ふうま父子二代の女難 ( 小次郎)
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第一話  ふうま小太郎 五車学園に派遣される

 闇の存在・魑魅魍魎が跋扈する世界・日本。

 人魔の間で太古より守られてきた相互不可侵の決まりは瓦解し、人魔結託した犯罪組織は増え続け、時代は混沌と化し人々の生活は脅かされる事となった。

 だが正義を胸に悪に立ち向かう者達が居た。

 人は彼等を‘対魔忍’と呼んだ。

 

 

ふうま父子二代の女難  第一話

 

 

 何だ?なんか身体が揺れているような、それに何かうるさいぞ?

「もう、ふうまちゃん、いい加減に起きてよ。学校に遅れちゃうよ!」

 その声、蛇子か。

「ちゃんと朝御飯食べないと天音さんに蛇子まで怒られるんだから!」 

 うるさい、俺は眠いんだよ、昨日は遅くまでオンラインゲーム「SEKIROUNINN」のトップランカー、Y-kazeXちゃんと対戦して寝たのは確か5時くらいだったんだからな。

「俺の事は放っておいてくれ、30戦全敗だったから腹立だしい事この上ないんだよ!」

「あ~、またゲームで夜更かししてたんだ!蛇子はふうまちゃんの従者として苦言を呈するからね!」

 しまった、余計な事を言っちまった、身体の揺れが酷くなるわ、ボリュームの上がった説教がウザいわで最早まともに眠れん!

 ・・だが俺はふうま宗家の跡継ぎ、ふうま小太郎。

 邪眼に目覚めず目抜けと言われようと誇りは失わない!

 ひょっとしたら誇りの持ち方が違うと時子母さんに説教されるかもしれないが、それでも従者にいいようにされていては駄目だろう、・・駄目な筈だ、・・・駄目なんじゃないかな、うん、そうに違いない。

 よって俺は俺の従者である蛇子に対し、主としての威厳を見せなければいけない!

 「ふうまちゃん、もう怒ったからね!墨を被って反省しなキャッ!」

 俺は素早く蛇子の腕を掴み布団に引っ張り込む、そして抱き枕の様に全力で拘束してやった。

 「ふ・ふ・ふ・ふ・ふ・・・・・・」

 フッ、俺の冷静かつ合理的な行動に蛇子は虚を突かれて言葉にならないようだな。

 これでようやく眠れる、そのまま大人しくしてるがいい。

 改めて意識が落ちそうになって、・・・だが急速に引き戻らされる。

 ・・・何か、良い匂いがするな。

 その基は俺の腕の中にいる蛇子からのもの。

 こいつ、香水でも使ってるんだろうか、気になって頑なに瞑っていた目を開いてみると、上目遣いで真っ赤になっている蛇子と御対面となった。

 そのまま何故か目が反らせず見つめ合って、・・あれ?・・こいつ、こんなに可愛かったっけ?

 俺の従者としてガキの頃から一緒だったが、女として意識した事なんて無かったんだけど。

 それというのも俺が思春期へ突入した頃に、クソ親父が対魔忍は女に慣れとかないと直ぐに死ぬと、エライ所に講師付きで放り込んでくれたおかげでな!

 いや、最初は浮かれてたと思うよ、人として自然の摂理だから。

 ・・だがな、女の恐ろしさを俺は知った。

 ホントによく生き残れたと思う、相手が魔族だろうが淫魔族だろうが人に不可能はないんだと俺は学んだんだ。

 血は争えないと言われたのは俺にとって良い事なのか悪い事なのか。

 そもそもあの鬼畜親父はそういう事に関して全く隠さねえから、時子母さんは怒るけど当主として必要な事と割り切ってもいるし。

 特殊な両親と経験を得ている俺は同年代と比べれば明らかに枯れているであろう、そんな俺が此の状況に何故これほどに動揺しているんだ?

 女なんて基本魔性の生き物なんだぞ、嫌って程に味わっただろう?

 だから蛇子、目を瞑るんじゃない!

 待て、俺の手よ、何処に触れようとしている?昔に比べてふくよかになった果実に向かう俺の左手よ!

 やばい、やばい、やばい、やばい、・・もう、止まらん!

「・・・若、従者との絆を深める事は必要な事で御座います。ですがふうま一門次期当主として優先すべき事が疎かとなりますのは執事として見過ごせませぬ」

 沈着冷静を体現したような声が雷鳴の如く耳に響き、俺と蛇子はベッドから跳ね起きた。

 

 

 

 

 

 

 

 五車学園。

 それは人々を闇や魔から守る為に設立された日本政府公認の対魔忍養成機関。

 闇に抵抗すべき力を持つ者を、特に古来より特別な力を持つ忍びの一族に連なる者が全国各地から集められ、日々厳しい訓練に励んでいる。

 

 

 ・・そんな学園に、どうして五車に属していない、ふうま一門の俺が通わないといけないんだ?

 朝から色々とあったが、今後の為に全て忘れる事にして蛇子と共に通学路を歩く。

 一時期は殆んど滅んでいたといっても過言じゃないふうま一門だが、俺の親父は時子母さんと共に闇の一大勢力にまで復興し発展させた。

 塵のような弱小勢力を巨大勢力であるノマドや米連、龍門などにまで一目置かれる組織にだ。

 だがその為にあの親父は対魔忍の総本山である五車に対し、話半分どころか十分の一でも引くような活動をしまくって、その存在は蛇蝎の如く嫌われている。

 当然その息子の俺もブラックリストに名前がしっかり刻まれているだろう。

 とは言え、それでも組織ってものは利用価値があるなら後ろ手に苦無を持っていても手を組む。

 その証として次期当主である俺が槍玉に挙がったわけだ、条件の一つとして五車学園に通わせられる事に。

 完全に人質、人身御供じゃねえか!

 自慢じゃないが俺は弱いんだ、逃げ足しか誇れるものはないんだぞ!

 それも付き添いは従者の蛇子と自称執事の天音の二人だけって、何考えてんだクソ親父!

「あ~あ、行きたくねえなあ。絡んでくる奴の相手すんの、面倒くせえんだよ」

 よくわからん対魔忍の誇りとかってお題目掲げてよ。

 図書室に直行したい、俺にとって唯一のオアシスだ。

「気持ちは分かるけど、鹿之助ちゃんとか達郎君とか友達も出来たんだから悪い事ばかりじゃないと蛇子は思うよ?ふうまちゃん、今まで男の子の友達いなかったんだから」

 それはまあ、な。

「大体ふうまちゃんは女の子とばっかり縁が有り過ぎるんだから、・・朝の事だって、まったくもう、まったくもうなんだから・・・」

 なんかブツブツ言ってる蛇子は置いとくとして、縁ではなくて難の間違いだろ。

 

 

 寝不足を解消する為の授業時間は大変有難かったが、この時間帯だけは寝る訳にもいかずサボることも許されない。

「今日の実技試験は三対三でのチーム戦だ、気合を入れていけ!」

 俺とチームを組むのは鹿之助と達郎なんだが、既に二人とも顔面蒼白だ、多分俺もそうなんだろう。

「ふざけんなよ、ふうま!何なんだよ、この有り得ない組み合わせは!」

「俺のせいか!?お前が上原先生を怒らしたんじゃねえのか!?」

「い~や違うね、絶対にお前のとばっちりだ!」

 上原燐先生、親父との因縁はあるだろうけど、多分私情は挟まない人だと思うぞ。

「ハハ、遺書書いてこようかな」

 そう、とてもじゃないが試合にならないのは明白な対戦相手。 

 よりにもよって同学年はおろか学園全体でもトップクラスの実力を持ち、教師陣でも歯が立たないとも噂されてる次代の対魔忍の担い手として有名な三人組。

「・・・・・・・・・」

「にゃははは~、こた君よろしくね~」

「戦う前から何だ、その態度は!しっかりしろ、ヤレ男」

 五車学園校長・井河アサギ、その妹である井河さくら、そして八津紫。

 一騎当千の言葉すら生ぬるい対魔忍最強の三傑。

 その遺伝子をしっかりと受け継いだ三人娘が本日の対戦相手、そりゃ絶望しかない。

「森林地帯を仮想戦場とし指揮官の武器を奪った時点で終了とする」

 俺が弱いから僻んでるのもあるだろうが、どうも五車でのカリキュラムは忍びにしては偏りを感じるんだが。

 そりゃ対魔忍の任務は死と隣り合わせ、戦闘技術や忍法の強化に努めるのは分かる。

 ただ俺も実家で何度か任務をこなしたが、勝算が高くなかったら基本戦闘は避けろと親父に言われてたぞ?

 他にも色々と思うところはあるが、処刑への時間は止まってくれない。

 脳をフル回転させ二人に指示を出す、二人も真剣に聞いてくれる、何しろ命が懸かってるからな。

 あと個人の事情として赤点では小遣いがヤバい。

 いざとなれば親父を脅してふんだくるネタは十分にあるが、時子母さんや天音にバレるリスクは避けたい。

 だから俺は頑張った、鹿之助も達郎も、これ以上無いくらいに頑張った。

 直接戦闘には正直向いていない俺達だが、搦め手に搦め手を駆使して粘りに粘った。

 だがそんな奮闘も最後はブチ切れた三人の強行突破で吹っ飛ばされたが、合格点を貰えたのでよしとする。

 三人娘は周りからチヤホヤされてるが、試験内容に納得出来ないようで不満が顔に出ていた。

 気持ちはどうあれ優しい心根の持ち主だから、未だに立ち上がれずに倒れてる俺達を介抱してくれたけどね。

 ・・・おそらく知らないと思うけど、マイシスタ-達、力業だけでは駄目だぞ、母親達の二の舞になるぞ~。

 

 

 

 どうにもスッキリしないわね。

 私達の勝利は最初から分かり切っていた事だけど、異様に戦い辛くてまさか全力を出す事になるなんて。

「まったくヤレ男め、嫌らしい手を使う事ばかり長けおって」

「こた君、一対一なら十秒も要らないんだけどね~」

 実際その通りね、対峙したら一忍びとして落第の戦闘力よ。

 だけどそこに至るまでの経過で、こんなに手こずったのは同じ学生相手での訓練では初めてだった。

 内容を振り返ってみても私達にミスは無かった。

 そう、誤った行動は採っていない、状況での選択肢は殆んど一本道で迷う事も無く、・・・えっ、それって!?

 つまり私達は、彼に戦闘自体をコントロールされていて、押している状況であっても主導権は常に取られていたって事?

 彼我の戦力を完全に把握して、尚且つ悟られない様に心理まで誘導した?

 ・・仮に彼が優秀な指揮官であったとしても、幾ら何でも、よね?

 

 これが私と小太郎の出会いであり、賑やかな日々の始まりだった。

 



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第二話  三人娘との任務

三人娘は零アサギ、若さくら、若紫がイメージです。
ですから下手なオリ名をつけるのは止めて同じ名を使用しています。
母娘で出ている時は名前は出さない方針です。


「必要ありません、私達三人だけで充分です」

 校長室に呼び出され任務を受けるのは常だけど、今回に関しては受け入れ難いわ。

 チームを組んでの任務なら、いつものメンバーが最適解よ。

「お姉ちゃん、そんな事言わないの。いいじゃない、一人増えるくらい」

「お荷物はいらないわ」

「で、ですがサポート役がいれば我々も色々と助かるのでは」

「最短最速で事を済ませればいいことよ、案内役も手配済みなのだから」

 追加メンバーとして紹介されたのは、同じ室内で所在無げに突っ立っている件の男、ふうま小太郎。

 先日の訓練でそれなりに有能なのは理解しているわ、だけど明らかに指揮官か参謀のタイプよ。

 他の者ならいざ知らず、私達の動きに付いてこれなければ指示も何もあったものじゃないでしょう。

 私は校長に視線を戻し意思を込めて見据える。

 ・・何を心配しているのか知らないけど、私は任務を軽んじた事など一度も無い。

 父親が誰かも分からない子を産んだ貴方の様な目に、絶対にあってたまるものかっ!

 

 

 ふうま父子二代の女難  第二話

 

 

 東京キングダム、享楽と退廃の一大スラムの都市。

 無言で足を進めるアサギの後ろを、時折こちらに顔を向けてくれる紫に頷きを返しつつ付いていく。

 任務の内容は人身売買組織の壊滅で完全に荒事、確かに俺には不向きだからアサギの態度も分からなくはない。

 彼女達はキチンとブリーフィングを行い成功率が高い作戦を考案していて、一応気になった点を進言したら不承不承ながらも考慮してくれた。

 実家の現役隊員のレベルを知る俺から見ても、任務に取り組む覚悟と責任感は勝るとも劣らない程だ。

 むしろ俺がいてもいいのかと真剣に思う。

 アサギの足が止まる、案内人との待ち合わせ場所に着いたようだ。

「よう、アンタ達が依頼人の対魔忍か?」

 右手の細い路地から声を掛けてきたのは隻眼に銃を背負った魔族の男。

 アサギ達は初見の様だが、俺は知っている。

「うん?てめえ、ふうまのガキかよ?」

「よりにもよって、ゾクト、案内人ってあんたかよ」

「ヤレ男、知り合いなのか?」

「・・親父の伝手でな」

 一気に今回の任務の難易度が上がっちまった、こいつは確かに有能な奴だ、良い意味でも悪い意味でもな。

 こいつが関わる仕事は危険過ぎる、成功と失敗を極端に振り分ける存在だから事前の作戦も情報も全てがパーになる可能性を頭に入れとけとまで親父に言われてるんだ。

 俺はゾクトの事を手短にアサギ達に説明する、ゾクトが心外だぜと訴えるが知った事か。

「フン、成程ね。・・さくら!」

「はいは~い、おじさん、動くと危ないからね~」

 突如ゾクトの背後から現れたさくらがゾクトの首に苦無を添えていた。

「裏切ると言うのなら好きにするといいわ、命が要らないならね」

「だ、大丈夫だ。絶対に裏切ったりしねえ、俺だって命が惜しいからよ」

 闇の世界の住人なら命の遣り取りには場慣れしているだろうが、警戒しても防げそうにないさくらの影遁での攻撃には流石に肝を冷やしたようだ。

 改めてゾクトが俺達を先導する。

 その後ろには不死覚醒で何があっても対処が可能な紫が続き、その次に俺とアサギだ。

 さくらは影に潜ませての追従、三人の言葉も交わさず自然と取る行動に感心する。

 何が起こっても対応できる人員配置だ。

 そもそも案内人というのは標的に此方の情報を持ち込ませない為にこそいる。

 砂漠や草原などの身を隠す障害物が無い地や、人体に有害なものが大気中に蔓延でもしていない限り人の完全に居ない場所なんてまず無い、人の目なんてものは何処かにある。

 だからこそ裏切られるリスクを取ってでも、穏便に俺達を見なかった事にしてくれる人間を雇う必要があるんだ。

 そして情報が正しく、身内の統制が取れて、相手の心構えは出来ておらず、戦力は十分、はい、完璧な任務遂行。

 そこで首と胴がお別れした金持ってそうなオッサン、全く状況を理解出来ないままであの世に逝ったよ。

 任務完了で俺達は早々に撤収、後は連絡済の回収班に拾って貰って五車に帰るだけだ。

「ねえ、お腹空いたしラーメンでも食べていかない?」

「五車に帰るまでが任務よ、我慢しなさい」

「アサギ様の仰る通りだ。さくら、我慢しろ」

 最初から最後まで正に対魔忍のお手本のようで、ホント、俺って必要無かったよな。

 何で校長は俺をメンバーに加えたんだ?

 

 

 

 ふうま小太郎、あれからも数回、任務の追加メンバーに加えられたけど、私の評価としてはこんなもの。

 生まれから闇世界の事情には多少通じている事。

 戦闘現場で私達の邪魔にならない行動は取れる、但し戦力外だけど。

 一度も使った事は無いけど予備プランを考える位の知性があり、指摘してくる箇所も中々に的確。

「むっちゃん、後はよろしくね~」

「待てっ、さくら、報告書は出来てるのか!」

「こた君に頼んだから大丈夫♪じゃね~」

「ヤレ男の奴、さくらばかり甘やかしおって、後で説教だ!」

 ・・コミュニケーション能力は癪だけど私よりもある、ってところかしら。

 でも精々オブザーバーね、特に必要な存在でもないわ。

 

 

 

「あっ、ずるい、そんなハメ技、卑怯千万!」

「ふははは、対魔忍の戦いに卑怯は褒め言葉だぞ、さくら」

「おのれ、許すまじ」

 賑やかな事だ、そろそろケーキでも差し入れるか。

 若の執事として、ふうま天音、如何なることでも御役に立って見せる。

 あの男が敵の対魔忍の本拠地である五車学園に若を入学させると聞いた時は、我が邪眼動転輪で始末、とも考えたが今となっては悪い話でもなかったな。

 若にとって将来の手駒を増やせる、それもあの男の手垢が付いていない者達をだ。

 ・・若の父といえど、私には弾正様を殺めたあの男だけは未だ許せぬ。

 最早無益な事は重々承知だ、だがこの感情は消えぬ。

 弾正様を殺され報復と執拗にあの男を狙ったが返り討ちにあい、ようやく弾正様の下へとという時、幼かった若が何故か私を庇った。

 その後あの男は、

「俺への忠誠などいらん。だがお前も災禍と同じふうまの女なら、ふうまの為に生きて死ね」

 ・・そして私は若の従者とされた。

 私に流れる血のせいか甘んじたが、おざなりなものだった。

 そして若は聡明ではあるが十を過ぎても邪眼に目覚めず、どこか期待していたのかもしれない私は、いつしか話しかけてくるのも最早煩わしくなっていた。

 ・・そう、あの時までは。

 私とは別にしつこく宗家に戦を仕掛けていた鉄華院家一党。

 姦計に嵌まり私と若は追い詰められた、だが生還出来たのは足手まといとしか思っていなかった若の機智と勇気だった。

 ふうま宗家の跡継ぎでありながら邪眼の目覚めぬ目抜け?

 それはむしろ私の事だった、私はずっと真の主の傍にいたのだ。

 若自身には自覚が無い様だが、見えている者には見えているのだ、ふうま一門の当主に相応しい器がな。

 ・・若、この天音、執事としてどこまでもお供いたしましょう。

 ・・もしもあの男の首が必要などという事があれば、速やかに献上させて頂きます。

 



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第三話  次世代対魔忍

 闇の無法都市ヨミハラ

 東京の300メートル地下にある広大な空間には、多くの人魔によって大小無数の組織が存在し、その名の通り混沌と化した都市。

 

 クッ、ヒュルストめ、余計な事をしてくれる。

「エレーナ、留守を任せたぞ。リーナ、付いてこい、急ぎセンザキへ向かう」

「は、はい、承知・・致しました」

「直ちに。ですがイングリッド様が直々に地上に向かわれるなど、一体何が起こったのですか?」

 忠実な部下への指示を出し、急ぎ足を進める。

「悪いが説明している時間が惜しい、道中で話す」

 

 

ふうま父子二代の女難  第三話

 

 

「ふうま、早くしなさい!」

「わ、分かってる。もうすぐ終わるから」

 う~ん、お姉ちゃんにも困ったもんだね。

 いくらこた君を急かしたって、データのダウンロード速度なんてどうしようもないじゃん。

 むっちゃんもどう仲裁したらいいのか困ってるよ。

「一秒が生死を分けるのよ、私達の足を引っ張らないで!」

 お姉ちゃん、最近こた君への遠慮が無くなってきたというか、態度が厳しくなってきてるんだよね、勿論悪い方で

 ・・そりゃ私達は色々な意味で有名なお母さん達の娘だから、対魔忍や男というものに対して複雑な気持ちになるのは分かるよ、分かるけどさ、こた君に八つ当たりするのはどうかと思うんだけどなあ?

 お姉ちゃんも悩んでるんだろうけど、それでもちょっとねえ。

 五分程経ってようやくダウンロードが終わった、重苦しい雰囲気で一時間以上に感じたたけど、どうにか任務は達成、急ぎ部屋から出てビルの裏口から脱出したら、

「ようやくお仕事は終わったかい?これ以上待たせるってんならお迎えに行こうかと思ってたところだよ」

「これはこれは貴重な検体が四つとも勢揃いとは、あの情報屋、なかなか良い仕事をしてくれたものです」

 

 

 地上に向かう中でイングリッド様より事情をご説明頂いたが、正直なところ、剣に生きてきた私には組織の論理などさっぱりだ。

 どうも最近、日本政府の手先である対魔忍と、中堅規模の何かと耳にしたことのある組織、ふうま一門が手を組んだらしい。

 イングリッド様にはお気にかかることがあるらしく様子見をしていたのだが、そこに我らがノマドの幹部ヒュルスト様が同じく幹部である朧様を焚きつけて、よりにもよって対魔忍総隊長の娘やふうま一門の次期当主を拐かそうと動いたらしい。

 現時点では娘や次期当主にそこまでの価値は無い、だが曲がりなりにもトップの身内に手を出すなどすれば感情的にも面子においても親は妥協など出来まい。

 如何にエドウイン・ブラック様が束ねる強大なノマドといえど、全てを敵としてしまうのは愚行であり短慮だそうだ。

 私は敵対するのなら潰せば良いし、しないのなら干渉しなければいいだけだと思うが、流石にイングリッド様ほどの御立場ではそうもいかないらしい。

「あの本能でしか生きていない者共め、親への恨みを子で晴らそうなどとは!」

 それは確かに騎士としては受け入れがたい、子に何の罪があろう。

 正々堂々、親への恨みは親に向けるものだ。

「事の次第によっては剣を抜く事態となる、リーナよ、心して置け」

「ハッ!」

 

 

 くっ、速い!

「遅い遅い遅いねえ、本気を出していいんだよ、アハハハハ♪」

 朧、聞いた事はある、母さんに何度も倒されながら遂には吸血鬼とまでなり復活した元くノ一。

「対魔殺法・刀脚!!」

「だから遅いってば♪」

「グッ!」

 刀脚を躱され、空いた鳩尾に一撃を食らい吹っ飛ばされる。

 

「アサギ様!!」

「駄目だ、紫!ヒュルストから目を離すな!」

「し、しかし・・」

 あのアサギ様が完全に翻弄されている、あれがノマドの幹部、裏切りの対魔忍、朧。

「ならばヤレ男、ヒュルストを倒させてくれ!」

「先も言ったが駄目だ!その禿野郎は絶対に罠を用意している、攻め込めば奴の思う壺だぞ、今は迎撃に徹するんだ!」

 ヤレ男は私達より闇に精通している、その判断は間違いないだろう、・・だがこのままではアサギ様が。

 

 飛ばされたアサギは何とか立ち上がるが、追撃してくる朧の鉤爪に傷付けられていく。

 助けに入りたくても俺が入り込める戦闘レベルじゃない、言葉しか出せない自分に歯噛みしつつ、他に敵はいないか、使えそうなものはないかと辺りを見回す。

 考えろ、考えろ。

 紫とヒュルストでは相性が悪すぎる、下手な事はできない。

 朧の方はアサギならばと思ったが、残念だが朧の強さが上回っている、校長先生と何度も死闘を繰り広げていたのは伊達じゃなかった。

 ならば残るはさくらだが、そのさくらは既に此の場から逃走している。

「まったく下賤な人間でありながら高貴な私の邪魔をするなど、それ相応の報いを受けていただきますよ」

「フン、己の事を棚に上げてよく言ったものだ。どうやら高貴さと知能は比例しないらしいな」

「黙りなさい、縮こまっているだけの羽虫の分際で。よろしい、この者たちで相手をしてあげましょう」

 ヒュルストが何やら唱えるとオークが五体召喚された。

「ヤレ男!」

「紫、ヒュルストは俺が見張っておく、すまんがオークの相手を頼む」

「大丈夫か?・・いや、わかった!」

 オークの登場で危険度は更に上がったが俺はコレで確信に変わった、ヒュルストに直接介入の意思は無いと。

 俺程度に自身で攻撃してこないのも、おそらくは罠での捕縛に固執しているからだ。

 勿論俺にもオークは襲い掛かってきてるが、こいつ等のスピードなら俺でも何とか躱せる。

 倒すのは紫に任せたらいい、同じパワーファイターでも高い技術も持つ紫はオークとは格が違う、そして紫なら、

「紫、オークをアサギ達の方にブッ飛ばしてくれ!」

「そうかっ!!任せろ!」

 紫が戦斧の刃を寝かせオークを痛打する。

 自分で頼んでおきながら、オークの巨体が弾丸のように飛んでいくのを見て肝が冷えたのは内緒だ。

 とにかくオーク飛ばしは功を奏し、朧がアサギから離れてくれたので急ぎ合流する。

 アサギはかなりやられてるが動く事は出来そうだ。

「ちょっと、この豚共を引っ込めな!邪魔なんだよ!」

「おやおや、手こずっていたようですのでお手伝いしただけですのに、心外ですな」

 朧たちが仲違いを始め、決定的な打開策はまだ無いが形勢は変わりつつある。

 そんな小さな希望が灯し始めた時、

「見苦しいぞ、ブラック様の御名を汚すつもりか!」

 ヒュルスト達の背後から何者かが現われる。

 あれは、魔界騎士イングリッドか?

「何よ、邪魔しに来た訳?」

「これはこれは、態々ご自身でいらっしゃるとは思いもしませんでしたな。そこの小間使いぐらいは来るかと考えておりましたが」

「我が部下への侮辱は許さぬぞ。だがその通り、貴様等を止めに来たのだ」

 どうやら味方のようだ、助かった。

 ま、そうだよな、朧やヒュルストみたいな奴しかいなかったら組織なんか成り立たないからな。

 ちょっとでも良識を持ってたら、たかが首三つで対魔忍やふうま一門と全面戦争なんて割に合わないって分かるだろ。

 アサギは悔しそうだが口は挟まない、ちゃんと状況を理解していてよかった。

「そう、止める為に来た、・・・そのつもりだった」

 ん?

 イングリッドが此方に近づいてきて、俺に剣を向ける。

「ふうまの跡継ぎ、貴様は危険だ、あの男とは別の意味で危険だ」

 

 そうだ、娘たちは母親たちにまだまだ及ばぬ、放置しても問題は無い。

 だがコイツは違う、戦わずに大きな戦力差を拮抗させ事態を膠着させるという、我々魔族からすれば余りにも得体の知れない力を示した。

 もしも将来コイツがこの理解し難い能力に加え、あの男のように邪眼を会得したとしたら、ノマド、いやブラック様にすら危害を及ぼしかねない存在と成るやもしれん。

 そんな芽を見逃す訳にはいかぬ!

 私の行動に朧が便乗しようと横に並んでくる。

「何だい、ヤルってんならっ!?」

 朧が突如現れた刃を弾き返し、影から新しい対魔忍が姿を現す。

「う~ん、おばさんやるねえ、完璧に不意を突けたと思ったんだけどなあ」

 見覚えのある顔に言動、・・本当によく似ているな。

「さくら!」

「おっ待ったせえ、援軍もうすぐ来るよ♪」

 援軍?どういう事だ。

 

 どうやら間に合ってくれたようだ。

 苦虫を嚙み潰したような顔を見せるヒュルストの顔を見て溜飲が下がる。

 ヒュルストと朧が現れた時、私は動揺もあり気付けなかったが、ヒュルストは検体が四つと言った、・・その時のさくらは陰に潜んだ状態だったのにだ。

 つまりさくらの事も情報で掴んでおり、さくらの影遁に対する備えもしていると語ったも同然。

 ヤレ男は直ぐにその事に気付き、さくらを走らせたのだ。

 そう、コイツの失言によってさくらは姿を消していたんだ、・・ヤレ男の指示で援軍を呼ぶ為に。

「・・今回は退く、ふうまの跡取り、覚えておくぞ」

「チッ、仕方ないね、やっぱり無能となんかつるむもんじゃないわ~」

「・・この屈辱、決して忘れませんよ」

 捨て台詞を残し三人は姿を消した。

 張っていた気が落ちたのかアサギ様がふらつく、だがヤレ男が支え事無きを得る。

「・・放して」

 アサギ様の抗議をヤレ男はスルーし素早く背に背負った。

「ちょ、降ろしなさい!!」

「まあまあ、確かにちょっと重いけど、怪我人の女の子を歩かせるわけにはいかないだろ」

 ・・・ヤレ男、一言多い。

「・・だ・れ・が・重い・ですってええええ!!!」

「ぐえええええ、ぐる・ぐるじい、死ぬ死ぬ」

「ニャハハ、お姉ちゃん、デザート食べすぎ~」

 ふむ、アサギ様がお元気になったので良しとしよう、救援に来た者達に目を白黒させる事となったがな。

 

 

 

 

 

 極上の料理に美味い酒、窓の外には美しい夜景、そして艶やかなドレスを身に纏った美女。

 男なら誰もが羨む一時であり、更に後の情事を期待出来るときては表情を取り繕いつつも心が緩むのは仕方あるまい。

 だが同席している空気を呼ばない野暮な女、対魔忍総隊長は下らない浮世事を囀ってくる。

「そんな訳で貴方の息子さん、これから大変な事になりそうよ」

「フン、アイツはそっちに放り込んだんだ、俺の知った事か」

 アイツの話なんざ折角の飯が不味くなる。

「そう?・・それにあの娘たちも、徐々に闇の世界に名が広がり始めてきたわ、今後否が応でも危ない橋を渡る事になる、対魔忍を辞めようとも、ね」

「・・・・・・・・・」

 修羅の道に後戻りはない。

 己の人生を振り返っているのか、いま此処にいるのは最強の対魔忍ではなく娘の心配をする只の母親。

 掛けれる言葉など、無い。

「だから、彼を遣わしてくれのね。貴方が手塩に掛けて育ててきた大事な息子を。・・貴方の娘を護る為に」

「・・・何の事だ」

「フフフ、あの娘、あれでも毎年贈られてくる誕生日プレゼント、楽しみにしてるのよ。口では色々と言ってるけどね」

「・・・・・・・・」

 ・・何やら冤罪を掛けられているようだが俺のあずかり知らぬ事だ。

 ・・だが楽しそうに話す様子に少々気が変わった。

 後で持ってきたブツは全部この女に使いきってやる、と固く夜景に誓う俺だ。

 



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第四話  鬼神乙女のお見合い(上)

 此処はふうまの保養地のひとつである温泉で、今回は皆で湯治に来ている。

 アサギがノマドとの件で負傷している事を親父が耳にして、施設を利用していいと伝えてきたからだ。

 あの鬼畜親父が善意で言う訳がない、何か企んでいるに決まっていると断ろうとしたが、時子母さんからも薦められた以上は是非もなく、それでもアサギは受けないだろうと思ったがアッサリ了承し、さくらと紫も一緒だ。

 蛇子と天音は用事があり留守番、ご機嫌を取る為の土産は厳選せねば。

 アサギ達は早速風呂に向かったが、俺はどうにも警戒感が納まらなくて室内を調べてみる、たが何もなく杞憂だったかとようやく安堵した。

 ・・俺も風呂に行こう。

 脱衣場で服を脱ぎ、露天風呂への扉を開ける。

 アサギ達は丁度身体や髪を洗っていて、入ってきた俺に気付く。

「よっ、まだ浸かってなかったんだな」

 もっと後で来るのかと思ってたのか、三人共固まっている。

 ・・ふむ、流石に親譲りで抜群のプロポーションだな。

 おっと、ムスコが元気になったぞ?

