町暮らしのゾロアークとルカリオ (ムラムリ)
しおりを挟む

夏の終わりに

http://fesix.sakura.ne.jp/contest/2016/
に投稿したものを改稿したもの。
このルカリオとゾロアークで2,3本短編を書いていて、時々気が向いたらまた投稿しようかなとも思うので設定は連載にしておく。
でも最終的には自作のチキン・デビルに繋がります。


 空を見上げると、雲がゆらゆらと過ぎて行く。

 夏の終わりの空は真夏の時の空とは何かが違う気がする。青空は青空で変わらないし、雲の形だってそう大していつもと変わらないけれども。毎年そんな事を思っている気がするけれど、それがどうしてかは良く分からない。

 夜になれば、肌寒さが感じられるようになってくる時期。

 良く分からない寂しさと共に、涼しい夏毛の役目が終わろうとしている。

 そんな早朝、屋根の上で青空のような色の毛皮をしたルカリオを待った。

 

 暫くすると、ひょい、と軽い身のこなしでルカリオが屋根に登って来た。

 俺が持っていた小銭をちゃりんちゃりんと軽く手の平で遊びながら出すと、ルカリオも小銭を取り出す。

 真夏のある日に、ルカリオと戦っている最中に偶然見つけた誰かのへそくり。全部盗んでとんずらしたその沢山の小銭。

 それももう、夏の間にたっぷりと使って今は底を尽きかけている。

 俺とルカリオの小銭を合わせて、後どの位だろうか。

 顔を合わせて数えてみれば、いつも食べているアイスなら後3つ分位だった。

 

―――――

 

 太陽が昇り始めるこの時間帯。ヨルノズクが朝の森へと帰って行く。屋根の上では、一匹のネイティオがその昇り始める太陽の方をじっと見ていた。

 いつでも大体太陽を眺めているが、そもそも眩しくないんだろうか。俺は波導で感情を読めても、ネイティオの生き方なんて分かりやしないが。

 屋根の上から降りると、人を乗せたギャロップが目の前を勢い良く走って行く。その後ろを子供のポニータが頑張って追いつこうと走って行く。ばからっ、ばからっ、と石畳を駆けるその音はうるさいと言えばうるさいが、耳障りじゃない。

 毎日毎日を過ごしていく。ここの誰もが毎日毎日を同じように過ごしている。

 こいつと会ったのは俺がリオルからルカリオになってから、こいつもゾロアじゃなくてゾロアークだった。

 街という場所で、小銭を拾い集めて偶に人間に混じって物を食べる。

 街の子供達をあやして、貰った物を食べる。

 捕まえられそうになったら逃げたり実力で追っ払ったり。

 夜になれば雨を凌げる場所で他のポケモン達と寝て、心地良い場所が占領されていれば、偶にその縄張りを争う。

 自然の中で暮らすのとや、トレーナーに従う存在になるのともまた別の生き方。

 それに慣れたのはいつ頃だったか、もう覚えていない。

 俺がリオルだった頃の記憶も、リオルからルカリオに進化した時の記憶ももう、余り思い出せない。

 俺はきっと、今に生きる事が一番大事で、過去なんてどうでも良いんだろうな。

 現に父母の顔も余り思い出せない。元気にしているだろうかとは思うけれど。

 

 ちゃっちゃっ、と爪の音を軽く石畳に響かせながらゾロアークと一緒に歩く。

 会ってから気付けば良く一緒に行動するようになっていたし、仲良くもなっていた。一緒に寝る事も良くあった。単純に相性が良いんだと思う。

 俺かこいつが雌だったらもう子作りでもしてるかもしれない。そんな事も偶に思う。

 ゾロアークが欠伸をする。軽く猫背で気怠そうな姿。けれども、戦う時になれば相性が悪い俺とも互角に戦う程の実力。

「おはよー!」

 子供が俺達に手を振って朝っぱらから元気に駆け抜けていく。その頭には眠たげなデデンネが乗っかっていた。俺は普通に、ゾロアークは気怠そうに手を振り返す。

「おはよう。冷えて来たわねえ。大丈夫?」

 二階建ての家の窓から、そこに住んでいる家族の妻が声を掛ける。頷いて答える。

 毎日ダストダスと共に掃除をしている老人が、無言で箒で掃いている。俺達を見止めたものの、特に挨拶はしない。俺達もしない。

 ダストダスは毎日ゴミを拾って自分の体の一部にしている。この町が綺麗なのはこいつのおかげもあるんだろうが、近付くと臭うから余り関わりたくない。

 毒は俺には効かないけれど。

「よお、今日こそ仲間にしてやる!」

 自転車に乗ってやって来た若いトレーナーが、そう言って俺達の前に立った。

 俺も気怠くなる。

 これで何回目だ、こいつは。

 

―――――

 

 付き合ってやる必要もないが、今から最後の小銭をぱあっと使う身としては動いた方がその後のアイスが美味くなるだろうな、と思った。

 背伸びをすると、ぽきぽきと背中や腕から音が鳴る。ルカリオがそんな俺を意外そうに見た。

 ま、俺だって偶にはお前以外とも戦うぞ。

 出してきたのはいつも通りのデンチュラとポッタイシ、じゃなくてエンペルト。

 成程、進化したのか。

 俺とルカリオは軽く距離を取って、爪と拳を相手に構える。

 勝ったら金くれねえかな。飯とかでも良いぞ。

 

 位置の関係上、俺がデンチュラと戦う事になった。デンチュラも俺に電気を纏った糸を飛ばして来た訳だが、それを躱してエンペルトの方に走る。相性が悪いし、先に一体仕留めた方が良い。

 ルカリオもエンペルトの方に走っている。

 あの鋭い腕は当てられたら痛いじゃ済まさそうだな、と思いながらも爪に力を込める。

「デンチュラ! ゾロアークにシグナルビーム!」

 デンチュラの方をちらりと見て、デンチュラの狙いを測る。

「エンペルト! ゾロアークにメタルクロー!」

 狙っている事も同じかい。

 姿勢を低くして後頭部を狙ってきたシグナルビームを躱す。その次の瞬間、飛んだシグナルビームが前に居たエンペルトの腕に反射されて飛んできた。

 流石は鋼タイプ。

 そんな事を思いながら、まともに食らってしまった。

 

―――――

 

 予想外の攻撃にゾロアークが怯んだ。

 シグナルビームを反射したエンペルトにはっけいを打ち込むと、痛いな、と睨まれる。

 ゾロアークは転がって、続けざまに飛んできたシグナルビームを躱した。

 あれだけ動けるなら、反射された分あのシグナルビームはそこまで威力は無かったみたいだ。

 エンペルトが人間の指示に従って、俺を無視する。水を纏い、アクアジェットで起き上がるゾロアークに追い打ちを掛けようとしている。

 そこを足を引っかけて転ばせて、背中にもう一度はっけい。

 動こうとしたから更にもう一度はっけい。

 それで気絶した。

 素早い俺を無視しようたって、こんな至近距離じゃ無理だろ。

 ゾロアークもデンチュラに距離を詰めていた。放電をナイトバーストで相殺して、一足先に動いて爪を眼前に突きつける。そうしてデンチュラは動けなくなった。

 

 気絶したエンペルトがボールの中に戻って行く。

 デンチュラも戦意を失って、すごすごとトレーナーの方へ戻って行った。

 シグナルビームを当てられた腹を擦りながら、ゾロアークが息を吐く。少しは痛かったみたいだ。

 ゾロアークがトレーナーの方を見る。何か小銭でも物でも何かくれよとでも言いたげな感じだ。

 仕方なく、と言った感じに人間がゾロアークに缶を渡した。一本。

 俺の分は?

