もしもかぐやに滅茶苦茶強力な恋敵がいたら・・・ (ゾキラファス)
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1学期編
四宮かぐやの恋敵
追記。6月13日 セリフ等を一部編集しました
更に追記。2月22日 指摘されたので文章の一部を変えました。
更に更に追記。題名少し変えました『四宮かぐやの最大の恋敵(ライバル)』が語呂悪かったので。
私立秀知院学園───
かつて貴族や士族といった高貴な家の子らを教育する機関として創立された、由緒正しい名門校である。
貴族制が廃止された現代でも尚、富豪名家に生まれた将来の日本を背負うであろう人材が多く就学している。例えば経団連理事の孫、自衛隊幕僚長の息子、広域暴力団組長の娘、警視総監の息子。挙句の果てには外国の本物の王子様までいるのだ。
そんな一癖も二癖もある生徒達を率い纏め上げる者が、凡人で許される筈がない。
「皆さん、ご覧になって!」
「あれは、生徒会のお2人!!」
黄色い声を上げる生徒たちの前を歩く、金髪の男子と黒髪の女子の2人。この2人こそ、現在の秀知院学園生徒会の生徒会長と生徒会副会長である。
女生徒の名前は四宮かぐや。
秀知院学園の副会長。総資産200兆円、ゆうに千を超える子会社を抱える四大財閥の一つ、四宮グループの本家の長女である。
芸事、武芸、音楽、そして学問と全ての分野に於いて他者とは一線を画す結果を残し続けてきた正真正銘本物の天才。また、その見た目も非常に美しい女生徒である。
そして男子生徒の名前は白銀御行。
秀知院学園の生徒会長。質実剛健、聡明英知を擬人化したとさえ言われるほどの秀才。そして生徒会長に就任する少し前から、学年模試で1位をとり続けている。
かぐやの様に多才ではないが、勉学1本で畏怖と敬意を集め、その模範的な立ち振る舞いにより、生徒会長に抜擢された男だ。そして生徒会長に就任してからも、数々の功績を出し続けており、その手腕は生徒のみならず、教師も一目置いている。
「いつ見ても、お似合いなお2人でしたわ…」
「えぇ、神聖さすら感じてしまいました…」
「やはりあのお2人は、お付き合いなされてるのかしら?どなたか訊いてきてくださいまし…」
「そんな!近付く事すら烏滸がましいというのに!とても無理ですわ!!」
先ほどまで2人で一緒に廊下を歩いていた白銀と四宮に対して様々な感想を口にする生徒たち。その多くは白銀とかぐやの2人が付き合っているのではないかというものである。
(ふむ…)
そして、そんな群衆の中にいる1人の黒髪ショートカットの女生徒が考えを巡らせ始めた
生徒会室───
「なんだか、噂されてるみたいですね。私たちが交際してるとか……」
「そういう年ごろなのだろう。適当に聞き流せばいい」
「ふふ、そういう物ですか。私は、そういった事柄に疎くて」
かぐやはそう言いながら、紅茶を入れていた
(全く、下世話な愚民共ですね。この私を誰だと思ってるの?この国の心臓たる四宮家の人間よ?どのような脳みそをしていれば私と平民ごときが付き合うなんて発想に至るっていうのかしら?理解不能だわ)
とんでもない上から目線でそんなことを考えながら。
(まぁ、確かに他の男共と違って会長にギリギリ可能性があるのは確かですけどね。向こうが私に跪き、身も心も故郷も、そして死後の魂すら私に捧げるというなら、この私に見合う男に鍛え上げてあげなくもないけれど。最も、この私に恋い焦がれない男なんてこの世のどこにも居ないワケだし、時間の問題かしらね?)
周りの人間が聞いたら「ふざけんな」と言われるかもしれないようなことを四宮かぐやは簡単に思い浮かばせる。それまで育ってきた環境がそうさせたのか、はたまた生まれ持ったものなのかは知らないが、四宮かぐやという女生徒は異常にプライドが高いのである。
故に自分から告白するなど言語道断。仮に自分が好きになりえた男がいたのなら、必ず相手から告白させるという思想を持っているのである!
(ふふふ、前に藤原さんに借りて読んだ低俗そうな雑誌にも『周りが噂していればもう秒読み!』て書いてあったし、早ければ今日にでも会長から告白してくるはず…!!)
と、かぐやがそんなことを思っていると、生徒会室に一人の女生徒が入ってきた。
「失礼する。白銀、頼まれていた資料を持ってきた」
そう言って生徒会室に入ってきたのは現生徒会庶務、立花京佳(たちばなきょうか)
身長180センチの女生徒である。
もう1度言おう。
身長180センチの女生徒である。
しかし、彼女はただ身長が大きいというだけではない。
豊満なバスト、くびれた腰つき、長い脚、白い肌というその辺のモデルが裸足で逃げ出すくらいの超モデル体型である。
スレンダーなかぐやとは180度逆方向にいる女性だ。
その高身長も特徴的だが、何より彼女の見た目で目立つのは、左目にしている黒い眼帯だろう。それも普通の眼帯ではなく、顔の3分の1を隠すほどの大きさのある眼帯だ。そのような大きな眼帯を付けているため、京佳には様々な噂がたっていた。
曰く、「他校の生徒との喧嘩で、ナイフを左目に刺された」
曰く、「重い病気にかかっており、左目が融け落ちている」
曰く、「ロシアンルーレットに負けて、左目を撃ちぬいた」
等々、そういった物騒な噂が後を絶たないのだ。
最も彼女の人柄を知れば、それらの噂が全て根も葉もないものだとわかるのだが。
ちなみにその見た目から「夏侯惇」と揶揄されたこともある。
「おぉ、ありがとう立花。しかし、すまないな。女性であるお前にこれだけの資料を持ってくるように言ってしまって」
「気にするな白銀、私は庶務だ。こういう雑用こそ庶務の出番だろう」
そう言いながら、京佳は白銀に持ってきた資料集を手渡した。そして、口を開いた。
「ところで白銀、ここに来る途中で噂を聞いたのだが…」
「ん?噂?」
「ああ、なんでも私と白銀が付き合っているという噂らしい」
「はぁ!?」
(はいぃぃぃぃぃぃ!?)
かぐや、思わず心の中で絶叫する。
(いや違うでしょう!?『私』と会長が付き合っているという噂でしょ!?なんで会長と立花さんが付き合っているっていう噂になっているの!?)
まさに寝耳に水。
かぐや本人は、そのような噂を聞いたことなど1度もないのだから。
「ま、待て待て立花!俺とお前が付き合っているという噂なのか!?」
「あぁ、そういう噂があると私は聞いたぞ」
「そ、そうなのか……そんな噂が……」
(あ、あれ?なんか会長少し恥ずかしそうにしてない?私との噂との時と反応全然違わない?)
先ほどかぐやが噂の話を振った時とは明らかに違う反応をする白銀。しかし、その内心は―――
(いやなにそれ!?初耳なんだけど!?そんな噂もあるの!?俺しらねーよ!?)
初耳の噂を聞いて軽いパニックになっているだけだった。
だが、ここで下手に噂の事を聞いて、ボロを出し、パニックになっていることを悟られる訳にはいかない。
もしそうなったら―――
『あら、会長。ただの噂程度でそんなに慌てるなんて、お可愛いこと』
なんて四宮に言われるに決まっている、と白銀は考えていた。故に早々に話題を変えることにした。
「ま、まぁ所詮噂だ。別に気にする必要もなかろう。それより早く資料作成を行おうじゃないか」
「ふむ、それもそうだな。ではさっさと終わらせよう」
そして2人は資料作成に取り掛かった。
隣同士に座って。
(ちょっと立花さん!?なんでナチュラルに会長の隣に座っているのよ!!しかもなんか距離近くない!?)
かぐやは手に持ったティーポットを少し震わせながら思わず叫びそうになった。
単純に、白銀の隣に座っているのが羨ましいからである。
かぐやと白銀はクラスが違う。故に隣同士の席で一緒に授業を受けるといった展開が起こりえないのだ。
しかし、生徒会室であれば、隣同士で一緒に生徒会の仕事をするという事であれば、隣同士に座ることが可能になる。
今日も、白銀の隣で共に資料作成をし、思わず手が触れ、肩と肩がぶつかり、自分を白銀に意識させ、そのまま白銀から告白させるという作戦を決行するつもりだったのだが、作戦開始前に作戦が頓挫してしまった。
(おのれぇ、立花京佳ぁ……!!)
かぐやは目下最大の障害である京佳を心の底で呪い始めた。
(四宮、君にも何か考えがあったようだが、先手は私が取らせてもらったぞ)
白銀の隣に座り、手では資料をまとめ、視界の端でかぐやの様子を伺い、頭の中では策略を巡らせている本作主人公、立花京佳。
彼女が先ほど言った噂と言うのは完全なでっちあげだったのである。何故京佳は、そのような嘘を口にしたのだろうか?
その答えは簡単。
好意を寄せる男に、自分を意識させるためである。
(四宮、君は私にとって最大のライバルだ……)
(だからこそ、私は全力で君と戦おう。恋敵としてな……!)
私立秀知院学園生徒会
生徒会庶務 立花京佳
好きな人 白銀御行
これは四宮かぐやにとって、生涯最大の敵となった女性の話である。
オリ主は作者の性癖詰め合わせです
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立花京佳という生徒
私立秀知院学園 生徒会庶務 立花京佳
彼女は歴史ある秀知院学園の中でも珍しい、高等部から入学した外部入学生、つまり混院の生徒である。秀知院学園は生徒の99%が初等部から入学しており、エスカレーター式に高等部まで進学している。そんな中、全体の僅か1%しかいない混院の生徒というのは非常に浮く存在であった。
実際、例に漏れず、京佳も自分のクラスでは浮いていた。最も、それは混院の生徒と言うだけではなく、その左目にしている黒い眼帯が主な理由なのだが…
当初、純院の生徒である京佳のクラスメイト達は、その姿を見て唖然としていた。その恵まれた背丈もそうだが、何より目立つ黒い眼帯。皆、『何か物騒な事をして傷ついたに違いない』と思ったのだ。結果として、誰一人話しかけらずおり、入学初日から京佳はクラスでは腫物扱いをされていた。
しかし京佳自身、自分の見た目のせいでクラスの雰囲気が悪くなるのがわかっていたため、昼休みにはすぐに教室を出て、誰にも見つかりそうにない場所で昼食を取っていた。
いわゆるボッチ飯である。
そんな京佳のもとに、
『ひょっとして、お前も俺と同じか?』
話けてくる男子生徒がいた。
「懐かしい夢を見た気がする……」
目覚ましのアラームで京佳は目を覚ました。先ほどまで何かしらの夢を見ていたのだろうが、もはや思い出せない。しかし切り替えの早い京佳は、目覚ましを止め、顔を洗うため自室から出た。
そして扉を開けた先には、
「くひゅー…くひゅー…」
「……」
しわだらけになったスーツを着た女性が、両腕をだらーんとした体勢でリビングのソファーで仰向けに寝ていた。京佳はゆっくりと女性へと歩み寄り、右手の親指と人差し指で鼻を摘まんだ。
「………………………ぶっはぁ!?」
当然だが、数秒間息を止められていた女性は勢いよく跳び起きた。
「え!?何!?息できなかったっぽかったけど!?幽霊!?幽霊の仕業!?」
「おはよう、母さん」
「あ、京ちゃんおっはよー」
だらしない体勢でソファー寝ていた女性は、
「お願いだからソファーで寝る癖やめてくれ。風邪ひいちゃうだろう」
「だって残業で疲れてたんだもん。そんな疲れた体で目の前にソファーがあったら寝ちゃうでしょ?」
「そんなことない」
「えー」
そして家ではかなりだらしない。今日もこうして娘の京佳に注意されている。
「朝食はどうする?」
「もちろん貰うわよ。でもその前にシャワー浴びてくるわね~」
そういって佳世は服を脱ぎ捨てながらシャワーを浴びに風呂場へと向かっていった。
(せめて脱衣所で脱いでくれ…)
リビングには佳世が脱ぎ捨てたスーツと下着が散乱しているため、京佳はまずそれらを片付け始めた。そしてその後、2人分の朝食の準備をするのだった。
母親と一緒に朝食を食べ、洗い物を済ませた京佳は、寝巻であるジャージから、最早着慣れた制服に着替え始めた。そして机の上に置いてあった眼帯を装着し、鏡の前で身だしなみを整えていた。すると、違和感に気づいた。
「ん?これは…」
何というか、胸がきついのだ。
「ひょっとして、また育ったのか…?嘘だろ?少し前にブラ変えたばかりだぞ?」
京佳はかなり豊満なバストを持っている。ゆるふわ巨乳と言われている同生徒会メンバーの書記より少し大きいくらいだ。その為、一部の男子生徒からは邪な眼差しを、女生徒からは羨望と嫉妬に似た眼差しを向けられる。
なお、最も嫉妬の眼差しを向けているのは、同じ生徒会のメンバーの副会長だ。
「全く、ここまで大きくなると邪魔なだけだというのに…」
持つ者しか言えないセリフを吐く京佳であった。
同じ頃、走行中の車の中で、
「……」
「どうしました?かぐや様?」
「いえ、どこかで私が欲しいものを簡単に手に入れた人がいた気がしたのよ…」
「はい?」
持たざる者がそんな台詞を吐いていた。
「じゃあ母さん、行ってきます」
「いってらっしゃーい」
学校へ行く準備を終えた京佳は、鞄を手にし、玄関へと向かった。そして靴を履き、ドアノブに手を掛け、
「行ってきます、父さん」
玄関の靴箱の上に置いている父親の写真に挨拶をして、京佳は家を出た。
秀知院学園の生徒は殆どが自家用車での通学なのだが、京佳はバス通学である。最初、母親が『私が送ろうか?』と言っていたが、これまで色々苦労をかけた母親にこれ以上苦労を掛けたくない。それゆえのバス通学であった。
余談だが、京佳はバス代は自分で出すと決めており、それを稼ぐために白銀程では無いがアルバイトをしている。
(さて、何時ものようにこの時間に少しでも勉強しておくか…)
京佳は何時ものように空いている席に座り、鞄から参考書を出して暗記を始めた。秀知院学園の授業レベルは非常に高い。勉強を疎かにするとあっという間に授業についていけなくなる。故に京佳は、こうして時間を見つけては勉強をしている。
因みに、現生徒会長である白銀は、睡眠時間を極限まで削って勉強をしている。そのせいで、日ごろから睡眠不足で非常に目つきが悪いのだが、その話は別の機会に。
(ん?)
京佳が暫く集中して勉強していると、不意に視線を感じた。
(あそこの他校生、もしかして私の事を見ているのか?)
京佳の目線の先には他校の生徒であろう女学生がいた。何やらこちらをチラチラと見ながらヒソヒソと話しているようだ。
(まぁ、大方この眼帯のせいだろうな。目立つし)
京佳は左目に大きな眼帯を付けている。この眼帯のせいで人相が悪く見えることが多々あり、今まさに耳打ちをしている他校性のような反応も一度や二度では無い。それゆえ、京佳は処世術として、そういった者達への反応を一切しないようにしている。そして他校性を視界から外し、再び勉強に集中した。
バスはおよそ30分走り、秀知院学園に到着。京佳はそのまままっすぐ教室に向かおうとしたら、後ろから声をかけられた。
「あ、京佳じゃん!おっはよー!」
「おはよう、早坂」
「いやー、今日もあついよねー」
「全くだ、今から夏が思いやられる」
京佳にあいさつをしてきた生徒の名前は、早坂愛。2週間程前に、落ちてた生徒手帳を拾い、届けたのがきっかけで話すようになったギャルっぽい生徒だ。
しかし、その正体は四宮かぐや専属の従者。学校ではギャルのような生徒を演じる事により、その正体を隠している。因みに、京佳が早坂の生徒手帳を拾ったのは偶然ではなく、早坂の主人であるかぐやに京佳の『情報収集』を命じられ、早坂が態と京佳に拾わせるように仕向けた結果である。
早坂はこの2週間、友人関係を築くことから始めた。そして今では、こうしてあいさつし、他愛のない会話をする程度までには親密になっている。
故に噂の事を聞くのも不自然ではない。早坂はそう思い、主人から聞いた噂の事について聞くことにした。
「そういや京佳、ちょっとした噂を聞いたんだけどさ」
「噂?」
「なんでもさー、京佳と白銀会長が付き合っているって噂なんだよねー」
「……誰から聞いたんだそれ?」
「それはヒミツだし」
早坂が言った噂は、少しでも白銀に自分を意識させるためについた嘘である。実際には、そのような噂は存在しない。その噂を聞いたのは、あの時生徒会室に居た白銀とかぐやの2人だけ。故に早坂がそのことを知っているのはありえないの筈なのだ。
しかし、
(ひょっとして四宮から聞いたのか?)
かぐやと早坂は同じクラスであるため、その疑問は頭から消えた。
「結論を言えば、それは全くのでたらめだ。私は白銀と恋人ではないよ」
「なーんだ、違うのか」
「でも…」
「んー?」
「私はいつの日か、本当に、白銀と恋仲になりたいと思っているよ…」
そう言って京佳は、僅かに微笑んだ。
その笑顔は、まさに恋をする乙女。同性からしても見惚れるくらいの美しい笑顔だった。
(かぐや様、うかうかしていると、本当に白銀会長取られますよ、これ…)
早坂は危機感を募らせた。
このまま自身の主人たるかぐやが『相手から告白されるのを待つ』といったスタンスを取り続けていたら、その間に京佳に白銀を取られかねない。屋敷に帰ったら、必ず主人であるかぐやに警鐘を鳴らそうと決めた。
それだけ、立花京佳という女生徒の思いが強いと感じたからである。
おまけ
バスの中での他校性の会話
「ねぇ、あの人めっちゃかっこよくない?」
「うっわ本当だ。何あれ、あれで本当に私と同じ女?自信無くしそうなんだけど」
「もしかして、モデルさんかな?背高いし、足長いし、胸も大きいし…」
「かもね。でもあの制服秀知院じゃない?あそこって金持ちの学校でしょ?モデルなんていんの?」
「どうだろう?いても不思議は無いと思うけど…」
「ていうか、何?あの胸?何食べたらあんな風になるの?」
「……揉んだりしたら、ご利益とかで私もおっきくなるかな?」
文章書くのって、本当に難しい…
でも頑張る
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四宮かぐやとタコさんウィンナー
追記・6月26日 一部台詞、誤字を編集。そして24日に日刊ランキング28位にのりました
その日、白銀、かぐや、京佳の3人は生徒会室で昼食を取ろうとしていた。
「会長も立花さんも、今日は手弁当ですか?」
「ああ、田舎のじいさまが野菜とかを大量に送ってきてな」
「私は冷蔵庫に消費期限が迫っている食材があったから、その処分をかねてね」
そう言いながら自身の手弁当の蓋をあける2人。
そんな2人の手弁当を見た時、かぐやに衝撃が走った。
(あ、あれは!タコさんウィンナー!?実在していたっていうの!?)
タコさんウィンナー。
一般家庭ではお弁当の定番中の定番なおかずだ。作り方も簡単で、子供には非常に人気があり、何時か彼氏に作った手弁当に入れたいおかずともいわれている。
しかし、そんな定番のおかずをかぐやは一度も食べたことがない。かぐやの弁当は、専属の料理人が旬の食材をバランスよく調理し、見た目も非常に美しく仕上げてる。そのおかずも料亭に出てくるようなものばかり。一般的なおかずなど入ることなどありえない。ゆえに、かぐやはタコさんウィンナーなどという庶民的なおかずなど聞いたことしかないのである。
かぐやは白銀と京佳の手弁当の中にあるタコさんウィンナーに釘付けになっていた。できることなら食べてみたい。しかし―――
(だ、ダメよ!!もの凄く食べたいけど、私から『ちょうだい』なんて言えない!そんなの私のプライドが許さない…!!)
異常に高いプライドがそれを邪魔する。
かぐやがそうやっていると京佳が白銀にとある提案を口にした。
「白銀、この唐揚げとその卵焼きを交換しないか?」
「ん?いいぞ。唐揚げは俺の大好物だからな」
(な!?)
おかず交換
互いが弁当を持ってきている場合のみ発生するイベント。小学生の遠足での昼食では最早定番であり、ある意味で子供たちが『等価交換』を学習する機会でもある。大きくなると、同性同士ではやることもあるが、異性同士では先ずやることが無くなってしまう。それを、立花京佳は平然とやってのけたのだ。
「ん?この唐揚げ美味いな!?なんかさっぱりした味付けだが、なんだこれ?」
「ああ、母さんの知恵でな。我が家では唐揚げにワサビを入れるんだ」
「なるほど、そんなレシピが…」
「しかし、白銀の卵焼きも美味しいぞ。料理が上手なんだな」
「こう見えても、結構自信があるからな」
目の前で起こる光景をただじっと見ているかぐや。
おかずを交換し、お互いが作った料理の感想を言い合い、褒めたたえる。
まるで恋人同士の様な会話。プライドが高いかぐやが体験したい事を、目の前にいる生徒会庶務はやっている。
一方京佳は、作戦が成功したと思っていた。
(男を落とすなら胃袋を掴め、か…昔から言われていたことだったが、どうやら私の料理でも効果はありそうだな…)
京佳は自身の手弁当を白銀に食べさせ、自分を少しでも意識させようとしていたのである。古来より言われている事ではあるが、胃袋を掴まれた男は割と簡単に落ちるものだ。プロポーズの言葉でも『毎日俺に味噌汁作ってくれ』というのがあるくらいである。京佳は自身の料理が白銀の口に合う事を確認し、心の中でガッツポーズをした。
このまま上手くいけば、いずれは手弁当そのものを作り、それを白銀に渡し、食べてもらう事も可能になるかもしれないと思ったからだ。
一方でそんな京佳の心情を知らないかぐやは嫉妬していた。
(この女狐めぇ…よくもまぁそんな古典的な手段で会長の手弁当を食べようと考えつきますね…)
自分だっておかずを交換したい。白銀に美味いと言われたい。タコさんウィンナーを食べたい。そんな思いがかぐやの中で渦巻いていた。
最も、自分も少し素直になれば同じような事を体験できるのだが、そこは自身のプライドが許さない。傍から見れば割とめんどくさい性格である。
かぐやがそうやって京佳に嫉妬しているその時、白銀がとんでもない事を言った。
「しかし、こんなにうまい料理を作れるなんて、立花は将来良い奥さんになるな!」
「ふふ、そうか。そう言って貰えると、女としては嬉しいものだな」
普通であれば、言う方も言われる方も非常に恥ずかしいであろう事を口にする白銀。しかしそれはただ素直にそう思い、口にしたに過ぎず、特に深い意味など無いのだ。そしてそれを何時ものように冷静に受け止め、返答する京佳。が、その内面は―――
(白銀!そういう不意打ちはやめてくれ…!私だって羞恥心くらいあるんだぞ!?)
普通に恥ずかしがっていた。
いつも冷静でクールな京佳。たいていの事は冷静に受け止め対処している彼女だが、意中の男から『将来良い奥さんになるな』と言われて何時ものようにいられるはずもない。表面上こそ、いつもと変わらないが、中身はかなり焦っていた。
そしてそれも見て聞いていたかぐやは今にも人を殺めそうな眼差しをしていた。
(立花さん、やはりあなたは私にとって不俱戴天の敵ですね……せいぜい夜道に気をつけなさい……)
近いうち、四宮の力で京佳をどうにかしてくれようかと本気で考え始めてもいた。
そして同時にある決意を胸にした。
翌日の昼休み、かぐやは生徒会室に向かって歩いていた。
大きな重箱を両手でもって。
昨日、かぐやは自宅に帰った後、すぐに料理人達へ指令を出した。その結果が白銀の好物もふんだんに使ってあるこの特製弁当だ。
何故その様な指令を出したのか?答えはタコさんウィンナーを交換してもらい、食べるためである。この四宮家の令嬢は、今もタコさんウィンナーを食べたくて仕方ないのだ。
さらにそれだけでは無い。今朝、早坂には京佳を昼休みに生徒会室に行かせないように指令を出した。現状、色々と最大の障害である彼女がいると万が一があるかもしれない。故に万全を期すために邪魔者を寄り付かせないようにしたのだ。因みにかぐやも制御しきれない生徒会書記は既にクラスの友人達と昼食を取っているのを確認済みである。
もう一度いうが、かぐやの目的はタコさんウィンナーである。わざわざここまで手のこんだ事をしなくても、素直に交換を申し出れば白銀も普通に交換してくれる。高すぎるプライドというのは本当にめんどくさいものである。かぐやが生徒会室に着く直前、早坂からメールがきた。
『陽動成功』
ただそれだけしか書かれていない短いメール。しかしそれだけで十分だった。
(ふふ、邪魔者も来ないし、これなら万全の状態でおかず交換に望めますね)
これで京佳は生徒会室にくることは無い。あとはこの特製弁当を使い、白銀からおかず交換を申し込ませればいいだけだ。そして意気揚々と生徒会室の扉を開けた。
「失礼します、会ちょ…」
瞬間、かぐやは足を躓かせた。
いつものかぐやであれば、このような失態は犯さない。だが、入念な作戦がほぼ成功し、あとは白銀に弁当を見せ、おかず交換を申しださせれば勝ちという状況がかぐやに少しばかしの油断を生んだ。慢心である。この瞬間ほどかぐやは『勝って兜の緒をしめよ』という諺を痛感したことは無い。
そして、かぐやが足を躓かせた時、かぐやの手から弁当がすっぽ抜けていった。そのまま宙に飛び出した弁当を、かぐやはスローモーションがかかったように見ていた。そして弁当は重力に則り、生徒会室の床に散乱した。
「四宮!?」
それを見ていた白銀がすぐに駆け寄る。かぐやは顔面から床に倒れた。もしかしたら怪我をしているかもしれないと思ったからだ。
「大丈夫か四宮!?結構勢いよく倒れたが!?」
「え、ええ、大丈夫ですよ会長…直前で受け身取りましたし…」
そしてかぐやが立ち上がろうとした時、目の前に散乱している弁当を見て固まった。絢爛豪華という言葉をそのまま体現した特製弁当は、もはや見る影もないただの残飯へと変わり果てていた。
それはおかず交換作戦が失敗した事を意味している。
(私のタコさんウィンナー…)
最早絶望しかない。
あと少し、あと少しで食べれたであろうタコさんウィンナー。しかし作戦の主軸だった特製手弁当を失ってしまった今、それを食べることはもう叶わない。
かぐやが落ち込んでいるその時、白銀が弁当箱を持って話しかけてきた。
「四宮、俺の弁当を食え」
「…え?」
「昼抜きというのはだめだ。ちゃんと食べなければ午後の授業もたないだろう」
「で、ですが会長は…?」
「俺はこれがある!」
そう言った白銀が見せたのは魔法瓶。白銀は蓋を取り、その蓋の中に中身を注ぎ始めた。
すると魔法瓶の中からは味噌汁が出てきた。
「しじみ入りだ!これなら午後もなんとかなるさ!」
白銀はそういうと、注いだ味噌汁を一気に飲み干した。それを数回繰り返すと、魔法瓶の中身はあっと今に空になった。
「では、俺はこれから部活連の会合があるから行ってくる!」
「あ、会長!」
「食べ終わった弁当箱は机の上に置いておいてくれー!」
白銀はそう言うと、勢いよく生徒会室から出て行った。室内に残されたのはかぐやと、白銀が作った手弁当のみ。
かぐやは立ち上がり、椅子に座り、弁当を開けた。中には煮物、ミニハンバーグ、きんぴらごぼう、だし巻き卵、ふりかけご飯、そしてタコさんウィンナーが入っていた。かぐやはゆっくりと、箸でタコさんウィンナーを摘まみ、口に運んだ。
(あ、タコさんウィンナー美味しい…)
生まれて初めて食べたタコさんウィンナー。こんなにも美味しいものなのかと、思わず涙を流しそうになるかぐや。
その後、弁当の中身を残さず全て食べきったかぐやはとても幸せな気分になったのだった。
因みに全て食べ終わった後、思わずそのまま白銀の箸を使っていたことを思い出し1人生徒会室で派手に悶えた。
前半がオリ主で後半がかぐや回みたいになってしまった。
お話を作るのって、本当に難しい…
書記「あの、私の出番は…?」
作者「次回こそは…」
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立花京佳による男の特等席
そして沢山のお気に入り、評価、感想も本当にありがとうございます!
拙い文章ですが、これからもよろしくお願いします。
追記・7月9日 藤原書記のオリ主の呼び方をちゃん付けからさん付けに変えました。
ある日、白銀と京佳は珍しく2人で生徒会の仕事をしていた。
副会長であるかぐやと書記は別の仕事があるため今はおらず、会計は用事があると言いさっさと帰っている。
久しぶりの2人きりの空間。普段の京佳であれば、白銀と会話をしながら仕事をこなすのだが、今日は殆ど喋っていない。
その理由は白銀がひどく眠そうだからである。
放課後に会ってからというもの、ふらふらとしたり、喋りかけても返事が曖昧なものだったり、目の鋭さがいつもの倍くらいだったりと何かと眠そうに見える。京佳は何かあったのかと純粋に心配した。
「白銀、大丈夫か?」
「あぁ、大丈夫……すまん、実は結構限界がきている…」
「何があったんだ?いつもそこまで寝不足ではないだろう?」
「実はな…」
白銀の話を纏めるとこうだ。
昨日、バイトに行っていた白銀だったが、バイトが終わる直前にトラブルが発生した。トラブル事態はバイト先の人が全員で対応することにより何とかなったのだが、その結果白銀の帰宅時間が大幅に遅れてしまったのだ。いつもより遅くに帰宅し、そこから夕食を取り、風呂に入り、勉強をした。
おかげで就寝したのは夜中の3時を過ぎたころだった。しかもその日の朝には新聞配達のバイトがあったため、結局1時間程しか寝れておらず、ほぼ徹夜だった。そのせいで今日はいつも以上に睡眠不足になっているのだ。
「白銀、少し仮眠を取るべきだ」
「いや、しかしまだ生徒会の仕事が…」
「今日の仕事は大した量じゃない。他のメンバーで十分こなせるさ」
白銀の話を聞いた京佳は流石に仮眠を取るべきだと進言した。白銀は考えた。確かに今日の仕事は大した量じゃない。それに今の状態では、とてもいつもの様に仕事ができるとは思えない。少しくらい皆に頼っても問題は無いだろう。そして決断した。
「すまん。じゃあ、1時間だけ寝させてもらう…」
「ああ、おやすみ。白銀」
白銀は京佳の言葉に甘え、仮眠を取ることにした。自身が座っていた長椅子の背もたれに身体を預け、瞼を閉じた。
そして―――
「すぴー…すぴー…」
僅か1分で白銀は眠りについた。京佳はよほど眠かったのであろうと思い、白銀が寝ている間に作業を進めようと手を動かそうとし、
「…………」
その手を止めた。
この時京佳にある考えが浮かんだのだ。突然閃いたと言ってもいい。もし今考えた事が成功すれば、白銀の意識を自分に向けさせるという事について1歩前進できるのではないか?
「…………よし」
京佳はそうやって少し考えた後、閃いた事を実行に移した。
「いやー、結構時間掛かっちゃいましたねー、かぐやさん」
「そうですね、予定の時間を大幅に過ぎちゃってますね」
そうかぐやと会話をする女生徒は藤原千花。現生徒会の書記である。
ゆるふわ系の美少女で、京佳に負けず劣らずの巨乳でもある。そして稀に誰も制御しきれないような事をしでかす、ある意味問題児な生徒だ。
しかし、かぐやが認めた数少ない友人であり、現生徒会には色々と欠かせない人材である。
そんな藤原とかぐやは、先程までしていた仕事を終わらせ、生徒会室に向かっていた。
「こんにちはですー」
「こんにちは」
「こんにちは、2人共」
長椅子に座っていた京佳にあいさつをしながらかぐやと藤原は生徒会室に入ってきた。
「あれ?京佳さんだけですか?会長は?」
本来ならば既にいるはずの白銀が居ない事に気づいた藤原は京佳にそう質問をした。
「白銀ならここにいるぞ」
「え?」
京佳は藤原の質問に、指を自分の下方向に向けてそう言って答えた。藤原とかぐやは不思議そうに長椅子へと近づていった。そして、長机が見えるまで視界が開けるとそこには―――
「ほわぁ!?なんと!?」
「なぁっ!?」
白銀が生徒会室の長椅子に横になり、京佳の膝の上に頭を置いて眠っていた。
「た、立花さん…?何をしているんですか…?」
「見ての通り、膝枕だ」
膝枕
幼い頃は耳掃除などで親子間で行う出来事だが、成長するにしてそれは恋人同士が行うスキンシップへと変わる。
彼女にして欲しい事で上位にランクインする出来事でもあり、彼氏は『自分だけの特等席』を味わえる瞬間だ。あらゆる漫画、ドラマでも見る事がある、恋人同士が行う理想のシチュエーション。
それが膝枕である。
「いやそうじゃなくて!どうして会長に膝枕をしているんですか!?」
「ああ、そっちか」
京佳は2人に経緯を説明した。白銀がバイトのトラブルのせいで寝不足な事、そのせいで今にも倒れそうだった事、自分が仮眠を進めた事、そし仮眠を取ると決めた白銀が直ぐに眠ってしまった事を。
「それで、背もたれに寄りかかったままでは疲れると思ってね。ならば横にしておこうと思い、ついでに膝枕をしてみたんだ」
「ついで!?ついででやったんですか!?」
京佳の発言にかぐやは驚愕した。
この世の中に恋人同士でも無いのについでで膝枕をする女子が居るとは思わなかったからだ。
「京佳さん、大胆ですね~」
「そうか?膝枕くらい誰でもするだろう?」
「いやいやそんな事ないですよー。普通恋人くらいですってー」
『恋人』
藤原が言ったその言葉がかぐやの心に刺さった。
(こんな事するなんて、まるで本当の恋人みたいじゃない!)
かぐやにとって膝枕とは、恋人同士がする行為という認識である。そんな行為を付き合ってもいないのにこうも簡単に行い、そして人前でも平気であり続ける京佳。そして京佳の膝の上で熟睡している白銀。
そんな2人はまさに恋人の様に見えた。白銀と京佳は恋人同士ではないが、これを第三者が見たらどう思うかは大体想像がつく。
実際、今の2人は『疲れた彼氏に自分の膝を貸して休ませている彼女』という言葉がよく似合っていた。
本当の恋人と錯覚する程に。
かぐやは何とかして京佳に膝枕を辞めさせたいと思った。縦え本当の恋人ではなくとも、先ほどから2人が本当の恋人に見えて仕方ないのだ。
しかしかぐやは―――
(膝枕を無理やり辞めさせようなんて、まるで私が嫉妬してるみたいじゃない!!)
何時もの様に、自分の気持ちを頑なに認めないため動けずにいた。
一方白銀に膝枕をしている京佳は少しだけ残念と思っていた。
その理由は―――
(胸が邪魔で白銀の寝顔が見えづらいな…)
自分の身体のせいで折角の寝顔があまり見えないからである。最も、寝顔が見えづらいという事以外は満足であった。なんせ意中の男に膝枕をしているのだ。
膝枕をしてからというもの、自身の膝の上に白銀の体温を感じ続けているし、かぐやと藤原の2人が来るまでは白銀の寝息をずっと聞く事が出きていた。おかげで疑似恋人体験ができたのだ。とっさに思い付いた事で、結構勇気のいる行動だったが、動いて正解だったと京佳は思った。
現状、これ以上の幸せは存在しないであろう
「それにしても―――」
京佳は幸せ感じている時、かぐやが内心焦っている時、藤原が口を開いた。
「会長の寝顔って初めてみましたよー私ー」
「ま、まぁ。それは確かに…」
藤原が言った事は最もだった。白銀は授業中に居眠りをするなど絶対に無いし、生徒会室で仮眠を取るというのも今まで誰も見た事が無かったからだ。これ程レアな現象はなかなかお目に掛かる事などない。
故に―――
カシャ
藤原がポケットからスマホを出し、写真を撮るのも仕方無いのかもしれない。
「いや藤原さん、何してるんですか?」
「いやー、だってレアじゃないですかー。会長の寝顔ですよー?」
そう言って藤原はスマホの画面をかぐやに見せてきた。そこには熟睡している白銀の顔がアップで映っている。かぐやは一瞬その写真に目を奪われたが、直ぐに冷静になった。
「藤原さん?写真というものは被写体に一度断りを取って撮るものって知らないんですか?」
「えー?かぐやさんは欲しくないんですかー?会長の寝顔ー」
かぐやの正論に藤原は笑顔で答えた。質問に質問で返しているが、それはかぐやを大きく揺さぶっていた。
(欲しいに決まっているでしょう!?会長の寝顔よ!?)
かぐやは心の中で叫んだ。白銀の寝顔など、そもそも見る事が希少なのだ。もし、そんな希少な寝顔を写真に収める事ができたら、それはどれだけ嬉しいことなのだろうか。嬉しさのあまり、携帯の待ち受けにするかもしれないし、自宅に帰ったら早坂に頼んでプリンターで印刷をしてもらうかもしれない。しかしプライドの高いかぐやは―――
(でも私から会長の寝顔写真が欲しいなんて言える訳ない!!)
何時もの様に素直になれないでいた。まあ、これに関しては『人が寝ているところを勝手に写真に収めるのはどうなのか?』という道徳的な問題もあるのだが。そんなかぐやの内心など知らない藤原はぐいぐい来た。
「かぐやさんも撮りましょうよー」
「で、でも……」
藤原の口車に乗りそうになるかぐや。
「いいんじゃないか?寝顔を撮るくらい」
そんな藤原に京佳が援護射撃をしてきた。最も、そう言ったのは『寝顔写真。みんなで撮れば怖くない』と言った感じなのだが。京佳はかぐやが写真を撮った後、自分も写真を撮るつもりでいた。その為にも、是非かぐやには白銀の寝顔を写真で撮って貰いたいのだ。
「ほらー、京佳さんもこう言ってますしー、バレなきゃ大丈夫ですよー、ね?」
「お、お2人がそう言うのであれば…」
かぐやは2人に言いくるめられて携帯を取り出した。これは京佳と藤原が言いうからであって、断じて自分の意志で写真を撮る訳では無いと言い聞かせて。
そう断じて『秘密裏に撮った会長の寝顔を待ち受けにして、それを携帯を開くたびに見て幸せな気分に浸りたい』訳では無いのである。
かぐやは自身にそう言い聞かせながらカメラを起動し、白銀の顔にそれを向けた。
(あ、会長…意外とまつげ長い…)
白銀の顔をコンマ数秒堪能し、かぐやはシャッターを切った。
その瞬間―――
「四宮…?」
「え?」
白銀は目を覚ました。
(え?なにこれ?)
そして困惑した。
(何で四宮が携帯を俺に向けてんの?あと何で四宮と藤原は横になってんの?つかなんか、今すっごく気持ちいいな…なんだこれ?柔らかくて温かくていい匂いして…いやいや、そうじゃない落ち着け。確か俺は立花に仮眠を取る様に言われて、背もたれに寄りかかって目を閉じてそれから…)
「おはよう、白銀」
白銀が状況を整理している時、白銀から見て左の方から声をかけられた。その瞬間、白銀は自分の状況を理解した。
今自分は、立花に膝枕をされているのだと。
「うおぉぉぉぉ!?」
白銀は自身の状況を理解し、勢いよく頭を上げた。そしてその瞬間―――
ポヨン
京佳の胸に頭をぶつけた。白銀の頭にぶつかった京佳の胸は上方向へと揺れた。それはもうすっごく揺れた。たゆんと揺れた。
「っつ……す、すまん立花!?大丈夫か!?」
「だ、大丈夫だ…少し痛かったが……」
白銀が右手で頭を、京佳は両腕で胸を隠すように押さえた。
「わー、中々無いハプニングですねー」
藤原がそう言った瞬間、白銀は顔から火が出そうになった。
(いやすっげー恥ずかしい!?立花に膝枕されてただけじゃなく四宮と藤原のそれを見られて!?さらに勢いよく上げた頭が立花の胸に…!?てかこれ大丈夫か!?胸に当たったとかセクハラで訴えられない!?)
何とか自分で舌を思いっきり噛む事により顔には出さない様にしているが、中身は何時も以上に焦っていた。セクハラで訴えられるのでは無いかとヒヤヒヤもしていた。
一方で京佳は、胸を押さえたまま顔を少し紅潮させた。
(当たった…白銀の頭が胸に当たった…)
京佳はかなり攻撃型だが、急な不意打ちには弱かったりする。最も今回のは、女性であれば誰でも恥ずかしがるだろうが。
(ちょっと予想外の事はあったが、1歩前進しただろうか…?)
膝枕だけで終わる筈が、思わぬハプニングのおかげで白銀に意識を向けさせることに成功したのではないかと京佳は思った。
まだまだ白銀を振り向かせるには遠いが、少なくとも1歩前進はしただろうとも思った。
(すっごい揺れた…すっごい揺れた…)
そしてかぐやはそれを光を失った眼で見ていた。
その日の夜 かぐやの部屋
「それでかぐや様、どうしたんですか?緊急の相談って」
「早坂、高校生でも豊胸手術ってできるのかしら?」
「落ち着いてくださいかぐや様。取り合えずその考えに至った経緯を教えてください」
物語を作るのは本当に難しいね。
次回は遅れるかも。艦〇れのイベントあるんで…
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生徒会メンバーと旅行先
今回も楽しんでいただければ幸いです。
あと、藤原書記のオリ主の呼び方をさん付けに変えました。
「いやー、今日も暑いですねー。いっそのこともう夏になって欲しいですよー。そうしたらプールとかで涼めるのにー」
「ずいぶん気が早いですね藤原さん。確かに今日も少し暑いですが、まだまだ春ですよ?」
「そうだぞ藤原書記、夏はまだ遠いぞ」
「いえ!時間なんてあっという間に過ぎちゃうんです!うかうかしているとな~んにも無いまま卒業式を迎えちゃいますよ?」
「全くだ。何も無いまま卒業なんて私はごめんだな」
藤原と京佳の言葉によりかぐやに200のダメージが入った。なんせこの数か月間、白銀と何一つ進展していないのだ。
このままでは本当に、何も無いまま秀知院を卒業してしまいかねない。せめて夏の間にでも何かイベントを起こし、白銀との仲を進展させたい。かぐやがそう思っていると藤原が唐突に口を開いた。
「あ!そうだ!夏になったら生徒会のメンバー全員でどこかに遊びに行きましょうよ!旅行とか!」
「いいですね。親睦もかねてどこかにいきましょうか」
「わーい!」
藤原の提案にかぐやは即座に乗った。
夏になれば夏休みに入り、生徒会室で白銀と会う事が無くなってしまう。ならば学園の外で白銀と会い、自分に告白させるように動けばいい。そういう意味で藤原の発言は渡りに船であった。
「でも行くならどこに行きましょうか?山?海?」
「山ですね。山以外ありえません」
藤原の言葉にかぐやが反応し、山と答えた。
「おお!四宮は山に行きたいのか!?」
そして白銀はかぐやと同じ山派だったので、つい嬉しくなっていた。
「はい。夏と言えば海とよく言いますが、海はどこに行っても人で込みますし、海水でベタ付きますし、日に焼けますし、サメやヒョウモンダコのような危険な生物もいます」
「確かにな!その点、山はいいぞ!空気は美味いし、景色は綺麗だし、空が澄んでるから夜には星空もバッチリ見えるしな!」
「ふふ、もし山に行く事になったら、夜はみんなで天体観測ですね」
「うむ!いいなそれは!」
白銀はテンションを上げた。
幼いころは天文学者になりたいと思っており、今でも時折星空を見る白銀。そんな彼にとって、天体観測というのは自身のテンションが上がる最高のイベントだった。今、白銀の頭の中では、生徒会メンバーで夏の大三角を見ている光景が思い浮かんでいた。
「では今日の夜にでも家の者にいろいろ手配をさせ…」
「いや、行くのであれば海だろう」
かぐやが山へ行く予定を立てようとした時、京佳が『海』と答えた。
「海は夏の間しか遊べないじゃないか。人込みがあったりもするというが、どこにも穴場というものは存在する。そういった場所であれば空いているだろうし、日焼け止めを使用すれば日に焼けることも防げる。そしてサメはまだしも、ヒョウモンダコは関東では確認されてない。そうそう襲われることなどないだろう」
そして京佳は反撃を開始した。
元より海の方が好きというのもあるが、何より山ではある作戦が決行できなくなるからだ。
その作戦とは、水着で白銀を悩殺することである。
京佳は自分の豊満な胸が、対男性用の必殺の武器になる事を理解している。故に海に行き、開放的な雰囲気の中、自身の水着姿で白銀を悩殺。そうすれば一気に距離を縮める事が出来る。
だからこそ海である。
山では水着を着る事などまず無い。それではダメだ。何としてでも海にしなければならないという思いが京佳を奮い立たせた。
「そもそも山は天気が変わりやすいだろう?せっかくの旅行が雨でずっと室内という可能性も…」
「問題ありません。四宮家が所有しているコテージを借りましょう。コテージ内にはシアタールームに遊戯室、さらにバーベキューも屋根付きの設備があるので雨が降っても室内で十分楽しめますよ」
「虫が沢山生息している。蚊やムカデや毛虫などが…」
「害虫駆除業者にコテージ周辺を徹底的に駆除して貰うよう依頼を出しておきます。最高級の虫よけスプレーも用意させますよ」
「……クマやイノシシのような狂暴な野生生物に出くわすかもしれんぞ?」
「一流のハンターを呼んで退治して貰いましょう。その日の夕飯はクマ肉とシシ肉のジビエ料理ですね」
京佳が山のデメリットを言う度に、かぐやがそれらの解決策を口にした。殆どが金持ちだからこその解決方法だったりするが。
(くっ!これが資本の力か!?このままでは水着を着る作戦が実行できない!)
しかし京佳は少し焦りながらも疑問に思っていた。勘ではあるが、かぐやはてっきり海派だと思っていたからだ。
そしてそれは間違っていない。本来のかぐやであれば海と言っていたところだろう。そして京佳と同じ様に水着で白銀を悩殺するという作戦を実行しただろう。しかし、数日前の膝枕事件のせいでかぐやは海に行くという選択肢を自ら無くした。
それは何故か?簡単だ。
水着になった京佳に勝てるビジョンが全く思い浮かばないからである。
京佳の胸部攻撃力はまさに大和型戦艦。大艦巨砲主義という言葉を体現したような大きさだ。さらに京佳は胸だけではなく、全体のボディラインも非常に美しい。モデル並みの高身長、スラリとした長い足、シミひとつ無い白い肌。そして綺麗に括れている腰。大抵の男子なら水着になった京佳に釘付けになるだろう。
対するかぐやの胸部攻撃力はいいとこ特型駆逐艦である。フォルムは美しいが、戦艦と比べるとその攻撃力はかなり低い。かぐやはボディラインには自信があるが、京佳のボディラインと比べるとそれも霞んでしまう。仮に2人が並ぶと、その差はよりはっきりとするだろう。それがわかっているからこそ、水着になる事が無い山なのだ。
万が一にでも、京佳と共に海に行く事など絶対にあってはならない。
(もしも、水着になった立花さんと海に行ったら…!)
―――――
『うおぉぉ!?立花!?何だそれは!?』
『自慢の胸だ。どうだ白銀?』
『正直想像以上だ…!凄まじいな…!』
『ふふ、ありがとう』
『それに比べて四宮はなんとうか、随分とかわいらしい胸部だな?』
―――――
(そんなの絶っっっっっ対にダメ!何としても海は阻止しないと!!)
態々海に行ってまで恥を晒したくなどない。かぐやはどんな手段を講じても海に行く事だけは阻止するつもりでいた。
(幸い会長は山派ですし、このまま山に行くことを押し通せるはず…!)
現在、2-1で山派優勢だ。この調子ならば海に行く事は阻止できそうである。
京佳もそれは感じていた。このままでは水着になる事がない山になると。何か逆転の目は無いものか模索し、そしてひとつの可能性を見つけた。
「藤原?君はどっちがいい?」
「ふえ?私ですか?」
藤原を味方につけるようとしたのだ。ここで藤原が海と答えれば状況はイーブンになる。その後に、今この場にはいない会計を味方につけ、海行きを勝ち取ろうという作戦をとったのだ。
(山よ藤原さん!絶対に山って言いなさいよ!ここで海なんて言ったら許さないんだから!)
(頼む藤原!海だ!海と言ってくれ!言ってくれたら今度タピオカ奢ってやるから!)
かぐやと京佳は藤原に念を送った。藤原の一言で状況は優勢にも拮抗にもなるからだ。そして藤原は考えたのち、結果を口にした。
「う~ん、どっちかっていうと、山ですかね?」
「……そうか」
(よし、勝った)
かぐやは勝利を確信した。これで状況は3-1だ。仮に会計を味方につけたとしても3-2。どうあっても逆転はできない。もしこれでも尚海に行きたいと言うのは、いくら何でも見苦しい。
これ以上は勝ち目が無いと悟り、京佳は大人しく引き下がった。
「あ、でもでも、山は山でも…」
しかし2人は失念していた。藤原千花という少女は、時に常識外れな事を思いつく事を。
「恐山に行きたいですね~」
((恐山…))
「恐山!?」
恐山(おそれざん)
比叡山、高野山と並んで日本三大霊場の一つに数えられる山。あの世とこの世との境界線がある山とも呼ばれ、昔から死者の霊が沢山いる場所として有名だ。近年はそういう存在を見たくて行く人もおり、実際に見たと言う人も多く存在する。因みにれっきとした火山である。
そんな山に藤原は行きたいと言ったのだ。それを聞いた白銀とかぐやは唖然とし、京佳は思わず声を荒げた。
「賽の河原に血の池地獄!イタコさんによる死者の霊の口寄せ!もしできるなら誰がいいかな~?織田信長?諸葛亮?アーサー王とかも良いですね~!」
藤原の頭の中では既に恐山での旅行が描かれている。本人は楽しそうだが、傍から見ると少し怖い。そんな楽しそうにしている藤原に京佳が話しかけた。
「ふ、藤原?」
「なんですかー?京佳さん?」
「べ、別に恐山じゃなくてもいいんじゃないか?他にも山は色々あるだろう…?」
「えー?いいじゃないですかー?もしかしたら幽霊に会えるかもしれないんですよー?」
「幽…!?い、いや、しかしだな…?」
(あれ……?)
かぐやは京佳の様子が可笑しい事に気づいた。まるで何かに怯えているようである。
「なんですかー?そんな事言っちゃってー?もしかして怖いんですかー?」
「…………」
「……え?」
藤原が冗談っぽく言うと、京佳はゆっくりと顔を背けて黙り込んだ。こころなしか、少し汗をかいてるようにも見える。
「あの、京佳さん?ひょっとして本当に幽霊とかが…」
「すまないみんな、たった今用事を思い出したから失礼する」
藤原が真相を確認するべく質問しようとした瞬間、京佳は速足で生徒会室から出て行った。生徒会室に残された3人は唖然としていた。
「なんていうか、意外でしたねー…」
「だな…てっきり立花には苦手なものなど無いと思っていたのに…」
2人がそう思うのも無理はない。何せ今まで京佳は弱点らしいものを何一つ見せた事がなかったからだ。生徒会室に虫が出た時も丸めた紙で退治したし、天気が悪い日に突然雷が大きな音を立てて光った時も平然としていた。そんな京佳の思わぬ弱点を突然知ったのだ。驚かない方が珍しい。
(ふふふ…これは思わぬ収穫がありましたね。何かに使えるかもしれません)
そしてかぐやは京佳の弱みを知りえた事に喜んでいた。
立花京佳
苦手なもの 幽霊
なるべく週刊投稿目指したい。
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立花京佳とラブレター
加筆したほうがいいのかな?
いつもの様に起きて、いつもの様に朝食を食べ、いつもの様に着替えて、いつもの様にバス停に向かう京佳。いつもと変わらない朝の光景。しかし今日はいつもとは違った。
「あ、あの!どうか受け取ってください!!」
「…………え?」
何故ならバス停で京佳は、顔を赤くした他校の生徒に手紙を渡されたのだから。
「ラブレターですか!?」
生徒会室に藤原の声が響いた。
「ああ、今朝家の近くのバス停で他校の生徒に貰ったんだ」
京佳はそう言うと、鞄から手紙を出した。その手紙にはかわいらしいハートマークのシールが貼られているという、いかにもなラブレターだった。
「そ、それで!なんて書かれていたんですか!?」
「内容は普通だぞ」
京佳はラブレターの内容を説明する。その内容を要約すると、『一目ぼれです。付き合ってください。今日の夕方18時に〇✕公園で待っています』と言うものだった。
(このまま立花さんが手紙の人と付き合ってくれれば色々と楽になるのですが…)
京佳が誰かと恋仲になるというのは、かぐやにとって最大の障害が無くなる事を意味する。そうなればかぐやは、何の憂いもなく白銀を告白させる事に専念できる。
「それで京佳さん!どうするんですか!?」
「私は断るつもりだが」
「ええ!?断っちゃうんですか!?」
「当然だろう。今朝初めて出会ったばかりの人と付き合う事なんて普通しないぞ」
(くっ!やはりそう簡単にはいきませんか!)
当然の事だが、京佳はこのラブレターを書いた人物の思いを受け止めるつもりは無い。京佳が好きな人物は白銀なのだ。この気持ちがある限りは、他の誰かと付き合う事など決してありえない。
「という訳で白銀、この後私はこの手紙の主の告白を断ってくるから今日は失礼する」
「お、おう…なんだ…気をつけてな?」
「ああ」
京佳は白銀にそう言うと、生徒会室から出て、待ち合わせ場所の公園に向かった。白銀も、こんな時どういう事を言えばいいのかわからず、とりあえず注意喚起を口にした。何に対しては知らないが。
「会長、私もたった今用事を思い出したので失礼します」
突然、藤原が帰り支度を始めながらそう言った。
「いや藤原書記、お前それ絶対に立花の後をつけるつもりだろ」
「いいじゃないですか!!だって京佳さんの告白シーンですよ!?超見てみたいじゃないですか!!」
「藤原さん、その言い方だと立花さんが告白するように聞こえますよ?」
藤原千花は他人が恋バナをしていれば、雨が降ろうが、槍が降ろうが混ざろうとするほどの恋バナ大好き女子である。そんな彼女が、生徒会メンバーであり友人でもある京佳の告白現場を見に行かないという選択をするなどありえない。何があろうと、どんな手段をとってでも見に行くつもりだった。
「兎に角、ラブ探偵としての血が騒ぐんです!!では行ってきます!」
藤原は白銀とかぐやにそう言い残し、生徒会室から勢いよく走り去っていった。
「困ったやつだな…藤原書記は…」
「ええ、本当に…藤原さんったら困ったものです…」
残った2人はそんな藤原に頭を抱えた。
「いたわ、あそこの自販機の隣にある外灯の下」
「何で私まで…」
夕方、かぐやは従者の早坂と共に公園に来ていた。2人のおよそ30メートル先には公園に設置された自販機の隣にある外灯の下に立っている京佳がいる。結局、かぐやは藤原と同じように京佳の後をつけてきたのだ。因みに白銀はバイトがあるためこの場にはいない。
「1人より2人と言うじゃない?それにね早坂、これは予習よ」
「はい?」
そして面倒くさそうにしている早坂に対して、かぐやは説明を始めた。
「よくよく考えてみたらね、私は告白現場というものをこの目で見た事が無かったのよ」
「まぁ、そう見るものではありませんからね」
「それでね?今後会長が私に告白してくるじゃない?」
「なんで既に白銀会長からって決定済みなんですか?」
「その時にあらかじめ告白の現場を見て予習をしていれば、凡その流れがわかって私の時も円滑に事が進むのよ」
「……だから予習ですか」
「そうなの!断じて藤原さんみたいに好奇心で見に来ている訳じゃないの!」
あくまでも藤原とは違うと説明をするかぐや。しかし早坂からしてみればどっちも同じである。
因みに現在、かぐやと早坂の2人は万が一京佳にバレない様に軽い変装をしている。かぐやは髪の毛を頭の上で1つに纏めたお団子ヘアに髪型を変え、伊達メガネをかけている。早坂はミドルのツインテールに髪型を変えており、カラコンを装備している。人というものは髪型を大きく変えるだけで印象が随分と変わるものである。これならば近づかない限りバレる事は無いと2人は確信していた。
「かぐや様、あの人じゃないですか?」
そんな変装した2人が物陰で忍んでいると、京佳に近づくブレザーを着た男子生徒が見えた。2人の目線の先に映ったのは、いかにもな爽やか系のイケメンだった。髪は茶髪で少しワックスをかけている様に見え、顔立ちは結構整っている。身長も白銀より少し高く、全体的に細身な体格だ。並の女子なら少し言い寄られただけでコロっと落ちてしまうだろう。そんな男子生徒が京佳に近づいて行った。
しかし京佳に話けかける事もなく、そのまま通り過ぎて行った。
「…違ったようですね」
「…そのようね」
少し残念そうにするかぐや。先ほど自分で『あくまでもこれは予習』と言っていたが、やはりかぐやとて年ごろの乙女。はしたない事と思いつつも、早く生で告白現場を見てみたいという好奇心があるのも事実だった。
「もしかして、あの人でしょうか?立花さんに話しかけようとしてますよ?」
再び京佳に近づく男子生徒が歩いてきた。今度は黒い短髪でかなり身長が高く、そして筋肉質な体つきをした学ラン姿の男子生徒がいた。しかもその男子生徒は京佳に話しかけてきたのだ。
ようやくその瞬間がきたのかと思い、拳を握るかぐや。しかしその男子生徒は京佳といくつか言葉を交わしたと思ったら、直ぐに京佳の元を離れていった。よく見ればその手には地図が握られており、京佳に対して何度も頭を下げている。
「…どうやら道を聞いただけみたいね」
今度もラブレターの送り主では無いと知り、少し落胆するかぐや。
(しかし女性を待たせるなんて。普通こういうのは男性が先に待っているものじゃないのかしら?)
かぐやがラブレターを送ってきた人物に対して少し憤りを感じていたその時、
「あ、あの!!」
京佳に話しかける人物が現れた。
「て、手紙!読んでくれましたか!?」
「ああ、読んだよ」
京佳はその人物に返事をした。どうやら今度こそラブレターの主のようだ。
「「え?」」
しかしそれを見ていたかぐやと早坂は思わず同じ言葉を口にした。
何故なら京佳に話けているのは、セーラー服を着た女生徒なのだから。
「早坂、何あれ?どう見ても女の子なんだけど?あれ一体どういう事?私の目が可笑しいの?もしかしてあれが女装男子って人?」
「落ち着いてくださいかぐや様。私から見ても彼女はどう見ても女性です。あとどこでそんな言葉知ったんですか?」
かぐやの中では、ラブレターというものは異性が異性に送るものだと認識されている。男性が女性へ。女性が男性へという様に。しかし今京佳に話しかけている人物は明らかに女性だ。自分の中に存在しない光景にかぐやは少し混乱した。そしてそんなかぐやを早坂は落ち着かせようとした。
「それで、あの、返事を、聞かせて貰っても、いいですか…?」
一方京佳に話しかけてきたセーラー服の女生徒は、所々言葉を詰まらせながら京佳に話しかけていた。恐らく彼女は、勇気をふり絞ってラブレターを書き、そして京佳へと渡したのだろう。そして今、その思いが通じたのかどうかを聞こうとしている。
その姿はまさに恋する乙女。映画や小説ならば、彼女の恋はこの瞬間実る事だろう。
しかし、現実は創作物のように簡単にはいかない。
「…すまない。私は君と付き合うことはできない」
セーラー服の女生徒に対して、京佳は頭を下げてはっきりと断った。相手を傷つけない告白の断り方など京佳は知らない。故に、単刀直入に告白を断る事にした。
「あっ…」
そして京佳に断られたセーラー服の女生徒は、言葉を漏らし、俯いた。
「そう…ですか…」
セーラー服の女生徒は俯きながら声を震わせた。いや、声だけではなく、肩も震えている。
「……すまない」
「あ、頭を上げてください…!もう大丈夫ですから!」
京佳は更に頭を下げて謝った。そんな京佳にセーラー服の女生徒は慌てて頭を上げてもらうように言った。そう言われた京佳はゆっくりと頭を上げ、目の前にいる女生徒に目線を合わせた。
「それじゃ…私はこれで…あ、あの…ちゃんと返事をしてくれて、ありがとうございます…!」
セーラー服の女生徒は一度頭を下げて、目に涙を浮かべながらそのまま走り去って行った。
(やはり単刀直入に断るのはダメだっただろうか…?)
京佳は女生徒の背中が見えなくなるまでずっと見つめていた。心の中で少し後悔をしながら。そして女生徒が完全に見えなくなった時、振り向いて口を開いた。
「…そろそろ出てきたらどうだ?藤原?」
「あ、あははは…気づいてましたかー?」
「さっきの子が私に話しかけてきた時に『え?』と聞こえたからな」
「あちゃー…」
京佳が振り向き、後ろにあった自販機に声をかけると、自販機の後ろから藤原が申し訳なさそうな顔をして出て来た。
「言っておくが、別に怒ってはいないぞ?」
「え?そうなんですか?」
「告白の現場を見てみたいなんて誰もが思う事だろう?」
てっきり隠れて告白現場を見ていた事を怒られると思っていた藤原。しかし京佳は怒ってなどいないと言った。そもそもここは多くの人が往来する公園だ。その時点で誰にも告白現場を見られないというのは無理がある。そして何より京佳自身、友人の告白現場を見てみたという気持ちがわかるからだ。京佳も立場が逆なら、藤原のように隠れて見ることをするだろうと思っていた。
「でも、びっくりしました。まさか女の子からだったなんて…」
「まぁ、普通は驚くよな。私も今朝あの子からラブレターを受け取った時は思わず面食らったよ…」
自称ラブ探偵の藤原も今回の事は驚いていた。彼女は異性間の恋バナや告白現場などは色々と見てきたが、同性間の告白現場というものは初めて見たのだ。決して同性の恋愛を否定している訳ではなく、ただ耐性と知識が無いだけである。そして京佳自身も、こういう経験は初めてだったため、驚いた事を明かした。
その後、京佳と藤原は2人で並んで公園から出て行った。どういう断り方をすればよかったか話し合いながら。
「これはちょっと、予習にはなりませんでしたね…」
「女同士…女同士…」
「かぐや様、戻ってきて下さい」
一方かぐやはまだ混乱していた。
担当編集が欲しい。
次回は未定。後段作戦クリアしないといけないので。
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四宮かぐやと初体験
そして通算UA2万突破しました!ありがとうございます!
誤字報告も本当にありがとうございます!
「失礼する」
「こんにちは立花さん、ちょうどよかったです」
「ん?どうした四宮?」
京佳が生徒会室に入ってきた瞬間、かぐやが突然喋りかけてきた。何か生徒会の仕事でもあるのだろうかと京佳が思っていると、かぐやの口からとんでもない質問をされた。
「質問なのですが、立花さんはもう初体験を経験済みですか?」
「…………は?」
かぐやからの質問に京佳は一瞬時が止まった。
「…何でそんな質問をするんだ四宮?」
「いえ、この雑誌に乗っているアンケート結果に『初体験は高校生までに経験済みと答えたのは34%』と書いていましたので、立花さんはどうなのかなと…」
とりあえず京佳はどうしてかぐやがそのような質問をしたのか経緯を知ることにした。あの四宮かぐやが、何の脈絡もなくそのような猥談めいた質問をする訳無い。何かきっかけがあるはずだと思ったからである。
そして京佳からの質問にかぐやは「恋バイブス」という雑誌を手にして、アンケート結果が書かれているページを京佳に見せながら答える。
しかし京佳は、かぐやから質問された経緯は理解したが答えたくなかった。
(恥ずかしいから言いたくない…!)
2人だけならまだしも、現在生徒会室には白銀と藤原もいるのだ。誰しも大勢の人間がいる場で自分の経験の有無について言いたくは無いものである。そこで京佳は、失礼と思いつつも再びかぐやに質問をすることにした。
「…すまない、質問に質問で返すことになるが聞かせてくれ。そう言う四宮はどうなんだ?」
「私は大分前に経験済みですよ?」
「なん…だと…?」
そして驚愕した。
京佳の予定では、かぐやの口から『経験は無い』と聞くつもりだったのだ。そうすれば自分も最初よりは気を楽にして言える。なんせ京佳とて女の子だ。身長が180cmもあって、眼帯のせいで人相が悪く見えるため怖がられて(本人はそう思ってる)、数日前に同性からラブレターで告白されたが、れっきとした女の子なのだ。自身が経験者かどうかなど普通は恥ずかしくて言いたくない。ましてや好きな男の前なら猶更である。
しかしその予定はもう意味がなくなった。なんせかぐやは経験済みと答えたからだ。そしてその答えを聞いた京佳は焦燥感を感じた。
「それで、どうなんですか?」
そんな京佳の内情など知らないかぐや。逃げ道が無くなった以上、京佳も質問には答えないといけない。観念した京佳は少し頬を赤くしながらかぐやの質問に答えた。
「…無いが」
「あら、立花さんもですか」
「…も?」
「はい、会長と藤原さんも経験は無いと言ってましたので」
「…そうか」
京佳は少しだけホッとした。もしこれで自分以外全員が経験者だった場合、焦燥感は更に増していただろうと思った。
(まさか四宮がもう既に経験済みだったとは…女性としての経験も向こうが有利と言う事か…)
京佳は生徒会室の長椅子に鞄を置きながらそんなことを思っていた。なんたってあの四宮かぐやである。国内最大の巨大財閥である四宮家令嬢の四宮かぐやである。京佳はてっきり、四宮家はそういった事はかなり厳格にしていると思っていた。
しかし、かぐやの発言により既にそういう事を経験済みだと知り、少なからずショックを受けていた。
同時に、やはり四宮かぐやという女生徒は強敵であると再認識する。
(…しかしこれは、後学のためにも色々聞いておいたほうがいいんじゃないか…?)
そしてショックを受けた影響なのか、普段なら絶対に聞かない事も聞けると思い始めた京佳。しかし、京佳にとってかぐやは恋敵である。そういう質問をする事は自分にとって不利になる可能性があることは理解していた。
(いや!ここは恥を捨ててでも聞くべきだろう私!知識は必ず役に立つはずなんだから!)
しかし京佳は意を決して聞く事にした。自分に色々と言い訳をしているが、実際はそういう事の経験談を聞いてみたいという好奇心である。年ごろの学生は誰だってそういう事の話を聞いてみたいものだから仕方ないことなのだが。
「四宮、少し聞きたいのだがいいか?」
「何ですか?立花さん」
「よく『初体験は痛みを伴う』と聞くが、四宮はどうだった?」
「立花!?」
「京佳さん!?何聞いちゃってるんですか!?」
京佳の突然の質問に驚く白銀と藤原。最もその目は『自分も知りたいです』と語っていたが。
「痛みを伴う?そのような事は聞いた事ありませんが、少なくとも私は痛みなんて感じませんでしたよ?」
「…そうなのか」
「むしろ幸せな気持ちになりましたよ」
「…そう、なのか」
かぐやは素直に質問に答えた。その答えを聞いた京佳は少し遠い目をした。改めて、女性としての経験では自分は圧倒的に不利なのだと理解したからだ。今後はより一層、白銀を振り向かせるためには、もっと努力をしなければならないとも思った。
「…やっぱり私も、直ぐにでも恋人作った方がいいのかな…?お父様の説得をどうにかしないといけないけど…いやでも、流れで恋人作るのは流石に…」
藤原は数年前からずっと一緒にいた友人が、女として数段進んでいる事に更なる焦燥感を感じ、自分も恋人を作るべきかどうか悩み始めた。
「へぇー、日本のモグラって富士山を境に二大勢力に分かれているのかー…」
一方白銀は携帯を使って役に立たない無駄な知識を調べて現実逃避を始めた。
「しかし、やはり少ないですね?もう少し多いと思ってたのですが…」
そしてそんな皆の反応をみたかぐやは疑問を感じた。かぐやは先ほど読んだ雑誌のアンケート結果が妥当だと思っているからである。てっきり生徒会メンバー5人の内2人は経験済みと思っていた。だが結果は自分1人だけ。未経験者がこれほど多いとは思わなかったのだ。
因みにこの場に居ない会計はかぐやの中で未経験者と断定されている。
「いや、四宮…4人中1人だから、それくらいなんじゃないか…?」
「そうでしょうか?確か会長には妹さんがいましたよね?私はてっきり毎日ガンガンしているのかと思ってましたよ」
「するわけねーだろ!!バッカじゃねーの!?」
「そうだぞ四宮!血の繋がった兄妹でそんな事する訳ないだろう!?」
「家族なんですから別に普通でしょう?私は生まれたばかりの甥っ子としましたよ?ビデオで撮影されながら」
「「狂気!!!」」
かぐやの経験談を聞いた白銀と京佳は共に叫んだ。
「皆さんどうしてそこまで人との接触を過度に恐れるんですか。これが現代社会の闇ですかね?」
「お前だよ!!お前が貴族社会の闇だよ!?」
「歴史上、血縁者でそういうことをする家系はあったが、まさかまだ、この現代日本に存在していたのか…?」
自身にとって当たり前の事を口にするかぐや。
それにツッコミをいれる白銀。
歴史的観点から考え出す京佳。
「藤原さんだって愛犬のペスとしたことあるって言ってたじゃないですか?」
「そうなの!?」
「そ、そうなのか!?藤原!?」
「する訳ないじゃないですか!?巻き込まないでください!!ていうか信じようとしないでください2人とも!!」
そして藤原まで巻き込んで生徒会室はさらに混沌としていった。
(四宮の家の教育は異常とは思っていたが、まさかこれ程とは…!!そんな事を常識と思っているなんて世間知らずなんてもんじゃすまな……ん?まてよ…世間知らず…?)
そんな混沌とした生徒会室で白銀はとっさにかぐやの発言をまとめ始めた。
・『会長は妹がいるからしていると思ってた』
・『自分は甥っ子とした。撮影されながら』
・『藤原は愛犬としたことがあると言ってた』
・『痛みは無かった』
最後の事だけは個人差がある事だが、纏めると概ねこんな感じだ。白銀は考えを纏めて、ある答えを導き出した。
「…四宮。一応聞くが、初体験って何のことか分かっているか?」
そしてそれを裏付けるためかぐやに質問をした。
「はぁ…バカにしないでください。淑女として当然知っています。キッスの事でしょ?」
「「「…」」」
かぐやの答えに言葉を失う3人。一応、かぐやが初体験の意味を勘違いしたいたことを説明するのであれば、四宮家のせいである。
かぐやは幼少期の頃より性的な事柄は徹底的にガードされて育ってきた。そんなかぐやにとって性のマックス情報はキス止まり。それ以外の事などかぐやの頭の中には存在しない。故にこのような勘違いをしてしまったのだ。
「「四宮…」」
「お2人とも、ここは私に…」
口を開こうとした白銀と京佳の2人を抑えて、藤原がかぐやに近づいて行った。
「なんですか藤原さん?」
「あのですね、かぐやさん…初体験っていうのは…」
藤原はかぐやに近づき、耳元で初体験について、かぐやにしか聞こえない様に静かに説明を始めた。
そして藤原がかぐやに説明している間、白銀は顔を反らして、京佳は窓の外を見ながら大人しくしていた。
それから16分後―――
「──────」
生徒会室には顔を真っ赤にして目元に涙を浮かべているかぐやがいた。彼女はようやく初体験がどういうものかを理解したのだ。
「だ、だって…だってぇ!そういうのは結婚してからだって法律で…決まっててぇ……!!」
「…四宮。一応言っておくが、私が知る限り日本国内にそのような法律は存在しないぞ…」
「そんな事ありません…!絶対にありました…!!」
かぐやは言い訳を始めたが直ぐに京佳に論破された。
(あーーマジで心臓止まるかと思ったぁ……!!!)
白銀は机に突っ伏して気づかれない様に大きくため息を吐いた。
因みにだが、一応海外には結婚してからじゃないとそういう行為ができない国が本当に存在するらしい。
京佳が生徒会室に来たのはモンスター童貞のシーンあたりです。
次回は、いつかな?
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立花京佳と四条眞妃
放課後、京佳は秀知院学園内にある自販機コーナーで飲み物を買おうとしていた。最初はいつも利用している自販機コーナーで買おうとしていたのだが、ちょうど目当ての商品が売り切れていた為、そこから少し離れている、普段からあまり使われていない自販機コーナーへと行っていた。しかし自販機コーナーにたどり着いたとき、京佳は奇妙な光景を見たため思わず足を止めた。
「……………」
(なんだあれ……)
その光景とは、自販機の横にある壁との間にできた小さな空きスペースに1人の女生徒が体育座りをして、自身の膝に顔をうずめて居るという光景だった。そしてその女生徒はやたら暗くて悲しそうな空気を出しており、とても近づき難かった。
因みに体育座りをしているが、スカートはちゃんと足と手で押さえているため、別に中が見えそうとかではない。
(触らぬ神に祟り無しだ、飲み物買ったらさっさと離れよう…)
京佳は恐る恐る自販機に近づいて、お金を入れ、飲み物を選び、ボタンを押して、取り出し口から飲み物を取り出してその場を離れようとした。
しかしその瞬間―――
ガシッ
「!?」
体育座りをしていた女生徒が急に京佳の手を掴んできたのだ。軽くホラーである。
「ねぇ…」
京佳の手を掴んだ女生徒は、ゆっくりと顔を上げながら話しかけてきた。
「いきなり初対面の人に…こんなこと言うのは非常識だってわかってる…でもお願い…5分でいいから私の話を聞いて…お願いだから…」
顔を上げた女生徒は、震える声で目に涙を浮かべながらそう言った。
「あ、あぁ…わかった…」
京佳は女生徒のお願いを承諾した。このままこの女生徒をこの場に放置しておくのはとてもではないが出来なかった。それだけ、京佳の手を掴んだ女生徒は悲しい空気を出していたからである。
「私、2年の四条眞妃…」
「2年の立花京佳だ…」
2人は共に中庭へ移動して、空いているベンチに一緒に座った。そして、先ほど京佳の手を掴んだ女生徒が口を開いて自己紹介をした。どうやら京佳と同じ学年の生徒で、四条眞妃というらしい。それに答えるように京佳も自己紹介をした。
「知ってる…生徒会の人でしょ?色々有名だし…」
「…有名?」
「えっと、見た目とか、噂とか…」
「…なるほど」
京佳の疑問に四条が答え、そして京佳は納得した。入学当初より、京佳にはその見た目のせいで様々な噂があった。そして実際に、京佳自身もそれらの噂を耳にしたことがある。
例として言うならば―――
『他校の生徒との喧嘩でナイフを左目に刺された』
『重い病気にかかっており左目が解け落ちている』
『ロシアンルーレットに負けて左目を撃ちぬいた』
などである。
これら以外にも出処不明のいろいろな噂があったのだが、この場では割愛する。因みに、京佳はそういった噂を特に気にしていない。気にするだけ無駄だと割り切る様にしていたからである。
そして京佳は、これ以上は話が脱線するかもしれないと思い、四条が喋りたい事を聞くため、四条の顔を見て質問をした。
「それで、どうしたんだ?」
「えっとね…」
京佳に質問された四条はゆっくりとし喋りだした。
「私、友達がいるの…本当に大切な友達が…」
(その友達と喧嘩でもしたんだろうか?)
友達という単語に京佳は反応し、凡その当たりを予想した。
しかし―――
「その友達がね…私の好きな男の子と付き合っちゃったのよぉ…」
四条の口から出てきた言葉はあまりにも予想外の事だった。
「……」
そしてそれを聞いた京佳は言葉を失った。
「少し前にね、私好きな男の子にね、恋人がいないってわかったの…」
そんな京佳に構わず、事の経緯を喋り始めた四条。止まる気配など微塵も無いようである。
「その時は、本当にうれしくて…これから頑張ってその子に色々アプローチを仕掛けていこうって決めたのよ…」
嬉しそうな顔をしたり、決意を固めたような顔をしたりして四条は喋った。それを京佳は黙って聞いている。
「でもこの間、突然その男の子が友達に告白しちゃったのよぉ~~!」
そして最後に泣きながら自分の恋が実らなかったことを言った。正直見てられない。
そんな四条の姿を隣で見ていた京佳は―――
(…これ未来の私の姿とかじゃないよな?)
戦慄していた。
京佳は、同じ男を好きになったかぐやが非常に強力な恋敵であることを理解している。現状では勝ち目が低いことも。故に、日ごろから白銀に自分を意識させるべき色々と積極的に動いている。
しかし、今目の前で泣いている四条を見て、ひょっとするとこれは数か月後の自分ではないのかと思ってしまい、少しだけ震えた。
(いや落ち着け私…!少なくとも私の方はまだ勝負はついていないじゃないか!!)
京佳は心の中で自分を鼓舞させて、何とか平静を保つことができた。
「いっその事、その男の子を何とか奪い去ろうかとも思ったけど…そんなこと大事な友達にできる訳無いし…」
一方で、四条は略奪愛について喋っていた。しかし根が優しい為か、友人に対してそんなことはできないという結論に至ったとも。
「私、もう…どうしたらいいかわからなくてぇ…」
一通り喋った四条は顔を下に向けた。そんな四条に京佳も何かを言わないといけないと思い、あまり経験はないが彼女の悩みにのることにした。
「…まぁ、私も大した事は言えないが、新しい恋を見つけるか、その恋を忘れるくらい何かに打ち込んだらいいんじゃないか?」
「それができたら苦労しないのよ!!私まだその子の事大好きなんだもん!!あきらめきれないもん!!」
だが四条は未だにその男子生徒の事が忘れられないようで、京佳の言った解決策を一蹴して声を荒げた。しかし、直ぐに自分の態度を改めた。
「…ごめん、大声出して…私から話を聞いてってお願いしたのに…」
「いや、かまわないよ」
声を荒げてしまった事を謝罪する四条。そんな彼女に京佳は好感を持った。直ぐにちゃんと謝るあたり、根は良い子なんだなと。
そう、京佳が思っていると、四条から質問がきた。
「ねぇ、あんたはそういうのないの…?」
「え?」
「私みたいに、好きな男の子が自分以外の子と付き合うみたいなこと…」
「……」
四条からの質問に京佳は少し考え―――
「そういうのは、まだ無いな…」
'まだ無い’と答えた。
実際、白銀とかぐやは恋仲では無いのでその通りなのだが。
「そっか…普通そうよね…無いわよね…」
京佳の答えに四条は天を仰いだ。そして話を聞いてくれた京佳に、再び謝罪をした。
「…ほんと、ごめんね。いきなりこんな話を聞かされて…迷惑だったわよね…」
「いや、別に迷惑とは思ってないから大丈夫だ」
京佳は四条の謝罪を受け取った。実際京佳は、驚いたり、戦慄したりはしたが迷惑とは全く思っていなかった。
「あー、でも…少しだけ、本当に少しだけすっきりしたわ…」
京佳に愚痴を聞いてもらったおかげか、ほんの少しだけ四条の顔が明るくなった。本当に少しだけだが、数分前よりは間違いなくマシな顔である。
「ほんとに、ありがとね。こんな話に付き合ってくれて」
「構わないよ」
四条のお礼の言葉を受け取った京佳は、水滴が沢山ついたペットボトルのお茶の蓋を開けて一口飲んだ。
「…飲むか?」
「…貰う」
そして、先ほどまでずーっと喋り続けていた四条も喉が渇いているだろうと思い、ペットボトルを渡した。京佳からペットボトルのお茶を受け取った四条は、そのままグイっと一口飲んだ。やはり喋り続けていたせいで、喉が渇いていたようである。
そして、ペットボトルの蓋を閉めて京佳に手渡している時に四条が口を開いた。
「あんた、本当に良い人ね…初対面の人に対して、こんな愚痴を黙って聞いてくれるなんて。やっぱ噂なんて結局噂でしかないって事がよくわかったわ」
「そうか。そう言って貰えると嬉しいな」
京佳はペットボトルを受け取り、微笑みながらそう言った。実際、時と状況にもよるが、人から良い人と言われれば誰でも嬉しいものである。京佳の顔が笑顔になるのも当然だ。
(うっわ…笑顔超綺麗…てかかっこいい…)
そして四条は微笑んだ京佳に一瞬だけ見惚れてながらそう思った。京佳は所謂、かっこいい系の美人である。そのため四条が見惚れるのも無理は無い。実際、少し前には同性に告白もされているし。
(って違うから!今のはただ綺麗なものを見て見惚れてただけだから!そんなんじゃないから!!私まだ翼君が好きだからぁぁぁ!!)
一瞬とは言え、同性に見惚れていた四条は両手で頭を押さえながら決してそういう感情では無いと必死で否定した。
(急にどうしたんだこの子…?)
そんな四条を京佳は隣で黙って見ていた。
「ところで、どうして面識のない私に話を聞いて貰おうと思ったんだ?」
「それが自分でもよくわからないのよ…なんていうか、親近感を感じたとしか…」
「…親近感?」
別にマキちゃんは落ちません。
次回は、ホーネットをお迎えしたら。
あと活動報告にちょっとしたアンケートみたいなのを書いてみました。よろしければそちらも見てください。
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藤原千花によるコスプレ大会
まさかの7000文字超えです。でも書いてて楽しかった。
「しかし、学園長には困ったものだな…」
「ですね…フランスから姉妹校の方々が来日するのを、まさかこんな直前に言うなんて…」
「全くだ。せめてもう数日前には言って貰らえばこんなに忙しく動くこともなかっただろうに…」
白銀、かぐや、京佳の三人は愚痴を言いながら、生徒会室の長机に置かれたダンボールを開けていた。3人が愚痴を言うのも仕方がない。何せつい数時間前に、秀知院学園の学園長に『三日後にフランスから姉妹校の人たちがくるのでその時行われる予定の歓迎会のセッティングを生徒会にお願いしたい』と言われたのだ。いくら何でも急すぎる。秀知院学園生徒会は決して暇ではない。故に愚痴を漏らしていた。
「皆さん、愚痴を言っていても仕方ありません!ここは交流会を成功させるべくひたすらに頑張りましょう!」
「まぁ、藤原書記の言う事は最もなんだが…」
ただ1人、藤原だけが前向きに事を進めようとしていた。彼女の言うと通り、こういう時は『口より手を動かせ』である。白銀もそれは理解していたが、やはり今回は愚痴のひとつでもいいたい気分だった。
「ところで藤原さん、本当にコスプレは必要なのでしょうか?」
かぐやが長机に置かれたダンボールから衣装を出しながら藤原に質問をした。
「勿論です!フランスは日本に次ぐコスプレ大国!日本の漫画はフランスでも大人気ですし、何よりコスプレに言葉は必要ありません!コスプレをすれば言葉は通じなくても心が通じ合えるんです!これ以上の策はありません!」
「そ、そうなんですか?」
かぐやの質問に興奮した勢いで答える藤原。実際フランスでは、日本のコ〇ケに位置するイベントが行われたりする程、日本の漫画が大人気なのだ。そのおかげか、コスプレをする人間も多くいる。藤原はそういう文化を使う事により、交流会を盛り上げようと考えていた。
そんな藤原の迫力に少したじろぎ、疑問符を浮かべるかぐや。彼女はそういった分野の知識が非常に乏しいためその反応も仕方ないのだが。
「しかし、コスプレか…やったことは一度も無いな」
「だな。俺も前に短期のバイトで着ぐるみを着たことはあるが、こういうのは無いな」
京佳は興味深そうに衣装を手にして、白銀は昔やったことがあるバイトを思い出していた。因みに白銀は、昔やったきぐるみのバイトは結構時給はよかったのだが、あまりにも体力を使う過酷なバイトだったため2度とやらないと決めている。
「会長はこの中の衣装だったらどれが好きですかー?」
「ん?この中から…?」
そんな時、突然藤原が白銀に質問をした。現在、生徒会室の長椅子と長机の上には複数のダンボールから出した様々な衣装が置かれていた。ナース服、ブレザー、警察官、有名なアニメのヒロイン服、昔のマンガの主人公服等々。それだけ衣装があるのならどれが気に入るのか聞いてみたいというものである。
(これは会長の服の好みを知るチャンスでは…!?)
瞬間、かぐやは閃いた。別にかぐや自身がコスプレに目覚めたわけではない、しかし、今後自分と白銀が恋仲になった時にこういった服の好みを知っていれば何かに使えると考えたのだ。
そしてかぐやは白銀の言葉を待っていたのだが―――
「いやこれだけあったら簡単には選べないぞ」
白銀は答えなかった。
それだけ服の種類が多くあったからである。人間というものは、あまりにも種類が多いと中々選べないものなのだ。
そんな白銀を見て、今度は藤原が閃いた。
「そうだ!だったら私たちが色々着てみますので会長はその中から気に入ったものを選んでくださいよー」
(!?)
この場に数多くある衣装をいくつか着替えるのでそれを見て欲しいと。それは例えるならば『デートに行った恋人が服屋で服を選ぶイベント』である。そんな展開をかぐやが逃すはずもない。
「それはいいですね。交流会の参考になるかもしれません。是非やりましょう」
そして藤原の案に賛成した。白銀の服の好みがわかるかもしれないし、もしここで白銀に一番似合っていると言われれば、そのまま白銀に告白させることも可能かもしれないと思ったからだ。
「私もいいぞ。一度コスプレというのをやってみたかったしな」
「賛成多数で決定ですね!」
京佳も藤原の案に賛成し、藤原が勝手に決を取り、コスプレ衣装に着替える事が決定した。
「そうと決まれば!ささっ!会長は少しの間だけ廊下で待っててください!着替えたら言いますので!」
「あ、あぁ。って、わかったら押すなって」
藤原は白銀の背中を押して廊下へと誘導した。
「白銀、一応言っておくが覗くなよ?」
「いやそんな犯罪者みたいな真似する訳ないだろ」
そんな白銀に京佳はちょっとだけ誘惑するように言葉を放った。最も、京佳は白銀がそんなマネをする訳ないとわかってて言っているのだが。
「じゃあ、まずはこれを着ましょう!」
「こ、これですか…?」
白銀を廊下に誘導した後の生徒会室では、藤原がダンボールの中からある衣装を取り出した。その衣装は、少しデザインは違うがかぐやにとって見慣れた衣装であった。
少しだけ抵抗があったかぐやだったが、藤原と京佳の2人が躊躇いなく着替え始めたのを見て、色々と覚悟を決めて着替え始めた。
数分後―――
「会長ー。良いですよー」
「で、では。失礼しまーす…」
藤原に呼ばれて、廊下で待っていた白銀がなぜか敬語になりながら生徒会室に入った。扉を開けるとそこには―――
「おかえりなさいませ!ご主人様!」
「お、おかえりなさい…」
「おかえりなさいませ、ご主人様」
満面の笑みでスカートの袖を摘まみ頭を下げるメイド服姿の藤原と、頬を少し赤くし両手をお腹のあたりで組んで少しだけ頭を下げるメイド服姿のかぐやと、右手を自身の左胸の方へ当てて頭を下げる執事服姿の京佳がいた。
(メイド服だぁぁぁぁぁ!?)
白銀は心の中で絶叫した。
秀知院学園の生徒の中には自分の家にメイドや執事といった使用人がいるのも珍しくない。しかし外部入学の混院の生徒であり、一般家庭育ちの白銀にとっては違う。メイドを生で見る事など先ず無いのだ。コスプレとはいえ、始めてみるメイドに内心テンションが上がり、叫ぶのも無理はない。
(や、やばい!!四宮のメイド服の破壊力がやばい!)
白銀はテンションが上がりっぱなしだった。藤原とかぐやが着ているのはいわゆるクラシックタイプのメイド服だ。黒い生地に長いロングスカート。白いエプロンドレス。胸元に赤いリボン。そして頭にはホワイトブリム。日本の大半の漫画やゲームに出てくるメイド服がそのままの姿で目の前にいるのだ。テンションの上がらない男などいないだろう。
(ってまずい!顔が緩みそうだ…!こうなったら…!)
白銀は舌を思いっきり噛むことでそれらの感情を顔に出さない様にした。口の中で鉄の味がしたが、特に気にしない。
そんなことより、この場で顔をだらしなく緩ませ、それをかぐやに色々と言われることの方がまずかった。
(危なかった…いやでもマジでイイなおい…!メイド服って生だとこんなに破壊力あんの!?)
未だメイド服のせいで内心テンションは上がっていたが。
「会長ー。どうですかー?かわいいですかー?」
「ま、まぁ…いいんじゃないか…?」
「えー。もっと詳しく感想言ってくださいよー」
藤原の質問に当たり障りなく答える白銀。ボロを出さないよう必死なためしょうがないのだが。
(メイドのコスプレって、結構恥ずかしいわね…)
一方かぐやは恥ずかしがっていた。普段、家の使用人たちで見慣れている服装だが、自分が人前で着るとなると話は変わる。正直、直ぐにでもコスプレを辞めたかったが、自分も藤原の考えに乗った手前、自分からもう辞めると言う事はできない。今はだた、耐える事にした。
そんなかぐやを視界から外し、白銀は京佳を見て質問をした。
「…ところで、何で立花だけ執事服なんだ?」
「…メイド服は2着しか無かったんだ。あと私の背丈じゃサイズが合いそうになかった」
「なるほど…」
メイド服の2人と違い、京佳は執事服を着ていた。白いシャツに上に灰色のウエストコート、その上に黒いジャケット。そして黒いネクタイに黒いパンツといった如何にもな執事服である。
京佳が顔の左側にしている黒くて大きい眼帯も合わさって、非常に似合っていた。まるで漫画に出てくる好敵手ポジションの敵キャラのようにも見える。
唯一執事っぽくない部分があるとすれば、その大きな胸くらいである。
「京佳さん、すっごくかっこいいですよー!」
「そ、そうか?」
「はい!とっても似合ってます!」
藤原は素直な感想を口にした。それほど京佳の執事服姿はかっこよかったのだ。京佳もその言葉は嬉しかったのだが―――
(私もメイド服みたいな可愛い服を着たかったんだがなぁ…)
少しだけ複雑でもあった。京佳とて年ごろの乙女。かっこいいよりかわいいと言われたいのは当然である。
「じゃあ、もう一回着替えますから会長は廊下に!」
「わ、分かった…」
藤原に言われ、今度は自分から廊下に出ていく白銀。
(次は何を着るんだ?ナース?巫女?それとも漫画のヒロイン?)
そして廊下で待っている間、様々なコスプレを思い浮かべていた。
白銀が廊下に出て数分後―――
「いいですよー。会長ー」
再び、生徒会室から藤原のOKサインが出た。1度深呼吸をして、白銀は扉を開けた。するとそこには―――
「じゃーーん!どうですかー?大正浪漫ですよー!」
夏物の着物に袴、そしてブーツを履くという和洋折衷な服装をした3人がいた。
(は〇か〇さ〇が通るだぁぁぁぁぁ!?)
白銀は思わず、昔妹と一緒にテレビの再放送で見たアニメを思い出した。因みに3人はそれぞれ違う色の着物と袴を身に纏っている。
藤原は桜色の着物に赤い袴、かぐやは緋色の着物に桜色の袴、京佳は白い着物の上に黄色い羽織を着ており袴の色は赤。どれも非常に似合ってた。
白銀はそんな3人を見て、まるで自分が大正時代にタイムスリップした気分になった。
「か、会長…」
そんな気分に浸っていた白銀にかぐやが近づき、
「どう…でしょうか…?」
若干上目遣いで首を少し傾けながら、自身のコスプレの感想を聞いてきた。先ほどはメイド服だった為、羞恥心で動くことはできなかったが今の服装なら問題ない。
かぐやは素直に白銀に感想を求めたのだが、動きが悪かった。無意識に男が好きそうな動きをしてしまったのだ。
結果―――
「い、いいと思うぞ…?」
(ぎゃっわえぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!)
白銀、キまる。
和洋折衷な服装とかぐやのかわいらしい動きにより、最早まともな考えができないくらいに白銀は思考回路がぶっ飛んだ。そして再び顔が緩みそうになっていた。
(まずい!また顔が緩みそうだ!ここは四宮以外を見て心を落ち着かせねば…!)
白銀は直ぐに顔ごと視界をずらした。
しかしそこには―――
「どうだ白銀?似合っているか?」
両手を後ろで組み、少し前傾姿勢で白銀を見る京佳がいた。
「に、似合っていると思うぞ…?」
(あ…ヤバイ…四宮もヤバイが立花も同じくらいヤバイ…いやマジヤバイ…)
白銀、語彙力を失う。
安全圏に逃げたと思ったら突然奇襲攻撃を食らった気分である。しかも前傾姿勢のおかげで身体の一部分が重力に従い、いつもより強調されてた。
「か、会長…?何で私を睨んでいるんですか…?」
「……睨んでなどいない」
「いや睨んでますよねそれ!?顔怖いんですけど!?」
結局白銀は藤原を見て平常心を保つことにした。
(会長、さっきから普通の事しか言わないわね…この私のコスプレを見たのだから『最高に似合っているぞ四宮!!』くらい言うべきでしょう!!)
かぐやは少し腹を立てていた。
先ほどから白銀が当たり障りのない事しか言わないからである。割と恥ずかしい思いをしながらコスプレをしているのに、これでは割に合わない。
そこでかぐやはある事を思いついた。
「そうです。私たちだけでは不公平です。是非会長も着替えてください」
「え?俺もか?」
すなわち、白銀にコスプレをさせようという事である。建前としては、自分たち女子だけがコスプレをして、男子が見ているだけというのは不公平だ。ならば男子にもコスプレをさせ、女子がそれを見れば公平としようという事にして。
本音は先ほどから普通の事しか言わない白銀へのささやかな仕返しと、白銀のコスプレ姿を見てみたいというものだが。
「いいなそれは。私も白銀のコスプレを見てみたい」
「同じくです!」
幸い、京佳と藤原は賛同してくれた。こうなっては白銀も『自分はコスプレをしない』という事は出来ない。
「まぁ、確かに俺だけ着替えないのは不公平だな。わかった。俺も着替えよう」
白銀は自分もコスプレをすることを宣言した。
「じゃあ私たちは廊下で待ってますねー」
「…え?その恰好でか?」
藤原はそう言うと、かぐやと京佳の2人を連れて和洋折衷な服装のまま廊下へと出て行った。生徒会室には白銀と、様々なコスプレ衣装と、長椅子の隅に綺麗に畳まれている秀知院学園の3人分の女子制服のみとなった。一瞬だけ白銀は女子制服に目を向けたが、直ぐに視界を移動させた。なんか変な事を考えそうだったからである。
そして白銀は何を着ようか悩んでいると、あるコスプレ衣装が目に入った。
「とりあえず、これにするか」
白銀はそのコスプレ衣装を手に取り着替え始めた。
「着替えたぞ。入ってきてくれ」
数分後、白銀が廊下で待っている3人に声をかけた。
「じゃあ入りますねー」
そう言いながら藤原が生徒会室の扉を開けた。扉を開けたそこには―――
「おかえりなさいませ、お嬢様方」
「おお!執事服ですか!」
執事服を着た白銀が居た。
「ふふ、似合っているぞ白銀」
「ふむ、そうか。ありがとう」
京佳の言う通り、白銀の執事服姿は似合っていた。この姿のまま執事喫茶でバイトをすれば常連ができそうなくらいには。
(え!?なにあれ!?ほんとなにあれ!?何時もの5倍はかっこよく見えます!!超似合ってる!!とうか今すぐうちで雇いたい!!)
白銀の執事服姿を見たかぐやはテンションが上がりまくっていた。かぐやは今まで制服姿の白銀しか見た事が無い。故に普段見る事など無い執事服姿の白銀のギャップにやられたのだ。
そして思考回路が著しく低下し、普段ならするはずのない妄想をし始めた。
以下妄想
『おかえりなさいませ、かぐやお嬢様』
『かぐやお嬢様、紅茶をお持ちいたしました』
『おやすみなさいませ、かぐやお嬢様』
『おはようございます。かぐやお嬢様』
『行ってらっしゃいませ、かぐやお嬢様』
(あ、いい…)
かぐや、キまる。
(これは絶対に記録に残さなくては!!でも私の携帯じゃ画質が!!)
かぐやは何とか今の白銀を記録媒体に残したかった。しかしガラケーでは画素数が低い。仮にガラケーで記録を残したとしてもそれでは納得などできない。
他の手段は無い物かと考えていると―――
「会長、写真撮ってもいいですか?」
「ん?別に構わないぞ。ただネットとかには上げるなよ?」
「そんなことしませんってー」
(ナイスよ藤原さん!やっぱりあなたは私の大事な友達ね!)
藤原がスマホを取り出して白銀の写真を撮ろうとし、白銀が許可を出すという展開が起こった。かぐやにとっては願ってもないチャンスである。
だが、少しだけ予想外の事が起こった。
「じゃあかぐやさんと京佳さんも入ってください」
「え?私もですか?」
「はい!」
「それなら藤原が撮り終わったら次は私が写真を撮ろう。代わりに藤原が入るといい」
「わー!ありがとうございます京佳さん!」
藤原は白銀、かぐや、京佳の3人を一緒にスマホで撮ろうとしていたのだ。
実際、今の3人は並ぶと非常に絵になる。かぐやと京佳は和洋折衷な服装をしており、白銀は執事服だ。まるで昔の女学校に通う生徒とその執事である。個別に写真を撮るよりこっちのほうがいいと思うのも仕方がない。
(できれば会長との2ショットか会長だけのがよかったけど、まぁ仕方ないですね…)
かぐやもこればっかりは仕方がないと割り切り、大人しくすることにした。そして白銀を中心にし、左右にかぐやと京佳が並び、藤原がスマホを構えた。
いざ藤原が写真を撮ろうとした時、藤原がある事に気づいた。
「あれ?会長?」
「どうした藤原書記?」
「その執事服、さっき京佳さんが着ていたものじゃないですか?」
「…え?」
(は?)
白銀が今現在身に着けている執事服が、先ほど京佳が着ていたものではないかと言うのだ。それを聞いた白銀は動きが止まり、かぐやは白銀の方に顔を動かした。そして京佳は白銀が着ている服を凝視し始めた。
「…そうだな。白銀が今着ている執事服は、先ほど私が着ていたやつだ…」
「……マジで?」
「あぁ…」
藤原の勘違いなどでは無かった事が判明した瞬間だった。
(うおぉぉぉぉぉ!?マジかぁぁぁ!?どうりで着た時少し温かいなぁって思ったんだ!!や、やばい!!そう言われたらなんか変な気分になってきた!?そういえば、なんか良い匂いがするような…?って、落ち着け俺!!これじゃただの変態じゃないかぁぁぁ!?)
白銀は焦った。
先ほどまで知り合いの異性が着ていた服を着るなんてまさに変態の所業であるからだ。何とかこの危機を脱しなければ、生徒会長としての地位と名誉が地の底まで落ちかねない。しかし焦るばかりで考えが纏まらない。
「会長…?ひょっとしてわざと…」
「待て四宮!!わざとじゃない!わざとじゃないんだ!!本当に偶々この服が目立つ場所にあったからで…!!」
そしてかぐやが真顔で白銀に詰め寄り、詰め寄られた白銀は苦しいが弁明を始めた。
(すまん白銀。少しやりすぎた…)
白銀がかぐやに弁明をしている中、京佳は心の中で白銀に謝罪をしていた。
どうしてか?
それはこれが京佳が仕組んだことだからである。
白銀がコスプレをすると言ったあの時、京佳は皆に気づかれない様に自分が着ていた執事服を、机の上のなるべく目立つ場所に置いていたのだ。少しでも自分を意識させるため、白銀がその服を着る事を願い。
結果として、白銀は京佳が来ていた執事服を着たのだが、そのせいで男として少々まずい展開になっていた。
(全く馬鹿か私は…!少し考えたらわかったことじゃないか…!)
京佳は自分の考えの甘さを反省をした。
いくら白銀に自分を意識させようとした事とはいえ、こんな展開は望んでいない。
(暫く、こういう事はやめておこう…)
元より勝機が薄い恋だ。故に打てる策は何でも打つのが京佳である。しかし、今回のは少々やりすぎてしまったと感じた。このままでは本当に白銀が変態と呼ばれかねない。故に、しばらくはもっとさりげない事をしようと決めた。
(とりあえず、白銀の名誉を守る為何とかしよう…私が撒いた種だし…)
未だかぐやに弁明をしている白銀を弁護するために京佳は動き始めた。
その後、京佳の弁護と白銀の必死に弁明により何とか誤解は解けて白銀は生徒会長として、1人の男としての名誉を守る事はできた。
毎日投稿している人たちって本当にすごいと思う。
次回はツシマを救ったら。
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四宮かぐやと買い出し
土曜日午前11時、ポチ公前
「おはようございます皆さん」
「ああ、おはよう四宮」
「おはようです、かぐやさん」
「おはよう、四宮」
「どうもです、四宮先輩」
この日、生徒会メンバーは全員で交流会の買い出しにきていた。元々は『休日返上で行くなんて面倒』と白銀が言ってたのだが藤原が―――
『交流会を成功させるためにもちゃんと全員でいきましょう!』
と言ったため、こうして全員で買い出しに来ていた。おかげで白銀はかぐやと2人で買い出しデートを行うという予定が狂ってしまった。しかしそれはそれ。全員で来たからには、ちゃんと買い出しを成功させようと頭を切り替えていた。
「ところでどこで買い物をする予定なんですか?」
「駅近くにあるウェストデパートですね、あそこは品揃えもかなり豊富ですし」
藤原の質問に答えたのは、石上優。
現生徒会会計であり、唯一の1年生である。普段は仕事を家に持ち帰ってやっているので中々生徒会室に顔を出さないが、今日は白銀に『全員参加』と連絡を受け、こうして買い出しに来ている。
「では早速みんなで「待ってください藤原さん」え?何ですかかぐやさん?」
藤原が目的地のデパートに行こうと口を開いた時、かぐやが藤原の言葉を遮る形で口を開いた。
「5人全員で買い出しに動くのは非効率です。ここは土産菓子班と土産雑貨班の2班に分かれましょう」
「成程、確かにそうですね!」
かぐやは買い出し効率を上げるために2手に分かれるという事を提案をした。ただしかぐやは、ただ効率化を図るために提案した訳ではない。生徒会メンバーは男子2人と女子3人の5人で構成されている。2手に分かれるという事は、3人の奇数班と2人の偶数班に分かれるという事だ。
そして偶数班は、男子と女子の2人になる可能性がある。男女2人きりでの買い出し作業。それはすなわちデートに他ならない。
そう。つまりかぐやは、この買い出しで白銀と2人の偶数班になり、疑似的なデートをしたいのだ。
(さぁ会長!是非私を偶数班に誘いなさい!まぁ会長だったら直ぐにでも涙を流しながら私を誘ってくるでしょうけどね?)
相変わらず自分からは決して言わないのだが。それもこれも、高いプライドのせいである。そしてそんなかぐやとは真逆を行く存在が、この場に1人いた。
「白銀、君はあそこのデパートに行ったことはあるのか?」
「ん?いや無いが」
「なら私が案内しよう。あそこなら何度か行ったことがあるから迷うこともない」
「!?」
そう、立花京佳である。
かぐやと違い、自分から積極的に仕掛け、隙あらば白銀を振り向かせようと奮闘する少女。前回なんて、自分が着ていた服を着せてみるというかぐやからすれば破廉恥極まりない事すら実行した。最も、前回のは京佳もやりすぎたと思い反省したのだが。そして今回は、時間限定とはいえ2人っきりでの買い出しデートになる可能性がある。
そんなチャンスを京佳が見逃すはずもない。
「私は雑貨のほうに行きますね!フランスの方々が嬉しくなるようなものを選んできます!」
「じゃあ僕も、藤原先輩と同じ雑貨でいいです。土産菓子とかよくわかりませんし…」
「わかった。だったら私と白銀は土産菓子を買いに行くとしよう」
そして藤原と石上が土産雑貨班になると言い出し、京佳は白銀と一緒に土産菓子班になると言った。おかげでとんとん拍子に班分けが決まってしまった。
(ど、どうしましょう!私から土産菓子班に行きたいなんて言ったら、そんなの私が会長と一緒じゃなきゃいやだって言ってるみたいじゃない!)
かぐやは焦った。
既に生徒会メンバーはそれぞれ2人と2人の班に分かれている。しかしここで、白銀と同じ班になりたいと自分から言う事は出来ない。そんなのかぐやのプライドが許さない。だがこのままでは、白銀と同じ班になる事もなく、対して興味もない土産雑貨を買いに行くことになりかねない。
そして、自分が藤原と石上と一緒に買い出しをしている間、白銀と京佳は2人きりで買い出し、つまりデートをする事となる。
(そ、そんなのダメ!で、でもどうしたら…!)
かぐやは脳をフル回転させ考えていたが、一向に解決策が出てこない。そんな時―――
「四宮先輩は副会長ですし、会長と一緒の方がいいんじゃないですか…?」
石上が提案をしてきた。かぐやにとってはまさに援軍である。それもこれ以上ないくらいの。
「…そうですね。石上くんの言う通り、私は副会長ですから会長と一緒の方が色々意見を言いやすいですもんね。そうします」
(ありがとう石上くん…)
かぐやは心の中で石上に感謝をした。おかげで、白銀と京佳が2人きりになるのを阻止できたからである。今度、何かお礼でもしようと考えてもいた。
(石上…悪気は無いんだろうが…余計な事を…)
一方で京佳は少しだけ石上を恨んだ。せっかく白銀と一緒になれると思ったのに、それが台無しにされたから当然なのだが。
そして、白銀、かぐや、京佳の土産菓子班。藤原、石上の土産雑貨班の2班に決まり、5人は目的地のデパートまで歩いていった。
「では、13時に再びここに集合しよう」
「わかりましたー。じゃあ行きますよ石上くん」
「はい」
デパートに着いた5人は、集合場所を決めた後、先ほど決めた班に分かれて買い出しをするため移動した。藤原と石上は雑貨が売っている場所へ。白銀、かぐや、京佳は食品が売っている場所へと。数分もしないうちに、白銀達は目的地に到着した。そして3人の目には様々な商品が映った。石上が言った通り、品揃えはかなり豊富のようだ。
「一体どれがいいのでしょうか?」
「こう沢山あると、簡単には決められないなぁ…」
「一応日本らしいものを選ぶのがベストだとは思うが…」
3人は考えた。相手は遥々フランスからやってくるのだ。下手なものを選ぶことはできない。そんなものを選べば、学園の名前に傷がつく事になる。そんなことは絶対に許されない。秀知院学園生徒会というのは、それだけ責任重大なのだ。
「どら焼きがいいんじゃないか?日本の伝統的なお菓子の代表格だろう?アニメの影響で知名度もあるだろうし」
「ですが会長、どら焼きはフランスまで日持ちするのでしょうか?」
「…うっかりしていた。フランスは遠いし、日持ちしないどら焼きは厳しいな…」
「ならせんべいはどうだ?日持ちはするし味も豊富だ。値段も手ごろでいいと思うが」
「いえ立花さん、おせんべいの硬さが苦手という海外の人も結構いると言います。柔らかいものもありますが、それを食すのは食べなれた日本人だけでしょうし…」
「…成程、そう考えると海外向けの土産菓子というのは難しいな…」
日ごろ、白銀にあれやこれやとしているかぐやと京佳も、ここに限っては真剣に考えている。流石に姉妹校の交流会というイベントを自分の気持ちを優先して失敗させるなどあってはいけないからである。その辺りはちゃんとしている2人であった。
長い時間悩んだ結果、最終的に3人は『八咫烏サブレ』を購入した。
土産菓子を購入した3人はまっすぐ集合場所へと向かっていた。思いのほか悩んでしまい、集合時間が迫っていたからだ。そしてその途中、ふとかぐやの足が止まった。
「あら、着物ですか」
かぐやの目線の先には着物店があった。ショーウインドーの中には数着の着物が飾ってあり、かぐやはそれを見ていた。そして白銀と京佳も、かぐやと同じように足を止めて着物を眺めていた。
(うっわ…高っけぇ…着物ってやっぱ高級品だな…)
白銀は着物の値段に驚いていた。白銀の家は貧乏である。日々の食事にはもやしが一度は出るし、生活費を稼ぐために毎日バイトもしている。そんな白銀から見れば、目の前の店にある着物は超高級品でしかない。
「会長はこの中ならどの着物が好みですか?」
「この中からかぁ…」
白銀が着物の値段に驚いていると、かぐやから質問が来た。白銀は特に深く考えもせず、素直に自分の思った事を口にした。
「この花の模様が入っているのは綺麗だなって思うぞ?」
「成程、こういうのですか…」
(ふむ……)
さりげなく白銀の好みを聞けたかぐやと、近くにいて同じように白銀の好みを聞いた京佳はその情報をしっかり覚えた。そして2人が覚えているその時、白銀が続けざまに言った。
「ああ、こっちの暖色系が四宮で、こっちの寒色系が立花に似合う感じだな」
「そう、ですか…」
「そうか…」
一応言っておくと、この白銀の発言に特に深い意味はない。本当にただ何となくそう思って、口にしただけである。普段ならこのようなセリフをいう時に色々と考える白銀だが、ここ数日の激務のせいでそういう事を考える余裕も無かったのだ。故に白銀の中では、かぐやの質問に答えて、その後ついでに思った事を口にしただけで終わっていた。最も、言われた女子2人はそんな事を知らないのだが。
「って!もうすぐ13時じゃないか!!急がないと藤原と石上を待たせてしまう!急ごう!!生徒会長が時間を守れないなどあってはいけない!!」
着物店にあった時計を偶々目にした白銀が、速足で集合場所に向かっていった。そしてその後を、少しだけ俯きながらかぐやと京佳がついて行った。
(花模様…花模様…)
(バイト増やすか…)
それぞれそんな事を思いながら。
因みに藤原と石上の土産雑貨班は、食品サンプルキーホルダーと富士山が描かれた手ぬぐいを購入していた。
交流会はバッサリカットの予定。いや、書く事ないのよ…
次回はHF観に行ったら
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立花京佳は諦めない
そして初めて原作っぽいタイトルになった。
(白銀は昇降口だろうか…?)
