その音色は異世界まで響き (誰かさん)
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前章
序章


初めまして。これからよろしくお願いします。しばらくは本編前に説明しておきたいことを前章として投稿させていただきます。


『俺の命に代えても‥‥お前を倒す。変身っ!!』

「おお‥‥やっぱりカッコいいわ」

 

 俺の名前は紅音也。まだまだガキ臭い13歳だ。今日で14になるが。特撮番組のスーツアクターである父親と技術者の母親との間に生まれたガキである。

 

俺が今見ているテレビ番組は「仮面ライダーキバ」。父さんが出演していた番組だ。確かスーツアクターだったと思う。

 

「しっかしこの人がまさかご近所さんだなんてね‥‥ビックリだよ。名前まで貰っちゃったし」

 

 俺の性は紅だ。偶然が必然か、俺がカッコいいと言った人物が演じた人間と同じ名字である。さらに父さんと母さんが大の特撮ファンであり、ご近所さんに俺と同姓同名役を演じた人物が父さんと大の仲良しであったことから「音也」という名前を貰ってしまったのである。

 

その流れで俺はヴァイオリンをやることになり、そこそこ上達することができた。確か国際コンクールみたいなのには出させてもらったような気がする。どのぐらい凄いのかはサッパリだが。

 

 まあグダグダとなってしまったが‥‥なんだかんだで俺は普通に暮らしている。今日は誕生日で学校も休みなのでノンビリダラダラと仮面ライダーキバを見返していたいところだ。

 

「やっぱりプロトイクサはカッコいいよなあ‥‥プロトタイプってロマンだと思うんだ」

 

 年が年なので中二病的考えになってしまう。でもプロトタイプって良くない? 

 

「音也。入るわよ」

「なんだい母さん」

 

コンコンとノックすることもなく、突如母さんが部屋に入ってきた。

 

「あら、今日も見てるわね」

「最近は生き様がカッコいいなと思い始めたよ」

「貴方も分かるようになったわねえ。そんな音也にプレゼントよ」

「なんだ?」

 箱に包まれたナニカを渡された。そこそこの重さがあり、心なしかずっしりとしている。

「どれどれ……」

「ふふふ。きっと気に入るわよ」

「……なあ母さん」

「はいはい」

「俺は夢を見てるのか?」

「そんなことないわよ。全て現実」

「それじゃあ答えてくれよ」

「どんときなさい」

「このベルトはどこからどう見てもイクサベルトとイクサナックルなんだけど」

「そうねえ」

「めちゃくちゃ出来が良いんだけど」

「自慢の一品よ」

「まさか動く?」

「試してみなさい」

 そう、俺の目の前に現れたのは素晴らしい出来のイクサベルトとイクサナックルだったのだ。某財団Bのやつよりも遥かに出来が良い。なんだこれ。

「……やってみるか」

 

 シュルっとベルトを慣れた手つきで腰に巻いた。

 

「おお、なんという滑らかさ」

「散々見たからな」

 

 テレビ本編通りにイクサナックルのマルチエレクトロターミナルらしき場所に掌を触れさせた。すると……。

 

レ・ディ・ー

「おお、すげえ」

「ほら、変身してみなさい」

「しゃあない……やってやる。変身ッ!!」

 カチャッという音を立ててイクサナックルがイクサベルトに装着された。

フィ・ス・ト・オ・ン

 聞きなれた電子音が響き渡る。こいつは……。

 

「なんか低い……おいまさか」

「そのまさか。でも驚くところはそこじゃないわよ!」

「なんだって?」

「ベルトをよく見なさい」

「ベルトってなんだこりゃあ?!」

 

 なんとイクサナックルからT字型の薄紅色のナニカが回転しながら出てきたのである。しかもそれは形を変えて俺のよく知るイクサスーツへと変貌したのだ! 

 

「ちょちょちょ?! これは聞いてない!」

「大人しくしなさいな。これから装着だから」

「はあ?!」

 

 その間にも半透明のスーツは近づいてくる。逃げられないっ! 

 

「ああもう! 男は度胸!!」

「それでこそ我が息子!」

 仕方がないので諦めて装着することにした。母さん恐るべし。

 ガチョン! という音を立ててスーツが装着される。どうやら前半分から覆って後から背中側も包み込むらしい。

 

「おお……」

「念願の夢が叶った感想は?」

「……中々良い着心地だ。快☆感」

「流石ねえ」

 マジで着心地抜群だ。重さは感じないし力が溢れてくる。まさか本物なのだろうか。

「母さん。これって本物?」

「当ったり前よ。技術者の腕舐めないで頂戴な」

「どう考えても母さんの技術力はおかしい」

「当然だけど負担はかかるから長時間運用はダメよ」

「何から何まで作りこまれてるな」

 

 正直脱帽である。母さんは世界的にも有名な技術者だったがここまでとは思わなかった。これじゃあ普通にノーベル賞取れる気がする。あまりよろしくないが軍事目的で量産なんかされたら我が国は無敵なんてもんではなくなる。

 

「母さん……ありがとう。最高の誕生日プレゼントだよ」

 

 取り敢えず嬉しかったので俺は素直にお礼を言うのだった……。

 




中の人はイクサ大好きです()ながくなるかもですが長い目で見てくれるとありがたいです。


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破章

早速感想を書いてくれた方ありがとうございます!感想を頂けるとモチベが右肩上がりにグングンアップしてくので書いてくれると非常にありがたいです()


「いやあ……すごいなこれ」

 

 夜。俺はベルトを持ち出して街を歩いていた。今日は地域での祭りがあったのでそれに出かけるついでだ。

 

「へいらっしゃい! たこ焼きはどうだい!!」

「わたあめはいかが~!」

「お嬢ちゃんチョコバナナを買ってきなよ!」

「活気があるなあ」

 

 腰にベルトを巻きながらも祭りの様子を見て楽しむ。なにか食べようか……。

 

「おいテメェ! なにぶつかってるんだこのガキ!!」

「ん?」

「す、すみません家の孫が……」

「おいババァ! このスーツはよぉ。滅茶苦茶高かったんだぞ!!」

「すみません……すみません……」

「これはスーツ代と慰謝料を払ってもらわないとなあ?」

「お、お金は勘弁してください……」

「アア? なんだあババァ。口答えすんのかあ?」

「こ、これで……」

「20000円だぁ? 足りねえよこの野郎が!!」

「あ……財布は勘弁してください!!」

 

 めんどくさいヤクザのような不良のような奴らが幼子と老婆相手に恫喝していた。どうやら幼子がたこ焼きをぶつけてしっまったらしい。ああいう奴は一度絡むとやめようとしないんだよな……。

 

「……ちょうどいい。イクサを試してみるか」

 

 イクサナックルを取り出そうとした。その次の瞬間である。

 

「あの……その辺りで勘弁してやってくれませんか?」

「なんだこのガキはぁ。痛い目に遭いたくなければ今すぐ立ち去りな」

「いえ……小さい子をイジメるのは良くないです!」

「ああ? 口答えとはいい度胸だなあ?」

「これで……これで勘弁してくださいっ!!」

 

 突如現れた男の子はものすごい勢いで土下座をした。頭を踏まれ飲み物をかけられて、横腹蹴られても唾かけられても男の子は土下座を止めようとしない。なんと勇気のある男の子なのだろうか。俺は口に出さなかったものの、心から感動した。

 

「そこまでだ」

「またガキか……」

「そんなに殴りたいなら俺にしろ。こいつらは関係ない」

「ほお……いい度胸だ。しかしお前一人で何ができる?」

 

目の前には多数のヤクザと不良を足して二で割ったような奴らが囲んでくる。

 

「俺一人か……いや、ちょっと違うぜ?」

 

 イクサナックルを取り出す。まさかここが初陣になるとは思わなかった。

 

「紅先生が喧嘩のお手本を見せてやる」

 

レ・ディ・ー

「変身」

フィ・ス・ト・オ・ン

 

 ガチャンとスーツを着込んだ。やっぱり着心地は抜群である。快☆感だ。

 

「行くぜ……?」

「ヒ、ヒィ?!」

「あ、兄貴。ここは逃げましょう!」

「そ、そうだな! 覚えてろ!!」

 

すたこらサッサーと逃げて行った。囲いが解ける前に変身を解除しておいた。多分ばれていない……はず。

 

「なあ、大丈夫か?」

「え、ああ‥‥僕?」

「大した度胸だよ。感動した」

「はは‥‥」

 

「ああそうだ‥‥皆さん。お騒がせして本当にすみません。お詫びと言っちゃなんですがこれで勘弁して頂けませんかね」

 

 持ってきていたヴァイオリンを取り出す。なぜか辺りがザワザワする中、俺は曲をチョイスした。

 

「それではお聞きください。ショパンのエチュードより‥‥"革命"です」

 

 弾きやすい姿勢に体勢を変更。そこから半目を作り、呼吸を浅く細くする。少しでも音が鳴り響くように‥‥。

 

♪〜 ♪〜

 

「‥‥!」

 

水が流れるように音が鳴り響く。革命時の興奮、激情を強く激しく人の心に訴えかける‥‥。

 

 あ、ちなみに言っておくと"革命"はピアノの練習曲だ。なのでヴァイオリンでピアノ譜を弾いていることになる。別に大したことないが。

 

※実際はとんでもない。めちゃくちゃキツイよ! 

 

 激情に身を任せ、革命戦争に乗り出した人民。しかしその中に犠牲は付き物。死んでいった人たちが叶えたかった夢を実現させるためにも生き残った人民は戦い続ける‥‥というような表現をひたすら続けた。

 

 どこか哀愁漂う、しかし前にも増して凄まじい激情飛び交う戦場の情景を思い浮かべながらも‥‥曲の終盤へと辿り着いた俺はギアを上げた。

 

 感情の行く先に革命後の世界。残るのは虚しい気持ちだけ‥‥争いは何も生まない。

 

 最後に4つ音を刻んで‥‥演奏を俺は終えた。

 

「ふう‥‥」

 

 残心しつつも弦から弓を離す。やっぱり曲を弾くのは楽しい。

 

「って‥あれ? なんで皆んなボケッとしてるの?」

「す、すす‥‥凄いよ」

「え?」

「凄いよ! こんな素晴らしい演奏は初めてだ!!」

「お、おお‥‥」

 

 男の子が興奮した声で話しかけてきた。さらに‥‥。

 

「おいおい‥‥あの演奏はなんだ? 神か?」

「同志がここに‥‥」

「あれピアノ譜だよね? 凄くない?」

「‥‥あの人モーツァルトコンクールで見た気がする」

 

 モーツァルトコンクール? そんなのもあったような気がするが‥‥演奏するのが楽しくて覚えていないな。

 

「あの‥‥君の名前を教えてくれない?」

「俺かい? 俺は紅音也だよ」

「く、紅音也ってこの前テレビに出てたよね?!」

「そういえばそうだなあ‥‥」

 

 マスコミはこの年ながら苦手なのにテレビ出演したことを後悔してる。どっかの新聞は一曲聞くのに百万ドルとか言ってた。俺は本物の音也じゃないぞ。

 

「まさか百万ドルの価値があるとも言える演奏を生で聞けるなんて‥‥」

「感動しすぎ。というか君の名前は?」

「僕は南雲ハジメだよ。陰キャでオタクな14歳さ」

「自虐酷い‥‥」

「あはは‥‥」

「まあここで会ったのも何かの縁だろ。祭り、一緒に回らないか?」

「え、いいの?」

「勿論さ。嫌なことなんて一つもないだろ」

「それじゃあ‥‥喜んで!」

 

 ニパッといい笑顔を見せたハジメ。うん、中々イケメンなんじゃないかな。

 

「あ、あの‥‥」

「私たちも‥‥」

「良いですか?」

「ちょい待て。女子率高くないか?」

「モテルねえ‥‥仮面ライダーキバに出てくる紅音也みたいじゃないか」

「あっちは自分から取りに行ってるだろ。俺はそうじゃない‥‥」

 

 頭抱えたくなる。しかしまあ‥‥無辜にするのもよろしくないだろう。

 

「仕方ない‥‥俺の演奏を聞いてくれた子猫ちゃんたち。全員俺が愛してやるぜ」

「「「「キャアアア!!」」」」

 

 効果は抜群だ。ここでまさか音也語録使うことになるとは思わなかった。

 

 その後俺は、少しVIP気分を味わいながらも祭りの露店を回るのだった‥‥。

 




投稿ペースですがしばらくは不定期です。特に前章に関しては完成次第次話を投稿するのでよろしくお願いします


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急章

キャラ崩壊注意です。ご本人様やファンに怒られたら怖い()


「や、やめてくれっ。金ならいくらでも」

「悪いな。生憎お前が手に入れた汚い金は貰いたくない」

 

今日も夜の街を守る仕事だ。あれから俺は夜に出没する不良やヤクザから善良な市民を守る活動をしていた。

 

スーツのおかげでよっぽどでない限りは攻撃が通らないし活動制限時間も人間相手なら気になることはない。俺は少しずつ自分の力に溺れていった。

 

それも当然のことだったのかもしれない。なんたって俺はまだ14歳。力というものを求めたくなる時期ではあるものの、年齢的にはまだ子供。膨大な力を制御できるわけがなかった。

 

だが……これは世の中の摂理。力に溺れた人間は必ず後になって失敗すると。

 

──────────────────

某日

 

レ・ディ・ー

「変身」

フィ・ス・ト・オ・ン

 

「テメェだったのか……最近部下を散々にやってくれたのは」

「そうさ。悪人であるお前らを裁くために俺は……」

「なんだってできるってか? それは果たして本当かなあ?」

「なに?」

 

パチンと指をヤクザの頭のような人物が鳴らした。すると目の前に両腕を縛られて手ぬぐいをさせられた女の子が現れた。黒髪の長髪で縛られていても美人だということがよく分かった。

 

「お前……!」

「八重樫道場の長女だ。正義のヒーローぶってるお前ならもちろん助けたいだろう?」

「……」

「そこで一つ提案だ。5分以内にここにいる俺の部下を全員再起不能にしたらこいつを離してやる」

「間に合わなければ?」

「そうだなあ……こいつの四肢をもぎ取った後にそのベルトを頂こう」

「……負けるわけにはいかないな」

「やれ」

「こんのガキ……!」

「くたばれ!!」

 

ガシッと襲い掛かってきた人間を二人ひとまず捕まえる。抵抗する二人に対し、俺は侮蔑の視線をごく自然と送った。

 

「臭いなあ……このクソ野郎どもが」

「ぐえ?!」

「ガッ?!」

「そらもういっちょ!」

 

頭突きで吹き飛ばして片方は殴りつける。

 

「オラ! どうしたどうしたコラァ!!」

 

パワードスーツの破壊力は絶大。一撃でほとんどが沈んでいく。少しずつこれはヌルゲーなんじゃないかと思い始めた。

 

……のがいけなかった。

 

「チイ……はなっ?!」

「食らえ……スタンガン!」

「ぐあっ?!」

「今のうちにスタンガンで攻撃しろ!」

 

 不味い。パワードスーツは高電圧で形を維持しているのだ。オーバーヒートなんかしたら……。

 

「ぐあ……」

 

変身解除される。どんなにパワードスーツが強くたって俺自身はまだ中学生。紅音也を見習って運動神経は良い方だが流石に年上には敵わない。

 

「さっきまでの威勢はどうしたんだ? ああ?」

「ぐ……があ?!」

「所詮はただのガキだなあ?」

「あと2分だぞお」

 

このままでは間に合わない。致し方ないが……。

 

「食ら、え!!」

 

ドパアアアアアアアアン!!! 

 

地面にむけてイクサナックルから発射される衝撃波をぶち当てた。当然だが恐ろしい風圧が辺りにまき散らされる。

 

「うあ?!」

「げ?!」

「んな?!」

「うげえ……なんて風だっ」

「これで……後はお前だ……け」

「ふん。エネルギー切れか」

 

プロトイクサはエネルギーの消耗が激しい。例え3分程度の変身だったとしても2kmを全力で走ったぐらいのエネルギーを使うのだ。俺はさっきのイクサナックルでの衝撃波を放つために全てのエネルギーを使い切ってしまったのである。

 

「タイムアウト……残念だったな」

「ん──っ! ん──っ!!」

「暴れるな……四肢を取って終わりだからよ」

「ん──っ!!!」

「やめ、ろっ」

「こいつをやったら次はお前だ。そのベルトもあれば俺たちの組は最強になれる……!」

 

体が言うことを聞かない。目の前に死にかけてる人がいるっていうのに俺は何もすることができないのだ。悔しくて仕方がない。

 

「おっと……子猫ちゃんをイジメるのはそこまでだぁ」

「え……」

 

聞き覚えのある声。俺が一番尊敬する人物の声だ。まさか……! 

 

「……コウヘイ兄ちゃん?」

「あれえ……音也じゃないか」

 

近所のコウヘイ兄ちゃん。紅音也や猿飛一海といった人物を演じ、その演技力には定評のある頼れる兄貴分だ。俺に音也という名前を付けてくれた人物でもあるが……。

 

「そのベルトとナックルは……そうか。ついに完成させたんだな」

「知ってる……の?」

「文音さん……君の母さんに依頼したのは俺だからな」

「貴様……何者だ」

「俺か? 俺は……紅音也だ」

「あ……」

「……カッコつけさせてくれ」

「あ。はい……」

「俺の命に代えても……お前を倒す」

「なに?」

レ・ディ・ー

「変身!」

フィ・ス・ト・オ・ン

「……まさか生変身見れるとは思わなかった」

 

画面越しで見てきたあの変身が目の前で……

 

「中々良い着心地だ。快☆感」

「んの野郎……舐めやがって」

「来いよ。紅先生が子猫ちゃんのために喧嘩のお手本を見せてやる」

「この三流俳優g」

「ハァ!」

「ぐう?!」

「まだおねんねするには早いぜえ!」

「グッ?! ガア!」

「そらもういっちょ!」

 

一撃一撃の殴打音が重たい。とりあえず這うことはできるようになったので八重樫道場の長女さんとやらを助けに行く。

 

「大丈夫ですか?」

「ぷはっ……」

「良かった。ケガはないみたいですね」

「すう……」

「寝たんかい!」

イ・ク・サ、ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「今楽にしてやる」

「おおう……もう終わりそう」

「ひ、ひぃ……」

「あ、気絶した」

「やれやれ……もう悪さをしないでもらいたいね」

「あ、コウヘイ兄ちゃん……ありがとう」

 

所要時間、約七分。自分は五分ほどで限界を迎えたと考えると、とんでもない体力である。

 

そのことに少し辟易しながらも、俺はコウヘイ兄ちゃんに礼を言った。

 

「ほれ。これは返すよ」

「あ、うん」

「音也、いいか? 誰かを守りたいと思うことは良いことだ。ラブ&ピースを胸に生きていける世界を作ろうとする心は素晴らしい」

「うん……」

「だけどな。力に溺れた人間はそんなこと言う資格はない」

「……」

「やがて身を滅ぼすことぐらい、キバを見ていたなら分かるだろ?」

 

彼の言葉によって俺は一つのことを思い出す。力に溺れて大切な物を全て失い、最後には己の命すらも失ってしまった悲しき王のことを。

 

「先代キング……」

「分かってるな。それなら約束だ」

「約束?」

「もしこれからもその力を使うってなら……二度と力に溺れるな。その力は遊びで使う物ではない。そのぐらい危険な力だってのを忘れるな」

「危険な……」

「約束できるか? 忘れないって」

「……できる」

「よし、それでこそ音也だ。んじゃ、その子を運んでやってくれ」

「家がどこか分からないんだけども……」

「この道真っ直ぐ行けば着くさ。和風な屋敷だからすぐに分かる」

「りょ、了解」

 

ざっくばらんなのは相変わらずだ。だが……そこがいい。思わずクスリと笑いながらも頷いた。

 

「ほれ、背中に乗せるぞ」

「へい……軽いな」

「……モテるだろ」

「なに言ってんの? そんなことないって」

「天然って恐ろしい。まあ頑張れよ」

「うん、ありがとう兄ちゃん」

 

兄ちゃんはすたこらと立ち去ってしまった。足取りは一切変わりがない。イクサを使用して、あれだけ余裕でいられるのはどういうことなのか。

 

しかし、そのことを気にしても仕方ない。俺もとりあえず出発することにした。

 

「力に溺れた人間は身を滅ぼす……か。確かにそうだよな」

 

守りたい人だって守れなかった。力に溺れることほど恐ろしいことはない。そう深く実感した。

 

「ん、んん……」

「あ、目が覚めたんですね」

「貴方は……」

「通りすがりの者です。もう安心して大丈夫ですよ」

「私……助かったんですね」

「ケガ一つありませんよ」

「あの……」

「なんですか?」

「十字仮面のような人はどこに行きましたか?」

 

十字仮面って……まあ確かにセーブモードのイクサは十字仮面だが。という、傍から見ればとてもどうでも良いツッコミを心の中で入れた。

 

「もう立ち去りましたよ。正体を知られたくないのでしょう」

「そうですか……」

「そう落ち込まないで。きっとまた会えますから」

 

姿だけでいいのなら目の前にいますよ! なんていう勇気、俺は残念ながら持ち合わせていない。どこまでもチキンなのである。

 

「おっと……ここですね」

「はい。ありがとうございました」

「凄い屋敷ですね。道場って聞きましたけど」

「実家総出で剣術を教えているんです。生憎私にその才能はなかったですけど」

「そうですか……」

「妹は才能があるんですけどね。いつの間にか自分らしさを殺すようになってしまって」

「……」

 

中々に複雑な事情があるらしい。心から流れ出る音楽を聴き取ればそれはすぐに分かる。彼女も人が良さそうではあるし、妹の事を思ってかなり悩んでいるのだろう。

 

「って、ごめんなさい。初対面なのにこんな話してしまって」

「大丈夫ですよ。それより……その妹さんを呼んでくれますか?」

「え……良いですけどなぜ?」

「少し気になったんですよ。心に流れている音楽が止まっていないかね」

「心の音楽……まさか紅音也さんですか?!」

「いかにも紅音也ですが……」

「今すぐ呼んできます! あの子は音也さんの大ファンなんですよ!」

「お、おう……」

 

背中から飛び降りて家の中に駆け込んでいってしまった八重樫道場の長女さん。ヴァイオリン持ってきておいて本当に良かった。

 

それにしても剣術か。全く関りがないが気になりはする。講演会が落ち着いたら少し習ってみるのもありかもしれない。

 

「連れてきました!」

「はやっ?!」

「ほ、本物だ……」

 

門から長女さんがガーリーショートヘアの女の子を連れてきた。負けず劣らずこちらも美人だ。

 

「名乗り遅れましたね。私は八重樫家の長女、露葉(つゆは)です。こちらは私の妹の……」

「し、雫です」

「露葉さんに雫さんか……いい名前ですね」

「良かったじゃない雫。名前褒められたわよ」

「あ……うぅ」

「君のお姉さんのことをたまたま見つけてね。家まで運んできたんだ」

「え……そうなんですか。わざわざありがとうございます」

「で、ここに来て君が大ファンだってのを聞いたから会いたくなったのさ」

 

実際は違うが……まあいいか。会いたかったのは事実だし。嘘は言ってない。

 

「それにしても……お二人とも綺麗なことで。さぞかしモテるのでしょうね」

「……いえ、そんなことないです」

「またまた」

「本当ですよ。姉さんはモテますけど私は……髪がこんなに短くて剣術ばかりやってるから女の子らしくないって言われてるんです」

「中学生ってそんなくだらないことで人を嫌うのかい? 心の音楽が悲鳴を上げてそうだよ」

 

自分ならこんなにも誠実で謙虚な女の子を嫌うことはないと思うのだが……しかも可愛いし。俺はまだ中学生だが、この年にして人間というのは下らないと感じてしまった。

 

勿論、このことを口に出すほどバカではない。そんな無謀なことをすれば厨二病判定待ったなしだろう。

 

「そうだ。お近づきの印に一曲演奏しようか」

「え……?!」

「あらあら……良かったわねえ」

「曲はリクエストしたのを弾くよ」

「そこまでしてもらっていいんですか? そしたら……熊蜂の飛行をお願いします」

「おお、随分とコアな奴きたね。バックいないから味気ないかもだけど許してな」

 

体力は比較的回復してきたので普通に構える。さらに半目になり、呼吸を浅くし……。

 

♬♬♬~ ♬♬♪ ~

 

熊蜂の飛行。分かる人なら分かる滅茶苦茶忙しい曲だ。ヴァイオリニストやピアニストたちの超絶技巧を競い合うための曲という認識をされることもある。ちなみにヴァイオリンで普通に演奏すると90秒ぐらいかかるが世の中の変態にはチェロで56秒なんて人もいる。世界は広い。

 

俺は持てる技術全てを動員して超絶技巧の域に近づこうと演奏を続けるのだった……。

 




次回から本編突入です。ちなみにですが雫に姉がいるという設定はオリジナルでございます。初期設定では死亡させることも考えていたのですが……ご本人様のイクサを少し出したくてこうなりました()


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第一章 始まりのオルクス大迷宮編
第一楽章 入学


本編スタートです!


 約二年後

 

「本校に入学した皆さん、おめでとうございます。今日という素晴らしい日を我々教職員は心待ちに──」

 

「ふああ……」

 

 大きな欠伸一つ。俺も今日から高校生だ。

 

「それでは新入生代表、紅音也さん。前へお願いします」

「はい」

 

「え、ウソ?!」だとか「マジで?」っていう声を無視して俺はヴァイオリンを持ちながら壇上へと上がった。

 

「教職員の皆様。そしてお越し頂いた来賓の皆様。本日はこのような素晴らしい入学式を開催していただきありがとうございます」

 

 ここまでは多分テンプレ。そう、ここまでは。何のためにヴァイオリンを持ってきたと思う? 

 

「私はそこまで口は回りません。細かいことは全て音楽で語ってきた人間です。ですので今回も……」

 

 スッと構える。

 

「全てはヴァイオリンで語らせていただきます。代表の言葉兼演奏会になってしまい申し訳ないですが……」

「いいぞもっとやれ!」

 

「長ったらしい言葉なんかより一曲百万ドルの演奏が聴きたい!」

「今まで長々とつまらん言葉聞かされたのに今年は最高だなあ!」

 

 思った以上に好評である。これで心置きなく演奏ができる。

 

「それではお聞きください。ヴィヴァルディの『四季』より『冬』です」

 

 目を細め、呼吸を浅くして弦に弓を触れさせる。体育館全体の空気が張り詰め、音を反響させるには素晴らしく整った環境へとなった。

 

 もはや何も言うまい。あとは音楽で語ろう。

 

 そう決意し、俺は耳ではなく記憶に残る音色を奏で始めるのだった……。

 

 ──────────────────

 

「ああ眠い……疲れた」

 

 演奏会は大成功だった。半分意識を音に飛ばした甲斐あって拍手喝采で終了したのである。

 

 とはいえ俺も人の子。普通に疲れたのである。

 

 まあ疲れた原因は他にもある。殆ど面識のない人たちと一緒に過ごすというのは疲れるものだ。

 

「サッサと帰って寝ようかな」

「あ、やっぱりいた!」

「ん?」

 

 聞き覚えのある声だ。これは確か二年前に……。

 

「やっぱり音也くんだ。久しぶりだね」

「ハジメじゃないか」

「覚えててくれたんだね」

 

 二年前に出会った南雲ハジメその人である。彼もこの高校に入学していたらしい。

 

「クラスも同じだもんね」

「そういや……」

「眠そうにしてたから気が付かなかった?」

「ビンゴ」

「朝から凄い物聞いたよ。眠気が吹き飛ぶぐらいだった」

「そいつは良かったよ」

「あら……もしかして紅くん?」

「その声は雫か」

 

 髪を伸ばしてポニテになった八重樫雫が現れた。

 

「奇遇ね。南雲くんも同じクラスだし」

「なんだ知り合いか?」

「家が近いのよ。中学校は別だったけどね」

「なるほどなあ……ところでそちらにいるお嬢さんは?」

「あ、初めまして。白崎香織です」

 

 なんだこの学校。顔面偏差値高すぎだろ。香織は吸い込まれるような濃淡色の髪をロングで垂らしている。全身から優しいオーラを放っており、まさしく天使だ。こんな人間いるの? ってぐらいに美人である。

 

「演奏、凄かったですよ」

「同学年だからタメ口でいいよ」

「あ、そうだね……有名人だから緊張しちゃって」

「普段はごく普通の高校生だよ。気にするな。それとハジメ。白崎に見とれるのはいいがそろそろ戻ってこい」

「い、いいいや見とれてなんか……」

「あ、ふーん……」

「疑いの目を向けないでよ……」

「まあお似合いだと思うぞ。とりあえず行こうか」

「行くってどこに?」

「雫の家で」

「唐突ね。まあいいけど」

「え、まさか僕も?」

「当たり前だろ。ほら行くぞ」

「ちょちょちょ! 引っ張らないでよ!!」

 

 ハジメを片手に捕まえた状態で歩き出す。後から微笑ましいとでも言いたげな顔の雫と香織がいるが軽くスルー。そのまま八重樫道場へと向かうのだった。

 

 ────────────────

「ふう……お茶が美味い」

「本当だね。縁側で飲むお茶はやっぱり美味しいや」

「雫ちゃん本当にお茶淹れるの上手だよね」

「褒めても何も出ないわよ」

 

 ここは八重樫道場の縁側。俺たちはお茶と和菓子を楽しみながらも談笑していた。

 

「あらあら、いらっしゃい」

「露葉さんお久しぶりです」

「あ、あの……僕もお久しぶりです」

「あら、ハジメくん。元気にしてた? お父さんたちも元気かしら」

「憎たらしい程に元気ですよ」

「それに香織ちゃんも。こんなに綺麗になって……」

「いえいえ。露葉さんの方が綺麗ですよ」

「もう、褒め上手なんだから」

 

 普段こういった時間が取れないだけに余計楽しく感じる。ヴァイオリンを弾かない日はゼロだし格闘術の訓練も独自にしているので中々休みがないのだ。

 

「あれ、今日はお客さんがたくさんだね」

「あらお父さん」

「ご無沙汰しています」

 

 雫と露葉さんの父親である虎一(こいち)さんが顔をのぞかせてきた。いったいどこでつけたのか、頬にある切り傷がトレードマークの中々渋いイケメン中年である。

 

「音也くん、手合わせ願えるかな」

「いいっすよ」

「ちょっと……大丈夫なの?」

「格闘術は独自でだけどやってる。それにこうしてたまに手合わせしてもらっているんだ」

 

 庭に下りながら簡単な説明をする。

 

「今日はどうするんだい? イクサは……」

「あ、言っちゃいましたね……まあいいですけど」

「え、イクサ?」

「丁度いい機会だし……虎一さん。イクサでいきますね」

「待って……ついていけない」

「え……音也くんってまさか」

「露葉さん以外は知らないもんな。まあ言いふらすのだけは勘弁してくれよ。俺は皆んなを信用して変身するんだから」

「「「へ、変身……?」」」

「ハジメ。黒歴史は押し込んどけ」

レ・ディ・ー

「変身」

フィ・ス・ト・オ・ン

「ちょ……なにあれっ?!」

「雫ちゃん、あれって最近噂の仮面ライダーイクサだよ!」

「夜の街を守っているとかいう謎のヒーローのこと?」

「壊滅させたマフィア組織は4つにヤクザの組を5つ潰したとかなんとか。捕まえられた犯罪者は数えられないぐらいだったよ」

「それが紅くんだった……ということ?」

 

「表の顔は天才ヴァイオリニストで裏の顔は仮面ライダーって……男心を揺さぶる素材が多すぎる」

 

 なんか色々言っている。まあいいか。

 

「行きます!」

「応!」

 

 俺の拳と虎一さんの日本刀が交錯する。パワードスーツの打撃を食らって折れない日本刀の硬さはさておき、相変わらず凄まじい剣技だ。考える時間が殆どない。

 

「大分腕を上げたみたいだね」 

 

 ヒュッ

 

「いっぱいいっぱいですよ」 

 

 ガキンッ! 

 

「活動時間も延びてきてるようだね」 

 

 スススッ

 

「マラソン選手っ……並に鍛えられますからね」 

 

 スッ

 

「反応も素晴らしい。剣技を教えたいものだ……」 

 

 ヒュンッ

 

「あ、そろそろキツイんでラスト行きます」 

 

 パシッ ガン! 

 

 ナックルフエッスルを取り出す。どんなに活動時間が延びても15分が限界だ。故に余力のあるうちに必殺技を撃っとくことにしたのである。

 

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「ォォオオオオオ! デヤアァァァァア!!」

 

 ドパアァァァァァァァァァァァァァアアン!!! 

 

 五億ボルトの電磁波をイクサナックルから発射した。その名も「ブロウクン・ファング」。単純に五億ボルトというと500m先まで到達する電圧である。ちなみに直接殴りつけることも可能であり、その時の威力は母さんの計算上東京スカイツリーが余裕で全壊するらしい。恐ろしや。

 

「八重樫流奥義……‘‘白虎雪閃‘‘」

 

 対する虎一さんは剣技で飛ばされた電磁波を拡散させるとかいう暴挙に出た。暴挙だけどこれまでこの手で何度も粉砕されている。生身仮面ライダーとは彼のことだろう。

 

「フッ! ハッ! ヤア!!」

「今だっ!」 カチッ シュッ

イ・ク・サ:ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「なにっ?!」

「アップデートしたのは俺だけじゃないんだぜええ!」

 

 母さんマジ感謝。内包電圧量が上昇したおかげでブロウクン・ナックルも連発できるようになったのである。

 

「ウオラァ!!!」

「うぐう‥‥!」

 

 今度は直接殴りつける。意識がもうそろそろ吹き飛びそうだが‥‥無理やりなんとか‥‥! 

 先に言っとくがこれは模擬戦である。死にかけてるが模擬戦だ。

 

「っ?!」

 

 しかし‥‥あと一歩及ばず。警告を知らせるタイマー音が鳴り響き、俺の変身は解除されてしまったのである。

 もう立てはしないし、戦うことなんてできない。また俺の敗北だ。

 

「かっ‥‥」

 

 そのまま俺は意識を失うのだった‥‥。

 

 ────────────────

「み、見事‥‥だっ」 

「お、お父さん! 紅くん!!」

「白崎さん、八重樫さんと一緒に虎一さんを運んで! 僕は音也くんを運ぶから!!」

「う、うん!」

 

 ‥‥紅くんが倒れ、その後にお父さんも倒れてしまった。死んではいないがしばらくは寝てしまうだろう。

 

「香織! お父さんの足を持って!」

「こ、こうかな?」

「それでいいわよ! せーのっ!!」

 

 二人で持ち上げてお父さんを縁側まで持っていく。南雲くんは既に運び終えたらしく、濡れたタオルを持ってきてくれた。

 

「お父さんはとりあえず床の間に転がしておけばいいけど‥‥紅くんはどうしましょう」

「‥‥ねえねえ南雲くん」

「な、なに?」

「デートしにいかない?」

「えっ?!!」

「ほら、行こう!」

「待って待って! なんで今日はこんなに引っ張られるのお!?」

「ちょっと、二人とも待ちなさいって!」

「雫ちゃん! ごゆっくり!!」

 

 なんてことだ。香織が南雲を連れて出で行ってしまった。これでは紅くんの介護をするのは私一人だけだ。二人っきりで過ごすなんて‥‥。

 

「二人っきり‥‥?」

 

 徐々に顔が熱くなる。私は普段、弱味を見せないように気をつけている。なるべく他の人が明るくなれるように自分を殺しているのだ。

 よく女の子にも「惚れた」だとか「男前」だなんて言われるが‥‥地味に傷ついているのである。

 

 私だって白馬の王子様に迎えに来てほしいし純情な恋をしたい。本当なら剣術を辞めて花嫁修業したいところだし可愛い動物の動画も見たい。

 

 そう、私‥‥八重樫雫は男前なんかではないしナイトでもない。乙女なのだ。

 

「あ‥‥この姿勢じゃ頭が痛いわよね」

 

 スッと紅くんの頭を持ち上げて私の膝に乗せる。と、ここまでやってみたところで猛烈に恥ずかしくなってきた。

 

 三年ほど前から音楽の世界を賑わせていた紅くん。私も彼の演奏に心を奪われてファンになった。当時幼馴染であり完璧超人の「天之河光輝」と仲が良かったせいで女子からイジメられていた私にとって、心を安らぐことをさせてくれる数少ない人物だったのである。

 

 しかし二年前、突然行方不明になった姉を彼が運んできてくれた。

 

 私は舞い上がった。テレビでしか見ない、遠くの存在の彼が目の前に現れたのだ。

 

 どこまでも優しい瞳。溢れるばかりの幸せそうなオーラ。どこを取っても素晴らしかった。

 

 しかも彼は私のことを女として扱ってくれたのだ。舞い上がった私はあっという間に‥‥本気で彼に惚れ込んでしまった。

 

 決して届くはずのない思い。それでも私は、会えなくても彼のことを思い続けた。

 

 そして今日‥‥再び出会えたのだ。同じ高校、しかも同じクラス。これまでの辛さが嘘のように消え去ってしまった。

 

 紅くんがイクサだったことは衝撃的だった。けど‥‥彼は影から私たちを守ってくれていたのだ。未だに混乱してはいるが、なんとか受け入れられそうである。

 

「‥‥ねえ、この思いはどうしたらいいの? 貴方はとても眩しくてどんな子でも魅了しちゃう。私みたいな人が愛しても気が付かないかもしれない」

 

 彼の亜麻色の髪を撫でる。サラサラとしていてとても手触りが良い。綺麗に揃えられた髪。男子にありがちである無難な髪型だ。どことなく近所のお兄さんとも似ている。

 

「もう止められないよ。貴方は私を見てくれるのかしら? あわよくば‥‥守ってくれるのかしら」

 

 一人呟く。そのまま私は彼が目覚めるまでの間、紅くんの髪を撫で続けるのだった‥‥。

 




雫って可愛いですよね‥‥あのいじらしい感じが堪らないです(変態発言)
そのうちダークキバ出そうかなあ‥‥


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第二楽章 異世界召喚

はい、急展開は私の作品の特徴でもあります‥‥温かい目で見守ってくれるとありがたいです()


 半年後

「おはよう南雲くん。今日もギリギリだね?」

「あはは‥‥おはよう白崎さん。昨日までに終わらせないといけない作業があったんだ」

「お、来たなハジメ。作業ってのは‥‥」

「話してたプログラミングだよ。徹夜したから眠くて眠くて‥‥」

 

 半年間学校に通って分かったことがある。まず、このクラスは顔面偏差値がめちゃくちゃ高い。その中でも特にイケメン&美女は、クラスの中人的人物になっている。とりわけ人気が高いのは、香織&雫コンビと天之河光輝だ。

 

 俺の扱いはというと案外落ち着いている。まあ俺は比較的フランクに接してたしせがまれたらヴァイオリンを演奏するぐらいだ。

 

 しかし‥‥誠に残念なことなのだが、このクラスではイジメも発生している。

 

「おいおい。徹夜してまでプログラミング? 嘘に決まってんだろ」

「そうだよ。オタクなこいつはどうせ朝までエロゲーでもやってたんじゃね?」

「それしかねえよなあ?」

 

 このクラスには小悪党組がいる。そのリーダー檜山大介が先導してハジメのことをイジメているのだ。単純にハジメのことを下等生物として見てるのだろうが、多分香織がハジメと仲良しなのが気に入らないのもあるのだろう。学校でも超人気の白崎がただのオタクに近づくのは許せないとか‥‥そんなくだらない理由だ。

 

 しかしハジメは卑屈になることもなく全て苦笑いで受け流している。メンタル最強枠だろ。

 

 ちなみにハジメは俺がイクサだと知った日から俺と一緒に格闘訓練を始めた。ハジメは一般人なので無理はさせずに最低限の知識と動きは教えてある。

 

 飲み込みの早さは比較的優秀だったのでハジメも現在は同世代相手なら普通に殴り勝てると思う。彼自身が温厚だからその力はあくまでもケガしないために使ってるらしいが。

 

 なにはともあれハジメへのイジメがあること以外は案外楽しく生活していた。勉強は苦手ではないし交友関係もそこそこ。つまらないわけがない。

 

 そんなわけで昼休み。ワープしたとかは禁句だ。

 

「おいおい。ゼリーだけでいいのか? いくらなんでも足りないだろ」

「親は早出だしね。仕方ないよ。それにそこまでお腹減ってないんだ。さっき出すもの出したから」

「察した。大丈夫か?」

「まだなんとかね」

「あれ? 南雲くん。珍しいね、教室にいるの。お弁当? よかったら一緒にどうかな?」

「いつもは屋上だが今日は‥‥すまん忘れてた」

「あ~、誘ってくれてありがとう、白崎さん。でも、もう食べ終わったから天之河くんたちと食べたらどうかな?」

 

 ハジメが空になったパッケージをヒラヒラさせる。厄介事から早く逃れて寝たいのだろう。

 

「えっ! お昼それだけなの? ダメだよ、ちゃんと食べないと! 私のお弁当、分けてあげるね!」

 

 天使ではなく悪魔がいるらしい。だけどハジメ。そんな困ったような顔するな。勘違いされるぞ。

 

「香織。こっちで一緒に食べよう。南雲はまだ寝足りないみたいだしさ。せっかくの香織の美味しい手料理を寝ぼけたまま食べるなんて俺が許さないよ?」

 

 爽やかに笑いながら気障なセリフを吐く光輝にキョトンとする香織。少々鈍感というか天然が入っている彼女には、光輝のイケメンスマイルやセリフも効果がないようだ。

 

「え? なんで光輝くんの許しがいるの?」

「ぶふっ」

 

 思わず笑ってしまう。どっちもどっちなのだが‥‥見る分には面白い。見る分には。

 

「天然さん相手は大変みたいだなあ‥‥」

「それもあるけど香織は‥‥ね?」

「雫。まあ‥‥そうだよなあ」

 

 俺へも視線が飛んでくるが無視。勝手にやっとれ。視線だけで人は殺せないぞ。

 

 そのうちクラスのアイドル的存在である畑山愛子先生が教室に入ってきた。愛子先生は身長155cmぐらいながらもちょこちょこと走り回ってはドジを踏む可愛い先生である。

 

「ま、あいつらは結ばれてほしいよなあ」

 

 腰に巻かれたベルトを触り、内ポケットに入っているイクサナックルの感触を確かめながらも未だにやり取りを続けるハジメと香織を見守る。

 

 暇だしレストランのように演奏でもして暇でも潰そうと思ってケースに手をかける。

 

 

 その瞬間であった。

 

 教室に魔法陣が現れたのだ。その魔法陣は徐々に輝きを増していき、一気に教室全体を満たすほどの大きさに拡大した。

 

 愛子先生が咄嗟に「皆! 教室から出て!」と叫ぶも‥‥遅かった。

 

 魔法陣の輝きが爆発したようにカッと光ったからである。

 

 俺は咄嗟に空いている手で顔を覆った。あまりに眩しくてとてもじゃないが目を開けてられないのである。

 

 外は晴れていた。つまり雷ではない。

 

 電球がショートした。それならここまで明るくはならない。

 

 超新星爆発。あり得ない。

 

 つまり今体験していることは‥‥間違いなく非現実的なことだ。

 

 とすれば‥‥俺が今できることは何一つない。ただひたすら、光が収まるのを待つしかないのだ。

 

 動けないことにもどかしさを感じつつも俺は光が引いていくのを待つ。

 

 一分、三分、いや五分だろうか? 一体どのぐらいの時間が経過したのか‥‥とてつもなく長い時間が経過したような気はする。

 

 ざわざわと騒ぐ無数の気配を感じて俺はゆっくりと目を開いた。そして、周囲を呆然と見渡す。

 

「なんだ‥‥ここは」

 

 まず目に飛び込んできたのは巨大な壁画だった。縦横十メートルはありそうなその壁画には、後光を背負い長い金髪を靡かせうっすらと微笑む中性的な顔立ちの人物が描かれていた。

 

 背景には草原や湖、山々が描かれ、それらを包み込むかのように、その人物は両手を広げている。美しい壁画であり素晴らしい壁画でもある。だが‥‥なぜかおぞましさを感じた。

 

 よくよく周囲を見てみると、どうやら俺たちは巨大な広間にいるらしいということが分かった。

 

 一言で表すなら大聖堂だ。それぐらいに神聖で神々しい雰囲気を感じ取れる。美しい光沢を放つ滑らかな白い石造りの建築物のようで、これまた美しい彫刻が彫られた巨大な柱に支えられ、天井はドーム状になっている。素材は大理石といった高級な素材だろう。

 

 よく分からないが‥‥俺たちはとりあえずはその最奥にある台座のような場所の上にいるようだった。周囲より位置が高い。

 

「クラスメイトが全員いる‥‥?」

 

 あの休み時間の間に教室にいた人間は皆んなここに来たということか。とても信じられないし非現実的すぎるが‥‥考えられる事象は一つしかない。

 

 小説や漫画、アニメではテンプレのように行われる事象だ。

 

 その名を「異世界召喚」。

 

「俺たちは‥‥異世界に来てしまったのか」

 

 持ち物はイクサナックルにベルト、ヴァイオリンとそのケース。最低限は揃っている。

 

「ね、ねえ音也くん‥‥」

「ハジメ」

「これってさ‥‥もしかして」

「そのもしかしてだ。それ以外はあり得ない。集団で幻覚を見るというのもおかしな話だ」

「あの時の外は憎たらしいぐらいに晴れてた。雷ではない。超新星爆発なんて滅多にないし電球がショートしたところであれだけの光は感じない‥‥」

「つまり、そういうことだ」

「‥‥受け入れるしかないね」

「それにしても俺たちの目の前にいるしわくちゃの老人共は‥‥」

「テンプレなら狂信者?」

「流石だ」

「あ、いかにも立派な身なりの人が前に出てきたよ」

「ようこそ、トータスへ。勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は、聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」

「‥‥聞いたか?」

「勇者‥‥なんたるテンプレ」

 

 ゲーム&特撮オタク、めちゃくちゃ冷静。

 

「これから全てを説明いたしますので場所を変えていただきます」

「‥‥しゃあない。ハジメ、香織の側から離れるなよ。この事象に一番強いのはお前だ」

「分かったよ」

 

 俺たちは胸に言いようがない不安を抱えながらも場所を移動するのだった‥‥。

 




どんどん行きますよ。書き次第しばらくは出していきます。


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第三楽章 十二夜月光

キバットバット出すなら杉田ボイスで何を話させるか悩んでます()


「さて、あなた方においてはさぞ混乱していることでしょう。一から説明させて頂きますのでな、まずは私の話を最後までお聞き下され」

 

 晩餐会で使うような広間に連れて行かれた俺たち。とりあえず思い思いに着席して話を聞くことになった。

 

 要約するとこんな感じだ。

 

 まず、この世界はトータスと呼ばれている。そして、トータスには大きく分けて三つの種族がある。人間族、魔人族、亜人族である。

 

 人間族は北一帯、魔人族は南一帯を支配しており、亜人族は東の巨大な樹海の中でひっそりと生きているらしい。

 

 そこまではまあいい。問題はその後だ。

 

 人間族と魔人族は何百年もの間戦争をしてるらしい。魔人族は人間族と比べて数は少ないものの個々の力は強い。

 

 質と量。これらが完全に均衡状態となっており、戦力は拮抗し大規模な戦争はここ数十年起きていないらしいが、最近、異常事態が多発しているという。

 

 それが、魔人族による魔物の使役だ。

 

 魔物とは、通常の野生動物が魔力を取り入れ変質した異形のことだ、と言われている。この世界の人々も正確な魔物の生体は分かっていないらしい。それぞれ強力な種族固有の魔法が使えるらしく強力で凶悪な害獣とのことだ。

 

今まで本能のままに活動する彼等を使役できる者はほとんど居なかった。使役できても、せいぜい一、二匹程度だという。その常識が覆されたのである。

 

「人間族のアドバンテージがなくなり一気に窮地‥‥なるほどね」

「あなた方を召喚したのは〝エヒト様〟です。我々人間族が崇める守護神、聖教教会の唯一神にして、この世界を創られた至上の神。おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう。このままでは人間族は滅ぶと。それを回避するためにあなた方を喚ばれた。あなた方の世界はこの世界より上位にあり、例外なく強力な力を持っています。召喚が実行される少し前に、エヒト様から神託があったのですよ。あなた方という〝救い〟を送ると。あなた方には是非その力を発揮し、〝エヒト様〟の御意志の下、魔人族を打倒し我ら人間族を救って頂きたい」

「ちょっと待て」

 

 思わず立ち上がる。あまりにも身勝手だ。

 

「俺たちはまだガキだ。この世界は子供に戦争をやれってぐらいにまで腐ってやがるのか?」

「そ、そうですよ」

「南雲くん?!」

「貴方たちはなぜ戦わないのです? 僕たちを呼ぶより手慣れである貴方たちが戦った方が遥かに楽に済むはずです」

「その通りだ。てかお前らがやったことはただの誘拐だぞ。サッサと元いた世界に帰してくれよ。お前らの身勝手な理由で命を投げ出すわけにもいかないんでな」

「お気持ちはお察しします。しかし……あなた方の帰還は現状では不可能です」

 

 場が凍りつく、というのはこういうことを言うのだろう。重く冷たい空気が全身に押しかかっているようだ。誰もが何を言われたのか分からないという表情でイシュタルを見やる。

 

「呼べるなら戻すこともできるだろう?」

「先ほど言ったように、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々人間に異世界に干渉するような魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」

「んなクソ身勝手な‥‥」

 

 アホらしい。できることなら今すぐにでも俺たちを呼び出した神とやらを殴ってやりたい。

 

 そして戻ることが不可能と伝えられると‥‥今まで黙っていたクラスメイトたちがパニックを起こし始めた。集団ヒスは不味い気がしてならないんだが。

 

「うそだろ? 帰れないってなんだよ!」

「いやよ! なんでもいいから帰してよ!」

「戦争なんて冗談じゃねぇ! ふざけんなよ!」

「なんで、なんで、なんで……」

 

 まあそうなるのも普通の反応だ。俺たちは人間だし。

 

 未だパニックが収まらない中、光輝が立ち上がりテーブルをバンッと叩いた。当然注目が集まる。

 

「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う。この世界の人達が滅亡の危機にあるのは事実なんだ。それを知って、放っておくなんて俺にはできない。それに、人間を救うために召喚されたのなら、救済さえ終われば帰してくれるかもしれない」

「おいおい、何バカなこと言ってやがる」

「なんだと?」

「自分から死にに行くってか? なら勝手に一人で死ねよ。お前、自殺でもしたいのか?」

「俺たちには大きな力があるって聞いただろ? ここに来てから妙に力が漲っている感じがしないか?」

「するね。それがどうした?」

「それならきっと大丈夫だ。俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」

 

 ギュッと握り拳を作りそう宣言する光輝。無駄に歯がキラリと光る。

 

「俺が‥‥ね。お前一人で何かできると思ってるのか? 仮にクラスメイトが協力したとしてもこの世界を救うには力が足りないだろうよ」

「な、なら訓練をすれば」

「俺は断固として戦争に参加することは反対だ。この世界の人たちのことは確かに気の毒には思う。だが‥‥帰れないのなら元も子もない」 

 

 イライラしてきた。この大バカは何を考えているんだろうか。

 

「戦争したければ勝手にやれ。俺は手伝わん」

「お前‥‥それでも人間か!」

「人間じゃねえよ。これを持ってる限りはな」

「なんだ‥‥それは」

「そのうち分かる。で、クラスメイトで戦争をして死にたい人間はどのぐらいいる?」

 

 シンとする会場。冷静に考えてみれば、戦争というのは死が常に隣にあるものだ。どんなにこの世界を救いたいとしても自分の命より大切なものはない。

 

「ま、どのみち帰る手段がないならこの世界で力をつけて自力で帰る方法を見つけるのは有りかもな」

「お、お前‥‥困ってる人を見て何も感じないのか?!」

「感じるさ。可哀想だってな。救いたいってな」

「なら!」

「だがそれとこれは別だ。まあここで即決してもあれだから当分は神の言いなりとやらになってやるがな」

「チッ‥‥分かりました。では明日、貴方方にはハイリヒ王国へと移動してもらいます。そこで魔法や実戦の訓練を積んでください」

「ハイリヒ王国ね‥‥」

「それではこれで解散です。お部屋はメイドが案内しますのでご心配なさらず。夕刻になったら出発です」

 

 イライラとした様子を一瞬だけ見せたイシュタルに俺はほくそ笑む。どうやらこの世界の神は黒のようだ。信じなければ悪という考えがある以上‥‥黒。真っ黒である。

 

「さて寝るか‥‥ハジメ。また明日な」

「う、うん。めちゃくちゃな物言いだったけど‥‥」

「イライラしてた。許せ」

「怖い‥‥」

 

 ハジメにジト目を頂いてしまった。やれやれだ‥‥。

 

──────────────

 

 

 

 夕方。俺たちは下山してハイリヒ王国へと向かった。もとより俺たちの受け入れ先として準備が整っていたらしい。

 

 んで城に入って王たちと対面したのだが……王子? が香織のことを見つめてるのが印象的だった。どこの世界でも香織の美貌は通用するらしい。おそらく彼女の眼中にもないと思うが。

 

 というかこちらにも視線を感じる。視線の先は王女さんからか。

 

「なんだ……?」

 

 気になって見つめる。すぐに目を逸らされてしまったが頬が赤くなっているのを見逃しはしなかった。勘弁してくれ。

 

 そこからはただの自己紹介だ。国王の名をエリヒド・S・B・ハイリヒといい、王妃をルルアリアというらしい。金髪美少年はランデル王子、王女はリリアーナという。

 

 後は、騎士団長や宰相等、高い地位にある者の紹介がなされた。数が揃うとある程度の威圧感を感じる。

 

 その後晩餐会が開かれ、異世界の料理を堪能した。見た目が怪しいやつもあったが普通に美味しかった。なぜかリリアーナに積極的に話しかけられたが……適当に話を合わせて流し切った。今はそれどころではない。

 

 晩餐が終わると、各自に一室ずつ与えられた部屋に案内された。なぜ天蓋が付いてるんだ。なんか落ち着かない。突然豪華なホテルに放り込まれても困惑するだけだ。

 

「……仕方ない。ヴァイオリン弾きに行くか」

 

 そうと決まれば即行動だ。ヴァイオリンをケースごと持ち出して俺は城の外にある庭へと出た。趣味の悪い彫刻がたくさん並んでること以外は悪い庭ではない。一面芝生で素晴らしい見た目だ。噴水もあるので気持ちが落ち着く。

 

 

 

 折角なので噴水の縁に腰を掛ける。水の近くにいると涼しくて心地よい。

 

「あら……?」

「あれ、雫?」

「どうしたの? こんな時間に」

「それはこっちのセリフ。夜更かしは肌に悪いぞ」

「貴方は……ヴァイオリンを弾きに来たの?」

「眠れなくてな。何曲か弾いて寝たい」

「それなら……ちょっと相談事良いかしら?」

「相談事?」

「私……怖いのよ」

「……」

「戦争なんかに参加したくないし今すぐにでも元の世界に帰りたいわ」

「そりゃ俺もだ」

「だから戦争に参加するのは断固拒否ってわざわざ言ったの?」

「それもあるが……一番はクラスメイトが死んでしまうのが嫌なんだ」

 

誰一人として欠けて欲しくない。俺の切なる願いだ。訳の分からない理由で誰かが死ぬのはとても耐えられない。

 

「……守ってくれたのね」

「そうなるのかなあ……イライラしてたから荒々しい言葉遣いだったろ」

「光輝にも悪気はないの。ただ、自分が間違ってることが……」

「分かってない……だな。自分のことを信じて疑わないもんな」

 

 ああいうタイプは上手くいかないと取り乱して子供っぽくなる奴だ。なまじ力があるから余計たちが悪い。

 

「ま、クヨクヨしても仕方ないな。どうせ変えるためには魔法を使えないといけない。しばらくは適当に頑張ろうや」

「それなら……お願いがあるの」

「お願い?」

「私を……守ってほしいな」

「……こりゃ驚いたな。名指しのご指名か」

 

 とはいえ雫だって女の子だ。多分誰よりも乙女である。守られたいという願望を持ってもおかしいことは一つもない。

 

「これは……断れないな」

「ごめんなさい……私本位なお願いで」

「気にするな。雫だって女の子だろ?」

 

 ヴァイオリンを構えた。何を弾こうか……。

 

「『月光』の第三楽章でも弾くか」

「待ちなさい。それってピアノ譜じゃ……」

「知るか。ピアノ譜をヴァイオリンで弾けば良いだけだよ」

 

※簡単に言っているがおっそろしく高難度。音也は天才ヴァイオリニストである。

 

「やっぱり貴方は天才ね……」

 

 雫の言葉に苦笑いを零しながらも弦に弓を触れさせた。今夜は十二夜。中途半端な月だからこその趣がある中、ヴァイオリンの流れるような音色が辺りに木霊するのだった。

 

 




感想は是非お願いします!私のモチベが急加速しますう


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第四楽章 ステータスプレート

あっつい‥‥死にそう()
それにしても設定考えるの楽しいですねえ‥‥


翌日から早速訓練が始まった。まず、集まった俺たちに十二センチ×七センチ位の銀色のプレートが配られた。不思議そうに配られたプレートを見る俺たちに、騎士団長メルド・ロギンスが直々に説明を始めた。

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

ゲームなんかではよく見るアイテムだそれにしても自分の能力を客観的に見るというの新鮮で面白い。

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 〝ステータスオープン〟と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

「アーティファクト? なんだそれ」

「簡単に言えば現代では再現不可能な道具のことだ。神代のころは普通に作られていたらしいが今では作れる人物がいなくなったんだ。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

 

なるほど、納得のいく説明だ。とりあえずプレートについた針に自分の指を刺して血を魔法陣に垂らす。すると、魔法陣が一瞬淡く輝いた。

 

「どれどれ……」

 

===============================

紅音也 16歳 男 レベル:1

天職:ヴァイオリニスト

筋力:100

体力:350

耐性:200

敏捷:90

魔力:50

魔耐:110

技能:ヴァイオリン演奏技術・共感覚・絶対音感・生命力増強・毒耐性・全属性適正・言語理解

===============================

 

 表示された。戦闘に使える技能が見当たらない気がするんだが。まあ並みよりは死ににくそうではある。わざわざ生命力増強だなんてあるし。

んで防御系の基礎能力が高いのは間違いなくイクサのおかげだ。多分マラソン選手レベルの持久力を持っている自信がある。

 

「確認できたか? 出来たら俺に見せてくれ。訓練の参考にするからな」

 

 クラスメイトが続々とメルドのところへステータスプレートを見せに行った。光輝は天職が勇者でオール100とオールマイティだったし他のクラスメイトもまあまあな能力値だった。次は俺だ。

 

「ふむ……随分とタフネスだな。しかしヴァイオリニストというのは……」

「間違いなく戦闘には役に立たないだろうなあ」

「おいおいなんだよ紅。あれだけ偉そうなこと言って役立たずかよ?」

 

檜山たちが絡んでくる。うざったいのでイクサナックルで殴りつけて引き離した。

 

「うごお?!」

「舐めるなよ。俺には……これがある」

レ・ディ・ー

「変身」

フィ・ス・ト・オ・ン

 

いつものように変身する。どうせバラすことだった。なら今変身したところで変わりはしない。

 

「ま、まさか……!」

「そのまさかだ。俺がイクサその人だよ。んで団長。もう戻ってもいいですかね」

「お、おう。大丈夫だぞ」

 

最後にもう一度檜山たちを睨みつけて変身を解き、俺は列から外れるのだった……。

 

──────────────────

「ねえ音也くん。イクサスーツって僕でも着けられるかな」

「急にどうしたんだ」

 

夜。突然ハジメが部屋を訪ねてきた。

 

「今日のステータス、見たでしょ?」

 

ハジメのステータスは‥‥この世界でいうレベル1の平均値の二倍に加えて天職は錬成師とただの一般人だったのである。クラスメイトの中では最弱だ。

 

「そんでイクサを使えるか試したいと」

「少しでも役に立ちたいんだ‥‥それに」

「檜山たちだろ?」

「‥‥うん」

「このステータスプレートバグってるんじゃねえの? ハジメはそこそこの持久力はあるはずなんだが」

 

実際ハジメは俺との稽古で30分は食らいつけるぐらいのは成長している。バグってるだろやっぱり。

 

「試すだけなら構わないさ」

「ありがとう‥‥」

 

イクサナックルとベルトをハジメに手渡す。

 

レ・ディ・ー

「反応した‥‥良かった。変身!」

フィ・ス・ト・オ・ン

 

スーツがハジメを包み込む。どうやら変身自体は可能のようだ。何分保つかな‥‥。

 

「お、思った以上に疲れるね」

「一分経過〜」

「これなら少しでも役に立てるかな‥‥」

「まあ俺たちが住んでた世界の東京スカイツリーを一撃で粉砕するからな。単発火力でなら十分だろ。はい、二分経過な」

「あ‥‥頭痛が痛い」

「変身解除しな」

「う、うん」

「変身時間二分半か‥‥まあ奥の手になるだろうな」

「うーん‥‥やっぱり無能のままか」

 

いや、二分半変身できただけでも凄い。一般人なら一分以内に強制変身解除に追い込まれる。それをいきなり二分半も変身してみせてかつ強制変身解除はしなかったハジメは人外の素質がある。

 

「まあ‥‥そう落ち込むなよ。訓練すりゃなんとかなるさ」

「うん‥‥そうだね。ちょっと安直すぎたかな」

「なに、大丈夫だ。弱い自分を変えようとするのは悪いことではない」

「そっか‥‥うん、ありがとう」

「もう寝な。今日はよく眠れると思うぞ」

「そうだね。おやすみなさい‥‥また明日ね」

「おう、おやすみ」

 

眠たげなハジメを部屋から出し、俺は一人の空間へ戻る。

 

俺の能力値も無能に近かった。戦闘には役に立たない技能ばかりで正直不安だ。

 

しかし‥‥同じ悩みを抱えた人物がいた。それだけでも俺は少しだけ救われた気持ちになるのだった。

 




はい、ハジメが変身しました。変身ポーズは315な人を思い浮かべて頂けると嬉しいです。

それと能力紹介を雑ですがどうぞ。

・生命力増強……読んで字のごとく。だいたい常人の数十倍は生命力が強くなる。

・共感覚……世の中の全ての物体を色で把握する。彼にはモノクロの手紙もカラフルに見えている。なお相手の感情が色で見えるので読心術っぽくも使える。


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第五楽章 月明かり照らす部屋

雫は可愛い。これ常識です()


ステータスプレートを貰って俺たちの能力が分かってから二週間ほどが経過した。

 

俺はヴァイオリニストということで国宝級のヴァイオリンとファンガイアスレイヤーのようなナイフを貰った。必要に応じて鞭にも変形するためリーチは比較的長めだと思われる。

 

一方ハジメは無能の烙印を押されてしまい陰湿ながらも過激なイジメを受けるようになってしまった。

 

見つかれば香織や雫が諌め、光輝や友だちの龍太郎が責め立てるが‥‥なくならないものはなくならない。しかも光輝はハジメが無能からある程度の有能になるために手を貸してくれたとまで思ってるし。

 

とりあえず今日は公式の実戦訓練だ。なんでもトーナメント方式で勝ち上がり戦をやっていくらしい。ハジメと当たった檜山が狂喜乱舞してた。

 

「一回戦の相手は‥‥檜山とつるんでる近藤ね」

「あ、音也くん」

「ようハジメ。どうする? 使うか?」

「使うよ。五分で片付ける」

「お前も怖いなあ」

 

ベルトとナックルを手渡す。毎日のように変身してある程度耐性が付いたのか、五分は変身を保てるようになったハジメ。無茶すればあともう一分はいけるだろう。

 

「あ‥‥でも戦いは同時進行だよね? 借りたら音也くんは変身できないんじゃ‥‥」

「舐めるな。ヴァイオリンとスレイヤーモドキがあれば十分だよ」

「ああ‥‥そういえばヴァイオリンを使って魔法を撃ってたよね」

「無詠唱でなぜか撃てるから便利だわ」

「演奏始める前に宣告してるから詠唱はそれなんじゃないかな。本には魔力操作ができないと無詠唱での魔法発動はほぼ不可能みたいだし」

「流石図書館に篭ってるだけはある」

「イクサがなかったら無能だからね。少しでも知識が欲しかったんだ」

「錬成使って落とし穴やトラップ仕掛けることぐらいならできそうだろ」

「あ‥‥」

「あれ、新発見?」

「ありがとう。少しいい案が浮かんだ」

「そりゃどうも。んじゃ、行ってくるわ」

 

ヴァイオリンを手にして武舞台のようなところに立つ。目の前にはニヤニヤとうざったい笑みを浮かべている近藤。

 

「ヴィヴァルディ『四季』より。『秋』」

「なにをブツブツと言ってるんだ!」

 

槍を片手に突貫してくる近藤。俺は今日まで訓練の時間には抜け出して独学で訓練してきた。きっと無能だと思ってるのだろう。

 

だが‥‥それは間違いだ。

 

♪〜 ♪〜 ♬♬〜

 

「うぐっ?! か、体が‥‥!」

 

♬♪〜 ♪♪♪♬〜

 

ヴァイオリンから神々しい光が溢れ始める。その光はまるで鎖のように近藤の体へ纏わりついた。

さらにその鎖から誰しもが持っている心の音楽へと訴えかける精神攻撃のようなものを開始した。

 

「くそっ! 離しやがれ!!」

 

胴体に、腕に、脚に、首に。光の鎖が纏わりつく。少しずつ締め付ける力を強くしていき直接大量の魔力を流し込んでいく。

 

魔力を外部から大量に摂取すると毒のように体を蝕んでいくという。これはハジメ情報だ。普通なら魔力回復するだろうと思うかもしれないが‥‥なぜか体に毒だそうだ。

 

「あぐあ‥‥頭痛がっ」

 

〜♪♪ 〜♬♬♬

 

第一楽章、第二楽章、第三楽章。時間にして10分超えである。まあいつものように演奏してるだけだが。

 

「ストップストップ!」

「団長。なんで邪魔を‥‥」

「いや気絶してる! オーバーキル!!」

「‥‥やったぜ」

「とりあえず休んでろ。次の出番になったら呼ぶから」

「はいさー」

 

武舞台から飛び降りる。楽勝だな。

 

レ・ディ・ー

「変身」

フィ・ス・ト・オ・ン

「はあ? お、おい南雲‥‥それはまさかっ」

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「エイヤアアアアアアアア!!」

 

ズドバンッ! 

 

「ぐおあ?!」

「しょ、勝者‥‥ハジメ!!」

「やりやがったあの野郎」

 

ブロウクン・ナックルを使用して檜山を一発KOしやがった。しかも直アテ。あれじゃあ檜山は再起不能だろう。これまでの恨みつらみが溜まっているであろうとはいえあそこまで容赦なくやるか? 

 

ハジメの深層心理を改めて見た気がして寒気がしたが‥‥俺は実戦訓練に戻るのだった。

 

─────────────────

夜。結局実戦訓練は中止となった。その理由は間違いなく俺とハジメである。俺は手加減なして気絶させてるしハジメは一撃必殺の勢いで屍のようなクラスメイトを量産していくし。

少々やりすぎたと反省している。イクサはやはり恐ろしかった。

 

まあ死ぬ気でやれってメルドに言われてたのでお咎めはなしだった。ハジメに対してはむしろ褒めちぎってた。まあ戦力化できたのが嬉しかったのだろう。

 

ちなみに訓練中止と言われたのは夕方だ。本来なら夜までやる予定だったらしい。とはいえ中止してしまったのは仕方ないのでメルド団長に明日の指示を出されて解散となった。

 

「明日から、実戦訓練の一環として【オルクス大迷宮】へ遠征に行く。必要なものはこちらで用意してあるが、今までの王都外での魔物との実戦訓練とは一線を画すと思ってくれ! まぁ、要するに気合入れろってことだ! 今日はゆっくり休めよ! では、解散!」

 

と、伝えられた。オルクス大迷宮というと全百階層からなると言われている大迷宮である。七大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれ強力な魔物が出現する。

にもかかわらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気がある。それは、階層により魔物の強さを測りやすいからということと、出現する魔物が地上の魔物に比べ遥かに良質の魔石を体内に抱えているからだ。

 

この魔石というのは説明が難しいのだが‥‥簡単に言うと魔法陣作成に使える素材だ。良質であればあるほど強力な魔法を出しやすくなる。なんだかんだで日常生活に便利なので多く市場に出回ってるとかなんとか。

 

ちなみに、良質な魔石を持つ魔物ほど強力な固有魔法を使う。固有魔法とは、詠唱や魔法陣を使えないため魔力はあっても多彩な魔法を使えない魔物が使う唯一の魔法である。一種類しか使えない代わりに詠唱も魔法陣もなしに放つことができる。魔物が油断ならない最大の理由だ。

バカの一つ覚えの究極形態と言っても良いのではないだろうか。口めちゃくちゃ悪いけど。

 

俺たちはオルクス大迷宮に挑戦するということで挑戦者のための宿場町【ホルアド】に到着した。新兵訓練によく利用するようで王国直営の宿屋があり、そこに泊まる。

 

気絶して未だに目を覚まさない人間を背負いながらここまでやってきたので俺はもうクタクタだ。早くベッドにダイブして眠りたい。

 

「やれやれ‥‥ここ二週間で大分力はついたがまだまだ一人旅するには力不足だな」

 

ベッドに腰掛けながら独り言ブツブツ。俺の目的は元の世界へ帰ることだ。戦争だなんてする準備してる暇があったら一つでも多くの力を手に入れてしまいたい。

 

ちなみに今現在の俺のステータスはこんな感じだ。

 

===============================

 

紅音也 16歳 男 レベル:3

 

天職:ヴァイオリニスト

 

筋力:160

 

体力:400

 

耐性:250

 

敏捷:150

 

魔力:200

 

魔耐:150

 

技能:ヴァイオリン演奏技術・共感覚・絶対音感・生命力増強・毒耐性・全属性適正・言語理解

 

===============================

軒並み成長はしているし強くなった実感もある。魔法を扱うのにも慣れてきた。

俺の場合はヴァイオリンを使った演奏攻撃かファンガイアスレイヤーモドキを使った近から中距離戦闘が主だ。よくある異世界物の小説みたいに魔法弾を撃つようなことは殆どない。

こっちには科学の結晶であるイクサスーツがある。遠距離攻撃もできなくはないからなんとかなるだろう。

 

「ま、なんとかなるよな‥‥寝るk」

 

コンコン

 

「‥‥誰ですかい」

 

睡眠しようとしたのに妨げられてほんの少し不機嫌になる。寝る時はパタリと寝たいのになあ。

 

「夜遅くにごめんなさい‥‥紅くん。八重樫よ。入っていいかしら?」

「うん?」

 

鍵を外して戸を開ける。そこには‥‥寝間着姿の雫が立っていた。寝間着姿といってもだらしない物ではなく浴衣のような物だ。

 

「なにか連絡事項でもあるのか?」

「いえ‥‥ちょっとお話したくて」

「はあ‥‥」

「その‥‥迷惑だったかしら」

「いや別に。ここで話すのもあれだし部屋入れ」

「ありがとう」

 

追い返すのも面倒くさいので部屋に入れることにした。何用だろうか。

 

「大したもんないけど‥‥紅茶モドキと茶菓子、いるか?」

「お願いできるかしら」

「はいよ」

 

ティーパックのようなものから抽出した水出しの紅茶モドキを淹れて窓際に設置されたテーブルセットに座った雫に差し出す。

雫は無言で、しかし笑顔でコップを受け取り静かに飲み始めた。窓から差す月明かりが雫を照らし、まるで天使のようにも見えた。

 

「それで‥‥話したいことってなんだ? 明日のことか?」

「‥‥ええ」

 

先程の笑みは消えて思い詰めたような表情になった雫。どうしたのだろう。

 

「あのね‥‥私、凄く怖いの」

「‥‥‥」

「皆の前では怖がってた人を助けたりなんかしてたけどね。昨日も言ったけど、私も怖いのよ」

「‥‥お前も女だもんな」

 

今にも泣きそうな顔で訴えかけてくる雫。この子だって女の子だ。俺は何度も露葉さんから聞いている。

 

『雫はね。剣を持つよりもお人形やキラキラしたアクセサリーを持っていたかったのよ。道着や和服よりもフリルの付いた可愛い洋服を着たかったの』

 

どこまでも乙女で、どこまでも人を思いやれる優しさの二面を持った八重樫雫。自分に素直になりたい一方で他人を思いやれることから苦しんできたのだろう。特に家族を傷つけたくないと。究極のジレンマに苦しめられて葛藤してきたのだろう‥‥。

 

「‥‥俺に何かできるかって聞かれても正直答えに困るな。怖いのは勿論理解できるしそう思って当然だ」

「ううん。少しだけでも分かってくれる人がいて嬉しいわ‥‥」

「できることと言えばこうして話を聞いてやることしかないなあ」

「‥‥‥」

「後は‥‥何かあるか? てかやってほしいことあるか?」

「そうね‥‥」

「できる範囲で頼むぞ」

「‥‥抱きしめて」

「は?」

「抱きしめてほしい‥‥かな」

「待て待て待て。なせ抱きしめる必要がある?」

「あら、知らないの? 人って抱きしめられると多少は落ち着くのよ」

「異性だよな? 俺は男でお前は女。このまま抱き合ったりなんかしたらThis is 不純異性交友って見られかねない」

 

しかも雫は超絶美人。俺なんかが抱きしめたらいけない気がする。

 

※見た目は紅音也そっくり。

 

とはいえ‥‥少しでも不安を取り除くことができるならそれで良いのだろうか? 

 

「俺なんかで良いのか?」

「‥‥できることなら貴方以外は嫌ね」

「それってそのまま受け止めていい?」

「そうね‥‥」

「マジ?」

 

そのまま受け止めるとこれは完全に告白なんですがそれは。え、いいの? 俺みたいなヴァイオリンバカで良いのか? ねえねえ。

 

「その言葉、しっかりと責任持てよ?」

「その覚悟はできてるわよ」

「‥‥はあ。まさかこうなるなんてな」

 

カリカリと頭を掻く。ここで受け止めてしまえば俺も覚悟を決めなきゃいけない。

 

「‥‥ん」

「‥‥それは」

「‥‥覚悟決めた。受け入れよう」

 

両手を広げて雫の目を真っ直ぐ見る。俺も覚悟を決めた。

 

「‥‥良いのね?」

「あまり長引かせるな。羞恥心MAXで寿命が縮まる」

「‥‥ふふ。分かったわ」

 

月明かり照らす部屋の中。覚悟を決めた二人の男女がお互いの肌と肌を触れ合わせて静かに笑い合うのだった。

 

──────────────────

オマケ

 

「あっ……ふあ」

「ここまで顔が近いのは初めてか?」

「当たり前よ……」

 

音也に抱き締められたことによってあっという間に骨抜きにされた雫は、されるがままになっている。互いのおでことおでこをコツンとぶつけてキスの次に近い位置から話しかける音也に見惚れているようだ。一切の抵抗を見せない雫に音也の心拍数は跳ね上がる。

 

しかし翌日は命を賭けることになるだろう。そのことを十全に理解している音也は、雫のことを再度抱き寄せて耳元で呟く。吐息が雫の耳にかかり、彼女に言いようのない快感が奔った。

 

「明日は命を賭けることになる。ここで現を抜かす訳にもいかないのは分かるな?」

「ええ……分かってるわ」

「それなら、膝枕で我慢してくれねえかな。寝ても一緒に居てやる」

「それなら……お願い」

「あいよ」

 

月明かりが差す一室。稀代のヴァイオリニストである紅音也は、たった一人の少女の心の安心を守るために己の睡眠を削るのだった。

 




実は今構想が二つあるんですよね‥‥原作通りハジメが奈落に落ちて魔王化、助けに行った音也も魔王化っていうテンプレかハジメを死亡させるか、あるいは別の案か‥‥。


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第六楽章 オルクス大迷宮

意見をくださった方本当にありがとうございました!おかげで構想がまとまりました…感謝してもしきれません。
よく考えるとハジメってやはりチーターなんだなあ……。


 雫と覚悟を決めた翌日。俺たちはついに出発することになった。大迷宮入り口付近は所謂祭りのような空気であり、露店が散見している。やはり人が多く集まるところは商人の戦場らしい。どの商人も目の色変えて冒険者を呼び込んでいる。

 

 そんな逞しい商人たちをスルーして俺たちはメルド団長の後から大迷宮へと足を踏み入れた。外とは違って大迷宮内は不気味なぐらい静かである。空気もどこかおどろおどろしいし音楽も感じない。とにかく静かだ。

 

 そのまま進んでいくと広間に出た。ドーム状の大きな場所で天井の高さは七、八メートル位ありそうだ。少しすると壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が湧き出てきた。

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ! 交代で前に出てもらうからな、準備しておけ! あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが、たいした敵じゃない。冷静に行け!」

 

 まだまだ戦うことはなさそうだ。その間に荷物の確認をする。ヴァイオリンケースは背負っておりファンガイアスレイヤーモドキはポケットに入っている。ベルトは315な人のように肩に掛けてありナックルは手に持っている。一応すぐにでも動ける状態だ。

 

 その間に光輝たちは敵を殲滅してしまっていた。あっという間である。

 

「ああ~、うん、よくやったぞ! 次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ! ただな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

 

 魔法攻撃組を見て苦笑いする団長。まあ力加減難しいし仕方ない。とりあえず雫の元へ行く。

 

「雫。大丈夫か」

「……流石ね」

「見りゃ分かる」

「おい紅。雫はどこもケガをしてないじゃないか」

「見る目がない人間は嫌われるぞ」

「んなっ?!」

「雫、次戦うときは俺と交代だ」

 

「分かったわ。気遣ってくれてありがとね。でも音也も眠いんじゃ……」

「そのぐらい気にすんな」

 

 俺は雫の表情が引きつっているのに気が付いたのだ。恐らく魔物相手とはいえ初めての殺害にメンタルがやられたのだろう。それでも他にメンタルをやられたクラスメイトのケアに回っているのを見ていたたまれなくなったのである。

 代わることぐらいなら俺がいくらでもしてやる。雫を守るためにもそう決意したのだ。

 

 そこからは特に問題もなく交代しながら戦闘を繰り返し、順調よく階層を下げて行った。途中俺も前線に出て鞭とナイフのコラボレーションで魔物を圧倒した。まだまだ大したことはない。

 ちなみにハジメは錬成で地面を変形させて魔物を拘束し身動きが取れなくなったところで確実にとどめを刺す戦法をしていた。途中掘削機のようなものを作ってエグい殺し方してたけど。

 

 そして、一流の冒険者か否かを分けると言われている二十階層にたどり着いた。

 

 現在の迷宮最高到達階層は六十五階層らしいのだが、それは百年以上前の冒険者がなした偉業であり、今では超一流で四十階層越え、二十階層を越えれば十分に一流扱いだという。

 

 イクサ使えば純粋に戦闘能力が10倍以上跳ね上がるので案外単騎でも深い階層まで行けそうではあるが。

 

「よし、お前達。ここから先は一種類の魔物だけでなく複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。今までが楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ! 今日はこの二十階層で訓練して終了だ! 気合入れろ!」

「雫。行けそうか?」

「ええ。もちろんよ」

「んじゃフォローに回ろう。気をつけろよ」

 

 右手にイクサナックル、左手にファンガイアスレイヤー。これでどの距離にも対応可能だ。

 

「擬態しているぞ! 周りをよ~く注意しておけ!」

「……そこだ!」

 

 絶対音感が使えるということは耳が非常に敏感だということだ。僅かな物音も逃すことはない。音がした場所に向かってイクサナックルから衝撃波を飛ばして牽制。どうだ? 

 すると前方でせり出していた壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた体は、今は褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸を叩きドラミングを始めた。どうやらカメレオンのような擬態能力を持ったゴリラの魔物のようだ。

 

「ロックマウントだ! 二本の腕に注意しろ! 豪腕だぞ!」

 

 ここら一帯は狭い鍾乳洞的をしている。光輝と雫が取り囲もうとしているが思うようにいかないみたいだ。龍太郎という壁がいなかったらあっという間に突破されてただろう。

 

 龍太郎の人壁を抜けられないと感じたのか、ロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。

 

 直後、

 

「グゥガガガァァァァアアアア────!!」

 

 部屋全体を震動させるような強烈な咆哮が発せられた。

 

「ぐっ!?」

「うわっ!?」

「きゃあ!?」

「やべえ……前衛組固まってるじゃないか」

 

 後方にいたおかげで奴の固有魔法である“威圧の咆哮”を食らわずに済んだ俺は咄嗟にヴァイオリンケースを地面に置いて飛び上がり、同じく飛んできたロックマウントを殴り飛ばして援護に入った。

 

レ・ディ・ー

「変身!」

フィ・ス・ト・オ・ン

「この野郎……消し飛べ!」

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「あ、こら待て!」

「食らええ!!」

 

 ドパアァァァァァァァァァァアアン! 

 

 静止声が聞こえたが無視。多少ここが崩れてもなんとかする術は考え付いてる。故にすぐ変身解除してヴァイオリンケースを手に取る。

 

「グウウウオオオ?!」

「ガアアア?!」

 

 流石五億ボルトの電磁波。屈強なロックマウントをいとも簡単に消し炭にしていく。狭めの通路だったのも幸いして避けることは不可能。チェックメイトだ。まあ奥の壁も破壊しつくしてしまったのは想定外だったが……。

 

「やっべえやりすぎた。天井は崩れてこないか……?」

 

 崩れて来たら演奏で無理やり崩壊を抑え込もうと思っていた。なんか曲によってもたらす効果も違うらしい。例えば「四季」なんかも春夏秋冬で効果が違う。「冬」なんかは拘束した上で対象を凍らせていくし「夏」は対象を焼き尽くしてしまう。

 

 まあ崩れなかったので良しとしよう。

 

「お前なあ……少しは手加減をしろよな」

「申し訳ないですが崩れた時にどうするかは考えてたんでね」

「抜け目ないなお前……」

 

 団長に苦笑された。いいじゃん上手くいったんだし。文句ないだろ? 

 

「……あれ、何かな? キラキラしてる……」

「どうしたの白崎さん?」

「ハジメくん……ほらあれ。崩れた壁の奥に水晶みたいのが……」

 

 香織の声に全員が崩れた壁の先を見る。そこには確かに青白く発光した水晶のような鉱石が花咲くように壁から生えていた。女子がウットリとした視線で鉱石を見つめている。やっぱり女子は綺麗な物が好きなのだろうか。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

「なんすかそれ」

「アクセサリーや婚約指輪の装飾なんかに使われる鉱石だな。その涼やかで煌びやかな輝きが貴族のご婦人ご令嬢方に大人気らしいぞ」

「へえ……」

 

 時間に余裕ができたら雫にアクセサリーを渡してあげるのもありかも……。

 

「だったら俺らで回収しようぜ!」

「はあ?」

 

 そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。それに慌てたのは団長だ。

 

「こら! 勝手なことをするな! 安全確認もまだなんだぞ!」

 

 しかし、檜山は聞こえないふりをしてズンズンと先へ進む。「うるせえよ。こっちの気も知らないで」という言葉を聞いて思わず顔をしかめた俺を他所に、とうとう鉱石の場所に辿り着いてしまった。

 

 団長は、止めようと檜山を追いかける。同時に騎士団員の一人がフェアスコープというトラップ発券機で鉱石の辺りを確認する。そして、一気に青褪めた。

 

「団長! トラップです!」

「ッ!?」

 

 檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔法陣が広がる。グランツ鉱石の輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。美味しい話には裏がある。世の常である。

 

 魔法陣は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、召喚されたあの日の再現だ。

 

「うおっ?!」

 

 体が宙に浮く感覚。どうやら移動しているらしい。上に持ってかれることは考えにくいから……強力な魔物が出現する下の階層へ移動させられている可能性が高い。

 

 ドスン! 

 

「いって……」

 

 やはり転送された。取り敢えず立ち上がって耳を澄ませる。そして即座に顔が青ざめた。

 

「団長! ここはやばい!」

 

 転送された場所は、巨大な石造りの橋の上だった。ざっと百メートルはありそうだ。天井も高く二十メートルはあるだろう。橋の下は川などなく、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。まさに落ちれば奈落の底といった様子だ。

 

 橋の横幅は十メートルくらいありそうだが、手すりどころか縁石すらなく、足を滑らせれば掴むものもなく真っ逆さまだ。ハジメ達はその巨大な橋の中間にいた。橋の両サイドにはそれぞれ、奥へと続く通路と上階への階段が見える。

 

「みんな急げ! 階段に──」

 

 その指示も遅かった。奥から獣の咆哮が聞こえてきたのである。距離はそこまで離れてない。しかもその魔物であろう奴の近くにも軽く百は超える魔物のカタカタという音が聞こえる。

 

「ま、まさか……ベヒモスなのか?」

 

 団長の絶望したかのような声が辺りに響き渡るのだった……。

 




被らないようにかつ原作に似せるって難しいですね()やりすぎると粛清されかねない()


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第七楽章 ベヒモス

08小隊って良いよね()
ダークキバは出すつもりですがそう多く出番はない…はず


「ベヒモス? なんだそれは」

「かつて最強と呼ばれた冒険者たちですら倒せなかった化け物中の化け物だ!」

「それって……」

「ヤバいやつだ! 急いで逃げるぞ!!」

「おい待て。橋の両サイドに魔法陣が展開されてるぞ!」

 

 通路側の魔法陣は十メートル近くあり、階段側の魔法陣は一メートル位の大きさだが、その数がおびただしい。

 

 小さな無数の魔法陣からは、骨格だけの体に剣を携えた魔物〝トラウムソルジャー〟が溢れるように出現した。空洞の眼窩からは魔法陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数は、既に百体近くに上っており、尚、増え続けているようだ。

 

 しかし、数百体のガイコツ戦士より、反対の通路側の方がヤバイと俺は感じていた。

 

 十メートル級の魔法陣からは体長十メートル級の四足で頭部に兜のような物を取り付けた魔物が出現したからだ。もっとも近い既存の生物に例えるならトリケラトプスだろうか。ただし、瞳は赤黒い光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら、頭部の兜から生えた角から炎を放っているという付加要素が付くが……どこかで見たな。ゲームだったか? 

 

「アラン! 生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ! カイル、イヴァン、ベイル! 全力で障壁を張れ! ヤツを食い止めるぞ! 光輝、お前たちは早く階段へ向かえ!」

「待ってください! 俺たちもやります! あの恐竜みたいなヤツが一番ヤバイでしょう! 俺たちも……」

「アホか。お前はそんなにも死にたいのか?」

「その通りだ! 今のお前たちでは無理だから早く行け!!」

「それでもっ!」

「お前がいなかったら他のクラスメイトはどうするんだ! ゴチャゴチャ言ってないで助けに行け!!」

「団長! 障壁!!」

 

 絶対音感によって研ぎ澄まされた耳がもうすぐベヒモスが突撃してくるのを捉えた。大急ぎで付加された縮小機能を発動させてポケットにしまう。そしてベルトを巻き団長に指示を飛ばした。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、ここは聖域なりて、神敵を通さず──〝聖絶〟!!」」」

「変身!」

フィ・ス・ト・オ・ン

 

 ドゴオォォォォォォォォオン!! 

 

 二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔法陣と四節からなる詠唱、さらに三人同時発動。一回こっきり一分だけの防御であるが、何物にも破らせない絶対の守りが顕現する。純白に輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防ぐ! 

 

 衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足元が粉砕される。

 

「オラァ!!」

 

 そこを狙ってイクサナックルから衝撃波を飛ばしてベヒモスを吹き飛ばした。

 

「お、俺も」

「早く行けえええ!」

「グハァ!?」

 

 イクサナックルで光輝を後ろで沸いていたトラウムソルジャーという武装している骸骨たちの元へぶっ飛ばした。クラスメイトがあたふたしているのをチラッと見たが……光輝たちがなんとかするはずである。

 

「お前も早く下がれ!」

「破壊力だけなら通用する! 逃げるための時間は俺が稼ぐから団長たちはクラスメイトたちを頼んだ!」

「あ、こら特攻する気か?!」

「〝錬成〟!」

「うおわ?! ぼ、坊主何を?!」

「早く! 僕が彼を手伝います! 隙ができたら魔法の全弾斉射で怯ませて逃げましょう!」

「ハジメ?」

「僕があいつの動きを止めるからなんとか時間を稼いで!」

「……しゃあねえな。やるしかないか」

「行くよ! 〝錬成〟!!」

「グオオ!?」

 

 ベヒモスの足元が石で固められ身動きが一瞬鈍くなったところを狙ってイクサナックルを直接打ち込んでいく。疲労が溜まれば魔法弾の命中確立は上がるだろう。倒せなくても撃退できれば逃げられる確率も上がる……はず。

 

「〝錬成〟! 〝錬成〟!! 〝錬成〟ぇ!!!」

 

 壊されては修復。壊されては修復。ハジメの技術も上がっているのか、一ヶ所ではなく複数箇所を同時錬成して強固な足止めを展開している。

 

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

 

 ドパアァァァァァァァァァァアアン!! 

 

「ガアアアアアアアアアア?!!」

 

 五億ボルトの電磁波をひたすらに流し込んでいく。あまりの高電圧にベヒモスが痺れている間にハジメが錬成で地面を変形させて簡易の拘束具を制作した。さらに掘削機やプレス機のような物まで制作して嫌でも動けないようにしている。

 

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「もう一発食らえええ!」

 

 ズドアアアアアアアアア……

 

「ハジメ!」

「うん!」

「みんなやれ!!」

 

 退避しながら叫ぶ。クラスメイトたちも団長や光輝たちが加勢したおかげで見事立ち直り魔法陣の召喚速度を超えてトラウムソルジャーたちを殲滅したらしい。今なら安全地帯から一斉射して逃げることが可能だろう。

 

 次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。

 

 夜空を流れる流星の如く、色とりどりの魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無いようだが、しっかりと足止めになっている。

 

「よし……これでいけるはz?!」

「お、音也くん?!」

「しま……た」

 

 すっかり忘れていた。イクサスーツは確かに素晴らしい性能を持つ。一般人でも軽く東京スカイツリーを全壊させる力が簡単に手に入るのだ。

 

 しかしそれゆえに体にかかる負担は尋常ではない。仮面ライダーキバを全編通して見た同志諸君ならお分かりだと思うが……あの音也(別人)でさえあれだけ苦しそうにするのだ。それどころか四天王的なポジの敵ですらあまりの負担に倒れてしまうし。

 やっぱりライフエナジー吸われた後にイクサ変身してすぐ後にダークキバにも変身した音也はおかしい。無論誉め言葉だ。

 

 んで俺はいくら生命力増強されてるとしても体力切れしたらただの人間。指一本にも力が入らず俺は橋に倒れ伏してしまった。

 

「あぐっ?!」

「はじ……め」

 

 数歩先に走っていたハジメが呻き声を上げた。音的に誰かの火球が命中したらしい。そんなことするのはあいつしかいない。

 

 そして……ベヒモスも、いつまでも一方的にやられっぱなしではなかった。背後で咆哮が鳴り響く。

 

「く……そ」

 

 突進してくるのが音で分かる。俺はなけなしの力を振り絞ってイクサナックルを握り、衝撃波で無理やりその場を飛んで移動する。

 直後、俺がついさっきまでいた場所にベヒモスの怒りを全てを集束したような激烈な衝撃が橋全体を襲った。ベヒモスの攻撃で橋全体が震動する。着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が走る。メキメキと橋が悲鳴を上げる。

 

 そして遂に……橋が崩壊を始めた。

 

 度重なる強大な攻撃にさらされ続けた石造りの橋は、遂に耐久限度を超えたのだ。

 

「グウァアアア!?」

 

 悲鳴を上げながら崩壊し傾く石畳を爪で必死に引っ掻くベヒモス。しかし、引っ掛けた場所すら崩壊し、抵抗も虚しく奈落へと消えていった。ベヒモスの断末魔が木霊する。

 

 俺もなんとか逃げようとしたが……ダメだ。もう体が動かない。

 

 落ちながら対岸のクラスメイトを見つめる。雫や香織が今にも飛び出しそうになっており、それを必死にクラスメイトたちが止めている。ハジメも落ちてしまったのか。

 

(雫……ごめんよ)

 

 俺は心の中で雫に謝罪し……意識を深い闇の中に落とすのだった。

 




あ、題名を変更いたしました。理由は音也のヴァイオリンの才能が全くありふれていないからです()
もっといいのがあると思うんだがなあ()


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クラスメイトside1 全てを憎む決意

今回は雫にスポットを当てています。ここでは特に語りません。それではどうぞ。

これ自体は30分とかで書いてたのは草‥‥()


彼との出会いは中学二年生の時だった。

 

 

イジメられていた私にわざわざ会いたいと言い、姉さん以外で初めて女の子扱いしてくれた。

 

高校もクラスも奇跡的に同じで嬉しくて。

 

暇があればいつも彼に話しかけていた。

 

光輝とは違った。音也には善悪がハッキリと別れていて私としてはとても有り難く思えた。

 

しかも彼は優しかった。ちょっと乱暴な口調になることはあっても内面は穏やかだったのだ。

 

私が嫉妬するぐらいに彼は他人から人気だった。それでも彼は私をしっかりと見てくれていた。

 

あの夜、私のわがままを聞いてくれた。

 

困ったような笑顔を浮かべながらも私のことを優しく、強く抱きしめてくれたのだ。

 

はしたない姿を見られてしまっが‥‥今ではそれすらも幸福に感じられた。彼と繋がれたことが何よりも嬉しかったのだ。

 

初めて魔物を殺害した時にも真っ先に私の心境の変化に気がついてくれた。

 

道中で何度も何度も私に声をかけてくれた。そのタイミングはまさに絶妙で心折れそうな時に決まって話しかけてくれた。

 

ロックマウントの攻撃で動けなくなった私たちの代わりに粉砕してくれたのも音也だった。

 

ベヒモスとも南雲くんと共に立ち向かい、善戦して私たちを救ってくれた。

 

なのに彼はどこにいるの?

 

ねえ‥‥私の最愛の人はドコ?

 

遠くで聞こえるような悲鳴が実は私の悲鳴と気がついて。

 

目の前には崩れた橋が見えて。

 

何があったかをもう一度理解して‥‥。

 

私の中の何かが弾けた。

 

「いやあああああああ! 音也あああ!!」

「ま、待て雫!」

「一度落ち着けよ!」

「離しなさいよ光輝、龍太郎! 助けに行かなくちゃ! 私も今すぐ行かないと!!」

「やめろ! 紅と南雲は‥‥もう無理だ! 死んでしまったんだ! このままでは雫も駄目になって‥‥!!」

「残念だけどここは逃げないとダメだっ!!」

「無理ってなによ?! 音也に無理なことなんてない! 彼は死んでなんかいない! それを確かめに行くだけよ!!」

「いい加減にしろ! 雫まで死にたいのかっ!!」

「ふざけないで! 音也は生きてる! いい加減離さないと喉を掻っ切るわよ!!」

「「?!!」」

「退きなさい‥‥退けえええええ!!!」

「あがっ?!」

「ぐっ?!」

「光輝くん! 龍太郎くん! 雫ちゃん落ち着いてよ! 深呼吸してっ!!」

「香織までっ‥‥やめてよ。私は彼のことを──」

 

突然首元に衝撃が走った。何が起きたのか‥‥それを確認する間もなく私の意識は途切れてしまうのだった。

 

──────────────

「‥‥ん‥‥ゃん‥‥く‥‥ちゃん‥‥」

 

声が聞こえる。止めてよ。起こさないで。私は今とても良い夢を見てるの。邪魔はしないでよ。

 

「‥‥ずくちゃん! 雫ちゃんっ!!」

「んん‥‥何よお‥‥結婚式の邪魔は‥‥って香織?!」

「雫ちゃん! 良かった‥‥やっと目が覚めたね」

「やっと‥‥?」

 

私は‥‥確か突然意識が途切れて、それで‥‥。

 

「もう3日も寝てたんだよ。心配したよ‥‥」

「3日‥‥はっ、音也は?」

「っ‥‥」

「どこのいるの? 別室かしら? そうよね。いくらなんでも女子の寝てるとこには来ないわよね」

「雫ちゃん‥‥」

「お礼言わないといけないわよね。ベヒモスから私たちを守ってくれたんだもの。だから香織、その手を離してくれるかしら? ねえ‥‥」

「雫ちゃんっ!!」

 

香織に両肩を掴まれた。あまりの迫力に思わず二の句を封じられる。

 

「音也くんは‥‥いないの」

「‥‥いや」

「雫ちゃんの覚えてる通りだよ。確かに音也くんは私たちを守ってくれた。でも‥‥!」

「やめて‥‥やめて!」

「落ちたの! ハジメくんと一緒に!!」

「いや‥‥いやあ!!」

 

あの時の様子がフラッシュバックする。今にも死んでしまいそうな目で私の方を見て‥‥あの夜と同じような困ったような笑みを見せて‥‥。

 

「‥‥なら」

「し、雫ちゃん? どこに行くの?」

「訓練場。どうせすぐには大迷宮に戻れない」

「まだ起きたばかりなのに‥‥無茶は」

「音也は無茶してでも私たちを守ってくれたのよ。私も無茶してでも強くならないと」

「そんなっ‥‥雫ちゃん、待ってよ」

「それ以上反対意見を具申するつもりならその首が胴体から離れる覚悟をしなさい。良いわね?」

 

ギロッと香織を睨み、私は立ち上がって部屋を後にした。

 

「許さない‥‥ベヒモスも、私のことを止めた光輝と龍太郎も、私自身も‥‥」

「雫‥‥ちゃん」

 

全てを憎む決意をし、私は訓練場へ向かうのだった‥‥。

 

 

「私だって‥‥私だって悲しいし寂しいよ。でも雫ちゃん‥‥このままじゃ壊れちゃうよ」

 

香織の寂しげな声を、私は知らない。

 




光輝撲殺ルートまっしぐらです()
あの勇者(笑)はホントに無理‥‥まあいい悪役なんですがね。


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第八楽章 野生児

753は315ですけど0108も315ですよね()


「っ……」

 

背中の冷たい感覚で意識が覚醒する。むくりと起き上がって周囲を確認すると、どうやら俺は浅瀬の手前で寝転がっていたらしい。

 

「いてて……ここはどこだ?」

 

確か俺は体力が尽きて橋から転落して……。

 

「待てよあの奈落に落ちたのに俺は打撲で済んだのか」

 

生命力増強恐るべし。

 

取り敢えず持ち物を確認してみる。ポケットに入っていたヴァイオリンケースやステータスプレートにファンガイアスレイヤーはさておき……ベルトは近くの浅瀬に落ちていた。単純な腰回りの防護になるし除細動器にもなる。しかしイクサナックルはどこにも見当たらなかった。それに……。

 

「ハジメ……どこだ?」

 

ハジメも見当たらない。あいつは変身してなければ少し筋肉が付いてるだけの高校生。恐らくここは下の階層だと考えると俺でも生き残れるか厳しいだろう。

 

「マジかよ……ハジメがイクサナックルを持ってるなら話は変わってくるんだがなあ」

 

取り敢えず寒いので適当な魔法陣を書いて火を起こした。

 

「燃えよ……〝火種〟」

 

体をひとまずは温めながら脳内の整理を開始した。かなり腹が減っていることから俺は半日、もしくは丸一日寝ていたらしい。それでも風邪一つ引かなかったのなんという生命力なのだろうか。

凍傷すらないってどうなっていやがる。

 

二十分ほど暖をとり服もあらかた乾いたので出発することにする。どの階層にいるのかはわからないが迷宮の中であるのは間違いない以上、どこに魔物が潜んでいてもおかしくない。

 

ヴァイオリンと弓を取り出して一人通路を行く。咄嗟の攻撃には対応が難しいがなんとかするしかない。近接戦闘に関しては今の体では不利である。本調子どころか最悪に近い体で格闘戦は死亡フラグである。ならばここまで殆ど使っておらず回復薬も多い魔法攻撃の方が良いだろう。

 

物陰に隠れながら歩くこと数十分。こんな状況でも敏感な耳は何かの物音をバッチリと捉えた。すぐに警戒心を引き上げて構えた。位置は……目の前にある岩陰の奥だろう。

 

足音をたてずにゆっくりと岩陰を除く……。

 

(なんだあれ……ウサギ?)

 

そっと顔だけ出して様子を窺うと、岩陰に白い毛玉がピョンピョンと跳ねているのがわかった。長い耳もある。見た目はまんまウサギだった。

 

ただし、大きさが中型犬くらいあり、後ろ足がやたらと大きく発達している。そして何より赤黒い線がまるで血管のように幾本も体を走り、ドクンドクンと心臓のように脈打っていた。物凄く不気味である。

 

とはいえこのまま黙っているわけにもいかない。俺は曲をチョイスしてすぐに演奏を開始した。

 

「……!!」

「ピイ?!」

 

曲は熊蜂の飛行。雫も聞くのが好きだった……速く激しい曲だ。この曲の効果は単純である。まずは対象を拘束し、曲に合わせて上下左右に振るだけだ。しかもここはそこそこ狭い場所。察しの良い同志諸君ならお分かりだろう。

 

ガンゴンダンバンry──

 

熊蜂の飛行を聞いたことがない人は是非聞いてみてほしい。俺の演奏はデフォルトの1.5倍とかだ。某能力値が1の骨の攻撃にそっくりだとも言える。最後の足掻きとして放ってくる防御不能のあれだ。分かるかな? 

 

「ピ……イ」

「……ふう」

 

完全に息の根が止まった化け物ウサギ。直接攻撃を試みていたらその強靭そうな後ろ脚に蹴り飛ばされていただろう。「馬に蹴られて死ね」なんていう言葉があるがこれでは「ウサギに蹴られて死ね」である。それぐらいにヤバそうに見えたのだ。

 

「さて……食いたいところだが魔物の肉には毒があるんだったよな」

 

しかし俺にはなぜか毒耐性がある。オマケに生命力増強までも付いているのだ。もしかしたら……

 

「もしかしたらいけるか……?」

 

異様に飢餓感を感じる。俺が寝ていた期間は恐らく一日のはずだ。いくら生命力増強があっても数日間ほぼ水の中に体を浸されて飲まず食わずの状態で生きられるとは考えにくい。

 

俺は一日だけ飯なしをやってみたことがあるが……ここまでの飢餓感を感じることはなかった。確かに空腹にはなるのだが……死ぬってほどでもない。

 

今は何でもいいから食いたい気分だ。腐っていようが毒が入ってようが……。

 

と、思った次の瞬間に俺はウサギの脚を引きちぎって食べ頃のサイズにしていた。

 

頭の中では「食うな!」という命令が出されているはずなのに……手がこれっぽっちも止まらない。どうしても美味しそうに見えるのだ。

 

「あむ……んぐっ」

 

脳が激しく警鈴を鳴らしている。食べてはいけない。今すぐ吐き出せ。そいつはヤバい、と。

 

しかし体は己の欲求のままにウサギの肉を次から次へと口へ運んで行った。味も匂いも食感も最悪だ。しかもいきなり肉を放り込まれたからか胃が痛みを通じて抗議してくる。それでもこの手が止まることはなかった。

 

硬い筋だけの肉。それを生で血ごと食らっていく。鉄と言いようもない最悪な味がベストマッチしすぎて逆に味を感じなくなってきた。とにかく胃が満たされるならそれでいいのだ。

 

あたかも野生児のようにウサギの脚を、腕を、臓器を食らいつくした俺。魔物の肉を食うという禁忌を犯してでも満たされた胃袋に俺は一種の幸福を感じる。

 

「ふう……ごちそうさん」

 

生命を丸ごと頂いたことに感謝しつつ、俺は立ち上がろうとした……その時である。

 

俺の体に異常が表れ始めた。

 




一応設定としては既に二週間は眠り続けたことになります。音也の生命力はすでに人外レヴェルに達しているのです()


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第九楽章 希望

仕事が少しずつ始まるので一日一話が基本になると思います。書ける時に書いていきますので今後もよろしくお願いします。


「な、なんだ? 急に寒く……」

 

さっきまでは何ともなかったのに突然寒気を感じる。言うならばインフルエンザを患った時の悪寒である。同時に節々の痛みを感じて思わず地面に膝を付いた。

 

「あ……がっ」

 

 さらに追い打ちで全身に強烈な激痛が走った。まるで体の内側から何かに侵食されているようなおぞましい感覚。その痛みは、時間が経てば経つほど激しくなる。

 

あまりの痛みに声すら上げられずに俺は蹲り、地面に何度も頭を打ち付けて意識を強引に保つ。毒があるのは知っていたとはいえここまで壮絶な痛みが走るのは聞いていない。

 

体が痛みに合わせて脈動を始め、ドクンッ、ドクンッと体全体が脈打つ。至る所からミシッ、メキッという音さえ聞こえてきた。痛みは収まるどころか増していき、ほんの少しでも力を抜いてしまうと意識が途切れてしまいそうだ。

 

ここで気絶したらまず間違いなく死ぬ。本能的にだがそれを感じ取った俺は必死になって意識を繋ぎとめる。ここで死んでしまったら雫はどうなるのだ。既に俺は死んだと伝えられてるかもしれない。しかし生きていればいつか再会することだってできるのだ。

 

我ながら身勝手なのは承知してるが……俺は雫の少女らしい笑顔を守りたい。苦笑いではない。心からの笑みを守りたいのだ。

 

こんなところで死ぬわけにはいかない。

 

「ぐっ……があああ!!」

 

膝に力を入れ、拳を握り、壁に寄りかかりながもなんとか立ち上がる。顔中から汗が噴き出し筋肉がはち切れんばかりに膨張しているが……まだ耐えられる。

 

少しずつ痛みに慣れてきたので移動を開始する。いつまでも留まっていないで前へ進まなければ……。

 

「こ……なく……そっ!」

 

ジャリッジャリッという音が辺りに響き渡る。そういえばなぜ俺はこんな目に遭わなければならないのだろう。

 

本来なら食うことはない魔物の肉を食わざるを得ない状況まで追い込まれ、もしかしたら何日もの間寝ている状況を作り出したのは……。

 

「……檜山。あいつか」

 

元はと言えばあの大馬鹿野郎のせいだ。あいつが軽薄な行動を取らなければ俺やハジメはこの奈落の底に落ちることはなかった。

俺はこんなにも苦しまなくても良かったのかもしれない。

 

雫と離れることもなかった。

 

あのベヒモスは俺とハジメをここまで突き落とした。

 

召喚した神は否が応でも戦わざるを得ない状況を作り出した。

 

憎い。何もかもが憎い。自分さえも憎い。

 

が、すぐにその憎しみはどうでもよくなった。憎む暇があったらこの状況を打開する方法を考えた方が遥かに良いだろう。

 

「俺は何に脅かされている……」

 

それは敵。

 

「敵はどうするべきだ」

 

倒せ。

 

「倒す? 生温い……守るべき者のために敵は殺す方が遥かに良い……」

 

一つずつ答えを導き出していく。これまでの考えとは比較にならないぐらいに危険で、しかし合理的な考えがまとまってきた。

 

「敵は……殺す」

 

俺の尊敬する音也とはかけ離れた思考。それでも良かった。守る者のためなら俺は躊躇なく障害を排除すると決めたのだ。

 

守るべき者は守る。消しべき存在は抹消する。

 

 

ただそれだけだ。

 

そんな覚悟を試すかのように現れた二本の尻尾が生えた狼たちを睨みつける。

 

痛みはもう感じない。それどころか以前よりも力を感じる。なんか視点も高くなった気がする。

 

「「「グウルルル……」」」

「来いよ。狼……」

 

ファンガイアスレイヤーモドキを取り出す。二尾狼相手ならナイフで十分だろう。単体はそこまで強くないはずだ。

 

「「「グウガアアアア!!!」」」

 

バチバチと放電しながら襲いかかってくる二尾狼たち。一体目はスルーして二体目にナイフを突き刺し三体目には感電構わず回し蹴りで対処した。

 

ゴギュッ! と嫌な音を立てて吹き飛んで行く狼を目から放してナイフを立てた狼の顔面を蹴り抜く。そして再度突進してきた狼に鞭で叩きのめす……。

 

「グルァアアー!?」

「ギャンッ?!」

「クウ……ウン」

 

さっきのウサギを食べたからなのか、蹴りの破壊力が格段に増している。下階層の魔物の頭蓋骨を一撃で粉砕するまで強化されるだなんてあのウサギ、やはり恐ろしい。

 

いや、オリジナルならもっと破壊力があるかもしれない。何せ魔物というのはバカの一つ覚えを極めたような生き物だ。所持している固有魔法はきっと恐ろしいレベルにまで技術を上げてるに違いない。

 

「グウルルル……」

 

「痛いか? そりゃそうだろう。だがお前はそうやって殺意を見せた以上は俺の敵だ。敵は殺す」

 

ザシュッと血が撒き散らされる。返り血を舐め取りながらも俺は再度突き刺してとどめを刺し、既に事切れている狼たちも鞭で回収した。

 

そして器用に鞭で空中に浮かせると変形させたナイフで四肢を切り取り臓器を取り出す。

 

「まだ足りねえ……もっと食わねえと」

 

何日も物を飲み食いしなかった乞食のように狼の肉を貪り食う。バリバリグチャグチャと汚い音を立てながらも食うその姿はまるで悪鬼のようだと感じる。日本にいた頃の礼節ある食い方は……ここでは必要ない。

 

「あが、ぐぅう、まじぃなクソッ! ウサギも狼も大して変わらねえ!」

 

悪態をつきつつもその手は止まらない。酷い匂いと味に苦しみながらも完食する。

最後に残った骨を壁に放り投げてステータスプレートを取り出した。実は先ほどから体に妙な感覚があるのだ。別に痛くはないのだが気になる物は気になる。

 

それに狼の頭蓋骨を一撃で粉砕した蹴りについても色々と調べてみたい。

 

「どれどれ……」

 

===============================

紅音也 16歳 男 レベル:10

 

天職:ヴァイオリニスト

 

筋力:400

 

体力:620

 

耐性:550

 

敏捷:340

 

魔力:300

 

魔耐:300

 

技能:ヴァイオリン演奏技術・共感覚・絶対音感・生命力増強・毒耐性・全属性適正・胃酸強化・魔力操作・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・纏雷・言語理解

===============================

 

「……なんだこりゃあ?!」

 

レベルはまだ10。にもかかわらずこの数値。レベルはその人の到達度を表していることから考えると、俺の成長限界も上がったのだろうか。

 

それにしても新技能がたくさん増えた。魔力操作ってのは……魔物の特権だったはず。こいつがあれば詠唱も魔法陣も必要がないということを座学で習った。しかし手に入れる方法が魔物を食うっかなく、しかも魔物の肉には毒があるためこれまで人間は手にすることができなかったとか。

 

しかし俺は幸運なことに死ななかった。生命力増強はこんなとこでも役に立ったようだ。

 

「こいつはとんでもない特権を手に入れちまったな……しかも狼が使ってた放電攻撃やウサギが保持していたであろう高速移動や脚力強化に多段ジャンプまで……」

 

自然と乾いた笑みが浮かび上がってきた。ただの捕食のつもりがこんなことになってしまった……。

 

しかし、だ。これだけ一気に強くなれたのなら……雫に会いに行ける可能性はグッと高まる。この暗闇の中に俺は希望を見つけられたのかもしれない。

 

「……もっと食おう。雫に会うためにも」

 

俺は一人決意し、新しく手に入った技能の鍛錬をしつつも先へと進むのだった。

 




毎回物語大きく動いてる気がしますが……次回も大きく動きますよお!()


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第十楽章 光

ここでは語りません。本編をどうぞ()


迷宮内を人間ではとても視認できない速度で俺は移動する。

 

魔物を初めて食ってから数日間、俺は新技能の鍛錬に時間を注ぎ込んだ。結果としてご覧のように高速で迷宮内を移動できるようになったのだ。

 

空力は所謂多段ジャンプであり縮地は高速移動、豪脚は読んで字のごとくで纏雷は体に電気を纏って放電したり帯電させる技能である。

 

今では完璧とまではいかないが「そこそこ」というレベルで扱えるようにはなった。移動や攻撃には十分だ。

 

ヴァイオリンの腕も格段に向上している。まあこればかりは毎日やらないと気持ち悪いから仕方ないか。鍛錬の度に出会う狼やウサギを蹴散らして食いながらも俺は上に続く階段を探していた。しかし……。

 

「ねえなあ……ここは前にも来たぞ」

 

一向に見つからない。一応下への階段は見つけたのだが……上だけは見計らったかのように見当たらないのである。

 

「やれやれ……どうしたもんやら」

 

脱出するための出口が見つからなくて少しの焦りを感じながらも俺は再度移動をしようとした。

 

しかし一つの咆吼によって俺の思考は止まることとなる。

 

「グルゥアアアアア!!!」

「うおっ?!」

 

耳をつんざく咆吼。この声は聞いたことがないが……明らかに強者だ。しかしそれを悲鳴のような咆吼を上げさせるとは何者だ?好奇心に駆られて俺は声がした方向へ移動した。距離はそこまで遠くない。

 

その間にもドパンッ!ドパンッ!という音やバリバリグチャグチャという音も聞こえてくる。戦闘が発生しているのは間違いないようだが聞き慣れない声によって頭が混乱している。

 

 

『俺の糧になれ』

「人声?!」

 

ドパンッ!

 

自分以外の人声は久しぶりに聞いた気がする。少しワクワクしながら俺はその場に辿り着いた。

 

「なんだこりゃ……熊?」

 

血の海に倒れ伏している熊がいる。そしてその奥に……

 

「ああ? 誰だお前」

 

人間がいた。確かに人間だ。左腕は見当たらず髪の毛は真っ白で大型のリボルバー式拳銃を持っているが、人間である。

 

「まあ誰でもいいが。邪魔するってなら……殺すだけだ」

「いきなり失礼すぎやしないか?」

 

スッとヴァイオリンを取り出す。殺意には殺意で返すのが世の定理だ。多分。

 

「「……」」

 

互いに睨み合う。壮絶なプレッシャーが辺りを支配し、不幸なことに近くを通りかかった狼やウサギが気絶していく。

 

まさに一触即発。膨らみ続けた風船に爪楊枝を刺せばどうなるかぐらいは分かるよな?

 

「「殺してやる」」

 

ドパンッ!

 

「ッ!!」

 

宙返りして天上に立ち上がり、弓を高速で押し引きする。曲はショパンのエチュード「10-4」。またピアノ譜だよとか知らない。だってキバ本編で流れてたんだもの。ガルルフォーム初登場の時とか。

 

エチュード(練習曲)とはいえ速度は十分。拘束を狙わずに縮地や空力らしき挙動で動き回る人間に魔法を飛ばしていく。

 

「くそっ!」

 

ドパンッ!ドパンッ!

 

「当たるか……!」

 

~♪♪ ~♬♬♪

 

拳銃の銃撃を魔法で撃ち落とす。電磁加速しているように見えるのは気のせいではないはずだ。食らったら不味い。

 

故に弓を加速させて曲の速度も高速化させる。当然それに合わせて飛ばされる魔法の速度が上昇する。持続時間と威力は減るが。

 

「この!」

 

ドパンッ! カッ……

 

「光?!」

「もらった!」

 

ドパンッ! カチャンカチャン

 

「甘い……!」

「チッ……当たらねえか。大した奴だ」

「お前も大概だろ」

 

一曲弾き終えて一発も命中してない。こいつは強者だ。それもチートレベル。

 

「ま、ヴァイオリンだけではないが……」

「ヴァイオリン……?」

「行くぞお!」

 

縮地と空力に纏雷を発動。電気で刺激した筋肉で地面を蹴って空を高速移動。人間が銃を使えない距離まで近づきながらファンガイアスレイヤーモドキを取り出した。

 

「オラァ!」

 

ヒュンッ

 

「くっ!」

 

ガキンッ!

 

「〝纏雷〟!」

「しまーー」

 

バリバリバリバリビリビリ!

 

「アバババババアババ!?」

「ふんっ!」

「ぐっ……」

 

カランカラン

 

「さあてトドメだ。覚悟を……ん?」

 

足下に落ちた何かに当たった。訝しく思って足下にあった物体を拾い上げる。俺はこれを……よく知っている!

 

「イクサナックル?!」

 

そう、行方不明になっていたイクサナックルだ。どうしても見つけることができずに諦めていたのだが……なぜここにある?

 

というかなぜこいつが持っていた?

 

「……まさか」

 

殆ど有り得ない答えだ。必死に否定するが……それ以外に思いつかない。

 

「なあ……俺はお前を知ってる気がするぜ」

 

白髪の人間が苦笑いしながら口を開く。俺はなんとなく質問した。

 

「……名前は」

「ハジメだ」

「……今なんて?」

「稀代のヴァイオリニストなのに難聴なのか? ハジメだハジメ。南雲ハジメだ」

「ハジメ……ハジメぇ?!」

 

あの日俺と一緒に橋から落下したもう一人の男子。気弱で優しかった男子。しかしどうだ。目の前には「男子」ではなく「男」がいる。

 

「……で、お前の名前は?」

「お、音也だ。紅音也」

「……マジかよ」

 

それは俺のセリフだ。俺は生命力増強があったからなんとか生きてこられたのだ。ハジメにはそういう技能はなかったし戦闘力だって‥‥。

 

「まあ苦労したんだぜ? イクサナックルと錬成のおかげでなんとか‥‥な」

「んじゃその髪と左腕は?」

「左腕はこの熊に食われた。んで髪は……なんかストレスマックスでこうなった」

「サラッと言うけど中々に壮絶なことで」

 

雰囲気も変わっていて混乱気味だ。とはいえハジメの心から流れ出している音楽は以前から聴いていた物だ。恐らく間違いない。

 

「まあなんだ。偶然とはいえイクサナックルに助けてもらったし……ありがとうな」

「お礼言うことでもないだろうよ」

 

久しぶりにイクサナックルを握りながら苦笑いする。俺としては生きててくれただけで万々歳だ。これで香織に会わせる顔もできた。

 

あとは……雫だ。

 

「ま、なんとかして帰ろうや」

「そうだなあ……元の世界にも帰らないと」

「その前に八重樫か?」

「ビンゴ。あ、この肉食っても良いか?」

 

ここは暗闇に包まれた奈落の底。しかしこの場には……確かに光があるのだった。

 




次回はクラスメイトsideです。気になる雫さんがどうなるかを書きますのでお楽しみに!


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クラスメイトside2 見当違い

勇者(笑)って見てるとイライラしますねえ……ま、悪役は必要ですので仕方ないですがネ。


話は少し遡る。

 

迷宮から音也とハジメを除いて帰還したクラスメイトたちは当然ながら精神的に疲弊して訓練ができる状態ではなかった。

 

訓練を続けていたのは意識高い系男子の光輝や脳筋の龍太郎、強くなると決意した香織に豹変した雫ぐらいなものだった。

 

その中でも雫の成長は目覚ましかった。神業とも言える剣技に加えて豹変した心は皮肉なまでに技術を高めていったのである。

 

「邪魔者は一切合切斬り捨てる」

 

そう決意した雫に敵う人間は存在しなかった。なにせ見当違いなことを言えば即刻斬り捨てられるのだ。あの光輝ですら迂闊に話しかけられない空気になってしまったのである。

 

まあ雫の怒りの矛先は光輝や龍太郎、そして檜山に向いている。まるで鬼か夜叉のような雫に下手なことを言えるわけがない。

 

ある日の訓練時である。この日は模擬戦の日であり、これまで訓練に参加してなかったクラスメイトも強制的に参加させることとなっていた。

 

そんな中、幸か不幸か……雫と光輝がやり合うカードがあった。いつぞやの武舞台に立って待つ光輝。その前に現れたのは……。

 

「し、雫?!」

「なによ」

「そ、その髪は……」

 

髪色が真っ白になった雫であった。艶のある黒髪は……苦労人気質の性格と共にどこかへ消えてしまったらしい。

 

「何か文句でもある?」

「なんで……なんでそんなことに」

「貴方のせいじゃない。貴方が音也を見殺しにしたでしょ?」

「そ、それは雫を思って!」

「どの辺りが私を思っているのよ」

 

ハイライトのない目で睨みつけられて萎縮する光輝。美人を怒らせると怖いとはまさにこの事だ。

 

「何も知らない癖に良く言えるわね。そんな減らず口」

「んなっ……お、俺は雫の幼馴染みだ! お前のことは何でも……!」

「ならなぜ止めたの? 貴方もよ……龍太郎。私のことを知ってるのになぜ止めたの?」

「そ、それは……」

「なんでだよ雫! 俺たちはお前が死なないために……壊れないために止めただけじゃねえか!」

「見当違いも良いとこね。もう良いわ」

「雫っ!」

「これは模擬戦。とはいえ手加減は不要よね?」

「ま、ま──」

「〝縮地〟」

 

悲壮とも言える覚悟の恩恵として雫のステータスは勇者である光輝を遥かに凌ぐレベルになっていた。雫の縮地に体勢を崩されて苦しそうな顔をする光輝。

 

「くっ……!」

「〝無拍子〟」

「んなっ?!」

 

縮地の最終形態である〝無拍子〟を平然と発動させて地面を震わせるほど強い踏み込み〝震脚〟をしながら光輝に斬りかかる。

 

「一ノ型 〝散露〟」

 

キンキン! ガキンッ! 

 

「くそ……! 迸れ 〝光爆〟!」

「二ノ型 〝残切〟」

 

魔法は使わずに己の剣技のみで対応していく雫。どう考えても普通ではない。

 

「その程度かしら? 残念ね」

「ば、バカにしてっ」

「貴方たちのことを私は深く怨んでるわよ。呪い殺したいぐらいにね」

「雫……なんでだ。どうしてだっ! まさかこれも紅が……」

「隙だらけ。とりあえずもう終わりよ」

 

容赦なく抜刀術の構えを取って突進する雫。慌てて迎撃の体勢を取る光輝だったが……神速の抜刀術には敵わない。

 

型も何もない、ただの抜刀術。基本中の基本の動きだ。しかし基本でも極めれば凄まじい破壊力を発揮する。

 

「ガアッ?!」

「無様ね……それでも勇者なのかしら?」

「し、雫……なぜ真剣でっ」

「言ったでしょ。殺すつもりだって。私としたことが斬る直前に手加減をしてしまったみたいだけども」

 

ゴミを見るような視線で光輝を見つめる雫。まるで某人切りの侍だ。

 

「何故という質問は聞き入れないわ。貴方たちが悪いのよ……貴方たちが」

 

そう言い残すと……雫はさっさとその場を立ち去ってしまうのだった。

 

────────────────

「くそ……なんでだ。なんで雫はっ!」

 

医務室で一人悪態をつく光輝。雫の慈悲によって斬りつけられた場所は太腿だ。香織が大慌てで回復魔法をかけて治療したがしばらくは安静にしろと団長に言われたのである。

 

ちなみに団長は雫の振る舞いについて何も言わない。これは団長が妻子持ちだからであり、雫の気持ちも痛いほど分かるからだ。ある意味で今、一番雫の心中を理解しているだろう。

 

「紅が……そうだ紅だ。あいつが雫に何か吹き込んだんだ。俺は何も間違ったことはしていない……」

 

どこまでも子供っぽく自分本位な考え。光輝に陶酔している他のクラスメイトからなら支持を貰えたかもしれない。

 

しかし……雫を本気で怒らせてしまったことにも気がついていない光輝が雫本人に支持を貰えるわけがない。

 

「あんな危険な男に入れ込むだなんて……あいつ、洗脳でもしたのかっ」

 

洗脳ではなく甘やかしただけである。

 

「許せない……そういえば香織も南雲みたいな陰キャなんかに入れ込んでたな。それもこれもあいつらが洗脳を……!」

 

ブツブツブツブツと独り言を呟く光輝。その目はほの暗く輝き、奥底に隠れている願望が見え隠れしているのだった。まるで、買ってほしいものを買って貰えなかった幼い子供のように。

 




次回はまた物語が先に進みますのでお楽しみに。お仕事お仕事…。


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第十一楽章 封印部屋

あれ、三話目?()
……はい、こんな感じでものすっごく不定期更新です。本音は書けなくなる前になるべく進めておきたいのですがね()


レ・ディ・ー

「変身っ!」

フィ・ス・ト・オ・ン

「遅い!」

 

ドパンッドパンッドパンッ! 

 

「ハジメ、右30°!」

「おうよ!」

「キイイ?!」

 

ドパンッ! パンパンッ!! 

 

ここは迷宮49階層目。俺たちは凄まじい速度で迷宮の階層を下げていった。結局俺たちは上るのではなく下り切ることで脱出することになった。一人なら時間が掛かるかもしれないが二人なら素晴らしい速度で攻略できるので問題はない。

 

ちなみにこの階層に降りるまでにも様々な魔物を見てきた。例えば石化魔法を使うバジリスクや毒ガスを撒き散らすモス……蛾だったり分裂する百足……思い出しただけでも気持ち悪い。

 

ちなみに、現状の俺のステータスはこんな感じだ。

 

============================== 

紅音也 16歳 男 レベル:49

 

天職:ヴァイオリニスト

 

筋力:1160

 

体力:2000

 

耐性:1000

 

敏捷:1400

 

魔力:920

  

魔耐:900

 

技能:ヴァイオリン演奏技術・共感覚・絶対音感・生命力増強・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・全属性適正・胃酸強化・魔力操作・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・纏雷・風爪・夜目・遠見・気配感知・魔力感知・気配遮断・言語理解

===============================

 

素の能力がそこそこ高かったのもあってハジメより高めだ。しかしそのハジメも技術でカバーして俺とほぼ同格レベルに戦える。俺とハジメの差はゼロに等しいだろう。

 

まあ人外になったのは良いのだが……俺たち二人は49階層で少し足踏みをしていた。

というのも、階下への階段は既に発見しているのだが、この五十層には明らかに異質な場所があったのだ。

 

俺たちはその空間に足を踏み入れた瞬間全身に悪寒が走るのを感じ、これはヤバイと一旦引いたのである。

 

まあ避けるつもりはゼロだ。ようやく現れた変化であるし、脱出への道を一気に進められるかもしれない。

 

「ハジメ、どうだ?」

「問題ゼロ。装備の確認もバッチリだ」

「よし……それなら行くか?」

「だな。いつまでもここでレベリングするわけにもいかない」

「そうと決まれば……早速行こう」

 

変身を解いて階段を下る。ちなみにだがステータスが上がったおかげでイクサに変身していられる時間も延びた。大体二時間は変身維持が可能である。

 

そのまま歩いて扉の前に立つ。近くで見れば益々、見事な装飾が施されているとわかる。そして、中央に二つの窪みのある魔法陣が描かれているのがわかった。

 

「なんだこれ」

「ヤベえ……俺もサッパリだわ」

「マジで? あんだけ座学してたお前が分からないってことは……」

「古すぎて現在は消失した式じゃないか?」

「なるほどな。トラップはどうだ?」

「俺には分からんな……」

「まあ、あるとしても見破るまでの技術はないけどな」

「違いない。いつも通り錬成で行くか……」

「頼んだ」

 

ハジメが右手を扉に触れさせ錬成を開始する。道が塞がっていればハジメの錬成でこれまで突破してきたのだ。なんだかんだでハジメの錬成も有能である。

 

しかし……。

 

バチィイ! 

 

「うわっ?!」

 

扉から赤い放電が走りハジメの手を弾き飛ばした。ハジメの手からは煙が吹き上がっている。

 

「なんだこりゃ……」

 

神水(ハジメ命名)という超回復薬を飲み込んで悪態をつくハジメ。直後に異変が起きた。

 

──オォォオオオオオオ!! 

 

突然、野太い雄叫びが部屋全体に響き渡ったのだ。咄嗟にバックステップで後退し変身。戦闘態勢を取る。雄叫びが響く中、遂に声の正体が動き出した。

 

「あれ……ベタだな」

「ふっ、テンプレはどこでも通用するな」

 

筋肉質な巨体。埋め込まれたかのようなギョロリとした一つ目。その手には棍棒。

番人ではお馴染みにも感じるサイクロプスの登場だ。

 

まあ……その棍棒を振り回させることはないが。

 

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

 

未だ埋まっている半身を強引に抜き出したサイクロプスの片方に跳びかかる。格好いい登場シーンだったのかもしれないが知らん。

 

俺は長ったらしい変身を待ってやるほど呑気ではない。え? ブーメラン? 俺は普段そこまで大がかりな動きはしない。

 

「ちょ、ちょっと待って?」という間抜けな表情をしたサイクロプスに構わず五億ボルトの電磁波を直接叩き込んでやる。もちろん目ん玉に。

 

目がジュワ~と溶けていき、サイクロプスは哀れにも壁に叩きつけられてしまった。

 

さらにもう一体のサイクロプスもハジメによって目を撃ち抜かれて死亡している。瞬殺にも程があるが……いや、ツッコんだら負けか。

 

「なあ。こいつの魔石をそこの穴に……」

「やってみるか。肉は後で食おう」

「賛成」

 

ファンガイアスレイヤーモドキを使ってサイクロプスの体を切り裂き体内から魔石を取り出す。

 

「ハジメ、ほら」

「サンキュ」

 

ポイッと投げ渡す。ハジメは躊躇わず魔石を穴にはめ込んだ。すると久しく見てなかった光が辺りを包み込む。思わず顔を覆うぐらいには眩しい。

 

警戒しながらも扉を開けてみる。中は、聖教教会の大神殿で見た大理石のように艶やかな石造りで出来ており、幾本もの太い柱が規則正しく奥へ向かって二列に並んでいた。そして部屋の中央付近に巨大な立方体の石が置かれており、部屋に差し込んだ光に反射して、つるりとした光沢を放っている。

 

 

そしてその立方体には何かが生えている……。

 

「……人?」

「まさか」

「いや、人だ。心の音楽が聴こえる……」

 

もっと近くで確認しようと歩を進める。しかしそれを見計らっていたかのように目の前にある立方体に生えた何かが声を出した。

 

「……だれ?」

 

かすれた、弱々しい女の子の声だ。立方体に生えていた何かがユラユラと動く。差し込んだ光がその正体を暴いた。

 

「マジで……人なのか」

「みたいだな。年は俺たちより下に見えるが……」

 

上半身から下と両手を立方体の中に埋めたまま顔だけが出ており、長い金髪が某ホラー映画の女幽霊のように垂れ下がっていた。そして、その髪の隙間から低高度の月を思わせる紅眼の瞳が覗いている。

 

年の頃は十二、三歳くらいだろう。随分やつれているし垂れ下がった髪でわかりづらいが、それでも美しい容姿をしていることがよくわかる。

 

「……どうする?」

「逃げよう」

「は?」

「え……」

「すみません、間違えました」

「ま、待って! ……お願い! ……助けて……」

「流石に鬼畜すぎるだろハジメェ!」

 

ドグォ! 

 

「ぶへっ……お、まえ……やりやが……」

 

鬼畜なハジメを殴って気絶させる。俺の目の前には人ではない何かがいるらしい……とすっとぼける。

俺のお人好しにも程があるが……少なくとも俺は目の前の女の子を無視することはできなかったのだ。

何かあるのは分かっているが……それでも俺は女の子の目の前に歩み寄るのだった。

 




やっぱり勇者(笑)は嫌われてるねえ……あ、雫ですがあの姿はかなり先の迷宮に出てくる虚像の雫を元にしています。言動は魔王ハジメですけどね()


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第十二楽章 救援

ヒロイン登場回です。


「んで、どうしてこんなとこに監禁されてるんだ?」

「……裏切られた」

 

開始早々重たげ。早速気が滅入る。

 

「私、吸血鬼族の長女……すごい力持ってる……だから国の皆のために頑張った。でも……ある日……家臣の皆……お前はもう必要ないって……おじ様……これからは自分が王だって……私……それでもよかった……でも、私、すごい力あるから危険だって……殺せないから……封印するって……それで、ここに……」

「吸血鬼族? おい、まさかとは思うが……いや、それはないか」

「……」

「お前は女王、つまりクイーンだったんだな?」

「……(コクコク)」

「殺せないってのは……なんだ? 長寿なのか?」

「それもある……でも体が年を取らない」

「不老不死?」

「ん……」

「んじゃ一つ質問だ。お前たち吸血鬼族は人間の姿以外に替われるのか? 例えば……蝙蝠のような姿に」

「なれる……吸血鬼族は二つの顔を持っている。今のように人間の姿と……異形の化物の姿」

「その姿の時、なんて呼ぶ?」

「ファンガイア」

「ええ……」

 

こんなところでファンガイアが出てきた。つまりこいつもファンガイアだ。

 

「……私は人間族と吸血鬼族のハーフ。いつでもファンガイアの姿になれるわけじゃない……」

「な、なるほどな。それじゃあ……お前の下に固められてるのは……」

「……キバットバット。私の教育係で親友。この子は二代目」

「うっそだろお……」

 

なんかここまで来てようやくファンタジーな世界を味わった気がする。世界は広い……。

 

「……たすけて」

「……」

 

懇願の目で見つめてくる女の子。俺としては助けてやりたいが……間違いなく厄介事を抱えてるはずだ。ハジメが助けることを拒絶したのにはそういう理由があるのだろう。

 

「……ま、後で説得するか」

レ・ディ・ー

「変身」

フィ・ス・ト・オ・ン

「あ……その姿は」

 

ウダウダ考えるのは得意ではない。とりあえずは力尽くで適当にやれば良いだろう。

 

「いってて……ってお前何するつもりだ?!」

「助ける。こいつは俺たちと同じで魔方陣や詠唱を必要としないし不老不死に近い」

「しかし……」

「大丈夫さ……なんとかなる」

「お前が言うと妙に説得力あるよな……しゃあない。任せるぞ」

「あいよ……」

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

 

少しだけ下がり距離を取る。なぜかって? それはきっと、すぐに分かる。

 

「……行くぞ!」

 

ズッと足を片方踏み出した……直後。

 

「〝縮地〟!」

 

‥‥‥そう、俺は縮地の勢いを使ったブロウクン・ファングで立方体を破壊し尽くしてしまおうと考えたのである。我ながら雑な案ではあるがこれしか思いつかなかった。

 

「エイヤァァァァァァアア!!!」

 

ドパアアアアン! 

 

イクサナックルを立方体に叩きつける。途端に凄まじい衝撃波が巻き起こり、目の前の女の子の髪がもの凄い勢いでパタパタとはためく。

 

「ハジメ! コウモリモドキの解放を頼む!」

「はあ? コウモリモドキ……これか?」

「……なんで」

「るせえ黙っとけ!」

 

纏雷も併用しつつ叫ぶ。俺はなぜ、この女の子のためにここまでしてるのかはよく分かっていない。特に接点はないしシンパシーを感じたわけでもない。この子がファンガイアってことぐらいにしか興味も持ってない。

 

いや、もしかしたらだ。俺は彼女の虚しい心の音楽を聴いたから……。

 

「ォォォォオオオオオオ!!!」

 

だが今はこれを壊すのが先だ。イクサのエネルギーを全てイクサナックルに注ぎ込んで立方体を破壊せんとひたすら殴り続ける。

 

「この! 壊れろ! 強情な立方体め……!!」

「おいおい。随分と抵抗が強いな!?」

「……どうして」

「ああ?」

「どうして……そこまでして」

「助けてって言ったのはお前だろ?」

「でも……」

「だああ……四の五のうるせえ! 黙って見てろ!!」

 

一度ベルトにナックルを戻してフエッスルを再度取り出す。

 

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「これで……壊れろおおおお!!」

 

ズドバアアアアアアアアアン!!! 

 

残存エネルギーと再チャージした分のエネルギーを足して思いっきり踏み込んで文字通り叩きつけた。

 

すると……先ほどまで変化がなかった立方体の表面がビキビキとヒビ割れ始めたではないか。少しずつ女の子の枷を解いていき、それなりに膨らんだ胸部が露わになり、次いで腰、両腕、太ももと彼女を包んでいた立方体が崩れ去る。

 

ハジメも錬成でなんとかコウモリモドキを解放したらしく、肩でゼハーゼハーと息をしている。

 

「つっかれたあ……」

「俺も……ほれ神水」

「おうサンキュ」

 

変身を解き、グビグビと神水を飲んで体力を回復させる。ブロウクン・ファングは俺の体力を使って放つ必殺技だ。なぜこんな仕組みなのかは知らないが……兎に角体力がゴッソリと持ってかれる。

それ故に連続で使うことはこれまで殆どなかったのである。

 

「む、ここは……」

「お、目が覚めた」

「ア、アレーティア?!」

「キバット……久しぶり」

「……そうか。ようやく助けが来てくれたのか」

 

コウモリモドキもといキバットバット二世が空を飛びながら辺りを見渡してる。

 

「ん……」

「あん? どした」

「……ありがとう」

 

いつの間にか俺の近くに寄ってきていた女の子……てかアレーティア? は俺の手を握ってお礼を言ってきた。

 

見た目は幼いとはいえ滅茶苦茶に美人。しかも真っ裸である。いくら彼女持ちでも来るものがある。

それ故に俺は目をそらしながら答える。

 

「おう……」

「俺からも礼を言うぞ。実に数百年ぶりに体を動かせるのでな」

「数百年……?」

「吸血鬼族は確か三百年前には滅びたはずだぞ」

「流石座学の神」

 

とりあえず聞きたいことがあるので俺はひとまず上着を脱ぐ。

 

「アレーティア……だっけ?」

「……その名前、嫌」

「ええ……」

「新しい名前、付けてほしい」

 

まさかの注文が入った。俺はない脳をフル回転させて一つの名前を思いつく。

 

「うーん……それじゃあ〝ユエ〟なんてどうだ? ネーミングセンスないから気に入らないなら別のを考えるが……」

「ユエ? ……ユエ……ユエ……」

「ああ、ユエって言うのはな、中国で〝月〟を表すんだよ。最初、この部屋に入ったとき、お前のその金色の髪とか紅い眼が夜に浮かぶ月みたいに見えたんでな……どうだ?」

「思いのほかしっかりとした理由があるな」

「これが俺の限界な」

「……んっ。今日からユエ。ありがとう。キバットもそう呼んで」

「わ、分かった……」

「おう、取り敢えずだ……」

「?」

「これでも着とけ。いつまでも裸じゃな」

「……?!!」

「思った。いつまで俺たちの理性が保つか分からん」

 

ポイッと上着を投げ渡す。ユエは顔を真っ赤にしてポツリと呟くのだった……。

 

「……えっち」

 




ユエさん登場です!誰の嫁になるかは……まあ分かりますよね()


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第十三楽章 ガブリッ!

お腹が……イタイ()


「‥‥‥えっち」

「「‥‥‥」」

 

何を言っても墓穴を掘りそうなので黙っておく。ユエはいそいそと上着を羽織る。ユエの身長は百四十センチ位しかないのでぶかぶかだ。一生懸命裾を折っている姿が微笑ましい。

 

「‥‥‥二人の名前。なに?」

「俺は音也だ。紅音也」

「で、俺はハジメな」

「音也、ハジメ、音也、ハジメ‥‥‥」

 

大切な何かを体の髄まで刻み込むかのように名前を連呼するユエ。しかし‥‥本当にファンガイアと出会えるとは思ってもみなかった。それにしてもキバットにも会えるとは‥‥ちゃんと杉田ボイスなのには理由があるのか? 

 

「‥‥色々聞きたいことがあるなあ」

「ふむ、それもそうだろう。俺が質問には答えるぞ」

「助かる。それじゃあ‥‥って危ねえ!?」

 

気配感知に引っかかった巨大な気配に思わず大声を張り上げてユエとキバットを抱えながら縮地でその場を退く。ハジメもなんとか移動できたらしい。

 

直前まで俺たちがいた場所には‥‥体長五メートル程、四本の長い腕に巨大なハサミを持ち、八本の足をわしゃわしゃと動かして二本の尻尾の先端に鋭い針がついているサソリがいた。

 

これまでの魔物とは一線を画す強さだというのがこの場からでも分かる。部屋に入った直後は全開だった〝気配感知〟ではなんの反応も捉えられなかった。だが、今は〝気配感知〟でしっかり捉えている。

 

ということは、少なくともこのサソリモドキは、ユエとキバットの封印を解いた後に出てきたということだ。つまり、ユエとキバットを逃がさないための最後の仕掛けなのだろう。

 

俺は腕の中のユエを見つめる。ユメもまた、俺の瞳を真っ直ぐに見つめていた。凪いだ水面のように静かな、覚悟を決めた瞳。その瞳が何よりも雄弁に彼女の意思を伝えていた。一度手酷く裏切られたというのに‥‥俺を信じると言うのだ。

 

片方の口角が上に吊り上がる。俺はイクサナックルとイクサベルトをハジメに投げ渡した。

 

「うおっと」

「ハジメ。それ、使え」

「お前は?」

「……コウモリモドキ」

「なんだ」

「力を貸せ……!」

「……ふん。良かろう」

 

一瞬懐かしいものを見たとでも言うような空気を見せたキバット。しかしすぐに俺の願いを聞き入れてくれた。

 

「しかし、適性がなければ一瞬で死ぬぞ」

「ああ? そんなの今更だろ」

「‥‥似ているな。お前はあの男に」 

「その話は後で聞くぜ。ほら、早く頼む」

「行くぞ‥‥ガブリッ!!

「っ‥‥!」

 

腰に鎖が巻き付いた‥‥と思えば止まり木のようなベルトへと変形する。さらに顔にはステンドグラスのような模様が浮かび上がった。まるっきりテレビ本編通りで感動する。

 

「‥‥変身っ!!」

「絶滅タイムだ‥‥喜べ!」

 

ガラスが砕け散るような音にコウモリの鳴き声のような音が響き渡り……俺の体を鎧のような物が包み込んだ。

 

「うへえ……音也、マジでなりやがったな」

レ・ディ・ー

「俺もやるか……変身!」

フィ・ス・ト・オ・ン

 

ハジメもイクサを装着。本編では決して交わることのなかった二ライダーが……ここに並び立った。両雄ここにそびえ立つ。

 

「邪魔するってなら……」

「殺して食ってやる」

 

鎧の中からではあるがニヤリと微笑む。それと同時にサソリモドキも動き始めた。サソリモドキの初手は尻尾の針から噴射された紫色の液体だ。とはいえ速度は遅い。俺は余裕を持って躱し、縮地でサソリモドキに接近した。

 

「ギシャ!」

 

その四本の大バサミも核爆発を余裕で耐えきるこの鎧には通用しない。ガキン! ガキン! と簡単に大バサミが弾かれてしまう。俺はほくそ笑み、テレビで見た動きを真似てみることにした。

 

「ハアアア……!」

「お、それは……」

「……すごい」

 

全身に流れてるエネルギーを集中させて「キバの紋章」を作り上げる。そして出来上がった紋章をサソリモドキの足下に潜り込ませた。

 

「ギシャアアアア?!!」

「くくく……期待通りの性能だな」

「おい俺は夢を見てるのか? 俺の目の前には音也じゃなくてキングがいるぞ……」

「バカなこと言ってないで攻撃しろよ」

 

大バサミや溶解液、そして地面から突き出される無数の針を一身に受けながらも涼しい声で指示を出した。あまりに頑丈なので痛みどころか衝撃すら感じないのである。

 

余力があるので紋章をもう一つ作りだし、サソリモドキの紋章サンドイッチを作る。これっぽっちも抵抗ができずに電撃を食らってる辺り拘束力は恐ろしい。

 

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「デヤア!!」

 

ドパアアアアン! 

 

しかし……

 

「ギイヤアアアアア!!」

「んなっ……効いてないぞ」

「なんて装甲の堅さだ……」

「ブロウクン・ファングが通用しないんじゃ俺の武装でも無理だ。どうする……?」

 

背中の甲羅に間違いなくヒットしたはずだが……かすり傷一つ付いていないようだ。五億ボルトの電圧を耐えきる防御力とは恐ろしい。

 

とはいえ動けはしないので当分は問題なしだが……どうしてやろうか。なんだかんだで紋章を発動させてるので魔力がゴリゴリと削られている。このままでは魔力枯渇するのも時間の問題だ。

 

「……致し方ないか」

「……音也、それはっ」

「ウェイクアップだ……行くぞ!」

ウェイクアップ・I!

 

フエッスルを吹いた音が響き渡り、周囲は皆既月食が浮かび上がる夜のような空間に包まれた。

 

目の前で動けないサソリモドキを睨みつけ……跳び上がる。その名を「ダークネスヘルクラッシュ」。あまりに厨二病すぎてのたうち回りたいのだが、そんなこと言ってられないので俺は遥か上空から急降下しながら拳を突き出した。

 

「死に晒せやああああああ!!!」

 

対空迎撃なんのその。構わず真上から垂直に落下して拳を叩き込んでやった。

 

「グゥギィヤァァァアアア!?」

 

サソリモドキがかつてない絶叫を上げる。それもそのはず、サソリモドキの背中にある甲羅は完膚なきまでに砕け散っていたからであろう。

 

さらにその拳は甲羅の奥にある柔らかい肉にまで達し、俺の目線からは凄惨な様子になるまでにグチャグチャになっていた。

 

「キシュア……ガギャア……」

 

息も絶え絶えに離脱しようとするサソリモドキ。しかし……逃がすわけがないだろ? 

 

「死ね」

 

ズドバアアアアアアアアン!!! 

 

「おおう……容赦ねえな」

 

最後に紋章で押し潰して指をパチリと鳴らせばフィニッシュである。サソリモドキは爆発四散してこの世を去った。ハジメが変身解除して乾いた笑みを送ってくるが無視。キバットを外しながらユエの元へ歩く。

 

「音也……大丈夫?」

「魔力枯渇で死にそうだがなんとかな。とりあえずユエ、お前は吸血鬼だよな?」

「……(コクコク)」

「よし。それなら俺の血を吸え」

「おい、本当に大丈夫なのか?」

「コウモリモドキ。心配すんなって……俺は不死身だからな」

「……本当にいいの?」

「何度も言わせるなよ。俺も意識失うかどうかのとこで頑張ってるんだから早めに頼むぜ」

「……それじゃあ」

 

俺の首に手を回し、抱きついてくるユエ。そして……首筋にキスしてきた。いや、噛みついたのか。

 

「っ……」

 

首筋にチクリと痛みを感じ、力が抜き取られていくのが分かる。が、構わずにユエを抱きしめることで支えてやった。一瞬、ピクンと震えるユエだが、更にギュッと抱きつき首筋に顔を埋める。どことなく嬉しそうなのは気のせいだろうか。

 

「音也、神水だ」

「おう」

 

味は普通のミネラルウォーターだが……疲れていると美味しく感じる。スポドリに近いかもしれない。

やがてユエも吸血を終えたらしい。俺の首筋から口を離して俺の目を見つめてきた。どこか熱に浮かされたような表情でペロリと唇を舐める。

 

「……ごちそうさま」

「あいよ。それにしても吸血だけで一気に回復したな……流石吸血鬼」

 

思わずそんなことを言いながら、俺は頬を緩めるのだった。いつ終わるかも分からない迷宮攻略だが……良い仲間が増えたようだ。

 

俺はキバットとユエを交互に見つめながら、一筋の光を見いだすのだった……。

 




ダークキバに関してですが、適正がなければ一瞬で死亡する特性は変わっていません。設定も大体オリジナルに準じます。違うとこと言えば技を出すには魔力が必要だといったとこでしょうか。


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第十四楽章 ゆっくりしてよう

ちょっと今回はテキトーです。胃腸の具合がそこまでよろしくなくて…申し訳ない。


見事サソリモドキを撃破した俺たちは、ゆっくり語らうためにも49階層にある俺たちの拠点へと戻ることにした。ちなみにユエが封印されていた部屋でゆっくり……という案もあったがユエが全力抗議したのでポシャった。

 

ユエにも手伝ってもらいながらなんとかサイクロプスの肉やサソリモドキの甲羅を持って帰り、食事の支度が完了したところでようやく一息を付けた。

 

「吸血鬼族って300年前の大戦争で滅んだんだよな? そうしたらユエって……」

「ハジメ、マナー違反……」

「コウモリモドキは封印されてて時間が過ぎた感覚はないんじゃないか?」

「その通りだな。感覚は300年前のままだ」

「本物のファンガイアたちに出会えるとは思わなかったなあ……」

「俺たちキバットバット族は吸血鬼族のキングとクイーンに仕える僕だ。特に俺は適正のあるキングやクイーンにキバの鎧を授ける役割も持つ」

「ユエも変身できるのか?」

「いや……彼女にキバの鎧を身につける適正は無かった。だがそれ以上に不死身の肉体と全属性に適正持っていたから俺は必要なかったのだ。それに、変身するのは専らこの娘の補佐役である者だったからな。もっと言えばあの頃は随分と簡単にファンガイアに変貌出来ていたぞ」

 

聞けば聞くほどユエの恐ろしさが分かる。こんな可愛らしい見た目して本来は玉座に座って様々な政策を実施し、邪魔者は消していくキングとクイーンを兼任していたのだ。

 

「でも……実際は不死身じゃない。魔力が枯渇してたり全身を一瞬で消し飛ばされたらあっさり殺される」

「ちなみにだが、魔力が枯渇しているとキバの鎧を扱うことも難しい。技の大半は魔力を使うのでな」

「なるほど……」

「俺が噛み付く時には魔皇力という純度の高い魔力を流し込むという目的があるのだが……その時に変身者の魔力が枯渇していないかを確認するためでもある」

「意外と大変なんだな」

 

不味い肉を頬張りながら呟く。そこで一つ疑問が浮かび上がったので質問してみることにした。

 

「なあ、キャッスルドランは存在するのか?」

「逆に質問したいぐらいだ……よくその名前を知っているな」

「と、いうことは……」

「存在しているぞ。今はどこにいるのか知らないが元々はそこに住んでいた」

「マジかよ……あ、そういやコウモリモドキはなんで封印を?」

「……ユエが封印されてから俺はとある人物の元へ行ったのだ。所謂裏切りだ」

 

キバットが言うには、ユエを封じ込めた補佐役は自らを王と名乗って政権を取ったという。しかしそれを気に入らなかったキバットはユエへの仕打ちもあって下克上を狙っていた一人の男に手を貸したそうだ。

 

驚いたことにその男はただの人間であったらしい。さらに人間族にしては珍しく吸血鬼族や兎人族といった亜人にも分け隔てなく接していたこと以外はごく普通の人間だった。

 

しかし吸血鬼族の女性と恋に落ちていた男は、ユエの補佐役が突如として政権を握ったことを訴えかけると激怒。キバットと共に補佐役を倒して自らが政権を握り、より良い政を実施しようとしたようだ。

 

 

「何から何まで変わった人間だった。音楽と女を心から愛していたよ。しかも適正がなかったにも関わらずキバの鎧を三度も装着した……」

「なんかその人物知ってる気がするんだけど」

「流石に三度目の変身で力尽きてしまったがな。王座を奪還することも敵わなかった……」

「……その後、お前は反乱因子として封印されたと」

「そういうことだ」

「重たいなあ……ま、しゃあないか」

 

フッとため息をつく。封印されるからには重たい過去があるのは察していたが……改めて聞くと思わずため息が出てしまう。

 

「……音也、ハジメ。どうしてここにいる?」

「ん? おお……そういや俺たちのこと話してなかったな」

「とは言ってもなあ……俺たちは落ちただけだ」

 

ハジメがぶっきらぼうに答える。確かにその通りだ。しかも俺は落ちた時の状態を維持しているし。

 

「まあ……俺は左腕を失ったけどよ。あと髪の色も抜け落ちた」

「簡単に言ってくれるな」

「そういう音也だって大切な人と離れ離れじゃないか。人のこと言えねえだろ」

「そうだな……元気だろうか」

「「……」」

「そんな顔するなって……そうだ、少し心の落ち着く演奏でもするか」

「演奏……?」

「俺はアハトアハトでも作っとくわ」

「対空砲か? いや、普通に地上攻撃でも使える奴だったか」

「ビンゴ。ドンナーだけだと威力不足になりかねない」

「なるほどねえ……ま、ゆっくり聴いててくれよ。とりあえず『四季』を全楽章フルで弾くからさ……」

 

出発は明日。ならばゆっくりするとしよう。俺はいつものように弓を引き、本来のテンポよりもゆっくり目に「四季」を弾くのだった……。

 




中の人はミリオタでもあるのでハジメが作り出す兵器もかなりオリジナリティが加わります。ご了承を()


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クラスメイトside3前編 崖

クラスメイトsideは恐ろしく筆が進む…()
そういえばいつの間にか評価バーに色がついてました!評価してくださった皆様、ありがとうございます!!


話は音也とハジメが40~49階層を攻略していた頃まで遡る。

未だ完全に立ち直れてないクラスメイトたちは相変わらずぐうたらな毎日を過ごしていた。

 

志ある者は逆にメキメキと力を上げており、いつの間にか世界でも最強カッコカリ状態にまでなっていたが。

 

そんなわけで強くなれたクラスメイトたちは再び【オルクス大迷宮】へと向かった。参加したのは光輝、龍太郎、香織といったクラスの中心メンバーに力では光輝たちレベルの永山重吾たちのメンバー、檜山たち小悪党組、そして雫である。

 

現在ショートカットなしで60階層。豹変した雫の凄まじい剣技のおかげで30分と掛からずここまで来てしまった。

 

目の前にある吊り橋の下を覗き込む雫と香織。それを見かねてか、光輝が声をかける。

 

「香織、雫。君たちの優しいところ俺は好きだ。でも、クラスメイトの死に、何時までも囚われていちゃいけない! 前へ進むんだ。きっと、紅と南雲もそれを望んでる」

「……」

「こ、光輝くん!」

「いつまでも引きずってたりなんかしてたら前へ進めないだろ? 雫も早く紅のことは……」

「音也のことは、何よ?」

「早く忘れなくてはダメだ。あんな危険な男のことをいつまでも……」

「香織、私のこと抑えてくれるかしら。今すぐにでもこいつを斬り伏せてしまいたいの」

「落ち着いて! 大丈夫……今度は私が雫ちゃんのことを支えるからっ!!」

「……はあ、まあいいわ。行きましょう」

「ダメか……紅、どんだけ強力な洗脳をしたんだ」

「……光輝くん。言って良いことと悪いことがあるのは分かってるのかな? かな?」

「か、香織?」

「好きな人のことを思い続けることの何が悪いの? 光輝くんの言ってることは雫ちゃんにとっては鋭い刺なんだよ?」

「だがいつまでも死人に引きずられるのは良くないだろ? 香織、君だって……」

「あのね光輝くん……」

「香織。このバカに何言っても時間の無駄。早いところあの害獣を倒すわよ」

「う、うん……」

 

感情のこもらない雫の声に促されて一同は65階層まで下っていく。雫の後ろ姿に恐怖するクラスメイトもいる中ではあるが、順調に魔物を撃退していった。

 

しばらく進んでいると、大きな広間に出た。何となく嫌な予感がする一同。嫌な予感というのは的中する。これは世の定理だ。

 

広間に侵入すると同時に、部屋の中央に魔法陣が浮かび上がった。赤黒い脈動する直径十メートル程の魔法陣。それは、とても見覚えのある魔法陣だった。

 

「お出ましね」

「マジかよ、アイツは死んだんじゃなかったのかよ!」

「迷宮の魔物の発生原因は解明されていない。一度倒した魔物と何度も遭遇することも普通にある。気を引き締めろ! 退路の確保を忘れるな!」

「団長」

「なんだしず──」

 

戦慄したかのような表情をするメルド。それもそのはず、雫の佇まいはまるで幽鬼のようだったからだ。

 

「殺りますよ。今の私なら負けません」

「そ、そうですよ。俺たちはもうあの時の俺たちじゃありません。何倍も強くなったんだ! もう負けはしない! 必ず勝ってみせます!」

「……それもそうか。よし、リベンジマッチと行くぞ!」

 

そして、遂に魔法陣が爆発したように輝き、かつての悪夢が再び雫たちの前に現れた。

 

「グゥガァアアア!!!」

 

咆哮を上げ、地を踏み鳴らす異形。ベヒモスが光輝達を壮絶な殺意を宿らせた眼光で睨む。

それを雫は静かな瞳で見つめ返した。その奥に宿っている感情はただ一つ。

 

「……殺す」

 

明確な殺意、それのみ。

 

「至上の一閃 〝絶断〟」

 

無拍子で一気に踏み込んでベヒモスに斬りかかる雫。それに少し遅れて光輝が指示を飛ばした。

 

「よし、龍太郎と永山は雫に続け! 香織、鈴、中山は後衛! 檜山たちは背後に回りこめ!!」

「駆け巡れ 〝迅雷〟」

「万翔羽ばたき 天へと至れ 〝天翔閃〟!」

 

雫の稲妻のような剣閃と光輝の剣線がベヒモスに襲いかかり、がら空きの背中からは檜山たちの魔法が殺到する。さらに正面からは龍太郎と重吾が容赦なく鉄拳を加え、香織たちの魔法でバフを受けながら確実にベヒモスの体力を削っていった。

 

「グゥルガァアア!?」

「断ち切れ 〝電斬〟」

「お、おい……雫はなんて速度で魔法を唱えてるんだ?」

「いつの間に……」

「雫ちゃん! 天恵よ 神秘をここに 〝譲天〟!」

「一ノ型 〝散露〟。二ノ型 〝残切〟」

「おいおい……俺たちいらなくねえか?」

「ひ、ひええ……シズシズが鬼神になってるう……」

「鈴ちゃん、戻ってきて! 雫ちゃんはちゃんと雫ちゃんだからっ!!」

 

詠唱は必要最低限なのに繰り出される技はクラスメイトの誰よりも強力なことに光輝たちの動きが止まってしまう。その姿は正しく鬼神だ。ベヒモスもあまりの猛攻に何もできずに押し出されていく。その後ろには……崖。

 

「貴方がいたから……貴方が……」

 

しかし雫は崖があるのにも構わずに一層激しく攻撃を加えていく。後から追いかけてきた光輝たちが思わず青ざめるぐらいに凄まじい勢いだ。

 

「し、雫ちゃん! それ以上は落ちちゃう!!」

「雫っ!!」

 

香織と光輝の悲痛な声が響き渡る。光輝は縮地を使ってなんとか雫に追いつき、今にも崖から飛び出そうな雫の腕を掴んで……。

 

「邪魔」

「あぐっ?!」

 

迷わず雫は光輝の片腕を斬り伏せた。香織が慌てて光輝の腕を治療する。その間に雫はトドメとばかりに強烈な刺突を繰り出した。ここまで何もできなかったベヒモスが慌てて頭を赤熱化させたが……既に手遅れであった。

 

「グゥルァガァアアアア!!!!」

 

必死に抵抗しようとするベヒモス。そんな悪足掻きも凄惨な覚悟から鬼神と化した雫の前には無意味。

 

「死ね」

 

地面を盛り上げるほどの踏み込みで一押しした雫は……ベヒモスと共に崖の外へ飛び出した。

 

「雫ちゃああああん!!!」

「雫! そんな、なんでっ!!」

「……さようなら。私の苦しみ」

 

悲痛な面持ちのクラスメイトを見ても雫は何も感じない。ただ、無言で返答をして……二度とクラスメイトの顔を見ることはなかった。

 




まさかの雫さん自殺行為です。今後の物語にも勿論変更が出てきますよ!


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クラスメイトside3後編 走って抜いて斬って下って

ヤベえ……ヤベえよ。クラスメイトsideだとペースがおかしいよ!()
まあ……楽しいから良いんですけども()


「……付いたわね」

 

長い滑空時間の後、私……八重樫雫はようやく地に足を付けた。

 

「早速……行くか」

 

人が通った跡を辿って私は移動を開始する。無論、縮地でだ。

 

こうして奈落の底へ落ちるのは元から計画済みだった。こうでもしなければ私の気はさらに狂ってしまう。だから……仕方なかった。

 

たまに現れる魔物を容赦なく斬り捨てて私はひたすら走り続ける。疲れなど気にしてはいられない。魔力の回復だって走りながらでも可能だ。

それよこれも、また音也に会うため。ただそれだけのため。

 

この日まで、よく光輝たちを斬り捨てなかったと思う。何度も音也は死んだと言われて私の心はズタズタだった。だから私は考えを改めたのだ。邪魔者は全て消していくと。

 

もしかしたらヤンデレみたいかもしれない。だけど仕方のないことだった。私はもう、音也の支えなしでは生きていけない。

 

私の深層心理を完璧に理解しているのは音也だけだ。香織ですら全てを把握はしていない。把握していれば無条件に頼ったりなど……。

 

「邪魔」

「ピイッ?!」

「グギャッ?!」

 

下への階段を見つけては下り、また走り出す。人が通った跡がある限り、音也は生きている。

 

下っては走る。下っては走る。疲れが感じなくなってからもひたすら下っては走る。

 

疲れすぎて幻聴が聞こえ始めたのか、音也の弾くヴァイオリンの音色を聴き取る。一体何階層下ったのか既に分からないが、少なくとも一階層15分ぐらいのペースだ。必要最低限の魔物だけを斬り捨て、ひたすらに人が通った跡を追う。

 

「おと、やぁ……!」

 

唯一にして絶対の心の拠り所。私が人生で初めて心から愛したいと思った男。どこまでも優しくて魅力的な人間。私のことを一番分かってくれた人。

 

「おとやぁ……おと、や……!」

 

一種の呪文なのだろうか。こんな姿を見られたら引かれてしまうだろうか? 否、大丈夫。音也ならきっと受け入れてくれる。

 

幻聴として聴こえてくる音也のヴァイオリンの音色はより一層、大きく美しく響き渡る。これはヴィヴァルディの「四季」だろうか。音也はよく私の目の前で弾いてくれたっけ。

 

よく私のお願いも聞いてくれた。一見無茶に思えるお願いだって彼は快諾してくれた。

ああ、早く会いたい。そのためにも……。

 

「貴方たちは……消えろ!」

「ギギッ?!」

「ゴギャアア!!」

「ピギッ……」

「キシュア!!!」

 

目の前に現れた障害は斬り捨てるのみ。この手がいくら汚れてしまおうと、音也にもう一度会えるのならそれでも良い。

 

走って抜いて斬って下ってまた走って。何度も繰り返していくうちに階段を下った回数も37で数えるのを止めた。

 

いくら下へ行けば行くほど魔物が強力になったところでこの思いには勝てるわけがないのだ。完全に作業である。ただひたすら走って抜いて斬って下って……。

 

「ハァ……ハァ……」

 

ヴァイオリンの音色が確かなモノとして聞こえ始める。あれは……幻聴なんかではない! 

それなら……音也はきっと近くにいる!! 

