冴えない棋士は弟子を貰う様です (C.C.サバシア)
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第一話『プロローグ プロの最下層』

(将棋知識は)無いです
でも色々調べながら書きます

あと後書きにフリークラス云々をまとめておきます


 別に俺にあの二人程の実力があるなんて思ってなかった。

 ただ二人といるのが心地良くて、二人が厳しい世界に身を置いているのを知っていて、才能も無いのに二人をいつまでも追いかけていた。

 

 無意味だと分かりながらも、ひたすらに。

 

 

 

 

「これで良いかなっと……参りました」

 

「ありがとうございました」

 

「ありがとうございましたぁ」

 

 ふぅ、と息を付き立ち上がる。

 一仕事終えた感のある出で立ち……まあ本当に仕事なんだが、にしてはまだまだスーツに着られてる雰囲気の俺は鍬中 駿(クワナカ シュン)19歳、一応将棋のプロ棋士なんてものをやっている。

 段位は四段……将棋のプロ棋士は四段からなので一番の下っ端だ。

 

 因みに今しがた負けてきた。完敗である。

 まあ今年四段へ新入段したから負けて当然と言ったらそうだが……これで通算1勝6敗である。

 

「外が気持ちいいわ。ま、指すだけで金が入るんだから俺は良いけど……」

 

 そうそう、俺には二人の親友がいる。

 

 神鍋歩夢と九頭竜八一だ。

 二人とも将棋界に知らぬ者は無しと言わぬばかりの新進気鋭の若き天才棋士であり、神鍋は六段、九頭竜に至っては竜王のタイトルを二期手に入れて九段である。

 チビの頃から二人といるのが楽しかった俺は、二人に引き離されるのが嫌で将棋を始めて、今に至る。

 今も大体は二人に少しでもいいから追い付きたい一心でやっている。

 

 しかし周りはそれを良しとはしなかった、そして俺に実力も無かった。

 最初は周りもみんな持ちあげてきた、二人相手に指しているからだ。ただそれだけだ。

 才のある二人に比べ俺は格段に劣っていた。

 なのに

 小学生名人戦は神鍋が全国ベスト4、九頭竜がその神鍋を下した上で優勝……俺は県予選三回戦敗退だった。

 それを見た周りは『二人に釣り合わない』『才能が無い』『やるだけ無駄』と言い出した。

 親までもが俺の全てを否定して来た。いや、アイツらに至っては元から俺が嫌いだったんだろう……結果を伝えた数週間後には多忙を理由に施設送りにされた。

 

 悲しかった。

 周りが勝手に失望していった事よりも、親が捨てた事よりも、二人ともう会えないんじゃないかという絶望感からだった――

 

 

 

 

 

 一つ、奇妙な話をしようか。

 俺は『転生』というものを経験している。

 一度別の世界で死に、生まれ変わった……信じるか信じないかはどうだって良いし誰にも話しちゃいないが、前生きていた世界では『九頭竜八一』や『神鍋歩夢』が創作世界の人物達だった。

 

 つまりはラノベやアニメの世界に転生!みたいな展開だ。

 憧れるだろ。

 でも俺の前の人生も、死に様も、クソも近付かない様なもんだった。

 両親からも、学校の同級生や上級生から暴力を受ける毎日。隠蔽する学校。

 そしてある日屋上でいつもの様に殴られていると、古くなっていたのか背にしていた鉄格子が外れ俺は落下。

 

 呆気なく死んだ。

 死んだという感覚すら感じないままに死んでいた。

 きっと死体はグチャグチャだろうが、唯一のラッキーは殴ってた奴ら諸共落ちてくれた事か。

 何ともざまぁ無い話だ。

 

 まあ、そんな人生の拠り所になっていたのがアニメや読書だった訳だ。

 色んなジャンルの本を読み、アニメを見。その時間だけは苦痛を忘れる事が出来た。

 今の親友二人が出ている作品……『りゅうおうのおしごと!』は中でも気に入っていた一つだ。

 天才的な将棋脳を持つ16歳の少年『九頭竜八一』が将棋界の頂点たるタイトルの一つ、竜王として、年相応の男子として、両方の面で描かれている見応えある作品。

 その最大のライバルとして登場するのが『神鍋歩夢』だ。

 

 そんな世界に入れたのだ。

 最初は嬉しかったのには違いなかった。

 

 

 

 

 

 話を戻そう。やはり人間というのはどの世界も共通してクソみたいな生き物が大半なのだと実感しつつも、施設に入れられながらも、どうしても二人とまだ将棋を指したいと願ってしまっていた。

 初めて二人に会った時こそ抱いた『憧れのアニメキャラ!』みたいな感情ではなく『俺を見てくれるのは二人だけなんだ』という、ある種俺の世界には二人しか存在しない様な、とにかく二人といれば苦しみも痛みも無かったのが狂おしいほどに心地良かったから。

 二人が弱い俺でも楽しそうに指してくれて、ゲームや雑談も沢山してくれたから。

 下らない事を言い合って、笑い合ってくれたから。

 

 だから才能が無くても将棋をやる事に意味があるのだと自分に言い聞かせ、打開策を考えた。

 

 

 策は案外にも近場に転がっていた。

 隔離され一年、施設の子どもに無料で将棋を教えに、プロ棋士が来ると風の噂で知った。

 何でも順位戦、つまり名人戦の五つあるリーグ戦の中でも優勝すれば即挑戦権を得られる位置にあるA級にこの年昇格し来年から身を投じるという31歳のエリートらしく、このチャンスは逃せまいと無い頭を振り絞りその棋士が来るや否や叫んでいた。

 

『俺をアンタの養子にしてくれ!』

 

 その棋士は数瞬とても驚いていたが、顎に手をやったと思うと手を叩き

 

『じゃあ対局しよう!』

 

 と、次の瞬間には目を光らせていた。

 

 

 結果から言えば、今俺がこうしてヘボ指しながらも辛うじてプロ棋士を名乗れている事から察してはいるだろう。

 一局指し終わったかと思えば全体での指導後に『また君に会いに来よう』なんて言い数日後にはそいつこそが俺の養父になっていた。

 

『素直で貪欲な将棋が気に入った』

 

 それが決め手だったらしい。

 

 

 

 

 

 その後は再会した二人の前でわんわん大泣きし三人揃って泣いたり、その後も二人には全然追いつけないものの奨励会入りし、歩夢のプロ入りを見送り、八一のプロ入りを見送り。

 俺は四段、つまりプロに上がる為のリーグ『三段リーグ』で歩夢、八一と共にいた間を含む数年間不甲斐ない成績を残していた。

 降格一歩手前の成績もあったが踏ん張り、チャンスを待ち18になる頃ようやくチャンスが舞い込んで来た。

 

 半年で1シーズンの三段リーグに在籍し6シーズン目に、レーティング最下位ながらも12勝6敗とそれまで最高7勝11敗と負け越しながらの残留だったのが初めて貯金が出来、結果順位は三位でフィニッシュした。

 二位までが無条件昇段が出来る中、三位は次点と呼ばれ二連続で取れれば順位戦に参加出来ない最下級クラス『フリークラス』ではあるが四段になれる。

 

 負けっぱなしだった自分が上がるにはここしか無い、そう思った7シーズン目死に物狂いで指した俺は奇しくも同じレーティング最下位で同じ12勝を挙げ、2シーズン連続次点を手に入れた。

 一人でも俺と同じ数字以上がいたらレート上位優先で泡に消えていたこれを掻い潜れたのは奇跡に等しい。

 

 これでまたアイツらと同じステージに立てるんだと、歓喜し涙したのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

「……あの頃の熱意が無い……訳じゃないはずだけどな」

 

 これで公式戦は連敗……一勝を挟みその前に四連敗している。

 三段リーグの勢いそのままにプロでも勝っていこう……なんて思っていたガッツは消え失せていた。

 

「そもそもフリークラスからC級2組に上がれる奴なんてそうそういないし仕方ないけどさ」

 

 フリークラスでプロ入りした棋士、又は順位戦最下級リーグ『C級2組』から降格した棋士が復帰するのは相当な地獄だ。

 しかも十年以内に昇格出来なければ強制引退付きだ。

 

 それでもプロ棋士である事には変わりない……んだが、親友の片やが竜王挑戦者三番勝負にコマを進め全体的な成績は若手一番とまで言われている神鍋歩夢六段、もう片やはその歩夢を下した最強棋士から竜王を防衛、通算タイトル二期で史上最年少、最速で九段になった竜王保持者……相変わらず差を感じずにはいられない。

 

「でも前世と比べたらあの人に拾われてからはめちゃくちゃ充実してるし、金も入るし、楽しいけどさ」

 

 何なら三段リーグ入りした時点で大半の非難していた人間も黙らせてプロ入りした時には『元両親』がヨリを戻そうとしてきたが師匠と共に突っぱねてやった。

 だから人生逆転したにはした、んだがなあ。

 

 このままパッとしない最下層で燻ぶるだけの人生も何か嫌だなあ……と考えているとスマホから着信が来た。

 

「師匠か」

 

 丁度思い返していた師匠から着信が入る。

 因みに今師匠は関東に住んでいるが俺は関西所属の棋士なので電話でのやり取り自体は珍しくない。

 

「やあ我が息子よ、今日はどうだった?」

 

「山刀伐師匠ですか……はぁ……惨敗ですよ。良い様にやられました」

 

「なるほどねぇ、やっぱり我が息子にも初体験は必要だよねぇ……」

 

 師匠が不穏な言葉を呟いているがこれも日常茶飯事だ。

 俺の師匠、山刀伐尽八段、といったら折り紙付きの実力の持ち主ではあるが変人としてもある意味有名だ。あっちの意味で両刀という噂もあるが嘘だと信じたい。

 何なら八一を狙ってるとも噂だが流石に嘘だと信じたい。

 そして何を初体験するかによっては俺は着拒をしなくてはならなくなるんですが大丈夫ですよね師匠?

 さっきまで重たい話振り返ってたのに落差おかしいって……

 

 

「……一応聞きますが何をさせる気で?」

 

「haha☆それはね――」

 

 

「…………は?」

 

 

 

 

 そして師匠の口からは、自分の予想を遥かに越える想定外が待ち受けていたのだった。




☆フリークラス
 アマチュアだと三段リーグで次点を連続して取得する、又は非奨励会員のプロ編入試験合格者が得る事が出来る、主人公鍬中駿の現立ち位置
 名人戦予選であるプロの通常対局とも呼ばれる順位戦には参加出来ないがアマチュアからプロと認められた事になり、これを『フリークラス編入』と呼ぶ

 他にも指導や公務を優先する為に『宣言』したりC2の成績下位二割に付けられる『降級点』を三回取ると降格する
 前者の『宣言』は施行した場合順位戦復帰は不可能となる
 フリークラス編入と降級編入の場合復帰は出来るが条件は

1.年間(4月から翌年3月まで)に「参加棋戦数+8」勝以上、かつ勝率6割以上

2.良いところ取りで、連続30局以上の勝率が6割5分以上(年度をまたいでも有効)

3.年間対局数が「(参加棋戦数+1)×3」局以上

4.全棋士参加棋戦で優勝、またはタイトル挑戦

 と非常に厳しい(現に次点編入、非奨励会編入、再昇格全て含めても両手で足りる程度しか昇格者はいない)がこれを乗り越えられないと

 フリークラスに編入した棋士が編入後10年以内、または満60歳の誕生日を迎える年度が終了するまでに規定の成績を収められなかった場合、当年度の全対局を完了した時点で引退
 60歳を越えフリークラス降格になった場合年度終了で即時引退……となる

 つまり鍬中駿の場合29歳までに上記条件の何れかを達成出来なければ強制引退である


☆三段リーグ
 簡単に言うとアマチュア強豪の中のほんの一握りが到達出来るアマチュア最高の地
 地元の天才がザコ扱いされながら扱かれ大半が死んでいく魔境
 そこを抜けた先にプロ最弱の称号『四段』がある


☆降段点
 三段リーグでこれを連続して取ると問答無用の降段となる
 因みに18試合制の場合5勝が回避最低ラインとなる


☆次点
 別名『三位』
 二位までが通常プロ昇格となるがこの次点にも意味があり、連続して取得するとフリークラス編入の資格を得られる(資格を行使しなかった例もある)


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第二話『予想外過ぎる弟子の正体』

※クソザコナメクジといっても彼は一応プロ棋士です、ご注意ください


「haha☆それはね……明日から駿に弟子が出来まぁす!」

 

「…………は?」

 

 とてもじゃないが一回じゃ聞き取れなかった……いや、聞き取りたくなかった。

 山刀伐師匠から明らかにおかしい言語が聞こえた、俺の耳ってこんなに悪かったか? それとも疲労してるから幻聴でも聞いたか?

 

「駿に弟子が出来ます☆」

 

「おうふ……」

 

 ああ聞き間違いじゃなかったよ……聞き間違いであってほしかった。

 いやだっておかしいじゃん。

 俺まだ十代の四段、しかも強制引退の時限爆弾付きのフリークラスの、成績も悪い奴よ?

 確かにプロ、プロだけどそれはおかしいですよ、師匠……

 

「おかしいのは君の鳴き声だよ……それはさておき、急な連絡にはなったけど何せ数時間前に決まった事でねぇ」

 

「急な連絡云々はいつもの事なので良いですが流石に弟子が勝手に出来るって言われましても目ん玉飛び出ますよ、しかも俺多分今プロ最弱ですよ良いんですかその子」

 

 一番危惧しているのは『雑魚の弟子』みたいなあだ名で呼ばれ出した時だ。

 どんな子か知らないがいくら何でもそうなったら傷付くだろう。

 

 それはダメだ。

 

 だから取り敢えず断りを……

 

「良いも何も、今をときめく八一くぅんと最年少女流プロコンビのお墨付きだよ」

 

 拝啓クズ竜王様へ。

 

 貴様なんて事をしてくれたんだ……

 

 

 

 

 

「……で、師匠が俺を提案したら何回か対局した事あるダブルあいちゃん達とそれを見てた八一が指導の手腕を分析して太鼓判を押したと。はぁ……不幸だ……俺もロリコン扱いされる……」

 

 諦めて話を聞くに、あいちゃんと天衣ちゃんとで将棋を教えてるあいちゃんの『同級生の女の子』を弟子として迎えてほしいらしい。

 

 天才少女二人で事足りる……と一瞬思ったがそこはまだ10歳、人に物事を教えるには限界があると悟った二人は偶然にも大阪のあいちゃんの小学校で指導をしていた師匠と遭遇。

 相談し俺を良く知る八一にも話を持ち掛けた末路がああなったとか何とか。

 

 まず普通の10歳は自分を客観視して指導の実力が足りないとは思わんでしょうよ……というかそもそも同級生から将棋学ぶ子いなかったはずなのにどういう事だとか、未だにあいちゃん、天衣ちゃん、銀子ちゃんの中から誰を選ぶべきかと死にそうになってるロリコン竜王はさておいてもあの天使二人が俺を勧めてきた、しかも二人の友人をとなると話が変わってくる。

 

 断れば悲しそうな目でこちらを見つめる美幼女二人の構図ッ……有り得ん、それだけはしたら人間として終わるッ……クズ竜王なんて比じゃねえぞ……

 

 二つ目は今日アンタこっちにいたのかよ! ってツッコミである。

 

「何か考え事をしてるみたいだけど、さっきの口振りからしてオッケーって事だよね☆」

 

「くっ……天使二人に失望され人間として終わるか、弟子を貰ってロリコン呼ばわりされるかなら……後者を選びましょう……」

 

「君ならそう言ってくれると思ったよ☆……ま、半分は弟子が出来る事で何か駿に光明が出来ないかなー、なんて言うお節介な親心? だけどね、てへっ」

 

 師匠が少しだけ真面目な声で付け足したその言葉……いつもおかしな事ばっか言う癖に将棋の事になると真面目になるんだから……だから俺は拾われたんだろうし、着いていきたいって思えたんだ。

 

「……ありがとうございます、師匠。そしてすいません、不甲斐なくて」

 

「なーに、まだ駿は9年以上リミットがあるじゃない。それにもし十年後引退しても師弟じゃなくなるだけで親子ではあるんだからねっ☆そうなったら僕も50手前の良い歳だし、山刀伐一門を増やす為に、弟子第一号で息子の駿にはこども教室の顧問でも頼んじゃおっかな」

 

「じじょおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」

 

 普段変人なのに親心があり過ぎる。

 もう俺は師匠の信者で良いです。あ、拾われた日からもう信者だったわ。

 

 そんなこんなで事件は一件落着……

 

 

 

 

 

「に、なったら良かったなあ……」

 

 次の日、ボロの借り家こと俺の本拠地の玄関にはまだ顔も知らない弟子がいた。

 

 正確には『知らないはずだった』弟子がいた。

 

 

 

 

 

「今日からくわなかせんせーの籍に入ります、竹内美羽です! せんせーが将棋のプロっていうのとイケメンだって聞いてきました! 一目惚れしました!」

 

「何もかもがおかしい」

 

 そう言わざるを得なかった。

 まず第一に、竹内美羽が今ここにいるのが最大級におかしい。

 竹内美羽はりゅうおうのおしごと!内でもチョイ役ではあるが将棋と全く関わりの無い且つ誰かの身内でない雛鶴あいの友人、という貴重なポジションにいた。

 

 それがどうだ。

 

 その雛鶴あい、引いては夜叉神天衣までもが手解きをし、二人がプロ棋士に指導を頼むまでに将棋にのめり込んでいる、だと……

 バカな、どこでルート分岐が……

 

 

 そして二つ目。

 俺は確かにプロだがちゃんと雑魚プロだと伝えといてくれと八一に伝言を頼んだからそれを経由してあいちゃんが伝えているはずなんだがどうにも羨望の眼差しが眩し過ぎる。

 後から失望されると心に悪い意味で響くから前持って手を打ったんだぞ、初手から王手ラッシュが襲い掛かってきてる気持ちだよこっちは!

 

 

 んで三つ目だが俺はイケメンじゃねえ、二度言うが俺はイケメンじゃねえ。

 くせっ毛のある濃い茶の短髪に三白目、中肉中背のどちらかというとブサイクだ、イケメンとは程遠い。

 

 

 最後に四つ目だが君は将棋を指しに来たんだよね?

 JS相手に爆速告白されて戦慄してるよどうすんのこれ。

 後しれっと籍に入るてお前……まあ弟子だし八一パターンを考えれば有り得なくは無いけど……

 

 

「せんせー? どうしたの?」

 

「あ、いや……元気が良いのは分かったけど、籍に入るって事を親御さんは……」

 

「家か学校から通うならってゆるしてくれたわ!」

 

 すげえ寛容な親というか見知らぬ男に預けるって理解してんのかオイ。

 まともな親持った事無いけど一般的なの、これ?

 

「そ、そうか……でも俺はプロって言っても雑魚だよ?」

 

「でもでも、それでもプロですよね! あの三段リーグでプロになるじょーけんをちゃんともらったんですよね!」

 

「いやまあ連続次点だけど条件といえば条件だしそうだけど……」

 

「それだけであこがれます!!」

 

 ええ……それで良いのか小学生。

 しかもやたらと奨励会に詳しそうだなこの子……この感じは天衣ちゃんの入れ知恵か?

 しかし伝えた上でこれは困ったな……まあ仕方ない。

 

「は、はは……そりゃ嬉しいよ……と、まあ立ち話も何だし入りな。……弟子になるってならまずは棋力を見ないとね」

 

「はいです!」

 

 お、目付きが変わったな。

 色々大丈夫かと思ったがそういうとこは真剣ってか。

 

 ……いや別に俺はよ、喜んじゃいないんだからねっ。

 

 

 

 

 

「……ふむ、ふむふむ……ほう」

 

 結論から言うと、まずこの子は非常に負けん気が強い。

 一局で大体のものを見る予定だったがこれで四局目の終盤を迎えている。

 棋力は大体……3級か2級……いや、守備は脆いが攻め筋のセンスはあるし全体評価はアマチュア評価1級、いやギリギリ初段はあるか?

 

「これは……中々」

 

 待て。ちょっと待て。

 確かに弟子になるからには『将棋指し』としての基本が出来ている子なんだろうとは思った。

 だがここまで強いのは予想外だろうが。

 攻め筋だけなら既に研修会最低のFクラス、二段強レベルはある。

 しかも間違いなくこの四局の中で成長している、さっきまでは六枚落ちでゆったりとした指導対局に出来ていたがこの局、俺は中盤まで結構激しく打ち合う攻防の真剣対局をしてしまっていた。

火力だけならFクラスの研修生じゃ手に負えないんじゃないだろうか。

 

 だが致命的な弱点もある。

 

「ふふん! さっきまでみたいに簡単に負けないんだから!」

 

「じゃ、こことかどうかな?」

 

「にゃっ!? い、いつの間に……くぅっ」

 

「正直、俺が予想したより遥かに、君は強い。特に攻め合いになると強引にでも相手の陣形を崩せるのは才能だね。でも……ちょっと攻め過ぎ、かな!」

 

 この子は守備面が非常に低い。

 いや、守備の知識は間違いなく豊富なはずだ。

 そうでなければ攻め合いを制するのは不可能だ。

 だとすればなんで……いや、そこを聞いたり分析するのが仕事だろう。

 

「うぐぅ……負けました……」

 

「ありがとうございました」

 

「ありがとう……ございました……」

 

 対局が終わる。

 彼女自身は不満げらしいが……

 

「何はさておき、初仕事しますか」

 

 俺の口角が僅かに上がった気がした。



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第三話『へぼさしのはつおしごと!』

謎多きラスボスみたいな立ち位置の名人、プライベートだと実はかなりお茶目であってほしい(例の挙式のシーンを見ながら)


「……竹内美羽さん、だったよね?」

 

「はいです! 竹内美羽10歳、将棋はじめて半年です!」

 

 よーし質問に入ろうと思った矢先にとんでもない事実が発覚してますね!

 始めて半年は明らかにヤバい、いくら天才少女二人が先生していたって言っても半年で攻撃面が研修会最低ラインを超えてるのはヤバい。

 なんだ、アレか?君もあっち側の人間(雛鶴あい)か?

 

 ……ごほん、一応俺も先生になったんだから取り乱したらいけない。

 

 まずは話を聞いてみるか。

 

「えーっと、単刀直入に聞くね。守りに入らなかったのってなにか考えがあったの? ああ別に咎めたいとかそういう訳じゃなくてね、一応師弟関係になるんだし弟子になる子の考えに興味が湧いたというか……」

 

 話を聞いてみるか、じゃねえよなんだこの体たらく。

 小学生の女の子とかダブルあいちゃん組みたいな何か年不相応な聡明さや大人びさを持った子達ばっかでこう、年相応な精神を持った小学生の女の子との話し方が分からなかったという事にもっと早く気付くべきだった……

 

 チラリと彼女の表情を見てみる……目がシイタケですねこれは。

 

 あれ? 助かった?

 

「し、してい……でし……わたし、せんせーの弟子になれるんですね! じっかんがわいてきました!」

 

「ああ、うん。実に小学生だな……」

 

 物凄い純粋な目で見られた。

 小学生って本来こんなに眩しいのな……俺の小学生時代……何だったんだろうか……

 

「あ、ごめんなさい! 質問に答えないと、ですよね! まもるとハカイリョクが出ないからです!」

 

 っと俺も話を戻そう。非常に興味深い言葉が出てきた。

 確かに彼女の指し方を見ると大半の駒を駆使し、攻め立てている様子が多く見受けられた。

 それが最大の武器になっている子に普通の囲いは逆に強味が消える、か。

 

「なるほど、君の攻め方を見てたらそりゃ当然だな。矢倉とか美濃、穴熊みたいな代表的な囲い自体は分かるのかな?」

 

「もっちろんです! あいちゃんとてんちゃん、それにみおちゃん、あやちゃん、シャルちゃんとたくさんお勉強しました!」

 

 わあ、新鮮なJS研だぁ!!

 何しれっとJS研にいるんだこの子は。

 最高かよ!!

 

 ……(半分)冗談はさておき、ダブルあいちゃんとは接点があったとはいえJS研とほぼ関わり持たなかったのは失敗か。

 会う機会が無かったと言ったらそれまでだが、そこにいれば短期間で強くなれるのは明白だ。

 

 しかしそうか、JS研か……

 

「謀ったな八一……」

 

 あのロリコン大魔王絶対普通に賛同してない、師匠と『共謀』してるわ。

 灯台もと暗しとはこの事か……今度会ったら文句の一つくらい言ってやるんだからな……

 

「せんせー?」

 

「あ、何でもないよ。しかしまさか八一……九頭竜先生のとこで習ってたとはね……道理で強い訳だ」

 

「でもくじゅせんせーはちょっとしたミスを教えてくれるのとアドバイスだけで、基本とか戦法はJS研のみんなからおしえてもらいました!」

 

 八一、敢えてあの子達に教えさせてたな。同年代の方が初心者は取っ付きやすいからって……上手い事やりおる。

 

「そっかそっか、覚えた事が上手く攻めに活かせてたしみんな教えるの上手いんだなあ……よし、じゃあそんな君に俺が良い戦法を伝授しようじゃないか!」

 

「ほんと!? ありがとせんせー!」

 

「ささ、来たまえ。まずは俺の隣に来て見てみようか」

 

 ここまでの流れで二つ、分かった事がある。

 

 一つはJS研のレベルが非常に洗練されている事、多分原作よりレベルが高い。

 人に教えるともなればそれなりに強くなければ相手の特徴を捉え的確に指導は出来ない。

 その中で初心者にも覚えられる囲いを教えていったんだろうな……結果的に自らは使ってないが囲いの弱点を的確に突いて攻撃してきた辺り勉強の成果は遺憾なく発揮されていたといっても過言ではない。

 

 そして二つ目

 上記を踏まえた上で、意図してJS研メンバー達が教えていなかった囲いに気が付いた。

 教えなかった意図としては、初心者が覚えるには多少難解な手筋や初心者が覚えるセオリーから外れる指し方があるから、だろうな。

 初心者に下手に覚えさせようとしても混乱するだけだと弾く辺りに指導者適性の片鱗が見える。

 

 本当にみんな小学生かよ……

 

「せんせー……これってなんですか?」

 

「この陣形は新雁木囲い……囲いながら攻め上がっていく攻守一体型の陣形さ!」

 

 話を少し戻すが、その二つを考慮して俺が見せたのは『新雁木囲い』という戦法だ。

 近年コンピューターソフトによる研究が進んだ事で再評価の進んだ相飛車二枚銀雁木の進化系で、旧型が主に対矢倉戦型だったのに対しこちらは盤面支配型であり、相手がどういう囲いをしようと無関係に組み上げられる最新型の戦法だ。

 

「こうしゅ……いったい……ゴクリ」

 

「そう、君が苦手とする守備、囲いをしながらでも攻めるには充分な駒を用意出来る攻撃的な戦法だね。しかも相手の戦い方に左右されないすごいやつなんだ」

 

「すごいやつ!!」

 

 ただ紹介してただけなのに反復してきてかわいい、ずるい。

 八一っていつもこういう環境にいるんだよな……

 

 ……ずるくね?俺はロリコンじゃないけどずるくね?

 

「ただ、戦い方に左右されず作れるから結構レパートリーがあってね……全部覚えようってなると中々難しいけど、俺は君の、美羽さんのセンスに大きなものを感じた。もしかしたら近い将来、美羽さんは女流プロになれるかも知れない」

 

「わ、わたしがプロですか!?」

 

「ああ。でも急がせはしないし、何なら別の夢が見つかったり苦しくなったら辞めても構わない。だから今だけ、少し新しい事に挑戦してみないか?」

 

 はぁ、全く。

 最初はどうにでもなれとか半ば思ってた弟子だけど、どうにもちょっとだけ乗り気になってしまった様だ。

 

「もっちろんです!! ドンときてください!! あいちゃんやてんちゃん達とももっともっと色んな指し方したいもん!!」

 

 そしてこの目。

 どこまでも澄んだ瞳で迫られて断るなんて出来っ子無いしな。

 

 その目で誘われたら、断れない。

 

 

 

 

 

「疲れた」

 

 夜八時、誰もいないボロ家の一室で呟く。

 今日は一段と疲れた。

 あの後数時間、両者気合が入りに入ってしまったのか数時間をノンストップで新雁木囲いの指導に使ってしまった。

 

 結論から言えば、やはり小学生は飲み込みが早い。

 まだ実戦レベルには無いが付け焼き刃程度の数時間で形にして見せた。

 

「女流プロ……いや、あの子なら或いは」

 

 未だ誰も到達し得なかった『女性棋士』になれる可能性を秘めている。

 正確には近々銀子ちゃんが三段リーグに参戦して初の女性棋士になるんだけれども、つまりはそこを目指している極僅かな天才達に匹敵するんじゃないかと思ってるって話だ。

 

 そう『まともな師を持てれば』の話だが。

 

 今日は熱が入ってしまったが、俺にあの子を育てる資格は無い。

 

『負け癖のある俺』がこのまま教えてしまったら、きっと彼女にも負け癖が付いてしまう。

 それにあの年齢の子なら少なくとも憧れている、なんて言ってるプロ棋士という存在が目の前に現れたら、師になったら、見てしまうだろう。

 どれだけ事前に弱い、雑魚と言おうと先入観は抜けないもの。

 俺の現状を見たら、きっと悲しんでしまう。

 あれだけ弱いって言っても俺に羨望の眼差しを、帰る時にすら向けていたあの子にだからこそ見せたくない。

 

 とにかく、弱い棋士の元で育てたらいけない素質だ。

 

 とは言っても誰かに渡すにも時間が要る。

 それこそ実力を見てもらって、そこから始まってくる。

 しかし交渉するにも誰が良いやら……

 

 中堅、ベテランとほぼ接点は無いからやっぱり肩書き上一番ネームバリューのあってあの子とも繋がりの大きい八一か? それとも今一番勢いのある歩夢か……前研究会で一緒になって何か仲良くなった篠窪前棋帝や研修会の顧問の久留野七段もありか。

 

 

 

「ああ、でも」

 

『また指したい』――そう思ってしまう自分もいる、残念な事に。

 探求、探究したくなってしまう。竹内美羽という小さき棋士の成長を。

 おこがましいと、器でないと思いながらも感じてしまうのは棋士の性だろうか。

 

 

 そうして夜は更けていく。




コノメニウー(本文中にあるネタが分かる人はMUGEN視聴者)


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第四話『ヘボ指しと天才達』

 三人はどういう集まりなんだっけ?
 という事であんだけ言及されまくりながらまだ登場自体は無かった親友二人が来ます
 
 各キャラ間の原作との関係性の相違点も今後あるのでお楽しみいただけたら幸いです


 ヘボ指しの休日は暇である。

 勿論だが対局の無い日の日程にはまあまあの頻度で研究会が含まれているのだが、流石に体を休める時間も無いのでは気が滅入ってしまう。

 いくら精神的な面が強くないといけない棋士という職業の人間にも限界はあるし、無理をして対局に影響が出るなんて棋士失格、棋士たる者自分のケアは自分で出来ねばならない。

 

 ……大層な事は言ってるが俺は最初に言った通り雑魚である。

 

 

 それはさておき、研究会を入れてない休日となると自ずと将棋から離れていく。

 そうなると何が起こるか?

 

「何もする事ねえ」

 

 まあ、暇だ。

 休日だけあって指導のお仕事も休みだし、八一みたいに内弟子にしてるって事でも無いからほぼ何もやれる事が無い。

 

 

 

 

 

「そういう訳で集まってもらいました」

 

「良く日程合ったよな俺達……」

 

「ふっ、我々はソウルメイト……魂の契りを交わした仲。これもまた運命られし神々の悪戯よ……」

 

 そんな事もあって久々に幼馴染の親友達とゲーセンに来てます。

 将棋界じゃ有名な若手二人が親友だがまだまだ世間じゃ知名度は低い、今の俺達は完全に街の若者ABCだ。

 

 とは言っても歩夢は最近は将棋絡みのテレビ番組やバラエティ出演も出てきてレギュラー番組もあるらしいし対局以外のスケジュールも結構ある。

 八一? 奴は二人のロリっ子弟子にゾッコンだしそんな頻繁に対局、研究会以外のスケジュールは組んでない。

 それより弟子に構う方が大事だとか言っていた、恐ろしいくらいの正論である。

 ただ純粋な将棋解説の仕事はそこそこありニコ生やNHKだと人気棋士の一人だが。

 

「確かあいちゃんと天ちゃんは他のJS研の子達と遊びに行ってるんだよな」

 

「ああ。あい達にもリフレッシュは必要だからな。姉弟子も今日は対局日だし今日くらい俺が羽を伸ばしたところで誰も文句は無いだろ」

 

「八一はもっと十七歳らしくしても怒られないと思うの」

 

「まあ……そこは棋士の性みたいな」

 

 で、軽く流してはいたが今日JS研みんなで遊んでるのか。

 一応あの子も弟子だし昨日まで結構勉強に対局にやったからゆっくり出来る日があるなら嬉しい限り。

 

「棋士の性ねえ……歩夢は珍しく今日から三日くらいスケジュール空いたからこっち来たんだっけ?」

 

「今宵は冒険者の使命も対局も無いからな、明日みっちり我が妹に付き合うのを条件にゲートウエスト地方に馳せ参じたのだ」

 

「歩夢も歩夢で多忙だねえ……最近は人の事言えんが、身の丈に合ってるかはさておき」

 

 冒険者の使命……ってのは歩夢が最近持ち始めたレギュラー番組『将棋クエスト!』の事だろう。

 番組内の面子が冒険者さながらのファンタジーな格好で子役達に将棋の素晴らしさを説いたり将棋の基本を教えていく子ども向けバラエティらしい。

 実に歩夢らしい番組だ。

 

「ん? 我がソウルメイト駿も何か特別な仕事でも受けたのか?」

 

「あ、そういや歩夢は知らないんだったな……」

 

 ボソッと呟いた事が拾われてしまったがそれより歩夢お前知らなかったのか……八一からも連絡貰って無かったのね……

 

「いや、実は――」

 

 と、まあ流れを説明する。

 一部八一への文句も垂れ流しながらだが、それは自業自得だぞ八一くん。

 

「なるほど、駿も弟子を取ったか。面白いではないか」

 

「面白いかぁ? まあ面白いかつまらんかは良いとして師匠も八一も俺がヘボ指しなの知っててそういう事するからビビるんだよなあ」

 

「はは、そこは悪かったって。でも教え方が上手いのはみんなの共通認識なんだから自信持てって」

 

「んなアホな」

 

 悪かったと言いつつ恐ろしく面白そうな顔をしてて非常に……殴りたい、この笑顔。

 あと俺は教え方もそこまで上手くないから! 過大評価だから!

 

「馬鹿を言え、駿は知名度が伴っていないだけで子ども向け指導ならゲートウエストの中でも相当な腕だろう。そこのドラゲキン八一の弟子も非常に推していたぞ」

 

「どう考えても身内の友人だからって補正掛かってるよそれ……というか竹内美羽ちゃん、JS研にいたの知らなかったわ……」

 

「そこは仕方ないな、前JS研と駿が会ったのが二ヶ月前で、美羽ちゃんが入ってきたのがその直後なんだから」

 

「え、マジかそれ……マジかぁ……」

 

 という事は半年の内四ヶ月はあいちゃんと澪ちゃんメインの指導……いくら一人がプロって言っても四ヶ月緩い感じで教えてて残り二ヶ月であんだけ伸びたのかよ……規格外だろそれは。

 

 ちょっと原作からズレたなあって感じてた弟子取り前日の夜の俺よ聞いてますか、俺はどうやら原作にいなかった化け物を側に置いてしまったらしいわ。

 

 ゲーセンのベンチで虚空を見上げる。

 喧騒が遠く感じるくらいには虚無感を抱いてしまう。

 俺はもうダメかも知れない。

 

「おーい駿ー?」

 

「意識は夢の彼方か、どうやら強大な素質を持ちし戦士を弟子に取って脳内処理が出来ていない様だな。まあ致し方あるまい、あの娘は何れ女流プロにはなるだろうと推測していたからな」

 

「あの子の吸収力には驚かされるよ。まさかあんなに成長が早いとは思わなかった。俺じゃ人数がいるから見るのにも限界があるから、山刀伐八段が話を持ち掛けてきた時はこれしか無いって思ったくらいだ」

 

「はっ!? 俺は一体何を!?」

 

 何か歩夢と八一が話し込んでいたが意識がログアウトしかけてて何も聞こえなかった。

 

「目覚めの時かソウルメイト駿よ」

 

「ま、難しい事は考えずに飯行こうぜ」

 

 何だか二人が俺の弟子(仮)を絶賛していた気がするがそれも意識が空の彼方にあったからきっと気のせいだろう。

 意識が遠のいたのもきっと空腹だったから……うん、そうしようきっとそうだ。

 

「そ、そうだな~アハハァ~」

 

 取り敢えず何か食べて気を取り直そう……

 

 

 

 

 

 熱気の漂う雰囲気、少し狭い店内に昭和歌謡の響く古臭さのある店。

 やはり通い慣れたラーメン店程心落ち着く飲食店もそう無い。

 

「やっぱりラーメンはここに限りますわ」

 

「それは分かる」

 

「金色の麺と秘伝のスープの相性は(さなが)ら運命の出会い! そう、それはまるで俺と師匠の如く!」

 

 それはそうと相変わらず隣のテンションが凄い。

 いくら関東棋士でこっち来た時しか食べられないとはいえテンションが凄い。

 

「そういや駿、美羽ちゃん弟子取ってみてどう思った?」

 

「また唐突な……」

 

 歩夢のテンションに気を取られたか少し不意を突かれた。

 しかしそりゃ気になるよなあ、何せ半分弟子に近い様な子だった訳で。

 しかもあんだけ上達が早いんだもんな……数日見ただけだがもうアレだよ。

 

「新雁木囲い……知らなかったみたいだから教えたらこの数日でほぼあの子実戦レベルまでモノにしちゃったよ。ヤバいよ」

 

 ヤバい。

 

「そうか……確かに美羽ちゃんは攻撃的な将棋を指すから新雁木は武器の一つになりそうだな」

 

「とは言ってもまだ同レベル帯……俺が測って大体1級程度と見たんだが、そこで試せてないからほぼ、ではあるけど……」

 

「ククッ……何れは我が妹と合間見える事もあるかも知れんな。駿が正式な師として、な」

 

「馬莉愛ちゃんか。このまま順調に行けばもしかしたら公式戦の対局があるかもな。ただ俺が師匠ってのは……」

 

 何か話が大きくなってるしこの状況で出来れば引き取ってくれー、なんて言えねえよなあ……

 

 かくなる上は明日の研究会、一応友人関係までいってるはずの篠窪さんに直接言うまでないにせよ今後の話とか聞いてみるかなあ。

 

「美羽ちゃん、駿の事気に入ってたんだろ? だったら大丈夫だから自信持てって」

 

「俺は将棋以外時の流れに身を任せるのみ。駿の決断を見守っていこうじゃないか」

 

「わり、ありがとう」

 

 ウジウジしているとは自分自身思うさ。

 俺より強くても俺より年下の八一が正式な弟子を二人も取って、更に女流棋士にした。

 羨ましいと思ったし俺にもこんな弟子が……なんて思わなかった訳じゃない。

 そして別に師匠や八一の事、引いては竹内美羽ちゃんの事を無碍にしたい訳でもない。

 

 ――力さえあれば。

 

 

「ししょー?」

 

「あ、せんせー!!」

 

 

 そんなブツブツと考え事をしている中に甘ったるい天使の様なロリ声が聞こえてくる、何やら妙に最近に聞いた覚えがある声も聞こえた様な……って……!?

 

「あれ、あいに天に……JS研のみんな?」

 

「は? え? ……なるほど」

 

 どうやら緊急事態です。

 弟子と遭遇してしまった様です。

 

 オーマイガー……




何れ篠窪さんも出演させたい


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第五話『冴えない棋士は弟子を貰う様です』

タ イ ト ル 回 収

タイトル回収はこの回しか有り得なかった 

以下前話補足
八一「あれ、あいに天に……JS研のみんな?」

 これに付いてですが、意図的に八一→天衣の呼称を変えています
 理由としてはあいちゃんとの明確な呼称分け、原作より距離感が近くなっている、とだけ明記しておきます

 というか八一の恋路にもそろそろ切り込んでいきたいところ


「ししょー?」

 

「あ、せんせー!!」

 

「あれ、あいに天に……JS研のみんな?」

 

「は? え? ……なるほど」

 

「ほう、勢揃いだな八一の弟子達よ」

 

 八一と歩夢と談笑して弟子の事とか相談してちょっと色々モヤってたら全く予想してなかったその一行が現れました。やべえよ今顔合わせらんないでしょ。

 というかこんな古い店に小学生一行で来んのかよ。

 

「まさかこんなところで会うなんてね、せんせえ……運が良いんだか悪いんだか……」

 

「ん? どうした天?」

 

「何でも無いわよ……ちょっとそっちのお座敷行っても良い?」

 

「別に良いぞ~」

 

 因みにここは何故か将棋に理解が深く、店も空いてるからと俺達三人は座敷スペースにいた。

 多分いつでも将棋が指せる様にという事だろう。

 

 いやそれは良いんだ。

 んでJS研一行が座敷に来るのも席の圧縮になるから良いんだ。

 

 ただ一点弟子の顔が見れない。

 

「ししょーししょー、隣良いですか?」

 

「ん、ああ良いぞ~」

 

「わ、私も仕方なく隣に座ってあげるわ!」

 

「天も相変わらずだな~ははは」

 

「ちちょ、しゃうちちょのまえ」

 

「お、そっかそっかシャルちゃんは膝に座りたいのか~良いよ~」

 

「私達もすわろっか」

 

「そだねー」

 

 何も言わずそっと八一の対面に座り直す俺と歩夢の図。

 チラッと見直すと気付けば八一サイドには大量の小学生、左右直近はダブルあい、膝元にはシャルちゃん……どんだけ小学生侍らしてるんだこの十七歳、原作より仲良くさせた張本人が言うのもアレだし多分今そういうテンションじゃないけどやっぱりお前ロリコンの素質しかねえよ。

 

 ……ってあれ? そういや仮とは言えウチの弟子の姿が見当たらな……

 

「せーんせっ、となり座っちゃいますね~」

 

「のわっ、お、おう……」

 

 いつの間にか隣にいるし! 超ニコニコしてるし! 眩しい! かわいいけど俺には眩し過ぎる!

 

「しっかし一気に賑やかになったなあ」

 

「主にアンタの周りの事だぞ八一くぅん」

 

「た、頼むからその呼び方だけは止めてくれ……」

 

「おお! 本当にマントあるんだ!」

 

「マントと俺は一心同体だ……」

 

 あーほんと賑やか。

 この中で合わせて五人もプロ棋士と女流プロいるとか初見で分かる奴いないだろうなあ。

 

「せんせーせんせー! わたしね、今日みんなと近所の道場いったらね、いつも勝てなかった人に今日は勝てたんですよ! せんせーのおかげなんです! せんせーの教えてくれたので勝てたんですよ!」

 

「マジか! つ、強いなあ美羽さんは……す、凄いぞ~」

 

 ああ隣からやべー事が聞こえてくる。

 すげえよ確かに凄いしめちゃくちゃ褒めたいけどそれどころじゃない……改めて俺の手に余るんじゃないかって思えてきて……早く著名な棋士に相談して……

 

「くわなか」

 

「うわっ、ビックリした……てんちゃんか」

 

 思考を遮る様に天衣ちゃんに声を掛けられる。

 呼称に関しては八一の友人という事でフレンドリーに行こうと言った末路である、笑え、笑えよ……

 

 しかし何用だろうか、目付きが怖い。

 

「美羽ね……アンタの為に勝ちたいって、無理しても良いとこ見せたいって、勝ってきたのよ。はい棋譜」

 

「……」

 

「せんせー……見て、もらえませんか?」

 

 無理しても勝ちたいって……何でだよ。

 だって俺と会ってまだ数日だってのに。

 何の思い入れも無いだろ、だって雑魚だぞ。

 プロ棋士になってまだちょっとで、才能も無いのに。

 

「わ、分かった」

 

 何なんだよ……そんな心配そうな目で見られても見て率直な感想言って終わりくらいなんだけど、多分。

 

「初手が美羽さんで6八銀……相手が3四歩で三手目5六歩……新雁木じゃない?」

 

 数日指して一度もこの子から見た事が無い手筋だった、そして数日で覚えさせた新雁木でも無かった。

 非常に既視感のある違和感が喉元を通り過ぎる。

 まさかと首を振りつつも続きを見ざるを得なかった。

 

「8四歩、5七銀……」

 

 違和感は棋譜を見る内、息が震え出す。

 最初の数手、これは間違いなく俺が得意とする戦法『新嬉野流』だ。

 アマチュア内では有名なアマチュア発のこの奇襲と決まったその後の型が無い『力戦型』とされる流派、正攻法ではどうにもならないと感じた俺が導き出した『奇襲をメインに据えた指し方』で何とか他に食らいついてきた。

 

 いや、待て。

 ここまでならまだ誰かに仕込まれた可能性もなきしもあらず、落ち着け、プロ棋士が乱されてどうする。

 

「…………あ」

 

「分かったかしら。美羽がどうして勝ちたいって言ってたか、会って数日であるあなたにここまでこだわるか」

 

「米倉流、急戦矢倉……」

 

 俺が最も頼りにしてきた、新嬉野流の変化型。

 一番の武器、二回目の降段リーチも、三段リーグでフリークラス編入を決める試合になった、12勝目を挙げたシーズン最終戦も、これで乗り切ったんだった。

 いつも挫けそうになった時、これで乗り切ってきた。

 

 それを、この子が、弟子が、指した。

 

「せんせ、わたし、わたしね、せんせーにちょっとだけウソついてたの」

 

 少し眉を下げた美羽ちゃんがそう言う。

 俺の服の襟を掴みながら見上げるその瞳には、涙がうかんでいた。

 

「え……」

 

「……ほんとは、プロってだけであこがれなんじゃなくて、将棋はじめてちょっとしたときに三段リーグの、せんせーの、あの棋譜に、あの最終戦の。……だから、わたし、せんせーのでしになりたくて、その……せんせーじゃないと……いやなの……だからすてないで……」

 

 大馬鹿者だ。

 俺は大馬鹿者だ。

 俺が雑魚だから何だよ。

 俺がプロで全く勝てないから何だよ。

 フリークラス編入だからって何だよ。

 全くもってこの子の『竹内美羽』という子の気持ちを考えていなかったッ……

 どうせプロなんて肩書きに憧れただけだろうと高を括っていた。

 現実を知れば勝手に失望すると思っていた。

 

 だが美羽ちゃんはどうだ。

 

 まだプロにすらなっていなかった時の棋譜を見て憧れてくれた。

 強くなろうとしてくれた。

 それで俺の元に来てくれた。

 

 なのに俺は……俺はッ……あろう事かそんな憧れてくれた小さい女の子に『すてないで』と言わせてしまった……こんな馬鹿な事あるかよッ……

 

 俺は気付けば棋譜を手に持ったまま、膝立ちになって、泣いている美羽ちゃんを撫でていた。

 

「ごめん……ごめんな……俺馬鹿だったよ……自分の事ばっかで、美羽の事何も……」

 

「せんせ、わたしの事、もらってくれますか……? 弟子にしてくれますか?」

 

 縋る様な声、震える手。

 

 ああ、もう。

 何度小学生に先手取られたら気が済むんだ、俺は。

 そんなの、決まりきってるだろうが。

 

「はぁ……そこまで言われたら俺も負けてばっかりもいられないか」

 

「……せんせ?」

 

「これまでの数日間も一応そうだったけど、今日改めて宣言します。竹内美羽ちゃん、貴方を俺の正式な弟子にします!」

 

 この子を泣かせてしまったんだ、弱いままじゃ更に格好が付かないじゃないか。

 

 美羽ちゃんはバッと俯いてた顔を上げる。

 整った綺麗な、かわいい顔に涙で紅潮した頬と濡れた瞳。

 一瞬ドキッとしてしまう様なその顔に、花が咲いた。

 

「ありがとせんせー……わたしもっと強くなるね。きっとせんせーがほこれるすっごく強い棋士になるからね」

 

「じゃあ俺も指導頑張んねえとな。一緒に強くなっていこうな」

 

 この子が強くなる分、俺も頑張って強くなって、絶対C級に上がって見せよう。

 

 美羽ちゃんが一人前になって、人間として一人立ち出来る様になるその日まで、せめてそれまでちゃんとプロでいられる様に。

 一日でも長く、いられる様に。

 二人で歩んでいこう。

 

 

 

 

 

 

「めでたしめでたし……かな。ありがとう天」

 

「わたしは何もしてないわよ」

 

「ったく。ほらこっち来い、撫でてやるから」

 

 それはそれとしてだ。

 

「えー九頭竜八一くん」

 

「駿、良かったな」

 

「良かったけどもハッピーエンドじゃねえよなあ!? 今回の件仕組んだよなあ八一ィ!」

 

「ギクッ」

 

「そりゃそうだよなあ! さっき俺が話した相談事が美羽に爆速で伝わってるのは間接的に連絡が取れるお前だけだもんなあ!」

 

 全く全くコイツは……通りでおかしいと思ったんだ。

 小学生だけでこの店のセレクトと言い八一の不自然な対応の速さと言い……

 

「わ、悪かったよ。でもほら、駿には竜王防衛の時助けてもらったからその恩返しっていうか……」

 

「ま、何にせよ駿とそこの娘に確かな絆が芽生えたのは八一の功績の賜物だろうな」

 

 それを言われると弱いんだよ歩夢……あと八一、俺あの時何も言ってないと思うんだけど。

 

 ……やれやれ。

 

「ありがとな、八一。今回の文句は今回の件でチャラにしてやる」 

 

「……おう!」

 

 賑やかな日も悪くないかな、と少しだけ空いていた美羽との距離をそっと詰める。

 

「せーんせっ」

 

 そして少しだけロリコンの気持ちが分かった気がした。

 

 

 

 

 

「ししょー、あーんっ」

 

「あーん」

 

「せんせえ、こっち向きなさい。……ほら、食べて」

 

「あ、あーん」

 

「ちちょ、ちちょ」

 

「あ~ん」

 

 だが八一、それはやり過ぎだぁ……




なんか最終回っぽくなったけどまだ続くからね?
タイトル回収回だから上手く書けてると嬉しいなって 

新嬉野流と米倉流急戦矢倉に関しては自作の設定資料内には一話書き終わり時点で記載していたので出せて良かった
主人公の弱いからこその試行錯誤の末に辿り着いたものとして見てくれたら幸いです


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第六話『過去話・八一の守るべき物』

こ れ が 書 き た か っ た だ け と 言 わ れ た ら 否 定 は し な い


 俺の名前は九頭竜八一、十七歳にして竜王二期目を手に、防衛し、史上最年少で九段になった。

 まだまだ実感は湧かないが、将棋界に、俺の大切な人達に恥じない様にこの竜王を守って、そして何れ他のタイトルも獲る。

 

 と、まあ言うだけなら簡単な話だがそもそも竜王二期目を獲る、初の防衛戦となった相手はあの名人。

 一筋縄で行かないどころか、あっという間に追い詰められ三連敗で失冠リーチ、ここから四連勝しないといけないところまで来てしまっていた。

 

 

 勿論だが今現在俺のタイトル獲得数は2、防衛戦が終わった後だ。

 だがあの時は本当に、死んででもこの竜王を手放してなるものかと追い込まれていた。

 俺は、他の全てを蔑ろにしてまで勉強していたんだ。

 

 全ては勝つ為

 

 全ては守る為

 

 ……だから、周りが見えなかったのかもしれない。

 

 そんな時でも、俺の親友は手を差し伸べてくれたんだったな――

 

 

 

 

 

「強くなるしかない……一人でやるしか無いんだ……!!」

 

 竜王戦第四局を控えた去年の秋。

 三連敗でここから四連勝以外では防衛不可能という状況に俺の精神は参っていた。

 しかも相手は平成最強の勝負師と今尚語られ、代名詞の名人に加え現在他三タイトルを保持しているあの人。

 一人部屋に籠って、寝る間すら惜しみ何とか打開策を考えていた。

 

「勝つ為に必要な物以外は捨てる!! じゃないとあの人には……」

 

 ……勝つ事こそが全て。

 

 勝負師たる者誰しもがそう思う。

 それに強迫観念を抱いていたのか、当時の俺は『勝たないといけない』それだけに押し潰されそうになっていた。

 これがまだ挑戦者側なら少しは冷静になれていたんだろうが、このままだと間違いなくあいや姉弟子に当たり散らしていただろう。

 

 そんな時だった。

 

「……メール?」

 

 スマホが揺れる。

 無造作に机に放置されたスマホからメールを受信したとバイブが伝える。

 

『見たところで何が変わるんだ』

 

 一度そう思った。

 だが何故か開かないといけない気がした。

 残っていた僅かな理性がそうさせたんだろうと、今なら推測出来るんだが。

 

「駿……?」

 

 そのメールは駿からだった。

 小さい頃から親友で将棋仲間でライバル、そんな友人からこのタイミングでメールが来た。

 アイツが今竜王戦をやっている現状は重々承知してただろうし、何の嫌がらせかと不快になりながらも見てみた。

 

 

『よう、八一。多分勉強中だと思うがこれは息抜きついでに見てくれ。』

 

『まず、これは当たり前な話だが同時にお節介になると分かっていてもお前が勝つ為に必要な事を書き記しておくからちゃんと読む様に』

 

『取り敢えず飯は食ったか? あ、カップ麺とかダメだかんな、栄養価高いもん食えよ。んで睡眠取ったか? 八一は焦り出すとすぐその辺を削りたがるから気を付けろよ。強い棋士は身体こそ資本だ』

 

「……分かってるっての」

 

 お前は俺の母親かよ、なんて悪態を付きながら見るが確かに当たり前ながらも今俺が無理に削っている事だった。

 思えばカップ麺すら食べてなくて空腹で吐きそうだし、頭もフラフラする。

 言われなきゃ気付かない程に、俺は無理をしていたのか……これじゃあ本番倒れて時間切れ負けで台無し、なんて最悪の事態すらあったかもしれない。

 

 当時はこんな事を思ってたっけか。

 駿は昔から身体のケアは完璧だったし、そこが僅かなチャンスを掴み続けられた要因かもしれないと自分でも語ってたっけ。

 

 しかし重要な事はここからだったんだよな。

 

 

『あとお前、追い詰められると周りに当たり散らす事昔良くあったからそこ一番注意しろよ。今は治ってるけど昔の癖って肝心なとこで抜けてないから。

イライラしてても周りの言葉はしっかり受け止めとけ。将棋は一人じゃ指せない、あいちゃん辺りが指導求めてきたら真摯に対局してやれ。んで一番近くにいた八一が一番知ってるだろうが、銀子ちゃんは口下手だから今何かキツい事言われても真意を探れ。八一なら出来るはずだ。周りを信じてみろ。……竜王と同じくらい、お前には守りたいもんがあるはずだろ?』

 

 

 ハッとしてしまった。

 自分が、思っていた何倍もイライラしていた事を自覚した瞬間だった。

 このままあいと話したら、きっと俺はあいを傷付けてしまった。

 邪魔だからと突き放して、取り返しの付かない事をしてしまっていたかもしれない。

 

 そして姉弟子もきっと傷付けていた。

 

 ……竜王より守りたいもの。

 

 

 側にあって、だから偶に見えなくなる事もあるけど。

 俺はその『大切なもの』と竜王を共に守らなくちゃいけないんじゃないのか。

 

 涙が零れる。

 それと同時に脳裏に大切な人が浮かんでくる。

  

 

 そして最後に浮かんだのは――

 

 

 だとしたら、俺のやる事は――

 

 

 

 ほんと凄い奴だよ、駿は。

 このメール一つですっかり毒気抜かれちまったんだよな。

 そしてこのすぐ後、ビックリするくらいタイミング良く二人が来たんだっけ。

 

 

「し、ししょー……」

 

「来てやったわよ。そこのがビクビクしてたから一緒に」

  

 この時は本当に驚いた。

 まるで駿が予言していたかの様に読み終わった直後に来たんだ。

 あいも、姉弟子も俺が相当追い込んでいるのを知っていたかの様な様子に、更に嬉しいと同時にさっきまでなら追い返していたな、と申し訳なく思ってしまう。

 

「あ、あのししょー……い、いそがしいとは思うんですけど、その……」

 

「…………将棋、指すか? と言いたいんだけどどうにも腹減っちゃって、ははは……」

 

「い、いいんですか……? おこってないですか……?」

 

 恐る恐る聞いてきたあいと目が合った時、この竜王戦絶対に負けられないと改めて思った。

 

「……俺も、誰かを頼らなきゃって。ようやく思えたんだ。ありがとな、あい」

 

「心配して見に来たけど、杞憂だったみたいね」

 

 そっぽ向きながらも安堵してるのが分かるくらい顔が綻ぶ姉弟子に、今までどれだけ心配を掛けてきたか改めて思い知った。

 

「……二人とも、ごめんな。迷惑掛けて……」

 

 収まったはずの涙が込み上げてくる。

 第三局が終わってから、まともに話した事あったっけか?

 ロクな連絡も取らず、きっと今日まであいにも、姉弟子にも、天達にも寂しい思いをさせてしまったんじゃないか?

 

 そう思ったら、俺は自然と二人を抱き寄せていた。

 

「みんな心配してくれてたのに……俺は……自分の事しか頭に無くて……突っぱねて……ごめん、ごめん、二人とも……」

 

 溢れ出す言葉と涙。

 きっと俺は無自覚だったんだろうけど、竜王としてあろうと思い過ぎてしまったんだ。

 振り返れば十七歳の子どもが、将棋界最高のタイトルを手にした重圧に押し潰されない訳が無かった。

 

 俺はあの時『竜王』ではなく『十七歳』として、一人の人間として二人に謝り、抱きしめていたんだと思う。

 

「ばか……私は腑抜けた根性叩き直しに来ただけなんだから……だ、だから泣くんじゃないわよ……」

 

「ししょー!ししょー!さみしかったです!もう一生会えないんじゃっておもってこわかったです!」

 

 だから誓ったんだ。

 もう泣かせないって。

 

 

 

 

 

「じゃ、私帰るけど。くれぐれも無茶すんじゃないわよ」

 

「分かってますよ、姉弟子。ありがとうございます。無茶はしませんが防衛もちゃんとします」

 

「……次はかっこいいとこ見せなさいよ」

 

 暫く経ち、姉弟子は先に帰って行った。

 最後に言われた言葉はしっかりと胸に刻んだ。

 

 

「ししょー……」

 

「ん、どうした?」

 

 そんな姉弟子が帰るのを見計らってか否か、あいが声を掛けてきた。

 

 あいの手作り弁当を食べ、リラックスして指導もしていたがその時から少し何か言いたげにしていたのを良く覚えている。

 

 そわそわしてたし良い事なのかとは察していたけど何故かあの時の俺は非常に鈍感だった、我ながら察してやれなかったのは不甲斐なかった。

 

「ししょー、わたしね、一昨日C1に上がったんですよ……?」

 

「あい……」

 

 ギュッと、震える手で優しく抱き着いてくるあい。

 それは念願のプロ入りを伝える報告で、本当は上がった瞬間にでも伝えたかったんだろうと分かるくらい、声も震えていた。

 

「ししょー、わたし女流棋士になってもいいんですか……?」

 

「女流棋士になっちゃったら、もうずっとずっと、ししょーの弟子のままなんですよ……?それでも、いいんですか……?」

 

「わたしを、ほんとうの弟子にしてくれますか……?」

 

 俺はその震える身体を、そっと包み込む様に、抱きしめ返した。

 

「もう離さない、二度と……」

 

 そして頬に口付けをしていた。

 きっと俺はこの時、あいに恋心を抱いているのを自覚していたんだろう。

 

「あ……ししょー……」

 

「……これ、みんなには内緒な」

 

「はい、わたしとししょーだけのひみつです……」

 

 自覚すると途端に、あいの笑顔が綺麗に見えた。

 まだ幼いのに。こんなに綺麗な笑顔をするのかと、思うくらいに。

 

 

 

 

 

「……その後姉弟子と天には逆にキスされたんだっけ」

 

 結局これがトリガーとなったのか俺は怒涛の四連勝、名人相手に世紀の大逆転防衛と新聞の一面に載る程だった。

 

 は、良いんだが第四戦目、指し直し直前

 

 

「八一、こっち向け」

 

「な、なんですあねで……し?」

 

「……こ、ここまでしたんだから絶対絶対勝ちなさいよ!!良いわね!!」

 

 

 今でも覚えてるが、姉弟子の、銀子の真っ赤になった顔は本当に可愛かったし、そこまでしてくれる事に愛おしくなった。

 あと頬っていうのが何だか可愛かった。

 

 

 そして

 

 

「防衛おめでと、せんせえ。ちょっとこっち来て」

 

「へ? ああ……」

 

「こ、これは……や、八一くんへのごほうび、なんだから!かんちがいしないでよ!」

 

「え? ……え?」

 

 

 八一くん、八一くんかぁ……防衛した翌日、天にでこにキスされたんだが、それも驚いたが呼び方が変わっていた事に一番ドキリとした。

 正直めちゃくちゃ可愛かった。

 

 

 そしてこれを境にあいは公然でもイチャイチャしてくるし、二人は二人きりの時にくっ付いて来る様になったり呼び方が変わった。

 

 嬉しい、嬉しくはあるんだが……

 

「お、俺は誰を選べば……」

 

 新たな悩みの種が増えてしまったのは言うまでもない。

 

 因みにそれを親友二人に言ったら呆れられた。解せぬ。




八一とか他キャラの話はちょくちょくあるかもしれない
というかありまぁす!


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第七話『習うより慣れろとはよく言ったものである』

自分がこの作品を書くに当たって約二作品が影響してますがどちらも天衣がメインヒロインです
多分他意は無いし偶然です(天衣最推し並感)


「うぃーすおっちゃん、今誰か空いてる?」

 

 美羽を正式に弟子に取った数日後、昼下がり。

 指導もそこそこに今日は美羽がいつも行っているという子ども向けの道場ではなく、オッサン共が集う行きつけの道場で対人戦をやらせる事にした。

 というのも前世で見た八一の受け売りな訳だが、天衣ちゃんのメンタルをここで育てた様に小さい子がベテランアマチュア相手の独特の指し筋や心理戦、古風な定跡等を学ぶには手っ取り早い。

 

 因みに何の影響か幼少の頃から三人で通っていたせいで天衣ちゃんの時八一の変装は爆速で見破られていたりする。

 

「おお、坊主か。……ん? そっちの子は見ない顔だね」

 

「竹内美羽です! 10歳です! せんせーの弟子です!」

 

「ま、つー訳で俺の弟子って奴だよ。正式な、ね」

 

「そうか……そうかそうか! 坊主もプロだもんなあ、弟子がいてもおかしくねえか!」

 

 ……おっちゃん、小さい頃から俺達を見てきたからかめちゃくちゃ嬉しそうじゃん。

 そうも嬉しがられると恥ずかしいっての……ったく、おっちゃんとか顔見知りの常連さんにも毎回背中押されてたんだから、ちゃんと恩返ししてかなきゃな。

 

 と、それはそうと本題にもいかないと。

 

「照れるやい……と、一応この子にベテラン相手の空気や指し方を身を持って体感してもらう為に来たんだ。今誰が空いてる?」

 

「うーん……今は級位者だと……あーいないか。飯野さんか権堂さんくらいならいるけどどっちも初段程度はあるし平手はキツいんじゃないかい?」

 

 対戦相手を確認してもらったところどうやら丁度平手で指せそうな人がいるじゃないか。

 どちらも顔見知りで将棋歴自体は数十年規模になる。

 双方別段強くなる気は無いと言いながらもカジュアル指しで初段の位置まで来ている事からピンキリある段級位内でも『並の初段では無い』という認識で間違いない。

 だとすれば数日前初段あるかないかだった美羽には一番都合が良い。

 

「いんや。美羽は自慢じゃないが弟子になった時から既に1級から初段の間くらいはあったから棋力を測るにも実戦にも丁度良い相手だよ。まだ弟子になって数日だしどんだけ成長したかは未知数だけど」

 

「そりゃあ驚いた、どっちとやる?」

 

「出来れば両方とやらせたいけど……いけるか、美羽?」

 

「当たり前でしょ! せんせーがしんじておくりだしてくれるんだもの! ちょーせんするわ!」

 

 むふーっ、と言いたげな自信満々な表情で応えてくれる美羽。

 チャレンジ精神に富んだ子俺は好きだぞ、と撫でながらどちらからにするか選ぶ。

 

「よし、じゃあ手持ち無沙汰にしてるし権堂さんから頼むよおっちゃん」

 

「あいよ! おーい権堂さん、ちょいとこの子と指してやってくれ!」

 

 飯田さんは終わるかと思ったが熱心に感想戦の途中だから、今完全フリーな権堂さんを指名。

 呼ばれて反応したのは五十半ばのメガネを掛けた全体的に丸っこい人だ。

 体格もあって初見では少し気圧されるが、温厚な人である。

 ただ俺をプロ入りしてからずっと先生呼びしているのが未だに慣れないが。

 

「おやおや誰かと思えば先生じゃないですか。先程からちょくちょく聞こえていましたがこの子と指すという事で宜しいのですな?」

 

「相変わらず先生呼びは直さないんですね……ええ、ウチの弟子ですが遠慮はしないで指してもらえると嬉しいです。……美羽、今回は勝ち負け以上にその対局で何を学んだかが大事になってくる。勝負である以上気にするな、とか、二の次、とは言わない。けどその事を良く考えて指してほしい」

 

「分かったわ! たくさんいろんなことおぼえてくるわね! おじさん、よろしくね!」

 

「偶には若い人と打つのもスキルアップに繋がる……でしたかな、先生?」

 

「仰る通りで。では暫く美羽を頼みます……ふぅ」

 

 めっちゃノリノリで指しに行ったけど大丈夫かなあ、美羽……色々言いはしたけどしっかり指せるか心配になってしまう。こんな頼り無い姿流石にヘボ指しと言えど弟子に見せられねえ……

 

「あの子が心配か、坊主」

 

「まあね……本来こんなヘボが弟子を取る予定なんて無かったんだけど、本当に物好きな事に俺の将棋に惚れてるみたいでさ。何だか年の離れた妹が増えた気分で。歩夢の気持ちが少し分かった気がするし小さい可愛い弟子って点では八一の気持ちが分かった気がして。でもどう育てるのが正解か分からないから、心配にもなるよ」

 

 おっちゃんがこっそり俺の隣に座る。

 遠目には美羽の姿、あまり視界に入らない様に配慮して遠くから見ている。

 

 こういう悩みがある時、ここに来るとふと隣にマスターのおっちゃんが座っている事が多い。

 難しい事は分かんないらしく、アドバイスをくれる事は少ないが不思議と話すと楽になっている。

 

 八一の竜王初挑戦が決まった日、あいちゃんを弟子にした日、歩夢と馬莉愛ちゃんが喧嘩した日とか……俺も最近だと、三段リーグで降段点取った日とか、来てたなあ。

 

「俺にゃ難しい事は全くチンプンカンプンだけどよ、見てみろよ」

 

「……楽しそう、だな」

 

 そんな俺を横目に、おっちゃんは視線を美羽と権堂さんが指している盤上へ向ける。

 そこには、心配は杞憂だったと言わんばかりに何回勝った負けただのワイワイしながらもしっかり感想戦をしたり、いつの間にか飯野さんや他の段級位千差満別に美羽と話す常連達の姿があった。

 

 ……何かちょっと妬けてしまうくらいに。

 

「もう大丈夫だろ、行ってやれや」

 

「……ん、そだな」

 

 成果の確認も兼ねて見に行くか……あくまで成果の確認だからな? 正式な弟子だと割り切った瞬間からとてつもない程美羽に構い出してる自覚はあるが妬いてる訳じゃないからな? 妬けるくらいには仲良くしやがってと常連達に思わんでもないけど!

 

「あ、せんせー! きいてきいて! ここの人たちみんなわたしが知らないじょーせき知ってるしつよいのよ! さいしょまったくかてなかった!」

 

 目を輝かせながら話す美羽。

 うん、可愛い……そして聞くまでもなく成果は上々らしい、小学生のメンタリティだと負けが込むと酷く落ち込むものと聞いていたが、この子はこの歳で自らの負けを糧に出来る。

 

 負けた悔しさをバネにどれだけ自分を見つめ直し、相手から吸収し、身に付けるかが勝負の世界の力量、引いては幼少期の差に繋がる。

 

「そっか。楽しいか?」

 

「うん! もっといろんなこと知りたい! もっと指したい! もっともっとつよくなりたいの!」

 

 そういう点で、竹内美羽という少女は天才なのかもしれない。

 弟子として見てきて、そして今日のこれで、彼女は一見すると小学生らしい立ち振る舞い、性格をしているが根本のメンタリティは非常に高い。

 大きな壁に当たった時、やはり年齢が年齢だからショックを受けるだろうし、塞ぎ込んでしまう事もあるかもしれないが、自ら立ち直れるだけの器量がある。

 

 師匠として、彼女のメンタル面も欠かさず磨く事は絶対条件だろう。

 

「ね、ね、せんせ、もう少し指していい?」

 

 少し考え過ぎていたか、美羽が服の袖を軽く引っ張りながら聞いてくる。

 正直結構な時間対局しっぱなしで疲れてなかったか……なんて聞こうと思ったがそれこそ杞憂か。

 

「権堂さん、飯野さん……お願いしても大丈夫ですか?」

 

「ははは、構いませんよ。この子は強いし順応性が高いです。何回も指す内にこちらの負けが込んでしまいましたよ」

 

「それに何だかワシらも指す内に今まで見えんかった手が見えてきたんや。将棋指してウン十年、こないな事初めてや」

 

「美羽……お前凄いな……」

 

「ほぇ?」

 

 それは良いが美羽の評判高過ぎない?

 一応初段って格上だったはずなんだけど……しかも常連のおっさん達も何か成長してるみたいで理解が追い付かねえ……ベテランの培った知識と若い脳の回転の速さが合わさって化学反応でも起こしたって言うのか?

 

 しかも飯野さん七十越してるんですけど……その人を持ってしてもそう言わしめる、美羽のパワー恐るべし。

 

 それはさておき何一つ自覚してない感じなのがまた可愛い……

 

「ごほん、それじゃあ美羽も空気に慣れてきたみたいなんで俺も少し観戦しますね」

 

「坊主……素直に弟子の近くにいたいって言ってやれや。肝心なところで照れやがって」

 

 それとなく観戦してやろうと思った矢先おっちゃんに見破られた、くそぅそういう事は分かってても隠すのが大人なんじゃないのかよ!