衣替えも始まった梅雨。京佳は白銀を探しながら校内を歩いていた。本日は生徒会の仕事もオフとなり、先ほど生徒会室を出たところだ。
しかし京佳は、そのまま昇降口に行かず、傘を教室に忘れた事を思い出し、一度自分の教室に足を運んでいた。梅雨という時期は雨が降り、湿気で鬱陶しい季節なのだが、この時期ならではのイベントがある。
そう、相合傘だ。
1つの傘を2人が一緒に使い、肩がぶつかり、男女の距離が一気に近くなるイベント。
雨が多い梅雨だからこそ、チャンスも多い。
そして京佳はこの日、白銀と相合傘をするつもりだった。
白銀は雨の日は基本電車で通学をする。傘をさした状態では自転車の運転ができないためである。故に、近くの駅まで一緒に帰ろうとしていた。
(いた)
折りたたみ傘を手に、昇降口までやってきた京佳の目に白銀の背中が映り、声を掛けようとした。
しかし―――
「白が…」
「じゃあ、半分借りる…ってのはどうだ?」
「仕方…ないですね」
京佳が声を掛けるより前に、白銀はかぐやが手にしていた傘を手に取り、それをかぐやと共に使いだした。そして2人は、そのままゆっくりとした歩みで一緒の傘を使い昇降口より出て行った。
「っ」
その光景をみた京佳は、思わず言葉がつまり、その場で立ち止まり、ただ2人が去っていくのを見ている事しか出来なかった。そして2人が完全に見えなくなった後、京佳は下駄箱に寄りかかり、思わず傘を握りしめる。
悔しい
そんな思いが京佳の中に現れた。自分だって白銀と相合傘をしたい。一緒に帰りたい。隣を歩きたい。今思っている事が嫉妬だと分かってはいる。しかし、嫉妬が止まらない。それほど悔しかったのだ。白銀がかぐやを相合傘に誘ったことが。
恐らく、自分が白銀と2人きりだった場合、白銀から相合傘に誘う事はほぼ無いだろうう。白銀が京佳に自分の傘を貸してくれることはあるだろうが、一緒に同じ傘を使用するということは無い。
だって白銀は、かぐやの方に好意を向けているのだから。
そして京佳は、それを知っているのだから。
京佳はそう思いながら、その場から動けずにいた。そんな京佳に話しかける人物がいた。
「京佳ー?何してんのー?」
早坂愛である。
主人であるかぐやから『情報収集』を命じられ、京佳に近づいた少女。今では他愛のない会話をする程には仲の良い関係を築いている。
そんな早坂は、帰路に着こうとした時に、偶然京佳を見かけ話しかけた。
「…………早坂か」
「……マジでなんかあった?」
「ああ…ちょっとな…」
話しかけた早坂は、京佳の様子が少し変な事に気づいた。落ち込んでいる様に見えるし、悲しそうにも見える。正直、少し危うい様にも見えた。
「話くらいなら聞くよ?」
そして京佳から話を聞く事にした。
「はい」
「すまない…」
2人は自販機コーナーへと来ていた。早坂は京佳にパックジュースを手渡し、隣に座った。ジュースを受け取った京佳は、ストローを刺し、ゆっくりと飲み始めた。
「それで、何かあったわけ?」
早坂は京佳に質問をした。
早坂愛は四宮家の使用人である。主人であるかぐやから、京佳について色々情報を集めるように命令を受けていた為近づいた。先ほどの京佳は、何時もと明らかに様子が違った。故に、何かしらの情報が得られると思い、こうして話を聞く事にしていた。
「いや、ただ…私が目指している場所は遠いと再認識しただけだよ…」
「…それって、白銀会長とか?」
「そうだ……」
京佳はゆっくりと悲しげな声色で話し始めた。
「どれだけ頑張っても、どれだけ知恵を絞っても、まだまだそれだけじゃ遠すぎると、思ったんだ…」
それは普段なら他人に言う事のない思いだった。しかし、先ほど白銀とかぐやが相合傘をして帰っているのを見てしまった事により、京佳の精神状態は弱っていた。
それゆえ、このように早坂に自分の思いのたけを喋っている。
「あぁ…遠いな…白銀の隣は…」
その言葉は京佳の心からの言葉だった。
立花京佳は白銀御行の事が好きである。しかし京佳は、白銀を振り向かせるのが非常に難しい事を理解している。何故なら、白銀が好意を向けているのはかぐやであり、京佳はそれを知っているからだ。
恐らく、2人は両想いなのだろう。何故2人がそれぞれの想いを伝えないのかは知らないが、それでも現状の京佳に勝ち目というものは非常に低い。だからこそ遠いと思うのだ。白銀の隣が。白銀を振り向かせる事が。
「……」
京佳の話を早坂は黙って聞いた。
主人であるかぐやの為というのもあったが、純粋に友人として心配になった為でもあった。早坂が心配するほど、京佳が弱弱しく見えたからである。今早坂の隣にいるのは、何時ものようなクールさも、はっきりと物事を言う真っすぐさも無い。そんな京佳だった。
「すまない…みっともない姿をみせてしまって…」
「いや良いって…」
「話したら少しスッキリしたよ…ありがとう早坂」
「どういたしまして…」
京佳の謝罪と感謝の言葉を受け取った早坂は内心ホっとしている部分があった。早坂の主人のかぐやにとって、目下最大の障害になっている京佳がこれ程に弱っている。これならば、暫くはかぐやの障害になる事は無いだろうと。上手くいけば、このまま白銀の事も諦めるかもしれないとも思った。
「だが私は諦める事など決してしないぞ」
「へ?」
しかし京佳は、落ち込んでも折れる事はなかった。
「あの2人が正式な付き合いをしている恋人じゃない限り、私は足掻くぞ。必死にな」
京佳はゆっくりと立ち上がる。
「最後の最後まで戦って、この想いが完全に潰えるその瞬間まで、私は決して諦めない」
空になったパックジュースをゴミ箱捨て、早坂の方に振り替える。
「例えそれが、他者から醜く見られてもな。だって…」
そしてゆっくりと息を吸い、口を開いた。
「私は、白銀の事が大好きなんだから」
己の想いを胸に、立花京佳は再び決意を固めた。
「…すまない、どうもテンションが可笑しくなっていたみたいだ…」
「大丈夫だって…私もそういう時あるし…」
「…早坂、頼みがあるんだが…」
「わかってるって、誰にも今見た事は言わないから」
「すまない…」
京佳はハっと我に返り、頬を少し紅潮させようやく冷静さを取り戻した。人は、精神面が一時的に弱ると色々と可笑しくなるものだ。早坂もそれをわかっていた為そう言った。なんせ自身が仕えている主人が結構な頻度で可笑しくなるのをその目で見てきたからである。
「あ、雨やんだねー」
「ほんとだ。これなら傘も必要ないな」
京佳と早坂は空を見上げた。先ほどまでどんよりとした雨雲だったのに、今では晴れ間が見え、思わず1枚写真を撮りたいくらい見事な虹が出ていた。
「じゃ、あたし帰るねー」
「あぁ、ジュースありがとう、早坂」
「いいって、じゃねー」
早坂は京佳に別れの挨拶をしてその場を立ち去った。そして京佳も自販機コーナーから移動し、帰路に着いた。
(かぐや様…本当に今のスタンス変えましょうよ…逆転負けもありえますよ…)
帰路に着いていた早坂は、改めて立花京佳という生徒が主人のかぐやにとって強力な恋敵である事を再認識した。普通なら、意中の人が自分ではない人と相合傘をしているのをみれば折れるだろう。
しかし、立花京佳は落ち込みこそしたが、決して折れなかった。それだけではなく、より一層努力を重ねると宣言したのだ。これほどとは思わなかった。
(今日もかぐや様を説得しないとなぁ…まぁ、聞き入れないんだろうけど…)
早坂は屋敷に帰ったら、改めてかぐやを何とか説得しようと考えた。何としてもかぐやに素直になって貰わないと、いつの間にか京佳が白銀を取る可能性も十分にある。それが早坂の見解だった。
(でも2人とも羨ましいな…人をあんなに好きになれるなんて…)
帰路に着いている途中、早坂は少しだけかぐやと京佳が羨ましくなった。
今回は初めて少しシリアスっぽい展開に挑戦しました。
おかげで京佳さんがなんか重い感じになったかも知れないけど、これくらいならまだ大丈夫だよね?
次回は水着アビ〇イル引けたら。
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石上優とガチャ宗教
ガチャは悪い文明。
追記:9月4日 活動報告を書きました。
「会長、お願いがあります」
「どうした石上、改まって?」
ある日の生徒会室。かぐやと京佳が長椅子に座って資料を纏め、白銀が机で書類にペンを走らせている時、石上が真剣な顔で白銀に話しかけてきた。白銀は、もしや何か重大な事でもあるのかと想い身構えた。そして石上は一度深呼吸をし、ポケットからスマホを取り出して―――
「十連ガチャやってくれませんか!?」
「は?」
白銀に頭を下げながらスマホを白銀に差し出した。
「すまん石上…ガチャとはなんだ?」
「あ、ガチャっていうのはですね…」
十連ガチャ
近年急速に発展したソーシャルゲームにおける有料のくじ要素である。ソーシャルゲームでは様々なキャラクターと共に冒険をするというものが多いのだが、共に冒険をするキャラクターの殆どは、ガチャで自分が当てるしか無い。そのキャラクターを当てる要素が十連ガチャである。
また、十連ガチャをするためには特別なアイテムが必要なのだが、それはゲーム内のストーリーやクエストをクリアすると貰える。しかし、自分でお金を払い手に入れることも可能だ。そのため、稀に自分がどうしても当てたいキャラクターのために大金をつぎ込む人もいるくらいである。
「成程。ようは宝くじみたいなものか」
「大体あってます」
石上の説明を聞いた白銀はとりあえず十連ガチャというものを理解した。しかし、石上がどうしてそれを自分に頼むかという疑問が残っため、更に石上に質問をした。
「で、何でそれを俺に頼むんだ?自分でやればいいだろう」
「簡単にいうとジンクスです」
「ジンクス?」
「十連ガチャにはガチャ宗教っていうジンクスがあるんです」
「宗教…なんか怖いな」
「そのうちの一つに『他人教』ていうのがあります」
「他人教?」
「自分じゃなくてそのゲームを全く知らない人にガチャを引かせる事によって、お目当てキャラを引き当てることができるっていうやつです」
石上は説明をした。ようはただのジンクスである。それを聞いた白銀は少し考えを巡らせた。石上の説明を聞く限り、自分が金銭的にダメージを負う事などない。しかし自分が十連ガチャを引いて、大したものが当たらなかった場合、石上に嫌な思いをさせてしまうのではないか?という思いが白銀の中にあった。だが、大切な後輩のお願いを無碍にすることもできない。白銀は数秒考えたのち―――
「わかった。やろう」
「ありがとうございます、会長」
石上のお願いを聞く事にした。そして白銀から了承を得た石上はお礼を言い、白銀が使っている机に上にスマホを置いた。
「で、結局俺は何をすればいいんだ?」
「簡単です。この画面の右側の『10回引く』ていうのを押してくれればそれでいいです」
「成程。因みに石上が当てたいキャラクターってのはこの左に写っているやつか?」
「はい。性能が凄いんですよ。おまけにイラストも僕の好きなイラストレーターさんが描いてますし」
白銀がガチャの操作と石上が欲しがっているゲームキャラを聞き、石上がそれに丁寧に答えた。そしてそれを長椅子に座っているかぐやと京佳は特に口を開くこともなく、黙って聞いていた。興味が無いし、石上の言っていることがよくわからないからである。
「お、なんか出たな」
「あ、このキャラですか。もう既に持っているやつですけど、これで必殺技の威力があがりますね。ありがとうございます」
「そうか、大外れとかじゃなくてよかったよ」
白銀のガチャ結果は、石上が未所持のキャラを当てる事が出来きたのでそれなりとなった。
(お金を賭けてまでゲームをするなんて、理解できませんね…)
かぐやは石上がゲームにお金を賭ける事が理解できないでいた。藤原が、偶に生徒会室に持ってくるテーブルゲームなどを購入する時にお金をかけるのはわかるが、当たるかどうかもわからないガチャというものにお金を出すことが理解できない。そんな考えだった。
(いえ、待ちなさい。これはひょっとしてチャンスなんじゃ?)
しかしかぐやは、ガチャというものにある可能性を見出した。
(もしも、例えゲームでも、私が1回で大当たりを出したら…)
――――――
『四宮先輩凄いです!大当たりですよ!』
『流石四宮だな。まるで幸運の女神だ。私にはとても無理だよ』
『ふふ、そんなことありませんよ』
『いや!運というのは非科学的ではあるが重要なファクターの1つだ。こういう結果を出せる四宮はやはり素晴らしい!』
『そ、そうでしょうか…?』
『ああ!俺の人生の全てを四宮に
『か、会長!それは…!』
『俺と付き合ってくれ四宮!そして、俺だけの女神になってくれ!』
『か、会長…!』
――――――
(なんてことになるはず!!)
そうはならんだろうと思うが、かぐやの中ではそうなる予定である。相変わらず、この四宮家のご令嬢は稀にアホになる様だ。かぐやは直ぐに立ち上がり、石上に近づいた。
「石上くん?私もそれやってみていいですか…?そういうのを1度もやったことなくて…」
「え?し、四宮先輩もですか…?」
「どうしました?何か問題でも?」
「いえ!なんでもありません!是非どうぞ!!」
「ふふ、ありがとうございます」
何故か石上が少し怯えてるように見えたが、かぐやは特に気にする事もなく、石上からスマホを受け取り、先ほど白銀がやっていた様に『10回引く』と書かれている部分を押した。
(まぁ、私は四宮家の娘。生まれ持ったものというのがあります。石上くんの言うレアキャラというのも簡単に引き当てるでしょう…)
かぐやには自信があった。なんせかぐやは自他共に認める天才だ。あらゆる事をかなりのレベルでこなし、他の者が出来ないことも簡単に出来てしまう。そしてそれらを、特に努力せず成し遂げる生まれ持った才能というものがある。であれば、運という要素も持っていても不思議はない。ならばこそ、宝くじのようなガチャも簡単に引き当てる事ができるだろう。少なくともかぐやはそう信じて疑っていなかった。しかし結果は―――
「石上くん?これはどういう結果でしょうか?当たりというものですか?」
「うっわ。イベントアイテムすらないゴミですねこれ」
「そ、そうですか…」
イベント限定のアイテムすら出ないありさまだった。爆死である。最も十連ガチャではよくある事なのだが。
(しょ、所詮ゲームですし…気にする必要なんてありません…)
かぐやは石上にスマホを返しながら、先ほどとは掌を返し正反対の事を思った。
「そうだ、立花先輩もどうですか?」
「では1回…」
かぐやからスマホを受け取った石上は、今度は長椅子に座っている京佳にスマホを手渡した。石上からスマホを受け取った京佳は、白銀とかぐやがやったように『10回引く』という部分を押した。
「お、イベントアイテム出ました。これ結構使えるんですよね」
「そうなのか?私には全くわからんが…」
結果はそこそこ。京佳は期間限定でしか排出されないアイテムを出すことに成功した。
(嘘でしょ?ひょっとして私は幸運じゃなくて不運を持っているんじゃ…?)
かぐやは冷や汗を流した。自分は大した結果ほ出さず、白銀と京佳はそれなりの結果を出したからである。その結果、自分は幸運ではなく不運というものを纏っているのではないかと思い始めた。
(ま、不味い…!このままじゃ…!)
――――――
『全く、俺と立花は同じ条件で良い結果を出したというのに…四宮は使えないやつだな』
『ほんとですよ。四宮先輩はまるで疫病神か貧乏神ですね』
『四宮、すまないがお祓いに行ってきて、その不吉な瘴気を落とすまで生徒会室に来ないでくれ。皆に不幸な出来事がおこるかもしれない』
『立花の言う通りだ。どこかの神社でお祓いに行ってこい。それまで俺に近づくな四宮』
『そ、そんなー!』
――――――
(なんてことになるかもしれない…!どうにかしないと…!!)
ただの被害妄想でしかない。少なくとも、現生徒会メンバーは誰一人そんなことは言わない。かぐやがそうやって人知れず焦っている時、生徒会室の扉が開いた。
「あれー?皆さん何してるんですかー?」
ゆるふわ書記、藤原登場。
生徒会室に入ってきた藤原はそのまま石上と京佳に近づいた。そして石上が持っているスマホを見て理解した。
「それはひょっとして、ガチャと言われているやつですか?」
「あ、藤原先輩は知ってるんですね」
「やったことはありませんけどねー」
藤原は石上が持っているスマホから見える画面に興味津々だった。家の事情でそういったゲームができないからだ。TG部のメンバーがやったりするので知識だけはあるのだが。
「藤原先輩も一回どうですか?」
「え?いいんですかー?じゃあ遠慮なくー」
石上に言われた藤原は『10回引く』と書かれている部分を押した。家の事情で禁止されているが、これは自分のスマホではないから問題ないと判断したためである。
「あれ?なんか虹色に光りましたね?」
「え?」
するとガチャ画面が虹色に光りだした。そして次の瞬間、石上が欲しがっていたキャラクターが出てきたのだ。
「マジで!?」
石上は驚愕した。既に白銀、かぐや、京佳と合わせて三十連しているがどれもかすりもしなかった。そのため、やはり当たる訳ないと思っていたのだが、ここにきて急にお目当てのキャラが当たったのだ。驚かない方が無理である。
しかも、ただお目当てのキャラが当たっただけでは無かった。キャラクターの登場シーンが終わり、ガチャ結果画面に映った時、石上は再び驚愕した。
「うっそだろ!?十連で3枚抜き!?」
「へ?」
まさかの3枚抜きである。それも全て石上が欲しがっていたキャラで。
「よかったな、石上」
「はい!」
近くにいた京佳が石上に祝福の言葉を送り、石上は元気よく返事をした。
「藤原先輩!本当にありがとうございます!!今度何か奢らせてください!いやマジで!!」
「え?あ?ふえ?」
石上は藤原に感謝の言葉をのべ、、両手を握って上下にブンブンと揺らした。これほどの結果が出たのだ。テンションは上がるしその結果を出した藤原に感謝をするのも当然だろう。
故に本気で藤原に何か奢るつもりだった。あまりに高級なものは勘弁だが。一方藤原は何が何だかわからない顔をした。
(そうだったわ…藤原さん…こういうのが何故か強いんだった…)
そしてかぐやは、藤原がこういった事がどういう訳か強いのを思い出していた。
因みに数日後、石上は藤原に有名な店のケーキを奢った。それなりの出費だったが、お目当てのキャラを3枚抜きしてくれたことに比べれば安いものだと石上は思った。
偶にはこういうネタ回もいいかなって…
次回も頑張って投稿したい。
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四宮かぐやは失恋する
(今日は良い天気ですね。これだけ天気が良いと、何か良い事があるかもしれません)
放課後、かぐやは生徒会室に続く廊下から外を見ながら歩いていた。昨日まで連日雨だったというのに本日は晴天。本当に何か幸運な事でもありそうである。
(藤原さんは家の用事、石上くんも用事があるといってましたし、久しぶりに今日は会長と立花さんの3人だけですか…)
先ほどかぐやには、藤原と石上の両名から本日は生徒会の業務を欠席すると連絡があった。それゆえ、今日は珍しく白銀、かぐや、京佳の3人での業務となる。かぐやは出来れば白銀と2人っきりで居たかったのだが、さすがに生徒会の業務に支障が出る可能性がある為自重した。
そしてかぐやが生徒会室の扉に手を掛けたその時―――
「付き合ってくれ、白銀」
「ああ、いいぞ」
生徒会室の中からそんなセリフが聞こえた。声の主は間違いなく京佳と白銀だった。そして今の2人のセリフが意味するもの。それは告白に他ならない。
「……」
瞬時にそれを理解したかぐやは、黙ってその場から走り去った。
「それで、どうしたんですか?かぐや様?」
「……」
「かぐや様ー?起きてますかー?」
「……」
「せめてなにか一言言ってください…」
「……」
あれから自宅に戻ったかぐやは、着替えもせず、夕食も食べず、風呂にも入らず、自室のベットの上でうつ伏せになっている。流石にこれはおかしいと思った早坂が、何度もどうしてそうなったのか理由を聞いているのだが、かぐやは一切反応を示さない。そして早坂が質問を続ける事1時間、とうとうかぐやが口を開いた。
「……終わったのよ…」
「はい?」
「何もかも…終わったのよ…」
「いや本当に何があったんですか…?」
しかしその声にいつものような覇気は一切ない。まるで蚊が鳴いてそうな声である。早坂は主人のあまりの弱弱しさを目の当たりしたため、本気で心配し始めた。そしてかぐやの口から衝撃の事実を聞く事となる。
「今日…立花さんが…会長に告白したわ…」
「…は?」
「そして会長は…その告白を受け止めたわ…」
「え!?ちょ!!それマジですか!?」
「えぇ…この耳でしっかりと聞いたもの…」
かぐやから発せられる衝撃の事実に、早坂は思わず声を荒げる。それも仕方ない。早坂からみても、かぐやと白銀は両想いにしか見えていなかった。どちらかが素直になれば直ぐに恋人となるだろうと。だがその読みが外れたのだ。それも自分が最も懸念していた『立花京佳と白銀御幸が恋人になる』という最悪の結末で。
そしてかぐやから話を聞いた早坂は理解した。つまりかぐやがこんな状態になっているのは、失恋をしているのだと。
「明日から…しばらく学校休もうかしら…」
「休んでどうするんですか?」
「知ってる早坂?インドに旅行へ行くと…色々価値観が変わるらしいわよ?」
かぐやは未だにベットにうつ伏せの状態で、学校を休んでインドへ旅行へ行くと言い出し始める。もし本当に行けば、どっかの誰かが数か月後に行くのをはるかに上回る形になるだろう。
早坂もかぐやがかなり弱っているのを理解し、いっそ暫くは学校から距離を置くべきではないかと思い、かぐやの考えに同調することにした。
「まぁ、失恋したのであれば…そういう傷心旅行もありかと「待ちなさい早坂」はい?」
しかし早坂がかぐやの考えに同調しようとした時、かぐやがベットから起き上がり、早坂の言葉に割って入ってきた。
「私は別に失恋なんてしていません」
「はい?」
「これはただ会長と立花さんが付き合っていると考えると、胸が苦しくてなって心が痛くなって涙が出そうになっているだけよ!決して失恋なんかじゃありません!」
「いや、どう考えても失恋でしょそれ」
「違うわよ!そもそもこれが失恋だっていうなら、そんなの私が会長の事を好きだったみたいじゃない!」
「えー…」
そして自分は失恋などしていないと言った。この四宮家のご令嬢は、この期に及んでまだ自分の気持ちを偽っているのだ。ここまできて尚も自分に素直にならないかぐやに流石の早坂も呆れた。
「私は別に会長の事を好きでもなんでもなかったもの!会長と立花さんが交際しようと関係ありません!!」
かぐやは早坂に強くそう言い放った。あくまでも、自分は白銀の事など好きではないと。
しかし―――
「…じゃあどうしてそんな泣きそうな顔をしているんですか?」
「っ!!」
早坂に言い返され、再び口を閉じるかぐや。
早坂が口にした通り、かぐやは今にも泣きだしそうな顔をしている。まるで大事にしていた宝物を無くした子供のように。かぐやは暫く口を閉じていたが、暫くしてゆっくりと口を開いた。
「わかんない…」
「……」
「わかんないのよぉ…」
そして、とうとうかぐやは泣き出した。白銀が京佳に取られたという事実。これがかぐやの心をかき乱しており、そのせいで考えが一切纏まらず、もう心の中はぐちゃぐちゃだった。それゆえ、心が限界を迎え、とうとう色んなものが決壊したのだ。
「泣かないでください…かぐや様…」
「ひっぐ…えぐ・・・」
早坂はかぐやを自分の胸に抱きよせて、頭を優しくなで始める。そしてかぐやも、早坂に思いっきり抱き着き、そのまま泣きじゃくった。
「かいちょう…とられちゃったぁ…」
「はい…」
「くやしい…くやしいよぉ…はやさかぁ…」
「はい…」
早坂の胸の中で泣きじゃくるかぐや。その姿はあまりにも弱弱しい。仮にかぐやの今の姿を、かぐやの事を知っている人たちに見せても、これがあの四宮かぐやだとは信じないだろう。それほど、何時ものかぐやとはかけ離れた姿だった。
その後もかぐやはひたすらに泣き、数時間後、泣き疲れて眠ってしまった。そしてその間、早坂は1度もかぐやの傍を離れる事は無かった。
翌日の放課後。
かぐやは紙袋を持って生徒会室に向かっていた。しかしその顔は少しやつれている。昨晩あれだけ泣きじゃくったのだ。心身ともに疲れるのも無理はない。
早坂からは今日は休んだほうがいいと言われたかぐやだが、根性で学校へ来ていた。全ては、しっかりと自分に踏ん切りを付けるために。
(お二人が交際を始めたのであれば、しっかりとそれを祝福しないといけませんものね…)
かぐやは、白銀と京佳の2人を祝福し、自分の気持ちとしっかり決別するつもりだった。そうしなければ、前に進む事などできない。四宮家の者として、停滞するなど許されないのだ。
しかし、生徒会室に向かうその足取りは重い。昨晩程ではないが、今もかぐやの心は乱されているからである。平静を保って、白銀と京佳に祝福の言葉を送れるかわからない。
(そもそも私は、会長の事を人として好きだっただけ…それ以上の感情なんて無い…無い、はずだもの…)
自分にそう言い聞かせながら、かぐやは生徒会室前にたどり着いた。そして一度大きく深呼吸をして、扉を開ける。
「いやー!昨日は本当にありがとうな立花!妹と親父も喜んでたよ!」
「いや、礼を言うのは私の方だよ白銀」
生徒会には白銀と京佳がいた。そして白銀は何やら機嫌がよさそうである。恐らく、恋人ができた事がうれしいのだろうとかぐやは思った。
「こんにちは会長、立花さん。随分と機嫌がよさそうですが、何かあったんですか?」
かぐやは何とか平静を保ちながら自分から聞く事にした。正直に言えば聞きたくない。何故なら辛い現実を目の当たりにしてしまうからである。だが踏ん切りをつける為にもここは自分から聞かねばならないと思い、意を決して聞いたのだ。
「ああ、実はな…」
そして白銀は、かぐやの質問に答えた。
―――――
昨日放課後
「白銀、ちょっといいか?」
「どうした立花?」
「これを見てくれ」
京佳が白銀に一枚のチラシを手渡した。そしてチラシを受け取った白銀はそれを読み始め、驚いた。
「米が半額だと!?」
チラシには『本日限り!お米が半額!』と書かれていたのだ。多くの人間にとって、生活していると最もお金がかかるのは食費である。そして日本人の主食はお米。それが半額。貧乏である白銀にとってこれは朗報だった。
「で、更に下の方を読んでほしいんだが…」
「ん?下の方?」
京佳に言われて白銀はチラシの下の方へ視線を下げた。するとそこには『ただし男女ペアに限る』と書かれていた。
「なんだこの少し面倒くさい条件は…?」
「そこのスーパーの店長の趣味らしい」
余談だが、このスーパーの店長は『男女のカップルが一緒に買い物をしているのを見るのが好き』というかなり変な趣味を持っている。その為、自分の趣味の為にセールを行う時にこの条件を出していた。因みに実際に買い物に来るのは若いカップルではなく殆どが夫婦である。
「そして白銀、頼みがあるんだが」
「大体想像つくが、言ってくれ」
白銀は京佳が何を言いたいが凡その予想がついていた。この会話の流れなら殆どの人間がつくだろうが。
「私の家も、そろそろお米が切れそうなんだ。だから条件を満たすためにも…」
「(スーパーへの買い物に)付き合ってくれ、白銀」
「ああ、いいぞ」
こうして白銀と京佳はお米を半額で手に入れる手段を手に入れた。そして学校帰り、2人で目的のスーパーで一緒に買い物をして帰った。そして、それを見ていたそのスーパーの店長は終始笑顔だったらしい。
―――――
「という事があってな。少し持って帰るのが大変だったが、本当に助かったんだよ」
白銀はかぐやへの説明を終えた。そしてそれを聞いたかぐやは―――
「そうだったんですか。それは機嫌が良いのも仕方ないですね」
満面の笑みでそう言った。なんせ白銀と京佳が付き合い始めた訳ではないことが分かったのだ。先ほどまでまで落ち込んでいた気分が消え去るのも当然である。
「そうだ、お2人とも。実は新しい紅茶を持ってきたんです。今から飲みませんか?」
かぐやは手にしていた紙袋を見せてそう言う。本当であれば、白銀と京佳のお祝いの品として持ってきた高級紅茶だったが、もう既にその必要もない。故に今この場で飲むことにした。
その後、終始笑顔で白銀以上に機嫌が良いかぐやが持ってきた紅茶を生徒会メンバー全員で飲んだ。
その日の夜 四宮家 かぐやの部屋
「という訳だったのよ。もう全く、会長も立花さんも人騒がせよね」
「……」
「それならそうと前もって私に言ってくれればよかったのに」
「……」
「そもそも冷静に考えたら、会長が私以外の女性を好きになるなんてありえませんものね。とんだ取り越し苦労よ」
「……」
「ん?どうしたの早坂?」
「いえ別に。よかったですねー。白銀会長と立花さんが恋人じゃなくてー」
「何よーその言い方はー」
早坂は自分の主人が今回の件で実は全く何も学んでいなんじゃないかと一抹の不安を覚えたが、とりあえず元気になったので今回はこれでいかと思い、かぐやへ投げやりな返答をした。
(あれ?でもこれって結局、会長と立花さんが買い物デートしていることになるんじゃ…?)
そしてかぐやは寝る直前、ふとそんな考えが頭をよぎった。
因みに購入したお米の持って帰り方
白銀 米を自転車のかごの中にいれて自転車を押して帰った
京佳 米を肩に担いで持って帰った。
次回は台風が過ぎて何もなければ…
詳しくは活動報告を
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立花京佳と勉強会
作者「この漫画読んだことある?」
友達「これか。気になってはいたけど読んではないな」
作者「なんか1巻の表紙とか怖いな…ホラー系?」
友達「2巻見る限りホラーではなさそうだけど…」
作者「じゃあヤンデレ系?4巻の表紙の子とかヤンデレっぽいし」
友達「わかる」
原作に対する第1印象がこれでした。
「京佳さん、ここはどうすればいいんですかー?」
「ここはこっちの文章を読み解けばいいんだ」
「あ!こっちですか!わかりました!」
「ねぇねぇ京佳~。ここの問題ってどうやればいいの~?」
「それはここの公式を使って…」
学園内にある図書室では、京佳が藤原と早坂の2人に勉強を教えていた。藤原には国語を。早坂には数学を。そして京佳は2人に教えながらも、しっかりと自分の勉強もしていた。普段ならこんな光景は見ないだろう。藤原はそもそもあまり勉強をしないし、早坂は四宮家での仕事がある為である。
どうしてこの3人が共に勉強をしているかというと、それは3日前に遡る。
3日前―――
「そういえば、そろそろ期末テストですが、皆さん勉強はしていますか?」
「ぴゅ~…ぴゅ~~…」
「藤原、吹けてないぞ?」
生徒会には生徒会メンバーが全員揃っていた。そして徐にかぐやが、来週に迫っている期末テストに話題を振ってきた。それに対して藤原が口笛を吹きごまかそうとするが、全然吹けておらず京佳に突っ込まれた。恐らく、全然勉強などしていないのだろう。藤原がそうやってごまかしている時、白銀がかぐやの質問に答えた。
「試験勉強なんて必要ないだろう。普段からしっかりと勉強をしていれば問題ない。大体、試験前だけ勉強しても身に着かないしな」
「確かに会長の言う通りですね。そもそも自分の実力を測る為のテストなんですから、自然体で受けるのが一番です」
嘘である。
この2人、テスト勉強なんて全くやっていないと言っているが、実際はかなり真剣に勉強をしている。白銀はバイトも休み十徹に達しようとしているし、かぐやは今度こそ白銀に勝つために本気も本気で勉強をしている。白銀とかぐやにとって、期末テストとはそれだけ重要な戦いなのだ。
「まぁ、石上くんは少しは勉強したほうがいいと思いますが…」
「確かにな…石上、君は確か前回ほぼ全ての科目で赤点だっただろう?今回は少しは勉強したほうがいいんじゃないか?」
「大丈夫ですよ。流石に今回は僕もちゃんと勉強しますって」
かぐやと京佳の言葉に石上は返答して生徒会室から出て行ったが、家に帰って勉強するつもりなど全くなかった。この間買ったばかりの新作ゲームの続きをするからだ。今の彼にとって期末テストなど2の次3の次である。
「うーん、確かに会長やかぐやさんの言う通りかもしれません…でも私、今回のテストで順位をまた下げたらお父様からお小遣い減らされちゃうんですよ…」
藤原が白銀とかぐやの言葉を真に受け始めた。実際、彼女はこれまでも2人の足の引っ張り合いに巻き込まれ、元々それなりだった成績を順調に落としている。
このままでは本当にまずい。故に今回は頑張りたいのだが、人が良いせいか、はたまたアホなのか、またしても白銀とかぐやの口車に乗ろうとしていた。
「なら藤原、私が勉強を教えようか?」
「へ?」
そんな藤原を見て、京佳が提案をした。
「いいんですか!?」
「ああ、人に教えると教える側も勉強になるしな」
「わぁ!ありがとうございます!京佳さん!」
そして藤原は京佳の提案を受け、勉強を教えて貰う事にした。少なくともこれで、前回より順位が下がる事はないだろう。その展開に、白銀とかぐやの2人が心の中で舌打ちをした。しかしかぐやは、舌打ちと同時に、京佳が意外な行動をしたと思っていた。
(立花さんの事だから、てっきりこの機会に会長から勉強を教えて貰うつもりかと思ってたのですが、杞憂でしたか…)
もし、京佳が白銀に勉強を教わるようになっていれば、かぐやはそっちが気になって勉強に集中など出来なかっただろう。だがその心配はなくなった。これでかぐやは自身の勉強へと集中する事ができる。
(ですが、一応保険は掛けときましょう)
しかしかぐやは念のために保険を掛けることにした。
放課後、京佳と藤原の2人は学園内の図書室に来て、テスト勉強を始めた。周りには2人以外にも数人、同じように勉強をしている。
「う~ん…やっぱり国語が難しいですね…私どうしても国語苦手なんですよー…」
「そう落ち込むな。誰だって苦手なものはある。少しでも勉強をすればその苦手が減るんだから頑張ろうじゃないか」
藤原は苦手な国語に頭を悩ませており、京佳はそんな藤原を元気付けていた。
「やっほー、京佳に書記ちゃん」
「ん?」
そうやって勉強をしている2人に、話かけてくる女生徒がいた。
「早坂じゃないか。どうしたんだ?」
「いやー、実はさー。ウチちょっと今回ヤバイんだよねー…だからさ京佳、ウチにも勉強教えてくんない?」
早坂愛である。
先ほど主人のかぐやから指令を受け、勉強を教えて貰うというていを装い、京佳と藤原の元を訪れたのだ。
「それは別に構わないが、そんなに危ないのか?」
「たはは…まーねー…このままだと、前回114位だった成績が更に下がるかもしれないんだよねー」
これは嘘ではない。実際早坂は自分が勉強をする時間が殆どない。それだけ、四宮家での仕事が忙しいからである。
そして早坂が前回の順位を言った時、藤原が言った。
「早坂さん、私より順位下だったんですねー」
「……へ?」
早坂にとって、聞き捨てならない事を。
「ね、ねぇ…書記ちゃん…書記ちゃんは前回のテスト何位だったの…?」
確認のため、早坂が藤原に質問をした。もしかしたら聞き間違いかもしれないと、一途の望みをかけて。しかし、現実は非情だった。
「91位ですよ?」
衝撃の事実!
何と早坂は、あの藤原より順位が下だったのだ。動きが予測できず、思考が全く読めず、知らないうちに場をかき乱し、今まで幾度となく早坂のミッションを壊滅に陥れたあの藤原よりだ。
この事実は早坂にとってあまりにも衝撃が大きかった。早坂はかぐやほど本気でテストを受けない。赤点を取り、補習さえ受けなければいいという考えだからだ。しかし、自分の順位が藤原より低いとわかったら話は変わる。流石にこれには負けたくない。
「京佳、マジで勉強教えて」
「ど、どうした早坂?いきなりそんなに鬼気迫る顔になって…」
「教 え て」
「わ、分かった。分かったから…」
こうして早坂は、かぐやの指令とは別に今回は割と本気で勉強をすることにした。そんな早坂の気迫に京佳はたじろいだ。
そして冒頭に至る。
テストまであと3日。藤原は苦手な国語を、早坂は前回ひどかった数学を京佳から教えて貰いながら着々と勉強をしていた。
「そういえばさー、京佳は前回何位だったっけ?」
問題を解き終わった早坂が京佳に質問をした。
「前回は12位だな。今回は10位以内を目指している」
「いやー、京佳さん流石ですねー。私にはとても無理ですよー」
早坂からの質問に京佳が答え、藤原はその答えに脱帽した。京佳は学年内でも優秀な成績を残してきている。入学してから順位が20位より下になったことは一度もない。白銀ほどではないが、日ごろの地道な努力のたまものである。
「でもさー京佳。本気で10位以内を目指すんだったら白銀会長とかに教えて貰った方がいいと思うよー?」
ここで早坂が動いた。今でこそ京佳から純粋に勉強を教えて貰っているが、元々はかぐやから動向を探れと指令を受け、この場にいるのだ。故に、京佳の内情を探るべく質問をしたのだ。仮に、この後京佳が白銀に勉強を教えて貰おうとするのであれば、あの手この手で妨害するつもりでいた。
「できれば教えて貰いたいが、白銀の勉強の邪魔をしてしまうからな」
「え?邪魔?」
しかし、京佳は早坂からの質問を否定した。
「どういう意味ですかー京佳さん?だって会長はテスト前は勉強をしないって言ってましたよー?」
藤原は京佳の言葉に疑問を感じた。白銀は試験前には勉強をしないと聞いているからだ。
「いや、あれは建前だよ。実際はちゃんと勉強をしているさ」
「そうなんですか!?」
「ああ、白銀の目元の隈がいつもより酷かったからな。恐らくいつも以上に勉強をしているぞ?」
京佳は藤原に自分が思ている事実を伝えた。実際、今の白銀は目つきがいつもより数倍鋭くなっている。睡眠時間を削っている何よりの証拠だ。
(かぐや様もだけど、立花さんもちゃんと見ているんですね…)
早坂は京佳が白銀の事をちゃんと見ている事を知りそんな事を思った。主人のかぐやも昨夜同じ事を言ったからである。
因みにこの後、藤原が『会長に嘘つかれましたー!!』と泣き出したので、京佳と早坂が2人で藤原を何とか宥め、『何か理由があったのだろう』と吹き込み、藤原を納得させた。
「9位か…とりあえず目標は達成できたな」
立花京佳 9位
テストが終わり、結果が発表されたその日。京佳は、藤原と早坂の2人に勉強を教えながらも、目標であった上位10位以内に入る事に成功した。
「京佳さん!ありがとうございます!おかげで成績が前回よりあがりました!!」
「ほんとありがとねー、京佳ー。おかげでなんとかなったよー」
藤原千花 60位
早坂愛 50位
「それはよかった。これで2人の成績が下がっていたら本当に申し訳なかったよ」
そして京佳に勉強を教えられた藤原と早坂は前回より順位が上がっており京佳はひとまず安堵した。成績が上がったおかげで、藤原は父親から褒められ、おこづかいを減らされることが無くなり、早坂は前回よりも大幅に順位を上げただけではなく、藤原より上の順位となり、更には成績優秀者上位50名の中に名前が載っていた。
因みに、この結果を知った早坂の主人であるかぐやは家に帰ったら問い詰めようと心に決めた。
放課後 生徒会室
「テストも終わったし、これで少しはゆっくりできますねー」
「そうっすね。まぁ、どうせすぐ生徒会の仕事をいっぱいしなきゃですが…」
「石上くん?空気読みましょ?少しは余韻に浸らせてくださいよ」
生徒会にはテストを終えた現生徒会メンバーが全員揃っていた。因みに石上は今回も赤点だらけであり、補習が決定している。
(今回も…会長に勝てなかった…)
かぐやは今回も本気の本気でテストに挑んだのに、白銀より順位が下だった事にショックを受けていた。生徒会室に来るまでに、人気の無いところで地団太を踏んだりしていたので幾分マシにはなっていたのだが。
「白銀、少しいいかな?」
「なんだ立花?」
かぐやが落ち込んでいるその時、京佳が問題集を手に白銀に話かけた。
「今回のテストにも出たこの問題が少しわからなくてな、教えてくれないか?」
「ん?ここか?ここはだな…」
そして白銀に勉強を教わりだした。
(しまった!そういうことですか!?)
かぐやが京佳の真意に気づいた時にはもう遅かった。白銀と京佳は生徒会室の長椅子に隣同士に座り、白銀が京佳に勉強を教えていた。かぐやは数日前に、早坂から『問題無し』という報告を受けている。それは京佳が白銀からテスト勉強を教わる事は無いという事に他ならない。その報告にかぐやは安心し、おかげで自分のテスト勉強に集中できた。
しかしそれは間違いだった。早坂の報告には間違いは無い。実際京佳は『白銀の邪魔をしてはいけないからテスト前には勉強を教えて貰うつもりは無い』と言っている。だが京佳は今、白銀から勉強を教わっている。
これはつまり『テスト前には勉強を教わらないが、テスト後なら教わる』ということだったのだ。
(って!2人共すっごい真剣にやってるし!こんなの今更間に入る事なんて出来ないじゃない!もし無理やりにでも入ったら『空気読みましょ?』って言われそうだし!)
既に白銀は京佳に真剣に勉強を教えている。しかも肩と肩が触れ合うかどうかという近距離で。その光景に、思わず握りこぶしを作るかぐや。
(やはり立花さんは色々と目障りね…そうやって身体を接近させて会長に近づくなんて、まるで蛇じゃない…殺虫剤でも吹きかけてやろうかしら…?)
(し、四宮先輩、一体どうしたんだろ…!?)
かぐやは京佳に対して殺気を漏らした。そしてそれをたまたま見た石上は恐怖で震えた。
今回のテスト結果
白銀御行 1位
四宮かぐや 2位
立花京佳 9位
早坂愛 50位
藤原千花 60位
石上優 177位
オリ主に対する格キャラの印象
白銀 『同じ混院の生徒。親近感が湧く』
かぐや 『目下最大の障害。でも色々と認めている部分はある』
藤原 『大事なお友達。あと肩こり仲間』
石上 『かっこいい先輩。舌からビームとか出しそう』
早坂 『スパイ対象。でも最近は普通に友達として接してる』
眞妃 『多分同類。一目見た瞬間仲間と思った』
通算UA4万突破しました。他にもお気に入りやコメントや評価や誤字報告など、本当にありがとうございます!
相変わらず拙い文章ですが、これからもよろしくお願いします!
次回も頑張ります
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白銀御行と幸せの象徴
苦手な方はご注意ください。
あと一応キャラ崩壊かも?
立花家 浴室
「はぁ…」
湯船につかっている京佳は、思わずため息をついた。
(どうしたものか…)
京佳のため息の原因、それは白銀である。この数か月、色々と積極的に動いてはいるが、未だに白銀を自分に振り向かせる事はできていない。恋敵であるかぐやのほうは、少しずつではあるが、着々と白銀との距離を縮めている様に感じる。少し前の相合傘などがいい例だ。
このままでは、自分の恋は実る事など無く終わってしまう。何とか打開策が欲しいと京佳は考えていた。
「…………」
京佳はふと、お湯に浮いている自分の胸をみた。そして思い出した。数日前に今は別の高校に通っている友人から言われたことを。京佳の友人はこう言った。
『男の子なんて皆スケベなんだからさ、少しドキっとすることやったら簡単に落ちるんじゃない?』
これはある意味正解である。
男は女に比べると性欲というものが強い。もしも、かわいい女が近くに居て、その女が自分に対して色々とスキンシップをしてくれば、男はその女と如何わしい事をしたいと思うものだ。その結果として、恋人になりたいと思う人も確かに存在する。悲しいが、男という生き物はそういうものである。
(一応、水着ではそういう作戦は考えてはいるが…)
京佳も水着で白銀を悩殺する作戦は考えていた。しかし、夏休みに白銀に水着を見せる機会があるかはわからないし、もしかすると一度も会う事が無いまま夏休みが終わる可能性もある。そして、何一つ進展の無いまま2学期を迎えるかもしれない。そう考えた京佳はお湯に入っているのに寒気を感じた。
(それは嫌だな。打てる手は何でも打っておこう…)
そして京佳は、早速明日の放課後にでもある作戦を実行することにした。
翌日の放課後 生徒会室
この日、生徒会室には白銀と京佳の2人だけしかいなかった。かぐやと藤原は部活に行っており、それが終わるまでこれず、石上は家で会計の仕事をするため、さっさと帰宅した。
「しかし、今日も暑いなぁ白銀…」
「全くだ。これから夏本番が来ると思うと更に嫌になる…」
京佳と白銀は、生徒会室にある長椅子にそれぞれ向かい合う様に座った状態で仕事をしながら会話していた。未だに梅雨は開けておらず、ジメジメとした日が続いており、梅雨が明けると今度は夏が来る。日本の夏は湿度が高いため、かなり暑く感じる。更に最近は地球温暖化の影響もあって、最高気温もどんどん上がっている。今からそんな日が来ると思うと少し憂鬱になるのも仕方ない。
「あぁ、こう暑いと本当に嫌になるよ…」
そう言って京佳は制服の首元に指をかけ、パタパタとはたき始めた。そのせいで京佳の谷間が見えそうになっている。また、首元をはたいているため胸も少し揺れていた。
「そ、そうだな…確かに嫌だよな…汗でベタついたりとか…」
白銀は書類に目を落としてそう言った。しかし、声に少しだけ動揺が見えた。
(ふむ…やはり白銀も男という事か…)
京佳が今回実行した作戦。それは『色仕掛け』である。
何度も言っている事だが、京佳は非常にわがままな体つきをしている。大きな胸にくびれたお腹。そしてモデル並みの長くて細い脚。180cmという大抵の男より大きい身長と、顔の左側にしている眼帯のせいで人相が悪く見えるが、それすらかっこいいと思う人が沢山いる。つまるところ、立花京佳は非常に魅力的な女性なのだ。
そして白銀は健全な男子高校生だ。例え学園模試で1位を取り、生徒会長として様々な仕事をこなしていいても、健全な男子高校生なのだ。異性である京佳の突然の仕草にドキっとするのも仕方がない。そして京佳は白銀のそんな反応を見逃さす、再び仕掛けた。
「っと、しまった。消しゴムが…」
京佳はわざと消しゴムを床に落として、それを拾うため椅子から立ち上がり、少しだけ勢いをつけて前にかがんだ。すると京佳のスカートの後ろ側が勢いをつけた分、思わず下着が見えそうなくらいにめくれ上がった。その結果、京佳の太ももが一瞬だけ露になった。
「っ…」
白銀は直ぐに顔を背けた。正直なことを言うと、見てみたいという思いもあった。しかし、もしここで見てしまい、それが京佳にバレてしまったら、間違いなく生徒会長としての威厳が地に落ちる。更にもしその事がかぐやにでも知られれば、全てが終わる。それゆえ、見てみたいという欲望を必死で抑え込み、視界を外した。
だが、そんな白銀の想いを知らない京佳は更に仕掛けてきた。
「白銀、この書類のここにサインをくれ」
「ど、どこだ?」
「ここだ」
京佳は前かがみになって、白銀に書類を見せ手でサインする場所を教えた。白銀の目の前には、前かがみになっている京佳の大きな胸が映った。先ほどから色々と京佳が動いたせいで、白銀は普段は殆ど意識しない京佳の胸を思わず凝視してしまった。
しかしそれも一瞬。白銀は直ぐに書類を受けとり、必要な個所へサインを書き始めた。
(な、なんだ?今日の立花なんか変な感じがするぞ!?てか立花ってこんなに無防備だったか!?)
京佳の作戦の効果は抜群だった。実は白銀、結構なムッツリである。もしもかぐやと付き合えたら、絶対にエロいことをしたいと思ってたりする。そんなムッツリな思春期の白銀に、京佳の色仕掛けはまさに効果覿面だった。
(いやしかし、藤原書記もそうだが立花もかなりの大きさが…っていかんいかん!煩悩退散煩悩退散!!)
自分のエロイ部分の欲望を必死で取り払う白銀。何があってもここでボロを出さないと必死である。そして京佳を視界から完全に外し、長机に積み上げられている書類に集中した。
(効果はあるようだが、思ってたより恥ずかしいなこれ…)
一方、京佳は恥ずかしがっていた。自分で決めて決行した色仕掛け作戦だったが、普段慣れていない行動をしているからである。
しかし、白銀にもこういう仕掛けが効果があるとわかったので、満足はしていた。これならば、水着作戦も効果が期待できそうだ。その為にも、夏のどこかで作戦を実行できるようにせねばと決意した。
(しかしこれ以上はあざとい女と思われるかもしれないな…この辺でやめとこう…)
京佳は作戦終了を決断した。あまり色仕掛けをやりすぎると白銀から悪い印象を受けるかもしれない。こういうものは引き際が大切なのだ。作戦を終了させ、色々と収穫もあった京佳は資料を持って長椅子から立ち上がった。
突然だがメドゥーサという怪物をご存じだろうか?
ギリシャ神話に登場する怪物であり、ゴルゴン三姉妹の末の妹だ。髪の毛が蛇になっており、口には大きな牙を生やしている。彼女を直視した人間は、恐怖のあまり石化すると言われている。
しかし彼女は、元々は絶世の美女だった。だがある日、女神アテナの神殿で海神ポセイドンと恋のABCのCを行ってしまった。それを知った女神アテナが、神聖な神殿を汚された思い激怒。その結果、女神アテナにより醜い怪物にされてしまったのだ。
そしてここは秀知院学園の生徒会室。生徒会室は度々神聖な場所と言われることがある。そんな場所で京佳は白銀に色仕掛けを決行。
結果、罰が当たった。
「ぬあっ!」
資料を棚に運び、長椅子に戻ろうとした京佳は突然躓き、そのままバランスを崩して大きな尻もちを着いてしまった。
「いっつ…」
「大丈夫か!?立ば…な…」
尻もちを着いた京佳に白銀は声をかけ、そして言葉を失った。今、白銀の目にはあるものが映っているからだ。それは京佳が少しだけ大きく開いた長い脚の先にあり、スカートの中にあり、太ももの更に奥にあるも白い布である。
(し、白のいちご柄…)
パンチラ
主に女性用下着が何らかの事情でチラリと見えてしまうことを意味するラッキースケベなイベントである。そしてそれは、全ての男たちにとっての幸せの象徴。普段見えないスカートの下に隠されている
「「っ!!」」
白銀の視線に気づいた京佳は慌ててスカートを抑え、そして京佳のパンチラを見てしまった白銀は視線を外し窓の方に顔を向けた。
「……」
「……」
沈黙が生徒会室を支配した。長椅子に座っている白銀は今は窓の外を見ており、尻もちをついていた京佳はスカートを押さえたままゆっくりと立ち上がった。
気まずい。
もし他の生徒会メンバーがいればこういう空気にはならなかっただろう。白銀も京佳も、今だけは藤原の手でも借りたい気分だった。
「し、白銀…」
「な、なんだ立花?」
「見たか…?」
「…………」
頬を赤く染めている京佳の質問に思わず口を紡ぐ白銀。そして白銀は考えた。正直に答えるか、ごまかすか。こういった場合の嘘が苦手な白銀は正直に『見た』と答え、謝ろうと思ったのだが、数日前に妹のスカートの短さを注意した時に『セクハラ』と言われたことを思い出した。
もし『下着を見た』と答えれば、それが原因でセクハラで訴えられるかもしれない。最近は少しの事で訴えらる世の中なのだ。十分にあり得る。そうなってしまえば生徒会長としてどころか、人として終わる。故に、『見ていない』と嘘をつくことにした。そうすれば、少なくともセクハラで訴えられることはないだろう。
「だ、大丈夫だ…見えていないぞ?」
「ほ、ほんとか…?黒い物とか見えなかったか?」
「え?白じゃ、あ…」
「……」
白銀は京佳の古典的なひっかけに見事にひっかかった。そして立ち上がり京佳に向かって、
「すいませんでしたあぁぁぁぁぁ!!」
90度の綺麗な角度で頭を下げ謝罪をした。
「本当にすまなかった立花!どんな謝罪でもするから訴えるのだけは勘弁してくれ!!」
「お、落ち着け白銀。訴えるってなんだ?」
「いや、だって、下着を見ただなんてどう考えてもセクハラじゃないか…」
「大丈夫だ白銀。この程度で裁判沙汰にするつもりなど全くないから…」
「え?そうなのか?」
京佳の言葉に少しだけ安堵する白銀。
「まぁ、例えばいきなり何の脈絡もなくスカートをまくられたら一発殴るくらいはするが、今回のこれは完全な事故だ。別に白銀自身に罪はないだろう?」
「そ、そうか。そういうものか……」
京佳の言う事は最もだった。スカートめくりとは違い、パンチラとは本人が意図しない形で起こる出来事である。それを偶々見てしまった白銀に非は一切ない。むしろ先ほどまで白銀に対して色々と色仕掛けをしていた京佳に非があるかもしれない。
(しかし立花の奴、意外と子供っぽい物を……はっ!俺は何を考えて!)
白銀は先ほど見てしまった京佳の下着を思い出していた。白銀の勝手なイメージでだが、京佳はてっきり黒い下着だと思っていたからである。
だが実際、京佳が履いていたのはいちご柄の下着だった。クールな京佳からは想像できない柄である。だが白銀は直ぐにそんな俗な考えを取っ払い、再び謝罪をした。
「立花、事故とはいえ、本当にすまなかった。男として最低なことをしてしまった」
「いや、いいさ。こちらこそすまない…」
姿勢を正し、頭を下げて心から謝罪をする白銀。そして京佳も、白銀の心からの謝罪を受け取った。
「まぁ、あれだ。できれば今見たものは、早めに忘れてくれると私も助かる…」
「あぁ、分かった。直ぐに忘れよう」
京佳に言われ、今見た事を忘れると約束する白銀。だが実際は、
(いや!絶対無理だから!俺も男子高校生だぞ!?ばっちり脳みそに記憶されちゃってるから!!直ぐには忘れられないから!!)
心の底から無理と断言していた。とてもではないが、暫くは忘れるなんて不可能だろう。なんせ、普段の京佳からは想像もできない下着だったのだ。ムッツリな白銀がその事を直ぐに忘れる事など、とてもではないが不可能に近い。
だが白銀は、時間が掛かってもちゃんと忘れるよう努力をしようと決めた。それが京佳に対する最大の謝罪と思ったからだ。
そして白銀が忘れるよう努力をしようと決意していた時、京佳が話しかけてきた。
「それと白銀、これはオフレコでお願いしたいのだが……」
「なんだ?」
「わ、私はいつもはこんな子供っぽい下着は履いていないからな!?今日は偶々洗濯していたやつがこれしかなくて、体育の授業も無く、着替えることも無いから別にいいかと思って履いていただけであって、何時もはもっとこう、フリルやレースの着いた黒や水色や…!」
「落ち着け立花!!お前今とんでもない事言っているぞぉぉぉぉ!?」
京佳は混乱していた。
色仕掛けをしていた時は心構えができていたからよかったが、予定外のラッキースケベなイベントが起こったせいである。そして普段履いている下着について喋りだし、それを聞いた白銀は急いで京佳を落ち着かせようとした。
その日の夜 白銀家
「煩悩退散煩悩退散煩悩退散煩悩退散・・・」
「おにいうるっさい!!」
白銀は京佳のパンチラが全く忘れる事ができず何度も煩悩退散と何度も呟いた。その結果、妹の圭に怒られた。
別の高校に通っている友人はそのうち出します。
次回はうちにボ卿が届いたら
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立花京佳とお見舞い
てか仕事したくない。
まぁ、宝くじ当てても仕事はするハメになると思うけど。
相変わらず拙い文章ですが、どうぞ。
生徒会室
「四宮が休み?」
「はい。なんでも高熱を出したらしくて」
「この時期に風邪か?珍しいな?」
生徒会室には、かぐや以外のメンバーが揃ってた。藤原曰く、かぐやは風邪をひいた為に、学校を休んでいるらしい。
「そういうことでお見舞いに行きましょう!」
「お見舞いにか?」
そして藤原は、皆にかぐやのお見舞いに行こうと言い出した。
「前に一度だけ風邪を引いたかぐやさんのお見舞いに行った事があるんですけど、かぐやさんって風邪をひくとすっごく甘えん坊になっちゃうんです!」
(甘えん坊…だと…!?)
「もう超可愛いんですよ~!素直でかわいいかぐやさんが見れるのは風邪をひいた時くらいなんです!どれだけ抱きしめても怒らないんですから~!」
「ふ、ふーん…」
「まぁ、風邪をひくと誰しも不安になるしな」
藤原の発言に思わず邪な妄想をする白銀。一方京佳は、風邪をひいたら不安になる事を口にする。その結果、藤原の過剰なスキンシップを拒む事をしないのだろうと結論づけた。
「なので、お見舞いを独り占めはどうかと思います!行くなら皆で行きましょう!」
「あの、藤原先輩。病人のところに大勢で行くのはどうかと思います。1人でよくないですか?」
「石上言う通りだな。大勢で押し掛けると絶対に迷惑になってしまう」
藤原の提案に正論を言う石上。そして京佳はそんな石上の正論に同調した。
「なら私が1人で…」
「いや待て藤原書記。ここは生徒会長の責務として俺が行くべきだろう。だから俺に任せてくれ」
「えー!そんなー!」
「大体藤原書記が行ったら四宮の病状が悪化するじゃないか。四宮にトドメをさす気か?」
「しませんよ!私を何だと思っているんですか!!」
(いや、しそうなんですけど…)
(酷い事を言うな白銀…わからないこともないが…)
藤原が行こうとしたのを白銀は阻止した。色々建前を口にしているが、本心は自分がかぐやのお見舞いに行って、甘えん坊なかぐやを見てみたいだけである。あわよくば、そのまま色んな看病イベントをしてみたいという邪な思いもあった。
「だったら…」
突然、藤原が生徒会室にある棚をあさり始めた。そして棚の中からトランプを取り出し、
「誰が行くか神経衰弱で決めましょう!」
お見舞いに行くのをゲームで決めようと言い出した。
四宮家 かぐやの部屋
「こうして名前もわからない不死身の彼は、世界を救うためでもなく、後継者として世界を照らすためでもなく、ただ自分の生を全うする為に、その体を材料に火を灯しました。そしてその結果、世界から不死身の呪いで苦しむ人はいなくなり、世界は平和になりましたとさ。めでたし、めでたし」
早坂はかぐやが寝ているベットの傍にある椅子に座りながら本を読み聞かせていた。
「かぐやさま、楽しかったですか?」
「うん。たのしかった…もっかいよんで?」
「ほんと勘弁してください。もう6回目なんですよ?この本長いのに…」
しかし、かぐやが何度も同じ本の読み聞かせを繰り替えしお願いするのでいい加減うんざりしていた。同じ本を何回も読み聞かせているというのもあるが、読み聞かせている本が長いためである。そんな時、来客を知らせる鐘が鳴った。
「すみません。来客のようなので少し失礼しますね」
「やだぁぁぁぁ…」
弱弱しい声で早坂を引き留めようとするかぐや。しかし早坂はそれを無視して、正門に仕掛けてあるカメラ映像を確認するべくタブレットを手にした。
「さて、一体だれが…はい?」
早坂が来客を確認する為タブレットを起動すると、そこには眼帯をしている長身の見知った女生徒がいた。
「これが四宮家別邸か…実際に見てみると本当に大きいな…」
京佳は鞄と紙袋を持った状態で四宮家正門前で別邸を眺めていた。インターホンを押して暫くすると、正面門が開き『どうぞお入りください』という声が聞こえたので、京佳は声に従い、真っすぐに正面玄関まで歩いて行った。
「ようこそ、四宮家へ」
(おお、メイドだ)
正面玄関前にはメイドがおり、スカートを摘まみ、頭を下げ、京佳にあいさつをしてきた。そして京佳は、初めてみる本物のメイドに少しだけテンションを上げた。
「始めまして。四宮かぐやさんと同じ生徒会に所属している、立花京佳と言います」
「これはご丁寧に。私は、かぐや様のお世話係を務めさせて頂いている、スミシー・A・ハーサカと申します。以後、お見知りおきを」
メイドの名前はハーサカというらしい。間違いなく初対面の筈なのだが、京佳は違和感を感じた。
「…あの、どこかで私とお会いして事がありますか?」
目の前にいるメイドのハーサカと初めて会った気がしないのだ。何となくだが、早坂に似ている様に感じる。
「いえ、私たちは初対面ですが?」
「…そうですか、失礼しました。知り合いに似ていたもので」
「いえ、お気になさらず」
しかしハーサカはそれを否定。京佳もそう言われてしまえば何も言い返せない。よって、友達である早坂と似ているだけの他人であると結論づけた。
(本当に鋭い…)
一方、ハーサカこと早坂は少しだけ冷や汗かいていた。危うく変装がばれたと思ったからである。なんとかごまかせたが、次からはもう少し変装に気をつけようと思った。
「して、今日はかぐや様のお見舞いに来たとお見受けしますが?」
「はい。その通りです」
ハーサカはこれ以上詮索されない為にも、自然な流れで話題を変え、それに成功した。
「それはありがとうございます。しかし意外でした。てっきりお見舞いにくるのは、かぐや様のお友達の藤原さんか白銀生徒会長がくると思ってたのですが…」
「えっと、実は…」
以下回想
『死にたいので帰ります…』
『そうですか、でも死なないでくださいね?』
『それじゃあ、俺は四宮への見舞いの品を何か…ん?電話?』
Pi
『はいもしもし。あ、店長、お疲れ様です。はい…はい…え!?今からですか!?』
『…?』
『会長、どうしたんでしょう?』
『い、いえ!特に用事は…え?バイト代倍出す?…………わかりました。直ぐに行きます』
『どうした?白銀?』
『…お世話になっているバイト先の店長から応援を頼まれた。何でも他の人たちが急用で皆これなくなったらしい…』
『えっと、会長。それじゃあ今からバイトに…?』
『…バイト代を倍出すと言われてな…あと、本当にお世話になってる人だし…』
『じゃあ、四宮へのお見舞いは…』
『すまん、行けない。代わりに立花と石上のどっちかが行ってきてくれ』
『(怖いから行きたくない…)えっと、僕はちょっと用事が…』
『なら私が行こう。この後特に用事も無いしな』
『すまん、立花。あとは任せた』
回想終了
「という事がありまして…」
「そんなことが…」
何て間が悪い。早坂が思った事はこれに尽きた。もし、当初の予定通り白銀がお見舞いにきていれば、主であるかぐやのために色々と動く事もできたというのに。
「それで、これが四宮さんへのお見舞いの品と、学校で配られたプリントです」
「いえ、それは立花さんが直接お渡しください」
「え?しかし…」
「かぐや様もご友人の顔を見れば安心するでしょうし、どうかお願いします」
「…わかりました」
京佳は、ハーサカーに言われ最初こそ躊躇したが、結局かぐやに直接見舞いの品等を渡す事にした。風邪を引いた人間は心細くなるものだ。そんな時に見知った顔をみたら、確かに少しだけ安心する。京佳自身も経験がある事だ。それに白銀にも頼まれている。ならばこそ、ちゃんとお見舞いをしようと思った。
「では、ついてきてください」
「わかりました」
ハーサカの後を着いていく京佳。四宮家別邸は別邸と言われてこそいるが、それでも普通に家よりはるかに大きい屋敷である。廊下を歩いて直ぐ部屋に着くということは無い。長くて広い廊下を歩く事1分。ようやくかぐやの部屋の前に着いた2人。
「失礼します、かぐやさ…ま!?」
ハーサカが扉を開けると、そこは物が散らかっている汚部屋だった。そしてそんな部屋の中心には、ラフな格好のかぐやがいた。
「何をしているんですかかぐや様!!」
「だってないんだもん」
「何が無いんですか?」
「はなび」
「はなび!?何で!?」
「あそびたいから」
「何言ってるんですか!全く!早くベットに戻ってください!!風邪がぶり返しますよ!!」
「あーうー…」
(甘えん坊というか、幼児退行じゃないかこれ?)
何時ものかぐやとは全く違う姿。藤原から『風邪をひいたかぐやは甘えん坊になる』と聞いてはいたが、予想の遥か上を行く姿を見てしまった京佳は固まっていた。
(というか風邪だったよな?何で肩だしノースリーブに短パンなんて恰好してるんだ?)
ついでにかぐやのやたらラフな恰好に心の中で突っ込んだ。
「ほら、お客様がお見えになってますよ」
「おきゃくさま…?」
ハーサカにそう言われ、顔を横に向けるかぐや。そこには、何て声をかければいいか未だに悩んでいる京佳がいた。
「…………」
「……たちばさしゃん?」
「や、やぁ。四宮…」
「なんでたちばなしゃんがここに!?もしかしてきょうからうちではたらくの!?」
「落ち着け四宮!別にメイドのバイトに来た訳じゃない!」
突然の来訪者に驚くかぐや。そんなかぐやを何とか落ち着かせる京佳。普段なら先ず見ない光景である。
「あの、ハーサカさん。これは一体?」
「…人の行動は『欲望』と『理性』で決定していると言われています。人間の本能は『欲望』を生み続け、『理性』はそれにブレーキを掛けている。ですが何かしらの理由で『理性』が失われたら、人は『欲望』にのみ従って動く存在、つまり『アホ』になります」
「…ジークムントフロイトですか?」
「博識ですね。その通りです」
京佳はあえてアホと言っていた部分には突っ込まなかった。
「かぐや様は普段頭を高速で回転させているため、こういった時の反動が大きいんですよ。一見起きている様に見えますが、実際はまだ夢の中みたいなものです。今何をしても何にも覚えてませんよ」
「そうですか…」
ペチペチとかぐやの頬を叩きながら説明するハーサカ。最後の部分は言う必要があったのか疑問が残る京佳だが、かぐやの現状については理解した。ようは酔っ払いと同じである。
「では、私は仕事がありますので失礼します。暫くの間、かぐや様のお相手をお願いします」
「あ、はい。わかりました」
ハーサカがそう言い部屋から出ていき、部屋にはかぐやと京佳の2人だけとなった。京佳はとりあえず、ベットの直ぐそばにあった椅子に座った。
「えっと、四宮。こっちがプリントで、こっちがお見舞いの品のゼリーだ」
「はなび?」
「いや、すまないが花火は持ってきていない…」
京佳は学校で配られたプリントと、四宮家に来る途中で買ったゼリーを出したが、かぐやはそれをいまいち認識できていないようである。ハーサカから聞いていたとおり、かなり弱っているようだ。
そんな時、
「たちばなしゃん…」
「何だ?四宮?」
「きょうね…きてくれてありがと…」
かぐやが突然、お礼の言葉を口にした。
「ひとりになるとね…すっごくさびしいかったの…だから、きてくれてありがと…」
「どういたしまして」
かぐやは自分の心のうちを少しだけ話した。普段のかぐやならば決してこんな事は言わないだろう。やはり、風邪をひくと誰しも心細くなるようだ。
「ところで、なんでわざわざきてくれたの?」
「友達が風邪をひいていたら、お見舞いくらい行くさ」
京佳とかぐやは恋敵である。かぐやは頑なに認めようとしないが、少なくとも京佳はそう思っている。しかし、同時にこの2人は友人でもあるのだ。仮に白銀に頼まれなくても、京佳はお見舞いに行くつもりだった。
「ありがと」
京佳からそう言われたかぐやは、小さい声でそう言った。
(何でだろう…今の四宮を見ていると、無性に頭を撫でてあげたい…)
そして京佳は弱ったかぐやの姿を見ているうちにそんな事を思うようになっていた。
普段は決して見せない弱弱しい姿。しかも風邪の影響で知能も下がっており、まるで子供の様である。そんなかぐやを見ているうちに、京佳の母性本能が刺激されたのだ。
そして京佳は、ゆっくりと手を伸ばし、かぐやの頭を優しくなで始めた。
「…ん」
(あ…なんか、いいなこれ…)
かぐやも一切抵抗せず、京佳から頭を撫でられるのを受け入れている。そして京佳はかぐやの頭を撫でるのが癖になりそうになっていた。それから暫くの間、京佳はかぐやの頭を撫で続けた。
「寝てしまったか…」
かぐやは京佳に頭を撫でられているうちに寝てしまった。その寝顔は凄く幸せそうである。学校では決して見ない顔だろう。そんな貴重なかぐやの寝顔を、京佳は暫くの間眺めて過ごした。その後、ハーサカが部屋にやってきて、京佳は再びその後ろについて行きながら正面門まで歩いた。
「本日は本当にありがとうございました。かぐや様も、ご友人の顔を見れたことで色々と安心したようですし」
「いえいえ、そんな…」
正面門まで京佳を送ってきたハーサカは、京佳に主人のかぐやにお見舞いに来てくれた事への感謝の言葉を述べた。
「どうかこれからも、友人としてかぐや様をよろしくお願いします」
「もちろんです」
京佳に、まるで嫁いでいく娘を頼むような言い回しをするハーサカこと早坂。主人のかぐやにとって、色々と強力な存在である京佳だが、かぐやが認めている数少ない友人なのだ。
なのでこの場では、その思いをくんでそう言う事にした。
「では、私はこれで」
京佳は頭を下げて、帰路につこうとしたそんな時、ハーサカが突然質問をしてきた。
「もしも…」
「?」
「もしも、貴方の友人が助けを求めたら、貴方はその友人を助けますか?」
「当たり前です」
ハーサカの質問に、間を置かず答える京佳。そんな京佳に、ハーサカは少しだけ目を見開いて、驚いた。
「私はこんな見た目です。そのせいで色々と言われたことがあります。ですが、こんな私にも、そういう事を一切気にせず接してくれる友人がいます。そんな友人が助けを求めているのなら、私は絶対助けますよ」
自分の左顔にしている眼帯を触りながら、京佳はそう言った。京佳は眼帯とその高身長のせいで人相が悪く見え、入学してからしばらくの間は喋りかけてくる人すらいなかった。
だが、そんな京佳にも友人はいる。京佳の見た目を一切悪く言わず、接してくれる友人がいるのだ。だからこそ、京佳はそういった友人を大事にする。
「…そうですか。突然こんな質問をしてしまい、申し訳ありませんでした」
「いえ、気にしてませんから」
「では、道中お気をつけて」
「はい。失礼します」
京佳はそう言うと、自宅への帰路に着いた。そしてハーサカは、京佳が見えなくなるまで頭を下げていた。
(何で私はあんな質問を?)
京佳が見えなくなり、正面門を閉じた早坂は変装を解いた。そして、先ほど自分からした質問に疑問を感じていた。京佳が友人を大切にする人という事は既に分かっていることだ。にも拘わらず、早坂はあのような質問をした。
(どうして?わからない…)
質問した意図を考えた早坂だったが、結局答えは出なかった。
相変わらずノリと勢いで書いてます。
いや、本当に物語作るの難しい…
誰か私に文才と構成力と閃きを…!
次回はBOXガチャが終わったら
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四宮かぐやVS立花京佳
元ネタが分かった人は作者と同年代と思う。
あと通算UA5万突破しました。本当にありがとうございます!
修羅場という言葉がある。
元はインド神話で、阿修羅と帝釈天が争った場所を示すのだが、現代では主に2つの意味で使われる。ひとつは仕事における締め切りや納期がギリギリの状況。
そしてもうひとつは、
「あら、すみません。もう1度言ってくれますか?無駄に大きいところから声を出しているのでよく聞こえませんでした」
「そうかすまなかった。次からは色々と小さい四宮の目線に合わせて喋るとしよう。悪かった、気づいてやれなくて」
「は?」
「あ?」
人間関係のトラブルの現場である。
現在、生徒会室は史上最悪の空気になっていた。原因はただひとつ。生徒会室の中心で対峙し、殺気をぶつけ合ってるかぐやと京佳のせいである。
「か、会長…!あの2人止めてください…!僕めっちゃ怖くて足が動かないんです…!」
「無理だ石上!ゴ〇ラとキ〇グギ〇ラに突っ込めというのか!?生徒会長といえど出来ない事はある!藤原!お前ならいけるだろ!?」
「いける訳ないでしょ!!私に死んでこいっていうんですか!?」
そして生徒会室にある生徒会長の机には、石上、白銀、藤原が肩を震えながら隠れていた。
どうしてこうなったのか?話は少し前に遡る。
「あら?立花さんだけですか?」
「さっきまで白銀がいたぞ。今は資料を取りに行っているが、直ぐに戻るだろう」
かぐやが生徒会室の扉を開けると、京佳が1人で長椅子に座っていた。どうやら白銀とは入れ違いになってしまい、他のメンバーはまだ来ていないようである。
「ん?何ですかそれは…?」
「白銀と入れ違いで学園長が来てな。差し入れらしい」
かぐやが長椅子に座ろうとした時、長机の上に置いてある黒い箱に気が付いた。京佳曰く、学園長からの差し入れらしい。かぐやは中身を確認するため、ゆっくりと箱を開けた。
「これは、チョコレートですか」
箱の中に入っていたのは一口サイズのチョコレートだった。それも沢山。目測で50個はあるだろう。
「これだけの数が入っているんだ。先に少し食べてしまおう」
「それもそうですね。では少しだけ…」
目の前に甘い物があったら食べたくなるのが女の子。かぐやと京佳も例に漏れず、他のメンバーが揃う一足先に少しだけ頂くことにした。
「ん?何か妙な味のするチョコだな?」
「ですね。何でしょうこれは?」
口の中で溶けるチョコ。しかし、日ごろ食べているチョコとは味が違う。しかし2人はその後、特に気にすることもなく食べていった。
「こんにちわですー」
「失礼しまーす」
「今戻った」
2人がチョコを食べていると、藤原と石上と白銀の3人が生徒会室に入ってきた。
「あら皆さん、こんにちわ」
「こんにちわ皆。そしておかえり白銀」
かぐやがあいさつを、京佳があいさつと白銀に対しておかえりと言う。そして白銀におかえりと言った京佳に、かぐやがほんの少しだけムッとした。
「あ!それはチョコレートですか!?」
長机に近づいた藤原が、机の上に置いてあるチョコに気づいた。そして物欲しそうな眼をし始めた。
「学園長からの差し入れだ」
「食べていいですか!?」
「勿論だとも」
「わーい!」
京佳はそう言うと、机に置いてあった箱を手に取り、3人に差し出す。箱を差し出された3人はひとつずつチョコを手に取り、口に運ぶ。すると突然、藤原が顔を歪めた。
「むぐっ!?このチョコは…!!」
「ん?どうした藤原書記?」
チョコを食した白銀が藤原に質問をする。何時もの藤原なら、ニパーっという感じで『美味しい!』と言うのに、どうも様子が変だからだ。
「んっぐ…わ、私これダメです!これアルコール入りじゃないですか!!」
無理やりチョコを飲み込んだ藤原は、顔を歪めながらそう言い放つ。その言葉を聞いた京佳が箱の底を見てみると、確かに『アルコール入り』と書かれていた。
「成程、妙な味だったのはこれが原因か」
京佳はチョコの味が妙だった事に納得する。
「藤原先輩、こういうのダメなんですか?」
「普通は無理ですよ!!チョコレートって甘くておいしいものじゃないですか!!」
石上からの質問にギャイギャイと騒ぐ藤原。確かに、アルコール入りチョコというのは普通のチョコとは違う味をしており、それが苦手という人も大勢いる。
「藤原書記は子供舌だな」
「子供舌で結構ですー!!」
そして白銀も鼻で笑うように言うと、またしても藤原はギャイギャイと騒ぎ始めた。
(全く立花さんったら。会長に対しておかえりだなんて…)
一方かぐやは、先ほど京佳が言った台詞が気になっていた。
(あんなのまるで、仕事が終わって家に帰ってきた夫に妻が喋りかけたみたいじゃない…!)
というか嫉妬していた。
そんなかぐやの思いなど知らない他のメンバーは、それぞれ仕事をする為椅子に座った。
「四宮、こっちの書類の整理を頼む。少し数が多いんだが…」
「わかりました会長。直ぐに済ませます」
白銀が結構な量の書類をかぐやに手渡しながらそう言うと、かぐやは嫉妬心を隠し、笑顔で書類の束を受け取り仕事に取り掛かたった。
(いいなぁ四宮は…白銀にあんなに頼りにされて…)
それを見ていた京佳は羨ましがっていた。
(私だってあの程度の仕事ならこなせるというのに…!白銀はもう少し私を頼ってくれ!)
そしてかぐやと同じように少しだけ嫉妬していた。自分だって、かぐやの様に白銀に頼られたい。そんな風に思っていると、白銀が話かけてくる。
「立花はこっちの書類を頼む。急いで欲しいんだができるか?」
「勿論だ。すぐに仕上げるさ」
白銀は今度は京佳に書類の束を渡した。かぐやと比べると少ないが、結構な量がある。京佳はそれを受け取り、直ぐに仕事に取り掛かった。
(しかし、四宮も立花もなんか顔が少し紅かったが、体調でも悪いのだろうか?)
白銀はみんなに仕事を振り分けた後、生徒会長の机に戻りながらそんな事を思った。何故かは知らないが、かぐやと京佳は顔をほんの少しだけ赤らめていたからである。しかし、気にはしたが直ぐにそれを忘れ、自分の仕事に取り掛かった。
それぞれが仕事を始めて暫くした時、かぐやと京佳が書類を手にほぼ同時に立ち上がり、白銀の所へと歩いて行った。
「会長、こちらの書類にサインを」
「白銀、こっちの書類にサインを」
そしてほぼ同時に白銀に喋りかけた。
「「……」」
かぐやと京佳は、ゆっくりとお互いを見つめだした。
「立花さん?私の方が先に会長に話しかけているので、会長が書類にサインをするまで暫く待ってて貰えますか?」
「いや四宮、こっちの書類のほうが重要だし優先的だ。先に私が白銀からサインを貰うからそっちこそ暫く待っててくれ」
それはお互い決して譲らないという姿勢。
これが開戦の合図となった。
そしてかぐやと京佳は、それぞれ相手に対して口撃を始める。
「秀知院学園の生徒会役員たる者が、順番に割り込むなんてみっともない真似をするなんて恥ずかしくないんですか?立花さん?」
「なら私からも言わせてもらうが、生徒会副会長ともあろう者が、仕事の優先順位を把握していないほうが恥ずかしいと思うぞ?」
何時しか2人は間には火花が散っている。
「お、おい?四宮?立花?」
自分の目の前で何やら不穏な空気を出す2人に白銀は少したじろいだ。というかちょっと怖いと思っていた。
「こらー!2人共ー!喧嘩はダメですよー!」
長椅子に座って作業をしていた藤原がかぐやと京佳に近づく。
「いいですか?喧嘩っていうのは相手を傷つける行為なんです。いつの間にか、ある事ない事口にしちゃうことだってあるんですよ?そうなったら、もう喧嘩する前の関係には戻れませんよ?」
そして2人に説得を始めた。
それを見ていた白銀と石上はほっとする。あわやかぐやと京佳で大喧嘩となるところだったが、藤原であればそれも治めることができる。彼女はそういう事に長けているのだ。
「だからそうなる前に、喧嘩をやめてここはお互い仲直りを…」
「藤原さん、ちょっと黙っててください」
「藤原、少しの間でいいから口閉じてろ」
「……ひゃい」
しかし今のかぐやと京佳には通じなかった。2人から睨まれながら殺気を向けられた藤原は大人しく引き下がるしかなかった。
「か、会長…!どうしちゃったんですかあの2人!?」
「俺にもわからん!!何であんなに殺気ぶつけ合ってるんだ!?」
いつの間にか白銀の傍に避難した石上が質問をするが、白銀は答えられない。理由が全く思いつかないからだ。かぐやと京佳は別に仲が特別悪いということはない。一緒に仕事はするし、昼食を共に食べる事もある。
そんな2人が今、殺気をぶつけ合いながら喧嘩をしている。まだ口喧嘩で収まっているが、このままではどうなるかわからない。どうしてこうなったのか、白銀は原因を探し始めた。
「……まさか」
そして白銀は、原因と思しきものを見つける。それは長机の上にある、学園長が差し入れで持ってきたアルコール入りのチョコレートだ。
「会長…!?原因がわかったんですか!?」
「ああ、恐らくだが、2人は今酔っている!!」
白銀、正解。
正直信じられないが、かぐやと京佳はアルコール入りチョコを食べたせいで酔っぱらっているのだ。その結果がこれである。平常ならばこんなことにはならないだろう。
しかしアルコールの力に敗北している2人は、理性のブレーキが壊れてしまい、日ごろのうっぷんを吐き出していた。
「そもそも前から思っていたのですが、立花さんは少し強引なところがあります。もう少し謙虚になってもいいのでは?」
「その言葉、そっくりそのまま返そう。ついでに『自分を棚に上げる』という言葉の意味を調べるといい」
「あら、すみません。もう一度言ってくれますか?無駄に大きいところから声を出しているのでよく聞こえませんでした」
「そうかすまなかった。次からは色々と小さい四宮の目線に合わせて喋るとしよう。悪かった、気づいてやれなくて」
「は?」
「あ?」
こうして冒頭へと至る。
白銀、石上、藤原の3人が生徒会長の机に隠れている間も、かぐやと京佳の口喧嘩は続く。
「剱岳」
「日和山」
「だいだらぼっち」
「雪女」
「Me 323 ギガント」
「XF5U フライングパンケーキ」
「時計塔の狩人」
「帝国の女皇帝」
今度はお互い、相手を何かに例えた悪口を連発し始めた。そしてその間も、生徒会室の空気は悪化の一途を辿っている。
「会長!マジでヤバイですって!このままだと殴り合いに発展するかもしれません!」
「それはマズイですよ!かぐやさんって柔道と合気道やってるんですよ!?京佳さんが大怪我するかもしれません!!」
「いや!前に立花に聞いたが、立花は昔空手をやってたらしい!!一方的に怪我をすることは無いと思うが…!」
「「いやそれ逆にマズイでしょ!?」」
「だよな!マズイよな!?」
机に隠れている3人は焦った。もしも、このまま2人が暴力に訴えるようになり、相手に怪我をさせたら、生徒会の名誉は地に落ちる。それどころか、下手をすれば退学だってあり得る。何とかこの2人の喧嘩を止めなければならない。
(どうする…!どうする!!一体どうすれば…!)
白銀は考えも巡らせた。そして視線を動かすと、長机の上に置いてあるチョコを見つけ、閃いた。
(これだ…!賭けに近いがこれしかない…!!)
一度深呼吸をして、机から身を乗り出した白銀は、長机の上にあるチョコの入った箱を指さして、かぐやと京佳に言い放った。
「2人共!食べ物を粗末にするのは良くないぞ!まだお互い言いたいことがあるのならば、残っているチョコを全部食べてからにするんだ!!」
「……そうですね。食べ物を粗末にするのはいけませんものね」
「……そうだな。わかった。キチンと全部食べてからにしよう」
(よし!)
かぐやと京佳はそれぞれ長椅子に移動し、長机の上に置いてあるチョコの入った黒い箱に手を伸ばし、残っているチョコを食べだした。その間も、かぐやと京佳はお互い顔を反らさないで相手の顔を正面から見ていた。
というか睨みつけていた。
そして15分後―――
「「う、うーん……」」
生徒会室には顔を真っ赤にして、長椅子に横になって唸っいるかぐやと京佳の姿があった。
「成程…限界までチョコを食べさせて酔いつぶしたんですね…」
「流石です会長…僕じゃ思いつきませんでした…」
「ああ。もうこれしか方法が無いと思ってな…」
白銀の作戦が成功し、生徒会室は平穏を取り戻した。少なくとも、これで暴力事件が起こることは無いだろう。
「藤原書記、四宮の家に連絡を入れてくれ。立花の家には俺が連絡をする」
「わかりました。直ぐに電話します」
酔いつぶれた2人をこのままにしておく訳にはいかないので、家の者に連絡をいれ迎えに来てもらう事にした。
その日の夜 四宮家 かぐやの部屋
「うぅ、頭痛い…何で…?風邪がぶり返したのかしら…?」
「今日何かしましたか?かぐや様?」
「覚えてないわよぉ…生徒会室でチョコを食べたところまでは覚えているけど、その後の記憶が無いのよぉ…」
かぐやはベットの上で頭を抑えながら唸っていた。そしてアルコール入りチョコのせいで記憶を一部失っていた。
「早坂ぁ…頭痛い…なんとかしてぇ…」
「とりあえず氷枕もってきましたので、これで我慢してください」
早坂は、氷枕をかぐやの後頭部において看病を始め、こうなった理由を考え始めた。
(まぁ、生徒会室で何かがあったんだろうけど、ほんと何があったらこんな風になるんだろう?)
しかし結局理由はわからなかった。最も『アルコール入りチョコを食べて二日酔いになりました』なんてわかるはずもないだろうが。
同時刻 立花家 京佳の部屋
「き、きもちわるい…吐きそう…うぷっ…」
「京ちゃん?それ二日酔いの症状よ?学校でお酒でも飲んだの?」
「お、覚えていない…覚えてないんだよ母さん…記憶が無いんだ…うっ!」
京佳は猛烈な吐き気に襲われていた。京佳の母親である佳世は、自分の娘の症状が完全に二日酔いだとわかり、理由を聞いていた。電話で聞いた話は『娘の気分が悪くなり体調を崩した』としか聞いていないからである。
(まぁ、何かの間違いでお酒飲んじゃったってところかしらね。自分から進んで飲酒する訳無いだろうし)
しかし、どうせ何かの間違いで飲んでしまったと結論づけた。自分の娘が、自分から飲酒をするとは思えないからである。そして、脱水症状を起こさない為にも水を飲ませた。
因みに翌日、白銀は差し入れを持ってきた元凶である学園長にクレームをいれた。また生徒会では、今後差し入れがあった場合、徹底的に持ってきた差し入れを調べるというルールが出来上がった。
そして昨日、あれほどの喧嘩をしたかぐやと京佳が何も覚えていないのを知った白銀と藤原と石上は安堵し、この件は生涯口にしないと固く誓った。再び火に油を注ぐ羽目になりかねないからである。
例え悪口の部分、意味が全部分かった人っているのだろうか?
そしていつも誤字報告、感想、お気に入り登録してくれている皆様、ありがとうございます。本当に励みになります。相変わらずノリと勢いで書いていますが、これからもよろしくお願いします!
次回は、未定です。いやね?仕事をね?急に増やされたのよ。 畜生…
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立花京佳と願い事
皆さん、本当にありがとうございます!!
「お前たち!七夕するぞ!!」
ある日の放課後、生徒会の面々が生徒会室で仕事をしていると、突如白銀が生徒会室の扉を勢いよく開けて、肩に笹を担いだ状態で大声でそう言った。
「えっと、会長…?どうしたんですか?」
「今日は七夕だ!だから屋上に行ってみんなで七夕をするぞ!」
「は、はぁ…?」
かぐやは白銀のいつもとまるで違う姿に戸惑っていた。なんせ今の白銀は眼をキラキラと輝かせており、肩にどこからか調達してきた笹を担いでいる。まるではしゃいでいる子供だ。戸惑うのも仕方ない。
因みに、白銀がこれ程までにテンションが高い理由は、星に関係するイベントが大好きだからである。
「いいじゃないですか!やりましょう七夕!!」
「私も賛成だ。もう仕事も終わるし、偶にはこういうのもいいだろう」
かぐやが頭に疑問符を浮かべていると、藤原と京佳の2人が七夕に賛成した。
「よし!四宮と石上はどうだ!?やるか!?」
2人の賛成を得られた白銀は、今度はかぐやと石上にどうすろか名指しで質問をしてきた。そして相変わらず、その眼は輝いていた。
「ま、まぁ。私もかまいませんが…」
「僕もいいですよ、やりましょう」
「そうか!なら仕事片づけたら直ぐに屋上に行くぞ!!」
皆から賛成を得た白銀はテンションを上げた。どうやら本気で七夕を楽しみにしていたらしい。そして仕事の後片付けをした生徒会メンバーは、みんなで屋上へと向かった。
「ところで会長、どこから笹なんて調達したんですか?」
「学園長から貰った!」
「いや何で学園長が笹なんて持ってるんですか?」
屋上へ向かう途中、白銀に質問をしたかぐやだったが、結局謎が更に深まるだけだった。
「へぇ、街中でも結構見えるんですね…」
かぐやは暗くなり始めた空を見ながら呟いた。空にはうっすらではあるが、星々が輝いており、夏間地かの夜空を照らしていた。そしてその空の下では、白銀が1人で一生懸命に七夕で使用する笹を建てている。
「よし、これで笹は問題ないな」
笹を設置し終えた白銀は満足そうにし、額の汗をハンカチで拭きとった。
「会長、楽しそうっすね…」
「えぇ、あんな会長は見た事ないわ…」
そんな白銀の後姿を眺める石上とかぐや。今までこんなに張り切っている白銀を見た事が無いので当然の反応ではある。
2人がそんな白銀を見ている時、石上がある事に気づいた。
「あれ?そういえば藤原先輩と立花先輩は?」
「そういえば、いつの間にかいないわね…?」
いつの間にか、藤原と京佳の姿が見えないのである。2人は周りを見渡したが、どこにも2人の姿は無い。すると、先ほど自分たちが昇ってきた階段がある扉が開き、藤原と京佳が現れた。
「お待たせ、持ってきたぞ」
「お待たせしましたー」
お盆にそうめんを乗せて。
「いや、なんでそうめん?」
「知らないのか石上?そうめんはれっきとした七夕行事食なんだぞ?」
「え?そうなんですか?」
所説あるのだが、古代中国の時代に、帝の子供が七夕の日である7月7日に熱病で死んでしまった。するとそのその子供は悪霊となり、国中に熱病を流行らせ始めた。
そこで、生前その子供が好きだったそうめんをお供えしたところ、熱病が収まったという伝説がある。そこから紆余曲折あって『7月7日にそうめんを食べると一年間無病息災で過ごせる』と言い伝えられているのだ。
因みにあまり知られていないが、7月7日はそうめんの日でもある。
「という訳で、あらかじめ調理室に準備していたものを藤原と立花に頼んで持ってきてもらったんだ」
「しっかりめんつゆもあるぞ。みんなで食べよう」
「葱が無いのが少し残念ですけどねー」
2人は生徒会メンバーそれぞれにめんつゆが入ったお椀と割りばしを渡し、そうめんが入った大きいプラスチック製のボウルを笹の近くにあるレジャーシートの上に置き、みんなはそれを囲むように座り、そうめんを食べ始めた。
「やっぱそうめんって美味しいっすね」
「本当は流しそうめんとかやってみたかったんですけどねー」
「あれは準備に時間が掛かるし片付けが面倒だからなぁ…」
「四宮家でもそういったものはしたことがありませんね…」
「でも一度やってみたいなよな、あれ」
もくもくとそうめんを食べる生徒会メンバー。すると、石上が思い出したかのようにある疑問を口にした。
「ところで、七夕ってどういうお話でしたっけ?織姫と彦星が1年に一度だけ会えるってのは知ってますが…」
「ああ、七夕ってのはな…」
七夕物語
あるところに織姫という神様の娘がいた。織姫は神様たちの着物を作る仕事をしており、その着物は大変美しかった。そんな織姫が年ごろになったので、神様は娘の相手を探し始めた。そこで見つけたのが、天の川の近くで天の牛を飼い、世話をしている彦星という若者だった。彼は非常にまじめでよく働くので、神様は彼こそが娘にふさわしいと思い、直ぐに娘の織姫と合わせた。すると、2人は出会って直ぐに相手の事を気に入り、そのまま結婚。しかし2人は、結婚してからというもの、仕事をせず毎日毎日イチャイチャするばかり。その結果、神様たちの着物は新しいのが作られなくなり、天の牛は病気に。それを知った織姫の父親の神様は激怒し、織姫と彦星を天の川の西と東に分かれて暮らすように命令。
しかし、2人があまりにも酷く落ち込んでしまったため、1年に1度、7月7日にだけ会う事を許したのだ。それから会える日をだけを楽しみにしながら、織姫と彦星は毎日一生懸命に働いた。そして、7月7日の天の川。ようやく会えると思ったその日、雨が降ったせいで天の川の水嵩が増え、織姫は川を渡る事ができずにいた。その時、どこからともなくカササギという鳥が現れて、天の川に虹の橋を架けて2人が会えるようにした。
こうして、織姫と彦星は再び会える事ができたのだった。
「要するに恋愛ばっかりにかまけてたら親に怒られて離れ離れになったって話ですか。アホですね」
「石上くん?良いお話なのに何でそういう言い方になっちゃうんですか?」
白銀が七夕物語の解説をしたが、石上がそうめんを食べながらひねくれたような言い回しをした。そんな石上に藤原がツッコミを入れた。
「さて、そうめんを食べ終わったし、いよいよこれだな!」
全員がそうめんを食べ終わり、暫くみんなで星空を眺めていると、突然白銀が口を開いた。そしてその手にはいつの間にか沢山の短冊を持っていた。
「七夕と言えば短冊だ!今から全員で短冊に願い事を書くぞ!!」
相も変わらずテンションが高い白銀。そしてそのテンションのままみんなに短冊とペンを配り始めた。
(願い事ですか…そうですね…)
短冊を手にしたかぐやは、素直に短冊にペンを走らせ、
『会長の織姫になれますように』
何ともストレートな願い事を書いた。
(いや!?何を書いているのよ私は!?)
かぐやは直ぐに手にしていた短冊を握りつぶした。
「か、会長…ちょっと間違えてしまったので、短冊をもう一つ頂いてもいいですか?」
「うん?いいぞ?まだまだ沢山あるしな」
そして嘘をついて、白銀が持ってきた大量の短冊をまた手にした。
(危ない危ない…初めての七夕で私も少し舞い上がってたみたいね…)
かぐやはこういったイベントをしたことが殆どない。故に、白銀程ではないがテンションが上がっていたのだ。だからこそ、あのような願い事を書いてしまった。今度はあのような事を書かないと冷静になったかぐやは、再び思案した。
「白銀、すまないが私にももう一つ短冊をくれ」
「ああ、いいぞ」
かぐやが思案していると、今度は京佳が短冊を新たに貰いに来ていた。そんな京佳の事など特に気にせず、かぐやは考えている。ここで願い事を書く事自体は簡単だ。現にかぐやの中には、たった今『来年も七夕がしたい』という願いが浮かんできた。白銀のおかげで、いきなりやる事になった七夕だったが、かぐや自身かなり楽しんでいた。故に、また同じように七夕をしてみたいと思ったのだ。
そして願い事を書こうとしたが、
(いえ、待ちなさい…)
寸前のところで動きを止めた。
(もしもここで『来年も七夕がしたい』なんて書いたら、そんなの私がまた会長と七夕をしたくて堪らない我儘な女みたいじゃない!!)
そしていつもの様におかしいな考えを浮かべた。
(お、落ち着きなさい私…!まずは他の皆さんの願い事を聞いてみましょう…それから考えても大丈夫な筈…!)
かぐやは一旦ペンをしまい、他のメンバーに話を聞く事にした。
「藤原さんはどんなお願い事を書いたんですか?」
「私はこんなお願いです!」
かぐやから質問をされた藤原は、自分の短冊をかぐやに見せた。そこには、
『次のテストで順位があがりますように』
何とも自分本位な願い事が書かれていた。
「藤原先輩、それは自力でなんとかするべきじゃないですか?」
「いいんですよ!七夕のお願い事には学業関係のお願い事を書く人は沢山いるんですから!」
すかさず石上がツッコむが、藤原は聞く耳を持たない。そしてそのまま笹に短冊を吊るし始めた。
「石上くんはどうな事を?」
「僕はこうです」
石上が短冊をかぐやに見せた。そこには、
『レアアイテムがドロップしますように』
自分の欲望丸出しの願い事が書かれていた。
「石上くん?これじゃあ藤原さんの事を悪く言えませんよ?」
「それは違いますよ四宮先輩。藤原先輩の願い事は自力でもなんとかなるじゃないですか。僕のは完全な運なんですよ?神頼みくらいしたくもなりますよ。もう300周くらい周回してるのに…」
石上は正論を言った。確かに勉学の方は自力でどうにかできる。しかし、運要素があるものは自力でどうこうできるものじゃない。人間は、自発的に運気を上げる事など出来ないのだから。そういう意味では、石上の願い事は至極真っ当なのかもしれない。
(しかしこうして見ると、みんな結構自分の欲望に素直なんですね…)
藤原、石上の願い事を見たかぐやは少しだけ安堵した。案外、みんなが欲望に素直だったからである。これならば、先ほど考えた自分の願い事も問題ないかもしれない。だがかぐやは用心に越したことは無いと思い、白銀と京佳の願い事を見てから書くことにした。
そしてかぐやは、白銀のほうへ歩いて行った。
「会長はどんなお願い事を書いたのですか?」
「俺はこうだ」
白銀が手にしていた短冊に書かれていたのは、
『健康で過ごせますように』
何とも平凡な願い事が書かれていた。
「え?こ、これですか?」
「ああ。何事も体が資本だからな。自分の身体が健康な事が1番の願い事だよ」
白銀は多くのバイトを掛け持ちしている。これは白銀家が貧乏だからだ。そしてもし身体を壊し、バイトが出来なくなったら、それは白銀家の終わりを意味する。だからこそこういった願い事を書いたのだ。
「立花さんはどういった事を短冊に書いたのですか?」
「私か?こうだが?」
かぐやは白銀の近くに居た京佳に質問をした。そして京佳がかぐやに短冊を見せるとそこには、
『肩こりが治りますように』
ある意味白銀と同じような願い事が書かれていた。
「か、肩こりですか…?」
「ああ、最近は本当に固くてな」
「あ、京佳さんもですかー?実は私も最近酷いんですよねー」
京佳の言葉を聞いたかぐやは、思わず京佳といつの間にか近くに来ていた藤原の胸を見た。そこには大きなマスクメロンが4つ。かぐやは思わず舌打ちしそうになる。
(でもまぁ、案外皆さん自分本位なお願いばかりなんですね…)
直ぐに心を落ち着かせたかぐやは、みんなの願い事が案外自分の欲望に忠実なのを知り少し安心した。これならば、先ほど考え付いた自分の願い事を書いても、特に何か思われる事はないだろう。
(ですが、少しだけ誤魔化しましょう…)
かぐやは短冊にペンを走らせた。
「そういえば、かぐやさんは何て書いたんですかー?」
藤原がかぐやに近づき質問をする。
「私はこうですよ」
『来年もみんなで七夕ができますように』
かぐやはそう書いた短冊を藤原に見せた後、笹に吊るした。それは最初に思った願い事に、少しだけ言葉を付け加えた願い事だった。これであれば、色々と誤魔化しもきくし、何より嘘ではない。特に罰が当たる事もないだろう。
「おお!いいじゃないですか!来年も是非みんなでやりましょうよ!今度は流しそうめんも用意して!!」
「ふふ、それは楽しそうですね」
かぐやの短冊を見た藤原が来年の事を言いだした。かぐやも、来年の事を少しだけ想像して、楽しそうに笑った。その後暫くの間、生徒会メンバーは星を眺めて過ごした。
生徒会メンバーで七夕を行った後、みんなは帰路に着いた。因みに屋上に設置したままの笹は、翌日、白銀が責任を持って処分すると言った。
そして家に帰りついた京佳は、自室のベットの上に制服のまま寝転がっていた。暫くその状態だったが、突然何かを思い出したかのように鞄を漁りだし、中に入っていた短冊を取り出した。
「この短冊は、流石にあの場所では吊るせなかったな…」
京佳が手にしている短冊には、
『この恋が成就しますように』
自分が今、1番叶えたい願い事が書かれていた。
「私は、白銀にとっての織姫になれるのだろうか…?」
不安そうな顔をして呟く京佳。未だに、白銀を自分に振り向かせるのは非常に難しい。故に、神頼みのようなことだが、こういう願い事を書いてしまったのだ。
「いや、不安になってもしょうがない…まだ白銀と四宮は付き合ってはいないんだ。つまり可能性は決してゼロじゃない。最後の最後まで必死で足掻いて見よう」
京佳はそう言うとベットから立ち上がり、手にしていた短冊を自室のカーテンレールに括り付けた。そして眼を閉じてから手を合わせ、願った。
(どうか、この想いが届きますように…)
京佳の想いが届くかどうかは、星々だけが知っているのかもしれない。
尚、翌日になっても部屋に短冊を吊るしていた為、それを母親に見られてしまい、もの凄く恥ずかしい思いをする事になる京佳がいるのだが、その話は割愛する。
そろそろ夏休み編に入りたい。夏休みは、色々と原作とは違う展開にするつもりです。書ききれるか不安だけどね。
次回も頑張ります。
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藤原千花による心理テスト
本当に毎日投稿出来てる人ってすごいと思う。
「会長!突然ですが問題です!」
「ど、どうした急に?」
放課後の生徒会室、突然藤原が本を持った状態で白銀に質問をし始める。
「貴方の目の前に動物用の檻があります。その中に猫は何匹入っていますか?」
「いやだから何なんだ一体…?」
「心理テストですよ!さっき図書館で借りてきたんです~」
藤原は、にへらとした笑顔で答える。その手には『恋の心理テスト』と書かれた本があった。
「さぁ!答えてください!檻の中に猫は何匹いますか!?」
そして白銀に再び問いかける。
「えーっと……9匹、かな?」
少しだけ考えた後、藤原の質問に9匹と白銀は答えた。それを聞いた藤原は、
「『それはあなたが欲しい子供の数を表しています』ですって!会長、9人だなんて、子沢山ですね~」
フヘーという感じの顔で質問の答えを口にした。
「ドンピシャで当たっているだと…!?」
「え?会長、そうなんですか?」
「あぁ、確かに子供は9人くらいは欲しいって思っているが…」
白銀は驚愕した。彼はもし自分が結婚をして、何時の日か子供を授かるなら野球チームができるくらいは欲しいと思っている。それを猫の数を言うだけで言い当てられたのだ。質問をされた時こそくだらないと思っていた白銀だったが、答えを聞いた今はもうそんな風に思えないでいた。
(9人!?そんなに!?ど、どうしよう…?)
白銀の答えを聞いたかぐやは少しだけ頬を赤らめてそわそわしだした。未だ性知識が浅いかぐやでも、すでに子供の作り方は知っている。今後、白銀が自分に告白してきて、いずれ結婚する事になると、自分は9人の子持ちになるかもと思ったのだ。かぐやは家に帰ったら新しい本で性知識を勉強しようと心に決めた。
(9人か…もし白銀と結ばれたら、夜は頑張らないとな…ふふふ)
一方で、京佳も割とピンクな事を考えてた。クールで真面目な京佳だが、彼女とてお年頃。好きになった男と結ばれたら、何時の日かそういう事をしたいと思うのは当たり前である。男の方が、子供が欲しいと言ってきたら猶更だろう。京佳は性に関する知識も含めて、今後も努力を怠らないと改めて決意した。
「じゃあ、次はこの問題をみんなでやりましょう!」
そんな脳内ピンクな2人の事など知らない藤原は、手にしていた本の新しいページを開き、今度はみんなで心理テストをしようと言う。それを聞いた生徒会メンバーは、特に反対する事も無く、藤原の心理テストに参加する事にした。
「それじゃあ行きますよ~。『あなたはうす暗い道を歩いています。すると後ろから肩を叩かれました。その人は誰ですか?』」
藤原からの心理テストに頭を悩ませる一同。
「何かヒントくれないか?」
「会長?これはクイズじゃないんですよ?ヒントなんてありません」
白銀がヒントを貰おうとしたが、藤原により却下される。
「何かを暗示しているんでしょうけど、一体なんでしょうか?」
かぐやも頭を悩ませていた。
(来ましたね!47Pの2問目の心理テスト!)
否。悩ませている風を装っているだけだった。
実はこの心理テスト、かぐやの仕込みである。中等部の頃から藤原と付き合いのあるかぐやにとって、藤原の行動パターンは翌日の天気より読みやすい。今、藤原が手にしている心理テストの本が図書館に入荷されていると知った時から、藤原がその本を手にすることは予想していた。
そしてその本をかぐやは隅々までチェック済み。故に危険な答えを口にすることを避けられるのだ。因みに、本の内容をチェックする時、早坂に手伝って貰ったのだが、そのせいで早坂は本日寝不足である。
「私は藤原さんですね」
「え!?私ですか!?えへへへ…」
かぐやは危険ではない答えを口にし、それを聞いた藤原は顔をほころばせた。
「ぼ、僕は…四宮先輩です…」
(え!?石上くんそうなの!?)
一方、石上は振るえながらかぐやと答えた。今、彼の頭の中では、まるでファミパンを食らわせてきそうな中年男性が住んでいる洋館の前でかぐやに肩を掴まれるというシチュエーションが出来上がっていた。
そして石上の答えを聞いたかぐやは驚いていた。まさか同じ生徒会メンバーの後輩からそんな思いを向けられているとは思わなかったからである。
(でもごめんなさいね石上くん。私、あなたの事はミジンコくらいにしか思えないの…)
かぐやは石上をフった。
(まぁ、今の問題は会長です。誰が会長の好きな人なのか、ここにいるみんなの前で言って貰いましょうか…!最も、私以外の名前を口にする訳ないでしょうがね…!)
