俺は踏み台転生者 (DECHIES)
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俺は踏み台転生者

 ──私、ティアラ・ホライズンはあの日から死ぬまであの情景を、ゲーネハルト・アイン・クラウスという殲滅の光輝を忘れはしない。

 

 私が彼に出会ったのはもう今から10年も前になる。捨て子だった私は帝都の外から少し離れたところにあるスラム街で過ごしていた。

 

 このご時世、捨て子なんてものは珍しくも何ともない。寧ろ娼館の前に捨てられなかっただけマシだと言えるだろう。

 

 何せこのシュヴァルツ帝国は腐りに腐りきっている。重税のせいで貧民は常に餓死寸前で、対魔物用の防壁に守られている帝都の華やかさと裏腹にその周辺では当たり前のようにスラム街が形成され、そこでは生きる場所のない者たちが身を寄せあって暮らしている。

 

 いや、身を寄せあってなんて言葉はある意味綺麗事でしかないか。何せ彼らだって生きるのに必死だ。縄張りの、家族に対してはスラム街の者達は優しい。けれど一歩別の縄張りに踏み込んでしまえば、そこは単なる地獄でしかない。

 

 飛び交う罵声に、当たり前のように振るわれる暴力。血が流れるのはいつもの事だし、死体が転がっている事なんて日常茶飯事だ。そしてその血の匂いに釣られて魔物がスラム街になだれ込んでくるなんてことはなかった日がない。

 

 明日は我が身だと、私は来る日も来る日も生傷が絶えず、病すら患っていた身体を隠し怯えて暮らしていた。

 

 私は昔から特殊な魔法が使えた。それは他者の瞳から己を消す魔法。所謂透過魔法とも言うべき魔法だ。詳しい事はよく分からないけど、スラム街にいる物知りな爺は光の屈折がどうたらこうたらなんて言っていた。

 

 まあ、そんな事言われても私には全く分からなくて直感的に使ってた魔法だ。これには随分とお世話になってた。魔物から逃げる時も他のスラム街にいる奴らから逃げる時にも、そして帝都に侵入して生きるために何かを盗む為にも。

 

 そしていつものように魔法を使って帝都に侵入しているとやけに騒がしい所があった。でもまあ、そんな事など私にとっては好都合でしかなく、いつも以上に簡単に奥に侵入することが出来た。そして何か食料を目に付けていると、曲がり角のところで誰かとぶつかった。

 

 ──最悪だ、浮かれすぎた! 

 

 せめて衛兵じゃありませんようにと半ば祈る様に顔を上げてみるとそこにいたのは豪奢な服を着た貴族らしき少年だった。

 

「ひっ……!」

 

 思わず息が止まってしまった。貴族といえばスラム街の仲間から何度も関わってはいけないと耳にしたし、何より彼等が……帝国の貴族が恐ろしい存在だと私はよく知っていた。

 

 まるで的当てをするように火の攻撃魔法を使って家を焼き払い、人を子供が蟻を潰すように反吐が出る程の無邪気さで殺してくる。決して人と呼べない、呼んではいけない下劣畜生の糞共。

 

 そんな、そんな存在に私はぶつかってしまった。ともすれば私がどんな目に遭うかなんて、容易く想像につく。良くて半殺し、悪ければ拷問されて苦しみ抜いた果てに野良犬のように打ち殺される。

 

 謝っても意味は無いと知ってはいる。けれど私はまだ死にたくない。こんな、惨めなまま死にたくない! 

 

「ごっ、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! 何でもします! だから殺さない──」

 

「ふん、随分とまあ薄汚れている。それに怪我も酷いな」

 

 そう言って彼は私に向けて手を伸ばしてきた。

 

 怖い、怖い怖い怖い──! 

 

 殺される、痛いのは嫌だ、まだ死にたくない、こんなクソッタレの人生のままで死にたくない。そんな想いが脳裏に次々に過ぎる。だが、恐怖から私の体を全く動かず、ギュッと目を瞑って来るべき死に怯えていた。

 

 けれどいつまで経っても死は来ない、それどころか痛みすら来ない。不思議に思ってそっと目を開けて見てみるとそこにはまるで精霊のように優しげな笑みを浮かべていた彼が私に向けて魔法を展開していた姿があった。

 

「うわぁ……」

 

 思わずその魔法に見とれてしまった。キラキラと淡い緑の光が私を照らすというなんとも幻想的な光景に感動していると不意に体が動かしやすくなったのを感じとれた。

 

 いや、やすくなったなんてものでは無い。正しく今まで全身におっていたはずの怪我が完治しており、それどころか今まで病気で息苦しかったはずなのにそれすらも感じ取れない。その上何か自分の中で蓋をされていたものが少しだけズレたような気さえもする。まるで空でも飛んでいるかのように体が軽い。

 

 何をされたのか、そんなもの考えるまでもない。

 

 ──癒しの魔法。

 

 こんな奇跡を起こせるのはそれしかない。そして同時に不思議だった。癒しの魔法というのはそう簡単に使えるものでは無いと聞いたことがある。だと言うのに目の前の少年はそんな魔法を何の躊躇いもなく彼にとっては野良犬以下の存在であるはずの私に使った。

 

 この事が私を大いに混乱させた。一体何が目的なのか、もしかしてさらに苦しませるために治したのかと混乱する思考の中、彼は赤と金の美しい瞳で此方の目を覗き込むように見つめてきた。そして何か納得したかのように頷いた。

 

「貴様とはまたどこかで会うかもしれんな。せいぜい、今度は誰にもぶつからないようにする事だ」

 

 そう言って彼は踵を返して何処かへと去っていった。私はただそれをなにか熱に浮かされたようにぼうっと眺めていた。これが彼との初めての出会いだ。そして彼が言った通り、これから私達は何度も出会った。

 

 

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 2回目の出会いはあの日から1年後のスラム街付近に大量の魔物が発生した時だった。ここから少し離れているとは言え、それでも必ずここにやってくる。私はそう確信していた。

 

 だからこそ私は自分の得意な魔法である透過魔法を使って偵察に行った。どれほどの規模なのか、魔物達はどれくらいの強さを持っているのか、それを知るために魔物達が跋扈しているであろう場所に向かって絶句した。

 

 そこにいたのは多くの魔物の血を浴びながらも、数多の傷を負いながらも決して引かず、不撓不屈の意思で跋扈する魔物達相手に一人で戦っていた彼の姿だった。

 

「──ハァッッ!」

 

 空間に走る無数の斬撃、そしてそれに追従するかのように闇と光が混じったような混沌が空間ごと周りの魔物達を食い散らかしていく。帝国の宮廷魔法師だってこんな見事な魔法を使えるはずがないと思ってしまうくらいに彼の魔法は凄まじかった。

 

 近づく魔物を斬り殺し、逃げる魔物は混沌が食い散らかしていく。彼はたった一人で数百はくだらないであろう魔物達を決してスラム街がある方に一歩たりとも近づかせはさせなかった。

 

 だがそれでも数の暴力というのは偉大だ。殺しても殺しても彼に向かってくる魔物達は無数の攻撃を繰り広げる。魔法に加えて彼等特有の鋭い爪や牙による斬撃。それ等が彼を殺さんと繰り出される。無論、彼とてそうそうにやられてたまるかと携えた剣を持って何度も撃ち落とす。

 

 だが、それでも対処できる攻撃には限りがある。ましてやあんな幼い歳だと尚更であろう。

 

 彼の斬撃の嵐をすり抜けた攻撃が彼の体を引き裂き、血を噴出させる。倒れてもおかしくはないというのに、彼は──

 

「──まだだッッ! この程度で俺が斃れるかァッ!」

 

 そう言って気概を吼えて一層攻撃の激しさが増し始めた。それに伴って彼の体からまるで溢れるかのように膨大な混沌が溢れ始める。

 

「越えてみるがいい、この俺をッ! 越えられるというのであればなァッ!」

 

 跳ね上がる魔力、激しさの増す剣閃。魔物を細切れにしても尚止まらぬ絶死の剣閃。加えて最早塵すら残らぬ程の威力を誇る混沌が彼に呼応して更に魔物達を飲み込み始める。

 

 身体中に無数の傷を作って、今にも死んでしまいそうな程なのに、それでも彼は決して挫けずに魔物に立ち向かう。

 

「なんで……」

 

 ポツリと零れた当たり前の疑問。当たり前だ、彼からすればスラム街の人間なんて何人死のうが関係ない。滅んだところで明日の話題にすらならない路傍の石でしかない存在だと言うのに何故彼はまるでスラム街を守るように戦っているのだ。それもたった一人で。

 

 そんなのただの馬鹿じゃないか。誰も知らなければ彼のやった事なんて意味の無いことだ。誰も褒めてはくれやしない、誰も認めてくれはしない。なのになんで、なんでそんなに無茶をしてまで──

 

「ハァッ……ハァァッ……! 諦めん、諦めんぞ! 俺は俺の願いのために限界を踏み越え続けよう!」

 

 その言葉を聞いてああ、そうかと納得してしまった。彼は他の誰の為でもない、ただ自分の願いのため──人を守りたいという願いのために戦っているのだ。そうでなければ貴族であるはずの彼がこんなことをするはずが無い。

 

 それに気がついてしまったからこそ、助けに行きたかった。私も君と一緒に戦うと言えたのならどれほど良かったのだろう。けれど、分かる。他の誰でもないあの暴力が満ちているスラム街で生まれ育った私だからこそ、今あの場に行って出来ることなんてないと分かっている。

 

 ──ああ、そうだ。なら私が今できるのは彼の活躍を決して忘れぬように見続けることだ。

 

 そして彼と魔物との激闘は夜が明け、陽が射した頃に漸く決着が付いた。

 

 全ての魔物を切り伏せて荒い息を吐きながらも確かに両の足で大地に仁王立ちする彼は正しくいつか聞かされたことのある私にとっての英雄そのものだった。

 

 けれど彼はもう立つのも限界だったのだろう。祝福するかのように彼を照らす陽の光を浴びながら彼は魔物達の血の海に沈んだ。

 

 その姿を見て私は慌てて彼に駆け寄った。死なないでとそう思いながら彼の容態を見てみるとどうやら息はしていた。

 

 ──良かった、生きてる。

 

 そう思うのも束の間、彼は体に生きているのが不思議なくらいの傷を負っていた。つまり放っておけば遅かれ早かれ彼は死ぬ。

 

 そんな彼の姿を見て私は貴重な止血剤と回復ポーションを惜しみなく彼に使った。本来だったら貴重すぎてそう使わないものを使い切る勢いで彼に使っていく。

 

「お願い、死なないで。私の──」

 

 衝動的に零れた言葉。それに気づかずに私は彼に応急処置を施していく。そして全て使い切ったところで運良く彼の体から血が止まった。加えて呼吸も安定している。

 

「良かった……」

 

 ホッと安堵の息を吐いたけれど、それでも彼が未だ危ない状態なのに変わりはない。せめてこんな場所でなく、自分が今住んでいる場所に連れて行って休ませようと思ったが、その細身の体からは予想も出来ないほど彼は重かった。

 

 抱えることも引きずっていくことも出来ないほどに重かったために私は一度家に帰って、家族であり仲間の皆を呼んで彼を連れていくことを手伝ってもらおうと決めてスラム街へとひたすらに走り続けた。

 

 そして仲間と共同で暮らしている家に着くとドアが壊れそうな勢いで思いっきり開いた。あまりの勢いに家にいた全員が目を白黒とさせながら此方を見てきたが、丁度いい、好都合だ。

 

「みんな! 早く私についてきて!」

 

「お、おう? どうしたよティア」

 

「いいから早く!」

 

 何か言っている彼らを他所に私は無理矢理にでも引っ張って彼等をあの場所に連れていく。

 

「絶対助けるからね……!」

 

 そうしてようやく辿り着いたその先に──彼はいなかった。何処を見渡してもいない。

 

 私の、私の──。

 

「うおっ、何だこの魔物の死体の山!?」

 

「これ全部売れば凄いお金になるじゃない!」

 

「ははっ、手柄じゃねえかティア! これを売り捌けば俺達は少なくとも一年は飢えね──って、どうしたよティア?」

 