 そんな事を察したのか、人間が俺の方にもう一本投げて来た。

 水色の缶、確かサイコソーダとか言う、シュワっとする飲み物。悪くない。

 

―――――

 

 俺が貰ったのはミックスオレ、ルカリオが貰ったのはサイコソーダ。俺の方が良いものだ。ま、ダメージ食らってしまったしな。

 歩きながら爪で蓋を開けて、一気に飲み干す。

 少し温いそのジュースが一気に喉を潤した。美味い。ミックスオレと言うそれは、色んな果実を混ぜて作っているらしいが、どういう物が混じっているのかは分からん。

 でもまあ、そんな事はそう大してどうでも良くて。やっぱりジュースって言うのは一気飲みするのが良いよな。それは変わらない。

 そんな俺を気付けばルカリオがジト目で見つめて来ていた。

 その手はカツカツと、蓋を開けられない丸い指が必死に開ける部分を引っ掻いていた。

 爪を引っ掛けて開けてやる。

 ぷしゅ、と音を立てて静かに炭酸が漏れ出て行く。ルカリオは慎重に飲み始めた。炭酸は一気飲み出来ないから、少し残念だよな。嫌いじゃないけれど。

 

 空いた缶を宙に投げて、蹴ってゴミ箱に入れる。ルカリオも同じようにやって、外した。

 溜息を吐いてルカリオがそれを拾って手で入れようとして、近くにココドラが居たからその前に置いた。

 ココドラがばりばりとその缶を食べる。美味そうに食ってるが、いつ見てもどうにも美味そうには思えない。

 目の先には、いつも朝早くからやっているアイス売り場が見えて来ていた。

 小銭を確認する。いつものアイスなら3つ買えるけれど、もうちょっと高級なアイスなら丁度2つ。それを頼もう。

 

―――――

 

 今年の夏は、途中まではいつも通りだった。

 ぎんぎらぎんの太陽に照らされてうだるような暑さだったし、そんな中の楽しみと言えば、小銭を集めて買うアイス。

 俺とゾロアークで集めた小銭でいつも大体、アイス1個がやっと。

 戦って勝った方が、動けなくなった体から小銭を奪い取ってアイスを買う。偶に奪い取って逃げ切ってアイスを買って、そのまま口に突っ込む。そして冷たさで悶える。一回、食べようとした所に突っ込まれて地面に落としたっけ。

 いや、それは去年の事だったっけ? 覚えてない。

 並んでいる人達を待っている最中に追いつかれて、その人達が捌けるまで逃げた時はそもそも夏じゃなかったかな。あの時は……ああそうだ、焼き芋だ。焼き芋食えたんだっけ? 結局、分け合った気がする。

 とにかく。

 そんな毎年の暑さに堪えながら小銭を拾い集めていたのも途中まで。つい壊してしまった植木鉢の中から小銭をたっぷり見つけてからは、のんびりアイスを買った。

 アイスを食べられた回数は多かった。けれど幸せだったかと聞かれれば、毎年と同じ位かもしれない。

 

 金を大量に見つけてからのんびりとアイスを食べている時に、ふと思った事がある。

 達成感が無いな。

 戦って、勝ち得たものがアイスだった。それがただで手に入るようになった。

 味は変わらないし、美味さも多分変わらない。

 けれど、勝てなかった時に生暖かい地べたで次こそはと思う事も無くなったし、また勝利と一緒に得る強い快感も無くなった。

 毎日アイスを食べられる事が嫌だった訳じゃない。寧ろ、毎日食べられる事はそれはそれで幸せだった。

 けれど、物足りなさがあった事も事実だった。

 ゾロアークが爪を指して、一つ上のランクのアイスを注文しようとしている。それなら二つ、今年の夏だけのいつものように、一緒にのんびり食べられる。ただ、けれど、一番上のアイスなら1個だけ。

 それと、おまけ程度にいつも通りのアイスがもう1個。

 ゾロアークの腕を掴んで、それを止めた。

 

―――――

 

 ルカリオが俺の腕を引っ張って最上級のアイスの方に爪を指させた。そして顔を合わせる。

 ……俺は万全じゃないんだけどな。

 時間が少し経って、ミックスオレも飲んで大体回復しているとは言え。

 けれども、俺は笑った。にぃっと口角が上がる程に、自然と笑った。

 それを含めてもとても良い提案だった。

「うん? それを頼むのかい?」

 ちょっと待ってと首を振った。

 アイス屋から距離を取って、街のど真ん中で互いにもう一度。今度は向かい合って爪と拳を構える。

 賭けるものはいつも通り、互いが持っている金。

 それは夏に限らず、秋、冬、春、いつになっても変わらないだろう。

 けれど、こうして毎日のようにアイスを買えるのは今日が最後。そしてきっと、一番でかくて旨いであろうアイスは、今日だけしか食えない。

 静かに、涼しくなり始めた風が吹く。太陽が俺とルカリオを家の上から照らし始めた。

「こっちに被害を飛ばさないでくれよー」

 その呑気な声が、始まりの合図だった。




モデルはミアレシティ。
ルカリオもゾロアークも雄で大体30~40レベルを想定。
友達以上の関係だけど、同性好きでもないのでそういう事はしない。
ただ、寒い時に何かきっかけが起きてしまったらそういう事もするかも。
でも、それで関係が変わったりもしない。そんな感じの、とても仲が良くて、でもそれだけの関係。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

新入り

http://fesix.sakura.ne.jp/contest/2017/alola/index.html
に投稿したもの。
因みにカルテットもここに投稿したもの。


 町に住んでいるとは言え野生なんだが、飯をくれるという条件で、最近出来たカラテとやらの道場に顔を出すようになった。

 人間もポケモンも、そこでは等しく稽古に励んでいる。

 なーんか改まったような動きをして実践向けじゃないよなあ、とか最初は思っていたけれど、俺もちょっとやってみれば、生まれてからずっと我流の動きには色々無駄があったりする事も分かったりして。

 人間って色んな事考えるんだなあ、と感心している。

 型に嵌っていても、無駄の無い動き。足腰から力がちゃんと伝わる動き。

 そういうのって、かなり重要な事だ。

 現にゾロアークに勝てる事もちょっと増えた。

 

 一通りの稽古。体を温める準備運動、型をしっかりと覚える運動。それから実践、めげずに挑んで来るリオルやら、とにかく攻撃的に挑んで来るゴーリキーとかをあしらって。

 それから美味しい昼飯の時間。

 中にワカシャモの内臓のペーストが入ったサンドイッチを食べる。

 最初はええ、となったけど、敗者がこうなるのはまあ、当たり前な事なのかもしれない。それに今まで貰って食べた物にもそういう物もあったかもしれないし。

 町の中で暮らすようになってから、その感覚は結構薄れている。

 そんな事を思う隣で、俺の進化前の姿であるリオルが口を汚しながら食べている。何だか兄になった気分になる。悪くない。

 野生はいいぞ? まあ、町の中で暮らす以上、色々とルールに縛られはするが、それさえ守っていれば人の下につくより好き勝手に生きられるからな。

 ま、最初から人のポケモンとして生まれたなら、そんな選択肢はないか。

 野菜も混じったサンドイッチ、二つ目に手を伸ばす。

 

 テレビではアローラとか言う遥か遠く、南国の事を話していた。

 人間の言葉はそんなに分からないけれど何となく、どういう事を言っているのか位までは分かる。

 でも、テレビの中の人の波導までは読めないから、耳の感覚だけで察するしかないんだけれど。ゾロアークはどうやって言葉を理解するに至ったんだろう。

 マラサダとか言う甘そうで美味しそうなパンっぽいもの。でも、テレビの中の人は辛そうな表情をしてる。なんだあれ。

 他にもZ定食とかいう巨大な飯を紹介してたり。

 ライチュウだけどライチュウじゃない、変なライチュウが居る。

 何だあのナッシー!? ストライクとかに首ちょん切られそうだ。ストライクじゃなくても、強い衝撃受けたら一気にお陀仏じゃないか?

 ロコンって炎タイプだったよな? サンドも地面タイプだったよな?

 アローラってどういう場所なんだこれ。

 行ってみたいなあ。

 でも、どうやって?

