミナト。その光景を横目に大ジョッキをあおるガレスと笑みを浮かべるフィン。既に酔いが回り顔を赤くしたロキからも景気のいい声が上がる。

 

『遠征』帰還を祝う宴会に、周囲にいる客達も注目しており、見目麗しいウェイトレス嬢達は次々と飛び込んでくる注文に目を回していた。

 

「そや、明日は都市の外に行くからなー!」

 

(やぶ)から棒に告げたロキに、彼女の周囲にいた物はみな不審そうな視線を向ける。そんな眷族達を前にロキは顔を赤くしたまま、「休みもかねて懸案旅行や!」とにんまりと笑った。

 

「旅行かー!楽しそうじゃん!」

「真に受けるな、馬鹿ゾネス」

「何だとー!?」

 

ベートの指摘にティオナが怒鳴る中、アイズ達も彼の言う通りロキの言葉を鵜呑(うの)みにはしなかった。気まぐれな女神が突拍子もなく何かを言い出すことは今に始まったことではないが、大抵の場合、何かと振り回されるハメになる。一体、今度は何を企んでいるんだと団員達が身構える中で、ミナトが神意を理解したかのように、笑いながら尋ねた。

 

「それで、どこに行くのかな?」

 

青年の問に口を吊り上げたロキは、端的に告げる。

 

「詳しい話はホームに帰ってするけどな、行先はズバリ、メレンや!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

メレンとは、オラリオから僅か3kmほど離れた場所に位置する港町だ。広大な海路に通じる汽水湖には、数え切れない異国の商船が入港し、連日多くの貿易品を、このメレンに輸送しに来ている。港町なだけあって海鮮品が露店に並び、アイズ達は店の前に出品されている巨体魚に目を輝かせていた。

 

「ほれ、そんなキョロキョロしてないで進むで〜。海が、湖が、ムフフフフ.....理想郷(アヴァロン)が待ってるんや!!」

「何を言ってるんだい......」

 

アイズ達の中でも一際はしゃいで先頭をずいずいと行くロキに、彼女の隣でミナトが溜息を吐く。心底楽しそうに通りを進んでいく主神の背中を見つめながら、一行はメレンまで足を運んだ経緯を。昨晩ロキの口から告げられた内容を思い出していた。

 

ダンジョンのもう一つの出入り口を探す。簡潔に纏めるとこういうことであり、ロキ、ディオニュソス、ヘルメスの三柱が導き出した推測を確かめるためにメレン(港町)までやって来たのだ。食人花と似たような特徴を持ったモンスターの目撃情報も上がってるとのことであり、真偽を確かめる動悸に足りうる材料は十二分に揃っていた。

 

「メレンに行くのは決定やけど、都市を空ける訳にも行かんし、ギルドにも【ファミリア】の半分は残すことを条件にされたし?ちゅーことで、()()()()()()()男組はお留守番なー」

『は?』

「うちとアイズたん達で、ちょっくらメレンにお泊まりしてくるわー」

「どういうことだ!?」

「あ、フィン。一応ディオニュソス達の動向も見張っとって。こそこそ動き回られると面倒やし」

「無視するんじゃねぇぇっっ!?」

 

勝手に話を進めるロキに、怒りを爆発させるベートを他の男性団員達が必死に押さえる中、ミナトと女性団員達はげんなりとし、首脳陣達は深い溜息を吐いた。結局、主神の一存により、女性陣にミナトを加えた泣く子も黙る美少女軍団による、メレン調査が決定されるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何で俺だけこっち(メレン)に.....」

「いいやん別にー。ハーレムやでハーレム!」

 

見目麗しいエルフや可憐なヒューマンに猫人(キャット・ピープル)と、女好きのロキが選び抜いただけあって容姿に優れた女性団員達が周囲の注目を集める中、ただ一人何故か男であるミナトは珍しく億劫さを隠すことなく己の主神の横に並んでいた。既に疲れた様子の青年の肩を叩きながら笑い上げるロキ。そんな2人のやり取りを後ろから眺めていた団員達は、今もイタズラ好きな女神によって(いじ)られるミナトに同情の視線を送った。

 

「あっちやー、みんな行くでー!」

その声に従い船着き場を南下して行く一行。大型の貨物船を複数通り過ぎることしばらく、ロキはようやく目的の神物を見つけ、早速声をかけた。

 

「おーい、ニョルズー!」

「ん?お、ロキか!」

 

ロキの声に振り返ったのは、美丈夫の男神だ。長い茶髪を頭の後ろで纏め、浮かぶ笑顔には人の良さが滲み出ている。身長はミナトを超える高さであり、海の男らしく上着を脱いだ上半身は引き締まっていてたくましい。

 

「昨日ぶりみたいな感じがするけど、会うのなんていつぶりだ?数年、数十年?」

「うちらの尺度だと数年なんてあっという間やからなぁ」

「それで、一体どうしたんだ?こんな大所帯で押し寄せてきて。それに、その担いでる荷物は何なんだ.....」

 

彼の派閥【ニョルズ・ファミリア】の漁師達に囲まれながら、ニョルズはロキが背負うバックパックに怪訝そうに瞳を向けた。そこでロキは、にやり、と不敵に笑う。

 