 仲間が何かを言っている。けど、何も分からない。聞こえてるはずなのに何も聞こえない。どうしよう、私が彼から目を離したからだ。私が目を離してしまったから彼が居なくなってしまったんだ。

 

 ぐるぐると思考が回る。何も考えられない、何も考えたくない。失念に駆られていると不意に視界の端に何か光るものを見つけた。

 

 それを拾って見てみるとそれは間違いなく、彼が身につけていた装飾品の一部だということに気がついた。そしてそれを拾い上げると同時にその先に血で出来た足跡があることに気がついた。向かっている方角は帝都。

 

 ということは彼はきっと自分で帰ったのだろう。いや、そうだ。そうに違いない。だって彼は私だけが知っている。私の──

 

 そしてそれを裏付けるように私は彼とまた出会った。まるで私と彼の間に切っても切れない縁があるように、彼と私は深く繋がっているのだろう。不思議とそう確信してしまえるくらいに。

 

 

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 彼と3度目に出会ったのは数年後の莫大な報酬の帝都の付近に住み着いた厄介な盗賊団の殲滅依頼が傭兵ギルドに流れた時に合同で受諾した時だった。

 

 傭兵ギルドというのはいわゆる何でも屋みたいな組合のことで、国や住民からの依頼をそこに所属しているもの達に提供するサービスを行っている。無論、彼等もタダで紹介しているわけでなく、手数料をいくらか貰って経営しているらしいが。

 

 傭兵ギルドの加入条件はかなり緩い。犯罪さえ起こしていなければ誰でも入れる上に、ギルドカードは身分証明書にもなるため取り敢えずは入っておくというものも多い。無論、私達も食い扶持を稼ぐためにそれに加入してはいた。

 

 そんな傭兵ギルドから流れてきた依頼で私は彼とまた出会った。……まあ、悲しいことに彼は私の事を覚えていなかったようだけど。

 

 その頃の彼は既にかなりの有名人であった。

 

 彼は当時の帝国最強であった騎士団団長のヴァイス・ストラーダという男を御前試合で完膚無きまで叩き伏せた。

 

 ヴァイス・ストラーダを以てしても当時の彼に膝をつかせることすら出来なかった。何せ彼は追い詰められれば追い詰められる程、1秒前の自分よりも遥かに強くなり続けていた。

 

 試合中に成長するだのなんだのともはやそういう次元の話ではない。仮にあれに名前をつけるとするのなら──そう、覚醒とでも言えばいいのだろうか。

 

 窮地に陥れば陥る程それを打開するために更に強くなり続けていくその様は正しく異常。リミッターが壊れているのか、もしくはハナから存在しなかったのかと疑ってしまう程であった。

 

 そしてまた、彼は力なき民衆からも人気があった。というのも彼は傭兵の妨げにならない範囲で魔物や盗賊といった者達を無償で殲滅していたのだ。

 

 単独で数千まで膨れ上がって大暴走(スタンピード)を引き起こした魔物の群れを殲滅し、騎士団総出で掛からなければいけない程の厄介な盗賊団を殲滅し、手に負えないような強き魔物が現れれば討滅する。

 

 そんな彼に付いた渾名が『殲滅の光輝』

 

 民衆を導く暖かな光であると同時に敵には情け容赦のない殲滅を齎すことから付いた名だ。

 

 その行いは正しく英雄譚に出てくる英雄そのもので、そしてまたその行いをしているのが貴族という身分をもつ人であることが彼の人気に拍車を掛けた。

 

 今までは貴族なんてものは人の姿をした畜生だと皆影で囁いていたと言うのに、彼という貴族だけは違った。民の平和のため、力なき者達を守るために力を奮っていると言っても過言ではなく、口調こそ典型的な貴族そのものだが、行動は何処までも民衆に寄り添う優しき人。正しく民衆が切望していた理想的な貴族そのものだった。

 

 故にこの腐りきった帝国において彼は希望の光と言える存在であった。もし彼が皇帝になっていたのであればどれほど良かったのだろうと、不敬罪で断頭台送りになっても可笑しくない事を民衆達は夢想していた。

 

 そしてそんな彼との合同での依頼。これに心が踊らないはずがない。誰も彼もが昂る気持ちを抑えつけて、騎士団すら手を焼く盗賊団が根城にしているという洞窟へと突き進んだ。

 

 そして私は、私達は、彼という殲滅の光輝に魂の隅から隅まで焼かれてしまった。

 

「俺に見せてみろ、貴様等の力を!」

 

 乱れ飛ぶ斬撃の嵐。気炎を灯した瞳で数多の盗賊達を睨みつけながらも斬り倒していくその様は正しく万夫不当の英雄で、そんな彼から力を証明してみせろと言われれば士気が上がらないはずもなく──

 

「ああ、そうだとも! 俺はこんなもんじゃねえ!」

 

「ええ、見せてあげるわ! 私の力を!」

 

「上等じゃないですか。僕の本気をその目に焼き付けてあげます!」

 

 誰も彼もがまだだ、まだだと気概を吼えて彼に認めてもらうべく更に限界の1歩先へと突き進み始める。

 

 乱れ飛ぶ魔法、間隙もなく襲いかかる矢の雨、武器ごと叩き斬らんと振るわれる斬撃。正しく盗賊からしてみれば悪夢以外の何ものでもなく、そしてまた騎士団すら手を焼く盗賊達を追い詰めているのは他でもない自分達なのだという事実が更に彼らを熱狂の渦に叩き込む。

 

「クソッ! なんだってんだよ此奴ら!」

 

「聞いてねえ! 聞いてねえぞこんなの──ぐあっ!」

 

「このクソッタレがァァッ───!」

 

 盗賊達も応戦こそすれど彼らのイカれた領域まで踏み込み始めた士気が彼らの抵抗する意志を根こそぎ奪っていく。並の騎士なら一方的に殺せる程の実力を持つというのに盗賊団の者達が彼等よりも遥かに劣るはずの傭兵達に押されてしまう。

 

 反撃をしても、殴り飛ばしても、斬り倒しても彼らは決して地に膝をつけない。まだだ、まだやれる。こんなものじゃないと気概を吼えて気合と根性だけで彼らは盗賊達との実力差を埋めてくる。そんなイカれた連中に仕立て上げているのは間違いなくその中心にいる男。

 

「ゲーネハルトォォォッッ……!」

 

 剣を振るい、魔法を放ち、常に最前戦で戦い続けるその様で傭兵達を狂気じみた存在にさせてしまう程のカリスマを誇るゲーネハルト・アイン・クラウスという後続の目を焼く殲滅の光輝に他ならない。

 

「──いいや、まだだ! 貴様等がその程度の筈が無いだろう! 貴様等ならまだ出来るはずだ! そうだろう!?」

 

 彼は油断なく敵を見定めてながらも味方を鼓舞する。そしてまた彼の期待に応えるように傭兵達は更に猛威を奮う。

 

「「「当たり前だァァッ──!」」」

 

 彼という光輝が彼ら傭兵達を更に限界のその先へと押し上げ続ける。少しの前の自分を更に越えんと彼らは幾度となく成長を繰り返しては盗賊達を斃していく。そして遂には彼らは意志力だけで自分達より遥かに強かった盗賊達を圧倒し始めた。

 

「ク、クソッ! 逃げるぞ!」

 

「こんなのやってられるか!」

 

 次々に仲間がやられていくのを見て一部の盗賊達は逃げようとする。

 

 ──だが、まるでそれを読んでいたと言わんばかりにゲーネハルトの憤怒の込められた震脚が大地を砕いて地面を大きく揺らす。ともすればこんな威力、洞窟が崩れてもおかしくないというのに躊躇いなく放つそれは正しくイカれた破綻者そのものであろう。

 

「なるほど、そのように振る舞うのもまた良いか」

 

「は? 何言って──」

 

「良い勉強になったよ。では、さようなら」

 

 振るわれる斬撃。ゲーネハルトが小さく呟いた言葉をたまたま聞けた盗賊の男は疑問を抱いたまま、昏い闇の底へと意識を沈められた。

 

 全ての盗賊達を打ち倒したことでほんの一瞬、洞窟内が静寂に満ちる。そして───

 

「ウオオオオォォッッ───!」

 

 けたたましい程の歓喜の声が洞窟内を埋め尽くす。

 

「勝った、勝ったぞ俺達!」

 

「騎士団が手を焼く盗賊達を私達だけで倒しきれるなんて……ああ、もう最高!」

 

「今夜は最高の宴になりますね!」

 

 洞窟全体を揺らしているんじゃないかと疑うほどの声量にゲーネハルトは眉を顰めながらも決して文句は言わず、黙って洞窟の外へと歩き出した。それに気がついたティアラ・ホライズンは彼を呼び止めた。

 

「あ、あのゲーネハルト様何処へ行くんですか?」

 

「決まっているだろう。成すべきことは果たした。ならば最早この場に用はない」

 

「ですが報酬金が──」

 

「戯けが。あんな端金なぞ貰っても意味は無い。貴様等平民共で宴の支度金に使うなり好きに使えばいい」

 

 そういうと彼はもはや語る事などないと言わんばかりに早足に洞窟の外へと出ていった。その後ろ姿を見送ってティアラは胸の前で手をギュッと握り締めた。

 

(ああ、本当にこの御方は──)

 

 きっと彼は自分という貴族がいれば気まずくなると思っているのだろう。だからこそ、彼は黙って消えるんだ。何処までも民の事を愛しているが故に、何処までも民の幸せを願っているために。

 

 そんな風に思われている件の英雄は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(なるほど、ああいう風に踏み台感を表現するのもいいね。流石盗賊、同じ踏み台として見習うべきことは沢山あるな!)

 

 なんともまあ英雄らしからぬことをことを考えていた。

 

 

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 なんかよく分からんが踏み台っぽいキャラに転生したみたいだ。

 

 銀色の髪、赤と金のオッドアイ、モデルの顔負けの体型に顔。加えて希少な魔術適性持ちに上位存在である精霊が視える魔眼、止めに平民を見下しまくっている貴族の生まれ。如何にもな踏み台役です。これで踏み台でなければ何が踏み台だと言うのか。詰め込みすぎじゃなかろうか。

 

 いやまあ、この魔法と剣の世界に生まれ落ちてからそこそこ経った今だからこそ言えるが、生まれてから10年くらいはここが何なのかも分からなかったし、どういった世界なのかもよくわからんかった。

 

 というのもどうやら俺が生まれた家はそこそこな貴族らしく、その上俺は両親が待望していた男児との事も相まってそれはもう過保護というか、執拗にと言うくらい甘やかされていた。

 

 あれが欲しいと言えば買ってくれるし、なんなら言わなくてもそれをチラ見しただけで買ってくる始末だ。元庶民だった身としてはそんなにバンバン金使っても大丈夫なのかという心配事もあったし、なんならそんなに多くの物を買ってもらって悪いという罪悪感もあった。

 

 まあ、そんな両親だったからか街にいく事をそうそう許しはしてくれず、本当にごく稀に帝都──シュヴァール──に行かせてもらえるくらいだった。

 

 そしていつだったか、帝都に行ったのだがそこで運命的な出会いをした。

 

 あまりにも執拗い両親に嫌気がさしてさらっと撒いて逃げ出した。一応魔力でマーキングしているからこの帝都全域の何処にいようが探知できるため問題ないと踏んで行動に移したんだ。

 

 まあ、急に消えて悪いとは思ってるんだが……。でも見た目は子供でも精神はもう大人なのだ。ずっと手を引かれてあちこち行くのは大分心にくる。

 

 というわけで逃げ出して1人で帝都の中をふらふらとほっつき歩いていたんだが、ちょうど曲がり角のところで誰かとぶつかった。その子は俺を見るなり顔を蒼くして凄い勢いで謝っていたけど俺は生憎だけれどそれどころじゃなかった。

 

 一目見てはっきり分かったよ。

 

 ──此奴、主人公だってね。

 

 何せこの子、阿呆みたいに精霊に好かれてるせいで滅茶苦茶光り輝いていたのだ。なんなら思わず光の玉かと勘違いしたほどだ。

 

 いやあ、驚いたね。後にも先にもあんな主人公してますよオーラ出してるのはあの子以外とあったことが無い。

 

 それで気が動転してやたら尊大な口調になったまま彼を助け起こしたんだが、そこで改めて容姿を確認したんだ。いやまあ、どんな主人公なんだろうと思ってね? 