 レポーターが森の中に入って行き、何やら危険を示すような看板が立ち並ぶ中。護衛役としてか、ジャラジャラ音を鳴らすドラゴンポケモンが出て来た。

 パンチで戦うような姿だけど、そういや他のドラゴンポケモンでそういうようなの居たっけ。

 うーん。俺の知る限りじゃ居ないかな。

 

―――――

 

 船旅はもうやだ。帰りもそうなのかな。

 本当に本当に、どこまでいってもいやだよ。

 ゾロアークはどうしてこんなにはしゃいでいられるんだか。

 何度吐いたか分からないし、酔い止めの薬を何度貰ったか分からない。

 つらい。

 見知らぬ土地とは言え、やっと陸地が見えて来た事に本当にほっとする。

 島が少しずつ大きくなってくる。

 はやく着いてくれ。

 とにかく、はやく。後ちょっと。

 頑張れ、俺。頑張れ、後ちょっとで着くんだ。だからもうちょっとだけ、後もうちょっとだけ堪えるん、あ、ああ、駄目だ。

 うぷ。おえ。

 あー……。

 高級サメハダースープが海に溶けていく。

 

 俺以外にも船酔いに掛かっている道場の人達は多いらしく、遠征と言う名の観光はひとまずお休みとなった。

 ゾロアークはいつの間にか仲良くなったリオルと海で遊んでいる。何か黒とピンクの変なものを投げていると思ったら、そこから白い何かが飛び出して反撃されていた。

 あれもポケモンなのか?

 かなり小さいけど。

 道場の船酔いに掛かってない人がやってきて、未だに酔っている俺とゴーリキーにジュースを渡してくれた。

「大丈夫か? ――――けど、元気出せよ」

 少し聞き取れなかったが、まあ、暫くしたら元気になる。

 あ、このジュース凄く美味い。

 うん、美味い。一瞬で飲み終えるのちょっと勿体ないけど、飲んでしまう。

 ああ、我慢できない。すぐ空っぽになってしまった。

 もっと欲しいけど、半ば勝手について来たようなものだからなあ。

 ま、ゆっくりしてれば元気になれそうだ。

 

 元気になってきてから砂浜でリオルと手合わせしたり、ゾロアークとそこそこ本気で戦ったり。

 おい、ポケモンでガードするって何だお前。って、その出て来た白いの何だ。拳っぽい形だけど。

 え? 内臓? え? それ本当?

 地味に痛いし。

 あーもう、まあ、もういいや。

 何か萎えた。いや、楽しいけどね。

 知らない事だらけだ。

「……ぶっし」

 暑いな。

 

 完全に元気になって、色々美味しいもの食べて。ヤドンのしっぽとか変なものからマラサダも食べて。一息吐いてから観光次いでに人里離れて、ゾロアークと一緒に森の中に行ってみる。

 色んな波導が感じられて、そして時折姿が見えるポケモンはほぼほぼ全部見たことのないポケモン。

 敵意とか警戒心とかもあるけど、こっちから手を出さない限り攻撃はして来なさそうだ。

 南国とだけあって、木々も良く生い茂っている。

 鳥が優雅に踊っていたり、どでかいクチバシを持った鳥が空を飛んでいたり。

 首に鋭い岩を生やした四つ足のポケモン。良い匂いを醸し出す果実のようなポケモン。

 綺麗な花のようなポケモン。ストライクとお似合いのような感じだけど、虫タイプか草タイプか分からないな。

 草タイプだったら、正直ストライクとは相性とても悪いよな。

 ……? ピカチュウ、じゃない。

 なんだこいつ。でも怖いから近付かないでおこう。何か波導が薄暗いし。おい、ゾロアーク。

 え、仲良くなりたいみたいだって?

 とは言えなあ。

 まあ、薄暗いとは言え、そんな敵意とか全くないけど。

 

 その妙なポケモンと一旦分かれて暫く歩いて行くと、道場で見た看板があった。

 リングマとかゴロンダとかそれに似たような体型のシルエット。赤い文字で何やら書かれてて、多分危険って意味だろうな。

 あ、ゾロアーク、さっさと行くなって。一応こういうの見ておいた方が良いんじゃないか? ここは全く知らない場所なんだしさ。

 そのゾロアークの目の前に唐突に変なポケモンが出て来た。でかくて体は黒っぽい。とても太い足と手。顔はピンク色の、口がどこにあるか分からない、妙な体つきの……看板と見比べて、シルエットは全く一緒。

 え。

 波導からは全く敵意とか感じられないけど。危ない。体がそう告げている。背筋が一瞬でぞわりとした。

 ゾロアークはぽかんとしている。

 その変なポケモンの腕が唐突に動いた。

 ばきっ。

 そんな音と共に、ゾロアークの首が変な方向にねじ曲がった。腕の一振り。

 ゾロアークはそのまま倒れて、動かなくなった。

 え?

 嘘。

 ずん、ずん、とそのまま俺の方に歩いて来る。

 ゾロアーク? ゾロアーク? おい、動いて。ちょっと。ねえ。

 え、何が起きてるの? ちょっと、待って。

 ゾロアーク、ゾロアーク!

 腕が振り上げられる。顔は真顔のまま。波導は、全くの平常。それは飯を食べる時と同じような。

 振られた腕が眼前に迫って来る。

 どうにか後ろに跳んで尻餅をついた。とても強い風切り音だった。掠った鼻から、つー、と血が出始めた。

 や、やめて。

 立ち上がれない。助けて、誰か。足が、腕が、震えて動かないんだ。

 助けて!

 振り下ろされる腕。

 食べたものが一気に全部口から出た。血も一緒にどろどろと出て来た。

 首を掴まれて、持ち上げられる。変わらない顔。

 抱き締められて、締められて、ばきぼきべきゃぁと骨が折れた音がした。

 あ、ああ。

 どうして、どうして?

 アローラってこんな場所だったの?

 アローラなんて来なければ良かった。付いて行かなければ良かった。

 どうして、嫌だ。

 鼻のすぐ下に見えなかった口があんぐりと開いて。

 血に塗れた牙と真っ赤な舌と、その奥の真っ暗い喉が近付いて来て。

 何故か鼻をぺろぺろと舐めて来た。

 ……え?

 ぺろぺろ、ぺろぺろ。

 …………これ、夢だ。

 

―――――

 

 起きて、目の前には俺の鼻を舐めてるゾロアークが居た。

 道場の中。昼寝の後。ゾロアークも勝手に入って来ている。

 あーーーー…………嫌な夢だった。本当に、本当に。何であんな夢見たんだろう。

 人間だったら汗びっしょりって感じなんだろうな。心臓はばくばくしていて、全身の毛が逆立っていた。

 様子を見て来るゾロアークを抱き締めて、ゾロアークの鼓動がちゃんとあるのを感じた。俺自身、生きている事をそこでやっと実感出来た。

 ……あんなポケモン、あんな妙なポケモン、実際には居ないよなあ?

 怖かった。本当に。

 アローラには絶対行かない。

 あんな怖い場所、行きたくない。絶対に。夢だったとしても。

 

 道場に戻ると、もう既に昼からの稽古が始まっていた。

 その中に新入りと思われる、肌の焼けた男性が一人。

 ちょっとしてから稽古が一旦止まって、一番偉い人が話し始めた。

「今日からここで皆と稽古をする、アローラから来た――――」

 アローラ?

 何か嫌な予感がする。

「――――。あそこに居る二匹は、野生だが実力は上々だ。手合わせも良いぞ」

「はい。――――、よろしくお願いします。パートナーのキテルグマと共に頑張ります」

 そう言って、投げ出されたボールの中からは夢で見た姿とほぼほぼ一緒なポケモン。

 えっ。

 何これ。

 ずんっ、と音を立てて着地してから、そのキテルグマもぺこりと頭を下げた。

 俺は騙されないぞ! あんなナリをして、皆を……いや、それ夢の中の話だった。

「では……まず、あそこのルカリオと一戦交えてみますか?」

 え、何それ。

 ちょっと、待って。

 まだ心の準備が。

 早いって場所が空くの。

 まだ起きて時間経ってないんだって。

 水? ああ、助かるけどそういう事じゃなくって。

 え、やらなきゃいけないの?