「実はうちら、調べ物ついでに旅行に来たんや。騎士(ナイト)様もおるし、安心と安全の『息抜き』をしようと思ってな〜」

 

横に控える青年の腕に抱き着きながら言うロキに、ニョルズは「程々にしてやれよ」と苦笑混じりに忠告する。その後、この辺りに詳しいニョルズから、誰も知らないような穴場スポットを聞き出したロキのテンションがうなぎ登りとなり、アイズ達の嫌な予感も最高潮に達しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっごーい!」

「こんな浜もあったのね......」

「綺麗.....」

 

 

ニョルズの情報を元にやって来たのは、湖岸沿いに形成された入り江だ。多くの木々や岩石に囲まれており、知る人ぞ知る、まさに穴場のビーチにアイズ達は驚嘆をあらわにしていた。視界に広がる砂浜にさざ波が静かに音を立てて寄せてくる。幻想的な光景に、アイズや他の団員達も笑みこぼしていた。

 

「ムフフフフ.....さあ皆、これを着るんやー!!」

 

時は満ちたとばかりにロキは変なポーズを決め、雄叫びを放ち、ミナトに預けていたバックパックの中身をアイズ達の眼前にぶちまけた。

 

中から姿をあらわしたのは、他でもない『水着』である。

 

「これが本命だったりするのか......」

 

主神の強制命令によって薄い布に着替えさせられた女性団員達から、やや距離を置いて立ち尽くす金髪の青年はまさか、と。主神の目的が実は目の前で広がる光景(水着)だったのではないかと、鼻息を荒くする駄女神に呆れた視線を送っている。彼自身もロキの命令によって、瞳と同色の短パンに、白いパーカー型の水着を着させられていた。シンプルだが、逆に素材の良さを引き出すことに成功した主神の思惑に、この時ばかりは、ミナトの水着姿を目にした団員達は揃って、親指をビシッと突き上げた。

 

「んほぉーッ!太陽に照りつけられる眩しい肢体、たまらん!ここが楽園だったのかッ!?」

 

オヤジ臭い女神の興奮は絶頂の最中であった。湖を調査すると、もっともらしいことを言って彼女達を言いくるめたが、下心がこれでもかと溢れ出ている。

 

「人数分の水着を、わざわざ持たせるためにミナトを連れて来たのですか.....!」

 

団員達の瑞々しい脚線美を血走った目で凝視しながら、力強く握りこぶしを空に突き上げるロキ。全身から幸福のオーラを発出する己の主神を、長い耳の先端まで赤く染め上げ、ワンピース型の水着を身につけたアリシアが睨みつける。

 

「はっ!?うちの可愛いリヴェリアはどこやーッ!?」

「あそこの岩陰で水着を持ったまま固まってますが.....」

「しゃーない!こうなったらうちがリヴェリアを着替えさせたるー!!」

「やめろ!」

「待ちなさい!」

「リヴェリア様を穢すな!」

 

岩陰に全力で疾走するアホ女神をエルフの団員達が全力で止めにかかった。が、アリシア達の密着する柔肌に満足したのか、ぐへへ、と嫌らしい笑みを漏らすロキは、自分の思い描いた通りの状況になったことにガッツポーズを心中で掲げた。

 

「.....これ、恥ずかしい.....」

 

他の者とは違い、下半身に長いパレオが巻かれたワンピースの水着に激しい抵抗を覚えるアイズは、羞恥心に悶えるように剥き出しの二の腕をさすっていた。

 

「ア、アイズさんの、水着姿.....!?」

「やっぱり綺麗!」

「羨ましいです.....!」

「いいなー」

 

遅れて着替え終えた金髪の少女の存在に、レフィーヤ達も気付く。形のいい双丘や、きめ細やかな肌やほっそりとした足に感嘆の息を漏らし、レフィーヤだけでなく他の団員も好き勝手に言う始末だった。頬の赤みが増すアイズは、普段は余り気にしていない少女達の視線に、無性に俯きたくなった。

 

「アイズさん!良ければ一緒に遊びませんか?」

「.....えっと」

 

先に湖で水浴を楽しんでいたレフィーヤが、楽しげな表情で誘ってくる。金色の瞳が見つめる先では、ティオナが気持ちよさそうに泳いでいる。水深は、そこそこあるようだ。

 

「わ、私は...いいかな.....」

「?」

「何や、まだカナヅチ直っとらんのかー?」

 

そわそわしているアイズに、レフィーヤが不思議そうに首を傾げていると、近づいてきたロキが、ずばり。核心をついてきた。

 

「えっ.....?」

「......」

「もしかして、お、泳げないんですか!?」

「確かに、ダンジョンでも水辺に近寄ってなかったわね」

「水中に落ちそうになっても、何故かミナトが抱っこしたり、『魔法()』で離脱してたもんね.....」

 

ティオネ達からも視線を浴び、声を詰まらせたアイズは、観念したように告白した。

 

「実は.....泳ごうとすると、沈んじゃって.....」

『は?』

 

【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタイン。16歳にして、未だカナヅチの少女。来る日も来る日もダンジョンに明け暮れていた生活を送ってきたせいか知らないが、割と笑えない代償を払っていた。