 事に及んでいるならともかく肉親の裸を見ても何とも思わないが、身体は本能的に反応したようだ。

 それを見て三人は軽く悲鳴を上げたが、まあ許せ、生理反応だ。

 俺は湯船に近寄り掛湯して入る。

 あ~、気持ちいいなあ。

 風呂を堪能していたら後ろでバタバタと音がして、振り向いてみたら三人がいなくなっていた。

 急用でも思い出したのかと扉に目を向けていたら、ド派手な音を立てて扉が開きバスタオルを身体に巻いた三人が再び入ってきて、何故か湯船に入ってきて俺を取り囲む。

「・・・ヤレ男、何か言う事はないか」

「あるよね、当然あるよね!」

「一応聞いてあげるわ、・・結果は変わらないけどね」

 ・・・何か怒っているような、確かに肉親とはいえ元気なムスコを見せてしまったのは拙かったか。

 しかし、この反応、ひょっとして三人共、まだ処女か?

 だったら流石にデリカシーが足りなかったか、素直に謝っておこう、だがその前に、

「湯船にタオルを巻いたまま入るのはマナー違反だと思うぞ」

 

 

 ふうま父子二代の女難  第四話

 

 

 温泉から帰ってきて部屋で休憩中、着信メロディが鳴ってスマホを手に取ると、見たくもない名前が表示されていたが仕方なくでる。

「おい、借りを返せ」

「いきなり何だ、馬鹿親父」

「保養地を使わせてやっただろう、その借りを返せと言ってるんだ、馬鹿息子」

 俺が今すぐ一門の当主に就く方法は無いか、あれば即実行してやるのに。

「お前、露天風呂で暴れて施設を損傷させただろうが、請求書が届いたぞ」

 ・・その事か、だが俺は暴れていない、ボコボコにされただけで犯人はアサギ達だ。

「とにかく俺の為に働け」

 畜生、絶対面倒事だ。

「・・・何をしろってんだよ」

 

 

「ねえ、ふうまちゃん、任務でもないのにどうしてこんな所にきたの?」

 用事があるらしくて付いて来たんだけど、此処って東京キングダムの廃墟の多いエリアだよね、蛇子は初めてだよ。

 それに此処数日、あちこちに連絡を取ってたし。

「そうね、一体何なのかしら」

「デートコースにしてはセンスが無いなあ」

「それは流石に違うだろうが、まさか人目の無い所で不埒な真似を」

 アサギちゃん、さくらちゃん、紫ちゃんも疑問に思ってるよ。

「・・・お前達を呼んだ覚えは無いけどな」

 皆の前で出かけるって蛇子に伝えたからね、ホントにふうまちゃんてば。

「もう少しで、・・いやがった」

 ・・えっ、あれって、御館様!?

 どうして、と、とにかく御挨拶しなくちゃ。

「遅いぞ、それにどうして女ばかり連れてきてやがる、男はどうした」

「分かってる、時間をずらして順番に来てもらうようにしてるんだ、その方がいいだろ」

「フン、変に取り合いになるよりその方がいいか、だったら此方も一人づつ出す」

 挨拶する間もなく御館様は踵を返しちゃった、アサギちゃん達も同じなので取り合えずふうま一門の御館様とだけ教えてあげる。

「ねえ、ふうまちゃん。もう教えてよ、一体何しに来たの?」

 ここまで来ても言いたくないのか、溜息をついて顔を空に向けて、

「・・・見合いだ」

 えっ?

「お、お見合い!?ふうまちゃん、結婚するの!?」

「貴方、まだ学生の身でしょ!」

「反対反対反対~」

「ヤ、ヤレ男、そんな大事な事はじっくりと考えるべきだ!」

 いきなりの爆弾発言で蛇子達は大騒ぎ、ふうまちゃんの従者として之は反対案件だよ。

 皆の言う通りまだ早いよ、まだ修行中の身だし、もう少し経てば蛇子も時子さん達みたいに素敵な大人になるんだから!

「落ち着け、俺のじゃない」

 ・・違うの?

 良かった~、アサギちゃん達がホッとしてるのは気になるけど、取り合えずは良かったよ。

 蛇子の立場だと御館様の決定だったら正直どうしようもなかったし。

「それなら、一体誰のお見合いなの?」

「うんうん」

「それに、どうしてヤレ男が呼び出されたんだ?」

 最初の疑問に戻って、面倒臭そうにふうまちゃんが教えてくれた。

 

「やれやれ、お前等、鬼神乙女って魔界に住む鬼族を知ってるか?」

 

 

 

 

 ふうま当主が再び姿を現し、そしてもう一人いる。

 だがあの姿を人と言うには抵抗がある、全身を甲冑で覆ったようなあの姿は実は素肌だという。

 それでも魔界に住む鬼族と聞けば少しは得心もいく。

 魔族には我ら人と変わらぬ姿を持つ者も多くいるが、しかし細かな差異は幾らでもある、逆に魔族からすれば人は個性が無さすぎるとも言えるだろう。

 姿形はそこまで重要ではないのだ。

 ある意味では人より魔族の方が他者に対し平等に接している、尤もその分、強さに関しては絶対の差別を持つが。

 彼女等、鬼神乙女は自分より強い男と子を成すとの事だが、個々が余りに強く相手に出会えぬ内に戦死してしまう者が多いという、悲しき運命にあるそうだ。

 それ故、鬼神乙女と。

 だが現ふうま一門当主は本来一人しか番えぬ彼女達を何と二人も娶り、子を成したそうだ。

 その特別な縁から彼女達に相手を十年以上紹介し続けているという。

 条件が本当に厳しいので最近は相手候補が見つけられず、それで小太郎にいないかと連絡してきたのが今回の顛末だった。

「御館様、見直しました」

「うむ、二人を娶った事に関してはコメントに困るが、鬼神乙女たちの幸せを十年以上後押ししてるのは立派な行いだ」

「ただの助平親父だと思ってたけど、いいとこあるんだね~」

 敵対していた母さんと色々あったと聞いてたし、耳にした評判も酷いものだったけど、噂に過ぎなかったのかもしれないわね。

 そして小太郎が男性を紹介する。

 

 

「こちらマッスル団のボスである、マッスルジョーさんです」

 



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第五話  鬼神乙女のお見合い(下)

「何と、この私の完全無欠の健康ボディに傷をつけるとは!いいでしょう、貴女は私の子を孕むのに相応しい女性です」

「そ、そんな情熱的な言葉で、プ、プロポーズしても、わ、私に勝てないと駄目なんだからね!」

 キャーキャーキャー、生でプロポーズなんて初めて見たけど、テレビのドラマなんかよりずっと素敵!

 建物が粉砕されたりアスファルトが陥没したり、臨場感が半端じゃなくてスッゴク盛り上がる。

 花束を持ってや指輪を出したりするのも好いけど、やっぱり気持ちを伝える情熱が大事だよね、女の子は男の子に一番そこを求めてるんだから!

 あっ、鬼人乙女さんがマッスルジョーさんの胸に飛び込んで、抱き合ってる。

 良かった、二人は遂に結ばれたんだね、感動だよ!

 

「なあ親父、あれって鯖折りじゃないか?」

「まあ、二人とも幸せそうだし、いいだろ」

「・・次、いくか」

「・・そうだな」

 

 

ふうま父子二代の女難  第五話

 

 

 先程の闘いは凄まじかったが、此度も負けてはいない。

 日本の甲冑を身に纏いし巨漢。

 常人では持ち上げる事すら不可能と思える巨大な金棒を手足の様に扱い、一振り一振りが暴風と化す恐るべき攻撃を繰り出す僧兵、千住院弁慶殿。

 前の二人は戦闘中よく言葉を交わしていたが、こちらは無言だ。

 かなりの傷を双方負っているが、闘志は衰えることなく闘いは続く。

 だが遂に決着が付く、弁慶殿の前に鬼神乙女が膝を付いた。

 見事な勝負だった、お二人はこれで心置きなく夫婦となるだろう。

 ・・それなのに、弁慶殿が背を向けた、何故だ?

「儂は為さねばならぬ事がある身、妻は持てぬ」

 そんな、私には分かる!弁慶殿は確かに鬼神乙女に魅かれていた、最初は能面だった顔が時が経つほど笑顔になっていたではないか。

「承知しております、貴方様の道をお止めすることなど出来ない事を、私には・うっ・・・」

 なんてことだ、二人には確かな絆がある。

 だがそれ故に結ばれることが叶わないのか。

 そして弁慶殿は去ろうとし、・・だがその歩みが止まる。

「・・儂の我儘だ、・・だが告げたい、・・・儂と共に、来てくれぬか?」

 あ。

 鬼神乙女が弁慶殿の背中に抱き着く。

「はい、はい、どこまでもついてまいります」

 素晴らしい、私達は感動で心を満たされ、夕陽を背にお二人が連れて去るのを見送った。

 ・・比翼連理、私もいつか・・。

 

「・・まだ昼だよな?何で夕陽が?」

「能力を使って演出したんだろ」

「・・次で最後だ、とっとと終わらせる」

「同意だ」

 

 ・・これは厳しいわね、余りにも実力に差がありすぎるわ。

「頑張れ~、五車学園の用務員のおじさん!」

「ファイトだよ!」

「諦めてはいけない、必ずチャンスは来るぞ!」

 さくら達が必死に声援を送っているけど、一方的なのは変わらない。

 三番手、五車学園の用務員で沼津・なんとかさん・といったかしら。

「俺の嫁になってください!!泥遁の術・泥人形!」

 十体近くの泥人形が現われたけど、この鬼神乙女はレーザーを使い瞬時に破壊、いや塵とする。

 地面を泥化させて地の利を取ろうとした作戦も、身体を浮遊されては意味が無いわ。

 ただ身体を泥化させるとほぼノーダメージらしくて、それで何とか戦闘を継続出来てるけど、決め手に欠けて文字通り泥仕合となってるわね。

 絶えず嫁にと訴え続ける気概は買うけど、鬼神乙女の心には届いていないかしら。

 

「おい、このままじゃ広範囲攻撃で蒸発させられるぞ?」

「仕方ないだろ、鬼神乙女の外見を気にしなくて、更に強い猛者なんて早々いるもんか!」

「ヤレヤレ、仕方ねえな。駄目だった時はお前の嫁にしろ、俺の魔門で力を奪っとけば勝てるだろ、後は得意の口先三寸でなんとか納得させとけ」

「ふざけんなよ!次を待ってもらえばいいだろ!」

「無理だ。今回の三人は特に拗れた奴等で、もう待てねえって直談判してきた奴等なんだよ」

「だったら親父が娶れよ!」

「ブリュンヒルドとロスヴァイセの二人だけでどんだけ大変だったと思ってんだ!セーフハウスを何軒潰したか分かってんのか!?」

「親父が女絡みでセーフハウス潰すのなんて日常茶飯事だろ!!」

 

 御館様、サイテー。

 蛇子の評価は奈落の底だよ、地下300メートルのヨミハラを突き抜けたよ。

 皆も白い目を向けてる。

 庇う気は全然無いけど、でもこのままじゃ、ふうまちゃんが。

 

「・・・ま、一応アドバイスはしといたけどな」

 

 遂に業を煮やしたのか、鬼神乙女の眼前に眩しい程の光が集まっている。

 脅威を察したのか用務員さんは防御の為に泥の鎧を身に纏う、でも鬼神乙女は構わずにレーザーを射出した。

 光が収まった後の残った景色には、蒸発したのか泥は全て消え失せていて、大きく抉られた地面だけが残っていたわ。

 ・・・用務員さんの姿は、無い。

 覚悟の上での勝負、分かっているけど、でも余りにも悲しい結末。

 鬼神乙女の静かに佇む姿から、その胸中を窺い知れる事はなかった。

「!?」

 突如、鬼神乙女を中心地に地面が泥化していく。

 勝負は付いたと体の浮遊を解いていた為、地続きになった足から泥に拘束され身動きの取れなくなった所に、同じく泥の中から現れた用務員さんが背後を取った。

 

「おい、どういう事だ?」

「泥は熱に弱いだろうけど、粘土なら耐えられるんじゃないかって言っただけさ。確信は無かったけどな」

 

 地中にある粘土を泥に加えて耐熱強度を上げて、光によって視界が悪くなった際に潜んだ訳ね。

 それでも耐えれるかどうかは運任せよね?

 だけど実力差を鑑みれば、確かに勝機はそこしかなかったと思うわ。

 そして勝負あった、皆そう思ったわ。

 ・・・それなのに用務員さんは拘束を解いて、再び鬼神乙女と対峙する位置に戻った。

 ・・どうして?

「・・何の真似だ、お前の勝ちの筈だ」

 此処にいる全員の疑問を鬼神乙女がぶつける。

「・・・俺は不細工で、この年まで女性とお付き合いしたことはありません。見合いの話を持ち込まれた時はそれこそ天にも昇る気持ちでした」

「ですが貴女の御友人やマッスルジョー殿達の、真っ直ぐな気持ちをぶつけ合う姿をみて悟ったのです。俺は一度でも本気で気持ちを女性に伝えた事があったかと、容姿を言い訳にして臆病な自分を繕っていただけだったのだと」

「先程の状況はふうま君のアドバイスのおかげです、勝てたと、いえるかもしれません。ですが俺は、自分の、自分だけの力でどうしても貴女に勝ちたい!貴女に胸を張って嫁になってほしいと言いたいのです。・・・たとえ、どれほど小さい可能性でも・・・」

 ・・・勝負が再開される。

 もう用務員さんは正面から突進しかしなくて、鬼神乙女の腕の一振りに跳ね飛ばされる。

 私達はただ見届け続ける、・・・そして、おそらくこれが最後であろう子供でも躱せる突進、鬼神乙女は健闘を称えてか、胸で受け止めた。

「・・・ありが・とう・・ござい・ました・・」

 用務員さんが礼を言った。

 私達に掛けられる言葉は無くて、静寂が訪れる。

「いや、貴方の勝ちだ。貴方の心は見事に私の心に打ち勝った。・・貴方は強い人よ」

「・・えっ!」

「どうか私に貴方の子を産ませて欲しい、・・だ・駄目だろうか?」

「ハ、ハイ、どうか俺の嫁になって下さい!!」

 ワァァァァァァァァァ!!!

 さくら達が二人に駆け寄りお祝いの言葉を贈る、もちろん私も。

 本当に、自分の事の様に嬉しかった。

 

 

「フウ、どうにかなったか」

 ぬけぬけと抜かすクソ親父に言いたい事は山ほどあるが、ここは我慢する、天罰を与える人達が来たからな。

「とても素敵だったわね、アナタ」

「ああ、ふうま、お前に出会った時の事を思い出したぞ」

「なっ、ブリュンヒルドにロスヴァイセ!!いつのまに!!」

「同胞の大事よ、見届けにくらい来るわ」

「その通りだ」

 二人がなんか身体をくねらせている、あっ、これ乙女モード入ってるわ、となると長居は無用だ。

「じゃあな、親父、報酬は貰ってくぞ」

「あっ、てめえ、俺の財布を!」

「アナタ、そろそろ二人目をつくりましょう」

「待てっ、ブリュンヒルド!私は既にスタンバイできているのだ、私が先だ!」

 くわばらくわばら、俺は蛇子たちの所へ避難する。

 

 皆で飯でも食べに行こうと歩きながら、蛇子たちが俺のスマホにある画像を見て賑わっている。

「へええ、この子たちが、こた君の妹ちゃん達?」

「そうだよ、ブリュンヒルドさんとロスヴァイセさんの子で、とっても強いんだけど花壇でお花を育てたり詩集を読んだりして、とっても可愛い女の子なんだよ」

 誰かさん達も含めて雄々しいのが圧倒的に多いけどな。

「マイハニー、庭付きの白い家を建てようと思うんだが、どうかな?」

「まあ、マイダーリン、だったら私、白いオオカミを飼いたいわ」

 うぜえ、とっとと二人でしけこめばいいだろうに、幸せを見せびらかしたいのか?

「おや?アサギ様、何やら騒々しい音が先程の場所の方から聞こえてきませんか?」

「大分離れたのに、隕石でも墜ちたのかしらね、なんて冗談だけど」

 ・・・それに匹敵する事が起こっているであろう場所に、おそらく拘束されて逃げられなくなってる親父の冥福を祈って、俺は足を進めるのであった。

 



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第六話  誰の為のデート?

 いい天気だ、しかし行くのが学園だと思うと曇り空だ。

 今日は蛇子と一緒に登校だ、風紀委員の仕事は無いらしい。

「ふうまちゃん、急がないと遅刻しちゃうよ」

 ・・大丈夫だ、予鈴一分前には着く、素人には焦る時間でも分かる人間には分かる、入学して三ヶ月も経っていないが俺の経験則は確かだ。

 だから素人だと、

「うわああああああ、遅刻遅刻遅刻ううううううう!!」

「ゆ、ゆきかぜ!!前!!前!!」

 きちんと前方確認もせずに善良なる一般市民に衝突するという、迷惑かつ社会秩序に反する行為に及んでしまう訳だ。

「あいたたたた、ごめんなさい、怪我は無い?・・・って、ふうまじゃない!何処見てるのよ!」

 俺と分かれば高速の手の平返し、しばくぞ、この貧乳!!

「ゆきかぜ、大丈夫か?ふうま、すまない」

 傍若無人なゆきかぜを心配し、そのゆきかぜに代わり俺に謝る達郎。

 転入してクラスメートが俺を遠巻きにする中、達郎と鹿之助は早々に友人と成れた、凶暴な幼馴染や親族を持つ者同士でシンパシーを感じたのかもしれない。

「なんで達郎が謝るのよ!コイツが全部悪いんじゃない!」

 御覧の通り、次期対魔忍のエースが一人と目される水城ゆきかぜは、俺に対しかなり辛辣な態度をとるクラスメートだ。

 だが堂々と批判はするが他生徒の陰湿な行為には反対姿勢を取り、達郎が俺の友人となるのを止めたりもしなかった、根は悪い奴じゃない。

「授業にちゃんと出ないし、すました顔して本ばかり読んでるし、最初は仲悪そうだった井河さん達とは急速に仲良くなってるし、他にも・・・・・・」

 悪く・・ないよな?

「何より訓練中に私の体をいやらしい目で見ておいて、途中からは憐れんだ目で見ていたのよ!」

 悪いだろ!どれだけ偏見まみれだ、この俺が今さら青臭い女子学生に欲情する訳あるか!

 ・・だが俺の人生、女の理不尽さは身に染みて味わってきている。

 あのやりたい放題の親父にも、女には可能な限り逆らうな、とコンコンと諭された程に。

 そして、こんな時の対処法は、

「ゆきかぜ、見ていたのは間違いないが俺は単に見蕩れてただけだ、いやらしい気持ちじゃないぞ」

 穏やかに、否定ではなく、持ち上げる。

 最初はキョトンとしていたゆきかぜだが、俺の言った言葉を理解したのか、少し顔を赤くしつつムキになって否定してくる。

「な、何言ってるのよ、調子のいいこと言って!どうせアンタも寂しい身体だって思ってんでしょ、そうに決まってるわ!」

 うむ、想定通りの返答だな。

「何を気にしてるか知らんが、俺はオマエのプロポーションはとても魅力的だと思ってるぞ」

 真面目な顔で即答、表情筋は絶対に崩すな。

 完全に狼狽え照れ始めたゆきかぜは、両手の人差し指を突き合わせながら俺に上目遣いになって、更に何かを期待し始める。

「・・だって、凛子先輩に比べて、子供っぽいし」

 ここまでくれば後は止めだ、ん?達郎の奴、何を呆けてるんだ?

 オマエも色々と苦労してるんだろう、今から俺が手本を見せてやるから、しっかり覚えとけよ!

「確かに凛子先輩は大人っぽいから憧れる気持ちは分からなくはない、だがな、逆に言えば凛子先輩にはオマエのような、躍動感がある綺麗なボディラインは、どうあがいても望めないものだ。女性はスタイルだけじゃない、髪型や衣装、化粧だってそうだが、本当に皆オンリーワンなんだ。ゆきかぜ、オマエは自分の魅力をまだ全然出し切れていないんだぞ!それなのに現時点でも恐ろしく高レベルだ、末恐ろしい位だぜ、まったく、ヤレヤレだ」

 ゆきかぜは真っ赤になって完全に沈黙、フッ、勝った。

 達郎は、・・まだ呆けてるな、最後にもう一つアドバイスしておくが、絶対に途中で止まるんじゃねえぞ、最後まで押し切る事を忘れるなよ。

 さて、もう完全に遅刻だが学園に向かわないと、む、蛇子の表情が硬くなってるな。

 分かってるさ、女を褒める時はその場にいる全員を褒めるのも鉄則。

 俺は今度は蛇子を褒める為に目の前に立って話しかける。

「蛇子」

「な、何、ふうまちゃん」

 よし、俺の言おうとする事に気付いているな、ならば期待に応えてやらないと。

 だが普段から傍にいる為、抽象的な褒め方では駄目だ、逆に白々しく感じられかねない。

 実感を伴わすには在りのままを大きく称えるのがいい、そう考え普段は他人にしかしない観察を蛇子にしてみる。

 ・・小柄で150ないか?

 ふむ、ロングヘアーの先をリボンで止めて、髪質も柔らかそうで綺麗だ、そういえばあのリボン、昔に俺があげたヤツか?

 顔立ちは可愛い系で、うん、美少女だ。

 頬に手を当ててみて、肌はきめ細かくピチピチだな。

「ふ、ふうま・ちゃん?」

 胸もこんなに育ってたのか?89、いや90?Hカップだと!?

「ちょちょちょちょ・・・」

 腰も細い、58。

「なななななな・・・・」

 尻も太ももも柔らかく張りも抜群、申し分ない。

 ・・・参った、褒めるところを探すどころか褒めるところしかない、脱帽だ。

「ア、アンタッ、一体なにしてんのよ!!」

「ふうま、やりすぎ!」

 なんだよ、うるさいな、俺は今から心底本心で蛇子を、

「ふうまちゃんのエッチいいいいいい!!!」

 顔を真っ赤にした蛇子が大音量で叫ぶ、そして口を窄め、

 ぶっしゅううううううううううううううううっ!!!!!

 ・・・大量の墨を噴き掛けられた、・・・何故だ。

 

 

ふうま父子二代の女難  第六話

 

 

 午前の授業が終わって、ふうまや鹿之助と一緒に屋上で昼食を取ってるんだけど、正直言って野外でもふうまからの臭いがキツイ。

「やれやれ、蛇子のせいで授業に参加出来なかったな」

「そりゃ、そんな臭いを教室内で撒き散らされたら授業に集中なんて無理に決まってんだろ。ふうま、もうちょっと離れろよ、メシが不味くなる!」

 ふうまが言うには相州さんの墨は魚臭さが三日は落ちないらしい、シャワー程度ではどうにもならないと。

 だから普段なら食堂での昼食なのに屋上で取ってる訳だ、此処にも生徒はいたけど白い目でふうまを睨みながら急いで離れていったし。

 とりあえず買ってきた焼きそばパンを食べる。

「・・で、達郎、俺に何の話があるんだ?」

「えっ!?」

 ど、どうして分かったんだ?切り出すタイミングを計ってたのに。

 心の準備が出来てなかったから口籠ってしまった、そのせいでか、ふうまが勘違いしたのか謝ってきた。

「ああ、その、今朝の事は悪かった。別にゆきかぜを口説こうとかじゃなくて、身を護る為の条件反射というか、とにかく深い意味は全く無いんだが不愉快な気持ちにさせちまったか、すまん」

 「いや、その事はいいんだ。そうじゃなくて、ほら、以前の高坂先生が指導での任務があっただろ」

 誤解だけど一先ずは気にしていないと伝える、でも、その事に関しては確かに複雑だった。

 何だかんだ言ってても、あれは仲が悪いじゃなくて寧ろ逆で、俺の見た事の無い、ゆきかぜだった。 

 ただ、今朝の事は自分でも上手く言えない感じで、この気持ちは二人に対しての不満とは違う気がするんだ。

「あれの事か?静流がサポートに入って、磯咲姉妹、それと何故か俺が加えられた偵察任務」

「そう、それ」

「へえ、いいなあ、花の静流とも言われてる高坂先生と一緒に任務かよ」

 異名通り艶やかっていうか、凄く色っぽい先生だ。

「花、ねえ?俺には食虫植物のように思えるがな」

「ふ、ふうま、それは言い過ぎだ」

 本音では同意しかけたけど。

 結論で言えば失敗した任務なんだけど、何故か評価は優とされた。

 だからなのか、その後に静流先生からの指名で二回ペアを組むことになって、任務も上手くいったからか少しは信頼されたみたいで、普段からも静流って名前呼びをするようにと言われたんだ。

 ゆきかぜや凛子姉さんに比べて地味だけど、対魔忍として少しは認められたのかと思うとやっぱり嬉しい。

 ・・あと、静流先生のスキンシップが刺激的で、理性を保つのが本当に大変だった。

 まさかその事がバレてる訳じゃないと思うけど、ゆきかぜと凛子姉さんから任務活動の詳細、というより静流先生の事を執拗に問い詰められた時は気が気じゃなかった。

「ふうまって色んなメンバーと組まされるよな、任務内容も多種多様だし」

「それについては俺も文句が言いたいぞ、おかげで色々と絡まれてるからな」

 ・・う~ん、多分、意図的だろうな。

 俺も任務を組んでみて分かったけど、ふうまは判断力や他人とのコミュニケーション力がとても優れてる。

 一癖も二癖もある一匹狼みたいな人達が任務後はふうまによく声を掛けているのも、おそらくはその人達の協調性を高めたい校長先生の狙いなんだと思う。

 ふうまと普段は言い争いばかりしてるゆきかぜも、任務ではふうまの指示に従ってるらしく、以前に比べて現場破壊率が極端に落ちたらしい。

 実際の所、所属が五車じゃないふうまは隊長じゃないんだけど、自然と隊長の位置に落ち着いて皆も納得してしまう、やっぱり次期ふうま一門当主の器だからかな。

 って、そうじゃなくて、相談したい事が、

「ふうま君たち、今日は屋上でお昼ご飯なの?」

「おう、伊紀か、まあな」

 クラスメートの磯咲さんが何時の間にか現れて声を掛けてきた。

 話の腰を折られた状況だけど、実のところ全く無関係でもないから相談事がまた宙に浮いてしまう。

「あっ、そうだ。ふうま君、これ私が使ってる香水なんだけど、良かったら使ってみないかしら?香り付けより体臭を抑える対魔忍向きのだから」

 へえ、対魔忍としての意識が高いな、感心する。

「いいじゃん、ふうま、使わせて貰えよ、俺も助かるからさ」

「悪いな、じゃ、借りるよ」

 ふうまが受け取ろうとしたら、慣れている私がって磯咲さんが自ら各所に噴き掛けてあげてる。

 あっ、ひょっとしたら其の為に態々屋上まで来たのかな、普段から親切な磯咲さんらしい、・・それとも、ふうまだから、かな?