 俺の同意は? ちょっと、待って。待ってって。

 あーあーあーあー。

 やるしかないの。

 そうなの。

 あー、はい。

 そうですか。

 そうですか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

焼き芋

 下水道に近付くだけでも腐った臭いがもんわりと滲んできて、石畳は夜になっても生暖かい。

 羽を持つ虫ポケモン達は時折街の中まで顔を出してきて、虫が苦手なゾロアークはいつの間にか覚えていた火炎放射を日によっては吐けなくなる程に使っていた。

 石造りの街の外はそこまで暑い訳でもないけれど、外は外で虫ポケモン達が更に多い。特にゾロアークは出たがらない。元々群れで暮らすポケモンだとも言うし。

 だから風通しの良い、そして虫ポケモン達が余り来ない場所が俺とゾロアークの寝床になっていた。

 いつだって人の住んでいないアパートなどに忍び込めれば最高だけれど、そうでない時は屋上の物陰とかが寝床になっていた。

 ただ、暑い夏は悪い事ばかりじゃない。落ちているお金を拾い集めたり、時々人の手伝いをしたりして手に入れるアイスとかはとても美味しいし、体を洗うのだって夏の間は全く苦じゃない。

 

 そんな夏も過ぎて久しく、段々と寒さが身に染みるようになっている。

 俺の毛もゾロアークの毛もすっかりふさふさに生え変わった。

 

*****

 

 久々に身を寄り添って寝た朝の目覚めは、ルカリオが俺の髪の毛を抱いてしゃぶっている所から始まった。

「……」

 これをカメラで押さえたら売れそうだなとか思いながら引っ張った。

 ぐいっ、とバランスを崩したルカリオは無様に倒れる。それからのっそりと起き上がったルカリオは寝ぼけ眼な目で口元に垂れていた涎に砂をくっつけていた。

 全く。

 髪を爪で梳き直していると、涎を拭ったルカリオがのっそりと外に出る。

 俺も髪の毛を程々に整え終えると、その公園の遊具の中から出て背筋を伸ばした。

 ドーム状の遊具の中は入り口を何かで塞いでしまえば、冬になっても中々に寝心地が良い。枯れ葉などを敷き詰めてしまえばそれはもう最高だ。

 ただ、毎日のように子供達が遊びに来て荒らすし、毎日のように籠っていたら人間達が出て行けと色々手を出し始めるし、長居するには向いてない。

 ルカリオが木の上から木の実を投げて来る。手に取ると俺の好きなイアの実だった。紐が付いていて、吊るして干していたもののようだ。

 ここらじゃ手に入らない木の実だし、手に入れた後にこっそりとこの公園の木を使って干していたんだろう。

 どうやらルカリオなりの謝罪のようだ。齧ると、生で食べるのとは全く違う食感と濃い酸味が口の中に広がる。眠気が一気に吹き飛んで、思わずもう一口。

 ルカリオにも一口位残した方が良いかと思っていたが、もう一つ投げて来たナナシの実も干されていた。この分だと結構な量を干していそうだ。

 いつの間に。何か人間の手伝いをする代わりに結構な量でも貰ったのか。

 ただ。一度風が吹けば、木から枯れ葉が一気に零れ落ちていく。それと共にルカリオの姿も多少露になり、ルカリオが干していた木の実も揺れているのも見えた。

 もう食べないと、保存するも何も、誰かに取られてしまう。

 降りて来たルカリオの手には、今丁度熟れている木の実が幾つかと、それと同じ量の干した木の実が手にあった。

 まあ、とても十分な朝飯である。

 熟したヒメリの実、うん、とても美味い。

 

*****

 

 朝飯を食い終えれば、街の中をぶらぶらと歩く。

 一筋の風が吹き、体に少し染みる。この早朝、すれ違う人々は基本的に厚着になりつつあった。寒がりな人間は帽子や手袋も身に着けていて、逆にランニングをしている人間はこんな時期でも毛皮が全くない手足を丸出しにしている。

 夏にはほぼ毎日のように俺達を自らの手持ちにしようとして来る子供達も居たが、ガッコウとやらが始まるに連れて朝早くから迫って来る事は無くなった。

 そんな、大した警戒もしなくて良い、ゆっくりとした朝。

 そして今日はおやつまである。先日俺だけで人間の手伝いをした時に貰った木の実を干したら、良い具合になっていた。虫に食われてもいなかったし、腐る事もなかったし、とても良く出来ていた事にちょっと俺自身も驚いた。

 ゾロアークも食べたら目を見張っていたし、そしてまだまだある。

 干していた木の葉っぱが一気に吹き飛ばされつつあるから、もう全部食べるか隠し場所を見つけなきゃマズいんだが。

 まあ、それは急ぐ事でもない。

 指に紐を引っ掛けて、クルクルとその持ってきた干し果物を回す。ゾロアークに渡した干し果物もクルクルと回されている。

 くるくるクルクル。

 ……まあ、今は腹空いてないしな。

 ただ飽きても、しまう場所なんて無いんだが。何か手伝いでも見つかったら適当に隠しておこうか。

 

 人間から手伝いを頼まれればそれをやって金やら飯やらにありつける。

 ゾロアークと共に動いていなかった頃は手伝いに対しての報酬が割に合わない事も多かったんだが、損得勘定とかも良く分からなかったし、かと言って上手い交渉の仕方も分からなかったしで、ひもじい思いをする事も多かった。

 多分、ゾロアークが居なかったらもう俺は人間と共に暮らすか、この街を去るかしていただろうな。

 ゾロアークは人の言葉もちゃんと細かく分かるし、文字も読めるし。俺はまだ文字も読めない。正直に言うならば、波導で感情は分かるからそれで良いやと思ってしまっている驕りだ。

 でもまあ、俺は本当に困らないと文字とか読めるようになろうとは思わないだろうな。

 多分、ゾロアークは本当に困ったから文字を読めるようにもなったんだろうとも。

 

*****

 

 暫く歩いて居ると、ルカリオが足を止めた。

 その波導を見る目とやらは本当に便利だ。困っている人間とかをすぐに見つけられるし、そして嘘を吐いているか、やましい事がないかとかそんな事が簡単に分かる。

 枯草がざあざあと言う程に振り落ちる道路の先には、老人が辟易とした顔をしながら箒に顎を乗せていた。

 良くここらの道路を綺麗にしている老人だが、俺達が手伝いやらをした事は無い。

 そんな様子にルカリオがさっくりと近付いて行った。

 何だろうな、あの距離の詰め方。まるで親しい仲のような。

 あいつがルカリオという種族だから出来る事であって、俺じゃ出来ないよなあ。そういう所は少しだけ嫉妬する。

 俺も続いて歩いて行くと、話してくる声が聞こえて来た。

「あんたら、焼き芋は知ってるか? この時期のある種の芋はな、焼くと下手な菓子より甘くてな。

 枯れ葉を集めて焼くのはかなりの楽しみなんじゃ」

 焼き芋ねえ。美味いけどさ、そもそも芋って安いんだよな。

 この量の枯れ葉搔き集めて一食分とかじゃ割に合わないぞ。

「もう歳かな、この量の枯れ葉を集めるのにもうんざりしてもうてな……。この落葉が落ち着くまで、毎日やってくれれば、満腹は約束しよう」

 毎日焼き芋、かあ……。一日ならともかくなあ。

 と思うが、ルカリオは食べた事が無いようで好奇心満々だ。

 そんな様子を見れば、まあ良いか、と思える。少なくとも、腹が減る事は無いし。

 顔を見合わせて頷くと、早速塵取りと箒を渡された。

 乾いた風が吹く。つむじ風になってふわりと巻き上がる。天然のグラスミキサー。

 塵取り、何回一杯になるんだろうか。

 

 十回を超えてから、回数を数えるのはやめた。満杯になっていくゴミ袋の数もすぐに増えて行く。ただ、最初は箒を使わなくてもすぐに塵取りで数回掬うだけで一杯になったのが、流石に箒を使わないと集められない位にまでは減って来た。

 けれどすぐに一杯になるのには変わらないし、そもそもこの手と爪で箒と塵取りを使うのも、ちょっと難しいところがあったり。

 ただ、こうして人通りの多い場所でこういう手伝いをするのは良い事ずくめだったりする。人間にそういう仕事をやっている所を見られるし、それは俺達が人間に寄生するだけの存在ではなく、共生していこうという意志を持つ存在であるという事を示せるという事で。

 特に、俺みたいな騙したりする事が得意な種族にとってはそういうアピールは必要不可欠だ。真面目ですよ、悪タイプだけど悪じゃありませんよ、騙したりしませんよ、と。

 そもそも何だよ悪って。俺達生まれた時から悪者かっての。名付けたオーキドとか言うクソ研究者は悪タイプ全員から袋叩きにされても文句は言えないと思う。俺も袋叩きにして良いのなら、体に一生残らない爪痕を三、四本は残したい。