石上をフったかぐやは、白銀を見て自信満々にそう思っていた。一方、この心理テストがかぐやによって仕込まれているとは知らない白銀は頭の中で思い浮かべていた。
『かぐや、暗いの怖いのぉ…会長…一緒に居て?』
何故かぶりっこみたいな反応をして、白銀の背中に抱き着こうとしているかぐやの姿を。
「ふむ、成程。そうだな、俺は…」
四宮だ、と答えようとした時、白銀は藤原が凄くニヤニヤとしているのを見た。そしてとたんに不安を感じた。
(待て待て!落ち着け!あの恋愛脳の藤原書記だぞ!?絶対にロクな心理テストじゃない!!)
白銀は直ぐに考えを改めた。藤原は日常のあらゆる恋愛話に自ら首を突っ込む恋愛大好きな恋愛脳である。そんな彼女がここで普通の心理テストを出すかといえば、それはありえない。
(もし、万が一この心理テストの答えが『自分の好きな人』とかで、そしてここで四宮の名前を出したら…!)
―――――
『え?会長、深層心理では四宮先輩の事が好きなんですか?』
『そうか、白銀は四宮の事が…』
『へぇ~!会長ってそうなんですね~!!』
『あら、会長、深層心理では私の事が好きなんですか?お可愛い事』
―――――
(もうそれは告白じゃないか!!)
瞬時に最悪の事態を脳内でシュミレートした白銀は口を閉じた。そして、ここで口にしても問題の無い人物を考えて、その人物の名前を口にした。
「う、うちの妹の圭ちゃんかな?」
「「…」」
かぐやと藤原の2人は白けた顔をした。かぐやは自分の名前が出てこなかったから。藤原はイジリがい無い答えを聞いたからである。
が、そんな時、
「私は白銀だな」
『!?』
突如、京佳が心理テストの答えに白銀の名前を口にしたのだ、そしてそれを聞いたかぐや、藤原、白銀は驚愕した。因みに石上は未だに震えている。
「え、えっとですね!『肩を叩いた人は好きな人を表しています』です!えっと京佳さん!それはつまり…!」
藤原が心理テストの答えを言いながら京佳の方を見た。その目は輝いている様に見える。
「ああ、私は白銀の事が好きだぞ?」
『!?!?』
そして京佳は、あっけらかんとそう答えた。
「は…え?」
そしてそれを聞いた白銀は頬を少し赤らめて固まった。その目は真っすぐに京佳を見ているが、表情は完全に石化している。
(な、何で立花さんはそんな風に堂々と言えるのよ!?ていうか、もうこれ完全に告白…!?)
かぐやは焦りだした。今、京佳による白銀への告白が目の前で行われている。もしこのまま、白銀が京佳の告白を了承してしまうと、全てが終わってしまう。焦らない方が無理である。
「きょ、京佳さん…!そ、そ、そ、それって、そういう事ですか!?」
かぐやが内心焦っている時、藤原が京佳に詰め寄りながら質問をした。その目はランランと輝いていた。恋愛脳の彼女が求めていた答えを聞いたのだから、ここで追及しないなどありえない。
そんな藤原に対して京佳は、
「何をそんなに驚いている?ここにいる全員、白銀の事は好きだろう?」
落ち着いた表情でそんな事を口にした。京佳の言葉を聞いた生徒会メンバーの皆は、
「あー、そういう意味ですか!勿論です!私も会長の事好きですよー!」
「僕も会長の事は好きです」
京佳の質問に答える形で、自分も白銀の事が好きだと言った。人は、親愛という意味での好きであれば、簡単に口にできるものである。一方、京佳の答えを聞いて固まっていた白銀は、石化が解けたように動き出し、かぐやの方を向いて口を開いた。
「し、四宮は…どうなんだ…?」
恐る恐るかぐやに質問をする白銀。この時、白銀には少しだけ願望があった。かぐやの口から『好き』と言われることである。例え、恋愛的な意味の好きで無くても、かぐやの口から好きと言われてみたい。そんな思いだった。そして白銀から質問されたかぐやは、
「ま、まぁ、皆さんの言う通り、嫌いではありませんよ?」
他のみんなと同じように『好き』とは言わず『嫌いではない』と答えた。こういう場でも、かぐやはヘタレるのだ。早坂がこの場に居たら、絶対にため息を付いている事だろう。
「……そうか」
白銀は少しへこんだ。
(あれ?ってことは僕は四宮先輩の事が…!?)
一方、石上は再び震えていた。そして自分のなかで自問自答したが、これは恋では無く恐怖の感情だと思い、帰り支度を始めた。
「会長…ストックホルム症候群かもしれないので今日はもう帰ります…」
「お、おう。お大事にな?」
白銀に断りを入れ、石上は帰路に着いた。
(なんとかごまかせた…)
石上が帰ろうとしている時、京佳は安堵していた。先ほどの藤原からの心理テストに、京佳は素直に答えたのだ。それ故、あわや自分の気持ちが白銀に露見するという事態に陥ってしまった。
現状、例え本当に告白をしても、白銀に告白を受け入れてもらえる可能性は非常に低い。だから京佳は、先ほどの様に自分の答えをごまかしたのだ。おかげで、皆が見ている前でフラれるという最悪の事態は避ける事ができた。
(でもまぁ、怪我の功名になったかもな…)
しかし収穫もあった。先ほど、京佳が『好き』と言った時、白銀は少しだけ頬を赤くした。それはつまり、少しは自分に意識を向けていたという事になる。本当に小さな一歩だが、間違いなく前進でもあった。そして、今後も白銀を振り向かせてみせる為、奮起しようと決意を新たにするのだった。
(ところで、何でさっき四宮は好きって言わなかったんだ?いやまぁ、好きと言ってそのまま白銀に告白されても困るんだが…)
京佳の中に疑問がひとつだけ残った。
「私もやりたくなっちゃいましたね。そうだ!ネットで探そーっと」
(しまった!本に載っていない問題じゃ答えがわからない!)
石上が帰ってすぐ、藤原が自分も参加するため生徒会室にあるパソコンで心理テストを検索しだした。かぐやは、本に書かれている心理テストならばわかるが、藤原がネットで検索した心理テストは答えがわからない。このままでは、思わず恥ずかしい答えを言ってしまうかもしれない。故に少し焦りだした。
「あ、これ面白そうですね。えっと『恋人があなたのために料理を作ってくれました。そのメニューは次のうちどれでしょう?1、生姜焼き。2、親子丼。3、カレーライス。4、スパゲッティのどれかから選んでください』ですって」
そうこうしているうちに、藤原がネットで検索した心理テストを言い出した。
「私は、カレーライスでしょうか?誰でも作れますし」
「私もカレーライスだな。好きだし」
「私は親子丼ですね~」
かぐや、京佳、藤原がそれぞれ答える。そしてかぐやは、思わず素直に答えてしまった事を失敗と思っていた。もしかすると、これがとんでもない答えのある心理テストかもしれないからだ。
(まぁ、別に名指しするやつでも無いし、普通に好きなものを選ぶか)
「俺は4のスパゲッティだな。その中の選択肢では一番好きなものだし」
白銀はあまり悩んではいなかった。先ほど、藤原が出した心理テストは誰かを答えるものだったが、今度は食べ物を答えるものだ。しかも選択肢がある。大した心理テストじゃないと判断し、他の皆と同じように素直に答えた。
「ところで会長はどんなスパゲッティが好きですか?ミート?」
「いや、この間バイトの賄いで食べたキノコスパゲッティが1番好きだな。勿論ミートも好きだが」
「私はナポリタンが1番好きだな。子供のころよく母親に作ってもらったし」
3人がスパゲッティ談義をしている時、かぐやは静かにパソコンの所まで静かに歩み寄ってた。
(一体答えは何なのかしら…?)
そして答えを一足先に見てみた。
『貴方の「性に対する貪欲さ」がわかります。1は淡泊な人。2は普通の人。3はかなりの性欲がある人。4はドスケベです』
ボンッ!!
答えを見たかぐやは、思わず頭が爆発するかと思った。よりによって、かぐやが最も苦手とする性に関する心理テストだった為である。最近は早坂のおかげもあって、それなりに性知識は覚えたかぐやではあるが、それでもこの手の話題は苦手である。
「かぐやさん、答え何でしたかー?」
「えっと、今日食べたいと思っている…夕飯…ですよ…?」
「えー!?私今日はオムライスの気分なんですよー!?納得できませんー!!」
かぐやは答えをごまかした。とてもではないが、これを自分の口から言う事などできない。そしてかぐやから答えをきいた藤原は納得できずにいた。
「全く、くだらん」
「夕飯か、今日は豆腐ハンバーグの予定なんだがな」
白銀と京佳もそんな事を口にして、その日はお開きとなった。
因みに、その日からかぐやが再び性知識を早坂を巻き込む形で学び始めたせいで、早坂はその後暫くの間寝不足になるのだった。
京佳さんがムッツリみたいになってしまった。
次回は、圭ちゃん登場回すっとばして1学期終業式の予定です。仕事が忙しいので遅れるかもしれませんが、頑張ります。何より自分が書ききりたいって思ってるし。
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生徒会メンバーと夏休みの計画
今回『前と言っていること違うじゃねーか』という展開となっています。でも、色々悩んだ結果、こういう形にしました。本当に物語作るの難しい…
本当にごめんなさい。
「皆、色々あったが、1学期お疲れ様でした」
『お疲れ様でした』
突然決まった姉妹校との交流会、期末テスト、部活連の会合、生徒会総会など、本当に色々忙しかった1学期。しかし、それも遂に本日終わりを迎える。何故なら、本日は1学期の終業式なのだから。
「ふふふ、明日から夏休みですね~」
「ですね、ようやくって感じですよ」
そして明日からは夏休み。学生にとって最高の日々が来るのだ。それが待ち遠しいのか、藤原と石上は落ち落ち着きが無かった。
「四宮は何か予定はあるのか?」
「私ですか?少し買い物に出かけるくらいで、特に大きな予定はありませんね。そういう会長はバイト三昧ですか?」
「それが思ったよりシフトの調整に難航してな。結構ヒマがあるんだ」
「それは…勿体ないですね」
「ああ、何かしないと勿体ないよなぁ」
そして始まる白銀とかぐやの心理戦。
夏休みというのは様々なイベントがある。旅行、海水浴、夏祭り、花火大会等々。個人でもそれらを楽しめることはできるのだが、これらを男女混合で楽しむと、夏休み終了後に一定の男女は距離が近くなっていたり、恋人になっていたりするのだ。白銀とかぐやにとって、それらのイベントをスルーするなどありえない。
だからこそ、夏休みの予定を今ここで建てようとしているのだが、それを自分の口から言う事などしない。故に、他のメンバーに言わせて、それに便乗する形にしようと目論んでいた。
(さぁ藤原書記!言うんだ!皆と旅行に行きたいと!)
白銀は元々の言い出しっぺである藤原に期待した。だが、当の藤原は呑気に踊っている。余程、夏休みが楽しみだったのだろう。かぐやもかぐやで何も言わず、心を無にし始めている。このままではダメだと思い、白銀は少しだけ自分から仕掛けてみようと思っていた。
しかし、この場には白銀とかぐやと同じくらい夏休みを心待ちにしていた人物がいる。
「少し皆に聞きたいことがあるのだが、明日ヒマか?」
「「え?」」
そう、京佳である。
前々から、夏休みが自分にとって最後の攻勢期間だと思っていた京佳。もし、このまま何もしなければ、絶対に白銀を振り向かせることなど出来ないという確信があった。だからこそ、夏休みは多少強引でも徹底的に攻める事を決めていた。そしてさっそくこうして仕掛けたのである。
「私はヒマですよ~。明後日からは家族でハワイ旅行に行きますけどね~」
「僕も明日は特に用事はありませんね」
京佳の質問に答える藤原と石上。それを聞いた京佳は、ポケットから何かのチケットを取り出した。
「実はな、昨日帰りに買い物をした際に福引をしたんだが、その時に都内の遊園地の招待券が当たったんだ。フリーパス付きのやつが」
「ええ!?凄いじゃないですか京佳さん!!」
それは複数の遊園地のチケットだった。そして、そのチケットを見て目を輝かせる藤原。
「ただこれ、期限が何故か明日までなんだよ」
「え?普通そういうのって半年くらい期限ありません?」
石上の言う通りである。普通、福引の商品は基本的にそれなりの期限があるものだ。どうして明日までしか期限が無いのか不思議である。だが、京佳にとってそれは些細な事だ。
「そこでだ、明日ヒマなら皆で遊園地に行かないか?」
明日までしか期限が無いのなら、明日までに誘えばいいだけなのだから。
『ナイスだ(よ)立花(さん)!』
京佳の提案の聞いた白銀とかぐやは思わず心の中でガッツポーズをした。藤原から色々と言わせる筈だったが、別の誰かが提案するのならばそれでいいのだ。
「ふむ、明日なら俺も特に予定はないし、大丈夫だぞ?」
「私も大丈夫ですね」
「私もですよ~」
「僕も、大丈夫です」
「それは良かった。なら、一先ず明日の予定は決定だな」
生徒会メンバーは全員参加を表明した。特に白銀とかぐやはこの期を逃すものかと若干食い気味である。そんな2人をよそに、藤原がある事に気づいた。
「京佳さん?そのチケット8人までって書いてますよ?」
「そうなんですか藤原さん?それは少し勿体ないですね…」
京佳の持っているチケットには『8名まで』と何とも中途半端な数字が書かれていたのだ。
(これはチャンスね)
そしてそれを見たかぐやはある事を思いついた。
「立花さん、どうせなら会長と藤原さんの妹さんも誘ってはどうでしょう?同じ学園の生徒ですし」
「本人さえよければ私は構わないぞ」
それは白銀の妹である、白銀圭を誘うというものだった。数日前、かぐやは圭と初めて知り合い、どうにか仲良くなろうとしたのだが、あまり上手くいかなかった。だからこそ、明日の遊園地に共に行き、少しでも距離を縮めようと思いついたのである。
しかし、ここで白銀の妹である圭だけを誘うのは余りに不自然。故に、藤原の妹である萌葉も同時に誘う事により、不自然さを無くす事にした。
「じゃあ後で萌葉に聞いてみますね~。多分大丈夫でしょうけど」
「なら俺も後で圭ちゃんに聞いてみるか」
(よし!これで会長の妹さんとの距離が縮まって会長と家族ぐるみの付き合いができるかもしれない!)
藤原と白銀の2人がそれぞれ確認を取ると言い、かぐやはより気合を入れた。
「それでもあと1人余りますね。どうしましょう?」
しかしそれでも人数は7人。この人数でも問題はないのだが、少し勿体ない感じが残ってしまう。
「それなら大丈夫だ。私の友達を誘う。秀知院の生徒だし問題ないだろう」
「そうか、立花の友達ならば俺は構わないぞ」
「私もですよ~」
(友達…?一体誰でしょうか…?)
京佳は8人目に自分の友達を誘うと言い、かぐやは疑問符を浮かべた。というのも、かぐやは京佳の友達に心当たりが全くないのだ。
言っちゃなんだが、京佳は自分のクラスでは長い間ぼっちだった。入学当初より、その見た目のせいで怖がられてきた京佳。その期間が長かったせいで、あまり友達という存在を作る事ができずにいた。最も、今は普通にクラスメイトと喋るくらいには親密な関係を築いているのだが。
かぐやが1人疑問符を浮かべているそんな時、遂に白銀とかぐやが待ち望んでいた瞬間がやってきた。
「あ、そういえば前にみんなで旅行に行こうかどうかって話をしましたよね?」
「ああ、そんな話もしたな」
((よし来たぁぁぁ!!))
藤原の口から『みんなで旅行』という話題が出てきたのである。前回は色々あって有耶無耶になっていた話だが、今この流れでなら再びその事について話し合いを行う事が出来る。
(え…?僕それ知らない…)
前回、その場にいなかった石上は1人疎外感を感じた。
「言っておくが恐山に行くのなら私は断固拒否するぞ?」
「もぉ~あれは冗談ですって~。本気にしないでくださいよ京佳さん~」
京佳は絶対に心霊スポットで有名な恐山には行かないと言う。それだけ幽霊というものがダメなのだ。因みに、藤原はあの時のは冗談と言っているが、半分位は本気だったりする。
(四宮と旅行…!四宮と旅行…!)
(会長と旅行…!会長と旅行…!)
一方、白銀とかぐやはお互い全く同じことを思っていた。自分の口から『旅行に行きたい』とは決して言わない2人。だからこそ、他の人が言うのを今か今かと心待ちにしていた。そして遂にその時がやってきたのだ。今、2人の頭の中では様々な妄想が出来上がっていた。
「でも実際、学生で旅行って厳しくないですか?お金とか」
そんな妄想をしている2人が冷める様なことを言う石上。だがそれは正論でもあった。旅行というのは何かとお金がかかる。ましてや学生の身ではその負担も大きくなるだろう。
「ふむ、軽く見ても、やはりどこの宿泊施設もそれなりに代金がかかるな」
「交通費や食費もあるしな。やはり学生だけで旅行は色々ときついかもな…」
白銀と京佳はスマホを取り出し、ホテルや電車料金などを調べ始めた。やはり、そうそう安いものでは無い。
「それに仮にみんなで旅行に行けるとしても、お父様が許してくれるかどうか…やっぱり学生だけだと色々不安でしょうし…」
「他にもありますよ藤原先輩。未成年だけだと、ホテル側が泊まらせてくれない可能性もあります」
そして藤原と石上も別の問題を口にする。実際、未成年だけで旅行をするとなると、保安上の問題がある。いざという時、頼れる大人が居ないのは色々とマズイのだ。更に、石上がいう宿泊できるかどうかという問題。実際は、未成年でも宿泊ができるホテルが殆どなのだが、場合によってはそれが取り消されたりする。折角旅行について話しているのに、部屋の空気は重い。
そんな時、
「それならば皆さん、軽井沢にある、四宮家が所有している別荘に泊まるのはどうでしょう?」
かぐやがそんな提案をした。
「それって前にかぐやさんが言っていた場所ですか!?シアタール-ムや遊戯室があるっていう!」
「え?何それ凄い…流石ですね、四宮先輩…」
「ええ。私は使ってませんが、皆さんさえよろしければ直ぐにでも色々と準備をさせますよ?」
かぐやの提案は例えるならば、まさに地獄に仏であった。
「別荘には四宮家から使用人を何人か派遣しますので、藤原さんのお父さんも安心してくれると思いますよ?」
「はい!それなら大丈夫と思います!」
「しかし、いいのか四宮?その、代金とか…」
「会長、いくら何でも同じ生徒会の人からお金を徴収するなんて真似しませんよ」
「そうか。それはありがたい」
「でも四宮先輩、軽井沢までどうやって行くんですか?電車?バス?」
「いえ、四宮家からマイクロバスを出します。もちろん交通費なんて取りませんよ?」
至れり尽くせりである。もし、そういったレベルの別荘を借りるとなると、本来ならば相当な出費が発生するだろう。しかしそれらをタダで使えるという。流石、日本最大の財閥の令嬢。やれることのスケールが大きい。
「四宮、少しいいか?」
「何ですか立花さん?」
そんな中、京佳が質問をしてきた。
「軽井沢というと、山になるな?」
「そうですね」
「その別荘には、プールとかあるか?」
「ありません」
「…じゃあ近くに泳げる湖とか」
「ありません」
「……川は」
「川くらいはありますが泳げませんよ?」
「…………そうか」
(よし)
この夏に間に、水着を着て白銀を悩殺するつもりでいる京佳。逆に何としてでも京佳に水着を着させないつもりいるかぐや。そしてかぐやは勝利した。これで白銀が京佳の水着を拝むことは無いだろう。
(こうなった以上仕方ない。水着は旅行とは別の機会にするしかないな…)
だがここで諦めないのが京佳である。彼女は、直ぐに別の作戦を考える事にした。
「旅行に行く日は、お盆の前くらいでどうでしょう?」
「そうだな。その辺りならば、俺は大丈夫だ」
「私もですよ~。その日までにはハワイから帰ってきますし~」
「僕も大丈夫です。元々特に用事ありませんし」
「私も問題ない」
みんなで旅行に行くことが決定した生徒会。白銀とかぐやも何とか最低条件である夏休みの予定を異性と組むという目的を達した事のよりテンションが高い。
(四宮と旅行…!四宮と旅行…!!四宮と旅行…!!!)
(会長と旅行…!会長と旅行…!!会長と旅行…!!!)
因みに心の中のほうはもっとテンションが高かった。
「ところで、旅行に行くメンバーは生徒会の人たちだけですか?」
そんな中、石上が質問をする。
「そうですね。別荘は結構広いので、もう少し人数が増えても問題はありませんが、どうしましょう?」
「だったらかぐやさん!萌葉も誘っていいですか!?」
「四宮、圭ちゃんも誘っていいか?その、圭ちゃんってこういう機会が中々なくてな…」
「ええ、勿論構いませんよ」
遊園地に続きチャンスが巡ってきたと思い、藤原と白銀の妹達の参加を秒で可決するかぐや。これで更なる作戦を実行できそうである。
「楽しみだな。皆で行く旅行」
「ええ、本当に」
「えへへ~、楽しみです~」
「全くだ、もうこんな機会など無いだろうしな」
「ですね」
みんな旅行の計画を立てて嬉しそうな雰囲気をだしている。この生徒会も、2学期が始まれば直ぐに解散してしまう為、本当にこれが最後の機会になるのだからそれも仕方ない。
(何としてでも、この夏に四宮から告白させてみせる…!)
(何としてでも、この夏に会長から告白させてみせる…!)
(何としてでも、この夏に白銀を振り向かせてみせる…!)
そして白銀、かぐや、京佳はそれぞれそんな思いを胸に秘めて、遂に夏休みが始まるのだった。
「ところで立花さん?明日遊園地に誘う予定のお友達とは誰ですか?立花さんのクラスメイトですか?」
「いや、四宮と同じクラスの子だよ。金髪で頭にシュシュを付けている」
「……え?」
前に『現在旅行に行くことは予定していません』と言った作者ですが、その後、色々と考えた結果『旅行に行ったりしたほうが楽しそう。何より書きたくなった』と思い、結局旅行に行くことにしました。
ノリと勢いだけで書いた結果こんな事になってしまいました。本当にごめんなさい。今後は、こういった事の無いよう精進したします。
重ね重ね、本当にすみませんでした。拙い作品ですが、これからも読んでくれるとありがたいです。どうか、これからもよろしくお願いします。
次回、原作と大きく違う夏休み編、開始。
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夏休み編
四宮かぐやと遊園地(前編)
そんなこんなで夏休み編開始です。 想像以上に長くなりそうなので分けます。と言ってもまだ後編書いてないけど…
11月1日夜追記・少し台詞を変えました。
夏休み初日。
前日の1学期終業式の日に遊園地に遊びに行くと約束をした生徒会メンバー+α。そられの面子は現在、目的の遊園地の最寄りの駅で待ち合わせをしていた。
「いやー、晴れてよかったですね~」
「ほんとだねー」
「少し、日差しが強いですけどね」
「ですね。水分補給だけはちゃんとしときましょうか。熱中症で倒れたら色々最悪ですよ」
約束の時間までまだ20分程あるのだが、藤原姉妹、かぐや、石上は既に集合場所に来ており、白銀兄妹、京佳、そして京佳の友達を待っていた。
「すまない皆。少し遅れた」
「やぁ、皆。おはよう」
すると、直ぐ近くから白銀と京佳の声が聞こえた。
「あら、会長、そして立花さんも、おはようございます」
「お、おはようございます…先輩方…」
「はい、白銀さんもおはようございます」
振り返りあいさつするかぐや。白銀の後ろには、私服姿の圭もいた。そして京佳の後ろには、
「やっほー!書記ちゃん!おっはよー!」
かぐやの従者であり、京佳の友達である早坂がいた。
「ええ!?早坂さん!?なんでここに!?」
「昨日の夜に京佳に誘われたんだ~」
「京佳さんの友達って早坂さんだったんですか!?」
「そだよ~。今日はよろしくね~」
突然の早坂の登場に驚く藤原。早坂がここにいる理由は、昨日の夜に京佳が誘ったからであり、かぐやの命令でもあった。かぐやは本日の遊園地で、白銀との間に様々なイベントを予定している。
その為には協力者が必要だった。そんな時に京佳の方から早坂を誘うことがわかったのだ。まさに渡りに船である。故に、かぐやは早坂に様々な命令を出すつもりでいた。全ては、本日、白銀から告白をさせる為に。
「これで全員揃ったな。では皆、入場口に行くか」
「そうですね~。もうすぐ開園時間だし、行きましょうか~」
「よし!では皆いくぞ!」
約束のメンバー全員が揃った事で、目的地の遊園地まで移動を始める8人。その姿は和気あいあいである。
「しかし、楽しみだなぁ!『ギャラクシーワールド』!」
「何か会長、テンション高いっすね?」
「実は前から1度行ってみたいとは思っていたんだが、やはりお金が非常にかかるからな。今日は本当にありがとな立花!」
「ふふ、そう言って貰えると誘ったかいがあったよ」
「ほんと恥ずかしい…」
今、8人が向かっている遊園地の名前は『ギャラクシーワールド』。宇宙をモチーフにした遊園地である。天体好きな白銀は、この遊園地に1度行ってみたかったのだが、入場料とフリーパスを合わせると1万円近くになる為、今まで遊びに行くことができなかった。
しかし本日、京佳から誘われてようやく遊びに行ける為、白銀のテンションは上がるにあがった。因みにそんな白銀を、妹である圭は恥ずかしそうに見ている。
「会長、まるで子供みたいですね~」
「まぁ、前から行きたかった所みたいですし、ああなるのも仕方ないのではないでしょうか?」
「ああいう気持ち少しわかるかも~。ねー早坂ちゃーん?」
「うんうん。童心に帰るってやつだよね~」
白銀を後ろから見ていた4人は会話を弾ませていた。年ごろの女子が4人も集まればそうなるのは必然だろう。
「ところで白銀、何で制服なんだ?」
「あー…これはだな。生徒会長たる者、いかなる時も生徒の模範にならねばッて気概で…」
嘘である。
昨日の夜、白銀は着ていく私服をちゃんと選んでいた。しかし、白銀が決めた私服を見た圭が部屋の窓を開けて『それを着ていくつもりなら、私はここから飛び降りる』と窓枠に足を掛けた状態で脅したため制服になったのである。
「入っちゃいましたねー!早坂さんー!萌葉ー!」
「だねー!書記ちゃんー!妹ちゃんー!」
「ねー!」
「ここが、ギャラクシーワールド…」
「凄いですね。奥の方の広場に見えるのはロケットでしょうか?まさか本物?」
「いや四宮、あれは実物大の模型らしいぞ。パンフレットにはそう書いてある」
「会長、後でロケットを背景にして写真撮りましょう」
「ああ!勿論だ石上!必ず皆で撮ろう!」
程なくして、目的の遊園地『ギャラクシーワールド』に入場した8人。そして入場して目に映ったのは煌びやかな内装。宇宙をテーマにしているだけあって宇宙船や星々などのオブジェが沢山設置してある。そんな光景をみた全員はもれなくワクワクしていた。
「思ったよりは人が混んでませんね」
「だな。ま、今日は平日だしな」
石上と白銀の言う通り、メインストリートは思ったよりは人でごった返していない。なんせ今日は平日。ちらほらと白銀達と同じく夏休み中であろう学生と思われる人は見えるが、親子連れなどはまばらにしか見えない。これならばアトラクションの待ち時間も、あまり長く待つことは無さそうだ。
「では先ずはこの『ブラックホールコースター』に行きましょう!」
藤原がパンフレットを手に、園内でも人気のジェットコースターに行こうと言い出した。
「これは、どんなものなのですか?藤原さん」
「ふふふ。なんと明かりが全く無い真っ暗な中でジェットコースターに乗るですよ!かなりスリルがあるらしいですよ~」
「え…?大丈夫なんですかそれ…?」
「大丈夫だってかぐやちゃん!今まで1度も事故はないらしいし!」
「よし、ここから近いし、先ずはそれに乗ってみるか」
藤原の提案の受け入れた皆は、そのままコースターがある場所まで歩き始めた。
「うぉ!?会長!なんですかあれ!?」
「ここの遊園地のマスコットキャラクターの『くとぅぐあくん』だな。なんでも設定上は炎の星出身らしい」
「因みに後ろにいるのは『はすたーちゃん』ですね~。風の星のお姫様らしいですよ~」
道中、名状しがたいマスコットキャラクター達に遭遇したりしながら。
(さて早坂、わかってるわね?)
(わかってますよかぐや様)
アトラクションまで歩いている途中、かぐやは早坂にアイコンタクトを取った。かぐやは、藤原がジェットコースターに行くと決めた時、ある事を思いついていたのだ。
それは、ジェットコースターで白銀の隣に座る事である。
その為にも、早坂には動いてもらわねばならない。そして一行がアトラクションの入り口にたどり着いた時、早坂は動いた。
「ねぇねぇ京佳!一緒に乗ろう!」
「え?私とか?いや私は…」
「ほらほら!前の列が進んだから早く早く!」
「お、おい早坂!?押すな押すな!そもそも私は白銀と…!」
早坂が京佳の背中を押しながら列へと進んでいった。
「では、私たちも並びましょうか」
「そうですね~」
邪魔者を排除したかぐやは、早坂と京佳に続く形で皆と共に列に並んだ。
(ふふ、ありがとう早坂。あとはこのまま会長の隣に並んでいれば、隣同士に座れるわね)
そしてかぐやはさりげなく白銀の隣へと並んだ。
「会長はジェットコースターとか大丈夫ですか?」
「特に問題はないな。まぁ、あまり乗った事がないんだが…」
「そうですか。実は私も経験がなくて…」
「ん?そうだったのか。俺と一緒だな」
並んでいる最中、白銀と会話をするかぐや。そしておよそ10分後、
「では次の方たちどうぞー」
アトラクションの係員の人がそう言い、遂にかぐやたちの番がきた。
(真っ暗闇でのジェットコースター…つまりこれは通常のジェットコースターより怖いことは間違いない。そしてそこから起こる現象と言えば『吊り橋効果』!これを使えば今日の帰り道にでも会長は私に告白をしてくることでしょう!)
その自信はどこからくるのか本当に疑問だが、実際真っ暗な中でのジェットコースターはかなり怖い。それならば、確かに吊り橋効果も期待できるだろう。
(乗った瞬間も、少し怖がる演技をしたほうがいいでしょうね…)
かぐやが策を巡らせながら白銀とコースターに乗ろうとしたその時、
「あ、すいませんお客様。前に詰めて貰っていいですか?」
「……え?」
かぐやはアトラクションの係員の人に言われて、ひとつ前のコースターに詰めて乗る事になったのである。どうやら、前方に方のコースターでかぐやの偶数グループと他の奇数グループが混ざってしまったようだ。だから係員は、前のコースターに詰めて乗る様に指示を出した。1度に1人でも多く乗せて、アトラクションを効率よく回すために。
そしてかぐやが詰めて乗る事になったコースターには、自分の前に並んでいた石上が乗っていた。
「……」
「あ、あの?四宮先輩…?
「ナンデスカ?」
「ひぃ!!な、なんでもないです!!」
こうしてかぐやの野望のひとつは砕け散った。
「「……」」
因みに白銀の隣には見知らぬおじさんが乗っていた。
「いやー面白かったですねー!」
「ねー!周りが全く見えないジェットコースターって新鮮だったよー!」
「うん。でも少し怖かったかも…」
「そ、そうですね…」
藤原達は先ほどまで乗っていたジェットコースターの感想を言い合っていた。
「…………」
「い、石上?お前そんなに怖かったのか?滅茶苦茶震えているぞ?」
「大丈夫か石上?」
「会計くーん。本当に大丈夫ー?」
一方、ジェットコースターを終えた後、石上は全身が震えており、それを見た白銀と京佳と早坂は心配していた。最も、早坂だけは石上が震えている原因がジェットコースターでは無いと確信していたが。
「次はこれにしましょうよ!『エイリアンステーション』!」
そんな事などお構いなしに、次のアトラクションを指名する藤原。
「それどんなのなの?千花ねぇ」
「いわゆるお化け屋敷ですよ圭ちゃん!夏と言ったらこれですよね!」
今度はお化け屋敷のようだ。藤原が手にしているパンフレットには『エイリアンが蔓延る宇宙施設から脱出せよ』と書かれている。何とか回復した石上を伴って、一行はお化け屋敷のある方へと歩き出した。
(ふふ、待ってたわ。藤原さんがそれを選ぶのを…!)
かぐやにとって理想的な展開がきた瞬間である。数か月前に、かぐやは京佳が幽霊が苦手だということを知った。そしてこれから向かうのはお化け屋敷。
(つまり、立花さんは怖がって入らないから必然的に障害がひとつ消える事になる!)
そうなれば、あとはお化け屋敷の中でずっとかぐやのターンになるだろう。そして態と怖がって白銀に抱き着きでもしれば、白銀の方から告白してくることは間違いない。かぐやの中ではそういう展開が予定されていた。
しかし、
「あれ?京佳さん大丈夫なんですか?」
「何がだ?」
「いや、前にホラー系駄目だって言ってたじゃないですか」
「ここのはエイリアン、つまり宇宙人だろ?」
「そうですね」
「なら問題ない」
「え?何でですか?」
「だって幽霊は実体無いけどエイリアンは実体があるじゃないか」
「えぇー…」
京佳は幽霊がダメであって、エイリアンは大丈夫な娘だった。
(いや何でよ!?可笑しいでしょその理屈!?)
かぐやは内心もの凄くツッコんだ。結局そのまま、8人全員で入る事になったのだが、いざ実際お化け屋敷に入ってみると、
「みぎゃああああ!?」
「いや書記ちゃんうるさいんだけど!?」
「千花ねぇ、何で自分から入ろうとか言ったの?」
名状しがたいエイリアンに藤原がビビりまくって、かぐやも京佳も色々動くことができなかった。
「……」
一方白銀はお化け屋敷の中にいる間、ずっと舌を思いっきり噛んでいた。
「え、エイリアンって、結構怖いんですね…」
「何で自分から行こうとか言ったし書記ちゃん」
お化け屋敷からでてきた一同はベンチに座っていた。小休憩である。
「会長すみません。僕ちょっとトイレに…」
「お、石上もか。なら俺も一緒に行くとしよう。すまない皆、少し離れる」
「いえいえお気になさらず。私たち全員ここで待ってますので」
石上と白銀がトイレに向かい、それ以外の女子達は皆その場で休むことにした。
「圭ちゃんは次にどこか行きたいところとかあるー?」
「えっと、この『アクア・プラネット』ていうやつ行ってみたい」
「私もそれは気になっていたな。白銀達が戻ってきたら聞いてみよう」
ベンチで小休憩しながら、次のアトラクションを見ている6人。
「うっわ!めっちゃかわいいじゃん!」
「こっち3人だし、ちょうどいいな」
「ねぇねぇ君たちてさ、もしかして女子だけで来てる感じー?」
『はい?』
そんな6人に話しかける者がいた。話掛けてきたのは3人の男。それもどうみてもチャライ感じの。
(何でしょうか、このサル共は?)
かぐやは早速、目の前の男達を見下した。3人の男達は如何にも『遊んでます』と言った風貌である為、それも仕方ないだろうが。
「もしそうだったらさー、俺たちと一緒に遊ばない?」
(まさか、これがナンパ!?)
そしてかぐや達は現在、自分達がナンパをされている事を理解した。
「ごめんね~、私たちもう既に連れがいてさ~」
「そういう訳だ。すまないがお帰り願おうか」
他の面子が呆気に取られている時、早坂と京佳がいち早く動いた。こういう手合いは面倒な者が多い為、さっさと断りを入れるに限る。
「え?何?まだ他にも女の子いるの!?最高じゃん!」
「だったらその子達も一緒でいいからさ遊ぼうって!俺達はそれで構わないし!」
「そうそう、皆で遊んだ方が100倍は楽しいって!とりあえずこれからご飯行かない?」
(うっざ…)
(こいつら話を聞かんな…)
しかし男たちは食い下がらない。それどころか勝手に話を進めている。そんな男達に畏縮しているのか、圭や萌葉は藤原の後ろに隠れ始めた。
(何て下賤な輩なんでしょう…今からでもSPに連絡を取って始末してもらいますか)
怯える圭達を見たかぐやは、懐にある携帯を使い、園の外に控えているSPに連絡をとって目の前のサル共を始末しようと考え始めた。
しかしそんな時、
「あー。これはどういう状況だ?」
白銀が帰ってきた。
「あ?何だお前?」
突然現れた白銀を見て、ガンをつける男。
「先ほど言った、私達の連れだよ」
男達にそう説明をする京佳。
「は?こんな目つきが悪い奴が?」
「えー。あんたらこれは無いって。目つき超悪いじゃん」
「そうそう。趣味悪いって」
「うぐ!」
男達はいきなり白銀の目つきの悪さを指摘し始めた。そして目つきが悪いのがコンプレックスな白銀はダメージを受けた。
(こいつらもう許しません…今すぐ東京湾に沈めて差し上げましょう…)
男達の発言が許せないかぐやは怒り狂っていた。直ぐにでもSPに連絡をいれ、目の前の害獣共を駆除しようとしていた。
「そういう言い方をしないでくれ。私達全員にとって大事な人なんだから」
「は?」
そんな時、突然口を開いた京佳がそう言うと、白銀の元に駆け寄り、
「私たち全員、この男の恋人なので…!」
『!?』
白銀の腕に抱き着きながら驚くべき事を口にした。
(お、おい立花!?何を言ってるんだ…!?)
(今は話を合わせてくれ白銀…!)
白銀は混乱していた。突然、自分が大勢を抱え込んでいる節操無しだと言われたようなものなのだから当然だが。
しかし京佳は、今は話を合わせて貰うよう白銀に耳打ちをした。
「い、いやいや。何言ってるんだよあんた?あんたら2人が恋人とかならわかるけど、ここにいる子全員恋人ってそれはねーだろ?」
「そうだって。6人も恋人がいるとかただの節操無しじゃねーか」
「そんなハーレム野郎なんて存在するわけねーじゃん?」
普通に考えたら同時に6人も恋人がいるなどありえない。3人の男達は困惑しながらも、最もな事を口にした。
(この男共、私と会長が恋人じゃなくて会長と立花さんが恋人ですって?)
(いやそこじゃありませんかぐや様。というか今は落ち着いてください)
男が言った一部の発言が許せないでなかぐやを早坂は何とか落ち着かせた。
「いやいや、そんな事があるんだよ。この男、白銀に会った瞬間、こう電流が流れるような感覚に襲われてな、恐らくあれが一目惚れというやつだろう」
しかし京佳は、そんなことがあるのだと発言する。
「そうなんですよ~!私と妹の萌葉も会長の事を見た瞬間こうビビーーンってきちゃって~。ねー、萌葉ー?」
「そうそう!白銀会長を一目見た瞬間そんな感じになったよねー!」
京佳の言葉に乗る形で藤原姉妹も白銀の元に駆け寄りだした。
「だよね~。私達も同じ感覚に襲われてさ~!ほら。行こ2人共」
「え、ちょっと!?」
「あの、私実の妹…」
続けて早坂がかぐやと圭の手を取り白銀に元に駆け寄る。こうして、6人の美少女が白銀を囲むという光景が出来上がった。
「そういう訳だ。悪いが君たちが入るスキなど何処にもない。お帰り願おうか」
そう発言する京佳。そしてそれを見て聞いていた3人の男達が取った行動とは、
「くっそぉぉぉぉ!!世界は何でこんなに不公平なんだぁぁぁ!!」
「俺達だって6人とまでは言わないが1人くらい恋人が欲しいのにぃぃぃ!!」
「うわぁぁぁぁん!!こうなったら閉園まで遊びつくしてやるぅぅぅ!!」
逃走である。負け犬の遠吠えの様な事を発言しながらその場から走り去っていった。よく見たらその目には涙が浮かんでいる。
「すまない、白銀。助かった」
「あ、いや。助かったのならいい…」
「しかし京佳さん、さっきのはよく考えましたね~」
「ほんとだね~。でもおかげで自由になったし、ありがとね京佳」
「いやいや、皆が意図を理解してくれたおかげだよ」
しつこかったナンパを追い払う事に成功した京佳達は安堵した。あのままでは、本当に面倒な事になっていたかもしれないからだ。しかしそんな中、かぐやだけがもの凄く不機嫌そうな顔をしている。
「ところで立花さん?一体何時まで会長の腕に抱き着いているんですか?」
「「…え?」」
かぐやの発言を聞き、白銀の左腕を見る京佳と白銀。そこにはむぎゅっという感じで、京佳の大きな胸の間に白銀の左腕が挟まっていた。
「「わあぁぁぁぁぁ!?」」
とっさに距離を取る白銀と京佳。その顔は紅い。
「た、立花!?これはだな、決してセクハラとかでは無くて…!」
「だ、大丈夫だ白銀!わかっているから!そのそも私のせいだし!」
弁明を始める2人。京佳のほうは両手で胸を押さえている。
「ねぇねぇ、あれってさ…」
「はい、僅かですが。ラブの匂いがしますねよね…?」
ラブセンサーに反応したのか、藤原姉妹はヒソヒソと会話し始めた。
「おにぃ、きっも…」
「待って圭ちゃん!違うから!これは違うから!」
そして圭は兄を汚物を見る目で見ていた。
「……」
一方かぐやはペタペタと自分の胸を触っていた。
「すいません。今戻りまし…あの、会長?何かありましたか?」
「…………ナンニモナカッタヨ?」
「え?いやでも…」
「石上くん?何もありませんでしたよ?わかりましたね?」
「は、はいぃぃぃ!?」
因みにみんなの私服姿は、かぐや、藤原姉妹、圭は原作6巻で着ていたやつ。で、早坂と京佳なんですが、作者にセンスと知識が皆無なので正直説明ができない… とりあえず、早坂はスカートで京佳はパンツと言う事であとは想像にお任せしますごめんなさい。
だれか私にファッションセンスと知識を…!
あと活動報告に簡単な原作風プロフィールを書きました。よければそちらもどうぞ。
次回は後編。いつ書けるかなぁ…
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四宮かぐやと遊園地(中編)
そして今回はちょっとだけ京佳さんがリードしている部分があります。
それと、感想や評価、本当にありがとうございます!本当に励みになります!
「でかいな…」
「ほんとにおっきいですねー」
「おっきい…」
「だねー圭ちゃん。そそり立っているって感じだよー」
「近くでみると大きさに圧倒されますね」
「ほんとだよねー。こんなに大きいなんてビックリしちゃうよー」
(会長…あれ態とですかね?)
(言うな石上…セクハラだと何だと言われるぞ…)
白銀達は今、園内中央の広場に設置されている『サ〇ーンロケット実寸大精巧模型』の前まで来ていた。その大きさ、およそ100メートル。平成の某怪獣王とほぼ同じ位の大きさである。というか、ここまで大きいと風や地震で倒れないか心配だ。
そして女子達はそれを見た感想を言っているのだが、男子2人にはやや卑猥に聞こえていた。
「じゃあ、写真撮りましょうか」
「だな」
写真を撮ろうとスマホを取り出す石上と白銀。そんな時、藤原が謎の提案をしてきた。
「会長!先ずは女子!その次に男子!そして最後は全員で撮るって感じでどうですか!?」
「いや何だその面倒なやり方は」
「いいじゃないですかー!数パターン撮った方が色々と便利なんですよー!」
「便利ってなんだよ」
白銀は藤原のよくわからない提案にツッコミを入れた。
「いいじゃないか白銀。折角皆で遊びに来ているんだ。写真は多いに越したことは無いだろう?」
「まぁ、それもわからなく無いが…」
京佳が白銀の説得を開始する。最も、その説得には裏があったりするのだが。
「別にいいじゃんおにぃ。そもそもおにぃと一緒に写真撮るとかキモイし」
「あの圭ちゃん?流石に俺も泣くよ?」
「圭、あまりそういう言い方をするものではないぞ?」
「う、はい…」
(うん?)
圭の発言を優しく叱る京佳。そしてそれを見ていたかぐやは、少し違和感を覚えた。
「さぁ!さぁ!先ずは女子だけで写真を撮りましょう!!」
「ちょ、ちょっと藤原さん!ひっぱらないで…!」
しかし藤原に手をひかれたので、その違和感の正体を考える事が出来なくなった。
「んじゃ撮るぞー」
「はいみんな!ピースですよ!ピース!!」
「そうそう!ほらほらかぐやちゃんと圭ちゃんも!!ほら!ピース!」
白銀がスマホをかざし、それに合わせて女子6人が両手もしくは片手でピースサインを作る。
こういった事に慣れていないのか、かぐやは少し恥ずかしそうにしていた。
そして白銀が女子の集合写真を撮り終えたら、次は藤原が白銀と石上の2人をロケットも収まるような場所に立たせて写真を撮った。
(石上くんが羨ましいですね…会長とのツーショット写真だなんて…)
白銀と石上がツーショットを撮っている光景を、かぐやは少し嫉妬の混ざった眼差しで見ていた。そんな時、
「白銀、次は私と2人で写真を撮らないか?」
「!?」
京佳が白銀とのツーショット写真を撮る為仕掛けてきた。
「え?俺とか?」
「ああ、こうして生徒会が遊びに行くことなどそうそう無いだろう?だから思い出として1枚欲しいんだ。いいか?」
「ああ、別に構わないぞ」
「それじゃすまないが石上、私のスマホで写真を撮ってくれ」
「はい、いいですよ」
京佳が石上に自分のスマホを渡し、白銀の隣に結構近い距離で立つ。
「ほら白銀。もう少し近づいてくれ」
「おう」
「それじゃあ撮りますよー。はいチーズ」
カシャ
そして石上が写真を撮り、京佳は白銀とのツーショット写真を手に入れた。
「ありがとう2人共。この写真は大切にするよ」
石上からスマホを返してもらった京佳は、画面に映った写真を見て、笑顔でそう言った。
(ほら、かぐや様。ここで『私も一緒に』って言わないと、白銀会長とのツーショットなんてもう未来永劫手に入りませんよ?)
(そんな事自分から言える訳ないじゃない!!)
(本当いい加減にしましょうよ?)
早坂がかぐやに耳打ちをし、動くように促すが、かぐやは動かない。そこで早坂は、更なる発破を掛けた。
(立花さんに、白銀会長取られてもいいんですか?)
(!?)
かぐやにとっては、発破というかもう脅しだった。流石にこれが効いたのか、かぐやは白銀に近づき始めた。
「あの、会長」
「ん?何だ四宮?」
「私も…一緒に…」
「じゃあ次は私とかぐやさんでツーショット撮りますねー!」
「え!?」
しかしここで藤原が横から乱入。そして妹の萌葉に自分のスマホを渡し、かぐやの手を取り歩いて行った。
「さぁさぁかぐやさん!行きましょう!最高の思い出を作りに!!」
(もぉぉぉ!!折角勇気振り絞って言う所だったのにー!!)
結局白銀とのツーショット写真を手に入れる事は出来なかった。その後、集合写真は手に入れる事ができたので一応それなりに満足はしたのだが。
「会長、そろそろお昼にしませんか?」
「そうだな。丁度昼時だし」
写真を撮り終えた一行は、昼食を取る事にし、そのままフードエリアへ歩いて行き、たまたま目に着いた、妙な宇宙人が描かれている看板が付いているファミレスに入っていった。偶然空いていたのか、8人は直ぐに席に案内され、座る事が出来た。
因みに席順は、左側がかぐや、萌葉、千花、早坂で、机を挟んだ右側が、白銀、石上、立花、圭である。
「こういったところに入るのは、初めてですね」
「じゃあ私が色々と教えてあげるよかぐやちゃん!」
「え?萌葉さんがですか…?」
「うん!まずはこのメニューから食べたいものを選んで…」
手に取ったメニューを見せながらかぐやに色々と教える藤原の妹の萌葉。
(どうせなら会長に教えて貰いたかった…)
かぐやは折角教えてもらうなら、机に反対側に座っている白銀に教えて貰いたいと思っていた。
その理由は色々あるが、1番の理由が萌葉である。かぐやは、萌葉が苦手なのだ。
「このオムライスとか美味しそうだよね~。かぐやちゃんごと一緒に食べちゃいたい!」
「え?あ、はい…そうですか…」
いちいち怖い事を言うから。
「あの、京佳さんはどれがいいですか?」
「そうだな。私はこのエビフライセットがいいな」
「あ、それ美味しそう…じゃあ私もそれで」
「大丈夫か?圭は小食だろ?こっちのミニハンバーグランチのほうがいいんじゃないか?」
「あー、それもそうですね。だったら私はそれにします」
(ん?)
そんな時、かぐやは写真を撮っていた時にも覚えた違和感を再び感じ取った。かぐやから見て、反対の席の右奥に座っている京佳と圭。この2人が、妙に距離が近く見えるのだ。
(おかしいですね。2人は今日が初対面の筈なのに…いえ、まさか…!)
かぐやは始めて圭と会った日の事、圭は既に藤原と知り合いだった事を思い出した。もしかすると、京佳もそうなのではないかという疑問がかぐやの頭の中を支配しようとしていた。
(いえいえ、考えすぎです。そんな偶然そうそうある訳ありません。恐らくただただ偶然、馬が合ったというだけでしょう…もしくは集合場所に来るまでに仲良くなったという感じでしょう…)
しかし冷静になりその考えを直ぐに取り払った。だが、
「あれー?京佳さんと圭ちゃんってもしかして知り合いでしたかー?」
藤原がかぐやと同じ事を思ったのか、京佳と圭に直接質問をした。
「ああ、そうだよ。大体1年くらい前から知り合いだな」
「そうですね。京佳さんとは去年の梅雨前くらいに初めて会ったから、もうそれくらいですかね」
「ええー!?それならそうだって言って下さいよー!」
「いや、わざわざ言う事もないんじゃないか?」
そして、質問の答えは肯定だった。その答えを聞いた早坂が、藤原に続いて質問をする。
「ねぇねぇ、京佳はさ、どうやって会長の妹ちゃんと知り合ったのー?」
「ああ、去年、白銀の家に何度かお邪魔することがあってな。その時に」
(はぁぁぁぁぁ!?)
「ええ!?京佳さんって会長の家に何度も行った事があるんですか!?」
「ふふ、まぁな。詳しくは秘密だが」
「お、おい!立花!変な言い方をするな!あれは色々と用事があったからうちに来たって話じゃないか!」
「はは、そうだったな。すまなかった」
衝撃の事実である。何と、京佳は既に白銀家に何度も行った事があるというのだ。
(会長の家に行った事があるですって!?何ですかそれは!?私聞いてませんよ!?)
かぐやにとって初めて聞く事実。そしてかぐやは想像する。白銀家で白銀や妹の圭、前に電話で話した白銀の父親と仲良くする京佳の姿を。
―――――
『全く、まるで2人は本当に姉妹みたいに仲良しだな』
『だって本当の姉妹になるかもなんだもーん』
『ははは、確かに。こんな美人が娘になるのなら私は大歓迎だぞ』
『え?お義父さん、それは…』
『いっそこのままうちの子になるか?京佳ちゃん?』
『は、はい!こちらこそ、よろしくお願いします!』
『ふむ、ならば名前の呼び方を変えた方がいいな』
『じゃ、じゃあ…御行?』
『なんだ?京佳?』
『ふふ、2人共まるで夫婦みたいだね』
―――――
それは少し前に自分が夢見た光景である。そんな妄想を終えたかぐやの目からハイライトが消え、やはりこの女も略奪者であるという目に変わった。
(ああ、立花さん…やはりあなたもですか…あなたも私が欲しくて止まないものを片っ端から奪っていくんですね…)
その後、頼んだ料理が来たので、それらを皆で食べたのだが、かぐやだけは料理の味を薄く感じていた。
食事を終えた8人は、園内のとある施設にきていた。『ギャラクシーワールド』内には、アトラクションだけでは無く、宇宙船で使われた道具のレプリカを手に取ったり、実物大の月面調査機のレプリカに乗れる施設がある。そして白銀がそれに興味を示したので、皆でその施設に来ていたのだ。
白銀と石上の2人が、実物大のア〇ロ宇宙船のレプリカの操縦席に乗り込んでテンションを爆上げている頃、かぐやは施設内の端にある『宇宙服博物館』で宇宙服のレプリカをガラス越しにぼーっとした顔で見ていた。
「かぐや様、楽しんでますか?」
そんなかぐやに、早坂が話しかける。
「ええ。大丈夫。大丈夫よ…楽しんでるわよ…」
「とてもそうは見えないんですが…」
かぐやの声には覇気がない。本来なら、白銀の妹である圭とこの期に仲良くなろうとしていたのに、既に京佳が圭とかなり距離を縮めていた事を知ったのだ。かぐやにとってはかなりの衝撃であり、意気消沈するには十分だった。まるで戦う前から勝敗は決していたような感じである。
(このままだと色々とマズイですね…)
早坂はかぐやの従者である。本人にしても、何とか白銀との恋を成就してもらいたい。最も、その本心は『両想いなんだからさっさと告白してくっつけ。そして私をその面倒臭い自称恋愛頭脳戦から解放しろ』なのだが。
しかし、今のかぐやでは白銀とも、その妹である圭とも進展することは無いだろう。そこで早坂はある提案をすることにした。
「かぐや様、提案があります」
「提案?」
「恐らくですが、藤原さん辺りから最後は観覧車に乗ろうと提案してくるはずです」
「え?なんで?」
「こういう時は、最後は観覧車に乗るものだと決まっているんですよ」
「……そうなの?」
「その疑惑の目を辞めてください。普通は大体そうなんですよ。もし仮にそうならなくても、私が何とか観覧車へ行くよう調整してみせるので、観覧車に白銀会長と2人きりで乗ってください」
「ふ、ふたりっきり!?」
「はい、観覧車のゴンドラで2人きり、そしてそこから見える綺麗な景色。これだけのシチュエーションが揃えば白銀会長のほうから告白をしてくる筈ですよ。そしてそのまま、妹さんとも仲良くなれるかと」
かなり乙女思考に偏っているが、早坂のこの考えはあながち的外れという訳ではない。実際、白銀は結構なロマンチストである。その白銀ならば、観覧車で告白という事もありえなくはないのだ。そんな早坂からの提案を聞いたかぐやは、
「ま、まぁそうね?もしも会長の方から一緒のゴンドラに乗ってくれと言うのであれば乗らないこともないわよ?」
「ほんといいかげんにしてくださいよ。流石に怒りますよ?」
いつものように素直にならないでいた。流石の早坂もキレそうになった。
「立花さんと白銀会長が2人きりで観覧車に乗ってもいいんですか?」
「…………」
「もしそうなったら、立花さんは白銀会長との距離を一気に縮めると思いますよ?」
「…………」
「そしてそのまま進展して、夏休みが明ける頃には恋人同士になってるかもしれませんよ?」
「…………やるわ」
「はい、よろしい」
「でも勘違いしないでよね早坂!これは決して私が会長と2人きりで観覧車に乗りたい訳じゃなくて、早坂がどうしてもというから仕方なく!そう!仕方なく会長と観覧車に乗るだけなんだからね!?」
「あーはいはい。それでいいですよもう」
こうして、早坂の提案を受けたかぐやは、白銀と一緒に観覧車に乗る事を決意した。
おまけ テンション爆上げ中の白銀と石上
「やっべぇこれ!なんかよくはわからんけどすっげー楽しい!」
「はい会長!僕もすっごい楽しいです!操縦席ってテンション上がりますね!」
「だな!いっそこれでこのまま宇宙まで行きたいな石上!」
「ですね!そして新しい星とか発見したいです!」
「いいなそれ!よし!このまま行くか!」
「はい!」
「お2人共―?後ろの順番待ちの子供達が居るってこと忘れてませんかー?」
「本当に恥ずかしい…本当に…」
「流石に少しは静かにしたほうがいいぞ2人共。周りの人達が驚いている」
「あはは。子供みたーい」
観覧車当たりの話は一応形にしてるけど、めっちゃ長くなりそうだったのでキリのいいここで切りました。次回こそはちゃんと遊園地編終わらせます。
本当に物語を作るのは難しいって思います。プロの作家さんとか漫画家さんとかマジで凄い。
そして次回はもしかすると遅れるかも。C〇Dの新作が出るんだよ…
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四宮かぐやと遊園地(後編)
「そろそろ良い時間ですね」
「もう夕方ですもんね~」
あの後、一行は水をテーマにしたアトラクションに乗ったり、シューティングゲームで石上が高得点を出して盛り上がったり、やたらと回転するジェットコースターに乗ったりして『ギャラクシーワールド』を楽しんでいた。
しかし、楽しい時間と言うものはあっという間に過ぎて行くもので、気づけば空は夕焼けになろうとしていた。かぐやが時計を見てみると、時間は18時を過ぎている。閉園時間まではまだまだあるが、帰るには丁度良い時間だろう。
(早坂はああ言っていたけど、果たして本当に藤原さんは観覧車に乗ろうと言うのかしら?)
かぐやは藤原をチラ見して、早坂が言っていた事を思い出していた。早坂は、遊園地にきたら最後は観覧車に乗るものだと言っていた。そして恐らく、藤原は観覧車に乗ろうというだろうとも。
しかし、かぐやは藤原が本当に観覧車に乗ろうと言うか疑問だった。なんせ予想外の行動をとる藤原である。もしかすると、このままもう家に帰ろうとか言いだす可能性もあるのだ。
「それじゃあ最後は観覧車に行きましょう!遊園地の最後と言ったらこれですよね!!」
(本当に言った!?)
しかしそんなかぐやの考えは杞憂といわんばかりに、早坂が言った通り藤原が観覧車に乗ろうと提案してきた。早坂は『ほらね?』という顔をした。勿論、かぐやには決して見えないようにだが。
「そうだな。最後はやはり観覧車だな。行くか」
「よし。じゃあ皆で観覧車に乗って、今日はお開きにするか」
「はい!では、行きましょう!」
藤原を先頭に、一行は観覧車へと歩き出した。
「早坂、少しいいか?」
「ん?どしたし京佳?」
観覧車へ向かう途中、京佳が隣で並んで歩く早坂に周りの人たちに聞こえない様に話しかけてきた。
「実はな、観覧車、白銀と一緒のゴンドラに乗りたいから少し手を貸してくれないか?」
「え゛」
そして早坂にとって間の悪い頼みごとをしきてのだ。
「えーっと…京佳は、白銀会長と一緒に乗りたいの?」
「ああ。こんな機会もう無いかもしれないし、最後はどうしても白銀と一緒に乗りたいんだ。頼む」
「あー……そのー……」
この場にいる人間はかぐや以外知らないが、早坂はかぐやの従者である。余程の事が無い限り、基本的にはかぐやを優先して動く。
それゆえ早坂は、京佳の頼みを断るつもりでいたのだが、
(どうしよう…上手いごまかし方がわからない…)
断り方がわからず焦りだしていた。そもそもこの場に居るのは、かぐやの従者としても早坂ではなく、藤原や京佳の友達としての早坂だ。普通であれば、そんな友達の頼みをきくべきだろう。
だが既に『かぐやは白銀と一緒に乗る』という計画を立てている。それを成功させる為にも、京佳の頼みは断らないといけない。しかしその断り方がわからない。
もしここで、へたに京佳の頼みを断れば、京佳に対して不信感を与えるかもしれない。だが京佳の頼みを聞けば、かぐやに提案した事を反故にすることとなる。
そんな板挟みの状態で、どうしたものかと早坂が悩んでいるその時、
「ここの観覧車は4人乗りですからね~。私達は8人だから丁度2つに分かれますね~」
藤原がパンフレットを読みながら観覧車の事を口にした。
「……そうか。4人乗りなのか」
「あはは…これじゃあ2人きりは無理だねー京佳」
「ああ。だがそれでも何とか白銀と一緒のゴンドラには乗りたいな」
京佳は残念そうにしたが、直ぐに頭を切り変えた。そして早坂は、体のいい言い訳を作ることが出来たため安堵した。
(早坂?)
(すみませんかぐや様、確認不足でした…)
一方かぐやは皆に気づかれない様に早坂を睨んだ。因みに、先ほどまでの京佳との会話内容は聞こえていいない。この日早坂は、『確認作業を怠らない』という教訓を思い知った。
歩く事数分、かぐや達は観覧車の列に並んでいた。並び順は前から石上、藤原、萌葉、圭、早坂、京佳、白銀、かぐやである。結局かぐやと京佳は、白銀と2人きりで観覧車に乗る事は不可能となったが、一緒のゴンドラに乗る事は成功しそうになっていた。このままいけば、前の4人と後ろの4人で観覧車に乗る事ができるだろう。
「でもこれだと、会長も石上くんもまるでハーレムですね~?」
「いや、確かに男1人に対して女3人って感じになってますけど、ハーレムって…」
「ふふ、石上くん?少しは照れてもいいんですよ?」
「知ってますか藤原先輩。女の群れに男を1人放り込むと、その男には人権が無くなるんですよ?」
因みにこの並び順、早坂苦肉の策である。この並びであれば、かぐやと京佳は同時に白銀と一緒のゴンドラに乗る事が出来きる。これならば『友達の頼みを聞いた』と『主人への提案を成功させた』という2つを同時に達成できるからだ。
後は、ゴンドラの中で自分が色々と話題を振れば尚いいだろう。最も、4人が同じゴンドラに乗る為、当初自分が考えていたロマンチックなイベント等は起きないだろうと早坂は思っていたが。
列に並んで数分後、もう間もなく観覧車に乗れるという時、予想外の出来事が起こった。
「ふぐ!?」
「ん?どうしたんですか石上くん?」
「ふ、藤原先輩すみません!僕、急にお腹が…!」
「え?大丈夫ですか?」
「いえ!ごめんなさい!ちょっと大丈夫じゃなさそうなのでトイレ行ってきます!!」
突如、石上が腹痛を訴え並んでいた列から出て行き、トイレへと向かったのだ。
「お客様、何名様でしょうか?」
「あ、今1人いなくなっちゃったので7人です」
「では4人と3人の2組に分かれてお乗りください」
「わかりました!」
スタッフが藤原に人数を確認し、ゴンドラには4人と3人に分かれる事が決定した。
「ではまず4名様、お乗りください」
「はーい!」
まず、藤原姉妹と圭の3人が乗り込んだ。次は早坂か京佳の番である。この時早坂は、このゴンドラに京佳を乗せようとしていた。
しかし、
「ほら早坂、早く乗るといい」
「え!?ちょっと京佳!?」
「藤原、早坂の手を引っ張ってくれないか?」
「わかりました京佳さん!さぁ早坂さん!早く乗って乗って!」
「ええ!?ちょ、ちょっとぉぉ!?」
京佳の背中を押され、藤原に手を引かれて、早坂は藤原たちの乗るゴンドラへと乗る事になったのだ。
(よし、これで白銀と一緒のゴンドラに乗れるな)
かぐやと一緒ではあるが、これで白銀と同じゴンドラに乗るという目的は達成できそうだ。京佳は少しだけほくそ笑んだ。
「それでは次の3名様、こちらにお乗りください」
スタッフに言われて、観覧車に乗る白銀、かぐや、京佳の3人。そしてスタッフがゴンドラに扉を締め、ゴンドラはゆっくりと上へと上がっていった。因みに席順は、かぐやと京佳が隣同士で、反対側に白銀というものだ。
「しかし、観覧車ですか…私、これが初めて何ですよね…」
「そうなのか四宮?」
「はい、小さい頃からこういう所に遊びに行くことも無かったもので…」
「やはり、四宮の家は色々と厳しいんだな」
「でも、おかげで今日は本当に楽しかったですよ?誘ってくれてありがとうございますね、立花さん」
「俺からも礼を言わせてくれ立花。今日は本当にありがとう。圭ちゃんも凄く楽しんでいた事だし」
「どういたしまして、2人共」
ゴンドラの中では会話が弾む3人。と、その時、
ガコンガコン!!
『!?』
ゴンドラが風で大きく揺れたのだ。
「お、思ったより揺れるな…?」
「で、ですね…」
「だな…」
実際、観覧車というものは結構揺れる。高所恐怖症の人は、あおの高さと自身が乗っているゴンドラが揺れる事が怖くて、観覧車に乗りたがらないものだ。
そして、特に高所恐怖症でない人も、高い所で自分が乗っている物が揺れると、一定の恐怖を感じる。
「あ、あの、これ落ちるなんてことはありませんよね?」
「大丈夫だろう、四宮……多分」
「多分!?」
「落ち着け四宮!観覧車というものは頑丈に作られているものだ!風ぐらいで落ちる事はないさ!」
「だが白銀。絶対という事は、無いよな…?」
「大丈夫だ立花!俺が保証する!」
「……わかった」
かぐやと京佳は、ゴンドラ内部に設置されている手すりを握りながら少しだけ不安を感じていた。そんな2人を落ち着かせる白銀。
ガコン!ガコン!
しかし、そんな事など無意味だと言わんばかりにゴンドラは揺れる。思わず白銀も手すりを力強く握っていた。
「会長…?本当に大丈夫ですよねこれ?」
「……ダイジョブだ」
「白銀…声が震えているぞ?」
3人は恐怖心を押し殺して、ただ固まっていた。最早ロマンチックな雰囲気作りなど無理である。
一方、藤原たちのゴンドラはというと、
「あはははは。揺れますねー」
「書記ちゃん、怖くないの?」
「これくらいなら全然平気ですよー?」
「あ、海だ…綺麗…」
「圭ちゃん!写真撮ろうよ!海をバックにして!」
普通に楽しんでいた。
「風、止まったみたいですね…」
「ああ、正直肝が冷えたよ」
「俺もだ。まさかあんなに揺れるとな…」
ゴンドラが天辺に近づいた頃、すっかり風は収まり、ゴンドラが大きく揺れる事は無くなっていた。白銀達は手すりから手を放して、一息ついていた。
「お、ちょうど夕日が綺麗に見えるな」
白銀が外を見ると、空は夕焼けに染まっており、太陽が西に沈みかけている。
「これは、綺麗ですね…」
「そうだな」
思わずその景色に見とれる3人。すると京佳が、何かを思いついたようにスマホを取り出して、
「2人共、折角だから夕焼けを背景にして写真を撮らないか?」
白銀とかぐやに写真を撮ろうと提案をした。
「いいじゃないか。俺は賛成だ」
「そうですね。ロケーションも最高ですしね」
2人は直ぐに賛成した。
「じゃあ白銀、私と四宮の間に来てくれ」
「「え?」」
「いや、だってそうしないと3人一緒に写れないだろ?」
しかし、京佳の言葉を聞いて固まった。
「えっと、俺が2人の間に座ってもいいのか?」
「私は問題無いが?」
「わ、私も問題ありませんよ?」
白銀の質問に、京佳は素直に、かぐやは少し照れながら答える。
「じゃあ、失礼するぞ…?」
白銀はゆっくりと席を立ち、京佳とかぐやが座っている方へと動き出し、静かに2人の間に挟まる様に座った。
(あ、なんかこれモテ期がきてるみたいでいいな…)
白銀は束の間のハーレム気分を味わっていた。
(か、会長の肩が…!こんなに密着して…!)
そしてかぐやは嬉しさでいっぱいいっぱいになりかけていた。
「んじゃ撮るぞー。はい、チー…」
京佳がスマホを構えて写真を撮ろうとした瞬間、
ガタン!
またも、強風が吹いてゴンドラが大きく揺れたのである。
「「っ!?」」
(うおぉぉぉぉ!?)
京佳とかぐやはとっさに白銀の腕に抱き着いた。いきなり2人に抱き着かれた白銀は、思わず声を上げそうになってが何とか抑え込んだ。
「すまない白銀、急に抱き着いたりして…」
「す、すみませんでした会長…」
「いや、大丈夫だ…」
京佳とかぐやはそう言うが、白銀から離れようとしはしない。このままでは色々とまずいと思った白銀は、自ら動くとした。
「あー、とりあえず、風も止まったみたいだし、俺は元の席に…」
座ろうかと白銀が言おうとした時、かぐやが口を開いた。
「もう少し…」
「え?」
「もう少しだけ、このままでいいですか…?また強風がくるかも…ですし…」
それは、かぐやが精いっぱいの勇気を振り絞って言ったセリフである。そんなかぐやに同調し、京佳も口を開く。
「四宮の言う通りだ…またいきなり強風が来て、バランスを崩して怪我でもしたら大変だろう?だから…」
「「もう少しだけ、このままで…」」
かぐやと京佳。全く意図しない形ではあるが初めての共同作戦である。そして、黒髪の美少女のかぐやと、眼帯の美少女の京佳の2人に抱き着かれながらそう言われた白銀は、
「そう…だな…もう少しだけ…このままでいるか…」
2人の提案を了承し、その場から動こうとはしなかった。結局写真は撮れなかったが、ゴンドラの中はとても幸せそうな空気があふれている。
夕焼けのせいなのか、3人共顔が紅かった。
「いやー!楽しかったですねー!」
「だねー!本当に楽しかったよー!」
「そうだよねー!また遊びにきたいよねー!」
『ギャラクシーワールド』の外。そこには『ギャラクシーワールド』を存分に楽しんだ8人がいた。一行は観覧車を乗り終えた後、トイレに行っていた石上と合流し、園内のお土産店でいくつかのお土産を購入したのち、こうして帰路へとついていた。
「会長?何かありました?」
藤原たちが楽しかったと感想を言っている中、石上が白銀の様子が少しおかしい事に気づいていた。何と言うのか、覇気がないのだ。
「いや、あれだ。少し疲れただけだ…」
「そうですか。まぁ、確かに少し疲れましたよね」
白銀の返答に納得する石上。
「かぐやちゃんも楽しかったー?」
「ふふふ、ええ。すごく楽しかったですよ」
萌葉の質問に微笑んで答えるかぐや。とっさの出来事ではあったが、最後の最後に素晴らしい思い出が作れたのだ。かぐやの頭の中では、既に先ほどの観覧車の中での出来事が、やや膨張された状態で何回もリピートされている。
因みに、京佳のことは意図的に記憶から抹消しており、頭の中でリピートしている内容は白銀と2人きりになっている。
「あ、もう駅に着いちゃいましたねー」
「ほんとだ。じゃあここでお別れだねー圭ちゃん」
そうこうしているうちに駅に着く8人。そして藤原姉妹、かぐや、早坂、石上の5人。白銀兄妹、京佳の3人にそれぞれ分かれ始めた。帰る方向がそれぞれ違うからである。
「ん?早坂はどうしてそっちなんだ?来るときは一緒だっただろう?」
「実はちょっと用事があってねー。だから四宮さん達と同じ方向なんだー」
嘘である。
本当はこのまま四宮家別邸に帰るからだ。今朝はかぐやの従者である事がばれないように態々京佳と同じ電車に乗ったが、帰りは別である。途中で降りて、そのまま徒歩で四宮家別邸に帰ればいいだけなのだから。
「それじゃあ皆さん!今度は旅行で合いましょう!」
「じゃあねー圭ちゃん」
「では、失礼しますね。会長」
「さよならー京佳」
「じゃ、失礼します。会長、立花先輩」
藤原の言葉と共にホームに上がっていく5人。
「んじゃ、俺達も帰るか」
「そうだな」
「ん」
白銀達も、藤原たちとは別方向のホームに上がっていった。ホームに上がると、直ぐに電車が来た為3人は乗り込んだ。
「あの、京佳さん。今日は本当に誘ってくれてありがとうございました」
「俺からも礼を言わせてくれ立花。本当にありがとう」
「どういたしまして」
京佳にお礼を言う白銀兄妹。普段、遊園地に行く事など無い2人にとって、今日の出来事は本当に楽しかったのだ。
「次は四宮の別荘へ旅行に行くが、圭も来るんだよな?」
「はい、色々準備しないといけませんけど」
「もし必要なものがあったら言ってくれ。買い物なら付き合うよ」
「そんな!悪いですよ!ただでさえ京佳さんには色々とお世話になっているのに」
「そうだぞ立花。何もそこまでしてもらわなくてもいい」
「おにぃうるさい」
「何で!?」
会話が弾む3人。今から旅行が楽しみで仕方ないようである。
「ん、もう着いたか。じゃあ、私はここで降りるから」
電車に乗って僅か数分。電車は京佳が降りる駅に到着した。京佳はアナウンスを聞いて、電車を降りる準備を始めた。
「じゃあ、2人共。またな」
「ああ、またな立花」
「はい京佳さん。さようなら」
電車の扉が開き、京佳は電車を降り始める。
「……白銀」
「え?」
しかし降りる直前で、白銀の方へと振り返った。
「今日は、私も本当に楽しかったよ。本当に」
「え?おおう、そうか」
「でも…」
「ん?」
「今度は、白銀と2人っきりで行きたいな」
「え?」
「じゃあな。2人共」
そんな意味深な事を言うと、京佳は前を向き電車を速足で降りて行った。そして京佳が降りて直ぐに電車の扉が閉まり、電車は再び動き出したのだ。
「……どういう意味だ今の?」
「は?」
「まさか、そういう…?いやいや!落ち着け俺!もし勘違いだったら失礼だろう!」
「うっそでしょおにぃ…」
しかし、白銀には言葉そのままの意味で伝わらなかった。そしてそんな兄を見た圭は唖然としている。普通はそのままの意味で伝わるはずなのに、どういう訳か兄かそのままの意味で捉えていないからだ。最も、全く意味が伝わっていない訳では無いようだが。
(京佳さん、ほんとに頑張ってください…私は味方ですから…)
圭は心の中で、将来姉になるかもしれない人物へ激励の言葉を送った。
おまけ 家に帰宅したかぐやと早坂
「それでね、その時にゴンドラが揺れてとっさに会長に抱き着いたのよ」
「…」
「あれはもう天からの祝福よね。おかげで会長に私を意識させる事は大成功した訳だし?今だったら神様でも何でも信じるわ」
「…」
「ふふ、これなら次の旅行の時には、会長が私に告白してくる事でしょう。ありがとね早坂。貴方の提案のおかげよ」
「…」
「ちょっと早坂?何か言ったらどうなのよ?」
「だってその話もう7回目なんですよ?いい加減うんざりしてるんですよ」
「別にいいでしょ?素敵な話は何回も話したくなるものじゃない」
「限度がありますよ。というかかぐや様?立花さんも同じゴンドラに乗ってましたよね?」
「何のことかしら?」
「えぇ…」
圭ちゃんは京佳さんの気持ちを何となくですが察しています。そして去年色々とあった結果、好感度はかなり高めです。
京佳さんと会長の過去編は必ず書きます。もちろん、京佳さんが眼帯をしている理由も。
次回は少し幕間的な話を挟んでから旅行編にいく予定です。
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立花京佳と新しい友達
作者はマキちゃん好きですよ?かわいいし本当に良い子だし。
四条眞妃。
言わずと知れた四条家の令嬢であり、四宮かぐやの遠い親戚である。学校では白銀、かぐやに次いで3位という好成績を常にキープ。また、芸術のセンスも抜群、聴覚過敏持ち等、かぐやに負けず劣らずの才能の塊である。
そんな彼女は今、
「ううっっ…!うあぅぅぅぅぅ!!!」
真昼間に、公園のベンチに1人座って泣いていた。
どうして彼女が泣いているのかは、少し時間を遡る必要がある。
この日、眞妃は気分転換を兼ねて1人で街に出かけていた。1学期に、自分の親友と想い人が交際するという最悪の出来事があって以来、部屋で1人泣いてたり、学校で2人を影から見ながら泣いていたりと散々な日々を過ごしていた。
それを見ていた双子の弟が、心配しながら『気晴らしに出かけてみてはどうか?』と提案。眞妃は弟のその提案を受け入れ、街に出かける事にしたのだ。
最初は良かった。
服屋でかわいらしい服を見たり、ペットショップで犬や猫を見たり触ったり、有名な店のアイスを食べたりとちゃんと気分転換をしていた。これで少しは気分が晴れて、少なくとも今日くらいは晴れやかな気分で眠れると思うほどには気持ちが楽になっていたから。
そんな気持ちになりながら街中を歩いていた。
しかし角を曲がった瞬間、自分の親友と想い人が腕を組んで歩いているところを見てしまい、それまで何とかなりそうだった気持ちが再び復活したのだ。
その光景を見た眞妃は、その場から脱兎の如く逃走。かなりの距離を走り、たまたま目についた公園に入り、公園内に設置されていたベンチに座った。
「ううぅ…うあぅぅぅ…」
そして涙腺が決壊し泣き出したのだ。
こうして冒頭へと至る。
「うわああ!!うわああああああん!!!」
時間が経つにつれ、遂に人目も気にせず泣き出す眞妃。それを見ていた公園に来ていた人々は、そのあまりな泣きじゃくり方に何て声をかければいいか分からず、ただ見て見ぬふりをする事しか出来なかった。
中には『あれ関わっちゃいけない人だ』と思い、公園を出ていく人もいた。最も、真昼間の公園でこれだけ泣きじゃくっている人がいたらそう思うのも仕方ないだろうが。
(あれは、四条か…?)
暫く経った時、京佳が偶然その公園を通りかかった。京佳の数十メートル先には、今も泣きじゃくっている眞妃がいる。
(どうしよう…あれ)
京佳は考えた。即ち、ここで眞妃に声を欠けるべきか否か。あれほど泣いている人間をほっておくというのは気が引ける。しかし何と言って声を欠ければいいかがわからない。
(でもあれをほっとくのはなぁ…)
眞妃は今もワンワン泣いている。そんな泣いている眞妃のせいなのか、いつの間にか公園内には人気が無くなっている。彼女をこのまま1人にして置くのは色々と心配だ。
少し悩んだ末、京佳は声を眞妃にかける事にした。やはり、あれだけ泣いている眞妃をほっておくのはどうしても出来なかった。
「あー、確か四条だったよな?一体どうしたんだ?」
眞妃に近づき、何があったのかと声をかける京佳。そして声をかけられた眞妃は、
ガシ!
「!?」
前と同じように、京佳の手を掴むのだった。やはり少しだけホラーである。
「お願い…お願いだから…また話を聞いて…お願いします…お願いします…」
「……わかった。でも先ず涙を拭いたほうがいい。ほら、ハンカチ貸してやるから」
「ううぅ、ありがと……」
京佳に涙を流しながら懇願する眞妃。そして前と同じように眞妃の話を聞く事にした京佳は、先ずハンカチで眞妃の涙を拭き、その後再び眞妃の手を取り、ゆっくりと歩き始めた。
「…どこいくの?」
「近くに行きつけの喫茶店があるんだ。この日差しだし、先ずは空調の効いた場所で休もう。その後に話を聞くよ」
「うん、わかった…」
本日も例に漏れず夏日である。
空は快晴で、日差しはかなり強い。そんな夏日に、眞妃は帽子も被らず日差しで泣いていた。このままでは眞妃が熱中症になるかもしれないと思った京佳は、自分がよく行く喫茶店で眞妃を休ませながら、話を聞く事にしたのだ。
因みに喫茶店に着くまでの間、眞妃は京佳の手を離すことは無かった。
暫く歩くと、眞妃の前に『純喫茶 りぼん』という喫茶店が現れた。京佳がドアに手をかけ、眞妃と共に店内に入っていく。
「いらっしゃいませ。あれ?京佳ちゃんじゃない」
「こんにちは、朝子さん」
「ええ、こんにちわ」
京佳に挨拶をしてくたのは少しお年を召したどこか気品のある女性だった。どうやら名前は朝子と言うらしい。
「今日はお友達と一緒?それならカウンターより机の方がいいわね」
「あー、出来れば奥の方の机を使ってもいいですか?」
「…成程。今空いているし、かまわないわよ」
「ありがとうございます」
店主であろう女性は何かを察したのか京佳の頼みを聞き入れ、京佳はそのまま眞妃の手を握った状態で、店内奥に設置してある微妙に死角になっている机まで歩いて座った。
「何か飲むか?」
「……」
京佳にメニューを渡され、それを受け取る眞妃。
「……アイスコーヒー」
「砂糖とミルクは?」
「……いる」
「なら私も同じものにしよう」
飲み物を頼むため、京佳は机の上に設置してあるベルを押した。
「いらっしゃいませ。ご注文は?」
「アイスコーヒーを2つ。砂糖とミルク付きで」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ベルが鳴って直ぐ、先ほどとは別の女性がお冷を持った状態で注文を受けにやってきて、注文を取ると手にしていたお冷を机に置いて、直ぐにその場から立ち去って行った。
「ところで四条大丈夫か?気分が悪いとかないか?」
「うん、大丈夫……」
京佳は眞妃に体に不調が無いか聞いたが、どうやら眞妃は大丈夫らしい。とりあえずは安心である。それから直ぐに注文していたアイスコーヒーが運ばれてきて、2人はそれを飲みんだ。
「美味しい…」
「ふぅ、外が暑かったから数倍美味しく感じるな」
未だに気温も高く日差しが強い外。そことは真逆に空調の効いた店内。そこで飲む冷えたアイスコーヒーは特別美味しく感じる。そして自身の身体が涼んでいくのを感じる京佳と眞妃。これで一息ついたと言えるだろう。
「で、何があったんだ?」
アイスコーヒーを半分程飲んだ頃、ようやく落ち着いたであろうを眞妃に、京佳が何故泣いていたのかを聞き出した。眞妃は目元こそまだ赤いが、既にに泣いておらず、今ならば聞いても大丈夫だろうと思ったからである。
「えっとね…」
そして眞妃はゆっくり話し出した。今日、自分が見た事を。
1時間後―――
「もうさぁ!私本当にどうすればいいの!?2人が幸せそうなのを見るたびに泣きそうになって!ていうか泣いて!でも2人の事を嫌いになれる事なんてできなくて!かといって心から祝福もできなくて!一体さぁ!どう動くのが正解なの!?私は何をすれば正解なの!?神様でも悪魔でもいいから誰か教えてよ本当に!!」
そこには京佳に愚痴を零す眞妃がいた。余程色んなものが溜まっていたのだろうか、勢いが衰える様子が全く無い。
「ううぅ!何でよぉ!そもそも何で翼くんと渚の2人は付き合う事になったのよぉ!!それまでそんな雰囲気全く無かったのに!!渚だってそんな気はないって言ってた筈なのに!あの壁ダァンとかいうふざけたやつのせいでいきなり付き合いだして!ていうか誰よあんなふざけたの教えたの!翼くんはある人に教えて貰ったとか言ってたらしいけど、本当に誰なのよそんなの教えたの!」
「確かに気になるな。誰だろうな、そんな入れ知恵をしたのは」
「そうよね!気になるわよね!?だってそれが無ければ2人が付き合う事は無かったかもしれないんだし!!」
教えたの白銀なのだが、京佳も眞妃もその事を知る由もない。そして京佳は、眞妃の話(というか愚痴)を黙って、時に相槌を打ちながら聞いていた。
それから更に30分後―――
「あーーーー、スッキリしたぁ…ほんとにスッキリした…」
「そうか、それは良かった」
溜まっていたものを吐き出した結果なのか、眞妃は最初とは全然違う顔つきになっていた。
(まさか1時間以上も止まらずに喋るとは思わなかったなぁ…)
逆に京佳は少しだけ疲れていた。眞妃の愚痴をひたすらに聞いていたから仕方ないが。
(というか、私も失恋するとこんな風になるのだろうか?)
同時に不安も覚えた。やはり眞妃の現状を見て知って、どうしても他人事とは思えないからだ。
「本当にありがとうね。またこんな愚痴に付き合ってもらってさ」
「かまわないよ」
「ところでさ、何で私に声かけたの?自分でいうものアレだけど、声かけづらくなかった?」
「まぁ、確かにかけづらくはあったが、あれだけ泣いている子を無視する何て出来なかったんだ」
「そ。優しいのねあんた。てかやっぱ噂は噂でしかなかったって訳ね。噂通りだったらこんな事しないだろうし」
「まだ噂があるのか…」
ようやく何時もの調子を取り戻した眞妃。その顔は少しだけ晴れやかだ。京佳も眞妃が元気になったのを見て安心した。これならもう泣き出すことはないだろう。
「ねぇ」
「なんだ?」
「この際だからさ、連絡先交換しない?」
眞妃がスマホを取り出しながら提案する。
「別に構わないが、急にどうして?」
「これも何かの縁ってやつよ。あと何でか知らないけど、私とあんたは色々と話が合いそうな気がするのよね」
「……話が合いそう?」
「そう。本当に何となくだけどね」
「……まぁいいが」
何故か一抹の不安を覚えた京佳だが、特に断る理由も無いので連絡先を交換する事にした。
「一応言っておくが、流石に毎日愚痴を聞く事は出来ないからな?」
「いや流石に毎日は言わないわよ!…………多分」
こうして京佳のスマホには、生徒会メンバー以外の連絡先が増えた。因みに、京佳は家族と生徒会メンバー以外だと、早坂と年上の先輩2人くらいしか連絡先を登録していなかったりする。
入学当初と違い、今ではクラスメイトと普通に会話できるようになっている京佳だが、その後連絡先を聞くタイミングを逃してしまっている。結果このような事になっているのだ。
「あー、なんかお腹空いちゃった…この店のオススメって何?」
「そうだな。ホットケーキがオススメだぞ。値段も手ごろだしな」
「じゃあそれ食べるわ。あ。あと、私の事は眞妃でいいわよ」
「そうか。なら私も京佳でいいぞ」
「それとね…」
「ん?」
「自分から言っておいて何だけど、私ばっかりあんたに話を聞いて貰うばっかりじゃ私が自分を許せないのよ。だからさ、何か悩みがあったら私に言いなさい。悩みを解決できるかはわからないけど、聞くだけならちゃんと聞くから」
「わかったよ。その時は是非よろしく頼む」
この日、京佳に新しい友達が出来た。
その後、色々と雑談しながらホットケーキを食べる京佳と眞妃だった。
因みに、京佳がオススメと言ったホットケーキを食べた眞妃は、そのあまりの美味しさに驚愕し、その後3枚も食べたのだった。ぶっちゃけヤケ食いの部分もあっただろうが。
そして眞妃は体重が2キロ増えた。
そんな訳で、マキちゃんと友達になった京佳さんです。
あと喫茶店も店長もオリジナルです。今後もちょくちょく出すかも。
次回は旅行編かも。あくまでも予定ではですが。
感想お待ちしております。
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生徒会メンバーと小旅行(その1)
今回は導入編みたいな感じなので少し短いです。
「おはよう、皆」
「おはようございます」
「ああ、おはよう2人共」
「おはようございます会長に圭ちゃん~」
「おっはよー!」
「おはようございます、会長」
お盆が数日後に迫った8月上旬。生徒会メンバー+αの6人は荷物を持った状態で、駅前に集合していた。1学期最後の日に、生徒会メンバーで旅行に行こうと決めてはや半月。遂に、その日がやってきたのだ。
「会長、今日は流石に学生服じゃ無いんですね」
「まぁな。と言っても、これ全部バーゲン品だが」
「制服じゃない会長ってなんか新鮮ですね~」
白銀も流石に今日は、遊園地の時みたいに学生服では無い。彼は今、ボーダーの入ったTシャツに、その上から紺色のコーチシャツ。黒いパンツと動きやすそうな白いスニーカーを履いている。
流石の白銀も、山に行くのにどう考えても動きにくい学生服は着れなかった。そこで、全国に展開している有名な服屋に行って、これらの服を揃えたのだ
因みに、このコーディネートは全部圭である。
「今日の白銀はいつもよりかっこいいな」
「え?そ、そうか?」
「ああ、似合っているよ」
「お、おう。ありがとな立花」
京佳は本心を白銀にぶつけた。すると、白銀は少しだけ照れ臭そうにする。白銀も同年代の異性からそう言われると気恥ずかしいものなのだ。
一方で京佳の服装は、薄ベージュトップスに黒インナー、緑のショートパンツ、そして茶色のワークブーツ。山でも動きやすく、尚且つかわいらしい服装だ。
しかもショートパンツを履いているおかげで、京佳の普段見えない綺麗な足が、太腿の半分くらいの位置までよく見える。京佳も今回の旅行は気合が入っている証拠だ。
(何でおにぃはそこで京佳さんの服装を褒めないのよ…褒められたんだから誉め返せっての…)
圭は内心ため息を付いた。今のは、完全に褒めてきた相手の服装を褒め返す流れだった。しかし、白銀は特にそういった事を言わない。その辺の経験値が絶対的に足りていない証拠である。恐らくだが、相手がかぐやでも同じだろう。
(京佳さん本当に脚綺麗…ていうか長い…)
(京佳先輩って本当に私と同じ人間なのかなぁ…?)
(なんか今日の立花先輩エロいな…足とか…)
藤原姉妹は京佳の脚を見ながらそんな事を思っていた。石上は邪な事を思っているが。
「そろそろ四宮先輩が迎えに来る時間ですね」
邪念を振り払った石上がスマホで時間を確認すると、時間は午前9時の集合時間になろうとしている。そんな時、6人の元に一台の豪華そうなバスが迫ってきた。
そして6人の前で止まり、横の扉が開くと、
「皆さん、お待たせしました」
藍色のワンピースを着たかぐやが出てきた。
「おはようございますかぐやさん!」
「おはようかぐやちゃん!」
「ええ、おはようございます」
元気に挨拶をする藤原姉妹。
「おはよう四宮」
「はい、おはようございます」
「……ひとつ聞きたいんだが、その人は?」
あいさつの後にかぐやに質問をする白銀。白銀の目線の先には、運転席から降りてきたであろう壮年の執事服を着た男性がいた。
「初めまして。
綺麗な姿勢のお辞儀をする男性。どうやら四宮家の使用人のようである。
「か、会長…!執事です!生執事ですよ…!僕ちょっと感動してます…!」
「ああ、俺もだよ石上」
石上と白銀は初めて見る生の執事にテンションを少し上げた。高橋と名乗った男性は目つきが鋭く、髪と顎鬚には少し白髪が混じっている。そしてバッチリと着こなしている執事服に、男でも思わずうっとりするようなイケおじボイス。まるで漫画の中から出てきた壮年の執事そのものだ。
石上は、彼が実はワイヤー使いか武術の達人ではないのかと思わず思った。それほどまでに、まさに執事という男性だったのだ。
「本日は、私が皆様を責任を持ってお送りいたします」
「ああ、成程。本日はよろしくお願いします」
どうやら彼が、このバスの運転手を務めるらしい。そして高橋が頭を上げると、白銀達に近づいてきた。
「それでは皆さん、お荷物を」
「え、いやいや悪いですよ」
「いえ、これが私の務めですので」
「そ、そうですか。ではお願いします」
白銀達が荷物を渡すと、執事の高橋は6人の荷物全部を1人で持ち、バスの側面にある収納スペースに収納していった。その間、僅か20秒。しかも荷物である鞄は全て崩れていない。まさにプロの技である。
「四宮家の使用人ならこれくらい誰でもできますよ?」
高橋の完璧な仕事に驚愕している6人に、かぐやは当たり前のようにそう言った。
「想像の3倍くらい凄い!?」
「うっわ!?マジで凄い!?」
バスに入った藤原と石上は思わず大声を出した。外から見た時から薄々感じてはいたが、バスの中は普通のバスとは全然違ったのだ。
ゆったりと移動できる広々とした通路。座席はまるで飛行機のファーストクラスのようで、座って脚を伸ばしてもまだ余裕がある。おまけにバスの後ろには小さいが給湯室のようなものまでついている。
豪華絢爛とまではいかないにしても、断じて学生が乗るようなバスでない。
「四宮…本当にお金とかいいのか?」
「勿論ですよ。皆さんから運賃なんて一切取りません」
「そうか…」
自分が想像していたバスと違い、ビビって足がすくむ白銀。だがかぐやに言われ、何とか足を動かす。
(さて、ここが勝負所ですね…)
そんな白銀の後ろで、かぐやは考え始めた。
どうやって白銀の隣に座るかをである。
今バスには運転手である高橋を除けば、7人乗っている。バスに設置されている座席は2人席が5列。人数的に1人余ってしまうが、それは大した問題ではない。最悪藤原か石上を当てればいいだろうとかぐやは思っている。
そして、白銀の隣に座る事ができれば、軽井沢に着くまでの間に色々と話せる。この間の遊園地での事。夏休み後半に予定している花火大会の事や2学期の事等々。更にそれ以外にも様々な話題を振リ、会話が弾めばおのずと白銀との距離は近くなり、この旅行が終わる頃には、遅くとも花火大会までには、白銀は自分を意識して、白銀の方から自分に告白をしてくるだろうというのがかぐやの考えである。
(私から隣に座ろうなんて言えませんから、どうにかして会長から言わせるか、他の人に言わせるかをしなければなりませんね…)
しかしここでも決して自分からは言わないかぐや。いいかげん早坂あたりからビンタが飛んできそうである。かぐやがそんな事を思っていると、
「あ、京佳さん。一緒の席に座りませんか?」
「かまわないよ」
「ありがとうございます。それと、その服装、凄く似合ってますよ」
「ふふ、そうか。ありがと、圭」
(なっ!?)
圭が京佳と同じ列の座席に座りだした。そして京佳の服装を褒める圭。まるで仲睦まじい姉妹である。(かぐや主観)
(ま、まぁいいです…会長の妹さんの隣は立花さんに譲ってあげますよ…)
もし白銀の隣に座れなくても、圭の隣に座り、外堀を埋めようとしていたが、その作戦はもうできない。
しかし目的はあくまでも白銀の隣であると自分に言い聞かせるかぐや。
「会長、隣いいですか?」
「おお。いいぞ」
「……」
だが、自分に言い聞かせている間に白銀の隣には石上が座った。
(あれ?このままだと私だけ1人…?)
ボッチになるという不安をかぐやが襲う。もしこのまま皆が座り、自分だけ1人席になったら、それだけでひたすらに寂しいのは明白。
(仕方ありません…あまり使いたくありませんでしたが、背に腹は代えられませんし…)
しかしかぐやには奥の手が存在していた。
「皆さん、どうせならいつもと違う座り方をしませんか?」
「え?どういう意味ですかかぐやさん?」
「通路側の座席の右下にあるスイッチを押すと座席が回せるんですよ。そうすれば全員が向かい合うような形にできますよ?」
「いいじゃないですかそれ!楽しそうです!」
「だな。折角の皆での旅行なんだ。どうせなら道中も皆で楽しみたいし、そうしよう」
かぐやの作戦通りに皆が席を動かし始める。そしてバスの席はカタカナの『コ』の様な方になった。因みにだが、コとなっている間には机が置かれている。
「これいいですね。なんかパーティールームみたいで」
「ですね!これなら着くまでの間色々と皆で遊べそうです!」
席順は、バスの前方から藤原姉妹、京佳、圭、石上、白銀、かぐやである。これでかぐやは多少思う所はあるが、白銀の隣に座れるということに成功したのだ。
「軽井沢まで大体2時間ですね」
「じゃあその間皆でゲームをしましょう!!」
全員がバスに乗り込み、座席を動かしてから数分。既にバスは高速道路に乗った。ここから、四宮家のコテージがある軽井沢までおよそ2時間の移動である。その間、高校生の男女が何もせずじっとしているなどありえない。よって、藤原がそう提案するのも仕方ない。
「でも何をするつもりなんだ藤原?」
「ふふふ。この日のために色々用意しましたよ。伊達にTG部に所属してません!」
京佳の質問に、藤原は手にしていたバッグを漁りながら答える。
「やりましょう!TRPGを…!!」
そしてカバンから黒い本の様なものを取り出した。
執事の高橋。
四宮家に長年仕えている執事。年齢50代半ば。見た目は某大墳墓のあの執事長が少し黒髪になっている感じ。かぐやの兄たちの刺客などではなく完全なかぐや派の人間。既婚者。
次回はバスの中でのお話。可能なら今週中に完成させたい。
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生徒会メンバーと小旅行(その2)
A、言い訳だけどいきなり仕事が増えた。
いやね?急にあんなに増えるなんて思いもしなかったんです…ごめんなさい。
あと稲作とかイベント海域とか5.5部とか…
それと今回書いたTRPGはなんちゃって感丸出しのため、細かいところは大目に見てくれたら幸いです。
「TRPG?何ですかそれは?」
「昔のテーブルゲームですよ~」
TRPG
簡単にいうと『想像力を働かせて遊べる対話型RPG』である。専用のルールブックとサイコロと紙とペンさえあればどこでもできるゲームだ。性質上、多人数で行う事と、1人がゲームの進行役であるGMを務める必要があるが、今なお遊ぶ人が多くいるゲームである。
藤原はTG部に所属しており、日ごろから部活仲間と様々なゲームで遊んでいる。その為、生徒会の中では石上と同じくらいゲームには詳しい。
そして今日の旅行に、こうして皆で遊べるゲームを持ってきたのだ。
「成程、そういうゲームがあるんですね」
「これが楽しいんですよ~。前に遊んだときはつい時間を忘れて遊んじゃいましたし」
藤原は笑顔でTRPGの魅力をかぐやに説明した。
「でも藤原先輩。TRPGって色々ルールが複雑だったりしますから、皆で遊ぶならもっとわかりやすい双六とかトランプとかのほうが良かったんじゃないですか?」
「いいじゃないですか!私は皆でTRPGを遊びたかったんですよー!」
「結局自分本位じゃないですか」
「兎に角遊びましょう!」
石上の最もな正論にギャイギャイと騒ぐ藤原。そしてそのままTRPGの準備を勝手に進める。
「じゃあ私が進行役のGMやるね!」
「え?萌葉さんがですか?」
「うん!一度こういうのやってみたかったし!」
「じゃあお願いしますね萌葉!」
「了解!」
(大丈夫かしら…?)
先ほどの説明を聞く限り、TRPGにはルールブックがあるものの、ゲーム内のイベントは基本的にGMまかせになる。そんなGMに萌葉が名乗りを上げた。姉の千花よりマシかもしれないが、色んな意味で不安になるのも仕方がない。だがそんなかぐやの事などほっておいて、ゲームの準備は出来ていく。
「それじゃあ先ずはジョブを決めましょう!」
「ジョブ?」
「いわゆる職業です。職業によって得意な事や苦手な事があります」
「そうなんですか?でもどうやって?」
「サイコロを3つ転がして、その合計で決めます」
藤原がまずはそれぞれのジョブを決めようと言い出し、皆がそれに従いサイコロを振るう。
その結果がこうだ。
白銀 考古学者
かぐや 学生
京佳 元軍人
藤原 修道女
石上 町人
圭 異邦人
「見事にバラバラだな」
「私は学生ですか…なんか新鮮味がありませんね」
「待ってくれ藤原。私の職業の『元軍人』って何だ?」
「簡単にいうと戦闘能力が高い職業です。でも移動が遅いです」
「ねぇ萌葉、私の異邦人っていうのは?」
「えっとね、幸運値が1番高いやつだよ。それ以外は平均やや下」
(なんか僕が1番パッとしない…)
それぞれの職業が決まり、いよいよゲームが始まるのだった。
「それじゃあ始めるよー。『あなたは目が覚めると見知らぬ場所にいた。どうやら診察台の上で寝ていたようだ。しかし、どうして自分が診察台の上で寝ていたかは全く思い出せない。起き上がり周りを見渡すと、自分以外にも数人の人間がいるようだ。そしてその数人も自分と同じように診察台の上で寝ており、同じ時間に目が覚めた様だ』さぁ、皆さん。先ずはどうしますか?」
GMの萌葉がルールブックに書かれている物語を読み出し、ゲームは進行する。
「そうだな、まずは周りにいる皆に話しかけてみる」
「私もだ。いいんだよな?」
「はい、どんな行動をとってもいいですよ」
GMの萌葉に確認をとり、行動を開始する白銀と京佳。
『俺の名前は学者のシロガネという。皆は?』
『私はカグヤといいます。学生です』
『私はキョウカだ。元軍人だ』
『チカっていいます!これでもとある協会のシスターなんですよ!』
『えと、ユウって言います。どこにでもいる町人です』
『ケイです。遠くからきました。でもどうやってここに来たのか思い出せません』
『君もか。俺もなんだが、他のみんなはどうしてここにいるか覚えているか?』
全員が自己紹介をした後、白銀の質問に全員が否定する。
「ていうか藤原先輩。修道女じゃなかったですか?」
「いいじゃないですか!修道女もシスターも変わりませんよ!それにシスターのほうが呼びやすいでしょ!?」
「まぁ、そりゃ…」
藤原が何故か自分の職業の読み方を変えていたが、ゲームの進行には特に問題は無い為そのままにした。
「えっと次は、『自己紹介をしていると、自分たちがどんなところにいるのかを把握した。ここは古い診療所のようだ。周りには点滴や薬棚。手術道具などが置いてある。しかし、自分たち以外に人の気配は全くしない』だよ」
「萌葉さん、私たちの持ち物って調べられますか?」
「勿論です」
かぐやがそう言いうと、皆がそれぞれの持ち物を調べ、萌葉がルールブックに書かれている物を発表する。
白銀 望遠鏡
かぐや オルゴール
京佳 ナイフ
藤原 十字架のペンダント
石上 数枚の硬貨
圭 手記
「望遠鏡か。遠くを見るには役立ちそうだな」
「私だけ武器だな」
「元軍人って設定ですもんねー」
「オルゴール?何かに使えるのでしょうか?」
「手記って日記?何で?」
「硬貨って…」
皆の中で武器と言えるものを所持していたのは京佳だけのようだ。これではいざという時心もとない。それを察知した石上は行動に出る。
「えっとじゃあ、周りを調べるっていうのは?」
「いいですよー石上先輩」
「どうせなら皆で調べましょう!」
石上の提案を受け入れ、参加者は診療所の中を調べ始めた。すると様々なアイテムと思わしきものが発見される。
「萌葉さん。こういうのって、拾って装備したりできるのですか?」
「はい。勿論全部持ち運べるわけじゃありませんけどね」
それぞれが発見したものを装備する。白銀は救急箱を。かぐやはノコギリを。京佳は消毒液を。藤原は何かの液体が入ったガラス瓶を。石上は頑丈な杖を。そして圭はランタンを拾い装備した。
「ここに居ても仕方ない。この部屋からでることはできるか?」
「えっと『奥に扉のようなものがある。カギは掛かっておらず、押せば簡単に開きそうだ』です。どうしますか?」
「勿論開ける。じゃないとゲームが進まないしな」
白銀が扉を開けると、その先には階段があった。どうやら下に進んでいるようである。そしてその階段を下りていった一行の前に、
「階段を降りたね。『目に前に突然黒い狼のようなものが現れました。しかし狼というには大きく、まるで人間のような手足。そして明らかな殺意をもってキョウカに襲い掛かってきました』です」
「え?私か?」
「1番移動速度が遅いので。とりあえずサイコロ降ってください」
「わかった」
京佳がサイコロを振るう。
「あ、その出目だと相手の攻撃を避けられませんね。『大きな狼の様な獣はその鋭い爪で元軍人のキョウカを攻撃した』ダメージを負うのでまたサイコロを振ってください」
再びサイコロを振るう京佳。
「うわ、5ですか。結構大きいですね~」
「序盤からこれはキツイっすね」
最大HPが15にも満たない状態で京佳は5ダメージを負った。因みにダメージが大きかったので反撃はできないらしい。
「えっと、次はお姉ちゃんだね。どうする?」
「じゃあさっき手に入れたこの『何が入っているかわからない瓶』を投げます!」
ダメージを負った京佳をよそに、今度は藤原が行動する。そしてサイコロを振った。
「あ、奇跡的成功」
「なんと!」
そしてまさかの奇跡的成功である。
「『修道女フジワラが投げたのは実は火炎瓶だった。そしてそれに当たった狼のような獣はそのまま燃え上がり、灰になった』という訳で最初のモンスター撃破だよ」
「えへへ~。やりました~」
結局1人が怪我をしたが、こうしてチュートリアルのようなバトルは終わった。
「とまぁ、こんな感じの流れですけど、皆さん大丈夫ですか?」
藤原の問いに全員が傾く。
「なぁ藤原。あー、妹さんの方な?さっき俺が手に入れた救急箱で立花を治療することはできるか?」
「勿論できますよ白銀会長。まぁサイコロの結果次第ですけど」
そのままゲームを続行しようとした時、白銀が京佳を治療すると言い出した。そしてサイコロを振るい、治療判定が成功したため京佳を治療し始める。
「いいのか白銀?貴重なアイテムだろ?」
「たとえゲームでも、ケガ人をそのままにするなんてしないさ」
「えっとじゃあここは『学者のシロガネは怪我を負った元軍人のキョウカを治療し始めた。そんな2人の距離は近く、傍から見ればまるで長年連れ添った夫婦のようにも見えなくもない』」
(は?)
「いや待て藤原妹。何で治療しているだけでそんな風に見えるんだよ?」
「だってその方が面白そうと思ったんですもん」
「流石です萌葉!私がGMでも同じような事を言いましたよ!」
「「いぇーい!!」」
手を合わせてはしゃぐ藤原姉妹。
(夫婦…私と白銀が…例えゲームでも嬉しいな…ふふ…)
(京佳さん、よかったですね。そしてありがとう萌葉)
京佳は内心嬉しがり、圭は祝福の言葉を送った。
一方、かぐやはと言うと、
(夫婦!?会長と立花さんが!?しかも長年連れ添った!?は!?ええぇぇぇ!?)
焦っていた。これが萌葉の言ったただのアドリブだというのに。更にいえばゲームなのに。
そして妄想する。
―――――
『すまないミユキ』
『気にするな。嫁が怪我をしていたら治療するのは当たり前だ』
『やはりそういうものなのか?』
『当然だ。なんだって世界で一番大切な人なんだからな』
『ふふ、そうか。ありがとう、私の旦那様』
『ああ、どういたしまして。俺の奥さん』
―――――
(つまりそういう事じゃないの!?)
相変わらず想像力が豊かである。かぐやはある意味TRPGに最も向いているだろう。
(い、いえ!落ち着きなさい私!今のは萌葉さんが言ったただのアドリブ!真に受けてはいけません!)
しかし直ぐに正気に戻り、己を律する。
その後もゲームは進んでいく。
道中、この診療所の患者のような人達に襲われそうになったり、石上がうっかりトラップを作動させてHPがごっそり減ったり、アイテムだと思ったら何の使い道も無いゴミだったりと。参加者はあらゆる行動をとりながら診療所内を探索していった。
そして一行は、ようやく診療所の入り口までやってきた。
「ようやくここから出られそうだな」
「ですね。というかここは本当に診療所何ですか?何かの実験施設だと言われた方が納得します」
「確かにな。とても人を治す所には見えない」
「まぁまぁ、これはゲームですから。細かい事気にしてはいけませんよー」
「じゃあ扉を開けます」
「はーい『診療所の入口の扉を開けると広場があった。空はどんよりと曇っており、人気は無い。しかし直ぐに唸り声のようなものが聞こえた。そしてあなたたちの前に、体長5メートルはあろう大きな怪物が現れた。左腕は異常に大きく、頭にはヘラジカのような角が生えている。そしてその怪物は貴方たちに襲い掛かってきた』です。つまりボス戦だねこれ」
どうやらボスにたどり着いたようである。
「今度は石上先輩からですよー」
「じゃあ先ず、僕ががさっき拾った火炎瓶を怪物に投げます」
石上が火炎瓶を投げるを選択。サイコロを振るうと判定は成功。
「『怪物は町人ユウの攻撃を食らいよろけた。しかし直ぐに攻撃を放ってきた』サイコロを振ってください」
「了解」
石上がサイコロを振るう。成功判定。ノーダメージだ。
「今度は俺だな。なら俺は怪物の頭めがけて思いっきり石を投げる」
白銀は道端に落ちていた石を拾い投げる。しかし判定は失敗。次はかぐやの番なのだが、かぐやは考えていた、
(もしもここで私がダメージを負えば、次のターンで会長が私を治療してくれるのでは?)