 

「音也……!!!」

 

きっと、もうすぐ会える。何時もと変わらない笑顔を見せてくれる。私のことを優しく抱きしめてくれる。

 

もしかしたら南雲くんだっているかもしれない。二人とも生きていたのなら……私はきっと嬉しくて泣き出してしまうだろう。いつの日か香織に良い知らせを持ってくことだって出来るかもしれない。

 

「四季」は既に「冬」の第三楽章。切ない音色がまるで私の心のよう。今すぐにでも抱きしめるために飛び込んでしまいたい私の心を……表してるようだ! 

 

「もう少し……音也、待ってて!」

 

私はより一層速く脚を動かし、辻斬りのように魔物を斬り捨てながら前へ前へと突き進むのだった……。

 




明日は一応仕事があるので出せても一話……なはず。いや、二話出せるかもです()
そこまで期待はせずに待っててください()


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第十五楽章 語録は墓穴

今回はネタに走ってます……()


「……ふう」

 

演奏を終えて一息つく。やはり長期演奏は疲れる。

 

「……すごい」

「そりゃどうも」

「やはり……あの男と似ているな」

「お前の言う男ってのもヴァイオリニストだったのか?」

「そうだな……ヴァイオリン職人でもあったが」

「最高傑作の名前は?」

「ブラッディ・ローズだったな……」

「もう確信犯だろ」

「よし……完成した」

「お、どれどれ?」

「対万物砲レールA・A(アハト・アハト)。装弾数は一発だがあのティーガーに搭載されていた砲だ。しかもレールガン化してるから10km先だろうとティーガーの正面を抜ける」

「マジで? まさかとは思うけど徹甲弾と榴弾を用意していたり……」

「する」

「ええ……」

 

俺だって男子。ミリタリー溢れるハジメの装備に心がけ惹かれっぱなしだ。「もうそれを載せた戦車作れよ」「お、ティーガーII行くか?」なんて事を話していると、ユエが拗ねたようにポツリと呟いた。

 

「むう……私には分からない……」

「ユエ、俺もサッパリだから安心しろ……」

 

その後もハジメとミリタリーの話で盛り上がる。最強のガトリング砲GAU-8アヴェンジャーを作れそうだとかロケラン行けるだろとかなんとか。

 

あまりに熱中しすぎてユエが不機嫌になってきた頃になってようやく俺は我に返った。そこで思わず怪訝な顔をする。

 

「……どうしたの?」

「常時展開している気配感知に何かが引っかかったぞ。魔物ではなさそうだが……」

「ホントだ。しかもこれ……女じゃないのか?」

 

この奈落の底に女だなんて……どう考えてもおかしい。好き好んで来れるような場所ではないはずだ。

 

「ちょっと見てくる」

「気をつけろよ」

 

イクサナックルを握って俺は拠点の外へ出る。外は非常に静かだ。しかし気配は消えていない。

 

「……どこだ?」

 

かなり強めの気配なこともあって自然と体が緊張する。強さ的にはハジメより少し弱いぐらいだ。この世界の基準で見たら十分化け物である。オール2000近くあるかもしれない。

 

いつでも攻撃できる態勢を取った……ところで気配も動いた。

 

「どこからでも来い……!」

 

気配を感じる場所目掛けて衝撃波を飛ばそうとする。しかし気配こそ感じるものの俺の目線上には現れない。訝しがって殺意を解いた。その時である。

 

「グエ?!」

 

腹に衝撃があった。別に痛くはないが結構な勢いで突進されたのだろうか。思わず座り込むぐらいには凄い勢いだった。

 

「ああ……ようやく会えた」

「へ?」

「もう離さないんだから……」

 

人語を話した。いや、人間なのは分かってたけどさ……それにしても聞き覚えのある声だ。俺の目には今、真っ白な髪しか見えないんだけど声だけは聞き覚えがある。あ、匂いもかも。

 

「おいおい……マジかよ」

「あら、反応薄め?」

 

髪色が違う。纏う雰囲気が違う。一見気がつくことができないかもしれない。しかし……俺にはすぐに分かった。ずっと思い続けていた人だからかもしれない。俺の中ではとても、とても大きな存在だから……。

 

「……いや、すまないな。あまりに突然すぎて俺の脳が付いてこなかったみたいだ」

「それじゃあ……気がついてくれた?」

「当たり前だ……ホント、久しぶりだな」

「ええ……寂しかったわよ」

 

誰よりも優しく、誰よりも気遣い上手な女の子。俺の知っている女の子の中でも一番強くて乙女な彼女。

 

「……心配かけてすまなかった、雫」

 

────────────────

「おう、戻った音也……って誰だ?」

「貴方は……まさか南雲くん?」

「俺は確かに南雲だが……」

「良かった……きっと香織も喜ぶわ」

「白崎が……? まさか、お前は……」

「八重樫よ、八重樫。必死に訓練して会いに来たの」

「……髪色変わってねえか?」

「努力の証よ」

「……だれ?」

「ふむ、こいつは?」

 

とりあえずハジメが雫だと認識したところでユエも話しかけてきた。どことなくジト目なのがとても気になる。怖いし。というかこれってまさか修羅場? 

 

「私は雫よ。八重樫雫。音也の女」

「……音也、ほんと?」

「そこまで深い関係だったか?」

 

確かに抱き合ってはみたが既成事実はまだなかった……はずだ。自信ないけど。確かあの時俺は雫がどうであっても受け入れるという決意をして抱きしめ、かつ膝枕をしたと思うんだが……まさか。

 

「私はもう身も心も音也の物よ」

「む……」

「貴女はどうなのかしら?」

「……心はもう音也の物。後は既成事実」

「助けてハジメさん」

「やかましいわ」

「ふーん……ユエね。さしずめ貴女はライバル……なのかしら?」

「ん……ライバル。音也に愛されるのはどっちか一人で良い」

「ふふふ……上等よ」

 

案の定目の前が修羅場になっている。こういう時は音也語録を使うべきなのだろうか。いや……事態が悪化しそうだ。

 

ところでキバットさん。なぜ懐かしい物を見たという目で見てんの? 親のような生暖かい目は分かるけど何それ。ねえねえ。

 

「「音也!」」

「は、はい?」

「どっちが良いか」

「……選んで」

「……今すぐ?」

「「今すぐ」」

「どっちかなんて言うなよ……てか俺のために争うな。二人まとめて愛して……あっ」

「聞いたわねユエ?」

「ん……バッチリ。言質も心で取った」

「私を愛してくれるって……」

「雫、それは違う……愛してくれるのは私」

「ヤベえ……悪化した」

 

音也語録恐るべし。折角出発しようとしたのにこれだとは……先が思いやられる。俺は思わず苦笑いをし、未だ言い合いを続けていつの間にかキャットファイトに発展した雫とユエを宥めに行くのだった……。

 




普通なら感動の再会シーンなのにヤンデレ化してるから微妙だと思うのは私だけでしょうか?()


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第十六楽章 ヒュドラ

梅雨だとジメジメして思考がまとまらない(言い訳)


なんやかんやと賑やかになりながらも俺たちは迷宮を下り続けた。人数が増えたことで攻略に掛かる時間は半減したし負担も減った。特に雫とユエの殲滅速度は凄まじかった……。

 

そのまま俺たちは数日ほどで最下層まで辿り着いてしまった。現在のステータスは……。

 

============================== 

紅音也 16歳 男 レベル:76

天職:ヴァイオリニスト

 

筋力:2740

 

体力:3200

 

耐性:2390

 

敏捷:2640

 

魔力:1920

 

魔耐:1930

 

技能:ヴァイオリン演奏技術[+超絶技巧]・共感覚・絶対音感・生命力増強・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・魔皇力耐性・全属性適正・胃酸強化・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・魔皇力操作[+魔力変換][+身体能力強化]・天歩[+空力][+縮地][+豪脚]・纏雷[+拡散]・風爪・夜目・遠見・気配感知・熱源感知・魔力感知・地獄耳・気配遮断・金剛・威圧・念話・言語理解

===============================

 

こんな感じである。能力値は勿論軒並み上昇しており、新たな技能も数多く増えた。まあこれ以上魔物を食っても固有魔法は増えないみたいだが……きっと体質が変化してしまったのだろう。

とはいえこれでも十分すぎるぐらいに強くなれた。後は日々の鍛錬で自分を磨くのみだろう。

 

ちなみに雫なのだが……エグいことになってた。

 

====================================

八重樫雫 17歳 女 レベル:70

天職:剣士

 

筋力:1600

 

体力:1820

 

耐性:1450

 

敏捷:3240

 

魔力:2160

 

魔耐:2090

 

技能:剣術[+斬撃速度上昇][+抜刀速度上昇][+残斬][+二刀流剣技]・縮地[+爆縮地][+重縮地][+震脚][+無拍子][+瞬光]・先読[+投影]・気配感知・気配遮断[+暗歩]・隠業[+幻撃][+分身]・言語理解

====================================

 

なんというか……スピードスターだ。あまりに速くて視認することは結局できなかった。模擬戦したときにイクサにならなかったら負けていた。

 

ちなみにイクサは身体能力を5倍に、ダークキバは20倍まで跳ね上げる。ダークキバに至っては魔皇力が全身を駆け巡る状態になるため実質魔力が無限になったりもする。体力は削られるけど。

 

つまり魔力は減らないが体力は削られるのでタイムリミットが存在するというわけだ。

 

俺たちは万全の準備を整えて階段を下りきった。目の前には……壮大な空間が広がっている。神殿、と言えば分かりやすい。さらに最奥には巨大な両開きの扉が控えている。

 

「……反逆者の住処?」

「反逆者?」

「反逆者というのは神代に神に挑んだ神の眷属のことだ。世界を滅ぼそうとしたと伝えられているぞ」

「この迷宮も反逆者が作った……らしい」

「て、ことは……」

「魔法で地上とのルートを作っていてもおかしくない。神代の魔法でなら空間転移だってできる」

「相変わらず規格外だな……」

「音也、私たちをこの世界に召喚したのも……」

「神代魔法のはずだ。そうでなきゃクラスメイト丸々をこの世界に連れてくるなど不可能だろうね」

 

迷惑な神様だとはいえ……そんぐらいのことなら可能なのだろう。あまり認めたくはないが、確かに神の力は本物らしい。

 

「ま、とりあえず行くぞ。何が来ようと……邪魔するなら消し去るだけさ」

「違いないな」

「正しく……絶滅タイムか」

「そうね。私たちの愛を邪魔するなら誰であろうと消し去るわ」

「ん……私たちは最強。誰にも負けない」

 

みんなの声に俺はニヤリと微笑む。大丈夫だ。こいつらと一緒なら俺たちは負けることはない。

 

目の前の威圧感ある巨大な魔方陣を見ても俺の心に焦りは生まれなかった。それぐらいに頼もしい仲間たちだ。例えどんなに巨大な邪魔者が現れても勝てる。負けやしない。

 

俺は最後の一歩を踏み出した。途端に魔方陣が待ってました! とばかりに輝き始める。ヴァイオリンを取り出して一気に気を引き締め、目が潰されないように顔を腕で覆った。

 

 

やがて光が収まる。

 

俺たちの目の前に現れたのは……首が六つある蛇。いや、よく知る蛇ではない。これは大蛇だ。体長は30mはあるだろうか。言うならば……。

 

「ヒュドラ……」

 

そう、ヒュドラだ。神話に登場するヒュドラその物だ。その威圧的な赤黒い瞳は見る人間を恐慌させて心不全を誘発させるぐらいには恐ろしい。

 

俺はヴァイオリンを、ハジメはドンナーを、雫は刀を構える。ユエはキバットと共に魔法の準備を開始した。キバットが魔法使えるのはツッコまないお約束だ。

 

「「「「「「クルアアアアアアン!」」」」」」

 

今まで聞いたことのない不気味な絶叫を上げるヒュドラ。それを聞いた俺はすぐに「四季」のフルコースを弾き始める。それと同時に赤い頭がガパッと大口を開けたと思ったら火炎を寄越してきた。

 

「ハジメ!」

「おうよ!」

 

ドパンッドパンッ!! 

 

すぐに俺はハジメに指示を出し、自身は天井に立ち上がる。さらに目で雫に合図を送って突進させた。

 

「至上の一閃 〝絶断〟」

 

ハジメの砲撃と雫の斬撃で赤い頭が吹き飛ぶ……が、すぐに再生されてしまった。

 

「おいおい……白頭は回復持ちか?」

 

どうやら白頭が回復させたらしい。なるほど見てみればペカーと光って得意げな顔をしていやがる。

 

「〝緋槍〟!」

「〝魔波〟!」

 

ユエとキバットの合体魔法が白頭を狙って発射される。即座に状況判断したのだろう。まあ無限回復なんてされたらこっちも困るし間違ってない。

 

しかし……今度は黄頭が白頭の前に出てきてその頭を肥大化させた。さらに結界のような物まで張ってエグい威力のはずのユエとキバットの魔法を受け止める。攻撃に守りに回復。なんてバランスの良い編成なのだ。

 

「くそ……こいつでも食らえっ!」

 

演奏速度を上げて魔法弾をオールレンジ攻撃に切り換える。これで身動きを制限してしまえば回復役の白頭や盾役の黄頭を狙いやすくなるはずだ。

さらに〝念話〟という脳内に直接話しかける技能を使ってユエに黄頭を、雫に白頭を頼もうとした……。

 

その瞬間である。

 

「「いやぁああああ!!!」」

「んなっ?!」

 

突然二人が黒頭に睥睨されたと思ったら動けなくなった。思わず演奏を止めて二人の元へ駆け寄る。

 

勿論この隙を狙ってヒュドラが火炎やら氷塊やらを飛ばしてくるがなんのその。イクサナックルの衝撃波で全て押し返して無理やり封殺する。さらにハジメが閃光手榴弾と焼夷弾をドンナーで撃ち抜いてヒュドラを怯ませてくれた。

 

“ハジメ、コウモリモドキ。悪いがしばらく頼む”

“あいよ”

“任された。その代わりユエを……”

“分かってる”

 

縮地で雫とユエを回収して柱の陰に後退する。オマケのつもりで数発の衝撃波を放ち手持ちの手榴弾も投げつけたので少しは足止めになるはずだ。

 

「おい、二人とも大丈夫か?」

「あ……いやっ……」

「やめ……てっ」

「くそ、何しやがったんだあの頭は」

 

俺の問いかけに反応せずにガタガタと震える雫とユエ。俺は悪態をつきながらも手持ちの神水を飲ませ、二人をギュッと抱きしめる。

これしか思いつかなかったのだ……とほほ。

 

「あ……」

「おと、や?」

「お、気がついた」

「……う、うぅ……良かった」

「え、ちょ、何で泣いてるの?」

「おとや……」

「ユエまで……お前ら、一体どうしたんだ?」

「……私は、また貴方と離ればなれになる光景を見せられたわ」

「……暗闇……一人……見捨てられて……居場所もない……もういや……」

「……つまり、対象を恐慌状態にするってことか。本当にバランスの良い奴だよ」

 

思わず悪態を吐く。そんな俺のことを、二人は不安そうな瞳を向ける。二人にとっては恐ろしい光景だったのだろう。

 

「ねえ……また離れたりしないわよね?」

「……また一人はいや。音也……」

 

よっぽど恐ろしかったのか、涙目で俺の手を離そうとしない雫とユエ。随分と厄介なことをしてくれたもんだ。

 

雫はこれまで甘えることができたのは実の姉である露葉さんだけだった。本心を話せたのも露葉さんだけだ。

 

そこへ……俺が手を差し伸べてしまった。

 

後悔はしてないし、困ってるなら助けるべきだ。別に悪いことはしてないはず……だが、雫にとっては血の繋がりのない人物が親身になって聞いてくれるのが嬉しかったのだろう。

 

そんな人物と離ればなれになったら……壊れてしまうはずだ。実際ほんの少し離れただけで雫は豹変したぐらいである。永遠にお別れだなんてしたら……もうアウト。雫は世界を滅ぼしかねない。

 

そしてユエも300年もの間幽閉されていたところを助けられて、異種族にも関わらず特に何もなく接する俺に心を許してしまったのだろう。

 

彼女は一度裏切られ、信頼していた人物に見捨てられたと言っても過言ではない。もしもまた、見捨てられたら……結末は分かりきっている。

 

「……私、帰る場所もないのに……また見捨てられたら……」

「……ああもう、仕方ない奴だな」

「音也……また、離れたりなんかしないわよね?」

「するかよ。お前をこれ以上壊すわけにはいかない。それとユエ」

「……?」

「帰る場所なら……ここにある」

「……どこ?」

「ここだ。俺が……お前の帰る場所だよ」

「……!」

「雫、俺はもうどこにも行かないさ。ユエも……どんなことがあっても俺が帰る場所になる」

 

支離滅裂だしかなり小っ恥ずかしい。だが……臭い台詞だろうと言わなければならないことが、人生ではあるものだ。

 

全くの別人だとはいえ俺だって紅音也。女を泣かせるわけにはいかない。とはいえこれだけでは押し出し不足だろう。故に俺は雫とユエを抱き寄せる。

 

「ちょ……音也?」

「か、顔……近い……」

「いいか? 目を閉じろ……」

 

優しく話しかける。素直に目を閉じた二人に俺は……そのまま軽くではあるが唇にキスを落とした。ああ、俺もどうやら紅音也カッコガチルートまっしぐらか。

 

「音也……?!」

「んん……?!」

「……全く、恥ずかしいったらありゃしねえな。まあなんだ。俺はどこにも行かないし見捨てなんかもしない。これは絶対だ」

 

スクッと立ち上がってイクサナックルを取り出す。立ち直れるかどうか……後は二人次第だ。

 

レ・ディ・ー

「……俺の心は、お前たちと共にある。それを忘れるなよ」

フィ・ス・ト・オ・ン

「変身!」

 

俺は愛する二人を守るためにも、ヒュドラの元へと走り出すのだった……。

 




ハジメに車じゃなくて戦車作らせようかな()

今回も雑ですが能力紹介をさせて頂きます。

・魔皇力操作……魔力よりも純度の高い魔皇力を操ることが可能になる。魔力とは互換関係であり、魔力が枯渇しても最悪魔皇力で魔法を放つことが可能である。なお魔皇力で放つ魔法の威力は純粋に魔力で放つときよりも倍強くなっている。


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第十七楽章 ウェイクアップ

他の人の作品を見ると他の作品のネタを入れたくなっちゃう()


「ハジメっ!」

「音也! 丁度良かった。シュラーゲンを使うから時間稼ぎ頼む!!」

「合点承知ぃ!」

 

飛び出してきた青頭を蹴り飛ばし後続の緑頭にイクサナックルを打ち付ける。さらに黄頭の目の前で手榴弾を爆発させて踏み台にして黒頭と向かい合う。

雫やユエの時のように睥睨され、言いようのない不安が込み上げてくる。

 

力が及ばずに守りたい者も守れなかった光景が浮かび上がる。目の前で首を跳ね飛ばされ、死体には恥辱を加えられて……。

 

「……いや、そんなことはさせるかあ!!」

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

 

しかしすぐさまネガティブな思考は振り払う。これは最悪の事態。ならば……もっと強くなって目の前で死なせるようなことはさせなければ良いのだ。

 

「舐めるなよ……鍛えられた心を!」

 

黒頭目がけて威力を抑えた電磁波をすっ飛ばし、ハジメから見てヒュドラの頭が一直線になるように誘導する。そして……叫ぶ! 

 

「撃てえ!!」

「まとめて……あの世へ行け!」

 

ドガンッ!!! 

 

文字通り必殺の一撃が一直線上に並んだ六つの頭を捉える。黄頭が先頭に躍り出て周囲の鉱石をハジメのように錬成して盾を作って待ち構える……が、そんなことでハジメ特性のA・Aを耐えることなどできない。

 

素の状態ですら1500m先にある171mm装甲板を貫通できるトンデモ万能対空砲だ。それを電磁加速させて発射するのだから凄まじい破壊力になる。

 

そしてその破壊力は……俺の目の前で証明された。

発射された紅い雷は幾重にも張り巡らされた障壁や装甲をいとも容易く貫通し……狙い違わずヒュドラの首六つをなんなく貫いてしまった。

 

さらに紅い雷は直進を続け、遂には迷宮の壁をドロリと溶かしながら最深部の見えない穴を作って消えていった。

 

さしものヒュドラもチートレベルの貫通力には耐えられなかった……ということだろう。俺の目の前には首を溶かされて物一つ言わぬヒュドラの姿があった……。

 

「ハジメ、やったな!」

「おう。やっぱりこいつは戦車に搭載するべきだな……」

「凄まじい威力……人間の力でもここまでやれるとはな」

 

男三人、集まって労い合う。あの様子じゃヒュドラはきっと死んで……。

 

「?! 音也! ハジメ! キバット!」

「ユ、ユエ?!」

 

ユエが切羽詰まった様子で駆け寄ってきた。俺も背中にゾクリと嫌な気配を感じて……冷や汗を流す。

 

ゆっくりと振り返る。そこには……音もなく生えてきた七つ目のヒュドラの首があった。色は銀。どこか神々しい雰囲気と共に凄まじい、先ほどとは比べ物にならない威圧感を感じる。

 

さらに俺は鍛え抜かれた耳で嫌な音を一つ聴き取った。咄嗟にキバットを投げてハジメを突き飛ばし、ユエを抱えてその場から離脱する。

 

その次の瞬間……。

 

ゴパアァァァァァァァァアアア……

 

俺たちが元いた場所に天罰のごとく極光が降り注いだ。先ほどのハジメのシュラーゲンをも凌ぐ勢いだ。マトモに食らったらイクサを装着していても危ない。

 

「ハジメ、ユエ、コウモリモドキ! なんでも良いからあいつを!!」

「しつこい魔物だ…… 〝振動波〟!」

「ん……私もやる……! 〝天灼〟!」

「こんの……野郎がっ!!」

 

ドパンッドパンッドパンッ!! 

 

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「うおおおおおおおおお!!」

 

未だに動けない雫を除いて俺たちは猛然と銀色のヒュドラに立ち向かうのだった……。

──────────────────

「……音也」

 

体が動こうとしない。今すぐにでも助けに行きたいのに足が動かない。ユエは動いたというのに、なんで私は動けないの?

 

私は……音也を助けたいのに。心とは裏腹に体は動かない。

 

「うわ効いてねえ!?」

「撃て! 撃ち続けるんだ! 魔力が枯渇するまで、銃身が真っ赤になるまで……!」

「分かっているが……これではジリ貧だぞっ!」

「私も……保つか分からない」

「くそったれ!」

 

私も手助けしたい。このままだとユエに取られてしまうかもしれないのに……。

 

こんなにも大好きなのに。

 

だからなの? 

 

涙が出てしまうほど怖いのは……音也が大好きだから? 

 

もしかして私は迷惑? 

 

「私は……どうしたら……」

 

継ぎ接ぎだった心にヒビが入る。元よりそこまで強い心じゃない。私の決意なんて……すぐに崩れてしまう。音也とは違って……。

 

ああ、私はなんて弱いのだろう。音也に会いたくてここまで来て、手助けしたかったからユエと競うように魔物を狩って。それなのに……大事なところでは怖くて竦んでしまって。

 

これじゃあ捨てられても文句は……。

 

「雫?! 危ない!!」

「え……」

 

思わず声がした方向を見る。私の目の前にあるのは……明るい光。明るくて冷たい光。あれを浴びたら私は永遠に音也の中で生きられるのかもしれない。

 

だけど……怖い。死ぬのはもっと怖い。

 

だからなのか、私は一ミリも動けずにその場に佇んでいた。傍から見れば生きることを諦めたようにも見えるかもしれない。でも……役立ずなら仕方が……。

 

「させるかあ!!」

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「バカ! 三発は無茶だ!!」

「こんなとこで失ってたまるかよおおお!!」

 

極光目がけて思いっきり振りかぶり右のストレートをぶつけに行く音也。同時に凄まじい余波が発生。私は吹き飛ばされて壁に打ち付けられてしまった。

 

「あう?!」

「ぐううう……!」

「いっつ……はっ! 音也ぁ!!」

「しず、く? よかっ……無事……で……」

 

ゴオオオオオオオオオ……

 

極光が音也を……飲み込んだ。

 

やがて極光が収まり、目の前に音也が現れる。変身が解けてしまっても同じ姿勢。しかし体の至る所から煙りが吹き出している。

 

「はあ……はあ……」

 

ドサッ

 

「音也っ!!」

 

前に倒れ込む音也。慌てて駆け寄り音也を仰向けにすると、南雲くんから貰ったポーション(神水)を飲ませた。これは南雲くんが魔物の肉に含まれている猛毒すらも無効化したものらしい。回復力は折り紙付きだったはずなのだが……。

 

「なんで……なんで回復しないのっ?!」

 

片目が焼け落ち、至る所から骨が露出するという酷い状態から少しずつは回復している。しかし……あまりにも遅い。

 

「お、おい! 音也は生きてるか!」

「ええ! なんとか生きては……!!」

「悪いが看病は任せた! ユエ、キバット!」

「ん!」

「おう!」

「音也……音也しっかりして!」

 

正に死に体の音也を抱きしめて泣き叫ぶことしかできない。彼の体を何とか出来るわけではない。

 

「……私のせいだ。私が動けなかったから音也が……」

 

私を守るために瀕死になった音也を見て……どうしようもなく怒りが込み上げてきた。

 

私が動けなかったから。

 

私が弱かったから。

 

音也がこんな目に……。

 

「……音也」

 

手持ちのポーションを全て飲ませる。そして私は……立ち上がった。

 

「……今度は私が、貴方を守るわ」

 

先ほどまでは前に進まなかった足。しかし今では……こんなにもスムーズに踏み出せるではないか。

 

「私の……私の音也をよくも傷つけてくれたわね。絶対に……許さない」

 

私は地面を蹴り飛ばし、縮地で一気にヒュドラの元へ駆け寄る。そして今、私が持てる全ての技術を駆使してヒュドラに斬りかかるのだった。

──────────────────

「……」

 

雫が駆け抜けて行った。どうやら吹っ切れたらしい。

 

それにしても体中が痛い。雫が神水を飲ませてくれたおかげで極光に含まれていたであろう毒素をなんとか中和できたらしく、露出した骨や焼けただれた肌は元の状態に戻っていった。

 

しかし、痛みは消えない。左目に関しては欠損してしまったようだ。いくら神水でも欠損した部位を元通りにすることはできない。ハジメが左腕を戻せなかったのと同じである。

 

生まれて初めての出血多量に意識が朦朧とする中、雫たちがヒュドラと激しく命の奪い合いをしているのを感じ取る。

 

銃声が鳴り、魔法がぶつかり合い、剣が斬り刻む。しかしヒュドラの気配は一向に消えない。むしろ強くなっている。学習しているのだとしたら……それは厄介だろう。

 

「ぐはっ?!」

「南雲くん?!」

「ぐあ!?」

「キバット! あぐっ?!」

「ユエ! この……!!」

 

一人突貫する雫。凄まじい速度でヒュドラの周りを周り、殆ど無詠唱に近い速度で剣技と魔法を繰り出していく。しかしそれらも全てなんてことなかったかのように受け流されている……。

 

「この……このっ! 倒れろ……!!」

「しず……く」

 

無理やり立ち上がる。無茶だ! と叫びたいが声が掠れてしまって無理か……。

 

「クルゥァァアアン!!!」

「ぐう?! しま……」

 

ズガガガガガガガガガガガガ!! 

 

「しず、く!」

「うぅ……うぅ……」

「そんな……全滅かっ」

「くっ……」

「いやあ……たすけて……」

「みんなっ」

 

ハジメとキバットの傷は比較的浅いようだ。なんとか立ちながらヒュドラを睥睨している。しかし雫とユエはもう動けないらしい。

 

ヒュドラは「勝った!」という表情を浮かべ……口をガパリと開いた。

 

途端に……俺の心に凄まじい怒りが湧き上がってきた。雫が泣いている。ユエが泣いている。俺の女が泣いている……! 

 

そんな奴を許せると思うか? 

 

答えは否! 断じて否だ!! 

 

敵は……邪魔者はどうするんだ? 

 

殺す。殺すだけだ。

 

守るためにも……殺せ。

 

殺せ、殺せ、殺せ! 

 

「ぐおおおお…… 〝縮地〟!」

「へ……?」

「おとや?」

「……泣くなよ。お前らの勝ちだ」

「お、音也?!」

「バカ、その状態で無理を……!」

「コウモリモドキ……もう一度力を貸せ!」

「今さっき無茶をするなと言ったばかりではないか!」

「守るためにも……無茶はしないとなあ!」

「命が惜しくないのか……」

「惜しくなんかないね。守れるならそれで良いさ」

 

「どうなっても知らないぞ……ガブリッ!

「っ……!」

 

「変身」を言うこともなく俺は鎧を身に纏った。恐らく繰り出せる技は殆どない。どんなに頑張っても……意識が保てるのは技を出し切るまでだ。

 

「決めるぞ……ウェイクアップだ」

「本当に……やるんだな?」

「当たり前だ。愛する人たちを……守るためにな」

「……そうか」

「覚悟は出来ている。行くぞ!」

「どつなっても知らないぞ……ウェイクアップ・II !」

 

笛を二回鳴らさせる。ウェイクアップ・Iが急降下パンチならウェイクアップ・IIは急降下キックだ。辺りが皆既月食の夜のような空間に包まれ、紅い月が不気味に輝く。その中で俺は両手をクロスさせて下を軽く俯き……目の前に佇むヒュドラを睥睨した。

 

互いに睥睨し合う両者。緊張が空間を支配し、正に状況は一触即発だ。どちらが動けばこの状況は一転。殺し合いへと発展するだろう。

 

「…………」

「クウルルルル……」

「……ハアッ!」

「ルアアアアア!!!」

 

ダンッ! メキャア!

 

キイィィィィィィィイイ……

 

俺は真後ろに浮かび上がった紅い月に向かってバク宙しながら跳び上がる。それと同時にヒュドラの口元も白く光り始めた。

 

「受け止められるもんなら……受け止めてみやがれえええええ!!!」

「クルアアアアアアアアアン!!!」

 

幸いにも天井は高いので俺は限界ギリギリまで上がり……位置エネルギーを使ってそのままキバの紋章を宿した両足の急降下キックを繰り出した。対するヒュドラが放ったのは死の極光。俺の片目を溶かし、骨まで露出させた恐怖の極光。

 

「ぐうううう……!」

 

ゴオオオオオオオオオ……

 

しかし、お忘れではないだろうか。この俺が今纏っているキバの鎧は……核爆発に耐えうる黄金のキバの鎧の三倍の強度を誇ることに。

 

「クルアアア?!」

「うおらあああああ!!!」

 

極光に突撃。なりふり構わずにヒュドラの元へと一直線に向かう。それに慌てたのか、ヒュドラは極光の出力をグングン上昇させているが……効かない。効くわけがない! 

 

ドパアアアアン!!! 

 

……破裂したような音が響き渡る。

 

俺は特に傷を負うことなく地面に降り立った。

 

ヒュドラは……動かない。いや……動けない、か? それもそのはず、ヒュドラの頭には……綺麗に人間大の風穴が開いていたからだ。

 

感知系の技能を発動させてみるが……反応はなし。背中を走る悪寒も感じない。

 

もう……寝ても良いよな。

 

「……」

「お、おい?!」

「もう……むり」

 

変身を解除しながら……俺は流れるように意識を闇に落とすのだった。

 




今回は少し長めでしたね。ちなみにウェイクアップ・IIの技名は「キングスバーストエンド」と言います。キバ本編では過去編の音也が渡とのダブルライダーキックで使ってましたね。


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第十八楽章 解放者

今回はウダウダです()
頭痛が痛くて話がまとまらん…。


「……ん」

 

背中にある柔らかい感覚によって意識が覚醒していく。随分と久しい、ベッドの感覚だ。最近は固い地面にごろ寝なことも多かったのでかなり心地は良い。

 

先ほどまで俺はヒュドラと他戦ってたはずなんだが……ここは反逆者の住処なのだろうか。だとしたら雫たちは無事で、わざわざここまで運んでくれたのか? 

 

まだ半分ぐらいは眠っている意識の中でボンヤリと考え事をする。両隣にある柔らかい感覚もあってすぐにでも二度寝をしてしまいそうだ。

 

(というか何これ。柔らかい……)

 

マシュマロみたいでいつまでも触っていたい。なんか一カ所だけ出っ張ってるがこれは何だ? 

 

「あっ、ちょ……おと、やあ」

「ん、んぅ~」

「?!!」

 

両サイドから聞こえるあえぎ声。一気に意識が覚醒し、何が隣にいるのかを確認する。いやまあ、ここで隣にいるのはあいつらしかいないが……。

 

「……ねえなんで? これって朝チュンだよな。え、何? 俺は憲兵=サンかニンジャ=サンに殺されるんじゃないだろうな?」

 

混乱を極めるこの状況。あまりに混乱してアイエエエエエエエ! だとかアババー! とでも叫ぶ状況になるんじゃないかと本気で心配してしまう。

そしてその予想はある意味で当たることとなった。

 

「ドーモ音也=サン」

「アイエエエエ! ハジメ!? ハジメナンデ!?」

「目覚めてそれなら大丈夫だな」

「アッハイ」

「服着とけよ。後で話があるから」

 

そう言ってハジメは出て行ってしまった。ボーゼンとする俺にフォロー頼む。

 

「はあ……それで、なぜ俺の腕には裸の雫とユエがくっついてるんだ?」

 

俺の両サイドにいたのは裸の雫とユエ。俺の手は現在二人の胸のところにピンポイントで触れている。雫は言わずもがな、ユエのも結構あるな……ではなくて。

 

これは何かの試練なのだろうか。迷宮攻略するための最後の試練……的な。

 

「据え膳食わぬばって言う諺もあるが……え、良いのこれ。頂いてもよろしくて?」

 

至極真面目にわりかしえげつないことを考える。このまま食っちまえば既成事実ができて俺の女と大手を振れるが……日本って重婚はアウトだったよな。

いっそのこと二人まとめて愛してしまった方が気が楽? 

 

「……はあ、流石にアウトだし止めだ止め。ほら雫、ユエ。さっさと起きろ」

「ん……んん~」

「あと五分……」

「おいバカ、丸くなるな! ヤバいとこ当たってる……当たってる!」

「ゃあ……もっとぉ……」

「さわってぇ……」

「だあああ! いい加減起きやがれええ!!!」

 

バリバリバリバリバリバリバリバリ!!! 

 

「「?! アバババババババババアババ!」」

 

流石に不味いので纏雷を使って強制的に起こす。そして若干濡れてる手を引っこ抜き、置いてあった服を着込んだ。

 

「……あれ、音也?」

「目が……覚めた?」

「おう、目が覚めた途端にこれだからもう一度気絶するところだったぞ。てかなんで裸なん──」

「「音也!!」」

 

問い詰めようとしたが思いっきり抱きつかれた。もちろん真っ裸で。息子さんが暴れ出しそうでヤバいので引き離そうとしたが、二人がぐすっと鼻を鳴らしていることに気が付いたので仕方なしに頭を撫でてやる。

 

「もう……心配した」

「ああ……すまねえな」

「……約束破ったのかと思った」

「見捨ててなくね……って離れたら変わりないか」

「でも……格好よかったわ」

「ん……あそこまで鎧を使いこなしていて凄い」

「負担が頭おかしいけどな。あまり多用したら死にかねないからイクサを強化したい……」

 

立ち上がってのびーっとする。また何日も寝ていたようでお腹がペコペコだ。

 

「服、着とけよ。何があっかは知らないし聞かないけど流石にずっと真っ裸はダメだ」

「分かってるわよ……ご馳走様」

「ん……ご馳走様」

「ええ……」

 

どうやら俺は美味しく頂かれたらしい。合掌。

 

とりあえず俺は部屋を出て運び込まれた反逆者の住処を探索する。なぜ住処なのが分かるのか? 逆にそれ以外にあるか? 

 

「お、完全にお目覚めか」

「腹減った」

「だろうな。お前は一週間寝続けていたのだぞ」

「マジで?」

 

道理で腹が減ってるわけだ。

 

「そうだ、見せたいもんがある」

「あん? 見せたいもの?」

「三階に巨大な魔法陣があってな。そこに入ると一つ、神代魔法を習得できるんだよ」

「ええ、マジかよ」

「まあ来いよ」

 

ハジメとキバットに連れられて俺は三階に上がる。そこには確かに直径七、八メートルの今まで見たこともないほど精緻で繊細な魔法陣が部屋の中央の床に刻まれていた。さらにその奥には椅子に座った骸骨が一体。黒に金の刺繍が施された見事なローブを羽織っている。

 

「……一体何を待ち続けてここで朽ち果てたんだ?」

「ああ、それはだな……こいつら、この世界の神をヌッコロそうとしたらしいぞ」

「また物騒な」

「俺も初めて聞いたぞ。昔から反逆者は世界を滅ぼそうとしたと聞いてるが……」

「コウモリモドキでも初耳なのか……」

 

曰く、反逆者たちは神々の直系の子孫である解放者という集まりだったらしい。

ある日解放者のリーダーは神々の本当の意思を偶然知ったという。

 

神々は他種族の争いをあくまでも遊戯としてしか見ておらず、むしろ遊戯を盛り上げるためにより多くの人々を死なせていったという。それに激怒した解放者のリーダーが同志を集めて神々を打倒しようとしたらしいが……。

 

「神々には戦うことなく敗北したそうだ。なんでも神々は解放者たちのことを世界に破滅をもたらそうとする神敵であると人間に話したらしい」

「で、神を妄信しているバカ共が暴走して解放者たちを討ち取って……」

「残った中心メンバーの七人は大迷宮を作って意思を継いでくれる者を待ち続けてるらしい」

「大体分かった。まったく……神はくそったれだと思ってたがまさか本当だとはな」

 

やれやれとため息をつく。ロクな神なんて存在しないのだろう。

 

とりあえず俺は魔方陣の中に足を踏み入れる。すると魔法陣が淡く輝き、部屋を神秘的な光で満たした。

 

直後、何かが頭の中に侵入し、まるで走馬灯のように奈落に落ちてからのことが駆け巡る。俺がこの迷宮で何をしたのかを確認しているのだろう。

 

やがてそれも終わり、ある程度光が収まると……目の前には骸骨と同じローブを着込んだ男の姿があった。

 

「試練を乗り越えよくたどり着いた。私の名はオスカー・オルクス。この迷宮を創った者だ。反逆者と言えばわかるかな?」

「……わお」

「ああ、質問は許して欲しい。これはただの記録映像のようなものでね、生憎君の質問には答えられない。だが、この場所にたどり着いた者に世界の真実を知る者として、我々が何のために戦ったのか……メッセージを残したくてね。このような形を取らせてもらった。どうか聞いて欲しい。……我々は反逆者であって反逆者ではないということを」

 

そこから始まった話は……まあさっきハジメとキバットから聞いたような話だった。

 

映像越しからでも悲しげな心の音楽が聴こえてきて思わず目を伏せる。オスカー・オルクスの表面上の表情は穏やかだ。しかし……心中は複雑なのだろう。

 

「……話は以上だ。聞いてくれてありがとう。君のこれからが自由な意志の下にあらんことを」

 

その言葉を最後にオスカーの姿が消え……代わりに俺の脳内に何かが刷り込まれてくる感覚に襲われた。正く頭痛が痛い状態。まあ痛みにはある程度強くなったので耐えることはできるが。

 

「いてて……なんやこれ」

「さっき言った神代魔法だ。生成魔方って言って、魔法を鉱物に付加して特殊な性質を持った鉱物を生成出来る魔法らしい」

「錬成を使う人のためにあるような魔法だな」

「そうだな。これでアーティファクトも制作できる」

「……作っちゃうか?」

「あったりまえだろ。シュラーゲン使った戦車な」

「他にも色々作ろうぜ。なんならしばらくここに滞在して……」

 

ワクワクが止まらなくて自然と頬が緩む。ハジメも楽しみらしく、男二人でミリタリーな話に盛り上がるのだった……。

 

「相変わらずついて行けん……」

 

キバットのぼやきが聞こえたような……気のせいか。

────────────────

オマケ

 

カポーン……

 

「ふああ……やっぱり風呂は最高だあ」

 

住処にあった風呂に浸かって緩みきった顔をしながらのびーっとする。俺も日本人。風呂は大好きだ。

 

「オスカーって凄いんだなあ……当時からしたら未来を先取りしたような物を作りまくってそう」

 

だら~んとしながらもそんなことを考える。風呂ではどうでも良いことをボンヤリと考えるのが最高なのだ。どんなに疲れていてもボンヤリしてれば疲れはある程度消えていくもんである。

 

しかし……突如聞こえてきたヒタヒタという音に一気に青ざめることとなった。

 

「おいおい……一人で入るって念を押したよな。あいつ耳くそでも詰まってるのか?」

 

中々に失礼なことを言いながらもタプンと音を立てて湯船に入ってきた者の顔を見つめる。

 

白い髪に怖いぐらいに整ったプロポーション。みんなご存知雫さんである。

 

「ふう……気持ちいいわね」

「気持ちいいわね、じゃねえよお前。一人で入るって念を押したじゃねえか」

「良いじゃない。減るものじゃないでしょ?」

「俺のSAN値が削られていく」

「そう言わないでよ。寂しかったんだから」

「それ言われると何も言えん」

 

もう諦めた。文句言っても仕方ないし実質恋人のようなもんだから構わん。

 

「……えい」

「当たってる」

「当ててるの」

「まあ良いけど……いや良くない。真正面からは流石に恥ずかしいし理性が……」

 

鋼の意思も長くは継続しない。「いっそのこと本能に身を任せてしまえYO!」という心の声が俺の意思を揺らしていく。

 

「良いじゃない。いっそのこと理性を消し飛ばしても良くてよ」

「俺の心が許さん」

「……あ、大きくなってる」

「たりめーだ。お前美人だし」

「ねえ……ダメ?」

「ダメでしょ」

「私、もう我慢できない……」

「いや我慢しろよ。大和撫子な雫はどこに行ったんだよ」

「音也となら私は……」

「話を聞いてよ、ねえ」

「……もう無理。音也、ごめんなさい」

「うおっ?! お前どこ触ってんだ!?」

「ふふふ……気持ちよくなりましょうね?」

「……楽しそう。混ぜて」

「アイエエエエエ! ユエ=サン!? ユエ=サンナンデ!?」

 

……その後、何があっかはご想像にお任せする。

 




なんかネタを放り込みたくなってドーモryだとかアイエエエエエ!を入れてみました(おい)


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第十九楽章 旅立ち

説明回ですね。これから仕事なので本日もう1話投稿出来るかは分からんです()


俺が風呂場でアイエエエエエ! ってしてから二ヶ月。俺たちはオスカーの住処でひたすら自分磨きに取り組んだ。

 

例えば俺は生成魔法を使ってイクサの改良に取り組んで自分で試してみたり、ハジメは様々なアーティファクトを作ったり。まあ楽しかった。

 

ちなみにイクサには追加武装としてイクサハンマーを作った。こいつは所謂パイルバンカーみたいな形をしており、イクサと接続させることで内部にある杭が電磁加速されながら飛び出す仕組みになっている。

 

取り回しはイクサナックルと比べて非常に悪い。しかしそれ以上に凄まじい破壊力を期待できる。ブロウクン・ファングに代わる新しい必殺技になることを期待しよう。

 

なおイクサハンマーと接続させるにあたってどうしても胸部に電気が集まってしまうため、十字架のような放電装置を取り付ける羽目になった。

 

流石にバーストモードの機能を追加する技術力はなかったがな。一から作り上げた母さんマジですげえ。

 

その他にもファンガイアバスターモドキを制作したり対物ライフルを作り上げたりイクサリオン(バイク)モドキを作ってみたり……。

 

熱中しすぎてユエには気絶するまで血を吸われ、雫には一晩寝かせて貰えなかった。気をつけよう。

 

それと義眼も作った。こいつも生成魔法で作った物であり、通常の視界では得られることのできない魔力の流れや強弱、属性を色で認識できるようになった上、発動した魔法の核が見えるようにもなった。

こいつの制作にはハジメも一役買っており、擬似神経なるものを開発してくれたことで完成している。擬似神経のおかげで脳内に情報が届く……というわけだ。

 

なお眼帯は付けていない。髪の毛を伸ばして片目隠れにしただけだ。常に左目が蒼く光るということになってしまったが眼帯は嫌だ。

二ヶ月の間みっちり修行したことで俺のスペックはこうなった。

 

============================== 

紅音也 16歳 男 レベル:??? 

 

天職:ヴァイオリニスト

 

筋力:11650

 

体力:22400

 

耐性:13240

 

敏捷:14730

 

魔力:15000

 

魔耐:15000

 

技能:ヴァイオリン演奏技術[+超絶技巧]・ヴァイオリン制作技術・共感覚・絶対音感・生命力増強・全属性適正・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・魔皇力耐性・恐慌耐性・全属性耐性・胃酸強化・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+体力変換][+身体能力強化]・魔皇力操作[+魔力変換][+体力変換][+身体能力強化]・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+爆縮地]・纏雷[+拡散]・風爪・夜目・遠見・気配感知・熱源感知・魔力感知・地獄耳・気配遮断・金剛・威圧・念話・高速魔力回復・限界突破・生成魔法・言語理解

 

===============================

 

見れば分かるだろう。強化倍率がおかしいということに。ある時からレベルの部分は非表示になってしまったのは恐らくステータスプレートを以てしても俺の限界値というのを計測出来なくなったからだろうというのがキバットの見解だ。

 

ま、何はともあれここまで来れば帰る方法を見つける放浪の旅に出ても大丈夫なはずだ。

正直この世界の神とやらがくそったれなのには興味がない。勝手にやってろと思う。まあ仲間に手を出すというのなら躊躇いなく殺しに行くけど。

 

なおハジメはハジメで新装備を充実させたり数多くの神業を取得していた。

 

例えば〝宝物庫〟というRPGでは良く見る勇者袋のような指輪を俺たちは手に入れた。こいつは魔力を流し込むことで半径一メートル以内に収納したものを取り出せる便利な道具なのだが、ハジメはこいつをドンナーのリロードに使おうと考案したのである。

 

結果的に直接弾を装填することは出来なかったらしいが、ハジメは空中に転送した弾を自らの技で直接装填することにしたらしい。

 

大道芸としてではなく実戦で使うとなるとそれこそ神業的なテクニックが必要になるのだが、ハジメは一ヶ月で取得したとかなんとか。

 

ちなみに宝物庫は二つあったので俺も使っている。俺も対物ライフルを使用するため空中リロードを覚えたが、ハジメのように弾が多くないので比較的楽だった。

 

他にもハジメは魔力駆動二輪と四輪を制作した。ちなみに仕組み的には俺のイクサリオンと同じであり、魔力を内部に設置された神結晶(神水の出る元)に流し込むことで動き出す。

 

なお魔力駆動四輪に関してはボタン一つでティーガーIIへと変形する。メインの武装はシュラーゲン。車体もオスカー曰くこの世界で一番硬い鉱石である〝アザンチウム〟を使用しているので純粋なティーガーIIの強化バージョンとなっている。

 

ちなみにティーガーIIを制作してからハジメのミリオタ魂が爆発して世界最強のガトリング砲であるGAU-8や男の浪漫が詰まりに詰まっている義手を開発していた。他にも数多くの兵器が誕生したのだが……皆までは言うまい。説明面倒くさいし。

 

まあ他に重要なことと言えば、神結晶が蓄えていた魔力が枯渇したため神水は試験管十二本分で最後となった。とはいえ俺自身は使うことが減ったので気にならない。

 

とはいえ神結晶はとても希少な鉱物だ。捨てるには勿体ない。というわけで俺はハジメに頼み、神結晶が魔力を蓄えるという特性を使って一部を錬成。アクセサリーを制作してもらった。

 

こいつを渡した時に雫とユエにはプロポーズと勘違いされたのだが……うん、まあいつも通りかも。

 

装備と体調を整え終わった翌日。俺たちはいよいよ外へ脱出することにした。住処の三階には生成魔法を取得するための魔法陣と、もう一つ大きな魔法陣があった。そいつを起動させれば外に出られるという寸法である。

 

「さて……と。そろそろ行くか」

「久しぶりの外だな……あ、でもユエとキバットは300年ぶりか?」

「ん……楽しみ」

「そうだな……確かに楽しみだ」

「私はユエたちほど長くはないけど……早く日光を浴びたいわ」

 

四者四様。しかし志は皆一緒だ。俺は魔法陣を起動させながら静かに呟く。

 

「俺たちはイレギュラーな存在だ。イクサやアーティファクトを狙って色々巻き込まれるかもだし聖教教会や各国が黙っているということもない」

戦争への参加の強制だってあるかもしれない。命だって幾つあっても足りないかもしれない。

それでも良いんだな? と、言葉を投げかける。

「おいおい……なに今更なこと言ってんだ」

「イレギュラーなのは重々承知している。だからどうした」

「ん……私たちならそんな妨害、意味はない」

「そうね。私たちは……最強よ。どこまでも行ける」

「……聞くまでもなかったな」

 

魔法陣が起動し、光が爆ぜる。俺は今一度後ろに控えている仲間たちを真っ直ぐに見つめて……ニヤリと微笑んだ。

 

「そうだ。俺たちは負けないさ。降りかかる災厄や邪魔を全てはね除けて……帰るぞ」

白い光に包まれる。しかしその直前、四人がニヤリと微笑み返したのを確かに俺は見た。

 

ここからが本当の始まりだ。俺は心にした決意を胸に、もう一度ニヤリと微笑えむのだった……。

 




折角ですのでパイルバンカーの役目はイクサハンマーに代わってもらうことにしました。
ちなみにバーストモードとライジングに関しては近いうちに言及があるのでお楽しみに!


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キャラクター紹介その1

雑です()


・紅音也

……主人公枠。天職はヴァイオリニスト。特撮とミリタリーを愛する高校生。名前は特撮と深い関わりのある父親の影響でこうなった。

 

化け物みたいなヴァイオリン演奏技術と運動神経を所持しており、特に耳に関してはもう人間ではない。僅かな音からでも攻撃を予知できる恐ろしい奴。

 

異世界に召喚されたものの戦争はまっぴらごめんなので速攻拒否。とはいえ人望は厚いので孤立することはなかった。

 

天才技術者である母親が制作した「イクサ」と異世界で手に入れたヴァイオリンをメインウェポンとしている。なお、途中でキバットバットにも出会ったのでキバの鎧を装着することもある。

 

 

性格は温厚その物。ラブ&ピースを胸に秘めている。ただし天然の女たらしでもある。見た目もイケメンなので仕方のないことかもしれないが。

 

奈落の底に落ちてからは多少考えが物騒にはなったがそれでも比較的温厚。ただし敵には容赦しない。

 

 

・南雲ハジメ

……原作の主人公で親友枠。天職は錬成師。元は穏やかで大人しいオタク系少年だったが、無能呼ばわり⇒イジメ⇒奈落に落とされる⇒左腕喰われた!⇒ブッチきた!⇒OHANASIはドパンッから、という変心を遂げる……のだが、落ちたときにイクサナックルを所持していたことに加えて後から音也とも早期に再開できたこともあってそこまで酷くない。

 

音也とは中学生時代に邂逅しており、その時はヤクザと不良を足して2で割り50%追加で引いたような連中に土下座していたところを助けられた。

 

奈落の底に落ちてからは神業ともいえる銃技に加えて全くありふれてない錬成術を武器に元の世界へ帰る方法を模索している。

 

ちなみに香織とはフラグが立っている。

 

 

・八重樫雫

……メインヒロイン枠。天職は剣士。原作とは似つかない変心&変貌を遂げている。

 

元々は自分の意見を殺してでも他人のことを尊重する心優しくも凛々しいナイト……なのだが音也と出会ったことで甘える相手を見つけられたらしい。

 

そのおかげで現在は音也にすっかり依存してしまっている。若干ヤンデレっぽいところも開花させているので今後要注意。とはいえ音也の包容力が大人のそれなので基本的には大丈夫……なはず。

 

悪意はなかったとはいえ奈落の底に落ちた音也を見殺し(実際は生きてる)にした光輝と龍太郎を恨んでおり、深い殺意を抱いたことで変心&変貌。雪のような真っ白い髪になり原作のハジメのような性格になった。

 

天才的な剣技と驚異的な速度を所持しているため戦闘能力は非常に高い。あまりに速すぎて音也でも目では追うことができず、耳に頼らざるを得ないほど。

 

 

・ユエ

……メインヒロイン枠。奈落の底に封印されていた吸血鬼族の末裔。なお、人間の父親と吸血鬼族の母親の間に生まれているので仮面ライダーキバの紅渡に近い。

 

 

※今作の吸血鬼族は「ファンガイア」と呼ばれる怪物態になることができる。ユエもなれなくはないが人間と吸血鬼族のハーフなので特殊な条件が揃わないと変身できないらしい。

 

 

300年もの間幽閉されていたが音也に助けられて惚れ込んだ。以後、雫にライバル認定されている。

 

 

不死身に近い体と膨大な魔力を所持しており、魔法の適正は音也よりも高い。

 

 

・キバットバットII世

……吸血鬼族のキングとクイーンに使える僕。ユエの先生的役割も担っている。

 

何気に戦闘能力が高く、普通に魔法をぶっ放して音也たちの援護をしている。また、闇のキバの鎧を適正者に纏わせることで仮面ライダーダークキバへと変身させる能力も持っている。

 

 

・天之河光輝

……我らが勇者(笑)。文武両道のイケメンなのだが自分の正しさを疑わないので、不都合な事態に直面するとご都合解釈するという悪癖がある。

 

ちなみにクラスメイトからの扱いは光輝がみんなのアイドルで音也が神様。残念ながら彼は音也の下位互換に過ぎないのである(暴論)。

 

 

・白崎香織

……クラスの女神カッコカリ。ハジメ曰くものすっっごい美女。少々天然が入ってるのはご愛嬌。

 

ハジメに好意を持っているがハジメがチキンだった故に上手くはぐらかされている。とはいえハジメも悪くは思ってないので結ばれるのは近いかもしれない。

 




勇者(笑)の扱いは雑で良いんですかね()


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第二章 ライセン大迷宮編
第一楽章 ライセン大渓谷


今回からはライセン大迷宮編になります。色々と動きは変わってきますが今後もよろしくお願いします~


「いつまで続くんだこれ」

「さあ?」

 

……魔法陣を起動させた先に見えた物。それは洞窟だった。無条件に魔法陣を起動させたら外だと思ってたのでガックシきたのだが無理やり心を持ち直して歩き続けてるのである。

 

途中、様々なトラップや仕掛けがあるがハジメが予め回収していた攻略の証であるオルクスの指輪のおかげでスルスルと進めてるのは良いが。

 

「あら……? 音也、あれって光じゃないの?」

「……ホントだ」

「……ん!」

「あ、こらユエ、走るんじゃねえ! ってハジメも雫も……だあああ!」

「……お前もたいへんだな」

 

光を見て走り出した三人を追いかける。かくいう俺も頬が緩んでいるのは内緒だ。だって嬉しいんだもの。数ヶ月とはいえ光を見なかったのは……やっぱり寂しいものだ。結局俺も走ることとなったのであっという間に光の元へ辿り着いた。

 

ここ数ヶ月吸ってなかっただけでも……もの凄く旨く感じるのはきっと間違いではない。

 

「……帰ってきたのか」

「ああ……」

 

周りは断崖絶壁に囲まれ、魔力が拡散していくような感覚こそあるものの……ここは確かに地上だった。オスカーの日記に今俺たちのいる場所を【ライセン大峡谷】と呼んでいた。どうもここは地獄の処刑場として古代より有名らしい。

 

だが。それでも、だ。俺たちは……確かに太陽の光を浴びて地上に立っている。

 

「……よっしゃぁああ!! 戻ってきたぞ、この野郎ぉおー!」」

「うおっ?! 音也……珍しいな」

「なんだよ。嬉しいじゃねえか」

「ま、それもそうか。確かに戻ってきた。戻って……来たぞぉおおお!!!」

「んっ──!!」

「ほらほら、そこは石があるわよ」

「落ち着け。嬉しいのは分かった」

 

雫とキバットに止められなかったら間違いなく30分はひたすら笑って叫んで辺りをゴロゴロしたに違いない。それぐらいに嬉しかったのだ。

 

とはいえここは処刑場。魔法が使えないというのに魔物がわんさか出てくるらしく、俺たちの周りにも例外なく魔物が囲んでいた。

 

「……あれ?」

「どした雫」

「随分と気配が弱く感じてね……」

「察した。まあこんぐらいなら変身しなくても何とかなるだろうな」

 

そう言いながら……俺はごく自然の動作で、息を吐いたら吸うかのようにレールボウガンモードとなっているファンガイアバスターモドキを取り出して即座に引き金を引いた。

 

パンッ! という軽い音がした次の瞬間には囲っていた魔物の脳骸がビチャビチャと地上に撒き散らされる。

 

今、何が起きた? という間抜けな表情をする魔物を軽く睥睨する。ハジメもいつの間にか近接銃術である「ガン=カタ」の体勢をとっていた。最早この場にいる魔物が生き延びる方法は存在しない。

 

「さて……覚悟はできているか?」

「「俺たちはできている!」」

 

パンッ! ドパンッ! 

 

そこから始まるのはもはや戦いではなく蹂躙。魔物達は、ただの一匹すら逃げることも叶わず、まるでそうあることが当然の如く頭部を吹き飛ばされ骸を晒していく。全滅までに三分もかからなかった。

 

「……よっわ」

「だな」

「でしょ?」

「……二人が化け物」

「「ひでえ」」

 

息もピッタリ。ベストパートナーだ。

 

とはいえ弱かったのは事実。ライセン大渓谷といえばこの世界に存在している七つの大迷宮のうちの一つである【ライセン大迷宮】が存在してるはずなのだが……こんだけ弱いんじゃこの大渓谷自体が迷宮というわけではなさそうだ。

 

ちなみにライセン大渓谷はひたすら西へ行けば【グリューエン大砂漠】に、東へ行けば【ハルツィナ樹海】へと辿り着く。流石に砂漠をいきなり横断するのもあれなので俺は皆にその旨を話して樹海へ行くことを決めた。

 

「イクサリオンでいいよな……そういえばバイクは三人乗りOKだったか?」

「ここに法律もクソもないだろ」

「おっふ……」

 

とりあえずユエを前に、雫を後ろに乗せて俺は真ん中に跨がる。美女サンドイッチ具材はヴァイオリニスト。見上げてくるユエと雫の柔らかい何かのせいで俺のメンタルヘルスはもの凄い勢いで削られているがはたして何時まで耐えられるだろうか。

 

なにはともあれ俺とハジメはバイクに魔力を流し込んでその場から走り出した。

 

流石にエンジンの構造云々は再現出来なかったので非常に静かな音でバイクが疾駆する。ちなみに車輪にはハジメが錬成効果を付与した鉱石を使っているので地面を自動錬成して平らにしてくれる。乗ってる側としてはとても居心地が良い。

 

ライセン大峡谷は基本的に東西に真っ直ぐ伸びた断崖である。そのため脇道などはほとんどなく道なりに進めば迷うことなく樹海に到着する。

 

魔力が拡散していくのでそこまで長時間バイクは使えないだろうが仮に使えなくとも歩きでなんとかなる。ぶっちゃけ出くわす魔物は大したことないし。

そんなことをボンヤリと考えながらも疾駆することおよそ30分。途中途中ですっかり存在を忘れていた露葉さんの贈り物である腕時計で時間を確認しつつもほぼノーストップで俺たちは大渓谷を走っていた……のだが、ふと気になることがあったので立ち止まることとなった。

 

その気になることってえのは……。

 

「グルガアアアアアアア!!!」

「ひいい! お助けを~!!」

 

……わりかし強そうに見える双頭のティラノサウルスモドキとその下をぴょんぴょこ逃げ回るウサ耳少女が見えたのである。とりあえずイクサリオンにブレーキをかけて停止。胡乱な瞳で命懸けの追いかけっこをしている二名を見やる。

 

「何だあれ」

「ウサギさん?」

「ぶふっ」

「なあキバット。兎人族ってわざわざこの大渓谷に出てくるのか?」

「いや……兎人族は森の奥でなるべく人間に見つからないように暮らしていたはずだ。あいつら限定ではないが亜人族は奴隷として人気だからな」

「奴隷、ね……まああっても仕方ないか」

「ん……あの兎人族は悪ウサギ?」

「どうだろうなあ……あと雫。首締めるの止めてくれねえか?」

 

助ける気は今のところゼロなので呑気におしゃべりをする。まあ念の為にイクサベルトを巻いてイクサナックルを手にしておく。

 

するとウサ耳少女が俺たちのことを見つけたらしい。猛然とこちらへダッシュしてくる。

 

「だずげでぐだざ~い! ひっ──、死んじゃう! 死んじゃうよぉ! だずけてぇ~、おねがいじますぅ~!」

「グガアア!!」

「……どうするの?」

「ハジメ。あいつの保護頼む」

「助けるのか?」

「いや……なんかティラノモドキが殺意向けてきてるからぶっ殺そうかと」

「なるほどな。とりあえず分かった」

「ついでにユエと雫にも手伝ってもらってあいつの事情を聞いといてくれや。んじゃ」

イクサリオンから降りて地面を蹴り飛ばす。そして……何時ものように変身プロセスを取った。

レ・ディ・ー

「変身」

フィ・ス・ト・オ・ン

 




そろそろ一日一話ペースにしようかなあ……明日からちょっと忙しくなるのでペース落ちるかもです


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第二楽章 イクサハンマーライズアップ

すみません。今日用事があったので急いで書き上げました…少し雑かもです()


フィ・ス・ト・オ・ン

 

胸に十字架が追加されたイクサを身に纏う。とはいっても着心地は相変わらず快感だ。むしろウェポンが増えたのならそれで万々歳である。

 

「ほらほらどうしたあ!」

「グルガアアアアアアア!!!」

 

ドパンッ! 

 

猛然と突撃してくるティラノサウルスモドキ。とりあえず跳び上がって左の頭に飛び回し蹴りを見舞っておいた。

 

「ギギィ?!」

「そらもういっちょ!!」

 

ドパアン!! 

 

降下しながらイクサナックルから衝撃波を飛ばす。イクサハンマーを作る過程で多少は破壊力が増している……はず。

 

スーツ内に回る電圧が以前の1.7倍になっているのでそれに併せてその他の道具の威力も上昇するはずなのだ。そしてその威力は……すぐに分かった。

 

ビチャア!!! 

 

「ギイヤアアアア?!!」

 

蹴り飛ばしてグラグラと揺れた左の頭に命中したのだが……一撃で顔が吹き飛んでしまった。顔の残骸がビチャビチャと地面に落ちているのがなんとも言えないところである。

 

「おいおい……こんなに強くなってたのか。負担もそれ相応に上がっているがこいつは使えるな」

「グガアア! ギャアアア!!」

「煩い……トドメ刺すか」

 

宝物庫よりイクサハンマーを取り出す。備え付けられたチューブをベルトに置いてあるイクサナックルに繋ぎ……腰からイクサハンマーフエッスルを取り出した。

 

イ・ク・サ・ハ・ン・マ・ー・ラ・イ・ズ・アッ・プ

 

バチバチと蒼い雷がハンマーの先っぽを迸る。ちなみにイクサハンマーは右腕に装着する形になっており、インパクトの瞬間に杭が打ち出される仕組みになっている。

 

なお形状は十字架状のパイルバンカーである。色はイクサのスーツとは対極の黒だ。

 

「行くぜ……覚悟しろよ?」

「グルウ……?!」

 

頭を片方失ったティラノサウルスモドキが一歩後ずさりした。表情から読み取るに無意識のうちに下がったようだ。

 

その顔は恐怖で引き攣り、身体が小刻みにプルプルと震えている。このハンマーがいかに恐ろしく、殺意たっぷりなのかを嫌というほど理解したのだろうか。

 

「……グルガアアアアアアアッ!!」

「また突進か? 芸のない奴だな」

 

右足を一歩下げて構える。向かってくるなら迎撃してやる方が楽だ。

 

「グゥルァアアアア!!!」

 

その巨大な脚を俺の真上に持ってきて押し潰そうとしてくる。まあそうなるよな。なんせ俺はあのティラノサウルスモドキからしたら豆粒ぐらいなんだし。

 

実に懸命な判断だ。普通の人間なら恐怖で動けないだろうしティラノサウルスモドキの体重なら人間などぺしゃんこだ。

 

しかし、だ。それはあくまでも……普通の人間の場合ならであろう? 

 

イクサが人間? 笑わせるなよ。

 

こいつは母さんが開発した人類最強の超兵器だ。その程度の攻撃でくたばるような柔な出来はしてない。なんせ……母さんは天才なんだぜ? 

 

ゴォガガガガガン!!!! 

 

そしてこのハンマーは……神代に扱われた魔法で制作された武器だ。ティラノサウルスモドキ程度の装甲で受け止めることなど不可能なんだよ。

 

「けっ……ざまあみろ」

 

動きの止まったティラノサウルスモドキを蹴り飛ばして杭を引っこ抜く。死に絶えた魔物には興味ない。

 

「し、死んでます……そんな、ダイヘドアが一撃なんて……」

 

ある程度汚れが落ちたウサ耳少女がハジメの後ろからひょこっと顔を出す。そして驚愕したような顔をして声を出した。

 

てかあのティラノサウルスモドキはダイヘドアって言うらしい。ティラノサウルスモドキはティラノサウルスモドキだと思うけど。

 

それにしてもあのウサ耳少女、大分やつれてはいるがかなりの美少女だ。白髪碧眼でウサ耳。さらに美少女とおまけ付き。並の男だったら姿見ただけで堕ちるんじゃねえの? 

 

「ハジメ、事情聴取は?」

「できた。それと回復もさせといたぞ」

「優しいじゃねえの」

「あ、あの……助けて頂きありがとうございます! 私は兎人族ハウリアの一人、シアといいますです! 取り敢えず私の仲間も助けてください!」

「はあ?」

 

なんとなく残念な感じが見えた。ハジメとくっ付いてほしいけど大丈夫なんかな。

 

「とりあえず事情プリーズな」

「は、はい!」

 

変身を解きながら俺は誰にも気がつかれないように溜め息をつくのだった……。

 




筋肉痛って辛いの分かる人います?()
それはさておきコロナ第二波が来そうで怖いですねえ……皆さんも気をつけてくださいね。


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第三楽章 事情

昨日体調が悪く執筆できなかった……申し訳ないです


「んで? 事情ってどんなよ」

「は、はい……実はですね」

 

要約するとこんな感じだ。

 

曰く、兎人族はハルツィナ樹海でひっそりと暮らしていたらしい。そんでシアはハウリア族というところに生まれたそうな。なんか他にもハーズだとかコニギョとかいるらしいが……まあシアはハウリアってとこの生まれらしい。ほら、日本でも関東と関西じゃ性格そのものが違うだろ? そんな感じだ。

 

ハウリア族含めて兎人族たちは総じて温厚であり、また争い事も苦手だという。

 

「……そんな中、私が生まれたんです。私は亜人族には持ち得ない魔力を所持して生まれました。それに兎人族は普通濃淡色の髪をしてるんですけど、私は青みがかった白です。さらには未来視なんていう固有魔法も使えますし、魔力を直接操る術も生まれながら知っていました」

「ほう……イレギュラーなんだな」

「いくら情の深い兎人族でも魔物と同じ特性を持っているのなら迫害します。それぐらいに魔物は忌み嫌っているんです」

 

しかしハウリア族は見捨てなかったのだ。忌み子とも呼ばれる存在だったシアのことを同じ兎人族からも隠して十六年もの間ひっそりと育てていたそうだ。

 

仮に育てていることがバレれば【フェアルゲン】という樹海深部に存在する亜人族の国に存在がバレれば一族まとめて処刑される。さぞかし窮屈だったのだろう。

 

しかし……。

 

「……つい先日、見つかってしまったんです」

「へえ……」

「私たちハウリアは追っ手が来る前に逃げ出しました。とりあえず北の山脈地帯に逃げ込んで山の幸を使って暮らそうとしたんですが……」

 

その目論見は早々、粉々に打ち砕かれたらしい。どうも道中で奴隷売買が盛んな【帝国】の兵に見つかったという。

 

帝国兵は目の色変えてハウリアを追いかけ回した。ハウリアの男たちが足止めしようとしたが、争い事が嫌いなハウリアたちが訓練された兵士に敵うわけがない。

 

始めは百人規模だったハウリア族も今では半数以下に減ってしまったとか。

 

「逃げるためにライセン大渓谷に来たんですけど……ここでも魔物に追いかけ回されて一族の数は減っていくだけなんです。北の山脈側に行ける出入口は帝国兵が見張っていて脱出も不可能なんです」

「ハジメ……これってあれか?」

「チェックメイト?」

「分かってるな」

「あの……このままだと一族全滅なんです! 私、ずっと迷惑かけてきたのに何もできないのは悔しくて!!」

「「……」」

「音也……どうするの?」

「……私たちは音也について行く」

「ハジメは?」

「……条件付けても良いか?」

「条件ですか?」

「俺たちは樹海の探索をしようと思っていたところだ。家族を助けることが出来たら……樹海を案内してもらいたい」

「へ……?」

「いや、へ? じゃねえよ。樹海を案内すると約束すれば命は助かるんだぞ」

「いえ……そんなことで良いんですか?」

「なんだ。何を要求すると思ったんだ?」

「私の初めてを奪われるものか『取り消しても良いんだが?』いえそんなことはないです! このシア・ハウリア、喜んで案内させて頂きます!!」

 

助けて貰えると分かって豹変したシアを見て、俺たち三人は殆ど同じ感想を抱いた。

 

「……残念ウサギだ」

「残念ウサギね」

「ん……残念ウサギ」

「ねえ音也。貴方はあのウサギさ……シアに何か思うところはあるの?」

「ない。どうでも良いがハジメが助けるってなら俺も手助けはするさ」

 

あまり関わりたくはないし大切な人以外本当は興味ない。あくまでもハジメが助けたいと言ったから助けるだけなのだ。それ以上もそれ以下も……ない。

 

「あ、こら! 俺の服で鼻水拭うんじゃねえよ!!」

「ずびばぜ~ん……なみだがどまらないんでず~」

「……なんかお荷物が増えたわね」

「お前、少しはオブラートに包めよ」

「私は音也がいるなら誰が来ても良いけどね。奪われそうなら……」

「ん……私も」

「……黙ってたがお前も大変なのだな」

「少しは手助けしてくれよコウモリモドキ」

 

……ウサ耳少女のシア・ハウリア。確かに美人だけどどこか残念なところがある少女を保護し、俺たちはシアの家族がいる場所までバイクで急行するのだった。

 

────────────────

 

「もう直ぐ皆がいる場所です! あの魔物の声……ち、近いです! 」

「だああ……耳元で叫ぶな! 音也、イクサ貸せ!」

「はいよ!」

 

併走してベルトとナックルを投げ渡す。ハンマーは……大丈夫か。

 

ここからそう遠くない場所では確かに魔物の叫び声と人の悲鳴が響き渡っている。心の音楽も悲壮な物でとても聴いてられない。

 

「掴まってろよ残念ウサギ!」

「え、ちょ、きゃああああああ!!!」

「変身っ!!」

フィ・ス・ト・オ・ン

 

何気に初めてみるバイクでの走行中での変身。普通に変身出来るのは良かったが座った状態のイクサスーツがハジメの目の前に出てくるのはなんとも言えない気分になる。

 

いやまあ……本編でもその人のポーズに合わせて出てきたけどさ。そこまで再現する母さんってマジで何者なんだろう。

 

「行くぞゴラァ!!」

「ちょちょちょ?! お空飛んでる?!」

「おお……錬成で坂を作ってそのまま飛び出しやがった」

 

映画なんかではよく見るバイクで飛び出しを素でやってのけるところに軽く尊敬の念を抱く。そんな間にもハジメはナックルから衝撃波を飛ばして空に浮いていたワイバーンのような魔物を牽制している。

 

今更かもしれないが衝撃波は空気を圧縮したものだ。遠距離には向かない。

 

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「デイヤアアア!!!」

 

すれ違いざまにワイバーンモドキにイクサナックルを叩き付けているのを確認した俺は、地上で呆然とその様子を見上げているハウリアたちの元へと急行した。

 

「雫、ユエ。あいつらの保護と障壁展開を頼んだ」

「……音也は?」

「雑魚を片付ける」

 

発達した耳は遠くから襲撃しようとする魔物を正確に捉えていたのだ。

 

とりあえず対物ライフルを手にして構える。目は閉じ、呼吸を潜め……そこだ! 

 

「……! 雫、ユエ! 頭を下げろ!!」

「「っ!!」」

 

ドガアアン!!! 

 

二人の頭の上を対物ライフルが発射した弾丸が通り抜けていく。ちなみに実弾だ。戦車砲を対物ライフルにしたようにも見えるのだが気にしたら負けだろう。

 

発射された一条の閃光は常人では僅かにも認識できない距離にいた無粋な襲撃者の左目を狙い違わず……撃ち抜いた。

 

「……よし、死んだな」

 

銃口から上がる煙をフッと吹く。さらにワイバーンモドキを殲滅したハジメの乗ったバイクが俺の横に止まった。

 

風圧で俺の髪が巻き上がり、義眼が現れる。それを見たハウリアたちは……。

 

「「「「「「「ば、化物?!」」」」」」」

 




あまり体が丈夫ではないのでとにかく不定期です。が、なるべく一日一話、最悪二日に一話は投稿しますのでよろしくお願いします


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第四楽章 絶滅せよ

頑張りました…色々()


「おいこら、なんだよ化物って」

 

髪型が崩れて義眼がバッチリ見えてることに気がつかずにハウリアたちに近寄る。それに合わせて一歩向こうは後退るのだから余計イライラする。

 

「音也、落ち着きなさいな」

「義眼が見えてるぞ」

「は? ……ホントだ」

 

雫とキバットに言われたことでようやく気がつく。

 

「やれやれ……音也も結構アホらしいとこあるんだな」

「ハジメが言うのかい……それならお前もイクサの変身解けよ。魔物を見る目されてるぞ」

「……忘れてた」

 

俺もハジメも変心したとはいえ根元の部分は変わりきらないらしい。

とりあえず俺は義眼を隠し、ハジメが変身を解いたことでようやくマトモに話を聞いて貰えることになった。まあシアに丸投げしたけど。

 

「まずは……皆様のお名前を教えて頂けますかな?」

「音也だ」

「ハジメ」

「雫よ」

「……ユエ」

「俺は……まあ何とでも呼べ。一応キバットっていう名前はあるがな」

「……なるほど。それでは音也殿、ハジメ殿。先ほどのご無礼、誠に申し訳ございません」

「なあに気にするな」

「事情はシアから聞きました。私はカム。シアの父にしてハウリアの族長をしております。なんでも命を守って頂ける代わりに樹海の案内を……とのことでしたな?」

「だな」

「お任せください。シアが信頼しているのであれば我々も貴方方を信頼いたしますよ」

「チョロい……」

 

思わず零す。さらにハジメが思わずといった様子でツッコんだ。

 

「おいおい、いくらなんでも簡単に信頼しすぎじゃないか?」

「シアが信頼する相手です。ならば我らも信頼しなくてどうします。我らは家族なのですから……」

「情が深いのは知っていたがここまでとは……」

「ふん……昔から変わらないのだな」

「なんだ、コウモリモドキは知ってたのか」

「……キバットは物知り」

「俺はキングやクイーンと制圧に出ることも多かったのでな。種族の特性はある程度理解している」

 

昔から兎人族はこういった具合で家族の誰かが信頼したのなら他の兎人も信頼していたそうな。その性格故に奴隷売買へ売り出された者も他の亜人族より多いらしい。

こいつらハウリアのことは正直どうでも良い。しかし奴隷と来ては流石に心中が穏やかではなくなる。

 

「……種族が違うだけで差別して奴隷にするのか、人間は」

「今に始まったことか?」

「……いや、元の世界でもか」

「そうね。どの世界でも人間は愚かなのよ……」

「お前たちは人間じゃなかったか?」

 

雫とハジメも思うところがあったらしいがキバットに止められた。言われてみれば俺たちも一応人間である。

 

「まあいいや。帝国兵はまだいるだろうが……」

「え、えっと音也さん」

「あん?」

「そ、その、もし、まだ帝国兵がいたら……どうするんですか?」

「どうするって……邪魔するなら殺すだけだろ。今回のことは基本的にハジメがどうするか決めるけどな」

「まあ俺も同じ意見さ。邪魔するなら殺す。それだけだ」

「こ、殺す……ですか」

「同じ人間だろうが関係ないさ。邪魔するなら殺す……っと」

 

ドパンッ! 

 

「へ?」

「いやそのウサ耳は何のためにあるんだ? 魔物がいたじゃねえか」

 

ハジメがシアの後ろから襲撃しようとした魔物を撃ち抜いた。まあ気がつかないのも仕方ない。その魔物はまだ数キロは先にいるのだから。

しかも奈落の底の魔物のように気配遮断を使えていたし。

 

「ま、何時までもここに留まるわけにもいかないしな。行くか」

 

雫と手を繋ぎユエを背中に乗せ、キバットは右肩に乗せて俺は先行して歩き出した。その後ろをハジメたちがゾロゾロと付いてくる。

なんか子供がキラキラした目で見てくるのが何とも言えない。流石に無辜にはできないぐらいの心は持ち合わせてるのを今ほど恨んだこともないだろう。

 

「はあ……」

「音也……大丈夫? 私の胸揉む?」

「ぶふっ」

「……雫、抜け駆け」

「何よ。貴女は引っ付いてるじゃない」

「ねえお兄ちゃん」

「あんだよ……」

「女の子のお胸を揉んだらお兄ちゃんも元気になるの?」

 

純真無垢な瞳で質問してくる小学六年生ぐらいのウサ耳少女。俺は思わず雫たちを睨んでから答える。

 

「そんなわけないだろ。良いか、二度と他の人にこんなことを言ったらダメだからな」

「ええ……それならどうやったらお兄ちゃんは元気になるの?」

「その事をまだ知る必要はない。良いな。これ以上はなしだ」

「うーん……」

「コウモリモドキ、助けてくれや」

「無理だ。元はと言えばお前が二人を同時に愛するなんて言ったのが悪い」

「ごもっとも」

 

一行は相変わらずゾロゾロと進む。たまに出てくる魔物は俺かハジメが蹴散らすので損害は当然ゼロだ。

やがて俺たちは遂にライセン大峡谷から脱出できる場所にたどり着いた。どうも崖に人工的に作られた階段を登れば良いらしい。

 

特に立ち止まることもなく俺たちは階段を登り切った。目の前には……。

 

「おいおい、マジかよ。生き残ってやがったのか。隊長の命令だから仕方なく残ってただけなんだがなぁ~こりゃあ、いい土産ができそうだ」

 

三十人の帝国兵がたむろしていた。どいつもこいつもフランスも下卑た音楽を垂れ流していやがる。

 

「小隊長! 白髪の兎人もいますよ! 隊長が欲しがってましたよね?」

「おお、ますますツイテルな。年寄りは別にいいが、あれは絶対殺すなよ?」

 

シアがハジメの後ろに隠れる。そこでようやく、俺たち普通の人間が存在したことに気がついたらしい。

 

「ん? お前たちは……人間だよな」

「いかにも」

「はぁ~? なんで人間が兎人族と一緒にいるんだ? しかも峡谷から」

「少なくともお前らよりはマトモな理由だな」

「……ふん。まあ良いか。大方奴隷商だろう? そいつら皆、国で引き取るから置いていけ」

「断る」

「……なんだと?」

「耳くそ詰まってるのか? 断ると言ったんだ」

 

取り付く島もないといった具合で丁重にお断りする。今にも掴みかかりそうな顔をした小隊長だが……背中のユエと左隣の雫を見て目の色を変えた。

 

「あぁ~なるほど、よぉ~くわかった。てめぇが唯の世間知らず糞ガキだってことがな。ちょいと世の中の厳しさってヤツを教えてやる。くっくっく、そっちの嬢ちゃんたちはえらい別嬪じゃねぇか。てめぇの四肢を切り落とした後、目の前で犯して、奴隷商に売っぱらってやるよ」

「……ユエ、降りろ」

「…………ん」

「音也……?」

「下がれ」

 

表情をストンと落とす。風で前髪が崩れ、義眼が露わになった。

 

こいつは触れてはならない物に触れた。

 

俺の愛する二人を奪おうと宣言した。

 

「コウモリモドキ」

「……良かろう。有り難く思え。絶滅タイムだ!」

 

化物のような威圧感を隠しもせずに俺は目の前にいる敵を睨みつける。

 

「……絶滅せよ」

 

ガブリ、とキバットが俺の右手にかぶりつき、腰に鎖が巻き付いた‥‥と思えば止まり木のようなベルトへと変形する。さらに顔にはステンドグラスのような模様が浮かび上がった。その模様はまるで、裏に隠していた怒りのよう。

 

「……変身。ザンバット、来い」

 

造作もなくザンバットソードを召喚する。この世界にキャッスルドランが存在するのならば……キバの鎧を着こなしている限りは使えるはずだ。

 

「…………」 

 

期待通りにザンバットソードが召喚されたので、パシッと柄を握る。さらには巨大なキバの紋章を兵士たちの足下に忍ばせて……拘束した。

 

「な、なにをっ?!」

「言っただろう……絶滅せよと」

 

イクサハンマーフエッスルを作った工程で生み出された擬似フエッスルを取り出す。

名は単純に「ザンバットフエッスル」だ。

 

「……行くぞ」

ウェイクアップ・ザンバット

 

キバットの宣言と同時に周囲が皆既月食の夜のような空間に包まれる。さらに数えきることなど到底できない量のザンバットソードが空間内に出現した。

逃げようとする帝国兵。しかしキバの紋章から逃げ出すことなど不可能だ。なんせあのヒュドラですら抜け出せなかったのだから……。

 

「た、助けてくれ! 俺が悪かった! 帝国のことならなんでも話すから命だけは──」

「遅い。何もかも……」

 

命乞いなど聞いてはいない。俺の耳には何も聞こえない。俺が見ているのは心の中の殺意のみ。

 

その殺意を俺は迷わずに空中に浮いているザンバットソードたちに送った。するとザンバットソードたちは……まるで自分の意思を持ったかのように動き出す。

 

さあ……始まるぞ。

 

絶望に染め上げられた絶滅の時間だ

 




察しのよい人ならなんの技か分かるはず…()
それと感想のページが何気に四ページ超えてたんですね…感想をいただけるとモチベが右肩上がりですので良かったらお願いします()


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第五楽章 人道

ビルドの俳優さんの演技力って凄まじいなあ……と思うのは私だけなのでしょうか()


「た、頼む! 殺さないでくれ! な、何でもするから! 頼む!」

「…………」

 

一人を残して無数のザンバットに滅多刺しにされて死に絶えた帝国兵たち。正しくこの場は地獄だ。希望などあるはずもなく、ただただ絶望だけが支配する。そんな場だ。

 

「今、何でもすると言ったな?」

「へ?」

「何でもすると言ったんだな?」

「あ、ああ! 何でもする!」

「ならば質問だ。他に捕まえた兎人族はどうしたんだ? 全員帝国に移送したのか?」

「は、話せば殺さないのか?」

「お前自身が条件を付けられる状況にあるわけがないだろう。話せないのなら今すぐ殺す」

 

紋章を生き残った帝国兵の背中側に回して引っ捕らえる。そのまま移動させて俺の足下に持ってきた。

 

「ぐああああ!? わ、分かった! 話す! 話すから!!」

「とっとと吐け」

「た、確か移送したと思う……人数は絞ったから……」

「人数を……絞った?」

「ど、奴隷として売れない兎人族は……俺たちがこの手で処分したんだ。当たり前だろ? 売り物なんだからな」

「…………」

 

その言葉に悲痛そうな面持ちになるハウリアたち。言動から察するに役に立たないと判断した老人や男は殺害済みなのだろう。

 

逆に考えれば、需要のある若い者や特に女はとっくに移送して売りに出されたということだ。

 

「一つ問おう」

「な、なんだ?」

「なぜ、亜人族を差別する?」

「それは……他種族だからだ」

「……それだけか?」

「あ、ああ。亜人族は人間様よりも下位の存在だろ? 人間に良いように扱われて当然なんだ」

 

悪びれもせずに答える帝国兵。この世界で亜人族は人間より下位の存在であり、辱めたり虐めたりするのが常識なのだろう。

 

どこまでも下らない。

 

「…………」

「か……は……はな、せぇ!」

「死ね」

「待て! 待ってくれ! 他にも何でも話すから! 帝国のでも何でも! だから!」

 

問答無用。俺は帝国兵の首を掴んで持ち上げるとエネルギーを爆発させた。

 

ダンダンダンダンダンダンダンダン!! 

 

連続した爆発音が響き渡る。エネルギーの爆発は帝国兵の全身隈無く伝わり、四肢や内臓を辺りにぶちまけながら四散していった。

 

「ふん……」

 

変身を解除する。俺の心には風のない湖の水面のように何の揺らぎもない。とりあえず死体は邪魔でしかないので一つ一つ谷底へ投げ捨てた。

 

「あ、あの……音也さん」

「なんだ」

「さっきの……最後に残った人は見逃しても良かったのでは……」

「なぜ?」

「え、だって……もう敵意はなかったですよね? 敵意をなくしたのなら見逃しても良くないですか?」

 

どうやら亜人族は奴隷にして当然! とほざいた奴にすらも憐憫を垂れるらしい。どこまでも温厚というか平和主義な種族だ。

 

見れば他のハウリアたちも「そうだよ」といった具合で頷いている。

 

「悪いな。俺は一度殺すと決めたら必ず殺す。それに今回ばかりは人間のことが嫌いになってしまいそうだ」

とはいえ俺は俺。他所は他所だ。俺は自分の愛する二人を侮辱したから殺しに出たまでであり、それ以上もそれ以下もない。

 

これは人道に反する行動だ。そんなの重々承知している。

 

しかし俺は奈落の底で決めたのだ。愛する人や大切な友のことは命を賭けても守ろうと。そのためには努力を惜しまず、自分が傷つくことも人道から離れていくことも躊躇しないと。

 

もう二度と、自らの力に溺れたが故に誰かを守れなかったということが起きないためにも……。

 

「……シア、ちょっと良いかしら」

「は、はい。なんでしょ『バチンッ!』いっつ……!? お父様にもぶたれたことないのに!!」

「恥を知りなさい。貴女たちはあくまでも守って貰ってる側。守られてるくせに負の感情を音也にぶつけるのは私が許さない」

「っ!!」

「自ら剣を抜いたのに敵わないと分かった途端に命乞い? 敵意を見せてないから殺さない? 甘いの。それじゃあ甘い」

「あ、甘いって……」

「甘いのよ。砂糖たっぷりのミルクティーぐらいね……」

 

雫は感情を露わにして怒っている。ユエもまた、不機嫌そうな顔をしている。その理由は大方雫と変わらないのだろう。雫の喩えが少し可愛いのは置いておく。

 

とはいえ俺はシアが言いたいことも何となく分かる。それにシアたちの中では人道に反するということはあり得ないのだろう。

 

突然先ほどのように人道から大きく外れた行為を見せられても困惑するだけのはずだ。

 

「そこまでにしとけ。俺はそんなに気にしてないから……」

「音也……」

「ここでボサッとするのも時間が勿体ない。あの馬車を使って一気に運んでしまおう」

 

無傷の馬車をイクサリオンにロープで繋ごうとする。

 

「あ、俺のバイクで良いぞ」

「ハジメ……うし、任せる」

 

ハジメのバイクに馬車をロープで繋いだ。俺自身は馬車に乗り込む。後から雫とユエが続き、他のハウリアたちもゾロゾロと馬車に乗り込み始めた。

 

なおシアはハジメの後ろに乗り込んだ。よっぽど気に入ったらしい。ハジメ、ファイトだ。

 

そんな俺の意思を読み取ったのか、ハジメは苦笑いして二輪を発進させた。

俺はヴァイオリンを取り出す。雑に座った状態どが弾くことなら容易い。ガトゴト揺れたところで音を外すことなどありえん。

 

「音也……」

「なんだユエ。甘えモードか?」

「ん……」

 

背中に抱きついてくるユエ。それを見た雫も俺の隣に寄り添ってきた。

 

後ろにいるハウリアたちが居心地悪そうである。申し訳ねえなあ……なんて思いはしない。

 

「ねえ音也。なんで一人で帝国兵を殺したの?」

「私も気になる……」

「俺もだな。あの状況は全員で殺害に向かう場面ではなかったか?」

「そのことか……まあ一つはザンバットフエッスルを試してみたかったことだな」

 

完成させたとはいえ未だに使ったことはなかったのだ。流石に仲間内の訓練でダークキバに変身するのは気が引けるのである。

 

そしてもう一つ、理由があるのだが……。

 

「あとは……俺が人殺しに心を揺さぶられないかを試した。結果は特に何も感じなかったけどな」

邪魔者は殺す。その信念は思ってた数倍心には染みついているようだ。結果としては上々であろう。

 

とりあえず話すことは話したので俺は目を閉じて弓を引く。曲は……キバ本編でも登場したやつだ。「音也のエチュード」とでも言えばお分かり頂けるだろうか。

どことなく哀愁漂うエチュードが馬車内に木霊する。この曲、本編で音也が死亡したときやクイーンが愛した曲だとしてキングの前で演奏したシーンが印象的である。

 

俺もこの曲は特に力を入れて練習している。今では俺の得意曲として君臨しているし。

♪♪♩~ ♬♪♩♪ ~ 

 

……やがて、演奏を終える。何時ものように弾き終わって、俺は一息付いた。

 

後ろから鼻をすする音が聞こえてくるのはきっと気のせいだろう……。

 

「……」

「音也……?」

「……寝てる」

「どちらか膝枕してやれ……そのままだと痛いだろうからな」

「「…………」」

「……しまった。爆弾だったか」

「……雫、私がやる」

「何言ってるのよ。私に決まってるじゃない」

「むにゃむにゃ……おれのために……あらそうなぁ……」

「……交代ならどうよ?」

「……それでいい」

「ふたりまとめて……あいし……てやるぅ……」

 




明日は仕事ですので書けるかどうか……とりあえず頑張ります()


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第六楽章 最終防衛手段

最近眠れてなくて遅れました…申し訳ないのです


「お前たち……何故人間といる! 種族と族名を名乗れ!」

 

……虎模様の耳と尻尾を付けた筋骨隆々の亜人に話しかけられる。

 

俺たちはあの後特に問題なく樹海へと入ることができた。目が覚めたら雫とユエに頭を撫でられており、後ろ側からは生温かい視線を向けられて一気に跳ね起きたのだが……まあ良いか。

 

その後俺たちは樹海内を歩き出した。どうも樹海には「大樹」というシンボル的な物があるらしく、キバットがその大樹が迷宮と関係性があると言ってくれたので一先ずはその大樹を目指すこととした。

 

樹海内は霧が包んでいたのだが、亜人族はその中でも特に問題なく動けるらしい。現に俺たちはさっきの今まで止まることなくここまで来れた。途中途中で魔物が襲いかかってきたものの俺と雫が適当にあしらったお陰で被害はゼロである。

 

なのだが……筋骨隆々の虎の亜人族に見つかったので俺たちは現在足止めを食らってるというわけだ。

 

「あ、あの……私たちは」

 

カムが必死に弁明しようとする。しかし虎の亜人がシアのことを発見してしまったのを見て、俺はハジメにイクサナックルとベルトを渡した。

 

「白い髪の兎人族……だと? ……貴様ら……報告のあったハウリア族か……亜人族の面汚し共め! 長年、同胞を騙し続け、忌み子を匿うだけでなく、今度は人間族を招き入れるとは! 反逆罪だ! もはや弁明など聞く必要もない! 全員この場で処刑する!」

「そこまでだぁ」

「……なんだ。穢らわしい人間ごときが我々に何用だ!!」

「良いか。一度しか言わないぞ? 俺たちは樹海の探索のためにこいつらハウリアを雇ったんだ。それまでの間の命は俺たち人間が保障している。殺し合いを始めるのは結構だが……」

レ・ディ・ー

「少しでも殺意を見せてみろ」

フィ・ス・ト・オ・ン

「……すぐにでもお前らを全滅させてやる」

 

すっかり聞き慣れた低い電子音でのフィストオン。この場では絶大な威圧感を発揮する。声が低い方が威圧的だろ? 

 

「さあどうする? 全滅の道を選ぶか、立ち去って俺たちを見逃すか」

 

常人からすれば恐ろしいまでのハジメの威圧感が物理的に亜人を抑えつけている。俺はその様子を特に気負いなく見つめる。

 

「そ、その姿……まさかっ」

「あん?」

「なぜ……なぜ貴様がそのパワードスーツを所持しているのだ!」

「はあ? こいつは俺たちの私物なんだが」

「そんな……あり得ない。『イクサ』は我々亜人族の最終防衛手段なのだぞ!!」

「……なんだと?」

 

何やら聞き逃せない言葉が出てきた。俺もハジメの隣に並んで質問をする。

 

「今、イクサは亜人族の最終防衛手段だと言ったな? だがこいつは俺の母親が自らの力で制作した物だ。お前らの知っているイクサとは別物だよ」

「……本当か」

「この場で嘘を吐ける訳がないだろ」

「ついでに言っておくと俺たちの目的は樹海深部に存在する大樹の下へ行くことだ。お前らを捕らえに来たわけではない」

「大樹の下へ……だと? 何のために?」

「なんか樹海の下に本当の迷宮の入り口があるらしいからな。一般的にはこの樹海自体が迷宮らしいが……それにしてもここの魔物は弱すぎる」

「弱すぎる……」

「迷宮ってのは解放者が作った試練だ。人間からしたら樹海深部に行くことさえ叶わないだろうがお前ら亜人なら易々と最深部まで行けるんだろ? それじゃあ試練もクソもないじゃないか」

 

虎の亜人は不信がっているが……それを俺とハジメの威圧で抑えつける。

 

そこへ雫がスッと歩み出た。

 

「私たちは貴方たち亜人に興味はなくてよ。ただ、迷宮を攻略するためだけにここに来たの。どうにかして通して貰えないかしら」

「っ……」

 

雫の美貌に若干たじろぐ虎の亜人。どこの世界でも美女というのは強い存在らしい。困ったときは美女に頼もうかな……いや、それじゃあただのヘタレだ。

 

「わ、分かった。俺としては危害を加えないというのなら通しても構わない。だが流石に俺の一存で決めることは出来ないのでな……本国に指示を仰がせてくれ」

「音也、ハジメ?」

「「そうしてくれ」」

「よし……聞こえたなザム! 長老方に余さず伝えろ!」

「了解!」

 

一つの気配が急激に遠ざかる。それを俺は感じ取って威圧を解き、ハジメも元の姿に戻った。それを見て「今なら!」となった亜人に対してはユエが魔法をチラつかせて黙らせる。

 

それにしてもこの世界にイクサが存在してるとは思いもしなかった。ちょっと気になる。

 

それは虎の亜人の方も同じだったらしい。俺たちに恐る恐るながらも質問してきた。

 

「な、なあ……さっきまで装着していたイクサのことなんだが」

「なんだ?」

「胸に十字架があったよな。それにずっとセーブモードだった……何か意味があるのか?」

「胸の十字架は追加武器を接続した時の副産物だ。あと俺たちのイクサにはバーストモードになる機能は存在しない」

「そうなのか……」

「その様子だと亜人族の所持しているイクサにはバーストモードが存在するんだな?」

「そうだ。むしろセーブモードで戦うことはゼロに等しい」

 

どうも亜人族が所持しているイクサは変身してからすぐにバーストモードへとチェンジすることが殆どらしい。

 

セーブモードにはエネルギー消費が少ないというメリットがあるものの、バーストモードの方が対処にかかる時間が少ないのでセーブモードオンリーで戦うのはよっぽどの好き者だとかなんだとか。

 

「元々は侵略してくる人間族に対抗するために吸血鬼族のキングが長老の祖先に渡した物だ。とはいえイクサは一つしかないから多勢に無勢な所はある」

「量産や改良は出来なかったのか?」

「神代魔法で作られていたから我々には……」

「ふーん……」

 

と、なるとライジングに変わることは出来ないらしい。いや、まあバーストモードまで作れたのがどこかおかしいと思うんだがな。

 

これは吸血鬼族のキングの技術力を褒めるべきなのか、セーブモードだけでも完全再現した母さんの技術を褒めるべきなのか。非常に悩ましいところだ。

 

この場合はただの人間なのにイクサを制作した母さんに軍配が上がるか? 

 

その後、構って貰えない時間に飽きたのか雫とユエが引っ付いてきた。ハジメの方にもシアがベッタリ。迷惑そうな表情をするハジメに構わずアタックしているシアの姿には少しホッコリした。

 

敵対している他の亜人たちも骨抜きにされたらしく、生温かい視線をハジメたちに向けている。

え、俺? いつも通り両手に花だ。雫の頭を撫で、ユエの髪を軽く梳いてやる。すっかりこの状態にも慣れてしまった。

 

雫はヤンデレ化しているが言い換えれば純愛を向けられてるとも言える。それはユエも同じだ。この二人同士もライバル関係みたいな感じでなんだかんだ認め合ってるので問題はないだろう。

 

扱いにもなんだかんだ慣れてしまったし……後は帰る方法を見つけるだけだ。

 

そのままマッタリゆっくりしていると……急速に近づいてくる気配を感じた。俺の義眼には少し離れた場所から歩いてくるエルフのような者が写っていた。

 

「ふむ、お前さんが問題の人間族かね? 名は何という?」

「音也。紅音也だ。こっちは南雲ハジメ」

「私は、アルフレリック・ハイピスト。フェアベルゲンの長老の座を一つ預からせてもらっている。さて、お前さんの要求は聞いているのだが……その前に聞かせてもらいたい。〝解放者〟とは何処で知った?」

「オルクス大迷宮だな。正確に言えばオスカー・オルクスの住処だ。俺たちは最深部まで到達した者だよ」

「その証拠を提示はできるか?」

「そうだな……オスカーの遺品なら持ってるからそれで」

 

宝物庫よりオスカーの住処から持ってきた遺品や魔石を取り出して見せる。するとアルフレリックは驚いたような表情をした。虎の亜人も驚いたような表情をしている。

 

「こ、これは……こんな純度の魔石は初めてだ」

「それにこれは……アーティファクトか。オスカー・オルクスは生成魔法の使い手。アーティファクトを制作できるのは至極当然のこと……」

「後はこれ。オスカー・オルクスが身につけていた指輪だ」

 

最後に宝物庫を見せてフィニッシュ。元から嘘は吐いていないがようやく信じて貰えたようである。人間が悪いとはいえ厄介な奴らだ。面倒くさい。

 

「……よし、分かった。お前さんたちは確かにオルクス大迷宮を攻略したようだな」

「最初から嘘は言ってないけどな」

「とりあえずフェアベルゲンに来るが良い。私の権限で滞在を許可する。勿論ハウリアたちもな。この決定に逆らう者は処刑するぞ」

「おいおい。俺たちは今すぐにでも大樹の下へ行きたいんだが。滞在するつもりなど毛頭ないぞ?」

「そうは言ってもだな。大樹の周囲は特に霧が濃くてな、亜人族でも方角を見失う。一定周期で、霧が弱まるから、大樹の下へ行くにはその時でなければならん。次に行けるようになるのは十日後だ」

「なんだと……おいカム」

「は、はい……? あっ……」

「……ユエ」

「ん……」

 

ユエが一歩前に歩み出る。それを見たハウリアたちの顔は引き攣った。口々に許しを請おうとするが聞く耳持たん。

 

「〝嵐帝〟」

「うわあああああああああ!?」

「お、お助けええええ!?」

「族長のバカああああ!!!」

空高く舞い上がるウサ耳たち。俺はそれをジト目で見つめるのだった。

 




季節の変わり目はやはり体調が悪くなりますねえ…皆さんも気をつけてください。


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第七楽章 仁義だけでも

何とか二話までこぎ着けました……中々体が辛いですけど多くの人が何だかんだ見てくれてることが嬉しくてやっぱり書いちゃいます()


その後、俺たちはアルフレリックによってフェアベルゲンへと連れてこられた。フェアベルゲンは天然の樹で囲まれた城壁に守られており、内部は色とりどりの自然が周囲を覆い尽くしている。

 

空中回廊があったりエレベーターがあったりと自然の中にありながらもどこか近代的な国だ。俺たちは思わず立ち止まって眺めてみたものである。

 

んで俺たちは「長老」が集まっているという一際大きな樹の内部にある部屋に通された。中では長机を囲んで長老たちが俺たちのことを待ち受けており、好奇の視線を送られた。

 

なお中に入ったのは俺とハジメ、そしてカムとシアだ。雫とユエにはハウリアたちの面倒を見てもらっている。対価? 今日の夜は寝るなとのことだ。

 

「なるほど……狂った神か」

「ま、どうしようとかはないけどな。俺たちは異界から連れてこられた人間だ。サッサと神代魔法を集めて元の世界に帰るだけだ」

 

オルクス大迷宮で聞いた狂ったエヒトの大馬鹿の話を掻い摘まんで聞かせる。俺の態度にアルフレリックたちは少し面食らってるようだが……俺の目的を聞いて納得したような表情になった。

 

「我々フェアベルゲンの者は解放者の証を持った者が現れたなら敵対するなと伝えられている。実際に現れたのは初めてだがな」

「ふーん……」

「アルフレリック。本当に貴様はあの言い伝えを信じるのか?」

「何が言い伝えだ! そんなもの眉唾物ではないか! フェアベルゲン建国以来一度も実行されたことなどないではないか!」

「ジン、落ち着け。今回が最初になれば良いだろう」

「正気か?! こんな人間族の小僧が資格者だとでも言うのか! 敵対してはならない強者だと!」

「そうだ」

 

熊の亜人であるジンが信じられないという表情をした。まあ仕方のないことだ。なんせ亜人は人間のことを徹底的に嫌ってるのだからな。

 

「……ならば、この場で試してやる。表へ出ろ」

 

ジンの言葉に唖然とするアルフレリック。しかし他の長老たちは賛成のようだ。

 

どこの馬の骨とも分からない小僧を信じろという方が無理があるかもしれない。

 

俺たちは外に出る。その間に俺はハジメを説得し、ベルトとナックルを貰ってジンの真っ正面に立ち塞がった。

 

「……行くぞ!」

 

特に殺意も込めてない俺に向かって急迫しムキムキな腕を俺に振り下ろすジン。熊人族は本物の熊のように耐久力に優れており、さらには豪腕だったはずだ。並の人間なら触れた瞬間に消し飛ぶだろうしチキンレースを仕掛けることも難しい。

 

……が、奈落の底で様々な魔物を見てきた俺にはゆっくりな動作にしか見えない。

 

バシンッ!!! 

 

「ぐっ?!」

「大したことねえなあ……」

「き、貴様っ」

 

軽く腕を掴んでニタリと嗤う。そのまま後方に投げ捨てて距離を取り、ベルトを巻いた。

 

投げ捨てられたジンは手慣れなのか、すぐに立ち上がると……見慣れたナックルを取り出した。

 

レ・ディ・ー

「ん? そいつは……」

「ここからは手加減なしだ……覚悟を決めろ」

「ここから本気ね……OKだ」

フィ・ス・ト・オ・ン

 

俺のイクサよりも高い音声でのフィストオン。ジンはイクサを身に纏い、さらに顔面部のシールドが展開した。

 

風圧によってハウリアたちは吹き飛ばされそうになっており、雫とユエが結界を張ってなんとか抑えてくれた。

 

「へえ……もろ俺の知ってるイクサだな。そっちがそう来るのなら俺も……」

レ・ディ・ー

「なにっ!?」

「イクサは……一つじゃないのさ。変身!」

レ・ディ・ー

 

聞き慣れた幾分低めの電子音。俺は歩きながらイクサを装着した。

 

「さあ……かかってくるんだ。紅先生が熊ちゃんのために戦いのお手本を見せてやる」

「っ!!」

 

すっかりお馴染みの指クイクイ。明らかな挑発にどこからどう見ても短気なジンはブチ切れたらしい。雄叫びを上げながら襲いかかってきた。

 

知ってるかな? 怒り狂って目の前が見えなくなった者は強烈な一撃を繰り出せる代わりに直線的な攻撃しか出来ないことに。

 

イ・ク・サ・カ・リ・バ・ー・ラ・イ・ズ:アッ・プ

「このクソガキがああああ!!!」

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「……来い!」

 

突進してくるジン。待ち構える俺。一般的に見れば突進の勢いがある方が威力は出る。亜人たちから見れば俺は非常に不利に見えるだろう。

しかし、だ。世の中そう簡単には作られていない。

 

「クロスカウンター!!」

「なにっ!? 躱され……グアーッ!!」

 

ズパン! と凄まじい音を立てて右手に握られたイクサナックルがバーストモードの顔面に突き刺さった。俺の右頬には……突き出されたイクサカリバーがあと数ミリという距離に置かれている。

 

ボクシングのとある漫画で一躍有名になった技をわざわざ選んだのは……気分だと言ったら怒られるだろうか? 

 

「ぐ……は……」

「やれやれ」

「あ、あれ……少し頬が痛いが何ともない?」

「威力を抑えたに決まってるだろ。モロに食らったら死ぬぞ」

「……まさか、情けをかけると言うのか」

「わざわざ敵対するために俺が人を殺すと思ってんのか? 第一だ。お前らからしたら俺はどこの馬の骨とも分からないようなガキだ。信用できないことぐらい俺でも分かる」

「……」

「まあもう一つの理由はそのイクサの解析をしてみたかった事だけどな。なんなら一つ制作してみようかとも思った」

「は、はあ……」

 

やれやれとため息をつきながらイクサナックルを収める。そして心底面倒くさいという雰囲気を隠しもせず、俺は告げた。

 

「んで、もう良いだろ? 俺だって不要な争いは避けたいんだ」

「……ジン。よく分かっただろう。彼は口伝者だ。これ以上争うのはよせ」

「……承知した。音也とやら。突然襲いかかって申し訳なかった」

 

変身を解いて頭を下げるジン。

 

「まあなんだ。お詫びの印にそのイクサを少しの間貸してくれないか? 複製できないか試してみるわ」

「本当かっ!?」

「おう。頑張ってみるぜ」

「それなら……やってみせろ」

「よし……と。んじゃ、もう良いか? あとは十日待ってハウリアたちに案内させるだけだぞ」

「いや……一つお前さんは忘れている。ハウリアたちは忌み子を隠し続けてきたのだぞ。明日にでも一族もろとも処刑する」

「ほーん……まあ因果応報っていうやつか?」

 

俺自身はハウリアに興味はないので適当に答える。しかしそこへハジメが前へ出てきた。

 

「悪いが俺たちは約束してるんだよ。命を守ったら必ずこの樹海を案内しろとな」

「……約束か。それならもう果たしたと考えてもいいのではないか? 峡谷の魔物からも、帝国兵からも守ったのだろう? なら、あとは報酬として案内を受けるだけだ。報酬を渡す者が変わるだけで問題なかろう」

「悪いがそうも行かねえよ」

「それはなぜだ?」

 

ハジメがシアを見やる。その時のハジメの瞳は……この世界に来る前の瞳とよく似ていた。あの優しいハジメの瞳が、ほんの一瞬だけ見えた。

ここから先はハジメの意思だ。俺は関係ない。

 

「案内するまで身の安全を確保するってのが約束なんだよ。途中でいい条件が出てきたからって、ポイ捨てして鞍替えなんざ……格好悪いだろ?」

「……」

「ま、俺たちを見逃すのならシアたちを見逃すのも今更だしな」

「音也……」

「だってそうだろ? 俺もハジメも、なんならユエも魔物のように固有魔法を使えるし詠唱だって必要ないんだ。シアと同じなんだよ」

「……そういうことか」

「大迷宮を攻略するにはそれだけの力が必要になるんだ。口伝に従うのなら……いずれはお前たちが化物呼ぶ存在を見逃さなければならないんだよ」

 

ハジメが俺の意向を理解して口に出した。いずれは見逃さなければならない。その時が偶々今だっただけのことだ、と。

 

真っ直ぐアルフレリックを見つめるハジメ。その瞳には不動の意思を感じる。彼なりにシアたちハウリアに思うところもあるのだろう。ならば、せめて仁義だけでも貫き通したいのだろう……。

 

「……どうやらその決意は固いようだな」

「アルフレリック?!」

「ジン。彼と戦ってみてどうだった」

「……特に差別的なところは感じなかったな。普通に戦友と模擬戦をしているような感覚だった」

「我々の認識が間違っていたのかもしれないな……」

 

他の長老たちも特に反論の声を上げない。思うところは同じ……か? 

 

「紅音也。及びに南雲ハジメ。お前たちにハウリアのことは任せよう。煮るなり焼くなり好きにすると良い」

「良いんだな?」

「お前たちに賭けてみよう。人間や忌み子とも分かり合える世界が生まれることをな」

 

苦渋の決断だったに違いない。これまでの掟を破ってでも俺たちに賭けようと言うのだから。いくら差別の意識がないとしても俺たちは一応人間なのだ。本来は即刻殺すべき存在だろう。

 

それでも、だ。それでも俺たちに賭けてみようと言うのである。それならば……答えは一つしかないだろ? 

 

「……そうかい。ま、期待されすぎても困るがな」

 

サラリと答える。ハジメはそれに苦笑いしながらも……答えた。

 

「感謝する。忌み嫌う存在である俺たちにあえて賭けてくれたことにな」

「一応表面上は追放だが……申し訳ない」

「構わない。むしろそこまで譲歩してくれたんだから感謝してるよ」

 

ニヤリと微笑む。アルフレリックも特に言葉は発さなかったが……同じようにニヤリと微笑んだように見えた。

 

用は済んだ。俺は戯れ付いてくる雫とユエを抱き留めながらもハウリアたちを連れて歩き出すのだった……。

 




一応私は神経痛を患っている他、体も病弱なのでたまに投稿ペースが乱れるかもです。その時は身勝手なお願いなのですが……戻ってくるまで待っていてくれると私としてはとても嬉しいです。


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第八楽章 未来は変えられる

体調が安定しない…しばらく薬とお友達です()
本当に投稿ペースが不安定で申し訳ないです…。


それから十日もの間、俺とハジメはイクサの制作に取り組んだ。とは言っても俺は必要最低限の錬成しか出来ないので軽い手伝いしかできない。大まかなところはハジメに丸投げだ。

 

ちなみにユエはシアを、雫はハウリアたちを特訓している。これは俺たちの助けがなくなったら再びピンチに陥るということを話したからである。シアに関してはユエに傷を一つ付けられたら俺たちの旅に同行するという条件付きだが。

 

「ハジメ……どうだぁ?」

「あとは微調整で多分完成だな。お前の所持してるイクサがなかったら完成しなかったぞ……」

「電力を魔力で補ってるんだっけか?」

「だな。バーストモードならば出力は既存のイクサより高いぞ」

「まあ俺は使わんけど」

「そりゃまたどうしてだ?」

「使い慣れたイクサを使いたい」

「ああ……なるほど」

 

ごもっとも、と言いたげなハジメの表情にクスリと笑う。しかしすぐに笑顔を消すと、真面目な顔でハジメに催促をした。

 

「とりあえず装着してみろ。問題なければ量産してハウリアたちに渡してやろうぜ。別れの餞別だ」

「別れの餞別が凄まじくて笑えてくる」

「そう言うなって……あ、コウモリモドキ」

「なんだ?」

「スイカ食べるか?」

「スイカ!?」

「とは言っても迷宮で見つけた魔物が落とした果物なんだがな。酸素を通さない鉱石の中に入れてあるから腐ってないぞ。こいつ、味がスイカなんだよな」

「是非とも頂こう。俺はスイカが大好物なんだ」

スイカモドキを適当なサイズに切り裂いてキバットに渡す。俺自身も手頃なサイズのスイカモドキを口にした。相変わらず美味い。

「なあコウモリモドキ。ウェイクアップ・IIIってあるよな?」

 

俺自身は見たことのない技だ。しかし存在するのであれば、使えるということだけでも知っておきたいのである。

 

「確かにあるが……それがどうかしたか?」

「それってどんな技なんだ?」

「うーむ……言うならば『シャクッ』んぐ、広範囲の大爆発だな」

「規模はどんぐらいだ?」

「国の一つや二つが一撃で消し炭になるぐらいにはデカい規模らしいな。俺の一つ前のキバット……所謂俺の父親はウェイクアップ・IIIを使用してキングもろとも死亡したと伝えられている」

「ブラスト○ーンみたいだな」

「なんだそれは……」

「自爆技だ」

 

ムシャムシャとスイカモドキを頬張りながら答える。なんか前より薄味に感じるのは気のせいだろうか。

 

それと最近妙に鉄分を多めに摂らないと貧血になってしまう。何だろう……。

レ・ディ・ー

「変身」

フィ・ス・ト・オ・ン

「お、完成したのか」

 

いつもより高めの電子音が聞こえたので思わずハジメの方を振り返る。

 

まあ俺の目にはハジメではなくイクサバーストモードが立っていたがな! 

 

「うむ……良い感じだな」

「旧イクサと比べるとどんな感じだ?」

「自分の魔力が少しずつ吸われていく感覚はあるが前よりも力を出せそうだぞ」

「闇のキバの鎧には?」

「無茶言うな」

「ま、大丈夫そうだな。あとは量産してハウリアに渡せばOKだろ。元のイクサは……どうするか」

「貰ってくか?」

「ダメだろ。大樹の近くに放置してけば誰かしらは気がつくだろうからそれで行くぞ」

 

と、そこまで話したところで俺の耳がハウリアたちやシアがこちらに向かってくる音を捉えた。どうやら雫やユエも一緒みたいだ。

 

なんかシアに関しては走ってきてるみたいなんだが……これはハジメに変身を解くように言うべきなのだろうか。

 

「ハジメさ~ん! 私、やりましたよぉ~!!」

「あん?」

 

ハジメが変身したイクサに飛びつくシア。この様子を見るに……。

 

「ユエ?」

「……不覚」

「あらら……」

「魔法の適性は比較的低かった……でも身体能力に特化している。しかも化物クラス」

「具体的にどんぐらいだ?」

「……強化してない音也の6割ぐらい」

「マジで?」

 

俺の六割となると……だいたいステータス値で6000~7000である。俺たちが大苦戦したヒュドラ程度なら一発で終わらせるぐらいには強いということになる。

 

しかもシアは素手だ。ユエの地獄のような魔法のラッシュを掻い潜って一撃与えられたというのならば……なるほど、化物と評されても別におかしいことではない。

 

「あ、あの……音也さん」

「ん?」

「……約束、覚えてますか?」

「俺たちの旅に連れて行くって話か?」

「は、はい」

「なんで俺に聞くのさ……まあ俺としては正直どっちでもいい」

「そんな雑な……」

「いやな。俺は雫とユエ、そしてハジメのことしか今のところ興味ないんだ。その三人が大切にしたい人ならば俺も全力で守るけどな」

「そ、それって……言い換えればその三人を説得できたなら連れて行って貰えるってことですか?」

「そうとも言える。まあユエは反対しないだろうし雫は……興味すら持たないかもだがな」

 

俺はハジメの方を見やる。いつの間にか変身を解除したハジメは……怪訝そうな顔をしている。

 

「そもそも、だ。お前は何で俺たちの旅に同行しようと思ったんだよ。その強さがあるなら俺たちの助けがなくても余裕で暮らしていけるだろ?」

 

ごもっともなハジメの言葉。ユエの言ったことが本当ならば魔物は余裕で殺せるだろうし人間に捕まることもないはずだ。

 

それなのになぜ、わざわざ危険な旅に同行したいのかが謎である。

 

「そ、それは……その……」

「なんだモジモジして。気持ち悪いぞ」

「んな!? ひ、酷いですよ!」

「喜怒哀楽の激しいこと……」

「ああもう! 何で気がつかないんですか! 私はハジメさんの傍にずっと居たいんですぅ! ハジメのことがしゅきなんですぅ!」

「…………は?」

「噛んだな」

「ん……噛んだ」

 

ユエをあすなろ抱きしながら見つめる。とりあえず同行したい理由は分かった。あんな状況だ。吊り橋効果も相まってハジメのことが好きになるのは無理もないかもしれん。

 

理由がどうであれハウリアを助けようと口にしたのはハジメだ。それに長老たちに食ってかかり、シアたちの処刑を取り消したのもハジメの御蔭である。俺ではない。俺は戦っただけだ。

 

「……いやいや待ってくれよ。お前、何で俺のことを好きになるんだ」

「……理由がどうであれ、私たち一族の命を助けてくれたのはハジメさんです。基本的にツンケンしていて掴み所のない性格してますけど私は時折見せる貴方の優しさに惚れたんですよ」

「は? 優しさ?」

 

奈落の底で変心したハジメ。左腕を失ってでも生きるために、帰るために足掻き続けた男。

 

それでも……深層心理はどうやっても変わらないようである。

 

「いつ優しさなんて見せた……というかな。俺には帰りを待ってくれてる人がいるんだが」

「知っていますよ」

「はあ?」

「私の固有魔法は未来視ですよ? そのぐらいお見通しです」

「それなら尚更聞きたいな。なぜ、俺をわざわざ選ぼうとする」

「心から好きだから、ですよ?」

「……」

「ハジメさんの帰りを待ってくれてる人のことを想っているのは分かっています。それでもこの気持ちに歯止めをかけることなんてもう出来ないんですよ」

「……その想いに応えられるかは分からないぞ」

「知っていますか? 未来は絶対じゃないんですよ。今はそうでも……未来は変わるかもしれないんです」

 

先ほどまでの明るさは微塵も感じさせない、シアの真面目な様子。それを見つめるハジメの顔を見て、俺はハジメがなんて答えを出すのか予報がついた。

 

目を逸らしてユエの頬を存分にムニムニすることに集中する。

 

「危険な旅だ。命が幾つあっても足りないかもしれない」

「化物で良かったですよ。その御蔭で貴方たちに付いていくことが出来ますから」

「俺たちの旅に付いてくるなら家族には二度と会えないかもしれないぞ。それに俺の住んでた世界はお前にとって住みにくい世界だ」

「それでも……ですよ。それだけの覚悟を私はもう決めているんです。何があっても貴方の傍に居ると」

「…………」

 

見つめ合う両者。俺はシアの心から流れる音楽をこっそり聴いてみる。

 

その音楽は……まるで風一つ吹いていない湖の水面のように静かで落ち着く物だった。シアの言葉は嘘偽りない物だ。俺が心配することは何一つない。

 

「……ふふ。それで終わりですか? それなら私の勝ちですね」

「なんの勝敗だよ……」

「私の想いが勝った……ということですよ。……ねえ、ハジメさん」

「……何だ」

「私も……連れて行ってください」

「…………はあ。分かった分かった。降参だ」

「!!」

「好きにしろよ。この物好きめ……」

 

諦めたのか、ハジメが両手を上げて苦笑いする。それを見たシアは……ハジメの胸元に飛び込んだ。

 

「あら……あらあら。くっ付いたのね?」

「雫、お帰り」

「ただいま。後で構ってね?」

「おう。ところでハウリアは?」

「それなんだけど……あ、来たわね」

「ん?」

 

少し歯切れの悪い雫。訝しく思って問い詰めようとしたのだが、どうやらハウリアたちがやって来たらしい。

 

……なんか人を確実に殺したような目をそれぞれがしてるんだけど。

 

「ボス! ノルマ達成しました!!」

「は? ボス?」

「ご苦労様。お供もろとも狩ったのかしら? 私のノルマは各チーム一体の魔物を狩ることだったはずなんだけど……見た感じ数十体は狩ったみたいね?」

 

カムが雫のことを「ボス」と言った。一体どんな教育したんだろうか。

 

こいつら兎人族はとことん争いごとを嫌う種族だったはずなのにこれはおかしい。

 

「生意気にも殺意を向けてきやがったので丁重にお出迎えしてやったんですよ。なぁ? みんな?」

「そうなんですよ、ボス。こいつら魔物の分際で生意気な奴らでした」

「きっちり落とし前はつけましたよ。一体たりとも逃してませんぜ?」

「ウザイ奴らだったけど……いい声で鳴いたわね、ふふ」

 

……思ってた数倍酷かった。俺は思わずユエに被さるような状態で意識をすっ飛ばすのだった。

 




これからプロトイクサの電子音は赤で、現行イクサの電子音は黄色で表現する…つもりです。


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第九楽章 ティーガーII

ペースが崩れまくりで申し訳ないです…。


「……おい雫。お前何をしたんだ」

 

なんとか意識を戻した俺は焦点の合わない目で雫を見やる。

 

「何って……戦うときには優しさは不要と教えただけよ? 最初の頃は地面の花にすら気にかけてマトモに戦えてなかったけどね」

「それがこの変わり様……ええ」

「何かヘマする度に峰打ちしたから……かもしれないわ。そのうち失敗を恐れて甘っちょろい部分は捨て去ったみたいだし良いじゃない」

「ハート○ン軍曹がここにいる……」

 

ナイフに名前を付けて愛でたり以前のハウリアからは考えられないような物騒な発言が飛び交っていたり……雫、恐ろしい子。

 

「と、父様! みんな! 一体何があったのです!? まるで別人ではないですか! さっきから口を開けば恐ろしいことばかり……正気に戻って下さい!」

 

シアが焦ってカムに泣きつく。まあ久しぶりに見た家族がこんなんじゃ泣きつきたくもなるだろう。

多分俺でも泣きつく。

 

泣きついたシアに対してカムはニッコリと微笑んだ。それを見てシアの顔に一瞬安堵が見られたのだが……。

 

「正気? 何を言っているのだシアは」

「へ?」

「良いか。私たちはボスの御蔭でこの世の真理に気がついたのだよ」

「真理……ですか?」

「この世の問題の九割は暴力で解決できるということだ」

 

上げて落とすとはこの事だ。シアの表情が一瞬で絶望に染まった。見れば他のハウリアも「その通り」と頷いている。老人も幼い子供も頷いているのだから破壊力は抜群だ。

 

いやね? ある程度好戦的になるのは構わないのよ。だけどこれはやり過ぎだろ。

 

「時に音也殿」

「お、おう。なんだカム」

「大樹の近くに熊人族が待ち構えているのをここに来るまでに探知したのですが……どうしてやりましょうか?」

「大樹の近くに、か? さてはあの熊人の長老をあしらったことを恨んでるのか……」

 

特に傷つけてもいないのに勝手に恨まれてイライラする。そこまでして人間を排除したいと言うのならば……いっそのこと絶滅させてやろうか? 

 

しかしそんな俺のイライラを感じ取ったのか、カムが不適な笑みを浮かべた。

 

「ご安心を。我々が下劣な熊人たちを排除してご覧に入れましょう」

「……出来るんだな?」

「肯定であります!」

「はあ~……雫さんよ。どんな訓練したらこうなるのやら。まあそこまで言うなら頼むぞ。大樹に行くついでに狩るぐらいのイメージで行くからな」

「はっ!!」

「……雫、最終判断はお前が下せ」

「分かったわ……聞け! ハウリア族諸君! 最低最弱の種族から最大最強の種族へと変貌したハウリア族諸君よ! これより最終試練を貴様たちに課する!」

 

極道の妻のようなドスの効いた声を張り上げる雫。いつ、そうなったんだおい。

 

「勘違いの私怨に囚われた哀れな熊人族に思い知らせるが良い! 貴様たちは淘汰されるだけの無価値な存在ではないのだ! 地上最強の種族なのだ! 己が最強と慢心しきっている熊人族たちの屍山血河を築き、その上に証を立ててやれ! 生誕の証だ!」

「「「「「「Sir、yes、sir!!」」」」」」」

「答えろ戦士諸君! 貴様たちの邪魔となる存在はどうしてやる!」

「「「「「「殺せ! 殺せ! 殺せ!!」」」」」」」

「そうだ、殺せ! 己の生の道を邪魔する存在は全て殺せ!!」

「……うわお」

 

普段デレデレしている雫からは考えられない気迫である。下手な政治家よりも遥かに洗脳能力の高い演説な気がしてならない。

 

もしかしたらヒトラーもこんな風に演説して群集を纏め上げたのだろうか。

 

「なあユエ、ハジメ、コウモリモドキ。俺は夢を見てるのか?」

「いや戻ってこいよ。あいつら雄叫び上げながら走り去ったぞ」

「……温厚で争いごとが苦手な種族はいなかった」

「闇系統の魔法を使わずにあそこまで洗脳する雫は恐ろしい……キングの使役化と同じぐらいに恐ろしいかもしれん」

「……はあ。ここで止まっていても仕方ないし行くとするか」

 

ここから大樹はそこまで遠くない。既に戦いが始まっているのか、悲鳴と怒号と歓声が俺の耳に入ってきている。

 

とりあえずユエを背負って雫の手を引き、俺は歩き始めた。深い溜め息と共に。

 

ハジメもめそめそ泣いているシアのことを強引に引っ張って歩き始める。キバットは俺の右肩に乗った。

 

「あ、そうだハジメ。四輪をティーガーIIに変えてくれないか?」

「なぜだ?」

「あの様子だと殺しを楽しみそうな気がするからな。止めるための手段だ。戦闘区域の2km手前から砲撃する」

「分かった」

 

歩くペースは比較的速いのであっという間に俺たちは戦闘区域の2km手前までやってきた。ちなみに距離は義眼で計測していたりする。

 

ハジメが取り出した四輪をティーガーIIに変形させて、ハジメは内部に潜り込んだ。さらに俺も潜り込んでハッチから顔を出す。

 

「砲塔もうちょい左……あ、行き過ぎだ。2mm右に戻して……よし。ハジメ、照準器でも見えているか?」

「見えてるが……霧が深いな。正確な位置に関してはお前の目と耳が頼りだ」

「了解だぜ……ハジメ、ちょい砲塔持ち上げ……もう少し、もう少し上……よし」

「弾薬は炸裂弾で良かったんだな?」

「徹甲弾だと意味ないからな。それで良い」

「照準を絞るぞ……弾着点はどの辺りだ?」

「ハウリアと熊人族の間だ。あと……数秒で丁度良い位置関係になる」

「分かった。いつでも来い」

「まだ……まだ……まだ……」

 

息を潜めて全神経を目に集中させる。隙間は一瞬しか出来ない。失敗すれば双方が消し飛んでしまう。兎に角デリケートに……だ。

 

「まだ……今だ! 撃て!!」

「発射!」

 

ズドバアアン!!! 

 

「次弾装填急げ!」

「次弾……炸裂弾装填完了。いつでも行ける」

「ちょい砲塔上げ……良し。撃て!!」

 

ズドバアアン!!! 

 

「雫、ユエ、シア、コウモリモドキ! 戦車に掴まれ! 履帯に巻き込まれるなよ!!」

「砲身以外ならどこでも大丈夫だからな」

「へえ……結構高いのね」

「ん……」

「不思議な形だ……」

「よし、ハジメ、動かして良いぞ」

「了解だ」

 

ガタゴトとティーガーIIが動き出す。史実のティーガーIIは出せても40kmh未満だが……こいつは魔力さえ流せればいくらでも速くなる。快速戦車で有名なクロムウェルやIII号戦車並みの速度を出すことだってできる。

 

そのことを証明するかのごとく、俺たちを乗せたティーガーIIはあっという間に戦闘区域に到着した。

目の前にはやはりと言うべきか、狂人のような瞳をしたハウリアたちがいた。まあ……初めての人殺しだ。気分が異常に高揚してしまうのも仕方の無いことだ。

 

「お前らそこまでだ。これ以上やってはいけない」

 

戦車から飛び降りてハウリアと熊人族の間に立ってカムたちに話しかける。

 

「音也殿……何をするのです。そこに居られては後ろの最強種族(笑)を殺せないではないですか」

「いや、別に殺すのは構わないけどな」

「「「「いいのかよっ!?」」」」

「殺意をわざわざ見せてくる奴らに手加減なんざ要らないからな。そのことはカムたちもよく分かってるだろ?」

「ではなぜ……」

「お前らさ。雫に人殺しを楽しめとは教えられたか?」

「……は?」

()()()()()()()と教えられたのか? そうじゃないだろ」

「人殺しを楽しむ? 何を言うのです……楽しんでなど」

「さっきまでのお前らの瞳な。まるで大渓谷で始末した帝国兵みたいだったぞ」

「?!!」

「ようやく気がついたか。ま、雫は人殺しに特に何も感じなかったらしいし……すっかり殺人の衝撃ってのを忘れてたのだろう。致し方ないことさ」

「わ、私たちは……」

「一度深呼吸して落ち着くこと。それと……無粋な襲撃者さんよ? どこへ行くんだぁ?」

「んな?! バレた!?」

「俺の聴覚舐めるなよ。それでどうする? 今すぐ死ぬか、生き恥晒しながら逃げ帰るか」

 

逃げようとしていた熊人族を睨みつける。手には勿論ファンガイアスレイヤーモドキだ。いつでも引っ叩く準備はできている。蛇腹剣は本当に便利である。SMプレイにも使えるので強者諸君は制作してみるのはどうだろうか。

 

「わ、我らは……生還を希望する」

「そうか。中々の判断だな。これ以上戦うのならお前らは確実にあの世行きだったろうに。さて、生還を希望するのなら当たり前だが条件を付けさせてもらうぞ」

「条件……か?」

「いいか、長老たちにこう伝えるんだ。〝貸一つ〟とな」

「んな?!」

「呑めないのか? それならば……ハジメ。照準はどうだ?」

「いつでも木っ端微塵にできるぞ」

「くくく……さあどうする? 呑めないのなら先程の爆発がお前らを呑み込んでしまうが?」

「うぐ……」

「戦場での判断は迅速に、だ。早く決めろ」

 

実に悪どい笑顔で条件を呑むように脅迫する。後ろではティーガーIIがスタンバっており、俺自身も殺人の準備を完了させた。

 

ちなみに貸しを作る理由だが……これは完全に気分である。貸しを作っておいて悪いことは一つもない。何もなければそれで良し、何かあれば返して貰うだけさ……。

 

「……ハジメ。撃鉄を起こす準備しろ」

「いつでも行けるぜ。さあどうする? この距離なら万が一にも外さないぞ?」

「わ、わかった。我らは帰還を望む!」

「そうかい。ならサッサと行きやがれ。どうやら半数以上殺されたようだが帰るだけならすぐにでも行けるだろ」

「ああそうだ。もし伝言をサボってみろ。その時はフェアベルゲンごと叩き潰してやるからな」

「ぐ……承知している」

 

クルリと背中を見せてトボトボと歩き出す熊人族たち。あいつらは一生日陰者扱いされるだろう。何せあいつらは不当に急襲しただけであり、俺らに否はない。あくまで迎撃しただけなのである。

 

ま、兎に角これで安心して大樹まで向かえる。だがその前に……。

 

「雫」

「ひゃ、ひゃい!」

 

ハウリアの暴走の元になった雫の名を呼ぶ。ビクビクして様子の雫。

 

「………」

「あ、あの音也。やり過ぎたことは反省してる……わ」

「…………」

「本当に……ごめんなさい」

「……謝るのは俺に、じゃないだろ?」

「うっ……その、ごめんなさい皆んな。皆んなの心のことを一切考えてなかったわ……」

 

ハウリアたちに向かってぺこりと頭を下げる雫。ハウリアはというと……なぜかキョトンとしている。

 

「何を言ってるのですかボス。これでも私たちは感謝しているんですよ」

「感謝……?」

「軟弱な我らをどんな方法であれ育ててくれたのはボスです。これで我々は怯えることなく、堂々と胸を張って生きることができます」

「そう……なのかしら」

「だからそんなに悔やむことはないんです。何時ものようにしゃきっとしてください」

「……ありがとう」

「ま、お前らがそう言うなら問題ないな」

 

初めから怒るつもりはないので雫のことを抱き寄せた。ユエが「むっ……」となっているが……後で構ってあげるからそんな顔しないでくれよ。

 

「お、音也?」

「……よくやった。俺からも礼を言うぜ」

「……怒ってないの?」

「怒れるかよ。俺が言いたかったのはやり過ぎってことだけだ。後の九割は感謝の気持ちで一杯だよ」

「あ……うぅ」

 

最近の雫にしては珍しくモジモジしている。どうしたんだろう。

 

「ほれ、今更恥ずかしがることはないだろ」

「そ、そうは言っても……他の人の目が」

「可愛い奴だなあ……お前」

「かわ……!?」

「うし、行くとするか。ここに居ても意味ねえからな」

「ちょ、ちょっと待って! 可愛いってどういうことよ……!」

 

顔を真っ赤にした雫の言葉を軽くスルーしながらも俺は歩き出すのだった……。

 




今年はまだ蝉が鳴いてませんねえ…自分が小さい頃はこの頃にミンミンジージー鳴いていたんですが()


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第十楽章 町へ

蝉が鳴き始めましたね。そろそろ夏に突入するのでしょうか…暑いのは苦手なんですけどね()




……ライセン大渓谷を二台のバイクが並走する。なぜ大樹ではなくライセン大渓谷にいるのかというと、大樹には封印が施されており今の俺たちでは解くことができなかったからだ。仕方がないのでライセン大迷宮を探すことにしたのである。

 

ちなみに別れ際にハウリアも俺たちの旅に付いてくると言い出したのだが……雫が却下した。それでも引き下がらないため次回樹海に来たときにレベルが上がってたら部下にするっていう約束を取り付けて、だが。なお量産したイクサをハウリアたちち渡したのだが……狂喜乱舞してた。

 

とはいえこのまま直行すると食糧難に陥る。そんなわけで俺たちはライセン大渓谷を抜けたところにあるという【ブルックの町】を目指して走行中なのである。

 

「……お、あれか?」

 

しばらく走行していると目の前に大きな門が見えてきた。小規模な町ではあるようだが……門番を配置するぐらいには活性化しているようだ。充実した買い物ができそうである。

 

とりあえず町の中までバイクで乗り込むのは不味いのでキキーッ! とブレーキをかけて降りるように促す。

 

「あれ……ハジメ。シアに首輪を付けたのか?」

「まあな。黙ってれば神秘性溢れる美少女だろ? このまま町に入るのはちょっとな」

「なるほどねえ……」

「そ、そんな意図があるなら早く言ってくださいよぉ~」

 

どうも奴隷扱いのように見せかけられたことにプリプリしてたらしいシアがニマニマしながらハジメに抱きつく。それを冷めた目で見つめるハジメさん。そのままスルーして歩き始めた。

 

「ま、待ってください~」となっているシアを俺もスルーして門番の元へと歩く。無論両手に花状態だ。

 

ほどなくして俺たちは門番の目の前に辿り着いた。門番の姿は革鎧に長剣を腰に身につけているだけであり、所謂冒険者の格好に近かった。

 

「止まってくれ。ステータスプレートを。それと町に来た理由は?」

「食料の補給がメインだな。旅の途中なんだ」

「ふ~ん……」

 

ステータスプレートを手渡した……ところで「やべ、隠蔽するの忘れた」となった。ステータスプレートには、ステータスの数値と技能欄を隠蔽する機能があるのだ。冒険者や傭兵においては、戦闘能力の情報漏洩は致命傷になりかねないからである。

 

内心冷や汗を流しながら俺は咄嗟に嘘八百を並べた。

 

「いやあ……少し前に魔物の群団に襲われたんだよ。その時に壊れちまったみたいでな」

「こ、壊れた?」

「そう、壊れたんだ。ステータスプレートを買い直すためって目的もあってな……だってよ。そのステータス値が本当なら俺は指一つで世界を滅ぼす魔王じゃねえか。そうは見えないだろ?」

 

戯けた素振りをしながらいけしゃあしゃあと嘘を付く。そういやキバ本編の音也も演技が上手だった。次郎との体の不自由なおばあちゃんと看護師の演技は凄かった。

 

「は、はは……そうだな。とてもそうは見えないよ。プレートが壊れるだなんて初めて見たが……まあ世の中広いもんな。そっちの三人に関しては……」

「おっとあまり見つめるなよ? 俺の女と友人の女だ。手を出すんじゃあないぜ」

「お、おう……」

「全員紛失した。以上だ」

「そうか……よし、通って良いぞ」

「ああ、どうも。おっと、そうだ。素材の換金場所って何処にある?」

「あん? それなら、中央の道を真っ直ぐ行けば冒険者ギルドがある。店に直接持ち込むなら、ギルドで場所を聞け。簡単な町の地図をくれるから」

「そうか。ありがとうな」

 

聞きたいことは聞き出せたので俺は皆を連れて町に入った。町はそこそこ活気があり、至る所に露店が展開されている。さらには白熱した値切り交渉の喧騒が聞こえてくる。

 

とりあえず俺はヴァイオリンを取り出す。そのついでに宝物庫は必要な物だけ取り出してハジメに手渡し、素材換金を任せた。

 

「んじゃ……やるか」

 

雫とユエが座るための椅子を組み立てて地面に置き、ユエにはブリキ缶を持たせる。

 

少しの間ヴァイオリンの調律を行い、それも数分で終わらせて……チューニング開始。毎日ヴァイオリンを演奏しているものの、こういうところはしっかりやらないとダメなのである。

 

突然現れたと思ったらヴァイオリンを取り出した一人のガキに釘付けになっている人がかなり居る中、俺は練習曲として……日本でも歌うことの多い曲を弾き始めた。

 

「あ、この曲……」

「雫……知ってるの?」

「……そうね。私たちの故郷では有名な曲よ」

「……歌える?」

「もちろんよ」

 

その会話を聞いた俺は雫とアイコンタクトする。どうやらいつでも歌えるようだ。軽くアレンジを入れて前奏らしくして……歌うように促す。

 

「~~♪」

 

ゆっくり、力強く。日本生まれの曲は、特に昔に生まれた曲はそんなイメージがある。

 

そういえば雫が歌ってるのは初めて見たのだが……滅茶苦茶上手だ。そこまで大きい声ではないのだが心の奥までスッと響き渡るような声である。現在は白髪であっても元は大和撫子。和歌を詠ませるのも良いのかもしれないな。

 

「~♩♩」

 

♩♩~ ♩~

 

絡み合うように二つの音色が重なる。ここまでしっくりとシンクロしたのは雫が初めてだ。これまで何回か俺の演奏に合わせて歌うってのをやってきたが……雫とが一番やりやすい。

 

「……ふう」

「雫、上手かったぞ」

「本当? 嬉しいわ」

「音也、雫……見て。こんなにお金貰えた」

「ん? ……おお」

 

ユエの手にあったブリキ缶には溢れんばかりのお金が入れられていた。なんかヴァイオリンケースの中にもたくさん入っている。

 

ちなみにこの世界でのお金の単位は【ルタ】である。こいつは色事で価値が分けられており、青、赤、黄、紫、緑、白、黒、銀、金の種類がある。貨幣価値は左から日本の【円】に準じる。

 

さて、ブリキ缶の中に入ってる物とケースの中にあるやつを合わせると……。

 

「どれどれ……って黒や銀に金しか入ってねえぞ」

「こっちの世界でも演奏一曲につき百万ドルなのかしら?」

「嘘だろお……」

「ふむ……合計百万ルタだな。あの一曲だけでここまで稼げるとは驚いた」

「それマジ?」

「金を数えるのは得意でな。キングの財産を残らず数えてみたりしてたぞ」

「すげえ……」

「ん……そういえばキバットはお父様の金庫によく出入りしてた。金銀財宝に囲まれたキバットの姿をよく見た」

 

金銀財宝に囲まれたキバット……なんかカオスだ。俺が見つけたら間違いなく吹き出す。

 

なんとなく失礼な想像をしていると……ハジメたちが戻ってきた。シアも手をフリフリしている。俺たちはお互いに見つめ合って微笑み、ハジメたちの元へ歩き出すのだった……。

 




さてさて、ライセン大迷宮編は中々迷宮の方に入りませんが…もうしばらくお待ちいただけると嬉しいです。

そういえばユニークアクセスって何なんですかね…私、ハーメルンは初心者で何も分からないんですよね()


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第十一楽章 宿泊と心残り

水害といいウイルスといい……マヤ暦の予言を少しだけ信じそうになってます()指定された日に世界が滅びるのではなくて指定された日から世界が滅びてくのかなって(テキトーかつ雑)


ハジメたちと合流した俺たちは、折角なので少しお高い宿に泊まることとした。ご飯もあって風呂もある。防犯もしっかりしてる。値段は少し高いが気にすることはない。

 

ちなみに受付嬢はオバチャンだったらしい。ハジメはテンプレじゃなくて少しガッカリしたとかなんだとか。

 

とはいえ最早ガイドブックとも言える地図をハジメが貰ってきたし五十万ルタぐらいもついでに貰ってきたので良しとする。

 

「いらっしゃいませー、ようこそ〝マサカの宿〟へ! 本日はお泊りですか? それともお食事だけですか?」

 

宿内に入ると当たり前のように視線が集まるが無視して受付嬢の元へ行く。「まさか」ってのが気になるが……まあいいか。

 

「宿泊だ。ギルドの受付嬢から貰ったガイドブックでここに来たんだが……あのガイドブックに書いてある通りで良いのか?」

「ああ、キャサリンさんの紹介ですね。はい、書いてある通りですよ。何泊のご予定ですか?」

「一泊だ。食事付きで風呂も頼む。確か十五分百ルタだったな?」

「そうですね。今ならこの時間が空いてますが……」

「それじゃあ……ここからここの二時間」

「に、二時間も!?」

 

受付の女の子がビックリしているがここは譲れない。俺もれっきとした日本人である。風呂は大好きなのだ。もう一度言おう。ここは譲れない。

 

「え、え~と、それでお部屋はどうされますか? 二人部屋と三人部屋が空いてますが……」

「それぞれ一つずつ頼む」

「分かりました……」

「ハジメとシアは同室でいいな?」

 

その声に周囲がザワッとする。恐らく女三人男二人で考えてたのだろうが……残念。俺の女は離れると何しでかすか分からないのだ。

 

「ほ、本当にいいんですか? それならハジメさんに私の初めてを『ゴチンッ!』はきゅん!?」

「やかましい。あ、部屋の割り振りはそれでいい。そうしないと何しでかすか分からんからな」

「察してくれて助かる。んじゃあ飯まで休むぞ」

「おう」

 

周囲から飛んでくる嫉妬と羨望の視線を軽くスルーして俺は部屋の鍵を受け取る。そしてそのまま部屋の中へ入った。

 

んでベッドにダイブ。仰向けに寝転がる。

 

「……音也の目、やっぱり綺麗」

「そうか? 義眼だから不気味だと思うんだけどなあ……」

「そんなに自分を悲観しないで。私にもそう言ってくれたでしょ?」

「……そんなニュアンスの事は言ったな」

「私たちは貴方がどうであろうと……地獄まで付いていくから」

「重たいなあ……俺ばかり見てると足下が見えないかもしれないだろ?」

「そうさせたのは……」

「……音也」

「そうなのか……?」

 

俺としては……雫のことは助けたかったから助けただけであり、俺の我が儘でしかない。さらに言えば、俺としては露葉さんを死なせてしまいそうになってしまったことに対しての贖罪でもあるのだ。

 

それが……こんなにも依存されている。俺の我が儘でこうなってしまったのだ。好意を向けてくれるのは嬉しいが俺の心は痛い。

そしてユエに関しても「助けて」と明確に示されたから助けただけだ。助けてそのままサヨウナラしても良かったのである。

 

それが今では……こんなだ。俺の我が儘で二人の心をある意味で壊してしまったのである。

俺は微笑みながら覗き込んでくる雫とユエの顔を見て、ほんの少しだけ陰のある笑みを返して眠りにつくのだった。

──────────────────

 

一方その頃

「えへへ……ハジメさんと一緒ですぅ」

「飯まで結構時間があるな。新しいアーティファクトの仕上げをしてしまうか……」

 

ハジメが何やら直径四十センチ長さ五十センチ程の円柱状の物体を取り出した。さらに物体に手を置いて錬成を開始する。

 

「ハジメさん? それは何ですか?」

「お前の新しい武器だ。流石に素手だとリーチに限界があるからな。中距離ぐらいまでは対応できる武器になる」

「そうなんですねぇ……それにしてもハジメさんのれんせい? を見るのは興味深いですぅ」

 

かなり近い距離でハジメの手元を見つめるシア。時折ウサミミがツンツンとハジメの頬を叩いており、彼女がとても上機嫌だということがよく分かる。

 

「そうか? かなり地味だと思うんだが……」

「当然のことですけど兎人族に錬成を扱えるウサギは居ませんからねぇ」

「それもそうか……っと。背中に当たってるぞ」

「当ててるんですよぉ」

「言ったろ。俺には帰りを待つ人がいるって」

「それでもですぅ」

「物好きだなあ……お前も」

「ところでハジメさんの帰りを待っている人と最後に話したのはいつ頃でしたか?」

「ん? そうだな……」

 

シアの質問にハジメが少し手を休めて考え込む。が、すぐに顔を上げて答えた。その瞳は遠くにある思い出を懐かしむかの如く深い色だ。

 

「なんだかんだで二ヶ月以上前だな。オルクス大迷宮に行く前の日の夜に俺の部屋で語らったのが最後……だ」

「どんなことを語らったんですか?」

「そんなこと聞いても面白くないだろうに……まあ、色々だな。あの時の俺は弱くて仲間内で無能と呼ばれていたから守って欲しい……とか」

「え、無能!?」

「無能、だ。元々はお前ら兎人族よりもスペックが低かったんだが……生きるために色々としたら化物になっていたんだよ」

「そう……なんですか」

「あの日の夜に話されたんだよな。ずっと、俺のことが好きだったんだよってさ」

 

ハジメはさらに遠くを見るような瞳をする。あの時は確かに弱くて男としては有り得ない事を頼んでしまった。しかもその約束を破るように自分は奈落の底に落ちてしまった……と、シアに話す。

 

「チキンでヘタレな俺はあの時……告白されて気が動転したよ。しかもYESともNOとも言えずに保留して……それだけが気がかりだ」

「……ハジメさんも優しいですね。いや、優しいのは今更でしたか」

「後味が悪いだけさ……それだけなんだよ。多分」

「あの……私で良ければなんですけど、少しでもハジメさんの心の傷を癒やせるならお手伝いさせてください」

「シア……」

「そのためにも私の初めてを……」

「なんでその方向に滑るんだ! マジで残念ウサギだなこの野郎!!」

 

先ほどのシンミリとした雰囲気から一転。一気に賑やかとなる部屋内。本人同士からしたら他愛のない言い合いなのだろうが……傍から見れば俗に言うケンカップルに見えなくもない様子であった。そのことに二人は、特にシアは気がつかずにハジメに「自分の初めてを!」とせがむのだった。

 




気が向いた時に他の作者様の作品を読んでいます。基本的にありふれ系統ですけど……参考になることもあるので結構良いですよね。


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第十二楽章 ライセン大迷宮

胃袋に穴開きそう()



俺たちは翌日、必要な物を買い揃えてからライセン大迷宮を探す旅に戻った。宿の部屋から出てきたハジメの顔が少しやつれていたのはきっと気のせいに違いない。

 

まあハジメからしたら現在片思い中の人がいるのにシアから猛アタックを受けてるのである。かといってシアのことが別に嫌いではないハジメはアプローチをすげなく斬り捨てることが出来ないのだろう。

 

いくら俺が共感覚だとしてもハジメの深層心理まで理解することは出来ない。だから先ほどまでの見解はあくまでも憶測の域を出ない。

 

さて、そんなこんなで色々と思うところはあるのだが俺たちはなんやかんやでライセン大渓谷をバイクで疾走中である。オスカーの日記にはライセン大渓谷のどこかに迷宮があるらしいのだが……あまりにもザックリとしすぎて中々見つからない。

 

勿論移動中に魔物がこぞって襲いかかってくるのだが……。

 

「退け」

 

ズパアアン! 

 

「うぜえ」

 

ドパンッ! 

 

「身の程知らずね」

 

ザシュッ! 

 

「……邪魔」

 

ズガア! 

 

「一撃必殺ですぅ!」

 

ドゴアン! 

 

例外なく近づけば死亡していく魔物たち。俺と雫、そしてシアに関しては魔法がなくとも普通に動けるので余裕しゃくしゃくであるしハジメとユエに関しても魔力の保有量がえげつないので比較的余裕そうではある。

 

「それにしても見つからないなあ……もう二日は探しているが」

 

適当な場所にテントを張って野営する。なぜかこの辺りからうざったい音楽が聞こえてくるが、それは気のせいだろうか。そうではない気がするのがなんとも言えない。

 

「それにしてもハジメの錬成は便利ね……こんな快適なテントを作っちゃって」

「……野営なのに涼しくて布団も完備。ハジメもありふれていない」

「褒められてるのか分からねえな」

 

ハジメが制作したテントがあまりにも快適すぎてたまに目的を忘れるのは内緒である。

 

飯も食ったしもう寝るか……ということで布団を用意したところで突然、外に用を足しに行ったシアがバタバタとテント内に入ってきた。

 

「み、みなさ~ん! 大変ですぅ! こっちに来てくださぁ~い!」

「なんだ残念ウサギ。夜中に騒ぐとは良い度胸してんな……」

「その不機嫌そうな顔もきっと喜色に溢れる顔になりますよぉ!」

 

興奮しているシアに若干呆れながらも俺たちはテントの外に出て宝物庫にテントをぶち込んだ。そして半信半疑の状態でシアを追従する。

 

シアが連れてき場所は一種の洞窟のようなところだ。意外と大きな空間であり、人が数十人はゆうち入れるぐらいの広さはある。

 

シアはその空間の最奥の壁をビシリッと指さす。そこには……。

 

〝おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪〟

 

「……見間違いか?」

 

〝おいでませ! ミレディ・ライセンのry──〟

 

見間違いではないらしい。非常に、それはもう非常にうざったい文字が壁に掘られていた。〝!〟や〝♪〟のマークが妙に凝っている所が何とも腹立たしい。

 

「コウモリモドキ。ミレディ・ライセンってのはこんなにもうざったらしい奴なのか?」

「らしいな。キングがそういえば会いに行ったことがあった……」

「ほう……それなら間違いなさそうだな?」

「うむ。ここまでとは知らなかったが……」

「信憑性に今一欠けるが……これから別のとこに探しに行くのも面倒だな。とりあえず行ってみるか……」

 

壁を調べようとペシペシ叩いてみる。するとガコンッ! という音が唐突に響き渡った。

 

「うおっ!?」

 

視界がグルリと暗転する。どうやら忍者屋敷の回転扉のような物だったらしい。

 

と、その時である。ヒュンヒュンと無数の何かが飛来する音を俺は聴き取った。

 

「ちっ……」

 

ファンガイアスレイヤーモドキとファンガイアバスターモドキで飛来してきた物体を叩き落とす。数にして約二十といったところか。よく見てみると全く光を反射しない漆黒の矢であった。

 

とはいえこの程度なら目を閉じても対処できる。俺は怪我一つすることなく全ての矢を叩き落とした。

さらに後からハジメたちが迷宮内へと入ってくる。どうやら無事入れたらしい。

 

「いきなり物理トラップが飛んできたぞ……変身しておいた方が良いかもしれない」

「マジかよ。この世界のトラップは魔法で動くのかとばかり思ってたが……それは間違いだったようだな」

「少し慢心してた……気をつけよう」

「だな」

 

とりあえずベルトを取り出す。ハジメもイクサベルトを取り出して腰に巻き付けた。

 

『『・ディ・』』

「「変身」」

『『フィ・ス・ト・オ・』』

 

変身完了。俺とハジメが先行して歩き出す。途中途中で現れるであろうトラップは俺の義眼で予め発見してハジメが壊すという方法を取った。

 

結果、俺たちは止まることも傷つくこともなくスイスイと進んでいくことになった。たまにシアが調子乗って起動したトラップもハジメが制作したイクサカリバーと俺のイクサナックルでバキバキベキベキ破壊したので問題ゼロ。

 

「突入から約三時間でここか……オスカー・オルクスの住処と似たような扉だな」

「よっしゃ。ちゃちゃっと終わらせるぞ」

 

ズドバアアアン! と扉を蹴破るハジメ。753はきっとやらない……いや、やるか? もしかしたらやる?

 

扉の奥に入ってまず目に入ったのは無数のゴーレム騎士だ。甲冑に身を包んで大剣を装備している。さらに整列したゴーレム騎士の奥には……いかにも親玉のような装飾でフレイル型のモーニングスターを手にした超巨大のゴーレムが鎮座していた。

 

「……コウモリモドキ」

「良かろう」

 

間違いなくここ最近見てきた魔物とは一線を画する超巨大ゴーレムを見て俺はイクサを解除。キバットを手に持った。

 

ハジメもイクサカリバーとハンマーを装備して構えている。雫も何時でも抜刀できるように腰を落とし、シアは大槌で肩をトントン。ユエは最後列からではあるものの魔法の準備を開始した。

 

正しく一触即発。一人でも大きく動けばすぐにでも殺し合いが勃発するに違いない。

しかし……その空気は意外な言葉でぶち壊されることとなった。

 

「やほ~、はじめまして~、みんな大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

「「「「「「は?」」」」」」

 




大迷宮内がとても簡潔かつアッサリしてる理由は全て原作のように書いていくと運営さんに粛清される可能性があるからです。そこのところはご理解いただけると嬉しいです。


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第十三楽章 最後の試練

たまに前書きや後書きに追加したり排除をしています()


「やほ~、はじめまして~、皆大好きミレディ・ライセンだよぉ~」

 

凶悪な装備と全身甲冑に身を固めた眼光鋭い巨体ゴーレムからやたらと軽い挨拶をされた。思わず間抜けな声を出してしまう。

 

が、すぐに気を取り直して挨拶をした。

 

「ミレディ・ライセンと言ったな? 俺は紅音也だ。オスカー・オルクスの日記には既にミレディ・ライセンは故人だと記されていたが……それにミレディ・ライセンは人間だったはずだぞ。そんなゴーレムではなく」

「オスカー……オーちゃん? もしかしてオルクス大迷宮の攻略者かな?」

「そうだな。俺たちはクソみてえな神とやらに無理やりこの世界に召喚されたんだ。こっちとしては戦争をする気なんてゼロだから大迷宮を全て攻略して元の世界に帰れる力を手に入れようとしてる」

「なるほどねえ……あのクソ野郎に召喚されたんだね」

「解放者はクソ野郎でくそったれな神を殺そうとしたんだよな……そんな口調になるのもしゃあなしか」

 

心なしか俺の口調も悪くなる。それぐらいに俺たちをこの世界に召喚したクソ野郎な神を恨んでいるのである。身勝手をそのまま文字にしたようなクソ野郎に慈悲はない。

 

「色々話して欲しいことはあるが……まずはお前を倒した方が良いのか? ここに鎮座していたってことは最後の試練なんだろ?」

「察しが良いねぇ~」

「試練だというのに聞きたいことを先に聞き出すのもどうかと思ってな……コウモリモドキ」

ガブリッ! 

「……まずはお前を倒してからだ。その後にゆっくりと話を聞かせて貰うぞ」

「礼儀がなっているねえ……最近の若者でもこんな人がいたんだ」

「減ってるとは思うがな……よし、とりあえずハジメ、シアとユエに雫を連れてあのゴーレム軍団の殲滅を頼む」

「任せろ」

 

ここはライセン大迷宮。ライセン大渓谷よりも遥かに魔法の分解作用が働いているため闇のキバの鎧を装着できるのは15分少々だろう。

 

故に手加減をする必要性はゼロだ。最初から全力でいかなければ俺が死ぬ。

 

なぜか先ほどから宙に浮かんでいる石のブロックの上に飛び乗ってミレディゴーレムを睥睨した。

 

「その鎧は……そっか。君が継承したんだね。なら手加減はいらないね!」

 

天井がガタゴト言い始める。嫌な予感がして思わず天を見上げた。天井からパラパラと破片が落ちくるが……いや、破片だけではない。天井そのものが落下しようとしているのだ。

 

「こいつはっ!?」

「ふふふ、先手必勝だよぉ。騎士以外は同時に複数を操作することは出来ないけど、ただ一斉に〝落とす〟だけなら数百単位でいけるからねぇ~、見事凌いで見せてねぇ~」

「くそ……紋章!」

 

咄嗟にキバの紋章を作り出して落ちてくる天井にぶつける。この空間の天井はレンガのような岩石が規則正しく敷き詰められてるのだが……それが豪雨のように、しかも俺のいる場所限定で降ってくるとしたらとんでもない。

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!! ゴバッ!! 

 

「来た……!」

ウェイクアップ・ザンバット! 

 

片手でザンバットフエッスルをキバットに吹かせる。と、同時にザンバットがまるでとあるオールレンジ兵器のような軌道で天井へと向かった。

 

紋章に落下した岩石の重さに思わず呻き声を上げながらもザンバットを飛ばし続ける。さらに魔皇力を使って〝金剛〟を発動させた。どうやら魔皇力ならば魔力ほど分解されずに済むようだ。

 

「ぐぅおおおお……!」

「あはは。何時まで耐えられるかなぁ?」

 

ミレディの神代魔法は恐らく重力関連だ。そうでなければ今紋章に乗っかっている岩石群がここまで重たい訳がない。

 

何度も何度も岩石を破壊していくが……いくらでも替えはあるのだろう。次から次へと降ってくる。

 

「こんの……野郎!」

 

紋章の展開はそのままにザンバットを消し去る。その拍子に発生する爆発を使って走り出す。そのまま俺はミレディゴーレムの目の前まで縮地で走ってきた。

 

「はは……やるね。あの攻撃を回避するなんて」

「馬鹿にしてもらっては困るんでな」

 

鎧の中から不敵に笑う。後ろから駆け寄ってくるハジメたちを見るに、ティーガーII辺りでも使ってゴーレムを粉砕したのだろう。別に砲塔を使うだけなら魔力も要らないのである。

 

まあハジメならティーガーIIを自力で動かすことぐらい訳もないはずだ。その証拠としてハジメはイクサの状態でティーガーIIを片手で持ち上げて走ってきている。

 

「待たせたな! 行くぞ!」

「ん……〝破断〟!」

 

ユエが鋭い水の刃を飛ばす。その間に俺たちは一気に距離を詰めた。

 

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ:アッ・プ

ウェイクアップ・I! 

 

俺とハジメは同時に跳び上がる。さらにその下を雫とシアが駆け抜けていった。それを確認して俺たちはミレディゴーレムの心臓部に五億ボルトの電圧&魔皇力をたっぷりと乗せたパンチを叩き込んだ。

 

俺の義眼はミレディゴーレムの核が心臓部にあることをバッチリ捉えていた。その旨を念話で伝えた上での攻撃である。

 

「シア!」

「おんどりゃああああ!!!」

 

とはいえ奴の装甲はアザンチウムというクソみたいに硬い鉱石で生成されている。ダブルパンチだけでは威力不足だ。それならば……積み重ねればよろしい。

 

ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ! ドゴンッ! 

 

鬼気迫る表情で大槌を叩き込むシア。さらに雫の剣技によってミレディゴーレムがバランスを崩した。

 

「うわわ! やられっぱなしは癪だか──」

「させるかあ!」

ウェイクアップ・II! 

イ・ク・サ・ハ・ン・マ・ー・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「ハジメ!」

「行くぞ……音也!」

 

ハジメが構えたイクサハンマーの射出部分に飛び乗る。その瞬間に凄まじい騒音を立てながらイクサハンマーの杭が発射された。

 

当然俺の体はもの凄い勢いで加速しながらミレディゴーレムに向かうこととなる。その状態で両足を突き出せばあら不思議。電磁加速した杭によって生み出された加速と本来のウェイクアップ・IIの破壊力がプラスされてえげつない威力になる。

 

「食らええええ!!」

 

ズゴアアアアアアア!!! 

 

先ほどのダブルパンチ。そしてシアの連続攻撃によって多少は凹んでいたミレディゴーレムの装甲に俺の両足がヒットした。

上辺の装甲は難なく貫通。しかしここからが本番である。

 

「うあああああああ……!!」

 

ガリガリガリガリガリガリ! 

 

横スピンを加えてアザンチウムの装甲を削りにかかる。いくらアザンチウムといえども核爆発を余裕で耐えきる鎧のドリルキックを食らって少しずつではあるが傷ついているようである。

 

イ・ク・サ・カ・リ・バ・ー・ラ・イ・ズ:アッ・プ

「しぶとい野郎だ……サッサとあの世へ逝きやがれ……!」

 

白熱化したイクサカリバーを手にしたハジメが突貫してくる。しかしこれだけでは終わらない。

 

「身体能力強化……VI! 早いとこ逝きやがれ! ですぅ!!」

「……邪魔よ。死になさい。 〝迅風の乱〟」

 

シアと雫も背中側からミレディゴーレムの心臓部目がけてそれぞれの攻撃を叩き付ける。が……まだ終わるわけがない。

 

「お願い……燃え尽きて! 〝蒼天の嵐〟!」

 

本来ならば魔法を発動させることさえ難しいライセン大迷宮。そんな中であっても奈落の底の吸血姫には関係ない。外付けタンクのようなアーティファクトに入っている魔力も全て引き出した上での最上級魔法を発動させた。

 

「ぐっ……な、なんて攻撃なのっ」

「これで……終わりだ。ミレディ・ライセン」

 

思いっきりミレディゴーレムの心臓部を蹴り飛ばして空中で宙返り。その間に紋章を使ってティーガーIIを先ほどまで攻撃していたミレディゴーレムの心臓部に銃口をピタリと合わせた。

 

さらに弾薬をチェンジ。硬芯徹甲弾という普通の徹甲弾よりも貫通力の高い弾薬をリロードした。こいつはアザンチウムでコーティングされており、通常の徹甲弾よりも軽いながらも貫徹力は凄まじくなっている。

 

ただし作る手間は通常よりかかるため現在は数発しか所持していない。義眼で正確に心臓部を狙い撃ちしなければならないのである。

 

「存分に食らえ……!」

 

心臓部を再度見つけてティーガーIIのA・Aをコツンとアザンチウムで生成された装甲に置いた。所謂ゼロ距離……というか接射である。この距離ならバリアは張れないな! 

 

俺は内部に乗り込んでもう一度だけ心臓部を確認して……

 

ズドバアアアン!!!! 

 

撃鉄を起こした。

 

訪れる静寂。先ほどの喧しさからすれば不気味なほどの静けさ。

 

俺はティーガーIIから外に出て戦車ごと地面に降り立った。

 

「……あ、はは。素晴らしい……よ。ホント、素晴らしい。君たち、なら……きっと……」

 

ミレディゴーレムの目から光が消える。そして……その巨体を地面に横たえるのだった。

 




どーしてもティーガーIIを使いたかった……だってパイルバンカー代わりに凄まじい貫通力を誇るA・Aを所持してるんだもん。許してください()


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第十四楽章 演技?