 

「う、うっさいやい!」

 

「せんせー! じゃあとなりにすわってー!」

 

「ちょ、美羽もからかうなって!」

 

 結果は言うまでもなく、おっちゃんや常連にからかわれながらも美羽は疲れるまで指していた。

 

 

 全くタフな子だ……連れてきた甲斐はバッチリってところだろうか。

 

 

 しかしこの子は間違いない、少し格上に揉まれる事で大きな化学反応を起こす子に変貌した。

 今日この日に、成長速度の才能が更に開花したのだ。

 

 ……だとするなら。

 

 

「こりゃ明後日が楽しみだな……」

 

 俺は新たな計画を密かに建てるのだった。



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第八話『JS研は天国だがロリコンではない』

りゅうおうのおしごと!二次創作もっとハーメルンに増えねえかなあ…将棋描写無くても良いから書いてくんねえかなあ… 

※なお、研修会の棋力は日本将棋連盟の研修会Fクラス入会推奨棋力、奨励会6級の推定アマチュア段位を参考にしています


『では次のコーナー! 歩夢先生のワンポイント講座です!』

 

『今宵は基本の動きや楽しみが分かった諸君に簡単な戦術を伝授しよう! サンプル棋譜は先日行われた竜王戦第六局、我が永遠のライバルドラゲキン八一対――』

 

「やっぱり歩夢は面白いなあ」

 

 朝っぱらから『将棋クエスト!』を見ているが相変わらず歩夢のトークは盛り上がる。

 将棋とか余り知らないガキんちょの子役にも良い感じに刺さっているのが分かる。

 

 因みに今宵とか言ってるがさっき言った通り朝番組である。

 

 そして司会は鹿路庭珠代女流二段、最近画が映えるからと何かと歩夢と組む事が多く、歩夢も本気でアプローチを仕掛けている相手だ。

 何でも将棋と向き合っている時の闘志ある姿に惚れ込んだとか……

 

 まあボーッとテレビを見ている訳だがただ暇という訳でも無い。

 この番組が終わって少しした頃に美羽が家に来る、そしてそのまま八一宅へ向かう。

 

 昨日判明した『相乗効果』の開花を試す為に丁度いい相手がJS研にいるのを思い出した俺は解散した後早速八一と相談し次の日すぐ空いてると言われたので美羽にもLINEを飛ばし合意、鉄は熱いうちに打ての言葉に従い今に至る。

 

 実はLINEはあの衝撃の初日にこっそり交換していたのだが、まあ気にする事ではないだろう。

 

「せんせー! おまたせー!」

 

 と、チャイムが鳴ったと同時に元気な聞き慣れた声。

 弟子がご到着なさった様だ、さあて行きますか。

 

「わりぃな、昨日の今日で」

 

「だいじょーぶよ! それより早く指したくてうずうずしてるわ!」

 

「お、そりゃ期待しちゃうな~」

 

「まかせといて!」

 

 昨日かなり特訓し、しかも慣れない場所だったともあり疲労が無いか若干心配だったが小学生のタフさを嘗めていた様だ。

 もしかしたら俺の方が疲れてるまである可能性すらある、恐るべし小学生……

 

 

「ふんふふーん」

 

 補足しておくが俺の借り家と八一宅との距離は徒歩十分だ、めちゃくちゃ近い。

 お互い師匠の元で内弟子をしていた頃から住む場所の検討は付けておこうという事になり、俺は一人立ちの意味を込め、山刀伐師匠のいた関東ではなくここ地元大阪に帰ってくる予定をしていたがまさかこんなに近くなるとは思わず、近所でばったり出くわしてお互いビビったのは思い出深い。

 

「そういや美羽はJS研だから八一の家は通い慣れてるんだっけ?」

 

「そうよ。JS研のほんきょちはくずりゅーせんせーのいえだもの!」

 

 あ、この反応ちょっと妬けるわ。

 あんだけ小学生に囲まれながら俺の弟子を家に入れてたってそりゃあどれだけ理不尽でもちょっと妬けちゃうのは理解いただけてほしい。

 

 あと因みに俺が弟子を取ったのは近所には知れ渡っているらしく女性陣からはあまり良い目では見られていない。

 男性陣は将棋や将棋界を好む人がいるのか、そういう説明がなされたと近所の爺さんがエールを送ってくれた。

 悲しいなあ。

 

「俺と八一どっちが好き?」

 

「せんせー!」

 

 でも妬いた気持ちも悲しい気持ちもこの一言で吹っ飛ぶけど。

 

 現金? 言っとけ。

 

 

 

 

 

「よう八一」

 

「来たか、まあ上がれよ」

 

 八一宅……まあマンションだが既に全員来てるのか中からはワイワイと声が聞こえる。

 

「こんにちは、おじゃまします、くずりゅーせんせー」

 

「うんこんにちは、みんなもういるから上がって準備したら指してて良いぞ」

 

「はーい!」

 

 中を見ると……まあ予想通りの面々という名のロリ絵図。

 これで一番下が1級だというのだから納得の八一の弟子達である……澪ちゃん、綾乃ちゃん、シャルちゃんの中でシャルちゃん以外は既に違うプロの門下生だが。

 

 しかしシャルちゃんはまだ七歳だよな……それで1級、少し本での勉強を覗いて見ているが非常に頭のキレが良い事が伝わってくる。

 いつも舌っ足らずな口調で喋ってるとはとても思えないな……

 

「おー? ちゅんちゅん、しゃうとやう?」

 

「んー、そうだな……後で絶対やってあげるからちょーっと待ってな~」

 

「ん! しゃうまちゅ」

 

「よーしよし良い子だな~」

 

「せ、せんせーがてごめにされてる……」

 

「はっ!? あの、いや違うんだ美羽!」

 

「……じー」

 

 くっ、油断してるとシャルちゃんの可愛さについ構ってしまう……しかもちゅんちゅんですって……名前覚えててくれたんだ……ってこれじゃあ美羽が言う様に手篭めにされてる気が……

 

「と、とにかく気を取り直して俺はちょっと離れて美羽の対局観察してるから、な? 頑張れよ!」

 

「もー……勝ったらなでてよね!」

 

「おう!」

 

 という事で、改めて今日の本題に付いてだが昨日で初段相手に勝つまでに成長したなら次は二段辺りが良いんだが、同年代相手に成果を見たい気もした俺はパッとJS研が浮かんだ。

 同年代と指すであろう研修会試験の実戦経験にもなるし仲も良いとなれば願ってもない大チャンス、F1クラスの綾乃ちゃん、E1クラスの澪ちゃんなら大体二段~二段強辺りだろうし最高の相乗効果が期待出来そうだ。

 

「じゃあよろしくね綾乃ちゃん!」

 

「うん! よろしくおねがいします」

 

「よろしくおねがいします!」

 

 

 

 

 

「……どう見る、八一」

 

「綾乃、澪と合わせて四局指して美羽ちゃんの全敗……端的に見ればそうとしか言えないが……駿、お前の見解間違っちゃいなさそうだ」

 

「自分の目を疑ってる訳じゃあないが、FとEクラスとはいえ研修会生相手取って相当自分の将棋が指せてきてる様に見えるのは凄い進歩だと俺も思う」

 

「局を重ねる毎に確実に適応していっている……これなら」

 

「ああ。正直まだまだ先の話とばかり考えてたが……」

 

 流石に友人相手に四連敗は効いたのか今はぐでっているがまだまだやる気のありそうな美羽を見、語らう。

 昨日同様の適応力が見えたのは開花してから初見の八一も同じらしく、明らかに指す毎に強くなっているのには驚きを隠せない様に見える。

 

 そして最後の話……これは研修会試験の話になる。

 研修会はF2~Aクラスまであり大体下限が二段、Aクラス平均が五段となっている。

 だから綾乃ちゃん、澪ちゃんの棋力が二段~強辺りだと推測していたという事だ。

 

 流石に今すぐには無理だが、明らかな上位相手に善戦する美羽を見て八一も試験はそう遠くないと暗に語った。

 俺はもう少し先になると思っていたのだが、想定を遥かに超えてきたのは嬉しい誤算だ。

 

「と、まだ動かんだろうしちょいと美羽と話してくるわ」

 

「了解、ちゃんと褒めてやれよ」

 

「あたぼーよ」

 

 さてさて、話はそこそこにしてそこでダウンしてる弟子を労いに行かないとな。 

 

「ぐでってんなあ」

 

「うー、勝てない……」

 

「まあ格上だから仕方ない。でもそういう相手にもしっかり自分が貫けて指せてるのは上達の証だ。俺が撫でてしんぜよう~うりうり~」

 

「きゃ~せんせーになでられちゃった~」

 

「美羽が努力してるからご褒美だぞ~」

 

「ありがとせんせ~ふにゃ~」

 

 

「……ラブラブの兄妹かよアイツら」

 

「ししょーししょー、私たちも後でやりましょう!」

 

「あ、あい?」

 

 俺達が弟子と師匠のスキンシップしてるだけなのに冷やかすからだぞ八一、少し悔い改めて。

 あいちゃんの場合冷やかさなくても言ってただろうし何なら俺達がやってなくても言ってただろうけど。

 

「俺には師匠と弟子の接し方とか良く分かんないの! だからその代わりに思った事は言うし甘やかし過ぎはしないが可愛いと思ったらいつでも甘やかす準備はしてるぞ! 何せ美羽は良い子だからな!!」

 

「も、もう! せんせーったら!」

 

「俺は駿みたいな事はしてな……いや結構してたな……特に竜王戦第四局の前日とかな……」

 

「だろ? このくらいの子って今の俺達からしたら年の離れた妹みたいですっげえ可愛いだろ?」

 

「分かる」

 

「だからあいちゃんにもやってやりなよ」

 

「……たまには世間体無視してもいっか」

 

 もう何か本題から一気に脱線したけど休憩中だしちょっとくらい羽目外したって良いよな、良いんだよ。

 

 はぁ~ロリコンじゃないけど美羽といると幸せを感じられる様になってきたな……いざ弟子として見る覚悟が出来るだけでこんなに変わるなんて思いもしなかったが、俺に妹がいたらきっと同じ様にスキンシップ取ってたんだろうか。

 

 ……やべえ、思えば前世含めてもまともな家族って言えるのすら山刀伐師匠しかいねえ事忘れてたわ。

 

 

 

 

 

 結局本日の成果は美羽の能力に関しての竜王八一のお墨付きと帰り際に見た八一あいちゃんコンビのイチャコラだった。

 

 ふっ……俺は満足だぜ八一……



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第九話『今年の大晦日には弟子がいるもよう』

そういや時系列竜王戦第七局直後なんだよね…だから今作の現時系列12月なんだよね…大晦日の話書かないとね(なお大晦日要素)


「本日は大晦日です」

 

「そうだねせんせー!」

 

「そうなんだけどどうして美羽が家に泊まりに来てるんだ……」

 

「いやーこれにはふかーいわけがあってだねしゅんくん……」

 

「マネせんでよろしい……まさかご両親から数日預かってほしいと言われるなんてなあ」

 

 大晦日……と言ったら去年までは師匠とのんびりテレビ見たり蕎麦を食べたりしたが今年は一人暮らし、去年まで以上に何も無い……と思っていたんだが、どうやら違ったらしい。

 

 何でも美羽のご両親が年末年始が稼ぎ時の職種らしく、毎年親戚に預けていたのだがそれだと将棋もままならないだろうと前日に相談され朝一番で美羽を家に託していった。

 

「でもせんせーが19さいってしらなかったんだねー、おとーさんもおかーさんも」

 

「いやまあプロの先生って言ったらそこそこ年齢ある、若くても二十代後半だと思うよなあ……」

 

 言う程の情報でも無いが、顔合わせた時少し驚かれてたのに違和感を覚え、一応自己紹介したら物凄い動揺してたもんなあ……俺が一番驚くわ、年齢は伝わってるものだとばかり思ってた訳だし。

 

「わたしはイケメンでやさしいせんせーってちゃんとつたえたんだけどな~」

 

「教えてる情報よ……」

 

「ダメだった?」

 

「え、まあ、ダメって程ダメじゃないけどさ」

 

 実際最後は『娘を頼みます、先生』なんて両親にしっかり言われたもんだからある程度信頼は勝ち取れた……と思いたい。

 

 しかし本題は将棋の指導、数日間とはいえ内弟子の様な関係性になるのだから時間と体力のある限り練習させてあげたいのが師匠心というものか。

 

「まあ取り敢えず今日は夜までとことん指導するから、気合い入れてけよー」

 

「はーい!」

 

「あ、でも疲れたら言うんだぞ、休憩は大事」

 

「わかってるよー、もーしんぱいしょーだな~……そこがやさしくてすきだけど!」

 

「こらこら引っ付きなさんな」

 

 引っ付いたら将棋が出来ないでしょうに……何がどうしたらこんなベッタリ甘える子になったのか。

 人との関係は一夜にしてならずとは良く言うが、付き合いの長さだけが全てじゃないのかもな。

 

 何にせよ嬉しいし、良いんだけど。

 

 

 

 

 

 

 パチ、パチと将棋駒の音が鳴り響く。

 外は大晦日とありいつもに増して静かであり、たまに俺がアドバイスで声を掛けたり美羽が逆にアドバイスを求めた時にちょくちょく話す程度でゆったりとした時間が流れている。

 指し始めてから五時間が経過しただろうか、ちょくちょく小休憩や昼食も挟んだがそれ以外は熱心に勉強をしている。

 

 並の小学生ではないと常々思ってきたが、この子は中でもとてつもない一点集中型の天才だ。

 今見ても分かるが並の小学生が小休憩挟んだとしても五時間の内四時間を自分の得意、好きな分野と言えど出来るだろうか。

 しかも淡々と指す将棋を、だ。

 

 ただ美羽はいつもはどちらかと言ったらドジな方で、注意散漫とも言える。

 そこで俺は『一点集中』という仮説を立てた。

 

 最初見た『攻撃一辺倒の指し筋』もこれなら納得が行く。

 つまりは攻守二つの思考が出来ない代わりにどちらかに寄せれば桁外れの才覚を引き出せるという事だ。

 美羽は性格上勝ち気なタイプだから思考と合うのが攻撃一辺倒だった、と考察は簡単だが良く実践しようと思ったものだ。

 

 まあ簡潔に言うなれば『一つの事に極端に集中出来るが二つ以上の事には頭が追い付かない』という説明になる。

 

 そうであるなら非常に育てるのに苦労するが、覚醒したら一気に強くなるタイプ……のはずだった。

 

「よし。ちょっと集中力が切れてきたな……時間も少し早いが今日は大晦日だし切り上げよっか」

 

「ほぇ? ……あ、もうゆうがただ」

 

「めちゃくちゃ集中してたもんなあ、そりゃ気付かないよ」

 

「そっかあ……んん~、せんせーに言われたらつかれてきちゃったかも」

 

「そうかそうか、頑張った証拠だぞ。んじゃ俺は昨日から仕込んどいたすき焼き温めてるから風呂入ってきな」

 

「りょーかいですっせんせー!」

 

 さて、すき焼きを温めながらさっきの思考の続きをするか。

 本来美羽の様な子は非常にピーキーで自分の才能を自覚するのさえ厳しい事もあると思われる。

 もし自覚していてもコントロールしてくれる師を見つける難易度はかなり高い。

 

「そんな子がよりにもよって俺のとこに来てこの成長か……」

 

 俺が美羽みたいな子に合う先生になれるか、と問われたら間髪入れずにノーと答える。

 実際美羽は育っているが、俺の事を異常に信頼してくれているというイレギュラーが最大の要素になっていると推測している。

 

 俺としても最大限長所を伸ばす指導方法が最適と思いしているが、方針に反発、不信感を持たされようものなら間違いなく今の成長は無かっただろう。

 勿論そう言った感情を全て否定する事はしないが、指導方針を変えるとなったら今までの長所を伸ばし続けるスタイルでは無くなってしまう。

 しかも俺はまだ無名の新人プロ、嘗められる可能性も高いはずだ。

 

「ほんっと、俺みたいな奴を憧れにしてくれた美羽には感謝しか無いな……」

 

 普通今の棋士の憧れと言ったら名人、小学生だと比率的には八一や歩夢、篠窪さん辺りも人気がありそうな顔ぶれだろうか。

 渋いチョイスだが俺的には粘り強い将棋が信条の碓氷尊九段も捨て難い。

 

 閑話休題、端的に言ったら現タイトルホルダーや期待の若手が憧れの対象になる中、美羽が選んだのが俺だったから俺が指導して伸びてるという話だ。

 

「上がったよー、すきやきできた?」

 

「おう、丁度よ」

 

 だが難しい話ばかりってのも疲れる。

 折角弟子と初めて家で食べる飯だ、楽しく行こうじゃないか。

 

「いただきます!」

 

「ん、いただきます」

 

 思えば今年は三段リーグで必死にやって半年過ごして、プロになってからは苦しい毎日だった。

 が、八一の竜王戦が終わってからの約半月の方が俺には激動も激動な毎日だったと思える。

 

「ん~おいし~! せんせーってりょうりもじょうずなんだね!」

 

「まあ、俺の師匠があんまり料理しない人だったから恩返しついでにね。慣れると楽しいぞ」

 

 突然の弟子。

 一度は辞めようかとも思ったが、こんなにも毎日が楽しく、充実した師弟関係になるなんてな……美羽に会えて良かったし、俺も何か変われるかも知れない。

 まだ分からないが。

 

「そうなんだ~、わたしもこんどお母さんとりょうりしてみようかな?」

 

「特に女の子は料理出来るに越した事は無いだろうな。好きな男にはまず胃袋から仕留めるべしと良く言われてるしな」

 

「すきなおとこにはまずいぶくろから……じーっ」

 

 って回想と決意に浸ってる間に何か見られてるんですけど。

 待て美羽早まるな、その感情は多分そういうのじゃないから! 

 

 でも美羽の手料理自体は食べてみたいな……

 

「……オレヲミテモナニモデマセンヨ?」

 

「せんせー、好きな食べ物は?」

 

「玉子焼き! 甘めのやつ! ハッ!」

 

 まずい、つい答えてしまった。

 美羽の勘違いが加速してしまう……

 

「ふむふむ……メモメモ……」

 

 あ、何か書いてる……もしかして練習して作ってくれるのだろうか。

 それはそれとして嬉しいし作ってきてくれるかも知れないという妄想だけで幸せになれる。

 

 何だろう、多分こういうのが兄妹の日常ってやつなのかも知れんな……分からんけど。

 

「だったら本当に兄妹だったら良かったのにな……」

 

「え? せんせーなにか言った?」

 

「んあ? いや、何も……」

 

「そっかー」

 

 思わず本音を呟いてしまったが聞こえてないよな?

 

 美羽を弟子にしてからというものの、どうにも脳裏から離れない事がある。

 それが『本当の家族だったら』という事だ。

 こんな出会ってすぐに抱く様なものではないと分かっていても、これだけ楽しい時を貰ってしまうとそう考えてしまう。

 

 前世の17年と今世の11年、合わせての28年を過ごした地獄という監獄。

 

 それが嘘の様に、美羽といると忘れられる。

 

「な、美羽」

 

「なにー?」

 

「俺といるの、楽しい?」

 

「もっちろん! だってせんせーはあこがれでやさしくてカッコイイもの!」

 

「そりゃどうも。俺も美羽といると幸せだよ。毎日楽しいからさ。だから、俺を選んでくれてありがとな」

 

「えらぶもなにも、わたしはせんせーひとすじよ!」

 

 そんな可愛い、大切な、本当の家族の様に思ってる弟子の為に、次の対局は勝とう。

 

 数日後に迫った対局に向け、気合が入る。

 

 そしてあと数時間も経てば年越しだろう……気合ついでに来年の目標を折角だし決めておく。

 

 

 

 

 

『10勝』

 

 高い壁になりそうだが、憧れてくれてる我が弟子の為だ。

 その為にまずは一つ、勝たないとな。

 

 せんせーひとすじ、なんて可愛い事言う美羽の頭をそっと撫でながら闘志を燃やしていくのだった。




世に食べりゅ教があらん事を


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第十話『因縁の相手』

 

 七宝大吾、それが俺の次の対局相手だった。

 

 年が明け、盤王戦と玉将戦の予選が始まった。

 勿論ながら一次予選参加の俺は先に始まる玉将戦の対戦相手を見て溜め息を漏らさずにはいられなかった。

 

「初っ端からめんどいのと当たった……」

 

 七宝大吾新四段、つまり俺の同期に値するコイツは21歳の現役大学生棋士だ。因みに大阪大学文学部らしい。

 そして何かに付けて因縁を付けてくる面倒な奴だ。

 

 原因は三段リーグ時代にある。

 

 そもそも七宝は4シーズンで三段リーグを俺と同時に抜けた、言わば三段リーグ時代は俺の後輩みたいなもんだったのだが最初の2シーズンでなんと次点を二回獲得していた。

 次点二回となれば俺と同じ立場、プロになれるのだがそれを速攻で破棄、三段リーグを継続していた。

 

 正直それ自体はままある事であり、フリークラスの過酷な環境に入るくらいなら二位以上になってやると資格を使わない棋士もいるにはいる。

 だがアイツの問題は直後のシーズンにあった。

 

 良く思い出してもらいたいのだが、俺と七宝は同期。

 そして俺は次点を二回連続取得している。

 つまり、七宝は1シーズンだけランキングが俺を下回ったのだ。

 まあ四位だった訳だから誤差なのだが……

 

 それが心底気に入らなかったのか次シーズン最終戦で当たった時色々と嫌味を言われた。

 まあそこまでならただのちょっと性格悪い奴で済んだんだが、またここで思い出してもらいたいのが『俺は7シーズン目最終戦に勝って次点獲得を決めた』という事実だ。

 

 そう、俺はその嫌味を散々言われた七宝に勝っていた。

 他3シーズン全てで完敗していたのに勝ってしまった。

 

 そのシーズン奴は俺以外には全勝の17勝1敗の一位抜けで四段に上がったのだからそこまで恨まれる事も無いと思っていたのだが、この前関西本部でばったり会った時

 

「次は再起不能にしますから」

 

 と、ある意味殺害予告みたいな事を言われた。

 

 憂鬱になりながらも参考までにと成績を調べた俺は更に憂鬱になった。

 

「うわっ……」

 

 そこにあったのは『毎朝杯将棋オープン戦、七宝大吾四段が本戦進出!』の見出し。

 トーナメント棋戦の毎朝杯だが、一次予選二次予選含め五連勝若しくは六連勝が本戦への必須条件になる。

 それを新人ながら達成しているという快挙を成し遂げ、総合戦績は13勝2敗……実に勝率は.850を超えている。

 因みに俺の初勝利はそこの一次予選一回戦だ。

 二回戦? 察してくれ……

 

 そんな事もあり、同じ関西の仲の良い若手からはドンマイと肩を叩かれる程。

 

「うっせー! 負ける気は無いからな!」

 

 と言ったらその若手と周囲にいた棋士からは『変わったな』とか言われたが今はそれより勝ちが欲しい。

 

 確かにだ、確かに戦績を比べれば俺が圧倒的に不利だろう。

 1勝6敗vs13勝2敗とか誰が見ても察してしまう。

 

 虚勢と言われたら否定はしない。

 

「帰るか」

 

 関西本部での記録係の仕事も終わり昼下がり。

 対局は明日だがその明後日まで美羽が家にいる。

 何の因果か分からないが、予定より宿泊が伸びたあの子に決意表明が出来る分それが勇気になるはず。

 

 虚勢だが、ただじゃ死んでやらないんだからな。

 

 

 

 

 

「明日対局だから、あんまり構ってやれないかも……ごめんな」

 

「ううん、せんせーはプロなんだからたいきょくはおしごとでしょ? わたしはじぶんでべんきょーできるからせんせーはがんばってきて!」

 

 美羽の気遣いが身に染みる。

 二日連続で構ってやれないっていうのに本当に出来た弟子だ……

 

「ああ、ありがとう……なあ美羽」

 

「どしたの?」

 

 多少緊張するが、美羽に俺の気持ちをぶつけよう。

 それが俺が新たな俺として生まれ変わる為の意志だ。

 美羽に貰った気持ちへの、ちょっとした感謝なんだ。

 

「明日俺勝ってくる。美羽の為に勝つよ。俺は美羽を弟子にして、こんな良い子を弟子に出来て嬉しいし慕ってくれてるのも嬉しい。だから、明日の将棋は、勝利は美羽に捧げる。こんなヘボ指しな師匠だけど、カッコイイとこ見せてやるからな」

 

 声が震えていたのが分かる。

 負けたくないと、心から感じた。

 こんなに負けたくないと感じたのは初めてだった。

 三段リーグ時代もここまで『負けられない恐怖』を味わった事は無かった。

 

 美羽の手をそっと握りながら、俺はそれでも言い切った。

 

「だいじょうぶ……」

 

 そんな俺を、美羽は優しく撫でてくれた。

 

「せんせーのいいとこはせんせーがいちばん分かってるんだから、じぶんをしんじてさしてきて」

 

 倍くらいも歳が違う年下の女の子に撫でられるなんて、傍から見れば情けないにも程があるだろうが今の俺には一番の勇気になった。

 

 ずっと誰かを憧れ、追い掛け指してきた俺。

 今度はその自分自身こそが、憧れの存在であるならば。

 

「ありがとう、美羽……」

 

 絶望的でも、勝ってやる。

 

 

 

 

 

「……来ましたか、鍬中さん」

 

「そりゃあ対局日だしな」

 

「ええ、ええ、来てもらわないと困りますよ。何せ貴方の様な不甲斐ない成績の様な棋士にアマチュア時代とはいえ一回でも負けたのは私の黒歴史ですから。今日は貴方を、フリークラスから絶対に這い出てこれない程心を折って帰ってください」

 

 翌日、関西本部。

 静寂が支配する中、眼鏡を掛けたツリ目で細身の青年……今日の相手たる七宝大吾と対峙していた。

 

 しかしコイツ完全に恨んでるよなあ、あの対局。

 一位通過したんだからほっといてくれても……と、今までなら感じていたが今日だけはその殺意が追い風になる。

 

「……七宝、お前調子良いんだってな。毎朝杯本戦にも出場決めちゃってさ」

 

「貴方とは違ってねえ。私は勝つべくして勝っているまで。負けるべくして負けていた貴方の様に、ね」

 

「悪いが今日は簡単に負けない……いや、お前を倒す。かかってこい」

 

 挑発に挑発を返すと、七宝の眉がピクリと動く。

 お互いが相手を睨み睨み返し、対局時間となる。

 

「では対局時間となりました。始めてください」

 

「よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします」 

 

 さて、この七宝大吾という男だがスタイルとしては非常に堅牢な受け将棋を持ち味とし長期戦を好む鉄壁の持久力型。

 相手が何度攻めようが守り抜き、駒を増やしつつ弱ったところを物量で押し切る。

 

 そのスタイルと普段表情を崩さないポーカーフェイスから『鉄仮面』の二つ名を持つ。

 

 そしてその七宝が先手を持ち指してきたのは角道を開ける7六歩、だとするなら俺は……

 

「……4四歩、か。雑魚らしい奇襲戦法だな」

 

「博打にはなるが、な」

 

 敢えて角の軌道上に歩を進める手。

 これは一種の奇襲手であり『4四歩パックマン』と呼ばれている。

 これは相手に対して『取れるものなら取ってみろ』という挑発になり4四同角と歩を取った場合非常に激しい乱戦になるというのが見解。

 ただプロの見方ではこの同角で後手ではなく若干先手有利と出ている。

 

「ふん、お前如きが調子に乗りやがって……」

 

「なに……?」

 

 俺が指した理由としては、七宝が殴り合いが比較的弱いという面に懸けて勝負に出たという図式にする為だ。

 

 成功か失敗か……失敗したら一気に負けが近付く手なだけに冷や汗が流れる。

 

 ……嫌な予感がする。

 

 そしてそれは――

 

 

 

 

 

「調子に乗るなよ、貴様みたいな雑魚が」

 

「ぐっ……」

 

「ククッ惨めですねえ」

 

「クソッ……」

 

 的中した。

 乱戦に持ち込んだのは良い、良いが中盤から上手くかわされ始め形勢は七宝が完全勝勢。

 俺は攻めていたはずが守らざるを得なくなっていた。

 

「所詮は威勢だけですね。このまま私の糧になってください」

 

 ……形を作るか?

 

 このまま無駄な時間を使っても確かに惨めだ。

 負けを認めて形を整えて投了、いつもやってきた事だ。

 今回もやれば良いじゃないか……

 

「負けを認めりゃ楽? だろうな……だけどな。言ったよな、簡単には負けないってよ……」

 

 今までならそうしてきた。

 だが今の俺は、美羽という存在がいる。

 俺を『せんせー』と呼ぶ、弟子がいるんだよ……

 

「無様ですね……さっさと認めれば一応は良い試合だった風にしてやるというのに」

 

 どこに指せば良い?

 時間を伸ばすだけなら守りに入れば良いだけだがそれだと根本的な劣勢の解決にはならない。

 

 じゃあどうする。

 

 どうするどうするどうしろってんだッ……

 

『う~ん、わたしならまだまだせめるんだけどな~』

 

「……ぇ?」

 

 今、美羽の声が……?

 攻める? ここから……?

 

 グチャグチャになった思考に声が聞こえた。

 間違いない、美羽の声だった。

 指導している時の一幕、久留野七段から貰った『Fクラスの平均的実力の参考』として渡された棋譜を二人で指していた時の美羽の一言だった。

 

 こんな時でも、美羽が出てくるなんてな……

 

 思考に光が差した。

 

 探せ、探せ、探せ……勝ち筋を、光明を……

 

「………………見つけた」

 

 奇しくもこの劣勢から強引に攻める手だった。

 そこしか無いと、直感と経験則が告げていた。 

 

「今更どこに指そうが貴様みたいな雑魚……」

 

「確かに俺は雑魚だ」

 

「あぁ?」

 

「でも今の俺には弟子がいるんだよ。こんな雑魚にも弟子がいるんだよ。俺に憧れてくれた、俺に無いものをくれた弟子がいるんだよ……」

 

「それがなんだって……」

 

「そんな弟子がいるからには……いつまでもザコじゃ格好付かないんだよなあ!!」

 

 ボロボロの中で見つけた一手。

 それはまるで、俺と美羽の関係の様で

 

「ば、バカな……」

 

「もう一度言ってやる……『かかってこい』」

 

「この……この私が、負けるはずが……負けるはずが……いや……この手は……ここで……有り得ない……有り得ない有り得ない有り得ない……」

 

 それだけで心地良い気持ちが、俺を吹き抜けていった。

 

 

 

 

 

 その日、俺はプロ通算二勝目を挙げたのだった――



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第十一話『親子』

親子関係は、たとえ血縁が無くとも、思い合えばそこにあると信じて。




オリ棋士紹介

☆七宝大吾(21)
 段位:四段
 師事:葛西紀明八段(オリジナル)
 所属:関西
 順位:C級2組
 概要:受け将棋を得意とする新進気鋭の若手棋士。現役大学生と二足の草鞋をこなすインテリ派であり眼鏡がトレードマーク。
 普段はポーカーフェイスであり、『鉄仮面』の二つ名とクールな装いで徐々に知名度が付いてきている。
 ビックマウスで慢心癖はあるが将棋への信念は本物であり実は執念深い
 毎朝杯予選は六連勝の快進撃で本戦出場、公式戦十連勝と勢いに乗っていたが玉将戦予選一回戦、同期の鍬中駿四段との対局では珍しく終盤に動揺し崩れ敗れ3敗目(13勝)を喫した。


「『話題の新人棋士七宝大吾、連勝10でストップ。同期対決に散る』ねえ……」

 

 将棋連盟のニュース一覧にあった一つのページを読み、呟く。

 通常、予選一回戦なんぞわざわざピックアップもされないがこうして敗戦しただけで載ってる辺り七宝の期待値の高さや快進撃が窺える。

 ただ晒されてるという言い方にもなるから七宝にはドンマイとしか言えない。

 

 ……思えば、あの逆転の一手から投了まで露骨に手も表情も焦り出しあそこから僅か十数手で勝負が決まった。

 あの一手が無かったら負けていたのは俺だった……と、棋譜を見せ美羽を撫でていたら涙が溢れてきたのは俺と美羽だけの秘密だ。

 

 そしてそれ以外と言ったら師匠が俺より喜んでいた事とか八一、歩夢から祝いのLINEが来たと思ったら祝いの品がそれぞれ篠窪さんと碓氷さんのLINEだった。

 

 確かに二人とも何故か俺が行く研究会にいるし何か色々話すと盛り上がっちゃったしまた話せると良いですね、なんて言ってたけど二人とも元タイトルホルダーの超一流棋士だぞ?

 あと二人とも玉将戦リーグにいるし竜王戦の組も高いし……

 

 入れたら入れたで二人から直々に祝いのLINE来たし。

 

 超嬉しかった。

 

 

 それはさておき、今日何か師匠がこっちに来てるらしい。

 今年は新年に一回と昨日一回電話越しに喋ったくらいで直接会ったのも竜王戦第四局で結婚式やるから来てねなんて言う怪文書が送られて来た例のアレ以来だ。

 男女強豪がひしめく中寧ろいて良かったのかは甚だ疑問ではあるが気にしてはいけない。

 

「せんせー! きたよー!」

 

「よ、美羽」

 

 まあ祝ってくれるらしいから嬉しいには嬉しいし、師匠がけしかけたとはいえ俺の弟子の紹介やら何やらもしたいし……このタイミングなら師匠のお祝いにもなるか。

 という事でいつも通りの美羽と俺に加えて師匠がプラスワンされる。

 八一は今日は対局だから来れないらしい、まあ色んな棋戦勝ち進んでると予定立て込むんだろうなあ……

 

「今日はせんせーのおししょーがくるんでしょ?」

 

「そうそう。美羽は俺のとこ勧められて以来かな、会うのは」 

 

「そーだよ。ジンジンせんせーにはかんしゃかんしゃだよー!」

 

「ジ、ジンジンせんせーか……」

 

 しかし美羽の山刀伐師匠の呼び方は癖がある。

 そう呼んでくれと言われたらしく素直に受け取った末路がこれらしいが……鹿路庭さんじみてんなあ……女の人相手にはそう呼ばせたい趣味でもあるのかあの人は。

 

 ……いや、あの人に限って女好きは無かったわ。

 

 寧ろ早く結婚してくれ師匠は……鹿路庭さんでダメって相当だろ……ああいやこの世界のあの人は『ある奴』の本命だからどちらにせよダメか……

 

「やあやあ駿に美羽ちゃん、待たせたねっ☆」

 

 噂をすれば何とやら、師匠のお出ましだ。

 39歳にして出会い頭にウインクしてるのも最早懐かしい……39でウインクして許される人間なんてそうそういないんだぞ全く。

 

「お久し振りです、師匠」

 

「ジンジンせんせー! おひさー!」

 

「はーい、お☆ひ☆さ☆元気そうで何よりだよ~」

 

「はぁ……師匠、美羽に何仕込んだんですか……」

 

 本当はもっと言葉遣い云々を指摘すべきなんだけど、師匠に限ってはもう良いや……美羽も他じゃしっかりしてるしな。

 

「まあまあ固くならないでよ☆それより今日はお祝いなんだから楽しもうよ、ねっ」

 

「全く師匠は……色々話したい事もありますから取り敢えず上がってください」

 

 だがこの軽さのお陰で勝てた対局もあるし、何だかんだその性格自体好きなんだよなあ、と口に出すと多分ものすごい事になるので言わないでおこう。

 

「さてさて、それじゃあまずはプロ二勝目おめでとう!! しかもノリに乗ってた若手相手らしいし誇らしいよ! やっぱり自慢の息子だ!」

 

「お、大袈裟っすよ師匠……」

 

 部屋に上がって第一声からめちゃくちゃ嬉しそうじゃん師匠……何だよ何だよたかが予選一回戦での勝利なのに凄い嬉しくなるじゃないか……!

 

「大袈裟な話じゃないよ! 棋譜を見たけど前までの試合と比べて大きく殻を破れてる様に見えたし、一勝以上の大きな大きな価値になるはずさ!」

 

「ありがとう……ございますっ……!」

 

 11歳の頃から面倒を見てくれた師匠。

 それは将棋を通じた師と弟子の関係という事だけではなく、大人と子どもとして、父親と息子として面倒を見てくれた。

 そう思うと、やっと恩を返せるかもしれないと思うと、目から熱いものが流れてくる。

 

「ははは、駿は昔から泣き虫だったけど久々に泣いてるとこ見たよ」

 

「ちょ、師匠……子どもじゃないんだから撫でるのは……」

 

「……親に取ってさ。子どもっていつまでも子どもって良く言うよね。あの意味が分かった気がしたんだ」

 

「……ッ! ありがとう……親父」

 

 今まで一度として言わなかったその単語。

 ずっと俺の事を息子として接してくれていたこの人の事を、俺は拾ってくれたあの日から尊敬してるし、いつでも帰ってこられる場所だと思っていた。

 だが、それでも『家族』と受け入れる事は出来なかった。

 それは親父のせいじゃなく、前世も今世も、血の繋がった実の両親や親戚から家族と思ってもらえなかったから。

 家族というものが分からなくて、嫌いで。

 街中で仲良さげな家族連れがいるだけで忌々しく思った事だって何度もあった。

 

 だから言えなかった。

 

『親父』と、そう呼んであげる事が出来なかった。

 

 でも今分かったんだ。

 ほんの小さな勝利に過ぎない試合を、その棋譜を、大切そうに抱えて持っていてくれたその心。

 チビの頃、負けて泣いていた時、勝って嬉しい時、両方の時にしてくれた、優しい顔で撫でてくれる事。

 その瞬間に感じた気持ち。

 

 これが『家族を想う』って感情なのだと。

 

「駿……」

 

「今まで呼んでやれなくてごめん」

 

「……良いんだよ。駿が家族を知らないのも、家族が嫌いなのも知ってたからさ。でもさ、だからこそ……ははっ、泣いちゃうくらい、嬉しいんだよ……」

 

「俺を育ててくれてありがとう、親父……」

 

 親父が泣くところなんて、初めて見た。

 あの人としてもこの歳でまだ未婚なんてなれば子どもを育てるなんて苦労に苦労を重ねたんだろう。

 そう思ってしまうと更に涙が止まらなかった。

 

 そんな俺の手を、小さい手が握ってきた。

 

 ……美羽。

 

 まだ状況が掴めていないのか少し困惑している様だが、悪い事ではないと察しているらしかったこの子にも、家族というものを多少ながら教わったっけ。

 

 美羽との交流もまた、家族が何なのかを知れた大事な要因だな。

 

 ありがとう。

 

 

 暫く、『親子揃って』泣いていたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

「……さっきは勢いで言いましたけど、普段は師匠呼びですからね!」

 

「え~駿ったらツンデレかな?」

 

「ちゃうわ!」

 

 泣き終わったら羞恥心が押し寄せてきた、案の定である。

 普段から親父呼びしてたらアンタ調子乗りまくって暴走するだろうが……師匠兼親父の存在が公衆の面前で暴走されたら耐えられないからやめてください……

 

 と、いつも通りに戻ったところで美羽から爆弾が投下された。

 

「せんせーね、たいきょくのまえの日に『美羽の為に勝ってやる』って言ってくれたの! きゃーてれちゃうー!」

 

「……ほほーう、弟子にした当初は自分には荷が重いとか言っていたらしい駿がデレるとはね。やるじゃないミハミハ☆」

 

「美羽ー!? それは恥ずかしいから言わない約束だよねー!? 美羽さーん!?」

 

 アレに関しては、流石に恥ずかし過ぎるから内緒って言ったはずなのに……うぐぅ、そんなに自慢したかったのか……全く……

 

「ダメだった?」

 

「ううん、かわいいから許す」

 

 あざとい上にマセてやがるよ美羽の奴……可愛すぎかよ……許すに決まってんじゃん……

 

「って! それよりこっちもお祝いすんじゃん! 師匠、賢王戦挑戦者おめでとうございます!」

 

「おめでとうございますー!」

 

「お、知ってくれてたんだね。ありがとう☆」 

 

 危ない危ない、俺にとっての本題を忘れるところだった。

 賢王戦……前世でいう叡王のタイトル戦だ。

 前世じゃ2017年にタイトル戦に昇格したが、原作のりゅうおうのおしごと!ではどうやら17年度にタイトル戦昇格は無かった。

 が、この世界はどうやら原作よりも前世寄りらしく、去年の第三期から名人や竜王といったものと同じ格になった。

 今期は一般棋戦からの昇格とあり方式が変則的で前期賢王は待ち構えるのではなく本戦トーナメントからの参戦。

 賢王持ち同士でない対局も有り得た。

 

「そりゃ師匠の初タイトル戦ですから」

 

「いや~挑戦出来そうな場所にはいたんだけど、ようやくだね☆」

 

「相手は月光十七世名人……賢王がそのまま上がってきた形ですね」

 

「相手にとって不足なんてある訳無いよね☆」

 

 お分かりいただけただろうか……前期の賢王はあの月光聖市さんだ。

 しかも何の改変か、タイトル総獲得数は33、一般棋戦優勝も前期賢王で30、名人獲得通算十期獲得、八連覇の功績で現役中の永世名人襲名を許される、と原作を遥かに超えた偉人と化していた。

 

「その楽観的な姿勢が何とも師匠らしい……頑張ってくださいよ。その……思ってる以上に嬉しいんですから」

 

「……息子に後押しされちゃあ、気合も入るよ」

 

「がんばれージンジンせんせー!」

 

「ありがとねえ~」

 

 その偉人とウチの師匠、どっちが勝つか?

 

 ……そんなの決まってるだろ。

 

「……偉人だろうが永世名人だろうが、なぎ倒してくれよな、親父……賢王取ったら一日何でも聞いてやる」

 

「嘘は……無いね?」

 

「男に二言は無い」

 

「勝ったらパパ呼びでね☆」

 

 

 

 

 

 え? 何か言っ……あ、終わったかも。

 

 そして時は流れ二月を迎えるのだった――



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第十二話『過去話・八一と天衣』

 何故原作より距離が近いのかの伏線を回収しに


 今作八一とヒロインズの現構図(?は開示前の情報)

 あい→八一:憧れで大好き(LOVE)な人。どうにかして想いを伝えたい 呼び方:『ししょー』、『?????』
 八一→あい:大切な弟子で可愛い妹みたいな存在だったが恋心を自覚。

 天衣→八一:大好きな兄でせんせえ、とっくの昔からlikeではなくLOVE 呼び方:『せんせえ』『八一くん』『?????』
 八一→天衣:大切な妹。弟子というより妹。……だったが……?

 銀子→八一:素直になれないが側にいたい、初恋。 呼び方:『八一』
 八一→銀子:怖いが何だかんだ超が付く程大好き。姉妹という概念を感じはしないが家族的存在


「ねえせんせえ」

 

「ん、どうした天。こんな深夜に」

 

「私、夢を見たの」

 

「どんな夢を見たんだ?」

 

「……『今の私』と『今のアンタとあの二人』と『お父様』。そのみんなで、将棋をしていたの。大きくなったね、強くなったねって……お父様が撫でてくれて……」

 

「天祐さんの……」

 

 思い出すのは小、中学生時代。

 アマチュア名人だった天の父親、天祐さんと当時名人位だった月光さんとの記念対局。

 あそこで偶然にも両者が気付かなかった詰み筋を発見したのをきっかけに夜叉神家と家族同然の付き合いをする事になった。

 

 尤も、天祐さんと一番対局したがってたのは駿だったけどな。

 

 気付けば駿に誘われる様に俺と歩夢も加わり。

 小さかった頃の天も含め五人で盤を囲んでいたのがその時代の思い出とも言え、第二の師匠みたいな存在にも思っていた。

 

 だが。

 

「女流棋士になったよって言ったら、おめでとうって、撫でてくれて……暖かくて……でも起きたら何も無くて。分かってても悲しくて、寂しくて……」

 

 あの人は、事故で逝ってしまった。

 竜王になって二人の師匠に恩返しをする――その夢は叶える事は出来なかった。

 

 だからせめて。

 約束を果たしたかった。

 

 

 

 

 

「……なあ、八一くん」

 

「どうしたんですか、天祐さん?」

 

 あれは事故で天の両親が亡くなる一ヶ月くらい前。

 当時三段リーグでの調子も良く、そろそろプロを見据えられる位置まで来ていたある日の指導対局中の事だった。

 いつも明るい口調の天祐さんが、少しだけ暗い面持ちで俺に問い掛けてきたんだ。

 

「万が一、万が一僕と妻に何かあったら……天衣の事を頼んでも良いかい?」

 

「いやほんとにどうしたんですか!? 不吉な事言うのは『将来ロリコンになるぞお前』とか言ってる駿だけにしてくださいよ!」

 

 あまりに突然で、突飛押しもない事だったからかタチの悪い冗談の一種だと思って返してしまった。

 でも仕方ない話だと想う。

 俺より遥かに年上とはいえまだまだ大人としては若くて、天もまだ小さい頃からそんな事を言われてはいそうですか……なんて返す方がそれこそ異常だ。

 

 でも本当は分かっていたはずなんだ。

 真剣に聞いているのだと……俺がそれを、最悪の事態を考えるのがただただ嫌だっただけだという事を。

 

「ごめんね、突然で。でもこれは八一くんを信頼しての事なんだ。三人の中でも一番天衣と仲の良い君だから」

 

「……頼むってどういう意味ですか?」

 

 だから次には観念してしまった。

 いくら冗談と流したくても、真っ直ぐなまでに真剣な目には逆らえなかった。

 

「もしも僕も妻も、どっちもいなくなってしまったら……天衣が成長して一人立ちするまでで良い。家族になってやってほしいんだ」

 

「家族に……」

 

「肉親って言ったら僕の父もいるけど、僕らの次にあの子の側にいて、仲良くしてくれたから。本当の兄妹みたいだって、僕が思えたからさ……」

 

 天衣とはアイツが2歳の頃から良く遊んだり将棋を指していた。

 初めて会った頃はまだまだ素直で可愛かったが、この時はもう今みたいな感じだったっけ。

 そういうところもまた可愛いし、本質は変わってないんだが。

 

 そう思うと、妹っていうのも間違いじゃなかったのかも知れないな。

 

「まあ、二人は関東住みですしね……ごほん、無いとは思ってますけどそういうのが無くても天は俺の妹みたいな奴なんでアイツの事はこれからも任せてくださいよ!」

 

「はは、頼りになるなあ」

 

 まさか本当に死ぬなんて思ってはいなかったけど、家族同然の付き合いは当たり前にするし天祐さん達共々ずっと続いていくものだと思ってたからそう答えたんだ。

 

「君みたいな優しい存在が天衣の兄代わりで、将棋の先生になってくれるなら、きっとあの子は女流棋士にも……」

 

「今の俺じゃまだ半人前だけど、必ず竜王を獲って天を正式な俺の門下に、弟子に迎えに行きます。それまでは寂しい思いをさせるかも知れませんが……必ず約束します。あの子を、女流プロにしてみせるって」

 

 兄として。師匠として。

 荷が重いという人間もいるだろうが、家族として、将棋を指す仲間として、そもそもどっちも天が俺を離れるまでは少なくともやるっていうのは当たり前に感じていたから荷も何も無かった。

 

「あ、でも迎えに来た時多分物凄い怒られると思うからその時は助けてくださいよー」

 

「天衣は寂しがり屋だからなあ、頑張るさ」

 

「……なるべく早く獲ってきます」

 

 迎えに来るとは言っても普通に構いには来る予定だったし実際そうだったけどな。

 頻度はかなり落ちたが、そのせいもあって早く竜王を手に入れるんだと奮起出来、奇跡的に16歳で師匠として天を弟子に迎え入れる事が出来た。

 

「楽しみにしてるよ」

 

 ……その楽しみにしていた当人は、既にいなかったけど。

 

 まあこの日はこの後、何なら今すぐにでも天衣の花嫁姿が見たいとか打って変わっていつもの親バカになった天祐さんに乗っかる様に現れた駿によって速攻で撮影会場が確保され、後日色んなドレスやら白無垢やらを着て撮影を楽しむ天がいたとか……何故か隣にはタキシードの俺がいたが。

 

 こんな幸せのすぐ後に死ぬなんて、アンタ鬼畜だよ天祐さん……

 

 

 

 

 

「遅いわよ、クズ竜王!」

 

 それから数年経って去年。

 巡り巡って来たチャンスをモノにし竜王のタイトルを掴んだ俺はタイトル戦前に会ったっきりの数ヶ月振りに夜叉神家……亡くなってから引き取られた天の祖父、弘天さんの家だが、に来ていた。

 

 で、軽く弘天さんと話しながらいつもの部屋に来た途端に発せられた天の一言がこれだった。

 

「悪い、遅くなった」

 

「ほんとよ! わたしがどれだけアンタを待ったと思ってるわけ!? クズ! ノロマ!」

 

 無理ゲーだろ、と言いたかったがコイツの寂しかった日々を思えば言う事は到底出来なかった。

 証拠に罵倒してきたかと思った後にはすぐ抱き着いてきた、甘えん坊で寂しがり屋な本質はやっぱり治っていなかった。

 

「さみしかったんだからね!! おじいちゃまの事は大好きだけど、お兄ちゃんの事も同じくらい大好きなんだから!!」

 

 お兄ちゃん……今では全く言わなくなった、というかその日が最後だっただろう言葉でこの日でですら一年ぶりに聞いたんじゃないかってくらいには珍しかった。

 小さい頃、良くお兄ちゃん、お兄ちゃんと言って膝の上によじ登ってきていたのを思い出す。

 

 多分、この時天は昔の記憶に、竜王を獲れたら弟子にしてあげるって言った思い出の記憶に天祐さん達を見てしまったんだろう。

 

 そっと抱き締める。

 チビだった時は良くしてやったが、今も本当にコイツは小さい。

 この時も同じ事を思っていた。

 

「ありがとう……俺も天の事、大切な妹だって思ってるから……」

 

 

 

 

 

「俺も……竜王になって戻ってくるって言ったのに結局天祐さんに見せられなかったのは悔しかったし泣いたよ」

 

「……泣きたい時は泣いたら良い。今は俺以外誰も見てないんだから。でもあいを起こしたら悪いし……ほら」

 

 天祐さんが亡くなってから俺が泊まりに来た時も、泣いていた天を布団に入れた事があったな、なんて今度は天が泊まりに来た構図に少しおかしくなりながらもそっと天を布団に入れ、抱き締める。

 

「うぅっ……おとうさま……おかあさま……」

 

「こんな事しかしてやれなくてごめんな」

 

 抱き締めながら、安心出来る様にと背中をゆっくり、優しく摩ったり軽く叩く。

 

 次第に落ち着いてきたのか、震えていた身体が少しずつ収まっていくのが分かる。

 

「良い……安心出来るから……お兄ちゃんの腕の中、おとうさまに似てるから……」

 

「俺が天祐さんに似てるのか?」

 

「……あやし方が似てる」

 

 思い当たる節しか無かった。

 最初天を泣かせてしまった時、泣き止ませ方が分からずあたふたとしていた俺の前で天祐さんが天にやっていた事の見よう見まねをアレンジしたものだからだ。

 

「ははっ、そうか」

 

「ねえ、八一くん」

 

 笑って誤魔化そうとした、が、それよりも上目遣いで静かに名前を呼ばれビクッとなる。

 さっきまで幼かった雰囲気の天衣が何だか少しだけ大人っぽく見える。

 

「そ、その呼び方ビックリするな……」

 

「ふふっ、おとうさまのマネよ。いつか貴方の事を兄より特別な存在に思ったら言うって決めてたの」

 

 特別な存在……俺も相当鈍感らしいが、その言葉が分からない程、ではない。

 

 告白。

 

 暗に天衣の目はそう言っていた。

 

「俺は……」

 

「言わなくて良いわよ、どうせあいとかアレにも似た事言われたかされたかして気持ちが決まらないんでしょ?」

 

「見透かされてら……」

 

 しかも思考まで見通されていた、こういう面で天には勝てない。

 竜王として迎えに行った日もあいの事がバレたりしたし。

 

「だから、決まるまで返事待ってるから」

 

「……ああ、分かったよ」

 

 無論考えてはいる。

 真摯に向き合って、誰かの気持ちに応えるのが最善だってのも分かってる。

 

 

 こうなった以上、決断は早くしないといけないかもな……

 

 

「でも、もう少しだけ……」

 

 このままの関係で。

 隣で寝てるあいの髪を撫で、いつの間にか眠った天をもう一度抱き締めながら、眠りに落ちていった。

 

 部屋の片隅にある俺達の集合写真の中にいる天祐さんが、一瞬光った気がした。



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第十三話『予選進捗とバレンタイン』

自分で決めたかったけど悩んでこの形にしました(アンケート)
あと今後主人公が雑魚になり得なくなる可能性があるのでタグから外しました(主人公雑魚のタグ)


 ――二月十三日・日本将棋連盟関西本部 盤王戦・予選トーナメント第4ブロック三回戦

 

「はぁ……はぁ……」

 

 両者共に一時間半の持ち時間はとうの昔に使い切り、真冬の一番冷え込む時期だというのに額から汗が流れ落ちる。

 それは相手も同じ様で、肩で息をしながら頻繁にハンカチで顔をトントンと叩いている。 

 

 俺は一月に玉将戦予選一回戦で勝ち星を掴んで以降綱渡りではあるがこの盤王戦と共にギリギリで予選を勝ち進んでいる。

 玉将戦に至っては一次予選ながら決勝までこぎ着けた。

 

 逆に考えればまだまだどちらも予選が続いている訳だが、十月に四段になり十二月まで1勝6敗だった棋士がここに来て五連勝。

 勝率は年度〆が近付くこの二月中盤以降で奇跡的に五分五分になった。

 

 ……というか現状この二棋戦以外負けてるからどっちも落としたら五月の棋帝戦まで無給になる。

 それはまずい非常にまずい。

 プロ棋士という名のニートが師匠とか美羽の教育に悪い、悪過ぎる。

 

 まあ何だかんだ勝ってはいるから良い。

 が、それもこれも全ては美羽が来てから変わったんだ。

 あの子を育てる内に、将棋をするのが楽しくなっていた。

 無論今までもそれなり以上に好きでなければいくら親友達とやっていてもきっとどこかで挫折していただろう。

 だが、心の余裕というものが無かった。

 好きであると同時に、直感的に『これが自分の全てなんだ』と生きる為の術、親友達と俺との繋がりだと強迫観念に近いものを持ちながら指していたのかもしれない。

 

 今も言ってしまえば強迫観念に近いものは持っている。

 ただそれが前述したマイナスの事ではなく『美羽に良いとこ見せなきゃ』『八一や歩夢と公式戦で指したい』という希望的なものに変わったのが大きいんだと思う。

 

 その頃から、美羽と指していた時に出てきた形や今まで見えなかった手が出てきて勝ちにも繋がり今に至る。 

 

 出来すぎなくらいの順調さだが慢心は絶対にしない。

 今まで負けてきた分勝ちまくらないと十年後に引退が待ち受けている。

 

 どんな形だって構わない。

 美羽の師匠で、プロでいられる時間が少しでも長くありたい。

 

 相手を見やる。

 どちらも一分指しに変わり局面はみるみるうちに変化していく。

 対局相手は三十代半ば、振り飛車党の六段棋士。竜王戦5組から上がった事は無いが6組で通算三度優勝し、一度1組の棋士に勝った事もある実力者。

 毎回ながら不利を予想されているが今回だって負けてやる気は無い。

 

 常温のスポーツドリンクが火照った身体を落ち着ける。

 闘志も必要だが盤面を大きく見る冷静さも欠けてはいけない。

 

「くっ……」

 

 っと、ここでお相手がかなり無理やり攻め込んできた。

 強引とは言ったがこの博打攻めで6組を三度優勝し六段になった運を持つ相手故に対応を間違えれば一気に戦況はあっちに傾くだろう。

 折角ガッチリ守りに入っている俺の玉だが暴れ回られてはどうしようもない、ここは守りを崩してでもしっかり咎めに行くべき。

 緊張はするがそれ以上に痺れる戦いになるか――

 

 

 

 

 

 結果から言えば俺は勝った。

 あれから更にハチャメチャの殴り合いをした後に目が回る様な思いをしたが気力だけで勝ち切った。

 記録係をした仲の良い棋士(対七宝戦前肩を叩いてきた奴)の情報によれば戦後……八位?くらいの319手とかだったらしい。

 良く分からないがそんな微妙な記録なのに連盟のニュースに出るとか言われた、ちょっと前八一と歩夢で戦後最多手数話題にしたのにそれで良いのか将棋連盟……

 

 

 まあそれは良いが、ふと思えば今日は二月十三日だ。

 次の日何かイベントがある気もしたが今日勝ったのがチョコの代わりになるだろう、何のイベントかは知らないが。

 

 あと何やら今日はJS研で女子会をしてるとか何とか言ってたっけ。

 

 俺はお前が羨ましいよ、八一……

 

 対局室近くのベンチで力尽きほぼ抜け殻になり、勝ちを噛み締めながら怨念を送るのだった。

 

 

 

 

 

「やあやあ八一くん」

 

「んお、なんだ駿か……機嫌良いな」

 

 対局で勝った翌日は非常に気分が良い。

 今日の美羽の指導は昼からだから朝は時間が余るが今回は八一とあいちゃん達の指導風景を暇がてら参考にする為に来ていた。

 

「最近ようやく勝ててきてるからな。たまにはお前の指導風景も勉強にしようと思ったんだ。ってあいちゃんはいないのか」

 

「美羽ちゃんの事気に入ってるんだな……まああいなら近くまで天を迎えに行くって言ってたからもうすぐ来るだろ」

 

「あたぼーよ、あの子のお陰で何か色々掴めそうな予感がしてる。それに美羽もそろそろ研修会試験受けさせるつもりだし」

 

 何も暇だからわざわざ来たというのが全てではない。

 美羽の成長速度で行けば今月末辺りには研修会試験はFだったら完璧に合格出来る水準にまで到達出来るだろう。

 念には念を、というところでEクラスレベルに仕上げるのに少し時間が掛かったが順調も順調である。

 

「そうか、遂に受けさせるんだな」 

 

「綾乃ちゃんと同格レベルになったと見てるからな。最近勝った負けたと五分五分になってるらしいし」

 

「昨日なんて澪に勝ったぞ」

 

「ほんとか! D2の澪ちゃん相手に勝てたのは心強いな……」

 

 因みにだが綾乃ちゃんと澪ちゃんはこの1ヶ月程でクラスアップしてそれぞれE2とD2になっている。

 しかしあの引き出しの多い戦法が特徴の澪ちゃんに勝てたというのはクラス以上に大きいものがある。

 つまりは色々な戦法のD2レベル相手に勝てるチャンスが出てくる。

 ……周りに引き上げられ適応していくタイプの子だから出来る限り高い位置からスタートさせたいとは思っていたが、Dクラスから始められるのだとしたら現状最高の位置かも知れないな。

 

「ししょー! ただいまです!」

 

「……今日はくわなかもいるのね」

 

「あれ? せんせーだ!」

 

「ではお嬢様、私はこれで」

 

 と、あいちゃんと天ちゃんのお出まし……待て、今美羽の声が聞こえたんだけど。

 

「うぇっ!? 美羽!?」

 

「わーいせんせーだー!」

 

 急に抱き着いてきたのは良いし嬉しいんだがそれより何故美羽……

 

「いつもありがとうございます晶さん」

 

「いえ、こちらこそお嬢様と九頭竜先生の仲は存じていますのでお易い御用です。では」

 

「あ、はいお疲れ様です」

 

 色々考えてみたが現実逃避していたバレンタインの文字が襲い掛かってくる。

 まさか美羽、八一に惚れてるんじゃ……ば、バカな……いくら八一が将棋界のトップスターとは言え美羽まで魅了するのか? あ、有り得ん……

 

「おーい、せんせー?」

 

「はっ、俺は一体……」

 

「そういや美羽もいるのな。今日は特にJS研は揃わないけど大丈夫か?」

 

「うん、おひるからはせんせーのとこだし。それに今日はチョコあげるのがメインなのよ!」

 

 有り得てほしくなかったぁ……

 ぐぬぬ、だが妹の恋路ならば邪魔は出来まい。それに非常に悔しいが八一なら信頼出来るし? 俺は良いもん……

 

「ああ、前言ってた『日頃の感謝』ってやつか?」

 

「そうよ! いつもくずりゅーせんせーにはおせわになってるからね!」

 

 ってそういう事か……いや俺は分かってましたし?

 つ、強がりじゃないぞ……

 

「……そこの駿が露骨に百面相してるんだが」

 

「はぁ、どうせ焼きもちでしょ?」

 

「はいししょー! ほんめーちょこです!」

 

「いやどストレート!!」

 

「私も……本命なんだからね」

 

「天もどストレートだ事……」

 

 安心した隙にリア充のやり取りをするな、非リア充はそれを見ると死んでしまうんだぞ!

 

「はいくずりゅーせんせー! これ三人でつくったの!」

 

「はは、ありがとうな」

 

「八一くぅん……君って人は……君って人はッ……」

 

「だから山刀伐さんのマネはやめてくれ! 普通にビビるから!」

 

 いくら本命じゃなくても美羽のチョコを貰いやがって……羨ましいんだよこの野郎! だから少しくらい師匠のマネして脅かしても許される! フハハ!

 

「……じー」

 

「ん? あれ? どした美羽」

 

 八一を弄ってたら隣に美羽がいた件。

 なんか凄い見られてるが可愛いので取り敢えず頭を撫でておく。

 

「ふにゃ~」

 

「よーしよしよしよし」

 

 うーん、可愛い。

 まあそれはさておきだ。

 

「何か俺に用あったの?」

 

「……わたし一人でつくったチョコ、せんせーのためにつくったんだよ」

 

 ……それこそ鳩が豆鉄砲を喰らった、という表現になる。

 

 後に俺が歩夢に語った時の冒頭に言った言葉だ。

 

 生まれて早十九年……前世を含めて三十六年……当たり前だがチョコに恵まれるなんてある訳もなく。

 プロ棋士になればファンとか付くかなーなんて甘い時期もあったが早々に打ち砕かれ。

 チョコ貰えずに四十年の大台は必至かと覚悟はとうの昔に決めていたが……

 

「………………ま、マジ?」

 

「せんせーはだいすきなせんせーだからとくべつに! ね!」

 

「美羽……お前ほんっとうに良い奴だな……」

 

 神ってこの世にいるんだなって。

 そう感じた。

 

 後日それを聞いた歩夢はファンから大量のチョコが贈られてきたエピソードを話した。

 そこから先、俺の記憶は無かった。



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第十四話『覚醒』

更新時間を変えてみました

原作ではチョイ役だけど実際にいると心強い人々と仲良くなっていく鍬中は多分人徳には超恵まれてるし天性のコミュ力がある


 研修会試験……それは一度の試験で合格、となるものではなく二回に分けて例会日に、計八局で行われる。

 F2という最低クラスでもアマチュア二段が必要であり、Aクラスになると五段が平均値となる。

 

 特に女性ともなると有段者自体が割合非常に少なく、それも小学生となれば中でも人数が絞られてくる。 

 その為甘く見られる事もしばしばあったのだが、幹事の久留野七段曰くダブルあいちゃんのお陰で喝を入れられたかの如く今は逆に超警戒対象だからなにかの参考になれば……と先月の研修会の棋譜を何枚か参考にし美羽の育成方針に取り入れてきた。

 

 その成果もあり二月の試験前半戦は初戦のF1クラスの子に圧勝、その後E2の子に三連勝という形で終わった。

 これを見る限り当初予定していたE2辺りで入れる算段は良い意味で裏切られそうだ。

 

 ……そう思うと綾乃ちゃんは対美羽対策が万全だったって話になるか。

 

 

 まあそんな話は良い。

 いや良いって訳じゃないが今はそれはさておかないとかなりまずい。

 

 

「これが……『トランスレーター』……」

 

 時は三月、盤王戦予選決勝。

 ここに勝てば挑戦者決定トーナメント……遂にここまで来てしまった。

 玉将戦の一次予選決勝より早く来てしまったこの棋士として初めての『決勝』という二文字の乗った大一番、何回か出場したアマチュアの大会ですら県予選決勝にすら縁の無かった俺がまさか……と噛み締めたいところではあるがまあそれどころじゃない。

 

『トランスレーター』と聞いたら今の若手棋士ならず上位陣、将棋愛好家達からも注目され始めた言わばホープ、将来タイトル戦に絡んでくるだろうと予測されている若手棋士だ。

 年齢は二十歳、名前は二ツ塚未来……原作を読んでいたとは言え今の残ってる記憶を辿っても於鬼頭帝位の熱狂的な信者だった事以外は俺は覚えていないがタイトル戦予選で当たる中では身内を除いて最も警戒すべきと位置付けていた棋士だ。

 

 実際現在進行形で大苦戦している。

 

「最近調子が良いって巷で噂にはなっていたが……まあこんなもんか」

 

 正直、対策はあれこれ考えわざわざ

 

「今度の鍬中くんの対局の対策がてら僕ら三人で研究会しませんか?」

 

なんて篠窪さんが誘ってくれて、めちゃくちゃ恐縮しながら前タイトルホルダー二人と雑魚一人で盛り上がった。

 篠窪さん曰く

 

「彼は非常に攻め合いのコントロールが上手い、場の支配力に長けている」

 

 と言っていた。

 何せ二つ名がソフト翻訳者の名を冠しているのだから当然だが棋譜は予想以上にエグかった。

 十年後には於鬼頭さんに並び立つ存在になりかねない逸材だ。

 

 ただ彼も全勝ではなく、碓氷さんが弱点を指摘していたのも大きかった。

 

「将棋ソフトは最短で詰ませに来るんだ。だから凌いで守備が若干手薄になった隙を見逃さず攻められるかが大事だね」

 

 碓氷さんはいつもは穏やかな人だが竜王三期に加え実際に二度二ツ塚四段を破っているので説得力が半端ない。

 篠窪さんも若手故の同じ立ち位置からの二十代前半で棋帝を獲得しているだけあり非常に切れ味の良い考察ばかりで凄かった。

 あと篠窪さんは最近調子が良いらしく、玉座戦予選通過に加え毎朝杯で名人(準決勝で歩夢が敗北)を破り、リベンジで優勝を飾った。

 

 閑話休題。

 そう言った研究会を開いてもらい対策を三人で一日中話し合っていたのにも関わらず100手を超えた辺りから押され始めた。

 

 いや実際は立ち会いで既に負けていたのだろう、組み合った瞬間にまわしを取られていた事にすら気付かないくらい素早い攻めに取り敢えず完全に守備に回ろうと弱気になったのがいけなかった。

 

「つまらないなあ……七宝四段を下したからにはポテンシャルはあると思ったんですが……このまま攻め切らせてもらいますよ」

 

 やっと思う様な将棋が指せて、楽しくなっていた。

 ここで勝ち進められるならば今後の棋士人生が丸っきり違う世界に変わる事だって有り得る。

 

 姿勢まで弱気になってどうする。

 

 これまで勝ててきた時の感覚を思い出せ。

 見えるはずだ。

 俺に将棋の才能なんてものは元より無い。

 あるのは積み重ねてきた勉強の記憶。

 足りない才能を勉強でギリギリなりたい直近目標の下限にはしてきたじゃないか。

 

 ……そうだ、まだ、今日負ける訳には行かない。

 

 

 何がまずいかの解答だ……『今日負けたら明日恥をかくのは誰か――』無残にボロ負けした棋士が師匠として弟子の随伴として研修会に出向く? 間違いなく俺は美羽に顔向け出来なくなる。

 ただでさえ将棋界的に、女流棋士は男性棋士の99%に実力で明確に劣っていると言われている世界で、その女流棋士を目指す小学生の師匠が弱い四段棋士なんてそれこそ研修会は良いとしてもどこでどう馬鹿にされるか分かったもんじゃない。

 

 確かに予選決勝というそこそこ大舞台を逃すのは辛いが再挑戦の機会はある。

 だが俺の将棋人生を変えるには今しか無い、直感的にそう思った。

 

 そしてそれは即ち『フリークラスから上がれる最初で最後のチャンス』――昇段一年目でおかしな話だと自分でも思うが、ここで崩れたら、負けて美羽に恥をかかせてしまったら……きっと立ち直れない。

 

 だったら勝つしか無いだろ?

 

「考えろ……」

 

 考えろ、見つけろ。

 七宝の時だって諦めなかったから勝てたんだろうが。

 確かに二ツ塚四段は篠窪さんの言う通り場の支配力に長けている……が、碓氷さんの言っていた通りなら何処かしらに綻びが出来るはず。

 

 今は耐えろ。

 

「チッ……粘るなあ」

 

 研ぎ澄ませ、研ぎ澄ませ、研ぎ澄ませッ……!

 

「才能なんて無くても、それでも……」

 

 勝ちたい――そう思った瞬間、脳ミソが揺れる感覚がした。

 

 脳が揺れ、視界がボヤける。

 激しい頭痛と目眩、吐き気を覚える。

 こんな時に一体なんで……しかしそんな素振りを見せてはいけない。

 

 一つ深呼吸をする。

 

 まだ持ち時間は幸い三十分残っている、冷静になれ。

 視界さえ直ればまだまだ指せるはずだ。

 

 目を閉じる。

 右ポケットに忍ばせてあるものを思い出す。

 ……そういやお守りになるかもって、美羽が自分の写真一枚持たせてくれたんだっけ。

 

 右ポケットに触れると、右手の震えが次第に消えていった。

 視界も徐々に戻っていく。

 

 頭痛や吐き気は……収まる気配は無いが、視界が明けさえすれば全て無視だ。

 

 よし……

 

(な、なんだこれ)

 

 さあ指してやろうと盤に目をやると、最初は何も変わらなかった戻った視界に一瞬ノイズが掛かりモノクロの世界で勝手に手が進んでいく。

 

 計100手は動いただろうか……

 

 しかしふと気が付くと元の視界で、手は進んでいない。

 

 幻覚……?

 

 いや違う。

 

 幻覚であそこまで鮮明に盤面が見えるのか?

 しかも丁度今この場面から、思いつきすらしなかった手順が見える訳が無い。

 

 しかもだ。

 頭痛や吐き気も視界がモノクロになった時に消えていた。

 あんだけグロッキーになっていた気分が消えていた。

 否……高揚感すら覚えるくらいに、気分が良いッ……

 

「雰囲気が……変わった?」

 

 二ツ塚未来は読みが深い。

 思考をソフトに寄せれば寄せる程研磨され、よりクリアに、より正確に手が見えてくるタイプだ。

 

「アンタ……つまらないって言ったよな」

 

「……それがなんだってんだ」

 

「今俺は……最高に面白い、よッ」

 

「ッ!? その手は……!?」

 

 だがソフトに寄せるとは言え彼もまた人間。

 全ての手を予測出来る訳では無い。

 予想外だったであろう勝負手にたじろぐ。

 

「クッ……」

 

 反撃の一手……だがそこはさっきモノクロに見えた場所……やはりアレは幻覚じゃない……自然とノータイムで駒に手が伸びる。

 

「ここだ……」

 

「チィッ……!」

 

 指すと同時に二ツ塚四段もノータイムで指してきた。

 流石に予想外でビビった……が、

 

「そこも予想通り、だッ」

 

 そこもまた見えていた手。

 ノータイムで殴り返す。

 

 そこから指した指し返したの応酬となった。

 双方時間にまだ十分以上の余裕を持ちながらの高速の殴り合い。

 だがこの場面鈍った方が負けだと俺は感じていたしあっちも感じていたのだろう。

 

 モノクロの記憶にある手を必死に紡いでいく。

 

「……」

 

 合わせて70手程だろうか、ノータイムで指し合った末に二ツ塚四段の手が止まった。

 

「お前……一体何が視えるんだ……」

 

 手が止まったと思えばそんな事を言い出した。

 

「さあな……」

 

「お、おちょくりやがってッ」

 

 ちょっと待ておちょくるってなんだよ……俺もさあなとか言ってる場合じゃないが俺にだって分かんねえんだよこれは!

 正体不明の症状だけど導かれてる気がしたから指したんだよこっちは……アンタの手が全てモノクロの記憶に映ってたものと同じだったのは素直に怖かったが。

 

「おちょくってるって訳じゃないんだけど……」

 

 パチリと指す。

 

 ふと盤面を見る――

 

「く……そ……負け……ました……」

 

 前に二ツ塚四段が投了。

 

 勝った……のか?

 

「あ、ありがとう……ございました……」

 

「……ありがとうございました……覚え……とけよ……」

 

 良く分からないが勝てたらしい……盤面を見るとなるほど、無我夢中で指していたがしっかり押し返せていた。

 しかし盤面が分からなくなるのはダメだな……あの症状も今日限りかもしれないし、もっと鍛えないと。

 

 それはさておいてもめちゃくちゃ嬉しいんだが。

 

 って感想戦しようと思ったらもうアイツ消えてるんだけど……七宝ですら我に帰った?とか言い出しはしたが感想戦は真摯に受けてくれたのに。

 

 

 因みにその後三十分以上立ち上がる事が出来ずに記録係の鵠記者……もとい山城桜花の女流タイトルホルダーの供御飯さんに介抱されたりしたのは余談である。

 

 恥ずかしい……



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第十五話『研修会試験当日』

過去に研修会で鍬中がやらかしてないはずもなく… 
若干サブタイトル詐欺かも…?