かぐやは先ほど白銀が京佳を治療した事をまだ考えていた。正確には、その時の萌葉のアドリブを。
(萌葉さんだったら再び言ってくれる筈…それに私はまだHPも多いですしやってみましょう)
「私はノコギリで怪物に攻撃します」
そしてわざわざ近づいて攻撃するを選択。なお判定は失敗である。
「えっとね『怪物はその巨体に似合わず俊敏であった。そして学生カグヤに攻撃をする』」
再びサイコロを振るうかぐや。
「あ、6ダメージ」
「うっわ。四宮先輩マジっすか。大ダメージじゃないですか」
「あらあら、困りましたね」
どうやらダイスの女神はかぐやの味方のようだ。
「『怪物の攻撃をくらった学生のカグヤはふっとばされ、大怪我を負った』かぐやちゃん危なかったねー。下手したら今のでHP0にもなってたよー?」
「ええ、本当に…」
(萌葉さん。期待してますからね?)
かぐやは自分の思惑通りの展開になり、内心微笑んだ。これならば次のターンで白銀が治療をしてくれるだろう。
「えっとじゃあ、松葉づえで怪物を殴るで」
圭は松葉づえで攻撃を選択。判定は成功。
「『松葉づえで攻撃された怪物は結構なダメージが入り動けないようだ』意外としぶといねこのボス」
「なら私は近づいてナイフを刺す」
そして京佳はナイフで怪物に攻撃。判定は失敗。攻撃は避けられた。
「ふふふ。トリはまかせてください!私は診療所内で手に入れたこの『よく燃える火炎瓶』を投げます!」
最後に藤原の攻撃で終了しようとしていた。
(しかし、初めてやりましたが結構楽しいですね。藤原さんの話ではこういった冒険物だけじゃなく、推理物や恋愛物まであると言ってましたが…)
かぐやは初めて遊ぶTRPGを楽しんでいた、当初こそこれを持ってきたのが藤原で、進行役が藤原の妹の萌葉だったので多少の不安があったが杞憂だった。
(もしかしたら、今後何かに使えるかもしれません。帰ったら1度調べてみますか)
そして旅行が終わったらTRPGについて調べてみようと考える。
(まぁ今は会長からの治療です。ここで藤原さんがボスを倒せば会長は私を治療してくれる筈そしてその時に萌葉さんが先ほどみたいなナレーションをしてくれれば…)
かぐやは次のターンの事で頭がいっぱいだった。しかしその時である。
「あ。致命的失敗」
『え?』
藤原が致命的失敗をした。
「あー。ここは『修道女フジワラが投げた「良く燃える火炎瓶」は怪物ではなく明後日の方向に飛んでいき、そのまま一塊になっていた他のメンバーの中心に落ちた』……お姉ちゃん、もっかいサイコロ降って?」
「はい…」
藤原が再びサイコロを振るう。
「……致命的失敗」
「……」
「えーっと、『中心に落ちた火炎瓶は勢いよく燃えだし、修道女フジワラ以外のメンバーは全滅しました』です。……うん」
そしてまさかの全滅である。全員これまでにダメージを負っており、HPがあまり多くなかったのも災いした。
「藤原書記…」
「藤原さん…」
「藤原…」
「藤原先輩…」
「千花ねぇ…」
「うわぁぁぁん!ごめんなさーい!!」
藤原は自分がやらかしたことによりゲームがなんとも最悪な終わり方をしたため泣きながら謝った。
「皆さん。そろそろ到着ですよ」
しかし、運転していた執事の高橋がもうじき目的地に着く事を言うと、直ぐに泣き止み、皆と一緒にいそいそとゲームを片付け始めた。
そして一行は、軽井沢にある四宮家別荘に到着するのだった。
今回正直蛇足感あるとは思ってましたけど、書きたかったんだよ。皆がわいわい楽しく遊ぶ姿が。
次回も頑張って書きます。とりあえずエタることだけはありません。
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生徒会メンバーと小旅行(その3)
そして今回は説毎回みたいになっちゃいました。
一言、でかい。
目的地である四宮家が所有するコテージを見た一同の感想はそれだった。四宮家は国内最大の財閥である。そんな家が所有するコテージとはどれほどのものかと思っていたが、実際に目にしてみるとちょっとしたホテルだった。
白銀達の目の前にある建物は地上3階建て、反対側にはテニスコートがあり、更に聞けば後ろにある山もコテージの敷地内とのことだ。つまり敷地内で登山すら可能なのである。
あまりにもスケールが大きく、かぐやと執事の高橋以外は唖然としていた。
「四宮先輩やばいですね…何かこう、スケールがやばいっす…」
「ああ、俺もこれほどとは思わなかったよ」
「ですねー…もうホテルですよこれ」
石上と白銀と藤原がそんな事を言っていると、コテージの玄関が開き、中から2人メイドが現れた。
「「いらっしゃいませ、お客様」」
2人のメイドはスカートの裾を摘まみ、頭を下げながらあいさつをする。
「本日から皆様のお世話をさせて頂く、メイドの志賀です」
「同じく、メイドのハーサカです」
メガネを掛けた志賀と言うメイドは、茶色い髪を夜会巻きにしている知的な美人である。もう1人のハーサカというメイドは、長い金髪に整った容姿の清楚な美人であった。
「会長…!メイドですよ!?本物のメイドですよ!!」
「流石四宮…執事だけじゃなくてメイドまでいるとは……」
そしてそんなメイドをみた男子2人は少し高ぶっていた。日本の若者は皆メイドが好きなのである。
「ハーサカさん。お久しぶりです」
「はい京佳様。お久しぶりです」
男子2名が高ぶっていると、京佳が金髪のメイドのハーサカに話かけた。
「ん?何だ、立花の知り合いだったのか?」
「ああ、1学期に四宮の家にお見舞いに行った時に会ってね」
「ほう、そうだったのか」
京佳からすれば数か月ぶり、ハーサカこと早坂からすれば大体2週間ぶりの再会である。
(やっぱどこかで会った事あると思うんだがなぁ…)
そして京佳はハーサカをみて既視感を感じていた。
「おにぃ、何かメイドさん見ている目線がやらしいんだけど?」
「待って圭ちゃん待って。違うから。そんな目で見てないから」
圭の言葉を必死で否定する白銀。しかし目は少し泳いでいる様に見える。
(もしかして白銀はメイドが好きなのか?それとも金髪?)
京佳は白銀の僅かな反応から色々考え始めた。もしも白銀がメイド好きならどうにかしてメイド服を着てみようと考えた。
(ちょっと早坂?会長を誘惑するなんて一体どういう事?)
(いや言いがかりですよかぐや様)
一方かぐやは早坂に嫉妬の眼差しを向けた。それに早坂はアイコンタクトで返答した。
『すっご!?』
玄関からコテージに入った一同は再び驚愕した。外から見た時から何となくわかってはいたが、実際に見てみると中も想像以上だったからだ。玄関ホールは広く吹き抜けになっており、天井にはシャンデリアのようなものが吊るされている。壁にはなんか高そうな絵画が飾られており、よくわからないオブジェのようなものもあった。
「流石かぐやちゃんだねー。こんな凄い別荘持ってるなんて」
「所持しているのは私個人では無くて本家ですけどね」
「だとしても凄いですよかぐやさん。玄関だけで一体何畳あるんですかこれ」
「確かに凄いな…」
「ほんとですね。少し畏縮しちゃいますよ」
「僕の部屋、ここの玄関ホールより小さいですよ」
「俺の部屋もだよ石上」
「それでは、荷物を部屋に置いたら1度ここに集合しましょうか。先ずコテージ内を色々と案内したいですし」
「そうだな。そうするか。じゃあ10分後くらいにまたここに」
玄関ホールで会話をする一同。そんな一同に執事とメイドが話かける。
「「「それでは皆様、お部屋へご案内いたします」」」
「おお、息ピッタリだ」
「四宮家の使用人ですので」
「僕、こういうの少し憧れてました」
皆の荷物を持った3人の使用人に案内されて、7人はそれぞれの部屋に向かう。
(いや凄いなここ…)
案内された部屋に入った白銀はそんな感想を思った。
部屋の中には長机にソファー。クローゼットに大型テレビに冷蔵庫。そして白銀の家では見ない大きいベット。普通に考えたら学生が泊まれるような部屋ではない。一体一泊おいくらするのか考えてしまう。しかも全員個室。何とも贅沢である。
(しかしこれ、本当にタダで泊まっていいのか?)
白銀は少し申し訳なさそうにしたが、折角の厚意を無碍にする訳にもいかない。何よりこんな場所に泊まれる事など、少なくと在学中はもう無理だろう。なので思いっきり使う事にした。
鞄から着替えを出し、それをクローゼットに入れ、洗面用具をソファーに置き、参考書と筆記用具を机に置いてから白銀は部屋を出た。そしてほぼ同じタイミングで部屋から出てきた石上と一緒に下に降りるのだった。
「これで皆さん集まりましたね」
玄関ホールには生徒会メンバー+αの7人とメイドのハーサカが集まっていた。
「では、私ハーサカがコテージ内を案内させていただきます」
『よろしくお願いします』
「かぐやさん、高橋さんと志賀さんは?」
「2人は別の仕事に取り掛かってますよ」
「ほえー、やっぱり忙しいんですねー」
先ほどまで皆を案内していた他2人の使用人は、どうやら既に別の仕事をしている為この場には居ないようだ。
「それでは、先ずは1階からご案内いたします」
ハーサカを先頭に、皆はコテージ内を歩き出した。
1階 リビング
「ここがリビングです。最大20人まで食事をすることができます」
「やっぱり広いっすね」
「テレビも凄く大きい」
「ここだけで私の家のアパートくらいあるな」
「あのー、外にあるのはバーベキュー設備ですか?」
「はい千花様。あちらは四宮家が特注で制作したドラム型バーベキューグリルです」
「いやデカイな」
「最大10キロのお肉を同時に焼くことができます」
「……需要あるんですかそれ?」
「対してありません」
「え?無いの?」
「はい。そもそも最後に使用したのはもう10年以上前と聞いています。今ではただのオブジェと化しています」
談話室
「ここは談話室です。設置してある本棚には有名な小説や絵本があります。あちらにある全自動コーヒーメーカーはお好きな時にお使いください」
「あの、図鑑とかもありますか?」
「はい御幸様。右の本棚の上から3段目にございます」
「本当に何でもあるなここ」
「漫画とかはありますか?」
「申し訳ありません優様。そういった低俗なものはありません」
「そ、そっすか…」
浴場
「ここが浴場です。右が男性、左が女性となっています」
「ハーサカちゃん!!中見てもいい!?」
「え?ちゃん?い、いえ。どうぞ萌葉様」
「んじゃ早速…ってひっろーい!」
「本当におっきい…もう銭湯だよこれ…」
「これなら女子皆でお風呂に入れますね~かぐやさん」
「ええ、そうですね」
「…ところで白銀と石上は見ないのか?」
「いや流石に女湯を見るのは、なんかなぁ…」
「です。いくら誰も入っていなくてもちょっと…」
「そういうものなのか」
1階を見終えた一同はそのまま2階へと進んだ。
「2階は右側がシアタールーム、左側が遊戯室となっております」
「遊戯室には何があるんですか?」
「各種ボードゲーム。ビリヤード。そしてダーツがあります」
「設置しているのもなんか洒落てますね」
「ありがとうございます、優様」
2階は遊戯室とシアタールームわずか2部屋しか存在しない。しかしこれなら、例え外が土砂降りでも遊ぶ事は可能だ。
「皆でシアタールームで映画を見るのもいいかもねー」
「そうなったら何見ましょうか?夏だしホラー?」
「そうなったら絶対に私は見ないからな?」
「京佳さん本当に幽霊ダメなんですね~」
「むしろ何で皆は大丈夫なんだ?怖いだろ、幽霊…」
藤原姉妹の提案に断固として反対する京佳。やはりホラーはダメらしい。
と、そんな時である。
くぅぅ
藤原のお腹から音が鳴った。
「千花ねぇ…」
「お姉ちゃん…」
「し、しかた無いじゃないですか!?だってもうお昼なんですよ!?お腹も空きますよ!?それにこれは生理現象ですし!!」
顔を真っ赤にして弁明する藤原。白銀がふと壁にあった時計をみてみるともうすぐ12時である。確かに昼食時だ。
「では皆様、1度1階に降りましょう。高橋と志賀が昼食を用意しています」
「そういえば確かに美味しそうな匂いが…」
ハーサカに言われて1階に降りていく。そして先ほど見たリビングに行くと、机の上には本当に昼食であろうオムライスが7人分用意されていた。
「凄い、さっきまで机の上には何もなかったのに…」
「僕たちが上に上がったのってほんの5分くらいですよね?その時間で用意したんですか?」
「石上くん。四宮家の使用人なら可能ですよ?」
「なんかそれ便利な言葉ですね」
「では皆様、どうぞお好きな席へお座りください」
そう言われた7人はそれぞれ好きな場所へ座りだす。
「えっと、ハーサカさんは座らないんですか?」
「私は使用人ですので。皆様が食べ終わったら別の場所で頂きます」
「そういうものなんですか」
「はい。それでは皆様、何かありましたらいつでもお呼びください」
白銀の質問に答えたハーサカは、そのまま奥の厨房の方に行ってしまった。
「では、皆さん頂きますか」
「そうだな。じゃあ」
『いただきます』
皆が手を合わせて用紙された昼食を食べだした。
「美味しい!このオムライス本当に美味しいですよ!」
「ほんとだねお姉ちゃん。すっごい美味しいよこれ」
「こんなの初めて食べた…」
「ふふ、喜んでくれて何よりです。あとで志賀に言っておきますね」
どうやらこの昼食を作ったのはメイドの志賀らしい。皆の口に合ったようで何よりだ。そうやって皆が食事をしている時、京佳がかぐやに話しかけてきた。
「四宮、少しいいか?」
「何ですか立花さん?」
「いや、正直至れり尽くせりで少し怖いんだが、本当にお金とか払わなくていいのか?」
京佳がそう思うのは当然だった。迎えのバス、学生が宿泊するにしては豪華な個室、そしてこの美味しい料理。これら全てがタダなのだ。不安に思うのも仕方ない。
「勿論ですよ。ここだって殆ど使われていなかったんですから。こうして皆さんが使ってくれた方が建物明利に尽きるでしょうし」
「そうか。すまなかった、変な事を聞いて」
「いえ、気にしていませんから。その変わり、目一杯楽しんでくださいね?」
「ああ、そうさせてもらうよ」
かぐやにそう言われた京佳は笑顔で答える。そしてこの旅行をより楽しむことにしたのだ。
(ふふふ、そうやって気を緩めていなさい…)
だが、あの四宮かぐやがただの善意でこのような事をする訳がなかった。何時もなら京佳に邪魔をされたり、先を越されたりするかぐや。しかしここは四宮家が所有するコテージでこの辺り一帯は四宮家の私有地。それはすなわち、かぐやにとって有利に事が運びやすい場所である。
そして使用人3人は全員かぐやの命令に忠実である。これだけの布陣ならば、白銀を落とすことも可能だろう。
(さぁて、会長。旅行が終わる頃には、貴方は私に告白をしてきますから、今のうちに告白する時の台詞でも考えておくことですね。ふふふ)
そしてかぐやはひっそりとほくそ笑むのだった。
(すまない四宮。私はただ旅行を楽しむというのはちょっとできないな…)
だが京佳も、皆と同じようにただこの旅行を楽しむわけなど無かった。
(この旅行は四宮の方に分があるのは間違いないだろう。ただでさえ戦況は悪いというのに…)
京佳は今現在、自身があまりにも分が悪い事を理解している。相変わらず、白銀を振り向かせることはできていない。
(だが、決してチャンスが無い訳じゃない)
しかし、それが諦めていい理由にはならない。白銀とかぐやが正式に恋人になっていないのであれば、可能性はゼロではないのだから。
(この旅行で何とか白銀に私を意識してもらえるようにしないとな)
立花京佳は諦めない。例え白銀を振り向かせられる可能性が那由他の彼方であろうとも。
メイドの志賀。
四宮家のメイド。年齢は20代前半。代々四宮家に使えている人では無く、メイドの募集を見て働いている異例の存在。扱いは一応正社員らしい。元ネタは某大墳墓の7人姉妹の長女。
次回も頑張ります。
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生徒会メンバーと小旅行(その4)
「いやー、本当に良い天気ですねー」
「だねー。蝉も沢山鳴いているし、まさに夏って感じだよー」
「せ、蝉…」
「どうした白銀?」
昼食を終えた一同は庭に出ていた。空は雲一つない快晴で辺りには蝉の鳴き声が響いている。そして白銀は虫がダメなため、蝉と言う単語に反応していた。
「それでは、何をしましょうか?」
「ふむ、そう言われると悩むな…」
「僕個人は冷房の効いた遊戯室で遊びたいんですけどね」
「石上くん、せっかくこんな素敵な場所に遊びにきたんですからその選択肢は無しですよ?」
これから何をするか話会う一同。石上はできれば屋内で遊びたいようだが、藤原はそれを認めない。皆が悩んでいると、かぐやが提案をしてきた。
「では皆さん、食後の軽い運動をしませんか?」
「運動?」
「はい、具体的に言うとテニスです」
「おお!テニスですか!いいですねやりましょう!」
「さんせーい!」
テニス。
その歴史は古く、一説には起源は紀元前3000年前まで遡ると言われている。歴史が進むごとに、貴族の遊戯として楽しまれたり、庶民の娯楽になったりした今や有名なスポーツだ。なお日本では『庭球』と呼ばれることもある。
かぐやの提案を受けた一同は、裏庭にあるテニスコートに移動し始めた。
「私、テニスなんてやった事ないです…大丈夫かなぁ…」
「白銀さん、これは所詮遊びの延長ですからそう畏まらなくてもいいですよ?」
「は、はい…!」
道中、圭が不安そうにしたが、かぐやはすぐに声をかけそれを取り除こうとする。声をかけられた圭は、少しだけ嬉しそうな顔で返事をした。
歩きだして僅か1分程で一同はテニスコートに着いた。流石四宮家のテニスコートというべきか、綺麗に整備されている。小さいが観客席もあり、選手が休むことができるベンチまで完備。道具もきちんとそろっており、選手と審判がいれば、今すぐにでも試合を始める事ができそうだ。
「凄いな…」
「ですね~会長。今から皆でテニス大会やれそうですよ~」
素直な感想をいう白銀と藤原。
「ねぇねぇかぐやちゃん。このままでテニスやるの?」
「必要であれば、使用人に皆さんの分のテニスウェアやテニスシューズを用意させますよ」
あっけらかんというかぐや。普通はそこまで準備などできないのだが、そこは四宮家。日本最大の財閥に揃えられないものは殆どない。
「あー、すまない。私はまだ少し休憩しているよ」
「え?そうですか。わかりました」
皆が、テニスをやろうと準備する中、京佳はもう少し休憩すると言う。
(食後だから動けないのかしら?)
そんな事を思ったかぐやだったが、特に気にすることも無く、直ぐにあらかじめ用意していたラケットとボールを手にしながらテニスの準備を始めた。
(テニス…テニスかぁ…)
そして白銀はラケットを持ちながら悩んでいた。彼はテニスなど1度もやったことがないからだ。
(もしもここで無様を晒してしまえば…)
―――――
『会長…ボールをラケットに当てる事もできないんですか?』
『白銀…君はそこまで運動オンチだったのか…』
『うっわー、幻滅しました白銀会長』
『会長…超ダサイですよ…』
『おにぃ、きっも…てか恥ずかしい…』
『お可愛いこと…』
―――――
一瞬で自分の名誉が地に落ちるのを思い浮かべる白銀。
(いや、まぁ大丈夫だろう。ただラケットにボールを当ててそれを相手のコートに打ち込むだけの作業だしな。それくらいなら俺でもできる)
しかし白銀は直ぐに大丈夫だろうと楽観視する。そう考えていたその時、
ズパァン!!
テニスコートからもの凄い音がした。白銀が音に驚きながら振り返ると、そこにはいつの間にかラケットを持ったかぐやと、反対側のコートにラケットをもって固まっている石上がいた。
「わぁ!四宮先輩凄いです!」
「流石かぐやさん!」
「うんうん!まるでプロみたい!やっぱかぐやちゃんって凄いよねー!」
「確かにな…あんな早いサーブ初めて見たぞ…」
「ふふ、ありがとうございます皆さん」
女子4人はかぐやを賛美していた。それほど、かぐやのサーブは凄まじかったのだ。流石文武両道で天才のかぐや。テニスも完璧である。
(し、死ぬかと思った…)
一方、反対側のコートにいる石上は、顔面蒼白でカタカタと小刻みに震えていた。いきなり剛速球でボールが自分の近くに飛んできたのだから無理もないが。
(いやあんなのできねーぞ!?)
そして白銀は焦った。少なくとも、自分にはあのような強力なサーブなど打てないからだ。
(落ち着け俺!大丈夫だ!やればできる!!)
なんとか自分にそう言い聞かせる白銀。そして皆がかぐやの方を見ているのを確認して、白銀はラケットを構え、ボールを空中に投げた。そして白銀は大きく振りかぶり、
「ふん!!」
スカ
コロコロ…
「……」
普通に空振りをした。誰も見ていなかったのは幸いだろう。
(く!惜しい!もう少しで当たっていたのに…!)
どこがだと言いたいが、それを言う人物はこの場には居ない。
(どうする?四宮に教えてもらうか?いや、しかしそれはちょっと…)
このままでは間違いなく皆の前で恥をかく。白銀はかぐやにテニスを教わるか悩んだ。しかしプライドが邪魔をしてそれを自分から言う事は出来ない。
「どうしたんだ白銀?」
そんな白銀に、京佳が話しかけてきた。
「あー、いや。実はテニスはやったことがなくてな…少し緊張しているんだ」
「そうだったのか。私と同じだな」
「ん?立花もそうなのか?」
どうやら京佳もテニスはした事が無いようだ。
「ああ。しかし、やはり意外と共通点が多いな私達は」
「はは、確かにな。俺もお前も同じ混院だし、バイトもしているしな」
会話が弾む2人。実際2人は言った通り共通点が多い。混院、バイト、同じ生徒会。価値観が近い事もそのひとつだろう。そんな2人の会話が弾むのは当然かもしれない。
「本当、実際に私達は相性が良いのかもな…」
「ん?相性?」
京佳は少し攻めた台詞を言う。相性が良い。それは勿論男女の意味でだ。相性が良い恋人は長続きするし、喧嘩をすることも少ない。そして何より、一緒に居て幸せな気分になるものだ。
「あー、確かにそうかもな」
「ほ、ほんとか?」
「ああ。立花にはいつも生徒会の仕事で助けられているし、安いスーパーを教えて貰った事もあるし、ほんと、友人としての相性は最高だよな俺達は。こういうのを親友と言うのかもな」
「…………うん、そうだな」
が、白銀には男女の意味では伝わっていなかった。京佳は普通に落ち込んだ。
「どうしたんですかお二人とも?」
そんな2人に今度はかぐやが話しかけてくる。
「いや何、白銀がテニスが初めてみたいで緊張しているらしくてな」
「そうなんですか会長?」
「まぁな。テニスなんてやる機会なかったし」
本当は緊張では無く、皆の前で恥をかきたくないだけなのだが。
「でしたら会長、私が教えましょうか?」
「え?いいのか?」
「はい、勿論」
「ふむ。だったら是非お願いできるか?」
「ええ、お任せください。私が手取り足取り教えてさしあげます」
少し含みを持たせた言い方をするかぐや。その真意は、テニスを白銀に教えながら自分を意識させるというものだ。
身も心も開放的になりやすい旅行。そこで何時も身に着けている制服ではなく、少しだけ露出のある私服姿の自分が軽いボディタッチをしながらテニスを教えれば、間違いなく白銀は自分に対してドギマギする。そこを突けば、あっという間に白銀は自分を意識し、この旅行が終わる頃には自分に告白をしてくるであろうという算段だ。
なお、かぐや自身は露出のある私服と思っているが、その露出度は普段の制服とあまりかわらない。せいぜいスカート丈が少し短いくらいだ。
(ふふ、男の子なんて、少し肌が触れ合えば簡単に落ちると早坂も言っていましたし、これは間違いなく成功するでしょうね。まぁ、少しはしたない気はしますが…)
ひっそりとほくそ笑むかぐや。早速作戦を実行するため、テニスコートに移動を始めた。
(く…!私もテニスを習ってさえいれば…!)
そして京佳はそれを恨めしそうに見ていた。もしテニスを習っていれば、間違いなく自分が白銀に教えていた。しかしそんなたらればの話をしても意味が無い。
(一体、どうすればいんだろうか…?)
京佳が考えを巡らせている間に、白銀とかぐやはテニスコートに入っていった。
「あれ?会長、今からかぐやさんとテニスの試合でもするんですかー?」
白銀に質問をする藤原。
「いや、試合じゃなくて四宮にテニスを教わるんだよ。俺、今まで1度もテニスなんてしたことがないからな」
藤原の質問に答える白銀。それを聞いた藤原は、
「……やめましょう」
「え?」
「やっぱりテニスやめましょう!!」
「ふ、藤原?」
「ふ、藤原さん?」
突然、テニスをやめると言い出した。
「そもそも食後に運動するのお腹が痛くなっちゃいます!!そして雲一つないこの晴天で運動なんてしたら熱中症で倒れるかもです!だからやめましょう!!」
「あ、あの藤原さん?別に試合をする訳では無いんですよ?それに熱中症対策として様々な飲料水を用意していますから問題ないかと…」
「兎に角やめましょう!」
かぐやの説得も聞かず、断固としてテニスをやらないと宣言する藤原。
「いきなりどうしたんだ藤原。さっきまで乗り気だったじゃないか」
白銀が藤原に尋ねる。すると藤原は白銀の近くにより白銀にだけ聞こえる声でこう言った。
「会長。私以外に犠牲者を出さないでください」
「犠牲者って何!?」
藤原は白銀が極度の運動オンチであることを知っている。そしてそんな白銀に運動を教える事がどれだけ大変なのかも。それを知っているからこそ、テニスをやめようと言い出した。友人であるかぐやを新たな犠牲者にしたくない為に。
「そうだ!どうせなら散歩をしましょう!それなら本当に軽い運動ですし!」
「ま、まぁ。藤原がどうしても嫌なら無理にテニスする必要もないが…」
そして、テニスではなく散歩を提案し始めた。
「私はいいよー。森の中を散歩なんてめったにないしねー」
「私もいいよ。千花ねぇ」
「ぼ、僕も、テニスより散歩がいいです…なんかテニス怖くて…」
「はい!多数決で散歩に決定!!」
強引に採決を取り、散歩を強行する藤原。
(ありがとう藤原…)
京佳は藤原に感謝した。これでかぐやが白銀にテニスを手取り足取り教える事が無くなったからだ。
(あーもー!!藤原さんはどうしてそんな事を言うのよー!!あと少しだったのにー!!)
そしてかぐやは怒っていた。せっかくの機会を潰されたせいである。最も、このまま白銀にテニスを教えていれば後悔していただろうが。
「そういえば京佳さんは大丈夫なんですか?」
「何がだ藤原?」
「いや、さっきテニスをしないで休憩していたのは体調が悪いからなのかなぁって思って、今は大丈夫なのかなぁって」
「ああ、そういう事か。別に私は体調が悪くて休憩していた訳じゃないよ」
「え?じゃあどうして?」
「私球技が苦手なんだ。片目じゃイマイチ距離感が掴めなくてね…」
「ああ、成程…」
そろそろ今年も終わり。
次回が年内最後の投稿になるかもです。
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生徒会メンバーと小旅行(その5)
「風が気持ちいですね~」
「ですね。普通に涼しいですし」
「でも何で森の中って涼しいのかな?今日も猛暑日なのに」
「それはですね萌葉さん。簡単にいうと、枝や葉っぱが日光を遮断しているおかげなんですよ」
「それだけじゃないぞ四宮。樹木は根から水分を吸って、それを葉っぱから蒸発させるんだ」
「確かそれを蒸散って言ったな」
「正解だ立花。因みに1学期の小テストで出た問題でもある」
(皆詳しい…)
コテージの裏山にある整備された山道。そこには白銀達が、藤原の強行採決により可決、実施された散歩をしていた。当初こそなんとかテニスをやり直そうと考えたかぐやだったが、ここで1人だけ反対すると白銀にわがままな娘という印象を持たれるかもしれないと思い、こうして散歩に参加していた。
「でもやっぱ、森の中だからセミがうるさいっすね」
「でも石上くん?こういうのも、旅行しないと中々聞けないものですよ?」
東京でも勿論セミは生息しているのだが、今皆がいるのは、都会から離れた真昼の森の中。普段、街中で聞く時より、近く、多く、そして四方からセミの鳴き声が聞こえている。これだけ多くのセミが鳴いていれば、石上がうるさく感じるのも仕方ない。
しかし、これも旅行で山に来なければ体験できない出来事。かぐやは諭すように、石上にそう言った。
「セミといえば、俺は鳴き声だけなら、今も聞こえているミンミンゼミが好きだな」
「えー?何でですか会長?この鳴き声聞くと暑い感じがするじゃないですかー」
「いや。むしろそれがいいんだ。まさに夏って感じがするからな」
「あー、風流的な意味ですか」
白銀がミンミンゼミの鳴き声が好きだとい言うが、藤原はそれを否定する。実際、セミの鳴き声を聞くと暑く感じる人はかなりいるが、これは思い込みの1種である。
セミは基本的に夏の暑い時期しか鳴かない。それゆえ、『セミの鳴き声が聞こえる=暑い』と感じるのだ。パブロフの犬に近いかもしれない。
因みに白銀はセミの鳴き声が好きなだけで、セミそのものは大の苦手である。虫だから。
「鳴き声なら私はひぐらしが好きだな。何となく涼しくなるし」
「私も立花さんと一緒でひぐらしは好きですね」
そして京佳とかぐやは同じセミの鳴き声が好きだった。
それから暫く、セミの鳴き声をBGMにしながら散歩をする7人。すると、京佳がある事に気づいた。
「しかし、本当に虫が1匹も寄ってこないな」
「ですね~京佳さん。これもさっきかぐやさんがくれた虫よけスプレーのおかげですよ~」
「約束しましたからね。最高級の虫よけスプレーを用意すると」
散歩をする直前、7人はかぐやに呼び出された執事の高橋から貰った虫よけスプレーを身体に噴射していた。そのおかげで、普通ならばハエや蚊が1匹くらい寄ってきてもいいのに、散歩を始めてからただの1度も虫が寄ってこないのだ。おかげで白銀も安心して散歩ができている。
因みに皆が使用した虫よけスプレー。お値段1本5万円である。
(さて、そろそろ目的地ですね…)
皆が楽しく散歩をしている中、かぐやは1人だけある作戦準備を始めようとしていた。かぐやはこの散歩である作戦を考えている。それは、怪我した自分を白銀におぶってもらい、身体を密着させ白銀に自分を今まで以上に意識させる作戦、『少女漫画の王道作戦』(命名早坂)である。
内容はこうだ。
先ず、かぐや自身が早坂の設置した罠に引っかかる。そして、そこで早坂が懐に忍ばせておいた血糊をかぐやの脚に使用し、足を怪我した様に見せる。そうすると、人の良い白銀はほぼ確実にかぐやに肩を貸すか、背中におぶってくれるだろう。そうなれば、必然的に身体が密着し、男である白銀はほぼ間違いなくかぐやを意識する。
あとは簡単。ドギマギする白銀に言葉巧みに言い寄れば、向こうから告白をしてくるであろう。
以上が、早坂と共に考えた作戦の概要である。
(ふふふ、完璧。我ながら自分の知能が怖いわ)
かぐやはこの作戦にかなりの自信を持っている。当初、身体を密着させるのに抵抗のあったかぐやだが、いつもの様に早坂に『立花さんに白銀会長取られてもいいんですか?』という脅しに屈し、今回の作戦を実行するに至った。
因みにその早坂だが、彼女は現在ギリースーツ姿で1人森の中で、かぐや達がくる30分前から待機している。
そうこう考えているうちに、早坂が隠れて待機している場所にやってきたかぐや達。
(では、やりますか)
かぐやは作戦を実行した。先ず、他の皆に気づかれない様に手で隠れている早坂に合図をする。そしてそれを見た早坂が、隠してあった枝をなるべく自然にかぐやのワンピースにひっかける。
「あ、あれ?枝が…」
かぐやは少し態とらしく言う。皆に気づいてもらうためだ。
「どうしましたかぐやさん?」
「いえ、ちょっと服が枝にひっかかってしまって」
「え?大丈夫ですか?」
早坂が発動した罠の枝にかぐやの藍色のワンピースがひっかかる。それを見た藤原は心配そうにしていた。
「問題ありません。少し強くひっぱればこれくらい…」
当初の予定では、ここでかぐやは態と枝を強くひっぱり、その反動で足に怪我(血糊)をするという流れだった。そして、本当は無傷なのに動けないふりをして、そんな自分を白銀に運ばせるというものだ。
しかし、ここで予想外の事が起きる。
「あ、だったら私が取ってあげるねかぐやちゃん!あんまり強くひっぱると怪我しちゃうかもだし!」
後ろにいた萌葉がかぐやに近づき、枝を取り始めたのだ
「え!?い、いえ萌葉さん大丈夫ですよ!?態々手伝ってくれなくても…!?」
「遠慮しないで!困ったときはお互い様だよ~!」
そしてあっという間に、かぐやにひっかかっていた枝を取ったのだ。
「はい取れたよ!」
「…………ありがとうございます」
「いいって!いいって!」
笑顔でそう言う萌葉。対してかぐやの顔は暗い。結構入念に考えた作戦がおじゃんになったからだ。萌葉が善意100パーセントでやっているので文句を言う事もできない。
(別にいいですよ…何も考えている作戦はこれだけじゃありませんし…)
しかし直ぐに頭を切り替えるかぐや。今回の作戦はダメになったが、まだまだ時間はある。急いては事を仕損じるという諺もあるように、焦ってはダメなのだ。そして何とか立ち直り、再び皆と歩き出した。
「どうやら四宮は大丈夫みたいだな」
「ああ、服が破れるような事がなくてよかったよ」
白銀と京佳は、かぐやより少し前の所を並んで歩きながら話をしていた。
「しかし、やはり自然というのはいいものだな白銀」
「全くだ。都会じゃ中々こういう所はないからな」
「そういえば、森林浴はストレスや疲労に効果的と言う話を聞いた事があるぞ」
「ふむ。だったらこの旅行で俺の日ごろの疲れを癒せるかもしれん」
周りは緑がいっぱいの森。聞こえるのは風の音と、木々が揺れる音、そしてセミの鳴き声。確かに、森林浴をするにはうってつけだ。普段ならば、京佳もこの散歩で心をリラックス出来た事だろう。しかし、京佳は未だにモヤモヤしている状態が続いてた。
(こうして白銀と会話は弾むが、私はまだ友達止まりなのか…)
その原因は白銀だ。
京佳は白銀に想いを寄せている。しかし、当の白銀は京佳の事を友達という認識しか持っていない。この数か月、かぐやに負けまいと色々と積極的に動いてきたが、それでもなお友達止まりなのだ。先ほど、テニスをしようとしていた時の白銀の台詞がその証拠だろう。
(このままでは、私は本当に友達で終わってしまう…何か打開策はないだろうか…?)
白銀と友達で終わってしまうのは嫌だ。そう思い何とかしなければと思う京佳。
そんな時である。右の森から1匹の蜂が飛び出してきて、もの凄い勢いで白銀の目に前を横切ったのだ。
「うおぉぉぉ!?」
いきなり目の前に虫が現れて驚く白銀。そして思わず、左側にいた京佳のほうへ思いっきりよけてしまったのだ。
「ぬあ!?」
そのまま左側にいた京佳にぶつかった白銀。
どすん!
そして白銀と京佳は2人1緒に地面に倒れたのだ。
「京佳さん!?」
「会長!?」
圭と石上が声を荒げ2人を心配する。が、目の前の光景をみた瞬間、動きを止めた。
何故なら今、白銀と京佳の2人は、まるで抱き合う様に、かなりの至近距離でお互い顔を向き合った状態で倒れていたのだ。
白銀が倒れる瞬間に、変に受け身を取ったせいと、京佳が倒れる白銀を怪我しないようにとっさに受け止めたせいである。
そしてそれは、他からみれば、白銀が京佳を押し倒し、キスしているように見えた。
(なぁぁぁぁぁぁ!?)
それを見たかぐやは思わず絶叫しそうになる。しかし寸前の所で、何とか声を出さずにできた。
「おわあぁぁぁぁぁ!?」
そして京佳と共に倒れた白銀は直ぐに起き上がり、京佳から距離を取った。
顔を真っ赤にさせて。
「か、会長…色々大丈夫でしたか…?」
「あ、ああ!大丈夫だ!!怪我も何も無かった!何も無かったぞ!!」
「い、いえ。そこまでは聞いていませんけど…え?ほんとに何も…?」
「ももも、勿論だ石上!!何も無かった!何なら神に誓うぞ!?」
必至で弁明をする白銀。だがこの慌てようでは、実際には何あったのに、それを必死で隠そうとしている様にしか見えない。
一方京佳は、圭に手を貸されて、背中の土をはたきながらゆっくりと起き上がっていた。
「京佳さん、大丈夫でしたか?」
「……うん、大丈夫だ」
白銀と同じように、顔を真っ赤にして。そして左手を口にあてて。
「あの、京佳さん。兄に何かされませんでしたか?」
「何もなかったよ圭…ああ、何も…無かったよ…」
その姿は、まるで不意打ちキスをくらった乙女。少女漫画やラブコメで偶にみる姿そのままだった。
「京佳さん、後で私とお話しましょう?」
「私もちょっと京佳先輩に聞きたい事できちゃたー!」
眼をランランに輝かせて、ジリジリと近づいてくる藤原姉妹。
「お、落ち着け2人共…!ほんとに何も無かった…!無かったんだ…!」
白銀と同じように弁明する京佳。しかし、その顔は未だに真っ赤である為、説得力が皆無である。
(え!?いやどっち!?キスしたの!?してないの!?どっち!?)
かぐやは軽いパニックになっていた。目の前で自分の想い人が違う女とキスをしていたかと思うと冷静でいられる筈もない。それゆえ頭の中がグルグルになっているのだ。何とか真実を聞きだしたい。しかし上手く口が動かない。
「おっと!もうすぐ散歩道を1周するじゃないか!水分補給もしないといけないから皆少し急ぐか!!」
「そ、そうだな白銀!私も今もの凄く水が飲みたい気分だし急いで戻るか!!」
「ああ!では行こう!!」
そんなかぐやの事など知らない白銀は、さっさとコテージに向かい速足で歩きだしていった。京佳を伴う様な形で。
「あー!待ってくださいお2人とも!!このラブ探偵に色々聞かせて下さーーい!」
「私も聞きたい事あるから待ってーー!!」
白銀と京佳を追う様に、藤原姉妹も速足で行ってしまった。
「あの、僕たちも行きません?」
「あ、はい…えっと、四宮先輩、行きましょう?」
「……ええ。行きましょう」
そしてその後を、ゆっくりとした足取りで石上、圭、かぐやは追った。
なお結局、2人がキスをしたのかどうかはわからなかった。白銀も京佳も否定しているので恐らくしてはいないのだろうが。だが2人共、否定する時に必ず顔が紅くなっていたので怪しい所である。
因みにだが、コテージに戻って一番水分補給をしたのは早坂だったりする。
シュレディンガーのキス。
これで今年の投稿は終了です。来年も頑張って投稿します。それでは皆さん、良いお年を!
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生徒会メンバーと小旅行(その6)
今年もノリと勢いで完結目指して書き続けますので、どうかよろしくお願いします。
旅行の楽しみといえばなんだろう?
皆でわいわい遊ぶこと?普段行かないところに行けること?何時もと違う日常を味わえるところ?他にも様々なものがあるだろうが、その中に『美味しい料理』というのがあるのではないだろうか?
旅先では様々な料理がある。その地元の郷土料理。有名なレストランや旅館のコース料理。そして―――
「楽しみですね~、バーベキュー!」
「だねー!」
旅行に参加したメンバーとの料理である。
散歩を終えた7人は、暫くの間リビングで休憩を挟んだ後、四宮家別荘の庭に設置されている屋根付きバーベキュー設備に来ていた。
「夏といったらバーベキュー!これはもう鉄板ですよね!」
「まぁ、確かに夏=バーベキューのイメージはありますけど、テンション高すぎません藤原先輩?」
「だってこんな素敵な景色を見ながらの皆でバーベキューですよ?テンションも上がりますって!」
「だよねー!この前ワイキキビーチを見ながら食べた夕食とは違っていいよねー!」
(そういえばハワイ旅行に行ってたんだっけ?)
藤原姉妹がテンションを上げる理由。それは彼女らの目の前にある様々な肉や野菜が原因である。そう。これから7人は夏の定番『バーベキュー』をするのだ。
バーベキュー。
それは夏の定番であり、陽キャが何故か好き好んでするイベント。焚火や火を灯したバーベキューコンロの上に肉や野菜や魚介類を置き、それらをゆっくりと焼きながら食すという簡単な調理法。キャンプや旅行でもよく行われる事でもあり、若者から年配まで楽しめるイベントでもある。
因みに、北米ではバーベキューの大会が行われている州もある。そんな陽キャ御用達のイベントを、これから7人は行うのだ。尚、バーベキューや焼肉では、どうしても着ている服に煙などの匂いがついてしまうのだが、そこは四宮家が用意した最高級匂い消しのおかげで解決済みである。そのお値段、1本8万円である。とんでもない高級品だ。
「すっごいお肉…あの、四宮先輩。本当にこれ食べてもいいんですか?」
「勿論ですよ白銀さん。ぜひお腹いっぱい食べてください」
「あ、ありがとうございます…!」
普段、まず食べる事の出来ない食材の山を目の前にした圭は思わず涎をたらしそうになる。そんな圭に、かぐやは優しい言葉をかける。
(よし!これで少しは妹さんとの距離も縮まった筈ね…!)
邪な想いを隠しながらだが。というか餌で釣っているような感じになっているが、それでいいのだろうか?
「こちらの食材、そして複数のバーベキューコンロ、全て皆さんのお好きにお使いください」
「お飲み物はこちらに用意しています。炭酸からお茶まで様々。お好きにお飲みください」
「何かほかに用意して欲しいものがあれば、いつでもお声をおかけください」
「ありがとうございます皆さん!では早速焼きましょう!」
執事の高橋とメイドの志賀とハーサカがそう言うと、藤原が勢いよく肉だけを取り、それらをステンレス製の串に刺して焼き始めた。
「藤原先輩、食いつき凄いっすね。何か意地汚いっすよ?」
「意地汚いって何ですか!?お腹空いているんですからこれくらい普通ですよー!?」
「いえ、だとしてもその量は多くないですか?」
「べ、別に多くありません!」
藤原が串に刺してい肉の量はあきらかに多い。というか肉しか刺さっていない。石上がそう言うのも仕方無い様にも思える。しかしそんな石上にギャイギャイと藤原は反論する。最も、反論しているその顔は少し赤いが。
(さて、私も準備をしますか)
そんな2人の事を無視し、かぐやは肉と野菜をバランスよくステンレス製の串に刺していく。これはかぐやが自分で食べる分を焼くからではない。古来より言われている『男を落とすなら胃袋を掴め』。かぐやはこのバーベキューでそれを実践するつもりなのだ。
(串焼きバーベキューというのは、実はかなり焼くのが難しいもの。焼く食材の大きさを均等に整えたり、全体的にムラ無く焼いたり、誤って焦がさない様にしたり…もしそれらの工程を難なくこなし、それを会長に食べさせることができれば『料理上手な女性』と会長に認識される筈…!)
そんな思いを胸にしながら串に食材を刺すかぐや。
(そうなれば、会長も『一生俺に料理を作ってもらいたい』と思うのは明白!そして会長から告白をしてくる筈!!)
そして相も変わらず、決して自分から告白をするという思いは微塵も存在しない。因みに当初、この作戦を早坂が提案した時、かぐやはいつもの様に駄々をこねるように反論していた。
回想―――
『そんなのまるで私が会長に料理を食べてもらいたいみたいじゃない!』
『立花さんは前に白銀会長とお弁当のおかず交換していましたよね?しかもその時に良いお嫁さんになれるって言われてたんですよね?正直これ相当好感度高くないと言われませんよ?いいんですか?お2人が結婚しても?』
『…………やればいいんでしょやれば!!』
『何で逆切れしてんですか?』
『いい事早坂!これは貴方がやれって言うから仕方なくやるんだからね!私の意志じゃありませんからね!!』
『ほんといい加減にしません?』
―――――
この時、早坂は一回くらいひっぱたいてもいいのでは?と思っていたが何とか抑えた。
(では、さっさと焼いてこれを会長に恵んでさしあげますか…)
串に食材を刺したかぐやがバーベキューコンロに向かおうとしたその時である。
「すまない四宮。少しどいてくれ。そこの肉を取りたいんだ」
京佳がかぐやの後ろから声をかけてきたのは。
「あら、すみません。私邪魔でしたか」
「いや別に邪魔という訳ではないが…」
若干棘の入った言い方をするかぐや。だがそれも仕方ないかもしれない。何たって、先ほど皆でしていた散歩中に、京佳は白銀とキスをしかけたのだから。
あの後、皆で2人を問い詰めた時、最終的に『していない』という判決に至ったが、それでも事故とはいえ白銀と身体を密着させ、キスをするほど顔が近かったのは事実。かぐやはそれが気に入らなかった。故にこうして少し棘のある言い方をしてしまったいる。
(っていけません…私ったらなんて子供っぽい事を)
しかしかぐやは直ぐに自分の言動を恥じた。これではまるでただの癇癪を起しそうな子供。四宮家の人間としてそんな真似は許されない。
「申し訳ありません立花さん。今のは失礼な言い方でしたね」
「別にいいさ。気にしていない」
直ぐに京佳に謝罪するかぐや。そしてそれを受け入れる京佳。ここにわだかまりは無くなった様に見えた。
「それは立花さんの分ですか?殆どお肉しか刺さってませんね?」
「いや、これは私の分じゃないよ。白銀に食べて貰おうと思ってね」
「……はい?」
京佳がそう発言するまでは。
「えっと、何で会長に?」
「ああ。白銀は普段こういった肉類をあまり食べる事がないらしくてね。どうせならこの機会に、圭も含めて沢山肉を食べてもらいたいって思ったんだ」
京佳の手には肉が多めに刺さっている串。いかにも男の子が好きそうな感じだ。
(白銀には是非、私が焼いた肉を食べてもらいたいからな…)
そして京佳は、かぐやと同じ様な事をしようとしている。
(いけません!これは何としてでも阻止しないと!!)
これ以上、京佳にだけ美味しいイベントを起こさせる訳にはいかない。かぐやは直ぐに動き出した。
「立花さん?その串は殆どお肉ばかりです。流石にそれはバランスが悪いので会長も口に合わないと思いますよ?」
「いやいや、ちゃんと僅かではあるが野菜も刺さっているだろう?それに白銀は男だ。こうした肉ばかりのほうがいいに決まっているさ」
「それは偏見です。会長だってバランスの取れた方がいいに決まってますよ」
「それこそ決めつけじゃないか?白銀本人に直接聞いたわけでもないだろう?」
「「……」」
本人たちは覚えていないが、1学期に生徒会が修羅場になったのと同じような展開になるつつあった。尚、周りの皆はこの空気に気づいていない。
「ではこうしましょう。お互いそれぞれ焼いて、直接会長に選んでもらうというのはどうでしょうか?」
「ああ、受けてたとうじゃないか」
京佳はかぐやの提案を受け入れた。こうして、突然料理対決が始まり、かぐやと京佳はそれぞれ串に刺さった食材を焼き始めた。
(大丈夫。この日のために態々アメリカからバーベキューの講師を呼んでまで練習したんだもの。私が負ける筈ありません…!)
(ここで無様を晒せばまた四宮に優位を取られてしまう…負けるものか…!母さんの代わりに台所に立って6年の力、見せてやる!)
その顔は真剣そのもの。2人共、決して負けないという強い想いの元、それぞれ食材を焼く。
(何やってんでしょう、あの2人…)
そしてハーサカこと早坂は、そんな2人を疑問符を浮かべながら眺めていた。
数分後―――
((よし、焼けた!!))
それぞれ、今自分が出せる全力を出し切ってかぐやと京佳は串に刺さった食材を調理し終えた。
「では、立花さん。会長の元に行きましょうか」
「ああ。そこで勝負といこうか、四宮」
大きめの皿に串焼きにした食材を置き、かぐやと京佳は白銀の元へ向かう。
(会長なら間違いなくバランスの取れた方を選ぶでしょう。焼き加減も完璧ですし、私の勝利は揺るがないでしょうね)
(白銀だって食べ盛りの男の子だ。肉が多い方を選ぶ筈だ。焼き具合も良いし、今回は私が勝つぞ四宮)
そして2人が白銀の方に行くとそこには―――
「いや会長凄いっすよ!?何すかこの焼き加減!?最高なんですけど!?めっちゃ美味しいです!!」
「本当に美味しいですよ!お肉と野菜を別々の串に小分けてして刺さっているから食べやすいですし!」
「圭ちゃん、白銀会長って料理上手なんだねー」
「えっと、おにぃは飲食店でバイトしていたし…」
「いやー。前に焼き肉屋でバイトしていた事があってなー。そこの店長に無駄にシゴかれたんだよ。おかげで肉と野菜の焼き方は完璧だぞ。正直ちょっと自慢できるくらいには」
白銀が肉と野菜を完璧に調理していた。そして皆が白銀の焼いた食材を美味しそうに食べていた。
「「……」」
かぐやと京佳は動きを止め、そして同じ物を見た。それは白銀が焼いた肉や野菜などの数多の食材。それらは本当に美味しそうに焼かれていた。今すぐにでも食べてみたいと思うほどに。
「凄いですね白銀様。この焼き加減、実に見事です。四宮家の使用人として尊敬に値します」
「はい。私もまだまだということがわかりましたよ」
「本当ですね。もっと精進を重ねなくては」
「ぷ、プロの人にそう言われるとちょっと照れますね。はははは」
何故か使用人の3人も白銀が焼いたのを食べていた。
「ん?四宮と立花。食わないのか?」
そう言い、焼いた肉を2人に差し出す白銀。
「「いただきます」」
かぐやと京佳の2人は、差し出されたものを直ぐに受け取り、食べ始める。
((あ、本当に美味しい…))
白銀が直接焼いた料理を食べれた2人はご満悦となった。
因みに、かぐやと京佳がそれぞれ焼いたものは、各自自分で食べて処理をした。
肉や野菜を取る時は使い捨てのビニール手袋を使用しています。因みに最初はカレーのつもりでしたが「カレーじゃ勝負できねーな…」と思いBBQにしました。いやBBQで勝負ってのもおかしいけどね。
次回は夏の定番。肝を試す予定です。
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生徒会メンバーと小旅行(その7)
「皆さん、集まりましたね」
夕食のバーベキューの片付けを皆で協力して終わらせた皆は、暫くの間別荘内のリビングでゆっくりしていた。しかし、突然かぐやと藤原の2人が全員外に出るように言い出し、3人の使用人を含めた10人は裏庭に集まっていた。周りはすっかり日が落ちており、セミの鳴き声も聞こえない。
「一体何なんですかね?」
「わからん。立花は何か聞いていないのか?」
「いや、私も何がなんだが…」
石上、白銀、京佳の3人は、かぐやと藤原が何をしようとしているのか見当もつかない。藤原だけなら、また何かおかしな事をしようとしているとわかるのだが、今回はかぐやも一緒である。全く想像がつかないのも無理はない。皆が集まっているのを確認したかぐやと藤原。すると藤原が笑顔である事を口にする。
「それでは、これより夏の定番である『肝試し』を行います!」
「……え?」
それは京佳にとって死刑宣告だった。
「夏と言えば祭り!花火!海!水着!そして肝試しです!せっかく皆で旅行に来ているんですからやりましょう~!」
「ルールは簡単です。皆さんが昼間に歩いた山の中にある散歩道をペアになって歩いてくるだけです。ここにペア決めのくじ引きも用意しましたので、早速やりましょう」
ニコニコ顔で進行していくかぐやと藤原。楽しそうである。
「それと高橋とハーサカの2人には、念の為にライトを持って散歩道の途中で待機して貰います。志賀はここで待機しておいてください」
「流石に私有地とは言え、夜の山は危険ですからね~」
『畏まりまりました。かぐや様、千花様』
2人にそう言われた使用人は、それぞれライトを持っていつでも動けるようにしていた。
「それと、これは昔からこの地で言い伝えられているお話なのですが…」
かぐやは怪談を話し出した。
その昔、この地には2人の外国人夫婦が住んでいた。2人はとても仲が良く、周りからは理想の夫婦とまで言われていたらしい。
しかしある日、夫が病気で死んでしまった。だが妻はその現実を受け止めることができずにいた。それからというもの、妻は夫がまだ生きているかのように振舞う日々を続けた。誰もいないところに話しかけたり、1人で散歩をしているのにまるで2人で散歩をしているようしたり、食事も毎回2人分作っていたらしい。
そしてある日、『夫が山に入って帰ってこないから迎えにいってくる』と言い、1人で山に入っていった。それから、その妻の姿を見たものはいない。
そして未だに、妻はいないはずの夫を山の中で探しているという。
「まぁ、真相はわかりませんけどね。同じような話であれば、日本全国存在するでしょうし」
「へー。軽井沢にもそんな話があるんですねー」
かぐやの話を聞き終えた藤原が、相槌を打ちながらそう言った。雰囲気作りのため、肝試しを行う前にこういった怪談をするのはお約束だ。
「では、くじ引きをして班分けをしましょうか」
「ですね。やりましょう」
かぐやと藤原が肝試しを行うための班分けを行おうとした。そんな2人に京佳が顔面蒼白で話しかける。
「2人共…」
「何ですか京佳さん?」
「私に死ねというのか…?」
「そこまで言います!?」
「あの、立花さん?流石にそれはオーバーでは…?」
「だって肝試しだろう!?よりにもよって私がこの世で1番苦手なものじゃないか!?しかもそんな怪談を聞いた後だぞ!?」
白銀が虫が苦手のように、京佳は幽霊が大の苦手である。ゾンビやエイリアンは物理が効くので大丈夫なのだが、実態の無い幽霊という存在が本当にダメなのだ。それこそ、子供だましのやつでさえ。
そんな京佳に、怪談を聞かせた後に肝試しをさせるというものは、どう考えても無理な話である。だって怖いのだから。
「すまないが、私は参加しない。部屋で待っている」
そう言い、別荘に戻ろうとする京佳。しかし、そんな京佳に石上が話かける。
「あの、立花先輩。その方が怖くないですか?」
「え?」
「いやだって、今建物の中って誰もいませんよ?それってつまり、皆が帰ってくるまで1人で待ってるって事になるますよね?夜、1人で広い建物の中にいる方が怖いと思うんですが…」
「…………」
ホラー映画でありがちだが、こういう時は1人でいる方がよく犠牲者になるものである。それも結構悲惨な形で。
そして京佳もそういうお約束は知っている。別にここでそういう事件がある訳ではないのだが、人間は1度そういう風に思ってしまうと、簡単には考えを変えれないものなのだ。
「えーっと、京佳さん?一応言っておきますけど、別に道中何か仕掛けているとかじゃありませんよ?ただペアで歩くだけの簡単なやつですし…」
「藤原さんの言う通りです。仕掛けなんて何もしていません。本当にただ歩くだけですよ?」
「………………………やる」
「いや声ちっちゃいですね」
藤原とかぐやの説得のおかげか、京佳は震えながら肝試しに参加する事を選んだ。尚、その顔は未だ真っ青である。
(どれだけ幽霊が苦手なのかしら。あんなの脳が見せているだけの幻覚なのに)
かぐやは学者肌なため、幽霊や心霊現象といったものを全く信じていない。あれらは全て科学的に説明のつくものだと信じている。なので京佳の気持ちが理解できない。
(ま、でもあれなら問題ありません…私の作戦の邪魔はできないでしょう)
そして静かにほくそ笑むのだった。
もう知っている人もいるだろうが、この肝試しもかぐやの作戦である。概要を簡単にいうなら、『幽霊を怖がっている時に白銀に抱き着いて陥落させる』だ。男を惑わす様なボディタッチ。普段見せない不安そうな顔。こららが合わされば、間違いなく白銀を落とすことができるとかぐやは考えている。
これはその為の肝試しなのだ。藤原をいち早く味方につけ、早坂を使い、皆が勝手に動かないよう根回しをしてここまでやってきた。あとは実際に肝試しをして、作戦を実行するだけである。
「それでは皆さん、先ずはこの箱からくじを引いてください」
かぐやは、自分が両手に持っているティッシュ箱を皆の前に差し出すようにした。どうやら、これがペア決めのくじ引きのようである。
「何か手作り感満載ですね」
「いいじゃないか、なんかかわいいし」
(か、かわいい!?会長にかわいいって言われた!?)
言ったのはティッシュ箱である。断じてかぐやの事を言ったわけではない。
(おお、落ち着きなさい私…!ここでしくじる訳にはいかないのよ!?)
そう自分に言い聞かせて落ち着きを取り戻すかぐや。
「番号は1番から3番まで書いています。因みに人数的にひとつだけ3人になってしまいますが、そこはご了承くださいね」
落ち着きを取り戻したかぐやは皆に説明をした。
「じゃあ、先ずは石上くん、どうぞ」
「あ、はい。じゃあ…」
こうしてくじ引きが始まった。
「えへへ~。石上くん、遊園地に引き続いてハーレムですね~」
「石上先輩モテモテだねー」
「これがハーレムに見えますか?てかモテモテって…」
1番は石上と藤原姉妹の3人に決まった。そして藤原姉妹は、その結果で石上をからかっていた。因みに石上は完全に真顔である。
「では、次は立花さん。どうぞ」
「…………」
かぐやは京佳にくじの入ったティッシュ箱を差し出す。そして京佳はそれを無言で引こうとする。残っているくじは4枚。このままでは、白銀と京佳がペアになる可能性も十分にあるだろう。
(ま、立花さんが会長とペアになる事はありえませんけどね)
が、勿論そんな事かぐやは織り込み済みだ。
実はこのティッシュ箱、細工がしてある。箱の中には1番から3番のくじがちゃんと入っているのだが、3番と書かれているくじだけ、ティッシュ箱の四隅に固定しているのだ。
このまま普通に引けば、誰も3番を引く事はない。そしてかぐやと白銀以外がくじを引き、その後にかぐや自身の番になったら、固定しているくじを取り、3番を引く。
そして最後に白銀にくじを引かせれば、おのずとかぐやと白銀はペアになれるという細工だ。簡単にいうと、逆境無頼的なアレで使われた細工である。万が一にも、京佳と白銀がペアにならない様にした細工。かぐやが自ら、くじの入ったティッシュ箱を持っているのもその一環だ。
(これならば誰も細工をしたなんてわかりません。我ながら完璧な作戦ですね)
勝利を確信するかぐや。
だが、策というものはそう簡単に運ばないものである。大体の場合、何かしらのハプニングでダメになるものだ。
ガタガタガタガタ
「ん?」
ふと、自分が持っているティッシュ箱から振動を感じるかぐや。そしてその原因は直ぐに分かった。
「…………」
目に前にいる京佳が、もの凄く震えながらくじを引いていたのだ。
「た、立花さん?大丈夫ですか…?」
「…………」
かぐやは声をかけるが、京佳は気づいていないのか、何も言い返さない。そして更に震えだす。
「えっと、京佳さん?やっぱりやめた方がいいんじゃ…?」
「…………」
心配そうに圭が京佳に話かける。しかし、やはり京佳は反応しない。何故、京佳はこんなに震えているのか。理由は単純で肝試しが怖いからである。
部屋で1人で待つことをやめて、肝試しに参加することを選んだ京佳だが、それで恐怖が薄れたわけではない。例え誰かとペアになっても、それこそ白銀とペアになれたとしても怖いものは怖い。それゆえ震えているのだ。
(こ、これじゃあ細工が…!)
かぐやは悪い予感がした。これだけ震えていれば、細工していた紙が落ちてしまうかもしれないと。そしてそれは的中する。
「……3番だ」
細工を施していた3番と書かれていたくじを京佳が引いたのだ。これはつまり、かぐやの細工がダメになった事を意味する。
(いえまだです!まだ会長が2番を引いてくれれば…!)
だがかぐやは諦めない。残っているくじは3枚。つまり3分の1の確率で白銀が2番をひいてくれたら少なくとも白銀が京佳とペアになることはない。その後に自分が2番を引けばいい。完全に運任せだが最早これしかない。
「では会長、どうぞ」
「ああ」
そして白銀がくじを引いた結果―――
「あー、立花。大丈夫か?」
「…………大丈夫だ」
「いや全然大丈夫に見えないんだが!?」
白銀は3番と書かれたくじを引き、京佳とペアになった。
「えっと、よろしくお願いします四宮先輩」
「えぇ…よろしくお願いしますね白銀さん」
そしてかぐやは、白銀の妹である圭とペアになった。
(ま、まぁこれはこれで構いません…予定を変更して、これを期に会長の妹さんと距離を縮めましょう)
かぐやは当初の予定を変更し、圭と仲良くなる作戦へと舵を切った。
「では、肝試しを始めましょう!!」
そして藤原が元気よくそう宣言し、肝試しが始まったのだ。
おまけ
「ところで立花。何でそんなに幽霊がダメなんだ?」
「……小さい頃に、兄と一緒にテレビで放送していたホラー映画を観たんだ。その映画が本当に怖くて、それ以来トラウマで…」
「そんなに怖かったのか?」
「暫くの間は、母親と一緒の布団じゃないと眠る事ができなかった…」
「そこまでか…それはどんな映画だったんだ?」
「そのビデオを見たら死ぬってやつだ……」
「あぁ、あれか。昔俺も圭ちゃんと一緒に観たが怖かったなーあれは。そういやあの映画を観た後、暫くの間圭ちゃんが俺の布団で…」
「おにぃ!今すぐその口閉じろし!」
「あ!うん!ごめん圭ちゃん!ほんとごめん!」
と言う訳で肝試し開始。因みに、京佳さんのトラウマの元になったやつは有名なあれです。多分作者は今でも観る事できません。だって怖いもん。
次回、京佳さん絶叫。
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生徒会メンバーと小旅行(その8)
連載って難しい。
「では、次はかぐや様と圭様です。いってらっしゃいませ」
「では、行きましょうか白銀さん」
「は、はい。よろしくお願いします四宮先輩」
石上と藤原姉妹の班が出発してから数分後、メイドの志賀に言われたかぐやと圭の2人は、並んで昼間歩いた散歩道を歩き出した。因みに懐中電灯は1人1つずつ持っている。
「「……」」
道中、2人の間に会話は無い。ただ黙って夜の散歩道を歩いているだけだ。
(さて、このまま妹さんと何も喋らないなんて事はあり得ませんし、どうしましょう…)
かぐやはこれではいけないと思い、考えを巡らせる。このまま、全く会話をしない状態で肝試しが終われば、せっかく圭と一緒になれたのに進展なんて皆無だ。それはいけない。何としてでも、この機会に圭との仲を進展させなければ、白銀から告白させる時に協力を得られない。同時に、もし白銀と恋人になれたとしても、圭からの印象が悪ければその後の関係にヒビが入るかもしれない。
だからこそ、何としてでもこの肝試しを行っている最中に、圭と仲良くなりたい。あわよくば『お姉さん』と呼ばれたい。しかし、何を話せばいいかわからない。
(一体どうしましょう…時間はあまり無いというのに…)
そんな時、圭の方からかぐやに話しかけてきた。
「あの、四宮先輩」
「あ!はい!何ですか妹さん!?」
「妹さん?」
「ああ!ごめんなさい!何て呼べばいいでしょう。お兄さんと同じ白銀ですし」
「えっと、圭でいいですよ?千花ねぇや京佳さんもそう呼びますし」
「そ、それじゃあ、圭さん」
「圭です」
「えっと…圭ちゃん」
「圭」
「……圭」
「はい」
そして一気に名前呼びをするまでに至った。圭の押しに負けた結果である。
「そ、それで、どうしました?」
「いえ、ひとつ聞きたい事があって…この肝試しって、本当に何も仕掛けてないんですよね?」
「はい?」
名前呼びに喜んでいるのもつかの間、圭が心配そうな顔でかぐやに質問をしてきた。
(もしかして、圭も幽霊が苦手なのかしら?)
かぐやは、圭も京佳と同じで幽霊が苦手なのではと思った。
(ここは、頼れる女を示すチャンス!!)
そして同時に、自分にチャンスが巡ってきたとも思う。
「ええ、勿論。本当に何も驚かすような仕掛けはありませんよ?藤原さんは何かひとつくらい仕掛けをした方が面白そうとは言ってましたが、時間もありませんでしたし、本当にただこの夜の散歩道を歩くだけです」
「そうですか…」
「心配しなくても大丈夫ですよ圭。万が一、藤原さんが何か仕掛けをしていても、私が守ってあげますから」
(よし!決まった!)
もし万が一、藤原が突発的に何かを仕掛けてきても、かぐやは十分に対処できる自身があった。そして『私が守ってあげる』という台詞。これを口にすれば、より自分が圭から『頼りがいのある女性』に見えると思っていた。以上の事から、かぐやは圭の不安を取り除く事に成功したと確信したのだった。
「あ、いえ。私は別にそういうの怖くないんで大丈夫です」
「え?」
しかし、かぐやの思いとは裏腹に、圭は全く別の事を心配しているようである。
「えっと、それじゃあ何で…?」
「いえ、もし何か仕掛けてあったら、京佳さん大丈夫かなって…」
「はい?」
「京佳さん、幽霊が本当にダメで…泣いちゃわないかなーって…」
圭が心配している事。それは京佳の事だ。圭は京佳が幽霊が大の苦手だと言う事を知っている。だから当初、京佳が肝試しに参加することが不安だった。京佳が『大丈夫』と言ったとはいえ、心配なものは心配である。
(くっ!やはり立花さんの方が圭との距離は近いですか!何て羨ましい…!)
かぐやは、圭が京佳の事を心配している事に嫉妬を覚えた。夏休み初日の遊園地でもそうだったが、圭と京佳はかなり仲が良い。見た目こそ似てないが、まるで本当の姉妹に見える程に。
「いくら何でも、泣く事は無いと思いますよ?仮に何かあっても、少し驚くくらいじゃないでしょうか?」
「だといいんですけど…」
流石に泣く事は無いだろうと言うかぐやだが、圭の表情は京佳を心配しているままだ。
(ここは1度、情報を集めるべきね…)
現状、かぐやは圭と京佳の関係をはっきりとは知らない。戦いでは、より多くの情報を持っている者が勝利する。だからかぐやは、ひとまず2人の関係をはっきりと知る事にした。そうすれば、対策も考えやすいものである。
「そういえば気になっていたのですが、圭は立花さんと仲が良いのかしら?」
「は、はい。私と兄が秀知院に入学してからの仲って感じです。うちで一緒にご飯を食べた事もありましたし」
「え?」
「あと、一緒に買い物に行ったり、料理を教わったり、お泊りしたり…」
そして後悔した。圭の口から聞いた事実。それはかぐやの予想を大きく上回るものだったからだ。
(嘘でしょ!?立花さんはそこまで進んでいたっていうの!?)
焦りだすかぐや。圭は藤原とも仲が良いが、京佳はその更に先を行っている様に聞こえる。つまりこれは、現状、圭との関係は自分が一番遅れているという事に他ならない。
(マズイ…!これはマズイわ…!何としてでもこの機会に何とかしなければ…!)
何とか打開策を模索するかぐや。そんな時、圭がある一言を放った。
「お姉ちゃんって、あんな感じかもしれませんね…」
その言葉を聞いたかぐやは時が止まった様な感覚になった。それだけ圭の言葉が衝撃だったのだ。
「あ。あれってハーサカさんですよね?」
そうこうしているうちに、いつの間にか2人は電気ランタンを持っているハーサカが待機している場所に来ていた。
「お待ちしておりました。そのまま足元に気を付けて道を真っすぐ歩いてくださいね」
「はい、ありがとうございます」
ハーサカの注意にきちんと耳を貸し、あいさつをして、ハーサカの前を通り過ぎる圭。そしてかぐやもハーサカの前を落ち込んだ様子で通り過ぎて行った。
(かぐや様、大丈夫かなぁ…?)
ハーサカは自分の主人の心配をした。何か変な事をしでかさないで欲しいとも願った。
(うう…何で立花さんと藤原さんはそんな関係を築けているのよぉ…!私だって圭にお姉さんって言われたいのに…!)
圭のすぐ隣を歩くかぐやは、内心泣きそうになっていた。かぐやは家族愛に飢えている。それはかぐやの家庭環境が原因なのだが、この場では省略する。それゆえ、圭が藤原と京佳を姉の様に慕っているのが羨ましくてしょうがないのだ。
「えっと、四宮先輩。いいですか?」
「え?何ですか圭?」
かぐやが内心泣きそうになっている時、圭がかぐやに話しかけてきた。
「あの、今日は本当にありがとうございます」
「え?」
突然、圭から感謝を述べられたかぐやは面食らった。
「私の家って貧乏だから、こういう旅行に行く事が無かったんです。だから…」
圭は一息ついた後、
「この旅行に連れてきてくれて、本当にありがとうございます。私、すっごく楽しいです」
頭を下げて、かぐやに再び感謝の言葉を言った。
白銀家は貧乏である。故にこうした旅行に行くことなど全く無い。普段はそういった事を我慢している圭だが、彼女もまだ中学生。まだまだ友達と遊びに行ったりしたい年ごろだ。だから圭は、この小旅行が本当に楽しみだった。
そして圭の言葉を聞いたかぐやは―――
「いえいえそんな。先輩として当然の事をしただけですよ」
満面の笑みで謙遜した。少なくとも、これで少しは圭との距離が縮まったと感じたからだ。
「それと…」
「はい?」
「えっとですね、千花ねぇや京佳さんは名前呼びなのに、四宮先輩だけ先輩呼びなのって、仲間外れみたいで嫌なので、かぐやさんって呼んでもいいですか?」
「はい勿論!全然構いませんよ!」
かぐやはテンションを上げて、心の中でガッツポーズをした。名前呼びは双方の距離がそれなりに近くないと決してしない。圭に名前を呼ばれたという事は、一気に距離が縮まったという事だ。嬉しく無い訳が無い。
(やった!やった!!名前で呼ばれた!もうこれは私が圭の姉と言う事は確定的に明らかね!!)
テンションが上がりすぎたせいなのか、またトンチンカンな事を思うかぐや。そんな時だった。
『みぎゃあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!?』
夜の森の中から女性と思わしき叫ぶ声が響いたのは。
「え?何かしら?今の空を引き裂くような叫び声は…」
「……今の多分、京佳さんです」
「今のが!?」
圭の言葉に驚くかぐや。それも仕方ない。今の叫び声と普段の京佳とが全く一致しないのだ。
「かぐやさん、急ぎましょう。もしかしたらもしかするかもしれませんし」
「は、はい…」
圭とかぐやは速足で散歩道を歩き出す。途中、待機していた執事の高橋と合流し、別荘に向かうのだった。
そして別荘にたどり着くとそこには―――
「ひぐ…えぐ…ひっぐ…」
「きょ、京佳さん?もう大丈夫ですよ?ここにお化けなんていませんからね?あ!そうだ!部屋に戻ってゲームしましょう!絶対に楽しいですよ!」
「そ、そうですよ立花先輩!僕、家からゲーム機持ってきたんですよ!皆でパーティゲームやりましょう!」
「そうそう!皆で遊べば絶対に楽しいよ京佳先輩!」
京佳が泣きながら地面にぺたんと座り、藤原と石上と萌葉の3人が必死で泣いている京佳を慰めている。
「……」
そしてハーサカが無言で頭を下げていた。その傍にはメイドの志賀もいる。
「え?何あれ?」
「えっと、会長…一体何が…?」
「あー…あれはだな…」
白銀はかぐやと圭に説明を始めた。
時間は数分前にさかのぼる。
「それでは、時間となりましたので、御行様、京佳様。どうぞいってらっしゃいませ」
それまでと同じように、メイドの志賀は白銀と京佳にスタートの合図を出した。
「えっと立花、大丈夫か?」
「…………ダイジョウブダ」
だがそれまでと違い、京佳だけは開始前からお通夜状態である。白銀は心配そうに京佳に話すが、京佳は大丈夫と言う。
(まぁ、本人が大丈夫って言っているから大丈夫だろう……大丈夫だよな?)
どうみても大丈夫そうには見えないのだが、白銀は京佳の発言を信じて肝試しを行う事にした。そして、いざ肝試しを行おうとした時である。
「し、しろがね…」
「何だ?」
「頼みがある…手を握ってくれないか…?頼む…」
京佳が小さく震えながら、白銀に手を握って欲しいと言い出した。
「わかった。ほら」
白銀は京佳の頼みを聞き入れ、京佳に手を差し出した。
「ありがとう……」
京佳は白銀の手を自身の両手で取った。そして2人はそのまま手を繋いだ状態で歩き出し、肝試しを開始した。
「「……」」
夜の散歩道を歩く2人の間に会話は無い。白銀は懐中電灯を前に照らしながら歩き、京佳は少し俯きながら白銀の手を両手でしっかりと握って歩いている。
(立花の手って、柔らかいなぁ。それに温かい。いやいやそうじゃないだろ。このまま無言なのはないかんな…何か話をした方がいいんだろうが、こういう時って何を話せばいいんだ?)
京佳の手の感触を感じながら、何とか会話を開始する入口を見つけたい白銀。しかし中々それが思い浮かばない。そもそも白銀に、女子が気にいるような会話をする技量などあまり無いのだ。
(怖い怖い怖い怖い怖い怖い…)
そして京佳はひたすらに怖がっていた。今の彼女には、白銀の手のぬくもりを感じる余裕すらない。かぐやであれば、この機会にわざとらしく怖がって白銀を陥落さようとしただろうが、京佳にそんな事は出来ない。なんせ肝試しが怖いから。
因みにだが、京佳がここまで怖がっているのは、直前に怪談を聞いたせいでもある。京佳は、夜テレビで心霊番組を見たら1人で簡単にはトイレに行けないタイプの子なのだ。なので、テレビで心霊番組をやっていたら即座にチャンネルを変える。
そんな白銀と京佳が一言も喋らない状態で歩いている時である。
フッ
突然、白銀が手にしていた懐中電灯の灯が消えたのだ。
「ひぃ!?」
「落ち着け立花!多分懐中電灯の電池の接触が悪いだけだ!」
「ほ、ほんとか?なんかこう、幽霊的なものが消したとかじゃないのか…?」
「大丈夫だ!そんなものじゃない!安心しろ!」
白銀はそう言うと、持っている懐中電灯を何度か上下に降ったり、懐中電灯そのものを叩いたりした。すると、すぐに懐中電灯は再び光を灯した。どうやら本当に接触不良だったようだ。
「ほら見ろ!ちゃんとついただろ!?」
そう言い、再び光を灯した懐中電灯を前に照らす白銀。
そんな時、懐中電灯の光に何かが照らされた。
それは金色の髪をした女性だった。手には灯が点いていないランタンの様なものを手にしている。そして、それを見た京佳は血の気が引いてのを感じ、確信した。
目の前の女性こそ、かぐやが話していた『今も森の中で夫を探している妻』だと。
「みぎゃあ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!?」
こうして京佳は絶叫したのだった。そして白銀の腕に抱き着き、パニックを起こした。
「あ゙ーー!あ゙あ゙ーーー!?」
「おい落ち着け立花ぁぁ!!当たってる!てか挟まってるからぁぁぁ!?」
「落ち着いてください京佳様!私です!メイドのハーサカです!」
「あ゙あ゙あ゙ーーー!?あ゙あ゙あ゙ーーーーー!?」
「ダメです!これ完全にパニックですよ!?」
「本当に正気に戻ってくれ立花ぁぁーー!?」
勿論、白銀と京佳の前に現れたのは幽霊ではない。その正体はハーサカである。2人が来るほんの少し前。十分な充電を行っていなかったのか、ハーサカの持っている電気ランタンが消えたのだ。何度スイッチを入れ直してもランタンはつかず、どうしようか悩んでいた時に、自分に近づいてくる懐中電灯の光が見えた。恐らく、次に来るであろう白銀と京佳であろうと思い、説明をする為、その場で待機する事にした。
しかし、突然こちらに近づいてきた懐中電灯の光が消えてしまった。何があったのかと思い、灯が消えた方に近づくハーサカ。と、直ぐにまたハーサカの目の前で灯が点いた。
そして京佳の叫び声が響いたのだ。
白銀の腕に抱き着き叫んでいる京佳。白銀とハーサカの2人は何とかパニックになっている京佳の正気を取り戻そうとした。
因みにだが、白銀の腕は現在、京佳の胸の間に挟まっており、白銀はその豊満な感触を腕を通してひしひしと感じている。
(頼むから立花!早く正気に戻ってくれーー!?そうじゃないと俺が色々と危ないんだぁぁーー!?)
そして白銀も割と限界が近かった。ナニがとは言えないが。
「あ……」
そんな時突然、京佳がその場にペタンと座ったのだ。
「だ、大丈夫か立花…?」
「京佳様?」
心配そうに京佳に声をかける白銀とハーサカの2人。すると―――
「う…」
「「う?」」
「うわぁぁぁぁぁぁん!」
((泣き出したぁぁぁーー!?))
京佳、ガチ泣きである。演技ゼロのガチである。肝試しを始める前に聞いた怪談。いきなり消えた懐中電灯。そして、突然目の前に現れたハーサカ等。こういった様々な出来事がつもり重なった結果、京佳は限界を迎えてしまい、その結果、遂に子供みたいに泣き出してしまったのだ。
「どどど、どうしましょうハーサカさん!?」
「落ち着いてください御行様。とりあえず、来た道を戻りましょう。その方が別荘に近いですし」
「わ、わかりました」
「それと、私だと京佳様を運べそうにないので手伝って貰っていいですか?」
「勿論です。どうすれば?」
「では、京佳様を背負って下さい。その方が安全ですから。私は懐中電灯で前を照らしますので」
「背負うんですか?肩を貸して歩いたほうがいいのでは?」
「あの運び方って結構コツがいるんですよ。背中に背負った方がてっとり早いのでどうかお願いします」
「はい!わかりました!」
ハーサカと白銀は協力して、京佳を運ぶことにした。そして、何とか泣いている京佳を白銀が背負い、ハーサカが懐中電灯で道を照らしながら来た道を戻ったのだ。
(うっわ…背中にもの凄く大きくて柔らかい感触が…っていかんいかん!今は緊急事態だろうが!俺は何を考えているんだ!?)
白銀は束の間の幸せを感じていたが、直ぐに頭を切り替えて煩悩を退散させた。
「ひっぐ…ひぐ…」
一方、白銀に背負われている京佳は未だに泣いていた。平常であれば、好きな男に背負われているので嬉しいと思う所だろうが、今の京佳のそんな事を思う余裕なんてない。
「って感じでな。今は少し落ち着きを取り戻しているが、まだあんな状態で…」
「そんな事が…」
「…私ちょっと京佳さんの所行ってくる」
「俺も一緒に行くよ圭ちゃん。もう1回ちゃんと話をしときたい…」
かぐやと圭に説明を終えた白銀。因みに要点だけを掻い摘んで説明しているので、胸が当たっていたとかその辺の話は全部省いている。話を聞き終えた圭は、京佳の所に向かった。白銀もその後を追った。
そして説明を聞いたかぐやは、ある事に気づいた。
(あれ?これ私のせいじゃ…?)
この肝試し、発案したのはかぐやである。しかも、京佳が幽霊が苦手と知っていながら。
(だ、だってあそこまで苦手だなんて思わなかったし…!それにまさか泣くなんて…!!)
必死で言い訳をするかぐや。そんなかぐやに執事の高橋が話しかける。
「かぐや様」
「な、何かしら?高橋?」
「謝りましょう?」
眼が笑っていない。おまけに真顔。そんな高橋を見たかぐやは確信した。
(あ、これ本気で怒ってる…)
珍しく、高橋が本気で怒っていることに。
「待ちなさい高橋。少し待ちなさい」
「この肝試しを考えたのかぐや様ですよね?」
「違うの高橋。あのちょっとまって…」
「しかも、京佳様が幽霊がダメだと知っていましたよね?」
「まって。ほんとにまって」
「私は反対しましたよね?肝試しが苦手という人がいるのならやめた方がいいと。人が嫌がる事はしないほうがいいと」
「あ、あのね…?」
「結果、京佳様はあんなに泣いてしまったんですよ?わかってますか?」
「……」
「謝りましょう?四宮家の人間が、自分の非を認めないなんてしてはいけませんよ?」
「はい…」
この後、かぐやは京佳に滅茶苦茶謝り、白銀はかぐやが何度も何度も頭を下げて謝っているのを見て驚いた。
その後、京佳が元に戻るまで1時間を要するのだった。
圭ちゃんの生徒会メンバーへの印象
かぐや 憧れの先輩。
藤原 友達の姉。
石上 陰キャぽいけど良い人
京佳 お義姉ちゃんになるかもしれない人
外堀は既に埋めているのが京佳さん。その辺の話はいずれ書きます。
それと次回はお風呂回の予定です。
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生徒会メンバーと小旅行(その9)
そして今回、ある事が判明します。
追記・少し加筆しました
肝試しの後、皆の必死の協力のおかげで、京佳は何とか何時もの京佳に戻った。そしてひと段落した後、旅行参加者は全員で風呂に入る事にした。(混浴では無い)バーベキューや肝試し等を行ったため、皆それなりに汗をかいているからである。ここで1度、風呂に入ってさっぱりしたと思い、旅行参加者は全員風呂場へと向かった。
男湯
「あー。やっぱ大きい風呂はいいなぁ…」
「ですねぇ…脚を思いっきり伸ばせるってのがいいですよ…」
「しっかし、遊園地だけじゃなくてこんな旅行まで行けるとは。今年の夏休みは凄く充実しているな」
「ほんとそうっすね。少なくとも1年前の僕なら考えられません」
白銀と石上は、2人並んで湯船に浸りながら話していた。その顔はリラックスしている。そんな時―――
「そういや会長」
「何だ石上?」
「ギャルゲーだとよくあるんですよ。こういうお風呂場には隣の女湯を覗ける穴があって、その穴で女湯を覗くってイベントが」
「……何故突然そんな話をした?」
「なんか思い浮かんだからです」
大きなお風呂に入って気が緩んだのか、石上がそんな話をしてきた。
(覗き穴…仮にそんなものがあって、それを覗いたその先には…)
そして白銀は想像する。一糸纏わぬ姿の女子達を。
「…………………うむ」
「え?会長、何ですかその台詞は?」
「あ、いや。なんでもない」
慌てて自分が想像、もとい妄想したものを消し去る白銀。しかしその顔は少し紅い。
「ま、仮にそんなものがあっても覗くなんてしないがな。犯罪だし」
「ですね。現実はゲームみたいに少し怒られるだけじゃ済みませんし」
このままこの話をすれば、再びあらぬ妄想をして、白銀の白銀が白銀しそうなので白銀は話を終える事にした。しかし―――
「でもやっぱ、男としては女湯を覗いてみたいって気持ちはありますけどね」
石上が再びその話題をし始める。
「え?いや石上?」
「会長、僕だって男なんですよ?そういった欲求くらいありますよ。うちの生徒会メンバーの女子って皆スタイルいいし顔も整ってるし。男として1度は拝んでみたいと思いますよ」
「だ、だがな石上?」
「会長はそういうの無いんですか?」
「……」
石上は真っすぐ白銀を見て質問する。質問された白銀は口を閉じた。このまま石上の質問に答えて、同調するのは簡単だ。別にこの話を女子達が耳にしている訳ではない。それに健全な男子高校生ならこういった話をするのも当然である。
(んなもん見てみたいに決まっているだろう…!俺だって男なんだ!1度くらいこの目で生の女体も見てみたいさ!特に四宮とか!)
実際、白銀は石上と似たような事を思っていた。普段の学校生活ではわからないだろうが、彼はド助平なのだ。そういった妄想をした事も、1度や2度では無い。
(だが、ここで石上に同調してそんな話をして、そしてもしそれが四宮にでも知られれば…!)
終わる。
間違いなく終わる。男子同士ならば、そういった話をしていた事がバレても大した問題にはならないだろうが、その話が万が一女子にバレるとなるとマズイ。下手をしなくても軽蔑されるだろう。
「お、俺は特にそういうのは無いな。そういうのを考えるくらいなら勉強するし」
「マジっすか?流石会長ですね。やっぱ僕は欲に塗れているんですね」
「ははは。そんな事ないぞ石上。男なら当然だ。決して悪いことじゃないさ」
なので白銀は嘘をつく事にした。万が一にも女子にバレない為に。
(すまん石上。本当なら俺も男だし、もう少しそういった話をしたいんだが、お前は前に女子に気づかずブレーキを踏まないでそういった話をしていた過去があるから…)
石上は1学期に、生徒会室で女性の胸について話していた事があった。
後ろにいたかぐや、藤原、京佳に気づかずに。
その後、後ろの3人に気づいたが時すでに遅し。藤原からは頭をハリセンで沢山叩かれ、かぐやと京佳からは脅された。そういった事例があるため、白銀はこの話題に参加する事をやめたのである。
(あ。でもそういえば、前に裸じゃないが立花のパンツは見た事が…)
しかしそんな話題を聞いていたせいか、白銀は1学期に京佳のパンチラを見た事を思い出してしまった。
「……すまん石上。ちょっと冷水浴びてくる」
「あ、はい。もしかしてのぼせました?」
「まぁ、そんな所だ」
(うおぉぉぉ!?折角忘れていたのにまた柄まで鮮明に思い出してきたぁぁぁ!?煩悩退散煩悩退散!!)
そしてそそくさと湯船から出て頭から冷水でシャワーを浴び始めた。
(何かシャワーの勢い凄いけど、会長風邪ひかないかなあれ…)
そんな白銀を石上は湯船に浸かりながら眺めていた。
女湯
男湯がそんな事になっている時、女子はと言うと―――
「「「「…………」」」」
「な、何だ皆?」
まだ風呂に入らず、未だに脱衣所にいた。全員もれなく下着姿で。そして全員が、黒い下着を身に付けている京佳をじっと見ていた。すると、ピンクの下着を身に着けた藤原が京佳に話しかける。
「京佳さん。何したらそんな風になるんですか?」
「えっと、何がだ藤原?」
「全部ですよ!!うちの姉さまくらい胸大きくて腰はちゃんと括れていてその上脚は細くて長いし!しかも何ですかその肌!めっちゃ綺麗じゃないですか!!キズひとつ無い肌ってこういうのなんだなーって思っちゃいましたよ!何なんですか本当に!何したらそんな超モデル体型になれるんですか!?」
未だに誰1人風呂場に行かない理由、それは京佳である。藤原の言う通り、京佳は超が付くほどのモデル体型だ。普段は秀知院の裾の長い制服に隠れているが、脱げばご覧の通り。この場に居る女子の中では、群を抜いてスタイルが良い。同性から見ても目を奪われるほどに。
「いや、特にこれといって何かしているとかは無いぞ?」
「嘘です!何もしなくてそんな身体を持てるはずありません!」
「そんな事言われてもなぁ…」
下着姿の藤原は京佳の前でギャイギャイと騒ぐ。実は彼女、最近少し体重が増えたのだ。ハワイで好きなだけ食べて遊んで寝た結果、お腹と二の腕が少し危ない。それゆえ、京佳のスタイルに嫉妬しているのだ。しかも京佳は特に何もしていないと言う。結果、嫉妬と怒りが増した。
「ほんと、京佳さん凄いですよね。モデルって言われても納得します」
「そうね圭」
水色の下着を付けた圭と、純白の下着を付けたかぐやも藤原に同調する。
(何なの?本当に何なのその無駄に育った胸は?私に対する当てつけ?その無駄な贅肉で会長をたぶらかすつもりなの?もしそうならもぎますよ?精肉加工機械で)
圭がすぐ近くにいる為、顔は笑顔のかぐやだが、内心は呪詛を放ちそうになっていた。そして近いうちに、四宮家傘下の機械製造会社に連絡を取ろうと決めた。
「でも本当にすごいよねー京佳先輩。そのスタイルなら本当にモデルの仕事だってできちゃうかもだよー?」
姉に続いて、薄緑色の下着を身に着けた萌葉がそんな事を言う。
「私がモデル?それは無理だと思うぞ?」
「えー?何でー?」
「こんな物騒な眼帯している女のモデルなんて、誰も受け付けないだろう?」
「あ…」
萌葉は、自分が失言をしてしまった事に気づいた。京佳は左目に大きな眼帯をしている。どうして眼帯をしているかは知らないが、少なくともファッションでは無いだろう。
「ご、ごめんなさい!京佳先輩!」
「いや、気にしてないよ」
地雷を踏んだと思った萌葉は、直ぐに京佳に頭を下げて謝った。最も京佳は全く気にしていないようだが。
「しかし、藤原。大丈夫だろうか?」
「大丈夫ですよ京佳さん。萌葉はそんな子じゃありませんから」
「えっと、何が…?」
だが、別の事を気にしているようだ。そして京佳は意を決した顔で、萌葉に話しかける。
「あー…萌葉と呼んでもいいだろうか?」
「あ!はい!それは勿論!」
「では萌葉。今から不快なものを見せる事になる。すまない」
「はい?」
突然、萌葉に謝罪する京佳。萌葉は何が何だかわからない顔をしている。
そして京佳は、皆の前で左目にしている眼帯を外し始めた。
「え?」
思わずそんな声を出す萌葉。だがそれも仕方ないだろう。
萌葉は、京佳が眼帯を外すところを見たことがないのだ。そもそも京佳と知り合ってまだ殆ど時間が経っていない。こうして話すようになったのは夏休みに入ってからなので仕方ないが。
そして京佳が眼帯を外した。
「…っ!」
息を飲む萌葉。その理由が、目の前の光景にあるのは明白だ。
何故なら京佳が眼帯を外すと、その下にはあまりにも酷く、醜い火傷の跡があったからだ。
京佳の眼帯に隠されていた火傷の跡を見た萌葉は言葉を失っていた。当初、萌葉が思っていたのはせいぜい何かしらの傷跡があるくらいだと思っていた。しかし、実際は予想を遥かに上回っていた。
京佳の火傷の跡はおでこから左目を伝い、左耳にまであり、掌でようやく隠せる程の大きさがある。そんな傷跡を見た萌葉が言葉を失うのも無理はない。
数秒か、数十秒か、はたまた数分かの時間が経ち、京佳が口を開く。
「……やはり、驚くよな」
「あぁ!ご、ごめんなさい!ごめんなさい!!」
「いや、こちらこそすまない」
萌葉は眼帯を外した京佳に頭を下げ謝る。
「こんな状態で聞くのもあれだが、質問をしてもいいだろうか萌葉」
「はい!なんですか!?」
「正直に答えて欲しい。気持ち悪いか?私のこの左側は」
京佳は両目でしっかりと萌葉を見据えて質問をする。
「えっと、驚きはしましたけど、気持ち悪いなんて全く思いません!」
そして京佳の質問に、萌葉ははっきりと答える。その顔は全く嘘をついてはいない。誰が見てもわかる程に。そんな萌葉の言葉を聞いた京佳は、安堵したように息を吐いた。
「そうか…ありがとう萌葉。そう言われて安心したよ」
「どうですかー京佳さん?言った通りでしょー?」
「そうだな。君の言う通りだよ」
「はい!何たって自慢の妹ですから!」
安堵した京佳に藤原は下着姿のまま大きな胸をムフーッという感じで張る。因みにすっごい揺れた。たゆんと揺れた。しかも下着姿なため、かなりエッチに見える。
「萌葉、突然変な質問をしてしまってすまない。だが、どうしても聞いておきたかったんだ」
「いえ!全然気にしてませんから!」
今度は京佳が萌葉に謝罪をした。と、ここで萌葉がある事に気づいた。
「あれ?ひょっとしてお姉ちゃん知ってたの?」
「勿論ですよー。京佳さんと一緒に生徒会に所属した時に教えて貰いましたしー」
「……もしかして、かぐやちゃんと圭ちゃんも?」
「ええ。ついでに言えば、会長と石上くんも知ってますよ?」
「私も。この中じゃ1番京佳さんとの付き合い古いし…」
「……私だけ仲間外れ…!」
「しょうがないですってー。萌葉は京佳さんと会う機会が殆ど無かったんですからー」
自分だけ知らなかった事にショックを受け、両手両ひざを床について落ち込む萌葉。下着姿なため、後ろからその姿を見ればさぞ素晴らしい絶景が見れる事だろう。だが萌葉は直ぐに立ち上がり、京佳にある事を聞いた。
「あの、京佳先輩。ちょっといい?」
「何だ?」
「できればでいいんだけど、何でそうなったか聞いてもいいかな?」
「……あまり気持ちのいい話じゃないが、いいか?」
「うん」
それは、京佳の左側の事を聞く事だった。やはりどうしても気になってしまう。しかも萌葉以外は既に全員知っている。京佳は萌葉の願いを承諾し、自分の顔の事について話すことを決めた。
こうしてようやく、女子5人は風呂場へと行くのだった。
と、いう訳で京佳さんの眼帯の下は火傷の跡です。正直悩んだ。けどこれが一番しっくりきたのでこうしました。火傷の跡のイメージは、バッ〇ーノのニー〇かブラ〇ラのバラ〇イカみたいなのが少し小さくなった感じです。あと各キャラの下着の色は完全に作者の個人的な勝手なイメージです。
後半の展開がちょっと強引かもしれませんが、大目に見てくれると幸いです。<(_ _)>
次回は続いてお風呂回+火傷の理由回です。ただ来週更新できるかちょっとわかりません。
感想、評価、意見 どうかお願いいたします。
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生徒会メンバーと小旅行(その10)
それと今回重い話です。注意して下さい。
「さて、いざ話そうにもどう話したらいいものか…」
身体と髪を洗い、女子全員で湯船に入った後、京佳は自分の左側の説明をしようとし、悩んだ。なんせ結構難しい話なのだ。あんまり詳しく言いすぎると萌葉に嫌な気分をさせてしまうし、ぼかして話すと萌葉は納得しないだろう。ちゃんと話すと言った手前、後者は選択できない。
「京佳さん、私やかぐやさんに説明した時と同じでいいと思いますよ?」
「そうですね。その方が、萌葉さんも納得するでしょうし」
「そう…か。なら、そうしよう」
京佳が悩んでいると、藤原とかぐやがそう提案した。かつて、今の生徒会が発足されて間もない頃、京佳は2人に左側の事を説明している。
当初、既に京佳の左側の事を知っていた白銀は無理に説明をする必要は無いと言ったのだが、これから一緒に仕事をする人達にこの左側の事を隠しているのは京佳自身が納得できなかった。
それゆえ、藤原とかぐやには火傷の跡を見せたうえで、火傷の経緯を説明した。結果、藤原は泣きながら京佳の友達になろうと決めて、かぐやは京佳を信用はできる人物であると決めた。
「先に言っておくと、私のこれは事件であり事故だ」
「事件であり事故?」
「こうなったのは中学の時の話だ」
京佳は萌葉に説明を始めた。だが、最初の言葉からして疑問符を浮かべざるを得ない。
「中学に入学して直ぐに、バレー部の顧問に声をかけられてね。そのまま私はバレー部に所属したんだ」
「あー、確かに京佳先輩の身長ならスカウトされても…え?待って。京佳先輩って中学の頃にはもう身長高かったの?」
「まぁな。中学入学時点で170はあったな」
「はい!?」
「更に言えば小学校5年生の時には既に170になろうとしていた」
「そうなの!?」
余談だが、当時の京佳はその身長のせいで周りからは殆ど小学生に見られなかった。そして小学校の男子からは『だいだらぼっち』や『巨人女』などとからかわれていたが、基本的に京佳はそういった事全てを無視していた。反応すると逆に面倒だから。
「話を戻そう。それでバレー部に所属したんだが、まぁ目立ったよ。なんせ同じ部活内の3年生の先輩より身長の高いのが入ってきたんだ」
「まぁ、そうなっちゃうよね」
「最も、身長のせいで目立った事なんて今更だったからな。特に気にする事もなく私は部活動に励んださ」
今まで、身長が高いせいで色々と言われてきた京佳はそういった目線に耐性がついていた。なので、部活に入った時もさほど気にせず練習に励む事が出来た。
「練習は、まぁきつかったな。顧問が結構厳しい人でな。でも同時に、楽しかったよ」
「わかる!部活動って努力して練習してるとなんか楽しくなってくるんだよね!」
「萌葉のいう通りです!私も部活を毎回努力をしながらやってますから楽しくてしょうがないんですよ~」
(千花ねぇって確かTG部とかいうやつだったような…努力する部分あるの?)
(藤原さんはTG部で何を努力するんでしょうか?)
圭とかぐやは同じ事を考えた。
「それで暫く経った時、地区大会が迫ってきてね。私はその大会のレギュラーメンバーに選ばれたんだ」
「1年生で!?凄い!」
「そしてそれがきっかけになった」
「え?」
突然、雲行きが怪しくなる。既に事の真相を知っているかぐや、藤原、圭も暗い顔をする。
「レギュラーに選ばれたその日、私は3年の先輩3人に呼び止められたんだ」
そして話している京佳も、あまり良い顔とは言えない。
「3人の先輩は、部室で私を囲むようにしてこう言ったんだ。『レギュラーを辞退しろ』とね」
「え、どうして…?」
「先輩達の言い分はこうだった。『自分たちは3年でこれが最後の大会になるかも知れないから変わって欲しい。貴方はまだ1年生なんだからチャンスはあるでしょ』」
「そ、そんなのって…!」
「ああ。ただの我儘だ。当然私もそんな願い何て拒否したさ。私も練習を頑張ってレギュラーになったんだ。そう易々とレギュラーを変わるなんてする訳がない。でも先輩達はそれが気にくわなかっただろう。私がそう言うと罵声を浴びせてきた」
「ば、罵声…?」
「『ただデカイだけでレギュラーになれた女』ってね。似たような事を何度も何度も言ってきた。暫く私を罵倒したら速足でそこから出て行ったけどね」
一通り喋ると、京佳は手でお湯をすくって顔にかけた。やはり、当時の事を思い出してしまい気分を悪くしたようである。
「…すまない、話を続けよう。それで終われば何も問題はなかったんだがな、その後直ぐに先輩達はある事を考えたんだ」
「ある事?」
「私を怪我させて、レギュラーを降板させようという考えだ」
「な!?」
萌葉は驚愕するしかなかった。いくらレギュラーになれなかったからと言って、そこまでする人間がいるとは思わなかったからだ。
「それで数日後、私を理科室に呼び出して、そこに保管されてあった薬品を私にかけたんだ。薬品をよく確認せずに」
「えっと、その薬品って…?」
「硫酸だ」
「っ!?」
「しかも先輩の手元が狂ってしまって、当初私の腕にかけようとしていたのが私の顔の左側に思いっきりかかってしまったんだ。あの時はあまりの激痛に叫んだよ。本当に顔が焼けている感覚だった。あとはご覧の通り。私は左目を失明して、顔の左側にこんな焼け爛れた跡を残してしまったんだ。まぁ、これでもかなりマシになったけどな。最初は目が真っ赤になっていたし」
話し終えた京佳は、自分の顔の左側を指でさしながらそう言う。
「ほんと、今聞いても虫唾が走る話ですね…」
「ですね。だって京佳さん何も悪い事してないんですもん」
かぐやと藤原は改めて聞いた京佳の話をそう評する。どこをどう聞いても、京佳は被害者だ。そうなるのも当然だ。
「えっと京佳先輩…聞く限り事故の要素が無いんだけど…?」
「手元が狂ったという部分が一応事故だ。本人達も、まさか顔に当たるとは思っていなかったらしいしな」
「えぇ…」
正直、どう聞いても事件要素しかない。
「それから私は入院した。当然、大会に出れる訳もなく暫くの間はずっと病室だったさ。入院して暫くしたら3人とその両親が謝罪にきたよ。最も、私も母さんも許す気は全く無かったがな」
「当然ですよ!女の子の顔に傷をつけたんですよ!私だって許せるかわかりません!」
「全くです。私もそうなったら何があろうと絶対に許しませんね」
京佳に同意する藤原とかぐや。女なら当然だろう。因みにだが、女性の顔に消えない傷が出来た場合、同じように顔に傷が出来た男性より多く慰謝料を貰える事があるらしい。
「あとは治療費やら慰謝料の話になるが、この辺は割愛しよう。長くなるだけだし」
「その後、その3人はどうなったの…?」
「詳しくは知らん。どこかに転校したらしいが興味も沸かん」
京佳にとって、自分の顔をこんな風にした3人は未だに許せない存在だ。願わくば、地獄に落ちろとさえ思っている。だが同時に、向こうから関わってこなければ、最早思い出す事さえ無い存在でもあった。なので、自分から相手がどうなったかなど調べる事さえ無い。
「以上が、私のこの火傷跡の経緯だ」
「……」
話を聞き終えた萌葉は思わず俯いた。あまりにもひどい。偶発的な事故であれば、まだ救いはあったかもしれない。だが実際は人為的な事件だ。しかも原因はただの逆恨み。
萌葉はやや特殊な環境ではあるが、幸せで温かい家庭で育ってきた。友人にも恵まれている。人間の悪意と言うものを知らない訳ではないが、それでも自分の目でそういった人間を見た事は無い。
世の中には、そういった行いを平気でする人間がいると知り、少なくないショックを受けていた。暫くショックを受けていると、萌葉はある事を思い出した。
「そういえば、京佳先輩はどうしてあんな事を聞いたの?」
「あんな事?」
「自分の顔が気持ち悪いかってやつ」
「ああ。それか」
京佳は萌葉の疑問に答える事にした。この話も、京佳にとっては大事な話だからだ。
「退院して再び学校に通えるようになった時の話だ。その時はまだいつも使っている黒い眼帯じゃなくて包帯の様な眼帯を使っていたんだが、ある日それを同級生に取られたんだ」
「え?何で?」
「眼帯の下がどうなったのか気になったらしい。そして私の左側を見た同級生は皆こう言ったよ。『ゾンビみたいで気持ち悪い。2度と学校に来るな』ってね」
「あ……」
「それが本当にショックでね。あの時は、今すぐその場から逃げ出したかったよ。もう2度と、学校へなんか行きたくないとも思ったさ」
京佳が眼帯をしているのはこの出来事のせいだ。この時言われた台詞がきっかけで、彼女は自分の顔の左側の火傷の跡にとてつもないコンプレックスを抱いている。
もし今、秀知院で眼帯を外してしまえば、また周りからそういう事を言われるかもしれない。だから京佳は、自分の顔の左側を必死で隠している。また言われるのが怖いから。一応、TPO的な事も理由としてはあるが、眼帯をしている理由の殆どはそれだ。
「でも直ぐにその考えは消えた」
「えっと、どうして?」
「友達が眼帯を奪った同級生をひっぱたきながら怒ってくれたんだ。私以上に」
―――
『謝れ!京佳に謝れ!!』
『は、はぁ!?何だよいきなり!!』
『そうだよ!こんな気持ち悪い顔したやつが悪いんじゃん!』
『それ以上私の友達を悪く言うな!!』
―――
「本当に、嬉しかったよ。あの子のおかげで、私は学校に通う事ができた。今は別の高校に行っているが、その友達とは今でも連絡を取り合っている」
「…良い、友達なんだね」
「ああ…」
自分の代わりに怒ってくれたという友達の話をしている時、京佳の顔は安らかだった。そんな京佳を見た萌葉は、その友達は本当に良い人なんだろうと確信する。
「まぁそんな訳で、眼帯を外すのであればどうしても聞いておきたかったんだよ。試すような真似をしてしまって、本当にすまなかった」
「いや大丈夫だよ!だってそんな事があったら聞きたくなるのも当然だし!というか頭上げて!!」
脱衣所の時と同じように、萌葉に頭を下げる京佳。萌葉は慌てて京佳に頭を上げるように促す。そんな事があれば、誰でもそれを見せた相手の反応を知りたがるものだ。
「でもよかったよ。京佳先輩の噂ってやっぱりただのデタラメだったんだね」
「え?萌葉、中等部にも京佳さんの噂ってあるんですか?」
「うんあるよ。物騒な噂ばっかり。ね、圭ちゃん」
「うん、あるね。酷いのがいっぱい」
京佳の見た目しか見た事が無い者は、一様に噂をする。京佳の人柄を知れば、それら全てがデタラメだとわかるが、そもそも中等部と高等部の生徒は接点が殆ど無い。ある意味仕方ない事である。
「あ、大丈夫だよ京佳先輩!私は最初からそんな噂信じていなかったし!」
「そうか。ありがとう、萌葉」
萌葉は、元々姉である千花から京佳の話を聞いていた。その為、噂については最初から全く信じていなかった。『姉の友達がそんな人な訳がない』として。
「っと、少し長く入りすぎたみたいだな。のぼせてきたよ」
「大丈夫ですか、京佳さん?」
「私も少しのぼせてきたみたいですね…」
いつの間にか、随分長い間話していた。このままではのぼせてしまうかもしれない。
「じゃあもう出よっか!汗と汚れも全部落とせたし!」
「そうだね。これ以上は暑いし…」
萌葉の言葉に従い、全員湯船から出ていく。そして脱衣所で身体をタオルでふくのだった。
「「「「……」」」」
「いや、今度は何だ」
しかし再び、皆は京佳をじっと見はじめた。
「いや…なんていうか…」
藤原が口ごもる。何か言いたそうだが、中々言わない。そんな姉に代わって、妹の萌葉が皆の言葉を代弁した。
「京佳先輩のお風呂上りの姿がなんかエッチだったんだよ~」
「え?」
今現在、タオルで髪をふいている京佳だが、その姿が非常に扇情的に見える。皆、そんな京佳に目を奪われていたのだ。同性でこれなのだ。異性がこの姿を見ればどうなるか見当もつかない。
(ふむ。これは何か白銀に使えるかもしれんな…)
京佳はそんな事を思いながら下着を履くのだった。
因みに男子2人は、女子達よりずっと早く風呂を出ていたため、2階のシアタールームを使ってレースゲームしていた。その後、風呂上がりの女子達も一緒になりゲームをして楽しんだ。
「いやーほんっとに楽しかったですね~!朝ごはんも美味しかったし!」
「だねー!ハワイとはまた違った楽しさだったよー!」
「明後日のエジプト旅行も楽しみですね~」
「は?エジプト?藤原先輩また旅行に行くんですか?」
「前から予定してたやつなんですよ~。ピラミッドとスフィンクスの写真を送りますね~」
(この人勉強してんのかな?いや僕も人の事言えないけど)
翌日、身支度を終えた一行は玄関ホールに集まっていた。これから東京に帰る為である。たった1泊2日の旅行。文字にすれば短い。しかし、この旅行は全員が簡単には語れない程楽しめた。
「本当にありがとうな四宮。こんな場所をタダで使わせてもらって」
「構いませんよ会長。それより皆さんが楽しんでいただけたようでよかったです」
白銀はかぐやにお礼を言い、かぐやは穏やかな顔で謙遜した。
(くっ!本来ならばこの旅行の帰りには既に会長から告白をされて晴れて恋人同士になれていたというのに…!)
だが内心は穏やかではなかった。色々作戦を実行したが、結果は失敗。結局白銀から告白をしてくることは無い、こうして帰路に着こうとしている。
(いえ!まだです!まだ花火大会があります!そこを最後の砦として、作戦を練りましょう!まぁ、正直花火大会は普通に楽しみたいですけどね…)
これで、夏休みに生徒会メンバーが集まるのは花火大会だけである。それを逃せば、この夏休みに白銀と恋人になる事は不可能だろう。
(って違うから!別に私は会長と恋人になりたいとは思っていないから!)