コロナ心配ですね…東京では四日連続で陽性反応出た人が200超えたとかなんだとか。手洗いうがい消毒は徹底しないと…。

そういえばいつの間にかユニークアクセスが50000を超えてました。ユニークアクセスが何かサッパリですが…()


もうもうと煙が舞う。俺は仰向けに倒れたミレディゴーレムのことを見つめる。どうやら完全に硬芯徹甲弾が貫通したらしい。見れば奥の壁がそこの見えない穴を開けている。

 

「…………」

 

そして変身を解除。ドッと疲れが押し寄せてくる。どんなに分解されにくいとはいえ……結局分解されてるには変わりない。しかも魔皇力を使うには通常より多くの体力を使うのだ。分解した分まで上乗せして、さらに紋章を連続展開して……正直今すぐ寝たい。

 

が、せめて神代魔法を手にしてから休むつもりだ。そうでないと永遠に起きることが出来ない気がする。

 

「は、は……本当に凄いよ。君たちは……」

「……生きてたのか?」

「そうだよ。とは言っても後数分しか保たないかな。最後の力振り絞って質問に答えようと思ってね」

「そうかい……それなら他の大迷宮の場所を教えてくれないか? 殆どが失伝していて分からないんだよ」

「あぁ、そうなんだ……そっか、迷宮の場所がわからなくなるほど……長い時が経ったんだね……うん、場所……場所はね……」

 

声が弱々しくなってきたミレディから他の大迷宮の場所を教えてもらった。中には驚くような場所にもあったが……今は割愛する。

 

「……以上だよ」

「助かった。まあ……神殺しをするつもりはないが、邪魔するのなら蹴散らすさ」

「そっか……ふふ、面白い人だね。でもそれでいい……君の信じる道をただひたすら突き進めば……それで……」

「…………」

 

なんとなくヴァイオリンを取り出す。口調はうざったかったがせめて送るための曲ぐらいは構わないだろ? 

 

~~♪ ♩♩♪ ♬……

 

「……その曲、とても落ち着くなあ。心が浄化されていく気分だよ……」

 

ミレディ・ゴーレムの体が燐光のような青白い光に包まれる。その光が蛍火の如く、淡い小さな光となって天へと登っていった。死した魂が天へと召されていくようだ。

 

静かで切なげなヴァイオリンの音色も合わさってとても、とても神秘的な光景である。

 

「……さて、時間の……ようだね……君達のこれからが……自由な意志の下に……あらんことを……」

 

オスカーと同じ言葉を残して……ミレディは淡い光となって虚空へと消えていった。

 

同時に俺もヴァイオリンの演奏を終える。ほんの少しだけ……寂しい気分がした。

俺は黙ってミレディゴーレムの残骸を少しだけ見つめ、そのまま奥にあった扉を開けた。

 

扉の奥は通路なっておりトラップは見受けられない。真っ白な壁に囲まれた廊下……といったところだろうか。

 

「音也……大丈夫?」

「雫……いや、大丈夫だ。少しだけしんみりとした気分になっただけさ」

 

構わず歩き続ける。通路の奥にはさらに扉があった。そこを俺は迷わず開けて……。

 

「やっほー、さっきぶり! ミレディちゃんだよ!」

「は?」

「あら?」

「……ん?!」

「ふえ!?」

「……やっぱりか」

「まあ分かってはいたが……それにしてもひん曲がった人間だ」

「あれぇ? あれぇ? テンション低いよぉ! そんな暗いんじゃ幸せが逃げちゃうよぉ!!」

 

……ちっこいミレディゴーレムが俺の目の前に現れたのである。俺は俯いてミレディにボソリと話しかけた。

 

「……さっきのは?」

「さっきの? ああ……もしかして消えちゃうと思った? ざんね~ん! ミレディちゃんはそう簡単には消えないよ☆」

「……まるで魂が天に召されるかのような物を俺は見たが?」

「あれはただの演出! 死にかけの演技も光る物があったでしょお?」

 

なるほど、全て演技だったようだ。先ほどまでのしんみりとした感情に関しては……完全に要らない感情だったらしい。

 

「へえ……なるほどなるほど。あれは全て演技ね。まるで幻想的な演出を見せられたわけだが……ふーん。あの演奏もその辺りに落ちている犬の糞ぐらい価値がないってことか……」

「え、えっと~」

「そうかそうか。俺は価値のない演奏を無駄にしたということかあ……」

レ・ディ・ー

「…………」 カチッ

フィ・ス・ト・オ・ン

「……テヘ、ペロ☆」

「とりあえず殴らせろコラァ!!!」

「ご、ゴメンて! てかこの体は壊れたら本当に不味いの! 謝るから許してぇ!!」

 

流石にキレた。雫たちもなんとなく察したのか苦笑いしながら見つめてくる。それを良いことに俺はミレディをひっ捕まえてアイアンクローしながら持ち上げた。

 

「あだだだだだ!?」

「やりやがったな……人の善意踏みにじりやがって」

「そ、それはゴメンって」

「むしろ俺で良かったな? 雫たちなら間違いなく殺しに来ただろうよ……」

「え、ええ。そうだったの……」

「とりあえず神代魔法を渡しやがれ。早くしろ」

「あの~……言動が完全に悪や『ベキベキベキ』了解であります! すぐに渡すであります! だからストープ!」

 

ジタバタしだしたミレディを見てなんとなく毒気を抜かれた。思いっきり溜め息を付きながらもミレディを下ろす。んで変身を解いた。

 

トコトコとミレディは奥の方にあった魔法陣の元へと走る。それを見て俺たちも魔法陣の元へ向かった。

 

ミレディが魔法陣を起動させたのを確認して魔法陣内に入る。以前のように魔法が脳内に直接刷り込まれていく感覚に俺たちは何ともなく平然としてたが……シアは「うっ」と呻き声を上げた。

 

「こいつは……重力魔法か?」

「そうだよ~ん。ミレディちゃんの神代魔法は重力魔法。天井を落としたのは見たよね? 鍛錬すればあんな感じに自由に重力を操れるよ~」

「ふーむ……なるほどな。説明サンキュー。それと迷宮攻略の証みたいのはあるか?」

「はいはい……これだよ~」

「指輪……ね。次から次へと要求して申し訳ないがアーティファクトや鉱石なんかも譲ってくれるか?」

「そのぐらいなら構わないよ~」

 

宝物庫から色々取り出すミレディ。どうやら解放者は全員が宝物庫を持っているようだ。オスカーが恐らく制作したのだろう。

 

それにしてもやけに協力的である。まあこんぐらいなら支援はしてくれるってことか。

 

「んじゃ……そろそろ行くか?」

「あ、待ちなよ。今外に出ても真っ暗だから私の住処に泊まって行きなさいな~」

 

どうやら泊めてくれるらしい。ならば断る理由は一つも無い……はず。

 

「んじゃあ頼む。飯は俺らで何とかするぜ」

「お、飯か?」

「私たちの出番ですねぇ!」

 

シアが腕まくりする。シアは料理が上手なので雫と組んで俺たちの胃袋管理をしてくれているのである。なお日本料理(モドキ)を食べたければ雫中心であり、異世界料理を食べるのならシア中心である。

 

俺たちはミレディの住処で今日だけはゆっくりと過ごすのだった……。

 

──────────────────

 

オマケ

「君の演奏本当に凄かったよ~」

「煽てても何も出ねえよ」

 

飯を食って疲れ果てた美女~ズを寝かしてから俺とミレディは二人で話に花を咲かせることとなった。ミレディは人と話すのはどうやら数千年ぶりらしい。

 

だからなのか、心底ウキウキしているのがこれっぽっちも隠せていない。

 

「いやいや本心だよ。音楽自体久しぶりに聞いたけど……君ほどの音楽家は見たことないかな」

 

遙か昔のことを思い出しているのか、懐かしそうな物を見る雰囲気となるミレディ。俺はその様子を見て……またなんとなくヴァイオリンを取り出した。

曲は……音也のテーマでいいか。

 

「……懐かしいなあ。ヴァイオリンの音色」

「…………」

「オーちゃんは分かるよね? 彼、音楽を聴くのが好きだったんだよ。私はよく音楽について色々と聞かされた。あの時は適当にあしらってたけど……こうして聴いてみるとオーちゃんの言いたいことも分かる気がするよ」

「…………」

 

オスカー・オルクスは音楽が好きだったらしい。もしも出会えていたのなら……良き友人になれたのだろうか? 

 

そんなことを考えているうちに俺の体から少しずつ魔皇力が零れ出す。特に気にせずに俺は演奏を続けた。

 

「それ……魔皇力だよね。純度の高い魔力だっけ。扱える人間は私も知らないなあ……」

 

♬♬~ ♩♪♪ ……

 

「あ、あれ?」

「…………」

「あれ、あれれ? なんでミレディちゃんの体は光っているんだ? てかヴァイオリンから鎖のような物が巻き付いてるけど何これ? ねえねえ」

 

構わず続ける。別にこの曲に殺傷力はなかったはずだ。物の修復に多少使えたような気はするが……それ以外には特に何もないはず。

 

「あ、あれえ~? なんか活力がみなぎってくるような……というかゴーレムちゃんな感覚じゃなくて人間的な感覚を感じるよ~?」

「……うるせえな。演奏ぐらい静かにやらせって何だそれ」

「私が知りたいよ! てかこの鎖解けないんだけど! しかもゴーレムの体が崩壊してるしてきてるし!」

「は、はあ? さっきの曲は多少の修復機能以外は何も……」

 

カッ! 

 

「「!?」」

 

純白の光が迸る。俺は思わず目を瞑った。そのぐらいに……明るい。眩しい! 

 

やがてその光が収まったので俺は目をゆっくりと開いた。

 

「……は?」

「え?」

「どちら様?」

「失礼だなあ~君は。ミレディちゃんに決まってるじゃないの」

「え、ミレディ? あのミレディ・ライセン? 何で人間の姿してんの?」

「へ? は?」

 

俺の目の前に映っているのは……金髪蒼眼の美少女であった。思わず目を見開く。見間違いではなく……確かに人間が目の前に立っているのだ。

 

「う、うそおおおおおおお!?」

 

……ミレディの悲鳴のような、喜びのような声が住処に響き渡るのだった。

 




はい、ミレディが人間に戻りました()
とはいってもここから役割が大幅に変わるわけではないんですけどね…一時期オスカーとの恋愛も混ぜようかと迷ってましたがキャラ多すぎて書き切れる気がしないので諦めました()


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第十五楽章 覚悟は決まったか?

ちょっと今回は雑かもです…申し訳ない。


「おはよ……誰!?」

「音也……浮気?」

「そ、そんなこと音也さんがするわけないですよ! 音也さんはお二人に惚れまくってますから!!」

「なんだ朝からうるせえ……って誰だよそいつ」

「む? お前は……」

「もう、みんな酷いよぉ!」

 

……なんでこうなったのかはすぐ分かるだろう。原理は不明なのだが魔皇力を使った演奏をしたらミレディがゴーレムから人間の姿に戻ったのである。

 

ミレディの推測は元々修復機能が付いていた曲を魔皇力で弾いたら偶然時の巻き戻しが発動したとかなんだとか。あくまで推測の域を出ないらしいけど。

 

ミレディの推測が正しいと仮定すると、俺の弾く「音也のテーマ」には元から少しの時戻し機能があったということだ。

 

んで魔皇力は思ってた数十倍は魔力よりも強力な効果をもたらすと。

 

「お前ら落ち着け。こいつはミレディ・ライセン

だ」

「え、ミレディ? あのちっこいゴーレムじゃなくて? この美少女が?」

「雫、それはちが……くないか。まああれだ。ゴーレムになる前の姿が今目の前にいる金髪ちゃんってことさ」

「な、なるほど……」

「まあ人間に戻ったとはいえ私はここにいるよぉ。ここを離れるわけにもいかないからねぇ」

「ま、そうだろうな。それは分かってるさ」

「迷宮攻略、頑張ってね。直接手伝えるわけではないけど……せめて私の神代魔法が役に立つと嬉しいかな」

「きっと役に立てるさ……無駄になる能力なんて一つもない」

「ふふ……そっか。そうだよね! ミレディちゃんの能力が役に立たないわけないよね!」

 

人間の姿に戻ったことで以前にも増してうざったくなるミレディ。しかし……見え隠れする深い感情を俺は感じ取っているのでただ、微笑で返すに留まった。

 

「それじゃ、しばらくのお別れだねぇ。ここから直接地上に戻すから準備しなされ~」

「準備?」

「ウォータースライダー方式でここから出すよぉ。ほらほら、準備して!」

「お、おう。みんな荷物は……宝物庫だよな」

「……音也。怖いからおんぶして」

「あ、ユエずるい……音也、私の手を握っててくれるかしら? 私も怖いの」

「お、お前らなあ……」

「ハジメさん、私も……」

「うるせえベタつくな残念ウサギ」

「酷い!?」

「……なんかムカつくからもう追い出すねぇ」

 

天井からぶら下がっていた紐を掴みグイっと下に引っ張るミレディ。途端にガコンッ! と何か音がした。

 

そして次の瞬間には地面の一部に穴が開き、そこへ濁流が流れ出す。あっという間にウォータースライダーの完成だ。

 

「ほれ、行きなさいな!」

「うお!? てめ、重力操作で突き落とすんじゃカハッ」

「ふがっ……やっぱりウザい人はウザかった」

「許さない……音也を傷つけて、ゆるさゴボッ」

 

横の重力操作からの縦の重力操作でウォータースライダーに叩き落とされた。後からハジメやキバットにシアも叩き落とされたようだ。

 

前言撤回。ミレディはとりあえずウザい。確定。

 

ウォータースライダーと言ってもそれは滑り出しだけだ。後はまるで地下トンネル内を泳いでいくような形になる。まあ凄まじい勢いで水が流れてるのでこのままでも何れは外に出られるだろう。

 

しかし息を吸う間もなく水中に突入したので念の為イクサに変身。スーツを身につけて雫とユエを抱えるついでに魔皇力で膜を作ってイクサナックルで衝撃波を飛ばし……無理やり空気の膜のような物体を作り出す。

 

そのまま流されること数分。ようやく穴の出口に辿り着いた。ポーンと噴水のような場所から射出される。

 

「どわっ……射出とは驚いた」

「お、音也? なぜ私はお姫さま抱っこを?」

「……私はおんぶ。イクサの状態でも音也は温かい」

「深い理由はないぞ? 気がついたらこうなってた」

 

なんだかんだ100mは吹っ飛ばされた。とはいえあっという間に地面に到着である。ストンッと衝撃を感じさせない着地をして俺は雫とユエを地面に下ろした。

 

続いてハジメもシアのことを……小脇に抱えながら飛び出してきた。若干シアが涙目なのは仕方ないことだろう。

 

「やれやれ……ミレディの野郎、やっぱりウザかったな」

「は、ハジメさ~ん。私も雫さんのようにお姫さま抱っこしてほしかったですぅ」

「うるせえ調子乗るな。俺には心に決めた奴が居ると言っただろうが」

 

なんだかんだ仲の良い二人である。が、俺は一つ気になってることがあるのでキバットを呼び寄せた。

 

「コウモリモドキ」

「なんだ?」

「……キバの鎧を身に纏った後に飯を食べると味が薄く感じるんだ。それに最近なぜか貧血気味でな」

「……なんだと?」

「いや、味は感じるんだがな。以前よりも薄味に感じるんだ。雫とシアが調味料を変えることはないから不思議に思っていてな」

「そうか……だが俺には分からないぞ?」

「マジかよ……ま、仕方ないか」

「また異常があれば言え。原因究明調査をしよう」

「頼んだ。すぐに死ぬってことはなさそうだが何せ気になったんでね」

 

最近雫のうなじに妙に噛み付きたいと思う欲求は何なのかがサッパリなので聞いてみたが……うーん、ダメか。

 

俺は一人悶々とこの気持ちはなんなのか思考を巡らせるのだった。

 

────────────────

「「「ユエちゃん俺の彼女になってくれ!」」」

「「「シアちゃん俺の奴隷になれ!」」」

「「「雫さん私たちを妹に!」」」

「なあにこれぇ……」

 

ここはブルック。俺たちはあの後真っ直ぐブルックの町に戻ってきたのだが……戻って早々これである。これは酷い。

 

話を聞くと……俺たちがライセン大迷宮に出発する前に雫たちを買い物に行かせたのだがその時にロックオンされたそうな。買い物の時はスルーしてたらしいが今回はぶちのめして良いか? と念話で聞いてくる美女~ズ。

 

(俺がやるから良いよ。落ち着け)

(でも……)

(一撃で黙らせられるから安心しな)

(……ホント?)

(任せな)

「お姉さまに寄生する害虫が! 玉取ったらぁああ──!!」

「行くぞ! あの男からユエちゃんと雫ちゃんを奪い取るんだ!」

「死ねええええ!!!」

「ハジメ、半分は任せる」

「股間潰しで良いか?」

「もちろん。徹底的にやれ」

 

宝物庫からとある戦車を取り出しながら了承する。そして突撃してきた少女の腹に主砲を突き立てた。

 

「ぐえっ」と呻き声を上げる少女の顔面に主砲合わせて……。

 

パシュン! 

 

発射した。ちなみに主砲から飛び出したのはありとあらゆる香辛料をミックスした弾丸だ。炸裂の瞬間に爆発するので命中した相手は凄まじい目の痛みとくしゃみに悩まされることになる。大丈夫。殺傷力は一切ない。

 

なお俺が取り出した戦車は九七式中戦車チハである。ハジメがティーガーIIを作り出す過程で生まれたらしい。撃鉄は魔力でも起こせるので結構便利だったりする。遠隔でも発射可能だからな。

 

「はっくしゅん! お、おまえだけはゆるさはっくしゅん!!」

「効果抜群だな。さて……次は誰かな?」

 

ゴゴゴと砲塔を回して主砲をピタリと飛び出そうとしていた人たちに向けた。よく日本では小さくて可愛いと評判だが本来は人に牙を向ける鉄の塊だ。物一つ言わずに主砲を向けられれば当然恐怖が襲ってくる。

 

「ぐっ……怯むな! 敵はたった二人だぞ!」

「お、敵意を見せたな。覚悟は決まったか?」

 

風が吹いて義眼が露わになる。その状態でニコォと凶悪犯のような笑みを作ればキングスマイルの完成だ。ズザッと後退りした身の程知らずたちに俺はゆっくり近づいていく。ちなみに後ろではドパンッ! という発砲音と「アッー!」という断末魔の声が聞こえて来る。ハジメは有言実行で身の程知らずの男の象徴を撃ち抜いているらしい。

 

なおここまでの惨状を黙って、しかもハイライトオフの瞳で見つめている雫たち美女〜ズとキバットも中々にイカれていると思うが。

 

「さあて……お祈りは済ませたか? 人の女に手を出すとどうなるか徹底的に教えてやるぜ……」

 

俺は見る人が卒倒するレベルの威圧感を出しながら一歩ずつ身の程知らずたちに近づいていくのだった……。

 




とりあえずライセン大迷宮はここまでになります。あと一話クラスメイトsideを追加した後に次の章へ移りますのでよろしくお願いします。

こんな駄文でも見てくれている人がいて嬉しい限りです…本当にありがとうございます。


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クラスメイトside4 それぞれの思い

書いてて勇者(笑)にイラついてきた()
リアルでこんな人がいたら男子にはものすっっごく嫌われそうですよね()


「なんでだ……くそ!」

「こ、光輝くん……落ち着いてよ」

「落ち着いてられるかよ! 雫も死んだんだぞ! あの紅のせいで洗脳されて……!」

 

……時は音也たちがミレディと激闘を繰り広げている辺りまで巻き戻る。

 

 雫という精神的支柱を失ったクラスメイトたちは動揺と混乱に包まれていた。

 

特に動揺が大きかったのは光輝だ。彼はお得意の自己解釈で音也が雫を洗脳したから彼女は死んだとばかり思い込んでおり、なおかつ日本に居た頃は雫に依存していたので尚更動揺と混乱が大きかったのである。

 

さらに言えば彼のストッパーが一人減ってしまったので前にも増して自分勝手な言葉が飛び出るようになった。

 

次に動揺が大きかったのは香織だ。彼女はこれまで頼り切りだったのを反省して自分が支えようとした矢先に雫が自殺未遂を起こしたのだ。動揺するだろうし混乱もするだろう。

 

しかし彼女に関してはハジメへの思いと雫への思いが大きかったからか、光輝のようにはならずに以前にも増して訓練に勤しむようになった。

 

なおこの時点で音也と雫は絆を確固たる物にしておりさらにはユエという女も増えて毎日がてんやわんやしていることを知ったら……卒倒するに違いない。

 

「光輝……いい加減に現実を見ようぜ。雫が死んでしまったのも受け入れなきゃだろ?」

「龍太郎……くそ、紅の奴……」

 

 微塵も自分のせいだとは思っていない勇者。ある程度乙女心を分かっている香織たち女子の面構えは微妙である。

 

 とはいえ、だ。雫が半ば洗脳に近い形で音也に依存していたのも否定しきれない。音也が優しくしなければ雫は自殺未遂をしなかったかもしれない可能性も拭えないのが難しい所なのである。

 

 一応音也のためにフォローしておくと、彼は下心など一つも持っていない。ただ純粋に雫の心が奏でる音楽が悲愴感溢れる物にならないように守ろうとしているだけだ。

 

決して手中に納めようとして優しくしたわけでない。彼はあくまでも人の心が奏でる音楽を守りたいのであり、本来は特別な感情すらなかったのだ。

 

しかしその態度がかえって雫の豹変の促進になってしまったことを深く反省しており、音也は雫の全てを受け止めることした。ただそれだけのことなのである。

 

「光輝くん、聞いて」

「なんだ香織。悪いけど今は……」

「雫ちゃんは死んでないよ。絶対に。音也くんやハジメくんだって生きている」

「……なにを根拠に」

「そもそも雫ちゃんが奈落の底へ落ちたのは音也くんに会いたかったからだよ。それ以外有り得ない。その音也くんも簡単に死ぬような人ではないと思う」

「まだそんな戯れ言を言ってるのか。香織も見ただろ? どう考えてもあの奈落へ落ちたら助かるわけがない。ましてや無能の紅や南雲なら死ぬのは至極当然だ。あの時紅は体力切れだったし南雲もどういうわけか……」

「あの日」

「え?」

「私たちが全滅しかけた日に、ベヒモスをたった二人で抑えて私たちが逃げる道を作ってくれたのは誰だった? その人たちのことを無能と言える?」

「あれは皆で力を合わせたから逃げられたんじゃないか。彼らだけの功績な訳ないだろ? それにあいつらは真面目に訓練してなかったしこの世界を救おうともしなかった。ある意味自業自得じゃないか?」

「……もういいよ。何を言っても届かないんだね、光輝くんには」

 

それだけ言うと、香織は訓練場に戻ってしまった。その目から涙が流れていたことを知る者は誰一人としていない……。

 

────────────────

 

 一方その頃。人影のない場所にて。

 

「ふふ……どうやら香織は心が不安定らしいね」

 

怪しそうな笑みを浮かべる中村恵里。普段は大人しくいかにも図書委員で大和撫子! な彼女だが……裏にはとんでもない顔を隠していた。

 

そう、彼女はとんでもないヤンデレだったのだ。彼女は光輝に重たい愛情を持っていた。しかし光輝は一応人気者だ。普段は大人しい恵里が近寄る隙なんぞ見当たらなかった。

 

だから彼女は、この異世界で手に入れた心を操る術で光輝を手に入れてしまおうと考えたのだ。勿論障害となる人物は全て消した上で、だ。

 

その計画を進めるために、まず彼女は音也とハジメが奈落の底へ落ちる原因を作った檜山を手中に納めた。

 

なに、簡単なことである。彼女は偶然にも檜山がハジメを狙って火球を撃ったのを見たのでそのことを種に勧誘したのだ。自分を手伝えば白崎香織のことが何れ手に入る、と。逆に手伝わないのならば檜山がハジメを殺したことをバラすと。

 

檜山は一も二もなく従った。彼も香織のことが欲しかったのだ。従う以外に道はなかった。

 

そしてさらに恵里はもう一人勧誘した。その名も近藤礼一。彼は雫が欲しかったのだ。今は死んだと思われているが……恵里からこんなことを言われたのである。

 

「僕には魂が見える。だから雫が落ちた後に魂を見てみたんだ。するとね……居たんだよ。まだ八重樫雫は生きてるんだよ」

 

と。まるで霊を使った詐欺商法みたいだが間違ってはいないのでセーフであろう。

 

何はともあれ近藤も恵里に従うこととなった。欲望には勝てなかったのだ……。

 

「中村」

「なんだい檜山」

「邪魔者ってのは……いつ消すんだ?」

「うん? まさか君は一人ずつ殺すとでも思ってるの? バカだなぁ」

「ならどうやって……」

「簡単だよ。魔人族と協力関係を作れば良いのさ。現に僕は結構強力な魔人と協力関係を結んだからね」

「なんて抜け目のない……」

「焦っても意味ないよ。確実に邪魔者を排除できる時を待つんだ……いいね?」

「……了解した」

「ふふふふ……早いとこ光輝くんに纏わり付くウジ虫どもを抹殺したいなあ……うふふふ」

 

……焦点の定まらない瞳。狂ったような笑い声。知る人は殆どいない恵里の本性はあまりにおぞましく、到底受け止めきれるような物ではなかった。

 

その毒牙はゆっくりと、しかし確実に標的に向かいつつあった。

 

それぞれの思いを胸に、今日もクラスメイトたちは訓練に勤しむのだった。

 




次回からは新章へ突入します。しばらく音也の心に負担がかかる出来事が増えそう()


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第三章 再開の迷宮編
第一楽章 依頼


今回は少々短めです。ちなみに本日二話目の理由は……出せる時に出しとけ理論でございます()


「いらっしゃい……おや、あんたは?」

「音也だ。初めましてだが……ハジメや雫たちが世話になったな」

 

現在俺は冒険者ギルドにいる。理由は今日出発するからであり、折角だから依頼を受けるついでに世話になったというカウンターのおばちゃんに挨拶しに来たのだ。

 

「とりあえずは冒険者の登録を頼めるか? ハジメと雫は既に登録したらしいからな」

「任せておいて。料金千ルタ頂くよ」

 

おばちゃんに隠蔽工作したステータスプレートを渡す。ものの数分でおばちゃんは戻ってきて俺のプレートを手渡してくれた。

 

「男なら頑張って黒を目指しなよ? あのお嬢ちゃんたちに格好悪いところを見せたダメだからね」

「分かってるさ。あ、それと護衛の依頼を受けたいんだが……フューレン方面に向かうやつで何かあるかい?」

「う~ん、おや。ちょうどいいのがあるよ。商隊の護衛依頼だね。ちょうど空きが後一人分あるよ……どうだい? 受けるかい?」

「連れはオーケーなのかい?」

「あんたらはとんでもない実力者じゃないか。一人分の料金で大勢の強力な助っ人を手にすることが出来るんだ。きっと許容してくれるさ」

「んじゃ、受けるとしよう。それにしてもとんでもない実力者って……」

「間違いではないだろ? ウチの騒がしい連中が世話になったみたいだしね」

「あいつら目が血走ってて怖いんだよな。あんだけ血気盛んだと近づけるのが怖い」

「その仕打ちが股間スマッシュか決闘スマッシュかい? 容赦ないねえ……」

「愛する人を守るためだ。死なせなかっただけマシだと思って頂きたいね」

「ま、それもそうね。愛する人のためにあそこまで強くなれるのは良いことだと思うよ。ただ、あまりやり過ぎないことだね」

「前向きに検討するさ」

 

ニヤリと笑う。それにおばちゃんも苦笑で返してくれた。そして何かを取り出して手渡してきた。

 

「これは?」

「あんたたち、色々厄介なもの抱えてそうだからね。町の連中が迷惑かけた詫びのようなものだよ。他の町でギルドと揉めた時は、その手紙をお偉いさんに見せな。少しは役に立つかもしれないからね」

「手紙一つで役に……? あんた何者だよ」

「おや、あまり女性のことを詮索するもんじゃないよ。痛い目に遭いたくなければね」

「やれやれ……ま、しゃあないな。良い女に秘密は付き物、だろ?」

「よく分かってるじゃないか。これならあの娘たちを泣かせることもなさそうだ」

 

優しい顔つきになったおばちゃん。信頼を勝ち取ることが出来たらしい。世渡り上手ってのは本当に便利だ。

 

その後俺たちはギルドを後にして宿に戻った。最後の晩ということで豪勢な食事が出され、まるでパーティーのような晩飯を味わった俺たちは疲れ果ててすぐに寝込み、明日に備えるのだった。

 

────────────────

 

翌日早朝。ブルックの町の正門に集まった商隊の元へ俺たちは向かった。どうやら俺たちが最後に到着した冒険者らしく、既に十四人の冒険者がスタンバイしていた。

 

途端にザワザワしだす冒険者たちをスルーしてリーダーらしき人に話しかける。

 

「君たちが最後の護衛かね?」

「ああ。ほれ、依頼書」

「ふむ……了解した。私はモットー・ユンケル。この商隊のリーダーをしている。道中の護衛には期待しているよ」

「期待されたからには裏切らないさ。任せてくれ」

 

ニヤッと笑いかけて雫たちの元へ戻る。当然視線は美女~ズたちに向けられるわけで……。

 

「おいおい……なんだ、あの美女軍団は」

「ヤベえ……好みしかいねえよ」

「てか男の方も中々にイケメンじゃね? あれじゃ敵わねえよ」

「あ、あいつってこの前突然現れて素晴らしい演奏をした男とその演奏に合わせて素晴らしい歌声を披露した女じゃないか?」

「「「マジだ!」」」

「いや待てよ? そこの男は確か股間スマッシャーと決闘スマッシャーの異名を持っていなかったか?」

「その通りだ。俺の女と親友の女に手を出そうと言うのならばあの世行きへの速達馬になってや

る。そのぐらいの覚悟をしとけよ?」

「「「「は、はい」」」」

 

凄まじい威圧感と共に笑顔を向けるキングスマイル。当然のごとく調子に乗った冒険者たちは後ずさりをしながら頭を下げてきた。

 

「やれやれ……出発までゆっくりしてるか」

「ん……背中」

「すっかり定位置よね。私は隣に……」

「ハジメさ~ん……」

「……しゃあねえ。来い」

 

ぴょんっとウサギのような動作でハジメに抱きついたシア。その様子は恋人というよりも年の離れた兄妹に見える。

 

嫉妬を通り越して微笑ましい物を見た! という冒険者たちの様子に苦笑いしつつ、俺は雫とユエの髪を軽く撫でてやるのだった。

 




数ヶ月に渡って胃が痛いのはどんな理由があるのやら……()


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第二楽章 癒し

癒やしが欲しい()


ブルックの町からフューレンまでは大体徒歩で六日だ。フューレンは中立商業都市でありさらにその奥には【グリューエン大砂漠】が存在する。そこには【グリューエン大火山】という大迷宮が存在する火山があるのだ。

 

俺たちの目的は大火山に行くことだがその前にこの世界の商業都市に行ってみようと思ったのである。なお、【グリューエン大火山】の次は、大砂漠を超えた更に西にある海底に沈む大迷宮【メルジーネ海底遺跡】が目的地だ。

 

さて、護衛開始から既に五日が経過したがここまで非常に穏やかな旅路である。と、いうのもここまで魔物が一切襲撃してきてないからだ。何時もなら多くて二十ほどの魔物が襲撃することはあるらしいが今回はまだない。

 

が……そう簡単に行くもんではなかった。

 

「……ん?」

「音也?」

「……シア、ウサ耳に何か引っかからないか」

「音也さん……はい、確かに。まだ遠いですけどね」

「なあ隊長さんよ。この先魔物が襲撃してくるぞ。数は……百ぐらいか」

「はあ?! 百……だと!? 最近襲われた話を聞かなかったのは勢力を溜め込んでいたからなのか? ったく、街道の異変くらい調査しとけよ!」

「そう慌てるな。俺がやるさ」

「へ?」

「コウモリモドキ、力を貸せ」

「良かろう」

 

とはいえたかが魔物。いくら数が集まろうと問題ではない。キバの鎧さえあれば魔物程度速攻でひねり潰してやれる。

 

ガブリッ!

「……雫たちは念の為ここに待機してくれ。大丈夫だとは思うがな」

「分かったわ。早いとこ頼むわね」

「おうよ……変身」

 

なんの気兼ねなく変身。ザワザワしている冒険者や商隊をサクサクッとスルーして俺は紋章を作り出した。

 

さらに作り出した紋章に重力魔法を付与する。言うならば〝絶禍〟だろう。こいつは虚空にミニブラックホールを作り出す魔法だ。そいつを紋章に付与すればあら不思議。安直なネーミングだが紋章ブラックホールの完成である。

 

俺は指をパチンッと鳴らして紋章ブラックホールをまだ遠くにいる魔物たちに向かって飛ばした。その辺の車よりも速い速度で移動していく他、凄まじい引き寄せの重力が発生してるので逃げることなど許すわけがない。あまりに凄まじくて周りの木々や生き物まで吸い込まれてしまっている。

 

効率は……うん、残念ながらかなり悪い。紋章から半径数メートルの範囲しか引き寄せの重力が発生していないようだ。

 

「グギイ!?」

「ギャッ!?」

「ギギギ……!」

「さあどうなるかな……使うのは初めてだが多分これで殲滅してくれる」

 

と、言ってはみたもの保険は掛けとくに過ぎない。

 

ウェイクアップ・ザンバット!

 

故に空中に浮かび上がって無数のザンバットを出現させた。もちろん辺りは紅い月の夜闇に包まれる。突然の暗転に冒険者たちのテンションは振り切れた。ある人は「あ、夢か」とボヤき「俺、フューレーンに着いたら結婚するんだ」と盛大な死亡フラグを建てる者もいる。中々に酷い有様だが今はスルーである。

 

俺は指をクイッと魔物の方向を指し示してザンバットを飛来させた。ザンバットたちの役割は紋章へ魔物を押し出すことだ。あるザンバットは魔物をすっ転ばせまたあるザンバットは刃ではなく持ち手の部分でゲシッと一押ししたり……。

 

結果としてものの数分で総勢百の魔物が片付いた。重力魔法の有効範囲がとても短いので鍛錬必須ではあるが……直接ぶつけに行く分には及第点であろう。紋章の拘束力を単純に上げるためだけに簡単な重力魔法を付与するのも有りかもしれない。それなら紋章サンドイッチも強化できそうだ。

 

「ふう……」

 

変身を解く。思ってた以上に重力魔法は体力を使う。魔皇力を使用しているので魔力で発動させるよりは消耗が少ないのだがそれでも疲れる。それを見越していたのか、雫が馬車に座り込んだ俺の隣に寄ってきた。

 

言葉は発さない。ただ優しく微笑んでくるだけだ。だがそれがいい。彼女は全てを分かってくれている……。

 

俺は彼女の掌に自分の手を置いた。彼女は俺の手を優しく包んでくれる。

 

「雫……」

「お疲れ様。ゆっくり休んでね?」

 

周囲から嫉妬と羨望の視線が飛んでくる。主に男から。女はそんな男たちに冷たい視線を飛ばしている。しかし先制攻撃としてユエたちが男たちの目の前に立った。

 

「……ダメ」

「邪魔でもしてみろ。俺がお前らの息の根を止めてやる」

「「「「ハイ」」」」

「恋する乙女を邪魔するのは良くないですよぉ。暴走なんかさせたらそれこそあの世行きですからねぇ」

 

ユエとハジメの冷たい言葉にシアの宥めるような言葉。冒険者たちは一瞬で黙らされた。

 

そんな三人に感謝しつつ、俺は雫の髪を撫でる。雫は目を閉じて身を委ねてくる。念話でとりあえず出発するように伝えて前にも増してイチャイチャする。

 

「音也ぁ……もっとぉ……」

「はいよ」

「んぅ……」

 

まるで小動物のような雫に癒される。俺の知る女の子の中でも一番乙女なのは雫だ。甘えたくもなるだろう。仮に疲れてると分かっても甘えたいんだろう。こうしてしまったのは俺の責任だ。それに疲れていてもこんなに可愛い姿を見せられたら嫌でも癒されるさ。甘えられる事に怒るつもりなんて毛頭ない。

 

俺は目尻を下げ、雫の頭を軽く抱き寄せるのだった……。

 




仕事の空き時間に書くこともあるので支離滅裂なことがたまにありますがよろしくお願いします()


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第三楽章 許容範囲

前回登場した紋章ブラックホールですが…あれはウルトラマンダイナミラクルタイプの当たったら確殺技を参考にしてます。
よくよく考えてみると神代魔法ってチート技ばかりですよね()


存分にイチャコラした俺はその後回復したので護衛に戻った。少しの間とはいえ護衛から外れた事を謝ると全力でご機嫌取りされたのは何故なのだろうか。解せぬ。

 

兎に角俺たちはその後特に襲撃されることもなく商業都市フューレンに辿り着いた。謝礼金を受け取り観光地区として人気のある道を俺たちは歩く。

 

「ほう……流石に活気があるな」

「コウモリモドキは商業都市には行かなかったのか?」

「よく考えてみろ。俺は王族の側近だ。外に出ることなど遠征以外は殆どない」

「マジか……お前の話は聞けば聞くほど面白いし興味深いぜ」

 

肩に乗っかったキバットの話を聞きながら都市を見渡す。道という道に店が展開しておりブルックの町とは比にならない賑やかさである。

 

見れば美女~ズも、特にユエとシアは興味深そうに辺りをキョロキョロ見渡していた。ちなみにその度に視線が合った人間はもれなく鼻血を吹き出して倒れている。最早歩く天災か。

 

「お、あれはカフェじゃないか?」

「あら、本当ね。日本にあるムーンバックスとそっくりだわ」

「あの小洒落たカフェか……あそこのコーヒーは美味いんだよな」

「私はいつも彼処でココアを飲んでたわ。普段は緑茶だからたまには甘い物が飲みたくてね」

「お前らしいな」

 

談笑しながらカフェ……のあるギルドに近づく。ついでにその道中で小耳にはさんだ「案内人」という役職の者を雇った。どうもこの都市は広くて案内人なしではマトモに動けないとかなんだとか。それなので案内人の需要は高く、かなり社会的地位のある職業らしい。

 

俺は「リシー」と名乗った女性の案内人にお金を払ってカフェに入った。

 

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか?」

「ブラックコーヒーが一つにココアを二つ。あとスイカジュースを頼む。ハジメとシアは?」

「アイスティーと山菜ブレンド? って奴を頼む」

「かしこまりました」

「なんだ山菜ブレンドって」

「知らねえよ」

「えっと……とりあえず宿をお探しでしたよね?」

「おう。個人的には飯が美味くて、風呂があれば文句はないかな。あとは……警備が厳重なのが好ましい。なんせ連れが目立つからさ」

「ああ……確かにそうですわね。お客様のご要望もごもっともですわ」

「特に立地は気にしてないからそこんとこはよろしくな」

「分かりました……お嬢さん方は何かご要望はありまして?」

「そうね……私は風呂があれば良いかしら」

「……私も。ただし混浴付き」

「えっと、二人か三人で眠れるベッドがあると嬉しいですぅ」

 

さり気なく落とされた爆弾はスルー。少し顔を赤らめたリシーに謝罪して気を見計らったかのように届けられたコーヒーに口を付けた。

 

「うん……美味い。ここは当たりだったな」

 

劇中の音也もコーヒーを飲んでたので俺も自然と飲めるようになった。今ではある程度コーヒーのことを語れる。個人的に好きなのはキリマンジャロコーヒーだ。

 

と、その時である。

 

「……ん?」

「……気持ち悪いわね」

「……ん」

「ひっ……」

 

不意に粘ついていて不潔な視線を感じた。いや、カフェに入ったときから男からの視線は凄かったが……これは気持ち悪すぎる。

 

チラリと視線がした方向を見れば……そこにはブタがいた。体重が軽く百キロは超えていそうな肥えた体に、脂ぎった顔、豚鼻と頭部にちょこんと乗っているベットリした金髪。身なりだけは良いようで、遠目にもわかるいい服を着ている。

 

「ハジメ」

「おう」

 

俺はナックルを、ハジメはドンナーを静かに取り出す。そして雫たちに目配せして手を出さないように伝えた。

 

それを知らないブタ野郎はノシノシと俺たちの方へ向かってきた。営業スマイル全開であったリシーでさえも「げっ!」と情けない声を上げるぐらいには気持ち悪い。

 

まずブタ野郎はシアのことを見た。そして次にはユエのことを見て最後には雫のことをジロジロ。しかし雫が日本刀をチラつかせたのを見て即座に視線をシアとユエにロックオンした。

 

「お、おい、ガキ共。ひゃ、百万ルタずつやる。この兎を、わ、渡せ。それとそっちの金髪はわ、私の妾にしてやる。い、一緒に来い」

 

何とも一方的で傲慢な要求だ。当然聞くつもりはない。

 

ブタ野郎の脳内では既にシアとユエは自分の物になってるらしく、二人に手を伸ばし始めたので……。

 

ズパアン!! 

 

「ひっ!?」

 

……天井に向けて衝撃波を飛ばした。とはいえ天井を壊すのは不味いので発射してすぐに魔法の壁で衝撃波を吸収しているが。

 

そして俺は立ち上がり、後ずさりしたブタ野郎に向けて威圧をぶつける。さらに前髪を払って隠れている義眼を見せる。

 

蒼白く光る義眼。そして豪雨のごとく降り注ぐ凄絶な殺意。あくまで動かない表情。ブタ野郎はその場にへたり込んで股間を濡らし始めた。

 

「……場所を変えるぞ」

 

最後にもう一睨みして俺は全員を引き連れてカフェを後にしようとした。ちなみに嫉妬と羨望の視線を送ってきた男共にも威圧をぶつけている。これはあくまでも「手を出すなよ?」という意思表示だ。

 

しかし店を出ようとした刹那、目の前をブタ野郎とは別の意味で肉に包まれた男に行く手を阻まれた。全身筋肉の塊で腰に長剣を差しており、歴戦の戦士といった風貌だ。

 

「そ、そうだ、レガニド! そのクソガキを殺せ! わ、私を殺そうとしたのだ! 嬲り殺せぇ!」

「坊ちゃん、流石に殺すのはヤバイですぜ。半殺し位にしときましょうや」

「やれぇ! い、いいからやれぇ! お、女は、傷つけるな! 私のだぁ!」

「了解ですぜ。報酬は弾んで下さいよ」

「い、いくらでもやる! さっさとやれぇ!」

 

殺意を見せやがった。それならこいつの運命は決まりである。俺はゆっくりと振り返るとレガニドと呼ばれた男の方向を感情の宿らない瞳で見つめた。

 

「坊主、悪く思うなよ」

 

振りかぶって放たれた男の渾身のストレートが俺の顔面にめり込んだ。別に痛くはないがあくまでも先制を食らったようなフリをする。

 

「…………」

「俺の金のために半殺しになってもらうぜ。お嬢ちゃんたちの方は……諦めるんだな」

「諦める? へえ……そうかそうか」

 

傷一つ付いていない顔を持ち上げる。その様子に男は訝しがっているが……気のせいだと割り切ったのか、再びストレートを繰り出してきた。

 

「変身」

フィ・ス・ト・オ・ン

 

バシッ! 

 

「んな!?」

「大したことねえなあ……」

 

軽く拳を受け止める。その拳をギリギリと握り潰して空いた反対側の拳で裏拳を食らわせた。

 

ズバンッ! 

 

「ぐあ!?」

「さあ……かかってくるんだ。俺の女たちと親友の女を奪おうとした罪は深いぜ?」

 

その間にも俺はハジメに指示を飛ばす。

 

(ハジメ、ブタ野郎の捕獲)

(あいよ)

 

すぐに行動を開始したハジメが豚野郎に一撃入れてから錬成を始めたのを尻目に、俺は再度、倒れ伏した男を見やる。

 

「さて、今日は素晴らしい日だなブタ野郎。鳥はさえずり、野花は歌っている。こんな日にお前のような欲望の塊は……死んじまえば良いのさ」

 

某骨のセリフを吐いてブタ野郎に近づくハジメ。すっかりお馴染みとなった指クイクイの挑発をする俺。

 

これはそれぞれの女を守るための戦いだ

 

「この野郎……!」

 

ブンッ! ブンッ! 

 

「おっと……そんな逆上して良いのか? 動きが単調だなあ」

「くそ! 何で当たらねえんだ……!」

「お前が弱いからさ」

 

突き出してきた右腕にナックルを直接ぶつける。その途端、男の右腕はベキッ! と嫌な音を立てておかしな方向に捻じ曲がってしまった。

 

「今楽にしてやる」

イ・ク・サ・ハ・ン・マ・ー・ラ・イ・ズ・アッ・プ

 

ナックルをベルトに戻してハンマーを取り出した。蒼い雷がバチバチとイクサハンマーの先端を迸っている。

 

右腕を粉砕されて蹲った男の首根っこを俺は左手で掴んで持ち上げる。男は何とか逃れようと抵抗しているがその程度では召喚前のイクサにすら抵抗不可能だ。

 

ギュルアアアアア……

ズドバアアアアアアアアアアン!!! 

 

迷わず引かれたトリガー。それによって放たれた神速の杭は……狙い違わず男の股間にぶら下がっている大事な一物を撃ち抜いた。

 

気を失った男には興味ない。俺はポイッとその辺に投げ捨ててハジメの方を見た。

 

「ひぃ! は、離せえ! わ、私を誰だと思っている! プーム・ミンだぞ! ミン男爵家に逆らう気かぁ!」

「当たり前だ。俺の女に手を出しやがって……」

「ぷぎゃあああ!?」

「叫べば叫ぶほどこの拘束道具でお前の首を絞めてやる……」

「や、やめ」

 

ドパンッ! 

 

「うぐっ!?」

 

ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! 

 

「こ、股間!? や、やめ――」

 

ドパンッドパンッ! カチカチ……

 

「……どうする?」

「ひっ……」

「二度と、俺たちの目の前に現れるんじゃねえぞ」

 

ハジメの義手が機械的な音を立てる。そのままハジメは思いっきり前に踏み込んで空手のような正拳突をブタ野郎に食らわせた。

 

ガシュン! とハジメの義手のギミック音が鳴り響く。恐らくハジメは義手内に組み込まれているショットガンを使ったのだろう。内蔵されたショットシェルの激発の反動を利用して推進力にすることができるのでそれを使った正拳に違いない。

 

「……このぐらいにしてやるか。これ以上は全身バラバラになって死ぬし」

「お疲れ。さて案内人さん。場所を移して話の続きをしようか」

「は、はひ! あの、私……何というか」

「怖がらせてすまない。だが人の女に手を出したらどうなるかを思い知らせたくてなあ……」

 

愛する人のためなら何でもする。それが俺のポリシーだ。とりあえずリシーの腕を掴んでカフェを再度出ようとすると……。

 

「あの、申し訳ありませんが、あちらで事情聴取にご協力願います」

「事情聴取? そんなんブタ野郎が俺と親友の女に手を出してきたから返り討ちにしたまでだ。話すことなんて何もない」

「ですがギルド内での争いは当事者双方の言い分を……」

「あいつが目を覚ますまで待ってろってか? 面倒だな……いっそ連れ出してトドメ刺してしまうか? それかバラバラにして海に捨てちまうか……」

 

いつぞやの日のヤクザが発していたことを思い出しながらボソリボソリ。が、ここで目を付けられるのも面倒なので俺たちは職員に連れられて場を移動するのだった……。

 




時間があるときではありますが過去の話の文字に色を付けたり文をちょこちょこ変えたりしてます。もしも気が向いたら、ですが読んでくれると嬉しいです。


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第四楽章 行方不明者捜索願

仕事の息抜きになりつつあります()
さてさて、今回からグイグイ動きますよ。え、何がって?色々です()

そういえばユニークアクセスが60000を超えてました!どんどん増えていくのを見ると嬉しい限りです……本当にありがとうございます!


「ふむ……なるほど」

 

……俺たちは現在、フューレン支部のギルド内にある応接間のような場所に通されていた。俺はとりあえずあったことを包み隠さずに伝えたのだが……ドットと呼ばれた秘書のような男は少し怪訝そうな顔をしている。

 

それもそのはず、俺が股間を潰した男のランクは「黒」なのだ。どうもこの世界の冒険者にはランクがあるらしく、以前話した金の単位と同じ色の階級があるらしい。最低は青で最高は金だ。

 

で、俺たちは青だから不思議なのだろう。

 

「ところでそちらのお嬢さん方のステータスプレートは?」

「紛失してな。ほら、高いだろ?」

「しかし身元ははっきりさせないといけない決まりなんです。貴方たちはトラブル気質のようですし今後も問題を起こすのであれば加害者・被害者のどちらかに関係なくブラックリストに載せることになりますからね」

「しかし……あ、そうだ」

 

そこで俺はオバチャンから受け取った手紙を思い出した。ギルドで何か揉め事を引き起こしたらお偉いさんに渡せ……だったか? 

 

「身分証明になるかは分からないんだが……知り合いのギルド職員から手紙を預かっているんだ。何かギルドであったらお偉いさんに渡せって言われてな」

「手紙ですか? 拝見しますね……」

「ハジメ、あのオバチャンの名前は何だったか?」

「キャサリン……だったな」

「だ、そうだ。キャサリンって人から受け取った手紙だよ」

「そう……でしたか。この手紙の内容が本当ならば確かに身分証明となりますが……私一人の一存では決めかねる物です。支部長に連絡を取ってもよろしいでしょうか?」

「構わないよ。ここで待ってる」

「なに、五分十分で戻りますよ。それでは失礼いたします」

 

颯爽と部屋から退出したドット。俺はそれを見やって雫とユエの隣に移動した。

 

「……あの男、気持ち悪かったわ」

「キモかった……」

「そう言ってやるな……キモかったけど」

「でも格好良かったわよ?」

「……シアのためにも怒ってた」

「え、音也さん……そうなんですか?」

「親友の女だぞ。俺の目が黒いうちは誰にも手出しはさせないさ」

「ハジメさんの、女……」

「おい音也。流石にそれは……」

「あながち間違いではないだろ? お前だって俺の女だと口走ってたじゃん」

「そ、それは……あれだ。お前に便乗した形だ」

「へえ……ま、そういうことにしとくか」

「勘弁してくれ」

 

仲良く会話する。ちなみにあの時シアのことをハジメの女だと俺が発したのは……半ば無意識だったりする。気がつけばそう発していたのだ。自然とそう感じてたのだろうか。

 

ま、ハジメも自分で俺の女と言ってたし問題ないだろう。おあいこだ。

 

そのまま待つこと十分。扉をコンコンと叩く音が響き渡った。そのままガチャリと扉を開けて入ってきたのは……金髪をオールバックにした目つきの鋭い中年男性とドットだった。

 

「初めまして、冒険者ギルド、フューレン支部支部長イルワ・チャングだ。オトヤ君、ハジメ君、シズク君、ユエ君、シア君、キバット君……でいいかな?」

「構わない。名前は手紙にあったのか……それとキバットのことも知ってるのかキャサリンは」

「……私が話した」

「なるほどね。んで、身分証明はあれで良かったか?」

「そうだね。先生の手紙から問題ない人物と書いてあったよ。先生の人を見る目は確かだからね。あの手紙を身分証明とさせて頂くよ」

「そうかい。ならもう行っていいか?」

「いや、少し待ってくれ。君たちの腕を見込んで依頼をしたいんだ」

「ほう? まあ……急ぐ旅ではないから構わないが」

「今回の依頼内容だが、この依頼書に書いてある通り行方不明者の捜索だ。北の山脈地帯の調査依頼を受けた冒険者一行が予定を過ぎても戻ってこなかったため、冒険者の一人の実家が捜索願を出した、というものだ」

「人捜しか?」

「そうだね。行方不明になった冒険者の一人……ウィルって言うんだけどね。彼と僕は家族ぐるみの付き合いをしていたんだ。ウィルは冒険者に憧れていた」

「だが、資質はなかった……だな?」

「……これは驚いた。君は読心術が使えるのかい?」

「いや、何となくだ。それよりも、どうやら後悔をしてると見た。俺は誰であろうと暗い顔をしているのを見るのは好きじゃないからな。その依頼、引き受けさせてもらう」

「ほ、本当かい!?」

「ただ……条件を付けさせてくれ。一つはユエとシアのステータスプレートを用意して欲しい。ただしその内容については一切の口外をしないでくれ。後は今後俺たちが問題を起こした時に後ろ盾になってくれると助かるんだが……」

 

かなり無茶な提示だ。俺もそれを分かった上で交渉をしている。

 

彼の後ろ盾が何処まで機能するかは分からないが、ないよりある方が間違いなく良いだろう。後ろ盾があるというだけで心の負担はかなり減る。

 

「そのぐらいなら……彼の行方が分かるのなら、お安いご用さ」

「そうかい。それなら時間は無駄に出来ない。すぐにでも出発するよ」

「だな。行方不明ってなら時間との戦いだ。一刻も早く見つけないとな」

 

俺とハジメは席を立つ。それを見て雫たちも立ち上がった。日本に居た頃聞いたことがある。行方不明者を捜すのなら時間制限が付き物だと。行方不明になった場所が山脈だと言うのなら時間制限はどんなに延ばしても三日だろう。

 

「頼んだよ。ただ今から北の山脈に行っても夜になってしまう。今日は北の山脈の近くにある【湖畔の町ウル】で宿泊してくれ」

「宿の手配はしてくれるのか?」

「もちろんだ。かなり評判の良い宿だから安心してくれ」

「分かった。とりあえずウィル本人か遺品を持ってくれば良いんだな?」

「そうだね……何としてでも彼の痕跡を見つけてくれ」

「あいよ」

「任せな」

 

軽く答える。もう話すことはないので俺たちはギルドの外へ出た。そして流れでイクサリオンを取り出す。

 

確か湖畔の町ウルはフューレンから徒歩で数日の所だ。全力疾走のイクサリオンなら三十分で到着出来るだろう。

 

「ハジメ、俺の後ろに付いてきてくれ」

「おう。速度は……全開で行けるな」

「イクサリオンの最高速度は一応753kmhだぞ。魔力の流しすぎに注意しろよな」

「阻害する要因がないから何とかするさ」

 

それだけ言うとハジメは二輪に跨がった。その後ろにシアが飛び乗る。

 

俺もイクサリオンに跨がる。そしていつものポジションに雫とユエを乗せてイクサリオンに魔力を流し始めた。

 

爆音上げて……というわけでもなく静かに二台のバイクは走り出す。ちなみに俺たちのバイクにはユエが「風向調節」なる魔法が付与しているためどんなに速度を出そうと感じる風は比較的少ない。心地よい風程度には感じるが。

 

「ふみゅう……」

「あれ、雫さんおねむですか」

「おと……やあ……」

「……心地よいから眠くもなる」

「そうか……だがあまり熟睡されてもなあ。落ちたら助けられん」

「……雫はガッチリと音也のことを抱きしめてるから落ちないと思う」

「安心したけどこっぱずかしいな」

「おとやあ……そこだめぇ……」

「「……」」

 

アノ雫サン。セナカニアタッテルヤワラカイモノハナンデショウ。

 

「ん、音也も元気」

「るせ!」

「……宿に付いたら沢山抜いてあげる」

「だからうるせえ!」

 

これ以上関わると面倒なことになりかねないので俺はより一層魔力を流し込んでイクサリオンのスピードを上げるのだった……。

 

────────────────

三十分後。夕方。

 

「よし、到着したぞ……ほら雫、目え覚ませ」

「ん、んう……あら、到着したのね」

「もの凄く精神的に悪かった」

「え?」

「……無自覚」

「天然って恐ろしいなあ……」

 

予定の宿に辿り着いたのでイクサリオンを宝物庫に放り込む。雫は何故かキョトンとしている。クソ、可愛いじゃねえか。

 

ハジメも到着したので俺は宿の戸を開け放つ。名前は……〝水妖精の宿〟だ。そういえば湖畔の町ウルは稲作で有名だった。まだクラスメイトたちと一緒だった頃にウルへ行けば米が食べられるという話を聞いたことがある。

 

「ハジメ、ここの宿なら米料理を食えるかもしれないぞ」

「マジで? 楽しみになってきたぞ」

「米なんて久しぶりね。私も楽しみだわ」

「米……?」

「米って何ですか?」

「米ってのは俺たちが住んでた世界での主食だ。俺たちは米が大好きなんだよ」

「そうなんですかあ。ハジメさんの故郷の主食とくれば私も楽しみですぅ!」

「ん、私も。音也とハジメと雫の故郷の故郷の食べ物には興味がある」

「俺もだな。米はこの世界に来てから滅多に食べることができなかったから楽しみだ」

 

カラコロと音を立てながら扉を開ける。そこまでぶ厚い扉をではなかったのでスッと開いた。内部は小洒落たレストランのようになっており、年季の入った木の壁も相まって実に素晴らしい空間になっている。

 

「どこに座るか……ハジメ、お前はシアと二人で良いか?」

「音也お前なあ……相変わらず調子の良い奴。まあ良いけどよ。お前は雫たちと座るってことだな?」

「だな」

 

適当に席を決めて座ろうとした……その次の瞬間である。

 

シャァァァ!! 

 

奥にあったカーテンが突然大きな音を立てて引かれた。思わずギョッとしてカーテンがある場所を見つめる。

 

「南雲君! 紅君! 八重樫さん!」

「あ?」

「……ん?」

「え?」

 

三者三様。しかし思うところは大体同じだろう。故に俺たちは三人でハモって口にした。

 

「「「先生?」」」

 




梅雨中々明けませんねえ……ジメジメは少し苦手です。雨は好きなんですけどね()


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第五楽章 人違いだと誤魔化したい

ちょっと今回は雑です……というのも、今日病院に行ってきたんですが、このままだと胃に穴が開くぞと脅されたのです()
とはいえ小説を書くのはある意味で私の癒やしであるので執筆を続けています。内容に波があることをご了承お願いします。


「やっぱり……やっぱり貴方たち何ですね? 奈落の底に落ちた三人なんですよね?」

「えっと……」

「いや、人違いだ」

「「え?」」

「ちょっと待って下さい! 南雲君ですよね? 先生のこと先生と呼びましたよね?」

「だから勘違いだって。あれは……うん、方言だ方言」 

 

共感覚でハジメの感情を見るに……とても混乱しているようだ。様々な色がごちゃごちゃになっている。

 

混乱している人を見ると何故か人間冷静になれるらしい。俺は混乱を冷まして今、目の前でハジメに掴みかかっている女性のことを考える。

 

この人は間違いなく愛子先生だ。召喚された日に教室にいた唯一の先生であり、生徒からも人気があった。その理由は中学生ぐらいの身長と頑張ろうとして大抵空回りする所だろう。生徒からは「愛ちゃん先生」と呼ばれて親しまれていた。

 

とりあえず俺はイルワ支部長より受け取った依頼書を立派なひげの生えた紳士のようなおじちゃんに渡す。落ち着いてからようやく思い出したのである。

それにしても、だ。確か先生は戦争の糧食問題を一気に解決できるだけの技能を持っていたはずだ。それでクラスメイトたちとは別行動を取ってたはず……。

 

「他にクラスメイトがいるのは何でだ?」

 

そう、愛子先生の後ろには茫然自失としているクラスメイトが多数存在したのである。こいつらは何なんだ? 

 

と、その辺りで愛子先生が落ち着きを取り戻したらしい。今度は真っ直ぐ俺たちの目を見てはっきりと尋ねてきた。

 

「すみません、取り乱しました。紅君、南雲君、八重樫さんですよね?」

「ああ。先生、久しぶり」

「久しぶりだな」

「こんなとこに愛ちゃんがいるなんてね」

「やっぱり……皆さん生きてたんですね」

「簡単に死ねるかよ。あんなバカ野郎たちの元へ雫を置いて死ぬとか彼女まで早死にするわ」

「分かる。勇者(笑)が近くに居たら雫は過労死するだろうな」

「二人ともよく分かってることで……」

「さてさて、飯だな」

「あ、あの紅くn──」

「へえ……異世界版カレーはニルシッシルと言うのか。俺はこれで」

「あら、焼き鮭モドキに味噌汁モドキまであるのね」

「あn──」

「俺もニルシッシルにするか。ユエたちはどうする?」

「……私は音也と同じ物」

「私もハジメさんが食べる料理を食べたいですぅ!」

「俺は……そうだな。このお茶漬けを頼もうか」

「オッケー。店員さんや、注文頼むz──」

「三人とも聞いてください!!」

 

無視されていることに納得がいかないのか、先生が声を机をベシベシ叩きながら張り上げる。その姿が妙に愛嬌があるとユエが零したのは恐らく知らないだろう。

 

「何だよ煩いな。ここは宿なんだから行儀良くしろよ」

「皆さんが答えないからでしょう! というかそちらの女性方は誰ですか!」

「……ユエ」

「シアです!」

「キバットだ」

「……私は音也の女」

「ハジメさんの女ですぅ!」

「俺は……そうだな。友人とでも言っておくか」

「そ、そうでしたか……って紅君! 貴方には八重樫さんが……」

「愛情向けられたら真摯に応えるのが男ってもんだろ? あんたが口出すことじゃない。俺の嫌いな物は糸こんにゃくと俺に楯突く人間なんだ。あまり反論するなよ」

「そ、そんな。二人同時に愛するなんてふしだらですよ!」

 

徐々に先生の物言いにイライラしてくる。さっきも言ったが、俺の嫌いな物は糸こんにゃくと自分に楯突く人間だ。あと、音楽を貶す者と俺の大切な物に手を出そうとする者も追加である。

 

「二人同時に愛せれば争いもなくなくなるさ。満足させれば文句なし……お、これ美味いな」

「流石音也だ……って本当だ。日本のカレーみたいでいけるな」

 

一々答えるのも面倒くさいのでスルー。いつの間にか届いていたニルシッシルを口にして感嘆の言葉を口にする。ハジメもどうやら思うことは同じようだ。

 

雫たちも幸せそうな顔をしてご飯を食べている。個人的にご飯を幸せそうに食べる女の子って凄く絵になると思う。

 

「あ、あれ? 紅君、その目はどうしたんですか?」

「ん? これは……まあ頑張った結果だ」

「それじゃあ橋から落ちた後はどうしてたんですか?」

「超頑張ってた」

「そ、それならすぐ戻らなかったのは……」

「戻る理由がない」

「真面目に答えてください!」

 

先生からの質問を軽く躱しながら食事を楽しんでいた……のだが、突然テーブルをぶっ叩かれた。

 

「おい、お前ら! 愛子が質問しているのだぞ! 真面目に答えろ!」

「なんでこう、行儀の悪い人間が多いんだ? お前の親は何を教えてきたんだよ」

「ふん、行儀だと? その言葉、そっくりそのまま返してやる。薄汚い獣風情を人間と同じテーブルに着かせるなど、お前の方が礼儀がなってないな。せめてその醜い耳を切り落としたらどうだ? 少しは人間らしくなるだろう。それになんだその白髪は。その女はその年にしてもうしわくちゃのババアなのか?」

「……ほう、言ったな?」

 

ゴクリとニルシッシルを全て飲み込んでゆっくりと立ち上がる。無論手にはイクサナックルだ。見ればハジメもドンナー片手に立ち上がっている。

 

「何だ、その態度は? 無礼だぞ! 神の使徒でもないのに、神殿騎士に逆らうのか!」

「一つ良いことを教えてやろう……人の女をあまり貶すもんじゃない。女のために怒る男の力は世界を救うぐらいに凄まじいのだからな……」

「心の器が小さい人間が……先生に好かれる訳がない」

 

ズパアン! 

ドパンッ! 

 

イクサナックルから衝撃波が飛び出す。さらにハジメのドンナーからゴム弾が発射された。衝撃波は雫に対して無礼な視線を寄越した男を店の壁まで弾き飛ばし、ゴム弾は弾き飛ばされた男の鎧をいとも容易く打ち砕いた。

 

俺は吹き飛ばされて意識を失った男に鞭のように変形させたファンガイアスレイヤーモドキで数発追い打ちして目を離した。ついでに殺気立った騎士風の男たちに義眼を見せて威圧も発動させる。

 

「良いか、俺たちはお前らに興味はない。お互い不干渉で行こう。何もしなければ俺も手を出すことはない。だが手を出すならば……特に俺の女たちに何かするのであれば覚悟を決めろ」

 

それだけ言うとこの騒ぎの間に飯を食べ終えたらしい雫とユエにキバットを連れて俺は一足早く用意された部屋に退散するのだった。

 

部屋内はそこそこ広く、以前泊まったブルックの町の宿と内装は似ている。とりあえず俺はベッドに腰掛けた。すると膝の上に雫が頭を乗せてきた。

 

「……ありがとね」

「綺麗だよ、その髪。俺は好きだ」

「音也……」

「ん……確かに似合ってる。神秘的」

「ユエも……ありがとうね」

「相変わらず一途なのだな……お前は。何から何まで本当にあの男とそっくりだ」

「そこまで似てるかい?」

「とても、だ。まるで生き写しだよ」

「へえ……会ってみたいものだな」

 

雫の髪を撫でながら想像する。一体キバットが出会った俺のそっくりさんはどんな人だったのだろうか? と。

 

ある意味で自分を客観的に見ることになってしまうのはこの際スルーである。

 

「……あら? 音也、溜まってるの?」

「…………は?」

「溜まってる。移動中も……」

「あらあら……言ってくれればいつでもやってあげるわよ?」

「お前らなあ……おいコウモリモドキ。しばらくしてから戻ってきてくれ」

「良かろう。ついでに北の山脈の偵察をしてくる」

「そいつは助かる。頼んだぞ」

「ふふ……さて、始めましょうか?」

「……今日はどっちから愛してくれる?」

「……少しは遠慮というものを知れよな」

 

────────────────────

 

オマケその一

「あの……ハジメさん」

「ん?」

「私のウサ耳……どう思いますか?」

「どう思うって……そうだな。俺はそこそこ気に入ってる」

「へ?」

「触り心地が良いしな……それに元来の性格なのか、俺はウサ耳に対して嫌悪感を持ってはいないさ」

「は、ハジメさん……嬉しいですぅ」

「あ、こら。いきなり抱きつくのは止めろ」

「ふふ、でも最近は無理やり引き剥がしませんよね?」

「抵抗するだけ無駄だと悟っただけだ」

「またそうやって……そろそろデレても良いんですよ?」

「何度も言わせるな。俺には……ってウサ耳で俺の顔を突くな! くすぐったいだろうが!」

「あ、ふふふ……このこの!」

「あんまり調子乗るんじゃねえ!」

 

ゴチンッ! 

 

「はきゃん!?」

 

────────────────────

 

オマケその二

「む? こいつは……まさか!?」

「グルウウウ……」

「こんな所にいたのか……三百年ぶりだな?」

「グウウ……」

「……なんだ? 人の気配がするな」

「ガウウ……」

「なんだって……?!」

 




最近ファンガイアスレイヤーとバスターが使えてないなあ……使わないと()


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第六楽章 出発

誰か腹痛に良い薬を知りませんかね……ビオフェルミンじゃ効き目がなくて()


翌日早朝。俺たちは早速北の山脈に向けて出発することにした。イクサリオンでかっ飛ばせばあっという間に辿り着くことができるだろう。

 

「……で、あんたらは何してるの?」

「人捜しですよね? 人数が多い方が良いですから私たちも手伝います」

 

ウルの町の北門に何故か先生と数人の生徒がたむろしていた。思わず半眼になって先生たちのことを見てしまう。

 

「はあ……付いてくるのは勝手だが同行は却下だ。俺たちとは移動速度が違いすぎる」

 

そういいつつイクサリオンを取り出す。ハジメも二輪を取り出した。ちなみに先生たちは馬車で同行するつもりだったらしい。知らせてなかったとはいえ馬車ではとてもじゃないが無理がある。

 

まあぶっちゃけると同行させるのは面倒くさいってのがあるが。話したくないし。

 

「なんと言おうと私たちは同行しますよ。まだまだ聞かなきゃ行けないことがたくさんありますならね」

「めんどくさい……ハジメ、四輪にはどんぐらい詰め込める?」

「元がハマータイプだからトランク使えば全員行ける。ただ音也たちは別の方が良いかもしれない」

「その理由は?」

「雫が許すと思うか? お前との出来事を根掘り葉掘り聞かれることを」

「頼んだ」

「おうよ」

 

丸投げポーイ。俺はそそくさとイクサリオンに乗り込んだ。その後ろを雫が、前をユエが座る。いつもの布陣だ。

 

そのまま俺は魔力を流して出発した。後ろからは四輪が付いてくる……はず。ハジメの操縦技術に任せよう。

 

「音也、眠くない?」

「かなり遅くまで起きてたものね……眠かったら運転代わるわよ?」

「いや、大丈夫だ。てか自覚あるならもう少し自制してくれねえかな」

「だって……ねえ?」

「…………ん」

「おいなんだその間は」

「音也は私たちとするのは嫌なのかしら?」

「んなわけ。ただもうちょい抑えてくれって話だ。あまりお盛んだと俺が早死にするだろうが」

「……音也は生命力増強を持ってるから死なない」

「それフラグ! 建てたらダメなフラグだから止めろ!」

 

……何とも賑やかである。これから行方不明者を捜しに行くという雰囲気ではない。まるで遠足やピクニックに行く子連れの家族(見た目)である。

 

俺たちはその後も賑やかに話ながら北の山脈へ急行するのだった。

 

──────────────────

 

一方その頃

 

「ねえ南雲。紅って何で義眼になったの?」

「大迷宮から脱出する過程でああなった。今でこそあいつはあっけらかんとしてるが当時は自分が奈落の底へ落ちる原因となった人物を恨んでたぞ」

「でも……あれは紅の体力が切れたからじゃないの?」

「何言ってんだ。そんな状況を作り出したのは檜山のバカと勇者(笑)だろうが」

 

にべもなく言い放つハジメ。ハジメ自身も落ちた当初は自分が辛い思いをしなければならない原因を作った人間を恨んだりもしていたが……今はどうでもいいらしい。好意の反対は無関心。そういうことだ。

 

ただハジメが気がかりなのは香織のことである。自分が落ちたときの悲痛そうな顔、そして雫が香織のことを捨てて音也の元までやってきたこと。これらの条件に加えて勇者(笑)や檜山が絡んでるとなると香織のメンタルが再開まで保つかはとてもじゃないが分からないと考えていた。

 

「そうだ……白崎は元気にやってるか?」

「やっぱり気になりますか? 南雲君と白崎さんは仲がよかったですもんね」

「ニヤつくな先生。気持ち悪い。良いか、一つ言っておくぞ。俺が奈落の底へ落ちた原因を作り出したのは俺と白崎の関係を妬んだ人間だ。お前らの反応を見るにあれは事故として片付けたようだがな。それは違うぞ」

「ち、違うって……まさか」

「あれは間違いなく俺を狙った誘導弾だった。明確な殺意を持って俺を殺そうとした魔法弾だったぞ。つまり俺は、クラスメイトの誰かに殺されかけたということさ」

 

その言葉に押し黙る愛子とクラスメイト。ただ一人、シアはそのことを既に聞かされていたので平然としているが。

 

さらにハジメは続ける。

 

「それとな。音也は気がついてないみたいだが……あいつのところにも落ちる前に誰かの風球が飛来してた。あれも間違いなく音也にトドメを刺そうとした魔法だ」

「そんな……」

「どう思うかは勝手だが……白崎にはこう伝えとけ。後ろからは襲われないように注意しろ、とな」

 

それだけ言うとハジメは口を閉じてしまった。もう伝えることはないと暗に示したのだろう。愛子やクラスメイトも黙りこくってしまった。

 

そんなことはつゆ知らず、ハマータイプの四輪は相も変わらず道を疾駆するのだった。

 

──────────────────

 

「さてさて……捜しますかね」

 

一足先に辿り着いた俺はドローンのような見た目の偵察機を取り出しながら呟く。このドローン型偵察機、備え付けられたカメラと俺の義眼がリンクしているので偵察機が捉えた情報を直接俺も見ることが可能だ。

 

なおドローン型偵察機には小型麻酔銃と手榴弾を装備しているので偵察がてら軽い攻撃を仕掛けることも可能だったりする。ちなみにハジメの所持してるやつは彩雲という旧日本軍の偵察機の形をしている。ハジメは義眼を付けていないので偵察機から直接写真を取り出す必要があるが。

 

と、俺が偵察機を飛ばし始めると同時にハジメたちの乗っている四輪が追いついた。

 

「コウモリモドキ、お前も偵察を頼む」

「任せろ」

「ハジメ、シア。先生を放置しても良いから六合目地点ぐらいまでを頼む」

「おう」

「はいですぅ!」

「雫、ユエ。行くぞ」

「ん……」

「クラスメイトを放置しても大丈夫かしら?」

「滅多なことじゃ死なねえだろ、多分。ほれ行くぞ」

 

ファンガイアバスターを取り出す。んで雫の手を握ってユエを背負いフックを射出した。ちなみに射程距離は数キロである。

 

遠くの木にフックが引っかかったみたいなので俺はその場を跳び上がる。すると伸びた綱がフックに向かって戻り始めた。当然俺の体はフックへ向かって移動することとなる。

 

「ユエ、風魔法」

「ん、〝来翔〟」

「〝天歩〟」

 

空中に足場を作り出しユエが発生させた上昇気流を使ってさらに上へと移動する。さらにフックを一度回収してまたすぐに射出。某蜘蛛男のように木々の間を飛び回る。

 

「雫、何か気配は?」

「今のところは……あら? なんかデカい気配ね……」

「方角は?」

「このまま真っ直ぐよ」

「よし」

 

左目から入ってくる情報と右目からの情報を同時処理しながら前へ進む。流石にこの状態で気配感知を使用することは出来ないので今は雫が文字通り三人の目である。

 

「……結構近いわね。あと数十秒で接敵出来るわ。恐らく次の射出で浮いてから数秒後ね」

「ユエ、跳び上がって滞空。雫も天歩で滞空して目標を発見次第掴みかかれ」

「了解よ」

「ん……背中失礼」

 

バスターを宝物庫に放り投げて今度は対物ライフルを取り出して左手に持つ。さらに右手にはイクサナックルを手にした。

 

さらに気配感知を展開。なるほど、確かに大きめの気配が近くにあるらしい。これは……人間の物が一つとその他の生物の気配が多数だ。

 

レ・ディ・ー

「変身」

フィ・ス・ト・オ・ン

「…………そこだ!」

 

ドパアアアアアン!! 

 

拡張された視界で目標の位置を確認した俺は対物ライフルの引き金を引いた。弾薬の種類は拡散弾。当てるのが目的ではなく位置を正確に把握することが目的だ。

 

「もういっちょ!」

 

ドパアアアアアン!! 

 

「雫、ユエ! 見えるか!」

「何あれ……ドラゴン?」

「……待って二人とも。あれ、見覚えがある」

「なんだって?」

「間違いない……あれは私の家」

「家?」

「ユエ、どういうことなの?」

「三百年前、住んでた家。間違いない」

「家? あれはどう見たって……」

 

どう見たってドラゴンだが……いや、待てよ? ユエは確かファンガイアと人間のハーフだ。劇中を思い出せ。ファンガイアの居城はどこだった? 

 

「……キャッスルドランか!」

「ん! あれはキャッスルドラン。私の昔の家」

「え、キャッスルドラン? 何よそれ……」

「元はグレートワイバーンっていうドラン族最強のモンスターだったんだ。だけどある時ファンガイアに改造されて城と融合したらしい」

「ん……とても懐かしい」

「それならどうするの? 壊すのは……良くないわよね」

「……私が行ってみる」

「音也?」

「そうしてもらおう。争う必要がないのなら壊す必要もない」

「……ありがとう」

 

ユエが飛翔しながらキャッスルドランに近づく。キャッスルドランはすぐに気がついたらしいが……不思議と敵意は見せていない。

 

それを見て俺と雫もキャッスルドランに近づいた。

 

「グウウ……」

「……久しぶり」

「ガウ!」

「ん。奈落の底から帰ってきた。元気にしてた?」

「カウカウ!」

「……そう、良かった。アームドモンスターたちは?」

「グルル……ガウ!」

「……もう居ない。分かった」

「ガウガウ! グルウ?」

「……人を捜してる。男の人」

「グウ……ガウ!」

「……え、人が中にいるの?」

「なんだって?」

「人が……?」

「ガウ! クルウウ……!」

「ん、会わせてくれる?」

「ガウウ!」

 

キャッスルドランの口がゴパッと開く。すると……一人の女性が外に出てきた。何やら足下がおぼつかないらしく、フラフラと危なっかしい。

 

「おっと危ない。お嬢さん、大丈夫です……嘘だろ?」

 

倒れかけた女性のことを支えて声をかけたが……思わず零してしまった。あまりにも見覚えがある見た目と雰囲気。表情は放心しているのかボケッとしているが……これは、まさか。

 

「音也、どうしたのかしら?」

「しず、く……」

「もう、そんなに動揺して。どうした、の……」

 

雫も固まった。俺が絶句した理由が分かったのだろう。それを見て訝しがったユエが頭の上に疑問符を浮かべながら話しかけてきた。

 

「……二人とも?」

「そんな、まさか……嘘よね? 夢なのよね?」

「雫……」

「何でよ……何で、こんなところに……」

「……分からない」

「何で……何で姉さんがここにいるのよ。訳が分からないわ……」

 




はい……露葉さん再登場です。なぜ異世界に来てしまったのか、それが分かるのはもう少し先の話です。


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第七楽章 記憶

しばらくは心置きなく書けます()


「ねえ、さん? 私は貴女の姉ではないですけど……」

「そんな、何を言ってるのよ姉さん。私は雫よ? 貴女の妹」

「し……ず……く?」

「雫、落ち着け。お嬢さん……自分の名前は分かるかい?」

「……露葉です」

「名前は覚えてるのか……んじゃ露葉さん。俺のことは覚えてるか?」

「……いいえ」

「雫、露葉さんは記憶喪失らしい。恐らく転送のショックで……」

「そんな……」

 

外傷が見当たらないのが唯一良かったところか。恐らく生きるのに大切なこと以外は忘れてしまった可能性が高い。

 

「……キャッスルドラン。この人が来たのはいつ頃?」

「ガウ!」

「……三日前。城内の時の扉がなぜが反応したと思ったら転送されてた」

「これもクソ神の仕業なのか? だとしたらマジで許せねえんだが……」

「……ううん。それは違うみたい」

「と、いうと?」

「……まず、この世界と音也たちが元々住んでた世界は恐らく近い位置に存在している。ただ近いとは言っても普段は移動なんて出来ない。なぜなら世界と世界の境界には強固な結界があるから。でも例外がある」

「「例外?」」

「……結界の薄い場所で自殺未遂をすると転送されると言われてる。確定ではないけどこれはお父様から聞いた」

「ということは……露葉さんは自殺未遂をしてまでこの世界に来たのか?」

「……そういうことかもしれない」

「そんな、何で……」

 

様々な理由を思い浮かべてはゴミ箱に捨てていく。が、その答えはわりかしあっという間に出てきた。

 

「雫と会いたかったとしか思えないな。露葉さんは誰よりも雫のことを心配してた」

「姉さん……」

「とりあえずここに留まるのは危ない。ウィルのことも捜さないといけないしな」

「姉さんはどうするのかしら?」

「連れて行くに決まってるだろ。雫の家族なのだからな」

「音也……」

 

今は露葉さんの記憶のことを気にかけてる場合ではない。優先順位的に上なのはウィルを捜すことだ。

 

(ハジメ、どうだ?)

(おう、見つけたぞ)

(は?)

(見つけた。だが先生たちが休みたいってさ)

(ああ……そうか)

(そっちは何か見つけたか?)

(見つけた。お前と関わりの深い人をな)

(と、いうと?)

(説明は後だ。合流するぞ)

(そうか。座標は偵察機を通して確認しろよ)

(おう)

 

……どうやらウィルが見つかったらしい。それならば尚更早く戻って露葉さんを休ませるべきだろう。

 

レ・ディ・ー

「雫、ユエ。俺に付いてこい。露葉さんは俺が背負ってく」

「了解よ」

「ん……キャッスルドラン。また会いに来る。また今度」

「グウ!」

フィ・ス・ト・オ・ン

「あれ……なんか見たことがあるような。気のせいかな……」

「……気のせいなんかじゃないですよ。ほら、掴まってください」

「……とても懐かしい感じがしますね。なぜでしょうか」

 

彼女の無垢な瞳が今ではとても痛々しい。が、幸いにも俺は今、仮面を被っている。涙が見えることは決してないだろう。

 

「さあ……そのうち分かりますよ。では、しっかり掴まっててくださいね。振り落とされたら助かりませんから……!」

「え、ちょ……待ってくだきゃああああ!?」

 

すまん露葉さん。今は一刻も早く合流したいんだ。多少手荒になるのは許してくれ。

座標は現在地より東に一キロ。そこまで時間はかからないだろう。

 

「え……空を飛んでる?」

「正確には跳んでる、ですよ。ほら良く見て。空に足場が出来てるでしょう?」

「……本当ですね」

「合流地点は……そこか。あっという間に到着で

きそ……!?」

「音也、この気配は!?」

「……大きい!?」

「なんだこりゃ……デカすぎるだろ。ステータス値的にはハジメと同格だぞ」

 

突如現れた巨大な気配。思わず戦慄しながらも俺は空を駆け抜けて合流地点近くまで辿り着く。そして上空から義眼を使って気配の正体を探った。

 

偵察機からは何も映っていないところを見るにそこまで離れてはいないはずだ。

 

「ちっ……見えないか。それならば耳で……」

 

呼吸を止めて全神経を耳に集中する。露葉さんの心音や呼吸音はさておき……半径数キロの範囲を誇る俺の聴覚はある意味気配感知よりも優れている。

あまりに耳が良いので騒音は本当に苦手だったりするが……こういう山中ではなんの気兼ねなく能力を発揮できる。

 

「…………そこか!」

 

ドパアアアアアン!! 

 

一瞬の早抜き。からの速射。しかし今回は命中したかどうかはあまり重要ではない。重要なのは……。

 

「グルアアアアア!?」

「……見つけたぞ。雫、ユエ。クラスメイトを頼んだ。どうせマトモに戦えやしないからな」

「任せなさい」

「ん……」

「あの、私は……」

「振り落とされないでくださいよ? 命の保証はありませんからね」

「あ、はい……」

「音也。お前……キャッスルドランと会ったのか?」

「コウモリモドキ……ああ、なんか雫の家族が居たよ」

「そう、か……」

「コウモリモドキはハジメの援護を頼む。安全圏から魔法でもぶち込んでくれ」

「分かった」

 

眼下の体長七メートルほどの黒い龍を睨みつけながら指示を飛ばす。所謂蛇タイプの龍ではなく爬虫類タイプの龍とはいえ……威圧感は凄まじい。

 

いつぞやの日にみたワイバーンモドキと比べると……月とすっぽんである。そのぐらいに凄まじいのだ。

 

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

 

重力魔法で〝落ちる〟ことで天歩を使うよりも遥かに速い速度で急降下。そのままイクサナックルを叩き付けながら一回転してユエの傍に着地した

 

「守りに専念しろ。任せるぞ」

「ん!」

「ハジメ、シア、雫!」

「おんどりゃあああ!!」

「一閃 〝絶断〟」

 

ドパンドパンドパンッ!! 

 

「硬い……音也。AAを使うから時間を稼いでくれ」

「任された!」

イ・ク・サ・ハ・ン・マ・ー・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「食らええ!」

 

ズドパアアアアアン!!! 

 

「グウギイイイ!?」

「断ち切れ 〝電斬〟 駆け巡れ 〝迅雷〟」

「こんのおおお……ハジメさんの石頭よりも硬いですぅ!」

 

ドパアアアアアン! ドパアアアアアン! 

 

「チッ……俺の対物ライフルじゃ効かねえか」

「グオオオ!」

 

キュゥワァアアア!! 

 

突如として不思議な音が響き渡る。黒龍は攻撃されること構わずにウィルや愛子先生たちのいる方向を向いた。そして鋭い牙の並ぶ顎門をガパッと開けてそこに魔力を集束しだした。

 

俺は咄嗟に縮地で地面を蹴って後進。ハンマーと対物ライフルを宝物庫に放り投げて再びナックルフエッスルを手にした。

 

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「うおおおおらあああ!!!」

 

ズパアアアアアアアン……

 

五億ボルトの電磁波をその場に打ち出して重力魔法で固定。バリア代わりにしたところで龍の放った漆黒の極光が電磁波とぶつかった。

 

さらに俺はイクサの全電力をイクサナックルに注ぎ込む。そうすれば数分間は電磁波を展開し続けることも可能だ。ただし電力がそこをつきたら変身は解除されてしまう。

 

「ハジメぇ! まだかあ!」

「もう少し耐えろ! あいつの装甲を一撃で抜く場所に合わせたい!」

「早くしろおおお……!」

「音也!」

「音也さん!」

「音也……! 〝聖絶〟!」

「助かったユエ! このまま……耐えろ!」

「ん!」

 

地面に少しずつ足がめり込んでいく。ユエの結界の御蔭で何とか持ちこたえてはいるが……このままではジリ貧だ。雫とシアは黒龍に苛烈な攻撃を仕掛けているがあまりに硬い装甲を抜くことは出来ないようである。

 

「ハジメえええ!!」

「もう少し……もう少しだけ頼む!」

「くそったれええ……早くしやがれええ!!」

 

変身が少しずつ解けていく。電力の供給が行き渡っていない足から徐々にスーツが崩れていく。あと三十秒だ。

 

足から腰。腰から胸。顔。スーツが崩れ去り残すところはイクサナックルを持っている右腕と僅かな肩部分のスーツのみである。

 

しかしそこで……ようやくハジメの声が響き渡った。

 

「発射あ!!」

 

ズドバアアアアアアアアアン!!! 

 

「グガアアアア?!!」

 

黒龍が思いっきり後ろに仰け反った。どうやら装甲と装甲の間を狙ったらしい。発射した弾薬は恐らく硬芯徹甲弾だろう。跳弾しなかったのは幸いと言うべきか。

 

「コウモリモドキ!」

ガブリッ! 

「……変身!」

 

走りながら変身を完了する。さらに紋章を作り出して黒龍の足下に潜り込ませた。そして真上からも紋章を落としてサンドイッチ。重力魔法を付与しているので効果は数倍に跳ね上がっている。

 

「行くぞ……トドメ!」

ウェイクアップ・ザンバット! 

 

扇状に展開されるザンバットソード。それを某オールレンジ兵器のような軌道で発射した。さらにウェイクアップフエッスルを取り出す。

 

ここで攻撃が決まり切らなかったら勝ち目は薄い。俺の体力もそこまで残ってはいないのだ。露葉さんを守りながら戦うとなれば迅速に無力化しなければならぬ。

 

ウェイクアップ・II! 

「セヤ!」

 

紅月目がけて跳び上がる。何時もなら後方宙返りから蹴りに行くが……流石に某光の王子のように前進しながら後方宙返りするのは控えたい。と、なれば手は一つ。前方宙返りすれば良いだけだ。

 

「エエイヤアアアアア!!」

「グウウ……!」

 

重力魔法を使って横に落ちながら両足蹴りを試みる。黒龍はブレスを乱射しているが……その程度の火ではキバの鎧を貫通することなど不可能だ。

 

「食らえええ!!!」

 

ドパアン!! 

 

「ガウウ……!?」

 

ブレスを突破して黒龍の顔面に蹴りを叩き付ける。さらに俺は上に待機させていたザンバットたちを一気に落としながら俺自身は大ジャンプして一つザンバットを手にする。

 

そして紋章に押し潰されザンバットに串刺しにされている黒龍の尻側に回り込んだ。

 

「……くくく。やはりケツに装甲は張り巡らされていないな?」

「あ……もしかして」

「そのまさか、だ。さあ……ケツから死ね」

 

問答無用。情け容赦なし。俺はなんの気負いもなしにザンバットを黒龍の「ピッー」にズブリとぶっ刺した。と、その瞬間である。

 

〝アッ────ーなのじゃああああ────ー!!! 〟

「は?」

 

くわっと目を見開いた黒龍が悲痛な絶叫を上げて目を覚ました。俺はそのままザンバットを奥に突き刺してトドメを刺そうかとでも思っていたのだが……突然響き渡った絶叫に思わず手を止めてしまった。

 

〝お尻がぁ~、妾のお尻がぁ~〟

 

……どうやら黒龍退治一つでもスムーズに行くことはないようである。俺は思わず溜め息を一つつくのだった。

 




露葉さんの記憶はまだまだ戻りません。すぐに戻ったらちょっとつまらない…ですよね?()


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第八楽章 寂しい生き方

かなり急ピッチに進めてしまい申し訳ないのです…が、あまり原作通りにやってしまうと粛清されかねないのです。ご了承お願いします。


〝ぬ、抜いてたもぉ~、お尻のそれ抜いてたもぉ~〟

「…………」

 

妙に艶めかしい声で叫んだ龍に思わずジト目を向ける。いや、直接空気を振動させて喋ったわけではないだろう。恐らく念話の類いで脳内に直接話しかけている。

 

声質は女の物だ。しかし問題はそこではなく……なぜ龍が人語を話せるのか、である。

 

「ハジメ、何か分からねえか?」

「……考えられるのは五つ目の山脈地帯よりも向こう側の完全に未知の魔物ってことか竜人族であるのとかだ」

〝む? いかにも。妾は誇り高き竜人族の一人じゃ。偉いんじゃぞ? 凄いんじゃぞ? だからの、いい加減お尻のそれ抜いて欲しいんじゃが……そろそろ魔力が切れそうなのじゃ。この状態で元に戻ったら……大変なことになるのじゃ……妾のお尻が〟

「ビンゴだと……つくづく俺の運とやらに呆れるぜ」

「だな。希少種族二人に先祖返り一人だろ? しかもクソ神の真意を知ったり迷宮攻略完了したりな……どこか変な方向に運が良くないか?」

「しかも竜人族とくれば五百年前には滅んだはずだろ? ユエたち吸血鬼族よりも先に……それなのに生きてるってどういうことだよ」

「とりあえずザンバット抜いてやれ。話はそこからだ」

「やれやれ……おい、今からこいつ引っこ抜くから我慢しろ」

 

深々と突き刺さったザンバットの柄を握って片足をケツに乗せて思いっきり引っ張る。思ってた以上にミッチリと刺さっていて中々抜けねえな……。

 

〝はぁあん! ゆ、ゆっくり頼むのじゃ。まだ慣れておらっあふぅうん。やっ、激しいのじゃ! こんな、ああんっ! きちゃうう、何かきちゃうのじゃ~〟

「うるせえよ。何だ、もっとグリグリした方がいいのか?」

〝あはぁあん! ぐ、グリグリはらめぇなのじゃあひぃ! 〟

「くそ……本当に深く刺さりやがってるな。キバの鎧使って抜けないってどんだけだよ。てか暴れるんじゃねえ!」

〝む、無理なのじゃ。あまりに甘美であひぃん! 〟

「だああ……もう少し我慢しろ! あと黙れ! 集中できねえだろうが!」

 

仕方がないので一時的に〝限界突破〟を使用。するとザンバットはズルズルと竜のケツから滑り出てきた。とはいえ竜からしたら凄まじい痛みに襲われてるに違いない。

 

〝あひぃい──ー!! す、すごいのじゃ……優しくってお願いしたのに、容赦のかけらもなかったのじゃ……こんなの初めて……〟

 

……痛かったよね? めちゃくちゃ痛かったよね? 違ったの? 

 

「ハジメ、悪いけど話聞いてやってくれねえか? 俺もう死にたい」

「任せろ。少し休みな」

 

黒龍が変化して超絶美人な女性が現れたのを尻目に俺は変身を解いて露葉さんの隣に座り込む。どうやらあの戦闘から離れてたことで怪我はしていないらしい。

 

「あの……大丈夫ですか? 顔色が悪いですけども……」

「大丈夫ですよ。露葉さんもご無事で良かった」

「……なぜか、守られるってことが懐かしい気がします」

「そうでしたか……ま、そうですよね」

「あ、あの紅君。その方は?」

「雫の姉さんだ。なぜかこの世界に召喚されたらしい。理由は不明だがな……」

「そ、そうなんですか」

「てか偵察機戻すの忘れてたが……なんだこれ。魔物が一人の人間の元に集結してるな。数は数万規模か?」

「え?」

「とりあえず手榴弾だけ落として帰還させるか……しかしあの男、妙に見覚えがあるな」

「あの! その男の人……黒髪で黒い瞳じゃなかったですか?」

「ん? おお……確かに黒髪で黒い瞳をしてるな。先生にしては勘が冴えてるじゃねての。しかし、どうしたんだ急に」

「……いえ」

 

急に黙りこくった先生。おそらく、何かしら思うところがあったのだろう。だが、あいにくなことに俺は先生の都合など知ったことではない。

 

よって、スルーすることを決め込んだ。

 

「ふうん……そうか。おいハジメ。魔物の大群が近くにいるみたいなんだが」

「ああ。こいつから聞いたさ。どうも操られていたらしいぜ?」

「こ、こいつ呼ばわり……妾にはティオ・クラルスという名前があるのじゃが!?」

「るせえ変態。んでどーすんのよ。俺は魔物の大群を相手するなんてゴメンだぞ」

 

バッサリ切って捨てつつもハジメに問う。と、いうのも俺はクラスメイトたちに無関心だがハジメはもしかしたら思うところがあるかもしれないと感じたからである。

 

しかしハジメの答えはアッサリした物だった。

 

「俺もゴメンだ。俺たちはウィルを捜しにここまで来たんだ。で、見つかったわけだからこれ以上ここにいる理由もない」

「……それもそうか」

「とはいえ町の連中にこのことは伝えないとだからな。早いとこ町に戻って魔物が攻めてくることだけを伝えに行こう」

「だな。おい、山を降りるから全員ティーガーIIに乗れ。重力魔法使って一気に駆け下りるぞ」

 

反論は受け付けないという雰囲気を出しながら俺は露葉さんの手を握って立ち上がるのだった。

──────────────────

 

「どうしてですか!? 紅君や南雲君なら魔物の大群を退けることぐらい出来ますよね!?」

「はあ……」

 

……ここは水妖精の宿。俺たちはティーガーIIで町へ戻ってきて早々愛子先生に魔物が明日にでも攻め入ってきて町は滅びるとだけ伝えて貰った。

 

まあそこまでは良い。問題はその後である。恐らく俺たち二人の態度が気に食わなかった愛子先生は全てが終わった後、俺に今にも掴みかからんばかりの形相で詰め寄ってきたのである。

 

「貴方たちは……町の人を見捨てるんですか!?」

「そうとも言えるのは否定しないさ。だが一つ言わせろ。俺たちはウィルを捜すためだけにこの町に来たんだぞ。それ以上もそれ以下もないんだ」

「そんなこと……!」

「もっと言ってしまえばな。俺はこれ以上あんたらと関わりたくない」

「?!!」

「直接俺が何かされたわけではない。だがな。親友がイジメられるのを見て見ぬふりをしたクラスメイトや先生を許すつもりはない」

「私は見て見ぬふりなんか……!」

「確かにあんたはハジメのことも気にかけてたな。だが根本的な解決に繋がったかと言えばそうではない。やってることはイジメてた奴らと同じだ」

 

……あの時。ハジメのことを俺以外に心から気にかけていたのは香織と雫、そして露葉さんだけだった。他の人間は全員敵だと言っても過言ではなかったのだ。

 

「そんな奴らと協力しろってか? ふざけるなよ。まっぴらごめんだね。第一俺の目的は日本へサッサと帰ることだ。邪魔するなら誰だって殺してでも前に進んでやるさ」

「……それは、とても寂しい生き方ですよ」

「なに?」

「あんなに穏やかだった紅君や南雲君がここまで変わってしまったのは恐らく凄絶な体験をしたからでしょう。その苦しみや痛みを理解できるとはとてもではないですが言えません」

「…………」

「ですが紅君。貴方の今の生き方は……日本で受け入れられると思いますか? 帰ってきてすぐに変えられる物ですか?」

「……何が言いたい」

「私が言いたいのは……紅君、誰かを殺すということに慣れてしまったら貴方は大切な人を幸せに出来ないかもしれないということです」

「……言ってくれるな。それはあんたが断言出来ることではないぞ」

「分かっています。未来のことは誰にも分かりませんから。それでも言えるのは……寂しい生き方では人を幸せにするのは難しいということです」

 

……妙に説得力のある言葉だ。これは先生の本気の説教だからだろうか。

 

無論先生の言葉に全て納得したわけではない。しかし……雫たちの幸せに繋がるというのなら動いてみる価値はあるのかもしれない。

 

それに寂しい生き方というのは……どこか心に来る。だが、それと同時に“好き勝手言ってくれるな?

分かってるのか?”という気持ちが募ってきてるのだが……放置しておこう。

 

「……先生。一つ聞かせてくれるか」

「何でしょう?」

「先生は、俺がどんな決断をしたとしても俺の先生でいてくれるか?」

「当然です」

「……先生が望まぬ結果になったとしても?」

「先生の役目は生徒たちがより良い決断を出来るように手伝いをすることです。生徒たちの決断に対して何か言うことなんて……あってはならないことなんですよ」

「……そうか」

 

それだけ聞いた俺は立ち上がって先生から背を向けた。

 

「紅君?」

「……あんたらと協力するわけではない。が、あいつらの幸せのためになるというのならば……今回だけは暴れるとしよう」

「……それは!」

「そういうことだ。それじゃあ早めに寝ろよ。明日は楽しい祭りだからな」

 

後はもう……何もない。俺は人のいないレストランの席を立って外に出た。

 

「……終わりましたか?」

「終わりましたよ。明日、賑やかな祭りを開催することにしましてね」

「そうでしたか……」

 

宿の外には露葉さんが湖畔の草むらに腰を降ろしている。俺はその隣に座った。

 

「露葉さんは……本当に何も覚えていないんですか? 俺のことも……雫のことも」

「……ごめんなさい」

「…………」

「でも、一つだけ覚えてることがあるんです。私は誰かにこれを渡そうと思っていて……」

「……何ですか? それ」

 

露葉さんが取り出した物は……ガラケーのような物と鍵だった。どこか見覚えのある道具である。

 

「分からないんです……でも、誰かに渡さないといけないことだけは覚えています」

「それは何に使う道具なんですか?」

「私には……」

「……そうですか」

 

俯いてしまった露葉さん。俺はそれを見て思わず肩を抱いた。

 

「……?」

「……そんなに落ち込まないでください。俺がいます」

「……優しい。とても、懐かしい感じがします」

「…………」

「もう少しだけ、このままで良いですか?」

「勿論です。気が済むまで……」

 

露葉さんの頭が俺の肩に乗る。艶のある長い黒髪に思わず見とれながら、俺は黙って露葉さんと密着するのだった。

 




これまで殆ど説明してませんでしたが露葉の見た目は艦これの扶桑のような見た目です。和傘や着物がよく似合う女性…と言ったところでしょう。


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第九楽章 楽しい祭り

私立校はもう夏休みなんですよね…テスト終わったらあっという間に夏休みでございます。


翌日の昼過ぎ。俺は魔物が攻め込んでくるであろう方角と真っ直ぐに向き合いながら黄昏れていた。

 

偵察機からの情報だと魔物の軍団がここまで辿り着くのは日本時間でいう三時ぐらいだ。迎撃には俺とハジメの所持してるアーティファクトをフル活用するつもりだが……とりあえず先手はやわらかチハたんの突撃とティーガーIIの狙撃からである。

 

 

「あの……紅君」

「……先生か」

「準備の方は大丈夫ですか?」

「問題ないさ。あとは敵がここまで来るのを待つだけだ」

 

先生の方向には振り返らず答える。すると近くにいた以前雫とシアのことを侮辱した騎士の男が何やら怒りの音楽を流しながら近寄ってきたが……速攻で威圧をぶつけて黙らせる。

 

「俺はお前が雫とシアに言ったことを許してはいない。まずはお前の謝罪が先だからな?」

「ぐ……」

「謝る気がないのなら今すぐ失せろ。そうでなければ俺の方も抑えられない」

「き、貴様……」

「デビッドさん。一度戻ってください」

「うっ……承知した」

 

 

先生の言葉に項垂れた様子で立ち去ったデビッド。俺はそれを見やって握り飯を取り出して口にした。が……すぐに口を離した。

 

「……味が薄いなあ」

「どうかしたんですか?」

「いやな。キバの鎧……ほら、ティオと戦ったときに途中で変身したあの姿。あれになると暫くの間食べ物を口にしても味が薄く感じるんだ」

「それは……大丈夫なんですか?」

「今のところはな。このまま味が薄くなる程度の副作用なら良いけど」

 

そういえば雫の項を見ると妙にかぶりつきたくなる衝動もある。何なんだろうか。それに貧血気味であるし……うーん。

 

そのまま思考を巡らせていると……雫たちも俺の近くにやって来た。

 

「よいかな。ご主……ゴホンッ! お主に話が……というより頼みがあるのじゃが、聞いてもらえるかの?」

「……ティオか。なんだ?」

「うむ、頼みというのは……妾も今後の旅に同行させてほしいのじゃ」

「はあ? そりゃまた……別に構わないがあまり羽目外すなよ?」

 

ぶっちゃけ断る理由もないし戦力としてはそこそこ優秀なので了承する。なんかハアハアしてるのはいただけないのでカブトのような回し蹴りで蹴り飛ばしておくが。

 

「おい音也。ちょっと話がある」

「ハジメか……どした?」

 

人目の付かない場所まで連れてかれた。恐らく話したいことは……。

 

「なぜ自ら戦争に飛び込もうとしてるんだ? お前はこの世界の戦争に興味はなかったんじゃ……」

 

ビンゴ。やはり気になるだろう。

 

「ないさ。だが……これ以上あの人たちと関わりたくないからがために戦うだけだ。今回ばかしはこれ以上つきまとわれないための策だと思ってくれ」

「なんだ……ま、そういうことなら構わんさ」

「いや、説明してなくて悪かったな。兎に角離れるためにも一肌脱いでくれ」

「あいよ。それにしても生徒のことは大切って言ってたのに戦え……か」

「人間は矛盾だらけの生き物さ。今更そこを攻めたって意味はない」

「それもそうか……」

「……お、来たみたいだぞ」

 

偵察機からの映像であと数十分で町へ到達することが分かった。俺は偵察機にとりあえず牽制してもらいつつも先ほどの場所まで急ぐ。

 

「ティーガーIIの用意は?」

「完了している。チハもいつでも突っ込める」

「よし……」

「く、紅君。どうしたんですか?」

「襲来だ。数は六万弱。一時間以内に終わらせてくるから町の人を頼むぞ」

 

それだけ伝えると俺は一目散にティーガーIIに乗り込んだ。上空から襲来しようとしている一際大きなプテラノドンモドキに照準を合わせる。スコープで拡大して見ると……黒いフードを被った男が搭乗している。

 

その他にもブルタールのような人型の魔物の他に、体長三、四メートルはありそうな黒い狼型の魔物、足が六本生えているトカゲ型の魔物等々……もう沢山だ。

 

「とはいえ……それだけ的がデカくて遅いんじゃただの的だぜ」

 

高貫通高精度のレールガンアハトアハトを馬鹿にしてはいけない。対空戦車道ほど難しくはない時点であのプテラノドンモドキの運命は確定している。

 

「目標ロックオン……偏差修正完了。アメリカやソ連が恐れた理不尽なアウトレンジ砲撃。存分に食らって逝きな」

 

ズドバアアアアアアアアアン!!! 

 

「……当たったな。よし」

 

すぐさまティーガーIIを宝物庫に投げ込む。そしてベルトを巻いてナックルを手にした。

 

さらに俺の両隣には雫とユエが並び立ち、後ろにはハジメとシア、そしてティオとキバットが並び立った。

 

「雫、露葉さんは?」

「大丈夫。先生に預けてきたから」

「そうか」

 

憂いはこれで晴れた。ティオの時のように手加減をする必要はない。ザワザワしてる民衆にはハジメが制作した文書を愛子先生が読んでくれれば何とかなるので問題ゼロ。

 

レ・ディ・ー

「さあ……準備はいいな?」

「もちろんさ」

「ええ……殺りましょう」

「んっ」

「いつでもOKですぅ!」

「妾も準備完了じゃ」

「絶滅タイムだ……行くぞ」

フィ・ス・ト・オ・ン

「……祭りの始まりだあ!」

 

そう叫ぶと、俺は一気に地面を踏み抜いて駆け出すのだった……。

 




音也が今回魔物の駆逐を承認したのは善意があるように見せかけて実は手を切りたいからっていうのが本心です。彼も面倒な人だとは思っているのです()


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第十楽章 殲滅の嵐

魔界城の王を今日改めて見返してみましたが……かなり先にはなりますがクソ神ことエヒトとの戦いの構想だったりその後の話の構想がある程度出来ました()

それはともかく音也格好いいですねえ……息子に呆れられるぐらい自由人ですがやる時はしっかりやるところが本当に好きです。


「食らええ!」

 

ドパアン! ズシュ! 

 

「邪魔だ」

 

ドゥルルルルルルルルル!!! 

ドゥルルルルルルルルル!!! 

 

「消えなさい…… 一閃 〝絶断〟」

 

ズバッ! ビシュッ! 

 

「……邪魔。 〝壊劫〟」

 

ズオオオオオオ……

 

「腑抜けた魔物ですねぇ。こんなんじゃ相手にもなりませんよぉ!」

 

ズドオン! ズドオン! ゴチャア! 

 

「消え失せい……!」

 

ゴパアアアアア! 

 

「愚かな存在よ…… 〝紅壊〟」

 

グオオオ! パラパラ…… 

 

 

……あまりにも無慈悲な連撃が魔物の軍団を襲う。俺はファンガイアスレイヤーを振り回しハジメはガトリングの二刀流で弾の壁を作り雫は圧倒的な剣技で切り裂きエトセトラエトセトラ。

 

さらに魔物軍団の中央を自動操縦のチハたんが突っ切り後方からはこれまた自動操縦のティーガーIIが正確無比な狙撃をしている。

 

「ほらどうしたあ! お前ら魔物の底力はその程度なのかあ!」

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

 

地面に電磁波を流して一気に広範囲の魔物を駆逐する。さらに仕留め損ねた魔物には対物ライフルの一撃かファンガイアバスターの貫通矢を食らわせて確実に数を減らしていく。

 

ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! 

 

「大したことねえなあ……こいつら」

「そうね。雑魚ばかり…… 駆け巡れ 〝迅雷〟」

「ん……弱い」

「ですねぇ。ハジメさんやユエさんたちとの特訓が厳しすぎたのでしょうか」

「お、おぬしら汗一つかいてないのか……」

「いや余裕だろう?」

 

余裕しゃくしゃく。ちなみにティオの時苦戦したのは周りへの被害を考えないといけなかったからである。特に露葉さんが傷つかないように調整してたので予想以上に苦戦した。

 

今回は考えなくても大丈夫なので余裕なのだ。それに視界は開けてるし平地で移動に殆ど疲れないし。

 

「おっと。邪魔するんじゃねえよ」

 

ズボア! グチャグチャ……

 

片手間に魔物の体をぶち抜けるぐらいにはファンガイアスレイヤーを扱えるようになったのも案外大きいかもしれない。

 

それにしても魔物が困惑した顔をしながらも突撃を繰り返しているのは……偵察機で発見して先ほど撃墜したプテラノドンモドキに搭乗していた男がリーダー格の魔物しか洗脳しなかったからだろうか。

 

流石に総勢六万もの魔物を全て洗脳するなんていう荒技は出来なかった……のか? 

「なあハジメ」

「なんだ?」

 

魔物に囲まれながらも背中合わせにハジメを呼ぶ。ハジメも話したいことがあったのかすぐに応じてくれた。

 

「妙に魔物たちの表情が面白い事になってないか?」

「そのことか。確かに……困惑顔だよな。それに魔物にも二種類あるみたいだ」

「と、言うと?」

「一つはアホみたいに突撃してくる雑兵の魔物。そしてティオのように強力な洗脳をされてるであろうリーダー格の魔物だ」

「は~ん……特に気にしていなかったな。弱いし」

「ま、それもそうだ。あの程度じゃいくら集めた所で意味は持たない」

「だよなあ……一気に潰しに行くか」

イ・ク・サ・ハ・ン・マ・ー・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「そこを退けえええ!!」

 

ゴォガガガガガン!!!! 

 

レ・ディ・ー

「……爆現」

フィ・ス・ト・オ・ン

「コウモリモドキ。力を貸せ!」

「一気に片付けるつもりなのだな……分かった。ガブリッ! 

「……変身! ザンバット、来い!」

 

 

お互い姿を変えて数の減ってきた魔物軍団に突っ込む。俺はザンバットを召喚しハジメはイクサカリバーを手にして一挙殲滅に乗り出した。

 

「音也……援護する。 〝雷龍〟」

「ハジメ。左の魔物は私が片付けるから貴方は奥へ行きなさい…… 花の斬 〝桜霞〟」

「む……妾はここまでのようじゃ。火球一つ出すことができん……」

「ティオさんはそこで休んでいてください。あとは私たちでぶっ潰しますぅ!」

「お前ら……随分と逞しくなったな」

 

迫り来る魔物を斬り伏せながらも呟く。魔物の数はあと二万弱。このぐらいならものの数分あれば全滅させることも可能だろう。

 

「行くぞ……ウェイクアップ!」

ウェイクアップ・ザンバット! 

「&…… 〝絶禍〟」

 

 

ファンネル紛いの動きで無数のザンバットを操りつつも紋章ブラックホールを使って多方面から迫り来る魔物を一気に片付けていく。

 

俺は紋章ブラックホールを追いかけながらも仕留め損ねた魔物を蹴飛ばして遥か遠くに見えている黒ローブの男の元へと迫る。

 

途中それなりに強そうな四目狼が出てきたが構わず紋章ブラックホールでお片づけ。一気に道が開けた。

 

それを見た黒ローブの男は一目散に逃げだそうとしているが……逃がすわけがない。

 

「逃がさねえよ……!」

紋章を新たに作り出して地面を滑らせる。未だに破られたことも逃がしたこともないキバの紋章は人間の走力など嘲笑うような速度で黒ローブの男の足下まで到達した。

 

どうやら紋章に驚いたらしく黒ローブの男はうつ伏せの状態で紋章に拘束されている。とても無様な姿だ。

 

ひとまず黒幕は拘束出来たので紋章をこちらに戻してやって来た黒ローブの男の首根っこを掴んで持ち上げる。

 

「何だよ! 何なんだよ! ありえないだろ! 本当なら、俺が勇者グエッ……」

「……愚かな奴だ」

 

持ち上げた瞬間に気絶した黒ローブの男。しかし良く見ると見覚えのある顔である。

 

「誰だったけ……あ、清水か? 基本席から動かずに本を読んでいて必要最低限の言葉のやり取りしかやらない陰キャの……」

 

中々に酷い覚え方ではあるがこいつは間違いない。クラスメイトの一人である清水幸利だ。俺は話したことがないが……そういえば居た気がする。

 

そういや勇者(笑)はハジメのことを陰キャと言ってたが俺的には清水の方がよっぽど陰キャだと思っている。てかコミュ障? 

 

「まあいいや。魔物は逃げ帰ってるようだし……こいつ連れて町に戻るとするかねえ」

「殺さないのか?」

「ここで殺してもあの先生にしつこく付きまとわれるだけだ。とりあえずは連れ帰って先生に丸投げするさ」

「そうか……分かった」

 

変身を解きながら清水のローブを掴んで引きずりながら歩く。ついでに念話で雫たちに「町で集合しよう」という旨を伝えた。

 

それにしてもクラスメイトの清水が何故先生たちが滞在する町ごと魔物を使って襲撃しようとしたのか……謎である。

 

裏切るにしても俺には動機は分からないので謎は深まるばかりだ。まあ興味はないのだが。

 

「さて……先生はどうするんだろうな。こいつに対して、場合によっては俺に対しても」

 

荒れ果てた大地の砂埃と魔物が撒き散らした血肉に塗れながら俺に引きずられる清水の姿は……正しく敗残兵といった様子であった。

 

日が傾き始め山脈がオレンジ色に染まっているのを背中に俺はウルの町へと踵を返すのだった。

 




気がつけばユニークアクセスが70000を突破していました()
それと評価のバーも二つに色が付き始めてました…本当に感謝感謝です!


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第十一楽章 深淵

魔界城の王でのバトルシーンで音也がマスクオフで走るシーンありましたよね?あのシーンでの音也の顔がめちゃくちゃガチだったので調べたら爆発が怖くてキバのスーツアクターさんよりも速く走ってしまったらしいです()


ここはウルの町外れ。俺たちは清水を囲んで重々しい雰囲気で互いを見つめ合っていた。ちなみにこの場に居るのは俺とハジメ、美女~ズ、愛子先生、クラスメイト、町の重鎮数人、ウィル、ティオ、そして露葉さんである。

 

正直俺としては清水のことはどうでも良い。しかしこのまま立ち去るわけにもいかないので渋々残留している。

 

やがて清水が目を覚ました。始めはボーッとした瞳であったが……囲まれていることに気がつくとすぐに距離を取ろうと後退った。

 

「清水君……なぜ、こんなことをしたのですか?」

「なぜ? そんな事もわかんないのかよ。だから、どいつもこいつも無能だっつうんだよ。馬鹿にしやがって……勇者、勇者うるさいんだよ。俺の方がずっと上手く出来るのに……気付きもしないで、モブ扱いしやがって……ホント、馬鹿ばっかりだ……だから俺の価値を示してやろうと思っただけだろうが……」

 

どうやら手遅れである。こいつは今すぐにドパンッ! するか紋章サンドイッチする方がいい気がしてならない。

 

反省の欠片もなく悪態をつき不平不満を零す姿。そして何よりも黒く濁った瞳。恐らく先生の言葉は届かないだろう。

 

現に先生が説得しようとしているものの清水の心から流れ出す音楽は不快極まりない物のままである。

 

俺はとりあえず興味ないので明後日の方向をボケーッと見つめながら事が収まるのを待つことにした。が……それは甘かった。

 

「動くなぁ! ぶっ刺すぞぉ!」

 

裏返ったヒステリックな声でそう叫ぶ清水。その表情は、ピクピクと痙攣しているように引き攣っている。愛子先生は清水に羽交い締めにされ全長十センチほどの針を首筋に押しつけられている。

 

「いいかぁ、この針は北の山脈の魔物から採った毒針だっ! 刺せば数分も持たずに苦しんで死ぬぞ! わかったら、全員、武器を捨てて手を上げろ!」

「ええ……なんでこうなるん?」

「おいお前! その銃と蛇腹剣をこっちに寄越せ!」

「はあ? 何言ってんだお前」

 

なんかロックオンされたので胡乱な視線を送る。とりあえず面倒くさそうな雰囲気なので少しずつ

威圧を展開してファンガイアスレイヤーで肩をトントンと叩く。

 

「というかお前は俺の正体が分からないのか? クラスメイトの顔も忘れてしまったか?」

「なに……!? お前、まさか紅か!?」

「そうだよ。紅音也だ。生憎生きてるんでこうしてお前と会話してるが……いや、会話にもなっていないか。兎に角お前がどうやって脅しても俺に勝つことは不可能だ。お前は『弱い』んだからな」

「ぐっ……うう……!」

「さあどうする? 先生は殆ど盾の役割を果たしていない。お前が認識する前に脳天をぶち抜く事だって出来るんだぞ?」

「俺が勇者だ、俺が特別なんだ、どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ、アイツ等が悪いんだ、問題ない、望んだ通り全部上手くいく、だって勇者だ、俺は特別だ……」

「あかん。これ以上は……」

 

ファンガイアスレイヤーを気がつかれない程度に構える。この距離ならば清水が認識する前に拘束して纏雷を使って感電させることも出来る。

 

俺の手がゆっくりと下がり、威圧のレベルも上昇してきた……正に一触即発。その時である。

 

「ッ!? ダメ!!」

 

露葉さんが突然縮地並みの速度で清水に掴みかかって愛子先生を引き剥がした。さらに何かから先生を守るかのように抱きかかえながら身をよじった所で……蒼色の水流が露葉さんの脇腹を掠めながら清水の胸を貫いた。

 

「露葉さん!?」

「姉さん!!」

「野郎……そこか!」

 

バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! 

 

 

水流が飛来した方向を瞬時に逆探知してファンガイアバスターの引き金を引く。俺の義眼には今にも鳥形の魔物に乗り込んで飛び立とうとする黒い服を来た耳の尖ったオールバックの男が映っていた。

 

命中したかを確認している暇はない。俺はすぐに視線を露葉さんに戻した。

 

 

「露葉さん!」

「う……くっ」

「おいハジメ! 先生のこと頼むぞ!」

「任された!」

「神水……これかっ!」

 

露葉さんの横腹は数センチ抉れており、さらに清水が所持していた針が掠ったのか顔を真っ白にして痙攣している。

 

宝物庫から神水の入った容器を取り出して露葉さんに飲ませようとするが……。

 

「ゲホッ……ゲホッ……」

「ダメか……くそっ」

「姉さん……しっかりして!」

「うく……しず、く」

「ねえ、さん?」

「ああ……しずく。あな、た……いきて……」

「これ以上喋るな! 死期を早めるだけだろうが!」

 

こうなったならやる事は一つだ。俺は神水を口に含んだ。そして……。

 

(雫……すまん!)

「ッ!?」

 

……露葉さんに口づけした。そのまま舌を絡め取って吐き出せないようにロック。口移しで神水を露葉さんに流し込んでいく。

 

露葉さんは目を見開き驚いたような表情をしているが……申し訳ない。これしか方法がないんだ。我慢してくれ。

 

やがて神水の効果が現れ始めたのか、荒々しかった露葉さんの心音は正常に戻りだした。さらに抉られた傷はきれいさっぱり治っており痙攣も治まっている。

 

「……すまない、露葉さん。これしかなかったんだ」

「音也……」

「雫も、申し訳なかった。後で埋め合わせはする」

「……ううん。むしろ、助けてくれてありがとうね」

「そう言ってくれると嬉しい……って露葉さん? おーい」

「…………」

「おーい? 露葉さん大丈夫か? 意識あるか?」

「え、あ、ふぁ!? お、おおおおおとや君!?」

「あれ、急に言葉が滑らかになったな」

「あ、え、その……私、なんて言うか……あれ? あ、私口づけされて……」

「……まあ後でにするか。雫、見てやってくれ」

「分かったわ」

「さてさて……おい、清水はまだ生きてるのか?」

 

露葉さんのことは雫に任せて倒れ伏せたであろう清水のことを尋ねる。まあ掠っただけであれほどの重体になった露葉さんを見ているので何となく想像はつくのだが。

 

「清水君! ああ、こんな……ひどい」

 

ハジメの看護を受けて復活した先生が駆け寄ってきて……顔を覆った。清水の胸にはハッキリと分かるぐらいにポッカリと大きな穴が開いていた。血は諾々と流れ出し命が消えかかっていることを嫌でも認識できる。

 

「し、死にだくない……だ、だずけ……こんなはずじゃ……ウソだ……ありえない……」

「……こりゃ助からねえよな」

「く、紅君! さっき八重樫さんのお姉さんに飲ませていた薬を!」

「はあ? あんたは正気なのか? あいつは先生を殺そうとした人間だぞ? ただ生徒というだけで助けたいだなんて……先生の域をオーバーしていないか?」

「常々承知してます。でも……私がそういう先生でありたいんです。何があっても、何をされても生徒の味方である先生になると誓ったんです! だから……!!」

「……随分とまた自分勝手だな?」

「ッ……!」

「……面倒くせえな。おい清水、聞こえてるな? 俺にはお前を助けられる手立てがあるが一つだけ質問に答えろ」

「…………」

「簡単な質問だ。お前は……俺たちの敵か?」

「て、敵じゃない……俺、どうかしてた……あ、あんたに忠誠を誓う……な、何だってする……何でもするから……だから助けて……」

「…………」

 

今一度清水の瞳を覗き込む。そして心の音楽を聴く。

 

まるで深淵のように深く暗い瞳。嫉妬や嫌悪、我が儘を練り固めたような心の音楽。

 

「……堕ちたな」

 

ファンガイアスレイヤーとファンガイアバスターを握り直した。やることは……一つだ。

 

「……ッ! ダメェ!!!」

 

ザッ…… グチャア! ポーン……

 

バンッ! バンッ! 

 

ドサッ……

 

「……どうして?」

 

首の飛んだ清水の死体を見つめた先生が呟く。それに俺はただ一言、伝えた。

 

「敵だから、だ」

「そんなっ! 敵だなんて……!」

「俺のしたことに……口を出すな。これは俺があんたの話を聞いた上で決断したことだ。口を出す権利はない」

「ッ……」

「寂しい生き方、ね。色々考えさせられたが……この生き方を変えることはどうやら出来ないらしい。大切な人を守るためなら例え俺が壊れたとしても如何なる汚れ仕事も躊躇わない……変えることは不可能さ」

「ああ……紅君。私は……私は……!」

「……先生の想っている〝先生〟という像は既に幻想と言っても過言ではない。特に命の軽いこの世界では特に、だ。それでも信念を曲げるつもりがないのなら……どうか気を強く持って俺たちの先生のままでいてくれると嬉しい」

 

立ち去ろうとした俺を引き留めた先生に言葉を投げかけ……今度こそ俺は振り返ることなく四輪を取り出してその場から消えるのだった。

 




はい、ひとまずウルの町編はここで終わりになります。次回からは再びフューレンに戻って様々な出来事に遭う音也たちを書くつもりです。


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第十二楽章 事後

今回は先に進む……というよりは説明会です。次回からはしっかり先へと進みます()


「あの……音也くん」

「……記憶は戻ったみたいですね」

「すっかり、ね」

 

……四輪を操りながら隣に座った露葉さんに話しかける。ちなみにハジメとシアにウィルはチハに乗っている。魔力さえ流せばチハももの凄い速度で疾駆できるので問題はない。

 

ひとまず目的はフューレンだ。ウィルを送り届けなければならないし物資の補給もしておきたい。

 

「まあ……戻ったなら良かったですよ」

 

どうやら露葉さんは水流にやられた反動で記憶も戻ってきたようである。

 

なんか顔が赤いのはよく分からん。あと雫とユエがジト目を送ってきてるのも解せぬ。ティオに関しては……うん、放置しておこう。

 

「えっと……なんか雰囲気変わったね? 大人っぽくなったというか」

「そうですか?」

「雫も……すっかり変わったのね」

 

そりゃ変わりましたとも。まず髪の毛が雪のように真っ白だもの。

 

「色々あったのよ……でも姉さん。音也とそこまで引っ付くのはなんで?」

「良いじゃない。減る物じゃないでしょ?」

「むー……」

 

拗ねたような顔をする雫。姉さんには流石に振り回されるのだろうか。しかし拗ねてる雫は新鮮で可愛い。

 

「やれやれ……で、何で露葉さんはこの世界にわざわざやって来たんです?」

「そうねえ……まず一つ目の理由は単純に貴方たちと会いたかったからよ」

「ほーん……」

「で、もう一つ理由があって……音也くん。これを貴方に渡したかったの」

「……これは?」

 

露葉さんから手渡された物は、以前も見せてくれたガラケーのような何かと鍵だった。

 

「この鍵はスイッチを押すとベルトとナックルになるらしいの。音也くんのお母さんが一睡もしないで作り上げたらしくて……」

「母さん……何やってるんだよ。しかしベルトとナックルになるのか。持ち運びには便利になるな」

「それにこのベルトで変身すると以前のイクサよりもパワーアップしてるらしいわ。どうやらライジングっていうモードに強制的に変わるらしいけどね」

「……すっ飛びすぎだろ。んじゃこのガラケーモドキはそういうことか?」

「想像通りよ。イクサライザーと言うらしくてライジングイクサのメインウェポンとも言えるみたい。あ、でもイクサカリバーだったりイクサナックルはそのまま使えるらしいわよ?」

「母さんの技術力どーなってるんだよ」

 

思わず呆れ返る。母さんの技術力は恐らく異世界でも通用するだろう。現にプロトイクサですら大迷宮攻略が可能なのだから。

 

とはいえ露葉さんが異世界を遙々と越えてまで持ってきてくれた強化アイテムだ。有り難く頂くとしよう。

 

「あ、そうだ……音也くん。イクサライザーで自分の家の電話番号を入力してみてくれないかしら? 音也くんのお母さんがそうして欲しいって頼んできたから……」

「家の電話番号だって? 母さん……何を仕込んでるんだ?」

 

あの母さんのことだ。絶対に何かを仕込んでいるに違いない。とりあえず家の電話番号を入力してみる。

 

デエエン! とかピポポポ……とか色々鳴る機能まで再現されているのはさておき、入力が完了してコールボタンを押した。その次の瞬間である。

 

 

『もしもし音也。元気にやっている? 私たちは貴方のことを必死に探していますが未だに手がかり一つ見つけられません』

「ええ……マジで? 音声吹き込んだのかよ」

 

イクサライザーから母さんの音声が流れ始めた。思わず驚愕して呟いてしまっがその後は黙って母さんの声を聴く。

 

実に数ヶ月ぶりの親の声だ。とても懐かしい。

 

『お父さんは最近仕事にも行かずに貴方の行方を探しています。すっかり顔がやつれて別人のようです。私自身もすっかり見た目が変わってしまいましたが音也は元気にやっているでしょうか?』

「父さん……母さん……」

『無事、貴方が帰ってくることを私たちは祈っています』

 

……そこで母さんの声は途切れた。ここまでのようだ。

 

そういえば俺たちがこの世界に来てから既に数ヶ月は経過している。

 

この数ヶ月の間に様々な出来事に見舞われたが……その間両親は生きた心地がせずに俺のことを探していてくれたのだろうか。

 

「……早く、帰りたいな」

「ええ……」

「ん……」

「まだ帰る見通しは立ってないの?」

「帰るも何も、この世界を越えなければならないんだ。そのための力を集めないとな……」

「そう……やっぱり時間が掛かりそうなのね?」

「そりゃな」

「……よし、分かった。私もみんなに付いていくわ」

「……は?」

「何言ってるの姉さん……戦えるの?」

 

ごもっともな雫の言葉。いや待てよ? そういえば露葉さんが先生を助けるために飛び出した時の速度は……縮地どころか爆縮地の速さだった。ほぼ雫と同等とも見えたし……。

 

「露葉さんは……何か武道をやってましたっけ?」

「あら、私も八重樫家の女なのよ? 母さんから色々な技を教えて貰ったわ」

「あれ……露葉さんって剣術の才能はなかったと自分で言ってませんでしか?」

「剣術は、ね。他は別よ?」

「……マジで?」

 

露葉さんが武道をやっている姿は見たことがない。故に戦えるはずがないと勝手に思っていたのだが……この雰囲気だとそうでもなさそうである。

 

しかし雫も知らなさそうな顔をしているのだが……どういうことだ? 

 

「詮索はなし! あまり疑ると女の子に嫌われちゃうわよ?」

「……分かりましたよ」

 

露葉さんにメッ! をされて仕方なく黙る。日本に居た頃から露葉さんのペースには振り回されがちだったが……ここでも変わらないらしい。

 

俺は一つ溜め息をつき、しかし頬を緩めながらも四輪を疾走させるのだった。

 




音也の名前をした音也ではないキャラを書くって中々大変です…とはいえ音也まんまにすると物語で暴動が起きかねないんですよね()


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第十三楽章 再びフューレンへ

中の人はウルトラマンも好きなので昨日はウルトラマンティガファイナルオデッセイを視聴してました。個人的にはティガトルネードが一番好きですがブラストも格好良くて好きです。というか他にもネクストが好きだったりとどうも不完全体が私は好きみたいです()

あ、そういえばなんですがライジングイクサとプロトイクサは完全に別物です。ライジングに変身するには露葉から受け取った「鍵」をベルトとナックルに変形させて変身しなければなりません。


「ウィル! 無事かい!? 怪我はないかい!?」

 

ここはフューレンのギルド内にある応接室。俺たちは見張りに事情を話してここまで通してもらったのである。高そうなお菓子と飲み物をバリボリごくごく飲み食いすること五分。以前の落ち着いた雰囲気はどっかに飛んでいったイルワが飛び込んできた。

 

「イルワさん……すみません。私が無理を言ったせいで、色々迷惑を……」

「……何を言うんだ……私の方こそ、危険な依頼を紹介してしまった……本当によく無事で……ウィルに何かあったらグレイルやサリアに合わせる顔がなくなるところだよ……二人も随分心配していた。早く顔を見せて安心させてあげるといい。君の無事は既に連絡してある。数日前からフューレンに来ているんだ」

「父上とママが……わかりました。直ぐに会いに行きます」

「おう……マザコンか」

「……中々辛かった」

「ハジメ、マジですまなかった」

「気にすんな……金輪際関わらないだろうし」

 

遠い目をしたハジメに思わず謝罪をする。かなりそんな役割を果たしてもらったので、どこかで休ませてやりたいと叶うはずのない願いを思う。

 

「さて、今回は本当にありがとう。まさかウィルが生きて帰ってくるとは思っていなかったよ」

「まあ運が良かったんだよ。他は残念ながら全滅だからな」

「ふふ、そうかな? 確かにそれもあるだろうが……何万もの魔物の群れから守りきってくれたのは事実だろう? 紅の継承者と女神の剣殿?」

「何だそりゃ?」

「あれ、知らないのかい? 君たちのことを町の人たちはこう呼んでたんだよ」

「へえ……てか事の端末は知ってたんだな。大方監視用のアーティファクトでも飛ばしたのか」

「流石、鋭いね……君たちのとんでもない移動用アーティファクトのせいで諜報員は泣き言を言ってたけどね」

 

 

そりゃあ700kmh近くで激走する二輪か300kmhで駆け抜ける四輪を追いかけたのだ。泣き言を言わない方が難しいだろう。

 

思わず諜報員に対して同情してしまった。それと同時に、よく追いかけられたなと感心もした。

 

 

「あ、そうだ。約束のステータスプレートを頼めるか? 新しくティオの分と露葉さんは……『貰えるなら嬉しいかな』だそうだ。頼むぞ」

「ふむ、それは構わないが……数万もの魔物を退けた話については聞いてもいいかな?」

「勿論だ。それにステータスプレートがあった方が信憑性も上がるだろうしな」

「そうだね……よし、そこの君。ステータスプレートを四人分頼んだよ」

 

結果、露葉さんたちのステータスはこうなった。

 

====================================

 

八重樫露葉 18歳 女 レベル:80

 

天職:芸者

 

筋力:6000

 

体力:4500

 

耐性:3250

 

敏捷:31450

 

魔力:2100

 

魔耐:2300

 

技能:投擲術・分身術[+3人]・読心術・解毒術・縮地[+爆縮地][+重縮地][+震脚][+無拍子][+神速]・先読[+投影]・気配感知・熱源感知・気流感知・気配遮断・隠業[+幻撃]・変わり身・変装・声帯操作・呼吸操作[+停止][+水呼吸][+体力回復][+魔力回復][+怪我治癒][+電撃][+焼撃]・魔力操作・言語理解

 

====================================

 

====================================

 

ユエ 323歳 女 レベル:75

 

天職:神子

 

筋力:120

 

体力:300

 

耐性:60

 

敏捷:120

 

魔力:6980

 

魔耐:7120

 

技能:自動再生[+痛覚操作]・全属性適性・複合魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]・血力変換[+身体強化][+魔力変換][+体力変換][+魔力強化][+血盟契約]・高速魔力回復・生成魔法・重力魔法

 

====================================

 

====================================

 

シア・ハウリア 16歳 女 レベル:40

 

天職:占術師

 

筋力:60 [+最大6100]

 

体力:80 [+最大6120]

 

耐性:60 [+最大6100]

 

敏捷:85 [+最大6125]

 

魔力:3020

 

魔耐:3180

 

技能:未来視[+自動発動][+仮定未来]・魔力操作[+身体強化][+部分強化][+変換効率上昇Ⅱ] [+集中強化]・重力魔法

 

====================================

 

====================================

 

ティオ・クラルス 563歳 女 レベル:89

 

天職:守護者

 

筋力:770  [+竜化状態4620]

 

体力:1100  [+竜化状態6600]

 

耐性:1100  [+竜化状態6600]

 

敏捷:580  [+竜化状態3480]

 

魔力:4590

 

魔耐:4220

 

技能:竜化[+竜鱗硬化][+魔力効率上昇][+身体能力上昇][+咆哮][+風纏][+痛覚変換]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮]・火属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・風属性適性[+魔力消費減少][+効果上昇][+持続時間上昇]・複合魔法

 

====================================

 

……ユエにシア、そしてティオに関しては特に驚かなかったが露葉さんのステータスには度肝を抜かれてしまった。

 

まず目に入るのは敏捷だ。30000を超えるとなると雫よりも速く動くことが可能である。無論俺たちは足下にも及ばない。

 

そしてあまりにも特殊すぎる技能がズラリと並んでいる。これはどこからどう見てもニンジャだ。下手したら俺たちは手も足も出すことが出来ない可能性だってある。

 

「ね、ねね姉さん。これはどういうことなの?」

「私が母さんに習っていたのは裏八重樫流よ。裏に関してはそこまで話すことが出来ないけど……兎に角剣術以外なら基本は出来るつもりだから」

「……私よりも動けるって凄いわね」

「い、いやはや……なにかあるとは思っていましたが、これほどとは……」

「……俺たちのも見せるか」

「だな」

「そうね……でも今回は音也だけので良くて?」

「それもそうだな」

 

 

結構久しぶりにステータスプレートを取り出してイルワに渡す。そこに記載されていた内容は大体こんな感じだ。

 

============================== 

 

紅音也 16歳 男 レベル:???

 

 

天職:ヴァイオリニスト,継承者

 

 

筋力:14520

 

 

体力:26680

 

 

耐性:17800

 

 

敏捷:17190

 

 

魔力:17000

 

 

魔耐:17000

 

 

技能:ヴァイオリン演奏技術[+超絶技巧]・ヴァイオリン制作技術・共感覚・絶対音感・生命力増強・全属性適正・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・魔皇力耐性・恐慌耐性・全属性耐性・胃酸強化・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+体力変換][+身体能力強化][+高速構築]・魔皇力操作[+魔力変換][+体力変換][+身体能力強化][+魔法効率上昇][+高速構築]・魔法生成・複合魔法・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+爆縮地]・纏雷[+拡散]・風爪・夜目・遠見・気配感知・熱源感知・魔力感知・地獄耳[+音源探知]・気配遮断・金剛・威圧・念話・高速魔力回復・限界突破[+覇潰]・生成魔法・重力魔法・言語理解

 

===============================

 

なんか天職が増えてはいるが大体以前見たときと同じだろう。ステータスは軒並み上昇しているが……まあ妥当か。

 

とりあえずあんぐり開いたイルワの口をガコンと閉じて頬をペシペシ。現実へと引き戻した。

 

「で、どうする? 危険因子として教会に突き出すのかい?」

「そんなまさか。君たちは恩人であるし……とても敵に回そうとは思えないよ。約束通り出来る限りで君たちの後ろ盾になろうと思う。それと後ろ盾になりやすいようにランクを金にしておくよ」

 

大盤振る舞いごちそうさまです。

 

その後はイルワの薦めで中央区にあるギルド直属の宿のVIPルームに泊まることとなった。広いリビングの他に個室が四部屋付いた部屋であり、中々にゴージャスである。

 

俺はリビングにある巨大なソファーにゴロリ。同室の雫が膝枕しユエが隣に座って露葉さんが俺の髪を撫でる。ティオはひとまず広い部屋を散策しに行った。

 

 

「そうだ音也くん。明日一日私に付き合ってくれないかしら?」

「露葉さんと? そりゃまたどうして……」

「折角だからデートしたいな~って。ダメかな?」

「俺は構わないですけど……」

「姉さん……どうしたの? 急に積極的になったわね」

「……ライバルが増えた?」

「あらあら。そこまでカッカしなくても良いくて? 貴女たちはこれまで沢山音也くんと過ごしたんだから……数ヶ月ぶりに二人でゆっくりする時間を貰いたいだけでよ?」

「……分かったわ。その代わり今夜は寝させないわよ?」

「私も……音也、頑張って?」

「え、待てよ。今夜は三人でやるのか?」

「流石に混ぜてとは言えないわね。今夜は頑張りなさいな。スタミナ料理作ってあげるから」

「露葉さんも妹のこと少しは止めてくれませんかね!」

「妹が大人になろうとしてることを姉として応援しているだけよ?」

「何気に爆弾投げ込まないで!」

 

 

……その夜、搾りかすも搾り取られて露葉さんにスタミナ回復の夜食を作ってもらったのはまた別の話である。

 




次回は音也と露葉のデートになります。原作読んでる人なら流れはなんとなくお分かりだとは思いますが……()
あ、それと露葉の呼吸操作ですがこいつはジョジョの波紋の呼吸に近いです。骨折程度ならすぐに治せますし体力や魔力の回復も可能です。それと言語理解についてはキャッスルドランが異世界に召喚した特典で授けた物……という設定になります()


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第十四楽章 海人族?

今回は何時もより1000文字ぐらい多めです…普段は大体3000前後なんです()


「ほら音也くん。早く歩いて?」

「急ぎすぎですよ……転ばないでくださいね」

 

……翌日。俺と露葉さんはフューレンの観光区まで二人でデートしに出かけた。ちなみにハジメとシアもデートをするらしく俺たちより一足早く出発していたりする。

 

露葉さんはユエに制作して貰ったのであろう巫女服を着ており、腰付近まで伸ばした艶のある黒髪も相まってThe 大和撫子な雰囲気を醸し出している。言うならば艦隊コレクションの扶桑……のような見た目である。流石に違法建築煙突の髪飾りはしていないが。

 

なお俺に関しては今日限り眼帯を装着している。流石に義眼丸出しで町に繰り出すのは露葉さんが反対したのである。

 

「それにしても音也くんは相変わらず何だね。ヴァイオリンをデートにまで持ち込むなんて……」

「これは……いや、すんません。いざという時にはこいつで解決出来るかもなんで」

「ふーん? 演奏で……か。まあこの世界なら十分あり得ることね」

「理解早くて助かりますよ。んで、どこへ行くんです?」

「そうねえ……折角だから露店でも見て回りましょうか。お腹空いたしね」

 

パチッとウインクして先行する露葉さん。今のウインクで近くに居た男が殆どノックアウトしたようである。もっとも、過半数の理由はその隣に居た恋人の拳による物だろうが……。

 

しかし女性からの視線を妙に感じるのは何故だろうか? 

 

「すみません。この串焼きを二つお願い出来ます?」

「あれ、お嬢さん綺麗だねえ! こいつはオマケだよ。持っていきな」

「そんな、悪いですよ」

「ああ……貰える物は貰っときましょうや。ご厚意なんですし」

「って君もイケメンだね! お似合いのカップルだよホント!」

 

中々に調子の良いおっちゃん店員である。その瞳には嫉妬の色が見受けられず、年長の余裕というものを感じ取る事が出来た。

 

久しぶりにマトモな大人に出会えたので思わず頬が緩む。ここは一つお礼代わりの演奏をして差し上げるべきだろう。

 

「音也くん……頼めるかしら?」

「……何でもお見通しですね、露葉さん」

「お、それはヴァイオリンかい? 随分と使い込まれているようだね」

「お礼代わりに一つ演奏でもしようかと思いましてね。ちょっと腕には自信があるんですよ」

 

そう言って弓を弦に触れさせる。曲は……イクサのテーマだ。753が変身した時に流れる印象が強めだが音也の変身でも流れている。

 

初めはゆっくり。一つ一つの音を確かに噛みしめるかのように紡ぎ……と、勘違いさせた次の瞬間には一気に加速していく。

 

個人的な感想ではあるが人間は半音が絡むと耳によく残る。無論半音オンリーで弾くとそうでもないが……上手い具合に普通の音と組み合わせることで絶妙なハーモニーが生まれるのだ。

 

「……ふう」

「……すげえ」

「ふふ……流石ね」

 

時間にして約一分。しかしその一分もの間に数多くの音色を詰め込んだ。充実感としては一時間の演奏と同じぐらいであろう。

 

俺はオマケを貰ったお礼を改めて告げてその場を立ち去ろうとした……が、引き留められた。

 

「あ、あの! 私と食事でもしませんか?」

「抜け駆けはズルいでしょ! あ、私とそこのカフェでどうです?」

「こら、迷惑でしょ! ……あの、私とどうです?」

「何だこりゃあ」

「ふふ、人気者だね?」

「やってられるかよ……ほら、行きますよ」

「やん……引っ張らないでよ」

「……艶めかしい声出さないでくださいよね」

 

関わるのは面倒くさいので露葉さんの手を握って思いっきり地面を蹴り飛ばして宙に浮いた。そんで宙に浮いたら天歩で移動して人気の少ないカフェの近くに降り立つ。

 

ヴァイオリン演奏しただけで女が目の色変えて迫ってくるの怖すぎて仕方がない。

 

「はあ……面倒くせ」

「ふふ……どこの世界でも人気者だね」

「勘弁してくださいよ。俺は雫とユエを愛してるんですから」

「あら、私のことは愛してくれないのかしら?」

「……あんまりイジメないでください」

「考えとくわね~」

 

正直この先の旅が心配だ。雫やユエとバトルにならないだろうか……。

 

とはいえ今は考えても仕方のないことだ。故に俺は心配事をどっかに放り投げて近くにあったカフェに入ることとした。

 

「ふう……おいし!」

「幸せそうに食べますねえ」

「だって美味しいんだもの。美味しいって幸せでしょ?」

 

魅力的な笑顔で話しかけてくる露葉さん。雫かユエがいたらほっぺたをつねられるぐらいには頬が緩んでいる気がする。

 

普段は非常にお淑やかで他の模範となるような人物だが……オフの時はかなりラフであるし取っつきやすい性格をしている。

 

若干天然が入ってはいるのだが……むしろそれが魅力になっていたり。

 

「……あらら?」

「ん……?」

 

と、食事を仲良く楽しんでいたのだが……唐突に弱り果てていて小さい気配を感じ取った。露葉さんも同様に感じ取ったらしく、怪訝そうな表情になっている。

 

気配の小ささからしてこれは恐らく子供の物だ。しかも弱り切っていて今にも消えてしまいそうである。

 

とりあえず気になるので俺は席を立って走り出した。下の方から気配がするとなれば現在気配元が居るのは下水道である。ならばマンホールを探して待ち伏せが一番であろう。

 

「マンホールはどこかしら……」

「多分あそこです」

「あら本当ね。ひとまず流れてくるのを待って持ち上げる?」

「ですね……でも露葉さんは待っててくださいよ。流石に下水道に入ってもらうわけにも行かないので」

「優しいのね」

「いや当然でしょ?」

 

マンホールを見つけたのです跳ね飛ばして中へ突入。気配元に向かって駆け出す。手にはファンガイアスレイヤーだ。

 

「……そこか!」

 

ビシュッ! バシッ! グイッ

 

鞭のようにファンガイアスレイヤーを飛ばして流されてきた気配元を掴む。そしてグイッと引いて俺の手元まで手繰り寄せた。

 

「ん? ……こいつは!?」

 

やはり気配の主は子供だったので抱き抱えたところで驚愕の声を上げた。

 

その子供は、見た目三、四歳といったところだ。エメラルドグリーンの長い髪と幼い上に汚れているにも関わずわかるくらい整った可愛らしい顔立ちをしている。女の子だろう。

 

だが何より特徴的なのは、その耳だ。通常の人間の耳の代わりに扇状のヒレが付いているのである。しかも、毛布からちょこんと覗く紅葉のような小さな手には、指の股に折りたたまれるようにして薄い膜がついている。

 

俺はハジメほど博識ではないが基礎知識ぐらいなら頭に入っている。この子は恐らく海人族だ。海人族は西大陸の果、【グリューエン大砂漠】を超えた先の海、その沖合にある【海上の町エリセン】で生活している亜人族であり、王国に海産物を数多く輸出している御蔭で差別対象にも関わらず保護されている族だ。

 

そんな海人族の、しかも幼子が大都市の下水道を流れてくるなど犯罪臭がプンプンしている。

 

ひとまず俺は下水道から出て露葉さんを連れて偶々近くにあった温泉施設までやって来た。

 

「露葉さん。この子と温泉に入ってくれません? ついでに解毒も頼みたいんですけど」

「任せなさい。音也くんは……衣服を買ってくるのかしら?」

「それと食べ物も。目が覚めたら名前を聞いて適当にあやしといてください。出来たら事情聴取も頼みます」

 

それだけ言い残して俺は縮地を発動。殆ど瞬間移動に近い速度で衣服店に突入して乳白色のフェミニンなワンピースとグラディエーターサンダルっぽい履物、それと下着を購入した。

 

「プレゼントですか?」

「そうだ。友人に娘が生まれたからな」

 

いけしゃあしゃあと嘘をついて周りからの視線を回避。風のように店から退出して今度はその辺にある露店を適当に探して食べ物を購入した。

 

下水道に流されてきたのならば体が温まる物が良いだろうと勝手に考えてまだ温かい団子を買った。団子は腹持ちが良く幼子も食べやすいだろう。

 

一通り買う物を買って温泉施設の中にある休憩ルーム的な場所まで戻ってくると露葉さんと海人族の女の子は既に上がって髪を乾かしていた。

 

薄汚れていた女の子は髪は本来のエメラルドグリーンの輝きを取り戻し、光を反射して天使の輪を作っている。

 

とりあえず服を着せて靴を履いてもらい話を聞く。

 

「さて……名前はなんだ?」

「……ミュウ」

「そうか。それならまずはこれを食べな。腹が減っただろ」

 

解毒&殺菌は露葉さんが済ませてくれているので団子容器ごと露葉さんに手渡す。すると露葉さんは慣れた手つきで団子を手に取って「あ~ん」をミュウにさせて食べさせ始めた。

 

「で、何があったんです?」

「うん、どうも海岸線でお母さんと泳いでたらはぐれちゃったらしくて……そのまま彷徨っていたら人間に捕らえられたみたい。そのままオークション会場のような所まで連れてかれたみたい。そこには人間の子供も居たみたいよ?」

「オークション……しかも人間の子供まで居たのか。これは裏オークション的なやつですね……」

「ミュウちゃんは自分の出番になった時に偶々地下水路へと続く穴を見つけたらしいの。一目散にその穴に飛び込んだらしいわね」

「なるほど……」

「……どうするの?」

「日本で言う警察署みたいなとこに届けましょう。この先の旅に付いてくるのは流石に……」

「……そうね」

「よし、いいかミュウ。これから俺たちはお前を守ってくれる人たちの所まで連れて行く。そこへ行けば時間は掛かるかもだがそのうち家に帰れるはずだ」

「……お兄ちゃんとお姉ちゃんは?」

「悪いがそこでお別れだよ」

「やっ!」

「いや……否定されてもな」

「お兄ちゃんとお姉ちゃんがいいの! 二人といるの!」

「悪いな。こればかりは仕方ないんだよ」

 

団子を食べ終わったミュウのことを俺が抱き抱えて立ち上がる。顔を引っ掻かれ眼帯を奪われたが止まることはしない。

 

髪はボサボサ、片目に義眼丸出しの状態で保安署という日本の警察署のような場所に辿り着いた俺は目を丸くする保安員に事情を説明した。

 

やはり大きな問題らしく、保安員のおっちゃんは必ず手厚く保護して元の場所まで送り届ける約束をしてくれた。

 

ここまでやればもうお役御免だ。俺はサッサとその場を立ち去ろうとしたのだが……。

 

「お兄ちゃんは、ミュウが嫌いなの?」

「うっ……いや、そうじゃねえよ。これはお前を守るためなんだ。許してくれ」

 

一瞬言葉に詰まるがすぐに気を取り直してにべも無く告げる。それでもミュウの悲しそうな瞳と心の音楽は変わらなかったが……致し方ないのだ。

 

俺は心を鬼にしてその場を今度こそ立ち去った。

 

沈んだ表情の露葉さんと黙って道を歩く。露葉さんもミュウにあの短時間でかなり入れ込んでしまったのだろう。思うところはあるに違いない。

 

流石に沈黙に耐えかねて何か話題を振って気を紛らわせようとした。その次の瞬間である。

 

ドォガァアアアン!!!! 

 

背後で爆発が起き、黒煙が上がっているのが見えた。その場所は保安署だ。

 

「音也くん……あれって!」

「野郎……やりやがったか!」

 

ベルトを巻きながら駆け出す。最悪の事態は誘拐犯たちが証拠隠滅を図ってミュウごと爆殺したという事だ。それだけはないで欲しい。

 

あっという間に保安署へ戻ると、先ほどミュウの保護を受けてくれたおっちゃんや他の保安員が倒れ伏していた。大怪我はしているが命に別状はなさそうだ。

 

「音也くん……こんな物見つけたわよ」

「……これは」

 

〝海人族の子を死なせたくなければ、黒髪の連れと共に○○に来い〟

 

「…………」

「音也くん……」

「分かってる。クソ野郎共……欲をかいたらしいですよ」

 

ここまでされて知らんぷりは有り得ない。故に俺は凶暴な笑みを作って露葉さんに告げた。

 

「全て潰して取り返します。行きましょう」

「ふふふ……賛成よ。地獄を見せてやりましょう?」

「勿論」

 

互いに犯罪者のような凶悪な笑みを浮かべ、俺たちは保安署を後にするのだった。

 




次回は戦闘回です。それにしてもほぼ毎日投稿は中々くるものがありますね()


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第十五楽章 突入

お外きっつい……この時期は汗が噴き出るように出るので経口補水液がお友達です()


「おい、海人族の女の子はどこへ連れて行った?」

「し、知らない! 俺にはサッパリなんだ!」

「ならアジトは?」

「アジトはここから数百メートル感覚で……」

「ふーん……死ね」

 

ゴチャア! 

 

用無しを生かすほど俺は甘くない。その歪んだ精神を作り出す頭を握り潰して地面に投げ捨てた。

 

「よし次」

「こっちも終わったわよ」

「全く……数が多いな。念話でハジメたちに応援を頼んだから何とかなるはずだが……」

「それにしても今回は激怒しているわね?」

「露葉さんにまで手を出そうとしたんだ。必ず後悔させてやるさ」

「怒ると敬語が抜けるのねえ……新鮮だわ」

「ほら、次行きますよ。アジトは後百ぐらい有りそうですし」

「いや、本拠地を聞き出したから小さいアジトはハジメくんたちに任せましょう。私たちは突入よ」

「それも良いな……よし、行こう」

 

既にアジトは百を超える単位で壊滅させている。しかし本拠地の場所が分かったのならアジトをすっ飛ばして本拠地を叩き潰すのが一番だろう。

 

「露葉さん、乗って」

「これはバイク?」

「そう、バイク。移動にはやっぱりこれだ」

「便利ねえ……」

 

今回ばかりは早いところ元凶とご対面して殴り潰したい。故にイクサリオンと重力魔法を駆使して一飛びに本拠地へと突入することにした。

 

魔力を限界まで流し込んでちょっとした段差から飛び上がる。さらに重力を操作して空中ドリフトしながら家々を飛び越えて商業区の中でも外壁に近く、観光区からも職人区からも離れた本拠地のあるらしい場所へ突入した。

 

「ここからは別行動で。見つけ次第連絡する」

「分かったわ。幸運を」

 

着地のついでに数十人のチンピラ風の下っ端を蹴散らして分散。一気に駆け抜ける。

 

「このド腐れ共が……まとめてかかってこいやあ!」

 

ファンガイアスレイヤーを振り回して近づいた下っ端を片っ端から地獄へ送る。さらにファンガイアバスターで一射ごとに数十人をまとめて殺害しそれらの攻撃を躱した者にはヤクザキックをお見舞いして永遠の眠りへと誘う。

 

バンッ! バンッ! バンッ! バンッ! 

 

ドシュ! ジャララ…… ビシッ! 

 

「ほらどうしたあ! その程度か!!」

 

ミュウの心の音楽を探しながらもクソ野郎共を地獄送りにして建物内へ突入。一気に駆け上がり最上階まで辿り着いた。

 

ドォガアアア!! 

 

扉を蹴破りファンガイアバスターを構える。

 

「……てめぇら、例の襲撃者の一味か」

「その通りだ。さて……お前には色々と吐いて貰うからな」

 

ダンッダンッダンッダンッダンッ!!! 

 

「ぐうあ!?」

「今撃ち込んだのは麻酔弾だ。お前は動くことは出来ない。出来るのは話すことだけだ」

 

対物ライフルの銃口で倒れ伏せた男の腹をグリグリ。ついでに重力魔法で重量アップさせて負担を倍増させる。

 

普段とは違って義眼が髪で隠れてはおらず、生身の死んだような瞳と相まって恐らく凄まじい威圧感を醸し出しているだろう。

 

「海人族の女の子は……どこへやった?」

「海人族……あ、あれは今日の夕方から始まる裏オークションの会場の地下へ移送済みだ」

「ほう……その場所はどこに?」

「か、観光区だ! 頼む、金なら幾らでもやるから助け──」

「死ね」

 

ズドオン! 

 

命乞いを無視して引き金カチリ。対物ライフルで男の心臓を接射で撃ち抜き露葉さんに念話で連絡をした。

 

(ミュウは観光区の地下へ移送されたらしい。ここを潰したら行くぞ)

(分かったわ。先に行っててくれるかしら? 最後に派手にやるから)

(そうか……ならそうさせてもらう)

 

念話で指示を飛ばしつつ、最後に置き土産で手榴弾を数発ばら撒いて俺は天井から本拠地を脱出。縮地と天歩を駆使して宙を駆け抜けていく。

 

普通の人間なら数時間は必要な距離であるが縮地の高速移動と天歩の建物無視を使うならば数十秒で到着できる。

 

目的の場所に到着すると、その入口には二人の黒服に身を包んだ巨漢が待ち構えていた。とはいえ居眠りしてるので警備はザル。念の為麻酔弾を撃ち込んで深い眠りに落として俺は裏口に回り込んだ。

 

やがて地下深くに無数の牢獄を見つけた。入口に監視が一人おり居眠りをしている。その監視の前を素通りして行くと、中には人間の子供たちが十人ほどいて、冷たい石畳の上で身を寄せ合って蹲っていた。十中八九、今日のオークションで売りに出される子供たちだろう。

 

しかしミュウは見当たらない。俺は内心舌打ちをしながらも近くに居た男の子に話しかけた。

 

「ここに海人族の女の子はこなかったか?」

「え、えっと……ついさっき連れてかれちゃったよ」

「やっぱりか……」

「ねえ……お兄ちゃんは何者なの?」

「俺か? そうだな……」

 

少しだけ思考を巡らして……答えた。簡潔に、分かりやすくである。

 

「仮面ライダーだ」

「かめん……らいだー?」

「お前たちのような困ってる人を助けに来る……正義の味方だよ」

「え、助けてくれるの!」

「勿論さ。すぐにここから出してやる」

 

ベギッ! と素手で鉄格子を破壊。さらに念話で露葉さんに話しかける。

 

(現在地は?)

(今さっき裏口に辿り着いた所よ)

(丁度良い。今から数十単位で連れ去られた子供を解放するから保護を頼む)

(任せなさい)

 

再度、念話で指示を飛ばした俺は唖然としている子供たちにも脱出を促すことにした。

 

「よし、出たら俺の真後ろへ進め。お前たちを保護してくれるお姉さんが待ってる」

「うん! 助けてくれてありがとう! あの子も絶対助けてやってくれよ! すっげー怯えてたんだ。俺、なんも出来なくて……」

「……ま、今回は俺がやっとくさ。お前はこれから強くなればいい」

 

頭をポンポンと軽く叩いて俺は再び駆け出す。どうやらオークション会場は現在地よりさらに地下にあるらしいので階段を駆け下りて会場を発見。物音立てずに天井に跳び上がる。

 

俺の目先には確かにミュウの姿を捉えることが出来た。ただし二メートル四方の水槽に入れられており、その小さな手足には金属製の枷をはめられている。

 

「全く、辛気臭いガキですね。人間様の手を煩わせているんじゃありませんよ。半端者の能無しのごときが!」

「……その言葉。そっくりそのままお前らにお返しさせて頂くぜ!」

 

聞き捨てならない声を聞いたので天井を思いっきり破壊しながら地面へ急降下。司会らしき男の脳天に思い蹴りを入れて絶命させた。

 

さらにミュウが閉じ込められていた水槽をナックルでたたき割って抱き上げる。ついでに枷も破壊した。

 

「……お兄ちゃん?」

「顔を散々に引っ掻かれて眼帯も奪われた男……というならお兄ちゃんは俺だな」

「お兄ちゃん!」

「よしよし……」

 

毛布でくるんでやりながら背中を摩る。そしてその態度とはまるで逆の視線を囲もうとしてきた男たちに向けた。

 

レ・ディ・ー

「覚悟は良いか? 子供の人生を食い物にして生きてきたクソ野郎共諸君。あの世へ送られる心の準備はもう良いかな?」

フィ・ス・ト・オ・ン

「お兄ちゃん……?」

「大丈夫だ。俺に任せとけ」

 

突如として目の前に現れたイクサスーツを見て不思議な物を見た! という顔で俺に目線を向けてくるミュウ。

 

それはクソ野郎共も同じだったらしくベルトから召喚されたイクサスーツに目を丸くしている。

 

「……変身」

「クソガキ、フリートホーフに手を出すとは相当頭が悪いようだな。その商品を置いていくなら、苦しまずに殺してやるぞ?」

「アホらしい。サッサとあの世へ行きな」

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「ミュウ、目を閉じて耳を塞いどけ」

「んみゅ……こう?」

「良い子だ」

 

スーツの中からニヤッと笑いつつ……俺はバチバチと電撃が迸っているイクサナックルを地面に思いっきり押し当てた。

 

バリバリバリバリバリバリバリ!!! 

 

五億ボルトの電磁波が地面を伝わって周辺にいた男は勿論のこと、逃げようともしなかった客にも命中することとなった。

 

クソ野郎共は電撃を感じる間もなく体の外から焼け死んでいった……が、その場に留まること 俺は天井を突き破って空に再度浮かび、変身を解除してミュウの柔らかいほっぺをつんつんした。

 

「もう大丈夫だぞ~」

「ふわ!?」

「おお……夕焼けが綺麗だな」

「お兄ちゃん凄いの! お空を飛んでるの!」

「飛んでるというよりは跳んでるだがな……さてミュウ。最後の仕上げだぞ」

「仕上げ?」

「まずは……こいつだ」

レ・ディ・ー

「行くぜ……変身!」

「へんしん?」

ラ・イ・ジ・ン・グ

 

キバ本編の後半、特にルークと名護さんの最終決戦のように直接ライジングイクサへと変身する。ちなみに今までのようにスーツが出てきて装着されるタイプではなく微粒子が体に纏まり付いてスーツに変形している。

 

「お兄ちゃんまた姿が変わったの!」

「よし、それじゃあぶちかますぞ~」

イ・ク・サ・ラ・イ・ザ・ー・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「……ミュウ、ここに指を入れな」

「ここなの?」

「そうだ。そこを……カチッと引け!」

「カチッ! なの!!」

 

ドパアアアアアアアアアア!!! 

 

「ふええ?!」

 

ファイナルライジングブラスト発射。反動は全て俺が吸収しているのでミュウに実害はないが……発射先のミュウが先ほどまで監禁されていた場所は甚大な被害を被ることになる。

 

と、いうのも探索のついでに壁という壁に小型爆弾を埋め込んでおいたのである。ちなみに露葉さんと同時に突撃した本拠地の方にも爆弾をたんまり置いてきてる。

 

つまり……ファイナルライジングブラストをマトモに食らったらどうなるのか、お分かりだろう。

 

ズガガガガガガアアアアアン!!! 

 

「おお~……た~ま~や~」

「へ、変身コワイ」

 

……夕焼けの空に俺の間の抜けた声とミュウの震えた声が響き渡るのだった。

 




ファイナルライジングブラストの時にベルトが声を発したか覚えてないのですが…この小説では喋る設定でお願いします。と、いうのも仮に喋らなかったとしたら突然ファイナルライジングブラストが飛んでくることになるので分かりにくいかな…と勝手に思ったんです()


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第十六楽章 親?

遅れてしまい申し訳ないです……()


(音也くん! ミュウちゃんは無事!?)