「さて、今日は二回目の試験だぞ」

 

「竹内美羽! きあい! 入れて! いきます!」

 

「おう!」

 

 壮絶なvs二ツ塚四段戦から一夜明け、良く分からない症状の後遺症も無く本日も絶好調である。

 今日は美羽の二回目の試験日ともあり万全を期して向かいたかったから本当に助かる。

 

 ここでもう一度前回の試験結果を出しておくがF1クラスに何もさせず圧勝、E2クラス相手にも自分のやりたい事をやった上での三連勝だった。

 つまり今回はE1クラス二人、D2クラス二人か若しくは最後に久留野七段直々に棋力を測りに来る可能性もある。

 

 久留野七段は三十代後半、全棋士出場棋戦、タイトルの獲得は無いが新人王に二回輝いており、今俺が勝ち進んでいる貴重な棋戦、玉将戦のリーグにいる一人でもある。

 順位戦もB1であり、棋力は陰りどころか年々高まっている様にも見える。

 A級棋士になるのも時間の問題と評価されている程だ。

 

 そんな棋士が研修会幹事である為か、ここ八年程活きのいい子どもが奨励会に入ってくると専ら評判が良い。

 八一と歩夢は一気にB1で入会したからあまり記憶には残ってないかも知れないが俺達三人久留野さん幹事の初期メンなんだよな……

 

 だが俺に関して言えば三人で同じランクで入会しようとか言っていたのに気付いたらC1入会になってて泣いた。

 そして初日の初戦から女流3級にフルボッコにされて更に泣いた。

 今となっちゃ俺と久留野さんとの笑い話になってるが。

 

 うっ苦い思い出が……

 

「せんせー? どうしたの?」

 

「ああいや……過去に研修会でやらかした嫌な思い出があったからな……美羽よ、強くあれ……なんてな。まあ前回みたくやれば最低でもE1クラスだ、リラックスしていけよ」

 

「もっちろん! まかせて!」

 

 因みにだがE1は半分嘘だ、美羽に気負わせない為に言っただけで今のあの子はD2上位陣レベルだ。

 現に同じくD2の中位にいる澪ちゃん相手にしっかり勝ち星が出てきている。

 まだ澪ちゃん相手だと五分ってところだが澪ちゃん、綾乃ちゃんはJS研だから手の内は割れているという前提で考えている。

 

 と、話してる間に到着だ。

 

「着いたぞ……ここが決戦の地だ」

 

「せんせーなんかかんなべせんせーみたい」

 

「そうか? まあ幼馴染だし、チビの時は関東にいたから八一以上にいっつも一緒にいたし癖かもなあ」

 

「ほえー、わたしとあいちゃん、てんちゃん、みおちゃんやあやのちゃん、シャルちゃんみたいだね!」

 

 そうだな……そう言えばJS研の関係性ってあの頃の俺達みたいだよな。

 みんなでワイワイと将棋をして、勝った負けた(俺は負けっぱなしだったから除く)と言いながらあの手はどうだこの手はどうだと盛り上がってたっけ。

 特に小学生なんて身近の同年代の将棋指しを探すだけでも一苦労しそうな中で俺達も恵まれていたとは思うがJS研は比じゃない。

 

 ただでさえ競技人口の少ない女流棋士、アマチュア小学生の女子の将棋指しとか良くあんなに集まったもんだ。

 

「……良い結果を持って帰ろうな」

 

「うん!」

 

 しかしあれだ。

 美羽の精神力は何度か語っているが尋常じゃないわ、緊張のきの字も無いし良く悔しがる性格だが美羽の師匠になって三ヶ月経つ今でも泣いた姿も見た事が無い。

 

 このメンタルは間違いなく才能……今日も魅せてくれるのだろうかと期待に胸を膨らませながら久留野さんのところへ向かっていくのだった。

 

 

 

 

 

「やあ、待っていましたよ」

 

「どうもっす」

 

「こんにちは!」

 

 入るや否や例の如く迎えてくれた久留野さん。

 物腰柔らかで人当たりが良く、子どもの心理思考を読むのが上手いという、研修会幹事にピンズドの人材。

 

 俺が入った時の幹事がこの人で本当に良かったと思っている。

 

「はいこんにちは。今日は二回目の試験ですね、頑張ってください」

 

「きあい! 入れて! がんばります!」

 

「冷静さも忘れずになー」

 

「わっかりました!」

 

 うーん凄い気合。

 闘志があるのは実に素晴らしい事だ、勝ちに貪欲になれるかどうかは棋士、というか勝負師全般で見ても重要な指標に繋がるからな。

 

 しかしどうも美羽は気合が入り過ぎる傾向がある。

『背中の傷は剣士の恥だ』という言葉がある様に、真っ向勝負で前のめりに倒れるのは美羽の美点だが、あれからも通っている道場で見受けられるものとしては空回りしている姿もチラホラ見掛ける。

 同格でもテンションが高過ぎると前勝てた相手にも負ける事があり、その姿は前のめりというか顔から一気にヘッドスライディング自殺をしている様に見えるくらいだ。

 

 最近は少なくなってきたが今日は大事な日、どうしたって心配になる。

 

「よーしリラックス出来る様に肩揉んでやる……ほらほらこっち来て」

 

「わーい」

 

 普通小学生相手に肩揉みとか提案すらしないが将棋指しだし、肩が凝るのは当時の俺で実証済みだ。

 痛くならない様に、適度に解す様に、血流を体全体に行き渡らせるのをイメージする。

 

「鍬中四段と竹内さんは実に仲の良い師弟ですね」

 

「ええ……最初聞いた時は師匠が決めちゃってて、名前も顔も知らなくて、正直困惑しましたけど。今となってはこの子が居てくれたお陰で今の俺があるって言えるくらいですよ。感謝してもしきれません」

 

「えへへー、もっとほめてもいいのよ!」

 

「よーしよし美羽は凄い子だぞ~」

 

「確かに、玉将戦と盤王戦で調子が良いですがなるほど……もしかしたら、近い将来玉将戦で会えるかも知れませんね」

 

「さ、流石にそこまで強くはなれてませんよ……はは」

 

 肩を解してやってる間少し雑談となったが、そうかそんなに期待されてるのか……マジでか。

 年が変わって二棋戦八連勝と波に乗れているが去年までほぼ負けだったし八連勝してもまだ通算9勝6敗だし……勝つ度に相手に押し負けそうになる頻度も高いからそろそろ負けるよ絶対……

 

 ごほん、今ネガティブになるのはやめておこう。

 

「と、よし! これで良い感じになったはずだ。熱意と冷静さのメリハリさえ意識すれば問題無い!」

 

「らじゃー! 竹内美羽、しゅつじんします!」

 

「はいよ! いってら!」

 

 何はともあれ今は美羽の対局に集中しよう。

 

 

 第一局、二局は予想通りE1が相手となった。

 初戦は中盤まで守備に徹するタイプ、カウンターを得意とする天衣みたいな指し筋だ。

 だが守りが丁寧な反面足が遅く、カウンターには時間を要するのが弱点の子だ。

 

「守備面だけならDクラスレベル、か……」

 

「前回は非常に良い成績だったので、一局目は守備に自信のある子を選出してますよ。楽しみです」

 

 序盤から攻め立てる美羽と守る相手とで対照的な試合展開になったが、中盤攻めに転じた隙を狙ったかそっちを無視して攻め続ける豪快な手筋で勝利。

 

「良くやった!」

 

「ぴーす!」

 

 二局目は澪ちゃんと同系統のオールラウンダーのE1クラスの現成績主席が相手になった。

 一局目を見ていたか攻めを強くした相手と美羽とで殴り合う展開となったが攻め合いなら美羽の独壇場、パワーだけで相手を強引に押し切り圧勝とは行かないまでもしっかり勝利してみせた。

 

「これは……予想以上に強い子かも知れませんね」

 

「自慢の弟子ですから」

 

「では次はD2クラス、と言いたいところですが大体の強さは測れたと思いますので最後に私と対局してみましょう」

 

 おっと、ここで予想外の一言。

 通常計八局必要ではあるが例外的に幹事が調整する事もたまにある。

 八一、歩夢の時なんて二局で終わってたし。

 

「久留野さん直々にですか」

 

「ええ、あの子には随分と素質があると見受けられます。入るクラスは殆ど確定していますが私自身で竹内さんの実力を見てみたくなりましてね」

 

「なるほど。それだけ美羽の実力を買ってくれたと」

 

「そういうところです」 

 

「美羽ー、最後は久留野先生との対局になるらしい。気ぃ引き締めてけよ!」

 

「りょーかい!」

 

 さて久留野さんの棋力はさっきも言った通りだが、その指し筋は型に囚われない『久留野ワールド』と呼ばれる独特の感覚と感性によって作り上げられている。

 言わば型破りなタイプで、この人と指す時は柔軟な対応がより一層重要視される。

 

 美羽と久留野さんの対局は……あいちゃんの時と同じ飛車角二枚落ちか。

 だが元より型破りな力戦派の久留野さんが的確に美羽の攻めを受け流している。

 

「ほう……」

 

 しかし美羽も怖気付かずガンガン攻め立てていっている姿勢は凄い。

 格上にも自分を貫けるのはそれだけで強味だ。

 

「ふむ……これはタフな試合になりそうだ。鍬中四段、申し訳ないですがバッグからスズメバチウォーターを」

 

「……分かりました」

 

 スズメバチウォーター……久留野さんの対局七つ道具の一つであり中でも空気清浄機と同格とファン内では噂される七つ道具上位二個の一つ。

 お値段1本648円の超高級品だ。

 

 それだけ美羽の実力に本気を出したい証拠なのだろうが……先生、気合入りすぎです……

 

 その後美羽はしっかり負けました。

 

 

「ま、まけたぁ……」

 

「まあまあ、相手は久留野さんだったんだしあの人を二枚落ちで本気にさせたってだけでも凄いよ」 

 

 美羽はあの対局が効いたのかバテてしまっていた。

 いつも俺と指してるって言っても久留野さんは俺と違ってエリートだし仕方ない。

 

「ははは、とてもガッツも攻めもある子でつい気合が入ってしまいました。竹内美羽さん、ではD2クラスでの合格にしましょう!」

 

「や、やったー! まけたけどごうかくしたー!」

 

「いやー良かった……順当なクラスってとこに落ち着けたかな……」

 

「竹内さんなら早い段階でD1に上がれると思いますよ。棋力に関してもメンタルに関しても非常に素晴らしい子でした。良いお弟子さんを持たれましたね」

 

「あ、ありがとうございます!」

 

 しかしD2で合格と聞いて本当にホッとした。

 原作のあいちゃんがD1合格だったのを思えば相当良い位置にいるんじゃないだろうか。

 

 俺もだが美羽も声は出てない様だがホッとしている様子だ。

 

 こっからがまた相当に大変な道のりになるとは思うがまずは一旦、合格出来て良かったと安堵感に身を委ねるのだった。



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☆第十六話『若手棋士を語るスレにて』

そう言えば主人公今八連勝ですが良いとこ取りの連続30戦中20勝でフリークラスから昇格って思い出してあと22戦12勝したら一応エンディング迎えるんじゃって考えて地味にまずくなっています、作者です

p.s.1万PVあざざ
p.s.タグ『掲示板形式』追加しました
p.s.今更ですが原作とは違った結果や経歴も混ざってますのでご注意ください


『若手棋士を語るスレ その308』(三月末日)

 

115:名無しさん

神鍋が玉将戦一次予選抜けたか

 

116:名無しさん

まあそこは順当だろうな、室伏六段は五年ぶりの二次予選リーチだったが神鍋相手に何も出来なかったな

 

117:名無しさん

それより順位戦だよ、神鍋B1昇格リーチらしいぞ

 

118:名無しさん

>>117

最終戦は清滝九段だっけ、あっちはあっちで今週ギリギリで残留決めたが元A級棋士だろ?正念場だな

 

119:名無しさん

>>118

神鍋は今9-0だがランキング上で昇格確定の無敗が二人と勝敗によっては昇格可能性のある一敗が二人。神鍋は勝てば無条件昇格だが負けると一気に厳しくなるしな

 

120:名無しさん

うへぇ、前期とか清滝九段が8-2の頭ハネ食らってたのにヘタしたら9-1の頭ハネかよ……

 

121:名無しさん

魔境過ぎるがここで昇格出来ると七段昇段だしいよいよもって九頭竜、神鍋、篠窪の時代になりそうだ

 

122:名無しさん

>>121

篠窪七段も棋帝失冠したとは言え毎朝杯で名人相手にリベンジしたしやりおるわ

 

123:名無しさん

>>121

そういやロリ王は順位戦ようやくC1昇格したらしいが最終戦蔵王九段に負けてたよな

 

124:名無しさん

>>123

蔵王の爺さんまだC2行ってから降級点一回なんだよな……今回もまだ経験が浅いとは言えタイトルホルダー相手にして回避するとかヤバいだろ

 

125:名無しさん

今年度で引退するかどうかって話だったらしいがハッキリと言ったらしいな「今度の棋帝戦決勝トーナメント準決勝次第」って

 

126:名無しさん

>>125

若干スレチになってきてるがまあ良いか

それより蔵王九段棋帝戦だけ今だに全盛期並に強いのよな…流石通算四期獲得してるだけある

 

127:名無しさん

>>125

化け物定期

 

128:名無しさん

81で挑戦者になったら余裕で最年長記録だなw

 

129:名無しさん

しかし名人相手に三連敗からの四連勝決めて勢いあったクズ竜王に圧勝か、体力も棋力もめっきり落ちたって言ってるが順位戦と棋帝戦にだけ集中したらまだまだやれそうだわ

 

130:名無しさん

そろそろ若手に話戻すけど玉将戦の一次予選はさっき第4ブロックが終わったみたいだが半分が出揃って若手二人が抜けたな

 

 

131:初見

一人はさっきも出てた神鍋だろ?もう一人って言ったらその第4ブロックにいた鳩待vs誰だっけ?まあ順当に行きゃ鳩待っしょ?もう一人とかそこまで注目株でもなかったはずだし

 

 

132:名無しさん

>>131

ところがぎっちょん抜けたのはもう一人の方なんだよなあ…鍬中駿って言ったら最近たまーにここでも話題だぞ

 

 

133:初見

>>132

おファッ!?

 

 

134:名無しさん

去年までクソ雑魚でいない存在みたいな扱いだったのに今年に入ってから盤王戦予選と玉将戦一次予選抜けるんだもんなあ

 

135:名無しさん

最近の鍬中とこのスレ見てれば分かるがアイツこの対局で九連勝決めての絶好調振りだから逆に言や鳩待vs鍬中は鍬中圧倒的有利って言ってたしな

まあ初見みたいだからしゃーなし

 

 

136:名無しさん

つっても毎回危なっかしいというか綱渡りみたいな指し方してるけどなw

今回の鳩待はそうでも無かったが特に玉将戦一回戦のvs七宝戦と今日の試合の前にやった盤王戦予選決勝のvs二ツ塚はスレでも結果と棋譜出てから大騒ぎで盛り上がってたが酷い箇所はマジで酷かった

 

 

137:名無しさん

>>136

七宝戦は連勝が始まったプロ二勝目の対局だったな

あの時は七宝の連勝が止まったぞって話題が出て、誰だ止めたのはって見てみたらほぼ誰も知らなかった七宝の同期で対局前まで勝率.143とかなってて更に凄い事になってた

 

 

138:名無しさん

>>137

あの時は七宝が油断したとも言われてたけどそっから快進撃してく内に「コイツ覚醒したんじゃね?」みたいに言われ始めて、現四段内最強と専ら噂の二ツ塚未来を下した時は棋譜が出てから何かの間違いだろって連盟の誤植しか疑われてなかったしな

 

 

139:名無しさん

あったあったwいくら何でも二ツ塚を倒すのは無理って対局前このスレでのアンケート100%二ツ塚勝利予想だったw

棋譜見る限り中盤までは二ツ塚が圧倒してたし強ち間違い予想じゃないとも思うが

 

 

140:名無しさん

>>139

アイツ偶に人が変わった様な手になる事あるよな

 

141:名無しさん

>>140

前の棋譜は死ぬ程話題になったよな

 

142:初見

>>141

まだ見てないんだが何があった?

 

143:名無しさん

>>142

簡単に言ったら最終盤の70手くらいが両者1分切れ負け将棋みたいなノータイム指しになってた

 

144:初見

>>143

!?!?!?

いくら時間切れ迫っててもそれはヤバい

 

145:名無しさん

>>144

聞いて驚けそれが何と両者十分以上時間残しての行為だ、有識者に聞いても持ち時間がこれだけ残った最終盤でこんな早指しする棋譜は初めて見たそうな

 

146:初見

>>145

ヒ、ヒェッ…

 

147:名無しさん

おい聞いたかお前ら、今日出る鵠記者のインタビュー記事鍬中だぞ

二ツ塚四段戦後に聞いた奴らしい

 

148:名無しさん

マジか

 

149:名無しさん

去年存在が薄過ぎた上にアマチュア時代調べても最低限の奨励会昇段経歴と三段リーグのものくらいしか出てこなかった上に通算成績がグロで更に正確な出身地すら出てこなかったあの鍬中の!?

 

150:名無しさん

>>149

ほんと草

特に三段リーグヤバいだろ

2勝16敗 降級点

5勝13敗

5勝13敗

3勝15敗 降級点

7勝11敗

12勝6敗 次点

12勝6敗 次点 フリークラス編入

通算126試合 46勝80敗 勝率.365

 

151:名無しさん

唯一の勝ち越し二回で次点二連続ホンマワロタ

 

152:名無しさん

これはフリークラス編入も致し方無し

 

153:名無しさん

前5シーズン合計22勝vs次点二連続24勝

 

154:名無しさん

これは酷い

 

155:名無しさん

前5シーズン平均4.5勝

同勝率.244

 

156:名無しさん

>>155

勝率打率定期

 

157:名無しさん

>>156

打率でも低い方定期

 

158:名無しさん

>>155

それより平均4.5勝がヤバ過ぎる

平均がほぼ降級点ってお前…

 

159:名無しさん

>>155

取り沙汰されてないけどこれ、三段リーグの昇段者における通算最低勝率って聞いて爆笑した

 

160:名無しさん

>>159

鍬中の前の記録見た時は.420くらいだっけ?相当離れてんなw

 

160:名無しさん

だがいくら酷くても19でフリークラス編入は厳しいな…

 

161:名無しさん

十代のフリークラス編入は初だって事で昇段時一回だけ話に上がったな

 

162:名無しさん

あの時はバカな決断したとか早まったって言われてたが二ツ塚戦後>>150の成績が判明した瞬間全員で手のひら返しせざるを得なかった

 

163:名無しさん

お、そんな雑談してる間に記事来たぞ

 

164:名無しさん

これは楽しみ

 

165:名無しさん

どんな事言ってるのやら……

 

 

 

 

 

 ――まずは今のお気持ちを聞かせてもらえますか?

 

 鍬中:まず予選抜けただけでインタビューされる事自体凄く恐縮なんですが、正直言うと八連勝も盤王戦予選突破も去年の自分からは考えも付かないくらい勝てていて。凄く嬉しいんですがまだ実感が湧かないと言いますか……

 

 ――無我夢中、と言った感じでしょうか

 

 鍬中:そうですね(笑)何せ去年は昇段してから年末まで1勝6敗で、三段リーグ時代もまともに勝てたシーズンは最後くらいなものですから。目の前の対局でいっぱいいっぱいです

 

 ――なるほど、ありがとうございます。では次の質問なのですが、正確な出生地を明かされていませんよね?

 何か理由が……っと、流石に踏み込み過ぎましたね、申し訳ないです

 

 鍬中:ああ、それですか。良いですよ気にしなくても(笑)

 今まで明かしていませんでしたが子どもの頃施設に入れられたので正確な場所って覚えてないんですよ(笑)

 言わなかっただけで割り切ってますし、聞かれたら答えようとは思っていたので

 

 ――あ、ありがとうございます……では今親族というのは?

 

 鍬中:今血縁関係なのは……これも言ってませんでしたが山刀伐師匠一人ですよ。師匠も俺が自ら言うまでは黙っておくって言ってくれたので驚かれると思いますが……

 

 ――ええ、ひ、非常に驚きました。まさか山刀伐八段にプロ棋士の養子がいたとは

 

 鍬中:俺が11歳、施設に入って一年くらいの時に拾ってくれてそのまま養子になりました。まだまだ恩返しには程遠いへっぽこですけど、いつか師匠が自慢出来る様な棋士を目指して邁進していきたいと思っています

 

 ――親思いなんですね。やはり勝利の原動力は山刀伐八段ですか?

 

 鍬中:それもありますがやっぱりかわいい弟子のおかg……あ

 

 ――もしや弟子をお持ちに?

 

 鍬中:……鵠さん?まさか載せるんですか?この流れ

 

 ――載せますね

 

 鍬中:……まあ、近々研修会試験受けさせるんでバレるとは思いましたがまさか口滑らせるなんて……仕方ないです、良いですよ。ただしこれ以上は情報言いませんからね!

 

 ――ふふ、ありがとうございます。因みに年齢などは……

 

 鍬中:……ノ、ノーコメントで

 

 ――冗談です。今後の抱負などありましたら最後にお願い出来ますか?

 

 鍬中:ビ、ビックリさせないで下さいよ……抱負ですか?そうですね、やっぱり俺はフリークラス編入で入った棋士なので当面は『C級2組に上がる』のを目標に頑張っていきたいです

 

 ――ありがとうございました、今後の活躍も期待しています

 

 鍬中:こちらこそ、ありがとうございました

 

 

 

 

166:名無しさん

とんでもない記事だった

 

167:名無しさん

ジンジンいつの間にかパパになってて草

 

167:名無しさん

まさかの施設入り……

 

168:名無しさん

鍬中が11の頃ってジンジン丁度A級上がった頃じゃねーか良く引き取ったな

 

169:名無しさん

>>168

うわ、ほんとだ…鍬中が山刀伐門下なのは知ってたが今まで弟子がいた話は聞かなかったし不思議に思ってたけどそういうカラクリがあったとは

 

170:名無しさん

>>169

そういや唐突に山刀伐門下で出てきたもんな鍬中。アマチュアの弟子を把握しきれてなかったと思ってたわ

 

171:名無しさん

施設の話もビビったけど一番は弟子だろ

 

172:名無しさん

分かる

 

173:名無しさん

四段昇段半年で既に弟子いるのどういう事だ?

 

174:名無しさん

>>173

いや、記事見ると鍬中の口の滑り具合的にはvs七宝戦前にはいた様な口振りだぞ

 

175:名無しさん

となると年末にはもう…

 

176:名無しさん

更に考察すると『かわいい弟子』『近々研修会試験受けさせる』の二つが重要なワードになる…後は分かるな?

 

177:名無しさん

>>176

あっ……(察し)

 

178:名無しさん

>>176

最近のトレンドは十代プロ棋士が女子小学生を弟子に取る事ですか…

 

179:名無しさん

>>176

ロ リ 中 駿 爆 誕

 

180:名無しさん

九頭竜かな?

 

181:名無しさん

そういや年末辺りスレに九頭竜、神鍋、鍬中と雛鶴、夜叉神のダブルあいちゃん含む女子小学生の集団を見たってレスがあったけど…

 

182:名無しさん

……写真あったよね?

 

183:名無しさん

鍬中がいる意味分からなくてコラ扱いされたアレか…もうこれほぼ証拠だろ

 

184:名無しさん

逃 れ ら れ な い

 

185:名無しさん

万が一にも今勝ってる玉将戦か盤王戦でタイトル獲る事があったらロリ将か悟(リ)王かな?

 

186:名無しさん

悟(リ)王MAX大草原

 

187:名無しさん

盤の形からそれっぽい感じの漢字見つけるの草

 

188:名無しさん

ロリ中はさっさとC2上がってかわいい弟子を幸せにしろ

 

 

 

 

 

 以下、暫く鍬中の話題を中心にスレは進行した。




因みに主人公の最低勝率昇段云々には元ネタになったプロ棋士がいましてね…

島本亮五段(40)
・12勝6敗ながら1位で四段昇段
 (主人公は連続12勝6敗の連続次点で昇段)
・三段リーグ通算6シーズンで勝ち越したのが四段昇段した最後のシーズンのみ
 (主人公は7シーズン所属、最後の2シーズンのみ勝ち越し)
・その他5シーズンは7勝11敗以下
 (主人公以下同文)
・通算41勝67敗、勝率.380
 (主人公は通算46勝80敗 勝率.365)
・三段リーグ最低勝率昇段
 (主人公以下同文)
・フリークラス在籍経験あり(11~15,20~年)
 (主人公はフリークラス編入での昇段)

余談
この設定は一話終了時点で完成させたもの
その時点で島本亮という棋士は知らなかった
偶然見つけたら合致点のバーゲンセール
もう元ネタで良いんじゃないかな
我々は島本亮五段を応援しています


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第十七話『春・花見と決意と』

遂にアニメ最終話の場所
最早改変が入り過ぎて原作がブレイクしてますがこの際もう気にしてられない

これまでに出た原作チョイ役達
篠窪大志
・二十代前半の若手棋士、大卒棋士であり博学
 棋帝のタイトル保持者というエリートな立ち位置で初登場するも名人にストレート負けし失冠している。七段

碓氷尊
・九頭竜八一に敗北した前竜王
 それ以外の情報はほぼ無し(段位も明記無し。竜王戦昇段規定により八段以上は確定)、推定三十代半ば~四十

二ツ塚未来
・於鬼頭信者の若手棋士、四段
 ソフト信者でもある
 九頭竜八一の『西の魔王』名付け親(?)

蔵王達雄
・タイトル通算四期獲得の大ベテラン
 原作情報:九頭竜との対局での勝利を最後に引退する以外強さの見える場面は無し。何のタイトルホルダーだったかも明かされていない

鳩待覚
・関東奨励会の運営をしている若手棋士
 原作情報:大柄な体格だが心優しく、その影響でメンタル面に弱さの残る描写をされた上で九頭竜に敗北している。五段


「花見……遂に、か」

 

 ボロ家の窓の外に舞い散る桜を見ながら一人呟く。

 寒かった時期も終わり気付けば春、俺は目の前の対局に一つ一つしがみついて戦った末に気付かぬ内に玉将戦一次予選突破、盤王戦予選突破と凄い事をやってのけていた。

 

 玉将戦一次予選決勝、相手は鳩待覚五段。

 俺の奨励会時代の中盤くらいにプロに上がった人で、若くして関東奨励会の運営に就いていたあの人は言わば恩人だった。

 そしてそう言った近しい人物との初めての公式戦、緊張もしたし鳩待さんがタイトル獲るなら応援したいとずっと思ってきたが当たってしまったら全員ライバル。

 割り切って全力で恩返しを果してきた。

 

「どんだけ割り切っても、多少なりとも思うところはあるけどね……」

 

 勝者の裏には必ず敗北者がいる、勝負事なら当たり前の事だが近しい人物相手にはまだまだ慣れそうには無い。

 

「勝ったからには進め、止まるな」

 

 対局後の鳩待さんの言葉だ。

 少し喜びに浸り切れない俺の肩にそっと手を置き言ってくれたあの人には、やはり頭が上がらない。

 人として尊敬に値する人物だ。

 

 さて、棋戦の状況だが玉将戦は二次予選まで一ヶ月、盤王戦決勝トーナメントまでは二ヶ月開き、それまでに棋帝戦と賢王戦予選が始まる。

 

 正直言うが、俺はこの四つの内で一つ勝てたら良い程度で見ている。

 

 よりにもよってだが玉将戦二次予選一回戦は昨年のリーグ落ち棋士、盤王戦決勝トーナメント一回戦はB1棋士、賢王戦四段戦一回戦は七宝、棋帝戦予選一回戦は……まさかの八一だった。

 

 当たりがヤバ過ぎる。

 連勝してきた身からしてもそろそろ止まるってのは感じてたがどうしてこうなったってレベルだ。

 正確に言ったら棋帝戦以外は運が悪かったって言えるレベルだが棋帝戦がおかしい、何でお前タイトル持ちでシードじゃないんだよ……

 

「……優先すべきは勝ち進んでる二つの棋戦だ。あと二つも全力でやる事はやるが……勝てる気はしない」

 

 七宝はアレから俺を対等なライバルと認めた上でゴリゴリに対策を組んでるらしい、間違いなくスタイルを一新してくるだろうから対策を組もうにも一度見てからじゃないとキツい。

 八一は言わずもがな、蔵王九段戦以外では隙無しの絶好調。原作通り帝位戦も勝ち進み、このまま通りに進むなら帝位戦挑戦者だ。

 

 何度も言うが俺に将棋の才能は無い。

 今まで勝ててきたのは、無い才能を最低限埋め続けてきた知識だけだ。

 だがそれも本当の才能の前には無意味だろう。

 何せ真の天才はその知識に加えて才能があるのだから。

 

 ……俺は今度の玉将戦か盤王戦、少なくともどちらかで勝たないといけない。

 つまり前年度玉将戦リーグに在籍した棋士か、A級一歩手前のB1棋士から一勝するという事だ。

 

「でも……勝たないとな」

 

 俺にはタイムリミットがある。

 美羽の師匠でいる為には、勝ち進んでるどちらかで勝ち星を積み上げられなければC級2組昇格が一気に遠ざかる。

 俺が今C級2組に上がれるチャンスとしてあるのは『良いとこ取り30戦中20勝』or『タイトル挑戦』。

 前者は残り21戦11勝、後者は最速の盤王戦が六連勝。

 どちらも地獄だしタイトル挑戦がどれほど苦しいかなんて分かりきっている。

 

 それでも勝つしかない。

 たとえフリークラス編入棋士の中でC級2組に上がれたのが歴代でもたった一握りだとしても。

 フリークラス編入棋士がタイトル挑戦した歴史が無くても。

 

 変えなければ俺のプロ人生は十年で終わる。

 

 その時あの子は二十歳、きっと美人に成長して彼氏も出来、女流棋士としても一人立ち出来ているだろう。

 そうなった時に俺がボロボロだったら、俺の事なんかすっかり忘れてるかもしれないじゃないか。

 美羽の花嫁姿を見るまではプロ棋士として終わりたくないし、それ以前に俺自身将棋は人生なんだ。

 

 どんな理由付けしてでも気張って生きてやる。

 

 

「しゅんせんせー、おっはよーございます!」

 

「……ん、おお美羽か。わりぃちょっと考え事してた」

 

 今日も朝から元気MAXの美羽が来る、今日は花見というのもあるからかツインテールが若干犬の尻尾の様に揺れている。

 そう言えば、だが美羽が最近俺の事を名前で呼んでくれる様になった。

 寧ろなんで呼ばなかったのかちょっとだけ疑問だったが「憧れの人ほど名前を呼ぶのに勇気がいる」らしい。

 

 はぁ……かっっっわいいなあ美羽は!!!

 

 と、閑話休題。

 

「……わたしはしゅんせんせーのことしんじてるもん。どんなけっかになってもずっとついていくよ」

 

「あー……知られてたか、流石に……ありがとな」

 

 美羽は俺の雰囲気で何を考えていたのか察してしまったらしく、凄く有り難い言葉を掛けてくれる。

 たとえ十年後に書類上だけの関係になっていても、今こうして寄り添ってくれるだけで俺は頑張れるんだ。

 

「しゅんせんせーのことだいすきだもん! ずっとずっといっしょが良いなー」

 

「美羽えええええお前って子はあ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"俺も大好きだぞおおおおおお!!!」

 

 男泣きである。

 完全に男泣きである。

 最早俺の方が美羽から一人立ち出来るかの方が怪しいかもしれない。

 

 

 

 

 

 桜舞い散る道に男女二人。

 俺はさておき美羽は桜と良く映える。

 

 ところでだがこの原作のこの時期、花見と言えばで察せるものがある。

 そう、アニメ最終話エンディングの八一の棋士関係の身内全員集合の神シーンだ。

 いくら今俺が生きてるこの世界こそが現実であり、誰しもが生きている人間と分かっていても前世で憧れたこの展開が覆らない上に俺と美羽が加わるとなればそれなりに緊張もする。

 

「やあ我がソウルメイト駿よ、久し振りだな!」

 

「おお、歩夢じゃん! それに釈迦堂さんもお久し振りです」

 

 しかしやはり予想外な事は起こるもので、道中出くわさないと思っていた親友とその師匠と遭遇。

 二人とも相変わらずファンタジーである。

 

「ふふ、久し振りだな。……成程、そこの子が噂の君の弟子か」

 

「おお、アニメみたいないしょう……」

 

「ええ、まあ。先月D2で研修会受かったばかりですが」

 

「順調そうじゃないか、これなら七月のマイナビも楽しみだ」

 

「マイナビ……そうですね。女流棋士への一番の近道、ですからね」

 

 マイナビ女子オープン……アマチュアが数多く参加出来る唯一の棋戦だ。

 と言っても予選の予選、みたいな場所からのスタートではあるが。

 

「ぜったいほんせんに出るわ!」

 

 ビシッと釈迦堂さんを指差す美羽……宣戦布告?

 相手は二十年以上名跡のタイトルを守り抜いてきた女流最高峰の棋士。

 それを相手に堂々言い切るとは……マイナビ、これは予想外の成果を挙げてくれるかも知れないな。

 

「ほう……私相手に宣戦布告とは中々にガッツのある弟子を取ったな、君は」

 

「メンタル面の才能は既に女流プロ並ですよ、この子は」

 

「フハハ! 我が師にも屈しないその精神! 素晴らしいぞ!」

 

 歩夢も前会った時より何倍も強くなっただろう美羽にご満悦らしい。

 コイツも美羽と同年代の妹を持つ身であるから近い将来的にアマチュアでのマイナビ参戦は考えているのだろうから美羽の様な精神力を身に付けてもらいたいと思っているのかも知れない。

 

「さて、話も一段落付いたところでそろそろだ……」

 

「うおっ」

 

 桜吹雪が顔を通り抜ける。

 話に盛り上がっていたがどうやらそろそろ花見会場に着くらしい。

 さて原作じゃ歩夢と釈迦堂さんは月夜見坂さんと供御飯さんが着いた後くらいに着いていたが……

 

「久し振りだな、ドラゲキンッ」

 

「待たせたな、若き竜王よ」

 

「よ、八一。相変わらずやってんねえ」 

 

「まあな」

 

「あいちゃーん!」

 

「美羽ちゃーん!」

 

「どうも~九頭竜先生に神鍋先生に鍬中先生~」

 

「これはこれは鹿路庭さん……どうです、あちらで我とお茶でも……」

 

 賑やかだなあ……って間髪入れずに歩夢は何やってんだか……

 しかし鹿路庭さんが来たとなると……

 

「んふふ……来ちゃった☆八一くぅん、それに駿も」

 

「お久し振りです師匠」

 

 やっぱりもう師匠も来たって事か。

 しかし歩夢組と山刀伐師匠組は良く東京から来たよなあ。

 

「お、山刀伐も居るじゃねえか……それに玉将戦で調子の良いガキも」

 

「なはは……」

 

「ふふ、賢王戦……私は負けるつもりはありませんからね」

 

「んふ、僕も息子に良いとこ見せたいしやっと掴んだタイトル戦だからね☆負けないよ」

 

 その後も順調に生石玉将組やら月光会長組が来て会長と師匠が互いに直後にある賢王戦の対局の話でバチバチやったりしていた。

 

 と、まあそこまでは予定通りの原作改変だった訳だ。

 

 だったんだが……

 

「呼ばれて来たんですが、またこれは賑やかですね」

 

「ははは、我々もこういう日くらいはゆっくりと羽を伸ばすのも良いかも知れないね」

 

「し、篠窪さんに碓氷さん!?」

 

「や、二ツ塚四段との棋譜見せてもらったよ。おめでとう、しかし凄い事をするよ君は」

 

「三月以来かな、二ツ塚くんとの対局は棋譜からも熱気が伝わってきてワクワクしちゃったよ」

 

「あはは、ありがとうございます」

 

 なんと篠窪さんと碓氷さんまで来ていた。

 原作やアニメじゃ殆ど登場しなかったがこの世界線だと妙に八一や歩夢と親しかったし俺とも親しくしてくれているがまさかここまで影響があるとは……

 

 しかし居てくれるのは実際仲良くしているのでとても嬉しいし褒められたらそりゃ舞い上がるでしょ。

 

 ……こんだけの人と繋がれたのも将棋があってこそだな。

 

 益々負けらんねぇな。

 

「八一! 棋帝戦予選、負けねえからな!」

 

「ふっ……望むところだ!」

 

 これから変わる未来

 なけなしの希望を手に

 崖っぷち進もう

 崖の向こうには花が咲く。

 

 今の俺にピッタリかも……なんてな。

 

 これから忙しくなりそうだ。




因みにC級2組昇格後三年は最低でも生き残れる(降級点3点で脱落)ので昇格した時点で少なくとも十三年はプロ人生が伸びる事になる


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第十八話『過去話・歩夢と珠代の出会い』

約二週間疾走しましたがこの先ちょっと更新が遅くなります


「……で、鹿路庭さんに告白する為にデートに誘ったは良いがいざ前日に勇気が出ないと」

 

「ぐぅ……我とした事が、まさか決戦前夜に尻込みしようとは……」 

 

「まあそんだけ今の関係を大切にしてるんだろ? それは歩夢の良いとこだと思うが鹿路庭さんだもんなあ……じっくり行き過ぎると出し抜かれそうではあるな」

 

「ぐぬぬ……」

 

 四月末、玉将戦一次予選は全てのブロックが終わり来週から二次予選と棋帝戦予選が開幕する。

 ここからだと今年は負けが込んでくるのは覚悟の上でシーズンに臨まなければならない、今まで負け続けてきた事を無駄にしない為にも負けてもすぐ切り替えられる様な精神でありたいと常日頃から心に刻んでいる。

 

 そんなある日の夜、関東にいる親友の歩夢から唐突に電話が掛かってきた。

 想い人の鹿路庭珠代女流二段をデートに誘い告白したいそうだがいざ誘った後で告白に踏ん切りが付かなくなってしまったらしい。

 

 原作では接点らしい接点が無かった歩夢と鹿路庭さん、だが今二人はニコ生の名物司会解説コンビに将棋バラエティ番組でのレギュラー共演等将棋界隈の花形コンビ。

 共演を続けていく内に前よりプライベートで会う事が増えてチャンス到来の親友には是非想い人との恋を成熟させてほしいと思っているが……

 

 原作ではイケメンエリート棋士であるにも関わらず浮ついた話も無ければ理想の女性は『釈迦堂師匠』と断言していた歩夢。

 そもそも何故歩夢と鹿路庭さんに繋がりが出来たのか、そこを振り返ってみようと思う。

 

 

 

 

 

 あれは五年前の春、まだ俺が二段リーグ下位でうろちょろしていて八一がそろそろ三段リーグに上がる頃、歩夢が三段リーグに入ったくらいの時期だった。

 

 珍しく歩夢と俺という八一のいない状態での空きが出来た俺達は山刀伐師匠にちょっとした研究会みたいな事をしないかと誘われたので歩夢を誘って研究会用に借りていたという自宅隣のマンションの部屋に向かっていた。

 

 そしてどうやら研究会は三人だけではない様で、当時玉将ではなく玉座のタイトルホルダーだった師匠の同期の生石さんともう一人、師匠の知り合いのアマチュア女流棋士を呼んでいると言われ道中はその話題も出ていた。

 

「師匠の前からの知り合いらしくて、昔は天才肌だけど定跡も何も無いのに強くて生意気な人だって話してたな」

 

「ふっ、昔の八一に似ているな」

 

 俺は多少師匠からそう言った話もちょくちょく聞いていたが、薄々鹿路庭さんだろうとは気付いていた。

 昔、自分は神に選ばれた天才と思っていた……なんていう設定もあったしな。

 そして山刀伐師匠との関係性もガッチリハマっていた。

 

 ただやはりというか、門下生ではなくあくまでも棋士の世界に引っ張り込んだ友人関係という点が実に二人らしかった。

 

「今は師匠が基本からしっかり仕込んで良い調子で成績も上がって、凄く良い子だってのも言ってたが……」

 

「細かい事は気にしていない……つまりは山刀伐八段と生石玉座が見込んだ若いアマチュア……ククッ、良い刺激になり得そうじゃないか」

 

「それもそうだな」

 

 歩夢は昔から女にはそこまで興味は無く、あるとしても師匠が理想の女性、という憧れの存在という形と妹に兄としての好意的な情があるくらいだった。

 あの日もトッププロ二人が同席させたアマチュア棋士が気になっているだけで、性別はどうでもいいみたいな反応だった。

 

 まさか着いてからああなるとは思わなかったが……

 

「ゴッドコルドレン歩夢、生石玉座と山刀伐八段の誘いに馳せ参じた」

 

「生石玉座、お久し振りです。師匠、俺達はともかく女性を呼ぶのは珍しいですね」

 

 そうそう、この頃はまだ生石さんとはたまに師匠の研究に付き合う共通の仲間ではあったが会った回数も少なく流石にさん付けでは呼べなかったんだっけ。

 

「ようガキんちょ共」

 

「やあやあ来てくれて嬉しいよ☆あ、紹介するよ……こちら、鹿路庭珠代ちゃん。現役女子高生で女流3級、僕が見込んだ才能ある子だよ」

 

「初めまして、鹿路庭珠代です。ジンジンのお弟子さんとそのお友達と研究会をすると聞いて来たら生石玉座がいて……そ、その大分緊張していますが宜しくお願いします!」

 

「あー……だからんなに緊張しなくても良いつってんだけどなあ。つか山刀伐、お前ちゃんと俺が来るの伝えとけって……」

 

「てへぺろ☆」

 

 流石にこの場面は鹿路庭さんに同情したわ。

 俺達も最初来た時生石さんがいてめちゃくちゃビビったし。

 

「あ、どうも。鍬中駿です。中学生です」

 

「同じく神鍋歩夢……又の名をゴッドコルドレン歩夢ッ! 中学生です、どうぞお見知りおきを」

 

「あ、はい……か、神鍋さんはなんというか、凄い派手なんですね」

 

「ええ、何せこれぞ正装ですから。将棋とは即ち戦、であるならば一番気合の入る服こそが相手への礼儀だと重んじていますので」

 

「おお……」

 

 相変わらずこの頃も白い騎士を模した様な服とマントだった為若干引かれていたっけか。

 ただマントを翻す動作は板に付いており、端正な顔立ちの歩夢とマッチしていたからかそこには興味を惹かれていた感じもあったが。

 

「じゃあ自己紹介も済んだところで、まずはどっちかとたまたまが指してみようか☆」

 

「だとさ。んじゃま、ジャンケンで決めますか」

 

「良いだろう……」

 

 歩夢が鹿路庭さんに惚れる分岐点は間違いなくここだっただろうな。

 このジャンケンに俺が勝ったからこその運命だったとは俺自身暫く気付けなかったが。

 

「仕方あるまい、ここは譲ろう」

 

「っしゃあ俺の勝ち! 手合割はどうします?」

 

「うーん、たまたまがC1で駿が奨励会二段だから……取り敢えずたまたまの飛車落ちでやってみようか」

 

「しょ、奨励会二段ですか……強いですね」

 

「あーいや、二段っていっても今は降段しないので精一杯なくらいで……それよりそっちの歩夢の方が余程強いっすよ。奨励会三段で成績も良いですし」

 

「二人とも中学生なのに凄いです……!」

 

「まだまだ越えるべき好敵手は幾多といますが、このゴッドコルドレン歩夢、何れ将棋界の頂点に立つ男の名……ふっ、覚えておいて損は無い……」

 

 正直二段リーグでも順当に最低限残留する条件以上の勝利は挙げられず凄いという感覚は全く無かったが、褒められて悪い気はしなかった。

 鹿路庭さんは出会った当時から綺麗で可愛い人だったし、美人に褒められて何も思わないのは……ああ、歩夢は美人だの可愛いだのは全く気にしてなかったわ。

 

 で、指し始めた訳だが鹿路庭さんは師匠がセンスを評価していただけはあり中盤まで攻守に堅実、非常にバランスの良い棋士だった印象を受けた。

 だが終盤の勝負どころで一気に攻め立てて来て、成程性格が見えた気がしたと冷や汗を流したのは良い思い出。

 

 そんな中、チラリと歩夢の方を見ると……

 

「う、美しい……」

 

 鹿路庭さんに見惚れていた。

 あっちには聞こえない様に口を自然と思考する振りをしながら言っていたが俺には丸聞こえだぞと。

 まあ歩夢が女性に見惚れるなんて珍しいとも思ったが、な。

 

 因みにだが対局は俺がスレスレで勝利した。

 多分次の日同じ手合割でやったら普通に負けていただろう。

 

 そこからは本格的な研究会となり、トッププロ二人の異次元の発想力にとにかく驚かされるばかりだった。

 

 のもそうだが、何より訳が分からないとうんうん唸っていた鹿路庭さんに歩夢が露骨にテンションが初対面の時の五倍くらい上がりながら噛み砕いて分かりやすく教えていたのには驚かされたが。

 

 まあなんというか、当時から非常に分かりやすい奴だった。

 

 ついでに鹿路庭さんもめちゃくちゃ分かりやすかったが。

 

 

 

 

 

「……確か将棋をする時の真剣な表情とか考えに惚れたんだったよな」

 

「そうだ。真摯な姿勢に人として、異性として惚れ込み、今お互いプロとして共に同じ道を歩みながら共演もし、プライベートを二人で過ごす事も増え絶好のチャンスになっている……ともう一人の俺は告げているのだがな」

 

 時は戻って電話越し。

 今だ唸り声を上げる歩夢に苦笑してしまう。

 

「多分鹿路庭さんもお前の事好きだと思うぞ」

 

「な、なんだとッ!?」

 

 ほんと似た者同士だと思ってしまう。

 

 何せこの数日前、ほぼ同じ内容の電話を鹿路庭さんに受けていたからだ。

 

「歩夢くんの事は……好き、なんだろうけど。どうやって伝えたら……」

 

 って。

 

 お前らほんとお前ら。

 

「だからつべこべ言わずさっさと告白しちまいな。あの人で決断渋ってたらガチで出し抜かれるからな! 良いな! 後悔したくないなら言ってこい!」

 

「……わ、分かった」

 

 早くくっつけ、と暗に半ギレているのは隠しておく。

 二つ聞いて分かったがほぼ惚気を聞かされていただけという事にも目を瞑ってやるからさっさとくっついてくれ本当に。

 

 じゃないと俺が美人から恋愛相談を受けた事への悲しみが癒えないんだ……はぁ、明日はいつも以上に美羽甘やかしてあげよう、うんそうしよう……




小ネタ(裏設定)
たまよん×八一の例の組み合わせの棋帝戦解説シーンの乱入者の中には歩夢もいた(スタッフが意図的に投入)
ニコ生は大いに盛り上がったそうな(旦那投入 ロリハーレムと美形夫婦 あの空気で歩夢投入は英断 等コメント…たまあゆはネット民公認カップル)


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第十九話『それぞれの未来、それは予測不可能で』

原作とは大きく剥離したこの世界の棋戦は、最早イレギュラーな彼にも予測不可能だった


 五月、棋帝戦予選が開幕。

 それは俺が問題視していた四連戦の開幕でもあり、初っ端から八一相手に指すという最高で最悪の事態が訪れていた。

 

 美羽からは特別な事は言われなかったが

 

「がんばってね! しゅんせんせー!」

 

 その一言が身に染みた。

 

 当の美羽は相変わらず好不調の波はあるが順当にD1へ昇格、来月までにはC2を見据えられる位置まで来ている。

 C1まで行けば女流2級……あっという間に澪ちゃんと綾乃ちゃんを抜き去ったあの子は気付けば本格的に女流プロ棋士が見えていた。

 

 俺が弟子にしてからまだ五ヶ月目、最初見た時と比べると見違える程だ。

 攻撃一辺倒は変わらないが攻めの手が多彩になり、明らかに攻めあぐねる事が少なくなった。

 俺との指導対局でも手合割があるとはいえ勝ち出し、落とす枚数も減ってきている、これならもしかしたら今年中のプロデビューも夢じゃないかもしれない。

 

 

 あと始まった事と言ったらマイナビ女子オープンのタイトル戦と賢王戦のタイトル戦。

 

 どちらも四月には始まっていたが一ヶ月経ち形勢が大きく変わった。

 幼馴染vs幼馴染というどっちを応援すべきなんだという形に予定通りなったマイナビ女子オープンは予想通り銀子ちゃんが四月内の対局を連勝、このまま原作通り三局目天衣ちゃんは粘るも結局銀子ちゃんがストレート……になるはずだった。

 

 昨日の将棋関連の各ニュース見出しだ。

 

『白き雪原に一点の黒――《浪速の白雪姫》空銀子女流二冠女王防衛成功もシリーズは女流棋戦初黒星を喫する大波乱。一矢報いた新星の名は《神戸のシンデレラ》小学生女流棋士の夜叉神天衣女流二段――』

 

 ……まさかだった。

 俺が前世で把握していた全12巻までの最早朧気な内容を引っ張り出してきても銀子ちゃんの初黒星なら絶対に覚えてるはずだ。

 

 ここまで変わってくるとは。

 

 ――無敗の女王、空銀子。

 女流棋戦において敵無しと言われた、孤高の女王。

 後に奨励会三段リーグ堂々一位を獲得し初の『女性棋士』となる天才。

 その孤高の頂上に、天衣ちゃんが片手を入れた。

 結果を見れば1勝3敗の惨敗、たった片手に過ぎない。

 だがこの勝ちは歴史を動かす1勝になった。

 

 終わって見れば悔しさが滲みながらも手に入れた1勝を抱える様に笑顔だった天衣ちゃん、防衛に成功するも女流棋戦初黒星を喫し驚きと悔しさがありながらも『孤高じゃなくなった』という憑き物が落ちた様な顔付きだった銀子ちゃん。

 

 これは……原作より良い方向に、二人の棋士人生が進んでくれるかもしれない。

 

 天衣ちゃんは女流棋士で終わらない、終わりたくないと良く語っていた。

 それは天祐さんが亡くなってから次第に大きな、明確な夢になっていた。

 確か原作では無かったはずのその夢は、きっとずっと八一を見てきて、憧れて、追い付きたくて。

 そんな純真な想いだったのだろうそれが、やっと掠ったのだ。

 

 現在奨励会二段の上位にいてもうすぐ三段リーグ突入という文句無しの最強女流棋士から挙げた1勝は、彼女にとてつもない希望を与えてくれたに違いない。

 

 なあ天祐さん。

 アンタの娘の勇姿、見てくれたよな?

 これから天衣ちゃんはもっと輝いていくからさ。

 見ていてあげてくれよ。

 

 

 そして銀子ちゃん。

 原作の三段リーグで序盤負けが込み苦しみに苦しみ抜き、一度包丁を持ち出し「私を殺して」と言ってしまう程に追い詰められ自殺まで考えたあの子が少しでも楽になれるのであればそれに越した事は無い。

 人は「名シーンを潰すのは無粋」「その苦難の先に光があるんだろう」と言うだろう。

 

 だが、いくらその先に栄光があろうとも、名シーンがあろうとも。

 無粋だと言われたり思われたりしても。

 今俺が生きている世界で、全力で苦しみに立ち向かう身内がいて、分かっている未来に苦しみがあるのに見て見ぬふりなんて出来る訳が無いだろうが。

 

 だからどうか。

 この1敗が、孤高と言われた彼女に付いた黒星というライバルの現れが、良い方向に導いてくれます様にと、天衣ちゃんからタイトル戦全局が終わった、と悔しそうな連絡が来た時天衣ちゃんを慰めながらもそう願わずにはいられなかった。

 

 

 

 もう一つのタイトル戦、賢王戦も親父が挑戦者で親友の師匠の古い友人が迎え打つというこっちもこっちで近しい人達がぶつかっていた。

 

 そもそも賢王戦は前世の棋戦『叡王戦』がモデルになっており、叡王戦は持ち時間選択制という特殊ルールがあった。

 振り駒をおこなった上で第一局の先手番を貰った方が1時間、3時間、5時間の中から一つ選択。

 それが第一局、第二局の両者の持ち時間になる。

 そして第一局後手番が残った持ち時間の中から一つを選択し第三局、第四局の両者の持ち時間とする。

 第五、第六局は選ばれなかった持ち時間となり、最終第七局は6時間固定。

 

 賢王戦も例によってベースになった叡王戦通りの変則的なものになり序盤二局は月光賢王が選択、3時間としこれを連勝。

 

 俺としてはどちらにも世話になったがやはり唯一の親族である親父に勝ってもらいたくて、次を負けるとカド番とあり気が気でなかった俺は思わずその日の内に夜行バスで大阪に向かってしまった。

 美羽に何も連絡せずに乗り込んでしまったので慌てて連絡しようとしたが、スマホには既にLINEが届いていた。

 

「ジンジンせんせーに会いに行ってあげて、しゅんせんせー!」

 

 行動が見透かされていたかな、と出来過ぎているくらいしっかりした弟子に苦笑いを浮かべるしか無かった。

 

 

 東京に着いた俺はなりふり構わず猛ダッシュで親父の部屋まで走っていた。

 首からは内弟子時代に作った合鍵が光っており、こういう時本当に便利だと心強く思ったもんだ。 

 

 さて、あの時は色々あった。

 少し振り返ってみるかな。

 

 

 

 

 

「親父ィ! なーに連敗してんだー!!」

 

 一応だが近所迷惑に最低限配慮したとは思うが、朝一番で部屋に乗り込む事を最優先したから良く覚えていない。

 

「やあ駿、奇遇だね☆僕も何だか今日は駿に会える気がしたのさ☆」

 

 だというのに親父は相も変わらず能天気にいて、イラッときたがそれ以上に安心していた。

 俺の中じゃ何も考えずに向かっていたのだが、無意識の内に落ち込んでいないかが一番心配だったのかも知れない。

 

「俺が心配して来てやったのに……ったく、いつも通り過ぎて安心したよ」

 

「心配性だなあ、駿は。言ったじゃないか、僕は負ける気は無いよって」

 

「ああ言ったな、だけど次負けたらカド番だろアンタ! んなの見ちまったらいても立ってもいられないだろうが!!」

 

「あはは、いや~ごめんごめん☆」

 

「あ~もう、人の気を知ってか知らずかマジで分かんねえな! 一応アンタの息子やって九年目だぞこちとら! そもそも親父は……」

 

「でも、心配してくれた事は凄く嬉しいよ。しかも次の日の朝に来てくれたしね。ありがとう、良い息子を持てて僕は幸せだ」

 

「なっ……」

 

 だから、唐突に真面目なトーンでそんな事を言われたら言葉が上手く出なくなるのも仕方ないと思う。

 この時結構色々言ってやる算段だったのに見事にしてやられた。

 

「……ま、まあ? 心配なのはさっきも言った通りそうだったし? 唯一の家族だし? 11歳とはいえ子育ての知識無い状態からも真剣に育ててくれたし? 好きか嫌いかで言ったら好きって即答するけど? だから朝一番で来たんだし? こ、今回は慰めに来たのが本題だからこれくらいにしとくよ……」

 

 申し訳ないこの時の俺よ。

 ここだけやり直すか記憶消すか出来ないか?

 テンパってたって言ってもこれは酷いでしょ。

 ファザコンか俺は。

 

「ふふっ。じゃあ折角久し振りの親子水入らずの時間も出来たし、何か食べに行こうか。僕の奢りでね☆」

 

「じゃあ親父が賢王になったら今度は俺が奢ってやる! だから勝ってくれよ?」

 

「息子の頼みなんだし、これは裏切れないなあ」

 

 この後何だかんだと夜まで親子として過ごして帰ったが、それでも少し心配は残っていた。

 長時間対局に滅法強い月光さん相手だ、敢えてこの負けられない第三、四局に選択肢の中で一番月光さん有利の5時間を選択して勝てるのかと不安だった、だがああ言われた以上信じるしか無かった。

 

 

 結果は師匠が見事連勝仕返しイーブンに戻した。

 二局共にお互い中盤までに時間を使い切り双方半日、12時間に迫る大熱戦だった。

 それを師匠は制した。

 

 そしてそれだけではなく、師匠は続く持ち時間1時間の第五局も制し三連勝で王手を掛けた。

 今度はものの1時間で月光さんに競り勝ったのだ、身近で見てきて師匠の将棋は凄いと何度も思わされて来たが、こんなに凄いのかと嬉しさと共に息を飲んだ。

 

 

 

 

 

「明日が俺の八一との対局……今月末の師匠の第六局の為にも頑張らねえとな」

 

 きっと自分では八一には届かない。

 だとしても、棋譜を通じて思いを届けられれば。

 そう思い、明日を見つめるのだった。




小ネタ
鍬中駿は山刀伐尽に対し弟子モードと息子モードがあり、弟子モードは敬語多用だが息子モードだとかなり口が悪くなる。ただし後者は愛情の表れである
 鍬中の体感では95:5の割合で弟子:息子を切り替えている

Q.鍬中はファザコン?
A.これだけやっといて言い逃れ出来る訳ないだろ!いい加減にしろ!


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☆第二十話『神の一手』

現在主人公通算成績
10勝6敗(9連勝)
あと21戦11勝でC2昇格…まあ何も起きない訳が無く…


「ふぅ……いよいよか」

 

 対局室で一人呟く。

 

 昨日から一人篭って対八一戦に必死に対策を練りに練っていた。

 美羽もチラッと様子を見に来てくれたり差し入れがあったりしたのは嬉しかったがあまり話す余裕が無かったのが悔やまれる。

 

 本当ならしっかり喋りたかったし直近の例会に四連勝した事もちゃんと褒めたかった……だがこの対局に込める想いというのは格別な為断腸の思いで気合を入れた。

 勿論だが八一にアドバイスを度々送ってる手前健康管理に余念は無い、睡眠時間は多少減らしたが元々余裕のある睡眠時間にしていたから影響は出ないし料理も出前で野菜と肉と炭水化物のバランスを……と思っていたところにそういった事を良く考えてくれていた美羽の手料理の差し入れがあり心強かった。

 

「勝てるか勝てないか……いや、今はそうじゃないな」

 

 勝てるか否かで言ったらまあ勝てないだろうけど、今更考えても仕方ない。

 今は持てる知識とやってきた研究を持ってして全身全霊で八一にぶつかるだけだ。

 勝っただの負けただのは対局が終わってから考えりゃ良い。

 

「……待ってたぜ、八一」

 

「早いな、駿」

 

「親友で憧れのお前とやるんだぜ? ウズウズして仕方なかったんだよ」

 

「そりゃ嬉しいな……」

 

 八一が到着し、軽く雑談を交わす。

 それ以外は静寂が支配する。

 まだ対局には時間があるがどうしたもんか。

 

「……そう言えば歩夢が鹿路庭さんと付き合う事になったみたいだな」

 

 おっと急に切り込んできたのは八一。

 しかしやはり情報が早い、大方付き合い始めた夜にでも連絡を入れたんだろうがな。

 

 そもそも歩夢と鹿路庭さんだが、歩夢から相談を受けた次の日早速成功したと爆速で電話に掛かってきた。

 めちゃくちゃ嬉しそうで良かった……と電話を切ったら次は鹿路庭さんからもお礼の電話が掛かってきて本当に似た者同士と言わざるを得なかった。

 しかもあの人に至ってはテンションが有頂天だったのか超惚気けてきて告白の言葉を教えてきてくれた、わざわざ。

 

 鹿路庭さんが語るには

 

「貴方は美しい……どこまでも純粋に将棋を愛している。我は……いや、俺はそんな透き通った珠代さんの心に惚れた。好きです、いや大好きです。この先一生を懸けて貴方を幸せにします。だから俺と、結婚を前提に付き合ってください」

 

 ……すっげぇ紳士だった。

 

 まあ根が真面目な奴なのは昔から知っていたがそう表現する以外方法が無かった。

 

「ま、くっつくべくしてくっついた二人だろ」

 

「そうかもな……俺もそろそろ……」

 

「対局時刻となりました。始めてください」

 

 八一が何か呟いた様だがそれより時間らしい。

 ここまでは親友としての八一だったがこっからはライバルとして、倒すべき棋士としての『九頭竜八一竜王』になる。

 

「よろしくお願いします!」

 

「よろしくお願いします」

 

 いくら八一とはいえあっちも絶不調や大型連敗をしている棋士だ、何処かに穴はあるはずだ……

 

 

 

 

 

 と思っていた時期もあったよ、今はもう全く無いが。

 

「うっ……」

 

 まだ50手を超えたばかり。

 本来ならまだまだ先を見据えた手にお互いなっているはずなのに、俺の陣形はもう押されていた。

 子どもの頃から、いや正確に言や前世の頃からずっと見てきた八一の将棋。

 あれだけ見てきて、ずっと研究してきて、最後の二日間短期集中で更に追い込みを掛けて対策と先手後手になった時の八一の傾向も対応も積んできた。

 

 誰よりも八一の将棋を見てきた自信があった。

 清滝九段の内弟子をしていた時期だって研究会も奨励会も勝った棋譜も負けた棋譜も全てのアイツの棋譜を勉強に使ってきた。

 どこまでも八一に追い付こうと、無謀と言われても諦めずに手を伸ばし続けてきた。

 

(その結果がこれだ……こんな序盤でここまで押されるのか……策は無いのか……? いや、まだだ。まだ俺にはあるじゃないか、残された手が一つだけ……!)

 

 そうだ、まだ50手に過ぎない。

 まだ修正は効くはず……アレを……二ツ塚の時のアレを起こすしか無い。

 

 そもそも発動条件が明確で無かった未来視だが、時を追う毎にコツを掴み始めた。

 鳩待さんの時や研究会での試しでも指してみて、今出来る最大限の集中力を引き出した時に来るらしく見える手筋は所謂『最善手』と『相手の最善応手』の繰り返し。

 最大集中力が上がれば上がる程見える未来が長くなる、というところまで理解した。

 

 まあ体力は死ぬ程減るし途中までしか見えないがチート能力なんてこの世にある訳も無し。

 

 体力をかなり持ってかれるこれを序盤で使うのはハイリスクだが……言ってらんねえよなあ!!

 

(見ろ……見るんだ、最善手を。八一なら指すはずだ、最高の手を。だからこそ、途中まででも構わない。押し返せるのならば、そっからは自力でやってやる!)

 

 …………見えた!

 

 ここだッ!!

 

 

 

 

 

「…………は?」

 

 その声を上げたのは……俺だった。

 

 

 

 

 

 おかしい、有り得ない、間違いなく最善手を指し込んだはずだ。

 なのに八一は……全く別の場所に指していた……

 

 八一がミスった?

 いや違う、アイツは今『ノータイム』で返してきた。

 だとすれば単なるミスは不自然だ、何か考えがあってやってきたに違いない。

 

(もう一度だ、もう一度見てやる。体力なんて知ったこっちゃ無い、倒れてでももう一度見て、指しきってやる)

 

 今にも倒れそうなくらい揺れる脳を何とか水分補給で紛らわせ、集中する。

 もう一度見れば押し返すまでの道筋くらい見えるはずだ……

 

 

(見え……ない……)

 

 

 しかし何度も何度も見ようとするが今度は何も見えなかった。

 

「は……ははっ」

 

 いくら集中力が切れても意識すれば朧気にでも見えていた。

 それがどうだ、起きてる気配すら微塵も無い。

 こんな事があったか?

 確かにチートじゃないとは言ったがそれでも最善手を映し出し続けるんだぞ、そう簡単に……

 

 いや、一つだけある。

 

 見えなくなる事が、一つだけある。

 

「即……詰み……」

 

 こちらに打つ手が一切無くなった時だ。

 即ちこの手で負けが確定しているという事だ。

 

 八一は、アイツは『最善手の未来視』を超えてきた、という事に他ならない。

 

 つまり『最善手を超える手』を見つけていたのだ、それも一瞬で。

 

 ……銀子ちゃんは言っていたっけ

 

「八一は歴代棋士の中でも5本に入る力がある」

 

 と。じゃあアレか?

 八一は一瞬で辿り着いたとでも言うのかよ……

 

 

 

 

 

『神の一手』ってやつに――

 

 

 

 

 

『若手棋士を語るスレ その326』(五月下旬)

 

108:名無しさん

……鍬中は三連敗か。あの日の棋帝戦予選のクズ竜王vs九連勝鍬中は注目カードだと思ったんだが肩透かしだったな

 

109:名無しさん

>>108

そもそも九頭竜はあの位置にいるのが異常なんだよ、アイツ竜王防衛した正真正銘今の棋界を支える屋台骨だぞ。ぽっと出の最近まで負け続きだった新人と比べるのがおかしい

 

110:名無しさん

>>109

つっても58手で九頭竜の勝ちってなあ……

 

111:名無しさん

でもプロ棋士は騒然だったらしいぜ?なんでも最善手を指した鍬中の手を超えてきたって、並み居るプロでも想定外の手ながらあそこが一番の好手だったって

 

112:名無しさん

>>111

つまり九頭竜は神の一手に到達した可能性が…?

 

113:名無しさん

>>112

無いと言いきれないのがあの天才竜王の怖いところよ、クズだのロリコンだの言われてるが才能だけはこのスレでも誰も文句付けた事ねえから。煽った事はあるが

 

114:名無しさん

しかし鍬中一気に落としたなあ。棋帝、玉将、賢王……玉将の二次予選で負けたのはクソ痛い

 

115:名無しさん

来週の盤王戦挑戦者決定トーナメント初戦落としたらこのまま終わりだろうな

 

116:名無しさん

よし、次の相手は……宮 越 亮 二 九 段

 

117:名無しさん

はい生石世代四天王の一人

 

118:名無しさん

盤王二期と一般棋戦優勝三回

 

119:名無しさん

これで四天王最弱らしい

 

120:名無しさん

今無冠だし多少はね?

 

121:名無しさん

>>120

なお竜王戦1組

 

122:名無しさん

>>121

無冠だけど純粋な能力は落ちてないタイプ

 

123:名無しさん

>>121

絶対またタイトル戦出てくるわ、碓氷九段と竜王戦フルセットした27期の伝説がそう簡単に衰えるかよ

 

124:名無しさん

鍬中;;

 

125:名無しさん

アカン鍬中が星になるぅ!

 

126:名無しさん

しかも得意の盤王戦と来た

 

127:名無しさん

万が一にも鍬中がここで殻を破れたらまだ盤王戦だけは何とか勝てる望みが出てきそう

 

128:名無しさん

>>127

勝っても次は帝位、棋帝一期ずつの月夜見坂の師匠で元A級風張雞児九段やで…

 

129:名無しさん

>>128

悲しいなあ

 

130:名無しさん

>>129

どうして最近の鍬中は尽く一番下の予選でもダメなのと当たってしまうのか

 

131:名無しさん

鍬中には強く生きてほしい(願望)

 

132:名無しさん

かわいい弟子いるんだろうが!だったら勝って見せろ!

 

133:名無しさん

ロリを不幸にする事は許されないからね、仕方ないね

 

134:名無しさん

連敗くらい名人だってする。九頭竜相手に四連敗したし。打開出来るかどうか、正念場だぞ……

 

135:名無しさん

しかし生石世代最弱と呼ばれてた山刀伐の弟子が世代最上位の一人と当たるとかどんな巡り合わせだよって話よ。この一番、棋界としても注目のカードになるかもな

 

136:名無しさん

その山刀伐は賢王戦三連勝……師匠に良いとこ見せろよな!応援してっから!




能力頼りになってしまうのは弱さ故に…頼った末路が神の一手に粉砕された訳ですが


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第二十一話『上の空、すれ違う思い』

オリ棋士紹介

☆宮越亮二(40)
 段位:九段
 師事:村田淳永世盤王
 所属:関西将棋連盟
 順位戦:B級1組
 獲得タイトル:盤王二期
 戦法:居飛車、対抗飛車
 概要:生石世代15人のプロ棋士の内『四天王』と呼ばれる才能を持つ一人。
 師の村田永世盤王の影響か盤王戦には滅法強くタイトル二期は何れも盤王。
 後手番時には相手と逆の飛車の動かし方をする『対抗飛車』が得意であり好戦的。
 普段はのんびりとしたマイペースな性格の持ち主。


 生石世代(オリジナル設定)
 所謂『78年度世代』のプロ棋士。
 80~90年代に起きた将棋ブームに隠れた才能を持っていた当時の少年達が感化され次々と将棋を始めた内の最強世代を指す。
 他の世代より遥かに多い計15人が2003年までに全員が三段リーグの通常昇段でプロ棋士になり、今も尚大半がプロ活動を行っている。
 中でも最強と呼ばれているのが筆頭のタイトル六期の生石、次いで上條昴、峯澤驒、宮越亮二と続く。
 


「よし、頑張って来いよ」

 

「うん! ちゃんと見ててね!」

 

 五月も末の頃、もう梅雨の時期であり今日も小雨の中美羽の例会に付き添って来ていた。

 美羽は今日次第ではC2に上がれると久留野さんからも言われている為重要な日だ、今日上がれば本格的に今年中の女流2級昇格も現実的になる。

 

 俺何かとは違って、順調そうで。

 羨ましいとさえ思ってしまう彼女。

 最近はその眩しさが俺には少しキツくなってしまっていた。

 

 ……『三連敗』だ。

 

 棋帝、玉将に続き賢王戦も落とした。

 正直玉将戦を落としたのは大きな痛手だが三連敗自体は予想の範囲内だったはずだ。

 だというのに俺は無力感を覚えずにはいられなかった。

 

 八一との一戦、後から棋譜も各プロ棋士の見解も全て目を通した。

 あの未来視が最善手ではない手を示していたのならば、仕方ないと割り切れただろう。

 いや、そうであってほしいと身勝手に願ってしまったのだ。

 

 結果は無情だった。

 

『棋帝戦予選。鍬中四段、勝負の最善手も九頭竜八一竜王の《神の一手》に散る』

 

『彼(鍬中四段)の57手目は決して敗着になる手では無かった』

 

『私でも鍬中四段と同じ判断を下していただろう』

 

『九頭竜竜王は将棋の歴史を一つ、根本から覆してしまった』

 

 全てが俺を擁護するか八一を賞賛する声。

 つまり俺には八一を何百年追っても追い付けない、更に言えば今の八一に勝てないのであれば他の一流棋士にもやはり勝てる未来は無いだろう、という事だ。

 

 そう思い出したら、もう誰にも勝てる気がしなくなっていた。

 そもそもが才能が無いと周りにも言われ続け、それを自覚しながらも何処かに夢を持っていたのかも知れない。

 

 ……甘いよな、全くもって。

 

 いっちょ前に才能が無いと言いながら八一に勝とうだなんてさ。

 

 

「腑抜けたな、見損なったぞ」

 

 先週、七宝とのプロ顔合わせ二戦目の終局後に掛けられた言葉だった。

 あれだけ俺の事を敵視しときながら今更何だったのか、腑抜けたなんて俺が一番知ってるっつーのに。

 

 チッ、何なんだよ……どいつもこいつもちょっと勝ったくらいで注目しやがって……

 

「しゅんせんせー!」

 

「…………ん、おお美羽か」

 

「どーしたの? かったよ?」

 

「え、あ、そ、そうかそうか! おめでとう!」

 

「……」

 

 しまった……そんな事を考えてる時じゃなかった……今日は美羽の大事な日なのに……くそったれが……弟子無視して苛立つなんて師匠失格だ……八一にもアドバイスした立場だってのにこれじゃあ笑われちまうよな……

 

「……その、悪い。考え事してた……すまん」

 

「さいきんのしゅんせんせー、いっつもそれ。今日れんしょーしたからこのままC2に上がれるってくるのせんせーが言ってくれたから、さいしょに言いたかったのに……」

 

「……ごめん」

 

 謝る事しか出来なかった。

 本当ならC2に上がった事、めちゃくちゃに褒めてやりたかった。

 一緒に喜んであげたかった。頑張ったねって撫でてあげたかった。

 でも今の、こんな俺じゃ祝う資格も無い。

 

 

 沈痛な空気が二人に漂う中、例会は続き美羽は更に連勝したものの俺が祝える事は無かった。

 

 

 

 

 

 帰路、今だに重たい空気が流れる。

 全て俺が悪いのは分かっている。

 最近ずっと上の空で、美羽の話を聞き逃す事が多かったのも事実だ。

 八一に負けてからだから一ヶ月弱、そんな思いをさせていた事になる。

 勿論八一が悪い訳じゃない、今でも親友として誇りに思える人間で、棋士として一番の憧れのカッコイイ竜王だ。

 俺は、俺の無力さに勝手に苛立って、諦めて、腑抜けて、美羽を蔑ろにした。それだけの最低のクズだ。

 

 弱くて人間としても未熟な馬鹿野郎だ。

 

「……なあ美羽。俺達さ……暫く会わない様にした方が良いと思うわ」

 

「……え?」

 

 だから。俺は美羽から離れるべきだ。

 美羽の棋士人生に悪影響が出る前に、やはり違う棋士に預けるべきだ。

 

「やっぱ俺が誰かの師匠になるなんて向いてなかったんだよ」

 

 十二月、この子が突然弟子になると言われた時とはまた違う。

 あの時は単に逸材だから、伸ばすには他の一流棋士が向いてるから、俺には荷が重いから、そんな理由だった。

 

 今は可愛くて可愛くて仕方ない大好きで大事な弟子だからこそ、人間的模範になる様な棋士のいる場所ですくすく育って、棋士としてだけじゃなく人間としても素晴らしい子になってほしいと願っている。

 

 ……他の棋士の元で過ごす美羽が脳裏に過ぎる。

 何故か胸がズキリと痛んだが、それだけ今まで大切な時間を過ごしてきたからだろう。自分から懐いてくれた大切な弟子を突き放すのだから良心が痛まない訳が無い……違和感は拭えないが多分そういう事だ。

 

「ほ、ほら、美羽はC2に上がったけど俺とか連敗込みだして弟子の事無視する様な馬鹿野郎だぜ? だからこんな奴のとこ居るよりももっと人間の出来た棋士のとこにだな……」

 

 矢継ぎ早に突き放す言葉が出てくる。

 美羽は泣くだろう、だが仕方ないんだ。

 俺だって美羽の泣いてる姿は見たくないしこんな傷付く事言いたくもない、それでも今後の美羽を考えたらこれしか方法が無いんだ……

 

 しかし俺の矢継ぎ早な言葉は、美羽に遮られる事になった。

 

「わたししゅんせんせーの弟子じゃなかったらもうしょーぎやめる!」

 

「……はっ!? いや何言ってんの!?」

 

 ここまで来ておきながら女流棋士諦めるとか意味分かんないんですけど!?