「おっ、ちょっとはマシになったじゃねえか、ふうま、磯咲さんに感謝だぜ」

「そうだな、サンキュー」

「うん、お役に立ててよかったわ」

 確かに、でも俺には香水を納める為に背を向けた磯咲さんの漏らした微かな言葉に戦慄を覚えていた。

 ふうまに普段から風遁を使って周囲の音を拾えるようにするといいって、アドバイスを受けてたのが仇になってしまった。

 

 私以外のメスの臭いなんて、と。

 

 いや、きっと幻聴だ、そうに違いない、だって、あんなに優しい笑顔でふうまに・・・。

 でもその笑顔が消えて俺を見据える、蛇に睨まれた蛙と化す俺。

「秋山君、私がこんな事を言うのもなんだけど、妹の伊織がデートの返事がまだの事に凄く思い悩んでるの」

「えっ!?い、伊織ちゃん?」

 ・・良かった、その事か。

「何、デートだって!ずるいぞ、達郎、羨ましい」

「へえ、伊織ちゃん、積極的だな」

 そう、俺はその事でふうまに相談したかったんだ。

 先の偵察任務で磯咲さんの妹の伊織ちゃんと二人で行動する状況に陥って、助けてくれたお礼がしたいと映画に誘われたんだ。

 いくら俺でも額面通りに受け取るほど鈍くない、どれ程かは分からなくても好意が基にある事くらいは察せる。

 正直に言えば嬉しい、可愛い後輩に好かれるなんて想像したことも無かったし。

 でもその事を考えると、ゆきかぜや凛子姉さんが脳に浮かんで冷や汗が止まらなくなる、だけど断るのは申し訳ないし、一体どうしたらいいんだ!

 だから藁をも掴むつもりで、女性との付き合いに慣れて居そうなふうまに相談しようと思ってたんだ。

「考え過ぎずに楽しんできたらいいんじゃないか?」

 駄目だ、慣れ過ぎてて参考にならない。

 鹿之助はデートならSNSとか雑誌でとか言ってるけど、ふうまの視線が何か随分優しい、初々しい子供の成長を見守る親みたいな。

 じゃなくて、そもそもデートしていいのかが問題なんだよ!

「ひょっとして、秋山君は伊織と二人きりに抵抗があるのかしら?」

「あ、うん、そうかも」

 断りたいって訳でもないけど、踏ん切りもつかない。

「達郎、答えは直ぐに出さなくていいんだぞ。そりゃ見も知らない子から迫られたとか、ちゃんと意思表示して付き合ってる相手がいるなら断ったらいいが、相性や人の好さって付き合って初めて分かるもんだろ、身体目当ての馬鹿は論外だけどな」

 ・・意思表示、か。

 俺はゆきかぜに一度も示した事が無い、自分に自信が持てなくて。

 それにゆきかぜが怒るって思うのも自惚れだよな、でも怒って欲しいとも思うから、伊織ちゃんに比べて卑怯だよな、俺。

 結局、俺は自分の事しか考えていない。

「ねえ、秋山君。人を好きになるのって、きっと理屈じゃないと思うの。人に知られたくないような事も考えてしまう、誰だってそうなんじゃないかしら」

「うん、俺もそう思うぞ」

「・・そうかもな」

 磯咲さんの言葉に鹿之助やふうまも同意する。

 皆もそうなんだと聞けて、少し楽になった気がした。

「それじゃどうかな、私達も一緒でダブルデートにしたら、秋山君も受けやすくない?」

「えっ?確かにそれだと俺も助かるけど、いいのか?」

「うん、大事な妹の為だもの。ふうま君もいいよね?」

「お、おう?」

 良かった、これなら友達と遊びに行くって感じで変に意識しなくて済みそうだ。

 うん、なんか楽しみになってきた、あっ、でも伊織ちゃんにはどう伝えたらいいかな?

 

 

 部外者となった俺は、デートの事で話す三人を他所に中断してた昼食を再開するんだけど、やっぱりおかしいよなと首を傾げる。  

 元々は達郎がデートを断る理由を相談したがってたのに、それがどうしてダブルデートに発展してるんだ?

 それに別にいいんだけど、俺もいたのに、ふうまの参加が決定事項になってたよな。

 だけど俺は口を挟まない、・・なぜなら、俺の警戒心が最大レベルで警鐘を鳴らしているから。

 ふうま、達郎、元気で行って来いよ、・・・・卵焼き美味い。 

 



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第七話  秋山達郎の女難ついでに若様

 さて、どうしたもんか。

 折角の休日だが、今日は達郎と伊織ちゃんのデートに付き添う事になっていて、五車町から三時間も掛けて地方都市まえさきまで来た訳だが。

「ふうま君、初デート、素敵な思い出にしようね」

 いや、伊紀、俺達はおまけでデートじゃないんだが・・。

 伊織ちゃんの為に盛り上げようとしているのかテンションが高い、一応は俺も空気を読んで否定しないが。

 で、当人達だが、伊織ちゃんが達郎の左腕をがっしりと両腕で抱え込んでいる、あれなら小振りではあるがそれなりに感触もあるだろう。

 正常な男なら鼻の下が伸びてもいいシチュエーションだ、近くにいるボッチの野郎が妬ましく睨んでいるのも無理は無いな。

 それなのに、・・・達郎のヤツ、死人みたいに青褪めてるな。

 更に反対側からは右腕が隠れる程の爆乳を押し付けられ、正に両手に花の状況だというのに。

 ・・因みに爆乳の正体は、花の静流、高坂静流先生だ。

「・・静流、俺達は目的地に着いたんだが、オマエも自分の用事に向かわなくていいのか?」

 行先が同じだったから電車やバスも同じで、達郎の隣の席に常に座っていたのも目を瞑ろう、例え反対側の席に座る伊織ちゃんの視線が人を殺せるレベルに到達したとしてもだ。

「時間はあるから大丈夫よ、ふうま君♪」

 そういう問題じゃないだろ!オマエ、それでも教師か!

 達郎を任務で指名しているとは聞いてたが、男としても気に入ってたのか?

 

 バチッバチッバチッバチッ!!!!

 

 あと達郎たちの後方、駅構内の柱の陰辺りから静電気の音が漏れている、尋常じゃない殺気も含んで、・・ハァ、それで隠れているつもりか、ゆきかぜ。

 ・・しきりに覗こうとして尻尾が丸見えの凛子先輩もな。

 やれやれ、仮にも対魔忍がそんな見え見えの尾行はどうなんだろうな?

 

 

ふうま父子二代の女難  第七話

 

 

 ふうま、ありがとう、本当にありがとう。

 到着までの三時間、途方もないプレッシャーを受け続けて倒れそうだったけど、今は伊織ちゃんと二人でポップコーンを食べつつ映画の上映開始を待っている。

 二人きりになった当初は当然不機嫌だった伊織ちゃんだけど、ようやく笑顔を見せてくれるようになった。

「達郎先輩は映画ってよく見るんですか?」

「うん、映画館に行くのは滅多にないけど、珠にレンタルで借りて観てる」

「へえ、どんなのですか?」

「アクション物かなあ、伊織ちゃんは?」

「私もアクション系は好きですよ、あと恋愛系とか」

 俺も開放感から吹っ切れたのか、緊張する事もなく自然に会話を楽しめてて、伊織ちゃんも色々と話してくる、もう先までの事は無かったかのようだ。

 ・・別行動を取る際に言われた、ふうまの忠告は本当に的確だった。

 ひたすら謝れ、デートを楽しみにしてたと強調しろ、他の女の名は絶対に自分からは出すな、出たら伊織ちゃんの事を聞け、返答はするな。

「あっ、始まりますよ、達郎先輩」

「うん、楽しみだね」

 

 

 いいコースにボールが飛び込んで、十本のピンが景気よく跳ねた。

「イッエ~イ、ストライク!」

「やるじゃないか、ゆきかぜ、私も負けてられんな」

「ふうま君、ハイ、飲み物」

「サンキュー、伊紀」

 フッ、美少女三人と一緒にボーリング、周りからの視線が痛いぜ。

 こっちばかり見てたら連れの彼女が怒るぞ、女は男が思っている以上に目敏いからな。

 ハーレム野郎なんて悪口が囁かれてるが、俺は気にしない。

 フハハハハハハ。

 ・・そもそもお前等、俺がこの状態に持っていくまで、どれだけ苦労したか分かってんのか、ああ。

 こいつ等、俺の彼女でも何でも無いんだぞ、それなのに遜り宥め賺し褒め称え散財迄してご機嫌を取る、代わりたいなら幾らでも代わってやるわ!!

 心身に刻まれた教訓から逃げ出す事も出来ない、そんな事をしたら十倍になって跳ね返ってくるのが分かってるんだよ!!

 とにかくやる事は決まってる。

「ゆきかぜ、俺も続くぜ・・・うおっ、ガーター!」

「キャハハ、ふうまってばカッコわる~い♪」

「凛子先輩、フォーム綺麗ですね、初めてとは思えないですよ?」

「そ、そうか?照れるな」

「伊紀、ありがとな、正直いてくれて良かったよ」

「い、いいのよ、・・私も、そうだから・・・」

 此の場にいるのは俺であって俺では無い、ふうま小太郎の人格なぞ存在しないのだ。

 ・・ただ、一つだけ懸念がある、用事に向かった静流の事だ。

 まさか達郎の方に行ってないだろうな?

 本気であるなら他人の恋愛に口を出すような野暮な真似はしないが、頼むから大人の余裕を持ってくれよ、こっちはこれ以上フォロー出来ないからな。

 

 

 映画を見終わって、その後は適当に店を覗いたり催しを見物したりと、特に目的もなく散策しただけだけど、思ってた以上に楽しかった。

 そろそろ日が傾きかけてるから、最後に喫茶店で休憩して帰る事にした。

「達郎先輩、今日はありがとうございました、とっても楽しかったです」

「お礼なんていいよ、俺もそうだから」

「でも、水城先輩たち、怒ってるんじゃないですか?」

「・・・・・・・・」

 怒って、たとは思う、・・でも、あれは恋愛感情からの怒りなんだろうか?

 俺はゆきかぜの事を好き、だとは思う、でも凛子姉さんに近い感情も持っているんだ、俺の手が届く女性じゃないと。

 ゆきかぜとは幼馴染だから、彼女の真っ直ぐな性格はよく知ってる。

 だから、ゆきかぜは俺の事を異性じゃなくて、弟して見てるんじゃないかと思えてしまう、・・・なにか、違う気がするんだ。

 ・・ふうまと接してる時のゆきかぜは、俺の知らない只の女の子だった。

「・・達郎先輩、私の失敗で二人で逃走してる時、言ってくれましたよね、「俺が守るから」って」

「う、うん、言った」

 確かに言った、気落ちしていた伊織ちゃんに励ましだけじゃなくて本心から。

 対魔忍として、先輩として、男として。

「女の子って、そういうの弱いんですよ。ずっと心に残っちゃうんです、たとえ相手にその気が無くても」

 そこには元気な後輩の女の子じゃなくて、磯咲伊織という名の一人の女の子がいた。

 ・・・俺は、彼女から目を離せなかった。

 

 

 うおい、もう完全に日は暮れてるぞ、電車はともかくバスがヤバイ。

 だが何かしら普段から溜めてるものがあるのか、マイクを一向に手放さない三人。

 ここまで来て機嫌を損ねたくはない、タンバリンを打ち鳴らしながら踊る俺。

 しくじった、フリータイムにするんじゃなかった、だけどもう五時間は歌ってるんだぞ!

 達郎とは帰りを別にしてるからいいが、本当に俺は一体何しに来たんだ!

 結局、電車も無くなった時間で三人が正気に戻り、疲れ果ててた俺は「ホテルに泊まろう」と失言してしまい、勿論俺にその気はなかったが、真っ赤になったゆきかぜ達に追われ、冷静な伊紀は賛同していたんだが、五車まで自力での逃亡劇を行う事となってしまった。

 更に女の子三人と朝帰りしたという噂はあっという間に学園中に広まり、魔女裁判としか言いようのない裁きを受けることになる。

 

 

 帰りの電車の中、隣に座る伊織ちゃんは俺の肩に頭を乗せて眠っている。

 俺も疲れたけど頭の中はグチャグチャでとても眠れない。

 そんな折、俺達以外に客は居なかったのだが隣に誰かが座った。

 目を向けるとそこには静流先生がいて、驚きかけた俺の唇に指を当て、自身の唇に人差し指を立てていた。

 心臓がバクバク言っているが、意図は分かったので伊織ちゃんが起きないように静止した俺に、顔を近づけて小声で話しかけてきた。

「ふふ、今日は楽しかった?」

「あ、はい」

 近い近いって、吐息が肌に伝わるくらいに。

「駄目よ、動いたら、その子が起きちゃうわよ?」

 だったらどうして俺の胸や腿に手を這わせるんですか!?だから撫でないでください!!

 声にならない、出来ない俺は最早涙目で、そんな俺を見て静流先生はようやく手を離してくれた。

「ごめんね、ちょっと焼いちゃったから。・・実は達郎君を任務で指名している理由を伝えておこうと思ったの」

 真剣な目に変わった静流先生が話してくれた。

 結論を言えば、俺を探索や斥候といった事前調査のスペシャリストに育てたいと。

 以前から五車の戦闘能力重視な風潮は上でも問題として挙がっていて、その為に組織としても各方面に後れを取っているとの事、ふうま一門との盟もその点を補う為とも言えるらしい。

 風遁は応用が利きやすく実利的な点もあるが、何より的確な判断を取る為に感情をコントロール出来る性格が大事で、俺には適性があると。

「ふうま君に二人で逃げろと言われて、貴方は指示に従い適切な判断を取れていた、そこを校長を始め私のような専門の対魔忍教師陣が優と評価したのよ」

 俺は指示通りにしただけで、過大評価だと言ったけど、

「彼の指示は、どちらかの体力が尽きるまで後ろを振り返らずに味方との合流地点まで走り続けろ、だったわ。でも撃退すればいいなんて安易で愚かな行動を取る子が殆んどなのよね、素直に従う子なんてそうは居ないのよ」

 静流先生が溜息をつく。

 俺も本当は迷ってた、でも伊織ちゃんを護るにはそれが最善だと自分に言い聞かせて、失敗を悔やみ不安で一杯の伊織ちゃんを励まし続けた。

 ・・後で冷静に考えてみれば、ふうまの指示は尤もだった。

 元々侵入されてるんだ、内部のチェックが最優先で敵なんか後回しだ。

 こちらの正体を確かめる必要がある?そんなの確認しなくてもちょっと考えれば誰でも分かるし、その時点で悪事がバレてるのも明白で、早急な撤退以外の選択肢なんてない、深追いなんて以ての外だ、分散しての逃亡も相手に早々に諦めさせる心理効果を狙ってだった。

 そもそも極端な実力差がなければ、追いかけっこなんて捕まる理由は逃げる方の無駄な動作が大半だ。

 後方から足止めをしようとしても、その動作自体が逃亡者との距離を広めるだけで、そんな相手に態々足を止めて向き合うなんて、どう考えてもおかしい。

「と言う訳、何か他に聞きたい事はあるかしら?」

「い、いえ、光栄だと思います。・・でも、俺の風遁はそんな大したものじゃなくて・・・」

 ゆきかぜや凛子姉さんとは、才能が違い過ぎて・・・。

「・・・達郎君」

「は・ム!?」

 突然、唇を塞がれた。

 静流先生と、キスをしている。

 頭がまるで働かなくて体中が痺れて、為すがままに暫く奪われた。

 唇が離れても、名残が俺を襲い続けている。

 そんな俺に静流先生は妖艶に微笑んで、

「忍術なんて使い方次第よ。だって人を殺す方法なんて幾らでもあるんだから、こんな風に、ねっ♪」

 



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第八話  ふうま宗家のアンタッチャブル

以前にもお伝えしましたがオリ名は使いません
ご容赦願います


 何も言わなくても相手の目を見ただけで気持ちが理解しあえる、そんな恋人同士って素敵だと思うの。

 だから今のふうまちゃんと蛇子は心が通じ合ってる恋人なのかなあ、・・って前向きに考えた方がいいよね?だって絶対に互いの気持ちを分かりあってるから、これ以上は無いくらいに。

(蛇子!俺は席を外すから後は任せた!)

(ふうまちゃん!蛇子、急用を思い出したから後はお願いね!)

((・・・・・・・・・・))

(オマエ、俺の従者だろ!主の役に立て!)

(ふうまちゃん、蛇子の主君でしょ!家臣を護ってよ!)

((・・・・・・・・・・))

 ・・・うん、無理、見つめ合ってるんじゃなくて睨み合ってるし。

 だって同じテーブルに着いてる二人からのプレッシャーが凄くて、とにかく逃げ出したい事しか頭にないだけだから。

 ・・その二人が同時に湯呑みを手に取ろうと動いて、それだけで蛇子とふうまちゃんは体の震えが止まらないよ、そして遂に火蓋が切られる時がきちゃった。

「ようこそ御越し下さいました、ですが事前に連絡の一つでも入れるべきではないかと、・・・若様の『執事』として御意見申し上げます」

 天音さんの先制攻撃、でも、

「妹が兄を訪ねるのに連絡が必要でしょうか?・・ああ、『自称執事』でしたら確かに必要かもしれませんね、心に留めておきましょう」

 容赦無しのカウンターを繰り出すは、ふうまちゃんの数多い妹の一人で、ふうま宗家直系の、ふうま時子(小)ちゃん!

 互いの目から雷がぶつかって、背後に龍虎のオーラが見えて、室内の温度が急激に冷え込んで、・・・・誰か助けてっ!!

 この二人は絶対に近付けないようにって、ふうま一門では共通の認識になってるほどで、とにかく仲が悪いの。

 理由が明白だから誰も間に入れなくて、一度不用意に入った御館様は二人の完璧なコンビネーションで悶絶する羽目に、・・誰が言い始めたのかは知らないけど、ふうま一門のアンタッチャブル、って言われてる諍いなんだから!

 そして一度始まったら必ずと言っていい程、ふうまちゃんが力尽きる事になるの、大体三日間くらい。

 二人が同時に立ち上がろうとして、ふうまちゃんの顔色が青から白に変わりかけた時、待ち望んでた救世主が声を掛けてくれたの。

「若様、時子(小)様、おやつのスフレが出来ましたので、どうぞお召し上がり下さい。蛇子君と天音も良かったら食べてくれ」

 時子(小)ちゃんの従者、佐郷文庫さんの登場。

 爆発しかけた空間が一気に沈静化して皆でご相伴、佐郷さんの背後から後光が見えるよ。

 佐郷さんの料理の腕は三ツ星レストランのシェフに匹敵すると言われるくらいで、出されたスフレは淡雪の様に口の中で溶けて本当に美味しい。

 改めてふうまちゃんとアイコンタクトを交わして、

((今は幸せを噛み締めよう))

 うん、後の事は後でだよね。

 

 

 ふうま父子二代の女難  第八話

 

 

 いいんだろうか?いや、確かに校長から三日間の許可は貰ったが、本当にいいんだろうか?

「はじめまして、ふうま時子(小)と申します。兄がお世話になっており、お礼申し上げます」

 此処は五車学園で、盟を結んでいるとはいえ敵陣で、通学の年齢にも達していない少女が教室で挨拶をしているんだが。

 そして挨拶を受けた奴等の反応は、 

「うわあ、本当にふうまの妹かよ?信じられねえ」

「おい、鹿之助!」

 いいさ、言われ慣れてる。

「達郎、気を使わなくていいわよ、皆そう思ってるもん」

「私、磯崎伊紀です、仲良くしてくださいね、時子(小)ちゃん」

 ・・妹よ、兄に対し皮肉を言ったゆきかぜには笑顔で、友好的な伊紀に冷淡なのは何故だ?

 そしてクラスメートだけでなく、俺の顔見知り全員を紹介しろと言われ、学園内を説明しつつ回る事に事になった。

「可愛い~、お姉ちゃんと遊ぼっ!」

「さくら、お前の方が精神年齢が低いのではないか?」

 紫、そうでもないぞ、時子(小)はしっかりしてはいるが結構甘えただ。

「・・あの兄だから、この妹ってことかしら?」

 アサギ、兄が不出来だから妹が優秀、とでも言いたいのか?自画自賛になってるぞ、否定はしないが。

 粗方紹介したら次は教師と、もう好きにしてくれ。

 とまあ、こんな感じで時子(小)の学園訪問は概ね歓迎はされている、俺の評価と噂に大きな変動を及ぼした事と引き換えにだがな。

 

 

 流石に初めてお会いする方ばかりだと緊張して疲れました。

 兄様が私の状態を察してくれたのか、御友人達に一時別行動をお願いし私と二人で屋上に連れてきてくれました。

 おかげで一息付けた気分です、・・兄様のお気遣いはとても嬉しいですが、そういうところが女性を惹きつけていると考えると少し悩ましいです。

 尤も兄様は女性だけでなく男性にも人気があります、変な意味ではなくて皆から好かれています。

 歯痒い事ですが兄様は邪眼に目覚まれていません、ですが兄様の日々の研鑽は一門全員が分っていて、腹正しい目抜けなどという蔑称には誰もが憤っているんです。

「ほれ」

「ありがとうございます、兄様」

 飲み物を頂き喉を潤します、私の好きなオレンジジュース、もう、だからです、だから時子(小)は・・。

 

 

「よう、目抜け」

 チッ、しくじったか。

 先にも言ったが五車学園はふうま一門にとって基本敵陣、俺に対する嫌がらせは日常茶飯事で、時に度を越える馬鹿がいる。

 俺だけならいざ知らず、時子(小)にまで手を伸ばそうとしたので流石に切れて殴り飛ばす。

 他の連中が喚き掴みかかってきた。

 幸いコイツ等は俺にのみ向かってきたので相手をする、忍術無しの肉弾戦オンリーなら何とかなる、後はどう収拾したものかと考えていたら、最初に俺の殴った奴がよりによって忍術を使って火を放って来やがった。

 馬鹿野郎!!殺傷レベルじゃねえか!!

 時子(小)を背に隠し、失う覚悟で両腕を盾にする、・・・だが、俺の背後から放たれた苦無によって火は消失する。

 ・・時子母さんの邪眼千里眼を継いだ、・・真の天才である時子(小)によって。

 火を消された奴は時子(小)の仕業と知るや逆上し、懲りずに仕掛けようとして其の場で転倒する、またも放たれた時子(小)の苦無を受けてだ。

 ・・馬鹿の身体は傷付いていない、にも関わらず重心を崩され転倒させられた、天才と言われた母さんよりも幼くして習得した神業によって。

「無駄です、貴方はもう立てません」

 ・・・連中は言葉を失って、少しして蛇子たちが来たので騒ぎは収拾した。

 俺は校長に報告して謝罪、お咎めは無しで済んだ。

 時子(小)は賢いし物分かりもいい、自分のせいで俺に迷惑を掛けたと落ち込んでいる。

 だから俺は本心を伝えるだけでいい。

「時子(小)、ありがとう」

「は・はい、これからも兄様は時子(小)が御護りします!」

 

 ・・・・で、次の日。

「時子(小)ちゃん、可愛い!!」

「時子(小)ちゃん、最高!!」

「時子(小)ちゃん、妹になってくれっ!!!」

 Tokiko(small)・Body・Gard、通称T・B・Gが結成されていた。

 ・・・ちなみに団長は昨日の奴だった。

 今後の嫌がらせに妬みの要素が加えられた訳で、・・俺の平和は何処にあるのだろうか。

 

 

「御館様、どうかなさいましたか?」

「時子(小)への連絡が取れないんだ、あの馬鹿にも、どういう事だ!」

 聞いた感じですと着信拒否されていますね、時子(小)はともかく小太郎も?連絡の大事さを知っているあの子が?

「佐郷の奴は問題ないと言ってるが、やはり行かせるべきじゃなかった、クソッ!」

 弱みと取られぬように普段は素っ気無く見せてますが、御館様は小太郎以外の娘たちには大変過保護です。

「ですが御館様、行かせてあげなかったら、今でもあのままでしたよ?」

「うっ!」

 小太郎が御館様の命で五車へ遣された事に、時子(小)を筆頭に子供達が猛抗議して御館様に口を利かなくなってしまいましたから。

 小太郎がラインでの時間を作ってくれたおかげでどうにか静まっていたものの、もう限界が来ていたからこそ時子(小)が五車に行くのをお認めになったのではないですか。

 他の子達も順番が来るのを心待ちにしています。

「クソッ、何でアイツばかり慕われるんだ」

 ・・・・自覚が無いのが一番の問題かと、多感な子供に普段の御館様の言動は少々、私達は慣れておりますから。

 

 

 ・・二組、か。

 既に時は深夜、若様も時子(小)様も休まれている。

「・・フン、佐郷、放っておいていいぞ、あれは若が五車に来てからの奴等だ」

 姿を消している私に天音が声を掛けてくる、つまり疾うに監視者共への対策は打ってあるという事か。

「それより貴様、何故馬鹿共を始末しなかったのだ、若に手を出す輩など生きている価値は欠片も無い!」

 まったく若様の事になると相変わらずだ。

「無理を言うな、若様の御立場に影響が有ろう」

「それにあの母ありてあの娘だ、若に迷惑を掛け負って」

 執事である時子様への対抗心も未だ健在か。

「・・まだ、御館様の事を許せぬのか?」

 天音にとって弾正様は絶対だった、疑問を持ちつつ戦っていた私と違って。

 御館様は弾正様を失った我等を無条件で受け入れられ、それまでの行いを咎めるどころか厚遇し役目を授けられた。

 ・・言外に語られていた、ふうま一門の当主として、骨肉の争いに巻き込んですまなかったと。

「さあな、・・だが、若に会わせてくれた事だけは感謝してやってもいいかもしれん」

 夜空を眺めながら微笑む天音がいた、・・もう雪解けは始まっているのだな。

「そうか。ならば時子(小)様と張り合うのも控えて貰いたいのだがな」

「それとこれとは話が別だ」

 フッ、果たしてどちらが先に大人になることやら。

 私も夜空に目を送る。

 現状に不満が有る訳ではない、が嘗ての我等の理想にはまだまだ遠い。

 

 ・・ああ、楽しみですよ、若様。

 貴方様が当主となった時、ふうま一門は、我等はどのような道を進んでいるのかと・・・。

 



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第九話  未来を考える若者達

 ・・最近、ちょっと思うところがあるのよね。

 この五車学園は魔から人々を守る為の対魔忍を育成する機関、言わば人魔の闘いに於いて最前線で忍びの業を振るう者達が集う場所よ。

 闘いは一瞬の油断が死に繋がる、だからこそ日々の訓練は欠かせない。

 勿論、常に気を張れとは言わないわ、そんな事では心も身体も持たないもの、趣味を楽しんだり、友達と遊ぶのもいいことよ。

 大人たちの、特に腐った政治家や長老衆の有様にはうんざりだけど、尊敬できる人もいるのを知ってるから全てを否定して目を背けなくてもいい。

 周りの世界は私の心次第で幾らでも変わる、・・なんて思えるようになった。

 母さんに対して反発ばかりしてた私が・・・。

 ・・これって、やっぱり小太郎のせいかしら、なんか彼といると肩肘を張るのがバカバカしくなるのよ。

 いつもいつもトラブルばかり起こして、妹を学園に連れてくるわ、女子生徒と朝帰りするわ、お風呂には入ってくるわ、変なもの見せるわ、人の事を重いと言うわ、等々・・・・・・・。

「アサギ様、どうかなさいましたか、お顔を顰められてますが?」

「・・・ええ、ちょっと急用を思い出したわ、少し外すわね」

 小太郎を捕まえて訓練施設に行くことに決めたわ、これも彼の為になるものね。

 今の時間なら図書室にいる筈、・・・絶対に逃がさないわ!

 確固たる意志を宿して私達が普段使いしている一室から出ようとした時、

「お姉ちゃん、むっちゃん、大変だよ!!」

 さくらが飛び込んできて、机や椅子が薙ぎ倒される。

「落ち着け、さくら。一体何があったんだ?」

 紫が冷静に聞き返す、さくらの場合、大抵が大袈裟なだけで大したことじゃないのも定番だから。

「こた君が、こた君が不良になっちゃったんだよ!!」

 ・・・は?

 

 

ふうま父子二代の女難  第九話

 

 

 結論を言えばヤレ男が不良になっていた訳ではなかった、尤も私もアサギ様も全く信じてはいなかったが。

「経済の本を読んでいただけだろう、何をもって不良などと言う言葉が出るんだ、さくら」

 アサギ様は呆れ、ヤレ男も疲れた顔をしている。

「だって、こんな暗号みたいな本を読んでるんだよ、頭がおかしくなったとしか思えないよ!私とゲームして笑ってた、こた君は嘘だったの!?」

「ゲームやってる人間が経済の本を読んで何が悪いっ、色んな人に謝れ!」

「うう、こた君の裏切り者~」

 さくらが涙目だが慰める気には全くならず、とりあえずヤレ男に話を振る。

「しかし、こんな本まで読んでいるのか。悪いとは言わぬが任務に役に立ちそうな物を読んだ方がいいのではないか?」

 実際ヤレ男の知識には助けられているが、流石に畑違いに思える。

「紫、そう思うか?アサギ、オマエはどうだ?」

「・・そうね、今は優先して学ぶものがあるんじゃないかしら」

 私やアサギ様の意見にヤレ男は考え込んでいる様子だ、人の意見に素直に耳を貸すところはヤレ男のいいところで好感が持てる。

「・・・丁度いいか、三人共、少し話を聞いてくれ。・・このままだと五車の対魔忍は使い潰されるだけの消耗品に成り下がるぞ」

 あまりな言葉に反論しかけるが、ヤレ男の真剣な目に言葉を失う。

 そしてヤレ男の説明に衝撃を受ける。

 政府の認可機関と言えば聞こえはいいが、要するに首根っこを押さえられているだけで、極めて足元が脆く自立した組織として成り立っていない事。

 対魔忍の力が機械に劣るとは言わないが、昨今の政府は機械化での戦力増強に重きを置いている、この国に限らず米連や中華連合はおろか魔族が中心であるノマドでさえだ。

 物量作戦は何時の時代でも最強の戦法なのだと。

 だからこそ組織の血となる金を生み出す経済への理解は大事であり、そこから得られる情報は多岐にわたる為、疎かにすれば時代に乗り遅れ組織にとって確実に致命傷となる。

 その分野を自分たちじゃなく政府に任せっきりなんて考えられないと。

 他にも言いたい事は山ほどあるらしいが、とにかく五車の組織形態が前時代過ぎる事に不安が尽きないと言い切った。

 ヤレ男は規模で劣るとはいえ組織の跡継ぎだ、人の上に立つ者としての教育も受けているからこその着眼点、正直言って私は半分も理解出来ていないだろうが説得力は感じた、少なくとも明るい未来を無条件には信じられない程に。

 戦闘を専任とする者がいて悪い訳ではない、だが支援する者が最低でも五倍は必要で、更には組織運営に関する人材も絶対にいる。

 対魔忍という特殊な事情上、他所から引っ張ってこれないなら、育成カリキュラムに様々な分野を加え、多種多様な人材を育てるべきだと。

 アサギ様も真剣に聞いておられ、時折質問を返し考え込まれている。

「じゃ、じゃあ私は戦闘専任でいいから、勉強しなくていいんだよね、ね」

 さくら・・・。

「・・そうだな、人に向き不向きはある。・・じゃあ、さくら、この二つだけ覚えて置け。それで金に関しては何とかなる、・・・と思う」

「ホントッ!?こた君、教えて教えて!!」

 たった二つで、さくらが?