 

 で、よくよく見てみると流れるような金色の髪に海のように全てを優しく包み込んでくれそうな蒼の瞳。加えて少年だということを差し引いてもなお優しげで儚そうな白く美しい中性的な顔。

 

 平民なのかそれとも孤児院の子なのかよく分からないけど、薄汚れていてもなお輝いて見える魔性の美貌に思わず笑っちゃったよ。

 

 とりあえず怪我をしていたみたいだし、回復魔法をかけてその場からそそくさと去ったんだけど、その日は寝れなかったね。何せ主人公と思わしき存在と遭遇したのだ。

 

 きっとなんかあれだよ、光の勇者とかなんかそんな二つ名が付くような存在だよあの子。

 

 そして何の因果か、俺は見た目も出自も能力もまんまThe踏み台なキャラになっている。ということは、だ。俺はこのままで行くとあの子の踏み台になるわけなんだが──。

 

 

 最高か!? 

 

 

 最高だな! 

 

 

 いやあ、生まれてこの方神様なんぞに祈ったことも無いが、今だけは感謝のキスを雨霰のようにしたいね。なんなら足舐めてもいい。それ程までに俺は興奮してたんだ。

 

 何故なら俺はどちらかと言うと主人公という存在よりも彼等に敵対する所謂、かっこいい悪役という存在に憧れていた。恥ずかしながら前世ではよく夢想したものである。

 

 とは言ってもそこいらの奴の踏み台にされるのは嫌であることは確かだ。けど、あんな人の良さそうな主人公ともなれば踏み台になってもいいんじゃないかと思える。

 

 なんなら尚更気分は上がるし、中二病が再発した。

 

 ──そう、だから俺は、ゲーネハルト・アイン・クラウスという存在はあの光り輝くあの子の踏み台になりたいと心から渇望してしまったんだ。

 

 と、なればだ。自分を徹底的に鍛えて鍛え抜くしかないと考えた。何せ俺という存在はあの子という勇者くんを更に輝かせるための踏み台でしかない。

 

 ──ならば、ああ、そうだろう? 

 

 跳ねのいい踏み台になるために、よりあの勇者くんがさらに高みを目指せるためにより鍛えて鍛えて鍛えて鍛えて──鍛え尽くした。

 

 希少な魔術適性をしっかりと伸ばし、客観的に見て駄目だった所は即座に修正した。その魔術適性だけに胡座を欠かず、主要な五大属性である火、水、風、雷、土の全てを脳の血管が破裂するくらい頭を抱えながらも全般を一から学び直して最適な魔力運用を行えるように訓練した。

 

 魔法だけでは駄目だろうと考えて武術も修めた。剣術、槍術、弓術、棒術、格闘術などの己ができる全ての武術を体験して獲得し続けた。

 

 そして覚えてる程度では駄目だと何度も実戦に赴いた。

 

 魔物が跋扈している場所があると聞いたならば即座に飛び出て戦いの糧にした。

 盗賊団がいると聞いたならば対人戦の経験を積むための良い経験になると喜んで赴いて戦った。

 強い魔物が現れたと聞けばいい訓練相手になると1人で飛び出して討滅した。

 

 いずれも大変だった。敵の血なのか己の血なのか分からないほどに血塗れになるのは当たり前だったし、何度もゲロをぶち撒けた。それでも尚、諦めたくなかった。

 

 ──否、諦められなかった。

 

 だってそうだろう? 

 

 俺は踏み台だ。踏み台になるべくして生まれた存在だ。ならばそうだ。踏み台は踏み台らしく、より跳ねる踏み台に、より高く跳べる踏み台になるべく俺は己を鍛え続けた。

 

 壁にぶつかって立ち止まる時間すら惜しかったから自分の体を戦闘用にフル改造して、魔術回路も弄り続けた。幸いなことにこの肉体は踏み台らしく多彩な才能に溢れてもいたために、致死率9割を超えるであろう改造も1人で行えたし、生き残ることだってできた。

 

 家族は最初は天才だと褒め称えてくれていたけれど、最後には号泣しながらそんなに強くなろうとしなくていいと泣き縋って止めに来た。それでもそんな制止を振り切って俺は鍛え続けたんだ。

 

 そして同時に踏み台らしくある為にどういう風に振る舞えば踏み台のようになれるかも研究した。

 

 そういう言葉回しは専ら悪事を為している者達の方が詳しいだろうから盗賊やら悪徳商人やらを探し出しては見習う為に煽り倒したり、潰して回ったりしてた。

 

 なんで戦うのって聞かれると踏み台って基本的にやられ役じゃん? なら、やられる時の言葉回しを知っておきたかったんだよね。常日頃の言動なら周りにいる下水のような性格をしている貴族達を真似ればいいし。

 

 こう、なんかやたら尊大な口調で貴族や皇族以外を見下しておけばいいんだろう? 

 

 それなら完璧だね。時々民衆の前に出て散々見下した口調で何度も話したからね。お陰様で出歩けば民衆達からは熱い視線受けるようになったし。ふっふっふ、民衆からの憎悪を感じますわ。

 

 ──そんな風に己の踏み台力を高め続けてはや10年。

 

 俺はいつしかシュヴァール帝国史上最強と呼ばれる存在になった。

 

 そして、己の役割を果たすべくあの日であった勇者の踏み台に──なれませんでした! 

 

 

 何故だァッッ!? 

 

 

 いつまで経ってもあの勇者くん一向に俺の前に現れてくれないんだけど!? 民衆から目の敵にされてる悪徳貴族はここにいるぞ!? 

 

 いやあ、最初あの勇者くんかな? って思った子はいることにはいるんだよ。でもさあその子、ボンキュッボンなナイスバディな女の子なんだよ。髪の色も瞳の色も同じだが、精霊にも好かれてたけど昔見た勇者くんに比べるとあまりにも精霊が少なかった。

 

 それに昨今のゲームの勇者を名乗る存在ってだいたい男じゃん? 某国民的勇者も男ばっかりだし、仮に女勇者だとしてもこう、なんと言えばいいのか。どちらかと言うと彼女は勇者くんのヒロイン的存在にしか見えないのだ。何せ使う魔術がサポート寄りなのだ。防御系の魔法にちょっとした回復系魔法。サポート主体の勇者とかあんまり聞いたことがない。

 

 なのでいつだったか忘れたが多分あの子はあの勇者くんの妹、若しくは姉の可能性もあるかと思って話しかけて聞いてみたらどうやら兄も弟もいないらしい。

 

 だから多分親戚の子なんだろうね。おっそろしきかな勇者の血筋。まあでも俺もいい踏み台になるべく踏み台力をめっちゃ鍛えたしね! 踏み心地いいと思うし、凄く高く飛べると思うよ。だからいい加減勇者くん俺の目の前に現れてみない? 

 

 こうもあんまり現れてくれないとなるとなんかこう、しょげてしまうというか、色々と萎える……。

 

 最近じゃあ相手になるような魔物もさほどいないし、踏み台の言葉回しを倣える様な帝国周辺の盗賊団は全部壊滅させたから探しに行くには他国に赴かないといけないし。

 

 その為にはあのいけ好かない皇帝陛下に許可取ってこないといけないし……。でもあの皇帝陛下、性格はクソだけどかなり危険な討伐依頼とか投げてくれるからそこだけは評価してるんだよね。

 

 けど最近は全然寄越してくれないんだよなあ。はよ何か依頼寄越せ! 

 

 今せいぜい出来ることと言ったら大暴走(スタンピード)を引き起こし掛けてる魔物の群れに単独で殲滅するくらいしかぶっちゃけないんだよね。

 

 うーん、どうすればあの勇者くんは俺の目の前に現れてくれるんだろうか。

 

 ……いや、待てよ? 

 

いっその事帝国に反旗を翻してしまえば良いのではないだろうか!? 

 

 いやいやいや、これでしょこれ! これは今世紀最大の閃きだわ。俺という存在が帝国に反旗を翻す大悪として君臨すれば勇者くんも流石に出て来ざるをえないだろう。

 

 家族には迷惑がかからないように勘当してもらえばいいだろう。多分怒られる所じゃあすまないけどそれで止まれる程度の渇望ならとうに昔に止まってるしね。こうなったらもう突き進むしかねえ! 

 

よっしゃッッッ! 何だか燃えてきたぞォッ! 

 

 

唸れ、俺の踏み台魂──ッ! 

 

 




なお、主人公は勘違いしているがこのゲームは勇者が主役の物語ではなく革命軍が主役の物語である。


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お久しぶりです



 紅と金で彩られた室内には貴重な芸術品が様々な所に飾られており、左右に配置された複雑かつ美しい彫刻が施された柱が遥か奥に鎮座する玉座まで等間隔で連なっている。

 

 その部屋には二人の男が向かい合っていた。一人は玉座に座っており、もう一人はまるで騎士のように跪いていた。

 

 玉座に頬杖をついて座るのはこのシュヴァール帝国の皇帝であるヴァレリア・バーツ・シュヴァールであり、そんな彼の足元で跪いているのは最近色々な意味で巷で噂のゲーネハルトであった。

 

「ゲーネハルト・アイン・クラウス、ただいま帰還致しました」

 

「うむ。して、儂が依頼した黒龍の首はどうした? まさかおめおめと逃げ帰ってきたわけではあるまいな?」

 

「勿論でございます。陛下のお望み通り黒龍の首を獲って参りました。こちらが黒龍の首となります」

 

 そう言ってゲーネハルトは魔法を使用すると空間が波紋を立てて揺らぐとぐにゃりと歪み、真っ黒な穴から黒龍の生首が出てきた。

 

 それを見たヴァレリアは思わず口をひくつかせた。

 

「……さ、流石よな。だが今回の魔物は如何に帝国最強と呼ばれる貴公と言えど大変な戦いであったであろう? 怪我などは大丈夫なのか?」

 

「お気遣いありがとうございます。ですがご安心くださいませ。此度の黒龍討伐において怪我は一切しておりません」

 

「……そ、そうか。怪我のひとつもないのか」

 

「はい、大して強くはなかったので」

 

 その言葉を聞いてヴァレリアは内心毒づいた。

 

(過去に国一つ滅ぼしたと言われた黒龍が大して強くないわけないだろうがこの破綻者め!)

 

 如何にこの破綻者と言えども過去に国を滅ぼしたと言われた黒龍にぶつければ呆気なく死ぬだろうと踏んでわざわざ苦労して黒龍の情報を掴んだと言うのに怪我どころか傷の一つもないとは一体どういうことなのだとヴァレリアは声を大にして叫びたかった。

 

 ──疾く死ねば良いものを……! 

 

 ヴァレリアがここまでしてゲーネハルトに対して殺意を抱いているのはとある理由があった。

 

 現在このシュヴァール帝国においてゲーネハルトという存在は凄まじい人気を誇っている。口調こそ悪いがその在り方は英雄譚の英雄そのものだ。

 

 誰かの笑顔を守るために立ち上がり、決して倒れず負けない無敵の英雄。まるで幼い子供が憧憬を抱く存在そのものだろう。

 

 加えてこの男が持つ戦歴は異常なのだ。

 

 過去に単身で他国の軍を退け、災厄と呼ばれる魔物を討ち取り、万を超える魔物の群れを殲滅せしめた。

 

 その果てについた名が「殲滅の光輝」

 

 敵対するあらゆるものを灼き尽くす様から付けられた名だ。その名前を聞いた時、ヴァレリアは思わず笑ってしまった。

 

 なんて似合いの名なのだと。

 

 敵対するあらゆるものを灼き尽くす? 