 ああもう、どいつもこいつもなんでこう、俺の理解出来ない事ばかりするのか……

 

「わたしの事こんなに大切にしてくれるのしゅんせんせーだけだもん! どんな事があってもずっといっしょだもん!」

 

「いやあのな、このままだとそもそも俺はお前が二十歳になる頃には師匠じゃいられなくなるしこれは美羽が好きだからこそ今後の為を思って……」

 

「分かんない! 分かんないよ! わたしはしゅんせんせーがししょーじゃなくてもいっしょにいたいよ! しょーぎ教えてもらいたいよ! 好きなのになんではなれないといけないの!? 分かんないよ……」

 

 俺だって離れたかねえよ……でも仕方ないんだよ、弱い奴のとこにいたって意味無いんだから。

 寧ろここまで美羽を育てられた事に感謝したいくらいだ、こんな弱い無能にも弟子を持たせてくれて、その弟子が俺に憧れてくれて、大好きと言ってくれて。

 

 ほんの少しの間だけでも棋士として夢を見られて。

 

 もう諦めても良いはずだ。

 

 だから、美羽がこんなに俺に固執する理由が分からなかった。

 

「俺こそ分かんねえよ……美羽……もう幻滅しただろ? 弱くて負けて、簡単に腐って。しかもお前の大事な昇級懸かった日に無視してこうやって当たり散らすクズだぞ!? 頼むから、もうほっといてくれよ……これ以上惨めな気持ちにさせないでくれよ……これ以上、最低な師匠でいさせないでくれ……」

 

「……なんで……? わたしはこんなに大好きなのに……しゅんせんせー……サイテーだよ……!」

 

 ……やっと行ってくれたか。

 正直意味が分からなかったからこのまま押し切られるんじゃないかと焦ったけど何とかなった……なってしまったみたいだ。

 

「……最低、か」

 

 分かっちゃいたがいざ言われると結構クるのな……まあ最後に見た美羽の悲しそうな顔が一番辛かったが。

 

「そうだよ、最低だよ俺は。自分勝手に弟子泣かせる大馬鹿者だよ。あーあ、八一にも師匠にも合わせる顔ねーな」

 

 ついでにあいちゃんと天衣ちゃんにも合わせる顔ねーわ。

 二人が俺を薦めてくれたのにこの体たらくじゃ情けなくて仕方ないな……

 

 

 

 

 

「……暇だな」

 

 夜、自宅。

 いつもなら美羽の次の指導内容やら何やらを暇じゃなくても常に思考を巡らせていたが今はそれをする必要も無い。

 次の対局も数日後ではあるが生石さんの同期の元タイトルホルダー相手、どうせ勝てる相手ではないし勉強したところで無駄だ。

 

 という訳で暇で仕方ない。

 

「んー、久々にゲームでもするか?」

 

 多忙でずっと開いていなかったゲーム機に手を伸ばした……ところでスマホに着信があった。

 

「あ? ……歩夢から?」

 

 うーん、八一か師匠辺りなら美羽関連だろうし後日適当にはぐらかせば良いだろうけど歩夢なら美羽を弟子に取った時も情報は結構遅れてたしまだ大丈夫だろ。

 というか二人とも掛けてこないって事ならそっちにも情報は回ってないだろうな。

 

 暇だし話し相手にでもなってもらうかね。

 

「ほいほい、駿ですよ」

 

「やあ我がソウルメイト駿よ! 明日は関西の将棋会館で賢王戦第六局があると聞いている、来るのか?」

 

 唐突過ぎるとも思ったがすっかり忘れていた。

 明日確かにこっちで賢王戦第六局がある、んで毎試合棋士室で検討している歩夢は今回も行くから俺にも聞いてるのだろう。

 

 まあ元から見に行く予定だったし、行かないとマジで一日やる事も無くなるから好都合か。

 

「お、おう、何せ師匠の初タイトル獲得リーチだからな。見に行くぞ」

 

「……」

 

「ど、どうした?」

 

「いや、何事も無い。それより今回は持ち時間が1時間だ。目まぐるしい展開になるだろうな」

 

 なんだ、今の間……まさかバレた?

 いや流石に無い無い、俺はそこまでボロを出すタチじゃないはずだ。

 

「ああ、タイトル戦じゃ滅多にお目にかかれない貴重な早指しだろうしその意味でも楽しみだ」

 

 まあ今の俺にどこまで熱意が残ってるかは知らないがな……と心の中で呟き、当日を迎えるのだった。




【悲報】主人公クズ化
次回、急展開の多い本作中でも相当な急展開


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第二十二話『それでも熱意は』

自己最遅更新


 ――第三期賢王戦第六局当日の朝、関西将棋会館の検討用棋士室には対局一時間前には既に見渡す限りプロ棋士で賑わっていた。

 

 中には生石さんや八一等関西のトッププロに加え歩夢や篠窪さん、碓氷さんといった関東の研究会好きで有名なトッププロも数多く集まっていた。

 

 というか篠窪さんも碓氷さんもほんと良くこういうとこで会うよな……思えば俺が去年の竜王戦で唯一見に行った……というか八一とあいちゃんの挙式やるとか言われて師匠や歩夢とノリノリで参加した第四局のアレに検討どころか挙式にもしれっといたんだよなあの二人……

 多分碓氷さんは奪取された直後から親交が何故かある竜王繋がりで八一と仲良くなったから、篠窪さんは歩夢と研究会仲間という繋がりで挙式から参加してたんだろうけど……一応その時顔見知りにはなったがまさかあんなに仲良く出来る仲になるとは……世の中不思議な事もあるもんだ。

 

「よ、やっぱり八一も来てたか」

 

「まあな。第七局を見に行けるかどうか分からないからな」

 

「……あいちゃんと天ちゃんは対局日か?」

 

「ああ、来れなくて二人とも残念がってたよ」

 

「フッハッハ! 久しいなドラゲキン八一、駿よ!」

 

 自然と八一、歩夢と俺が固まりだす。

 しかし三人揃うのは何時ぶりだろうか……あ、去年の十二月以来か……あの時は美羽を弟子にする決断した時だったな。

 

 うっ、なんか謎の腹痛が……終わったはずの事で腹痛とかどうなってんだ……

 

「ん? 大丈夫か?」

 

「い、いや問題無い」

 

「……何にせよ我慢はするなよ」

 

「……何の話?」

 

「後は周りを頼る事だな」

 

「いやほんとに何の話だよ」

 

 二人は腹痛から話が飛躍するし何なんだ……更に腹痛させたいのかお前らは。

 お願いしますやめてください美羽の事でもうライフが無いんです。

 

 ……と、話してたらそろそろ対局が始まりそうな雰囲気になってきた。

 

「そろそろ、ですねえ」

 

「ええ……」

 

「やはり気になりますか?」

 

「……そりゃあ同期だからな……気にならない訳がない」

 

 ザワつく会場に聞こえてきた声が二つ……碓氷さんと生石さんは何か話し込んでるがそもそも親交あったっけ?

 そっちも気になるが篠窪さんが関東の若手棋士のみならず関西の若手棋士も近くの席に誘っていたりとあちこち自由にやっている。

 

「始まるか」

 

 俺の呟きと共に両者が挨拶、こっち側にまで緊張が伝わる。

 そしてお互い手が早い、持ち時間が両者それぞれ1時間ずつであるから当たり前と言えばそうだが、それでもタイトル戦とはとても思えないハイスピードで指し進めていく。

 瞬く間に100手を越えた盤内は激しい攻防へと発展、攻めて攻め返して、取って取り返してが続く。

 

「また激しい戦いになったな……」

 

「さながら鍔迫り合い、といったところか。駿は……ふっ」

 

「……え、どうしたよ?」

 

 八一の呟きに一層固唾を呑んで中継と手元の盤での話し合いながらの検討。

 歩夢が不意にこちらを向いたかと思えば不敵な笑みを浮かべる。謎な奴だ。

 

「……いや、我がソウルメイトの魂の火が燃え盛っているのでな、なあ八一よ」

 

「連敗で気が滅入ってると思ったけど、良いリフレッシュになってるんじゃないか?」

 

「そうか? ……ま、何だかんだ理由付けながらも将棋から離れられない人間の性ってやつでしょ。特に師匠の対局ってのもあるだろうがな」

 

「次、頑張れよ。連敗の原因っぽい俺が言うのもどうかとは思うけど」

 

「はっ、お前のせいじゃねえよ。やるこたぁやってやら」

 

 何はさておき、やっぱり身近な人間の対局には感化されやすいのか次の対局くらいまだまだ頑張ってみたいと思えてきた。

 いつも飄々としている師匠が必死に喰らいついている表情見たら、当たり前といったら当たり前の事かも知れないが。

 

「ようやく我がソウルメイト駿らしい目に戻ったな」

 

「なんだよ、それ」

 

 惨めで弱い俺だけど、今は気楽に指せるはずだからな。

 やれるだけやって負けるならそれはもうそこまでって話だ、とにかく折角のチャンスをこのまま捨てるのは嫌だって事よ。

 

「山刀伐八段が一気に押した……!」

 

 篠窪さんのその声で対局にまた目が移る。

 何手か進んでいるが、天王山の攻防を押し切ったのは師匠だった。

 月光さんもいつもの堅牢な守備で受けに回るが如何せんハードな殴り合いの直後、体制を立て直すには駒が若干足りない様に感じられた。

 

「ここ、月光会長は無理をしてでも攻めた方が良かったと見る。歩夢はどうだ?」

 

「一か八かならそうなるか。読みとしては駒が足りなくても受け切れると踏んだのだろうが……」

 

「師匠の今の応手、これが月光さんの予想範囲外だったって訳だ。いつもの師匠ならじっくり攻め立てる場面だろうが一気に勝負を付けに来たな」

 

 俺達の検討にも熱が入る。

 普段なら粘りの将棋で攻めながら守りながら好機を探るのが師匠のスタンスだがこの対局は気付けばずっと攻めっぱなしの様にも見える。

 そう言えば今日は見に行くって連絡入れてたしその影響はある……と予想、自分のやり方を崩してまで闘志剥き出しにするのは正直ヒヤヒヤするがそこは終身名誉量産型名人と5chで言われたり生石さんからも似た様な評価を貰うだけあるオールラウンダー、応用の良く効く戦術である。

 

「ここで長考か。勝敗を左右するターニングポイントだとするならこの場面以外有り得んな」

 

「迎え撃つか守るか……俺なら厳しいが一度守った以上簡単には崩せないな」

 

「だが攻めないとジリ貧になる可能性は高い、か」

 

 ハイペースに対局から140手程進んだここで後手番月光さんの手が止まる。

 強引にも思える攻めの一手、それが絶妙に応手に困る妙手であり最初少し攻め過ぎと、特に若手を中心に捉えられていたそれは数分後には痛烈な一撃という評価に逆転していた。

 

「……なるほど、そう来たか」

 

「やっぱりジリ貧嫌ったね月光さんは」

 

 じっくりと考えた後に繰り出されたのは迎え撃つ一手、月光さんもジリ貧になっては今の師匠の勢いは止められないと見て勝負を決めに来たという事だ。

 

「真っ向から迎え撃つ……迸る闘志がこちらまで伝わる様だ」

 

「とはいえ先に攻めたのは山刀伐八段……やる事が後手後手に回っている月光会長が苦しいのは相変わらずか」

 

 しかし相変わらず師匠が優勢なのは変わらず。

 ただ両者の持ち時間にまだ余裕があるとは思えない程どちらも既に息は絶え絶え。

 

「確かに山刀伐八段が攻めに攻めにと先手を突いて回る立ち回りは珍しいな、普段ならカウンターアタックを狙う真逆なスタイルなだけに我も余計珍しく感じるぞ」

 

「あー、それ多分俺が今日だけは来るって言ったからかもな……1時間以外だったらいつもの粘りの将棋なんだろうけど」

 

「それが原因かよ……何ともらしいというか……」

 

「だがそれがプラスに働いていると言えるな。師弟の絆、家族の絆……ふっ、神秘的ではないか」

 

 ……師弟、家族か。

 やっぱ俺には分からないな、そういうのは。

 

「なあ、歩夢」

 

 パシリと音が響く。

 また激しい攻防が始まる中、俺は歩夢に話しかけていた。

 

「どうした、我がソウルメイト」

 

 あくまでも中継と盤内に視線はやりながら、だが。

 どうしてもしたくなってしまった質問があった。

 

「家族って……何なんだろうな」

 

「それは……っと、どうやら終焉らしいぞ」

 

「なっ……うわ、本当だ……」

 

 しかし答えは聞けなかった。

 代わりに少し注意が逸れた間に一気に形勢が傾いていた。

 賭けに出た月光さんの手を今度は堅実に諌めた師匠が完全に勝勢。

 

「月光会長が……投了ッ……!!」

 

 そしてその八一の言葉通り、月光さんが頭を下げ確かに投了を告げていた。

 この瞬間、俺の師匠山刀伐尽は長年の夢だったタイトルホルダー、賢王になった。

 

「親父……遂にやったんだな……!」

 

 そう思うと自然と涙が溢れていた。

 両者の健闘、新たなタイトルホルダーの誕生に沸き立つ棋士室の声が遠くなるくらい思い出が蘇る。

 さっきまではあくまで一人の棋士として中立な判断が出来る様にと私情は伏せてたが、やっぱり親父が勝ったともなると特別に嬉しくて仕方なかった。

 

「良かったな、駿」

 

「これぞ努力の結晶。その意志、本当に尊敬に値する。おめでとう駿よ」

 

「ありがとう……!」

 

 涙は暫く、止まる事は無かった。

 

 

 

 

 

 暫くして涙が止まったタイミングで対局室に記者が雪崩込んできたのが映る。

 フラッシュに焚かれている張本人の師匠もまた、涙を流しているのが見えた。

 

『念願の初タイトル、おめでとうございます! 今の気持ちをお聞かせ出来ますか?』

 

『あはは……申し訳ないね、こんな姿で。夢……みたいだよ。本当に嬉しくて嬉しくて、今も涙が止まらないくらいだよ』

 

『初タイトル挑戦、そして初タイトル獲得年齢は山刀伐賢王が歴代最年長ですが』

 

『念願のタイトル挑戦、それだけでも大きな一歩だと思っていたけど……そうだね、この歳で諦めずにここまで来られたのは何より、家族のお陰かなって思うよ』

 

『と、言いますとご両親と息子さんである鍬中四段ですか?』

 

『両親にはいつも支えてもらってるからね。奨励会を20歳超えても続けさせてくれた事、理解には感謝してもしきれないかな。でも将棋って言うと息子、駿が一番だね。昔から僕が苦境にいると叱咤激励してくれてね、この前もこのシリーズの開幕から連敗した次の日心配して来てくれて、それが四連勝への力になったのかも知れない』

 

「……流石に恥ずかしいんですけど」

 

 黙ってインタビューを聞いていたが、それを言われるとは思わなかった。

 周りからは特に親友と関西の知り合いと関東の例の二人から暖かい視線が……気にしたら負けだろうな、うん。

 

 嬉しいけど!

 

『ありがとうございます。鍬中四段とは本当に仲が良いんですね』

 

『血は繋がってないけど家族だからね。内弟子って意味でもだけど本当の意味でね。強いとか弱いとか関係無くずっと支え合って助け合えたから。少しでもあの子に家族の温かみを知ってほしくてやって来た事が仲の良さ、その秘訣かな☆』

 

「強いとか弱いとかは関係無い……助け合う……」

 

 恥ずかしさを気にしないようにしていた時に聞こえてきた言葉。

 嬉しかったその言葉は、だが俺の中に疑問を落としていった。

 

(俺は、師は強くないと師弟として成り立たないと思っている。今だってそうだ。俺が弱いから美羽を突き放した、それに間違いは無いはず……だったらなんで……)

 

 

 

 

 

(なんで、こんなにも胸が苦しいんだ……)



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第二十三話『大切なものはすぐ側に』

「今日……だもんな。いくらヘボ指し自称してても師匠のあの姿見たなら俺も頑張らないと」

 

 賢王戦第六局から数日、師匠もタフな将棋で疲れているだろうし他の兼ね合いも合わせて祝賀会は二週間後となった。

 祝いや感謝の言葉やらは終わって少しした後に会って色々と言ったが、結構カメラの無い場所でも泣いていたのか目が腫れていたのが印象深かった。

 

 因みに兼ね合いだが、主に歩夢の棋帝タイトル戦が大きく日程に関わっていた。

 あの場では緊張するだろうと敢えて言わなかったが、四月末の挑戦者決定戦において81歳で対局相手に上がってきた老将、蔵王九段を三十分で下しての挑戦となった。

 待ち構えるは勿論名人、原作では勝率は下り坂なんて言われていたがこっちじゃそんなもの微塵も感じられない程で勝率は七割を超え、一般棋戦のベスト4や決勝にも年何度もなり優勝した棋戦も勿論ある程。

 

 原作と比べて周りが明らかに強くなっている現状である。

 蔵王九段にしたって本来は昨年度引退の典型的な年齢による実力衰退棋士の立ち位置がタイトル戦まで後一歩、そこまで詰め寄るなんて聞いてない……

 

 後変化と言えばつい最近まで気付かなかったが今年の一月から女流タイトルが二つ増えていた事だ。

 一つはヒューリック杯清蘭戦。これは確か前世でりゅうおうのおしごとの世界をより知るために将棋界を調べている時に少し見聞きした19年度開始のヒューリック杯清麗戦だろう。

 もう一つは鹿取杯女帝戦。こちらはほんの少し目にしただけで良く覚えていたなって感じだが前世では既に終了していた鹿島杯というトーナメント戦だった。

 それが三番勝負のタイトル戦『女帝戦』として新体制で復刻した体になっている。

 

 

 まあ、色々原作と変わってるという事だ。

 

 それはさておき、今日は盤王戦の本戦トーナメント一回戦の日、俺がこれに勝つか負けるかで相当今年が左右される大事な一戦だ。

 

 対局相手は生石さんと同年齢の『生石世代』の中でも四天王と呼ばれる程の強さを誇る元タイトルホルダーの宮越さん。

 しかも盤王戦の勝率が抜きん出て高いと来た。

 全く酷いもんだ……いくらタイトル戦に行くにはそう言った人達と相見える事があるとはいえあの宮越さんと当たるとかさぁ……

 

「じゃあ美羽、行って……ってしまった、今日からもういないんだったわ」

 

 前の対局まではずっと、指導の無い日でもわざわざ行ってらっしゃいと言う為だけに来てくれていた美羽。

 その存在はもういない。

 

 俺はもう、孤独と向き合い戦わねばいけない。

 自分に言い聞かせる様に息を一つ付き、家を後にした。

 

 

 

 

 

「それじゃ、今日はよろしくね」

 

「は、はい! よろしくお願いします!」

 

 対局室に来るや否や同じタイミングで着いた宮越さんに挨拶をされる。

 どこか落ち着けない俺に対し、あの人は場数が違うのもそうだがいつもマイペースで落ち着きのある性格で羨ましく思ってしまう。

 

 何とか落ち着こうと暫く深呼吸や目を瞑ったりやらしてみたが効果が表れる前に対局開始時刻になっていた。

 

「それでは始めてください」

 

「よろしくお願いします」

 

「よ、よろしくお願いします……」

 

 

 宮越九段の先手番で始まった対局は序盤ゆったりした立ち上がりになった。

 というのも俺が先手番だった場合居飛車振り飛車どちらを選択しても宮越九段お得意の対抗飛車、つまり相手と逆の飛車の使い方をしてきて力戦模様に持っていかれる。

 対抗飛車でタイトル戦を戦ってきた喧嘩将棋の力戦派使いともなれば序盤から苦境に立たされていたのは必至、運良く後手番を貰ったのだから格上の相手の土俵にわざわざ立つ必要も無い。

 様子見をしながらじっくりと自陣を固め隙を狙うスタイルで出方を見よう。

 

 

 

 対局は進み開始から大体100手程経った。

 本来ならもう攻めたい場面だが相当な格上だからと出方を伺い過ぎたか、相手の陣は堅牢と言える構えを取りに掛かっていた。

 

(まずい、流石に尻込みし過ぎたか……しかしあっちもまだ攻める気は無いんだろう。いくら喧嘩屋と言っても生石さんに並び立つ歴戦の勝負師、無闇矢鱈に攻めないもんな……だったらこっちから行くまで!!)

 

 取りに掛かっている、という言葉通り今はまだ完全な形を取ってはいない。

 だとすればギャンブルだろうが何だろうがチャンスは今しか無い。

 やれる事はやる、たとえこれが後の敗着になろうが俺の棋士人生の終着点が決まるだけだし十年目まではやれるんだからドンと行ってやろうじゃねえか……!

 

 

 

 

 

 まあそれが間違いだった訳だ。

 

「……成程……くっ」

 

 敢えて守りを固める行為をワンテンポ遅らせたのは宮越九段の罠、つまりは誘い込んで一気に駒を食い取ろうという魂胆だった。

 んで俺はまんまと誘い込まれてボコボコ……の一歩手前、いや半歩手前……それくらいで耐えたのか耐えてないのかすら分からないくらいまでにされていた。

 

(あー最悪だ不幸だ……確かにこれで負けても良いとは言ったけどここまで露骨に敗着になり掛けてるのも虚しい、虚し過ぎる……これで俺の棋士人生エンドってか? 師匠がタイトル獲った直後だぞ? くそったれ……)

 

 今になって後悔が押し寄せてくる。

 負けるにしてももう少しタイトルホルダーに食い付けた様な指し方で負けられれば師匠の顔も立ったのに、これじゃ独りよがりなだけ……そんな事許される訳が無い。

 俺に今残されてる選択肢としては、投了か明確に分かる致命傷を負わされるまで、死に場所を求めるか。

 

「ふぅ……」

 

 水を飲み、喉を潤す。

 俺が選択したのは前者だった。

 元よりこうなっては後は指しても汚くするだけで失礼になるだろうし何よりタイトル獲得経験のある今尚最前線にいる棋士相手に今更足掻いても意味は無いだろう。

 

 天を仰ぐ。

 良いとこ取りの勝率的な話をするならば、これに勝てればまだ……という事もあったかもしれないが、後は落ち行くだけ。

 

 悔しい……と再び前を向く……

 

 

「ん?」

 

 

 今何か特徴的なツインテール映りませんでした?

 

 

 

 

 

「スゥー……」

 

 深呼吸、そして壊れたロボットの様な動きになりながらもう一度記録係のいる方へ首を向ける。

 

「……ッ!」

 

(いやいやいやいやいるんですけど!? 美羽いるんですけど!? 目合ったよね今!? 通りでさっきから宮越九段が生暖かい目になってる訳だよなあ! しかも何この状況八一の11連敗ストップの時の原作のあいちゃんと八一の図式かよ! っていや待て、それより今は投了が先――)

 

「……!」

 

「うぐっ」

 

 投了しないでと目で訴えてくる美羽。

 

 ……彼女は何でまだ、俺のところに来るんだろうか。

 

 だってもう捨てたんだぞ? 

 お前の事を捨てたクズだぞ?

 だったら他に行くなり何なりすれば良いだろうが……

 

『強いとか弱いとか関係無くずっと支え合って助け合えたから。少しでもあの子に家族の温かみを知ってほしくてやって来た事が仲の良さ、その秘訣かな☆』

 

(何で今更師匠の言葉が……それに美羽はこの盤面で諦めてないし……諦めてない?)

 

 ふと横目で再度美羽を見やる。

 投了しないでほしい、と彼女が言ったのはただのワガママか?

 

 

 

 

 

 いや、違う。

 

 美羽の目にはまだやれると、手を探している様に見えた。

 見つかりはしていないんだろうが、それでも。諦める素振りだけは一切無かった。

 

 

 俺は……俺は何をしていた?

 まだ年端もいかない小学生の女の子が諦めていない中で、投了をしようとした?

 

(はっ……だからどうした。俺は俺だ、小学生だろうが女の子だろうが関係無い奴の気持ちなんて知ったこっちゃない……知ったこっちゃないがな……)

 

 

 

「『弟子』が諦めてないのに……俺が諦められるかよッ!」

 

「……ほうッ……! やっぱりそうこなくてはね!」

 

 あの子がいるってだけで、美羽が側にいるってだけで、拒絶しても拒絶しても、暖かい気持ちが、鼓動が早くなる様な気持ちが、心のどこかに捨てきれなかった『もっと美羽と一緒にいたい』という気持ちが、流れ込んで来た。

 

 ああ、そうか。

 今まで全く分からなかったのに。

 今なら分かる。

 家族という繋がりが、血の繋がりが無くとも本当の家族になれるという意味が。

 

(こんなに簡単な事だったなんて……バカだよ、本当に俺はバカだ)

 

 

 無我夢中だった。

 ただただひたすらに、もう一度、勝って、美羽とやり直したいから、弱くて、クズだけど、それでも君が俺を受け入れてくれるって言うなら……

 

(勝ちたい。まだ届かない。だけど勝ちたいんだ。だから、だから俺は……)

 

 実力で、今の力で美羽に気持ちを届けるんだ。

 ならば俺は『未来視』それを捨てよう。

 確かにこれは俺の力かもしれない、が実力じゃないんだ。

 

(ありがとう……俺を助けてくれて。ここまで引っ張ってきてくれて。後は俺の実力だけでやるよ……サヨナラだ)

 

 次、これを破られたらきっと俺は二度と立ち上がれない。

 そしてそれを打ち破るだろう棋士はこの世に何人もいるだろう。

 やはり身の丈に合わない力なんて使うもんじゃない、貴重な経験になった事には感謝しているが。

 

 

 さあ、これで心置き無く指しまくってやる!

 

 

 

 勝負は混沌を極めた。

 起死回生の粘りで戦況を戻してからはお互いノーガードの殴り合いだった。

 俺も宮越さんも指す毎に息の上がりも激しくなっていった、俺なんか今にも倒れそうだ。

 封印しなくとも未来視は使わなくて正解だったな……使っていたら今頃医務室で時間切れ負けだ。

 

 だが倒れる訳にはいかない。

 美羽が救い出してくれたんだ、負けなんて許されるもんか。

 

 

(やってる事はアニメ二話で見た八一とあいちゃんの二番煎じ、か。だが俺には八一と違ってカッコ良くも無ければ天性の才を持つ、歴代最強格の棋士でも無い。越えられない壁だ、間違いなく。まるで凡才を皮肉っているみたいなシチュエーションだな、全く……)

 

(でも……でもッ!! 弟子を想う気持ちだけなら八一にだって負けてないハズだッ!!) 

 

(指せ、指せ、指すんだ俺!! あの場面から押し戻したんだ、後一歩、後二歩……いや何歩だって構わない、勝てるって美羽が言ってるなら、やるしか無いだろうがよ!!)

 

 

「……負けました」

 

 永遠にも思えた時間は、それから暫くして終わった。

 顔を上げる。

 

 

 そこには……悔しそうに、それでいて笑顔で投了する、宮越さんの姿があった――




次回、超展開(かもしれない)


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第二十四話『きっと、あの日から。』

Q.彼はロリコンですか?
A.答えは今話にあります


「……負けました」

 

 盤王戦挑戦者決定トーナメント一回戦、絶望的な展開から俺は家族というもの、美羽が俺にとってどんな存在であるかに気付き、気合いで逆転してみせた。

 相手は元タイトルホルダー、死力を尽くしても勝てないと思っていたその人に勝てた事が、まるで現実でない様で、勝った俺自身が呆気に取られていた。

 

「ありがとうございました」

 

「あ、ありがとうございましたっ!」

 

 挨拶をされ漸く我に返る。

 

 両者は自然と感想戦の為に駒に手が伸びていた。

 

 

「ふふ。まさか山刀伐くんの息子とやれるとは思わなかったよ」

 

「……え?」

 

 不意だった。

 感想戦も中盤になった頃合、ふと宮越さんが呟いた言葉が耳に入る。

 

「いやね、山刀伐くんから良く写真や話を見たり聞かされたりしていたからね。若い頃二人で指していた記憶が蘇ったんだ」

 

「親バカかよあの人は……」

 

「でもそれで懐かしくなって、何だか悔しさより楽しかったって方が勝っちゃったよ。アマチュア時代一回も負けなかった山刀伐くん相手に負かされた時も同じ事を思ったんだ」

 

 そうか、宮越さんも生石さんも師匠とは同じ年度生まれの年齢。

 そうだとするなら懐かしむのも納得かもしれない。

 

「あと山刀伐くんね、君を養子にした後既婚者の僕や生石くんに子育てについて教えてくれって頭下げに来たんだ。びっくりしたよ、誰よりも浮ついた話の無かったあの人に子どもが出来たって言われた時はね」

 

「……師匠が……」

 

 続け様の宮越さんの言葉に、つい感想戦の手を止めてしまう。

 いつも我が道をゆくを体現している様な飄々としたあの師匠が誰かに必死で頭を下げる姿なんて、想像出来なかった。

 以前から誰かに子育てを教えてもらっていただろうとは予想していたし、生石さん含む同年齢の友人辺りじゃないかとも思っていたからそこは予想通りだった。

 だが、そこまでしてくれていたと感じるとやはり感謝も驚きも尽きない。

 

「君の当時の将棋の中に過去の自分を見たって、そして君の真っ直ぐな瞳に惚れたともね……今日その意味が本当の意味で分かった気がするよ。君の、鍬中くんの将棋は紛れもなく過去の、そして今の山刀伐くんがいて、それでいて君の色が見えた……良い色だったよ」

 

「ありがとう……ございます……!」

 

 目を閉じながら語るその人の表情は、まるで負けた棋士には見えなかった。

 何より、俺の将棋の中に師匠がいると言われ、指し筋を褒められた事が嬉しかった。

 もがき苦しんで、美羽と衝突して、諦めかけて、それを乗り越えた上で掛けられたそれは確かな自信になるだろう。

 

「さ、僕は帰るとするよ……僕もまだまだ、だね。もっと若い子達と研究会しようかな。じゃあまたいつか対局しようね」

 

「……っ!!」

 

 感想戦も終わり、帰り支度を整えた宮越さんが同じく立ち上がった俺に目を合わせ、宣戦布告した。

 それは実質のライバル宣言。

 すぐに翻って部屋を後にした宮越さんだが、最後に合った目には闘志が宿っていた。

 

「ああ、後ね」

 

 と思ったら部屋を出た直後に戻ってきた。

 本当にマイペースな人だ……

 

「『そこの子』、大事にするんだよ」

 

「は、はいっ!」

 

 目を記録係の方に……美羽の方に向け、俺に語りかける。

 当たり前だ、もう離すもんか。

 

「じゃあ次こそまたね。次は負けないよ」

 

「参ったな……とんでもない人にライバル宣言されちまった……」

 

 その言葉に、溜め息を吐きながらも俺の口角は上がっていた。

 

 

 

 

 

「……本当に勝ったんだよな」

 

 宮越さんが居なくなり数分。

 今だ盤を見つめる俺は、ジワジワと今更ながらに来る勝利の手応えを実感していた。

 

 実感が湧いてくると共に美羽への想いも沸き立って来ていた。

 自分から話しかけるのは少しまだ引けるが、こんなところで引いてたら一生美羽に嫌われてしまうだろう。

 

「……美羽」

 

「しゅん……せんせー……」

 

 二人きりになっていた対局室で見つめ合う。

 何を話そうか、いや話す事なら山ほどあるが、どう切り出すべきか分からない。

 だがヘタレてる場合じゃない。

 

(ええいままよ!!)

 

「ごめん!! ありがとう!! やっぱりお前無しじゃ生きていけない!! お前の事を愛してるんだ!! こんな俺の事を見捨てないで、応援しにきてくれて嬉しいよ……!! 本当に……本当にありがとう……愛してるよ……」

 

「わっぷ。わ、わたしも本気でおこってなかったし大好きだからおーえんしにきたからいいけど……しゅんせんせー……今、あいしてるって……」

 

「え」

 

 あ、ヤバい。

 とにかく自分の本能任せに動いてみたら抱き締めて愛の告白をしていた件。

 

 ……もしかして俺美羽にそういう感情を……?

 

 いやだが待ってほしい。

 確かに美羽の事は家族の様に愛しているのは間違いじゃない、それは事実だ。

 冷静になれ、いくら何でも今年20歳になる人間が今年11歳の女の子に恋情は……

 

 

『……他の棋士の元で過ごす美羽が脳裏に過ぎる。

何故か胸がズキリと痛んだが、それだけ今まで大切な時間を過ごしてきたからだろう。自分から懐いてくれた大切な弟子を突き放すのだから良心が痛まない訳が無い……違和感は拭えないが多分そういう事だ。』

 

 

『あの子がいるってだけで、美羽が側にいるってだけで、拒絶しても拒絶しても、暖かい気持ちが、鼓動が早くなる様な気持ちが、心のどこかに捨てきれなかった『もっと美羽と一緒にいたい』という気持ちが、流れ込んで来た。』

 

 

 あごめんあるわこれ。

 めちゃくちゃあるじゃんこれ。

 恋とかした事無かったけど、よくよく考えれば一般的にいう『恋心』の心情と一致してるじゃないか……

 

 無意識って怖いな、誰だよ八一をロリコン扱いしてたの。

 

 はぁ……しかしだったらいつから恋してたんだろうか。

 

(いや、そんな事分かりきってる、か)

 

 俺が変われた日、プロ2勝目を挙げる前日、あの日からずっと恋してたんだ。

 弟子だから、小学生だから、恋を経験した事が無かったから、色々なものが重なり合って気付かずに今日まで来ただけで、美羽の為に勝ちたいと決意を口にしたあの瞬間から、始まってたんだ。

 

「……しゅんせんせ?」

 

「美羽はさ、俺に一目惚れしたって言ってたよね?」

 

「うん! だってしゅんせんせーカッコイイもん!」

 

「今はどう?」

 

 でも想いを告げるのなら、一番重要になるのは相手の気持ちだ。

 美羽にそういう感情が無いなら俺はさっきの発言を誤魔化す、伝えても美羽にとってプラスにならないからな。

 

「今はね……しゅんせんせーの事、大好きだよ。やさしくて、いつもそばにいてくれて、わたしの事をいちばんにかんがえてくれて。そんなしゅんせんせーの事をね、かんがえるとドキドキするの。これって『恋』だよね?」

 

 ……いざそういう感情があるって言われるとそれはそれで恥ずかしいもんがあるけどな。

 ただそれ以上に、心の底から嬉しいと感じた。

 好きな人と同じ気持ちだったのが何より嬉しくて。

 

「ああ……そうだよ。俺も美羽の事、大好きだぜ」

 

「女の子として?」

 

「うん。ずっと一緒にいたい……」

 

「しゅんせんせー……」

 

「美羽……」

 

 抱き締めてるからか、顔が自然とすぐ近くに来る。

 愛を確かめ合った後だからか顔が熱い。

 美羽も顔が真っ赤だ……

 

 

 顔を見合わせた二人の唇は引き寄せられる様に重なり……

 

 

 

 

 

「おう美羽ちゃんも駿もまだおるんならお茶でもどうやー? ……成程、お前ロリコンやったんか」

 

「うわあああああああ!! 違う!! 違わないけど違うんだああああああああぁぁぁ!!」

 

 合う直前襖が開いた。

 そう言えば今日の記録係が同じ関西所属の仲の良い例の奴だったの忘れてたわ……不幸だ……

 

 

 

 

 

「お前は何も見てない、良いな?」

 

「そない肩掴まんでも言わんて……いやしかし駿がロリコンか……」

 

「だから違うんだよ!!」

 

「しゅんせんせー……?」

 

「ごめん違わないわ、違うけど違わないわ。ロリコンじゃないけど好きになったのがたまたま美羽だったんだ」

 

「それはロリコンが良く言う言葉やで……」

 

 お茶を飲み一服。

 幸いこの対局室は暫く使われないらしく見られたのがコイツで本当に助かったと思う。

 

「……そ、それより美羽をここに連れてきたのって誰だったんだ?」

 

「露骨に話題逸らしよってからに……」

 

「ジンジンせんせーに連れてきてもらったんだよー」

 

「し、師匠が?」

 

 ところで一番気になっていた『誰が美羽を連れてきたか』という話だがまさかの師匠だった。

 賢王になってから話した時とかも美羽との事聞いてくる、知ってる様な素振り無かったのに……

 

「そうだよ! このおにーさんも良いって言ってくれたし!」

 

「いやあ山刀伐賢王から今日だけ取り計らってもらえないかって連絡来た時はビビったで? まあ前例があったし通した訳やけど」

 

「はぁ……また恩が出来ちゃったなあ……」

 

 あの人はほんと、どこまで見透かしてるのやら。

 もしかしてあの賢王になった時のインタビューも知ってて言っていたのか……

 

「しゅ~んちゃんっ」

 

「おわっ……と、急に呼び方変わったな~」

 

「ダメ?」

 

「めちゃくちゃかわいいけど二人きりの時にしような~」

 

「うん!」

 

「あー昆布茶が進むわ……ま、お幸せに……ズズズ……」

 

 何はともあれ、こんな感じで俺に大切な人が出来た。

 益々負けられない戦いになりそうだが美羽が側にいてくれるなら俺は乗り越えてみせようじゃないか!

 

 

 

 

 

 だがこの後、まだ問題が続くという事を俺はまだ知らなかった――

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、ところで美羽のご両親にはどう説明すれば……」

 

「あ、それはだいじょーぶだよ!」

 

「え?」

 

「おかーさんが『本気で好きなら早くあの先生落としちゃいなさい』って言ってたしおとーさんも『あの人なら素性割れてるからまあ許す』って! だからだいじょーぶなの!」

 

「あ、うん、そうか……そうかぁ……」

 

 拝啓、九頭竜八一様

 

 どうやら俺は知らぬ間にお前と同じ様に弟子の親族に囲われていたらしいです……




書いてて糖分過多になったので誰か俺にも昆布茶ください


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第二十五話『一難去ってまた一難?』

オリ棋士紹介(例の関西弁棋士)

☆西崎一将(20)
段位:四段
師事:新田啓示九段
所属:関西将棋連盟
順位戦:C級2組
概要:七宝四段、鍬中四段と共に昨年十月度プロ入りした3人の一人
データ志向であり特定の得意分野は無しながら相手の弱点を的確に突く指し筋で翻弄する
各棋戦で四段ながら善戦しており同期二人と比べ話題性に乏しいが七宝四段と並び新人王候補の期待の若手
データ収集の為と称し人手不足の記録係を良くしており特に同期の二人や若手棋士の記録係になりやすい傾向にある
普段は非常にフランクな性格であり勤勉家
鍬中の弟子事情に付いては初期の頃から知っていたらしく七宝に密かに情報を回していたり美羽とも顔見知りだったりする


「……そう言えばなんだけどさ」

 

「なーに、しゅんちゃん?」

 

「……マイナビ女子オープン、チャレンジマッチもう始まってるよね?」

 

「……」

 

「美羽さん?」

 

「ソ、ソデスネ」

 

「……あの、戦績の方とか」

 

「ナンノコトデスカネ……」

 

「確かにほっといた俺が悪かったけども! ま、まさか負けたとか……」

 

「……」

 

「正直に話してくれ」

 

「アノ、イッカイマケマシタ……」

 

「マジデスカ……ち、因みに何回戦?」

 

「ニカイセンデス……」

 

「oh……」

 

 帰り道、和解も済んで勢いで愛の告白をしたら相思相愛でハッピーエンド……で終われたら良かったのだが思えば連敗街道中にマイナビ女子オープンのチャレンジマッチがあるという痛恨の失態をしており、美羽にいざこざの影響が出ていたのか知らぬ間に結構ヤバい状態になっていた。

 

 因みにマイナビ女子オープンの構造を説明すると、アマチュアが参加者の大半を占める予選の予選『チャレンジマッチ』、プロの大半がここから参戦の『予選』、そこを勝ち上がった先の『本戦』がありチャレンジマッチは2敗完全敗退制なのでまだ致命傷か否かと問われたら否である。

 本来ならこのチャレンジマッチ、一日で全試合やるらしいのだが今年だけ都合上二日制だったのが俺に大きく追い風だった。

 これで一日で全試合でもう負けてたとか言われてたらショックで死んでいた、間違いない。

 でも美羽の実力で二回戦負けは確実に俺の責任なので腹痛が酷いです……

 

「え、えーと……敗者組のトーナメントは一週間後に一気に全部やるのか。し、仕方あるまい、全て俺の責任何だから負けない様に指導するぞ!」

 

「おねがいします、しゅんせんせ!」

 

 トーナメント表を見た限り敗者組の枠は非シードだと1枠三連勝が必要だがシード……チャレンジマッチ決勝敗退者は敗者組で二連勝した相手との決勝戦に一勝すれば勝ち抜けられる。

 美羽のグループには……決勝がシード、しかも女流二段の三十代、ベテラン女流プロ棋士だ。

 

「おうよ! ……しかし勝つべき相手に女流プロがいて、しかも二回戦で負けた相手だとはな」

 

「うー……」

 

 しかも言った通り美羽が二回戦で負けた相手その人だ。

 二回戦からプロと当たって、敗者組で必ず勝たないと行けないとかどんな巡り合わせなんだか。

 

 しかしそれだからこそ俺が何とかしてあげないと。

 やっと師匠として、もう一度自覚を取り戻せたんだ。

 見違えるくらい強くしてリベンジ戦に送り出してやるのが最低限俺の、師としての償いだろう。

 いや寧ろここを勝ち抜ければ地獄のプロ連戦必至の予選の大きな弾みになるはず。

 悪いが美羽の経験値になってもらいますよ……

 

 

 

 

 

「美羽、今までの成果を、違いを見せつける時だ! バシッと行ってきな!」

 

「うん! しゅんせんせ!」

 

 一週間後、会場には総勢28人の敗者組が揃っていた。

 その28人が5ブロックにシードのある5人ブロックが四つ、シードの無い8人ブロックが一つに振り分けられている。

 シード者は確認した時もしっかり一致していたチャレンジマッチ本ブロックの決勝敗退者4人。

 美羽は順調に勝てばその一人の女流二段のプロと当たるが他は誰が上がって来てもアマチュア。

 美羽より格上の研修会C1クラス……3級もいるがこっちも一週間美羽が学校の時間を除いて泊まり込みの合宿をしたんだ、プロ相手連戦を想定した合宿をなあ!

 

 ウチのかわいい弟子を安牌だと言っていたあのプロに一泡吹かせる為に!!

 

 

 そう、美羽から合宿中話を聞いたのだがどうにも二回戦で対局した女流二段に安牌呼ばわりされボロ負けしたらしい。

 更には師匠も所詮はプロ崩れと……

 

 いや俺の事は構わない。

 美羽が対局した時点では第二次連敗街道入り掛けてた訳ですし?

 ただ美羽を安牌呼ばわりした事だけは絶対に後悔させる。

 

 その為に実力の底上げは勿論だが相手の挑発で手を崩さない様な精神力も身に付けさせた。

 プレッシャーには大分強かったから今まで本格的に優先度合いを上げてまで伸ばす事はしてこなかったがある意味今弱点が割れて助かった。

 

 チャレンジマッチが完全終了していないのならば吸収の早い美羽はまだまだ勝ち上がるチャンスは高い。

 そういう算段で将棋そのもののトレーニングとしてはまずは対戦可能性のあるアマチュア棋士の棋譜を徹底的に調べて棋譜並べ、どういう思考で指していたか推定ではあるが俺が経験則から解説、並べ終えたらもう一度次は失着だろう場所で止めてまた解説し並べながら弱点を列挙。

 

 道場で似たタイプの人とやらせたりして的確に経験を積ませた。

 美羽の利点を伸ばすといういつもの指導法ではないがちゃんと着いてきてくれたのだから間違いなく成果は出るはずだ。

 

「さてさて一回戦もチラホラ終わりが出てるか」

 

 七宝が大盤解説をしている部屋で客に混ざり聞いているがあちこちで終局しているのを聞き手の焙烙女流三段が伝えている。

 因みにここでも原作とのズレがあり焙烙女流三段は去年雷とは当たっておらず予選からの参加だった。

 

「しゅんせんせー! 勝ったよー!」

 

「お、マジか! おめでとう!」

 

 っと、焙烙さんが確認する前に美羽が終局を教えにわざわざ来てくれた。

 まあ一回戦は計12試合あるし他の解説もあるから伝わる前に……というのも仕方ないな。

 

「……ふっ」

 

 あ、何か七宝がこっちにアイコンタクトしてきたと思ったらニヤつきやがった。

 今度は負けてやんねーからな、おめー。

 

「あれ誰だ?」

 

「ほら、確か初の十代フリークラス棋士の鍬中四段だよ。弟子がいるっぽい事言ってたけどまさか九頭竜竜王に負けず劣らずとはな……」

 

「マジでか。あれが鍬中駿か。確か盤王戦、宮越九段に勝ったんだよな……」

 

 それはそうと何か周りが俺の事を喋ってる様な?

 今までは何処に紛れてもコアな将棋ファンにさえ殆どプロ棋士だとは思われてこなかったがどうにもこの前の対局が連盟からピックアップとしてYouTubeとニコ動に上がったらしく多少認知度が向上してる気もする。

 

 と、それはともかく次の対局まで少し時間があるんだから多少なりともおさらいをしておく必要があるな。

 

「よし美羽、まだ時間あるだろ? ちょっとロビーで休みつつ次の相手の復習するぞ」

 

「分かりましたー!」

 

 ビシッと敬礼する様な素振りで隣をちょこちょこ歩く美羽、うんやはりかわいい。

 

 

 

 

 

 二回戦、相手はソフト研究を主軸とした現代型の指し筋のC1最上位クラス、女流3級が相手となった。

 データを見る限りチャレンジマッチは抜けても文句無しの安定感のある棋士ながら二回戦でこちらも不幸にも女流プロと当たり本ブロック敗退をしていた。

 

(ソフト研究者だけあって全体的には綺麗な手筋だが……二ツ塚と比べるとまだまだ粗も目立つ子か。まああの天才と比べるのは酷だが)

 

「竹内アマは非常に好戦的且つ型に囚われない指し方が目立ちます。特にこの玉陣への突入は相手から見るとかなりのプレッシャーとなります」

 

「なるほど! つまり竹内アマはガッツのあるドーン! と行ける子という事ですね!」

 

「究極に簡略化するとなればそういう事です、焙烙女流三段」

 

 大盤の七宝と焙烙さんの解説を聞きながらじっくりと戦況を判断する。

 

「清水澤3級も手堅い指し方で序盤は大きくリードを取れていましたが怯まない攻め一辺倒の竹内アマの前には取るに足らず、と言った度胸。ただ無理攻めもまだ随所に見られるので清水澤アマが付け入る隙はあります」

 

「ですがこの無理攻めは下手に触ると飲み込まれませんか?」

 

「そのリスクはありますが、逆にそこ以外で綻びを見つける方が残り時間を考慮すると難しい」

 

「なるほど~3級とアマチュアの対局でここまで難解な局面というのは珍しいですね」

 

「ええ、双方レベルが高くないと中々見せられない。有望ですよ、両者共」

 

 大盤解説、自分での判断も加えて見ても確かに現在美羽の方が若干押している、というか中盤以降ずっと美羽の方が攻めていたのが功を奏している。

 リード差はまだまだ僅差といったところだが際どい攻防で少しずつ相手の陣内を荒らしているのは短時間対局もあり対応に追われる相手の精神のすり減り方は尋常じゃないだろう。

 合宿中わざわざ二ツ塚を呼び寄せといて正解だったな。

 

 あの対局では嫌な奴にも見えたが少しプライドが高いだけで弟子の特訓に勉強になると進んで参加してくれたのには本当に感謝が尽きない。

 ソフト指しに関する知識の教え方も非常に上手かったし。

 

「鍬中の弟子、思った以上でちょっとビビってる」

 

「竹内ちゃん、可愛さもだが強さも半端ないな」

 

「清水澤ちゃんも参加してるアマチュア内なら最強格なんだが尽く運に見放されてるなあ」

 

「何かここ二年くらい女流棋士が天才JS祭りになってない?」

 

 周りの反応も上々、二ツ塚も浮かばれるってもんよ。

 そして俺としてもこれだけ褒められてると鼻高々である。

 

 盤面は……そろそろ美羽が決め切るかな、相手の

子も渾身のカウンターパンチがあったが意に介さず無視というかボクシングで例えるなら顔面に全力ストレートがクリーンヒットした直後に相手の顔に連撃している様なもんだ。

 相変わらず猪突猛進な子だがそれを一貫してここまで辿り着いたのかと、まだチャレンジマッチではあるが感慨深く感じる。

 

「清水澤3級投了ですね。竹内アマは最後の最後まで動揺を見せず一貫した手筋で中盤以降のペースを一切渡さない圧巻の対局。決勝に駒を進め本ブロック二回戦のリベンジマッチ、金平女流二段との対局になります」

 

 遂に押し切ったか、七宝の言う通り一度ペースを握ってから終始場を支配仕切っていたと言って過言ではないだろう。

 俺や二ツ塚がいたのは確かだが特訓と言っても一週間でどこまで仕上げが効くかと思っていたしこれで安心し出来そうだ。

 

「いや~お見事でした! アマチュアらしからぬ堂々とした指し筋に一貫した強気の攻めに私もつい魅入っちゃいました」

 

「清水澤3級も良い手は多く、最後のカウンターは起死回生になるかと思いましたが竹内アマが一枚上手でした。先程の一回戦も見ましたが荒削りな面がまだ目立ちますが対局相手の癖や筋を良く理解している、余程飲み込みが上手くなければこの短期間にこれ程の対策を講じるのは難しい」

 

 しかも七宝もかなり高い評価をしてくれている。

 アイツはアマチュア時代から辛口な意見が目立ってたからどんな評価になるやらと見ていたがその心配は要らなかったらしい。

 

 

 だが次が一番の正念場、前回の雪辱を果たす時だぞ。

 

 俺は美羽の試合の大盤解説が終わったのを見届け美羽を迎えに席を立つのだった。




因みに予定通りなら本編の超大まかな流れはマイナビ編(盤王戦挑決トーナメント進捗同時進行)が終わったらトーナメント完結編やって終了です
番外編やらまだ問題の回収や日常編挟む可能性もありますが流れはもう後半戦だと思います
それに伴いアンケートも終了させていただきます、非常に助かりました。ありがとうございました

そして節目の連載1か月に2万UAに今更ですがお気に入りも200件という事で、ありがとうございます
当初は完結までにお気に入り三桁と1万UAを一つの目標としていましたが大詰め前でどちらも倍を超える評価をいただけたのは非常に光栄な事だと思っています

周りの同原作が50作に満たない中今年更新のある20作程の大半が評価赤MAXやお気に入り四桁で、そう言った作品に追いつける様な褒められた作品ではありませんがこれだけやる気になれた、疾走出来た作品は初めてです
これからも頑張って参りますのでお付き合いいただければと思います


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第二十六話『見据える未来』

「お疲れ様、美羽。どうだった? 二ツ塚との特訓の成果は」

 

「バッチリ! 対戦相手もつよかったけどあのせんせーとたくさんさしたからね! かんしゃしないと!」

 

「そりゃ良かった。二ツ塚を呼んだ甲斐があったよ」

 

 決勝を控え、美羽と先程の対局の感覚を聞いてみたが二ツ塚の効果は思った通り良く出ていたと実感出来ていたらしい。

 ほんと、俺じゃ教えられる事はもう限られて来ているくらいに強くなったしこういう場面で謎に恵まれた人脈が活きるってもんだ。

 俺もアイツには感謝しないとな。

 

「よーし、決勝もがんばるんだから!」

 

「その意気だぞ美羽。今の美羽はあの時負けた美羽じゃない、物事の飲み込みが早い美羽は前とは別人レベルで強くなってるはずだ。だから落ち着いてやってこい」

 

「もちろん! 今度はぜーったいなにか言われてもだいじょーぶだもん!」

 

 ふんふんっ、と気合充分な美羽にこれなら問題無いかと苦笑する。

 しかし対局中に小学生煽る三十代ってどんな根性してんだか……煽り……煽りか。

 俺のデビュー戦、祭神雷だったんだよな……うっ頭が……

 

「……せんせ?」

 

「ああいや、美羽の決勝で当たる金平女流二段が俺のデビュー戦の相手と性格が似ててな……女流棋士、祭神雷。ボロ負けするわ煽られるわでもう散々よ……」

 

「うわー……」

 

「ただ祭神の実力は女流トップだが金平女流二段の棋譜を見た感じ……相手には悪いが美羽なら攻略出来ても良い相手だ」

 

「……しんじて良いんだよね、せんせ?」

 

 和やかな雰囲気から一気に真面目な雰囲気に切り替える。

 次の相手は現在不調とはいえ長年プロの世界に身を置く人間、しかも一回その人間に負けているとなればそこの壁の重要性は今後の美羽の棋士人生の貢献度は計り知れない。

 それこそ俺の一度の指導の何倍も大きいから面識すら無い人だが少し嫉妬心が無いでもない。

 それとは別に美羽を大人気なく煽った事に対する多少の殺意もあるが。

 

「心配するな、俺もじっくり情報見た上で指導してきた。まあプロではあるから高い壁にはなるがここを超えれば大きく成長出来るし自信にもなる。……俺も今回はちゃんと美羽の成長見守るからさ」

 

「……今日はみのがさないでね。しゅんちゃんが見守っててくれるならわたし、まけないから」

 

「おう。……そろそろ時間だな。今俺に出来る事はこれくらいだから……行ってらっしゃい」

 

 色々話し込んでしまってすっかり良い時間になっていた。

 リラックスした状態だが相手が相手なだけにまだ緊張が解れなかったのを見てそっと抱き締めてあげる。

 少し震えていた身体がしっかり落ち着くまで、背中を摩りながら。

 

「ありがと……うん、もうだいじょーぶそうだから……行ってきます」

 

 あの時、美羽が来て最初の公式戦の前日緊張していた俺に勇気をくれたんだ……今度は俺が勇気を与えないとな。

 すっかり良い笑顔になった美羽は、一度ギュッと俺を抱き締めてから背を向け、チャレンジマッチ決勝の舞台へ向かっていった。

 

 

 

 

 

 で、結果から言うと勝ちました。あっさり勝ちました。とてつもないくらい速攻で勝ちました。100手? いいや50手掛からず終わらせちゃいましたあの子。

 もう女流プロ並の強さあるだろ美羽……

 

 ちょっと詳しく話すと相手の金平女流二段は比較的好戦派なスタイルで高圧的に攻め勝つスタイルの棋士。

 まだ美羽が帰ってきてないので今回煽った云々は分からないが性格は祭神雷に似て結構評判が悪いらしい。

 若い頃は名跡戦リーグを主戦場にしていたがここ五年くらいで一気に衰えが来た様で、成績は負け越しが続いていた。

 ただ降級点は一昨年一回付いたのみで踏ん張っていたので女流棋士最底辺という訳でも無かったのが美羽の急成長に繋がると見た点である。

 

 因みに性格の悪さは全盛期時もちょくちょく聞かれたらしいがこれ程までに酷くなったのは名跡リーグ陥落後から、との事。

 

 まあ、その。

 美羽はそういうれっきとした女流棋士に圧勝してしまった訳でして。

 ちょっと俺としても、勝つと予想はしていたけどここまで完封するかと予想外の結末に驚きを隠せない。

 勿論だが嬉しさの方が勝ってるのは当然だが。

 

「……チャレンジマッチ敗者復活戦決勝第3ブロックは凄い試合でした。相手の手の内を見るまでもないと女流プロ相手に果敢な電光石火の攻めをした竹内アマ。油断はしていなかったでしょうが金平女流二段は真正面から殴り合って潰す算段の指し方が結果的には竹内アマの土俵で戦ってしまう事になり一瞬で押し切られる結末、43手、双方含め消費時間10分での終局となりました」

 

「竹内アマ、凄く強いですよね! 女流プロ相手にあの攻め方と手数で勝つのは中々出来ないと思いますよ!」

 

「焙烙プロの言う通り、まずアマチュアが女流プロに勝つという事は非常に難しく竹内アマも一度本ブロックで金平女流二段に敗戦し敗者復活戦に回っています。しかし今日の彼女は別人の様な指し方で圧倒。場数の多い金平女流二段を相手に勝てる見込みのあったアマチュアは数少ないでしょう。今年の参加者で安定して勝てるのは大体この竹内アマと、先程竹内アマに敗戦した清水澤アマくらいなものです」

 

「なるほどなるほど~、確かに一度目は金平プロに完敗してますね竹内アマ。そこから半月でこの仕上がりは尋常じゃないですね! 去年アマチュア参加だった雛鶴女流初段や夜叉神女流二段を思い出しますね~」

 

「単純なセンスならその二人に引けを取らないと見ています。後は場数次第です」

 

 ……あの七宝が驚いてやがる、珍しい事もあるもんだ。

 一番目の前で美羽を見てきた俺が結構驚かされたし当たり前なのかも知れないが。

 それにしても俺や七宝含め会場は拮抗した激戦になると思っていただけに解説の声を遮らない程度にはかなりザワついているのが分かる。

 

「……」

 

 と、七宝が目線を送ってくる。

 行ってやれ、という事だろうか。

 まあ言われなくても行くが意外と気が利くのな。

 

 さてさて。美羽をしっかり褒めてあげなくちゃな。

 

 

 

 

 

「しゅ~ん~せ~ん~せ~!!」

 

「お帰り美羽! 良くやったぞ~!!」

 

「うにゃ~」

 

 ぴょんぴょんと跳ねる様に抱き着いてくる美羽を抱き止めて頭を撫で回す。

 ほんっとかわいいな美羽は……

 

「チャレンジマッチ通過おめでとう! まさかあんな短手数で勝つなんてビックリしたよ!」

 

「ありがとせんせ! バカにされて負けたのがくやしかったのもあるけど……やっぱり大好きなせんせーをバカにされたんだもん! せんせーはつよいんだよ! って見せたかったの!」

 

「み、美羽……俺の為に……」

 

 訂正。かわいいなんて話じゃない、女神だこの子は。

 俺自身どうでもいいと思っていた俺の話を覆す為に勝ちたい、それを原動力に大きく成長してくれた。

 それがあまりに嬉しかった。

 

 

「わ、私がアマチュアに負けるなんて……そんな……有り得ない……有り得ない……」

 

 ワイワイと勝ち抜けを祝っている中フラフラ出てきたのは……あー、金平女流二段か。

 いくら美羽の事を見下していたとは言ってもちょっと見てて辛いな……落ち目のプロがアマチュアに負けるってのはつまりほぼ死刑宣告に近いもんだからな……

 

 ……下手したらああやって死刑宣告を受けてたのは、数年後の俺だったかも知れないと思うとゾッとする。

 

「……あの人に勝ってから何か言ったの? めちゃくちゃ死にかけてるけど」

 

「言うわけないよ! 勝ってしょーめーするだけでじゅーぶんだもん!」

 

「ん、お利口だ。撫でてしんぜよう」

 

 何か言った訳じゃないなら完全に自爆だろう。

 傍から見たら無様な結末とも思えるが、嘗て女流棋戦の一戦級で戦っていただけにプライドが災いしたのか。

 決して関わりを持ちたい人間では無いし美羽に対する言動を許すつもりは無い、更に言えばあの性格のせいで自爆したのは自業自得だ。

 だが、それとこれとは別に一人の棋士として、底辺を経験した棋士として、焦りと恐怖は分かってしまうし、それで追い詰められた末路があの性格を形成してしまったのだとしたら。

 棋士として、彼女へ同情の念が入ってしまう。

 

 そう思えば思う程、美羽との出会いはきっと奇跡だったのだろう。

 

「せんせ、どうしたの? あの人見て」

 

「……いや、何だか一歩間違えたらあの人みたくなってたのは俺なのかな、なんて思ってさ……だから美羽が俺と出会ってくれてほんとに良かったなって」

 

「……わたしもしゅんちゃんのしょーぎと出会ったからしょーぎをはじめられたんだよ。ありがとう」

 

「全く、何回聞いても照れるよ……っと、こういう空気はまた後でな。多分そろそろインタビュータイムだ」

 

「そうだった! きんちょーしちゃうな~」

 

 何はともあれ、今は不確定な未来を思うより美羽の勝ちを喜ばないとな。

 

 

「俺も頑張らなくちゃな」

 

 インタビューを受ける美羽を記者の背中越しに見つめ、そう呟くのだった。

 

 

 

 

 

 おまけ 美羽のインタビュー

 

 

「竹内さん、まずはチャレンジマッチ通過おめでとうございます」

 

「あ、ありがとうございましゅ! あうぅ……」

 

「ははは、緊張されなくても大丈夫ですよ」

 

「は、はい……が、がんばります……」

 

「では……竹内さん、竹内さんは双方当時アマチュアだった去年の夜叉神女流二段、雛鶴女流初段に続き史上三番目の若さでの一斉予選進出となります。今のお気持ちを聞かせてくれますか?」

 

「え、えと。天ちゃんにもあいちゃんにも、よくしょーぎを教えてもらってたから、まだまだおいつけないけど二人のきろくにならべたかな? って思うとすっごくうれしいです!」

 

「なるほど、ありがとうございます。確か夜叉神プロと雛鶴プロの師匠九頭竜竜王と竹内さんの師匠鍬中四段も仲が良かったですよね?」

 

「あ、はい! わたしはその三人のあとおしでくわなかせんせーに弟子入りしました!」

 

「そうだったんですね、貴重なお話ありがとうございます。次の質問ですがやはり最初の勝利報告は鍬中四段に?」

 

「もちろんです! せんせーはこの一週間はもちろん、ししょーになってくださってからずっとわたしのためにがんばってくれたので」

 

「鍬中四段の事が大好きなんですね」

 

「わたしのあこがれですから!」

 

「では最後になりますが、竹内さんにとって師匠の鍬中四段はどの様な存在ですか?」

 

「……わたしのおにーちゃんみたいな人です。ししょーってもっとおじ様みたいな人のイメージがあったので、せんせーってよんでるけど19歳だとやっぱりたよれるおにーちゃんです。よくほめてくれるし頭もなでてくれるししょーぎをさしてるすがたが何よりカッコイイんです!」

 

「ほほー、なるほどなるほど……」

 

(ああダメだ、美羽の口が止まらねえや。これはアレだ、ロリコン一直線だ俺。八一、俺も今から「そっち」に行くぞ……)

 

 

 気付けばインタビューが進むに連れ諦めからハイライトを失った目で美羽を見つめる俺がいた。

 その後、このインタビュー記事やら盤王戦挑戦者決定トーナメントの俺の対局に現れた美羽の写真が添えられた一回戦全試合を振り返る記事が今更アップされたりして色々ネットでも現実でも弄られ始めるのはまた別のお話……




オリ棋士紹介

☆金平好実(34)
段位:女流二段
師事:紀田孝雄名誉八段
所属:日本女子プロ将棋協会
概要:二十代前半から頭角を現し名跡戦リーグで活躍、挑戦一回。三十代が近付くに連れ徐々に衰え三十を境に勝ちから遠ざかり、マイナビ女子オープンでも不振が続いた。
今季はチャレンジマッチ通過まで後一歩を二度迎えるも二度共に敗戦し無念の敗退となった。


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第二十七話『八一の悩みⅠ』

前後半に分ける為若干短くなりました

そして250件のお気に入り…改めて日々見てくれる方々に感謝したいです


「今日も良い天気だ……」

 

 マイナビ女子オープンのチャレンジマッチが終わり、約半月。

 盤王戦のトーナメントも無く俺個人としての棋士としての動きも無く、周りの動きと言ったら師匠の祝勝会と歩夢の棋帝戦くらいか。

 

 まず歩夢の棋帝戦だが、驚く事に開幕連勝を決めていた。

 相手は嘗ての竜王戦挑戦者決定三番勝負でストレート敗北した名人。

 このタイトル戦は未来の名人戦を占う分岐点とも評され非常に注目を浴びていた。

 

 そもそもだがこの世界線の棋士達は原作比で測っても相当強化されている。

 八一は神の一手に辿り着くわ師匠はタイトルホルダーになるわ歩夢はタイトル挑戦するわ天衣ちゃんは銀子ちゃん相手に土付けるわ……他だって名人の勝率は七割越えだし久留野さんも玉将戦リーグにいたなんて情報は原作に無かったし篠窪さんも名人に勝って毎朝杯を優勝……

 その中でも恐ろしく強化されたはずの名人に連勝する歩夢って原作八一並の強さあるんじゃないの?

 

 というか地味に一番原作比で強化されてるのってもしかして篠窪さんか?

 ああいや一番は絶対に蔵王九段だ。

 強さ自体なら篠窪さんの方が圧倒的に上だろうがそもそも3月で引退してたはずの人が翌期も現役で81で棋帝戦挑決って何なんだ……

 

 

 そして師匠の祝勝会だが山刀伐師匠は生石さんと旧友なだけあり相当な人数が集まっていた。

 第六局の検討をしていた棋士達で用事の無い人達は全員いたしこの前対局した宮越さん含む生石世代の面々も集結していた。

 八一や歩夢も来たしあいちゃんもいたし、鹿路庭さんも来てたか。

 あいちゃんに誘われたか天衣ちゃんもいたが美羽と仲良く話してたし何だかんだ楽しめていた様なので良かった。

 

 途中鹿路庭さんから歩夢とのお付き合い暴露が来た時は趣旨が変わったかの如く師匠が盛大に祝う方に流れたりその流れで歩夢の棋帝戦挑戦の祝勝会に成り代わったり、かと思ったら歩夢からキラーパスされて美羽のチャレンジマッチ通過の祝勝会になって例のインタビューと記事で俺が弄られたりめちゃくちゃやっていたがそれはそれで楽しかった。

 危うく鹿路庭さんの流れで俺と美羽のお付き合いも言い掛けて死にかけたが何とか凌いだ、流石に今はまずいからね、仕方ないよね。

 

 

 さて、振り返りはまたにして今回はその美羽とのお付き合いの話を親友二人にして八一の後押しという名の道連れにご招待しようか……

 

 

「……てな訳でお日柄も良く集まってもらった訳ですが」

 

「お日柄が良いだけで良く集まれたな俺達……」

 

「良いではないか良いではないか、我等が集えるのも今や僅かな時のみ。悠久の刻を楽しもうぞ!」

 

「まあ取り敢えずですね、俺から発表があるので聞いて頂こうと思いまして。特に八一には……特に八一には」

 

「なんで二回言った」

 

「ほう……我は一応察しが付いたぞ?」

 

「流石歩夢はカンが宜しい事で」

 

「褒めても紅茶しか出ぬぞ」

 

「俺はさっぱりだ……」

 

 茶番の様なやり取りも済み一段落。

 手早く四次元ポケットの如くどこから出したか分からない三人分のティーセットとお茶菓子を準備する歩夢を尻目にごほんと空気を整える様に咳払いしふぅ、と一息。

 しかしこれで躊躇していては今度美羽のご両親に挨拶しに行くのもままならんぞ……よし、大丈夫、行ける。

 

「では発表しまぁす!」

 

「…………えー俺と美羽ですが、この度恋人としてお付き合いをさせていただく次第になりました」

 

「んぐぅ!? ごほっごほっ!! ちょっと待て!! 急展開がすぎるだろ!?」

 

「ふむ、我は何れそうなるのは見越していたぞ。だが確かに急な話だ、大方『雨降って地固まる』だろうがな」

 

「歩夢の察しが良過ぎる件」

 

 呑気に紅茶を飲んでいた八一は盛大にむせ狼狽える……というか凄まじいツッコミをしてきたが歩夢が冷静過ぎる。

 過程までしっかり読み切るのは流石プロ棋士兼恋人持ちって事だろうか。

 

「確か祝勝会の数日前……盤王戦トーナメントの宮越九段戦で仲直りしたんだよな?」

 

「そうだな」

 

「ふっ、竹内嬢が記録係の隣にいた写真を見た時は八一との対局を思い出したぞ」

 

「あれ実は美羽の姿が全世界に初めて映った瞬間なんだよね……」

 

 本当はマイナビのインタビュー動画が来るまで隠すつもりだったがその直前でバレるとは……まあ誤差っちゃ誤差だが。

 あれのお陰で量産型八一だのロリコン二号だの盤王獲得したらコイツもロリ王か?なんて全く君達は俺を何だと……

 

「……もしかしてその日の内に?」

 

「イエス」

 

「ええ……」

 

 いやええ……じゃないよ八一くん。

 君も何れこうなるんだよ八一くん。

 

「して駿よ」

 

「どしたよ歩夢」

 

「それを知っている人間は?」

 

「美羽の両親とお前ら……の前に告白直後に西崎にね……」

 

「昔から思ってたが駿って勢い任せなとこ多いよな……まあおめでとう」

 

「そこもまた個性よ! フハハ! おめでとう我が盟友!」

 

 西崎とは中学生の時から似たタイミングで昇級昇段してきて三段リーグも二年一緒。

 フランクな性格故に初対面から交友関係もすぐ出来、九月になれば七年の付き合いになるが言ってしまえばそれだけの気軽な仲だ。

 仲が良いって言える奴の中で一番付き合いが薄くて美羽との関連性も一番低いアイツにまさか告白の数秒後にはバレるなんて普通思わないでしょうよ……いくらその日の記録係とはいえさ……

 

 っていや待て、それより主題を忘れてはならない。

 俺は今から八一を完全なるロリ王にする使命がある。

 即ちあいちゃん、天衣ちゃん、銀子ちゃんの内から一人を選ぼうと絶賛お悩み中の八一の背中を飛び降りドロップキックで蹴っ飛ばして一緒に沼に落ちよう大作戦だ!!

 

「ありがとう。そして西崎にバレたのは単なる事故だ、気にするな」

 

「いやお前は気にしろ……」

 

「それよりだ、八一。お前確かまだ三人から誰にするか決めてないよなあ?」

 

「うぐっ……いやまあそうだが……」

 

「成程、駿は最初からドラゲキン八一の背中を押す為にこの場を用意した、という事か」

 

「つまりはそういうこった。八一、いい加減決めたらどうなんだ?」

 

「……いや、それは分かってるんだ。迷ってばかりじゃいけないって、特に今の駿の美羽ちゃんと付き合うって話でその気持ちが大きくなった。でも俺には……」

 

 こりゃ重症だな……決めたいけど決められない、三人共に盛大にアプローチを掛けられて三人共に好きみたいな気持ちになったら仕方ないが。

 

「はいはいストップ。取り敢えず三人のアプローチのおさらいな。そこから始めよう」

 

「そうだな、状況整理をする事によって心身を落ち着ける事は非常に大切だぞ八一」

 

「わ、分かった……って言ってもあいは竜王防衛の時にキスしたところから進展は無い……前以上に甘えてきてめちゃくちゃ可愛いが」

 

「歩夢、紅茶くれ。無糖で」

 

「うむ」

 

「ああ八一は構わないから続けてくれ」

 

「お前ら人の話をなんだと……はぁ、天は……その、一月の話になるが天が泊まりに来た時に……告白された」

 

「歩夢、お代わり」

 

「添い寝してる時に」

 

「すまんお代わりは2杯で」

 

「……無自覚というものは末恐ろしいものよな」

 

 何だよ今の話はァ!

 甘い、甘過ぎるッ!!

 無糖の紅茶無しにはやってられん!!

 だがまだ聞いてない事があるんだなコレが。

 それを聞くまではダウン出来ない。

 無自覚にゲロ甘を垂れ流されても耐えてやるよ!

 

「……プハッ。取り敢えず二人の話は聞いた。じゃあ銀子ちゃんとはどうなの?」

 

「あ、姉弟子か……これ話さないとダメか?」

 

「これからのお前にとって重要な分岐点だ、諦めて話せ」

 

「マジかよ……アレ話すのか……しかし背に腹はかえられないか……分かった、話す」

 

 さてさて八一と銀子ちゃんの進展はどうなってる事やら……これは楽しみだ。



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第二十八話『八一の悩みⅡ』

姉弟子だけ明確なそういうシーンまだ入れてなかったけどそこまで文字数も掛からないはずの描写をいよいよこの話数まで伸ばすハメになるとは…

回想中のセリフ→『』
それ以外→「」


「一応前置きから入るが、姉弟子は十月から三段リーグに入る事がほぼ決定してる。まだ確定じゃないがこのシーズンは絶好調だ」

 

「マジか、銀子ちゃん頑張ってたもんな。嬉しい限りよ」

 

「天衣に敗北してからは特に熱量が増したと聞くな。女流棋士のライバルが出来相乗効果が生まれたか……」

 

 話の前に取り敢えず原作とズレは生じたがそれ以外は相違無い感じで三段リーグに銀子ちゃんが上がりそうで一安心。

 最早こんな場所にまで原作の知識が当てにならない範囲までズレてきてるし、本当に『生きてる』んだなあと改めて感じる。

 

「で、だ。俺は数日前姉弟子の荷物持ちに買い物に連れ回された訳だ」

 

「歩夢、ギルティだよな。これはデートだよな」

 

「ふむ。流石に誤魔化しは効かんな」

 

「……デートに行ってきました、はい。確かにデートだったから言い訳はしない……」

 

「それで良いんだよそれで。隠す事なんて無いんだよ、俺達親友だろ?」

 

「更に言えば恋人無しは八一だけと。別に我等が嫉妬する事も無いのだ安心して白状するが良い」

 

「お前ら余裕だな……話続けるぞ。取り敢えず順を追って話してくからな……」

 

 

 

 

 

 その日は夏にしては珍しく過ごしやすい気候で、更に姉弟子が買い物行くから着いてこい、なんて言うもんだから珍しいコンボから始まった日になった。

 行き先はショッピングモールだから遠出ではなかったけどやっぱり姉弟子は身体が強くないから一人で買い物は不便というか行きにくかったのかも知れない。

 そんな訳で呼び出されたが毎度の事ながら容姿が目立つの何の。

 

 って思うだろ?