 

「あまりアイズを困らせないであげて」

「あ、ミナト」

「でも、今の今まで知らなかったし、ねぇ?」

 

これでもかというほど挙動不審になるアイズを見かねたのか、兄心をくすぐられたミナトが彼女のフォローをしに来た。捨て猫を拾いに来た飼い主に縋るように、青年の背後に隠れる金髪の少女。

 

「せっかくだし、泳げるように練習してみようよ!」

「だってさ、アイズ」

「..........うん」

 

自分のために力を貸してくれようとしている仲間にこれまでにない申し訳無さを覚えつつ、アイズはゆっくりと頷いた。差し伸べられたミナトの手を取りつつ、そのまま2人で湖に移動する。水底を後ろ向きに歩くミナトと両手を繋ぎ、横からティオナに支えてもらう。決して水面に顔を付けず、細い両足をばしゃばしゃと動かしながら、懸命に水への抵抗を見せつけた。

 

「力が入りすぎてるよ。そうそう、いい感じ。その調子だ」

「ほ、本当.....?」

「ああ、一回離してみようか?」

「.....う、うん」

「いくよ」

「〜〜〜〜〜っっ!?」

 

覚悟を決めた少女の手をミナトが離した瞬間、階層主に囲まれた兎のようにパニックに陥るアイズ。ぼこぼこっ、と大量の気泡を水面に立ち上らせながら虚しく沈んでいく。混乱する少女は必死に手を伸ばし、ミナトの体に何とかしがみつくことに成功した。憧憬の腰に抱き着き、ぶるぶると震えている。

 

「まだ少し早かったかな.....」

 

涙を滲ませた瞳で上目遣いをしてくるアイズの頭を優しく撫でるミナト。その一方、普段の凛々しい彼女の様子とのギャップに悶えるティオナ達。

 

「可愛い」、「可愛い」、「可愛いですっ」、「可愛いわね」、「アイズたんマジ萌え〜!!」。

 

団員達が声を揃える中、レフィーヤだけはアイズに抱き着かれるミナトを羨ましそうに見つめるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

澄み渡った青空から陽射しが都市を照りつけている。太陽の真下では多くの人々が溢れかえっており、賑やかな騒音を奏でている、そんな中。

 

「ママ〜、お鳥さん達だ〜!!」

「あら本当。良く見つけられたわね」

 

猫人(キャット・ピープル)の親子が見つめる視線の先では、数匹の鳥がオラリオの頭上で羽ばたいていた。目を凝らして見なければ視認できない程上空を飛遊する群れは、静かに世界の中心を見下ろしている。ダンジョン内でない地上で、鳥が飛んでいることなど目新しいことでは無く、見慣れた光景に街行く人達は大して気にもしていない。

 

だが。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

都市を脅かす影は誰にも気付かれることなく、()()()()()()から、エルフやドワーフ、多種多様な種族が互いに笑みを浮かべ合う光景を眺める。金色の長髪に隠された隻眼で何かを探すように視線を張り巡らせ、()()()の入った外套を(なび)かせていた。

 

 




最初はやっぱりお前や!


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再開

こっそりと。


 

 

「ぼぉぼぉばべんばっべー?」

「(水中で聞こえる訳ないじゃない.....)」

 

口から大量の気泡を吐き出すティオナに、姉であるティオネは呆れた視線を送る。南海の海に負けないほど青く澄み渡っている湖の中は、地上には無い独特の静謐さを醸し出していた。彼女達の眼前を度々通り過ぎる美しい小魚、まばらな大きさの岩が密集した箇所には青や緑の海藻が穏やかに揺れている。

 

発展アビリティ『潜水』を会得している女戦士(アマゾネス)の姉妹は、彼女達の主神の命によって辺り一帯の水中を探索している最中であった。道中、怪魚系のモンスターを何匹か倒しつつ更に奥へと潜っていく。水着の形へと落とし込んだ『水精霊の護布(ウンディーネ・クロス)』の恩恵により、地上と何ら遜色ない動きを可能としているティオネ達は、いよいよ目的のものを発見した。

 

「(あれね.....)」

 

今現在潜水しているロログ湖の最深部付近。彼女達の視界に映り込んできたのは、半径10メートルは優に超える巨大な『蓋』であった。白に染まる大蓋の中には漆黒の巨骨が存在した。竜を連想させる鋭い頭蓋に長大な背骨など、ところどころ部位の欠損した骨が生前の持ち主の偉大さを物語っている。

 

海の覇王(リヴァイアサン)

 

かつて古代の時代より地上に進出した怪物の王。その一柱である彼の海竜は、『隻眼の竜』、『陸の王者(ベヒーモス)』と並ぶ『三大冒険者依頼(クエスト)』の対象の一つであった。15年前、当時世界最強であったゼウスとヘラ、両派閥の同盟連合によって討伐は成し遂げられている。死して尚、王者の波動を放ち続けるドロップアイテム(海王の骨)は、他のモンスターを寄せ付けないために利用されており、水中の平穏を保つための封印となっているのだ。

 