「いいか、一つは『美味い話には裏がある」で、もう一つは『只より高い物はない』だ」

 ・・。

 ・・・ヤレ男、それは詐欺に対しての注意喚起ではないか?

 だが私の疑問に関係なく、さくらは感銘を受けたようで頻りに頷いている。

 ・・もういい、・・しかし、ふむ、アサギ様の御力になる為にも今のままではいけない事は理解した。

 だが私には如何すればいいか見当もつかない、つまり知恵袋となる者が必要で、そして都合よく目の前にいる。

 ヤレ男にも立場がある、無理は言えないが、・・そう、逆に言えば無理でない立場なら問題は無い。

 例えば、例えばだが、は、伴侶の力になる為なら仕方のない事ではないだろうか。

 いや、私は乗り気ではないが、これもアサギ様の為と考えれば止むを得ない事だろう、し、仕方がない事なんだ、私以外に誰もいないのだから、うむ。

「こた君、頼りになるな~、私と結婚しよっ!」

 ・・・・・・・・・さくら?

「私これでも尽くすタイプだよ。ほら、こた君の好きなおっぱいも大きいし、ねっ、ねっ」

 そうなのか、だが胸なら私も負けてはいないぞ、・・じゃない!

 さくらが更にアプローチを続けるが、ヤレ男は至って冷静だ、男らしい態度に私は満足な気分になる。

「さくら、一言だけ言っておく」

「うん?何?」

 よしっ、ビシッと言ってやれ。

 

「おっぱいは至高だ、大きくても小さくても俺は愛せる!!」

 

 ・。

 ・・。 

 ・・・。

 沈黙が続く中、アサギ様が見た事の無い笑顔でヤレ男に話し掛けられた。

「小太郎、実は訓練に誘おうと思っていたのよ、付き合ってくれるわよね」

「え?いや、俺は本の続きを・・・」

「さ、行きましょ」

「ア、アサギ、だから俺は・・・」

 問答無用にヤレ男を連行するアサギ様に私も続く。

 今日は実りある訓練が出来そうだ、ヤレ男、そんなに感謝しなくていいんだぞ。

 

 

 

 

 

 私は若と共に五車に来たが、当然若のお世話をする為だけではなく必要な事も行っている。

 その一つが潜入工作の基本である情報収集だ。

 特に若へ近付く者は最優先で、しかし監視の目があり自由には動けず、未熟な蛇子からの話だけでは不十分だ。

 だが先日にある者から渡されたデータが手元にある。

 癪には障るが貴重な追加情報だ、若が戻るまでにデータを更新しておこう。

 

 No、1  井河アサギ

対魔忍総隊長の一人娘、隼の術の使い手

戦闘力 ★★★★★★★★★

指揮力 ★★★★★★★★

交渉力 ★★★★★

※備考

 母親譲りの能力、カリスマで次期総隊長有力候補

 思春期にありがちな反抗心より人付き合いを避けているが、面倒見は良く人望はあり

 

 さて、ここから追加のデータだ。

 

若への好感度 ★★★★★★

 一見、親しい友人程度だが他者に対しては精々★三つ、少し押せば★十の上限をあっさり超えるタイプ

 

 成程、チョロインという奴か。

 

 No、2  井河さくら

対魔忍総隊長の妹の一人娘、影遁の術の使い手

戦闘力 ★★★★★★★★

指揮力 ★★★

交渉力 ★★★★★★★★

※備考

 母親譲りの能力、侵入に関するスペシャリストの資質を持つ

 明るい性格で社交性が高い、お調子者だが時に鋭さを見せる一面がある

 

若への好感度 ★★★★★★★★★

 好感度はかなり高く普段から隠さないが、いざ迫られると逃げるタイプ

 

 ふむ、ならば放置でよいな。

 

 No、3  八津紫

井河一族の上忍の娘、不死覚醒の使い手

戦闘力 ★★★★★★★★★

指揮力 ★★★★★★★

交渉力 ★★★★★★★

※備考

 母親譲りの能力、戦闘力はトップクラス。

 力や術が目立つ為に誤解されがちだが、三人の中で一番常識人

 

若への好感度 ★★★★★★★★

 好感度よりも信頼度が高め、その為か建前を気にするタイプ

 

 うむ、少し分かるな、私と似ている。

 

 

 さて次は、む、若が帰られたか、此処までにしておこう。

 しかし、会った僅かの時間でここまで見抜くとは、小娘と言えど既に女と言う事か。

 対魔忍に血の禁忌など無い、まったく、あの男が励んだ結果で私の苦労が倍増する、やはり許せん!

 ・・だが利用価値があるなら私は悪魔だろうが手を組む。

 全ては若の為に!

 



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第十話  乙女を襲う魔の手

 だ、駄目、だ、・・や、やめてくれ!

「あらあら、もうまともに口も利けないのかしら?対魔忍の誇りはどこにいったの?ねえ、凛子ちゃん」

 そ、そうだ、わ、私は、正義を担う、対魔忍だ、こ、これしきの事で私は屈しない!

 身が汚される事など、覚悟の上だ。

「ふ~ん、じゃあこれはどう?」

 そ、そこは・・・。

 どれほど歯を食いしばりコブシを握り締めても、劣情が津波の如く押し寄せてきて抗う力と意志が消されていく。

 正しき心があれば如何なる困難にも立ち向かえると、そう心に決め対魔忍として生きてきた、・・・しかし、今の私は為されるがままに辱めを受けるだけ。

 ・・こんな、こんなにも私は弱かったのか。

 斬鬼の対魔忍、対魔忍次代のエースなどと呼ばれて、増長していただけだったのか。

 彼の、ふうま君の言葉が正しかったのか。

「何も知らない、何も分かっていない小娘だって、ようやく理解できたかしら?でももう遅いのよ、後悔しても時は戻らない、もう元の貴女ではいられなくなるの」

 ゆ、許して・・・。

「さあ、これからが本番よ、若様の為にたっぷり仕込んであげるわ、果たして何時まで正気でいられるかしら、フフフ」

 

 

ふうま父子二代の女難  第十話

 

 

「なあ、ふうま。本当に訳を知らないのか?」

「ああ、先も言ったが俺は現地で秋山先輩とは別行動だったんだよ」

 二日前に任務でふうまと凛子姉さんが組んで、それはいいけど翌朝に戻ってきた凛子姉さんが何故か俺を避けるようになった。

 俺を見かけたら足早に離れるし、逆に話しかけたら用事を思い出したと言って立ち去る。

 態度から何かあったのは明白だ。

「でもさあ、先輩は怪我とかしてる訳じゃないんだよな?」

「うん、動きにおかしなところは無かった」

 鹿之助の疑問は俺も一番に考えて、逃げるから遠巻きでの観察だけど異常は見られなかった。

 それに任務自体も大過なく終えたらしい、身体は問題ないと思う。

「だったら暫くはそっとしておいた方がいいんじゃないか?いくら先輩が目茶苦茶強いからって悩み位はあるだろ」

 ・・確かにそうかもしれない、姉さんだって超人じゃないんだ。

 俺も最近は潜入調査のスペシャリストに成る為に静流先生からマンツーマンで指導を受けてるけど、学ぶ事が有り過ぎて脳味噌がパンパンの状態だ。

 でも、だからこそ本当に良く分った、戦闘の強さなんて対魔忍の一面に過ぎないってことが、どんな状況でも対応するには知っておかないといけない事が山ほどあるんだって。

 姉さんが俺を避ける理由と直結するとは限らないけど、ふうまと組むと色々な事に気付かされるのは俺も体験してる、だったら姉さんもそうなのかもしれない。

「鹿之助の言う通りかもな。達郎、オマエは何時でも先輩の力になってあげられるように、そう気に掛けていたらいいんじゃないか?」

「・・そうだな、そうするよ」

 姉弟だからって何でも話せる訳じゃない、少し寂しいけど、こうして各々が自分の道を進んでいくのかなって思った。

「くわ」

 ん?

「わりい、昨日も任務で徹夜だったんだ、ちょっと中庭で寝てくるわ」

 いや、今から授業・・・、でも言っても無駄だろうから鹿之助と二人で見送る。

「そういえば、ふうまって最近任務が続いてるよな」

「だな。ずっと眠そうにしてるし」

 校長先生の育成方針で学生の任務は無理のない範囲でなんだが、やっぱり期待されてるんだろうな、組んでいるのも優秀な生徒ばかりだし。

 ・・おっと、先生が来た、・・静流先生、ウインクは止めて下さい。

 

 

 ふうまの奴、ま~たサボってるわね。

 一緒に昼食食べるつもりだったのに、蛇子が探しに行っちゃったじゃない!

 まったくアイツってば、蛇子に迷惑かけてんじゃないわよ、幼馴染だからって甘え過ぎよ!

 蛇子も放っとけばいいのに、あんなののどこがいいんだか、あっちこっちで女の子と仲良くしまくって、ホントむかつく!

 おまけにアイツの影響を受けたのか、達郎が後輩の娘とデートしたり高坂先生とは個人指導で密着なんかして、人の幼馴染に何してくれてるのよ、やっぱり一度締めとかないと駄目ね。 

 取り合えずは購買で買ったパンを中庭ででも食べようと思って歩いてたら、壁越しに何か覗き込んでる達郎と鹿之助を発見。

 あそこって確か、そうだっ、隠れ告白スポットって聞いた事ある!

 ひょっとして誰か、・・悪いとは思うけど好奇心が勝って私も近寄る。

 近くまで寄ったら鹿之助が気付いたみたいで振り返る、私は口に指を立てて驚いていた鹿之助も両手で口を防ぐ。

 まではいいんだけど、今度は鹿之助が必死に両手を振って来るなってジェスチャー。

 達郎は振り向きもしないし、一体何が?そこまでされたら逆に気になっちゃうに決まってるじゃない、私も覗いて、・・硬直する。

 隠れスポットで向かい合ってるのは凛子先輩と、・・・ふうま!?

 

 

 ど、どうすんだよ、この状況。

 偶々見かけた秋山先輩のらしくない急ぎ足の姿に、一緒にいた達郎が気になって追いかけ始めたから付いていっただけなのに、よりにもよってふうまとの逢引かよ!

 いや逢引と決まった訳じゃないけど、秋山先輩ずっと顔が真っ赤で、それ以外考えられないだろ。

 とにかく色々と拙そうだから達郎を連れて去ろうと振り返ったら、よりにもよってゆきかぜかよ!

 もう二人ともガン見だし、こうなったら俺だけでも逃げ、って、オイふうま!オマエ何やってんだよ、秋山先輩を壁に追い込んで顔の横の壁に掌底って、・・それってあの伝説の、壁ドン!!

 ま、マジかっ!あれって都市伝説だと思ってたのに。

 秋山先輩、完全に固まってるぞ、目も潤みまくってるし。

 そのまま無言で見つめ合ってて、耐えきれなくなったのか秋山先輩が顔を俯かせた。

 よ、よかった、そのままキスでもしようものならシャレにならなかったからな。

 とにかく、もう離れないと!

 なっ、ふうま!?

 更に追い打ちで秋山先輩のアゴを指に乗せて顔を上に向けなおすだって!!

 お、オマエは少女漫画の主人公かよ!ちょっとドキッとしちまったじゃねえか。

 ふうまと秋山先輩の唇が近づく、・・もう駄目だ。

 

『ピンポンパンポーン、・・ふうま君、至急校長室まで来るように」

 

 神の采配みたいな校内放送。

 呼ばれたふうまは何も無かったかのように先輩に挨拶して去っていった。

 その先輩は夢うつつって感じでへたり込んで、とてもじゃないけど茶化せる雰囲気じゃなくて俺達は無言で解散。

 おまけにふうまは教室に戻ってこないでそのまま任務に出たみたいでスマホも繋がらない、問い質す事が出来なくなった俺の頭の中はグッチャグチャ。

 達郎は完全に呆けてるし、ゆきかぜに至っては放電しっ放しで怖くて誰も近づけない有り様。

 ふうまあああ、頼むから説明してくれえええええ!!!

 

 

 

「さてと、次は神村か、今日も徹夜だな、やれやれ」

 



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第十一話  対魔忍の教育?

「ふ、ふうま、テメエ、騙しやがったのかっ!!」

「人聞きの悪い、サインしたのはお前だろう」

「ふざけんなっ、そんな内容だなんて思わなかったんだよ!」

「内容も分からずにサインするからだ、言っておくが抵抗は無駄だぞ、大人しくするんだな」

 なっ、身体が思うように動かねえ。

「それじゃ、後は任せた」

「お任せを、若様の御手を煩わせぬように躾けておきますわ」

 や、止めろ、脱がすんじゃねえ!

 何でだ、何で抵抗できねえんだよ!?

「ウフフ、此処に現れた紋が何か分かる?これが先にサインした契約の証で、もう貴女は絶対に逆らえなくなったの、お勉強になったかしら?子猫ちゃん♪」

 そんなっ、嘘だろう?

 待て、待ってくれ、こ、こんな形で失うなんて嫌だ、俺は、あたしは・・・。

 

 

ふうま父子二代の女難  第十一話

 

 

 う~ん、一体何があったのかしら?

 一昨日に秋山先輩、昨日は神村さん、そして今日は弓走さんが校舎裏で彼と話してるわ、それも変な雰囲気を醸し出して、とても不愉快ね。

 折角ふうま君が考えて教えてくれた、水遁の術を応用した遠距離からの観察を可能にする水をレンズ状にする方法で彼を見守っているのに、メス豚たちなんてお呼びじゃないのよ。

 それに今日は後ろのギャラリーも増えてるし。

「ねえ、伊紀お姉ちゃん。こんな覗き見みたい事してないで、直接ふうま先輩に理由を聞いた方がいいんじゃないかな?」

 妹の伊織が見当違いな事を言うけど、覗きじゃないわ、それじゃまるでストーカーみたいじゃない。

「何言ってるの、事を起こすのには情報収集が不可欠だって教わったでしょ」

「そうかなあ?何か違う気がするんだけど」

 将来ふうま一門を統べる事になる彼を支える為に、私は全てを知っておかないといけないんだから、でも出しゃばる様な真似は和を乱すから慎むのが大事なの。

 一昨日から陰で覗いてる上原君、秋山君、水城さんもそうだけど、噂を聞いたのか今日から加わった井河さん達三人は彼の手駒となる人達、今は悪印象を与える時じゃないわ。

 大体ストーカーは伊織でしょ、アナタが水遁で焦点を合わせてるのは秋山君じゃない、ちゃんと分かってるんだから。

 姉としては注意したいところだけど、折角ふうま君への関心を秋山君に持って行けたんだし、暫くは見逃してあげるわ。

 

『ピンポンパンポーン、・・ふうま君、至急校長室まで来るように』

 

 ・・三日連続で同じ内容の校内放送が流れて彼と弓走さんは去ったけど、水城さん達が円陣を組み始めたわね。

 読唇術が必須なのに気付いて学び始めたから、少しは読めるようになってきたわ。

「一体どういう事なの?」

「すいません、全然わかりません!もう聞くに聞けなくて!」

「弓走ちゃん、顔真っ赤っかだったよ!こた君の浮気者~~~」

「・・ウチの姉も話を振ったらあんな感じです」

「従者の蛇子はどんな様子だ?」

「普段と変わらないわ、噂は耳に入ってると思うけど・・・」

 

 

 

 結局、いくら推論をぶつけあっても何も分からなくて、そしてふうまは任務で午後から早退、・・・一体どうしたらいいんだ!

 この二日まともに眠れなくて、眠ったら夢で凛子姉さんとふうまのラブシーンが回想されて起きるを繰り返してる、それも内容がドンドン過激になっていって心臓に悪すぎる。

 ・・・今日は訓練中止にして家で休もう、ゆきかぜは・・、あれ?いない。

「鹿之助、ゆきかぜは?」

「なんか先生に呼ばれてたぜ、声かけられただろ?」

 気付かなかった、やっぱり疲れてるみたいだ。

 ・・ふうまが転入してきた頃は色々な噂が飛び交ってて、碌でもない話も沢山あったけど、接してみれば若干素直ではないけど基本いい奴だった。

 他人の事をよく見ているのか、気付いて無かった事をさり気無くフォローしてくれたり、アドバイスも上から視線じゃなく提案としてしてくれる。

 まあ、真面目とは言えないけど頼りにはなる、そんな友達だ。

 だから凛子姉さんと付き合ったとしても、多少複雑だけど祝福はできる、・・でも今の状況は明らかにおかしい!

 とはいえ下手に問い質して姉さんが傷付く事になったらと思うと・・・・。

「・・・達郎、達郎!!」

 突然の大声に驚いて、目の前にゆきかぜがいた。

「何をボーっとしてるのよ、しっかりしなさい!」

「う、うん」

「大丈夫よ、達郎。私に任せて、凛子先輩の事もだけど全部解決してあげるから」

 えっ?

「私、これから任務でふうまと合流するのよ。じゃ、また明日ね」

 ゆきかぜ!?

 呼び止める間もなしで教室を出て行った、多分ゆきかぜも早くハッキリさせたいんだろう、・・・でも、

「おい、達郎。追いかけようぜ」

「鹿之助!?」

「もう俺だってウンザリなんだよ、ほら行くぜ!」

 普段の鹿之助とは比較にならないくらい積極的だ、余程ストレスが溜まってるんだろう。

「分かった!」

 ゆきかぜだけに任せる訳にはいかない、例え友達を失う事になっても!

 

 

 あー、うん、ゆきかぜだもんな、腹芸なんかする訳ないか。

 ふうまと合流した途端、全力で真っ正直に問い詰めてる、人の目何か気にせずに。

 あれじゃ流石に駄目だと俺も鹿之助も、そしてふうまも同じ様に顔に手を当てている。

 取り敢えずは任務に向かう事になったみたいで二人が歩き出した、それなりに離れて追ってるから会話の内容は聞こえないけど、ゆきかぜの反応が分かり易す過ぎて、後で話す事になったんだろうと理解した。

 となるとこれ以上の尾行は不要で、少し落ち着いた俺達はどうしようかと思っていたら、二人がある建物の前で足を止めた。

 おそらくは娼館、それもかなり高級志向の。

 ドクン!!

 心臓が物凄く跳ねる。

 ・・いや、任務で娼館が関わるのはよくある事だ、情報収集、標的の観察とか色々と利用価値が高いし、俺だって任務で静流先生と行った事はある。

 ・・でも、まだ学生の二人だけでは不自然じゃないか?

 実際ゆきかぜも戸惑っている、でもふうまは足を進めて入っていく、・・・そしてゆきかぜも。

 ドクン、ドクン・・・・。

 心臓が更に大きく跳ね続ける、そして俺の脳裏には夢で見た凛子姉さんとふうまのあられもない姿がフラッシュバックして止まらない!

 それだけで留まらず、遂には凛子姉さんがゆきかぜにまで変わって・・・・。

「・・・おい、おい、達郎、鼻血が出てるぞ!」

 えっ!?うわっ、いつの間に!

 鹿之助も相当慌ててるのか、逆にいつもの鹿之助でパニック状態だ、おかげでかなりの時間、人目を引いていた、・・・・だから、

 

「・・何をやっているんだ、お前らは」

 

 

 

 

 

 

 

 兄様が五車から此方に戻られてるのに、御友人も一緒の為に待たされる事になりました。

 貴重な時間が、・・いえ、お友達は大事です、時子(小)は理解ある妹ですので何も気にしていません、あの自称執事とは違いますから。

 たとえ相容れない相手にでもデータを渡したり、邪魔の入らない様に兄様のスマホの設定を変更しておくといった、気配りができる妹ですから。

 

 

「「試験!?」」

「ああ、校長先生に頼まれてな」

 つまり、ふうまの連続してた任務は同行してた女子への抜き打ちテストだったらしい。

「先ずは任務内容を明かさずで、状況からどれだけ中身を汲み取れるかからでな」

 そこで情報の重要さを学ぶ為に。

「次に周囲に対する警戒心、相手に対する観察力」

 見知った相手でも無条件に信じず、自身の目でも判断する。

「・・・ここまでが出来ていたら試験は終了だったんだ。・・・でもな」

「・・・えっと、全員駄目だったって事か?」

「・・・せめて半分でも出来ていたら口頭注意だけで済んでたんだがな・・・」

「・・・半分も出来て無かったと」

 ふうまにとってもまさかだったみたいで、本当に疲れた顔をしているぜ。

 あまりにも戦闘に考えが偏り過ぎているって事か。

「・・達郎、オマエも聞いた事はないか?秋山先輩が対魔忍は覚悟が大事だって言ってるのを」

「う、うん、よく言ってる」

「・・あれな、意味を取り違えてるんだよ」

 対魔忍だから悲惨な目に合うのも辛い事をするのも仕方ない、正義の為だから、それは俺もそう思ってた。

「ただの失敗の結果だろうが、根本の問題から逃げてんじゃねえよ!」

 失敗しない為に最善の努力をしたのか、まずはそこだろうと。

 神じゃないから、人にはどうしようもない事もあるかもしれないが、それでも前提が間違っているって。

 覚悟するなら、失敗しないようにだろと。

 あと敗北イコール失敗じゃないって、次に繋げたらいいんだって、だから逃げるのは大正解だって。

 死んでも任務は達成すべきなんて、そんなのはあくまで心構えで、死なれるのも捕まるのも周囲には大迷惑だと。

「・・・それに、悲惨な目に合ったのを克服してるように見えても、心に付いた傷が癒えきる事なんて、ないだろ・・・・」

 ・・ああ、そういうことなのか。

 ・・ふうま、かっこいいな、俺が女だったら惚れてたかも。

「そうかあ。・・・あれ?じゃあ完全に不合格だった凛子姉さん達は?」

「・・・俺が言ったのは内緒で頼むぞ」

 実際に捕まったら、どんな目に合うかの疑似体験。

 あの娼館はふうま一門が経営していて、責任者は当主の愛人の一人。

 当主には内緒で今回の事を頼んだらしい、当然校長先生の認可を受けて、金も十分に払ってだ。

 ノイ・イーズレーンっていう大魔術師にお願いして、後で害のない魔術道具を用意してもらい、相手役にはベテランと言ったらいいのか熟練の娼婦さんが対応。

 ただ理由を聞いたとしても当人達が納得は出来ないだろうから、翌日にふうまが会う段取りをしてて、恨み言を受け止める予定だったらしい。

「まっ、俺は部外者だからな、丁度いいだろ。でも思ったよりは冷静に受け止めてたな、勿論真っ赤になって怒ってはいたけどな」

 そりゃ三人共、ふうまに会ったら真っ赤になるだろうさ、嫌でも思い出すだろうし。

「じゃあ、あの壁ドンとかは何だったんだよ?」

「見てたのかっ!?頼む、アレは見なかった事にしてくれ、事情があったんだ」

 アレは秋山先輩から男に対する免疫を上げたいと頼まれたからだって?

「あっ、そういえばアレを見たのは姉さんが任務から戻った日の次の日だ!」

「前日に頼まれてな、克服したいって。ホントに先輩、真面目過ぎるだろ」

 俺達が見たのは訓練だったのかよ。

「で、でもよ、ふうま!いくらなんでもアレはないだろ?」

「・・俺、妹が多いだろ。まだ幼いけどヤッパリ女の子ってマセてんだよ。ちょっと早いだろって少女漫画も読んでて俺も読まされるんだ、感想求められて」

「ソレを実践したってのか!?」

「俺も理解できないんだけどな、何故か反応がいいんだよ、妹達にはむしろするようにせがまれてるし。だから試しにやってみたんだけど、・・・達郎、先輩ってチョットやばいんじゃないか?」

 うん、全然ダメだったよな。

「・・・そんな姉さん、俺は知らない」

 見た事の無い姉に達郎はショックがデカ過ぎたみたいで、またも放心状態だ。

 あと此の家はふうま当主のセーフハウスの一つで、女子が娼館にいる間はこっちで寝てたらしい。

 もっとも妹ちゃん達が帰ってきたふうまに遊ぶのをせがんできて全然眠れず、だから翌朝戻った学園では眠たかったんだと。

 ・・・まあ、ようやく謎は解けた。

 妹ちゃん達に連れていかれたふうまを見送り、今日はセーフハウスで一泊となって俺も達郎もぐっすり眠れそうだ。

 ・・あっ、そういえば、ゆきかぜは?

 

 

 

「クク、俺の店で俺の耳に入らない訳があるか。こんな棚ぼた、食わないでどうする」

「アルベルタさんも当然分かってますし、ですから御館様の御指示も実行されてるでしょう」

 行為中に小太郎への好意をさりげなく植え付け、後に一門へ引き入れる仕込み。

 御館様にしては穏やかな方法ですが。

「馬鹿息子が、俺を出し抜こうなんざ二十年早い。・・利用できるものは何でも利用しろ、まだまだ甘すぎる」

 

 

 

 

「上原先生、迎えをありがとう、ご苦労様」

「まったく、これで四人共失格とは、せめて後の三人は何とかなって欲しいものです」

 結果は残念だけど、だからこそ貴重な体験になったでしょう。

 失敗を教えるのも教育、今ならそれが出来る、私達の味わった苦しみを繰り返す必要はないわ。

「しかし、校長、本当にあの男の息子とは思えませんね」

「そうね、彼の提案には本当に感謝よ」

「ただまあ、女心の機微には敏いようですが、女心の想いには鈍いようですね」

「・・そうね」

 嫌われ役を進んで受けるような男の子の事を、本当に嫌う子がいると思ってるのかしら?

 それに似てない事もないと私は思うけど、悪ぶっている割には非情に徹することが出来ず、不器用過ぎる優しさを見せる事のある彼に。

 ・・でなければ、あの子を産む事は無かった。

 

「ふうまああああああああ!!!!」

「どわああああああ!!ゆきかぜ、殺す気かあああああ!!!!」

 

 ・・・嫌ってはいなくても、表現が下手な子はいるかしらね。

 



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第十二話  質の悪い極悪人

 ええい、ちょこまかと逃げて、それに何時の間に学園内に逃走用の罠を設置しておいたのよ、その用意周到さが本当に腹立たしいわ!

「待て待て待て!アサギ、施設を破壊し過ぎだ、後で先生にドヤされるぞ!」

「全ての元凶は、小太郎、アナタでしょ!」

 よくも、よくも私にあんな辱めを、絶対に許さない!

「否定はしないが、話せば分かる、さくらや紫も分かってくれたぞ?」

 後日にお詫びの買い物に付き合うとは聞いたわよ、でもそれって只のデートじゃないのっ!

「その二人を簡単に篭絡する手口が気にいらないのよ、この似非ホスト!」

「ひでえ言われようだな、オイ」

 ああもう、この数々の罠、本当に煩わしいわね、設置した人間の性格が顕著に現われてるわ。

「俺だって配慮はしたんだぞ、生娘だから膜と唇は勘弁してやってくれって」

 ・・・・殺す、もう絶対に殺すわ!!

「対魔殺法・光陣キャッ!?」

 いきなり煙が吹きかかってきて、ゲホゲホゲホッ、何よコレ、小麦粉?

 煙が晴れて目も開けれる頃には小太郎の姿は既に無くて、

「くっ、小太郎、本当に逃げ足だけは一級品なんだから」

 一体どこに・・・・。

 

「フッ、お嬢さん、どうやらお困りのようだね」

「あの悪逆非道な極悪人、ふうま小太郎を倒そうとするのなら、我等が力を貸そうじゃないか」

 

 

ふうま父子二代の女難  第十二話

 

 

 ・・おかしい。

 試験の事でゆきかぜに追い掛け回されるのが続いてて、今日からアサギも加わったが、何故アサギには今日だけで連続に見つかるんだ?

 ゆきかぜもそうだが、アサギの性格を分析して裏をかいている筈なのに、実際ゆきかぜは完全に撒いている。

 この騒動に関しては校長先生から訓練という形で周りに伝わってて、授業終了から日没までと取り決めが決まっている、・・俺にとっては嬉しくも何ともないが。

 おまけに試験の第二陣もリストアップ中らしくて、完成までに落ち着かせておいてとの無茶振り、・・・ふうまの実家に帰りたい!