 

 更に目立ってたよ、あの日は……

 

 何せ格好が……

 

 

『あ、あああ姉弟子!? その格好……は……』

 

『……何よ文句ある訳?』

 

『いえ無いですけど! 無いですけど……えっと、意外だな……って。だって釈迦堂さんにそれ着せられた時かなり恥ずかしそうにしてましたし……』

 

 そう、着ていたのは釈迦堂さんがプロデュースしているブランド服で、去年夏罰ゲームとして姉弟子が釈迦堂さんに着せられていたあのゴスロリ服だ。

 あのゴスロリ服にあの日傘、都会に咲く黒バラだったよアレは。

 

 

「これマジ? 銀子ちゃん超積極的じゃね?」

 

「我が師匠が手掛けた服だ、オーラが違う。目立つのは致し方無しだな」

 

「確かに超積極的だったな……俺が分かるくらいに」

 

 

『気に入らなかった訳じゃ……なかったし。……八一が可愛いって言ってくれたし』

 

『え、姉弟子今の言葉って……』

 

『あ』

 

 いつもなら聞き逃してる様な呟きまで拾えちゃったりしたし、本当にあの日だけは全てがいつもとは違った。

 

『……わ』

 

『わ?』

 

『わーすーれーろーー!! バカ八一ぃぃぃぃぃ!!』

 

『理不尽なーー!?』

 

 

「ナイス八一、鈍感野郎卒業だな」

 

「……駿が色々アドバイスくれたからな」

 

「へへっ、褒めても美羽との惚気しか出ないぞ」

 

「ふむ、興味があるな」

 

「それはまた今度にしてくれ……話を戻すぞ」

 

 

 その後は予想通り荷物持ちをやらされた訳なんだが、ここからまた予想外の連続だったんだ。

 

『八一、あそこのスイーツ食べたいからお昼あそこね』

 

『姉弟子行ってみたいって言ってましたもんね』

 

『ん……まあ、一人で行くにはちょっと億劫だったし。そういう訳だから……今日、来てくれて…………ありがと……』

 

『あね……銀子……』

 

 その顔を見て、普段通りに『姉弟子』とは言えなかった。

 ここ何年も聞かなかった、素直な感謝の気持ちに不意を突かれただけで終わりそうに無い、そう思いながら、久々に。

 小さくて、素直になれない可愛い年下の幼馴染の名前を呼んだ。

 

『やいち……わ、わたしの名前……』

 

『あ、いや、ええと……この場面で姉弟子呼びは違うかな~と……』

 

『……そ、そう。……ねえ八一』

 

『ど、どうした?』

 

『……私、多分来シーズン三段リーグ行くから』

 

『ほ、本当ですか!?』

 

『今は敬語禁止にしなさい……たまには幼馴染しても良いじゃない……』

 

『ア、ハイ……』

 

 俺も三段リーグ昇格濃厚なのを聞いたのはこの時だったからめちゃくちゃ驚いたな。

 戦績は順調だったってのは覚えてたからそろそろかとは思ってたけど、それにしてももうすぐ銀子がこっちに来るのだと思うと嬉しかった。 

 

『……行くわよ、私は。アンタらのいる場所に』

 

『銀子……無茶はしないでくれよ?』

 

 嬉しかったが同時に怖くもあった……三段リーグは全員が全員、あと一歩でプロになれる最強のアマチュア集団だ。

 身を持ってその場所で戦った俺達なら嫌でも厳しさが分かるはずだ。

 俺達も苦しんだが、在籍時に同じくいた内の大半はプロになれなかった。

 お世話になった大先輩の鏡洲さんですら脱落していったその場所で、姉弟子の、銀子の身体と精神は耐えられるのか……だからそんな事を口走ってしまったんだろう。

 

 でもあの子は、それも分かった上で話していたんだ。

 

『分かってるわよ。分かってるから……言うけど』

 

『銀、子……?』

 

『私は八一の事が好き。大好き。……一人の女として、八一と恋人になりたい』

 

 分かった上で、更に告白ときた。

 薄々感じてはいたけどここでとか不意打ちで、どうしたらいいとか全く分からなかった。

 

『……本気……な、のか?』

 

『じゃなかったらこんな小っ恥ずかしい事言わないわよバカ八一! ……だから。死んだらアンタの側にいられないから。それは嫌だから、死ぬか降段するか選ぶなら降段する。でも負けたくないから死なずに勝つ。勝ってアンタと、八一と同じステージに立つから待ってなさい』

 

『……分かった、銀子を信じるよ。で、その……告白の返事は……』

 

『どうせ小童ズからもされてるんでしょ、アンタがそういうのに疎いのは織り込み済みよ。ちょっとは待ってあげるからちゃんと決めなさい、良いわね?』

 

『わ、分かったよ……』

 

『それよりお腹空いたからさっさと行くわよ、八一』

 

『あ、ああ』

 

 めちゃくちゃ計算されてて正直圧倒されてしまったというかなんというか……それでも銀子も顔が赤らんでいたから少し微笑ましくも思えてしまったり。

 

 その日銀子の機嫌が良かったのは言うまでもないだろうな。

 

 

 

 

 

 

「てな訳で話は終わるんだが」

 

「銀子ちゃんの積極性と余裕が凄まじい」

 

「恋は戦とは良く言ったものだ……近くで八一を見れる弟子二人がライバルであるなら尚更、な」

 

 想像以上に銀子ちゃんが積極的だった件。

 と、それもだが天衣ちゃんに負かされた影響と八一への積極性での変化はしっかりと良い方向に向かっていた。

 八一の話振りだけでの判断にはなるが、原作で自殺未遂をするくらい追い詰められていた余裕の無さとは対極にいそうな雰囲気まで漂っていた。

 とにかく、可愛い幼馴染が苦しまずに済むならそれに越した事は無い。

 

 そしてチラッと出た鏡洲先輩の話。

 あの人は銀子ちゃんの三段リーグ1シーズン目がラストシーズンなのが予想としていたがそもそも俺が初次点を取ったシーズンを10勝8敗で勝ち越し、五位という成績ながらも退会していた。

 創多がガン泣きしてたのも懐かしいが、予想外の急な退会に度肝を抜かれてしまった。

 

 曰く『新しい自分を探しに行ってくる』との事で、今何をしてるやら……

 

 ま、それはまた別の機会にするとして今は八一だな。

 

「八一、三人の気持ち聞いたんだよな? それぞれにどんな感情抱いた?」

 

「感情か……笑われるかも知れないけど、全員の気持ちに応えたいって思っちまったよ……」

 

「……八一よ、それはお前の優しさか? それとも本気で三人の事を女として好いている、という事か?」

 

「…………歩夢、その答えなら後者だ。バカだって分かってるが、真剣な気持ちを聞いて、今までの関係を振り返って、誰か一人を選ぶなんて無理な話だった。全員を好きになっちまったんだ、本気で……」

 

 よし、やっと聞けたな。

 八一の本音を引き出す為に長々とフリやら話やらしてきたが結論この言葉さえ引き出したら俺の勝ちみたいな作戦だった。

 俺は八一の肩に手を置き、言った。

 

「じゃあ全員八一の嫁にして幸せにしてやりゃ良くね?」

 

「はぁ!?」

 

「ほう……」

 

 つまりはこういうこった。

 全員を好きになったっていうなら全員を幸せにしてやれば良い、至極シンプルで超簡単な話だ。

 

「ま、待て待て! 全員を嫁って……それは……」

 

「法律上結婚は一人だが、別に結婚だけが全てじゃない。そんでまあ三人を同時に幸せに……一般人なら難しい話だな」

 

「じゃ、じゃあ……」

 

「でも八一は一般人じゃねえよなあ? 将棋界最高のタイトルホルダー『竜王』で、それだけで4320万が年収に加わってるし他の棋戦でもバンバン稼いでるだろ?」

 

「……確かに、そうだけど」

 

「なるほど、であるならば誰か一人を選ぶ、などと縛られなくても良い話だ。しかもドラゲキン……お前は『竜王』だ。『王』たる者ハーレムを形成するのもまた『らしさ』かも知れぬぞ?」

 

「……許されるのか? 全員を選ぶ、なんて事が」

 

「ま、八一ならな」

 

「王としての度量、期待しているぞ」

 

「…………分かった。そこまで言ってくれるなら。三人の気持ちに応えたい」 

 

「それでこそ八一」

 

 

 漸く良い笑顔が見えたな、八一。

 ここまで背中押したんだ、後は頑張ってくれよ……?



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第二十九話『八一の答え』

 お婆ちゃんが言っていた、英雄色を好むと。

 そもそも『英雄色を好む』とは、英雄は何事にも精力的である事から恋愛にも旺盛でありまたその武勇伝や実力、地位の高さから女に恵まれているからでもある。

 

 だとしたら九頭竜八一という男は何であるか。

 彼を知る者は口を揃えて言うだろう……そう、間違いようもなく奴は『将棋界に置ける英雄』であると。

 正真正銘将棋界最強と言われていた名人と真っ向から七番勝負し、打ち倒し防衛した最強の竜王。

 

 そんな九頭竜八一は竜王戦奪取とその後の防衛だけで二年連続4500万に迫る賞金を獲得している。

 更に九頭竜はプロ入り直後から他棋戦でも活躍が目覚しく、リーグ戦やトーナメント上位の一局の金額が高い対局をこなしている事から竜王奪取以前から一般中学生のみならず、一般サラリーマンがどう足掻いても適わない様な年収を稼いでいた。

 

 そして彼は将棋以外に金が特別掛かる趣味を持っていない。

 言わば一般学生レベルの趣味。

 

 で、あるならばだ。

 

 これからまだまだ二十歳にすら届かない若き天才の力は限界にあらず。

 竜王を万が一失ったとしても年収1000万は固い。

 

「ま、つまり安定してハーレムやれるのは未婚且つ若いタイトルホルダーの八一しかいないしアイツなら大丈夫って事ですよ、鹿路庭さん」

 

「な、なるほど……?」

 

「諦めるが吉だ、珠ちゃん……奴はああなると止まらない」

 

「歩夢くんと似てるって事だね!」

 

「珠ちゃんの中で我の認識はどうなってるんだ……」

 

 

 

 

 

「……三人とも、来てくれたか」

 

 一人暮らしの狭いアパートの一室に、俺含め四人が座っていた。

 最近はJS研の活動も増え別に窮屈には感じないが、今日という今日は特別な日。

 狭い部屋に緊張感が漂い、更に狭く感じてしまうが呼んだのは当の俺だ、しっかりしないと。

 

「ししょー、お話ってなんですか?」

 

「はぁ……大方予想は付くわよ……あいも付いてそうだけど」

 

「……決まったって事で良いのよね?」

 

「ああ。まず最初に何で三人を呼んだか、だが予想通りと思ってもらって構わない。三人の気持ちを受け取ったからには返事をしないといけないのは当然だ」

 

 あいが不安そうな顔を、天が泣きそうな顔を、銀子が縋る様な顔付きになった。

 全員が全員、自分が選ばれるとは思っていないのか……いや、選ばれなかった場合今までの関係が崩れるんだ、俺との関係性をそこまでして大事にしてくれていた……そう思うと少し笑みが溢れる。

 

「三人には二つ選択肢がある。結論から聞くのと前置きを付けるのと。どっちが良い?」

 

「ししょー、わたしはししょーの答えがどうなっても、一生あなたの弟子です。だから……わたしは結論からききたいです」

 

 震えながらも、ギュッと手を握りながら勇気を振り絞って答えたあい。

 こんな小さくて、俺の大事な子が言ってくれたという事に今すぐにでも抱きしめに行きたくなるがそれををグッと堪える。

 

「私だってお兄ちゃんの弟子なんだから。たとえ私じゃなくてもずっとせんせえでお兄ちゃんなコイツでいてくれるって思ってる、右に同じくだわ」

 

 負けじと今まで俺と家族以外には駿と歩夢しか知らなかったお兄ちゃん呼びでしっかり目を合わせて来た天。

 やっぱりこの子は強い、でも本当は強がりだから、少し触るだけで崩れるくらい脆いから、俺が助けていかないとな。

 

「八一……小さい頃からずっとアンタの事、大好きだった。八一の将棋も好きだけど、八一に優しくされた事、そして……このプレゼントしてくれた雪の結晶、その髪飾り。私の宝物なんだから。私は逃げないわ、どんな答えからも」

 

 俺が嘗て贈った髪飾り。

 一度は嫌がらせかとも思ったが駿にその認識を怒られてからは見方が変わった。

 ずっと、肌身離さず着けていてくれる事が嬉しくなっていて。

 俺が小さい頃からずっとずっと見てきた一人の、幼馴染の女の子へその感じた想い、気持ち、全てぶつけよう。

 その為に今日俺は来たんだから。

 

 

「分かった。みんな最初に結論言ってほしいって事で良いんだな?」

 

 分かっていながらも、目を見てもう一度答えを確認する……勿論全員変わらず、無言で頷いていた。

 

 逆に覚悟は決まったのかという眼差しさえ感じる。

 

 ……ああ、決まっているさ。 

 無謀な話でも前代未聞でもバカでも構わない。

 一日考えて、駿や歩夢の言葉も俺自身の気持ちも整理して出した結論を言ってやろうじゃないか。

 

 

「……俺が。俺が選ぶのは…………全員だ」

 

 

 

 

「し、ししょー……?」

 

「……ほんっとコイツは」

 

「本気で言ったとしたら殴る、ウソだったら殺す」

 

 まず銀子が怖過ぎる、殺人鬼の目になってる。

 仕方ないと言われたら反論出来ないのが現状だが。

 天は……呆れ返ってるなあれは。すまん、そりゃそうなる……今は心の中で謝る事しか出来ないが勘弁してくれ。

 あいは予想外だったのかどう反応して良いか困ってる感じだろうか、本当に申し訳ないとしか言い様が無い。

 

「まず、誰か一人に決められなかった事、本当にごめん」

 

「謝って許されるかアホ八一!!」

 

「昔から心底バカだったけどまさか私の兄がここまでバカだったなんてね」

 

「うぐっ」

 

 銀子、天と突き刺さる事を言ってくれるが自覚してるんだよ俺だってさ……

 しかしここまでは予想が簡単に付いてしまうくらいには分かっていたがあいはどんな反応になるのかは予想が付かない。

 さ、流石に嫌われはしないよな?

 

「ししょー……たしかにししょーはバカです」

 

「ぐはっ」

 

 あ、あいにまで罵倒された……知ってはいたけどこんなにダメージが来るなんて聞いてない……

 

「でもっ」

 

 まだ続きがあるのか、俺がどう言おうか悩んでる内にあいのターンは継続された。

 聞きたい様な聞きたくない様な気持ちがあるが、最早逃げ場は無い。

 だったら全部聞くしか無いだろう。

 

「でも……わたし、わたし……は」

 

 涙を浮かべるあい。

 今すぐにでも慰めに行きたいがそれはダメだ、絶対にダメだ。

 だから落ち着け、落ち着くんだ……

 

「……こわかったんです」

 

「天ちゃんも……銀子さんも、ししょーとすごした時間はわたしよりずっとずっと長くて。だからししょーはわたしじゃないだれかをえらぶんだって思ってて」

 

「それでも、ししょーのえらんだ人をおいわいしてあきらめられるならって。そう思ってたから、ユメみたいなんです。全員をえらぶって言った時、わたしがここにいても良いんだって……ズルかもしれないけど、この形が良いなって思っちゃった……ごめんなさい……」

 

「あい……」

 

 そんな風に思っていたなんて。

 実際一緒にいた時間が短いのはあいだが、それは違う。

 勢いで喋りかける口を制御して、ゆっくりと口を開く。

 

「俺はね、あいの事も大好きなんだよ。天や銀子と同じくらいに大好きで、選べないからこの選択をしたんだ」

 

「はぁ……全くアンタは。どれだけ八一に愛されてたか知らない訳?」

 

「私が知った口を言えるかは知らないけど。過ごした時間ってのは長さだけじゃ決まらないって話よ」

 

 銀子と天が見かねたのかフォローしてくれる、納得してないだろうに本当に優しい子達だ。

 

 時間というものは『どれだけ過ごした』かではなく『どの様に過ごした』かで有意義だったかどうか決まるんだ。

 あいと過ごした時間はとても大切だった。

 初めての弟子、直向きな、真っ直ぐな、諦めない彼女を見て自分の将棋を見直せた。

 同じ家で暮らす内、彼女の優しさ、可愛さ、個性を色々と見つけていく中であいのアプローチに応えたいと思っていた。

 

「……良い、のかな、わたし。二人といっしょで」

 

「あーもう、ほんとにバカよ……ちゃんと責任取れるんでしょうね? いや取りなさい、私のお兄ちゃんなら出来るでしょ?」

 

「納得なんて出来ないし今すぐにでも殴りたいけど、ぶん殴るのはこの三人の誰かを泣かせた時に取っておくわよ……使わせたら承知しないんだから、バカ八一……」

 

「……すまん、ありがとう、二人とも」

 

 銀子は、小さい頃から大きな病気を持っているにも関わらずそれに負けないくらいの気迫と愛情で将棋を指してきた。

 その結果が今の『女流二冠』と『女流棋士最強』。

 身体が辛くても決して折れないその心は、俺の尊敬だ。

 そしてそんな中でも時折見せるまだ幼い表情やただの女の子らしい思考は昔から変わらず、強くて可愛くて、お互い小さい時から一緒だったのが好きになった要因なのだと思う。

 

 天は、昔から甘えん坊で寂しがり屋で。

 今は生意気で辛辣で負けず嫌いな子だけど根っこのそう言ったところは変わらない。

 昔は小さい妹が出来たみたいだと可愛がっていたが、成長するに連れて綺麗に、少しずつ大人になっていく天に気持ちも小さい妹から次第に恋心に変わっていったのかも知れないと、振り返ってみて感じた。

 

 

「それで、その。全然誠実でも何でも無くなっちまったけど三人の返事全員に肯定したからにはしっかり全員を幸せにしていく。全員を本気で好きだから。だから……変だとは思うが、みんなの返事を聞きたい」

 

 返事をしたのは自分なのに、おかしな話だと俺でも思う。

 だがちゃんと聞きたいと、好きな人に気持ちを聞きたいと。

 願ってしまうのはワガママだろうか。

 

「――好き、大好き。当たり前でしょ? 何年待ったと思ってるのよバカ八一……ほんと……ばかぁ……」

 

「待たせてごめん。これからは一生掛けて、待たせた分幸せにしていく」

 

「愛してるわよ、誰よりもね。……だから、私を置いて死なないでよ? 死ぬ時も一緒なんだからね?」

 

「分かってる。置いてったら何するか心配だからな。ずっと一緒だぞ」

 

「ししょー……わたし、ししょーのことが大好きです。一生はなれないから、二人に負けないくらいたくさんの思い出、作ってくださいね?」

 

「ああ、絶対離さない。だから色んな場所に行こう、最高の思い出作ろうな、あい」

 

 言葉を聞き終え、三人をそっと抱き締める。

 小さくて大きな存在を守っていかないとな……

 

 

 

「まさかこのまま終わる訳無いわよね、お兄ちゃん?」

 

「て、天?」

 

「恋人同士なんだから……そ、そのっ、キスくらいしなさいバカ!!」

 

「……ししょーのニブチン」

 

「あ、いや、その~……抱き締めたらホッとして忘れてたと言いますか……」

 

 終わって一息付いたかなと思ったがどうにも重要な事を忘れていたらしい。

 我ながら恋人同士の大事なイベントを忘れるなんて痛恨のミスだ。

 あいにすらニブチンと言われたらどうしようもない。

 

「御託はいいから悪いと思ってんならしなさいよ」

 

「ぎ、銀子……そうは言うが順番はどうすれば……」

 

「ししょーはみんなびょーどーって言っていたのでびょーどーなじょーけんで決めたいです!」

 

「ならジャンケンね、間違いなく運要素以外が絡まないから平等よ。良いわよね、お兄ちゃん?」

 

 何か凄い積極的だな君達……ワイワイ盛り上がってるの可愛いから良いけど。

 

「ジャンケンなら確かに運以外は無いか……よし、良いぞ」

 

 俺がオッケーを出すや否や勝負師の目付きに変わる三人。

 ジャンケンに勝負師の気迫使うのか……凄い勢いでしてやがる、まるでジャンケンには見えないな。

 

「わ、私が一人負け……」

 

 あ、銀子が脱落した。

 勝負師モードの銀子相手にいくらジャンケンでも良くやるよ二人とも……

 

「……じゃ、ファーストキスはあげるわ、あい」

 

「え? でも天ちゃんもししょーのこと……」

 

「アンタは私達よりお兄ちゃんといた時間短いんだから、最初くらい譲ってあげるわよ。それで対等な立場って事で全員スタートラインは同じ。悪くはないでしょ?」

 

「……ありがとう、天ちゃん」

 

 そっから二人で続けるかと思ったが……天の奴、本当は強がりな癖に優しいんだから。

 そういう不器用なとこもあの子の良いところなのかも知れない。

 

「って事は決まったな……あい、おいで」

 

「ひゃ、ひゃいっ……」

 

 当のあいは……ロボットみたいな動きしてるな、逆に器用な事しちゃって全く。

 こっちもファーストキスだけあって内心心臓バクバクで緊張してたのに一気に収まっちゃったじゃないか。

 

「大丈夫だ、ほらリラックスリラックス」

 

 隣の椅子に座るあいを抱き寄せる。

 柔らかい感触がする、今にも壊れてしまいそうなくらいだ。

 

「あっ……」

 

 抱き締めた体制で見つめ合う。

 吸い込まれそうなくらい綺麗な瞳が、求める。

 そんな表情されたらこっちの理性まで飛びそうになる。

 そんな衝動を抑え、静かに唇と唇が重ね合う…… 

 

 

 

「すっげー緊張した……」

 

「あうあうあう……」

 

 初めてのキスは甘いなんてものじゃ言い表せない程で、相手の鼓動さえも伝わってきて何も考えられなかった。

 あいを見るに下手では無かったんだろうけど、まだこれ二人分あるんだよな……?

 

「ど、どうだった? へ、下手じゃ無かったか?」

 

「え、えっと……そ、その……よ、よかった……です……えへへ」

 

 うわっ、めっちゃ嬉しいなこういうの……照れながらも良かったって言ってくれるあいがマジで尊い件。

 

 

 駿、お前昔『八一はロリコンになる』そう言ったよな?

 お前は間違ってなかったよ……

 

「次は私ね」

 

「ぐぬぬ……小童ズに先を越されるなんて……」

 

「ふふ、キスに順番なんて関係無いけど……早い者勝ちって響き、良いと思わない?」

 

「あ、アンタねぇ……!」

 

 と感傷に浸ってたら天と銀子は小競り合いしてるし……昔からたまに会う度にあーだこーだやってたけど良くも悪くも変わらないというかなんというか。

 

「はいはい二人は相変わらず仲良いな……ほら、次は天の番だろ?」

 

「分かってるわよ。って言ってもどうキスするかは任せるけど。まさかあいの二番煎じはしないはずだし」

 

「任せるってお前……どうしたもんか」

 

 つい数分前にファーストキスした様な男相手に任せられても……いやしかし天こそ経験無いんだから俺がやるべきか……ならここは思い切りやってやる!

 

「決まった?」

 

「まあ……な。じゃあやるからこっち来て」

 

「はいはい……ってひゃあ!?」

 

「こういう格好とか、どうだ?」

 

 やったのはお姫様抱っこ、実は良く抱き着いてくる天には結構良いかなと思ったが……あっちは顔真っ赤で固まってやがる。

 肝心なとこでウブな奴だ。

 

「へ、変なとこで格好付けるんだから……まったくまったく……うぅ……」

 

「……よし。俺は準備出来てるぞ、天は良いか?」

 

「……で、できてる……はず、だからさっさとして……はずかしくてしぬわ……」

 

「可愛い奴め……じゃあ行くぞ……」

 

 

 

「天は可愛いな」

 

「うぅ……バカ……」

 

 上から見下ろした時に見えた、腕と胸の中にすっぽりと収まってる天はさながら天使だった……不思議なシチュエーションというか体制ではあったが悪くなかったな、うん。

 

「ふ、ふふふ……確かに私が最後……だけど小童共が先にしてくれたお陰でコツは掴めたわ」

 

 そして最後に残った銀子、なんかキャラが崩壊している。

 それで良いのかそれで。

 

「ごめん、待たせた」

 

「……ね、八一。私達本当に八一の恋人になったのよね?」

 

 ふとそう聞いてくる。

 ……何か不安なのか?

 

「そうだよ」

 

「……この髪飾り」

 

「……俺があげたやつだな」

 

「恋人になれたら……対局の時ずっと着けてる意味、教えようって思ってたから」

 

 銀子はそう言って髪飾りを触る。

 思えば最初はいつも強く当たってくるし嫌がらせかと思ってたけど駿にそれ言ったら物凄い勢いで呆れられたんだっけ。

 その時色々言われたから認識も改まったけど駿は大雑把に『好意があるから着けてる』って言ってただけだから俺も気になってたんだよな。

 

「俺も気になってた。洋風の髪飾りだから和装には普通そんなに合わないのにって。まあ銀子は綺麗だから良く似合ってたけど」

 

「…………は、はあ!? 急に褒めるとか馬鹿じゃないの!? は、はっ倒すわよ! くじゅ! あほぉ!」

 

「わー悪い、悪かったから蹴るな痛い痛い!」

 

「ふん……ちゃんと意味教えるんだからそういうのは後でしなさい」

 

 つい口が滑ったが本音だから仕方ない。

 あとこれ後でなら良いんだ……

 

「……私はね。アンタと会う前からずっと、いつ死んでもおかしくないって自分で思ってたし今も思う事はある」

 

「銀子……」

 

 入院生活をしていた頃、銀子と一緒に将棋を指していた子どもたちがいたと聞いた。

 みんな腕っぷしが良く、当時の銀子も負かされる事も多かったとも。

 そして、銀子が退院するまでにその全員が、亡くなった事も聞いたんだ。

 

 俺がそれ以上を、何か言わないといけないと口に仕掛けたのと同時に銀子が口を開く。

 

「でも、この髪飾りがある限り。アンタが、八一が側にいてくれるって感じる限り。どんな事にも負けないって確信出来るの。……だから、勇気を貰う為に、いつも着けてた」

 

 だから、これが銀子の生きる希望になってる、勇気になってると聞いて、凄く嬉しかった。

 兄貴分なのに病気の妹分に何もしてあげられなくて、それが苦痛になる事だって少なくなかった。

 

 涙が込み上げてくる。

 そんな俺でも、銀子の力になれてたんだって、そう感じる事が出来て。

 

「……何もしてやれてないって思ってたんだ。俺は頭が悪くて、察しも悪くて。将棋しか無かったから。銀子の力になれないんじゃないかって、さ」

 

「バッカじゃないの……八一は、私の心の支えよ……側にいてくれているだけで、死にたくない、生きていたいって思うのよ。だからトンチンカンな事言ってんじゃないわよ」

 

 そう言ってくれるだけで、過去に苦しんでいた俺が救われた気がした。

 俺の方こそ、銀子と同じくらい、それ以上に銀子に、あいに、天に、師匠や親友達、家族……数え切れない程の人達に救われて来たんだ。

 

「……ありがとう」

 

「当たり前の事を言っただけよ」

 

 そっぽを向いて赤くなる銀子に見とれてしまう。

 意識しなくてもこの子が可愛いのなんてとっくに知ってたがそれでもドキッとしてしまう。

 それだけ可愛いし、綺麗だ。

 

「……じゃあ、話も落ち着いたし、な?」

 

「そ、そうね……す、するのよね……」

 

「お、おう」

 

 それも重なり二回キスを経験した身でもまた特別緊張してしまう。

 

「……抱き締めてよ。私がどこにも行かないように。ずっとずっと、死がふたりを分かつまで永遠に、一緒にいられるように」

 

「ああ……」

 

 中学生ともあり二人に比べれば普通のキスも出来るが、それでも年齢にしては小さい。

 銀子の顔が俺の胸に埋まる、抱き締めるとギュッと返され暖かい鼓動を感じる。

 それは紛れもなく、間違いようもなく、彼女を、銀子が生きている事の証明に他ならない。

 

「八一……大好き。愛してる」

 

「俺も……愛してるよ、銀子」

 

 触れる様な、まるで新雪のキス。

 少し背伸びをする銀子が、特別愛おしく感じる。

 

 夕日差し込む夏の日、こうして俺には特別守りたい、守るべき存在が三人増えたのだった――




 切る場所が無かった(7460文字 普段の二倍を更に越す量)
 ヒロインの出番は平等に書きたかったけど序盤あいちゃん、終盤銀子で天衣ちゃんが割を食ってたかも……まあ単独で八一と絡みある話書いたしトントンと思いたい

 なお、八一のターンはまだ続くもよう
 当たり前だよなあ?(感想欄を見ながら)


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第三十話『母は強しと言うが強過ぎるのも考えものである』

遂に30話、予定では30後半から40話くらいには終わると思ってましたが完結は40中盤くらいになりそうですね
八一の挨拶第二部終了(31話)→間に1話(32話)→マイナビ女子オープン予選~編+盤王戦本戦二回戦~→日常・閑話→盤王戦トーナメント完結編→最終回
って感じで固まってます
問題はラストスパートの対局描写、どうやったら上手く表現出来るやら…


「……成程、言い分は分かりました。悩んだ末に出した全力の答えだという事も理解しました。何よりも当事者間で納得しているのなら私からあいに言う事はありません」

 

「……おかあさん」

 

「で!す!が! そちらの男衆二人への話はまだ終わっていませんからね?」

 

「ア、ハイ」

 

「ですよね……」

 

 ひな鶴の私室スペースで土下座する男二人、そしてその横に正座する女三人。

 現在俺や八一を含む一行は各親陣営に話を通す為、最初にひな鶴のある石川県まで遥々やってきた。

 発端は八一の告白が成功したと聞かされた時に歩夢が親への説明を頑張れと八一の肩を叩いていた事だった。

 正直、そういう事をすっかり忘れて焚き付けていただけに顔面蒼白、俺にも責任があるって事で同行する手筈になった。

 

 いやー銀子ちゃんとてんちゃんに元凶がバレた時は凄い睨まれたな……ただお礼も言われたが。

「結果的には上手く言ったから許してあげるわよ、駿くん」とは銀子ちゃんのお言葉。

 てんちゃんは「一応礼は言うわ……駿」とか名前で久々に呼んでくれたし二人に関しては結果オーライ?

 あいちゃん? あの子は恩人を見る目で見られた、そんな大層な事はしてないぞ……

 

 それで話を戻すが、まずあいちゃんがひな鶴に、てんちゃんが実家に電話して事情説明と近々話に行くという話をした訳だが弘天さんはともかく亜希奈さんがヤバかった。

 そりゃまあハーレムなんて聞いたらキレ散らかすのは当たり前だもんな……隆さんも温厚とはいえ一人娘の彼氏ともなれば話は変わる、かなり声のトーンが落ちていたので亜希奈さん程とは行かずともかなり心配なのだろう気持ちは伝わっていた。

 

 一方の弘天さんだがこちらは天祐さん存命の頃から八一も俺も結構知ってる仲だがそれはそれ、これはこれとして当たり前だが最初は認められないと言っていた弘天さんを八一が説得、だったら来た時に条件を提示するからそれを飲めるならと言う話で一旦落ち着いた。

 時折電話口から弘天さんの声とは別の方向からチャカみたいな音が聞こえていたのは気のせいだと思いたい、思わせてくださいお願いします……

 

 

 そんなこんなでとにかく両家とも話し合いの場を設けてもらったのでひな鶴に足を運び、まず俺が事の発端、責任者として場にいる事を告げ本気で言ったとはいえ部外者が焚き付けた事への謝罪、次に八一が三人を好きになった理由、どれだけ大事に思っているか、自分に三人を養えるだけの経済力が存在し安定して三人と暮らせる事、友人……俺だが、には何度も相談して自分の考えとその度にもらうアドバイスで整合してやってきた事とかも話してくれて、そこはこそばゆかったりもした。

 

 ……はい現実逃避終了です、亜希奈さんの威圧感が半端無いです。

 

「まずは鍬中駿さん、貴方からです」

 

「は、はい……」

 

「多対一で付き合う、という行為は非常識とは考えなかったのですか?」

 

 早速俺か……ハーレムが非常識な事くらい最初から分かってたが、最適解がハーレムなんじゃないかってのはそれこそ前世の時から考えていた事だ。

 この世界で生きて価値観が変わったものも多いがこれは生きてみてこそ、尚更変えられない価値観だと原作より密接になる八一達を見て思い知った。

 

 破られる訳には行かねえ。

 

「……考えてました」

 

「だったら――」

 

「でも! 俺はそれを考えた上で三人の事もまた考えました。あいちゃん以外の二人は八一とは幼馴染、昔から客観的に見ていればどんな関係かは分かります」

 

「だとしたら?」

 

「……二人にとって八一は特別大切な、異性としての存在。そんな事明白でした……そしてあいちゃん、あの子もまた同じ目をしていた。最初こそ羨望の意が強かったですが、次第に恋をする人間になっていた。最後に八一ですが、俺が焚き付けたといっても人生を大きく左右する事に変わりはありません。告白の前に三人それぞれが八一に恋をしているか、八一自身の三人への想いはどうか、八一から確認はしっかり取りましたし重要性も話し合いました。その答えがこれなんです」

 

 我ながらめちゃくちゃそれっぽい事を言ってはいるが親の気持ちは度外視だとも言っている。

 親がどれだけ子を思っているか……なんて、今の俺には痛いくらい分かる。

 所詮は三人の気持ちか、親の気持ちかの二択の内を選んだに過ぎない。

 それでも、後悔しない選択に導いてやりたかった。

 エゴと言われても、強引と言われても、大切な親友や親友の想い人達の為に、全員が幸せになる方法を取りたかった。

 

「そう、か……君は八一君の為だけではなくあいの事も考えてくれていたのか」

 

 亜希奈さんの隣で黙っていた隆さんが口を開く。

 静かに、だが確実にこちらから目線を外さない様に。

 ……見定められているのだろうか、八一共々。

 

「なあ八一君。君は、どうなんだ。あいを含め三人、普通の三倍の責任が一生付き纏う。それだけじゃない、結婚という繋がりを持たないという事はいつでも逃げ出せるんだよ? それでも逃げ出さないって保証はあるのかい?」

 

 厳しい言葉だ。いつも温厚な隆さんが言うとまた重たい言葉だと再確認させられる。

 八一、後はお前の本気を見せるだけだぞ。

 

「俺は……まだお分かりの通り十代の若輩者です。しかし、雛鶴あいと夜叉神天衣の師匠という立場、空銀子とは同門です。三人を捨てて逃げる事は棋士として逃げる事に他なりません。なので俺は、一人の男という立場と同時にプロ棋士として、そのタイトルの竜王を持つ男として、あいさんを、三人を幸せにする事を誓います」

 

 ……へっ、それでこそ八一。

 だから俺はお前にあんな提案をしたんだ、三人を幸せにするだけの器があると信じて。

 

「……そこまで言われたら、信じるしか無いな。僕から言えるのは『娘を頼んだよ、八一君』……それと『幸せになりなさい、あい』」

 

「……竜王の名にかけて」

 

「お父さん……」

 

「……私からはまだありますけどね」

 

 っと、丸く収まったかと思ったがそういや亜希奈さんは黙ったままだったな……隆さんの話に口を挟まなかった辺り納得云々はさておき認めたって事かと思っていた。

 認識の甘さだなあ……

 

「っ!」

 

「何、心配は要らないさ。僕との話に納得言ってなかったらとっくに割り込んでる。だから……察するには条件提示だろうね」

 

「成程……」

 

「はぁ……その通り。将棋は嫌いですが、その分野のプロで、タイトル持ちの男がその立場に懸けて幸せにすると誓ったのならある程度は信用しましょう」

 

 また難儀な話になるかと身構えたが、この人途中からあいちゃんの想いに加担してたんだったな。

 だとしたらこの態度も納得。

 

 ただ亜希奈さんの話だ、一筋縄じゃ行かないのはお約束だろう。

 頑張れ八一。

 

「但し、認めるからには文句無しの棋士として活躍してもらわねばなりません。八一さん、貴方にはあいが中学卒業までにタイトルを獲らせるのに加え、同時期を期限として二冠を同年に防衛する、これを達成してください。拒否権はありません、それが、私が貴方を認める条件です。それだけの覚悟と強さが無いなら私が認める事はありません、今すぐあいを置いてここを去りなさい」

 

 ……何ともまあドキツい条件だ。

 今あいちゃんは小学五年生、今が七月中旬だからつまり四年と7.5ヶ月で一番簡単な条件が竜王を防衛しつつあいちゃんが中二になるくらいまでにもう一つタイトル獲って二冠達成……に加え翌年度にそれを防衛する、という事だ。

 二冠を達成しても防衛出来なければ交渉決裂。

 将棋には疎いとか前に言っていたはずが絶妙に八一に達成出来るかどうかの際どいライン突いてきやがる。

 そもそもだが俺の知る未来は今季の帝位戦で生石さんから玉将を奪還し帝位と玉将の二冠になった於鬼頭さん相手に一勝を挙げたところまで、まず二冠になってるのかさえ分かっていない。

 

 無謀という条件ではない範囲で最大級に厳しいのは間違いなく断定出来る。

 

「……分かりました。二冠を同年度に防衛、それで認めて下さるんですね」

 

「出来ると言うのであれば、ですが」

 

「やります。三人に、絶対幸せにすると誓ったんです……裏切れる訳が無い!」

 

 く、くく……言い切りやがったな八一の奴。

 長い長い将棋プロの歴史上で見ても十数人しか達成者のいない二冠以上の条件に間髪入れずに言いやがった。

 だからお前は最高なんだよ、八一!

 

「……泣かせたら、承知しませんよ。あいだけではなく、全員をです。良いですね?」

 

「は、はいっ!! ありがとうございます!!」

 

「ありがとう、おかあさん……」

 

「……もう一度だけあいに聞きます。この選択に、一生変更の効かないこの選択に後悔は無いんですね?」

 

「うん。わたしが自分で決めた事だから。しあわせになるから、だから心配しないで」

 

「そうですか。ならば良し」

 

 そして亜希奈さんも納得してくれた様で、本当に良かった。

 

「この度は本当に申し訳ありませんでした!」

 

 ならば一番部外者且つ元凶の俺が最後にもう一度謝罪するのは筋だろう。

 親という存在を甘く見ていた、俺と師匠は本当の親子の絆があると分かったが、それでいて少し他とは違っていたんだ。

 今回の出来事で痛感した。

 

「……こうして、部外者にも関わらず相談に乗ったりあい達と一緒に来てくれた、それだけでも立派な事さ。少し勢い任せなところはまだまだ若い証拠だけどね」

 

「常日頃、あいから親身になってくれている方の一人と聞かされていたから今回は大目に見ます……が、次があるとは思わない様に。……ですが、あいを導いてくれた事には素直に感謝しています」

 

「あ、ありがとうございます……!」

 

 寛大な人達で助かった……最悪許されないかとも思ったし。

 これで一件落着……だったら良いんだけど、夜叉神邸がまだあるんだよなあこれが。

 

 あのチャカのカチャカチャやってたの間違いなく晶さんとその部下のてんちゃん親衛隊だよなあ……下手したら今回より長い戦いになるか……あそこの人達とは数年来の仲だし上手く事が運んでくれると良いんだけど……

 

「良かったな、あい!」

 

「はい、やーちゃん!」

 

 まずはこの二人を祝福しようか……何かあいちゃんの八一への呼び方変わってるけど。

 はあ……西崎、今はお前の昆布茶が飲みたいよ……




まさかの挨拶二部構成
次回は難産になりそうだから投稿結構開くかも


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第三十一話『美羽の予選の壁と夜叉神邸への挨拶』

これで八一の悩み編は完結
次回はマイナビ一斉予選開幕と地味に人脈が凄い鍬中の意外な交友関係が…?


「本当にごめんな、明日は一緒だから……」

 

「分かってるよ、しゅんちゃん。くずりゅーせんせーとかあいちゃんやてんちゃんのためなんでしょ? だったらわたしがワガママ言えないもん。でも明日は勝って褒めてもらうんだからね!」

 

「当たり前だろ? 本格的な予選ともなれば殆どはプロが対局相手になるだろうけど今の美羽なら互角以上にやれるさ」

 

 ひな鶴に言った翌日の朝、今日はまだ石川県よりは近場の神戸にある夜叉神邸が目的地になる為昨日とは違い美羽とも多少喋る事が出来た、ただ通話だが。

 美羽が恋しいが自分のやった事への責任は取らなくちゃならないからな……

 

 ところでだが明日はマイナビ女子オープンの一斉予選、女流プロが本格的に参戦しているのはここからなのでチャレンジマッチ決勝で当たった金平女流二段クラスの強さの選手がここではアマチュアを除いて最低クラスになる。

 そして方式だが、12ブロックに分かれ五人、若しくは六人ずつに振り分けられたブロックトーナメントに優勝する事が本戦に進む為の切符となる。

 因みに本戦はこの予選を勝ち抜いた十二人に加え、前期のベスト4以上と奪取失敗、若しくはタイトル陥落した番勝負敗退者。

 

 今期の本戦シードは前期アマチュアから挑戦し女流プロの条件の本戦一回戦どころか番勝負まで行き絶対女王に一つだけとはいえ女流プロで初めて土を付けた俺達の幼馴染てんちゃんこと夜叉神天衣女流二段、昔馴染みで前々回の挑戦者の月夜見坂燎女流玉将、同じく昔馴染みで去年山城桜花を防衛し永世称号『クイーン』になった供御飯万智クイーン山城桜花、初代女王にしてこの前四年振りに棋戦優勝(大輪杯ネット将棋女王決定戦 ネット投票で十六人選抜しトーナメントする大会らしい。前世には無かった)した花立薊女流五段と女流界の化け物揃い。

 

 まあ予選にも前々回シードの釈迦堂永世名跡やら俺のトラウマ祭神女流帝位とか鹿島杯で怒涛の連勝、本戦八人のトーナメントでベスト4になった最近絶好調の鹿路庭さんとかあいちゃんとかいたけど運良く全員回避……とはならなかった、そうならなかった。

 

「……あの人もわたしがたおすもん」

 

「おう。しかしアイツは八一やらあいちゃんやら俺やら美羽やら……こっちの陣営となにかに付けて縁があるというかなんというか。とにかくアイツは金平女流二段とは比べもんにならない強さと性格の悪さがあるからくれぐれも用心していけよ」

 

「うん! しゅんちゃんがいればだいじょーぶ!」

 

 そう、よりにもよって順当に予選決勝を迎えれば相手は祭神になる。

 去年もあいちゃんと予選決勝で当たってたが二年連続アマチュア小学生vs祭神の構図が出来上がりそうになっているとかどういう事だよ……

 どっかでやる気無くして勝手にログアウトしてほしいもんだが去年あいちゃんに終盤でコテンパンにされてるだけに憂さ晴らしの為に狙ってくるんだろうなあ……それこそ美羽が負ければあっちも負けるだろうが本末転倒過ぎるし予選を抜けるには祭神との対局は避けられないか。

 

 そして俺が考えるに本気を出した祭神がペースを握れば銀子ちゃんだって勝てるか怪しい。

 現時点で純粋な能力は祭神が女流界最強と思っているくらいだ。

 だが奴には二つ弱点があり、一つはてんちゃんみたいな躱して粘って200手くらいまで行けばエンジンが切れてくるところだ。

 

 ……美羽のタイプは真逆だけどな。

 

 殴り合いで勝てってか……正直めちゃくちゃキツいだろうな。

 まあネガティブな事は言えないから黙っておくが。

 

 取り敢えず祭神以外の懸念点は無かったからまだ不幸中の幸いだ。

 相手取りたくない棋士は挙げたらまだまだいるからな……その中で引いたのが一人はある意味良かったと言えるか?

 

 とにかく今は美羽を信じるしかない。

 

「……気負うなよ?」

 

「わかってるよ」

 

「流石俺の美羽だ」

 

 その言葉には確かに自信が満ち溢れていた。

 正直奴の将棋は面白いしトラウマとか言ってるけど大して仲が悪い訳じゃないし棋力は買ってるが今回は美羽の為に負けてくれ……

 

 

 

 

 

「てな訳だ、気合入れて弘天さんと晶さん説得して将棋に集中する」

 

「お前は本当に美羽ちゃんが絡むと見境無くなるな……」

 

「大事な彼女である前に弟子だぞ! しかも祭神と当たるとなればちょっとくらいは許されるわい!!」

 

「……八一から聞かされてたけど、まさか駿くんが弟子と付き合ってたとはね。私の周りはどうしてロリコンと対象になる様な小童ばかり集まるのかしら……」

 

「でもでも、告白の時のお話を美羽ちゃんにきいたりしたんですけど、すっごくロマンチックだと思いました!」

 

「くわなかにしてはカッコ付けられたんじゃないの?」

 

「へへっそりゃどうも」

 

 夜叉神邸に向かう車内にて、今回は緊張感は多少薄れているのか和やかなムードだった。

 因みに運転は師匠だ、本当にお世話になります……

 

 そして今は美羽への告白エピソードを話していたんだが銀子ちゃんには不評……というか呆れられていた。

 八一で散々ロリコンを体感しただろうし仕方ないね。

 

「ふふ……弟子の駿と孫弟子のミハミハがこのまま結婚してくれたら僕は未婚のままおじいちゃんになりそうだね?」

 

「し、師匠……あの時は本当にありがとうございました!」

 

「いーや、僕は弟子の為に、息子の為にやれる最善を尽くしたまでだよ。薄々駿とミハミハが付き合うんじゃないかなとは思ってたからそれも合わせて、ね」

 

「……まさかお見通しだったんですか?」

 

「さあね」

 

 全く、こういうとこは師匠にはいつまでも勝てる気がしないな……と、そろそろ着きそうだ。

 さて、いくら昔からの知り合いと言っても気を引き締めないとな。

 弘天さんも晶さんも正直一筋縄で行けるとは思ってないが……

 

 

 

「八一君。私はこの関係性自体を否定しようという気は無い」

 

 来て一通りあいちゃんの時と同じ説明をしたら、弘天さん曰く「そっちの説明は理解した」とだけ言って八一とてんちゃんと三人で話す雰囲気になっていた。

 んで俺は晶さんの近くに座らされている訳ですが……別段リアクションは無いし取り敢えず八一の話を聞いておくか。

 

 つか関係性を否定しないってのはまた意外だったが……

 

「……そう、なんですか」 

 

「だがね八一君……今から言う事は全て私のワガママになってしまうが、天衣は唯一残った私の家族なんだ。もう私には、あの子しかいない。そんなあの子さえも、君に取られたら遠くに行ってしまいそうで……だからどうしても『良い』とは言えなかった。天衣をやるなら八一君しかいないと分かっていてもだ」

 

 ……なるほどなあ。

 そりゃそうだ、奥さんは天衣を引き取る前にはもう亡くなっていて、息子夫婦、天祐さん達を一気に亡くして、残ったのは息子夫婦の忘れ形見である孫娘のてんちゃんだけ。

 そんな唯一の血の繋がった家族を、いくら孫の兄代わりとして見てきた幼馴染で息子が認めていた男であってもそう思ってしまうのは必然だろう。

 

「……私共ではどう足掻いても家族にはなれないのです。私個人では本当なら八一様を認めていた。ハーレム等と聞いた時はどう調理してやろうかとも思いましたがお嬢様が納得しているのでしたら、八一様なら大丈夫だろうと。ですが弘天様が、あれ程まで悲しい顔をされているのは見るに堪えない……」

 

 晶さんが、考え込む八一を見ながら隣で呟く。

 晶さん自身は認めていたのか……てんちゃん大好きな人だし厳しいと確定付けていたが逆に言ったらてんちゃんの説得と天祐さん、弘天さんが認めている事実があれば他の知らない男に取られるのと天秤に掛けるまでも無いって事らしい。

 

 しかしそうであるなら問題は無い。

 天祐さんと一番、月光さんより親しかった身内外の男の八一がそこを考え無しに来るとは思えないからな。

 

「八一なら。アイツならそこも考えがあるはず。ずっと近くで、一番近くで、天祐さん達がいなくなった後の泣いていたてんちゃんに寄り添ってたんです。だから、大丈夫」

 

「鍬中様……」

 

 つー訳だから裏切るんじゃないぞ八一。

 お前ならやれるはずだ、最善を見つける事を。

 

「俺は本当の意味で家族を失う痛みは分かりません。ですが、家族を失って泣いていた女の子を良く知っています。だから家族の時間を奪おうなんてある訳無いです。殆ど今まで通りなんです、だから心配しないでください」

 

「……こんな、老いぼれの我儘に向き合ってくれるのか」

 

「我儘だなんて言わないでください。天を立派に、愛情込めて育てていたじゃないですか。だから天だって、貴方の事が大好きなんですよ」

 

「天衣が……」

 

 弘天さんは気付いていなかったかも知れないがてんちゃんは弘天さんにめちゃくちゃベタベタに甘える事が多かった。

 態度が少し高飛車が入ってしまったばかりに今まで気付かれなかったのだろうか、にしても分かりやすいくらいだったんだけど。

 言ったらてんちゃんに殴られるだろうし止めとくが。

 

「わたしは……おじいちゃまがいてくれて本当に嬉しかった。お父様もお母様も居なくなって怖くて、お兄ちゃんは結局血は繋がってないから……わたしだけ、この世界にひとりぼっちだったの。だから、おじいちゃまがわたしを引き取ってくれた時まだ私は一人じゃないんだって安心できた」

 

「そんな事を……思ってくれていたのか……」

 

「わたしね、おじいちゃまの事大好きよ。だからまだまだ一緒に暮らしたいの。せめて、自立出来る様に高校を卒業するくらいまではおじいちゃまと居たいから……これからも元気でいてね」

 

「天衣……うぅ……ありがとう……天衣は私の宝物だよ……」

 

 うぅ……俺まで泣けて来たんだけど。

 ひしと抱き合う二人の家族の絆が暖かすぎる。

 こういう機会に確認するなんてのも想定外だったからか涙腺の制御が緩い。

 

「お゛じ゛ょ゛う゛さ゛ま゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛こ゛う゛て゛ん゛さ゛ま゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛

ほ゛ん゛と゛う゛に゛よ゛か゛っ゛た゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!゛!゛!゛」

 

 うん、まあ隣に俺の十倍くらい泣いてる晶さんいるから多分俺のは目立ってないだろうな。

 

 この後晶さんの号泣に気付いたてんちゃんと弘天さんが慌てたりちょっと放置された後にしっかり認めてもらえたりとわちゃわちゃしていたが円満に終われて良かったと心の底から思った。

 

 

 

 因みに余談だが師匠は待ってる間暇潰しに屋敷で将棋の指せる人達相手に指導していたらしい、タイトルホルダーが暇潰しに指導するってやべーなオイ。



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第三十二話「きっかけ次第で人は変われる」

復帰



「ほんっと、師匠には感謝しっぱなしだな……」

 

 夜叉神邸での八一の挨拶の一件から一夜、東京。

 あっちこっち回って結構体力を使ってはしまったものの我が愛しの弟子美羽の大舞台の一日目、マイナビの一斉予選。

 正直大阪から毎度毎度東京に移動するのは金の磨り減りも大きいが気にしてられない……色んな意味で覚悟していたのだがまたもや師匠に一本取られてしまった。

 

『弟子と孫弟子の為ならお財布のヒモが緩んじゃうのは仕方ないよね☆』

 

 と『取り敢えず』予選決勝までの三日分の資金として中々に分厚い封筒を渡された。

 一応三日分らしいのだがどう見てもそれ以上あるし予選勝ち上がったら本戦の分も出すって話らしいで師匠におんぶにだっこ状態で申し訳ない。

 

『タイトル獲ったら駿の賞金で三人で良いもの食べに連れてってくれたら良いさ☆』

 

 なんて言ってくれたから懐の大きさに笑うしかない。

 ……頑張らないとな。

 

「しゅんちゃん? どうしたの?」

 

「ああごめん、ちょっと師匠に感謝をな」

 

「そっか! ジンジンのためにもがんばらないと!」

 

「おう、その意気だ」

 

 美羽も気合い入ってるな。

 流石に緊張が上回るかとも思ったけど強い子だ、これなら少なくとも決勝までは進めるんじゃないだろうか……なんて、弟子贔屓が過ぎるとは俺は思わない。

 

 

 

 

 

 七月も末が近付いて来たこの真夏に都会のビルと通行量による排気ガス、んで人密度はやっぱりキツいからかマイナビ本社がまるで天国に感じる。

 大阪も大概だが俺が住んでるのは比較的人密度の少ない場所だしそれだけで疲れてしまう。

 美羽が疲労してなくて何よりだ。

 

「まだ開始まで時間あるからな、しっかり身体休めろよー」

 

「はーい、でもしゅんせんせーもだよ?」

 

「はは、ありがとな」

 

 ところで美羽のブロックは六人から構成されており、シードが二人という感じになっている。

 シードの一人は話した通り祭神という魔境だが予選は一日三局、まずは各ブロックの一回戦からなので今日はいない……と思ったんだがさっき特徴的なブロンドヘアーを見たんだよなあ……おかしいなあ……

 

「ハァ~イ、く・わ・な・か……ヒヒッ」

 

「ぶっ、ごほっ! さ、祭神ッ!? やっぱりお前いたのかよ……」

 

 噂をしたら真後ろにいた件。単純に怖いんだけどやめてもらえませんかねそういうの……

 

「今日の大盤解説あたしみたいだからさァ、折角だしぃ? ザコ中の弟子っての見に来たワケ」

 

「あなたが祭神女流帝位ですね!」

 

「へぇ、アンタがザコ中の弟子ねぇ……」

 

 お前が大盤解説かよ……誰だよ起用したのは。

 そして美羽は敵意剥き出しで指差しながら燃えたぎってるし。

 一応仲悪いとかいう訳じゃないし誤解は解いておくか……

 

「あー、一応だけど俺とコイツちょくちょく付き合いあって仲悪い訳じゃないから、対局するとトラウマ産み付けられるだけで……それはそれで大迷惑だが嫌いな訳じゃないって事で、仲良くやれとは言わないがあんまり誤解はしてやるなよ」

 

「……しゅんせんせーが言うなら」

 

「ふーん、優しいんだァ?」

 

「優しいとかそういうのじゃねえよ……」

 

 コイツは原点の世界じゃ虐待に売春に自身の師匠による性的虐待と敵役ではあったが、悲惨過ぎる過去があっただけに転生してきてからもどっかでコンタクトがあれば何とかしてやりたいと密かに思いつつもそう簡単には行かないと思っていた。

 

 そんな中でまだ中学生に成り立てだった俺が祭神と出くわして、話す内に捻くれてたり見下した物言いはあったし相変わらず将棋も舐め腐ってたが、一つやっぱりどこか孤独な目をしていたのが印象的で気付いたら色々クソみたいな環境からの脱却を手伝ってたらこのザマよ。

 

 俺と対局するのが楽しいのか甚振りたいだけなのか知らないがすっごい良い笑顔で人の事嬲り殺してくるの、怖くてチビっちゃう……なんでデビュー戦コイツだったんだよほんと……

 

「……わたしとこのひと、どっちがいーの?」

 

「え、ちょ、美羽さん!? 急にオーラが黒いんですけど!?」

 

「だってなかよさそーでうらやましくて……」

 

「いや確かにコイツの事は嫌いじゃないが一番は美羽だって!」

 

「ほんと?」

 

「ほんと!」

 

 美羽とちょっと小競り合いをしながら、祭神の原作との相違を思い出す。

 何だかんだ原作の悲惨さから脱却させた祭神は時たま良い笑顔もするし、今は知り合いの同門にいるのもあって初遭遇のタイミングも良かったのかまだ如何わしい経験も無い……らしい。

 

「ヒヒッ、噂はほんとだったんだァ」

 

「噂って……変な噂でも立ってんのか?」

 

「なんでもォ、若いフリークラスの棋士が女のガキんちょ弟子に取ってるから『ロリコン』なんじゃないかってさァ?」

 

 うわぁ最悪だ……最近は祭神の研究に気を取られていたせいで忘れてたがそう言えばそんな噂もあったなあ……世間許すまじ。でも、でもだ。これは言わせてほしい。

 

「俺はロリコンじゃねえ! 美羽と美羽の将棋に惚れただけだ!」

 

「わたしもしゅんせんせーのしょーぎとカッコ良さがだいすきなだけだもん!」

 

「……うーわ、似た者同士で笑えないわー」

 

「なんだ、幻滅したか?」

 

「……まさかァ♪」

 

 豪語し切った後でドン引く祭神、このショットは激レアなんだろうなあと思いつつもニヤリと口角を上げわざと挑発したように聞く。

 で、祭神も祭神でニヤッと不敵に笑う。

 

「ザコ中の認めたガキがどんなのか楽しみになっちゃったァ♪……精々負けんなよガキ」

 

「……あなたこそ、けっしょーまで来てくださいよ?」

 

 思った通りバチバチにやり合ってるわ……祭神は外道も外道な挑発やら盤外戦術と圧倒的な強さで相手のメンタルを潰す事に定評があるが、まず盤外戦術を乗り切った美羽とは当たれば純粋な殴り合いで試合が進むに違いない……面白い化学反応が見れるかも知れないと期待を胸に二人を眺める。

 

「んじゃ、負けんじゃねーぞガキィ」

 

「あなたこそまんしんしないことですね!」

 

「さて、言い合ってんのも良いがわりぃな祭神。そろそろ一回戦始まるから行くわ。お前も解説遅れんじゃないぞ」

 

「わっ、もうそんなじかんだった……」

 

 結構楽しそうに言い合ってただけあってやっぱり時間を忘れてたか。

 祭神も原作や会った当初と比べたら大分角が取れたなとか満足そうに見てた俺が言うのもどうかとは思うが。

 

「ヒヒヒヒッ……楽しみにしてる……」

 

 不気味な特徴的な笑いを上げながら大盤解説の方に向かっていったが最後に『良い意味で』らしくない言葉を聞いた様に思う。

 強ければ強い程奴は力とやる気を発揮する、それはつまり女流相手だとほぼ舐めプなのだが楽しみにされるのは純粋に美羽が認められた様で嬉しいしストレートに何かを楽しむ感情を見せてくれた祭神を見て、エゴかも知れないと思ったあの時の行動でそういう風に変わってくれたのなら友人として嬉しくない訳が無かった。

 

「ふっ……さあ、祭神に勝つ為にもまずは初日勝つぞ、美羽!」

 

「もっちろん!」 

 

 美羽も更に燃えてるし、これは期待度も上がるなあ。

 

 

 

 

 

「……さて、予選一回戦第八試合、竹内アマ対惣田女流1級の対局はいよいよ大詰め。竹内アマが終始優勢と見とりますが祭神女流帝位はどうです?」

 

「ヒヒッ……カズ、アイツ面白い」

 

「ほう、祭神ちゃんがそない言うって事は相当強そうやな」

 

「さっき過去の棋譜……チャレンジマッチ一回戦の見た時は雑魚だと思ったけど。成長度合いなら去年やった八一のとこのガキより上かもねえ……攻め一辺倒は変わってないし隙を見せる癖も変わらない……でもそれを上回るくらい相手の隙を追及して攻めさせず優位に立つ……だから面白いし潰し甲斐がある……ヒヒヒヒヒ……」

 

「まあつまり攻撃は最大の防御とも言いますが正にその体現者って感じですねという事ですわ。実際竹内アマの攻め方は荒々しさと隙は残っていますが攻め合いだけなら間違いなく女流プロレベルはありますねぇ」

 

 さて大盤解説、解説しているのは祭神と同門の兄弟子である関西弁が特徴的な俺の知り合いこと西崎四段。

 どうなるかとヒヤヒヤしていたが祭神がまともな解説しててビビった。

 西崎含む新田門下とは相性は悪くないとは聞いてはいたがここまで良好だったとは。

 

 そして驚いたと言えば美羽。

 相手は惣田女流1級、十代後半でタイトルやリーグには絡まないものの昨年度全体成績勝ち越し且つ今季もここまで五分の決して悪くない勢いの棋士。

 その女流棋士相手に難なく自分のペースで一貫して優勢、いくら戦法が噛み合うと言っても美羽の成長にはいつも驚かされる。

 

「惣田女流1級ガックリと項垂れます、投了です。竹内アマ見事予選一回戦突破! お見事や! 最短ルートでここまで鮮やかにフィニッシュブロー決められる小学生は夜叉神ちゃんと雛鶴ちゃんくらいなもんやで」

 

「アタシ相手にどこまで耐えられるか……くひひ」

 

「祭神ちゃんはまず勝とうな……」

 

 西崎と祭神の同門の掛け合いで会場も大いに盛り上がったが喧騒を聞いているとしっかり美羽の話題も出てるのが嬉しい。

 

「次は望月女流二段か……」

 

「金平とは違って望月は戦績落としてない育ち盛りの二段だからそろそろ厳しいか?」

 

「だが今回の惣田も目立たないとはいえ悪くない戦績だったし期待出来んじゃね?」

 

「二年連続でこんな胸熱なアマチュアがいるなんて……良い時代に生まれたなあ俺……」

 

 その喧騒が非常に心地良かったが気付けば終局から時間も経過していた、感想戦も終わってるかも知れないな。

 

「さて、迎えに行くかな」

 

 ご褒美をどうしようか、なんて俺まで浮かれながら足早にロビーに向かうのだった。




手が滑ってとんでもない時間の投稿になっちまったよ;;;;ゆるしてお兄さん


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第三十三話『美羽の可能性/過去話・たとえそれがエゴだとしても』

イカちゃんを救う小説があっても良いじゃない

※因みに少し前の話で原作とのズレが生じている出来事があるので文章を微訂正した後、後の話で補足を入れさせてもらいます


「お疲れ様~美羽。手応えどうだったよ?」

 

「バッチリ! しゅんちゃんのおかげできんちょーもしなかったし次もかーつ!」

 

「よしよし、まだ相手が若手とはいえ女流プロ相手にあそこまで圧倒出来たのは偉いぞ! この調子で行こうな!」

 

「もっちろん!」

 

 迎えに行ったら初手抱き着かれた件。もう周りの目気にしてないのかねこの子は……周囲の生暖かい目が突き刺さる……もう良いや……美羽喜んでるし俺も嬉しいしな。

 この調子で祭神をどこまで追い詰められるか……或いは倒せる可能性は俺の手腕次第か。

 盤王の本戦トーナメントもだが、美羽の指導も一層頑張らなくちゃな。

 

「よ、お二人さん!」

 

「西崎か、大盤解説お疲れ」

 

 美羽と今後の話をしていると現れたのは西崎。

 今日の大盤解説ではあの祭神と上手く掛け合いをしていた、祭神の兄弟子であり何かと俺の記録係になりがちな同期四段昇段のやつ。

 

「お兄さん、おつかれさまー」

 

「駿も美羽ちゃんもありがとうな~、美羽ちゃんもお疲れ様。あの将棋はワイが見てても感心してもうた」

 

「思い切って弱点を埋めるんじゃなく得意を伸ばし続けて指導したのが一番才能を引き出せると思ったんだ」

 

「んで、駿から見てどうやったんや」

 

「この対局見て確信したよ……この子は天才だ、順調に行けば女流タイトルに手が届く位置までいける……或いは、予選決勝で祭神と当たれば勝てる可能性だって俺は諦めてない」

 

「しゅんちゃん……」

 

 勝てる可能性は低いとは思う、何せタイトルホルダーという肩書き以前に女流歴代最強格とまで言われている祭神だ。いくら美羽が女流プロに連勝したと言っても格が違い過ぎる。

 だが、それでも可能性は0とは言わない。

 アイツは完全に速攻タイプであり粘りが特徴のあいちゃんや天ちゃんとの相性が悪い事、そしてもう一つ最大の弱点は一度はっきりと劣勢になると一気に形を崩す点。

 そこは原作と変わらず弱点のまま去年も同じ様にあいちゃんに負けている。

 

 だから俺は、美羽の可能性を最大限に出したいと思っている。

 もう一度心に誓おう、美羽が祭神に勝つ可能性は0ではないと。

 

「なるほどなあ。駿もイカちゃんの研究しとるしこの子の可能性は無限大、ワイもそう見とるで。ただ、ウチのイカちゃんはあの才能にプラスしてこの間合同合宿で更に鍛えたからな……天才が努力するとどう変わるか、ちゅーもんを見せたる」

 

「祭神が努力をか……変わったな」

 

「ああ、ホンマに変わったで。対戦表が決まってから特にな」

 

 出会ってから俺が知る限りそんな素振り一つも無かった癖に……でも良い影響があるなら俺がやった事も少しはエゴじゃなくなるのかもな……

 

「ねぇしゅんちゃん」

 

「ん、どした?」

 

「あの人、祭神さんとはどーやってであったの?」

 

「またいきなりぶっ込んできたな……」

 

 だが確かに分からないでもない。

 現に彼女である美羽の横で、美羽自身はさっき初対面だった女の事を彼氏が話題にしていれば嫉妬するのも無理はない。

 

「話してやるのも筋やで」

 

「んー、確かにそうだな。美羽には少し過激な表現もあるからどうしようかと思ったが。でも彼女に誠意を見せるのも彼氏の役目。よし、いっちょ昔話とでも行きますかね」

 

「えへへ、ひみつもちゃんと話してくれるの。だからしゅんちゃんだいすき!」

 

「て、照れるなあ」

 

「ハイハイお熱い事で……ワイは直近の関係者やから全部知ってるしちょいと飲み物でも買ってくるわ~」

 

「おう……よし、それじゃ話を早速始めようか」

 

「うん!」

 

「よしよし、これは俺がまだ中一の時の話だ……」

 

 

 

 

 

 七年前、中学生に上がったばかりの俺はトントン拍子とは行かないものの地獄の様な奨励会で何とか3級まで上がり調子は悪くなかった。

 ただこの日は流暢な関西弁を話す一歳年上の奴に負けた……そう、この日は祭神ともそうだが西崎とも初めて会った日だった。

 

 負けはしたが意気投合もした俺達は将棋談義に花を咲かせながら帰り道を歩いていた。

 

『でさ、ウチの師匠がA級落ち掛けるからヒヤヒヤで』

 

『でも残ったなら山刀伐八段はやっぱ強いわ~でも新田師匠もかつてはタイトル獲得しててな~』

 

 というか師匠自慢だった。

 

 で、そろそろ話も落ち着くって具合の時に公園が視界に入ったんだがいつもと違うっていう僅かな違和感を覚えたんだ。

 

『ん? ……なあ、あそこ誰かいない?』

 

『……ホンマやん、ワイらよりちょい年下か? 一応土曜日言うてもこんな真昼間からなんで一人で?』

 

 しかも良く見ると服はボロボロで痩せこけてるし顔や腕にも傷がかなり付いていた。

 流石に心配になったんで話しかけに行ったんだが……

 

(……正直この時点で祭神じゃないかとは薄々察してたんだよな。まあ勘づかれたら誤魔化すの大変だし確定でも無かったしそれ含めて近付いた訳だが) 

 

『ねえ君、どうかした……なっ……!?』

 

 近付いてみて分かったが遠くで見るより傷は悲惨だった。

 およそ女の子……いや、成人男性でもそうそう付かない様な傷の数。

 それでいて意に介さない女の子の表情にも異常さを覚えた。

 

(アレはかなりビビった。何せ詳しい描写は原作にも無かったとはいえ原作の表現を見る限り多分こっちの方が境遇は酷いと見た。だからこそ、なんだろうか。助けたいと更に強く思ったのは)

 

『……なにィ? ジロジロ見ないでよ、キモいんだけど~?』

 

『いやボロボロの女の子見てほっとく方がいかんでしょ』

 

『ジロジロ見たのは悪かった、一人でいたからちょっと気になってな。親はどうしたんだ?』

 

『はァ? アンタらに関係無いっしょ』

 

『う~ん、まあそれはそうなんだが』

 

 確かに関係無いとか言われたらそうとしか返せないが、ここで引き下がるとどうしても嫌な予感がしたんだ。

 特にまだ俺達より小さい……当時小学生だった八一程度の年齢っぽかったし、最悪虐待されてたとこから逃げて来たとしても距離はそんなに無いとも思ったからな。

 

 

 

「んで本当に最悪の中の最悪引き当ててもうた訳や……ほれ、駿と美羽ちゃんも何か飲み」

 

「サンキュ。あんだけ酷い状況なら当たっても『案の定』としか思えなかったがな」

 

「ありがとう!……それが祭神さんだったの?」

 

「ま、そういう事だ。アイツの捻曲がったみたいな性格は大体虐待の影響って話だよ……胸くそ悪ぃ話ではあるが今じゃ立派な個性として一応尊重してやってるよ。何だかんだ悪いヤツじゃないし」

 

「そうなんだ……」

 

「イカちゃんが駿の同門やったらオモロかったんやけどなあ」

 

「それは天地がひっくり返っても有り得ねえわ……っと話を戻すか。最悪の事態は二人とも心中想定はしていたが的中したのもすぐだったんだ……」

 

 

 

『おいゴライカァ!! どこ行ったァ!!』

 

『……チッ』

 

『ッ……君、やっぱり……』

 

『アタシは場所変えるからアンタらも早くどっか行けよ、邪魔なんだよ。それとも巻き込まれたいとかァ?』

 

 どっからか聞こえてくる怒声、それに反応する少女……祭神。

 まあ色んな意味で間違いないだろうと悟った俺達は目配せをして頷いて彼女に向き直った。

 

『……近くに、俺達が良く知る大人達が沢山いる建物を知ってるんだ』

 

『……で?』

 

『つまりそこに逃げへんか言うこっちゃ』

 

『事情を話せば多少は匿ってくれるはずだから、君に利益がある……どうする?』

 

 近くに関東本部があって本当に良かったと思う。

 何とかそこに逃げ込めば信頼出来る大人がいるし、暫くはやり過ごせると踏んでいたからな。

 

『ハッ、誰が行くかってー……のォ!?』

 

 だから、次の祭神の悪態から零れた露骨に動揺するのを見て思わず強引に手を引いていた。

 

『目が泳いでんだよ! 悪いが強制連行だ……嫌じゃなきゃ公園まで逃げてないだろ?』

 

『…………』

 

『図星やな。声も近いし急ぐで』

 

『ええいおぶされ! その方が早い!』

 

 渋々乗ってきた祭神の顔は今でも忘れられない。

 後にも先にもあの少し赤くなった顔は笑えるし激レア過ぎて祭神ファンなら一体いくら出すんだろうな……

 

 

 

「……美羽ちゃんが嫉妬しとるけども」

 

「……ぶぅ……いちおーわたしかのじょなんですけど」

 

「え? あ、いやすまん! 流石に無神経だったな」

 

「あとでいっぱいギュッってしてくれたらゆるす」

 

「ああ、それくらいならいくらでもするさ」

 

「……買ってきたのお茶で良かったわ」

 

 

 

 まあ話を戻すが、その後は師匠とか西崎の師匠の新田九段がいたから事情を話して周りの関係者とかにも伝えてくれたお陰で混乱無く匿ってもらえて祭神は警察に保護され、後日祭神の親は逮捕された。

 

 それから数日経って、やっぱり当事者になってしまったからにはどうしても心配になってしまうものでつい考えてしまっている時間が多かった。

 

『……大丈夫かな、アイツ』

 

『この前の子の事かい?』

 

『師匠……はい、どうなったのか心配で。ちゃんとしたところに引き取ってもらえたら……なんて、アイツにしてみれば余計なお世話かも知れませんが……』

 

『ほんっと、バッカじゃねーのって話よね』

 

『なっ……』

 

 でもそんな心配をよそにアイツは現れた……西崎と新田九段と一緒に。

 

『ま、心配せんでええって話や! 昨日事情聴取受けた時に偶然会ってな、話聞いたらイカちゃん……祭神雷言うんやけど、将棋めちゃくちゃ強いらしくて試しにやってみたんやが危うく負けかけたわ! んで師匠んとこ連れてったら事情も知っとるしほんならイカちゃんには親戚もおらん話らしいし引き取り手になったる! ってなってな。やからウチの師匠に任せとき!』

 

『ウチの門下生にはそうやって引き取った子もいますから、安心してくだされ』

 

『……新田さんのところなら安心だね、駿』

 

『そう……ですね。……祭神、あの時は強引に連れてって悪かったな』

 

 西崎のとこで面倒見るってなった時は意外過ぎて驚いたが、当時から育成に力を入れていた新田九段の門下なら安心出来たのも本心だった。

 とはいえ結局強引に連れてきてしまったのを謝りそびれていたのもあり、色々言いたい事はあったがとにかく先に謝る事を優先した。

 

『ほんと、あの時のアンタらって言ったら急に話しかけてくるし急に連れてくしエゴの塊だわ。……ま、帰りたくなかったし良いけどォ?』

 

 少しだけ後悔していたからか、そう言って笑った祭神を見てつっかえが取れた様な気持ちになった。

 

『……で、アンタ』

 

『へ? 俺?』

 

『当たり前だろバカかよ……』

 

『辛辣過ぎない? ……それで、何だ?』

 

『………………名前』

 

 そんでもって、祭神とそれとなく付き合いが出来たのがこの瞬間だった。

 

『鍬中。鍬中駿だ、よろしくな、祭神』

 

 その後は大体新田門下生としてちょくちょく暴走しながらも俺に度々ちょっかい掛けて来たりされながらデビュー戦でトラウマ植え付けられて今に至るって事だ。

 

 

 

「と、これが俺と祭神の出会いだな」

 

「けっこーしんみつ……うー……まけられない……」

 

「あれー? 美羽さーん?」

 

「そらこうなるわ」

 

「ぜったいたおすもん!!」

 

 何か出会いを話しただけで美羽のオーラが真っ赤に燃え盛ったんですが……おかしい、さっきも話した通り俺は美羽しか見てないってご理解いただいたはずなんだが……

 

 それから数日、妙に力の入った美羽が研修会のC2クラス中位を蹂躙していた景色を見て下手に他の女の話をするのはやはり控えるべきだと悟るのはまた別の話である……




因みに補足として回想が美羽に語りかける感じだったので入れる事はありませんでしたが売春行為に関しては前触れた様にギリギリで回避しているので純潔です
純潔です(迫真)


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☆第三十四話『激動の夏、俺の夏』

 七月から八月に変わり、相変わらず対局数の少ない俺に対し知り合い達はやはり上位にいるからか激闘を繰り広げていた。

 開幕連勝で一気に棋帝にリーチを掛けた歩夢はしかし名人に連勝し返され最終局に縺れ込んだ。

 最終局も中盤まで劣勢だった歩夢はしかし終わってみれば300手に迫る壮絶な長期戦だったが見事終盤に粘りを見せ大逆転勝利、遂にタイトルを手にした。

 いつか歩夢もタイトルホルダーになるとは思っていたが実際なられるとやっぱり嬉しいもんで、近々祝勝会を開く事になってるらしく盛大に祝ってやろうと思う。

 

 女流棋戦も二つ大きく動きがあり、新設タイトル戦の清蘭戦と香取杯の二つが大きく動いていた。

 清蘭戦は俺の軽い昔馴染みでクイーン山城桜花の供御飯万智と、この間会ったばかりのこれまた昔馴染みである女流帝位祭神雷の組み合わせとなり世間が大きく賑わっている。

 このマッチアップは実は数ヶ月前に行われた女流帝位戦のマッチアップでもあり、祭神が4期連続4度目の獲得で終わっている為供御飯さんにして見ればリベンジマッチ、そして五年振りの複数タイトル同時保持者誕生……そういう面でも激熱らしい。

 

 もう一つの香取杯は何と鹿路庭さんが月夜見坂さんを下し決勝三番勝負に進出、最近歩夢と二人きりで特訓してるとか何とか歩夢が言ってたがこうも早く成果が出て俺としても嬉しい限りだ。

 注目の決勝は次の釈迦堂さんとあいちゃんの勝利者との番勝負となる。

 

 原作には存在すら無かった二つがどうなるかは俺も気になっていたがどちらも凄い事になりそうだ……

 

 

 んで、俺はというと帝位戦予選がちょっと前にあったが初戦の相手がまさかの椚四段。

 本来銀子ちゃんが上がる予定だった三段リーグの二位昇段のはずが、チラッと言及しはしたが銀子ちゃんが体調面と八一を考慮し三段になるのを一年遅らせた為に一位昇段(二位が坂梨さん、次点が辛香さん)且つ小学生プロとかいう原作超えのエリートオブエリート経歴へ。

 何とか必死に食らいついたけど負けた。悲しいなあ…

 

「予想以上には強かったですよ」

「八一さんには遠く及びませんがね」

 

 なんて言われても悔しいだけだっつーの! チクショーメ!