「(モンスターはこの蓋に近づけないんだし、他のところを調べた方が良くない?)」

「(嫌よ、こんなデカい湖を手当り次第調べるなんて.....)」

 

腕をブンブン振るティオナと、面倒くさそうな目を向けるティオネ。視線をぶつけて互いの意見を交わしつつ、手がかりを探るよう辺りをぐるっと見渡した、その時。

 

「(!!)」

 

ティオナの双眸が鋭く凄められる。彼女の視界の遥か奥、水中で長駆を揺らめかせる2つの極彩色が映りこんだ。

 

「(ティオネ!)」

「(食人花に間違いないわね!)」

 

モンスターが泳いでいる場所は水面から大して離れていない。2頭のすぐ頭上で進行している複数の漁船も視認できたため、ティオナとティオネは水を蹴りつけるようにモンスター達へ肉薄した。

 

『!?』

 

弾丸となって接近してくる少女達の存在に気づいた食人花は、閉じていた蕾を勢い良く開花させ、獰猛な牙を迫り来る女戦士(アマゾネス)へと向ける。

 

ぼんぼぉびびぶぼぉばべー(本当にいるとわねー)

 

殺到する鞭打を難なく避け、ティオナは装備した水中用の片手剣を閃かせた。

 

『!!』

「ッッ!!」

 

触手を解体され硬直する敵の懐へとすかさずティオネが潜り込み、同じく装備した水中剣を弱点である魔石へと叩き込む。

 

『ーーーーーアァッ!?』

 

核を破壊されたモンスターの一体が息絶えた。彼女達との戦力差に恐れをなしたか、残った食人花が脱兎の如く逃走を図る。やや甘くなった二激目の剣閃により深手は負ったものの、何とか生き延びたモンスターの逃げる水面の先には、新たな漁船が湖峡から入ってくるところであった。

 

「(やばいっ!?)」

 

新路上に現れた巨船に、負わされた傷の怒りをぶつけるかのごとく触手を射出する食人花。

 

 

 

 

 

 

 

「ロキ!」

「やれやれ.....」

 

誰よりも早く気づいた2人の声が重なる。陸上に残っていた【ロキ・ファミリア】の面々もその水上の異変を目撃した。

 

巨船には水面から伸びた黄緑色の職種が絡み付いている。ロキに救助の許可を求めるアイズに対し、ミナトは二つ名に違わぬ迅速な判断で、食人花に襲撃されているガレオン船へと疾走した。

 

「さっさと大人しくしてもらうよ、っと」

 

()()()()()()()()右の(てのひら)に『螺旋丸』を形成し、船に気を取られ、がら空きとなっている食人花の(魔石)に叩けつけようとした、その瞬間。

 

『オオオオオォォッッ!?』

 

ガレオン船から飛び出した一つの影が、金髪の青年とほぼ同じタイミングで食人花の頭を斬り飛ばした。

 

「!?」

『なっ!?』

 

咄嗟に斬撃の軌道から離脱したミナトを他所に、宙を舞い湖面にドボンッ、と大きな水飛沫を上げながら落下するモンスターの頭部。核を失ったことで、船体に絡みついていた触手は崩れるように離れ、食人花の長駆と一緒に水中へ沈んだ。その光景に思わずレフィーヤ達は固まってしまう。

 

「どゆことっ!?」

「ミナトじゃないの!?」

 

勢いよく水面から顔を出したアマゾネスの姉妹もまた、唖然としながら声を上げた。上級冒険者でも手こずるモンスターが瞬殺された事実に驚愕しつつ、ティオナ達は目の前に浮かぶ異邦のガレオン船を見上げる。

 

そこで、こつん、と。

 

モンスターを倒した主が、装備した曲刀(シミター)の剣身を鈍く光らせ、空中から付近の漁船に着地した。

 

「リャガル・ジータ....ヒュリテ」

 

オラリオで主に使われてるものとは違う言語に、真っ先にティオネが反応する。声の方角へと目を見開きながら振り返ると、船頭の部分に一人の女が立っていた。呆然とする漁師達の視線を一身に受ける露出の激しい衣装、瑞々しい褐色の肌。揺れる砂色の髪に加え、口元を隠している黒い布幕が彼女の異彩さを際立たせていた。

 

「バーチェ.....」

 

信じられないものを見たかのように、姉と同じく瞠目するティオナ。姉妹揃って唖然とする中、追い打ちをかけるように、船上から声が放たれた。

 

「随分と懐かしい顔がおる」

 

幼くもどこか熟達したその声音に、ティオナ達は今度こそ言葉を失った。ゆっくりと顔を上げ視線を巡らせれば、ガレオン船から見下ろしているのは数多の女戦士(アマゾネス)と、一柱の幼神だった。風に揺られる鮮血の赤髪に、自身の眷属と同じ褐色の肌。骨を繋ぎ合わせた悪趣味な首飾りと、同じく骨で形成された仮面。更に神の中でも一際小柄な背丈は、彼女の身につけている装飾品と相まって異質さを放っている。幼神の側には、先の女と同じ砂色の髪をなびかせる女戦士(アマゾネス)が立っていた。

 