 

 笑わせる。あの破綻者が灼き尽くすのは敵だけではないだろう。味方の目すらその狂った光輝で諸共に灼き尽くしているではないか。

 

 聞けば昔、我が帝国の騎士団ですら手を焼く盗賊団をそこいらの三流冒険者達を纏め上げて滅ぼしたというでは無いか。何なのだそれは。薬をキメた薬物中毒共の妄言の方がまだ真実味があるというものだ。

 

 国を守る騎士団ではなくそこいらの三流冒険者達を纏め上げただけで凌駕するなどと全く持って笑えん話だ。しかもだ、聞くところによるとその場にいた誰も彼もが己の限界以上の力を容易く引き出したという。

 

 何だそれは? 限界の更に先を引き出すというのはそんなに簡単なものなのか? 有り得るはずがない、有り得ていいはずがないのだ。

 

 その上、あの破綻者と関わった者は誰もが口を揃えてこう言うのだ。

 

 ──あの方こそ無くしてはならない尊き光だと。

 

 吐き気がする。下手な扇動者よりもタチが悪い。誰も彼もがゲーネハルトという強すぎる光に目を焼かれてその背後を亡者の如く追いかけ、狂信者のようにゲーネハルトという光を盲信し続けている。

 

 はっきり言おう。ゲーネハルトはこの帝国の身を蝕む猛毒でしかない。仮にゲーネハルトが革命を引き起こしでもすれば民草のほとんどは彼の味方をするだろう。

 

 そうなれば帝国側には勝ち目はほとんどない。ただでさえ一人で一国の軍と渡り合えるゲーネハルトがいると言うのに更に民草すらも相手にしなければならないなどとどうやって勝てと言うのだ。

 

 だからこそ、そうならない為にもこの破綻者にいつも無理難題を突きつけているというのにいとも容易く達成してくるのだ。その度にヴァレリアはゲーネハルトがもし革命を引き起こしたらという妄執に駆られてしまう。断頭台に掲げられた己の首を幻視してしまう。

 

 故にヴァレリアはこの破綻者の死を焦がれている。死ね、死んでしまえとこの世の誰よりも願い続けるのだ。

 

「陛下、如何なされましたか?」

 

「……いや、なんでもない。もう良い下がれ」

 

 ゲーネハルトが部屋から退出したのを確認するとヴァレリアは玉座に疲れたように深く腰かけた。まだ若いというのにその顔はまるで老人のように老け込んでいる。

 

 ヴァレリアにはもう一つだけ懸念していることがあった。ゲーネハルトという破綻者が死んだ先の帝国の未来だ。

 

 だってそうだろう? 

 

 ゲーネハルトという破綻者を保有する帝国は言わば、軍を二つ持っているということに他ならない。ゲーネハルトが敵対するあらゆるものを滅ぼし尽くし、騎士団は自国の治安維持に集中することが出来るが故に他国に比べて平和なのだ。

 

 ではゲーネハルトが死んだ先の帝国の未来はどうなる? 

 

 一つ確かなのは今までのような平和は泡沫の夢の如く淡く消え去ることだろう。そうなった先に自分は皇帝として君臨し続けられているのだろうか。

 

 魔物による被害は増え、他国から攻められる可能性も上がる事だろう。それによって民草は不満を抱え、いずれは爆発し革命が引き起こされるかもしれない。だが、ゲーネハルトがいないだけ大分マシだ。あいつさえいなければ我が騎士団がただの民草如きに負けるはずも無い。ヴァレリアはそう信じ込むしかない。

 

「ゲーネハルト・アイン・クラウス……」

 

 ──お前は我が身を蝕む悪性腫瘍そのものに他ならない。

 

 

 

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【悲報】皇帝陛下から尻を狙われているかもしれない件について

 

 なんか皇帝陛下の様子がおかしかったから退出した後に聴覚を強化して聞き耳を立てたら人の名前を呼んでたんですが。しかもかなり熱が籠ってたというか何かやべえ感情が込められてそうな呟き方だった。

 

 今まで陛下の依頼を全部完璧にこなし続けてたから負の方向の感情とかではないだろうしなあ。そうなると考えられるのは俺の尻を狙ってるかもしれないという可能性だけ。だって皇帝陛下衆道も嗜んでるって風の噂で聞いたし。

 

 革命しなくちゃ……(使命感)

 

 何が悲しくて童貞散らす前に処女を散らさなければならんのだ。

 

 とは言え、皇帝陛下の首を獲るだけならぶっちゃけた話俺一人でも十分可能なんだよなー。ただそんなことすると勇者くんには出会えないし、そもそも一人で殺したらそれはもう革命じゃなくてただの暗殺だしな。

 

 そうなるとやっぱり国全体を巻き込まないといけないよなあ。

 

 そうなるとまず真っ先に候補に上がるとしたらスラム街の連中か……。今の帝国の有様に不満を抱いているのはまず間違いなく貧民やスラム街の連中だろう。何せ国から財をただ毟り取られ続けてるんだ。帝国の騎士団が守っているのは首都に住む者達のみ。それ以外の奴らは見殺しも同然と来ている。

 

 そんなもの不満を抱かない方がおかしいというものだ。

 

 というわけで当面はスラム街の連中を取り込んでいこうかな。後、組織運用することになるだろうし基地やら何やら色々と必要になるな。

 

 まあ幸い今までこなしてきた依頼のおかげで金は腐るほどあるんだ。これを機に思い切り使ってみるのもいいだろう。

 

 そうと決まればまずはスラム街の下見に行こうかな。反骨心のありそうな奴とか、精霊が多いやつとか探してみる必要があるだろうし。

 

 いい人材が見つかればいいんだが……。

 

 そこまで考えたところで強化したままだった聴覚が小さな爆発音のようなものを拾った。音の大きさと方角から察するに城の中庭だろうか。

 

 敵襲か? 

 

 そう考える間もなく現場へ急行した方が速いと考えた結果、近くの窓から跳躍し城壁を蹴り上げながら空から現場へと急行した。

 

(あれは……)

 

 そして上空から中庭の様子を見下ろすと尻もちをついたこの国の第三皇子とその彼に向けて杖を向けている第一皇子の様子が見えた。

 

「いい加減にしろよこの薄汚い庶子め。貴様程度がこの俺に意見をするな。醜いその顔をせめて見れるように焼いてやろうか?」

 

 おっとぉ、すっげえ悪役みたいな台詞吐いてるなあ我等が第一皇子殿は。いい勉強になる。だが、それよりも……。

 

「ごほっ……言論で負けたから武力で黙らせますか? 実に愚かしいことこの上ないですねお兄様。私に何も言い返せずこうして武力行使をするという行為そのものが貴方がそれを認めているということに他ならないと分からないのですか?」

 

「……っ、一々癇に障るなぁ!」

 

 すっげえボロカスに言うじゃん第三皇子殿。第一皇子があまりの暴言に怒りで顔が真っ赤じゃんよ。

 

 しかも突き付けた杖の先に魔力が集中していくのが見えた。火の精霊が集まり始めているのを見るに火魔法の類だろう。放っておけば第一皇子が最初に言っていた通り、第三皇子の顔を本当に焼くことになるだろう。

 

 放っておいても良いが、第三皇子の顔に浮かんでいた感情を見た時、俺の脳裏にいい計画が浮かんだ。というわけで今回は第三皇子を助けに行きますか。

 

 

 

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「ベラベラと良く回るその舌ごとお前の面を焼いてやるよ出来損ないが! そうすりゃ呪いに侵されたお前の面も少しは見れるようになるだろうさ!」

 

 その言葉と共に自分の兄であるナヴェラが手に持つ杖の先から燃え盛る炎が現れた。あんなものをぶつけられれば自分の顔は焼け爛れ、もはや喋ることすら叶わなくなるだろう。

 

 そんな状況の中で抱いた感情は恐怖──ではなく落胆と諦観だった。

 

 何故分からないのだ。何故この人はそんなことすら分からないのだ。ゲーネハルトという存在に憧れていると自分で言っている癖に貴族や皇族以外の全てを見下すという行為を辞めないのか。

 

 ゲーネハルトは口こそ悪いが今までやってきた行いを鑑みれば彼が常に力なき民草の事を考えて動いているのが分からないのか。少し考えれば分かることだろう。

 

 そこまで考えてふと目の前の兄が良く言っていたことを思い出した。

 

『ははは! 流石は我が国最強の男だ! ゲーネハルトさえいれば他国も魔物も何も怖くはない。そうだ、今度父上にゲーネハルトを俺の従者にして貰えないか聞いてみるか。ゲーネハルトを従者にすれば俺にもっと箔が付くしな!』

 

 それを思い出した瞬間、どす黒く燃え盛る炎が胸の奥を焦がすような感覚に襲われた。

 

 ──ああ、何だこいつ。ゲーネハルトの力しか見てないじゃないか。見るべきはそんな所ではないのに。ゲーネハルトの上っ面しか見ていないような奴なんかに彼を渡してたまるか。

 

 ドロリと黒く粘つく感情に呼応して気付かぬうちに影が蠢き出す。

 

「燃えろ!」

 

 放たれた火球が自分の顔目掛けて放たれて──

 

「ナヴェラ様、戯れが過ぎます」

 

 ぐにゃりと唐突に現れた光さえも呑み込むような漆黒がナヴェラの火球をいとも容易く呑み込んだ。音もなく上空から降りてきたのはゲーネハルトだった。

 

「なっ、ゲーネハルトじゃないか。お前帰ってきてたのか?」

 

「ええ、黒龍討伐の任務を完了致しましたので」

 

「何だって!? あの黒龍を討伐したのか! 流石は我が帝国最強を誇る男だな。今度話を聞かせてくれよ!」

 

「はい、かしこまりました」

 

 先程のイラついた様子とは打って変わってまるで子供のようにはしゃぐナヴェラの様子に更にドロドロとした行き場の無い黒い感情が自身の心の内を這いずり回る。

 

「所でナヴェラ様は先程ネモネア様に何をしようとしていたので?」

 

「そんなの決まっているだろ? そこの出来損ないが俺に図々しくも意見してきてなぁ。その躾をしようとしていた所だ」

 

「なるほど……。ですが先程のは如何せんやりすぎかと」

 

「おいおい、あんな出来損ないには丁度いい躾だろ?」

 

「いいえ、ナヴェラ様。第三皇子であるネモネア様にあのような魔法を使うのは如何に第一皇子である貴方様であっても許されません。元老院の方々が何かしら申してくるかと」

 

「むっ、確かにあの爺共に説教されるのは嫌だな。よし、躾は辞めにしておいてやる。感謝することだな、出来損ない」

 

 ナヴェラは吐き捨てるようにそう言うと踵を返して王城の中へと帰って行った。その後ろ姿が完全に見えなくなるとゲーネハルトの赤と金の双眸が第三皇子であるネモネアをジッと見つめた。そして服が汚れるのも構わずに地面に膝をつけ、ネモネアと目線を合わせるように跪いた。

 

「お久しぶりですネモネア様。お元気でしたか?」

 

「あっ、う、うん。その……恥ずかしいところを見せてしまったね」

 

「いえいえ、そのような事は。おっと、頬に少々火傷がありますね。すみません、失礼致します」

 

「あっ……」

 

 ゲーネハルトは何の躊躇いもなく刺青のようにネモネアの顔を侵食している呪いに優しく手を添えた。そして緑色の淡い光が放たれたかと思うとヒリヒリとした痛みを放っていた火傷が後も残らず消えていた。

 

 治療が終わって離れたゲーネハルトの手を見てみると少しだけ赤く腫れ上がっていた。その手を見てネモネアはゲーネハルトと出会った時のことを思い出した。

 

 猛毒の呪いに侵された魔法も使えぬ出来損ない。加えてナヴェラのスペアのスペアにもなりえぬ非才で少々特殊な出生。恵まれているのはその血筋だけと言う父である現皇帝からも兄弟からも見放されていた。愛してくれたのは今は亡き母だけだった。

 

 考えてみれば当たり前だったのだろう。触れれば他者を呪い毒殺する者に好き好んで触れ合おうだの近づこうだの思うはずがない。

 

 そんな時現れたのがゲーネハルトだった。その当時から何処か超然とした雰囲気を纏っていた彼はナヴェラともう一人の兄から痛めつけられ動くとすらままならなかった私に対して何の躊躇いもなく触れて怪我を癒してくれた。我が身を侵す呪いは猛毒の呪いだというのに。

 

 その呪いはネモネア自身には何も作用しないが、ネモネアを触った者に効果が現れる呪いであり、ほんの少し触るだけで呪いの猛毒がその身を侵し、死に至らしめるという凶悪な呪い。

 

 無論、ゲーネハルト自身も例外ではなかった。ネモネアの怪我を治すために触れた先からグズグズと皮膚が溶け、肉が腐り落ちていた。

 