 

 あと帝位戦と言ったら八一が於鬼頭二冠相手に連勝したのもあるな……原作だとまだ八一が開幕戦制しただけだが生石さんを圧倒したあの人に第二局は難なく勝ってしまった。

 アイツどこまで成長するんだろうか……そして盤王戦のベスト8の勝ち上がりが俺と風張九段の対局以外が終わり同期二人の七宝四段、西崎四段に棋帝の歩夢、於鬼頭二冠、篠窪七段、月光さんに賢王の師匠と……ツッコミどころと地獄のオンパレードである、やべえ……

 

 あと何かそのタイミングで既に俺が四段になる一年前に奨励会を退会していた鏡洲さんから連絡があり、何でも

 

「近々大きなサプライズがあるから楽しみにしててね」

 

って言ってたから不思議に思いつつも元気で良かったなんて呑気にしてたら次の日連盟から『棋士編入試験のお知らせ』が出て鏡洲さんが棋士編入試験の受験生って出た時は思わずお茶を噴き出すところだった、しかも推薦が椚の二段構えでお茶で死ぬところだった。

 

 いや確かに椚は鏡洲さんの事慕ってたけど

 

「あの人の事は誰よりも僕が評価している」

 

 だそうで……奨励会を原作より早く辞めたのって修行し直す為かよ……

 そして最大の問題はこの編入試験に俺も関わらざるを得ないという事だ。

 そもそも棋士編入試験は棋士番号の新しい順の五人と一ヶ月に一対局をし三勝でプロ試験合格、フリークラス編入という制度、つまり今年の四月度昇段の椚と坂梨四段の二人に加え第三局目に俺がぶち当たる、冗談はよしてくれ……

 

 なんで悲観的なのかと言えば、鏡洲さんはプライベート対局含む全試合で俺が生涯全敗しているからだ。

 軽くトラウマなのである、祭神には及ばないが。

 というか苦手な棋士俺多くないか……?

 

 まあそんな訳で今月から早速編入試験が開幕した訳で……開幕ボロ負けした坂梨四段が頭を抱えてる姿を見掛けたけど声は掛けられなかった。

 あの人も大概苦労人だよな……原作ではここで上がれなかったら退会するってとこで連続次点でフリークラス昇段、こっちじゃ正規昇段した代わりに棋士編入試験の餌食。

 

 俺はああはなりたくねえ……勝った事無いけど。

 

 

 

 さて、そんな俺だがひっそりと毎朝杯の一次予選も負け今期成績が1勝5敗である。

 これ去年も見たんだよなあ……絶対今年は去年より強くなってるのに何がおかしいのやら。

 通算成績は11勝11敗……良いとこ取りで10勝5敗か。

 勝ち負けにムラっけがあり過ぎないかこれ……一応ペース的には良いとこ取り30戦でC級2組昇格規定の20勝だが正直怪し過ぎる。

 春にした三連敗が効いてるんだろうけど、美羽がアマチュアでこんだけ頑張ってるのに俺が頑張らない訳にはいかないんだよね……!

 

 そんな中俺の本命である盤王戦決勝トーナメント二回戦の相手はさっきも言及した通りまたもや元タイトルホルダーの風張九段。

 月夜見坂さんの師匠でもあり相当な難関にはなるだろうけれど、俺にも意地がある。

 勝率が微妙な位置にある以上タイトル挑戦によるC級2組昇格も絶対に狙わないといけない。今まで誰一人タイトル挑戦での昇格がいないのは知っていても規定は規定、もう俺が弱いなんて言わせない為にも、風張九段に勝つぞ!!

 

 

 

 

 

『若手棋士を語るスレ その375』(八月中旬)

 

215:名無しさん

神鍋凄いな、B級1組ここまでまだ無敗だぞ

 

216:名無しさん

最年少とまではいかないが今季A級行ったら史上二番目の年齢か

まあA級以上に今期は棋帝獲得で祭りになったが

 

217:名無しさん

加瀬五十六永世玉将チート問題定期

 

218:名無しさん

14でプロ入り、18でA級はヤバすぎでしょ

 

219:名無しさん

なおそんな加瀬ちゃん今はおじいちゃんタレントに転身して元気にバラエティに出てるもよう

 

220:名無しさん

>>219

今年78なのに元気過ぎなんだよなあ

 

221:名無しさん

>>220

蔵王九段と並んで将棋界のレジェンドマスコットだな相変わらず

 

222:名無しさん

神鍋もいずれはレジェンドジジイになる可能性が…?

 

223:名無しさん

名人からタイトル奪ったしA級も見据えてるしキャラも濃い、なる要素しか無いな!

 

224:名無しさん

神鍋で思い出したが鍬中やっと今期二勝目挙げたな

 

225:名無しさん

>>224

春から初手三連敗した時はどうなるかとヒヤヒヤしたがその後は五分五分まで戻した感じか、椚のデビュー後六連勝目に巻き込まれたり不憫な面は相変わらずだが

 

226:名無しさん

二勝とも盤王戦なのが相変わらずだなw

かわいい弟子の為に負けられないもんなあ

 

227:名無しさん

次勝てば遂にベスト4!宮越を退けても風張にはキツいかと思ったが……凄い事よ

 

228:名無しさん

にしても美羽ちゃんかわいすぎない?

 

229:名無しさん

チャレンジマッチの中継で選手紹介の時に鍬中駿四段門下って出た時は噴いたし何の誤植かと思ったがあの子強いよなあ

 

230:名無しさん

>>229

んな訳あるかとか草生やされまくってた矢先に数人いた現地民全員が鍬中に勝利報告する美羽ちゃんを見たって報告してきてこのスレだけで板一瞬落ちたのが懐かしい

 

231:名無しさん

チャレンジマッチ通過のインタビューで美羽ちゃんから鍬中の名前出た時も落ちたなあ…かわいい弟子とは聞いてたが本当にめちゃくちゃかわいいじゃん…

 

232:名無しさん

しっかしあの噂ってマジなのかな

 

233:名無しさん

>>232

あの噂って?

 

234:名無しさん

>>233

現地民が報告してたアレだろ?チャレンジマッチ通過直後に鍬中にラブラブな雰囲気で抱き着いてたから付き合ってるんじゃないかって

 

235:名無しさん

>>234

あったなあそんなの

クズ竜王がハーレム宣言出したのがその直後ってのもあって今じゃ信ぴょう性が異常に高くなってるし

 

236:名無しさん

>>234

インタビューでも鍬中大好きなのが見えたから尚更なあ

>>235

九頭竜が帝位戦連勝した後緊急記者会見なんて開くから何だと思ったら銀子ちゃんとあいちゃんと天衣ちゃんと付き合うなんて言い出した時は何のドッキリだと思ったわw

 

237:名無しさん

>>234

現地民がパルパルしてたのが印象的だったな

>>236

普段の九頭竜見てたからってのもあるが、最初こそ誰も彼も大騒ぎだったが結局丁寧な説明とか家への説明もやった後って聞いてこれはこれで九頭竜らしいってみんな冷静になってたのは草生えた

 

238:名無しさん

残当、奴らしい理解のされ方

 

239:名無しさん

ま、九頭竜は三人を幸せにしてやれって事で話を鍬中に戻すが美羽ちゃん共々次は大一番だな

 

240:名無しさん

鍬中は勝てばベスト4、美羽ちゃんは予選決勝…相手は鍬中が七宝、美羽ちゃんがイカちゃん……とんでもない事になったな

 

241:名無しさん

鍬中、七宝とはすっかりライバルだな

そして美羽ちゃんは予選決勝で最難関だなあ…ただでさえ強いのに今イカちゃん絶好調だし

 

242:名無しさん

鍬中と七宝は仲悪いって噂もあったのにチャレンジマッチの時普通に話してたしな

 

243:名無しさん

>>242

七宝、西崎とも仲良いし17年後期組ですっかり期待の若手トリオだな

 

244:名無しさん

歳も鍬中が一つ下なだけでほぼ同じだし三人とも盤王戦ベスト8だしなあ、鍬中以外は他の棋戦でも勝ち星稼いでるけど

 

245:名無しさん

>>244

鍬中今期の戦績良くないの気にしてるしなあ…風張九段戦後に『1勝5敗の文字を去年も見た気がして肩に力が入り過ぎてしまった』とか言ってたし

 

246:名無しさん

覚醒翌年の成績じゃないんだよこれ

 

247::名無しさん

三連敗と椚はどうしようもないわ、才能の差か経験の差で勝てる要素が無かった

 

248:名無しさん

まあ九頭竜や神鍋、篠窪辺りにはまだまだ届かないが鍬中も宮越九段と風張九段下してるって事は才能はあるはずだし次の七宝戦は楽しみ

 

249:名無しさん

鍬中はもう一枚、二枚くらい殻を破れたらタイトル挑戦も夢じゃないかもな

 

250:名無しさん

西崎も調子良かったと思ったんだが神鍋とだから流石にキツい

 

251:名無しさん

そもそもベスト8まで全員残ってる17年後期組が凄いからな

 

252:名無しさん

そういやまだプロデビューから一年経ってないもんなあ…ところで盤王戦ベスト8の組み合わせ鍬中vs七宝、神鍋vs西崎、於鬼頭vs篠窪、月光vs山刀伐だけど各々どうなるかね

 

253:名無しさん

若手五人とベテラン三人か~、有利不利で行けば七宝、神鍋、於鬼頭、山刀伐だが鍬中vs七宝の勝者が於鬼頭vs篠窪の勝者ってまた地獄かと

 

254:名無しさん

>>253

俺は鍬中に期待かな、やっぱりフリークラスから這い上がってる姿は応援したくなるし、あの歳で、フリークラスで弟子を取るのは勇気もいるし

つー訳で弟子共々頑張ってくれよ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来月には七宝戦があるし勝てば九月中にベスト4戦……ってその前に美羽のマイナビ予選決勝もあるし……胃が痛い……」




☆風張雞児
 原作に名前だけ登場している月夜見坂 燎の師匠棋士。
 九段という事だけは判明しているがその他全ての経歴は不明
 本作品でも対局や描写はすっ飛ばされたが設定としては痩せ型長身50代で矢倉が得意型、タイトル通算2期の元タイトルホルダーとなっている


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第三十五話『女流最高峰の壁』

 最初で最後(だと思う)の美羽ちゃん視点であり……


 ――八月も中旬。帝位戦はなんと八一がストレートの三連勝で一気に二冠に王手を掛けた。

 於鬼頭二冠は決して弱い訳では無い、というか間違いなく現状の棋士ランクなら名人に次ぐ二番手のはずだ。

 現状複数タイトルを保持しているのが名人の名人、玉座、盤王と於鬼頭二冠の玉将、帝位の二人だけだからだ。

 その棋士界二番手を圧倒……強過ぎるだろアイツ。

 いや愛の力の為せる技ってやつか?

 

 で、俺は七宝に勝つと盤王戦ベスト4で於鬼頭二冠若しくは於鬼頭二冠を下した元タイトルホルダー且つ今年の一般棋戦優勝のある篠窪さんと対局……八一よ俺は勝ち上がった場合どうやってこのやべーのに勝ちゃ良いんですか……

 

 

 

 と、まあそれはまた来月のベスト8に勝ってから考えるとして、今日は美羽のマイナビ予選決勝だ。

 予選一回戦で若手女流プロを破った美羽は二回戦、二十代前半の望月女流二段と対局。

 タイトル戦未出場の若手棋士限定の新人王棋戦、TAKATA女流チャレンジ杯ベスト4に今年入っているだけあり難戦が予想された。

 が、手数こそ200を越えたが期待の掛かる将来のタイトルホルダーとももくされる若手相手に粘り勝ち、相変わらず自陣がガラ空きでヒヤヒヤした場面もあったものの得意の攻めて押し込む脳筋戦法がまたもや大活躍した。

 

 これには長年の将棋ファンやメディアも予想外だったのか取材が増え今日の祭神戦は注目の一戦としてスポットを浴びている。

 

 かく言う俺も美羽の師匠として(ついでで)名前が掲載される事もありチラッと活躍が地上波デビューした。

 勿論美羽も地上波デビューしたが俺に比べると大きい注目だったからプレッシャーが無いか心配である。

 そんな訳で俺も当日インタビューを受ける訳で。

 

「今日は弟子の竹内美羽アマがこの、マイナビ女子オープン予選決勝で祭神雷女流帝位と対局という訳ですが鍬中四段から何か言葉は掛けられたのでしょうか」

 

「そうですね、別段変わった事は言っていないつもりです。ですが最近女流プロと対局する事が増えている様になっているので「アマチュアの内からプロと本気でぶつかれるのは貴重だからその経験を楽しみながら、学びながら指す様に」という事と、今日は祭神女流帝位が相手なので「タイトルホルダーだからと言って尻込みするな、勝てる可能性が低いからこそ寧ろ普段以上に勝ちに貪欲になれ。そして自分がどれだけ通用するか見定めてこい、そんでちゃんと楽しんでこい」と」

 

「ありがとうございます、楽しむ事はやはり重要という事ですね」

 

「はい。自分自身将棋を楽しもうと指せる様になってからは多少なりとも強くなれた実感がありますし、特にウチの子はまだ小学生ですので楽しんで、その上で学びを得て指す事は印象深い大切な体験になります。そして遊びと楽しむ、この区別を教えていく事にもなります。小学生の脳みそは非常に柔軟だからこそ良くも悪くも吸収も早いのでこちらとしてもやりがいがあります」

 

「いやはや鍬中四段はまだ十九歳とお聞きしましたが非常に聡明さを感じられます。そこもやはり『師』という立場の中で何か変化があったのでしょうか」

 

「それもありますが、竹内美羽……ウチの弟子は自分が若いのも含め普通の師弟関係より距離感が近いと思っています。なのでお互い色々本音で話したり、自分で言うのもアレですが良く懐いてくれているので親交を深めている内に師弟関係以上のこ……んんっ、家族みたいな情が生まれたのが『大切に育てたい』とより強く思わせてるのかなと」

 

 インタビューに答える事自体は結構嫌いではないから饒舌になってしまうのだが饒舌過ぎて時たま恋人関係をバラしかけるのが玉に瑕だったりする。

 こんなんで自爆とかシャレになりませんって……さてしかしインタビューも結構長く答えていたとあり終わる頃にはそろそろ対局開始時間になっていた。

 

 ……頑張れよ、美羽。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 目の前にいるのは間違いなくしゅんせんせーの言った『最強』だった。

 マイナビ予選決勝、ここで勝てば本戦に出られる大切な対局。

 一日でも早くしゅんせんせーにわたしが女流プロになった姿を見せたい……ってなるとあと二回勝てば良いみたい、なんだけど……

 

「へェ、こんだけ圧掛けりゃ普通のアマチュアなんてこの時点で大抵戦意喪失なんだけど……さっすがザコ中の弟子、おもしれェじゃん……ヒヒ」

 

「……わたし、負けませんから」

 

「ヒヒヒヒヒヒヒヒヒ、精々壊れんなよ?」

 

 タイトルホルダー……女流棋士の中でもほんの少しの人しかなれないのはしゅんせんせーから良く聞いてるし、その中でもしゅんせんせーを倒したっていう『最強』の人との対局。

 確かに空さんも手が届かないくらい強いけど、せんせーが「個人的に言ったら間違いなく祭神が最強の女流棋士」って遠い目をしながら言ってたし。

 

 その人を倒さなきゃ本戦にはいけない、それでも勝たないとタイトルに挑戦も出来ないんだ。

 この日に向けてせんせーと頑張ってきたんだ。

 

『それでは、対局を始めてください』

 

「よろしくお願いします」

 

「よろしく……クヒッ」

 

 

 

 

「……ふ~ん、案外粘るんだァ?」

 

「うっ……」

 

 パチリ、パチリと祭神さんが指してくる手に、いつしか私はそれを『怖い』と思ってしまっていた。

 どれだけ負けたくないと強気に指してもあっちはなんて事無いみたいに押さえこんで、反対に攻めてくる。

 

 攻められなかった。

 あの人の強さを知ってるからこそ、強気に出られなかった。

 守ってしまった。

 

 守るという事を知らない訳じゃない。

 指せない訳でもない。

 でもプロ相手じゃ、それも祭神さん相手じゃ、それくらいじゃ、勝つ事なんて出来ない。

 

「100手以内で、しかも本気で詰ませに行ったのに付け焼き刃な守りで200手守るなんて、ショージキ予想より潰しがいあってチョー楽しいんですケド。ま、逆に言ったらァ? そんなのに頼ってるからそろそろ終わりみたいなんだけどォ?」

 

「ま、まだ……負けてない……です」

 

 目の前の景色がグラりと揺れる。

 祭神さんから感じるプレッシャーと、持ち時間が40分しかない状態で必死に考える事も詰め込んでいたせいで体力が限界……でも、ここで耐えないと、しゅんせんせーと頑張ってきた事が台無しに……

 

 それは絶対に嫌だ!

 ここで、何も出来ないまま負けたら一生この人に勝てない。

 それでも、分かっていても、手が動かない。

 

「……だったら指してみろよクソガキがよ。指せるもんなら指せよォ!」

 

「わ、わたしは……」

 

 指すのが怖い。

 攻めるのが怖い。

 次を指した瞬間には負けてるかもしれないって思うと勇気が出せない。

 負けると分かってても、もう、私には……

 

 

『――将棋を上手くなるコツ? それは美羽が教えてくれたんだぜ? ……将棋を心の底から目一杯楽しむ事、美羽は将棋を楽しむって才能なら誰にも負けないって思ってる! だからその気持ちをいつまでも忘れなきゃ強くなれる、俺が保証する! その気持ちを教えてもらって、今凄く将棋が楽しいって感じてる俺がな!』

 

 私にはもう限界だ、と諦めようと駒台に置きかけた手が止まる。

 しゅんちゃんから、もうずっと前に聞いた事。

 まだ私が研修会に入る前、研修会の試験の一回目を受ける日に聞いた事だった。

 

 そうだった。

 私はしゅんちゃんの指す将棋が大好きで、将棋の奥深さや熱さを知って、それでもっと将棋を知りたくて、しゅんちゃんの事を知りたくて、ここまで来たんだ。

 

 

 

『あいちゃん? なに見てるの?』

 

『これはししょーからいただいたししょーのお友達がこのまえ指したしょーぎの棋譜だよ』

 

『キフ……ってたしかあいちゃんが言うのだとYouTubeのアーカイブみたいなもの、だったよね? わたしもあいちゃんのやってることちょっとしりたいなって思ってたし見てもいーい?』

 

『もちろんだよ! よかったら将棋もやろ?』

 

『うん!』

 

 

 

 将棋の事なんて何一つ知らなかったのに、何か気になって、覗いたら訳分からなくて。

 でもしゅんちゃんの事がどうしても頭から離れなかったから、しゅんちゃんのいた『三段リーグ』って世界を知って、ボロボロの成績だったのを知って、それでも諦めずに必死で、どうして必死になれるのか知りたくて将棋を初めて。

 

 あの棋譜……しゅんちゃんが初めて三段リーグの勝ち越しを決めた対局を理解出来た時に、どれだけ負けそうでも投げ出さずに最後の最後に逆転した、勝つんだって気持ちが伝わって来て、だから私は『鍬中駿』って人の将棋を好きになったんだ。

 

 そして弟子になって、近くだから分かる優しさやカッコ良さに恋して。

 

 

 そんな私の一番のせんせーで、大切な男の人に貰った言葉を忘れちゃうなんて……ダメだよね。

 

 だから今だけ。せんせーとしてじゃなくて、大切な人として……勇気をください。

 

 

「わたしは……負けない!!」

 

「…………へェ、やり合おうっての。良いじゃねえか、クソガキらしくて潰したくなる!!」

 

 ここから勝つ事は多分かなり難しいと思ってる。

 避けるだけ避けて自陣の構えはまともに取れてない。

 これで祭神さんに勝てる気は今だって殆ど無い。

 というか今にも倒れそうなくらいでもう時間も少ない。

 じゃあどうするか……

 

「……くっ、う……!!」

 

「ちィッちょこまか鬱陶しいんだよォ!」

 

 私も途中までは攻めた跡がまだしっかり残っている、敵陣にならまともな構えの駒がある。

 そして祭神さんは既に私の陣に入玉してしっかり周りも固めてる。

 

「あと……少しだけッ……」

 

「あ? コイツ何を……まさか!?」

 

 もう盤すら二重に見えるくらい限界を迎えていた。

 それでも『あそこまでの道』だけは一本に、一直線に。

 

「はぁ……はぁ……こッ……れでッ……」

 

「こんの……クソ……ガキ……がッ」

 

 パチリ、音が響いた。

 

「入玉ッ!!」

 

 

『…………に、28対26…………持将棋成立です!』

 

 持将棋。お互いの玉が入玉し攻めるのがお互い困難とされた場合に条件付きでドローになる事。

 ほんの僅かな道だけど、やり遂げられたんだ……

 

 

「あ…………はァ……まさかこんなクソガキに一本取られるとか……」

 

「な……とか……なった……かなあ……?」

 

 

『お互い30分の休憩の後に再試合となり……おい君! 大丈夫か!?』

 

 え……? あ……れ……? さっきまで祭神さんを見てたはずなのに……なんで……天井が見えてるんだろ……

 

 景色も暗……く……なって……

 

 

 

 

 

「しまった……まさか機材の不調で大盤解説が一時中断するなんて……美羽の対局もう終わってそうだけどアレ持将棋狙ってたよな……どうなって……は?」

 

「ザコ中ァ!」

 

「いやいやなんで祭神がいんだよ対局は? 終わったのか?」

 

「ぐちゃぐちゃ言ってないで来ないと殺す!!」

 

「いや意味わかんねえんだけど……何があった?」

 

 

 

 

 

 

「……ガキが、ぶっ倒れた」




これで実は女流サイドほぼ終了(女流編最終回?)
後はエピローグや後日談がチラホラあるくらいかな


持将棋のプロ公式戦規定
プロの公式戦では、たがいに入玉し、詰ませる見込みがなくなり、これ以上駒が取れなくなった時点で駒を数えます。 玉を除いた駒(盤上・持ち駒とも)のうち、飛車と角を5点、その他の駒を1点とし、両者とも24点以上あれば引き分けに再試合となります。 24点に満たなければ負けとなります。

日本将棋連盟より引用



入玉(にゅうぎょく)
将棋で一方の玉将(玉)または王将(王)が敵陣(相手側の3段以内)に入ることを言う。まれに入王(いりおう)と呼ばれる場合もある。

Wikipediaより引用


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第三十六話『次は、きっと。』

りゅうおうのおしごと!発売決定めでてえ…


「良かった……美羽」

 

 医務室で眠る美羽を見ながらポツリと呟く。

 美羽が倒れた……と対局相手であった祭神から聞かされた俺は頭が真っ白になりながらも祭神と共に医務室に乗り込んじゃったっけ。

 でも大切な弟子が倒れた、なんて聞かされて慌てない人間はいないと思うんだよね。

 

 

 

『み、美羽は大丈夫なんですか!?』 

 

『……この子のお知り合いで?』

 

『その子の師匠です!! だ、だからその……』

 

『成程、まあ落ち着きなさい。この子は体力と精神力がキャパオーバーして倒れはしましたが大きな問題は無いでしょう……尤も、この状態で再試合を行うくらいならば棄権が賢明な判断ではありますが』

 

『……悔しくはありますが、まずは無事で良かったという事が最優先です。美羽を診てくださりありがとうございます』

 

『いえ、普通の事をしたまでです。少し席を外すので見てあげてください』

 

 

 

 

 詳しい話は落ち着いた後祭神から簡潔に聞かされた、一本取られたと。

 中盤気圧されてしまったか美羽は守りに入ってしまい大劣勢、会場からもお通夜ムードが漂ったが終盤急に開き直ったか根性で切り返したか攻め始め、無理攻めと思われたのも全ては持将棋狙いと判明してからは更に盛り上がった。

 が、そこで中継カメラの不具合で中継が途絶え……祭神の話では、『美羽が28点、祭神が26点』で持将棋が成立したそうだ。

 そしてその直後に倒れたと。

 

「……持将棋とはいえ、祭神に2点差で勝つなんてな。実力差はまだまだ遠くあるから、なんて考えてたけどやっぱり自慢の弟子だ」

 

 寝ている美羽の頬を撫でながら呟く。

 ふっと立ち上がる、まだ美羽は起きそうに無い。

 

「電話……美羽のご両親か」

 

 息を付く間もないくらい慌てていたとは言っても俺が預かって倒れたともなればこちらの体調管理ミスである事は明白、そうでなくてもではあるが美羽のご両親に連絡を入れる事は社会的常識。

 慣れないプレッシャーの中での対局で心身共に極限まで使って倒れた……という事と謝罪をメールで送り一息付いたところで直接電話を掛けようかとしていたらあちらが気付いたのかバイブが鳴った。

 

「はい、鍬中です。竹内美羽ちゃんの親御さんでいらっしゃいますか?」

 

『ああ、私は美羽の父でね……メールを見させてもらったがみ、美羽は大丈夫なんですか?』

 

 電話口から聞こえてきたのは美羽のお父さん、真悟さんの方だった。

 動揺しているのか声が震えている。

 

「美羽ちゃんは極度のプレッシャーと体力の消費で倒れたとの事なので、一日休めば問題無いと……」

 

『そ、そうですか……良かった……』

 

「この度は本当に申し訳ありませんでした、こちらがもっと美羽ちゃんの心身に付いて把握していればこんな事にはッ……」

 

 恋人である、とあちらは美羽からの話で知っている。

 だが正式な挨拶は予選が終わってから、美羽がゆっくり出来る日を見つけて挨拶に行く予定だった。

 だというのに、挨拶の前にこんな事になってしまっては恋人以前に保護者として失格だ。

 恋人としても、もっと美羽の心身に付いて把握出来ていれば防げたかも知れないんだ。

 悔しさで、自然とスマホを持っていない左手に力が入ってしまう。

 

『いや、謝らないでください鍬中先生』

 

「で、ですが」

 

『貴方は最善を尽くして美羽を成長させてくれました。健康、体調管理、礼節……将棋をする上で、将棋以外にも必要な事を教わっていると良く聞かされていましたし、何より鍬中先生に会いに行ったり将棋の大会や何やらに出る日はいつも体調に問題はありませんでした。それは今日も同じなのです。だから、これは美羽が全力で頑張った末に起きた事。そして先生がいつも体調管理をして下さったお陰で美羽は倒れただけで済んだ』

 

「……きょ、恐縮です」

 

「だから自分の行いに自信を持ってください。私達は貴方に会った事は少ないですが、美羽の人間としての成長、礼儀を覚えた姿や楽しそうに、悔しいですが愛おしそうに鍬中先生の事を話す姿を見て、美羽を貴方に預けて良かったと、そして貴方だから美羽の未来、将棋も、生涯の伴侶としても、託せると思い至ったのです」

 

「……!! ありがとう……ございます……!」

 

 まだ挨拶もしていない腑抜けだと怒られても仕方なく、ロリコンだ何だと蔑まれる事さえ覚悟の内だったが俺は真悟さんの事を誤解していた様だ。

 美羽曰く将棋の事は点で何も分からないというご両親だが、分からないながらもこうして評価をしてくださり、まだ小学生の自分の娘を今年成人になる男に、将来の伴侶として託せるとまで言ってくれた。

 将棋を知らないとはいえ娘の師に当たる人物の戦績くらい把握されているだろう、そんなまだまだ不甲斐ない自分を認めてくださった気持ちに声が震えてしまう。

 

『……鍬中先生』

 

「は、はい」

 

『これからも、娘を宜しくお願いします』

 

「はいっ!」

 

『それと、美羽に「良く頑張った」そうお伝えください』

 

「……分かりました」

 

 

 

 その後、通話が終わった後色んな気持ちが入り混じっていたのか涙が少し零れる。

 八一の付き添いに始まり帝位戦と毎朝杯予選、盤王戦トーナメントと再来月にある棋士編入試験の鏡洲さん対策と大変だったがそれはこちらの都合。

 そこまで汲んでくれた、そこにはもう頭が上がらない。

 

「だからこそ、ちゃんと会いに行って、今度は自分の言葉で伝えないとな」

 

 次は、きっと俺自身の言葉で認めてもらうんだと決心した。

 

「う……あれ……わたし……」

 

「美羽!? 目が覚めたんだな!」

 

 気が引き締まったのも束の間、美羽が目を覚ますとまたやっぱり慌ててしまう。

 でも心配なんだしそこは許してほしい。

 

「あ……しゅんちゃん……わたし行かないと……! うっ……」

 

「…………美羽、ダメだ」

 

 案の定美羽は再試合に行きたがる。

 そりゃそうだ、一世一代の大勝負を前評判を覆し持将棋にし本来ならもう一度チャンスが巡ってくるはずなのだから。

 だが、今のままやらせたらそれこそ次は倒れるだけでは済まない。

 実際美羽は頭を抑えながら目の焦点も微妙に合ってない、こんな中での将棋はそもそもやらせられないし、とてもじゃないが自分の実力も発揮出来ないだろう。

 

「いやだ! 次は勝つから! だからやらせてよ! おねがい!」

 

 それでも美羽は引かない。

 初めてだった。美羽が純粋に、100%私情でワガママをぶつけて来たのは。

 負けず嫌いだって事は最初指した時に分かっていた。

 それでいて負けたら悔しがりはしてもこんな事は言わなかった。

 

 少しだけ、たじろいでしまった。

 いつも良い子で、将棋以外の礼節も小学生らしからぬ理解力で吸収していった子であるが為に。

 と、言ってもここで引く訳には行かない。

 

「これ以上やったら次は倒れるだけじゃ済まないって聞いたぞ。俺だってやらせてやりたいしやらせてやれないのは悔しいが、美羽の健康を考えてなんだ。分かってくれ」

 

「…………たおれても良いもん」

 

「……何て言った?」

 

 今にも爆発しそうになる感情を抑える。

 だが今のは絶対に言ってはいけない言葉だった。

 グッと抑える……

 

「わたしは!たおれてもあの人に勝つ!勝たないとダメなんだ!だから……心配なんていらない!」

 

 だが、この言葉でダメだった。

 感情が、色んな感情が溢れ出てしまうのが分かった。

 

「ふざけんなよ!!!」

 

「ひっ……」

 

「どれだけ真悟さん達が心配してたと思ってるんだ!! そんな人達の言葉を考えた事があるのかよ!」

 

「……」

 

「お、俺、だって……俺が、俺が……美羽が倒れたって知ってどんだけ怖かったか……」

 

 涙が、また溢れてしまう。

 

「……ごめん、なさい」

 

「美羽の身体はな、美羽だけのものじゃない。倒れたり傷付いたら悲しむ人達が沢山いるんだ。ご両親は勿論、あいちゃんや天ちゃん、八一や歩夢だって悲しむ。それに……俺だって。だからな、無茶をしないでくれ。悔しいのは分かるから……俺の胸の中でなら、泣いて良いから……」

 

 そっと抱き締める。

 少し怖がらせてしまったかとも思ったが、胸に埋もれた身体が小刻みに震え、時折泣き声を上げているのが分かる。

 多分……大丈夫だろう、と優しく頭を撫でる。

 

「……ありがとう、ごめんなさい、しゅんちゃん」

 

「謝るなよ……俺も怒鳴ってごめん。美羽は良く頑張った。祭神相手に持将棋だぜ? 美羽は俺の自慢の弟子だ、だから誇りを持て……んで、お疲れ様」

 

「しゅんちゃんに……プロになったすがた、早く、見せたくて……ばんおうせん、がんばってほしくて……やれないの、わかってて、でも、どうしても、まけたくなくて……」

 

 美羽……全く、ほんと俺には勿体ないくらいの弟子だよ。

 抱き締める強さを少しだけ強くしながら、大切な弟子に語り掛ける。

 

「ありがとう……そんだけで俺すげえ力湧いてきた。絶対この盤王戦で俺、挑戦者になってみせるから。ずっと美羽の師匠でいられる様に、大好きな将棋を続けられる様に頑張るから」 

 

 この後暫く抱き締め合い、戻ってきた医者のオッサンに呆れられたのはまた別の話である……

 

 

 

 

 

(ふーん、アタシがフォローしなくても何とかなったんだァ。ま、あの空気じゃ出ていくだけヤボね……次は負けねえからな……精々強くなっとけよ、クソガキ)




本作品の竹内美羽の設定と鍬中駿の関係性設定

 この作品の美羽ちゃんは前話での通りあいちゃんが偶然持っていた棋譜に興味を持ち、将棋を始めたという流れになっています
 その為原作比あいちゃんとの親交は初手から親友に近い存在になっており、あいちゃんにとっても短期間とはいえ人に教えるという事の難しさや楽しさを初めて体感した相手になります

 将棋の実力は35話時点で祭神よりは明確に劣っているが中堅女流棋士程度はあるという描写になっているかと思われますが、これはこの本作品の女流棋士編におけるラスボスを祭神雷とする為であり将棋歴の低さ故の発展途上さを出す為でした
 最後を持将棋としたのは、あくまで唯一のヒロインの美羽ちゃんを女流棋士編最終話と銘打った話で負けさせるのは得策ではないと考えた為です


 鍬中との関係性は気付いてる方は気付いてると思いますが『原作の竹内美羽の家庭教師』に値するのが鍬中駿に成り代わっています
 裏設定として美羽ちゃんが興味の無いはずである棋譜に惹かれたのは世界の修正力が最後に足掻いて原作に寄せた部分になっています(その後は力尽きたとか何とか)


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第三十七話『弟子の誕生日は初手から最後まで波乱らしいⅠ』

 ――美羽のマイナビが終わって暫く経った8月28日、美羽もすっかり元気になり次の女流玉将戦に向けまた一層知識も強さも蓄えている。

 そう、美羽は女流玉将戦のアマチュア推薦枠の小学生の推薦枠から直々に11月から開幕する女流玉将戦予選へ推薦されていたのだ。

 リベンジに燃える美羽には絶好のチャンスが巡ってきたと言って過言では無いだろう。

 

 それはさておき、良い事も悪い事も何故か一度起きると何回も重なる日なんて事が偶にある、俺もある。

 何もしてないのに重なる日なんてどちらにせよ明日くらいには死んでるんじゃないかってくらい運を使うもんだが、今日もそんなたまの日らしく何かもう色んな事が重なりまくってる日らしい。

 

 まず一つ目。

 

 

「美羽、お誕生日おめでとう」

 

「ありがとう、しゅんちゃん!」

 

「これプレゼントな……シンプルだけど」

 

「おお……くまさんだ……! うれしい! ありがと!」

 

 今日は美羽の誕生日である。

 原作だと明かされてなかったはずだが夏の終わりが誕生日だとはな。

 ちゃんと聞いといて正解だったな。

 恋人の誕生日、記念日の把握これ絶対。

 そして美羽は大人びた面が目立つが将棋から離れると年相応だ。

 片手で持てる小さな熊のぬいぐるみ……真悟さんに好みの傾向を教えてもらって買ったものだが目が輝いてる、成功した様でこっちも嬉しい。

 

 と、これが一つ目

 

 二つ目は例会の日でもある事だ。

 

「このくまさんがあれば今日も全勝いけるかも!」

 

「その調子だ! さあ行くどー!」

 

「おー!」

 

 

 

 

 

「ま、負けました……」

 

「ありがとうございました!」

 

「ありがとうございました……」

 

 圧倒的四連勝である。

 しかも最後は都合の良い棋士が少ないとの事で格上のC1クラス、つまり女流3級との対局になったのだが最早貫禄と言わんばかりの全ツッパでスピード勝利。

 

「美羽ちゃん……強くなりましたね」

 

「ええ、何せあの祭神に、実力差がありながらも持将棋にした。結果として棄権となりはしましたがその経験はこうして糧になっている、俺はそう思います」

 

「鍬中四段、すっかり師匠の顔ですね」

 

 師匠の顔……か。

 久留野さんと美羽を遠目に見つつ少しの雑談をしているがまだまだ美羽の師匠として未熟な部分があると思っているがそう言われると少しくらい自信を持っても良いのかも知れないと感じる。

 とはいえこんな感じになれたのってまだそんな前じゃない上に例会でひと騒動あったし正直苦笑いしてしまう。

 

「あはは……まだ未熟ですよ。例会で弟子の事より自分の事に思い悩んでしまうくらい」

 

「そうでしょうか、寧ろその出来事が鍬中四段を成長させたと思いますよ。人は誰しも失敗しながら成長するものなのですから」

 

「……そんなもんなんでしょうかね」

 

 その発言を聞くに、俺はまだまだ久留野さんみたいな立派な人間には遠いんだろうと思ってしまう。

 

「しゅんせんせー! 勝ったよ、ブイ!」

 

「っと、美羽! 良くやったぞ!」

 

「おめでとう、美羽さん……しかしまさか、女流プロ三人に勝ったとは聞いていましたがここまでとは」

 

 ふと思い耽り掛けたところで感想戦をきっちり終えた美羽が帰ってきたので優しく頭を撫でながら褒める。

 いくらプロ相手に勝って調子が良いって言ってもまだC2クラスなのは事実、一歩一歩着実に勝って歩みを進める事こそが重要だ。

 

「成程、これなら」

 

 隣にいる久留野さんも感心している様子……だが、何かブツブツと独り言を話し始めた。

 美羽の強さの自己解釈や強さの根源でも探ってるんだろうか……にしては顔が良い笑顔だ。

 

「あの、久留野さん?」

 

「くるのせんせー?」

 

「ああ失礼、マイナビ女子オープンの結果は聞いていましたがまさか女流3級に対してあそこまで圧倒してしまうと思わなかったもので。ですがこれなら美羽ちゃん、貴方もこれで女流3級の資格を得られますよ」

 

「なっ!? 本当ですか!?」

 

「ええ。前回の例会から含め先程の対局を持って六連勝、そして同時に例会通算48局を終えました。女流3級への申請規定を全て満たしたんですよ、おめでとうございます」

 

 頭が真っ白になった、勿論嬉しさもだが意識せずに送り出していたからだ。

 連勝や通算対局数の目に見えるものより目の前の対局で何を学び次にどう活かしていくか考えながら勝つ事が重要だと確かに教えてはいたけどそれ失念するのはギャグだろ俺……

 

「しゅ、しゅんせんせー……? わたし、女流棋士になれるの?」

 

 ……美羽もそれは同じ、というか美羽が一番現実味無いみたいな顔になってるな。

 そりゃあ本人が一番実感湧かないのは当たり前かも知れない、一週間前くらいには次の招待選手として選抜された玉将戦で頑張ろうって言ってたからのこれだもんな。

 仮免って事はお互い分かってるだろうが、それはさておきちゃんと褒めてやらないとな。

 

「そうだぞ美羽! 3級とはいえ遂に女流棋士になれるんだ! おめでとう!! 本当に……本当に……お゛め゛で゛と゛う゛な゛み゛は゛ね゛え゛え゛え゛え゛え゛」

 

 褒めてやらないととか言った手前師匠らしく褒めてあげたかったけど無理、そりゃ無理よ。

 美羽がどれだけ努力を積み重ねてきたのか、この半年の成長を見れば分かる。

 そしてこの前の祭神戦の悔しさに関しては俺もまだ忘れられないし忘れたくなかったから、その反動もあったりする。

 だから美羽に抱き着いたとしてもきっと健全なのである。

 

「わあっ!? しゅんせんせーが泣くのー!?」

 

「だ゛っ゛て゛み゛は゛ね゛の゛が゛ん゛ば゛り゛も゛く゛や゛し゛さ゛も゛み゛て゛き゛た゛も゛ん゛!゛!゛そ゛れ゛が゛む゛く゛わ゛れ゛た゛っ゛て゛お゛も゛っ゛た゛ら゛な゛か゛ず゛に゛い゛ら゛れ゛る゛か゛よ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛」

 

「も、もーしゅんせんせーはしかたないんだから……」

 

「ははは、やっぱりお二人は仲が良いですね。一応ですが申請が通るまでの期間を考慮すると女流3級としての活動は女流玉将戦になると思います」

 

「うっ……ひぐっ……あ、ああすいませんお見苦しい姿を……そうなると推薦枠からは外れる事になりますね」

 

「そうなりますね。しかし今年の小学生推薦枠はチャレンジマッチ通過時点で既に全会一致で美羽さんだっただけにまた決め直しですかね、はは」

 

 久留野さんは本当に冷静な方だ……優しく笑いながらもどこからが美羽の女流3級としてのスタートになるかサラっと伝えてくれたからか何とか号泣も止まる。

 

 と、まあ冷静になったがしかしこうなると僅かではあるが棚から牡丹餅が降ってきた事になる。

 女流3級から2級への昇級は女流2級から1級に上がる条件とも同じだからだ。

 アマチュアから直接女流玉将戦で女流プロの資格を得るには本戦一回戦の突破、つまりマイナビ女子オープンと同じ条件だが女流3級は上述した条件で当て嵌めると『本戦進出』で昇級規定となり一戦少なくなる。

 この一戦に泣いたアマチュアも多いだけに、女流3級というものはプロ仮免という事以上に美羽への大きな弾みになるはずだ。

 

 仮免なだけに女流3級でいられる時期も限られてるが。

 

「美羽を評価していただいてこちらも誇らしいですよ……美羽、3級はまだ完全なプロじゃないけど期間中はプロと遜色無い扱いを受ける。全力でやろうな」

 

「しゅんせんせ、わたしプロになる。今度こそ勝ってせんせーに安心してタイトルのトーナメントがんばってもらうんだから! だから見ててね、わたしが女流プロになるとこ」

 

「……ああ。俺も美羽もプロとしては半人前。だったら二人の力を合わせて一人前だ。一緒に頑張っていこう。一緒にプロになろうな」

 

 美羽の手をそっと両手で包み込み、最早プロポーズと言っても過言では無い言葉を発していた事に気が付いたのは仲の良い研修生達からの野次とも取れる祝言が飛び交ってからだった。

 

 これが三つ目であった。

 

(ああ……なんだろ、今日この調子ならまだありそうな気もするんだよな……良い意味でも悪い意味でも)

 

 既に例会も終わっていた為祝言にやんややんやと言い返しつつもどこか良い予感も悪い予感もしていた俺だが、その直感が当たったのはこのすぐ後であるのを俺はまだ知らないでいた――




分けるから短め


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第三十八話『弟子の誕生日は初手から最後まで波乱らしいⅡ』

「え!? 美羽の家に俺が行くって!?」

 

 拝啓皆々様方、俺がつい先程感じていた予感という予感は物の見事に的中したのでした。

 例会が終わり昼食でも一緒に食べようかと話していた矢先に美羽のスマホから着信があり、ひと通り話し終わってこっちに向き直ったかと思ったら「夜ごはんは家で食べていきなさいっておかーさんが言ってたよ」って。

 そりゃもう御両親への挨拶も兼ねて誘われてるはずなのは明白、確かに近々予定無い日あるし今日その日についての話を美羽にしたら御両親も大丈夫な日らしくそうする予定のはずだったけどそう来るのは予想外過ぎる。

 今日はこの後昼食したら後は家族水入らずでって解散する流れだったんだぞ、俺は言ってしまえばただの部外者……ああいや将来的には美羽を嫁に貰う立場な以上現時点でも完全な部外者ではないだろうしお義父さんお義母さんと言える良好な関係を築きたいとは思うけどもそこはほら、お前が空気読めって話になる訳でして。

 いくら家族に組み込まれても義理なんだから一歩引くべきなのは間違いなく俺なんだよ、俺間違った事言ってないよな?

 で、美羽に予定は話したのかって聞いたら「じゃあ今日でも変わらないでしょって言ってた」って言うし……いやまあ分かります、分かりますけど心の準備が出来てないんですってばビビりとか言われても適切な挨拶は適切な心持ちから生まれるものだから今日行ったとして美羽の将来の旦那として相応しい言動でいられる自信が無い……! 致命的、圧倒的な致命傷を負ってしまえば最悪反対されかねないぞどうすんだよこの状況……

 

「どうしたのしゅんちゃん? 顔色悪いよ?」

 

「え? あ、いや何でもないさHAHAHA……」

 

「……もしかしてキンチョーしてる?」

 

「な、な訳無いぞ!? 寧ろ今日挨拶と聞いて高まってるくらいだ! ほら見てみろ高まり過ぎて武者震いが止まらないくらいだぜ!」

 

「う、うん? そ、そうだ……ね?」

 

 よしバレてないな、多分バレてない、きっとバレてない。

 だから取り敢えず誰か助けてくれ、じゃないと俺は今日死ぬかも知れない。

 

「あん? 鍬中と鍬中んとこのガキんちょじゃん、何やってんだ?」

 

「あらあらお二人さんお昼から仲のええ事で」

 

「月夜見坂さんに供御飯さん!」

 

 渡りに船とはこの事か!

 昔馴染みの月夜見坂さんと我が女神供御飯さんが偶々通りかかったのか話し掛けて来てくれた。

 美羽もちょくちょく会ってる顔見知りだからその辺の浮気だの何だのは問題無しだし大チャンスだ。

 供御飯さんが話し掛けてくれた事に関しても大チャンスだが。

 

「こんにちは~」

 

「元気良いな美羽は。今日は何だ、コイツとデートでもしてたのか~?」

 

「うん、そうだよ?」

 

「は?」

 

「え?」

 

「ん?」

 

「あっ」

 

 順に月夜見坂さん、供御飯さん、美羽、俺だ。

 つかあっ、じゃねえんだわ俺は、何が渡りに船だよ二人に付き合ってるのまだ言ってねーじゃん。

 

「お前……お前は八一とは違ってロリコンじゃないとばかり……」

 

「あらあら……こないな事隠しとって鍬中はんはいけずですわ~」

 

「……スゥ、いや、そのですね……取り敢えずお話を……ね?」

 

 ああいいやこの際、もう全部話して相談してしまった方が楽だよ……

 

 

 

 

 

「……っつー訳っす。まあロリコンと言われたらそれまでですよ……まさか八一に言ってた事がそのままブーメランになるなんて……」

 

「何言ってんだよ、ただの変態だったら話の途中で全殺しにしてるから安心しろ。しかしお前にこんな小さい彼女がねえ」

 

「鍬中はんがそないな人やとは思っとらんさかい、予想の範囲内どす」

 

「あったけえ、この二人温かすぎる」

 

 結論から言えば二人はロリコン扱いはしなかった。

 どっちつかずでも無ければしっかり向き合った上で付き合ったのが評価されたらしい、実感は無いが有り難い限りだ。

 特に供御飯さんに嫌われなくて良かった……恋愛対象じゃないけど我が女神ですよ嫌われたら美羽の胸で泣いてましたよ。

 

 美羽にバレない様に今は表にはそういう感情だったりとかは出さないけど。

 

「……しゅんちゃんが他の女の事考えてる」

 

「ヒェッ……」

 

 前言撤回、女のカンやべえ。

 

「そういや鍬中、万智にご執心な時期もあったよな~?」

 

「今言わないで下さいよ!? 彼女隣にいますから!?」

 

「…………しゅんちゃん?」

 

「違うからな美羽、確かに供御飯さんは清楚で美人で可愛くて将棋を指される女神だが恋愛対象じゃない。あくまで我等関西奨励会のアイドルというだけなんだ」

 

「そうなんだ……」

 

「ね、だから信じて。彼女とアイドル、これ別物」

 

「……まあ、しゅんちゃんが言うなら」

 

「ほっ……」

 

「も~鍬中はんったら、私昔から言うてますやろ? 私はそない大層なもんやありまへんって」

 

「いいえそこだけは譲れません、我が女神は我が女神です故」

 

「はぁ……ったく鍬中は……お前も大変だな、美羽」

 

「……もう、ばか」

 

 この後十分くらい盛り上がった。

 

 

 

 

 

「いや……ほんとに悪かった」

 

 解散して昼食したり何やりとして家路、つまり美羽の家に行く途中。

 流石にテンションが上がり過ぎたと反省している。

 

「いーよ、もう……私を一番に見てくれてるんでしょ?」

 

「それは当たり前だろ、例え供御飯さんに言い寄られようが美羽一筋に決まってるし、これまでもこれからも、恋愛感情やそういう愛情持てるのは美羽しかいないよ」

 

 許してくれた様で何よりだ。

 美羽の懐の深さには頭が上がらないったらありゃしない。

 こりゃ将来は尻に引かれるかも……なんて。

 

「~~ッも、もうっそういう事サラっと言うんだからずるいよしゅんちゃんは……」

 

「はぇ? 俺何か言った?」

 

 ところで俺何言ったのか知らないんだけど何この状況

 美羽が顔真っ赤にしちゃってるんだけど……可愛いなオイ、流石美羽だ。

 

 それ言ったら何故か溜め息吐かれた、美羽が可愛いのは事実なのに……解せぬ。

 

 

 

 

 

「おとーさん、おかーさん、ただいまー」

 

「ア、アノ、オジャマシマス……」

 

「おお、おかえり美羽、そしていらっしゃいませ鍬中先生。どうぞゆっくりして行って下さい」

 

「美羽、鍬中先生を案内してあげて」

 

「は~い、それじゃしゅんちゃん、こっちが……」

 

 オイ初手から失敗してないかこれ大丈夫か。

 美羽の父親の慎吾さんも母親の美穂さんも優しく迎え入れて下さったけど今から始まるのって間違いなく『ご挨拶』ってやつなんだよね……い、胃痛がしてきた……市販の胃薬飲んできたのに……俺生きて帰れるかな……

 

 

「おやおや鍬中先生、そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ」

 

「ア、イヤ、ハイ、ソノ、申し訳ないです……」

 

「ははは、妻がいつも美羽がする先生の自慢話が非常にお気に入りでしてね、それなら早くお会いしたいとせっかちをしてしまっただけです。以前もお話した通り私達二人は先生を美羽の伴侶として相応しい人物だと思って招いているのでご安心を」

 

「……その節は本当にありがとうございました」

 

 美穂さん……美羽の積極性はお母さん譲りだったか……

 

 そして改めて「私達二人は先生を美羽の伴侶として認めている」という言葉の重み。

 それ自体は電話越しに聞いていたが目の前にいて言われると実感が違う。

 確かに認められている事実は事前に知っていたし聞いていたんだからもう少しガチガチにならずにいても良いのかも知れないけど……だ、だって前来たの美羽とまだ普通の師弟関係だった時の話だぞ、いくら親切にしてくれていたと言っても大切な娘に手を出した輩と認識されれば師弟関係すら破棄され二度と会えない可能性だってあるんだから仕方ないと思うんだ。

 

 ビビり? もう何とでも言ってくれ……

 

「慎吾さん、先生を連れてきて。美羽も、ご飯出来たからいらっしゃい」

 

「分かったよ。では先生こちらへ……」

 

「は、はい」

 

 うっ、どうやら食卓の準備が整ったらしい。

 こうなったら腹を括るしか無いか……美羽の前で恥は晒せないもんなあ。

 

「……それじゃあ改めて。美羽、お誕生日おめでとう」

 

「おめでとう、もう11歳になるのねえ、早いわねえ」

 

「ありがとう! これねこれね、しゅんちゃんがお誕生日にってくれたんだよ!」

 

「あら~それ美羽が前から欲しがってたのじゃない?」

 

「やりますなあ先生」

 

「あ、ありがとうございます。ですがそれは慎吾さんのアドバイスあってこそなので……」

 

「いやいや、私は美羽が好きな物を挙げただけですよ。イチゴが好きとか、クマが好きだとか。だからこれは先生のセンスですよ。やはり美羽の事を良く見てらっしゃる」

 

「そ、そうですか?」

 

「そうだよ、しゅんちゃん!」

 

 あ、何だろすっごい優しいそこはかとなく優しいなここの家族。

 ……なんというか。最初美羽を見た時から俺とは良い意味で正反対の、良い環境と良い両親に育てられたんだろうなとは思ってたけど改めて実感してるよ。

 多分俺がこうして押されてるのも、俺がそういう環境にいなかったからだろうな。

 

 ワイワイと、俺という異物を加えながらではあるものの家族での誕生日パーティーをし、ひと段落付いたかなとタイミングを見て一つ深呼吸をし緊張をほぐす。

 三人も察したのかジッと俺を見つめてくる。

 こんなに優しいから緊張してしまい、優しいから緊張がほぐれるなんていう矛盾に触れながらもきっとこの人達となら仲良くやれるだろうと感じつつ口を開いた。

 

「……今日、僕がこうして美羽さんの家に来たのは師弟関係や将棋の話をする為ではありません」

 

 美羽が少しだけ心配そうに見上げてくる。

 やっぱり昼の事バレてたのか、なんて内心苦笑いしながらもそっとテーブルの下の美羽の手を握る。

 一瞬美羽がビクッとするがすぐに握り返して、微笑む。

 

 その姿を見たら俺に怖いものなんて無い。

 

「以前からお話している通り、そして美羽さんからお話を聞いている通り、僕と美羽さんは恋人同士です。お互い将棋を通じて人となりを見て、人として、異性として惹かれて行き付き合う事になりました」

 

「……気持ちの確認はしたのかね?」

 

「はい。……知っているかと思いますが、一度僕が本当に師匠である事が正解なのかと悩み、美羽さんを突き放してしまった時、それでも僕の対局場にわざわざ足を運んでくれ、好きだと、そう言ってくれました。そして僕も、突き放してしまった後、美羽がいない事がどれだけ辛くて苦しいか、どれほど支えられて、惹かれていたのかを感じました」

 

「そう、だったんですね……」 

 

「……この交際は決して軽い気持ちでしたものではありません。確かにまだ彼女は幼く、僕も年齢としても今年二十歳を迎えるだけの若輩者であり仕事、将棋もまだまだ未熟な身。ですがどれだけの困難があっても僕は美羽を支えていきます。僕の未熟な将棋を後押しして、人生を変え、支えてくれた美羽に今度は僕が生涯支え続けたいと決めました。」

 

「……っ」

 

 顔を真っ赤にして俯かせる美羽をチラッと見て、微笑む。

 もう大丈夫だ。

 

「だから。慎吾さん、美穂さん……娘さんを、美羽を、僕にくださいッ!!」

 

 拝啓二人の親友へ。

 俺は言い切ったぞ……

 

「……だって、美羽。良かったじゃない! も~想像以上に良い男じゃない!」

 

「ふふっ。私達は前から言っている通り、鍬中先生……いや、駿くん。君を美羽の生涯の伴侶として認めているよ。だろ、美穂」

 

「勿論よ! 駿さん、美羽をよろしくお願いしますね」

 

 薄々こうなるとは思ってたけどやっぱりあっさりしてんなあ!?

 どれだけ信頼されてるんだよ俺は……

 

 でも、やっぱり。正式に認められたって思うとめちゃくちゃ嬉しいんだな。

 

 ホッとした息を整え、再び背筋を伸ばす。

 

 

「一生を懸けて幸せにします! こちらこそよろしくお願いします、お義父さん、お義母さん!」

 

 拝啓、親父へ。

 

 今日、家族が増えました。

 

 

 

 

 

 因みに美羽はしばらく俯いたままだった。

 後から聞いた話「しゅんちゃんがカッコよすぎて直視出来なかった」らしい。

 

 なんだこの子天使か?




実質初登場供御飯さんと正真正銘初登場の月夜見坂さん
まさか原作でもそこそこの立場の二人がこんな終盤まで出せないとは…
そして明かされた主人公の残念部分であった

☆月夜見坂、供御飯と鍬中の関係性

・簡単に言ったら研修会の同期、小学生名人戦は地方予選敗退だった為八一、歩夢に比べ若干出会いは遅かった
 鍬中自称軽い昔馴染みという認識ではあるが自覚以上に仲は良好
 
鍬中→月夜見坂
・ヤンキー美人だが世話焼きで人が良い人、又は羽生善治との闇のゲームに負け魂を吸い取られた広瀬章人元王位の擬人化

月夜見坂→鍬中
・三馬鹿(八一、歩夢、駿)の一人
 昔は万智に気がある男だと思って邪険にしていたが万智のファンクラブが出来た辺りから考えるのを辞め良好な関係になった


鍬中→供御飯
・ドS京美人又は(話を意図的に曲解する以外は)敏腕記者、実は前世の最推しだったが恋愛対象として見るには神々し過ぎた……らしい
 軽い昔馴染みという割には信仰心は重たい
 因みに記者モードは別人認識である

供御飯→鍬中
・自分を慕ってくれる面白い友達
 実は鍬中がアマチュア時代に設立した供御飯ファンクラブのお陰で女流棋士に付くスポンサーの規模自体が巨大化している事に唯一気がついているので恩を密かに感じていたりする


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第三十九話『三度目の初めて』

 2018年九月上旬・関西将棋会館

 

「……ふぅ」

 

 いよいよ迎えた盤王戦ベスト8戦、俺はヤツより先に対局場である関西将棋会館にいた。

 対局相手は七宝大吾……同期であり、ライバルであり、今はそこそこ仲も良くなってきた友人だ。

 しかし今日は盤王戦のトーナメント終盤という事を除いても一段と緊張する。

 何せお互いが本当の本気でぶつかるのは初めてだからだ。

 冬にした初戦は七宝が油断していた、春にした二戦目は俺が自暴自棄だった……そろそろ、というか来月一日にはお互いプロ昇段一年を迎える中第三戦目でようやく何のしがらみも無くやり合えると思うとどんな将棋になるか予想が付かない。

 

「……八一達はいつもこれ以上の舞台にいるんだよな」

 

 ふと、今日このカードの裏で偶然にも行われる帝位戦第五局二日目を迎える親友の顔が浮かぶ。

 第四局で於鬼頭さんが一勝返していたがその負けから対策の構築はガチガチに組んだと言っていたし一日目で既に八一の優勢になっていたのも明らかだった。

 全く……俺なんて於鬼頭さんとまともな将棋すら指せなさそうなくらい実力が低いってのに親友はどこまでも先を行きやがる。

 

 何回も言っているがここの人間達原作より強過ぎて本当に怖いったらありゃしない……月夜見坂さんが原作初登場時点で女流玉将3期、女流帝位1期だったのが同時点で地味に女流玉将4期になってるし……来月、今ノリに乗ってる祭神とのマッチアップで防衛したら永世位獲得だし周りが異次元過ぎて辛い、誇らしいけど。

 んでどちらにせよ来期は永世位か現役女子最強格が女流玉将位にいるって……来期挑戦者の難易度もヤバいなこれ。

 ……美羽この『来期』女流玉将戦出るんだよね、なんつー巡り合わせだよ。

 

 巡り合わせと言ったらこの俺と七宝の対局もこんなトーナメント終盤で当たるなんてどんなだよって話だが。

 

「鍬中……この日を待っていた」

 

 と、襖が開けられ長身の無駄にイカしたメガネ野郎がお出ましだ。

 良い意味で好戦的な目付きでギラりと睨んでくる辺りあちらもあちらでこの対局が何を意味するか分かってるんだろう。

 

「まさか春のリベンジが出来る日がこんなに早く来るなんて思って無かったぜ……」

 

「俺としても貴様とは全力で戦いたいと思っていた……春は腑抜けていた様だが今日こそは何一つ奢りも、腑抜けも、気兼ねも、全てを取り払った状態でやれると思うとこんなにも燃え上がるとはな」

 

「何だかんだ俺等、良いライバルなれんじゃねえの?」

 

「……貴様も随分と自信が付いたみたいだな」

 

「お陰様で、ここまで勝ち上がれた以上いつまでも弱いなんて言ってられないんでね……今期の勝敗の話だけはするなよ?」

 

「はぁ……鍬中、貴様実力は認めているのだからもう少し勝て。貴様に止められた連勝記録は汚名ではなく名誉だと思わせられる様な棋士になってもらわねば困るのだがな?」

 

「あたぼーよ、今日お前に勝って、この盤王戦挑戦者に必ずなってやる。フリークラスから登り詰めてやるよ」

 

「だが俺としてもこの対局負ける気は一切無い。貴様と全力でぶつかり、勝ち、盤王戦挑戦者となるのは俺だ」

 

 お互い認め合い、譲れないものの為に戦う。

 将棋でいがみ合ってた仲だったのに気付けば将棋で友情とライバルである事を確かめ合う様な仲になるなんて、不思議なもんだ。

 将棋でしか味わえない悔しさがあって、将棋でしか伝わらない想いがある。

 

 だから将棋は楽しいんだろうな。

 

 

 ……俺は前世、将棋の知識こそりゅうおうのおしごとを見て調べたりしたが、将棋そのものに触れた事は無かった。

 その時チラッとテレビに映ったりするプロ棋士を見て「何が楽しいんだろうか」とずっと感じていた。

 駒を指すだけの事にどれだけの楽しみがあるのかなんて全く知る由もなかったんだ。

 

 今世でも、結局は

「りゅうおうのおしごと世界に生まれたから」

「八一と歩夢が側にいてくれたから」

「二人の仲間外れになりたくなかったから」

「師匠の期待を裏切りたくなかったから」

 でやって、強くなるしかなかった将棋。

 

 でも今は、美羽がいる。

 美羽が将棋の楽しさを教えてくれた。

 プロになって、弟子を取って、ようやく分かった。

 将棋とは、こんなにも奥深く、どこまでも探究心と向上心に胸踊る競技だったのだと。

 そして熱く、闘志に身を焦がす様な痺れる競技だったのだと。

 

 

『対局時刻となりました。始めてください』

 

「……ぜってー負けねえからな、よろしくお願いします」

 

「そこまで言うからには俺を楽しませろ……よろしくお願いします」

 

 

 先手を貰った俺の初手は――▲6八銀

 

 それを見た七宝の口角が大きく釣り上がる。

 

「……貴様なら」

 

「……」

 

 俺もまた黙って見つめる。

 

「そう来ると思っていた。ならば受けてくれるのだろう?」

 

 

 七宝が指したのは△3四歩……やはり乗ってくれるか。

 だったら俺も七宝の問いに答えてやるのが筋ってもんだろうよ。

 

 ▲5六歩と俺が指し、七宝が△8四歩と間髪入れずに指す。

 

「……これが答えってやつだ、七宝」

 

「ふっ、貴様はだから面白い。本当に奇抜な手を指す」

 

「これが俺なりのやり方ってやつ……さ!」

 

 ビシッと▲5七銀を盤上に指す。

 それまで話していた空気とは一変、ヒリついた空気と静寂が場を支配する。

 俺も、七宝も、静寂に身を委ねながらもお互い睨み合い、そしてニヤリ、不敵に笑う。

 

 その手筋は、アマチュア界隈ではポピュラー且つ有力な定跡とされながらもプロで純粋にこれを指す棋士はいないとされてきた――新嬉野流、俺の一番の相棒だ。

 

 最近では何かと雑誌インタビューもチラホラ増え、プロでありながらアマチュアの奇襲戦法を広く取り入れている事で知名度を上げているらしい俺だが、中でも多く取り入れているのがこの新嬉野流である。

 コンボとして米倉流急戦矢倉も多用しているがこの単体で使う方が多い。

 前も話したが米倉流急戦矢倉は俺の戦法内での扱い上相棒ではなく切り札的役割をしている。

 

 三段リーグの二回目の降段リーチも、フリークラス編入を決める試合になった、12勝目を挙げたシーズン最終戦も、新嬉野流からこれのコンボを使って勝った。

 他の節目の昇段や残留を決定付ける一勝も不思議とこの戦法に縁があった。

 何なら美羽との縁も繋げてくれたのはコイツだ。

 単体じゃ既に対策を練られていても、やり方次第でまだ通用すると、俺は自信を持ってこの思い入れの深い戦法で戦ってきた。

 

「この矢倉……ふっ、だから貴様は面白い」

 

「……これだけで勝てる世界じゃないのは分かってる。通用したって限界があるのも知ってる」

 

 俺は、変わっていく必要がある。

 確かにこのやり方でプロに通用してるというのは誇らしいし、才能の無い自分のアイデンティティだった。

 だが、奇襲戦法はどこまで行っても結局はある程度までしか指せない。

 俺は自分の限界を薄々感じ取っていた。

 このスタイルを軸にした時の頭打ちはそろそろだと。

 

「だから今日、お前相手に新嬉野流も、米倉流急戦矢倉も、指すつもりは無かった。変わっていく自分を七宝に見せて、ぶつけて、勝つつもりだった」

 

 今日、対局場に着く途中までは振り飛車か角換わりで考えていた。

 角換わりは良く天ちゃんと、振り飛車は生石さんと研究会をしているからどちらも指しやすいし最近良く指しているからどちらかの定跡を使って力戦に持ち込みたいと練っていたのだが、急に気が変わった。

 

「七宝、お前の目だよ」

 

「……成程な。これはあくまで冬の俺と、春の貴様の、それぞれのリベンジ」

 

「ああ、そうだ」

 

 だからこれは

 

「これは、変わる前の俺で倒したかったっていうちょっとしたワガママ、だ……!!」

 

「……訂正しよう。貴様は面白いがバカだ、そしてバカだがどこまでも俺を昂らせてくれるッ……駿、貴様だからこそ俺の宿敵でありライバルに相応しい!!」

 

「言ってくれるじゃねえかよ……七宝、いや大吾!! 俺もお前がライバルで良かったぜ!!」

 

 過去の俺との、別れと決意だ――

 

 

 

 

 

「くっ……中々粘るな……春と比べてまた腕を上げたんじゃないか?」

 

「へっそういう大吾だって守備に一層力が入ってるぜ……正直苦し過ぎだっての」

 

 局面は中盤に差し掛かり片方が仕掛け、受け流しを繰り返していた。

 双方決め手に欠け攻めあぐねているといったところだろうか、どうにも突破口が開きにくい。

 

 ところでだが、勝負事で敢えて身に付けた戦術を私情で出さない、なんて事批判される可能性は高いだろう。

 勿論それは当たり前であり正当な意見だ。

 それを分かっていながら俺は強行し、大吾は承諾した。

 二人の、お互いのリベンジマッチってだけで受けてくれた大吾には本当に感謝している。

 

 ……だから、一層手は抜けないんだ。

 

 突破口が無い? 

 だったらこじ開ければ良い

 守備とカウンターがどれだけ強かろうとこれだけ実力差が詰まっていればどこかに攻め入れられる場所があるはずだ。

 

 ……目を閉じる。

 

(……ッ! この感覚……五月の八一戦以来……? でも何か違う……)

 

 目を閉じると、脳が揺れる感覚に襲われた。

 そう、間違いなく二ツ塚戦で起きた『未来視』の感覚……だが、あれは意識しないと使えないはず。だからこれからも八一戦を最後に使用しないと決めていた。

 なのに無意識に……しかも、これを使った時にある頭痛や吐き気が無く妙に落ち着いた心持ちになれている事に気が付いた。

 

 そして更に、決定的に違う点に至った。

 

(未来視……じゃない!? 脳内にあの『モノクロの世界』が現れない……いや、だがこれは……)

 

 これはそもそも二ツ塚戦の時に発症した未来視ではなかった。

 似ているが、これは単純に脳内がクリアになり集中力が上がるだけのもの……に感じた。

 

 未来視何ていう過ぎた能力は、いつしか使わなさ過ぎて衰え別の能力と化していたらしい。

 

(でも、これで……見えた!!)