自分で言って自分でツッコむかぐや。
「そうだ!せっかくだから集合写真を撮りましょうよ!」
そんな時、藤原が写真を撮ろうと提案してきた。
「賛成!思い出として必要だよね!」
「僕も賛成です」
「私も」
「いいじゃないか。もう皆で旅行に行くことなどないだろうし、撮ろう」
「だな。四宮はどうだ?」
「勿論、賛成ですよ」
全員が藤原の提案に賛成した。
「それでは、私がこのカメラで写真を撮りましょう。後ほどプリントして皆様にお送りします」
いつの間にか執事の高橋の手にはデジカメが握られていた。流石四宮家の執事。準備が早い。
「それじゃあ外に行きましょう!」
「レッツゴー!」
藤原姉妹を先頭に、外へ出ていく7人。
「ところでどう並びます?」
「まぁフィーリングでいいんじゃないか?どうだ白銀?」
「そうだな。偶にはそれでいいだろう」
外に出て各自フィーリングで並び始める。前列左側から、萌葉、圭、かぐや、藤原。後列左側から、京佳、白銀、石上。そしてそれを見た高橋がカメラを構える。
「それでは撮らせていただきます。はい、チーズ」
こうして旅行は終了した。そして最後に撮った写真は、その後ちゃんと高橋がプリントアウトして各家庭に郵送で送った。
その写真は全員が楽しそうに写っており、7人にとって最高の思い出の品となった。
尚、帰りのバスの中では、運転手の高橋以外全員が寝ていた。昨晩、少し夜更かしをした影響である。
という訳で、旅行編終わりです。10話も書くとは思わなかった。もっとちゃんとプロット書かないとダメだね。
そして京佳さんの火傷の理由ですが、石上くんの時に荻野がいたし、こういう事をする人がいてもいいかなーって思い書きました。実際に似たような事件は世の中沢山ありそうですし。あと実際に硫酸でこうなるかは知りません。創作マジックって事でお願いします。
今後は幕間挟んで花火大会にしようかと思ってますが、花火大会が難しい。原作通りだと京佳さん(身長180cm)がタクシーに乗り込めそうにないし、かといってオリジナル書こうとすると難しい。 悩む…! それと京佳さんの友達はいずれ出します。
時間はかかるかもですが、今後も書きます。
感想、評価、意見など、よろしければお願いします。
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早坂愛による現状確認
四宮家別邸 かぐやの部屋
「去年と違い、今年は極めて充実している夏休みを過ごしていますね。かぐや様」
「そうね。去年はせいぜい藤原さんと一緒に買い物に出かけたくらいだったし」
「今年は、生徒会面メンバーと一緒に遊園地に遊びに行く、軽井沢へ一泊二日の旅行。世間一般的に言っても随分と充実している夏休み、もっと言えばリア充といえる夏休みですね」
「リ、リア…?まぁ、そうね。それに明後日には皆で花火大会に行くし、去年とは比べ程にならない程楽しい夏休みではあるでしょうね」
「そうですね。で、一体何時になったら白銀会長に告白するんですか?」
「……」
夏休みもあと少しに迫ったある日。かぐやと早坂は世間話をしていた。先程まで楽しい話だったが、早坂の一言で一気に冷めるかぐや。
「これだけイベントがあって未だに告白どころかほぼ進展が無いってどういう事ですか?普通ならとっくに告白して今頃恋人としてデートを楽しんできたかもしれないんですよ?仮に告白をしていなくても、2人きりでどこかの喫茶店にお茶をするくらいはあってもいいでしょ」
「早坂、貴方は間違えているわ」
「はい?どういう意味ですか?」
「そういう台詞は私じゃなくて会長に言いなさい。私から告白するなんて世界がひっくり返ってもありえないもの。そもそも私は会長の事を人として好きなだけであって、別に恋愛感情なんて抱いていないのよ?まぁ、会長は私に恋愛感情のひとつくらい抱いているでしょうけど?兎に角、私に対してそういう台詞を言うのは間違えているわ。少し反省しなさい?」
直ぐに早坂に言い訳をするかぐや。一体彼女は何時になったら素直に自分の気持ちを認めるのだろうか。そしてそんなかぐやの言い訳を聞いた早坂は―――
「はぁ~~~~」
かなり大きなため息をついた。
「ちょっと早坂!そのわざとらしいため息は一体何よ!!」
「そりゃ未だにそんな反応をされたらため息のひとつくらいしますよ。本当にいい加減にしませんかぐや様。もううんざりなんですけど」
「うんざりってどういう事よ!!」
早坂は心の底からそう思っている。早坂から見れば、白銀とかぐやは両想いであり、どっちかが素直になれば直ぐにでも恋人になるだろうと確信している。
しかし、白銀もかぐやも未だに素直にならず、ただ時間だけが過ぎていく。ため息のひとつやふたつ、つきたくなるのも仕方が無い。
「このままじゃ本当に立花さんに白銀会長取られますよ?」
「そ、そんな事ありえないわよ…」
「声震えてますよ?」
早坂のいつもの脅し文句『立花さんに白銀会長を取られる』が炸裂。それを聞いたかぐやは、いつもの様に少しだけ恐怖する。その言葉を聞くと、どうしても考えてしまうのだ。
京佳と白銀が付き合ってしまう未来を。
「だ、大丈夫よ早坂。そもそも会長は私以外の女性に異性として興味を持っていないもの。立花さんと付き合う事なんてありえません」
「その自信はどこからくるんですか」
かぐやの謎の自身に呆れる早坂。いつも大体こんな流れである。
(このままだと本当に手遅れになりかねませんね)
早坂は危機感を募らせる。
かぐやはいつもこういった事を言うため、今日に至るまで白銀との仲がほぼ進展していないのだ。対して京佳はかなり積極的に白銀にアプローチを仕掛けている。早坂が知る限り、今の所白銀は京佳に友人以上の感情を向けていないが、このままかぐやが『相手から仕掛けてくるのを待つ』というスタイルを取り続けているとそれもわからない。気が付けば、白銀が京佳に心変わりをしてしまう可能性も十分にあるのだ。
そこで早坂は、ある事を思いついた。
「かぐや様、少しよろしいでしょうか?」
「え?どうしたの早坂?」
「念の為、現状を整理してみませんか?」
「どういう事?」
「情報を整理しておくと、いざという時色々と便利です。白銀会長から告白させる為にもここで現状を整理してみるのは必要かと」
「……そうね。今日は特に予定も無いし、やってみましょうか」
「では、少し失礼します。5分で戻ってきますのでお待ちください」
そう言うと、早坂はかぐやの部屋から出て行った。
早坂が考え付いた事。それは『現状を整理させかぐやを焦らそう』というものである。
このままでは、今まで通りかぐやは何も変わらず日々を過ごすかもしれない。そこでかぐやの現状がいかに危ないかを認識させ、かぐやを積極的に動かそうという考えだ。流石のかぐやも、現状を理解できれば動くだろう。早坂はそう思い、準備を始めた。
「それでは、これより現状確認を行います」
「早坂、そのホワイトボードはどこから持ってきたの?」
「使用人休憩室に設置したのを持ってきました」
5分後、早坂はホワイトボードをかぐやの部屋に持ってきて、現所確認を行うのだった。
「最初に聞かせて貰いますが、かぐや様は現状どういった状況だと思いますか?」
「そうね。会長が私に告白してくるまでもう秒読みといったところかしら。このままだったら明後日の花火大会には会長が私に告白をしてくるでしょうね」
「はい落第点」
「何でよ!?」
「ほんとにどこから来るんですかその自信は」
かぐやにさっそくダメ出しをする早坂。これはしっかりとわからせてあげなければならない。そうしなければ、本当に手遅れになるかもしれないのだから。
「私から見た現状ですけどね、正直7対3くらいの割合になっていると思いますよ」
「えっと、何が?」
「かぐや様と立花さんが白銀会長と付き合えるかどうかの割合です」
「はいぃ!?」
早坂の突然の言葉に焦るかぐや。
「では、ざっと書いていきますから見ていてください」
そう言うと、早坂は水性ペンを手にして、ホワイトボードに色々書きだした。ホワイトボードの左側にかぐやの名前、右側に京佳の名前。そしてその間に線を引いた。
「まず、かぐや様が立花さんより優勢であろう部分を簡単に書きます」
続いて早坂は、かぐやの名前の下に文字を書く。
・成績が学年2位
・旅行先を斡旋した時、白銀会長が感謝してくれた
・白銀会長が自ら副会長に選んでくれた
・白銀会長が一緒に相合傘をしてくれた
・細かい変化に気づいてくれた(ネイルとか)
「まぁ、ざっとこんな感じですね」
「待ちなさい早坂。他にも沢山あるわよ」
「それで次は立花さんですが」
相手すると話が進みそうに無いので早坂はかぐやを無視した。そして、今度は京佳の名前の下に水性ペンを走らせる。
・お弁当を褒めてくれた
・膝枕をした。しかも白銀会長は熟睡していた
・白銀家の人とかなり仲が進展している
・スタイルが凄く良い(特に胸)
・白銀会長におんぶしてもらった
「立花さんはこんな感じですね」
「早坂、4番目を消しなさい。何故か凄く腹が立つわ」
「我慢して下さい。とりあえず、現状だとかぐや様と立花さんの戦況は概ねこんな感じになっています」
(戦況?)
ホワイトボードに色々と書き終えた早坂はかぐやに振り向く。
「さてかぐや様。これを見て何か思う事はありませんか?」
「どうって……」
かぐやは見比べる。そして気づいた。
「ここに書かれている事だけなら殆ど差は無いわね」
「正解です。これはあくまでも簡単に書いていますが、ここに書かれている事だけを比べるとかぐや様と立花さんとの間に差はほぼありません」
早坂もかぐやに相槌を打ちながら説明する。身体的特徴だけはどうしようもないが、かぐやと京佳が白銀との間に起こったイベントは対して差が無いのだ。
「次にですが、これにある事を書き足します」
「ある事?」
そう言うと、早坂は再びホワイトボードに向かい文字を書き足す。かぐやの欄の方には、
・相手から何かをしてくるのを待つタイプ
・素直にならずに意地を張る人
・毎回遠回りな事をする
と書かれていた。
「ちょっと待ちなさい早坂。何よそれは」
「何に対してとは言いませんが、私から見たかぐや様の日ごろの行いです。何に対してとは言いませんが」
悪びれもせず早坂はかぐやに言う。実際、微塵も悪いとは思っていないのだが。
「そして立花さんはこうですね」
今度は京佳の欄に書き始める。内容な以下の通りだ。
・自分から積極的に行動するタイプ
・自分に正直で素直な人
・毎回正面から仕掛ける
かぐやとはまさに対極とも言える事ばかり書かれている。
「はいかぐや様。これを見て何か思う事はありませんか?」
「…………特に無いわ」
「こっちを見て言いましょうよ」
かぐやは早坂とホワイトボードから目を反らす。よく見ると、僅かではあるが額には汗が出ている。
「いいですかかぐや様。例え白銀会長との間に様々な出来事が起こっていても、それを自分から起こしたか、相手から起こしたかで意味はかなり変わるんですよ?」
早坂はかぐやに言い聞かせるように言う。
かぐやはいうなればカウンタータイプだ。相手の攻撃を受ける、もしくは相手の攻撃を誘発させて、それを受けて相手にダメージを与えるといった感じ。
対して京佳は強襲タイプだ。目標に徹底的に攻撃を行い、相手にダメージを与え続け、相手を降伏させるという感じ。そういう意味で、かぐやと京佳は真逆の存在と言えるだろう。
「このままずっと、相手が何かしてくるまで待っているという姿勢を取り続けるつもりですか?そんな事をしている間にも、立花さんは少しずつ白銀会長との距離を縮めているんですよ」
「だ、大丈夫よ。そんな簡単に会長と立花さんが距離を縮めるなんてある訳…」
「手作りのお弁当を食べて『将来良い奥さんになる』と言われた。膝枕をしてあげて白銀会長は熟睡した。白銀会長の妹さんからは『お姉さん』と認識されつつある。一緒に買い物に出かけた。偶発的な出来事だと、旅行中にキスするくらいの近距離で抱き合った。白銀会長におんぶをしてもらった。そして何より、自分から白銀会長を自分に振り向かせようとする強い意志がある。これでも立花さんが白銀会長との距離を縮めないと言えますか?」
「……」
早坂が京佳が如何に強力な存在であるかを再認識させる。かぐやは今なお決して認めないが、早坂から見れば京佳はかぐやにとって非常に強力な恋敵なのだ。身体的特徴は勿論、自分から積極的に動き、隙あらば白銀を振り向かせようとする。かぐやが素直になれず出来ない事を平然とやってのける。
このままでは本当に、京佳は白銀を振り向かせる事に成功してしまうかもしれない。
「この際、それが悪いとは言いません。ですがいつまでもその待ちの姿勢で行くと、今なお積極的に動いている立花さんに追い越されて、気づけば白銀会長を取られてしまうかもしれませんよ?」
「大丈夫、大丈夫よ。会長は、そんな簡単に他の女性になびく人じゃないし、まだ私の方が色々と優勢だし、いくら立花さんが追いかけてきても、そう簡単に追いつかれるなんて無い、筈だし」
「それは本心ですか?」
「……」
かぐやは動かない。いや、動けない。早坂に言われた事、それはかぐやも分かっているからだ。このままでは、本当に京佳に白銀を取られてしまうかもしれない。そんな事はわかっているのだ。
「だって、分からないのよ…」
しかしかぐやはどうしても素直になれない。
「これがいわゆる、真実の愛なのかもしれないけど、だったらどうやったらこれが成就するっていうの?自分から告白をすれば成就するといえるの?自分からアプローチをし続ければ必ず相手が振り向いてくれるの?自分の気持ちを正直に伝えれば、相手は絶対にこちらの気持ちに応えてくれるの?そんなの、わからないじゃない」
告白をして成功する。そんなのは告白をするまでわからない。仮に告白をしても、相手がそれを受け入れてくれるかなんて、そんなことはわかるはずがない。
「だったら、相手が告白をしてくるのを待っている方が、ずっと安全じゃない」
「臆病ですね」
「これは堅実っていうのよ」
「ものはいいようですね」
「そんな事ないわよ。そもそも私は会長の事を好きではあるけど、それはあくまでも人としてよ。断じて、恋愛的な意味で好きでは無いもの。まぁ会長から告白をしてくるのであれば付き合ってあげてもいいけど」
「この期に及んでまだ言いますか」
かぐやだってわかっている。このままではいけない事は。でも、怖いのだ。仮にこのまま告白をして、もし振られでもしたらと思うと。それゆえ、どうしてもこういった姿勢になってしまう。
(少しは焦っているみたいですが、現状ではこれ以上何を言っても無駄ですね。仕方ありません)
これ以上は何を言っても効果が無いと判断し、早坂もこの話題を切り上げる事にした。そしてある提案をした。
「ではかぐや様、ひとつ約束をしてください」
「約束?」
「明後日の花火大会、兎に角素直になって楽しんできてください」
「素直になって楽しむ?」
「はい。明後日の花火大会はいわば夏休み最後のチャンスと言えます。統計ですが、花火大会というのは学生が告白をして恋人になる可能性がかなり高いんですよ」
「そうなの!?」
一体どこの統計なのか謎だが、あながち間違いではない。花火大会や夏祭りというのは、学生にとって非常に開放的な気分になりやすい。浴衣姿の女子、様々な露店、そして大きな花火。
これらが組み合わさった状態では、いつもと違うテンションになり、気分が浮かれやすい。そんな状態だから、告白の成功率も上がるのだ。
「素直になって楽しんでいれば、そのまま自然な流れで白銀会長も告白とまでは行かずとも、浴衣姿で楽しんでいるかぐや様を見て心が非常に大きく揺れると思います」
「そ、そうなの?」
「はい。だから相手の告白を待つとか、相手から告白させるとかを一旦全て忘れて、素直になって皆さんと花火大会を楽しむと約束してください」
「……」
早坂の案の聞いて考えるかぐや。
元々明後日の花火大会はこの夏休みで一番楽しみにしていたイベントだ。かぐやは1度も、友達と花火大会と行くという事が無かった。花火は何時も、1人で別邸の自分の部屋からしか見ていない。遊園地や旅行など、様々な事があったが、花火大会は特別だ。藤原も旅行をキャンセルしてまで来てくれる。そんな事もあり、本当に楽しみにしているのだ。
そしてこれは早坂の願いでもある。
何時も1人で花火を見ているかぐやを見てきた早坂。だからこそ、明後日の花火大会は主人であるかぐやには純粋に楽しんで貰いたい。それこそ、告白だとかプライドだとかの話は全て忘れて。
「わかったわ。そこまでいうのなら、明後日の花火大会は童心に帰るつもりで楽しむとします」
「約束ですよ」
「ええ、約束するわ。それに、元々花火大会は個人的に1番楽しみにしていたし、問題ないわ」
「はい。では着ていく浴衣を決めましょうか。いくつか用意していますので」
「ええ、そうしましょう」
早坂と約束をするかぐや。そして2人は部屋を出て、明後日着ていく浴衣を決めるのだった。
尚、思ったより浴衣を決めるのが難航してしまい、結局花火大会当日の朝までかかってしまった。
次回は花火大会ではなく、一旦特別編というか番外編を書きます。理由は来週の日にち。
次回も頑張ります。感想、評価、意見等、お待ちしております。
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特別編 四宮かぐやとバレンタイン
ところでバレンタインガチャでイベント礼装すらこないのってバグかな?
2月14日 聖バレンタインデー!
世界中で恋人、または夫婦が愛を確かめ合う日である。その起源は古代ローマ帝国のキリスト教司祭のヴァレンティヌスにあると言われている。彼は結婚の仲介人だったのだが、当時のローマ帝国では『兵士は結婚してはいけない』という決まりがあった。理由は『妻や子供がいると兵士が家に帰りたくなって士気が下がるから』というもの。
だがヴァレンティヌスはこれを無視して兵士の結婚も数多く仲介。その結果、当時のローマ皇帝クラウディウス2世が激怒。そしてヴァレンティヌスの処刑を命じた。
その処刑が執行された日が2月14日。そんな愛の使者である彼を称えて出来たのが『ヴァレンティヌスの日』であり、後世でバレンタインデーとなったのだ。
愛を確かめる日というのもあって、海外では愛する人に花やプレゼントを渡す習慣がある。
そして日本では―――
「ねぇねぇ、一体誰に渡すの?」
「えっとね、サッカー部の…」
「あー!彼ね!うまくいくといいね!」
「私は陸上部の先輩に…」
「私はねー」
意中の人にチョコレートを渡す習慣になっている。
何故日本ではチョコレートなのかというと、お菓子会社の宣伝のせいであると言われている。戦前、海外のお菓子会社が日本に初めてバレンタインという習慣を持ち込んだとされ、その時『贈り物はチョコレート』という広告を作った。
しかし、当時の時代背景もあり殆ど効果は無く、全くと言っていいほど馴染まなかった。バレンタインの習慣が根付いたのは戦後である。
そして現代では、様々な独自進化を遂げた結果『女子が意中の男子にチョコレートを贈る』というものに変貌している。
生徒会室
「全く、今日は学校全体が浮かれているな」
「ですね。ですが今日くらいはいいのではないでしょうか?なんたって今日はバレンタインデーですし」
「まぁ、確かに今日くらいはいいいか」
生徒会室では仕事をしている白銀とかぐやの2人がいた。2人はここに来るまでの間、学校全体が甘い雰囲気になっているのをひしひしと感じていた。だがそれも仕方ないと割りきる事にする。何故なら今日はバレンタインデーなのだから。
「そういえば、会長はもう誰かからチョコを貰ったのでしょうか?」
「俺か?いやひとつも貰っていないぞ」
嘘である。
実は白銀、既にいくつか差出人不明のチョコを貰っている。しかし、いざ箱を開けてチョコを確認してみると、何かの毛が入ったチョコ、明らかに食べ物ではない異物の入ったチョコ、ただひたすたに愛という文字が刻まれているチョコなど、とてもではないが普通とは言えないチョコしか無かったのである。流石にこういったチョコレートを食べる自信は無く、チョコレートをくれた人に悪いとは思いつつも、白銀はこれらのチョコの廃棄を決めた。
そしてかぐやには『ひとつも貰っていない』という嘘をつくのだった。というか、誰だって流石にあんなのを貰ったうちに入れたくない。
「そうですか。てっきり既に沢山貰っていると思っていました」
「そんな訳無いだろう。所詮生徒会長なんてただの役職だ。特別異性にモテたりしないぞ」
他愛の無い会話をしながら書類を整理する2人。
(ふふ、良かったです。これなら私が会長の1番になれそうですね)
しかし、かぐやの内心はバレンタイン一色だった。かぐやはこの日の為に、態々有名パテシエを家に呼んでバレンタインチョコを作っていた。かぐや自身は決して認めないが、それの理由は勿論白銀にチョコを渡すためである。
(さぁ会長。早く私のチョコレートが欲しいと言いなさい!会長がどうしてもチョコレートが欲しいというのであれば、この私が直々に作ったチョコレートを恵んでやってもいいですよ?最も、会長は未だにひとつもチョコレートを貰っていない様ですし、直ぐにチョコレートが欲しいと泣きながら私に懇願するでしょうけどね!バレンタインデー当日にチョコレートを貰っていない男性は必ずそう言うと早坂も言っていましたし!)
相も変わらず上から目線でそう思うかぐや。それと世の中の全ての男性がそうでは無い。
「失礼しまーす!」
「あら、こんにちは藤原さん」
そんな時、藤原が手に紙袋を下げて生徒会室に入ってきた。
「藤原さん、その紙袋は何ですか?」
「あ!これですか!」
藤原は手に持った紙袋をゴソゴソと漁りだす。そして、
「はいかぐやさん!ハッピーバレンタインです!」
かぐやにチョコレートを渡すのだった。
「え!?わ、私にですか!?ど、どうして!?」
かぐやは困惑した。かぐやの中では、バレンタインにチョコレートを渡すのは異性という認識である。しかし藤原は同性であり、渡されたチョコレートは結構な高級品。そしてある結論に至った。
(ま、まさか…!藤原さんは私の事が…!?)
壮大な勘違いである。かぐやの中では『チョコを渡す=限りなく告白に近い行為』という図式が出来ているため、こういった勘違いをしてしまったのだ。しかし、その勘違いは直ぐに解消される。
「どうしてって、かぐやさんは私にとって大事なお友達だからですよー。当然じゃないですかー」
「え?バレンタインというのは友達同士でもチョコレートを渡すものなんですか?」
「はい。所謂友チョコってやつですね」
「そ、そうだったんですか」
友チョコというのは、その名の通り友達に送るチョコレートである。近年、学生の間で急速に広まっていったバレンタイン文化のひとつだ。異性に渡す訳では無いので誰でも気軽に渡す事が出来る。藤原もそういった事に則り、かぐやにチョコレートを渡したのだった。
「ふふ、ありがとうございます藤原さん。大事に食べますね」
「はい!美味しく食べて下さい!」
にぱーという笑顔で答える藤原。そしてかぐやも嬉しそうに藤原に感謝をする。
「そしてこっちは会長のチョコレートです!どうぞ!」
(は?)
しかし藤原が白銀にチョコレートを渡すのを見て笑顔が凍り付いた。
「え?俺にか?」
「はい!会長には普段からお世話になっていますし、これは日ごろの感謝の印です!」
「そうか、そういう事なら貰っておこう」
白銀は藤原からチョコレートを受け取った。
(藤原さん。貴方の事は本気で友達と思っていたんですよ?もう金輪際、貴方が困っていても私は手を差し伸べませんからね)
かぐやは藤原に殺意を向けた。折角白銀にチョコレートを渡すのは自分が一番になる所だったのに、それを藤原に奪われたからである。一応、藤原が『日ごろの感謝の印』と言った為、告白では無いだろうとしているが、それでも殺意を向けるには十分だった。と、そんな時、
「すまない。誰か扉を開けてくれないか?ちょっと両手が塞がっているんだ」
生徒会室の扉の前から京佳の声がした。どうも自分で扉を開けられないようである。
「あ、京佳さんですね。私が開けますよ」
藤原は扉を開ける為近づき、扉を開けた。
「はい、どうぞ京佳さん」
「ありがとう藤原」
扉を開けると、そこにはダンボールを持った京佳がいた。
「京佳さん。このダンボールは何ですか?何かの資料?」
「ああ、これか?私宛のチョコレートだよ」
「「「え?」」」
3人の声がハモる。そんな中、京佳は両手で持っていたダンボールを生徒会室にある長机の上に置き、ダンボールの蓋を開けた。するとそこには様々な梱包をされたチョコレートが大量に入っていた。
「こ、これ全部チョコレートですか!?」
「そうだ。朝来た時の下駄箱の中だったり、机の中だったり、ここに来るまでに渡されたりとあってな。何時の間にかこんな量になっていたよ」
「いやこれいくつあるんでですか!?」
「さぁな。30個はあると思うが…」
藤原は驚愕するがそれも当然だろう。まさかダンボール一箱分もチョコレートを貰う人が現実にいるとは思わなかっただろうし、いたとしてもそれを自分の目で見る事があるとは思わなかったからだ。因みに声には出していないが、白銀とかぐやも藤原と同じくらい驚いている。
「しかし、まさかこの高校でもこれだけ貰うとは思わなかったよ」
「え?京佳さん中学の頃もこんなに貰っていたんですか?」
「ああ。流石にこれほど多くはなかったけどね。どういう訳か昔からよくチョコを貰うよ」
「因みにですけどそれって異性ですか?」
「いや、私と同じ同性だよ」
「あー、でもわかる気します。京佳さんって王子って感じしますし」
「何で藤原はそんな言葉知っているんだ。でもうちの中学は男女共学だったんだが」
(あー、確かに立花はそんな感じするなぁ)
(王子?何でしょうかそれ?)
因みに王子とは、女子校で女子でありながら女子にモテる女子の通称である。どんな女子校にも必ず1人は存在すると言われているらしい。
「そうだ。皆に渡すものがあったんだ」
「渡すもの?」
京佳は思い出した様に鞄を開ける。そして2つの箱を取り出した。そしてその箱をかぐやと藤原の2人に刺し出す。
「はい、藤原に四宮。チョコレートだ。受け取ってくれ」
「わぁ!ありがとうございます京佳さん!」
「あら、ありがとうございますね立花さん」
「どういたしまして」
「そうだ!これは私から京佳さんにです!どうぞ!」
「ああ、ありがとう藤原」
どうやらバレンタインチョコだった様である。京佳からチョコレートを受け取った2人は嬉しそうにした。そして2人に渡すと同時に、京佳は藤原からチョコを受け取った。
「そしてこっちは」
2人にチョコレートを渡した京佳は、もうひとつの箱を持って白銀に近づく。
「はい白銀。私からのチョコだ。どうか受け取ってくれ」
「おお、ありがとな立花」
「どうせなら勘違いしてくれてもいいぞ?」
「いやそんな事言われて勘違いする訳ないだろう」
「ふふ、そうか。残念だ」
そして白銀にも、少しからかいながらチョコレートを渡した。
「一応全部手作りだ。皆気にいって貰えるといいが」
「ええ!?これ手作りなんですか!?」
「チョコは意外と簡単だぞ。凝ったものさえ作らなければだが」
京佳のバレンタインチョコは手作りらしい。それを聞いた藤原は驚く。
(だからどうして立花さんも藤原さんもそんなに堂々と会長にチョコを渡せるのよ!異性にチョコを渡すのはもう告白と同じようなものなのに!!)
一方でかぐやは焦っていた。
かぐやの中では、バレンタインに異性にチョコレートを渡すのは告白に近い行為という事になっている。だというのに、藤原も京佳も平然と異性である白銀にチョコを渡す。しかも京佳に至っては手作りだ。それはもう、それだけ白銀に対する愛が強いと言う事に他ならない。
そして未だに自分は白銀にチョコレートを渡せていない。このままでは今日中に白銀にチョコレートを渡すことなくバレンタインが終わってしまうかもしれない。
(って!どうして私が焦らないといけないのよ!別に私は会長にチョコレートを渡したいなんてこれっぽちも思っていないのに!)
だがプライドの高いかぐやは素直になれない。自分で作ってきたチョコも、あくまで白銀が欲しいと言えば渡す予定だ。自分から白銀に渡すなんてマネはどうしてもできない。
(でも、私だけまだ会長に何にも渡してないし、このままじゃ…)
―――
『そうか、四宮は俺にはチョコをくれないのか。つまり俺は特に四宮に感謝もされていないし好かれてもいないと言う事だな』
『違うです会長!違うんです!』
『白銀。だったら私と付き合わないか?チョコも渡したし』
『そうだな。むしろこっちからお願いするよ立花。俺と付き合ってくれ』
『ああ、これから末永くお願いします』
『おめでとうございます2人共~』
『会長ーーーーー!?』
―――
(なんて事になるかもしれないじゃない!!)
とんだ被害妄想である。というか過程を色々すっとばしすぎだ。
(どうしましょうどうしましょう!このままじゃ会長と立花さんが付き合っちゃう!でも私から会長にチョコを渡すなんてできる訳無いし!)
焦るかぐや。何とか打開策を見つけたいが、どうあっても自分から白銀に渡す事が出来ない。そんな時である。
「こっちは市販品のやつだな。小分けされている。折角開けたし、皆で食べるとしよう」
「え?いいのか立花。それはお前が受け取ったものだろう?」
「いや白銀。ダンボール1箱分もあるんだぞ。流石に1人では全部食べ切れないよ。それぞれ一口は食べるが、それ以外はみんなで分けて食べた方がチョコも無駄にならないだろう?」
「ふむ、確かに。じゃあ俺も少し食べるか」
「あ!じゃあ私コーヒー淹れますねー」
何時の間にか、京佳が受け取ったチョコレートの梱包を開けて中を確認していたのは。箱を開けたチョコレートのひとつは、一口サイズに綺麗に小分けされていた。それを見たかぐやは閃く。
(こ れ で す !)
かぐやは直ぐに鞄に手を突っ込み、綺麗に梱包されたチョコレートの入った大きめの箱を取り出した。
「皆さん、これは私から皆さんへのバレンタインです。どうぞ」
かぐやが閃いた事。それは『ここにいる皆に手作りチョコレートを食べて貰う』というものだった。これならば、自分から白銀に直接チョコレートを渡している訳ではないし、何より白銀に手作りのチョコレートを食べてもらう事ができる。
「え!?かぐやさんからのバレンタインチョコですか!?」
「はい藤原さん。日ごろの感謝の気持ちです」
「わーい!ありがとうございますー!」
「いいのか四宮?私達も食べて」
「はい。これは私が皆さんに送っているんです。遠慮しなくていいですよ」
「そうか。ではありがたく受け取るよ」
「会長も、是非どうぞ」
「あ、ああ。ありがとう四宮」
かぐやが作ったチョコレートは所謂生チョコであり、食べやすい一口サイズに作っているのがいくつも入っている物だった。それゆえ、とっさに閃いたこの作戦も成功したのである。これが普通のチョコレートだったら成功していないだろう。
なお、最初はかなり大きいチョコレートケーキを作る予定だったのだが、早坂に『本気でやめてください。マジで引きますから』と真顔で言われた為、一口サイズの生チョコにした。
(う、美味い!どんな高級品なんだこれ!?)
(美味しいです!どこのお店のチョコでしょう?)
(美味いな。どこで売っているんだこれ?)
因みに手作りという事を言い忘れていた為、皆には市販品の高級チョコと思われていた。
貰ったチョコレートの数
白銀 2個(差出人不明のやつ除く)
かぐや 2個(藤原と京佳から)
藤原 10個(クラスの友達からとかも含む)
京佳 32個(その内差出人不明の物は16個)
おまけ バレンタイン前日
「どうかしら早坂。四宮家の伝手を辿ってようやく手に入れたキューバリファカチンモよ」
「…」
「なんでも、これを異性に送る事でその異性は金運と仕事運が上がり、体は健康を保ち続け、良縁に恵まれ、例え事故にあっても4回は無傷で過ごせ、未来はずーっと明るくなるらしいわ」
「…」
「これを明日、会長が私のチョコレートが欲しいと言った時に一緒に送るつもりよ。そうすれば会長は自分の身を案じてくれたと思い、私にぞっこんになると思うの」
「…」
「まぁ、ただ送るだけじゃ効果が無くて、相手の血をこれにしみ込ませる必要があるらしいのよね。だから明日、何とかして会長の血液を手に入れるわよ」
「…かぐや様」
「何かしら早坂」
「それ捨てましょう」
「嫌よ!これを手に入れるのに随分骨を折ったのよ!?何で使用する前に捨てなきゃいけないのよ!!」
「いや捨てましょう。どうみてもそれヤバイじゃないですか」
「絶対に嫌!兎に角明日は会長の血液を手に入れるわよ!」
(もうやだ…)
翌日、生徒会室に持っていったところで我に返り、生徒会室の戸棚の奥に放り込んだ。でも後日、藤原にばれた。
京佳さんが貰ったチョコの数の32っていうのは風水的に良い数字らしいので。それとバレンタインの起源は諸説あるうちのひとつです。
次回は花火大会編の予定。
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四宮かぐやと花火大会(1)
今回はかぐやメイン回です。3話構成の予定。
四宮かぐやは、人生で1度も花火大会に行って花火を見た事が無い。彼女が見る花火というのは、東京の四宮家別邸の自分の部屋から見るものを言う。部屋から見える花火はとても小さく、音もかなり遅れてやってくる。でもかぐやはそれでも大丈夫だった。1人で見る小さな花火でも、綺麗と思えるのだから。
「とてもよく似合っていますよ。かぐや様」
「ありがとう早坂。ところでこの浴衣、丈が少し短くないかしら?」
「最近はこういうのが流行りなんですよ」
だが今日は違う。かぐやは初めて、友人と一緒に花火大会に行くのだ。思えば色んな事があった夏休みだった。遊園地に旅行。去年とは比較にならないくらい楽しい夏休み。そして、その最後を締めくくる花火大会。
元々旅行に行くはずだった藤原も、態々旅行をキャンセルしてまで来る事になっている。今まで1度も行った事がない花火大会。それを生徒会の友人達と一緒に行ける。かぐやはそれが嬉しくて、そして楽しみで堪らなかった。
「その花模様の浴衣であれば、白銀会長も喜ぶと思いますよ」
「そ、そうかしら?」
「はい。ですので変な事はせず、純粋に楽しんできてください」
「変な事って何よ」
1学期のフランスの姉妹校との交流会の準備の買い出しの時に、白銀に『似合う』と言われたものと同じようなデザインの浴衣を着るかぐや。浴衣には桃色の生地に赤い花模様が描かれている。一昨日から早坂と一緒に時間をかけて、真剣に選んだものである。
「では、そろそろ出ましょう。直ぐに高橋さんに車を用意させます」
「ええ、お願いね早坂」
早坂は同僚であり先輩である、執事の高橋に連絡をしようとした。その間、かぐやは自室で携帯を開いてわくわくしている。部屋から見る小さい花火ではなく、初めて見る事になる大きな花火。それを見れることが楽しみで仕方が無い。
普通の人からすれば花火くらいで大げさと思うかもしれない。だけど、かぐやにとっては小さい頃からの憧れだった。それがもうすぐ叶う。
しかし―――
「なりません」
そんな簡単な願いすら、かぐやは叶えられない。
花火大会会場
「あ、会長来ましたね」
「会長!こっちですよー!!」
生徒会メンバーで決めた待ち合わせ場所。そこには甚平を着た石上と、ノースリーブのブラウスにスカートとサンダルというラフな格好の藤原がいた。
「おう2人とも。旅行以来だな」
そしてそんな2人に何時もの制服姿の白銀が近づく。
「いや~でも晴れてよかったですね~。夜だけど快晴じゃないですか~」
「だな。夕立がこないか心配はあるが」
「大丈夫だと思いますよ。天気アプリでもそういった情報はありませんし」
待ち合わせ場所に集合した3人は他愛の無い会話をする。空には雲一つない。星もよく見える最高の天気だ。これならば、花火も綺麗に見える事ができるだろう。
「あとはかぐやさんと京佳さんですね~」
「ですね。まぁあの2人なら遅刻するなんて事はないでしょうけど」
「そうだな。ま、仮に遅れるとしても連絡のひとつくらいはするだろう」
来ていないのはあと2人。かぐやと京佳である。待ち合わせの時間まであと少し。しかし3人は、2人がどういう人間なのかをよく知っているため、特に慌てずその場で待っていた。
「すまない皆。少し遅れた」
と、そんな時3人の後ろから声が聞こえた。
「おお、立花か。大丈夫だぞ。まだ待ち合わせの時間まで…」
”結構ある”と言おうとして、白銀は言葉を詰まらせた。
その原因は京佳の姿にある。
白銀が視界に収めた京佳は、アサガオが描かれている藍色の浴衣を着ており、腰には赤い帯、手には赤い巾着をもっており、足には黒い下駄を履いている。
そんな浴衣姿の京佳は、素直に言ってとても綺麗だった。
普段と何もかも違う姿。そんな京佳に白銀は驚き、思わず言葉を詰まらせたのだ。
「わぁ~!京佳さんすっごい綺麗ですよ~!」
「おおー浴衣ですかー。いいっすね。似合ってますよ立花先輩」
「ふふ、そうか。ありがとう2人共」
京佳の浴衣姿の感想をいう藤原と石上。一方で白銀は京佳の見つめたまま黙って固まっていた。
(な、なんだこの気持ちは?なんというか、何だこれは?)
白銀はモヤモヤしていた。浴衣姿の京佳を見てから、白銀の中に何かよくわからない感情があったからだ。
そしてある結論に至る。
(まさか、俺は立花に見蕩れているのか?)
それはすなわち、浴衣姿の京佳に見蕩れていたというもの。浴衣姿の京佳は、本当に美人だ。有名雑誌の表紙を飾れるのではないかと思うほどに。そんな京佳に、白銀が見蕩れるのも無理はない。だって白銀も、男なんだから。
「えっと、白銀。黙ってずっと見つめられると流石に恥ずかしいのだが…」
「ああ!す、すまん!」
京佳にそう言われ、とっさに顔を反らす白銀。
「あれ~?会長~?ひょっとして、京佳さんに見蕩れてましたか~?」
そんな白銀に、藤原がニヤニヤしながら近づく。
「べ、別に見蕩れてなどいない!」
藤原の質問を白銀は否定する。美しいものを見て、美しいと思うのは別におかしくは無い。だってそれは普通の感情だ。だけど、恥ずかしい。白銀もまだまだ思春期。素直にそういう事が言えないお年頃である。
「……そうか」
そんな白銀の反応を見て、京佳は落ち込んだ。
「だがまぁ…」
「え?」
「凄く、似合っているとは、思ったぞ」
「!そうか…!ありがとう、白銀!」
だがすぐに元気になった。
(やったやった!白銀に似合っているって言われた!短期の引っ越しのバイトをしてまでお金を頑張って貯めて浴衣を買ったかいがあった!!ほんとに嬉しい!)
というか滅茶苦茶嬉しがっていた。
1学期の買い出しの時に白銀に言われた事を、かぐやと同じ様に京佳もしっかりと覚えていたのだ。それから時給の良い引っ越しのバイトをして、京佳は浴衣を買うためのお金を貯め、浴衣を購入。
そして今、意中の男に『似合っている』と言われた。これが嬉しくない訳が無い。思わず、人目も気にせずはしゃぎたい気分になりかける程に。
余談だが、京佳は必至でバイトをしていた時、その頑張り具合を見た引っ越し業者から『君このままうちで正規で働かない?』と言われていた。しかし『まだ学生なので』という理由で丁重にお断りをしている。
「あとはかぐやさんだけですね~」
「そうですね。まぁまだ時間ありますし、気長に待ちましょう」
こうして4人は、かぐやを待つのだった。
『最近のかぐやお嬢様の行動は目に余ります。遊園地に旅行、そして今日は花火大会ですか?四宮家の令嬢として、もう少し慎みのある行動をとってください。それに、花火大会には大勢の人が来ます。その中にはロクな教育を受けていない者もいるでしょう。人込みのせいで付き人が目を離した隙にそのような者に絡まれ、もしかぐやお嬢様に万が一の事があった場合、当主様になんと申し述べればいいか』
本家からやってきた執事の言葉を、かぐやはベットに横になりながら頭の中で何度も繰り返す。
『花火であれば、この部屋からでも十分に見えます。態々人込みに行く必要などありません。ですので、今日は屋敷から一歩も出ないでください。これは、かぐやお嬢様の為なのです』
何度も何度も繰り返す。
(そうよ、仕方が無いもの…)
『仕方が無い』と自分に言い聞かせながら。
(あの執事の言う通りよ。人込みは危ないもの。それに今年の夏休みは既に沢山遊びつくしているじゃない。あれだけ遊んでいるんだもの。別に花火大会くらい行けなくたって大丈夫…大丈夫…)
そう何度も自分に言い聞かせる。既に今年の夏休みは沢山遊んでいる。このうえ、更に遊びたいというのは我儘が過ぎるとかぐやは思いこむ事にした。
「っ…!」
だが、思わず手に力を入れて、ベットのシーツを掴む。いやなのだ。皆と一緒に花火大会に行けないのが。小さい頃からの夢が叶わないのが。去年までのかぐやであれば、こんな風にはならなかっただろう。別に花火大会に行けなくても、こんな風に落ち込むことなど無かった。
だが今は違う。知ってしまっているからだ。暖かい人たちを。初めて面倒をみた後輩を。初めて友人になってくれた人を。初めて出来た気になる人を。そして初めて出来た
「しらなかったら、よかった…」
昔の様に何も知らなければ、こんなに苦しい思いをする事など無かっただろう。かぐやは泣く寸前まで追い込まれていた。
「かぐや様」
そんなかぐやに早坂は話しかける。
「もう少しで花火大会が始まりますよ。今からタクシーに乗ればギリギリ間に会うと思います。早く行きましょう?」
花火大会に行かせるために。
「…何を言っているのよ早坂。無理よ」
「何が無理なんですか?」
「無理なものは無理よ。本家からやってきた使用人が沢山いるのよ?どうやってその使用人の監視を抜けるというの?それにあの執事の言う通りよ。人込みは危ないもの。そもそも花火ならここからでも見えるわ。それで私は十分だもの」
ベットにうつ伏せになったまま、早坂にそう言うかぐや。だが早坂は口を閉じず、かぐやに喋り続けた。
「諦めるんですか?」
「何を…」
「そうやって諦めるんですか?折角私と一緒に浴衣選んで、花火大会を楽しむ方法という授業までして、普段使い慣れていない小銭を使う練習までして、本家の人に言われただけで諦めるんですか?」
「諦めていないわ。これは、妥協しているだけよ」
「いいえ。それは諦めです。いいんですか?このままでは立花さんは白銀会長と花火大会を楽しみますよ?」
「……別にいいわよ、花火大会くらい。遊園地と旅行では私も十分に楽しめたもの」
「じゃあ、白銀会長と立花さんが花火大会後に付き合っていても文句は言いませんよね?」
「…」
「花火大会というのは、告白が成功する確率がかなり高いと私言いましたよね?かぐや様という障害がいなれば、ここぞとばかりに立花さんはもの凄く積極的に白銀会長にアプローチを掛けますよ?そして立花さんが告白をして、白銀会長は押しに負けてそれを受けるかもしれません。そうなれば2人は恋人です。もしそうなっても、かぐや様は文句を言いませんよね?だって参加しないって言ったんですから」
「…」
「しかも白銀会長は責任感が強いです。1度恋人になってしまえば、そのまま責任を取るという形で数年後には結婚して夫婦になる事だってありえます。そうなれば、かつての学友を結婚式に招待するでしょう。そして永遠の愛を誓う2人をただ見ている事しか出来なくても、かぐや様は一切の文句を言いませんよね?」
「…」
「まぁ、仮に立花さんが白銀会長に告白をしなくても、生徒会のメンバー4人で花火を見る事にはなるでしょうね。恐らくとても良い思い出になるでしょう。でもかぐや様は、その思い出の中にはいません。それでも構わないんですね?」
「じゃあどうしろっていうのよ!!」
早坂のマシンガントークに耐え切れなくなったかぐやが、ベットから勢いよく起き上がる。その目には涙が溜まっていた。
「嫌に決まっているでしょ!立花さんが会長と付き合うとかそういう事は関係なしに、私は生徒会の皆で花火大会に行きたかったのよ!でもどうすればいいのよ!本家からいきなり来た使用人が沢山いて、その人たちが屋敷内や出入り口を見張っていているのよ!?どうあっても1人じゃ外に出る事なんで出来ないじゃない!!何か方法があるなら…教えてよ、早坂ぁ…助けてよ、私を…」
最初こそ大声で早坂に怒鳴るかぐやだったが、徐々に声が小さくなっていく。そして最後には、涙を流しながら早坂に助けを請うた。
「言えたじゃないですか」
「え?」
かぐやの本音を聞いた早坂は、満足そうにそう言った。
「助けて欲しい時は素直にそう言って下さい。それができなければ命令して下さい。私はかぐや様の使用人なんですから」
「で、でも早坂。いくらなんでも貴方1人に命令しても状況は変わらないんじゃ」
「使用人は私だけじゃありませんよ?」
早坂がそう言うと、かぐやの部屋の扉が開く。
「高橋…それに志賀…」
そこには別邸の使用人である執事の高橋と、メイドの志賀がいた。
「かぐや様、私は長年かぐや様に仕えてきた使用人です。使用人は仕えている主人の願いを聞くもの。どうかご命令を」
「私は日が浅い雇われメイドではありますが、それでもかぐや様にはご友人と遊んできて欲しいです。どうか、お願いします」
頭を下げる高橋と志賀。
「かぐや様、どうかご命令を」
2人に続いて早坂も頭を下げる。そんな3人を見て、かぐやは命令を下す。
「命令よ3人共。私を花火大会に連れて行く算段を今すぐ考えなさい」
「「「かしこまりました、かぐや様」」」
こうしてかぐやは四宮家別邸を脱出するべく動き出すのだった。
全ては生徒会の皆と花火大会に行く為に。
早坂以外に協力者が2人いるため、原作より早く別邸脱出を考えるかぐや。
次回も花火大会。頑張ります。
感想、評価、意見等をしてくれると嬉しいです。
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四宮かぐやと花火大会(2)
タクシー運転手、鈴木。別名『高円寺のJ鈴木』。都内ラーメン四天王の1人であり、ラーメンファイターとして活躍している。そんな彼は現在、自分の商売道具であるタクシーを運転しながらタバコを吸う場所を探していた。
つい先ほど乗客を目的地まで運んでいたのだが、その乗客がやたらと酔っぱらっていて、乗車中ずーっと鈴木にからみ続けてきた。やれ給料はいいのか。やれ結婚しているのか。やれ最近の政治はとか。仕事柄上、こういう乗客は珍しくない。でもストレスは溜まる。そこで仕事の合間に、どこかで一服しようと考えたのだ。
昔であれば、都内のどこでもタバコは吸えたのだが、最近は喫煙所で吸わないと色々とうるさい。車内で吸おうとも思ったが、この後もまだまだ仕事はある。流石に、タバコ臭い車内で乗客を送り届けてたくはない。だからこそ、鈴木は喫煙所を探していた。
(相変わらずおっきな家だなぁ、ここ)
タクシーを走らせていると、自分の給料では例え100年間無休で働いても、決して住むことが出来ないであろう大きな屋敷である、四宮家別邸が鈴木の前に現れた。
(そういえば、ここの人を乗せた事はないな。まぁ、こういう所は専属の運転手がいるんだろうけど)
仕事中に何度か前を通った事はあるが、未だに四宮家の人間を乗せた事など1度も無い。最も、自分には縁もゆかりも無い場所だ。今後も関わる事など無いだろうとし、そのまま別邸前を走り去ろうとした。
しかしその時―――
シュタッ!!
「!?」
鈴木の目の前に、浴衣姿の少女が空から降ってきた。そんな少女に驚いた鈴木はとっさにタクシーのブレーキを踏む。
(いや何!?まさか忍者!?まだ現代にいたの!?)
混乱し、思わずそんな事を思う鈴木。そんな混乱している鈴木を見つけた浴衣姿の少女は、タクシーに近づいてきた。
「乗せてください!そして浜松町の方までお願いします!」
そして鈴木に目的地を言う。どうやら客の様だ。
「あ、うん。わかったよ。どうぞお嬢ちゃん」
「はい!ありがとうございます!」
客とわかった鈴木は、直ぐに後ろのドアを開け、浴衣姿の少女を乗せた。そして浜松町までタクシーを走らせるのだった。
お分かりだろうが、この空から降ってきてタクシーに乗っている浴衣姿の少女は決して忍者等では無い。先ほど別邸の自室から脱出してきた四宮かぐやである。
数分前 かぐやの部屋
「作戦は考えました。では時間も無いので説明しながらさっさと脱出しましょう」
「ちょっと待ちなさい高橋」
「何でしょうか?かぐや様」
「その手にしている物は何?」
「クロスボウです」
かぐやの質問に端的に答える執事の高橋。その手には確かに黒いクロスボウが握られている。
「どこにあったのよそんなもの…」
「地下室にありました。動作は確認済みです」
高橋はそう言うと、ロープの着いた矢をクロスボウに装填した。
「ではまず、私がこのクロスボウであちらの木に矢を放ちます。矢には頑丈ロープがついてますので、かぐや様はそれを、この滑車のついたロープを使って屋敷の外に出てください。外に出たらタクシーを拾って花火大会の会場である浜松町まで行って下さい」
「待ちなさい高橋」
「何でしょうか?」
「それが作戦なの?」
「はい。これが作戦です」
「えぇ…」
かぐやはやや呆気にとられる。高橋が考えた作戦があまりにも単純で雑だったからである。
「仕方ありませんよ。既に屋敷のあらゆるところに本家からの使用人がいます。唯一バレそうに無いのがこの部屋の窓だけなんですから」
「それはそうなんだけど…」
高橋が言う事は最もだ。下手にスパイのように隠れて屋敷内を進もうにも、様々なところに本家からの使用人がいる。その道のプロならまだしも、かぐやにはそういった経験も技術もない為、直ぐに見つかってしまうだろう。ならば残る脱出経路はかぐやの自室の窓だけだ。だが庭にも本家からの使用人が巡回しているため、ロープを下におろして庭から外に出るのも難しい。
そこで庭の上空を使うのだ。人間は普通、空を警戒しない。しかも今は夜。闇夜に乗じることが可能だ。よってこの作戦でなのである。
「でも高橋。仮にこのまま外に出ても、いずれは私が部屋にいない事が本家の人達にバレるんじゃないの?」
「そこは既に考えてあります」
かぐやが心配していると、部屋の扉が開いた。そして早坂と志賀が何かを持って部屋に入ってくる。
「「お待たせしました、かぐや様」」
「2人共、どこに行ってたの?」
「これを取りにいってました」
志賀の手には浴衣があった。それもかぐやが着ている浴衣と同じデザインのものが。
「まさか…」
「そのまさかです。じゃあ直ぐに着替えますので」
「では、私は一時部屋から退出しましょう」
2人が何を考えているかかぐやは理解した。高橋が部屋から退出すると同時に、早坂は志賀の手を借りながら浴衣に着替える。その途中、メイクをし、カラーコンタクトをいれて、頭に黒いカツラを被りながら。
因みに早坂の下着は水色だった。
そして僅か2分後―――
「これでかぐや様の影武者の用意は完了です。これならばとりあえずは本家の人を騙せます」
「お2人は背丈も似ていましたから、変装も時間が掛からなくてよかったです」
そこにはかぐやの変装をした早坂がいた。声こそ違うが、ぱっと見早坂とはわからず、どうみてもかぐやにしか見えない。最も、目元や爪のネイルを見れば、直ぐにかぐやではないとわかってしまうのだが。
早坂が着替え終わったのを志賀に確認した高橋が部屋に入ってくる。
「ふむ、少なくとも後姿だけならばまず騙せますね」
「早坂がこの部屋に変装していれば、かぐや様が部屋で花火を見ていると本家の者たちを騙せます。その他の細かい所は私と高橋さんがなんとかします。なのでかぐや様は今すぐ花火大会の会場に向かって下さい」
「でも皆、本当にいいの?もしバレたら、皆ただじゃすまないわよ?」
「覚悟の上です。それにバレるようなヘマは犯しません」
「そう、わかったわ」
高橋、志賀、そして早坂の覚悟を受け取ったかぐやは滑車のついたロープを手にする。
「ではかぐや様、屋敷の外に出たら直ぐにタクシーを拾って下さい。財布に入っている金額ならば十分に足ります」
高橋はそう言いながら、クロスボウを手にして、庭先の木に狙いを定める。そしてロープの付いた矢を発射した。矢はそのまま木に刺さり、窓から木まで間にロープで出来た即席の脱出経路が完成した。
かぐやは持っていた滑車のついたロープをひっかけて、窓から身を乗り出す。
「皆、本当にありがとう。もしこの事がバレても、必ず私が皆をなんとかします」
「「「はい。いってらっしゃいませ、かぐや様」」」
1度だけ3人の方に振り返ったかぐやはそう言うと、窓から飛び出した。そんなかぐやを、3人は頭を下げて見送る。
こうして道路に降り立ったかぐやは、直ぐにタクシーを拾ったのだった。
花火大会会場
「あ、かぐやさんからメール来ました。今タクシーでこっちに向かっているみたいですよ」
「そうですか。でも遅刻っすか?四宮先輩にしては珍しいですね」
「確かにな。何かあったのだろうか?」
「なんか家でゴタゴタがあったみたいです。でも、これ間に合いますかね…?かぐやさん、今タクシーに乗ったみたいですけど」
藤原がかぐやからのメールを確認する。どうもかぐやはたった今タクシーに乗って、皆がいる花火会場に向かっているようだ。そして花火大会まで、あまり時間は無い。
「白銀、確かこの辺は道路規制がしてあったよな?」
「ああ。こういう時は必ずそうするな。しかも四宮はタクシーだろ?ほぼ間違いなく渋滞にひっかかるぞ」
「それは、不味いかもしれないな」
「そうだな。不味いな」
京佳と白銀が心配する。このままではかぐやだけが花火を見れなくなるかもしれないからだ。夏休み前に、生徒会メンバーのみで見にいこうと約束をした花火大会。ならば、この花火大会の花火は生徒会メンバー全員で見なければ意味が無い。しかしかぐやは未だに到着せず、このままでは5人では無く4人で見る事になってしまう。
そんなのは嫌だ。
この場にいる4人全員が同じ気持ちだった。
「なぁ皆。提案があるんだが…」
そして白銀は3人にある提案をする。
白銀達が懸念した通り、かぐやは渋滞に捕まっていた。先程からタクシーは殆ど動かない。
(もうあまり時間がない…このままじゃ皆と花火が見れない…)
携帯で時間を確認するかぐや。花火大会まであと20分もない。このままでは本当に間に合わなくなる。
(折角早坂達があそこまでしてくれたのに、どうしてこんな…)
思わず拳を握るかぐや。これでは、自分の為にあそこまでしてくれた高橋、志賀、早坂に申し訳が立たない。
「えっと、お嬢ちゃん。花火大会に行きたいんだよね?正直、この渋滞じゃ間に合うかどうかかなり微妙だけど…」
かぐやが花火大会に急いで行きたいのを、何となく理解していたタクシー運転手の鈴木も懸念する。普段であれば直ぐに到着するのだが、交通規制でこの渋滞だ。このままタクシーに乗っていたら、間に合うかどうか本当に微妙である。むしろ、間に合わない可能性の方が高い。それを聞いたかぐやは決断する。
「……すみません。ここからは歩きます。ここで降ろしてもらってもいいですか?」
「かまわないよ。その方が早いだろうし。でも、転ばないように気を付けてね」
「はい、ありがとうございます」
運転手にそう言い、それまでの乗車運賃を払ったかぐやは花火大会の会場まで走り出した。
(大通りは人が多い。人の少ない裏道を使えば開始時間にはまだ間に合う筈…!)
人通りの少ない裏道を通り、かぐやは花火大会会場を目指す。大通りと違い人込みは無い。これなら間に合うかもしれない。
(神様、もうこの夏に愛とか恋とかはいりません。そんなものは望みません。だからどうか、今夜私に花火を見せて下さい。お願いします)
無意識に神頼みをするかぐや。普段の彼女ならば決してしないだろう。だがかぐやはどうしても見たいのだ。部屋で1人で見る花火では無く、花火大会会場で花火を。生徒会の皆と一緒に。
(私はどうしても見たいんです。どうしても皆で花火を。だから、どうか…!どうか…!!)
無我夢中で走るかぐや。普段あまり履きなれていない下駄のせいでいつものように早くは走れない。足の指の間が痛い。それではかぐやは走る。全ては生徒会メンバーである、石上、藤原、京佳、そして白銀と花火を見る為に。
そして―――
「見えた!あれが会場入り口の筈!」
遂にかぐやは花火大会会場入り口をその目で捉えた。空にはまだ花火は打ちあがっておらず、周りの人々も帰路に着いている様子は無く、今か今かと待ち望んでいる様に空を見ている。つまり花火大会の開始前に間に合ったという事だ。
「そうだ!皆に電話かメールで連絡をしないと」
ようやく会場に到着しようとしているかぐやは、直ぐに皆に連絡をするべく携帯を開く。
しかし―――
「あ、あれ?何で動かないの?」
先程まで動いていたかぐやの携帯はうんともすんともいわない。画面は真っ暗なままで、どのボタンを押しても反応が無い。
「まさか、電池切れ!?こんな時に!?」
そのまさかである。かぐやはうっかり、携帯の充電を不十分なままにしてしまっていた。その結果、このように電池切れを起こしてしまったのだ。
(どうしましょう…!確か待ち合わせ場所って会場の入り口としか言ってないし…!)
当初予定していた待ち合わせ場所は会場の入り口という事になっている。しかし入口といってもかなり広い。それにこの人込みだ。携帯で皆に連絡を取れない今の状況で、簡単に皆を見つけられるとは思えない。
(落ち着きなさい私!こんな時こそ冷静ならないと何もできないじゃない!)
人というのは焦ったらダメだのだ。焦ったら普段出来る事も出来なくなってしまう。何とか冷静を取り戻そうとするかぐや。だが花火大会開始まで時間が無い。その事実がかぐやをどうしても焦らせる。
(とりあえず、探すのを金髪の人か身長が凄く高い人に絞って探してみるしか…)
「ねぇねぇ、君って1人?もしそうなら俺達と一緒に花火見ない?」
「お前マジでナンパすんのか。すげーな」
「黙ってろお前」
特徴ある2人に標的を絞って探そうとしたそんな時、横からかぐやに話しかける者が現れる。
(この凄く忙しい時に。というか既視感が凄いですね)
かぐやに話しかけてきたのは金髪で右耳にピアスをしている男と、茶髪で眼鏡をかけている男の2人。片方は金髪ではあるが、白銀とは似ても似つかない男である。そして、そんな2人に話かけられたかぐやは夏休み初日の遊園地の出来事を思い出していた。
(無視しましょう。今はそれどころじゃありませんし)
かぐやは2人の男を無視することにした。
「ねぇちょっと?無視はひどくない?」
だが男はそんなかぐやの事などお構いなしに喋りかけてくる。そしてなんと、金髪の男がかぐやの手首を急に掴んだのだ。
そんな男の腕をかぐやは、
グイ
「いでででででで!?」
逆に相手の手首を掴み、腕ごと思いっきり捻ったのだ。護身術を習っているかぐやだからこそできた事である。腕を捻られた金髪の男はたまらず力任せにかぐやから腕を離す。
「何すんだてめぇ!!」
「こちらのセリフです。いきなり初対面の女性の腕を掴むなんて何を考えているんですか?」
「うん。今のはお前が悪い」
「いやお前どっちの味方!?」
男は逆上するが、かぐやから見れば自業自得である。普通、名前すら知らない相手の手首をいきなり掴むなんてありえない。故にこれは正当防衛である。
「言っておきますが、私は既に待ち人がいます。よってそのお誘いはお受けしません。お引き取り下さい。では、私は忙しいのでこれで」
さっさとこの場を去ろうとするかぐや。しかし金髪の男は納得がいかないようだ。
「おい待てよ!人の腕を捻っておいて言う事はそれだけか?」
「いや自業自得じゃね?」
「お前はちょっと黙ってろ!」
どうやら茶髪の男の方には常識がちゃんとあるようだ。
「いい加減にしてください。私は人を探しているんです。貴方のような常識の無い人に割く時間なんて1秒も存在しないんです。今すぐ私の前から消えなさい」
「んだとてめぇ!?」
怒りを露にする金髪の男。同じ金髪でも白銀とは似ても似つかない。そして金髪の男はかぐやに掴みかかろうとした。それを見たかぐやも、もう1度反撃体勢を取る。今度は腕を捻るだけじゃなくて、相手を投げ飛ばしてやろかと思っていた。
しかし、
バッ!
「「「え?」」」
横から別の誰かがかぐやの前に現れ、
「それ以上この子に近づくな」
かぐやを自分の背中に庇うように、男達にそう言い放った。
同時に、後ろの空には花火が打ちあがり始めた。
次回は通常通り日曜日の予定。
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四宮かぐやと花火大会(3)
今回、趣味に走りました。花畑表現注意です。
「いや、何だお前?」
「でかいな」
かぐやの前に現れたのは、
「た、立花さん!?」
同じ生徒会メンバーで浴衣姿の京佳だった。
「この子は私の連れだ。それ以上乱暴するような真似はやめてもらおうか」
京佳はかぐやを自分の背中に庇うように男2人に言い放つ。
「おい待てよ。お前そいつの連れって言ったよな?だったら詫びとして俺たちと一緒に来てもらおうか」
「お前まだやんの?もうこれ無理だろ。諦めようって」
「うるせぇ!こっちは腕捻られてるんだぞ!」
「いやだからあれはお前の自業自得だって。つか落ち着けよ」
金髪の男はまだ諦めていない。むしろ、京佳が現れた事により『これなら男女2人づつで遊べる』と考えている始末だ。一方で茶髪の男は、流石に往生際が悪い自分の友達を何とか落ち着かせようとしている。
「それは無理だ。そもそも私とこの子はただの連れではない」
「「は?」」
「え?」
そんな時、京佳が再び口を開いた。しかしその発言は何か意味深である。京佳の台詞を聞いた男2人、そして京佳の背中に隠れているかぐやも頭に疑問符を浮かべる。
そして3人は直ぐに驚くべき光景を目にした。
「この子は私の恋人なんだ。今日は2人でデートの約束をしていてね。だから私たちは君たちとは行けないんだよ」
「「は!?」」
「はいぃぃぃぃ!?」
京佳は自分の後ろにいたかぐやを、右腕でゆっくりと自分の胸元に抱き寄せた後、まるでかぐやを包むように両腕で抱いてとんでもない発言をした。
「た、た、た、立花さん!?一体何を…!?」
「立花さんなんて他人行儀な呼び方はやめてくれ、かぐや。何時もみたいに京佳と呼んで欲しいな」
「かぐや!?京佳!?」
突然の京佳の行動と台詞にパニックになるかぐや。その顔は真っ赤である。
「いや…えっと…え…?」
「あー、そういう…」
金髪と茶髪の男2人も、思考を停止させている。
「そういう事だ。折角恋人同士でデートをしているんだ。その間に割り込むなんて真似はしないでくれ」
京佳はかぐやを、自分の胸に抱いたまま言う。そんな2人の後ろの空には花火が打ちあがっており、まるで1枚の美しい絵画のように見える。
「いやいや!まてまてまて!そんな事ある訳ねーだろ!?何で女同士で恋人何だよ!?見た事ないぞ!?お前口から出まかせ言ってるんじゃねーのか!?」
だが金髪の男はまだ納得がいっていないようだ。
「それは君の主観だろう?世の中には同性で結婚をする人だって大勢いるよ。それに海外だと決して珍しくないさ」
京佳は金髪の男に反論している間も、時折かぐやの頭を優しく撫でながら、かぐやを自分の胸に抱き続けている。
(いや何これ!?何でこんな事になってるの!?というか恋人!?何で!?どうして!?一体何時!?あとすっごい柔らかい!?何これ!?)
そんなかぐやはまだパニックになっていた。
突然の京佳の恋人発言。両腕で包まれるように抱かれている自分。顔をうずめそうになっている大きな胸。かぐやは並みの精神力ではない為まだ何とか意識を保っているが、並みの女子、または男子ならこれ一連の流れで陥落しているのは間違いない。
因みにもしこれらの行いを白銀がやっていたら、かぐやは既に心停止していた事は想像に難しくない。その時はAEDが必要だろう。
「いや、でも…!?」
「おいやめろ。これは俺たちが汚しちゃいけない聖域だ。今日はもう帰ろう」
「聖域!?」
茶髪の男は何かを感じたのか、金髪の男と一緒に帰ろうとする。
「あ、あの、立花さん!?そろそろ離してくれませんか!?」
いい加減恥ずかしいのか、かぐやは京佳の腕の中から出ようとする。しかし京佳は未だに離そうとはしない。
「何だかぐや。もしかして恥ずかしいのか?
昨日はベットの上であんなにこのまま離さないで欲しいって何度も何度も言ってたじゃないか」
「ぴ」
「!?」
「ほう」
京佳の核兵器級の発言により、かぐやは茹蛸のように真っ赤になり、頭から湯気を出し始めた。
「それで、まだ何か言いたい事があるのかな?」
そんな状態のかぐやを腕に抱いてまま、京佳は男2人に尋ねる。
「いえ…ないっす…」
「ごちです。それでは」
意気消沈したのか、男2人はその場からゆっくりと離れて行った。最も茶髪の男の方は何故か微笑んでいたが。
「ふう、行ったか。やはり夏祭りにもああいった輩はいるんだな。ところで四宮、大丈夫か?」
「ひゃい!?な、な、な、何がでしゅか!?」
「いや本当に大丈夫か?」
ようやく面倒な輩がいなくなったのを確認した京佳は、かぐやをゆっくりと自分の腕から開放した。しかし解放されたかぐやは色々と大丈夫に見えない。
「とりあえず落ち着け。ゆっくりと深呼吸をするんだ」
「は、はい!!」
京佳に言われ、スーハ―と何度も深呼吸をするかぐや。深呼吸をするたびに真っ赤だった顔は正常に戻っていった。
「どうだ?落ち着いたか?」
「ええ。取り乱してしまってすみません」
「いや、謝るのは私の方だ。いきなりあんな真似をしてしまったんだからな。本当にすまない」
「いえ大丈夫です。なので頭を上げて下さい。おかげで面倒だった人を追い払う事が出来ましたし」
落ち着きを取り戻したかぐやに頭を下げる京佳。しかし、かぐやは京佳の行動の意図を理解したのか京佳に頭を上げるように言う。そして同時に、別の疑問が浮かんだ。
「ところで、どうして立花さんはここに?」
「ああ、それはだな」
―――――
『なあ皆、提案があるんだが』
『提案?何ですか会長?』
『このままだと四宮が花火の時間までに間に合わないかもしれない。だから、俺たちの方から四宮に近づくってのはどうだ?』
『僕たちの方から?どういう意味ですか?』
『会場の外で花火を見るって事だ。実はな、会場の外に小さい公園があるんだ。そこはここほど花火が綺麗に見える事は無いだろうが、今四宮がいるであろう方向に近い。今から皆でそこに行って、そこで四宮と合流して花火を見ないか?』
『私は賛成ですよ!いくらここで綺麗な花火が見れてもかぐやさんがいないんじゃ意味がありませんし!』
『僕もいいですよ。やっぱ皆で見たいですし』
『反対する理由が無い。私も賛成だよ』
『そうか。すまん、皆ありがとう』
『じゃあ早速かぐやさんに連絡しますね』
『頼む藤原』
『……あれ?』
『どうしました藤原先輩?』
『なんか、電話が通じません。電源が入っていないって…』
『何だと?』
『ひょっとして、電池切れですかね?』
『わかりませんけど、その可能性はあるかも』
『……皆、今すぐ移動しよう。俺は自転車で四宮を探してみる』
『いや白銀。ここは皆で手分けして探そう。その方が効率が良い』
『京佳さんの言う通りです!私も走ってでもかぐやさんを探します!』
『僕も協力します。場所なら後でメールくれたら何とでもなりますし』
『そうか、わかった。なら皆で四宮を探して、公園に集合だ』
―――――
「と、言う事があってね。それぞれが探している途中だったんだが、私が四宮を探し当てたっていう事だ」
「そう、だったんですか…」
「さっき皆に連絡はしておいた。じゃあ、今から公園に行こう」
「そうですね。行きましょう」
説明を終えた京佳は、かぐやと一緒に公園を目指して歩き出した。
「あの、立花さん。ひとついいですか?」
「ん?何だ?」
「どうして、私を助けたのですか?」
公園へ移動中、かぐやは京佳にそんな質問をした。
かぐやは口にこそ出したりしないが、京佳の事を白銀とはまた別の意味合いのライバルと認めている。もっと言えば、恋敵であると。
そして先ほどの出来事。普通はあのような面倒な場面に出くわしても中々助けに入る事など簡単には出来ない。それがライバルであれば蹴落とすチャンスですらある。
しかし京佳はかぐやを助けた。かぐやはその理由が聞きたかった。
「友達を助けるのに理由が必要なのか?」
かぐやの質問に、京佳は素直にそう答える。
かぐやは色々と複雑な家庭で育っている。おかげで、無償で人を助けるというのが理解しがたい性格をしていた。その性格が災いし、少し前までは『氷のかぐや姫』なんて呼ばれてもいた。
だが、かぐやは出会ったのだ。利権に群がるような上っ面だけの人では無く、理由も無く人を助けてくれる友達に。勿論、京佳だってその1人だ。色々と自分にとっての最大の障害になる彼女だが、かぐやは京佳を友達と認めている。
そして京佳自身も、かぐやを友達と思っている。故に助けた。それ以外に理由など微塵もない。
「ふふ、そうですか。すみません。変な質問をしてしまって」
「?そうか。納得したのならいいが」
京佳の答えを聞いたかぐやは、再び歩き出した。
(あぁ、本当に、皆に出会えてよかった…)
胸にそんな暖かい思いを抱いて。
「かぐやさーーん!京佳さーーん!こっちですよーー!」
「いや藤原先輩、声大きいですって」
「まぁいいじゃないか。この方がよく聞こえるだろうし」
会場の外にある小さな公園には既に、白銀、藤原、石上の3人がいた。それ以外には人はいないようだ。
「皆さん、遅れてしまって、本当にごめんなさい」
かぐやは直ぐに頭を下げ謝罪する。
「大丈夫ですよかぐやさん!まだ花火大会は途中ですし!」
「そうですよ。だから頭を下げないでください四宮先輩」
「2人の言う通りだ。今は頭を上げて、皆で花火を見ようじゃないか四宮」
「っ…はい!」
思わず目から涙が流れそうになる。遅刻をしたのは自分なのに、態々会場の外で見る事になったのは自分のせいなのに、ここにいる皆はそんな事を何一つ気にせずそう言ってくれる。かぐやはそれが嬉しくて仕方が無い。
「あ!また大きい花火が上がりましたよ!」
藤原が夜空に指を指しながら言う。すると言った通りに、夜空には大きな花火がいくつも上がっていた。
「おおー。やっぱ夏といえば花火っすね」
「そうだな。夏の風物詩といえばこれだな」
「しかし本当に、綺麗だな」
「ええ。そうですね…」
生徒会メンバー5人全員が花火を見上げる。ビルに隠れていたりして全ての花火が綺麗に見える訳ではないが、それでもこの場にいる5人には満足だった。
なんせ生徒会メンバー5人全員で花火が見れているから。
(神様…本当にありがとうございます…私に花火を見せてくれて)
無神論者のかぐやだが、今日この瞬間だけは神を信じ、感謝をした。
その後およそ10分間、花火は夜空に上がり続け、かぐやはそれらの花火を、瞬きを忘れる程見ていた。
こうしてかぐやの『皆で花火を見る』という夢は叶い、かぐやはこの日の出来事を、生涯忘れる事の出来ない大切で暖かい思い出にすると決めた。そして花火が打ちあがった後、皆で屋台を少しだけ見て回り、帰路に着いたのだった。
余談だが、かぐやにナンパをした男2人は、京佳とかぐやの絡みを見て何かに目覚めたのか、その後突然2人で漫画の執筆を開始。数年後『天照様がみている』という漫画を連載。
アニメ化もする大人気作品となった。
これで花火大会は終わり。どうあっても原作のようには出来なかった。その一番の理由が『京佳さんでかくてタクシー後ろに4人乗りできねーなこれ』です。だからもう趣味に走ることにしました。
そしてかぐやも京佳さんも、お互いをライバルと思っていると同時に、大切な友人とも思っています。なので助けが必要な時は助けます。
次回も投稿できるように頑張ります。
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立花京佳と水着デート(壱)
追記 3月12日 ちょいと加筆。
(もうすぐ夏休みも終わりかぁ…)
生徒会の皆で花火大会に行って数日、白銀は自宅のリビングでゆっくりしていた。夏休みも残すところあと少し。もう間もなく2学期が始まる。
多くの学生は、今頃終わっていない夏休みの宿題を必死で終わらせているだろうが、白銀には関係が無い。彼はとっくに課題を終わらせているし、それどころかバイト以外の時間は勉強をしている。そういう努力の結果、白銀は学年テスト1位という地位を保っているのだ。
(しかし、今年は本当に充実した夏休みだったな。去年はマジで勉強とバイトしかしていなかったし)
余韻に浸る白銀。彼の言う通り、去年の夏休みは遊んでいる暇は無かった。しかし今年は違う。遊園地に旅行に花火大会。去年とは比べるまでも無く、非常に充実している夏休みだ。
(それもこれも、夏休み前に立花が遊園地に誘ってくれたおかげだな。あの誘いのおかげで一気に流れが出来たし)
思い出すのは1学期最後の日。生徒会室で何とか藤原から旅行の話をさせようと考えていたが、その藤原は全く動かなかった。
しかし、京佳が遊園地に皆を誘ってくれたおかげで、旅行への流れが出来上がり、生徒会のメンバーと妹達とで旅行へ行くことが出来た。最も、かぐやから告白をさせるといった事は全く出来なかったのだが。
「ん?電話?」
冷房の無い部屋でくつろいでいる白銀のスマホが鳴り響く。スマホを手に取り画面を見てみると、同じ混院で生徒会メンバーの京佳の名前があった。
「もしもし?どうした立花?」
「こんにちは、白銀。少し聞きたいんだが、明日は暇かな?」
「明日か?あぁ、特に予定はないぞ。バイトも休みだし」
「そうか。なら白銀。
明日、私とデートしないか?」
「……はい?」
京佳の言ったあまりに突然の言葉に、暫く白銀はそのまま固まった。
翌日
(そろそろ時間か…)
晴天の下、白銀はいつもの制服姿で、肩に小さなバックをかけて、とある施設の前で人を待っていた。暫くすると、白銀の待ち人がやってきた。
「やぁ、おはよう白銀」
「ああ、おはよう立花」
やってきたのは、勿論京佳である。制服姿の白銀と違い、京佳は青いTシャツに、ベージュのワイドパンツ、そして白いスニーカーを履いている。風通しの良さそうな、非常に涼しげなコーディネートだ。
最も、白銀はそれを見て何も言わなかったのだが。圭がいたら、間違いなくため息をついていただろう。
「今日は付き合ってくれてありがとな」
「まぁこっちにも実りのある話だし、断る理由はなかったしな」
「ふふ、そうか。では行こうか」
「ああ、行くか」
「「いざ、クイズ大会に」」
2人はそう言うと、待ち合わせ場所だった施設『ざっぶーん わくわく!』という全天候型屋内ウォーターレジャーランドに入っていった。
話は昨日、京佳が白銀に電話をした時まで遡る。
「クイズ大会?」
「ああ、とあるプールで男女コンビでのみ参加できるクイズ大会が明日あるんだ。優勝者には、賞金20万円が贈られるらしい」
「20万円だと!?とんでもない大金じゃないか!?」
「そこでだ。男女ペアでしか参加できないから、明日私と一緒に参加してくれないか?」
「成程。それでデートか」
白銀家は貧乏である。日々の生活費をバイトで賄っている彼らにとって、20万円というのはとてつもない大金だ。バイトをすれば、その金額を手にすることも可能だが、流石に1日では不可能である。
「よしわかった。参加しよう」
白銀、即決である。デートと言われて少しだけ気恥ずかしい気持ちがありはしたが、20万円という大金の誘惑には勝てなかった。最も、誰だって1日で大金が手に入る可能性があるのなら参加するだろうが。
「ありがとう、白銀。じゃあ、明日の10時に『ざっぶーん わくわく!』の入り口に集合でいいかな?」
「ああ、了解した。では明日」
「わかった。じゃあ明日な」
スマホを切る白銀。そして徐に立ち上がり、
「よし、近くのスーパーで水着買ってくるか」
水着を買いに行くのだった。
施設内
「おおー、結構広いな」
紺色の生地に白いイルカが描かれている水着(1200円)に着替えた白銀は、施設内を見てそんな感想を漏らす。ここ『ざっぶーん わくわく!』は数年前に出来た全天候型屋内ウォーターレジャーランドだ。波の出るプール、流れるプール、大型のウォータースライダー、更には潜水士が使うような水深が10メートル以上あるプールまである。
施設内には数々の屋台、ブティック、そしてマッサージ店まであり、まさに何でもござれのレジャーランドだ。おまけに入場料もお手頃。学生ならなんと1人500円である。
白銀も、ここの存在は知っていたが、行く予定も行く理由もなかったので今まで来た事が無く、初めて見る広くて賑やかな施設を見て感動していた。
(しかし、水着なんて何年ぶりだろう。学校は水泳の授業無いしな)
秀知院学園には水泳の授業が無い。おかげで、カナヅチの白銀は同級生達にそれが露見することなく過ごせているのだが。
(ん?待てよ、水着?)
しかしここで、白銀はある事に気づく。ここはプール施設だ。つまりここで遊ぶ人はほぼ全員水着に着替えてから遊ぶ。ふと周りを見てみると、水着を着ている男性、そして女性が沢山いる。
今まで、クイズ大会の優勝賞金の事しか頭に無かった白銀だが、プールに行くという事は水着を着るという事である。勿論、白銀自身も水着だ。
そしてこれから合流する京佳も、当然水着だろう。
(いや、ちょっとまて…)
ひょっとすると、自分は少し軽率な事をしてしまったのではないか?白銀はそんな風に思う。
京佳は誰が見てもスタイル抜群である。それは今日見た私服や、旅行中に観た私服からでも確認できる。そしてここはプール施設。つまり水着に着替える事が出来る場所だ。制服や私服といった服より、露出が激しい水着。
それらの要素が合わさった立花京佳という自分の友人は、一体どれほどの破壊力を持っているのだろうか。想像するだけで、少し悶々としてしまう。
(いや落ち着け!ただの水着だ!そりゃ普段より露出は激しいだろうが水着だ!平常心を保てば問題ないじゃないか!)
ムッツリな白銀は何とか邪念を払おうとする。これらがかぐやや藤原でも彼は同じような事を考えているだろう。ムッツリだから。
しかし、もしそんな邪な思いがバレてしまったら、絶対に軽蔑される。かぐやなら冷たい視線を送りながら『おエロイこと』とかいう。藤原ならひきつった笑顔で『会長ってやっぱスケベなんですねー』とかいう。そういった事が安易に想像できてしまう。
そしてもしそういった事が学園に広がれば、破滅だ。今まで築き上げてきたもの全てが失われる。次の日からは『エロ会長』なんて呼ばれるかもしれない。
(よし、ここは星座でも数えて落ち着こう。おひつじ、おうし、ふたご…)
破滅を逃れる為にも、自分の好きな天体に関するものを数えて精神を統一する白銀。
そんな時である。
「うっわ…何あの人…すっごい美人…」
「すげぇ。胸でけぇ…」
「足長ーい。てか細ーい」
「あの人モデル?スタイル凄すぎなんだけど」
「やっべぇ、何だあれ。あんな女実在すんのか…」
「天女だ…天女がいる…」
白銀の後方からそんな感想が聞こえたのは。
「お待たせ、白銀」
そして同時に、京佳から声をかけられたのは。
「お、おう立花。きたk…」
自身を落ち着かせ、意を決して後ろを振り返る白銀。
そして京佳を見た瞬間、白銀は全ての動きを止めた。
京佳の水着は黒のビキニだった。シンプルなデザインの三角ビキニとサイドリボンの付いたショーツの組み合わせの。王道でシンプルなデザインの水着だが、そのシンプルさが京佳という素材を最高に輝やかせていた。
水着という露出の高いものを身に纏っている京佳は、一言でいえば兵器だった。黒い三角ビキニで包み込んでいる豊満な胸は、その大きさをより強調させ、嫌でも男たちの目を釘付けにする。普段、目にすることなど無いお腹周りはほっそりとしている。思わず抱きしめたりしたら、折れてしまうのではないかと思える程に。
そして足は細く長いが、臀部や太腿周りには程よい肉がついており、それがまた色気を放っている。世の中のほぼ全ての男子高校生は、この姿を見ただけでころっと簡単に落ちるだろう。
「遅れてすまなかった。更衣室が混んでいてね。それで、ちょっと聞きたいんだが、どうだろうか?この水着は」
少し前に、浴衣と一緒に購入し、こうして着ている水着の感想を求める京佳。その理由は勿論、白銀を誘惑できているかどうかの確認である。
京佳は、白銀に水着を見せて、悩殺するという作戦を諦めていなかったのだ。そして、生徒会の皆と海やプールに行く事が無いのであれば、自分と白銀だけで行けばいいと思い、こうして『クイズ大会』という建前を作り、白銀と一緒に水着デートに来る事を成したのだ。
(ビキニは少し恥ずかしかったが、男はこういうものが好みと聞く。これなら白銀を悩殺する事も可能の筈…!)
勇気を出して購入し、こうして水着を着た京佳。その全ては、白銀を振り向かせたいという想いから来ている。
夏休の間、色々とイベントはあった。しかし、それらのイベントで白銀を振り向かせる事が出来ていたかというと、それは無い。確かに、自分に意識を向けさせることが出来た事例はある。
だが未だに、白銀にとって京佳は友人止まりだ。京佳自身、その事は理解している。だからこそ今日は、水着を着て見せるというイベントを実行し、白銀を振り向かせようとしているのだ。
(さぁ白銀、感想を聞かせてくれ!どうなんだ!?)
白銀の返答を待つ京佳。
「……」
「ん?白銀?」
しかし、白銀は動きを一切止めて、何も言わない。それどころか、瞬きもしていない。まるで石造だ。
「ど、どうしたんだ白銀?」
「……」
「お、おい?本当にどうした?大丈夫か?」
「……」
「白銀!?本当に大丈夫か!?しっかりしろ!!白銀!!」
「はっ!?」
何度も京佳に言われて、ようやく動き出す白銀。
「何があったんだ?今瞬きすらしてなかったぞ?」
「い、いや!ちょっとな!ははは!」
態とらしく笑う白銀。しかしその内心はというと―――
(やっべぇ!?何だあれ!?立花が滅茶苦茶エロく見える!?何でだ!?俺が好きな黒いビキニ着ているからか!?)
もの凄く悶々としていた。はっきりいって、めっちゃヤバかった。京佳の水着姿は、白銀の性癖にぶっ刺さっていたのだ。ツアー〇ボンバ並みの破壊力があった。
(こ、これが、噂に聞く水着の魔力だというのか!?)
その噂の出どころは不明だが、少なくとも白銀の心の壁にひびが入っているのは間違いない。しかしこのままでは色々といけない。白銀は直ぐに会話をしてこの気持ちを落ち着かせようとした。
「そ、そうだな。凄くいいと思うぞ?」
「本当か?」
「ああ、エロかった」
「え?」
「ああああ!?違う違う!?今のは違う!?何ていうかとにかく違う!!今のはな、えーっとそう!ウェロカッターって言ったんだ!ある国言葉でとても似合っているという意味だ!」
「そ、そうか。初めて聞いたよそんな言葉。白銀は博識だな…」
「ははは、まぁな。生徒会長だし…」
だがあまりにも自分の性癖に刺さっていたせいで、思考力と語彙力が低下していた。結果、京佳に対してとんでもない事を口にする。
(大丈夫だよな?何とかごまかせたよな?)
とっさにありもしない言葉を作り、その場を凌ぐ白銀。
(エロイ…エロイ…)
勿論京佳には普通に聞こえていた。
(いや何を考えているんだ私は。そもそもそういう目的でこの水着を選んだぞ。今更恥ずかしがってどうする)
白銀に面と向かって『エロい』と言われた京佳は恥ずかしがっていた。元々それが目的ではあったのだが、実際に言われるとやはり恥ずかしい。
「と、とにかく、参加登録しに行かないか?」
「あ、ああ。そうだな」
このままでは気まずくなりそうだったので、2人はクイズ大会運営まで歩き、参加登録をしにいくのだった。
この水着デートが終わったら2学期行きます。もう暫くお付き合いください。
感想、評価、意見お待ちしております。
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立花京佳と水着デート(弐)
( ゚д゚)
↓
(-^艸^-)
こんな感じだった。
そんな原作とは関係なしに、今回は水着デート2話目。よろしければお読みください。
『こんにちわ皆さん!今日はここ『ざぶーん わくわく!』の男女ペア限定クイズ大会に来てくれてありがとうございます!』
きわどい赤い水着を着た女性が、特設ステージの上でマイクを持って高らかに叫ぶ。
『参加人数60人!正直、こんなに集まるなんて思っていませんでした!本当に来てくれてありがとうございます!』
「主催者側なのにあんな事言っていいのか?」
「周りのスタッフが止める様な動きをしていないからいいんじゃないか?」
自虐ネタにツッコミを入れる白銀。しかし、誰もそのあたりに何も言わないのでそのままスルーすることにした。
『ではルールを説明します!まずは1回戦を競ってもらいます!ここで参加者を大幅に減らします!そして1回戦を生き残った人が決勝へと進めます!皆さん、気合入れて下さいね!』
ルールを説明する司会者。どうやら先ずは1回戦を通過しないと、決勝戦へ行けないようだ。
『それでは!早速クイズ大会を始めましょう!優勝賞金20万円目指して頑張って下さい!』
『おおーー!!』
司会者である女性がそういうと、会場は一気に盛り上がる。皆、20万円という賞金が欲しい証拠だろう。20万円もあれば、割と何でもできる。原付バイクも買えるし、高い焼き肉屋にも行ける。そして、1カ月の生活費にもなる。
(絶対に優勝してやる)
白銀は闘志を燃やした。彼にとって、20万円というのは相当な大金である。20万円もあれば、家賃、食費、光熱費、その全てが賄える。白銀家であれば、2ヵ月は余裕をもって過ごせるだろう。
(優勝したら、今日は久々に肉でも買うか。親父も圭ちゃんも喜ぶだろう)
そしてもし優勝したら、帰りに肉を買って、今日は少しだけ豪勢な夕飯をしようと決めた。
『では、1回戦のクイズはこちら!』
女性司会者が、会場に設置された大型モニターを指さすと同時に、画面に文字が映る。
『〇✕クイズ』
『ルールは簡単。今から問題を出しますので、その答えが〇か✕かを考えて下さい。そして答えが決まったら、この特設会場の左右に作られた、〇か✕かいずれかのエリアに移動してください。正解したらそのままクイズ続行。不正解ならその場で失格。因みに敗者復活戦はありませんのでよく考えて下さいね』
「典型だな」
「わかりやすな」
どうやら、最初は〇✕クイズのようだ。あらかじめ用意された、どっちかの答えに移動すればいい。最悪、当てずっぽうで選んでも、正解の確率は2分の1。つまり、運が良ければ誰でも決勝に進める事ができるのだ。参加者もそれを理解しているのか、どこか楽観的だ。
『一応言っておきますが、不正は絶対に認められませんんからね!周りにいるスタッフが目を光らせていますので、簡単にバレると思っておいてください』
司会者の女性の言う通り、会場の周りには幾人ものスタッフが待機している。その中には屈強な男もいる。もし、これで不正でもしようものなら、間違いなくドナドナされるだろう。
『では行きますよ。最初の問題はこちらです!!』
特設会場に設置された、大型のスクリーンに問題が表示される。
『肉食恐竜ティラノサウルスは、時速80キロで走る事ができる。〇か✕か』
『さぁ皆さん!考えて下さいね!シンキングタイムは2分です!答えが決まったら〇か✕か、どっちかのエリアに移動してください!ではスタート!』
司会者の女性がそういうと、スクリーンに制限時間が表示される。
「ティラノサウルスって、あれだろ?映画にも出たやつ」
「たしか映画だと、車くらいのスピードで走ってたよね?」
「だったら〇だな」
「待って。あの映画って、続編だと車よりずっと遅く走ってなかった?」
「え?そうだっけ?」
「〇でしょこれは。だってティラノサウルスってすごい早い恐竜でしょ?」
「そうだな。じゃあ〇に移動するか」
参加者は皆、問題の答えが〇か✕かを考える。結構な数が、昔上映された有名な映画を参考にして、〇だと考えているようだ。
「これは✕だな」
「そうなのか白銀?」
一方、白銀・京佳ペアは✕だと思っている。
「確かにティラノサウルスは映画だと車くらいのスピードで走っていたが、あれは映画監督のミスだ。実際は20キロくらいなんだよ。そもそも、あんなに大きな恐竜が80キロも出せる訳が無いだろう。体重なんて10トン以上あるんだぞ」
「成程、そう言われると確かにな。では✕に移動しよう」
「おう」
白銀から✕である根拠を聞いた京佳は納得し、そのまま✕のエリアに移動していった。
『タイムアップ!そこまでです!皆さん、もう移動しちゃダメですよ!』
制限時間となり、〇と✕のエリアの間に、スタッフがロープを張る。これでもう移動は出来ない。そして、スクリーンには答えが表示される。
『それでは問題の答えです!正解は……✕!ティラノサウルスは時速80キロも出せません!実際は15~30キロ程度だったと言われています!そういう訳で、今〇のエリアにいる参加者は失格です!ステージから降りて下さい』
〇のエリアにいた参加者は、悔しがりながらステージから降りて行った。最初の1問で一気に参加者が減っている。目測で20人くらいだろうか。
「よし、正解だった」
「ふふ、よかったな白銀」
正解した白銀と京佳はほっとしている。
(よかったぁ…もし間違っていたら超恥ずかしかったぞ…)
白銀に至っては、かなりほっとしているが。
『では次の問題に行きましょう!次はこちらです!』
しかしほっとする間も無く、大会は進められる。こういうのは、あまり時間をかけすぎると、後に響くのだ。なのでさっさと進める。
『アメリカ合衆国には、50の州が存在する。〇か✕か』
大型スクリーンに映し出された次の問題。今度は地理に関係するものだ。
「これは〇だ」
「そうだな。本土に48。その他に2つで50だ」
白銀と京佳はすぐに答えを出した。秀知院という国内有数の進学校に通う2人にとって、この程度の問題は朝飯前なのだ。
『そこまで!では正解は……〇!アメリカは全部で50の州からなっています。因みに稀に勘違いしている人いますけど、首都はニューヨークじゃなくてワシントンですからね~』
今度も正解する2人。今の所は順調である。
(だが油断は出来ない。唐突に全くわからない問題があったらどうする?当てずっぽうでいくか?)
しかし、白銀にはある不安があった。彼は秀知院では学年成績1位をとり続けている猛者だ。おかげで、あらゆる知識をその頭に刻んでいる。そういう意味では、クイズ大会に向いているだろう。だが、それでも限界はある。人間、知らない事は知らないものだ。
もしここで、『昨年結婚した有名俳優〇〇の誕生日は3月である』といった答えが見当もつかない問題を出されたら、2分の1の確率に賭けるしかない。しかし、そのような賭けはできればしたくない。
(立花もそういうのは詳しくなさそうだしな。もしそうなったどうするか…)
そういった場合はどうするか考える白銀。しかし、考えている間も時間は進む。
『それでは次はこの問題です!』
司会者がそういうと、スクリーンに次の問題が表示される。
(だが、それでも何としてでも勝ってやる!待ってろ賞金!)
だが、今そんな事を考えてもしょうがない。兎に角、今は正解をし続けるしかない。白銀はそう思い、スクリーンに表示された問題をみるのだった。
『さぁ!当初60人いた参加者も、ついにここまで減ってしまいました。そして次の問題で最後です!この問題に正解した人達だけが決勝戦へ進むことができます!皆さん!気合入れて頑張って下さい!』
あれから、様々な問題を正解していった白銀と京佳の2人。当初、あれだけいた参加者も今では10人にまで減っていた。そして、ついに次が最終問題。参加者の皆は気合が入る。ここで正解すれば、晴れて決勝戦だ。気合が入るのも当たり前だろう。
「よし!あと1問だ!」
「ああ、必ず正解しよう、白銀」
勿論、白銀と京佳もだ。次の問題を正解すれば決勝戦。ここまできたのだから、目指すは優勝のみ。何としてでも、次の問題を正解して、決勝へと進みたい。その思いが、2人にやる気と気合を入れる。
『では、最後の問題はこれです!』
そして、スクリーンに1回戦最後の問題が表示される。
『有名漫画『進撃する巨人族』の作者は、大分県出身である。〇か✕か』
(くっそ!最後に恐れていた問題が出てきたか!)
白銀はスクリーンに表示された問題を見て、思わず歯ぎしりする。石上が生徒会室で読んでいるのを見た事があるので、漫画のタイトル事態は知っている。
しかし、白銀自身はその漫画を読んだ事が無い。当然、読んだ事が無いので、その作者の出身地など知る筈も無い。
(どうする!石上ならこういった問題もわかるだろうが、ここに石上はいない!2分の1に賭けるか?でもそれは確実じゃない!どうすれば…!)
考える白銀。このクイズ大会には敗者復活戦が無いのだ。1度負ければそれで終わり。そんなのは嫌だ。白銀は、生活の為に割と本気で20万円が欲しいのだ。その為には、この問題を正解して、決勝戦に行かなくてはならない。しかし問題の答えが全く分からない。
(仕方ない。こうなったらもう勘に賭けるしか…!)
「これは〇だな」
と、白銀が考えている時、京佳が口を開いてそう答える。
「え?そうなのか?立花?」
「ああ。前に石上に借りて読んだんだが、最後のページに出身地が書かれていたよ。それが確か大分県だった」
「そうか。え?石上から漫画を借りたのか?てか立花って漫画を読むの?」
「白銀。私だって漫画くらい読むぞ?」
生徒会メンバーの女子は、基本的に漫画を読まない。かぐやはそもそも興味が無いし、藤原は父親がそういった物を禁止している。
だが京佳は普通の一般家庭の生まれだ。別に漫画を読んではいけないと母親に言われてはいないし、そういった物に多少の興味くらいは持つ。それに問題に出されているのは超が付く人気漫画。京佳だって、そういうものを読んだことくらいはあるのだ。
「では〇の方に移動しようか、白銀」
「あ、ああ。そうだな」
京佳に言われ、〇のエリアに移動する2人。
『さあ!最終問題の答えは、〇です!では✕のエリアにいる人はステージから降りて下さいね』
そして問題の答えは〇だった。最終問題に正解した白銀と京佳の2人は、これで決勝戦へ進む事が決定した。
『以上をもちまして、1回戦を終了します!今、ステージ上にいる6名が決勝戦へと進む事が決まりました!皆さん、大きな拍手を!』
ステージ周辺いた見物人たちから大きな拍手が送られる。2人の他にも4人の男女がいて、司会者の言う通り、決勝戦はこの3組で競う事になるだろう。
『では、決勝戦は午後から行います!それまでは休憩とします!あ、今ステージの上にいる3組の人達は、この後運営まで来てくださいね。決勝戦の受付するので』
司会者に言われて、移動する3組の男女6人。
「いやー、立花。本当にありがとな。マジで助かったよ。おかげで、決勝戦に進めたし」
「いや、偶然だよ。運が良かっただけさ」
「謙遜するな。これは間違いなく立花のおかげだよ」
「そうか?でもそういわれると、嬉しいな」
ほっとする白銀。京佳のおかげで、決勝へと進めたからである。これで20万円への道が開けた。あとは、決勝戦で勝つだけだ。
その後、クイズ大会運営で決勝戦の受付をすませた2人。そして休憩時間を貰ったのだが、どうしようかと白銀は悩んでいた。大会関係者に言われた決勝戦まで、まだ1時間以上ある。それまでどこで暇をつぶそうか考える白銀。因みに、白銀は泳げないのでプールで遊ぶのは論外である。
そんな風に白銀が悩んでいると、京佳が話しかけてきた。
「白銀、少しいいか?」
「どうした?」
「いやな、決勝戦まで、まだ結構時間があるだう?」
「そうだな、1時間以上あるな」
「それならな、その…」
「?」
「その、弁当を作ってきたから、一緒に食べないか?」
「え?」
そして白銀にそんな提案をしたのだ。
本編に全く関係ないけど最近思った事。
かぐや=サイレ〇ンス〇ズカ(胸)
藤原=ハル〇ラ〇(元気)
京佳=シン〇リル〇ルフ(イケメン)
何となくそんなイメージってだけ。
次回も頑張ります。
感想、評価、ご意見お願いたします。
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立花京佳と水着デート(参)
おかげで『高身長眼帯巨乳』というまず被らないであろうキャラになった。
昨日 立花家
『ああ、了解した。では明日』
「わかった。じゃあ明日な」
pi
「……」
スマホの通話ボタンを切り、暫く画面を見つめる京佳。
「ふーーーーっ」
1度、大きく息を吐く。
「やったぁ……!」
スマホを握ったまま京佳はガッツポーズをし、笑顔になった。
「やったぁ!やったぁ!少し遠回りだが、白銀とデートだぁ!」
まるで子供みたいにはしゃぎながら喜ぶ京佳。ここまで喜んでいる理由は勿論、明日、白銀と一緒に2人きりで出かける事が出来るからだ。男女が2人きりで出かける、それはもう完全にデートである。
想い人と2人きりでデートができるという事実。恋する少女にとっては、これ以上ないくらいの幸せな出来事だろう。またこれを期に、白銀との距離を一気に縮める事が出来るかもしれない。そういった事なら誰だって喜ぶ。
「よし!そうと決まれば準備しないと!水着はもうあるからいいとして、他に準備するのは、クイズ大会の知識か?一応、前に藤原から借りた本がまだあるからそれで多少の予習はできるが。あ!そうだ、弁当はやはり作ったほうがいいか?こういう時は手作り弁当を作った方が『料理ができる女』をアピールできるだろうし。でも、重いって思われないかな?下手にそういうの作って、そういう風に思われると嫌だし…」
こうして京佳は、明日の白銀とのデートに向けて、1日中準備をするのだった。
(いやー、若いっていいわよね~。頑張りなさい、京ちゃん)
そして、リビングからそんな娘を微笑みながら見守る母親がいたとか。
ざぶーん わくわく! 飲食スペース
「ここが空いている。座ろう、白銀」
「ああ」
あれから京佳は、荷物を取りに1度更衣室に戻っていた。そして荷物を取って直ぐに白銀と合流して、施設内にある飲食エリアの長椅子に座ろうとしていた。
「なぁ、立花。本当にいいのか?俺も弁当を食べて」
「勿論だ。そもそも施設内でお昼を買うと結構な出費になるだろう?だったら私が作った弁当を食べた方が安上がりじゃないか」
「まぁ、それもそうか。なら、ぜひごちそうになろう」
「ああ、遠慮なく食べてくれ」
長椅子に座りながら会話をする2人。そして京佳が、更衣室から持ってきた荷物である弁当箱を開ける。
「ほう、サンドイッチか」
「ああ。これなら誰でも食べられるだろう?因みに具は、卵とサラダとチキンの3つだ」
京佳が持ってきた弁当箱の中には、3種類のサンドイッチが入っていた。定番ともいえる卵サンド、トマトとレタスが入っているサラダサンド、少しボリュームのある照り焼きチキンサンド。どれも美味しそうに見え、白銀は思わず涎をたらしそうになる。
勿論、これらのサンドイッチは全て京佳の手作りだ。今朝早くに起きて、失敗しないように慎重に作業をし、こうして本日の昼食として持ってくることに成功した1品である。
因みに、作っている時いくつか失敗してしまったサンドイッチがあったのだが、それらは今朝の立花家の朝食になっている。
「好きなものから食べていいぞ。白銀」
「そうだな。それじゃ卵サンドを頂こうか」
「ああ、召し上がれ」
弁当箱に入っている卵サンドを手に取り、口に運ぶ白銀。そして一口かぶりつく。
「ん!?美味いなこれ!?本当に手作りか!?どっかの店で買ったと言われても信じるぞ!?」
「ありがとう白銀。そう言って貰えると嬉しいよ」
白銀は京佳の手作りサンドイッチを絶賛。それを見た京佳はほっとする。
(良かった。白銀が美味しそうに食べてくれて)
サンドイッチという簡単な料理ではあるが、初めて作ったデート用の手弁当。もしこれで、白銀の口に合わなかったらどうしようかという不安はあったが、それは既に解消されている。白銀の笑顔がその証拠だろう。
「こっちの魔法瓶にはアイスコーヒーが入っている。飲むか?白銀」
「コーヒーか。ぜひ貰おう」
用意していた魔法瓶から、いつの間にか用紙していた紙コップにアイスコーヒーを入れ、それを白銀に渡す。紙コップを渡された白銀は、それを一気に飲みほした。
「ぷっはー!やっぱ頭を使ったあとはコーヒーだな!おかげで頭がすっきりする!これなら、午後からの決勝戦も万全の状態でいけそうだ!」
「そうか、それはよかったよ」
白銀は重度のカフェイン中毒者である。定期的にカフェインを摂取しないと、日ごろの睡眠不足のせいであっという間に寝てしまう。
そんな白銀の事を思った京佳は、本来ならアイスティーの所を、態々カフェイン多めのアイスコーヒーにした。おかげで白銀は頭がすっきりしている。これならば決勝戦前、もしくは決勝戦の最中に寝る事は無いだろう。
「次はこっちのチキンサンドはどうだ?」
「いただこう」
京佳に言われた白銀は、今度はチキンサンドに手を伸ばす。そしてそれを口に運ぶ。
「美味い!いやこれも本当に美味いな!?もう1回聞くが、本当に手作りか!?」
「ああ。全部私の手作りだよ」
「そうか。やっぱ立花は料理が上手なんだな。ここまで美味いサンドイッチは食べた事ないぞ」
「ふふ。ありがとう、白銀」
白銀に手作りのサンドイッチを褒められ、笑顔になる京佳。その頬は少しだけ赤くなっている。自分で作った料理を、ここまで褒められると誰だって嬉しいものだ。ましてや、それが意中の相手ならば猶更で、作ったかいがあったというものだろう。京佳の頬が赤くなるのも仕方が無い。
(本当によかった。昼食作ってきて)
京佳は今回、手弁当を作ってきて本当によかったと思っていた。もし作ってこなかったら、白銀からここまで褒められる事も無かっただろう。白銀に手弁当を作ってくるという選択が、間違っていなかった事を再認識した京佳は安堵する。
これに自信をつけた京佳は、白銀に少し踏み込んだ台詞を言う。
「でもそこまで美味しいというなら、私は白銀に毎日手料理を作ってもいいぞ?」
それはまるで『毎日俺に味噌汁を作ってくれ』という少し古いが有名なプロポーズの逆バージョン。察しが良い人なら、簡単に意味が分かる台詞だ。
「ん?いやそれはダメだろう。毎日料理を作って貰うなんて立花に負担しかかけないじゃないか。確かにうちは貧乏だが、そこまで世話になる訳にはいかない」
が、白銀はこれを真面目に返す。彼には京佳の台詞が、全くそういう意味で伝わっていなかった。
「……そうか。だが困ったことがあったらいつでも言ってくれ。力になるから」
残念そうにする京佳。できれば今の台詞で、白銀との距離を一気に詰めたかったが、それはどうも無理らしい。
(もういっそ白銀に家に押しかけ女房でもしたほうがいいかもしれないな…いや、でもそれは流石に…)
白銀の反応を見て、やや強引な策を考え始める京佳。しかし、それは流石にまずいと思い考えを改めるのだった。そして、京佳もチキンサンドを手に取り食べ始める。
「っと、白銀。口元にマヨネーズが付いているぞ」
「え?」
白銀がチキンサンドを食べ終えようとしていると、京佳が白銀の口元にマヨネーズが付いている事を指摘してきた。
「私が拭いてあげようか?」
そして紙ナプキンを手にして、白銀の口元を拭こうとした。京佳の突然の行動に、白銀は一瞬動きを止める。
「な、な、な!何をしているんだ立花!?」
直ぐに手で口元を拭い、京佳から身体をのけぞりながら顔を赤くする白銀。
「いやだから口元にマヨネーズが」
「だからといって何でいきなり拭こうとした!?」
「何でと言われても、そうしたいって思ったからかな?」
「いやなんだそれ!?」
白銀御行。ムッツリで健全な男子高校生。いきなり同級生の女子に口元を拭かれるというのは、普通に恥ずかしい。しかも、今の京佳は水着なのだ。普段と違い胸元がはっきりと見える為、いやでも視界にそういったものが入ってくる。正直、男には色々と毒だ。
「どうしたんだ白銀。顔が赤いぞ?」
「赤くない!これは太陽の反射のせいだ!決して赤面している訳じゃない!」
白銀は必死に弁明をする。そんな白銀を見て微笑む京佳。傍から見れば、初々しいカップルのように見える。そんな時、
「あ」
「ん?」
京佳が手にしていたチキンサンドからマヨネーズが一滴こぼれ、それが京佳の胸の上に落ちた。
「……」
「……」
「……拭いてみるか?」
「……拭かねーよ!?」
白銀はほんの一瞬だけ返答に迷ったが普通に拒否した。でも正直、自分も男だから触れるなら触りたいという思いが頭の片隅にはあったりする。
「いやすまないな、からかって。ほら、手に付いたマヨネーズをこれで拭きとってくれ」
「あ、ああ。すまん」
京佳が自分で、胸に落ちたマヨネーズを紙ナプキンで拭きとると、今度は白銀に新しい紙ナプキンを手渡す。それを受け取った白銀は、右手についたマヨネーズを拭きとる。
白銀と京佳がそんな風に昼食を取っている時、2人に話しかける人物が現れた。
「やっぱり、会長でしたか」
「「え?」」
自分たちに話しかけてきた正面に立っている人物に、顔を向ける白銀と京佳。するとそこには水着姿の2人の男女が立っていた。
茶髪の男性は青色のリーフ模様の水着を履いており、ショートヘアでヘアピンを付けている女性は紺色のビキニの上から、白いラッシュガードを着ている。茶髪の男性は見覚えが無いが、女性の方は白銀が知っている人物だった。
「柏木じゃないか」
「はい。お久しぶりですね、会長」
紺色のビキニを着た女性の名前は柏木渚。白銀と同じクラスの女生徒で、ボランティア部の部長で、経団連理事の孫で、秀知院VIPの1人である。
「確かに久しぶりだな」
「ええ。それとそちらの方は、庶務の立花さんでしたよね?」
「ああ。こうして会うのは、初めてかな?」
「そうですね。初めまして。柏木渚と言います」
「初めまして。生徒会庶務の立花京佳だ」
京佳は渚とは初対面だった為、自己紹介をした。最も、お互い喋った事が無いだけで名前だけは知っているのだが。
「ところで、そっちの彼は誰だ?」
白銀は渚に質問をする。渚の隣に立っている何かチャライ感じの男性を見た事が無かったからだ。
「やだなー会長。俺ですよ俺。田沼ですって」
「…………はぁ!?田沼!?」
「うぃーっす。久しぶりですね~。白銀会長~」
渚の隣に立っているのが、1学期に色々と相談を持ち掛けてきた田沼翼と知り驚く白銀。彼が知っている田沼翼という男子生徒は、断じてこのようなチャライ感じの生徒では無い。
「お前何があったの!?1学期と全然違うじゃん!?」
「まぁ、色々あったんっすよ。色々」
翼のあまりの変わりように、未だ驚く白銀。何があったか問いただすが、返答は曖昧である。これ以上聞いても埒が明きそうにないので、白銀は別の質問をすることにした。
「まぁ、もうこれ以上は聞かないでおこう。ところで2人もクイズ大会に?」
「いいえ。私達は純粋にデートですよ」
「もう夏休みも終わりですからね~。最後に水着デートをしたかったんですよ~」
「ここは都内だから、日帰りできますしね」
どうやら渚と翼の2人は白銀達とは違い、普通に水着デートに来ていたようだ。
「まぁ俺は、渚のかわいい水着姿が見れたのでもう満足ですけどね」
「もう、翼くんったら」
「だってマジでかわいいんだよ?もうほんとさ、眼福ってこういう事なんだなーって」
「ふふ、ありがとう」
(この2人、いつの間にそこまで進展していたんだ…)
白銀達の前でイチャつく2人。夏休み前までは、渚の手を握る事すら白銀に相談していた翼とは思えない。本当に、この半月たらずの間に何があったのだろうか。
「そういう会長も、今日はデートっすか?」
「え?あー、これは「ああ、デートだよ」立花!?」
今度は白銀が逆に質問をされる。しかし、白銀が答えるより先に京佳が質問に答えた。
「どうした白銀?昨日私がデートに誘って、今日ここに来ているだろう?」
「いや、そうなんだが」
「おおー。会長も夏休みをエンジョイしてるんですね~」
「ま、まぁ。確かに今年の夏休みはそれなりに遊んでいるが」
少し恥ずかしそうにする白銀。確かに、昨日京佳からクイズ大会という名のデートに誘われ、彼は今日ここに来ている。しかし白銀の中では、今日デートをしているという認識が薄い。白銀は今日、あくまでもクイズ大会に参加しているという認識が殆どだ。ぶっちゃけ今の彼に、デートという認識は2割くらいしか存在しない。
「恥ずかしがらなくっていいですってー。高校生ならデートくらいしますよー」
「お、おう。もうそれでいいわ…」
これ以上、デートである事を否定すると京佳に失礼だと思った白銀は弁明をやめた。そもそも実際、男女2人でこうして遊びに来ているから、デートではある。それは事実なのだから、否定するのもおかしい。
「翼くん。これ以上は2人に迷惑かけちゃうから、もう行こっか?」
「それもそっか。じゃあ会長、また学校でー」
「立花さんも、失礼しますね」
「あ、ああ。じゃあまた学校で」
「ん。じゃあな、2人共」
デートの邪魔をしてはいけないと思った渚の提案を受け、翼と渚は白銀達にあいさつをしてその場を離れる。
「立花、良かったのか?」
「何がだ?」
「いや、同じ学校の人にああいう事を言って。変な噂が立つかもしれないぞ?」
「かまわないよ。人の噂も七十五日というだろう?」
「そうか。まぁ立花がいいなら俺もとやかく言わないが」
京佳は噂などは気にしないらしい。それを聞いた白銀は、本人がそういうならとして、それ以上何かを言う事をやめた。
「それより白銀、今度はサラダサンドはどうだ?」
「貰おう」
京佳から弁当箱を差し出され、トマトがたっぷり入ったサラダサンドを摘まむ白銀。そして京佳自身も、再びサンドイッチを食べ始める。
「まぁ、私は噂された方がよかったんだがな…」
「ん?何か言ったか立花?」
「いや、何でもないよ」
こうして、白銀と京佳は昼食を続け、2人で弁当箱を空にしたのだった。
『さぁお待たせしました!いよいよ決勝戦です!!』
そして、遂にクイズ大会決勝戦が始まる。
次回で水着デート終わりの予定。そろそろ2学期に入りたい。正直、夏休み編がここまで長くなるとは思ってなかった。ですが、もうちょっとだけお付き合いください。
感想、評価、ご意見等、どうかよろしくお願いしたします。
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立花京佳と水着デート(肆)
そして、今回だけ原作かぐや様以外の別作品のキャラが出ます。そのため一応クロスオーバータグ増やしました。
現在、白銀達は施設内に設営された特設会場の上にある解答者席に座っている。その横には、自分たち以外にも決勝戦に進んだ2チームがそれぞれの席に座っており、決勝戦を今か今かと待っているようだ。
『では!先ずは決勝戦に進んだ3チームをご紹介しましょう!』
水着姿の女性司会者が、マイクを手に決勝戦に進んだ3チームを紹介する。
『先ずはAチーム!男の子のほう曰く、愛の力で勝ち上がってきたそうです!いやー!青春してますねー!爆ぜればいいのに!』
「ありがとうございます!誉め言葉です!」
「そうだな。嫉妬は私達には誉め言葉だ」
『ははは!皮肉が通じません!こんちくしょー!』
Aチームは茶髪の男子と銀髪で長髪の女子の2人組だ。司会者の皮肉を軽く流すあたり、色々と訓練されている。因みに銀髪の女子の水着は黒いハイネックビキニである。エロイ。
「頑張りなさいよ2人共ー!」
「く!私が一緒に出たかった…!」
「あの2人が1番優勝の可能性があるから仕方ないのだー」
「『頑張って下さい』『我らが友よ』」
「ふふ、2人とも~。精一杯応援しているからね~」
会場には、Aチームの2人の友達なのか、応援する者たちがいる。しかも全員女子。そのうえ美人揃い。一体彼らはどういう集まりなのだろうか。
『続いてBチーム!優勝賞金が欲しくてここまで来たそうです!正直ですねー!そして賞金を手に入れたら美味しいご飯を食べに行くとか!』
「うっし!明日子さん!頑張ろうぜ!」
「ああ、そうだな。頑張って優勝して今夜は美味しい桜鍋を食べよう。ヒンナだぞ」
「おう!今から楽しみだぜ!」
Bチームは顔や体に沢山の傷がある屈強な男性と、深く青い瞳で黒っぽい長い髪の女子の2人組。言っちゃなんだが、傍から見たら『極道のお嬢とその護衛の組員』にしか見えない。因みにだが、長髪の女子は藍色のモノキニを身に纏っている。かわいい。
「頑張れよ2人共ー!勝ったら今夜は皆で酒飲みながら桜鍋だぞー!」
「いやラッコ鍋の方がよくないか?」
そんなBチームの2人を応援する、坊主頭の男と胸毛が濃ゆい男。恐らく友人だろう。しかし、何ともキャラが濃ゆい男たちである。
『最後にCチーム!ここまできたなら絶対に負けたくないとのこと!イジリがいの無いコメントでしたが頑張って欲しいですね!』
「おい!イジリがいが無いって何だ!」
「やめとけ白銀。ああいうのはムキにならない方が良い」
そして白銀と京佳のCチーム。司会者の突然のダメ出しに抗議する白銀だったが、京佳に言われすぐに落ち着いた。
「会長ー!立花さーん!頑張ってくださーい!」
「応援してますよー。会長ー」
そんな2人を応援する渚と翼。白銀達がクイズ大会に出る事を知った2人は、どうせなら応援しようと思い、こうして会場にいる。
(これ無様な姿晒せないなぁ)
同じ学校に通う学友が見ているのだ。例え優勝できなくても、生徒会長らしくしておかないと、夏休み明けに自分の株が下がっているかもしれない。そう思った白銀は気合を入れ直す。
『では決勝戦に参加するチーム紹介も終えたところで、ルールを説明します!』
白銀にダメ出しをした司会者は、決勝戦のルール説明に入った。
『決勝戦は早押しクイズです!そして最後に最も多くのポイントを持っていたチームが優勝です!答えがわかっても他のチームより早くボタンを押して答えないとダメですからね!因みに不正解をしたらその問題の解答権は消えちゃいます!よく考えて答えて下さい!』
どうやら決勝戦は早押しクイズの様だ。数多くあるクイズ番組でもよくあるやつである。
『では、ルール説明も終わったところで、早速いってみましょう!』
そして、優勝賞金20万円をかけた決勝戦が始まった。
『問題。日露戦争中に当時の日本軍とロシア軍が激戦を繰り広げた旅順攻囲戦。その中でも特に激戦となり、当時の日本軍が11月28日に攻撃を開始した丘陵の名前は?』
ピンポン!