ミナト達が見守る中、顔色を激変させたティオネが薄気味悪い笑みを浮かべる女神に向かって、彼女の名を呟いた。

 

「カーリー.....!」

 

程よく入港してきたガレオン船の甲板より、幼い女神を先頭にぞろぞろと降り立ってくるアマゾネス達。異邦の一団に多くの者が注目する中、ティオネは間を置かずに彼女達の元へと駆け寄った。

 

「カーリー!!」

 

右側にはティオナが並走しており、ただならぬ2人の雰囲気に当てられた野次馬達は割れるように道を譲った。水着から普段着へと着替え終えたアイズ達が到着する頃には、ティオネ達、正確にはティオネと異邦の女戦士(アマゾネス)達は今にも一戦始めるかのような剣呑さを発していた。

 

「何しにここ(メレン)へ来た!?」

「久しぶりだというのに、開口一番がそれか?」

 

やれやれと肩を竦めるカーリーに怒声を浴びせるティオネ。神らしく掴みどころがなく、飄々(ひょうひょう)とした様子のままカーリーは眷族であるアマゾネスの一人に、街の役人に入港の手続きをするよう指示を飛ばす。既に準備は整っていたようで、入港証をチラつかせている。

 

「観光って訳じゃないんでしょ.....!!」

「いやいや、あながち間違っとらんぞ」

 

口元を釣り上げるカーリーは、心底面白そうに目の前の少女を見つめている。仮面の奥から除く眼光に再度睨み返すティオネは、一切ろくな回答をよこさない女神に対し怪訝な表情を隠しきれていない。

 

「.....」

 

その一方で、ミナトは集団の中でもカーリーの両脇に控える2人の人物を注意深く観察していた。同じ砂色の髪と、似たような風貌から姉妹と思われしきアマゾネス。つい先程、食人花を瞬殺した彼女、バーチェと呼ばれていた方を見やる。

 

「(あの動きから推測するに、彼女はLv.6か.....)」

 

ダンジョンという絶好の経験値(エクセリア)稼ぎ場所があるオラリオの都市外において、Lv.6という高ステイタスはかなり珍しい。モンスターの性能が著しく低下する都市の外側では、Lv.2へ器を昇華させることすら難しい。にも関わらず、食人花のモンスターを一振りで屠った彼女(バーチェ)は異常だと言えた。隙のない佇まいや、()()()()()()()()()()()ミナトだからこそ感じ取れるバーチェの研ぎ澄まされた雰囲気が、確かに彼女を実力者であることを証明していた。

 

もう1人、カーリーの左側で腕を組みながら主神とティオネのやり取りを傍観しているアマゾネス。彼女もバーチェと同じか、それ以上の雰囲気を醸し出している。

 

「!」

 

自分を観察する視線に気づいたのか、砂色の女性はミナトの方へと顔を向け、僅かばかり微笑んだ。バーチェとは違い口元の動きがわかる分、彼女の浮かべる笑みの意味を理解してしまう。

 

すなわち。

 

「(俺は()()って訳か.....)」

 

良くも悪くも、己の(さが)に正直な女戦士(アマゾネス)らしい砂色の女性に、遠慮させて貰います、とミナトは苦笑で返した。流石に初対面の相手と拳を交える気にはならないし、そもそも戦闘自体好きな訳ではない。何より、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。何事にもオープン過ぎる彼女達の性分がどれ程厄介なものなのかは、嫌というくらい身に染みている。オラリオの中でも外でも、彼女達に迫られたらたまったものではない。

 

眼前では、何やらギャーギャーと爆発するロキと、彼女を軽く躱すカーリーの2人を両派閥の部下達が止めに入ってる。ミナト達と同じくロキもカーリーとは初対面らしく、挨拶がわりに皮肉をぶつけてやったら見事カウンターを喰らってしまったようだ。

 

「ほら、ロキ。人前で騒ぐのは止めなよ」

「でもなぁ、このチビジャリが舐めた口を利くんや.....っ!!」

「ふんっ。ちょっとコンプレックス(胸の小ささ)を指摘されて吠えるとは。器の程度が知れるわい」

「んだぁとゴラァァアアッ!?」

 

再び怒り爆発するロキに「面倒臭いから静かにしててよ!」「お、落ち着いてください!」と今度はアキやレフィーヤ達が止めにかかる。数人の眷属達によって抑え込まれながらも騒ぎ散らすロキを華麗に無視し、カーリーは金髪の青年の足元まで近づき、その顔を見上げた。

 

「こ、こんにちは?」

 

見上げるだけで何も言葉を発しない女神に、やや困惑した様子で口を開くミナト。このような幼い見た目でも神は神。それ相応の敬意を払う必要がある。少し詰まりながらも挨拶をしてくる青年に、彼の女神はニヤリ、と相貌を崩した。

 

「そう固くなるでない。(わらわ)とそなたは似たような立場であろう?」

「えっ.....と?」

 

カーリーの台詞に困惑をより深めるミナト。彼女の言っている意味が分からず、思いがけず間抜けな声を零してしまう。

 

「妾は『国』、そなたは『里』。これで十分か?」

「っ!?」

「ほう。()()()が言っていた通り、中々に頭が回るようじゃの」

 