 だが、ゲーネハルトはその巫山戯た魔力を全て癒しの魔法に注ぎ込むことで無理矢理呪いの進行を抑え込むという常人には考えられないような事をしたのだ。

 

 しかしそれでも痛みはあるはずだ。治した傍から腐り落ちていくのだからその痛みは想像を絶するものだろう。だと言うのに彼は眉のひとつも動かさずにネモネアの傷を癒し続けた。

 

 ネモネアは傷を治し終えたゲーネハルトにこう尋ねた。

 

「何故自分のような者の怪我を治したのか」

 

 ネモネアに恩を売った所で意味は無いという事を彼ならば重々理解しているはずだ。スペアのスペアにすらなれない自分は父である皇帝にも疎まれている。もし彼が皇族としての権力に利用したいと思っても自分では到底力になることは出来ない。

 

 だからこそ不思議だった。自分のような存在を何故痛みを押し殺してまで助けたのかが。

 

 そしてゲーネハルトから帰ってきた答えは何とも単純で、けれどそれはゲーネハルトの在り方を正しく表していたのだ。

 

「痛そうでしたので」

 

 それを聞いた時ネモネアは思わず吹き出してしまった。痛そうだったから、たったそれだけの理由で自分の方が苦痛を味わうことになるのをわかっていて治したというのか。大した権力も振るうこともできない出来損ないの役立たずを。

 

 ……いや、彼が権力目当てだと決めつけるのは彼にとって酷い侮辱だろう。彼はいつも傷ついて涙を流す弱者の味方だった。故に彼が治してくれたのは私が怪我をしていたからという至極単純な理由だ。そこに邪な想いなど微塵たりとも入っていないのだろう。

 

 だからだろうか。たった一人の味方であった母も亡くなってしまった自分にとって彼という存在はどこまでも有難かった。

 

 第三皇子としてネモネアではなくただのネモネアとして見てくれているように感じたから()は──

 

「はい、これで治療は完了です」

 

「あ、ああ。いつもありがとうゲーネハルト。私も君に何かしてあげることが出来たら良かったのだがな……」

 

「お気になさらず。こうして貴方と触れ合えるだけでも私にとっては有意義な時間ですので」

 

「──っ」

 

 その言葉を聞いて私は咄嗟に顔を伏せて頬を手で抑えた。

 

 身体中の血液が顔に集まってくるのを感じる。羞恥と歓喜が入り交じった感情が心をぐちゃぐちゃに掻き乱してくる。頬を手で抑えていても思わずにやついてしまう。今の顔はとてもじゃないが到底見せられるものでは無い。

 

 ──ああ、本当にこの人は……! 

 

「時にネモネア様」

 

「んんっ、何かな?」

 

「貴方様は今の帝国の現状についてどうお考えですか?」

 

「それは……」

 

 ゲーネハルトが尋ねた意味を理解できないネモネアではなかった。彼は民衆のことを、この国のことを誰よりも愛している。良き政が良き国を作り、良き国が良き民を作るのだと自分に語ってくれたことがある。

 

 それを仮にも第三皇子である自分に教えた彼が帝国の現状についてどう考えるかと聞く意味は一つしかない。

 

「声を大きくしては言えないが、ゲーネハルトに誇れるような状態ではないのは確かだ。国は民の現状を見ず、貴族は民に重税を課す。その結果、民は酷い有様だ。辺境の村などの殆どの村民は飢えている。そしていつ襲われるか分からない魔物の集団に震えて夜を過ごすと聞く。この帝都周辺のスラム街ですらそうなのだ。もしかしたら私が想像するよりも遥かに厳しい生活を送っているのかもしれない」

 

「……ええ」

 

 それは煌びやかな帝都の深淵より暗き闇だ。皇族貴族は民の事など見向きもしない。己の私腹をブクブクも醜く肥え太らせて防壁に囲まれた安全な帝都で自由気ままに暮らしている。

 

 だが、一歩帝都から外に出ればそこは地獄だ。貧しきもの達が身を寄せ合い魔物に怯え、今日を生きる為の食事にすらありつけない可能性もある最悪な日々の中で暮らしている。

 

 その現状を重く受け止めて動いたのがゲーネハルトだ。彼は帝都に住むものだけではなく、この帝国に暮らす民の為にその身を粉にして働いていた。聞けば酷い時だと十日も寝ずに魔物の撃滅や盗賊の捕縛に勤しんでいた時期もあったと聞いた。

 

 そんな彼の働きによってこの帝国に住むもの達は魔物に怯える日々が格段に減ったのだと良く聞いた。そして何よりもたとえどれほど強大な魔物が現れようとも必ずゲーネハルトという尊き光が必ず討ち滅ぼしてくれるという安心感が民の心にゆとりを生み出しているとも。

 

 故に彼は力なき弱者である民衆から強い支持を得ている。

 

 だが、如何に強きゲーネハルトと言えどどうにもならないことはある。それは人が生きる上で何よりも重要な食事だ。

 

 流石のゲーネハルトでもその強さを以て誰かのお腹を満たすことは出来ない。どれだけ彼が強かろうが民のお腹は膨れはしないのだ。

 

(もしやゲーネハルトは……)

 

 そこでふと気がついた。彼がかつて自分に教えを説いた意味を。

 

 良き政が良き国を作り、良き国が良き民を作る。

 

 つまりこの帝国の現状を変えるには帝国の政に関与する上の存在。つまりは皇族貴族の意識を根本的に変えねばならないということだ。

 

 だが、いくらゲーネハルトが進言したところで自分の父親である皇帝陛下がそれに耳を傾けるとはネモネアは微塵たりとも思わない。寧ろ、何処かゲーネハルトに敵意すら抱いていると感じている皇帝陛下ならその真逆のことをしてもおかしくはないのでは無いかと思うのだ。

 

 ──ならばどうするか。

 

 決まっている、現皇帝陛下を皇帝の座から引き摺り落とせばいいのだ。

 

 自分が考える限りでは帝国の現状を変えるにはこれくらいしなければならない。否、そこまでしないと帝国は変われないのだ。それほどまでにこの帝国は腐りきっている。

 

 それを実現するにはどうすれば良いのか? 

 

 決まっている。それは現皇帝陛下の崩御による皇帝の座の継承。もしくは──革命による現政権の崩壊だ。

 

 ゲーネハルトならば単独でも現皇帝の暗殺など可能だろう。そこから皇帝の座の継承を狙う事も出来る。だが、それをしないのは何か他の理由があるはずだ。

 

 例えばこれは自分の願望も多分に混ざった推測だが、第一皇子であるナヴェラではゲーネハルトの望む帝国を作るには難しいだろう。ナヴェラの性格上、皇帝の座を継承したとしてもこの国の現状は変わらない。

 

 ならば、だ。

 

 残る選択は民衆による革命だ。革命が成功してしまえば今の皇帝の血脈の価値は消滅する。そうなれば自分もナヴェラも他の皇子達も皇帝の座につくことは無いだろう。

 

 なら、空いた玉座に誰が座る? 

 

 それは勿論、ゲーネハルト以外有り得ないだろう。民から絶大な支持を得ているゲーネハルトしか皇帝の座は勤まらない。

 

 ゲーネハルトが皇帝になればきっとこの帝国はより良い国へ変わることが出来る。

 

 ネモネアはそう確信してしまった。そして何よりも皇帝の座に座るゲーネハルトの姿を幻視してしまったからこそ──

 

「分かったよ、ゲーネハルト」

 

「はい?」

 

「僕は君のためなら何だってしてみせる。君が望む未来を君に救われた僕が叶えてみせる!」

 

 そう言ってネモネアはゲーネハルトの手を強く握る。いつもの様子とはまるっきり違うネモネアの様子に珍しく驚いた表情を浮かべるゲーネハルトを見て、ネモネアは内心こんな表情も出来るんだと初めて見るゲーネハルトの表情を見れたことを喜んでいた。

 

「時間はかかるかもしれない。けれど、僕はきっと成し遂げてみせるから!」

 

 ネモネアはそう言うと急いで何処かへ走り去っていった。その顔に浮かんでいるのは先程までの落胆と諦観等ではなく、希望と勇気に満ち溢れた表情だった。

 

 光に目を焼かれた亡者のように最早前しか見えなくなったネモネアは愚直に己の目指すべき目標へと只ひたすら走り始めた。

 

 そんなネモネアの様子を見てゲーネハルトはただ一言──

 

「えぇ……何が分かったんだ……?」

 

 何とも無敵の英雄らしからぬ困惑した声を発していた。




勝手に納得して突っ走られたら誰だって困惑する。おう、お前もだぞ主人公。


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 帝都シュヴァール。それは帝国の繁栄を象徴する都市だ。魔物による多数の被害が出るこのご時世には非常に珍しいことに決して眠らぬ都市と有名だ。常に煌びやかな光が都市全体を照らし、都市に住む者達は日々幸福に満ちた活気のある生活を送っている。

 

 その姿は正しく帝国の繁栄の象徴とも言えよう。

 

 だが、光が濃ければまた闇も濃くなるのも道理。幸福と活気に満ち溢れた帝都と少し離れた場所にまるで帝都の煌びやかな姿とは想像もつかないほどの劣悪な環境のスラム街があった。

 

 ふくよかな体型の多い帝都とは反対にまるで骸骨のように痩せこけ、骨の浮いた住人達が道端に死んだ顔をして座っていた。いや、或いは本当に死んでしまっている者もいるのだろう。

 

 その他にも何かを殴打する音、人の悲鳴、血の匂いと常に暴力の気配が漂うスラム街がどうしてか今日はその暴力の気配がなかった。その代わりにスラム街に満ちているのは張り詰めたような空気だった。

 

 その空気の正体はこのスラム街には似つかわしくない程の豪奢な黒い服装に身を包んだ男──ゲーネハルトだった。

 

「ここは変わらんな」

 

 眉一つ動かさぬ仏頂面でゲーネハルトの無表情さと彼から感じる絶対強者としての威圧感にスラム街の住人達は息を潜めていた。

 

 普通なら貴族という時点でスラム街の住人達は逃げ出す。何せ彼らは気まぐれで殺してくるような畜生なのだ。だが、ゲーネハルトにおいてだけは例外だった。彼はよくこのスラム街に視察に来るのだ。

 

「ゲーネハルト様だ。何しに来たんだろうな?」

 

「さあな。でもまた何か探してるみたいだぞ?」

 

 スラム街の住人達がヒソヒソと話し合うようにゲーネハルトは時折何かを探しているかのように周囲を見回していた。

 

 こうした光景は最近になって良く見られるようになった。

 

「……ここにはいないか」

 

 周囲の住人達にチラチラと目を向けられているゲーネハルトはさして気にしている様子はない。本来であれば、貴族がこうした卑しい身分のものに不躾に目線を送られる事など無礼であるとして憤慨してもおかしくはないのだが、彼はその視線は当然のものとして受け止めていた。

 

 そんな一般貴族とは何処かズレているゲーネハルトは彼等の視線を浴びながら更に暴力の満ちるスラム街の奥地へと足を運ぶ。

 

 そしてスラム街の奥地でまたも何かを探しているかのように辺りを見渡しているゲーネハルトの視界の片隅にほんの一瞬、光の玉のような物が映った。

 

「今のはまさか……」

 

 ゲーネハルトはその驚異的な脚力で先程遠く離れた場所にいた光の玉が曲がって消えた道へ走る。それによって巻き起こる突風に彼の様子を物珍しそうに見つめていたスラム街の住人達は思わず目を閉じてしまう。

 

 そして風が止んで目を開けた時にはゲーネハルトはそこに存在していなかった。まるで瞬間移動でもしたかのような現象に唖然とした様子の住人達を他所にゲーネハルトは光の玉が曲がった場所へと辿り着く。

 

 そしてそこにいたのは──

 

「わわっ、急に何!?」

 

 ──かつて傭兵ギルドからの依頼で知り合ったティアラ・ホライズンの姿だった。

 

 突然巻き起こった突風に驚くティアラ。そしてゲーネハルトはと言うと、彼女の事を目に映してはいなかった。

 

「消えた……?」

 

 困惑した様子で辺りを見渡しているゲーネハルト。そんな彼の姿に気がついたティアラは驚愕とそして歓喜の表情を見せる。

 

「あ、あのっ! ゲーネハルト様、どうかしましたか?」

 

 何かを探している様子のゲーネハルトにティアラは上擦った声を上げて話しかけた。そうする事で漸くティアラの存在に気がついたゲーネハルトは彼女を一度ジッと見つめた。

 

「あの……?」

 

 神秘的な金と紅の双眸がティアラの顔を見つめる。吸い込まれてしまいそうな程に美しい瞳にティアラは羞恥の感情か、もしくは喜びか。或いはその両方の感情からか顔をほんのりと赤く染める。

 

やはり違うか。確か──ティアラ・ホライズンだったか」

 

「あっ、はい! そうです! ティアラ・ホライズンです! 覚えててくださったんですね!」

 

「無論だ。俺は貴様等とは頭の出来が違うのでな。……まあ、それはどうでもいい」

 

 自分で見下すような台詞を吐いておいて何処か居心地悪そうにしているゲーネハルトの様子にティアラは笑みが零れそうになるが、笑ってしまっては失礼だと口元を固く引き締める。

 

「ひとつ聞きたいのだが、此処に金色の髪をした男はいたか? もしくは蒼の瞳をした男だ」

 

「うーん、私が覚える限りではいませんでしたけど……」

 

「そう、か」

 

 そう言って表情こそ変わらないものの彼の放つ雰囲気が何処かしょんぼりと落ち込んでいるようなものに変わったのを感じたティアラはグッと堪えた。それはもう色々と。

 

(この人はなんでこう、なんでこう……!)