『おーっとBチーム早い!それで答えは!?』
「203高地」
『正解です!Bチーム1点先取!』
「よっしゃあ!」
先ず1点を制したのは、体中に傷のある男のいるBチームだった。
『ではどんどん行きましょう!問題。かつて存在した、エジプト新王国第19王朝のファラオの名前は?』
ピンポン!
『おっと!今度はAチームです!それでは答えを!』
「ラムセス2世。またはラメル2世」
『正解です!Aチームに1点!』
「ふ、これくらい朝飯前というやつだよ」
次に問題を答えて1点を取ったのは、銀髪女子のいるAチーム。
『では次です!問題。空に輝く星座。その中のひとつである射手座は何を狙っている?』
ピンポン!
『今度はCチーム!では答えをどうぞ!』
「さそり座」
『正解です!Cチームに1点!これで並びましたね!いやー、これはもしかするととんでもない接戦になるかもしれません!』
「おっし!」
星座の問題を答えたのは、星座大好きな白銀がいるCチーム。
(しかしこれは本当に、どうなるかわからんな)
不意にそう思う白銀。まだ3問しか出ていないが、今の所全チームが答えている。つまり、全チーム実力派拮抗している可能性があるのだ。今後の問題の内容にもよるが、このままでは本当に接戦になるかもしれない。
(だが、ここまできたんだ。絶対に優勝して20万円を持って帰ってやる!)
何度もいうが、白銀にとって20万円はとてつもない大金だ。20万円もあれば、どれだけ生活が楽になるか。故に目指すは優勝のみ。白銀は再度気合を入れ直し、クイズに挑むのだった。
『問題。アイヌ民族の伝承に登場する小人で、蕗の葉の下の人という意味の名を持つ者の名前は?』
「コロポックル」
『正解!Bチームに1点!』
『問題。人気小説、王冠恋物語シリーズ。その主人公である王子の名前は?』
「カマクル!」
『正解です!Aチームに1点!』
『問題。ドイツ海軍が初めて建造した空母。その艦名は?』
「グラーフ・ツェッペリン」
『Cチーム正解!1点!』
白銀の予期した通り、決勝戦は接戦だった。ひとつのチームが答えたら、次は別のチームが答える。それの繰り返しだ。結果として、全チーム点数が横並びになっている。これでは本当に、どこが優勝するかわからない。
(まずいな、何とかして2問連続で答えないと…)
残り問題数がどうなっているかわからいが、そう多くは無いだろう。ここで一気に2問正解して他と差を付けたい。
『さぁ!ここまで全チーム同点!いやー!まさか本当にこれ程の接戦になるとは思いませんでしたねー!』
女性司会者も白銀と同じ気持ちの様だ。最も、大会的には盛り上がっているので嬉しい所である。
『さて、時間も色々差し迫っているので、次が最後の問題とします!』
(嘘だろ!?もう最後か!?)
そして唐突に次が最終問題という。決勝戦が始まってもうすぐ40分。ここまで接戦になるとは誰も思っておらず、運営は司会者に指示を出していた。施設の利用時間もある為、これはしょうがない。
『それでは、最後の問題。竹取物語において、かぐや姫が求婚された際、求婚してきた者たちに課した自分に持ってくるように言った品物を全て答えて下さい』
(なんだと?)
最後の問題は竹取物語、もっと分かりやすくいうとかぐや姫からの出題だった。物語内において、かぐや姫は5人の男に求婚される。その5人に出したかぐや姫からの無理難題。その無理難題がクリアできたのなら結婚するというもの。その時、かぐや姫が言った無理難題な品物。それが名称が問題の様だ。
(落ち着け…!答えは知っている!確か、仏の御石の鉢、蓬莱の玉の枝、火鼠の皮衣、龍の首の玉、そしてあとは…)
脳をフル回転させ、思い出す白銀。彼とて竹取物語は知っている。古文の授業で習ったし、単純にこの話が好きなのだ。故に答えは知っている。なので脳に刻まれているはずの答えを出そうと必死になっているのだ。
(確か、何かの鳥の貝だったよな?何だっけ?鷹?鴉?雉?)
他のチームの人も、白銀と同じように悩んでいる。
(思い出した!燕だ!燕の子安貝だ!)
そしてついに、白銀は答えを出した。あとは解答ボタンを押して、答えるだけだ。
(よし!これで、20万円は俺のものだぁぁぁぁぁ!!!)
白銀は自分の勝利を確信し、少し大きく腕を振り上げてボタンを押すのだった。
「……あんなに大きく腕を上げるんじゃ無かった…あとほんの少し早くボタンを押していれば、優勝だったのに…」
「元気を出せ白銀…」
クイズ大会終了後。そこには落ち込んでいる白銀がいた。その隣には京佳いて、落ち込んでいる白銀を励ましている。彼は先ほど行われていたクイズ大会決勝戦で、答える事が出来なかったのだ。
その理由は、自分より早くAチームがボタンを押して解答権を得て、そして答えてしまったからである。結果として、白銀達Cチームは同着2位。そして2位の賞金は、3万円。決して少なくは無い金額だが、20万円と比べると雀の涙である。
(まいったな…ここまで落ち込むとは…)
自分の好きな人が落ち込んでいるのは見たくない。京佳は何とかして白銀を元気づけたかった。
(そうだ。折角プールにきているんだ。何かで遊ぼう。そうすれば白銀も元気になるかもしれない)
ここは『ざぶーん わくわく!』という人気レジャーランド。何もクイズ大会だけがけしか遊べない訳では無い。折角他に遊べるところがあるのだ。ならばそこで、負けてしまったショックを和らげればよい。
「白銀、少しいいか?」
「ん?何だ立花?」
「いや、折角プールにきているんだ。どうせなら、何かひとつくらい遊んでいかないか?」
「ぬ、しかしなぁ…」
「何かで遊んだ方が、気が紛らわせると思うぞ?」
「……そうだな、折角有名なレジャーランドにきているんだし、ひとつくらい遊ぶか」
過ぎた事は仕方ないと思った白銀は、京佳の提案を受け入れた。
「おおぅ、結構高いな…」
「そうだな。でもその分楽しめると思うぞ?」
白銀と京佳は、ウォータースライダーに来ていた。その落差、およそ30メートル。しかも入口から出口まで、曲がったり真っすぐしたりと様々な形となっているので、スリル満点間違いなしだろう。
「ではお客様、こちらの浮き輪に乗ってください」
スタッフに言われ、ウォータースライダーに設置されている、上から見たら数字の8のような形をしている2人乗り用の大きな浮き輪に乗ろうとする2人。
「えっと、立花は前と後ろどっちがいい?」
「私はどっちでもいいぞ?」
「ふむ、ならば俺は後ろでいいか?」
「かまわないよ。なら私は前に乗ろう」
京佳が前に、その後ろに白銀が乗り込む。
「いいですか。左右に設置している取っ手をちゃんと握っていて下さいね」
「わかりました」
スタッフにそう言われると、白銀と京佳は左右にある取っ手を力強く握る。
「それでは、行きます。どうぞ楽しんできてください」
そしてスタッフは、浮き輪を思いっきり後ろから押し出す。そのまま2人が乗った浮き輪はウォータースライダーを流れて行った。
「うぉぉぉぉぉぉ!?」
「ははは、これは凄いな!」
白銀は思わず声を出し、京佳は楽しくて笑う。ウォータースライダーはかなりの速さが出ている。カーブを曲がると、思わず外に投げ出されるんじゃないかと思えてしまう。
素直に言って、かなりスリルがある。
(いや怖ぇ!?これ普通に怖ぇ!?)
というか怖かった。
白銀は初めて経験するウォータースライダーに恐怖を感じている。ジェットコースターの様に、体をしっかりと固定している訳では無い。そのせいで身体が大きく揺れる。その動きが怖いのだ。
(いや!こんなことで怖がってはいけない!耐えろ俺!)
何とか恐怖を抑えて耐える白銀。ここで怖がっていては、生徒会長としての威厳が無くなってしまう。故に何としてでも耐えなければならない。白銀はそう自分に言い聞かせて、恐怖を押し殺した。
そして2人を乗せた浮き輪は、そのまま勢いよくウォータースライダーの出口にあるプールに落ちて行った。
が、ここでちょっとしたアクシデントが起こってしまう。
2人が乗っていた浮き輪が、勢い余ってひっくり返ってしまったのだ。
(もがもがもご!??)
白銀はカナヅチである。自宅の風呂で溺れた経験があるレベルの。そんな白銀にとって、この状況はかなり危険である。
(す、水面!水面に出ないと!!)
腕を必死にばたつかせて水面に行こうとする白銀。こんなところで人生を終えたくない。というか、ウォータースライダーで遊んで溺れましたなんて恥ずかしくて死んでも死にきれない。
「ぷっはー!!死ぬかと思った!!」
そしてついに、白銀は水面に顔を出して息を吸える事ができたのだ。
「あー、危なかった。こういう事もあるって事を完全に失念していた」
ぼやく白銀。そして周囲を見渡す。
「あれ?立花?」
一緒に乗っていた筈の京佳の姿が無い。もしや自分と同じように溺れているのかと思ったが、周りには気泡が無い。どういう事なのかと白銀が思案している時。
「し、白銀…」
「ん?」
後ろから声をかけられる。振り返ると、そこには顔だけ水面に出している京佳がいた。
「どうした立花?てか、なんか顔赤くないか?まさか熱中症か?」
「ち、違う…!そうじゃない…!」
「?」
京佳の反応に、白銀が頭に疑問符を浮かべる。だが、その理由はすぐに分かった。
「そ、それ…返してくれ…」
「え?それ?」
「その、手に持っているやつだ…」
「手だと?」
京佳に言われて、自分の手を見る白銀。すると、今まで気づかなかったが、白銀の右手に何かが握られていた。それは黒くて長い布であり、紐の様なものもついている。
そしてそれが京佳のビキニだと気づくのに、白銀は10秒以上かけた。
「……え?」
思わず呆気にとられる白銀。そしてもう1度京佳の方を見る。京佳は顔を真っ赤にしており、よくみると両腕で自分の胸を隠している。
つまりこれは、今現在京佳は上半身が生まれたままの姿だという事だ。
因みにどうしてこうなったかというと、先ほど白銀が溺れそうになった時、必死に腕をばたつかせたのが原因である。あの時白銀の右手が、京佳の胸に思いっきり接触。そして指が水着にひっかかり、まるで剥ぎ取るように京佳のビキニを奪ったのだ。
「た、頼む…流石にこのままじゃここから動けない…」
「あ、はい…」
あまりの衝撃に、1周まわって冷静になる白銀。そしてゆっくりと京佳に近づく。
「ま。待ってくれ白銀!頼むから目を閉じてくれ!」
「そ、そうだよな!?すまない!本当にすまない!!」
目を瞑り、京佳に水着を差し出す白銀。それを受け取った京佳は、そのまま水中でビキニを付けたのだった。
そしてその後、なんか気まずい雰囲気の中、2人はそれぞれ更衣室に向かうのだった。
「本当にすまない。立花」
「大丈夫だよ白銀。あれは事故な訳だし」
施設の外。そこには着替えた白銀と京佳がいる。最後のウォータースライダーでの出来事。いくら事故とはいえ、あんなことをしてしまったのだ。白銀はそれに少なくない責任を感じている。最も、京佳はあまり気にしていない様だが。
「いや、あれはダメだ。いくら立花が大丈夫と言ってもあれは俺の中ではダメなんだ」
「いや、しかし」
「頼む。謝るだけじゃ俺が納得できないんだ。だから何かさせてくれ」
しかし、白銀は嫁入り前の友人を辱めたようなものだと思いかなり気にしている。ただ謝るだけじゃ納得ができない。なにか形ある謝罪をしたい。そうしなければ自分を許せない。
「……そうだな。だったらひとついいかな?」
「ああ。何でもとはいかないが、可能な限り何でもしよう」
京佳もそういったものを感じたのか、白銀にひとつお願いをすることにした。
「また、今度でいい。今日みたいに私とデートしてくれないか?」
「え?そんなのでいいのか?」
「ああ。私はそれがいいんだ」
「わかった。立花が良い時でいいから、いつでも言ってくれ」
京佳は白銀と、再びデートの約束を取り付けた。少し卑怯なやり方かもしれないが、京佳にとっても白銀にとってもここが落としどころだろう。
「それじゃあ、帰ろうか」
「そうだな。っとそうだ。帰りに買い物をしないと。もうそろそろ米が切れそうだし」
「なら白銀。またあそこのスーパーに行かないか?」
「あそこか。確かにあそこはいいな。よし、行こう」
その後、白銀と京佳は前に2人でお米を買いに行ったスーパーに再び一緒に買い出しをしに行った。
因みにその日の夜、白銀家の夕飯はトンカツだった。圭はめっちゃ喜んでいた。
水着イベントといったらポロリだよね、という安直な考え。
これにて水着デート、そして夏休み終了。長かった… 次からは2学期に入ります。
お気に入り登録、感想、誤字報告、本当にありがとうございます! 次回も頑張ります!
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2学期編
白銀御行と羞恥心
そして通算UA10万を突破しました!本当にありがとうございます!!
新学期初日。
大勢の生徒が、憂鬱と期待を胸に日常へと舞い戻っていた。しかし夏休み明けというのは、兎に角気だるいもの。実際、殆どの者が夏休みに戻りたいという顔をしている。
それは生徒会長である白銀も例外では無い。
彼にとって、今年の夏休みは非常に充実しているものだった。遊園地、旅行、そして花火大会にプール。去年とは全く違う夏休み。妹である圭も楽しめた夏休み。出来る事なら、またあの楽しい日々に戻りたい。
だが、生徒会長がそのような考えをしてはいけない。白銀は気持ちを切り替える為にも、生徒会室の掃除を始めた。ふと白銀は、生徒会室の掃除をしながら夏休みの出来事を思い返す。
生徒会の皆で遊んだ遊園地では、最後の観覧車でかぐやと京佳に抱き着かれて疑似ハーレムみたいな展開を味わった。かぐやが所有していた別荘に旅行へ行ったときは、京佳とキスしそうになったり、恐怖で泣き出した京佳を背中におぶって、その豊満な胸の感触を感じた。花火大会では、ちょっとしたアクシデントがあったが皆で綺麗な花火を見ることも出来た。
更に、
『凄く、似合っているとは、思ったぞ』
『このままだと四宮が花火の時間までに間に合わないかもしれない。だから、俺たちの方から四宮に近づくってのはどうだ?』
という台詞も口にした。
そしてこれらの出来事を思い出した白銀は、
(あれ?俺かなり恥ずかしい事言ってない?)
急に羞恥心が芽生えたのだった。
京佳に『似合っているぞ』と皆の前で言った事、その後生徒会の皆に『四宮を迎えに行こう」(キリッ!)みたいな事を言った事。今思い返してみると、かなり恥ずかしい事を言っている様に思える。あの時はテンションのせいで特に気に留めなかったが、今になって恥ずかしいと思いが沸き上がる。
黒歴史。
去年とは何もかもが違う夏休みを謳歌した白銀は、テンションが上がりっぱなしだった。そのテンションの中、途中途中で口にした台詞。それらは今後数十年に渡って、時折思い出しては激しく悶える事になる事は必須な出来事、『言ってしまったエピソード』として今後の白銀の人生に刻まれてしまった。
因みに黒歴史の語源は、口元に髭を生やした白いロボットが主役のロボアニメだと言われている。
(それだけじゃない…!立花に関しては、あんな昔のラブコメ漫画みたいな事をぉぉ!?)
だが、それらの出来事だけならまだ大丈夫だった。京佳に関しては更に上乗せされる話がある。それが夏休み最後の週に2人だけで行ったプールでの出来事。もっと言えばポロリである。
(あの時は1周回って冷静だったが、今になって思うと本当に何してんの俺!?一応立花は許してくれたけど、だからといってあれはやっぱダメだろう!?)
なんせあの時の京佳は上半身裸である。いくら事故でやった事で、周りの人達が気づいていなかったとは言え、白銀は公共の場で京佳を裸にひん剥いたのだ。時代が時代ならその場で打ち首である。
(やばい…なんか今になって立花と顔を合わせ辛くなってきた…)
2人だけで行ったクイズ大会。そこでのラッキースケベ的なハプニング。その事を思い出した白銀は、京佳と顔を合わせ辛くなっていた。
「遅れてすみません会長!今学期もよろしくです!」
「よろしくお願いします。会長」
「……」
白銀が羞恥心と生徒会室の汚れを消し去っている時、かぐやと藤原と京佳が現れる。
「お、おう3人共。今学期もよろしくな」
「はい!」
当たり障りのない会話をする白銀。今の彼は、夏休みの事を話題にされたくない。下手に話題にしてしまって、京佳からあのプールでの出来事を話題にされたらと思うと気が気がじゃない。
(兎に角ここは穏便にいこう。夏休みの事など喋らない様にしよう)
白銀は兎に角夏休みの事を言われたくない。よって行動を起こす。
「よし3人共、さっそく掃除をしてくれ。夏休み中はここに来なかったから結構埃が溜まってるんだ」
「了解です!」
「はい、わかりました」
白銀に言われて掃除を始める藤原とかぐや。
「じゃあ立花も…」
箒を持って京佳に近づく白銀。しかし、京佳の顔を見た瞬間、白銀はあのプールでの出来事を思い出してしまった。そして、全く見えていなかった筈なのに、水面下に確かに存在した京佳の上半身裸の姿を妄想してしまう。
プイッ
白銀は直ぐに京佳を自分の視界から外した。そして京佳も、
プイッ
白銀から顔を反らす。その理由は、概ね白銀と一緒である。
(どうしよう…白銀の顔を見たら、あの時の出来事をどうしても思いだしちゃう…)
京佳にしてみれば下着が見えたどころの話では無い。なんせ裸、それも胸である。あの時はお互い慌てていた為、見ているかどうかという確認をしていなかった。それ結果京佳は、『ひょっとして自分は白銀に裸を見られたのでは?』という不安が時間差でやってきたのである。
(後でいいから白銀に聞こう。何も見えていなかったかどうか…)
そんな事を思いながら、京佳は雑巾を手にして掃除を始めた。
(なんでしょう、今のは?)
白銀と京佳の2人の反応をみたかぐやは、頭に疑問符を浮かべる。
(まぁどうでもいいですね。そんな事より、今年の夏休みは本当に楽しかったですね)
しかし直ぐにそんな事を頭から切り離し、夏休みの思い出を思い返す。
(やはり1番楽しかったのは花火大会ですね。初めて皆と一緒に花火を見れましたし、しかも会長ったら態々私の為に花火を見れる場所を変更してくれましたし…!)
思い返すのは花火大会。自分のせいで本来の会場では無く、少し離れた場所で見る事になってしまったが、それでもかぐやは嬉しかった。初めて友達と、そして好きな人と見れた花火だったのだから。
(って違いますから!私は別に会長の事なんて好きじゃありませんから!)
自分で思い返しておいて、直ぐに否定をするかぐや。
(でも、あの時会長は、態々私の為に皆さんを説得してくれたって聞きましたし…)
そう思いながら掃除をするかぐや。すると、いつの間にか白銀に近づいることに気づく。
(そうですね、やはりもう1度、会長にはきちんとお礼を言うべきですね)
かぐやはそのまま白銀に近づき、お礼を言おうとした。しかし、
スッ
そのまま、白銀と話すことなくお互い交差しながらすれ違う。
(いや何よ今のは!?)
かぐやは自分と白銀の行動に驚く。別にぶつかりそうになった訳ではない。にも拘わらず、寸前の所で避けてしまっている。かぐやの場合これは、照れや緊張によって引き起こされるアクション、俗にいう『好き避け』である。
花火大会の時、自分に花火を見せようとし、皆を説得してくれた白銀。その結果かぐやは花火が見れた。かぐやはそれが嬉しかった。何より、白銀が自分の為に動いてくれた事が。
しかしそのせいで、こうして無意識に『好き避け』を発動してしまっている。
(こ、これじゃまるで私が会長を意識しているみたいじゃない!?)
かぐやもそのことを理解したのか、必死でそれを否定する。
一方、白銀がかぐやを避けた理由は違った。丁度かぐやが近づいた時、たまたま掃除をしている京佳が視界に入ってしまったのだ。それ故、京佳が視界に入らない様に体を方向転換させたのである。また、邪な妄想をしない為に。
(くそ!いっそ目隠しでもするか!?)
白銀は本気でそんな事を考え始める。
(こ、今度こそちゃんと会長にお礼を…!)
(やはりもう1度謝ろう…あれはどう考えてもダメだ…)
(ちゃんと聞こう…本当に白銀は見ていないのかを…)
それぞれ思っている事は違うが、今度は、かぐや、白銀、京佳の3人が近づく。しかし、
スッ
誰も話しかけることなく、再び交差する。
(だ、だめ!近づけば近づく程会長の顔を直視できない!!)
(ダメだ!立花を視界に入れるとどうしてもあの出来事を思い出して、変な妄想をしてしまう!!)
(ダメだ!何でだ!?ただ聞くだけなのに!どうしてこんなに恥ずかしいんだ!?)
3人共思う事は大体一緒だ。ようは恥ずかしいのである。
(新しい遊び?)
そんな3人を見ていた藤原だけはそんな能天気な事を思っていた。
(そうよ、いつも通りにすればいいのよ。それこそ夏休み前みたいに)
(平常心だ俺。煩悩を捨てろ。そしてちゃんと謝るんだ)
(いつもの様にすればいいんだ。そしてただ質問をすればいい)
再びかぐやと白銀と京佳の3人が近づく。そして、
スッ
ダイヤモンド・テイクオフ!
何故か3人と同じような動きをした藤原も参加して、またそのまますれ違った。
「藤原さん、もしかして私たちをバカにしてます?」
「真面目に掃除しろ」
「そうだ藤原、遊ぶな」
「えええ!?これ遊びじゃないんですか!?」
3人にいきなり怒られた藤原は困惑する。
(((今度こそ!)))
(あ!そうか!つまり…!)
「こんちわー」
スッ
スタークロス!
(こっちだったんですね!)
石上が巻き込まれる形になって、5人が交差した。上から見たら星のような形に見える。
「何なんですか!!石上くんも私をバカにしてるんですか!?」
「え!?いきなり何すか!?」
かぐやにいきなり怒られた石上は困惑する。
「石上、お前まで藤原と同じようなマネを…」
「ぷぷ。石上くんダメですよーそんなんじゃー」
「会長まで!?」
敬愛する白銀にもいきなりダメだしされた。
「なんかよくわかりませんが、今日はもう帰ります…」
石上撃墜。
「あーあ。石上くん邪魔なんてしちゃうから」
「藤原さんも邪魔です」
「…え?」
藤原を見ているかぐやの目はひどく冷たかった。
「うわぁぁぁん!どぼじでーー!」
藤原撃墜。
(あーもう!ただお礼を言うだけなのに!どうして私がこんなにドキドキしないといけないのよ!!)
かぐやは今度こそちゃんと白銀にお礼を言おうとする。しかしその時だった。
「白銀、ひょっといいだろうか?」
「あー、いいけど、どうしたんだ立花?」
「にゃにがだ?」
「いや、何んでほっぺをねってるんだ?」
「気にしゅるな」
何故か京佳が、頬をつねながら白銀に話かけていたのは。
(いや何あれ!?どうしちゃったの立花さん!?)
京佳の突然に奇行に驚くかぐや。勿論これは趣味なのではない。これはほっぺをつねって痛みを伴う事により、恥ずかしがらずに白銀の方を向けるという京佳苦肉の策である。絵面はひどいが、効果はある。
「ひょっと聞きたい事があるんだ」
「お、おう。何だ」
ほほを思いっきりつねながら質問をしてくる京佳にたじろぐ白銀。
「ひつはな、その、あれだ」
「ん?」
「あのひょき、本当に何も見ていないのかと思っへな」
「あ…」
京佳の質問を瞬時に理解する白銀。
「それは断言しよう。俺はあの時何も見ていない。本当だ」
「……ひょうか」
白銀が一切嘘を言っていない事がわかった京佳は安心し、頬から手を離す。
「すまなかった。疑うような質問をしてしまって」
「いやいいさ。仕方ないことだ。というか、俺こそ悪かった。あんな事をしてしまって」
「大丈夫、気にしていないよ」
「そうか。そう言って貰えるとこっちも助かる」
京佳は質問の答えを聞けて、白銀は再び謝罪することが出来て満足だった。
(やっぱり見えてはいなかったか…でも、ちょっとだけ残念かもしれないな…)
少しだけ残念そうにする京佳。もし白銀が色々と見てしまっていたら、それを理由にして『責任』を取らせる事が可能かもしれないと思ったからだ。
(いや、そんなのはダメだな。そんなのはあまりにも卑怯じゃないか)
だが、そんなやり方で白銀と一緒になれても嬉しくない。京佳は直ぐにその考えを消した。
(この2学期のうちに、何としてでも白銀を振り向かせよう)
そう思いながら、京佳は再び生徒会室の掃除をするのだった。
(いや待って!?何の話!?何を見たの!?そして会長は立花さんに何をしたっていうの!?)
1人だけ蚊帳の外だったかぐやはもう掃除どころでは無かった。
本編に一切関係ない超勝手なイメージ。
白銀=Fー15C または零式艦上戦闘機
かぐや=F-35 またはスピットファイア
藤原=タイフーン または雷電
石上=F-16C またはBf109
京佳=F-22A またはP-51
早坂=ラファール またはMC.205
伊井野はグリペンと3式戦闘機かな?
次回も頑張ります。
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四宮かぐやとバイクデート
でもそれだと酒癖ヒドそう。
追記・少しだけ編集
「オオ、丁度よかったデス。立花さん」
「学園長?何でしょうか?」
生徒会室に向かっていた京佳に、学園長が話しかける。
「実ハお願いがありまシテ、この雑誌を処分シテおいてくれまセンカ?」
学園長は、手にしていた雑誌を京佳に手渡す。その雑誌の表紙には『バイクカタログ』と書かれていた。
「わかりました。ところでこれはどこで?また生徒からの没収したものですか?」
「イエ、これは私が昔持ってきたやつデス。タダずーっと読まずに引き出しに入れっぱなしにしてたノデ、もう処分しようと思っていたんデスヨ」
「えぇ…」
呆れる京佳。秀知院学園の学園長ともあろう人が、普通に私物を持ってきて、しかもその処分を頼んできたのだ。呆れない方が無理である。
「デハ、頼みましたヨ。私は今から愛馬のレースのため育成をしないといけないのノデ」
そして学園長は、一方的に京佳に雑誌を渡して、スマホ片手に立ち去って行った。
(あの人ちゃんと仕事してるのか?)
内心そんな事を思いながら、京佳は雑誌を手にして生徒会室に向かった。
生徒会室
「失礼する」
「あ!こんにちはです京佳さん」
「こんにちは、立花さん」
生徒会室には珍しく、藤原とかぐやの女子2人だけだった。そしてそんな2人は現在、長椅子に座って紅茶を飲んでいる。
「こんにちは。ところで2人だけなのか?」
「はい、会長は日直なんで遅れるって言ってましたよ~」
「石上くんは今日用事があるらしいので、先ほど資料だけ取って帰りました」
「そうか」
因みに石上がいう用事とはゲームを買いに行く事である。
「立花さんも、紅茶を飲みますか?」
「そうだな、頂こうか」
かぐやに言われ、京佳も紅茶を頂く事にする。
(そういえば、さっき渡された雑誌はバイクカタログだったな。少し読んでみるか)
そしてかぐやが紅茶を入れている間、京佳は学園長から無理やり押し付けられた雑誌を開き、読み始めた。
「へー。やっぱり色々あるんだな」
「京佳さん、何を読んでいるんですかー?」
「ああ、これだよ」
藤原に尋ねられた京佳は、手にしていた雑誌手渡す。
「バイク雑誌?もしかして京佳さんバイクを買うんですか?」
「別にそういう訳じゃないが、あったら便利だなとは思うな」
藤原が中身を見て見ると大型のバイクから3輪の変わった形のバイク、誰でも簡単に乗れそうなバイクまで様々なバイクが掲載されていた。
「今はバス通学なんだが、バイクだとその分の運賃も浮くし、荷物がある時も自転車よりは楽に運べるんじゃないかなと思ってね。バイクの値段も決して手が届かない金額じゃないし」
「成程。確かにここに載っている原付とかだったら10万円くらいで買えちゃいますね」
「ああ。それくらいなら私の貯金でも買える」
藤原が目にしている雑誌には原付バイクのページもあり、そこには10万円以下のバイクもあった。
「でもバイクって危なくないですか?車と違って身体が外に出ている状態ですよ?」
「そこは安全運転を心がけるしかないだろうな」
バイクは人間の身体をむき出しの状態で走る。その為、バイク事故はかなり悲惨になりやすい。しかし、それらはもう安全運転を心がけるしかない。
一応体に身に着けるエアバックの様なものも存在するが、それだけで原付が買えるくらいの値段がし、中々購入する人が居ない。
「まぁ、あくまでもあったらいいなーって話だよ。今の所、買う予定はないさ」
「そうですか。でも京佳さんってバイクとか似合いそうですね」
「ふふ。ありがとう、藤原」
「ところで京佳さん、この雑誌はどうしたんですか?」
「ここに来るときに学園長から貰ったんだ。何でも昔持ってきて、そのまま机に入れっぱなしだったらしくてね。もう読むことが無いから処分しておいてほしいと頼まれたんだ」
「いや何で学園長普通に学校に私物持ってきてるんですか。何してんですかあの人」
学園長の行動に藤原からツッコミが入った。
因みに、その学園長はというと、
「イヤッタァァァ!!遂にこのレースに勝ちまシターー!!」
学園長室でスマホゲーを大いに楽しんでいた。仕事しろ。
(バイクですか。乗った事はありませんね。まぁ、今後も自分で乗るつもりもありませんけど)
2人の会話を聞いていたかぐやは、京佳の前の長机に紅茶を置きながらそんな風に思う。かぐやは幼い頃より、専属の運転手が運転する車に乗って様々な場所に移動をしてきた。バイクなどは目にすることはあっても自分で運転する事など無い。
それにもし今後、かぐやがバイクに乗ってみたいと言っても、屋敷の者が賛同するとは思えない。理由は先ほど藤原が言った通り、危ないから。
(そういえば、会長は確かバイクの免許を持っていた筈…)
ふと、白銀が原付の免許を持っている事を思いだすかぐや。
(それに、確かあの雑誌の特集にはバイクの事が書かれていましたね)
かぐやは少し前に、早坂と一緒にたまたま読んだ雑誌の記事を思い出す。その雑誌には『女性の為のバイクデート特集』というのが書かれていた。
男というものは、1度は好きな女性を自分の愛車のバイクに乗せてみたいと思うもの。そして特性上、体を必ず密着させるので、男は後ろに乗せた女性をより意識する。それはつまり、常に男の温もりを感じる事が出来るという事だ。もしそうなったら、女性は必ず誰でも幸せになれる。
そのような事が書かれている特集だった。いささか信頼に欠ける内容である。普段なら、かぐやはこのような特集は無視するのだが、白銀から告白させるために何か使えるかもしれないと思い、特集の内容をしっかりと読み込んでいたのだ。
そして、その雑誌の事を思い出したかぐやはある事を閃く。
それは白銀にバイクを買わせ、その後ろに乗ってバイクデートをしようというものである。
更にかぐやは妄想する。
白銀が運転するバイクの後ろに乗り、白銀に背中から抱き着き、夕焼けの下の海沿いをバイクを走らせながらバイクデートをしている自分の姿を。
(何これ!?すっごい素敵!すっごい素敵じゃないですか!!まるで映画のワンシーンです!!)
妄想を終えたかぐやはテンションを上げた。
(その為には先ず、会長に2人乗りできるバイクの免許を取ってもらわないといけませんね。その後に前にスマホを買わせた時と同じように会長にバイクを買わせるようにしましょう。最悪、四宮家の伝手で十分に使えるけど使われていないバイクを懸賞が当たったとして、会長の家に送り付ければ問題ありません)
そして何としてでも、白銀に免許を取らせ、バイクを購入させようと画策する。全ては、自分が今思いついた妄想の光景の為に。
(では先ず、このバイクの話題を会長が来るまで持たせないといけませんね)
そしてかぐやは行動を開始した。
「お2人とも、私にもその雑誌を読ませて貰っていいですか?」
「ああ、いいよ」
「はい、どうぞかぐやさん」
かぐやは藤原から雑誌を受け取り、ページをめくる。
「へぇ。本当に今は色んなバイクがあるんですね」
「かぐやさんはこの中ならどんなのが好きですかー?」
「そうですね…」
藤原から質問をされ、考えるかぐや。
「この赤いバイクは素敵だなって思いますよ?」
「おお、確かにこれはちっちゃくて可愛いですね~」
かぐやが選んだバイクは、赤い色をした丸みを帯びたデザインの50CCの原付バイクだった。50CCの為その大きさは小さい。しかし、そこがなんか可愛いと思える。
「藤原さんは、どれか気になるものはありましたか?」
「私ですか?そうですね…」
今度はかぐやが藤原に逆に質問をして、藤原が考える。
「あ!これいいですね!バイクなのになぜか3輪で面白いですし!」
藤原が選んだのは、車体が黄色い色をしており、前輪が左右に2つ付いている3輪の125CCのバイクだった。かぐやが選んだバイクよりも大きく、値段も結構する。
「これは、変わった形をしていますね」
「面白いですよね~これ。もしバイクに乗る機会があったら是非これに乗ってみたいですよ~」
「確かに。これは面白い形をしているな」
「京佳さんはどれがいいなーって思ったんですか?」
「私か?そうだな…」
最後に、藤原から質問をされた京佳が雑誌を手にしながら考える。
「私はこれがいいなーって思ったな」
「どれどれ~?」
京佳が選んだのは、如何にもなスポーツバイクだった。青色の車体は細く、曲線的な形をしており、誰が見ても『スピードが出そう』と思えるデザインをしている。
「これ、ですか?」
「ああ、かっこよくないか?」
「か、かっこいいですか?」
藤原が言葉を詰まらせる。
「えっと、可笑しいかな?」
「ああ!ごめんなさい!別におかしいとかじゃありません!ちょっとだけ驚いただけですから!」
「そ、そうか…」
藤原が驚くのも仕方ない。まさか同年代の女子から、いかにもなスポーツバイクをかっこいいと言われるとは思わなかったからだ。そもそも藤原はバイクに疎かったし、何よりこういった話をしたことが今まで1度も無い。故に驚いたのだ。
「で、でも!もし京佳さんがこういうバイクに乗っていたら、すっごいかっこいいって思いますよ!」
「そうなのか?」
「はい!絶対に似合いますって!」
藤原、必死のフォローである。しかしそれは本心からの言葉だ。京佳は所謂かっこいい系の女子である。そんな京佳がもし、このようなスプーツバイクに乗っていたら、多くの女子が目を奪われる事だろう。
「ふむ。そう言われたら、今は無理だが、いつかは免許を取ってこういったバイクに乗ってみたいな」
藤原のフォローが効いたのか、京佳はバイクに興味を示した。
(でもどうせなら、白銀が運転するバイクの後ろに乗ってみたいがな…)
そして京佳もかぐやと同じ事を考える。
(もし白銀が運転するバイクの後ろに乗れたら、白銀に思いっきり抱きつけるな。ふふ…もし本当にそうなったら、どれだけ嬉しいのかな…)
少しだけそんな妄想をする京佳。恋する乙女にとって、これくらいの妄想など容易い。
「すまん皆。遅れた」
「あ!会長日直お疲れ様です~」
京佳が誰にも気づかれない様に妄想に耽っている時、ようやく白銀が生徒会室にやってきた。
(よし!この流れならいけますね!)
かぐやは今の生徒会室の空気なら、バイクの話を白銀に振るのは何ら不自然ではないと確信する。そして、どうにかして白銀にバイクの話を持っていこうと考え始めた。
「そうだ!会長、ちょっといいですか?」
「何だ藤原?」
「会長は、この中のバイクだったらどんなのが好きですかー?」
(ありがとう藤原さん!)
かぐやが考えていたそんな時、藤原が白銀にかぐやが聞きたい事を直接聞いたのだ。かぐやにとっては棚から牡丹餅である。そして白銀は、藤原から雑誌を手にし、読み始める。
「ほー、バイクか。バイトで乗った事はあるな」
「そうなんですか?」
「ああ、ピザ配達のバイトの時にな」
どうやら白銀は、実際にバイクを運転したことがあるようだ。
「白銀は、バイクに興味があったりするのか?」
「特別興味がある訳じゃないぞ。だけど、男だったらやっぱりバイクや車には憧れたりするもんだ」
「それで会長。どういうのが好きですか?」
「そうだなぁ…」
雑誌を手にした白銀が考える。
「お、これがいいな」
そして、とあるバイクのページを指さす。
「…え?これですか?」
「ああ。これなら運転も難しく無いし、雨の日や風が強い日も安心だろうしな。何より、俺はこれを運転した事がある」
((ん?))
白銀のすぐ隣にいた藤原が、何やら妙な反応をする。それを見ていたかぐやと京佳は首を傾げた。
((まさか))
かぐやと京佳は白銀の方に近づく。そして白銀が開いているぺージを見る。
そこには『デリバリーバイク』というのが載っていた。
所謂、宅配ピザの人が乗っている、屋根が付いているあのバイクである。
((えぇ…))
かぐやと京佳の2人も絶句する。まさか白銀が、こんなバイクを選ぶとは思っていなかった。2人共、バイクに詳しい訳ではないが、これはカッコ悪いとわかる。流石に、これには乗りたくない。そもそも原付なので2人乗りは出来ないのだが。
「皆さん、そろそろ仕事をしましょうか」
「そうだな。やるとしよう」
「あ、はい、そうですね」
3人は早々にこの話を終わらせる事にした。もしここで、白銀がもっと別のバイクを選んでいれば、かぐやも色々と言葉巧みに策を巡らせたことであろうが、このようなバイクを選ばれては仕方が無い。
そしてかぐやは、これ以上このバイクの話題がバイクデート等に広がる事は無いと思い、早々に話題を切り上げたのだった。京佳と藤原もかぐやと同じ様な気持ちになったのか、かぐやの言葉に従い仕事を始める。
「?」
そしてそんな3人の様子に、白銀はただ1人頭に疑問符を浮かべるのであった。
因みに後日、藤原が雑誌を持って石上に全く同じ質問をしたところ「興味が無いので選べない」といい、藤原はイジリがいが無く面白くないと思い、その後雑誌を処分した。
かぐやが選んだバイク=イタリア語でワイン
藤原が選んだバイク=鳥街
京佳が選んだバイク=赤いヨーグルト
解った人いるかな?
それと、あくまでも実在するやつじゃなくて、それらをモチーフにしたそれっぽいバイクってことでお願いします。
次回も頑張って書きます。
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白銀御行と選択授業
じゃないと取り返しのつかない事になるかもですから。
「皆さん、選択授業は何に決めましたか~?」
「あー、そういえば希望シートが配られていたな」
「情報、音楽、美術、書道。どれも受験には関係の無い科目ではあるな」
「ですが、だからこそ大事だったりするんですよね」
選択授業
秀知院学園では1年時と2年時の前期と後期に分けて、計4つの授業を選択する。授業そのものはクラス混合で行われ、かぐやと早坂のA組、白銀と藤原のB組、そして京佳のC組が合同で授業をする事ができる数少ない機会だ。
選択科目は、書道、情報、美術、音楽の4つ。
生徒たちは、この中からどれかひとつを選んで授業をする。そんな選択授業のプリントが配られ、2年生の4人は生徒会室でどれにするかを考えていた。
「私はまたかぐやさんと一緒がいいです~。普段クラスが違うから、選択は一緒に授業を受ける事が出来て嬉しいんですもん」
藤原がかぐやに体を密着させながら言う。
「おい藤原。そんな理由で選んでどうする。そういうのは自分で選んで自分に必要なものを選ぶんだ」
「会長の言う通りです。友達がいるからとか、誰かと一緒に受けたいからとか、そんな不純な動機で選んではいけませんよ」
「え~、そんな~」
白銀とかぐやに言われ、藤原は再び希望シートに目を落とす。
(で、四宮は一体どの授業を選ぶんだ?)
そして白銀は、不純な動機で選択授業を選ぼうとしていた。
(本音を言うなら授業は自分で選びたい所ではあるが、これに関しては四宮と一緒というのが絶対条件だ)
白銀とかぐやはクラスが違う。しかし、この選択授業であれば一緒に授業を受ける事が可能だ。だがそれには、同じ授業を選択するという絶対条件が必要不可欠。
(本人に聞くのが1番早いが、もしそんな事をすれば…)
『あらあら、会長はそんなに私と一緒に授業を受けたいんですか? お可愛いこと』
(ってなるよな…)
かぐやにそう言われることは避けたい白銀。そうなる前に、白銀は行動に移す。
(ならばここで俺がやる事は一つ。先手必勝!俺が先に書けば何も問題はない!!)
この勝負、先手を取った方が圧倒的に有利である。先に希望シートに書いてしまえば、後から書いた方は真似たという疑惑を描けようが無い。そう決めた白銀は、机の上に置いてあるペンを取り、希望シートに記入しようとした。
しかし、
「あれ?」
机の上に置いていたペンを取ろうとしたが、ペンが見当たらない。見渡してみると、かぐやがペンを持ちそして―――
「はい。私は書けましたよ」
持っていた希望シートにペンを走らせて、選択授業を書き終えたのだった。
(しまった!やられた!!)
白銀、ほんの少し出遅れたせいでかぐやに先手を取られる。これでは、自分が真似たという疑惑を掛けられかねない。
「かぐやさんは今回何を選んだんですかー?」
「内緒です」
「ええーー!?」
「先ほど会長も言っていたじゃないですか自分に必要なものを選べと。もしここで私が藤原さんに教えたら、藤原さんは絶対に私と同じ授業を選ぶでしょう?」
「いいじゃないですかー!私はかぐやさんと一緒がいいんですよー!!」
「そうですか。なら、どうしてもというのであれば、教えてもいいですよ?」
「ほんとですか!?どーしてもです!絶対にどーしてもです!!」
「わかりました。じゃあ、会長が書いた後に教えてあげます」
「会長!早く!!早く書いてください!!!」
「落ち着け藤原。というかペンを白銀のおでこに何度も突つくな。危ないじゃないか」
藤原は白銀のおでこにペンを突きながら催促する。そんな藤原を京佳が落ち着かせる。
(うぜぇ…)
白銀は藤原をうざがった。恐らく石上だったら口に出していただろう。
(仕方ない。もう聞かずに当てるしかないか)
かぐやに直接聞く事だけは出来ないので、白銀はかぐやの思考を読みながら当てる事にした。
「確か藤原と四宮は、前回音楽を選択していたよな?」
「はい!1年生の時はかぐやさんと2人で書道を選択していたので!」
全部で4期ある選択授業は、毎回違うものを選べる一方、同じ授業は2回まで受ける事が可能である。1年生の時に書道を選んだかぐやは、既に書道を選ぶことが出来ない。
つまり、残る選択肢は3つ。音楽、情報、そして美術だ。
(四宮はかなり極めたがるタイプだ。だとすれば、今回も音楽を選ぶ可能性は高い!)
「よし、なら俺は音楽にしよ…」
ガシッ
「え?」
「ダ メ で す」
白銀が音楽に記入しようとした時、藤原がなんか凄い顔でそれを止めに入る。
「会長?ダメですよ?校歌ひとつ歌えるようになるのにアレだったんですよ?もし音楽なんて選択したら、私どうなっちゃうんですか?下手したら私ストレスで死にますよ?仮に死ななくても胃潰瘍になるかもじゃないですか?
本当に音楽だけは選ばないでください。いいですね?」
「いや、あの…」
「返 事 は ?」
「はい…」
「どうしたんだ2人共?」
藤原のあまりの説得に、白銀は頷くしか無かった。そんな2人のやり取りを見ていた京佳は疑問符を浮かべる。
(四宮は既に書道を2回選んでいる。そして音楽は藤原に止められた。だとすれば残すは情報か美術のどっちかか)
残された選択肢は2つ。確率で言えば2分の1。しかし、ここで賭けに出る事は避けたい。何とかして、かぐやから情報を聞き出したい白銀は話題を振ってみる。
「情報は悪くないよな。海外じゃ書類作成はPCでやるのが普通だし、社会に出て一番役に立つだろう」
「そうですね」
「…美術もいい。例え自分がその道に進まないとしても、デザイナーと仕事をする機会があるかもしれない。少しでも教養があると無いとでは大きく違う」
「そうですね」
「……音楽も」
「そうですね」
(いや全部反応同じじゃねーか!?最後に至っては5文字しか口にしてねーぞ!?)
だがかぐやは、全て同じ返答をする。これでは何を選らんだかなどわからない。
(どうする…いっそ賭け出るか?でもそれは…)
白銀はどうすればいいか悩む。
(ふふ、会長随分と悩んでいるようですね)
そんな悩んでいる白銀をよそに、かぐやはひっそりとほくそ笑む。実はかぐや、先ほど自分の希望シートに記入などしていない。記入したふりをしていたのだ。どうしてそのような事をしていたかというと、自分と白銀の為である。
かぐやも白銀と同じように、選択授業を一緒に受けたいと思っていた。しかし、ここで策略を巡らせ自分の選択を優先すれば、白銀の選択希望を狭めてしまう。それはかぐやの望むところではない。
故に、先に書いたという印象だけを白銀に与えて、白銀が書いた後に自分が記入するという『後追い』をかぐやは実行していた。これならば、白銀は自分のやりたい選択授業を選べるし、かぐやは白銀と同じ選択授業を選べる。
(会長がこちらの意図に気づいてくれるまで、私はただ待っていればいいだけですし、今日は楽勝ですね)
今日のかぐやはただ、白銀が希望シートに記入するのを待つだけでいい。これ以上、下手に策略を巡らせる必要などない。それゆえ、今日は余裕だとかぐやは高を括る。
「そういえば、会長は前はどの選択授業を選んだんでしたっけ?」
かぐやが余裕でいる中、藤原が白銀に質問をした。
「俺か?前回は書道を選んでいたぞ。1年の頃は情報と美術だったな」
「へー、ほぼ全部選んでるんですねー。京佳さんは?」
「白銀と一緒だよ」
「はい?」
(え?)
そして突然聞き捨てならない事が聞こえた。
「えっと、つまり私とかぐやさんみたいに、京佳さんは会長と一緒に選択授業を受けていたんですか?」
「ああ。1年生の頃からずっとな」
(はぁぁぁぁ!?)
衝撃の事実である。京佳は既に1年生の頃から、白銀と一緒に選択授業を受けていたというのだ。
「言っておくが藤原、白銀に相談したとかじゃなくて本当に偶然だからな?」
「いやそんな偶然あります!?絶対にどこかで一緒に受けようって言ったでしょ!?」
「いや本当に偶然だよ。私も白銀も、たまたま選んだ授業が一緒だったんだ」
これは本当の事である。
1年生の当時からクラスが違う白銀と京佳だったが、どういう訳か選択授業は常に一緒となっていた。1年生の最初に選んだ情報の時は、まだ他に知り合いがいなかった為お互い隣の席で授業を受け、美術を一緒に選んだ時は、校内で一緒に動いて同じ場所で風景画を写生した。前回の書道の時も似たような感じである。
その話を聞いた藤原が、突然目を輝かせながら口を開く。
「そんなのまるで、運命みたいじゃないですか!?」
「「「え?」」」
「だってそうでしょ!?お互い、相手が何を選んでいるのか知らないのに、同じ授業を一緒に受けれて、しかも3回連続ですよ!?そんな偶然、もう運命の赤い糸で結ばれているみたいじゃないですか!?」
運命の赤い糸で結ばれているみたいじゃないですか
結ばれているみたいじゃないですか
じゃないですか
か
眼を輝かせている藤原が言った台詞が、かぐやの頭の中で響く。
運命の赤い糸
自分と想い人のお互いの小指が、赤い糸でつながっているという、女子なら誰でも1度は憧れるやつ。その糸があれば、どんな困難があろうとも、必ず2人は結ばれるというものだ。因みにその起源は中国と言われている。
(お、お、お、落ち着きなさい私…!偶然です!そんなのはただの偶然です!そもそも運命の赤い糸なんて科学的根拠何て全く無い妄想!真に受けてはいけません!!)
先ほどまでの余裕は何処かへ消え去り、かぐやは表にこそ出していないが動揺する。
だっていくら何でも出来すぎだ。
お互い、相手が何を選らんだのか全く知らないのに、偶然同じ授業を選択していた。それが3回。いくら偶然だとしても、思ってしまう。
もしかしたら、本当に白銀と京佳は運命の赤い糸で結ばれているのではないかと。
(あり得ません!そんな事はありえません!!偶然!絶対にただの偶然です!!)
あくまで偶然だと自分に言い聞かせるかぐや。だが、どうしても考えてしまう。確かに、可能性で言えばそういう事もあり得るかもしれない。だが、その可能性は決して高くはない。だとすれば、本当に2人には赤い糸で結ばれているのではないか?その考えが消えない。
(まさか、2人には本当に…?)
1度考えてしまうと、簡単にはその考えが頭から切り離せない。先程まであった心の余裕はどんどん無くなり、かぐやは胸が苦しくなり始める。
「そうだ!だったらここで先ず京佳さんが記入してみて下さいよ!そしてその後に会長が記入してもしまた同じだったらこれはもう本当に運命ですよ!早速やりましょう!」
「ちょ、ちょっと待て藤原」
「さぁさぁ!早く早く!ハリー!ハリー!!」
突然、興奮した様子の藤原は京佳に詰め寄りながらそんな事を提案する。そんな藤原に言い寄られた京佳は少したじろぐ。
だが、そんな時だった。
「落ち着け藤原。というか、お前楽しんでいるだろ?」
「へ?」
「立花がずっと俺と一緒に選択授業を受けていたと聞いた辺りから明らかに目の色が違う。そういった話題が好きなのはわかるが、少しは自重しろ」
(はい?)
白銀が藤原を止めた。
藤原は恋バナ大好き女子である。。そんな彼女に、3回も一緒になって同じ授業を受けていると言った京佳と白銀の話は極上の話だった。故に目を輝かせながら、根ほり葉ほり聞こうとしていたのである。
しかし、白銀は藤原の目がそういう時のもの特有である事に気づき、自分にも被害が広がる前に藤原を止める事にしたのだ。
「ぶぅー、いいじゃないですかー。これくらいはー」
「ダメだ。立花も困っているじゃないか。それ以上は許さないぞ」
「ちぇー」
藤原は不貞腐れながら引き下がる。
「それと言わせてもらうが、一緒の選択授業を連続で受けているだけで赤い糸うんぬんは安いだろう。もし本当に赤い糸があるなら、クラスが一緒で家も近いとかも付け加えないと赤い糸とは言えないぞ」
「そうですかー?私的には選択授業だけでも十分に運命感じちゃいますけど?」
白銀と藤原は赤い糸について語る。
(白銀と赤い糸で結ばれている…そんな事は考えてすらいなかったが、これは本当にそうかもしれないな…えへへ…)
藤原に言われて、初めてそういう認識をする京佳。その心は、嬉しさでいっぱいだった。少しだけキャラ崩壊しているが。
(藤原さん、本当に1度その口縫い付けますよ?ミシンで)
一方でかぐやは藤原に殺意を向ける。最も、藤原はそれに全く気付いていないが。
「ってそうだ!結局会長は何を選ぶんですかー?」
「あー、そうだな…」
ここで、藤原が思い出したかのように選択授業の話をする。そして白銀は少しだけ考えて、
「よし、今回は美術にしよう」
希望シートに美術と記入した。どうやら、かぐやの意図が分かった様である。
「おおー、会長は美術ですかー。じゃあ、かぐやさん。何を選択したのか…」
「藤原。話の途中ですまないが、生徒会だよりを職員室に運ぶという仕事が残っているぞ?手伝ってやるから続きは終わってからにしてくれ」
「あ、そうでした…かぐやさん、この仕事が終わったら教えてくださいねー」
「え、ええ。いいですよ」
「立花も頼む。これだけの量を2人だと少し厳しいんだ」
「構わないよ。じゃ、いこうか」
かぐやに何を選択したか聞こうとした藤原だったが、書記の仕事が残っているのを白銀に指摘され、1度生徒会室から出る事になった。そして、白銀と京佳と一緒に、生徒会室を後にする。
誰もいなくなった生徒会室。ここでかぐやはゆっくりと再びペンを持ち、希望シートに記入をする。これで白銀と一緒の選択授業を受ける事が可能となった。
「何故でしょう…嬉しいはずなのに、心から喜べません…」
だが、その心は中々晴れなかった。
因みにその後、京佳もしっかりと美術を選択していた。今回は偶然では無かったが。
感想、評価、お気にいり登録、誤字報告。いつもありがとうございます。本当に励みになっています。相も変わらずノリの勢いの作品ですが、次回もよろしくお願いします。
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四条眞妃と相談事
今回、マキちゃんが泣いてます。
「恋愛相談だと?」
「そうなんすよ。やっぱこういう相談って会長しかできないっていうーか?俺にとって会長は恋愛の師匠ですし?今回も何か良いアドバイスくれるかなーって」
生徒会室の入り口で、白銀は突然来訪した者の対応をしていた。やってきたのは田沼翼。1学期に白銀に恋愛相談をし、その結果、見事意中の女生徒と見事付き合う事ができた男子生徒である。因みに白銀と同じクラスのクラスメイトだ。
「まぁ、それは別にいいんだが、お前本当に変わったな?」
「そうっすかねー?」
「夏休み中に1回会っているから初見程の驚きはもうないけどさ、それでもやっぱりまだ驚くぞ。夏休み前と見た目全然違うからな」
1学期の翼は、黒髪のストレートで制服もきちんと着ているいかにも真面目そうな生徒だった。しかし、今の彼は髪を茶色に染め、片方の耳にピアスをしており、制服も着崩している。
白銀は、夏休みの最後の週に京佳と2人でプールに行った際に翼と会っているので現在は初見程驚きはしないが、それでも翼の変わりようには未だにびっくりしてしまう。
「まぁ、その辺も含めて相談に乗ってほしいなーって」
「そりぁ、かまわないが…」
「あ、相談事なら僕席を外しますけど?」
「あ-、気にしないで。相談っていってもさ、別に重いやつとかじゃないし。むしろ君も聞いてくれると助かるっていうか」
「はぁ。別にいいですけど」
石上が気を利かせて席を外そうとしたが、翼は石上にも相談を聞いて欲しいらしく、その必要は無いと言う。そう言われた石上は生徒会室の長椅子に座ったまま、机の上の資料を片付ける。
そして石上の隣に白銀が座り、2人の前の長椅子に翼が座った。
「それで、相談っていうのは?」
「あーはい、彼女、いや渚の事なんですけど…」
同時刻 中庭
「急に呼び出してごめんね…」
「別にいいよ。それでどうしたんだ?眞妃」
中庭のベンチに眞妃と京佳が座っていた。
数分前に、突然京佳のスマホに眞妃から『今すぐ会いたい』という相手が異性だったら勘違いしそうなメッセージが届いた。それを見た京佳は、こうして直ぐに眞妃が居る中庭までやってきたのである。
「私さ、夏休みの後半って、家の用事が忙しくて殆ど家から出れていなかったのよね」
眞妃がゆっくりと話し出す。しかし、その声に元気はまるで無い。
「家の用事。それは、四条としてのか?」
「そう。知っているかもだけど、うちってかなり大きな家だからね。会食だとか、他の家へのあいさつだとかでもう本当に忙しかったのよ。正直疲れたわ」
眞妃の家は四宮家の分家であり、国内でも有数の名家である。それゆえ、双子の弟と一緒に家のあいさつ回りなどに駆り出されることが多々あり、夏休みの後半は殆ど遊ぶ事など出来ずにいた。
「まぁそれはいいのよ。別に今に始まった事じゃないし。それに、私はある思いで頑張れたしね」
「ある思い?」
「2学期になったら彼に会えるってやつ」
「ああ、成程」
彼というのは、翼の事である。夏休みの前半に、京佳は眞妃から色々と話を聞いており、眞妃のもろもろの事情も知っている。
確かに、意中の人と夏休みに会える事がなければ、2学期に学校で会えるのが楽しみになるだろう。そしてそれを糧にすれば、頑張れる事だって出来る。人は目標を持っていれば、大抵の面倒事は何とかなり、頑張れるのだ。
「……でもね」
眞妃の声のトーンが更に下がる。京佳はここからが眞妃が会いたいといった原因だろうと思い、少し身構えた。
「今朝彼に会ったらね、彼の見た目がすっごい変わっていたのよ…」
「……」
「何なのよあれぇ…あんなに軽そうな感じじゃなかったじゃん…いや、あれはあれでかっこいいからいいんだけどね?」
眞妃は、翼の見た目が劇的に変わっていた事を話し出す。京佳は夏休み最後の週に翼と会っているのだが、元々の見た目を知らない為、特に驚いてはいなかった。
因みに翼と会った事は眞妃に言っていない。別に言う程の事でも無いと思ったからである。
「でさ、あれってさ…」
「ああ」
「もしかして、そういう意味で変わっちゃっているのかな…?」
「そういう意味?」
「えっとね、あの、所謂大人の階段を駆け上がったんじゃないかなーって意味で…」
「ああー…」
京佳は眞妃が言わんとしている事を理解した。
大人の階段を上る。
それはつまり、恋のABCのCまで行ったという意味だ。確かに、人は1度そういった経験をすると雰囲気がガラリと変わる。更に身だしなみにも今まで以上に気を使い、それまでダサかった服装や髪型も全く違うものになるものだ。翼の見た目が劇的に変わっているのを見た眞妃がそう思うのも仕方が無い。
「もしそうだったらさ、もうさ、私どうすればいいのよ…」
「ま、待て眞妃。まだそうだと決まった訳じゃないだろう?たまたまイメチェンした可能性も…」
「夏休み明けにいきなり見た目が変わっている人はそういうものだって雑誌に書いてあったもん!ていうか変わりすぎなのよあれ!最初本当に誰かと思ったわよ!それまで黒い髪だったのがいきなり茶髪になって、そして耳にピアスよ!?1学期にはちゃんと綺麗に来ていた制服も前の方を開けて着崩しているし!こんなのもうそうじゃないと説明つかないじゃない!!」
目に涙を浮かべながら力説する眞妃。周りに人がいたら変な視線を送られていたかもしれない。
「ううぅ、何でよぉぉぉ…何で私ばっかりこんな思いをしないといけないのよぉぉぉ…」
「とりあえず落ち着くんだ。ほら、これで涙を拭いてくれ」
「ううぅぅぅ、ありがとぉぉぉ…」
「よしよし」
そんな眞妃に京佳はハンカチを手渡し、眞妃はそれで目元を拭く。そして京佳は背中をさすって何とか落ち着かせようとする。
数分後、泣いて少しスッキリしたのか、眞妃は『もう大丈夫』といい、京佳は生徒会室に向かった。
(私も失恋したら、あんな風になるのだろうか?)
生徒会室に向かう途中、京佳はそんな事を思っていた。京佳は白銀に絶賛片思い中である。しかし、これが報われるかどうかはわからない。もしかすると、数か月後には自分も眞妃のように情緒不安定になっているかもしれない。
(母さんは『失恋は女を美しくさせる』とか言っていたけど、私は失恋したくないんだがなぁ…ん?)
母親に言われた事を思い出しながら生徒会室に向かっていると、何やら変な光景が目に入った。
「何やっているんだ?皆」
「あ!京佳さん!こんにちわです!」
「おお!立花!来たか!!」
自分以外の生徒会メンバーが、生徒会室の扉の前で集まって、何やら生徒会室の中を伺っていた。
「中で何かあるのか?」
「いえですね!もしかすると、あの2人が神っているかもしれないんです!!だからこうして確かめてみようかと!」
「は?」
京佳の質問に、藤原は妙な言葉で返答する。聞いた事の無い単語だった為、京佳は疑問符を浮かべた。
「ようするにですね立花先輩。今生徒会室にいる2人の先輩が、Cまでいっているんじゃないかって事です。それを確認するために、態々2人を生徒会室に2人っきりにして様子を伺ってみようとしているんですよ」
「成程。意味は分かったが、あの2人て一体誰だ?」
藤原の言葉を石上がわかりやすく解説する。そして京佳も、生徒会室の中を覗いてみた。
「あれは確か」
「俺と同じクラスの柏木と田沼だ」
「ああ、この前プールで会った2人か」
(プール?)
京佳の目線の先には、生徒会室の長椅子で隣同士に座っている渚と翼がいた。なお、かぐやは京佳の言った台詞が気にはなったが、それより今は目の前の事が重要だと思い、この場ではスルーして後で聞く事にした。
「ああ!今ちゅーしましたよ!ちゅーです!これは神認定で良いのでは!?」
「まだだ!ちゅーくらい3回目のデートでするだろ!!」
(会長、3回目のデートでちゅーするんだ…)
(白銀、3回目のデートでちゅーするのか…)
白銀の発言に、かぐやと京佳は頬を赤く染める。
「あー!首筋にちゅーしましたよ!首筋です!これはもう神っている証拠じゃないんですか!?」
「むしろこれはもう現在進行形で神っている事になるのでは!?」
「いやまだだ!首筋にちゅーくらい4回目のデートでするだろう!」
(4回目のデートで!?)
(え?4回目?早くないかそれ?)
かぐやは白銀が4回目のデートで首筋にキスをする事に驚き、京佳は白銀が4回目のデートで首筋にキスする事に少し疑問を感じた。
「じゃあ何回目のデートでヤるんですか!?」
「5回目だよ!!」
ばたーん
「どうした四宮!?」
「かぐやさん!?大丈夫ですか!?」
白銀の5回目発言を聞いたかぐやは、頭がオーバーヒートして倒れた。倒れたかぐやを心配した京佳と藤原がかぐやに近づく。
「なーんちゃって」
そんな時、生徒会室の扉が開き、中から渚が顔を出す。
「ごめんなさい。ちょっとからかっちゃいました。そんな大勢で騒いでいたら嫌でも気づきますし」
「いやその!色々と心配でな!」
「勿論わかってますよ」
渚は微笑みながら言葉を続ける。
「彼の見た目が変わっているのは私のせいなんです。素直な人だから、私が『強気でワイルドな人が好き』って言ったら合わせてくれたんですよ。だから、皆さんが思っているような事はありませよ?安心してください」
「な、成程。そうだよな」
白銀は安心した。しかし、
「ええ、勿論」
(いやこれわかんねー!?)
渚の顔を見てその安心した心は消える。渚の顔は、色気があった。小さな仕草すらも、そこはかとなくエロスを感じる。
(こ、これは…)
そして京佳も、そんな渚を見て息を飲む。なんというか、オーラが違う。同じ女から見ても、今の渚はひとつ上の段階に進んでいる様に見える。正直、勝てる気がしない。
(これは本当に、そうなのかもしれんな…)
眞妃が言っていた事を思い出しながら、京佳は倒れたかぐやを介抱する。
(…あ)
そんな時、京佳は目線の先にある人物を見つけてしまう。
それは、階段近くの角で隠れてこちらを見つめながら、ポロポロと涙を流して泣いている眞妃だった。
(どうしよう、あれ…)
放課後 純喫茶りぼん
「ううぅぅぅ、おかわりぃぃぃ…」
「も、もうやめた方がよくないか眞妃?既に3枚食べているだろ?」
「いいもん…今日は甘いのを沢山食べたい気分なんだもん…っていうか食べないとやってられないのよぉぉぉ!!」
夏休みに京佳と一緒に行った喫茶店で、眞妃はホットケーキを食べていた。というかヤケ食いしていた。既に3枚のホットケーキが眞妃の胃の中に納まっており、これから4枚目に突入しようとしている。因みに京佳はアイスコーヒーのみだ。
「何なのよあれは!今まであんな渚見た事無かったんだけど!?女の私から見ても色気凄かったもん!小さい頃から渚の事知っているけど私あんな渚知らない!っていうか知りたくなかったわよぉぉぉ!!」
「うんわかった。もうわかったから思う存分食べろ」
京佳はもう眞妃がホットケーキを食べるのを止めるのを諦め、黙って話を聞く事にした。涙を流しながらホットケーキを食べる姿に、何か鬼気迫るものがあったからである。その後、眞妃はホットケーキを5枚食べた。
翌日、眞妃は体重が3キロ増えていたが、直ぐにダイエットをして2週間で元に戻してみせた。
おまけ 恋愛相談中の翼と白銀と石上の会話
「でも、会長も今年の夏休みはエンジョイしてましたよね?」
「まぁな。今年の夏休みは確かに遊んだぞ。生徒会の皆と遊園地に行ったり旅行に行ったり花火見に行ったり」
「それだけじゃないじゃないっすかー。会長も俺と渚みたいに女の子とプールデートしてたじゃないっすかー」
「あ!いやそれは!」
「え?そうなんですか?僕知りませんけど」
「あれ?そうなの?先週の事なんだけどさ…」
「田沼!その話はまた今度な!?今はお前の恋愛相談だろ!?」
「あ、それもそうっすねー」
(会長流石だな。まさか女子とプールデートなんてしていたなんて。恋愛の師匠って呼ばれているだけあるって事か。でも誰としたんだろ?四宮先輩?立花先輩?それとも藤原…いや藤原先輩は無いな、うん)
「……」
「どうしました?藤原さん?」
「いえ、何故か突然イラってしまして」
「?」
そろそろ会長の誕生日の話だけど、京佳さんの会長へのプレゼント何にしよう。
次回も頑張ります。
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四宮かぐやと誕生日占い
白銀の方じゃなくて皇帝の方です。
それと沢山の誤字報告本当にありがとうございます。っていうかあんなに誤字していたのか… 恥ずかし
約1年前
『あら、白銀さんってこの前誕生日だったんですね?』
『ああ、そういえばそうだったな』
『もしかして忘れていたんですか?』
『誕生日なんてここ数年祝った事なんて無いからな。平日と全く変わらん。いや、まぁ今年は少しだけ祝ってもらったが』
『そういうものですか』
『何だったら、来年は四宮が祝ってくれてもいいぞ?』
『はぁ?何を言っているんですか?天地がひっくり返ってもそんな事しませんよ』
(本当にどうしましょう…)
現在、かぐやは焦っていた。
その原因は、数日後に迫っている白銀の誕生日に関係する。白銀の誕生日は9月9日。あと4日しかない。日数は少ないが、まだプレゼントを用意して白銀の誕生日を祝う事は十分に可能だ。
だが、かぐやにはそれが出来ない理由がある。それが、約1年前に白銀と生徒会室で話した出来事だ。あの時かぐやは、『天地がひっくり返ってもそんな事しませんよ』と白銀に口にした。そう言った手前、自分の口から白銀を祝うとは言いづらい。
(ってこれじゃ私が会長の誕生日を祝いたくて仕方ないみたいじゃない!!)
相変わらず素直にならないかぐや。正直これでは、例え1年前にあのような事を言っていなくても同じだっただろう。
(別に私は祝わなくてもいいんですよ?会長だって祝い事を重視する人ではないし。気づかないふりさえしておけば何も問題は…)
『誕生日なんてここ数年祝った事なんて無いからな』
(んん~~っ)
誕生日
それは生きてさえいれば年に1度必ず訪れる特別な日。海外では日本以上に誕生日を大事にする国もあり、祝う方も祝われた方も幸せになれる日だ。
しかし、白銀は経済的事情から誕生日に特別感は無く自分からアピールする事も無い。つまり、誰かが言い出さなければ、白銀の誕生日が過ぎ去っていくのは明白。
「かぐやさん、どうかしましたか?何か悩み事ですか?」
「いえ、まぁ、悩みと言えば悩みと言えますが…」
かぐやが1人で悩んでいると、藤原が声をかけてきた。
「ふふふ!ならば!この占い師千花がかぐやさんを占って差し上げましょう!」
「占い?」
「はい!このサイトに性別と誕生日を入力するだけでかぐやさんのお悩みをあっという間に解決しちゃいますよ!」
「いや機械だよりじゃないですか」
どこからともなく出した三角帽子を頭に被った藤原が、スマホ片手にかぐやにそう言う。藤原が持っているスマホには『誕生日占い』と書かれたサイトが移す出されていた。
「占いなんてばかばかしい…そもそも性別と誕生日だけで何がわかると…いえ、誕生日?」
藤原のスマホを手に取り、サイトを見ていたかぐやにある考えが浮かぶ。
「いいですね。面白そうですし、ぜひ皆でやりましょうか」
「わーい!」
「え?僕たちもですか?」
「ええ、勿論。立花さんもどうですか?」
「ふむ。あまりそういうのはやった事がないが、面白そうだし私はいいぞ」
「よし!じゃあ早速やりましょう!」
白銀以外の生徒会メンバーは、誕生日占いをする事に賛成した。
「私の誕生日は1月1日の元旦ですよ。藤原さんは確か…」
「3月3日!ひな祭りの生まれです!」
まずはかぐやが自分の誕生日を口にし、次いで藤原が誕生日を口にする。こうすることで、全員の誕生日を聞いていけば、いずれ白銀の誕生日を白銀の口から聞く事が出来るだろう。
そうなればあとは簡単。白銀の誕生日を聞いた生徒会メンバーはまず間違いなく白銀を祝おうとする。これなら、かぐやは自分の手を一切汚す事無く、白銀の誕生日を祝う事が出来るという算段だ。
しかし、直接聞けば楽なのに、どうして毎回こうも面倒なやり方をするのだろうか?
「えーっとですね、『1月1日生まれのあなたはアレキサンドライトのような人です。王の名を冠するこの宝石のように高貴でプライドが高い人のようです。またアレキサンドリアは環境に応じて赤くなったり青くなったりする珍しい特性を持ちます。あなたは周囲の環境によって天使にも悪魔にもなりえます。プライドを捨てて素直になれば必ず幸せは訪れます』ですって!」
占いの結果、かぐやは宝石のアレキサンドライトのような人物らしい。因みにこの宝石の名前の由来は、発見されたばかりのまだ名前が無かった頃、当時のロシア皇帝に献上されたのが皇太子の誕生日だった為、その皇太子からとっていると言われている。
「プライドが高い…天使にも悪魔にもなる…?」
「何 で す か ?」
「い、いえ…」
石上は恐怖した。
(はぁ。全然当たっていませんね。私の人物象とはまるで違うじゃないですか)
かぐやは占いの結果を全否定したが、客観的に見れば概ね当たっている。この場に早坂がいれば、間違いなく占いの結果を全肯定していただろう。
(所詮、占いなんて思わせぶりな事を言って受け取り手が都合よく解釈するバーナム効果でしかありません。こんなのちっとも意味なんてありませんね)
かぐやが占いを全否定している時、藤原が自分を占った結果を読み上げる。
「えーっと私は『あなたは蠟燭のような人です。周囲を照らしているささやかな熱は少しづつ氷を溶かします。蝋燭は光を与えると同時に自分を燃やし続ける存在。その姿は献身と慈愛の象徴です。これからも惜しむことなく愛を注ぎ続ければ願いは叶います』ですって!いや~これ照れちゃいますね~」
(献身?慈愛?何ですかそれ?強欲と自愛の間違いでしょうに)
藤原の占い結果も全否定するかぐや。しかしこれは少し納得かもしれない。
(全く。やはり占いなんて当てにできませんね)
「じゃあ次は京佳さんの番です!何月生まれですか?」
「私は11月11日生まれだよ」
「ほー!ゾロ目なんですね!なんか縁起がよさそうですね!」
藤原は京佳の誕生日を聞いて、スマホにそれを入力する。
「はい!出ました!『あなたはドリルのような人です。ドリルはどんなに固い岩盤でも、ゆっくりと少しづつ進み続けて何れは岩盤を破壊して、更にその先へと掘り進みます。また、ドリルは普段人の目に見えないところで活躍をします。それはつまり、どんなに困難な壁も突き破って進む事が出来る強い意志があるという事と、人の見えていない所で誰よりも努力をしている証拠です。これからもドリルのように真っすぐ掘り進めて行けばあなたの想いは必ず届きます』です!なんかかっこいいですね!」
「ど、ドリル?」
「へぇ、ドリルっすか。確かにかっこいいですね」
「そうなのか石上?」
「はい。個人的な意見ですけど、男子はドリルにロマンを感じるんですよ」
「成程、そんな事が」
「でも京佳さんにピッタリですね~!ドリル似合いそうですし!」
「……それは褒めているのか?」
「勿論です!」
「そうか。しかし、ドリル。ドリルかぁ…」
京佳はドリルという結果が出た。おおよそ、女の子には合わない例えである。京佳は少しだけ複雑な気分になった。
(ドリルって…流石にそれはちょっと…やっぱり占いなんて当てになりませんね)
かぐやもこの結果には苦笑い。いくら何でもドリルは無いだろうと思った。
「石上くんは誕生日いつですかー?」
「僕は藤原先輩と同じで3月3日です」
「…え?」
石上を占おうとし、誕生日を聞いた藤原が固まる。
「何てことするんですかボケナスーー!!」
「え?は?何でいきなり怒っているんですか?」
そして急に石上にキレた。
「だって誕生日が同じって事は、祝ってもらう時絶対に同時開催になるってことじゃないですかーー!!1年に1度の誕生日は私だけを特別扱いして欲しいのに石上くんと一緒だと私だけ特別扱いされないじゃないですかーー!!このバカー!!アホー!!何であと1日遅れて生まれてこなかったんですかーー!!今すぐ生まれ直してきてくださいよーー!!」
「落ち着け藤原。とんでもない事言ってるぞ」
「ほんとめちゃくちゃ言いますね。っていうか藤原先輩から献身と慈愛とかが何1つ感じないんですけど。強欲と自愛の間違いじゃないですか?」
「何ですってーー!?」
ギャイギャイと叫びながら怒る藤原。そんな藤原を落ち着かせる京佳と、正論を言う石上。
(さてと、こんな下らない茶番はさっさと終わりにして会長の誕生日を聞き出すとしますか)
そしてかぐやは、そんな3人をほっといて白銀に近づき、白銀の口から誕生日を聞き出そうとした。
「次は会長の番ですよ。会長の誕生日はいつですか?」
「やらん」
「……はい?」
「俺はやらん」
しかし、ここでかぐやにとって予想外の事が起こる。
「そもそも占いなんて思わせぶりな事言って受け手が都合よく解釈するだけのバーナム効果でしかない。そんなものに俺は興味無い」
「!?」
机の上に置いてある書類に目をやりながら、白銀は占いに参加する事を拒否した。これでは白銀の口から誕生日を聞き出すことが出来ない。
「そ、そんな事ありませんよ!例えば風水には建築学や統計の要素が組み込まれていますし!」
「だがこれは誕生日占いだろう。誕生日っていうのは、ただ純粋に『生まれた日付』だ。それ以外の要素なんかない」
「いえ!誕生日には意味があります!だって年に1度の大切な日ですよ!?」
白銀が一向に誕生日占いをやろうとせず、焦るかぐや。このままではダメだ。何とかして白銀の口から誕生日を聞かないと自分の計画が破綻してしまう。
「はぁ。そもそも四宮は前に俺の誕生日を聞いた事があっただろう。記憶力のある四宮が忘れる程度のものだ対して意味なんてないさ」
(覚えていますよ!!会長の誕生日は9月9日のおとめ座!血液型はO型で出生体重は2118グラム!生まれた病院は都内の△□病院!)
そこまでは白銀も言っていない。一体、かぐやはどうしてそのような事を知っているのかは考えない方が良いだろう。
「まぁまぁ~。そんな事言わずにやりましょうよ会長~。これは人格診断だけじゃなくて相性診断も出来るんですよ~?」
(ナイスよ藤原さん!そのまま会長を説得してちょうだい!)
ここで藤原も白銀に占いを勧め、そんな藤原をかぐやは応援する。
「いや!俺は絶っっっ対にやらん!!」
だが白銀の意志は固く、梃子でも動かぬといった感じだ。
(もーーー!!何なんですか!!人が折角ノーブレスオブリージュの精神で会長の誕生日を祝ってあげようと思っているのに!どーせ会長は私の誕生日を知らなければ祝ってくれるつもりもないんでしょうね!!もういいです!!)
頑なに占いをしない白銀にかぐやは怒り、そっぽを向いた。因みにノーブレスオブリージュというのは、西洋の道徳観のひとつで『貴族というのは身分にふさわしいふるまいをしなければならない』というものだ。元はフランスの諺から来ているとも言われている。
断じて破壊天使砲を背中に積んでいる白いロボットの事ではない。
ところで、かぐやの一連の行動はノーブレスオブリージュといえるのだろうか?どちらかといえば、我田引水や牽強付会と言えるかもしれない。
「もー何でですかー?いいじゃないですかー?やりましょうよー?」
「兎に角だ!俺は絶対にやらん!!」
「むー。仕方ありません。じゃあしょうがないから石上くんやりましょう」
「いやなんすかその言い方。めっちゃイヤなんですけど」
藤原の説得もむなしく、白銀が占いをする事は無い。そんな白銀を標的から外した藤原は石上の占いをする事にする。なお、石上の占い結果は『カナリア』で失言に注意せよと書いてあった。
(何で白銀はあそこまで占いをやりたがらないんだ?何かトラウマでもあるのか?)
京佳は白銀の行動に疑問を浮かべる。そして白銀が頑なに占いをしない原因は、占いを信じていない訳では無い。ここまでやりたがらない原因は、先ほどから皆がやっている占いサイトにある。
実は白銀、既にこの占いサイトで自分を占っているのだ。因みに占いの結果は『純銀』。案外凹みやすい人間であるという結果が出ている。しかし、その後にやった相性占いが問題だった。
白銀はかぐやと自分の相性占いをした結果、50%というやや微妙な結果を出している。それだけでは無い。白銀はついでにと思い、自分と他の生徒会メンバーとの相性占いもしてみた。
その結果、藤原とは40%。そして京佳とは80%という結果が出ている。因みに石上とは90%だった。もし石上が女性として生まれていれば、歴史は変わっていたかもしれない。
(もし、そんな事がこの場でバレたら、絶対に面倒な事になる。主に藤原が)
藤原は恋愛脳だ。自分と藤原との相性が低い事がわかればそれはそれでうるさいだろうが、京佳との相性が思っている以上に高いと知れば、必ずそれをネタに色々と騒ぎだす。この前の選択授業を選ぶ時が良い例だ。
(いや、別に立花と相性が良い事が嫌なんじゃないが、なんかこそばゆいんだよなぁ)
白銀は別に京佳を嫌ってなどいない。むしろ好きの部類に入る。しかしそれはそれとしてこそばゆい。というか恥ずかしいのだ。
(そういう事もあるし、何より俺と四宮の相性が50パーセントという占いの結果を見られたくない。俺は絶対にやらん)
そういった事もあり、白銀は頑なに自分の誕生日を言わないのである。だが、そんな白銀の思いは勿論かぐやには伝わっていない。
(こっちはもう誕生日ケーキも予約しているんですよ!!私がそこまでしたっていうのに会長は私に誕生日を祝って欲しいって気持ちは微塵も無いんですね!!)
(今この場で誕生日を言えば、去年と違って今年は生徒会の皆が祝ってくれそうだけど、あの結果を見られて色々言われるくらいならマシだ)
お互いの気持ちがドッチボールのように交差する。
「はぁ。伝わらないもんだな」
(え?)
白銀が小さな声でそう呟いたのを、かぐやは聞き逃さなかった。
(どういう意味でしょう、今のは…?)
かぐやは白銀がつぶやいた言葉の意味を考え始める。
(会長はお守りを沢山付けているからオカルト否定派という訳でもありません。にも拘わらず占いをここまでやりたがらない原因は一体何?考えられるのは会長が誕生日を言いたくないというものだけど、他人に誕生日を言わないメリットって?そもそも会長の誕生日を知っているのは私だけですしその私が祝わないと…まさか)
そして、かぐやはある結論にたどり着く。
(会長は、私だけの誕生日を祝って欲しいという事なんじゃ!?)
何とも見当違いな結論である。
(もう!そういう事なら仕方ないわね!ふふふ!全く会長ったら!私と2人っきりで祝いたいだなんて我儘な人!でもいいですよ!年に1度の誕生日ですものね!そして私しか誕生日は知らないんですから!ぜひ祝ってあげますよ!)
かぐやはもの凄く上機嫌になる。ニコニコと笑い、体をクネクネと動かす。正直、気持ち悪い。
「あ、あの?四宮先輩、どうかしましたか?」
「ふふふ、何でもないわよ?」
(天使の笑み!?)
「心配してくれてありがとう!石上くんも、困った事があったら遠慮なく相談してね?」
(え!?いやなにこれ!?気持ち悪い!?ていうか怖い!?)
かぐやの突然の笑顔に石上は恐怖し、今すぐ逃げ出したい気分になる。こうして、白銀がそう思っているのなら仕方が無いと勝手に勘違いをしたかぐやは、単独で白銀の誕生日を祝う事になった。
(まぁ、他の皆さんが参加しないのは少しだけ、ほんの少しだけ気が引けますけど仕方ありませんね。何たって私しか会長の誕生日を知らない訳ですし、会長が私と2人きりで誕生日を祝いたいって思っているんですもの!これは仕方がありませんね!そしてこれなら立花さんも邪魔してくる事もないでしょう。後は当日までにプレゼントを選んで会長に予約しているケーキと一緒に渡すとしましょうか!家に帰ったら色々調べないといけませんね!)
そしてかぐやは、白銀への誕生日を1人で祝うため、色々と準備をする事にした。
(さて、来週は白銀の誕生日だが、今年は何をプレゼントしようか)
かぐやが1人で上機嫌になっている時、京佳も白銀の誕生日の事を考えていた。かぐやは自分だけが白銀の誕生日を知っていると思っているがそれは違う。京佳も白銀の誕生日はしっかりと把握している。
そしてそれだけでは無い。
(去年は確かホットアイマスクを渡したが、今年も睡眠や目に関係するものの方がいいだろうか?)
そう。実は京佳は去年、白銀の誕生日をしっかりと祝っているのだ。ちゃんと白銀にプレゼントとして、レンジで温めれば何度でも使用できるホットアイマスクを直接渡している。
その時の白銀は、数年ぶりに誕生日を祝ってもらえたのでかなり嬉しがっていた。
(誕生日といえば、去年の私の誕生日には白銀からハンカチを貰ったな)
それだけでは無い。京佳は去年、白銀から誕生日プレゼントを貰っている。白銀も自分だけが貰うのは嫌だったし、秀知院に入学してから京佳には色々と世話になってきた。そのお礼の意味も込めて、京佳にプレゼントを渡している。
(仕方ない。1度圭に聞いてみるか)
そしてかぐやと同じように、白銀の誕生日を祝うため色々と準備をする事にした。
原作読み返していて思った事
『ほんと面倒くさいな、こいつら』
次回も頑張る。ご意見、ご感想お待ちしております。
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白銀圭とお姉ちゃん
「ウィンドウショッピングーー!よーし!今日はしこたま秋物揃えちゃうよー!!」
「萌葉、ウィンドウショッピングっていうのは品物を見るだけの事をいうんですよ?しこたま買ったら普通のショッピングになっちゃいますけど。というかまた買うんですか?確かこの前も新しい秋物のワンピース買いませんでした?」
「いいのいいの!細かいことは気にしない!それに可愛い服は何着あってもいいじゃない!」
「まぁ、わかんなくはないですが」
「でもよかった。今日晴れて」
「そうだな。天気予報では曇りとか言っていたが、晴れて何よりだよ」
「全くですね。これなら今日は1日楽しめそうです」
天気快晴のこの日、藤原姉妹、圭、京佳、かぐやの5人は都内の大型ショッピングモールに来ていた。1学期に藤原が『皆で買い物に行きたい』と言ったのだが、夏休みの間はそれぞれ予定があった為、中々実現できずにいた。だが、本日ようやくそれぞれの予定が合い、こうして皆で遊びにくることが可能となったいる。因みに、1学期にこの話を藤原がした時、京佳はその場にいなかったのだが圭に誘われてここにいる。
そして、この日のかぐやにはある思いがある。それは白銀の妹である圭の事だ。
(ついにこの日がきたわね…夏休みの旅行で圭と距離は縮まったけど、それでもまだ藤原さんや立花さんと比べると私は出遅れている…そして明後日は会長の誕生日でもある。何としてでも今日この日に圭と前より仲良くなって色々と話を聞かないと…!)
夏休みに生徒会メンバー+αで行った旅行で、かぐやは圭と名前で呼び合うまでには仲が発展した。しかし、それでも藤原と京佳の方が圭との距離は近く感じる。
そこで、このウィンドウショッピングでより圭との仲を発展させ、更に2日後に迫った白銀の誕生日に関する情報も得ようという思いだ。
(そのためには、何とかして圭と2人きりになる必要があるわね。どうにかして隣にいかなくては…)
「やっぱ休日は人が多いですね~。列になって進みますか~」
「だな。その方が歩きやすいだろうし」
「じゃあ私はかぐやちゃんの隣にするねー」
藤原はそう言うと、圭の隣に並んで歩き出す。そしてかぐやの隣には萌葉が並ぶ。なお京佳は最後尾だ。
「あれ?圭ちゃんもしかして、背伸びました?」
「あ、うん。少しだけ」
「おおー、圭ちゃんも成長期なんですね~」
藤原は圭と仲良さそうに会話をしている。見た目こそ似ていないが、まるで姉妹のように仲が良い。
(藤原さん、そうですか…そういう手を使うんですか…)
そんな2人を後ろから見ているかぐやは目に少しだけ殺意を込める。石上が見たら間違いなくビビっていただろう。
「そういえばさ、かぐやちゃんも京佳さんもその服すっごい似合っているね!」
「え?そうですか?」
「うん!まるでモデルみたい!スカウトされちゃうかもしれないよ?」
「す、スカウト?私たちが?」
この日のかぐやは、白いサマーニットに水色のスカートというコーデ。そして京佳は、麹塵色のチェニックに紺色のデニムというコーデ。萌葉が言う通り、その服装はとても似合っているので、本当にスカウトされるかもしれない。
「いやいや無いだろう。四宮ならともかく私は無いよ」
「そんな事無いって!だって京佳さん身長高いし足長いし胸も大きいし!絶対にどこかの芸能事務所に面接いったらモデルとしてデビューできるよ!」
「そうか?でも私はこの眼帯が…」
「そんなの関係無いって!だって全然怖くないんだもん!京佳さんはもっと自信もっていいって!」
「そう、か…ふふ、ありがとう、萌葉」
今まで色々と怖がられてきている眼帯をした自分の事を、萌葉は全く怖がらない。むしろ、かっこいいと言ってくれる。そんな萌葉の言葉が嬉しくて、思わず京佳は微笑んだ。
(私ならともかく…ふふ、モデルなんて全く興味ありませんが、言われると嬉しいものですね)
そしてかぐやは京佳の一言で嬉しがっていた。
その後、5人は様々な所で遊んだ。ゲームセンターではクレーンゲームやプリクラで遊び、雑貨屋では色んな食器や小物を見て回り、カフェに入ってケーキやアイスを食べた。かぐやはこれらの時間が楽しくはあったのだが、藤原姉妹が圭の隣を常にキープしているので、中々圭と2人きりになれずに少し焦る。
「ねぇねぇ圭ちゃん!この服着てみてよ!!」
「え?これ?」
「うん!絶対に似合うって!」
「う、うん…」
とある店では、萌葉がある服を無理矢理圭に着せ始めた。そして数分後―――
「き、着替えたよ…?」
そこにはゴシックロリータな服を着た圭がいた。黒いヘッドドレスに黒いワンピース。そして足にはガーターと黒いプラットホーム・シューズ。その姿は、まるで芸術品。もしこの姿の写真をネットに乗せれば、あっという間にファンが付くだろう。
「きゃああ!!可愛いーー!!すっごい似合ってるよ圭ちゃん!!」
「そうですね!超可愛いですよ!!」
「そ、そうかな?」
「確かに可愛いな。似合ってるぞ、圭」
「あ、ありがとうございます」
3人が圭を可愛いと言っている中、かぐやはというと、
(おかわわわわわ!?)
1人キマリかけていた。
(何あれ!?可愛いなんてものじゃないじゃない!?まるで1枚の絵画よ!?もしこの姿を写真に収めたらカメラが圭のあまりの可愛さのせいで壊れるわ!?)
割と意味不明な事を言ってるが、あながち間違いでもない。実際に圭のゴスロリ姿の破壊力は凄まじいのだ。
(この姿を写真に残そうなんてとんでもない罰当たりね。これは脳内にのみしっかりと記憶しておきましょう)
かぐやは圭の姿を脳に刻み始めた。因みに圭はというと、
(ガーターなんて、初めて付けた…何か恥ずかしい…)
初めて身に付けたガーターベルトに戸惑っていた。
その後、藤原も圭と同じようにゴスロリを着てみたのだが、その時の皆の感想が『なんか無理して着ている様に見える』と一致。藤原はキレた。
「新聞配達500件分かぁ…」
「ん?新聞配達がどうかしたの?圭ちゃん?」
「いえ、別に…」
「ねぇねぇ!このパーカーって京佳さんに似合いそうだよ!」
「そうか?私には少し派手な色じゃないか?」
ゴスロリ店から出た5人は、別の店に入っていた。萌葉が京佳に似合いそうなパーカーを見せたり、圭が一度手にした服を直ぐ棚に戻したりとしている中、かぐやは4人から少し離れた所で休んでいた。
(服は何時も早坂と志賀に用意してもらっているから、よくわからないんですよね)
本当なら4人の会話に参加したいが、かぐやは自分で服を買った事が無い。そんな勝手がわからない状態で4人の中に入れば、気を使わせてしまう。故に、店の外に設置されているベンチで1人休んでいた。
(結局、圭とは全くといっていいほど喋れていないし、どうしましょう)
そんな事を思いながら休んでいるかぐやに近づく人物が現れる。
「えっと、かぐやさん。隣いいですか?」
「ええ!勿論です!どうぞ!」
圭である。かぐやにとって、千載一遇のチャンスが向こうからやってきた。
(よし!このまま会長の誕生日の事を聞いてみましょう!)
このチャンスを逃すものかと思い、かぐやは圭に質問をする。
「まだ暑い日が続いてますが、もうすぐ秋ですね。このままだとクリスマスまであっという間かもしれません」
「そうですね。1年ってあっという間に過ぎちゃいますし」
「ところで、圭の家ではどのようなクリスマスを過ごしているんですか?」
何とか自然な流れで聞き出そうとするかぐや。
「うちってクリスマスを特別祝ったりはしないんですよ…お父さんが図書カード2000円くれるくらいでそれ以外は特に…」
(そうでしたーー!?質問間違えましたーー!?)
だが質問が悪かった。かぐやの質問を聞いた圭はテンションが下がる。白銀家が貧乏である事を失念していたかぐやは、そんな圭の様子を見て焦る。
「あ、でも去年はささやかですが祝いましたよ」
「え?」
しかし、どうやら去年は違う様だ。沈んだ顔をしていた圭の顔が明るくなる。
「去年ですか。もしかして圭のお父さんが自分の子供たちの為に頑張ったとか?」
「いえ、頑張ったのは京佳さんです」
「……はい?」
「えっと、去年のクリスマスに、京佳さんと一緒にケーキ作ったんですよ。決して凝ったものじゃありませんでしたけど、とても美味しかったし、おかげで去年のクリスマスは本当に楽しかったんです」
今度はかぐやが沈んだ顔をする。
「この頭につけているカチューシャも、京佳さんにクリスマスプレゼントとして貰ったんです。私本当に嬉しくて、それ以来ずっと付けちゃってて…えへへ」
圭は微笑むが、かぐやの顔はどんどん暗くなる。
「それに、今年の私の誕生日にも、京佳さんがご飯作ってくれたんですよ。オムライスだったんですけど、あれすっごく美味しかったんです。おまけにプレゼントまで貰っちゃって。本当に、この1年は昔とは比べ程にならないくらい幸せでした」
話を聞き終えたかぐやは、最早魂が抜けかけていた。京佳は圭とかなり仲が良いとは思っていたが、実際はかぐやの想像をはるかに超えていた。自分より関係が進んでいるなんてものじゃない。その距離間は兄の友人とは言えない。最早家族なのではないかとさえ思う。そして圭は、ある事を口にする。
「京佳さんが本当に姉だったら、すっごい良いんですけどね」
それを聞いたかぐやは思わず心臓が止まりそうになった。夏休みの旅行の時にも似たような事を聞いたが、あの時よりダメージがデカイ。最早、自分が付け入る隙などどこにも無いのではと思ってしまう。
「ほんと、私の兄と変わって欲しいですよ。兄は家だと酷い人なのに」
「え?」
しかし、圭の言葉を聞いて復活した。
「どういう事ですか?会長が家だと酷いって」
「そのままの意味です。しょうもない嘘つくし、人の服勝手に洗濯するし、いちいち小言がうるさいし」
「で、でも、学校ではそんな様子は」
「それは外だからですよ。家だと本性丸出しですよ。本当に酷いんですから」
自分に告白してくれるなら付き合ってもいいと思っていた男が、家では酷い仕打ちをしているという。それはかぐやにとって、先ほどとは別の意味で衝撃だった。
「今年の私の誕生日にしてもそうですよ。私は別に何もいらないっていったのに、あの人勝手に私の財布に1000円入れてたんですよ?」
「ん?」
「この前だって、たまたまテレビで新作のコーヒーのCMが流れたんですけど、それを私が小声で飲んでみたいなぁって言ったらあの地獄耳で聞いてて、頼んでも無いのに次の日には買ってきたんですよ?本当に余計なお世話ですよね」
(いやすっごく良い話じゃない!?どこが酷い仕打ちなの!?)
だが、圭の話を聞けば聞くほど、白銀は家でも学校と変わらない事がわかる。
「きゃあ!」
そんな話を2人がしている時、2人の目の前で1人の女の子が転びそうになった。それを見た圭は、直ぐに女の子が転ばない様に抱き寄せた。
「大丈夫?怪我とかしてない?」
「う、うん。どこも痛くないよ?」
「そう、よかった。気を付けて歩くんだよ?」
「うん!ありがとう!お姉ちゃん!」
どうやら怪我は無いようだ。女の子は圭にお礼を言い、今度はゆっくりと歩いて行ってしまった。
「圭、貴方は怪我は無いんですか?」
「はい、大丈夫です。心配かけてすみませんでした」
「いえいえそんな!」
圭にも怪我が内容で安心するかぐや。
(でも、あんな風に人を助けるなんて、やっぱり似ていますね)
圭がとっさに見ず知らずに他人を助けたのを見たかぐやは、圭と白銀が似ている事に気づく。
その後も、圭がカフェインが好きなところ、海外からやってきた旅行者に英語で受け答えをしているところ、店でクーポンを使用しているところなど、圭は様々なところが白銀と似ているとかぐやは確認する。
(ここまで似ていると、まるで会長と一緒に遊んでいるみたい…)
思わずそんな錯覚を覚えるかぐや。だがそれだけ、圭と白銀は似ていたのだ。
「いやー、今日は本当に楽しかったですね~」
「そうだねー!またこうやって遊びたいよねー!」
「だな。何時になるかはわからないが、またこうして遊びたいものだ」
楽しい時間はあっという間に過ぎていき、お開きの時間となっていた。
「今日は本当に楽しかったですよね、かぐやさん」
「ええ、そうですね」
「その、また一緒に遊んでくれますか?」
「勿論です!圭の都合が良い時にいつでも言って下さいね!」
かぐやは上機嫌になる。今日遊べただけでは無く、また今度と約束さえ出来た。
(ふふ、藤原さんと立花さんは確かに圭と距離が近いかもしれませんが、私は今こうしてまたと約束をされた。これはもう私が藤原さんや立花さんより圭との距離が近くなったのは間違いありませんね)
笑顔でそんな風に思うかぐや。そんな時だった。
「私もまた圭ちゃんと一緒に遊びたいです~!」
藤原が圭に抱きつき、その胸を圭の腕に思いっきり押し付けたのである。
(な、なんて下賤なんでしょう…やはりこの女は何の躊躇いも無く男に体を預ける性欲の塊…遂に超えてはいけない一線を越えたわね…今夜があなたの命日になるの覚悟してなさい…)
家に帰ったら直ぐに藤原を抹殺しようと意志を固めるかぐや。
「ほらほら、かぐやちゃんと京佳さんも」
「……」
しかし萌葉にそう言われて、藤原抹殺計画を直ぐに頭から消す。
「し、しかたありませんね」
「恥ずかしいんだが…」
「まぁまぁ!そう言わずに!!」
そしてかぐやと京佳も圭に抱き着く。圭の左右には藤原姉妹。前にはかぐや。そして後ろには京佳という図になった。その手の人が見たら尊さで死ぬかもしれない。
(うっわ…腕と頭の後ろにすっごい柔らかいのが…やっぱ皆大きいなぁ…)
そして圭は、自分の両腕と後頭部に当たっている3人の胸の大きさと柔らかさを改めて確認した。
解散した後、京佳は圭を駅まで送り届けるため、一緒に帰宅していた。
「今日はありがとう圭。誘ってくれて」
「いえ、そんな」
最初にこの話をした時、京佳はその場にはいなかった。しかし、それでは仲間外れにした感じになってしまうので、圭は藤原に話をして、結果京佳も一緒に行ける事になったのだ。
「ところで少し聞きたいんだが」
「はい?」
「その、今年も白銀の誕生日に何か送ろうと思っているんだが、最近白銀は何か欲しいものがあるとか言っていたりするかな?」
「あー…」
かぐやと違い、何ともストレートな質問である。京佳の質問を聞いた圭は最近の兄の言動を思い出してみる。
「えっと、最近の兄は、特に何か欲しいとか言っていないですね。元々あまり物欲無いですし」
「そうか…」
しかし、その質問には答えられなかった。白銀は元々そんなに物欲が無い。強いて欲しい物があるとすれば、お金か睡眠時間だろう。
「でも、誕生日プレゼントっていうのは気持ちの問題だと思うので、京佳さんが真剣に選んだものだったら兄は何でも喜ぶし、ちゃんと使うと思いますよ?現に去年貰ったホットアイマスク今も使ってますし」
「え?あれまだ使っているのか?」
「はい。兄は物持ちが良い人なもんで」
その後も、他愛の無い会話をしながら歩く2人。そんな風に話していると、あっという間に駅に着いた。
「ここまでで大丈夫です。今日は本当にありがとうございました」
「いや、お礼を言うのは私の方だよ。こちらこそ、色々ありがとう」
「いえ、それじゃ」
別れのあいさつをした圭は、駅の方へ歩いていく。
(さて、少し寄り道してから私も帰るかな)
一方、圭と別れた京佳は家とは別の方向へと歩き出す。
(圭の言っていた通り、真剣に選んだものを渡そう)
そして、白銀へのプレゼントを選ぶために歩き出した。
おまけ 四宮家別邸でのかぐやと早坂
「はい、これを読んでください」
「えっと、プレゼントは、私?って早坂!?何よこれは!?」
「男の人が喜びそうなプレゼントですよ。こうすれば白銀会長もかぐや様を本能のままに襲いますから問題ありません。そうすれば晴れて恋人ですね。おめでとうございます」
「問題しかないわよ!!もっと他にないの!?」
「だったらその日かぐや様が履いている下着でも渡せばいいじゃないですか。間違いなく白銀会長の記憶に永遠に残るプレゼントになりますよ?」
「できる訳ないでしょ!?というかエッチなのは禁止!!」
「立花さんだったらそれくらいしそうですけど?」
「いくら立花さんでもそれはないわよ!?ていうか自分の履いていた下着を他人に渡すなんて頭の可笑しい人じゃない!?そんな人いません!!仮に私が会長に下着を渡したとしても会長だって気味悪がるに決まってます!!」
「そうでしょうか?白銀会長も男の子ですから、かぐや様の下着なら喜ぶと思いますが」
「そんな事ありえません!会長はそんな人じゃないもの!!」
イベント海域行くので更新遅くなるかも。
次回は会長の誕生日の予定。
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白銀御行と誕生日
と言う訳で今回は本当に好きなように書きました。因みに50話目です。
「ふふふふ、ふふふふふふ」
白銀御行はとても上機嫌だった。どれくらい上機嫌かというと、こうして自宅への帰り道に何度も足を止めて、鞄から扇子を出してニヤつく程には。正直気持ち悪い。
「ねぇママー、あの人」
「こら!見ちゃいけません!行くわよ!」
直ぐ近くを通った買い物帰りの親子がそんな事を言いながら速足で白銀の元を去っていく。だが、今の白銀には、自分が周りにどう見られようがどうでもいいのだ。その理由は、先ほどから何度も見ている扇子にある。
(いやマジで嬉しいな!まさか四宮から誕生日プレゼントを貰えるなんて!)