 まあ、もうこの街では俺ももう馴染めている訳だが。

 その手助けになったルカリオにはとても感謝している。多少気が抜けていて、そして余り人間の負の面を実際にはそんな強く受けて来なかったであろう幸せ者で、けれどだからこそか、人間の心の隙間にひょいひょい入り込める。

 そういや、ルカリオと組んでから本当に腹が減って仕方がなくて、ゴミ箱とかを漁った事も無くなったなあ。

 最後に漁ったの、いつだったっけな。

 

*****

 

 沢山の、とても沢山の枯れ葉。

 ゴミ袋十個分にもなる頃には流石にこの手伝いを毎日約束した事を後悔し始める。街路樹の枯れかけている黄色い葉っぱは、見る分には綺麗だけど、掃除するとなるともうゾロアークに火炎放射で木ごと焼き払ってしまえとお願いしたくなる。

 まったくもう。

 芋は最初生で食べたら、木の実を食べている方がよっぽどマシだと思える味だった。人間は焼いたり茹でたりして食べていると知ったのは結構後。

 揚げた芋を食べた時は美味しさに驚いたなあ。口がどうしようもなくアレを欲する時が偶に来て、そういう時は人間に捕まっても良いと思ったりする。

 焼いた芋は美味しいと聞くけれど、あの揚げた芋以上なんだろうか。

 それ次第では明日以降も喜んでやるかもしれないし、逆に逃げるかもしれない。

 

 掃いて、掃いて。塵取りが一杯になったらゴミ袋に入れる。ゴミ袋が一杯になったら口を縛って纏めておく。

 ただそれだけの、簡単な手伝い。整った服装をした人間が画面と睨めっこしてタカタカするような事じゃない。アレ、何してるのか、俺の頭じゃ幾ら考えても分からないんだけどな。ゾロアークは知ってたりするんだろうか。あのボタンをタカタカして何か意味のある事を出来たりするんだろうか。

 そして、また風が吹く。冷たい、寂しい風。そして新しく枯れ葉を無限に運んでくる嫌ったらしい風。

 もう日は完全に昇って暖かくなってきたけど、枯れ葉は無限に運ばれてくる。いつまで掃いていればその焼き芋を食べられるんだろう。老人は

 箒を置いて、ちょっと休憩。流石に少し飽きた。干し果物ももう少し食べてしまおうか。

 爺さん、どこかに行ったきり戻って来ないし……あ、戻って来た。段ボール箱を抱えてる。中を覗けば、赤紫色の横長な芋がたっぷりと。

 いつも食べる芋とは違う芋だ。

 その爺さんはたっぷりの満杯なゴミ袋を見ると、

「うむ。今日はこれくらいで十分だろう」

 そう言って、爺さんは段ボールを降ろすと腰から一つだけのモンスターボールを投げた。

 中から出て来たのは四つ足の草ポケモン。首元の周りにつぼみがいくつも生えていて、ツンとした良い匂いがする。

「リーフちゃん、ゴミ袋運ぶの手伝ってくれ」

 そのリーフちゃんは一鳴きすると、首元のつぼみから蔦を幾つも伸ばしてゴミ袋を一気に五つも持ち上げた。

 結構力持ちだな……。

「それじゃあ、公園に行こうか。残りは頼むよ」

 残りのゴミ袋は八つ。四つずつ。

 俺がゴミ袋を抱いたら破れてしまうなあ。片手に二つずつ持てるかな。満杯でも一つは意外と軽いから何とかなるか。

 

 公園にまで着くと、物を燃やしても良いような場所まで行って、バケツに水を汲まされる。

「風が強いからな。飛び散ったら大変だ」

 そう言って、いつの間にか爺さんが集めていた枯れ枝とかも合わせて、なるべく枯れ葉が吹き飛びにくいように組んでいく。

 枯れ葉もある程度ゴミ袋から吐いたところで、最後に新聞紙とアルミホイルを渡された。

 なんだこれ?

「この紙を濡らしてこうして芋に巻き付けて、それからアルミホイルで包むんだ。

 これで芋自体は燃えずに、蒸し焼きになる」

 なるほど。

 一つ一つ巻いていく。新聞紙を濡らして、芋に巻き付ける。その後アルミホイルをきっちりと巻く。

 それらを全て枯れ葉と枯れ枝の山に入れていく。

 リーフちゃんも蔦を使って丁寧に……俺よりよっぽど早い。ゾロアークも何か手馴れてるし、爺さんは言わずもがな。……え? 俺が一番遅いじゃん。ダントツに。

 焦ってると、爺さんに言われた。

「雑にやると炭を食べる事になるぞ」

 ……何で俺が逆に心を見透かされてるんだか。

 そして、最後にゾロアークがふっ、と炎を吐いて、枯れ木と一生懸命に集めた枯れ草はぱちぱちと燃え始めた。

 

*****

 

 若干水分を含んでいるからか、煙も結構立ち上る。

 炎が苦手なルカリオは若干距離を取って、そんな火をぼーっと眺めていた。リーフちゃんとやらも離れて、けれど老人は芋に火が通るように時々枝を使って枯れ枝や枯れ草を調整している。

 風が吹いて、思わず咳をすれば、

「離れてていいぞ。十分助かったからな」

 と言われた。

 まあ、それなら。言葉に甘えて俺も火から離れた。

 ふう、と一息吐けば、慣れない事を延々とし続けたからか、意外と疲れている事に気付いた。

 ルカリオの方を見れば、ぼーっとしたままでぶっちゃけ良く分からない。ただ、俺より疲れてはいなさそうかな、とは思う。

 格闘センスも俺の方が上だとは思うが、こいつは体力がかなりある。

 瞬発力は俺の方が上だが、持久力で言うなら俺は簡単に負ける。何か物を巡ったりで手合わせをした事もあるが、俺がバテる前にルカリオを崩せれば勝ち、そうじゃなかったら俺の勝ち、と言ったところだ。

 最初の方は俺が騙したりとかで勝率は良かったんだが、この頃は慣れられてちょっと負け気味なんだよな……。

「よっこらせ」

 そう老人が立ち上がると、ゴミ袋を一つ掴んで枯れ葉をドサっと落とす。

 炎が一気に老人の目の前で燃え上がり、俺とルカリオは少しビクッとなるが、老人は特に怯える様子も無く。

 もう何年もこういう事をしているんだろうな、と思えた。

 

 枯れ葉はどんどん燃えて行って、集めたそれはどんどん燃えて塵になっていく。

 ゴミ袋は一つ、一つと気付けばもう二つだけになっていて、そして老人はとうとう枯れ葉の中から芋を取り出した。

「軍手でもありゃあ、すぐに手づかみで食えるんだが。まあ、そこは暫く待ってくれ」

 そう言って、俺とルカリオの前に一つずつ転がされた。続いてリーフちゃんの前にも一つ。

 アルミの中から香ばしい匂いが漂って来る。ルカリオはそれから目を離さない。時々待ちきれないように手を伸ばして、アチッと手を戻す。

 そんな中、俺が爪先でぺりぺりと剥がしているとジト目で見られた。

 ……どうせ熱くて食えねえよ。

 新聞紙も剥がして、そして中からは皮が半分焼け焦げた芋が出て来る。見た目は余り良く無いが、割ってしまえばそこは黄金色と言って良いような、今すぐにでも齧りつきたくなる中身が出て来る。

 冷たい風が何度か吹く。それでも中まで完全に熱された芋は中々に冷めず、ルカリオが焦れに焦れて芋を水に漬けようかともする位にはそわそわする。

 寒い日に熱いものを食べる喜びを知ってはいるからか、流石にそんな愚行まではやらないだろうけれど。

 枯れ葉のゴミ袋はもう残り一つになり、芋は俺達の前に三つ、四つと転がっていく。リーフちゃんとやらものんびり、ただ待っている。

 けれども、アルミを剥がしていた分だけ、俺の芋は先に手に取れる位には冷めてくれた。

 手に取って半分に折る。

 中からは黄金色の、甘い香りのする湯気をたっぷりと噴き上げる中身。

 半ば恨めし気な目で見て来たルカリオに、その半分を分けてやった。

 一気に目を輝かせて受け取ると案の定すぐにそれに齧りついて、口の中が一気に大変な事になる。

「ハフッ、ハフッ!? ウッ、ウフッ、ハーッ、ハーッ!」

「クククッ」

 やると思ったよ、本当に。声が出る位に笑いが出た。

 さて、俺はフーッと吹いて適度に冷ましてから食べますか。

 フーッ、フーッ。

 そして恐る恐る一口。……うん、とても甘い。下手な木の実よりよっぽど甘くて、そしてずっしりとしている。

 この三、四本だけで夜まで何も食わなくても全く大丈夫だろうな。

 ルカリオも何とか口を飲み込むと、また俺を少しジト目で見てから、今度はちゃんと冷ましてから食べ始めた。

 久々に食ったが、やはり美味い。ただ……これを毎日はキツいなあ。

 