 

 トリガーは相変わらず分からないが、自分の能力を限界まで引き上げてくれるなんて最高じゃねえか。

 

「……(駿の奴、急に雰囲気が変わった? これは……冬の時と同じ……ッ!)」

 

「ふぅ……わりぃな大吾、この勝負……貰った!!」

 

 

 ――――盤王戦・挑戦者決定トーナメント三回戦 七宝大吾四段 対 鍬中駿四段

 

 

 

 勝者:鍬中駿四段




前話の話になるけど京都弁書くのめちゃくちゃ難しいのな…京都弁の早見表みたいなの使って必死に書いてあれだもん…でも京都弁の美人は本当に好きなのよね~


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第四十話『悪夢』

「オラ! 死ねや!」

 

「キモいんだよ!」

 

「知ってて誰も助けに来ないんだもんなァ……滑稽だよなあ!!」

 

「うぐっ……や、やめてくれ……」

 

 顔を殴られ、階段から突き落とされる。

 身体中に激痛が走り、意識が朦朧とする。

 

 ……前世であった事だ。

 

 だがおかしい、有り得ない。

 

 混乱と恐怖に脳が支配される。

 

 

「虐められた? またそういう嘘をつく……だからお前はいつまでたっても無能なんだ……よっ!」

 

 死にそうになりながらも、誰一人俺を助ける奴はいなかった。

 そんな思いをしながら家に帰ってきても俺に居場所なんて無かった。

 

「ひっ……がっ……やめて……くれ……よ」

 

 だがこれも。父親に殴られ蹴られ嘔吐していたのも前世の出来事のはずだ。

 将棋で拾ってもらい、将棋で通じ合って、やっと本当の親を手に入れた今こんな事が起きるはずがない。

 今の親父がこんな事をするはずがない。

 腹部を蹴られ嘔吐しながら、悶絶しながらも必死に状況を理解しようと頭を回すも冷静な判断が出来ない今全く意味を成さなかった。

 

 

「……貴方なんて」

 

 それからどれだけ経っただろうか、玄関で倒れている俺に向けられた視線と声。

 どこまでも嫌悪していても、聞きたくないその言葉が入ると分かった時俺は頭の中が真っ白になったかの様に発狂していた。

 

 

「嫌……だ……! 聞き……たくない……!」

 

「貴方なんて、産まなきゃ良かった」

 

 だがそんな気持ちなんて知らずに、俺の存在は否定された。

 心のどこかで、前世の俺が生きていて良かったんだと、まだ誰かにそう言われたかったのだと、絶望していても心の底じゃ否定されたくなかったのだと、感じてしまった。

 

 

「あ……あぁ……俺は……生きてちゃ……ダメなんだ……」

 

 それと同時に、世界なんて関係無く無性に死にたくなってくる。

 誰かに愛されていようといなかろうと全てが嘘で塗り固められた世界にしか見えなくなる。

 誰も彼もが嘘を言っている様にしか感じられなくなる。

 

 だからか、目の前にある包丁を手にして――

 

 

 

「………っは!? また、か……」

 

 盤王戦ベスト8戦で七宝に勝利してから数日、俺は連日悪夢にうなされていた。

 それも一番思い出したくもない前世のイジメ、虐待の様をまるで実際に受けているかの様に見るような形だから尚タチが悪い。

 痛みも苦しみもあの当時のままで、絶望感も虚無感すらも同じに感じる。

 

 ……今、親は山刀伐師匠がいる。

 美羽という婚約者だっている。

 親との関係は良好だし凄く仲が良いとすら言えるくらいには交流もある。

 正直もう前世の事なんてとっくに消えているもの、吹っ切れているものだとばかり考えて過ごしてきた。

 事実今回のトリガーさえ無ければ二度と思い出す事も無かっただろう事である。

 

 だが、事実として俺は思い出してしまったんだ。

 俺が消し去りたいと思わずにはいられないくらいのトラウマを。

 今一番思い出してはいけないタイミングでのトラウマを。

 

 ……身体が震える。

 絶望した世界はもう無いはずだったのに。

 

「……クソッ俺が何したってんだよ……」

 

 

 何故こんな事になってしまったのか、それは盤王戦ベスト8での七宝戦後にまで遡る――

 

 

 

 

 

「ふん……強くなったな、駿」

 

「あたぼーよ、大吾に勝とうと思ったら並大抵の強さじゃ歯が立たねえって。でもありがとよ、これで今までの俺ともすんなり別れられそうだわ」

 

「そうか。俺もやはり二回やり合った貴様とやり合えたのは最上の嬉しみを感じている様だ……負けたと言うのに悔しさより達成感すら覚えている」

 

「……こういう事言うのもガラじゃないけど、お前の分まで残りの盤王戦トーナメントにぶつけてくるから。残り、西崎以外は誰が勝ってもタイトル獲得経験者か現役のタイトルホルダーだけど負ける気はねえよ。大吾に恥じない対局、してくるからよ」

 

「……当たり前だ。お前がいなければ挑戦者は俺だった、そう言わしめる様な戦いをしてこい」

 

 大吾との熱戦も終わり、記者からのインタビューもお互い済ませ雑談しながら二人して関西将棋会館を後にした。

 普通対局後に直前の対局相手と仲良く過ごすなんて事は無いんだが、まあそこは気まぐれだ。

 積もる話もあるって事で近くで夜飯でも食いながら話そうってなって結構弾んだんだよな、これが。

 

「……まあそういう堅苦しい話ばかりでもつまらないだろう、最近弟子とはどうなんだ。……西崎からも話は聞いてる上、傍から見ても呆れるくらいくっ付いてるからある程度は察しているがな」

 

「あーそれ。……実はここだけの話、婚約しました」

 

「ぶっ!? ……行動力の化身か貴様は……それで? 今この話を知ってる棋士は何人だ?」

 

「へへへ……大吾が初だったりする」

 

「…………つくづくお前には驚かされるぞ、駿」

 

「まあ八一と歩夢と西崎には次期にバレるだろうけど、ちゃんとした場所で発表したいからな。後の三人にも聞かれるまでは言わねーよ」

 

 プライベートで絡む事なんて無かったが、大吾の奴堅苦しい性格に見えて意外と良く話すし楽しかったんだよな。

 そう、ここまでは絵に描いた様な一日だったんだ、ここまでは。

 

 

「いやー今日は楽しかったよ。ありがとな大吾」

 

「礼を言われるまでもない」

 

 

「今日は珍しい組み合わせだな」

 

「お、二ツ塚。久し振りだな」

 

「コイツとの対局日だったからな。まあ色々あったという事だ」

 

 帰り道、ここでも話が弾んでたがバッタリと二ツ塚と遭遇。

 二ツ塚とはちょくちょく研究会を拓くくらいには親しくなっていたがお互い対局が集中しているとあり八月は研究会を開いていなかった。

 

「成程な……見た感じ勝ったのは鍬中ってとこか?」

 

「……まあな。遂に残り四人のとこまでこぎ着けたぜ」

 

「へえ、まさか今の七宝に勝てるなんてな」

 

「コイツもそれだけ成長していたという事だろう、俺としては勝つ自信はあったんだがな」

 

「世の中俺より強い奴なんてごまんといるのかもなあ……於鬼頭さんがああもあっさり負ける事もあるしさ……」

 

 そう言えば同時刻から行われていた帝位戦第五局二日目は俺達が燃え上がっている最中には終わっていたらしく終局後に大吾と中継を見た時には既に八一は新帝位としてのインタビューも終盤であった。

 於鬼頭玉将の大ファンである二ツ塚からしてみれば第一局の衝撃も然ることながら第四局以外良いところの無かった、見せられなかったという於鬼頭さんの完敗は相当堪えたのだろう。

 

 と、まあここまでなら良い一日だったんだがここから狂い出してしまった。

 

 

 

「そう言えば、なんだが」

 

 それからも他愛のない話を続けていた時、ふと二ツ塚が何かを思い出したかの様に呟いた。

 

「ん? どうした?」

 

「いや……お前に会ったら話そうとしていたんだが、最近関西の会館に良く女の人がいるんだよ」

 

「はぁ……またどうしてそれを俺に? まさか俺の熱心なファンか~?」

 

 実際芸能人に関わらず界隈で結果を残すと熱心なファンが付くのはどの業界でもままある話だ。

 まさかとは思いつつも「あの可能性」に至れなかった俺は茶化して聞いてしまったんだ。

 

「さあ……ただお前の名前を出してる40半ばくらいの女の人って記憶はしている」

 

「どちらにせよそういうのにはロクなのがいない。用心はしておけ……弟子の為にもな」

 

「ま、まあそうだな……」

 

 大吾の話は当然だ、万が一本当に熱心なファン……隠さず言うならストーカーだとしたら絡まれたらどうなるか予想が付かない上、婚約発表前にそれがバレたら美羽の身に危険が降り掛かる場合も大いにある。

 

 何だか怖くなってきた俺は早めに帰ろうと二人に話し足を速くした……のだが、それは予想外の正体だったとこの直後身を持って知ってしまった。

 

「うげっ」

 

「あん? どしたよ」

 

「……アイツだよ。ここ二三日、お前を探してる奴っての」

 

「……は? な、なんで……」

 

 目の前にはフラフラとした様子で歩く痩せこけた女性の姿……それは数年前に見たみすぼらしい姿の産みの母そのものであった。

 

 何とかこの場を見なかった事にして立ち去れば良かった……だというのに足が言う事を聞かない。

 

「駿……駿なのね!?」

 

「あ……ひっ……」

 

「……オイ、どうした」

 

「ま、まずいんじゃないのかこれ」

 

 フラフラと、あの頃より更に痩せこけた不気味な姿で俺に近付いてくる。

 俺を捨てた、俺の事を道具としか思ってない様な目に前世の両親が浮かんでしまう。

 コイツには何一つとして感情は抱かなかった、ただただひたすらに「俺を虐げる肉親」という存在に、前世受けた虐待を思い出して足が竦んでしまうのだ。

 

「しゅ、駿……ねえ、悪い事は言わないから母さんのとこに帰ってきなさい。ね? 今までしてきた事は謝るから……」

 

「お、俺を捨てた癖に……」

 

「だ、だからそれは謝るって言ってるじゃない! 今お金無いの、本当にこのままだとお母さん生きていけないのよ!」

 

 しかもだ、会いに来た理由が金と来た。

 俺のトラウマを思い出させた挙げ句理由が余りに自分勝手過ぎる、そんなコイツを見てると自分がおかしくなりそうだった。

 

「ふざけんなよぉ!! 勝手に捨てた癖に勝手にまた親面しやがって!! お前が俺の親としてしてくれた事なんて何一つ無かったのに!! 金ならあのクソ男にでも借りれば良いだろ!」

 

「あ、あの人に私も捨てられたのよ……だ、だから貴方の気持ちも分かって、だから謝ろうと……」

 

「もう話さなくて良いです」

 

 元父親のあのクソ男に捨てられたのなんてどうでも良いが、今更俺の事を分かったかの様に言われた事で我を忘れて掴みかかる寸前まで怒りのボルテージは上がっていた。

 それを抑えたのは大吾の声。

 振り向けば、俺と最初にプロで対局した時の様な冷めきった敬語であの女に一歩、二歩と詰め寄っていた。

 そして二ツ塚も同様に俺の前に出て来ていた。

 

「な、なによ……」

 

「貴方が誰で何者か、そんな事はどうだって良い。だが私は生憎、友人が苦しんでる姿を傍観出来る程馬鹿ではありませんので。警察沙汰にはなるべくしたくないので、どうぞお引取りを」

 

「警察沙汰!? そ、そんな証拠も無しに……」

 

「あるんだなあこれが……知ってます? アンタの後ろ、気付かれない様に一般人に紛れて俺の兄弟子がずっと証拠映像撮り続けてたんだぜ?」

 

「なあ!? な、なんで……」

 

「そりゃオメー、最近関西連盟から不審人物って事でマークされてた上に今日目撃情報があったんだから単独行動するはず無いだろうが。まあ鍬中見つけたからわざと兄弟子には隠れてもらったが」

 

「……だ、そうですが? まだやり合いますか?」

 

「ひっ……わ、私は悪くないんだから……」

 

 思考が狂いそうになりながらも、逃げる様に消えていくあの女を見つめる。

 

「……あ、その……あ、ありがとな……た、助かった……」

 

「ふん、今は何も言うな。そして出来ればこの出来事は忘れろ」

 

「そ、そう……だな」

 

「俺には鍬中に何があったのかは分からないが、ああ言う事は忘れないと後々響くからな」

 

 ガタガタと、震えが止まらない身体を心配そうに見ながら言われる。

 だが、俺の脳裏には忘れたはずの前世のトラウマが焼き付いて離れなかった。

 

 

 

 

「…………早く忘れないと、このままだと対局にも影響出ちまうな……クソっ」

 

 情けない自分に嫌気が差す。

 やっと勝てる様になってきた将棋、しかもタイトル戦に手が届く位置まで来てこんなの情けないったらありゃしない。

 

 

 何とかしないとと思いつつも、解決策も無く。

 隣に誰もいない孤独感に苛まれながら、夜は更けていった――



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第四十一話『白雪姫の決断』

難産だった


9月中旬、あの大吾との対局とクソみたいなトラウマの日から一週間と少しが経った。

 トーナメント経過で言えば勝ち進んできたのは於鬼頭玉将だった。

 帝位戦で完敗して失冠した直後ともありどうなるかと思っていたが逆に二冠復帰を本格的な目標とし篠窪さんとの激闘を制して上がってきた。

 雑誌じゃ初のフリークラスタイトル獲得への天王山とか言われてるらしいが……正直今の俺じゃどうしようも出来ないと断言する。

 

「クソ……あの日からずっとこれじゃねえかよ……」

 

 不定期に起こるトラウマによる発作。

 俺の母親を名乗る俺の事を捨てた女のせいで、前世の親にされたトラウマが、死んだ時共に捨て去ったはずの記憶が蘇って俺を苦しめる。

 幸いな事に誰かいる前でこれが起きた事は無い為他には悟られていないはずだが、特に美羽の前でこれを起こせる訳が無い。

 ただでさえあの子は女流3級になった事で一層勉強に力が入り再来月の女流玉将戦に向け、そしてその先にある正式な女流プロ棋士へ向けて頑張っている。

 そんな子に、弟子に俺のこんな姿見せられる訳が無いんだよ……だから今は空元気でも何でも美羽には俺の元気な姿見てなんの気兼ねもなくトーナメントに出てもらいたい、じゃないと祭神の時に流した美羽の涙が無駄になってしまう。それは、それだけはダメだ。

 せめて美羽にだけは良い思いをしてもらいたいから、そこに俺の下らない私情は挟めない。

 

 

「それは今は良いとしてだ……銀子ちゃんから八一は別として俺と歩夢……に加えて天ちゃんにあいちゃんと呼び出すか……正直意図が読めん」

 

 大体の相談事なんて八一か佳香さん辺りにしてるだろうに、大事な話があるからって……何なんだ?

 

 

 

 

「来たか、駿よ……顔色が優れない様だが大丈夫か?」

 

「おう、ま、まあ平気だ。ちょっと根詰め過ぎただけだから……」

 

「初防衛の時の俺かよ……駿には美羽ちゃんもいるんだから身体には気を付けるんだぞ」

 

「わーってるよ」

 

 昼、清滝先生の家に集められた俺達はまず何の話かより俺の体調を爆速で察してきた親友二人にヒヤヒヤしていた。

 そりゃそうだ、変なトラウマ発症してるとかバレた日にはどっかで美羽に漏れかねないんだから隠し通さねばならない。

 

「……がんばりすぎないでくださいね」

 

「何してんだか知らないけど美羽泣かせたら許さないわよ」

 

「ありがとうあいちゃん……天ちゃんの忠告も充分に受け取りましたんで……勿論泣かせる訳にはいかないさ。……しかし銀子ちゃんの話って一体なんだろうな……」

 

「……さあ、何かしらね。お兄ちゃんだけじゃなくてわざわざくわなかや私達を呼び出すなんて相当な事だとは思うけど」

 

「そうだよね、いつもならやーちゃんか佳香さんとしてるから……私たちがカンケーしてること?」

 

「ふむ、となると……大方将棋関連だろう、しかも特段大きな話になってくるはずだ」

 

「……まさか。いや、考え過ぎか……?」

 

「……ん?」

 

 何とかかんとか天ちゃんの鋭い洞察力からも回避したがそもそもメインは銀子ちゃんの話だ。

 そう、ここに来る前にも考えていたがやっぱり何かおかしい。

 大体の事なら清滝一門間で済ませてるはずの銀子ちゃんが今回に限って俺達も集めるのは歩夢が言う様に将棋関連の可能性が高いんだろうとは思う。

 が、このタイミングでわざわざ話すなんて要素は無いはずだ。

 時期がズレ込んだ三段リーグイベントの話にしても原作の不安要素は取り除いてあるはずだし……

 

 そんな中で八一が何かしら思い当たる節があったのか難しい顔をし出した。

 思い当たる節なんてあったか……? いや、あるんだとしたら聞いておくべきだろうな。

 まだ八一の動揺に気付いてるのは俺だけだしこっそり行くか。

 

「八一、何か心当たりでもあんのか?」

 

「え、あ、ああ……実はな……」

 

「………………それ、マジだとしたら……」

 

 話を簡潔ながら聞いたが、こればっかりは俺が自然と選択肢から外してしまっていた事柄で意表を突かれたというよりは何で気付かなかったのかと頭を抱えたくなるくらい、少し考えれば有り得なくはない話。

 だが八一以外の全員が思考から抜け落ちていたのも仕方ないのかも知れない、何せあの子は将棋に関しては手抜く事は何があってもしなかったから。

 

 だからこれが良い未来に繋がるのだとしたら、俺は――

 

「お待たせ。悪いわね呼び出したりなんかして」

 

「なに、我は丁度ゲートウエストで仕事があったのでな。そうでなくとも我が幼馴染に値する間柄、相談事でどうしてもというのなら馳せ参じるのがこのゴッドコルドレンの務めよ」

 

「ま、言葉はさておき意味合いは全員歩夢と以下同文って事で。幼馴染だったり近しい間柄なんだから気にしないでよ」

 

「……ありがと」

 

 言葉と思考を遮る様にして現れたのは今回の主役こと銀子ちゃん。

 少し思い詰めてる様な顔付きだったがそこは流石歩夢というべきか独特な言い回しが空気を和らげてくれるのが助かる。

 

「……それで、こんなに集めてどうしたんだ? あいや天までいるしビックリしたんだけど」

 

「まあ、俺達に出来る事なら協力したいけどわざわざ集めたって事は結構大事な話って事だよね?」

 

「……まあ……ね。こればっかりは私や身内だけで解決出来ないから。先に師匠と話して、どうするべきかってなった時に八一とかみんなとも話して、それでも心変わりが無いなら許可するって言われて。……だから、真剣に聞いてもらいたいの」

 

 ……どうやら八一の予想は当たりそうかも知れない。

 まあ予想は予想だからどこまで合ってるかは分からないが、八一があそこまで言うって事は大体合ってるんだろう……八一と銀子ちゃんの関係性は昔からそんな感じだったしなあ。

 

 何にせよ何だとしてもここまで悩んで決断した銀子ちゃんの言う事だ、そうそう反対はしないつもりで聞くとするか。

 

「分かった。銀子がそこまで言うなら相当な事、なんだろうしな。みんなだってそこは分かってるはずだから」

 

「ありがと……それじゃあ言うわね」

 

「…………私は、今月を持って女流棋界のタイトルを全て返上して、女流棋界から引退する事に決めた」

 

「……やっぱり、か」

 

 八一の予想は見事に当たっていた。

 女流タイトルの返上……原作ではまずそんな気配微塵も無かった様な展開だ。

 俺だって八一に言われるまで気付かなかった事だし。

 

「アンタ……本気なの?」

 

「ええ……」

 

「わ、わたしっ! まだあなたにちゃんとリベンジできてないのにっ……」

 

「……私だってそうよ」

 

 まあ、天ちゃんとあいちゃんの二人は相当ショックだろうな……憧れの人でライバルの、一番の目標が消えるなんて納得行く訳が無い。

 俺だって急に八一や歩夢が辞めるなんて言い出したら訳が分からなくなる。

 

「……流石に我もこれは予想外だ。銀子よ、理由を聞いても良いか」

 

「構わないわよ、それにそこはしっかり言っておきたかったし」 

 

「時と場合によっちゃ許さないわよ!」

 

 ……天ちゃんは確かに特にこう言いたくなるよな。

 何せ女流玉座戦の挑戦者は天ちゃんだ、その女流玉座戦が銀子ちゃんの女流棋戦の引退試合にいきなりなったらそりゃ困惑しても仕方ない。

 

 ふぅ、と吐き出す様に、決意を決めた銀子ちゃんはみんなを見据え口を開いた。

 

「……私は、逃げたくない」

 

 真剣に、未来を手に届かせたいと本気で願う様に、呟いた。

 

「奨励会三段になって、初めての対局、初めての敗北。半月くらい前にした時に感じた悔しさと奨励会の本当の怖さ……もしかしたら私には、女流タイトルがあるから、負けても一定の地位があるから、他の奨励会三段の覚悟に勝てなかったんじゃないかって」

 

「……アンタの強さはそんなヤワなもんじゃないと思ってた」

 

「そうね……私だって思ってた。でも私の覚悟が弱かった訳じゃなかった」

 

「奨励会は、あくまでプロじゃない……何の肩書きも無い、無名の強豪が僅かな門をくぐり抜ける為に殺し合う戦場……」

 

「……簡単に言えば八一の言う通り、負けたら死みたいな覚悟の連中に並ぶには私も全てを捨てる必要があった。少なくとも私には、あの地獄の中じゃ同じ立場、同じ環境にならないと勝てるチャンスは無いと悟った。そんな場所だと悟った。だから私は所持してる女流タイトルを手放す」

 

 ……原作じゃタイトルを捨てる事無く銀子ちゃんは奨励会を勝った、ギリギリとはいえ、死闘ばかりとはいえ、勝ち上がった。

 天ちゃんに負けたという正史とは違うルートを辿ったが故に決断したそれを、実はさっきまで止めようとしていた。

 でもそんな覚悟聞かされちゃ止められない、止められる訳が無かった。

 

「……銀子さん」

 

「何よ、あい」

 

「私は、必ず追い付きますから。貴方の行く、やーちゃんのいる、『プロ』に」

 

「はぁ……私だってそうよ? そこまで言われたら何も言えないけど、今度のタイトル戦でアンタを無冠にしてやるんだから! そんで『プロ』でも絶対倒してやるんだから! だから絶対勝ちなさいよ!」

 

 それはあいちゃんも天ちゃんも同じみたいで、いつかリベンジを果たすと二人もプロの道を決心したみたいだな。

 全く……俺が苦労して上がったところに簡単に辿り着きそうな辺りやっぱりあの子達は天才だよ。

 

「ふっ、それでこそ銀子……辿り着いてみせよ、我が棋帝まで」

 

「あーあ、止めようと思ったけどそんな決意聞かされたら止めらんねーよ……俺だって負けないぞ、八一や歩夢にはまだ遠いけどな」

 

「二人とも……ありがとう、私も行くからには負けないわよ」

 

 爽やか風味に送り出したけどこれ俺と対局する頃には俺の歯が立たないとか無いよな?

 

「……銀子の決断、しっかり聞いた。俺は待ってるから。銀子なら上がってきてくれるって確信してるからな」

 

「八一……私は必ずアンタに辿り着く。辿り着いて、倒してみせる。だからそれまで待ってなさいよ」

 

「当たり前だ!」

 

 

 ふぅ、一件落着かね。

 銀子ちゃんは八一と盛り上がってるし他も他で闘志剥き出しで勉強し始めたりしてるし俺はそっと消えるか……にしても寝不足で頭痛え……

 

「こんなんじゃ美羽に合わせる顔もねえや……しっかりしねえとな…………盤王戦のトーナメントだって、負けらんねえんだし」

 

 決意とは裏腹に足元は覚束なかった。

 それはまるで今後を占うかの様に。

 

 



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第四十二話『絶望の淵で』

年明け一発目がこんな重苦しい話で良いんですかね…


 盤王戦、というタイトル戦は前世で言うタイトル戦では棋王戦がモチーフになっている。

 棋王戦は他と違い少しだけ特殊なトーナメントとなっており、ベスト4に残った棋士は全員が1敗の猶予を持つ事が出来る。

 ベスト4と準決勝で負けた棋士の三人は準決勝進出且つ敗退した者をシードとした三人の敗者復活戦があり勝ち上がれば決勝に行く事が出来る。

 対して決勝進出者は敗者復活戦から勝ち上がってきた挑戦者と二番勝負を行い一回勝てばタイトル戦進出、勝ち上がってきた決勝進出者は連勝でタイトル戦進出となる。

 

 そんな特殊トーナメントな為、現時点でベスト4進出を果たした俺としては次の日に迫った於鬼頭玉将戦に万が一負けたとしてもチャンスが残されているという事にはなる、なるんだが……。

 

「……ダメだ、今の於鬼頭玉将の戦績や打ち方、勝ち上がってきた親父と歩夢の打ち方を比べるなら勝たないと親父や歩夢には到底勝てないッ……」

 

 データ分析や戦績分析をしながら直近の打ち筋の傾向、弱点等を探ってるが勝ち上がってきた四人の中だとタイトル戦に続き月光さんを下した親父である山刀伐尽賢王、俺の同期の西崎を下した親友である神鍋歩夢の二人がどの記事や雑誌でも大体最上位一歩手前の評価を受けておりその一つ下に於鬼頭玉将がいるという構図になっている。

 勿論記事にだけ惑わされない様にデータ分析もしていたが相当生石さんに粘られたのが効いたのか原作程でないにせよ成績や指し筋の切れ味の低下が見られていた。

 そりゃまあ成績低下しながら盤王戦ベスト4やってんだから原作よりは上だろうよ……それより歩夢は八一と並び年間最多勝デッドヒート中、賞金ランキング四位、親父は年間勝利数三位、賞金ランキング五位……バケモンかこの人達?

 

「二人に勝つには、於鬼頭玉将が踏み台じゃないといけない……おかしいだろこんなの……俺にやれんのかよそんな事……クソッ!」

 

 直前まで二冠だったタイトルホルダー棋士を踏み台にしなければ乗り越えられないってどんな絶望だよ……勝てる未来見えねえよ……

 

「……しゅんちゃん? お料理作ったよ」

 

「……ん、ああ美羽か。ごめんな勉強付き合ってやれなくて……料理は適当に置いといて良いから俺の事は気にせず勉強頑張ってな」

 

「無理……しないでね」

 

「大丈夫、健康管理はどの棋士より上手い自信あるから……ワリ、俺もまだまだ対策考えなくちゃいけないから……」

 

「あ……うん、がんばってね……」

 

 今、美羽は新田九段……つまりは西崎の門下に一時実質預けている。

 というのも9月中盤から11月初めに掛けて怒涛の盤王戦トーナメント最終章におまけに竜王戦のランキング戦も始まる人生初の過密スケジュールの為にまともに勉強を見てあげられないという悩みを西崎に話したところ、だったら祭神のライバルとして少しの間預けてみるのはどうかと言う話になった。

 祭神と対等にやり合えるライバルは全員がタイトルホルダーで易々と手の内を明かせず男との対局になるとまた女流とは別物の対局になってしまいどうしても良い塩梅の女流棋士がいないとあり、能力値的にはまだまだながらお互いライバルと認めながら仲が深まってるあの二人なら良い相乗効果が得られるのではないか、と新田九段も快諾して今に至る。

 

 多数の門下生を預かる身だからどうって事無いと言われても少し後ろめたさがあったが、西崎曰くどうやら他の門下生の良い刺激になってるらしく……少しは後ろめたさも無くなったかとひっそり思っていたりする。

 

 それと同時に美羽に寂しい思いを掛けたり、西崎や新田九段に迷惑を掛けたりと自分に対する情けなさも痛感している。

 来年は何があっても自分一人で乗り越えていこうと決めているが、今年こんなにお膳立てをしてもらった以上死んでも負けられない。

 

「……分かってんだよ、美羽を悲しませてる事くらい。好きな女泣かせてる事くらい。……八一の事言えねえな、俺だって自分の事で精一杯じゃねえか……ハハッ、情けねえ」

 

 誰かの恋人とか、フリークラスとか、19歳とか、そう言う事を置いといても一人の弟子を導く師匠なんだ。

 それが、たとえ一年目だとしても誰かに頼り切らないと行けない自分への腹立たしさが消える訳じゃない。

 分かってても可愛い弟子から笑顔を奪う行為をしてまでやってる事への意味が時々分からなくなるくらいには自らが追い詰められてる自覚はある。

 

「……情けないと言ったら、アイツの件もか。もうとっくに割り切ったと思ったのにな」

 

 どうしても苛立って集中出来ない理由は他にもあった。

 それが先日の元母親の話だった。

 思い出すだけで頭を掻き毟りたくなる衝動が抑えられず、いつもの集中力さえ保てていない。

 ただでさえいつもの何倍もの集中力が必要とされるこれからのタイトルホルダーラッシュとの対局だというのに、こんなんじゃ最初から負けてるも同然じゃないか。

 

「アイツは……親じゃないんだ。今の俺の親は親父だけだ。分かってる、分かってるんだ……なのに何で振り切れないんだ、怖いんだ……」

 

 多分その理由も分かってるんだ。

 前世からずっと虐待されて生きてきた、親という存在は子どもを虐待する存在なんだとずっと思ってきた。

 友人なんて居なかったし、まともに外へ出歩く事も少なくて、出歩いても世界の全ての人間が敵に見えて、視線なんて誰とも合わせられなかった。

 だから他の親なんて知らなかった。他の人間を知ろうとしなかった、出来なかったのだから。

 

「この世界で、世界を、人を知ろうと思えたのは単純にこの世界が俺の好きな物語の中だったから……下らないけど、盲目的だけど、それが良い方向に向いたんだよな、きっと」

 

 深夜、こっそり買ったヘッドフォンでアニメをバレずに見たり最低限の事務的なやり取りだけで済むバイトで貯めた貯金で買ったりゅうおうのおしごとの小説が本当に癒しだった。

 こんな世界に生まれたかったと何度願ったか分からない。

 気付けば本当に生まれ変わってたのには驚いたが、やっと地獄が終わって俺がまともに生きられるのかも知れないと胸踊った事もあった。

 

 結局はそれも糞親のせいで心が何度も壊れそうになったが。

 勇気を出して憧れの人達と触れ合えたお陰で今こうして色んな人達と笑い合って過ごせているんだろうな。

 

「それでも……」

 

 そう、それでもだ。

 自分の肉親という存在はどこまでも子どもを虐待する存在としか最早認識出来ないんだろう。

 他の原作に存在した人達は少なくともそんな事は無いと断言出来るが、自分はやはり本来なら居なかった人間。

 刷り込まれた印象が深過ぎるのがこの半発作に繋がっているとしか思えない。

 

「そんなの言い訳に過ぎないんだ。俺の精神状態がどうあろうとトーナメントは待ってくれない、弱気になるな俺! ここまで勝ってきたんだろ、元タイトルホルダー二人に勝ったんだろ! 大吾にも勝ったんだろ! 美羽を笑顔にして、タイトル取りたいんだろ! だったらここで立ち止まる訳には行かないんだよ!」

 

 唇を噛みながら、頭がぐちゃぐちゃになりそうな衝動と発狂と恐怖と全てを振り払いながら夜が更けて行く。

 

 

 そんな日々も終わりを迎える日が来た。

 そう、遂にベスト4戦、於鬼頭玉将戦を迎えたのだ。

 

 

 

 

「…………ありません……」

 

 そしてそれは、俺の投了と共に消え去って行った。

 

 

(俺は……負けたのか? あんなに対策を練って、自分のスタイルを捨てて、勝ちに拘ったのに? 接戦になるでもなく、たった66手で……?)

 

 この日の為に、自分を捨て、美羽を悲しませながらも、やった。

 その事は全て無駄だった。

 しかもたった66手で、何も出来ずに終わっていた。

 

 タイトルホルダー相手なのは分かっていた。

 それも長年最前線で活躍するレジェンドクラスの棋士、大苦戦を強いられるのは100%織り込み済みで行ったのは確か。

 それでもここまで何も出来ないなんて考えてもみなかった。

 

 立ち上がり、悪くなかったはずだ。

 居飛車で堅実に立ち回ろうと体勢を整えながら気を狙っていたはずなんだ。

 それが一瞬で攻め落とされた、対抗する手だって考えうる最善手で守った……なのに。

 

 寧ろ何か俺に、俺が分かるレベルのミスがあった方が救いがあったのに。

 

「……君の将棋、悪くなかった。荒削りではあるが数年後また何処かで私と対峙している可能性があるくらいの期待は持てるだろう。だが精神面の焦燥感が感じ取れた。これでは成長出来るものも難しい」

 

「……あ、ありがとうございます……」

 

 正直な話言葉がしっかり入ってきているのは奇跡だろう。

 早く立ち去りたい、消えたいと思う中でも歴代最上位クラスの実績を持つ於鬼頭さんがアドバイスをくれている、寡黙な於鬼頭さんが、だ……ただ、それを素直に受け取れる程の余裕は無かった。

 悪くなかった、荒削り、数年後に期待……つまり今は何にせよ『強くない』『相手にはならない』そう言われているのと同義だ。

 

 ぶつけようの無い悔しさが込み上げてくる。

 

「後は君次第だ。……そして」

 

 そんな悔しさ等つゆ知らずか知っててか、於鬼頭さんは目を鋭くしこちらを再度見据える。

 その目には勝負師としての『於鬼頭玉将』の威圧感が篭っていた。

 

「君が学ぶ様に私も、生涯高みを目指している。成長しているのは私も同じだ……大事なのは対策や指し方だけでないと思い出せないのならタイトル戦の席に座る資格は無いと思いなさい」

 

「ぐっ……」

 

 対策、指し方、それだけじゃないのは理解してるんだ……メンタル面が大事なのは分かってても、どうしようも無いんだよ……

 握り拳を見つめながら、俺は俯く事しか出来なかった。

 

 

「…………さもないと……きっと君は……」

 

「……え?」

 

 それが一瞬緩んだのは、退室する直前に、於鬼頭さんの悲しげな声が聞こえたのは、気のせいだったのか、今の俺は少なくともそんな事に頭を回してる様な状態で無かったから明確に気付ける事は無かった――

 

 

 

 

 

「……さもないと、きっと君はこのまま押し潰される末路を迎えてしまう。全てを抱え込んで、将棋と言う呪いに囚われてしまうだろう…………そんな呪いに囚われた馬鹿者を、末路を、知っているから。君にそんな末路は辿って欲しくないんだ……」

 

 

 

 盤王戦ベスト4戦・第一試合……勝者、於鬼頭曜




重い上に難産過ぎて草も生えない


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第四十三話『不安に押し潰されそうでも』

気付いたら四月だった


『旅に出ます、探さないで下さい』

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 しゅんちゃんが盤王戦で負けた次の日。

 どうしても心配で祭神さんと西崎さんと一緒にしゅんちゃんの家に来てみたんだけど……あったのは貼り紙に書かれた一言。

 ……落ち込むだけよりは良いかもなんだけど、やっぱり私には何も話してくれないのかなあ。

 

「いやいや美羽ちゃん置いてアイツ何やっとんねん……」

 

「雑魚だ雑魚だとは思ってたけどメンタルまで雑魚とかマジ笑えないんだけどォ」

 

「……しゅんちゃん」

 

「はぁ……まあ、塞ぎ込まれるよりかはマシやけどせめてちょっとくらい美羽ちゃんと話してってもええやろに……あんま気にせんでやってとは言えんけど、まだアイツにもチャンスはあるんやこのまま終わるはずが無い」

 

「そう……だよね。しゅんちゃんいっしょうけんめい勉強してるのみたもん。大丈夫……大丈夫」

 

 自分に言い聞かせるけど、昨日負けた事を私に言った時のしゅんちゃんの顔を思い出すとやっぱり心配になる。

 タイトル持ってる人相手に勝たなくちゃいけないって、だから私に構う事が出来なくてごめんねっていつも言ってて、それでも勝てなくて……うわ言の様にごめんねって言ってた昨日を思い出すだけで悲しくなってしまう。

 でも私には大丈夫と言い聞かせるくらいしか出来なかった。

 

「シケた顔してんじゃねーよ、そんな調子だとアンタも女流玉将戦泣く羽目になるっつーの……しっかりしてもらわないとアンタを潰す楽しみが無くなるんだからァ……」

 

「祭神さん……うん、そうだよね。わたしも自分のためにがんばらないと」

 

 ぶっきらぼうだけど、祭神さんなりに励まして……くれてるんだよね。

 ここ最近ずっと一緒に西崎さんと祭神さんのお師匠の新田先生のところにお世話になって、祭神さんはぶっきらぼうだったり相手を挑発する言い方だったり、嫌われる様な言い方が多いけど近くで見ると不器用なだけなんだって分かった。

 しゅんちゃんと離れてるのは寂しいけど、こうして離れたから見えた事もあるんだって思うとへこたれてばっかじゃいられないよね。

 

「アイツの事はまあまあ昔から見てきてるから平気や、あれくらい打開すんのが鍬中駿って男や」

 

 だから今は信じよう。不安でも、大好きな師匠で、大好きな人の事を信じて、私は私で頑張ってみよう。

 

 

 

 

 

「ふーん……これは中々……噂に聞いてた通り、まあまあ強いですね」

 

「うー……三連敗……」

 

「強いのは認めますがこれでもまだ僕はプロの公式戦は負け無しですから。いくら早打ち将棋と言えど新人の貴方に負けてやる道理は無いです」

 

 頑張ろうって決めたけど、もう折れそう……あれから数時間経って、将棋会館で色んな詰め将棋や棋譜を見て勉強してたら公式戦終わり……だったのかな、しゅんちゃんの付き添いで何回か見た事あるプロの先生達がズラッとエレベーターから降りて来て……

 そんな中に一人、私と同年代の男の子がいた。

 椚創多四段……私の一つ年上の小学六年生で、プロ棋士……しかも公式戦でしゅんちゃんにも勝ってたり、公式戦でまだ負けた事が無いすごい人。

 

 話し掛けようかどうかって悩んでたら、顔見知りの先生に見つかって女流3級になったのを祝われて、気付いたらその流れで椚四段と早将棋する事になってた。

 

 ……今三連敗だけど。

 

「いやはや、若い子達の対局は見てるだけで若さが貰えますな」

 

「そうですね……いや僕はまだ二十代ですけど……というか椚君の同期ですが。というか安東先生もまだそんな年齢じゃないでしょ」

 

 顔見知りの先生……というのが、今話してる安東先生と坂梨先生、安東先生が六段で坂梨先生が四段。

 坂梨先生はしゅんちゃんと奨励会三段の時期が被ってたって事で良くお話してもらってて、安東先生は良く坂梨先生と一緒にいるおじさんの先生でしゅんちゃんとも対局経験がある……確か盤王戦の予選だったかな?

 

「私はもう歳ですよ。それなりに頑張ってはいますが、ね……それにしても椚君は強いなあ。勿論それに着いていけてる美羽ちゃんもね」

 

「それ、僕が貴方にまだ早打ちで勝ててない事分かってて言ってる自覚ありますか安東先生」

 

「安東先生だって前期の竜王戦、昇級したでしょうに……」

 

「昇級……わたしも早くちゃんと2級になりたいな」

 

 昇級、と聞いて改めて私の目標を考える。

 安東先生のは竜王戦六組の順位戦の事なのは分かってるけど、どうしても意識してしまうのは私の2級への昇級。

 ここから本当に二年でなれるのか不安もある、なれなかったらまた研修会で頑張らないとだし色々と考えてしまう。

 

「女流玉将戦、そろそろ予選のトーナメント表が出るのも近いか。祭神女流帝位にあそこまで食らいついた君なら本戦まで行けるはずだ」

 

「鍬中君の粘り強さはそれで負けた僕が保証する。その強みが美羽ちゃんからも 感じられるから、それを信じて行けば大丈夫」

 

「坂梨先生、安東先生……」

 

「……僕からも言わせてもらいますが、僕と比べたらまだまだ未熟で荒削りな面ばかり目立ちます。ですが才能は認めますよ。何せ並より格上の女流棋士と夏、対等以上に渡り合っているんですから。そんな貴方ならば本戦進出の可能性は高いと断言しましょう。精々その実力にかまけない努力をする事ですね……まあ、こうして負けても何度も立ち向かってくる辺りそれを言う必要も無いでしょうが」

 

「椚くん……」

 

 三人が、後押ししてくれる。

 私にはもったいないくらいの三人だけど、そんな人達が背中を押してくれるなら自信が出てくる。

 

「ありがとう……」

 

「ふ、ふん。一応は八一さんの親友の弟子なんですから、才能が無い訳がないと言う事くらい分かってもらわないといけませんからね……あの人に関しても八一さんと幼少期から指して来てるんですから才能が無い、そんな事有り得ない、有り得る訳が無い。一番八一さんの才能と触れ合ってきた神鍋棋帝の次にあの才能と共に成長してきた人ですよ?」

 

「……わたしもそう思ってる。しゅんちゃんは負けたままで終わらない……!」

 

「私も同感だね。ただ……彼は少し気張りすぎている気がするんだ」

 

「安東先生……と、言うとやはり鍬中君はフリークラスである事に焦りを感じている……?」

 

 指しながら四人でしゅんちゃんの事に付いての話題になった。

 私も感じていた、しゅんちゃんがどうしようもなく焦っていて、それがきっとフリークラスの事なんだって。

 でも何も出来なかった、あの人は喧嘩したあの時と違って私の事を充分過ぎるくらいに考えてくれていたんだから。

 だから、何も言えなかったんだ。

 

「うん、坂梨君の言う通りだと思うんだ。彼はまだプロに上がってから一年も経ってないのは知ってると思うけど、十年なんて悠長な事を言っていられないんだろうね……それだけ美羽ちゃんを大事に感じている、師として早く一人前の棋士になりたい、その思いが空回りしてしまっているのかも知れないね」

 

「ふん、あまり八一さん以外を褒めるのはシャクですが……僕も前回の御鬼頭先生との棋譜を見ていて、勝てるかどうかはさておいても充分喰らい付ける能力はあると言うのが正直な感想でした。ですがどう見ても頑張り過ぎてる指し方が何箇所も見られ、それを御鬼頭先生に尽く咎められていた」

 

「……わたしに出来る事、無いかな……わたしのせいでしゅんちゃんが勝てないなんて……やだよ……」

 

 しゅんちゃんは、私がいるから強くなれると言ってくれた。

 でも今の私は邪魔にしかならないのかもしれない、必要な存在じゃないのかもしれないと思うと悲しくて、悔しくて。

 

「鍬中君の傍にいる事、それが一番ですよ。『二人いれば一人前に』なんですから」

 

 でも安東先生のその言葉で少しだけ勇気付られた。

 頑張らなきゃ……二人で一人前、なんだから。

 

 

 

 

 

「あーあ、今頃美羽とか西崎心配してんだろうなあ……」

 

 大阪、某所の海辺。

 黄昏れるのは俺こと先日於鬼頭玉将にボロ負けした惨めな男である。

 圧倒的な実力差を感じて絶望している真っ最中ではあるし正直何回やっても勝てないとも思う、でもまだトーナメントが終わってない以上どうにかするしか無いんだよな……どうにも出来ないような絶望的な局面であると分かってても。

 

「はぁ……」

 

「よっ、元気無いなあ駿」

 

「へっ……どわぁ!? 鏡洲さん!?」

 

 なんて一人重たい空気になってる最中に急に声を掛けられたから驚いたが振り向いて二度驚いた。

 いやだって二年前を最後に奨励会から姿を消した鏡洲さんがその声の主だものそりゃ驚くでしょうよ、確かに今度編入試験で会うのは知ってたけども。

 

「見たぞ於鬼頭玉将との棋譜」

 

「久々に会って一番、強烈なダメージ与える事言うのやめてもらえませんかね……」

 

「ハハハ、悪い悪い。だけど何かお前らしくない気がしてな」

 

 げんなりしている俺を差し置いて鏡洲さんは急に真剣な顔付きになる。

 その空気の変わり様も出来れば何とかしてもらいたいんだが……だがそれより気になったのは『俺らしくない』と言われた事だった。

 

「……大吾との一戦以降スタイルは変えましたけど」

 

「いや、そうじゃない。どうも焦りが棋譜から見えてきてな……駿、棋譜の見直しはしたのか?」

 

「い、いえ……気持ちが切り替えられないので数日経ってから見ようと……」

 

 焦り? 確かに焦ってはいたが対局にまで前日までのその気持ちを持ち込んだ覚えは無かった。

 ただ全力で頑張れるとこを頑張って攻めて指していたという感覚で、その全力でやってダメだから絶望していたのだ。

 

「……いーや、ダメだな」

 

「へっ?」

 

「ダメだ! 駿、お前がこの焦りに気付かないまま俺と対局するのは俺が許せないんだ! だから今気付くべきだ!」

 

「いやちょっと待ってください! つか話が急過ぎて脳みそが回らな……いやどこ連れてく気!?」

 

 そんな俺の事などお構い無しなのかクワッと目を開きながら熱弁しそのまま俺の腕を引っ張りながらズルズルどこかへ強制連行していこうとする御歳30歳の男。

 

 いや本当におよそ30の男がする様な行動じゃ無いんですが……

 

「着いてきたら分かるさ!!」

 

「着いてくるも何も引っ張られてるだけなんですよねえ!?」

 

 でもどこか鏡洲さんらしいと思ってしまうのは俺の負けなんだろうなあ……なんて感じつつ引っ張られていくのであった。




これは完全に私事にはなるんですがね、俺は将棋の事今だに殆ど分かってないんです。
この小説を書きたいから将棋界と用語に付いて調べて。
でもその前から知ってる棋士ってのは数人いて、その中でも目を惹いたのが橋本崇載八段だったんですよ。
何も知らなくても「こんなに強くて面白い人がいるんだ」と好きになれて…だから今回の一件本当に悲しくてならなくて。
頑張れとしか言えないのが辛くて仕方ない。

ただ今は解決を祈るしか無いのと、今までお疲れ様でしたという事を添えさせていただきます。


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第四十四話『一人じゃない』

今月で一周年らしい
もう佳境なのに中々終われないのがもどかしいですがお付き合い頂ければ幸い


「いや本当に何処に連れてくつもりで……って、マンション?」

 

「ああそうだ、俺が今借りてる一室だ、入れ」

 

 引っ張られるがままに着いたのはマンションの一室。

 鏡洲さんが借りてる部屋らしいが……いや俺の借りてる部屋と近いなオイ……何処に行ってたのかと思ったけどこれは灯台もと暗し。

 案外近くに居たんだなあと、少し感慨深くなる……なりたいんだが今はそれどころでは無かった。

 

「入れは良いんですがね……ってもう用意してあるし……」

 

 嬉しいと言えば嬉しい、それは確かだ。

 世話してくれた先輩にこうしてまた会えて、変わらず付き合ってくれるんだ、恵まれてると感じる……んだが、入って早々既にセットされてる将棋盤に少し苦笑い。

 

 俺そんなに悪かったのか……

 

「ほら座れ。みっちり検討してやる」

 

 一通り終わらせ正座。

 ……ただの検討のはずなのに鏡洲さんの圧が怖いんだけど気のせい……だと思いたい。

 

「……これでも一応命懸けで指したんですよ。そこまで咎められる様な箇所があるとは今のところ感じませんがね」

 

「ほほーう……だったら尚更みっちりしてやんないとなあ……」

 

 ああ嫌な予感がする、こうなった鏡洲さんは数時間は拘束してくるんだ。

 そのギラついた目は奨励会時代と何も変わらない、ひたすらに勝利を貪欲に追い求めていた目。

 俺が尊敬しそして幾度も恐怖した目だ……本当に不甲斐ない指し方をしていたのだと察した俺は観念して盤上を見つめるしか無かった……

 

 

 

 

 

「……で、ここも張り合い過ぎだ。もう少し引いて形を整えればまだまだ戦えたはずだろ」

 

「うぐぐ……その通りです……」

 

 あれから二時間程、短手数での大敗だったはずなのに咎められ過ぎてずっと反省しっぱなしである。

 しかしそれはそれとして、俺が絶対に大丈夫だと指していた手がほぼ何も見えずに指していただけの手だと分かったのだから感謝するしか無い。

 やはり他人からじゃないと見えない物も多いと感じざるを得なかった。

 

「なあ駿。お前……何をそんなに焦ってるんだ?」

 

 鏡洲さんが手を止めそう聞いてくる。

 俺は確かに、焦っていた。確信出来るくらい無様に焦っていた。

 八一にあーだこーだとアドバイスをしていたのにも関わらず、俺が原作の八一の様になってしまっていた。

 

「……やっぱ、そう見えますか……?」

 

「当たり前だろうがッ……お前は、鍬中駿は、俺が奨励会で十五年以上懸けても届かなかったプロになったんだぞッ! そしてお前は、そんな俺や俺の様な夢に届かなかった奴らの上に立つプロの中でも一握りしか辿り着けないトーナメントのベスト4にいるんだぞ!! そんなッ……夢を託した後輩が絶望した様な顔で指してて助けない奴がいるか!!」

 

「……鏡洲、さん」

 

 そうだった。

 この人程将棋が大好きで、将棋に命懸けで、泥臭くて、それでいて強かった人は居なかった。

 そんな人でもなれないのがプロの世界だ。

 

 

 ――誰かを頼らない事こそ強さだと思った。

 

 一人で強くならないと、守りたいものを守れないと思った。

 でもそんな考えこそが、夢叶わず散っていた人達の事を考えず更に何もかも見えなくなるような独り善がりで身勝手な考えだったのかも知れない。

 

「……俺の方こそ、身勝手だったかも知れないな、スマン。でも俺は、どうしても本気のお前と対局したかったんだ。俺の夢を超えていったお前の強さを見たかった。勿論心配していた面もさっき言った通り強かったけどな」

 

「不甲斐なかったのは……事実ですよ。現にこうして言われるまで何も分からなかったヒヨっ子なんですから」

 

「馬鹿言え、フリークラスと言ってもタイトル戦の挑戦者決定戦に絡んでくる棋士が弱い訳あるかよ。まっ、一週間後の試験はそれでも越えさせてもらうけどな!」

 

「いや、やはり俺は未熟でした」

 

 何年その道を進みたくても進み切れず、それでも諦めずに30になってまだプロ試験のチャンスを掴み取るその諦めの悪さ、そして貪欲さ。

 俺が於鬼頭玉将相手にそれがあれが勝てたかも知れないというものを全て持っていた。

 

 でも、だから。

 

 そんな人に背中を押してもらえたなら。

 

「そして……未熟だからこそ、貴方に、鏡洲さんに貰った言葉を胸に今度こそ於鬼頭玉将に勝ちます……!」

 

 落ち込んでなんていられない。

 

「そう来なくっちゃ。楽しみにしてるぜ」

 

 グータッチを交わす。

 それは、ライバルとして。夢を託す者として。

 

 

 

 

 

「すっかり暗くなっちまったなあ」

 

 鏡洲さんの家を後にし帰路に着く最中夕暮れ時の空を見上げ呟く。

 きっと西崎や祭神もそうだが何より美羽に暫く過ぎるくらい何もしてあげてない……自らがやらかした失態だが今更後悔に苛まれている。

 

「……焦らなくたって良い。俺の未来はアイツに取られる訳じゃないんだ」

 一息付き考える。

 

 俺の前世の十六年だかそこらと、今世の十年くらいのほぼ全ては肉親に何もかも奪われていた。

 周りに味方もいなくて、俺には八一と歩夢しかいないと思っていて。

 それすらも一度は奪われてしまった。

 今度は、美羽まで奪われたら。

 

 そう思って早まっていた。

 このまま続けていたら、俺はきっと……

 

「……帰るか」

 

 ゾッとしたのを振り払い、取り敢えず早く帰って落ち着いて美羽に連絡しようと帰路を急いだ。

 

 

 

 

 

「……み、美羽!?」

 

「しゅんちゃん! しゅんちゃんだ~!!」

 

 その予定は崩れ去った、美羽が家にいると言う事で。

 

「やっと帰ってきたなお前~! どこ行っとったか知らんけど、悩み事に関してはスッキリしたか?」

 

「アンタほんと情緒不安定過ぎっつーの。このガキくらいはちゃんと面倒見といてくんないとアタシが面倒見る事になるんだけど?」

 

「わっ……とと、西崎、祭神まで……」

 

 あと何故か新田門下の知り合い二人もいた。

 お前らに関しちゃ予想外のそのまた予想外だよ。

 でも嬉しいのも事実なのが否定出来ない。

 

 美羽を抱き止めて状況を改めて落ち着いて見てみる。

 

 ……まあ、全員どこか心配そうな、ホッとした様な、そんな顔してた。

 西崎と祭神にも悪いがやっぱり美羽のそう言う顔させたのが自分ともなると中々堪えるな。

 

「……ごめん。色々追い込まれてたみたいだ。一度決意したのにまたこんな事になって本当にすまない」

 

「ううん、良いの。わたしはしゅんちゃんが帰ってきてくれるって信じてたもん」

 

「み、美羽ぇ……」

 

 不甲斐ない自分に猛省していた中に突き刺さる美羽の天使の笑顔。

 もうこの顔を曇らせてなるものか。

 地獄の四連勝だろうがなんだろうがやってやら。

 親父も歩夢も待ってやがれ。

 

「あーあーやーっぱこうなるんやな、ホンマに仲良しな事で」

 

「って言って、安心してるんでしょ~?」

 

「そー言うイカちゃんも何やかんやそう思うとるんやろ?」

 

「……そう思いたいならそう思えばァ?」

 

 と、冷静になれば分かる事も増えるというか、なんか二人は二人で息があってるというか、いつの間にやら大分仲が進展してる様にも見えたり……

 

 何にせよ二人にも迷惑掛けたなぁ。

 

「西崎も祭神も悪かったな……そんで美羽の面倒見てくれてありがとうな」

 

「気にせんでええて。それより敗者復活戦までにまだ時間もあるやろ? ワイとしても駿に神鍋棋帝ぶち倒してもらいたいし研究会ならいつでも受けたるで。な、イカちゃん?」

 

「ま、楽しそうだし良いケド」

 

「サンキュー、恩に着る」

 

 こういう時にコイツの軽さは有難い。

 半分くらいは本気で俺に、ベスト8戦で負けた歩夢へのリベンジを託してるんだろうけど……そこもまた西崎らしいな。

 

「ほんなら我々は帰りますかね~恋人のイチャイチャに首突っ込むと馬に蹴られる言うしな、ナハハ!」

 

「……アタシはアンタと指したの、まあまあ暇潰しになったと思うし。女流玉将戦、勝ち上がって来い。今度こそ負かす」

 

「わたしだって、負けないんだからね!」

 

 美羽と祭神もそっちはそっちでバチバチしてるし、一層負けらんねえな。

 まずは何より鏡洲さんに勝って活路を見出すのが先決だな、三週間後からは早速敗者復活戦始まるし。

 

「次顔見せる時は良い報告期待してろよ!」

 

「じゃ、少なくとも挑戦者決定した後やな! 待ってるで! ほなまた!」

 

「おう!」

 

 ……相変わらず嵐の様な奴だった。

 出来れば俺もアイツの様なメンタルを持ちたいもんだよ全く。

 

「ふぅ……改めて本当にごめん、美羽。俺、必ず幸せにするって言ったのに情けないな」

 

「大丈夫、しゅんちゃんは強いもん。さっきも言ったけど、わたししゅんちゃんの事なら全部信じてるから」

 

「そっ……か。なら、益々負けらんねえな。今度こそカッコイイところ見せてやる」

 

 俺が見ない内に美羽のメンタル面の成長が何だか凄い事になってる気がするんだけど。

 祭神と指してたら確かに成長はするだろうけど……他にも何か要因がある様な気がしてならない。

 また落ち着いた時にでも聞いてみるとしようか。

 

 ……それにしてももう陽も落ちる時間なのに美羽はここにいて大丈夫なんだろうか。

 

「ところで美羽さん」

 

「うん? なーに?」

 

「もう暗いけど帰らなくて大丈夫か? 俺が家まで送るけど」

 

「あ、それは大丈夫なの!」

 

 あれ、なんか予想が着いちゃう様な流れになってないこれ?

 当たってても当たってなくても俺としてはリアクションに困るというか……当たってたら嬉しいっちゃ嬉しいけどさ? この子小学生よ?

 

「……と、言いますと?」

 

「おとーさんとおかーさんには今日お泊まりするって言ってあるもん! だから準備もバッチリ!」

 

 振り返るとそこにはちょっと大きめのバック。

 そうかそうか、つまりそう言う事か。

 

「……スゥー、成程そう来たか」

 

 拝啓親父へ。

 俺は精神的に前に進む事が出来ました。

 でも違う意味での精神も前に進んでしまうかも知れません、助けてください。

 

「……ダメ?」

 

「そんな訳ないじゃん!!!」

 

 その日何とか理性で本能を抑えた俺は、隣で寝る美羽を横目に一睡も出来なかったのであった。

 

 色々文句を言われたが小学生に手を出すのだけはまずいと思うんです……勘弁してください……



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第四十五話『変わる為の思い、越える為の思い』

「……鏡洲さんと指すの、もう何年振りだろ」

 

 関西将棋連盟の建物に入り伸びと欠伸をしながらボヤーっとそんな事を思う。

 今日はここからあと二時間程でその鏡洲さんと本気でやり合う。

 俺が四段に上がる前、三段になって少しした頃に急に辞めてしまってからそう言えば指してないなと思い起こす。

 指してきたこれまでは全て完敗だった、まるで一挙手一投足を先回りして読まれているかのような錯覚を起こすくらい強かった。

 

 だと言うのに

 

「そんな人ですら、まだプロになれていない、か……」

 

 新人プロ棋士の大会で何度と無く優勝し、史上最強の三段とまで謳われたその人ですら30になって尚プロ棋士となる事は出来ていない。

 それだけこの世界は地獄だ。

 そんな世界で俺が四段になれたのは何かの間違いと思った事さえある。

 

 でもそんな俺を、鏡洲さんは『夢を託した後輩』と言ってくれた。

 

「だったら、ここで超えて、その言葉に合った人間にならないとな」

 

 ここで超えられずにタイトルは取れない。

 両頬を叩いて『よしっ』と一言呟く。

 いつも以上に気合いを乗せて対局室へ向かう姿に、気負いは無い。

 

 

 

 

 

「三段リーグにいた頃……覚えてるか?」

 

 そろそろ時間だという頃。俺と鏡洲さんは向かい合い、そして鏡洲さんの方から、まるであの頃と変わらない様にラフに話し掛けてきた……それは嬉しくもあるが、今日は違う感情も混じり複雑でもある。

 

「あの頃さ、俺はお前達……八一や歩夢、駿より先にプロになってやるって思ってたんだ。若けーのに負けてられないって、可愛がってたガキンチョのお前らには負けたくないって。でも気付けば八一と歩夢はプロどころかタイトルホルダー、お前だってタイトル戦のベスト4に残った。不甲斐ないと思った事もあったさ。でもな……そんなお前らを見たから、俺はまた挑戦したくなったんだよ」

 

 初めて聞いた。

 四段になる前何度と無く将棋、そして人生の先輩としてのアドバイスを聞いてきたのに。

 俺達に、負けたくなかったという、自らが不甲斐ないというマイナスの言葉は聞いた事が無かった。

 

 俺は、俺には。

 そのマイナスの言葉を聞いて尚この場に立つこの人の覚悟を、乗り越えて行かないといけないんだ。

 

『時間になりました、始めてください』

 

「よろしくお願いします」

 

「……よろしく、お願いします」

 

 気迫に圧倒されるな。

 俺はもう何度もこの人より上の威圧感に打ち勝って来ただろ。

 

 

 ふぅと息を吐き盤上を整える。

 序盤はお互い相飛車からの角換わり、ポピュラーな手順で進む。

 

 しかし中盤以降はこう、ピシッとした将棋は指せない。

 この人はそんな教科書みたいな指し方で押せる人ではない、やるなら……地力の差が出る力戦型にするしか無い。

 

「ふぅ……流石に坂梨さんと椚に完勝してるだけありますね」

 

「俺だって生半可な気持ちで来ちゃいないさ。働きながら将棋もスキルアップしてってのは中々にハードなんだよ」

 

「これでプロじゃないってんですから自信無くしますよ、ほんと」

 

 ところでだが、この話の様に鏡洲さんはこの試験ここまで連勝で来ている。

 坂梨さんに勝った勢いそのままに俺に簡単に勝ってきたあの生意気な後輩の椚にも一切寄せ付けない勝ち方を見せた。

 ここ数年では最高の実力者とも言われている天才児にそこまで圧勝しここに来ている、つまり俺は俺がボロ負けした椚に勝った鏡洲さんとやってる訳だ。

 

 なんでこの人プロじゃないんですかね……

 

「そう言う駿もやっぱり強いじゃないか。七宝くんとの対局で見た力強さをこうして見ちゃうと、お前との差はまだまだあるかも知れねえな」

 

「俺に勝った椚を攻略しきって来てる人に言われても怖いだけですよ」

 

「創多に関しちゃアイツが俺の事に執着してる様に、俺もアイツの指し方の研究は死ぬ程してきたからな。俺が三段になって一番怖い、勝てない、勝ちたいと思ったのはアイツが初めてなんだよ」

 

 鏡洲さんの口角が上がる。

 そりゃそうだ。全力でプロを目指してたのに、自らの年齢の1/3程度の年齢、それも僅か十歳程の人間に追い付かれ、負けて。

 悔しくない訳が無い。

 例え才能の差、大人気ないなんて言われても、悔しいものはくやしいんだ。

 人生を懸けて挑んだ夢なんだから当たり前だ。

 

 そして俺もそうだった。

 

「だから必死でアイツの指し方、癖、勝った棋譜、負けた棋譜、対戦相手の年代毎の戦略、メンタル、全て調べ尽くして計算して何度も戦って、ようやく勝てる様になった。でもな」

 

「鏡洲さん……?」

 

「俺はな、心のどこかで諦めてたんだよ」

 

 対局中にも関わらず力説していた鏡洲さんの目線が、ほんの少しだけ下に落ちる。

 

「俺は創多にある程度勝てる様になった、そして全体的な勝率も上がった。それでも尚プロにはなれなかった。切れちまったんだよ、熱意が」

 

「……」

 

 俺と似ていた。

 プロになる為にひたすらに足掻いて、足掻いて、足掻いて。

 そして僅かな望みを掴んだ。

 長年の目標だった、あの二人のいる舞台に上がると言う最初の大きな壁を超えた。

 

 だがそこから勝てず、プロの壁に当たって、フリークラスだから早く勝たなくちゃと焦って、崩れて、負けて。

 いつしか熱意は失せていた。

 俺の場合美羽が来たから再起出来たし、だからこうしてこの人に喰らい付けてる訳だが。

 

「だから辞めたんだよ、奨励会を。もう俺にはプロになる資格は無かった」

 

「じゃあどうして」

 

「お前だよ、駿」

 

「俺……?」

 

 分からなかった。

 辞めた道理は分かった、でも何故ここに立つキッカケが俺なのか。

 俺なんて最初は勝てなかったし勝ててからも何回も挫折して、八一や歩夢なんかより余程まだまだ弱い俺がどうしてこの話題に出てくるんだ。

 

「お前の盤王戦予選三回戦見てアイツ頑張ってるなって背中押されて申し込んだんだけどさ、正直その時はまだ本当にやれるのかって心配だった。それまで将棋から離れてたからな」

 

 今年の二月行われた安東六段戦。

 熱戦だなんだと言われていて今振り返ってもかなり消耗した戦いだったと思い出す。

 しかしあの頃まで辞めてて約半年でここまで仕上げてくるとかやっぱりこの人は天才だ。

 

「盤王戦の決勝トーナメント一回戦、宮越九段戦。元タイトルホルダーで今も尚盤王復帰が期待されているあの人に勝った時感じたんだよ。負けても負けても立ち上がって勝った後輩見てて、 あれだけ頑張ってる後輩がいるのに俺は何不甲斐ない事考えてるんだって。あの後輩に勝ちたいって。目標になったんだよ。プロになりたいのと同じくらい、お前に、今の本気の、俺じゃ届かない強さを持つ駿に、勝つ事が……な!」

 

「……!」

 

 そうか、ずっと俺なんかより強いと感じてきた鏡洲さんも今はチャレンジャーなんだ。

 俺『に』挑戦している側なんだ。

 だからこれはお互いがお互いを超えようとしている戦い。

 双方が変わる為に、立場違えど、同じ想いを背負って、この場にいるんだ。

 

「だったら俺だって、ここで立ち止まっちゃいられないんですよ。今まで一度も勝った事の無い貴方に勝って、恩返しして、タイトルトーナメントの舞台に帰るんですから。じゃないと御鬼頭玉将には勝てませんから……ね!」

 

 強引にこちらに捩じ込んできた鏡洲さんの駒に迎撃する。

 少しでも攻めを緩めるとこうだ、厳しく少し無理矢理にでもせめてくる。

 もう死んだだろうと思ったところからでも逆転してくるからこの人は天才と呼ばれてきた、だったら答えは一つだ。

 

「力には力で押し返すッ!」

 

「……成程。やっぱり今の駿は三段時代の駿とは別人だ。強い、強いよ。だからこそ、今のお前に勝つ価値がある……!」

 

 力勝負に真っ向からぶつかってきた鏡洲さん。

 重たい一撃に手が一瞬止まりかける、がここで止まれるはずが無い。

 

 この対局の前、考えていた事があった。

 

 美羽の指し方だった。

 アイツは守備度外視しながらも攻めて攻めて勝ってきた。

 勿論アマチュア女流棋士の戦い故粗が大きく目立つ事もあるが、臆する事無く攻めて相手を押し潰して勝つ対局がより目立つ。

 それこそ女流3級になるに当たってこれまでまだ実戦で使うには早いと思っていた、去年12月頃に教えた新雁木囲いをモノにしてきておりそろそろ守備もある程度見れるレベルになるとは思うが。

 

 それはそれとして、美羽の超攻撃型将棋にヒントを貰っていた。

 

 あの子は強引な攻めは見られるがそれを咎められて引く様な事はしないしそれで勝ち切るのが強味だ。

 だとしたら俺もこう言った力と力の攻め合いでは美羽に倣おうと決心したのだ。

 決して日和では無い、俺の大事な愛弟子の最大の長所は俺自身が一番近くで見てきた。

 

「鏡洲さんが椚の指し方を研究し尽くしてると言うなら、俺は美羽の指し方を最も近くで見てきたんだ。ならばここで『それ』をやれない道理は……無い!」

 

「……! 成程、お前の強さの原動力とは風の噂で聞いていたがここまでとはな……」

 

 終始僅かに押していた程度の盤面が動く。

 大きく攻め、それでいて御鬼頭玉将の時の様にはならないという意志も持ちつつ盤面を大きく見る。

 

 鏡洲さん……貴方の教えを吸収して俺は立ち直れました。

 

 その恩返しは、ここで確実に。

 

「……ありがとうございます。鏡洲さんの教えのお陰で俺は立ち直れました」

 

「バカ言え。俺は気付かせるのを早めただけだ、駿の実力なら少し経てば気付けてたって……現に、こうして全力で立ち向かって八方塞がりになっちまうんだぜ? ……強くなったな」

 

 気付けば盤面は、既に終わりを迎えていた。

 

「絶対にトーナメント勝ってきます。貴方を越えたという誇りを胸に」

 

「……まだそう言ってくれるのは有難いよ。悔しいがこの借りはプロになってからリベンジさせてもらうぜ……負けました」

 

「ありがとうございました」

 

「あークッソ……ありがとうございました」

 

 純粋な力勝負。

 盤面は乱戦も乱戦で決して綺麗な将棋とは言えなかったが、俺の今の全力を持って終盤は圧倒。

 

「はぁ……ったくプロになったら今度はお前が俺の目標だな」

 

「……も、目標になれる様強くなってきます!」

 

「ま、俺も西崎四段と七宝四段どっちかには勝たないと行けないんだけどな。どちらにしても駿を越える為には勝たないとな、気合いも入るってもんよ」

 

「待ってます、鏡洲さん。今度はプロの舞台でまたやり合いましょう」

 

「おうよ」

 

 両者固く、固く握手をする。

 

 それは二人の決意表明。

 

 もう負けないと、舞台は違えど誓うのだった。




最終回までの道程の計算がようやくある程度終わりました
何とか完結させてえ


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☆第四十六話『乗り越えるべき壁は』

今回から掲示板要素のある回全てに☆を付けました
意味はあるか無いか分からん


『若手棋士を語るスレ その402』(十月初旬)

 

 

322:名無しさん

聞いたか、鍬中久々に盤王戦以外の公式戦勝ち星らしいぞ

 

323:名無しさん

マジでか、確か竜王戦6組の初戦だったよな

 

324:名無しさん

>>323

相手は矢田五段だったし実力無い訳じゃないから良くやった方だと思うわ

 

325:名無しさん

つーかそれよりビックリしたのは鍬中の盤王戦以外での勝利は前期三月末の玉将戦一次予選決勝、対鳩待五段戦まで遡るらしいって事なんだよ

尚盤王戦はまだ生き残ってるもよう

 

326:名無しさん

>>325

 

327:名無しさん

>>325

弱いのか強いのかこれもう分かんねえな

 

328:名無しさん

>>327

通算は14勝12敗、C級2組昇格の良いとこ取りで一番良いとこ抜き出すと13勝6敗

 

329:名無しさん

>>328

うーん、悪くはないんだが一度負け出すと暫く止まらなかったのが中々響いてるな

 

330:名無しさん

とは言ってももう鍬中の方が格上とはいえ四段昇段前は負けっぱなしだった鏡洲に勝ってから初の公式戦、内容的にはそれこそ鳩待戦以来の快勝だしこれを足掛かりに盤王戦の敗者復活戦頑張ってもらいたいもんよ

 

331:名無しさん

敗者復活戦と言ったら勢いそのままに神鍋が決勝、アイツも強くなったな

 

332:名無しさん

ヤツもタイトルホルダーとは言え連続でタイトルホルダー戦ぶち抜いてくか~ってこのスレでも実況スレでも盛り上がったしな

 

333:名無しさん

【悲報】鍬中、敗者復活戦が賢王と玉将

 

334:名無しさん

>>333

あっ…(察し)

 

335:名無しさん

>>333

神は何回鍬中に試練を与えるのか

 

336:名無しさん

>>333

しかも勝ち上がった時の背景が

親子決戦(賢王)→リベンジマッチ(玉将)→親友対決(棋帝)

とかいうドラマでも中々見ないマッチング

 

337:名無しさん

【?報】神、運命で遊ぶ

 

338:名無しさん

うーんこの鬼畜神

 

339:名無しさん

初の親子対決が盤王戦トーナメントのベスト4敗者復活戦とか激熱だけどめちゃくちゃ心境複雑そう

 

340:名無しさん

>>339

そんなお前の為についさっき出た、鍬中の竜王戦前にしたであろう鍬中と山刀伐賢王のインタビューがあるぞ

341:名無しさん

>>340

こマ?

 

342:名無しさん

>>340

ハラデイ

 

343:名無しさん

はいURL貼っとくから見ろよ見ろよ~

http……

 

 

 

 

 

 

 

 ――では、宜しくお願いします。

 

鍬中:今回も宜しくお願いします鵠さん。

 

 ――まずは盤王戦、ベスト4まで残った率直な感想をお聞かせください

 

鍬中:盤王戦ですか……

 

 ――もしかして、あまり話したくないですか?

 

鍬中:いえ、まあベスト4に残れた実感とか嬉しさよりもこの前の於鬼頭玉将に負けた対局を思い出すとどうにも話しにくくて。いやはや申し訳ない

 

 ――構いませんよ、私も似た様な事は日常茶飯事ですし

 

鍬中:でも今度は負けませんよ。奨励会時代にずっと憧れてた先輩に激入れられたんで

 

 ――先輩、と言うとやはり鏡洲アマの事ですか?

 

鍬中:そうなります。こちらがプロで、相手のプロ試験だったのにも関わらず親身になってもらい鏡洲さんには不甲斐ない背中を思いっ切り蹴られたので特に

 

 ――成程、ありがとうございます。そして盤王戦、敗者復活戦の初戦はまさかの親子対決。山刀伐賢王との一戦になります。厳しい戦いになると思いますがコメント等はありますか?

 

鍬中:まさか初の親子対決がこんな重要な局面で来るとは思わなくてビビってますが、あの人は恩人で、師匠で、親父で。感謝してもし切れない部分が多くあります……あんまり言いませんけど。だから、タイトルホルダーになったのも含めあの人は明確に超えたい存在の一人でもあるんです。今まで俺を真人間として、そして将棋人として育ててくれたお礼を込めて思いっ切りぶつかってその上で勝ってきます

 

 ――熱いお言葉ありがとうございました。弟子の美羽ちゃんの女流玉将戦も近いとあり激務になると思われますが期待しています

 

鍬中:あの子は俺が思う以上に強くなってるのでそっちも期待しててくださいね!ありがとうございました!

 

 ――ありがとうございました。インタビューは以上になります。

 

 

 

 

 ――では、インタビューを始めたいと思います。

 

山刀伐:はーい、よろしくね☆

 

 ――久々のインタビューとなります。まずは初のタイトル獲得、賢王になって暫く経ちますが、実感はどうでしょう?

 

山刀伐:うーんそうだねぇ、やっぱりタイトルホルダーともなると注目度が段違いだね。タイトル獲得前も自分で言うのもあれだけど有名な方とは自覚してたけど。

 獲得直後は最年長初タイトル獲得で騒がれてたのは分かるけど、以降もタイトルホルダー同士の一戦になると比べ物にならないくらい話題にされて。嬉しいやらちょっと緊張しちゃうやら、だね☆

 

 ――緊張されるとの事でしたが、とは言え各棋戦、順位戦共に絶好調。期待をバネに、と言った面はありますか?

 

山刀伐:うん、やっぱり大きいよ。昔から応援してくれた僕のファンも少なからずいてくれたりするし、そう言う人達から勇気を貰ったとか、諦めずに頑張ろうと思えたとかファンレター貰って僕ももっと頑張ろうって思えたよ

 

 ――やはりファンからの声援は力になりますからね。さて、棋戦と言うと盤王戦ではお互いが勝ち上がる毎に少しずつ話題の増えていた初の親子対決が遂に実現となります。特別な感情はありますか?

 

山刀伐:いつも通り指す……ってのは流石に厳しいね。少なくとも九年親子関係を築いてきて、この歳になって初めて本気の駿と指すんだから特別力が入るよ。ずっと支えてくれたけど、今年になってから初めて僕の事親父って呼んでくれたり今まで以上に距離も近くなって。そうやって慕ってくれる様になったからこそ、僕は駿の壁でありたい。まだまだ超えられる訳には行かない。例え息子のタイトルや、C級2組に上がる為の大事な一戦を阻もうともね。

 

 ――ありがとうございます。並々ならぬ決意お聞かせくださり本当に感謝しています

 

山刀伐:僕としても楽しみな一戦だからね。あと壁でありたい以前に将棋人として、今が全盛期かも知れないと思うとどこまで目指せるのか、二冠目に届くのかって言うのも挑戦したい気持ちも大きいからさ

 

 ――成程。ありがとうございました。最後に鍬中四段に向けて何かコメントはありますか?

 

山刀伐:駿、多くは語らないよ。盤上で語り合おう。

 

 ――これでインタビューは終了となります。改めてありがとうございました。

 

 

 

 

 

344:名無しさん

山刀伐がこんな熱く語ってるのあんま見なくてビックリしたわ

 

345:名無しさん

いつも飄々としてるだけに、鍬中への思い入れこうも語られるとこっちまで胸が熱くなっちまうぜ

 

346:名無しさん

鍬中も負けられないところでの親子決戦、やっぱり思うところはあるだろけど完全に吹っ切れた感じで良かったな

 

347:名無しさん

ちゃっかり美羽ちゃんの宣伝入れてやがるしすっかり平常運転だな

 

348:名無しさん

美羽ちゃんは夏の結果見てる限り今回も期待出来そう

 

349:名無しさん

今回は本戦進出で2級、それまでにイカちゃんは居ないし何とかなりそうだとは思ってる、つーかなってくれ

 

350:名無しさん

>>349

イカちゃん、万智ちゃんにストレートで遂に二冠達成してたし当たってたらまずかったなあ…

 

351:名無しさん

イカちゃん別格だと思ってたけど改めてバケモンだわ、つーか指し方ちょっと変わった様に見えなくもない?

 

352:名無しさん

>>351

分かる、なんて言うか元々の荒々しさはそのままで舐めプしなくなったみたいな感じ

 

353:名無しさん

美羽ちゃんに負けかけてから意識が大きく変わったのかもな、女流タイトル戦も面白くなってきたな

 

354:名無しさん

面白くなってきたと言ったら香取杯じゃん、タマちゃんと釈迦堂名誉名跡のタイトル戦!

 

355:名無しさん

>>354

まさかタマちゃんが第二戦勝って一勝一敗に持ち込むとはな~

 

356:名無しさん

タマちゃんもめっちゃ成長したよな、指し方が堂々としてきたというか

 

357:名無しさん

ちゅーか神鍋と仲良くなってからだよな

 

358:名無しさん

週刊誌に取られて仲良いのは分かったけど、まさかあの二人……

 

359:名無しさん

我等のタマちゃんが神鍋に取られてるとか言う事態に思い至るのは脳みそが破壊されるのでNG

 

360:名無しさん

あー嫌じゃ嫌じゃタマちゃんが男と付き合うなんて嫌じゃ

 

361:名無しさん

でも神鍋なら最悪許す

 

362:名無しさん

それはそう

 

363:名無しさん

イケメン、若い、紳士、人気◎、実力◎、タイトルホルダー

 

364:名無しさん

勝てる気がしない

 

365:名無しさん

同じ土俵にすら立ててないのでセーフ

 

366:名無しさん

そもそも何時間も座りながら精神すり減らして戦ってる連中に我々が適うはずもなく…

 

367:名無しさん

残当、我々らしい末路

 

368:名無しさん

なあまさかとは思うが美羽ちゃんも鍬中と…

 

369:名無しさん

>>368

バカそれ以上はやめろォ!公表はされてないけどほぼ確定事項を思い出させるんじゃない!!