白銀が何度も見ている扇子、これは今日の放課後にかぐやから貰ったものである。
今日、白銀は誕生日だった。
去年を除きここ数年、碌に祝っていない誕生日。しかし、今年はかぐやからプレゼントを貰っただけでは無くケーキも食べれた。
(本当に嬉しいなぁ!誕生日プレゼントは去年も貰っていたが、今年はケーキまで食べれたし…!俺今マジで幸せだよ!)
何度も何度も扇子を見てニヤつく白銀。彼は今確かな幸せを感じていた。
(っといかん。もう家だ。流石にこのまま圭ちゃんに会うのはダメだな。一度深呼吸でもするか)
何度も止まったりしたため、何時もより帰るのが遅くなった白銀。家に帰りついた頃には、周りはかなり暗くなっていた。そして流石にこのままの顔で家族に会うのはダメだと思い、白銀は一度ゆっくりと深呼吸をして階段を登る。
(とりあえず、圭ちゃんには自慢しよう。これは四宮から貰ったものだって)
先日、圭がかぐやと出かけた事に少しだけ嫉妬していた白銀は、大人げないと思いながらも今日かぐやから貰った扇子を自慢しようと決めた。ちょっとした意趣返しである。
そして玄関のドアノブに手を掛け、扉を開けた。
「ただいま、少し遅くなっ…」
「おにぃおっそい!!どこで道草食べてたの!?」
「え!?」
扉を開けた瞬間、圭が白銀を怒鳴った。かなり怒っている様に見える。
「えっと、圭ちゃん?何でそんなに怒ってるの?」
白銀は圭が怒っている理由がわからない。たまに圭が怒る事はあるが、家に帰って直ぐに怒鳴られた事など今まで1度も無い。
「なんでって、あんなに連絡したのに全部無視してんじゃん!怒るに決まってるし!」
「へ?連絡?」
「……もしかしてスマホ見てないの?」
圭に言われ、鞄の中にあるスマホを確認する白銀。そこには『着信8回 未読メッセージ15件』とあった。
「あー、ごめん圭ちゃん。全然気がつかなかったわ…」
いくらかぐやからの誕生日プレゼントと誕生日ケーキが嬉しかったとは言え、これ程の着信やメッセージに気が付かないとは。一体自分はどれだけ浮かれていたのだろうと白銀は思う。
「謝るなら私じゃなくて準備している人に言って」
「え?準備?」
「とりあえず、うがい手洗いしてリビングに来て」
「お、おう」
圭はそう言うとリビングの方へと行った。白銀は圭に言われた通り、洗面所でうがいと手洗いをしっかりとしてリビングへ向かう。そしてリビングのドアを開けるとそこには、
「やぁ白銀。お帰り」
「え?」
制服の上からエプロンを付けて、唐揚げが沢山乗ったお皿を持った京佳がいた。
「おおーおかえりー。やっと帰ってきたか御行」
リビングに置いてある机の前では、白銀の父親が珍しく缶ビールを飲みながら白銀におかえりという。貧乏な白銀家で缶ビールという割と贅沢品を飲んでいる父親に物申したい気持ちもあったが、それより気になる事があるので白銀はそちらについて聞く事にした。
「立花…何でうちにいるんだ?」
勿論、京佳についてである。何故、自分の同級生が自分の家でエプロン付けて料理をしているかすっごく聞きたい。
「今日は白銀の誕生日だろ?去年はプレゼントを渡しただけだったから、今年は料理もと思ったんだよ。圭の誕生日にした様にね」
白銀に質問に答える京佳。
「これ、全部か?」
「ああ、そうだよ。あ、材料費なら気にしなくていい。大した金額は掛かっていないから。鶏肉に至っては私が住んでいるマンションの大家さんからのもらい物だし」
「いやそういう事じゃなくて」
リビングにある机の上には、普段中々食べられない料理があった。カキフライ、サラダ、京佳が持っているお皿に乗った唐揚げ。普段の白銀家のお財布事情では決して食べれない料理ではないが、1度にこうして食べれる事はまず無い。
「こら御行、折角京佳ちゃんがお前の為に作ってくれたんだからお礼くらい言いなさい」
「そ、そうだな。ありがとう、立花」
「ふふ、どういたしまして」
父親に言われて京佳に礼を言う白銀。お礼を言われた京佳は微笑みながらそう答える。
「おにぃ、他にも言う事あるでしょ?」
「え?他にも?」
「スマホのメッセージみて」
突然、部屋の後ろの方にいた圭が白銀にスマホを見るよう促す。そして白銀がスマホの未読メッセージを見てみると、
『今日は早く帰ってきて』
『今どこ?』
『今すぐ帰ってきて』
『人を待たせているんだから早く帰ってきて』
『何で電話にも出ないの?』
『早 く 帰 っ て こ い』
そんなメッセージが沢山あった。少し怖い。
「……すまん立花、どうやらかなり待たせてしまったみたいだ」
「いや気にしなくていいよ。料理も丁度今出来た所だしな」
白銀は京佳に謝った。
「さて、主役も来た事だし、早速始めよう。御行、座りなさい」
「あ、ああ…」
父親に言われて机の前に座る白銀。それに続いて、圭と京佳も座った。
「じゃあ、京佳ちゃん。音頭を取って貰っていいかな?」
「わかりました。では、誕生日おめでとう、白銀」
「おう、ありがとな」
『乾杯』
京佳が麦茶の入ったコップを持ち、乾杯の音頭を取った。
その後はワイワイと食事が進む。
「いやー、この唐揚げ本当にうまいなぁ。ビールに凄く合うよ」
「親父、飲みすぎるなよ?」
「安心しろ、今日は2本しか飲まないつもりだ。元々そこまで酒飲まないし」
「ほんとに美味しい。京佳さん、この唐揚げのレシピ教えて貰ってもいいですか?」
「ああ、かまわないよ。あとでメモに書いておくよ」
「ところで立花、このカキフライ本当に食べていいのか?だって牡蠣だぞ?」
「大丈夫だ。それ特売品の安物だから」
「そうか。なら、遠慮なく」
「しかし、これだけ料理が上手いと、京佳ちゃんは嫁の貰い手には困らないだろうね」
「いえ、料理だけ出来ても人は見た目が9割なんて言いますし、私はそう簡単には…」
「京佳ちゃんの見た目が悪いっていうなら世の中殆どの子がブスになっちゃうよ?」
4人で食事を囲んで食べるその光景は、最早家族の団欒だった。かぐやがこの光景を見たらどうなるか、想像もしたくない。
そうやって和気藹々といった感じで食事をしていると、白銀父が突然とんでも無いことを言い出した。
「何だったら御行、お前貰ってやれ」
「ぶふ!?」
そしてそれを聞いた白銀は思わずむせた。
「げほげほ!と、突然何言いだすんだ親父!?」
「どーせお前学校じゃ大してモテないだろ。このままじゃ一生独り身の仕事人間になるぞ。そうなったら、老後は1人でマンションで孤独死か介護施設で職員に看取られるかのどっちかだ。そんなのは嫌だろう?だから貰ってやれ」
「いやそう言われて貰いにいく奴なんていねーよ!?あと自分で言いたくはないけどこれでもそこそこモテるぞ俺は!つーか立花に失礼だろそれ!!」
そう言い白銀が京佳を見ると、
「いや…えっと…」
頬を少し赤くして、白銀から目を反らしていた。
「ほら見ろ!立花だって嫌がってるだろ!立花、親父が失礼な事言って本当にすまなかった」
「い、いや!別に嫌とかじゃないんだ!少しびっくりしただけだ!」
「パ…お父さん、それ普通にセクハラだから今すぐやめて」
「まーじか。これダメなのか。ごめんね京佳ちゃん」
「い、いえ!むしろありがとうございます!」
「待ってくれ立花。何で今親父にお礼言ったの?」
少し空気が変になったが、その後も4人は楽しく食事を進めた。
(これって、親公認って考えてもいいのかな?ふふ…)
思わぬ援護射撃を貰った京佳は心の中で微笑みながら唐揚げを摘まむ。
『ごちそうさまでした』
京佳の作った食事を、白銀家の3人は完食した。
「じゃあ、後片付けを…」
「京佳さん。片付けは私がしますから」
「え?いやしかし」
「圭ちゃんの言う通りだ立花。食事を作って貰っただけでもありがたいのに、この後片づけまでさせたら申し訳ない。この後の片づけは全部俺らがやるよ」
「そういうものか?」
「そうだそうだ。もう夜も遅いし、後はこっちにまかせて今日はもう帰りなさい。あんまり遅くなると、親御さんが心配しちゃうよ?」
「わかりました。そういう事なら」
京佳は片付けまでやろうとしていたが、白銀家がそれを止める。ここまで沢山の料理を作って貰って、後片づけまでやらせてしまえば色々と申し訳が立たない。流石にこれ以上はダメだ。よって京佳を帰らせる事にした。
「御行、途中まで送ってやったらどうだ?最近は物騒だしな」
「元からそうするつもりだよ。立花、駅まで送る」
「そうか。ならお願いしよう」
白銀と京佳が立ち上がり、玄関へ向かう。
「それじゃ、おやすみなさい」
「はい、おやすみなさい京佳さん。それと、ありがとうございます」
「おやすみー京佳ちゃん。ありがとねー」
そしてあいさつをして、京佳と白銀は玄関から外で出て行った。
「ありがとう、白銀」
「いや、礼を言うのはこっちだ。今日は本当にありがとうな。あんなに料理を振舞ってもらって」
「別にいいさ。私がしたくてしたしね。しかし、まだまだ暑いな」
「だな。まぁまだ9月だし」
白銀は今日、本当に幸せだった。かぐやと石上から誕生日プレゼントを貰い、京佳には料理を振舞ってもらった。ここ数年、碌に誕生日なんて祝っていなかったのでその幸せな感情は別格である。
だがひとつだけ、気になる事があった。
(しかし、四宮も立花も異性の誕生日を祝う意味を分かっているんだろうか?)
それはかぐやと京佳だ。
同性である石上が誕生日を祝うのは普通だろう。しかし、異性であるかぐやと京佳が白銀の誕生日を祝うのは何かしらの意味があるのではないかと思ってしまう。
これが生徒会のメンバー全員で祝っているのなら話は別だが、かぐやも京佳もそれぞれ個別に祝ってきている。女子が男子の誕生日を1人で祝うのは、つまりその男子に何かしらの好意を抱いている証拠ではなかろうか。そんな考えが白銀の頭から離れないのだ。
(立花は去年もプレゼント貰ったし、今日は圭ちゃんと親父と一緒に祝ったからまだわからない事は無いが、四宮に至ってはもうそういう事なんじゃないのか?でもあの四宮が事する訳ないしなぁ)
割とあったりするが白銀にそれを確かめる術は無い。
「どうした白銀?」
「あ、いや。何でもない」
「そうか。ところで少しいいだろうか?」
「ん?」
「ちょっとだけ、寄り道してもいいかな?」
「別にいいが」
悩んでいる白銀に京佳が話しかける。どうやらどこか寄りたい所があるようだ。そして京佳が先導する形で駅方面ではあるが、少し外れた道へ歩いて行く。すると京佳の跡を着いて行った白銀の前に、小さな公園が現れる。
「この公園に何かあるのか?」
「いや、ここなら人目を気にする事がないだろうからね」
「え?」
京佳はそう言うと鞄を漁りだし、小さな箱を手にする。
「はい、白銀。私からの誕生日プレゼントだ」
「料理だけじゃなくてプレゼントまで!?」
何と、京佳は誕生日プレゼントまで用意していたのだ。これには流石に白銀も本気でびっくりした。
「マジか。いいのか?」
「迷惑じゃなければ、受け取ってほしいな」
「迷惑なんてありえないさ。ありがたく受け取るよ。開けてもいいか?」
「勿論」
白銀は京佳から箱を受け取り、開けてみた。するとそこには、
「これは、腕時計か?」
シンプルなデザインの青い腕時計が入っていた。
「白銀はバイトを沢山掛け持ちしているだろう?だから常に時間を確認したいんじゃないかと持ってね。スマホを持っているからどうかとも思ったんだが、例えば自転車の運転中にスマホを取り出して時間を確認するのは危ない。しかし腕時計ならパッ見れる。だから選んだんだ。因みにソーラー充電式だから太陽に当てていればいつでも充電できるぞ」
「なぁ立花。これ結構高かったんじゃないのか?」
「いや本当に高級品とかじゃないよ。何だったらあとでスマホで確認してくれ」
「そうか。本当にありがとな。大事に使うよ」
白銀は京佳に微笑みながら礼を言う。
(良かった…圭の言った通りだな)
そして京佳はほっと胸を撫でおろす。圭に言われた通り、京佳は白銀へのプレゼントを真剣に悩んで選んだ。結果、白銀はこうして喜んでくれている。
自分の好きな人にプレゼントを渡して、それを喜んでもらえた。恋する乙女にとって、これ程嬉しい事などそうは無いだろう。
「いやーしかし、今年の誕生日は本当に今までとは比べ物にならないくらい祝われたな」
「ん?そうか?」
「ああ。だって四宮からもプレゼント貰ったしな」
「…え?」
だが白銀が言った言葉を聞いて、頭に冷水をかけられた気分になった。
「放課後の立花達が帰った後なんだがな、四宮からケーキとプレゼント貰ったんだよ。あいつどこにケーキなんて隠していたんだろうな?でな、プレゼントの方は扇子だったんだが、四宮が直筆で入れた磨穿鉄硯って文字が書かれていたんだ。良い言葉だよな。ケーキも甘くて美味しかったし。本当に今年の誕生日は凄い幸せだったよ。他にも石上からもプレゼントを…」
途中から、京佳は白銀の話を聞いていなかった。
白銀の誕生日、これは京佳にとっても勝負の日である。もしここで、自分だけが誕生日を祝っていたら、白銀の記憶に残る誕生日になっていただろう。そして自分だけが祝ったということならば、白銀にも多少は自分の気持ちが届くかもしれない。白銀はここ数年、碌に誕生日なんて祝っていないのだからその可能性は十分にある。
だが実際は、京佳より先にかぐやの方が白銀を祝っていた。(本当は石上の方が先なのだが割愛する)つまり、白銀の記憶に最初に刻まれたのはかぐやである。
そして人というのは、1番最初の記憶が残りやすい。
極論だが、これでは白銀の今年の誕生日の記憶に印象深く残ってしまうのはかぐやになる。
それではまたかぐやに先を越されてしまう。
(嫌だ…)
今のままではかぐやの印象を覆せない。
(嫌だ…)
このままでは本当に勝ち目など無くなってしまう。
(そんなの嫌だ…!)
京佳の心に、嫉妬の似た炎が灯った。
そして京佳は、ある事を実行する。
「白銀、ちょっといいか?」
「なんだ?」
「実はな、もうひとつ渡したいものがあるんだ」
「え?もうひとつ?いくらなんでも貰いすぎだ。流石にこれ以上は」
「いや、どうしても受け取って貰いたい。頼む」
「むぅ、そこまで強く言われると断りづらいな…わかった。じゃあ受け取ろう」
「なら、目を閉じてくれ」
「ん?四宮と同じ事を言うんだな」
京佳に言われて、白銀は目を閉じる。
「ん」
「へ?」
目を閉じていた白銀の右頬に、何か温かくて柔らかいものが触れた。そして白銀がとっさに目を開けると、目の前に京佳の顔があった。
「頬にではあるけど、私の初めてだよ」
京佳が何やら意味深な事を言っている。そして京佳の顔は酷く赤い。
「それと、冷蔵庫に3人分のケーキを入れている。あとで皆で食べてくれ」
京佳はそう言っているが、今の白銀にそんな情報はいらない。
「じゃあね。ハッピーバースデー白銀」
京佳はそう言うと、白銀に背を向けて速足で歩き出した。しかし1度立ち止まり、白銀の方へ振り返る。
「おやすみ白銀。また明日」
そして今度こそ、京佳は駅に向かって歩いて行った。
公園に1人残された白銀。彼は今必死で頭の中で情報を整理していた。目を閉じていた間に何があったのかを理解する為である。
先ず、自分の右頬に何か温かくて柔らかいものが触れた。とっさに目を開けたら、目の前には京佳の顔があった。そして京佳は『頬にではあるけど、私の初めてだよ』と言った。
以上の事から考えられるのはひとつだけ。
今自分は、京佳にキスをされたのだ。
「はぇ!?」
素っ頓狂な声を出す白銀。
そしてこの年の白銀の誕生日は、色々と忘れられないものになった。
不意打ちキスっていいよね。
ところで前半作戦だけでお札6枚ってどうなのよ?
相変わらずノリと勢いで書いてますが次回も頑張ります。遅れるかもだけど。
というのもこの後の展開ほぼノープランなんですよ。
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立花京佳は悩んでる
そろそろ連載して1年経つ。正直、ここまで続けられるとは思っていませんでした。
白銀と別れたあと、京佳は電車に乗り自宅へと帰り、その後すぐにお風呂に入った。そしてお風呂から出て、自室に入った京佳は―――
(ああああああああああああああああああああ!?)
ベットの上で派手に悶えていた。
一応、マンションの隣の部屋の人に迷惑にならないよう枕に顔を埋めていたりするが、可能であればベランダに出て大声を出して叫びたい気分である。
(わ、わ、わたしは!な、何ていう事をぉぉぉぉ!?)
普段ならまず見る事の無い京佳の姿。彼女がこんな風になっているの原因は、ほんの1時間程前の自身の行動にある。
京佳は1時間程前、白銀にキスをした。
それは白銀の誕生日に、自分の印象を強く残そうと考えた結果の行動だ。白銀はかぐやからも誕生日プレゼントを貰っており、このままではかぐやの印象を上回れないと思った京佳は、それの印象を上書きする為にとっさに白銀にキスをした。なお流石に口にする勇気は無かったので頬にである。
が、今更になって自分の行動が恥ずかしくなったのだ。
(何が『私の初めてだよ』だ!?バカじゃないのか!?本当にバカじゃないのか!?うわあああああ!?)
京佳は枕に顔を埋めた状態で悶える。だってキスである。握手とかハグとかではなくキスである。しかも何とも言えない台詞つき。
以上の事より、京佳は少し前の白銀同様、自身の行動を黒歴史とし悶えているのだ。
(絶対に引かれた…絶対に白銀に引かれた…いきなりキスする女なんて引かれるに決まってる…明日どんな顔して白銀に会えばいいんだ…)
そして悶えると同時に、後悔もし始める。
冷静になって自分のした事を顧みると、自分は帰り際に誕生日プレゼントと言い、いきなりキスをしてきた女だ。どう考えてドン引きする行動である。
(どうしよう…もし今日の事が皆に知れたら…)
―――
『そういや立花は、昨日俺にいきなりキスしてきたよな?』
『え?そうなんですか京佳さん?えっと、それは…』
『うっわ。いきなりキスするとか気持ち悪いんですけど…立花先輩ってそんな卑しい人だったんですね』
『違うんだ!?あれは何というか違うんだ!?』
『立花さん。貴方って随分と常識の無い事をするんですね?』
『四宮の言う通りだな。立花がそんな奴とは思わなかった。あんな事をする奴は生徒会役員に相応しく無い。今日限りでお前はクビだ!』
『そ、そんな!?待ってくれ白銀!白銀ーーー!?』
―――
(絶対にそうなる…ていうかもう学校に行けないじゃないか…)
普段の京佳ならこんな事は考えない。しかし、自分のした事があまりにも後先考えていない行動だった為、メンタルにかなりのダメージが入ってしまっている。
故に、まるでかぐやのような被害妄想をするまでになってしまったのだ。
(今からでも電話して白銀にあれは無かったことにしてもらうか?いや無理だ。そもそも電話で無かった事にする事なんて出来ない。でも何とかしないと、明日どんな顔して白銀に会えばいいんだ?ああぁぁ、なんで私はいきなり、き、キスなんて…せめてこれがハグならいくらでも言い訳が…)
「さっきから何やってんの京ちゃん?」
「あ、母さん…」
京佳が自室のベットの上でウンウン悶えていると、部屋の扉が開き、京佳の母親である佳世が声をかけてきた。
「はい、ココア」
「ありがとう…」
娘の様子がおかしいと思った佳世は、直ぐにリビングに京佳を連れ出し、ソファに座らせて、自分もその隣に座った。
「それで、どうしたの?さっきからなんかウンウン唸ってたけど」
「えっと…その…」
佳世は娘が何かで悩んでいるのを感じ取り相談に乗ろうと思ったのだが、京佳は中々口を開かない。だがそれも仕方ないだろう。なんせ悩んでいる内容が内容なのだ。しかも相手は実の母親。一体どう言えばいいか、京佳はわからなかった。
「う~ん。じゃあ私から質問してもいい?」
「質問?」
「そう。京ちゃんは私からの質問に答えていくの。そうすれば、言いづらい事でも濁しながら答えられるかもしれないでしょ?」
「…わかった」
確かのこれでは埒が明かない。よって京佳は、佳世の提案を受け入れて、質問に答える事にした。
「じゃ行くわよ?悩み事がある?」
「うん」
「それは学校の事?」
「えっと、一応は…」
「人間関係?」
「うん」
「つまり白銀くんの事ね?」
「ぶふ!?」
だが佳世は、途中で質問を濁さず直球で聞いてきた。これでは意味がない。そして佳世の質問を聞いた京佳は思わずむせた。
「と、と、と、突然何を言い出すんだ母さん!?」
「やーっぱりね。そんな事だろうと思ったわよ」
「あ!さては最初から私の悩みに当たり付けてたな!?」
「そりゃね。夏休みの行動といい、部屋にあった時計店の紙袋といい、あれだけ証拠があれば大体想像つくわよ」
「うう…」
佳世は最初から京佳の悩みに当たりを付けていた。それだけ京佳は色々と証拠や行動を残しているのだから仕方ないが。
「それで、その白銀くんと喧嘩でもしたの?」
「いや、それは…」
ここで悩みを打ち明けるかどうか京佳は悩んだ。しかし、このままでは何も進まず明日になってしまう。そうなったら、結局どんな顔して白銀に会えばいいかわからないままだ。
そして数分間自問自答した京佳は、佳世に相談する事にした。
「実は、ついさっきの話になるんだけど…」
「うんうん」
「白銀の家から帰る途中、白銀に誕生日プレゼントを渡したんだ」
「うんうん」
「でその後直ぐに白銀にキスしたんだ…」
「……へー」
京佳の言葉を聞いた佳世は目を細める。そして京佳は、そんな母親の反応を見て察した。間違いなく、自分はやらかしたと。
(ああぁぁ、やっぱりこんな反応になるよなぁ…もうこれ完全に終わった…)
京佳は自分の恋が終わったと思った。付き合ってもいないのに、いきなりキスをする女なんてはしたないにもほどがある。普通の感性をしていれば、そんな女なんてごめん被るだろう。
(ほんと、感情に任せて動いちゃいけないな…はは…)
意気消沈している京佳に、佳世が話しかける。
「で?」
「え?」
「で?」
「え?」
「だから、その後は?」
「その後?いや、普通に帰ったけど…」
「……京ちゃん、一体何を悩んでいるの?」
だが何か変だ。
京佳が思ってたのは、『はしたない』とか『軽率な行動』とか母親に色々言われる事だったのだが、佳世は一切そんな事は言わない。むしろ『それがどうしたの?』と言いたげだ。
「何をって、いきなりキスしたんだぞ?そんなの、相手にに引かれるじゃないか。あれ絶対に嫌がられてるだろうし…」
「いや、そんな事ないでしょ」
「え?」
きょとんとする京佳に対して、佳世は言葉を続ける。
「もし本当に嫌がっていたら、その場で絶対に何か言ってくる筈よ。でも白銀くんは何も言わなかったんでしょ?だったら最低限、嫌がってなんかいないわよ」
「そ、そうなの?」
「そうよ。全く、何の悩みかと思えばそんな事なのね。私の娘だったらもう少し自信持ちなさい。そもそも男っていうのはかなり単純なの。ちょっと優しくしたら好きになるような子だっているんだから。大抵の場合、女の子にキスされて嫌がる子なんていないわよ。むしろ役得って思ってるんじゃない?」
「そうなのかな?」
「京ちゃん難しく考えすぎよ。もっと単純に考えなさい。ていうかやった事を後悔するくらいならやっちゃダメ。むしろやった事を最大に生かせばいいじゃない」
そういうと、佳世は手に持っていた缶ビールを飲み干す。佳世の言葉を聞いた京佳の顔が少しだけ明るくなる。そして佳世同様、手にしたココアを飲み干す。
「ところで一応聞くけど、京ちゃんって自分から告白するタイプ?」
「……それ言わないとダメ?」
「いや、別に言いたくないならいいわよ。でももし相手から告白させようとか思っているならやめときなさい」
「えっと、何で?」
「私が学生の頃にそんな子がいたのよ。その子って同じクラスの男の子が好きだったんだけど、なんか変なプライドがあってね。『自分から告白するのは負けた気がする』とか言ってたのよ。だから相手から告白させようとしてたのよね。まぁそれならまだいいけど、アプローチが毎回毎回遠回しだったのよ。その結果、その男の子はその子の気持ちに気づかず、あげくその男の子は別の女の子と付き合う様になっちゃったのよ。そしてそれがトラウマになって、その子未だに独身よ。まぁ今は仕事が生きがいのバリバリのキャリアウーマンとして生きているからそれほど後悔も無いかもだけど。住んでる場所六本木の高層マンションだし」
どこかで聞いたような話だが、とりあえず京佳には関係がない。そもそも京佳は自分から告白するつもりでいるし。
「でもあの子が言っていた『好きになったら負け』って言うのが今でもよく理解できないわね。好きになったら勝ちなのに」
「え?」
「だってそうでしょ?誰かを好きになるって、それだけで幸せな事じゃない?実際、私はパパを好きになって本当に毎日楽しかったわよ?そして恋人になってからはもう最高の日々だったわね。結婚した日は今までの人生で2番目に嬉しい日になったし」
「2番目なんだ。じゃあ1番は?」
「勿論、京ちゃんとお兄ちゃんが生まれた日よ」
それを聞いた京佳は恥ずかしくなった。実の母親からそんな事を言われたら誰でもそうなるだろうが。
「ま、そんな訳でもしそんな考えを持っているなら捨てちゃいなさい」
「う、うん。わかった」
「ところで京ちゃん。白銀くんって京ちゃんの初恋?」
「いや、初恋では無いけど…」
「それはよかったわ。初恋だったらまず実る事は無いだろうから応援するだけ無駄だったし」
「何てこと言うんだ」
偏見の塊みたいな事をいう佳世。どこかの名家の令嬢達が聞いたらキレているかもしれない。
因みに京佳の初恋は、小学生当時同じクラスの男の子だったのだが、中学校で京佳が左目を失ったのを見て『ゾンビみたい』と最初に言った奴である。そしてそれを聞いた京佳は失恋を経験した。
なおその男子は京佳の友達に思いっきり殴られている。
「でも、ありがとう。おかげで少しだけ心が軽くなったよ」
「どういたしまして~」
京佳は先ほどとは違い、心が軽くなったいた。
(そうだ。後悔しても遅いんだ。だったらこれを最大に生かしながら今後は動けばいい。いやむしろ、最大のチャンスと捉えてもいいかもしれない)
そして、感情に任せて白銀にキスした事を生かそうと決める。冷静に考えれば、これは白銀が自分に振り向く最大の好機ではないかとさえ思えてくる。
(男の子は単純…いっそもう白銀を押し倒すか?す、少しくらいなら揉ませてもいいし…)
何をとは言わないが、京佳はかぐやであれば先ず考えないだろう事さえ考え始める。
(兎に角、先ずは明日の学校だな)
こうして京佳は、決意を新たにするのだった。
「ところで母さん」
「何?」
「相談に乗って貰ったのは本当にありがたいんだが、その恰好はどうにかならなかったのか?ていうか何でYシャツだけなんだ」
「別にいいじゃない。娘なんだから」
「いや娘だから困るんだよ。せめて下に何か履いてくれ…」
「失礼ね。パンツは履いてるわよ」
「そういう事じゃなくてだな…」
娘の恋愛相談に乗る母親のお話でした。
次回も頑張ろう。
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四宮かぐやと空返事
いやマジ無理。やっぱいくつか絞らないとダメだね。単純に睡眠時間が減るからキツイ。
皆さんもゲームのやりすぎには注意しましょう。
「えええぇぇぇぇ!?会長昨日誕生日だったんですかーーー!?」
「あら?藤原さんは知らなかったんですか?」
「知りませんよ!!今初めて聞きました!!あの、かぐやさん。もしかしてプレゼントとかって…」
「勿論渡しましたよ。会長にはお世話になっていますし。でもおかしいですね…私には誕生日を教えているのに、他の人には教えていないなんて。一体どうしてなんでしょう?私だけに誕生日を教える理由なんて思いつきませんし…」
「ええ!?そ、それってまさか…」
生徒会室に向かう途中、藤原とかぐやはそんな会話をしながら歩いていた。内容は、昨日の白銀の誕生日についてである。傍から見れば友人と世間話をしている様に見えるが、かぐやが普通に世間話を行う訳が無い。
昨日までのかぐやは、いわば健気で優しくするサービス期間。しかし既に白銀の誕生日が過ぎた今、そんなものは存在しない。
生徒会室に到着するまでに、かぐやは藤原に仕込みを行っていた。それは既成事実である。
(会長が私にだけ誕生日を教えている。この話を恋愛脳の藤原さんが聞けば『会長は私にだけ誕生日を祝って欲しかった』と会長に印象を持つことでしょう。そうすれば会長が私に好意を向けているという事実が出来上がる。これなら会長も、自分から私に告白をしてくるでしょうね)
白銀がかぐやの事を好きだという話が既成事実化すれば、藤原を筆頭に周囲が囃し立ててかぐやは待ちに徹する事ができる。つまり、白銀は自分から告白をするという道以外無くなるのだ。
(ふふ、我ながら完璧な作戦ですね。あとは藤原さんが会長にこの話をして、早坂に立花さんを足止めさせておけば万事解決。早かれば、明日にでも会長は私に告白をしてくるでしょうね)
自画自賛するかぐや。そして相変わらず謎の自信がある。
「だから会長って、今朝から様子が変だったんですかね?」
「え?」
「いえですね、会長って今朝から何だか変だったんですよ。あいさつをしても空返事しかしませんし、授業中も何だかぼーっとしてて、お昼休みにはお弁当を半分も残してたんですよ?」
「そうなんですか?」
「はい。明らかに様子が変だったんで話を聞いてみたんですが、『ああ』とか『そうか』くらいしか言わなくて」
(会長の様子が変?何でしょうかそれ)
白銀は基本的に真面目で努力家な生徒だ。その白銀が他人からのあいさつを疎かにしたり、授業中にぼーっとしたり、手弁当を半分も残すなどどう考えても変である。
そしてかぐやは、ある原因を考えた。
(ま、まさか!昨日私がプレゼントしたケーキが傷んでいて、そのせいで会長は体調不良に!?)
かぐやは前日、白銀に誕生部プレゼントと一緒に誕生日ケーキもプレゼントした。そして、もしやそのケーキが原因ではないかと考える。
(で、でも!あのケーキは材料から徹底的に管理しましたし!それに調理手順だって何度も確認をしたからそんな事は…!いや、でももしかしたら!?)
不安になるかぐや。あの誕生日ケーキはかぐやが細心の注意を払って作ったものだが、それでも万が一というものはある。もしもその万が一が原因で白銀が体調不良になっているとすれば、それはもう最悪としか言えない。
「あれって、かぐやさんに祝われて嬉しいからですよね」
「…え?」
しかし、その考えは藤原の言葉で書き消えた。
「だってかぐやさんにだけ誕生日祝われたって、そんなの凄く嬉しい事じゃないですか。私は嬉しいですし。それに会長って、かぐやさんにだけ誕生日教えていたみたいですし。つまり今日会長の様子がおかしいのって、かぐやさんに祝われたのがそれだけ嬉しくて余韻に浸っているってことじゃ…」
藤原はそれ以上言葉を続けなかった。まだ確定では無いし、何となく口にするのが恥ずかしかったからである。そしてそれを聞いたかぐやはというと、
(そういう事なのね!!もう藤原さんたら!極稀にだけど本当に役に立つ事を言うわね!でも、会長ったらそこまで嬉しかったなんて!)
めっちゃ嬉しがっていた。もしかぐやが犬ならしっぽをブンブンと降っているだろう。
(ふふふ!これはもう今日中にでも会長から告白をする可能性すらあるかもしれないわね!それにしても、会長ったらかっこいいだけじゃなくて結構可愛い所あるのね!!)
そして勝ちを確信する。あくまで藤原の証言のみなのだが、かぐやはの中では白銀は昨日の誕生日プレゼントがすっごく嬉しくて堪らないという事になってしまった。
(さて、とりあえず生徒会室に行かないといけませんね。待っていて下さいね会長)
そしてかぐやと藤原の2人は生徒会室に向かって歩くのだった。
「失礼しまーす!」
「失礼します」
「ああ…」
生徒会室の入るかぐやと藤原。そんな2人の目線の先には、白銀が扇子で顔を仰ぎながら空返事をする。
(会長扇子使ってくれてる…!)
自分が送ったプレゼントを、白銀が早速使ってくれているのを確認できたかぐやは喜んだ。
(しかもよく見れば目つきがいつもより鋭い…!これはもう確定ね!)
かぐやは白銀の目つきがいつもより悪いのを見て確信する。つまり、白銀は昨日かぐやが誕生日を祝ったのが嬉しすぎて、興奮のあまりあまり寝る事が出来なかったのだと。今白銀が扇子を使っているのも証拠だろう。
(ふふ、後は藤原さんが会長に扇子の事を聞いてくれれば問題ないわね。恐らく会長は私からの贈り物とは言わずに『知人から貰った』と言葉を濁すでしょう。ですが、それは悪手。先ほど藤原さんに私が入れ知恵をしていますから)
かぐやは白銀から目線を外して窓の外を見る。ここで余計に動けば折角の仕込みが台無しになるかもしれない。よって、あとは藤原まかせにして自分は動かないという選択をした。
(まぁ、こういう時の藤原さんは大体思い通りに動いてくれますから心配は無いでしょう。果報は寝て待てと言いますし、今はゆっくりと待ってましょう)
こうしてかぐやは、藤原に全てを託して待ちに徹する事にした。そして予想通り、藤原の視線は白銀が使っている扇子に向かっている。
「……」
チラチラと何度も白銀を見る藤原。しかもその頬は赤い。
「あの、会長…」
「ああ」
遂に藤原は白銀に声をかけた。
「その扇子は、どうしたんですか?」
「ああ、昨日四宮に貰った」
「!?」
「へ、へー。かぐやさんにですかー…」
だがいきなり出鼻を挫かれた。
(どういう事!?会長なら言葉を濁すと思っていたのに素直に言うなんて!?)
白銀ならば濁すと思っていたが、まさかこうも素直に言うとは思わなかった。
(い、いえ!まだ大丈夫です!藤原さんなら更に突っ込んだ事を聞くはず!その時こそ会長が私に告白をする瞬間となるでしょう!)
だがかぐやは焦らない。ここで焦ってしまえば全てがおじゃんとなってしまう。こういう時こそ、焦ったり余計な事を考えてははダメなのだ。
(あ、会長、扇子で顔仰いでる…)
やっぱりダメかもしれない。
「えーと会長、かぐやさんに、それ貰ったんですよね?」
「ああ」
「それって、誕生日プレゼントですか?」
「ああ」
「え、えーっとですね、その、つまり会長ってかぐやさんにだけ誕生日を教えて、かぐやさんにだけ祝ってもらったって事ですよね?」
「いや、石上と立花からも祝ってもらったぞ」
「な!?」
(はぁ!?)
ここで更に誤算が発生。昨日の白銀の誕生日を祝ったのは、かぐやだけではない事が判明したのだ。
「ちょ、ちょっと待って下さい!え!?あれ!?私だけ!?もしかして私だけ会長の誕生日知らなかったって事ですか!?そして私だけ祝っていないって事ですか!?」
「まぁ、そうなんじゃないか?」
「ごふッ!?」
藤原撃沈。生徒会室の床に手と膝をついて倒れる。
(嘘でしょ!?石上くんと立花さんも祝っていたの!?そんな話聞いてないわよ早坂!?)
かぐやは自分の従者を恨んだ。そんな情報はかぐやの元に来ていないからである。しかし昨日、早坂はかぐやに付きっきりだった。よって、そんな情報を集める暇など無かったので早坂が知らなかったのも仕方が無い。
「うわぁぁぁぁぁぁん!!ごめんなさぁぁぁぁぁい!!!」
藤原は立ち上がると、生徒会室から泣きながら勢いよく飛び出していった。
「か、会長。少しよろしいでしょうか?」
「何だ?」
生徒会室に残されたかぐやは白銀に質問をする事にした。勿論、石上と京佳の事である。
「えーっとですね、昨日石上くんからも、誕生日を祝ってもらったのですか?」
「ああ。祝われた」
「そ、そうだったんですか」
(ほんと余計な事してくれましたね石上くん)
折角昨日は、自分だけが白銀の祝っていたと思っていたのに実は後輩も祝っていたと知ったかぐやは、今この場にいない後輩を恨んだ。そして同時に、ある事に気づいた。
(でも藤原さんから聞いていましたが、本当に今日は様子が変ですね会長。覇気が無いというか何というか)
それは白銀の様子である。今日の白銀は、いつもと明らかに様子が違う。話しかけても返事は一言二言だし、目線も机に向けている。いつもなら相手の顔をしっかりと見て喋るし、このような返事などしない。
(最初はこの私から誕生日を祝われて、その嬉しさのあまり寝不足になっていると思っていましたが、どうも違うようですし、一体なにが?)
「あ、あの。何か藤原先輩が勢いよく走って行ったんですけど、何かありました?」
するとかぐやの後ろから声が聞こえた。かぐやが振り返るとそこには、何故かビクビクして怯えている石上がいた。
「さぁ?何でしょうね?まぁ藤原さんですし、そんな奇行のひとつくらいするんじゃないですか?」
「そ、そっすか」
かぐやが明らかに何か知っていると石上はわかっていたが、ここに来る直前にいきなり寒気を感じたし、藪を突いて八岐大蛇が出てきても困るのでこれ以上突っ込まない事にした。
「あ、会長。昨日僕がプレゼントした万年筆、早速使ってくれているんですね」
「ああ」
石上は生徒会長机の上に置いている万年筆を見て嬉しくなった。
「その万年筆が石上くんからのプレゼントだったんですか?」
「はい。会長には本当にお世話になっているんで。あ、もしかして今会長が使っているその文字が書かれている扇子って、四宮先輩がプレゼントしたんですか?」
「ええ。会長はいつも冬服ですから、こういう時期は暑いと思って」
「あー、成程。流石四宮先輩ですね。よく会長の事を考えていますね」
「いえいえ、そんな。普通ですよ」
(もう石上くんったら!やっぱりあなたは素敵な後輩ね!)
石上の言葉を聞いたかぐやは掌を返した。
「それにしても、会長って扇子が似合いますね」
「そうね。会長はどっちかっていうと和風な人だし」
「それもありますけど、なんか生徒会長度が増した感じがします」
「え?どういう事石上くん?」
「いや、漫画とかに出てくる生徒会長キャラってよく扇子とか持ってるんですよ。しかも文字の書かれた。だからそんな風に思っただけです」
「へぇ、漫画だとそんな感じなのね」
「はい。今の会長なら白ランに眼鏡の服装とかも似合うそうですね」
「そうか」
「…ん?」
ここで石上も白銀の異変に気付いた。そしてかぐやにく軽い手招きをして、2人で一緒に白銀から距離を取る。
「あの、四宮先輩。なんか会長変じゃないですか?」
「やっぱり石上くんもそう思うわよね?あきらかに会長変よね?」
「はい。だって普段ならあんな空返事しないじゃないですか。人と話すときは絶対に相手の顔を見て話しますね」
「そうよね。それにいつもより目つきが鋭いのよ。やっぱり寝不足なのかしら?」
「あ、確かにいつもより目つき鋭いですね。それに頭に小さい寝ぐせもある。これやっぱ寝不足?」
「本当だわ。何時もならあんな寝ぐせ無いのに」
白銀大好きな2人だからこそ気づく白銀の普段と違う所。しかしそれはそれで気になるが、かぐやはもう一つ聞かねばならない事があった。そしてそれを聞くために、再び白銀に近づく。
「そういえば会長。確か立花さんにも誕生日を祝われたと言ってましたがそうなんですか?」
勿論京佳の事だ。先ほど、白銀は京佳からも誕生日を祝われたと言っていた。それを聞いたかぐやは、京佳が一体白銀に何をプレゼントしたのか非常に気になる。だからこそ白銀に聞いてみたのだ。
「……」
「あれ?会長?」
しかし、白銀から返答が無い。それどころか、動きを完全に止めた。
(え?何?一体何?)
(会長本当に今日変だな。マジで何かあったのかな?)
かぐやも石上も白銀の様子に少し戸惑う。10秒か30秒か、動きを止めていた白銀がゆっくりと動き出す。
「…………あーっとだな、立花からは」
「すまない遅れた。ところで藤原が校庭を全力疾走していたんだが、もしかして陸上部にでも入部したのか?」
ここで京佳が生徒会室に入ってきた。
「…!?」
そして白銀は、京佳が入ってきた瞬間思いっきり顔を反らした。
「どうもっす立花先輩。ところで聞きたい事があるんですが」
「ん?何だ石上?」
「いや、立花先輩も昨日会長に誕生日プレゼントとかあげたんですか?」
「ああ。腕時計をプレゼントしたよ」
「あ、会長いつもとなんか違うと思ったら腕時計ですか。確かに左手にしてますね」
石上の言葉を聞いたかぐやが白銀を見てみると、確かに白銀の左手には青いシックなデザインの腕時計がしてある。
(成程、あれが立花さんからのプレゼントですか。でも妙ですね。それなら普通に言える筈なのにどうして会長は言わなかったんでしょう?)
腕時計ならば、別に貰って恥ずかしいプレゼントなどでは無い。デザインだって普通だ。かぐやは、どうして白銀がそのことを中々言わなかったのか疑問に思う。
「そうだ白銀。さっき学園長に会ってこの資料を渡して欲しいと頼まれたんだ。はい」
そんな中、京佳は白銀に近づき手にしている資料を渡そうとする。
「お、お、おう!そうか!そ、そ、そこにおいてくれ!」
しかし白銀はそれを受け取ろうとはせず、顔を反らしたまま机の上に置いてくれと言う。
「どうした白銀?」
そんな白銀を見た京佳は、更に白銀に近づこうとする。
「あーーー!そうだった!俺今日は中等部へ用事があったんだった!悪いが今から行ってくる!!じゃあな!!」
「え!?会長!?」
京佳が近づいてきた瞬間、白銀は椅子から立ち上がり、扇子を閉じて速足で生徒会室から出て行った。
「あの、立花先輩?会長に何かしましたか?」
「いや、覚えがないんだが」
京佳に石上が質問をするが、京佳は身に覚えが内容だ。
(もしかして会長、立花先輩を怒らせるような事でもしたのかな?だから顔を合わせ辛いとか)
石上はそんな事を思い、生徒会室の長椅子に座って会計の作業を始めた。
「あ、あの、立花さん。少しいいですか?」
「どうした四宮?」
「えっとですね、立花さんって会長に腕時計プレゼントしただけですか?ひょっとして他にも何してたりしてます?」
石上が作業を始めている中、かぐやは京佳に質問をする。今の白銀の反応は、京佳に原因があると踏んだからだ。
しかし、そんなかぐやの質問に京佳は―――
「ふふ、秘密だ」
右手の人差し指を口に当て、まるで勝ち誇った様な笑みでそう答えた。
(こ、こ、この女!!一体会長に何をしたっていうの!?というかその顔は何!?)
かぐやは顔にこそ出していないが憤慨した。間違いなく京佳が白銀に何かをしたのはわかったからである。
(ってなんで私がこんなに怒らないといけないのよ!これじゃまるで、私が嫉妬してるみたいじゃない!!)
明らかに嫉妬しているのだが、何時もの様に自分に言い訳をしてそれを否定する。
(いえ、落ち着くのよ私。そもそも会長が私以外の女性を好きになる事なんてありえないもの。立花さんが何をしたのか知らないけど、それは徒労に終わる。焦る必要なんて微塵も無いわ)
石上や京佳に気づかれない様に、何とか自分を落ち着かせるかぐや。しかし落ち着かせ方に問題がある。早坂はいい加減、この主人を1回はひっぱたいてもいいかもしれない。
(全く。こんなに慌てるなんてはしたないわね。余計な心配をする必要なんてないわ。そもそも会長は私にぞっこんなんだから大丈夫よ。そう、何も焦る事も心配する事もないんだから)
でもやっぱり心配なので、近いうち早坂を酷使してでも京佳が何をしたのか突き止めようとかぐやは誓った。
(よかった。白銀に引かれているかもと思ったが、どうやら効果覿面だったみたいだな)
一方で京佳は内心ほっとしていた。もしかしたら、昨日のキスが原因で白銀に嫌われているかも思っていたが、あの様子ではそれは無いと思ったからである。
(これなら、白銀も今後は私を意識してくれるかな?それとも直ぐに何時もみたいになるのかな?)
しかし不安もある。白銀は未だにかぐやの方を向いている。いくら自分が不意にキスをしたとしても、本当に好きな人がいる場合はそれも意味が無いかもしれない。
(でも諦めるか。私だって、好きな人と一緒になりたいんだ)
だが京佳も諦める事など出来ない。彼女とて1人の恋する乙女。好きな人と結ばれたいと思うのは当然だ。
(それに白銀のあの反応。もう可能性がゼロだなんて言わせない)
今日の白銀は、昨日の出来事のせいであきらかに京佳を意識していた。つまりそれは、京佳にも可能性が出来た事を意味している。
(何としてでも、この2学期の間に白銀を振り向かせてみせる。それこそ、手段なんて選ばずに!)
こうして京佳はより決意を固めた。
「会長ぉぉぉぉぉぉ!!これさっきそこのコンビニで買ってきたおにぎりと道端で摘んだお花ですぅぅぅぅぅ!!ってあれ!?会長どこですか!?」
最近、週1投稿は普通にきついってわかった。
偶にはは休んでもいい?
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白銀御行は恥ずかしい
今月の11日で連載して1年。自分でも驚いています。
そして沢山の感想ありがとうございます。本当に励みになっています。
秀知院学園高等部生徒会生徒会長、白銀御行。質実剛健、聡明英知。学園模試では常に1位をとり続け、大勢の生徒から畏怖と敬意を集める男子生徒。そんな彼は今、
(ぬおおおおおおおおおお!?)
自室の布団の上で悶絶していた。
今日、白銀は誕生日であり、それを京佳に祝われている。手料理を振舞ってもらい、誕生日プレゼントとして腕時計を貰った。勿論京佳だけじゃなくて、かぐやと石上からも祝われているのだが、今は置いておく。
そして夕食後、京佳を駅まで送る時、別れ際に京佳からキスをされたのだ。
キスされた後、白銀は自宅への帰路についたのだが、その間の記憶が殆ど無い。気が付いたら自宅へと着いていたという感じだ。その後風呂に入り、何時もの様に勉強をしようとしていたのだが、そこで白銀は思い出してしまった。
京佳にキスされた感触を。
それを思い出してからはもうダメだった。勉強は全く集中できないし、気晴らしにスマホをいじってみたがそれもダメ。ならばと外に出て自宅のアパートの周りを何回か走ってみたが、それでもダメだった。何をやっても、キスをされたという事実を薄れさせる事など出来なかった。
そしてもう寝ようと思い布団に入ったが、これが中々寝付けない。何も考えずに寝ようとしても、羊を数えても、頭の中でこの前石上に借りて読んだ漫画の内容を思い返しても、キスされた感触を何度も思い出してしまうのだ。何度も何度もループする様に思い出す温かくて柔らかい感触。思春期真っただ中でムッツリな白銀にこれは特大の特攻である。
結果として、悶絶しているのが今の白銀だ。
(めっちゃ柔らかかった…マジでめっちゃ柔らかかった…)
無意識に手でキスされた右頬を撫でてキスされた感触を思い出す。そして悶絶し、これではいけないと思い再び眠ろうとする。しかし眠れずまた無意識に頬を撫でる。もうかれこれ1時間はこの繰り返しである。
尚、同じ部屋で寝ている圭は既に夢の中だ。最近、耳栓を買ったおかげだろう。
(えぇい!くそ!眠れん!全く眠れん!!)
結局この日の夜、白銀は碌に眠る事など出来ずに朝を迎えた。
翌日、白銀はいつもより酷い顔で学校に登校。途中、クラスメイトがあいさつをしてきたりしていたが、それらに返事を返す気力も無い。というか眠い。正直今日はこのまま休んで家で寝たい気分でいっぱいだ。保健室でもいい。
(くそ、最悪だ…これでは生徒会長としての威厳も無くなりかねない…いや、自業自得なんだけどさ)
寝不足の原因は、自分がキスされた感触を何度も思い出した事にある。もっと屈強な精神をもっていれば、これくらいなんともなかったかもそれないが、生憎白銀の精神はそういった事に関してはそこまで強く無い。
(でも、本当に柔らかかったよなぁ…キスってあんな感じなのか…)
一晩経っても、キスの余韻に浸る白銀。突然のキスだったし、何より白銀にとっては頬にとは言え、初めてのキスだったのでその衝撃は大きい。しかしここで白銀にある疑問が浮かぶ。
(そういえば、何で立花は、俺にキスしてきたんだ…?)
どうして京佳がキスをしてきたのかというものだ。今まで京佳のキスの感触しか頭の中に無かったが、よくよく考えてみればおかしい事である。白銀からしてみれば、友人がいきなりキスをしてきたのだからそう思うのも当然だろう。
(女子が男子にキスをするというは普通に考えれば特別な意味がある)
思案する白銀。キスというのは、一種の愛情表現で『愛している』という表れだ。親が子供にするように、そして恋人がするように。
(つまり、それだと…)
白銀にある考えが浮かぶ。
それは、京佳が自分に特別な感情を向けているのではないかというものだ。
(いやいやいや落ち着け落ち着け。先ずは冷静になるんだ。何かの罠かもしれんし)
しかし白銀は、そう簡単にそういう結論に行かない。これは普段かぐやと恋愛頭脳戦(笑)をやっているおかげで、何か裏があるのではと考えてしまうせいである。京佳に非は全くない。
(先ずは、何故立花がキスをしたのかをいくつかの仮説を立てて考えよう)
そして白銀は授業を受けながら別の事にも頭を使う様にした。
『仮説1、欧米のように別れのあいさつとしてキスをしただけ』
日本では全く馴染みが無いが、欧米ではあいさつとしてキスをする事がある。俗にいうチークキスだ。久しぶりに会った家族に、街中で偶然会った友人に、思わぬところで会った職場の同僚に。
そして別れ際にも『また会いましょう』という意味を込めて再びする。故に京佳もそういう意味で白銀にキスをしただけという可能性を考えてみた。
(だが、立花は生まれも育ちも日本だ。親戚に海外出身の人がいるという話も聞いた事が無い。それに仮にあれがチークキスとしても、今まで1度もしたことが無い。この説はないか)
白銀が思う通り、京佳は今まで1度もチークキスをした事が無い。故にこの可能性は否定する。
『仮説2、いたずらの一環でキスをした』
時に女子は男子に少々過激ないたずらをする。男子に態と体を密着させてくる女子や態とスカートを捲り上げて下着を見せようとしてくる女子などがいるにはいる。そして京佳も、そういったいたずらをしたのではないかと白銀は考える。
(いや自分で考えておいてあれだが、無いな。立花はそんな事しないだろう。と言うか四宮や藤原でも無理だ。そんな女子は都市伝説だと石上も言っていたしな)
しかしまたしても、白銀は自分で考えたその考えを否定する。そもそもそのようなはしたない女子など本当にいるかどうかさえ怪しい。仮にいたとしても、自分が遭遇する事など無いと結論付ける。
因みにだが、京佳は1学期に白銀を誘惑する為そのようなはしたない事をしているのだが、白銀はその時の1件を必死の努力で忘れている。最も、稀に思い出す事はあるが。
『仮説3、白昼夢を見ていた』
この仮説はかなりでたらめである。要するに、昨日体験したあれは全部白昼夢で、実際に京佳はキスなどしていないと言うものだ。実際白銀は、昨日京佳を駅近くまで送ってから家に帰るまでの間、記憶がかなり曖昧である。そこから、あれは自分が白昼夢で見た幻だったのではないかと思うようになった。
(これかなり無理あるよな。そもそも白昼夢事態存在がデタラメだし。つーかあれって本当に実在すんのか?)
しかしこの可能性も否定する。そもそも白昼夢自体、空想上のもの扱いだ。創作上ではよく見かけるが、実体験など怪しげなオカルト番組に出演している自称体験者の話くらいしかない。そんなものに自分が遭遇したとは考えづらい。よってこの可能性も捨てた。
(だとすると残るは…)
そして白銀は、もう1つある仮説を思い浮かべる。それは真っ先に思い浮かぶ仮説だったが、真っ先にそれを否定していた。
(だって、なぁ…?)
それをもし認めてしまえば、今後京佳と少し顔を合わせづらくなるかもしれない。何故ならその仮説とは、
『仮説4、自分に好意があったのでキスをした』
というものなのだから。
(いや、あるのか?そんな事が?)
白銀は思い返すように考える。白銀にとって、京佳は大事な友人だ。秀知院に入学して間もない頃、白銀はこの学校が好きでは無かった。何処を見ても金持ちや政治家や芸能人の子供ばかり。皆が皆、そのことを自慢している訳では無いのだが、普通の家庭出身の白銀には居心地が悪かった。だから昼休みになった瞬間、白銀は教室を出てどこか1人で昼食を取ろうとしていたのだ。
そしてその時偶々出会ったのが京佳である。それがきっかけとなり、白銀は秀知院に来て初めて友達が出来たのだ。
(だがもしそうなら、俺はどうすればいいんだ?)
再び考える白銀。先程も言った通り、白銀にとって京佳は大事な友人である。もしそんな彼女が、自分に好意を持っているとすれば、どう答えるのが正解なのだろうかと悩む。
(本当にそうだった場合、嬉しいとは思う。だが…)
本人は色々あって認めないが、白銀はかぐやに好意を向けている。そんな彼が好意を向けている人とは別の女性から行為を向けられた場合、どうすればいいのかわからない。恋愛偏差値が低いから。
(いやいや!そもそもまだそうだと決まった訳じゃない!先ずはどうしてキスをしたのか真相を知らないとダメだ!そもそももしこれが別にそういう意味じゃ無かった場合、ただ俺が恥ずかしいだけだし!)
色々考えた白銀だったが、結局全ては仮説にすぎない為、それらの考えを頭の隅に追いやった。問題の先送りとも言うが。そしてその後、授業をちゃんと受けてはいたのだが、昨日碌に眠っていないのがたたり強烈な睡魔に襲われ始める。生徒会長が授業中に寝るなどあってはいけない為、白銀は舌を噛んだり腕をつねったり息を止めたりして耐え抜いた。
だが流石に昼休みは生徒会室で少しだけ仮眠を取った。
放課後。
白銀は一足先に生徒会室に来ていた。その胸にはある思いがある。
(もうこうなったら、立花に直接聞くしかない)
それは京佳に、昨日のキスについて聞くという思いだ。白銀はあれからも様々な仮説を考えてはみたが、結局どれも当たりとは思えず、京佳に聞く事にしたのである。
(しかし、聞いたところで答えてくれるのか?だって、キスだぞ?)
勿論不安もある。普通『どうして私にキスをしたのですか?』と聞いて答えてくれる人がいるんだろうか。英語の例文じゃあるまし、答えてくれるとは思えない。
(だが、このままではいつまでたってもモヤモヤしたまま過ごすことになる。何とかして聞き出さないと)
しかし、これでは下手をすると日常生活に支障が出るかもしれない為、白銀は多少の恥を捨ててでも聞こうとしていた。
(1度整理しよう。先ず昨日立花は俺の誕生日を祝ってくれて手料理を振舞ってくれた。そして俺が立花を駅まで送ろうとした時に途中で小さな公園によってそこで腕時計をプレゼントされた)
白銀は自分の左手首にしている青い腕時計に視線を落とす。シンプルなデザインでとても見やすい。しかもソーラー充電式なので電池の交換も必要ない。
(でもこれ、本当にいいよな。今まで腕時計なんてしなかったが、今日付けてみただけでも便利という事がよくわかった。いちいちスマホを出して時間を確認する必要もないし)
白銀はかなり多忙な生活を送っている。そのせいでよく時間を確認する癖がついた。今までならスマホや教室や部屋の時計で確認していたが、今は違う。京佳にプレゼントされた腕時計のおかげで、いつでも直ぐに時間を確認できるようになったからだ。
(立花の言っていた通り自転車に乗りながら時間も確認できるし、本当に良いプレゼントを貰ったな…ってそうじゃないそうじゃない。その後だよ)
プレゼントを貰った事を思い出して歓喜していた白銀だが今考えるのはそれではないとして再び頭を切り変える。
(腕時計を貰った後だ。その後に立花が俺に目をつぶってと言い出して、そしてその後…)
思い出すのはキスの感触。柔らかくて、温かくて、どこか良い匂いがしたあの感触。
(あ、ヤバイ。また頭がぼーっとしてきた。ってか顔が熱い!そうだ!四宮に貰った扇子を…!)
白銀は鞄から扇子を取り出して顔を仰ぐ。しかし、あまり涼しいとは言えない。
(扇子を使っている経緯があれだが、すまん四宮)
白銀は心の中でかぐやに謝る。
「失礼しまーす!」
「失礼します」
「ああ」
丁度その時、かぐやと藤原が生徒会室に入ってきた。
(とりあえず、昨日の事は絶対に四宮や藤原には知られない様にしないとな。もし知られたら面倒臭いどころじゃ無い)
少なくともかぐやに知られる訳にはいかないだろう。下手すると白銀が刺されるかもしれない。
その後、藤原が質問をしたり石上が白ランと眼鏡が似合うとか言っていたが、白銀はそれら全てを流すように受け答えをする。今の白銀は、昨日の事を知られる訳にはいかないのだ。というか誕生日の話自体今はやりたくない。思い出してしまうから。
「そういえば会長。確か立花さんにも誕生日を祝われたと言ってましたがそうなんですか?」
そんな白銀の内情など知らないかぐやがストレートな質問をしてきた。
(やっぱり聞くよな!?普通聞くよな!?俺だって立場が逆なら聞くし!でも、答えられない!昨日キスされたなんて絶対に答えられない!!)
この時白銀は、内臓以外すべての動きを止めた。何があっても昨日キスされた事を知られたくはないという思いからである。
(仕方ない…腕時計を貰った事だけ言おう。嘘は言っていないし)
「…………あーっとだな、立花からは」
「すまない遅れた。ところで藤原が校庭を全力疾走していたんだが、もしかして陸上部にでも入部したのか?」
腕時計の事を話そうとした時、京佳がやってきた。
「…!?」
一瞬だけ京佳を視界に入れた白銀だったが、すぐに顔を反らす。その理由は単純で、京佳の顔を見れる気がしないのだ。
(ヤバイ!無理だ!今この状態で立花の顔を見るなんて絶対に無理だ!思い出す!絶っっっ対に思い出す!さっきより明確に思い出す!!)
白銀慌てる。
先程まで昨日の事を思い出すだけで悶絶しそうになっていたが、ここのその原因である京佳がきてしまえば先程とは比べ程にならないくらい明確に思い出してしまう。
(兎に角!立花とは目線を合わせない様にしよう!そうすればまだ何とかなる筈!)
白銀は今日は徹底的に京佳の顔を見ない事にした。そうすることで何とか今日1日乗り切ろうという作戦である。
「そうだ白銀。さっき学園長に会ってこの資料を渡して欲しいと頼まれたんだ。はい」
(あのクソじじぃーー!?タイミング悪すぎだろ!)
だが直ぐにその作戦は失敗しそうになりそうだ。京佳が学園長から貰ったと言う資料を白銀に渡そうと近づいてくる。
「お、お、おう!そうか!そ、そ、そこにおいてくれ!」
京佳の顔を見ずにそう言う白銀。しかしその声に何時もの冷静さは皆無だ。
「どうした白銀?」
京佳が再び白銀に近づいてくる。顔を反らしている白銀だったが、ここでミスをしてしまう。反らした目線の先に窓ガラスがあり、そしてそこに京佳の顔が写ってしまった。
(あ…)
白銀は見て固まりそうになった。。まるでゴルゴーンに睨まれたギリシャの戦士である。そして瞬間、白銀は京佳に対して様々な事を思う。
(あのキス、めっちゃ柔らかったよな…そりゃ人の唇なんて固い人はそういないけどあれは本当に柔らかかった。それに温かかった。あーいうのを人肌っていうのか?なんというか心地良い温かさだったし。しかも良い匂いもした。あれは立花の髪の匂いか?圭ちゃんとは違うシャンプー使ったりしているのだろうか?しかしこうして見ると立花ってやっぱ美人だよな。そりゃ眼帯しているから人相が悪いっていう奴もいるけど少なくとも俺はそう思わん。むしろかっこいいと思うし。こんな人をイケメン女子とか言うんだろう。身長も高いから女子人気もあるし、本当にそう言われているかもしれん。でも前に偶々見ちゃったが、意外と子供っぽい下着を履いているんだよな。立花はてっきり黒のエロイやつとか履いてるイメージだったが、まさかいちご柄なんて。ちょっとそういうの良いよな。あれが俗に言うギャップって奴か。石上が言っていた事が理解出来たよ。そういや、多くの男子は自分より身長の高い女子とは付き合いたくないという話を聞いた事があるが俺はそんなの気にしないな。周りがどうとかじゃなくて自分と相手がどう思っているかが大事だし。それにしてもスタイル良いなぁ。四宮や藤原とは全く違うタイプの体型だ。出るとこ出ていて引っ込む所は引っ込んでいる。もしモデルデビューとかしたら間違いなく人気モデルになるだろうな。そしたら水着撮影とかもあるだろう。そしてその写真が青年誌の表紙とかを飾ったらその週の青年誌は間違いなく爆売れするな。こんな美人の水着写真なんて売れない訳が無い。これで家事も一通りこなせるとか最高だよな。昨日食べた料理はどれも凄く美味かったし。本当に立花は良い嫁さんになるだろうな。立花と結婚できる男は幸せだろう。でも世の中には善人だけじゃない。立花の身体目当ての奴だっているかもしれない。もしそんな奴がいたら何としてでもとっちめるな。いや、それならもういっそ俺が…)
この間、僅か0.5秒である。
(お、俺は今何て事を!?)
白銀、正気に戻る。0.5秒という僅かな間にかなり気持ち悪い事を考えていた。
「あーーー!そうだった!俺今日は中等部へ用事があったんだった!悪いが今から行ってくる!!じゃあな!!」
「え!?会長!?」
そして白銀は逃走を選んだ。このままではマズイ。本当にマズイ。今は京佳から距離を取らないといけない。その思い故の行動である。背後からかぐやが声をかけるが今は気にしない。というか気にできない。
そして白銀は足早にその場から去って行った。
「はぁはぁ…」
白銀は高等部の屋上に来ていた。そして周りに誰も居ないのを確認すると、屋上に設置しているフェンスに寄りかかる。
「俺って、こんなにチョロイ人間だったのか?」
割とそうだと思うが、白銀にとっては結構ショックな出来事である。いくら初めてキスをされからと言っても、あの反応は無い。まるで思春期の中学生である。
「はぁ。ほんと、俺はどうすればいいんだ?」
その呟きに反応してくれる人は存在しない。
結局、白銀は皆が帰ったのを確認してから生徒会室に戻るのだった。
そして何故か生徒会室の机の上に小さな花束とコンビニおにぎりが置いてあるのをみて気味悪がった。
自分で書いた最後の方の長文台詞読み返して思った事「気持ち悪…」
相も変わらずノリと勢いで書いてますが次回も頑張ります。
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立花京佳と質問
追記 少し編集
「……」
白銀は自室でスマホを眺めていた。彼はスマホを使ってある人物に電話をしようとしているのだが、もう既に10分はこの状態である。
先程から何度もとある人物と電話をするべくコールボタンを押そうとはしているが、どうしても踏ん切りがつかず、ボタンが押せない。
「はぁ…」
ため息が出る。これも先ほどから何度もである。
そんな状態の白銀のスマホの画面には『立花京佳』と映し出されていた。
今日の白銀は、学校では昨日のキスの事を聞く事が出来ずにいただけでは無く、京佳の顔を見たせいで昨日の事を鮮明に、そして大げさに思い出してしまっていた。それどころか、どういう訳か京佳の事を変に意識するようにもなった。
その原因は間違いなく、昨日のキスである。それがきっかけで、今白銀は京佳を変に意識してしまい、まともに話す事さえできずにいた。このままではいけない。何とかして、せめて顔を見て話せるようにならないといけない。
そこで白銀は、多少情けないと思いつつも、やはり京佳にキスした理由を聞く事にしたのだ。どうして京佳が自分にキスをしたのかさえわかれば、今の様に変に意識したり悶々とする事もなくなるかもしれない。希望的観測が混じっているが、今はもうこれしか解決策が無い。
そして何とかしようと思ったのだが、顔を見て話す事は現状不可能に近い。ならばと顔が見えない電話という手段に至ったのだ。しかし、中々コールボタンが押せない。いくら電話と言えど、やはり思い出してしまうからだ。
(俺って、こんなに単純な男だったんだな…)
白銀は少しだけ自分に落ち込んだ。いきなり頬にキスをされたとはいえ、ここまで意識するとは思っていなかったからだ。もしキスしたのがかぐやだった場合、数日は睡眠をとる事さえ無理だろう。
(だがこのままだと本当にいかん。やはりここはちゃんと電話して…)
妹と父親は現在、居間で『アーサー王の真実!アーサー王は女性だった!?』という特番を見ているのでこの部屋に入ってくることはない。今のうちに電話をして昨日の事を聞き出したい。そう思い、スマホから京佳の番号を表示する。後はコールを押すだけなのだが、
(くっ!押せん!やっぱり押せん!)
それが未だに出来ない。もう何回もこれが続いている。お笑い番組だったらいい加減プロデューサーからダメだしを食らうだろう。
(そりゃ、聞いたところで答えてくれるかどうかわからないっていうのもあるが、もし俺が考えている通りだった場合、立花はかなり勇気を振り絞ってあんな事をしたかもしれない。そんな事をしたのに『どうしてキスしたんですか?』と俺から聞くというのはなぁ…)
それはとても失礼な事になるのではないか。白銀の中にはこの思いがあった。だが、このままモヤモヤしたまま過ごすのは日常生活に支障が出る。今日の放課後のような。
「あーもう。やはりここは多少アレでも直接聞くしか…!」
そんな事を呟いた瞬間、
トォルルルルル
電話のコール音が聞こえた。
「へ?」
白銀がスマホの画面を見てみると、そこには『立花京佳』と出ている。
(やっべ!いつの間にかボタン押してた!?)
まさかのミスである。白銀はいつの間にか通話ボタンを押していたのだ。
(いやちょっと待って!まだ心の準備が!?)
そう思う白銀だがもう遅い。ここで電話切ってしまうと逆に変な事になりそうでもある。そして、
『はい、もしもし』
遂に電話がつながってしまった。
「や、夜分遅くにすまない。立花か?」
白銀は腹をくくって声を出す。
『あー、君が白銀くん?初めまして~』
「え?」
しかしどうも変だ。白銀は1度スマホ画面を確認する。そこにはちゃんと『立花京佳』と出ている。間違い電話をしている訳ではなさそうだ。
「あの、この電話は立花京佳さんの電話ですか?」
『そうね。間違いなく京ちゃんの電話よ』
「京ちゃん?あーっとすみません、どちら様でしょうか?」
『私は京ちゃんの母親よ』
(ええーーー!?)
電話に出たのは京佳の母親の佳世だった。白銀は思いもよらない相手が電話に出た事により、思わず大声を出しそうになる。
「し、失礼しました!自分は立花京佳さんと同じ生徒会に所属している白銀御行と申します!」
『ええ、知ってるわよ。色々とよくお話聞くし』
「そ、そうなんですか?」
『あれ?気になっちゃう?どんな事を話されているのか。よければお話するけど』
「いえ!大丈夫です!」
『ふふ、冗談よ。京ちゃんに用事ね?ちょっと待っててね』
そう言われると、スマホからは足音や扉を開けるような生活音が聞こえる。
『京ちゃん、白銀くんから電話よ~』
『母さん、勝手に人の携帯に出ないでくれ』
『別にいいじゃない。家族なんだし』
(なんかこの会話、既視感あるなぁ…)
どこかで聞いた事のある会話も耳にした。
『もしもし?』
「あー立花。俺だ。白銀だ」
『白銀?どうしたんだ一体?』
「少し聞きたい事があるんだが、今大丈夫か?」
『ああ。問題ないよ』
(ここまで来たんだ。もう聞くしかない…)
少し意図しない形ではあったが、こうして京佳と電話をする事が出来た白銀。ここまできたのなら、もう聞くだけだ。
「その、な。昨日の事なんだが…」
『昨日?もしかして白銀の誕生日の事か?』
「ああ、そうだ。その事でひとつ聞きたい事があってな」
『なんだ?』
「その、だな?えっと…」
だが白銀、ここで躊躇してしまう。そもそも聞きづらい事なのでそれも仕方が無い。
(ええい!もうままよ!!)
白銀は腹をくくった。
「答えてくれ立花、どうして昨日、あんな事をしたんだ?」
『あんな事?』
「その、キスの事だ…」
『ああ、それか』
遂に白銀は京佳に聞いた。内心色々と戦々恐々としている部分もあったが、もう後には引けない。
『いやな、男子は女子にああいう事をされるのが嬉しいとネット記事で読んだんだ。昨日白銀は誕生日だったし、どうせなら嬉しい気持ちで過ごして欲しいと思ってね。それでやってみたんだよ』
「そ、そうか。そんな理由だったか…」
京佳から返答が来た。その答えは何ともシンプルなものである。
『ひょっとして、迷惑だったかな?』
「ああ!いや!迷惑だなんて全く思っていない!ただ純粋にどうしてか気になっただけだ!ほら!変な勘違いをしたら色々と困るだろうし!」
『そうか。それなら良かったよ』
白銀は安堵する。
もし京佳の昨日のキスが『自分に好意があったから』というものだったら返答に困るからだ。決して京佳の事を嫌っているからではない。むしろ好きな部類に入るだろう。でももし今告白されたら、どう答えればよいかわからない。
(あれ?)
ふと、白銀は今の自分に疑問を感じる。
もし今告白されたら、どう答えればよいかわからない。
自分の好きではない人から告白をされた場合、普通ならそのまま断ればいい。しかし今白銀は、もし京佳に告白されたらどう答えればいいかわからないと思った。しかも京佳の事を好きな部類に入る人物と認識していながら。
(何でだ?)
考える白銀。そして少しだけ考えたのち、答えと思えるものを出した。
(ああ、あれだ。立花は友達だからだ。もし告白されて断ったりしたら気まずくなるしそういう事だろう)
白銀にとって京佳は秀知院に入って初めて出来た友人だ。もしもそんな京佳に告白されて、それを断ったりしたら絶対に気まずくなる。そういう事になるかもしれないから、告白されたらどう答えればいいかわからないと思ったのだろうと白銀は思う事にした。
(でも、何か引っかかるよなぁ…)
喉に小骨が引っかかる違和感を感じてはいたが、それは心の隅に追いやる事にした。
『どうした白銀?』
「あーいや、何でもない」
白銀は聞きたかった事も聞けたし、京佳と電話している今は精神も昼間ほど不安定になっていないのを確認できた。少なくともこれならもう、今日の放課後のように長い妄想をする事はないだろう。そう思いたい。そしてそろそろ電話を切ろうと思っていたそんな時である。
ちゃぽん
(ん?)
何やら電話の向こうから水音が聞こえたのは。
「すまん立花。お前今どこで何しているんだ?」
『今か?入浴の最中だが』
「……は?」
再び既視感のある答えが返ってきた。
「……風呂に、入っているのか?」
『ああ。まぁそろそろ出ようと思っているが』
白銀の質問にそう答える京佳。
(つまり、今電話の向こう側の立花は…全裸?生まれたままの姿?すっぽんぽん?)
白銀御行。
思春期の健全な男子高校生。そして結構なムッツリスケベ。もしも恋人ができたら、絶対にエロイ事をしようと心に誓う男。そんな彼に、今の状況はマズイの一言である。
「ん゛」
『え?どうした白銀?何か変な声が聞こえたんが』
「いや、何でもない。何でもないぞ。ちょっとだけ足を壁にぶつけただけだ」
『大丈夫か?』
「ああ、問題ない」
危うく京佳の全裸を妄想するところだったが、右手で自分の脇腹を思いっきり抓ることでそれを防いだ。流石に電話の最中に邪な妄想をする訳にはいかない。
『もう他に聞きたい事とかは無いのか?』
「そうだな。もう大丈夫だ。おかげで色々とすっきりしたし」
『そうか。それは良かったよ』
何とか事なきを得た白銀。脇腹は痛いが、割と自業自得なのでほっとく。
『ところで白銀。私からもひとつ質問をしたいんだが』
「何だ?」
『そのだな、昨日キスされて、どう思ったんだ?』
「え」
突然の質問に固まる白銀。京佳からそんな踏み込んだ質問がくるとは思わなかったからだ。
「い、いやー。どう思ったかというと…」
『頼む。正直に答えてくれ』
最初こそはぐらかそうとした白銀だったが、京佳の声色が真剣なのを感じとり、しっかりと答えようと決めた。
「そうだな。正直にいえば、嬉しかったぞ。まぁ男なんて単純だし、多分俺以外の男でも同じ風に感じると思うが」
『そうか』
少し恥ずかしさはあったが、白銀はしっかりと京佳の質問に答える。
『ありがとう白銀。答えてくれて。それとすまなかった。こんな事を聞いて』
「いやお互い様だ。俺だって聞きにくい事を聞いたし」
『ふふ、そうだな。お互い様だな。それじゃあそろそろ切るよ』
「ああ。わかった」
そして2人共電話を切ろうとした時である。
『白銀』
「ん?」
『最後の言っておくと、私は相手が誕生日だからといって、誰にでもキスをプレゼントする女ではないからね』
「え?どういう」
『あれは、白銀だったからしたんだよ』
「え?」
『おやすみ白銀』
そういうと、スマホからはツーツーと電話が切れた音がする。
「……えっと、どういう意味だ?まさか、やっぱりそういう?」
白銀は再び考える。京佳のあまりに意味深な台詞。それが頭から離れない。どういう意味かと考えている時、
「「……」」
「あ…」
ふと、襖の隙間からこちらを見ている2人分の視線に気づいた。
「おにぃ…どういう事?」
「何がかな?圭ちゃん?」
「とぼけないで。京佳さんと、キスしたってどういう事なの?」
「知らないなぁ。空耳じゃないのか?」
「はぁ!?そんな訳ないし!!私もパパもちゃんと聞こえていたからね!?ていうか本当どういう事!?京佳さんにキスされたの!?」
「そうかー。御行も遂に大人の階段登っちゃったかー」
「いや知らないぞ?多分空耳だって。そういや今特番やっていたっけ?俺も気になるから見るかな」
「もう特番終わったし!ていうかごまかさないで!ちゃんと説明して!」
「御行、舌入れたか?」
「それセクハラ!引っぱたくよ!?」
「ははは、2人共賑やかだなー。しかし特番終わってたのか。ならニュースでも見るか」
「私の質問に答えて!!」
その後、白銀は妹にしつこく質問されたが全部ごまかした。父親はなんか察した顔をしていた。そして白銀は、ニュースが終わる頃には京佳の質問を頭の片隅に追いやっていた。
立花家 京佳の部屋
「……」
京佳は自室のベットに腰かけている。
「やったぁ…」
そして凄く嬉しそうにしていた。
(やった!やった!もし白銀に『迷惑だった』とか言われたらそれこそ学校に行けなくなっていたかもしれないが、嬉しかったって言ってた!少なくとも、まだ可能性はあるって事だ!もしかすると、こちらを意識しているかもしれない!)
白銀に結構踏み込んだ質問をした京佳だったが、その甲斐はあった。おかげで、白銀の気持ちが聞けたのだ。しかも白銀は嬉しいと言っている。これが嬉しくない訳が無い。
(この2学期が最後のチャンスだ。何としてでもこの2学期に、白銀を振り向かせて見せる!)
こうして京佳はより決意を固めた。
「京ちゃん?いくらまだ夏とはいえその恰好は風邪ひくわよ?早く服着なさい?」
「大丈夫だよ母さん。下着は履いているし」
「この前私が言った事と全く同じ事を言っているってわかってる?」
因みに京佳の下着の色はライトグリーンだった。
次回も頑張る。というかそろそろミコちゃん出したい。
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藤原千花は怒ってる
今回は少し暗いお話。
追記 気になるところあったから少し編集
秀知院では年5回、期末テストが行われる。そのうちの1回が夏休み明けの翌週に行われる。大勢の生徒はまだ夏休み気分が抜けていないせいなのか、この夏休み明けの期末テストだけ平均点がやや下がる傾向がある。一部の生徒に至っては、夏休み中に殆ど勉強をしていないこともあり赤点を取る始末だ。
そしてここに、そんな赤点を取りそうな生徒が1人いた。
「京佳さぁぁぁん!!」
「ど、どうした藤原?」
「また勉強教えてくださいぃぃぃ!!」
生徒会書記、藤原千花である。
今年の彼女は、非常に満喫した夏休みを過ごしていた。生徒会メンバーとの小旅行、家族との海外旅行、遊園地、花火大会、1人ラーメン。その他にも沢山遊んで食べてという感じである。
しかしそれだけ遊んでいたのだ。当然、勉強する時間は減っている。一応彼女も生徒会メンバーという肩書がある為、学校から出された課題は全て終わらせていたのだが、終わらせただけだ。殆ど身についてなどいない。
その結果、こうして1学期と同じようにテストが危うい状況になっている。
「別に構わないが、そんなに危ないのか?この前のテストで順位は上がっただろ?」
「それが問題でした…」
「え?」
「前回のテストで順位が上がったのを見たお父様が『これなら更に上を目指せるな!』的な事を言って…」
「ああ、成程…」
前回のテストで藤原は60位という順位をとっていたのだが、それを見た彼女の父親がより上を目指すように言い出してしまった。おかげで藤原の『前回より多少順位が下がってもお小遣いが減らされることは無い』という思いは綺麗に砕け散った。
最も、例え順位が下がって父親からのお小遣いを減らされても、今度は祖父にお小遣いをねだる予定なのだが。藤原には本当に『強欲』という言葉が似合うかもしれない。
「じゃあ、とりあえず図書室行くか」
「はいぃぃぃ…」
こうして1学期同様、藤原は京佳に勉強を教えて貰う様になった。
図書室
「国語なんて滅びてしまえばいいんです」
「突然何を言っているんだ」
「そもそも『この文章から登場人物の心境を答えなさい』って何ですか?思った事なんて千差万別、人それぞれ違うじゃないですか。そんなのこの文章を書いた作者くらいしかわからないでしょ。というかこんなの絶対に生きていく上で必要ないですって。漢字を覚えている方が有意義ですって」
図書室で藤原は呪詛を放ちそうになっていた。彼女は決して頭が悪い訳ではない。学習意欲自体は高く、性格以外は非常に優等生である。だが国語はどうしてもダメなのだ。漢字の読み書きなら問題ないが、例文からの読み解き問題がどうしても苦手。それゆえ、国語だけはいつも赤点ギリギリである。最も前回は京佳のおかげで大幅に点数を上げる事に成功しているが。
「それは違うぞ藤原。確かに社会に出てこの問題が役にたつかはわからない。しかし知識があるのと無いのとでは大きく違う。つまり勉強していて損は無い」
「うぐ!それはそうかもですが…」
京佳に言われ、机に頭を打ち付けそうになる藤原。正論を言われているが、そう簡単に納得は出来ない。やはり苦手なものは苦手なのだから。
「うう~。お父様があんな事を言わなければ余裕を持ってテストに挑めたっていうのに…」
「娘の事を思っている証拠だろう。あんまりそういう事は言わない方がいいぞ」
「そうかもですけどー」
「ほら、文句ばかり言っていないで次はこの問題を解いてごらん」
「はいぃぃぃ…」
「あと3ページくらいやったら1度休憩しよう」
「わかりました!じゃあちゃっちゃとやりましょう!」
「急にやる気を出したな」
その後、京佳に色々教えて貰いながら藤原はゆっくりではあるが着実に問題を解いていった。
『……』
そんな2人を、少し離れている所から見ている視線があった。
「お、おわりました…」
「お疲れ、藤原」
20分後、図書室の一角には頭から湯気を出しながら机に顔を伏せている藤原と国語の問題集片づけている京佳がいた。
「ううー、知恵熱で頭が痛いです」
「知恵熱で頭痛起こす人を始めて見たよ」
「だってこの問題難しいんですもん。というか京佳さんはいつもこんな問題集使っているんですか?レベル高くありません?」
「確かに少し難しいが、決して解けない訳じゃない」
「うへー。やっぱ凄いですね京佳さん」
京佳は成績優秀者である。前回は9位、そして今まで20位以下になったことが無い。藤原からしてみれば雲の上の存在とまではいかないにしても、中々手の届かない領域である。
「兎に角休憩しましょう!ちゃんと言われたところまで終わらせましたし!いいですよね!?」
「そこまで食い気味にならなくてもいいだろうに」
「じゃあちょっと私、お花を摘んできますね」
「もしかして我慢してたのか?一言言ってくれれば行ってきてよかったんだぞ?」
「いやー、京佳さんが真剣に教えてくれていたからなんか申し訳なくって。それじゃ」
そう言うと、藤原は足早に図書室から出て行った。そして京佳は藤原が戻ってくるまでの間、自分の勉強をする事にした。
「ふぃー、スッキリです」
ハンカチで手を拭きながら女子トイレから出てくる藤原。その顔はスッキリしている。
「戻ったらまた問題集ですか。はぁ、嫌になりますね…」
図書室に戻れば再び問題集とにらめっこだ。考えるだけで憂鬱になる。
(でも折角京佳さんに教えて貰っているんですから、しっかりとしないといけませんね)
しかしそれはそれ。1人でならば多少はさぼるだろうが、今は京佳に教えて貰っている身だ。自分から頼んでおいて面倒くさがるのはいただけない。図書室に戻ったら、またしっかりと勉強に励もうと藤原は決めた。
「あの、藤原先輩。ちょっといいですか?」
「ふえ?」
そんな藤原に話しかけてくる人物が現れる。
「えっと、ごめんなさい。誰ですか?」
「あ、初めまして。私達1年生です」
「こうして藤原先輩とお話するのは初めてです」
話しかけてきたのは1年生の女子2人。どうやら藤原に話したい事があるようだ。
「そうでしたか。それで、どうしました?」
「えっと、私達藤原先輩が心配で」
「はい?」
藤原が首をかしげる。どうやら1年生の女子2人は藤原の身を案じているようだが、藤原には覚えがない。
「えっと、何が心配なんですか?」
「だ、だって!あの立花先輩と一緒にいたじゃないですか!」
「そうですよ!藤原先輩、脅されているんじゃないかと思って!」
「はい?脅されてる?どうしてそう思ったんですか?」
「どうしてって!あの立花先輩ですよ!あんな物騒な眼帯付けている!」
「よく噂で聞きます!昔喧嘩で相手を死なせかけたとか!あの眼帯の下はその時に出来た傷痕があるとか!」
「他にも沢山そういった噂があります!今日だって、自分が勉強出来ないから藤原先輩を脅して無理矢理勉強を教わっているんじゃないかと思って」
「だから私達、藤原先輩が心配で!あの、先生とか呼んできた方がいいでしょうか?」
「……」
藤原、絶句。
一体何事かと思えば、まさかである。少し前に、妹の萌葉やその友達の圭から、中等部では京佳には未だに物騒な噂が絶えないという話を聞いた。京佳と殆ど関わりの無い中等部ならまだわからない事は無い。
しかし、まさか高等部の1年生までそんな噂を聞いて、鵜呑みにしているとは思わなかった。
(そういえば、石上くんの時もこんな感じでしたね)
藤原は、生徒会役員である唯一の1年生の事を思い浮かべる。石上は自身で起こしたある行動が原因で、学校内で聞くに堪えない噂があふれた事があった。
しかし京佳は違う、ただ、見た目が物騒だからとそういう理由で噂が流れている。最も、今の2年生でそんな噂を流したり鵜呑みにしたりしている人はいない。それは京佳が生徒会役員として真面目に業務をこなしたり、話していくうちに京佳の人となりがわかったおかげだろう。
「あの、藤原先輩?」
「ひょっとして、口留めとかされてます?」
無言の藤原に1年の女子が心配そうに話しかける。
「心配してくれてありがとうございます。でも大丈夫ですよ~。そもそも私が京佳さんに勉強を教わっていますし」
藤原は取り合えず自分が勉強を教わっているところから説明を始めた。
「えっと、もしかして誰かに何か言われたらそう言えって脅されているんですか?」
しかし1年の女子は変な方向に解釈をする。
「それ、ありえるかも。噂じゃ他の学校の人にカツアゲみたいな事をしてるっていうのもあったし」
「あの藤原先輩、やっぱり先生呼んできます。だってあんな怖くて危なそうな人と一緒にいるって事自体が…」
「いいかげんにしましょ?」
「「え?」」
1年生の女子2人は固まる。普段は温厚で人懐っこい感じのゆるふわな藤原の声に、明らかな怒りが入っているからだ。
「お2人が私の事を心配してくれたのは嬉しいと思います。でもですね、そうやって噂だけを鵜呑みにして、特定の誰かを悪く言うのは、ちょっといただけませんね」
「え、えっと…」
「そもそもですが、お2人は京佳さんと1度でも直接話した事はありますか?」
「あ、ありません」
「そうですよ。だって、あの人おっかないし」
「だったら猶更です。いいですか?噂なんて殆どが出まかせなんですよ?昔の話になりますが、地球に接近した彗星が毒ガスをまき散らすなんて噂が日本中に広がりました。でもそんな事はありませんでした。だってただの噂だったんですから。でもその噂を信じた人たちがいて、中には毒ガスで苦しんで死ぬくらいならと思い心中する人もいたって言います。そんな噂を信じてさえいなければ普通に生きていたというのに、噂を本気にしてしまったから取り返しのつかない事をしちゃったんですよ?」
1年生の女子2人は黙って藤原の話を聞いている。
「まぁ今のは少し極端な話でしたが、そうやって直接話した事も無いのに『あの人は悪い人だ』とか『あの人と関わっちゃいけない』って決めつけるのはダメですよ?ちゃんとお話をしてからその人がどういう人かを決めないと。だって噂だけでその人を判断していたら、その人が可哀そうですもん」
藤原は2人の1年生に優しく論する様に言う。
「だから2人共、そんな噂を鵜呑みにしちゃいけませんよ?せめて『そんな噂があるんだー』って軽い感じでいないと」
「で、でも」
「でもじゃありません。言っときますけど、私、ちょっと怒ってますからね?」
藤原はしっかりと1年生の2人を見てこう言った。
「もう2度と、私の大事なお友達の悪口を言わないでくださいね?」
藤原は言い切った。
それを聞いた1年生の2人はもう何も言い返せない。藤原の言葉は一切嘘偽りない物だと理解してしまったからだ。
「貴方たちだって自分のお友達の悪口を聞いたら嫌な気分になったり怒ったりするでしょう?」
「それは、そうですけど」
「あの、本当に友達なんですか?」
「はい!京佳さんは私にとって本当に大事なお友達です!兎に角、今後はそうやって噂を鵜呑みにしちゃダメですよ?いいですね?」
「は、はい、すみません」
「あの、ごめんなさい。変な事を言ってしまって」
「いえいえ!お2人が私を心配してくれたのはわかりましたから!それは本当に嬉しいと思いましたよ。今のはたまたまその気持ちがちょっと暴走しちゃっただけですよね?ですから、今後はそういうのに気をつけてくれればいいですから」
「わ、わかりました」
「あの、じゃあ失礼します」
「はい、それでは~」
1年生の2人は、藤原に頭を下げてからその場から立ち去る。残った藤原は、2人が見えなくなるまでその場から動かなかった。そして2人が完全に見えなくなった後、藤原は図書室へと歩き出す。
(本当にいるんですね。噂だけで人を判断しちゃう人)
しかしその心は普段のように穏やかではない。
(そりゃあ、確かに京佳さんは見た目だけなら傭兵とかマフィアやってそうな人だからよく怖がられますけど、話してみたら凄く良い人だって直ぐわかりますもん。私に勉強教えてくれるし、面倒な雑務を率先してこなすし。それにああ見えて幽霊が怖いっていう可愛い所もありますし)
因みに藤原は知る由もないが、面倒な雑務を率先してやっているのは、白銀と関われる機会や時間が増えるからというかなり打算的な理由だったりする。
(京佳さんはそういう噂を全くと言っていいほど気にしていませんが、何とかなりませんかねこれ?)
藤原は友達想いである。そんな彼女が、自分の友達を悪く言われている現状を何とかしたいと思うのは当然だ。
(次の生徒会選挙で、もしまた会長が出馬して当選したら『悪い噂はダメ』っていう校則でも作れせましょうかね。は!今のいい考えかも!?)
他力本願のように思えるが、白銀は友達思いである。そんな彼ならそういった校則を作り出す事もできるかもしれない。
(ま、今はこれ以上考えてもしかたありませんね!)
そんな事を思いながら再び図書室に戻ってきた藤原。そしてトイレに行く前と同じように京佳がいる机まで戻る。
「ごめんなさい京佳さん。ちょっと遅くなっちゃいました」
「構わないよ。私も自分用の勉強をしていたし」
京佳はそう言うと、自分がしていた問題集を片付ける。そして先ほど藤原がしていた国語の問題集を開く。
「じゃ、またやろうか」
「はい、頑張ります!」
藤原はこうして再び、京佳に勉強を教わるのだった。
「京佳さん」
「ん?何だ?」
「何か困った事があったら、いつでも頼ってくださいね?」
「え?ああ、ありがとう?」
「はい!」
その後、藤原は前回60位だった順位を57位に上げた。藤原の父親は娘の順位が上がったのを見て喜んだ。
因みに京佳は前回からひとつ順位を上げて8位だった。
中等部と1年生は京佳さんとほぼ面識が無い為こんな感じに。まぁ、見た目が身長180㎝の眼帯女子だしこんな噂の1つや2つ出るよねっていう。
因みにこのお話の裏でかぐや様が石上くんに勉強教えています。
今後は月見と人生ゲームの予定。
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四宮かぐやと月見
BOX周回ターノシー
「お前ら!今日は月見するぞぉぉぉ!!」
その日の放課後、白銀は生徒会室で大きな声でテンションを爆上げしながら言った。
「会長テンション高いですね…てかかぐやさん、前もこんな事ありませんでしたっけ?」
「前回は七夕の時ですね。あの時の会長も今みたいにテンション高かったですね」
「そういえば今日は中秋の名月か」
「あ、マジっすね。興味無かったから全然気にもしませんでした」
テンションが高い白銀とは逆に冷静な生徒会メンバーたち。七夕の時にこんな白銀を見ているので冷静なのだ。初見だったらこうはいかない。
「こんな日に夜空を見上げないなんて多大な損失だ!既に月見の準 備は終わっている!屋上の使用許可も取ってきた!さぁ皆!今日は帰るのが遅くなると今のうちに家に連絡をしておくんだ!」
「でも会長、急すぎませんか?」
「いや、今日の星空指数マジでめっちゃいいんだって!十五夜でこの指数出たらもう行くしかないんだよ!それこそ行ける所まで!」
「いやどこにですか」
藤原がウサ耳バンドを装備しながら白銀に尋ねる。白銀は幼い頃から天体が好きである。そんな彼が1年で最も月が綺麗に見えるこの日にテンションが上がるのは仕方が無い。
「いいじゃないですか。やりましょうよ。僕は賛成です」
「え?」
「だって、この生徒会ももうすぐ解散。皆でこういう事ができるのも、これで最後かもしれないんですから…」
『……』
石上がしんみりとした事を言う。彼の言う通り、この生徒会も今月には解散する。皆で仕事以外でこんな事が出来るのもあと少し。かぐや、藤原、京佳の心はひとつになった。そんな事を聞いてしまったら、参加しないなんて選択肢は存在しない。
屋上
「うわー!本当に綺麗に見えますね~」
「確かにな。七夕の時以上じゃないのか?」
「月のある東南側が東京湾だからビルの灯も少ない。ロケーションは最高だな」
5人は屋上へと来ていた。空はすっかりと暗くなっており、白銀の言った通り星空が良く見える。月見をするには最高の夜だろう。そして白銀と石上はレジャーシートを敷いて月見の準備を始める。
(月なんて見て何が楽しいのかしら?あんなのただの衛星じゃない。私には全く理解できませんね)
そんな中、かぐやは1人だけ冷めていた。実は彼女、月があまり好きでは無いのだ。
(ですが夜の屋上。この雰囲気事態は利用できますね)
しかしそれはそれとして、かぐやは今回の月見を利用する事を考える。
「おっもち!おっもち!」
「藤原先輩、食べる事ばっかですね。太りますよ?」
「白銀、ススキはここでいいか?」
「ああ、そこでいいぞ。これで月見の準備は完了だな」
「そういえば、どうして月見にはススキなんだ?」
「それはススキが稲穂に似ているからなんだ。稲穂には神様が寄ってくるらしいからな。だから縁起が良いと言う事で昔から月見にはススキを飾るらしい」
「成程。白銀は本当に博識だな」
「ははは!まぁな!」
(だけど外野が、特に立花さんが邪魔ですね。先ずは3人の排除から始めますか)
その為にも、白銀の周りにいる藤原、石上、京佳が邪魔だ。かぐやは3人を排除するために早速行動を開始する。
「藤原さん。お餅を煮るんですか?」
「はい!私は花より団子なんで!」
「でしたらここでは風があります。あちらの方なら風が当たらないのでしっかりと料理出来ると思いますよ?」
「あ!それもそうですね~!わかりました!お雑煮出来たら持っていきますね!」
「ええ、ありがとうございます。楽しみにしていますね」
藤原の排除に成功。
(次は石上くんね。どうしましょう?少しお話をしましょうかね?)
石上をどうやって排除しようかと考えるかぐや。しかしそれは杞憂に終わる。
「う、少し風が冷えますね。四宮先輩、僕もちょっと火に当たってきますから向こうにいます」
「そう?わかったわ。あ。できれば藤原さんを手伝ってあげて?」
「はい。了解です」
石上は自ら排除された。そして藤原と一緒に雑煮を作り出す。
(さて、残るは立花さんですね。一体どうすれ…ば…)
残る最大の邪魔者である京佳を排除しようとしたかぐやが白銀の方に視線を向けると、
「しかし本当によく見えるな。こんなに見えるのは稀じゃないのか?」
「ああ、本当に稀だ。今後数年は無いかもしれない」
そこには既に、レジャーシートに隣同士で座っている白銀と京佳がいた。
(しまったぁぁぁ!?2人に構いすぎましたぁぁぁ!?)
かぐやは自分がスタートダッシュに遅れた事を自覚。そして京佳の排除を諦め、直ぐに白銀の右隣に座る。因みに京佳は白銀の左隣に座っている為、丁度かぐやと京佳で白銀を挟む形になっている。
「ん?四宮だけか?藤原と石上はどうした?」
「え、えっと、向こうでお餅を煮ていますよ?」
「そうか」
白銀はそう言うと再び夜空へと視線を動かす。
(こうなったら仕方ありません。このまま仕掛けますか)
京佳が既に白銀の隣に座っている現状では、京佳を排除する事は不可能に近い。よって、このままの状態でかぐやは白銀に仕掛ける事を決意する。
(よし。四宮より先に白銀の隣に座って話を聞く事ができた。僅かだが、四宮をリードできかもしれない。それに月を見ながらの会話。結構ロマンチックな雰囲気だし、ここで色々仕掛けてれば白銀も私を意識するかも…)
一方で京佳もかぐやと似た事を考えていた。
「しかし、少し風が強いですね」
先ずはかぐやからの一手。
これは自分が寒がっているのをアピールして人の好い白銀から上着を羽織ってもらうというものだ。そうすれば白銀がドキマギする様子を見る事ができる。かぐやにとっては月を見るよりよっぽど有意義だ。
そんな流れを作ろうとかぐやが次の台詞を口にしようとしたが、ここでかぐやにとって予想外の出来事が起こる。
「だったら四宮、これを使うと良い」
なんと白銀が、かぐやが台詞を口にするより前に自分が着ていた上着を羽織らせたのだ。
(はれぇぇぇぇ―――!?)
(な!?)
その出来事にかぐやは素っ頓狂な声を上げそうになり、京佳は絶句しそうになる。
(ど、ど、ど、どうして!?私はまだ特になにも言っていないのにもう上着がある!?どういう事!?)
(く!なんて羨ましい!!折角白銀の隣にいち早く座れていたというのに!)
かぐやが内心ドギマギして、京佳は内心羨ましがる。お互い、当初の予定とはだいぶ違う展開である。
「そうだ2人共、温かいお茶を用意したんだ。飲むか?」
「あ、ありがとうございます」
「あ、ああ。すまない」
白銀が紙コップにお茶を入れて2人に渡す。
(このままでは四宮だけに羨ましいイベントが起き続けるかもしれない…ここで仕掛けるか)
ここで今度は京佳が仕掛ける。
「しかし白銀、月が綺麗だな」
月が綺麗ですね。
これはある種定番と言える愛の告白だ。この言葉には『貴方を愛しています』という意味が込められている。そして、もしその告白を了承する場合の返しは『死んでもいい』だ。
勿論、京佳は本気で告白をしている訳ではない。あくまで予行演習、ないし少し白銀をからかってみようという意味でこの台詞を口にした。しかしそれを聞いた白銀は、
「ああ、死んでもいいな」
「「!?」」
告白を了承する返しをした。
(ど、ど、どういう事だ!?これってつまり!私の想いが白銀に届いたって事か!?)
(な、な、な!?何で!?どうして!?つまり会長と立花さんはこ、こ、恋人に!?)
それを聞いた京佳とかぐやは軽いパニックになる。京佳からして見れば告白をしてそれが成功したという事になり、かぐやからして見れば目の前で白銀と京佳が付き合う事になっている。
そんな風にプチパニックを起こしていた2人だったが、
「こんなに綺麗な月が見れるなんて本当に幸せだよ。もう本当に死んでもいいさ。これ程の満月なんてもう2度と見れないかもしれないしな」
「「……」」
白銀の台詞を聞いて冷静になった。
(うん。だと思った。そんな事だろうと思ったさ…)
(よかった…本当によかった…)
そして2人共、白銀から渡されたお茶を飲む。
(でもおかしいわね。今日の会長は明らかに変。いつもならこんな風にいきなり上着をかける事なんてある筈なのに一体なにが…ん?)
(今日の白銀は変だな。何時もならあんな返しなんてする訳ないのに。もしかしてどこか体が悪かったり…ん?)
「はぁ、本当に綺麗だなぁ…」
かぐやと京佳が白銀の様子を伺っていると、ある事に気づいた。白銀が目をキラキラさせながら月を見ている事に。
((まさか))
ほぼ同時に京佳も気づいた。
今白銀は月見に夢中で、自分たちの事などこれっぽちも眼中に無いという事に。
もう1度言うが白銀は天体が大好きである。そんな彼は今、月見を心の底から楽しんでいる。童心に戻った彼に邪念は一切無く、いつもの妙なプライドや羞恥心を星に心を委ねているのだ。
(この私よりあんな地球の衛星の方がいいと言うんですか!?)
(私は月に負けたのか…いや、流石にそれはちょっと…)
ある意味仕方が無い事ではあるのだが、それで納得が出来るはずもない。
(冗談じゃない!絶対に私に意識を向けさせてあげます!)
かぐやは月に対抗心を燃やす。文字にすると意味不明である。
(趣味に生きる男は、女が自分の趣味に興味を持つことを喜ぶと言います。ならば如何にも興味を持った風に会長に話かけ後は適当に相槌を打つ!そうすれば自然と体も密着し確実に会長はドギマギする!)
そしてそんな作戦を考え付き、早速実行に移す。
「会長、どれが秋の四辺形ですか?」
「ん?もしかして興味があるのか?」
「ええ、とっても」
教えてもらう流れを作ったかぐや。しかしここで邪魔が入る。
「白銀、私にも是非教えてくれ」
「おう、別に構わないぞ」
勿論京佳だ。彼女も月に嫉妬した訳では無いがかぐやと同じ事を考えていた。何より、ここでかぐやだけ抜け駆けなどさせるものかという強い意思のもと2人の会話に入ってきたのだ。
(く!やはり最初に始末しておくべきでした!これじゃ会長は私だけに教えてくれない!)
どんどん物騒な事を考え始めるかぐや。何時の日か京佳を本気でこの世から抹殺しそうだ。
「よし、じゃあ2人共こっちにこい」
「「え?」」
そう言うと白銀はかぐやと京佳を自分の両手で寄せて近づかせた。
「いいか。親指の先と人差し指の先を繋いだ直線上にある明るい星がアルフェラッツだ」
(はれぇぇぇ―――!?)
(ち、近い…!白銀まつげ長いな…)
かぐやは悶絶しそうになり、京佳は1周回って冷静になり白銀のまつげが長いのを確認した。
「秋の四辺形はペガサスの四辺形とも言うんだが皮肉にも1番明るい星はアンドロメダ座なんだよ。その周辺にあと3つ明るい星があってそれが…」
「あ、ごめんなさい会長!月明かりのせいでよく見えません!」
かぐやは1度白銀から顔を離す。このままでは心臓が持ちそうに無いと思ったからだ。
「そうか。だったこっちはどうだ?」
しかしそれは意味を為さない。白銀は直ぐに再び2人を抱き寄せながらゆっくりと寝転ぶ。
「寝転んで正面に見えるのが夏の大三角のデネブ、アルタイル、ベガだ。夏のっていうのに秋の方が見つけやすいのは面白いよな」
(は…はれぇぇぇ――――――!?)
(し、白銀の手が…!私の頭に…!?)
2人が頭を怪我しない様に白銀はかぐやと京佳の頭を手で支えながら寝転んだ。結果として、今かぐやと京佳は白銀に頭を撫でて貰っているような状態になっている。まさに両手に花だ。
(なんなの!?なんなのこの人!?これもう色々とアウトじゃない!?でもあんなキラキラした目で語られたら何も言えない!?)
(落ち着け私!プールのアレに比べたらこれくらい何てことない!冷静になるんだ!冷静に!!)
かぐやは白銀の突然の行動に恥ずかしくなり、京佳は以前のプールでの事に比べたらマシだと思い冷静さを保とうとした。因みに白銀はそんな2人の事など気にせず星に関する事をずーっと喋っている。
「もうわかりました!もうわかりましたから!」
「白銀、もう大丈夫だ。十分にわかったから」
「ん?そうか」
耐え切れなくなったかぐやが勢いよく起き上がる。その後に京佳もゆっくりと起き上がった。
「そういや、月と言えばかぐや姫だよな。四宮は同じ名前だし、何か思い入れがあったりするんじゃないか?」
「……ええ、勿論」
白銀は寝転んだまま、月に関する有名なお話『かぐや姫』の事を口にする。そしてそれを聞いたかぐやは口を開く。
「夜空を見上げれば、愛する人を残して月に連れ戻された女性の話を、思わずにはいられません。だからこそ、私は月が嫌いです…」
「四宮…」
かぐやの声には覇気が無い。
「かぐや姫は月に連れ戻される直前、愛した男に不死の薬を残す。しかし愛する人のいない世界で生き永らえるつもりは無いと言い。男は不死の薬を燃やしたという結末で物語は終わる」
白銀はかぐや姫の物語を語った。
「でもさ、少し考えてみればあの性悪なんて言われている女が相手を思って渡すと思うか?」
1度息を吐いて白銀は話を進める。
「俺は思うよ。あの薬は『いつか私を迎えにきて』ていうかぐや姫なりのメッセージだったんじゃないかってさ。人の寿命じゃ到底足りない位時間が掛かっても『私はいつまでも貴方を待ち続けます』って意味を込めて不死の薬を渡したんだと思う。だが男は言葉の裏を読まずに美談めいた事を言って薬を燃やした。酷い話だ」
「……」
「俺だったら絶対にかぐやを手放したりしないのに」
白銀は月に手を伸ばしながらそう言った。
「ふぇ…」
「……」
それを聞いたかぐやと京佳は時間が止まったかのような感覚に襲われる。
俺だったら絶対にかぐやを手放したりしないのに。
その台詞が何度もかぐやの頭の中でループする。だって聞きようによっては告白である。
「俺なら月まで行って必ず奪い返す。例え何十年、何百年経とうともだ」
「も…やめ…」
「これが俺たちの物語だったら言葉の裏をこれでもかと読んであんな結末になんてしないのに」
「だめ…もう無理…」
「その為だったら不死なんて恐ろしくなんてない。例え地獄のような苦しみを受けようとも最後には必ずかぐやをこの手に…」
「もうやめてって言っているでしょ!!恥ずかしいのぉ!!」
「え!?何!?」
かぐやはここで遂に限界を迎えた。そして顔を真っ赤にして目に涙を浮かべながら大きな声で白銀に向かって叫ぶ。
「よくそんな台詞を真顔で言えますね!?私を殺す気ですか!?」
「どうしたんだ四宮!?俺何かした!?」
「白銀…」
「な、なんだ立花?」
「今のは君が悪い」
「どうして!?俺が何をしたっていうんだ!?」
「皆さーん!お雑煮出来ましたよー!!」
その後、かぐやは1度屋上から姿を消して数分後に戻ってきた。そして皆でお雑煮を食べて月見をした。しかしその時、かぐやは白銀からかなり距離を取っていた。今の状態でさっきみたいに隣に座る事など不可能と思ったからである。
因みに京佳はずっと白銀の隣に座っていた。
(改名しようかな…)
親から貰った名前を変えるかどうか悩みながら。その後、少しだけヤケ食いした。体重は変わらなかったが胸が少し大きくなったとか。
「お、俺は昨日の夜、何て事を…」
そして翌日、冷静さを取り戻した白銀は黒歴史が増えたと自覚した。
本日の勝敗、京佳の敗北。
そりゃ目の前であんなやり取りがあったらね?
次回も頑張りたい。
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藤原千花と双六
そしていつも感想、評価ありがとうございます!本当に励みになっています!