 とにかく状況を見直しだ、スマホで連絡。

 

「こちら蛇子、稲毛屋周辺にはいないよ」

「鹿之助だ、山道へは誰も来ていないぜ、オーバー」

「ふうまくん、学校の屋上から二人の姿は確認できていないよ」

「先輩、校庭にもいません」

「颯だ。いいか、ふうま。この騒動を早く鎮火させるんだ、もしも私の事が家の耳に入ったら、・・図書館に異常無し」

「馬鹿野郎、てめえ、いつか燃やしてやるからな!校舎裏には誰もいねえよ」

「ふうま君か?見知らぬ者を見かけたと聞いたぞ」

「ふ、ふうまか?ゆきかぜは地下訓練室に来てたんだけど、なんか連絡を受けたみたいで飛び出ていったぞ!」

「あっ、こた君、デート楽しみにしてるよ~。お姉ちゃん、ゆきかぜちゃんと会ってたよ」

「ヤ、ヤレ男!死ぬなよ」

 

 拙い、完全に居場所がバレてる感じだ。

 おそらく二人が合流したのは、罠を警戒しての挟み撃ちにするつもりで間違いない。

 だが何故だ?俺の居場所を正確に把握するなんて、あの二人には色々な意味で無理だ。

 逆に誰なら出来る?俺の知る限り学生で心当たりは無い、流石に教師は手を貸さないだろう。

 ・・・じゃあ、学園外なら?

 

 

 むっ、アルベルタからの報告メールが届いているな。

 若から頼まれた試験の手伝いとやらで、本来は機密ものだが我等にとっては関係ない、若の信用に関わるゆえ他所には漏らさぬがな。

 アルベルタはあの男の愛人ではあるが、聡明で若への信頼も厚く娘も懐いているので問題無いだろう。

 ・・試験対象者は七名か、特に優秀な者が選抜されたとあるが内容に目を通すと酷いものだった、この者達は脳味噌が筋肉で出来ているのか?

 まだ学生とはいえ、これでは若のお役に立たぬ。

 近年の対魔忍は質が落ちているとは聞いていたが、学園という形は若者を集めるにはいいが、忍としては甘やかしているのかもしれんな。

 取り敢えずはデータを更新しよう。

 

 No、4  秋山凛子

井河家の家来筋、名門秋山家の跡取り娘、空遁の術の使い手

戦闘力 ★★★★★★★★★

指揮力 ★★

交渉力 ★★★

※備考

 斬鬼の対魔忍と称される逸刀流の達人、空遁の術も応用力が高く剣術にも用いている。

 だが精神が忍ではなく侍であり、思考の柔軟性を著しく欠く。

 

若への好感度 ★★★★★★

 弟の良き友人として接しており、当人の色恋話は聞かないが隠れた本命がいるとみる。

 

※備考追記

 見た目や態度からは想像し難いが、完全に世間知らずで悪意に鈍い。

 

(う~む、能力だけなら有用なのだが、・・・・しばし保留だな)

 

 

 No、5  神村舞華

火遁の術の使い手

戦闘力 ★★★★★★★★

指揮力 ★

交渉力 ★★

※備考

 火遁使いとしては最高レベルの火力を誇るが、制御に難があり広範囲攻撃となる為に他者との連携が難しい。

 姉は高名なヴァンパイアハンター、神村東。

   

若への好感度 ★★★★★★★

 恋愛感情までに至ってはいないが、能力と人格が興味対象にはなっている模様。

 

※備考追記

 外見に比べ中身は乙女、強引にされる方が内心は喜ぶタイプ。

 

(あの言動でか、かわいいものだな、若なら問題ないだろう)

 

 

 No、6  弓走颯

弓の名門、弓走家の跡取り娘、風遁の術の使い手

戦闘力 ★★★★★★★

指揮力 ★★★★★★

交渉力 ★★★★★

※備考

 弓の達人、風遁の術を併用しての距離や威力の増強、軌道変化と必殺の矢を持つ。

 融通が利かない性格であり、本人も気にしている模様。

 

若への好感度 ★★★★★★

 不真面目さに怒ってはいるが能力は認めている、厳しい家風の為か気安く接してくるのを嬉しく思っている様子。

 

※備考追記

 家名に傷を付けないようにと退く事に強い抵抗を持つ為、逆に状況に流されてしまうタイプ。

 

(後方支援職は欲しいが、このタイプは思い込みが激しいからな)

 

 ふむ、これら三名は今後も注視しておくか、どうにも危なっかしい面が見られるも能力はなかなかのものだ、今回の試験を受けて反省が見られれば精神面に成長の余地はあるだろう。

 さて次は・・・。

 

 

 

 

 日課になりつつある放課後のふうま探しをしていたら、井河さんから連絡があって共闘を持ち掛けられたのよ。

 居場所が分かるっていう魔族の力を借りてるらしくて、半信半疑だったけどおかげで後一歩のところまで追い込めたわ、と思ったら、いきなり身体に力が入らなくなって立ち上がる事も喋る事も出来なくなって、一体どういう事?

 ・・これって、痺れ薬?もしかして対峙した時に微かに香ったのって。

「よし、効いたな」

 おのれ、バカふうまっ!重ね重ねやってくれたわね、もう絶対に許さないんだから!

「ヤレヤレ、ゆきかぜ、俺の方に地の利があったのは明白だったろう。そんなトコに無策で突っ込む奴がいるか」

 ぐぬぬぬぬぬぬ、うっさいわね!

「とにかく、こんなとこで寝かせとくわけにもいかないから、怒るなよ」

 えっ!?

 なに、なに、これって、お姫様抱っこ!?

 急激に頭に血が上るのが分かったけど、顔を反らす事も手で覆う事も出来なくて為すがままに運ばれる。

 そしたら少し先のところで井河さんが横になってた、こっちを凄い目で睨んでるけど井河さんも動けないみたい、おそらく私と同じ目にあったんだと思う。

 そして私も井河さんと同じように横たわされて、ふうまも座り込んで私達の口元に丸薬らしきものを持ってきた。

「ほれ二人共、解毒剤だ。飲み込めないなら口移しで飲ましてやるが」

 意地でも飲んでやると必死で飲み込む、苦っ!

「三十分もすれば効いてくる、その間に話をしたいから聞いてくれ。・・だがその前に、ミナサキ、リリム、出てこい!」

「なんだよお、ふうまの癖に生意気だな」

「そうそう生意気~」

 ふうまの呼び掛けに二人の魔族が現われたけど、なんか全然魔族らしくなくない?それにふうまと知り合いなの?

「今さらお前等に理由なんて聞く気はない、だが一体アサギに幾ら請求した!」

「フッ、これは正当な取引さ、君には関係ないね」

「そうそう、部外者は引っ込んでてよね~」

 一応こちら側みたいだけど、何かしら、凄くムカつくんだけど。

 ふうまは無言で懐に手を伸ばして、何かを二人に差し出した。

「流石はおやびん、分かってらっしゃる!」

「一生ついていきますぜ、あのドケチなふうま当主を倒す時は是非ともお供に!」

「いいから、とっとと帰れっ、小動物共!」

 魔族の二人は怒声も何のそので騒がしく帰っていったわ、あれって、絶対にお金の遣り取りよね。

「まったくアイツ等は・・・・・」

 あの二人、ふうまが生まれる前から一門に居候、というか寄生しているトラブルメーカーなんだって。

 特殊能力持ちで使えはするけど、当主やふうまは散々迷惑を掛けられてて、制裁しても全く懲りない鋼の精神の持ち主らしいわ。

「もう相手をするくらいなら金を渡した方がマシだ」

 でもあの子達、ふうまを襲うのに手を貸してたじゃない。

「アイツ等にまともな論理は通用しないから」

 ・・なんでそんなの受け入れてるの?

「俺も親父も抵抗はした、ただ何故か一門の皆がアイツ等に甘いんだ」

 ふ~ん、ふうま一門って多種多様なのが集まってるって聞いた事はあったけど、やっぱり当主や跡取りが変人だからかしら。

 ちなみに未だ私と井河さんは口を利けない、ふうまが私達の表情から読み取っての対話よ。

 ふうまが改めて横になってる私達の間に入って座り込む、顔は前を向いて独り言みたいに話し始める。

「今回の事はすまなかった。謝ったくらいで許される事じゃないのは分かっているが、あの試験は俺から校長に提案したものだ」

 えっ、どういう事よっ!

「お前達は間違いなく強い、並みの相手なら十倍の敵でも容易く蹴散らすだろう。・・・でもな、名が広がれば広がるほど相手はまともに掛かって来やしなくなる、分かるだろ」

 それは・・・。

「対魔忍は役目柄上、どうしたって後手に回る。それに少数または単独での任務が適当だから、現場では個人の力に頼らざるを得ない。悪意が待ち構えていないか、自力で見抜くしかないんだ」

 ふうまの言ってる事は今なら確かに分かる、分かるけど・・・。

「・・・ズルい」

「そうね、・・ズルいわ」

 解毒薬が利いてきたのか、私が、そして井河さんが二人して似た言葉を漏らす。

 ・・・だって私の態度は、怒るより本当は悲しかったからだったんだから。

 最初ふうまに裏切られたと思った時、自分でも信じられないくらいにショックを受けて、本当に辛くて悲しかったから・・・。

「・・その通りだ」

 ふうまは言い訳もせずに私達の言葉を受け止める。

 ・・ホントにズルい、私達だって分かってる、アンタが正しいって。

 今回の事はなにもかも私達の為にお膳立てされたことで。

 なのに、そんな風に自分ばっかり悪者になって、ちょっとは弁解したらいいじゃない、恩を着せたらいいじゃない、全部一人で背負って、なんかすっごくモヤモヤしてきた!

「ふぅ、もういいわ」

 そう言って井河さんが立ち上がる、えっ、もう回復しきったの?私はまだなのに。

「小太郎、さくらや紫と同様に私にも付き合ってもらうわよ、いいわね」

「えっ、アサギ、それでいいのか?」

「今回はこれで勘弁してあげるわ、・・そのお節介さに免じてね」

 笑顔になった井河さんが軽い足取りで去ったけど、私は聞き捨てならない言葉を確認する。

「ふうま、井河さんの言った事、説明しなさい」

「いや、それだがな・・・」

 ・・成程成程、お詫びに買い物に付き合うと、・・ってフザケテんじゃないわよ、誰がどう聞いてもデートじゃない!

「このバカふうまあああああああ!!!」

 

 

 

 

 No、7  水城ゆきかぜ

次期対魔忍のエース、雷遁の術の使い手

戦闘力 ★★★★★★★★★

指揮力 ★★★

交渉力 ★★★★★★★

※備考

 雷撃の対魔忍の異名を持ち、その破壊力は随一。

 プライドが高く勝ち気で負けず嫌い、秋山家の息子と友達以上恋人未満。

 

若への好感度 ★★★ ~ ★★★★★★★★★

 本人的には嫌ってると思っているようだが、傍目から見ればバカップルに見える親密度。

 

※備考追記

 本心に気付くまでというより認める迄に時間のかかるタイプ。

 賢さもあるが持続時間が短く、遂には猪のような行動に出るので、傍にブレーキ役が要必要。

 

 

 ・・相性はピッタリという事か、さっさと素直になればいいものを。

 



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第十三話  乙女の悩みはそれぞれ

「よし、帰投しよう、任務終了だ」

「いやあ、今回も無事に済んで良かったぜ」

「うんうん、良かったよね」

「・・・・・・・・・・・・・」

 鹿之助と蛇子は明るく返答してくるが、もう一人は明らかに不満気だ、だが藪を突く気はないのでスルーする、したいんだが、

「・・ちょっと、今回も戦闘が無かったじゃない!どういうつもりよ!」

 ・・・ここで問題だ、今回の任務は悪徳業者と政治家の密会現場を押さえることだ、そして前回の任務は倉庫にある密輸の証拠品を探す事だった、・・・・どちらも戦闘が必要だろうか?

 俺としては返答するのも面倒臭い、だが放っておいたら更に面倒臭くなるのも分かってる、・・・それに五車だと、この先輩に限った事でもないしな。

「確かに戦闘の可能性はありました、ですが先輩や鹿之助たちが的確な行動を取ってくれたからこそ避けられたんです、対魔忍として誇っていいと思いますよ」

「そ、そう言われると照れるぜ」

「えへへ~」

「・・そう?」

 先輩は訝しげだが、嘘じゃない、紛れもなく本心だ。

 平穏無事に済ませる、これ程に素晴らしい事があるだろうか、無いと断言できる。

「それに先輩がいたからこそ心に余裕を持てていたのも事実です、俺達三人だけでしたらもっと慎重になって更に時間を要したでしょう」

「・・・・・・・・」

 納得しきれてはいないだろうが反論の材料が思いつかないようだ、そうなるように話してるからだけどな。

 この先輩は俺に対し無条件に反発はしてくるが、為人や頭は決して悪くないと見た。

 抜けている所はあるが本能で最適解を選んでしまう天才型だ、だからこそ感情のコントロールをしないでもやってこれたんだろう。

 俺に対する辛辣さは男嫌いからきているようだが、人が生きていれば色々あるのは当たり前だしな、元々俺みたいなのとは相性が悪いタイプだし、暴走しないだけ御の字だ。

「そうですよ、きらら先輩、ふうまちゃんの言う通りです」

「だよな~、先輩がいれば百人力だぜ」

「フ、フフン、まあ分かってればいいわよ。でも私はもっと実力を磨きたいのよ。だから次は何とかしなさい、いいわね」

 ・・・どうしろと?

「善処します」

 それ以外に言い様がなくて、そもそも次も組むか分からないのだが、というか本来は先輩が指揮を執る立場の筈なんだが、更に言えば遠慮したいんだが。

 

 鬼崎きらら、強力な冷気を操る上級生。

 前回と今回は何とか回避できたが、さながら爆弾低気圧に等しい先輩を相手に、俺は今後も無事に過ごす事が出来るのだろうか?

 

 

ふうま父子二代の女難  第十三話

 

 

「ふ~ん、それできららは欲求不満な訳だ」

「ちょっと!なお、人を痴女みたいに言わないでくれる!」

「(そう聞こえてしまうのは事実)」

「狐路まで、そんなんじゃないに決まってるでしょ!」

 まったくもう、今の私には強くなることが全てなんだから。

 それなのにコソコソした任務が続いてて、腕の上げようがないわ、そもそもどうして私があんな弱そうな奴と組まなきゃいけないのよ、蛇子達は可愛い後輩だけど一人で充分なのに。

「しかし、そのふうま君だが、使えると思わないかい、コロちゃん?」

「(うん、聞いた限り素質あり)」

「はあ?どこがよ、臆病者なだけじゃない」

 不要に思える程にしつこく周りへの警戒を指示するし、単独行動は絶対に認めないし、とにかく事細かいんだから。

 でも私がそう言ったら、なおが溜息をついて両掌を上に向ける、何よ失礼ね。

「きらら、悪いが僕は彼を支持するよ、不要な戦闘は避けるべきだね」

「(彼が正しい)」

「な、何よ、二人して」

抗議するけど容赦なく流されて、挙句には二人が所属してる風紀隊に勧誘しようかなんて話してる、面白くない!

 ・・実はいつも任務後に貰ってた御小言が無くて褒められたのも事実なんだけど、・・仕方ないでしょ、男なんて認めたくないんだから。

 だって私は・・・。

 

 

 例によって校長先生に呼び出されたんだが、用件は鬼崎先輩の事だった。

「成程、そんな過去が」

「ええ、勝手に話すのは申し訳なくて酷い事だけど、それでも彼女には支えてあげる者が必要なのよ」

 母親を実の父親が殺した、か。

「・・そうですね、でもどうして俺なんですか?」

「フフ、君が適任だからよ」

 いや、そんな迷いの無い笑顔と言葉を向けられても、そもそも理由になっていない。

 だけど知ってしまった以上、何もしないのはなあ。

 今のままだと、碌な未来しか想像できない。

 正直あんな目立つ先輩をどうして調査系統の任務に派遣するのか疑問だったけど、確かに変わり身の術を持っているなら侵入とかには有用だろうし、今のままじゃ宝の持ち腐れだ。

 それだけでなく自分で自分の選択肢を減らして行動を縛るのも、いざという時の命取りに為りかねないだろう。

 どうしたもんかなあ、人の心に小細工なんて逆効果も甚だしいし、信頼なんて一朝一夕で築けるもんじゃないだろ。

 ゲームや漫画なら命がけで守って信頼を得るのが定番だが、そんな御都合主義な展開になる訳ないし、俺も命は無事でかつ大怪我しなきゃいけないなんて流石に御免だ。

 地道にやっていこう、きっとそれが一番近道だ。

 そう考えてコミュニケーションを取ろうと先輩の教室に向かったんだが、何故か二人先輩が追加されて話す事になってしまった。

 

 

「君が噂のふうま君か、僕は穂稀なお、よろしく」

「(死々村弧路、コロでいい)」

「あっ、どうも、ふうま小太郎です、穂稀先輩、コロ先輩」

「なおでいいよ。・・それにしても、コロちゃんの声が聞き取れたのかい?」

「いえ、実は唇の動きで何とか」

「読唇術かい、やるじゃないか」

「(探偵に必須、とてもいい♪)」

「ちょっと、アンタ、私に話が合って来たんじゃなかったの!」

 いきなり訪ねてきておきながら、私そっちのけで初対面の二人と仲良く会話って何なのよ!

 非常に面白くなかったけど、訪ねてきた理由が私の要求を叶える為に来たって言うから、仕方なく相手をしてあげる事にしたわ。

 男となんて本来ゴメンだけど、まあコイツ、他の男と違って私の胸に目を向けないのよね、対魔忍スーツを着用してる時でもそうだし、意外と紳士的なのよ。

 ・・でもそれはそれで腹が立つわね、私に魅力が無いみたいじゃない。

 ああもう、サッサと用を済ませなさい。

 ・・で、聞き終わったんなら帰りなさいよ、なお達と楽しそうに話してんでるんじゃないわよ。

 ホントにコイツ、何なのよ!

 

 

「てな感じでな、蛇子、すまんがフォローしてくれ」

「うん、分かったよ。でもさ、ふうまちゃんなら大丈夫だと蛇子は思うよ」

 だって、いつものパターンだし。

 最初は凄く嫌ってたのに任務が終わる頃には評価が引っくり返って必要以上に親しくなってるの、・・蛇子の予測ではきらら先輩だと後任務二回くらいかな。

 ふうまちゃんにはどんな感情であっても、一度関心を持っちゃったら引き込まれちゃうんだよね、蛇子もそうだったし。

 五車にきてからは何人目だろ、もう両手の指じゃ足りないよ。

 ・・でも、あんまり目の前でイチャイチャしないで欲しいんだけどなあ。

 ふうまちゃんが格好良かったのは分かるけど、どうして皆して二人の世界に入っちゃうかな、蛇子も近くにいるのに。

 ひょっとして蛇子は従者だから、ふうまちゃんの恋愛対象外に思われてるのかも。

 も~~、蛇子が一番多く責任取って貰わなくちゃいけない事をされてるのに~~。

 取り敢えず帰宅してからモヤモヤしつつ書いた報告書を天音さんに渡す、蛇子が得た情報は全て天音さんに伝える事になってるから。

「ふむ、鬼崎きらら、か。・・・上下関係をみっちりと教育せねばならぬようだが、一応リストには入れておこう。ご苦労だった、今後も頼むぞ」

「・・・はい」

「ん?どうした、元気がないようだが」

「い、いえ、そんな事ないです!」

「いいから話せ、判断は私がする」

 ・・これ、断れないよ、多分ふうまちゃんが関わってる事って察したんだと思う、だったら天音さんが引く訳ないし。

 だけど大人の天音さんになら相談してもいいかなって話してみた。

「成程、つまらん」

「す、すいません」

 悩んでる事を一刀両断されて謝る事しか出来なかったんだけど、続く言葉で頭が真っ白になっちゃった。

 

「蛇子、今宵、若に抱かれろ」

 



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第十四話  戦力は過剰なのに不安は増大

 何か最近、皆して頭を突き合わせつつ人の様子見ばかりしてる気がする。

(どう思う、達郎?)

(どうって言われてもなあ)

 これまた声に出さなくても互いの思ってる事が理解しあえるのもそうだ、日常の行動で対魔忍としてスキルアップになっているんだよな。

 それで今日の観察対象は数日学園を休んでた相州さんなんだけど、

「えへへへ~~~♪」

 言っておくが誰も彼女と話してはいないし、近くにすら居ない、相州さんは一人で席に座ってるだけだ。

 だけど今みたいに、何かを思い出して照れ笑顔を漏らしたり、頬に両手を当てて顔を振りまくったりと、物凄く幸せそうな感じのオーラが溢れ出ていて誰も近寄れない。

 ・・まあ、間違いなく原因は同じように休んでたふうまなんだろうけど、今は其の名を出すのが憚られる、下手な事を言ったら火薬庫の傍で花火を打ち上げるようなもんだと思うから。

 俺や鹿之助と一緒に、それでいて殺気を漏らしつつ相州さんをガン見している井河さん達やゆきかぜの反応が恐ろし過ぎて。

「・・幸せそうね」

「満開の桜って感じかなあ」

「今の自分がどう人に写るか、全く理解していませんね」

バチバチバチバチッ!

「ヒ、ヒエエエエエエ!ゆ、ゆきかぜ、電気が漏れまくってるぞ!」

 御覧の有り様で、あと風遁で教室の端にいる磯崎さん辺りから「メス蛸が」って聞こえた、周りの小さな物音が聞き取れる様に使っている風遁の応用、便利だけど知らなくていい事まで知ってしまうのが地味に辛い。

 そして肝心のふうまが教室にいない、出席確認後に速攻でいなくなった。

 ・・横目でゆきかぜを見るけど、放電が一向に収まらない感じで、誰がどう見てもヤキモチを焼いている態度だ。

 ・・ハァ、もう俺、ゆきかぜの事は諦めた方がいいのかもしれないな。

 そんな事を冷静に考えられる自分に少し驚くけど、最近思い浮かべる事が増えてる女性達の事を思うと、ああ、そういうことなのかなって納得してしまう自分もいた。

 ・・・俺も、少しは大人になったのかな。

 だからといえ、ゆきかぜを応援とまでは流石に気持ちを整理しきれていない。

 そういえば凛子姉さんはどうなんだろう、ふうまとの訓練?は続けているみたいだし、・・あいにく一向に進歩が見られないけど。

 ・・しかし今の状況、改めて考えてみると他人事なのに冷や汗が止まらくなってくる。

 もし、もしも今の相州さんの態度が、口には出しずらいそういう理由からだったとしたら?

 そしてそれが事実だと判明した場合、下手すればふうまの命に係わるかも、・・・いや、流石に考え過ぎか、根は優しい子ばかりなんだから、そこまで過激な事にはならないよな?

「・・取り敢えずは小太郎を尋問ね」

「この時間帯だと中庭かな?じゃ、いつもの様に影縛りするよ」

「では私も器具を用意しておこう」

「どれくらいまでの電流に耐えられるかしら?」

「ヒィィィィィィィィ!!!」 

 ゆきかぜや井河さん達の言葉に、ガタガタガタガタと擬音語を当て嵌めれる位に鹿之助が震え始める。

 ・・やっぱりこうなるか、でもこれって既に結論は出てて白状させるだけだから、尋問じゃなくて拷問・・・ふうま、すまない、俺は無力だ。

 それで皆して中庭に向かって、予測通りふうまがいた。

 ・・いたんだけど、ふうま、お前って奴は、ホントにホントに・・・。

 

「・・・小太郎、説明しなさい。・・どうしてアスカと抱き合っているのかしら?」

「あら?アサギじゃない、久しぶりね」

 

  

ふうま父子二代の女難  第十四話

 

 

 東京キングダムにある娼館の一つ、クラブ「ペルソナ」。

 そこには仮面を付けたオーナーママ、通称マダム、そして裏では情報屋と中々にミステリアスな美女がいる。

 もっとも俺は親父から彼女の正体を聞いていて、甲河朧、エドウイン・ブラックに滅ぼされた甲河一族の生き残りであり、現在は米連のDSO日本支部支部長だ。 

 これまでに親父が散々利用されていて、切りたくても切れない腐れ縁とボヤいている相手だ、それなりの見返りは頂いてるがなと強がってもいるが、どうせ情事だろう、色ボケ親父が!

 そんな訳で俺も何度か協力させられたことがある、大体アスカとペアを組んでだが。

「つまり、馬超とかいう強化人間を始末しろという事ね」

「ああ、ヤバすぎる代物で早急に排除したいらしいが、マダムが別件で動けないんで止むを得ず五車へ協力を願ったらしい」

 正確には俺への依頼だが、現在の俺は五車に派遣中だからな、校長に話を通すのが筋だ。

 今回の件、俺としても気にかかる点が幾つかある、マダムもそれが分った上で話を持ってきたんだろう。

「・・それでどうしてアンタが付いてくんのよ、アサギ。依頼書にはふうまをと書いてあった筈でしょ!」

「私は小太郎の監視役よ。校長とマダムで話はついているわ、いいからアナタは黙って消えてなさい」

 光学迷彩で姿を隠しているアスカに、俺の護衛として同行してるアサギ。 

 この二人、顔見知りらしいが仲は悪い様だ。

「そうよ、こういうのを待ってたのよ。まったく、出し惜しみするんじゃないわよ」

 ・・そして、鬼崎きらら先輩。

 何処から聞きつけてきたのか、参加を希望、ではなく押し売りしてきた。

 普通は任務で個人の希望を聞くのはおかしいよな?だがそれも五車では罷り通るらしい、ちなみにアサギも似たようなものでだ。

 結果、四人での任務となった。

 鬼崎先輩は馬超の事で頭が一杯で、だからアサギとアスカの邪魔者扱いに気付いてはいない、そこは俺も気付きたくなかったが二人の態度が露骨すぎるし、むしろ気付かない鬼崎先輩に呆れを通り越して感心しそうだ。

 最強の対魔忍の後継者、鋼鉄の対魔忍、ハイブリッド対魔忍、・・戦闘能力で言うなら過剰な程の戦力なのに、どうしてこう不安が収まらないのか・・・。

 

 

 もう、面白くないわね。

 久しぶりにふうまとの仕事なのに、どうして余計なのが付いてくるのよ、それも二人も。

 アサギの実力は私に匹敵するし、もう一人も強さは対魔忍総隊長が保証してるから足を引っ張るとまで言わないけど、やっぱり不要よ。

 だって私とふうまは何度もコンビを組んでるから、互いの能力を熟知してるし息もピッタリよ、アサギたちなんて却って足手まといなんだから、・・・まあそれでもふうまなら上手く使うんだろうけど、だからこそ面白くないのよね。

 大体アサギ、アンタ男の事は毛嫌いしてたくせに、なんなのよ、そのふうまとの近さは。

 もう一人も馴れ馴れしくない?先輩面してるけど明らかに脳筋でしょ、五車の馬鹿の典型じゃない。

 まったくふうまったら相変わらず面倒臭そうな女と縁が有るんだから、やっぱり私がついてないと駄目よねえ。

 

 

 今回の事で決まりね。

 小太郎は今後、私達チームの監視下に置くよう母である校長へ進言するわ。

 そもそも同盟を組んだとはいえ素行に問題のあるふうま一門、その跡取りである小太郎を自由にさせておくのがおかしかったのよ。

 確かに有益な点は認めるわ、学ぶべきところもあったのは認めましょう。

 だけど女性に関する行動に問題が有り過ぎでしょ、いい加減に我慢も限界よ、よりにもよってアスカとも親しいってどういう事!

 ・・それに、鬼崎と言ったかしら。

 何なの、あの露出が過ぎる対魔忍スーツ、変態かと思ったわ。

 あと小太郎に対して随分居丈高よね、確かに小太郎は弱いけど補って余りあるものがあるのよ、分からない時点で小者ね。

 ・・でも分かったらコロッっと小太郎に・・・。

 なんてまさかよね、そんな簡単な女なんていないわよ。

 

 

 ウフフ、楽しみだわ。

 この生意気な後輩に私の凄さを嫌って程に見せてあげるわ、そして尊敬しなさい。

 ・・でもちょっと気になる事があるのよね、なんでコイツ、学園で有名な井河アサギや噂で聞いた事のある鋼鉄の対魔忍なんてのと知り合いなの?

 どっかの組織の跡取りだって聞いてたから、その線からかしら。

 つまりお義理って事ね、こんな弱い奴、女に好かれる訳ないし。 

 それなのにデレデレして、やだやだ、これだから男って嫌いよ!