カッカッカッ、と愉快そうに笑い声を上げる幼神に反して、彼女の神意を理解した青年の胸中は穏やかではなかった。いくらオラリオ外の土地を根城にしているかと言って、明らかに極東に縁の無い彼女達が知る由もない筈。カーリーの口振りからして誰かしら『木の葉』を知る者が、彼女の知己にいるのかもしれない。

 

「.....一体、どのような方からお聞きになったので?」

「実は、妾は何度か『木の葉』に行ったことがあってな。そこで蛞蝓(ナメクジ)娘と偶然出会ってのー。ヤツとは妙に馬が合っただけのことよ」

「!」

「随分と昔のことじゃが、初めて行ったのは()()の小僧がまだ現役だったころだった」

「まさか.....」

「あやつは確か『二代目』じゃったか?」

 

見ず知らずの女神の口から、ありえない名が飛び出した。『木の葉』、『千手』、『二代目』。これらの単語が指す人物は一人しかいない。

 

千手扉間。

 

かつて極東の戦国時代において。徹底的な容赦のなさ、超効率重視かつ合理的な魔法、何より、ミナトが得意とする『飛雷神』を人類で初めてその身に宿し、その名を極東中に轟かせた豪傑。『木ノ葉隠れの里』を治める立場、『火影』に二番目に就任した男でもあり、ミナトが産まれた頃には既に故人となっていたが、その伝説は今尚語り継がれている。()を養成する学所を考案したのも千手扉間であり、現在に至る『木の葉』の大元を作り上げたのは、他ならない彼である。

 

もう一つ、()()()()()()()()を指す単語が聞こえたが、敢えてここは無視する。触らぬ神ならぬ、蛞蝓に(たた)りなし、ということだ。

 

「まさか二代目様と交流があったとは.....」

「ま、たまたまじゃったがの〜」

「何今度はうちのかわいいミナトにちょっかい出してんねんっ!?」

 

三度激昴するロキを、三度スルーするカーリー。彼女は依然睨み付けてくるのを止めないティオネを再び見た。

 

「妾達はしばらくこの街(メレン)で過ごす。また会おうぞ」

「ふざけんなっ!」

「随分と嫌われたものじゃ。......そんなに妾達が憎いか?」

「二度と会いたくなかったわよ.....」

 

カーリーも含め、彼女の後ろ控えるアマゾネス達に向かって吐き捨てるように言う。

 

「妾は会いたくて仕方なかったぞ」

「どーだか.....」

 

ミナト達に背を向け、カーリーはアマゾネス達を引き連れて去っていく。立ち尽くすティオネを見て、レフィーヤが恐る恐るロキにティオネとティオナ、2人と先程の幼神との関係を尋ねるが、場所を移してから、と言う主神(ロキ)の神意に従うことになった。

 

「薄々気づいているとは思うけど、」

 

ややあって、宿に辿り着き、広間にティオネ達以外の団員を集めたロキは口を開き始める。

 

「カーリーのとこはティオネ達が所属しておった、ティオネ達の最初のファミリア(家族)や」

 

目を見張るアイズ達を他所に、ロキは【カーリー・ファミリア】について説明を始めた。

 

【カーリー・ファミリア】は『テルスキュラ』という国を拠点とし、そこに君臨する女神の派閥だ。オラリオから遥か遠く離れた東南に位置する島国で、男子禁制の土地でもある。男子達が『テルスキュラ』に足を踏み入れる時は、種の繁殖を求められる時か奴隷として扱われる時だけである。【カーリー・ファミリア】の最大の特徴は、()()()()()()()()()()()()()()()という点だろう。同じような戦闘力の2人を、一体一で戦わせる。勝者は新たな領域へと手を伸ばし、敗者は命を落とす。【ロキ・ファミリア】では絶対にありえない風習だが、この『儀式』によって【カーリー・ファミリア】は、都市外の【ファミリア】にも関わらず強力な戦力を保有している。

 

強き者こそが美しい。

 

彼の国において女に求められるのは容姿や性格などではなく、『強さ』のみ。

 

「っ.....!」

 

ロキから告げられた内容に、レフィーヤ達は衝撃を受けた。普段あれほど陽気にふるまっているティオナと、小人族(パルゥム)の少年に愛を示し続けているティオネに、そのような血生臭い過去があるとは思ってもみなかった。

 

「(知らなかった.....)」

 

ティオナ達と普段から行動を共にすることの多いアイズも、そのような話しは知らなかった。当時は今以上に強くなることにしか興味がなく、ティオナ達の入団など気に求めていたかった。彼女達と仲を深め始めるのは、話し下手なアイズに対して何度もめげずに話しかけに行くティオナと、剣以外にも意識を向けるように促したミナトの奮闘による影響であった。

 

「.....」

 

窓の外に意識を向ければ、ティオナとティオネが少し離れた場所で言葉を交わしている。

 

「何しに来たのよ、カーリー達.....」

 

宿の中に戻ろうと提案する妹を他所に、ティオネはバルコニーからメレンの街並みを見下ろす。

 