 

370:名無しさん

おお、もう…正直ロリ王の発表ですら我等のアイドルが三人一気に消えてダメージデカかったんだぞ…今このスレで彼氏いない一番人気の女流棋士(3級だけど)なんだから残酷な事は言わないでやってくれ…

 

371:名無しさん

はは、どうせ俺なんか…

 

372:名無しさん

俺はただ、ロリ棋士を見て幸せになりたかっただけなのに…

 

373:名無しさん

アカン矢車さんと佐野が出現してるわ

 

374:名無しさん

このスレが不幸で汚染されるゥ!

 

375:名無しさん

あーもうめちゃくちゃだよ

 

 

 

 

 

「……遂に親父とやるんだなあ」

 

「しゅんちゃん、大丈夫?」

 

「おう、今の俺は大丈夫だよ。鏡洲さん……先輩にも背中押されて……つーか蹴られて来たし、この前の竜王戦6組も勝てたし、確実に流れは来てるはず。今の指し方にも慣れてきたところだ。美羽の方こそ来週には俺の親父との対局と同日に女流玉将戦始まるけど不調とか緊張とか無いか?」

 

「うんっ! モーマンタイってやつかも! バンバン勝って2級昇級するんだから!」

 

「なら俺も尚更負けてらんねーな」

 

 残暑もとうに消え去り後に残るは紅葉とそれを運ぶ北風。

 その北風は、果たして二人にとって追い風か向かい風か。

 

 

 信じるは己の歩んできた道標だ――



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第四十七話『過去話・子を持つという事』

今回は満を持してジンジンパパの過去話
過去の伏線とか何とか回収出来たと思う


『時間となりました。それでは始めてください』

 

「宜しくお願いします……負けねえからな、親父」

 

「宜しくお願いします……僕だって負けないよ、息子なら尚更ね」

 

 盤王戦敗者復活戦、それはベスト4で残った内負けた三人が決勝戦に行く切符を争う戦い。

 ここで負ければ文字通り盤王戦完全敗退、でも本来決勝の切符を掴めない二人にもチャンスがある。

 

(……たとえ駿相手でも負ける訳にはいかない。やっとタイトルを掴んだとは言え僕に残された時間はそう多くは無い……だとしたら、今が全盛期だとするなら、駿と全力で戦えるのは今しか無いかも知れない。)

 

(約束を果たす時が来たかもね、駿……君相手でも……いや、息子相手だからこそ譲れないものがあるんだよ……君自身と約束しちゃった事だから、ね……)

 

 

 

 

 

-九年前-

 

「僕が孤児院に将棋を教えに?」

 

「ええ、堅苦しくなく実力のある若い棋士と言えば貴方がピンポイントで一番当てはまると思いましてね、山刀伐七段……いえ、新八段と言うのが適切でしょうか」

 

「うーん、確かに僕は取っ付きやすいと思うけどまさか月光さん自らオファーを出してくるなんて思わなくてちょっとビックリかも☆」

 

「今回行くのは大阪なもので。スケジュール的に見ても山刀伐八段は順位戦もB級1組を優勝で終わって一旦落ち着いたと思ったので声を掛けた次第です」

 

「成程ねえ~、タマタマにも偶には休んで羽を伸ばしてこいって言われてるし大阪観光次いでに行かせてもらおうかな☆」

 

 九年前、順位戦も終わり初のA級昇格を決めた僕はやっと落ち着いたスケジュールに月光さんから受けたオファーとして孤児院への将棋指導……という名の半分大阪観光の仕事を受けた。

 そこまで大きな仕事と言う程でも無く、孤児院も小学生程度の年齢の子が殆どだから教える時間も計二時間程と少なかったからね。

 そんな訳だから初心者用指導の脳みそに切り替えながら軽い気持ちで教えに行ったんだ。

 

 まさかそこで運命の出会いをするなんて思わずに、ね……

 

 

 

「……僕からの指導は以上になるかな☆みんな将棋は楽しかったかな~?」

 

『はーーい!』

 

「うーん良い返事だね☆それじゃあもう時間になっちゃったしこれからも楽しんでね☆バイバイ☆」

 

 将棋指導は恙無く(つつがなく)終わり大盛況、将棋人としても満足の行く結果となり気分も上々で後は大阪観光して終わりかな……なんて思っていた。

 

 不意に、声を掛けられた。

 

「俺をアンタの養子にしてくれ!」

 

「あ、駿くんダメだよ先生はもう帰るんだから……」

 

「おや、君は……」

 

 突然の言葉に驚いたが、顔を見て更に驚いた。

 その子は、授業中一番熱心に僕の言葉に耳を傾けてくれていた男の子だった。

 その子が、必死の形相で、土下座しながら、叫んでいた。

 だからこそ、無碍にすると言う考えは尚更浮かばなかった。

 

「……君は、なんで僕の養子になりたいんだい?」

 

「先生……」

 

「良いんですよ、ここまで必死だと何か理由があるんじゃないですか?」

 

「……駿くんは両親に捨てられたんです。それで、捨てられる前にお友達とずっと将棋をしていたから、恐らく……唯一の繋がりが将棋だったんじゃないでしょうか」

 

「……俺は……また、八一や歩夢と将棋をしたいんだ……だから、先生の弟子になって、養子になって、またアイツらと将棋を指したいんだ……! ここでも、お世話になったのは充分理解してるし先生に感謝もしてるけど……でも俺は……」

 

 凡そまだ小学生とは思えない境遇、そして言葉。

 隣にいる保母さんを思いやりながらも自分のしたい事を口にするそれは、僕の心に刺さるには充分過ぎる熱意だった。

 

「分かったよ」

 

「え……」

 

「じゃあ対局しよう! それで君の実力、想い、熱意をぶつけてもらえるかな? あ、別に僕に勝てって話じゃなくて君の将棋を見たいんだ、それで弟子にしたいかどうか見極めたいんだけど……良いかな?」

 

「あ、ありがとう先生!! 全力で指すよ!!」

 

「……と言う訳なんで少しこの子……」

 

「俺、鍬中駿って言うんだ! だから駿って呼んでくれよな!」

 

「駿君、お借りしますね? 勿論帰りは送って来ますから」

 

「は、はいっ! お、お気を付けて……」

 

 これが僕と駿の出会いだった。

 そして僕は、近くの道場で一瞬で駿の将棋に惚れた。

 

 

「……勝つ為ならどんな戦法でも使う、それでいて基本もあり勝ちたいと言う信念の一本筋があるね」

 

「……俺の親友、二人いるんだけどさ。めちゃくちゃ強いんだ。一人は子供名人戦全国大会でベスト4、もう一人は全国大会優勝。俺なんて県予選敗退だから才能無くて、届かないくらい強くてさ」

 

「でも、アイツらはそんな俺を親友と呼んでくれた。一緒にバカやってくれた。親にも心を許せなかった俺が、唯一許せるのが、親友だったんだ。だから、何がなんでも二人のいる道に俺は食らいつく。その為に、帰りたいんだ……先生、ワガママに付き合ってくれてありがとう。そしてごめん」

 

 駿はその時から奇襲戦法や嵌め手を多用していた。

 小学生とは思えない狡猾さ、それでいて粘り強さ、負けん気、何より『勝ちたい』そう心に響いてくる一本筋な指し方。

 才能が無いと言いつつ這い上がろうとするその姿が、いつかの僕と重なった。

 

「いいや、駿君は良いものを見せてくれた。だから一日時間をくれないかい? 明日、答えを持ってくるよ」

 

 そして僕の答えは、既に決まっていた。

 

 

「君の素直で貪欲な将棋、気に入ったよ!」

 

 

 その一言で、鍬中駿は僕の養子兼弟子第一号となった。

 

 

「さて……僕も覚悟を決めなきゃね」

 

 そして数日後、件の親友達と号泣しながら抱き合い再会を喜ぶ駿を尻目に僕は子育てをしなければならないという覚悟を決めていた。

 勿論事前に覚悟はしていた、それでも想像以上の難しさがあるはずだ。

 タマタマの事も我が子の様に見てきたけど、あの子は将棋以外はどうにも世話の掛からない子だったし……

 

「そうなると善は急げ、だね」

 

 

 

「……まあ、その、そう言う訳で亮二の育児知識を聞いておきたくてね☆」

 

「いやはやまさか。尽の口から子育ての事を聞きたいと聞いた時はいつの間にと思ったけどそんな事があったとはね」

 

「良いガッツしてるじゃねえかそいつ、いつかプロになった時は対局してみてえな」

 

「私としては存外堅実な君がそう言う大胆な事をするとは思いませんでしたよ」

 

「……珍しいな」

 

 対局帰り、駿は僕の師匠に預けて同期と相談を兼ねた飲みに出掛けていた。

 本当はあまり好ましくないんだろうけど、こうでもしないと僕が親としての知識を得られる機会なんてそうは無いだろうし苦肉の策だったと今更ながらに思ってしまう。

 来てくれたのは仲でも親交のある宮越亮二、生石充、上條昴、峯澤驒。

 中でも亮二は一番早く結婚して育児熱心でもあったから是非とも聞いておきたかったんだよね。

 

「事情は分かったよ。それくらいの年齢の子なら僕や充の子が同じ小学生だから分かりやすいと思うけど、兎に角付かず離れずで見守ってあげる事が大切だと思うよ」

 

「そうだな……話を聞く限り特に我も強いがその分自分が何をしてるかも分かってるみてえだからな。傍で気楽に一緒に過ごす程度で悪くねえんじゃねえか?」

 

「なるほど……確かに駿は年齢に寄らず達観してるところがあるからね」

 

「未婚者の私と彈では役立てる事は少ないと思いますが教育方針で迷ったら教師免許を持つ私をいつでも頼ってくださいよ」

 

「俺は……まあ、尽が弟子持つまでは唯一弟子持ってたから、そういう事なら聞くと良い……」

 

「昴、彈も……やっぱり僕の同期は心強いね☆」

 

 僕のプロデビューは他の同世代と比べても遅く、24歳と相当高齢な方で理解を得られなかった親戚からは才能が無いとか良く言われたっけ。

 それでも充、亮二、昴、彈や同年代はずっと待っててくれて、だからプロになったなら絶対追い付きたくて。

 必死に必死に追い掛けて31歳、七年でA級と八段昇段を勝ち取れた。

 

 そんな僕の姿と、歩夢君や八一君を追い掛ける駿の姿は、どうしても重なってしまっていたんだ。

 

 

 

「……師匠」

 

「なんだい、駿」

 

 そしてそれから一年、A級から落ち掛けた僕は駿に激励を受け、最終戦でギリギリ残留を決めた。

 そんな日に、駿は神妙な顔付きで僕に話し掛けてきた。

 

「俺がプロになったら、絶対師匠と対局したいんです。だから、その日まで約束を覚えていてもらえませんか?」

 

「……良いよ。我が息子の頼みだもん、駿がプロになる頃には40歳くらいだろうけど絶対A級守って、強い僕として立ちはだかってみせるさ。その時は一人の倒すべきライバルとして真剣勝負しよう」

 

「……! 勿論です! 俺、絶対負けないから! 待っててくれよ!」

 

 それは、今日の日まで忘れる事の無かった約束。

 初めて駿が、僕の息子になってから言ったワガママ。

 何年掛かるかも分からない、途方も無い時間を要する約束。

 でも僕は、忘れる事は無かった。

 息子との、駿との、生まれて初めての約束だったから。

 ずっと息子として見てきた大切な存在、慕ってくれる存在、僕がどうしても強くありたかった理由だから。

 

 

 

 

 

(僕がタイトルを何としてでも取りたかったのも、いつまでも全盛期で居たかったのも、全部駿のお陰なんだよ……駿自身、覚えているかは分からないけど――)

 

「……忘れる訳、無いだろ」

 

「……! ……そうだね、あんなに熱望してた駿が忘れるはず無いか」

 

「でもな親父」

 

「……なんだい」

 

「俺は、師匠と、親父と戦う以上に、世界一尊敬する棋士としての、『山刀伐尽』を超える一人の大人になりたいと思ってるんだ……12月には、20歳だしな」

 

「ふふっ……親からしたら、いくつになっても子どもは子どもなんだよ。だから……その気持ちを受け止めて尚且つ、僕が跳ね返すよ。まだまだ子どもには、憧れの背中を見せたいんだ」

 

(大きく、なったんだね……駿)

 

 いつの間にか小さい子どもだとばかり思っていた子が、自分を超えたいと、大きな背中を伸ばして僕に立ち向かってくる。

 

 それがどうして、そこはかとなく嬉しくて。

 

 そこはかとなく勝ちたいと切望してしまって。

 

 

 終わりが近いのなんて分かっているのに、いつまでもいつまでもこの時間が続けば良いのに、そう思ってしまう自分がいた。

 

(そして……)

 

 

 

(強く……なったね……)




正直ジンジンとたまたまが恋仲になるとは思ってなかった…!
自分の執筆スタイルとして基本的に原作CPを崩す事は無いんですが今作は申し訳ないけどこのままいきます!今更今作のカップリングを引き離すのもアレなんで…!

と言うか原作通りくっ付いたら駿(19)の義母がたまたま(21)と言う事態になっちゃうしまあ多少はね?※双方2018年秋時点の年齢

さてジンジンのカップリングこうなると誰もいねえんだよなあ…


※上條昴、峯澤驒…21話前書きで言及されていた生石世代四天王の生石、宮越以外の残り二名


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第四十八話『「幸せ」の本当の意味を』

本来この話は書く予定は無かったんだけど、本作でたまたまと歩夢がくっ付いた事でこの世界線の原作ジンタマカップリングが成立出来なくなったからせめてたまたまの心情補完としてオリジナル棋戦である香取杯第三戦のたまたまサイドを執筆致す


2018年11月某日 香取杯女帝戦第三局(最終戦)

釈迦堂里奈名誉女流名跡 対 鹿路庭珠代女流二段

 

「はぁ……はぁ……くっ」

 

「……ここまで食らいついて来るとは、流石我が一番弟子を射止めただけある。彼奴は人の容姿より性格と将棋の魅力で人を選ぶところがあるのでな」

 

 何時からだっただろうか。

 私が将棋を心から楽しめなくなっていたのは。

 友人の綸がタイトルを獲得した時からか、それともそれより前か。

 どちらにせよ少し前までの私は間違いなく、『将棋に囚われていた』人間に他ならなかった。

 

 最初こそ将棋は楽しかった。

 勿論女流棋士になるに際して大きな壁もあった、挫折もあった、それでも楽しかったんだ。

 でも変わってしまった。

 自分より若くて強い棋士に追い抜かされ、タイトルを取られ、自分は惨めに中堅に張り付くのが精一杯。

 自分の師であるレドモンド九段やジンジンの教え方が悪い訳ではない。

 寧ろレドモンド九段は弟子こそ少ないが付きっきりで教え、その人の棋力に合わせた思考の出来る気遣いの上手い人。

 ジンジンは昔から気兼ねなく話せて、何でも言い合えて、師匠でもあり良きお兄さんみたいな存在でもあり友人みたいな関係性であり、もしかしたらあと一歩で異性として好きになっていたかも知れないくらい、とても充実していた。

 

 だからこそ、師匠が良い人達だからこそ、自らが成長出来ない惨めさが顕著に表れてしまった。

 このまま潰れていってしまうんじゃないかと焦燥感に駆られ、苦しくて、でも周りやファンに心配も掛けられなくて。

 

 そんな時に出会ったのが、あの人だった。

 

 

 

-4月末-

 

「運命の赤い糸に導かれるが如く、奇遇ですね鹿路庭さん」

 

「あ……歩夢君」

 

 その日私は大事な対局で終盤まで有利だったものを最後に星を落としてしまい逆転負け、あまりのショックで泣き腫らしながらベンチに座っていて。

 気付いたら外はすっかり暗くなっていた。

 そんな時に声を掛けてくれたのが、女流3級の時からずっとジンジンと研究会をしてくれていたり今では共演者でもある歩夢君。

 当時既にプロで一番勢いのある若手でイケメンの棋士として雑誌の表紙を飾る事も多く、女性人気も高い人だった。

 実際言葉回しは独特だけど優しくて気遣いも出来て、私の事を一人の棋士として見てくれて……

 

 そんな関係性でいられたのがとてつもなく心地良かった。

 

「どうしました? もう漆黒が世界を包む時間、女性一人では闇に呑まれてしまいますよ」

 

「あはは……ごめんね……ごめんね……」

 

 だから、なのだろうか。

 彼に徐々に惹かれている様に感じていたのは。

 でもこの時点でまだ恋だと言い切れる程のものが無かったのもあって、どうしたら良いのか分からなくて。

 この場で優しくされてしまったら、誰にも言えなかった苦しみや師匠達に報えない情けなさが溢れて、どうしようもなく涙が止まらなくなってしまって。

 

「なっ……わ、我が何か気に触る事を言ってしまいましたか!? だとしたら本当に申し訳無い事を……」

 

「う、ううん違うの……今まで自分で抑えてた苦しかった事、悲しかった事、情けなさとか全部ね、歩夢君の顔を見たら抑えられなくなっちゃって……私、尚更情けないよね……」

 

「そ、そんな事は決してあるはずが無い! 我……俺が鹿路庭さんに出来る事があるなら何でも言ってください! 俺がほんの少しだけでも貴方の救いになると言うなら喜んで引き受けます!」

 

 そこまで言われたら、私はもうダメだった。

 涙は寧ろ止まらなくて、安心感、悔しさ、悲しさ、不甲斐なさ全てが入り交じったその感情で歩夢君に抱き着いてしまっていた。

 

「……ごめんなさい……ごめんなさい……勝てなくて……師匠達の頑張りに応えられなくて……」

 

「鹿路庭さん……」

 

 タイトルを取る、それこそがプロとしての一番の幸せであると信じて疑わずにやってきた私としては、この時もう心が壊れる寸前だったのだと感じている。

 何の為に将棋をしているのかも分からなくなって。

 

「私……何の為に将棋してるのか分からなく……なっちゃった……あはは……」

 

 でも、だから私は

 

「……では、俺の棋帝戦を見ていてもらえませんか?」

 

「え……?」

 

「俺は貴方の事が……ああ、いや……暗闇に迷い込んで、光を見失ったと言うならこの我がその道を照らしましょう。だから、もう一度探しませんか? 貴方の無くし物を、我と共に」

 

 その言葉に救われて。

 この人を信じてみようと思えて。

 

 そして、私はこの人が好きなのだと確信出来て――

 

 

 

「私は……師匠と、ジンジンに支えられて」

 

「……歩夢君に救われて、この場に来る事が出来たんです」

 

「成程。良い師と、隣に立つ者を得られた様だな」

 

「だから、負けられないんです……負ける訳にはいかないんです……!」

 

 口を一文字に食い縛り、盤上を見る。

 私の荒々しい指し方は、やはりというべきか歩夢君の見せてくれた棋帝戦には程遠い稚拙なものでありまだまだやるべき課題や勉強が途方も無く多い事を実感させる。

 

 それでも、それでも。

 

『……我の将棋に、貴方の無くし物はありましたか?』

 

『ふっ……あったなら何より。今日の対局と、棋帝のタイトルはタマちゃんに光を捧げる為の渾身の一局。愛する人の為に指したものなのでね』

 

『……大丈夫。今の貴方なら香取杯のタイトル戦も楽しんで指せる。ずっと隣で見てきた我が、そしてタイトル戦にこぎ着けられた貴方自身が、証明出来るはずだから』

 

 もう迷わない。

 もう見失わない。

 決して辛い日々が長く続こうと。

 諦めない。

 

 私には、隣で支えてくれる人が、いるんだ。

 

「ふふ、良い目をしているじゃないか」

 

「……!」

 

「そんな闘志と決意に溢れた姿を見せられては、私も君程の年齢の時を思い出すよ」

 

 釈迦堂名跡が、指しながらポツリと私を見やって語る。

 懐かしむ様に、少し遠くを見るように。

 

「あの頃は私もただ我武者羅に実力を盤上にぶつけては闘志を燃やし、真っ直ぐに頂点を目指していた」

 

「だが私も歳だ。女流棋界の発展を長年考えてきた身としては、そろそろ引き際を考えるべきだと考える事もあった」

 

「事実このタイトル戦と名跡戦の防衛が終わり次第、引退を本格的に視野に入れていた……いや、発表しようと思っていたくらいだ。現に我が弟子達に話はしてあった程だ」

 

 初めて知った。

 確かに釈迦堂さんは女流棋界のレベルアップを常に考え、努力し、貢献してきた方でもあった。

 でも力の衰えは感じず、いつまでも強い、私の憧れだった。

 

 だとしたら、そんなあの人に今の私はどう映っているのだろう。

 

「……今の私は、貴方から見てどうですか?」

 

「そうだね……」

 

 あの人は私をまたジッと見やって、薄く笑みを浮かべる。

 それは優しそうな、それでいて何故か複雑そうな笑みで。

 

「今の君は強い。迷いを断ち切って、楽しみながら、全力で指している。文句無しに今の女流棋界を背負って立てる一人になり得る存在だろう。だが……ああいや、これは私の事なんだ」

 

「……君と指しているこの時間を噛み締めると、どうにも楽しくてね」

 

 ふぅ、と一息付いて盤上を見る釈迦堂さん。

 そして一拍置いて話し出す。

 

「引退するのが惜しくなってしまったんだ、この三局を通じてね」

 

 それを、最大の賛辞と捉えるのに時間は掛からなかった。

 もう引退を決め込んでいたと話すその人を、僅かな時間でその思考を覆させた。

 どこまでいっても所詮は平凡な中堅層と思っていた私は、見失っていた『幸せ』を、本当の意味で知れたのだ。

 

 愛してくれる人を見付けられ、愛する将棋をまた指す事が出来て。

 

「ああ、だが」

 

「この刻ももう終わりだ」

 

 ハッとして盤上を見返す。

 拗れに拗れた(せめ)ぎ合いは終わりを迎えていた。

 

「あ……」

 

「清滝九段のところの娘にも負かされたが、いやはや若いエネルギーというものは無限大の可能性を秘めた未知数のものだと実感させられてしまう」

 

「釈迦堂さん……私……」

 

「私より強い女流棋士に負かされるのであればこそ、それもまた本望というものよ。……次世代に、君達に、次の時代は任せる」

 

 釈迦堂さんは、次こそ清々しい顔をしていた。

 そして駒台に手を置き、静かに投了。

 

 私は……この時、漸く念願のタイトルに、手が届いたのだった。

 

「負けたよ、君の熱意に……そしておめでとう、女帝鹿路庭珠代よ」

 

 

 

 

 

「鹿路庭珠代新女帝、初タイトル獲得おめでとうございます」

 

「あ……は、はいっ。あ、ありがとうございます!」

 

 呆然としながら感想戦をし、流されるがままに時間が経つに連れて報道陣が対局室に入ってきていた。

 何度もテレビ越しに見ては羨んでいたその光景は、今自分に当てられている。

 分かっているのに、まるで他人事の様に感じてしまう。

 

「初タイトル挑戦での獲得という事になりますが、この三局はどのようなものになりましたか?」

 

「え、えーと、その。まだ実感が湧き切っていないのであまり上手い事は言えないんですけど……育ててくれた家族と、支えてくれたレドモンド師匠と、ずっと研究相手として付き合ってくれた山刀伐賢王……そして、心が折れそうな時手を取ってくれた私の最愛の人に捧げるタイトル戦になったと思います」

 

「ありがとうございました。そして最愛の人……と言うと、やはり神鍋棋帝との噂は真実だったと?」

 

「……恥ずかしいので表に出せず明言出来ていませんでしたが、そ、そういう事ですね……はい。彼に後押しを貰って立ち直れて、それでこの香取杯の舞台に立つ事が出来ました。そして女帝となれ、本当に……本当に……嬉しいです……!」

 

「お付き合いも含め、改めて本当におめでとうございます。今後の更なるご活躍に記者共々期待しています。最後に、今日の検討室には神鍋棋帝、山刀伐賢王、レドモンド九段がいるのを確認しています。何か御三方に掛ける言葉はありますか?」

 

「え、き、来てるんですか!?」

 

「あ、はい。何でしたらすぐそこまで来ているはずなのでお入れしましょうか?」

 

「え?え?」

 

 インタビューも終わる……と思った矢先に、不意打ちだった。

 確かに対局に集中する為に情報はシャットダウンしていたけど、それは聞いてないってぇ……!

 師匠は兎も角歩夢君に今の生放送で聞かれていたと思うとどうにも顔が熱くなってしまう。

 

「タマちゃア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ん!! 我は、我は感動したぞおおおおおおおおおおお!!! おめでとうタマちゃア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ア゙ん」

 

「珠代おおおおおおおおおおお!! ワタシは、ワタシは今感動しすぎて前が見えまセーーーーーーン!!! 本当にCongratulation!!!!!!」

 

「……たまたま、タイトル獲得おめでとう。ふふっ、僕としては娘が旅立つみたいで何だか嬉しいような寂しいような気持ちだよ」

 

「あ、歩夢君!? 師匠!? ジンジン!? ……って歩夢君と師匠は二人揃って泣かないでよぉ……そ、そんな泣かれると私も……私も……うええええええええん」

 

「君は……本当に、良く頑張りました。今の僕に出来るのはこれくらいだけど……たまたま、今は泣いたって良いんだよ」

 

 本当は人前だし我慢しないといけないのに。

 緊張の糸が解かれて、涙が止まらなかった。

 

 でもこれは、あの時の、悔し涙でも情けなさでも無い。

 大切な人の為に頑張って辿り着いた末の、嬉し涙で。

 

 だから今は言える

 

『私の幸せは、ここにある』

 

 と。

 

 

 

 

 

 

 その後暫く、特に歩夢君はこの話題の度に涙する様になってしまったのはここだけの話。

 

「我のタマちゃんの努力が実ったと思えば泣かずにはいられまい!! うおおおおおおおおおん!!」

 

 でも、それだけ大事にしてくれる人がいるそんな毎日が、私は幸せです。




・ブルーノ・レドモンド
 作中鹿路庭珠代の師匠として名前だけ登場する外国人棋士、九段
 モデルは恐らく囲碁プロ棋士、非アジア人初の九段、碁聖戦ベスト4、富士通杯ベスト8等を記録しているマイケル・レドモンド九段

・独自設定メモ
 順位戦はB級2組も元A級常連(昇降格繰り返すタイプ)
 タイトル数は0もコツコツ積み重ね五年前通算500勝と共にようやく九段到達という苦労人
 一般棋戦優勝二回だが自分は第一線級から退きA級常連ながらタイトル戦線とは縁遠かった為タイトル獲得は弟子に託しており、たまたまが初のレドモンド門下からのタイトルホルダーとなった
 非常に気さくで情に熱く、たまたまがタイトルホルダーとなった直後には検討室で号泣&その後のインタビューでも号泣、というか同じ雑誌のインタビューを受けていた歩夢と共に号泣していた

※ちなみにジンジンは盤王戦敗者復活戦 vs駿の数日後


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☆第四十九話『「一人前」に向けて』

※鍬中駿vs山刀伐尽終局間際からの実況と反応


『若手棋士を語るスレ その435』(十一月)

 

426:名無しさん

山刀伐がこんなに押されるなんて思わんかったわ

 

427:名無しさん

>>426

マジでそれな、僅差ではあるけどやっぱり対局前はジンジン有利で予想されてただけに衝撃的過ぎる

 

428:名無しさん

こっちとしちゃ色んなエピソード聞かされて鍬中に愛着湧いて来てたし応援してたし親子対決決定で大盛り上がりしたけどここまでは想像付いてなかったわ…

 

429:名無しさん

色んなエピソード(三段リーグ史上最低勝率昇段 史上初の十代フリークラス棋士 ジンジンの養子兼最初の門下生 一年目四段なのに弟子持ち しかも女子小学生 そしてその弟子と熱愛疑惑 フリークラスでタイトル戦トーナメントベスト4 親子対決実現 元タイトルホルダー連続撃破)

 

430:名無しさん

>>429

情報量が多過ぎる

 

431:名無しさん

>>429

 

432:名無しさん

>>429

コイツの事を昇段直後は誰も気に留めていなかった事実に震える

 

433:名無しさん

>>429

しかも今日勝てばここに『現役タイトルホルダー撃破』が加わる訳で…

 

434:名無しさん

あっ

 

435:名無しさん

マジか

 

436:名無しさん

言った傍から

 

437:名無しさん

>>433

加わっちゃったねえ…

 

438:名無しさん

ジンジンも粘ったんだけどなあ

 

439:名無しさん

つーか寧ろ最初はジンジン圧倒的優勢だったのに

 

440:名無しさん

鍬中冷静に凌ぎきったよなあ

 

441:名無しさん

コイツほんとにただの四段か?

 

442:名無しさん

>>441

ただの四段なら盤王戦本戦にすらいないんだよなあ

 

443:名無しさん

意外ッ!!だがここは盤王戦ベスト4まで残った者だけが存在出来る敗者復活戦ッ!!

 

444:名無しさん

ここ最近で一番地味な昇段者だと思ったらクズ竜王以来のここ数年で一番派手な昇段者だったでござるwwwwww

 

445:名無しさん

これ於鬼頭戦リベンジマッチも期待してええんか?

 

446:名無しさん

ええんやで

 

447:名無しさん

文字通りあの時の鍬中とは心の持ち様が別人や、鏡洲に激励されて勝てたのが相当効いたらしい

 

448:名無しさん

その鏡洲も鍬中に負けたとはいえまだ二戦チャンスがあるからな、どっちかに勝てば遂に三月から四段昇段って訳だ

 

449:名無しさん

時々プロの予選に混じっては勝ち星を挙げてたしなんで鏡洲がプロになれないのか不思議に思ってた事もあったしここは何としてでも勝ってもらいたい。鍬中との対決も見たいし

 

450:名無しさん

これで鍬中が盤王戦タイトル挑戦者になって鏡洲が四段になれば最高の結末だな

 

451:名無しさん

>>450

最高っつーか出来すぎな話だけど見てみたくはあるなーその未来は

 

452:名無しさん

その為にもまず鍬中には於鬼頭を倒してもらう必要がある訳だが、なんか行けそうな気配はあるわねある

 

453:名無しさん

リベンジ戦だし燃えてない訳無いよなあ、あんなコテンパンにされてるし

 

454:名無しさん

>>453

ジンジン戦前のインタビューでも相当当時ショックだったんやろなって伝わるくらいの答え方してたしな

 

455:名無しさん

盤王戦トーナメントは特にやが、七宝戦以外は毎局毎局相当な格上とやり合って、しかも毎度の様に死闘なのに良く勝ててるよなアイツ

 

456:名無しさん

前までは才能無いとかインタビューでちょくちょく語ってたけど、正直言って発想力と根性とスタミナはバケモンだと思う

 

457:名無しさん

>>456

いやほんとそれ

純粋な攻守は上位陣どころか他の若手に劣る事もあるが、今はスタイルを一新したとはいえ少し前まで新嬉野流やらアマチュアで見掛けた奇襲戦法を躊躇無く取り入れて勝ったり、崖っぷちから土壇場で踏ん張る諦めない根性とスタミナ、踏ん張れるくらいの火事場の発想力はどれを取っても四段なんてとてもじゃないが思えない

 

458:名無しさん

>>457

長文乙だがマジで一言一句同意するわ

アイツの火事場の生存能力は謎過ぎる

 

459:名無しさん

>>457

これは将棋界のゴキブリ

 

460:名無しさん

 

461:名無しさん

事実ではあるが流石に草

 

462:名無しさん

褒めてるのか貶してるのかこれもう分かんねえな

 

463:名無しさん

鍬中駿二つ名列伝

・三段リーグ史上最低勝率昇段

・初手開幕4連敗

・最弱のプロ

・二代目ロリ王候補筆頭

・ロリ中駿

・盤王戦しか勝てない男

・盤王戦の勝ち星でフリークラスを突破しようとしてる男

・19歳フリークラスで盤王戦挑戦者になろうとしてる男

・19歳フリークラスで元タイトルホルダーに連勝した男

・19歳フリークラスで現役タイトルホルダーを撃破した男←New!

・将棋界のゴキブリ←New!

 

464:名無しさん

>>463

気付いたら二つ名が大量に出来てた男

 

465:名無しさん

>>463

二つ名の量だけなら九頭竜八一に並び立つ男

 

466:名無しさん

>>463

半数くらい不名誉なもので占められてる辺りクズ竜王リスペクトしてる

 

467:名無しさん

>>463

将棋界のゴキブリだけ異彩放ってて草

 

468:名無しさん

コイツ愛されまくってんなあ

 

469:名無しさん

去年七宝倒すまでは見向きすらされなかったのに分からんもんやなあ

 

470:名無しさん

クズ竜王と神鍋と鍬中が小学生軍団と一緒に歩いてる写真がコラ扱いされたのも懐かしいですね…

 

471:名無しさん

今見るとそこにしっかり美羽ちゃんいるの草草の草

 

472:名無しさん

夏場に伏線回収されてたの見て爆笑したわ

 

473:名無しさん

つまり七宝戦前に既に弟子持ってた説はほぼほぼ正解だったんだよな

 

474:名無しさん

あの限られた情報の中から女子小学生説と七宝戦前に弟子になってたのを当てた民は化け物かなにか?

 

475:名無しさん

変態は思考能力が高い

 

476:名無しさん

それはそうと明日からその美羽ちゃんも女流玉将戦予選トーナメント始まるがお前ら予想はどうよ

本戦&2級昇級はトーナメント表的に3戦全勝が必須だが

 

477:名無しさん

>>476

第2組やったな、美羽ちゃん含め六人

千堂初段、滝本初段、藤沢五段、金平二段、清水澤ちゃん(3級)、美羽ちゃん(3級)のラインナップやな

初戦から藤沢五段とか言う開幕ブッパやが今の美羽ちゃんならいけるやろ

 

478:名無しさん

>>477

初戦もやが金平と清水澤ちゃんとか因縁バリバリの連中揃い踏みなんだよなあ

 

479:名無しさん

>>477

盤王戦挑戦者トーナメントもどうやったらそんな奇跡的な組み合わせなんねんっての多かったけどこっちも下手すりゃ金平清水澤ルート辿るんよなこれ

 

480:名無しさん

>>479

上手く行けばやが、清水澤ちゃんが決勝来れるかどうか……

 

481:名無しさん

なお、美羽ちゃんの心配は一切されてないもよう

 

482:名無しさん

3級で女流帝位のイカちゃんに持将棋まで縺れ込めるとか普通有り得へんしなあ

 

483:名無しさん

まだスタミナが未熟やがそれが整えばつまりはイカちゃんに次ぐ実力と言う訳で

 

484:名無しさん

まあ、準タイトルホルダークラスの能力は既に見積もってもええんやないかね

 

485:名無しさん

流石に月夜見坂には勝てんやろけど、ワンチャンタイトル挑戦まで見据えて応援しても良いと思うレベル

 

486:名無しさん

やっぱ評価高いんやなあ

かく言うワイも藤沢がいくら元タイトルホルダーと言えど十年以上タイトル挑戦から離れてて、且つ今の美羽ちゃんの力考えると止められるとはとても思えんが

 

487:名無しさん

何にせよ鍬中も美羽ちゃんもここを乗り越えれば一人前のプロや、正念場やぞ気張ってけ!

 

 

 

 

 

 

 

 

「竹内3級、3級昇級後これが初めての対局ですが元女王三連覇・藤沢五段相手に一切引かない力ある指し筋で攻め立てていますね、非常に面白いです。確か鹿路庭女帝は彼女と面識があったと思いますが、どの様な棋士という印象を受けた……と言った事とかはありましたか?」

 

「そうですね、私も知り合いのお弟子さんなので何度か直接会ったり、マイナビ女子オープンのチャレンジマッチや予選の棋譜を見させてもらいましたが当時からアマチュアとはとても思えない好戦的で威圧感のある攻め筋が多く他の女流棋士と比べても異彩を放つレベルで攻め一辺倒。守備が弱くはありますが攻められない様に先に攻めて押し潰すのがスタイルなのかなと個人的には思っています。波関五段の印象はどうですか?」

 

「成程、ありがとうございます。僕も同じ見解ですかね。彼女の指す将棋はハイリスクですが華もあるので男の方でも注目度高いんですよ。ベテランならではの老獪な指し筋で今尚安定感のある藤沢五段が防戦一方なのは見た事が無いですし」

 

 

「美羽もすっかり有名になったなあ」

 

 パソコンの前で座り、ニコニコ動画で我が弟子の女流玉将戦予選一回戦を見守る。

 尚このすぐ前に佳香さんの別の対局も中継されていたがギリギリで勝ってかなりヒヤヒヤさせられた直後の話でもある。

 

 しかしやはり美羽の対局が一番見ていて緊張してしまう。

 何せ相手は原作でこそ名前すら登場していないが十五年程前にマイナビ女子オープンで三連覇をしている元タイトルホルダーのベテラン。

 全盛期に比べ力は落ちているものの豊富な知識や経験を活かし新しい戦術が生まれても勝ち越す戦績で喰らいつき続けている相手だ。

 それこそ祭神とは比べ物にならないが、今まで対局した相手だとその祭神に次ぐ強さは確実。

 

 大丈夫だと思って見ていても近くにいてやれないのはどうにも歯がゆい思いが大きい。

 なんて思っていると戦況が一気に動く。

 

 

「藤沢五段、反撃に出ますが全ていなされて……と言いますか潰されていますね。古風な手筋で攻めようとした時は竹内3級の対応力がどうかと思いましたが……少し僕もビックリしています」

 

「竹内3級、あの対応力はこの手筋を知っていましたね~。動揺一つ見せませんでした。パワーだけではなく知識量も凄まじいものを感じさせます」

 

 

「ふふふ、そうだろうそうだろう……ま、鹿路庭さんは良く話すから知ってただろうけど対ベテラン用の作戦……今年の2月から始めたアレが遺憾無く発揮されてるぜ」

 

 今年2月、まだ美羽が研修会入会前に俺行き着けの道場でベテランアマチュア相手に対局させまくる作戦を決行させたのを思い出させる。

 アレからと言うもの、おっちゃん達には定期的に美羽の相手を今でもしてもらって経験豊富な人との指し方はかなり慣れさせたのだ。

 古風な定跡や攻め方等もおっちゃん達と指したり、昔の棋譜が載った本を借りて勉強したりと抜かりなくな。

 

 今回はそれを知っていたが故に対応が自然と出来、中々に粘られたが相手のリズムを大きく乱れさせリードを握った形だ。

 おっちゃん達も見てるだろうけど、マジでこの子が強くなったのはあそこの道場での特訓無しには語れないから感謝が尽きない。

 

 

「藤沢五段ここで投了ですね。序盤こそ場をコントロールしていたんですが強気の攻めの圧に竹内3級が逆に押し返した事、そして穴を突かれたのが痛かったです」

 

「竹内3級次回は予選二回戦、金平二段との対局となります。金平二段とは既にこれで三戦目と言う事となりこれも注目の一戦になりそうですね~」

 

「ええ、見応え抜群の対局になる事間違い無しでしょう。さて双方の感想戦も見てみましょう」

 

 

「ふぅ……良かった良かった」

 

 正直言えば俺の緊張は祭神戦の時以上にドキドキするものがあった。

 しかしそれでもあっけらかんと勝つ彼女のメンタリティには脱帽させられてしまう……本当に日々進化を続けているんだろうな。

 

 感慨深くなってしまう。

 これなら問題無いだろうか……?

 

 何せ女流玉将戦予選はブロック毎に日を分けて一気に1ブロックの予選優勝まで行う方式だ、つまり今日で全てが決まる。

 

 ふぅ、とまた息を吐き出し画面を見つめるのだった。



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第五十話『譲れない気持ちと勝負と』

この辺は早く書きたかった
記念すべき節目の50話


「ここは……こうっ」

 

「くっ……」

 

 女流玉将戦予選、私はその二回戦の真っ最中だった。

 相手は金平さん……マイナビ女子オープンのチャレンジマッチで二回当たった女流二段の人だ。

 あの二回は最初は焦っていた事で完敗、二回目はしゅんちゃんに後押しされて、二ツ塚せんせーの指導を受けて大きく進化して勝って。

 これで三回目。

 今まで自分の事で精一杯だった私は、ようやく相手の顔を、目を見て将棋を指せる様になっていて。

 

(そっか……感じ悪い人だって思ってたけど……本当は違うんだ)

 

 金平さんの表情がやっと分かる様になった。

 酷い事も言われたりして悔しい思いもして、それで次は勝てたからそれでスッキリしたけど。

 この人だって必死に勝ちたいって、負けたくないって、そう思ってるだけだって事に気が付いた。

 

 ……しゅんちゃんの話を思い出す。

 金平さんは最近勝てない事が多くて苦しんでるって、元々口の良い人ではなかったけどここまで口が悪くなったのは追い詰められてるからかも知れないって。

 

 

『……いや、何だか一歩間違えたらあの人みたくなってたのは俺なのかな、なんて思ってさ……だから美羽が俺と出会ってくれてほんとに良かったなって』

 

 

 何より、この言葉を思い出しちゃって。

 私と出会う前のしゅんちゃんの成績は覚えてる。

 1勝6敗……しゅんちゃんの事を知ったのは四段になる少し前だったけど、三段リーグの棋譜を見て、それで私は将棋に興味を持って。

 あの人の為に、せめて言葉だけでも応援出来たら、直接言えたらって思ってたらあいちゃんや天ちゃん、くじゅせんせーやジンジンが背中を押してくれて。

 憧れの人の力になれてる今があって本当に良かったって思う。

 

 ……しゅんちゃんは、そんな事無いって思いたいけど。

 しゅんちゃん自身の口から、もしかしたらこの人と同じ立場になっていたかも知れないって聞かされたから。

 

 今度は真っ直ぐに顔を見て、目を見て、気持ちを理解して、受け止めて、それで勝ちたい。

 

「まだ……攻められる」

 

「ぐぅっ……」

 

『将棋の師匠が教える最大の事ってのはな、戦術や誰がどんな指し方するとか、この指し方にはこれが有効とか、そういうのじゃないんだよ。師匠は弟子に、もしもプロになれなかったとしても社会に出て胸を張って生きていける様に礼儀作法や心が強くなる方法を教えたり。そんな立派で真っ直ぐな人間に育てられる事を教えるのが師匠の役目で、弟子が一人前の大人になれますようにって想って行くのが師匠の弟子への願いなんだよ……ま、親に近い存在なのかもね』

 

 将棋は対話でもあるから。

 そうしゅんちゃんが教えてくれた、ししょーと弟子のお話。

 ししょーと弟子は親子みたいな関係で、将棋を通して弟子を育てていくのがししょーのお役目だってしゅんちゃんは言っていた。

 それを聞いて、私にはそこがまだ足りないのかもって、感じる事が多かった。

 盤上にしか目が行かなかった事が多かった。

 

 だから、今見える景色がすごくキレイだって、思う。

 相手の、対局相手の気持ちが分かるから。

 それに応えたいって、全力で立ち向かいたいって、気持ちが燃え上がるのが分かるから。

 

「見える……!」

 

 今まで見えなかった景色。

 それは将棋にも、あったんだ。

 盤上じゃなくて、下じゃなくて、顔を上げて、真っ直ぐのその先に見えた景色。

 

「楽しい……!」

 

 今までが楽しくなかったって事じゃない。

 しゅんちゃんと頑張ってた今までだって本当に楽しかった。

 でも、今は自分の成長が自分で分かる楽しさがあるって分かった。

 

 それだけ、楽しい事が増えた。

 

「くっ……はぁ……アンタ、ほんとにムカつくくらい強いわね」

 

「……あ、ありがとうございます」

 

「フン……ほんと……ムカつく……負けました」

 

「あ……ありがとうございました」

 

「ありがとうございました……はぁ……負け負け、適いっこ無いわ。ったく」

 

 だから、自分が変われた最後のキッカケをくれた人だから。

 どうしても目の前のその人と、また指したいと思ったから。

 背中を向けて帰ろうとするその人に、声を掛けていた。

 

「あ……あの」

 

「……何よ」

 

「……また。また、あなたと、金平女流二段と指したいです」

 

「アタシと指してそんな事言う人間初めて見たわ。バカじゃないの?」

 

 背中を向け続ける金平さんの表情は見えない。

 

「うーん……でもわたし、やっぱり指してて楽しかったから」

 

「筋金入りのバカね……」

 

「また、指せますか?」

 

「……筋金入りの、将棋バカよ」

 

 そう言ってから、金平さんは少し歩いて、チラッとこっちを向く。

 

「…………アタシが生き残ってたら指してやるわよ」

 

 少しだけ笑ってから、今度こそ帰って行った。

 

 ……私も、次指す時までにもっと強くならなくちゃ。

 

 

 

 

 

「どうやら疲れは無い様だな、ソウルメイト駿の弟子よ」

 

「えへへ、楽しく指せたからヘーキ!」

 

「それは僥倖。駿が盤王戦トーナメントの翌日とあり不在故我がエスコートを務めたが務め上げられたと見て問題なかろう」

 

「うん! かんなべせんせー親切だし! しゅんちゃんのお友達なら安心だもん!」

 

「フハハ! 我に任せておけば万事問題無いのだ!」

 

 休憩時間、ロビーで今日付き添いで来てくれたかんなべせんせーとさっきの対局のお話とか雑談をしたりしていた。

 しゅんちゃんが盤王戦トーナメントの翌日で、付き添いは俺がやるーなんて言ってたけど無理はさせられないからって休んでもらって、かんなべせんせーに迎えに来てもらってこうして今お話をしてる。

 

「……そういえば、盤王戦はしゅんちゃんがおきとさん? に勝てばかんなべせんせーとの対局なんだよね?」

 

「そうだな。我はストレートに勝ち進み決勝で一足先に待たせてもらっている」

 

「え、ええっと……しゅんちゃんがタイトル戦に進むにはかんなべせんせーに2勝必要なんだよね?」

 

「ああ、我はストレートに勝ち進んだアドバンテージとして1勝すればタイトル戦だが……今の彼奴なら我も苦労させられるだろうな」

 

 話は、盤王戦の事になっていた。

 タイトルホルダーで、しゅんちゃんの昔からのお友達のかんなべせんせーが決勝にいるのは私も知っていたから、気になっちゃうのは仕方ないと思う。

 でもそのかんなべせんせーも、今のしゅんちゃんと対局すると難しいって言ってくれた。

 この人は嘘を付けない性格だって、しゅんちゃんからは聞いてたから素直に嬉しかった。

 もう半月経てば、しゅんちゃんの敗者復活戦決勝。

 勝ってほしいなと思う倍以上、だったら私が今ここで2級昇格を決めて、本当の女流棋士になって、しゅんちゃんにエールを送りたい。

 

 そう、確かに思っていた。

 

「私……今日ぜったい勝つ。勝って、しゅんちゃんにエールを送るの」

 

「逞しい娘だ……では、決勝の相手がどちらになるか、見定めるというのも面白いのではないか?」

 

「うん、そうだね」

 

 中継に見えたのは、予選決勝に上がってくる為の対局をする二人。

 一人は見た事が無い……千堂女流初段、しゅんちゃんが言うにはバランスのあるオールラウンダータイプの人と、もう一人……見た事がある。

 清水澤女流3級、金平さんと同じ、チャレンジマッチで当たった人。

 勝てば……予選決勝で勝った方が2級になれる。

 

 盤面は、清水澤さんがリード。

 AI……二ツ塚せんせーと同じ、コンピューターを元にして一番良い手を指すタイプの戦い方で、確実に相手の穴を攻めてはじわじわと差を広げていた。

 

「ほう、あの3級の娘も中々に完成度が高い。何時になるかはさておき、確実に2級に上がってくる存在と見て取れる」

 

「……わたしと前対局したときより、すごく強くなってる」

 

「だろうな。あの娘、あのチャレンジマッチの対局以降その前より熱心に於鬼頭軍門の棋士……AI戦術を得意とする棋士達の研究会に通う様になっていたからな」

 

「……わたし、今までずっと対局してた人の顔、見れなかったんです。見れないくらい、がんばらないと指せなかったんです」

 

「……先程の対局で、視える様になったか」

 

「はい。だれかの気持ちを受け止めて、全力で立ち向かうことが、できました」

 

 今の清水澤さんは、とっても輝いていた。

 

「……勝負事と言うのは、常に残酷だ。どれだけ気持ちが大きかろうと、努力が大きかろうと、それは皆同じ……最後に笑うのは、勝った方だけだ。勝負事だから当然だ……と言われればそうだろう。勝者がいれば敗者がいる」

 

 かんなべせんせーは、視線を中継にずっと集中させながら、そう言う。

 沢山沢山将棋を指してきたからこそ、きっとその先に分かる事なのかも知れない。

 かんなべせんせーは、『だが』と視線をチラッとこっちに向けて、今度はこう話した。

 

「だが、これだけは言える。最後に笑うのは気持ちの強い者でも、努力を怠らなかった者でも無いが……だからこそ、勝っても負けても、その勝負に対する気持ちだけは優劣が付けられぬ、そこに勝敗等存在し得ぬとな。なればこそ、相手の気持ちを受け止め全力を持ってして迎撃する、出来ると思った時その将棋は進化を迎える。決して忘れるな、さすれば道は開かれようぞ」

 

「……ありがとうございます、かんなべせんせー」

 

「なに、気にするな。我がソウルメイトに覚醒のキッカケを与え、心まで射止めた小さき恩人に少しばかりの謝礼をしたいと思っていたのでな。それの代わりになれば幸いだ」

 

 勝っても負けても、そこに気持ちの勝ち負けは無い。

 みんな、私と同じ勝ちたい気持ちを胸に持って戦ってる。

 さっきの対局で少し分かったけど、今かんなべせんせーの言葉を聞いて、もっと理解出来たのかも知れない。

 

「わたし、かんなべせんせーのおかげでもっとつよくなれる。そんな気がします」

 

「ふっ、では決勝で見せてもらうとしよう……」

 

 ふと中継をもう一度見ると、千堂女流初段と清水澤女流3級の対局は、もう終わっていた。

 勝ったのは清水澤さんだった。

 同じ女流3級同士、お互いに次の対局は2級昇級にあと一歩、だから絶対に譲れない対局になる。

 

 決意を胸に、私は決勝の盤上に向かった。



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第五十一話『同じ想い、それでも』

※41話『白雪姫の決断』ですが、16巻で盛大に動きがあった為改変を行いました。ご了承ください


「対局時刻となりました。それでは始めて下さい」

 

「よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いします」

 

 かんなべせんせーは言っていた。

 清水澤さんはこの前対局した時よりずっとずっと努力して、もう負けたくない気持ちで指し続けて、今日この予選決勝にいるんだって。

 次こそ2級になるんだって、そういう事も聞いた。

 

 私も同じ気持ちだった。

 

 マイナビ女子オープンの予選決勝、私は祭神さんと持将棋になった後倒れてそのまま棄権、将棋では負けなかったけど結局負けてしまった。

 私にもっと体力があったら、せめて倒れずにいられたら、そう思って悔しくて、悲しくて。

 しゅんちゃんに八つ当たりしちゃったのを思い出す。

 

 もっと強かったらもっと楽に出来た、だから私もあのままじゃダメだって思って今日までずっと頑張ってきた。

 今の一番の目標にした、次は勝ちたいって思ってる祭神さん自身から教えてもらったり一緒に勉強したり何か思ってたのとも違う事が起きちゃったりもしてたけど、祭神さんとも仲良くなれたし良いかなとも思ったり。

 

 うん、だから私も新しい私になろう。

 今までの指し方だけじゃない、いつまでも守る事が弱点と言われる私じゃなくて、少しずつ少しずつ形にした、私で。

 

「……! これは……新雁木囲い……!? くっ、データには無かったのに……」

 

「あなたががんばってるだけ、わたしだって負けてられないんだから! 新しいわたしになるんだからね!」

 

 新雁木囲い。

 それは、しゅんちゃんの弟子になって最初に、初めての日に教えられた戦術だった。

 

 

「せんせー……これってなんですか?」

 

「この陣形は新雁木囲い……囲いながら攻め上がっていく攻守一体型の陣形さ!」

 

「こうしゅ……いったい……ゴクリ」

 

「そう、君が苦手とする守備、囲いをしながらでも攻めるには充分な駒を用意出来る攻撃的な戦法だね。しかも相手の戦い方に左右されないすごいやつなんだ」

 

「すごいやつ!!」

 

 

 去年の12月、しゅんちゃんのところに初めて行った日の思い出。

 あの頃からずっと練習してて、もう11月になっちゃったけど。

 ちゃんと自分のものにする為に物凄く時間が掛かっちゃったけど。

 

 やっと出せた。

 やっと踏み出せた。

 

 でもこれだけじゃダメ。

 ここで勝って、ちゃんと使えるんだよっていう事をしゅんちゃんに見せて、絶対にエールを送るんだから。

 

「私だって……伊達に3級やってる訳じゃないんですよ。もう一年もプロと戦ってきたんです、それでようやく掴んだ2級昇級の切符……貴方に渡す訳にはいかない!」

 

「わたしには。わたしには……勝って、恩返しと、エールを送りたい人がいるの。わたしが2級になって、一人前になって、それで「わたしはもう大丈夫だから」って、だからがんばってって、言いたい人がいるの。だから……負けたくない気持ちはおなじ!」

 

 女流3級は、二年間で2級になる資格を貰えなかったらアマチュアに戻ってしまう。

 だからこの人が必死なのは当たり前だし、私が必死なのも当たり前。

 きっとここまで来る道は私と清水澤さんとでは全く違うもの。

 でも同じ女流3級だから、今思ってる事は同じはず。

 

『勝って2級に、プロになりたい』

 

 同じ想い。

 凄く尊敬出来るくらい、負けたくない気持ちが伝わってくる。

 それでも、私はそれを受け止めて、それで絶対勝つと決めた。

 

 

 

 

 

『わぁ……! すごい、カッコイイねこの人の指してるところ!』

 

 初めて棋譜を見た時、私に意味なんて分からなかった。

 将棋なんて全く知らなかったし、全く分からない世界だったから。

 でも何故かこの人の棋譜が気になって、あいちゃんにこの人が指してる時の映像をもらった。

 三段リーグとか、公式戦とかじゃない研究会での物だったけど。

 私は一目見て、この人に、鍬中駿という人に釘付けになっていた。

 その内に、この人の事を沢山知りたい、もっと私も理解したいと思う様になって。

 

『あいちゃん、あのね……わたしに将棋を教えてほしいの!』

 

 気が付いたら、あいちゃんにそう言っていた。

 あいちゃんも最初はびっくりしてたけど笑顔で良いよって言ってくれて、覚え始めた時は私も全く分からない事だらけだったけれど優しく教えてくれて、次第にてんちゃんも加わって、くじゅせんせーのお誘いでJS研に入って将棋の難しさだけじゃなくて楽しさも、面白さも、悔しさも知って。

 

 それからまたしゅんちゃんの棋譜を見たら、前は雰囲気で『何か凄い』としか思えなかったものがその時は『少し分かるから気持ちも少しずつ伝わってくる』様になって、もっともっとあの人の事が気になって、だから私はしゅんちゃんの弟子になりたかった。

 

『今日からくわなかせんせーの籍に入ります、竹内美羽です! せんせーが将棋のプロっていうのとイケメンだって聞いてきました! 一目惚れしました!』

 

 本当はイケメンなのか、とかそんなのは私には関係無かった。

 だってしゅんちゃんの将棋に一目惚れして、その将棋を間近で見て、しゅんちゃんが何を思って、感じて指してたのか理解したくて来たんだから。

 でもあの人を前にしたら恥ずかしくなっちゃって、つい誤魔化しちゃって苦笑いされたっけ。

 

 そこから将棋を知って、喧嘩した時もあったけど二人で辛い時も苦しい時も乗り越えて。

 

 そして今、私はこの舞台に。

 

 女流玉将戦予選決勝という、女流プロになるそんなところに後一歩までって場所に、立ってるんだ。

 

 

 

 

 

「……竹内美羽さん」

 

「うん」

 

「……将棋初めて、どれくらい?」

 

「一年半……かな」

 

 静かに清水澤さんに話し掛けられる。

 手番は清水澤さんで止まっていたけど、手が震えていた。

 

「一年半かぁ……私が必死に3級に食らいついて一年閉じ込められてた間にこんなに伸びる人がいるなんて、ちょっと妬けちゃう」

 

「……」

 

 何を返せば良いか分からなかった。

 多分どう言っても上手く伝わらないと思ったから。

 

「そして……ここで女流プロになるのも先越されちゃうなんて……ほんと……妬けちゃうんだから……!!」

 

 清水澤さんは震える手を抑えながら、駒台に手を添える。

 私はそれから目を逸らさない。

 一生懸命戦い合ったから、最後の結末まで見届けると決めたから。

 

「……負け……ました……」

 

「……ッ! ありがとう……ございました……!」

 

「ありがとう……ご……ざい……ましっ……」

 

 しゅんちゃんもかんなべせんせーも言っていた。

『勝者がいるという事は必ず敗者がいる、悔し涙を流す人間がいる』と。

 どれだけ全力を出しても、努力しても、必ずしも報われるとは限らないって。

 特にしゅんちゃんは『努力は必ず報われる』って言葉が大嫌いだって、いつかボソッと言っていたっけ。

 でも同時に『努力した者だけが報われる為のステージに立てる』とも言っていた。

 

 だから私は、前だけ向いてこの『プロ入り』をしゅんちゃんに報告するんだ。

 

 ここがゴールじゃない、ここがスタートなんだ。

 やっと、あいちゃんやてんちゃん、銀子さんと同じステージに立てるんだと噛み締めて私は立ち上がっていった。

 

 

 

 

 

「もしもし、しゅんちゃん」

 

『美羽……おめでとう……本当に、女流2級……おめでとう……!!』

 

 電話越しにしゅんちゃんの震える声が聞こえてくる。

 ずっと……沢山の事を教えてきてくれたしゅんちゃんのその声に、わたしも涙が溢れてきてしまう。

 

「ありがとう……しゅんちゃ……わたし……たくさんがんばったよ……!! しゅんちゃんの事、思い出しながら指してたよ……!! だからわたし、がんばれたんだから……!!」

 

『そっか……そっか、ありがとうな……俺、師匠として頑張れてたかな?』

 

「あたりまえでしょ! しゅんちゃんじゃなかったらわたしはここまで来れてないもん!! だからしゅんちゃんはすごいの!」

 

 喧嘩もしたけど、しゅんちゃんの将棋と教えが無かったらわたしはここまで将棋を好きになる事は無かった。

 この人と一緒に、だったから辛い事があっても登って来られた。

 

「次は……しゅんちゃんの番だよ」

 

『そうだな。弟子が……愛する人がこんなに頑張って目標を成し遂げたんだ。師匠も良いとこ見せねえとな!』

 

 だから今度はわたしがこの人に、師匠に、大好きなしゅんちゃんにエールを送る番になる。

『二人で一人前』って、そう言ってくれたから、今度は『二人とも一人前』になりたいから。

 

「おーえんするからね! ……あ、そろそろインタビューあるみたい……またかけるから待っててね!」

 

『おう、胸張って受けて来るんだぞ』

 

 実はインタビュー前に電話を掛けちゃったのは……秘密に出来なかった。

 だって誰よりも先に勝った事をしゅんちゃんに報告したかったから、ちょっとだけだけど時間をもらってこうして言えて。

 

「電話の方は、やはり鍬中四段にでしたか?」

 

 記者の人がニコニコしながら聞いてくる。

 思わず照れちゃうけど、胸張ってって言われたししっかり答えないとね。

 

「えへへ、そうです! ししょーの将棋も、ししょーの事も大好きだから、一番にほーこくしたかったんです!」

 

「そうですか、鍬中四段はなんと?」

 

「『おめでとう』ってボロボロに泣きながら言ってくれたのでわたしも泣いちゃいました……それで、ししょーも盤王戦頑張るって言ってくれました!」

 

「竹内新女流2級の頑張りが届いたんですね、改めて昇級、そして正式な女流プロ認定おめでとうございます」

 

「えへへ、ありがとうございます! 本戦もがんばって指します!」

 

「最後に、同級生で将棋のプロとしては先輩の雛鶴あい女流初段、夜叉神天衣女流二段の二人に向けて何かメッセージがありましたらここで言ってもらってもよろしいでしょうか?」

 

 あいちゃんと天ちゃんは、今あいちゃんは女流名跡戦リーグで、天ちゃんはマイナビ女子オープンのトーナメントと女流玉座戦のタイトル戦で、戦っている。

 特に、銀子さんが女流界を引退して空位になった女流玉座戦の新女流玉座決定戦は2勝1敗で天ちゃんが王手を掛けている状況。

 

 ……私も、追い付きたい。

 

 確かに、そう思った。

 

「二人は今、タイトルに手がとどくくらいすごい二人になってて、わたしの目標であこがれです! でも……わたしだって負けない! いつかあいちゃんと天ちゃんに勝てるくらい、すごい棋士になってみせるから!」

 

 プロは夢の終わりじゃない、スタート地点だ。

 まだ、私の夢は始まったばかりなんだと胸に刻んで。

 

 ビシッとカメラに向かって指を指して、決めポーズを取ってこれからの未来に宣戦布告をしたのだった。




今日で2周年ですがこれで本当の意味で美羽編の本編は完結となります
まさかの二人がライバルとして立ちはだかるも圧倒、美羽ちゃんはこれから同級生の先輩の背中を追い掛ける立派な女流プロとして美しく羽ばたいて行きます

ダブルあいがプロになってからが本番なのに対し美羽ちゃんがプロになるのを完結としたのは『鍬中と共に歩んでほしかったから』なんですよね
二人で一人前だった半人前二人が一人前になる物語、これぞ本作のコンセプトです

物語もホントのホントに最終章を迎えます
あとどれくらいの期間で書けるかは分かりませんがこれからも首を長くして待っていてもらえたらと思います
ではまた


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第五十二話『追い掛けるのではなく、背負う者として』

17巻の情報量どうなってんだよ、どこから突っ込めば良いんだよ
とりあえず1年弱空いた更新の間で出てきた17巻で明らかになった設定一つだけぶっ込んだ


−2018年12月 盤王戦挑戦者決定トーナメント・敗者復活戦第二試合−

 

「……ふぅ」

 

 控え室に戻り、ペットボトルに入った常温のお茶を飲み干し一息付き、自分が相当な空腹に襲われている事に気付き苦笑いを浮かべる。

 於鬼頭玉将との同棋戦準決勝以来のリベンジマッチ。

 

 

「君が学ぶ様に私も、生涯高みを目指している。成長しているのは私も同じだ……大事なのは対策や指し方だけでないと思い出せないのならタイトル戦の席に座る資格は無いと思いなさい」

 

 

 もう二ヶ月以上前に於鬼頭玉将に言われたこの言葉……今でも鮮明に覚えている。

 この人の過去が過去なだけに、余計納得やら重みやら悔しさやら感じてしまって、尚の事狂ってしまいそうになっていたのも今は遠い昔のはずだ。

 何せ今この控え室での休憩時間に過去を思い返す程の心の余裕があるからだ。

 

「とはいえ、不利な事に変わりは無い」

 

 於鬼頭さんの先手番で始まった本局は於鬼頭さんその人が先手角換わりを決めペースを握った。

 俺は正直少し後手に回らされているのが現状であり、いつ押し切られるか分からない状況に見えているだろう。

 実際結構キツいが、それでもまだ打開のチャンスはある。

 前回やった時と比べて大きく見えてるものもある。

 

「鍬中四段、お届け物ですよ」

 

「え、俺に?」

 

 ここから盛り返す為にも英気を養いたいしさて昼食何にしよう……なんて考えていた矢先、関西本部の知り合い職員がノックと共に入ってきた。

 俺になんか届いてるらしいが……このタイミングで?

 

 訝しげにしていると、その職員は少しニヤリとしながら小声でこう告げ出した。

 

「愛しのお弟子さん……竹内新2級から愛妻弁当の差し入れですよ」

 

 一瞬お茶を噴きかけた。

 だってこれ公表してない事なんですけど?

 え、そんな簡単に愛妻弁当とか言い切っちゃう?

 

「なっ……お、俺は付き合ってるなんて一言も……!」

 

「……いやその、割と雰囲気でバレてますからね?」

 

「マジ?」

 

「大マジです」 

 

 ……上手く隠せてると思ったのに。

 小学生と二十歳手前の恋愛とか普通あり得んでしょうよ。

 

「前例がいますからね」

 

「ああ、うん。そうだったね特大の前例がいたね……」

 

 すっかり忘れていた、八一はこの世界じゃロリハーレム築いてたんだったわそりゃ勘付かれもするか。

 というかくっ付けたの俺でしたね、ええ。

 おのれまさか自爆するとは……

 

「ま、僕と話してたら昼休憩終わっちゃいますしこの辺で退散しますよ」

 

「おう、緊張も程良く解れたわ」

 

「はは、ありがとうございます。……僕の夢も、鍬中四段に託しちゃいたいくらいですよ」

 

「受け取っといてやんよ、同じ三段リーグで戦った好みだ」

 

「……本当に、ありがとう………ございます」

 

 去り際に漏らした言葉、それを俺は聞き逃さなかった。

 この職員とは知り合いであり、世間話をする程度には仲も良く、そして嘗て三段リーグで戦ったライバルだった。

 俺よりずっと年上なのにフランクに話せる雰囲気を持っていて、なのにあっちは敬語が多く礼儀正しくて、兄貴分というよりは友達で。

 でも将棋への執着は鑑洲さんと同じくらいあって……それでも、俺がプロ入りするのと同時にプロを諦めた。

 25歳、高年齢ではあるものの勝ち越していたので三段リーグに引き続き在籍可能であるにも関わらずだった。

 

「……いつの間にか、俺も追い掛ける側から誰かに夢を託される側になったんだな」

 

 鏡州さんに言われた言葉を思い出す。

 

 

「お前は、鍬中駿は、俺が奨励会で十五年以上懸けても届かなかったプロになったんだぞッ! そしてお前は、そんな俺や俺の様な夢に届かなかった奴らの上に立つプロの中でも一握りしか辿り着けないトーナメントのベスト4にいるんだぞ!! そんなッ……夢を託した後輩が絶望した様な顔で指してて助けない奴がいるか!!」

 

 

 この言葉の意味を、ようやく全て理解したのだと噛み締める。

 前までの俺なら変にプレッシャーを感じていただろうが……いや、今もプレッシャー自体は感じているのだろうが、不快にならない。

 心地良い痺れが身体中を駆け巡っているのを覚える。

 

「託された夢を、背負う為に」

 

 だが勿論、託された夢だけが心地良いプレッシャーではない。

 弁当箱を開ける、美羽が持ってくるには大きめのものだ。

 

「ん……わざわざ手紙まで書いてくれたのか。全く、師匠冥利及び彼氏冥利に尽きまくりだろ」

 

 風呂敷には弁当箱の上に置く様にして、便箋が置かれていた。

 

『しゅんちゃんへ』

 

 そう俺に向けて書くのは美羽以外いない、何を書いたのやらはさておき思わず笑みが零れてしまう。

 

「どれどれ……」

 

 肉体的回復が食事なら、精神的回復は美羽のエールといったところか。

 読む前から身体が軽くなっている気がする。

 今日は会えない分、この手紙で沢山愛情を貰おうじゃないか。

 お茶をまた一口飲み開く。

 

『しゅんちゃんへ。今日勝ったらごほーびにマッサージと耳かきとデートをしてあげます! だからぜったい勝ってね! ……あと、しゅんちゃんといっしょに『一人前』になりたいから……たくさんいっしょに二人でがんばってきたしゅんちゃんと、手をつないで一人前になりたいから……勝ってね!』

 

「……んなの言われたら尚の事勝つしか無くなるじゃねーかよ」

 

 美羽からの言葉が、全身に駆け巡って身体を熱くさせる。

 心地良い感覚、普段入り混じらない興奮と冷静さという対極にある感情が同時に自分の中に入り込んでくる。

 頑張りたい、勝ちたい、自分の為にもそうだ、誰かの託された夢を運ぶ為なのもそうだ。

 だが、今の俺は自分の夢以上に、誰かの夢以上に、美羽の為にこの対局を勝ちたいと思っていた。

 

 もしかしたら勝負師としては失格かも知れない。

 だがそれでも、前世からずっと空っぽの人生だった俺に寄り添って、闘志をくれた、夢をくれた、プロ棋士としての人生をくれた、そんな美羽に、美羽の為に、この一局を捧げたいと思ってしまったのだ。

 空っぽだったはずの俺の周りには、今の世界では支えてくれる家族も、切磋琢磨出来るライバルも、背中を押してくれる弟子兼婚約者だっていたのだ。

 気付いて、前に進めたそんな大恩のある人間に捧ぐ対局があったっていいだろう。

 ましてやこんな結構な大舞台、都合良くおあつらえ向きだ。

 

「ま、勝つ為にはまず食事しないとな」

 

 いつまでも独白に浸ってる暇も無い。

 俺は美羽の弁当を食べ、於鬼頭玉将のいる対局室へとと戻っていくのであった。

 

 

 ちなみに今日の弁当はカツ重メインでした。

 験担ぎまで気遣ってくれるとかウチの彼女可愛過ぎなのでは? と思ったのは秘密である。

 

 

 

 

 

 パチリ、パチリ。

 静かな対局場に駒の音だけが響く。

 於鬼頭玉将が今どういった表情をしているか、何を考えているか、そんな事を考えている、見ている余裕は無い。

 ただただ今は勝ちたいと切望し、渇望し、求めていた。

 

 ――79手目 6二歩打

 

 こちらの陣へと歩を打ち込む於鬼頭玉将。

 攻める頃合と見たのだろう、豪胆に打ち込んできたが……今の俺なら怯まない。

 予め相手陣近くに設置した歩がここで効いてくる。

 

 ――80手目 7七銀打

 

 その俺の置いていた歩の一歩前方へ取ってあった銀を打ち込む。

 相手がその気ならこっちだって攻めてやる。

 俺の城はもう簡単には壊させはしない。

 

「……ふぅ」

 

 於鬼頭玉将の溜め息が聞こえる。

 あちらとしては想定外だったか、手が止まる。

 ……ここでようやく今日初めて於鬼頭玉将の表情が見えた。

 

「……ッ」

 

 悔しそうな表情だった。

 その表情が俺に全てを悟らせるには時間は掛からなかった。

 それは、79手目が敗着なのか80手目が勝着なのか。

 頭の中がぐるぐると回り良く分からなくなってしまう。

 だがまだ喜ぶな、ここから間違えてはいけない、一手足りとも間違えてはならない。

 美羽に『これが棋士だ』と見せる為の戦いをしよう。

 

「ふぅ……」

 

 息を吐き頭の中を冷やす。

 焦らなくて良い、一歩ずつ一歩ずつ、それこそ今までの俺の将棋人生なんてずっと止まってばかりだったんだ、それに比べたらここの勝負で何を焦る必要がある。

 

 逃げた玉を打ち込んだ銀で追い掛け、苦し紛れに成ったと金を無視して角で更に王手を掛ける。

 於鬼頭さんの表情が更に曇る、しかしこれで諦めないのだからやはり現役の中でもトップクラスのタイトルホルダーと言える。

 本当に恐ろしい人を相手にしているのだと改めて実感させられる。

 だからこそ、尚更俺だってそこで気圧される訳にはいかない。

 この角で決めてやる、そんな想いを持って。

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けました」

 

 そっと頭を下げる於鬼頭さんにハッとして頭を上げる。

 無我夢中だった、何手でも構わない、粘ってきたらその分全てを捩じ伏せる様に、何度でも何度でも指していた。

 たとえいつ終わるか分からなくても良い、ただただその先に待つ景色だけを見つめて。

 

「……勝っ……た……?」

 

「ありがとうございました」

 

「あ、ありが、とうございま、した……」

 

 現実感が伴わない中での挨拶でどうにも口が回らない。

 最後だけ締まらないのは何とも情けないと感じてしまう。

 

「……悪くなかった」

 

「え……?」

 

「君の将棋だ」

 

 何か言わないと、と使い切ってしまった頭を必死に動かしていたが於鬼頭さんに先を越されてしまった。

 本当に締まりの悪い事この上無い……しかし、真剣な眼差しでそう言われて、あの時言われた言葉を思い出して、認められたのだと思うと込み上がってくる思いもあった。

 

「ありがとう……ございます……」

 

「そして悪かったね。あの時言った言葉……若い時の私に似て、どうにも危うく思えてしまって。どうしても放っておけなかった……今更言われても、と思うかも知れないがね」

 

「そ、そんな事……」

 

 俺は知っていた。

 於鬼頭さんが過去コンピューターに初めて負けたプロ棋士として大バッシングを受け、そこからA級陥落や自殺未遂をしていた事も。

 そこまでは実際に前世で『見てしまっていたから』。

 だからこそ、どう答えて良いか分からなかった。

 あまりにも重たい言葉だから。

 

「いや、良い。勝手に憂いてしまったのは私なのだから。そして君は……鍬中四段はそれをちゃんと超えていったのだから。私がした過ちは君はしないだろうと思える事が出来た」

 

「ッ……ありがとう……ございました……!」

 

 だが、於鬼頭さんの顔は穏やかなものだった。

 本当に心配してくれていたのだろう、そう思うと俺はとことん周りの環境に恵まれたのだと噛み締めてしまう。

 

「さて……私はそろそろ失礼する。挑戦者決定戦、応援している」

 

「は、はいっ」

 

「それと……私の娘を救ってくれて、仲良くしてくれて……ありがとう」

 

「……え?」

 

 しかし最後の言葉だけは、どうにも理解する事は出来なかった。

 ただ、於鬼頭さんの顔は、一人の父親の顔付きだった。



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