 

 言葉にならぬ感情に色々と悶えたいティアラであったが、それを何とか心を落ち着かせて冷静になる。

 

「ゲーネハルト様はその人を探しているんですか?」

 

「ああ、そうだ。俺は昔からずっと其奴の事を探している」

 

「そうなんですね。でしたら、その迷惑でなければ私も人探しを手伝いますよ?」

 

 そう言ったティアラにゲーネハルトは驚いたかのように少しだけ目を見開いて彼女を見つめる。そして少しの間逡巡した後、彼女の申し出を頷いて了承した。

 

「それは助か──んんっ。殊勝な心掛けだな。ならばお前にも手伝ってもらおうか」

 

「はい!」

 

 ニコニコと笑顔でゲーネハルトの依頼を引き受けたティアラな彼は探している人物の特徴を伝える。それを聞いてティアラは少しだけ難しそうな顔をした。

 

 というのも対象の情報が少なすぎるのだ。

 

「金色の髪に蒼の瞳の男性ですか……。それだけだとちょっと探し辛いですね。もう少し他に特徴とかありませんか?」

 

 流石にこれだけだと探そうとしても対象を絞りきれない。なのでもう少し詳細な情報が欲しいとゲーネハルトに伝えると彼は少し考えた後、ティアラのことをジッと見つめた。

 

「そうだな……彼奴は兎に角精霊に好かれていて、常に彼奴の周りにいたよ。ああ、そうだ。ティアラ、まるでお前のような奴だ」

 

「私が精霊に好かれてる……?」

 

 ティアラは驚きながら自分の体を見つめる。無論、ティアラは魔眼を持っていない為直接視認する事は叶わないが、それでも精霊が自分の周りにいるとは想像もしていなかった。

 

「彼奴ほどではないが、それなりの数の精霊にお前は囲まれている」

 

 精霊とは自然の魔力が意志を持った存在だと言われている。

 

 話によれば精霊に好かれるものは国を大きく動かすほどの力を持つと言われている。昔存在した精霊に好かれた者は作物の実らない痩せた土地を作物で満ちる豊潤な土地に変えただとか、砂漠のような乾いた土地にオアシスを作りあげた等国にとっては重宝されるような力を持っていたらしい。他にも滅多に存在しない癒しの魔法に長けた光の精霊などの珍しい精霊もいると同じスラムに住んでいる物知りな爺に聞いた覚えがある。

 

 そんな驚異的な力を持つ精霊にそれなりにとは言え好かれているという事実にティアラは驚きを隠せない。そして同時に彼がその男を探す理由もよく分かった。

 

「精霊に好かれているもの同士、何か惹かれるものがあるかもしれん。故にティアラ、お前の目に止まった人物がいたら俺に報告してくれ」

 

「出来るか分かりませんけど、一生懸命頑張りますね!」

 

 そう言って意気込む様子を見せるティアラにゲーネハルトはいつもの仏頂面が崩れてふっ、と笑みを浮かべた。

 

「ありがとう、ティアラ」

 

「──っ」

 

 それは思いもしなかった言葉だった。

 

 貴族である彼が自分のようなスラム街で暮らす人間に礼を言うなど本来は決してありえない。普通の貴族ならば力になるのが当たり前だと誰もがそう理解しているが故にスラム街に住み着く人間に礼など言いはしない。だから自分も感謝など求めるつもりはなかったし、求める事すら烏滸がましいと思っていた。

 

 だと言うのに彼はまるでそれが当たり前の様に感謝の言葉を告げた。それだけでもティアラにとっては衝撃的だったというのにそれに加えてあの「ゲーネハルト」が微笑んできたのだ。

 

 それはティアラをフリーズさせるには十分過ぎる程の衝撃だった。というか、普通にゲーネハルトを憧れている彼女にとってはオーバーキルだった。

 

「あ、ああーそれにしても私なんかが精霊に好かれるくらいですし、それならゲーネハルト様はもっと精霊に好かれてると思いますよ!」

 

 これ以上ゲーネハルトの顔を直視出来ないティアラは顔を逸らして露骨に別の話題へと変えた。

 

 ティアラは常々思ってはいたのだ。彼処まで驚異的な力を誇るゲーネハルトならば精霊に好かれていてもおかしくは無いだろうと。それは彼女と共に暮らしているスラム街の仲間もそう思っていたし、物知りな爺もそう言っていた。

 

 だが───

 

「……ああ、そうだな」

 

 それは悲しそうに、或いは悔しそうな──けれど何処か納得しているような雰囲気を彼は纏っていた。

 

俺も、好かれていればよかったんだがな

 

 ゲーネハルトは普段の彼とは想像もつかないほどの弱ったような消え入りそうな声でそう呟く。その声を聞き逃したティアラはゲーネハルトの様子に不思議そうな表情を浮かべる。

 

 どうしたのかとそう尋ねる前にゲーネハルトの様子はいつもの凛々しい顔つきに変わった。

 

「さて、俺は他にもすべきことがあるんでな。件の人物の捜索を頼んだぞ」

 

 そう言って彼は踵を返して何処かへ去ろうとした直前、顔だけをティアラに向けた。

 

「そうだ、ティアラ。お前……いや、やはり何でもない」

 

 振り返ったゲーネハルトは何かを言おうとしたが、少しだけ悩んだ素振りを見せた後彼は何も言わずに一瞬のうちにこの場から消え去った。

 

「ゲーネハルト様……?」

 

 彼が最後に見せた表情。そして彼は一体何を言いたかったのか。それは今のティアラに決して分からなかった。

 

 ■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪

 

 

 

 ゲーネハルトはスラム街での探索を切り上げて個人で買い取った小さな一軒家に入る。そして身に纏っていた豪奢な服を脱ぎ、ラフな格好になると──

 

「うおあああー」

 

 床に敷かれたラグの上をゴロゴロと気の抜けた声を上げると共にゴロゴロと盛大に転がり出した。普段のゲーネハルトを知っている者が今のゲーネハルトを見ると卒倒するか、或いは偽物だと疑うような奇行を行っていた。

 

「いくら何でも勇者くんが消えるのが速すぎる!」

 

 今日はスラム街に行って革命軍に引き入れられそうな奴を探していたら、忘れもしないあの光る玉──勇者くんの姿がほんの一瞬だったが見えた。

 

 これは因縁つけるチャンスだぜ! 

 

 そんな事を思ってダッシュで向かったら曲がり角曲がった先にはもう勇者くんは消えてたって言うね。ハハッ、笑える。何処ぞの銀色のモンスターばりの足の速さじゃねーの。

 

 一瞬、曲がり角の先にいた勇者の親戚ことティアラちゃんがもしかして俺がずっと探していた勇者くんかと思ったけどやっぱ精霊の数からして違うんだよなあ。

 

 あの状況なら普通はティアラちゃんを疑うけど、俺精霊が見える魔眼持ちだしね。魔眼を通して見てもティアラちゃんの精霊の数はやっぱり光る玉と化す勇者くんの数には遠く及ばない。

 

 あんな一瞬で精霊が好きな相手から離れるわけが無いしな。そうなるとやっぱりティアラちゃんは勇者くんでは無いのよね。まあ、勇者くん男だしね。ティアラちゃんは女の子だからそもそも違うっていう。

 

 それに精霊を使った転移なんかの魔法で消えたとかなら魔眼が精霊の力の揺らぎを感知する。即ちそこから導き出される答えは──! 

 

「勇者くん、走ってどっか行ったんだな」

 

 しかもティアラちゃんにも気付かれず、そして俺ですら追いつけないような超スピードで。

 

 ……やばい、思ってたより勇者くん滅茶滅茶強いのかもしれん。

 

「俺ももっと精進しなくてはならんな……」

 

 帝国最強と言われるようになってから少し慢心してたのかもしれん。これくらい強ければいいだろと、心のどこかで甘えてたかもしれない。

 

 そうだよな、何せ勇者くんは何れ世界を征服するような魔王とかそんなやべー奴と戦う運命にある人だもんな。そりゃあ、たかが一国家の最強程度じゃあ駄目だわ。

 

 今の俺程度の強さでは勇者くんにとっては踏み台にすらならないかもしれない。いや、ならないだろう。

 

 つまりは俺はもっともっと鍛えなくてはいけない。恐らく俺よりも圧倒的に強い可能性のある勇者くんに食らいつく為にも鍛え直さなければならないのだ。

 

 ありがとう、未だ顔も知らない勇者くん。俺は君の踏み台としてより強くならねばならないと自覚したよ。

 

「それにしても、スラム街は本当に変わってないな……」

 

 寝転がっていたラグの上から立ち上がって俺はベッドへと腰掛ける。思い出すのは今日赴いたスラム街だ。

 

 彼処へ初めて行った時から何も変わってはいなかった。飢えで苦しみ、少ない食糧を巡って日々争い合うスラムの住人達。お陰でいつも彼処は血の匂いで満ちている。

 

 今日だってそうだ。見える範囲では暴力沙汰等は起きてはいなかったが、餓死した者が路上に転がり、骸骨のように痩せこけた連中が死体も同然の様子で道の隅に縮こまっていた。

 

 日頃から暴力で溢れているせいで壁にはいくつもの赤茶色の血の乾いた跡や未だ乾ききっていない血の跡もあった。

 

 初めてそれを見た時は衝撃的だったよ。思わず顔を顰めてその場に立ち尽くしてしまう位には衝撃的だった。

 

 初めはさ、踏み台だぜうははー! みたいなそんな軽いノリで目指してたけどあの地獄を見たら変わったよ。俺は踏み台にならなくちゃいけない人間だって。この国の現状を変える為にも俺は勇者の踏み台になるしかないって。

 

 勇者っていうのは精霊に最も好かれる人物だ。

 

 文献で調べてみる限りだと精霊に好かれる人物ってのは心が清い奴だとか勇気があるものって言う訳じゃあない。

 

 精霊は他者の希望となり得る存在にこそ懐くんだ。

 

 そういう意味では勇者というのは非常に合致している。

 

 何せ勇者という存在こそが他者の心を震わし、人々の希望の象徴へとなるんだから。そしてそんな人だからこそ精霊は力を貸すのだろう。国を簡単に変えれるほどの力を。

 

 そう考えながらベッドから立ち上がると鏡に前に移動する。そして魔眼を通して鏡に映った自分の姿を確認した。

 

「ああ、やはり──」

 

 鏡に映る自分の姿を見てふと脳裏に過ぎるティアラの言葉。

 

『ゲーネハルト様はもっと精霊に好かれてると思いますよ!』

 

「──俺は踏み台が似合いだよ」

 

 鏡に映っている俺には精霊はたった一匹しか引っ付いていなかった。

 

 通常、人に引っ付く精霊が一匹なんて事はありえない。少なくとも今まで潰してきたどんな悪党でさえ十匹程は引っ付いていた。それも様々な色の精霊が、だ。

 