戦闘を好む【カーリー・ファミリア】が何の目的も無しに、テルスキュラから遠く離れたこの街にわさわざ来る筈がない。かつて自分達がさせられてきたこと(儀式)を考えれば当然の疑念だった。

 

「あたし達にもやることがあるんだし、今はカーリー達を意識する余裕なんてないよ」

「そうやって楽観的になってるから痛い目に会うのよ!!」

「別になってないし!ティオネ、言ってることおかしいよ!!」

「へらへらしてるあんたが気に食わないのよ!」

「意味わかんないよ!」

 

バルコニーで突如始まった激しい言い合いに、室内にいたレフィーヤ達もぎょっとした。仲裁に入ろうとする彼女達を待たず、ティオネは勢いよくティオナに背を向けてバルコニーを後にする。近くまで来ていたアイズ達の脇を通り、机に頬杖をつくロキと眉間に皺を寄せるリヴェリアから視線を向けられながら、広間の入口に近づく。

 

「.....どいて」

 

扉を開けた先には彼女を待ち構えるように、ミナトが腕を組みながら背を壁にもたれかけていた。別段道を塞いでる訳ではないが、何か言いたげそうな様子の青年に、苛立ちを見せるティオネ。

 

「まだ、」

「.....」

 

怒りではなく、何かに怯えるように拳を握りしめる少女に、金髪の青年は問いを投げかける。

 

「君はまだ、()()を背負っているんだね」

「........うるさい」

 

心の内を見透かした碧眼が、未だ迷えるティオネへと突き刺さる。何も言い返せず、目を合わせることすらできず、少女は俯いたまま廊下を通り過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ティオナ.....」

 

喧嘩別れをしてしまった姉妹に、一瞬だけ迷ったアイズは、暗く黙り込むティオナに声をかけた。

 

「カーリー様のところにいたって、本当.....?」

「うん」

 

あっさりと答えるティオナ。他の団員ともども、金髪の少女は息を呑んでしまった。

 

「.....」

「ごめん。あたしだけが、あたし達のことを話していいか、わかんないや.....」

 

かける言葉を探しているアイズに、ティオナは視線を床へと落としてから、無数の星々が煌めく夜空を見上げ「でも」と続ける。

 

「ティオネには、もう1回カーリー達と会って欲しくなかったな」

 

どこか遠い眼差しで呟かれた言葉は、酷くその場に響き渡った。

 



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閑話休題 蛞蝓姫と蝦蟇仙人

オラトリアの新刊を読んで久しぶりにモチベが上がりましたので軽いお話を。




今でも夢に見ることがある。

 

 

満点の青空。風に揺れる木々。()を一望できる程の視界のいい大きな練習場。

 

小さな子供から大人まで老若男女問わず自身の力を向上させ、そして身に付けたモノを試す場所において今日も平和な声が響き渡っていた。

 

 

「こぉんのエロ助がぁぁ!!」

 

「ぶべらっ!?」

 

 

平和な声が響き渡っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今年で8歳になる少年ナミカゼ・ミナト。

 

「ははは....」

 

 

彼は今まさに彼自身の師が黄金色の髪を背中あたりで結んだ妙齢の女性の拳によって地面に叩きつけられている場面を目撃しているところであった。

 

 

「まったく、ちょーっとばかし女湯を遠くから覗いていただけで大袈裟なものだのぅ」

 

 

特徴的な長い白髪を揺らしながらゆっくりと立ち上がる少年の師、自来也(・・・)は己の行動に対して反省をしている素振りを一切含まない様子でボヤく。

 

自来也はその性格と言動から、彼のことを良く知っている者からは今回のような仕打ちを受ける機会がかなり多い。

 

暇さえあれば欲を満たすために身に付けた隠形術を駆使して今回のように女湯を覗いたり、酒の席では後先考えず金を使っては自分の好みの女を侍らして豪遊したり、挙句の果てには少し考えれば分かるようなハニートラップに簡単に引っかかったりする。

 

そんなどうしようも無いエロおやじである自来也だが、その実力は折り紙付きで彼自身の能力も目を見張るものがあるが、ミナトのような才に溢れる少年少女達に対する指導力は身近な者達からは評価されている。

 

 

「お主も大きくなったらワシのように素直さを忘れん大人になるんだぞ?」

 

 

「先生....」

 

 

実力はある。

 

だが、その言動は10歳にも満たない幼い少年からしても決して褒められたものではないことが分かるため何とも言えない気持ちになってしまうのは仕方の無いことだろう。

 

少年自身も今のようなやり取り(お仕置される師)を何度も目撃してきたため、慣れた光景ではあるが尊敬している人物が知人によって折檻される光景を目にした後に少年の将来に暗雲をかけるような発言は如何なものかと感じさせるだけの謎の説得力がある。

 

 

「馬鹿なことを言ってないでさっさと修行を付けてあげな!」

 

 

「!」

 

 

まさに鶴の一声とはこのような発言なのかもしれない。

 

今しがた自来也を沈めた拳を振り上げる素振りを見せる美女。彼女は自来也と同じ世代を生きる人物であり、かつては自来也と他1人を含めた三人一組(スリーマンセル)で数々の功績を残してきた。

 

そんな彼女の名は「千手綱手」。

 