*****

 

 こういう時に限ってチーゴやらラムやら持ってないのどうしてだ本当に。

 美味いよ、本当に。けれどさ、舌を火傷しなかったらもっと美味かったと思うよ俺は。ねえゾロアーク? 俺がこうなる事まで見越して芋分けたんでしょ。本当にもう、俺はいっつも弄ばれる。

 引っ掛かる俺も俺だけどさあ。ゾロアークが賢いんじゃなくって俺がバカなのか? そうだとしてもあんまり認めたくはない。

 舌がチリチリする。二つ目もまだ熱いしさ。あー、水でも一回飲むか。

 

 水を飲んで、焼き芋を四つも食べればもう腹は一杯だ。みっちりと中身の詰まった芋だったからか、お腹にずっしりと溜まっている。

 いつも食べる芋とは全く違う、赤くて甘い芋。揚げた芋と同じ位に美味しかったけど、でもこれを毎日はちょっと飽きるかなあ。

 揚げた芋はどうしてだろう、あれは毎日とまでは言わないかもしれないけど……うん、ほぼ毎日食べても良いかもしれない。

 まあ、毎日手伝いには行かないかな。

 そう

「実はな、この焼き芋は色々な食べ方があってな。

 例えばバターって分かるか? モーモーミルクから作った脂なんだがな、それを焼き芋に塗って食べるともう倍は美味いね。他にも塩だったり、逆に冷たいアイスだったりな。食べ方は色々あるんじゃ」

 俺はゾロアークと目を合わせた。

 色々誘惑して毎日手伝わせるつもりだ、この爺さん。

 ただ、その誘惑は中々に強い。特にこれに冷たいアイスを乗せた日なんて、きっと寝る時まで幸せが続くだろう。

 毎日、毎日かぁ……。

 そう思っていると、爺さんが仕方ない、と言うようによっこらせと立ち上がって、最後の芋を俺達の前に転がした。

「これからバターを持ってくるからな。それは食べずに待っているんだぞ」

 そこまでするのか……。

 まあ、待つけどさ。

 爺さんが歩いて行くそのポケットにはゴミ袋がはみ出している。見れば十個の満杯だった枯れ葉はもう全て燃えカスになっていた。

 搔き集めた時間の半分の半分以下の時間で燃え尽きてしまった。

 ……儚いなあ。

 

 そして、バターをつけた芋は本当に美味しかった。

 ゾロアークもがつがつと食べる程に美味しくて。

 けれど、毎日これだけ食べてると、流石に太りそうだなとも。人間みたいに服である程度体型を誤魔化せる訳でもないし、ぽっこりしたお腹を見せびらかして歩くのは流石にみっともない。

 まあ、これから冬だし、多少太ったところでお腹がいきなりぽっこりする訳でもないだろうし。それに痩せてる方が問題だし。

 うん、大丈夫だろう、きっと。きっと。

 そう思ってもう一つの芋を食べ終えたところで、爺さんが同じく満腹になって欠伸をしたリーフちゃんをボールに戻してから聞いて来る。

「明日も手伝ってくれるな?」

 ……何かさっきよりも口調が強いんだけど。

 でも、まあ。

 俺とゾロアークは顔を見合わせてから頷いた。

「よし。じゃあ、明日から頼むよ」

 

 爺さんが去ってから、ゾロアークが背伸びをする。俺も欠伸をして、何だか一気に眠くなってくる。

 昼過ぎで太陽は高く登っている。日当たりの良い屋根にでも登れば、とても良い眠りが訪れてくれる事は間違いない。

 干し果物もまだまだ残っている事だし、幸せってこういう事を言うんだろうな、とまで思える。

「ウゥ?」

 寝る?

「グゥ」

 そうだな。

 じゃあ、と一緒に歩き始める。




時系列としては、
焼き芋 => 夏の終わりに => 新入り => チキン・デビル
チキン・デビル見て貰えれば分かると思うけれど、まあ、はい。
この街は滅ぶ事が確定しております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

フライドポテト

ゾロアークとルカリオの出会いの話。時系列としては一番最初。


 気付けば、あのつまらない群れを出てから季節が二回も巡っていた。

 毎日毎日当番を欠かさずに居るかも分からない外敵に対して幻覚を見せ続けて平穏を保ってる、ひたすらにのどかな群れ。

 退屈さと外への興味を抑えきれずにひっそり外へと出ていった俺の事は、今になって思えば気付かれていたのだろうと思う。

 一定数俺のように外に出ていく奴も居る。それを、年長の奴らは知っていた。

 今となっては多少懐かしさも覚えるが、まだ戻る気にはならない。

 人間の言葉や習性だって覚えられたし、美味いお零れを貰える事だって増えて来た。

 けれど問題は、敵を騙す事に長けたゾロアークという種族は、人間から良い目で見られない事も多いという事だった。

 

 人間の言葉や習慣を覚えた街にはもう居られなくなってしまった。

 俺が可愛い姿に化けて色々お零れを貰っていた事が街中の人間にばれてしまって、そこに悪タイプを毛嫌いするような人間も混じっていたからさあ大変。

 俺自身そんな奴が変化した俺に良くするのを面白がっていたのもあって、そりゃあもう、激怒も激怒でとっちめようとするソイツを周りの人間が宥める始末で。

 これからもいつも通りには暮らせないな、と争って手に入れた寝床も放って出る事にした。

 学習した事は幾つか。

 人間の街には美味いお零れを貰って飢えているポケモンは少ないし、命の奪い合いまでは余り起きない。

 それに何より、苦手な虫が少ない。元々の群れでも狩りに出たりした時の一番の怪我や死ぬ原因は虫だったし。可愛い顔してえげつない攻撃をしてくるフェアリー系から鍛え上げた肉体一つでボコボコに出来る格闘系は結構居るけど、そいつらは基本弁えてるし。

 ただ……やっぱり騙し続けるのはあんまり良くない。お零れを貰う側でも手伝いをしたりモフモフさせたりだとか、そういう見返りは渡さなきゃいけないし、そういう信頼関係って言うモノはかなり重要だ。

 だから、次に住処とする街では出来るだけ化けたくはないな、と思った。とは言え、騙す事が生業みたいな俺がそんな事実現出来るとは正直余り思えなかったけど。

 

*****

 

 生まれついて備え付いた自分の目の能力は、余り好きじゃなかった。

 弱肉強食が蔓延る自然の中じゃ、断末魔を聞く事も少なくない。取り分け、俺の目はルカリオと言う種族の中でも感度が良いらしくて、遠くからでもその死に際の誰かが放つ絶望を強く身に受けてしまう事が多かった。

 いつになっても慣れないそれから耐えきれずに親元を飛び出したのは、自力で腹を満たせるようになってからすぐの事だった。

 そうして人里に混じって暮らすようになった訳だけれど。

 確かにここは、そんな断末魔を感情もろとも身に受けてしまう事はない場所だ。でも、食べていくには森の中で適当に生えてる木の実を食べたりだとか、そんな単純にはやっていけない場所でもあった。

 それに、俺を捕まえようとしてくる人間も多かったり、俺を騙して来ようとするような人間も多かったりして。

 苦しくないけれど、やりづらい場所だった。

 

 人間の言葉は複雑だ。「ワウ!」とか「グゥ!」とかしか言えない俺よりも数多の音を口から出して、それで一方的に喋ってくるもんだから、本当に分からん。

 そんな俺が人間からお零れを貰える方法なんてとても限られていて、空腹に耐えかねて酸っぱい臭いの残飯を漁った事もぼちぼち。酷い下痢になってからは流石に街から出て木の実を食べたり、したくない狩りをするようにしたけれど。