 まあいいわ、取り敢えず感謝しなさい、アンタが頼まれた依頼は私が完璧に達成してあげる。

 だから任務が終わったら、御礼にケーキくらい御馳走させてあげるわ。

 

 

 

 

 

「御館様、こちらが例の件の報告です」

「おう。チッ、やはりか。あのガキ、少しばかり跳ね過ぎだ」

「はい、先日のゾンビ騒動に強化人間の売却、全方位に敵対の意を見せています。ノマドとの同盟もヒュルスト個人の勢力に過ぎません」

 亡き父弾正に従っていました二車家。

 御館様への帰順を拒み、独立組織として細々と活動していましたが、最近になって小太郎とそう変わらない年齢の二車骸佐が当主となり、以降急速に勢力を拡大しています。

 針で突けば破裂する風船に等しい危うさですが、二車家には私も知る優秀な幹部陣がいます、このままなら一勢力としてのし上がれるかもしれません、・・・このままなら。

「御館様、如何なさいますか?」

 どんなに無法地帯と言われても、生物が住めば必ずルールが出来ます、絶滅しない為に最低限必要ですから。

 強者だけで社会は成り立たたず、弱者がいての強者だからです。

 ルールを無視する者は周りが全て敵と化す為に必ず排除されます。

 世界に不要な存在として認識された者の末路であり、覆せる者など最低でもエドウイン・ブラック並みの力が必要でしょう。

「・・もう少し様子を見る。時子、潰された奴等に使えそうなのがいたら拾っておけ」

「・・御意」

 他勢力から見れば二車は同門であり、その行動は御館様の指示と疑うのも当然でしょう、我等にとって利が無く一刻も早く鎮めるべきなのですが、御館様の御決断なく動くわけにはいきません。

 退室し、秘書の災禍と今後の事を相談します。

「二車の先代当主が亡くなった時点で過去の禍根は終わる筈だったのに、・・そう上手くはいかないものね」

 先代二車当主は御館様に仕えなくても礼は取っていました、あくまで亡き父弾正に忠誠を尽くしただけで御館様個人への叛気は無かったのですから。

 独立後も交流があり、先代当主も他の者は気持ちの整理が付き次第、宗家で迎えてやって欲しいと言っていました。

「あの子にも困ったものね、昔から若様に対して複雑な感情を持っていたけど」

「そうですね、根がとても真面目な子でしたから」

 複雑な立場である為に幼い頃から必死に肩肘を張っていました、小太郎に対しても対等だと周りに示すように振る舞って。

「やはり災禍は、彼の行動が小太郎への対抗心と見ますか?」

「ええ、若様は着実に宗家当主への道を歩まれています。私を含め多くの者に望まれる程の器を見せて。・・あの子も悪くは無いけど若様には及びません、その事を最も実感しているのが彼なのでしょうね」

 



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第十五話  次の舞台への鐘が鳴る

「今だ!アサギ、三秒稼いでくれ!」

「分かったわ、対魔殺法・光陣華!」

「くらいなさい、SuperFreeze、必殺・凍奔征走!!」

「いっけえええええ、必殺・対魔超粒子砲!!!」

 

 といった感じで、流石は学生といえトップクラスの戦闘力持ち、力を合わせれば強大な難敵でも倒せた、・・・そう、協力さえすれば。

 最初からそうしてくれと、だが愚痴は置いておこう、今はとにかく逃げる!

「・・小太郎、そのお荷物は捨てていきなさい、止むを得ない犠牲よ」

「そうよ。・・ちょっとアンタ、必要以上にくっつき過ぎでしょっ!」

「フッフ~ン、仕方ないじゃない♪」

 俺が胸の中に抱えてるアスカに対し、無情な宣告をするアサギに鬼崎先輩。

 だが戦闘で手足を失ったアスカはむしろ身体を寄せてくる、その方が安定はするんだが、まだ撤退中なんだから揉め事は勘弁してくれよ。

「いいからアンタ達はしっかり護衛するのよ、・・特にアンタはね」

「うっ、くっ・・わ、悪かったわよ」

 少し冷えたアスカの指摘に謝る先輩、まあな、アスカが手足を失ったのは間違いなく先輩の暴走によるミスだ。

 その際に先輩もかなりの負傷をして、鬼族の回復能力をもってしても戦線復帰には時間がかかり、闘いに一人残るアサギに大きく負担を掛けた。 

 俺も動けないアスカと先輩を護るのに精一杯だったし。

 それでも素直に自分の非を謝れる先輩は根が良い人だと思う。

 戦線復帰した時に自分から俺に指示をと言ってきてくれ、おかげで後の戦闘は三人の見事な連携が嵌まって標的を鎮静出来た。

 ただ余裕が無かったのも事実で、研究施設はおろか建物全体が半壊するレベルの騒ぎになってしまい、そりゃもう滅茶苦茶に怒ったノマドの追撃部隊に現在追われている訳だ。

「小太郎、よこしなさい」

「えっ!?」

 返事をする間もなく、アサギがアスカを俺から取り上げ米俵の様に肩に担ぐ、見事な早業だった。

「ちょっと、アサギ!何すんのよ!」

「うるさいわね。私だって嫌で仕方ないけど、小太郎だって傷を負っているのよ」

「「えっ!?」」

 あ、バレてたか。

 実は肋骨の何本かヒビいってると思う、鬼崎先輩が吹っ飛ばされた時のクッションになった代償だ。

「・・ひょっとして、あの時の?」

 思い当たる事に気付いた先輩は本当に申し訳なさそうで、咄嗟だと本音が正直すぎるのに何か年上だけど可愛く思えてきた。

「痛み止めを飲んでますから、大丈夫ですよ」

「フ、フン、気になんかしてないわよ!」

「そんな直ぐに効く訳ないでしょ、ましてや人一人抱えて走り続けてたのに。もう追っ手からは大分距離を稼げたから警戒は一人でもいいわ、その代わり先輩に預けているのは貴方が持ちなさい」

 完全にアサギの判断が正しい、言う通りにしとこう。

「分かった、ありがと。先輩、預けてたの下さい」

「う、うん」

 受け取ったものは実は火事場泥棒したものだ、皆には呆れられたがな。

「・・マダム、怒るわよ?」

 そうだろうなあ、でも仕様がないさ、見ちまったんだから。

「責任は取るさ」

「・・まったく、物好きね」

「・・ホント、何よ、格好つけちゃって。・・・男のくせに・・・」

 そんなこんなで任務は完了、アスカの負傷に火事場泥棒の件でマダムにはチビリそうな程に凄まれたが、アサギ達の弁護と俺の分の報酬は半額にすることでなんとか手打ちにして貰った。

 あと打ち上げでアスカにケーキを食べさせなさいと介助を命令されたり、何故か先輩が名前で呼びなさいと言ってきて一悶着あったのだが、もう疲れたから休ませて欲しいと切に願う・・・。

 

 

・・・儚い願いだったらしい、翌日五車に戻った早々に校舎裏へ連れ出されて集団で囲まれた、いじめ、格好悪い。

 顔をかなり紅潮させて、ゆきかぜが口火を開いた。

「きりきり吐きなさい、蛇子に何をしたのよ!!」

 

 

ふうま父子二代の女難  第十五話

 

 

「ハハハハハハハ、それでボロボロになっている訳だ」

「(うんうん、実にいい、あらゆる難に巻き込まれるのは物語を盛り上げる♪)」

「いや、流石にプライベートな事で文句言われる筋合いはないと思いますよ?」

 風紀隊のパトロール中に挙動不審なふうま君を見かけたので職務質問したんだが、返ってきた答えに僕もコロちゃんも笑いが止まらない。

 人の噂も七十五日と言うけど、ふうま君の場合は一つの噂が広まりきる前に次の噂が出てくると言った感じで、顔立ちや性格も悪くないし話題も豊富で実に面白いね。

 きららとの任務はどうだったかと聞いたら、苦労したのがアリアリの渋面で黙秘権の行使、更に可笑しくなって慰めに稲毛屋のアイスを奢ってあげたよ。

「・・それで、蛇子とは実際どうなんだい?」

「(なお、詮索は駄目)」

「いいじゃないか、僕としても気になるんだよね」

 僕は可愛いものが大好きだ、周りには男のくせにと昔から言われてるけど関係ないね、可愛いは正義だよ。

 単純な性差で測れない愛が僕にはある、そんな僕に今迄とは違う興味を持たせる彼の事は是非とも知りたいのさ。

「他の奴にも言いましたがノーコメントです」

「つれないね」

 少し揺さぶってみようかと、彼のネクタイを掴んで顔を近付けて見せる。

 フフ、どんな反応を見せるかな、ほら、もう少しで唇が触れるよ。

「・・先輩」

 だけど彼は特に変わらず、小声で呼ばれると同時に彼の吐息が唇に触れて、・・・逆に硬直してしまった。

「先輩、後ろです」

 えっ!?

「なおおおおおおお!!、アンタ、何してんのよっっっ!!!」

 物凄い大声に身体の硬直が解けて振り返ったら、仁王立ちのきららがいた、さながら鬼みたいに。

 あっ、きららは半分鬼だったね。

「(面白い所だったのに)」

「ふうま、アンタそこまで節操が無かったの!なおも、よりにもよって、お、お、男同士で、キ、キ、キスしようなんて」

「ち、違う、違うんだ、きらら!ちょっと揶揄おうとしただけで、本気じゃないんだ!」

「(かなり動揺してたけど♪)」

 コロちゃん、ちょっと黙ってて!

 とにかく誤解だと言葉を重ねるけど、きららは全然信じてくれない。

 普段は良い友人なんだが、美しくない無駄にデカい脂肪を持ってるからか人の言葉が通じない時があるんだよ。

「ふうま君、君からも説明してやってくれ」

「そうよっ、ふうま、説明しなさい!」

 まったく不本意だよ、クールにスマートが身上の僕がこんな、とにかく君が原因なんだ、何とかしたまえ。

 だけど返事が返ってこなくて、苛立った僕ときららが視線を向けると、先程の場所に彼の姿は無かった。

 コロちゃんが簡潔に告げる。

「(即、逃げた)」

 ・

 ・・

 ・・・フ、フフフフフフ、フハハハハハハ!

「ちょっと、なお?」 

 やってくれるじゃないか、見事な逃げ足だよ。

「なお、聞いてるの?」

 ・・・だが、覚悟するんだね、・・・君は、僕を怒らせた。

「コロ、こいつ、どうしたの?」

 必ず僕の魅力に平伏させてあげるよ、・・楽しみにしておくんだね!

「(ウスイ本が作れるかも?)」

「はあ?」

 

 

 こた君が任務を終えて帰ってきたから、早速蛇子ちゃんとの事をはっきりさせようとしたんだけど、今のやり方だとこた君は白状しそうもないなあ。

 だから内緒で影に入って様子を窺う事にしたんだけど、また新たな疑惑が出てきちゃったよ、それも相手は男!?

 ・・そういえば、こた君のお父さんって何でもありのケダモノって噂だったよね、その血を引いているんだから有り得ない事もないかも、・・・ちょっと興味あるかな。

 とにかく蛇子ちゃんの事だけでも何とかしないと、お姉ちゃん達の行動が頭に血が昇り過ぎててドンドン過激になってるし、皆、いよいよ本気になってきたのかなあ?

 そんな訳で尾行を続行、アレッ!?そっち家じゃないよね、ドコ行くの?

 バスに乗るみたいで、仕方なく私も乗り込む、影でだけど。

 で、今度は電車、一体ドコに行く気なんだろ。

 こた君は電車に乗っている間ずっと本を読んでる、それも難しそうなの、この電車は特急だから後一時間は停まらない。

 ・・もういいや、飽きたよ、だから影から出る。

「こた君、ドコ行くの!」

「・・・さくら、いつから影にいたんだよ」

「そんな事はどうでもいいの、ドコに行くのか聞いてるの」

 さくらちゃんの言う事は絶対。

「・・・ハァ、分かった、話すからオマエも席に座れ」

 そんじゃ遠慮なく~で隣りの席に座って、スキンシップも兼ねてこた君にもたれかかる、ホレホレときめいてもいいんだよ~。

「向かっているのは実家だ、ふうま一門のアジトだよ」

 

 へええ、なかなかに立派だね。

 此処はふうま一門の研究施設らしくて、私が居ていい場所じゃないと思うんだけど、こた君が当主の許可は取ったからって事で一緒に入室させて貰ってる。

 目の前には50cm位の水溶液が入ってるカプセルがあって、その中に胎児がいる。

 その胎児の以前の名前は馬超で、こた君とお姉ちゃん達が抹殺した筈の強化人間。

「ちょっと、こた君!?」

「美琴先生、様子はどうですか?」

「概ね安定しているわ、若様の見込み通りね」

 どういう事なの、馬超ってお姉ちゃんのお母さんとブラックの細胞を使った強化人間って聞いたよ、だから抹殺する為に任務を受けたんじゃなかったの?

 まさか、ふうま一門で利用する為に嘘ついたの?だったら見逃せる事じゃないよ!

「落ち着け、さくら。ちゃんと関係者全員に話してあるから」

 あっ、そうなの?でも、何で?

 聞こうとしたら部屋に女の子が飛び込んできて、問答無用でこた君を連れて行っちゃった。

 えっと、あの子も妹ちゃんなのかな、こた君の。

「娘がごめんなさいね、若様に代わって私が説明するわ。私は桐生美琴、魔科医よ」

「はあ、どうも」

 後でお姉ちゃんやむっちゃんに話したら物凄く驚いてたよ。

 あの変態、桐生佐馬斗先生の実の姉で、とんでもない実力と実績を誇る魔科医なんだって、それも悪い方の意味で。

 ふうま一門の有名な二大マッドの一人だって言ってた。

 取り敢えず馬超の事を説明して貰って、聞き終えた頃にこた君から連絡を貰った蛇子ちゃんが来てくれて、今日は蛇子ちゃんのお世話になる事になったよ。

 

 お風呂にも入って後は寝るだけだけど、この機会を逃す理由はないよねって事で蛇子ちゃんへの尋問開始。

「それでね、天音さんに言われて夜中にふうまちゃんの部屋に行ったの」

「ふんふん」

「その、蛇子ね、訪ねたのはいいけど何も言えなかったの。・・でも、ふうまちゃんが察してくれたみたいで、優しく押し倒されたんだ」

「ほうほう」

「それで、キ、キスして、その、触れてくれて、いよいよってなったの」

「・・・・ゴクッ」

「そして」

「そして!」

「・・・墨を、吐いちゃったの」

「・・・・・・・・・・・・・・はい?」

「だから、ふうまちゃんに墨を掛けちゃったの!」

 真っ赤になって発言する蛇子ちゃん。

 ・・・ええと、つまり余りにも緊張しちゃって、恥ずかしいのに耐えられなくなって、ついやってしまったと。

 当然続きなんか出来なくて、罪の意識に蛇子ちゃんは部屋に引き篭もり、こた君も臭いが落ちるまで学園を休む事にして、だから二人して数日学園に来なかったと。

 俯いてる蛇子ちゃんに、凄く申し訳ない気持ちになってきたよ。

 もうお開きにしよう、・・・って、ちょっと待ってよ、それじゃ辻褄が合わないような、・・・そうだよ、それじゃどうして蛇子ちゃんはニコニコしてたの、まだ何かあったんだよ!

 その点を追求したら、今迄は俯いてた顔を上げて、

「ふうまちゃんね、蛇子の心の準備が出来る迄いくらでも待つって、・・これからもずっと一緒なんだからって、言ってくれたの」

 やっぱり、なんだかんだ言って、こた君て優しいよね。

 先の馬超の事も、桐生さんが言うには自然のままに心身を成長させれば暴走する事はないって、兵器として利用しようと無理な成長をさせるから歪んで危険な代物になるんだって。

 こた君は「生まれた者に罪なんて無い、罪は行いが全てだ」って弱り切っていた馬超を保護した。

 その行為は対魔忍として失格かもしれないけど、だけど校長先生やマダム、それにお姉ちゃん達が最終的に認めたのは、皆にその気持ちがあったからだよね。

 うん、私だってその方がいい。

 幸せそうな蛇子ちゃんが羨ましいなって思いつつ、少し胸がチクりってした気がした。

 ・・実はこた君の事、お姉ちゃん程でもないけど、私も警戒はしてたんだよねえ。

 ほら、私もお母さんの事で内心では男に対して冷めた目で見てたから、表面には出さないようにしてたけど。

 でも接している内に信用できるかなって思えてきた、結構馬鹿だし。

 尤もこた君は最初から親しみがあった気がする、そこは不思議なんだけど。

 ・・・まさか、こた君と私は生き別れの兄妹じゃ、・・な~んてね、流石にそれは無いよね、こた君のお父さんて五車では無茶苦茶に嫌われてる存在だから。

 ま、それはおいとくとして、お姉ちゃんやむっちゃんには悪いけど、私も本格参戦しようかな。

 考えてみれば、どうせ一人で落ち着く訳ないもんね、こた君の彼女。

 後の事は後の事で、今は正直にイってみよう、その方が面白い気がするし。

 刃傷沙汰になる可能性は大だけど、大丈夫、こた君が頑張ればいいんだから、可愛いさくらちゃんも応援するし、ニャハハハ~。

 スッキリスッキリ、じゃ、おやすみ~♪

 



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第十六話  時の流れは残酷

 ・・・これは、夢だな。

「殺しなさい、骸佐!弾正様を弑いて当主などと騙る男を、その息子を!」

 般若の如く鬼気を発しながら叫ぶ母御。

「あなたこそ正当なるふうま宗家の血を引く者、ふうま小太郎を継ぐ者なのです!」

 物心ついた頃から顔を見合わせれば、それだけを言われ続けた。

 二車が忠誠を捧げた先代当主が死した時に母御の心は壊れ、およそ公言出来る事ではない事を喚き散らす。

 隔離され、今でも己の世界に閉じ籠っている母御の夢。

 ・・目を開ける、もう慣れた事だ。

 此処は二車忍軍の新しきアジト、元は中華系組織龍門の支部であったビル。

 セキュリティーに関しては全て一新し十分な防衛体制を整えてあり、他勢力が攻め込んできても撃退できる、・・そう、何処が攻めてきてもだ。

 扉からノックがあり、執事の権左に他の者達が入室する。

「骸佐様、『大博徒』のボスが傘下にと求めてきやした。あそこは東京キングダム有数の闇カジノグループ、収入源として申し分ありませんぜ」

「ほう、機を見るに敏とやらだな。いいだろう、会おう」

 龍門からゾンビ化ガスを使いシマを奪い、これまでとは比較にならぬ程の地の支配者となった。

 だが反抗組織は相当数が残っている、この事が広まれば少しは静かになるか。

「流石は骸佐様よ、宗家の目抜けなどとは比べ物にならぬ器じゃ」

「煽てるな、矢車。それに、この程度で俺が満足していると思うか?」

「ゲヒヒ、これは失礼しましたな」

「ひょひょ、左様左様、目抜けなど骸佐様の眼中に非ずじゃ。この鉄華院卍鉄、骸佐様ほどの器はこの年にして見た事が無かったわ」

 執事である権左、幹部の矢車、そして室内に居るもう一人。

 ・・フン、権左と矢車はともかく、この妖怪爺に気を許す気は無い、見え透いた世辞を言いやがって。

 だが鉄華院家は二車家譜代の家柄、無下には出来ん。

「卍鉄、内調はどう言ってきている」

 そしてコイツは長生きしている分だけ顔が広い、その人脈は貴重だ。

「多分に協力したいと言っておりますぞ。向こうも政敵が囲んでおる五車が偽当主と手を結んだ事に危機感を抱いておるようですな」

 フン、偽当主か。

 正直なところ俺は別に嫌っていない、ふうま一門を再興した手腕には一定の敬意がある、口には出せないが一門を滅ぼし掛けた弾正を殺したのは当然だ。

「よし、利用できるものは徹底的に利用してやる。そのまま交渉を続けろ」

「ひょひょ、御意ですじゃ」

「矢車は三郎と雫を連れて潜伏先の分かった龍門の残党を殲滅しておけ」

「ゲヒヒ、承知」

「行くぞ、権左」

「ハッ」

 踏み始めた修羅の道、・・・アイツは必ず俺の前に立ちはだかるだろう。

 母御や周りの言葉など関係ない。

 出会った時から、ずっと胸に秘めていた。

 アイツを殺すのは、この俺だと。

 

 

ふうま父子二代の女難  第十六話

 

 

 へへ、懐が暖かいと気分が良いよな、一枚二~枚三~~枚・・・と。

 以前はちゃんと任務を達成できなくて報酬は貰えなかったけど、ふうまと組むようになってからは胸張って帰還できるようになって、忍術の幅も広がって少しは戦えるようになったし、説教ばっかりだった燐姉ちゃんも最近は褒めてくれるし、今すっげえイイ感じだぜ。

 明日は休みだし、久しぶりに羽を伸ばすとするか!

「お~い、達郎、ふうま。明日まえさきに遊びに行こうぜ」

「のった、丁度買いたい物があったんだ」

 買い物か、それもいいな、まえさきなら五車には無いデパートとかもあるし。

「ふうまも何か買うのか?」

「悪い、鹿之助。ちょっと用事があってな、俺はパスだ」

 ふうまは駄目か、残念だな、お礼も兼ねて奢ろうと思ってたのに。

 まあ用事があるなら仕方ないよな、ここは明るく切り返しとこう。

「なんだよ、デートか?」

 な~んてな。

 

「・・・まあな」

 

 ピシッ!!!って空間が割れたような擬音が俺には聞こえた気がした。

 し、しまった、余計な事言っちまったああああ!!

 視線が一斉に集まる、最早この教室内にいるのは、違うクラスとか、学年が違うとか、突っ込む気にもならなくなっている現状なのに、そんで見え隠れしてる爆弾の導火線に火を付けちまった。

 そしてその爆弾となる人達の視線が俺の背中にこう命令している、『相手が誰か聞け』、と!

 逆らえる訳もなく押されるままに聞くけど、デートの相手をふうまは明言しない、そりゃそうだろう。

 だがこのままでは俺の命が風前の灯火だ、涙目になってしつこく問い質す俺に根負けしたのか、ふうまがようやく答えてくれた。

「時子(小)だよ」

 ・・なんだ、妹ちゃんかよ。

 

「なにぃ、時子(小)ちゃんとだとおおお!」

「うらやまけしからん、許せん!!」

「ふうま、天誅!!!」

 

 以前に妹ちゃんが来た時に結成された、確かTokiko(small)・Body・Gard、通称T・B・Gとか言ったか、そのメンバーらしき奴等がふうまに襲い掛かろうとしたけど、うるさいって井河さんやゆきかぜ達に一蹴された、・・成仏しろよ。

 だけど時子(小)ちゃんとならデートじゃないだろ、ただのお出かけじゃないかと言ったら、ふうまが真剣な表情で首を横に振り答える。

 年齢は関係ない、女性がデートと言ったなら絶対に否定するなって。

 大袈裟なと思ったんだけど、周りの女子が頷いてる、さも当然て感じだ。

 そこから何故か、ふうまがデートにおける注意点を述べる事になって、聞いていたクラスメートから達郎をはじめ何人かがメモを取り始めた。

 最初の頃のデートで遊びは二の次、会話重視、特に女性の口数が多いのは自分を知って欲しいからで、だからこそ話してくれなくなったら終わりとか。

 基本は聞き手に回り、時折聞き返し確認する、言っている事が分からなかったら素直に質問する、流すのは駄目だって。

 等々とかなり細かい、実感が籠っていて何か生々しいし、ふうま自身の経験談なんだろうか?

 でもクラスで成績上位の男連中が、そんな下手に出られるかってふうまを情けないと馬鹿にして、男子の大半が笑って同意する。

 ふうまは何時も通り相手にしないけど、そいつ等は更に調子に乗って男の魅力とか語ってる、・・・バカだよな、女子の冷ややかな視線に気付いていないんだから。

 力があればモテると勘違いしてる典型だよな、そんなんだから頭の軽そうな女子にしか相手して貰えないのに、分からないのかねえ。

 ・・ま、おかげで導火線に付きかけた火が消火してくれたからいいけどな。

 そんな訳で今日は達郎と二人でまえさきへ遊びに来た。

 ゲーセンとか適当にうろついてんだけど、此処って五車から一番近い街だから知り合いと会う可能性は結構高いんだよな。

 だから出会って一緒にお茶でも、ってなるのもあると思う。

 ・・でもさ、それって生徒同士であって教師とじゃないよな、対面にいる燐姉ちゃんや高坂先生に言っても無駄だろうから言わないけど。

 奢ってくれるって言ってるし、デートじゃないけど昨日のふうまの話を実践するのもありかと思って付き合ってみたら、燐姉ちゃん達はかなりご機嫌で話が止まらず、多分二時間は過ぎたと思う。

 流石にそろそろ解放して欲しいと思ってたら、姉ちゃん達が顔を見合わせて頷きあった、そんで立ち上がってレジに向かったから俺達も慌てて追いかける。

 でも店を出たら、もう少し付き合えって言われて逆らえず付いていく事に。

 暫く歩いて、歩みが止まったからお目当ての場所に着いたみたいだけど、目の前の派手で煌びやかな建物、・・・これってラブホテル・・・だよな?

 ・・・いつにまにか先まで前に居た筈の姉ちゃん達が横にいて、それに、腕を掴まれているんだけど・・・。

 

「そろそろ卒業しておいた方がいいだろう」

「フフ、・・達郎くん、これもお勉強よ♪」

 

 

 

 ん?達郎に上原君の悲鳴が聞こえたような、・・気のせいか?

「どうかしましたか、凛子先輩?」

「いや、何でもない。うん、ゆきかぜ、似合っているじゃないか」

「えへへ、そうですか?」

 今はゆきかぜと共に服の試着をしていて、互いに感想を出し合っているところだ。

 まったく、昼の街中で腕に覚えのある二人が悲鳴など、ましてや此処はデパート店内、どう考えても有り得まい。

 そんな状況で幻聴とは、これも達郎への想いが止められないせいか、・・・実の姉弟であるのにな。

 特に最近の達郎は男らしくなってきた、後輩の女子とデートを重ねたり、高坂先生から個人指導を受けたりと対魔忍としても成長著しい。

 嬉しい事だが、やはり寂しいな。

 ・・ふうま君が五車に来てから、本当に色々と変わった。

 私も以前の試験で己の未熟さをこれ以上ない程に自覚できて、彼にお願いして訓練に付き合って貰っている。

 尤も成果は如何ともし難い、情けないが未だに慣れず心の臓を揺さぶられている。

 だが少しズルくも思うのだが、女の扱いに手馴れ過ぎているだろう。

 不快にならない範囲のスキンシップ、それでいてイヤラシさを感じないから心地良く、いつのまにか受け入れ私から身を寄せている始末だ。

 決して大事な部分には触れられていない、つい流れで唇を重ねそうになっても必ず止める、とても紳士的だが・・・私はそんなに魅力が無いのだろうか? 

 彼の周りには女性が増え続けているし、以前は達郎と最も近かったゆきかぜも明らかに・・・。

「凛子先輩!」

「うわっ!」

「もう、またボーっとしてましたよ、何か悩んでるんですか?」

「すまない、いや大したことではないんだが、どうにもな」

 本当はずっと頭から離れなくて、修練に身が入ってないと父から叱りも受けた。

 つくづく心とは難しいな、こんな私が斬鬼の対魔忍などと呼ばれ過剰な賞賛を受けていたのだから、本当に恥ずかしい。

 

 

 

 

 時子(小)とのデートを終えた俺は、五車に戻らずセンザキに足を向ける。

 センザキは首都圏有数の犯罪都市であり大繁華街だ、闇の勢力にとっても重要な戦略的拠点の為に抗争は日常茶飯事、ふうま一門も当然絡んでいる。

 俺の立場では一人で赴ける場所じゃない、だからこそ天音と蛇子に同行して貰っている。

「蛇子、若の御傍を決して離れるな」

「ハイ!」

「若、では私も予定通りに」

「ああ、頼む」

 天音が姿を消し蛇子と二人になる、とはいえ直に迎えの者が来てくれたが。

「ひ、久しぶりだな、小太郎、蛇子」

「ああ、久しぶりだな、紅」

「紅ちゃん、久しぶり~」

 俺達の幼馴染みであり、現心願寺家当主、心願寺紅。

 紅の祖父で前当主であった元ふうま八将、心願寺幻庵が隠居した為に、唯一の血筋である俺達と年が変わらない紅が後を継いだ。

 心願寺家は親父と祖父弾正の争いに中立の立場を取り、今では何処にも属さずに独立組織として成り立っている。

 これは心願寺家だけの話じゃない、他にも紫藤家や二車家に葉隠家など幾つもあり、親父が無理に宗家に従えとは言わなかったので敵対する事も無く、今でもある程度の交流は行われている。

「紅に会えたのは嬉しいが、当主のオマエが迎えに行くのは止められなかったのか?特にあやめさんとか」

「うっ、・・い、いいんだ!大事な客人に何かあったら心願寺家の面子に関わるし、それにセンザキは私にとって庭のようなものだからな、問題ないぞ、うん」

 それであのあやめさんが納得するか?・・・まあ、紅がそう言うならいいか。

 贔屓目なしに紅の強さは飛びぬけてる、・・・それになんとなくだけど、今そのあやめさんに銃口を向けられてる気もするしな。

「それで、小太郎、今日訪ねて来たのは、やはり骸佐の事か?」

「・・ああ」

 闇に生きる者なら誰でも耳にしてるであろう、その行いを。

「・・・御館様は動いていないんだろう?」

「だからだ。親父が動いたら宗家と二車だけでなく、最悪ふうまに連なる者全てを巻き込む争いになりかねない、そんな事に成ったらそれこそ対立している各組織の鴨葱だ。・・今だ、今、アイツを止める、その為に力を貸してくれ、紅!」

 



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第十七話  言葉で届かないなら

「兄貴、やっぱり二車の馬鹿をぶっ殺しに行くのだ!あのウンコ共、調子に乗って俺らに傘下へ入れって命令して来たのだ!」

 妹分のトラジローの言葉に周りも同調する。

 一ヶ月前にゾンビ化ガスなんぞ使って龍門のシマを奪い、更に周りへ圧力を掛けてやがる奴等は俺ら獣王会に限らず東京キングダムじゃ憎悪の的だ。

 勿論俺も八つ裂きにしてやりたいが、療養中の親父に代わって会を任せれてる責任がある。

「まあ待て、親父に手を出した落とし前は当然付けるさ。だがよ、その親父の件で世話になったふうまの若さんに、時間をくれと頭下げられちゃ無碍には出来ないだろ」

 ゾンビ化した親父に困り果ててた俺等の所へ若さんが錬金術師の薬を持ってきてくれたから親父の命は助かった。

 タイミングの良さにマッチポンプも疑ったが、事情を聴いた俺達は信用し協力する事になった訳だ。

「若さんは今回の事に筋を通すと言った、だったら俺等も信義を守らなきゃいけないだろ。それに親父も全面戦争なんかになってカタギの衆に迷惑を掛けないようにと言ってたろ、わかったな、トラ」

 実際やらなくちゃいけない事は山積みだ、親父が助かったのを知って大勢の住人や二車にやられたのが救いを求めてきてる、そんな誇らしい親父の名を汚す訳にはいかないからな。

「分かったのだ。でも二車はどうするのだ?」

 言動は幼ねえがトラジローは意外に頭がいい、ここは退いてくれた。

 そうだな、・・おっとメールか、こ、この着信音は!?