(無事だ。今から地上に降りるから俺の気配の下に来てくれ)

「お兄ちゃん?」

「ん、大丈夫だ。それより今からお姉ちゃんに会えるぞ?」

「お姉ちゃん!」

 

変身を解除して露葉さんに集合をかける。その時の様子が不思議だったのかミュウが話しかけてきたが露葉さんと会えるぞと話したら目をキラキラさせた。

 

そのまま真っ直ぐ地面に降り立つと、露葉さんと雫が待っていた。

 

「あれ、雫も来たのか?」

「ちょっと気になってね」

「お兄ちゃん……この人、誰なの?」

「ん? こいつは雫だ。俺の……恋人だな」

「え……お姉ちゃんは?」

「雫の姉だな」

「……と、言いつつも?」

「茶化さないでくださいよ。露葉さんは雫の姉さん。ゆくゆくは義姉さんなのかな?」

「む~……」

 

何やら不満げに雫を見つめるミュウ。雫もまたミュウの目をジッと覗き込む。しばらく見つめ合っていた二人だが、その均衡は不意に破られた。

雫ががおもむろに進み出てミュウのことを俺から抱き取って……一言。

 

「……可愛い!」

 

ムギュ~っと抱き締める雫。そういえば雫は可愛い物に目がなかった。最近はそう言う素振りを見せてなかったので気にしてなかったが……そうだった。雫の部屋は可愛いぬいぐるみだらけだったし。

 

やがて一通り抱き締めた雫はミュウに慈愛の瞳を向けて呟いた。

 

「……よく、頑張ったわね。貴女はとても強いわよ」

「つよ……ふ……ふえええええええええん!!」

「おお……流石だ」

「間近でお姉さん見てきたからねえ……良い見本になれてたのかしら?」

「ま……それは雫を見てれば分かりますよ」

 

俺はまるで親子のような雫とミュウを愛おしげに見つめながらも露葉さんに貴女は間違ってないと伝えるのだった。

 

────────────────

「消滅した建物七十一棟、行方不明者数知れず、生還した人間は一人として見つからない……で? 何か言い訳はあるかい?」

「あるわけないだろ?」

「はぁ~~~~~~~~~」

 

冒険者ギルドの応接室で報告書片手にジト目で睨んでくるイルワの言葉を軽く躱して簡潔に告げる。それにしてもファイナルライジングブラストの破壊力は恐ろしかった。周囲の建物全部消し飛ぶんだもの。

 

あ、一般市民への被害はゼロだ。そこはユエとキバットが強力な結界を展開してくれていたので何とかなっている。

 

「まぁ、やりすぎ感は否めないけど私たちも裏組織に関しては手を焼いていたからね……今回の件は正直助かったといえば助かったとも言えるよ」

「ま、これから他の裏組織が動こうってなら俺たちの名前を出しな。なんならギルドお抱えのパーティーってことでも構わない」

「おや、良いのかい?」

「それぐらいはな。元々そういう犯罪者集団が二度と俺たちに手を出さないように見せしめを兼ねて盛大にやったんだからな。名前出すだけで相当な抑止力にもなるだろうよ」

「そうか……ならそうさせてもらうよ。あ、それとミュウくんの今後だけど……君たちに任せても構わないかな?」

「構わない。元よりそのつもりで助けに行ったんだからな」

「お兄ちゃん!」

「ただな。お兄ちゃん呼びは勘弁してくれないか? むず痒くて仕方がないんだよ。普通に音也と呼び捨てで構わない」

 

するとミュウは……恐らくこの場に居た人全員の予想を斜め上に行く答えを言ってきた。

 

「……パパ」

「へ? ミュウ、今なんて?」

「パパ」

「それは……言葉通りなのか? それとも海人族の中で〝お兄ちゃん〟とか〝音也〟という意味なのか?」

「ううん。パパはパパなの」

「うっそだろ……」

 

とはいえミュウは一度決めたらとことん芯を通す子だ。変えさせるのは無理だろう。

 

「まあ仕方ないか……」

 

無理やり変えさせて仲がこじれてしまうのはアウトである。俺は溜め息をつきつつもミュウの提案を渋々受け入れるのだった。

────────────────

オマケ

 

「ねえ音也」

 

「なんだ雫」

 

「……子供、欲しいわ」

 

「……俺らまだ十六だよな?」

 

「それでもよ。ほら……コレは要らないわね?」

 

「あ、こら……どうなっても知らないからな」

 

「……こうして二人で話すのは久しぶりね?」

 

「そういやそうだな。最近は忙しかったから……」

 

「別に毎日とは言わないわ。でも……たまにはこうしてゆっくり愛し合いましょう?」

 

「……ホント、変わったな。随分と積極的になったし奈落の底に居た頃より明るくもなったし」

 

「それもこれも音也の御蔭なのよ。以前まで関わった人たちは貴方みたいに心の奥底まで見てくれなかったもの。貴方は心の奥底まで見てくれてかつ真摯に対応してくれたでしょ?」

 

「そのつもりはなかったがな……ま、お前がそうやって素直に笑えるようになってくれて嬉しいよ」

 

「音也……」

 

「そうやって素直にお前が笑ってくれるなら……お前との子供を作ることだって拒否しないさ」

 

「音也!」

 

「どわっ!? いきなり飛びついてくるんじゃねえよ……」

 

「音也……音也……!」

 

「あれ……目がハートになってる。これは何言ってもダメだなあ……」

 

「ねえ……しましょう?」

 

「分かったよ。分かったからそんなに焦るな。俺はどこにも行かないから」

 

「うふふ……子供、作りましょう? 未来の旦那様♡」

 




次回からは再開のホルアド編に入ります。クラスメイトsideは…書くと粛清されかねないので省略させて頂きます。


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第十七楽章 ホルアド

いつの間にか六十話目ですが……かなりハイペースでここまで進んだ気がします()



「パパ~」

「なんだミュウ」

「風が気持ちいいの~」

 

……現在俺たちはフューレンのギルド支部長イルワから頼まれごとをされたので、それを果たすためにホルアドに向かって走行していた。

 

以前はホルアドに来てすぐにオルクス大迷宮に潜ったのでじっくりと町を見に行くのは初めてである。

 

それにしてもミュウは二輪がお気に召したらしい。初めて乗せてからというものことある毎に「乗せてほしいの!」とねだるのである。

 

まあ俺も二輪が嫌いでないし運転にも自信があるので一向に構わないのだが……たまに自分で運転したいと言われるのだけは勘弁してもらいたい。

なおミュウが座ってる位置は以前までユエが座っていた位置と同じである。

 

やがて走行すること一時間。俺たちはホルアドに到着した。

 

「……懐かしいな」

「ああ……」

「そうね……」

「パパ? お兄ちゃん? お姉ちゃん? どうしたの?」

「いや、前にも来たことがあるんだけどな。随分と久しぶりに来たような感覚になったんだ。思えばとても濃密な時を過ごしてきた訳だし……当然ではあるけどな」

「ふむ。ご主人様は、やり直したいとは思わんのか?」

「呼び方おかしいだろ……まあ、俺はやり直そうとは思わないな」

「それはなぜじゃ?」

「元々俺は神の言うとおりに戦おうとは思ってなかった。奈落の底へ落ちたのはある意味で幸運とも言えるんだ」

「俺は……一つの気がかりを除けば後悔はないな」

「ふむ? ハジメ殿の気がかりとは?」

 

そういえばティオはハジメと香織の事に関しては知らなかった。シアは勝手に未来を見て知ってたのだろうが……全員が知ってる訳がないか。

 

「俺の気がかりは……まだ無能と呼ばれていた頃にたった一人俺のことを気にかけてくれた女の子の安否だ」

「ハジメさん……」

「思えばこのホルアドの宿場で約束したんだもんな……守って欲しいと」

 

遠くを見るハジメ。詳しいことは俺にも分からないが……きっと、深い関係になっていたのだろう。

実際に俺とハジメが奈落に落ちたとき、香織は今にも泣きそうな目で飛び込もうとしていた。恐らくあの状況では雫を止めることに忙しかったかのだろうが……きっと香織本人の心にも大きな傷が付いたに違いない。

 

とはいえ……いつまでもここで立ち止まるわけにも行かない。俺は全員に目配せをして先頭を歩き始めた。

 

やがて数十分で俺たちは冒険者ギルドのホルアド支部に到着した。ホルアド支部の扉は金属製だった。重苦しい音が響き、それが人が入ってきた合図になっているようだ。

 

とりあえずミュウを肩車してギルド内へ足を踏み入れる。

 

「あんだあ? えらいピリピリしてやがる……」

「ひう! パパぁ!」

「よしよし……」

 

ミュウをあやしながらもギンッと睨みつけてきた無粋な冒険者共を睨み返す。ついでに威圧を展開して気絶しないギリギリの強さでほぼ物理的に圧していった。

 

さらにナックルを取り出す。変身するわけではないが……このような緊迫した場で低い電子音というのは凄まじい威圧感を放つ物である。

 

レ・ディ・ー

「お前ら覚悟は出来ているんだろうな? 家の子を散々怖がらせておいて……トラウマにでもなったらどう責任を取るつもりなんだ? ア゙ァ゙?」

 

途端に土下座し始める冒険者たち。俺はそれを満足そうに見てそのまま受付嬢の所まで歩いて行った。

 

「ようお嬢さん。支部長はいるかい? フューレンのギルド支部長から手紙を預かっているんだけどな……本人に直接渡せと言われているんだ」

「は、はい。お預かりします。え、えっと、フューレン支部のギルド支部長様からの依頼……ですか?」

「お、疑ってるな? それならこいつを見れば納得するだろうよ」

「き〝金〟ランク!?」

「そういうことだ。頼むよ」

「ひゃ、ひゃい!」

 

バタバタと奥へ引っ込んだ受付嬢。それを見やってミュウを片手抱っこに切り換えた。

 

「パパぁ。格好良かったの!」

「そりゃどうも」

 

ナックルを懐にしまいながらミュウの髪を撫でる。それにしても奥から徐々に近づいてくる悲壮めいた心の音楽はなんだ? 

 

なんか不穏な感じがしたのでミュウのことを露葉さんに任せて警戒心を少し上げる。とは言っても目をほんの少し釣り上げたぐらいにしか周囲には分からないだろうが。

 

するとギルドの奥からズダダダッ! と何者かが猛ダッシュしてくる音が聞こえだした。やはり緊急事態なのだろう。

 

ほんの少しの間の後カウンター横の通路から全身黒装束の少年がズザザザザザーと床を滑りながら猛烈な勢いで飛び出てきて、誰かを探すようにキョロキョロと辺りを見渡し始めた。

 

「あれ、遠藤?」

「く、紅! お前本当に紅なのか!?」

 

奥から出てきたのは遠藤浩介だ。俺は殆ど接点がないが存在感の薄さをクラスメイトから弄られていたのを覚えている。

 

確か自動ドアに三回につき二回は開かない……だったか。とにかく影が薄い。今の今まで存在その物を忘れていた。

 

「あ、そういえば南雲もいるんだったよな!? 南雲はどこだ!」

「ここに居るだろ」

「白髪の男子は南雲ハジメだぞ。幽霊扱いなんかするなよ?」

「うおっ!? お前……なんか随分と変わったな。雰囲気とか見た目とか」

「そこはどうでも良いだろ……で、お前はなんでボロボロなんだ?」

 

ハジメに言われて気がついた。遠藤は全身ボロボロで結構ヤバいんじゃね? という状態にも見える。

すると遠藤はガシッと俺の肩を掴んでまくし立てた。

 

「俺のことは良いんだよ。それよりお前たちは迷宮を攻略して脱出するだけの実力はあるんだよな?」

「まあそうだが……」

「なら頼む! 俺と一緒に迷宮に潜ってくれ! このままだと白崎さんや重吾たちも死んじまうんだよ!」

「何だと……香織が?」

「ハジメ……落ち着け。あと遠藤もだ。何であいつらが死ぬことになるんだよ。団長が付いているじゃないか」

「……死んだんだよ」

「は?」

「死んだんだよ! 俺を庇って! 迷宮に潜ったので騎士は全員俺を庇って死んだんだ!!」

「……そうか」

「……惜しい人を」

 




さて、次回は香織たちクラスメイトとの再会になります。元より光輝には嫌悪の目を向けていた音也の反応、楽しみにしてください(ハードル上げ)


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第十八楽章 再会・閃雷と共に

タイトルをキバ本編のタイトル風にしてみました…とは言ってもこれ以上良いのが思いつかなかったです。申し訳ない()


「……で、改めて問おう。死んでしまう、というのは何故だ?」

 

現在俺たちはギルドの奥にある応接室にいる。情緒不安定な遠藤を引きずって行ったら支部長らしき男が目を丸にしてた。

 

とりあえず事情を聞くに、突然オルクス大迷宮で訓練していたクラスメイトたちは魔人族と遭遇したらしい。その魔人族が中々に強力であり、今のところは一番強い光輝ですら敵わないらしい。

 

で、遠藤はそんな魔人族からなぜ逃げられたのかというと……影の薄さを使った結果らしい。

 

「んで? 香織は無事なのか?」

「あ、ああ。白崎さんは無事だ。なんか八重樫さんが居なくなってからぽわぽわした雰囲気がなくなったっていうか……こっちが止めたくなるくらい訓練に打ち込んでいるんだ」

「その八重樫雫はここに居るのだけれど?」

「へ? ……本当だ!?」

「音也、斬って良いかしら?」

「私も妹のことを貶された気がするからお手伝いしたいのだけれど?」

「落ち着け。で、ハジメはどうするんだ?」

「……正直に言うと勇者は死ねば良いと思う」

「「同意(だわ)」」

「だが……香織が危ないってのなら話は別だ。俺は香織を助けるためだけに行くさ」

 

大方予想通りの答えが返ってきた。まあ俺もハジメと同意見だ。勇者(と小悪党組)は死んでしまっても構わないと思っているし。てか雫も同じ意見だったみたいだし出会ったら勇者ぶち殺されるんじゃないかな? まあ、俺には関係ないが。

 

「え、えっと、一緒に行ってくれるんだよな?」

「だな。半日で終わらせるぞ。あ、そうだ支部長。一応、対外的には依頼という事にしておきたいんだが……」

「上の連中に無条件で助けてくれると思われたくないからだな?」

「ご名答。あとミュウの待つ部屋を頼む」

「そのぐらいは構わねえよ」

 

スピード決断で事を進める。遠藤は若干置いてかれてるが無視だ無視。というか存在自体を忘れていた。ごめんよ。

 

半日で終わらせると豪語した以上は時間をかけることは出来ない。俺はティオをミュウの子守兼護衛に置いて遠藤の腕を掴み出発することにした。

 

「ハジメ、お前のイクサは部分変身は出来るのか?」

「部分変身? あれか、腕だけ装着する……みたいな?」

 

町を早足で歩きながらハジメに尋ねる。今の肉体ならイクサに変身してもそこまでの疲労は感じない。だが部分的にアーマーを装着して技を使用するのならば戦える時間も長くなると思ったのである。

 

で、なぜハジメが所持しているイクサなのかというと……これは簡単だ。プロトイクサにそんな小洒落た機能はないからである。

 

「確か出来たはずだな……部分変身は浪漫だから機能追加してみたんだよ」

「流石だ」

「やっべえ……話について行けねえよ」

「ん? ……遠藤居たのか」

「お前酷いな!」

 

遠藤を弄りながらも懐かしきオルクス大迷宮まで急ぐ。全てはハジメの最愛の人を救い出すために……。

 

────────────────

「おお……懐かしい雰囲気だな」

 

……俺こと南雲ハジメは思わず感想を口に出した。あの日、緊張と恐怖と若干の自棄を抱きながらも迷宮に潜って。そのまま奈落の底へ落ちていって。

 

「……全てはここから始まったんだよな」

 

絶望に絶望を重ねて。全ての物事に無関心になって。邪魔する敵は全て消すと決断したのだ。

それでも、唯一俺のことを気にかけてくれた女の子のことを忘れることはなかった。シアという心の拠り所が出来ても、だ。

 

俺はつくづく悪い男だ。近くにシアという魅力的な女性がいながらも遠くに離れた一人の女性を思い続けてるのだから。

 

「降りるのは面倒くせえなあ……ハジメ、イクサを貸してくれないか?」

「ほらよ」

レ・ディ・ー

「部分変身ってどうやるんだ?」

「流し込む魔力を調節すれば可能だ」

「……お、本当だ。よし、やるか」

イ・ク・サ・ハ・ン・マ・ー・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「そらよ!」

 

ズドオオオオオオオオオオオオン!! 

 

右腕だけ変身した音也がイクサハンマーで迷宮の地面を軽々ぶち抜いた。どうやらハンマーの真下に勇者たちクラスメイトが居るらしい。

 

「ほれハジメ。これ返すぞ」

「おう」

「それと先に行け。早いところ行かないとあいつら殺されるぞ?」

「マジで?」

「マジだ。心の音楽は嘘をつかないからな」

「分かった。先に行って殺してくる」

 

ドンナーとシュラークを取り出してイクサハンマーが開けた大穴に飛び込む。下へ行くにつれて上層階では感じられなかったクラスメイトたちの懐かしい気配を感じ取る事が出来た。

 

……同時に、思い出したくもない気配も感じ取ってしまったが。

 

ドパンッ! ドパンッ! スタッ

 

とりあえず二発だけ発砲。多角撃ちで着地地点近くにいた魔物らしい物体を牽制しつつも俺は地面に降り立った。

 

「……やれやれ。案外元気そうだな?」

「え……?」

 

懐かしい声。とても心が落ち着く声。声の主は俺の真後ろにへたり込んでいるようだが……顔を見なくてもその正体は分かっている。

 

しかし……それでも一目顔を見たかったので俺は軽く振り向いた。

 

「……久しぶりだな。香織」

「は、じめ……くん?」

「魑魅魍魎跋扈するこの地獄変。南雲ハジメはここに居るぞ」

「ハジメくん!」

「おうおう。初っぱなから見せつけてくれるじゃないか」

「音也くんまで……良かった。無事だったんだ……」

「……一応死人は居ないようね」

「雫ちゃん!?」

「あら、久しぶりね」

 

次々と仲間が降りてくる。知り合いの顔を見る度に驚愕と歓喜のミックスされた声を上げる香織に苦笑いを向けつつも俺は目の前に立っている魔人族らしき女のことを睨みつけた。

 

「音也。ここは……」

「ああ。存分に、な。雑魚は任せろ。ユエ、シア、コウモリモドキ。クラスメイトを頼む。露葉さんはそこに倒れている騎士を介抱してやってくれ」

「ん……任せて」

「了解ですぅ!」

「分かったわ」

「雫。準備は良いな?」

「勿論よ」

「相変わらず流石だな、お前は……おいそこの赤毛の女。今すぐ去るなら追いはしない。死にたくなければ、さっさと消えろ」

「……何だって?」

 

魔物に囲まれてはいるがこの程度恐怖に値はしない。ただの雑魚である。それを音也と雫も分かっているのか、余裕の表情で魔物たちを見やっている。

 

レ・ディ・ー

「戦場での判断は迅速にしろと習わなかったのか? それとも既にこの世から死ぬ覚悟は出来てるってか?」

 

音也の哀れみと侮辱の混じった言葉に魔人族の女の表情がスッと消える。人の感情を逆撫でするのが上手い奴だ。

 

完全に冷静さを失ったことを確認した俺は音也たちと軽く頷き合ってニヤァと三日月のように口端を裂いた。悪役は完全にこっちである。

 

敵意を見せた以上こいつは敵。己の「生」を否定する存在は全て殺すと決意した。そう、殺せだ。何者であろうと俺は……殺す! 

 

「そうかい……敵ってことで良いんだな? 

フィ・ス・ト・オ・ン

「哀れだなあ……残り少ない命をさらに短くしやがって」

「無様ね」

 

ドパンッ! 

 

ノールックで真後ろに発砲。数コンマ秒後にドサッという音が鳴り響いた。どうやらキメラが気配遮断を使って襲いかかってきたようだが……動くだけで空気が動く程度では大道芸と大して変わらない。

 

恐らく俺や音也の技量を持ってしてでも発見出来ない気配遮断を扱えるのは八重樫姉妹ぐらいだ。特に露葉さんに関しては音也が露葉さんの体に流れている血液の音を探知しない限りは居場所が分からないぐらいだった。

 

「おいおい、何だ? この半端な固有魔法は。大道芸か?」

「いや大道芸にもならねえよ。お遊びだお遊び。折角だから紅先生が子猫ちゃんたちのためにお手本を見せてやる」

 

フッと気配を消す音也。ギリギリ俺には分かるぐらいにまで抑えてるようだが……魔物や魔人族の女、そしてクラスメイトたちは完璧に音也を見失ったらしい。

 

その様子が可笑しくて思わず悪い笑みを浮かべながらも俺はガン=カタを構える。最近ドンナーとシュラークもプファイファ・ツェリスカをベースに作り替えている。貫通力は折り紙付きだし榴弾の破壊力は以前のシュラーゲンの二分の一だ。

 

ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! ドパンッ! 

 

右に、左に、上に、下に。襲い来る魔物の命を余すことなく刈り取っていく。近づけば死ぬ。離れても死ぬ。俺の放つ死の弾丸から逃れることは出来ない。

 

あわよくば逃げ出せたとしてもその先に待つのは音也の艦砲射撃よりも重たい一撃か雫の神速よりも速い斬撃が待っている。

 

この場は最早戦いの場ではない。一方的な処刑場だ。敵意を持った哀れな生き物たちがただ殺されるだけの処刑場である。

 

「ほらどうした! もう及び腰かあ!」

 

ズパアン! 

 

「遅いわね……これじゃあ目を瞑っても倒せるわよ」

 

ザシュッ! 

 

「この程度の魔物にやられる訳がないんだよな……お前ら弛んでるんじゃねえか?」

 

ドパンッ! ドパンッ! 

 

「くっ……お前たち、勇者たちを……!」

「あら、させるわけないでしょう?」

 

正面からではとても勝てないと悟ったのか、魔物をボロボロのクラスメイトたちに差し向ける魔人族の女。しかし俺たちですら遅いと感じる魔物の動きに露葉さんが付いて来れない訳がない。

 

露葉さんはスッと目を細めると糸のような物体を取り出した。

 

それを軽く振り回しただけで近寄った魔物の体が真っ二つに寸断される。さらに見えにくい仕込み針のような物まで飛ばして総勢数十の魔物を10秒ほどで全滅させてしまった。

 

「んな……!?」

「余所見して良いのか?」

 

ドパアアアン! 

 

「ぐうっ!?」

 

あっけにとられた魔人族の女を嬲るように銃撃する。魔物の数は残り一桁。無駄に命を散らすまであと数秒だろう。

 

「ホントに……なんなのさ」

「さあな?」

「くっ…… 〝落牢〟!」

 

逃走のための最後の魔法なのか、女が俺に石化の魔法を放ってきた。とはいえこの程度の石化は散々受けてきた。ユエとの訓練の時は彫刻にされかけたので石化に対する耐性は十分である。

 

とはいえ追いかけるのは少々面倒くさいなあ……と、思ったら音也がいつの間にか女が向かった出口の手前で待ち構えていた。

俺がこれ以上何かする必要はない。俺は女に背を向けてクラスメイトたちの元へと向かうのだった。

 

────────────────

「オラァ!」

「ぐはっ!?」

「間抜けな子猫ちゃんは逃げることすらままならない事にも気がつかないのかい?」

「く……はは。仕掛けたときから詰みだった訳だ」

 

逃げだそうとした女にイクサナックルで鉄拳を加えて逃げ場をなくした。倒れ伏せた女に容赦なく足を乗せてグリグリも追加する。

 

「こういう時は『何か言い残すことは?』と聞くのがテンプレなんだろうが……生憎と俺にはお前の遺言なんぞ興味ないんでね。それより魔人族が何故こんな所に居るのかとあの大量の雑魚魔物たちはどこで手に入れたのが知りたいね」

「あたしが話すと思うのかい? 人間族の有利になるかもしれないのに? バカにされたもんだね」

「ま、想像は付いてるからどうでも良いけどな。大方本当の大迷宮が目的だろうし。あの魔物たちはきっと神代魔法の産物だろ? で、本当の大迷宮を攻略すると神代魔法が手に入ると知ったからお前らは勇者たちの調査、あはよくば勧誘を並行して大迷宮攻略をしようとしてたんだろ」

「それを何故……まさか」

「お前の想像通りだ」

「……そうかい。なるほどね。あの方と同じなら……化け物じみた強さも頷ける……もう、いいだろ? ひと思いに殺りなよ。あたしは、捕虜になるつもりはないからね……この化け物め」

「褒め言葉だな」

「いつか、あたしの仲間があんたを殺すよ」

「邪魔になるなら殺すだけだ。すぐにでもお前の仲間とやらをあの世に送ってやるから楽しみにしておくんだな」

 

話すことはもう何もない。俺はナックルフエッスルを取り出してベルトに差し込んだ。

 

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「ま、待て紅!」

「あ?」

「彼女はもう戦えないんだぞ! 殺す必要はないだろ!」

 

後ろから面倒な声が聞こえた。振り返ると倒れていた光輝がフラフラしながらも立ち上がっている。

 

「捕虜に、そうだ、捕虜にすればいい。無抵抗の人を殺すなんて絶対ダメだ。俺は勇者だ。紅も仲間なんだから、ここは俺に免じて引いてくれ」

「……何言ってんの?」

「……光輝。音也の邪魔をするのなら今すぐにでもあの世に送ってあげるわよ」

「し、雫!?」

「音也、早く」

「助かった。やれやれ……相変わらずクソみたいな勇者だ」

 

頭を振りながらも俺はイクサナックルに充填された電磁波を真下に向けて一気に解放した。

 

ズパアアアアアアアアア!!! 

 

戸惑いはない。こいつは敵だ。しかも自ら死を望んだ。躊躇する必要はないのである。

 

しかし頭がある意味でお花畑な勇者(笑)は納得がいかなかったらしい。

 

「なぜ、なぜ殺したんだ。殺す必要があったのか……」

 

押し殺したバカの声がやけに響き渡る。今にも雫が刀を抜いて光輝の首を跳ね飛ばしそうなのでサッサと変身解除して殺気立つ雫を回収。ついでにメルド団長の様子を見に行く。

 

「露葉さん、どんな感じです?」

「治したから問題ないよ。呼吸操作であっという間。それと敬語は止めてよね」

「……分かった。まあ無事で良かったよ。この人が死んで勇者パーティーに変なのがついたら困るし」

 

変なの、というのはイシュタルのような神を妄信しているアホ共だ。あんなのがついたらクラスメイトたちは神の都合の良い手駒になるだけだろう。

 

俺自身メルド団長にはそれなりに世話になってるし死なせるには惜しい人物ってのもあるけど。

 

「おい紅。メルドさんの事は礼を言うが、なぜ彼女を殺した?」

「いやアホかよ。あいつは自ら死を望んでたのを見てなかったのか?」

「だが……」

「ウゼえな。良いか? 俺が嫌いなのは糸こんにゃくと俺に楯突く人間だ。それ以上文句を言うなら今すぐにでもあの世に送ってやる」

 

わりかし本気の威圧で光輝の口に強制チャックを取り付ける。それぐらいにイライラするのだ、こいつの言い様は。

 

と、俺が少しイライラしていると……香織がハジメに歩み寄った。

 

「ハジメくん。音也くんも、メルドさんを助けてくれてありがとう。私たちのことも……助けてくれてありがとう」

「……おう」

「……生きででくれで、ぐすっ、ありがどうっ。ハジメくん、あの時……守れなぐて……ひっく……ゴメンねっ……ぐすっ」

「ああ……その、なんつーか。随分と心配かけてしまったな。連絡が取れなくて悪かった。だがこうして生きてるし……そんなに泣くなよ」

(ヘタレか)

(るせえ)

「ハジメ、ぐん……」

 

大粒の涙を零してハジメを見つめる香織。それを見て俺は香織に一言だけ声をかけた。

 

「……今だけはいくらでも甘えてやれ」

 

すると、ワッと泣き出して香織はハジメに抱きついた。ハジメはというと若干戸惑ったような表情をこちらに向けてきたが……すぐに香織に目線を戻してギュッと抱きしめ始めた。

 

一度奈落の底に落ちたからこそ自覚した想い。今、ようやく吐き出すことが出来たのだろう。

 

とりあえずシア、君は何で慈愛に満ちた目で二人を見れるんだ? メンタル強すぎだろ。感心したから後でオムライス作ってやる。え、沢山食べたい? それは嬉しい。腕によりをかけて作ってやろう。

 

「……ふぅ、香織は本当に優しいな。クラスメイトが生きていた事を泣いて喜ぶなんて……だけど南雲は紅の仲間だ。人殺しの仲間なんだぞ。危険だから今すぐに離れた方が良い」

「お前は空気を読むって言葉を知らないのか?」

「ねえ音也。このバカを今すぐ殺して良い? 過去の物とはいえ友だちの恋路を邪魔するとか有り得ないのだけど」

「だから落ち着けって。俺も同じ気持ちだが落ち着いてくれよ」

 

……俺の気苦労はまだまだ取れそうにない。

 




久しぶりに勇者(笑)を書きましたが…殴りたいですね()


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第十九楽章 心・想いは一つ

光輝嫌われてますね()
感想見ていて思わず失笑しました。流石勇者(笑)でありご都合解釈+お花畑頭ですわ()


「お前空気を読めよ。バカなん? アホなん?」

「人殺しが何を……!」

「いやお前バカか? あの状況で死を望んでいる敵が居るなら殺してやるってのが普通だろうが。第一誤魔化すんじゃねえよ」

「いきなり何を……」

「自分の胸に手を当ててよく考えてみろ。お前は、俺があの女を殺したから怒っているんじゃない。人死にを見るのが嫌だっただけだ。だが自分たちを殺しかけ、騎士団員を殺害したあの女を殺した事自体を責めるのは、流石に、お門違いだと分かっている。だから、『無抵抗の』相手を殺したと論点をズラしたんだろ? 見たくないものを見させられた、自分が出来なかった事をあっさりやってのけられた……その八つ当たりをしているだけだ。さも、正しいことを言っている風を装ってな。タチが悪いのは、お前自身にその自覚がないこと。相変わらずだな。その息をするように自然なご都合解釈」

 

冷めに冷め切った瞳で光輝のことを射貫く。ここまでアホだとは思っていなかった。こいつは根本的に勘違いしていることにすら気がついていない。

 

「ち、違う! 勝手なこと言うな! お前が、無抵抗の人を殺したのは事実だろうが!」

「殺したな。それがどうした? そうでもしなければこの世界では生きていけない」

「んなっ!?」

「愛する人を守りながら生きるなら尚更だ。これは俺が奈落の底で培った価値観であり変えるつもりは毛頭ない。別にお前らに俺の生き方を強制するつもりはないけどな」

 

いい加減ウンザリしてきたので威圧展開。何故かビキビキと頬の辺りで音が鳴っているが気にしないでおこう。

 

「ただし心に留めておけ。気に入らないからと言って俺たちの邪魔をするのなら……それか俺の愛する人たちに手を出すというのなら、元クラスメイトであろうと俺は殺す」

「お、おまえ……」

「勘違いするな。俺は戻ってきた訳ではない。ハジメが香織の安否を確認したかったらしいからわざわざここに来ただけだ。お前らのことを仲間とは思っていないし関わりたくもない。なぜ仲間と思っていないかはお前らが一番分かってるんじゃないか?」

 

威圧を解いて後ろを向く。こいつとはもう話したくない。顔も見たくない。早いところ俺の視界から消えてくれ。

 

その意思を態度で示した俺は未だに引っ付いていたハジメと香織に声をかけながらイクサハンマーで開けた大穴からファンガイアバスターを使って地上に向かうことにした。

 

後ろからクラスメイトがゾロゾロと付いてくるのは無視して道中に現れる魔物をサクッと殺していく。

 

「な、なあ香織……流石に離れないか?」

「嫌だよ。ものすっごく久しぶりなんだもん。離れたくなんかないよ」

「お、おう……」

 

バカップルが誕生しているがこれも無視。俺はサクサク歩いて迷宮の外に出た。

すると急速にこちらへ向かってくる気配が一つ。俺は即座に誰が来たのかを理解して頬を緩めた。

 

「パパぁー!! おかえりなのー!!」

 

ステテテテー! と可愛らしい足音を立てながら俺の元へと一直線に駆け寄ってきたミュウ。その勢いのままピョンと抱きついてきた。

 

「ただいまミュウ。ティオはどうしたんだ?」

「うん。ティオお姉ちゃんが、そろそろパパが帰ってくるかもって。だから迎えに来たの。ティオお姉ちゃんは……」

「妾はここじゃよ」

「あれ、お前こんな人混みで離れたら不味いだろ」

「目の届く所にはおったよ。ただ、ちょっと不埒な輩がいての。凄惨な光景はミュウには見せられんじゃろ」

「始末は?」

「妾が済ませたよ」

「そうかい。まあ始末してなくても俺がやったけどな」

「相変わらず甘いのお」

 

ミュウを肩車しながらほの暗い笑みを浮かべる。とはいえティオが始末してくれたのなら問題はないだろう。彼女のお仕置きは俺の受け売りだ。容赦の欠片など有りはしない。

 

「お、支部長。こんなとこで何してるんだ?」

「ティオが付いてこい、もうすぐ勇者たちは帰ってくると言ってきたのでな。この場で依頼達成の印でも押そうかなと」

「そいつは助かる。俺はサッサとこの町を出たかったんでな」

「俺も引き留める用はないからな。好きにしろ」

 

依頼達成の印と報酬を貰って支部長と別れる。もうここに留まる理由はない。俺はハジメたちを連れて町の出口まで歩いて行った。

 

するといざ、別れをしようというところで……香織が俺たちのことを引き止めた。

 

「あの……ハジメくん。音也くん。私も付いて行かせてくれないかな? ……ううん、絶対、付いて行くから、よろしくね?」

「おう?」

「は?」

 

いきなり決定事項を聞かされて間抜けな声を出す。が、俺はそれがどんな意味なのかを察したのでハジメを香織の前に押し出した。

 

そして「俺のことは気にするな」という視線を飛ばした。

 

「……ありがとう、音也くん」

「は? え? おい説明しろよ音也」

「るせえ。今は香織の話を聞いてやれ」

「ハジメくん。貴方が……貴方が好きです」

「……俺のことが?」

「初めて見たときからずっと好きでした。離れている間でもこの気持ちは変わらなかったよ?」 

「俺なんかよりもずっといい男がいるだろうに。例えば……勇者とか」

「そんなに自分を貶めたらダメ。私にとってのハジメくんはヒーローなんだからね?」

「ヒーロー……」

「ハジメくん。答えを……聞かせてほしいな」

「俺は……」

 

一度黙りこくるハジメ。彼にも思うところはあるのだろうが……サッサと決断したらどうだ。これじゃあチキンにしか見えないぞ。

 

「……一つ、聞いてくれるか」

「……うん」

「元の世界にいた時は正直言って怖かった。何か裏があるのかとずっと思っていたんだ。でも……お前はずっと真っ直ぐなんだな。裏も表もない。真っ直ぐなんだよな」

「ハジメくん……」

「全く締まらないなあ……こういうのは男から言うべきなんだが、俺がチキン過ぎたか」

 

一歩前に歩み寄ったハジメ。そのまま香織の細い体をギュッと抱き締めた。

 

「は、え、ハジメくん?」

「……俺も、好きだ」

「!」

「言うのが遅くなってしまってゴメンよ。俺は……お前の事が好きだ。いや、愛してる」

「は、ハジメくん。流石に恥ずかしいよ……」

 

なんかイチャつき始めた。俺や雫たちは慣れてる光景なので特に何とも思っていないがクラスメイトは砂糖をオロロと吐き出している。

 

そしてハジメと香織がイチャイチャしているのを見て対抗心を燃やしたのか、雫が俺の腕に引っ付いてきた。

 

さらに露葉さんとユエも引っ付きハーレム完成。ハアハアしているティオは重力魔法で地面と熱烈なキスをさせる。嬉しそう。

 

だが、そんな空気に異議を唱える者が……もちろん、〝勇者〟天之河光輝だ。

 

「ま、待て! 待ってくれ! 意味がわからない。香織が南雲を好き? 付いていく? えっ? どういう事なんだ? なんで、いきなりそんな話しになる? それに雫、そんな男から早く離れた方が良いって何度言えば分かるんだ! おい紅! 南雲! お前たち、どんな強力な洗脳をしたんだ!」

What the fuck are you saying now? (今になってお前は何を言ってるんだ?)

 

思わず英語でツッコむ。そのぐらい勇者(笑)の言い分はおかしかったのだ。こいつは学校で何を見てきたのだろうか。

 

……いや、自己解釈しかしないこいつには香織が突然奇行に走ったように見えたのだろう。さらに俺がハーレムしてることに嫉妬したに違いない。

 

クラスメイトも光輝の様子に見かねたのか、谷口鈴が前に進み出て光輝を止めにかかる。

 

「光輝くん。二人が何かするわけないじゃない! 冷静に考えなよ。光輝くんは気がついてなかったみたいだけど、カオリンはずっと前から南雲のことを想っていたんだよ。それこそ日本にいるときからね。どうしてかおりんがあんなに頻繁に南雲に話しかけていたと思うの? それにしずしずが紅くんのことを好きなのはずっとのことじゃない!」

「鈴……何を言っているんだ……あれは香織が優しいから南雲が一人でいるのを可哀想に思ってしてたことだろ? 協調性もやる気もない、陰キャでオタクな南雲を香織が好きになるわけないじゃないか。それに紅は……」

「雫、俺もうそろ限界」

「私もよ。ねえ、勘違いしているようだけど私の心は昔から音也の物なの。今更貴方のような人間と一緒にはなりたくないわ。それに香織だって貴方よりもハジメのことをずっと好いていたのよ。日本に居た頃は人気があったからって調子乗らないで頂戴」

「嘘だろ? だって、おかしいじゃないか。香織と雫は、ずっと俺の傍にいたし……これからも同じだろ? 香織と雫は、俺の幼馴染で……だから……俺と一緒にいるのが当然だ。そうだろ、香織、雫」

「ウゼえ……コウモリモドキ、来い!」

「……流石に今回ばかりは俺もイライラする。徹底的にやってしまえ」

 

言葉の節々は厳しいものの、実はかなり心が広いキバットですらもイライラしている。どこまでアホなんだ、この勇者。

 

「分かってる……おい天之河。そんなに気に入らないなら俺と決闘しろ。お前が勝ったらこれから先好きにするんだな」

「言ったな? ヴァイオリニストのお前が勇者の俺に勝てるなど……」

「その慢心が命取りだと気がつけよ……」

「絶滅タイムだ。喜べ! ガブリッ!! 

 

このバカに絶望を見せるためにダークキバに変身する。案外寛容なキバットが気を悪くした光輝の物言いに俺がブチ切れない訳がない。

 

「聖剣や魔法。何でも使って良いぞ。使えたらの話だけどな」

「舐めた口を……! 刃の如き意志よ 光に宿りて敵を切り裂け 〝光刃〟!」

 

光輝の持つ聖剣が光刃を付与された状態で振るわれる。しかし俺からしたらあまりにも緩慢な動きである。

 

「……ザンバット」

 

ガキンッ! 

 

「〝閃爆〟」

「ぐあっ!? 目が……!」

「雑魚が……」

 

ドガア! 

 

目を眩ませた後に蹴り飛ばして光輝を吹き飛ばす。本当に弱い。ダークキバが圧倒的なのもあるがこいつの強さは俺が奈落の底に落ちる前にイクサを使った状態と同等レベルである。

 

「くそ…… 〝限界突破〟!」

「おっと……それ以上はさせないぞ」

 

みんな大好き安心と信頼の紋章を作り出して光輝の足下に設置。身動きが取れなった所に俺はシールフエッスルを取り出した。

 

一応最初はイクサハンマーで股間スマッシュしようかと思っていたのだが、今回だけは見逃してやろうと思ったのである。

 

とはいえシールフエッスルで封印するのだ。ラモン曰く苦しいらしいのでお灸すえるには丁度良いだろう。

 

「ぐ……あ。離せっ」

「非力な自分を呪うといいさ」

封印だ。死ねずに苦しむと良い

 

バリバリと手から雷が迸る。と、同時に光輝の体が光に包まれてグングン身長を縮めていく。最終的には手のひらサイズの人形に変わった。

 

地面にコトッと落ちた光輝人形を拾い上げて近くに居た鈴にポイッ。

 

「明後日ぐらいには封印が解ける。死んでないから安心しろ」

「え、えっとお……なんかゴメンね」

「今回だけはこの程度にしてやる。次やったら(男としての)命はないからな」

「う、うん。ちゃんと伝えとくよ」

「はあ……余計に体力使った。早いところ宿を探して今日は休むかな」

「うむ。それにしても闇のキバの鎧の扱い方が随分と上手くなったな」

「そうか? 特に何も変えてないけどな……やっぱり慣れたのかな」

 

変身解除して雫たちの元へ行く。もの凄くニコニコしてるのは気のせいではないはずだ。

 

てか香織も良い笑顔してるのはハジメと一緒だからなのか、光輝が粛清されたからなのか……分からないな。

 

もうここには居たくないので俺たちはサッサと立ち去ることにする。途中檜山たちが引き留めようとしてきたが紋章サンドイッチで気絶させたので邪魔者は消えた。

 

天気は快晴。目指すは【グリューエン大砂漠】にある七大迷宮の一つ【グリューエン大火山】。新たな仲間を加え賑やかさを増しながらも俺たちの旅はまだまだ続く……。

 




光輝の処遇に対して不満を持つ人もいるかもですが…今回は封印です。ちなみにここで光輝を抹殺する構成もありましたが…話がおかしくなりそうなので止めました()


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第四章 覚醒の本能編
第一楽章 早速トラブル発生


一気に夏らしくなりましたね……熱中症でぶっ倒れそうです()


赤銅色の世界。

 

【グリューエン大砂漠】は、まさにそう表現する以外にない場所だった。砂の色が赤銅色なのはもちろんだが、砂自体が微細なのだろう。常に一定方向から吹く風により易々と舞い上げられた砂が大気の色をも赤銅色に染め上げ、三百六十度見渡す限り一色となっているのだ。

 

また、大小様々な砂丘が無数に存在しておりその表面は風に煽られて常に波立っている。刻一刻と表面の模様や砂丘の形を変えていく様は、砂丘全体が〝生きている〟と表現したくなる程だ。

 

照りつける太陽と、その太陽からの熱を余さず溜め込む砂の大地が強烈な熱気を放っており、四十度は軽く超えているだろう。舞う砂と合わせて、旅の道としては最悪の環境だ。

 

が、それはあくまでも普通の人間ならば……である。生憎俺たちは普通ではない。

 

砂漠という悪路なため俺たちはティーガーIIとチハを使って道なき道を疾駆している。もっとも、ティーガーIIもチハも戦車らしかぬ速度で移動しているが。

ちなみに両戦車は冷房完備+冷蔵庫設置+紅茶沸かし可能とかいう便利な車になってたりする。

 

「前に来たときとぜんぜん違うの! とっても涼しいし、目も痛くないの! パパはすごいの!」

「そうか? まあ凄いのは俺じゃなくてハジメなんだけどな」

「ハジメお兄ちゃんが凄いの?」

「だな。あいつは本当に凄い」

「でもパパはヴァイオリンがとっても上手なの! だからパパも凄いの!」

 

純真無垢なミュウさん。俺も昔は純真無垢だったのだろうか。今ではこんなになってしまったがなあ……悲しい。

 

さて、若干悲しみつつも俺はティーガーIIを走らせていたのだが……一つ不穏な音を聞き取った。さらに気配感知にも引っかかったので思わず顔を引き締める。

 

「なんだこれは……サンドワームか? ここから数キロ先の砂丘の辺りに複数居るみたいだが……」

「あら……本当ね。でもあんなとこでグルグル回ってるのは何故なのかしら」

 

露葉さんも気がついたらしく訝しげな表情を作っている。とりあえずこのまま進むと邪魔になりそうなので俺は走りながら主砲を動かして照準をサンドワームに合わせる。

 

行進間射撃は命中精度が下がるのが普通だが……レールA・Aの精度を馬鹿にしてはいけない。

 

「目標をセンター……より少し下に合わせて発射ぁ!」

 

ズパアアアン!!! 

 

放たれた一筋の紅雷は狙い違わずサンドワームの脳天に命中。さらに紅雷は止まることなく奥に居たサンドワームをまとめて葬り去った。

 

ついでに備え付けられた対空用の機銃を起動させて残ったサンドワームを殲滅。ものの数分で数十匹はいたサンドワームが脳骸を撒き散らして地面に横たわることとなった。

 

なお移動中に下から襲撃しようとしたサンドワームは無残にも轢き潰されている。

 

「……あれ? 人が居るな。一足先にハジメたちが向かったみたいだが」

 

サンドワームをヌッコロすことに集中していたので気がつかなかったが、砂丘の辺りには人間が一人倒れ伏せているが見受けられる。スコープで確認するに男のようだ。

 

既にハジメたちは倒れ伏せている男の傍に立っており、香織がなぜ倒れているのかを診察しているらしい。

 

「おっとと……おいハジメぇ。その男の様子はどんな感じだ?」

「おう。香織曰くは魔力暴走の影響で内から圧迫されていたらしくてな。粘膜という粘膜から血が噴き出してたよ」

「マジで? 完治はしたのか?」

「いや……それと目が覚めたらしいから香織が事情聴取をしている」

 

ハッチから顔を出してハジメに話しかけると既に香織が事情聴取をしているらしい。相変わらず仕事の早い奴だ。

 

と、感心をしていると香織がチハから出てきた。俺も飛び降りてどんな事情だったのかを聞いてみる。

結果、聞かされた内容はとても簡潔に要約すると、アンカジというエリセンより運送される海産物の鮮度を極力落とさないまま運ぶための要所にあるオアシスに毒があるとのことだ。その水を飲んだ人間はもれなく倒れ伏せた男と同じ状態に陥ったという。

 

ただ、治す方法が全く方法がないというわけではないらしい。一つ、患者たちを救える方法が存在しているようであり、〝静因石〟と呼ばれる鉱石を必要とする方法だという。

 

この〝静因石〟は、魔力の活性を鎮める効果を持っている特殊な鉱石で、砂漠のずっと北方にある岩石地帯か【グリューエン大火山】で少量採取できる貴重な鉱石だ。魔法の研究に従事する者が、魔力調整や暴走の予防に求めることが多い。この〝静因石〟を粉末状にしたものを服用すれば体内の魔力を鎮めることが出来るだろうというわけだ。

 

しかしアンカジでは謎の病が大流行しており、【グリューエン大火山】から〝静因石〟を採取出来るほどの人間がほぼ全滅しているらしい。

 

「……それで、外に出た理由は公国に直接救援要請をするためだったみたいだよ」

「なるほど……まあ大火山に行く予定だったし立ち寄ってみるか? 魔力暴走ならミュウが病に倒れる心配はないし」

「だな。急ぐ旅でもないし行こう」

 

……二、三言話してアンカジを助けに行くことにした。後で倒れ伏せていた男に何度も頭を下げられたのは言うまでもない。

 

────────────────

……アンカジ公国に辿り着いた俺たちは早速行動を開始しした。まずユエとティオは魔法による貯蓄水の制作。香織が病人の診察&治療。シアと露葉さんが病人運搬。俺と雫とミュウがオアシスの調査である。

 

「……オアシスの奥底に何か居るな」

「なんだと……?」

 

近くに居た領主が声を上げる。と、いうのもオアシスは厳重な警備しており何者にもバレることなく異物を混入するなどほぼ不可能らしい。

 

さらにはオアシスに流れてくる地下水脈も調査したらしいが問題はなかったようだ。そりゃ不安にもなるし驚愕するだろう。

 

「雫、何か感じ取れるか?」

「そうね……オアシスの奥底に巨大な物体が沈んでるわ」

「巨大な物体……ね」

 

どのぐらいの大きさかというと大体十メートルぐらいである。オアシス自体が中々に大きいものの沈んでいる物体はかなり大きい。

 

「さて、どうするかな……纏雷じゃ表面しか電撃が走らないし」

「ヴァイオリンで引きずり出したら?」

「それにするか」

 

おもむろにヴァイオリンを取り出して四季の「秋」を弾き始める。とはいっても今回は属性を付与してはいない。あくまでも引きずり出すだけである。

 

ちなみに今でもヴァイオリンは毎日弾いており、魔力の鎖で対象を拘束してから様々な状態異常を付与することが可能になってたりする。

 

「……お、これか?」

 

一気に曲のペースを速くする。鎖の感覚からしてウニョウニョしているのだが……こいつはスライムだろうか? 

 

スライムにしては随分と大きいのが気になるが……まあいいか。

 

やがてオアシスの奥底にいた何かが水面を盛り上がったかと思うと、重力に逆らってそのまませり上がり、十メートル近い高さの小山になった。

 

オアシスより現れたそれは体長十メートル、無数の触手をウネウネとくねらせ、赤く輝く魔石を持っている。ただしスライムにしては超巨大で周囲の水を操るとかいうイレギュラーな能力付きではあるが。

 

「なんだ……この魔物は一体何なんだ? バチェラム……なのか?」

「バチュラム? ……ああ、スライムのことか。大方こいつがオアシスに毒素を振りまいてるんだろうしサッサと殺すか」

 

魔力の鎖を飛ばしてスライムの体内にある魔石を四方八方から掴む。ちなみにこいつの魔石は慣性を無視したような動き方をしてたが……拘束系の魔法には流石に無力だろう。

 

ガッチリと魔石を鎖で掴んで俺は内部から電撃を流して地獄の責めを味わってもらう。超巨大スライムは姿を現してからものの数分であの世へ送られることとなった。

 

「よし、終わった。こいつを倒した=オアシスの浄化に繋がるかは分からないが……これ以上汚染されることもないだろう」

「残念だけど水自体はまだ汚染されてるわね。でもユエとティオが貯蓄水を作ってくれてるんでし

ょ?」

「だな。これで数年は何とかなるだろうよ」

「そうか……本当に感謝する。感謝してもしきれんよ」

「おう。大いに感謝しろ。そしてこの巨大な恩を忘れないようにな」

 

思いっきり恩に着せる。あっけにとられている領主のことは放置して俺はユエの元へ向かった。

 

「ユエ、大丈夫そうか?」

「ん……でも吸血したい」

「あいよ」

 

ユエを背負って吸血させる。さらにハジメに念話を飛ばして香織にどのぐらいの量の静因石が必要なのか聞くように頼んだ。

 

しかし最近貧血気味なのだが……どういうことだ。日本に居た頃はなかったのになあ。

 

それでも吸血させてるのは愛する人の頼みだからである。俺は愛する人のためなら何だってする。

 

「音也……顔色悪い」

「ん、そうか?」

「……ここまでにする」

「そうかい」

「音也……ファンガイアと同じ血の味がする。何か異変はない?」

「鎧を使うと薄味に感じるぐらいかな……後は貧血気味だ」

「……無理したらダメ」

「分かってるよ。心配してくれてありがとうな」

 

俺はユエの頭をポンポン叩きながらハジメたちが待つ病院へ向かうのだった。

 




さて、次回からは大火山の大迷宮突入です。火山という過酷な環境ですが彼らのやることは変わりませんのでお楽しみに~


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第二楽章 グリューエン大火山

遅れました……申し訳ないです。ペースが中々安定しないのはご容赦して頂きたいです……。


「うわあ……まるでラピュタ」

 

ティーガーIIからグリューエン大火山を見て思わず零す。

 

グリューエン大火山はかの天空の城を包み込む巨大積乱雲のように巨大な渦巻く砂嵐に包まれているのだ。その規模は、グリューエン大火山をすっぽりと覆って完全に姿を隠すほどで砂嵐の竜巻というより流動する壁と行ったほうがしっくりくる。

 

しかも気配を確認するに内部には視界がほぼゼロにも関わらず魔物が大量に潜んでいるらしい。徒歩で行ったら時間が掛かりすぎる。

 

「一気に強行突破するか……」

 

流す魔力の量を上げて大体150kmhで砂嵐の中に突入する。さらに砲塔を真正面に固定して目の前に現れた敵のみを撃ち抜いていく。ついでに機銃を起動させて牽制程度に乱射しておいた。

 

全包囲の気配感知に加えて瞬光を使った極限の集中、そして限界まで研ぎ澄まされた耳を同時に使用しているので疲労が半端ない。

 

が、なるべく無表情を意識した御蔭で砂嵐を数分で抜けることが出来た。強い男は決して弱みを見せようとしないのである。

 

目の前にはエアーズロックを何倍にも巨大化させたような岩山が飛び込んでくる。砂嵐を抜けた先は静かなもので、周囲は砂嵐の壁で囲まれており直上には青空が見える。竜巻の目にいるようだ。

 

確か入り口は大火山の頂上。ティーガーIIの登板能力なら問題なく行けるだろうしチハも魔力を使えば何とかなるだろう。

 

そのまま登板すること三十分で頂上に到着。ここからは徒歩だ。

 

「うわ……クソみたいに暑いな」

「そうね……」

「あら、雫は暑さに弱かったかしら……」

「ん~……」

「ふむ、妾は、むしろ適温なのじゃが……熱さに身悶えることが出来んとは……もったいないのじゃ」

「これで適温とかすげえわ」

「ハジメさ~ん……暑いですぅ」

「俺も暑いんだ。こいつは砂漠の日照りとは別物の暑さだが……タイムリミット関係なしに早めに攻略してしまった方が良さそうだ」

 

さっきまでは快適な空間に籠もってたのも相まってめちゃくちゃ暑い。とはいえ時間がないので俺はイクサを装着しながら大火山へと突入した。

 

ちなみにイクサ内は適温が保たれており装着していると涼しかったりする。

 

俺たちは周囲の環境にウンザリしつつも大迷宮スピード攻略を開始するのだった。

 

────────────────

攻略開始から数時間。現在、多分きっとmaybe五十層くらい。確証がないのは俺たちの集中力が切れ気味だからである。

 

無論途中で静因石を見つけたら即刻回収している。なお静因石がトラップの起動スイッチになっているところは予め俺の義眼とイクサの透映スコープで見抜いている。

 

ただしハジメが集中を切らした状態で静因石を引っこ抜いたため現在は噴き出たマグマを避けるためにハジメの制作した小舟の上に居るが。

 

「やれやれ……しかしこの小舟。どこまで流されるんだ?」

「分からねえな……空中マグマロードを通ったり急流下りしてるが終わりはまだ見えないぞ」

 

クソみたいに暑い環境にウンザリしているハジメのイライラした声が響く。しかし俺の耳は……この先の道がどうなっているかを正確に捉えていた。

 

「……ここから速度が上がりそうだな。振り落とされるなよ!」

 

自分は立ち上がりながら全員に指示を飛ばす。この先に待ち受けているのはこれまでとは比べ物にならない急流。さらにそれに合わせてマグマ混じりの炎弾を飛ばしてくるコウモリが大量に現れそうだ。

 

一気に出てくるなら殲滅系統の技が良い。折角だし最近追加された武装を試しみるか……。

 

「ハジメ、左半分を頼んだぞ」

「お、それは152mm榴弾砲か?」

「安直にイクサキャノンだな」

 

ハジメが遊び半分で制作した外付けイクサキャノンを取り出した。大口径故に精度は最悪レベルだが威力は折り紙付きである。

 

ただしイクサハンマーのようにフエッスルはない。あくまでも外付けの強化武装である。

 

ギャリンッ!!! 

 

「おお……すげえ音」

 

かつてこの砲を搭載した戦車はたった一両でドイツ軍の人口を丸一日遅らせたという。その理由は戦車自体の性能もあるだろうが……殆どの戦車を一撃で粉砕するこの砲があったのも大きいはずだ。

 

そんな素晴らしい砲が俺からしたら雑魚同然のマグマコウモリに放たれたらどうなるだろう。答えは簡単。粉砕される。

 

「おいおい。予想以上の威力だな」

 

ドパンドパンドパンドパンドパンドパン!! 

 

ドゥルルルルルル!! 

 

「ノールックで殲滅しているハジメが俺は怖い」

「おまいうだぞ」

 

軽口をたたき合いながらも急流下りをしながら敵を殲滅していく。俺は152mm砲とハジメはドンナーでの射撃とGAU-8アヴェンジャーの恐るべき殺意の嵐は気がつけば数百を超えるマグマコウモリを撃破していた。

 

やがてマグマコウモリはぱったりと姿を消し……代わりに今まで下り続けていたマグマが突然上方へと向かい始めた。

 

「……落ちる。掴まれ!」

 

勢いよく数十メートルを登ると、その先に光が見えた。洞窟の出口だ。だが問題なのはマグマが途切れていることである。

 

このまま落ちては小舟がひっくり返ることは明らかだ。俺はいつでも飛び出せるようにファンガイアバスターを取り出した……次の瞬間、小舟がマグマロードから飛び出した。

 

小舟から放り出されたのでファンガイアバスターで雫とユエ、露葉さんを捕まえながらも叫ぶ。ティオは……まあ良いか。

 

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「……お前ら掴まってろよ!」

「ご主人様。妾も……」

「足にでも掴まれ。そら……行くぞ!」

 

ある程度落ちたところで宙に浮くマグマ見つけた。その下にはぽつぽつではあるが地面が見受けられるので真上からブロウクン・ファングをぶち込む。当然マグマには穴が開く。さらに……そこから追い打ちだ。

 

「〝氷水よ〟」

 

ユエが初級魔法で水を作り出す。まあ奈落の底の吸血鬼姫の作り出す初級魔法はコップに注ぐような水ではなく滝のような激流だが。

 

穴の開いた宙浮くマグマがほんの数秒だけ固まる。それだけの時間があれば俺たちは数百メートルの移動が可能だ。

 

「ふう……なんとかなったな。ユエ、ありがとう」

「ん……!」

 

地面に着地してユエの頬を軽く撫でる。そして周囲を見渡してみた。

 

【ライセン大迷宮】の部屋と異なり球体ではなく、自然そのままに歪な形をしているため正確な広さは把握しきれないが、少なくとも直径三キロメートル以上はある。地面は上から見た通り殆どマグマで満たされており、所々に岩石が飛び出していて僅かな足場を提供していた。

 

周囲の壁も大きくせり出している場所もあれば、逆に削れているところもある。空中には、やはり無数のマグマの川が交差していて、そのほとんどは下方のマグマの海へと消えていっている。

 

そしてマグマの海の中央にある小さな島があった。海面から十メートル程の高さにせり出ている岩石の島。それだけならほかの足場より大きいというだけなのだが、その上をマグマのドームが覆っているのである。

 

「……奥に扉があるな。あそこが解放者の住処か?」

「階層の深さ的にもそう考えるのが妥当だろうな……だが、そうなると……」

「……最後のガーディアンが潜んでいる、ということですね?」

 

すっかり逞しくなったシアが鋭い視線を周囲に向けている。そのウサ耳はピコピコと絶え間なく動いているのを見るに、今も索敵をしているのだろう。

 

「ねえ音也くん。あの島、良く見て」

「ん?」

「岩壁の一部に穴がおびただしく開いている。恐らくこれから魔物が出てくるからそれを規定数倒すことが最後の試練だよ」

 

相変わらずの鋭い洞察力だ。俺と生きる時間が数年しか変わらないというのに……どんな人生を送ってきたのだろう。

 

と、そんな呑気に考えてる時間はない。何やら不審な音が聞こえ始めているので俺は気を一気に引き締めた。

 

「ゴォアアアアア!!!」

「来た!」

「あれは……マグマの蛇か?」

 

キバットの言う通り、現れたのは全身マグマに包まれた蛇である。それが二十体。この地獄のような環境で多数を相手するのは中々に辛いだろうが……やるしかない。

 

「恐らくあいつらは普通の攻撃で倒すことが出来ない。どこかにマグマを形成するための核、魔石があるはずだからそれを探せ!」

「「「「「「「了解!」」」」」」」

ラ・イ・ジ・ン・グ

 

矢継ぎ早に指示を飛ばしながら地面を蹴ってスーツを切り換え。ライジングイクサへとチェンジした。プロトイクサは近接主体でマグマ蛇への有効対策が思いつかなかったのである。

 

え、152mm榴弾砲イクサキャノン? あれは総弾数が少なすぎて長期戦には心許ない。

 

「ティオ、行け!」

「久しぶりの一撃じゃ! 存分に味わうが良い!」

 

そう言って揃えて前に突き出されたティオの両手の先には、膨大な量の黒色魔力。それが瞬く間に集束・圧縮されていき、次の瞬間には一気に解き放たれた。竜人族のブレスだ。

 

無論、それだけで終わるわけがない。

 

「〝刀飛〟」

「〝絶禍〟」

「〝紅壊〟」

 

地獄の魔法三重奏。剣閃が飛び散り黒く渦巻く球体が出現し紅い波動が発射される。

 

「この戦いが終わったらハジメさんと一日デートしたいですねえ」

「あら、そうしたら私も音也くんにお願いしようかしら?」

 

ドリュッケンを変形させて炸裂スラッグ弾を撃ち込みながら気の抜けた声を出すシアと優しく笑いながらも仕込み針を正確に核に撃ち込んでいる露葉さん。

 

そんな様子に俺とハジメは思わず苦笑いしながらも……互いに頷き合って己の生を否定する魔物の命を狩りに出るのだった。

 




まだまだ気が早いんですが……次回作の構想が少しだけ思いつきました(まずは完結させろ)。


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第三楽章 神の使徒カッコカリ

ファイズアクセルの格好良さは異常。時間制限付きの超高速移動+火力アップ+必殺打ち放題+防御力ダウン…男のロマンしかない!()


「遅い」

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

 

ズアァァァァァァァァアア……

 

「消えろ」

 

ドパンドパン! ドパアアアアン! 

 

特に造作もなくマグマ蛇を殺していく。これだけのチート軍団なら百数体のマグマ蛇を殺すなど簡単なことなのだ。

 

まあ俺とハジメは二人合わせて十体少々しか殺してないが。というのも雫、ユエ、露葉さん、ティオが俺との一日デート権を巡って我先にとマグマ蛇を殺していくからである。ぶっちゃけ俺とハジメは必要ない。

 

ティオがブレスで横薙ぎに払う。

 

──残り十体

 

シアが炸裂スラッグ弾を偏差射撃でマグマ蛇に直撃させる。

 

──残り八体

 

露葉さんが電磁鎖で音もなくマグマ蛇の核を貫いた。

 

──残り七体

 

ユエが無謀にも下から食おうとしたマグマ蛇に向かって雷龍を叩き落とす。

 

──残り六体

 

雫が神速の抜刀術で切り裂いた空間を歪ませてマグマ蛇を引きちぎった。

 

──残り四体

 

ハジメがドンナーとシュラークを抜き放ってガン=カタで無駄なくマグマ蛇を葬り去る。

 

──残り二体

 

一体をイクサカリバーで核ごと斬り伏せて最後に残った一体を睨みつける。直下のマグマの海から奇襲をかけて来たが〝音〟で予め奇襲を把握していたので俺は宙に跳び上がった。

 

イ・ク・サ・ラ・イ・ザ・ー・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「チェックメイトだ」

 

イクサライザーに破壊のエネルギーが集まる。俺は躊躇いなく引き金を引いた……いや、引こうとした。

 

「……! 上!?」

 

咄嗟に体をよじって引き金を引く。ファイナルライジングショットは凄まじい反動のせいで必ずと言っても良いほど体が発射した向きと反対側に吹き飛ばされる。それを利用しての緊急離脱だ。

 

そして俺が先ほどまで居た場所には天から極光が降り注いだ。

 

まるで天より放たれた神罰の如きそれは俺がかつて瀕死の重傷を負った光とそっくり。否、それよりも遥かに強力な物だ。

 

攻撃の瞬間という戦闘においてもっとも無防備な一瞬を狙って放たれた極光に気がつけたのは俺の並外れた耳の御蔭である。

 

が、安心してはいられない。

 

「コウモリモドキ!」

 

追い打ちのように降り注ぐ光弾をイクサライザーで必要最低限迎撃しながらキバットを呼ぶ。そのキバットは上から降り注ぐ光弾に阻まれて中々こちらに辿り着けないようだが……。

 

「ユエ、ティオ!」

「〝聖絶〟!」

「邪魔はさせぬぞ! 〝嵐空〟! 〝多重聖絶結界〟!」

 

魔法エキスパートのユエとティオが強固なバリアーを張る。その隙にキバットがこちらに辿り着いた。

 

「待たせたな。ガブリッ!! 

「変身……!」

「あぶね……お前もう少し周り見ろ!」

 

ドパンドパンドパンドパンドパン!! 

 

ほんの一瞬だけ生まれた隙を突かれて攻撃が集中するがハジメが迎撃を代わってくれた御蔭で無傷。俺はキバの鎧を装着することに成功した。

 

「ハァ!」

 

重力魔法を付与した紋章を召喚。とはいっても何時もとは重力の向きが逆なのでこちらに向かってきた光弾は全て反射されている。

 

十秒か、それとも一分か……永遠に続くかと思われた光弾の嵐は最後に一際激しく降り注いだあとにようやく終わりを見せた。周囲は見るも無残な状態になっており、あちこちから白煙が上がっている。

 

「……看過できない実力だ。やはり、ここで待ち伏せていて正解だった。お前達は危険過ぎる。特に、その男は……」

「……なに?」

 

上から男の声。その声がした天井付近に視線を向けると……そこにはおびただしい数の竜とそれらの竜とは比べ物にならないくらいの巨体を誇る純白の竜が飛んでおり、その白竜の背に赤髪で浅黒い肌、僅かに尖った耳を持つ魔人族の男がいた。

 

その姿を見て俺はついこの前殺した魔人族の女の恋人だと察した。

 

「おお……魔人族の男ね。それはどうも。褒められて嬉しいぜ」

「まさか、私の白竜が、ブレスを直撃させても殺しきれんとは……おまけに報告にあった強力にして未知の武器……女共もだ。まさか総数五十体の灰竜の掃射を耐えきるなど有り得んことだ。貴様等、一体何者だ? いくつの神代魔法を修得している?」

「ん? 神代魔法は……確か二つだな。それよりもお前さんの女友達は元気かい? それとも帰ってこなくてイライラしているか?」

「……まさか、貴様」

「で、名前は? それともこれから死にゆく者に名乗る名前はないのか?」

「気が変わった。貴様は、私の名を骨身に刻め。私の名はフリード・バグアー。異教徒共に神罰を下す忠実なる神の使徒である」

「ほうほう。神の使徒ね。まあどうでも良いが……くだらねえ神なんぞに使えているなんて気の毒な奴」

 

馬鹿にしたような物言いをする。本心からだし仕方ない事だがな! 

 

しかしフリードは気に入らなかったらしく溢れだす殺意が隠せていない。

 

「ひとまず……お前は殺意を隠そうともせずに俺を殺そうとした。つまり敵意があるということだ。生へ執着している者を殺そうとするとどうなるか分かるかな?」

「……ふん」

「ま、分かってるだろうよ。待っているのは『死』だけなのだから」

 

ザンバットを召喚する。さらに空力で宙に浮かび上がった。マグマの暗く澱んだ紅とキバの鎧がベストマッチして素晴らしい威圧感を放ってるよな……と、思いながらも俺はザンバットフエッスルを取り出した。

 

「有り難く思え……絶滅タイムだ!」

ウェイクアップ・ザンバット! 

 

召喚された無数のザンバットが一つ一つまるで意思を持ってるかのような動きでフリードに迫る。途中で竜の背中に乗っていた亀が結界を張っているが……殆ど無視してザンバットが突き抜けていく。

 

が、あまりにも数が多すぎて突破しきれない。勢いをなくしたザンバットは後続に控えていた竜たちに撃ち落とされてしまっている。

 

「……残念だったな。タイムアップだ! 〝界穿〟!」

「ッ! 音也さん! 後ろです!」

 

シアの警告に従い後ろを振り向きながら紋章を展開するのと……眼前で大口を開けたフリードの乗る白竜がゼロ距離で極光を放ったのはほぼ同時であった。

 

ドォゴォオオオオ!!! 

 

「ぐうううう……!」

 

ブラックホールのように極光を吸い込んでいく紋章。しかしそれを支えるのは中々に重労働である。ちなみに俺の体はここまでの攻略過程でかなり疲労している。一歩間違えたら直撃を食らうだろう。

 

それに最近体を蝕んでいる状態異常。こいつがいつ爆発するか分からないのも気がかりだ。

 

だからといって易々攻撃を受けるつもりは毛頭ないけどな。

 

「うおおお……! キバットぉ!」

ウェイクアップ・II! 

「ティオ! 手伝ってくれ!」

「ご主人様……! 分かったのじゃ!」

 

紋章をその場に固定。そのまま俺はもう一つ紋章を作り出して反重力を付与して跳び上がる。さらに俺のジャンプに合わせて竜化したティオが後ろに佇んだ。

 

「黒竜だと!?」

〝紛い物の分際で随分と調子に乗るのぉ! もうご主人様の邪魔はさせぬぞ!〟

「ティオ……やれ!」

〝若いのぉ! 覚えておくのじゃな! これが〝竜〟のブレスよぉ!〟

 

ゴォガァアアアア!! 

 

空力で向きを調整して俺はフリードに向かいながらティオに指示を出す。ティオは躊躇うことなく俺に漆黒のブレスを放ってきた。

 

俺の考えた作戦は……怪人撃破率100%を誇るあの技の再現だ。お決まりの処刑用挿入歌が欲しいところである。

 

「くたばれえええええ!!!」

 

白竜の繰り出す極光をものともせずにティオの放った極光と共に突撃する。極光はほんの一瞬だけ拮抗したものの……すぐに白竜の極光を押し切ってしまった。

そのまま焦った顔をするフリードの左腕に極光と共に蹴りをぶち込んでやる。命中の瞬間に凄まじいエネルギーが発生したが致し方ない。

 

「ぐあ……くっ、なんて力だ。だが今の衝撃を利用してマグマ溜まりを鎮めている巨大な要石を破壊させてもらった。間も無くこの大迷宮は破壊される。神代魔法を同胞にも授けられないのは痛恨だが……貴様等をここで仕留められるなら惜しくない対価だ。大迷宮もろとも果てるがいい」

「んだと……この野郎!」

 

フリードは冷たく俺たちを見下ろすと首に下げたペンダントを天井に掲げた。すると、天井に亀裂が走り左右に開き始める。円形に開かれた天井の穴はそのまま頂上までいくつかの扉を開いて直通した。どうやらショートカットのようだ。

 

その間マグマは刻一刻とかさを上げている。このままでは噴火することは明確だ。

 

「邪魔するな!」

 

フリードを除いて場に残った竜たちを紋章で殲滅。一匹残さずこの世から消し去って未だに浮かんでいるティオの元へ向かった。

 

手には静因石の入った宝物庫。制限時間内にアンカジに届けるには……これしかない。

 

「ティオ、一度しか言わないからよく聴けよ。こいつを持って一足先にアンカジに戻ってくれ」

〝ご主人様よ、妾は、妾だけは最後を共に過ごすに値しないというのか? 妾に切り捨てろと、そういうのか? 妾は……〟

「違う。あのくそったれは必ず殺すし生きてここを脱出する。もちろんアンカジに静因石だって届ける。だが俺一人では無理なんだ。お前にしか頼めないことなんだよ」

〝ご主人様……分かったのじゃ。そうと来るならば、このティオ・クラルスに任せよ!〟

「頼んだぞ。お前がアンカジ最後の希望だからな」

 

ティオのウロコの中に宝物庫を入れながらも頭を撫でてやる。ティオも目を閉じてほんの少しの間だけ俺の手に頭を擦りつけると、スッと離れて下に居る雫たちに目を向けた。

 

当然、雫たちに諦めた様子はない。俺はそれを見て微笑むとティオに伝言を頼んだ。

 

「香織とミュウに伝言も頼む。〝あとで会おう〟だ」

〝ふふ、委細承知じゃよ〟

 

互いに頷き合い、それぞれは反対方向へと進み出す。全ては己の望みを叶えるために……。

 




ファイナルベント(死刑宣告)

はい……密かにやってみたかったあの技を再現してみました。お粗末以外のなんでもないですが()

感想は送って貰えると嬉しいです。最近は中々じっくり読めてないので返信もまばらで申し訳ないのですが……。
また評価の方もよろしくお願いします。


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第四楽章 激流を越えて

今回は繋の話です。そこまで面白いことは起こらない……はず()

前回のファイナルベント(死刑宣告)はリュウガを多少なりとも意識してたのですが……気がついてくれた人がいて嬉しいです()


「さて……時間がない。ハジメ、以前作っていた潜水艦に金剛を付与して島の近くに置いてくれ」

「おうよ」

 

中央の島には最初に見たマグマのドームはなくなっていて、代わりに漆黒の建造物がその姿を見せていた。

 

俺は変身解除しながらも中央の島に向かい、既に島に降り立っていた雫たちと合流して一見扉などない唯の長方体に近づく。すると長方体の一部が扉になってらしく、近づいた瞬間にスッと開いた。

 

中に入った途端に扉は閉まった……と、同時にマグマが扉にザザーン! とぶつかった。しかし扉はビクともしてないし振動も伝えてない。ひとまずは安心出来そうだ。

 

それにしてもこの迷宮の創設者は魔法陣以外何も残さなかったらしい。これまでの住処がかなり生活感のある部屋だっただけに面食った感じはある。

 

「確か……ナイズ・グリューエンだったよな。オスカーの日記にはとても寡黙な人だったと書いてあったが……」

「身辺整理でもしたのかしら。本当に魔法以外残してないわね」

 

魔法陣に足を踏み入れながら呟くと雫がすぐに返してくれた。相変わらずの地獄耳である。

 

それにしても手に入れた魔法は空間操作だ。神代魔法はやっぱり壊れている。神代魔法を発動させるのに普段は莫大な魔力を使うが……キバの鎧を装着していればほぼノータイムで発動可能だ。

 

神代の凄まじい力をノータイムで発動出来るキバの鎧……あれ? 神代魔法よりも鎧の方が凄くない? 

 

「音也……これ」

「ん? おお……攻略の証か。サークル状のペンダントなんだな」

 

首にかけながらペンダントに感想をもらす。これまでは指輪だったので少し驚いたのである。とはいえ証には変わりないので問題ゼロだ。

 

なにはともあれ魔法を手にできたし証も手に入った。あとは脱出するだけだ。

 

「ユエ、外に出る前に障壁でマグマを抑えてくれ」

「ん……でもどうやって脱出する?」

「ハジメの作った潜水艦だ。噴火なら上に飛ばされると思うからな……まあ最悪下に行ってもなんとかなるだろうけど」

 

ちなみに潜水艦は俺とハジメのミリオタ魂が爆発した影響でまんま小さめの原子力潜水艦そうりゅうの形をしている。

 

こいつを制作したときにユエに拗ねられた上に雫に搾り取られたが……まあ懐かしい思い出ということにしておこう。

 

ユエが聖絶を三重に重ねがけしたのを確認した俺は外界へと繋がる扉を開けた。直後にゴバッと音を立てて灼熱の奔流が部屋の中に流れ込んで来た。

 

マグマの中からマグマを見るという何気に貴重な体験をしつつも俺は信頼と実績の聴力で潜水艦を探し出す。

 

「……あれか。ユエ、入り口まで行くからある程度の調節を頼むぞ」

「んっ」

「ハジメ、シア、雫、露葉さん。先に入るんだ。俺は最後に入る」

 

ハッチを開きつつもファンガイアスレイヤーで有無を言わさずにハジメたちを放り込んでいく。最後にユエと共に潜水艦に入り込んでミッションコンプリートだ。

 

と、安心してはいられない。俺はすぐさま潜水艦の操縦席に座って魔力を流し込み、何時でも動かせるように準備する。

 

しかし……思った以上にマグマが粘力を持っていて潜水艦が上手く操縦出来ない。外からの振動を無効化する魔法を潜水艦に施しているので衝撃は伝わらないが、どうも潜水艦は上ではなく斜め下に進んでいるようだ。

 

「厄介な……これはしばらくミュウたちと会えねえかもだぞ」

「マジかよ。理由は?」

「噴火なら上に飛ばされるはずが斜め下に進んでるんだ。脱出とはほど遠いだろ?」

「なるほど……ま、永遠の別れって訳でもないし何とかなるだろ」

 

とりあえず重力魔法をフル活用して潜水艦が回転しないようにして無理矢理進行方向を定めた俺に対して結構呑気な調子のハジメさん。

 

とはいえハジメの言う通りでもあるので特に反論はせずに潜水艦を操ることに没頭する。随分と激流だが聴力と気配感知に加えて義眼を使ってうねっている地下内を壁にぶつからずに航行していく。

 

一応水中では20ノット……いや、25ノットは出せるがマグマがかなり粘っこいので出せても15ノットだろう。ぶっちゃけ速度出しすぎると操作難しくて死ぬし。まあ瞬光使えばなんとかなるか。

 

「音也くん……目から血が出てるよ」

「大丈夫だ……大丈夫……」

「無理したらダメだよ。代わろうか?」

「大丈夫だって。大人しく座ってろ……」

 

規定量の魔力だけでは駄目だ。もっと流してしまえ。ついでに瞬光発動させて集中力を限界まで高めておく。

 

今の気分はゲームで神プレイをしたときに感じる「全ての動きが読める」ような状態である。説明が難しくて曖昧な言い回しだがそういう感じだ。

 

「右、左、左、右、左、右、右……」

 

と、なんとも奇妙な暗号的な感じで言葉を発すること数時間。ようやく地下の旅が終わりを告げることとなった。

 

突如として潜水艦がフワッと浮き上がってしばらく滞空した後に急降下。衝撃を基本通さない素材で出来た潜水艦に直接振動が来るレベルの凄まじい衝撃が走った。

 

「……なんだ? 外は……海?」

 

どうやら俺たちは何処かの海底火山の噴出口からいわゆるマグマ水蒸気爆発に巻き込まれて盛大に吹き飛ばされたらしかった。現に俺の目には蛇のようにのたうつマグマと猛烈な勢いで湧き上がる気泡で荒れ狂った海が見える。

 

再び噴火に巻き込まれたくないので俺は一気に魔力を潜水艦に流し込んでその場を離れた。

 

「……全く、次から次へと災難が降りかかるな」

「音也、どういうこと?」

「潜望鏡を覗け。そうしたら分かる」

「お前顔色ヤバいって。俺が代わるから少し休んでろ。抵抗しても押しのけてやる」

「ほら、これを飲んで」

 

ハジメの手によって強制的に操縦席から放り出された。こうして休む時間はないのだ。何故なら……。

 

「ウソ……あれってクラーケン?」

 

潜望鏡を覗いた雫が零す。そう、次なる災難というのは全長三十メートルほどのクラーケンのことだったのだ。

 

三十本ほどの触手をクネクネさせて容赦なく襲い掛かって来るクラーケンモドキ。俺は露葉さんから貰った回復薬を飲み込んでから指示を飛ばした。

 

「魚雷を発射しろ。あと俺は外に出て迎撃してくる」

フィ・ス・ト・オ・ン

「無茶しすぎだろお前。数時間前にはキバの鎧を装着してたのに大丈夫なのか?」

「大丈夫に決まってるだろ。俺は紅音也だぞ?」

「めちゃくちゃな理論なのに納得している自分が憎い」

 

ハッチを開けて水を魔法で押し出しながらも外に出る。そして宝物庫からイクサキャノンを取り出した。え、ティオに渡しただろって? あれはハジメの宝物庫だ。ティオに渡す直前に念話して投げ渡して貰ったのである。

 

ついでに言っておくとイクサキャノンは水陸両用榴弾砲だ。ハジメ曰くAPS水中銃というやつを参考にしたらしい。そこまで詳しくは知らないが。

 

「来いよ……殺意を見せてきたことを後悔させてやる」

 

俺はスーツ内でニヤリと不敵な笑みを浮かべると、触手を伸ばしてきたクラーケンモドキに対して地獄とも言える責め苦を敢行するのだった。

 




次回からはエリセンの町、そしてメルジーネ海底遺跡へと入ります。それと音也の体の異変が進行中ですが……どうなるのか分かるのはまだ先の話です。楽しみにしていてください。


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第五楽章 エリセン

遅れてしまいすみません。盆休みで動かないでいたら体調を崩してしまって……。


ザザーン……

 

耳に入る波の音。目の前に広がるのは一面自然世界。鼻の奥をくすぐる潮の香りが俺の心を浄化していく。

 

潜水艦の上から蒼い空を見上げると、自然と頬が緩んできた。

 

「なんとか乗り切ったなあ……」

 

あの後クラーケンモドキにイクサキャノンをぶち込んで抹殺してから数分後にサメの群れに襲われたのだ。その時はハジメの神がかりな魚雷攻撃で何とかなったのだが……さらにその後にやって来たシャチの群れはヤバかった。

 

ユエの魔法とハジメの魚雷攻撃、イクサキャノンの砲撃で無理やり仕留めきったもののその時点で潜水艦の武装は切れユエの魔力も枯渇。俺の体力も限界を向かえた。

 

運良く敵に遭遇せずにここまでやって来たが……二人ダウンした状態で襲撃に遭ったら流石に不味かったと思う。

 

「あら音也。ここに居たのね」

「雫か」

 

ハッチから雫が顔を出した。雫は雫でユエに血を分けていたので相当疲労してたはずだが……顔色や心音、心の音楽を見るに元気になったらしい。

 

「そこ、座ってもいい?」

「お好きなように」

「……えい」

「膝の上は聞いてない」

 

胡座をしていた俺の上にストンと座る雫。こうなっては退かしようがないので雫の髪を撫でてやる。

最近は二人きりで居ることも減ったしたまには良いだろう。

 

「もう……無理したらダメなんだからね?」

「分かってるがな……愛する人を守るためなら何だってするぞ、俺は……」

「キザね……でもそんな所も好きよ」

「そりゃどうも」

「……あら? こっちは元気になったのね」

 

どことは言わないが非常に危険な場所をサワサワしてくる雫。その瞳は完全にハンターその物である。

まあ抵抗する気も起きないので俺は逆に雫のことを押し倒すのだった。その後何があったのかはお分かりであろう。

 

────────────────

潜水艦の中に戻るとふくれっ面をしたユエが向かえてくれた。どうやら今さっき目が覚めたらしい。

 

「……おはよう」

「おうユエ。起きてたのか? すっかり元気になったみたいで良かったよ」

「生々しい音で目が覚めた。今度は私」

「また次の機会な」

「む……」

「おうおう。朝からお楽しみのようで」

「ハジメ。お前もじゃねえのか?」

「るせえよ」

「ふふふ……ハジメさん、ベッドでは案外恥ずかしがり『ゴチンッ!』はきゃん!?」

「……なぜだか懐かしいな」

「あらあら。そんな遠くを見るような目をして。私が話を聞きましょうか?」

 

頬を膨らませるユエ。シアに鉄拳を落とすハジメ。遠くを見ているキバットとカウンセラー露葉さん。

やはり旅の仲間はこう賑やかでなくては。

 

「……ん?」

 

と、そんな様子に微笑んでいると何やら多数の人間らしき者が近づいている気配を感知した。一人や二人ではない。これは数十人単位である。

 

しかももの凄く殺気立っているし。心の音楽が親の仇打ちに行くための勇ましい物の事からよく分かる。

 

仕方がないので俺はハッチを開けて外に出た。念のためイクサベルトを巻いてナックルを手にしてバッチコーイ! である。

 

一応目の前には陸地が見えている。キバット曰くあの陸地はミュウの生まれ故郷エリセンらしく、彼が使えていたキングは海人族にも人気だったという話を聞いた。

 

なお補佐役に関しては終始ブーイングされてたらしい。哀れ。

 

と、そんなことを思い出していると潜水艦を囲むようにして先が三股になっている槍を突き出した複数の人がザバッ! と音を立てて海の中から一斉に現れた。数は二十人ほど。その誰もが、エメラルドグリーンの髪と扇状のヒレのような耳を付けていた。どこからどう見ても海人族の集団だ。見た目がミュウに似通っている。

 

「お前は何者だ? なぜここにいる? その乗っているものは何だ?」

「俺か? 俺は紅音也だ。グリューエン大火山の噴火に巻き込まれてな。ここまで流されたんだよ」

「……待て。今なんて名乗った」

「あ? 紅音也と言ったが……」

「ま、まさか……本当なのか? 本当にあのオトヤなのか?」

「はあ? 何訳の分からないことを言ってるんだ?」

 

名前を名乗った途端に挙動不審になったのが怪しくて問い詰める。すると潜水艦を囲んでいた海人族は急に武器をしまってペコリとお辞儀をした。

 

「ご無礼を働き申し訳ない。亜人の英雄とされるオトヤだというのに……」

「待て待て。確かに俺は音也だが……なんだ? 亜人の英雄ってのは」

「それは恐らく俺との知り合いの人間のことだろう」

「コウモリモドキか……説明しろ」

「以前にも話しただろ? 俺は昔、お前と似た人間と会ったことがあるとな」

 

曰く、俺のそっくりさんは当時にしては珍しく亜人とも分け隔てなく接していたらしい。さらにユエの補佐役が取った政策も関係してるらしく、邪魔者は徹底的に切り捨てる補佐役に一人で立ち向かったそっくりさんは英雄視されてるそうな。

 

正直俺は無関係だが……これを使わない手はないだろう。

 

「まあそんな頭を下げるなよ。俺たちは危害を加えようなんざ思ってないからな……それにしてもそこまでピリピリしてる理由はあるのか?」

「うむ。最近海人族の女の子が人間に連れ去られてな。我々は血眼になって探しているのだ」

「おうおう……なんたる偶然だよ。その攫われた子の名前は?」

「ミュウだ」

「ビンゴしやがった。そのミュウって子を俺は裏オークションから助けて親元に帰そうと旅してたんだよ」

「そ、そうなのか……危なかった」

「んで、俺たちはどうしたらいい? ミュウはアンカジに居るんだが」

「それなら一度エリセンまで行き、そこで同行者を決めて一緒にアンカジまで行ってその子を連れてきてほしい」

「あいよ」

 

やることは決まったので俺は潜水艦に魔力を流してエリセンに向かうのだった。

 

────────────────

さて、エリセンに上陸した俺たちだが……なぜか完全武装した男たちに囲まれることになった。

 

「大人しくしろ。事の真偽がはっきりするまで、お前たちを拘束させてもらう」

 

胸にハイリヒ王国のバッチを付けてる辺り、国が保護の名目で送り込んでいる駐在部隊の隊長格なのだろう。

 

が、折角海人族たちと決めた事を曲げるつもりは毛頭ない。

 

「何言ってるんだ? 俺たちは海人族と取り決めをした上でここに来たんだ。約束を変えるつもりないぞ」

 

風で義眼が露わになる。さらに〝威圧〟と〝魔力放射〟で物理的に圧して二の句を告げられないようにしておく。

 

以前ベルトとナックルは健在だ。いつでもお前らを殺れるという意思を見せたが……隊長格も引き下がらない。

 

まさに、一触即発。

 

しかしその重たい空気は思いもよらない事態で消し飛ぶこととなった。

 

「……ん?」

「あれ? 音也さん……」

「何か落ちてきてる?」

「──ッ」

「……おいまさか」

「──パッ!」

フィ・ス・ト・オ・ン

「間違いないな……あんのバカ野郎」

「──パパぁー!!」

 

見るより先に俺は跳び上がる。わざわざイクサに変身したのは今落ちてきている者が1000mは上に居るからだ。

 

その落ちてきた人というのは……。

 

「なんでニコニコ笑顔でフリーフォールしてるんだよミュウ……」

 

そう、ミュウだ。ミュウがスカイダイビングしている。パラシュートなしで。よく見ればその背後から慌てたように落下してくる黒竜姿のティオと、その背に乗ったやはり焦り顔の香織の姿が見えた。

 

バンジージャンプでも有り得ない高さから、しかもパラシュートなしで躊躇いもなくスカイダイビングするなど正気の沙汰ではない。ましてやミュウは四歳である。これは地上に降りたら盛大に叱らなければなるまい。

 

「パパ!」

「……マジで勘弁してくれよ」

 

神業にも近い速度調節でミュウへの衝撃の一切を殺しながらも思わず呟くのだった。

 




音也たちが転送された世界では補佐役がキバ本編のキングです。それを何とかしようとしたのがオトヤ。しかし力及ばず死亡した、ということです。この辺りについては次回辺りにでも深く言及します。


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第六楽章 母親

UAが100000を突破しました!またお気に入りもなんだかんだで増え続けて500近くです。至らない所の多い作品を見てくれている人たちがいることに感謝感謝です‥‥本当にありがとうございます!


「あのなあミュウ。いくら受け止めてくれると信じてたからって飛び降りるのはダメだろ?」

「でも……」

「でももストもねえよ! そんなことばかりやったら早死にするだろうが!」

「ひう……」

「良いか。俺はお前のことを大切に思っている。だからこんなに怒ってるんだぞ」

「うん……」

「お前が死んでしまったら俺はとても悲しい。それはお母さんだって同じはずだ」

「ママも?」

「そうだ。俺やお母さんを悲しませないためにも……二度と危険なことはしないと約束してくれ。出来るな?」

「うん、しゅる」

「よし、ならおいで」

「パパぁー!」

 

キバ本編見といて本当に良かった。十六歳でもなんとか父親やっていけてる。周囲からの視線はとりあえず無視出来るぐらいには成長できた。

 

と、ミュウのことを叱った上で抱き締めていると……背中から誰かに覆い被された。

 

「信じておったよ? 信じておったが……やはり、こうして再会すると……しばし、時間をおくれ、ご主人様よ」

「ティオ……心配をかけたな。それとありがとう。香織の様子を見るに……救えたんだな。アンカジの民は」

 

その香織はというとハジメと熱烈なキスを交わしている。公衆の目の前とはいえ随分と思い切ったもんだ。恥ずかしくないのかな。

 

……あ、俺も人のこと言えなかった。

 

「……さて、ハジメの宝物庫も来たことだしこれで誤解が解けるな」

「は? なになに……〝金〟ランクだとっ!? しかもフューレン支部長の指名依頼!?」

「悪いな。証明出来る物がなかったんだよ」

「……依頼の完了を承認する。オトヤ殿」

「おう。この子の母親のとこへ行っても良いか?」

「もちろんだ。ただ……大怪我をして母親は歩けない状態だ。それだけ伝えておくぞ」

「大怪我? ……やっぱり人間は愚かだな」

 

思わず顔をしかめる。俺も一応人間ではあるが、これまで習ってきた人間の業といいこの世界でのクソ加減といい……人間に絶望してきた。

 

まあここでそのことを話しても仕方がないので俺はミュウの手を握って彼女の家へと向かうことにした。

 

「音也くん。ミュウちゃんのお母さんのことだけど……」

「いや、そこまで悲観視することもない。精神的な面はミュウが居ればなんとかなるし怪我もすぐに治せるさ。とりあえず俺が治療するから診察は頼んだぞ」

「うん、任せて」

 

こっちには香織というチート級の癒術師がいるし神水だってある。それに時間にある程度干渉出来るヴァイオリンだってあるのだ。悲観視する必要は全くないのである。

 

と、そんな会話をしていると通りの先で騒ぎが聞こえだした。若い女の声と数人の男女の声だ。

 

「レミア、落ち着くんだ! その足じゃ無理だ!」

「そうだよレミアちゃん。ミュウちゃんならち

ゃんと連れてくるから!」

「いやよ! ミュウが帰ってきたのでしょう!? なら私が行かないと! 迎えに行ってあげないと!」

 

レミアと呼ばれた女性は恐らくミュウの母親なのだろう。遠目からだが家の玄関に蹲っている。そしてミュウは……。

 

「ママ──!!」

俺の手から離れて家の玄関口まで全力疾走を始めた。数ヶ月もの間離れ離れだったのだ。飛びつきたくもなるだろう。

 

「ッ!? ミュウ!? ミュウ!」

「ただいまなのー!!」

 

ステテテテー! と勢いよく走り、玄関先で両足を揃えて投げ出し崩れ落ちているレミアにミュウは満面の笑みで飛びついた。

 

それを抱き止めたレミアは「ごめんなさい」と涙を流しながらミュウの頭を撫でている。その涙は目を離してしまったことか、それとも迎えに行けなかったことなのか……はたまた両方なのか。

 

「ママ! あし! どうしたの! けがしたの!? いたいの!?」

「大丈夫よ。貴女が戻ってくるなら……」

「でも……いたいのはダメ! パパぁ! ママを助けて! ママの足が痛いの!」

「えっ!? ミ、ミュウ? いま、なんて……」

「パパ! はやくぅ!」

「あら? あらら? やっぱり、パパって言ったの? ミュウ、パパって?」

「俺のことだな……どれ、失礼するぞ」

 

ヒョイとレミアのことをお姫さま抱っこする。随分とやつれてしまっていてかなり軽い。よほど心配だったのだろう。

 

混乱を極めて目を白黒させているレミアのことはスルーして俺は家の中へ入る。そして一番近くにあったソファーの上にレミアを降ろした。

 

「早速で悪いが……始めるぞ」

 

魔皇力を放出しながら弦に弓を当てる。以前ミレディをゴーレムから人間に戻すために使った曲は「音也のテーマ」だ。あの後色々研究した結果「渡のテーマ」は時間を先へ進め、さらに多大な癒やし効果があることが判明した。

 

ここまでくれば何を弾くかお分かりだろう。

 

「あら……とても綺麗な音色」

「彼の演奏はちょっと特殊でして……レミアさんの足を治すことだって出来るんですよ」

「あらあら……本当ですね。足の痛みが消えていきます……」

 

どうやら成功らしい。が、ここで手を抜いては元も子もないので俺はより一層多くの魔皇力を込めて弓を引いた。

 

純蒼の奔流がレミアのことを包み込んだ……次の瞬間、光が爆ぜた。

 

と、同時に俺の演奏も終了。光が収まるのを待ってからレミアに話しかける。

 

「どうだ? 足は……」

「とても……とても良いです。痛みは一切感じませんし、むしろ温かみを感じるというか……」

「そうか。香織、一応診察を頼む」

「はーい」

「えっと、そういえば、皆さんは、ミュウとはどのような……それに、その……どうして、ミュウは、貴方のことを〝パパ〟と……」

「ああ……それはな」

 

俺はこれまでの経緯を簡単に説明した。まあミュウのことを人攫いの組織から助け出してついでにその組織をぶっ潰したことを話しただけだが。

 

全てを聞いたレミアはその場で深々と頭を下げ、涙ながらに何度も何度もお礼を繰り返してきた。

 

「本当に、何とお礼を言えばいいか……娘とこうして再会できたのは全て皆さんのおかげです。このご恩は一生かけてもお返しします。私に出来ることでしたら、どんなことでも……」

「いやいや。人として当たり前のことをしただけだよ」

 

見返りは求めていない。俺はただ、仁道から外れることだけはしたくなかっただけだ。二度も攫われた幼子を見捨てるほど俺の心は壊れていない。

 

が、折角の厚意である。無駄にするのは勿体ない。

 

「まあ……そこまで言うならここに滞在する間はここに泊めてもらってもいいか?」

「そのぐらいでしたら……それでしたらずっと〝パパ〟でもいいのですよ? 先程、〝一生かけて〟と言ってしまいましたし……」

「「「「…………」」」」

「唐突にブリザード作るんじゃない……まあ、お別れの日まではパパでいるさ」

 

さり気なく落とされたレミアの爆弾にため息をつきつつも俺は答える。

 

「あらあら、おモテになるのですね。ですが、私も夫を亡くしてそろそろ五年ですし……ミュウもパパ欲しいわよね?」

「ふぇ? パパはパパだよ?」

「うふふ、だそうですよ、パパ?」

「俺はまだ十六歳なんだけどなあ……」

 

……どうやらエリセンに滞在している間も安息の時間はゼロのようだ。

 

────────────────────

オマケ

 

「なあレミア」

「はい貴方?」

「ここに来たときに『オトヤ』という人物についての話が出たんだが……お前は何か知ってることはないか?」

「そうですね……まず『オトヤ』という人は私たち亜人にとって英雄なのは知ってますか?」

「それはなんとなく」

「そうですか。なら話は早いです。『オトヤ』はこれまで差別されていた亜人の立場を一時的ながら人間と同等まで上げた偉人でもあるんです」

「ほう……」

「言い伝えによるとオトヤはたった一人で鎮圧に来た人間を無力化したそうです。しかも命を奪わずに」

「どこの不殺侍だ……」

「その後内戦が勃発して崩れてしまった吸血鬼族の圧政をなんとかするためにまた一人で立ち向かったそうですよ。結果としては三回目の戦いで死んでしまったらしいですけどね」

「なるほどね……」

「でも圧政を強いていた吸血鬼族の新しいキングに深手を負わせたみたいですよ。結果的に神罰によって吸血鬼族は滅びましたけど……一説によるとオトヤから受けた傷が深すぎて神罰に対抗出来なかったと言われてます」

「まじか……すげえな」

「と、私が話せるのはここまでです。これ以上はちょっと……」

「いや、大丈夫だ。ありがとう」

「うふふ……貴方のためならなんだってしますからね」

「発言が危険すぎる……ってどこ触ってるんだ」

「あら、夫のここを管理するのは妻の仕事ですよ?」

「出会ってから数時間なのに展開早くない?」

「そんなに力まないで……私、結構自信はあるんですよ?」

「明日ぶち殺される運命しか見えないから勘弁してくれよ……」

 




お気に入り登録や感想はそのまま私のモチベーションへと繋がります。よろしければ是非お願いします!


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第七楽章 メルジーネ海底遺跡

今回はめちゃくちゃ雑です。一日待たせた上に雑で本当に申し訳ないです…。


レミアに襲われてから夜の時間可愛くなった雫やユエや露葉さんを相手してから数日後。俺たちはメルジーネ海底遺跡に出発することにした。

 

海底遺跡と言うだけあって大迷宮は海底にあるらしいのだが……情報が〝月〟と〝グリューエンの証〟に従えという物しかないのだ。一応それらしき場所まで辿り着いたは良いが海底には何も見つからなかった。海底遺跡というくらいだからそれらしき痕跡が何かしらあるのではないかと考えたのだが甘かったらしい。

 

とはいえ場所的には現在いる位置で間違いないらしいので潜水艦を浮上させて月が出るまで待機することにした。

 

「……どこの世界でも人間はクソだが自然は綺麗だな」

 

潜水艦の甲板に座り込みながら呟く。ここまでの旅で人間に絶望気味な俺であるが……自然は裏切らないらしい。

 

夕焼けの空に浮かぶ一番星を見つけて思わずヴァイオリンを取り出す。即興で曲が思いついたからには弾かないと気が済まない。

 

♪♪♬~ ♬♬♬♩~

 

短調、さらにゆっくり目を意識して弓を引き続ける。夕日の映り込んだ海に哀愁漂う音色が吸い込まれていく様子はどことなく風流のある情景だ……と思いながらも弓を引く。

 

気がつけば夕日は海に沈みかけており星が次々と顔を覗かせていた。

 

「……相変わらず上手だね」

「露葉さんか……」

 

いつの間にか隣には露葉さんが座っていた。どうやら風呂に入ってきたばかりらしく髪の毛が湿っている。いや、露葉さんだけではない。雫やユエ、ティオも俺の傍に寄ってきていた。

 

ちなみにハジメ、香織、シアは俺とは反対側の甲板に居るらしい。

 

「……音也、宮廷のヴァイオリニストになってほしい」

「なんだそれ……あ、昔は宮廷のヴァイオリニストが居たのか?」

「ん……でも音也ほど上手じゃなかった」

「音也ほど上手なヴァイオリニストはこの世に存在しないと思うわよ?」

「それもそうだよね。だって日本でも神童だったり天才だなんて呼ばれてたし」

「天才だなんて……いや、普通に嬉しいや」

「ふむ。ご主人様の腕前は確かなものじゃの。故郷にもヴァイオリンを弾く者はいたが……ここまで心で聞く演奏をする者は見たことないぞよ」

「心に響く……ね。確かにそれは分かるかも。なんというか、耳で聞く分には凄い演奏程度の感想なんだけど心で聞くと……何かが違うのよね」

 

 

どうやら俺の演奏は耳で聞くのではなく心で聞く演奏らしい。俺自身はよく分からないのが痛いのだが……まあ仕方がないか。

 

その後も雫たちは俺の演奏についての感想を述べ、盛大に照れることになるのだが……これはまた別のお話。

 

────────────────

一方ハジメside

 

「ハジメくん、隣座っていい?」

 

「好きにしな」

 

「あ、私はここに座りますねぇ」

 

「……本当にフリーダムな奴だな」

 

「ハジメさん最近香織さんに構い過ぎですよぉ……たまには私にも構ってください」

 

「シアさん、ハジメくんは旅の最中どんな感じだったの?」

 

「そうですねぇ……基本はツンケンしてるんですけど時折見せる優しさがとても格好良いんですよね。私はそこに惚れちゃいまして」

 

「そうなんだ……ハジメくん、この世界でも内面は変わらないんだね」

 

「るっせ」

 

「ほら、いつもはこんな感じでツンケンしてるんですよ。たまにゲンコツ落とされますしねぇ」

 

「それはお前が痴女みたいな発言するからだろ? それに俺の身に危険を感じたから正当防衛だ。セーフセーフ」

 

「うう……香織さんとの扱いの差が酷すぎます」

 

「ハジメくん……ダメだよ。差を作ったら」

 

「俺が愛してるのは……いや、これ以上は泥沼だな。止めるか」

 

「なんか釈然としないなあ……」

 

「そう言うなって。ほら、月が昇ったぞ……」

 

立ち上がるハジメ。その目は真っ直ぐと音也の持つグリューエン大火山攻略の証であるペンダントを捉えているのだった。

 

────────────────

 

「わあ……ランタンに光が集まっているわね」

 

ペンダントのサークル内には女性がランタンを掲げている姿がデザインされており、ランタンの部分だけがくり抜かれていて穴あきになっている。そこに月がすっぽり埋まるようにかざすとランタンに光が溜まり始めたのである。

 

やがてランタンに光を溜めきったペンダントは全体に光を帯びると……その直後、ランタンから一直線に光を放ち、海面のとある場所を指し示した。

 

なるほど、「月の光に導かれて」というミレディの言葉は正しかったらしい。随分と粋な演出で感動した。

 

俺は全員を潜水艦内に押し込んで潜行を開始した。真っ黒な夜の海をライトとペンダントの放つ光だけが闇を切り裂いている。その光は海底のある一点を指し示していた。

 

その場所は海底の岩壁地帯だった。無数の歪な岩壁が山脈のように連なっている。昼間にも探索した場所でその時には何もなかったのだが……潜水艦が近寄りペンダントの光が海底の岩石の一点に当たると、ゴゴゴゴッ! と音を響かせて地震のような震動が発生し始めた。

 

その音と震動は岩壁が動き出したことが原因だ。岩壁の一部が真っ二つに裂け、扉のように左右に開き出したのである。その奥には冥界に誘うかのような暗い道が続いていた。

 

「よくよく考えたらハジメのアーティファクトってチートアイテムだな。本来なら結界を張って気流調節しながらここまで来ないとダメなのに……」

「音也のイクサもかなりのチートアイテムじゃないか? それ一つで案外なんでも出来るだろうよ」

 

売り言葉に買い言葉。相変わらずハジメは口が上手い。なんてことを思いながら俺は途中で見つけた五つの岩にランタンに溜まった光を照射したり襲い来る魔物を魚雷で退けたりしながら潜水艦を先へ進めた。

 

と、少し油断しつつも進んでいたが……そういう時に限って何かが起こるものだ。

 

「ん?」

「お?」

「なんだ?」

「ん……」

「あら?」

「ぬおっ」

「はうぅ!」

「ひゃあ!?」

「危な……大丈夫?」

 

突如として股間がフワッとした。そしてその次の瞬間にはズシンッ! と潜水艦が地面に激突したらしく、激しい衝撃が船内に伝わったのである。

 

ちなみに吹き飛ばされかけた香織は露葉さんが助けていた。イケメン。

 

潜水艦の外は大きな半球状の空間だった。頭上を見上げれば大きな穴がありどういう原理なのか水面がたゆたっている。水滴一つ落ちることなくユラユラと波打っており俺たちはそこから落ちてきたようだ。

 

「全て水中って訳じゃないんだな……有り難い」

「だな……とりあえず、だ」

『『・ディ・』』

「「変身」」

『『フィ・ス・ト・オ・』』

 

久しぶりの同時変身。からの……。

 

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

イ・ク・サ・カ・リ・バ・ー・ラ・イ・ズ・アッ・プ

 

俺が地面に、ハジメが天井に攻撃を加える。地面には五億ボルトの電磁波が迸り天井には太陽が如くの熱戦が駆け巡る。

 

ぶっちゃけただの地獄なので俺たちの後ろ側に被害が及ばぬようユエには結界を張って貰っている。後で礼をしないと。

 

なお俺たちの必殺技ラッシュによって通路の奥にも潜んでいた魔物が全滅していた。どうやらフジツボモドキやヒトデモドキが控えてたらしい。まあ全部地面に半身を溶かしながら落ちているが。というか溜まり水らしき場所も蒸発してただの窪みになっている。どれだけ凄まじい空間だったのかがよく分かった。

 

「む? ご主人様よ。まだ魔物が奥に居るぞよ」

「……みたいだな。どうやらあれが本命らしい」

 

先にある大きな空間に魔力反応があった。しかもここまでの魔物と一線画する強さである。先ほどまでの魔物が前菜なら今目の前にいる魔物はメインディッシュ……と言ったところか? 

 

しかしどんな魔物が来ようとも邪魔をするなら潰すだけである。

 

俺はスーツ内で獰猛な笑みを浮かべながら目の前にある大きな空間へと足を踏み入れるのだった。

 




メルジーネ海底遺跡はあと2,3話使うかもです。もしかしたら、ですけど…()


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第八楽章 突破口

外の気温ヤバいですね……ここ数年で気温上がりすぎじゃないですか?()
皆さんも熱中症や脱水症には気をつけてくださいね。この時期は経口補水液を常備しておくと緊急時にも困らなくて済みますよ。


「なんだ? このゼリーは……」

「私がやります! うりゃあ!!」

「あ、バカ。いきなり突貫するんじゃ……」

「ひゃわ! 何ですか、これ!」

「……いわんこっちゃない」

 

空間に入った途端ゼリー状の壁に出入り口を塞がれた。シアが咄嗟にドリュッケンを振り回した訳だが……結果はご覧の有様である。

 

しかも驚いたことに、そのゼリーはシアの衣服をどんどん溶かしている。

 

「シア、動くでない!」

 

ティオが絶妙な火加減でゼリー状の飛沫だけを焼き尽くした。少し皮膚にもついてしまったようでシアの胸元が赤く腫れている。どうやら出入り口を塞いだゼリーは強力な溶解作用があるようだ。

 

続けてゼリーの奥から触手が飛び出してきた。すかさずユエが障壁を張って俺がイクサキャノンをぶっ放す。弾薬の種類はとりあえず榴弾だ。

 

「シア、今のうちに治してもらえ」

「あのぉ、ハジメさん。火傷しちゃったのでお薬塗ってもらえませんかぁ」

「……お前状況わかってんの?」

「いや、音也さんとユエさんが無双してるので大丈夫かと……こういう細かなところでアピールしないと香織さんの参戦で影が薄くなりそうですし……」

「はあ……」

「聖浄と癒しをここに〝天恵〟」

「ああ! 折角お胸を触ってもらうチャンスだったのにぃ!」

 

……どうやら問題なかったらしい。うん。そういうことにしておこう。

 

それにしてもこのゼリー。ユエが展開している障壁も溶かしている。

 

義眼で確認すれば障壁に込められているであろう魔力が水のようにドロドロと流れてしまっている。中々に強力で厄介な能力だ。まさに大迷宮の魔物に相応しい。

 

そんな俺の内心が聞こえたわけではないだろうが……遂にゼリーを操っているであろう魔物が姿を現した。

 

天井の僅かな亀裂から染み出すように現れたそれは空中に留まり形を形成していく。半透明で人型、ただし手足はヒレのようで全身に極小の赤いキラキラした斑点を持ち頭部には触覚のようなものが二本生えている。まるで宙を泳ぐようにヒレの手足をゆらりゆらりと動かすその姿はクリオネのようだ。もっとも、全長十メートルのクリオネはただの化け物だが。

 

しかも透明な体のくせして魔石が見当たらない。というよりゼリーが魔石なのだろう。なんせ俺の義眼の視界は赤黒一色なのだ。しかもこの空間ごとである。

 

「マズいな……こいつは既にあのクリオネモドキの腹の中かもしれねえぞ」

「なんだと?」

「違うことを祈るしかないが……とりあえず逃げるぞ。ハジメ、雫、ティオ。ゼリーを炎で相殺を。ユエ、コウモリモドキ、香織は障壁を頼む。露葉さんは忍術で何とかしてくれ」

 

弾薬を焼夷拡散弾に切り換えながら指示を飛ばす。その間に露葉さんは火炎瓶を投げつけながらゼリーを相殺しつつも手に何かを持ちながら呪文を唱えた。

 

「〝爆炎の術〟!」

 

直後、露葉さんの目の前に炎の激流が出現した。どういう原理かはサッパリだが兎に角時間はこれで稼げる。

 

なんせ露葉さんが発生させた炎の激流はクリオネモドキの全長を遥かに超える勢いで広がっているのだ。あまりに凄まじくて地面にいる俺たちが死にそうになる。

 

と、その時俺は地面に一カ所下に空間がある場所を見つけた。どういうわけか水位が上がってユエの身長なら胸元まで沈んでしまうぐらいのかさだったが……これで退散出来るかもしれない。

 

俺は牽制程度に焼夷拡散弾を連射しながら集合をかける。

 

「一度体勢を整えるぞ! 全員俺の傍に寄れ!」

 

最後にもう一発撃ち込んでイクサキャノンを宝物庫へポイ。今度はイクサハンマーを取り出して装着した。

 

イ・ク・サ・ハ・ン・マ・ー・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「行くぞ……でぇいやあああ!!!!」

 

ドォガアアアアアアアアアン!!! 

 

階層破りの一撃が空間内に響き渡る。次の瞬間には貫通した縦穴へ途轍もない勢いで水が流れ込んでいった。まるでトイレである。

 

全員が水に流されて行く中、俺は無理やり水中で足を踏ん張って静止。もう一度イクサキャノンを取り出して手持ちの焼夷炸裂弾を全て発射した。

 

背後でくぐもった爆音が響く。クリオネモドキの追撃に対し少しでも時間が稼げたのか確かめることは出来なかった。

 

────────────────

どこまでも広がる砂浜。周囲にはそれ以外何もなく、ずっと遠くに木々が鬱蒼と茂った雑木林のような場所が見えていて頭上一面には水面がたゆたっていた。結界のようなもので海水の侵入を防いでいるようだ。広大な空間である。

 

俺たちはあの後凄まじい勢いで水に流された。ユエが水流操作しようとしても無理なレベルの勢いである。他の人がどうにかできる問題ではない。

 

シアとティオ、そしてユエは偶然一緒になってどこかへ流されていった。さらにハジメと香織も一緒である。ここまでは良い。

 

しかし露葉さんは単独で流されていた。雫は……一応キバットの近くである。

 

とても微妙な距離感ではあった。しかし単独でこの迷宮を露葉さんが攻略するのは厳しいだろう。と、いうのも大迷宮はこれまでの常識が何度も何度もひっくり返されるのだ。単独でどうにかなる事ではない。

 

結果、非常に心苦しい決断ではあったが俺は露葉さんと合流。そのまま流されて今に至るというわけだ。

 

「露葉さん、着替え終わったか?」

「うん。びしょ濡れだったから風邪引きそうだけどね」

「俺はイクサを装着してたから何ともないけどな」

「本当に便利だよね。文音さんの技術力ってなんなんだろ」

 

本当になんなんだよ。異世界でも余裕で通用する道具を作り出すとか恐ろしすぎる。多分母さん一人で戦争を左右することも出来るだろう。

 

と、おおよそ大迷宮では相応しくない雑談をしながらも先にある密林へと進む。無論襲い来る魔物や害虫は俺と露葉さんが一体も残さず殺しているがな! 

 

「そういえばさっきの爆炎の術? はどうやったんだ?」

「あれは爆薬をたっぷり積めた小球を手刀で切って火を付けただけよ。少しだけ魔法を使ったから威力がもの凄いことになったけどね」

「あ、魔法覚えたんだ」

「便利だからね」

 

細い糸のような物を繰ったり蛇腹剣を振り回しながらする会話ではない。本来なら一回一回限界まで集中するのだろう。

 

しかし俺たちはあくまでもイレギュラーな存在であることを忘れてはいけない。この世界の定理から外れてしまったイレギュラー……だ。

 

と、そんなことを考えながら魔物を殺すこと数十分。俺たちは密林を抜けて別の空間へと足を踏み入れた。

 

密林を抜けた先は岩石地帯となっており、そこにはおびただしい数の帆船が半ば朽ちた状態で横たわっていた。そのどれもが最低でも百メートルはありそうな帆船ばかりで遠目に見える一際大きな船は三百メートルくらいありそうだ。まるで船の墓場である。

 

どの帆船にも激しい損傷が見受けられる辺り、ここにある船はどれもこれも戦艦だったのだろう。横腹に大砲がないということは魔法が攻撃手段なのだろうが……人間は必ずその住む世界で一番合理的な方法を見つけ出すようだ。

 

そしてその推測は、俺たちが船の墓場のちょうど中腹に来たあたりで事実であると証明されることとなったのだった。

 




露葉さんの忍術、考えるの楽しいですねえ……実はニンジャカービィを参考にしてるんですけどね()


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第九楽章 狂気を振り払え

ペースが不安定で本当に申し訳ないです……。


──うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!!! 

──ワァアアアアアアアアアアアアアアア!!!! 

 

「な、なんだ!?」

「音也くん! 周りが……!」

 

突然大勢の人間の雄叫びが聞こえたかと思うと周囲の風景がぐにゃりと歪み始めた。驚いて足を止めた俺たちは何事かと周囲を見渡すがそうしている間にも風景の歪みは一層激しくなり……気が付けば俺たちは大海原の上に浮かぶ船の甲板に立っていた。

 

何百隻もの帆船が一斉に動き出す。どうやら俺たちは幻覚で昔の海戦を見せられているらしい。しかも敵側(カッコカリ)から飛んできた魔法を迎撃してみるに、直接作用が可能な幻覚のようだ。

 

ゴォオオオオオオオオ!! 

 

ドォガァアアン!! 

 

ドバァアアアア!!! 

 

竜巻が船端を吹き飛ばし水流が船底に穴を開けマストが石化する。さらに甲板には炎弾が飛来し瞬く間に大火災が発生した。

 

その間に俺は幻覚相手に物理攻撃が通用するかどうかを確かめた。結果は不可能。ただし魔力を通した攻撃なら可能と。

 

「露葉さん。こいつらに物理攻撃は通用しない。魔力さえ通せば普通に攻撃可能だが……」

「どうする? 出口探すにも敵が多すぎるし……全部沈めちゃう?」

「賛成だ」

 

普段は殆ど使う必要がない魔法の準備をする。こう見えても無詠唱で魔法を発動させられるしユエ並みの魔法を発射することだって可能だ。

 

「〝豪驟雨〟」

 

初っぱなからオリジナル魔法発動。俺を中心として水属性の魔法弾が蜘蛛の子を散らすように拡散される。その一つ一つの魔法弾が鋭い刃のようになっており、本来なら触れた瞬間に大量出血で死に至らせるのだが……今回は着弾の瞬間に光となって霧散している。どうやら俺たちの攻撃で幻像を倒すと光になって露散するらしい。

 

そのことを理解した俺は魔力発動から魔皇力発動に切り換えた。範囲、威力、発動速度全てが倍増するので使わない理由がない。

 

露葉さんはというと〝纏雷〟をまるで雷のように飛ばしている。さらにはエレクトロファイヤーのように地面を伝って広範囲に放電しているし……やっぱチーターだ。

 

「死ねええええ!」

「おっと……」

「全ては神の御為にぃ!」

「エヒト様ぁ! 万歳ぃ!」

「異教徒めぇ! 我が神の為に死ねぇ!」

「我が魂は……エヒト様と共に有りいい!!」

「……ひでえ」

「世も末って感じだね」

 

いつの間にか露葉さんと背中合わせになっていたので俺の呟きにすぐ返答してくれた。いや、ホント世も末って感じである。

 

血走った眼に唾液を撒き散らしながら絶叫を上げる口元。まともに見れたものではない。

 

狂気の宿った瞳で体中から血を噴き出しながらも哄笑し続ける者や、死期を悟ったからか自らの心臓を抉り出し神に捧げようと天にかかげる者もいる。他にも俺たちを殺すために弟ごと刺し貫こうとした兄とそれを誇らしげに笑う弟もいた。

 

戦争というのはこうも狂気が生まれる場所なのだろうか。あるいは妄信から生まれた災いなのだろうか。俺には分からない。

 

とはいえこのまま狂気に飲まれて尻込みする訳にはいかない。俺は露葉さんと一度目を合わせて頷き合い、再度狂った幻像たちに立ち向かうのだった。

 

────────────────

「うへえ……これで終わりか」

「流石に気が滅入るよ……人はあそこまで狂うことが出来るんだね」

「やっぱり人間は滅ぶべきだろ……」

 

最後の一人を船ごと沈めた途端に俺たちは元の世界……即ち現実に戻ってきた。

 

あまりにも多くの狂気に短時間で触れたことによって露葉さんの顔色が悪い。まあ俺でも吐きそうだし仕方のないことだろう。

 

が、悠長に休憩するわけにもいかないので俺は露葉さんの手を握って目の前にある一際大きな帆船へと近づいた。中々に豪華な見た目をしており、木造でかつ時間が経っているのに感動を与えられるその見た目に、何か物を作る人間として当時の職人たちに敬意を払いたくなる。

 

とりあえず露葉さんを抱えて跳び上がって豪華客船の最上部にあるテラスへと降り立った。すると先ほどと同じように周囲の空間が歪み始める。

 

「またか……」

「気をしっかり持たないとね……気が滅入るのは仕方ないし」

 

そうこうしている内に周囲の景色は完全に変わり、今度は海上に浮かぶ豪華客船の上にいた。

 

時刻は夜で満月が夜天に輝いている。豪華客船は光に溢れキラキラと輝き、甲板には様々な飾り付けと立食式の料理が所狭しと並んでいて多くの人々が豪華な料理を片手に楽しげに談笑をしていた。

 

話を盗み聞いてみるに、どうやらこの海上パーティーは終戦を祝う為のものらしい。長年続いていた戦争が敵国の殲滅や侵略という形ではなく、和平条約を結ぶという形で終わらせることが出来たのだという。船員たちも嬉しそうだ。よく見れば甲板にいるのは人間族だけでなく、魔人族や亜人族も多くいる。その誰もが種族の区別なく談笑をしていた。

 

しかし……とある人間族の初老の男とフードを被った人間が甲板に用意された壇上に上がったのを見てこれはヤバイと直感的に察知した。

 

「──こうして和平条約を結び終え、一年経って思うのだ……実に、愚かだったと。そう、実に愚かだった。獣風情と杯を交わすことも異教徒共と未来を語ることも……愚かの極みだった。わかるかね、諸君。そう、君たちのことだ」

 

ここまで来れば何が起こるのかは分かる。その予想通りに船員の格好をした兵士たちが甲板を包囲する形で攻撃を開始。またたく間に甲板は絶望と血で塗り尽くされることになった。

 

そしてその地獄が終わって元の世界へ引き戻されるほんの短い時間の切れ目で、俺はフードから銀色に輝く髪が一房見た……気がした。

 

「……またまた気が滅入る光景だったよ」

「そりゃ仕方ないだろ。でも異世界人だったから気が滅入るだけで済んでいるんだ。この世界の人々は神とやらをかなり盲信してるからな……これを見せられたらかなり心がやられるだろ」

「それもそうね」

「さて、恐らくこれからこの船を探索することになるが……サッサと終わらせるか」

 

念のためファンガイアスレイヤーを取り出して俺は甲板に飛び降りて最後に王が入っていった扉を開けた。妙に寒い空気だが無視である。

 

船内は闇に閉ざされている。外は明るいので朽ちた木の隙間から光が差し込んでいてもおかしくないのだが……何故か全く光が届いていない。

 

仕方がないので俺はハジメが制作した懐中電灯を取り出して闇を払った。その矢先に俺たちの前には白いヒラヒラとした物が現れた。どうやら女の子らしい。

 

が、こんなとこに女の子がいるのはおかしいので速攻で纏雷を通したファンガイアスレイヤーで貫いた。その後も貞子モドキや生首と斧を引きずっていられる山男、口裂け女を瞬殺しながら先へ進む。怪奇に出会うたびに露葉さんの顔色が青を通り越して白になっているのが心配である。

 

「こういう怖い物は苦手か?」

「……逆に得意な人っているの?」

「さあ?」

「うう……雫はこういうの得意なんだけどね。私はどうしても苦手。お母さんと訓練した時に幻術で怪奇現象をひたすら見せられたことがトラウマでね

「何やってるんだ霧乃さん……」

 

左腕をガッチリホールドして離れなくなった露葉さんの話を聞いて思わず呆れてしまった。くノ一になる訓練はどうやらとんでもなく厳しいらしい。

 

そりゃあおかわりで剣術を習おうだなんて思わないだろう。くノ一でお腹いっぱいのはずだ。

 

とはいえ涙目になりながらも怪奇を撃退している姿には感心せざるを得ない。撃退ごとに頭を撫でてあげると少し復活するのでなんだかんだで前に進めている。

 

気がつけば最奥にある船倉まで辿り着いた。船倉内にはまばらに積荷が残っているのでとりあえず積荷方面へ向かおうとすると……扉がバタンッ! と勝手に閉じた。

 

さらにさらに深い霧が発生。もういっちょとばかりに暴風も吹き始めて露葉さんと離れ離れになってしまった。

 

「くそ……そこを動くなよ!」

 

気配を探そうにも霧には認識阻害効果があってアッサリ見失ってしまった。舌打ちしながらも声を張り上げる。と、同時に現れた歴戦の騎士みたいな幻像をファンガイアスレイヤーで片付ける。なんか剣技を俺に繰り出してきたが雫の絶技を見ている俺からしたらお遊びに過ぎない。

 

その後も武闘派の連中が襲いかかってくるが全て瞬殺した。全員雫よりも遅いので目で追うのは余裕だし破壊力もシアより下である。こんなのでピンチになる訳がない。

 

「露葉さん……どこだ?」

 

最後の男を倒すと同時に霧が晴れたので露葉さんを探すことに全神経を集中……する必要はなかった。

 

「ここだよ。音也くん」

「……良かった。無事だったか」

「うん。でも……すごく怖かったよ」

「そうか……」

「だからね、慰めて欲しいな」

 

微笑みながら近寄って俺に抱きつく露葉さん。鼻と鼻が触れ合いそうなほど間近い場所で俺の口元を見つめている。やがて、ゆっくりと近づいてきた露葉さんを俺は……

 

ズガア! 

 

殴り飛ばした。

 

「な、なにをするの!?」

「……テメエ、やりやがったな。露葉さんが心を弱らせた所を狙いやがって。全部見えてるぞ? 露葉さんの体を巣食ったゴミ野郎の姿がな」

 

俺の義眼には露葉さんと重なる形で一人の女の亡霊が映っていた。

 

普段なら面倒くさそうな顔をしながらも何とかするが……今回ばかりはそれで気が済まない。魔力と魔皇力を全力展開して吹き飛ばした露葉さんにゆっくりと近寄る。

 

……俺の頬にスタンドグラスのような模様が浮かび上がっているとはつゆ知らずに。

 




さて、察しの良い人ならもう分かるとも思いますが……次回は事が大きく動きます。お楽しみに!


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第十楽章 狂嵐

地の文ってどのぐらい入れたら良いんですかね…つい先日、地の文が少なすぎるという指摘を貰ったので今回は地の文を多め(個人的に)したのですが…サッパリです。まあこれまでが少なすぎたんですけどね()
それと文と文の間隔も変えてみました。今回はお試し的な部分があるのでよろしかったら感想を頂けると嬉しいです。


「………」

「あんた本気なの?!この女がどうなってもいいの!?」

「黙れ」

「私が消滅すれば、この女の魂も壊れるのよ! それでもいいの!?」

「黙れと言っている」

 

徹底的に言葉を封殺していく。何も聞きたくない。特に目の前にいる亡霊の言葉など、何も聞きたくない。

 

どうやら人間は一度吹っ切れてしまえばただ殺すだけでは満足しないらしい。殺しても殺しても満たされない。むしろ殺すよりも苦しんでいる顔を見たい、と。

 

痛めつけたい。苦しめたい。絶望を味わってもらいたい。ただその一心で亡霊の女に近づいた……その刹那。

 

「グウウ……ガアア……」

 

俺の耳に人間ではない声が入ってきた。熊のような、虎のような……獣の鳴き声にそっくりだ。しかもその声は俺から発されているらしい。

 

ハッとしてその手を見れば、真っ黒な掌に魔女のような長く鋭い爪が伸びている。腕は真っ赤に染まり手首には盾にも似ている鉤爪が装着されていた。俺はこれに嫌というほど見覚えがある。

 

「コレハ……ナンダ?」

 

片言ながらも日本語を話す。突如自分の身に起きた異常事態に脳の処理が追いついていない。いや、理解するのを拒んでいるだけかもしれない。

 

が、理解していることも当然ある。この姿はキバの鎧を装着し続けた代償であること。そして消えることのない負の感情。途切れぬ殺意、残虐な願い。

 

「……オマエハユルサナイ」

 

溢れんばかりの魔皇力と殺意を一気に解放。魔皇力の波動がエネルギー波となって腕から射出された。

 

赤い、紅い魔皇力のエネルギー波は外れることなく亡霊に直撃した。まるで首吊りと皮剥、水責めに根性焼きを同時に受けたような顔の歪め方をしている亡霊を見て気分が何故だか高揚してしまう。もっとその顔を見たい。もっと苦しめ。もっと。もっと。もっと……。

 

片手から出していたエネルギー波を余っていたもう片方の手からも発射する。より一層苦しそうな顔をする亡霊に嘲笑を浴びせながらさらに出力を上げようとした。

 

しかし……

 

「……ナニカッテニキエテイルンダ?」

 

そう、亡霊の姿が透き通ってきたのだ。見た目も最初の時よりしわくちゃに感じる。追い打ちをかけるようにエネルギー波を撃ち込んでも反応しない。

 

俺はまだ満足していない。これっぽっちも満たされていない。足りない。全然足りない。誰が、誰が俺を満たしてくれるのだろう。

 

「グガガ……! ギィヤアアアア!!」

 

やり場のないこの気持ちを周りにぶつける。エネルギー波の衝撃で帆船内にある造形物全てが叩き壊され、天井が崩れ落ち、俺と露葉さんは生き埋めに近い形になってしまった。

 

しかしそこまでやっても満足出来ない。崩れ落ちてきた木材目がけて俺はエネルギー波を発射しようと……。

 

「お、音也くん……」

「……!」

「ダメ。それ以上は……ダメ!」

 

フラフラしながらも立ち上がり、俺の目の前に立ち塞がる露葉さん。その瞳は金剛力士像のように鋭く細められ、一つの動きでも許さないという不動の意思を感じさせる雰囲気だ。

 

「貴方の気持ちは全てではないけど分かる。やりきれない気持ち、満たされない気持ち……」

「ナラ……!」

「でもこれ以上はダメ! 巨大な力に飲み込まれて音也くんが壊れる所を見せられるぐらいなら……ここで死んでも貴方を止めてみせる!」

 

思い出される一つの記憶。力に溺れて目の前の女の子一人も守れず、俺自身も殺されかけたあの日。間一髪救援が入って事なきことを得たものの、俺は深く実感させられたではないか。

 

力に溺れた人間は、何一つ守れずにその身を滅ぼしていくだけだと。そして俺は約束したはずだ。二度と力に溺れて誰かを救えないなんてことが起きないようにする、と。

 

「グ……アア」

「私が……全て受け止めるから。その気持ち、全部受け止める。だから、元の姿に戻ってよ……」

 

俺が化け物の姿になっても変わらず抱き締めてくれる露葉さん。その変わらぬ優しさに安心し、俺も抱き締め返そうとした。

 

するとどうだろう。先ほどまでは真っ黒だった手が人間らしい物に戻っている。吐き出される息も獣のような物ではない。

 

「音也くん! 姿が元に……!」

「ありがとう……露葉さん。大事なことを思い出させてくれて」

 

激しく体力を消耗しているが、そんな様子は一ミリも見せずに露葉さんを抱き締めた。それほどにまで露葉さんは大切な存在であり、決して離れたくない人でもあるのだ。

 

それ故に露葉さんを傷つけられたと判断した俺は我を忘れるほど怒り狂ったのだが……。

 

「ううん。戻ってくれたなら良いの」

 

どうやら俺の堪忍袋は露葉さんが握っているらしい。その証拠に憎しみだの怒りだのが露葉さんに抱き締められることでスルスル抜けていった。きっと俺は生涯、露葉さんには敵わないだろう。

 

お互い抱き締め合って見つめ合い、恥ずかしくなって照れ笑いして。そんなことを何十回も繰り返していたので目の前に魔法陣が現れたことに気がつくのがかなり遅くなった。

 

もう一度お互いに見つめ合って頷き合う。そのまま俺たちは戸惑うことなく魔法陣へと足を踏み入れるのだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

魔法陣に足を踏み入れた瞬間に発生した光の爆発が収まり、目をゆっくりと開ける。俺たちは神殿のような場所に転送されていた。どうやらメイル・メルジーネの住処に到着したらしい。

 

神殿は四本の巨大な支柱に支えられていた。支柱の間に壁はなく、吹き抜けになっている。神殿の中央の祭壇らしき場所には精緻で複雑な魔法陣が描かれていた。また、周囲を海水で満たされたその神殿からは海面に浮かぶ通路が四方に伸びており、その先端は円形になっている。そして、その円形の足場にも魔法陣が描かれていた。

 

これまでの大迷宮と比べるとかなり楽だな……と、思ったがすぐに考え直した。まず海底洞窟はクリアするまで魔法を使わなければならない。俺たちは潜水艦があったので楽に突破できたものの、本来ならこの時点で大量の魔力を消費して辛くなる。下手したらそのまま溺死だ。

 

そしてその後に現れたクリオネモドキは十分強かったし亡霊に関しても物理攻撃が通用しないのでまた魔法頼みになる。ましてやこの世界の人間は神への信仰心が非常に強い。そんな人があの凄惨な現実を突きつけられたとしたら……どうなるかはお分かりだろう。

 

要は俺たちが神のことなど何とも思っていない異世界人であり、チーターだったから楽に攻略できた。それだけである。

 

そんな考察をしていると、他のメンバーも魔法陣から現れた。どうやらクリア出来たらしい。香織に関してはハジメに背負われているが。

 

「あれ、香織どうした?」

「心配するな。こいつは甘えてるだけだからな」

「ずるいですぅ。変わってくださいよぉ」

 

どうも香織はハジメに甘えてるだけらしい。シアが抗議の声をあげ、香織がドヤ顔をして火に油を注ぐ。何時もの光景だ。

 

「……姉さん。くっつきすぎじゃない?」

「あら、嫉妬?」

 

……こちらも何時もの光景。姉妹でお互いにメンチを切り合う状況はこの旅の間に何度も見てきた。最近、露葉さんが遠慮をしなくなったので雫が拗ねやすくなったが……それも頭を撫でて軽く抱き寄せるだけで解決するのだからこちらとしては複雑な気分である。

 

変わらぬ光景を見せられて安心した俺だが、そろそろ神代魔法を手に入れたいので全員を促して祭壇の中心にある一際大きな魔法陣へと足を踏み入れた。いつもの通り脳内を精査され、記憶が読み取られた。しかし今回はそれだけでなく、他の者が経験したことも一緒に見させられるようだった。つまり雫たちが体験したことを共有することになったのである。

 

雫、ユエ、シア、ティオは戦争に勝利した人間族が、魔人族の女を徹底的に恥辱した上で殺害する光景や俺たちと同じように実際の戦いの幻を見せられたらしい。

 

ハジメと香織は他の四人と似たような光景を見せられたようだが……こちらは男や女関係なしに虐殺される光景と、神に捧げるための生け贄と宣った大虐殺を見せられたようだ。さらに膠着状態にある戦争にも巻き込まれたらしく、その様子は一言で表すと『泥沼』であった。

 

流石の雫たちでも大量虐殺を見せられるのはかなりメンタルに来たらしく、顔を青ざめている。

 

ようやく記憶の確認が終わり、無事に全員攻略者と認められたようである。俺たちの脳内に新たな神代魔法が刻み込まれていった。

 

新たに覚えた神代魔法は〝再生の力〟。俺は解放者の意地悪さに心底呆れ果ててしまった。再生魔法は【ハルツィナ樹海】の大樹内へ入るために必要な魔法であり、初めに樹海へ来た者は面倒な事に東の果てにある大迷宮を攻略するには西の果てにまで行くはめになるのだ。俺たちには四輪や二輪があるので比較的マシではあるが。

 

と、その時である。魔法陣の光が徐々に収まってきたという所で床から直方体がせり出てきた。小さめの祭壇のようだ。その祭壇は淡く輝いたかと思うと、次の瞬間には光が形をとり人型となった。どうやらオスカー・オルクスと同じくメッセージを残したらしい。

 

人型は次第に輪郭をはっきりとさせ、一人の女性となった。祭壇に腰掛ける彼女は白いゆったりとしたワンピースのようなものを着ており、エメラルドグリーンの長い髪と扇状の耳を持っていた。どうやら解放者の一人メイル・メルジーネは海人族と関係のある女性だったようだ。

 

雰囲気的にはオンモードの露葉さんに似ている。おっとりとした女性のようだが、どこか芯の通った所を感じさせる彼女はオスカーと同じようにこの世界の真実を語り、こう締め括った。

 

「……どうか、神に縋らないで。頼らないで。与えられる事に慣れないで。掴み取る為に足掻いて。己の意志で決めて、己の足で前へ進んで。どんな難題でも、答えは常に貴方の中にある。貴方の中にしかない。神が魅せる甘い答えに惑わされないで。自由な意志のもとにこそ、幸福はある。貴方に、幸福の雨が降り注ぐことを祈っています」

 

その言葉と共にメイル・メルジーネの姿は光となって露散し、代わりにその場には攻略の証であるコインが残された。

 

そして証をしまった途端、神殿が鳴動を始めた。そして、周囲の海水がいきなり水位を上げ始めた。

 

速攻で潜水艦を取り出して全員を中に放り投げて潜水艦が水没する直前に俺も乗り込む。それと同時に天井部分が【グリューエン大火山】のショートカットのように開き、猛烈な勢いで海水が流れ込んだ。その竪穴に流れ込んで下から噴水に押し出されるように猛烈な勢いで上方へと吹き飛ばされる。

 

めちゃくちゃ強引で大雑把ななショートカット方法だ。メイル・メルジーネはおっとりとした女性かと思っていたが……残念。そんなことなかった。彼女はどうやら優しいお姉さん的な見た目に反して過激で大雑把な性格をしていたらしい。

 

俺は次から次へと起こるまさかの事態に思わずため息をつくのだった。

 




音也がブチ切れて変化した姿はバットファンガイアと同じ姿物です。能力等は後々説明していくつもりです。


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第十一楽章 最凶最悪

メルジーネ海底遺跡から放り出された俺たちは、海中に叩き付けられることとなった。そこまでは良いのだが……すっかり存在を忘れていたクリオネモドキが襲ってきた。

 

豪速で伸びてきた触手を何とか躱して俺はカウンター的な形で魚雷攻撃を仕掛けた。とりあえず搭載されている魚雷五十発全てを叩き込んで全速後退したので多少なりとも時間は稼げる。

 

「ご主人様。どうするのじゃ?」

「……海の中じゃあいつの思う壺だ。空間転移して空中に出る。空に出たらティオは竜になって俺たちを乗せてくれ」

「しかしご主人様よ。其方の顔色が悪いのじゃが……」

「黙ってろ。今はそんなこと気にしてられるか」

 

彼女たちを連れて『生きて』日本に帰るために俺の体調など気にしてはいられない。俺はすぐさま空間魔法の構築に取りかかるべく、キバットを呼び寄せた。

 

「行くぞ、コウモリモドキ」

「良かろう。ガブリッ!!

「変身……!」

 

キバの鎧を纏って空間魔法の構築を開始する。空間魔法は扱いが非常に難しく、ユエですらも発動までに四十秒はかかる。俺だと素の状態なら一分以上かかるのは間違いない。

 

しかしキバの鎧を装着すれば発動までの時間を半分以下まで短縮することが出来るのだ。キバの鎧には強力な機能が多数備え付けられているが、何だかんだで魔法の発動までにかかる時間を大幅に短縮出来る機能が一番恐ろしいかもしれない。

 

「……行くぞ。〝界穿〟!」

 

ものの数秒で魔法の構築を完了。空間の二つの地点に穴を開けて二点の空間を繋げた。要するにワープゲートを作ったというわけだ。俺は潜水艦内に片方のワープゲートを作成した。その理由は簡単である。

 

「全員飛び込め!」

「あ、あの……潜水艦は?」

「囮だ囮。シアも無駄口叩いてないで早く行け!」

 

そう、潜水艦は囮だ。俺は触手がかなり正確に潜水艦を狙ってくるのに気がついたのだ。これを利用する以外有り得ない。

 

移動した先は既に空中だ。そのすぐ下にはティオの背中があった。そこに着地して一息つこうとしたところで……背筋が凍り付いた。

 

 

ドォゴオオオオオオオ!!!

 

 

ザバァアアアアアア!!!

 

 

なんと背中側から巨大な津波が接近してきたのである。いや、巨大というのもおこがましいだろう。もはや、壁、そして空だ。上空百メートルほどの高さを飛ぶティオの遥か天に白波を立てながら襲い来る津波は優に高さ五百メートルを超えているだろう。そして直径は一キロメートルくらいありそうだ。まるで神が起こした災厄である。

 

「ティオ!」

〝承知っ!〟

 

ティオが真っ直ぐ津波へ突貫する。上下左右への逃げ場はない。連続で空間魔法を扱うことなど不可能。ならば突破するのみ。その意思を言葉ではなく心で理解してくれたティオは凄まじい速度で飛行を始めた。

 

「ユエ、香織。障壁を頼む」

「……音也はどうする?」

「紋章に決まってるだろ?」

 

未だに破られたことのないキバの紋章をティオの飛行速度を上回って先行させる。さらにユエと香織が左右と後ろ側に障壁を展開。結果としてティオはバリアに包まれたような状態となって津波内へと突入することになった。

 

「……! 危ない!」

「そこ!」

「危ねえ!」

「見え見えですぅ!」

 

さらに障壁を展開していないメンバーが障壁を突き破ってきたクリオネモドキの触手を剣だの銃だの忍術だの大槌だので迎撃。破られた障壁は即座にユエと香織が修復していくため実質損害はゼロだ。

 

だがこちら側からも決定打を与えることは出来ないためかなり苦しい状況ではある。クリオネモドキはどうやら海を操ることも可能らしく、津波に重ねて水系攻撃魔法〝破断〟に近い攻撃を繰り出してくる。海の水は人間からしたらほぼ無限と言っても良いぐらいあるため攻撃手段が尽きることは有り得ない。しかし俺たちは触手を迎撃することで精一杯であり、肝心の本体への攻撃はままならない状態だ。つまり防戦一方。このままではユエと香織の魔力が切れて障壁がなくなり、俺たちは海中に沈んだあとに嬲り殺されるだろう。

 

何か策を考えないと生還は難しい。あのクリオネモドキはゼリーがあればゾンビのように復活してくる。しかしあのゼリーをどうにかしようにも、こちらの魔法が溶かされるのが先だろう。ゼリーの溶解速度を上回って攻撃を仕掛けなければなるまい。

 

しかし、ハジメの超兵器たちもあのゼリーには無力だ。そのことはメルジーネ海底遺跡に来てすぐにクリオネモドキと対局したときに把握している。ユエやティオの魔法もあのゼリーに溶かされてしまう。露葉さんの忍術だって少しの足止めにしかならなかった。シアと雫の近接戦闘はもってのほかだろう。魔皇力を使った魔法攻撃なら多少は効くかもしれないが、あまりにも不確定要素が多すぎる。

 

残された手段は……イクサでの自爆だろうか。いや、それでも足りない可能性が高い。あいつの再生能力と防御力は異常だ。もっと、もっと凄まじい破壊力を持つ攻撃手段は……あった。

 

「おいコウモリモドキ」

「なんだ?」

「……腹括れよ」

「待て、何をするつもりだ?」

 

黙ってウェイクアップフエッスルを取り出す。それを見てキバットの雰囲気が変わった。必死に俺のことを止めようとし、あくまでも反対だと訴えてくる。

 

無論死ぬつもりはない。必ず生きて帰るつもりだ。危険なのは重々承知しているが、残念なことに今の俺たちにはこの策しかないのだ。その事を必死に伝えると、渋々。本当に渋々といった感じでキバットが納得した。

 

「……やるぞ!」

ウェイクアップ・II!

「ティオ、ブレスを!」

〝承知!〟

「後の全員は張れるだけ結界を張れ! 限界まで、だ。頼むぞ!」

 

ティオの背中から飛び出して両足蹴りを繰り出す。ティオは俺に合わせて漆黒のブレスを口から発射した。こいつは怪人撃破率100%を誇るあの技の再現である。こいつだけで倒せるとは思っていないが高速で、かつ攻撃をしながら近づくには最適の手段だ。

 

さらに移動しながら先ほど発動させた空間魔法を紋章に付与しつつも回収。一つはティオの直上に固定し、もう一つは俺と並走させる。

 

そうこうしているうちに、俺はクリオネモドキの腹の中に突入した。腹の中、と言っても壁は透明なので不思議な感覚である。しかし悠長に感想を述べている時間はない。腹の中に獲物が来たと分かった途端、クリオネモドキは周囲に張っていたであろうゼリーを全て回収してきたのだ。俺は再びウェイクアップフエッスルを取り出した。

 

「お利口な奴だ。実に賢い判断だよ。だが……賢さが時にはその身を滅ぼすことまでは頭が回らないようだな!」

 

 

ウェイクアップ・III!

 

 

……そう。俺が思いついた最後にして最強、いや、最凶の手段はウェイクアップ・IIIことキングスワールドエンドを使用することだ。こいつは内包する魔力と魔皇力、全てを一気に解放することによって発生する大爆発によって攻撃する技だ。文字通り自爆技であり、普通のプロセスで発動すれば死亡は免れない。

 

天が震えて稲妻が奔る。海水は竜巻のように宙を舞い、先ほどクリオネモドキが起こした津波など比較にならない大津波を巻き起こしている。月は紅く染まり、常闇のに辺りは真っ暗となった。簡単に言うならば「世界の終わり」だ。

 

限界まで高められた魔皇力と魔力がキバの鎧から溢れだす。赤黒い光が滲むように辺りをドーム状に包み、絶対零度の殺意が周囲を満たした……その次の瞬間である。広がった光が一気に収束を開始。半径数キロにも及んだ光のドームは俺の胸元で小さな球体へと姿を変えると……俺の手の動きと共に光が爆ぜた。

 

 

ドォガガガガアアアアアアアン!!!

 

 

全てを無に返す最凶にして最悪の一撃。視界が紅に染め上げられ、耳は爆音の影響で役に立たなくなっている。今現在、雫たちが無事かを確認することは出来ないようだ。

 

全員の無事を祈りつつ、俺は目を閉じるのだった……。

 




キングスワールドエンドはそうホイホイ使うべきではないですが…今回は敢えて使いました。案としてはバットファンガイアを使った魔法攻撃ぐらいしか他には思いつかなかった…()


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第十二楽章 愛娘

遅れてしまい申し訳ないのです……。
そんな中でもユニークアクセスやお気に入り数が増えてることには感謝しかありません。本当にありがとうございます!


「……! ……パ!」

「なんだ……まだ寝かせろよ……」

「パパ! 起きるの!」

 

耳に入った我が娘の声に意識が一気に覚醒する。俺は確か、海のど真ん中でクリオネモドキと共に自爆して、その後は……思い出せない。五体が一応無事なことを見るに、他のメンバーも恐らく無事なのだろう。

 

キングスワールドエンドを使用した俺は、自爆技にも関わらず変身者とキバットを生還させる方法を思いついた。その方法とは空間魔法を使うことである。爆発するコンマ一秒にキバットを空間魔法で作り出したワープゲートに放り込み、俺自身は爆発をバットファンガイアで無理やり耐えることにしたのである。

 

「パパ! 良かったの……起きたの!」

「……雫たちは?」

「お姉ちゃんたちはみんな部屋にいるの。ピンピンしているの」

「そうか……良かった」

 

改めて無事が伝えられたことで心から安堵する。どんなに信じていたとしても、心配なものは心配なのだ。今回ばかりは二次災害も大きかっただろうに……よくぞ無事でいてくれた。

 

「バカ……また離ればなれになるのかと思ったじゃない」

「悪かったな。方法があれしか思いつかなかったんだよ」

「……罰としてしばらくはこのままで居てよ」

「お安いご用さ、お姫さま?」

 

歯がガタガタ言いそうなセリフを平然と口にする。キバ本編の音也よりは比較的マシであると思いたい。マシだよね? 

 

と、一人悶々としていると雫が見つめてきたのですかさず抱き締め返す。それだけで満足そうに喉を鳴らすのだから困ったものだ。とはいえ可愛いのには間違いないので俺は目元を緩めて雫の髪を撫でるのだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

俺が目を覚ましてから一週間が経過した。本当なら一週間も滞在する必要はないのだが……これにはしっかりとした理由が三つある。

 

まず、手に入れた再生魔法の鍛錬のために、というのが理由の一つである。再生魔法は空間魔法並みに扱いが難しく、一週間使ってようやく数秒で発動するまでにこぎ着けたのである。ちなみに再生魔法は回復にも使えるし死人を蘇らせることもできる。

 

そして次の理由が、イクサに新たな発見があったのでそいつの調整をしていたのである。ライジングイクサの時に使うライザーフエッスル。あれをプロトイクサのベルトに読み込ませたらどうなるのだろうか? と疑問に思った俺は、試しに変身してからライザーフエッスルを差し込んでみた。

 

結果は……気がついたら変身解除しており、ハジメ、雫、露葉さん、シアがぶっ倒れていた。何があったかを聞くと、ライザーフエッスルを読み込ませたイクサは何故か黒と銀を基本としたスーツに変わったらしい。そしてその姿に変わった直後、俺は一番近くに居たハジメに襲いかかったそうな。ハジメは三発ほどで気絶したらしく、騒ぎを聞きつけた雫、露葉さん、シアが頑張って俺からベルトをもぎ取ったらしい。黒いイクサに変身中の俺は、一言も喋ることなく人間の急所ばかりを狙う……まるで機械のような動きだったという。原因究明は今だ出来てないのだが、戦闘力だけは凄まじいので今後の戦闘に取り入れることを検討している。

 

そして三つ目の理由。俺たちとミュウはこのエリセンの町でお別れだ。とても四歳の少女を大迷宮に連れて行くことなど出来ない。しかし別れ話を切り出そうとすると、ミュウは決まって超甘えん坊モードになり、「必殺! 幼女、無言の懇願!」を発動するので中々言い出せずにいた。

 

 

「はあ……そろそろ切り出さないとなあ」

 

現在俺は、桟橋に腰をかけている。目の前にはミュウVS雫たち美女~ズの鬼ごっこが繰り広げられている。海人族の特性を十全に発揮してチートの権化達から華麗に逃げ回るミュウを見るのはとても微笑ましいのだが……やはり憂鬱なのだ。

 

と、どこか浮かない表情を浮かべながらため息をついていると……突然足下からザバァ! という音が聞こえた。海中から水を滴らせて現れたのは、ミュウの母親であるレミアだ。何故か両足の間に出てきた。レミアは俺の膝に手を掛けて体を支えると、かなり位置的に危ない場所から俺のことを見上げている。しかし体勢や未亡人であるが故の肉体が放つ色気とは裏腹に、レミアの表情は優しげである。

 

「有難うございます。音也さん」

「どうした? 急に……」

「うふふ、娘のためにこんなにも悩んで下さるのですもの……母親としてはお礼の一つも言いたくなります」

「……まあバレてるよな。俺はその辺を隠すのは苦手だし」

「ミュウだって幼いなりに考えているんです。あの子もこれ以上、大好きなパパを引き止めていてはいけないと分かっているのです」

 

どうやら幼子にすらも気遣われていたらしい。そうなってしまっては世話ない。ミュウの無言の訴えが、行って欲しくないけれどそれを言って俺たちを困らせたくないという気遣いの表れだったとは……全く、逞しく成長したものだ。父親として、とても嬉しく思う。

 

「……分かったよ。今日、話をしよう。明日出発するってな」

「では、今晩はご馳走にしましょう。音也さんたちのお別れ会ですからね」

「そうだな……期待してるよ」

「うふふ、はい、期待していて下さいね、あ・な・た♡」

「据え膳食わぬは男の恥ってか? いやしかしなあ……」

 

……その後、俺たちに気がついた雫たちが鬼の形相で寄ってきたのは別の話である。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「……もう、会えないの?」

「…………」

 

夕食前。俺はミュウのことを真っ直ぐ見て、明日には出発すると伝えた。ミュウは着ているワンピースの裾を両手でギュッと握り締め、懸命に泣くのを堪えている。

 

二度と会えないのか。これは答えにくい質問だ。今だに帰る方法は見つかっていないしどのような形でどのタイミングで帰ることになるのか分からない。それにもうエリセンに来ることがないかもしれない。これが今生のお別れの可能性だってあるのだ。

 

「……パパは、ずっとミュウのパパでいてくれる?」

 

どう答えるべきかと悩んでいると、ミュウはその答えを聞く前に言葉を重ねてきた。俺はそんなミュウに対して、両肩をしっかり掴むと真っ直ぐ視線を合わせた。

 

「ミュウが……そうして欲しいなら。俺は何時までもお前のパパでいるさ」

「なら、いってらっしゃいするの。それで、今度は、ミュウがパパを迎えに行くの」

「迎えに……か?」

 

あまりにも無謀で、実現不可能な目標だ。きっとミュウは、俺が世界を越えて自分の故郷に帰ろうとしていることを正確には理解していないのだろう。それ故に出てきた考えのはずだ。

 

しかし、「無理だ」とは言えなかった。その理由は簡単だ。ミュウの表情が、まるで困難を相手する時の俺のような表情だったからである。

 

「パパが行けるなら、ミュウも行けるの。だって……ミュウはパパの娘だから」

「ミュウ……」

 

しっかりと、この短い期間で俺の背中を見て成長してくれたらしい。そんなこの子を……いや、愛しい娘を、今更手放そうなんて思うわけがない。俺は一つ、誓いを立てることにした。

 

「ミュウ、約束しよう」

「約束?」

「全部終わらせたら。必ず、ミュウのところに戻ってくる。みんな連れて、ミュウに会いに来る」

「……ホント?」

「あったり前だ。ミュウに嘘吐いたことなんてないだろう?」

 

何時になるかは分からない。もしかしたら一生会えないかもしれない。だが今は、そんなこと考えなかった。考えようともしなかった。父親たるもの、愛娘との約束を守れないなんて有り得ない。

 

「帰ってきたらミュウも俺の故郷へ連れて行ってやるよ。俺の故郷、生まれたところはな。この世界以上にびっくり箱のような世界なんだ」

「パパの生まれたところ……みたい!」

「よし、なら良い子にして待ってるんだ。ママを困らせたらダメだぞ?」

「はいなの!」

 

ミュウを肩車しながら約束を交わす。と、同時にレミアに視線を送った。事を勝手に決めてしまって申し訳なかった、と。

 

そんな俺に、レミアは優しく首を横に振った。その暖かな眼差しには、責めるような色は微塵もなく、むしろ感謝の念が含まれていた。

 

「ねえパパ。ママも一緒?」

「そ、そうだな……母親を置いて行くなんて無理だよな」

「はい、あなた。娘と旦那様が行く場所に、付いていかないわけないじゃないですか。うふふ」

 

オマケでとんでもない約束が付いてきた。ミュウを娘と見るならレミアは妻である。ついさっきの俺の父親宣言は、ある意味で婚約になる。

 

その事に気がついたのか、雫たちが一気に俺の元へ攻め込んできた。先ほどまでのシンミリとした空気はどこへ行ったのだろうか。

 

しかしこの方が俺たちらしい、か。そんなことを思いながら、俺は自らが起こした喧騒を止めに入るのだった。

 




アンコントロールスイッチ! ブラックハザード! ヤベーイ!!
なんでこうなったのかは…私がハザードフォーム大好きだからです()
ちなみに黒いイクサの見た目は本来白い部分が黒に、青いラインが銀色に変わっています。フェイスシールドと胸の部分は据え置きです。


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第十三楽章 異端者認定

学校が始まったので不定期更新になります…最初から不定期ですけど()
ところで…ゆかりときりたんって、なんぞ?()


「オアシスを!? 本当ですか!?」

「ああ。試す価値はあると思うんだわ」

「そうでしたか! でしたら今すぐにでもお通しします! 既に、領主様には伝令を送りました。入れ違いになってもいけませんから待合室にご案内します。音也様の来訪が伝われば、領主様も直ぐにやって来られるでしょう」

 

……現在、俺たちはエリセンを離れてアンカジ公国に居る。香織が再生魔法を使えば【アンカジ公国】のオアシスを元に戻せるのかもしれないと呟いたのを俺は聞き逃さなかった。

 

再生魔法は文字通り、あらゆるものを〝元に戻す〟という効果がある。なので、回復魔法による浄化の効かない汚染されたオアシスでも元に戻せるはずと踏んだのである。アンカジ公国は【ハルツィナ樹海】の通り道である。目的地が樹海なので試してみようということになったのだ。

 

さて、待合室に通されてはや十五分。突然ドタドタという音が聞こえたと思うと、扉がバタンッ!と開かれた。

 

「久しい……というほどでもないか。無事なようで何よりだ、音也殿。ティオ殿に〝静因石〟を託して戻って来なかった時は本当に心配したぞ。貴殿は既に我が公国の救世主なのだからな。礼の一つもしておらんのに勝手に死なれては困る」

「それはすまなかったな。で、話は聞いたか?」

「……その話は本当なのか?」

「おう。ちょっくら特殊な魔法をかけるだけだ」

 

特殊な魔法=神代魔法である。実際のところ、かなり特殊な魔法には違いないので俺は嘘を言っていない。そのぐらいに神代魔法は凄まじい力を持っているのだ。ちなみに再生魔法は所持しているだけでオートリジェネのような自動回復効果がもたらされる。中々に便利だ。

 

と、そんな事を考えているうちに俺たちはオアシスの前に連れてこられた。オアシスの様子は以前と大して変わりない。人の気配はまるでなく、どこか廃れてしまった印象を受ける。それを見て領主は思うところがあるのか、少し遠くを見るような目をしている。前まではもっと賑わっていたのかもしれない。そのことを思い出して寂しくなったのだろうか。いずれにせよ、早いところ戻してやった方が良さそうだ。

 

「始めるか……」

 

オアシスの畔に立って魔法の構築を開始する。魔皇力が徐々に体の外へ溢れだし、俺の体は少しずつ宙に浮き始める。髪が風に吹かれてパタパタと揺れ動き、義眼が爛々と光り輝く。

 

俺は一度腕をクロスし、ゆっくりと横に広げていく。腕が通った後を光の粒子が辿っている辺り、中々に神々しい。そのまま腕を正面から見たら三時に見えるように固定。右拳に魔皇力を集中し……俺は魔法発動のトリガーを引く詠唱を唱えた。

 

「〝絶象〟」

 

右拳をオアシスに向けて突き出す。すると俺の右拳から天の川のような光の奔流が発射された。やがて、緩やかな速度で光の奔流はオアシスの中心に着水。その次の瞬間、オアシス全体が輝きだして淡い光の粒子が湧き上がって天へと登っていった。さらに俺の右拳から発射された光の奔流は、オアシスから光の粒子が湧き上がった数秒後に光が爆ぜた。その余波はアンカジ公国全土を駆け巡り、毒によって引き起こされた魔力暴走で死亡した人間を生き返らせ、これまた毒にやられた作物を全て廃棄用から出荷できるように戻した。

 

あまりにも非現実的な光景であり、発動した俺自身が驚愕してしまうレベルに再生魔法は強力な物だった。いや、正確に言えば魔皇力を用いた再生魔法が、であるが……。

 

やがて、領主の部下の一人が我を取り戻したらしく、水質調査を始めた。検知の魔法を使いオアシスを調べる男。固唾を呑んで見守る領主に、検知を終えた男は信じられないといった表情でゆっくりと振り返り、ポロリとこぼすように結果を報告した。

 

「……戻っています」

「……もう一度言ってくれ」

「オアシスに異常なし! 元のオアシスです! 完全に浄化されています!」

 

その瞬間、領主の部下たちが一斉に歓声を上げた。手に持った書類やら荷物やらを宙に放り出して互いに抱き合ったり肩を叩きあって喜びをあらわにしている。町の彼方此方からも悲鳴と歓喜の声が巻き起こっている。二度と会えないと思っていた人に再会できた気持ちはどんなものなのだろうか。

 

と、その時である。不意に不穏な気配を俺は感じ取った。視線を巡らせば、遠目に何やら殺気立った集団が肩で風を切りながら迫ってくる様子が見えた。アンカジの兵士ではない。あれは別の兵士だ。どうやらこの町の聖教教会関係者と神殿騎士の集団らしい。俺たち傍までやって来た彼等は、すぐさま、俺たちを半円状に包囲した。そして、神殿騎士たちの合間から白い豪奢な法衣を来た初老の男が進み出てきた。

 

「ゼンゲン公……こちらへ。彼等は危険だ」

「フォルビン司教、これは一体何事か。彼等が危険? 二度に渡り、我が公国を救った英雄ですぞ? 彼等への無礼はアンカジの領主として見逃せませんな」

「ふん、英雄? 言葉を慎みたまえ。彼等は、既に異端者認定を受けている。不用意な言葉は、貴公自身の首を絞めることになりますぞ」

「異端者認定……だと? 馬鹿な、私は何も聞いていない」

 

異端者認定。どうやらクソ神はいよいよ俺のことが邪魔になってきたらしい。それに教会も俺たちの管理しきれない巨大な力を気に入らないのだろう。まあ、どうせクソ神の差し金だろうが。とりあえず殺意を見せてくるなら答えは一つである。なんなら実験に丁度良い。

 

「露葉さん、頼みがある」

「なにかしら?」

「黒のイクサに変身する。あいつら片付けたらすぐに糸でベルトを外してくれ」

「しれっと難しいことを……まあ、他ではない音也くんのお願いだから頑張るわね」

 

シュルッとベルトを腰に巻く。それを見たフォルビン司教は嘲笑いを浮かべながら近寄ってきた。心の音楽があまりにも狂っているので聞くのを止めたぐらいに頭が逝かれてやがる。

 

「さあさあ、相当凶悪な男だという話だが……果たして神殿騎士百人を相手に、どこまで抗えるものか見ものですな?」

「………」

 

レ・ディ・ー

 

「果たして……相手になるのかな?」

 

フィ・ス・ト・オ・ン

 

「ま、相手になるならないよりも……実験結果が取れればそれで良いんだけどな」

 

ライザーフエッスルを躊躇うことなくベルト内に放り込んだ。そして……ナックルを内にガコンと動かす。するとスーツ内の電圧が一気に高くなり、頭には針のような物が突き刺さった。さらに脳内に直接異物を注ぎ込まれる。思わず頭を抑えようとしたが……中程まで腕が上がった所で俺の意識は消え去ったのだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

ジェ・ファ・ー・ヴェ・テ・エ・ゴ・ン

 

まるで焦げ付いたかのように真っ白なイクサスーツが黒く染まる。普段のイクサが聖職者の法衣だと言うならば、黒のイクサは黒魔術師の戦衣である。私こと露葉は、そんなことを思った。

 

そういえば音也の母である文音さんは、私にイクサライザーを渡してきたときにこんなことを話してくれた。

 

現在音也が使用しているイクサは所謂プロトタイプなのだが、試験的に様々な機能を盛り込んでみたらしい。彼は気がついていないが、プロトイクサには高速移動装置、脳内活性化装置が仕込まれていたりするらしい。さらに裏オプションとして黒いイクサが存在している。ライザーフエッスルは元より黒いイクサを発現させるためのアイテムだったらしいが、イクサを装着した被検体が死亡してしまったために隠していたらしい。

 

黒いイクサに変身している間は、脳内活性化装置から麻薬が絶えず送り込まれるらしく、下手をすれば薬物中毒で死に至る。しかし幸運なことに、音也の生命力が並みではなかったことに加えて毒物耐性もあったので死亡こそしていない。しかし麻薬による意識喪失と暴走までは止められていないのが現状だ。

 

 

「な、なんだこいつ!?」

「気をつけろ! 一度距離をグエッ!?」

「や、やめろ! 死にたくなガア!?」

 

どうやら意識は既に喪失しているらしい。人間の急所を的確に、たった一撃で撃ち抜いて殺害していくその姿。まるで戦闘マシーンである。事切れた人間には興味を示さず、生ける者全てを抹殺せんと動き回る音也に、雫たちですら顔を青ざめていた。当然領主さんたちの顔面は蒼白どころか真っ白になっている。

 

百人は居たであろう兵士たちをものの数分で全滅し、司教の頭を握りながら宙に持ち上げる音也。それを見て私は懐から糸を取り出した。

 

「は、離せ! エヒト様の意思に歯向かおうなどという無謀なことをするぐらいなら大人しく死ね!」

「………」

 

ヴァ・シュ・タ・ク・ト

 

「ぐああああああ!?」

 

イクサナックルを内に動かした直後、電撃が司教の体を駆け巡った。見た感じヴァシュタクトは放出する電気の量を増やしているみたいだが……それだけではなさそうだ。イクサはスーツ内を巡る電気量によって強化されたり弱体化したりする。スーツ内に蓄えられた電気が枯渇すればイクサの変身も強制的に解除される。

 

しかし、逆に考えてみよう。放出する電気が多いということは、スーツ内に収まりきらないレベルの電気が流れているということだ。つまり放出されている電気は副次的な物であり、ヴァシュタクト本来の効果はイクサその物の強化……ということになる。

 

 

ラ・イ・ズ・アッ・プ

 

ドゴオ……

 

「ぐえっ……」

 

首元に最小限の力を入れたかと思うと司教が絶命した。死体が地面に落ちて這いつくばる。その間に私は糸をベルトに巻きつけて思いっきり引っ張った。

 

ベルトが宙を飛び、私の手元にクルクルと回りながら渡る。変身を解除した音也はそのまま崩れ落ちるように倒れ込み、ユエに膝枕される形で眠っている。今回は上手く行ったらしい。

 

私はほんの少し安堵のため息をつき、愛してやまない音也の元へと歩み寄るのだった。

 

 




次回は長らくやっていなかった(忘れてた)キャラクター紹介を挟もうかと思います。ついでに次次回は音也の保持するアーティファクトの説明もします…ちょっとモチベが落ちてきてるので気分転換させてください()


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キャラクター紹介その2

やっぱり雑()


・シア・ハウリア

……ハジメのヒロイン枠。バニーガール。元気ハツラツのお調子者。でも最近は結構しっかりしてきた。本来魔力のない亜人にもかかわらず魔力を保有し、しかも直接操れる。魔法適性はないが、身体強化に関してはバグキャラ。ハジメには寝込みを襲われるかもと恐れられている。

 

最近は香織が旅に加わったことで以前よりもハジメへのアピールが露骨になっている……らしい。そのハジメはシアへの対応をどうしたら良いのか今だに悩んでいる模様。

 

 

・八重樫露葉

……ヒロイン枠。あの雫のお姉さん。音也と雫に会うため、そして音也の母親から託された物を届けるために異世界までやってきた。異世界に来た当初は記憶を失っていたが、今はすっかり回復している。雫のように髪は結んでおらず、長い髪をそのまま垂らしている。服装も着物(モドキ)であり、雰囲気もお淑やかなことから大和撫子と評されることもしばしば。

 

日本に居た頃から音也のことに恋しており、異世界へ来て音也に緊急事態で仕方ないながらもファーストキスを奪われた以降、急速に接近した。現在ではユエとほぼ同格の距離である。

 

雫と同じくスピードファイター。しかし雫以上に素早く、音也の耳ですら捉えるのが苦しいレベル。そこから繰り出される魔法と忍術の破壊力は一級品。というか魔法と忍術を合わせた技に関しては殆ど大魔法レベルに凄まじい威力である。

 

 

・ティオ・クラルス

……変態。音也のケツザンバットによって新しい扉を開いた(開いちゃった)妙齢の女性。本来は、思慮深く、理知的で成熟した精神を持っているはず。変態だけど。

 

真面目モードの時は長年の経験から出る鋭い考察が出てくる。普段からもそうしていれば素晴らしく魅力的な女性。

 

 

・ミュウ

……音也の義娘。海人族の幼女。フューレンにて奴隷として裏オークションに出されたところをマジ切れした音也に救われた。父親が生まれる前に他界しているため憧があり、包容力がほぼ大人レベルの音也を父と慕うようになる。「~なの」という語尾が口癖。異世界化け物組を問答無用で骨抜きにする強者でもある。

 

 

・レミア

……ミュウの母親。おっとり系の美人。「あらあら、うふふ」と、某ウンディーネさんばりの癒し系未亡人。ミュウが義娘になったことにより、レミアも(恐らく)妻として扱われることに。その際発生したブリザードは過去最大級の寒さと激しさだったという。雫やユエの追撃を躱せる大人の女性である。

 

 

・ハウリア族の皆様方

……雫の地獄も生温い訓練によって温厚な性格から豹変。あの音也やハジメをして止められないヒャッハー軍団へと進化した。

 

戦闘能力は化け物組に劣る。が、それでもオール6000ぐらいの力は持っている。

 

 

・畑山愛子

……みんなのチミッ子先生。思っていることは素晴らしく、殆ど聖人君子レベル。しかし状況が状況なため音也とハジメには冷めた目で見られている。しかし危機に陥れば助けるぐらいには思われている模様。

 

ハジメには特に冷めた目を向けられている。その理由はイジメ、止めない教師とでも言えば容易に想像がつくだろう。

 




次は音也の所持するアーティファクト紹介です。


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音也のアーティファクト紹介

やっぱり雑です…が、黒いイクサについての説明を少し載せています。参考になれば幸いです。


・イクサ

……厳密に言えばアーティファクトではないが、それ相応の力を持っているのでここで紹介する。登場当初の時点で超人のような力を発揮している。チンピラにヤクザは勿論のこと、マフィアや凶悪犯罪者ですら瞬殺している。高電圧を流されるとショートして変身解除してしまう場面が見受けられたが、異世界に来てから施されたグレードアップによって解消されている。装着すると本編通り凄まじい負担が体にかかるという弱点に関しては音也とハジメが人外に変わり果てたことで解決した。ついでに出力が1.8倍上がった。

 

本来はイクサナックルしか武装はないが、後にパイルバンカーに近いイクサハンマーと152mm榴弾砲イクサキャノンが追加されている。また、後述のファンガイアスレイヤー、ファンガイアバスター、対物ライフルを使うことも出来るのでかなりオールマイティに立ち回ることが可能である。さらに最近、高速移動装置と脳内活性化装置が取り付けられていることも判明した。

 

さらに隠しオプションとして「黒いイクサ」が存在している。基本はライジングイクサでしか使わないライザーフエッスルをベルトに差し込むことで発現する。スーツ内は流れている電圧が上がり、脳内活性化装置から麻薬が大量に脳へ直接送り込まれる。送り込まれる麻薬は身体能力を大幅に向上させる他、一瞬一瞬の判断力を上昇させる。しかし音也ですらも麻薬の副作用には耐えられない。

 

黒いイクサの性質はだいたいハザードフォームと同じ。目の前にある物全てを破壊する。さらにナックルを内に動かすことで電圧を数倍引き上げることも可能。放出される電気の量も半端なくなる。ただし視界から外れて新たな目標が現れると新しい目標に向かっていくので制圧戦には向いていなかったりする。タイマンなら間違いなく強い。というか黒いイクサの戦闘力が高すぎて普通なら視界から外れる前に潰されるのがオチである。

 

 

・ヴァイオリン

……非変身時のメインウェポン。魔力や魔皇力を込めて曲を弾くことで様々な魔法を発動させることが出来る。効果も曲によって異なる。

 

時の巻き戻し、怪我の治療、精神安定と膨大な効果をもたらすことができ、実はイクサよりもチートなアーティファクトである。

 

 

・ファンガイアスレイヤー

……蛇腹剣。近距離から中距離までなら対応可能な万能武器である。持ち運びにもそこまで困ることがないためイクサの状態で使われることも多い。

 

 

・ファンガイアバスター

……マイクロボウガン。弾倉を交換すればフックショットとしても運用が出来る。フックショットの状態で敵を捕縛して纏雷を流し込む……なんていう芸当も可能。ファンガイアスレイヤー程ではないがこちらもイクサの状態で使われている。

 

 

・対物ライフル

……元となったのはゲルリッヒ砲。使用頻度は少ないが高貫通長射程のライフルである。が、ティーガーIIに搭載されているアハトアハトが強すぎて影が薄い。

 

 

・イクサハンマー

……オルクス大迷宮以降から使用している外付けのパイルバンカー。イクサナックルほど取り回しが良い訳ではないが、凄まじい破壊力を誇る。大迷宮の階層破りはお手の物。アザンチウムの装甲にすらヒビを入れる。ちなみに鈍器として使用することも出来る。

 

 

・イクサキャノン

……152mm榴弾砲を元にした外付けの大砲。アハトアハトやゲルリッヒ砲ほどの精度は持ち合わせておらず、連射も不可能。しかしそれらの欠点を帳消しにするレベルの砲撃をすることが可能である。また、実弾ながらも水中で使えるため魔法が使えない水中戦の時には頼りになる。

 

 

・イクサライザー

……ライジングイクサのメインウェポン。キバ本編のようにライザーで変身することないが、普通に連射の利く銃として使える。が、ぶっちゃけると銃としてよりもメッセージを聞いた場面でしか活躍してない気がする。

 

ちなみにライジングイクサへは新しいイクサベルトを使う。基本はライジングイクサへ直接変身するが、一応バーストモードになることも出来る。

 

 

・ティーガーII

……ドイツの誇る無敵戦車。アザンチウムを使った装甲によって大抵の攻撃を弾き返す。また、88mmのアハトアハトを搭載。硬芯徹甲弾を使用すればティオの鱗ですらも貫通してしまう驚異の万物ライフル。これだけ重装備ながら魔力駆動のおかげで普通の車と同じぐらいの速度を出せる。というか車にトランスフォームできる。

 

清水が送り込んだ魔物迎撃戦では超射程を活かしてユエと共に砲撃している。大方撃破した後はチハと共に突撃していった。

 

 

・九七式中戦車チハ

……我らがチハたん。が、アザンチウムを使用しているのでやわらか戦車ではない。搭載している砲は57mmだがアハトアハトと違ってポンポコ撃てる。また移動手段としても結構な頻度で使われていたりする。

 

魔物迎撃戦では真っ先に突撃。機銃を乱射しながら主砲をポンポコ撃ちまくり、軟弱な魔物の体を挽き潰すことで音也たちが突撃する道を開いた。

 




次回からは物語をしっかり進めます。息抜きに付き合って貰いありがとうございました。


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第十四楽章 最悪の事態

今回は繋のお話です。かなり雑ですみません…。
毎回感想を送ってくれる人が居てくれて本当にありがたいです‥‥お陰様でモチベがなんとか保てています。


「完璧なタイミングだったな、助かった」

「この程度お安い御用よ」

 

司教を抹殺した俺は、その後サッサとアンカジを出発した。現在はティーガーIIを疾駆させている。ちなみにハジメ、香織、シアはチハに搭乗している。相変わらずの突撃戦車っぷりだ。念のため言っておくと「突撃砲」ではない。突撃戦車だ。チハは爆速で突撃するイメージが付いているのでそう呼んでいる。ちなみに加速はチハの方が良い。

 

『ねえ音也くん、ちょっとお願いがあるの』

「あ? なんだ?」

 

戦車に取り付けられた無線から香織の声が聞こえてきた。かなり焦りを含んだ声であるため思わず顔をしかめる。と、その時ハッチから周囲を眺めていた雫がこんなことを教えてくれた。

 

「あらあら。商隊が賊に襲われているわね。しかもあの中に私たちの知り合いがいるわ」

「ああ……なるほど」

『……助けに行っても良い?』

「当たり前だ。お前がやりたいことなんだろ? 俺は別に否定しないさ」

 

その声を届けた直後、並走していたチハが一気に速度を上げた。俺もティーガーIIに流し込む魔力の量を一気に上げた。履帯がギャリギャリギャリと地面を噛み、ロケット噴射でもしたかのように凄まじい勢いで加速する。

 

え、何をするのかって? では質問だ。君は今、車に乗っている。目の前には犯罪を犯しているアホウ共が大量に居た。さてどうする? 答えは一つだろ?