 けれど、それでもあんな小さなボールに入れられて人間と共に暮らす気にもなれなかったし、断末魔が否が応でも目に入ってくる森の中よりは、やっぱり街中の方が良い。

 でも、やっぱりやりづらい事には変わりなくて。波導で良い人か悪い人かの区別とかはついても、人の言葉も一向に覚えられず。

 俺の他に街で暮らしているポケモン達は、毛並みを良くしてひたすらあざとくしていたり、電気を盗んだり、水と光合成だけで基本は生きていたり、ゴミを嬉々として食べたりと、俺には出来る事でもなく。

 どこに行っても生きづらいなぁ、とぼんやりして過ごす日々が段々と増えていった。

 

*****

 

 その街に着いたのは夏の初めだった。

 中々に規模の大きい街で、野良として過ごしているポケモンも多い。多少ぶらつくだけでも過ごしやすそうな街だと思えた。

 ただ、それでも肩身の狭い思いをしているポケモンもぼちぼちと見かける。

 悪タイプのポケモンはやはり少ないし、見てもヤミカラスとかそんな、街に居ながらも人間と関わりを大して持たずに暮らせている奴が多い。

 ……やっぱり、俺みたいな種族も受け入れてくれるような街は早々無いのかもしれないなあ。

 三つ四つ巡ってみたが、どれも似たような感じだった。

 悪タイプで人間の街に馴染んでいるのは、殆どがボールに入る事を受け入れている奴ばっかりだ。ゴミ漁りをしていたヤミカラスが殺されているのも見た事あるし。いや、それはまあ、何度も派手に散らかしていたそいつ自身が悪いんだろうけど。

 まあ、それでも何日か滞在してみようと思ったその矢先、俺を奇妙な目で見てくる奴に気付いた。

 俺と若干姿形が似た、確かルカリオとか言う種族。毛並みがそんなに整ってないし、肉付きも痩せ型なところから、この街の野良だろう。

 大して詳しい事は知らないが、何か相手の感情を読み取るとか、そんな能力を持っているとか聞いたような。……もしかして、俺が化けている事を分かられている?

 ……そんな予想が立ってそくささと逃げたその時は、こいつと長い付き合いになるとは全く思っていなかった。

 

 余所者である俺が初日からお零れを貰う為に出来る事と言えば、やっぱり人間を騙す事しかなかったりする。

 もう少し細かく言えば、そこに元から住んでいる毛並みの良さそうな野良に化けて、お零れを先んじて貰ってしまうという。

 恨みを買う可能性は十分にあるが、別にそんな長居するつもりもなかったし、ばれたところで何にでも化けられる俺は逃げるのも容易い。

 ただ、あのルカリオの事が脳裏にチラついた。アイツが居る限り、俺の化ける能力は役に立たない。この街の野良達がどんなパワーバランスなのかも分からないし、ちょっと躊躇う。

 どうするべきかな……。腹も減って来たし、虫の多くなって来たこの季節に俺だけで野宿するのも嫌だ。

 残飯漁りなんて事もしたくねえし、泥棒はリスクがもっと高いし。

 ウンウン悩んでいても仕方ない。取り敢えずはもう少し街を巡ってみるとするか。

 そうして、ひょいひょいと家々のベランダやら排水管やらを伝って屋根にまで登るとそのルカリオが付いて来ている事に気付いた。

 俺が入った裏路地を覗き込んで、誰も居ない事にあれ? と首を傾げている。

 害意は無さそうだが、別に付き合う必要もない。そうして賑わいのある方へと向かった。

 

*****

 

 波導の表す形と実際の形が違う生き物なんて、初めて見た。

 じろじろと見られている事にそのフォッコが気付くと逃げてしまって、ちょっと気になって追ってみる事にした。

 そもそも、ここ辺りでフォッコなんて余り見かけた事なかったのもあった。

 けれど、路地裏に入ったところまで追いかけたら、唐突に姿を消していた。

 波導を感じてみたら……上? フォッコって、こんな壁とか伝って登れるポケモンだったっけ?

 やっぱり実際の形と波導の形はかなり違うし、アレ、メタモンみたいな別のポケモンだったりするのかな。

 好奇心がどんどん湧いてくる。が、気付けばひょいひょいとかなり速いスピードで賑わっている商店街の方へと向かっていた。

 誰であれ、食べ物が欲しい事には変わりないみたいだし、追ってみてみよう。見失っても、あんな特徴的な波導をしているならすぐにまた見つかるだろうし。

 

「あっ、お前! 今日こそ僕の手持ちになって、おい、逃げんなー!!」

 何言ってるかはそこまで分からないけれど、どうせ今日も無謀に俺を捕まえようとしてきているんだろう。

 今忙しいの。パス。

 けれど、そのフォッコは屋根伝いに走っているからか、すぐに見失ってしまった。

 屋根と屋根の幅が広いところもぼちぼちあるはずだろうに、やっぱりアレはフォッコじゃないと思う。

「まてー!! 勝負しろー!!」

 そもそも、まだ育ってないポッチャマとバチュルしか持ってないのに。街の外で同じようにけしかけたら、最悪死ぬと思うんだけどな。

 まあ、そういう人間の緩さを俺は気に入ってるんだけど。

 声も遠ざかっていって、商店街も近付いて来るに連れて段々と人も増えて来る。

 色んな服装をした人達。居過ぎるとその沢山の波導に酔ってくるけれど、不快な波導は殆ど感じないし、お零れを貰える機会も多い場所。

 ただ、それと同時に俺を捕まえようとしてくる人も中々に多くて、好き好んで近寄りたい場所でもなかったりする。

 さて……この近くにやって来ていると思うんだけれど。

 波導の目を集中させて、けれどやっぱり人が多い。いや、実際の姿と違う波導をしているポケモンを見つければ良いだけだ。

 電柱にしがみついてるデデンネ、屋根の上であざとい素振りをして露骨に肉をねだっているシシコ。ここらの野良のボスとも言って良いエーフィがそのシシコを咥えて引っ張っていった。相変わらず野良とは思えない毛艶だ。

 するりするりと人混みをかき分けていく。

「久しぶりだな、お前。また腹空かせてるのか?」

 そう言う、シシコにねだられていたでかい肉を串に刺して売っている露店の店主は俺に対しても陽気に話しかけてくるが、俺に一日中売り子をやらせた分にしては少な過ぎる肉しかくれなかったドケチである。

 しかし、ただ焼いただけではなく、色々に草やら粉やらを塗して香ばしく脂でテカテカになっているソレは口から自ずと涎を出させるには十分過ぎるもので、そういうところも分かっていてやっているとしか思えない。

 腹空かせててもアンタは大して物くれないじゃないか。

 空いてない訳じゃないけど首を振った。

 安っぽい、はたまた胡散臭いアクセサリー屋をガラス越しにキラキラした目で眺めているガバイド、それを引きずっていく女の人。ヤミカラスが果物屋に目線を定めている。それに対して飛んできたら撃ち落とそうと構えている果物屋のガントル。

 ヤミカラスに盗られなかったら褒美をあげると言われて見張り番をやった事はあるけれど、一匹でも漏らしたら一気に貰える量が落ちたし、一日中気を張っているのはそれ以上に疲れる。

 結局、俺が人間の下に居ないって事は、人間からの信頼を得辛いって事なんだよな。だから貰えるものも少ない。

 何もしてないのに気落ちしてきた。

 

*****

 

 中々に賑わいを見せるそこでは雑多な人に紛れて、盗みをしようとか、それともお零れを貰おうとか、そんな野良のポケモンもちらほらと見える。

 けれど、それに対して人間の方もしっかりと守りが固い。

 あざとく自分を見せようがそれに買った物やらを渡す人間も少なければ、電線の上で肉や果物を狙うヤミカラスやらも誰も盗りに行こうとしない。

 そんな中、シシコを咥えたエーフィが人混みをするりするりとすり抜けていくのが見えた。

 そして目の前から歩いて来ていた大きな荷物を抱えている家族の、肉串に齧り付きながら歩いている子供が唐突にこけた。

 最悪串刺しになろうとするその肉串と子供が、地面に落ちる前にエーフィの念力で止まった。目の前にやってきた肉串にシシコが齧り付く。

 ……あれ、エーフィがこけさせただろ。

 殺されかけて助けられたなんて事を全く知らずにその両親がエーフィに感謝する。

 やっぱり、エスパータイプって便利だよな。

 そんなのを眺めていたら、いきなりそのエーフィが俺の方を向いて来た。

 肉串をがじがじと貪るシシコを間に置いて、じっと見つめ合う。俺の正体にもばれているのか、それとも俺が化けているフォッコが単純にここらに居ないポケモンだからか、どっちだろう?