『オオカミちゃんへ by蛇子』

 ワオオオオオオオオン♪蛇子さんからのメール!!

 内容は若さんからの依頼だったが、蛇子さんからの初メール、ロック、急ぎロックだ、永久保存だ!

 そ、そうだ、返信返信、何か気の利いたセリフは、

「GAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」

 いきなりの大咆哮に振り返ったら、トラ、おまえ何で突然獣化してんだよ!

「・・オイ、ソノメール、オレニモミセロ!!」

 その後、30分以上トラと揉み合う事になったが、俺は様々な交換条件で蛇子さんのメールと登録を死守できたのだった。

 

 

ふうま父子二代の女難  第十七話

 

 

 フム、これは嵌められましたか。

 骸佐様の指示で会合の場へと赴いたのですが、誰も居らず挙句に扉を開けても室内に戻るだけで外に出られません。

 魔術によるトラップですかね、一先ず室内を隈なく探りましたところ、地下への階段を発見しました。

 ならば進みましょう、何が待ち構えていますかは見当も付きませんが、人の居た形跡が示されていますので此のまま放置されるだけではなさそうです。

 ・・それにしても、骸佐様への協力に返事を延ばしていました件で促しに来たのですが、こうも直接的に敵対の意思をみせてくる事は想定外でした。

 彼は此度の我等の行いに眉を顰めていましたが、公然と非難していた訳ではありませんからね。

 ですがセンザキを牛耳る一人の彼は、どうしても味方に引き込まねばいけません、このまま四面楚歌の状況が続きましては二車は潰えてしまいます、・・・おそらくは宗家の御館様が周辺組織の本格的な蜂起を抑えて下さっているのでしょうが、もう限界は近いでしょう。

 手段を選ばないというのは他を圧倒します、ですが先を見れば愚者の選択です。

 それは相手にも使う口実を与える事になり、そうなれば後は泥沼の戦いに突入するだけ、そして次なる相手もそうなり終わりの無くなるメビウスの帯と化します。

 時折そういう行いをする者も見かけますが、権力を持つ者の庇護があるから出来る事なのだと、最期の時まで気付かないのでしょうね。

 自由に生きていると勘違いしている裸の王様。

 ・・おっと、いけません、自嘲が過ぎましたか。

 最早栓無き事、私は私の為すべき事を全うするだけです。

 そして歩んだ先に待っていました者は、旧知の者であり私と同様に二車家の臣である家柄に連なる少年。

「よっ、尚兄、待ってたぜ」

「銃兵衛くん、久しぶりですね」

 

 

「尚之助と連絡が取れないだと?どういう事だ!」

「は、はい、骸佐様。定時連絡が無くて私から何度も掛けたんですが、全く繋がらないんです」

「そいつは穏やかじゃありませんな、他ならいざ知らず尚之助ですぜ」

 その通りだ、例え不測の事態があったとしても尚之助なら連絡を取ってくるだろう。

「尚之助は銃兵衛の所に向かった、銃兵衛には問い合わせたのか」

「そ、それが銃兵衛も尚兄と同時に行方知れずなんです。情報屋や潜り込ませている草にも当たってみましたが、二日前から姿を見ないと一致していてセンザキでも動揺が広がっていると・・・」

 三郎は尚之助の失踪を銃兵衛の仕業と確信している、だが奴自身も姿を消しているのは俺もそうだが予想外だったんだろう。

 銃兵衛はセンザキの顔役だ、不在になれば他の輩の野心が出てくるのも重々承知の筈。

 ・・・銃兵衛が素直に従わないのは分かり切っていた、だが強かな銃兵衛なら露骨な反抗は起こさないと思っていたが、・・甘く見過ぎていたか?

 そして、銃兵衛の行動の裏には・・・。

「三郎、矢車と雫を共に尚之助を探せ、多少の無茶は許す」

「はい!」

「但し、三人共、単独行動は絶対にするな、厳命だ!」

「は、はい?」

 俺の言葉に疑問を持ちながら三郎が退出する、残っている権左は半ば気付いているようで苦笑していた。

「人手が足りなくなるんですがね」

「仕方ない、幹部を個別撃破しようとするアイツの策略に乗る訳にはいかん」

 そう、銃兵衛にリスクの高い行動をさせる事が出来るのは、アイツだけだ。

 既に尚之助を抑えられた、これ以上は失えん。

「比丘尼とツバキを戻せ、俺の首を取りに来るアイツを迎撃する」

「卍鉄はどうしますか?」

「奴は信用できん、そのまま仕事をさせておけ」

「御意、ですが長期戦は拙いですぜ」

 その通りだ、殆どの幹部が動けなくなれば折角奪った領土も形骸化する。

「問題ない、アイツは直に来る」

 俺達が動けず無秩序な状況が続けば、それこそ無法地帯となり犠牲者が膨れ上がる、ゾンビ化ガス以上にな。

 ・・・そんな状態を良しとできる、アイツじゃない。

 ガキの頃からそうだった、だがその甘さが命取りだ。

 アイツを殺せば宗家とも戦争になるが、其の時はもう一度アレを使う、もう躊躇いはない。

 俺の行く手を阻む奴は、全て殺す!

 

 

 

 ひょひょ、面白くなってきおったわ。

 わしのプランではもう少し宗家との戦争は先だったのじゃが、世を何も理解しとらぬ二車の小僧は宗家の目抜けを感情のままに殺すじゃろう。

 そして再度ガスを使い宗家を滅ぼす、実に愚かよ、敵ばかり作りよるわ。

 所詮あのガキは寛大なフリしか出来ぬ小者よ、上に立つ器ではない。

 じゃがこれで宗家の血筋を滅ぼす名分が出来上がる、後はわしが残った者を纏め上げればよい、鉄華院家が世に出るのじゃ。

 さてさて、内調やノマドにご機嫌伺いしておくかの、ひょひょひょ♪

 

 

 

 

 

 

「若、揃いました」

「ああ」

 準備は整った。

 ・・・それじゃ、あの馬鹿を殴りに行くか。

 



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第十八話  VS 二車の幹部

 驚愕するほどの速さでキーボードを打ち込むは、ふうま宗家の御息女、ふうま時子(小)様。 

 母である時子様より受け継いだ邪眼千里眼を用い、二車家アジトのコンピューターにクラッキングをかけています。

 二車家も組織運営の心臓部であるコンピューターには相応のセキュリティーを取っている筈ですが、何ら障害になっていないようでプロテクトが次々に突破されている模様。

「完了です、二車家本拠ビルのセキュリティーは全て掌握しました。後は兄様の連絡を待つだけです」

 私、槇島あやめも心願寺紅様の従者として電子部門にそれなりに精通していると自負していますが、このまだ幼いともいえます外見の少女には諸手を挙げて降参ですね、正に天才です。

「御見事でございます。どうぞ、お飲み物をお持ちしました」

「ありがとうございます、頂きます」

 宗家の御息女であります時子(小)様が心願寺家のアジト内において作業を行っていますのは、二車家の暴走を止める為にと宗家の若様が紅様に助力を願われた為で、それ故に私も一助として時子(小)様の護衛を務めています、二車家がクラッキングに気付き直接襲撃してくる事への備えとして。

 ですが此処には警備している配下の者が多勢におり、更には先代当主でありふうま八将でもありました幻庵様までもがいらっしゃいます、例え二車に居場所が知れたとしましても全く問題は無いでしょう。

 これ以上に安全な場所など在るとは思えませんが、それでも私にまで時子(小)様の護衛を依頼された若様は中々に過保護ですね。

 その若様は紅様達と共に二車家アジトに向かっています。

 準備は全て整えられ今日中にケリを付けると仰っていました、若様の行いを目の前で見ました私にその言葉は大言でも虚言でもなく、実際その通りになるのでしょう。

 今回の二車家の行いは看過できぬ事ですが、紅様は心願寺家当主としては軽々に動く事も出来ず、相当に苦々しく思ってられました。

 そこへ若様が、宗家次期当主ではなく心願寺家当主に対してでもなく二車家当主にでもなくて、ただ幼馴染みを助けたいという個人的な願いを持ち込まれ、義を旨とする紅様は友人の為なら致し方なしと大義名分を得た訳です。

 もっとも個人の想いが多分を占められているのは周知の事実ですが、私達は温かな目で紅様を見守らせていただいています。

 ・・・しかし、

「時子(小)様は此度の若様の行いをどう思われているのですか?」

 若様の思惑は悪くありません、むしろ関係者は歓迎するでしょう。

 ですが何と言いましょうか、果たして此の行いを認めてもいいのでしょうか?

「流石は兄様と思っていますが、何か?」

 即答ですね、・・そうでした、この方も紅様と同じで若様に盲目と為られていたのでした。

 紅様のお幸せの為に惜しむものなど何もありませんが、私の力では及ばぬ事が確実に紅様の未来に待っていますね。

 ふうま宗家直系の男の血筋の者は何と言いますか、女にとって色々と・・・、まあ若様は現当主や先々代に比べれば性格が至極善良ではありますが。

 

 

ふうま父子二代の女難  第十八話

 

 

「ち、畜生、この僕が・・・」

 首筋への当身で意識を失った少年を受け止める、年齢に見合わぬその力量、次に会った時はどこまで成長しているか楽しみな事だ。

「雫!」

 私の知る御仁の孫であり鬼蜘蛛の名を継いだ娘が声を上げるが、相方である蜘蛛の足半分は切断させてもらった、命に別状は無いが戦闘は最早無理だろう。

「安心したまえ、気を失っているだけだ。それに君も無理に動かぬ方がいい、鬼蜘蛛の傷口を広げることになる」

「くっ」

 さて、私の役目は後一人。

「矢車、若者二人にはおとなしくなって貰ったが、君はどうするかね?」

 矢車弥右衛門、先までの二人と違い歴戦の強者、殺さず無力化させるは至難だが必ず果たす。

「・・やめとくわ。というか、佐郷、貴様が出てくるのは反則じゃろう!宗家の嬢ちゃんに仕えとったんじゃなかったのか?」

 その通り、私の御役目は時子(小)様の従者だ。

 だが若様より時子(小)様を通したうえで直々に頼まれ、それが私の望む未来に沿う願いとあらば受けぬ理由など何一つあろうか。

「確かに御館様からの御指示は受けておらぬが、ふうま一門への大いなる想いを託された故に馳せ参じた」

「・・・フン、宗家の若様かい」

「それに私も其方等に問いたくはあった。何故に二車家若君の暴挙をお止めしなかったのか、先代二車家当主が今の状況を望まれる訳がなかろう!」

 弾正様の下で共に戦い、真にふうま一門の為にと生を尽くした元戦友であり同胞。

 その御子息が、・・あの世に往った時に彼に何と伝えればいい。

「うるさいわ、儂は小難しい事など知らん。骸佐様が働けというなら働くだけじゃ」

 その態度に、どうやら思うところが無かった訳ではない、か。

「ちょっと!だったらどうして戦わないのよ!」 

 我等の会話に鬼蜘蛛の娘が口を挿むも、矢車は宥めるように返事をする。

「仕方ないじゃろうが。このサイボーグ男は佐郷文庫、コードネーム・ライブラリーともいって、ふうま一門最強とも言われとる忍じゃ。そんなのを相手に一対一ではどうにもならん」

「それなら私も加勢する!」

「その状態でか?そもそも儂が止めたにもかかわらず自信満々でコイツに突っかかって、それであっさりと返り討ちに合ったのはお前らじゃろうが、今さら遅いわ」

「う~~~~~~~~~」

 娘は口惜しげだが、無茶な真似を繰り返す事は無さそうだな。

 矢車は粗野ではあるが馬鹿ではない、それに仲間を大事にする心も持ち合わせている。

「で、儂らをどうするんじゃ?」

 どうやら私の役目は無事遂げられたな。

「すまぬが暫し此処で留まって居て貰いたい、なに、そう長くは掛からぬだろう」

 

 

 こいつはやられたな。

 突如本拠ビルの明かりが全て落ちて、だが室外の景色には変化が無く、明らかに此処のみを狙ったピンポイントでの襲撃だ。

 襲撃に関しては骸佐様の予想通りではあったが、相手も隠す気が無かった予定調和の行動だと踏まえると、・・怖えな。

 予備電源が働いたと同時にビル内のあちこちから急報が届き、骸佐様の傍で控えていた俺や比丘尼の婆さん、あと傭兵のツバキまでもが各所に走らざらず得なくなった。

 俺は最悪に備えて脱出ルート最重要場所である屋上の確保に向かったが、警備してたのは全員昏倒していた。

 その屋上で待ち構えていたのは、ふうま天音。

「・・よりにもよって『悪鬼羅刹』が相手とはね。いいのかい、お付きが若さんから離れてよ」

 コイツは俺が知る限りで五本の指に入る手練れだ、そういった意味じゃ血が滾ってくる相手ではあるけどな。

「安心しろ、お前が相手なら殺すつもりでいいと言われているのでな、直ぐに終わる」

「おいおい、勘弁してくれ」

 全ては宗家の若様の掌って事かよ。

「若は一門であるお前達の命を奪う気は無い、なれば当然私は若の意思に従う。それ故に他の者になら手心を加えるが、若より『槍の権左』が相手ならば私の命を優先しろとの仰せだ、貴様の実力を認め私を信頼してくださっての御言葉でもある」

「・・・・・・・・・・」 

「・・・そしてお前は、骸佐の為に必ず死より生を選ぶとな」

 ・・まいったぜ、どこまで見透してるんだか。

 俺の土遁の術も秘していて知る者はいない筈なんだが、ビルの屋上に誘き出されたってのは、そういう事なんだろうな。

 まあ目抜けなんて下らねえ中傷を言ってんのは、何も分かってない馬鹿共の戯言だって事は知ってたけどよ、その事実をこう目の当りにすると厄介極まりねえな。

「私も久しぶりに本気を出せる相手を得て気が漲っている。貴様も若に認められているのだ、早々と死ぬは若への侮辱と心得ろ」

「色々と間違っていないかねえ」

 何のかんの言ってても、結局は自分の主の称賛じゃねえか。

 俺と同じで主への忠義に生きている者だが、傍から見たら俺もこんな感じなのか?コイツと同類に思われんのは流石に遠慮してえんだが。

「では、いくぞ」

 ・・おっと、軽口もここまでだな。 

 静かに構える天音に冷や汗が流れやがる、こりゃ余計な事を考えたら即終わりだ。

 ・・・骸佐様、申し訳ありませんが、ここからは執事ではなく一匹の狂犬に戻らせていただきます。

 

 

「して、我等のお相手は貴女達という事ですか」

 心願寺家現当主の心願寺紅、そして紫藤家が娘の紫藤凛花、二車家と並び、ふうま八将に連なる家門の血筋。

「比丘尼殿、お久しぶりです」

「このような形でお会いする事は残念ですが」

 この二人が動く事は予想の範疇でしたが、姿を隠さずに現われるのは思慮の外でした。

「己が立場を忘れていてか?二車は心願寺と紫藤を敵と見做しますぞ」

 此度の二車に対しては宗家を含め他家は干渉を控えていました、なのに二車家の本拠地を混乱に貶めている者と同行し手を貸したとあっては、最早言い逃れは出来ません。

「今すぐに引くならば見て見ぬ振りをして差し上げましょう。今後は斯様な軽はずみな行いは慎むようにと長く生きた者としての忠告です」

 心の思うままに生きるは若者の特権ゆえ否定はしませぬが、それだけで世を通らぬのです。

「・・・私達は、同門であり幼馴染である友が誤った道に進むのを止めに来た」

「自身の立場など百も承知です。ですが動かねば生涯の悔いとなると、そう判断し参りました。比丘尼様、貴女の上辺の忠告など私達には届きません!」

 二人が構えます、・・やはり引きませんか、困ったもの。

 それに上辺とは、言ってくれるものです、あの童たちも何時の間にか大きくなっていたのですね。

 先程、小憎らしくも堂々と骸佐様の所へ歩み向かった宗家の若様も。

 ・・・二車家においての呼称、宗家に血筋でありながら邪眼に目覚めぬ目抜け。

 骸佐様ご自身か取り巻きからのものかは分かりませんが、その蔑称を先代二車当主や心あるものは良しとせず、私としても口に出したいものではありません。

 ですがあの子、骸佐様の御心を思うと諫言もできず、今に至っております。

 ・・・如何に長く生きようとも、正しき答えだったと胸を張れたことなど私には皆無に等しい、何と情けなき事か。

「・・どうもコッチが悪者側のようだけど、雇われの身なんで悪いけど妨害させて貰うわ」

 私と共に動いておったツバキの言葉に意識が戻る、そう、今は骸佐様の為に!

「構わぬさ、我等も言葉だけで事が済むなどと思ってはいない」

「比丘尼様、参ります!」

 

 

 俺を孤立させるというアイツの思惑通りなのは分かっていたが、ビル内の混乱を治める為には権左達を向かわせるしかなかった。

 だがそれならば俺の手で討てばいいだけだと覚悟を新たにしていた所に、呼んでもいない卍鉄が来て用件を告げる。

「何だと!!それは本当か、卍鉄!!」

「忌々しい事ではありますが、真で御座いますぞ、骸佐様」

 いつもの気持ち悪い笑みを漏らさぬ程に卍鉄も慌てている、確かに最悪の報告だ。

 至急に権左達を戻して対応しなければ、そして全てが繋がる。

「クソッ、これがアイツの本当の狙いか!」

 甘かった、そうだ、アイツの真の恐ろしさは・・・・。

「骸佐様?・・ヒョッ、誰じゃ!?」

 俺が許可しなければ入れない筈の電子扉が開く。

 

「・・・骸佐、チェックメイトだ」

 



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第十九話  ぶつかり合う意志

「これもまた美味しいですね、銃兵衛くんが作ったのですか?」

「いんや違うぜ、時々通ってる料理屋に日持ちするのを頼んで、俺はそれをレンジで温めただけさ」

 魔術トラップを使った籠城拘束策は功を奏して、尚兄も俺の態度から抵抗は無益と判断したか、今はこんな感じで休戦状態になっていた。

「それは凄いですね。よく見かけます料理ですのに二日過ぎてもこれ程の味を維持しますとは、是非とも調理法をご教授したいものです」

 尚兄は感心してるが前はそうでもなかったんだよな、謎?のサイボーグ忍が店主代理の姉ちゃんに調理指導してくれたからだったりする。

 でもこれで料理はしまいだ、魔術トラップも二時間後には自動解除される、尚兄の足止めもここまでだ。

「・・尚兄、もうちょいで外に出られる時間だ。・・・無理に突き合わせて悪かった」

 何だかんだ言っても尚兄は面倒見の良さから無益な殺しはしない、だからこそこんな手段を取ったんだが・・。

「・・一応聞いておきますが、やはり小太郎様の指示ですか?」

「いや、正確には丸投げだよ」

「丸投げ?」

 俺の返事に尚兄が疑問を思うのは当然だ、でもよ、これが事実なんだ。

 一週間前、センザキのカジノに若が訪ねて来て協力を頼まれた。

 用件が骸佐の事なのは分かり切ってたが、俺も思うところあって二車家から独立したんだ、野望もある、それなりのメリットは提示されたが受ける気は無かった。

 こんな商売だからな、気持ちはどうあれ危ない橋は出来れば避けたい。

 だけどよ・・。

「若がなんてったと思う?『尚兄が厄介だから、銃兵衛、何とかしてくれ』、だぜ」

 溜息をつきながら身も蓋もねえ若の言葉をそのまま伝えると、鉄面皮な尚兄のポーカーフェイスに微妙な変化があった、・・よく分かるぜその気持ち。

「・・・それだけ、ですか?」

「ヒャハハ、これが本当にそれだけなんだよ、ったくよ!」

 自分の計画は全部話してきて、それでいて尚兄の事は全部俺に丸投げしやがった。

 策が考えられない訳じゃないらしいが、他の事もあるんで俺なら安心して任せられるから頼むってよ、もう呆れかえるわ気が抜けるわ、・・・それでいて少し嬉しくも思っちまうのが、一体どんな人誑しだよチクショウ!!

 おまけに俺のやる事を聞きもしやしねえ、首謀者がそれでいいのか!ってなもんだ。

 まったく、・・・でもよ、だからこそ分かっちまうんだ、器ってもんがな。

 ・・・骸佐、お前の器は若とは違う、人の上に立つもんじゃねえ。

 それなのに合わねえもんを無理に合わせようとするから、噛み合わずに歪んじまった。

 勿体無えだろ、お前に合うもんだってそうはお目に掛かれないもんなんだぜ。

 尚兄や他の奴等だって分かっちゃいるだろうに。

「・・・銃兵衛くん、私は誰が相手であろうと、骸佐様の為になら斬ります」

「・・・ああ、俺も若も知ってるよ」

 

 ・・・ケリは付いてんだろうな、若。

 骸佐を止めるのに加担したのは後悔してねえが、綱渡りした分の報酬を貰わねえと俺も色々あるんでな、頼むぜ、ホント。

 

 

ふうま父子二代の女難  第十九話

 

 

「ヒョヒョ、飛んで火にいる目抜けとは此の事かの。骸佐様、速やかに首を獲られるがよい」

 この部屋にいるのは俺に卍鉄、そしてコイツと蛇子だけ、確かにこんな機会は二度と無いだろう。

 殺すのは容易い、だがその前にコイツから事の全容を聞き出してからだ。

「・・オイ、お前は一体何をした?」

 卍鉄から報告を聞いた時は本気で耳を疑った、しかし事実を証明するかのように先程から部下がひっきりなしに指示を求めてきている。

 現実だと受け止めようとしても脳が否定する、そんな事が在り得るかと!

 それは俺達が奪ったシマのあちこちで起こっている、まさかの住民達による二車への抗議行動だった。

 

 

「アスカ、こっちから手を出したら駄目なの?」

「そうよ、あと住人達が手を出そうとしても止めるのよ、言っとくけど穏便にだから、いいわね、アンジェ」

「分かった、拘束する」

「うん、それでいいわ。・・・それにしても、ふうまの奴、変な依頼をしてくるんだから」

 

「ウオオ、二車のウンコ共、ぶっ殺してやるのだ!」

「待て待て、違うだろ、トラ!俺達のやる事は集まった人達の護衛だ、何度も言っただろ」

「でもアニキ、腹が立ってしょうがないのだ!」

「その気持ちは分かるが我慢だ。親父の言ってたことを思い出せ、『面子なんかより大切なもんがある』って笑ってた親父の言葉をな」

 

 

 住民達による武力行使無しのデモ行進だと、そんな平和ボケした外界のような出来事が何故起こる、全く理解できない。

 それに獣王会やペルソナといった組織の者も参加しているとある、だが住民達と一緒に同行しているだけで何もしてこないと、訳が分からず部下達の戸惑いも当然だ。

 いっそ手を出してくれればシンプルに対応できるだろうがそれも無い。

 ・・・一体何がどうなっている、ここは東京キングダム、闇が蔓延る地だぞ!

 そして此処で権左たち幹部が足止めされているのが効いてくる、いま現場では指示を出せる者や代表して交渉できる者が不在である為、決定権の無い部下達は俺に問うしかない、だが俺とて即断できる事じゃなく相談できる相手もいない。

 何ら対処できずで住民達の行進は停まらず、ゆっくりとだが確実にこのアジトビルへと向かってきている。

「言え!一体何をしたんだっ!!」

「骸佐ちゃん」

 蛇子が落ち着いてと言いたげに呼ぶが、今の俺にそんな余裕は無い。

「・・・仕掛けは俺だが、この地に住む人達のお前に対する答えがこれだよ、骸佐」

 住民の答えだと・・・。

 ・・業腹だが、どこか納得してしまう自分がいる、・・・あんな手を使う者に屈するくらいなら死を選ぶと心が訴える。

 だが懊悩する俺を嘲笑うかの如く発言する者がいた。

「ヒョ、流石は目抜けよ。自身の弱さゆえに他者を頼りよるとは。それも同じ力無き者をの、これを道化と言わず何と呼ぼうか、ヒョヒョヒョ」

「違うよ、ふうまちゃんは道化なんかじゃない!それに、蛇子知ってるだから!」

「何をじゃ、閨での事かの?ヒョヒョヒョ」

「骸佐ちゃんを唆したの、お爺ちゃんでしょ!ノマドや内調と手を結んでるのもお爺ちゃんの仕業だって全部分かってるんだから!」

「・・ほう、じゃが決めたのは骸佐様じゃ、全てを儂のせいにされるのは心外じゃの」

「そんなの「蛇子、いい、相手をする価値も無い」

「言うて「卍鉄、黙っていろ、話をしているのは俺だ!」

 蛇子の言う通り卍鉄が企みを持って俺に擦り寄ってきたことは分っていたさ、だが俺は俺の意思で立ち上がるのを決めたんだ。

 ふうま宗家に傅くのではなく、俺の理想とする真のふうまを興そうと!

 国の走狗などではなく、強き力と高き志を持つ誰にも縛られない真の忍びの一族を作ると!

 ・・・相容れはしないがコイツが目抜けと言われる腑抜けじゃない事は分かっているし、ふうま一門を大事に思っているのも知っている、・・・だからこそ負けるかと、そう思っていた、思っていたんだ。

「・・・これがお前のやり方か、いつから忍びではなく政治家になり下がった!」

 個ではなく集、力ではなく知、誇りより実利。

「それがふうま宗家次期当主の在り方かっ!答えろ、小太郎!!」

 愚かな政治家共と結託し走狗と成り果てるのがお前の道か!

 そんな事の為に父上や皆は闘ってきたというのか!

 絶対に、絶対に納得できるかっ!

 視界が真っ赤に染まりそうな程の激情に飲まれそうになる、今すぐにも殴り殺したいほどに、・・・だがそれよりも、優先しなければいけない事が迫っている。

 ・・・最早こうなった以上、二車は完全に手詰まりだ、ここでコイツを殺した所で何の意味も無い、・・・俺は・・・。

「骸佐、この地から去れ。抵抗しないなら手は出さないと約束して貰っている」

 コイツ!!

「ヒョヒョヒョ、目抜けよ、もう勝ったつもりかの?」

 卍鉄?

「骸佐様、外の事などお気になさらずとも良い、その首、とっとと御獲りなされ」

 何だ?こいつは何を言っている、状況を理解していないのか?

「お爺ちゃん、余計な事言わないでよ!それに街の人達みんなが怒ってるのを気にしない訳ないでしょ!」

 蛇子の言う通りだ、こうも大多数で行動に出られたら俺達だけではもう抑えようがない。

 一人二人なら最悪見せしめといった手段もとれるが数が違う、そもそも東京キングダムの住民なんだ、それなりに肝が据わっているし力も無い訳じゃないだろう。

 俺ひとりの意地で勝算の無い戦いに皆を付き合わせる訳にはいかない。

「・・卍鉄、何が言いたいんだ」

 此処に来て初めて小太郎が卍鉄の相手をした、今迄無視されていたので気分が良くなったのか、上機嫌で言葉を返す。

「ヒョヒョ、宗家の目抜けよ、小童ながらここまでの段取りは褒めてやっても良い。ホレ、そこの単純小僧よりは知恵が回る様じゃ」

 コイツ、今何て言った!

「なんだ、もう忠臣面は終わりか、卍鉄」

「フン、思うてたよりも使えんかったからの。勝てば官軍、この程度の事も分からんとは、所詮はあの愚かな弾正めの息子という事じゃな」

 !!

 その言葉に俺は激高し、刀を抜き放ち斬りかかる。

 だがその瞬間、俺の右手が弾け飛び血塗れと化した、衝撃から指が千切れていなかったのは奇跡に等しい。

「骸佐ちゃん!」

 蛇子が悲鳴を上げ近寄ろうとするがその右手で制する、・・・今のは卍鉄の天津麻羅か、金属を自在に変形させるという機械武装の天敵とも言われる邪眼。

 さっきのは手甲を変形されて右手を締め付けられた為か。

「ヒョヒョ、青い青い、この程度の挑発に乗る様では人の上になど立てやせんわ」

 くっ、ならば、

「止せ、骸佐!おそらく卍鉄は夜叉髑髏への対策を立てている、使えば奴の思う壺だぞ!」

「何!?」

「ヒョヒョ、どうかのう、試してみてはどうじゃ?それとも何か、ふうま宗家直系の者が馬鹿にしておった甥の言葉を信じるというのかの?」

「黙れ、卍鉄!」

 俺が口を開く前に小太郎が声を荒げる。

 そう、母者の言葉を信じるなら俺には二車の血が流れていないことになり、俺は現ふうま当主の異母弟であり小太郎とは叔父と甥の関係になる。

 意味を知ったのは何歳だったか、苦い思い出だ。

 あの頃の俺には余りにも重すぎて、何度も眠れない夜を過ごした。

 ・・・そう、何年かは。

 実際のところ事実は闇の中だ、二車の皆は否定しているし俺も認める気は欠片もない。

 俺が知る限り先代弾正は唾棄に値する外道であり、先代二車当主の亡き父者を俺は心から尊敬している、だからこそ卍鉄の毒言などで今更心揺らぐことなど無い!