 

「ここでアクセルを全開……インド人を、じゃなかった。ハンドルを右に!」

 

ギャリギャリ! ギギギギ! と凄まじい音を立てながらドリフトするティーガーII。先に突撃したチハが蹴散らした後を追って回転しながらドリフトしたティーガーIIに大勢の賊が巻き込まれた。当然、重戦車に撥ねられて無事である人間は居ない。というか並みの戦車ですら撥ねられたら爆散する。

 

「ユエ、任せる」

「んっ」

 

生身ながらもイクサキャノンと対物ライフルを取り出してハッチから飛び出す。超特殊なガン=カタの完成だ。

 

 

ズガアン! バスンッ! 

 

 

イクサキャノンから発射された拡散弾は周辺に居た賊を丸々消し飛ばし、対物ライフルから放たれた閃光は一寸の狂いもなく数十人を撃ち抜いた。辺りにはミンチになった人肉が飛び散り、阿鼻叫喚の図を醸し出している。結局、香織や雫が戦車内から出てこちらに歩いてくるまでの間に商隊を襲っていた賊は全滅していた。さらに香織が複数人用の光系回復魔法〝回天〟を連続使用して、一気に傷ついた冒険者たちや隊商の人々を治癒していく。しかし残念ながら、俺が来る前に倒れていた護衛の冒険者たちは既に事切れていたらしく、いくら再生魔法であっても死者の蘇生までは出来ないので彼等は助ける事が出来なかったみたいだ。

 

そんな彼等を見て歯噛みする香織に、突如、人影が猛然と駆け寄った。小柄で目深にフードを被っており、一見すると物凄く怪しい。だが、こいつが何かしたところでハジメが余裕で対処出来るので特に止めはしなかった。

 

「香織!」

 

飛びつくフード。可憐な声なので、女だろうが。

 

「リリィ! やっぱり、リリィなのね? あの結界、見覚えが有ると思ったの。まさか、こんなところにいるとは思わなかったから、半信半疑だったのだけど……」

 

香織がリリィと呼んだフードの相手。誰だっけ?見たことある気がするが……思い出せない。

 

「私も、こんなところで香織に会えるとは思いませんでした。……僥倖です。私の運もまだまだ尽きてはいないようですね」

「リリィ? それはどういう……」

「香織、治療は終わったか?」

 

テクテクと香りの元へ歩み寄る。見ればハジメと雫も香織の側に寄ってきていた。フードの女の子は俺たちの姿を見て、ピコン!と頭の上に電球を光らせたかのような表情をした。

 

「南雲さんと音也さん……それに雫ですね? お久しぶりです。鈴たちから貴方の生存は聞いていました。貴方たちの生き抜く強さに心から敬意を。本当によかった。……貴方たちがいない間の香織は見ていられませんでしたよ?」

「いや、それは知らなかったが……お前誰だ?」

 

その言葉に「へ?」と間抜けな声を上げた女の子。これまでの記憶をかなり遡ってみたがどうしても思い出せないのだ。それはハジメも同じらしく、首をコテンと傾げている。

 

「ふ、二人とも! 王女! 王女様だよ! ハイリヒ王国の王女リリアーナだよ! 話したことあるでしょ!」

「…………あ、そういえば初日の晩餐は隣だったな」

「……そんな人も居たな」

「ぐすっ、忘れられるって結構心に来るものなのですね、ぐすっ」

「リリィー! 泣かないで! 二人はちょっと〝アレ〟なの! 二人が〝特殊〟なだけで、リリィを忘れる人なんて〝普通〟はいないから! だから、ね? 泣かないで?」

 

さり気なくディスられている気がしたがここで何か言い返す必要はないと感じたので黙っておく。ついでに呆然としていた商人たちにアンカジは完全復活したと伝えておいた。オマケに農業に使う肥料辺りを運んであげたら喜ぶとも。それを聞いた商人たちのキラキラした目を俺は一生忘れることはないだろう。

 

と、香織のおかげでリリアーナは復活したらしい。ここまでジックリ見てなかったが、リリアーナの表情は焦燥感と緊張感に塗り尽くされており、とてつもなく嫌な予感がする。その予感はあながち間違いではなかった。

 

「……愛子さんが、攫われたんです」

「は?」

「攫われたんです。つい先日……」

 

話を聞くと、愛子先生は銀髪の修道女に突如攫われたらしい。それ以前に王都はどこかおかしい状態だったらしく、父親であるエリヒド国王は、今まで以上に聖教教会に傾倒し、時折、熱に浮かされたように〝エヒト様〟を崇め、それに感化されたのか宰相や他の重鎮たちも巻き込まれるように信仰心を強めていったらしい。

 

しかも妙に覇気がない、もっと言えば生気のない騎士や兵士達が増えていったのだ。顔なじみの騎士に具合でも悪いのかと尋ねても、受け答えはきちんとするものの、どこか機械的というか、以前のような快活さが感じられず、まるで病気でも患っているかのようだったという。

 

「それだけに留まりません。音也さんたちの異端者認定も愛子さんの意見やあなた方の功績全てを無視して強行採決されたんです。まるで強迫観念に囚われているかのように頑なでした……」

 

どうやら最悪の状態らしい。これは【メルジーネ海底遺跡】で散々見せられた〝末期状態〟によく似ている。神に魅入られた者の続出。非常に危うい状況だと言える。

 

それに愛子先生が攫われた理由は明確だ。俺は魔物迎撃戦の前に先生に狂った神のことを全て話している。それを勇者や他のクラスメイトに伝えて欲しいとも頼んだのだ。恐らく、いや、絶対にこれが理由だ。責任を感じている訳ではないが……愛子先生が攫われて、このまま殺されてしまうと厄介な事になりかねない。

 

故に、決断した。元よりクソ神の部下とは殴り合う運命にある。それがほんの少し早くなるだけだろう。大したことはない。俺はリリアーナをティーガーIIに放り込み、自身も乗り込んで魔力を一気に流すのだった。

 




恵里が人気じゃなくて勇者(笑)が嫌われてるだけなのでしょうか…()
それにしてもお気に入り数が一つ減るだけで少し凹むクソメンタルはどうにかしたいです()


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第十五楽章 無双・咲き乱れよ桜吹雪

お待たせしました。最新話投稿です。それにしても初期の頃は一日5000UA…凄い()
ちなみに今後、時折キバ風のタイトルを入れてくつもりです。大抵キバ風のタイトルの時は重要な回だったり戦闘多めだったり…です(雑)


ここは夜の王都。普段なら皆が寝静まり、どこか神秘的な空間が広がっているのだが……この日だけはかつてないほどの騒ぎに発展していた。

 

王都は大結界なるものが周囲を包み込んでおり、余程の事がない限りは魔人族の侵攻を受けることはない。大結界は異世界チート組であるクラスメイトでも割るのには一苦労するレベルに強固なのだ。破られた、という一報を聞いて信じる方がどうかしているだろう。

 

国民があわてふためき、王室が大慌てで対応に乗り出している中、到着した化け物組のうち雫と露葉は一足先に侵攻してくる魔物を迎撃しに出た。本来なら王都が攻め入られて滅ぼされても関心を持たないだろう。しかし音也が「先生を助けるために」とお願いをされて断る訳がない。結局、偵察に向いている八重樫姉妹が一足先に討伐へ向かい、音也とティオを除いた後のメンバーはリリアーナを光輝たちに届けるべく夜闇に紛れて王宮の隠し通路を進んでいた。ちなみにティオは王宮近くの上空で待機している。

 

しかし三重に張られた大結界が完全に壊された事によって時間がないと判断したハジメは、香織を残して魔物の迎撃に出かけてしまった。王女なのに扱いがどこか雑なリリアーナは涙目になっていたがそれを知る者はいない。

 

 

「……姉さん、聞いた?」

「ええ。あの巫山戯た白竜使いが大結界とやらを壊したみたいじゃない」

 

大量に攻め入ってくる魔物を前にして余裕綽々の八重樫姉妹。しかしその目は魔物には一切向いていない。大結界の先を見据えている。

 

彼女たちは相当ご立腹のようだ。【グリューエン大火山】にて不意打ちを受けたことをまだ根に持っているらしい。特に露葉は、あのクソ野郎のせいで音也のファンガイア化が進んでいると思っている。実際には他の要因もあるが、あながち間違いではないので反論の余地はない。

 

「やることは勿論?」

「当たり前よ」

「流石姉さん」

「お礼参りって所かしらね。とりあえず……」

「ええ。とりあえず……」

 

「「ぶっ殺す」」

 

なんとも物騒なことを平然と吐き出す八重樫姉妹。その瞳は殺意一色で染まり切っており、誰が見ても裸足で逃げ出すレベルに恐ろしい表情をしている。目の前にやって来た魔物を鬱憤晴らしのように必要以上に嬲っていることから彼女たちの心情がよく分かるだろう。

 

「〝瞬転〟」

 

露葉が音もなく空間魔法を発動させて転移する。〝瞬転〟は短い距離を一瞬で空間移動する魔法である。しかし彼女の手にかかれば一キロ程度なら連続で瞬間移動が可能だ。敵中真っ只中に転移した露葉は、ギョッとした表情を浮かべた魔人族や魔物を血の海に沈め始めた。

 

雫は少し遅れて最前線に到達。抜刀して一挙斬り捨てていく。

 

「〝斬羅〟」

 

雫も空間魔法を発動させた。〝斬羅〟は空間に亀裂を入れてずらす事で、対象を問答無用に切断する魔法である。雫はその魔法を己の剣に付与して発動させた。呆オーズの必殺の如く、一度剣を振るうごとに空間が連続で歪んでいく様は悪夢以外の言葉が思いつかない。

 

それは現在進行形で殺戮されている魔人族も同じらしく、まるで化け物か、神でも見たかのような尋常ではない表情をしている。

 

「〝爆炎の術〟」

「〝絶断〟。〝迅雷〟」

 

突然地上に紅蓮の花が咲き、空間を歪ませる神速のような剣撃が連続で飛ばされる。数十万は居たであろう魔物は跡形もなく姿を消し、命からがら助かった魔人族は全力で逃走を始めた。まるで何か凄まじい攻撃が来るのを予感していたかのように。

 

「雫」

「ん、姉さん」

 

その場を光のように立ち去る二人。直後に何もない空間に楕円形の膜が出来たかと思うと、そこから特大の極光が迸った。極光は、一瞬で雫たちが直前までいた場所を跡形もなく消し去り、それだけにとどまらず射線上にあった建物を根こそぎ吹き飛ばしていく。

 

「何という速度だ。忌々しい……」

 

男の声が響くと同時に、楕円形の膜から白竜に乗った赤髪の魔人族フリード・バグアーが現れた。その表情には、渾身の不意打ちが簡単に回避されたことに対する苛立ちが見て取れる。

 

白竜が完全に〝ゲート〟から現れると、タイミングを合わせたように黒鷲や灰竜に乗った魔人族が数百単位で集まり、雫と露葉を包囲した。

 

しかし、二人に焦りの表情は見受けられない。むしろ嬉しそうな表情である。長年の親の仇を見つけたような、狂気に彩られた笑み。音也やハジメが作り出す殺気や威圧感とは別ベクトルに恐ろしいその表情は、フリードや他の魔人族を畏怖させるのには十分だった。

 

満月を背に宙に浮く雫と露葉。雫が手に持つ剣が月光を反射し、三種の神器である天叢雲剣を手にしているかのような神々しさを感じさせられ、露葉の艶のある黒髪が風に揺られて月明かりを辺りに振りまいている。初めて見た人間は女神が二人降臨したのかと勘違いするかもしれない。

 

 

「来なさい。坊やたち」

「小娘ごときがぁ!」

「神敵のくせして調子に乗るなぁ!」

 

露葉の挑発に乗せられた若い魔人族たちが、フリードの制止を振り切って我先にと突撃を開始した。しかし半径一メートル以内に近づいた途端に雫の神速の抜刀術によって斬り捨てられる。運良く死を免れた所で数秒命が延びるだけ。露葉の仕込み針によって永遠の旅へと出かけることとなった。

 

「惜しいな。……しかし、いくら無詠唱という驚愕すべき技を持っていたとしても、この状況を切り抜けるのは無謀というものだろう。どうだ? 私と共に来ないか? お前ほどの女たちなら悪いようにはしない」

「はあ? 気持ち悪いわね。私の心は音也に捧げてるの。あんたのようなブ男の元へわざわざ降りることなんて天と地がひっくり返っても有り得ないわよ」

 

雫の吐き捨てるような言動に青筋を立てるフリード。それを見た露葉がフッと鼻で笑ったのも原因の一つだろう。

 

「殉教の道を選ぶか? それとも、この国への忠誠のためか? くだらぬ教え、それを盲信するくだらぬ国、そんなもののために命を捧げるのか? 愚かの極みだ。一度、我らの神、〝アルヴ様〟の教えを知るといい。ならば、その素晴らしさに、その閉じきった眼もッ!?」

 

最後までは言わせない、聞きたくないとばかりに露葉が先制攻撃を仕掛けた。仕込み針を飛ばして即席の弾幕を張り、対処に追われている所へ容赦なく炸裂弾を放り込んでいく。

 

さらに間隙を突いて雫がフリードの背中側に回り込んだ。当然フリードは雫を迎撃しようと後ろを振り向くのだが……教科書のお手本通りに戦っては化け物組を倒すことなど到底不可能なことを彼はまだ知らない。

 

「〝跳魚〟」

 

ズドア!

 

「ぐっはあ!?」

 

フリードの脳天を露葉が宙返りからの体重を乗せた踵落としで蹴り飛ばした。さらに蹴った側から跳躍。今度は高い位置から急降下する。

 

「〝海月〟」

「ガア!? き、貴様っ」

「どこを向いているのかしら?」

「んな……しま――」

 

「〝桜乱〟」

 

桜の花びらが飛び散り、雫の剣がフリードに肉薄した。フリードは無理やり障壁で防ぎながらも必死に詠唱しようとしているが、隙を見せた瞬間に即死攻撃が飛んでくる。

 

「〝吹雪の舞〟」

「か、体が……凍って!?」

「余所見する余裕があるのね? 大した者だわ」

「があああ!?」

 

雫の方を向けば露葉にやられる。露葉の方を見れば雫に斬り伏せられる。フリードぐらいの強さではほぼ詰み状態である。特に八重樫姉妹の連携はハジメやティオですら手を焼くのだから当然だ。対応出来るのは動きの癖を知っていて、かつ迅速に脳内でシミュレーションして体を動かせる音也だけである。

 

化け物組ですら対処に困る二人の連携を食らったフリードは、咄嗟に左腕をかざして雫の剣を受けた。当然、左腕は宙を舞って地上に落ちていくが、脳天に剣が刺さらなかっただけ儲け物と言える。

 

そしてここに至るまでフリードは気がついていなかったが、白竜の方も手酷い傷を受けていた。いくらフリードが仕込み針を躱せたとしても、白竜まで躱せるとは限らない。しかも仕込み針だからといって油断していると、空間魔法を付与されている仕込み針が装甲を易々と破って急所にブスブスと突き刺さるのだ。しかも〝爆炎の術〟の余波や〝吹雪の舞〟をモロに食らってしまった白竜は、どうして宙に留まり続けられるのか不思議なぐらいの傷を負っていた。

 

 

「……今の私では……勝利を得られないということか。……かくなる上はっ」

「あら、させないわよ?」

「どの面下げて逃げてくのかしら?」

「フリード様! 一度お引き下さい!」

「我らが時間を稼ぎます!」

「お前たち! ……くっ、すまん!」

 

トドメを刺そうとした八重樫姉妹だが、地上から放たれた怒濤の魔法攻撃によってそれは阻まれることになった。フリードはその隙に、命からがらゲートを開き、その中へ逃げ込んで行った。

 

獲物を逃がした事に不満の表情を浮かべる八重樫姉妹に、防御は一切考えない特攻を敢行する魔人族たち。しかし二人に近寄った直後、彼らは絶望的とも言える情景を目の当たりにする事になった。と、言うのも露葉が片手に扇子を持ち、先ほどまではなかった詠唱を始めたからである。

 

 

「――――常闇に生きる大輪の花よ 人の如く意思を持て 刃の如く獲物を切り裂け 今ここに 咲かせてみせよう 〝乱れ桜吹雪〟」

 

実のところ、露葉は魔法の適性が元々はそこまでな人間だ。随分と前に渡されたステータスプレートに敏捷のみ優れているような表記をされていた。しかし、ここ最近の露葉は黒いイクサの暴走を止めたり、そこまで苦戦することもなく大迷宮を突破している。その理由は彼女のステータスにある。

 

====================================

 

八重樫露葉 18歳 女 レベル:80

 

天職:芸者

 

筋力:11500

 

体力:10530

 

耐性:10100

 

敏捷:41500

 

魔力:9300

 

魔耐:9300

 

技能:投擲術・分身術[+3人]・読心術・解毒術・縮地[+爆縮地][+重縮地][+震脚][+無拍子][+神速]・先読[+投影]・気配感知・熱源感知・気流感知・気配遮断・隠業[+幻撃]・変わり身・変装・声帯操作・呼吸操作[+停止][+水呼吸][+体力回復][+魔力回復][+怪我治癒][+電撃][+焼撃][+解毒]・魔力操作[+魔法効率上昇][+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+体力変換][+身体能力強化][+高速構築]・纏雷・毒耐性・風属性適性[+消費魔力減少][+効果時間増加]・複合魔法・生成魔法・空間魔法・再生魔法・言語理解

 

====================================

 

色々と突っ込みたいステータスになっていたのだ。彼女はその足を使って、皆が寝ている間にオルクス大迷宮の攻略を終わらせていたのである。その過程で魔物の肉を食らっており、新しい技能が増えていたり能力値が急激に上昇している。ちなみに露葉の髪は今でも真っ黒である。彼女の解毒術は魔物の肉に入っている毒ですらも無効化するのだ。なんならヒュドラの放つ極光ですらも無効化してしまうので、敵からしたら厄介極まりない。

 

露葉が発動した〝乱れ桜吹雪〟は、風属性の最上級魔法と忍術を掛け合わせた物である。何処からともなく現れる桜の花びらを暴風によって対象に飛ばし、刃と化した花びらによってズタズタのメタメタに体を引き裂いてしまう大技中の大技である。魔力操作によって詠唱が必要ない今でも詠唱を行わないと上手く魔法と構築が出来ない代物なのだ。その分、破壊力は折り紙付きだが。

 

露葉が扇子を真上にかざすと満開の桜が周囲に花が咲き乱れた。月明かりに照らされた大量の桜は、月見団子と日本酒をお供に空を見上げれば、きっと素晴らしい光景を楽しむことが出来ただろう。

 

しかし、現代を生きる忍者はそれを許さない。扇子をバサッと下に向かって振り下ろすと、露葉と魔人族たちとの間にピンク色の巨大な竜巻が現れた。周囲を巻き込みながらもピンク色の竜巻は、時が経つごとに風力を増して魔人族をこれでもかというぐらいに切り刻んでしまった。

 

「全く……満たされないわ」

 

露葉の苛立ちと侮辱をたっぷりと込めた呟きが、やけに静かになった辺りに木霊するのだった。

 




感想はよろしかったらお願いします。基本なくても書きますが、一つでも多くの感想を頂けるとモチベーション維持orアップします。続きが気になりましたら是非、お願いします!


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第十六楽章 閃紅・傀儡人形如きに

昨日は38,7の高熱、のたうちまわるレヴェルの腹痛、一時間おきに嘔吐という最悪な体調だったので遅れました…今も腹痛はアカンですけど()
胃腸炎ホント辛いです…あ、そういえば感想が90件を越え、話数も80に達しました。感想をくださった方、本当にありがとうございます!


八重樫姉妹がフリードをぶちのめしている頃。

 

「さて……先生を助けないとな」

 

俺は愛子先生が幽閉されているであろう【神山】の頂上付近の高い塔を人力で駆け上る。一応、聖教教会関係者が見張っていたが俺の気配遮断によって気がつく様子は一切なかった。

 

ファンガイアバスターを使用して塔を登ること数分。頂上付近に取り付けられた鉄格子を発見したのでそこから内部を覗き見る。

 

中は部屋であった。部屋の中は酷く簡素な作りになっている。鋼鉄造りの六畳一間、木製のベッドにイス、小さな机、そしてむき出しのトイレ。地球の刑務所の方がまだましな空間を提供してくれそうだ。そんなどう見ても牢獄にしか思えない部屋のベッドの上で壁際に寄りながら三角座りをし、自らの膝に顔を埋めているのは愛子先生その人である。

 

「先生」

「ふぇ!?」

「こっちだ。鉄格子の傍だ」

「え、ちょちょ、え? 紅くんですか? ここ最上階で…本山で…えっ?」

 

取り乱した先生。まあ仕方ない。とりあえず「落ち着け」とだけ伝えて、俺はファンガイアの力の一部を使用することにした。

 

壁を細かい震動が伝わった……と、思うと次の瞬間にはバラバラに砕けて人間一人が通れる大きさの穴が開いた。そこから悠々と部屋内に侵入。先生の手に付けられている魔力封じらしきアーティファクトを破壊した。

 

「行くぞ」

「あ、あの、なぜここに……」

「助けに来たからに決まってるだろ?」

「た、助けに? 私のために? わざわざ助けに来てくれたんですか?」

「まあな」

 

死なれたらこっちも面倒くさくなるとまでは口にしない。一応、その辺りまでは空気を読める。普段は敢えて読んでいないだけだ。

 

「あの、誰に私がここに居ると?」

「姫さんから聞いたんだよ」

「姫さん……リリィさんですか」

「なんでも攫われる所を見てたらしくてな。だが王宮内は警備が厳重で天之河たちに知らせることは不可能。だから単身で城を抜け出して俺たちに助けを求めて来たんだ」

「そう、でしか……」

 

あまり悠長に話している時間はない。現在進行形でこちらにハジメレベルの強さを誇る何かが飛来してきてるのだ。事態は一刻を争う。

 

俺は愛子先生の事をお姫様抱っこし、何かを喚いている先生をサクッと無視して穴から飛び出した。

 

〝ティオ、先生を頼むぞ!〟

〝承知!〟

 

「先生、すまない」

「へ? あ、あの紅く……」

 

項に手刀を落として先生の意識を刈り取り、ティオが飛来してくる方へ向かって先生の事を思いっきり放り投げた。きっとティオが何とかしてくれる。多分。

 

しかし雑ながらも先生を退避させたのにはしっかりとした理由がある。

 

 

カッ!

 

ラ・イ・ジ・ン・グ

「……ギリギリセーフ、てか?」

 

「あの不意打ちを、しかも分解作用のある極光を難なく躱す。やはり貴方は危険すぎます、イレギュラー」

 

鈴の鳴るような透き通った声。俺は後ろを振り向いた。そこには、銀髪碧眼の女がいた。まるでドレス甲冑のようなものを纏っており、ノースリーブの膝下まであるワンピースのドレスに腕と足、そして頭に金属製の防具を身に付けている。さらに腰から両サイドに金属プレートを吊るしている。どう見ても戦闘服だ。

 

銀髪の女は、その場で重さを感じさせずに跳び上がった。そして、天頂に輝く月を背後にくるりと一回転すると、その背中から銀色に光り輝く一対の翼を広げた。

 

バサァと音を立てて広がったそれは、銀光だけで出来た魔法の翼のようだ。背後に月を背負い、煌く銀髪を風に流すその姿は神秘的で神々しく、この世のものとは思えない美しさと魅力を放っていた。

 

しかしその瞳は、まるで生気を窺い見ることが出来ない。動きも何処となく機械的だ。全てが揃っているというのに、たった一つ欠けているだけでこうも残念な結果になるらしい。

 

そんなこんなしているうちにガントレットが一瞬輝き、次の瞬間には、その両手に白い鍔なしの大剣が握られていた。銀色の魔力光を纏った二メートル近い大剣を、重さを感じさずに振り払った銀色の女は、俺に対してやはり感情を感じさせない声音で告げた。

 

 

「ノイントと申します。〝神の使徒〟として、主の盤上より不要な駒を排除します」

 

神の使徒。以前フリードのアホが名乗っていたが……こいつはフリードと比較にならない強さを感じる。どうやら本当の意味での〝神の使徒〟らしい。そろそろ俺の存在は〝神の遊戯〟からは邪魔、だそうだ。

 

ノイントから溢れだす銀色の魔力が空間を軋ませる。しかしそれを柳に風と受け止め、俺はキバの鎧の中から不敵な笑みを浮かべた。

 

「やってみろ、神の傀儡人形さんよ」

 

軽く首を傾け、指をクイクイッとする。その仕草を見せた刹那、ノイントの翼がバサッと羽ばたいたかと思うと、殺意をたっぷり乗せた銀羽の魔弾を射出してきた。

 

対するは史実でも名を馳せたゲルリッヒ砲とイクサライザー。一射ごとに銀翼を撃ち落とすか消滅させるかして俺の身を守る。

 

業を煮やして近接戦闘を仕掛けてくるものならば、俺はイクサナックルを取り外してノイントの大剣を回避。ゼロ距離から衝撃波を発射してノイントを吹き飛ばした。

 

銀翼を集めて形成した魔法陣を作り出し、「〝劫火浪〟」の一言によって生み出された炎の津波。しかし其れ等はナックルフエッスルを取り出してベルトに読み込ませることで相殺を開始する。

 

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

 

「……これも難なく防ぐのですか」

「その程度の炎。露葉さんの忍術やティオのブレスには足下にも及ばない」

 

電磁波によって大火に穴を開けて難なく回避。どこか畏怖したかのようなノイントの声が辺りに響き渡る。とりあえずその隙を見逃すつもりはないので、俺はイクサライザーの引き金を数回引いてからゲルリッヒ砲を発射。一気に距離を詰めようとした、その次の瞬間である。

 

突如、【神山】全体に響くような歌が聞こえ始めた。何事かと思って歌声のする方へ視線を向ければ、そこには、イシュタル率いる聖教教会の司祭達が集まり、手を組んで祈りのポーズを取りながら歌を歌っている光景が目に入った。どこか荘厳さを感じさせる司祭百人からなる合唱は、地球でも見たことのある聖歌というやつだろう。

 

どういう訳か、その聖歌は俺の魔力を露散させていく。更には体に光の粒子のような物が纏わり付いて動きにくくなった。別に魔力は魔皇力で補えるので問題ないが、動きにくいのは少し面倒くさい。

 

「イシュタルですか。……あれは自分の役割というものをよく理解している。よい駒です」

「まあ中身はともかく、あそこまで神を妄信してるんじゃな。確かによい駒だな。俺もそう思うよ」

 

とりあえず恍惚な表情をしているイシュタルたち聖教会の人間が気持ち悪いのでティオに念話を飛ばした。今頃は先生を背中に飛んでいるはずだ。

 

「ティオ、聞こえるか? 聞こえていたら下に居る老害共をぶちのめしてくれ」

 

〝ほお……流石はご主人様じゃ。老害共というのは聖歌を歌っている人間のことかの?〟

 

「そうだ。とりあえず頼んだぞ」

 

〝任せよ。後で折檻……ご褒美を所望する〟

 

「全く調子の良いやつだぜ……」

「雑談とは随分な余裕ですね、イレギュラー」

 

一発がレールガンレベルの銀翼、そしてユエ並みの発動速度の魔法が怒濤の勢いで押し寄せてくる。視界なんてあった物じゃない。目の前に広がっているのは殺意のみ。

 

マシンガンのような発射速度で銀翼を撃墜していくイクサライザーと魔法を難なく打ち消すゲルリッヒ砲のお陰で今のところは無傷。しかしこのままではジリ貧である。と、言うのもノイントの魔力が消費されてる様子がなかったからだ。あれだけの攻撃をノータイムで行えば嫌でも魔力を消費するが、その様子が一切見受けられない。義眼で確認してみると、ノイントの心臓部分には魔力供給源となる場所があるらしく、そこが機能している限りは奴の魔力は尽きないらしい。

 

奴の魔法攻撃と銀翼、そして大剣を掻い潜って魔力供給源を破壊する方法。それを考えるためにも俺はノイントに話しかけた。

 

「なあ、このまま俺に構っても良いのか?」

「……何のことです?」

「下で起きていることさ。このままじゃ王国は滅びるぞ? 次は当然、この【神山】だ。俺なんかに構ってないで、魔人族たちと戦った方がいいんじゃないのか?」

「仮にそうなったとすれば、それがこの時代の結末ということになるのでしょう」

 

この時代の結末。あくまでも人間と魔人族との戦いは神の遊戯でしかなく、暇つぶしの駒でしかないということか。ミレディの言う通り、本当にクソ野郎である。

 

「なるほどな。結局のところお前を傀儡人形として操っているバカ神は、どこまでも子供らしくアホ野郎って事か。よく分かった」

「……私を怒らせようというのなら、無駄です」

「は? 何を言ってる。紛うことなき本心に決まっているじゃないか」

 

ククッと嫌らしい笑い声を上げながらノイントに蔑みと、若干の哀れみの感情を送る。ノイントは少しだけ眉をしかめたが……すぐに無表情に戻った。主の事を、そして自らのことを馬鹿にされて多少は苛立ったのだろうか。

 

「やはり貴方は、主の駒に相応しくない」

「そりゃ嬉しい。ニートこじらせた挙句、構ってくれないと駄々こねる迷惑なクソ野郎に相応しくないなんて最高の評価だな。どうもありがとう」

 

消えなさい。神への反逆者

 

勝った。この瞬間、俺は勝利を確信した。傀儡人形は傀儡人形らしく無表情で淡々と任務をこなせば良い物を……生の感情を剥き出しにして戦うなど、笑わせてくれる。

 

俺はライザーフエッスルをベルトに差し込み、ゲルリッヒ砲とイクサライザーを改めて手にすると、天歩と縮地を使って一気に宙を駆けだした。

 

ノイントはと言うと、体全体が銀色の魔力で覆われており感じる威圧感が跳ね上がっていた。まるで〝限界突破〟である。しかもついさっき話したように、魔力の消費を見受けられないので持続時間は無限だろう。更にはおびただしい銀翼の弾幕と一発が最上級レベルの魔法が辺りを覆い尽くし、先ほどまでとは格が違う。まるでノイントの怒りを表しているかのようだ。

 

しかも動く速度がかなり速くなっており、自らが放つ弾幕を追い越す勢いで進撃してくる。余りの速度に残像が発生し、常にその姿を二重三重にブレさせているので少し厄介だ。

 

「はぁああッ!!」

「ちっ!」

 

ノイントが接近してきたのでゲルリッヒ砲を一度宙に投げ、イクサカリバーを取り出して二振りの大剣を受け止める。その間に〝瞬光〟と〝風爪〟を発動させてほんの少しだけ距離を取り、イクサライザーで射撃しながら風爪を振るう。

 

多少被弾はしたらしいノイントは風爪を大剣で弾き返し、顔を歪めながらも突撃を止めない。より一層、速く鋭く大剣を振り回し、一瞬油断をすれば最上級魔法を飛ばしてくる。筋一本、神経一筋、扱いを間違えただけで、次の瞬間には死が確定する。そんな勢いだ。どんな手を使ってでも俺の命を削り取ろうとしてくる。

 

しかし……ヴァイオリンを扱っていれば分かることがある。張り詰めすぎた弦はとても切れやすい、と。

 

 

イ・ク・サ・ラ・イ・ザ・ー・ラ・イ・ズ・アッ・プ

 

「こけおどしをっ」

「お前には遊び心がないんだよ。張り詰めた弦はすぐに切れるぞ?」

 

イクサカリバーを投げつけながらベルトを内に押し込む。それを「こけおどし」と評するノイントだが……頭が固いとこの世界では生きていけない事ぐらい知らないのか?

 

俺は宙から落ちてきたゲルリッヒ砲を手にし、空間転移リロードで装填した〝空間固定弾〟を発射した。〝空間固定弾〟は、ハジメが制作した弾に空間固定を付与した弾薬である。命中の瞬間に空間固定が発動し、対象をその場に拘束するというかなりのチート弾薬だ。

 

「ッ! これはっ、動けない!?」

チェックメイト

 

ノイントの分解能力を持ってしても神代魔法の力はそう簡単には逃がしてくれないらしく、殆ど分解が出来ていない。そしてこの短い時間の間に晒された僅かな隙。見逃すつもりはない!

 

 

ドゴォオオオオオオオオオオッ!!!

 

 

ファイナルライジングブラスト。後方へ吹き飛ばされながらも、俺はノイントの心臓部分を狙って引き金を引いた。ついでに俺は真後ろに向かってゲルリッヒ砲を発射した。別に撃発で方向転換しようとは一切考えていない。反動を抑えるぐらいなら重力魔法で事足りる。

 

なら何故?それは簡単。遊び心だ。遊び心も分からないんじゃ、異世界ではやっていけないぞ?

 




遊び心。これで分かる人居ますよね?()
次回辺りから恵里と絡みに行きます。お楽しみに!

※今さっき確認したらUAも12000になってました…感謝感激です!


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第十七楽章 憎悪・全てを捨てても

今回はまだ、恵里との絡みはありません。この話にそこまで書き込むと、文字数がかなり多くなって読みにくくなりそうな気がして……自分勝手な意見で申し訳ないです()


ノイントをトドメに蹴り飛ばして地上に叩き落とす。蹴り飛ばされた瞬間のノイントの瞳は、相変わらず機械的な冷たさをたたえたままだった。ただ、それでも、どことなく恨めしそうな、悔しいような雰囲気が混じっているように思えたのは気のせいだろうか。

 

とりあえずノイントを追って地上に降り立ち、念のため眉間をイクサライザーで撃ち抜こうとしたところで……轟音が鳴り響いた。何やら神山付近で大爆発が起こったらしい。

 

大方ティオのブレスだろうが……もしかしたら愛子先生が可燃性ガスのような物を出してブレスの威力倍増を狙ったのかもしれない。愛子先生ならそのぐらい可能だろう。しかし自分が原因で大量の人を殺したとなれば、先生の心はぶっ壊れてしまうだろうに。

 

「あ~、ハジメ。聞こえるか?」

〝聞こえるが……なんだ?〟

「先生とティオが神山付近に居るから迎えに行ってくれ。俺は雫と露葉さんとユエを迎えに行くから」

〝分かった〟

 

変身を解いて宙に飛び出し、念話で今度は八重樫姉妹とユエに呼びかけて神山付近で集合と伝える。三人は俺の声を聞いた途端に雰囲気が変わったが、特に気にしてはいない。

 

「音也、無事?」

「おうユエ。ピンピンしてるぞ」

「なら血を吸わせて。魔力使いすぎた」

 

「YES」「NO」を答える前にユエが首筋にかぶりついてくる。別に「NO」ではないし元より吸血させるつもりだったので軽く頭を撫でてやる。最近は忙しくてユエとは中々くっ付けなかったのでご褒美も兼ねていたり。

 

やがて八重樫姉妹も俺の元へ集まってきた。来て早々、ユエが俺に引っ付いていることに対して雫は文句を、露葉さんは微笑みながらもさり気なくアピールしてくるので心安まらない。が、悪い気分はしない辺り、俺も末期である。

 

 

「ん……ご馳走さま。すっかり馴染んでる」

「おう? それは……そういう事か」

 

馴染んでる。きっとファンガイアの血が、だろう。覚醒から一週間弱だが俺の体はあっという間にファンガイアの血が馴染んだらしい。もう人間へ戻ることは出来ないだろう。いや、元から人間ではないか。

 

それにしても、神山にある聖教会聖堂は酷い有様だ。原型という物は一切留めていない。遺体も見当たらない。辺り一面がれきの山だ。俺と聖教会聖堂は数キロ離れていたのだが、その位置でさえ耳をつんざく程の大爆発音が聞こえたのだ。如何に凄まじい物だったのかが分かる。

 

 

「あれ? 音也くん。人がいるよ? 明らかに様子がおかしいけど」

「は?」

 

まさか、あの爆発で生き残った者がいるのかと驚きながらも露葉さんの視線を追うと、そこには確かに、白い法衣のようなものを着た禿頭の男がおり、俺たちを真っ直ぐに見つめていた。しかし普通の人間ではなさそうだ。なぜなら、その体が透けてゆらゆらと揺らいでいたからである。一言で言うならば「幽霊」だろうか。

 

禿頭の男は俺たちが自分を認識したことに察したのか、そのまま無言で踵を返すと、歩いている素振りも重力を感じている様子もなくスーと滑るように動いて瓦礫の山の向こう側へと移動した。そして、姿が見えなくなる直前で振り返り、俺たちに視線を向ける。付いてこい、とのことだろうか。そういえば神山にも大迷宮があったはずだ。その手がかりなのかもしれない。

 

「付いて行ってみるか」

「大丈夫なのかしら? 罠とか……」

 

雫の懸念は当たり前だ。唐突に廃墟から現れた透けている禿頭の男など、怪しいに決まってる。しかしこれを逃せば、大迷宮の手がかりは一切見つからないかもしれないのだ。危険を冒してでも付いていくべきだろう。

 

そんな俺の意思を読み取ったのか、雫は表情を緩めて、掌を俺の両頬にピタリとつけてきた。

 

「貴方の意思だと言うなら、私はどこまでも従うわよ」

「雫……」

「あら、雫ったら大胆ね。でもそれは私も同じよ。音也くんが決断したことなら文句は言わないからね」

「んっ。私も」

 

一本取られた。どうやら俺は、この先こいつらに敵うことはなさそうである。

 

行くと決まった以上はチンタラ歩く意味はない。俺たちはサッサと禿頭の男の後を付いていく。そして、五分ほど歩いた先で、遂に目的地についたようで、真っ直ぐ俺たちを見つめながら静かに佇んでいた。さらに、瓦礫の一部分を指さしている。義眼で覗いてみると、そこには大迷宮の紋章の一つが描かれていた。

 

邪魔な瓦礫を破壊して紋章へ足へ踏み入れた次の瞬間には全く見知らぬ空間に立っていた。それほど大きくはない。光沢のある黒塗りの部屋で、中央に魔法陣が描かれており、その傍には台座があって古びた本が置かれている。どうやら、いきなり大迷宮の深部に到達してしまったらしい。

 

何時ものように魔法陣へ足を踏み入れると、普段以上に脳内の奥深くまで探られる感覚があったが……それもすぐに終わった。手に入れた神代魔法は魂魄魔法らしい。

 

と、ここまで来たところでハジメたちの存在を思い出した。神代魔法を手に入れられる場所を見つけたことなので報告して皆で手に入れようぜ!と声をかけようとしたのだが……それは阻まれる事になった。

 

 

〝香織、嘘だろ? おい……返事をしろよ〟

 

「……は?」

 

〝お前か? 檜山、お前がやったのか? 俺の一番大切な人を殺したのはお前か?〟

 

明らかに様子がおかしい。ここ最近のハジメから考えられない程の怒りが籠もった声である。あくまでも念話越しなので詳しい事は分からないのだが、兎に角、様子がおかしいのだ。

 

間違いなく良くない事が起こっている。そう直感した俺は、険しい表情を一瞬で作り出して真上目がけて大ジャンプした。慌てて雫たちが後を追うが、後ろを振り向くほどの余裕はない。

 

俺は焦っていた。香織の事を口に出してる辺り、事は王都で起こっている。王都自体がぶっ壊されるのは正直どうでも良い。ハジメが大量の魔物を、躊躇なく殲滅兵器で殺したとしても焦りはしない。

 

なら何故、ここまでして俺は急いでいるのか。その理由は、数分後に明かされることとなる……。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

ハジメは、かつてない程に激情していた。奈落の底へ落ちた直接的な原因を作った人間と再開した時も、自分勝手など物言いで己の進む道を否定されても激情しなかったハジメが……文字通りブチ切れたのである。

 

ティオと愛子、そしてシアと合流し、心が折れかけていた愛子の事を何とか慰めて落ち着かせたハジメは、何の気なしに王都を振り向いた。今頃、王都には大結界の外から多くの魔物が流れ込む寸前で大パニックだろうな~、なんて呑気に思いながらも、音也たちと合流すべく神山に降り立とうとした時だった。

 

香織から「ハジメくん、助けて!」と要請が届いたのである。曰く、生気のない自分たちの知り合いが何故か襲いかかってくる。数が多すぎてリリアーナと二人では苦しい。クラスメイトは何故か動けなくなっている。だから助けて、手伝って欲しいと。

 

世界で一番愛している人からのお願い事だ。長い間、離ればなれだったハジメとしては何でも聞いてやるぐらいの心構えだった。神山の捜索は後回しにして、今は香織を助けに行こう。そう考えて、全員を連れてハジメは王都へ舞い戻った。

 

王都、特に王宮近くにある一定の場所で数多くの気配を感じ取ったハジメは、その場所に急行した。

 

そして目的地に到着したハジメがまず見た物は、クラスメイトたちが全員、背後から兵士や騎士たちの剣に貫かれた挙句、地面に組み伏せられている姿だった。兵士や騎士の顔に生気を見ることは出来ず、この時点でおかしいと察したハジメだが……その次に見た物が彼の感情を爆発させてしまった。

 

やけに明瞭に目に入ってきた光景。それは、檜山に抱き締められながら剣を突き刺され、命の鼓動を止めている香織の姿だった。

 

 

日本に住んでいた頃から、自分の事を気にかけてくれた少女。その真っ直ぐな思いは異世界へ来ても変わらず、長い期間、離れていても彼女の気持ちは変わらなかった。ずっと彼女の気持ちは悟っていたが、どこか怖くて避けていたハジメ。しかし、再開して想いをぶつけられて、彼も決意したのだ。彼女の想いを受け止めようと。

 

それからの生活はとても幸せだった。シアというムードメーカー兼大切な人がいて、香織という愛おしい存在がいて。異世界へ来て一番満たされていた。

 

 

今、この瞬間。彼女の死体を見るまでは。そして、心の奥底では一番憎む人間が、最愛の人を刺し殺したと認識するまでは。

 

 

「香織、嘘だろ? おい……返事をしろよ」

「ひひっ、お前なんかよりも俺の方が香織とはお似合いなんだよ。お前はもう用済みなんだ」

「お前か? 檜山、お前がやったのか? 俺の一番大切な人を殺したのはお前か?」

「お前の一番大切な? 違う……〝俺の〟一番大切な人、だ」

 

その言葉を聞いた途端、ハジメの表情が変わり始めた。最初は憤怒の表情だったのが……色が抜けていくかのように落ちていく。と、同時に見る者、感じ取る者全てが恐怖する程の殺意を纏い始めた。その殺意は檜山一人に向けられており、他の人間は心底どうでも良いといった様子である。仮に、近くに事を起こした主犯格が存在したとしても、だ。

 

しかし当の本人である檜山は、焦りを一切見せない。勝ちを確信し、精神的に余裕があるのだろう。それとも、正気を失ったが故に、怒らせてはいけない人を怒らせた事に気がついていないだけなのか。

 

なんにせよ、彼の運命は決まった。これ以上変わることはなく、絶対的な運命しか待ち受けていないだろう。

 

 

「おいキバット」

「……なんだ」

 

俺にも力を貸せ!

 

「異常なまでの憎しみと、悲しみ……未だかつて見たことがない程だ。良かろう。ガブリッ!!

 

「ッ……変身!」

 

満月が地を照らす夜。ここに一人の〝魔王〟が降臨した。己の一番大切な人をこの世で一番憎んでいる人間に殺されて、復讐の炎を静に燃やす白髪義手の少年。相対するは、人生全てにおいて他人にも〝自分にも〟負け続け、結果として自分の魂を悪魔に売った哀れな少年。

 

復讐と欲望。二つの負の感情が衝突し、互いに奴を殺すと決意し、この場を絶対零度の空気で包み込んだ。その直後である。

 

皆の希望の象徴であり、絶望の象徴にもなり得る一人のヴァイオリニストと、その人を心から愛する人たちが集まってきたのは。

 




次回はハジメvs檜山と音也vs恵里です。アンケートや感想にあったように、片方は救済の道を進みますのでお楽しみに!


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第十八楽章 心奥・呪われた思い出

長くなった……普段の倍近く文字数あります()


「……思っていたより数倍は酷い有様じゃないか」

 

思わずそう零す。クラスメイトが傷ついているのは別に良い。光輝が手酷くやられてるのは煽りたくなるぐらいに嬉しい。しかし、だ。親友の最愛の人は間違いなく死に絶えている。此処ぞとばかりに役立つ俺の耳は、しっかりと停止した香織の心音を捉えていた。

 

そして俺の親友は、闇のキバの鎧を身に纏っている。とても言葉では表せないほど多くの負の感情が溢れだしており、相対する人間だけは必ず殺すと決意しているようだ。止めることは不可能だろう。

 

しかし、激情して視野が狭まったハジメとは違い、俺は比較的冷静に周囲の状況を確認することができた。

 

クラスメイトは兵士や騎士の剣に貫かれ、魔法封じのアーティファクトを架せられている。光輝は生気の感じられないメルド団長に組み伏せられている。香織は胸から剣を出し、息絶えている。そして、主犯格であろう人物はハジメと檜山の事をニヤニヤしながら見ている……。

 

「……お前ら、香織の魂の固定を頼んだぞ」

「任せなさい」

 

「お前か……中村」

「ふふふ……そうさ、僕が全て指示したのさ」

 

日本で過ごしていれば有り得ないと思う人が、まさか主犯格だとは信じられない。が、こいつの表情が全てを物語っている。確定で間違いないのだろう。問題なのはこいつの動機である。

 

「……なぜ」

「僕はね、ずっと光輝くんが欲しかったんだ。だから、そのために必要な事をした。それだけの事だよ?」

 

なんとあのバカが欲しくてやったことらしい。哀れな姿にも見えてきたが、グッと堪えて質問を続ける。あまりにもツッコミ所があってこのままではぶちのめす事も出来ない。

 

「そのために香織を? お前は見てなかったのか……香織が光輝の事を遠ざけていた所を。それにそこまでして欲しいなら告白すれば良いじゃないか」

「ダメだよ、ダメ、ダ~メ。告白なんてダメ。光輝くんは優しいから特別を作れないんだ。周りに何の価値もないゴミしかいなくても、優しすぎて放っておけないんだ。だから、僕だけの光輝くんにするためには、僕が頑張ってゴミ掃除をしないといけないんだよ。それに光輝くんは、香織がどんなに距離を作ったとしても勝手に寄っていくでしょ?」

「後者に関しては納得したわ」

 

自分が悪いとは思っていないからな。奴の脳内ではあくまでも自分以外の誰かに原因があるのである。あの調子で雫にも近寄ってきたらジョーク抜きでぶっ殺すつもりだ。

 

しかしまあ、欠点も分かっているのにだ。それも結構面倒な欠点が分かっているのにも関わらず、どうしてそこまで執着するのだろうか。

 

「少し疑問なんだけどな。そこまであのバカの欠点を知っているのにそこまで執着する理由はあるのか? 俺が女だったら欠点を見抜いた瞬間に離れたくなるんだが」

「くっふふ……君は何も分かってないよ。彼は僕のヒーローなんだよ? この世に絶望し切った僕の目の前に現れた救世主であり王子様なんだ。どんな欠点があったとしても、この気持ちには敵わないんだよねぇ……残念!」

 

曰く、彼女は光輝と会うまで愛された思い出がないという。父親は幼い彼女を交通事故から庇って早くに死んでしまい、残された母親からは言葉の虐待を受けていた。

 

母親が新しく連れてきた男も、三文芝居に出てくるようなクズだった。所謂ありふれたクソ野郎ということだろう。その男からも彼女は小学生の頃から性的虐待を受け、運良く男が警察に捕まってからも母親にこれまで以上の虐待を受けて彼女は死のうとした。

 

親という一番に信じていたものは全て幻想だった。長く耐えてきたことに意味はなかった。無駄だった。そして、この先の未来にも希望はない。幼い恵里が壊れるには十分過ぎる要因だ。

 

しかし、いざ自殺をしようと鉄橋から飛び降りようとした。その直後に偶然、光輝が通りかかった。当然、善意の塊である光輝は彼女の事を引き止めて、事情をしつこく聞いた。

 

心身共に弱り切った彼女は、かなり簡略な説明をしたところ、光輝は俯いて目も死んでいる彼女の頬を両手で包み込み、至近距離で宣言したという。

 

――もう一人じゃない。俺が恵里を守ってやる

 

……ここまで聞いて、俺は確信した。あのバカ、本当の所は何も考えずに女子を口説き落としているだろ……ではなくて。

 

あいつは言ってしまったのだ。今、正に死のうとしている少女に、守ってやると。俺が側に居てやると。全てに絶望した少女からしたら、劇的なシチュエーションとも言える状況で……彼はやってしまったのである。

 

 

「……なんというか、お前も被害者だな」

「はあ? 一体何を言ってるの?」

「お前も気がついているよな? あのバカからすれば、お前の存在は〝その他大勢〟だと」

「うん、分かってるよ? だから僕以外の女を消してしまおうと思ったんだよ?」

 

こいつはヤンデレだ。雫たち以上にヤンデレである。光輝に真っ直ぐ過ぎる純愛を向けている。しかし当の本人は、そんなことはつゆ知らずに他の女に手を差し伸べる。そして、そんな彼が本当に心から思っているのは幼馴染みである香織と雫でしかない。その二人には嫌われてしまってるのは何とも皮肉な事だが。

 

日本にいた頃、光輝はことあるごとに言われていた。「貴方は女心が分かっている」と。だが、それは大きな間違いだ。彼は何一つ、女心を分かっていない。それこそゼロと断言出来るほどに分かっていないのだ。女というのは大抵、男よりも我が儘で独占欲が強い。それを知らずにハーレムを作ったらどうなると思う?答えはもちろん、見えているだろう?

 

「こんなことをしても光輝が振り向くことは決してない」

「はあ?」

「あいつは、お前のことを何とも思っちゃいないんだ。良くてもただの友人だよ。魔法で洗脳すれば良い? バカの考える事だな。本当に彼のことを愛しているのならば、厳しい競争にだって迷わず飛び込むだろう。お前は逃げてるだけなんだよ。自分の都合のいい様に事を運ぼうとしてるだけ。自分からも、他人からも逃げ回っている。そんな気持ち程度では、絶対に振り向かせることは出来ない」

 

多くの女と向き合ったからこそ話せる言葉だ。恋愛というのは、逃げてはいけないのだ。失敗を恐れることなく、正面から相対しない限りは思い人は振り向かない。逆に正面から向き合えば、どんなに鈍感な人間でも気がつく。小説に出てくるような、唐変木の鈍感ニブチンなんぞ殆ど居ない。

 

正面から相対した人間は、嫌でも心の内に秘めた想いを徐々に燃やしていくのである。そこからはあっという間だ。心の内でどう思っているのかによって結果は変わる。仮に失敗したとしても、正面から、堂々とぶつかったならスッキリと諦められるだろうよ。

 

しかし、こいつは……囚われているんだ。たった一つしかない思い出に、それも呪われた思い出に、囚われている。このままでは雫たちにも被害が行きかねないし、こいつの事をこれ以上見ていることも出来ない。

 

「ハジメ」

「……あ?」

「檜山を、やれ」

「ふん、当たり前だ……お前は?」

 

「救うさ。あいつを……」

 

ヴァイオリンと弓をを取り出して構える。今回は敵だから殺すのではない。例外中の例外だが、今回だけは……救うために戦う。普段とは異なり、もう一組のヴァイオリンと弓を空間に固定して……俺は曲を弾き始めた。

 

選曲は「ピアノソナタ・月光」。内包する莫大な魔皇力と魔力を同時に解放してもう一つのヴァイオリンの弓を同時に動かす。俺の手に持つヴァイオリンが主旋律を、もう一つのヴァイオリンは副旋律を奏で、月明かりに照らされたこの場を魔性の音色で包み込む。

 

副旋律から生まれる蒼い魔法の鎖は倒れ伏せたクラスメイトたちに巻き付き、兵士や騎士から受けた傷を癒やしていく。主旋律から生まれた紅い魔法の鎖は、傀儡人形のような兵士や騎士たちに絡みついてクラスメイトたちから引き離し、植え付けられたのであろう仮初めの魂を浄化。元の死体へと戻り、バタバタと地面に倒れていった。

 

顔を酷く歪める恵里。構わずに俺は片っ端から傀儡人形共を成仏させ、クラスメイトたちをある程度回復させてハジメが心置きなく檜山を殺せるような空間を作り出す。

 

「なんなの? 何で上手くいかないの? 計画は完璧だったよね? 僕だけの光輝くんが手に入るはずだったよね? それなのに、何で? ねぇ、何で? 何で? 何で!?」

 

「〝訴魂〟」

 

動揺からか、激しく頭を掻きむしって叫ぶ恵里。俺はつい先ほど手に入れた魂魄魔法を発動させる。〝訴魂〟は相手の心奥に己の魂を潜り込ませて、直接声を送ることが可能な魔法だ。ある意味で念話の上位互換である。念話は確かに会話こそ可能だが、訴魂と違って相手がどう思っているのかまでは分からない。しかし訴魂は心奥に己の魂を潜り込ませるため相手がどう思っているのか、どうしたいのか等を確認できるのだ。

 

俺は訴魂をヴァイオリンが出す二つの鎖に付与し、同時に恵里の方向へ向ける。何かとんでもない物を感じたのか、恵里が必死に魔法で抵抗してくるが……そんな物は受け付けずに、難なく魔法の鎖は恵里の心臓部分に突き刺さった。

 

自然と目を閉じた俺が、次に見た光景は……真っ暗な部屋に一人閉じこもって蹲っている恵里の姿だった。真っ暗な部屋とはいえ目が利かない訳ではなく、部屋の壁には光輝の様々な表情の写真のような物が所狭しと貼り付けられている。

 

「なんで、こうも上手くいかないのさ……なんで手に入らないの? もう一人じゃないって言ったよね? 守ってくれるっていったよね? 僕はあなたの特別だよね? ねぇ、どうして、同じ言葉を他の人にも言っているのかな? ねぇ、どうして、僕だけ見てくれないのかな? ねぇ、どうして、今、こんなに苦しいのに助けてくれないのかな? ねぇ、どうして、他の女にそんな顔を向けるのかな? ねぇ、どうして、僕を見る目が〝その他大勢〟と同じなのかな? ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして、どうして……」

 

「………」

 

「……なんで、君は邪魔するのさ」

 

俺に気がついたのか、グリンと首を回して俺の方を見てくる恵里。その目は死人のようにほの暗く濁り、ノイントや傀儡人形たちのように生気を感じさせない。彼女が如何に病んでいるのか、それを嫌というほど分からされた。

 

心奥に辿り着いたことによって、彼女の暗い過去も全て見せられ、どんな思いで光輝を思っているのかを理解した事によって、一層彼女を救わないといけないという気持ちになる。

 

「お前は、どうしたいんだ? このままじゃあいつを手に入れることなんて不可能だぞ?」

「……手に入る。絶対に」

「そこまでして手に入れたいのか?」

「当たり前のこと、聞かないでよ」

 

蹲っていた恵里がスクッと立ち上がる。そのまま俺に近寄ったかと思うと、肩をガシッと掴んできた。瞳が爛々と光り、その細い体のどこからそんな力が出てる?と聞きたくなるぐらい強く俺の肩を握ってくる。

 

彼女はまくし立てた。好きな人を手に入れるためにはなんだってするのが当たり前でしょ?そのために洗脳するんだ。邪魔をしないでくれ、と。

 

俺は諭す。洗脳して真実の愛が生まれるわけがない。仮に付き合えたとしても、一生続くのかと言えばそんなことはない。お前か、あいつが我慢の限界を向かえて悲惨な最期を向かえるのがオチなんだ、と。

 

「僕は光輝くんに一生を捧げるために生きてるんだ! あの時、助けて貰ったのは運命。僕が彼の一番の女に相応しいって事なんだよ!」

「あいつはそんなこと考えていない。他の人にも同じように目を向けるのは何故だと思う? お前なら分かってるだろ?」

「うるさいうるさいうるさい! 僕が相応しいんだ! 他の女はみんな邪魔なんだ!」

「よく聞け、中村。お前は目先の幸せしか見ていない。もっと後のことまで考えるんだ」

「何を……! 僕の人生プランは完璧なんだ! これさえ上手くいけば僕と光輝くんは一生幸せに、老人になるまで、死が二人を別つ日まで生きていけるんだよ!」

 

俺は恵里の手を握り、暗く澱んでいる瞳を真っ直ぐ見つめて言葉を紡ぐ。一生を捧げてまで付き合いたい理由は、助けて貰ったからか?愛してるからなのか?違うだろう。お前は離したくないんだろう?藁にもすがる気持ちなんだろう?

 

「両親も、周りの大人も、同い年の人間も信じられない。お前にとってはたった一筋の光りなんだろうよ。だがな、冷静に考えてみろ」

「冷静に……? 僕はずっと冷静じゃないか」

「いや、よく考えてみるんだ。日本にいた頃のお前は偽りの自分だった。だがな、独りぼっちだったか? お前の周りにはいつも、友だちが居ただろ? 其奴らは、お前のことを心から好きで、心配してくれてるんだぞ?」

 

ピタッと恵里の動きが止まる。俺は構わずに続けた。もう少し、だ。

 

「心から心配してくれる友だちが居る。其奴らは、お前のいう邪魔な人間だ」

「……それが、どうしたのさ」

「……お前、本当に邪魔だと思ってるのか?」

「は?」

「友だちと笑い合っていたお前の事を、俺は何度も見ている。基本的にお前は愛想笑いだったし、何となく本当の自分を隠しているとは思ってたさ。だけどな……」

 

 

お前、鈴や香織と一緒に話していたときに、心から笑っている瞬間があったよな? その時の心が奏でる音楽は、普段偽っているお前からは絶対に聞こえない、心安らぐ物だったぞ?

 

 

「?!!」

「見てないとでも思ったのか? 残念だったな、俺は性格が悪くてね。見つけてしまうんだよ。本心から笑っている姿をね」

「そんな、ウソ」

「音楽は嘘をつかない。それは俺が一番知っている。音楽は人その物を作り出す物だ」

 

震えだした恵里。手を離すと、ダランと脱臼したかのように力が抜けている。己の思っている全てを否定され、自分自身も実は矛盾していた。その事実を突きつけられ、恵里の心はグチャグチャになっている。その証拠に真っ暗だった部屋が、ガタガタと揺れ始めている。

 

「……だったら。だったら僕は、何を信じれば良いのさ。お父さんは死んだ。お母さんは僕の事を傷つけた。周りの大人は何もしてくれないし、僕の言うことを信じてくれない。本心から信じられる友だちも居ない」

「中村……」」

「教えてよ、紅。僕は誰を信じれば良いの?」

 

「いや、知るかよ」

「え?」

 

バッサリ切って捨てる。恵里は困惑した表情になり、俺の意図をまるで分かっていない。まあ、それが当たり前なんだけどな……。

 

「俺を信じろ、なんて言うと思ったか? アホみたいな答えを期待するんじゃねえよ」

「で、でも」

「良いか、信用出来る人っていうのは自分で探すんだよ。誰かに探して貰おうだなんて馬鹿げてる」

「そんなっ……僕には無理だよ」

「本当に信じられる友ってのは……お前自身で探さなくてはならない。お前が今、信じられる人が居ないのは自業自得だろ?」

 

その言葉に「うっ」と声を詰まらせる恵里。自分の過去を顧みて、ようやく何をしてきたのかを理解したのだろう。部屋が少しずつ明るくなり、壁に貼り付けてあった光輝の写真が消えていく。冷たく感じた部屋内も多少の温もりは感じられるようになった。何があったのかは……言うまでもないか。

 

俺は最後に恵里と正面から向き合い、言葉を告げた。

 

「よく、決断したな。偉いぞ」

「……おとう、さん?」

「んじゃ……俺は行くわ」

「ま、まって。おとうさ――」

 

光りが爆ぜた。目を閉じ、再度目を見開けば……現実世界へ戻ってきた。丁度演奏も終えたらしいので、一件落着だ。

 

空間に固定したヴァイオリンを宝物庫へ放り込み、手に持ったヴァイオリンもケースに入れてから倒れ伏せている恵里に近づく。恵里は俺の足音を聞いて目が覚めたらしく、起き上がって俺のことをボーッと見ている。

 

「とりあえず、壊れてなさそうだ。良かった」

「え、うん。なんか……ごめん」

「気にするな。大体はあのバカが悪いんだから」

「……ありがとう。あの、みんなも迷惑かけて、本当にごめんなさい。謝って許されることじゃないけど……」

 

ペコリと頭を下げて謝罪する恵里。当然、困惑するクラスメイトだが……彼女と仲が(表面上)良かった鈴が一人、前に進み出てきた。

 

警戒する恵里。それに構わず、鈴は恵里のことをギュッと抱きしめた。鈴の瞳には、何か深い感情が見られたが……全てを理解することは出来なかった。とりあえず今は、改めて親友になった二人の邪魔をしないようにこの場を離れるとしよう。

 

 

と、その時である。俺の耳に不快な叫び声のような、奇声のような音が聞こえてきたのは。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

音也がヴァイオリンで傀儡人形をお掃除し終わった頃。

 

「……これで邪魔はなくなったな」

「ひひ……そうだな」

 

復讐に飲み込まれたハジメと、ハイ人のような状態の檜山が相対していた。ここまで檜山が余裕な態度を出来る理由は、フリードたち魔人族が関係している。

 

元々、王都に魔人族が攻め込んできたのは恵里と密かに手を組んでいたからである。その際に、檜山は魔人から元の世界で言うヤクを貰ったのである。こいつはドーピングに近い物であり、飲めば飲むほど己の身体能力や内包魔力が上昇していく。副作用として、正常な判断をすることが難しくなるが……檜山は元から正常の判断をしている訳ではないので、特に問題にならなかった。

 

ドーピングした檜山のステータスは、オール12000である。これは能力値だけで言えばノイントたち神の使徒と同じであり、凄まじいヤクであることが理解出来るだろう。

 

大幅かつ急な能力上昇にクラスメイトはどう反応したのかというと……ただ、褒め称えただけだ。光輝に至っては、ようやく真面目になったのか!なんてほざく始末である。

 

しかし、能力値がオール12000であったとしても……檜山は絶望以外見ることはない。

 

 

「……来い」

「言われなくてもやってやらあ! 俺はなぁ! お前の事を殺してやりたくて仕方がなかったんだよおお!!」

 

手に剣を持ち、火球を連発しながらハジメへ急迫する檜山。火球は全て最小限の動きで払われてしまったことに気がついていないのか、そのまま剣を大上段から振り下ろした。

 

 

ガキンッ! バキッ……

 

 

核爆発を余裕で耐えきる鎧に正面から当たった剣は、当然の如く根元から折れて地面に落ちた。驚愕し、動揺する檜山。そんな彼に対して一撃だけパンチを入れたハジメは、嘲笑うかのように檜山の頭を掴み、恐るべき膂力でそのまま地から宙へ浮かせてしまった。

 

「おま゛えぇ! おま゛えぇざえいなきゃ、がおりはぁ、おでのぉ!」

「俺がいようがいまいが、結果は同じだ。少なくとも、お前が何かを手に入れられる事なんて天地がひっくり返っても有り得ない」

「きざまぁのせいでぇ」

「生粋の負け犬が吠えるとここまで哀れだとはな。今すぐに殺してやる」

 

ハジメがザンバットフエッスルを取り出した。さらに空いた片手にはザンバットソードを召喚する。彼はかつてないほどに復讐に燃えている。パンチやキックでは物足りないのだ。作り出した紋章に檜山を放り込み、死刑執行の合図を宣告する。

 

ウェイクアップ・ザンバット

 

数百、否数千、数万。数え切れないほどのザンバットソードが檜山の周りをユラリユラリと周回する。月明かりを刃が反射し、獲物を狙う猛獣のように虎視眈々と執行者の最後の命令を待つ。

 

 

「お前はこれまで、数多くの罪を重ねてきた。だがな。今回ばかりはやり過ぎたな。

他人の最愛の人を殺し、さらには寝取ろうとしたんだもんなあ?

 

この世のものとは思えないおぞましい気配が檜山を一瞬で侵食した。体中を虫が這い回るような、体の中を直接かき混ぜられ心臓を鷲掴みにされているような、怖気を震う気配。圧倒的な死の気配だ。血が凍りつくとはまさにこのこと。一瞬で体は温度を失い、濃密な殺意があらゆる死を幻視させる。

 

ハジメは、たった一度だけ指を動かした。待ってましたとばかりにザンバットソードが檜山に迫る。ゆっくり、ユラユラ。その動きは、彼の体を一ミリ以下の挽肉にするまで止まらなかった。

 




いやもうホント……駄文で申し訳ないです。自分ではこれが精一杯でした()


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第十九楽章 覚悟・終わりなき戦い

投稿をしていない日でもお気に入り登録が増えているの本当に嬉しいです……ありがとうございます!

最近この作品が完結してからか、モチベ維持のための作品として仮面ライダーエターナルと艦これのクロスオーバー作品の設定を考え始めています。最初はウルトラマンコスモスを使って、生き物は誰とでも分かり合える!みたいなの書こうとしてましたが……やめました(おい)


「なかむらあああ! てめえええええ!!」

 

恵里の背後から絶叫が響き渡った……と、思うと、〝槍術師〟の力により放たれた激烈な突きが風の螺旋を纏いながら恵里の心臓に狙い違わず直撃した。姿を確認すると、近藤礼一その人である。

 

急場しのぎだったとはいえ、鈴の展開した障壁をいとも容易く突き破った辺り、何かしらの強化を受けているのだろう。雰囲気だけではノイントと同レベルである。

 

「チッ……変身!」

フィ・ス・ト・オ・ン

「ティオ、頼むぞ!」

「承知!」

 

恵里のことをティオに任せ、俺は近藤の元へ向かう。近藤はすぐ俺に気がつき、一度バックステップで距離を取ってきた。

 

最低最悪な心の音楽に思わず顔をしかめつつ、俺は問うた。ハジメでも俺でもなく、何故に恵里を攻撃した?と。

 

「あいつが改心しちまったら雫が手に入らねえんだよお! なんてことしてくれたんだ!!」

「「……は?」」

 

俺と、そして雫が思わず間抜けな声を上げる。近藤は、雫を一度殺した上で恵里に傀儡人形にしてもらい、自分の物にしたかった。その事をひとまずは理解出来たが……バカじゃねえの?

 

第一、近藤程度の力で雫を殺すことは不可能だ。雫を殺すなら、露葉さんレベルの速さとパワーが必要不可欠である。フリードのようなマヌケは勿論、ノイントですら殺せるかは危うい。雫のことを圧倒した上で殺せるのは、恐らく露葉さんか黒いイクサだけだろう。そのぐらい雫は強い。

 

そんなことも理解せずに、自分の欲望のためだけに近藤は動いてたと言うのだから、哀れにも程があると言えよう。俺はイクサの中から侮蔑と憐れみの念を送る。

 

「いやアホだろ。お前ごときに雫が殺せるわけがないじゃん」

「うるせえ! お前は雫を奪った悪党だろ! 悪党が一々ほざいてるんじゃねえ!」

 

話が一切通じない。これはドーピングによる物なのだが、俺はそんなこと知らないので敵意有りと見なすことにした。そもそもとして、目の焦点がブレブレでマトモな精神状態には見えない。

 

奇声を上げながら突撃してくる近藤。並みの縮地ぐらいの速度は出てる。が、雫の〝無拍子〟や露葉さんの〝神速〟に見慣れている俺からしたら止まって見える。洗練されていない高速移動など、ただ体力を消費していくだけの悪策でしかない。そして実力差が分かっていないにも関わらず無策で突っ込んでいくことは……ただの自殺行為だ。

 

イクサハンマーを装着してフエッスルをベルトに差し込み、ナックルを内に動かして起動。蒼いスパークが射出口を迸る。突き出された槍を蹴り飛ばし、驚愕に満ちた顔を左手で鷲掴みにする。もがき苦しむ近藤を宙に浮かせ、股下にイクサハンマーをセットした。

 

イ・ク・サ・ハ・ン・マ・ー・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「は、はなぜっ」

「人としての心を捨てただけならお前は殺さなかった。他のクラスメイトを傷つけ、殺したとしてもここまではしなかった。

だがなあ! 他人の最愛の人を殺し、挙げ句の果てには己の私物にしようとする、その腐った根性は許すことが出来ねえ!!

 

トリガーを握りしめ、ありったけの声で心の内を叫ぶ。心から深く愛している雫の事を傷つけようとする輩は必ず殺してやる。関係を引き裂こうとする者も殺す。俺はもう、彼女を手放さないと決意しているのである。

 

悲愴な決意の元、放たれた必殺の一撃。異常なまで気持ちの入った蒼い雷は、近藤の股下から一気に脳天までを貫通し、脳みそだの頭蓋骨だのを撒き散らしながら夜空へと消えていった。

 

そのまま俺は、魔物たちが攻め込んでくる場所を睨みつける。そこへ向かって思いっきり腕を振り回し、近藤を魔物の群れに放り込んだ。

 

と、次は虚空から極光が飛来してくる。速攻で重力魔法を発動させて極光に投げ込み、軌道を変えて明後日の方向へ飛ばして発射した主を見つけ出す。

 

「……そこまでだ。白騎士の少年。大切な同胞たちと王都の民たちを、これ以上失いたくなければ大人しくすることだ」

「誰かと思えば忠犬クソ雑魚ブ男のフリードじゃねえの。随分手酷く雫と露葉さんにやられたみたいだが、犬小屋に帰ってお昼寝しなくても良いのかい?」

 

フリードの顔に青筋がビキビキと立つ。こいつはノイント以上に気を張り詰めている。正面からは分が悪いから人質作戦に出たらしいが、今の言葉で冷静を少なからず揺らされているフリードに、俺や雫を殺すことは不可能である。

 

俺はあくどい笑い声を零しながらライザーフエッスルを取り出し、ベルトに差し込んだ。実は最近、ベルトに改良を加えており、一定時間黒いイクサに変身すると強制的に変身が解けるような装置を取り付けたのである。これで心置きなく戦える。避難誘導は必須だが。

 

「お前は俺が、王都の人やクラスメイトのために戦ってると勘違いしてるみたいだが……お前の物差しで勝手なカテゴライズするな。戦争したいなら勝手にやれ。だが、俺の大切な人にも危害が及ぶと分かれば容赦はしねえぞ」

ジェ・ファ・ー・ヴェ・テ・エ・ゴ・ン

「どういうつもりだ? 同胞の命が惜しくないのか? お前が抵抗すればするほど、全員が傷ついていくのだぞ? それとも、それが理解できないほど愚かなのか? 外壁の外には十万の魔物、そしてゲートの向こう側には更に百万の魔物が控えている。お前がいくら強くとも、全てを守りながら戦い続けることが……」

「まだ理解出来ないのか? お前と俺の力の差、何も分かってないんだな。つくづく哀れなバカだな」

 

焦げ付いたかのように真っ白なイクサスーツが黒く染まる。青い線は銀色に上書きされ、ベルトを改造した影響で何故だかフェイスシールドも蒼く変わった。頭には針のような物が突き刺さり、異物が直接脳内に注ぎ込まれる。ほんの少しだけ、意識を繋ぎ止めようとしたが……ものの数秒で自然と目を閉じてしまい、抵抗することは敵わなかった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

ヴァ・シュ・タ・ク・ト

 

普段から低い電子音。しかし黒いイクサに変身している最中は、さらに一オクターブほど電子音が低くなる。物一つ言わずにフリードを見上げる音也と、普段よりも低い電子音が相まって、クラスメイトたちは気絶してしまった。

 

そして気絶しそうなのはフリードも同じであり、白い普段のイクサからは想像も付かない威圧感に、内心では悲鳴を上げてしまっていた。しかし、総司令官という役職に就いているからには逃げることは出来ない。彼は、音也とは別ベクトルながら悲愴な覚悟を決めた。

 

「くそ……撃て撃て!」

 

空に陣を構えた竜たちが一斉に極光を放ち、地上を陣取る魔物は音也を圧殺する勢いでジリジリと攻め寄る。数十万、いや、百万全ての魔物と魔人を導入して確実に殺そうと迫る……が、甘かった。

 

彼は知らなかったのだ。今、自分が相手している敵は、絶対に戦ってはいけない人間なんだということに。

 

ラ・イ・ズ・アッ・プ

 

ギャリンッ!!!  ギャリンッ!!!

ドガアン! ドガアン! ドガアン!

 

二発だけ左右にイクサキャノンを撃ち込んで退避する音也。イクサキャノンの一撃につき、軽く千は超える魔物と魔人が死亡したりさらに外れた極光を滝登りするが如く、ゲルリッヒ砲で竜を撃墜。ゲルリッヒ砲から放たれた一条の光は、竜の後ろに控えていた黒鷲や鳩をも巻き込んで地へと落としていく。実は、イクサキャノンはヴァシュタクト状態に入ったことによって威力が強化されていたりする。そのことをはたして、本人が気がついているのかは別の話だが。

 

ちなみに運良く砲撃から逃れて肉薄したとしても、纏雷以上に凄まじい電撃を放つスーツによって丸焦げにされてしまう。何が言いたいのかというと、残されている道は一つしかないという事だ。即ち、絶対なる“死”である。

 

「あ、有り得ない。最低でも能力値が4000を下らない軍団だぞ! たったの一撃で粉砕されるなんて……!」

「ふ、フリード様! 今の攻撃だけで一万の魔物が殺されました……! さらに魔人も数千人規模で跡形もなく消えてしまっています!」

「なん……だと」

 

ギャリンッ!!!  ギャリンッ!!!

 

「あ、危ない!」

「か、回避!」

 

精度が最悪レベルの大砲で、ミリ単位の狙撃を難なく行う音也。咄嗟に回避して難を逃れたフリードだが、再び多くの魔物と魔人を失うことになった。

 

驚くことに、ここまで経過した時間は一分ちょっとに過ぎない。その時間の間に、数万単位で魔物と魔人が文字通り消し飛ばされているのだ。このままでは黒いイクサの制限時間を超えないうちに百万全ての魔物と魔人が殲滅されかねない。

 

しかし、イクサの制限時間を知らないフリードは、多少の犠牲を払ってでも危険因子を排除せんと特攻命令を繰り返す。

 

しかし、尊い命を投げ出してでも繰り返される攻撃を嘲笑うかのように、音也の攻撃速度が上昇していく。ハザードトリガーと同じく、黒いイクサは時間経過で戦闘能力がどんどん上がっていくのである。一度拳を振るう毎に雷が駆け巡り、ゲルリッヒ砲やイクサキャノンのように数千体をまとめてこの世から葬り去っていく。

 

ファンガイアスレイヤーを取り出せば一気に首が飛んでいく。ファンガイアバスターを取り出せば風穴開けて倒れ伏せる。イクサハンマーを取り付ければ圧倒的火力の元、圧殺されていく。気がつけば魔物と魔人の数は百近くまで減らされており、フリードがそれに気がついた頃には既に手遅れとなっていた。

 

「フリード様! ここは撤退を!」

「く……無念だがここでーー」

 

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

イ・ク・サ・ハ・ン・マ・ー・ラ・イ・ズ・アッ・プ

 

 

逃がさねえよ?と言わんばかりに音也が飛び上がり、退却を始めようとしたフリードの目の前に現れる。あっけにとられたフリードを前にして、特に戸惑う様子もなく、時間経過によって超強化されたブロウクン・ファングを直接、フリードの心臓部分に叩き込んだ。

 

五億ボルトを軽々超える最強にして必殺の一撃は、着弾の瞬間に凄まじい電磁波を撒き散らして、周囲にいた魔物と魔人や王城を滅茶苦茶に破壊していく。二次災害ですら殆ど天災レベルだというのだから、直接叩き込まれたフリード本人がどうなるのかは……すぐに想像が付くだろう。

 

心臓部分に直接高電圧を流されたことによって細動を起こし、表面部分はステーキのように焼け焦げさせたフリードは、グラリと白竜の上で揺れたと思うと、そのまま地上へ落下していった。

 

音也は白竜の頭をナックルで貫通しながらも落ちていくフリードを追いかけ、そのまま急降下の勢いに乗せてイクサハンマーの杭をゼロ距離で射出。杭の先っぽに心臓を付着させながら貫通し、地面に突き刺さって暴風にも近い風を巻き起こした。さらに死体となったフリードの顔面を踏みつけながら着地して踏み潰し、その死を確実な物としたところで、イクサが強制変身解除された。

 

頭を抱えながらも、やってやったぜ!とばかりに満足そうな笑みを浮かべる音也。その顔は決意を守り切れたことによって現れた最高の笑みであり、その笑顔にノックアウトされる人が多く居たことを彼はまだ知らない。

 




はい、フリード死亡です(え?)
恵里が救済されたことにより、フリードの運命もまた違った物にしました。原作では香織の魂の固定に必要な要因が揃っていなくて殺せなかった形でしたか、今回は人が多かったのでこのようにしました。あと黒いイクサを使いたかった()


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第二十楽章 たった一晩の出来事

とりあえず二日に一話のペースで安定させていただきます。日によっては新作の方を更新していきますので、そちらの方もよろしくお願いします。


あれから一晩が経過した。俺たちは香織の魂をノイントの体へ移す作業を一日がかりで行い、今日、ようやく完了した。なぜノイントなのかと言うと、香織がこれ以上足を引っ張りたくないからとの希望があったからだ。たとえ姿形が変われど、ハジメのことを守れるぐらいの力を手に入れたかったらしい。

 

結果から言うと、大成功だった。俺の一日がかりのヴァイオリン演奏によって香織の魂は、見事ノイントの体に定着したのである。

 

ちなみに香織の本当の体は、ユエの魔法により凍結処理を受けて〝宝物庫〟に保管されている。巨大な氷の中に眠る美少女といった感じで非常に神秘的だ。解凍時に再生魔法で壊れた細胞も修復してしまえるので、戻ろうと思えば戻れる可能性は極めて高い。

 

とりあえず生き返ったには変わりないので、俺たちは王城にいる先生やクラスメイトに顔出ししにいった。生きてると分かったときの先生の喜びようや、恵里の安堵したような表情は中々に見物だったと思う。

 

「香織……あの、本当にごめんなさい。僕の自分勝手など行動で……」

「ううん。悪いのは光輝くんだから気にしないで。私としては恵里ちゃんが前よりも素直になった事がとても嬉しいのだから」

「実行犯は檜山のバカだしな。中村が気にすることはねえよ」

 

本人と彼氏にアッサリと許して貰った恵里。ハジメに関して言えば興味がない、というのも一つの理由だろうが、恵里にとっては形だけでも許して貰えるのはとても有り難いことだろう。

 

一通り香織と抱き合い、気分が落ち着いたらしい恵里は、今度は俺の元へやってきた。

 

「あの、改めてお礼を言わせてよ。本当にありがとう」

「いや、気にするな。だが一つ気になったことがあってな……〝お父さん〟ってなんだ?」

「あ、それは……うん。紅の物言いに父親的な何かを感じてね……思わず、ポロッと出てきたんだよ」

「勘弁してくれ。海人族の娘の義理の父親なら体験してるが……流石に同い年の女を娘と見ることは出来ないぞ」

 

魂魄魔法を使った対話の時に俺の物言いが父親っぽく感じたらしい。この世界にやってきて半年ぐらいだが、まだまだ俺は年齢的に高校一年生だ。未熟な所だって多い……はずである。

 

しかしまあ、恵里の心が弱ってるのは事実だ。鈴が居るので基本は丸投げしたいところだが、出発するまではカウンセリングをやっても良いかもしれない。今回は魂魄魔法を使って深層心理に直接入り込み、そこで説得したのだ。見方を変えれば洗脳とも取れる行為なのである。その責任ぐらいなら取るつもりだ。

 

だから雫さん。そんな怖い視線でこちらを睨みつけないで欲しい。俺は恵里のことを手に入れようとはこれっぽっちも思っていないからな。そしてその事は、恵里も分かってるはずだ。

 

「雫、そんな怖い顔しないでよ。僕が君たちに敵うだなんて思ってないし、紅とそういう関係になろうとも思ってないから」

「ふーん……本当かしらねぇ?」

「雫、お前は今夜寝かせない。覚悟しろ」

「へ、へえ? どうしたのよ急に」

「純粋に愛したくなった」

 

雫を落ち着かせるためにも咄嗟に今夜は寝かせない発言をする。最近、忙しくてゆっくり構えなかったしある意味で丁度良いとも思った。

 

ちなみに以前、八重樫姉妹と一晩過ごしたことがあるのだが……どうして露葉さんがあそこまでテクニシャンなのか分からなかった。雫なんて誰かに見せられないような顔してたし。

 

とりあえずこのままだと恵里が首を取られかねないので助け船を出した訳だが……雫の目が猛獣を狙うハンターの目に変わったので俺は今夜、本当に寝られないだろう。合掌。

 

「あ、あの……紅くん」

「先生か。なんだ?」

「私が攫われた原因になり得る話、やっぱり皆さんに……」

「おう、早く話せよあくしろよ」

 

説明しろと先生に圧力をかける。先生コホンッと咳払いを一つすると、俺やハジメから聞いた狂神の話と俺たちの旅の目的を話し、そして、先生自身が攫われた事や王都侵攻時の総本山での出来事を話し出した。

 

全てを聞き終わり、真っ先に声を張り上げたのは光輝だった。

 

「なんだよ、それ。じゃあ、俺たちは、神様の掌の上で踊っていただけだっていうのか? なら、なんでもっと早く教えてくれなかったんだ! オルクスで再会したときに伝えることは出来ただろう!」

「いやお前な。よく考えてみろよ。仮にオルクスの時点で俺が話したとして、お前は俺の話を進じたか? 答えは分かりきってる。ノーだ。で、繰り返し何度も説明する気にはならない。なんで俺が、わざわざお前等のために骨を折らなけりゃならないんだよ? まさか、俺がクラスメイトだから、自分たちに力を貸すのは当然とか思ってないよな?」

 

当然というか、分かりきっていたが光輝が俺に詰め寄ってきた。が、元より説明は先生に任せていたし、俺自身こいつとは関わりたくなかったのでバッサリ切って捨てる。

 

「でも、これから一緒に神と戦うなら……」

「〝一緒に〟……? 一緒にと言ったのか……ククク。フハハハ……ハァーッハッハッハッハッハッ!!」

「な、何がおかしいっ」

「いやいや、おかしすぎるでしょ。何でお前は俺が神と戦うと思うんだ? 彼方から来るなら勿論迎え撃つぞ? だがな……わざわざ此方から向かうつもりは一切ない」

「なっ、まさか、この世界の人たちがどうなってもいいっていうのか!? 神をどうにかしないと、これからも人々が弄ばれるんだぞ! 放っておけるのか!」

「勝手にやってろよ。俺は俺の大切な人のためにしか力は使わない」

 

この世界が滅びようが、人々が弄ばれようが……俺からすればどうでも良い。滅んでいくのは確かに気の毒だが、それでも自分から助けに行こうとはやはり思えない。

 

が、善意(笑)の塊である我らが勇者は納得が出来ないらしい。机をバンッ!と叩き、俺の元へツカツカと歩み寄ると、ビシッと指をさして声を張り上げた。

 

「紅音也! 俺と決闘しろ! 道具はなし、素手でタイマンだ!」

「見ろよ中村。これがお前が思い続けてきた男の実態だぞ」

「思ってた以上に酷かった」

「おい紅! 聞いてるのか!!」

「うるせえよ。ヴァイオリニストにとって聴覚は三大重要能力なんだぞ」

 

心底面倒くさいです!という雰囲気を隠そうともせずに俺は立ち上がる。ちなみに力の差はどのぐらいかというと、普通に月とすっぽんぐらいある。それに気がついてないのはある意味で呪いな気がしてならない。

 

俺は簡潔、かつ威圧的に明日にはハルツィナ樹海へ向けて出発する。金輪際関わることはないから安心しろとだけ伝えて部屋を出ようとした。しかしそれに待ったをかける人が一人。

 

「では、帝国領を通るのですか?」

「そうなるな……」

「でしたら、私もついて行って宜しいでしょうか?」

「ん? なんでだ?」

「今回の王都侵攻で帝国とも話し合わねばならない事が山ほどあります。既に使者と大使の方が帝国に向かわれましたが、会談は早ければ早いほうがいい。紅さんの移動用アーティファクトがあれば帝国まですぐでしょう? それなら、直接私が乗り込んで向こうで話し合ってしまおうと思いまして」

 

随分とまあ、フットワークの軽い姫さんだ。ちゃっかりしてるとも言えるのだろうか。しかしその程度のお願いだったら断ることもない。あくまでも通り道だし、送って降ろせばそれで終わりだ。

 

故に、俺はリリアーナに「構わない」とだけ伝える。が、そこにもツッコんでくるのが勇者クオリティだ。

 

「だったら、俺たちもついて行くぞ。この世界の事をどうでもいいなんていう奴にリリィは任せられない。道中の護衛は俺達がする。それに、紅と南雲が何もしないなら、俺がこの世界を救う! そのためには力が必要だ! 神代魔法の力が! お前に付いていけば神代魔法が手に入るんだろ!」

「もう黙ってろ」

 

思いっきり鳩尾を殴って光輝を気絶させる。こいつと旅を一緒にするなんて俺はゴメンだ。第一、クラスメイトたちが大迷宮に足を踏み入れたところで十中八九死ぬことになる。オルクスやライセンなら可能性があるが……大迷宮を攻略するごとに仕掛けが面倒になってるので光輝たちにはハルツィナ樹海の大迷宮など攻略不可能だろう。

 

仮に俺たちに寄生したとしても、俺と雫が光輝の物言いに耐えられる気がしない。俺なら殴って気絶させるに留まれるが、雫に関しては首を飛ばしかねないのである。

 

まあ俺としては、行くなら勝手にしろ。ただし命の保証はない。死にたきゃ勝手に死ね。その旨を伝え、今度こそ俺は部屋を退出するのだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

オマケ

 

「ねえ音也。なんで光輝を連れて行くことをあそこまで拒否したの?」

 

「分かりきってるだろ?」

 

「……ふふ。それもそうね」

 

「これ以上、お前が壊れるところを見たくないし……何よりあいつと一緒だと俺も堪忍袋の緒が切れかねない」

 

「本当に流石ね。私のこと、何でも分かってるんじゃない?」

 

「そんなことないぞ。というかな、その人のことを何でも分かってるとか言えるわけがない。俺だって人間だ。たとえ一番近くに居る人のことだって、全てが分かる訳ではないんだ」

 

「……ふふふ。これは一本取られたわ」

 

「さて……始めるぞ。今夜は寝かせないからな」

 

「あっ……ふふ。それはこちらのセリフよ」

 




光輝たちクラスメイトは王都に置き去りです。理由は八重樫姉妹とだけ言っておきます()


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第五章 復讐と神の誘惑編
第一楽章 ハルツィナ樹海return


今回は要望があったのでR-18(多分)シーン入れています。苦手な方はブラウザバック推奨です。もしこれから先、何かご要望がありましたらDMにお願いします。感想欄だと検閲されてしまいますのでね()
しかしまあ…メンタルやられました()


草原や雑木林、小さな村の目の前を有り得ない速度で疾駆する二両の戦車。言わずもがな、俺とハジメが操縦する戦車だ。俺は相変わらずティーガーIIを、ハジメはチハではなく超重戦車マウスを操縦している。ちなみにチハは、王都の守護として置いてくことにした。動かすなら魔力を流せば良いだけだし、そもそも魔力がなくても砲塔を動かすことぐらいは可能だ。

 

ちなみにハジメが現在動かしている超重戦車マウス。こいつは戦車では薄いはずの背面装甲ですらティーガーIIの正面装甲より硬く、砲の威力も桁違いとなっている。砲の口径は驚くことなかれ、128mm。こいつは砲塔を撤去して駆逐戦車と化したティーガーIIにも搭載され、建物越しに戦車を一両撃破という我々にロマンを与えてくれる砲である。なお、史実を調べてみればお分かり頂けるだろうが、マウスの能力は殆ど動く要塞並みとだけ伝えておこう。

 

と、一時間ぐらい戦車を走らせた頃だろうか。俺は戦車内からではあるが、何者かが外でリアル鬼ごっこをしている気配を感じ取った。ハッチから頭を出した雫が言うに、水の流れていない狭い谷間を兎人族の女性が二人、後ろから迫る帝国兵を気にしながら逃げているようだった。追っている帝国兵のずっと後ろには大型の輸送馬車も数台有って、最初から追って来たというより、逃がしたのか、あるいは偶然見つけた兎人族を捕まえようとしているように見えるとも伝えてくれた。

 

本来なら気にすることなく速度を上げるのだが……妙に覚えのある気配だ。少し気がかりなため、俺はハジメに無線で連絡をすると、一気に谷間へ戦車を突入させた。正面には帝国兵。俺は操縦しながらも砲塔を動かし、照準器を覗き込む。そこで思わず声を上げた。

 

「あら、どうしたの?」

「おいおい……あれってハウリアじゃね? 妙に覚えのある気配だとは思ったが……」

 

そう、目の前を突っ走っていた兎人族の女性二人は、ハウリアの一員だったのだ。雫が魔改造とも言える訓練を施した結果、勇者(笑)よりも遥かに強い力を手に入れてしまった首狩兎人族である。

 

ティーガーIIに搭載された優秀な照準器は、ハウリアたちの奥に山積みになっている帝国兵の死体の山もバッチリ捉えていた。恐らくハウリア二人が逃げているように見せているのは死体の山を置いてある場所に帝国兵をおびき寄せるためであり、死体の山近くには多数のハウリアが待ち構えているのだろう。しかし、折角激走しているのならやることは決まっている。

 

犯罪者うぃ見たらアクセルを踏め。自動車教習所で第一に教えてもらうことである。そして搭乗車が戦車の場合なら、迷わず砲塔を回して照準を合わせ、トリガーを引くともなあ!

 

ズドアアン!  ズドアアン!

 

人力オートローダーばりの速度で再装填して二連撃。解き放たれた二条の閃光は、狙い違わず帝国兵の頭蓋を貫くと、その先にあった死体の山の頂点に寝ている人の目玉を撃ち抜いて何処へと消えていった。突如として現れた重厚なフォルムのティーガーII、そして後から遅れてきたマウスの姿に一度は驚愕したハウリア二名。しかしすぐに目をキラキラさせると、戦車に向かって惚れ惚れするような敬礼をしてきた。が、すぐに顔を引き締めると、戦車の後ろからやってきた数十人の帝国兵目掛けて飛びかかった。先ほどまでは隠れていたであろうハウリアたちも姿を現し、「総攻撃ターイム!」と言わんばかりに襲いかかる。

 

俺たち全員が戦車の外に出て顔を上げた頃には、一人残らず帝国兵は首を狩られて倒れ伏せていた。素晴らしい連携攻撃である。きっと、俺たちが旅をしている間も厳しい訓練をしていたのだろう。俺としては文句なしに褒めてやりたい。なお、輸送車の中には兎人族以外の亜人族も数多くいた。百人近くいそうだ。どうやら、輸送馬車の中身は亜人達だったらしい。兎人族以外にも狐人族や犬人族、猫人族、森人族の女子供が大勢いる。

 

と、そこへクロスボウを担いだ少年が颯爽と駆け寄り、俺と雫の手前でビシッ! と背筋を伸ばすと見事な敬礼をしてみせた。

 

「お久しぶりです、ボス!音也殿! 再びお会いできる日を心待ちにしておりました! まさか、このようなものに乗って登場するとは改めて感服致しましたっ! それと先程のご助力、感謝致しますっ!」

「ま、助けなくても何とかなっただろうがな」

「そうね。本当に成長しているわ。もう、貴方たちは負け犬なんかじゃないわよ」

 

その言葉に反応し、駆け寄ってきたウサミミ女性二人と男三人が敬礼を決めつつ、感無量といった感じで瞳をうるうると滲ませ始めた。そして、一斉に踵を鳴らして足を揃え直すと見事にハモりながら声を張り上げた。

 

「「「「「「恐縮でありますっ、Sir!!」」」」」」

 

戦時前、または戦時中の某国軍隊を見ているかのようである。少しだけ雫が顔をしかめているのを尻目に、俺はパル……もとい必滅のバルトフェルドに何故、帝国兵がこんなところにいたのかを聞いてみる。すると、思わぬ答えが返ってきた。

 

曰く、魔人族がある日突然攻め込んできたらしい。彼らは樹海の霧を物ともしない魔物を引き連れて侵攻し、フェアベルゲンの上層部に半ば脅しの形で大樹への道を聞き出した。奴らは俺たちとは違い、必要なことを聞いた後に亜人を絶滅させん勢いでさらに侵攻を進めた。そこで立ち上がったのがハウリアだ。まあ、ハウリアは俺たちが辿り着くまでに大樹に何かあったらボスが切れる!それは不味い!ぐらいの感覚で魔人族を迎撃しに行ったらしいが。

 

結果は大勝。ハウリアの連携にはなす術もなく魔物と魔人族は死んでいった。しかしハウリアも少なくない被害を受け、一度人員の補充をするために集落へ引っ込んだ。そこへ今度は帝国兵が侵攻してきたという。帝国兵は魔人族に侵攻を受けたことによってかなりピリピリしたいたらしく、目ぼしい女子供をあっという間に輸送馬車に詰め込んで立ち去ったらしい。そのことに気がついたハウリアは、少数で輸送馬車を追いかけたらしいが……帝国に入って行方が分からなくなったという。その中には、族長のカムも居たらしい。

 

「ハジメ、どうする? 偶然なことに俺たちも帝国を通りがかる所だが」

「シアの家族が行方不明となれば探しに行くに決まってるだろ」

「そうか……よし。姫さん送るついでに助けに行くか」

 

即決。そうとなれば行動は早く行った方が良いだろう。俺はとりあえず輸送馬車に詰め込まれていた亜人を解放し、足枷だの手錠だのを破壊して周り、サッサと自分の家に帰るように告げる。

 

さらにバルトフェルドには戦える兎人族全員を早急に集めるように指示を出す。そしてハジメには、大人数で移動が出来るアーティファクトを出すように頼んだ。

 

「こんなこともあろうかと」みたいな雰囲気で取り出されたアーティファクトは、二式飛行艇である。ハリネズミのような防火機銃と高速を備えた恐ろしい飛行艇であり、あのアメリカも飛行艇に関しては日本に負けたと言ってるほどである。またの名をフォーミダブルだ。ハジメはそいつを二つも取り出した。なお、見た目が二式飛行艇なだけであり、中身は空間魔法を使って作られた広大な部屋がいくつもの置いてある。

 

ものの数分で集合したハウリアを確認した俺は、全員を飛行艇に押し詰め、自分自身も飛行艇に乗り込んで魔力を流し込む。回路を通して四枚のプロペラが回り出し、速度に乗ったところで浮き始めた。そのまま一気に空を駆け上がり、高度2000メートルぐらいで水平飛行に入る。後は適当にやれば到着だ。

 

一通り終わらせて飛行艇を安定させたところで、俺は雫と露葉さんに袖をクイクイと引かれた。意図はすぐに察したので、俺はティオとユエに操縦を任せて、厳重に隔離された一室の扉を開けるのだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「あ、あの……姉さん。今日は負けないから」

「あらあら。そんなに強気になって、どうしたのかしら?」

 

若干頬を染めながらも宣言する雫。それを柳に風と受け流す露葉さん。この会話を見るのもn回目だが、何度見ても飽きないしホッコリする。これから始まることを考えれば中々に図太い神経していると思われるだろうが。

 

ちなみに昼間の雫は基本的に凛としていて抜け目のない人物だ。頼りがいのある姉御、と言っても差し支えないと思う。しかし夜だったりベッドでの雫は別だ。

 

「あ、あの……音也。今日は私から気持ちよくするわね」

「……露葉さん。俺、毎回思うんだけどさ」

「あら、何かしら?」

「雫って可愛くね?」

「ふふ、それは今に始まったことではないでしょ? 雫が可愛いのは周知の事実なんだから」

「か、かかかか……」

 

顔を真っ赤にして俺の胸元でグデンとなる雫。めちゃくちゃ可愛い。思わず微笑みながらも雫の髪を軽く撫でてやり、少しずつ服を脱がしていく。

 

雫はほんの少しだけ顔を上げると、まるで呼吸をするが如く口づけを交わしてきた。当然フレンチキスで終わることはなく、そのまま舌を俺の口内に潜り込ませてくる。俺の舌を絡め取り、上を下をピチャピチャとはしたない音を立てながら激しく舌を動かしてくる。

 

唇を重ね合うこと数分。ようやく銀色の糸を引きながら離れた雫のことを愛おしげに抱き締めていると、今度は露葉さんが「私にもして?」と強請ってくる。俺に抑制の二文字は働かないため、すぐさま露葉さんの顔を引き寄せて唇を重ねた。雫とはまた違った味を感じる。

 

やがてキスを終え、どこか神秘的な空間が広がる中、俺は顔が上気していてどこか色っぽい雫のことを押し倒す。「あっ……」と声を出すも、抵抗する素振りは一切見せない雫。顔はさっきよりも増して赤く、熟れたリンゴみたいだ。格好はとても無防備であり、これを目の前にして我慢出来る男は存在しないだろう。

 

「あっ……ふ…」

「相変わらず柔らかい……」

「そうかしら……んっ、別に綺麗ではないわよ?」

「何を言う。とても綺麗だ」

 

優しく手掴みし、雫の胸を一通り揉みしだく。一回一回手を握るごとに雫は小さく喘いでいる。口元を手で抑え、声を何とかして漏らさないようにしようとしている雫の姿が愛らしい。

 

少しずつ敏感な部分を弄りながらも服を完全に脱がし、ブラもゆっくり剥ぎ取って彼女のおでこにキスを落とす。

 

と、そこまでしたところで不意に下半身に快感が走った。何事かと思って見てみれば、露葉さんが微笑みながら俺の主砲を上下に動かしている。俺は現在、雫にのしかかっている状態だが……そんな体勢でも器用に俺の主砲を気持ちいい方向へシュッシュッと動かしてくる露葉さん。

 

気がつけば俺は露葉さんと雫にのしかかられる状態になっており、露葉が手で、雫が口で俺の主砲に快感を加えてくる。

 

が、当然出す場所は決めているため、一度止めるように促して露葉さんと目配せし、雫のことを再度押し倒した。そして雫の下半身の衣服も取り除き、雫が一番気持ちいいと評する場所を徹底的に攻めた。ビクッと体を跳ねさせて先ほどまでは抑えていた喘ぎ声を堪えることなく漏らし始める。ついでに他の部分からも液体が漏れ始める。

 

「ちょ!? ね、ねえさん……そこはだめっ」

「あらあら。こんなに硬くしてダメな訳がないでしょ? その証拠にほら。ここからこんなに出てきてるわよ?」

「ぁっ……やんっ」

「もうトロトロね。音也くん?」

「分かってる」

 

露葉さんは雫の頭を自分の膝に乗せて優しく彼女の髪を手櫛している。当の雫さんは他人に見せられない顔をしているが。俺はもう一度だけ彼女の局部を指でなぞり、恥ずかしさからかモジモジと動かしている足をガシッと掴み、M字に開脚させて大事な所を丸見えにした。顔を真っ赤にしている雫に興奮した俺は、理性サヨナラこんにちは本能状態となって、己の主砲を戸惑うことなく雫の局部に挿れた。

 

「あっ……おお、きい」

「……動かすぞ」

「ぁあ……そこ、もっと抉って…」

「ふふふ……雫、本当に可愛いわね。ここも弄ってあげる」

「ひぃっ!? ねえさっ、そこはだめ……やっ、あん…」

 

ピストン運動によって喘ぎ出す雫に優しい笑みを浮かべながら敏感になっている陰核をクリクリとこね回す。さり気なく乳首も弄り回している辺り、露葉さんは案外Sなのだろう。一方攻め立てられている雫は、既に何回も絶頂を迎えており、その度に声にならない声を上げている。しかし、雫が絶頂を迎えても俺は休むことなく腰を動かし続ける。はしたない水音が鳴り響き、そのことを雫に告げると中がキュッと締まり一気に搾り取られそうになった。

 

心の相性は言うまでもなくベストマッチなのだが、体の相性もベストマッチらしい。俺たちがこうして体を重ねるのは初めてではない。むしろかなりの回数体を重ねている。それでいて、飽きるどころかのめり込んでいくのだ。最早、中毒と言っても差し支えない。

 

「お、おとや……」

「……どうした」

「もうだめ……また、イっちゃう…」

「っ、俺もだ。外に出した方が良いか?」

「ううん、出して……私の、一番奥に…」

「分かった。容赦はしない」

「あ、は、気持ちいい、そこ、……っああ、もっとおねがい……!」

 

涙目ながら、俺の手を握って懇願する雫。その姿を見た俺は、完全に理性の抑制ボタンが壊れた。腰を猛り狂った獣のように動かし、己の本能が赴くままに欲求を満たしていく。

 

グチュグチュとはしたない水音を大きく立て、俺から触れらる雫の一番奥をひたすらにかき回す。連続した絶頂を迎えて締まりに締まった雫の肉壁に、俺の主砲もついに限界を迎えた。

 

「う……くっ!」

「あ、ああ……音也の……こんなにたくさん…」

「やっべ。雫、大丈夫か?」

 

今更ながら理性が吹き飛んでいたことを思い出して雫を抱き抱える。すると雫は、ふんわり微笑みながら俺の頬を両手で包み込み、ポツリと一言だけ呟いた。

 

「……ご馳走さま」

 




元々は露葉さんパートも書くつもりだったのですが、自分のメンタルが持ちませんでした…ご要望を完全に叶えることが出来なくて本当に申し訳ないのです。

なお、これから先もちょくちょくR-18シーンが入るかもです。次はユエ辺りかなあ…()


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第二楽章 帝都へ

感想がいつの間にか100件超えてました……本当にありがとうございます! 
感想は(マジな方で)活力源ですので、今後もよろしければお願いします。


雑多。

 

ヘルシャー帝国の首都はどんなところ? と聞かれて答えるなら、その一言だろう。

 

徹底的に実用性を突き詰めたような飾り気のない建物が並んでいる一方で、後から継ぎ足し続けたような奇怪な建物の並ぶ場所もある。ストリートは、区画整理? なにそれおいしいの? と言わんばかりに大小入り乱れ、あちこちに裏路地へと続く入口がある。

 

雰囲気も、宿場町ホルアドのようにどこか張り詰めたような緊張感があり、露店を出している店主達ですら〝お客様〟という考えからは程遠い接客ぶりだ。

 

だが、決して暗く淀んでいるわけでも荒んでいる訳でもなく、皆それぞれやりたい事をやりたいようにやるという自由さが溢れているような賑やかさがあった。何があっても自己責任、その限りで自由にやれ! という意気が帝都民の信条なのかもしれない。

 

ヘルシャー帝国は先の大戦で活躍した傭兵団が設立した新興の国で、実力至上主義を掲げる軍事国家だ。帝都民の多くも戦いを生業としており、よく言えば豪気、悪く言えば粗野な気質だ。都内には大陸最大規模の闘技場などもあって、年に何度も種類の違う催しがなされており大いに盛り上がっている。

 

そんな中、俺たちは特に萎縮する事もなくテクテクと歩いて行く。連れが美女美少女なので結構な頻度でちょっかいを出されるが、即刻俺の右ストレートかハジメのヤクザキックを受けて轟沈している。

 

例外として、シアは顔を曇らせている。まあそれは仕方のないことだ。この帝都内には多くの檻と、その中に入れられた亜人を見かけるのだから。彼女は最近、とても頼もしくなって性格も多少落ち着いてきた。しかし彼女は、今では数少ない心優しいハウリアの女の子なのだ。奴隷にされた同族を見て、心に傷を負うのも仕方ないことであろう。

 

ちなみに当のハウリアは、現在帝都外で待機中だ。帝都の警護は異常レベルで厳戒であり、とてもハウリアが侵入する隙はなかった。こんな所にどうやってカムたちが入れたのかが謎だったが……噂話を盗み聞くに、彼らは十数人で数百人の帝都兵に包囲されて捕まってしまったらしい。とはいえ、そこまでの過程で多くの帝都兵を殺害してるらしく、兎人族の根底を覆す行動をしたカムたちはある意味語り草になってるようだ。

 

「ハジメ、今夜にでも行くか?」

「だな。あいつらは兎人族で、ここは帝都。ハウリアの強さに惹かれて連行したと思うが……まともな待遇でないのは目に見えてるからな」

 

しかし、真正面から戦争しに行くほど俺たちはバカじゃない。いや、多分それでも行けるが……もっとスマートにやりたいのだ。ハウリアたちが戦争を仕掛けるなら尚更である。

 

そうなると、考えられる作戦は一つである。帝城の裏口辺りからでも侵入し、見張りの兵士を無力化しながらも牢獄を見つけ、カムたちを転移魔法で移動させて脱出させるという作戦だ。考えつく作戦の中でも一番ありふれている気がする。が、最も確実でもあるので俺たちはこの作戦を決行することにした。

 

帝城に忍び込むのは俺、雫、ユエだ。夜になるのを待って俺たちは城の裏口から忍び込んだ。見張り番は雫が斬り伏せて行き、俺は耳を使ってハウリアを探し出す。ユエはトラップの解除に勤しんでおり、誰しもが極限まで集中している。と、帝城内を数分進んだところで、俺の耳に声が聞こえてきた。

 

「おい、今日は何本逝った?」

「指全部と、アバラが二本だな……お前は?」

「へへっ、俺の勝ちだな。指全部とアバラ三本だぜ?」

「はっ、その程度か? 俺はアバラ七本と頬骨……それにウサミミを片方だ」

「マジかよっ? お前一体何言ったんだ? あいつ等俺達が使えるかもってんでウサミミには手を出さなかったのに……」

「な~に、いつものように、背後にいる者は誰だ? なんて、見当違いの質問を延々と繰り返しやがるからさ。……言ってやったんだよ。〝お前の母親だ。俺は息子の様子を見に来ただけの新しい親父だぞ?〟ってな」

「うわぁ~、そりゃあキレるわ……」

「でも、あいつら、ウサミミ落とすなって、たぶん命令受けてるだろ? それに背いたってことは……」

「ああ、確実に処分が下るな。ケケケ、ざまぁ~ねぇぜ!」

 

聞き間違い……ではなさそうだ。皮肉なことに、俺の耳は狂うことなく一言一句聞き取っている。誠に残念ながら、ハウリアは非常に悪い方向に進んでいるようだ。目の前の敵よりも、道端にある花や虫を気にしていた、心優しい種族は一体どこへ消えてしまったのだろうか。あと数年も経てば、優しい兎人族は絶滅するかもしれない。

 

「いや、最近の族長、ますます言動がボスに似てきたからなぁ。……特に新兵の訓練してる時なんか」

「今頃は、族長も盛大に煽ってんだろうな……」

「そうだな。……なぁ、せっかくだし族長の怪我の具合で勝負しねぇか?」

「お? いいねぇ。じゃあ、俺はウサミミ全損で」

「いや、お前、大穴すぎるだろ?」

「いや、最近の族長、ますます言動が訓練中のボスに似てきたからなぁ。……特に新兵の訓練している時とか……」

「まぁ、ボスならそもそも捕まらねぇし、捕まっても今度は内部から何もかも破壊して普通に出てきそうだけどな!」

「むしろ、帝都涙目って感じだろ? きっと、地図から消えるぜ」

「それよりも音也殿の方が恐ろしいだろ。あの人ならボスよりも先に帝国ともののついでに他の国も消しとばしそうだよな」

「あの人は鬼や悪魔では言い表せないよな。どんな呼び名が良いんだ?」

「冗談や比喩表現抜きに破壊神だろ?」

「「「「「「「「「それだ!」」」」」」」」」

 

これは酷い。雫のことに関しても中々酷いのだが、なんだ破壊神って。もう頭にきたので俺はユエに光球を取り出すようにお願いした。途端に周囲が明るくなり、腕だの足だのをあらぬ方向に折られて血を吐きながらも軽口を叩き合っていたハウリアの姿が露わになった。俺たちの姿を見て叫びそうになっているハウリアを黙らせてユエにトラップを解除してもらい、雫にはカムを助けに行かせる。俺は檻の鉄格子をファンガイアの力で消滅させた。最後にユエが再生魔法を施し、空間魔法でハウリアたちを転移させてミッションコンプリートである。

 

そのまま俺たちも風のように空間転移し、帝城から脱出した。ここまでの所要時間はおよそ三分。カップ麺が完成するまでにハウリアが救出完了している計算だ。カムも雫に助けられたらしく、服はボロボロながらも比較的元気そうである。

 

「よおカム。久しぶりだな」

「これは音也殿。ご無沙汰しています。折角の再会でしたのにこの様な姿で申し訳ないです」

「いや、むしろ逞しくなっていて感動しているよ。どんどん雫に近づいているよな」

「もったいないお言葉です。あ、そういえば装備を取られたままなのですが……」

「ん? そんなこと心配するな。ハジメが錬成の鍛錬の過程で生まれた、もっと良い装備があるからな」

「新装備を頂けるので? そいつぁ、テンションが上がりますな、ククク」

 

すっかり戦闘狂に変わり果てているカム。しかし今更どうのこうの言うつもりはないので、俺もニヤリと笑い返しておく。心強い仲間ができたと思えば軽いもんだろう。この際、厨二病っぽくなっているのには目を瞑る。誰しもが経験することだもの。無理やり治すよりは、自然治癒を待った方が良い。

 

もののついでに俺は、カムに今後どうするのかを尋ねる。するとカムは獰猛な笑みを浮かべながらこう告げた。

 

「仲間も揃ってる事ですし、これから帝国に戦争を仕掛けますよ」

「ほう?」

「我々の得意分野は暗殺です。近々大きなパーティーをやるとも聞いてますし、そこを狙おうと思いまして」

「つまり、暗殺か?」

「肯定です。我等に牙を剥けば、気を抜いた瞬間、闇から刃が翻り首が飛ぶ……それを実践し奴らに恐怖と危機感を植え付けます。いつ、どこから襲われるかわからない、兎人族はそれが出来る種族なのだと力を示します。弱者でも格下でもなく、敵に回すには死を覚悟する必要がある脅威だと認識させさます」

 

中々に面白い。パーティーで浮かれているときに襲撃するのは正しいと言えよう。それに、こいつらが戦争を仕掛ける理由は同族の兎人族たちのためだ。このまま放置しては何時、フェアベルゲンに侵入されて同族を汚されるか分からない。それなら先にやっちまおう。そういうことだ。

 

しかし、こいつらだけで帝国に戦争を仕掛けるのは分が悪い。なにより、こいつらは他ならぬシアの家族だ。万が一失敗して、死んでしまったら……俺たちのパーティーの元気印であるシアが塞ぎ込んでしまうかもしれない。それはなんとしても避けたい。

 

「皇帝の一族が、暗殺者に対する対策をしていないと思うか? そんなことも考えつかないぐらいにお前らはバカじゃないよな?」

「もちろんしているでしょうな。しかし、我等が狙うのは皇帝一族ではなく、彼等の周囲の人間です。流石に周囲の人間全てにまで厳重な守りなどないでしょう。昨日、今日、親しくしていた人間が、一人、また一人と消えていく。我等に出来るのは、今のところこれくらいですが、十分効果的かと思います。最終的に、我等に対する不干渉の方針を取らせることが出来れば十全ですな」

 

「そうか。却下だ」

 

やけに俺の声が響き渡る。軽い調子で、しかし絶大なる威圧感を持って放たれた否定の言葉。困惑し、呆然としているハウリアたちに向かって俺は続ける。

 

「良いか、よく聞け。シアを泣かせてしまうような作戦は全て却下だ。そんなチンケな真似をするつもりなのか?」

「し、しかし音也殿。我等には……」

「お前らは、直接皇帝の首に刃を突きつけろ」

「……は!?」

「聞こえなかったのか? お前らは皇帝の首に刃を突きつけろと言ったんだ。それだけじゃない。皇帝の妻、子供、愛人、親友、側近。全てをねじ伏せて地を舐めさせろ。ハウリアに逆らえば、どこに逃げようと、立ち向かおうと、首刈りの蹂躙劇が必ず始まるのだと骨の髄まで染みこませてやれ!」

 

気迫に飲まれたのか、ハウリアたちは黙りこくる。ゴクリッと生唾を飲み込む音がやけに明瞭に響いた。

 

それを見て、俺は一度大きく息を吸うと……これまでにないぐらい、それこそ雷が落ちたと錯覚するぐらいに声を張り上げた。

 

「返事はどうしたぁ! このクソ野郎共がぁ!」

「「「「「「「「「ッ!? サッ、Sir,Yes,Sir!!」」」」」」」」」

「聞こえねぇぞ! 貴様等それでよく戦争なんぞとほざけたなぁ! 所詮は口から糞を出す無能の集まりかぁ!?」

「「「「「「「「「「Sir,No,Sir!!!」」」」」」」」」」

「違うと言うなら、証明しろ! 雑魚ではなく、キングをやれ!!」

「「「「「「「「「「ガンホー! ガンホー! ガンホー!」」」」」」」」」」

「貴様等の研ぎ澄ました復讐と意地の刃で、邪魔する者の尽くを斬り伏せろ!」

「「「「「「「「「「ビヘッド! ビヘッド! ビヘッド!」」」」」」」」」」

「膳立てはしてやる。お前らが通る道は、必ずや俺たちが作ろう。だがな! やるのはお前たちだ! 半端は許さん! わかってるな!」

「「「「「「「「「「Aye,aye,Sir!!!」」」」」」」」」」

「宜しい! 気合を入れろ! 新生ハウリア族、百二十二名で……帝城を落とすぞ!」

「「「「「「「「「「YAHAAAAAAAAAAAAAA!!!!」」」」」」」」」」

 

ハートマン軍曹の口調をお借りしてハウリアたちを鼓舞する。膳立てならいくらでもしてやる。扉の鍵は俺が開けてやる。だが、その先にある障碍ぐらいは、己の手で斬り裂いてこい。暗にほのめかしながらも叫んだ言葉は、確かにハウリアたちに届いたらしい。

 

目的を帝城落としにアッサリ変えた俺は、熱が冷めないハウリアたちやハジメと協力しながらどうやって帝城を落としてやるか考えるのだった。結局、眠りにつけたのは夜遅くであった。

 




明後日はこっちではなく仮面ライダーエターナルの方を出すかもです。完成すれば明日辺りにでも投稿します。あっちの方もよろしければ閲覧してくれると嬉しいです。


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第三楽章 帝城

九月中にお気に入り数600行きますかねえ。相対的には増えていっているのが本当に嬉しいです。お蔭様でこうして書いて行けてます()


ヘルシャー帝国を象徴する帝城は、帝都の中にありながら周囲を幅二十メートル近くある深い水路と、魔法的な防衛措置が施された堅固な城壁で囲まれている。水路の中には水生の魔物すら放たれていて城壁の上にも常に見張りが巡回しており、入口は巨大な跳ね橋で通じている正門ただ一つだ。

 

帝城に入れる者も限られており、原則として魔法を併用した入城許可証を提示しなけばならない。跳ね橋の前にはフランスの凱旋門に酷似した巨大な詰所があり、ここで入城検査をクリアしないと、そもそも跳ね橋を渡ることすら出来ないのだ。が、そんなことは俺たちの問題ではない。

 

俺たちには「神の使徒」という肩書きがあり、リリアーナの知り合いという事も使えば基本どこでも顔パスで通れる。ましてや、俺たちは金ランクの冒険者だ。一も二もなく通される。

 

それは帝城でも変わりなく、俺たちは特に怪しまれる事もなく中へ通された。一応、急なお客さんなため上に取り次ぐらしいので、俺たちは詰所のような場所にある待合室に通された。

 

待つこと数分。ユエを膝の上に座らせて両隣に八重樫姉妹、ティオとは帝城を落とす手順の確認をしていると、跳ね橋からドタドタと足音が聞こえ始めた。

 

「貴方たちですね? リリアーナ姫に用事があってお越し頂いたのは」

「だな。急な訪問で申し訳ない」

「いえ、問題ありません。自分は、第三連隊隊長のグリッド・ハーフ。貴方たちが来られた事はリリアーナ姫も把握済みです。ところで……そちらの兎人族は? それは奴隷の首輪ではないでしょう?」

 

突然、俺から目を離してシアのことをジロジロと見るグリッド。何やら嫌な予感がしたので、俺はハジメに丸投げしようとしたところで……爆弾が落とされた。

 

「よぉ、ウサギの嬢ちゃん。ちょっと聞きてぇんだけどよ。……俺の部下はどうしたんだ?」

「部下? ……っ…あなたは……」

「おかしいよな? 俺の部下は誰一人戻って来なかったってぇのに、何で、お前は生きていて、こんな場所にいるんだ? あぁ?」

 

この時点で俺は察した。こいつは、以前シアたちを捕らえては奴隷に落とし、役立たずは処刑していった帝国兵の指揮をしていた者だ。シアにとっては、数多くの家族を殺したり捕らえたりした帝国兵のまとめ役であり、全ての元凶はこいつである。

 

普段のシアからは有り得ないほどの殺気が巻き上がり、静かに、しかし激烈な勢いでシアの内包する魔力が溢れだす。

 

「貴方たちの部下なんて知ったことではありませんよ。興味ないですし、何より頭が悪そうな連中でしたからね。ライセン大渓谷で魔物に四肢を食われて死んでいったんじゃないんですか?」

「……随分と調子に乗ったこと言うじゃねぇか。あぁ? 金ランクの冒険者と一緒にいるから大丈夫だとでも思ってんのか? 奴隷ですらないなら、どうせその体で媚でも売ってんだろ? 売女如きが、舐めた口を利いてんじゃねぇぞ」

 

その言葉に対してシアは殆ど堪えていない。が、他の女性陣から凄まじい殺気が巻き起こった。しかしそれすらも霞む勢いで紅い魔力を迸らせる人物が一人。それは、ハジメだ。

 

ハジメは黙ってグリッドに近寄ると、訝しげなグリッドを無視して頭を義手で鷲掴み。化け物のような腕力でグリッドを持ち上げると、そのままの状態で右足を思いっきり振り上げた。

 

絶妙は力加減をしたのか、グリッドの男の象徴が一瞬で潰れ去り、骨盤も歪ませる。悲鳴を上げようとするグリッド。しかし、その悲鳴は能面のような表情をしたハジメによって止められてしまった。その瞳は一切の光を放っておらず、見つめられたが最後、石になってしまうゴルゴーンの首の様に見るものを圧倒している。

 

ユエが再生魔法をかけてグリッドの骨盤だけを治したことを確認したハジメは、興味を失ったと言わんばかりの表情でグリッドのことを投げ捨てた。そして完全に萎縮している部下の兵士に案内する様に命令し、ようやく俺たちはこの場を動くことができたのだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

通された部屋は、三十人くらいは座れる縦長のテーブルが置かれた、ほとんど装飾のない簡素な部屋だった。そのテーブルの上座の位置に、頬杖をついて不敵な笑みを浮かべる男――ヘルシャー帝国皇帝ガハルド・D・ヘルシャーがいた。彼の背後には二人、見るからに〝できる〟とわかる研ぎ澄まされた空気を纏った男が控えている。リリアーナは俺の斜め右前に座り、皇帝は俺と対面になる形で踏ん反り返っている。

 

ガハルドの様子は一般人からすると凄まじい威圧感を放っている。しかし、俺たちからすれば特に思うところもないのでドッカと腰を下ろして紅茶をゴクゴク飲み干す。

 

「お前が、紅音也だな?」

「いかにも」

 

皇帝を前にしても、俺は態度を変えることはない。不適な笑みには不適な笑みで返すのが俺のポリシーである。

 

俺の不遜な態度に家臣が憤るが、それをガハルドは笑いながら止める。

 

「くく、それでいい。俺は素のお前に興味があるんだ」

「そうかい。ならこのままで行かせてもらうぞ」

「まあお前には聞きたいことが山ほどあるんだが……まず、これだけ聞かせろ」

「なんだよ?」

「お前は雫のことを抱いたのか?」

 

ブフーッとリリアーナ含め、家臣たちが飲み物を吹き出す。話を聞くに、こいつは雫のことを俺が奈落の底へ落ちた日から口説きに口説こうとしたらしい。結果は言うまでもないが、諦めきれないのが見え見えである。

 

が、「誠に残念ながら」雫は俺の物である。もちろん、身も心もだ。側室が十人近くはいる汚れた皇帝の元へ渡すなど言語道断である。

 

故に、俺は口角をニイッと上げて悪びれもせずに答えた。

 

「とっくのとうに抱いたぞ? 逆に抱いていないとでも思っているのか?」

「……なんだと? おい雫。お前、裏切ったのか?」

「裏切るも何も、貴方のことは最初から眼中にありません。私の心は永遠に音也の物ですから」

 

俺がガハルドを鼻で笑い、雫が澄まし顔でガハルドのことを見つめる。それを見たガハルドは少しだけこめかみを動かしたが……すぐに苦笑いを浮かべ、「仕方がねえなあ」という表情を浮かべた。

 

「で、話は終わりか? 随分な無駄話なんだが」

「無駄話とは心外だな。まぁ、話したかったのは確かに雫のことではない。わかっているだろう? お前の異常性についてだ」

「ほう?」

「リリアーナ姫からある程度は聞いている。お前が大迷宮攻略者であり、そこで得た力でアーティファクトを創り出せると……魔人族の軍を一蹴し、二ヶ月かかる道程を僅か二日足らずで走破する、そんなアーティファクトを。真か?」

「厳密に言うと違うな。アーティファクトを作れるのは俺じゃない。南雲ハジメだ。俺はあくまでも多くの敵を蹴散らす力を保持しているだけだ。まあ、その力を貸せってならお断りだぜ。そんな巨大な力を独占するのが悪いとでも? 逆に聞くが、誰の許可を得る必要があるんだ。ええ?」

 

ガハルドが目を細める。合わせて周囲に控えていた家臣が殺気を放ち始めた。部屋の陰に隠れている家臣たちの気配も薄くなり、一触即発の状態だ。

 

それに対する答えは一つだ。俺は出されている高そうなお菓子を手に取りながら、ほんの少しだけ目を細めながらポツリと答える。

 

「全てバレてるぞ? 俺を殺ろうとしている姿がな。だが甘い。お前らは既に俺のキルゾーンに入っている」

「はっはっは、止めだ止め。ばっちりバレてやがる。こいつは正真正銘の化け物だ。今やり合えば皆殺しにされちまうな!」

 

豪快に笑いながら殺気を消す帝王。どうやら俺のことを試していたらしい。その事に気がついた俺も喉をクックックッと鳴らして笑い返す。その笑いには、「やってくれるな?」という賞賛の意味が込められている。

 

「それにしても、お前が侍らしている女たちもとんでもないな。おい、どこで見つけてきた? こんな女共がいるとわかってりゃあ、俺が直接口説きに行ったってぇのに……一人ぐらい寄越せよ、紅音也」

「あまり余計な事を口走っていると、俺ではなく彼女たちに股間を潰されるぞ?」

「お、おう。善処しよう。それにしてもその兎人族。一番気になるな……最近捕まえた玩具たちと面構えがそっくりだ」

「もう一度言う。あまり余計な事を口走るな。まだ女共を愛したいなら今すぐその口を閉じろ」

 

微かに巻き上がったシアの殺意を感じ取った俺は、すぐにガハルドに釘を刺す。これ以上は冗談抜きで対処しきれない。ここで死ぬのは勝手だが、それだけの覚悟が出来てるのか?というニュアンスを込めて本気の二割程度の威圧を発動させながら睨みつける。

 

ガハルドもシアの恐ろしさを察したのか、すぐに首を振って今の話は忘れろという仕草を見せた。ちなみにシアのステータスは身体能力強化によって魔力以外を余裕でオール20000を超える。無強化のハジメでは少し危ないレベルだ。流石に強化したハジメには勝てないらしいが。

 

「まあ最低限知りたいことは知れたから良しとしよう。ああ、そうだ。今夜リリアーナ姫の歓迎パーティーを開く。息子と姫の婚約パーティーも兼ねてるからな。金ランクで神の使徒から祝福して貰うというのは外聞は良い。よければ参加してくれ」

「そうか。まあ美味そうな飯が出るみたいだし、俺のヴァイオリン演奏を披露する機会にもなるだろう。参加させてもらうさ」

「ククッ……楽しみにしてるぞ?」

 

時間が来たらしく、ガハルドは立ち上がって事を告げると、俺のことを不敵な笑みを浮かべながら挑発的に睨み、そのまま部屋を颯爽と出て行った。

 

バタンと扉の締まる音が響いた部屋の中、俺は一人呟いた。

 

「ああ。俺も楽しみだ……お前たち王族が造り上げたこの国が、滅亡するのを見るのがな」

 




次回か次々回はハウリアたちが主役です。折角だしペルソナ5要素入れてみようかな…いや、厳しいか()
※質問があったのでこちらに記載をしますが、リリアーナは音也のヒロインのつもりで書いています


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第四楽章 興廃は此の一戦に有り

最終決戦の構想がとりあえず完了しました。まだまだ先ですが楽しみにしていてください。
ちなみに題名はZ旗の意味から抜粋しています。知る人は知ってる……はず()


とある一室。リリアーナはパーティーに向けて、ってお付の侍女たちとドレスの選別をしていた。彼女が結婚する相手である皇太子、バイアス・D・ヘルシャーは彼女からすれば最悪の結婚相手である。しかし、これは政略結婚なのだ。いくらこれが政略結婚であり、バイアスが父親に似た極度の女好きで、過去何度か会った時も、まだ十にも届かない年齢のリリアーナを舐めるような嫌らしい視線で見やったとしても、姫として皇太子に恥をかかせる訳にはいかないのである。

 

リリアーナも女の子であり、最悪の状況から救ってくれる白馬に乗った王子様を夢見たこともある。しかし、彼女は王女としての役割を痛いほど理解しており、故に甘えることは出来なかった。

 

何十着ものドレスを試着しては首を振って侍女に渡し、また新しいドレスを身につけること数十分。ようやく納得のいくドレスを見つけ出し、侍女からお世辞抜きの賞賛を受けているリリアーナの元へ、突然ノックもなしに扉が開け放たれた。そうして入ってきたのはバイアス本人である。

 

「ほぉ、今夜のドレスか……まぁまぁだな」

「……バイアス様。いきなり淑女の部屋に押し入るというのは感心致しませんわ」

「あぁ? 俺は、お前の夫だぞ? 何、口答えしてんだ?」

 

粗野という文字を体現したかのような佇まいのバイアス。国民からは当然のこと、側近にすら一部を除いて嫌われているバイアスだが、彼はそんなこと意に介していない。と、いうのも彼は帝国内ではガハルドの次に強く、逆らうことが実質不可能なのである。逆らえば即刻極刑だって有り得るのだ。下手なことは言えないというのがバイアスを嫌っている人の意見である。

 

突然の来訪に驚いた侍女や近衛騎士を追い払ったバイアスは、「飼い犬の躾ぐらいしっかりやれ」と実に嫌らしい笑顔で言い放つ。当然、リリアーナは反論しようとするが……その前に、彼女は押し倒されていきなり胸を鷲掴みにされた。

 

乱暴に胸を触られて思わず声を上げるリリアーナ。しかし、皮肉なことに現在リリアーナが居る部屋は特殊な防音処置を施されている。外に居る騎士たちに声が届くことは決してない。

 

バイアスは言う。自分に盾突く奴を嬲って屈服させるのが何より好きなんだと。必死に足掻いていた奴等が、結局何もできなかったと頭を垂れて跪く姿を見ること以上に気持ちのいいことなどないのだと。そして、小さい頃から品定めをするバイアスのことを睨みつけていたリリアーナの事をめちゃくちゃにして快楽と絶望の色に染め上げたいと。

 

逃げ出そうとするリリアーナの腕を押さえ込み、選び抜いたドレスを躊躇うことなく破り捨てる。シミ一つない玉の肌が晒され、リリアーナは羞恥で顔を真っ赤にした。両手を頭の上で押さえつけられ、足の間にも膝を入れられて隠すことも出来ない。八方ふさがりである。

 

彼女は思った。望まない結婚なのは理解していたけど、これはあんまりだ、と。本当は、好きな人に身も心も捧げて幸せになりたかったと。それは、王女という鎧で覆った心から僅かに漏れ出た唯の女の子としての気持ちだ。雫と同等レベルに心は乙女なリリアーナにとって、この現実はとても辛く、出来ることなら死んでしまいたいとすら思える物だった。

 

有り得ないと分かっていながらも、彼女は祈る。友人から聞いた、まるで御伽噺のような出来事が起こることを、ひたすらに願った。迫り来る理不尽を更なる理不尽で押し倒し、意図せずとも多くの人物を救ってきた一人の男が助けてくれることを、願った。

 

――助けて

 

と。

 

すると次の瞬間である。リリアーナやバイアスにとっては聞き慣れない、プロペラの回る爆音が突如部屋に響き渡った。リリアーナにキスをしようと顔を近づけていたバイアスは、思わず立ち上がって辺りを警戒する。

 

しかし、彼がプロペラの回る爆音を鳴らす正体を見ることはなかった。何故なら、爆音の正体は……既にバイアスの斜め後ろから急降下を開始していたからである。

 

なお、爆音の正体は九九式艦上爆撃機のミニチュアである。正確に言えばアーティファクトだ。これは音也が城のトラップを解除させるために飛ばしている物であり、ラジコン機並みの速度はでる他、ハジメの遊び心で爆弾の代わりになる物を搭載している。先ほどまではトラップを超精密な爆撃で破壊していたのだが、リリアーナの気配を感知した音也が部屋に向かわせたのである。ちなみにこの一機以外にも城内には九九艦爆がトラップを破壊して周っている。なお、代替爆弾の中身は爆薬と麻酔薬に細胞破壊薬がミックスされており、一度食らえば火傷を負い被弾箇所の細胞を壊死させながら眠りにつくことになる、処置が遅れれば死に至るぐらい強力な物だ。

 

九九艦爆は音に気がついて振り向いたバイアスに固定脚をぶつけて地面に倒し、一度宙返りすると真っ逆さまに降下。仰向けになったバイアスの股間に一寸の狂いもなく代替爆弾を投下した。代替爆弾は吸い込まれるようにバイアスの股間に命中し、不発することなく炸裂した。一瞬でバイアスは気絶し、大事な一物は細胞が壊死してボロボロと焼け落ちた。それを見届けた九九艦爆は一周だけリリアーナの周りを旋回すると、そのまま何処へと去ってしまった。

 

リリアーナは追いかけようとはせず、バイアスに最低限の応急処置を施してからため息をつき、破れてたドレスをギュッと握り寄せてポツリと呟くのだった。

 

「ありがとう……」

 

と。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

パーティーだというのでタキシードのような物を着込んだ俺は、ヴァイオリンを持って会場に入った。重そうな扉を開けると視線が一気に俺に集中する。俺はニヤッと笑いながら髪の毛をかき上げ、義眼を露わにしながらヴァイオリンを構えた。選曲は「母のヴァイオリン」。階段を降りながら弓を引く。寂しげなヴァイオリンの音色が心まで響き渡ったのか、既に涙ぐむご令嬢が見受けられる。もしかしたら母親が早死したのかもしれない。

 

余韻をたっぷり残しながら俺は最後の音を紡ぎ出す。完全に弓を引いて軽く一礼した。すると会場から割れんばかりの拍手を頂戴した。俺はもう一度、頭を下げるとパーティーを盛り上げるために呼ばれたであろう音楽隊の元まで歩いた。ガハルドから事情は聞いているらしく、俺の姿を確認すると全員が頭を下げてきた。そして渡された楽譜を見て、俺は驚くことになる。

 

「おいおい、これって俺がこれまで弾いた曲じゃないか」

「貴方が弾いた曲は作曲家によって楽譜にされているんですよ。我々音楽業界では稀代のヴァイオリニストと言われてますし」

「知らなかった。まあ……知らない曲を弾くよりこっちの方がやりやすい」

 

驚いたものの、舞台は自分のためにあるような状況に俺はいたずらっぽい笑みを浮かべる。どうやら音楽隊は最初から俺がこれまで弾いた曲をやるつもりだったらしく、特に打ち合わせはしなくても俺のヴァイオリンに合わせられるらしい。なんなら最初から主旋律は俺がやる前提で考えていたというのだから驚きである。俺が居なかったらどうしたんだろうか。

 

まあ、これ以上詮索するのは止めておこう。今もこうしてヴァイオリンを弾けるということは幸運でしかない。人外に堕ちたとしても、これだけは変わらない……。

 

「お、あれはハジメとシアか」

「亜人と、ですか。珍しいですね」

「確かに髪色は珍しいが……」

「いや、絶望に染まった目をしていない亜人、それも兎人族は初めて見ましたからね」

 

その言葉だけで俺は察した。帝国内で兎人族がどのように扱われているかを。帝城に来るまで、シアたちは見ていないが……俺はしっかりと発見していた。兎人族専門の娼館が存在している事を。看板娘として外に出ていた兎人族の目は死んでおり、心の音楽は聞こえてこなかった。そのぐらい絶望していたのだろう。

 

ちなみにその間、俺の耳には地下や外で暗躍しているハウリアの声が聞こえている。彼らは奴隷商の家を襲撃して暗殺したり、兵宿舎で出される食事に強力な睡眠薬を仕込んだり、至るところに爆弾や戦車を仕掛けている。その戦車というのは一つ一メートル程度の小さい戦車である。ティーガーIIやマウスと比べれば能力の低さは否めない。しかし速射性の優れる砲である事、小さいので持ち運びが容易な事、そもそも人が相手なら十分な威力という理由があるため、今回採用したのである。

 

準備は順調。そのことにほくそ笑みながら俺はヴァイオリンを構えると……にわかに会場がザワザワし始めた。扉付近を見ると、主役であるリリアーナ姫とバイアス殿下がいた。大仰に開けられた扉から現れたリリアーナのドレス姿に、会場の人々が困惑と驚きの混じった声を上げる。それは、リリアーナが全ての光を吸い込んでしまいそうな漆黒のドレスを着ていたからだ。本来なら、リリアーナの容姿や婚約パーティーという趣旨を考えれば、もっと明るい色のドレスが相応しい。その如何にも「義務としてここにいます」と言わんばかりの澄まし顔と合わせて、漆黒のドレスはリリアーナが張った防壁のように見えた。

 

バイアス殿下も苦虫を噛み潰したような顔だ。まあ、その理由に関しては知っている。九九艦爆による股間スマッシュによって困惑と怒りを感じているのだろう。ちなみにわざわざ股間を狙ったのは九九艦爆を操った日本人が正確無比な爆撃を行ったことに由来している。爆弾が比較的当たらないあの時代に90%近くの命中率を誇ったなんて逸話もある。

 

リリアーナはチラッと俺の事を見ると、ほんの少しだけ微笑んだ。全て分かっているらしい。俺も内心を察して軽く微笑んだ。

 

司会の男は困惑を残したままパーティーを進行させる。リリアーナとバイアスの様子を見て、今にも笑い出しそうなガハルドの挨拶が終わると、俺たちは音楽を奏で始めた。リリアーナたちの挨拶回りとダンスタイムだ。

 

選曲は「音也のテーマ」と「渡のテーマ」をミックスさせた物だ。全力でバックアップしてくれる音楽隊に感謝しつつ、俺は俺のやるべき事を成し遂げる。

 

魔法を込めなくとも、心に直接訴えかける音楽を奏でることは可能だ。音の強弱を大げさに表現し、体も大きめに動かして全力で音を奏でていく。ここまで本気で弾いたのは……久しぶりかもしれない。

 

音楽に合わせて踊っているリリアーナとバイアスの様子はさておき、俺は心から満足できる演奏を終え、久しぶりに満たされる気分になった。

 

会場から再び、割れんばかりの拍手が巻き起こる。恐らくそれは、二人の踊りにではなく音楽に対して。それを十全に理解した俺は、軽く頭を下げて雫たちの元へと向かった。

 

ちなみに雫たちは、パーティーの主役は私たちだ!と言わんばかりに着飾っている。特に雫は、純白のウェンディングドレスに身を包んでおり、本当の花嫁はこちらだと言っても難なく騙せるレベルに綺麗だ。

 

「お疲れ様」

「おう。それにしても……何回見ても綺麗だな」

「うふふ……ありがとう」

 

ドレスをキュッと摘まんでいる姿が愛らしい。俺は微笑みながら、折角だし踊らないか?と誘おうとした。その次の刹那である。

 

「紅音也様、一曲踊って頂けませんか?」

「へ?」

 

リリアーナが声をかけてきた。思わず声をもらしながら後ろを振り向く。どうやら挨拶回りは済んだらしく、バイアスは愛人らしき人と既に踊り始めている。

 

とはいえ、主役がパートナーと離れて良い物なのか。そう聞くと、

 

「今は、パーティーを楽しむ時間ですよ。もともと、何曲かは他の人と踊るものです。ほら、皇太子様も愛人の一人と踊っていらっしゃいますし」

「またあっけらかんと……」

「ふふ。それより、そろそろ手を取って頂きたいのですが……踊っては頂けないのですか?」

「うーむ……」

「音也。行ってあげなさい。リリィに恥をかかせたらダメよ?」

 

雫から背中を押された。ならば俺の答えは決まり切っている。

 

「分かった。喜んでお相手致します。姫?」

「……はぃ」

 

普段からは考えられないような恭しい態度でリリアーナの手を取る。そのまま会場の中心まで歩き、お互いに向き合った。

 

ゆったりした曲調の旋律が流れ始める。ゆらりゆらゆらと優雅に体を揺らしながら密着してくるリリアーナ。俺の肩口に顔を寄せながらリリアーナがそっと囁くように話しかけてきた。

 

「……先ほどは、ありがとうございました」

「やっぱり気がついてたんだな」

「非現実的な光景を見たら貴方を想像するのは当たり前ですよ?」

「やれやれ……」

 

俺=非現実的な現象を起こす人間の図式が出来上がっているのを知って苦笑いする。しかし否定は出来ないのであくまでも苦笑いするに留めた。

 

とはいえ、今回助けたとしてもその場凌ぎに過ぎない。今後は恐らく………いや、皆までは言うまい。良くも悪くも、バイアスは皇帝の息子なのだろう。

 

「それにしても引っ付きすぎじゃないか? 皇太子が茹でたこみたいな顔で見ているぞ?」

「いいじゃないですか。今夜が終われば私は皇太子妃です。今くらい、女の子で居させて下さい。それとも、近いうちに暴行されて、愛人達に苛められる哀れな姫の些細なわがままも聞いてくれないのですか?」

「……あのさあ。さっきから思うんだがな。甘えたいならもっと分かりやすくやれ」

「……へ?」

 

いい加減、愛想笑いするのも疲れてきたのでバッサリ切る。俺は続けた。「俺は察しが悪いから、何か言わないと色々やってしまうぞ?」と。

 

耳元で囁いたからか、ビクッと体を震わせるリリアーナ。その瞳は「なぜ?」という色と「嬉しい」という色が交互に表れている。俺はそれに、簡潔に答えた。

 

「七割は香織たちのために。残りの三割はお前自身のために」

 

と。まだ何か言いたげだったリリアーナだが、俺はその口を閉じさせると、後は黙って踊りに集中した。

 

そして、余韻をたっぷり残して曲が終わり、どこか名残惜しげに体を離したリリアーナは、繋いだ手を離さずに少しの間、ジッと俺を見つめて……「ありがとう」と呟いた。咲き誇る満開の花の如き可憐な微笑みと共に。

 

それは唯の十四歳の女の子の微笑み。余りに純粋で濁りのない笑みは、それを見た者全ての心を軽く撃ち抜いた。そこかしから熱の篭った溜息が漏れ聞こえる。

 

しかし俺は、先ほどまでは緩んでいた表情をすぐに引き締める。その理由は、ついさっき俺の耳に入った声にある。

 

――全隊へ通達。こちらHQ、全ての配置が完了した。カウントダウンを開始します。

 

俺はユエの傍に寄る。黙ってユエに頷くと、ユエもまた黙って頷いた。

 

――全隊へ。こちらアルファワン。これより我等は、数百年に及ぶ迫害に終止符を打ち、この世界の歴史に名を刻む。恐怖の代名詞となる名だ。この場所は運命の交差点。地獄へ落ちるか未来へ進むか、全てはこの一戦にかかっている。遠慮容赦は一切無用。さぁ、最弱の爪牙がどれほどのものか見せてやろう

――十、九、八……

 

カウントダウンが始まる。俺は念話を使って、ハウリアたちに激励の言葉を送った。

 

――お前ら、覚悟は出来てるんだな? お前らの興廃は此の一戦に有る。滅ぶのも栄えるのもお前ら次第だ。膳立てはしてやった。後は存分にやっちまえ!

 

「パーティーはまだまだ始まったばかりだ。今宵は、大いに食べ、大いに飲み、大いに踊って心ゆくまで楽しんでくれ。それが、息子と義理の娘の門出に対する何よりの祝福となる。さぁ、杯を掲げろ!」

 

何も知らないガハルドは、なみなみと注がれたワインの入ったグラスを高く掲げる。乾杯の音頭でも取るつもりなのだろう。

 

ガハルドは一呼吸置くと、腹の底まで響き渡るような覇気のある声を張り上げた。

 

「この婚姻により人間族の結束はより強固となった! 恐れるものなど何もない! 我等、人間族に栄光あれ!」

「「「「「「「栄光あれ!!」」」」」」」

 

時を同じくして……

 

――気合を入れろ! ゆくぞ!!!

 

――「「「「「「おうっ!!!」」」」」」

 

――四、三、二、一、ゼロ。ご武運を

 

その瞬間。全ての光が消え失せ、栄光に輝いた帝城が影を落とした。

 




次回、ハウリアVS帝国です。
九九艦爆の下りは……やってみたかっただけです。許してください()


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第五楽章 混沌・闇に踊る兎人

お待たせしました。更新です。評価の方は比較的厳しめですが、お気に入りは相対的に増えているのが本当に有り難いです…ありがとうございます。今後も頑張りますのでよろしくです。


辺り一面が闇に包まれる。俺はユエを背負って血を吸わせながら事の端末を見届ける。

 

「なんだ!? なにが起こった!?」

 

「いやぁ! なに、なんなのぉ!?」

 

一瞬で五感の一つを奪われた帝国貴族たちや将校が混乱と動揺に声を震わせながら怒声を上げる。贅沢の極みを尽くしてきたであろう、ブクブクと肥え太った豚共は……ハウリアからすれば絶好の獲物だ。そして獲物対象は肥え太った豚だけではない。混乱しながらも迎撃態勢を整えようとする狼たちも狩りの対象なのだ。

 

「狼狽えるな! 魔法で光をつくっがぁ!?」

「どうしたっギャァ!?」

「何が起こっていっあぐっ!?」

 

魔法の詠唱を始めた物はハウリアに手足の腱を切られて舌を切り取られる。大魔法を発動させようとした物は容赦なく首を飛ばされた。

 

俺はというとユエに吸血させて自身も魔皇力を高め始めている。理由は一つだ。

 

「クイーン、準備は?」

「……いつでも」

 

クロスボウの矢が飛び交う中、俺はバットファンガイアに変貌。バイアスの傍に茫然と立っていたリリアーナを抱えてハジメの元へ運び、ユエと共に天井付近で待機する。

 

「ちっ! こそこそと鬱陶しい!」

 

ガハルド自体を狙う矢。ガハルドの動く先に置かれるように発射される矢。敢えてガハルドの近くに居る側近を撃ち抜く矢。矢、矢、矢。

 

それでも、防戦一方ながらも対処出来ているガハルドは流石と言ったところだろう。この暗闇の中、頼りになるのは耳だけだ。風切り音だけで矢の位置を把握して迎撃出来る技能は素晴らしいと言えよう。

 

しかしその程度で動揺しないのがハウリアだ。徐々に集まり始めた家臣たちを見たのか、クロスボウから拳銃に切り換える物が現れ始めた。勿論その拳銃はハジメ作のアーティファクトである。暗殺用に徹底改良されており、色は吸い込まれるような黒。発砲音は殆どなく、アーティファクトであるが故にとても軽い。

 

ハジメが所持するドンナーと決定的に違うところは、空中リロードではなくマガジンでリロードすることだろうか。そしてレールガンではなく、実弾の、ごくありふれた拳銃というところだろう。

 

とはいえ腐ってもアーティファクトだ。地球産の拳銃は相手にならないレベルの性能は保持している。ただし拳銃を保持しているのはカムとパルだけだが。

 

ドパン! ドパンドパン!