その血筋と優れた容姿から『綱手姫』と敬称されることの多い綱手は昔から自来也の暴走を力づくで止める役割を担っていたが、最近ではそれぞれが弟子を持つ立場となり一緒に行動する機会も減っている。

 

しかし今日のように顔を合わせる機会は何かとあるため、その交友関係は良好なまま保ち続けていることが見てわかる。

 

 

「先生。今日は影分身(・・・)について教えて頂けるんですよね?」

 

「むふふふ...良いかミナトよ。【影分身の術】とは通常の分身とは違い実態(・・)を持つもう1人の自分を生み出す高等忍術のことを指す!!」

 

 

「先日もそのように仰っていたことを覚えています」

 

 

【影分身の術】

 

今は亡き二代目火影が編み出した高等忍術。

 

もう1人の自分自身を作り出すことで戦闘、索敵、斥候など術者に多岐にわたる選択肢を与える忍術である。通常の分身とは違い術を解いた後には影分身が経験したことが術者本人に還元されるこの術の主な用途としては、本来は行けないような危険度の高い場所に作り出した影分身を送り込み情報収集をさせることを目的とされている。

 

もちろん戦闘時に用いれば数的有利な状況を作り出すことも可能であり、あらゆる場面で用いられる。

 

 

「ただし、この術は通常の分身の術に比べて多くの精神力(マインド)を消費するため使う場面を見極める必要があるから気をつけるようにのぅ」

 

 

『影分身』を作り出す際には術者本人の精神力(マインド)を分割する必要があるため、当然必要とされる精神力(マインド)も多い。

 

通常の分身と比べて遥かに優れている反面、リスクもある。

 

 

「私らでも影分身は滅多に使わないからねぇ。ミナトも気をつけな」

 

「(こくり)」

 

「それじゃあさっそく試してみるかのぉ!!」

 

 

便利すぎる裏にあるリスクを理解した少年を見て満足した自来也は指で十字を結ぶように印を結び、見せつけるように声を高々に張り上げた。

 

 

「【影分身の術】!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか一発で成功するとはのぅ....」

 

「まったく、毎度毎度あの子の才能には驚かされる」

 

 

場面は代わり里の街並みにひっそりと構える居酒屋の中で自来也と綱手は、先程の修行の場面を思い出すように酒を嗜みながら呆れるようにボヤく。

 

自来也が見本を見せた直後に淀みの無い動作で印を結んだミナトは自身と何ら違いのない分身を生み出した。

 

通常の【分身の術】とは求められる難易度が別格である【影分身の術】は一定水準に達した者でも扱うことが難しい術でもある。

 

修行を付ける度にメキメキと成果を見せ成長していくミナトは傍から見れば誰もが才能に溢れていると賞賛するほどである。もちろん自来也自身も出来のいい弟子が可愛くて仕方無いのだが、今回は弟子の手こずる様子が見たいという打算もあって【影分身の術】を教えたのだが、結果は弟子に師が才能を見せつけられるという普段と何ら代わり映えの無い時間を過ごすことになった。

 

 

「ミナトには才能に溺れず、ひたむきに修行に取り組める精神力がある。このまま順当に成長すれば10年後にはワシらに届きうるかもしれん」

 

 

誰よりも近くで見てきたからこそミナトの中に眠る可能性を理解している。

 

自来也と綱手は里の中でも有数の実力者。彼らの力は世界の中心でもある『迷宮都市オラリオ』の第1級冒険者達をも凌ぐ。

 

そんな彼らだからこそミナトの持つ才能を正しく理解することができ、正しく導くこともできる。

 

 

「『口寄せ』も教えてもいいかもねぇ。お前(自来也)はまだ早いと言うかも知れないが、あの子には『時空間忍術』の適性がある」

 

「いつの間に調べていたのかは聞かないでおくが、それは本当なのか...?」

 

 

綱手は以前に肉体活性の修行をミナトに付けたついでに彼の術に対する適性を調べていた。

 

どの術が肉体に適しているのかを調べることは今後修行の方針にも関わると判断した彼女は、ミナトの師である自来也に黙ったまま勝手に調べた。ミナトには『時空間忍術』の高い適性があると分かった際には表情こそ崩さなかったが内心ではかなり驚いており、その聡明さと才能からかつての『二代目火影』を想起させられたのだった。

 

 

「大叔父様のように【飛雷神の術】を使えるようになるかもねぇ」

 

「ありえるかもしれんのぅ」

 

 

ミナトが持つ才能は留まることを知らず常にその存在感を放ち続けている。

 

のちに『時空間忍術』の最高峰とされる【飛雷神の術】を今日【影分身の術】を見事身に付けた少年が遠い異国の地で存分に活用し、その戦闘スタイルに合わせた二つ名を付けられるのだが、まだそれは先の話。

 

木ノ葉が舞い続ける里において2人の傑物はひとりの少年の話に花を咲かせながら酒の場を楽しむのであった。




お久しぶりです。

マイペースに書いて行きますが、頻度などはあまり期待しないでください。

新刊を読んで一時的にモチベが上がっただけですので、、、笑

P.S.皆様誤字脱字報告ありがとうございます。


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