 だが、俺に引っ付いているのは常にこの黒い精霊一匹だけだ。それが何よりも俺という存在(踏み台)の証明だった。……俺は決して誰かの希望にはなり得ない。そういう事だ。

 

 まあ、俺は踏み台という名の悪だからな。民から嫌われている自信もある。ふふ、言ってて悲しくなるなこれ。

 

「はぁ……やはり何度見てもこれしかいないか」

 

 昔から変わらない事実に思わず嘆息してしまう。いくら嫌われているとは言え一匹だけしかいないというのは非常に悲しいものだ。

 

 だが、そんな俺の気持ちなど知らないといった様子で頭の上をくるくると回ったり、頭の上に乗っかったりする黒い精霊。其奴をジッと観察していたらとあることに気がついた。

 

「お前、何か前より太っていないか?」

 

 人の頭の上で寛いでいた精霊を摘み上げる。するとそんな雑な持ち方をするなと言わんばかりに黒く発光したり、摘み上げた体をぶるぶると震わせる精霊。

 

 そんな精霊の抗議を無視してじっくりと観察する。

 

 ……うむ、やっぱりなんか太ってる。

 

 今度は両手で包み込む様にして感触を確かめる。

 

「何だこの感触……?」

 

 なんかモチモチしてないこの精霊? やっぱ太ってんじゃねえか。

 

 グリグリと捏ね回していると精霊はやめろと言わんばかりに何度も点滅していた。それを見てさすがにこれ以上弄り回すのは可哀想かと思い、手の中から解放する。

 

 そのまま逃げていくかと思ったが、精霊は何を思ったかふわふわと飛んでいくとそのまま俺の頭の上に着地してまた寛ぎ始めた。

 

「マイペースなことだ」

 

 あまりにもマイペース過ぎる精霊だが、俺のような踏み台にはこのくらいの精霊がちょうどいいのかもしれない。

 

 ま、精霊に関しては取り敢えずここまでにしておこう。それよりも先に今日は考えることがある。

 

 それはどうやって革命軍に人を誘うかという事だ。

 

 ティアラちゃんを誘ってみるかと最後に声を掛けたが、なんて言えば分からなかったからなあ。いくら何でもいきなり「革命軍に入らないか?」とか言われたら誰だってドン引くだろう。

 

 他に思いついたものといえば──

 

 ──お前も革命軍にならないか? 

 

 ──やはりお前も革命軍になれ! 

 

 あ、駄目だこれ。俺無理だわ。誘い方下手くそ過ぎるだろこれ。いくら何でもこんなクソ雑な誘い方があるかっていう話だ。

 

 いかん、戦いに明け暮れたせいでどうすれば上手く人を勧誘できるのか全く想像がつかない。どうしよう、一人革命軍とか俺嫌なんだけど。

 

 うーん、こうなったら適当な奴に恩を押し売りしてその恩を盾にして脅していれるとか……はいくら何でもやばいか? 

 

 でも俺にはそれくらいしか考えつかないな。こうなったら取り敢えず軽く人助けしてその時の見返りに革命軍の加入を求めるか。

 

 いいもんねー、俺踏み台で悪者だし。こうなったらとことん踏み台らしく暴虐の限りを尽くそうじゃない。そうと決まれば早速行動あるのみだ。

 

 先程脱いだ服をもう一度着込んで玄関へと向かう。その途中、鏡に映った俺と一匹の黒い精霊が目に入った。いつもの通り何考えてるのか分からない仏頂面だ。自分の顔ながらこんなの怖すぎて子供泣くんじゃなかろうか。悪人面というのがぴったりだ。

 

「……行くか」

 

 玄関の扉を開くとそこから太陽の光が入り込んで来る。その光が眩しくて思わず目を細める。

 

 ──俺は人の希望にはなり得ない。それは精霊が証明している。だからこそ、俺は勇者という存在に希望を抱いているのだ。勇者という希望の光ならばこの国を変えられるはずだと。

 

 その為にもいずれは俺という踏み台を越えてもらわねばならない。

 

 そのくらい出来なくてはこの国は変えれないのだから。




トンチキは人の心が分からない。あと考えが大体物騒。


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IV

 帝都シュヴァールより少し離れた場所に位置するスラム街は今、地獄が発生していた。

 

「クソッ、逃げろ!」

 

 誰かの言葉によりその場にいたもの達は一斉に逃げ出した。それも当然の事だ。何せ今のスラムには夥しい量の魔物が流れ込んできているのだから。

 

 まるで怪物達の宴だ。喰らえ、喰らえと滾る獣欲を本能のままに解放して逃げ惑うスラムの民達に襲い掛かる。

 

「やめ、やめっ──うぎぃっ!?」

 

「ぎゃああああ!? 俺の腕がァ!」

 

「いや! 私はまだ死にたくな──」

 

 肉を喰い千切る音が鳴り響く。骨が噛み砕かれる音が聞こえる。様々な場所から悲鳴が上がり、それがより一層襲い掛かる魔物達の獣欲を昂らせる。逃げ惑う獲物の後ろ姿に狩りの本能が刺激されているのだ。

 

 スラムの地を赤く染め上げ、肉片がそこら中に散らばる。老人や子供、女性といった弱い者達から襲われては死骸を晒していく。

 

 ……あまりにも惨い光景だった。だと言うのに助けは来ない。本来国を守る騎士団は来る気配すら見せず、ただただ弱者であるスラムの民達は無意味に死んでいく。

 

 だが、それはこの国にとっては当たり前の事だ。あくまで騎士団が守るのは国だ。そしてこのスラム街は煌びやかな帝都の周囲に『勝手に作られた街』だ。故にこのスラム街は騎士団が守る国の括りには入っていないのだ。

 

 どれだけ騎士団がスラム街を守る為に動きたいと思っていようが皇帝が、貴族がそれを許さない。守られるべきは当然自分達だと思っているからだ。その為ならばスラム街に住む者達などいくら死のうがどうでもいいのだ。寧ろ、帝都周辺に存在する汚物を一掃するいい機会だとすら思っているのかもしれない。

 

 国からの助けは期待出来ない。

 

 それはスラムに住む者達ならば常日頃から知っている事実だ。それだけに今の状況がどれだけ絶望的なものか、身をもって体感していた。

 

「なんで……どうしてこんなに魔物が雪崩込んできてるの!」

 

 あまりにも惨い理不尽(現実)に嘆いたのはこのスラム街で暮らしているティアラ・ホライズンだった。彼女は己の操る魔法で必死に魔物達を倒し続けている。だが、まるで焼け石に水だ。魔物達の物量があまりにも多すぎるが故に倒した傍からわらわらと湧き続ける。

 

「直近まで魔物達の大暴走(スタンピード)の予兆はなかったはずだ! 少なくともこの街周辺にはこれほどの量の魔物はいなかった!」

 

 そう叫ぶのは彼女と同じコミュニティに属する家族の一人だ。彼はこの辺りの魔物達の様子を調べていた。そしてその結果、きちんと間引かれているためにこれほどまでの量の魔物がいないことを確認していた。

 

 だが、その事実とは相反してこの場にいる魔物達の量は数千からなる大暴走(スタンピード)と同じ数に匹敵していた。こんなものスラム街に住む高々住人程度ではどうにもならない。傭兵ギルドに所属し、名を挙げているものもこのスラム街にいるにはいるが、それでも多勢に無勢。あまりにも魔物達の数が多すぎる。

 

「てめェ等! 喋ってる暇あるなら手ェ動かして殺せ! この街が滅んだら俺たちはどちらにしろ死ぬんだぞ!?」

 

 身体中に傷を負った大男が血を撒き散らしながら吠える。そうだ、彼等が仮にここを逃げれば間違いなくこの街は滅びる。魔物達に蹂躙され、破壊され尽くしてしまえば最早住むことすらままならない。そうなってしまえばこのスラム街の住民達に行き場はない。行き場の無くなった弱い人間の末路など、火の目を見るより明らかだ。

 

 今魔物と戦って死ぬか、今逃げ出して後で魔物に殺されるかの違いしかない。故に少なくないもの達がどうせ死ぬかもしれないのならと魔物達と戦っていた。ほんの少しでも生き残る可能性があるのならばと戦い続ける。

 

 けれど、現実は余りにも無情だ。魔物達の大暴走(スタンピード)の量はあまりにも多く、とてもではないがこの街を守りきる事などはっきり言って不可能に近い。

 

「クソッ! クソッ! クソォッ!」

 

 殺しても殺しても数を減らさない魔物の量にスラムの住民達は徐々に徐々に絶望していく。倒れたもの達から魔物の餌になっていくのを見て心が悲鳴をあげる。つい先程まで話していたやつも、殴り合いの喧嘩をしていたやつも等しく魔物の腹の中へ収まっていく。

 

 絶望と嘆きだけがこのスラム街を満たし、傷つき疲弊していくティアラ達とは反対にますます獣欲を昂らせ牙を剥く魔物達。

 

 今のスラムの現状を変えることができるのは凡そ御伽噺に出てくる無敵の英雄か、或いは勇者だけだ。けれどそんなものは御伽噺の中の存在だけ──だったはずだった。

 

 

「──何をしている」

 

 

 溢れる絶望を、零れる嘆きを、流れる涙を拭う無敵の英雄(ヒーロー)が姿を現した。

 

 その声を聞いた瞬間、人も魔物も皆動きが止まった。まるで時間が止まってしまったかのようにぴくりとも動かない。否、動かせないのだ。

 

 家屋の屋根に立ち、此方を睥睨する男の声には怒りが含まれていた。その怒りの強さは彼が発する魔力が如実に現していた。

 

 本能のままに暴れていた魔物達がその圧力で動けなくなり、今目の前に己の喉笛に噛み付こうとする魔物がいるというのにぴくりとも体を動かせない住民達。

 

 魔物も人間も等しく同じ状態に陥っているが、その胸に抱く感情は全くの逆だ。

 

「──ゲーネハルト、様」

 

 見上げたそこに希望の光(ゲーネハルト)は存在していた。

 

 赫怒の炎で燃える殲滅の光輝が魔物達の行く末を照らしていた。それ即ち──

 

「消え失せろ」

 

 ──死だ。

 

 金と紅の双眸が煌めいた瞬間、無数の斬撃が魔物達へ向けて放たれる。たったそれだけで魔物達は容易く両断され、数を大きく減らしていく。

 

 放たれた斬撃はまるで意思を持っているかのように縦横無尽に駆け抜けて魔物だけを食い散らかした。だが、それだけではない。次いで放たれたのは光すら逃さぬ黒き閃光だ。

 

 ゲーネハルトが空に描いた魔法陣から雨のように黒き閃光が魔物へ向けて降り注ぐ。黒き閃光に当たった魔物はその体を一瞬で分解され消滅していく。

 

 その魔法の正体は別世界にて反物質(アンチ・マター)と呼ばれる物だった。故に如何に堅牢な鱗や毛皮を持とうが関係がない。何せ当たった瞬間、対消滅を引き起こして問答無用で消滅させられるのだから。

 

 加えて対消滅の際に発生したエネルギーは膨大な魔力へと変換されてゲーネハルトへと、より正確に言うのならば彼に引っ付いている()()()()()()()()()()()()()

 

 凡そ国一つ簡単に消し飛ばせる程の膨大な魔力の渦はほんの少し足りとも残さず精霊が飲み干す。それが分からぬスラムの民はゲーネハルトから尋常ならざる魔力が渦巻いていると錯覚していた。ゲーネハルトはそれを横目に見ながらも殺戮を続行する。

 

「魔物風情が我が帝国に足を踏み入れた事を死して後悔するがいい」

 

 爆発的に高まる赫怒と殺意。時が止まっていたように停止していた魔物達はその波動に当てられて今になって動き出す。逃走を図るもの、目の前の人間を少しでも喰らおうとするもの。スラムの民は同じように動き出し、少しでも抵抗しようと武器を構えるが──

 

「断ち切る」

 

 煌めく斬撃が今まさにスラムの民に襲い掛かろうとしていた全ての魔物を細切れにする。もはやゲーネハルトの剣に距離や障害物はまるで関係がない。

 