 

「くっ……なんだこれはっ!」

「あ、危なぐあっ!?」

「リア!? てめえ……!」

 

服の裾に隠れているワイヤー射出装置を使用して縦横無尽に駆け回り、帝国兵や家臣を皆殺しにしていくカム。拳銃で頭を撃ち抜き、外せば接近してナイフで腱を切り裂いていく。動きは正に暗殺者だ。そしてカムを全力でバックアップするハウリアたちの連携は帝国兵や家臣の連携を遥かに上回る精度だ。勝ちは既に見えている。

 

大方の兵士と家臣が地に倒れ伏せた所でカムはガハルドに急接近する。咄嗟に儀礼用の刀を振るって一撃を回避するガハルドだが、ワイヤーを使った変幻自在な動きに混乱を極めている。しかもワイヤーを使わずに、兎人としての能力を十全に発揮した足技でガハルドを揺さぶっている。本当に成長したもんだ。

 

「ククク、心地いい殺気を放つじゃねぇか! なぁ、ハウリアぁ!」

 

随分と楽しそうなガハルド。やはり強い者と戦うのは種族関係なしに好きなのだろう。流石、実力第一の国を纏め上げる皇帝だ。そのガハルドの技量も尋常ではなく、目にも留まらぬ速度で振るわれるナイフの斬撃を少しずつながら対処し始めている。合間に挟まれる拳銃の攻撃も軌道を読んで回避をしている。本当に恐ろしい強さだ。

 

これが皇帝。これが軍事国家の頭。力こそ全てと豪語する戦闘者たちの王なのだ。その姿に思わず感服する。気配を完全に遮断しているため気がつかれることはないので、俺はボソリと呟いた。

 

「しかし、これで幕引きだ」

 

ギンギンギン! と金属同士の激突音が響き渡る。拳銃を投げ捨て、同胞に渡したカムが近接一辺倒の戦闘を開始した。リーチの短いナイフの欠点を自前のスピードで補っており、ついこの前までは弱小種族の組長と呼ばれたカムはガハルドと互角以上の戦いを繰り広げている。

 

神がかりとも言えるヒットアンドアウェイ。しかも威力は絶大。こんな戦い方を教えたのは露葉さん他ならない。僅か一日でここまで仕上げるとは……流石露葉さん。

 

一歩攻めてはまた攻め返され。そんなことを数十分も続けた……次の瞬間であった。カムが突如として振り下ろされたガハルドの剣に足をかけ、空気の層を破る勢いで真上に跳ね上がったのである。突然の出来事に対応が遅れたガハルド。対空攻撃のための魔法を唱えようとするも、待ってましたとばかりに放たれる銃撃とクロスボウの波状攻撃に詠唱出来ずにいる。

 

カムは一度天井を蹴飛ばすと独楽のように横回転し、恐ろしい勢いをつけながらガハルド目がけて急降下した。当然、真上からの襲撃と分かっているのなら迎撃をするのが普通だろう。ガハルドもセオリー通りに真上から迫り来るカムの攻撃を迎撃しようと上方向を斬りつけた。

 

しかし……

 

ガキン! カラカラ……

 

剣が根元からポッキリと折れてしまったのである。これはカムの持っているナイフの機能の一つが原因だ。ナイフには短時間ながら某輝彩滑刀のように刃の切り口をチェーンソーのように高速で回転させる機能があるのだ。カムは天井を蹴飛ばした瞬間にスイッチを入れて起動させ、急降下と回転の勢いもプラスして斬りつけたのである。

 

剣が折れるのは流石に予想外だったのか、一瞬動きが止まるガハルド。それを見たカムは一度ガハルドの腹を斬りつけてから身に纏っていた黒い上着と覆面をガハルド目がけて投げつけ、指をパチンと鳴らした。

 

「待ってましたぁ!」と言わんばかりに、四方八方からハウリアたちが飛びかかる。皆、手にはナイフを持ち凄惨な笑みを浮かべながらガハルドに急迫していく。暗闇にやけに映える瞳はギラギラと獰猛に輝き、一人一人から濃密な殺気が噴き出す。

 

各員が交差しながら斬撃を繰り出し、隠し持っていた魔法陣やアーティファクトを破壊または弾き飛ばす。投げつけられた上着や覆面によって一時的に動きを封じられたガハルドは抵抗もできずに死に体へと変わっていく。

 

最早抵抗の手段を失ったガハルドにハウリアを止めることは出来ない。手足の腱を切断され、声こそ上げないが激痛に顔を歪めたガハルド。

 

オマケとばかりに追加で腱を切ったカムがガハルドの背中側に立つ。そして最後に一言、ポツリと呟いた。

 

「ショーは終わりだ」

 

その言葉と共に、ガハルドは前のめりに倒れ込んだ。血を至る所から噴出し、放置しておけば大量出血&痛みのショックで死に至るだろう。

 

そうなっては困るので、カムたちはガハルドから噴き出す血を止血。対話が出来るような状態まで回復させる。そしてスポットライトのような光りを上から降り注がせる。

 

「さて、ガハルド・D・ヘルシャーよ。今生かされている理由は分かるな?」

「ふん、要求があるんだろ? 言ってみろ、聞いてやる」

「……減点だ。ガハルド。立場を弁えろ」

 

ガハルドに話しかけるカムだが、横柄な態度を取ったガハルドにほんの一瞬の間を開けて機械的な声を返した。

 

すると突如、ガハルドから少し離れた場所にスポットライトが当たる。そこには、ガハルドと同じく手足の腱を切られ、詠唱封じのために口元も裂かれた男の姿があった。その男にスポットライトの外から腕だけが伸びてきて髪を掴んで膝立ちにさせたかと思うと、次の瞬間には、男の首が嘘のようにあっさりと斬り飛ばされた。

 

「てめぇ!」

「減点」

 

思わず怒声を上げるガハルド。他の場所からも生き残り達が見ていたのだろう。悲鳴や息を呑む音が聞こえる。しかし、そんなガハルドの態度に返ってきたのは機械じみた淡々とした声。

 

そして、再び別の場所にスポットライトが辺り、同じように男の首が刈り取られた。

 

「ベスタぁ! このっ、調子にのっ――」

「減点」

 

側近だったのか、たったいま首を刈り取られた男の名前を叫び、悪態を吐くガハルドだったが、それに対する返しは、やはり淡々とした声音と刈り取られる男の首だった。

 

「くっ……」

「そうだ、立場を弁えろ。お前は今、地を舐めている。判断は素早く、言葉は慎重に選べ。今、この会場で生き残っている者たちの命はお前の言動一つにかかっている」

 

その言葉と同時に、いつの間にかスポットライトの外から伸びてきた手が素早くガハルドの首にネックレスをかけた。細めの鎖と先端に紅い宝石がついたものだ。

 

「それは〝誓約の首輪〟。ガハルド、貴様が口にした誓約を、命を持って遵守させるアーティファクトだ。一度発動すれば貴様だけでなく、貴様に連なる魂を持つ者は生涯身に着けていなければ死ぬ。誓いを違えても、当然、死ぬ」

 

連なる魂を持つ。つまり、ガハルドと直系の一族も身につけなければ全員死ぬということだ。そのことを理解したのか、ガハルドが苦虫をかみ潰したかのようの表情をする。

 

それを見たカムは、やはり機械的な声で続ける。

 

「誓約の内容は四つだ。一つ、現奴隷の解放、二つ、樹海への不可侵・不干渉の確約、三つ、亜人族の奴隷化・迫害の禁止、四つ、その法定化と法の遵守。わかったか? わかったのなら、〝ヘルシャーを代表してここに誓う〟と言え。それで発動する」

「呑まなければ?」

「今日を以て帝室は終わり、帝国が体制を整えるまで将校の首が飛び続け、その後においても泥沼の暗殺劇が延々と繰り返される。我等ハウリア族が全滅するまで、帝国の夜に安全の二文字はなくなる。帝国の将校たちは、帰宅したとき妻子の首に出迎えられることになるだろう」

 

容赦のない要求を突きつけるカム。言葉の選び方がどうも魔王モードのハジメや阿修羅モードの雫にそっくりだ。誰に似たのかは言うまでもない。

 

しかしここまで来てもガハルドは要求を呑もうとしない。まあ当たり前だ。仮に契約の内容を遵守すると、帝国には計り知れない経済不況が訪れるからだ。武者軍団のガルシャー帝国がここまで発展しているのは、国民の数を超える奴隷が存在したからだ。奴隷を休むことなく働かせれば当然、それ相応の経済加速が望める。が、逆に考えてみればすぐに分かるだろう。奴隷がきれいさっぱり解放されたら帝国はどうなるかを。

 

そして帝国その物だけではなく、国民個人への影響も凄まじい物になる。特に奴隷商や亜人専門の娼館など大損害を被るだろう。なんなら追い詰められて自殺だって有り得る。同情は一切しないが。むしろ苦しんでくれ。

 

「俺は絶対、誓約など口にしない。誓約をするぐらいなら死を持ってでも起爆剤となり、貴様らに戦争を仕掛けてやる」

「そうか。……減点だ、ガハルド」

 

再度、その言葉が発せられ、降り注いだスポットライトに照らし出されたのはバイアスだ。

 

「離せェ! 俺を誰だと思ってやがる! この薄汚い獣風情がァ! 皆殺しだァ! お前ら全員殺してやる! 一人一人、家族の目の前で拷問して殺し尽くしてやるぞ! 女は全員、ぶっ壊れるまで犯しまくってやらあ!」

 

その言葉を聞いたユエは、“変貌した右腕を”前にかざした。花のような飾りが付いた黒い手を喚き散らすバイアスに合わせ、ポツリと一言呟いた。

 

「貴方の、夜が来る」

 

魔力が集束した影響でユエの姿が露わになる。その姿は何時もの可憐な少女ではない。ピンク色の花びらを全身に纏ったような皮を被り、鬼のような角を二本生やしている。背中からは天使のような羽をはためかせ、そして何より目を惹くのは一つしかない眼球だ。どこか幻想的で、かつ狂気的な見た目は嫌でも目を釘付けにされる。

 

紅色の魔力、いや魔皇力がユエの右手に集束し、やはりポツリと機械的に呟かれる。

 

「〝蒼龍零嵐〟」

 

途端、ユエの右手から蒼白い炎を纏う龍がバイアス目がけて発射された。うねりながらではなく、ただ一直線にバイアスの股間を目指して前進した龍は、股間に到達すると時限爆弾のように小規模の爆発を起こした。バイアスの壊死した股間を完全に粉砕し、オマケと言わんばかりに大腸辺りまでの臓器を全て機能不全に陥らせる。

 

悲鳴を上げるバイアス。それを見たユエは俺にコクリと頷く。俺もまた、コクリと頷いた。

 

 

「〝神陽〟」

 

呟きの刹那、太陽のフレアの様な物が俺の周りを駆け巡り始めた。俺が片手を上にかざすと、そこにフレアモドキが集まり、魔皇力を注入。疑似太陽の完成だ。大きさは精々三十センチメートルほどだが、熱量や引力は本物である。見た目的には某宇宙の帝王が繰り出す超新星爆発に似ているだろうか。

 

ここまで言えば気がつくかもだが、この魔法は蒼天や蒼龍といった火属性最上級魔法に重力魔法を付与した物である。分類的にはオリジナル火属性魔法だ。実態は熱を極限まで凝縮した火の塊であり、頑張れば熱を感じる距離を調整することもできる。つまりどういうことかって? それは見ていれば分かる。

 

「や、やめろ! 俺は次期皇帝だぞ! こんなことをして許されるとでも思っていっ!?」

「よく回る口だ。だが貴様の命はここで終わる」

 

またも喚き散らそうとしたバイアスだが、ハウリアの手によって舌を切られてしまった。口からダラダラと血を流し、手足を押さえつけられながら真上まで移動した疑似太陽を焦りと恐怖の混じった瞳で見やるバイアス。必死に生き長らえようとハウリアの拘束を解こうとするも、素でステータス値6000超えの首狩兎人族に敵うわけがない。

 

疑似太陽はバイアスの行動を嘲笑うかのようにゆっくりと降下していく。逃げようにも逃げられないバイアスの髪の毛を焦がし、やがて皮膚をも完全に焦がして体内へと侵入していく疑似太陽。一切の抵抗を許すことなくバイアスの脳、口内、気管、心臓、内蔵を溶かした疑似太陽は、肛門辺りから出てきてその姿を消した。

 

物音一つ鳴らぬパーティー会場。皇太子が惨殺されたというのに悲鳴や怒りの声一つ上げられない兵士や貴族たち。ここは魑魅魍魎跋扈する地獄変。この地獄からは誰一人として逃れることは出来ぬ。一歩でも動いてみろ。すぐにその命を消し取ってやる……。

 




今回のカムの武装は某ジョーカーの物を意識しています。また、ユエの姿は現在パールシェルファンガイアの物となっています。ユエがファンガイア化する条件は大量に吸血するか感情を爆発させるかになっています。今後も使う設定…なはず()


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第六楽章 誓約・そして

お気に入り登録者数が600を超えました!その代わりに評価0と「さいていけい」という訳の分からん奴が来て萎えにに萎えたカビちゃです()
低評価するならどこが悪かったのか教えて頂きたいんですけどね……これまでは地の文が少ないと指摘を受けたので形式を変えたんですが、それがないとどうしようもないというか……。


アッサリと絶命したバイアスを見て侮蔑の視線を送るカム。

 

「あれが次期皇帝。お前の後釜か……見るに堪えん、聞くに堪えん、全く酷いものだ」

「……言ったはずだ。皆殺しにされても、誓約などしねぇ。怒り狂った帝国に押し潰されろ」

「息子が死んでもその態度か。まぁ、元より、貴様に子への愛情などないのだろうな。何せ、皇帝の座すら実力で決め、その為なら身内同士の殺し合いを推奨するくらいだ」

 

どこまでも実力主義だからか、息子が殺されても顔色一つ変えないガハルド。なんなら側近を殺されたときの方が悲しんでいるように見えた。

 

カムの言葉に鼻を鳴らすガハルド。

 

「わかってんなら無駄なことは止めるんだな」

「そう焦るな。どうしても誓約はしないか? これからも亜人を苦しめ続けるか? 我等ハウリア族を追い続けるか?」

「くどい」

「そうか……“デルタワン、こちらアルファワン、やれ”」

 

すると次の瞬間、腹の底に響くような大爆発の轟音が響き渡った。設置してあった戦車群がこれまた設置した爆弾を狙撃して爆発した音である。爆破た場所は奴隷の監視用兵舎だ。たったの一撃で数百単位の人が簡単に消し飛んだ。

 

奴隷の監視用兵舎を消し飛ばされたと聞いたガハルドは先ほどまでの余裕そうな表情から一気に焦りを露わにした表情へ変わった。

 

「……“デルタワン、こちらアルファワン、やれ”」

「おい! ハウリアっ」

 

静止は聞き入れられない。ガハルドの言葉も虚しく、二度目の轟音。帝城内ではない。帝都の何処かで大爆発が起きたのだ。

 

感情を押し殺した声音でガハルドが尋ねる。

 

「……どこを爆破した?」

「治療院だ」

「なっ、てめぇ!」

「安心しろ。爆破したのは軍の治療院だ。死んだのは兵士と軍医達だけ……もっとも、一般の治療院、宿、娼館、住宅街、先の魔人族襲撃で住宅を失った者達の仮設住宅区にも仕掛けはしてあるが、リクエストはあるか?」

「一般人に手を出してんじゃねぇぞ! 堕ちるところまで堕ちたかハウリア!」

「……貴様等は、亜人というだけで迫害してきただろうに。立場が変わればその言い様か。つくづく人間というのは自分勝手など生き物だな……“デルタ、やれ”」

「まてっ!」

 

二度あることは三度ある。今度は帝城の近くにある奴隷商の家が戦車隊の一斉砲撃によって消し炭となった。なお、一般人だろうが容赦なく爆破しようと提案したのはハジメである。やるからには容赦してはいけない。徹底的に破壊の限りを尽くせ!そう命令したハジメは少し後に“破壊神”という渾名が付けられた。

 

一般人であろうが戸惑いもなく爆破していくハウリアに恐怖したのか、黙りこくるガハルド。それを見たユエは、ファイナルアンサーを今すぐに聞かせろと言わんばかりに巨大な真珠の“天井”を作り、重力魔法でゆっくりと降下させていく。一つ一つの真珠にも重力魔法が仕込まれており、触れた瞬間に地面と濃厚なキスをすることになる。

 

返答をしなければこの場に居る者全員が圧殺だ。そのことを悟ったのか、ガハルドは苛立ちと悔しさを発散するように頭を数度地面に打ち付けると、吹っ切ったように顔を上げた。

 

「かぁーー、ちくしょうが! わーたよっ! 俺の負けだ! 要求を呑む! だから、これ以上、無差別に爆破すんのは止めろ! そして上にある殺意まみれの天井も止めてくれ!」

「それは重畳。では誓約の言葉を」

「分かっている。“ヘルシャーを代表してここに誓う! 全ての亜人奴隷を解放する! ハルツィナ樹海には一切干渉しない! 今、この時より亜人に対する奴隷化と迫害を禁止する! これを破った者には帝国が厳罰に処す! その旨を帝国の新たな法として制定する!”」

 

その言葉を聞いたユエは真珠の天井を消し去る。その間にカムはガハルドに釘を五本も六本も念のために刺した上で他のハウリアたちを撤収させた。それを見た俺も姿を元に戻し、部屋の隅で待機していたハジメたちの近くに降り立った。

 

ハジメの方をチラリと見れば、シアが喜びを露わにしてハジメの腕に抱きついている。今回ばかりは特に拳骨を落とそうとは思わないらしく、ハジメも久しく見る優しい瞳でシアのことを見つめていた。ちなみに香織さんは慈愛の女神のような目でその二人を見ている。

 

俺は微笑ましい様子のハジメたちを見ながらも宝物庫から発光する鉱石を取り出し天井に飛ばした。光石は、天井付近で浮遊すると一気に夜闇を払い、昼間と変わらない明るさをパーティー会場にもたらした。

 

会場は凄惨では言い表せないほどの状況であり、そこかしこに生首が転がっており、無傷なのは俺たちグルの人間だけだ。貴族の様子は特に酷く、腰を抜かして失禁している者が殆どである。気丈にも意識を保っていた貴族も明るくなった途端に現れたシアの姿に声にならない悲鳴を上げて気絶してしまった。どうやら兎人族の、特にハウリアの恐怖はしっかりと心に焼き付けられたようだ。

 

とりあえず邪魔になる生首や胴体は九九艦爆を飛ばして強酸爆弾で処理し、香織に頼んでこの場に居る生存者のことを癒してもらう。ノイントの姿に変わったことで詠唱や魔法陣もなく最上級回復魔法の“聖典”を繰り出す香織に流石のガハルドも開いた口が塞がらないのが傑作である。

 

回復した途端に動ける帝国兵は陣形を組んで俺たちに殺意を向けてくるも、九九艦爆を集合させて空中で爆弾をリロードし、編隊を組んで「いつでも爆撃出来るんだぞ?良いのか?」と暗にほのめかす。それでも殺意を消さない者には実際に急降下させてぶつかるギリギリまで接近させ、直前に急上昇させて「覚悟は良いな?」と伝えると全員が殺意を消した。

 

この場に敵対する人間が完全にいなくなったのを確認した俺は最後に嫌らしい笑みを浮かべながら声に出す。

 

「これで一件落着だな」

 

その直後に「お前が言うな! この疫病神!!」という視線を向けられたが。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

翌日になって新しい法律が発表された帝国内は大騒ぎとなった。それもそのはず、つい昨日までは当然の如く手足のように使っていた奴隷がいきなり取り上げられるのだ。暴動が起きない方がおかしい。後で金銭的援助が国から出されると聞いても納得のいく国民は一人も居なかった。

 

しかしその辺りは想定済みである。俺はガハルドにこう伝えろと指示を出しておいたのだ。

 

「これらの決定は全て、エヒト様による神託である!」

 

と。そして絶妙なタイミングでハジメのアーティファクトによって過剰演出された香織とハジメ本人が現れたことで一気に信憑性が高まったのか、つい先ほどまでの暴動待ったなしな雰囲気は消え失せ、ただ膝をついて祈りを捧げ始めた。マジチョロ民だと俺はほくそ笑んだものだ。

 

ちなみに俺は神々しい香織や圧倒的な威圧感を放つハジメを見てはいない。その後にあったらしい解放された亜人族たちの歓喜の声も聞いていない。ハジメが二式大艇を使って亜人を運搬していったのも直接見てはいない。

 

では何をしているのか。俺はリリアーナを連れて帝国内をデートしているのである。俺としてはデートのつもりはないのだが、リリアーナが断固としてデートと言い張ったのでデートなのだ。その際に悶着があったかのか?それが今回はなんとなかった。心の療養のためと言えばすぐだったのは内緒である。

 

血気盛んな帝国をデートして何が楽しいのかと聞かれそうになるが、その辺りは案外なんとかなっている。というのもリリアーナがこれまで殆ど自由気ままに外出出来たことがないので、適当な場所へ連れて行っても目をキラキラさせているのだ。

 

「これ美味しいです! 庶民の味ってどんな物か気になってたんですけど……見た目が全てではないんですね」

「ああ、うん。あまりそういう事言わない方が嫌われないぞ」

 

なんとなく目に入ったレストランに入って立ち食いしているとリリアーナが目を輝かせながら感想を言う。ちなみに今食べていたのは日本でいうハンバーガーのような物だ。俺も頼んで食べていたのだが、随分と懐かしい味がした。

 

それにしても帝国の人間はかなりフランクに接してくる。姫さんだと知っているにも関わらず、長年過ごした友人と接するかのような態度。俺は嫌いではない。

 

「あんたも相当強いのね」

「分かるのか?」

「そりゃもう。佇まいから違うし」

「佇まいねえ……意識してねえよ」

 

目つきの鋭い姐さん女房みたいな人に話しかけられながらもハンバーガーモドキを完食する。いつの間にか俺の周りには男女構わず人の群れが出来ている。何人かは偵察用兼護身用の九九艦爆が気になるらしく、恐る恐るツンツンしている。

 

リリアーナもリリアーナで「突然婚約者を殺された悲劇の女」としてかなりの注目を集めている。主に女性から声をかけられているらしい。リリアーナ自身がフランクな性格をしているのでかなり気さくに話している。外面も良いので困ってはなさそうだ。

 

「なあなあ。さっきからお前の周りを飛んでいる鳥はなんなんだ?」

「随分と身軽みたいだが……なんか便利そうだな。荷物の持ち運びとかに」

「こいつか? こいつは護身用の道具だよ。懸架しているのは爆発物さ」

 

アクロバット飛行させながら答える。爆発物を懸架していてもアーティファクトである以上は飛行に支障が起こることはゼロである。なお、爆弾を投下しても後部機銃で攻撃が可能な上に旋回半径が尋常ではないレベルで小さいので撃墜もあり得ないと思いたい。

 

現在進行形でアクロバット飛行をしてギャラリーを湧かせている九九艦爆を尻目にリリアーナの話を盗み聞く。なにやら亜人族の奴隷が居なくなって家業が大変だという愚痴を聞いているらしい。若干リリアーナの瞳が複雑気に輝いているのは気のせいではないだろう。しかし彼女はその気持ちが分からなくもないことが余計に複雑な気持ちに加速をかけているのだろう。

 

「それでよぉ。経営が中々大変でさあ」

「そ、それは……大変な苦労をなさっているんですね」

「俺たちからすれば存在して当たり前の道具みたいなもんだったしなあ……やっぱりショックは大きいわ」

「ある意味良い機会かもしれませんよ? 自立出来れば女の人だって……」

「え、それは本当かい?!」

 

マジチョロ民。そんなことを考えながら適当にギャラリーを湧かせていると、いつの間にか昼過ぎになっていた。流石に長居しすぎたので俺たちはお金を払って店を後にし、ぶらぶらと散歩を再会する。

 

リリアーナの姿に下品な顔を浮かべてやってくる帝国民を爆撃しながら俺たちは樹海へと向かう。気がつけば人の姿はかなり少なくなり、辺りには点々と草木が見える。

 

整備されていない道なので途中からイクサリオンを取り出し、後ろにリリアーナを乗せて樹海に向かって走り出したとき、リリアーナが俺の耳元でポツリと呟いてきた。

 

「あの、色々とありがとうございました」

「急にかしこまってどうした?」

「成り行きとはいえ皇太子殿下から助けていただいて、更には我が儘まで聞き入れてくれて……本当にありがとうございます」

「なんだそんなこと。別に気にするな」

 

風力調整しているからか、やけに耳に残るリリアーナの声。妙に熱っぽいのは気のせいだと全力で否定する。

 

そんな俺を知らないのか、リリアーナは尚も続ける。

 

「帝城での貴方の暗躍、本当に格好良かったですよ。私が目にしたのはほんの一部でしょうけど」

「だからどうしたんだよ。お前さんはそんな奴ではなかったと思うんだが」

「あら、私だって女の子ですよ? 生まれが王室だっただけです。内面は雫にも劣らぬ乙女だと自覚してますからね」

「それ自分で言う? まあ良いが……」

 

流し込む魔力の量を上げながらもリリアーナの言葉に答えていく。ついでにイクサナックルとベルトを取り出した。片手にイクサナックル、腰にはベルトを巻いているのは俺の気配感知に何かが引っかかったからである。

 

「あの、音也さん。私……貴方のことがす――」

「わりぃ。後にしてくれ……変身」

フィ・ス・ト・オ・ン

「あ……」

 

イクサリオンを自動操縦に切り換えて跳び上がる。どうやらフリードが生み出した魔物の残党らしい。始末しなければ後々面倒くさくなるだろう。故に俺はイクサキャノンとゲルリッヒ砲を取り出して異種混合ガン=カタを開始した。

 

全ては敵を排除するため。そして大切な存在を守るため。俺はスーツの中から凄惨な笑みを浮かべ、魔物たちへ突撃するのだった。

 




次の更新は仮面ライダーエターナルの方を更新してからになります。少し間隔が空きますが楽しみにしてくれると幸いです。
ちなみにですが、仮面ライダーエターナルの方とこの作品。かなり近い世界での出来事だと思っていただけると嬉しいです。


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第七楽章 分散

最近5000文字程度の話が続いたので今回は3000文字程度です。私の状態次第では艦これエターナルの方とこっちの両方がその日のうちに更新されることもあります。逆にどちらも更新出来ない日が続くこともあります……本当に不定期更新ですが、毎日お気に入り登録をしてくれる人が増えていることに元気付けられています。お気に入り登録をしてくれた皆様、本当にありがとうございます!


「……マジで?」

“先に姫さんを送ってくれ。大迷宮に入るための証はハウリアに渡しておく。俺たちは一足先に行ってるぞ”

 

ハジメから告げられた提案に間抜けな声を出す。樹海に向かっていたところを突然提案……というかほぼ決定事項を告げられたのだ。困惑するなという方が無理である。

 

しかしハジメは更に続けた。

 

“別に音也なら何とかなるだろ? むしろ俺らが居ない方が早く攻略出来そうだしな。一応キバットは一足先に王都に向かってる”

 

最後に「信用してるから頼んでるんだ。任せたぞ」と締め括って念話が途切れた。俺は盛大にため息をつきながらも方向転換し、リリアーナに先に王都に寄って送ると伝える。

 

「雫は大丈夫なんですかね?」と言ったリリアーナに多分、きっと大丈夫とだけ伝えて王都へイクサリオンを走らせた。

 

途中で現れる魔物を軽く轢き殺しながら爆走すること数時間。日本時間でいう六時頃になってようやく王都へ到着した。

 

「ただいま戻りましたわ」

「ひ、姫! ご無事だったのですか!」

「五体満足ですよ。それよりお母様は居ますか? 色々話すことがありまして……」

「ルルアリア様でしたら今はお部屋にいらっしゃるかと。ところで其方の男性は……紅音也さんですかね?」

「ええ。彼も通していただけます?」

 

本来来るはずのなかった俺の姿を見て訝しがっている門番を軽く説得したリリアーナは、俺のことを手招きして王城に入れてくれた。

 

そのまま少し歩くと、見慣れた陰を発見。

 

「来たな」

「コウモリモドキか。かなり早いな」

「なに、言われてからすぐに飛び出したのでな。到着したのは三十分前ぐらいだ」

 

短いながらも心が通じ合っていると分かる会話をしながら俺は歩く。王城にはクラスメイトたちも滞在しており、通路に入る毎に数人のクラスメイトとすれ違う。当然と言うべきか、クラスメイトは驚いた顔で俺のことを見てくる。その瞳は「なんでここに?」や「迷宮攻略するんじゃないのか?」という気持ちが見え見えである。仕方ねえだろ。俺も好きでやってるわけじゃないんだ。

 

幾つもの通路を通り抜けて一際大きな扉を開け放ったリリアーナ。その先には……書類の山に埋もれてグッタリしているルルアリア王妃の姿が見えた。目からは生気が失われ、頬はゲッソリと痩せこけている。控えめに言って痛々しい姿だ。

 

見かねたリリアーナがルルアリア王妃の元へ声を張り上げながら駆け寄る。

 

「お母様!」

「り、リリィ? 貴女なの? 無事だったの?!」

「はい、ただいま帰りましたよ!」

「ああ……夢じゃないのね。帝城が襲撃されたと聞いてから気が気でなくてね……本当に良かったわ」

 

駆けよったリリアーナの姿を見てガバッと起き上がり、椅子から立ち上がってリリアーナのことを抱き締めるルルアリア王妃。形がどうであれ娘の嫁入りという門出の日に、その会場が襲撃されたと聞けばそれは心配するだろう。

 

しかも襲撃者は差別していたはずの兎人族だ。奴隷に堕としたことへの復讐と考えるのが普通だろうし、何よりリリアーナは強力な交渉材料にだってなり得る。ちょっと悪いことしたかもと反省したくなった。

 

「あら? 貴方は……紅音也さん?」

「どうも、お久しぶりで」

「まさか貴方がリリィを……助けてくれたのですか?」

「まあ……そうだな」

 

成り行きとはいえ嘘ではないので肯定する。リリアーナも特に否定していないので大丈夫だろう。

 

ルルアリア王妃は俺が肯定したこと、そしてリリアーナが否定をしないのを見て深々と頭を下げてきた。以前の神の使徒襲撃時に国王は死亡しており、実質的なトップはルルアリア王妃である。そんな人が簡単に頭を下げてきたのだ。その事を理解している俺は慌てて頭を上げるように促す。

 

「お、おいおい。そんな簡単に頭を下げなくても……」

「いえ、国を代表して言わせてください。本当にありがとうございました」

「成り行きだ成り行き。だからな……」

「これは一人の母親としてのお礼でもあるんです。大切な娘のことを助けてくれて……頭を下げない親がいます?」

「う……しかしなあ」

 

納得はするも引き下がることは出来ないので抵抗を続けてみる。無意味だって?分かってるわそんなこと。

 

が、かなり子供らしい押し問答はバタンッ!と鳴り響いた扉の音によって終末を迎えることになった。

 

「リリィ! 無事だったのか!!」

「ちょちょちょ、光輝くん!? 流石にノックしないのはマズいでしょ!」

「鈴、諦めなよ。この人は変わらないし。あ、どうしたんだい紅。愛しの雫と離れてさ」

 

部屋に入ってきたのは光輝、鈴、恵里である。結構無礼なことをした光輝を諫める鈴。そして諦めるように諭す恵里。三人も俺の顔を見ると恵里を除いて驚愕が明らかに分かる表情へと変わった。

 

続いて光輝の表情が一気に険しくなる。恐らくルルアリア王妃から離れて俺の腕に引っ付いているリリアーナについて何か言いたいのだろう。ズンズンと足音を鳴らしながら近寄ってくる。

 

思わずリリアーナと顔を見合わせて、殆ど同時のタイミングで「面倒くせえな」という表情を作り、続いて苦笑い。その様子を見た光輝の表情はさらに険しくなった。

 

「おい紅。まさか、リリィにまで手を出したのか?」

「んなアホな。襲撃から逃れて精神が少し不安定だから俺が精神安定剤代わりになってるだけだ」

「そういえばシズシズやカオリンは? 確か樹海に向かったんじゃ……」

「あまり聞かない方が良いよ。どうせ理不尽な事を起こしてきたんだろうし」

「言ってくれるな。間違ってないが」

 

光輝の追求をサラリと躱して恵里にジト目を送る。随分と辛辣な物言いになったもんだ。それだけ素が出てるんだろうけど。故に言い咎めることはない。良い方向性に進んでいると言えよう。

 

その後、俺はすぐに王城を去ろうとしたのだが……ルルアリア王妃にしばらく羽を休めて行けと提案された。流石に休憩するつもりはなかったのですぐに断ろうと思ったが、光輝の視線が色々と面倒くさかったので数日間は王城に滞在することを決めた。別に俺が居なくてもあいつらなら大迷宮は大丈夫だろう。

 

随分と久しく感じる天蓋付きのベッドがある部屋に通された俺は、寝心地が抜群だと思われるベッドに身を放り出した。

 

「良かったのか?」

「たまには良いだろ。言われてみればここまでノンストップだ。ほんの少し羽を伸ばしても罰は当たらないさ。それに……」

「それに?」

 

俺は腰に巻きっぱなしのベルトと宝物庫から取り出したイクサナックルを手にする。そしてポツリと呟いた。

 

「母さんが何者なのか、そしてお前が仕えていた吸血鬼族について色々と調べる時間に割くのも悪くないと思ってな」

「お前の母親? それまた、どうしてだ?」

「いや、最近気がついたんだよ。イクサを開発したのは母さんだが、俺たちが元いた世界で開発するのはどこか無理があると思ってな」

 

多少の改良は確かにしている。しかし根本的な部分は殆ど変わらないにも関わらず、異世界で魔法が使えるのに戦力外になることもなく常に第一線で戦えるプロトイクサ。出番こそ少ないが確実にグレードアップしており、プロトイクサよりも強力なライジングイクサ。

 

これまでは「母さんすげえ」ぐらいにしか思ってなかった。しかし、神の使徒と戦った時に疑問に思ったのだ。あの時はライジングイクサだったのだが、凶悪な分解能力を操るノイントの攻撃を受けてもどういう訳か分解されることがなかったのである。ハジメのように錬成をして修復された訳でもない。全くの無傷なのだ。

 

俺が住んでいた世界の技術の発展は確かに目覚ましいのだが、この世界のように魔法が使えるわけではない。それなのに使徒の分解攻撃を軒並み無効化し、挙句の果には圧倒するライジングイクサと使い方によってはライジングよりも強いプロトイクサを制作した母さんは何者なのか。これを兎に角知りたいのである。

 

「いつか真実を知る日が来たのかもしれないが……幸いにもそれを早く知れるかもなんだ。損はないと思うぜ」

「お前がそう言うなら……そうなのかもしれないな。俺も気になっていたところだ。異世界でも通用するアーティファクトを作れる人物のことがな」

 

思いは同じだ。俺たちは互いに頷きあうと、それぞれ行動を開始するのだった。

 




原作沿いだと気に入らないという意見が出たこと、そして元からの予定でもあるのでここからオリジナル要素がかなり増えます。ご了承ください。

(低評価する人って何でこの小説見てるの?)

(気にしたら負け案件)


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第八楽章 予測

ひっさしぶりに高評価貰えてモチベが少し戻りましたカビちゃんです。エターナルとこちら、同時進行して気がついたのですが、「ありふれ」や「東方」とのクロスオーバーって多くの人が見てくれますね()


翌日から俺たちは早速調査を開始した。朝早くから図書館に入り浸って本を読み漁り、何か一つでも、僅かでも良いからと情報を探す。

 

とりあえず神代の頃の魔法使いを調べてみる。神代なら生成魔法やあらゆる物体を一段階グレードアップさせる昇華魔法が使える魔法使いがそれなりに居る。俺はキバットに手伝って貰いながらも片っ端から眺めていった。

 

「うーん……候補は何人か見つけたが、確定的なのは一つもないな」

「むしろ吸血鬼族の生い立ちを再認識することになったのだが」

「吸血鬼王国の興廃な。随分と長く栄えたようじゃないか」

 

江戸幕府以上の期間、内戦もなく吸血鬼王国は栄えていたらしい。その間支配していたのはユエの家系だが、独裁に近い政治にも関わらず国民の願いを可能な限り叶えていた御蔭か圧倒的な支持を集めていたらしい。

 

古今到来、国が滅びるときは大抵最下層辺りにいる農民が政策に対して起こす反乱による物だと考えると、400年も栄えた吸血鬼王国は凄まじいといえよう。

 

ただし他国から宣戦布告されることは多かったらしく、自国防衛のために最初はサガの鎧を制作。後に闇のキバの鎧を制作したらしい。さらに亜人族へも“イクサ”をプレゼントして良好な関係を築き、いざ戦争となれば手を取り合って勝利を重ねてきたようだ。最後はエヒトによって滅ぼされてしまったが……。

 

「あれ、紅とコウモリちゃんじゃないか。何をしてるんだい?」

「中村か。いや、ちょっと調べ物をな」

 

異世界へ来ても本好きなのは変わらないのか、恵里が図書館に入ってきた。しかし今回は本を読むために来たわけではないらしい。

 

「お前こそ何しに来たんだ? 本を読みに来たのか?」

「いや、紅を探してたんだよ」

「俺を?」

「ちょっとヴァイオリンを教えて貰いたくてね」

 

アッサリと否定されて訝しがる俺に恵里は特に表情を変えることもなく言う。何故ヴァイオリンを?と疑問に思い、尋ねようとしたのだが……どうやらそれは見透かしていたらしい。

 

話を聞くに、恵里はヴァイオリンを小さい頃秘密裏に習っていたことがあるらしい。ヴァイオリン自体は大好きであり、教えてくれる先生との仲も良好。恵里の母親が虐待を始めた時も引き取ろうかと再三にわたって恵里に言ったこともあるらしい。その先生はかなりのお婆さん先生だったらしく、残念なことに恵里が小学三年生の時に急性心不全で死んでしまったらしいが。

 

その時に合わせて恵里もヴァイオリンを弾くことを止めてしまったらしい。

 

「あの人は私のことを確かに嫌っていた。でもヴァイオリンを弾いてる時は優しい母親だったんだ。その思い出を忘れたくない」

「そうか……まあずっと調べてる訳にもいかないし、別に構わないぞ」

 

調べ物を始めてから既に数時間が経過している。息抜きも兼ねて恵里にヴァイオリンを教えるのも充分有りだと判断した俺は、一度本を片付けて図書館を出た。

 

どうやら練習は何時ぞやの訓練場でやるらしい。人目は気にならないのかと聞けば、「光輝に見せつけてやりたい」と即答した。随分と変わったもんだ。

 

「とりあえず弾いてみてくれ……ってヴァイオリンがないか。これを使え」

「これは……またアーティファクト?」

「自前でこしらえた。ヴァイオリン制作の技能を俺は持ってるからな。一人二重奏用として作ったんだ。特に俺の手持ちのヴァイオリンに劣る性能、ということはないから安心しな」

 

軽く音出しをしながら恵里に答える。ヴァイオリンの演奏をしながら魔法を発動させられるのであれば俺と同じように強力な魔法を扱うことも可能だったりする。

 

恵里もヴァイオリンを受け取って軽く音出しを始めた。音出しだけである程度技術がどんな物か分かるので耳を傾けてみるが、ブランクがあるにも関わらず中々な腕前だ。ほんの少し手を加えればそこらのコンクールでは最優秀賞を獲得出来そうである。

 

そんなことを考えながらエチュードを弾き、さらにはピアノソナタをヴァイオリン譜に直して弾きまくる。曲自体は知っているであろう恵里の顔は引き攣りまくる。

 

「流石、毎日弾いてるだけあるよ。稀代の天才とか言われてたけど、本当は努力の天才なんじゃないかい?」

「自分を天才と思える訳ないだろ。まだまだ納得のいかない箇所だらけだ」

「嫌味にすら聞こえるよ」

「そう言うな。お前だってブランクあるのに中々やるじゃねえの。ただ少し音の強弱が少ないな」

 

その後俺は、光輝から飛んでくる刃物のような視線をスルーしながらも恵里に手取り足取りヴァイオリンの技術を教えていくのだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

二日後。俺は相変わらず調べ物をしつつ、休憩がてら恵里にヴァイオリンの技術を教えていた。かなりの速度で本を読んでいたので関連性のありそうな物は一冊を残して読み切ってしまっている。

 

しかし最後の一冊を中程まで呼んだところで、図書館にも関わらず俺は「あっ!」と声を上げた。

 

最後に手に取った本は「アーティファクト一覧表」というものだ。神代の人間が制作したアーティファクトがズラリと写真と共に載っており、アーティファクトの説明と制作者の説明が記載されている物だ。

 

そこにはステータスプレートや宝物庫、人工太陽などが載っていた。興味深げに読み進めていった俺だが……中程に書いてあったアーティファクトを見つけて思わず声を出したのである。

 

そこには、“世界に一つしか現存しない伝説のアーティファクト”と書かれており、続いてこんなことが記されていた。

 

“人類の守護者、イクサ。”

 

アーティファクトの説明を見てみると、こいつは吸血鬼族のキングが亜人族にプレゼントしたイクサよりも前に生まれた物であり、一人の女性が制作して装着。数年の間、人類の守護者として扱われていたらしい。

 

そしてその制作者の名前は……。

 

「紅……文音、か」

「む、俺もその名は聞いたことがあるぞ。亜人の英雄オトヤと並んで讃えられている人間だ。そいつも亜人族だからと差別することがなく、守りたい者のためなら同族も躊躇なく殺す性格だったらしいが……」

「……なるほど。俺の今の性格は豹変したから生まれたわけじゃないってことか」

 

紅文音は俺の母さんその人だ。何故、母さんの名前がここに記されているのかは分からないが、仮に母さんが行ったあれこれの口伝が正しかったとしたら。俺の今の性格が新しく作られた物ではないと思える。この性格はきっと、遺伝した物なのだろう。

 

俺は一つの予測を立てる。母さんは一度この世界に来ていて、理由は不明だが神代に飛ばされた。その際に神代魔法を習得してイクサの原型を制作し、それを使ってエヒトと対局。善戦するもイクサの活動限界によって倒れた母さんはエヒトの気紛れで記憶の殆どを消されながらも元の世界へ送り返された。

 

この予測が正しければ、母さんの異常な技術力にも納得がいく。これで確定したわけではないが、俺は一つの安心というものを得ることが出来たので良しとした。

 

しかし予測だけを抱えるのは心がモヤモヤして気持ち悪い。知り合いに神代のことを詳しく知る人物は……。

 

「……いた。いるじゃないか」

 

すぐに一人の女性の顔が思い浮かんだ。ウザいことこの上なく掴み所がないが、その決意は俺たちよりも強いあいつ。ゴーレムに魂を移していたが今では人間に戻った彼女。

 

そう、ミレディ・ライセンだ。あいつなら何か知っているかもしれない。そうとなれば行く先は決まりだ。

 

 

そして翌日。俺はルルアリア王妃とリリアーナに泊めてくれたお礼を言ってから城を出発しようとした。そう、「しようとした」だ。

 

「……なんでお前らがいるの?」

「大迷宮攻略に戻るんでしょ? 僕たちも神代魔法が一つぐらい欲しいんだ」

「いや、別に中村や谷口が付いてくるのは何も言わない。だけどな……なんで勇者(笑)までいるんだよ」

 

俺の気苦労はまだまだ続きそうである。胃腸に穴が開かないか心配だが……どうにかなるだろう。多分、きっと。

 




次回は樹海の前にミレディに会いに行きます。その後に音也、恵里、鈴、光輝、龍太郎で樹海の大迷宮を攻略しに行きますのでお楽しみに!


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第九楽章 真実

しばらくはチョコチョコと小刻みに進みます。エターナルも並行して進めてますのでペースは落ちますが、少しずつでも前に進めるように努力しますので今後もよろしくお願いします。


懐かしい。

 

魔力が分解されてしまうライセン大渓谷へ四輪で突入した俺は、外の景色を見てそんなことを思った。時折現れる魔物ですらも懐かしくて微笑んでしまう。その顔を見て同じくニコニコしている恵里の頭をグリグリしつつ、俺はライセン大迷宮目指して疾駆する。

 

「これって南雲が制作したアーティファクトなのかい?」

「だな。便利な道具は全部ハジメが作った。“無能”と呼ばれていたハジメはもう居ないさ……あの頃から無能ではなかったけど」

 

何故か光輝が「うっ」と呻き声を出す。心当たりがあるらしい。が、わざわざ根深く追求するのは面倒くさくなりそうなので俺は口をつぐんでライセン大迷宮を探した。

 

場所は何となく覚えている。周辺に何があったのかを覚えておけば位置を把握することぐらい簡単である。

 

“遠見”と“瞬光”を同時使用して辺りを見渡すこと数十分。目の隅に映った物を俺は見逃さず、そちらに向かって四輪を走らせる。遠目にあのウザったい〝おいでませ! ミレディ・ライセンのドキワク大迷宮へ♪〟という石板を見逃しはしない。

 

「お前ら、付いて来いよ。コウモリモドキ!」

ガブリッ!!

「……変身!」

 

闇のキバの鎧を装着。さらにそこから俺は空間魔法を発動させる。魔皇力ならライセン大渓谷の特徴である“魔力の分解”の影響を比較的受けにくいのだ。もちろん、多少は分解されてしまうが、魔力で魔法を発動させるよりは遥かに効率が良い。

 

最近の鍛錬によってほぼノータイムで発動出来るようになった空間魔法の〝界穿〟を使って俺は一気にミレディの住んでいる解放者の住処へと転移した。後から光輝たちがワープゲートに入ってのを見て俺は変身を解除し、住処のドアをガチャリと開ける。

 

「まったく、いったい誰なんだよぉ。ゴーレム倒した感じではなさそうなのに……って君は!?」

「よお、久しぶりだな」

「ちょちょちょ! 流石に想定外すぎるって! まさか魔法が使えないのに外から転移してくるとは思わなかったよ……」

 

金髪蒼眼の少女が俺の姿を見て悲鳴を上げる。今でこそ黙っていれば美少女な目の前の人物は、ミレディ・ライセンその人である。

 

ミレディは暫くの間、俺のことを何度も見直しては悲鳴を上げるを繰り返していたが、やがて落ち着いたらしい。光輝たちを見て首をかしげている。

 

「で、何しに来たのさ? というか他の美少女ちゃんたちや白髪眼帯くんは?」

「訳あって今は別行動中だ。全員ピンピンしているよ。元気が有り余っているぐらいだな」

「それはそれは。君も大変だねえ」

「そりゃどうも。で、今回は聞きたいことがあって来たんだけどな」

 

俺は、母さんの名前を出して知っているか?と尋ねる。ミレディは母さんの名前が出ると目を見開いて「え、知ってるの?!」と声を上げた。どうやらご存じらしい。

 

「何か知ってることはない?」と続けて聞いてみると、ミレディから予想の斜め上をいく回答が返ってきた。

 

「知ってるも何も、フミネは私の大親友で解放者の1人だよ。私たちが大迷宮に逃げ込んだ後に行方不明になっちゃったけど……」

「え、は? 解放者? それ、マジで言ってる? 母さんが解放者って?」

「え、母さん?」

 

お互い混乱しまくる。俺は母さんが解放者だったという事実に、ミレディは母さんが俺のことを産んだという事実に。

 

しかし何時までも混乱するわけにもいかないので、俺はミレディに質問をする。

 

「……なあ、母さんは神代魔法を使えたのか?」

「うん、そうだねえ……使えるどころか、私たちの中では1番の強さだったよ。この世界の人間ではなかったけど、本当に努力家だった」

「はあ?」

 

ミレディが言うには、母さんは自力で神代魔法を扱えるようになるまで努力した他、現在はミレディが隠し持っている“概念魔法を付与したアーティファクト”を多数生み出しているという。

 

そしてそのアーティファクトのうちの一つは母さんが持ち出したらしい。その名は……

 

「イクサだよ」

「……もう一度言ってくれ。俺の聞き間違いじゃないだろうな。確かにイクサと言ったんだよな?」

「イクサだよ、イクサ。フミネはそいつを装着して、私たち解放者が追いやられて慢心していた神共へ立ち向かったんだ」

 

元からそういう作戦だったんだけどね。人間に裏切られるのは目に見えてたから、とミレディは目を伏せながら言葉を紡ぎ終えた。

 

しかし母さんの消息は神へ立ち向かった以降は一切分からないらしく、ミレディは既に死んでしまったと思っているそうだ。

 

「もしかしたら神を一時的に封じ込めて元の世界に帰れたのかもしれないって考えたりもしたよ。でも、あのクソ野郎たちの力量は悔しいけど本物。滅多なことは想像出来なかった。でも……こうして今日、君が来た」

「母さんは……紅文音は、確かに生きてるよ。なんならこいつを聴けばいい」

 

イクサライザーを取り出し、自宅の電話番号を入力して着信をかける。すると、電子音ながらも母さんの声が流れ始めた。ミレディは目を見開き、続いて涙をポロポロと流し始める。

 

慌てて慰めようとしたが止められた。ミレディはただ首を横に振り、ゆっくりと言葉を口にする。

 

「ありがとう」

 

と。

 

「何千年、何万年もの間も行方が分からなかった親友の声が聴けて、本当に嬉しいよ」

「別に……お礼なら母さんに直接言ってやれよ。いつか必ず、お前も俺の世界へ連れて行くから」

「もう……ツンツンしているように見えて優しいところまでそっくりだよ」

 

涙を流しながらも微笑むミレディ。まさか泣かせてしまうとは……最低だ、俺。どんなにウザったい人でも女を泣かせてしまうなんて。

 

しかし、聞きたい事はちゃんと聞き出せた。母さんが何者なのかはハッキリしたし、イクサたちが微調整だけでこの世界で戦っていける理由も判明した。短い時間ではあったが、得る物はあった。俺は満足である。

 

そう、俺は満足した。しかしこういった所で余計に口を出してくるのが勇者(笑)クオリティ。

 

「おい紅。彼女が解放者とやらなら……彼女に勝てば神代魔法が手に入るのか?」

「ああ? いきなり何を言い出すのかと思えば……なにアホなこと言ってやがる。大迷宮にはそれぞれコンセプトがあって、そいつをクリアして認められないと手に入らねえよ」

 

元より神代魔法をお前らが習得するためにここへ来たわけじゃない。聞きたい事を聞けたから今すぐにでも出発したい。そう伝える。そもそも勇者程度の力ではこの迷宮をクリアすることは不可能だろう。

 

その事も包み隠さず伝えれば当然の如くというか、光輝が怒りを露わにする。しかしそこへ待ったをかける意外な人物が現れた。

 

「うーん、なら特別に今から出す試練をクリアしたら君たちにも神代魔法を授けようか?」

「おいミレディ。いくら何でもそれは……」

 

そう、ミレディさんである。意外にも彼女は、これから出す試練をクリアすれば無条件で神代魔法を授けようと言うのである。

 

いくら何でも甘やかしすぎだと思った俺は、すぐに詰め寄った……が、ミレディに小声で作戦を告げられて納得した。

 

「んじゃ、サッサと始めようか。試練って言うのはねえ……」

 

わざとらしい態度で間を開けるミレディ。シアをブッチさせたミレディちゃんは健在である。と言うかむしろ前より元気になっている気がする。人間態が馴染んできたのだろうか。

 

「おい、勿体ぶらないで試練を言ってくれ」

「そう急かすもんじゃないぞお。そんなことばかりすると、折角のイケメンなのに女の子たちから嫌われてしまうぞお!」

「……既に一部からは嫌われてるけど」

「え、恵里? なんか言った?」

 

ビキビキと青筋が立っていく光輝。さり気なく貶していく恵里。俺の腹筋がどうにかなりそうである。自分に対してミレディのような態度で接されると当然イライラするが、三人称視点から眺めてみると中々に面白い。ミレディが人をおちょくってニコニコ、それはもう素晴らしい笑みを浮かべているのも分かる気がする。

 

と、煽るのはここまでらしい。ようやくミレディが真面目モード(らしい)になった。

 

「その試練っていうのはね……彼、紅音也くんの変身したイクサに傷を一つでもつけられたら君たちの勝ちっていう試練だよお!」

「「「「は?」」」」

「ククッ……いい顔してんなあ」

 

間抜け面を晒した四人にそれはもう素晴らしい笑みを送る。光輝には青筋がさらに浮かび上がり、龍太郎は分かりやすく落ち込んだ表情を、恵里はため息を、鈴は「やれやれだぜ」とでも言いたいのか肩をすくめる。

 

「いやいや無理だろ。相手はあの紅だぜ? しかも変身するんだろ? 俺たちここで死ぬのか?」

「物騒なこと言わないでよ! もう……シズシズやカオリンが居ないからストッパー居なくて全部私に来るんだけどお!」

「ご愁傷様」

「恵里も手伝ってよ~!」

「大丈夫だ皆。あいつに傷一つさえ付ければ神代魔法が手に入るんだぞ。世界を救える、巨大な力が!

 

「ふふ、随分と賑やかそうな連れだね?」

「気苦労でしかねえよ。ったく……早いところ彼奴らと合流したい。んで雫たちに癒してもらいたいわ」

「ミレディちゃんが相手をしようか? これでも知識はそれなりに……」

「お前ぶちのめされるぞ。てか彼奴らキレたら俺でも手を付けられないから勘弁してくれ」

 

結局、光輝がトリップしたせいで戦闘準備が完了したのは数十分が経過してからだった。

 




次回は前半に勇者パーティーVS音也。後半に樹海突入です。ちなみに音也は本気では戦いません。当然といえば当然ですけどね(本気出したら瞬殺だし)


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第十楽章 想定外の模擬戦

ミレディちゃんの(無茶ぶり)試練です。書いててかなり楽しかったです()


「さあ、かかってこい」

「思いっきりやっていいからねえ。ここなら魔力が拡散することないし、万が一に備えて私が結界を張っておくから」

 

イクサに変身して指をクイクイ。主に光輝と龍太郎に対しての挑発を行う。単純思考の人間を相手取るなら挑発を使うのは当たり前だ。

 

当然の如く、光輝が怒り狂って突撃してくる。その後をやはり激昂した龍太郎が続いた。俺はミレディから頼まれた、カウンタースタイルでの戦闘を試みる。

 

「馬鹿にしたこと、後悔させてやる!〝神威〟!」

「相変わらずだが慢心は禁物だぜえ!」

「慢心? バカ言うなよ。俺はこれっぽっちも慢心してはいないさ」

 

飛来してきた〝神威〟を部分強化の〝金剛〟で弾き返し、踏み込んできた龍太郎の空手のような正拳を両腕で挟み込んで相殺。そのまま後方に投げ飛ばす。

 

さらに間隙を突いて飛来してきた鈴と恵里の攻撃魔法をとくに見ることなく蹴り飛ばすことで消滅させる。間隙の間隙を突いた光輝の一撃もやはりノールックの裏拳で弾き返し、逆に反撃を入れて浅く吹き飛ばす。光輝の陰から今度は龍太郎が現れるも、軽く躱して光輝の元へ〝縮地〟で急接近。懐へ潜り込んだ。

 

「んなっ!?」

「吹き飛べ」

 

八極拳のような肘鉄によって空気の層を突き破りながらミレディの張る結界まで吹き飛ばされた光輝。そこそこダメージを負ったらしい。鈴が回復魔法をかけたことで事なきことを得たらしいが。

 

死角から飛んでくる大火球を重力魔法で軌道を変えてから真っ直ぐに向かってくる龍太郎の一撃を今度は正面から受け止め、背負い投げして距離を取る。跳ね上がった龍太郎の体にイクサナックルからの空気砲で追撃を入れ、撃発を使ってそのまま後方から攻撃してくる鈴と恵里の元へ向かう。

 

「うわっ!? こっちきた!」

「落ち着きなよ。――〝邪纏〟」

「う、なに?」

 

黒い明滅する球体が突然眼前に現れ、それが視界に入った瞬間、俺の体が数瞬だが動かなくなった。どうやら脳から体へ発される命令を阻害する魔法らしい。

 

考えて動くことは不可能だと悟った俺は、ここ半年の間に培った“野生の感”に頼ることにする。脳から命令が届かないのを逆手に使って無意識を作りだし、ぼやける視界の中をクルクルと独楽のように回転しながら魔法を躱していく。そして俺の体は確実に相手を仕留めるために勝手に動き出す。

 

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

 

通常ならまず狙えない回転速度だが、“野生の感”に頼っている俺の体には関係ない。僅かな隙間を見つけて五億ボルトの電磁波を鈴と恵里に向かって発射した。

 

当然回避に専念する二人だが、その拍子に俺にかけていたデバフが解けてしまったらしい。そのことに気がついた恵里が歯がみしている。

 

地上へそのまま降り立った俺は勢いをそのままにイクサナックルを地面に叩き付ける。すると、回復して突っ込んできた光輝と龍太郎がブロウクン・ファングの残り火によって発生した電流床を踏んだ。ちょっとやそっとの電流で死ぬ訳ではない光輝たちだが、軽く纏雷は超える電撃によって数瞬の間己の動きを止めたのには違いない。

 

なんとか聖剣を振り回す光輝に延髄切り、フックカットを狙ってきた龍太郎に浴びせ蹴りを食らわせてダウンさせる。浴びせ蹴りの後隙を狩ろうとする魔法は咄嗟に作り出した電磁波フィールドで相殺した。

 

近距離アタッカーが一気に二人も戦闘不能になったことに焦ったのか、鈴は攻防一体のバリアバーストを連発してくる。闇雲に撃たれる魔法を躱すことは簡単なので難なく回避しているのだが……一つ、気になることがある。

 

(恵里は何を考えているんだ?)

 

相方の鈴が焦っているのに対し、恵里は小刻みに位置を変えながら中級魔法を撃ち込んでくる。鈴とは違って狙いはかなり的確であり、中には俺の未来位置を予測した攻撃まである。ボサッとしていれば普通に当たってしまうだろう。

 

しかし一つ一つの魔法は明らかに俺を仕留めようとする物ではない。確かに当てには来ているが、本命の攻撃ではなさそうだ。それが逆に不気味に感じるのである。まるで嵐の前の静けさだなと俺は勝手に思った。

 

が、止まるわけにもいかない。俺は地面を踏み込んで鈴の元へ突撃する。何故か恵里が鈴の近くから離れたのが気になるが、気にせず突貫。鈴の張った結界を手刀の一撃で割って突破し、恵里の援護射撃を空間魔法で躱して鈴の項に一撃入れて気絶させた。

 

あと一人。そう思って最後に恵里の元へ向かおうとする。しかし耳に届いた“音”に、思わず動きを止めることになった。

 

「ヴァイオリン!?」

 

そう、恵里がヴァイオリンを取り出して演奏を始めたのである。まさか実戦で、しかもいきなり使用してくるとは思わなかった俺は間抜けな声を上げてしまった。

 

確かにヴァイオリンを使って魔法を発動せせる方法は教えたが、それもつい二日前に軽く教えただけだ。ましてや実戦で使わせたことは一度もない。それを一日で実戦投入できるレベルまで持って行けたとしたなら……恵里こそ正真正銘の天才だ。俺なんか足下にも及ばない。

 

「それもわざとなのか、“月光”の第三楽章を選んでくるなんてな。規格外過ぎるだろ……」

 

悪態をつきながらも空中に跳び上がりながら自分のヴァイオリンを取り出す。雫が初めて生成魔法で作り出せたアーティファクト製作用の素材を使用して作った思い出のヴァイオリン。確かにハジメや俺が最初から作ればより質の良いヴァイオリンが出来たかもしれない。しかし……愛の前にその言葉は些か無粋と言えるだろう。

 

恵里が“月光第三楽章”の主旋律を弾いているのを確認した俺は、重力魔法を使って結界の天井に逆さまになって立ちながらも副旋律を奏で始める。

 

主旋律と副旋律。二つが揃い完璧に調和した一曲が辺りを包む。その際に生まれてお互いの元へ飛来していく魔法弾も傍から見れば“綺麗”と感想を残せるかもしれない。実際に第三者として見ているミレディが「綺麗だねえ」と零している。

 

光弾、火球、水流。様々な属性の魔法がぶつかり合っては弾け飛んでいく。その様子はまるで花火のようだ。それにしても恵里の魔法の勢いが凄まじい。俺の生み出す魔法とほぼ互角であり、下手したら光輝のことを軽く封殺してしまうほどの破壊力である。

 

だがそれと同時に粗も見つけた。やはり慣れてないからか、攻撃に集中しすぎだ。俺は魔皇力での演奏にシフト。曲の終盤に合わせて盛り上がる部分を利用して嘘と冗談を総動員したかのような、“月の女神”を具現化させた。蒼白く神々しい“月の女神”が翼をはためかせ、恵里の飛ばす魔法を全て打ち消す。

 

目を見開いた恵里を見逃さず、俺は“月の女神”を恵里に攻撃するように命じる。硬直して動けない恵里を嘲笑うかのように“月の女神”はその手に持つ巨大な弓を引いて、一撃必殺の矢を発射した。

 

矢は狙い違うことなく恵里の魔法陣を叩き落とし、オマケ程度に彼女の体内にある魔力の流れを絶ってしまった。

 

「あ、はは……こりゃ無理だ。降参だよ」

 

苦笑いしながら両手を上げる恵里。俺はそれを見て地上に降り立ち、変身を解除。ミレディに現在は気絶している三人を回復するように頼んだ。

 

あっという間に回復して意識を取り戻した三人は、すぐに俺に立ち向かおうとするも……ミレディの重力魔法によって強制的に押さえつけられ、戦いは終わったのだと告げられて意気消沈した表情になった。

 

しかし恵里の表情は明るい。俺は何故なのかを尋ねてみる。それと合わせて、いきなりヴァイオリンを実戦投入出来た理由も聞いてみた。

 

「それはね、最近覚えた技能による物なんだよ。心拍数を上げれば上げるほど僕の魔力が上昇していくっていう物なんだ」

「なんだそりゃ……つまりあれか? お前の心拍数を上げる要因さえあればお前の力はどんどん上昇していくってことだろう?」

「限界突破の上位互換とも言えるよ。時間制限はないからね。落ち着いたら比例して僕の戦闘力も下がってしまうけど」

「なるほど。ヴァイオリンをいきなり実戦投入出来たのにも納得がいく」

 

俺との戦闘によって急激に上がった恵里の心拍数によってあれほどの戦闘力が発揮できたのだと知り、俺は一人納得した。つまりハイになればなるほど強くなる、ということだ。

 

全てを理解した俺は、恵里から視線を外してミレディの方を向く。そして恵里たちが仰天しかねない言葉を口にした。

 

「ミレディ、中村に神代魔法を授けてやってはくれないか?」

「ふーん……その心は?」

「こいつは化ける。戦闘訓練を積めばハジメレベルにはな」

「あの白髪くんレベルに? 君の目は本当に正しいのかな?」

 

試すかのような物言いのミレディに苦笑しながらも俺は続けた。既に仰天している恵里たちがさらに驚くことになるような事実を。

 

「戦ってみて分かった。中村……いや、恵里の攻撃は普通に俺に届きかねなかった。迎撃で最初は必死だったよ」

「ふむ……完全に化け物、そしてフミネの息子である君が必死になる、か。なるほどね」

 

少しの間、黙考するミレディ。しかしそれもすぐに終わった。ミレディは人懐っこい笑みを浮かべると、何時もの口調で口を開く。

 

「なら、決まりだね! ミレディちゃんの力の一端をそこのメガネちゃんに授けてあげよう!」

「え……ええ!?」

 

住処に恵里の悲鳴が響き渡り、光輝や龍太郎の「そんなバカな」という声。素直に喜ぶ鈴の声も同時に響き渡るのだった。

 




“心拍数に比例して戦闘力が上下する”の技能名を募集します感想かDMで送ってくれると嬉しいです。中々良いのが思いつかないんですよ()
恵里が音也を多少は追い詰める原因を一つ作ろうと思ったのですが、結構こじつけみたいな部分があります……ちなみに元となったのはペルソナ3ですよ()


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第十一楽章 大樹突入

アイデアが思い浮かぶうちに書いた物です。所要時間は多分3時間とか()
それと早速、意見を書いてくれた人はありがとうございます。もう少し考えますが、参考にさせていただきます!


「うぐっ!?」

「痛いかもだけど我慢してねえ。これもすぐに終わるからさ」

 

重力魔法を脳内に直接刷り込まれている恵里が呻き声を上げるも、ミレディは雑に励ましながら魔法陣を起動させ続ける。

 

それもすぐに終わり、へたり込んだ恵里だけが後に残された。まあ仕方ないだろう。俺も初めて刷り込まれた時は思わず呻き声を上げたのだ。とりあえずへたり込んでいる恵里の元に歩き、宝物庫から取り出した回復薬を渡した。

 

「お……ありがとう。これリンゴジュース?」

「風味はな。中身は魔力と体力回復薬だ」

「マナポーションってそこまで美味しくないからこれは新鮮だよ。美味しく回復出来るって本当に素晴らしい」

 

あっという間に回復した恵里は、素直に回復薬の感想を述べてきた。どうやらこれまで飲んできた回復薬はそこまで美味しくなかったらしい。良薬は口に苦しの精神で頑張ってたらしいが、普通に美味しい回復薬を見つけた今はこれ以外飲みたくないとも言われた。

 

ちなみにだが、“神水”はミネラルウォーターの味がする。本当にただの水の味なので、ずっと飲んでいると飢餓感に襲われて大変になる……と、ハジメが言っていた。

 

「色々と波乱の数時間だったけど、かなり充実していたよ。ありがとうね」

「いや、お礼を言うのは俺の方だ。母さんのことを教えてくれたばかりか、恵里に神代魔法を授けてくれたんだからな」

「んふふ……ミレディお姉ちゃんからのサービスだよお! あのクソ野郎を打倒するためなら必要になるかもだしねえ」

「ま、道を塞ぐなら戦うだけだが……最近は自然と神を殺すことも視野に入ってきてるよ」

 

やることなすことがこの世界からすれば“イレギュラー”なのだ。神を殺すことになるのも必然と考えられる。神というのは気に入らない存在は消したがるもんだ。

 

「んじゃ、もう行くのかな?」

「そうだな。ちょっとイレギュラーな事もあったが、これから樹海の大迷宮を目指すつもりだ」

「なるほどねえ……うん、君なら大丈夫だよ。ここで勝手に野垂れ死んでいくようなタマでないことぐらい織り込み済みだからね!」

「最大級の評価をありがとう。それじゃ……コウモリモドキ、行くぞ」

「世話になったな、ミレディ・ライセン。では行くぞ……ガブリッ!!

 

最近は副作用がなくなったキバの鎧を装着。ノータイムで空間魔法を使用して空間に裂け目を作り、直接大樹へ向かえる道を作る。

 

先に光輝たちをワープホールへ放り込んでから俺も足を踏み入れ……る前にミレディの方へ振り向いた。

 

「あばよ。本当に世話になった」

「何かあればまた戻ってきてねえ。お姉さんは何時でも待っているよお」

「心に留めておこう。それじゃあな」

 

後は振り返らずにワープホールへ足を踏み入れた。ワープホールの先はすぐに大樹である。既に「ゲエッ、音也殿!?」という声が聞こえる。

 

それと、「待ってるよ。君のことなら何千年先になっても」という声も聞きながら、俺は変身を解除しながらワープホールを閉じる。

 

「よおカム。元気にしてたか?」

「こいつは音也殿。そりゃもうピンピンしてますよ。それにしてもボスと別行動するとは思ってもみませんでしたなあ」

 

カラカラと笑うカム。カムに聞けば、ハジメたちは既に迷宮の攻略を終えて俺が突破するのをフェアベルゲンで待っているらしい。その際に、ハジメとシアが一線を越えたとも聞いた。

 

「へえ、ハジメとシアが?」

「つい昨日に赤飯を炊いたばかりですぜ。まったく、成長したもんです。父として感慨深い物がありますよ」

「俺としてはようやく一線を越えたって感じだな。なんだかんだで仲は良かったけどハジメがチキンだったからさあ……」

 

素直にハジメの“大切”が増えたことを喜ぶ。まあ、カムたちを助けに行く理由だって“シアの家族だから”である。既にあの時点でシアのことを特別な目で見ていたのだろう。

 

問題は雫たちだが……どうやら何ともないらしい。それどころか、俺と再開したときに褒めて貰うために鍛錬に勤しんでいるとか。

 

「物好きな奴らだな……ま、そんなところも好きなんだけどな」

「相変わらずでして」

「褒め言葉として受け取っておくさ。そんじゃ、そろそろ大迷宮へ行くぞ。攻略の証を頼む」

 

以前見たときと変わらない様子の大樹を見上げながら攻略の証を受け取る。そして大樹の麓にある石版の窪みにオルクス大迷宮攻略の証をはめ込んだ。一拍置いて、石版が淡く輝き出し文字が浮き出始める。

 

〝四つの証〟

〝再生の力〟

〝紡がれた絆の道標〟

〝全てを有する者に新たな試練の道は開かれるだろう〟

 

黙って他の攻略の証をはめ込む。一個はめ込むごとに大樹から光が溢れだし、四つ入れた所で殆ど太陽とも言える光を放っていた。

 

さらに再生魔法を宿した右手を大樹に触れさせると……目を開けてはいられないほどの光が大樹を包んだ。俺の手からまるで波紋のように何度も光の波が天辺に向かって走り始める。

 

燦然と輝く大樹は、まるで根から水を汲み取るように光を隅々まで行き渡らせ徐々に瑞々しさを取り戻していった。こうして見上げると、中々に壮観である。

 

少し強めの風が大樹をざわめかせ、辺りに葉鳴りを響かせる。と、次の瞬間、突如、正面の幹が裂けるように左右に分かれ大樹に洞が出来上がった。数十人が優に入れる大きな洞だ。

 

「行くぞ」

 

大樹に見惚れている四人に声をかけて大樹の洞へと足を踏み入れる。続いて光輝たちも足を踏み入れた。

 

すると開いていた入り口が閉じ、光が徐々に失われていく。あわてふためきそうな光輝や鈴のことを一喝して黙らせ、足下にある転移用の魔法陣を見る。暗い中でも光源が必要なかった理由だ。

 

意識が徐々に薄れていく。俺は何時、何が起きても大丈夫なように心の準備をし、意識を消すのだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「ッ……ココ、ハ?」

 

目を覚ました俺は辺りを見渡す。大樹の中だというのに辺りは樹海であり、とても奇妙な光景だ。しかしそれ以上に奇妙なのは、俺の姿である。いや、俺自身からすればそこまで奇妙じゃないのだが……何故だかファンガイアから元の姿に戻ることが出来ない。どんなに戻ろうとしても、何らかの力が働いて上手くいかないのだ。

 

ここで余計な力を使うのも面倒なので、俺は諦めて周囲をもう一度見渡す。光輝や龍太郎は未だに気絶している。鈴は俺の姿を見てもう一度気絶した。恵里だけは真っ先に俺が俺であると気がついたらしく、特に倒れることもなく近寄ってきた。

 

「ふーん……これが本当の姿なんだ。どこか不気味だけど強そう」

「説明、頼メルカ?」

「うん、任せてよ。何も言わなかったら光輝は襲いかかってきそうだし」

 

その後、意識を取り戻した光輝と龍太郎が案の定襲いかかろうとしてきたが……恵里の鋭い眼光によって動きを止められた二人が彼女からの説明を受けたことで渋々納得した。鈴は一度気絶して慣れたらしく、説明を聞いて合点がいったのか倒れることはなくなった。

 

「す、すまなかった……だが紅。ここから先はどこに向かえばいい? 空は濃霧に覆われているし、数キロ先も見えないが……」

「取リアエズ探スシカナイ」

 

上空から出口を探すという手段が使えない以上は歩いて探すしかない。俺は適当に魔法でマーキングしながら先へ進む。時折雑魚レベルの魔物が現れるが、俺が攻撃する前に恵里が始末していく。

 

と、その時。相変わらず信用と実績のある俺の聴覚が何かを捉えた。こいつは虫の羽音であるが……待てよ。一匹じゃない。何千、何万と存在している!?

 

ブゥウ゛ウ゛ウ゛ウ゛!!

 

「鈴!」

「うぅ~、キモイよぉ~、〝天絶ぅ〟!」

 

羽音の正体は巨大なスズメバチだ。黄色と黒の毒々しい色合いと、ギチギチと開閉される顎、緑色の液体を滴らせる針、わしゃわしゃと不気味に動く足、そして赤黒い複眼……直視は避けたい生き物だ。

 

しかも連携プレーで潰しにかかってくる。厄介極まりない。さらにはスズメバチモドキだけではなく、他にも虫が大量に見受けられる。

 

「墜チロ!」

 

ゴウッと紅い風を巻き起こす。鈴だけの障壁では突破されかねないのをすぐに察知した俺は、少しでも援護になればと即席で紅炎の竜巻を繰り出したのである。虫は火に弱いという通りはここでも通用するらしく、素晴らしい速度で大量のスズメバチモドキを撃墜していく。

 

さらに目の前に現れたスズメバチモドキを見て硬直していたものの、持ち直した恵里が闇属性の魔法波を発射。純粋な大砲に近い破壊力を持つ魔法波によって虫の壁に穴が生まれる。遅れて龍太郎や光輝も衝撃波や斬撃を飛ばして何とか虫たちを追い返している。

 

「刃の如き意志よ、光に宿りて敵を切り裂け! 〝光刃〟!」

「後隙ガ……クソッ 〝紅壊〟!」

 

大振りの技を発動した光輝の後隙を埋めるために細胞を内から破壊していく魔法弾を発射。さらに鈴の破られそうな結界の壁を再生魔法で補強しつつも腕からブーメランのような刃を飛ばして虫共をまとめて葬り去る。

 

恵里もヴァイオリンに持ち替えて殲滅速度を上げていく。それを見た俺は、少しのいたずら心を持った。命をベッドにしたやり取りをしているというのに呑気だと思うなら勝手に思っていて欲しい。

 

「うわっ!? 危ないじゃないか!」

「心拍数、ドウダ?」

「……予告してくれよお!」

 

プリプリ怒りながらも虫共の殲滅を止めない恵里。どうやら心拍数はさらに跳ね上がったらしい。変幻自在に魔法弾を操って数百匹をまとめて駆逐している。

 

俺も手を止める訳にはいかないため、何となくの想像ながらも大魔法のトリガーを引いた。

 

「〝劫火浪〟」

 

想うは炎の津波。かつて神の使徒が俺に使用した大魔法である。うねりを上げて頭上より覆い尽くすように迫る熱量、展開規模共に桁外れの大火に一瞬、世界が紅蓮に染まったのかと錯覚させる。

 

恵里以外の三人は思わず攻撃の手を止めてしまっている。それは魔物たちも同じであり、ただ茫然と目の前に迫っている己の死に恐怖して動けなくなってしまっている。

 

“殲滅”や“駆逐”の二文字に相応しい破壊力を見せつけた大魔法は、跡形もなく先ほどまで目の前に存在していた虫型の魔物をけしとばしてしまった。鈴に関しては魂が抜けてしまったかのようにポカンと口を開けている。間抜け顔だな。

 

「さ、流石だぜ紅。あながち魔王ってのは間違いじゃないのかもな。尊敬するぜ」

「龍太郎!? ダメだ、あんな奴を尊敬するなんて!」

 

やはりこちらも間の抜けた声が響き渡る。隣で恵里がジト目でため息をつくのを尻目に、俺はさらに先へと足を運ぶのだった。

 




次はエターナルを更新してからです。また少し空きますが待っていてくれると嬉しいです。


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第十二楽章 花吹雪の舞

すみません、エターナルの方のモチベが上がらなかったのでこっちを書きました(おいこら)
樹海の大迷宮は“神の見せる甘い誘惑”を断ち切れる心を必要とする迷宮ですが、オリジナルの展開になるべくするため原作にはなかった試練を現在考えています。思いつかなかったり纏まらなかったら大人しく原作を参考にします()


「……弱イ」

 

また一匹、虫型の魔物を殺して呟く。この大迷宮に現れる魔物は弱すぎるのだ。光輝や龍太郎、そして鈴は結構苦戦しながらも何とか対処できているが……恵里に関してはほぼ無傷である。彼女の場合は心拍数によって戦闘力が大きく変わるらしいので仕方のない事かもしれないが。

 

龍太郎や鈴は能天気にも“魔物が倒せるなら多少は神代魔法に近づける”とポジティブに考えているらしく、疲労こそ見られるが表情は明るい。しかし光輝は……なんというか、張り詰めすぎて今にも切れてしまいそうな弦のような心理状態であることが確認できる。目は暗く澱んでおり、時折ブツブツと何かを呟いている。

 

そんな状態で集中している訳がなく、魔物の襲撃によって光輝だけ反応が遅れてしまっている。それは今も同じだ。目の前に現れたトレンドモドキの一撃を躱しきれていない。

 

「ぐぅううっ。こ、攻撃が重い!」

「バカだねえ……油断大敵だよ」

 

恵里の辛辣な言葉が刺さる。そういう恵里さんは一足先にトレンドモドキへ攻撃を仕掛けており、物は試しと重力魔法を行使しながらトレンドモドキの飛ばす葉や枝を捌いている。先ほど手に入れたばかりの神代魔法を僅かながらでも使用が出来ている恵里の技能は中々に恐ろしい物だ。なんせ心拍数さえ保てるなら無限に限界突破が可能なのである。何故発祥したのかは謎だが、十二分に“チート”と言える存在だろう。

 

そしてここに来て“一発戦果を!”と意気込む龍太郎の攻撃も徐々に洗練された物になっていく。脳筋な龍太郎だが、戦闘となれば話は別だ。的確に必要な分だけを捌いてカウンターで一撃を返している。鈴も其れ等を援護すべく、これまでとは一線を画する強固な結界を展開している。一番働いているかもしれない。

 

そんな中なので光輝の緩慢さがよく目立つのである。確かに光輝の強さは普段の恵里より遥かに強い。地力もそこそこなため急な事態にも何とか対応できている。しかし、いまいちパッとしないのである。

 

「くっ、光輝くんしっかり! 神敵を通さず 〝聖絶〟!」

「あ、ああ。 四方より切り裂け 〝天翔剣四翼・集〟」

「馬鹿野郎! ボサッとしてたらやられちまうだろうが! 〝重金剛〟! 〝部分強化〟!」

 

以前の俺の動きを参考にしたのか、空中でドッシリ構えることもなく〝重金剛〟を発動させた龍太郎。攻撃をする瞬間だけ〝部分強化〟で劇的に攻撃力を上げてる辺り、本当に脳筋?と疑いたくなる頭脳プレーをしている。

 

俺は殆ど動いていない。なるべく後衛からのサポートに徹している。そうでないと光輝たちが何もしないまま迷宮が終わってしまう可能性が高いのだ。足手まといではあるが、他ならない恵里の頼みなのだ。グッと“帰ってくれよ”という言葉を呑み込んでいる。

 

「このままじゃジリ貧……ぶっつけ本番だけどやってやるしかないねえ! 光輝くん、龍太郎くん、恵里。全員退避して! 舞い散れ、〝聖絶・桜花〟!」

 

その瞬間、輝く無数の欠片が、まるで桜吹雪の如く戦場を駆け巡った。小さな無数の輝きは、ザァアアアアーーと音を立てながら宙を舞い。トレンドモドキを中心に螺旋を描きながら旋風を巻き起こす。

 

彼女の意図を悟った俺はすぐさま援護射撃に入る。構えるは最愛の人の姉が繰り出す一撃必殺技の真似。食らえば生きては帰れない、文字通りの必殺技である。自分用にアレンジしているので威力はオリジナルより低いが、それでも大抵の敵は瞬殺が可能な魔法のトリガーを引いた。

 

「――――常闇ニ生キル紅炎ノ花ヨ 人ノ如ク意思ヲ持テ 刃ノ如ク獲物ヲ切リ裂ケ 〝乱レ薔薇吹雪〟」

 

鈴の巻き起こした桜吹雪に合わせて燃えるように紅い花びらが一つ一つ意思を持ってトレンドモドキを切り裂いていく。鈴の桜吹雪がトレンドモドキの主となる幹を破壊しているのならば、俺の薔薇吹雪は破壊の邪魔となる周囲の枝を狙っていく。

 

初めて、そしてぶっつけ本番の合わせ技で打ち合わせもなく心を読んで実行した花吹雪の舞。やや粗の残る、しかし明確な殺意を持って放たれた必殺の一撃は確かにトレンドモドキから断末魔の悲鳴を上げさせることに成功した。この調子ならば鈴も神代魔法を手にすることが出来るかもしれない。恵理?確定でしょうよ。龍太郎はあともう二押しといったところか。どうしても恵理や鈴と比べると活躍度合は見劣りする。それでも戦況ごとに戦法を考え、実践しているところは好印象だ。何処かの名前だけの勇者とは違う。

 

ここまでやったところで、突然俺の体を光が包んだ。思わず目を閉じるも体が勝手に元の姿に戻っていると分かったので俺は安心した。ものの数秒で俺の体は人間の姿に戻り、特に異常も見受けられない。どうやら大迷宮の試練だったようだ。

 

そういえば石板には、“紡がれた絆の道標”ということが書いてあった。これは姿が変わろうとも仲間割れすることなく先に進め、というメッセージなのだろう。そのことを理解した俺は「なるほど」と頷いた。

 

「これ、雫たちは大変だったろうに……人数が多ければ多いほど姿が変貌する者の数が増えるだろうからな」

「ああ……そういうこと。確かにそうかもね。でも理不尽で不可解な事が起きたら大抵は紅のことだって僕は思ってるから」

「さり気なくひでえ」

 

ベルトをシュルッと巻きながら文句を垂れる。腹いせに宝物庫からハジメが試作した“見た目は普通の”銃を取り出して恵里に手渡した。

 

首を傾げる恵里に俺は変身しながら用途を説明する。

 

「心拍数が関係しているなら……自分で上げられるようにした方が良いだろ? そいつは内部で弾を制作して自動装填するんだが、不発する可能性もある。何回か引き金を引けば弾が実際に出てくるし、それなりの痛みも感じる」

「なんだそれ。嫌がらせかい?」

「んな訳ねえだろ。よく聞けよ? こいつを頭蓋骨の側面に当てて引き金を引けば、弾が出てくるかもしれないという恐怖で心拍数が上がっていくだろ? そうしたら恵里の戦闘力も……ってことだ。ちなみに弾薬は殺傷力こそないが体内に吸収されるからな」

 

その弾薬が実は回復と身体能力強化を兼ねていることは伝えないでおく。食らえばかなりの痛みを伴い、慣れないようにその度強力にするとかいう優れものだ。このことを伝えてしまったら心拍数がそこまで上がらないかもしれないので黙っておく。

 

趣向の悪い強化方法だが、これ以外思いつかなかったのだ。とあるゲームの相方を召喚するためにとる方法ではない。断じてない。

 

「悪い趣味してるよホント。でもありがたく受け取っておくね」

「どうも。そういえば心拍数の上下云々の技能名はどうなってるんだ?」

「ああ、それのこと? ステータスプレート見た方が早いんじゃないかな」

 

懐からステータスプレートを取り出してポイッと俺に投げつける恵里。それを受け取って俺はプレートを凝視する。

 

====================================

 

中村恵里 16歳 女 レベル:90

 

天職:降霊術師

 

筋力:240 [+最大値5200]

 

体力:500 [+最大値7150]

 

耐性:610 [+最大値7980]

 

敏捷:300 [+最大値4360]

 

魔力:1200 [+最大値13000]

 

魔耐:1000 [+最大値11450]

 

技能:降霊術[+同時操作][+範囲拡大][+腐敗停止][+対象強化]・霊視[+対話][+召喚][+複数召喚][+隷属化][+霊化]・能力奪取・闇属性適性[+消費魔力半減][+発動速度上昇][+詠唱省略][+縛魂]・複合魔法・想像構築[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]・魔力高速回復・魂魄魔法・重力魔法・テンションフォルティシモ[+テンションピアニッシモ]・言語理解

 

====================================

 

一通り見たところで、俺が思わず息を止めてしまっていることに気が付いた。それほどに恵里の能力値は高く、なおかつ技能が色々と特殊すぎるのである。まず恵里は特に造作もなく幽霊と会話することが可能だ。上手く使えば超広範囲を一気に索敵したり多くの情報を得ることができてしまう。これだけでも十分に協力と言えるのだが、恵里はさらに隷属化することで己の護身を任せることも可能なのである。

 

しかし其れ等は序の口でしかない。何よりも目に付くのは“テンションフォルティシモ”と“テンションピアニッシモ”である。とても気になるのでステータスプレートで調べてみると、こう表示された。

 

==================================

・テンションフォルティシモ

心拍数が上昇するか感情が昂ぶると自動発動。心拍数の早さや感情の強さに比例して体内の魔力を活性化させ、自身の秘められた力を全て解放する。発動時間は無限。ただし体や心が落ち着くと自動的にテンションピアニッシモ状態となり、戦闘能力も比例して低下する。

==================================

 

文字通りのチート技能である。心拍数だけではなく感情によっても戦闘能力が大きく変化するということは、ありふれているがアニメである激昂すれば戦闘能力も大きく上昇するということを素でやってのけることが出来るということだ。

 

そして最大値まで上昇したとすると、下手したらシアやユエよりも強いということになる。雫や露葉さん相手でも魔法の使い方次第では勝てる可能性だってある。流石に闇属性に対して異常に強い耐性を持つハジメには敵わないと思うが、それでも十分強い。限界まで心拍数や感情を高めるのが難しいという制約は勿論あるが……。

 

「いつの間にこんな強くなったのか……先生、ビックリだ」

「努力したんだよ。心拍数云々はいつの間にか目覚めていたけどさ」

 

此れ等の能力が全て努力で手にしたのだとしたら恐ろしすぎる。俺は内心で恵里の存在に思わず恐怖したのだった。

 




何個か候補を送ってもらったので其れ等をふまえて色々考えた結果、恵里の技能名はテンションフォルティシモにしました。理由は対極のピアニッシモが使えたこと、そしてキバにとても深く関係していること(重要)です。恵里のステータスは原作で見つけることが出来なかったので自分で勝手に考えた物になっています。ちなみに魂魄魔法が使えるのは原作に“神代魔法の領域に片足を突っ込んだ”という言及があるからです。


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第十三楽章 誘惑

原作でいう“快楽地獄”に当たる回です。とはいえそのまま使うのは気が引けたので、少し別のベクトルに変更して書いています。

※最近ありふれ×クウガのクロスオーバーを書きたくなってきました……本作が終わってもまだ書きたければ執筆します()


恵里にステータスプレートを返した俺は、四人を引き連れて奥にいつの間にか現れていた魔法陣に足を踏み入れた。どうやら転移用の魔法陣らしく全員が足を踏み入れた途端に光が爆ぜ、気がつけば先ほどとは違う空間に立っていた。

 

「この空間は……ダメだ。意図がまったく理解できないぞ。何も見当たらない」

 

怪しく思っているのは恵里や光輝も同じらしく、しきりに辺りを見渡しては首を傾げている。ちなみに光輝が索敵に参加しているのは龍太郎や鈴と違ってある程度の〝気配感知〟を使えるからである。それとこれ以上無様を晒したくないというのもあるのかもしれない。

 

それにしても不気味な空間だ。大抵大迷宮に魔物は付き物であり、どこに行っても必ず魔物の気配があった。それ故にテンプレを思いっきり外したこの空間は不気味であり、一定の恐怖を煽るのである。

 

「紅、何か見つかるか?」

「いや、何も。気配感知どころか耳や義眼にも引っかからない。本当に俺たち以外は誰もいない空間らしいな」

「そんなことある? 君のことだから聴き逃しや見逃しはないと思うけどね」

「さり気ないプレッシャーをどうも。だが本当に何も居ないぞ。気配感知は兎も角、耳にすら何も引っかからないんだからな」

 

ついでに言っておくと、イクサに搭載されているコンピューターアイでも潜んでいるかもしれない魔物を見つけることは出来なかった。魔力反応は一応あるのだが、肝心の魔力を出している主を見つけられない。

 

警戒を一切解かずに俺は辺りを睨みつける。と、その時である。突然、光輝がフラフラと前に進み始めたのだ。目の焦点がブレており、明らかにマトモな状態ではないのが一目瞭然である。

 

「おいどうした? 勝手に動くとはいい度胸してるじゃねえか」

「しず……く。香織。こんなとこに居たのか。ああ、分かってる。今そっちに行くさ」

「おい、しっかりしろ! 目を覚ませ!」

 

頬を軽くビンタして正気に戻そうとする。しかし問題なのは光輝だけではなかったらしい。見れば龍太郎も鈴も、恵里もフラフラと別々の方向へ前に進み始めている。

 

そして俺の目にも異常が現れた。光輝から目を離すと、目の前には手招きしている雫やユエ、露葉さんにティオがいる。

 

『音也、もう大丈夫よ。あんな奴らのために戦わなくても良いの」

『ん……私たちがいる。全部受け止める』

『ほら、おいで? みんなで静かに、ゆっくりと幸せに暮らしましょうよ』

『ご主人様は何時も無茶しすぎなのじゃ。たまには妾たちにも頼っても良いのじゃぞ?』

『ここは貴方にとっての天国。何一つ心配はいらないわよ』

「お前ら……」

 

目の前に現れた雫たちが俺に甘言を送ってくる。俺の心の苦悩を完全に看過されており、そこに生じた心の隙間に刺さる言葉だ。確かに苦悩しているし、誰かに頼りたい。こんな場所で戦わず、大切な人たちと静かに暮らしたい。

 

だがここで、俺は大迷宮に入る前に話されたことを思い出した。雫たちは既に迷宮攻略を完了し、現在はフェアベルゲンに滞在している。彼女たちは今も俺の帰りを待っており、褒めて貰うために厳しい訓練を行っている。

 

「……違う。お前らは、俺の知っている雫たちじゃない。偽物はさっさと失せろ!」

『偽物なんかじゃないわ。私たちは貴方の壊れそうな心を……』

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「失せろおおお!!!」

 

雫たち。いや、雫たちの幻像に向かってブロウクン・ファングを戸惑うことなく発射した。五億ボルトの電磁波は狙い違わず雫たちの幻像に直撃。大爆発を巻き起こした。

 

軽く息を荒げながら膝をつく。今のは恐らく、神の見せる甘い誘惑を断ち切る試練なのだろう。こうして大なり小なり息を荒げているのは、精神に直接干渉して誘惑に負けさせようと誘導させられていたからだ。そいつを強引に振り切って技を振るえば疲れるのも当然と言える。

 

「お前ら……聞こえているならよく聞け。今、お前らが見ているのは大迷宮が見せる甘い誘惑だ。ここで負ければ神代魔法が手に入らなくなるかもしれない。お前らは本当にそれでも良いのか?」

 

挑発的に言葉を紡ぐ。すると真っ先に反応したのは恵里だ。虚ろな瞳ながらも足を止め、自分の体をギュッと抱きしめて無理やり動こうとする体を抑えつけている。

 

「消えろ……お父さんはもう居ないんだ。お母さんはそんな優しくない。今更優しくしても……気持ち悪いだけだよ」

 

彼女の目には既に故人の父親と、理想の母親が映っているのだろう。彼女はこれまで“親”という存在とは無縁だったのだ。確かに存在こそしていたが、彼女は一般的を教養は全て実親の事を反面教師にしたうえで学んできてる。

 

心は揺れたかもしれない。しかし彼女は甘い誘惑を断ち切ってでも前に進むことを選んだ。その意思に偽りはないのだろう。

 

「確かに辛かったよ……でも、それで良かったんだ。この性格じゃなければこれまで体験できたことは全て出来なかった。良い人生とは言えないけど、それでも良いんだ!」

「よく言ったな、恵里。随分と成長したもんだ」

「あ……紅?」

「お帰り。頑張ったな」

 

フラフラと倒れ込んだ恵里の元へ駆けよって抱きとめる。恵里はほんの少しだけ顔を赤らめたが、すぐにニッコリ微笑んできた。長らく、というか初めて見た恵里の花開くかのような笑顔だ。

 

思わず見惚れるも、すぐに気を取り直して体は大丈夫か?と尋ねる。一応義眼で覗き込んでみて異常は見受けられないが、念には念を入れたいのだ。

 

「大丈夫だよ。でも……」

「でも、なんだ? やっぱりどこか悪いんじゃないだろうな」

「心配しすぎだよ。でも、もう少しこのままじゃダメかな? 僕は紅に父性を感じている。こうしてると、父親に甘えてる感じがして落ち着くんだよね」

「心音は跳ね上がってるのに落ち着くのか。変わった奴だな、お前も」

 

口元を押さえてクスクスと笑う恵里に呆れながらも変身を解除して膝枕をする。光輝たちがこちら側に戻るまで時間がかかりそうなのは明白なので別に拒絶はしないが……やはり恵里は変わり者で物好きである。

 

雫たちとはまた違う手触りの髪の毛を撫でていると、恵里が気持ちよさそうに目を閉じている。心拍数は上昇しているというのに精神は落ち着いているらしい。こうしてみると、主人に甘えている小動物にも見えてくるのは黙っておこう。

 

結局、膝枕はその後数時間に渡って続くことになるのだった。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「「「はあ……」」」

「情けないなあ……まったく。やる気あるの?」

「そこまで言ってやるな……多分、きっとチャンスはあるさ」

 

誘惑を断ち切れずに気絶した三人の落ち込み度合いに恵里が容赦なく辛辣な言葉をかけ、俺が申し訳程度に慰めの言葉を投げかける。殆ど効果がないのは承知の上だ。

 

特に光輝の落ち込み度合いが激しい。ここまで良いところが一つもなくて心から落ち込んでいるのだろう。まあ気持ちは分からなくもない。失敗続きは萎える。しかしこのまま引きずられても足手まといなだけだ。

 

「おい、ここは大迷宮だ。一歩踏み込んだ先、一秒後の未来、そこに死が手ぐすね引いて待っているような場所だ。集中できねぇなら、攻略は今ここで諦めろ。無駄死にするだけだ」

「ま、まて、俺は……」

「反論があるってか? ぐうの音も出ないぐらいに役立たずなの自覚しといてよく反論しようと思えるよな。事実は事実として受け止めろ」

「ぐうっ……」

「失敗は誰にでもある。だが、いくら失敗しても諦めずに先へ進もうという心がないなら今すぐ王国へ帰れ。ワープゲートぐらいならすぐに作ってやる。答えないなら有無を言わさずに送り返してやるぞ?」

「俺は……」

「惰性で進むのは許さん。気概のない奴は足手纏いよりたちが悪いんだ。早く決めろ」

 

反論を許さず、そればかりか僅かな希望さえも打ち砕く勢いで光輝に言葉を投げかける。龍太郎や鈴は「まだまだこれから」という気概が見えるから良い。しかしそれすらも見せない光輝にイラついたが故にここまで厳しく糾弾したのである。

 

光輝はギリギリと歯を食いしばり必死に憤りを抑えているようだ。しかし、それは自分へ送られた糾弾の言葉に対してではなさそうである。光輝は何度も深呼吸をすると、目を見開いてハッキリと俺に告げた。

 

「紅。もう大丈夫だ。俺は先に進む!」

「そうか」

 

それだけ聞いた俺は軽く頷いて前を向いた。目的地はまだ先。止まっている暇など本来はない。俺は再度イクサに変身すると、先を急ぐのだった。

 

目指すは大迷宮の最深部。まだまだ俺の受難は続く……。

 




何となく考えてみましたが……すみません。有り体な奴しか思いつきませんでした。ちなみに甘い誘惑を恵里が彼処まで早く断ち切れたのは彼女が精神系統の魔法に精通してるからであり、多少の精神攻撃耐性があったからです。


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第十四楽章 黒い悪魔

火傷して一日スマホ触れなかった()
ここから先に控えている氷雪洞窟さえ乗り越えれば構想がある程度固まってるんですが……中々難しいですね。


再び転移した場所はやはり洞の中だった。しかし、いつもと違うのは正面に光が見えること。外へと通じる出入り口が最初から開いているのだ。

 

洞の奥は巨大な木の枝によって道が開かれており、フェアベルゲンの空中回廊のような様子を見ることが出来る。ちなみに背後には大樹が鎮座しており、これまで大樹の中を通ってきたと考えると樹海で見た大樹は氷山の一角だということが分かるだろう。

 

改めて大樹の巨大さに脱帽しながらも先へ進もうとすると、俺の耳に生理的に受け付けない音が入ってきた。ガサガサ、ザワザワと微かに聞こえるそれは何となく生理的嫌悪感を覚えるもので、ずっと下の方から響いてくる。

 

まさか神の耳とも呼ばれる俺の聴力がここで仇になるとは思わなかった。聴力が良すぎるが上に、目で見ることなく音の正体を察してしまったのである。

 

「……嘘だろ?」

「あれ、どうしたの?」

「急ぐぞ」

 

質問に答えることなく先行する。下から這いずり寄ってくる音の正体は何か。多分一度その名前を聞けば、俺がここまで焦っていることも納得がいくであろう。

 

一匹見つけたら三十匹はいると思え! という言葉と共に恐れられてきた黒い悪魔の名を冠する頭文字Gのあんちくしょう。いつもカサカサ這いよる混沌、陰から陰へ縮地並みの高速で移動し、途轍もない生命力でしぶとく生き足掻く。宙を飛べば、地球であっても混乱と恐慌の状態異常をもたらす固有魔法まで使える強者、お母さんたちと飲食店の仇敵。一番やりたくないけど人間換算したら最強になれるあの野郎。

 

その名を……ゴキブリ。

 

そのゴキブリが、この地下空間の底辺に、数百万、数千万、否、もはや測定不能なほど蠢いているのだ。例えるならゴキブリの海。波の如く寄せては返すのはゴキブリの波だ。ガサガサ、ザワザワという音は、おびただしい数のゴキブリが奏でる活動音である。

 

しかも刻一刻とこちらに近寄っている。俺は目の前に見えている大きな足場目指して一気に飛翔した。後から恵里たちが慌てて付いてくる。俺は着地するまでの間に九九艦爆を数十機単位で取り出して周囲に展開させた。ゴキブリ相手なら容赦はしていられない。俺は更にイクサキャノンとゲルリッヒ砲をも取り出して装備した。

 

「コウモリモドキ。全力攻撃を頼むぞ。恵里たちもだ。少しでも手を抜いたら精神から死んでいくからな」

「お、おう」

「良い加減教えてくれよ。一体どうしたって言うんだい?」

「恵理、悠長に構えてる暇はないぞ。すぐに心拍数を上げろ。これから相対する敵は……俺たちがよく知る悪魔だ」

 

ウ゛ゥ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛!!!

 

俺の言葉に合わせたかのように、下側から不快な、それはもう不快な音が辺りに響き渡った。このタイミングでこんな音を出す奴など一つしかない。音の正体、それは直下に待機していた大量のゴキブリたちが羽ばたいている音である。直下から直上へと一気に駆け上った黒い津波を見て、キバット以外の四人が顔を青ざめさせる。特に鈴が今にも気絶しそうだ。

 

「ひいい!?」

「す、鈴! ……くっ、やるしかないね」

 

こめかみに拳銃を当てて目を見開く恵理。どうやら心を決めたらしい。まるで過呼吸のような息の荒さになった恵理を守るために俺は重力魔法を使ってゴキブリの大群を引き止め、九九艦爆を操って爆弾を投下。爆発させて少しでも時間を稼ぐ。さらに立ち直ったキバットが〝紅壊〟を発動。全身の細胞が壊死したゴキブリがボロボロと下へ崩れ落ちていく。

 

それでもまだ、相当数のゴキブリが存在している。というか減っている気がしない。むしろ増えている気がする。流石ゴキブリさんである。

 

と、その時である。

 

ドパアン! バリイイイン!!

 

発砲音とガラスが砕け散るような音が鳴り響いたのだ。この状況で発砲音を鳴らせる道具を持っているのは俺以外で恵里しかいない。何事かと思って俺はイクサキャノンとゲルリッヒ砲を連射しながら振り向き……思わず息を呑んだ。

 

恵里の瞳は爛々と紅く輝いており、口元はまるで三日月のように裂けている。彼女の周りには飛び散ったガラスの破片がグルグルと円を描いて浮かび上がっている。煙がモクモクと立ち上る拳銃を手にし、軽く首を傾げている恵里の姿は別ベクトルで“悪魔”と断言出来るほどに悍ましい姿であった。

 

その姿を見た俺は勿論、光輝たちですらも一歩無意識に後退る。そんなこと知って知らずなのか、恵里はより一層悪魔的な笑顔を深めて更に俺の度肝を抜く発言をした。

 

「来て……“ナイズ・グリューエン”!」

「はあ!?」

 

引かれた魔法のトリガー。そこまでは良かったのだが……彼女が叫んだ人物の名前に再度、俺は驚くことになった。何故彼女が解放者の一人であるナイズ・グリューエンを知っているのかということではない。彼女の背後に幽霊のような人型の何かが現れたからだ。

 

そういえば恵里は降霊術が使えるとステータスプレートで見た。だとしたら、現在恵里の背後に現れた人型の何かはナイズ・グリューエンの魂的な何かなのだろう。見た感じ、普通に現実に干渉出来てる辺りがどこかおかしいのはこの際置いておくことにする。

 

「フフフフ……アッハハハハハハ!!」

「無詠唱で空間魔法を連発だと!? 規格外にも程があるだろうが……!」

「それ、紅が言えることかな?」

 

鈴からのジト目はさておき、恵里が無詠唱で空間魔法の〝界穿〟と〝斬羅〟をほぼ同時に、ノータイムで発動させたことに驚きながらも俺は跳び上がった。

 

イクサキャノンの弾をクラスター弾にチェンジし、一射毎に数百匹単位のゴキブリを地へと墜としていく。所々で纏まって合体しようとしているゴキブリは執拗に狙っているので、ゴキブリへの恐怖によって動けないところで合体して巨大化するゴキブリの目論見をことごとく打ち破っていく。虫ながらも焦りを見せている所が間違いないだろう。実はさり気なく光輝たちが間隙を縫って攻撃しているか、というのもあるが。

 

「末恐ろしいな……習得していない神代魔法でも降霊術使えば使用可能なんだろ? チートにも程があるっての」

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ・フ・ル・パ・ワ・ー

「だが、俺も負けてられねえなあ! 行くぜ、〝界穿〟!」

 

イクサ内に貯蓄されている電力を一気にイクサナックルに集め、変身解除の代わりに連射を可能としたブロウクン・ファングを多数作り出したワープゲートを使って多方向にぶち込んでいく。

 

撃発の反動で体の向きを変えることで隙なく電磁波を発射しきった俺は、イクサベルトを宝物庫に収納しながら降下してキバットのことを呼ぶ。彼はすぐに意図を悟ったらしく、一発〝紅壊〟を発射してから俺の腰にいつの間にか出現した止まり木に落ち着く。

 

ぶっつけ本番ではあったが、すっかり体質がファンガイアになってしまったことで魔皇力を注入することなく俺の姿は仮面ライダーダークキバへと変身した。地面に降り立つついでに紋章を召喚して火属性と重力魔法を付与。そのままゴキブリの大群へと向かわせる。

 

「ほう……同時付与か。先代は使わなかった戦法だな、興味深い」

「加えて紋章の拡張性があるからな。何やっても強力な合体魔法になるさ」

「恐ろしい男だ」

 

多数のゴキブリを駆除したことによって多少の精神的余裕が生まれた俺は、キバットと雑談をしながらも残党のゴキブリを蹴散らしていく。紋章に吸い寄せられたゴキブリは飛んで火には入る虫の如く焼け落ちていった。

 

恵里は勿論、光輝たちも徐々に慣れてきたのか剣筋や拳打、そして魔法が鋭くなっている。殲滅速度が上がった今、ゴキブリの大群に出来ることは万に一つもない。

 

「ウェイクアップ!」

ウェイクアップ・ザンバット!」

「アッハハ……〝斬羅・散〟!」

「万翔羽ばたき、天へと至れ 〝天翔閃〟!」

 

トドメに広範囲攻撃で一斉駆除してフィニッシュだ。剣が空を舞い、空間がズルリと抜け落ち白磁の閃光が辺りを駆け巡る。念には念を入れて切り裂いてから再度反復して攻撃することで確実にゴキブリの息の根を止めにかかる。

 

全てのゴキブリがバラバラになった、と確信としたところで俺は火属性を付与した紋章と艦爆を飛ばして焼き払えば完成だ。

 

「ふう……良い仕事したな」

 

戻ってきたザンバットを手にしてからため息を付く。実は途中所々でゴキブリが大がかりな魔法陣を形成しており、さらにその裏で本命攻撃の魔法陣が展開されていたのだ。俺の耳がいち早く捉えてくれたおかげで発動する前に殲滅することが出来たが、仮に失敗してたとすれば……少し危なかったかもしれない。

 

対処に失敗してゴキブリの津波にでも呑み込まれたら今後の大迷宮攻略も危うかった。主に精神的な面で、だが。しかし攻略出来た今はその心配をする必要もなさそうである。

 

「全く、趣味の悪い大迷宮だな……」

 

俺の呟きは、大樹が新たに道を作り出す音にかき消されるのだった。

 




感情逆転がなかったのは、音也が特に同行している四人に強い感情を持っていなかったからです。恵里に対してほんのす少し疑心が生まれたぐらいでしょう。ゴキブリに対しても一瞬で立ち直っているので問題ゼロ()


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第十五楽章 昇華・帰還への希望

今回は神代魔法習得の回ですが結構雑です()
執筆中に評価が久々に届きまして、ハジメが香織LOVEなことを気に入って高評価して頂けたのが最近一番嬉しかったことだったり……()


ゴキブリの大群を駆逐したことによって現れた、新しい枝を渡り歩く。枝通路を登りきると、そこにはいつものように洞が出来ていた。躊躇いなく進むと、案の定、光が溢れ出し転移陣が起動する。

 

光が収まったあと俺たちの目の前に広がっていたのは庭園だ。空が非常に近く感じるほど高所にあるらしい。先ほどまで感じていた、樹海独特の鬱蒼とした雰囲気は微塵も感じられない。深呼吸をすれば、山頂で味わえる美味しい空気を吸い込んだような感覚がした。

 

学校の体育館程度の大きさのその場所にはチョロチョロと流れるいくつもの可愛らしい水路と芝生のような地面、あちこちから突き出すように伸びている比較的小さな樹々、小さな白亜の建物があった。

 

そして一番奥には円形の水路で囲まれた小さな島と、その中央に一際大きな樹、その樹の枝が絡みついている石版があった。

 

「ここが終点だな」

 

俺がポツリと言葉を零す。すると恵里を除く三人が思いっきり脱力したかのように深く息を吐いた。口々に「ここが……」とか「やっと……」などと呟いている。

 

どうやら水路そのものが魔法陣になっているらしいので、俺は今にも寝てしまいそうな光輝たちを引き連れて魔法陣の中に足を踏み入れた。するとすっかり慣れた記憶精査と脳に直接刻まれる神代魔法の知識の感覚が体を奔った。俺は特に声を上げることはなかったが、およそ一名が「うっ」と呻き声を出している。

 

どうやら今回覚えた神代魔法は〝昇華魔法〟という物らしい。こいつはどんな物も一段階グレードアップを施せる、バフ系統の魔法らしい。

 

と、その時である。おもむろに目の前の石版に絡みついた樹がうねり始めた。そのまま警戒を解かずに経過を見ていると、樹が徐々に人の形へと姿を変えていった。どうやらオスカーたちのように映像記録を残したらしい。

 

「まずは、おめでとうと言わせてもらうわ。よく、数々の大迷宮とわたくしの、このリューティリス・ハルツィナの用意した試練を乗り越えたわね。あなた達に最大限の敬意を表し、ひどく辛い試練を仕掛けたことを深くお詫び致します」

 

リューティリス・ハルツィナ。どうやら女らしい。どことなくリリアーナのような王女の気品と威厳を持ち合わせているのが印象的だ。樹の幹から出来ているのではっきりとは分からないが、ストレートの髪を中分けにした美人に見える。

 

リューティリスは何故、ここまで苦しい試練を課したのかを話す。彼女は揺るがぬ絆と揺るぎ得る心を知ってもらいたかったらしい。ここまで来れたのならば、自分の心の強さと弱さを分かることが出来たに違いない。それならば、神の見せる甘い誘惑にだって負けることは決してないと語った。

 

確かに様々なメディアで見る悪い神というのは、悪魔のように甘い誘惑を見せてくることが多い。そう考えればこのハルツィナ樹海の大迷宮の試練は理にかなっていると言えよう。

 

「わたくしの与えた神代の魔法〝昇華〟は、全ての〝力〟を最低でも一段進化させる。与えた知識の通りに。けれど、この魔法の真価はもっと別のところにあるわ」

「なに?」

 

そして昇華魔法の説明を始めたリューティリスだが、俺は最後の言葉に思わず反応して声を出してしまった。もっと別のところに真価があると彼女は言った。そうとなれば反応するのも自然である。

 

「昇華魔法は、文字通り全ての〝力〟を昇華させる。それは神代魔法も例外じゃない。生成魔法、重力魔法、魂魄魔法、変成魔法、空間魔法、再生魔法……これらは理の根幹に作用する強大な力。その全てが一段進化し、更に組み合わさることで神代魔法を超える魔法に至る。神の御業とも言うべき魔法──〝概念魔法〟に」

 

彼女は語る。概念魔法とは、その名の通りありとあらゆる概念をこの世に顕現・作用させる魔法だと。概念魔法を使えこなせた者は、この世を好きに作り替えたり壊したり出来るほどの力を得るとの等しいのだと。

 

しかし概念魔法を発動させるためには〝極限の意思〟という何ともフワッとした物を持たなければならないらしい。分かりやすい話が、極限まで怒り狂えば何かしらの概念魔法が生まれるということだろう。

 

「解放者のメンバーでも七人掛りで何十年かけても、たった三つの概念魔法しか生み出すことが出来なかったわ。たった一人で、幾つもの概念魔法を生み出した異世界人も居たけれど……いえ、この話は止めましょう。兎に角、三つの内の一つを貴方の手に」

 

リューティリスがそう言った直後、石版の中央がスライドし奥から懐中時計のようなものが出てきたのでそれを手に取る。表には半透明の蓋の中に同じ長さの針が一本中央に固定されており、裏側にはリューティリス・ハルツィナの紋様が描かれていた。どうやら攻略の証も兼ねているようだ。

 

「名を〝導越の羅針盤〟。込められた概念は〝望んだ場所を指し示す〟よ。全ての神代魔法を手に入れ、そこに確かな意志があるのなら、あなたたちはどこにでも行ける。そう……フミネのようにね。彼女のように、何時でも自由にどこへでも行けるようになれるわ」

「どこへでも……」

「この大迷宮を最初に攻略した者には〝神殺しの矢〟を授けているわ。果たして同胞なのかは分からない。けど、ここまでの大迷宮を全て攻略しているなら目的は同じはずよ。自由な意志のもと、あなた達の進む未来に幸多からんことを祈っているわ」

 

彼女のように。これは俺の母さんのことを示しているのだろう。母さんは生み出すのが難しい概念魔法を幾つも生み出したとんでもない人物ということになるのだが……やはり日本に帰ったら、第一に母さんを質問攻めにしなければならない。聞きたいことが多すぎる。

 

しかしそれ以上に、帰還のための一手が手に入ったことによると歓喜の気持ちが大きかった。流石にこの場から空間魔法を使って元の世界へ帰ることは出来ないが、残る神代魔法もラスト一つだ。この攻略ペースなら、半年以内に帰ることは可能だろう。

 

必要なことは伝えたからなのか、リューティリスの姿は既になく、辺りにはこの場に居る五人の心音だけが響き渡っている。しかしそんなことお構いなしだ。俺は今後どうするかハッキリと決まったことにより、恵里がむくれ顔になって頬をペチペチしてくるまで思案をひたすら練るのだった。

 

──────────────────

 

「音也ぁ!」

「どわっ!? いきなり飛び込んでくるんじゃねえよ……ったく」

「仕方ないでしょう? 雫は寂しがり屋なんだからね」

「ん……夜は寂しそうだった。私も……」

「うむ。妾も寂しかったのじゃ。ご主人様よ、大迷宮攻略で疲れてるんじゃし妾の体で思いっきり発散してもよいんじゃへぶらっ!?」

「やかましいぞ変態」

 

フェアベルゲンの入り口に辿り着いて早々、この騒ぎである。雫は雷顔負けの速度で俺の胸に飛び込み、それを微笑みながら見る露葉さん。さり気なくアピールしてきて愛らしいユエ。相変わらず変態なティオ。

 

俺は思わず顔をしかめながらも、しかし実際は心の底から安心してその光景を見つめている。ちなみにハジメや香織にシアは後方から苦笑いしつつも見守っている。

 

「よお。どうだった?」

「ハジメか……いや、どうもこうもない。そこまで苦労せずに攻略出来たさ。あの悪魔の大群には流石に度肝を抜かれたけどな」

「ああ、あれか……確かに凄かったからな。俺も少しトラウマになってる」

「だろ? 二度と見たくねえよあんな光景」

 

わざとらしく体を震わせて同意してくるハジメ。よほど心に残っているらしい。話を聞けば雫たちも夜な夜なゴキブリの大群に飲み込まれる夢を見ていたらしく、顔には極力出さなかったものの目つきだけは鋭かったらしく、ハジメは本当に生きた心地がしなかったらしい。訓練の一環で模擬戦をやったらしいのだが、雫相手の時は特に死ぬと思ったそうな。

 

「改めて心のケアの大切さを学んだ気がする」

「結構大変なんだぞ。特に雫はこう見えて心に闇を抱えているようなもんだからな」

「あら、もしかして私は貴方にとってお荷物だったかしら……」

「おいおい、誰がそんなこと言った? 人間に欠点の一つや二つあるのは当たり前だし、むしろ欠点があった方が可愛げがあるじゃないか。そうネガティブになるんじゃねえよ、綺麗な顔に皺が増えるぞ?」

 

さり気なく雫のことを抱きしめて耳元で呟く。そのまま顔を真っ赤にした雫の白い髪の毛を撫でていると、すっかり存在を忘れていた恵里が俺の服の裾をクイクイッと引っ張ってきた。

 

そういえば、魔法陣に入って話を聞いていたときに大きな反応を示していたのは恵里だけだったよなあ……なんて思いながら何事かと問う。

 

「いや、帰ってきて早々イチャつくのは良いけどさ。そらそろ休みたいんだ。寝る場所ない?」

「良くも悪くも遠慮ないなお前」

「あら……貴女も甘えられる存在を見つけたのね?」

「そんな睨まないでよ。別に取ろうだなんて思ってないからさ。とても敵わないし、最初から危ない橋を渡りたくはないよ」

 

雫の無言の追求を軽く躱していく恵里。ユエやティオは勿論のこと、露葉さんですら無言の追求を躱すのは苦しいというのに恵里はどこ吹く風である。やはり彼女も常人離れしている。

 

とはいえ何時までもこの場でイチャついていると勇者(笑)からの口撃が飛んできそうだ。相手をするつもりは毛頭ないものの、単に聞くのが面倒くさいので俺は雫に一度離れるように頼んだ。そして滞在先はどこだ?とも問う。

 

すると滞在先は、フェアベルゲンのVIPルーム的な場所であるらしい。どうやらハウリアたちが長老たちに詰め寄ったらしいのだが……この際気にしないでおこう。大方、「ボスとそのお連れが普通の部屋で言いわけねえだろ? ああ?」とでも脅したに違いない。

 

何が起こったのかを把握し、その際に生まれたであろう長老衆の胃の穴をのことを思って俺はため息を付くのだった。

 




少しずつですが、過去に書いた回も訂正を加えて地の文を増やしたり行間を削って読みやすくなるように改良しています。余力があるなら見てくれると嬉しいです()


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第十六楽章 束の間の休息

今回で百話目になります。コロナ休みを使って書き始めた作品ですが、まさかモチベがここまで続くとは思いませんでした()
このまま行くと、あとは氷雪洞窟と神との決戦です。先に言っておくと、氷雪洞窟の虚像対決は音也、露葉、恵里を書きます。ユエたちは基本的に原作の通りになっと、とだけ思っていただけるとありがたいです。


樹海の大迷宮を攻略してから三日が経過した。流石に大迷宮攻略で俺も疲労していたので、久しぶりの休息を目いっぱい楽しむことにしたのだが……夜だけ休むことは叶わなかった。

 

と、言うのも雫たちが夜になるとここ一週間以上会えてなかった分の埋め合わせを要求してきたからだ。埋め合わせ=夜戦なため、当然休む暇はない。二十発辺りから回数を数えるのも止めたため、実際のところ何回ヤッたのかサッパリだ。

 

余談だが、途中乱入してきたティオの事もしっかりと抱いている。出歯亀してきたところを捕まえただけなのだが、それだけで興奮して秘境を濡らしているのを見てこのまま返すわけにも行かない! と決意してしまったのである。その時に抱いていたユエの膣内がキュッと締まったのでそこで一度搾られた。

 

と、まあここまでは「夜戦楽しんでるだけじゃね?」と思うだろう。実際は違う。昼間には新たに覚えた昇華魔法の鍛錬や、昇華魔法を使ったアーティファクトや魔法の強化を行っては模擬戦をしていたのである。

 

「うげえ……お前、イクサにどんな魔改造施したんだ? バーストイクサよりも強いじゃないか」

「俺は何もしてないな。強いて言うなら隠された機能を解放する方法を知っただけだ」

「ああ、中村が元凶だな? 文音さんが実は解放者の一人で、神代魔法で作られたイクサの事を中村が呼び出したオスカーを使って色々調べたってか。相変わらずだな」

 

恵里の呼び出したオスカーの魂が手取り足取り機能解放のやり方を教えてくれたのである。とはいえ、オスカーも全てを知っているわけではなかったらしく、教えてくれたのはほんの一部の能力であると前置きされている。

 

ちなみに解放したのは高速移動装置と魔剤臨界制御装置だ。高速移動装置はその名の通りであるが、魔剤臨界制御装置は黒いイクサに変身した時に注入される薬剤の量を制御、暴走する一歩手前で止める装置だ。また、定期的に脳内をリフレッシュする効果のある薬も投入してくれるので後遺症が少なくて済む。これ一つで黒いイクサを簡単に制御出来るようになるのだ。

 

何故、ここまで秘密にしている部分が多いのか。それは盗難防止らしく、何も知らないバカが使えば即刻自滅してしまうように作られているとか何だとか。

 

「でもよ。ハジメの使うイクサも強化されてないか? 最近は見てなかったが……」

「まあ、流せる魔力の量を五倍近くまで上げてるからな。そりゃ強くなる。あとは昇華させた生成魔法で素材を強化したぐらいだぞ」

「純粋に基礎能力を向上させた感じか。バランス良く強化されていて良いんじゃないか?」

 

ハジメの振り下ろすイクサカリバーを受け取りながら受け答えする。直撃すればかつてのミレディゴーレムですら一撃で破壊されるような攻撃だが、特に問題もなく受け止められるプロトイクサはやはり素晴らしい。

 

「黒イクサ、行くぞ」

「よし来い」

ジェ・ファ・ー・ヴェ・テ・エ・ゴ・ン

 

バチバチと全身から電撃が迸る。この効果はイレギュラーな物であり、本来なら攻撃に用いれるかと言えば疑問符がつくのだが……纏雷を使って入れば問題はない。

 

黒く染まった腕を振るい、ハジメの振るうイクサカリバーを弾き飛ばしながらローリングソバットを決めた。

 

しかしハジメも成長を続けているからか、ローリングソバットを軽く受け流して一気に肉薄し、そのまま裏拳を叩き込んでくる。

 

「チッ!」

「オラァ!」

「させるかっ!」

 

腕をクロスすることで裏拳を受け流し、連撃を叩き込んでくるハジメに対してカウンター気味にイクサナックルを突き出して距離を取る。ナックルから射出された衝撃波の撃発を使って浮き上がった俺は、地上へ到達するまでにナックルフエッスルをベルトに差し込んで内にガコンと動かした。

 

「終わらせるぞ!」

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「やらせねえ!」

イ・ク・サ・カ・リ・バ・ー・ラ・イ・ズ・アッ・プ

 

高速機動装置をオンにして〝無拍子〟並みの速度でハジメに接近する俺。それを迎撃すべく、八相の構えで待ち構えるハジメ。両イクサから巻き起こる電撃による暴風によって辺りの木々は忙しなく揺れている。

 

姿勢を低くして突撃した俺に対し、ハジメは普段は見ない下段からの斬り上げによって地面ごと抉って俺のことを潰しに来た。流石に足場が崩されては真っ直ぐ突撃出来ないので、俺は仕方なしに“崩れた地面の欠片を渡り歩いて”ハジメの元へと向かった。

 

「相変わらず化け物だなおい!」

「お褒めの言葉をどうも……!」

「褒めてねえ!」

 

イクサカリバーに残された余剰エネルギーを飛ばしながら悪態をつくハジメさん。悪態つきながらも飛ばされるエネルギー波は正確無比であり、ほんの一瞬の油断で直撃するだろう。

 

「だが、これで幕引きだ!」

 

場面に思いっきりイクサナックルを叩き付ける。普段のイクサなら電磁波が地面を伝って地上に居る敵を足から焼き尽くすだけだが、黒いイクサならば一味違う。

 

ドパン! ドパンッ! ドパアン!

 

「げえ!? 地面から電磁波の壁だと!?」

「重力魔法で集束してるからピンポイントで狙えるんだ。便利だろ?」

「勘弁してくれ。死ぬかと思ったぞ」

 

何とか電磁波の壁を避けきったハジメが変身解除する。俺もそれを見て変身を解除した。どうやら黒いイクサの副作用はほぼ完璧に潰せているらしく、今回は暴走することなく戦闘を継続することも出来た。

 

「しかしまあ、黒いイクサは凄まじいな。流石にダークキバ程ではないが、それでも驚異度は数倍に跳ね上がってるはずだ」

「そっちのイクサもな。純粋に出力が上がってるから以前よりも大きく避けないとこっちが倒されかねないぞ」

 

順当にお互いが強化されたことに喜びながらイクサがどうだったかを話す。そのまま「こんな機能を付ければ良くなるかも?」という話を始めると終点が見えなくなり、結果的にユエに血を吸われるまで終わることがなかった。

 

頬を膨らませて不満を表現するユエを愛らしく思いながら話しかける。

 

「悪い悪い。つい夢中になりすぎた」

「むう……以前もこんなことあった」

「悪かったよ。埋め合わせは……これからするさ。なあハジメ、夕食はもうちょい後だよな?」

「お、そうだな。何か考えがあるのか?」

「ちょっとオムライスを振る舞おうと思ってな。ハウリアや雫たちにも伝えてといてくれ」

 

宝物庫から調理道具や材料を取り出しながらハジメに伝言を頼み、ユエの事は背中に背負う。それなりにある何処かの柔らかな感覚がちょっと気になるが、俺は極力無視して調理を開始した。

 

重力魔法で空中に浮遊させている炊飯器モドキを使ってまずは米を炊き、その間に鶏肉と玉ネギを食べやすいように小さく切り刻む。

 

「ユエ、少しバターを持っててくれ」

「ん……これからどうするの?」

「フライパンで溶かす。んで其処へさっきの鶏肉と玉ネギを投入して炒めるんだ。鶏肉の色が変わって玉ネギが透き通ってきたら塩と胡椒を適量入れてから米も入れて混ぜる」

「それで、どうする?」

「米がパラパラになったらケチャップモドキを加えて全体に行き渡るように炒める」

「なるほど……でも音也。右手では何の料理をしているの?」

「こっちはオムライスの“オム”の部分だな。まあ見てなよ。すぐに全員分作るから」

 

魔法をフル活用して数十人分のオムライスを一気に制作していく。神代魔法も贅沢に使って調理していく様は、夕食中ユエに「神業」とだけ伝えられた。

 

──────────────────

オマケ

 

「音也、ご馳走さま」

「あ、ユエ。お粗末さまだ」

 

夜になり、食器を洗ってから片付けて散歩している俺の元へユエがやって来た。風呂に入っていたのか髪の毛が少し乱れている。

 

「ほれ、髪の毛梳かしてやるからこっち来い」

「ん……ありがとう」

「雫たちの髪の毛を梳かすようになってから櫛がすっかり必須アイテムになってしまったなあ」

 

適当な木の幹に腰をかけてユエを膝に座らせる。そしてサラサラと手触りの良いユエの髪の毛を櫛で梳かしていった。皆の髪の毛は一切突っかかることなく櫛はスーッと抜けていくため、俺もなんだかんだ楽しんでいたりする。

 

「気持ちいい……音也、上手」

「そりゃどうも。しかしまあ……こうしてみれば、人も亜人も変わらねえな」

「どういうこと?」

「大したことはないさ。ただ単純に、人も亜人も変わらないんだなって思っただけだ」

 

この世界に限らず、人間はほんの少し見た目が違うという理由で差別をする。しかし、いざ深く関わってみればどうだろう。ユエもシアも、ティオだって本質的には人間と変わらないのだ。

 

亜人だとか、果ての先には魔人だとかで差別するだなんて下らない。ただのバカ共だ。

 

「……音也の考え方、この世界では珍しい。でも、そんな音也が私は大好き」

「面と向かって言われると照れくさいなあ」

 

髪を梳き終わるとユエが対面座位で俺のことを見つめつつもストレートに愛情表現をしてきた。デフォルトの無表情ではなく、少し微笑んで頬を赤らめながら愛情表現してくるところがまた、とても愛らしく思える。

 

俺は笑みを深めると、ユエの後頭部に軽く手を添えて俺の眼前まで近づけた。驚いた表情をするユエに構わず彼女の唇を奪い、思う存分堪能する。

 

「ぷはっ……音也、不意打ち」

「今日はオムライスの味がするな。いつ食べてもお前たちは美味しい……って何だこの発言」

「くふふ、どんな音也も素敵」

「おいおい、そんなこと言われたら歯止め利かなくなっちまうぞ?」

 

一回り小さいユエを芝生の上に押し倒す。木々の間から溢れる月明かりに照らされるユエの姿は、どこか幻想的で神々しい物を感じる。が、それと同時に可愛らしさと愛おしさも感じた。

 

完全に本能が理性を上回った俺は、ユエの服を少しずつ脱がしながら愛撫を開始。快感に喘ぐユエを見て一つずつタガが外れていくのを感じる。

 

「あ……はあ……おとや、すごいぃ」

「おいおい、ここをこんなに濡らして……そんなに欲しいのか?」

「お願い……音也の、頂戴……」

「クッフフ……まだ、ダメに決まってるだろ?」

「え……」

 

期待からか、ビンビンに勃起しているユエの陰核を徹底的に弄る。不意打ちに近い形で再開された愛撫は、ユエがもの凄い喘ぎ声を発したことによって効果が実証された。

 

「あ、はあん! いじ……わるぅ」

「普段ユエにはペースを握られっぱなしだからな。たまには受けに回ってみればどうだ?」

「んう……音也は夜の超戦士。受けだと私が一方的に封殺されるからひゃんっ!?」

「隙あり。さあ……今夜は寝かせないからな?」

 

このあと滅茶苦茶ヤッた。夜半を過ぎてから雫も乱入してきたので、久しぶりの音也×雫×ユエの乱交が始まったのは言うまでもない。

 




ブロウクン・ファングを使って地面から電磁波の壁を作り出す技の元ネタはテリー・ボガードのパワーゲイザーからです(分かる人居る?)
節目の百話目を向かえましたが、今後もゆっくりとですが書き続けて行きますので最後までお付き合いしていただけると嬉しいです。


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第六章 真意と氷雪洞窟編
第一楽章 氷雪洞窟


お待たせしました。氷雪洞窟編スタートです。この章は人が多いので描写に苦労することが予想されます。投稿ペースがかなり乱れるかもしれませんが、ここまで来たからには完結させるつもりですので最後までお付き合いしていただけると嬉しいです。


一面白銀の世界。【シュネー雪原】に入って抱いた感想はそんなところである。

 

【シュネー雪原】は【ライセン大峡谷】によって真っ二つに分けられる大陸南側、その東にある一大雪原だ。年中曇天に覆われており、雪が降らない日が極まれにあるくらいで晴れることはなく、ずっと雪と氷で覆われた大地が続いている。

 

東の【ハルツィナ樹海】と南大陸中央に位置する魔人族の国ガーランド魔王国の間に挟まれており、どういうわけかそこに壁でもあるかのようにピタリと雲も氷雪も突然区切れているという不思議な場所だ。おかげで、樹海にも魔国にも氷雪被害は一切ない。

 

その雪原の奥地にかなり大きな峡谷がある。氷と雪で出来た峡谷だ。その峡谷の先に最後の大迷宮である【氷雪洞窟】がある。

 

さて、俺たちは現在クソ寒い雪原をえっちらおっちら歩いてる……とでも思ったか? 

 

「雪原を歩くのが辛いなら雪すら届かない高高度を飛行する。常識だな」

「音也くんって常識が通じないよね……お姉さん悲しいよ」

 

言わずもがな、二式大艇を使って高高度を移動中である。ちなみに光輝たちも同行している。とても同じ飛行艇内で共存出来るとは思えないため、恵里を除いた三人はハジメの操るもう片方の大艇に搭乗している。

 

何故役に立たない光輝たちも同行しているのかというと……鈴が頼み込んで来たからだ。曰く、恵里がここまで強くなったのに自分は弱い。ほんの少しでも親友の役に立てるように強くなりたいと必死の形相で頼み込んで来たのである。

 

そして其処へ便乗するかのように光輝と龍太郎も頼み込んで来た。受け答えが面倒くさかった俺は二つ返事で了承してしまった、というわけだ。

 

「ところでその羅針盤。どんな感じがした?」

「ああ、これか? 単に羅針盤の針が望んだ場所に向くだけじゃなく、何となく目的の場所とかそこまでの距離とかが感覚で分かる」

「……それ、凄くない?」

「なんなら俺たちが住んでいた地球の位置も何となくだが分かったしな」

 

概念魔法が想像以上にぶっ飛んでたことを露葉さんに伝えながら氷雪洞窟までの距離を測る。大体ここから二十分ぐらいだろうか。

 

「とりあえず降りる準備しておこう。今回は大火山の二の轍を踏まないように対策をしてきたんだ」

「対策? そういえば大火山は暑くてとても辛かった思い出があるけど……」

「姉さんはまだマシな方でしょ。私は熱中症でわりかし危なかったんだから」

「僕も急な気温変化は苦手かな。日本に居た頃はしょっちゅう風邪をひいてたよ」

「……でも、ティオは大丈夫そうだった」

「妾は熱い場所は得意だからのお。逆に寒いのは苦手なんじゃが、ご主人様はその対策をしたということかの?」

「そうだな。とりあえずこいつを持っていてくれ」

「これは……雪の結晶かしら?」

「制作者はハジメだが、デザインは俺が考えた」

 

防寒用アーティファクトのペンダントを手渡しながら降りれる場所を探す。ちなみに俺もヴァイオリンを使えばある程度は〝錬成〟が出来たりする。

 

そんなこんなしているうちに、氷雪洞窟の入り口の真正面に直接“飛び降りれる”場所を見つけた。無線を使ってハジメの二式大艇を誘導し、非常脱出口に全員を集合させる。勿論、外は大吹雪なためコートを着込んでいる。防寒用アーティファクトのペンダントは一定範囲を快適に過ごせる温度にするだけだ。軽く厚着はしておいた方が安心である。

 

「んじゃ、飛び降りるからな」

「音也は最後よね。私たちが先に行くわ」

「ん……フリーフォール」

「高所大好きだからこれはご褒美ね。楽しみだわ」

「どのぐらい高さがあるのかのお。妾、落ちるときに感じる風が好きなんじゃよ」

「……なんかチート軍団に放り込まれると常識が何なのか考える事になるね」

 

恵里だけは表情が暗いが、特に何事もなく彼女たちは真下へ飛び降りていった。隣を見れば、ハジメたちも既に降下を開始しているらしい。一機、二式大艇が目の前から消えた。

 

「よし、俺も行くか」

 

軽い調子で呟くと、空中で二式大艇を回収しながら真下へ降下する。ちなみに高度は五千メートル弱だ。軍用機で言えば中高度程度だったりする。

 

空中でグルングルン回転しながら生命維持装置にもなるイクサベルトを巻き、宝物庫からティーガーIIを取り出して真下に蹴り飛ばす。この程度の高度から墜落して壊れるほど柔な戦車ではないのである。

 

人力で五千メートルをフリーフォールするならそれなりに時間がかかる。俺は頬に当たる風を心地よく感じながらも重力に身を任せるのだった。

 

──────────────────

入り口の目の前に飛び降りたことにより、難なく入ることが出来た七大迷宮の一つ【氷雪洞窟】、そこはまるで、ミラーハウスのようだった。

 

大迷宮らしく中の通路はかなりの広さがあり、横に十人並んでもまだ余裕がありそうなほどだ。

 

しかし、全ての壁がクリスタルのように透明度の高い氷で出来ており、そこに反射する人影によって実際の人数より多くの人がいるように錯覚してしまう。結果、その広さに反して、どうにも手狭に感じてしまうという不思議な内部構造だった。

 

「しかも触れたら温度関係なく凍傷を起こす雪が常に飛来してる、と。面倒くさい迷宮だなあ」

「水筒なんかに飲み水を入れてきたら取り出した瞬間に凍っちまうぐらい寒いしな。その辺の氷を溶かして飲み水にするにも、炎系の魔法の効果を激減させる仕掛けがあるらしいから確保するのも一苦労しそうだ」

「宝物庫に水を入れて、防寒対策用アーティファクトの中に入っておけば問題はないけどな。改めてアーティファクトは凄いと思ったぞ」

 

所々で見受けられる、眠ったような姿で氷の壁に埋め込まれた人間や魔人を見て尚更アーティファクトは素晴らしいと思える。飲み水を確保しようとしたら、そのまま眠くなって人生終了なんて絶対にやりたくない。

 

そんなことを考えながら羅針盤の指し示す方へ向かって歩くこと数十分。俺たちは四辻に出てきた。どの通路も同じ大きさで高さも横幅も十メートルくらいある。

 

と、ここで俺の研ぎ澄まされた耳とシアのウサ耳が何かを捉えた。シアはウサ耳をピコピコと動かしながら目元を剣呑に細めている。俺も耳に入ってくる音に警戒心を強めながらヴァイオリンを取り出した。

 

「……敵だな?」

「そうだ。四辻全方向から詰め寄ってきている。正体は恐らく途中で見た、氷の壁に埋め込まれていた死体たちだ」

「死体だと? ゾンビってことか」

「正確にはフロストゾンビだな。どうやら魔石はここから五百メートルは先にある。それを壊さない限りはゾンビ共と永遠に戦わないといけないっぽいぞ」

「と、すれば……強行突破だな。羅針盤貸してくれ。マウスを使って俺が先行する」

「任せた。俺は車体前部に乗って露払いしておく」

 

数秒の間に次の行動を思案、可決する俺とハジメ。すぐに頷き合うとハジメは超重戦車マウスを取り出して中に乗り込み、それに反応した香織やシアも乗せて発進を開始した。

 

「全員あの戦車を追いかけろ! 縮地よりは遅い速度だから余裕で付いてこれるはずだぞ!」

「紅。僕も手伝うよ」

「ならこっちに来い。挟み撃ちされる前にここを離脱するからな!」

 

砲塔を避けながら車体前部に飛び乗った俺は、隣にやって来た恵理に演奏を始めるとだけ伝えた。反応したかは分からないが、了承の意を含んだ笑みを見せてくれたので問題ないだろう。

 

俺はピアノソナタ“悲愴”の第三楽章を弾き始めた。少し遅れて恵理が悲愴の副旋律を弾き始める。

 

特殊効果云々を作り出すのではなく、とりあえず殲滅するために発射される、炎系統を除いた様々な魔法弾。マシンガンのようにヴァイオリンから射出される魔法弾を追従するように、マウスの主砲が火を噴いた。

 

弾薬を対魔物誘導ミサイルという発射したが最後命中するまで追尾を続ける弾薬にチェンジしたことが幸いしたのか、ヴァイオリンから発射される魔法弾が取りこぼしたフロストゾンビを確実に一時的な戦闘不能まで追い込む。魔石を撃ち抜いたわけではないのでフロストゾンビは時が巻き戻るかのような再生を見せているもののゾンビという性質上、両腕をだらりと垂らしてゆっくりと歩み寄ってくる。

 

そんな速度では、一般道を走行する車並みの速度で爆走しているマウスに追いつくわけがない。あるいは引き離され、あるいは引き潰されて突破を難なく許してくれた。

 

「ハジメ。あとどのくらいだ?」

「もうすぐそこだ。ラストスパートでぶっ飛ばすから振り落とされるなよ」

 

ミサイルを乱射することによって日頃のストレスが発散されたのか、普段よりもワントーン高い声のハジメ。そんなハジメに微笑みつつ、俺は目の前に立ち塞がる“障害”に対しての殺意を緩めることはなかった。

 




次回はフロストタートル辺りを描写します。ちなみに書いてませんが、勇者たちはハジメから強化アーティファクトを受け取っていることを認知しておいてください。


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第二楽章 フロストタートル

もうタグにペルソナ3と入れてしまおうか……恵理の能力が殆どペルソナ3と被ってるんですよね。勿論全てではないですが()
それと、仮面ライダーイクサのタグが付いた作品はこの作品だけでした。ビックリ()


一分が数分に感じるほど息をつく間もなく現れるフロストゾンビを蹴散らし、少しウンザリしてきたところでようやくハジメから連絡が届いた。

 

「もうすぐ其処だ。十秒ぐらいで到着する」

「やっとか……」

「そろそろウンザリしてきたとこだよ。まったく、ゴキブリみたいだね」

 

やがて突入した場所は、東京ドーム並みの広さはありそうな空間だった。ハジメの持つ羅針盤をチェックしたところ、フロストゾンビたちを動かしているはずの魔石の場所はこの部屋だと指し示されていた。正確には、俺たちが入ってきた入口と対面にある氷壁からだ。

 

「見つけた。あれならマウスで撃ち抜けるだろ?」

「当たり前だ。ここまでくれば俺にも見える」

「……だが、一筋縄ではいかないらしいな」

 

俺がほんの少しの間黙ってからそんなことを告げる。と、いうのも俺の義眼には大量の魔力反応が映っており、その主たちは天井から降下してきていると明確に示していたからだ。

 

いや、上からだけではない。魔石の反応がある氷壁からはフロストウルフやフロストキャットが飛び出してきている。先ほどから降下してきている反応はフロストイーグルの物だ。そして、氷壁自体はフロストタートルへと姿を変えていく。

 

「おい勇者(笑)。お前らパーティーでフロストタートルをぶちのめせ」

「え、は? な、何で、俺?」

「何で? じゃねえよ。お前等、ここに何しに来たんだよ。このまま俺達が一掃したらお前等が付いて来た意味ないだろうが」

「っ……ああ、そうだな。その通りだ!」

「お前が一番近接火力はあるんだから簡単にくたばるなよ。後の三人はサポートしつつ、何とかして魔石を破壊してこい。それまでこの雑魚は俺たちが引き受ける。腑抜けやがったら俺がさくっと殺っちまうからな?」

 

ファンガイアスレイヤーとファンガイアバスターを駆使して特攻してくるフロストイーグルを撃墜しながら光輝に発破をかける。

 

「大丈夫だ。俺だってやれる! 絶対に倒して見せる!」

「その意気だぜ光輝! 俺も手伝うからな!」

「防御は任せて! 全部、防いでみせるよ!」

「暑苦しいねえ……ま、たまには悪くないけど」

 

前衛に光輝と龍太郎。中衛に恵理。後衛に鈴。比較的安定した布陣である。光輝は聖剣を構え、龍太郎は口角を二っと上げながら拳を握る。恵里は拳銃をこめかみに突きつけ、鈴はハジメからもらったであろう鉄扇を正眼に構えた。

 

ドパンッ! バリン!!

 

「来たれ “アルテミス”!」

 

恵里が拳銃の引き金を引いたと同時に上げた叫び声を合図にして光輝と龍太郎が突貫する。目の前に立ち塞がった魔物を一刀一拳によって地に沈め、一気にフロストタートルへと接近した。

 

直後、フロストタートルの赤黒い双眸がギラギラと輝き始めた。すると、光輝達の通った後の道を埋めていくように、魔物達が再生し始める。

 

「させるか! お前の相手は俺だ! 〝天翔閃・震〟!!」

「おっと、どこ見てやがる。お前の相手は一人だけじゃないぜ!」

 

曲線を描く光の斬撃が、凄絶な衝撃波を撒き散らしながら砲撃のように飛び、不気味な輝きを見せるフロストタートルの眼に直撃する。斬撃が片目を切り裂き、その傷口を抉るように衝撃波が襲いかかる。さらに集中強化された拳がフロストタートルの分厚い甲羅を軽く打ち砕き、オマケとばかりに蹴り飛ばして体勢を崩してしまった。

 

怒り狂うフロストタートルは大口を開けて絶対零度の吹雪を吐き出してきた。直撃すれば防寒用アーティファクトを身に着けていたとしても一瞬で氷漬けになってしまうだろう。しかしそんな未来は鈴が許さない。

 

「流れる水の如く、廻る風の如く――〝聖絶・散〟!!」

 

エネルギーを散らす性質を持った聖絶を展開する鈴。輝く障壁が全面に展開され、直後、衝撃と共に絶対零度の吹雪が衝突した。ゴゥ!! と凄まじい衝撃を奔らせる吹雪だったが、波紋を広げる聖絶を前に、そのエネルギーを分散させられてしまい突破することは叶わない。

 

「射貫け、アルテミス。〝月矢・連〟!」

 

カウンターとばかりに恵里が召喚した月の女神アルテミスが金色の矢を発射した。矢は途中で拡散し、それぞれが意思を持っているかのようにフロストイーグルや俺の目の前にいたフロストウルフを撃ち抜いていく。一発一発がハジメの扱うドンナー並みの破壊力を誇っており、しかも再生能力を遅らせる効果を付与したらしく、撃ち抜いて崩れ落ちた魔物の山が出来上がっている。

 

「光輝、最大威力の〝神威〟をお願いするよ」

「最大威力の〝神威〟か……三十秒はかかるぞ」

「そのぐらいの時間稼ぎなら余裕だから、喋っていないで早くしなよ……全く。アルテミス、やれ。〝聖月・絶〟」

「うわ、恵里の結界えげつなくない? 結界師の鈴はいらない子なんじゃないかと思ってしまうよ」

 

あきれ果てたとばかりに大げさに肩をすくめる鈴。それもそのはず、恵理が展開した結界は超広範囲に渡って空間を包み込むドームと化しており、しかもその堅さは鈴の展開する物と遜色ないレベルである。ちなみに鈴の意見は俺の意見を代弁していたりする。何度も再生する魔物をファンガイアスレイヤーで胴体ごと粉砕するかファンガイアバスターで頭蓋骨を撃ち抜きながら恵里の成長度合いに驚いた。

 

それにしても恵里が召喚する魂。この前は解放者だったが、今回は俺たちの世界でよく知られている神を召喚している。

 

「なあ恵里。この世界の神ってのは俺たちのよく知る神様なのか?」

「なんかそうみたい。同姓同名の別人っぽいけど、使える能力は恐らく同じだよ。ただ不思議なのは、誰一人としてエヒトとやらの名前を出さないんだよね」

「へえ、成程な。そうなるとエヒトって何なんだろうな」

 

呑気に会話をしながら魔物を蹴散らしていく。雫たちも特に表情を変えずに対処しており、少し飽きてきたのか魅せプレイを始めている者も何人か見受けられる。

 

既に一人千匹ずつは粉砕したであろう時間が経過した頃、ようやく光輝の詠唱が完了したらしい。彼の聖剣は、螺旋を描いて集束する恒星の如き莫大な光を纏っていた。

 

「龍太郎! 下がれ! 行くぞ、化け物! ――〝神威〟!!」

 

燦然と輝く光そのものと表現すべき聖剣をググッと突きの形で後方へ引き絞った光輝は、最後の詠唱と同時に、〝空力〟で踏みしめた空中の足場を粉砕する勢いで踏み込み、眼下のフロストタートルを討滅せんと光の剣を突き出した。

 

ドォオオオオオオオオッ!!

 

見た目だけならティオのブレスにも匹敵する勢いでフロストタートルへ直撃する、光輝が持てる全ての力を振り絞った〝神威〟。ハジメのアーティファクトを使用していることもあり、破壊力は十分である。

 

一瞬にしてフロストタートルの障壁を貫通した純白の砲撃は、狙い違わずフロストタートルの魔石へと直撃した。ビキビキ! と嫌な音を立ててヒビが入っていく魔石の音を聞いた俺は、とりあえずこの試練は問題ないだろうと確信した。

 

「クワァアアアアアアアアアアアアアアアアンッ!!!!」

「このまま消えてくれぇ!! 俺は、俺にはっ! 力が必要なんだぁああああ!!!」

「力みすぎだよ、光輝くん。〝月矢・集〟」

 

ダメ押しとばかりに光輝の繰り出す純白の砲撃を突き抜けて恵理の発射した金色の矢がフロストタートルの魔石に突き刺さった。バキッ! とより一層大きなヒビを作ったことによって力が抜けたフロストタートル。生まれた莫大な隙を、光輝であっても見逃すことはなかった。

 

ドパァアアアアアアアアアアアアッ!!!

 

純白の砲撃が完全にフロストタートルを呑み込み、周囲の地面や壁ごと粉砕して奥へと突き抜けていった。魔石の反応はなく、完全に撃退に成功したらしい。

 

その証拠として、この広い空間を満たしていたおびただしい数の魔物たちが一斉にその姿を崩していった。部屋全体に、ガラガラと唯の氷塊となった魔物たちの崩壊する音が響き渡る。

 

「や、やった…はぁはぁ……倒した…俺が……」

「光輝くん! 大丈夫?」

「鈴……すまない、肩を貸してくれ。まだ警戒しないといけないだろ?」

「香織、早いところ回復させてやれ」

「気は進まないけど……分かったよ。〝聖典〟」

 

気乗りしない顔で光輝のことを癒した香織。そういえば彼女も光輝のことは見限っていたことをすっかり忘れていた。しかし嫌な顔はしながらも、しっかりと体力や魔力は回復させる香織。

 

そんな様子を見ながらも俺は周囲を見渡す。どうやら先ほどまで魔石が刺さってた場所にいつの間にか人が数十人は通れるぐらいの空間が出来ており、その奥にはさらに通路が続いているらしい。

 

「少し休んだら先進むか。まだまだ先は長そうだからな」

「そ、そうか。しかし……あの魔物を俺が倒しても良かったのか? 紅たちが大迷宮に認められないかもしれないだろ?」

「ああ、そこは大丈夫だ。コンセプト的に重要視されてないであろう試練だったし、念の為千匹ずつは粉砕しているからな」

 

あっけらかんと答える。そんな俺の様子に何故か光輝の表情が暗くなったのだが、別に興味をこれ以上持つこともないのでサクッと無視をした。

 

もっとも、そんな俺の態度を彼が許すかどうかはまた別の問題である。

 




火曜から木曜まで中間テストですので、更新が少し滞る可能性が高いです。息抜き程度に執筆はしますが、四日の間にこの作品かもう一方の作品が一話更新されていたら良い方だと思って頂けると幸いです。


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第三楽章 大迷宮の中の大迷宮

テスト期間中ですが、登下校の電車内で書き上げてしまったので出しておきます。ちなみに私は文系なのですが、唯一ある理系科目の化学で死にかけました。読者さんの中でテストが近い人がいましたら、早めに準備を始めることを強くお勧めします()


通路を抜けた先にあったのは、先の見えないラビリンスだった。

 

壁で区切られ上が吹き抜けとなっている、アスレチックパークなどでよく見る迷路そのままだが、その規模は冗談のようだ。見える先だけでも確実に一キロはあり、そこから先は雪煙で見えなくなっているのだが、横幅が確実に十キロメートルはあるので、おそらく奥行もそれくらいあるのだろう。

 

「方向は……あっちか。羅針盤があるから迷路が迷路じゃなくなってるな」

「マジかよ。創設者涙目じゃねえか。こいつがライセン大迷宮の時にあれば楽だったんだけどなあ。あいつ、わざとハルツィナに預けてたよな」

「ん……ミレディのことだから仕方ない。底意地の悪さは一級品」

「ですねえ。それにしてもあの時からもう数ヶ月ですか。時が経つのは速いですねぇ」

 

当時そこそこ苦労したことを思い出して語り合う俺たち。そんなことをしながらも俺は九九艦爆を十機近く飛ばして奇襲攻撃を仕掛けるて待ち構える魔物を蹴散らしていく。

 

遠くで爆発音が響き渡るのを感じながら俺たちは迷宮の中の迷路をテクテクと歩く。ミラーハウスのように壁には俺たちの姿が映し出されており、普通に手探りで探せばあっという間に集中が途切れてしまうだろう。

 

「どいつもこいつも良い性格してるよな。俺たちがイレギュラーな存在で本当に良かった」

「あら、珍しいわね。音也がイレギュラーな存在であることに感謝するなんて」

「でも分からなくもないよ。音也くんやハジメくんが居なかったらどの大迷宮も攻略出来たか分からないからね」

 

両手に侍らせている雫と露葉さんの言葉を軽く聞き流しながら音を聞いて気配を探る。と、その時である。氷壁の内側から何やら反応があった。

 

すぐに顔を引き締めると、露葉さんに合図を送って殲滅を任せる。露葉さんはニコリとそれはもう魅力的な微笑みを見せると、手にした和傘をクルリと回して右肩に軽く乗せた。

 

それと同時に氷壁の内側からブルータルモドキ、またの名をフロストオーガが五体ほど現れた。

 

「「「「「グォオオオオオッ!!」」」」」

「あらあら、大したことなさそうね」

「お、おい紅。助けなくても良いのか?」

「お前の目は節穴か? 露葉さんは雫の姉貴だ。お前が思っている数十倍は強い」

 

悠然と歩いてフロストオーガたちに近づき、自然な動作でフロストオーガを一体ヒョイと和傘の上に持ち上げる露葉さん。困惑顔のフロストオーガたちに構わず露葉さんは和傘を大道芸のようにクルクルと回し、目を回したことを確認するとポイッと空中に投げ捨てた。

 

そして軽く指を弾いて仕込み針を飛ばし、的確にフロストオーガの心臓部に突き刺して絶命させる。何とも鮮やかな動きだ。

 

「“爆雷の術”」

 

そして一言呟くと、和傘を空中に投げ捨てて錦糸のような目に見えないくらい細い糸をフワリと宙に浮かせてから忍術のトリガーを引いた。

 

途端に糸が絡みついたフロストオーガからバリバリバリバリ! と纏雷をモロに食らったようの音が鳴り響いた。原理は不明だが、糸を通して凄まじい電気を流したのだろう。

 

「ふう……こんなものかしら?」

 

降下してきた和傘を手にしてそんなことを呟く露葉さん。光輝や龍太郎は唖然としており、鈴に関しては「お姉様……」なんて言っている。精神状態がマトモなのは恵理だけかもしれない。

 

しかし、それだけ露葉さんは強く魅力的である。それは間違いない。俺たちの中ではティオの次に年長者であり、普段は変態なティオよりも落ち着いているため実質まとめ役のお姉さんだ。

 

その見返りとして姉妹丼を食べさせられるのはよく分からないが……案外ちゃっかりしてる所があるのだろう。

 

「どうやら注意すべきは氷壁からの奇襲攻撃だけみたいだな。まあ、気をつけていれば大した強さではないから瞬殺できるだろうが」

「多分、勇者くんでも単騎で行けるよ。そのぐらい弱いから」

 

露葉さんがさり気なく光輝に爆弾を落とす。彼女もまた、光輝のことは嫌いなのだ。彼が原因で可愛い妹がいじめられたともなれば仕方のないことだろう。

 

その後、唐突に氷の槍が突き出すトラップや、氷壁そのものが倒れてくるトラップなど様々な迷宮らしいトラップと、奇襲をかけてくる魔物共を突破し探索を続けること十二時間。

 

俺たちの目の前には氷で生成された巨大な両開きの扉がある突き当たりに出くわした。茨と薔薇のような花の意匠が細やかに彫られており、四つほど大きな円形の穴が空いている。

 

「なるほど、セオリー通りなら如何にもな穴にはめ込む鍵を持ってくると……」

「一端休憩しないか? 歩き始めてから既に半日が経つ。勇者(笑)の体力も限界だろ」

「だな。ここらで一休みと行こう」

 

ハジメの言葉に頷いて、俺は宝物庫から大きな天幕を取り出した。奇襲に備えて壁はないが、下は床暖房な上に、支柱それぞれを結ぶように結界と冷気を遮断する機能が施されているので、実質、室内にいるのと変わらないという優れものだ。

 

これを一人で作りきったハジメには脱帽である。大迷宮で休むが故に土足で上がるのだが、部屋の絨毯からコタツの中まで全て〝再生魔法〟が組み込まれた鉱石の欠片が裏地に貼り付けられており、常時浄化してくれるのだ。

 

「炬燵は最高だわあ……」

「ふふ、雫ったらほにゃほにゃになってる。でも視覚的には寒かったからね……暖まりたいわ」

「ん……同意。でもキバット、炬燵の中に潜り込むのは良くない。猫みたい」

 

早速炬燵の中へ入っていく雫たち。何人かは既に真冬の昼間に見られる幸せそうな顔をして、周囲の空気ごと癒しに来ている。

 

俺はと言うとシアを呼んで備え付けの台所に入り、料理を開始した。宝物庫から【海上の町エリセン】で仕入れた魚介類や野菜を取り出して魔法類を駆使しながら調理を始める。

 

「すまん、魚介類を頼めるか? 鍋を作りたいんだが」

「任せてください! 漬けダレはポン酢風味で良いですかね?」

「その辺は一任する。兎に角任せたぞ」

 

食べやすい大きさに野菜を切って味付けをし、栄養バランスの良いサラダをサッと作り上げる。さらに【湖畔の町ウル】で仕入れた白米を炊いてなるべく日本人らしい食事の準備が整ったところで、シアも準備が終わったらしい。

 

出汁を取ってから材料を放り込み、グツグツと煮立てる鍋の中を見ながら普段はあまりやらないシアとの雑談を始める。

 

「なあ、最近ハジメとはどうだ?」

「順調その物ですよお。最近はすっかり優しくなって、香織さん優先なのは変わりませんけど私にもしっかりと構ってくれますねぇ」

「香織優先なのは……仕方ないわな。元の世界にいた頃から相思相愛だったし」

「香織さんとは見ている私が熱くなるぐらいにラブラブですからねぇ。あ、でもハジメさんから『香織みたいに燃えるような気持ちではない。でも穏やかで愛しく思えるのがシアだ』って言われたんですよ!」

 

シアの言葉を聞いてなるほどと思う。彼にとっての二人は、太陽のように情熱的な気持ちを持っているのが香織であり、月のように優しく穏やかな愛情を持つのがシアということだ。きっと彼なりに考えて出した答えであり、覚悟も決まったのだろう。

 

「そうか。ようやく報われたなあ」

「はい! 諦めなくて本当によかったですぅ!」

 

誰が見ても惚れそうなぐらい素敵な笑顔を見せたシア。あの頃の、泣き虫で甘えることしかできなかった弱虫なウサギはもうどこにもいない。俺の目の前には、随分と逞しくなった頼もしいウサギがいるだけだ。

 

「良い顔するようなったな。本当に良かった。さて……おしゃべりはこの辺までにして、そろそろ鍋を持っていこうか」

「はいですぅ!」

 

鍋を魔法で浮かしてシアに笑いかける。シアもまた笑顔を作ると皿を重ねて先に台所を出た。天真爛漫を絵にしたかのような、明るく元気をもらえる声で「みなさ~ん、ごはんですよぉ!」と言いながら。

 

そんなシアを見て俺はクスリともう一度笑うと、今度こそ台所を後にしてお腹を空かせている雫たちに出来立ての鍋と白米を持っていくのだった。

 




次回は……いつになるかなあ()
未確定ですが、出せそうなら出しますのでよろしくお願いします


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第四楽章 深層心理

ユニークアクセス数が160000を超えました(迫真)
テストも折り返し地点ですが、小説は書きます。息抜きのつもりで書いてたらいつの間にか完成してるっていう()


ふわふわ。ぽわぽわ。この場を表す擬音があるとすれば、これしか思い浮かばない。

 

「うむ、やっぱり美味いな。シアの作る料理は相変わらず別品だ」

「えへへ、ありがとうございますぅ!」

「ほら音也、あ~ん」

「あむ……んん。しかし炬燵で食べる鍋は格別に美味い。こうして大人数で囲むなら尚更な」

「今度はこっち。音也、あ~ん」

「うむ……んぐ。ありがとうユエ。しかし最近は全員に独占欲が出てきたなあ。雫やユエ、露葉さんは勿論のこと。ティオにだって独占欲を持ってしまうよ」

「そ、それは本当かの!?」

「ああ。どうやら俺は最低な野郎らしいが……残念なことにあれもこれもと欲しがってしまうらしい。罪な人間になっちまったよ」

 

複雑そうな心境の光輝たちを尻目に、俺は存分に自分の嫁たちとイチャつきまくる。それはハジメも同じであり、香織とシアの両方を膝枕してやっている。

 

「最近のハジメさんは優しくて嬉しいですぅ。あ、ウサ耳もっと触ってください!」

「ふふ、仲間には激甘だもんね。でもそんなところが大好きだよ?」

「最大級の褒め言葉をどうも。俺も音也ほどではないが多くの物を一度に欲しがってしまう心になってしまったがな」

「ハジメくんとなら何番目だとしても私は大丈夫。一緒に居られるならそれで……ね?」

「……ありがとよ」

 

照れたのか、プイッとそっぽを向いて先ほど飛ばして鍵の回収に向かわせた九九艦爆の操作に集中するハジメ。しかし心の音楽は歓喜を示しており、それに気がついた俺は目を伏せて軽く微笑んだ。

 

対照的に光輝たちの表情は暗い。視線を逸らしながら黙々と鍋をつつくことでスルーしている光輝たちだが、いい加減、鬱陶しいのか何かを堪えるようにぷるぷると小刻みに箸が震えている。

 

「光輝……こういう光景は慣れたつもりだったんだけどよぉ」

「言うな、龍太郎。色々と複雑なんだ。俺の心境が……」

「一昔前の君だよ。客観的に見れて良かったね」

「え、恵理なんか怒ってる?」

「怒ってない。違うから」

 

四人の中でも特に機嫌が悪い恵理。客観的に見せつけられては心に来る物があるのだろう。頭を撃ち抜く用の拳銃を手にして頬杖をつき、不機嫌そうに拳銃を机にコツコツと打ち付けている。

 

その姿が何処となく愛らしく思える。まあ、恋愛的な感情ではなく娘を見るような感情を抱いてしまっているが。

 

あまり長いしては四人が爆発しかねないため、腹が膨れた俺は立ち上がってハジメに目配せ。艦爆を回収するように頼んで部屋の外へ出るのだった。

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

四つの鍵をはめ込んで開いた封印の扉の先は、案の定、本格的なミラーハウスの様相を呈していた。氷というより完全に鏡だ。光を向ければ何処までも乱反射し、両サイドの壁には、まるで合わせ鏡のように無数の俺たち自身が映っている。

 

上空を覆う雪煙以外は、まさに無限回廊といった様子だ。透明度が高い等というレベルではないので唯の氷壁ではないのだろう。冷気を発していなければ、そもそも氷だと気がつかないかもしれない。

 

光は勿論なのだが、音でさえも吸い込まれてしまいそうに感じた。

 

「……ん?」

 

羅針盤のおかげで止まることなく進んでいた俺たちだが、不意に光輝がキョロキョロと周囲を見渡し始めた。

 

訝しく思ったので何があったのかを尋ねる。

 

「どうかしたのか?」

「あ、いや、今、何か聞こえなかったか? 人の声みたいな。こう囁く感じで……」

「ふむ……俺には聞こえなかった。ちなみになんて言われたんだ?」

「〝このままでいいのか?〟って……」

 

彼の言葉で何となく何が起こったのか把握した。今のところ声が聞こえたのは光輝一人。しかし彼が言うには自分が聞いたことのある声で囁かれたという。妙に聞き覚えはあるのだが、誰なのかまでは分からなかったらしい。

 

他のメンバーが聞こえてないところを考えるに、彼には大迷宮の試練として“心の闇”を聞かされていたのだと俺は推測した。

 

「なるほど。これは己の心の闇を聞かされているんだな。自分の闇……というか深層心理と向き合えってことじゃないのか?」

「自分の……闇?」

「……うん、俺にも聞こえてきた。〝都合の良い駒だな〟ってな」

 

俺の言葉を皮切りに、他のメンバーにも声が聞こえてきたらしい。ある者はビクリと跳ね上がり、またある者は剣呑に目を細めている。

 

俺は更に、〝失わないという根拠はあるのか?〟という声を聞いた。流石にずっと聞き続けるのは心の毒である。すぐさま全員に集合をかけ、なるべく気にしないように指示を出して俺自身は魂魄魔法によって精神のリフレッシュを図る。

 

そのまま心の奥底へ土足で踏みにじってくるような声を聞きながら進むこと数時間。魔皇力による疲労回復と寝不足を解消しつつも更に歩いて行くと、通路の先に巨大な空間を発見した。

 

部屋の奥には、先に見た封印の扉によく似ている意匠の凝らされた巨大な門が見えた。封印の扉のように何かをはめ込むような窪みは見えないので、また宝珠を集めるという面倒極まりないことはしなくてよさそうではある。羅針盤を確認してもゴールで間違いはなさそうだ。

 

「ゴールか……って太陽?」

 

部屋の中央まで歩くと頭上から太陽な光が射し込んできた。周囲を見渡すと、天空から空を覆う雪煙を貫いて差し込む陽の光が空気中の細氷に反射しているからか、いわゆるダイヤモンドダストを見ることができる。

 

しかしここは大迷宮。このダイヤモンドダストでさえも信用してはならない。

 

レ・ディ・ー

「変身! 一気に突破するぞ!」

ラ・イ・ジ・ン・グ

「音也……そうか、あのダイヤモンドダストは“敵”ってことだな?」

フィ・ス・ト・オ・ン

 

ダブルイクサ降臨。それと同時に俺は走り出し、魔皇力を解放して後から続くメンバーたちをも囲む障壁を展開した。

 

ダイヤモンドダストはレーザーのような光を放ち始めたが、俺の展開した障壁にことごとく防がれているので問題ない。どうやら突破を試みたのは正解だったらしい。

 

と、いうのも天井付近からは雪煙が降り注いできており、まごまごしていればハルツィナ樹海並みに視界を閉ざされてしまうからだ。気がつくのが遅ければどうなったか分からない。

 

出口までは百メートルほど。このまま走り抜けられれば楽……なのだが、大迷宮もそこまで甘くはなかったらしい。

 

ズドンッ!!

 

地響きを立てながら上空から迫る雪煙から、大型自動車くらいの大きさの氷塊が複数落ちて来たのだ。かなりの重量があるようで、落ちた衝撃により地面が砕けてクレーターが出来ている。向こう側が透けて見えるほど透明度の高い氷塊で、いわゆる純氷というやつなのかもしれない。胸元には、わかりやすく赤黒い結晶が見えていた。

 

「本命が来たな……よし、蹴散らすぞ」

 

直後、氷塊は一気に形を変えて体長五メートル程の人型となった。片手にハルバードを持ち、もう片手にはタワーシールドを持っている。

 

その数は全部で十三体。ちょうど俺たちとと同じ数だ。ゴーレムのようにずんぐりしていて、横列となって出口を塞いでいる。

 

ドガアアン!

 

手始めにイクサキャノンをぶち込んでおく。しかし氷塊は思っている数倍は硬かったらしく、被害は氷塊の一部を欠けさせたに留まった。どうやら、耐久力は今まででの魔物の中で一番らしい。

 

「だが……問題はねえな」

「その通りですぅ!」

「蹴散らしてくれるのじゃ!」

「行くよ!」

 

人数分のフロストゴーレム。これは一人一体殺せ、ということだろう。それを察した俺は、雪煙が落ちてくるのも見越して叫んだ。

 

「一人一体だ! 確実に殺せ!」

イ・ク・サ・ラ・イ・ザ・ー・ラ・イ・ズ・アッ・プ

 

ライザーフエッスルをベルトに放り込んで雪煙の中を跳び上がる。既に視界は白に塗りつぶされており、どういう訳か光輝の飛ばしているであろう攻撃がこちらにやってくる。

 

しかしそれらは大した問題ではない。軽くイクサキャノンで迎撃しながらイクサライザーはしっかりと標的の心臓部分に照準を合わせている。

 

「見えてるんだよなあ……攻撃の瞬間に囁き声が聞こえているから、意識誘導してるのかもしれないが、俺には無意味だ」

 

レーザーが飛び交う中、俺は独楽のように回転しながらフロストゴーレムに接近。銃口をピタリとフロストゴーレムの心臓部分に合わせた。

 

「グルアアア!?」

「消し飛べ」

 

カチッと引き金を引いた。途端にイクサライザーから尋常ではない熱波が飛び出し、フロストゴーレムの心臓部分を跡形もなく消し飛ばしてしまった。

 

あっという間に試練を終わらせた俺は、そのまま真っ直ぐ歩いて出口に向かう。出口付近は洞窟になっており、雪煙やダイヤモンドダストの出すレーザーを完全にシャットダウン出来るらしいので、ここでメンバーを待つことにする。

 

「さて、雫たちやハジメたちは問題ないだろうがな……勇者パーティーはどうなることやら」

 

飛来してきた魔法を弾き飛ばしつつ、俺がそんなことを呟くのと雫が雪煙から出てきたのはほぼ同時であった。

 




現在考えているのは、光輝の処遇をどうするかです。ネタバレになりかねないので答えが出てもお知らせすることはありませんが、なんかしら捻りを入れるとだけ伝えておきます()


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第五楽章 対局・最大の敵は己の心

ここから数話にかけて己の虚像との戦いに入ります。ちなみに描写するのは音也、露葉、恵理、光輝(少しだけ)です。氷雪洞窟はこれまでより短めで終わる……かも。


「はあ……はあ……ぐっ。な、なんとか倒せた、ぞ」

「これで全員クリアか。お疲れさん」

「俺が、最後かっ……迷惑をかけて済まない。それに俺の攻撃も……」

「何言ってるんだ? 全て俺が弾き飛ばしたに決まってるだろう。別に俺じゃなくて雫たちでも余裕で弾き飛ばせるさ」

 

一時間ほどが経過して、ようやく光輝がダイヤモンドダストの中から出てきた。酷い怪我を負っており、魔力の方もかなり消費したのか顔色が真っ青である。魔力残量はほぼゼロだろう。

 

香織に目線で頼んで適当に回復魔法をかけてもらう。かなり適当に回復魔法の光を投げつけて、しかし見た目とは裏腹にしっかりと全回復させる。

 

「……そうだな。俺の〝神威〟が飛んできたはずなのに、お前は汚れ一つついてない。何をしても、お前には痛痒一つ与えられない。だから、俺は……」

「暗い雰囲気になっても良いことないぞ。早いところ立ち直れ」

 

光輝が回復したのと同時に洞窟の最奥にある扉が開いたので、未だにどういうわけか凹んでいる光輝に俺なりに励ましの言葉を送った。しかし俺の言葉は届いていないのか、光輝は表情どころかその瞳までもが暗く澱んでいる。俺を見る視線はまるで、親の仇でも見ているかのように鋭い。

 

とはいえ俺からすれば幼い子供が殺意を向けてくるのと同じような感覚である。サクッとスルーして扉の方を見やった。背中に刺さる視線がより鋭くなったような気がするが、やはり無視である。

 

「やれやれ……厄介なコンセプトだな」

 

俺の呟きを聞いた者は誰一人としていない。重々承知しているため、俺は振り返ることもなく扉へと足を進めるのだった。

 

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

扉の奥へと歩を進めると、まず光が視界を包んだ。その次に感じたのは空間転移の感覚。そして離れていく雫たちの感覚である。

 

分断されると察した俺は、軽く舌打ち。しかしすぐに立て直して光が収まるのを待った。

 

「……やれやれ。完全に分断されたみたいだな」

 

光が晴れて視界がクリアになると、目の前に広がったのは細い通路である。二メートル四方のミラーハウスで、上下左右に自分の姿が映っている。後ろを振り返って見ても、あるのは突き当たりの壁だけで、出入り口らしきものは一切ない。前に進むしかない場所だった。

 

中央には巨大な氷柱があり、どうやらそこを目指さなければならないらしい。

 

カツカツと鏡のような氷の地面を歩く足音が反響する。歩く度に映る俺の姿は、片目隠れになっている以外は日本にいた頃と大して変わらない。しかしその内面はどうだろうか。

 

「……だが、根元は変わらないかもな。俺も」

 

巨大な氷柱に触れられるぐらいの距離まで近づいて映った俺の姿を見て、思わずそんなことを呟く。

 

いくら表面上の心は変わろうとも、深層心理まで変えることは出来ない。俺の深層心理は日本にいた頃と大して変わってはいないのだ。

 

「雫と近づいたキッカケ……本当のところ、心が弱ってたときに畳みかけただけだよな。俺もとんだ最低野郎だ」

『ほう、自覚はしてるんだな?』

 

片手で髪を掻き上げながら一人そんなことを呟いていると、唐突に氷柱から声が響き渡った。その声は先ほどまで俺の脳内に直接語りかけてきた声と全く同じである。

 

やはり出てきたのかと思い、俺は氷柱を睨みつける。そこにはやはり俺の姿。しかし取っているポーズは異なり、明らかに様子がおかしい。

 

「なるほど、最後の試練は己自身と対局か? だとすればこの迷宮のコンセプトとも合致するな」

『ほう。ちなみに、コンセプトってのは?』

「この迷宮のコンセプトは〝自分に打ち勝つこと〟だろう。己の負の部分、目を逸らして来た汚い部分、不都合な部分、矛盾……そういったものに打ち勝てるか。おそらく、神につけ込まれないための試練なんだろうな」

『流石、俺。全くもって、その通りだ』

 

スルッと氷柱から外に出てきて実体化する虚像の俺。途端に姿は白と黒を基調とした物に変わる。髪色は白く、肌は黒く。黒い服装は白い服に変わった。

 

俺は大して動揺することもなく、落ち着いてイクサを取り出す。ベルトを慣れた手つきで腰に巻き付け、イクサナックルを手にした。

 

『なあ俺。次々と女を落としていくのはどんな気分だ?』

「……なに?」

『とぼけるなよ。俺は次々と女を落としていったよな? 雫、ユエ、露葉、ティオ、レミア、リリアーナ。あげくの果てにはミレディと恵理。まだ足りないのか?』

「逆に何が足りないと?」

『お前自身が一番分かっているだろ? 心が完全に壊れてしまった時の保険だよ。そして、男という性別が故の運命もな』

 

ニヤニヤと苛つく笑み。俺が押し黙るのを良いことに、虚像の俺は舞台役者のように大きく両腕を広げて声を張り上げた。

 

『お前は恐れているんだろ? 完全に自我までもがファンガイアになってしまうのを! そして完全な化物になってしまってから支えてくれる人が消えてしまうことを!』

「ふむ……」

『お前が彼女たちに向けていると思っている愛情はただの安心感だ。自分が壊れてしまっても愛してくれると分かっているが故に感じる安心感なんだよ!』

「……」

『それだけじゃない! お前はまず雫から落としていった。表向きは心が弱っている雫を支えるためと見せかけて、本心では美人な雫を彼女にできたら幸せだろうと思っていただろう!?』

 

ドパン! とイクサナックルから衝撃波が発射され、俺と虚像の俺との間でぶつかり合う。冗談みたいな音を立てて周囲の床や壁が崩れ去り、後には俺たちと氷柱だけが残る。

 

確かにあの夜、雫のことを彼女にできたらどんなに幸せだろうと考えた。雫は美人であり、それでいて大和撫子のような女だ。彼女自身を好きになる以前に、八重樫雫という“女”として好いてしまうだろう。

 

『それだけじゃあ足りなかったんだよな? お前は雫と近い関係にあるにも関わらず、ユエとも関係を持った! 命の危機にあった露葉さんを救うという形で自分の物にした! ストレスの捌け口として丁度良いと思ってティオを連れていった! ミュウを助けたという実績にかこつけてレミアを手籠めにした! そうだろう!?』

「………心苦しいが、そうだな。お前が言うことは俺の深層心理。否定することは出来ない」

 

先ほどの衝撃波を引き金に始まった苛烈な戦闘。俺が右腕を動かせば虚像の俺も右腕を動かす。左足を上げれば虚像の俺も左足を上げる。ファンガイアスレイヤーを取り出せば虚像の俺もファンガイアスレイヤーを取り出した。

 

お互い傷一つとして付くことはない。傍から見れば一つの“武芸”としても見えるほどにまで技が完璧に絡み合っている。

 

『クックックッ……最低な野郎だな?』

「っ……」

『お前はとことん最低な野郎だ。そんなんだから、大切な人間を失う可能性が高くなっていくんだよ!』

 

思わず動きを止める俺。勝ち誇ったように虚像の俺が、一気に詰め寄ってくる。既に勝ちを確信したのか、手には黒いファンガイアスレイヤーとファンガイアバスターだ。

 

俺はと言うと、黙っている……訳がない。突き出してきた虚像の俺の腕を掴み、即座に関節技を極めて地へ投げ飛ばした。ご丁寧に胸元を足で踏みつけて身動きを取れなくする。

 

『ごはっ! な、なんだと!?』

「そうだな。俺は最低な野郎だ。彼女たちと近づくのに下心がなかったと言えば嘘になる。雫もユエも、露葉さんもティオも、なんならレミアにも下心があったのは事実だ。その理由を答えろと言われれば俺は迷わずこう答えるさ。“男だから”ってな」

『……動揺してなかったのか』

「するわけないだろ? 自覚してたことを話されて俺が動揺するとでも? 残念ながら俺も男なんでね。どの時代でも、男ってのは下心から女を選んでいくのさ」

 

世の中の男は汚れている。そのことは俺が一番尊敬する人物が教えてくれた。だからそんなことを言われても動揺なんてするはずがないのだ。

 

そして同時に言えるのは、それであっても俺が彼女たちに向けている愛情は本物だということだ。命をかけてでも女を愛せ。女を泣かせる者は消し飛ばせ。これも俺が尊敬する人物が教えてくれたことである。

 

「だが勘違いするなよ。彼奴らに対する下心も、保険だと感じる気持ちも全て引っくるめて一厘にしか満たないからな」

『一厘だと?』

「残りの九割九分九厘は愛情だ。不謹慎なことだが、密接な関係になって初めて自覚したよ。俺は下心以上に、彼奴らを愛してるってな」

 

イクサナックルを掌に触れさせ、起動させる。いつもの電子音を耳にしながらイクサを装着した俺は、虚像の俺に宣言を吐き出した。

 

「だから、罪悪感から離れることは絶対にない。もしも恵理たちが俺の傍に来るという決意をするならば、俺もそれ相応の覚悟で受け入れる。それだけの話だ」

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「話は終わりだ。消え去りな」

『流石、見事だ。お前なら何事も敵ではないだろうな。きっと、大丈夫だろう……』

「ふん、俺らしくない言葉だな。気持ち悪い」

 

一切の容赦もなくカチリと引き金を引き、真下に倒れ伏した虚像の俺にゼロ距離でブロウクン・ファングを食らわせた。

 

凄まじい熱線が辺りを包み込み、お互いが最初に放った衝撃波同士のぶつかり合いではビクともしなかった巨大な氷柱が音もなく溶けてしまった。

 

その被害は散乱していた氷塊や、果てには地面にまで及んだ。一瞬にしてこの空間は冷水で満たされ、普通の人間が足を踏み入れたならあっという間に氷付けになってしまうほどの地獄のような空間へと早変わりだ。

 

「が、生憎なことにイクサに包まれてる。本当に便利すぎるだろ。とりあえずこれで攻略完了だな。雫たちは……まあ大丈夫だろう」

 

いざとなれば潜水服にもなってしまうイクサを制作した母さんに感謝しつつ、俺はいつの間にか生まれていた出口目指して泳ぐのだった。

 

なお、“雫たち”という枠組みに光輝たち勇者パーティーが入っているかは……推して知るべしである。

 




次回は露葉vs虚像です。音也はアッサリとクリアしましたが、果たして露葉は……?