 怒鳴り返した小太郎に比べ、逆に冷静になれた俺は卍鉄を見据える。

「・・・なんじゃ、つまらん反応よの。・・・まあよいわ、最早手遅れなのじゃからな、ヒョヒョヒョ」

 手遅れだと?一体コイツは何を企んでいる。

 

 

 流石は『槍の権左』、これ程に梃子摺ったのは時子とやりあった以来か。

 もっともあの時は邪魔が入らなければ私が勝っていたがな、うむ、やはり若の執事となる者は私をおいてありえぬ。

「ちっとは手心を加えてくれてもいいんじゃないかねえ?」

 倒れこんでいる権左が文句を言うが、己の修行不足を棚に上げるな。

 いや、若から二車の者を殺さぬように言われていたのだ、おそらく無意識に加減していたのだろう、流石は私だ。

「若に手間を掛けさせたのだ、当然の報いと思え」

「・・・やっぱりアンタと俺は絶対違う、というか認めねえ」

 何を当たり前のことを、これだから戦闘狂は。

「そろそろ二車の小僧も若に頭を垂れているであろう、お迎えに上がらねばな」

「・・・だったらいいけどな」

「ん?どういう意味だ」

 若が御膳立てした計画に非の打ちどころは無い、反撃の可能性などありえぬ。

 戦闘中に全て説明してやったら、エゲツないと褒めていただろう。

「・・・骸佐様は無茶はするが無責任な方じゃない、仲間の為になら若さんの要求も呑むだろうさ。だがよ、二車も一枚岩って訳じゃねえ、骸佐様を利用しようってのがいるって事さ」

 

 

 

 

 

 ・・・それくらい予測が付かないと思っているのか?

「既に鉄華院の者を遣わし、内調とノマドに援軍を申し入れておる、か?卍鉄」

「ヒョ!?」

 



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第二十話  一応決着

一年ぶりの投稿です。
それもこれもRPGメインの話が一向に進まないから好き勝手に書こうとしていましたのに、そしたらいきなり骸佐メインの話が来て書き辛くなり、それで控えてたらまた骸佐の出番無しが続く、もう知らんということで投稿しました。



「目抜けよ、いま何と言った?」

「聞こえなかったのか?だったらもう一度言ってやる、ノマドも内調も此処には来ないと言ったんだ、卍鉄!」

 俺の発した言葉に泰然としていた卍鉄に初めて動揺が表れた、そしてこれまで雑魚扱いの見下しオンリーだった俺への態度が変わり、その目は敵を認識して見極めようとする超熟練の忍びのものとなる。

 ・・・それだけで場が冷たくなり、重々しい威圧から背に冷や汗が流れる。

 この妖怪爺と俺とでは忍びとして積み重ねたものが違い過ぎる、面と向かっての戦闘や駆け引きで俺に勝ち目なんてまず無いだろう。

 蛇子や骸佐も同様で、三人がかりでも無理だと想像に難くない。

 一応は対応策も講じているが、これは最終手段であって出来れば使いたくない。

 だったら、

 

「・・・卍鉄、取引をしないか?」

 

 

ふうま父子二代の女難  第二十話

 

 

 背後に控えるリーナ達は何時でも剣を抜ける姿勢を見せている、無論私も同様の心積もりで対話を続けている。

 ・・・全く何故に私がこのような真似をしているのか、今の自身の立ち位置に不満は募るが、しかし、それでも貫かねばならん。

 そんな私に問うてくるはヒュルスト、我等が偉大なるブラック様にお仕えする同胞であり、ノマドの幹部が一人だ。

 この者は手を組んでいる二車より危急の要請を受け、ここヨミハラより東京キングダムへと出向く直前だったが、その行く手を同じノマドの一員であるこの私が遮ぎ立ち塞がり、現在の状況となっている。

「改めてお聞きしますが、どうして私の邪魔をされるのですか?・・理由をお聞かせ願いたいのですがね、魔界騎士イングリッド殿」

 言葉は丁寧だが不愉快さを隠し切れぬヒュルスト、だがそれは此方も同じ事。

「耳が遠くなったか?二車への干渉を認めぬと言ったのだ、今度こそ聞こえたか、ヒュルスト!」

 我等の問答に互いの部下達の殺意が場を覆い始める、一触即発となったこの状況。

 どちらかが退かねば内部抗争の引き金と成るやもしれん、が、それでも私から退く事は絶対に無い!

「・・・理解できませんね、ノマドへの利益を提供してくれてるのですよ?」

 であろうな、ゾンビ化ガスの実地使用データや他にも馬超なる強化人間を二車から譲り受けたともあった、よりにもよってブラック様とあのアサギの細胞を用いていたと、フザケおって、万死に値する。

 尤も間抜けな事に研究施設は襲われ、実験体を失い設備半壊との事だがな。

「愚か者が!貴様と二車との繋がりは既に世の周知だが、事の起こりを貴様が唆したとあれば話が違う。現在の二車への非難がそのままノマドへの非難となるのが分からぬのか!」

 半月程前に二車家とやらが、東京キングダムにおいて五強の一つである龍門から領土簒奪を行ったのは耳にしていた。

 人族同士の争いゆえ関わり無き事と流していたが、先日に私を訪ねてきた者から事の裏を知らされた、この目前の愚か者がお得意の謀を用い、二車にゾンビ化ガスの使用を促したのだと。

 訪問者の放置出来ぬ言葉に急ぎ私も調べ上げたが、その者の言は何一つ偽りなく、挙句このままヒュルストを放置するならば、真実を世に公表すると脅してきたのだ、この私に対して!

 ・・・我等ノマドに悪評は珍しくなくとも、流石に限度というものがある。

 ゾンビ化ガス使用の共犯者とあれば表社会にての反発は必至、要らぬ敵を増やす事に繋がり、それこそ国家レベルでの影響が起こりかねない。

 ヒュルストはノマドの権威に逆らう者などいないと考えているのだろうが、力で押さえつける事は一見上手い手の様で隙間だらけ、存外脆い物なのだと私は知っている。

 そもそもノマドに籍を置く者にはブラック様への忠誠以外に共通する理念など無いと言っていい、個々に好き勝手している者が溢れており幹部ですら余程の事でない限り協力などしない、故に派閥ごとに距離を取るのが基本スタンスで干渉する事は互いに避ける、・・・だが此度はそうはいかん!

 ヒュルストのブラック様への忠誠は腹立たしくも疑わぬが、その増上慢な精神が行動にも現れる為にか、企てた事は直ぐに穴が開き破綻させる事が多く、此度も例に漏れていない。

 しかし皮肉な事にヒュルスト個人の非常識さは周知の為、これ迄の悪趣味かつ傍迷惑な行いはノマドと別で認識されていた。

 だが二車のゾンビ騒動は規模が大きく、無関係な多くの一般人を巻き込んでいる。

 事の真相が世に漏れれば、流石にノマドへの追及は避けられまい。

 例え表立った動きは無くとも、水面下の敵が顕現するのは想像に難くない話だ。

 だからこそ訪問者の交換条件を呑み、こうして直々にヒュルストの制止に来たのだ。

「・・・仕方ありませんね。魔界騎士殿が態々おいでになさった事ですし、貴女のお顔を立てて手を引くことに致しましょう」

 ヒュルストは目を反らしていた事を突き付けられた為か、もしくは面倒になったのか、如何にも感謝しろという感じで言葉を並べ始める。

 魔剣ダークフレイムで燃やし尽くしたい衝動に駆られるが、・・残念だがそうもいかん、こ奴にはして貰わねばならぬ事が在る故に。

 私もすべき事が山積みだ、一刻も惜しい程に、そう、全てがあの者の掌で踊らされている。

 ・・・おのれっ、ふうまの跡継ぎめ!

 以前に出会った折には油断ならぬ者と思っていたが、立場も顧みずにぬけぬけと敵地を訪れ事の収拾に私を巻き込み片棒を担がせるとは、だが他の選択肢は既に無く、こちらにとってのメリットまで提示してきた以上、提案に乗らざる得なかった。  

 あの忌々しい現ふうま当主である父に劣らぬ奸智。 

 これはもう決定事項だ、父親共々、ブラック様の御為にも必ずや燃やし尽くしてくれる!

 

 

 東京キングダムへの唯一の陸路である掛橋、いつもなら賑わっているところでしょうけど今は静かなもの。

 アチラは大騒ぎの最中でしょうけど、残念ながら今夜の私達の役目は橋の門番。

「アサギ様、どうやら来たようです」

「そのようね」

「ニャハハ、お祭りへの途中参加はダ~メなんだよね~」

 通路上の私達を見咎め、何台もの装甲車が停まり兵士たちが降りてくる。

 完全装備の歩兵部隊のみならず、十体以上の強化外骨格、それなりの数ね、暴徒鎮圧などといって兵器や部隊の実地試験をしようってところかしら。

 腐った政府を体現したかのような内調の神田旅団とやら、聞きしに勝る外道のようね。

 指揮官らしきサイボーグ大男が声を掛けてきた。

「貴様、井河アサギだな?一体何の真似だ、五車は我等内調の敵となる気か?」

「あら何の事かしら?私達は騒動の起こっている東京キングダムの治安維持を行っているだけ、敵だなんてとんでもないわ」

 私達は対魔忍として当然のことをしているだけ、余計な部外者を入れない為にね。

「ならば我等とて同じ、そこを通して貰おう、どくがいい」

「それは聞けないわね。ただのデモ活動にそんな重装備の兵士が現われたら、それこそ逆に火種となりかねないわ」

 いま東京キングダムでは小太郎の扇動したデモ活動でお祭り騒ぎの真っ只中、呆れはしてるけど無用な血を流させない為のものだもの、私としても悪い気分じゃない。

「最終通告だ、どくがよい!」

 デカ男の声と共に兵士たちも構えを改める、あらあら、強行突破する気の様ね、解り易い事。

「アサギ様」

「ええ。紫、手加減は不要よ。武器を持たない一般人に銃を向けるようなテロリストにはね」

「はい!」

 蟻一匹、通さないわ! 

「死・ん?・・待てっ!!」

 いざと思ったら、何かデカ男が一人芝居を始めて怪訝に思ったけど、どうやら連絡が入ったみたいで通話を始めたわ、そして部隊に撤退の指示を出す。

 こちらを睨んだ後にお決まりな捨て台詞を言ってたけど、記憶に留めておく価値は零ね。

「アララ、すんなり帰ちゃったね。サクラちゃん驚き」

「確かにな、どう思われますか?アサギ様」

 わからないわ、・・・でも、

「・・・どうせ小太郎が何かしたんでしょ、・・・私達に頼み事をしておきながらも裏で何かを、ね」

 まったく、本当にまったく。

「あっ、何か凄い納得」

「ハァ、ヤレ男め、本当にアイツは・・・」

 

 

 傭兵のツバキという者が両手を挙げ、もう戦意は無いと意思表示してきました。

「降参よ、一応給金分は働いたと思うしね」

 私の見たところではまだまだ手を隠しているように思えますが、これ以上の闘いを望まないのは私も同様ですので降参を受け入れます。

 比丘尼様の御相手をしている紅さんの闘いは継続中ですが、助力は無用の様子で流石ですね。

「ふう、それにしても貴女たちの雇い主って随分変わっているのね、正直なところ闘う気を失くすわ」

「雇い主ではなく友人ですがね、まあ言わんとすることは分かります」

 ふうま一門に連なる紫藤家の娘として、宗家の小太郎くんとは幼少の頃からの付き合いですが、昔から彼の発想は理解の範疇を超える事が多々ありまして、ですから幾分かの耐性があるんですよ。

「ねえ、貴女達この後どうする気なのかしら?ヤバイ事になりそうなら退散しようと思うのだけど」

 小太郎くんの住民を矛であり盾とした案。

 凡そ正義を為す立場の対魔忍としては素直に受け止め難いのですが、この案以外ではどうしたって血生臭い方法しか無かったとも思いますし、・・少なくとも私には思い付きません。

「後処理については話がついていると聞いてるから、下手に単独で動かない方がいいと思うわ。逆に目立たない場所では不埒な真似をする者が出るかもしれないから」

 カランカラーン!

 甲高い音に視線を向けますと比丘尼様の錫杖が地に落とされていました、どうやらあちらも終わったようですね。

「・・・見事、です。・・・さあ、お斬りなさい」

「・・・比丘尼様」

「比丘尼様!貴女は「待て、待ってくれ、紅、凛花!」

 ・・・骸佐・くん?

 

 

 

 

「御館様、二車家の件ですが、先ほど小太郎が収めたようです」

「・・・フン、やっとか、まったくチンタラしやがって。それで?」

「はい。市民には酒が振る舞われお祭り騒ぎになっていると、二車の放棄したシマに関しましては、獣王会、ペルソナに少々の譲渡がされ、大部分は龍門の支配下に戻るとの事で話がついているそうです」

「よし、時子、この騒動で取り込んでいた連中を使って改めて龍門のシマを奪うぞ。あの馬鹿の名も上手く使え、今回の事で住民の心象が悪くないだろうからな」

「御意、ですがあの子が怒りませんか?」

「知った事か、アイツにはこれからも働いてもらう、俺の駒としてな」

 

 

 

 

 卍鉄が去り、そして骸佐も出て行った部屋で俺は床に背から身を投げ出す。 

「痛つつ、あの野郎、ちょっとは手加減しろよ!」

「まったくもう、殴り合って仲直りなんて、一体いつの時代のドラマなのって、蛇子呆れちゃう」

「別に仲直りなんかしていないだろ、俺だってアイツにムカついてたから殴っただけだ」

 きっちり3発は入れてやった、ざまあみやがれ。

「ふうまちゃんが素手で骸佐ちゃんに勝てる訳無いでしょ、ホントに二人とも素直じゃないんだから」

 フン、殴られた8発は倍返ししてやる予定なんだよ、俺の執念深さは海より深いぞ。

 骸佐め、次に会った時は覚えてろ、・・・とはいえ当分会う事は無いだろうが。

 ・・・ま、とにかくこれで最悪の事態は免れたかな。

 元々俺は今回の騒動を耳にした時から、骸佐を知る者として、どうしても違和感が拭えなかったんだよ。

 骸佐の決断で行使されたのは間違いないだろうが、ゾンビ化ガスの使用で領土奪取するなんてのは非道の手段としても外れ過ぎだ。

 そもそも骸佐を始め二車の幹部陣は一級の忍びであり誇りを持つ連中で、有効とは言えゾンビ化ガスの様な外道な手を使おうとする気質じゃない。

 ならばそれを唆した奴がいると自然に行き着く、そして探ってみれば予想通り該当者が二人いた、それがヒュルストと卍鉄だった。

 そうとなれば事を治めるには、骸佐とヒュルストと卍鉄、三者それぞれへ対応策を講じる必要があって、その為にあちこち頼る事になった、どんだけ借りを作った事やら、今後の返済が大変そうだ、ハァ、やれやれ。

 ・・・うん、室外から複数の足音が、誰か来たか?

 現れたのは天音、時子(小)、紅、凛花、あやねさん、ライブラリーの協力してくれた面子で、皆の顔を見て改めて終わったのを実感する。

「若、二車の連中は全て逃走した様子、流石は我が主、この天音、執事してこれ程に鼻が高きことは・・・・・・・若ァ、その御顔の傷はっ!!あ奴等ァ、皆殺しにしてくれるっ!!!」

「待て待て待て!蛇子、紅、天音を止めてくれ!」

「無茶言わないでよ!!」

「いや、天音さんが正しい、私も義によって加勢に行く!」

「・・・・・兄様、御指示通りに二車家の秘密口座には手を出しませんでしたが、時子(小)はやはり手落ちだと思いますので根こそぎ回収いたしますね。あっ、そうでした、ついでに莫大な借金を科しておきましょう、うふふふ、では兄様、失礼しますね」

 時子(小)!?それをやったら二車の息の根が止まっちまう、赦してやって!

 



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第二十一話  想いは人を強くする

 若君の御尽力で無事に二車家の騒動は収まり、かつて御館様と弾正様の争いを知る身として同胞の血が流れず済んだ事には万感の思いだ。

 この身がサイボーグと成り果てて迄も生を永らえたこと、天に感謝する。

 二車家が去った現場では若君が未だ有力者との話し合いに参加されているが、時子(小)様は流石にお疲れになられたご様子の為、私と共に本拠地へと戻り既に休まれている。

 時子様より御館様への報告は無用とのことゆえ、なればと娘の鶴の許へと向かう。

 足は部屋にではなくトレーニングルームへと、そして予想通り息を荒くしている鶴が居た。

「・・・鶴、気持ちは分かるが無理をするな、既に今日のカリキュラムは終えているだろう」

「ハァハァ、・・・父上、お言葉は有難くも、鶴は一刻も早く若君の許へ参り、御恩をお返しせねばならないのです」

 我が娘である鶴は任務にて手足を失い、現在リハビリ中だ。

 鶴の危機に私が出来たのは加害者を八つ裂きにする事だけだった、私より早く駆け付けた若君が満身創痍となりながらも鶴を護ってくださっていたのだ。

 亡き妻に似て気丈な娘であるが、手足を失うはショックだったろう。

 しかし元々若君に好意的であったのが現在は比較にもならぬ程と化している為か、気落ちどころかリハビリへの熱は高まるばかり、医師や技師の忠告も耳に入っていない状態だった。

 仇は倍返し、恩は百倍返し、亡き妻の信条を寸分の狂いなく鶴は継承していた。

「私も経験した身ゆえ分かるのだ。義手義足が心身に馴染むは時間がいる、こればかりは受け入れざるをえぬのだ、鶴よ、焦るでない」

 特に若君が五車に赴いてからは、最早娘ながら狂気の如くであった。

 だが止めねば、亡き妻より託された大事な娘、ここは心を鬼としてでも、

「駄目ですよ~、鶴さん。今日はもう、お・し・ま・い・ですう♪」

「!?、ユーリヤ殿」

 声の主は御館様付きのメイドであるユーリア殿だった。

 いつの間に、鶴に気を取られていた為かおられるのに気付かなかったとは不覚。

「・・・ユーリヤ様、私は大丈夫です」

「はい、鶴さんの気持ちは分かります。でも無理をしてると若様が悲しまれますよ、御存じの通りお優しい方ですから~」

「それは・・・・・」

 ユーリヤ殿の言葉に鶴の頑なさが解れる、この様子ならどうやら休んでくれそうだ、・・・全く、父とは無力なものだな。

「ですから、鶴さん、宜しかったらメイドの修行をしませんか?」

 ん?

「・・・メイド、ですか?」

「はい~。若様にお仕えするのならメイドになるのが一番だと思うんですう。リハビリも掃除やお料理等の日常動作を取り入れた方が効果的ですよきっと」

 確かに一理あるが、訓練を兼ねるとはいえ日常の自然な動作とあれば心理的負担も軽減するだろう、しかし・・・。

「何より、メイドは御主人さまの御傍で常に控えてなければいけませんから、そう、メイドとは御主人さまに全てを捧げる存在なのです!」

「!!、わ、分かりました!ユーリヤ様、どうか私にご指導をお願いします!」

「ええ、きっと貴女なら真のメイドになれますう」

 ・

 ・・

 ・・・

 ・・・・妻よ、もう娘に私が出来る事は無いのかもしれんな・・・。

 

 

ふうま父子二代の女難  第二十一話

 

 

 カラン♪

「これは骸佐様、それに権左に尚之助まで、何か御用の向きでも?」

「ハハ、そうじゃねえよ、優吾。少しばかりだが時間が出来たんでな、一杯やらせてもらおうと来ただけさ」

「それは重畳、さ、カウンターへどうぞ」

 私達を迎える酒場のマスター、何年も前から闇の都市ヨミハラに店を構え、二車家の草として動いてもらってます月遁の術”鏡花水月”の使い手、古賀優吾殿。

 この店に客としてくるのは私も初めてですね。

「骸佐様、何をお飲みに?」

「・・・任せる」

「承知。尚之助は?」

「私もお任せします」

「はいよ」

「おい、俺には聞かねえのかよ?」

「お前みたいなウワバミ、安酒で充分だろ」

「オイ!」

 気心の知れた者同士ゆえか普段より美味しく感じますね、骸佐様も無理に飲む付き合い酒の時と違い表情が柔らかいです。

 私達二車家がここヨミハラへ移り、ようやく全員の寝泊りが困らないところまできました。

 優吾殿がグラスを拭きつつ新たな話題を提供してきます。

「それにしても、まさか二車家総出でヨミハラに降りてくるとはね、あの時は驚いたよ。更にはヨミハラの支配者であるノマドが、我等二車に対し管理していない地域を好きにしていいなんてな」

「・・フン、奴等にとって俺達は犬扱いなんだろうさ」

 骸佐様の仰る通りでしょうね、目の届き辛い、もしくは利の無いと判断した地の見回り犬というところでしょうか、それでも寛大過ぎる条件なのは否定できませんが。

 その約定の立会人も、かの魔界騎士イングリッドです、他の勢力からすれば信じられない話でしょう。

 間違いなくヨミハラの全住民が驚愕したでしょう、そんな前代未聞な事をお膳立てをして下さったのは・・・・。

「・・・おっそろしいねえ、一体ノマドとどんな交渉をかましたんだか、宗家の若さん。そりゃ、あの悪鬼羅刹もドヤ顔になる訳だぜ」

「そうですね、私も銃兵衛くんから話を聞いてはいたのですが流石に信じられませんでした。・・・骸佐様、小太郎様とはどのようなお話を?」

 私が銃兵衛くんから解放され骸佐様と合流時には既に東京キングダムからの撤退は始まっており、そしてヨミハラに降り立つと直ぐにノマドとの交渉の場が設けられました。

 我らが一切関知していない骸佐様の迷い無き行動、理由は直前にお会いしていたであろう小太郎様との邂逅なのは明白です。

 これまでは敢えてお聞きしませんでしたが、今の骸佐様ならお話してくださると思うのです。

 私も権左殿も優吾殿も、ゆっくりとお待ちします。

「・・・アイツとは幾つか話した。ふうま一門の未来、その為に何を考えているのか、何を行っていくのかと・・・」

 その内容は私のような一忍びの考え及ぶ事ではありませんでした。

 骸佐様も納得はしていない御様子で、・・・ですが以前のような反発ではなく、小太郎様の真意を知りたい、横顔からそのような印象を受けました。

 同じように思われたのでしょうか、勇吾殿や権左殿が表情を崩されます。

「ハハハ、骸佐様も大人になられたねえ」

「だな、おっと不敬だぜ、優吾」

「・・・お前等」

 フフ、申し訳ありませんが私もそう思ってしまいました。

 ですが、これ程に喜ばしい事はありません、・・・小太郎様、感謝致します、この御恩は必ずや。

「今はアイツの事はいい。それにいくら約定を交わしたとはいえ、二車の力が強まればノマドも潰しにくるだろう、その他の勢力も率先して俺達を標的にする可能性が高い。三人共、力を貸してもらうぞ!」

「「「御意」」」

 

 

 このお店は私のヨミハラでの活動拠点、普段は酒場の体を装っているから魔族や傭兵の類が屯っているけど、今は五車学園の生徒達が揃っていて大半が所在無げな態度を見せてる。 

 そんな対魔忍の卵達を代表して、私とちょっと内緒な関係の男の子、秋山達郎くんが理由を説明してくれる。

「成程ね、いきなり二車家がヨミハラに総出で現れてノマドと約定を交わしたのは、そういう訳だったのね」

「はい、校長先生より高坂先生に伝えて欲しいと、そして二車家と誼を結び協力関係を築いてほしいとの事です」

 これはまた、大変な任務を任せられたわね。

 話を聞く限り二車家当主は対魔忍として、そしてふうま一族として強い意志と誇りを持ってる。

 傍から見ればノマドの手先にも見えるでしょうけど、そんな立場で甘んじる気は無いとみていい。

 勿論ノマドも無条件で放置する気は無いでしょうけど、これはとんでもない一事よ。

 二車家がこの事実に気付いているかは分からないけど、人界と魔界を繋ぐ魔界の門が現存するノマドの絶対支配域において、その喉元に人族の最前線基地を構築できる事になるわ、・・・これは国家はおろか人界レベルの案件よ。

 ノマドにも気付いている者はいるでしょうけど、基本魔族は人族を侮っている、だからこそこれ以上ない程の好機、静かに、そして迅速に事を運ばないと。

「・・・秋山くん、他には?」

「はい、そして俺を含めた此の場に居る者は、今後ヨミハラへ派遣する事が多くなり高坂先生の指揮下に就く事になるとの事で、顔見世とヨミハラの理解を深めるようにと言われ参りました」

 ・・・学生ばかり、名の知られてる者は抜きで、という事ね。

 上級生の、疾風亜矢子さん、長沼美蔓さん。

 そして達郎くん、磯崎伊紀さん。

 下級生の、磯崎伊織さん、速水心寧さん、櫛延澄香さん、熱川るみさん、と。

 人選の理由は分からないけど、指示には従ってくれそうな子たちね。

「後、今回の事案の発端であり、当の二車家と縁が深い、ふうまを必要とするなら可能な限りは派遣するとの事です」

 う~ん、そこはむしろ常駐して欲しい位なんだけど、まあ仕方ないわね。

 ・・・それにしても、ふうま君の名が出た時に全員反応したような、彼ってややこしい立場の割に随分任務に駆り出されてるから、みんな顔見知りなのかしら。

 

 

「おらあ、俺の枝豆はまだか、店員!」

「こっちもだ、早く俺のジンジャーエール持ってこい!」

「は、はいっ、今すぐに!」

 俺はヨミハラの住民に慣れる為と、酒場の店員をやらされてる。

 伊織ちゃん達も同じように働いてるけど、静流先生がお客さんを説得、というか恫喝してちょっかいを掛けさせないようにしたから、その御鉢が全て俺に回ってきていた。

「ウフフ、頑張ってね、達郎君、後でご褒美上げるから♪」 

 静流先生、勘弁してください、他の娘たちの目が白いし、伊織ちゃんからは尋常じゃない殺気が!

 やっぱ伊織ちゃんには静流先生との事がバレてる気がする、ふうま、教えてくれ、俺はどうすればいい!

 ん?

 何だ、窓から見える外から店内を見てる、魔族らしき娘と目が合った。

 その娘は目を反らすと入口に向かい店内に入ってきた、っていうか飛んでる?

「あら、夜蝶族の娘ね、珍しい」

「夜蝶族?と、とにかく、いらっしゃいませ」

 後で静流先生に聞いたんだが、魔界の深い闇に包まれた森に住む残虐な種族でノマドの一員らしい。

「・・・貴方、対魔忍よね、あの人は何処?」

「・・・えっと、どなたの事でしょうか」

「私と、一族と、固い固い絆で結ばれている、あの人」

 ・・・訳が分からない、おそらくあの人とやらも対魔忍なんだろうけど、せめて名前を教えてくれ!

「あ、あの、お名前を聞かせていただけません『バーーーンッ!!!」

 物凄い勢いで開かれたドアの音が俺の言葉を遮り、店内の注目はそちらへと移る。

 大音量の発信者は、チャイナ服を着ている女の子だった。

「静流、男の対魔忍が来てると聞いた、旦那様は何処だ!?」

 旦那様?・・・男の対魔忍って、俺?

「・・・達郎先輩?」

 ひぃ、知らない知らない、俺は暗黒オーラが漏れてる伊織ちゃんに必死に首を振る。

「春桃ちゃん、いきなりびっくりさせないで。男の子はいるけど旦那様じゃないと思うわよ」

「むっ、確かに違うな。そこの男、ちょっと聞きたい事がアルね」

「は、はい」

「私はゼシカ、聞いて」

「えっ、は、はい、何でしょう」

 俺の意思や状況はお構いなしで夜蝶族の子とチャイナ服の子が聞いてくる。

「私の旦那様、

「私と固い絆で結ばれている人、

「「ふうま小太郎を知らない(アルか)?」」

 ・

 ・・

 ・・・

 ・・・・

 ・・・・・刻が、止まった。

 そして俺は、普段から使っている風遁での小さな呟きすら聞き漏らさない術の行使を心底後悔する。

(・・・彼は私の運命の相手よ)

(私の先輩に対して何をいっているの)

(私の王子様を狙う慮外者め)

(((私の・・・・・・・・・・・・・・・)))

 

 愛が、重い、重すぎる、・・・ふうま、お前はどうして生きていられるんだ?

 お客さんがお金を置いて無言で出ていく、待ってくれ、俺を置いていかないでくれ!

 この後に起こった事を、翌朝に起きた俺は何故か覚えていなかった。

 ただ、俺の両隣で静流先生と伊織ちゃんが裸で寝ている、それだけが事実だった。

 



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