 スラムの民や家屋には一切の傷なく魔物だけを細切れにしていく様はまるで御伽噺の英雄だ。一騎当千という言葉すら当てはまらない。

 

 迫る魔物を斬殺し、逃げる魔物を閃光で消滅させていく。先程までとは何もかもが逆転させていく。ゲーネハルト一人で地獄を塗り替え、戦局をひっくり返した。

 

 それだけではない。

 

「戦えるものは戦え。己が住居を、親しき友を、愛しき者を守りたいのであればな」

 

 ゲーネハルトがそう言うと共に指を鳴らす。それだけで奇跡が引き起こされた。先程膨大な魔力を取り込んだ精霊がぶるりと震えると光を放つ。それに当てられたスラムの民達の傷が忽ち癒えていく。

 

 欠損していた部位も致命傷を負っていたものでさえ関係なく瞬く間に完治させる。それだけではない。再度精霊が煌めいた。すると──

 

「何だこりゃあ……」

 

「すげぇ、力が湧き出てきやがる」

 

「これならいける!」

 

 狂った光輝が民の瞳を焼き尽くし、盲目に(高揚)させる。

 

 己の体の底から力が無尽蔵に湧き出てきているのではないかと思ってしまうほどの力の奔流にスラムの民は酔いしれる。元より暴力に満ちていたスラム街だ。ともすればそんな莫大な力を認識し全能感から高揚するのは当然の結果とも言える。

 

 先程までとは逃げ惑っていた者も老人や子供、弱者であった者すら立ち止まり、そして魔物へと反撃し始める。その場に転がっていた角材などとてもではないが魔物を相手にするには心持たない武器でスラムの民達はその強固な絆から生まれる連携でもって倒し始める。

 

「グギッ!?」

 

「ゴァァアッ!?」

 

 本来ならそれでも力の差によって倒せないからこそ魔物は恐れられている。だが、それはゲーネハルトが埋めた。埋めてしまった。

 

 そして何よりも──

 

「全てを討滅する」

 

 ──ゲーネハルトが今此処にいるという事実が民に何よりも活力を与える。

 

 数による暴力はあっさりと逆転し、力の差による暴力もひっくり返った。ゲーネハルトの剣戟が魔物達を斬滅し、命からがらその剣戟から逃れたものも狂った光輝に当てられたスラムの民達の暴力によって狩られていく。

 

 状況は完全に逆転した。狩るものは狩られるものに変わり、狩られるものは狩るものへとなった。こうなってしまえば後は簡単だ。

 

 逃げる魔物を殺すだけの鴨撃ち(ダックハント)だ。

 

 迫る斬撃と閃光の嵐が魔物の群れを喰らい尽くし、逃れたものも民の尽力によってあっさりと倒される。逆転に次ぐ逆転劇。こうして魔物達による蹂躙劇はゲーネハルトによって粉砕され、終わる──かと思われた。

 

 ズゥンと地響きが鳴り響き、スラム街に巨大な影が落ちる。

 

「サイクロプスだと?」

 

 無敵の英雄が僅かに舌打ちを鳴らす。

 

 現れたのは単眼の巨人だった。スラムの家屋を軽く越すほどの巨躯に強酸性の涎を口からポタポタと零しながらどれから喰らおうかと品定めをしている。

 

 ゲーネハルトにとってサイクロプスなど敵ではない。その気になれば縦に一刀両断できる。だが、問題は場所だ。此処はスラム街だ。仮にここで真っ二つに両断しようものならその死体によって多くの民の住居が倒壊するだろう。

 

 閃光によって消滅させようにもあのデカさだ。まず間違いなく巻き込んでしまう。それはゲーネハルトとしても望む所ではない。

 

 それに少々気がかりなところもある。

 

「サイクロプス如きが転移出来るはずがないのだが……」

 

 サイクロプス程の巨体ならばどこに隠れていようが簡単に気がつける。だが、今の今まで気づきもしなかった。唐突に現れてサイクロプス自身も辺りを見回している様子だった。その上、どうやら腹も空かせているようだ。

 

 それにそもそも今回の魔物の襲撃も不可解だ。あれほどの大量の魔物、加えて生息地すら関係なく一堂に会する所を見るにあればかき集められていたものだとゲーネハルトは予測していた。

 

「人為的なものか」

 

 ゲーネハルトはそう結論付けた。何者かがこのスラム街を滅ぼそうとしている。だが一体何の為に? 言っては悪いが、こんな掃き溜めのような場所などあれほどの魔物を用意して滅ぼす必要は無いはずだ。

 

 得られる結果に対して掛かる手間が割に合わない。

 

「考えるのは後か」

 

 まずはこの巨大な人喰いから始末するべきだと頭を切り替えて殺意のみを滾らせる。その殺意にサイクロプスは本能的に反応し、殺すべくその手に持った大木を雑に成形した棍棒をゲーネハルトに向けて振り下ろす。

 

 本来なら回避してそのまま首を跳ね飛ばすが、此処はスラム街。避ければ家屋や民が傷付いてしまう。故にゲーネハルトが取った手段は真っ向から迎え撃つ事だった。

 

 振り下ろされた大木に向けてゲーネハルトはあろう事か剣を鞘に戻して素手で構えた。

 

「ゲーネハルト様!?」

 

 その姿を見て誰かが叫んだ。

 

 スゥッと深く息を吸い、迫り来る棍棒を見定める。そして棍棒がゲーネハルトを叩き潰すその瞬間。パンッと短い破裂音が聞こえると共に彼を叩き潰すはずだった棍棒はぐるりと軌道を変えてそのままの勢いでサイクロプスの側頭部に激突する。

 

 意識外からの攻撃によって脳を揺さぶられたサイクロプスの意識が揺らぎ、巨大な単眼が一瞬白目を剥く。そして倒れ落ちようとぐらりと体が傾いた瞬間、サイクロプスは強制的に意識を取り戻す羽目になる。

 

 内臓が爆発したのかと錯覚する程の強烈な激痛。その正体はゲーネハルトの拳がサイクロプスの巨体を空に飛ばすほどの威力で鳩尾にめり込んでいた。

 

 ベキベキと筋肉も骨も内臓も殴り潰す感覚を感じながらもゲーネハルトは拳を振り抜いてサイクロプスを空高く飛ばす。

 

 そして凡人にすら視認できる程の膨大な魔力がゲーネハルトの眼前に収束していく。構築されていく魔法陣からは漏れ出た魔力が黒き雷へと変換されバチバチと空気が弾ける音を鳴らす。

 

「死に絶えろ」

 

 放たれるは反物質によって構成された絶滅光。サイクロプスを構成している全ての物質と対消滅を引き起こし、抵抗すら許さず肉体が崩れ去り、塵すら残らず消滅させる。

 

 それはサイクロプスを消滅させるだけでは足りず、直線上にあった雲すら消滅させていき空の彼方へと消えていく。

 

 そうして残されたのはほんの少しの静寂と、そして──爆発的な歓喜の声だった。

 

「魔物は全て殲滅したか。お前もご苦労だったな」

 

 ゲーネハルトは民が喜んでいる姿を横目に見ながら褒めて褒めてと言わんばかりに彼の目の前をふよふよと浮いている精霊を指先で軽く撫でる。

 

 そうして精霊を軽く労ると魔物が此処にいた理由を探るべく未だに騒いでいる民を他所に立ち去ろうとする。が、その直前で聞き覚えのある声に引き止められた。

 

「あっ、あのゲーネハルト様!」

 

「ティアラ・ホライズンか。何の用だ」

 

 金と紅の双眸がティアラを貫く。先程まで戦闘していたせいか物理的な圧を感じるほどの圧力をゲーネハルトから感じる。その圧力に思わず足が竦んでしまいそうになるが、それでも彼女はその圧に屈さずに深く頭を下げた。

 

「私達を助けてくださってありがとうございます」

 

「……俺にそんなつもりなどない」

 

 深々と頭を下げるティアラに面食らった様に目を開くゲーネハルト。

 

「いいか、あくまで俺は帝国の敷地内で好き勝手暴れる魔物共が気に食わんから一掃しただけのこと。お前達を治したのも魔物共の足止めをさせる体のいい駒にするためだけに過ぎん。誰もお前達を助けるつもりできた訳では無いと知れ」

 

 矢継ぎ早にそう捲したてるゲーネハルトにティアラは柔らかい笑みを零す。

 

 ──口は悪いけれどあの時と全く変わってないなぁ。

 

 脳裏に浮かぶ彼がまだ英雄と称される前の事だ。ティアラにとっての大切な思い出であり、自分だけが知っている英雄となる前の彼。

 

「……ふん、俺は去る。精々下民らしくそこらで死んでいる小汚い魔物を剥ぎ取って小金稼ぎでもするがいい」

 

 ゲーネハルトはそれだけ言うとティアラや他のスラムの住民達が何かを言う前に何処かへ走り去っていった。その背中をスラムの住民達は見ながら互いに顔を見合わせて笑う。

 

「相変わらず素直じゃねえよなぁ」

 

「ククッ、違ぇねぇ。けど、それが何よりもゲーネハルト様らしいもんよ」

 

「全くだ。そら、てめェ等ゲーネハルト様が倒してくれた魔物から素材を剥ぎ取って金にするぞ。こんだけありゃ家屋の建て直しどころか食料を買ってもまだ余るくらいの金にはなるだろうよ。そしたらまあ、今回の件で死んじまった奴らに何か弔いでもしてやろうや」

 

 リーダーであろう大男の言葉に残ったスラムの民はおー! と声を上げる。

 

 少なくない犠牲を払った。それでも英雄がこんな掃き溜めに住んでいる俺達を見捨てずに手を差し伸べてくれたからこそ、こうして死んじまった者達への弔いが出来る。

 

 それに感謝をする事はあれど決して何故来るのが遅かったのかと責めるものはこのスラムには誰一人としていないだろう。

 

 本来ならこの街は魔物によって滅んでいたと誰もが分かっていたが故に。そして後に彼らは知ることになる。今回の件で裏に潜むものの思惑を。そしてその時こそ始まるのだ。かの英雄と共に革命の道を歩むことを。

 

 

 

 一方その頃英雄はというと──

 

 これはもしや魔王が活性化している合図では? けどそれを知らないスラムの民達には上手く行けば今回の件で帝国への不信感を抱かせて反乱を引き起こす事が出来るかもしれん。

 

 見えたぜっ、俺の革命へのサクセスストーリーが! 流石の勇者くんも革命が引き起こされたら否が応にも出て来ざるえないっ! 

 

 そうなってしまえば心優しいはずの勇者くんなら帝国の現状を見過ごすことは出来ようか。否、出来るはずがない。

 

 帝国の現状を知った勇者くんを後は帝国側に引き摺り込むだけの事。そうすれば帝国は勇者くんとその精霊の力によって救われる。

 

 加えて俺が死んだとしても勇者という強力な軍事力を持った帝国には何の揺らぎも生じない。それどころか俺より強いはずの勇者くんが帝国に所属することでより帝国の地位は強固なものになる! 

 

 この勝負、俺の勝ちだァッッッ!! 

 

 それはそうとスラム街に魔物を放った奴は本当に許せんからその命刈り取ってくれる……! 

 

 ──とまあ、割と壮大な勘違いと絶妙に真実に辿り着いていた。

 

 何せそもそも魔王は活性化していないし、というか何なら過去に彼自身が魔王に該当する魔物をボコボコにぶちのめしたせいで封印の中で引きこもっているのだから。少なくとも魔王は心の傷が癒えるまでは当分は表に出てくることは無いだろう。

 

 そんなことを知らない彼は上機嫌な様子で今回の件についての調査を進めていた。そして今回の件が魔王の活性化によるものでは無いことを知るのは革命が始まってしばらくしてからの事だ。

 

 その時の彼の様子は──まあ、語ることでも無いだろう。

 




実を言うと今回の事件が主人公達革命軍が復讐心から革命を決意することになる大事な場面です。まあ、何処ぞの英雄がフラグを丸ごとへし折って別のフラグおっ立てたんですけどね。

混沌魔法改め反物質ビーム。原作(架空)では着弾地点が大爆発する割と極悪な魔法だった。それを改良して爆発に回るエネルギーを精霊を介して全て魔力に変換してその魔力を精霊に吸わせてまた放つという永久機関になってる。極悪なことに変わりはない。


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