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第六楽章 夜露・影はすぐ其処に

お待たせしました。テストが二重の意味で終わったので元のペースに戻ります。

今回は露葉メインですので三人称です。ご了承ください。


ガキン! という金属音が鳴り響く。剣同士がぶつかり合ったような音であるが、実際に交差したのは手刀である。

 

音也が虚像の自分を蹴散らしてい頃、時を同じくして露葉もまた、虚像の自分と対局していた。

 

『ふふふ……本当に今のままで良いの?』

「っ……」

『妹のために己の心を削ってまで幸せを願う? 貴女の幸せはどうなるのかしら?』

 

連続した金属音が鳴り響き、露葉たちは目にも留まらない速度で動き回りながら手刀や仕込み針を交差させ、相手の隙を見ては小型の爆弾を互いに放り込んでいる。

 

『剣術を習ったが故に苦しんでいた雫をこれ以上巻き込まないために、自分も望まない八重樫流を受け継いで。雫を渡せとうるさかったヤクザに自ら身を売って。あげくの果てには恋してた人物の一番近くを“奪われて”』

「奪われた……?」

『そうでしょう? あんな劇的な出会いをした音也くんに恋しないはずがないもの。でも貴女は雫のためにその気持ちを隠していた。その結果、雫に奪われた。違う? 隠しても無駄。私は貴女。貴女は私。私が貴女に告げる言葉は偽りのない物。貴女の深層心理』

「私は……雫を憎んでいる?」

『そう、貴女は憎んでいる。そして嫉妬している。音也くんの一番近くに行きたくても行けないこの現実に焦っている。本当なら殺してでも音也くんを奪いたい。だけどそんなことしたら彼に嫌われるから、仕方なく抑えている』

 

次々と晒される露葉の深層心理。“嘘だ”と叫ぼうとして、しかし口を閉じた露葉。語られる言葉は確かに本当であったからだ。

 

どんなに音也に思われていたとしても、それは所詮“雫の次”でしかない。露葉に限らず、音也を慕う人物は皆、“彼の一番”になりたがっているのである。

 

『本当にこのままで良いのかしら? それとも彼のことは諦めた?』

「そんなこと有り得ないわね」

『なら雫を殺しちゃえば良いじゃない。方法はいくらでもある。貴女ならその力を使えば雫のことを暗殺することだって出来るわよね?』

「っ……!」

 

仕込み針が何処ぞのオールレンジ兵器のような機動で虚像の露葉へと迫る。しかし虚像の露葉も全く同じ機動で動く仕込み針を発射。お互いの仕込み針は交差した途端に地面へと落ちた。

 

間隙を縫って手刀や回し蹴りが飛び交うも、やはりお互いの体に傷が付くことはない。完全に力が均衡していた。が、それもすぐに崩れ去った。

 

虚像の己は映し出す本人自らが抱える負の感情を乗り越える度に、負の虚像である虚像は弱体化していく。逆に乗り越えられず、受け入れようとしなければ止め止めもなく強化されていくのである。

 

『……否定はしない。でも受け入れようともしない。受け入れてはいけない。そう念じる。自分に不都合な事があればいつもそうして来たわよね。貴女ってば本当に優柔不断で臆病者だこと』

「っ……〝瞬転〟」

『動揺しても隠そうとする。誰にもその事は打ち明けない。どんなに辛くても一人で抱え込む。だから悩みが消化されることがなく、最終的には妹を殺したいだなんて願望を持つのよ』

 

超高速連続転移を繰り返しながら手刀や回し蹴り、そして仕込み針を交差させる二人。だが、パワーバランスは明らかに最初と比べて大きく傾いている。

 

お互いが手刀を繰り出せば露葉だけが浅い切り傷を負う。回し蹴りを振り回せば露葉の皮膚に小さな痣が刻まれる。仕込み針は露葉の太腿に数本刺さっていく。

 

小さな呻き声を上げるも、露葉は体を動かし続けた。動かなければ死んでしまうと直感で察知したから。

 

『殺せば良いじゃない。どうせ、誰も気がつく事なんてない。不幸な事故として片付けることだって出来る。貴女が手に入れた力は幸運なことに人を殺すのに最適な力。今こそ本領発揮する時でしょう?』

「お母さんたちが教えてくれた力は、そんな私利私欲のために使う物じゃないわよ……!」

『何を言っているの? お母さんやお父さん、それにお祖父ちゃんに今は亡きお祖母ちゃんも言っていたわよね。この力は先祖代々受け継がれてきた、人を暗殺するための物だってね』

「それはっ……」

『違くないでしょう? 別にやることは変わらないをよ。これまで音也くんを助けるために多くの生き物を殺してきたのと変わらない。音也くんにお邪魔虫が近づかないためにするだけだもの』

 

露葉にとっては胸を巨大な刃で切りつけられている気分である。しかし、それと同時に彼女は雫を殺してしまえば自分のことをもっと見てくれるかもしれないとも思った。

 

もっとも、攻撃の手は一切緩んでいない。多少押され気味であっても諦めてはいけないと、彼女が最も尊敬し敬愛している祖母から教えられたからだ。

 

「最後まで諦めなかった者に、勝利は訪れる」

 

露葉と雫がよく言って聞かせていた言葉。それを支えにして、何度吹きとばされても露葉は立ち上がる。全身から大量に出血していたとしても、体中の骨や筋肉が悲鳴を上げたとしても、何度でも立ち上がる。

 

しかし、現実は何時でも非情であった。

 

「ぐぅああ…… 〝爆炎の術〟!」

『全て無駄よ…… 〝吹雪の舞〟』

「刻め 〝斬羅〟! 焦がせ 〝爆雷の術〟! 飲み込め 〝爆水の術〟!」

『無駄だと分からないの? 常闇に生きる大輪の花よ 人の如く意思を持て 刃の如く獲物を切り裂け 〝乱れ桜吹雪〟』

「しまっ――!?」

 

連続で強力な忍術を使用した露葉に生まれた僅かな隙を見逃すはずがなく、虚像の露葉はカウンター気味に〝乱れ桜吹雪〟を放って露葉に直撃させた。

 

「あぁああああっ!?」

 

その技の恐ろしさを誰よりも知っている露葉は咄嗟に退避しようとしたが、発生速度が異常に早く効果範囲も広い露葉の奥義に逃げ切れるはずがなく、彼女は存分に全身を切り刻まれることになった。さらにダメ押しとばかりに虚像の露葉が飛び上がって浅い角度から繰り出す踵落とし〝跳魚〟を叩き込んだ。

 

地面でバウンドした露葉を最後の一撃とばかりに回し蹴りで壁に叩きつけた虚像の露葉は、感情の籠らない瞳で露葉を射貫く。

 

『我慢を重ねた挙句にたどり着いた感情が肉親への殺意。雫を殺してまで音也くんを手に入れたいだなんて、本当に汚いわね。どこまでもバカな貴女。精々地獄で後悔して嘆いているといいわ。何か最後に言い残すことはあるかしら? 氷壁にでも刻んでおいてあげる。ここはそれぞれの空間と繋がっているから、運がよければ自分の試練を突破した誰かがやって来て遺言を見つけるかもしれないわよ?』

「……」

 

彼女は答えずに、ただひたすら涙を流している。それは、数年前に死を覚悟した時と同じ姿。死にたくない。生きたい。もう一度大切な人たちと会いたい。そんな気持ちが溢れて止まらない。

 

そして露葉は、己の願望のために持ってしまった殺意を憎み、そして悔やんだ。何もかも自分が悪かったのだと、後悔した。

 

「ごめん、なさい。だめなおねえちゃんで……」

『その言葉を使うのは、もう遅いわよ』

 

懐から取り出した小刀を構えて露葉が零した言葉を文字通り切って捨てた虚像の露葉。逃げることはおろか、這うことすらできない露葉に対して容赦なく突進し、確実に命を刈り取るべく頸動脈を狙って小刀を突き出した。

 

迫りくる死の気配に、露葉は目を閉じた。脳裏に移るのは数々の思い出。所謂、走馬灯という奴である。仮に殺意を持っていたとしても、雫との思い出は数多い。幸せな思い出が殆どである。

 

そのことが分かっていたからこそ、露葉は最後のつもりで呟いた。

 

「願わくば……来世で」

 

……

 

 

 

……

 

 

 

……

 

 

「?」

『……ありえないでしょう』

「良くできすぎだな、おい」

 

彼女にとっては何時までも聞いていたい、優しい声。二度と聞くことができないと思っていた、最愛の人の声。その声の主はこの世で一人しかいない。

 

『なんで、貴方が……」

「知るかよ。出口を抜けたらここに出てきたんだ。で、見れば露葉さんが死にかけてるだろ? タイミング良すぎだっての」

 

露葉と虚像の露葉の間に割って入り、小刀を軽く受け止めているのは紅音也その人である。虚像の己を難なく倒した音也が出現した出口を抜けると、目の前には今にも止めを刺そうとする虚像の露葉と、初めて見る重傷を負った露葉であった。

 

咄嗟に音也は縮地を使用してイクサの変身を解くこともなく割って入ったのである。

 

「とりあえず吹っ飛べ」

 

ズゴアン! と凄まじい音を立てて虚像の露葉を蹴り飛ばして氷壁まで吹っ飛ばした音也は、すぐさま変身を解いて宝物庫から神水を取り出した。

 

目を白黒させる露葉に構わず神水を飲ませて回復させた音也は九九艦爆を数機飛ばしてから露葉を抱き上げて、彼女に話しかけた。

 

「珍しいな。ボコボコにされるなんて」

「……本当に音也くん?」

「逆に誰だと思ってるんだ? まあいい。傷は全快したぞ。早いところ倒してしまいな」

「ぁ。で、でも、私……あれには勝てなくて、だから……」

「はあ? ……なるほど、そういう事か」

 

一瞬訝しげな表情を作った音也だが、すぐに納得したような顔になった。心の音楽を聴き取れる彼だからこそ一発で気がつけたのである。露葉の精神状態がどうなっているかを。

 

ついでのように魂魄魔法を使用して何を言われたのかを確認した音也は、盛大なため息をつきながら露葉のことを抱き締める。

 

「お、音也くん?」

「あのな。俺がその程度で露葉さんのことを嫌うと思ってるのか? それとも俺がその程度にしか思えない男とでも?」

「え、あ……それはっ」

「嫉妬から生まれる殺意なんて雫やユエで散々見てきた。露葉さんが持ったとしても動揺する事は全くないね」

 

一瞬で看過され、そして露葉が悩んでいた事柄をことごとく否定していく音也。お世辞を言っているわけがなく、彼の瞳を覗き込めば本心しか喋っていないのは丸分かりだ。

 

「で、でも……私は雫に、実の妹に嫉妬して殺そうかなんて思ったのよ? それも音也くんの最愛の人を……」

「俺としては逆に嬉しいがな」

「え?」

「誰かに嫉妬するほど俺のことを想ってくれていた、ということだろ? 普段は大人な対応で本心を隠す露葉さんだから、初めて本心が見られて俺は嬉しい」

 

己の顔を露葉の耳へと近づけて、最後に音也はこう呟いた。

 

「逃がしてもらえるとでも思ったか? 残念、そっちが逃げたとしても、俺が捕まえに行く。絶対に逃がすつもりはない。“露葉”、お前は俺の物だ」

 

ブルリと体を震わせた露葉。初めて“さん”付けを外して呼ばれた自分の名前に歓喜し、彼が見せた独占欲に更に歓喜する。

 

抜けきっていた活力が戻り、瞳にも光が戻った露葉は一度、音也の首筋にキスを落とすと立ち上がった。

 

「見ていてくれるかしら、私があいつを倒すところを」

「当たり前だ。傷ついたら戻ってこい。俺が何度でも治してやる。死ぬことは俺が許さない」

「……それは殺し文句よ」

 

艦爆を回収した音也にフッと微笑みかけると、今度はスッと目を細める露葉。先ほどまで見られた絶望の表情は一切なく、代わりに表れたのは絶対的な殺意を宿した凄惨な笑みである。

 

軽く引いた様子の虚像の己を尻目に、露葉はボソリと、しかし明確に告げた。

 

「次の攻撃で終わらせる」

『……雫のことを殺すと決めたの? そのためにまずは私を消すと?』

「いいえ、殺さないわ。殺す前に私が音也に首を取られちゃったからね」

『……』

 

一切の揺るぎを見せない露葉に、虚像の露葉は押し黙った。そして少しずつ自身の力が弱まっていくことに気がついた。それはつまり、露葉が自分の感情を自覚し、それを受け入れ始めているということである。

 

「もう隠すことはしない。自分の感情に正直になるわよ。雫に譲ってやろうだなんて思わないわ。私は私の思うままに生きる。自分で幸せを掴んでみせる」

『……そう』

「貴女なら分かるわね? 私が次に使う技。八重樫流最終奥義、その身に刻みなさい」

 

自然と風が巻き起こり、露葉の長い黒髪をパタパタと揺らす。懐から小刀を取り出して逆手に持ち、眼前に構える露葉の姿は正しく“くノ一”と言うに相応しい。

 

『……ふふ、素晴らしい気迫だわ。それにしても、本当にタイミング良く現れるわね。まるで物語の王子さまのように。必要な時に、必要な場所にいてくれる人……そんなの物語の中だけだと思っていたわ』

「行くわよ、私の虚像! 〝常闇乱舞・連〟!」

 

〝神速〟で踏み込み、その瞬間に分身して五人へと増えた露葉は猛然と虚像の己に突進する。

 

音也への強い想いがそのまま力となって突進したことにより生まれた、虚像の露葉ですらも反応できない速度で初撃を与えた露葉の周囲が“常闇”に相応しい闇へと包まれる。さらに露葉の手から音もなく粉塵が飛び散り、虚像の露葉の視界を完全に奪い取った。

 

八重樫流最終奥義“常闇乱舞”。本来なら使用する相手の視界を砂や粉塵で奪った所を複数人に分身して突撃。手持ちの武器全てを使って切り刻むという、この時点でも必殺技のような奥義である。

 

それを露葉は魔法で暗闇を作り出してから目潰しを行い、確実に目を潰したところで風属性魔法を使って従来の数倍速い方向転換を繰り返しながら持てる固有魔法や派生魔法を駆使して“確実に”対象を文字通り消し去る技へと昇華させている。

 

“くノ一”という特性上、音を一切立てずに攻撃を繰り出す彼女の技は、いきなり五感の内の一つを奪われてパニックになっている相手からすれば“必殺”に値する。

 

『ッ――』

「ショーは終わりよ。これで幕引き」

『よ、く……やった……』

 

分身と一体化して元の姿に戻った露葉の言葉と同時に、虚像の露葉はガラスのような破片を散らしながら後方に倒れた。

 

ユラユラと陽炎のように、宙に消えていく虚像の露葉の表情が何処となく満足気だったのは、音也だけが知ることである。

 

「はあ……はあ……やった、のよね?」

「お見事。相変わらず凄まじい忍術だよ」

 

疲労から前のめりに倒れそうになった露葉をすかさず抱きとめた音也。その表情は虚像の露葉と同じく満足気である。

 

攻略が完了したことで新たに現れた出口を見やった音也は、露葉の瞳を覗き込んで体調をチェックする。

 

「立てそうか?」

「ちょっと厳しいかな。流れ出た血までは戻ってないから貧血気味だよ」

「そうか。少しここで休んでから行くか?」

「あまり留まらない方が良いかな。ほら、至る所に血が飛び散ってるから。というわけで音也くん、お願いね」

「……抱っこ?」

「正解。お願い出来るかしら?」

 

抱っこを要求して両手を広げる露葉に、音也は苦笑いしつつも露葉の膝裏と首筋に腕を回して彼女を持ち上げた。所謂“お姫さま抱っこ”である。

 

「何時でも私の、私たちのリクエストを黙って理解し実践してくれるわね。そんな音也くんが大好きよ」

「どうしたんだよ。急にアプローチが強くなって。誰かに何か言われたのか?」

「何かって、音也があんなこと言うからよ? 耳元で“お前は俺の物だ”なんて囁かれたら……堪らないわ」

 

クスクスと口元に手を当てて微笑む露葉。普段の数割増しで魅力的な露葉に、音也は見惚れないように我慢して歩き続けるのだった。

 




次回は恵理メインです。ちなみに次回はペルソナ3っぽい描写が多々あると予告しておきます。ペルソナ3の映画を見て感化されすぎました()

※よろしければ感想の方をお願いします。感想が一つでもあるとモチベを保つことが出来ます。お手数ですがよろしくです。


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第七楽章 本心・隠していた気持ち

今回は恵理VS虚像の恵理です。今回も三人称視点ですがご了承ください。それと、今回はペルソナ3要素を多分に含みます()

ちなみに次回は勇者(笑)が出ますよ()


「来い! “アルテミス”!」

『くふふ……“アルテミス” やれ』

 

召喚された二人の神が放った矢がぶつかり合い、凄まじい爆発を巻き起こす。爆発の余波に吹き飛ばされながらも恵理は音也ばりの神憑りな受け身を取って跳ね上がり、空中でこめかみに拳銃を当てる。

 

恵理とは対照的な色をした“白い恵理”、虚像の彼女はニタリと笑いながら落ち着いて拳銃を同じようにこめかみに当てた。

 

両者同時に引き金を引き、辺りには二発の銃声が鳴り響く。それと同時に、二人の背中側には見た目も雰囲気も大きく異なる“神”が召喚される。

 

「やれ! “アポロン”!」

『任せるよ…… “ヘルメス”』

 

恵理が神弓を引いて空中から射れば、虚像の彼女はすばしっこい身のこなしで全ての矢を躱して宙に浮き上がった。

 

すぐさま恵理は“アポロン”を消して新しい神を召喚する。

 

「受け止めろ! “アテナ”!」

 

鏡の盾を持った戦神アテナを召喚し、その楯を手にして虚像の恵理が繰り出す攻撃を反射する。しかし数発は受け止めきれず、衝撃がもろに伝わって恵理が吹き飛ばされた。

 

「ぐう……!」

『くふふ……一体何時になったら認めるのかなぁ? もう既に、分かっている事じゃん』

「黙れ……黙れっ! 奏でろっ “オルフェウス”!」

『ああ、また強化してくれたんだね。そんなに死にたいんだぁ…… “ハーデス”』

 

琴から飛び出した大量の魔法弾を文字通り“死なせる”事によって被弾をゼロに抑え、今度は自ら襲いかかった虚像の恵理。力の差が徐々に増しており、恵理が何かを認めまいとしているのである。

 

再度“アテナ”を召喚して鏡の盾を取り出し、肉薄してきた虚像の己を受け止めた恵理が呻き声を上げる。

 

『分かっているんだろう? 認めない限り、君は勝てないんだけどぉ?』

「うるさい……!」

『どうしたんだい? 君は欲しい物があれば何処までも突き進む性格をしているじゃないか。以前も光輝くんを手に入れるために何人もの人を殺したよねぇ?』

「それはっ……そうだけど! そこまでして欲しい物なんて今は……!」

『あるよねぇ? とても身近に。あと少し手を伸ばせば届きそうだけど、絶対に触れられない距離にあるよねぇ?』

「……」

 

盾を弾き飛ばして至近距離で“死”の念が込められた魔法弾を発射しながらもニタニタと嗤う虚像の己に、恵理のメンタルは既に崩壊寸前である。

 

実は露葉以上に気持ちに蓋をしてきた恵理だが、虚像の己によって強制的に自覚させられ、さらにはこれまた蓋をした自分の暗い気持ちを悪魔の囁きによって剥がされそうになり、余計に精神を使っている恵理は反論する気力すらもなくなったのか、ついには受け答えを止めてしまった。

 

『紅のことを父親と重ねてみてるのは誰もが認知している。でも本当は、一人の女として見て欲しいんだよねぇ?』

「っ…… “アルテミス”!」

『でも、手の届かない所に居るんだよねぇ? 届きそうで届かない、もどかしい位置に立っているだよねぇ? それなら邪魔者全てを消してでも手に入れれば良いのに、君は本当に臆病なネズミちゃんだよ』

「くっ、射貫け! 〝月矢・集〟!」

『まだ認めようとしないのぉ? いい加減飽きてきちゃうよ。君の攻撃、まるでそよ風が顔を撫でてるぐらいにしか感じないんだよねえ!』

 

渾身の魔法も難なく弾かれて明らかに動揺した恵里に、彼女の虚像が“アポロン”を召喚して太陽のように輝く矢を発射した。

 

動揺した隙を狙って放たれた攻撃を恵里が躱せるわけがなく、呆気なく恵里は氷壁へと叩き付けられてしまった。

 

『一思いに殺してあげる。そうすれば紅のことで悩まず、あっという間に逝けるからねえ。感謝しなよ?』

「ぐっ……うう……」

『言い残すことは……ないよねぇ。あってもどうせ、君のことなんて気にしないよ。残念ながらね! “アポロン”、 〝巨星・滅〟』

 

虚像の露葉が最後に言い残したい事を聞いたのに対し、虚像の恵里はそれすらも聞かずに本物を消そうとする。彼女の容赦ない性格が前面に押し出されているとよく分かる。

 

当の本人はというと、氷壁にベッタリと血を塗りつつも己を死へと誘う攻撃が目の前にして冷静でいた。

 

(僕は、紅を父と重ねて見ている?)

(イエス。重ねて見ている)

(僕は紅に女として見て欲しい?)

(……イエス。見て欲しい)

(紅が欲しい?)

(イエス。全てを捨てても欲しい)

(その感情は独占欲? 恋愛感情?)

(どちらも。僕は両方の感情を持っている)

(僕は、紅のことが好き?)

 

自問自答を繰り返し、虚像の己が自分に投げかけた言葉を呑み込んでいく恵理。この土壇場で、自分の命が消えてしまうかもしれない状況で、恵理はようやく己の気持ちに気がついた。

 

「そう、だよ。僕は……大好きなんだ。紅のことが、大好きなんだ。こんな所で死んで……永遠にお別れなんて絶対に、嫌だ……!」

 

目の前に迫る“巨星”を見上げながら恵理がフラフラと立ち上がる。大量の血が流れ出したことによって心音がうるさいぐらいに鳴り響き、怠さは感じるが血の代わりに流れ出した魔力が刻一刻と力強くなっていく。

 

半ば灼熱の“巨星”に呑み込まれながらも、恵理は拳銃をこめかみに当ててニヤッと音也そっくりの笑顔を作った。そして、熱によって皮膚が溶かされるのを厭わず一言、しかし絶対の意思を込めて叫びながら引き金を引く。

 

「……“タナトス”!」

 

ドパンッ! バリイイイン!

 

とても幸運なことに、拳銃に内臓されていた“能力強化弾薬”が発射されて炸裂、恵理の全能力が一気に超強化された。

 

灼熱の巨星が風のように露散し、本来なら塵一つ残るはずのなかった恵理と、虚像の恵理ですらも見たことのない人型の何かが真っ直ぐ宙の一点を見つめている。

 

恵理が召喚した人型の何か“タナトス”は無数の棺桶を鎖で繋いだオブジェを背負い、飾り気のない一振りの刀を構える処刑人のような出で立ちをしており、顔には獣の頭蓋骨を模した無機質な仮面を付けている。

 

『それは……まさかっ!?』

「“タナトス”。ギリシャ神話で死そのものを神格化した神さ」

『冥界の支配者“ハーデス”とはまた違う。君の召喚した者は……そうか。生きる物全てに必ず訪れる、残酷な終わり。それを“確定”させるのがタナトスということか……』

 

音也への気持ちを改めて理解し、受け入れたことによって弱体化していくことに気がつきながらも恐れた様子で虚像の恵理が推測を並べる。

 

虚像は彼女自身であるが故に、理解してしまったのだ。恵理が召喚した“タナトス”の力が、どんなに強力で、この世の理にすらも干渉出来てしまうほどの影響力を持っているのかを。

 

「僕はもう逃げない。鼻から諦めて、自分の気持ちに蓋をするぐらいなら最初から全力で当たって砕けた方が何倍もマシだよ。二度と、自分の気持ちを飼い肥らせて暴走するなんていう愚行は犯さないためにもねえ!」

『そう、か。心は決まったんだねえ。今の君にはどんな言葉を言っても折ることは出来なさそうだよ。……分かった。次で終わらせよう。己の弱さとの決別、勿論できるよねぇ?』

 

虚像の恵理は“アテナ”を召喚し、何処となく儚い表情で最後の攻撃だと暗に宣言した。

 

対する恵理の表情は大して変わらない。強いて言うなら、爛々と光っている紅眼の輝き度合いがより一層増したぐらいだろう。

 

両者が睨み合い、耳に嫌というほど心音が鳴り響く。考えることは同じ。成すことも同じ。雌雄を決するのは僅かな緩みから生まれる隙を突けるかどうかである。

 

「……やれ、タナトス! “神踊・影”!」

『っ、アテナ!』

 

──ォォォォオオオオオオ!!

 

咆哮を上げながら真っ直ぐに突進したタナトスに対して僅かに反応が遅れた虚像の恵里は、咄嗟に鏡の盾に隠れながらも長剣を構え、何時でも迎撃できるように力を温存した。

 

ギリギリまで引きつけ、一撃目を盾で何とか受け止めたアテナは、反撃のために長剣を横に薙ぎ払ってタナトスの体を斬り裂いた。

 

確かに斬り裂いた。そのはずであった。しかし……。

 

『んなっ、消えた!?』

 

手応えがする前にタナトスは陽炎のように揺れたと思うと、禍々しい黒色のオーラを露散させながら影のように姿を消してしまったのである。

 

咄嗟の事態に虚像の恵里の心が焦りを感じ、何が起きたのかをある程度だが把握したときには、既にチェックメイトであった。

 

宙に浮いていたアテナがガラスのように砕け散り、虚像の恵里は胴体をズルリと滑らせて体が二分割されていた。

 

「“神踊・影”は死神の特性を存分に活かした魔法。本来なら攻撃された時点で苦痛を与えてからゼロ時間転移を好きな時に、何度でも繰り返せる物だけど……思ってた以上に体力がなかったらしいね。一回だけ転移して斬り裂くだけで精一杯だったよ」

『は、は。素晴らしかったよ。今の君なら、きっと……』

 

発動させた魔法がどんな物だったのかを聞かされた虚像の恵里は、満足そうな表情で空気中へと溶けていった。

 

タナトスもまた、恵里が体力的に限界だったのもあってガラスのように砕け散り、後には息を乱して座り込む恵里本人だけが残された。

 

恵里は遠くから聞こえる最愛の人とライバルの楽しげな笑い声を遠耳に捉えると、自身も笑みをこぼして這いながらもその声がする方向へ進むのだった。

 

 

その数瞬後、音也と露葉、そして恵里が鉢合わせしたのは言うまでもない。

 




アルテミス……表向きは月のように穏やかな性格を恵理がしているから。
アポローン……恵理が嫉妬深い所や激情を秘めていて、“熱い”部分があるから(こじつけ)
ヘルメス……頭が良く回って狡猾な部分があるから。
アテナ……反射したい→鏡の盾なら反射できるという理由。あとは単純に戦神だから使えそう。
オルフェウス……ヴァイオリンからの弦楽器繋がり。本当ならヴァイオリンの神様がよかった。
ハーデス……絶望を与えるため。冥界の神って強そうだから(クソみたいな理由)
タナトス……恵理が死を間近に感じ、幸運にも拳銃内に入っていた能力強化弾を身に撃ち込んだ結果、たまたま召喚できた。概念魔法の要素をほんの少しながら含んでいる。

恵理が神を召喚して己の力に出来るのは降霊術としての力が最上位であるからです。
降霊→(実は対話してから)使役しています。


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第八楽章 代償・失われたのは

初めに、今回は普段の倍以上長いです。文字数的には7000を超えてますので、一応注意してください。

ちなみに改筆はボチボチ進んでいます。現在はライセン大迷宮編まで完了しているとだけ報告しておきますね。



「と、言うわけで……僕もこれからよろしくね?」

「ああ。もう何も言わねえよ。お前らがそう思っているなら俺は尊重する。だが、覚悟しておけ。俺は決して逃がさないからな?」

「くふふ……承知してるよ。僕の王子様」

「そっか……遂に恵理ちゃんも陥落したか。ま、仕方ないわね。音也くんは魅力的過ぎるから」

「その通りだよ。僕も今日からライバルだから、よろしくね」

 

俺の左腕に抱きついて宣言する恵理と、彼女の決意に嫌な顔を一つもせずに受け入れる露葉。俺も試練を乗り越えたことで余裕ができたので、今なら何を言われても受け入れることができそうだ。

 

両腕に当たる柔らかな感触を極力無視しつつも俺は直進する。目の前には氷壁がこれまでと同じように存在し、その奥では光輝が虚像の己と激戦を繰り広げているのが分かる。

 

「ふむ、〝限界突破〟を使ってるのか。その割には虚像の方の力が異常だな。現実を突きつけられて強化させているのか?」

「逸らしに逸らし続けた現実を唐突に突きつけられたらどうなるか。特に彼の場合は……うん、簡単に想像が付くよ」

「お得意のご都合解釈で何処まで自分を追い詰めているかなあ。正直、嫌な予感しかしないよ」

 

その予想は、最悪の形で当たることになった。

 

氷壁を抜けた先で見えたのは、純白の輝きが大瀑布となって頭上から降り注ぐ光景だ。流星群のように俺へと降り注ぐ凶悪な砲撃。しかしその砲撃は恵理が咄嗟に展開した大結界によって防がれることになった。

 

誰が攻撃を、それも確実に殺意を持って行った人物を俺は直視する。もっとも、この状況で純白色の魔法を使える人物は一人しか居ない。

 

「……で? 何のつもりだ、天之河」

 

紛う事なき本人の方を睨みつけながら問いただす。正体はもちろん光輝だ。絶対に有り得ないのだが、仮に露葉に直撃でもしたらかなり良い傷を貰ったかもしれないので俺のボルテージはどんどん上がっていく。

 

その光輝は、地面をかち割り半ばまで埋もれたままの聖剣を握り締めながら、何かをブツブツと呟いている。前髪が垂れて目元が隠れているので表情はよくわからないが、明らかに尋常な様子ではない。

 

「……が…だ。……で、う……ら」

「何言ってんだ? とりあえず敵は俺たちじゃなくて向こう側でニヤついてる虚像のお前だ。サッサと殺してこいよ」

「……俺たち? まるで自分と恵理がワンセットみたいな言い方だな? えぇ? なに、自分のものみたいな言い方をしているんだ? ふざけてるのか?」

 

明らかに正気ではない様子で訳の分からない事を並べる光輝。いや、俺の物ってのは強ち間違っていないが……否定されれば手放すぐらいのつもりではある。

 

「ふざけてるのはお前だろ? まあ良い。早いところ終わらせろよ」

「……あぁ、終わらせるよ。お前なんかに一々言われなくても、全て終わらせてやるさ!」

 

そう絶叫するや否や、光輝は瞳孔の開ききった狂気を感じさせる眼差しで俺に向かって突進した。〝爆縮地〟で姿を霞ませながら一気に肉薄し、莫大な魔力を込めた光の斬撃を放つ。

 

流石に周囲への二次被害が大きいと察した俺は、ベルトを巻きながら光の斬撃を弾き飛ばしてイクサナックルを取り出し、跳び上がりながら変身を完了させた。

 

「堕とされたのか。無様なもんだな」

「黙れ! お前が死ねば全て元に戻るんだっ! さっさと死ねぇえええ!!」

「いっそ哀れにすら思えるな……あ、露葉。殺したいのは分かったが今は待て。手出しは無用だ」

「余裕のつもりかっ! 雫や露葉さんたちだけでは飽き足らず、恵理まで洗脳して! 俺の大切な仲間を傷つけて……絶対に許さないぞ! お前を倒して、ユエや他の女の子たちにかけられた洗脳も全て解いてやる! そして、彼女たちと共に、俺は世界を救う!!」

 

もはや歩み寄るのは不可能だと判断した俺は、鈴と龍太郎が多少は悲しむだろうという懸念事を振り払って一気に殺意のボルテージを上げた。

 

仮に光輝の友人が悲しんだとしても、それ以上に俺の愛する人たちがこいつへ殺意を向けるならば、俺も全力で排除に乗り出すだけだ。

 

とはいえまだ俺にも良心はある。今ならまだ、半殺しより少し上レベルで我慢するぐらいの理性は残っているのだ。これが崩れるのは、はたして今なのか、それとも……。

 

「なぜ、攻撃をするどころか受け止めもしない! 怖じ気づいたかっ!!」

「攻撃する価値も受け止める価値も見いだせないからに決まってるじゃないか」

「戯れ言をっ。すぐにその余裕も消し去ってやる!」

「これが戯れ言に聞こえるのか? 何処までも都合の良い耳を持っている奴だな。そんなんだから大切な人に見限られるんだぞ。そろそろ気づけよ」

 

聖剣をイクサナックルで受け止めながら冷めた目で光輝を見つめる。その聖剣はハジメが新調した物であり、俺の目から見ても超一級品のアーティファクトである。

 

様々な素晴らしい能力が隠されているにも関わらず、幼い子供のように癇癪を起こしている光輝にはまともにその力を扱えていない。何処までもバカな野郎だ。

 

「勿体ねえことしやがって。その聖剣も、お前がまともならもっと上手く使えただろうよ」

「なにをっ」

「まともではないお前は本気を出さなくても殺すことができる。ここまで反撃しなかったのは力を見極めていたからだ。ここまで堕ちてるならお前は殺した方が良さそうだ」

 

聖剣を弾き飛ばして光輝のことを思いっきり蹴り上げ、虚像の光輝の方向を目がけてイクサナックルを持った右手で殴りつけた。

 

ドパンッ! と殴ったときに鳴る音ではない、凄まじい空気の破裂音が鳴り響き、光輝は虚像の己を押し倒しながら氷壁まで吹き飛ぶ。

 

「ぐはっ!?」

『ぐっ……なあ、お前()。力が欲しいか?』

「当たり前だっ。あいつを屈服させるだけの力が、俺は欲しい!」

『良いだろう。それなら融合だ。お前の望む“力”を与えてやる』

 

直後、虚像の姿が霞のように薄れていき代わりに赤黒い光の粒子が渦巻き始めた。

 

『さぁ、お前()。ヒーロータイムだ。悪者からヒロインたちを助け出そうじゃないか!』

「うるさいっ。お前の指図は受けない。今だけ使ってやるだけだ! 紅を倒したあとは、お前の番だということを忘れるなっ」

 

その言葉と同時に、赤黒い粒子は光輝の身の内へと入っていき光輝の体が脈動を始める。ドクンッドクンッと鼓動の音が部屋に木霊し始め光輝が纏っていた純白の光に赤黒い色が血管のように混じり始めた。

 

甘言に負けて虚像の己と融合した光輝の姿は、片目を赤くしたオッドアイに茶髪には白いメッシュ、、聖なる鎧には赤黒い血管のようなものが幾筋が入っているという物に変更されていた。更に、その手には、白と黒、二振り聖剣が握られている。

 

そしてそのタイミングで氷壁の一部が溶け出し、雫とユエ、ハジメとシアと香織、ティオと龍太郎と鈴がこの場にやって来た。

 

「お前さえ……お前さえ居なければ、全て上手くいってたんだ! 香織も雫も、恵理もずっと俺の物だった! この世界を勇者として救うはずだった! それなのにお前が全てを滅茶苦茶にしたんだ!」

「あくまでも俺が全て悪いと?」

「その通りだ! 人殺しのくせにっ。簡単に見捨てるくせにっ。そんな最低なお前が、人から好かれるはずがないんだ! ユエやティオ、あの南雲だってお前が洗脳したんだろっ。何処までも最低な屑野郎め! お前はもう、要らないんだよ!」

「……その言葉を何の考えもなしに吐き出して、お前は生きて帰れるのかな。雫たちが今にもお前のことを殺さんばかりの瞳で見つめてるぞ」

 

その言葉の通り、氷壁から現れた雫たちは光輝の絶叫を聞いて、今にも飛び出そうとしているのをハジメと香織に押さえられている。

 

そのハジメと香織ですらも青筋を立てていることから、あと二言三言余計なことを口走れば光輝の命はないだろう。幼馴染にすら毛嫌いされている辺り、彼がこれまでどれだけ多くの人を裏で自覚なしに傷つけてきたかが分かる。

 

「まあ、俺に対して恨みがあるのは構わないけどな。お前、誰の許可を取って雫のことを物扱いしてるんだ? そして誰の許可を取ってユエたちのことを呼び捨てにしてる?」

「お前が呼び捨てにしていること事態がおかしいんだっ。洗脳のやり過ぎで感覚が狂っているんだろっ。……そうか、お前があれだけヴァイオリンで脚光を浴びていたのも、多くの人を洗脳していたからなんだな? お前は何一つ努力していないんだな? そうなんだろ!」

「……なんだと?」

「どうせお前の言う“音楽”は人の心を洗脳する物だ。そんな物を、これ以上この世の中に広めるわけにはいかないっ! 音楽その物の存在を一つ残らず消すことだって俺は厭わないぞ!」

 

最後の言葉に俺は表情を消した。こいつは今、一番言ってはならない言葉を発した。音楽その物の存在を消すと言ったな?

 

俺は静かに怒りながらライザーフエッスルを取り出す。情状酌量の余地はない。幼馴染みや親友は絶句するか冷たい視線を向けているかで、俺の行動を止める者は居ない。それならば……。

 

ジェ・ファ・ー・ヴェ・テ・エ・ゴ・ン

「少しでもお前に疑いの心が生まれているなら、情状酌量の余地があった。だがお前は、その最後のチャンスすらも自ら手放した」

「何を言って……!」

「お前は、言ってはならないことを口にした。音楽その物の存在を一つ残らず消すだと? そして、俺が音楽を洗脳のために使っているだと? ふざけるのも大概にしろ」

 

俺の怒りに呼応するかのようにイクサが黒く変色していく。体の至る所からは電撃がバチバチと溢れだし、触れる物全てを焼き切らんばかりの熱線が辺りを駆け巡る。

 

今、この状況になって気がついたことだが、どうも黒いイクサの状態では感情によってスーツの戦闘力も比例して上下する機能が解放されるらしい。某ライダーシステムとそっくりである。

 

だが、今この場でその機能が発現したのは本当にありがたい。やっぱり母さんは最高だ。

 

「雫、露葉、香織。念の為、本当に念の為だが確認するぞ。此奴のことを殺しても問題ないな?」

「勿論よ。早いところ殺って頂戴」

「視界に映るのも嫌だから。お願いね」

「私も。二度とその顔を見たくないから」

 

最終確認を取り、とてもありがたいGOサインを頂いた。特に雫は親の仇でも見るかのような顔をしている。早いところ殺してしまった方が雫の精神衛生上的に最適であろう。

 

「みんな、そんなっ……! 紅、お前はどこまで腐っているんだ。どこまで俺から奪えば気が済むんだ! あぁ、そうか。檜山や近藤のことも、本当はお前が洗脳したんだろ? そしてあたかも自分が仲間を助けたという演出をして、より一層洗脳が解けないようにしたんだろ? それなら全て辻褄が合う」

「そこまでご都合解釈できるお前の脳味噌にはある種の尊敬の念すら送れるな。そんなんだから失うと何故気がつけないんだか。だが、それもあと数分後には考えられなくなる」

「御託はいらない。覚悟しろ、紅っ!! 〝覇潰〟!!」

 

数値だけ見ればオール一万を軽く超える光輝が常人ではとても見切れない速度で突撃してくる。濁った瞳。溢れだす憎悪の心。其れ等全てが合わさって生まれた、異常な、しかし直線的な双大剣の斬撃が俺の両肩に直撃した。

 

ガキンッ! と金属的な音が鳴り響くが、俺は微動だにしない。痛がるどころか、逆に双大剣を握りしめて首を傾げた。

 

「大したことねえなあ……?」

「ぐっ……だがこのぐらいっ!」

「このぐらい、か。だがお前如きに何が出来る? 無様に抵抗するぐらいだろ」

「く……黙れっ! 〝天翔剣・嵐〟!!」

 

そうして放たれたのは、広範囲に拡散する幾百の斬撃。見える光の刃だけで百はあり、その影に潜むようにして三百近い風の刃が追随している。既に殲滅魔法レベルだ。

 

超至近距離で殲滅魔法を放てば一発ぐらいは当たるだろうと踏んだのか、光輝は得意気な顔をしている。しかし俺からすれば、ただ無策に大魔法を使って数撃ちゃ当たる戦法に賭けているバカにしか見えなかった。

 

「無駄なんだよ。お前の放つ攻撃は、俺には届かない。その心が汚れている限りは、俺には届かない。雫や露葉、そして香織から認められることも永遠にない」

 

故に、イクサキャノンを使って一発反撃を加えた以外はゆらりゆらりと木の葉のように揺れて弾幕を回避することに成功した。

 

血飛沫を撒き散らしながら少し離れた場所にドシャ! と生々しい音を響かせて落下した光輝は、それでも殺意を収めることはない。より一層、凶悪な形相になりながら突撃を繰り返す。

 

血走った瞳が狂気の色を添えられて、更に凶悪な様相になっている。既に、人々の夢と希望が詰まった勇者の面影はない。

 

「お前がっ、お前みたいな奴がっ、全てを分かったような口を利くな! 雫たちのことを本当に分かっていて、理解しているのは俺だっ。三人のことを誰よりも大切にしているのも俺だっ。俺こそが三人と共にあるべきなんだっ。お前なんかじゃない! 絶対に、お前みたいな奴なんかじゃ!」

「本当に分かっているなら何故、傷つけたことも分からずに困ったような笑顔を浮かべる? お前のせいで三人がどれだけ傷つけられたか分かってるのか?」

ヴァ・シュ・タ・ク・ト

「本当に三人のことを思っているなら、何故自分の都合の悪い部分には目を向けなかったと聞いている。それすらにも気がつけないんだったら……お前はもう生きる価値はない。用済みはお前だ」

「ふ、ふざけるなっ! 今にもお前のことを殺すのは俺だっ!」

 

一度距離を置いた光輝が雄叫びを上げて双聖剣をかかげた。激しく渦巻く魔力の奔流。余波だけで周囲の地面が吹き飛び天井が消滅していく。膨大な魔力にものを言わせて〝神威〟を放つつもりのようだ。

 

俺はあえて追撃はしない。莫大の隙を晒している光輝を殺すのは簡単だ。しかし、それでは面白みがない。せめて後悔だけでもさせて死なせてやりたい。

 

「〝神威〟!」

「来い。お前の攻撃が届くかどうか、その目で確かめてみろ」

「言われなくてもっ!」

 

大気がうねり、軋みを上げる。太陽がそのまま落ちて来たのではないかと錯覚しそうな光量が大広間を純白一色に染め上げた。少し遅れて発射された光の砲撃は、一瞬で俺の体を包み込んだ。

 

対する俺は特に動じない。視界が赤黒く染まり、聞こえる音が轟音のみだとしても動揺することはない。むしろ、この程度なのかと少しだけガッカリした。

 

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「所詮はこの程度、か。やはりお前の攻撃は俺に届くことはない。己の弱さを呪いながら地に墜ちろ」

 

山吹色の光が一気に赤黒い光を飲み込み、再生されたがたった数秒で一時的にこの空間を完全に破壊するほどの電磁波をイクサナックルが放出した。内包している魔皇力や魔力を一気に解放したこと、ここまで吐きかけられた罵詈雑言に少なからず腹を立てているが故に強化されたイクサスーツ。

 

全ての条件が噛み合ったブロウクン・ファングは、光輝の放つ全力の〝神威〟を嘲笑うかのような勢いで光輝本人をあっという間に飲み込んだ。一切の容赦がない電磁波は、光輝の鎧は勿論のこと、聖剣や生皮まで溶かすに至った。

 

「ぐあああああああ!?」

「無様なもんだ。これが世界を救うために召喚された勇者か? 見るに堪えないなあ……」

「ぐ、は……まだ、だ。まだ俺はっ!」

「お前に何ができる? 死の足音がこんなにも近い、この状況で」

 

焼き爛れて浮き彫りになった光輝の胸を踏みつけ、既に死に体の光輝が完全に身動きを取れないように押さえつける。グリっと足で胸を抉れば、目の前には露出した肋骨が見える。

 

その肋骨も軽く踏みつけてへし折り、声のない悲鳴を上げた光輝のことを冷たい目で見下ろした。

 

「こんな、ところで……負けられないっ。絶対に雫たちを俺の元へ取り戻すんだ……だからっ!」

「一つ勘違いしてるらしいから言っておくぞ。雫の体も心も、全ては彼女の物だ。お前の物じゃない。そして雫は、自ら俺の物になると決めた。それは他の奴らも同じだ。自ら望んで俺の元へ来ている」

リ・チャ・ー・ジ

「俺の大切な人たちに、これ以上手出しはさせない。俺の命に代えても……お前を殺す!」

 

再度チャージが完了したイクサナックルを下に向けた。銃口に電磁波が集まっていき、今にも溢れださんばかりの量がチャージされているのが一目で分かる。

 

龍太郎や鈴が今にも飛び出そうとしているが、ハジメが機転を利かせて先に睨みつけて硬直させた。“邪魔をするならお前らも殺す”という意思が丸見えである。だが、この場でその脅しはとてもありがたい。

 

「嘘、だ。こんなはずじゃ……そうだ……これは罠だ。卑劣な策略なんだ……あいつが仕組んだんだ……俺は嵌められただけ……俺は悪くない。俺は悪くないんだ。あいつが俺の大切なものを全部奪ったから。悪いのはあいつだ。あいつさえいなければ全部上手くいったんだ。なのに……」

「光輝、一言、言わせてもらうわね」

「し、ずく?」

「貴方のこと、私は大嫌い。私だけじゃない。姉さんも、香織もそう。ユエたちだって同じ。貴方が近づこうとした人間は、みんな貴方のことが大嫌いだから」

「しず――」

「終わりだ。あの世で後悔しながら、俺たちが幸せに暮らすところを見ていろ」

 

戸惑いはない。躊躇もしない。後悔もゼロ。眼下で倒れているバカな男を殺すことが、俺たちの幸せに繋がると俺は確信している。

 

かつて先生が言っていた“寂しい生き方”。残念ながら、俺の生き方とはあまりにもかけ離れていて結果的には受け入れることができなかった。

 

だが、それでも俺は引き金を引く。

 

それが未来の、俺たちの幸せに繋がるならば……寂しい生き方だとしても躊躇なく引き金を引く。俺はそう、決意したのだ。

 

ドゴアアアアアアアアアアアン!!!

 

「……」

「うそ、だろ? 光輝……」

「ねえ……どこなの? 光輝くん、何処に行ったの? 鈴には見えないよ……」

「〝魂斬〟。はあ……現実を見なよ」

 

天之河光輝。享年十七歳。その存在は、この世から体一つ、魂一欠片も残さず消えることになった。

 

後に残されたのは、少数の悲しみと多数の喜び。俺は天を仰ぎ、改めて決意するのだった。

 

俺たちが幸せになるために、妨げになる者は何であろうと殺す、と。

 




勇者(笑)、死亡です。殺した理由としては、原作とは異なって幼馴染みたちが光輝に憎悪の念を抱いていること、ハジメ以上に音也は光輝のことを嫌っていること、そして最終章が酷似することを防ぐためです。

殺し方、そもそも殺したことについて思うところはあるかもしれませんが、この作品での結果はこのようになったことを理解して頂けると幸いです。


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第九楽章 理と人を超えた力

みんな光輝のこと嫌いすぎじゃね?()
まあ仕方のないことだけど……実は書いてて自分もスッキリしたのは内緒です。原作を読み返していると尚更()
ちなみに一話にあれだけの感想が送られたのは初めてです。本当にありがとうございました!
今回は休憩に近いですので、サラッと流し読むだけでも大丈夫だと思う内容です。


「さて、ここに留まる必要もないし行くか」

「紅……すまなかった。光輝のこと、殺させてしまって……」

「お前の謝罪なんて求めてねえよ。それに、今回に関してだがお前は悪くない。そんなに謝るな」

 

龍太郎の謝罪を軽く聞き流して俺は前を見る。やなり、同じように氷壁が溶けて出口が出現しており、その奥には強い魔法陣の反応を感じられた。

 

どうやら、次の部屋が終点らしい。精神的に中々の負担をかけさせられたこの大迷宮も遂に終わりの時が近づいているらしい。

 

「あれ? 音也くん……光輝くんの聖剣が再生してるよ」

「何だと? 再生……ふむ。念の為持っていくか。“聖剣”と付くぐらいだから何かあるのかもしれないな」

「ん……勇者の遺品?」

「そうなるな。元の世界に戻ったら彼奴の親に渡してやろう。お宅のお子さんのなれ果てとな」

 

氷壁の奥へ足を踏み入れながらそんなことを話し合う。軽く龍太郎と鈴の頬が引き攣っているのは気のせいではないだろう。

 

氷壁の奥をさらに進むと、そこには神殿のような物が広がっていた。

 

幾本もの太い円柱形の氷柱に支えられた綺麗な四角形の空間で、やはり氷で出来ている。今までの氷壁のように鏡かと見紛うような反射率の高い氷ではなく、どこまでも透き通った純氷で出来ているかのような氷壁だ。

 

そして、何より目を引くのが地面だ。ここに来るまで、ついぞ見なかった水で溢れていたのである。どうやら、この空間はそれほど低温ではないらしい。大量の湧水が流れ込んでいるようで、広い湖面のあちこちに小さな噴水が出来ている。おそらく、どこかに流れ出ていく穴もあるのだろう。

 

そして、そんな湖面には氷で出来た飛び石状の床が浮いており、それが向かう先には、巨大な氷の神殿があった。ちょうど、俺たちが出てきた側の対面だ。そこまで四角形の湖面に浮く氷の足場が続いているのだ。

 

「へえ……やっぱり解放者も人なんだな。流石に住処まで水が凍る空間で暮らすのは勘弁してくれってか」

「逆に何だと思ってるのよ……」

 

雫から貰ったツッコミはスルーして俺は氷の足場を使って神殿へと進む。特に何事もなく対岸へと渡ることが出来た。

 

神殿の入口は両開きの大きな扉になっており、そこには雪の結晶を模した紋章が描かれていた。解放者〝ヴァンドゥル・シュネー〟の紋章だ。特に封印などがされている気配はなく、力を込めて押せばすんなりと開いた。

 

「中はしっかり住処か……恐れ入るな」

 

そのまま適当に部屋を探していると、数分でお目当ての魔法陣を発見することができた。特に疑うこともなく足を踏み入れれば、何時ものように魔法が脳内に直接刷り込まれていく……はずだった。

 

「ぎっ!? ぐあああああああ!?」

 

唐突に、耐え難い頭痛が俺を襲った。見れば俺だけではなく、ハジメ、雫、ユエも同じように苦悶の声を上げながら頭を抱えている。

 

先に痛みから気絶してしまった三人を見やりつつ、俺は強引に足に力を入れるとフラフラとだが立ち上がった。

 

「お、音也くん。無理しないでね」

「つゆ、は。大丈夫だ。俺は何とかな。それよりも倒れてる三人を寝室に運んでやれ」

「わ、分かったわ。シアちゃん、香織ちゃん、ティオ、手伝ってくれるかしら」

 

いそいそとこの場を立ち去った俺の嫁たちを見送り、俺は今、何が起こったのかを整理する。

 

【変成魔法】を手に入れた。これは間違いない。現に、俺の脳内には変成魔法についての知識が入っている。

 

ならば、先ほどの凄まじい頭痛の正体は何か。その答えもすぐに理解できた。

 

今の俺には全ての神代魔法の知識がある。【生成魔法】、【重力魔法】、【空間魔法】、【再生魔法】、【魂魄魔法】、【昇華魔法】。そして、【変成魔法】だ。これらは全て、この世界における〝理〟を自由自在に操る魔法である。

 

それを前提知識にして、これまで手に入れた神代魔法の“正確な力の根元”について考えてみるとしよう。

 

「生成魔法は無機物に、重力魔法は星のエネルギーに干渉する。空間魔法は境界に、再生魔法は時に、魂魄魔法は生物の持つ非物質に干渉する。昇華魔法は存在するものの情報に、か。そして変成魔法は……有機物に干渉すると」

 

ここまでを理解して、俺はようやく新しく手に入れた力が何なのかを理解することができた。

 

かつてリューティリスは言っていた。全ての神代魔法を手に入れて一段階昇華させたとき、その人物は〝概念魔法〟を作り出す知識を得ることができる、と。

 

俺が先ほどまで感じていた頭痛は、概念魔法の知識を刷り込んだ際に膨大な知識を一気に脳が理解しようとしてオーバーヒートしたものということだ。それ以外に有り得ない。

 

「概念魔法、か。ようやく母さんと肩を並べられる資格を持ったということかよ。それにしても神代魔法はやはりぶっ壊れだな。人間が手に付けて良い領域を遥かに超えてるじゃないか……」

 

手にした力の強大さを改めて理解した俺は、誰も居ない空間で一人ポツリと零すのだった。

 

──────────────────

「なるほど……ある程度は理解したわ」

「手に入れた力はハジメとユエも同じだ。とりあえず、当分の間ハジメとユエで日本に帰るための概念魔法を作ってくれるらしい。俺たちは戦闘に使える物が出来るなら頼む、とのことだ」

「分かったわ。それにしても概念魔法ね……神代魔法は元から何処かおかしいとは思っていたけど、まさかここまでとはね」

 

一番最後に目が覚めた雫に概念魔法の知識とこれまで手に入れた神代魔法の説明をすると、飲み込みが早い雫はすぐに全てを理解してくれた。

 

なお、此れ等を説明している間、俺は雫に思いっきり抱き締められた状態である。女子特有の鼻をくすぐる匂いと、胸元に当たる二つの双山がストッパーの存在しない俺の理性をこれでもかと言うぐらいに刺激してくる。

 

「ところで、私が倒れてから時間はどれぐらい経過しているのかしら?」

「半日ぐらいだな。一応香織に診察してもらったが、特に体に異常はないらしい。起きてから少しすればいつも通り動けるさ」

「そう、了解よ。かなりキツい頭痛だったから、何が起きたのかと思ったけどね」

「そりゃ俺もだ。痛みなんて久しいからな。思わず気絶するところだった」

「そう言いつつも気絶しない辺り、音也らしいわね」

 

クスリと笑って雪のような白髪を揺らす雫。俺は彼女の白髪を軽く撫でると、聞きたかったことを思い出したので雫に尋ねることにした。

 

「そうだ。雫は虚像の自分に何を言われた?」

 

そう、雫が試練で何を言われたのかを知りたかったのである。

 

露葉や光輝の前例のからして、己の負の感情をぶつけられて心を病む、または病みかける事態が発生しているかもしれない。もしそうならば、早急に対応が必要だ。特に雫に関しては、一度心を壊してしまっているため、また心を壊してしまったら耐えられないと俺は思っている。

 

だが、俺の心配は杞憂だったらしい。雫はフワリと微笑むと、俺のことをより強く抱き締めて何があったのかを話してくれた。

 

「そうねえ……まずは人殺しと言われたわ。そして、重い愛情を持っていて音也が何時までも受け入れてくれると思っているの? とも言われたわよ」

「そりゃまた……」

「でも大丈夫。そんなこと百も承知しているし、仮に音也が逃げたとしても……私が地獄まで追いかけて捕まえるから」

「奇遇だな。それは俺も同じだ。雫が逃げたとしても、俺は絶対に逃がさない。お前はもう……心も体も俺の物だからな」

「そう言いながら、私が嫌だと言えば素直に解放してくれるんでしょう? 本当に優しいわね。悶え死んでしまいそうだわ」

 

二人きりの、甘い空間が部屋を包み込む。誰か一人でも足を踏み入れてしまえば、体中の糖分を吐き出してしまうぐらいには激甘な空間だ。

 

念には念を入れて部屋の入り口にはハジメ特性の錠前を付けているため、誰かが出歯亀しに来ることは出来ないが。

 

「……なあ雫。皆には、雫が起きてもしばらくはメンタルケアに勤しむと伝えている。これがどういう事か分かるな?」

「ええ。体を重ねることもメンタルケアの一つでしょう?」

「察しが良くて助かる。これはあれだ、概念魔法を発現させる前の補給みたいな物だ。下心はない。そういうことさ」

 

雫のことを抱き締め返してそんなことを宣う。そう、これは補給なのだ。決して、下心があって彼女のことを犯すわけではない。

 

何を言っても納得されないのは承知しているが、体を重ね合った物同士なら分かることがある。それは、お互いが一番近い距離に接することでとても安心し、疲れも取れていくのである。

 

「音也、少し雰囲気が変わったかしら? どんな音也も大好きだけどね」

「ああもう、本当にお前は可愛いな」

「ゃ……もう、いきなりはダメよ。最近はすっかり敏感になったんだから」

 

首筋にキスを落とすと、雫はピクリと体を震わせる。咎めるような表情が、また愛らしくて俺は雫の耳元に囁いた。

 

「言い出しっぺは雫だ。だから、俺は止まらない。止めて欲しいなら引き剥がしてみな」

「ぅ……音也、反則よ。そんなこと言われたら拒否できるわけないじゃない。元より拒否するつもりはなかったけど……それでも反則よ」

「ククッ……すまないな。反則ばかりのヴァイオリニストで」

 

反省は一切しない。必要すら感じない。そんな俺に、雫は軽くため息を付いたが、すぐに微笑むと彼女も俺の耳元に呟くのだった。

 

「なら、私も負けない。反則合戦は得意よ」

 

この後、滅茶苦茶ヤッた。数時間後に俺たちは、お互い肌をツヤツヤさせながら部屋を出るのだった。

 




ゼアムさんからとても面白い意見を頂いたので、何処かで必ず使用させてもらいます。他にも要望だったり“こんなの良くね?”みたいのがあればDMの方にお願いします。返信は返せなくても、必ず目を通しています。

次回は短かった氷雪洞窟編ラストになります。四ヶ月以上続いているこの作品も間もなく終盤に入りますので、最後まで見てくれると嬉しいです。


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第十楽章 生命・執着の概念

お待たせしました。氷雪洞窟編最終回になります。とは言っても、大した話ではないと思ってますけど……()

ちなみにですが、光輝はもう“出しません”。私がゼアムさんの意見ほにゃららの奴は、DMに送られてきた意見のことです。光輝は音也によって肉体を消し去られ、さらに魂その物も恵理が消し去ったので登場不可能になります。天国にも地獄にも行かない。行けない結末ということです。


「それじゃあ、始めるとするか」

「ええ。と言っても、戦闘に使える概念なんて何があるかしら」

 

補給が終わった俺と雫は、早速部屋から出て概念魔法の発現に取りかかることにした。

 

しかし概念魔法は極限の意思と共に発現する物だ。生半可な気持ちで発現させることは不可能である。

 

「……とりあえず、一つ思いついた。日本に帰るのと同じぐらいに俺が求めている物がある」

「あら、そうなの?」

「人間が一度は欲しいと願った物だ。そいつを概念化させれば、もしかしたら実現することが出来るかもしれない」

「……その願いというのは?」

「永遠に朽ち果てない命さ。この世にある全ての物質はいつか必ず朽ち果てる。そして人間は、死ぬことを何よりも恐れている。それは俺も同じなんだよ」

 

“永遠に朽ち果てない命”。あの秦の皇帝も、永遠の命を欲して水銀すらも飲んだという。現代医療ではもちろん、この世界の魔法ですら永遠の命というのは実現できていない。

 

しかし、それも概念魔法なら可能かもしれない。“永遠に朽ち果てない命”という強い想いさえあるならば、実現だって不可能ではないのだ。

 

「そういうわけだ。手伝ってくれるか?」

「当たり前よ。音也の願いなら私の願いでもあるから」

「そうか……ありがとうな」

 

互いに見つめ合って微笑むと、俺たちは手を取り合って“極限の意思”を実現するために集中を開始する。

 

予てからの願いであったからか、すぐに俺の魔皇力が普段では有り得ない勢いで噴き出した。それに合わせて雫の魔力もブワッと湧き上がる。

 

大地を揺らすほどの勢いで巻き起こる魔力の嵐は、空中で混ざり合うと純白の魔力へと変換された。

 

「こいつは……命の輝きだな」

「そうね。勇者(笑)の魔力よりも遥かにクリアで、とても強い力を感じる純白の魔力だわ」

「引き合いに出したら可哀想だろう?」

 

軽口を叩き合いながら、それでいて思いは揺らがずに強大化していく。力は刻一刻と強さを増していき、遂には部屋全体を“生命の輝き”で満たすことになった。

 

ドクン! ドクン! と空間その物が鼓動し、さらに輝きを増した魔力が最後は爆発的に住処一体へと広がった。

 

すると、バタン! と別室の扉を開けてハジメとユエが突入してきた。

 

「お、おい。二人とも大丈夫か?」

「ものすごい光……これが、二人の概念魔法?」

「問題ない。もうすぐ完成しそうだからな雫、仕上げだ」

「分かった。気を引き締めるわよ」

 

俺はイクサを装着してから再度集中する。なぜイクサなのかというと、単純に完成した概念魔法をイクサに付与してみようと思ったからである。イクサは無機物なため、生成魔法の準備も怠ることはない。

 

「行くぞ」

「んっ」

「「〝永遠に朽ち果てない命をここに望む〟」」

 

刹那、恒星の如き眩い光の奔流が俺たち二人を中心に噴き上がった。一度は落ち着いていた銀河の流れは、まるで超新星爆発でも起したかのように部屋を純白の光一色に染め上げる。

 

そんな中、俺は生成魔法を発動させて空中に浮かんでいる概念魔法をイクサの中へ取り込んだ。

 

イクサ内に居た俺の耳に、カチリと何かが繋がった音が聞こえた。しかしそれ以外は何も起こらず、やがて光は収まって視界が元に戻った。

 

「っ……雫、大丈夫か? ……って、魔力枯渇で寝てるのか」

「逆にお前は大丈夫なのか……相変わらずとんでもないな。俺とユエも魔力枯渇でぶっ倒れたんだぞ」

「俺の場合は魔皇力を使い切っただけだ。魔力はまた別にあるから、片方が枯渇したところで何とでもなるのさ」

 

雫に魔力を譲渡しながら、俺に魔力枯渇で倒れるという概念は殆どないということを伝える。その事を聞いて、ハジメの顔に張り付いた苦笑いがより一層深まったのは言うまでもない。

 

──────────────────

「さて、とりあえず戦闘で使えそうな概念魔法と帰るための概念魔法は完成した。そのための道具も揃った。日本に帰るだけなら出来る状態になったぞ」

「そ、それは本当? 音也くんと雫を追いかけてこの世界に来てから既に半年以上経過しているけど……ようやく帰れるの?」

「帰るだけならな。召喚防止用の概念を作るのは、帰還用の概念を作るのより骨が折れそうだから時間がもう少しかかりそうだが」

 

意識が回復した雫と共に、俺たちは帰るための一手と戦闘に使える概念魔法が完成したことを報告。途端に鈴や龍太郎が感謝の言葉を述べ、その後に香織もハジメに飛びついた。

 

露葉もまた、感慨深いといった様子で涙ぐんでいる。やはり思うところがあるのだろう。

 

「ところで、戦闘に使える概念魔法とはどんな物なのかの?」

「永遠に朽ち果てない命さ。とは言っても俺自身に付与したわけではない。とりあえずはイクサに付与しただけだ」

「なんと……永遠の命とは驚いたのじゃ。永遠に朽ち果てない命、ということは無機物に付与すれば二度と壊れることも廃れることもなくなるということじゃな」

「相変わらず飲み込みが早くて助かる。全人類が想像している永遠の命と同じような物だよ。こいつは有機物にも無機物にも対応しているがな」

 

単純に壊れることも朽ち果てることもなくなったため、イクサの防御力は恐ろしいことになる。どんなに強力な攻撃でも、それこそ使徒の繰り出す分解魔法だとしても、このイクサは傷一つ付くことはないのだ。打ち破るには、この概念魔法と反対の概念を持つ物をぶつけるしかない。

 

即ち、“絶対の死を発現させる”概念魔法が必要になるということだ。並大抵の努力ではイクサを破ることは不可能である。

 

しかし、それでいても闇のキバの鎧の方が性能を上回るのは恐ろしいことだ。鎧自体に概念魔法は込められていないが、イクサの状態で繰り出す攻撃は殆ど効果を成さない。

 

それに加えて、イクサには相変わらず制限時間が存在する。俺やハジメの体力がそこの見えない化物級であるが故に制限時間を物ともしない行動が出来るだけであり、その辺の人間が何方かを使用するなら闇のキバの鎧を選ぶ方が良いだろう。もっとも、適性がなければ死ぬが……。

 

「んじゃ、行くか。何時までもここに留まる訳にはいかないからな」

 

何はともあれ、戦力は揃った。それに帰る手段も出来た。今回の大迷宮攻略は一人の戦死を除いて大成功と言えるだろう。

 

住処の外へ出ると、入り口の近くにショートカット用と思われる魔法陣が置いてあった。そこへ、シアが予め手に入れておいた大迷宮攻略の証を手にして魔法陣の中へ足を踏み入れる。

 

すると、ビキビキ! と音を立てて眼前の泉が凍てつき始め、徐々に盛り上がっていく。そうして、巨大な十メートルほどの卵型の氷塊となったそれは、やがて膨張と氷結を止めると、直後、バリンっ! と音を立てて砕け散った。

 

けた氷卵の奥から現れたのは、氷で出来た竜だった。半透明の、クリスタルで出来たような光沢を放つ壮麗な竜だ。

 

氷竜は、その長い首をスロープとするように俺の足元へスっと頭を垂れた。どうやら、この氷竜に乗って出るのが【氷雪洞窟】のショートカットらしい。

 

ここに来て、ようやく見れたファンタジックな光景に俺は軽く感動を覚える。

 

「……ご褒美?」

「私もユエさんと同意見ですぅ。解放者って男の人の方が性格良いんですかね?」

 

他のメンツも同じ意見だったらしく、二人の言葉にこれでもかと言うぐらいに頷いている。

 

それもそのはず、人を苛立たせるエキスパートのような奴とか、ショートカットと言いながら海中に放り出す奴とか、ゴキブリを強制的に好かせる奴とかは全員女性だ。きっと男性は苦労したことだろう。

 

もしかしたら母さんもはっちゃけていたのかもしれないと思い、こめかみを軽くグリグリしながらも俺は氷竜の背中に跳び乗る。俺に倣って全員が氷竜に跳び乗った途端、氷竜はバサッ! と翼をはためかせると一気に上昇した。天井の氷壁がみるみるうちに迫って来るが、衝突する寸前で溶けるように氷壁に穴が空き、円柱形の通路が出来上がった。

 

その通路を、氷竜は全く速度を落とさずに突き進んで行く。やがて外に出ると、氷竜は全く止まる気配を見せずに上昇を続け、そのまま【シュネー雪原】の曇天に突っ込み、ボバッ! と音を立てて飛び出すと、太陽が燦々と照りつける雲海の上を優雅に飛翔し始めた。

 

「マジか……太陽の方向的に、どうやら雪原の境界に向かっているぞ。本当に気が利く解放者なんだな」

「これまでが中々に悪辣だったから、ハジメくんの言いたいことは分かるよ……」

「鈴たちは二つの大迷宮しか経験してないけど……どっちも女性が作った物だよね。鈴は男性解放者たちに労いの言葉をかけてあげたいよ」

「だな。何時の時代でも女は怖いんだなあ」

「龍太郎くん、それはどういう意味なのかな? かな?」

 

そんなどうでも良いことを聞き流していると、いつの間にか氷竜は高度を下げ始めていた。どうやら雪原の境界が近いらしい。

 

そして、境界からは目と鼻の先といった場所に氷竜は柔らかく着地した。思わず礼をすると、氷竜は「礼には及ばない」とでも言いたげな雰囲気で背中を向け、そのまま雪原へと姿を消した。

 

ここから境界を越えれば、すぐ近くには樹海がある。また当分の間はカム立ちの世話になろうか……なんてことを考えながら吹雪の中を歩いていると、俺の耳に何かが引っかかった。

 

「シア、何か居ないか?」

「……ですね。それもわんさかですぅ」

「ハジメ、分かるか?」

「ああ。クソ面倒だが……しゃあねえな」

 

気がついたのは俺、ハジメ、シアの三人だ。一匹見たら百匹居ると思え! とでも言いたいぐらいの数が揃っている“敵”の存在にウンザリしたのである。

 

俺はファンガイアスレイヤーとファンガイアバスターを取り出し、他のメンバーにも「戦闘準備」とだけ伝えた。

 

全員が武器に手を掛けながら、視界を閉ざす吹雪の向こう側へ出た。

 

そこには……

 

「お久しぶりです、イレギュラー。我が主の命令の元、居城への招待の任を果たしに来ました」

 

優に数百体はいるだろう。視界一面を覆う、おびただしい数の魔物。そして〝真の神の使徒〟ノイントが大量に武器を手に待ち構えていた。

 




次回は一度キャラクターのステータス紹介を挟みます。と言うのも、私自身が今一度キャラクターのステータスを把握して最終章の執筆に入りたいからです。何個か技能を増やすかもしれないですが……死に設定にならないように頑張ります()


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最終章 その音色は異世界まで響く
キャラクター紹介(大きく変更のある者のみ)


流石に全員のステータスを紹介することはありません。基本は大きく変更があったか紹介したい事柄がある人物だけ載せてています。ご留意を。

関係ないことですが、本話で総話数が111になります。おそらく年内に完結するとは思いますが……不意の出来事で休載があるかもとだけ伝えておきます。


・紅音也

……主人公。ビッグマウスだがそれを実行するだけの力を持っている最強のヴァイオリニスト。最近、複数の女性と関係を持つことに抵抗がなくなったのでより音也らしさが増した。

 

能力値が異常に高く、今のレベルなら特にイクサを纏うことなく真の神の使徒を圧倒することが可能である。イクサや闇のキバの鎧を装着したら言わずもがな。

 

音楽と自分が大切にしている物を貶される、または奪おうとすると概念魔法を生み出しかねない勢いで怒り狂う。その怒り方が某勇者のように叫ぶのではなく、黙りこくり無表情で襲いかかるのでたちが非常に悪い。そのせいでどこかの勇者は骨の欠片すらも残さずに死ぬことになった。

 

============================== 

 

紅音也 17歳 男 レベル:??? ランク:金

天職:ヴァイオリニスト,継承者 職業:冒険者

 

筋力:54000 [+∞]

 

体力:61500 [+∞]

 

耐性:47800 [+∞]

 

敏捷:42150 [+∞]

 

魔力:36400 [+∞]

 

魔耐:36500 [+∞]

 

技能:ヴァイオリン演奏技術[+超絶技巧][+具現化][+実体化]・ファンガイア化[+バット][+ライフエナジー吸収効率上昇]・ヴァイオリン制作技術・共感覚・絶対音感・生命力増強[+無限強化]・全属性適正・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・魔皇力耐性・恐慌耐性・全属性耐性・胃酸強化・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+体力変換][+身体能力強化][+高速構築]・魔皇力操作[+魔力変換][+体力変換][+身体能力強化][+魔法効率上昇][+高速構築]・魔法生成・複合魔法・天歩[+空力][+縮地][+震脚][+豪脚][+爆縮地][+無拍子]・纏雷[+拡散][+最大出力][+雷耐性]・風爪[+三爪][+飛爪]・夜目・遠見・気配感知・熱源感知・魔力感知・地獄耳[+音源探知]・気配遮断・金剛[+部分強化][+集中強化][+付与強化]・威圧・念話・高速魔力回復・限界突破[+覇潰]・生成魔法・重力魔法・空間魔法・再生魔法・魂魄魔法・昇華魔法・変成魔法・概念魔法・言語理解

===============================

 

*無限強化

……残りの生命力と比例して全ての能力値が少しずつ、しかし無限に強化されていく派生技能。ステータス上、音也の全能力値が∞表記なのはそのためである。

 

*具現化と実体化

……彼が恵理との模擬戦時に見せた“月の女神アルテミス”はこの能力を使用して戦わせている。早い話がペルソナ召喚。

 

・南雲ハジメ

……原作の主人公。本作での彼のメインヒロインは香織。側室にシア。原作よりも性格が落ち着いているのは奈落の底に落ちた際に音也が所持していたイクサナックルを持っていたため。

 

言動の節々に753が見受けられる。が、彼ほど暴走していない。それもこれも香織とシアへの愛があるからこそだったり。

 

ちなみに交友関係は以下の通り。

 

音也……唯一無二の親友にして背中を預けられる最高で最強の戦士

香織……最愛の嫁。傷つける奴は殺す。日本にいた頃から相思相愛

シア……嫁というよりは年の近い妹。しかし大切な存在には変わりない

雫……思考が一致しやすい親友の嫁。怒らないかヒヤヒヤしている

ユエ……奈落に落ちてからできた戦友その2。心の中では妹扱い

露葉……みんなのお姉さんにしてチームのブレーン。唯一頭が上がらない人物

ティオ……ブレーンその2。変態なのは諦めているので音也に丸投げした

恵理……香織の敵だが、実行犯ではないので気にしていない。むしろ頼りにしている

リリィ……存在を忘れてた

ミレディ……ウザいけど良い奴かも

 

====================================

 

南雲ハジメ 17歳 男 レベル:??? ランク:金

天職:錬成師  職業:冒険者   

 

筋力:31450

 

体力:34960

 

耐性:23810

 

敏捷:22770

 

魔力:22200

 

魔耐:22200

 

技能:錬成[+鉱物系鑑定][+精密錬成][+鉱物系探査][+鉱物分離][+鉱物融合][+複製錬成][+圧縮錬成][+高速錬成][+自動錬成][+イメージ補強力上昇][+消費魔力減少][+鉱物分解]・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作]・胃酸強化・纏雷[+雷耐性][+出力増大]・天歩[+空力][+縮地][+豪脚][+瞬光]・風爪[+三爪][+飛爪]・夜目・遠見・気配感知[+特定感知]・魔力感知[+特定感知]・熱源感知[+特定感知]・気配遮断[+幻踏]・毒耐性・麻痺耐性・石化耐性・恐慌耐性・全属性耐性・先読・金剛[+部分強化][+集中強化][+付与強化]・豪腕・威圧・念話・追跡・高速魔力回復[+魔素集束]・魔力変換[+体力変換][+治癒力変換][+衝撃変換]・限界突破・生成魔法・重力魔法・空間魔法・再生魔法・魂魄魔法・昇華魔法・変成魔法・概念魔法・言語理解

====================================

 

*ハジメのイクサ

……電力ではなく魔力で動く。出力は通常の音也イクサより少し上。黒いイクサには劣る。なお、音也の所持するイクサとの最大の違いは“量産が幾らでも可能”ということ。ハジメはイクサを大量に生産してハウリアに渡そうか迷っている。

 

・八重樫雫

……おそらく原作キャラの中でも特に性格と見た目が変わった人物。音也の正妻。露葉とは姉妹。

 

魔王化ならぬ女帝化している。そのため思考は原作のハジメ寄りで物騒。だが、音也の前では只の恋する乙女。ヤンデレっぽいところはあるが音也が重たい愛すらも受け止め、逆に重たい愛を返すため見事に攻略されている。

 

ヤンデレにはヤンデレ。純愛には純愛。毒をもって毒を制すである。

 

====================================

八重樫雫 17歳 女 レベル:??? ランク:金

天職:剣士 職業:冒険者

 

筋力:19850

 

体力:23480

 

耐性:17830

 

敏捷:71690 [最大値120540]

 

魔力:21770 

 

魔耐:20550

 

技能:剣術[+斬撃速度上昇][+抜刀速度上昇][+残斬][+二刀流剣技]・体術[+受身][+反応速度上昇]・縮地[+爆縮地][+重縮地][+震脚][+無拍子][+瞬光][+神速]・先読[+投影][+仮定未来投影]・天歩・気配感知・気配遮断[+暗歩][+完全遮断]・隠業[+幻撃][+分身]・疾風迅雷[+敏捷性上昇][+瞬間跳躍]・生成魔法・重力魔法・空間魔法・再生魔法・魂魄魔法・昇華魔法・変成魔法・概念魔法・言語理解

====================================

 

*縮地

……本来は〝天歩〟の派生技能。しかし雫の場合は異世界に来る以前から縮地を使用が可能だったため、別々の技能になっている。性能は派生技能の縮地より上。

 

*疾風迅雷

……魔力1に対して、基本敏捷値を5上昇させる。任意発動可能。最大値なら他の技能と組み合わせることで光速を超えることが可能になる。

 

・ユエ

……扱い以外は原作と変わりが少ないキャラ。音也に惚れている。出会った時期が比較的早かったのもあって彼からは露葉とほぼ同格の位置で見られている。

 

====================================

 

ユエ 323歳 女 レベル:95

 

天職:神子,女王 職業:冒険者 ランク:金

 

筋力:500

 

体力:680

 

耐性:190

 

敏捷:270

 

魔力:14000

 

魔耐:14000

 

技能:ファンガイア化[+パールシェル][+ライフエナジー吸収効率上昇]・自動再生[+痛覚操作][+再生操作]・全属性適性・複合魔法・魔力操作[+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+効率上昇][+魔素吸収][+身体強化]・魔皇力操作[+魔力変換][+体力変換][+身体能力強化][+魔法効率上昇][+高速構築]・想像構成[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]・血力変換[+身体強化][+魔力変換][+体力変換][+血盟契約]・高速魔力回復・生成魔法・重力魔法・空間魔法・再生魔法・魂魄魔法・昇華魔法・変成魔法・概念魔法

====================================

 

*ファンガイア化

……姿をファンガイアへと変え、全ての能力値を50倍に引き上げる。時間制限は自身の魔力に比例して長くなる。

 

・八重樫露葉

……雫の姉。日本にいた頃から音也がイクサを装着していたと知っている数少ない人物。非常に穏やかな性格で他人ファースト。さらに思慮深く、和装や和傘がよく似合う完璧なスーパー大和撫子お姉様。

 

と、いうのは表向きの彼女。八重樫家の長女であるが故に、親族から過度な期待をかけられた結果、自分の気持ちに蓋をして他人を褒め称える今の露葉が誕生した。実際のところは原作の雫並かそれ以上に苦労人である。

 

最近は雫に遠慮せずに音也と引っ付くようになったので、心労で倒れる可能性はなくなった。

 

====================================

八重樫露葉 19歳 女 レベル:96 ランク:金

天職:芸者 職業:冒険者

 

筋力:29600

 

体力:24550

 

耐性:20780

 

敏捷:???

 

魔力:10960

 

魔耐:10960

 

技能:投擲術・分身術[+5人]・読心術・解毒術[+高速解毒]・体術[+受身][+反応速度上昇][+間接外入]・縮地[+爆縮地][+重縮地][+震脚][+無拍子][+神速][+超神速]・天歩・先読[+投影]・気配感知・熱源感知・気流感知[+第六感強化]・気配遮断[+完全遮断][+暗歩]・隠業[+幻撃]・変わり身・変装・声帯操作・呼吸操作[+停止][+水呼吸][+体力回復][+魔力回復][+怪我治癒][+電撃][+焼撃][+解毒][+身体能力強化]・魔力操作[+魔法効率上昇][+魔力放射][+魔力圧縮][+遠隔操作][+体力変換][+身体能力強化][+高速構築]・纏雷[+最大出力]・毒耐性・風属性適性[+消費魔力減少][+効果時間増加][+効果上昇][+雷属性]・闇属性適性[+消費魔力減少][+効果時間増加][+効果上昇]・複合魔法・暗転操作・生成魔法・空間魔法・再生魔法・魂魄魔法・昇華魔法・変成魔法・言語理解 

====================================

 

*超神速

……神をも上回る速度で動き回れる。神の基準は能なしの神様ことエヒト。他の技能を組み合わせると、音也の耳からも逃れられるほどの速度で動き回れる。

 

・中村恵理

……原作では死亡した貴重なボクっ娘。原作と同じように光輝を手に入れるべく行動していたが、音也がヴァイオリン演奏を使用して“魂に直接訴えかける”ことで正気を取り戻した。

 

降霊術がほぼ極まっており、現在ではギリシャ神話の神を平然と呼び出して隷属化している。無理やりではないのがミソ。

 

ちなみに独力で神代魔法の域に達している。魂魄魔法はもちろん、最近はタナトスを召喚したことで概念魔法の力もほんの少しだけ使用可能。

 

====================================

中村恵里 17歳 女 レベル:95

 

天職:降霊術師

 

筋力:300 [+最大値9100]

 

体力:750 [+最大値10250]

 

耐性:700 [+最大値10470]

 

敏捷:320 [+最大値8460]

 

魔力:5450 [+最大値16000]

 

魔耐:5550 [+最大値16100]

 

技能:降霊術[+同時操作][+範囲拡大][+腐敗停止][+対象強化][+神召喚][+複数召喚]・霊視[+対話][+召喚][+複数召喚][+隷属化][+霊化][+実体化]・能力奪取・闇属性適性[+消費魔力半減][+発動速度上昇][+詠唱省略][+縛魂]・複合魔法・想像構築[+イメージ補強力上昇][+複数同時構成][+遅延発動]・魔力高速回復・魂魄魔法・重力魔法・昇華魔法・変成魔法・テンションフォルティシモ[+テンションピアニッシモ]・言語理解

====================================

 

*神召喚

……この世に伝わっている“神”や“偉人”を召喚して隷属化する。召喚した神は“霊”であるが、他の技能によって実体化しているため普通にこの世の物質に干渉ができる。現在、一番強い神は死そのものを司るタナトス。

 

召喚するためには後述のテンションフォルティシモを使用することが不可欠。そのために恵理は召喚の際にドタマブッパをする。見た目は完全にペルソナ召喚。アルカナカードは割らない。残念。

 

*テンションフォルティシモ&ピアニッシモ

……心拍数によって己の全能力値が変動する。ピンチになればなるほど能力が上がっていく、主人公のような技能。恵理や音也はこの能力のことを、時間制限の存在しない限界突破と称した。逆に、落ち着いてくると能力も落ち着く。

 




これは予定なのですが、この作品が書き終わったら“ペルソナ3”と“ありふれ”のクロスオーバーを書こうと思います。この作品ほど人が見てくれるか分かりませんが、兎に角自分が書きたいんです()

そして、次回から本格的に最終章へと突入していきます。一筋縄で終わらせるつもりはありませんので、楽しみにしてくれると嬉しいです。


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第一楽章 招待の手土産

まだ、大きくは動きません。今回は、ね……()


「招待だって? それは何かの冗談か?」

「寛容なる我が主と魔人族の王は、貴方等の厚顔無恥な言動にも目を瞑り、居城へと招いて下さっているのです。我等は、その迎えになります。運が良ければエヒト様に拝謁できる可能性があるなど有り得ない幸運です。感動に打ち震えなさい」

「感動もクソもあった物じゃねえな。能無しの神に招かれたところで嬉しいという方がどうかしてる。というか、疑問だらけだぞ。お前らが招待している場所は魔人族の居城だ。この歴史で神の使徒は魔人族の味方をしているのか?」

「ええ。我が主はエヒト様一人ですが……同時に、表向きはアルブヘイトに使えながら愚かな反逆者を抹殺してるのです」

「へえ……まあ、行くつもりは毛頭ないがな。メリットが見当たらない」

 

招待されたところで応じる必要はないと感じた俺は、早いところ大勢控えているノイントをぶっ殺そうと考える。しかし、俺が一歩踏み出す前に目の前には鏡のようなものが差し出された。

 

そこに映し出されたのは、リリアーナや愛子先生、他のクラスメイトである。どうやら神の使徒に抗うことができずに捕らえられてしまったらしい。

 

が、それを見せられても俺の心が揺れることはない。今更クラスメイトや先生が痛めつけられたところで俺には関係ない。死んでしまったとしても後悔はしないだろう。

 

「これが何だっていうんだ? こいつらが殺されたところで何も思わないが」

「……相変わらず貴方は狂っています、イレギュラー。ですが、カードはこれだけではありませんよ」

「ほう?」

 

映像を映し出す鏡の視点がユルリと動く。どうやら、愛子達を捕えている檻の横に、もう一つ檻があったようだ。同じ作りではあるが、かなり小さなサイズであるそれは、人を一、二人捕えるためのもの。

 

そして、そこに囚われている者たちが映った瞬間である。

 

ガシャガシャ ジャキンッ!

 

ファンガイアスレイヤーが何の前触れもなく神の使徒の首を貫いた。誰かが息を呑む音がやけに響き渡る。

 

使徒以外にも屈曲な見た目の魔人族や魔物が居るのだが、あっという間に俺の放つ異様な気配によって意識を失った。

 

「……オーケー、オーケー。よく分かった。俺が今、何をするべきなのかもよく分かったさ」

「っ──っ──あ、あの魚モドキ共がどうなっても、いいのですかっ」

「レミアとミュウのことを魚モドキだと? 余計なことを口走るのも大概にしてもらおうか」

 

カチッと使徒が反応できない速度で引き金を引いて数体の神の使徒の心臓を撃ち抜きながらこれまで殆ど出したことのない“全力の威圧”を繰り出す。

 

鈴や龍太郎は勿論のことだが、あの雫やユエたちですらも軽く頬を引き攣らせるほどの殺意が神の使徒や随伴していた魔人たちが後退るか気絶するのは火を見るより明らかである。

 

「レミアとミュウを人質に取られているなら招待を受けてやろう。だが、魔王城への招待なら手土産の一つや二つは必要だ。魔王様とやらにはこの場に居る全員の首をプレゼントしてやる」

 

首を掻っ切るジェスチャーをしながら嗤う。既にファンガイアバスターは使徒の心臓を正確に狙いを付けており、ファンガイアスレイヤーはいつ飛び出してもおかしくない位置に待機している。

 

使徒は言った。俺とノイントとの戦闘データは解析済みだ。これだけの使徒に俺が敵うはずがないと。それは雫たちも同じだと。

 

それに対して、俺はより一層凶悪な笑みを浮かべた。

 

「苦し紛れの脅しは効果を成さない。そして、限界まで弦を張り詰めている者は誰にも勝つことはできない。勝ち目のある戦いにだって無様に敗れ去るのがオチだ」

「バカにするのも大概にしてほしいわね。数ヶ月前のデータが役に立つほど、私たちは止まってはいないわよ」

「ん……アホ丸出しのバカ。お前らが勝てる未来は存在しない」

「学んでいるつもりで学んでいない。この姿を見るほど無様な物はないわね」

「その通りじゃな。人形というのはここまで無様なのかのぉ」

「当たり前じゃんか。傀儡人形を作った僕なら分かるよ。こいつらは何も学ばない、ただの自己満足で終わるバカだってね」

 

あまりの不遜な物言いに無表情だった神の使徒たちが一気に憤怒の表情を露わにした。これで俺たちの勝ちは確定的である。

 

人形は人形らしくしていればいいものを……バカな奴らだ。

 

「死に晒しなさいっ、イレギュラー!」

「だから、人形は人形らしくしていれば良いんだよ。何も学んじゃいないな」

「黙りなさいっ!」

 

双大剣をクロスさせながら絶叫し、俺に急迫する多数の神の使徒。しかしそれを見ても俺の嘲笑いは止まらない。その理由は簡単だ。

 

ドパアァァァァアン!!!

 

俺に視線が釘付けになっている間に、ハジメが地獄への快速急行電車の切符を手配していることに気がついていなかったからである。

 

「おいおい、俺を忘れてないか? 俺は別に音也ほど強くはないが、お前ら程度なら難なく捻り潰せるぞ?」

「くっ、小癪なっ!」

「で、今度は俺のこと忘れてるだろ?」

 

ハジメを見れば俺が、俺を見ればハジメが丁寧に地獄への切符を手渡ししていく。

 

紅い閃光と銀の凶光が周囲を駆け巡ること数分。あっという間に魔人と魔物は死に絶え、神の使徒も一体を残して首と胴体が永遠の別れを告げていた。

 

最後の一体は気丈にも双大剣を構えているが……明らかにその瞳は揺れている。動揺しているのだ。人形のくせに。

 

「そんな……有り得ませんっ。人間如きが、これだけの数の神の使徒に敗れ去るなど……断じて有り得ません!」

「なら、周りをよく見ろ。何が見える? 同胞の首と胴体だ。お前らは俺たちに勝つことはできないんだよ」

「そんな、ことがっ」

「認めろ。お前らの負けだ。敗者には敗者らしく、主の居城まで案内してもらおう」

 

ファンガイアスレイヤーを首に巻き付け、額にファンガイアバスターを当てて案内するように催促する。悪役はどっちだと言いたい。

 

しかし、この状況で残された神の使徒ができる行動は一つしかない。それは、敗者らしく勝者を主の元へ送り届けることだ。

 

仮に俺の拘束を解いて襲いかかったとしても、暴れる間もなく額をバスターで撃ち抜かれて終わりだ。その射撃を躱したとしてもその頃にはファンガイアスレイヤーが使徒の首を跳ね飛ばしている。

 

進むも地獄、戻るも地獄。逃げ道はもう、全て絶たれたのだ。

 

「………分かり、ました。案内しましょう。我が主の元へ」

「初めからそう言えば良いんだよ、神の傀儡人形。早くしろ」

 

どんな作られた美女とて、顔が歪めばただの醜いガラス細工だ。そんなことを実感しながら、俺は使徒の開いたゲートをくぐるのだった。

 

────────────────────

ゲートで繋がれた先の巨大なテラスは学校の屋上くらいの大きさがあり、俺たち全員が入ったところで埋まる様子は微塵もない。

 

そのまま歩いて行くと、すぐに重厚そうな扉に突き当たった。気配を確認すると、どうやらこの先に捕らえられた者が居るらしい。

 

ハジメに視線を送ると、彼は黙って扉を蹴倒した。その余波で近くに居た魔人族が吹き飛んだが無視して中を見やる。

 

扉の奥は、使徒が魔法で見せた光景が広がっており、レッドカーペットの先には祭壇のような場所と豪奢な玉座が見える。映像通りなら、玉座の脇、巨柱の後ろ側に檻が設置されているはずだ。

 

逸る心を抑え、空の玉座の傍へと近づいていく。そうして見えた映像通りの光景。

 

「パパぁーー!」

「あなた!」

「音也さん!」

 

ミュウとレミア、そしてリリアーナが声を上げる。俺はここまで付き添った使徒の首をファンガイアスレイヤーで刈り取ると、血に濡れながらも三人に向かって微笑んだ。

 

「よお、久しぶり。巻き込んでしまってすまないな。すぐに出してやるから待ってろ」

「パパ……ミュウは大丈夫なの。信じて待ってたの。だから、わるものに負けないで!」

「あらあら、ミュウったら……」

「その“パパ”っていうのが気になりますが……音也さん、私たちなら大丈夫ですから、どうかお気を付けてくださいね」

 

俺の姿を見た途端に表情も心の音楽も穏やかな物になった三人。念の為他の捕らえられた者を確認するが、命に関わる怪我をしている者は居ないようだ。

 

ひとまず安心した俺は、数百にも及ぶ神の使徒の首を玉座の近くに投げ込んだ。そうしているとおもむろに、玉座の奥から穏やかな声が響き渡った。

 

「いつの時代も、いいものだね。親子の絆というものは。私にも経験があるから分かるよ。もっとも、私の場合、姪と叔父という関係だったけれどね」

 

玉座の後ろの壁がスライドして開く。そこから出て来たのは金髪に紅眼の美丈夫だった。年の頃は初老といったところ。漆黒に金の刺繍があしらわれた質のいい衣服とマントを着ており、髪型はオールバックにしている。何筋か前に垂れた金髪や僅かに開いた胸元が妙に色気を漂わせていた。

 

もっとも漂わせているのは色気だけではない。若々しい力強さと老練した重みも感じさせる。見る者を惹きつけて止まないカリスマがあった。十中八九、彼が神を名乗る〝アルヴヘイト〟とやらだ。

 

「お前が、そうか。容赦はしないz――」

「……う、そ……どう、して……」

「まさか、そんな。どうしてお前がっ」

「……ユエ、コウモリモドキ? どうした?」

 

どうしたのか、ユエとキバットが動揺している。少なくとも、俺が声をかけても一切の反応を示さないほどには動揺しているらしい。

 

しかし、再度声をかけようとして俺はあることに気がついた。目の前にいる者の姿形が、妙に見覚えがあることに。

 

「やぁ、アレーティア。そしてキバット。久しぶりだね。相変わらず、君は小さく可愛らしい。キバットも元気にしていたかい?」

 




フリードが結構前に死亡しているのでお迎えは神の使徒と数人の魔人、そして魔物です。

招待されてから戦闘が発生したのは音也お得意の煽りが上手い具合に炸裂したからになります。相手を煽って冷静さを失わせ、直線的になったところを攻撃するのが音也くんです。


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第二楽章 動揺・嘘か真か

既に動き出しから異なりますが……まだまだ原作から外れていきます。タイトルを見れば分かるかもしれませんが、まだ原作の域を出ていません。確実に原作の域から出るのは次回以降になります。


「そうだ、私だよ。アレーティア。キバット。驚いているようだね。……無理もない」

「何故、お前が生きている。お前はユエのように不死身ではなかったはずだ。それなのに生きている理由は……?」

「うそ……そんなはずはないっ。ディン叔父様は普通の吸血鬼だった! 確かに、突出して強かったけれど、私のような先祖返りじゃなかったっ! 叔父様が、ディンリードが生きているはずがない!」

 

この会話を聞くに、目の前にいるアルヴヘイトとやらの姿は間違いなくユエの叔父ということは分かった。ユエが以前過去のことを話した時に、彼女の叔父はある日を境にユエのことを避けるようになり、終いには彼女のことをオルクス大迷宮に幽閉したと聞いている。

 

その後、亜人の英雄“オトヤ”と戦った後に死亡したはずだ。キバットからは叔父がどうなったか知らないと聞いているが、レミアの話ではオトヤとの戦いの後に起こった“神罰”によって死んだと聞いている。

 

矛盾に矛盾が重なっているからか、ユエの動揺が特に激しい。普段はポーカーフェイスを崩さないキバットもかなり動揺している。

 

「確かに、私は一度死んでいる。それは認めよう。普通にしていればとっくの昔に息絶えてることも認めるよ。だけどね、アレーティア。私には一つ、奇跡が起こったんだ」

「奇跡、だと? 信用出来るわけがないだろうが。そもそもお前はアルヴヘイトなのか? それともディンリードなのか? どっちなのかハッキリさせろ」

「紅音也くん、と言ったかな? 君が疑うのも最もだ。だが、順を追って説明するから私を殺すのは少し待ってくれないか? まず、最初に答えるのは……アルヴとは確かに私であり、同時に私ではないとも言えることだ」

 

禅問答のようなことを言ったことに対して俺はますます疑いの心を募らせていく。これがユエの身内の姿をしていなければ、ただの戯言として斬り捨てて殺しに行ったことだろう。

 

が、“もしかしたら”ということもある。今だけは殺意を抑え、話を聞くことにした。

 

「君の寛大な心に感謝をするよ。さて、アレーティア。まずは君が、いや、君たちが疑問に思っているアルヴヘイトのことからだ」

 

そこから始まった話は……俺とハジメ以外の全員を驚愕の波へと突き落とすことになった。

 

アルヴヘイトはエヒトの眷属神らしい。これは簡単に言えば“部下”である。アルヴヘイトは長い年月エヒトに従い続けたが、ある時からエヒトの行為に疑問を持ったらしい。

 

その気持ちはやがて反逆心へと昇華された。だが、主神であるエヒト神に敵うはずもない。故に、アルヴは一つの策を練った。

 

「地上にわざと降りて戦争を激化させ、使徒たちの言う“イレギュラー”を探そうとしたんだ。その者と協力し、地上からエヒト神に対抗しようとしたのさ。私はアルヴに選ばれた者ということだ。今も、私の中にはアルヴがいて、様々な面で助けて貰っている。一つの体に二つの魂。それが、アルヴであってアルヴでないという言葉の意味だよ」

「なるほど……つまり、今のお前の身体には二つの魂が調和しながら存在しているってことか」

「理解が早くて助かるよ、紅音也くん。アレーティアとキバットも理解できたかな?」

「おじ……さま……」

「何が……くそっ。辻褄が合ってしまって……」

「コウモリモドキ、落ち着け。ユエも深呼吸しろ。おいディンリードとやら。仮に二つの魂を一つの身体に宿しているなら……今から俺がお前に投げかける質問にも答えられるだろう?」

 

腰にキバットが足をかける止まり木が巻き付き、頬にはステンドグラスのような模様が浮かび上がった。自然と巻き起こる風によって露わになった俺の左目が爛々と輝きながらディンリードのことを見つめる。

 

そんな俺の様子にディンリードの心の音楽がほんの一瞬だけ乱れたのを確認した俺は、トドメの一言を放つ。

 

「何故、俺の魔眼には一つの薄汚い魂魄しか見えないんだ? まるで、蜘蛛が張り巡らせた巣のように肉体を侵食している魂魄しか見えなかったぞ? 答えてみろ、ドカス野郎」

「……そうか。そういうことかっ」

 

キバットはこの一言で理解したらしく、動揺した様子があっという間に消え去った。そこからの行動はあっという間である。

 

俺の腰に巻き付いた止まり木にキバットが足をかけ、俺の姿が闇のキバの鎧を纏った物へと変化していく。

 

そんな俺の姿に、ディンリードの姿を借りた何かが明らかな動揺を見せた。その顔はこう言っているだろう。ハッタリな部分が大半だが、俺はあえて口に出した。

 

「まるで昔と同じ、か?」

「っ!? それをなぜっ」

「簡単な誘導尋問に引っかかるほどこの世界の神は哀れなのか。まあ、それは良しとしよう。この場になって、ようやく亜人の英雄“オトヤ”の真実を知ることができたからな」

「くっ……」

「死んでもらうぞ、クソ野郎が」

 

無数のザンバットソードを浮遊させる。俺は目を見開いたユエのことをハジメに任せると、空中に留まっていたザンバットソードを全てディンリードの姿を借りた何かに発射した。

 

咄嗟にディンリードの姿を借りた何かは障壁を展開するが、それもあっという間に突き破ってザンバットはディンリードの胸に突き刺さった。

 

勿論、一本ではない。全てのザンバットがディンリードの体を串刺しにし、奇怪な芸術物を生み出すに至る。

 

「ユエ、落ち着いたか?」

「おと、や。……ん、大丈夫。ハジメから説明を受けた」

「よし。ハジメ、助かった」

「……戯言を受け入れるところだった。でも、思い返せば穴だらけ。あれだけ私のことを思ってるなら、封印している場所に会いに来ないはずがない。その事に気がつけないなんて、一生の不覚だった」

「その通りさ。とはいえ、だ。ユエにとってはトラウマの対象である叔父をいきなり許す事なんてできるはずがないだろう。だが、いきなりあんな事を言われたら誰でも動揺する。仕方ないとも言えるんだ」

 

だから、これ以上気に病むなと伝える。俺の姿は鎧に包まれて外から見ればとても冷たい物だが、意思だけは確かに温かいはずだ。

 

それをユエも分かったのか、普段から見せる花が咲いたような笑みを見せた。

 

「ああ、そうだ。聞きたいことがあるんだが」

「何だよハジメ」

「亜人の英雄“オトヤ”の真実ってのは何だ?」

「そいつのことか。それはな……」

 

――亜人の英雄“オトヤ”は、ディンリードと戦ったわけではない。この英雄伝説は神が作った嘘に過ぎない。本当はディンリードを殺しに来たアルヴヘイトにオトヤが立ち向かい、戦死した。

 

その際に、ディンリードに対してアルヴヘイトはユエと同じように揺さぶりをかけたのだろう。しかし、それをオトヤがバッサリ切って捨てた。

 

完全に正解かは分からないが、大体こんな物だろう。そうでなければ、“あの時と同じ”なんて感情は持たないはずだ。とはいえ、英雄というのは強ち間違いではなかったのだろう。

 

語られる本当の英雄の姿にシンミリとした空気が生まれる。特に雫は、俺と同じ姿をした遙か昔の英雄に思いを馳せているらしい。その表情は“どうか安らかに眠れ”とでも言いたげだ。

 

……しかし、そんな時間も長くは続かなかった。奇怪な芸術物となったディンリードの姿をした何かが動き出したのである。

 

「……せっかく、こちら側に傾きかけた精神まで立て直させてしまいよって。次善策に移らねばならんとは……あの御方に面目が立たないではないか」

「なんだ、生きてたのか……って、神を名乗るのだから当たり前か?」

「……叔父様じゃない」

「ふん、お前の言う叔父様だとも。但し、この肉体はというべきだがね」

 

身体中に突き刺さったザンバットを引き抜いては投げ捨て、先ほどとは真逆の、人を見下すような表情を取るディンリード……ではなくアルヴヘイト。

 

俺は残ったザンバットを回収し、二本を残して後は魔法のように何処かへ消す。

 

「お前にとっては有効な再利用なんだろうな。だが、他の物からしたらどうだ? ただ身体を弄んでいるようドカス野郎にしか見えないね」

「同感だ。ここまで腐りきってるとは思わなかったが……この調子じゃエヒトも変わらねえだろ」

「貴様ら……エヒト様によくそんな無礼を働けるなあ! 良いだろう。この私が直接手を下してやる! 喜び、むせび泣くが良い!」

 

その言葉と同時に、四方八方から待機していたであろう神の使徒たちが突撃してきた。口々に「駆逐します」と言いながら突っ込んでくる様は、常人が見れば一発で気を失うほどに狂気が溢れている。

 

が、生憎なことにこれから戦おうとしている人物たちは“常人”ではない。

 

「マジでゴキブリみたいな奴らだな。エヒトが存在する限りは無限に湧いて出てくるんだろ?」

 

俺は久しぶりに使用する“紋章ブラックホール”を使って一気に殲滅しながらそんなことを呟く。俺が戦う分には何の問題もないが、魔力に限りがある雫たちが戦うとなると話は別である。故に、高速の殲滅戦を選んだ。

 

昇華魔法によって強化された重力魔法によって五体を簡単に引き千切られる使徒たちを見て触発されたのか、雫たちも個々に動き出した。

 

「はあ……〝桜乱〟。数だけは多いのよね。数だけは」

「ゴキブリの方がマシに見えるのもどうかと思うけどね……来い、“オルフェウス”」

 

雫と恵里が背中合わせで戦っている。神速の抜刀術と広範囲の業火によって使徒が次々と倒れていき、余熱によってミュウたちを囲っていた檻が溶けてなくなった。

 

「〝爆炎の術〟、〝吹雪の舞〟。ティオ、ユエ。そっちの方は問題ない?」

「う、うむ。しかし……相変わらず凄まじい上にえげつないのお。燃やしたすぐ後に氷結させるとは……其方の折檻も気になるのじゃ」

「問題はないけど……この変態には問題があるみたい。主に頭の部分に」

「……変態ぶりを発揮できるほどには余裕があるって解釈をしておくわね」

 

比較的、余裕があるため雑談しながらも神の使徒を片付けていく露葉とティオとユエ。忍術と魔法によって城内の床が少しずつ壊れていく。

 

「音也、しゃがめ」

「私も通りますぅ!」

「おうよ」

 

ドパアァァアン! ドゴアン!

 

ハジメがイクサに変身した状態でドンナーとシュラークを使用し、洗練に洗練を重ねたガン=カタで使徒の脳天を撃ち抜いていく。シアは俺の頭上を飛び越した勢いを使ってドリュッケンを振り回し、文字通り使徒のことを一掃する。

 

「香織、クラスメイトを頼む」

「うん、ハジメくん!」

「このっ、反逆者共め! 貴様らなんぞこの魔法一撃で殺してくれるわ!」

「そう叫んでる間に死神の鎌が首に添えられていることに気がつけ」

 

俺は僅かな隙を見逃さない。重力魔法で“落ちる”ことによって瞬間移動し、アルヴヘイトの懐まで一気に潜り込んだ。

 

ウェイクアップフエッスルを取り出してキバットに咥えさせ、俺自身はアルヴヘイトの繰り出す魔法を掻い潜りながら確実に一撃叩きこめる距離を測った。

 

ウェイクアップ・I!」

「……ここだ! 沈めっ!」

「しまっ!?」

 

いくら神といえども隙ぐらいは存在する。仮に一瞬だけ生まれた物だとしても、それを見逃すほど俺は甘くない。

 

ズドンッ! とアルヴヘイト腹部に俺の右腕が刺さり、その身体を貫ぬく。ボバッと血を噴き出しながら腕を引き抜いた俺は、追い討ちのつもりで蹴り飛ばし、殴ったと同時に作り出して彼の後ろに回り込ませていた紋章の元へと放り込む。

 

「ぐぅうああああ!?」

「チェックメイトだ、ドカス野郎。俺に相対した己の運命を呪うんだな」

ウェイクアップ・II!」

「ティオ!」

「任せるのじゃ!」

 

まるで天井が見えないほど高い城内なため、俺は心置きなく真上に飛び上がった。後から竜化したティオが俺の周りをグルグルと旋回しながら追従する。

 

俺は月面宙返り(後方二回宙返り一回ひねり)をしながらジャンプの頂点に達し、そこを見計らったかのように発射されたティオのブレスによって今度はアルヴヘイトの元へと急降下した。

 

黒一色のブレスに運ばれながら近づく俺の姿は、以前ハジメが“悪魔みたいだ”と評している。はたして、アルヴヘイトの目にはどのように映っているのだろうか。

 

いずれにせよ、アルヴヘイトの表情が恐怖に引き攣っているのは明らかである。

 

「これで終わりだああああああ!!!」

 

迎撃に来る神の使徒や魔物の身体を簡単に貫きながら猛進を続ける。このまま、あと少し進撃すればディンリードの身体に直撃。そのまま朽ち果てるだろう。

 

神であるが故、今は殺せる手段を保持していない。しかし、確実に力を封じることはできるはずだ。これで、帰還のための妨害は全て消え去る。

 

そう思い、ほんの少しだけ心の重圧が消えた、その次の瞬間であった。

 

 

俺とアルヴヘイトの間に、光の柱が現れたのは。

 




ステータス紹介の時点で分かる人は分かると思いますが、音也のステータスは既に神の領域です。アルヴヘイトぐらいなら互角か、普通に上回るレベルで戦えます。

次回、一気に物語を動かします。


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第三楽章 強奪・呪われた感情

今回は鬱展開注意です。自分が書いてて軽く鬱になりかけたので、念の為()


「これは……何だっ」

 

突如、目の前に現れた光の柱によって俺の蹴りが難なく阻まれた。

 

硬質的な音を立てて後方に弾かれた俺は、思わず目を見開いて光の柱が何なのかを考察しようとする。しかし、あまりに不可解な出来事だったので思考が全くまとまらない。

 

そんなこんなしているうちに、光の柱から人影が現れた。再度驚いて目を見開いた俺を他所に、現れた人影は真っ直ぐアルヴヘイトの元へと向かった。そして、何の苦労もせずに紋章を破壊してアルヴヘイトのことを回復させる。

 

「……油断のしすぎだ、アルヴヘイト。慢心によって一度封印されたことを忘れたのか?」

「め、滅相もございません。このような失態を見せてしまい申し訳ありませんでした、我が主」

「よい。久しぶりの戦闘であったからな。それに、イレギュラーの力も異常だ。仕方のないことと割り切ろうではないか」

「寛大なご配慮、心より感謝申し上げます!」

 

アルヴヘイトが、ついさっき現れた人物に対して“我が主”と口にした。奴が“主”と呼ぶ人物は恐らく一人だけだ。そしてその人物を、俺たちはよく知っているであろう。

 

故に、俺は確信を持って目の前に背を向けて立っている人物に言葉をかけた。

 

「……お前が、エヒトか?」

「ふふふ、察しが早いのは流石だな、イレギュラー。そうだ。我こそがこの世界の創世神エヒトルジュエだ」

 

どこか優雅な動きでこちらを振り返り、悠然と微笑むエヒトルジュエ。その姿に、俺は妙な既視感を抱いた。既視感を抱かない訳がない。何度も見た、あの姿の答えは一つしかないのだ。

 

仮面ライダーキバをこれまで何度も、何度も繰り返してみてきた俺だからこそ感じた既視感。これに狂いはない。

 

「……まさか、お前がユエの父親、キングの身体を使ってるなんてな」

「ほう。よく気がついたな」

「こんな偶然、あって欲しくなかったがな。それにしても良い身体を見つけたな? お前が一度封印されたときは一体どんな姿だったんだか」

「ふむ、貴様は何か重要なことを知っているらしいが……それならば、早く死んで貰わなければなるまい。エヒトの名において命ずる――〝動くな〝」

 

直後、一瞬だけだが俺の体中の神経を遮断された挙句、標本のように固定されてしまったかのようだ。その次の一瞬にはどうにか固定を解いたものの、何が起きたかサッパリである。

 

ただ一つ言えるのは、この技は俺の死へと繋がりかねない物だということだ。

 

「チッ……厄介な」

「これはこれは、私の〝神言〟を自力で、かつ一瞬で解くとは。流石、イレギュラーといったところか。――〝天灼〟」

 

次に現れたのは十二個の雷球が浮かび雷で出来た壁である。直感がこの技をまともに食らったら、その次の一手で殺されると察した……と、思った次の瞬間に俺の身体は“生”へと動いていた。

 

〝無拍子〟と〝天歩〟を連続、かつ高速発動させて軽く雷速を超え、電撃と電撃の間に現れる隙間を通り抜けてエヒトルジュエの元へ急迫した。

 

超高速かつ複雑な機動をしながらザンバットを二つ手に握った俺は、かなりの量の魔皇力を注入。途端に紅く輝くザンバットをエヒトルジュエの首筋に振るう。

 

ガキンッ! ガキンッ!

 

「なんと、凄まじい速度だ。雷速を難なく超え、この私に一撃与えるなど……」

「紅文音以来だって?」

「……なぜ、それを知っている」

「簡単さ。紅文音は……俺の母親だからさ。食らえ、〝豪驟雨〟」

 

超至近距離から殲滅魔法を起動させた。以前発動したときとは比べ物にならない量の様々な属性の魔弾がエヒトルジュエの身体に突き刺さる。

 

身体の彼方此方からブシュッと血が噴き出したが……どうやら効果は薄いらしい。その傷も一瞬で治ってしまっている。

 

「〝紅壊〟!」

「これは……見事だ。それでこそ潰し甲斐があるというものよ」

「っ、壊死する速度よりも早く細胞を作り直すとか……まるでユエだな。まあ、彼女の父親の身体なら当然か?」

「今度はこちらの番だ、イレギュラー。この距離なら避けられまい? ――〝四方の震天〟――〝螺旋描く禍天〟」

 

直後、空間を爆砕する衝撃波が四方から俺を襲い、同時に頭上からハリケーンのように渦巻く重力の砲撃が墜落した。普通ならエヒトルジュエにも直撃したはずだが、あの余裕そうな表情からして自分は退避したのだろう。

 

四方から襲い来る衝撃波をかなり無理な態勢でありながらほんの少しでも緩和しようと紋章を張り巡らせ、上方から降ってくる砲撃はその手で受け止める。既に鎧を貫通して衝撃が伝わってきているが、歯を食いしばって痛みに耐えながら上から絶え間なく降り注ぐ重力の砲撃を掻き消そうと魔法を乱発するが、俺の放つ魔法は全て飲み込まれては消えていった。

 

やがて、中々押し潰されない俺に業を煮やしたのか、俺の腕にかかる重さが数倍に跳ね上がった。あの闇のキバの鎧がビキバキと変な音を立てていることから、重力の砲撃が如何に凄まじいかが垣間見ることができるだろう。

 

「ぐぅあああああ……!」

「これはこれは。どこまで生に縋りつこうとするのだ? 見る物によっては素晴らしく格好の良い光景だろうが、我からすれば滑稽な行動にしか見えないと気がつかないのか? どれ、もっと重力をかけてやろう」

「ダ、ダメだ。これ以上、鎧を維持できない!」

「はあ!? もう少し頑張れよコウモリモドキ!」

 

今、ここで変身が解けたら俺は看過できないダメージを負うことになる。この場で大ダメージを負うのだけは何としてでも避けたい。仮にここでダメージを負いながら生き延びたとしても、その後の隙を突かれて死ぬのがオチだ。

 

変身解除した一瞬後にライジングイクサに変身するという手立てもあるが、普通にしていてはまず不可能である。時間に干渉する再生魔法を使えば変身と反撃ぐらいは可能かもしれないが……エヒトルジュエが俺の動きについて来れないはずがない。

 

そうなると、今、俺ができる動きは一つしかない。ウェイクアップ・IIIよりも使いたくなかった一手だ。こいつを使うのはある意味で諸刃の剣である。だが、これ以外に手はない。

 

「……仕方ない。コウモリモドキ、無理はするなよ」

「くっ……すまない!」

「ふふ、諦めたのか、イレギュラー?」

「バカにするのも大概にしろ。俺が“生”を捨てるわけないだろうが」

 

ズシリと生身の腕に重力の砲撃がのしかかる。ほんの少しでも力を抜けば押し潰されてしまいそうだ。しかし……ここで死ぬわけにはいかない。絶対に、死ぬわけにはいかないのだ。

 

「消えるなよ……俺の生命の灯火! 〝無限強化〟!」

 

ドクン、ドクンと心臓の鼓動のように空間その物が波打つ。鼓動にあわせて力は刻一刻と増していき、遂には砲撃を逸らすことに成功する。

 

そのままの勢いで俺はベルトを巻き、転がりながらイクサナックルを起動させた。

 

レ・ディ・ー

「変身!」

ラ・イ・ジ・ン・グ

「ほう……流石、とでも言っておこうか。この土壇場でそれほどの力を発揮できるのは素直に称賛しよう。だが、その程度では……届かない」

「それはどうかなあ!」

 

対物ライフル――ゲルリッヒ砲で牽制しながら徐々に近づいていく。その間にチラッと周りを見渡せば、使徒を完全に封殺した雫たちが、露葉を除いてこちらに向かってきているのが見えた。

 

すぐに視線をエヒトルジュエに戻すと、いつの間にか彼はキバットのことを手にしていた。逃れようと暴れるキバットのことを意に介すことなくエヒトルジュエは愉悦たっぷりの表情で俺に笑いかける。

 

「少し遊びすぎたかもしれないな。ここらで余興は終わりにするとしよう」

「ぐっ、離せ! 貴様に力など貸さんぞ!」

「それはどうかな? エヒトルジュエの名において命ずる――〝思い通りになれ〟」

 

先ほど、俺に致命的な隙を作りかけた〝神言〟。しかし、本名を使って放たれた拘束力は絶大な物だったらしい。キバットの目から……ハイライトが一瞬で消えた。

 

「さあ、やれ」

ガブリッ

「なん……だと」

「ふふふ……変身」

 

……普段、闇のキバの鎧は俺が装着する。それ故に、圧倒的な力を持つダークキバを前にして感じる感情を俺は知らなかった。

 

が、それもついさっきまでのことだ。たった今、俺は嫌というほど理解することになった。

 

――勝てない

 

「くそったれ……!」

「そんな、キバット! ……許さない! 〝五天龍〟!」

「くっ、厄介すぎるでしょ。厄介の度合いにもほどがあるっての……“タナトス”やれ!」

 

“発射した弾丸を後続から発射した次の弾丸で押して加速させる”という神業に近いことをやっても傷どころか辺りもしない事実に悪態をつくと、激怒したユエと焦り顔の恵里が突っ込んできた。

 

五天龍が咆吼を上げながらエヒトルジュエに迫り行き、タナトスは五天龍の影に隠れるように移動しながら奇襲のチャンスを伺っている。

 

――グルガアアアアアアアアア!!

『ォォオオオオオ……!』

「無駄なことだと気がつかないのか?」

 

しかし、その目論見は早くも崩れ去ることになった。エヒトルジュエが軽く手を払うと、五天龍のコントロールが彼へと渡り、タナトスはガラスのように砕け散ってしまった。

 

驚愕によって目を見開くユエと恵里を見たエヒトルジュエは、鎧を着ていても分かるぐらいに嫌らしい雰囲気を出す。

 

猛烈に嫌な予感がした俺は二人の前に立ちはだかってイクサライザーにエネルギーを装填。迎撃態勢をなんとか整えた。

 

イ・ク・サ・ラ・イ・ザ・ー・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「だから、無駄だと言っているであろう? まあ良い。可愛らしい抵抗の果てに絶望するだけなのだからな」

 

ユラリと指をこちらにエヒトルジュエが向けてきたその次の瞬間、数倍にも膨れ上がった五天龍が俺たち目がけて飛来していきた。

 

一瞬遅れて俺もイクサライザーの引き金を引いた。撃発の反動を無理やり抑え込んでいるため、俺の身体には途方もない負担がかかるが、それでもその場に踏みとどまって五天龍を迎撃した。

 

 

――否、それは少し、いやかなり違うかもしれない。俺は迎撃しようと“した”。

 

「エヒトルジュエの名において命ずる ――〝何もするな〟」

「ッ――!?」

 

一瞬ではない。時間にすればほんの数瞬なのだが、俺の身体が硬直したことによって数コンマの間、五天龍への迎撃が疎かになってしまった。

 

人間からすればほんの小さな時間の切れ目であり、その時間を気にする者は誰一人として存在しないだろう。しかし、それはあくまでも“普通に生活している人間”の話である。

 

この戦いにおいて、ほんの一瞬でも隙を見せれば確実に死に至る。どんなに人外スペックを誇ったとしても、その事実は変わることがない。俺たちのスペックがどんなに人間離れしていたとしても、人間というカテゴリーから外れることはない。

 

故に、ユエの最大魔法である五天龍を数倍にも強化した物を真正面から食らったらどうなるかは明確である。

 

目の前が一瞬で白に染め上げられ、イクサを貫通して纏雷など比較にならない電撃が俺のことを襲った。

 

「ぐっ……ユエ! 恵里!」

 

しかし、己のことは顧みずに二人の名を叫んで痺れる身体に鞭を打ち、何とか駆け寄ろうとする。が、その足は途中で止まってしまうことになった。

 

少なくとも俺の目の前に見慣れた二人は立っておらず、人魂のような狐火がフワフワと二つ浮いているだけである。地面に目を向ければ、真新しい二つの“影”が生まれていた。

 

「だから言っただろう。無駄なこと、だとな」

「てめえ……!」

「だが、その力だけは使えるな。ありがたく利用させてもらおう」

 

二つの人魂がエヒトルジュエの身体の中に溶け込んだ。それにより、この世からユエと恵里は誰の目から見ても死んだと言える。

 

そのことに絶望と憎悪、そして憤怒を感じながらもエヒトルジュエに飛びかかろうとする。しかし、ライジングイクサの変身が解除され、痺れが残る身体では飛びかかることもできない。

 

「ふふふ……さあ、発現せよ。“タナトス” “アルテミス” “アポロン”」

 

そんな俺を嘲笑いながら、エヒトルジュエは恵里では成し遂げられなかった神の連続召喚を行った。一瞬でこの場に三体の神が発現し、誰しもが顔を引き攣らせる。

 

そして間髪入れずにタナトスが動き出し、アルテミスとアポロンは怒濤の勢いで神弓を発射してくる。

 

遠距離攻撃は無理やり回避することができたが、恵里の時とは比べ物にならない速度で接近し、“対象をほぼ確実に死へ誘う”タナトスの攻撃まで躱すことはできなかった。

 

しかし、そこへ間一髪といった形でティオが割り込んできた。

 

「っ、ご主人様! 危ないのじゃ!」

「バカ野郎、お前じゃ無理だ!」

 

目の前に立ちはだかって俺のことを死の攻撃から守ろうとするティオに、思わず手を伸ばした。しかしティオはこちらをチラリと振り向くと……こう呟いた。

 

――後は任せるのじゃ

 

「ッ――!? 何を言って……!」

 

俺の言葉はタナトスの剣撃によって立ち消えることになった。凄まじい轟音が鳴り響き、辺りには埃がモウモウと巻き上がる。

 

埃が晴れた先に見えたのは……また、一つの人魂。その人魂も、すぐにエヒトルジュエの元へと向かうと彼の身体の中に取り込まれてしまった。

 

あっという間に俺のことを慕っていた三人がエヒトルジュエの手によって殺され、最も恐れていた事態に恐慌&パニック状態となった俺は、目の前から迫る神弓を躱すことはなく、見つめることもしなかった。ただ、項垂れて自分の命に終わりが来るのを待ち続ける。

 

しかし俺の心臓に突き刺さる寸前に、目の前を暴風が駆け抜けて鉄の味がする液体が俺の口に入った。何事かと思って頭を上げると、そこには……。

 

「がはっ、ごほっ。おと、や……大丈夫?」

「……は?」

「なに、呆けた顔してるのよ。大丈夫なのか、って聞いてるの」

「どう、して……」

 

血反吐をガフウガフウと吐き出し、胸を貫かれてそこからも流血して。それでもなお、俺のことを気にかけてくれたのは……。

 

「なんで、だよ。雫……なんでっ」

「悲しい顔しないでよ。愛する人を守るのだって仕事……なんだから。でも、ちょっとキツいわね……」

 

そう、俺のことを命懸けで守り、致命傷を負ったのは……俺の最愛の人、雫その人だった。

 

前につんのめって倒れ伏せようとする雫の身体を受け止め、再生魔法を行使して傷を治そうとする。しかし、再生魔法の効力を拒む魔法でもかけていたのだろう。俺の必死の看病は何の意味も成さなかった。

 

そんな俺に、雫は優しく微笑んで震えながら柔らかい手を俺の頬に当てる。

 

「温かいわね……音也の身体。生きてるんだなって感じるわ。私とは違って、ね」

「そんなこと……そんな悲しいこと、言うんじゃねえよ。お前まで喪ってしまったら、俺は何のために生きればいいんだよ……!」

「だからって、自殺しようなんて考えないでよ。その身体では死ぬことができないでしょう? だから……生きてよ」

 

ポロポロと俺の瞳から涙が零れ出す。血の気を失った雫の顔に染みを作りながらも、俺は雫と離れまいと強く抱き締めた。

 

雫は弱々しいながらも抱き締め返してくる。これが今、彼女にできる精一杯の行為なのだと分かって、俺の瞼からさらに多くの涙が零れた。

 

「そんな……生きるのはお前も一緒だろ。俺を置いてどこに行っちまうんだよ。お前も生きてくれよ! なあ!」

「嬉しいなあ。死んでほしくないって思ってくれるぐらいに、大事にしてくれて。最愛の人に最後を看取ってもらうなんて……こんな嬉しいことは他に……ない、わよ」

「雫! おい、しっかりしろ!」

「ようやく……恩を、返せた。ずっと、守ってもらってばかりで、悔しかった。貴方を守れて死ぬなら……わたし、は……」

 

抱き締めていた雫の身体が、サラサラと砂のように崩れ始めた。ここに来て初めて気がついたのだが、雫の心音は停止していた。ここまで話せていたのは、魂魄魔法を使って無理やり延命していたからであり、魔力が完全になくなったことによって雫の言葉も紡がれなくなったのだろう。

 

ガクッと後ろに倒れた雫の首は、そのまま胴体を離れて地面へ向かう。俺は彼女の身体を離して首を受け止めようとした。

 

しかし、その一歩を踏み出すのがほんの一瞬だけ遅かったらしい。

 

彼女の首は、地面に触れた瞬間に粒子となって、辺りに露散した。俺の手に何時もの愛しい感触はない。何も、ない。

 

代わりに、彼女の人魂だけが遺された。人魂は一瞬だけエヒトルジュエの方向へ向かおうとしたが、すぐに向きを変えて俺の胸元に溶け込んだ。

 

途端に、これまで雫やユエ、ティオ、恵里と過ごしてきた日々が走馬灯のように次々と脳裏に浮かぶ。

 

「しず、く……」

 

泣き叫ぼうと思った。しかし、声が出てこない。あんなにも愛していたのに、俺は居なくなっても慟哭の声一つ上げることができない。

 

なぜなら、別の感情が俺の心を支配し始めたからである。悲哀に満ちた、濡れた感情ではない。もっと黒く、冷え切った感情だ。

 

これまで怒ったことは何度でもある。洒落にならないキレ方をして人の命を殺めたこともある。しかし、こんな感情はこれまで持ったことがない。

 

止まろうにも止まれない。そんな感情。解き放ってしまえば、俺は恐らく進んではならない道を進むことになるだろう。

 

だが……それでも、俺は概念を吐き出した。

 

「――お前は必ず殺してやる(我、汝の絶対なる死を望む)

 




鬱展開ですが、これだけは言っておきます。この作品は誰が見てもハッピーエンドだと感じる終わり方をさせるつもりです。

ちなみに今回、発現した音也の概念魔法の説明は次回に回します。また、次回は三人称視点で話を進めます。


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第四楽章 殺戮・折れた神牙

お待たせしました。今回は概念魔法の説明だったり戦闘だったりとなります。


我、汝の絶対なる死を望む(お前は必ず殺してやる)

 

呪詛のように吐き出された音也の感情の極致。ユエやティオ、恵里を喪った悲しみに追い打ちをかけるかのようにのしかかった最愛の人の死。

 

憤怒や憎悪を通り越して虚無感へと辿り着いた音也が、雫の首が消滅して彼女の人魂が自分と溶け合った瞬間に心を支配した感情。殺意なんてものは生温いほどの凄惨かつ絶対な決意の元、発現した概念魔法。

 

彼の発現した概念魔法は、皮肉にもシュネー雪原の大迷宮で発現した“絶対なる生”とは真逆の概念である。彼は、“絶対なる死”を願った。自分の大切な人を奪った者。それを手伝った者。あげくの果てには自分自身まで。

 

そうして発現した概念魔法が、「我、汝の絶対なる死を望む」である。

 

発現した概念魔法は、音也が取り出したプロトイクサのベルトへと付与された。“絶対なる生”と“絶対なる死”の相反する概念を込められたイクサを、彼はこれまで見せたことのない“無表情”でエヒトルジュエを見つめながら変身した。

 

「我、汝の絶対なる死を望む」は音也が選別した有りと有らゆる物を“死なせる”という、凶悪という言葉でも生温いほどの効果を持つ概念魔法。昇華魔法の〝対象の情報に干渉する〟力を元に、そこに〝生きている〟という対象の情報を〝死んでいる〟と書き換える能力なのだ。

 

更に言えば、プロトイクサその物は絶対に“死ぬことがない”。攻撃をいくら受けても壊れないくせして、向こうからは即死攻撃がバンバン飛んでくるという凄まじい状態へと変わるのである。

 

「変……身」

フィ・ス・ト・オ・ン・ジェ・ファ・ー・ヴェ・テ・エ・ゴ・ン

「わ、我が主!」

「よい、アルヴヘイト。たかが羽虫一匹のささやかな抵抗よ」

 

黒いイクサへと直接変身を遂げた音也に、アルヴヘイトが思わずエヒトルジュエに警告と焦りの声を発した。しかし、エヒトルジュエは“羽虫一匹のささやかな抵抗”と評して為すがままに彼が変身するのを優雅に待った。

 

待ってしまったのだ。概念魔法を二つ付与したイクサを装着する時間を、そして、更なる感情の極致へ至る時間を彼は与えてしまった。エヒトルジュエがどことなく嫌な予感を覚えたのは致命的に遅かったのである。

 

お前は俺には勝てない(汝、我の力を超えることを禁ずる)

「っ、こ、これは……!?」

 

音也が更に発現させた概念魔法。「汝、我の力を超えることを禁ずる」はその言葉の通りの効果を“全世界単位で”もたらす。

 

何者も音也の力を超えることは不可能になるという、これまた別の意味でチートとも言える概念魔法なのである。相手の情報に干渉できる昇華魔法がここに来て反則技を連発し、あっという間に攻守交代してしまった。

 

絶対に殺してやりたい。勝ちたい。敵討ちをしたい。そんな音也の気持ちが概念魔法となって飛び出したという、嘘と冗談を総動員したような光景。エヒトルジュエは己の力がどんどん弱まっていくことに焦りを感じた。

 

自分のことを超える物は誰一人として居ないはずが、目の前に立つ一人の男はいとも簡単に神の力を超えようとしているのだ。焦らない方が異常とも取れるだろう。

 

「くっ……アルヴヘイト。これを託す」

「これは……闇のキバの鎧でありますか?」

「そうだ。我はイレギュラーの力によって呼応し始めた、吸収した魂たちを鎮める作業に入る。後は任せたぞ」

「は、はっ! お任せください!」

 

故に、敵わないと悟ったエヒトルジュエはさっさとアルヴヘイトにキバットを投げ渡して空間転移を発動させようとする。

 

しかしそれを、音也が許すわけがない。ユラリユラリと幽鬼のようにエヒトルジュエへと歩を進め、着実にその距離を詰めていく。

 

確実に近寄ってくる死の気配に、エヒトルジュエは気が狂いそうになるのをどうにか抑えて“ゲート”を開き、一目散にその中へ飛び込み、すぐそのゲートを消してしまった。あれだけの余裕を見せていたエヒトルジュエがここまで焦り、愉悦の微笑みを見せる間もなく逃げたという事実はアルヴヘイトの不安をより一層高めていく。

 

「………」

「は、はは。危ないところであった。我が主ですらも逃避を選ぶなど……どこまでイレギュラーな存在なのだ」

「……なら、お前を殺して【神域】に向かうだけだ」

「ッ――こ、ころ――」

 

恐怖によって訳もなく叫びたい衝動に駆られながらも鎧を装着し、何とか平静を保って放たれたアルヴヘイトの言葉は、すぐさま虚無的な音也の言葉により切って捨てられることになった。

 

アルヴヘイトは誰が見ても分かる引き攣った顔をしながらも、隠れていた神の使徒や魔物たちに、音也のことを今すぐ殺すように命令をした。

 

その命令に、使徒や魔物たちは即行で従う。怖気を震うような鬼気を纏い、真っ黒なイクサに身を包んで虚無的な声を発する音也のことを、早いところ殺してしまいたかったのだろうか。

 

しかし、概念魔法を三つ、同時に発動させた音也に近寄ろうとした使徒や魔物が……一歩後退った。

 

音也が動いたからではない。音也自身はダラリと腕を下げた状態で一歩も動いていないのだ。それでいて、近寄ろうとした存在が後退りをした理由は、彼の周囲にある。

 

彼の周りには、赤黒い魔力で作られた鎖によって宙に浮くヴァイオリンやトランペット、ホルン、ピアノといった様々な楽器が勢ぞろいしていたのである。

 

「俺と……死ぬまで踊れ。永遠に、何の感情も持たず。“仮面舞踏会”」

 

ハチャトゥリアンの組曲であり、短調のワルツである「仮面舞踏会」が宙に浮いた楽器たちから奏で出す。

 

途端に、神の使徒や魔物たちの身体が勝手に動き出した。音也のことを抹殺したいなら当然の行動だろう。しかし、彼女たちの表情が、此れ等の行動は全て不本意の物だと物語る。抵抗しようにもできず、ただ音也の方へと引きずられていく様は“異常”の一言に尽きるだろう。

 

確実に歩み寄ってくる死の気配に、使徒たちは半ば発狂しながらも銀色の太陽を無数作りだし、音也に向けて発射する。

 

魔物たちは絶叫を上げながら文字通りの突撃を開始し、音也のことを轢き殺そうと殺気立つ。

 

数え切れない量の銀色の太陽が音也に直撃し、光に紛れて魔物たちが狙い狂わず音也の心臓目がけて突き進んだ。

 

しかし……。

 

「………」

「おのれっ!」

 

銀色の太陽が直撃したイクサは大部分がバラバラになったように見えたが、一瞬で元の形へ戻ってしまった。さらに、突撃を敢行した魔物たちは音也の足下で永遠の旅路へと向かっている。

 

「ア、アルヴヘイト様。お下がりを。イレギュラーの体に触れると防御を無視して強制的に死亡させられるようです。しかも、我等の全力の攻撃を用いても傷一つ付けられませんっ」

「な、なんだとっ」

「しかも、あの楽器が奏でる音楽は我々の力を吸い取ると共に、イレギュラーの元へと引き寄せられる能力までっ」

 

そこまで喋ったタイミングで、楽譜ではフォルティシモと記載されている場面に辿り着いた。喋っていた使徒は為す術なく音也に吸い込まれていき、そのまま息の根を止められる。

 

あまりにも異常な光景に、闇のキバの鎧を纏ったアルヴヘイトは息を呑み、そして恐怖し絶望を覚えた。“神”という物になってからというもの、自分に敵う人間はある人物を除いて存在しないと確信していたアルヴヘイトだからこそ、その恐怖と絶望はとてつもなく大きい物となる。

 

ヴァ・シュ・タ・ク・ト・ヴァ・シュ・タ・ク・ト・ヴァ・シュ・タ・ク・ト・ヴァ・シュ・タ・ク・ト・ヴァ・シュ・タ・ク・ト・ヴァ・シュ・タ・ク・ト・ヴァ・シュ・タ・ク・ト・ヴァ・シュ・タ・ク・ト

「ふ、ふざけるなっ。神に楯突く愚か者が! 貴様の命など塵芥に等しいのだぞ!」

ヴァ・シュ・タ・ク・ト・ヴァ・シュ・タ・ク・ト・ヴァ・シュ・タ・ク・ト・ヴァ・シュ・タ・ク・ト・ヴァ・シュ・タ・ク・ト・ヴァ・シュ・タ・ク・ト・ヴァ・シュ・タ・ク・ト・ヴァ・シュ・タ・ク・ト・ヴァ・シュ・タ・ク・ト・ヴァ・シュ・タ・ク・ト

「ッ――」

 

ゆっくりと歩み寄りながらイクサナックルを内に動かし、何度も何度も己の力を限界以上に強化していく音也。アルヴヘイトの言葉にも耳を貸さず、ひたすらにイクサナックルを壊れたオモチャのように内へと動かしていった。

 

一方で、アルヴヘイトは猛烈に焦りを感じていた。ナックルを内へ動かす度に音也のイクサから放出される電撃は度合いを増していき、着実に、かつ凄まじい強化を施されていくことが目に見えて分かったからである。

 

故に、どうにかして止めるためにアルヴヘイトは紋章を飛ばしたりザンバットを切れ目なく飛来させる。しかし、紋章は効果を一切現すことなく音也のことを貫通。ザンバットたちは硬質的な音を立てて地面へ落ちていった。

 

それどころか地面に落ちたザンバットたちは演奏が盛り上がったタイミングとほぼ同時に宙に浮かび上がり、攻撃の矛先をアルヴヘイトへ向ける。

 

断続的に続く剣の雨の衝撃により、キバットが止まり木から放り出されてアルヴヘイトの変身が解除された。

 

「ば、化物か! 貴様の演奏が及ぼす特殊効果は一つだけだったはずだ! それなのに、何故そこまで!?」

「……殺すためなら、俺は何度でも命を賭ける。それだけの話だ」

ヴァ・シュ・タ・ク・ト――デ・ス・ト・ロ・イ・モ・ー・ド

 

電撃に隠れて分かりにくいが、音也自身の戦闘能力も刻一刻と無限強化によって上昇している。エヒトルジュエと戦っている最中も、ライジングイクサが壊された時も、雫たちが死んでいったときも彼の身体は強化を繰り返していた。

 

だからこそ目覚ることができた派生技能である〝楽器無限召喚〟に〝同時演奏〟。そして、〝複数効果付与〟によって本来なら有り得ない光景を、いとも容易く実現させている。

 

そしてトドメとばかりに黒いイクサの状態の電子音よりもさらに低い音声で、これまでは聞くことのなかった言葉を発したイクサナックル。

 

しかし、アルヴヘイトだけはその電子音を耳にし、彼の変わり始めた姿を見たことで盛大に顔を引き攣らせた。その表情はまるで、長年押し込めていたトラウマを再びほじくり返されたような物だ。

 

「バカな……そんな、バカなっ!」

 

たった一度だけ、アルヴヘイトやエヒトルジュエといった神たちが“勝てない”と悟って絶望を覚えたことがあった。アルヴヘイトに関しては二回目だが、その正体は紛れもなく音也である。

 

ではもう一人は、というのも明々白々。最強の解放者にして音也の母親である紅文音だ。彼女は【神域】に一人突入し、アルヴヘイトとエヒトルジュエを除く全ての神を殺害している。

 

その際に彼女が使用したのは対神特効モード――デストロイモードなのである。デストロイモードの発動条件は非常に厳しく、黒いイクサの暴走を制御できてかつ、概念魔法をイクサに付与した上でイクサの電圧を限界以上まで高める必要がある。

 

当然、身体へかかる負担は尋常ではない。生半可な力を持つ人間が発動させようとしても無駄死にするだけだ。それほどに強力かつ凶悪な状態であり、あのエヒトルジュエですらも封印を施されたほどである。

 

デストロイモードへと変わった黒いイクサの見た目は大きく変わるわけではない。背中側から鎖で繋がれ、十字架の模様が入った棺桶のようなオブジェクトが七つ飛び出し、纏う電撃が棺桶と棺桶の間を隙間なく埋めるため大きな翼に見えるぐらいだ。

 

しかし、どんなに変化が乏しかったとしても、その力の強さが本物であることは実績が既に示している。

 

「あ、あっ、ま、待てっ。待ってくれ! の、望みを言えっ。私がどんな望みでも叶えてやる! なんならエヒト様のもとへ取り立ててやってもいい! 私が説得すれば、エヒト様も無下にはしないはずっ。世界だっ。世界だぞ! お前にも世界を好きに出来る権利が分け与えられるのだ! だからっ!」

 

故に、アルヴヘイトは半ば恐慌をきたして、ニワトリのような引き攣った声音を発し、交渉という名の命乞いを始めた。

 

が、概念魔法を発動させていなかったとしても命乞いなど聞くことは一切ない音也が相手では無意味。“仮面舞踏会”最後の盛り上がりを見せると同時に、ゆっくりとアルヴヘイトの身体を強制的に自分の近くへ寄せていく。

 

「止せっ、止せと言っているだろう! 神の命令だぞ! 言うことを聞けぇっ。いや、待て、わかった! ならば、お前の、いや、貴方様の下僕になります! ですからっ。エヒト様に吸収された魂たちを取り返すお手伝いもしますからっ。止めっ、止めてくれぇ!」

 

一気に、ではなく嘲るようにゆっくりと“死の気配”を感じたことによりアルヴヘイトの精神は既に崩壊寸前だ。目の前には神ですらも確実に死へと誘う絶対的な存在が立っており、その存在へ抗うことすら許されず、強制的に死へ向かわされているのだから仕方のない話だ。

 

しかし、どんなに恐怖と絶望に濡れた絶叫が響かせたとしても、彼のことを止めることは何者にも不可能であった。

 

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「や、止めろっ。止めてくれっ。頼むから、止めてくれぇ! 頼む! 言うことを聞いてくれぇ!」

「……そんなに、生きたいのか?」

「え、あ?」

「生きたいかと聞いている」

 

音也の質問に呆けていたアルヴヘイトだったが、その意味を理解したのか瞳に僅かな希望が浮かぶ。

 

「あ、ああ、生きたいっ。頼む! なんでもするっ」

「そうか……」

 

ほんの僅かな間だけ、曲の盛り上がりが収まったことによってアルヴヘイトの動きが止まる。そのことによって喜色を浮かべ、「生き延びた!」と確信したアルヴヘイト。音也はそんなアルヴヘイトに対し、()()()()()()()調()()()()()告げた。

 

「なら、死ね。今すぐ、死ね

「え? ひっ、止めろっ。止めっ、ひいっ。あ、ああっ。ァア……! ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!! イィギヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

タイミングを見計らったかのように再度大きな盛り上がりを見せた“仮面舞踏会”によって音也との距離を詰められ、変えようのない未来を突き付けられたアルヴヘイトは、遂に発狂した。

 

イクサナックルにこれまで放出していた電撃が全て集まり、光輝のことをこの世から消し去った時とは比べ物にならない光を放つ。それをダラリと垂らした手に握った音也は、普段のように大きく振りかぶることもなく、ただ前に腕を伸ばした状態で……引き金を引いた。

 

一瞬で辺りを極光で包み込み、局地的な大地震を発生させるほどの大きさと破壊力を持ったブロウクン・ファングは、近くに居たアルヴヘイトや音也は勿論のこと、かなり離れた場所に陣取っていた露葉やハジメたちでさえも一時的にだが視界を完全に奪われ聴覚を失うに至った。

 

凄まじい轟音と光が完全に収まり、露葉やハジメたちが辺りの状態が確認できるようになった時には……既にアルヴヘイトの姿は見えず、城内の八割ほどの壁や天井が破壊し尽くされ、代わりに今の攻撃によって現れたであろう空間の歪みと、その攻撃を繰り出した音也だけが残った。

 




デストロイモードの背中側に現れたオブジェクトは、タナトスが背負っている棺桶を黒いイクサにポン付けしたような物です。

過去の話についても後々に言及しますので、楽しみにしてくれると幸いです。


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第五楽章 その手は空を切り

前回“仮面舞踏会”を使った理由ですが、仮面舞踏会は愛する夫を殺されて云々みたいな話があったので使用しました。あとは、単純にイクサが仮面ライダーだということ、絶望を感じるような音楽であることも理由の一つです。

実はラフマニノフの曲を使おうと直前まで思ってました()


パラパラと、崩れ落ちた壁が砂となって地面に落ちる音がやけに響き渡る。誰一人として、声を上げようとはしない。本能的に感じているのだろう。声を上げたら殺される、と。

 

そのような状態を作り出した元凶である音也は、魂の一欠片すらも残らなかったアルヴヘイトの最期を確認すると、ゆっくりと現れた空間の歪みへ歩を進めた。

 

空間の歪みの奥には、明らかに人間界とは様子が異なる世界が広がっている。極彩色に彩られた世界が広がっており、果てというものが認識できないほど多くの色によって彩られた空間だ。

 

ここがエヒトルジュエやアルヴヘイトの言う【神域】であることを音也は知らない。しかし、直感で空間の歪みの奥に愛する人たちの敵が存在していると察した彼は、本能に動かされるがままに身体を動かしていた。

 

コツ、コツと歩を進める音が響き渡ったことによって何人かは我を取り戻した。その中で、誰よりも早く――それこそ、露葉よりも早く音也の元へ駆け寄った人物がいた。

 

「パパ、ダメなのっ! 行ってはダメぇ!」

 

音也のことを父として慕う、ただ一人の女の子。この場に居る誰よりも幼く、それでいて誰よりも強い心を持った音也の自慢の娘。ミュウだった。

 

幼かったが故に、誰よりも最初に彼女は気がついたのである。音也のことをこのまま放置したら、どこか遠いところへ行ってしまうと。二度と会えなくなってしまうかもしれないと。

 

「……どけ」

 

しかし、そんなミュウに対しても音也の態度は変わらない。仮面の部分だけ変身を解除すると、彼は無機質な瞳でミュウのことを射貫いた。音也の凄まじい憎悪と憤怒によって生み出された概念魔法を身に纏い、ただ一つの目的のために動き続けようとしているのだ。

 

その目的は、至極単純。エヒトルジュエを殺し、奪われた愛する人たちを取り返すことだ。これまで以上に“世界などどうでも良い”というスタンスではあるが、世界そのものを消してしまうよりは遥かにマシな動機である。

 

が、ミュウも簡単にはどかない。ミュウはその瞳をキッと釣り上げ、口元に笑みを浮かべた。本人は、強敵を前にした音也やハジメの、ギラギラした眼と不敵な笑みを浮かべる口元を真似たつもりなのだが、涙目の目元と、半端に釣り上がって歪んだ口元では不格好なだけだった。

 

それでも、それがいったい誰を真似た表情なのか、ミュウの行動に機先を制され硬直していた露葉たちにはよくわかった。絶体絶命を前にしても不倒不屈を示す表情。今の、ミュウの表情を笑える者など誰もいない。むしろ、その気迫に息を呑むほどだ。

 

「どかないの! い、今のパパなら、ミ、ミュウは絶対に負けないの! だって、だって」

「……だって、何だ?」

「ミュウのパパは、こんなに格好悪くないの! もっともっと格好良いの! そんな悲しい眼はしないの! もっと強い眼なの!」

「………」

 

悲しい眼。確かに、音也の眼は光を完全に失っており、誰が見ても悲愴な覚悟を決めてしまったのだと分かるだろう。五歳のミュウですら気がつけるのだ。これを露葉たちが気がつかないはずがない。

 

だが、そのことは誰よりも音也が分かっていた。今の自分の状態がとんでもなく格好悪く、また自分の大切な人に危害が及ぶ可能性を否定できないほど危険なのだ、と。

 

故に、音也は一度屈み込んでミュウの瞳を真っ直ぐ見た。

 

「よく聞け。別に、これが今生の別れではないんだ。俺はちょっと、大切な人たちを取り返すために仕事をしてくるだけだよ」

「ダメなのっ! 独りで行ったらダメなの! 二度と会えなくなってしまうの! そうなる前に、ミュウはパパのことを止めるの!」

「参ったな……随分と強くなってる。だが、俺は独りで行かなければならないんだよ」

 

悲しそうに笑みを浮かべてミュウから視線を外し、露葉たちへと向ける音也。その表情に露葉が思わずといった様子で駆け寄り、電撃によって身体が傷つくことを厭わずに抱き締めた。

 

「バカっ。なんで独りで抱えようとするのよ! 私では力不足ってことなの!?」

「違う。力不足だとは思っていない」

「なら、どうしてっ」

「俺がここを離れたら、必ずあのクソ野郎はこの世界を終わらせるために大量の使徒を送ってくる。大量の使徒を同時に相手できるのは露葉、ハジメ、シア、香織だけだ。誰か一人でも欠けてしまったら、絶対に世界の滅びを防ぐことはできない」

 

暴走しているようで暴走していない。音也が現在発現している概念魔法は“我、汝の絶対なる死を望む”であり、対象となっていない物に対しての態度は多少冷たくなる程度で済んでいる。

 

普通ならば、そのようなことは不可能である。有りと有らゆる生きた物質に対して明確な殺意を持つのが普通なのだ。それでも制御できたのは、音也が化物だったから他ならない。

 

「頼むから聞き入れてくれ。仮にこの場を誰かが離れたとして、ミュウやレミアが死んでしまったら……それこそ許せない。もしそうなったら、お前たちもあのクソ野郎と同じ括りだ」

「音也……お前、本気なのか?」

「ハジメ。お前なら分かってるだろ? 俺がこうしてやる事を決めたときは、絶対に信念を曲げないってな」

「……そう、だよな。分かってる。分かってるんだよ。だが、納得しかねるのも事実だ。このまま神域に突入して死んでしまったらどうするつもりなんだよ?」

「それも分かってるだろうよ。死んでも帰ってくるとな」

 

空間の歪みが小さくなり始めている。そろそろ出発しなければ、もう一度空間を歪めるために無駄なエネルギーを使うことになるだろう。そのことを十全に理解している音也は、部分的に変身を解いていた顔を再度スーツで覆った。

 

ここまで来れば、もう止められる者は誰一人として存在しないだろう。既に釘は刺されており、彼の意思を動かすことが不可能だということは火を見るより明らかだ。

 

「………はあ、分かったよ。精々、無駄死にしないようにするんだな」

「分かってるさ。露葉、ミュウ、レミア。そんな顔をするな。また会えるさ」

「パパ……」

「ミュウ、我が儘を言ってはダメよ。パパが困っちゃうから。ねえ、あなた。必ず帰ってきてくださいね? また未亡人にはなりたくないですから」

「何度も言うが、俺は死なない。全て取り返して、邪魔者は消す。それだけだ」

 

最後に音也は、露葉のことを真っ直ぐと見つめた。未だに下を向いて何かを考えている露葉に対し、音也はたった一言だけ声をかけて空間の歪みへと歩を進める。

 

「……愛してるぞ」

「――ッ!」

 

思わず、といった様子で露葉が顔を上げた。しかし、その時にはもう音也は空間の歪みへ足を踏み入れていた。彼が再度、振り返ることはない。振り返ってしまったら、折角固めた決意も揺らいでしまうかもしれないから。何時でも音也は彼女たちに甘い。

 

露葉は、もう一度駆け寄って音也のことを抱き締めようとした。あと一回だけ、その手に愛する人の感触を確かめたかったのだろう。

 

「待って……!」

 

手を伸ばし、何とか音也のことを掴もうとする。が、一歩踏み出したのがほんの少しだけ遅かったらしい。

 

彼女の手は、虚しく空を切った。勢い余って前につんのめったのを何とか抑え込み、何も掴めなかった手を見た露葉から、大粒の涙が零れ出す。

 

立ちつくして涙を流している露葉の元へ駆け寄れる、勇気ある人間は誰一人として居ない。そう思われた。

 

「まったく……息子は何時も無茶するんだから。これまで暴走しなかったのが奇跡なぐらいだと思えるわよ」

「本当に俺とそっくりだな。一昔前の自分を見ている気分だぞ」

 

ハジメや香織たちからは勿論、愛子やリリアーナたちよりも更に後方側から、殆どの者が聞き慣れない声とついさっき戦いに赴いた人物の声が響き渡った。

 

全員が首が捩じ切れるのでは、というぐらいの速度で声の主の正体を見ようとする。ところが、振り向いた先には誰も居ない。

 

「確かに声が聞こえたのになあ。おかしいなあ」という表情に誰しもが変わる。キョロキョロと辺りを見渡して探す者が殆どの中、露葉とハジメだけは気配だけで何処に移動したのかを把握し、そよ正体に驚きの声を出した。

 

「貴女は……文音さん?」

「お前、音也か?」

 




勘の良い人なら、最後に現れた人物が誰なのか察しはつくでしょう。

ここからは完全にオリジナル展開(多分)ですので、更新頻度が落ちるかもしれません。ご容赦ください。


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第六楽章 母と恩人

昨日は過去の話を改筆してました。もう少しで改筆が終わります(なげえ)
基本的に文章を変えることは少ないですが、連続した会話文の中に地の文を捻じ込んだり、気に入らない表現を変えたりはしてます()


「お、音也? さっき神域に向かったはずじゃ……でも、雰囲気が少し違う気がするわね」

「あー、なんて説明したら良いかな。俺は確かに君たちのことは知っている。だが、恐らく君たちの知る“音也”ではないぞ」

 

数ヶ月ぶりに音也のお母さんの姿を見たことで一時気が動転したものの、すぐに持ち直した私は、すぐ近くに控えていた“音也のような姿をした音也ではない存在”のことを見つめる。

 

姿形は確かに音也そっくりだ。纏う雰囲気も大部分が音也の物である。しかし、それでも微妙に彼とは違う部分が幾つか見受けられるのだ。口で説明出来る物ではないが……。

 

「あ、でも音也の親戚にあいつそっくりの兄さんが居たよな」

「そういえばそうね。でも……それにしてはおかしいわよ。普通に考えれば私たちの住む地球の人間で、魔力反応を持つ者が居るわけない。文音さんもそう。貴女たち、何者なの?」

 

そう。目の前に立つ音也モドキと文音さんからは巨大な魔力反応があったのだ。音也モドキに関しては雫と同格ぐらいの強さだが、文音さんは明らかに異常である。雫やハジメくんは勿論、私やファンガイア化した音也よりも“強い”と分かったのである。

 

疑問点は他にもある。音也ですら不可能であった、“道具を使わずに異世界へやって来る”という神業にも近いことを文音さんか音也モドキは平然と成し遂げたというのだ。これで疑わない方がどうかしてる。

 

文音さんは日本に居た頃からチートじみていたのは伏せておこう。廃れるどころか現在も最前線で戦い続け、挙げ句の果てには神をも瞬殺したイクサを開発していたとしても、だ。

 

「疑うのは分かるけど、これから説明するからまずは仕込み針を収めてくれる? こうも殺気立っていると話しにくいから」

「……分かったわ」

「とりあえず、知らない人のために自己紹介しておくわよ。私は紅文音。紅音也の母親。私がまだ高校生の頃に一人この世界に召喚されたことがあるわ」

「で、俺はタケダコウヘイ……という名前で向こうの世界で暮らしてた。本名はオトヤ・デッドだ。元はこの世界の住民だったが、色々あって君たちが住んでいた世界に飛ばされて文音さんに世話になった。こっちの世界では“亜人の英雄”だなんて呼ばれていたな」

「「……は?」」

 

私とハジメくんの声が重なる。どちらの話もとにかく衝撃的なのだが……とりあえずツッコみたい。声を大にしてツッコみたい!