 まあ、ともかく、アイツがここらのボスのようだな。実力もありそうだし、相性が良いとは言え敵には回したくないな。

 先にエーフィが顔を前に戻して歩き去っていく。

 その後、ルカリオを呼ぶ声が聞こえた。

 

 あいつ、俺を追いかけて来たのか。

 きょろきょろとしながら多分俺を探しているであろうルカリオは、店の人から呼びかけられたりしている。何人もの人から店番やらを頼まれて、その度に断っている。

 その割にはアイツ痩せてるよな……。良いように使われて、見返りが良くないんだろう。

 それでも、人間にそんな風に多少は信頼されているように見えるのは少し羨ましい。多少知恵が働けば損もせずに済むだろうに。

 ……あいつと居れば、俺は人間から信用されるだろうか? 俺自身が悪タイプである事に一々煩わしさを感じずに、街の中でその旨味を味わいながら生きられるだろうか?

 いやいや、そんな短絡的に決めるべきじゃないだろう。でも、中々に魅力的だ。

 その為にはあいつをもっと知らなければいけないだろうが、あの様子を見る限り、基本真面目なんだろうとは思う。それも多少馬鹿を頭に付けても良いくらいには。

 そんなルカリオは、程なくして俺を見つけた。

 逃げない俺に対して、きょろきょろと辺りを見回してからぐっと膝を曲げると、屋根やらベランダを伝ってひょいひょいと俺の元まで登ってくる。

 そしてフォッコの姿をした俺の顔を触ろうとして、そこに実際の顔がない事に驚いた。

 俺達が生まれ持つ能力は、幻影を見せるだけだ。その実際の姿形になる訳じゃないし、その姿の能力を使える訳でもない。

 ……ここで、この街に残ってみるかどうか決めてみるか。

 取り敢えずな、取り敢えず。

 人の多いこの場所で、ゾロアークと呼ばれる本来の姿に戻って、どういう反応が来るか。

 俺は宙返りをして、幻影を解いた。

 ルカリオが驚き、そして俺の顔をぺたぺたと触ってきたり、臭いを嗅いだり。何というか……初見の奴にする事か? これ。

 いや、その感情を読み取る力とやらで、俺の事を安全だとでも思ってるのかもしれない。

 それから人間達の方がざわつき始める。とは言え、不穏な感じじゃない。そっちに顔を向けると、珍しいものが居ると写真を撮る人間やらが大半、それから早速捕まえようとして来る人間がちらほら。

「ゾ、ゾロアーク!? ボクのパーティにぴったりだ!」

 そんな子供の声も聞こえて来て、ルカリオが気怠い顔をして立ち上がる。

「ウゥ?」

 そして来ないか? というようにルカリオが俺の手を引っ張って来た。

 ま、これでいいか。

 俺も立ち上がった。

「あ、逃げるなー!! ひきょうものー!!」

 そんな半泣きになっていそうな声を無視して、俺とルカリオは走り出した。

 

*****

 

 お腹が減って仕方がない、って事を久しく感じていない。

 明日は実入りが良くなくても商店街で働こうとか、恥を忍んで誰も見ていない事を祈りながら残飯漁りをしたりだとか、断末魔を強烈に感じながら狩りをしたり、珍しくお腹が満たせても明日も腹一杯まで食べられたら良いなあ、ってそんな空想を思い描いたり。

 ご飯に悩む時間も、とても減った。

 何から何まで、ゾロアークと呼ばれる彼のおかげだった。

 俺より強くて、俺より賢いゾロアーク。商店街で働く時も、喋れないのに人間と交渉して分け前を増やしたり、困っている人を探し出してご飯を貰えたり。お金の使い方も知った。

 なんだか、ハッピーって言うのはこういう事を言うんだろうなあ、と思う。

 ゾロアークが来てからもうひと月は経つ、夏真っ盛りな今日は祭りの日。色々手伝ったりして、お金や美味しいものを貰って。

 今はゾロアークがお金を使ってまた美味しいものを買いに行っているのを、屋根の上で食べ物が入った袋と一緒に待っている。

 ばさばさっ。

 翼の音がした。ヤミカラスか。

 ばさばさっ、ばさばさっ。

「ガァー、グァー!」

 うわ、数多い。いや、ちょっと待って。まずいってこれ!

 袋を抱えてどうしようか、くそ、人混みまで行くか? うん、それが一番良い。

 けれど、飛び降りようとしたその時、瓦礫がふわふわと浮き始めたのが見えた。

 なんだ? と思った時にはその瓦礫が凄い勢いでヤミカラス達に飛んでいく。

「ギャアッ」

「ゲェッ!」

 堪らず逃げていったヤミカラスの後にやって来たのは、エーフィ。後ろからシシコもやって来た。

 助けてくれたの、かな。

 瓦礫も落としてそのままエーフィとシシコは俺の隣に座る。

 えっと、えーっと……。これは、ご飯せびられているよなあ。助けてもらったけど、うん……。

 ゾロアークも両手に食べ物と飲み物を抱えてやって来た。

 

*****

 

 居心地の良さを肌で感じられる日々。幻影を使わない日々。力を抜いてゆったりと過ごせる日々。人を惑わすという俺を誰も訝しげな目で見て来ない日々。

 ここまでの日常がやって来るとは想像していなかった。

 どれもこれも、ルカリオが居なかったら、ルカリオと出会っていなかったら訪れていない。馬鹿正直で、だからこそ人から警戒される事のなかったルカリオ。そのせいで人から良いように使われて腹を空かせていたルカリオ。

 俺がそれに付いて行けば、俺もそんな悪い目で見られないし、騙される事もなくなった。

 ハッピーって言うのはこんな日常の事を言うんだろうなあ、と思いながら歩いていると、ルカリオが待っている方からヤミカラスの鳴き声がした。

 お、まずいな。

 食べ物を抱えながら屋根にまで駆け上がると、袋を抱えたルカリオと、その隣に座るエーフィとシシコ。

 そして散乱した瓦礫と、ヤミカラスの羽。

 ……ヤミカラス、お前が仕掛けたんじゃないか?

 そんな風にジト目でエーフィを見てみれば、エーフィが立ち上がって二又に分かれた尻尾の先を俺の方に出して来た。

 紙……? うわ、これ一番高額な札じゃねえか。

 逆に使い辛いんだよそんなモン。野良の俺達が持ってちゃ盗ったと勘違いされるに決まってるし、そこまで分かっててお前、これ渡してるだろ。

 でも、まあ。使い道が無い訳でもない。

 俺はそれを渋々受け取って、そして座った。

 ルカリオも座って、そして袋の中から色々と出し始める。

 肉串が出て来るとすぐさまシシコが飛びつき、エーフィは念力で焼きリンゴを口元まで運んでいく。

 さっさと取っていきやがったそいつらに唖然とするルカリオに、俺は持って来た冷たいジュースを頬に当てた。

「キャンッ!」

 可愛らしい鳴き声だこと。

 今度は俺がジト目で見られながら、ルカリオはそのジュースを受け取った。

 まあ許してやろうじゃないか。俺達は今、それらより美味いものを持ってるんだぜ?

 ひゅるるるる……。

 お、花火か。

 ドーーーーンッッ!! パラパラパラ……。

 特大な花火が夜空に浮かび上がる。

 取り敢えず、乾杯と行こう。

 ぺんっ、と紙コップ同士をやる気の無い音で打ち合わせ、そして買って来たフライドポテトを口に運ぶ。

 多少冷めてしまったであろう肉串や焼きリンゴとは違い、塩気が程よく効いた、まだ熱々なフライドポテト。

 花火を眺めながら、冷たいジュースを飲みながら食うそれは、今まで食って来た何よりも格別だった。




チキン・デビル後に誰が生きているか死んでいるかは決めてないけど、
肉を売ってたケチな店主は確実に死んでる。

エーフィ:
結構意地悪い事して飯食ってる野良。
実力は高め。


目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。