 

「高校生の頃に一人でこの世界に召喚されたってどういうことですか!?」

「どうもこうもないわよ? あのクソ神にある日突然この世界に召喚されたの。ムカついたから修行しまくって神代魔法を全部取得して、イクサの原型も開発してクソ神をとりあえず封印して日本に帰ってきただけよ。あ、そうだ。ミレディは何処に居るの? この世界に来てから感じられる魂魄がミレディしかなかったけど」

「あ、ダメだ……頭パンクしちゃう」

「文音さんは解放者たちと面識があるってことだな? こっちも頭がパンクしそうだが……まあ良い。それよりも、亜人の英雄って。話だけは聞いてるが、まさか音也の隣人だったのか?」

 

そうだった。質問したいことは他にもあったのだ。目の前に立っている“オトヤ”は、話を聞くとずっと私たちのことを見守ってくれた人物ということになるのだ。

 

それに、ヤクザに殺されそうになったのを助けてくれた人物は目の前に立つオトヤになる。あの当時は“音也”が助けてくれたとばかり思っていたが、実際の所は違うと伝えられている。どんな理由があって助けてくれたのかはサッパリ見当が付かないが、それでも多大な恩を受けたのは確かだ。

 

「それにしても……大きくなったな。二年前だったか?」

「やっぱり、貴方は……」

「随分と強い瞳を持ったな。もう死んでしまったが……吸血鬼族のあいつにそっくりだ」

「それって……」

「さあ、こんなしんみりとした話は終わりだ。俺の話を聞かせたら一日では終わらないぞ。とりあえず、俺は仮面ライダーキバの紅音也役と仮面ライダービルドの猿飛一海役を演じている。そしてこの世界では亜人の英雄だ。それだけ伝えておくからな」

 

これ以上の質疑応答は無理だと悟った私は、言及をひとまず止めにした。敵ではないことだけ分かれば、正直十分だったりする。

 

「ねえ露葉ちゃん。ミレディの居る場所に連れて行ってくれる? その途中で、どうしてこの世界にやって来たかを教えるから」

「……分かりました。空間魔法を使いますね」

「それじゃあ話す時間はない、か。仕方ない。ミレディに会ってからの方が良さそうね」

「ねえ、クラスメイトの皆は戦う準備をしながらハイリヒ王国に戻ってくれる? 確か彼処には【神山】という場所があったはず。わざわざ“神”なんて付けるぐらいだから、【神域】と直結してるはずよ」

 

ザワザワと騒ぎ出すクラスメイトから視線を外すと、私は目の前に大きめのゲートを作り出す。ハジメくんから場所は教えてもらっているため、座標を特定するのは簡単だ。大変なことと言えば、距離がそこそこあるので疲れやすいと言ったところだろうか。

 

あっという間にゲートを開いた私は、見慣れない住処のような場所へ足を踏み入れるのだった。

 

──────────────────

 

「ちょちょちょ、いきなり入ってこないでよぉ! 不法侵入容疑で天体から放り出してやろうかと……思った、じゃ、ん……!?」

「ミレディ! 姿形が全く変わってないじゃない! どんな魔法使ったのよ!」

「フミネぇぇぇえ!? そんな、嘘でしょお!? 有り得ないよ、有り得ない! そうだ、これは夢だ! ほっぺた抓ればきっと……いたたたた!」

「相変わらず騒がしいわね。ほら、現実に戻ってきなさい。私はここに居るわよ」

「ほ、本当だ。ちゃんと手に触れてる。温かいよ……あたた、かいよぉ」

「ほら、折角の再会なんだから泣かないの」

 

開口一番、文音さんの姿を見て絶叫を上げ、自分の頬に紅い痕が残るほど強くほっぺたを抓るミレディ・ライセンの姿に、私はほんの少しだけ引いた。

 

しかしその混乱もあっという間に終息させる辺り、文音さんはやはりただ者ではなさそうだ。

 

「でも、何でこの世界にまたやって来たのさ? わざわざ戻ってくる必要はなかったんじゃない?」

「それについては今から説明するところだったの。そこまでややこしい話でもないけどね」

 

ほう、と一度息を付いた文音さん。少し目を閉じて何処から話そうか思案している文音さんのことを見ていると、不覚にも私は彼女がとても“若く、とても美しい”と思ってしまった。

 

これまで文音さんとは数回会って話しただけなので、彼女の姿をまじまじと見つめたことはない。だが、改めてじっくり観察してみると、文音さんは年不相応な若さと美しさを自然と出している。

 

だが訝しがることはなかった。むしろ、「ああ、なるほどな」と納得した。文音さんが神を瞬殺できるほどの力を持っているなら、再生魔法を使って永遠の若さと美しさを保っているとしても不思議ではないのだ。

 

「まず、ここに居る人たちは“黒いイクサ”については知ってるわね? あの機能はライザーフエッスルによって使用が可能になる。で、私はライザーフエッスルに異世界だろうと探知が可能なGPSを取り付けたのよ」

「そ、そうだったんですか。それじゃあ、私にライジングイクサを託したのは……」

「露葉ちゃんが音也と雫ちゃんの行方を追いたがっていたのを利用させてもらったの。私だって息子の行方が知りたかったしね。それに、いきなり神隠しのような現象に音也たちが遭ったと聞いていたから賭けてみたというのもあるわ」

「賭け、ですか?」

「さっきも言ったけど、私は高校生の頃に異世界へ召喚されている。あの時もいきなり召喚されたから、世間では神隠しと称されていたの。それを思い出して、もしやと思ってね」

 

なんて鋭い人だ。確かに雫や音也が姿を消した時は、様々なメディアが“現在の神隠しか”という見出しで盛り上がっていた。連日、クラスメイトの家に足を運んでは無神経な質問を繰り返すマスゴミも今では懐かしい。

 

あまりにも非現実的な事件だったため、クラスメイトの親や警察はパニックに陥っていたのを覚えている。

 

そんな中、この人だけは“経験”という大きなアドバンテージを持っていたとはいえ、物事を正確に把握して先読みしていたのである。

 

「それじゃあ、何である程度分かっていたのに自分でこの世界に赴かなかったんですか?」

「あの時点ではまだ“賭け”であり“予測”だったからね。確信を持つまでは待っていたかった。それに、転移しようとしてもあのクソ神が対策を練っていたら本末転倒になる。それなら、音也がデストロイモードを発動させるまではひたすら準備を進めて待とうと考えてたのよ」

 

それが、今日だった。そう締め括った文音さんに対しての不満は誰一人として零さなかった。いや、零せるわけがなかった。

 

少なくともここに居るメンバーは全員エヒトルジュエの恐ろしさを知っており、彼女であっても異世界へ転移するのは至難の業だということを嫌というほど理解することができたからだ。

 

「ねえフミネ。デストロイモードが発動するまで待った理由はあるの?」

「簡単よ。デストロイモードは対神特効モード。あれを発動させたということは、少なくともエヒトルジュエの力が弱くなることを指しているの。そのぐらいにデストロイモードは強力よ。あの野郎を封印した時もデストロイモードだったから、奴も無視はできないでしょうし」

「ふ、封印したんだ。やっぱり最強の解放者の名は伊達じゃないね」

「まあ、封印といっても“器”に自分の魂を移さない限りは【神域】から出ても力を十全に発揮できなくするだけよ。あの時はオマケ程度で“汝、其処から動くことを禁ずる”をぶつけて身動きを完全に封じたけどね」

「フミネは息をするように概念魔法を生み出してたよねぇ。一つ一つの思いが強いからかな?」

 

息をするように概念魔法を発動させたというミレディの言葉に私たちの顔が盛大に引き攣った。概念魔法がどんなに凄まじい力なのかは音也が証明済みである。

 

神であるアルヴヘイトを文字通り瞬殺し、あのエヒトルジュエですらも即座に撤退を選ぶほどの効果を発揮した概念魔法。発現すらも困難な概念魔法を、息をするように何時でも作り出せるなど常軌を逸している。

 

この母親があっての音也である。その事実を、私たちはこれでもかというほど理解させられるのだった。

 




一応ですが伏線回収です。本当に申し訳程度の伏線回収ですが()
分からない人は急章を見れば理解できるかと思われます。

それと、最近新しい評価が基本的に高評価なのが本当に嬉しいです。気がつけば5ヶ月も連載してますが、ここまで来たら完結させる以外の選択肢はないですわ()

ちなみに“デッド”は英語で紅を「Deep red」と言うのをバラして当て字的な形にしただけです。何の捻りもございません。


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第七楽章 神域

遅くなりました……本当にすみません。今回は音也サイドです。しばらくは音也サイドと露葉サイド交互に出していきます。


「そんなっ、なぜイレギュラーが神域に居るのですか!?」

「と、止まりなさい!」

「止まれと言われて止まるバカだとでも?」

 

ファンガイアスレイヤーを軽く振り回して、次々と襲い来る神の使徒を文字通り瞬殺していく。一振りするごとに現れる螺旋階段のような死の竜巻は、冗談のように触れた使徒の命を奪い取り、遂にはその存在その物が死んでいった。

 

ミュウの言葉によって半暴走状態を抜け出し、デストロイモードのイクサの力を完全に掌握した今、神の傀儡人形如きに苦戦する可能性は万に一つもない。

 

「くっ、三人、集束をっ。残りは続きなさい!」

 

使徒の内の一人が、普段の無表情が崩れて歯噛みしながら指示を出した。使徒達の間にも指令を下す纏め役はいるのだろう。残りの使徒たちが指示に従って一斉に動き出す。

 

対する俺の行動は二つだ。一つはファンガイアスレイヤーを空中に投げること。もう一つは、指をパチリと鳴らすこと。

 

その次の瞬間、背中に展開されている棺桶を繋ぐ鎖が断ち切れた。そして自由となった棺桶は、まるで意思を持っているかのような動きで自由自在に宙を駆け巡る。

 

断ち切れた鎖は再度合体し、一本の長い鎖へ変わる。俺は鎖を手にし、振り回してファンガイアスレイヤーの持ち手部分に鎖を巻き付けた。即席の鎖鞭の完成だ。

 

「死ね」

 

クルクルとダンスでも踊るかのように俺の身体が回転し、それと同時に鎖鞭も尋常ではない超射程を保ちながら神の使徒の首を狙い違うことなく飛ばしていく。

 

仮に死神のダンスから逃れたとしても、次に待つのは意思を持ったかのような動きをする棺桶である。たかが棺桶? アホなことを考えてはならない。それぞれが強大な魔力を保持し、棺桶内で魔法の生成を行って自動発射する棺桶の何処が普通なのだろうか。

 

では、鎖鞭を躱してほぼ完璧なコンビネーションを誇る棺桶の連続魔法を回避しきり、俺に接近したらどうなるのか。その答えは分かりきっている。

 

“我、汝の絶対なる死を望む”。さらに“汝、我の力を超えることを禁ずる”。そして〝無限強化〟。この二つの概念魔法と一つの技能が発動している限り、神の使徒に勝ち目はない。

 

「お前らは結局、その程度だ。俺のことを倒すことは愚か、触れることすら不可能。哀れな傀儡人形でしかない」

「黙りなさいっ」

 

直後、湧き上がる何かを必死に押し殺したような怒声と共に、銀の太陽が出現した。煌々と輝くそれは、分解能力が付与された使徒の魔力が集束されたもの。見れば、銀の太陽の下では、三人の使徒が大剣を重ねるように掲げている。おそらく、使徒複数人で行う大威力の砲撃なのだろう。

 

だから、それがどうした? という話だ。何度でも言う。神の使徒が勝つことは不可能だ。

 

「その程度で俺を消し飛ばせるとでも思ってるのか。哀れだな。ま、精々頑張れ」

「っ……跡形もなく消し飛びなさい! イレギュラー!」

 

三人の使徒が一斉に大剣を振り下ろす。臨界状態までエネルギーを凝縮された銀の太陽は、プロミネンスの如く、その光を放射した。直径十メートルはありそうな極太のレーザーが、一切合切を塵とすべく俺へと迫る。

 

俺はもう一度、指をパチリと鳴らす。途端に棺桶たちが俺の近くにそれぞれ展開され、電磁波の壁を射出した。壁は正三角錐状に広がって俺のことを完全に包み込む。

 

そのままの状態で俺は歩を進め、未だに砲撃を続けて俺のことを何としてでも滅せようとする使徒たちの元へ向かう。

 

砲撃は確かに電磁波の壁に直撃した。しかし、砲撃はそれ以上進むことなく拡散していく。この電磁波の壁はブロウクン・ファングを薄く引き延ばしているような物であり、普段俺がイクサナックルから射出して壁のように使うような事は勿論のこと、触れるだけで溶けていく凶悪な攻撃手段としても成り立つ。

 

味方からすれば最高の、敵からすれば最悪の絶対防御区域兼殲滅攻撃兵器とも言えよう。

 

神の使徒たちの必死の抵抗もやがて終わり、砲撃が弱まってきたのを見計らって俺は鎖鞭で電磁波の壁を突き破った。突然飛び出してきた攻撃に反応出来ずにいる神の使徒を嘲笑うかの如く、鎖鞭は一体の首を貫きもう一体の背中を抉り千切る。

 

「ついさっき、こう言ったな。〝あなたのことは解析済みです〟と。 いったい、いつの話をしているんだ? 俺を最初に殺し損ねた時点で、お前等の首には死神の鎌が添えられたんだよ。その事にすら気がつけないお前らは、何の成長もしてない哀れな傀儡人形だと何度も言ってるだろ?」

「イレギュラー! 否、あなたこそ、本当の化けも――」

 

その言葉を最後まで紡がせるつもりは毛頭ない。鎖鞭は最後の使徒の心臓を完璧に貫き、辺りには再び静寂が訪れた。

 

鎖を解き、宙を飛んでいた棺桶たちを再び繋いで背中に装着した俺は、言いようのない虚無感に包まれた。これほどの力を手に入れても、俺は愛する人たちを守ることが出来なかった。その事実だけは変わりないことを、何故かこのタイミングで思い知らされた。

 

巨大な力をまた、手に入れたからこそ守れなかった虚無感が大きくなったのかもしれない。もっと早くこの力を解放すれば。あの、時こうしていたら。たら。れば。

 

しかし、意味のないタラレバを考えていた俺の頭を現実に引き戻す攻撃が俺のことを襲った。

 

「チッ……」

 

軽く顔付近のアーマーが吹き飛ばされるも、すぐに再生する。このような、“純白の極光”を放つ人物を俺は一人しか知らない。

 

エヒトルジュエの次に心から嫌い、一度は冗談抜きでこの世から消し去った男だ。俺のことならまだ良いが、心の広い露葉や香織ですらも毛嫌いする人間の形をした何かである。

 

その人物は、確かに目の前に立っていた。あの時確かに殺したはずだが、確かにこうして、傀儡人形たちと共に存在している。

 

「また、お前か」

「紅。お前も一応はクラスメイトだ。本来なら俺が救ってやらなきゃならないんだろうけど……お前はやり過ぎた。クラスメイトを殺し、洗脳までして……俺は、たとえこの手を汚すことになっても、お前を倒す。そして、皆をお前の魔の手から救い出してみせる!」

「何を言いたいのか分からないが……とりあえず、お前は脳外科に入院した方が良いぞ。そこで精密検査を受けて、そのままの手術でもするレベルで頭の中がお花畑じゃねえか」

 

頭の中がお花畑な人物など、天之河光輝しかいない。確実にあの時殺したはずだが、こうして出てくる辺り、こびりついた汚れ並みのしつこさに感じてしまう。

 

恐らく、エヒトルジュエが力だけはそれなりに持っている光輝に目を付けたのだろう。魂レベルまで抹消したと思うが、その辺りは恵里が実行したため不十分だったのかもしれない。とはいえ生きているわけがなく、今、目の前に立っている光輝の身体はエヒトルジュエが魂の記憶を元に作り出した傀儡人形に過ぎないのだろう。

 

魂その物はオリジナルを使っている可能性があるため、光輝が俺のことを憎んでいるという記憶を受け継いでいるのも納得だ。

 

「はああああ……クソッタレ。面倒だ。お前の顔など、二度と見たくなかったんだがな。まさか今日のうちにこの世から跡形もなく消し去りたいと思っている人物と二人も出会うとは思わなかったぞ」

「それはエヒトルジュエさんのことか? 彼のことを侮辱するのは許さないぞ。あの人は本当に素晴らしい人だ。汚れきった世界を一度浄化して、穢れ一つのない新しい世界を作ろうとしているんだぞ。それをお前は……!」

「ここまで醜く堕とされているとは思わなかったな。今のお前を見て、家族は一体どんな嘆き事を吐くのか計り知れないぞ」

 

イクサキャノンを取り出し、弾を装填した俺は光輝のことを永久凍土の如く冷え切った瞳で射貫いた。そのぐらいに光輝の物言いは何処かおかしく、それでいて自分はその言い分が正しい、間違っていないと思い込んでいる。面倒くさいったらありゃしない。

 

話を聞く気にもなれないし、元から聞くつもりもない。彼奴が吐く言葉は、単純に俺の殺意のボルテージをひたすらに上げていくだけだ。

 

「間違ってるのはお前だ、紅。クラスメイトを次々と洗脳して、自分の都合の良い手駒にして。挙げ句の果てには多くの女の子の心を良いように弄んで! 最後には俺から雫や露葉さん、そして香織を奪ったんだ! 許されるわけがないっ!」

「彼奴らがお前から離れたのはあくまでも自分の意思だ。俺はお前のことが嫌いだが、雫たちがお前と普通の友人の関係を持っていたところで何も言わない。問題なのは、お前の言葉一つが彼奴らのことを酷く傷つけていたことだ」

「雫たちが傷ついたのはお前が余計なことを吹き込んだからだろう! 全てはお前が悪いんだ! お前が雫たちのことを……!」

 

この期に及んで、まだこんなことを言っている。自分は何も悪くない。自分のやること全てが正しいと信じて疑わない。言葉が既に届かないのは知っていたが、ここまで酷く堕ちるとは流石に思っていなかったので若干だが戦慄した。

 

その間に、天を衝く純白の魔力がビデオの巻き戻しのように光輝の背後へ集束し始めた。その尋常でない魔力は、ゆらりゆらりと揺れながら徐々に形を作っていく。

 

光輝が発する魔力の塊は、やがて翼のようなものを広げ、太く強靭な尾を伸ばし、鎌首をもたげて鋭い牙を打ち鳴らす。どう見てもこれは竜だ。

 

「〝神威・千変万化〟――砲撃の形でしか発動できない神威を常時発動状態にして操り続けることが出来る技だ。このドラゴンは、存在そのものが最大威力の神威と同等の破壊力を秘めいている。それに、【神域】にいる限り、俺の魔力が尽きることはないから、お前が得意な持久戦も意味がない。これでもう、俺はお前に負けることはない! お前に勝ち目は万に一つもないんだよ!」

「…………何を勘違いしてるんだ?」

 

ある意味であっけにとられる。光輝はどうやら、今の俺の状態を正確に把握することが出来ていないらしい。

 

黒いイクサの時点ですら手も足も出なかった光輝が、多少エヒトルジュエから力を貰ったところで勝てる可能性は、それこそ万に一つもない。自分にとって都合の良い夢しか見ていなかったツケはここで来たのだろうか。

 

何にせよ、光輝が俺の行動を邪魔するのが明確なことだけはよく分かった。俺の望みは愛する人たちの救済と奪った張本人の殺害であり、この大馬鹿を殺すことではない。

 

「現実を見ろ、という言葉もどうせ聞こえないだろう。俺が言いたいことは一つだけだ。二度と、俺の邪魔をするんじゃねえ」

 

途端に俺の身体から“我、汝の絶対なる死を望む”を纏った藍色の魔力が噴き出した。その魔力は、取り出されていたイクサキャノンに残らず吸い込まれていく。イクサキャノンに装填された弾薬は“デス・バレット”。ついさっき、イクサキャノンに弾薬を詰め込む時に概念魔法を付与しただけの弾薬だ。

 

しかし、その効果はチートという言葉でも足りないほど凄まじい。急所に命中すれば当然だが確実に死ぬ。指先にでも当たればその部位が一瞬で壊死する。髪の毛一本でも触れればそこから徐々に身体を死の概念が浸食していく。つまり、掠っただけで死に直結するのである。

 

そのことを光輝がどこまで理解したのかは分からない。だが、口では表現できないほどの力を感じたのか、焦りを多分に含んだ表情で光輝は聖剣のような物を振り下ろした。

 

神威その物で出来ている竜の口がガパッと開き、そこからティオのも凌ぐほどの勢いで純白のブレスが放たれる。それに合わせて傀儡人形たちもまるで生きているかのように動き出し、俺のことを圧殺せんと襲いかかってきた。

 

だ か ら ど う し た

 

地面に銃口を向け、俺は一言だけ呟いた。

 

「……哀れだな」

 

ギャリンッ!!!

 

辺りに、イクサキャノンが火を噴いた音だけがやけに響き渡る。傀儡人形たちは喋らないので黙っているのは普通だとして、口の付いている光輝や唸り声ぐらいなら上げられるはずの神威で作られた竜ですらも押し黙っているからだ。

 

それもそうだろう。たった一度、俺は引き金を引いただけだ。たったそれだけ。何の他愛もない、誰でも出来る行動である。

 

その一つの行動が、今では万を殺しかねない行動だということを俺は嫌というほど思い知った。

 

「そん、な。お前、何をしたんだっ」

「何って、俺は単純に引き金を引いただけだぞ? ただ、それだけだ」

「う、嘘を言うなっ。いくらお前の所持する武器が強力だったとしても、エヒトルジュエさんが限界まで強化を施した傀儡兵士を一瞬で消し去れるわけがない! しかもブレスまで難なく……!」

 

何が起きたのか分からないのか、それとも受け止めたくないのか。光輝は片手で千切れるのではないかと思うほど髪を掻き毟っている。

 

そう。傀儡兵士たちは、俺がたった一度引き金をカチリと引いただけで一切合切、全てが消え去ってしまったのである。

 

「くそっ、何でだ!? 俺はもう、紅よりも強いはずなのに! 戦力だって整えてきたのに! もう二度と、失うことのない力だってエヒトルジュエさんに教えて貰ったのに……!」

「……何を失わないって?」

「分かってるだろう! 雫たちのことだっ! この力さえあれば、雫たちをお前の洗脳から解放できるし、二度と俺の手中から離れることもないってエヒトルジュエさんが言ってたんだ! あの人は神様だ。あの人の言うことが間違うはずがないんだ! それなのにっ!」

「なんだ、そんな小さな事も分からないか?」

 

イクサキャノンと、新たに取り出したゲルリッヒ砲を光輝に向ける。咄嗟に光輝は竜を前に出して盾とするが、そんなことは一切気にせずに、俺は言い放った。

 

「お前が勝てないのは、俺を怒らせたからだろ? そんなことも分からないのか?」

「ふ、ふざけっ。そんなバカみたいな理由があってたまるか!?」

「そのバカみたいな理由一つで、お前は現に一度死んだじゃねえか。お前、俺が普段は怒らないことを良いことに散々言ってくれたよなあ?」

「っ、こ、このっ!」

 

光輝が再び聖剣を振り上げる。すると、光の竜は先ほどとは比較にならないほどのエネルギーを秘めた口をガパリと開いた。光輝の狙いは、俺を確実に消し飛ばせるだけの極光を永遠にぶつけるという物だろう。

 

実に単純だが、効果的ではあるかもしれない。もっとも、それは“化物相手でなかったら”という達成が極めて難しい前提条件があるのだが。

 

そして俺が化物か否かは、恐らく彼が一番よく分かっているはずだ。

 

「……来いよ。早撃ちと行こうじゃねえか」

 

右手に握ったイクサキャノンを前に突き出し、左手に握られたゲルリッヒ砲はイクサキャノンの射線に合わせるかのような角度に調整し、左腕をクイッと曲げる。

 

どちらの手も甲が上を向いており、俺はギャングがよくやる橫撃ちの姿勢を取っている。それを両手。かなりお洒落な構えと言えよう。対物ライフルと榴弾砲を持って実行する構えではないだろ! なんていうロマンのないツッコミは受け付けていない。

 

辺りにまた、静寂が訪れる。本来なら聞こえないはずの心音ですら誰の耳にも聞こえるだろうというほどにまで煩く鳴り響いており、今更ながら神域には“音”という概念が希薄なんだなと感じさせられた。

 

異常なまでに早鐘を打つ光輝の心臓。風一つも吹かない湖の水面のように、“止まっている”俺の心臓。射撃の際、最後の敵となるのは己の心音なのだ。ならば、邪魔な物は消せば良い。

 

「………」

「う、ぐうっ。うわあああああああアアアア!」

 

静寂に耐えかねたのか、光輝が絶叫を上げながら聖剣を振り下ろした。俺はその動きを、灰色に染まった世界でゆっくりと眺める。

 

ゆっくり。ゆっくり。〝瞬光〟を発動させた時と同じように、全ての物体がゆっくりと動く。光輝の聖剣が完全に振り下ろされ、光の竜の口元が一際明るく輝く。その次の瞬間であった。

 

「ごはっ!?」

 

ゴォガアアンッ!!

 

俺の構える、二つの銃から音が鳴り響いたのは、光輝が血を吐き出してからだった。

 

光の竜はまるで光輝のように、口から大量の光を零して形を崩していく。光が地面に触れると、油をフライパンに零した時のような音が鳴った辺り、相当なエネルギーだったのだろう。

 

「ぐ、はっ。お、おま。なに、を」

「イクサキャノンから発射された弾を、ゲルリッヒ砲から発射した弾をぶつけて加速させた。どうやら音速を軽く超えていたらしいな」

 

目を見開く光輝。二段加速した弾を見ることはおろか、感じることも出来なかったことをその瞳がよく表している。

 

が、光輝が身体を保てたのもほんの数秒だった。ボロボロとお菓子のように光輝の身体が崩れていく。生を掴むために伸ばしたその手もやがて、地面へ粒子となって崩れ落ちていった。

 

「――――嘘だ、有り得ない。こんなのおかしい。絶対、間違ってる。だって俺は正しいんだ。……こんなはずじゃなかったのに……ただ正しく在りたかっただけなのに……ヒーローになりたかっただけなんだ……じいちゃんみたいに……ただ、それだけで……どうして、こんな……こと、に……」

「自分自身から逃げたからだろ? 過去、そして今の弱い自分を呪いながら、永遠に眠れ」

 

光輝の傍を通り過ぎる間際、俺はそんな言葉をかけた。光輝が怨嗟の目で俺のことを見たような気がしたが、俺は二度と光輝の姿を見ることはなかった。

 

この空間を出る際に、生温い風が俺の背中を撫でたが、それでも振り返ることはなかった。

 




光輝を再び出した理由として、このままエヒトの元へ向かったら話があっという間に終わってしまう可能性があったからです。フリードと迷いましたが、音也に深い怨みを抱いているであろう光輝なら一話ぐらいは足止めになるだろう、というかなり酷い理由で起用しました()


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第八楽章 殺戮・舞姫は花を散らし

お待たせしました。今回は露葉sideです。予定ですと、あと音也sideと露葉side、それぞれ二話か三話ずつ書いて完結させるつもりです。


あの後、文音さんから私たちは様々な道具を譲り受けた。私たちが対局するのは大量の神の使徒ということなので、文音さんは私たちの道具を一段階グレードアップさせ、神の使徒と殺り合うにあたって重要なことを幾つか伝えてくれた。

 

曰く、神の使徒の弱点は魔物と同じように存在している魔石だということ。不死身のように見えて、人間のように首を飛ばせば普通に殺せること。分解能力は確かに驚異的だが、掻い潜りさえすれば倒すのは難しくないこと。様々なことを教えてもらった。

 

「『ステータスプレートで何かしらの値が20000を超えられるなら神の使徒と十分に殺り合える。特に露葉ちゃんはハジメくんと並んで高ステータスなんだから、一人でも多くの使徒を殺してね』……か。相変わらず、サラッととんでもないこと言うわね」

 

昨日寝る前に文音さんが私にかけた言葉を思い出して、苦笑と共にそんな言葉が出てくる。現在私たちは神山から数キロ離れた場所に構えた要塞の外で待機している。この要塞はハジメが制作した物であり、文音さんが作り出した“時が遅延している空間”で制作された物だ。

 

ミリタリーの知識量は凄まじいハジメが作っただけあり、要塞の至る所にはフルオートの機関銃や対空砲が備え付けられている。また、ミレディの重力魔法と文音さんの結界魔法を組み合わせて出来た特殊結界が要塞を包んでいる。

 

近づいた砲弾が為す術なく地面に墜落したのを見せられて、乾いた笑みがこぼれ落ちたのは良い思い出である。

 

他にも、ハジメが以前制作して移動にもよく使われていた“超重戦車マウス”と“重戦車ティーガーII”に“中戦車チハ”を大量生産して要塞の手前に設置。地上まで降りてきた使徒や神域で生まれる魔物を根こそぎ殲滅するという作戦を立てた。無論、フルオートで動くため戦車を動かすための人員を調達する必要はない。

 

ちなみに要塞で待機しているのは、まず私にハジメ。そして文音さんにミレディ。音也のそっくりさんであるオトヤとキバット。レミアとミュウ。シアと香織。そしてリリアーナとその他のハウリア族という兎人族が居る。後は音也のクラスメイトが数人居るぐらいだ。

 

正直、人員不足と考えたくなるほど少ない。だが、文音さんは自信たっぷりに宣言したのだ。これだけ人が居れば、神の使徒を封じ込めるなど朝飯前だ! と。

 

「まあ、彼奴らを倒すこと自体は簡単だけどね。どのぐらいの数が来るか、よねえ……」

「なんだ、心配なのか?」

「嬢ちゃんも心配性だな。あの人が大丈夫と言えば何とかなるさ」

「あら、キバットにオトヤ。久しぶりの会話は楽しめたのかしら?」

 

いつの間にか背中側にはオトヤがキバットを肩に乗せて立っており、他のメンバーも続々と外へ出てきた。要塞に残るのは戦闘能力を持っていないレミアとミュウ。要塞内の兵器に指示を出すリリアーナ。そして最後の砦として文音さんだけだ。

 

「存分に楽しめたさ。ついでに変身も可能だと分かった。まあ、フミネに不死身にしてもらったから当たり前だがな」

「やはり、こっちの方が馴染み深い。神域に突入した彼奴とはまた別のフィット感があるな。正直なところ、先代キングより力を引き出しているぞ」

「やっぱり貴方もとんでもない化物ね。アルヴの野郎にやられたのが不思議なぐらいだわ」

「概念魔法も魔皇力も使えなかったのに無茶言うなよ」

 

音也とオトヤの決定的な違いを挙げるとすれば、概念魔法と魔皇力を使うことが出来ないことだ。しかし、それを補うほどの戦闘経験を積んでいるので問題は実質ゼロ。

 

「あの時は若かったんだよ」と苦笑するオトヤにこれまた私も苦笑を返しつつ、それとなしに空を見上げた。

 

ハジメも隣に並び立ち、同じように空を見上げる。私もハジメも、きっと同じ事を考えているに違いないだろう。

 

――もうすぐ、空が割れると。

 

訪れた日の出。東の地平線から輝く太陽が顔を覗かせ、西へと大きく影を伸ばす。

 

温かな日の光で世界を照らしつつ、真っ赤に燃える太陽が完全にその姿を現したそのとき、私は閉じかけていた瞳をスっと開け、そして呟いた。

 

「来たわ」

 

その瞬間だった。

 

世界が赤黒く染まり、鳴動したのは。

 

そして、私たちが向けた視線の先、【神山】の上空に亀裂が奔り、深淵が顔を覗かせた。

 

赤黒く染まった世界は、朝焼けのような燃えるオレンジ色ではない。血を練り固めたかのような、何処までもドス黒く不快な色だ。

 

そして、異様な色の世界には異様な音が鳴り響く。世界そのものが鳴動しているのだ。大地も、大気も、恐れ戦くように震えながら悲鳴を上げている。

 

空を見上げれば、【神山】付近の空一帯がビキッバキッと音を立てて四方八方へ亀裂が広がっていく。

 

「……まずはハジメね」

「ああ、分かってるさ」

 

しかし、異様な世界を見ても私たちに動揺は一切ない。それどころか全員が不敵な笑みを浮かべているぐらいだ。

 

それもそうだろう。私たちは、これから何が起こるかを知っているのだから。

 

「存分に食らって逝け」

 

ハジメが肩に担いで構えたのは某少佐もきっと腰を抜かすであろうロマン兵器。外面は物腰柔らかく、内面では滾る炎を持っており、大国二つと戦争をした民族が作り出した最強の“砲”だ。見た目が最早、コロニーレーザーのようだというのはハジメの言葉である。

 

驚くことなかれ、この砲の口径は46cmである。あのイクサキャノンよりも大口径であり、普通に使えば精度は最悪レベルだ。しかし、発射する物が太陽光を集束して生まれた巨大な極光なため、大口径でありながら抜群の精度を保っている。

 

この砲の名を安直に“大和砲”と呼びたいところだが、余りにも安直すぎてロマンがないということでハジメはこう呼ぶ。

 

“太陽光集束砲デス・パニッシャー”と。

 

さらにハジメは、巨大な反射鏡のような物を砲の射線を塞ぐように設置。最終確認を終えたのか、ハジメの口元がニヤリと割けたのが尻目に見えたが、すぐにハジメの顔は極光によって隠されることになった。

 

凄まじい轟音と共に発射された極光は、反射鏡を通り抜けて地上へ降り立とうとする使徒や魔物の元へ急迫した。“発射された時よりも、巨大な光の柱となりながら”。

 

有り得ない速度で急迫した極光に使徒たちが気がついたときには、時既に遅し。防御姿勢を取るどころか、何をするのかを考えているうちに超高熱の極光に呑み込まれていった。極光は全てを呑み込みながら尚も直進し、最終的には【神山】に直撃。使徒の分解能力でも食らったかのように、山の中腹に巨大な穴が生まれ、そのままバランスを崩して山その物が音を立てて崩壊した。

 

「……なんて破壊力よ」

 

思わずそんな言葉が出てくる。しかし、ハジメによる自重なしの開戦無双はこの程度で終わるはずがない。

 

次にハジメが懐から取り出したのは、掌に楽々乗せることが出来るぐらい小さい手榴弾だ。それをハジメは、野球の投擲フォームを取ってポイッと軽く使徒や魔物の居る場所へ投げ入れた。続いてドンナーを抜いたハジメは、数キロ先に不規則な回転をしながら落ちていく手榴弾を撃ち抜く。

 

ドパンッ! ドゴアアアア……!

 

手榴弾は当然爆発するのだが、ハジメが投げ込んだ手榴弾が普通の手榴弾な訳がない。その証拠として、爆発した手榴弾の半径百メートル以内に居た使徒や魔物が大量の血飛沫を上げながら破裂してしまったからだ。

 

ハジメが投げ込み、ドンナーで撃ち抜いた手榴弾の名前は“パルサーグレネード”。指定範囲以内の空間を一瞬だけだが“中性子星の重力を全方向から加重する”という、一見地味だが恐ろしい力を保持している。

 

ちなみに中性子星は地球の重力を1と考えた時におよそ200000000000倍もの重力を持つ、質量の大きな恒星の最後の姿だ。

 

ほんの一瞬とはいえ、尋常ではない重力がかけられた使徒や魔物は地面に血の染みを大量に作り出すに至った。

 

堪らずに、使徒たちがゆっくりと降下するのを止めにして高速で此方に向かってくるのを確認したハジメは、私の方を一度見やってニヤリと笑った。私もまた、音也のように不敵な笑みを浮かべ、一足先に空中へ飛び出した。

 

手には文音さんがグレードアップを施した鉄扇。それを正眼に構え、私は静かに詠唱する。

 

「――――凍てつく氷華の刃 蕾はここに開かれよ 吐息は触れる物全てを凍えさせ 花びらは存在する万物を切り裂け 今ここに 咲き吹き乱れよ 〝煉獄氷華〟」

 

どこからともなく蒼色の花びらが風に乗って私の周りに集まり、一つの巨大な花が咲くかのように広がっていく。辺りは既に氷に包まれており、地面のあちこちから霜が降り、やがて凍り付いた。

 

日本舞踊のような動きで体ごと鉄扇をユラリと揺らすと、全ての花びらがゆっくりと時計回りに回転を始めた。傍から見れば巨大な花その物が回転しているように見えるだろう。

 

やがて花びらの回転が速くなり、それに合わせて真っ白な風が辺りを駆け巡り始める。風にうっかり触れた小鳥を見ると、一瞬でカチコチに凍り付いてある種のオブジェクトと化していた。

 

最後にパチリと鉄扇を閉じれば、一気に風が強くなり花びらも途端に舞い散る。

 

「生まれてきたこと、後悔すると良いわ」

 

凍風に乗った花弁は人の意思を持ったかのように縦横無尽に空を駆け巡る。大気すら凍らせて雪を降らせるほどの寒さの中、花弁は満足に動けていない使徒の翼を断ち、四肢を削り落とし、心臓を挽肉へ変えていった。

 

――八重樫流奥義の一つである〝煉獄氷華〟。元になった技は〝乱れ桜吹雪〟であり、そこに気候変動を起こしかねない冷気併用することで発動する物だ。冷気に触れた物は問答無用で体内から凍り付き、花弁に触れればたちまち体を切り裂かれてしまう。弱点は、未だに詠唱をしないと発動が難しいことぐらいだろうか。

 

しかし、そこを加味してもこの技が恐ろしい物であることに変わりはない。パルサーグレネードには及ばないかもだが、音也の旧イクサを封じ込めるだけの力はある、というのが文音さんの意見だったりする。

 

「おいおい。あんたも大概じゃねえか」

 

いつの間にかハジメも空に浮かんでおり、私の隣でドンナー・シュラークを連射しながら呆れたような表情を浮かべている。

 

「呆れてるのはこっちよ? まあ良いわ。パルサーグレネードはまだ数があるのよね?」

「千個単位で残ってるぞ。こいつをどう使うつもりなんだ?」

「〝煉獄氷華〟の効果が途切れたらパルサーグレネード含めたアーティファクト大解放よ。あの木偶人形共を血祭りに上げるから」

「……やっぱりあんたは恐ろしいな」

 

ハジメにだけは一番言われたくない。が、そう口に出すのを我慢して私は風を操り続ける。

 

戦いはまだ、始まったばかりだ。

 

神にとっては世界の……

 

人類にとっては弄ばれた歴史の……

 

終わりの戦いが。

 




46cm砲の元ネタはもちろん大和砲です。要素的にはコロニーレーザーに近い物ですが、見た目は大和砲です。でも三連砲ではないですよ!()

パルサーグレネードは完全にオリジナル兵器です。元々は“ジュピターグレネード”でしたが、木星が思ってた以上に重力が弱かった(引力は強い)ので急遽変更しました。ちなみに重力の強い星としてブラックホールも候補にありましたが、名前が中性子星パルサーよりも格好悪かったので没にしています。


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第九楽章 運命・解き放たれる鎖

少し頑張って筆を進めました。ようやくここまで辿り着いたのだと思うと、少し感慨深いです()


神の使徒を文字通り瞬殺し、時折現れる魔物すらも姿を見せた三秒後にはあの世に送り届けるなんてことを繰り返していると、俺の目の前には一際異彩とも感じられる巨大な扉が姿を現した。

 

その先の音や気配を確認すると、聞き慣れた心の音楽や気配がすぐに感じられた。どうやらこの先に、エヒトルジュエや他の者の魂が居るらしい。

 

俺が神域に突入してから既に半日。エヒトルジュエがあの時撤退を選んだのは、デストロイモードの出現もあっただろうが、一番の理由は魂を沈静化させるためだろう。あのお転婆たちの魂のことだ。散々に抵抗しているに違いない。もっとも、そうでなくては面白くないという気持ちが少しだけあるのは内緒である。

 

手に握っていた武器を宝物庫に放り込み、相変わらず広がる虚無感を噛みしめながら、俺は扉に手をかけた。

 

「……〝望んだ場所へ我を運ぶ〟」

 

しかし、普通に扉を引いたり押したりしても開くことはなかったので、概念魔法を作り出すことで扉の奥にある空間を視認した。

 

おそらく、選ばれた者しか通れないように扉を調整していたのだろう。しかし、概念魔法の前には神の力も敵わない。難なく扉を通り抜け、俺はその先にある“階段”を歩んでいく。

 

下から見上げる階段の上は淡い光で包まれている。俺は、そのまま躊躇うことなく光の中へ身を投じた。

 

 

白に染まる視界。

 

 

そこを抜けた先は、どこまでも白かった。上も下も、周囲の全ても、見渡す限りただひたすら白い空間で距離感がまるで掴めない。地面を踏む感触は確かに返ってくるのに、視線を向ければそこに地面があると認識することが困難になる。ともすれば、そのままどこまでも落ちていってしまいそうだ。

 

純白の空間の中での俺の姿は、まるで白いキャンバスの上に黒い染みを零したかのよう。何処までも“異端”を欲しいままにしている。

 

「ようこそ、我が領域、その最奥へ」

「………」

 

その声が聞こえた途端、俺の内から毒々しい藍色の魔力が噴き出す。魔力が巻き起こす暴風のせいで、背中のオブジェクトがジャラジャラカタカタと音を立てながら揺れ動いた。

 

声の主は俺の後ろ。ゆっくりと振り返った俺は、更に内から魔力を噴き出させることになった。

 

「随分と早い到着だな、イレギュラー。お前の大切な女たちがお出迎えだぞ?」

「……なぜ、身体がある。あの時、確かに消えたと思うが?」

 

俺の目の前に広がった光景。それは、玉座に足を組みながら頬杖をつき、ニヤニヤと嗤うエヒトルジュエと囲うように置かれる三つの十字架に磔られたユエ、ティオ、恵里の姿だった。

 

魔眼で確認すると、三人の身体は確かに生きているが、魂が抜き取られて所謂“抜け殻”の状態である。その中に雫の姿がなかったことに安堵しつつ、俺は更に言及を続けた。

 

「そもそも、身体を転移させて何の意味がある。魂なら吸収してなんぼだろうが、身体まで持っていく必要はないだろう?」

「ククク。そんなことは分かり切ってるだろう? お前に更なる絶望を与えるためだ。もっとも、あの女剣士の身体と魂を奪うことはできなかったがな」

 

おもむろにザンバットを取り出したエヒトルジュエは、一番近くに磔られいるユエの心臓目がけてひと思いに突き刺した。

 

ユエの胸から血がダクダクと流れ出し、彼女の華奢な脚や華麗な服を凄惨な鮮血色に染めていく。

 

「お前……」

「ふむ、これだけやってもお前は顔色一つ変えないのか? 流石に此方も引きかねないのだが……まあ良いだろう。この女たちの魂は完全に我の物であり、身体も我の私物だ。お前を排除し、下界で暴れるイレギュラー共を殺したら隅から隅まで、じっくりと弄んでやる。このエヒトルジュエの私物になるなど、身に余る光栄他ならないと思うが? うん?」

「我が儘こじらせた挙げ句、構ってくれないと駄々をこねる能なしの神の私物になることの何処が身に余る光栄なんだ? 其処の所、もう少し詳しく教えろよ。なあ?」

 

刻一刻と俺の身から噴き出す魔力の奔流は勢いを増す。白亜の世界がジワリジワリと藍色で包まれていくほどの勢いと強さを持った魔力は、やがてエヒトルジュエの足下までも浸食するに至る。

 

咄嗟に跳び上がったエヒトルジュエの姿を見て、俺は絶対の死を迎えさせる概念魔法を纏わせた。

 

「ッ……その魔法は、やはりそうなのか。それにその姿。全く、忌々しい……」

「お前が何者だろうと関係ない。お前はこれから死ぬ。それだけだ」

「神に随分と不遜な言葉を投げかける。まだ分からないのか? この女たちの魂を完全に鎮圧し、神域に戻った我にお前が敵うはずが『それを、人間界では現実逃避と言う』……なんだと?」

「誤魔化すなよ。本当は怖いんだろ? 大昔、絶対であると信じていた自分の事を封印したこの姿。そして、世界の摂理すらも変えてしまう概念魔法を操る、他でもない俺の事が」

 

魔力はいよいよ空間のほぼ全域を浸食し、最初に見た“見渡す限り白”という光景は始めからなかったかのように周囲が暗く、冷たく彩られる。

 

鎖が解き放たれ、棺桶が俺の周りを無機質に周回し、充填した魔力を確実に叩き込むべく、虎視眈々と睨みを利かせている。

 

対するエヒトルジュエは、ほんの少しだけ。本当に見えるか見えないか分からないレベルに小さな変化だが、顔をしかめて白金の魔力を俺の魔力に対抗するかのように噴き出させ、一部の魔力光を急激に集束させて、その背後で形を作っていく。

 

燦然と輝きながらエヒトルジュエの背後に現れたのは三重の輪後光。その大きさは、浮き上がったエヒトルジュエを中心に一重目が半径二メートル程で、三重目は半径十メートル以上ある。

 

その輪後光から、無数の煌めく光球がゆらりと生み出されていく。その数は、まさに星の数と表現すべきか。だが、その壮麗さに反して放たれるプレッシャーは尋常ではない。一つ一つが、容易く人を滅し、地形すら変えかねない威力を秘めているのが分かる。

 

巨大な輪後光を背負い、数多の星を侍らせ、白金の光を纏うエヒトルジュエの姿は、なるほど、その内面の醜さを知らなければ確かに〝神〟と称するに相応しい神々しさを放っていた。

 

「よかろう。この世界の最後の余興だ。少し、遊んでやろうではないか」

「まだ分からないのか? 遊ばれるのはお前の方だ。これまで散々人を見下し、自分が下に見られることが殆どなかった能なしの神様とやらに、紅先生が“遊び”の手本を見せてやる」

 

遂には内包していた電撃すらも空高く、(いなづま)のように駆け上っていく。電撃はやがてバキバキと姿を変えていき、一つの“竜”へと形取っていった。

 

〝纏雷〟の最終派生技能である〝雷竜〟。体内や体外問わず、周囲にある“電撃”を操って竜の形を作り出すことが出来る技能だ。作り出した雷竜は、自由自在に操ることができる。ユエの 〝五天竜〟に比較的近いが、こいつは魔力をそこまで消費しなくても良いため連発できるというメリット付きだ。

 

この技能に覚醒した原因は、イクサの麻薬にある。こいつの特性は脳を活性化させるが、実は活性化の裏には“10%程度しか使われない人間の脳を一時的に100%使用できるようにする”という、嘘と冗談を総動員しても足りないほどに恐ろしい効果が存在していたのである。

 

そして俺は、デストロイモードを機動させた。結果、リミッターが完全に外れた脳内活性化装置は俺の脳を“人間”を遥かに超える超常的な物へと変化させてしまったのだ。これが、新しい技能をとても短い時間で取得できた理由だ。

 

「――ォォォオオオオオオオ!!!」

「ッ、これはっ」

 

抜刀のようなモーションでファンガイアスレイヤーを取り出し、一度天に向かって突き上げてから横に振り払い、人成らざる雄叫びを上げる。

 

すると、それを待っていたかのように棺桶たちの魔力のチャージが完了。それと同時に、棺桶たちから凄絶という言葉ではこれっぽっちも足りないほどの大魔法が一斉に噴き出した。

 

ある棺桶は〝五天龍〟と〝神罰之焔〟を放ち、またある棺桶は漆黒のブレスを撒き散らす。別の棺桶は“タナトス”や“アルテミス”を召喚した後に立て続けで〝斬羅〟を解き放った。

 

有り得ない破壊力と数。質と量を両方達成した初手の魔法攻撃は、難なくエヒトルジュエの放った光弾を消し飛ばしてエヒトルジュエの元へと迫った。エヒトルジュエは手を振りかざして光の使徒のような物を作り出し、囮にすることで何とか逃れようとしているが、殆ど意味を成すことなく消え失せ、全ての攻撃はエヒトルジュエの元へ届いてしまった。

 

展開された強力な結界すらも物ともせず、様々な魔法攻撃が一斉にエヒトルジュエの身体を襲ったのを見た俺は、辛うじて魔法攻撃から逃れて俺のことを何とか殺そうとする光の使徒に向かって手をかざした。

 

すると、何の前触れもなく光の使徒が炎に包まれた。外部が燃えているのではない。“内部から”自然発火している。簡単なことだ。使徒の体内にある原子や分子をプラズマ化させただけである。プラズマ化させれば物質は燃える。ただ、それだけの話だ。

 

敵と見なした存在は、俺に触れることは勿論、近寄ることすら許さない。ある物は、ただ“死”あるのみ。敵には“死”を。大切な存在には“生”を。

 

「ぐ、くっ……イレギュラー。何て攻撃だ。この世界の創造神であり、絶対神でもあるこの我に回避を選択させるなど、とんでもない快挙だぞ。貴様は一体、何者なのだ……?」

「俺か? そうだな、俺は……」

 

エヒトルジュエの問いかけに、俺はほんの少しだけ考える時間を作る。が、すぐに一番良い返しを思いついたので、顔を上げて俺はハッキリと答えた。

 

「俺は、紅音也。最強の解放者である紅文音の息子であり……ただのヴァイオリニストさ」

 

言葉と共に、雷竜がエヒトルジュエ目がけて突撃していく。その後を追いかけるかのように、俺はゆっくりと歩を進めた。

 

戦いはまだ、始まったばかりだ。

 

神にとっては死から逃れるための。

 

俺にとっては愛する人を取り戻すための。

 

最後の戦いが。

 




棺桶が放った魔法の数々は、ユエ、ティオ、恵里の魔法を再現したものです。また、光の使徒を自然発火させたのはクウガの“超自然発火能力”に近い物になります。脳を100%使えるならば、このぐらいは可能かなと思いまして()


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第十楽章 超越・光を超えて

テ ス ト ( 迫 真 )
オマケにテスト最終日に部活の大会へ出発するとかいう超絶ハード日程ですが、息抜きのために小説は書きます()


ガキンッ! ガキンッ!

 

「な、何ですかっ。このアーティファクトは!? 分解能力を付与した双大剣を弾き返すなんて……!」

「お前、錬成師を舐めてるのか? 散々見せてきた能力が何度も通用すると思ったら大間違いだ」

 

最前線に立つ戦車たちが使徒の分解能力や、その他の強力な魔法を何度受けても傷一つ付かないという光景に使徒あるまじきの悲鳴を上げる分隊長のような者に、澄ました顔で“効くわけがない”と返すハジメ。私たちがこれまで移動に使ってきた戦車たちは、ハジメと文音さんが再度錬成をしたことによってフルチャージしたイクサハンマーすらも弾き返せる装甲と、使徒を一撃で撃ち殺す砲を持っている。

 

もっとも、此れ等の戦車は文音さんの付与した概念魔法によって“壊れない”性質を持っているため、使徒や神域で生まれた魔物は勿論、ハジメや私ですらも撃破が不可能なオーパーツへと変貌している。

 

どうにかして砲撃を躱したとしても、今度は要塞側からの一斉掃射が待っている。大量の連装機銃が一斉に火を噴き、大型のロケットランチャー千機が、内蔵されたミサイル数百発をほぼ同時に解き放ち、オレンジの火線が一斉に空を駆け上っていく様は圧巻の一言だ。

 

「ならば、砲撃が届かない高度まで――」

「何処を見てるのかしら? 敵はここにも居るわよ? 戦闘中に余所見とは良い度胸ね」

 

私は空間転移を駆使した“双魚”と“海月”を連続で使用して神の使徒を踏み台にしつつ、かかと落としで頭部を粉砕して数を減らしていく。

 

少し離れた距離に居る使徒には仕込み針を心臓に撃ち込んで撃墜し、逆に近すぎてかかと落としを当てられない場合は極細の糸を使って全身隈無く切り裂いて対応した。

 

「――〝爆炎の術〟――〝吹雪の舞〟。今ここに 咲かせてみせよう 〝乱れ桜吹雪〟」

 

局所的に大爆発が発生し、射程距離内の敵が全て凍り付き、意思を持った花の刃が敵を細切れにしていく。次に一度地上に着地すると、私は一気に地面を踏み抜いて加速することで激烈な風圧をその場に繰り出す。

 

そしてそのまま、敵の群れに突っ込もうとした、その時である。

 

「ボスの姉御ぉ! 露払いはこの〝必滅のバルドフェルド〟らハウリアに任せてくだせぇ!」

「ボスの姉君だけに手柄を立てさせるな! 我ら、闇に生きるハウリア族も続くぞ!」

「ヒャッハー!! モチのロンですぜえ族長!」

「キタコレ! 何もかも木っ端微塵にしてやらあ!!」

「あぁああん、最高よぉ! こんな素晴らしく強い姉君とボスを嫁に持つ音也殿が羨ましいわあ! 音也殿ぉ! 抱いて下さいぃいい! たまんないわぁ!」

 

……何やら訳の分からぬことを叫びながら、猛然と私より先に敵の群れに突撃していくハウリア族。しかし、突撃した途端に見事な気配操作と抜群の連携を駆使して魔物や使徒の首を狩っていく。先ほど〝必滅のバルドフェルド〟と名乗った年端も行かない男の子は、ハジメに匹敵、いや、凌駕するレベルの超精密遠距離狙撃をすることで大軍と大軍の間に隙間を作り出しており、“見事”としか言うことがない。

 

「この赤黒い世界と同じく、お前の血色は薄汚い。使徒の首、この深淵蠢動の闇狩鬼カームバンティス・エルファライト・ローデリア・ハウリアが確かに貰い受けた」

「悪いな。今宵のジュリアは少々大食いなんだ」

「あなたが悪いのよ? もう一人の私を目覚めさせてしまうから……」

「……これが、世界の意思なのね。なら、私はそれに従うだけ……」

「くっ、また勝手にっ、鎮まれ! 俺の左腕っ!」

 

……とても懐かしい光景な気がしたが、今は何も考えないことにした。決して、ハジメや光輝の昔を思い出したわけではない。微笑ましいと思ったわけでもない。ないったらないのだ。

 

気を取り直して私も敵中に突撃し、飛び交う銀色の砲撃を和傘で受け流しながら尚も使徒や魔物を蹴散らしていく。

 

「――〝超神速〟」

「い、イレギュラーは何処へ――」

「遅すぎるのよ、三下。前世からやり直して来なさいな」

「あ、有り得ない。我々に知覚できないほどの速度など――」

「二人目。私を誰だと思ってるのよ」

 

〝縮地〟の最終派生技能〝超神速〟。文字通り神をも超えた速度を出すことができる技能である。音速を超え、神速を超え、更に光速すらも超えることが可能な技能を使用するには、当然膨大な魔力が必要になる。

 

……と、いうのは昔話のことだ。私の仲間がどれだけのチートを犯しているのか知っていれば、私がこの技能を多発させても文句は言えないだろう。

 

「あらあら、珍しい技能じゃない。随分と鍛錬したのね」

「……いきなり現れないでくださいよ、文音さん。というか、要塞の守りは?」

「実体を持つ残像を置いてきたから大丈夫よ。それよりも…… 〝壊劫〟」

 

〝壊劫〟と呟かれた次の瞬間、目の前の地面が消えた。周辺にいた魔物が一気に消え去り、宙を飛んでいた使徒も次々と地面に打ち付けられる。

 

「ミレディ。オトヤ」

「分かってるよお! この美少女戦士ミレディちゃんの出番ってわけだねえ!――〝絶禍〟――〝崩軛〟」

「やれやれ、姿形はもの凄い美女なのに、随分と目が残念なことになってらあ。その目さえマトモなら、デートに誘いたかった所だがなあ、まったく――〝紅壊〟」

 

何処かふざけた様子だが、詠唱の瞬間だけ絶対零度の冷たさを持つ言霊が飛び出すミレディとキバの鎧を纏ったオトヤ。

 

ミレディはブラックホールのような球体に放り込むか、引力を切断してこの星から永遠に追放する。オトヤは触れたが最後、細胞が壊死していく紅い魔力波を放ちつつ、キバの紋章を飛ばしては地面と熱烈なキスを敢行させている。

 

さらに、攻撃からなんとか逃れて反撃に移ろうとした使徒たちの首がポンッと飛んだ。明らかにおかしいのは、順に首を刈られて一瞬の内に絶命していくにもかかわらず、そちらに視線を向けたときには首のない使徒の死体以外、何も、誰もいないのだ。

 

ハウリアがやったわけではない。ハウリアは使徒がギリギリ感知できるぐらいの気配操作を行っている。しかし、使徒すらも気配を感知できないほどの気配操作をするのは私と文音さんぐらいのはずだが……。

 

「くっ、一体どこから攻撃をっ」

「目の前だよ! くそったれ!」

 

……いや、居た。すっかり失念してた。音也から散々聞かされていたというのに、私ときたら綺麗さっぱり忘れてしまっていた。

 

「……ああ、遠藤くん。居たのね」

「酷くないっすか!? 現代のくノ一である雫の姉さんに忘れられるって、俺の影はどうなってるんです!?」

「うん、その……あれよ。気配操作がよっぽど上手だということよ。くノ一ですらも欺けるって誇るべきじゃなくて?」

「嬉しいけど嬉しくないっすよ! 雫の姉さんが言うと無駄に説得力があって何も言えないのが悔しくて仕方ないですけどねえ!」

 

味方にすら「え? そこにいたの!?」みたいな顔をされる切なさと相まって、半ば自棄になりながらではあるが、天職〝暗殺者〟の少年――遠藤浩介は、チート組ではないにも関わらず、負けず劣らずのキルポイントを稼いでいた。

 

あまりに影が薄くて私はすっかり存在を忘れていたのだが、これも彼が気配操作においては達人の域を超えていること他ならない……はず。

 

「お喋りとは随分な余裕ですね、イレギュラー」

「実際余裕だからね。貴女たちは神域に待機している使徒や魔物を使って持久戦をすれば、いずれは勝てると思ってるみたいだけど、それは大きな間違いよ」

「強がりを……」

「忘れたの? 私たちには、最強にして最高の回復術師である堕天使がいるのよ?」

 

制空権を奪われないように、空間の裂け目から飛び降りてくる使徒を尽く叩き潰している香織の存在を仄めかす。使徒はその事に気がついていないのか、あくまでも無表情だが。

 

その香織は、最大限に分解能力と双大剣を振り回して地上に降りてくる使徒の数を半数近くまで減らしており、正に“鬼神の如く”の戦いっぷりを見せている。

 

「どんなに数が居たとしても、貴女たちに勝ち目はない。今から数万の規模で使徒を送り込んだとしても、私たちを倒すことは出来ないわよ」

「人間風情が戯れ言を。貴方たちの力など、たかが知れています」

「その口調だと、私たちがここまで本気で戦ってきたみたいな事を考えてるでしょ。こっちには切り札が山ほど有るというのにね。バカ抜かすんじゃないわよ」

 

ここまで私が使った武器は仕込み針や風を巻き起こす鉄扇と、どれも直接自分の手で攻撃するような物ではない。どれも一定の距離から安全に、かつ堅実に敵を仕留められる方法を強いられる。

 

そのため、私は自慢の足の速さをある程度制御しながら動き回っていた。

 

ならば、全力で動き回るために使うべき武器は何か。それは明確だろう。

 

「数も増えてきたみたいだし、そろそろ本気で動き回ろうと思うのだけど。はたして貴女たちは付いてくることが出来るのかしら?」

 

手には日本刀をそのまま小型にしたかのような短刀。重たい武器は全て投げつけてから自爆させ、身につけた物は僅かに残された忍術のタネだけにした。早い話が、身軽になったのだ。

 

元々、私は鎧等の防具は身につけていない。着ている衣服が多少、受けた衝撃を軽減する程度の紙装甲だ。死の砲撃が飛び交う戦場では相応しくない着物姿になった理由は至極単純である。

 

――リミッターを全て解除し、敵を尽く抹殺するためだ。

 

「行くわよ、神の木偶人形共 ――〝超神速〟――〝神速〟――〝無拍子〟――〝震脚〟――〝重縮地〟――〝爆縮地〟――〝瞬光〟」

 

高速移動と知覚処理能力向上に使用する技能を殆ど発動させる。重複させるのがダメだと決められたわけではないのだ。このぐらい、幾らでもやってやる。

 

大気を推し揺るがして私は一直線に駆けだした。地面が抉れ、ソニックブームを巻き起こしたことによって周囲に集まっていた魔物の首が飛ぶ。油断していた使徒の心臓を止める。そして、遂には光速を突破した。

 

光速を超えたことで全ての時が止まっているように感じる空間に入り込み、私は常に刃が微振動を続ける短刀を次々と使徒の首や心臓に突き立てた。たった一撃だけの必殺技。受けた者は、“必ず殺される技”。神の使徒ですら防御する暇もなく殺されていく姿は、何と悪夢じみた光景だろうか。

 

「――後ろです」

 

そして、くノ一の本領発揮。他の者には認識できない姿で、変声を使って更なる混乱と恐怖を巻き起こす。声をかけた使徒は後回しにして、若干の反応を見せた者を優先的に刺し殺す。

 

逆手に構えた短刀に付着した血糊をビッと払い、その血糊ですらも目潰しに転用して動かない使徒や魔物の首を容赦なく狩っていき、確実に数が減ったところでようやく立ち止まった。

 

すると、ブシャーッ! と彼方此方で血の噴水が生まれた。その身に血を浴びて白磁の肌が凄惨な紅に染まるも、私は目だけを動かして空間の切れ目を睨みつける。

 

まだ、相当数の使徒や魔物が残っているらしく、一度は全滅した使徒と魔物だが補充だとばかりに同じ数だけ送り込まれてきた。しかも今度の魔物は癪気のような物を纏っており、使徒も先ほどより一段階以上は強いと分かった。

 

「おいおい。ここに来て増援か。パルサーグレネードは使い切ったぞ?」

「だから何だって言うのよ。また殺せば良いだけでしょう?」

「その言葉には納得だが、お嬢ちゃんが使う言葉ではないと思うんだけどな。俺は間違っているのか?」

「確かに、女の子が使う言葉じゃないねえ。でも、そんなこと言ってられないよお?」

「ミレディの言う通りよ。あの使徒、私が少しだけ苦戦した使徒を元にしてるみたいだから気をつけてね」

 

文音さんの言葉を受けて、私は再度降りてくる使徒のことを睨みつける。その使徒は、私たちの斜め上で静止すると、“白金”の魔力を噴き出させながら名乗りを上げた。

 

「第一の使徒エーアスト。神敵に断罪を」

「第二の使徒ツヴァイト。神敵に断罪を」

「第三の使徒ドリット。神敵に断罪を」

「第四の使徒フィーアト。神敵に断罪を」

「第五の使徒フィンフト。神敵に断罪を」

 

その言葉を聞き、ハジメがイクサを装着する。オトヤはウェイクアップフエッスルを手にし、ミレディは重力球を、文音さんは莫大な魔力を身から取り出した。

 

私は短刀を左手に構え、腰には雫の残した愛刀を装備した。

 

「露葉ちゃん、ハジメくん。魔物と雑魚使徒は私たちが引き受けるわ。貴方たちは使徒を頼むわね」

「分かりました」

「任せろ」

 

限界まで高まる緊張。張り詰めに張り詰めた弦をギリギリまで引き伸ばし、遂には弦が悲鳴を上げ始めたところで、私が指をパチリと鳴らした。

 

使徒の内の一人が火に包まれ、もう一人の使徒は雷の直撃を身に受ける。

 

まんまと奇襲に成功した私は、すぐに跳び上がって一際強い光を放つ使徒たちに向かっていく。イクサを装着したハジメも後から続く。

 

第二ラウンドの始まりだ。

 




そういえば、改行加筆作業が一応一段落付きました。これ以上治す気力はしばらく起きませんのでご容赦ください()
ちなみに次作のペルソナ3×ありふれの前に、艦これ×逆襲のシャアの構造も浮かんできてワケワカメ状態に陥りました()


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第十一楽章 理不尽の果てに

遅くなりました。実は今日まで部活の全国大会があったんですよ。結果は7位でした()
それと、年内に完結できるか不安になってきました()


光が爆ぜる。

 

俺はエヒトルジュエの繰り出した魔力弾を棺桶で吸収し、逆に反射することで攻撃を加えていく。神の攻撃ですらも吸収し、更には反射して威力を倍増させる光景は嘘と冗談を総動員したかのような信じられない光景だろう。

 

「我の攻撃を受けても壊れないアーティファクトなど……大した物だ」

「まだ余裕ぶってるのか? それとも今のが全力とでも?」

「……その傍若無人な態度は一体どこから来るのだ? イレギュラー如きに本気を出す我ではない」

「なら、バカ言ってないで早く殺してみろよ」

 

縮地で踏み込んでエヒトルジュエの懐に一気に攻め込んだ。そのままファンガイアスレイヤーを雫の抜刀術のように振るい、避けようとするエヒトルジュエの腹を切り裂きながら尚も急迫する。

 

エヒトルジュエの背中側から棺桶が首を揃えて銃口を向け、俺のことを巻き込む勢いで最上級魔法が次々と発射された。逃げようとしたエヒトルジュエのことは“念力”と“自然発火能力”で動きを止め、クソ野郎の腹にファンガイアスレイヤーを突き立てて地面に押し倒す。

 

イクサがエヒトルジュエの放つ反則級の破壊力を持った魔法を何度も受けて破壊されそうになるも、それを上回る速度で即座に再生してしまうためエヒトルジュエの顔が醜く歪み始めた。

 

「イレギュラー……お前は、抵抗していた魂魄共と同じぐらいにしぶといな。本当にイレギュラーな存在だ。余りにもイレギュラーすぎる。フリードの出現でバランスが崩れかけた遊戯を更に愉快なものにする為、異世界から力ある者を呼び込んだというのに……本命を歯牙にもかけぬ強者になるとはな」

「ほう? なら、今回に限って召喚した理由でもあるのか?」

「昔と違って、現代にはフリードに対抗できる人材がいなかったのでな。まさか、吸血姫や竜人まで生きていたとは思わなかったのだよ。どちらも上手く隠れたものだ。……この世界に良い駒がいないのなら別の世界から調達するしかあるまい」

「……別の世界、ね」

「そうだ。もっとも、お前たちの世界に繋がったのは全くの偶然ではある。どうせならと、我の力を強化できる魂魄を持つ者を探した結果だ。神の身なれど、世界の境界を越えることは容易くない。まして、以前の器だけでは【神域】の外で直接干渉することもままならんほどだ。結果として、どうにか上の世界から引き摺り落とすことには成功したわけだが……お前のようなイレギュラーを含む、おまけが多数付いて来てしまった」

 

この話からするに、エヒトルジュエは己の力を強化できるほど強い人物を探していたのだろう。つまり、俺たちが召喚されたのはエヒトルジュエの器捜しというのが本来の目的ということだ。

 

しかし、俺たちの住む世界はどうやらこの世界の上位の世界らしく、大まかな作業しか出来なかったということだろう。

 

「だが、お前というイレギュラーのおかげで本来なら一人見つかれば幸運だったところを、何人も強力な力を持つ人物を作り出してくれたのでな。結果から見れば良かったと言えるのだよ。これだけの力があるならば、【神域】の外でも十全に力を発揮できる。異世界へ渡ることも容易い」

 

異世界へ渡る。これは、恐らく俺たちの住んでいた世界へ侵攻することを意味するはずだ。そして、その前にこの世界に居る有りと有らゆる生物が死ぬことも意味する。

 

奈落の底に落ちた頃の思考のまま今日を迎えれば、俺はこの世界の生物に関してはどうでも良いと感じただろう。だが、残念なことに今は違うらしい。

 

人並みに怒りを覚えるし、何より死なせたくない人物が何人も出来てしまった。

 

「異世界へ、ね。そんなこと、俺がさせるわけないだろうが」

「まだ分からないのか? 我は……」

「神様だって? ふん、この程度が神様なのか。だとすれば、俺の母親は何者なんだろうな?」

 

その言葉を紡ぎ終えた直後、俺は再度エヒトルジュエに突撃した。虚を突かれたらしく、ほんの一瞬だけ反応が遅れたのを見逃さずにエヒトルジュエの胸にファンガイアスレイヤーを突き立てる。

 

「で、どうした? 神様ってのは所詮この程度なのか? もっと俺を本気にさせてみろよ」

「イレギュラーッ。貴様ゴハッ!?」

「動揺のしすぎで言葉すらマトモに出てこないか? それもそうだろうな。これまでお前が敵わなかったのは俺の母親だけだからな。だが、これでハッキリとした。お前は神なんかじゃねえな」

 

強制的にエヒトルジュエの事を宙に軽く浮かせて腹を蹴り飛ばし、一度距離を確保してから酷く歪んだ表情を見せるエヒトルジュエに言葉を投げかけた。

 

「ぐくっ……何を根拠にっ」

「おお、神様ともあろう者が無様なもんだな。まあ教えてやろう。お前はこの世界の者ではなく、元は別世界の“人間”だろ?」

 

俺は続ける。エヒトルジュエは、ただの人間である俺の攻撃如きでここまで息を上げている。さらに、こいつは奈落の底に封印されていたユエや隠れ里に居たティオのことに気がつけなかった。この世界を創造した神であるならば、彼女たちを見つけることは容易いはずだ。それなのに見つけられなかったのは不可解である。

 

そして、何よりおかしいのは“別の世界”という概念を知っていることだ。「この世界にいないから他の世界の人材を」なんていう考えは、最初から異世界が存在していることを知らなければならない。全知全能の神なら話は別だが、こいつの力が及ぶ範囲は神単位で考えれば極めて狭い。

 

「元々はただの人間だった。だが、ある時に何かが生じて強大な力を手に入れた。信仰を幾星霜もの間集め続けたお前は、“神と見間違えるぐらいには強い力”を得たのかもしれないけどな。それでも、お前が神だということは有り得ない」

「ふむ……見事な洞察力、恐れ入る。流石はイレギュラーと言ったところか。確かに我は異世界の人間だった。元々は、ただ魔法の極みに至っただけの、な。もっとも、幾星霜の時を経て集めた信仰が我の魂を昇華させ神性を与えた以上、神であることに違いはない。そのおかげで、ある程度の概念魔法ならば無効化出来るほどにはなったな」

「まだ神を名乗るのか。お前が神であるならば、俺のことを難なく殺せるはずだがなあ……」

 

あくまでも自分は“神”であると言い張るエヒトルジュエに、流石の俺も呆れ果てる。

 

棺桶を背中に戻し、鎖で繋いだ俺は最大級の侮蔑と嘲りの視線を送りつつ、ファンガイアスレイヤーを宝物庫に放り込んでファンガイアバスターを新たに取り出した。

 

「そんな小さなアーティファクトで何が出来るのだ? この後に至ってお前は諦めたとでも――」

「見当違いも甚だしいな」

 

まだ油断をしているエヒトルジュエに対し、俺は数回引き金を引いてから突撃する。ドンナーやシュラーゲンほどの破壊力がないのはエヒトルジュエの言う通りである。こんな小さなアーティファクト、というのもあながち間違ってない。

 

だが、それは随分と前の“情報”だ。古い情報に縋っているのでは、俺に勝つことは不可能である。

 

「む……神剣を貫通しただと?」

 

いつの間にか取り出していたであろう剣で弾丸を撃ち落とそうとしたらしい。が、弾丸は何事もなかったかのように剣をすり抜けてエヒトルジュエの腕に突き刺さった。

 

それを確認した俺はエヒトルジュエの目の前に辿り着いた瞬間にゼロ時間連続転移を行う。

 

「舐めるなっ」

 

エヒトルジュエも負けじとゼロ時間連続転移を繰り返し、俺の転移先にコンマ数秒の間に追いついてくる。転移した先でファンガイアバスターの射撃を撃ち込み、そのまま再度転移をするとエヒトルジュエもまた、転移して俺のことを追いかけてくる。

 

何度射撃を受けても動きが鈍ることのないエヒトルジュエ。魔力を消費することなく転移を繰り返す俺。傍から見ればただの泥試合。終わりの見えない、泥沼のような戦いだ。

 

「――ォォォオオオオオオオオ!!」

「またその力かっ」

 

今度は転移した瞬間に身体を180°回転させ、〝我、汝の絶対なる死を望む〟を付与させたファンガイアスレイヤーで一気にエヒトルジュエの懐へ斬り込んだ。

 

エヒトルジュエの振るう剣にファンガイアスレイヤーを蛇のように巻き付かせ、一気に引き抜くことで粉砕させるとガクンッと身体を“落として”エヒトルジュエの足を掴む。

 

強引に俺の元へエヒトルジュエ引き寄せて、すれ違いざまに一太刀浴びせながら下へ投げ捨てると、身体を独楽のようにクルクルと回転させながら背中に背負った棺桶たちの魔力を一気にチャージして解放させた。

 

小口径の対空砲のようにポンポンと棺桶から発射される魔法弾は、一撃一撃が通常のブロウクン・ファングを遥かに超える破壊力を持つ。

 

対するエヒトルジュエは巨大な輪後光を再度纏って光星を作り出し、まるで幾何学模様でも描いているかのように飛び出させてきた。ある種の芸術性すら感じさせる光の流星群。球体状のものもあれば、刃のように曲線を描くものや、ブーメランのように回転しながら迫ってくるものもある。

 

両者のちょうど中央に当たる位置で激突したそれぞれの流星群は、轟音と、凄絶な衝撃と、恒星が生まれたのかと錯覚するような閃光を放つ。二つの流星群は中央でぶつかると互いに弾かれあっているため、力が拮抗しているらしい。

 

流星群をそのままに、俺はファンガイアスレイヤーをもう一度取り出して流星群の中へ突っ込む。たちまちイクサが傷つき所々が変身解除されるも、イクサの治癒能力を信じて俺は正面突破を試みた。

 

「っぁあああああああああああっ!!」

「これを突破するというのかっ」

「その程度、俺に通用するわけねえだろうがあああああっ!」

 

追い打ちのように発射された極光すらも己の身を顧みることなく猛進していく。

 

滅茶苦茶に吹き飛ばされても一瞬で再生するイクサ。流石に何度も受けては再生が追いつかない部分も生まれてきているが、それでも俺は意に介せずエヒトルジュエの元へと進み続けた。目には絶大な殺意の光を。身体には全てを滅する概念を纏いながら。

 

遂には流星群を完全に突破し、エヒトルジュエを目の前に捉える。そのエヒトルジュエはほぼ無意識といった様子でゼロ時間転移をして逃げに出た。それを俺は〝天歩〟と〝爆縮地〟を併用することでほぼ直角に進行方向を変えて尚も追い縋った。

 

「うおおおおおおああああ!!!」

「くっ、この。食らえ! 〝真なる神威〟!」

 

これまでの戦いで見た極光とは比べ物にならないぐらい大きく、かつ途轍もない破壊力を持った〝真なる神威〟が俺の身を包んだ。一瞬でイクサが消し飛ばされ、再生してもまたすぐに破壊されていく中でも俺は進むのを止めない。

 

止めようとすら思っていないことは、俺の身体から噴き出す魔力を見れば一瞬で理解することが出来るだろう。魔力は噴き出す勢いが弱くなるどころか、最初と比べても確実に噴き出す勢いが強くなっているのだ。その殺意は衰えるどころか、時間が経つに比例して巨大になっていく。

 

「無駄だぞ、イレギュラー! お前が死ぬまで永遠に発射され続ける滅びの光だ!」

 

極光の出力が更に上がり、遂にはイクサを貫通して俺の肉を焼き始めた。頬骨が、肋骨が、指先の骨が露わとなる。血が噴水のように飛び出しては極光によって蒸発し、尚も俺の身体から許容量を間違いなく超えた血が流れ出ていった。

 

〝無限強化〟の加護を受けた俺の肉体は焼かれた次の瞬間には治癒するも、再度極光によって溶かされるを繰り返しており、誰がどう見ても俺はこのまま死ぬと思えるだろう。それは、俺だって同じなのだから。死を間近に感じているのは他でもない俺なのだ。

 

それでも。それでも、だ。俺は、それでも!

 

「見つけ、たぞっ!」

「お、おのれっ。あれをも突破するとは、お前は本当に人間なのかっ!?」

「人間、だ。強い意思と罪を背負った、ただのヴァイオリニストだっ!」

 

極光の中からエヒトルジュエの手首を掴み、突進の勢いそのままに地面へエヒトルジュエを叩き付ける! ファンガイアスレイヤーを振り回し、奴の首元に突き立てる! 理不尽な事柄は更なる理不尽で押し返す! いくら強かろうが、相対するのが神だろうが、敵と見なした者は全てこの手で消し去る! 今までそうして来たように、全ての障碍を喰い破るっ!

 

「ガハッ、イレギュッ――」

「はぁ、はぁ……死ねえええええ!!」

 

これまで無事だった右目までも焼け落ち、俺の容態は完全に満身創痍と言ったところだ。露出した骨の部分を覆う皮膚も完全には再生していない。

 

それでも殺意を途切れさせることはなく、見えない視界の中でも正確にエヒトルジュエのことを射貫き、ファンガイアスレイヤーを一度首から引き抜いて再度突き刺そうとする俺の姿に、奴は神を名乗るというのに言葉を詰まらせた。

 

「舐めるな、イレギュラー! これで終幕だ!」

「ぐ、がはっ」

 

こめかみ付近に大剣をエヒトルジュエによって突き立てられ、俺は盛大に吐血をすることになった。大剣は脳味噌まで到達しているのか、俺の視界はレッドアラートのように赤く染まっており、酷い耳鳴りが俺の頭部の痛みを加速させる。治りかけていた傷口も治癒を止め、再び俺の全身から血が噴水のように飛び出した。

 

「く、くく。はは。見事、本当に見事だ、イレギュラー。この我に焦燥を感じさせ、本気を出させるとは。称賛に値する。もっとも、お前の持つ力が我に届いているのかと問われれば、否と答えるしかあるまい」

 

若干上ずった声をあげるも、悠然と微笑んでいるのだろう。多少の余裕を取り戻した声を出したエヒトルジュエは、動かない俺の頭を掴んで耳元でらしく、ヘドロのように粘ついた声音で囁いた。

 

「お前の大切なものは全て我が壊してやろう。地上で抵抗を続ける同胞たちも、故郷の家族も、全て踏み躙り、弄び、阿鼻叫喚を上げさせてやろう」

「………」

「だが、安心するがいい。この素晴らしき魂魄たちだけは丁重に扱ってやる。お前を始末した後は、お前の最愛の者の魂魄やその姉の魂魄も取り込んでやろう。そして、たっぷりと有効活用させてもらうぞ。隅々まで、存分に、丁寧に、なぁ?」

 

愛する人たちは良いように弄ばれる。大切な人たちは奴の手によって皆殺しにされる。心安まる故郷の地は、見るに堪えない“平原”と化するのは明白であろう。

 

耐え難き言葉は、俺の生きる気力すら奪ってしまうかもしれない。“諦める”という言葉がほんの一瞬だけ脳裏に浮かんだ気がした。“気がした”というのは、それを理解する前に俺の口が動いていたからだ。

 

「リミッター……全解除」

「ん?」

 

小さな、小さな呟き。しかも掠れていて、間近にいたエヒトルジュエをして聞き逃しめたのだろう。怪訝そうな声をあげた。

 

そんなことは正直なところ、どうでも良い。その理由は簡単だ。

 

「変……身」

ベ・グ・ラ・ン・ヅァ・フ・ラ・イ・ガ・ー・バ・ー

「何を――んなっ!?」

 

聞き慣れない電子音が響き渡った次の瞬間、エヒトルジュエが驚愕の声をあげた。

 

俺のこめかみ付近に突き刺さっていた大剣がポキリと折れ、残っていたであろう刀身もポロッと地面へ滑り落ちた。生身であった俺の身体は、瞬く間にデストロイモードのイクサへと包まれた。

 

――頭部のフェイスシールドが、ガチャリと上下左右に展開された。そして、俺の身体からは莫大という言葉でも足りないほどの魔力と魔皇力が噴出した。

 




ここに来て尚も新しいギミックが登場するイクサに関して少々やりすぎたかもしれないと思う一方で、してやったりと思う気持ちが何処かにあるのが何とも言えません()

次回は露葉&ハジメVSエーアストたちです。描写は……うん、頑張ります()


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第十二楽章 圧倒・嘘の必殺

お待たせしました……()
忙しくて中々筆を進めることができず、時間がかかってしまいました。本当に申し訳ないです……。

※今回の後半はハジメ視点です。とはいえ半分以上は露葉視点です()


「「「「「駆逐します」」」」」」

 

奇襲を許したことに対して、無表情がデフォルトなはずの使徒がほんの少しだけ顔を歪めながら突撃してきた。

 

対して私は突撃してきた使徒を紙一重で躱し、一番奥に居たエーアストの元へ一瞬で迫る。ツヴァイトとドリットは私のことを追尾してきたが、後の二人はハジメの元へとそのまま向かった。

 

「──〝爆雷の術〟」

 

私を中心に、絶大な雷が何本も使徒目がけて振り下ろされる。雷がまるで矢のように降り注いでいることから、大神ゼウスの放つ雷の矢に見えなくもないだろう。

 

もっとも、ゼウスというものを使徒たちが知っているのかは分からないが……。

 

「雷速程度など、私たちには届きません」

「諦めて地に伏せなさい、イレギュラー」

「そんな姿がお似合いで──」

「お喋りな口はこれかしら?」

 

ドリットの口から血がブシャッと噴き出す。目にも止まらない速度で奴の舌を切り落としたからだ。地上では奴の舌が血塗れで落ちていることだろう。

 

神の使徒の認識を超えてきたことが気に入らないのか、舌を切り落とされたドリット含めて三人の使徒が顔をしかめ、目元を剣呑に細めた。

 

「戦闘中に随分とお喋りな口を叩くわね。文音さんが昔、少しだけ苦戦しただけあってこれまでの人形たちとは明らかに強さに差があるけどもね。そんな様子じゃ、私に牙は届かないわよ」

「……武具を身に纏わない貴方など、丸腰の赤ん坊に等しい。すぐにでも均衡は崩れます」

「この状態が均衡? はっ、笑わせてくれるわね。大方、“神の使徒は負けるはずがない。負けることなど有り得ない”という小さな自尊心に縋っているだけなんでしょうけど」

 

私の視覚が灰色に染まる。時の流れが緩慢となり、聴覚は限界まで研ぎ澄まされて奴らの心音すらも聞き取れる程にまで集中した。

 

ソニックムーブを軽く発生させるほどの勢いで前に飛び出すと、小刀を“宙に投げつけてから”長刀に手をかけ、空中で〝震脚〟を使って大気を激震させる。そして、雫のように神速で抜刀を完了すると長刀を横薙ぎに一度振るう。

 

「ッ──!?」

「そこで──」

「遅いわよ」

 

死角から潜り込んできた使徒の大剣を、私は目の前で相対する使徒の大剣を弾いた勢いで逆手に持ち替えて後ろに突き出すことで受け止める。その際に使用するのは八重樫流刀術の一つ──〝木葉舞い〟。相手の攻撃を、刀身を利用して滑らせることで受け流す技だ。

 

本来なら逆手持ちで、しかも片手持ちで使うような技ではない。日本にいた頃は、雫ですらも完璧には取得出来ていなかったほど、この技の扱いは難しい。しかし、腐っても八重樫流を受け継いだ私は“何とか”使用することが可能である。

 

勢いを何とか殺して大剣をすり抜け、〝天歩〟で後ろ向きに吹き飛び使徒の頭上に向かうと、そこで身を捻りながら頭上を越えざまに両足でその頭部を挟んだ。そして、そのまま体を更に捻りつつ仰け反るようにして一回転し、使徒を頭部から地面目がけて叩きつけた。

 

八重樫流体術が一つ〝廻月〟。相手の頭部を両足で挟んで捻りながら投げを行う技だ。

 

「くっ、イレギュラーッ」

「──まずは一人」

 

空中でクルクルと捻りながら狙いを定め、私は地面に墜ちた使徒の心臓目がけて長刀を八重樫流投擲術の一つ〝穿礫(せんれき)〟を使って投げつけた。

 

ドスッと鈍い音を立てて使徒の心臓へ狙い違うことなく突き刺さった長刀に私はトドメとばかりに〝天歩〟で作り出した足場を使って反転急降下蹴りを仕掛け、釘を木槌で打つのように長刀を地面に埋め込む。

 

血がブシャッと噴き出し、私の顔を凄惨な赤に染める。舐め取ると、鉄の味がしっかりとした。

 

長刀が完全に使徒の心臓を貫いたことを横目で確認すると再度空中へ跳び上がる。

 

「そんなまさかっ。有り得ません。人間如きが私たち神の使徒を凌駕するなどとっ」

「ツヴァイト、落ち着きなさい。ドリットは油断をしたが故に墜ちたのです。油断なく攻め込めば、勝利は自ずと我らの手に──」

「そのお花畑のような脳内、本当に大丈夫かしら? 良い脳外科を教えてあげるわよ?」

 

宙に放った小刀を手にすると、私は残った使徒に向けて最大級の侮蔑を送る。チラリと横目でハジメを見やれば、バーストモードのイクサで危なげなく使徒の連撃を捌いている。

 

使徒は私たちのことを“人間如き”と言う。それはあながち間違いではない。私たちは確かに“人間”だ。しかし、ほんの少しだけ技を極めている、という点を含まなかったら“ただの人間”という話である。

 

「数秒動いたら忘れるみたいだから、何度でも言ってあげるわ。貴方たちも、クソみたいなご主人とやらにも、迎えられる未来は一つもないわ」

「……その言葉は、そっくりそのままにお返しします。【神域】に踏み込んだイレギュラーは、今にも我が主の手によって骨一つ残さず野垂れ死んでいるでしょう。あのイレギュラーさえ殺してしまえば、後は貴方たちだけです」

「音也がクソ神に負ける? 随分と冗談がお上手なのね。貴方たちは一つ勘違いしているわ。音也は、これまで本気で怒ったことがない。これが何を指すのか分からないわよね? 少し考えれば分かることだけど、特別に教えてあげる」

 

後方で凄まじい激突音が響き渡る中、私は使徒二人の目をしっかりと見つめて、ハッキリと断言をした。

 

「人間を遥かに超越した存在である音也が本気で怒り狂ったとしたら、世界は壊れる。それだけのことよ」

「……戯れ言を」

「実に下らない妄言です。我が主の手にかかれば、あんなイレギュラーなど『隙を見せすぎよ?』う、腕が……?!」

 

使徒の認識を超えて小刀を投げつけ、ツヴァイトの右腕を刈り取る。話に集中しているところを狙って攻撃するのは卑怯だと思うだろうか? 答えは否だ。殺し合いにおいて、卑怯もらっきょうもない。

 

ブーメランのように帰ってきた小刀を再び手にすると、口元を三日月のように裂けた笑みを浮かべて突撃する。慌てて迎撃態勢に入る使徒を見て、更に私は嘲笑を深めていった。

 

空中をスライディングのような動きで滑り、使徒の懐へ潜り込むと〝天歩〟で召喚した足場に手を突きながら、その反動を利用して掬い上げるような蹴りを放った。八重樫流の体術の一つ〝逆鷲爪〟。地を這うような下方から相手をかち上げる蹴り技だ。

 

「くっ」

「後ろで──」

「バカね」

 

短い呼気と同時に、蹴り足を軸にして、その場で独楽のように回転した。体を水平にした状態での側宙のような体勢から、逆足で使徒の顔面を狙う。放つは八重樫流体術の一つ〝重鷲爪〟だ。

 

吹き飛ばされた二体の使徒のうち、私は〝重鷲爪〟で吹き飛ばしたツヴァイトの元へ〝超神速〟を使用して一気に迫る。

 

「凍えろ 〝吹雪の舞〟!」

「これはっ、身体が……!?」

「コンマ数秒の静止は致命の隙。その命、貰い受けるわ!」

 

辺りに暴風が吹き乱れる。全て、私が生み出した風。死を運んでくる風だ。

 

次に桜の花びらがクルクルと空を舞う。赤黒い太陽の光を吸い込み、これまた赤黒い世界に一つの“鮮やかさ”を運んできたかのような桜の花びらは、やがて集束して一つの巨大な掘削機のような形を作った。

 

「死に逝け──〝乱れ桜吹雪・集〟!」

 

ドリルのように桜の花びらが螺旋回転を始める。私は〝天歩〟で作り出した足場を〝超神速〟を発動させた足で蹴り飛ばし、身動き一つ取ることの出来ないツヴァイト目がけて突貫した。

 

分解能力の付与された銀翼が豪雨のように桜吹雪に突き刺さり、銀の太陽が幾つも作り出されては花びらを消し去るために発射される。

 

必死さが垣間見える激しい攻撃。濃密な弾幕と熱量を両立させたこの攻撃を見た者は、即座に戦闘意思を投げ捨てて逃げ出したくなること間違いないだろう。

 

私とて人間だ。当たり前だが恐怖ぐらい感じる。紙装甲な今は尚更だ。何せ、一発でも命中すれば次に待っているのは“死”以外ありえないのである。恐怖を感じるなというほうがバカらしく感じられる。

 

「これで終わりです。イレギュラー!」

 

私の不安を感じ取ったのだろう。エーアストが勝ち誇った声を上げた。確かに、ここでツヴァイトを貫いても技の硬直時間を狙ってエーアストが攻撃してくるだろう。

 

私の残量魔力も殆どない。移動には常時〝超神速〟を使用し、補給も受けていない状態で枯渇しない方がどうかしてる。

 

──だから、何だと言うのだ。

 

「これで……二人目!」

 

風が一つ、戦場を駆け抜ける。背中側に感じられる鉄臭い匂いと生温い感触。そして、翼の柔らかい感触を確かめつつ、私は全ての魔力を身体の中へ引っ込めた。

 

当然、ガクリと身体が傾いて地面目がけて急降下を始める。紙飛行機を真上に向かって投げたときに、勢いが完全になくなってガクリと天地が一気に逆転するという不規則な動きは、技の後隙を狙って突撃してきたエーアストの一撃を躱すことに成功した。

 

「……迂闊ね」

「イレギュラーッ!」

「あとは貴女だけよ。これで私のショーは終わるわ。勿論、貴女の命もね」

 

フワリと宙返りすることで距離を取って悠然と微笑む。エーアストは人形のように美しい顔を盛大に歪め、“感情など無い”という前情報を覆すかのような声を出した。

 

「神の使徒に並ぶなどっ、不遜と言うのです! 沈みなさい! 八重樫露葉ッ!」

「はっ、並ぶだなんて笑わせてくれるわね。まだ気がつかないの?」

 

使徒にあるまじき激昂を上げ、双大剣を振るってきたエーアストを鼻で嗤う。双大剣の衝撃を小刀一本で、念の為に〝木葉舞い〟も使用して受け流し、一瞬私たち二人の視線が交錯したところで私は口元を三日月のように裂いた。

 

「これで終幕よ──〝常闇乱舞・嘘重聯奏(きょじゅうれんそう)〟」

 

途端、私の背中から無数の“私”が現れた。同時に周辺が闇に包まれ、五感のうちの視覚と聴覚が一時期に封じられた。闇に包まれたとはいえ、小刀で攻撃できる超至近距離なら普通に姿を補足することが可能である。

 

ちなみに何故聴覚なのかというと、闇を発生させるついでに音遮断を出しておいたからである。欠点は自分も音が完全に聞こえなくなることだが……。

 

今はそこまで気にならないだろう。というか、私は音を聞かなくても気流で人の気配を感じ取ることが出来る。私にとってマイナスな面は正直なところ、殆どゼロだ。

 

実体を持った分身と私がエーアストの身体を切り裂いていき、何百もの幻像が彼女の狭い視覚を徹底的に狂わせていく。ある幻像は単に切り裂きに行き、またある幻像はあるはずのない仕込み針を投げつけようとする。

 

実際のところは一対五。しかし、視覚的には一対数百。その殆どが幻像だと気がつくことは不可能だ。何故なら、幻像は私や分身と比べて動きが遅めであり、幻像を認知した次の瞬間には背後から容赦ない攻撃が複数回繰り出されるからだ。また、幻像と重なるように攻撃をする分身だって居る。気がつくことは一生かけても無理だ。

 

嘘の存在によって何重にも苦しめられ、そのまま死ぬまで延々と聯奏(デスマーチ)をその身に味わってもらう。それが、嘘重聯奏。

 

『終わりよ』

 

音のない世界で、普通なら私の声は誰の耳にも届かない。しかし、エーアストにはハッキリと伝わったのだろう。最後の最後だけ、目を見開いた顔をしながら本体である私の方向へ身体の向きを変えてきた。

 

それが、最悪の選択だということを知ったのは、心臓に位置する魔石を小刀で抜き取られてからであろう。

 

闇が晴れ、音が戻る。私は小刀を地面に投げ捨てた。

 

「……この、胸の内に湧き上がるものはなんでしょう。締め付けられるような、叫びたくなるような、これは。八重樫露葉。貴女には分かりますか?」

「悔しいんでしょう。力が及ばなくて」

 

振り向くことはない。振り向かなくても、エーアストがどうなっているかは分かっているから。

 

空からエーアストが持っていたであろう双大剣が半ばから折れて降り、地面に突き刺さる。やけに静かな時間がほんの少しだけ流れた。

 

「悔しい、ですか。なるほど。今、私は悔しいのですね」

 

エーアストが、こちらを見た気がした。私は、振り返らず、地面に突き刺さったままの長刀と小刀を魔力で運び、手にして鞘に収めた。

 

「私、あなたが嫌いです」

 

ドサリと後方で何かが墜ちた音が聞こえた。私が振り返ることは、遂にはなかった。というか、出来なかった。

 

何故なら、意識が朦朧としたなと感じた次の瞬間には目を閉じていたからである。

 

────────────────────

 

「まさかっ、有り得ないっ! 第一から第三を圧倒するなどっ!」

「叫ぶ暇があるのか? 羨ましい限りだな」

 

イクサカリバーが一閃。フィーアトとフュンフトの双大剣が弾き飛ばされた。

 

俺は強化されているであろう使徒二人を引き受けて戦闘を繰り広げていた。その間、俺は露葉さんが三体の使徒を圧倒しているのを尻目に見ていた。

 

そのぐらいの余裕が俺にはあった。彼女と違って俺はイクサを纏っているので、そこまで苦戦することもない。普通の使徒の三倍近い力を持っていそうだが、その程度では俺との力量差が埋まることはない。

 

「舐めるのもいい加減にしてくださいっ!」

「貴方など、神の使徒の前には塵にも等しいです! 今すぐにでも消え――」

「だから、喋ったり叫んだりする余裕があるのかって聞いてるんだ。随分な余裕をお持ちのようだが、一切動きについて行けてないじゃないか。そんな動きで大丈夫か?」

「大丈夫です。問題などありませんっ。貴方に心配されなくてもっ」

 

返して欲しい言葉で返してきた使徒に少しだけ感心しつつ、俺はカリバーフエッスルを取り出した。そのままベルトに放り込み、ナックルを内へと動かす。

 

イ・ク・サ・カ・リ・バ・ー・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「お遊びはこれで終わりだ。お前らに訪れる未来は一つもないってこと、証明してやる」

 

背後に太陽が現れる。イクサカリバーには纏雷のように蒼い電撃が迸り、刀身が徐々に赤熱化していった。

 

技を放たせまいと、使徒二人は炎の津波や銀翼の嵐をこれでもかというほど俺に叩き付けてきた。無論、どれか一発でも生身の身体に直撃すれば死は免れない。

 

しかし、どういうわけか死の砲撃は全て俺の手前で消えていく。どれだけ攻撃しても、それらが俺の身体に届くことはない。

 

――不可視大型シールド。文音さんによって魔法打ち消しの効果が付与されており、大抵の魔法攻撃は跡形もなく消え去ってしまう。許容量を超えればその限りではないが、逆に言えば許容量さえ把握していれば絶対無敵の防御シールドと化する。

 

「な、なぜ届かないのですかっ」

「ありえない……そんな、ありえない! 神の使徒の攻撃が人間如きに――」

「人を舐めすぎなんだよ、三下。死ね

 

縦にイクサカリバーを一振り。俺が振り終わってからコンマ数秒が経つと、斬撃が二人の使徒の首元を駆け巡った。

 

目を見開く二人の使徒。その表情は、不覚ながらも信じられない光景を見せつけられて現実逃避している何処かのバカ勇者にそっくりだと思った。あのバカ勇者は今ごろ地獄で何をしているのだろうか。

 

と、そんなことを考えているうちに使徒二人の首がズルリと地面に墜ちた。

 

「随分と呆気ない最後だったなあ……って、露葉さん倒れてないか?」

 

文音さんの警告があったことから少し身構えていたのだが、思いのほかアッサリと倒せたので拍子抜けしつつ、俺は倒れた露葉さんの元へ向かう。

 

途中で立ち塞がる魔物を斬り捨て、真っ直ぐ彼女の元へ向かっていると、俺は不意に地響きと地鳴りのような物を感じた。

 

いや、地響きと地鳴りではない。この世界全体が揺れており、世界その物が悲鳴を上げている。そう思った。

 

「空が揺れてる、のか? 地鳴りみたいなのは世界が終わりかけている? というか……空の裂け目が小さくなっているな」

「ハジメくん! 空がっ! それに裂け目の奥が崩壊しているよ!」

「何だって……? って、使徒が……」

 

俺の視線の先には、フッと霧散していく銀の光と、カクンッと力の抜けた使徒の群れ。

 

直後、操り糸を失ったマリオネットのように、光のない眼差しを虚空に向けた使徒達がバラバラと地面へ墜ちていった。

 

「何が、起きているんだ……」

 

俺の声が、地鳴りのような音によって虚しく掻き消されていくのだった。

 




次回以降は音也視点に戻ります。次からは音也視点から基本は逸らさないつもりです。


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第十三楽章 愛する人たちの為に

年内に終わるか微妙ですね……()
実は引っ越しの準備をしていて忙しいのです。中々筆を執る事も出来ず、更新が遅れてしまい申し訳ないです……。


「貴様、何をしたっ」

 

魔力の津波とも言える凄まじい奔流がエヒトルジュエを吹き飛ばした。俺はゆっくりと立ち上がり、イクサハンマーを取り出す。

 

現在、俺の姿は黒いイクサのデストロイモードその物である。ただ一つ、これまでと異なっている点がある。それは、普段は顔を覆っているフェイスシールドがバーストモードのように開いていることだ。目の部分は紅色なため、黒いボディによく映えている。

 

「バカなっ。貴様のそのアーティファクトは、それ以上は姿が変わらなかったはずだ! 顔を覆う盾が開くという情報はないぞっ!」

「……そうだな。俺も初めて知ったよ」

「嘘をつくなっ! 最初からそれを狙って――」

「本当に知らねえんだよ。プロトタイプであるこのイクサが、バーストモードに変形するなんて」

 

俺も知らなかったのだ。俺が行った行動は、魔力と魔皇力を全解放しただけだ。リミッター解除とは内なる力を全て解放して全能力を底上げすることを意味しており、〝覇潰〟を発動させたということである。

 

リミッター解除=覇潰であり、単純に格好良く言ってみたに過ぎないのだ。だから、イクサが変形したことは余りにも想定外なのである。

 

だが、イクサがバーストモードのような姿になったことで顔部分からも電撃が迸っている。本当の意味で電撃を全解放しているのだ。イレギュラーな事態だが、結果から言えば強化である。

 

「まあ、ありがたいな」

「クソ、なんて誤算だ! もう少しで貴様の息の根を止めることが出来た物を!」

「おいおい、あの程度で殺せると思ったのか? イクサの変形抜きにしても、俺はあの状態から逆転するつもりだったぞ?」

 

本来の作戦は、〝覇潰〟を発動させることで脳を再度活性化させ、体力を回復させた後にここまで見てきたエヒトルジュエのクセを読んで決定的な隙を作り出し、最接近したときに確認した三人の魂魄に直接概念魔法をぶつけて救いだすというものであった。

 

手に入れた力全てを駆使してもエヒトルジュエから魂魄をぶんどるだけの隙を作り出すのは熾烈を極めるだろうと踏んでいたのだが、イクサが実質的に強化されるという嬉しい誤算が起こった。これなら……きっと行ける!

 

「返してもらうぞ。お前が取り込んでいる三つの魂も、十字架に磔られている身体も、全て俺の物だ。血の一滴、髪一筋。どれを挙げても俺の物。お前の物じゃない。だから――」

 

――【汝、触れることを禁ずる(俺の女たちに指一本触れるな)

 

極限の意志から概念魔法をまた、発動させる。三人の魂魄への干渉禁止と、既にある干渉を断ち切る概念魔法を俺はイクサハンマーに付与し、ゆっくりとエヒトルジュエの元へ歩み寄る。

 

背中から立ち上る〝雷竜〟。地面を駆け巡る炎の渦。再度分離し、俺を守るように浮遊する棺桶たち。そして、宙に浮く様々な楽器。

 

「イレギュラー……! 舐めるなっ! その程度の力、またすぐにでも――」

「捻じ伏せてやる、か? 言葉のボキャブラリー少なすぎるだろ。それに……一つ忘れているんじゃないか?」

 

――お前は俺には勝てない(汝、我の力を超えることを禁ずる)ことを。

 

ドクンッ! と空間が脈打った。それも一度ではない。ドクンッ! ドクンッ! と何度も心臓の鼓動のように脈打つ。そのリズムは一定であり、まるで“音楽の指揮を執っている”ように感じられるだろう。

 

楽器が奏で始めた曲は「イクサのテーマ」と「空中戦」。そして「ウェイクアップ」をメドレーにした楽曲だ。時間にすれば約三分ほどのとても短い曲である。

 

しかし、その効果は目を見開いて驚くことになるだろう。特に、エヒトルジュエはそうだ。

 

「くっ、このぐらい!」

「――〝捻れる界の聖痕〟――〝引天〟」

「んなっ!?」

 

空間を歪ませて作った“黒い”十字架がイクサハンマーに吸い込まれ、エヒトルジュエ自体は一瞬で俺の元へ引き寄せられた。〝引天〟は対象の重力を操る魔法であり、簡単に言ってしまえば“対象のベクトルを思い通りに操作する”という物だ。

 

引き寄せたエヒトルジュエの首を左手で掴み、目一杯握り締めて持ち上げる。バキバキと鳴ってはいけない音がエヒトルジュエの首から響き渡り、曲がるはずのない方向にガクンと首が折れたのを確認した俺は、イクサハンマーをエヒトルジュエの心臓部分にゴツッと当てた。

 

途端にエヒトルジュエの体が空中に固定された。足掻こうに足掻けないらしく、エヒトルジュエは驚愕の表情を浮かべている。

 

「食らえ……!」

イ・ク・サ・ハ・ン・マ・ー・ラ・イ・ズ・アッ・プ

「ま、待て――」

 

ハンマーから耳をつんざく轟音が鳴り響く。ハンマーへチャージされる電撃は唸り声を上げ、雷が落ちたときの逆再生をするかのように空高く駆け上がった。概念魔法も同時にハンマーから滲み出て、その殺意をエヒトルジュエへ確実にぶつけようと牙を光らせた。

 

トリガーを握り締め、俺は一呼吸置くと地面を〝縮地〟で踏み抜いて一気に急迫した。

 

ゴォガアアアアアアアアアン!!!

 

そして、何の躊躇いもなく放たれる必殺の一撃。天高く駆け上がった蒼い雷が今度は真っ逆さまに墜落し、轟音を轟かせながらエヒトルジュエの心臓を狙い違うことなく打ち抜いた。

 

「がぁあああああああああああああっ!!?」

 

と、同時に響き渡ったのはエヒトルジュエの絶叫。ただイクサハンマーで打ち抜かれたにしては有り得ない焦燥と苦痛の悲鳴を響かせている。

 

それもそうだろう。イクサハンマーに付与された概念魔法は【汝、触れることを禁ずる(俺の女たちに指一本触れるな)】だ。現在、エヒトルジュエの体内ではすっかり目覚めた三人の魂魄が、奴の身体から抜け出そうと暴れ回っているだろう。

 

しかも、ファンガイアバスターで散々撃ち込んだ“魂魄強化”を付与した弾丸によって彼女たちの魂魄はかなりの強化をされているはずだ。更に、演奏によってエヒトルジュエの魂魄は逆に弱められている。ジワジワとではあったが、だからこそ気がつかれることなく策を進めることが出来た。

 

しかし、エヒトルジュエは苦悶の表情を浮かべてはいるが、何とか暴れる魂魄を抑えつけることに成功しているようだ。それ程までに、信仰心変換の秘技により昇華した神の力というのは絶大なのだろう。

 

「舐めるなっ、小娘共っ。その魂は我のものだ! 後顧の憂いは残さん! 貴様らの意思、今度こそ捻り潰してくれるっ。その次は貴様だっ、イレギュラー! ははっ、この程度の概念など我が力の前では――」

「誰が、これで終わりだと言った?」

「――な、に?」

 

およそ神らしくない間抜け面を晒したエヒトルジュエ。続けて俺は、奴の心を絶望の淵へ追いやる言葉を投げかけた。

 

――その程度の事態は想定済み。既に手立てを打ってあると。

 

俺はニヤリと仮面の中で笑みを零すと、呪いの言霊とも言える言葉を放った。

 

「――【言霊のままに世界を歪める】」

「また概念魔法かっ」

「〝エヒトルジュエ。今すぐその魂たちを俺に返せ〟」

「ふ、ふん。何を……これはっ!?」

「全てはこの時の為の布石だ。この概念魔法を、お前に直接ぶつけるための、な」

 

俺が作り出す概念魔法は、恐らくこれが最後だ。何故なら、この概念魔法さえ使えるなら他の概念魔法は必要としないからである。

 

ここまで何度も概念魔法を生み出してきたのは、概念魔法を作り出す感覚を掴むため他ならない。リューティリスのフワッとした説明と、たった数回の概念魔法発動では掴みきれなかった感覚を何とかして掴もうとしていたのだ。

 

限界まで機能している脳味噌をフル活用した結果は大成功。概念魔法を作り出す為に必要な感情の度合いや魔力を完璧に把握することが出来た。

 

そうして発動させた最後の概念魔法は、【言霊のままに世界を歪める】だ。端的に言ってしまえば、口にしたこと全てが現実として具現化されるのである。

 

“壊れろ”と口にすれば壊れる。“消えろ”と口にすれば消える。文字通り、世界を簡単に歪めてしまうものであり、概念魔法の極致とも言える。

 

「お前でも逃れることは出来ない。抗うことすら許さない。そのために作り出した概念魔法だ」

「こ、このぐらい神言で打ち消してくれるわ!

エヒトルジュエの名において命じるっ、〝静まれ〟!」

「無駄だと言ってるだろ? 〝エヒトルジュエ、抵抗を速やかに止めて魂魄たちを解放しろ〟」

「ば、バカなっ。貴様如きにっ。ただの人間如きに、この我が負けるはずがっ!」

 

いよいよエヒトルジュエは脂汗を浮かべて焦りを露わにした。抵抗が強くなって抑えつけが効かなくなってきたのだろう。必死に魂魄を逃すまいと歯を食いしばり、遂には俺から目を逸らしてでも抑え込もうとし始めた。

 

俺は静かにナックルフエッスルを手に取る。何時もの手順でベルトにフエッスルを放り込み、静かにナックルを内へ動かした。

 

イ・ク・サ・ナッ・ク・ル・ラ・イ・ズ・アッ・プ・フ・ル・パ・ワ・ー

「……〝その電磁波を剣へ変えろ〟」

 

ブロウクン・ファングが発射されることはなく、細く伸びて一本の剣へと形を変えた。橙色の電磁波の剣は絶え間なくスパークしており、また概念魔法を当たり前のように纏っている。

 

再度【汝、触れることを禁ずる(俺の女たちに指一本触れるな)】纏わせたイクサナックルは、先ほどのイクサハンマーを遥かに上回る強さの概念を秘めており、直撃させれば間違いなく対象への干渉を断ち切ることが出来る。

 

故に、この技は俺の愛する人たちを助けるための切り札でありプランの最終段階である。

 

「雫、力を貸してくれ……!」

 

既に死に、今は俺の魂魄と溶け合っている雫の魂魄に願いを言う。答えが返ってこないと分かっていても良い。ただ、想いだけでも力を貸して欲しかった。

 

『当たり前よ』

「……ああ、そうかい」

 

俺は、彼女の声を聞いた気がした。そして、彼女の笑顔を見た気がした。

 

一度目を瞑って呼気を整えた俺は、目を見開くと一歩を踏み出す。コツコツと足音を鳴り響かせ、ゆっくりと、しかし確実にエヒトルジュエの元へ近づいていく。

 

エヒトルジュエは狂乱したのか、怒濤の魔法攻撃を繰り出してきた。空間が酷く歪められ、神罰の如き雷が多数降り注ぎ、幾つもの太陽が俺の全身を覆う。バブル光は周囲を容赦なく爆発させる。

〝真なる神威〟は何度も俺の身体を焼き尽くそうとする。

 

それが何だと言うのだろう。人の硬い意思の前に、神程度の攻撃が何だと言うのだ。

 

「どうした? もう抵抗は終わりか? 神言とやらで、俺の力をはね除けてみろよ」

「く、来るなっ」

「俺は天邪鬼なんだ。“来るな”と言われたら行くしかねえよなあ?」

「や、止めろ! 止めろと言っている! このエヒトルジュエが止めろと言っている! 言うことを聞け! 止めろと言っているのだ!」

「おいおい。神様ともあろうお方が無様なもんだなあ? いや、元から神ではなかったな」

 

空間固定されたエヒトルジュエの前へ立つ。恐慌したのか、エヒトルジュエは自分が巻き込まれることお構いなしで殲滅魔法を放ってきた。が、たった一言によってその抵抗も露と消えた。

 

「――〝消えろ〟」

 

最後の抵抗も、俺の言霊と共に消え去った。絶望を露わにし、それでも尚何とかして助かろうとしているエヒトルジュエを見た俺は悠然と彼の横を通り抜けた。

 

何もしなかったことに、エヒトルジュエは目を見開く。俺はゆっくりと振り返った。

 

次の瞬間。

 

「――ガァッ、ガハッ!?」

 

エヒトルジュエの全身から血が噴き出た。同時に、エヒトルジュエの身体から狐火のような物が三つ離れていった。

 

在るべき場所に帰ろうとする狐火を、空間固定から強引に抜け出して我が身に再び取り込もうとするエヒトルジュエ。手を伸ばし、必死の形相で追いかけていく。

 

「――〝止まれ〟」

「ぐ、あっ。き、貴様あああああああ!!」

「――〝その口を閉じろ〟」

「ッ――」

「――〝剣から球体に戻れ〟――〝その鎖を解き放て〟!」

 

突き出したイクサナックルから殺意が解き放たれた。視界を一瞬にして“白”で覆い尽くし、全ての音がシャットダウンされるほどの勢いで電磁波が極光のように発射される。イクサがボロボロと形を崩す。フルパワーで撃ったが故、電力がなくなったのだ。それでも、俺は自分の身体から電撃を発生させてイクサナックルに注ぎ込まれる電流の強さを上げていく!

 

一切を吹き飛ばす死の砲撃。そして、全てを取り返すための一歩。誰かのためじゃない。俺のための一歩だ。

 

光がやがて晴れ、視界と音が戻ったところで俺は十字架の元へ駆け寄った。枷を破壊して地面に落ちそうになる三人をそれぞれ受け止める。

 

「ん、んう……音也?」

「おはようさん。俺の吸血姫」

「……ん、信じてた。私のヴァイオリニスト。それに、会いたかった」

 

最初に目が覚めたのはユエ。お互いの冗談めかした呼び名に、俺たちはくすりと微笑みを零し合う。ユエの“会いたかった”発現に笑みを深め、俺は彼女の華奢な身体を強く抱き締める。

 

「ご主人様……かえ? 信じておったぞ」

「よお、俺の(ドラゴン)。待ってたぜ?」

「くふふ、ご主人様から“俺の物”扱いとは。これ程にまで嬉しいことはないのぉ」

 

次に目が覚めたのはティオ。ニヤリと、お互い大胆不敵な笑みを浮かべる俺とティオ。彼女の心からは、必ず助けてくれると確信していたと分かる自信に満ち溢れた物が流れ出していた。

 

「あ、音也。おはよう。来てくれたんだ」

「おはよう。逆に逃がしてくれるとでも思ったのか? それなら残念だったな」

「君もかなり重たい愛を向けてくるねえ。とても嬉しくて、色んな所が勃っちゃいそうだよ」

「こんな時にそんな言葉が出てくるなら問題はなさそうだな」

 

最後に目を覚ましたのは恵里だ。向け合う眼差しは軽い物。しかし、その奥には深い愛情と信頼が込められている。彼女の頭を軽く撫でると、くすぐったそうに身体を揺すらせた。

 

全員との口付けは、自然だった。互いに触れ合うだけの、されど最大限に想いを乗せた優しく甘い、溶けるような口付け。

 

全員との口付けを終えると、俺は再度全員を抱き締める。二度と離さないために。離れないために。お前たちは俺の物だと主張するために。

 

彼女たちもまた、抱擁を返すことで返答してきた。わざわざ他の人に見せつけるかのように愛し合っている理由は簡単だ。誰かに見せつけるためである。

 

「ふん……」

 

軽く手をかざして真横に障壁を張る。何故なら、凄絶な殺気と共に莫大な光の奔流が襲いかかってきたからだ。

 

張られた障壁は難なく空間を軋ませる勢いで放たれた光の砲撃を受け止める。そんな俺の姿に見惚れているのか、恍惚の表情を作った三人に苦笑いを零すと、狂気を孕んだ呪詛の如き言葉が響いた。

 

『殺すっ、殺すっ、殺すっ、殺してやるぞっ、イレギュラーッッ!』

 

障壁の向こう側、光の砲撃の起点。そこには、光そのもので出来た人型が浮遊していた。その浮遊する光の人型の頭部と思しき場所、その口元が憤怒をあらわしているように歪に歪む。

 

ぼやけた姿でもよく分かる。声音が違っても、憤怒に彩られていても、その滲み出る下劣さは間違いようもない。

 

その光の塊は紛れもなくエヒトルジュエだった。

 




エヒトルジュエと三人の魂魄を切り離すに当たって、ファンガイアスレイヤーでスネーキングデスブレイクでも使おうかと迷ったのですが、結局はブロウクン・ファングに落ち着きました。

次回は最終決戦です!


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終章 その音色は異世界まで響く

アホ長くなりました()
一応最終決戦ですが、ほぼ一日がかりで書いたので誤字があるかもです……本当に締まらなくて申し訳ない()


光の砲撃が露散する。

 

俺の張った障壁は傷一つ入ることなくエヒトルジュエの砲撃を凌いでしまった。

 

『そんなバカなっ!? 我は神であるぞ! 人間如きに防がれるなど、あってはならないことだ! なのにっ!』

「人間如き、か。舐めるのも大概にしてもらおう。人の強い意志は、神であろうと捻じ曲げることは不可能だ。お前はそんなことも分からないのか? それとも気がつけないか?」

『黙れ黙れ黙れ! 我は神だ! ありとあらゆる物を支配する絶対神なのだぞ!』

「それがどうした?」

 

ヴァイオリンを取り出し、三人に目配せをする。ユエは〝五天龍〟を呼び出し、ティオは〝神龍〟とも言える威圧感を誇る黒竜へ姿を変え、恵里は何も言わずに〝タナトス〟を召喚した。

 

「神など人が作り出した宗教の象徴に過ぎない。神ですらも人によって作り出される。信じていた宗教を司るための象徴でしかないんだ。お前は最初から、人の掌の上を踊らされていたんだよ」

『ふ、ふざけ、きさまっ』

「まだ理解できない。或いはすることを拒むというならば、お前は真正の大バカだ。神なんかじゃない。ただの大バカさ」

 

辛辣な言葉と共にヴァイオリンから溢れ出すメロディ。おどろおどろしさを感じさせるが、それを通り過ぎて勇ましさすら感じされる。ショスタコーヴィチの作曲した「交響曲第5番革命」の音色は、エヒトルジュエがこれまで集めたであろう信仰心を文字通り抹消していった。

 

慌てて戦闘態勢に入ろうとするエヒトルジュエに、雄叫びを上げてタナトスが突進する。迎撃のために振りかざされた〝神剣〟を〝死神〟の特性を活かすことで不意に姿を消して回避し、項に痛烈な剣打を与える。

 

フラついたエヒトルジュエの魂魄に、ティオの漆黒のブレスが素晴らしいタイミングで発射された。ついさっきまで発射していた光の砲撃で相殺しようとするエヒトルジュエだが、相殺するどころか一瞬で押し切られて後ろへ吹き飛ぶ。

 

地面でバウンドしたエヒトルジュエの魂魄の元へ、嫌がらせのようなタイミングで五天龍が殺到した。最早抵抗すらできないエヒトルジュエの魂魄に、容赦なく雷が降り注ぎ、蒼炎が体を包み込み、絶対零度の嵐が皮膚を裂く。そして、トドメと言わんばかりに足下を石化させた。

 

『わ、我は……神でっ──』

 

未だに立ち直れず、また現実を受け止められないエヒトルジュエの元へ光の鎖が殺到する。石化によって動けないエヒトルジュエの手首や足首、胴体などのありとあらゆる場所に鎖が巻き付いた。

 

「チェックメイトだ、三下」

 

鎖に【我、汝の絶対なる死を望む(お前は必ず殺してやる)】が充填されていく。光は刻一刻と増していき、遂にはエヒトルジュエの魂魄が殆ど見えないほどにまで光り輝いた。

 

エヒトルジュエは、今更ながら、焦燥をあらわにして回避を選択するが……

 

「〝動くな〟」

『馬鹿なっ。我はっ、我は神だぞ!! イレギュラァアアアッ!!!』

「お前ら、やっちまえ。〝全てを破壊しろ〟!」

 

三人が動き出した。

 

ユエは〝五天龍〟を一纏めにして巨大な〝神龍〟を作り出す。

 

ティオは口をガパリと開き、最大威力のブレスを吐こうとする。

 

恵里は〝アルテミス〟と〝アポロン〟を召喚し、神弓を引いてエヒトルジュエの心臓を狙う。

 

それぞれが曲の加護を受けたことにより、概念魔法を付与されている。エヒトルジュエからすれば、何れもが滅びの一撃だ。

 

故に、彼は絶叫した。迫る数多の閃光に、顔はなくても分かる。エヒトルジュエが、恐怖の表情を浮かべていることが。今にも発狂してしまいそうなぐらいに、心を揺らされていることが。

 

だが、どんなに絶叫しても。自分が神だとしても。己が絶対だと主張しても。目の前の現実を否定したとしても。

 

人の強い意志に勝つことはできないのだ。

 

それが、現実なのだ。

 

『──ッッッ!!!!!』

 

全ての砲撃が狙い誤ることなくエヒトルジュエの心臓を射貫いた。彼は、胸にポッカリと空いた大穴に手を当てて、言葉にならない悲鳴を上げながら、胸元を掻き毟るように、あるいは必死に塞ごうとしているかのように、哀れみすら感じさせる有様を晒してもがく。

 

今にもその手から離れてしまいそうな“生”を掴もうと、彼は足掻きもがく。その姿は何処か見覚えがあり、また共感できる物だった。

 

俺もかつて、生きるためには何だってしてきたのだ。彼の姿に見覚えがないはずがない。

 

しかし、同情の念までは感じない。これまで彼は、余りにも多くの愚行を犯してきた。人の思いや願いを踏み躙り、そして嘲笑う。苦しむ人々の姿を見ては快感を得ようとする。非道な行いだった。彼は、余りにも非道すぎたのだ。

 

光の鎖がエヒトルジュエの胸に空いた穴に入り込む。穴から全身へ蜘蛛の巣のように鎖を張り巡らせると、内からエヒトルジュエの魂魄を文字通り破壊していった。

 

最後に、エヒトルジュエは「……ありえない」と呟いて、エヒトルジュエだった人型の光は、虚空に溶け込むようにして消滅した。

 

「……一歩。本当に一歩だけ、道を変えるために踏み出せたのなら。お前はここで死ぬこともきっとなかったのにな。常々思うぜ。バカだとな」

 

消えたと思われるエヒトルジュエに対し、憐れみの言葉を投げかけた。ほんの少しだけ、最後に共感したことで思うところがあるのだ。

 

エヒトルジュエは、救われずに一人となった俺やハジメの成れ果てだったのかもしれない。

 

……いや、実際のところは違うだろう。あれにも、きっと想ってくれる人が居た。しかし、差し伸べられた手を彼は振り払った。掴もうとも、見向きもしなかったのだろう。だから、こんな結果になったのだ。きっとそうだ。

 

俺たちとは違う。似ているように見えても、全然違う。俺たちの歩んできた軌跡が全てだ。

 

俺は一つため息をつくと、三人にそれぞれ目を合わせる。

 

「今から、お前たちを地上に戻す」

「「「は?」」」

「これ以上ここに留まっていたら危ない。俺の予感がそう言ってるんだ」

 

いや、予感なんかではない。これは未来予知だ。覚醒した脳が俺に届けた、絶望に塗られかねない未来なのである。

 

「……音也は?」

「残るさ」

「何を言うのじゃ。ここを出るなら全員で……」

「殿をするだけだ。必ず戻る」

「僕たちでは力不足だと言うのかい?」

「いや、そうではないさ。ただ、また失うかもしれない未来にお前たちを残すわけにはいかない」

 

ヴァイオリンを握り締め、俺は彼女たちから目を閉じることで背ける。そして、背を向ける。これ以上、何かを話すことはないという意思を背中で伝える。

 

「もう一度言うぞ。必ず戻る。お前たちの元へ帰ってくる。だから、待っていてくれ」

 

時間がもうない。あと数十秒もすれば、滅びの刻みが始まってしまう。だから、俺はこれ以上何かを彼女たちに伝えることはなく、ただ救うために行動した。

 

「──〝地上へ帰れ。皆の元へ〟」

 

刹那、背中側からの気配が完全に消えた。残されたのは俺独りだけ……ではない、か。

 

俺は一人ではなかった。ずっと、俺の魂と共に存在している最愛の人が居た。だから、この寂しい空間でも独りではない。一人ではあっても、独りではないのだ。

 

「──〝帰ってこい。俺の元へ〟」

 

目の前が白亜の光に包まれ、俺の視界が一時的に潰された。が、俺は迷うことなくその光りの中へ走り込む。

 

腕一杯に広がる柔らかい感触。夢のように見えて、夢ではない。現実の感覚。神にも等しい力を手に入れたからこそ実現した、奇跡の具現化。

 

「……お帰り、雫」

「ええ。ただいま、音也」

 

吸い込まれてしまいそうなぐらいに黒い髪。象徴のポニーテール。優しい瞳。今となっては懐かしさすら感じる匂い。別れる直前までは着ていた、何時もの服装。腰に提げられた長刀。何も、変わらなかった。変わっていなかった。

 

俺の(最愛の人)は、確かにこの手の中に帰ってきてくれた。

 

「雫。生き返った直後で悪いが……」

「分かってるわ。 ……来たわね」

 

抱き締めていた腕を放し、互いに同じ方向を見やった。その直後である。この世のものとは思えない奇怪な絶叫が響き渡った。

 

──ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!

 

不可視の衝撃波が俺たちに迫る。俺は雫のことを抱き寄せると、手を振りかざして障壁を再度張った。

 

周りを確認してみると、空間がグニャリと歪んでいたり亀裂が入っている。どうやら【神域】が不安定になっているらしい。歪みからは様々な世界が見え隠れしている。

 

奇怪な絶叫と凄まじい衝撃波を放った者は一つしかない。

 

「やれやれ。テンプレ過ぎて笑えねえな。実はあと二回変身を残してますよってか?」

「ただの怪物にしか見えないわね。いっそ哀れだわ。神って何だったかしら」

 

この場で“神”という名が出てくる人物は一人しかいない。それはエヒトルジュエだけだ。ただし、目の前で奇怪な絶叫を上げているナニカは“エヒトルジュエだった物”と言った方が正しいかもしれない。

 

原型を殆ど留めておらず、見た目は使徒だの魔物だのを不快な形に掻き混ぜたキマイラのような肉塊へと変貌している。全身には癪気を纏っており、かつて神を名乗った姿は存在しない。見る者が吐き気や憎悪を覚えるような姿としか表現のやりようがない。

 

それでも尚、生き延びようと執念のみで魂魄を維持しているエヒトルジュエはある意味で驚異的とも言える。

 

「……近接戦は任せられるか?」

「もちろんよ。貴方は援護射撃を頼むわね」

「無論だ。完璧に援護してやるさ」

 

俺はヴァイオリンを構えてエヒトルジュエだった何かを睨みつける。雫は抜刀の構えをして目を剣呑に細める。互いに戦闘態勢は万全だ。

 

──ゥ゛ゥ゛ゥ゛、ア゛ア゛、ァ゛ァ゛ッッ!

 

不意に、エヒトルジュエだった何かが唸り声を上げた。俺は未来予知に従ってヴィヴァルディの『四季』を選択してメロディを奏で始めた。

 

雫の目の前で不可視の衝撃波とメロディラインが激突し、互いに相殺する。その間隙を縫って雫が一気に駆け抜けた。

 

「──一ノ型 〝散露〟──二ノ型 〝残切〟」

 

露が弾けるように剣撃が飛来し、斬られた痕は持続効果のある斬撃によってさらに抉られる。復活した直後とは思えない、見事な動きである。

 

雫の背中側から触手が飛来するも、彼女に降りかかろうとする災厄は俺が振り払う。メロディラインが触手を切り刻み、逆に光の鎖を伸ばして肉塊を凄惨に締め上げる。

 

さらに『四季』の特別効果により、炎獄や凍氷が肉塊の体を醜く抉り取り、紅葉と花びらが刃となって触手を封殺した。

 

「──〝疾風迅雷〟──〝桜乱〟」

 

光速を凌駕した雫は桜の花びらと共に刃を繰り出す。露葉の繰り出す〝乱れ桜吹雪〟が如く、俺の発生させた暴風に乗せられて肉塊から血を飛ばす。そこかしこには切り落とされた肉塊の残骸が転がっていた。

 

それでも倒れる気配が見えないエヒトルジュエだった肉塊には敬意を払いたくなる。

 

「変……シンッ!」

 

空間にヴァイオリンを固定して自動演奏に切り換え、俺自身はファンガイアとなって雫に加勢することにする。

 

紅い波動で宙を揺るがし、空間が雪崩の如く滑り落ちたと錯覚する勢いで〝斬羅〟を発動させる。しかし切り落とした傍から使徒だの魔物だのを吸収し、俺と雫の攻撃速度よりも再生を進めているエヒトルジュエには今一攻めあぐねている感じが否めない。

 

戦闘自体がジリ貧になることはまず有り得ないのだが、不安定になり今にも崩壊を始めそうな【神域】に長く留まるという選択肢は取りたくない。出来ることなら早めに決着をつけたいところだ。

 

腕からブーメランのような軌道を描く刃を飛ばしつつ、俺は策を練る。

 

半端な概念魔法は通じないほどエヒトルジュエは巨大な肉塊へと化している。地上へ落としてしまえばその衝撃によって生まれる隙をついて総攻撃することも出来るが、仮に【神域】が崩壊すれば地上が大惨事に見舞われることは想像に難くない。

 

【言霊のままに世界を歪める】で消し去ることも不可能ではないのだが、実はあの力は俺の命を削って発動させている。そのため、そう多くは乱発することが出来ないのが現状だ。脳を無理やり覚醒させている今は尚更無茶できない。

 

俺は生きて帰ると、愛する人たちと約束しているのだ。ここで無茶をやって死ぬわけにもいかない。

 

「……ドウスル」

──ギィィァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!

「くっそ。想像の数倍はしぶといわねえ! いい加減に楽になりなさいな!」

──ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!

「イヤ、待テ。コレナラ、行ケルカ?」

 

雫の援護を九九艦爆に任せ、俺はヴァイオリンを再度手に取って構えた。

 

選曲は「音也のテーマ」。この曲がもたらす効果は“時戻し”だ。しかし、今回発動させる特殊効果は別の物である。それはこの曲が最初から持っていた物だ。素晴らしい楽曲には必ず付与されているありふれた効果。魔法という概念が存在しない俺たちの住む世界でも、まるで“魔法にかけられた”かのような感情を生み出す。

 

その効果はきっと誰もが知っている効果だ。

 

持てる限りの魔皇力を解放して弓を引く。すぐさま音色は【神域】内に響き渡り、紅のメロディラインは白亜の空間を赤く、紅く染めていく。

 

怪物その物となっている俺の醜い腕も紅い魔皇力が優しく包み込む。

 

「音也……」

──ギィィァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ッ!!!!

「っ、させないわよっ!」

 

命のやり取りをしている最中には相応しいとは到底思えない音色を聴いた肉塊が触手を伸ばすも、俺のやることを察した雫がすかさず剣撃でカバーをしてくれる。

 

そのことを有り難く思いつつ、俺は一度弦を指で弾いた。ここからもう一度、曲は大きく盛り上がっていく。

 

紅のメロディラインは【神域】に留まらず、空間の亀裂から外へ這い出していく。亀裂から見え隠れする世界はエヒトルジュエが弄んだこの世界や、気配からして俺たちが元々住んでいた世界まである。メロディラインはそれらの世界へ流れ込み、その世界に住む人々の耳まで届いていく。

 

──その音色は異世界まで響き、行く先々で人々の心から感動を引き出す。

 

感動の念は全て俺の元へ届き、体を包み込んでいく。全身を念が包み込んだ。その次の瞬間である。

 

轟ッ!!

 

紅の魔皇力が一気に噴き上がった。白亜の空間を紅色へ鮮やかに染め上げた魔皇力は、少しずつ誰しもが見覚えのある形へと姿を変えていく。そして、ステンドグラスが砕け散る音が鳴り響いた。

 

「音也? その姿、もしかして……!」

「ああ……待たせたな、雫」

 

黒と紅を主とした彩り。深緑色のキングス・ペルソナ(王の仮面)。鋭利に尖った肩当て。胸元に広がる黒い蝙蝠。王の風格を示すかのような威厳を保つ漆黒のマント。相違点があるとすれば腰元にあり、技発動のコールを行う頼もしいコウモリモドキが居ないことだ。

 

人々の感動の念を異世界からかき集めて一つの物にして、音楽の持つ力によって昇華させることによって具現化させた奇跡の代物。

 

その名も闇のキバの鎧。希望や感動から作られたというのに“闇”というのは些か不満ではあるが、時には光を闇が押し退けて平穏をもたらすことだってあるのだからこの際許容することにしよう。

 

俺は噴き出した魔皇力をそのまま剣の形へ変えて手に握った。俺の隣には雫が悠然と佇む。

 

「最後は人々の想いを形に変えてでラスボスを倒す、か。音也もしっかりと主人公をしてるわねえ。それともヒーローかしら?」

「バカ言え。俺は最初から、この世界という物語の主人公でありヒーローさ」

「ふふ、相変わらずのビッグマウス。でも、そんなところが大好きよ」

 

殺伐とした戦闘空間において、およそ相応しくない甘い空気が流れる。神の成れ果てとはいえ、神域の怪物が放置される姿は、はっきり言って哀れであった。

 

──ギィイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!

 

それが許せないというように、益々、不快極まりない奇声を発しながら苛烈な攻撃を放つエヒトルジュエ。

 

しかし、それらは全て雫の抜刀術によって難なく斬り伏せられてしまった。どれだけ魔法弾を飛ばしても、触手を伸ばしても、雫の手によって全てが地に落ちていく。

 

「仕上げだ。ウェイクアップと行くぞ!」

「勿論よ。現実を見させるためにも叩き起こしてやらないといけないわね!」

 

剣にウェイクアップ・III相当の破壊エネルギーが集束していく。その紅光は衰えることを知らず、遂にはエヒトルジュエの攻撃を何もせずに相殺するほどの輝きと強さを持った。

 

雫からも濃紺色の魔力が噴出し、俺の“紅”と綺麗に混ざり合う。混ざり合った一つの魔力は更に天高く昇っていく。

 

俺が剣を一振りすれば閃光が迸り、エヒトルジュエの肉体を凄惨に切り裂く。切り裂かれた痕からゴポリと不快な色をした血が流れ出したのを見て、彼は更に荒れ狂った。

 

聴くに堪えない絶叫を上げ、癪気を振り撒き、出鱈目グチャグチャに魔法攻撃を繰り出す姿は、かつて神と呼ばれていたとは誰も信じないだろう。

 

「さて、あのクソ神(バカ野郎)に言いたいことは分かってるな? 雫さんよ」

「当たり前じゃない。でも、きっとこの言葉を言いたいのは私たちだけじゃないわね。これまであの野郎に弄ばれた全ての生きる者が吐き出したいに違いないわよ」

 

漆黒のマントが形を変え、紅い翼が生える。煌々と輝く剣からは神すらも恐れて戦慄を覚える、世界を歪める力が見え隠れしていた。

 

冷たい色。しかし温かい光でもある。その美しく、力強い輝きに、エヒトルジュエの怪物は身悶えるように後退った。まるで、その温かさすら感じる光を嫌っているかのように。

 

すかさず“紋章”を潜り込ませて拘束する。肉塊は逃げようと暴れ狂うも、これまで破られたことは殆どないキバの紋章の拘束を破れるはずがない。暴れるほど強い拘束と苦悶を与えるキバの紋章によってエヒトルジュエは確かに身動きを止められた。

 

俺は雫と一度だけ見つめ合うと、互いに不敵な笑みを浮かべて俺たち二人の重たすぎる愛が生み出した、最初に生まれた概念魔法を口にした。それはこれまで弄ばれた人々の心の内を代弁したものでもある。

 

「「【我、汝の絶対なる死を望む(さっさと死ねこのクソ神がっ)】」」

 

音を立てずに二つの閃光が駆け抜ける。数瞬後には、エヒトルジュエの後ろ側へ佇む俺たちの姿。そして更にその数瞬後に雫の納刀の音が心地よく響き渡った。

 

俺の手にある光の剣がハラハラと露散したその次の瞬間。エヒトルジュエの体に十字架の切り傷が加わった後、その傷からヘドロのように黒く粘性のある不快な物質が溢れ出た。

 

エヒトルジュエだった物は声すら上げない。いや、上げるだけの体力が残っていないのだろうか。何はともあれ、俺たちの後ろに佇んでいた肉塊は断末魔の絶叫すら上げることなく前のめりに倒れ伏せた。彼の体からはドス黒い瘴気が混ざった白銀の魔力が天を衝いた。

 

閃光は空間を粉砕し、見覚えのある世界の赤黒い空へと突き抜けていった。間違いなく、邪神エヒトルジュエの最期だ。

 

あれだけ聴くに堪えない絶叫を上げ続けていただけに、その最期はあまりにも呆気なさすぎて軽く肩透かしを食らった気分になる。

 

「……終わった、のか」

「実に呆気ない最期だったわね。ここまでやる必要あったのかしら? って思うぐらいよ」

「まあ、あのクソ神には丁度良かっただろ。数万年分の苦しみを一気に与えてやったようなもんだからな。それでも雫を奪ったという事実からすれば物足りないけどな」

「あらあら。そんなに寂しかったの?」

 

たとえ神殺しというとんでもない事柄を成したとしても、何時ものと変わらない光景がそこにはあった。何時までも、それこそ万年が経とうとも変わらない光景だろう。

 

ようやく。ようやくこの時になって、俺は最愛の人を取り返すことが出来たのだという嬉しさを噛みしめることが出来た。

 

が、感傷に浸るのはもう少し後にしても良さそうだ。

 

「……主が居なくなったからか、崩壊が始まったようだな」

「そうねえ。どうするのよ?」

 

場の創造主がいなくなったせいか、白い空間が鳴動を始めた。不安定だった空間は、いよいよ荒れ出し、あちこちで崩壊し始めている。

 

変身を解いた俺は苦々しい表情を浮かべた。本当のピンチというのは、エヒトルジュエを殺してからやって来たらしい。

 

と、いうのも俺の残量魔力と魔皇力はそこまで残っていない。無限強化によって俺の魔力回復速度は確かに速くなっているのだが、それよりも空間の崩壊の方が速くて回復が間に合わない。

 

“言霊”を使うにしても俺の命が何処まで削られるか分からない。ここで死亡してしまったら元も子もないのだ。

 

だが……。

 

「なあ、雫」

「あら、どうかしたの?」

「今から【言霊のままに世界を歪める】を使う。俺の命を削ってでもこの空間の崩壊を止め、そして脱出する」

 

命を削るというのは何とも“紅音也”らしい。そんなことを思いながら雫に作戦を伝える。当然、彼女は渋い顔をした。しかし、これ以外に成功する確率の高い作戦を思いつくことが出来なかった。

 

「貴方の命に危険が迫る作戦なんでしょう? とてもじゃないけど、納得しかねるわ」

「お前がそう言うのは分かっている。多分、他の奴らに言っても同じ返しをされることも察してるさ。だが、これしか方法はない。この空間の崩壊をこのまま放置したら下の世界も連鎖崩壊を起こすかもしれないんだ」

「だからって……貴方の命を賭けるなんて許し難いわよ」

 

分かっている。彼女が言いたいことは全て分かっているのだ。もう二度と離れたくない。手放したくない。少しでもその危険があるなら全力で阻止したい。

 

俺だってそうするだろう。愛する人と一度引き離された後に、また離ればなれになるかもしれない事を愛する人がやろうとするなら、俺は全力で止めようとするだろう。

 

彼女の気持ちが痛いほど分かるからこそ、俺の気持ちは揺れてしまいそうになる。しかし、それ以上にこのままでは愛する人たち全員と離ればなれになってしまう可能性が高いのだ。迷う必要性はきっと、何処にもない。

 

「説教なら後から幾らでも聴くさ。だから、今だけは許してくれ。それに俺は、ここで死ぬつもりは毛頭ないからな」

「……そんな強い瞳で射貫かれたら、否定したい事柄も否定できないじゃない」

 

諦めたかのように首を横に振り、苦笑いを浮かべる雫。そんな雫に俺も苦笑いを返しつつ、改めて作戦を伝えた。

 

「今から“言霊”を使って二つの世界から人々の強い想いのみを厳選してヴァイオリンに集束させる。そしてその力をそのままこの世界の崩壊を破壊し尽くすエネルギーへ変える。足りなくなった魔力は雫が魔力譲渡で何とかしてくれ」

「分かったわ。やるからには成功させるわよ」

「当然だ」

 

二つの世界。それは、エヒトルジュエが弄んだこの世界と俺たちが住んでいた世界だ。

 

苦笑いから一転。互いに不敵な笑みを浮かべる。選曲はお互いが一番よく知っており、俺が最も得意とする曲だ。

 

“音也のエチュード”。それが、この世界の崩壊を防ぎ、また救うための一曲だ。

 

エチュードとは練習曲である。音楽家はエチュードを必ず弾いてから本番へと歩んでいく。エチュードを弾き終えた時点では、まだ終わりとは言えないのだ。俺がこの曲を選んだ理由は、この世界がこれで終わることはない。これから始まるんだという想いを持っての選曲なのだ。

 

何時の日かと同じように弾きやすい姿勢に体勢を変更。そこから半目を作り、呼吸を浅く細くする。少しでも音が鳴り響くように。俺から発される無駄な音はできる限り排除していく。

 

俺の耳からは空間が崩壊する喧しい音すらも消え失せた。耳に入るのは、雫が生きているという証の音だけ。彼女の心音のみ。

 

「──〝二つの世に存在する全ての人の強い想いよ、このヴァイオリンに集束せよ〟!」

 

途端に、亀裂の端々から様々な色をした鮮やかな光が飛び出してヴァイオリンへ集束を始めた。

 

光に触れる度に、俺の言霊に引き寄せられた人々の想いが伝わってくる。

 

──無事でいてくれ

 

──彼なら大丈夫さ

 

──きっと、帰ってくる

 

──何年経っても、待ち続けよう

 

──お前なら出来る。俺のやり遂げられなかったことも、絶対にな

 

──全ての運命は、お前の手に懸かっている。頼んだぞ

 

──彼奴ならどんなに凄まじい苦境でも笑い飛ばしてくれるさ

 

──どんなに辛くても、苦しくても、彼は笑って帰ってくるはずだよ

 

──彼が死ぬなんて有り得ませんよお!

 

──死んでも僕は追いかけるからね

 

──彼の手にかかれば“不可能”なんていう言葉はこの世から消えるじゃろう?

 

──私は二度と、彼からは離れない。吸血姫からは逃げられない

 

──パパなら絶対に大丈夫なの!

 

──あなたなら、きっとやれます

 

──私の願いは国民の願いです。どうか、頼みますよ

 

──解放者たちの願いは、君に託したからね

 

──私が成し遂げられなかった仕事、息子である貴方に任せるわ

 

──どんなに離れていても、信じている。貴方が必ず帰ってくることを、私は信じているわよ

 

強く、しかし優しく静かに弓を引く。ヴァイオリンから流れ出す旋律は崩壊していく空間の時を止め、メロディラインが優しく【神域】を包み込んでいった。

 

何処となく哀愁漂うエチュードはこの世界を終わらせまいと崩壊を上回る速度でエネルギーをヴァイオリンに蓄積させていく。

 

途中で何度も俺の心臓が止まるも、その度に雫が魔力譲渡による衝撃で無理やり心臓を動かす。【神域】を壊すだけのエネルギーは、人々の想いだけでは足りないので俺の全エネルギーも注ぎ込んでいるのだから、心臓が何度も止まるのは仕方のないことだ。

 

俺の身体が滅びへ向かいつつあるのと同じく、【神域】もまた滅びへ向かっていく。ヴァイオリンに集束するエネルギーは、まるで新星でも誕生したかのような輝きを放ち、人々の想いが如何に強いのかを一目で知ることが出来る。

 

あと十六小節。俺は魔力枯渇と魔皇力枯渇によって動かなくなりそうな腕を無理やり動かし、何度も心臓が止まったことによって貧血を引き起こしたことによって狭まる視界を強引に目を見開くことで意識を保つ。

 

あと八小節。雫の応急処置も遂には効果を示さず、心臓が一時的にだが完全に停止する。呼吸が出来ず、白黒に明滅する視界が俺の腕を止めそうになる。しかし、それでも俺は血を魔力へ無理やり変成させて腕を動かし、力が本来は入らないはずの足にも力を入れる。

 

ラスト四小節。体の穴という穴から血が噴き出す。視界は完全にブラックアウトし、耳鳴りが酷くなって音すらも聞こえない。これまで何もなかったかのように振る舞っていたか、実際のところは雫たちを奪われてからの連戦で身体はボロボロなのだ。そのツケが遂にここで回ってきた。

 

それでも弓を引く腕は止まらない。音が聞こえなくとも、目が見えなくとも、弓が弦の何処を触れているかさえ分かっていれば演奏は出来る。

 

あと三小節。二小節。そして、一小節。最後に長く高音を一引き。俺は弓を引きながら、そのままの姿勢で真後ろに倒れ込んだ。

 

雫が後ろから俺のことを座り込みながらも支える。冷え切った体に雫の体温が染み渡った。

 

俺は義眼で集束したエネルギーのことを見て、口元をほんの少しだけ釣り上げる。エネルギーはまるで星の寿命を再現するかのように膨張していた。これなら、きっと大丈夫だろう。

 

それを確認した俺は、今度こそ意識を完全に落とした。

──────────────────

 

使徒が何故か機能を停止し、地上へ流星のように堕ちていく。空の裂け目から見える別の世界は、地上から見ても明らかに分かるレベルで崩壊していた。

 

「おいおい、何があったんだ?」

 

突然の出来事にハジメが呟く。その目は空の裂け目へ向いており、そこで戦っているであろう親友の身を案じている。

 

使徒が機能停止したとはいえ魔物は健在なため、片手間に射撃して殺しながらもハジメは何があっても見逃すものかと両目を見開いた。

 

と、その時、ハジメの気配感知に何かが引っかかった。それはシアと香織も同じだったらしく、殆ど同じタイミングで気配があった場所へ飛翔する。そこから数瞬遅れて、三つの人影が空に開いた小さな穴から飛び出した。

 

一人ずつ神業テクニックで衝撃を殺したハジメたちは、それぞれが歓喜の声を上げる。

 

「お前ら……!」

「皆さん、無事だったんですねえ!」

「良かった……!」

 

その三人が誰なのかは言わずもがなだろう。

 

「ん……帰ってきた」

「何とか助かったのじゃ。この通り、ピンピンしておるのじゃ」

「一度殺しかけた人にこうして触れてるって複雑だなあ……」

 

飛び出してきたのは、ハジメたちからすれば死んでしまったとばかり思っていたユエ、ティオ、恵里である。

 

地上に降り立ったハジメたちは、駆けつけた露葉や文音たちも交えてすかさず何があったのかを彼女たちから聞き出す。何よりも、この場に居ない音也のことは切羽詰まる様子で聞き出そうとした。

 

「音也はどうしたんだ? 彼奴が何かしてお前たちを助け出したのは容易に想像できるんだが……まさか死んだなんてことはないよな?」

「音也は、彼処に残ってる。まだやる事があるような言い方をしてた」

「何よそれ。あれだけ言っておいて結局は自分から死に近い道を選ぶって……まあ、彼らしいけど」

「案ずるでない。ご主人様の目は確かに生きておった。確かに心配ではあるが、ご主人様なら絶対に帰ってきてくれるじゃろう」

「だね。なんなら雫も連れてくるんじゃないの?」

「確かに有り得ますねえ。音也さんなら不可能なことも可能にしてしまいそうですし」

「むしろ不可能なことってあるのかな?」

「あるはずないよぉ。だってアザンチウムの装甲を短時間でぶち抜く方法を見つける人だよぉ? 不可能なことなんてないない!」

 

一気に雰囲気が和やかな物となる。それほど、ここに居る全員が音也のことを信用している。それはこれまで彼が歩んできた軌跡が全てを物語っているだろう。

 

と、まるでクラスメイトが雑談しているかのような和やかな雰囲気の中、彼らの耳には突如として流麗な音色が聴こえてきた、更に、文音が唐突に顔を上げる。目線は空を射抜いており、まるで何かを成し遂げたかのように晴れ晴れとした表情へと変わった。

 

彼女の視線の先。そこで紅色と濃紺色の混ざった光の柱が、突如、空間を貫いて天を衝いたのだ。その色は紛れもなく、この場に居る全員が知る者が発した物だと察することができた。

 

「音也! 雫!」

 

露葉の声が戦場に響き渡る。続いて世界中に響き渡った神の流した血や絶叫を耳にしても、露葉や他の皆の様子は音也と雫が無事であったことを喜んだ。最早、神などどうでも良かったのだ。

 

丸一日以上に渡って戦い続けて神に勝利した音也と、雫が無事であったことが何よりも嬉しかったのである。

 

だから、その次に起こった出来事を見ても彼らは一切動じることがなかった。

 

天井にある【神域】から「音也のエチュード」が響き渡り、超新星爆発のような凄まじい爆発が巻き起こって【神域】が跡形もなく消え去ったとしても、だ。

──────────────────

 

落ちている。

 

次に目が覚めたとき、俺はそんなことを感じた。

 

意識を失う直前からすれば随分と体が楽になっていることに少し驚くも、横を見て俺は納得した。

 

「なるほど。魔力を全部俺に譲渡したのか……」

 

俺の横には、スヤスヤと眠りながら落ちていく雫の姿があった。とても気持ち良さそうに寝ているので、ここが空でなければ彼女のことを弄り倒しただろう。こんな状況で言うのもあれだが、とても可愛らしかった。

 

空を見上げれば、【神域】が消滅したからか幻想的なオーロラが一面を彩り、ダイヤモンドダストがキラキラと太陽の優しい光を反射している。

 

下を見て計算すると、今現在俺たちは高度一万メートル付近を降下中らしい。パラシュートなしのため、地上までこのままなら一分ぐらいだろう。無論、その時に付いて回る衝撃はきっと計り知れないだろうが。

 

このまま地面に打ち付けられるのも勘弁してもらいたいので、俺はあの爆発からも耐えきったヴァイオリンを宝物庫に放り込んで雫のことをお姫様抱っこした。

 

雫から譲渡された魔力はそこまで多くない。風系魔法を使えるわけでもない。と、すれば減速する方法はかなり限られてくる。というか、この魔力を使い切ったら俺は間違いなく死ぬだろう。出来るだけ魔力は使わずに減速したいところだ。

 

そうなれば、思いつく方法は一つのみ。イクサナックルの激発を使って減速である。

 

「ん、んう……あら、外かしら?」

「おはよう。早速だがパラシュートなしのスカイダイビングを成功させるぞ。イクサナックルで」

「意味わからないけど了解よ。最後がスカイダイビングなんていうのも悪くないわね」

「だな。とりあえずしっかり掴まっとけよ」

「勿論。絶対に離さないわよ」

 

俺はあと何回、彼女に再度惚れることになるのだろうか。少なくとも百回程度では収まらない。そんな気がしてならない。空中で凄まじい風圧に晒されつつ、少し高鳴った鼓動を極力無視して、俺は雫を抱えたままくるりと反転した。

 

足元目掛けてイクサナックルの銃口を向け、俺は引き金を引く。

 

ズパアン!

 

ほんの一瞬だけ重力を無視して体が浮き上がった。俺は何度も引き金を引き、少しずつだが確実に減速をしていく。時折、バランスが崩れたら魔力の〝衝撃変換〟で態勢を立て直す。

 

とてもマトモとは言えないし、正攻法どころか死にに行くような方法だ。しかし、それでも確実に減速が出来ていることに俺は心の中でイクサを制作した母さんに感謝の言葉を述べた。

 

何度も何度も引き金を引いては減速を繰り返していくうちに、俺の耳には風の轟音だけではなく、地上に居るであろう愛する人たちの声が聴こえてきた。

 

最後に激発と〝衝撃変換〟で後方にクルリと宙返りをし、俺は見事に減速しきって地上に降り立った。

 

とは言っても、流れ出した血は戻ってこないのですぐにパタリと背中から倒れたが。

 

「最後の最後に決まらねえなあ。せめてあいつ等が駆け寄ってくるまでは立っていたかったぜ」

「そんなことないわよ。最高に格好良かったわ」

「そうかい。そりゃ嬉しいね」

「ふふ……音也、ありがとうね。大好きよ」

 

俺からすれば久しく感じられる、熱い口付けを雫から頂いた。舌が絡み合い、戦場だというのにも関わらず唾液の交換を行って二人だけの世界を形成する。このままお布団へGOしたいぐらいだ。

 

が、それはどうやら完全に魔力やら魔皇力が回復してからのようだ。

 

今はとりあえず、風のような速さで抱きついてきた露葉やミュウ、そして後から遅れてやって来た愛する人たちとの甘い時間を味わうことにした。

 

美少女、美女塗れになる中、俺は気が付かれないように空を見上げる。そこには、未だに消えてなかったメロディラインが彗星のように宇宙を駆け抜ける姿があった。やがて空に溶け込んだことを確認した俺は、言いようのない達成感と心地よい疲労感に身を任せて目を閉じるのだった。

 




あと一話、エピローグを書いてこの作品は完結となります。言いたいことは沢山ありますが、それは次回の後書きにでも書かせて頂こうと思います。

ひとまずはこれだけ言わせてください。

ここまでこの作品を読んでいただき、本当にありがとうございます!特に最初期から見ていただき、感想を送ったり高評価をしてくれた皆様には感謝感激です!


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Fine エピローグ

あけましておめでとうございます!今年もよろしくお願いします……と、言いたいところですが、今回で最終回です()
ちなみにFineというのは音楽の終止記号の「フィーネ」という意味です。

サクッとまとめたつもりで書きましたので、最終回にしては読み応えがないかもしれないことをご容赦ください(重罪)


邪神エヒトルジュエとの死闘。そして、人類の存亡を賭けた戦いから二年が経過した。

 

主戦場となったハイリヒ王国では、ボロボロの町に対して急速な復興作業が行われた。戦いその物は露葉たちが請け負ったこともあり、一人の死者も出なかったハイリヒ王国は国民が総出になって国の復興作業に当たったこともあり、半年もしないうちにハイリヒ王国は前以上の活気を取り戻した。

 

その復興作業の先頭に立ったのは他でもないリリアーナだ。彼女は国民を何処かの誰かさんのような言動で鼓舞し、予定よりも早いペースで復興作業を終わらせている。

 

その最中、邪神と人類との壮絶な戦いは神話大戦と表されたという。更に音也たちは“解放者の意志を継ぐ者たち”として、永遠にこの世界の表舞台に立つことになった。その際にミレディたち解放者たちの名誉も回復し、時を同じくして再び歴史の表舞台に上がることになった。

 

さて、すっかり英雄視されている音也たちだが、彼らは戦いが終わってから一ヶ月ほどが経った頃に音也の“言霊”によって日本へ帰還した。とは言っても日本へ帰還したのはハジメとその嫁たち、そしてすっかり蚊帳の外に居たクラスメイトたちだけである。音也とその嫁たちは少なくともハイリヒ王国が復興するまで滞在していた。

 

その理由はとても簡単だ。エヒトルジュエをほぼ単独で殺害した音也があっちこっちで振り回されて中々帰させて貰えなかったからだ。

 

ハイリヒ王国は勿論だが、ミュウとレミアの故郷であるエリセンやガハルドの治めるヘルシャー帝国、果ての先にはブルックの町やらウルの町やらアンカ公国やらフューレンやらに招待されたのである。

 

英雄であるが故に断れなかった音也は、行く先々で恵里と合同の演奏会を開いたり八重樫姉妹にショーを頼んだりして日本に住んでいた頃では考えられないほど忙しかった。そして音也のことを愛する者たちも、彼を置いて帰ることは言語道断として結局一緒に振り回されることになった。

 

ちなみに夜になれば必ずと言って良いほど嫁たちと身体を重ね合っているので、彼の疲労は留まることを知らないどころか天元突破を繰り返していたのは内緒話である。

 

「日本に帰ったら一人旅でもしてゆっくり羽を休めるのも有りかもしれねえなあ」という彼の言葉により、夜の以下略の頻度が収まったりもしているのだが。

 

そんな音也たちも、招待された全ての場所に訪問し終えると、最後に亜人族の生息地であるフェアベルゲンを訪れて長老たちと酒を飲み交わし、そのまま日本へ帰還した。

 

ハジメたちが先に帰還したこともあり、彼らが帰ってきてもマスゴミ……ではなくマスコミは彼らの時ほど騒ぎ立てることはなかった。ただ、「行方不明だった伝説のヴァイオリニストが遂に帰ってきた!」という内容の番組がそこかしこで見られることになった。

 

文音が物騒な笑顔を携えて「今からでもテレビ局を潰す?」なんて吐いた時には全力で音也と父親が“説得”しに入った。神殺しを成し遂げた音也でも、力では母親に勝てないのだ……。

 

余談ではあるが、リリアーナとミレディにキバットは日本へ来ることはなかった。

 

リリアーナはハイリヒ王国の王女として国を纏め上げなければならず、どうしても日本へ行く算段がつかなかったのだ。こればかりはどうしようもなかったため、音也は一ヶ月に一度はハイリヒ王国に向かうと約束を交わしている。

 

また、ミレディは、これからますます発展していくであろう人類を見守りたいと話して日本への帰還に同行することはなかった。

 

ミレディは直前の直前まで悩んでいたが、最終的には「世界の均衡を保つために私が残るよ」と言い放った。彼女とも音也は一ヶ月に一度は会いに来ると約束をし、一度は別れをすることになった。

 

そしてキバット。彼は「世界のバランスが崩れたときの救済措置として残るさ」と早い時期から音也とオトヤに話しており、ユエとかなり揉めたが最後は泣く泣く別れを済ました。その際に音也がユエから“色々と搾り取られた”のは想像がつくだろう。

 

と、ここまでが過去の話である。では現在はどうなっているのか。それをこれから伝えていこう。

 

──────────────────

 

──ありふれたラジオ番組

 

「本日のゲストは伝説のヴァイオリニストと言われる紅音也くんに匹敵する技術を持つともされており、ここ最近若者の間でブレイクしているヴァイオリニストの中村恵里さんです!」

「どうも」

「いやあ、ここ最近の人気は凄まじいですね! つい最近開催されたコンクールでは出場した奏者を寄せ付けなかったとか!」

「まあ、うん。音也に指導してもらったから、当然なのかもね」

「中村さんにとっての紅音也くんというのは一体どんな存在なんですかね? 憲法改正の翌日に中村さんは親元を飛び出して重婚した紅音也くんと電撃結婚しましたが、やっぱり複雑だったりします?」

「音也は僕の師匠であり、夫でもあるさ。彼にとって僕が一番でないのは悔しいけど、複雑な気持ちは一つもないね。それに、親元を飛び出したことに対しての後悔もないさ」

「あ、相変わらず達観としてますね。そんなところが若者たちからの人気の要因ですけどね! さて、本日はそんな中村さん宛のファンレターがたくさん──」

 

恵里は、日本に帰還してからボクッ娘美少女ヴァイオリニストとして名を馳せた。元より確執があった親元を飛び出して音也の元へ落ち着いた彼女は、彼の指導の御蔭もあって稀代のヴァイオリニストとして世の中から絶賛されている。

 

また、芸能界でも貴重なボクッ娘として若者たちから大変な人気を誇っていたりもする。リアルでもボクッ娘を許されるというある意味もの凄い状況だが、彼女はあくまでも淡々とヴァイオリンと向き合っていくだろう。

 

なお、私生活ではかつての母親と同じように音也とベッタリである。彼女の過去を振り返ってみれば、それも仕方のないことだろう。

 

──町の一角にある、とあるお店

 

「いらっしゃいませ、なのじゃ」

「ティオお姉さん! 今日も似合う服を選んで欲しくて来ちゃいました!」

「これはこれは。少し待っておれ。其方のイメージにピッタリな服を最近作ることができたのじゃよ。試着の第一号として、是非着てみてくれぬかの?」

「良いの?! ティオお姉さんありがとうございます!」

「これこれ。そんなに騒ぐ出ないぞ。転んで怪我でもしてしまったら、可愛らしい体に傷が入ってしまうじゃろう?」

 

ティオは、町の一角に竜人族の衣装を和服に落とし込んだ不思議な服を売り出す店を構えた。

 

中高生でも少しお小遣いを貯めれば買えるほどにお手軽な値段と、彼女の変成魔法によって竜の鱗を布状にした物を素材としてることもあって滅多なことでは壊れないなど、若い者のニーズを満たしまくっている。

 

また、店で働いている間は本来の思慮深い妙齢の女性の立ち振る舞いをしているからか、町中の人からは“ティオお姉さん”として恵里とは違った人気を集めている。

 

一方で、私生活では完全にデレた音也や他の嫁たちと異世界に居た頃のノリで暮らしている。きっと、彼女の二面性が変わることはないだろう。

 

──八重樫道場 稽古の間にて

 

「露葉師範代、覚悟っ!」

「甘いわよ。主に足下が、ね」

「ぐあっ!? くっ、まだまだ!」

「いいえ、ここまでよ」

「ぐへえっ!?」

 

露葉は、隠居した祖父から八重樫流を完全に引き継いだ。そして今では師範代として日々門下生の面倒を見ている。

 

現在の八重樫流、特に裏八重樫流は、彼女に一撃でも入れることができたら免許皆伝となる。そう、一撃だけ入れることさえできれば免許皆伝なのだ。その一撃が途方もなく遠いのだが……。

 

「や、やっぱり師範代は強すぎますよ。何をやったらそこまで動けるんですか?」

「努力。それだけよ。私の場合は異世界召喚っていうある意味でラッキーな面もあるけどね」

「……最初はこれっぽっちも信じてなかったんですよ。でも、今では門下生は全員信じてます。音速どころか光速までも悠々と超えられるなんて、魔法以外有り得ないっていうのがもっぱらの噂ですからね」

「あら、私が魔法に頼ってると言いたいのね? 残念だけど、それは不正解よ。帰ってきてからも日々鍛錬をしたんだから。今では素の状態で光速を超えられるからね?」

「……やっぱり師範代は半端ないっすね。でも、音也殿の方が強いとかもう意味分かりませんよ」

 

彼女もまた、音也とは周囲に砂糖を振り撒く生活を送っている。どんなに疲れる毎日だとしても、帰りを待ってくれる最愛の人が居れば露葉が壊れることは二度とないはずだ。

 

──ありふれた公園にて

 

「ハジメさん! お弁当を作ってきたので、皆でお昼ご飯にしませんか?」

「だな。もう良い時間だし、俺も早くお前の弁当が食べたい。昼飯にするか」

「分かりましたぁ! 香織さ~ん! “太牙”く~ん! お昼ご飯にしますよお~!」

「はいはい、ちょっと待ってね。ほら太牙、ご飯食べるよ!」

「あい!」

 

ハジメは、香織との間に息子を授かった。ちなみに妊娠させたのは異世界に居た頃であり、日本に帰ってからすぐに産んでいる。そのため、香織は高校を中退して現在は主婦になっている。

 

そしてシアは、良い意味で扱いが変わっていない。書類上はハジメと結婚しており、子供こそ授かってはいないがハジメと香織の息子“太牙”の面倒をよく見ており、すっかり彼らには保母さんという認識をされている。太牙に初恋認識をされる日も近いかもしれない。

 

ちなみにハジメはジュエリーショップを開いており、相当額のお金を稼いでいるので四人の生活は一切の不自由がない。時折ではあるが親元に帰省して太牙を遊ばせているため、両親との仲もひん曲がることなく良好だ。

 

「うん、やっぱり美味いな。それにしても、また料理が上手になったのか? 毎回、前回の料理より美味しく感じるんだが」

「も、もう! ハジメさんったらお褒めの言葉が相変わらず上手なんですからっ!」

「なんか妬けちゃうなあ。ハジメくんはシアの料理の方が好みなの?」

「比べられる訳ないだろうが。お前ら二人の料理はどっちも美味い。優劣なんか付けられないさ」

「おねえちゃのごはんも、おかあちゃのごはんもおいしい! だいすき!」

 

ハジメも、シアも、香織も。異世界では大変な苦労をしてきたが、今ではしっかりと幸せを掴んでいる。ハジメたちがこれから先、幸せを手放すことは永遠にないだろう。末永く幸せを噛みしめながら暮らしていくはずだ。

 

──そして、とある大きめの一軒家にて

 

「……ん、ほっぺがモチモチ」

「あまり触ったらダメよ。起きちゃったらまた寝かしつけるのも大変なんだから」

「分かってる。でも、モチモチで温かい。ぬくい」

「雫お姉ちゃん、“渡”くんは寝ちゃったの?」

「あらミュウ。宿題は終わったのかしら? レミアさんは買い物に行ったはずだし……一人で終わらせられたの?」

「このぐらい余裕なの! でも、渡くんと少し遊びたかったの……って、おはようなの!」

「あらあら、起きたのね」

 

雫は、音也との間にハジメたちと同じく息子を授かった。超自然的に“渡”と名付けられ、音也の嫁たちやその両親たちに可愛がられている。初対面の人からも揉みくちゃにされる渡少年の気苦労や、如何に。

 

雫も香織と同じく高校を中退し、やはり専業主婦として家から離れることはない。とはいえ剣術の腕は一切衰えていないため、彼女や息子を狙う不埒な輩は一瞬にして地獄を見ることになるが。まあ、仮に雫が動けないとしても地獄耳を持つ音也がすぐに駆けつけるので問題はゼロ以下であろう。

 

「というか、ユエは仕事休み? かなり忙しいって音也から聞いてるんだけど」

「今日は休み。女優業は忙しいけど、休みも何だかんだで取れる。取れなくても音也が取ってくれるから問題ない」

 

奈落の吸血姫ことユエは、女優として日々お茶の間を賑わせている。無口無表情という非常に変わったスタイルだが、たまに見せる“大人のユエ”が老若男女全ての世代に大人気なのである。

 

「渡くんモチモチしてるの~! よしよ~し!」

「ふふ、ミュウもすっかりお姉さんね」

「小学生になったからにはしっかりお姉さんをするの! 特に大切な弟のためなら当たり前なの!」

 

音也たちに初めて会った頃は四歳前後であったミュウも、今では小学生の仲間入りをしている。ハジメ特製のアーティファクトを身に纏ったことで海人族特有の耳にある扇状のヒレや掌の薄い膜は隠されており、髪色もエメラルドブロンドに見えるように幻術を見せているので魔法を使えない人間からすればただの美少女ちゃんだ。

 

小学生ながら神話大戦に参戦したり、誘拐されたりしているミュウは学校でも家の中でもしっかり者のお姉さんである。

 

「ただいま帰りましたよ。頼まれた物、買ってきました」

「お帰りなさいレミアさん。何時もありがとうございます。中々家の外に出られない私の代わりに色々とやってくれて本当に有り難いですよ」

「あらあら、うふふ。家族なら助け合いは当然ですよ。それに子供が産まれたばかりの大変さは私がよく知ってますから、どんどん頼ってくださいね」

 

レミアは子育ての経験を活かして雫にあれこれ教えつつ、彼女自身は「少しでもお役に立てるように」と内職で裏から紅家の財政を支えている。ティオや露葉とはまた違ったベクトルで“大人”なため、雫が今一番頼りにしている大人だと言っても過言ではない。

 

ちなみに紅家の主な収入源は、恵里と音也の演奏会チケット代やティオの店で稼いだ金、ユエの女優業によって入ってくる莫大な金、そしてレミアの内職による金である。ハジメたち以上に生活に困らないどころか不自由すらしない量の金を保持している辺りは流石だと言えるだろう。

 

「ああ、そうだ。途中で音也さんと会ったんですけど、皆さんに伝言を頼まれているんです」

「伝言? 何かしら……?」

「何でも『立て籠もり事件を感知したから犯人さんを沈めてくる』みたいです。だから帰りも少し遅くなるそうですよ」

「「………」」

 

雫とユエが顔を見合わせる。ミュウは渡を抱っこしたまま「やれやれ、なの」と頭を振り、レミアは「あらあら、うふふ」とニッコリほんわか笑顔。紅家の日常ともいえる光景が、そこにはあるのだった。

 

──────────────────

 

「て、てめえ! 一体どこから入ってきやがったんだっ!」

「たすけ、て! おねがいっ!」

「お前は黙ってr『〝黙るのはお前だ〟』ッ――!?」

「平和を謳っている日本だってのに犯罪者は相変わらずだなあ、おい。これなら向こうの世界の方がまだ平和だったぞ?」

 

一人の男が立て籠もりを引き起こした男のすぐ後ろに立ったと思えば、言葉を発しただけで犯人の口を完全に封じてしまう。

 

亜麻色の髪を軽くフサフサさせるぐらいには頭を振りつつも、男は犯人の男に呆れと侮蔑の眼差しを送る。

 

人質として手頃な女を捕まえたというのに、犯人の男は何故かは冷や汗と震えが止まらなかった。それはありとあらゆる生き物が備え持つ生存本能から来る物であることを、男は知らない。

 

ただ、蛇に睨まれた蛙のように指一本動かせずにいた。

 

「毎日のように犯罪が起きてるんじゃ、平和を謳っていても無意味だってのによお。最近じゃ、お隣の国もなんやかんやと煩いし、“永久平和”なんていう謳い文句はとっくの昔に崩れてるってのに。脳内がお花畑な政府関係者たちもいい加減気がつかないのかねえ、まったく」

 

緊迫した場にはあまりにも不自然な男のおちゃらけた言動。その顔をよく見てみれば、多分に“余裕”を感じさせる微笑を浮かべている。

 

人質に取った女を掴んでいた手を掴んで一思いに骨を粉砕し、声のない悲鳴を上げて蹲った犯人の男の顔を容赦なく蹴り上げた亜麻色の髪の男は、携帯を取り出して警察に連絡し、早く人質の安全の保障を任せてそのまま立ち去ろうとした。

 

「ま、待ってください!」

「んあ? 何だよ。家族が待ってるから俺は早く帰りたいんだが」

「えっと、その……名前だけでも教えてください!」

 

男はゆっくりと振り返った。人質に取られていた女は自分の命を助けてくれた男の顔を見て、思わず顔を赤らめる。何処か危険で、しかし甘い匂いを感じさせる男の顔が魅力的だったのだ。

 

そんなことは知って知らずか、男は不敵な笑みを浮かべると、己の名を名乗りながらその場を立ち去った。

 

「紅音也。神殺しをやってみたり異世界まで音色を響かせる、ただのヴァイオリニストさ」

 

と。

 




ここまで私の駄作にお付き合いして頂き、本当にありがとうございました!

何となくで書き始めたこの作品ですが、気がつけば半年以上も連載していました。途中でエタるだろうなあ……続かねえよなあ……なんて考えてたので私自身驚いております()

本作はこれにて完結になります。外伝を書くことも確かに可能かもしれませんが、私としては次の作品を執筆したいのでここで終わらせていただきます。この作品で得ることが出来た経験を活かし、次の作品も頑張って執筆していきますので、今後もよろしくお願いします(どの面)!


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