「部活で双六を作ったんです!だから皆で遊びましょう!」
ある日の放課後、藤原が笑顔で手に何かを持った状態で口を開いた。どうやら双六を作った様である。
「へぇ、双六ですか」
「懐かしいな。小学生の頃、正月に家族で遊んだりしたな」
「TG部の皆で作りました!カードを列にして並べて、それをマスに見立てて双六をするんです!」
そう言うと、藤原は生徒会室の長机にカードをいくつか並べる。因みに白銀とかぐやは無言で未だに書類整理中だ。
「カードの上に止まったらそのカードの裏に様々なイベントが書かれています!そうやって色んなイベントを体験しながら子供から大人、そして老後へと進んでいくんです!名付けて『ハッピーライフゲーム』!絶対に楽しんでくれると思いますよ!」
((人〇ゲームだこれ))
どこかのおもちゃ会社が既に出していそうな内容のゲームだが、双六とはかなり似ているため仕方が無いかもしれない。
「でもぉ、ただ遊ぶだけじゃちょーーっと面白くないですよねぇ?なので、ここはひとつ、勝負をしませんか?」
どこか意味深な顔をしながら体をくるりと回す藤原。そんな藤原の言葉を聞いたかぐやと白銀は、
「しません」
「しない」
「ええーー!?」
勝負をする事を拒否した。
「というかそもそもやりませんよ。だって藤原さんが作ったゲームでしょ?嫌な予感しかしません」
「四宮の言う通りだ。絶対にロクなゲームじゃないだろそれ」
かなりひどい事を言っている様に聞こえるが、時にとんでもない事をしでかす暴走列車の様な藤原が作ったゲームである。2人が慎重になってしまうのも無理はない。
「大丈夫ですって!ちゃんと他にメンバーとも話し合って作ったゲームですもん!だからやりましょうよー!折角持ってきたんですからー!!」
藤原はただをこねる様に言う。彼女はただ、生徒会の皆で遊びたいのだ。
「いいじゃないですか。やりましょうよ。ゲームを作るのって結構難しいですし。それに折角作ったものを誰にも見向きもされないってかなり寂しいですよ?」
「う…それはそうですが…」
「玩具会社の息子が言うと説得力あるな…」
ここで石上が藤原をフォローする。
「い、石上くん…!君って本当は良い人だったんですね!ごめんなさい!いままで正論で殴るDV男なんて思って…!」
「そんな事思ってたんですか?というか殴りやすいボディしている方が悪いんですよ」
「石上、それ以上言うと藤原が泣くからやめておけ」
そんな石上に藤原は感謝し、石上は毒を吐き、京佳は石上にブレーキを踏ませた。
「はぁ、仕方ありません。ただし1回だけですよ?」
「わーい!かぐやさん大好きー!!」
こうして生徒会メンバー5人で双六をやる事が決定した。
藤原が作った双六『ハッピーライフゲーム』。内容としてはサイコロを振り、止まったマスでイベントが発生する。様々なイベントを体験しながらお金を貯めて、ゴールをした時に最もお金を持っていた人が勝ちというオーソドックスな双六だ。
そして最初に皆でサイコロを振り、数字が大きい人から始める事となった。その結果、石上、白銀、かぐや、京佳、藤原という順番となりゲームが始まる。
「じゃあ行きますね」
石上がサイコロを振り、自分の名前が書かれている紙を進める。
「不幸マス?これは何が起こるんですか?」
「先ずはカードをめくってください!」
ルールブックを持った藤原に言われ石上がカードをめくると、そこには『交通事故』と書かれていた。
「じゃあもう1度サイコロを振ってください」
コロコロ
「3が出ました」
「はい。これで石上くんは怪我をしました。しかも車道が青信号だったのに横断歩道を渡ろうとした為慰謝料はもらえません。借金100万円です」
「……成程。皆さん気を付けて下さい。これ超クソゲーですよ」
「知ってたさ。だって藤原が作ったゲームだぞ?良ゲーな訳あるか」
「石上くんの運が悪いんですよ!私のせいじゃありません!」
石上は借金を背負った。
「次は俺か。……なんか放課後イベントっていうのが出たぞ?」
「あ!それは放課後に遊ぶか勉強するかを選べます!会長はどっちにしますか?」
「じゃあ勉強で」
「会長ならそうすると思いました!なのでこの『ガリ勉カード』を渡しますね!」
「お前バカにしてんのか?」
白銀はガリ勉になった。
「次は私ですが、なんかラッキーマスっていうのに止まりました」
「ラッキーマスはその名の通りラッキーな事が起こります!サイコロを振ってください!」
コロコロ
「6が出ました」
「6が出たかぐやさんは『家が放火されました』です!そのおかげで慰謝料を300万円貰えました!いやー!ラッキーですね!」
「いやどこが?」
かぐやは家を失った。
「私はペットマスに止まった。これはどういうマスなんだ?」
「それはペットを飼う事が出来ます!サイコロを振ってください!」
コロコロ
「2だな」
「2が出た京佳さんは『クジャク』をペットとして買う事になりました!毎ターン10万円出費がありますからお金に気を付けて下さいね!」
「クジャク?あれって飼えるのか?」
「法的には問題無いらしいですよ~」
京佳はクジャクを飼う事になった。
「藤原先輩、ちょっといいですか?」
「何ですか石上くん?」
「さっきこの双六は部活の皆で作ったって言ってますしたけど、藤原先輩は何処を担当したんですか?」
「私はイベントの内容を考えました!」
((((ああ、やっぱり…))))
石上がイベントの内容がアレなのを思ってあえて聞いてみたが、どうやら思ってた通りだったようだ。こんなの、藤原でなければ思いつかないだろう。
「あ!因みにめくったカードは取り除かれてこの『墓場』においてください。こうすれば後続の人が追い付きやす仕組みって訳ですよ!」
「へぇ、そこは良いシステムですね」
石上はそこだけは評価する事にした。
その後もゲームは進行していく。
白銀はガリ勉カードのおかげで1流大学へ進学。かぐやは持ち前の金運でラッキーマスを踏みまくり、所持金がトップの状態で大学へ。石上は途中、計算カードというもの引き当て成績が急上昇。その後有名な大学に入った。京佳はペットのクジャクの効果で何故か鳥類学者に。その後新種の鳥を発見し著名人に。藤原は普通の学校を卒業して普通に大学に進学。1番面白味が無い。
こうして全員が子供ゾーンを抜けて大人ゾーンへ突入した。
(ふぅん。最初に思ったよりはしっかりと出来ているんですね、このゲーム。どうやら藤原さん以外はちゃんとした思考回路を持っているようですね)
ゲーム中、かぐやは心の中で藤原をけなした。そして大人ゾーンに突入した事により、遂にこのゲームの本番が始まる。
「ん?結婚マス?」
「そのマスを踏んだ人は1番近くにいる人と結婚できます!おめでとうございますかぐやさん!」
「!?」
かぐやが結婚マスを踏んだ。そして藤原から効果を聞いたかぐやは、思わず肩をびくっとさせた。
(け、結婚!?私が!?あ、相手は!?)
かぐやが自分のコマの周りを確認すると、自分のコマの4つ後ろに白銀のコマがあった。
(わ、私と会長が…!結婚!?)
この時かぐやの頭の中では、とある光景が映し出されていた。ヴァージンロードを歩く花嫁姿の自分。その周りでライスシャワーを振らせて自分を祝福する友人達。その中にいる1人だけ悔しがっている女。そしてヴァージンロードの先にいる白いタキシード姿の白銀。
(か、会長…なんて凛々…っといけないいけない)
少しトリップ状態になるかぐや。しかし直ぐに正気に戻る。ここで変ににやけてしまえば周りから何を言われるかわからない。かぐやは舌を噛んでにやけ面を強制的に止めた。
(まぁ?これはゲームですし?ルールなら仕方ありませんね?それにしても、結婚…ふふふ)
だが心の中では相変わらずにやけている。
「で、では早速「えーっと、かぐやさんの1番近くにいるのは石上くんですね!」…は?」
藤原の台詞を聞いたかぐやは、もう1度自分のコマの周りを確認する。すると自分の2つ前に石上のコマがあった。
「ぼ、僕と四宮先輩が結婚!?」
「わー!おめでとうございます2人共ー!」
藤原はかぐやと石上に祝福の言葉を贈るが、石上の顔は真っ青で身体が震えている。一方かぐやは石化していた。
「因みに他のプレイヤーが結婚するとお祝い金として2人に5万円渡す事になります」
「じゃあ俺から5万」
「私からも5万」
白銀と京佳は、かぐやと石上に5万渡す。こうしてかぐやと石上は夫婦となった。
(誰か助けて…)
石上は助けを求めた。未だにかぐやに対して恐怖があるのに、まさかの結婚である。いくらゲームでの出来事とはいえ、怖い。彼にとっては拷問でしかない。
(ナニ…コレ…?)
そしてかぐやは絶望していた。いきなり好きでも何でもない男と結婚させられたのだ。女としてこれ以上の不幸は中々無いだろう。
しかし、ここからかぐやは更に絶望する事になる。
「あ、今度は俺が結婚マスを踏んだな」
「な!?」
今度は白銀が結婚マスを踏んだのだ。
「えっと、私が1番白銀に近いな」
「おお!って事は会長と京佳さんが結婚ですね!おめでとうです!」
「お、おう…」
「あ、ありがとう…」
しかも結婚相手は京佳である。
(か、会長が立花さんと…!結婚しちゃった……!)
突然の出来事にショックを受け、涙を流すかぐや。かぐやから見れば、意中の男が別の女と結婚した事になる。自分は好きでも無い男と夫婦になったというのにこの仕打ちだ。正直声を出して泣きそうだったりする。
(いえ落ちつきなさい!これはゲーム!ただのゲーム!現実とごっちゃにしてはいけません!)
何とか自分を落ち着かせるかぐや。これは双六なのだ。藤原が作った双六なのだと。何度も自分に言い聞かせる。
「じゃあ石上くんとかぐやさんも会長と京佳さんにお祝い金を渡してください」
「あ、はい…」
「はい……」
「いや四宮それ本物じゃないか。渡すのはゲームのお金だって。というか財布に5万も入ってるのか」
ショックがデカすぎたせいなのか、イマイチ正常な判断が出来ないかぐやは財布から本物の5万円を渡そうとした。
(白銀と結婚…ゲームとはいえ結婚…えへへ…)
ショックを受けているかぐやとは正反対に、心の中でにやける京佳。例えゲームの中でとはいえ、意中の男と夫婦になれたのだ。恋する少女にとって、これはかなり嬉しい事だろう。
それから更にゲームは進む。
「興した会社が成功。1千万円を得る。わぁラッキー…」
「石上くんの計算カードの効果で2千万円になります!本当にラッキーですね!」
「そ、そっすね…」
かぐやは大学を卒業後、会社を起業。成功を収めた。しかしかぐやと石上は全然嬉しそうではない。そしてかぐやにとって、追い打ちをかける出来事が発生。
「おい藤原、この出産マスっていうのは、その…」
「はい文字通りです!これで会長と京佳さんの間に子供が生まれました!」
(子供!?)
「おめでとうです2人共!お祝い金として皆から10万円を受け取れます!どうぞ!」
「……」
「いや四宮。だからゲーム内のお金だから。ていうか財布に10万も入ってるの?すげーなおい」
京佳が母親になった。勿論、白銀の子供である。そしてそれを聞いたかぐやは手で顔を隠し、涙を流した。
「わ、私と白銀の、子供?名前はどうしよう?というか男の子?女の子?あと育休とった方がいいかな?だったら職場にすぐ連絡を」
「落ち着け立花!これはゲームだ!そこまで考える必要は無い!ていうか正気に戻れ!」
「あ、ああ。そうだったな。少し変なテンションになっていた…すまない」
「でも名前とかも考えた方が面白そうですね~」
「ちょっと黙ってろ藤原!!」
普段なら絶対に言わないであろう事を口にする京佳。それを見た白銀が何とか京佳を正気に戻す。
(でも、白銀との子供…子供…)
一方、京佳の脳内ではある光景が浮かびあがる。生まれたばかりの子供を抱きかかえる自分。仕事を終えて帰宅する夫、御行。そして家族3人で食べる夕食。
(どうしよう。幸せすぎて辛い…)
かぐやと同じ様に、一時的なトリップ状態になる京佳。それは自分がサイコロを振る番が来るまで続いた。
そしてゲームは佳境である老人ゾーンへ。この時点でトップはかぐやと石上のペア(夫婦)。次が白銀と京佳のペア(夫婦)。そして藤原(独身)である。
「でも会長と京佳さん子沢山ですね~。会長いやらし」
「俺のせいじゃねーよ!っていうか出産マス多すぎだろ!せめて半分くらいにしろよ!」
「わ、私は別に構わないが…」
この時点で、白銀と京佳の間には9人もの子供がいた。白銀は仕事を定年退職しており、京佳も学者として一線から退いている。そして子供は全員独立して、今は2人でゆったりとした老後を過ごす毎日だ。
「かぐやさんと石上くんは凄いですね~。世界中に沢山の子会社を持つ大企業の社長夫妻ですもん。大成功じゃないですか」
「そうよね…大成功よね…」
「うす…」
かぐやと石上は起業家として大成功を収めた。今では世界中に子会社を持つ誰もが知っている会社の社長だ。間違いなく成功者と言えるのだが、2人は全く嬉しそうではない。
(何なの、私のこの人生は?好きでも無い男と結婚させられて、お金は沢山あるし部下も大勢いるけど、女としての幸せなんてどこにも無い…おまけに子供もいないから夫婦関係も冷え切っているって言っても過言じゃない。ほんとに何なの、この人生…)
ゲームの出来事なのだが、現状をかなり重く受け止めるかぐや。自分は間違いなく成功者ではあるが、そこに女としても幸せは皆無だ。
一方で白銀と京佳はそこそこ裕福な家庭で子供も沢山。女としての幸せを勝ち取っている。どちらが幸せかといえば、京佳と答える方は多いだろう。
そんなかぐやにあるイベントが起こった。
「あ!それは熟年離婚マス!えっと、夫の浮気が発覚して2人は離婚です。石上くん最低ですね…」
「僕のせいじゃありませんよ!てかゲーム内での事ですから!」
「あら石上くん、私がいるのに浮気ですか?
〇しますよ?」
「ひぃ!?すみませんすいません!!」
「落ち着け四宮!ゲームだから!これゲームだから!!」
「あら、そうでしたね。ごめんなさい」
石上はかぐやに土下座した。そして怒っているかぐやを白銀は何とか落ち着かせる。
「えっと夫の浮気が原因ですから、それまで共用していた資産はかぐやさんが7割で石上くんが3割で分ける事になります。これでかぐやさんが一気にトップですね、おめでとうございます!」
「ありがとうございますね」
かぐやはこれで独り身になり、自由な老後を謳歌する事になる。お金も沢山あるので不自由する事はないだろう。そしてかぐやの次の番である京佳がサイコロを振った。
「何だこれ?」
止まったマスには不治の病(永遠の愛)と書かれている。京佳が頭を傾げていると藤原が驚きながら口を開く。
「何と!?それは不治の病(永遠の愛)マス!何をしても治りません!」
「え?じゃあどうするんだ?」
「死にます。1発退場です。これで京佳さんは脱落ですね」
「……復活とかないのか?」
「ありません。もう終わりです。あと京佳さんの財産は全部夫である会長のものになります。そして会長にはこの『永遠の愛』カードを渡しておきます」
「いや喜べねーぞこれ。あと何だそのカード」
京佳は死亡した。これで白銀は一気に順位を上げる事ができたのだが、ゲーム内でとはいえ長年連れ添った妻を亡す事となったのだ。白銀は素直に喜ぶ事が出来ない。
(流石にここで喜ぶのは人としてダメよね)
白銀も独身になり、できれば喜びたいかぐやだが、独身になった経緯が妻との死に別れである。流石にここでその事を喜ぶのは道徳的にダメだと思いぐっとこらえた。
そしてまたかぐやの順番がきてサイコロを振るう。
「あれ!?結婚マス!?」
「何!?」
かぐや、ここで再び結婚マスに止まる。しかも今度こそ1番近いのは白銀だ。
(これはつまり…私と会長が結婚!?)
もう1度自分のコマの周りを確認する。何度見ても白銀が1番近い。錯覚などでは無い。
(これってようするに、妻を失った会長と夫と別れた私が出会い、そしてお互い再婚するって事よね。それって、とっても素敵な事なんじゃ)
かぐやの脳内に映し出される光景。
妻に先立たれて意気消沈している白銀と、夫の浮気が原因で独身になったかぐや。そんな2人が街中で偶然会い、そして意気投合し結婚。もう子供が生めるような年齢ではないが、2人で穏やかな余生を過ごす。
(ふふ、いいじゃない。私は今まで愛してもいない男と結婚し、そして人生を仕事に捧げてきたんだもの。ここでいい加減、女として幸せを掴んでも問題無いわよね)
「俺と四宮が、結婚?」
こうしてかぐやは白銀と再婚する事になろうとしていた。
「あ、でもこれだと2人は結婚できませんね」
「「え?」」
しかしそれは叶わない。
「えっと藤原さん?どうしてですか?」
「さっき会長に『永遠の愛』って書かれているカードを渡したじゃないですか?」
「そうだな。確かに貰ったが」
「それは亡くなった奥さんの事を未だに愛しているという状態です。つまり会長はこれからも結婚する事などありません。ずっと亡くなった奥さんの事を思いながら老後を過ごします」
「ええ、そんな効果だったのかこれ」
「あの、藤原さん?その場合、私はどうなるんですか?」
かぐやが藤原に尋ねる。するととんでもない返答が返ってきた。
「はい!会長の次に近い石上くんと再婚する事になります!」
「「はあぁぁぁ!?」」
まさかの再婚である。傍からみれば、浮気をした夫を許しての再婚だ。
「再婚おめでとうございます!良かったですね!」
((全然嬉しくない))
ようやく地獄から解放されたと思ったら逆戻りだ。かぐやと石上は顔から生気が無くなりそうになる。
その後かぐやと石上がゴールした事によりゲームが終了。
結果は、
1位 かぐやと石上(19億4千万円)
2位 白銀(10億8千円)
3位 藤原(3億5千万円)
4位 故・京佳(0円)
となった。
「という訳で『ハッピーライフゲーム』はかぐやさんと石上くんの優勝です!おめでとうございます~!」
((ハッピーな記憶が全く無い…))
ゲームが終了したが、少なくともかぐやと石上は全く嬉しそうではない。
「いや~面白かったですね~。また皆でやりましょう!!」
「もう2度とやりませんからね!!」
「僕も2度とこんなクソゲーやりません」
「ええー!?何でですかー!?」
「私は結構楽しかったぞ」
「まぁ、俺もそれなりに楽しめたな」
かぐやと石上は藤原に不満をぶつける。一方で京佳と白銀はそれなりに楽しめていた。この日、かぐやは教訓として『好きでも無い人と結婚したら人生がすり減る』と学んだ。
因みに藤原は、この後石上からガチの改善案を受け少し泣いた。自業自得である。
そろそろ生徒会も解散。ところで早坂のナンパの話どうしよう。
次回も頑張りたい。
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立花京佳と親友
今回はオリキャラが出てくる幕間的なお話です。
純喫茶 りぼん
「はい、オムライスお待たせ」
「ありがとうございます、朝子さん」
「でも珍しいわね京佳ちゃん。平日の夜に食べに来るなんて」
「実は、母が『今日は遅くなるから夕飯いらない』と連絡があって、それなら1人分作るのももったいないから外食ですまそうと思って」
「成程。確かに1人分だけってちょっと勿体無いわよね」
この日京佳は、行きつけの喫茶店である純喫茶りぼんに来ていた。その理由は京佳が言ったように、外食である。普段、京佳の母親は仕事が忙しくても夕飯は家で食べる様にしている。彼女曰く『家族でご飯を食べれる事がとても幸せな事だから』らしい。
しかし今日は仕事が忙しく、帰りもかなり遅くなるかもということで愛娘との夕飯を泣く泣くキャンセル。こうして京佳は、偶にはいいかと思い久しぶりに1人で外食をする事となったのだ。
「いただきます」
手を合わせ、運ばれてきたオムライスを食べ始める京佳。
「やっぱり、美味しい」
「ふふ、ありがとう」
このりぼんのオムライスは絶品であると京佳は太鼓判を押している。因みに、この店の常連が好きな食べ物ランキングは1位がオムライスで2位がカレー。そして3位がホットケーキだ。
なお眞妃はここのホットケーキがかなりお気に召したようで、京佳にこの店を教えて貰ってから週1で通っている。本人曰く『うちのシェフじゃ再現できないホットケーキだから』らしい。
そうして京佳がオムライスを食べていると、突然目の前が真っ暗になった。
「だーれだ」
京佳の頭の後ろからは同年代と思われる女性の声。そして真っ暗になった原因は、恐らく後ろの女性が両手で自分の視界を遮っているからだろうと京佳は当たりを付ける。
そんな少し昔のトレンディドラマでありそうなイベントを体験した京佳だが、直ぐに声の主が誰なのかを把握し口を開いた。
「私の最高の友達」
「大正解♪」
京佳の台詞を聞いた声の主は、京佳の目を覆っていた手をどけて、京佳の横のカウンター席に座る。
「やぁ、恵美」
「やっほー京佳」
京佳の隣に座った声の主は
「珍しいな。今日は部活休みなのか?」
「そうだよー。だから久しぶりにちょっと寄り道したら偶々京佳がいたってわけ。あ!朝子さん!私にもオムライスひとつお願いします!」
「わかったわ。少し待っていてね」
恵美の注文を聞いた店主の朝子は厨房へ向かった。
「それで京佳。学校はどう?」
「何だその質問は」
「いや気になるから。学校で京佳が変な事言われていないか」
まるで思春期の子供へ質問するお父さんの様な事を言う絵美。しかし、彼女は本当に心配なのだ。京佳が眼帯のせいで影口を言われていないか。
「前に大丈夫だって言っただろう?入学当初は色々と怖がられていたけど、今は普通にクラスメイトとも喋れるくらいにはなっているって」
「それならいいんだけどさ、やっぱ気になるんだよね。秀知院ってお金持ちの人ばかり通っている学校じゃん?だからさ、普通の家出身の京佳が邪魔者扱いされていないか」
「大丈夫だって。確かに秀知院には家が裕福な子が多いが、全員そうだという訳じゃない。そもそも生徒会長も私と同じ普通の家出身だし」
「そっか。わかった。あ、でももし何か言われたりされたら絶対に相談してね。場合によったらぶっ飛ばしてあげるから」
「いや下手したら停学処分になるぞそれ」
「友達が困っているのを助けられたら停学なんて安いものだって」
「ふふ、そうか。そんな事は起こらないと思うが、ありがとう」
因みに恵美は本気で言っている。彼女は数年前、京佳の左顔を気味悪がり馬鹿にしたクラスメイトを文字通り殴り飛ばしている。もし本当に、京佳が秀知院の生徒に何かされたらガチでカチコミを行い、その生徒をボコボコにするつもりだ。
「はい恵美ちゃん、お待たせ」
「わー!流石朝子さん!はっやーい!いただきまーす!」
注文を取って僅か数分でオムライスを持ってくる朝子。この速さもこの純喫茶りぼんの特徴だ。一部噂では『実は店長は魔法使いなのでは?』と言われていたりする。そしてオムライスを口に運ぶ絵美。
「んー!おいしー!やっぱここのオムライスは絶品だよね!」
「そうだな。私もそう思うよ」
「ふふふ、ありがとう2人共」
自分の作った料理を褒められて嬉しがらない人などいない。朝子は少し気恥ずかしそうな顔をして、厨房へと戻っていった。
「でさ京佳、例の白銀くんには告白したの?」
「んぐ!?」
突然恵美にそう言われ、思わずむせる京佳。そして直ぐにコップに入った水を飲み干す。
「けほ、いきなり何を言うんだ…」
「いや気になるじゃん?親友の恋路がどうなっているか?」
そういう恵美の顔は楽し気である。彼女も花の10代。生徒会の書記程ではないが、恋バナが好きなのだ。
「……まだだよ。今告白しても、受けて貰えるって思えなくてね」
「それ大丈夫?告するタイミングを失ってそのままズルズルと告白せずに恋が終わったりしない?」
「それは、そうかもしれないけど…」
京佳は恵美の質問に素直に答えるが、恵美は少しだけ危機感を覚えた。物事にはタイミングがあるが、もしそのタイミングを見逃してしまったら大変な事になりかねない。京佳の場合、告白を先延ばしにしてしまっているのが現状だ。
もしもこのまま告白を先伸ばし先延ばしにしてしまえば、あっという間にタイミングを失い、気づけば白銀が別の誰かと恋人になる可能性もある。
「やっぱりさ、もうその白銀くんを押し倒しちゃいなよ」
「いやいやいや、それは出来ないって」
「何でよ?京佳ってかなりやらしい体つきしてんだから、押し倒してその胸を白銀君に揉ませてあげたらさ、白銀君も我慢できずに京佳を襲ってくれると思うよ?そうすれば既成事実って事で恋人になれるだろうし」
「親友に体つきがいやらしいなんて言われたく無いんだが」
実際、恵美の言う通り京佳が白銀を押し倒したりすれば、ムッツリな白銀は我慢できない可能性もあるが、ぶっちゃけ何もしない可能性の方が高いかもしれない。モンスター童貞だし。
「というかそんなやり方で恋人になりたくはないよ。何か、卑怯だし」
「卑怯かな?自分の身体を使っているだけだから卑怯でも何でもないと思うけど」
そう言うと恵美は、再びオムライスを食べる。それに続くような形で、京佳もオムライスを食べ進める。
「ま、冗談はこれくらいにして。だったらデートに誘ってみればいいんじゃない?映画とか」
先にオムライスを食べ終わった恵美が、今度は真っ当な提案をする。
「まぁそれは考えているが、今は色々と忙しい時期だから無理だ。せめて生徒会が解散して、時間に余裕が出来たらだな」
「やっぱり生徒会って忙しいんだ」
「まぁね。各部活の予算審査とか学校内の行事の準備とか兎に角仕事が多いんだ。偶に暇な日があるが、それでも全く仕事が無い訳じゃない」
秀知院は生徒の数が膨大である。更に所属している生徒の殆どは名家や役人や富豪の家の者だ。そういった事もあり、秀知院学園生徒会は普通の学校の生徒会とは比較にならない位仕事が多い。最も、稀に暇を見つけて生徒会の皆で遊んだりはするのだが。
「ところでさ、京佳が白銀くんを好きになったきっかけって何?」
「あれ?言って無かったか?」
「無いよ?で、どうなの?」
恵美に言われ、少し考える京佳。そしてオムライスの最後の一口を食べ、話し出す。
「簡単に言うと、白銀は私のこの眼帯の下を見ても気持ち悪がらなかったんだ」
「成程。そりゃ嬉しいよね」
「ああ。本当に嬉しかったよ。大抵の人は、私のこの火傷跡を見たら口に出さなくても顔に出るしな」
京佳が顔の左側にしている眼帯の下には、酷い火傷の跡がある。それを始めて見た人は、殆どが『気持ち悪い』と言う。仮に口にしなくても、顔に思っている事が出るのだ。
だから、京佳は人前では眼帯を外さない。しかし秀知院に入学し、彼が現れた。
(あんな反応をした男子は、初めてだったな…)
京佳はふと思い返す。彼に初めて眼帯の下を見られた日の事を。
―――
『気持ち悪いだろ…私の左顔は…』
『いや、どこが気持ち悪いんだ?』
―――
あの日のことは、今でも鮮明に覚えている。ちょっとしたきっかけで、彼に眼帯の下を見られてしまった京佳。だが、彼は一切気味悪がらなかった。
「へぇ~~~」
そんな京佳をにやついた顔で見守る恵美。
「な、なんだ恵美?そのにやけ顔は?」
「だってさ、今の京佳、すっごい乙女な顔してたんだもん。やっぱ恋すると皆そんな顔するんだね~」
「……そんなに乙女な顔してたか?」
そう言われ、思わず自分の顔を触る京佳。触ったところでにやついているかどうかはわからないと思うが。そんな事をしている京佳に恵美が声をかける。
「ほんと京佳って、その白銀君の事が好きなんだね」
「ああ、好きだよ」
そして京佳は即答した。
「白銀のあの優しさが好きだ。誰より努力している所が好きだ。人を下に見ないところが好きだ。友達思いなところが好きだ。家族を大切にしているところが好きだ。困っている人を助けるところが好きだ。偶に子供みたいにはしゃぐところが好きだ。そして何より、私が眼帯をしているのをかっこいいと言ってくれたのが好きだ。あんな事を言われたのは、恵美以外だと初めてだったしね」
完全に惚気である。それを聞いた恵美は、
「うっわー…顔あっつー…」
右手をうちわのようにして、顔を扇いでいた。
「す、すまない…変な事言って…」
「いやいいって。とりあえず京佳がその白銀君の事が好きだと言う事はわかったし」
自分の発言を思い返した京佳は顔を赤くし、コップに入った冷水を一気に飲み干す。
「ふふ、そうね。私も思わず懐かしい気持ちになったわ。恋って良いわよね」
何時の間にか2人の前に戻ってきた朝子も昔を懐かしみながらそう言う。
「あ、そうそう京佳ちゃん。どうせならその白銀君をここに呼んできなさい?老婆心ながら色々サービスしてあげるから」
「あ、ありがとうございます」
こうして京佳は、意図せず学校外に協力者を得る事に成功した。
「まぁとりあえず京佳、生徒会が解散して時間に余裕が出来たら絶対に白銀君をデートに誘いなさいよ。もし手伝って欲しい事があったら連絡して。協力するから」
「ああ、わかったよ」
恵美の助言を聞き、頷く京佳。
「てかさ、やっぱり白銀君押し倒しちゃった方が早くない?」
「………………それはあくまで最後の手段にしておくよ」
「もしそうなったら自分の部屋で押し倒しなさい?相手も覚悟決まるだろうし。邪魔も入る事無いだろうしね」
「さっきからそんな事言っているが、恵美は経験無いよな?」
「無いよ?でも助言だけならタダだもん。あ!もし経験したら色々聞かせてね!」
「ええー……」
おまけ 白銀に告白(偽)をした早坂
「試しにさ、私と付き合ってみない?」
「ごめん。俺、今気になる子達いるから…」
「そう…ですか……ん?気になる子”達”?」
「え?……あ!違う違う!気になる子だ!気になる子がいるんだよ!だからハーサカさんとは付き合えない!何で俺今、達なんて言ったんだ?」
「えっと、気になる子って言うのは本当に1人だけ?」
「ああそうだ!断じて2人の女性を同時に好きになっているなんて無い!……だよな?あれ?」
(かぐや様…これ相当にヤバイですよ…)
オリキャラ
由布恵美。
京佳の小学校からの幼馴染で親友。剣道部所属。明るく誰とでも分け隔てなく接する事が出来る少しギャルっぽい薄緑色のセミロングの娘。中学生の時、京佳の火傷跡をバカにし気味悪がった男子を殴った本人。実は京佳と同じで秀知院学園を受験したのだが、落ちてしまった為、別に高校に通っている。
親友の恋の成就を本気で願っている。その為だったらどんな協力も惜しまない。イメージは艦〇れの鈴〇。
次回も頑張りたい。
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生徒会と活動終了
いやね、最近休日、暇なんだ…
生徒会室
「1年何てあっという間ですね~」
「だな。気づけばこの生徒会も、もう解散だ」
「僕何て実質半年ですから、余計にそう感じますよ」
「俺は逆に2年はいた気がするな。不思議なもんだ」
「でも本当に、この1年は一瞬でしたね…」
生徒会メンバーである白銀、かぐや、藤原、京佳、石上は懐かしみながら会話をし、生徒会室を整理していた。
本日、第67期秀知院学園高等部生徒会は、任期満了に伴い全活動を終了する。
この後暫くの間は生徒会が存在しないが、その間の仕事などは特に存在しない為問題無い。そして現在、生徒会メンバーの5人は最後の仕事である生徒会室の整理整頓を行っていた。『立つ鳥跡を濁さず』という諺がある様に、次にくる新しい生徒会メンバーが心地よく使える為にである。
「あ!これは!」
「どうした藤原?」
生徒会室を整理整頓していると、藤原が懐かしいものを見つけた。
「見てください!フランス校との交流会の時に使った看板です!懐かしいですね~」
「ああ、あれか。あれが1番忙しかったな。なんせたった3日で準備をしたんだし」
「ですね。もう2度とごめんですよ」
「まぁ最終的には成功したからよかったが、流石にあれは時間が無さすぎだったな」
「あの後全員で学園長に抗議しましたしね」
1学期の事を懐かしむ5人。僅か3日で交流会を成功させないといけなかったのだから、文字通り多忙を極めた。全員が寝不足になりかけたくらいである。それほど大変だった交流会だが、今では良い思い出だ。
因みに交流会成功の後、白銀達は学園長に今度からはもう少し時間に余裕を持って知らせてくれと抗議している。最もあの学園長だ。それが叶う事はない可能性が高い。
「ま、これはまた使うかもしれませんから置いときますか」
かぐやはそう言うと、看板を再び収納スペースに戻す。
(そういえば、あの時の買い出しで白銀が『私には寒色系の浴衣が似合う』って言ったんだよな。あの発言のおかげでバイト増やして浴衣を買ったなぁ…)
京佳は買い出しの時の会話を思い出していた。あの時の白銀の発言を聞いて、引っ越しの短期バイトを始めた京佳。そして花火大会の時にそれを着て、白銀に見せる事に成功。京佳にとっては一歩前進したであろう出来事だ。
「あ、ゲームも持っていかないといけませんね」
「本当に藤原さんはすぐにゲームをしたがるから」
「色んなゲームやったな。神経衰弱、TRPG、双六…」
「どれも楽しかったですよね~。特にこの前の双六!」
「「いや、あれが1番楽しくなかったです」」
「えー!?」
かぐやと石上の声がハモる。2人にとってあの双六は苦い思い出扱いなのだ。
「藤原、全部ちゃんと持って帰るんだぞ?」
「わかってますって会長。あ!でもひとつくらい置いていったら次の生徒会の人が遊んでくれて、そしてそれが代々受け継がれて生徒会の伝統行事になるかも!?」
「いやならんだろ」
突然の藤原の提案を秒で否定する白銀。
「む?これは…」
「どうしました立花さん?ってそれは…」
今度は京佳が何かを見つける。それはフランス校との交流会で着たコスプレ衣装だった。
「これまだ返していなかったのか。確か衣装部から借りたものじゃなかったか?」
「メイド服に執事服。着物に軍服。あの時皆で着た衣装が全部ありますね」
「そういえば、皆でコスプレをした後、何故か撮影会になったな」
「ああ、そういえばそうでしたね。私は事情があって1枚も映ってませんが」
詳細は省くが、交流会でコスプレをした生徒会メンバーを見たフランス校の生徒はテンションをかなり上げていた。その結果、その後の自由時間が撮影会になってしまったのだ。
因みに、1番女生徒からツーショット撮影を求められたのは執事服を着た京佳である。
「ふっふっふ!私の言った通りでしたね!フランスはコスプレが好きだって!」
「え?藤原先輩そんな事言ってたんですか?」
「ああ。確かに言ってたな。だが感謝する。おかげで凄く盛り上がった」
「えへへ~。もっと褒めて下さい~」
「調子のんな」
「この後返しに行くか。というか今までずっと借りたままになるが、苦情こなかったのか?」
「それなんですが京佳さん、前に衣装部の子に聞いてみたら『練習用に作ったものだからいっそもって帰っても良い』って言ってました」
「……藤原、何でそれを今まで言わなかった?」
「今思い出したからです!てへ」
藤原反応に4人が少しだけイラッとしたが、それを表情に出さない様にぐっと堪えた。その後、処分するのももったいなかったので各自好きな衣装を持って帰る事にした。京佳は何かに使えるかもと思い、メイド服を持って帰った。
「おー、これは」
今度は藤原がハリセンを手にする。
「あー!それ覚えてますよ!藤原先輩や立花先輩の巨乳が邪魔って話をした時に僕を引っぱたたやつ!」
「ふん!」
「ぐは!?そうそう、こんな感じ…」
手にしたハリセンで石上を引っぱたく藤原。しかも今回は頭じゃなくて顔面。これは痛い。
「藤原、あとで私にもそれ貸してくれ」
「藤原さん、私もいいですか?」
「やめてやれ2人共。あれ以上は石上が死ぬ」
当時の事を思い出した京佳とかぐやもハリセンを使おうとしたが、流石に石上が可哀そうと思った白銀止められる。結果石上の寿命が延びた。
「だが石上は強くなったな。昔の石上は何かあれば直ぐに死のうとか言っていたが、今では藤原に正面切って喧嘩できる唯一の存在だ。本当に、成長したよ」
「これ成長してますか?」
「私はしてると思うぞ?出会った当初の石上ならあんな事言わないだろうし」
「まぁそうですね」
3人がしみじみとしている間も藤原にシメられる石上。いい加減誰か助けてあげて。
「ん!?何だこれ!?」
段ボールの中で、何かを発見する京佳。その顔はかなり驚いている。
「あ!懐かしい!キューバリファカチンモですね!」
「何それ!?気持ちわる!?」
石上に制裁を終えた藤原が京佳が覗いていた段ボールから、球体に目がひとつと人間の脚が2本生えて旗が4本刺さっている
何とも不気味なものを手にして段ボールから出す。それを見た白銀は普通に気味悪がった。
「あれ?会長達はこれが何か知らないんですか?」
「知らん!っていうか本当に何それ!?」
「これはバレンタインの時にかぐやさんが」
ガシッ
「お願い藤原さん。それはまだ私の中では消化しきれてないの…」
「え?はい…」
(なんか知らんがこれ以上聞くのはやめておこう)
かぐやが何かに使おうとしたのはわかったが、それが何かは聞くのをやめた白銀。誰だって聞かれたくない事のひとつやふたつあるものだ。
「しかし、この生徒会は仕事以外でも本当に楽しかったな。夏休みには遊園地に旅行。そして花火大会にも行ったし」
「ですね。この生徒会に所属していなければ、そんな思い出も作れなかったでしょうし」
「全くだ。色々と忙しくはあったが、それ以上に楽しかったよ」
「はい!私もすっごく楽しかったです!」
「僕も、楽しかったです」
整理中に出てきた品を見ながら思いにふける5人。確かに、この生徒会では様々な事があった。交流会、コスプレ、10連ガチャ、お見舞い、パンチラ、膝枕、泥酔からの喧嘩、心理テスト、遊園地、旅行、花火大会、プールデート、誕生日。皆で楽しんだ出来事から個人的な出来事まで、本当に色んな事があった。
恐らくこの経験した事は、一生忘れる事は無いだろう。それだけ5人にとっては、忘れられない出来事ばかりなのだから。
「よし。こんなものか」
整理整頓と掃除を終わらした5人は、生徒会室の扉の前に立ち室内を見渡す。どことなく、部屋が寂しく見える。
「どこか探していない場所はないか?」
「あ、それならひとつだけあります」
白銀に言葉に反応した石上が、生徒会室の左側にあるクローゼットの方に歩き出す。そしてクローゼットに手を掛けると、ゆっくりとクローゼットを横にずらす。
すると、クローゼットの後ろに後ろに突然階段が現れた。
「ここまだ見てなかったですね」
「「そんなのあったの!?」」
突然現れた秘密の部屋にびびる白銀と藤原。
「あれ?会長と藤原先輩は知らなかったんですか?」
「知らん!全く気付かなかったぞ!!」
「何でも昔学生運動が盛んだった時代に作って、活動拠点にしていたらしいですよ」
「しかも冷暖房に冷蔵庫に電話線もある。その気になれば人が住めるくらいには快適な場所だぞ」
「かぐやさんも京佳さんも知ってたら教えて下さいよ!?私も全然知りませんでしたよ!?」
「まさか最後の最後にこんな秘密を知る事になるとは」
その後、ほんの数分だが少しだけ隠し部屋の中を探検した。
「じゃ、今度こそ忘れものはないな?」
「会長、ファミレスで打ち上げとかやりませんか?」
「お、いいなそれ」
生徒会室にカギをかけ、今度こそ帰ろうとする5人。そんな時である。
「ううぅ…」
「ん?」
「うう…ひぐ…」
藤原が突然涙を流したのは。
「もー藤原さん、泣かないでくださいよ…そんなのずるいじゃない…」
「だって…だってぇ…」
慰めるかぐやの目にも涙がある。これはそれだけ、この生徒会が良かったものだという何よりの証拠だろう。
「皆お疲れ様。そして本当に、ありがとうございました」
白銀が生徒会メンバーに頭を下げる。それに続いてかぐや、藤原、京佳、石上も白銀に頭を下げる。
こうして、第67期秀知院学園高等部生徒会はその活動を終了した。
その日の夜 都内のファミレス
「それじゃ、1年間お疲れ様でした」
『かんぱーい!』
学校を出た5人は、打ち上げをするためファミレスに来ていた。
「あー、やっとこの学ランを脱ぐことが出来る。流石に夏の間は暑くてきつかった」
「でも直ぐに衣替えですよね」
「それな!」
白銀は学ランを脱いで一息つく。学校内は空調が効いているのでそれほど苦ではないが、登下校は別だ。炎天下の中自転車を漕ぐとなれば、この通気性の低い学ランは流石に堪える。
「しかしやっと肩の荷が降りた気がする。そもそも重いんだよこの触諸」
「まぁ金で出来ていますからね」
「これ本当に金で出来てるのか。私はてっきり見た目だけだと思ってたよ」
「何でも戦時中、戦没者の触諸から特殊な工程で金箔を集め1つの触諸を作る。そういった取り決めが当時の秀知院を卒業した将校たちの間であったらしいです。それがこの触諸だとか」
「へぇ、マジっすか。ゲームでもそういうのありましたね。あれはダイヤモンドでしたけど」
「でも納得だな。それは重い訳だよ」
「ですね~」
白銀が普段装着している触諸に、思っていた以上の歴史がある事を聞いたメンバーは驚く。そして納得もした。それだけの歴史が詰まっているなら、それは重い筈だと。
「もう2度とやらん。生徒会長なんて1年もやれば十分だ。後は優秀な誰かが後を継いでくれるだろう」
色々な重みから解放された白銀はそう言いながらアイスコーヒーを飲む。この1年、誰よりも仕事をしたのは白銀だ。すごく肩が軽くなったのは間違いないだろう。
「俺としてはこの中から次の生徒会長やってくれれば安心出来るんだがな。誰かやらないか?」
「いや、私たちは会長の仕事っぷりを見てますからちょっと…」
「ま、立候補締め切りまではまだ時間がある。生徒会長はかなり大変だがそれに見合ったメリットもあるしな。少し考えてみてくれ」
学力本意の秀知院では勉強以外の活動は基本的に嫌煙されがちだ。その為、委員会役員や生徒会役員には秀知院大学への進学点、資格所得の補助金、自習室利用の優先権など様々な特典が与えられる。
特に生徒会長のみに与えられる『秀知院理事会推薦状』は世界中の大学や研究機関へのプレミアムチケットであり、この推薦状を獲れれば更に上のステップへ夢を抱く事が可能なのだ。
「どうだ石上?立候補してみないか?」
「ははは、僕が票を取れる訳無いじゃないですか。なんせ女子は僕と目が合っただけで泣き出すんですよ?そんな僕が立候補でもしたら阿鼻叫喚の地獄絵図になりますよ。最悪石とか投げられるかもしれません」
「ごめん…」
白銀は石上に謝った。
「だったら私が立候補しようかな~?やってみたい事ありますし」
「「「ははははは!!」」」
「ちょっとー?殴りますよー?」
藤原の発言に白銀、かぐや、石上は笑いだす。
「藤原、やってみたい事って何だ?」
唯一笑わなかった京佳が藤原に質問をした。
「はい!もし生徒会長になったら『悪口禁止』っていう校則を作りたいんです!あと『噂に踊らされるの禁止』も!」
「藤原さん、そんな小学生みたいな校則を?」
「です!だって未だに色んな嫌な噂話とか耳にしちゃいますし」
「ふむ、そう言うなら本当に立候補するか藤原?ただし校則を作るだけじゃ生徒会長は務まらないぞ?」
「そうですね。会議に書類作り、委員会への顔出しに全部活動の予算審査。やる事は多いですから前みたいに遊ぶ事なんてできないでしょうね」
「……やっぱりやめます」
「いや折れるの早いっすね」
立候補しようてもいいかもと言い出した藤原は、白銀が激務に追われているのを思い出してやめる事にした。なお白銀は、仮に藤原が立候補しても絶対に落ちると確信していたりする。
「それで会長」
「おい四宮、俺はもう会長じゃないぞ」
「あ、そうでした。すみません」
思わずいつも通り『会長』と呼ぶかぐや。だが直ぐに白銀に訂正され、そして考え出す。
(あれ?じゃあ何て呼べば言いんでしょう?)
呼び方。
それは相手との距離感を測る物差し。例えば、白銀との距離感が遠ければ『白銀さん』。距離感が近ければ『御行くん』と言ったように、『自分とあなたはこれ位の距離ですよ』と明確にする事が出来る。
そして生徒会が解散し役職呼びが出来なくなった以上、改めて相手との距離感を定義しなくてはならない。
(どうしましょう。白銀くん?白銀さん?それとも……御行くん?)
白銀への呼び方を考えるかぐや。しかし中々決まらない。
(いえ、少なくとも下の名前呼びはありえませんね。私はそんなに軽い女じゃありません。ここはやはり前みたいに白銀さんで…)
「あ、御行くんはおかわりいります?」
「!?」
ようやく決めたと思ったら、藤原が白銀を下の名前で呼びだした。
「御行くんはコーヒーでしたね?アイスでいいですか?」
「ああ、頼む」
「はーい。御行くんはアイスですね」
(軽薄!!いや待って!?今時はそうなの!?そんな簡単に下の名前で呼んでいいの!?駄目でしょう!?そんな軽い行動は!?)
かぐやは少し、いやかなり古い考えを持っている。故に藤原が白銀を下の名前で呼ぶのをあまりにも軽薄な行動としか見ていない。
「あ、僕もみゅー先輩と同じので」
(みゅー先輩!?あ!みゆきのみゆでみゅー!?可愛い!!)
そして石上はあだ名で白銀を呼ぶ。
(しかし成程、あだ名。これなら尻軽で軽薄な呼び方にはなりませんね)
そんな石上を見たかぐやは白銀をあだ名で呼ぼうと決める。これならば適切な距離を保てると判断したからだ。そして直ぐにかぐやは行動に移す。
「私も藤原さんと一緒に飲み物を取りに行ってきますね。み…………会長」
「だからもう違うって」
ダメだった。
「どうせなら私も呼び方を変えようか?」
かぐやは白銀への呼び方を模索する中、京佳も白銀への呼び方を変えると言い出す。
「いや立花。お前はずっと俺の事を名字で呼んでるから別に今まで通りでいいだろ」
「いいじゃないか。生徒会も解散したんだ。心機一転という奴だよ」
「ふむ、そう言うなら別に構わないが」
(立花さんまで!?一体なんて呼ぶのかしら?)
かぐやは京佳が白銀への呼び方をどうするのか聞き逃さない様にする。そして京佳は少しだけ考えた後、口を開いた。
「じゃあそうだな、
御行」
(下の名前で呼び捨て!?)
かぐやは大きな衝撃を受ける。かぐやに中では異性の相手を下の名前で呼ぶことすら軽薄な行動となっているのに、呼び捨てである。そんなの、距離感がとても近く無ければ出来ない所業だ。
(そ、そ、そんなのまるで、夫婦じゃない!?)
かなりぶっとんだ認識だが、かぐやの中ではそうなる。
「……すまん立花、なんかこそばゆいからやっぱ今まで通りで頼む」
「何だ?照れてるのか?」
「いや、照れてなんていないからな?」
「そうか。ふふ、白銀は可愛いな」
「いやマジで違うからな?」
嘘である。
今白銀は下の名前を呼び捨てにされて、かなり照れている。君付けならまだ問題無いが、呼び捨てにされるとダメだ。身内以外に呼ばれるのはなんか恥ずかしいから。
(やっぱりこの女は始末しましょう。後で早坂に連絡をして、2度と朝日を拝ませない様にしなくては)
そんな京佳を殺意の籠った目で見るかぐや。誰も気が付いていないのは幸いかもしれない。
「京佳さん!私も呼び捨てにしてもらっていいですか?」
「別にいいぞ。千花」
「はう!?」
京佳に下の名前を呼び捨てにされた藤原は思わず胸を押さえる。
「これヤバイです。何でか知りませんが凄くヤバイです。もし京佳さんが男の子だったら私落ちてたかもしれません」
「藤原先輩チョロすぎませんか?」
その後色々あったが、打ち上げ自体は大いに盛り上がった。
打ち上げを終え、ファミレスから出た5人は帰路に着く。その顔は晴れやかだ。しかしそんな中、かぐやは少しだけ浮かない顔をしている。
(わかっています。これがただのわがままなのは)
彼女は先ほど藤原に言われた事を思い出す。
『いっそまた御行くんが会長をやってくれればいいのに』
それはかぐやも思った事だ。元生徒会メンバーは白銀と藤原以外クラスが違う。今後は接点が選択授業くらいしかない。それではかぐやが白銀に会う回数が極端に減ってしまう。それは寂しい。
(そうだわ。私が生徒会長になって、会長を副会長にしてしまえばいいのよ)
そしてかぐやにある閃きが生まれる。それは自分が生徒会長になり、白銀を副会長にしてしまえばよいというものだ。
(会計はそのまま石上くん、そして書記に柏木さんを採用。庶務は1年生から適当にひっぱれば問題ありませんね)
ナチュラルに藤原と京佳を省いたこの布陣であれば、仕事も円滑に進むだろうし白銀関係で邪魔をされる事も無い。かぐやはそんな事を思い浮かべる。
(なんてね。実際、会長は副会長になっても頑張りすぎてしまうでしょう。それに会長はこの1年間、本当に忙しかった。これからは少しくらいゆっくりとした時間を過ごしてもいい筈)
だが直ぐにその考えを消す。これはただのわがまま。白銀にも白銀の事情があるのだ。自分の気持ちだけを優先してそんな事をさせてはいけない。
だがここには自分の素直な気持ちを優先する女がいた。
「なぁ白銀」
「どうした立花?」
「もしも私が生徒会長選挙に立候補して当選したら、白銀が副会長になってくれるか?」
「!?」
京佳だ。そして彼女は、先程かぐやが考えていた事を口にする。
「そうだな。生徒会長には役員を決める権限があるし、もし本当に立花が当選したら構わないぞ」
「!?」
しかも白銀は構わないと言う。
(嘘でしょ!?マズイ…!これはマズイわ!?)
焦るかぐや。もし本当に京佳が生徒会長になれば、副会長に白銀、書記に藤原、会計に石上。そしてかぐやは庶務か広報になるかもしれない。そんなの四宮としてのプライドが許さない。やるなら会長か副会長のどれかだけだ。
(いえ、立花さんの事です。私を露骨に役員に任命しない可能性も…やはり私も立候補を…)
今度は自分が生徒会に入れない可能性を浮かべる。白銀なら大丈夫だろうが、京佳はどうするかわからない。
「ええ!?京佳さん立候補するんですか!?」
「いや、もしもって話だよ。それに私が立候補しても票は稼げないさ。未だに1年生に怖がれているしな」
「あー、確かに立花先輩って僕以外の1年生から怖がれている節ありますね」
「石上くん?あまり本人の前でそんな事言っちゃいけませんよ?」
「あ、すみません…」
「気にしてないからいいよ」
だが京佳は本当に立候補するつもりは無いようだ。今のはあくまでも例え話。そもそも京佳自身、自分に生徒会長が務まるとは思っていない。秀知院学園の生徒会長ともなれば、生徒の顔の様な存在となる。
もし、こんな物騒な見た目の自分が生徒会長になれば、秀知院の品格を落とすかもしれない。自分の見た目にコンプレックスがある京佳だからこそ、そんな事を考えてしまうのだ。だから京佳は本気で立候補などしない。
だがそれはそれとして、もしもを考える事はある。故に先ほど、白銀に聞いてみたのだ。
(よかった。嫌がってはいない)
白銀の反応を見れた京佳は少しうれしそうにした。
(なんて紛らわしい…やはり今夜始末しましょう)
そしてかぐやは今夜、京佳を始末する事にした。
「じゃ、私達は電車なのでー」
「おやすみです、先輩方」
「おやすみ、藤原、石上」
藤原と石上とは駅で別れ、元生徒会メンバーは白銀とかぐやと京佳の3人となった。本来なら途中でそれぞれ分かれて帰るつもりだったのだが、白銀が『夜道に女子だけじゃ危ない』と言い、2人を家に送り届ける事となったのである。
それを聞いたかぐやと京佳は純粋に嬉しがった。そして3人で会話をしながら明日いていると、あっという間に四宮家別邸までやってきた。
「じゃあ四宮、おやすみ」
「おやすみ四宮」
「ええ、おやすみなさい。白銀さん、立花さん」
「よし、じゃあ行くか立花」
「ああ、エスコートを頼むよ」
かぐやを送り届けた白銀は、今度は京佳を送り届けようと2人で歩き出す。
「……」
楽しそうに話す2人を黙って見ているかぐやに、ある不安がよぎる。
もしもこのまま、白銀と会う機会が減って京佳に先を越されたら。
今後、かぐやと白銀は学校内で会う事はあるし、選択授業で会う事もあるだろうが、今までの様に会う事は無い。明らかに会う回数は減る。そしてもし、自分の知らないうちに京佳が白銀との距離をどんどん縮めていき、気づいた時には既に恋人になっていたら。
「…!」
「え?」
気づけば、かぐやは白銀の服の袖を掴んでいた。
「わがまま、言ってもいいですか?一生に1度のわがままを…」
かぐやは白銀の袖を掴み、顔を伏せたまま喋り出す。
「私は、会長は、会長がいいです」
かぐやは精一杯の勇気を振り絞って遂にそう言った。
「つまり四宮は、俺にもう1年生徒会長をやって欲しいと?」
「……はい」
小さい声で肯定するかぐや。
「白銀、私からもいいか?」
「何だ?」
「四宮だけじゃなく、藤原に石上、そして私も生徒会長は白銀が良いって思ってるよ」
「そう、か」
京佳もかぐやと同じ様に答える。すると白銀は鞄から何かを出した。
「2人共、これ何だと思う?」
「それは…」
「書類?」
かぐやと京佳が白銀が手にした書類を見る。その書類には『生徒会選挙申込書』と書かれていた。
「こ、これは…」
「ははは!そうかそうか!四宮も立花もそう思っていたのか!だったら期待に応えないとな!」
「ま、まさか私に言わせる為にこの事を黙っていたんじゃ…?」
「さぁ?どうだろうな?」
「意地悪だな白銀。言ってくれてもよかったじゃないか」
「ちょっとしたサプライズさ」
(計りましたね!?)
こうして白銀は再び生徒会長になる為、生徒会選挙に立候補するのだった。
因みにこの日の夜、かぐやは早坂に京佳の排除命令を下したが『アホな事言ってないで早く寝てください』と言われ無理矢理ベットで寝かされた。
そしてかぐやはふて寝した。
京佳さんが生徒会選挙に立候補する展開を考えていたりしたけど、書ききれる自信無かったので保留に。
今更だけど交流会の話や巨乳の話、カットせずに書けばよかった。当時は本当にお話が思いつかなかったんです…
次回も頑張りたいかなーって。
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早坂愛と相談
生徒会が解散し、生徒会選挙期間へと突入。生徒会という接点が無くなった白銀とかぐやは一言も喋る事など無く、
3日が経過した。
そしてその間、特に何も無かった。すれ違ってあいさつする事も、一緒にお昼を食べる事も、何一つ無かった。そんな現状を振り返ってみたかぐやは、1人教室で落ち込んでいた。
「そんなに会いたかったら自分から会いに行くなり喋りかけるなりすればいいじゃないですか」
従者である早坂がそう促す。学校ではクラスメイトという事にしている為、普段ならこんな事は言わない。しかし、今は偶々周りに人がいない。故にいつもの様にかぐやの尻を叩く。
「馬鹿言わないで頂戴。そんな事できる訳ないでしょ」
「何度も言いますけど一応聞きますよ?何でですか?」
「だって私はついこの間、あんな告白まがいな事を口にしたのよ?もしここで私から会長に会いに行ったら、まるで私が会長に会えずに寂しいみたいじゃない!!」
「もう好きに生きたらいいんじゃないですか?」
早坂はそろそろ匙を投げたい気分だった。何時になっても素直にならず、意地を張り続けるかぐやを見れば誰だってそう思うだろうが。
「そうよ。むしろ会長の方が私に会えずに寂しがっているかも。今日の放課後辺りに告白してくる可能性だって…」
「本当に何時までそんな事言っているんですか?そんな事だと本当に白銀元会長を取られますよ?」
「早坂、取り消しなさい。元じゃないわ。直ぐにまた会長になるもの」
「そこですか」
早朝の誰もいない教室で会話を続ける2人。そんな時だった。
「あ」
「どうしたの早坂?」
「あれ見てください」
「あれ?」
かぐやは視線を窓の外に移す。するとそこには、
「今日は早いな白銀」
「ああ、日直だしな。そういう立花こそ早いじゃないか」
「実は目覚ましの時間設定を間違えてな。いつもより早く起きてしまったんだ。そのままぐーたらするのも勿体なかったから、いつもより少し早いバスに乗ってきたんだよ」
「成程。しかし早起きは3文の得とも言うし、何か良い事があるかもしれんぞ?」
「ふふ、そうだな。でも良い事ならもうあったよ」
「そうなのか。それは良かったな」
「ああ。本当にね」
楽しそうに会話しながら登校している白銀と京佳がいた。心なしか、距離が近い様に見える。
「こうして見ると本当に仲が良いですよねあの2人。何も知らずに見たら恋人って思うかもしれません」
「……」
「かぐや様?」
早坂が少し煽る様に窓の外に顔を向けているかぐやに話しかける。しかしかぐやは何も言わない。気になった早坂がかぐやの顔を横からのぞき込んでみると、
「……」
「うっわ。怖い目」
そこには視線だけで人を殺せそうなかぐやがいた。
「早坂、確か家にはクロスボウがあったわよね?あれであの女を始末してきて頂戴」
「出来る訳無いでしょ。私はゴ〇ゴじゃないんですよ。ていうか普通に犯罪ですし」
「ゴ、何?」
「あー、知らないんだったらいいです。聞き流してください」
「そう。なら今すぐあの女を」
「だからしませんって」
最近の早坂の悩みは、主人が過激な思考をするようになった事である。このままでは本当に人を1人どうにかしてしまうかもしれない。
(今度高橋さんに相談しよ)
とりあえず別邸にいる年長者執事に相談する事にした。
放課後
(ん?)
トイレに行っていた早坂が教室に戻ると、白銀がA組の中をチアチラと伺っている。正直、怪しい。
(多分かぐや様に用事があるって所ですかね。告白は先ず無いでしょうけど)
早坂は白銀がかぐやに用事があると考え、とりあえず声をかける事にした。
「会長さんじゃーん!どしたし~?ウチのクラスに何か用~?」
「え?」
突然話しかけられた白銀は固まる。目に前の女生徒に見覚えがあったからだ。
「えっと…確か早坂さんだっけ?」
「そうだよ~。夏休み以来だね~。お久~」
白銀は夏休みに遊園地に行った時に早坂に会っている。しかしそれ以来は話したことも無い為、名前が出るのが少し遅れた。
「それより、ウチのクラスに何か用事?」
「あ、ああ。四宮を呼んできて欲しいんだ」
「おっけー」
白銀の頼みを聞き、早坂は教室に入りかぐやを呼ぼうとする。
「四宮さーーん!会長が大事な話があるってーー!!」
「!?」
だが、まさか大声で呼ぶとは思わず、白銀は固まる。
「会長がウチのクラスに来るの初めてじゃない?」
「生徒会の話じゃないの?」
「いや、生徒会ってこの前解散してるし」
初めて白銀がA組にやってきた事に少し動揺するA組の生徒達。
「えっと、会長。大事な話とは?」
「ああ、俺たちのこれから(の生徒会選挙の方針)について話がしたいんだ」
『!?』
そして白銀が少し説明を省いてしまった台詞を聞いたA組の生徒たちがざわつく。
「ここじゃ話せないから、この後校舎裏に来てくれ」
そう言うと白銀は立ち去って行った。
「ねぇ!これって!」
「そうよね!そういうやつよね!?」
「そういえば私、2人が相合傘して帰ってるの見た事ある!」
「私も!」
白銀が去ったA組内では様々な声が上がる。元々『付き合っているのでは?』という噂があった2人だ。実際、お似合いであるという声も多数ある。そしてつい先程の白銀のあの台詞。これはもう、噂が現実になるのではないかという考えになるのも仕方が無い。
(会長から、会長から呼び出し…)
そんな周りの声など今のかぐやは聞こえていない。無理もない。今朝、自分で言った事が現実になるかもしれないのだ。
(多分違うと思うんですけどね…)
しかし早坂だけは違う考えをしている。あの白銀がこんな大勢のいる場で告白をするため呼び出しをするとは思えない。恐らく別の用事で呼び出しているだろうと考えている。
(まぁほっときましょ。少しは2人の中が進展するかもしれませんし)
だが早坂は、それを指摘するのをやめた。その方が白銀とかぐやにプラスに働くと思ったからだ。
「あれ?」
「どうしたし?」
周りが白銀がかぐやの事で盛り上がっている中、早坂の隣にいた女生徒が首をかしげる。
「いやね、私夏休み中に別の学校の友達と一緒に都内のプール施設に遊びに行ったんだけどさ、その時に白銀会長を見たの」
「へぇ。会長ってプールとか行くんだ。でもそれがどうしたの?」
「その時さ、白銀会長と一緒にC組の立花さんも一緒にいたのよ」
「え?」
そしてかぐやや早坂にとって聞き捨てならない事を言う。なおかぐやの耳にこの話は聞こえていない。
「それマジ?見間違いとかじゃなくて?」
「うん。だって眼帯してる背があんなに高い子って他にいないし。ていうかさ、これってもしかして2股?それとも三角関係?」
これはまずい。
何がまずいと言うと、かぐやは夏休み中に生徒会の皆で遊んでいるが、京佳は白銀と2人っきりでデートをしている。つまり白銀との関係を進めているのだ。
おまけに先日、早坂が白銀に偽告白をした際に、白銀は『気になる子達』と言った。これが『気になる子』だったら特に問題は無いが、『達』なら問題だ。つまり白銀は、京佳を意識し始めているのではないかと早坂は思う。
「んー?たままた一緒に遊んでたってだけじゃない?別にそれだけで2股とか三角関係とかはないっしょ」
「そ、そうだよね。ちょっと考えすぎだよね」
とりあえず早坂は今の話を自分以外に聞かれるのはまずいと判断し、その光景を見たクラスメイトに釘を刺した。
(本当にまずいかもしれません)
早坂は危機感を持つ。このままでは、本当に白銀が京佳とくっつく可能性がある。かぐやの従者としてそれは阻止したい。
(それにもしこの状況を立花さんが知ったら、何か行動を起こすかもしれませんね)
今やクラス内は白銀がかぐやに告白をするという話題で持ち切りだ。何人かはスマホを使って別のクラスの友達に連絡しているのもいる。
(仕方ありません)
早坂はとりあえず、この状況を京佳に知られない様に、また白銀が何をするかは知らないが放課後の事を京佳に邪魔されないように行動するのだった。
「四宮さん!遂に来たね!」
「頑張ってね!かぐやさん!」
「何を頑張ると…」
そんな中クラスメイト達はかぐやを応援する。かぐやもまんざらでは無いようだ。
図書室
「急にごめんねー京佳」
「別にいいよ。それでどうしたんだ?」
現在早坂と京佳は図書室にいた。かぐやが校舎裏に行く前、早坂は京佳のいるC組に行き京佳に『相談がある』と言い、教室から連れ出した。この時、京佳がまだ白銀の件を知らなかったのは幸運だろう。
殆どの2年生が白銀の告白を見る為校舎裏に向かっているので、今図書室には2人しかいない。そして図書室は校舎裏からはかなり離れている。ここなら、白銀とかぐやの邪魔をされる事もないだろう。
「実ははね、ちょっと相談があって」
「相談?」
「うん。最初は私が友達から受けた相談なんだけどさ、私1人じゃ手に余るって感じでね。それでちょっと協力してほしいなーって」
「構わないが、私が聞いてもいいのか?」
「大丈夫。名前とかは言わないし」
早坂の作戦。それは時間が掛かる相談を受けさせるというものだった。相談というのは、基本的に時間が掛かる。そしてここは校舎裏から離れている図書室。ついでにいえば周りに人はいない。これなら、何かの拍子で白銀の件を聞いた京佳が校舎裏に行くという事態は避けられる。
「で、その相談というのは?」
「うん。相談の内容はねー」
早坂は京佳に相談をする。内容としては『気になる人が出来た。そして多分自分はその人と両想いだと思う。でも告白するのは恥ずかしくて出来ない。一体どうすればいいのか?』という内容だ。
因みにこの悩み、モデルがある。かぐやだ。早坂はさっさとかぐやに告白をしてもらって、あのよくわからない恋愛頭脳戦とかいう茶番をやめさせたいのだ。毎回毎回自分が巻き込まれるのも面倒だから。
「って感じなんだけどさ、どう思う?」
相談内容を説明し終えた早坂。そして話を聞いた京佳は考えて、
「両想いだったら普通に告白をすればいいんじゃないのか?」
普通にそう答えた。
(ですよねー…私も本当にそう思っているんですよ…)
京佳の答えに同意する早坂。自分の主人があんな面倒くさい性格をしていなければこんな相談などしない。というか、もしかぐやが京佳くらい素直だったら白銀とかぐやはとっくに付き合っているだろう。
「なんていうかさ、恥ずかしいんだって。直接告白するのが」
「成程。だったらメールや電話で告白とかはどうだ?それなら相手の顔を見る事も無いだろう?」
「私もそれ言ってみたんだけどさ、それでも恥ずかしいんだって」
「えぇ…だったらどうしろって言うんだ?」
「ほんとだよねー」
流石の京佳もお手上げだ。というより、誰だってお手上げになるだろう。その後もいくつか案を出してはみたが、どれも納得のいく答えとは思えなかった。
「ま、しょーがない。最悪私が『さっさと告白しろ』って背中蹴り飛ばしてあげるよ。そうすれば流石に告白するだろうし」
「……比喩だよな?」
「そりゃ勿論」
結構な時間を使って京佳と話す早坂。今頃校舎裏では白銀が何かをしているだろう。もし今すぐ向かっても、間に合う事は無いと早坂は思う。そう思っていると、今度は京佳が話し出す。
「ところで、私からもいいかな早坂」
「ん?どしたの?」
「実は私も少し相談があるんだ」
「相談?何々?」
どうやら京佳から本当の相談があるようだ。早坂もこれでまた時間を延ばせると思い、相談を受ける事にする。
「その、だな。白銀の事なんだが」
「白銀会長がどうかしたの?」
「ああ。今生徒会選挙期間で色々忙しいだろ?だから生徒会選挙が終わったら白銀をデートに誘おうと思っているんだ。それで行先なんだが、映画館ってどう思う?ありきたりかな?」
「え?」
まさかの相談である。京佳は白銀をデートに誘いたいと言うのだ。そしてそのデートでの行先を早坂に相談してきた。
(これは、どうしましょう)
早坂は悩む。ここでこの相談を真剣に考える事は簡単だ。しかしそれでは、また京佳が白銀に近づいてしまう。そして下手をすれば、白銀と京佳が恋人になるかもしれない。
(この相談に乗るのは簡単。ですが…)
元々早坂は、主人であるかぐやの命令で京佳に近づいた。最近では普通に友達として接している部分もあるが、早坂にとって京佳は未だスパイ対象のままである。
「早坂?」
何も言わない早坂を不信に思い、話しかける京佳。これ以上無言なのはまずいと思った早坂は、結果を口にする。
「映画館かー。まぁオーソドックスではあるけどさ、相手の趣味に合わせる必要があるからやめた方がいいかもだよ?」
「相手の趣味?」
「そ。もし京佳がとある映画を選らんでそれを見ようとしても、白銀会長がその映画が好きじゃないとか趣味合わないとかだったらさ、映画終わった後に微妙な空気になるんじゃないかなーって」
「それは、そうかもしれないな」
「それにさ、生徒会選挙が終わったら直ぐに体育祭じゃん?そんな暇無いと思うけどなー」
「む。確かに…」
「体育祭ってかなり忙しいしさ、生徒会長に再選したら本当に遊ぶ暇無いんじゃない?その辺の事は京佳の方が詳しいでしょ?」
「まぁな。一応生徒会主務だったし」
「それに女子から男子をデートに誘うと尻軽って思われるって聞いた事あるよ。そういう訳だからさ、誘うのはやめた方がいいんじゃないかな?」
「え?そうなのか?そんなの初めて聞いたぞ」
このまま京佳と白銀をデートに行かせる訳にはいかない。結果として早坂は、否定的な答えを口にし、京佳のデート計画を考え直させる。
「そうだな。わかった。もし誘うにしてももう少し考えてからにするよ。ありがとう早坂」
「どうしたしましてー。んじゃそろそろいこっか」
「ああ」
これだけ時間を稼げたのだから、もう全て事は終わっているだろうと判断をして、早坂は京佳を伴い図書室の扉へと向かう。
(ほんと、私って最低ですね)
早坂は心の中で自己嫌悪に陥りそうになっていた。
(もし本当に友達と思っているのであれば、あの相談にちゃんと乗るべきだというのに)
先程の京佳の相談。もし本当に友達と思っているならしっかりと背中を押すべきである。しかし早坂は京佳にデートをやめた方がいいと言った。
(ごめんさい立花さん。でも、私はかぐや様にこそ幸せになってほしんです…)
全てはかぐやを思っての行動。かぐやは幼い頃より色々と複雑な家庭で育った。そしてこのままいけば、普通の幸せすら掴めずに一生を終えるかもしれない。
(あなたは何のしがらみの無い普通の家庭出身です。もしも白銀会長に振られてもまた次があります。でも、かぐや様にはそんなもの無いんです)
もしかぐやが白銀と一緒になれなかったら、四宮本家により勝手に結婚相手を決められてしまうだろう。その結婚は間違いなく政略結婚だ。そんなもの、決して幸せとは言えない。
(はぁ。私の事がバレたら、私は立花さんに殴られるでしょうね。まぁその時は気が済むまで殴られるつもりですが)
自分の事を友達と思っている京佳に対する裏切る行為。もし京佳による報いを受ける日があれば、早坂はそれを抵抗せず受け入れるつもりだ。
(ああ、ほんと、自分が嫌になる…)
「どうかしたか早坂?」
「んー?何でもないよー?」
「そうか。ところでなんか人気が無いがどうしたんだろうな?」
「さぁ?校庭に熊でも出たんじゃない?」
そんな会話をしながら2人は歩いていく。
実は作者、単行本を全巻揃えていません。なので早坂や四宮家関係の話はちゃんと把握していません。(本誌で読んだけど記憶がイマイチ曖昧)もし原作と全然違うと思ったらこの作品のみのオリジナルと言う事でどうかお許しを。
でも矛盾があったらあとで修正すると思います。あと今度ちゃんと全巻揃えます。
次回は選択授業の予定。そしてそろそろ伊井野登場。
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立花京佳と美術
「皆さん、おはようございます」
『おはようございます』
「今日から選択授業の美術を始めていきますね。どうぞよろしくお願いします」
生徒会が解散して数日後、遂に選択授業が始まった。今美術室内にいるのは、選択授業で美術を選んだ生徒たち。そしてその中には、白銀、かぐや、藤原、京佳もいる。
かぐやと京佳は白銀とクラスが違うため、一緒に授業を受ける事が出来ない。故にこの選択授業は、かぐやと京佳にとっては砂漠に現れたオアシスともいえる。
「何だか変な感じですね。私達4人がこうして授業を一緒に受けるのは」
「そうだな。何か新鮮だよ」
「えへへ~。皆一緒で嬉しいです~」
「ほんと楽しそうだな藤原」
「はい!すっごく楽しみでしたし!」
元生徒会メンバーがこうして集まり授業を受ける機会などそうそう無い。妙な感じがするのも納得だ。
「今日は初めての授業ですので、遊び感覚で美術に親しんで貰おうと思います。では、出席番号が近い順でペアを組んで似顔絵を描いて貰おうかな」
初日の今日は、ペアで似顔絵を描く事になった。そして美術教師が出席簿片手に名前を呼び、ペアが決まっていく。
「あ!かぐやさんは御行くんとペアですか!?」
「ええ。そうみたいですね」
かぐやと白銀は同じ『し』から始まる名字なため、必然的にペアとなった。
「私は早坂さんとペアです!」
「ははは、嫌な予感しかしなーい」
藤原は早坂とペアになった。しかし、早坂は少し不安そうである。なんせ藤原だ。音楽こそ天才的なところはあるが美術はわからない。もしかするとSAN値が減る似顔絵を描くかもしれない。
(せめて普通くらいの絵を描いてほしいですね)
早坂は心の中で祈った。そして京佳のペアはというと、
「今日はよろしくね~立花さん」
「ああ、よろしく」
柏木渚の彼氏である田沼翼とペアになっていた。新鮮な組み合わせである。そしてペアが決まったところで、それぞれ似顔絵を描く事になった。
「それにしても、こうして喋るのは初めてかな?」
「そうだな。一応夏休みに会ってはいるけど、あれは主に白銀と喋っていたし」
会話をしながらお互いの似顔絵を描く2人。確かに2人の言う通り、こうして会話をする事は初めてだ。そもそも夏休みに会うまで京佳は翼の顔すら知らなかった。
翼の方は、京佳が色々と噂されていたり生徒会役員と言う事もあり顔くらいは知っていたが、面と向かって喋ったのはこれが初めてである。
(そういえば、田沼は恋人がいるんだったな)
京佳はプールでの出来事を思い出す。あの時翼は、恋人である渚と一緒に遊びに来ていた。
(もしかしたら、何か有益な話を聞けるかもしれない)
自分よりずっと先のステージにいる翼。異性ではあるが、何か自分に役立つ話が聞けるかもしれない。京佳は何とか会話の糸口を見つけようとしていた。
「そういえばさ、前に白銀会長とデートしてたけど、もしかして2人って付き合ってるの?」
「ん”」
しかし翼の突然の質問に、思わず吹き出しそうになる。1度呼吸を整えて、京佳は翼に質問をした。
「……そう見えたか?」
「うん。俺にはそう見えたよ?」
「そうか…ふふ、そうなのか」
京佳は思わず顔がほころびそうになる。これはつまり、あの時の自分と白銀は、第三者からは恋人に見えたと言う事だ。勿論、全員がそうではないだろうが同学年の子にそう言われるのは嬉しい。
「それで、実際はどうなの?」
「いや、付き合ってはいないよ。そもそもあれは、クイズ大会優勝という同じ目的で一緒に参加したしね。白銀の方はデートとすら思っていないかもしれないし」
実際、京佳は白銀を誘う際デートという事にしていたが、白銀はクイズ大会という認識が強くデートという認識が薄い。
「そうかなー?俺はそうは思わないよ?」
「え?どういう事だ?」
「だってさ、女の子と2人きりで遊びに行く事って完全にデートじゃん?いくらクイズ大会に参加したって言ってもそこは変わらない訳だし?多分会長も普通にデートをしたって思っていると思うよ?」
デートとはそもそも、男女が日時を決めて会う事を言う。確かに白銀はデートという認識は薄い。しかし薄いだけで、認識自体はしているのだ。それにあの時、プールで翼から質問された際に否定もしていない。それ故翼は、白銀もデートをしているという認識はあったと思ったのだ。
「そうだろうか?」
「そうそう。少なくとも俺なら、例えクイズ大会って共通の目的があったとしても『この子とデートをしている』っていう認識はするよ?会長も多分同じだって」
「ふふ、そうか。ありがとう」
「いやいや」
初めて話すが、会話が弾む2人。因みにその間、お互いしっかりと筆は動かしているので似顔絵はきちんと完成に向かっている。
「立花さん、俺の似顔絵の進捗どう?」
「ああ。もう少しと言ったところかな?そういう田沼はどうだ?」
「もう少しかなーって。ほら、立花さんって綺麗だからつい熱が入っちゃってさ。俺あんまり絵とか描かないのに思わず筆が乗っちゃったよ」
「もしかして口説いてるのか?」
「いや、そんなつもりはないよ?」
尚、翼は思った事をそのまま伝えている。実際、最初こそ怖がられていた京佳だったが、生徒会での活躍、そして彼女の人となりを知った今の2年生3年生は京佳の事を『ちょっと見た目が怖いだけの良い子』と認識している。
(少し驚いたが、まぁ深い意味は無いだろう)
いきなり美人だと言われた京佳だったが、その心は穏やかだ。これが眞妃だったら別だろうが。
(白銀から言われでもしない限り、綺麗だと言われても動揺することなんてそうそうない)
最も、白銀だったらかぐや程では無いにしても結構動揺するだろうが。
そんな時だった。
ゾクッ
京佳が急に寒気を感じたのは。
(な、何だ?後ろから殺気に似た何かが…)
思わず手を止める京佳。そしてゆっくりと後ろを振り返る。
「……」 ゴゴゴゴ
そこには少し離れた場所から、にっこりとした笑顔でこちらを見る柏木渚がいた。どういう訳か、背中に黒いオーラの様なものを纏っている。
(何あれ!?怖い!笑顔なのになんか怖い!?)
渚は笑顔なのだが、何故かそれに底知れぬ恐怖を感じる京佳。暫くどうして自分があんな殺気が混ざった様な笑顔を向けられているか考える。
(まさか、嫉妬してるのか?私と話しているから?それとも綺麗と言ったのが聞こえていた?)
渚と翼は恋仲だ。それ故、選択授業も同じのを選んでいる。本来ならお互いペアになり似顔絵を描くところだろうが、出席番号順になってしまったのでそれが叶わない。そこまでは仕方ないと割り切れる。
しかし、自分の彼氏が別の女性と楽し気に離しているのを見たらどうなるか想像に難しくない。
(とりあえずあれを何とかしよう…じゃないと落ち着かない…)
笑顔なのになぜか恐怖を感じる京佳は直ぐに行動に移す。スケッチブックを1枚メモ用紙サイズに破りとり、ペンを走らせる。そのあと、渚にだけ見えるようにメモを見せた。
『とてもお似合いな2人の間に割って入る気はない。でも嫌な気分をさせたならすまない』
それをみた渚は、先ほどまでの殺気が混じった笑顔ではなく明るい普通の笑顔になり、スケッチブックに視線を戻す。
(何とかなったか…)
ホっとする京佳。あのまま放置していれば、もしかすると自分の命が危なかったかもしれない。
(しかし、話しているだけであそこまで殺気染みたものを向けるものか?)
ここで少し考える。確かに、自分の恋人が別の異性と楽しく喋っていたら面白くないし、嫉妬くらいするだろう。しかし、あれほどの殺気に似たものをぶつけるのかは疑問だ。
(いや、そういうのは人によって物差しが違う。彼女にとっては話すのもダメなんだろう)
いささか束縛が強い気がしないでもないが、人によってそれは様々だ。京佳はそれ以上考えるのをやめて、再び似顔絵の続きを描く事にした。
「はいそこまでー。残りの時間は皆で見せ合いっこしてみましょう。他人が描いた作品を見るのも、美術を教わる上では重要ですよ」
時間となり、全員えんぴつを置く。そして残りの時間で作品を見せ合う事になった。
「おおー。可愛く描いてくれてるねー立花さん」
「そういう田沼こそ凄いじゃないか」
似顔絵を描き終わり、お互い見せ会うそれぞれのペア。翼が書いた京佳は綺麗に描かれており、京佳が描いた翼は少し可愛く書かれていた。具体的にいうと少しまるっこい。
「ほんとだ。翼くんの事可愛く描けてるね」
「!?」
そんな2人の間にいつの間にか音も立てず割って入ってくる渚。思わずビビる京佳。
「だよね渚。俺こんなに可愛くないけど、いいよねこれ」
「そんな事ないよ。翼くんは可愛いしかっこいいよ?」
「マジ?ありがとう渚」
「ふふ、どういたしまして」
「そうだ!今度渚の似顔絵描いてもいいかな?俺少しだけ芸術に目覚めたかもしれないし」
「いいよ。でも私も描いてあげる。今度私の家で描こっか?」
そして京佳そっちのけでいちゃつく。
(普通に邪魔者扱いされそうだから今のうちに移動しよう…)
京佳は空気を読み2人から距離を取った。そして白銀とかぐやの方へ向かう。
「どうだった2人共?」
「あら、立花さんですか。私の似顔絵はとってもよく描かれていますよ。ほら」
かぐやが京佳に白銀が描いた似顔絵を見せる。
「おお、これは…」
「ね?凄く可愛く描かれていますよね?」
「いやそんな事は無い!俺はもっと踏み込んだところまで描けた筈なんだ!本当にすまない四宮!せめてあと10分あればもっとよく描けたというのに!」
「だから会長!本当によく描けていますから!本当に可愛いですから!もう十分ですから!」
しかしどうやら白銀は納得できていないようだ。実は白銀は芸術家気質である。そんな彼だから、自分の作り出した作品の評価に厳しくなるのは当然。故に、未だ自身の描いた絵に納得していないのだ。可能であれば今すぐ全て描き直したいくらいに。
(凄く綺麗に描かれている…良いなぁ四宮は…)
そして京佳は、白銀に似顔絵を描いて貰ったかぐやを羨ましがる。
「そういや四宮はどうなんだ ?白銀の似顔絵を描いたんだろ?」
「俺もまだ見てないな。見せて貰ってもいいか四宮?」
「え、ええ。いいですよ。でも、笑わないでくださいね?」
かぐやは自分が持っていたスケッチブックを開き、白銀と京佳に見せる。2人がそのスケッチブックを見ると、
「「え?」」
そこには顎がしゃくれており、頬は膨らんでおり、眉毛が繋がっている色々と変な白銀の似顔絵が描かれていた。唯一似ているのは目元くらいだろう。
「実は私も、少し興が乗ってしまったようで…その、会長の事をかっこよく描きすぎたかもしれません。へ、変に思わないでくださいね!」
「そうか。これでかっこよくしすぎ…」
「ピ〇ソ?いや、どっちかというとノ〇デか?」
白銀は少しだけショックを受け、京佳は昔本で見た海外の有名な絵画を思い出した。それほどかぐやが描いた白銀は色々と個性的だったのだ。
「はい!どうですか早坂さん!!」
「う――――っわ」
そして藤原が描いた似顔絵を見た早坂は少しだけSAN値が下がりそうになった。
柏木さんってこんな人でいいかな?
それと原作だと選択授業は2クラス同時で行なわれていますが、この作品では美術を選んだ人全員でやってるって事にしてます。
そうしないと京佳さんハブられちゃうのよ。
次回も頑張ろうとは思う。
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伊井野ミコと公約
いつも誤字報告、お気に入り登録、感想等々、本当にありがとうございます。
「おー。会長ぶっちぎりじゃないですか」
「ほんとですね!これはもう当選確実ですよ!」
生徒会選挙期間、マスメディア部が出した号外には、現在白銀が圧倒的に有利という事が書かれていいた。それを廊下で見たのは、石上、藤原、白銀、京佳の4人である。
「いや、まだ油断はできん。そもそもこれはあくまで予測だ。あまりあてにならん。前期の活動で俺たちの名前を記憶している層が多いだけだ。他の候補者の今後の活動次第で数字の変動も十分にあり得る」
「白銀の言う通りだ。油断大敵、勝って兜の緒を締めよという諺もある。他より期待が高いからと言ってもう勝った気でいると足元をすくわれる」
しかし白銀は号外を見ても動じない。京佳の言う通り、勝っていると思い油断している時こそ危険なのだ。かつての旧海軍が、とある海戦で大敗したのも慢心が原因だと言われている。そして白銀も、下馬評を見ても油断せずいこうとしていた。
(いやこれも勝っただろう!圧倒的すぎて自分でもびびるわ!正直もう何もしなくても再選確実だろ!選挙活動とかしなくていいわこれ!)
いや、そう見えるだけだった。白銀の中では、もう当選したのも同じであるという思いだ。現在、白銀は圧倒的大差で優勢である。これを覆すのはまず無理だろう。故に白銀は既に勝った気分でいた。
「えーっと次にきているのは、『伊井野ミコ』って1年生みたいですね?」
「伊井野ミコ!?」
藤原が白銀の次にきている人物の名前を口にした時、石上が驚いた。
「どうした石上?知ってるのか?」
「はい立花先輩。基本同級生の名前を覚えていない僕でも知ってます。学年成績1位の風紀委員です」
「ほう。それだけ聞くとかなりの優等生だな」
「ただ、色々強烈なんですよ」
「色々?」
石上の話を聞く限り、まるで絵に描いたようなかなりの優等生に聞こえる。だが、どうも癖がある人物のようでもあるようだ。
「あ、丁度いいです。あそこでビラ配ってます。百聞は一見に如かずとも言いますし、直接会いに行きましょう」
窓から中庭を見てみると、女生徒2人がビラを配っていた。どっちもおさげである。あのどちらかが伊井野ミコという生徒なのだろう。そして4人は、伊井野ミコに会うべく階段を下りて行った。
「そういや会長、目が元に戻ってますね」
「ああ。最近はまた睡眠時間が減ってるしな」
「やっぱりこっちのほうが御行くんって感じがしますねー」
「だな。見慣れているし」
中庭にいく道中、白銀の目について会話をする4人。数日前の白銀は、睡眠不足が解消され、いつも見るキツイ目つきでは無く、とても澄んだ綺麗な目をしていた。それを見た藤原と石上は驚愕した。違和感が凄かったからである。
「京佳さんだけは驚いていませんでしたよね」
「まぁ、あの目をした白銀は前に見たからな。でも初めてみた時は流石に驚いたぞ」
唯一、京佳だけは驚いていなかった。この中では白銀と1番付き合いが長い京佳は、あの澄んだ目をした白銀を既に見ているからである。
なお、かぐやは元生徒会メンバーの中で群を抜いて驚いていたがその話は割愛する。
中庭
「お願いします。伊井野ミコをよろしくお願いします」
「お願いします」
中庭ではおさげの女生徒2人がビラを配っていた。そんな2人のうち、茶髪の女生徒の方に石上が話しかける。
「ちょっといいか?」
「何?見ての通り今私は忙しいの。不良に構ってる時間なんて無いんだけど?」
「不良って…」
石上に話しかけられた茶髪の女生徒はかなり棘のある言い方をする。石上は少しだけ傷ついた。
「用事があるのは僕じゃない。この人だよ」
「君が伊井野ミコか?」
直ぐに立ち直った石上は白銀を紹介する。それを見た茶髪の女生徒は、まっすぐに白銀を見てあいさつをする。
「そうです。初めまして、白銀前会長」
「前…」
今度は白銀が少し傷ついた。そして先ほどから結構攻撃的なこの女生徒こそ、伊井野ミコである。
伊井野ミコ。
白銀と同じ、学年1位の成績を誇る才女。裁判官の父親を持ち、自分自身も風紀を大切にするべく風紀委員に所属。精励恪勤、品行方正を地でいく優等生。
ちなみに身長は147cm。京佳より33cmも小さい。
「聞いたぞ。成績が学年1位なんだって?」
「ええ。入学以来ずっと」
「そ、そうか……だが勉強が全てでは無いぞ?バイトとかの社会経験だって大事だからな?」
「え?御行くんもしかして1年生相手にライバル心燃やしてます?」
白銀は入学時点ではそこまで成績が良くなかった。そこから必死の努力をしたおかげで、今では学年1位という成績を取っている。
しかし伊井野は入学時点で1位、そして今まで1度も順位を落としたことが無いと言う。そんな伊井野に、白銀が少しだけムっとして対抗心を燃やすのは仕方が無いのかもしれない。
「しかしビラ配りか。そういう地道な努力も大事だな」
「当然です。努力は必ず報われる訳ではありませんが何もしないよりずっとマシです。そういう前会長は、選挙も間近だというのに碌に選挙活動をしていない様ですね?王者の余裕という奴ですか?私に言わせてもらえば、それはただの傲慢です」
「う…」
今の所、白銀は伊井野のような選挙活動を行っていない。そこを指摘されて、白銀は少したじろぐ。
「選挙活動なんて単純接触効果を期待した票集めだろ。普段の実績があればそんな事やる必要なんてないんだよ」
「そうかな?生徒たちに政策を考える機会を与えてこそ健全な学園運営につながる事になると思うけど?」
「こばちゃんの言う通りです。私たちはこの学園がより良い健全で尊いものになるように活動しているだけです。その想いを選挙活動を通して皆に伝えたい。ただの票集めのつもりはありません」
「う…」
「2人共?今言い負かされましたよね?」
「ひいき目に見ても負かされたな」
石上が反撃するが、眼鏡を掛けたおさげの女生徒に言い負かされた。
「ふふふ、中々弁の立つ小娘のようだな」
「小娘って…」
「だが!どんな立派な理想を掲げてもそれが実現できなければ所詮は理想!」
「投票日が楽しみですねぇ。現実の残酷さを思い知る事になるでしょうし」
「御行くん?石上くん?今のお2人は傍からみればただの悪役ですよ?」
「映画とかで登場する悪役だな。石上はそれの腰巾着って感じだ」
「理想なき思想に意味なんて無いというのに」
「ほらー。こっちの方がなんか良いこと言ってます」
白銀が3流の悪役の様な事を言い、石上をそれに同調。しかし伊井野はそれにも反撃。傍から見れば白銀石上ペアの敗北に見える。
「あの、藤原先輩。私、藤原先輩にお話しがあるんです」
「お話?」
そんな時、伊井野が藤原に話しかけてきた。
「はい。私が生徒会長になったら、藤原先輩には是非生徒会副会長になって貰いたいんです!」
「ふぇぇ?」
「「はぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「えぇ……」
そしてとんでもない事を提案する。それを聞いた藤原はあっけに取られ、白銀と石上は絶叫し、京佳は呆れた。流石にそれは無いだろうと。
「正気かお前!?藤原だぞ!?この藤原だぞ!?」
「そうだ伊井野!この人の事を知っていたら絶対に出てこない言葉じゃねーか!」
「ちょっと男子2人!?失礼って言葉知ってますか!?ぶっとばしますよ!?」
白銀と石上は揃って反対する。何たって藤原だ。突然予測不能な行動を起こす藤原である。もしそんな彼女が権力を握ったら、どうなるか想像もつかない。下手すると秀知院の歴史が終わる可能性すらある。
「そこの眼鏡掛けた人!流石にこれは止めるべきじゃないのか!?」
「いいえ。藤原先輩を任命するのは論理的に正しいと思いますが?」
「論理的!?」
白銀が見た目が非常に真面目そうな眼鏡を掛けた女生徒に止める様言うが、その女生徒も藤原が副会長になるのは賛成らしい。しかも論理的に。白銀は今すぐ辞書で論理的という言葉の意味を調べたくなった。
「貴方たちこそ藤原先輩の事をちゃんと知っているんですか!?藤原先輩以上に相応しい人なんていませんよ!」
「いや、絶対に他に…」
「静かに!人の話は最後まで聞きましょう!」
伊井野が藤原こそ相応しいと言うが、白銀は否定しようとした。しかしその前に藤原によって口を塞がれる。話を最後まで聞きたいと言ってはいるが、単純に自分の事を褒めるであろう言葉を聞きたいだけである。
「まずあのピティアピアノコンペで全国優勝をしています!そして5か国語を離せるマルチリンガル!最後に秀知院で並みの成績を残せる秀才なんですよ!」
「あの伊井野ちゃん?最後だけバカにしてませんか?」
最初は褒めまくっていたが最後に少し落とす。藤原は少しだけ傷ついた。
「兎に角!藤原先輩は私なんか足元にも及ばない天才なんです!判ってるんですか!?」
「ふへへへへへ」
しかし直ぐに伊井野がまた褒め称えたので気分が良くなった。
「白銀、知っていたか?」
「一応は。何でも四宮も、ピアノに関しては藤原を超える事は出来ないらしい」
「そうだったのか…」
「マジっすか…藤原先輩は僕と同じこっち側だと思ってたのに…」
衝撃の事実を聞いた白銀達。流石に驚きを隠せない。なんせ普段の藤原からは想像もつかないのだ。その衝撃はかなり大きい。
「確かに今は私の劣勢です。ですが、理念では絶対にあなたに引けをとりません。そして必ず時間と共に理解者が現れると確信しています。藤原先輩を引き入れる為にもこの選挙、必ず勝たせていただきます」
「そうです!絶対に負けませんよ!」
「藤原先輩。何ナチュラルにそっち側についているんですか」
伊井野は、白銀にビラを渡しながら宣戦布告とも言える宣言をした。藤原もそれに同意する。明らかに寝返っている行為に石上はツッコミをいれた。
「…すまない伊井野さん。少しいいだろうか?」
伊井野の隣にいた眼鏡を掛けた女生徒からビラを受け取った京佳だったが、ビラを見て伊井野に質問が出来た。そして伊井野に話しかけたのだが、
「あ…」
「ん?」
伊井野は少しだけ後ろに下がった。その目にはほんの僅かだが恐怖が見て取れる。
(ああ。怖がられてるのか…)
自分は未だに殆ど面識のない1年生からは怖がられているという、少し前に石上が言っていた事を思い出す京佳。
「な、な、何ですか?た、た、立花先輩」
「そう身構えないでくれ。とって食べる訳じゃない」
「あ、そう、ですね。すみません…」
京佳に言われ、謝る伊井野。そして京佳は、伊井野に質問をする。
「このチラシに掛かれている公約について聞きたいんだ」
「公約?」
京佳の言葉を聞いて、白銀も伊井野に渡されたビラを見る。藤原も白銀の隣から覗き見る。
「「は?」」
そこにはかなり衝撃的な事が書かれていた。
ビラには坊主頭の男子とおさげの女子のイラストが描かれておりその下には、
・髪型は男子は坊主、女子はおさげか三つ編みに限定。
・携帯電話の持ち込みを禁止
・週に1度持ち物検査を実施
・男女は50cm以内の接近を禁止
等と書かれていた。
「いや、これは…」
「えぇ…?」
白銀と藤原は固まる。いくらなんでもこれは無い。一体いつの時代だと言いたい。時代錯誤とも言える。そんな事を書いているビラを持った京佳が、伊井野に質問を続ける。
「ここに不純異性交遊禁止と書かれているが、これはつまり恋愛禁止ということだろうか?」
再びビラに目を落とす白銀たち。そこには確かに『不純異性交遊禁止』と書かれていた。
「そ、そうです!そもそも神聖な学び舎で恋愛だなんて不純です!学生の本分は勉強です!恋愛に時間をあてるくらいならもっと勉強をすればより良い学生生活を送れます!だからこそ恋愛禁止です!」
「今現在恋人がいる人はどうするんだ?」
「え?」
伊井野は京佳の質問に答えるが、京佳の更なる質問を聞いて固まる。
「私の知り合いに、既に恋人がいる人がいるんだ。もし君が生徒会長になり、ここに書かれた公約通りに恋愛を禁止する場合、今現在学園内の者同士で恋人になっている人はどうするつもりだ?もしかして無理矢理別れさせるつもりか?」
「あ…」
思わず声を漏らす伊井野。元より恋人がいない人なら問題が無いかもしれないが、現在恋人がいる人達にはこの公約は大問題だ。もしその人達だけ特別に恋愛を許してしまえば公約違反となる。だが現在恋人がいる人達を無理矢理別れさせてしまえば、そんなのは精錬潔白な生徒会長とは言えない。
因みに、京佳がそこを指摘したのは『もしこの公約が実現したら白銀と付き合えない』という思いから来ている。
「え、えっと…それは…」
(そこまで考えていなかったか)
伊井野は考えるが言葉が出ない。そんな伊井野を見た京佳は、伊井野がそこまでの事を考えていなかったと察した。
「あの立花先輩、それ以上は…」
「む、そうだな。すまない伊井野さん。言い過ぎた」
「い、いえ…大丈夫です」
石上が京佳を止めに入る。京佳も別に伊井野をイジメるつもりは無いのでこれ以上の追及はやめた。
「まぁ兎に角、そういう意見もあるという事だ。それじゃ」
そう言うと、京佳たちはその場から立ち去ろうとする。
「あ、あの!」
「ん?」
しかし直後、伊井野が呼び止めた。
「さ、さっきはすみませんでした!初対面なのにあんな態度とってしまって」
「あんな態度?」
「えっと、怖がっちゃって」
「ああ、あれか。気にしてないから大丈夫だよ」
「それでも、本当にすみませんでした」
「私も、すみませんでした」
伊井野は先ほど、京佳に対してとってしまった態度の事を謝る。伊井野の隣にいた眼鏡の女生徒も同じ様に謝る。
(なんだ、ちゃんとした良い子じゃないか)
最初こそ、ただただ真面目で自分のした事が正しいと信じている子だと思っていたが、伊井野はちゃんと謝った。京佳はそんな伊井野に好感を持った。
「いいよ。もう謝ったからこの話はおしまいだ」
「は、はい。ありがとうございます」
「それじゃね」
そして今度こそ、京佳たちは伊井野の元から去っていった。
「流石に、坊主はなぁ…」
「やっぱり仲間は裏切れません…」
因みに白銀と藤原はずっとビラを見ながらブツブツ言っていた。
「こばちゃん…」
「なに?ミコちゃん?」
京佳たちが去った後の中庭。そこには伊井野と彼女の友達である大仏小鉢がビラを整理していた。
「立花先輩って、人相が悪いだけで全然怖くなかったね」
「そうだね。やっぱり噂なんて当てにならないね」
京佳は1年生とはほぼ面識が無い。故に、今でも変な噂が1年生限定でたっている。
「もし私が生徒会長になったら、立花先輩にも生徒会に入ってもらおうかな。色々教えてくれそうだし」
「いいと思うよ?立花先輩って面倒見良さそうだし」
この日、伊井野ミコに新しい目的が出来た。それは京佳を生徒会に入れるというものだ。
「その為にも、まだまだ頑張らないとね」
「うん!私もっと頑張る!そして、今度こそ生徒会長になってみせる!」
伊井野は気合を入れなおし、再びビラを配る為に動く出した。そしてその後、校門や運動場などにも移動して、伊井野と大仏の2人は全てのビラを配るのだった。
なお、伊井野と大仏の2人が聞いた噂は『京佳の眼帯の下には強力な呪いがあり、あの眼帯はそれを封印している』というものである。大仏は最初から信じていなかったが、伊井野はこの噂を7割くらい信じてた。
やっと登場できた。
次回も頑張れたらいいかもしれない。
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白銀御行と選挙
まぁ今ではすっかりお気に入りなキャラですけどね。
「皆さんにお願いがあります。今日の選挙、伊井野ミコに徹底的に勝ってほしいんです」
「どうしたんだ石上。神妙な顔して」
生徒会選挙の最後の見せ場、応援演説と立候補演説。その開始15分前、石上は神妙な顔つきで元生徒会メンバーの白銀たちにお願いをしていた。
「無論私達全員、やるからには徹底的に勝つように動くつもりだが」
「事前調査では私達に9割近くの票が集まってますよ?これだったらそこまで心配する必要は無いと思いますが」
「伊井野さんには何か隠し玉があるのかしら?」
「ありません。今日の選挙はまず間違いなく僕たちが勝つでしょう。それでも、先輩方ならそれ以上の勝ち方が出来るはずです」
京佳、藤原、かぐやがそれぞれ答える。石上に言われるまでもなく、全員徹底的に勝つつもりだ。だが石上は念を押す様に言う。
「…何かあるのか?伊井野ミコに」
「ええ、まぁ」
そして白銀が石上に問いかける。
「成程、こういう事か」
「はい、これが伊井野ミコが絶対に勝てない理由です」
かぐやによる白銀の応援演説が終わり伊井野の立候補演説となったのだが、その光景は見るも無残と言える。まず声が小さくて聞こえない。次に伊井野の顔は赤く目の焦点が定まっていない。誰の目から見ても緊張しているのは明白だ。そしてそれを見ている体育館に集まった生徒たちは、クスクスと笑っている。
「あいつは元々人前で話すのが苦手な奴でした。ですが選挙に負けるたびに酷くなっている。そりゃ笑えますよ。学年成績1位の融通の利かないクソ真面目な優等生がこうも見事に生き恥を晒しているんですから」
石上が白銀に説明している間も、伊井野は小さい声で必死で演説をしようとしている。しかし全くと言っていいほど声は聞こえない。それを見て小さな笑い声がまた聞こえる。
「僕だってあいつにはムカついてますし、多少恨みだってあります。でもそれ以上にイラつくんですよ。頑張っている奴が馬鹿にされるのは」
石上は伊井野を笑っている生徒たちを睨みつける。
「任せろ。伊井野ミコが恥ずかしくない勝ち方をすればいいんだろ?」
そして白銀は石上の頼みを聞くのだった。
「全く会長ったら。態々敵に塩を送るなんて。ほっとけば相手は自滅すると言うのに」
かぐやはため息をつく。このまま何もしなければ、勝手に対抗馬である伊井野は自滅する。選挙に勝ちたいのであれば、態々手を貸す必要など無い。
だが白銀は石上の頼みを聞き、伊井野に最悪の負け方をしないように動く。お人よしにもほどがある。
「でも、白銀らしいじゃないか」
かぐやの隣に立っている京佳が言う。
「確かに四宮の言う通り、このまま何もしなければ白銀が当選するだろう。だけどああやって、誰かを助けようとするのは実に白銀っぽい。そんな優しい白銀はとても素敵じゃないか?」
実際、白銀はかなり人が良い。こうやって後輩の頼みを聞いて、対抗馬である伊井野に恥をかかせない様にするぐらいには。
「ま、否定はしません。会長みたいな人はそうはいませんし。そんな会長だから、私たちも全幅の信頼を寄せていますしね」
「そうだな。それに、白銀なら相手に塩を送ったとしても勝つさ」
「ええ、そうですね」
かぐやは京佳に同調する。少し前までのかぐやは、白銀が善行をするたびに『何か裏があるんじゃないか?』と疑っていた。しかしそのうち根負けして、白銀のような人もいるものなんだと思う様になった。
(そしてそんな会長を、私は好きになったんですよね…)
そしていつしか、かぐやはそんな白銀に惹かれ始めたのだ。
(って違いますから!別に私はそういう意味で会長の事を好きではありませんから!ただ人として好きってだけですから!!)
必死で頭を左右に振って否定するかぐや。この四宮家のご令嬢は、いつになったら自分の気持ちに素直になるのだろうか。
「突然どうした四宮?」
「いえ!何でもありませんよ!?」
「いや、でも今」
「本当に何でもありません!今は会長に集中しましょう!」
「そ、そうだな」
突然かぐやが頭を左右にブンブンと振り出したのを見た京佳が何事かと思い声をかけるがかぐやは何でもないと言う。食い入る様に言うかぐやに何かを感じたのか、京佳はそれ以上の追及をやめて、白銀に集中する事にした。
(危ない危ない。危うく立花さんの話術に乗せられてとんでも無い事を口走るところでした…は!?まさかこれは立花さんの策略!?この場で私の気持ちを暴露させて皆の前で恥をかかせようとしているんじゃ!?)
とんでもない言いがかりである。別に京佳にそんなつもりは無い。
その後の生徒会選挙は白銀と伊井野の討論に発展し、それは30分以上渡り繰り広げられた。
「僅差だな」
「僅差っすね」
投票結果が書かれた掲示板の前では、京佳と石上と白銀がいた。生徒会選挙の結果、白銀は310票。そして伊井野は290票。僅か20票の差で白銀に軍配が上がった。これで生徒会長は白銀に決定。
しかし、事前調査では9割近い票を集めていたのに、かなりの僅差となっている。これは白銀と伊井野の討論が原因だろう。あの討論で伊井野は自分が言いたい事を全て言えた。
その結果、伊井野がどれだけ学園の事を考えているかを多くの生徒に伝える事ができ、こうしてかなりの票を集める事ができた。その結果として、これ程の僅差となってしまった。
「まぁ、確かに僅差ではあるが勝ちは勝ちだ。これでまた生徒会長として働く事になるな」
済ました顔をしている白銀だが、実はかなり焦っていた。石上の頼みを聞き、伊井野に恥をかかせない様にした事だが、その結果は僅差。下手をすれば負けていた可能性もある。
(マジでよかったぁぁぁ!!本当に焦ったぁぁぁぁ!!)
内心、汗ダラダラな白銀。今度からはもうこんな真似しないと決めた。
「ところで、四宮はどうしたんだ?」
「誰かさんのせいで胃痛起こして倒れたんですよ!私ちょっとかぐやさんを保健室に運んできます!あと会長!2度とこんな無茶な真似しないでください!私も結構焦ったんですから!」
「お、おう」
何故か顔色が悪く藤原に背負われているかぐや。そして藤原はかぐやを保健室まで運んで行った。
「それはそうと石上、これでいいか?」
「ええ。ありがとうございます」
石上の視線の先には、大勢の生徒から励まされている伊井野がいる。その顔は笑顔だ。
「そういえば、会計監査を決めないとな」
「そうっすね。え?会長?何か考えています?」
「ま、ちょっとな」
そう言うと白銀は、伊井野の周りの人達が捌けるのを待った。
「私たちを、生徒会に?」
「ああ。まだ生徒会長を目指すつもりなら生徒会で経験を積むべきだと思うんだ。2人さえよければ、是非生徒会に入って欲しい」
伊井野の周りの人たちが捌けたあと、白銀は伊井野たちににある提案をする。それは生徒会への勧誘だった。
「あ、私は結構です。元から生徒会に興味ありませんし」
「そうなの!?」
しかし大仏はこれを拒否。彼女は元から伊井野を応援したいだけである。特に生徒会に思い入れは無い。
「それで、ミコちゃんは?」
「えっと、私、生徒会に誘われるの初めてで、あの、少しだけ考えさせてください」
「わかった。でもその気があれば、明日生徒会室に来てくれ」
伊井野は小さくうなずく。それを見た白銀は、伊井野は明日、ほぼ間違いなく生徒会室に来ると確信する。
「ところで、さっきから後ろの3人がそわそわしてますよ」
「は?」
大仏に言われ白銀が後ろを振り向くと、そこには何故かそわそわしている京佳と石上と、かぐやを保健室に運び終えた藤原がいた。
「どうした3人共?」
「えーっとですね、役職ってどうなるのかなーって?」
「ぶっちゃけ不安なんです。僕たちもう選ばれないんじゃないかって」
「そうそれ!どうなんですか会長!私たちってもう生徒会に入れないんですか!?」
生徒会の役職は生徒会長の一存で決める。つまり前期に生徒会役員だったとしても、続投できる訳では無いのだ。自分たちがもう選ばれない事ははないだろうと思ってはいる3人だが、万が一がある。
(大丈夫…私だってこの1年ちゃんと仕事をしたんだ。特にミスもしていない。でも、私は庶務。1番替えが効く役職だ。もしかすると、私はもう白銀に指名されないんじゃ…?)
特に京佳は不安がってた。庶務はいわば雑用である。かぐやの様に副会長として白銀を支える技量も、石上の様にデータ入力を早く終わらせられる技術もいらない。つまり極端な話、誰でもいいのだ。
(どうしよう…そもそも私はこの生徒会選挙期間、特に何もしていない…さっきだって藤原は白銀のことをあまりよく思っていない生徒の近くで待機して教師をそこに誘導した。石上は応援演説中に流れていた映像を制作した。そして四宮は白銀の応援演説をした。それに比べれ私がしたこと言えばビラを刷って貼ったことくらい……あれ?私が1番役にたっていないんじゃ?)
他のメンバーは白銀の役に立とうと色々仕事をした。しかし京佳はあまりそういった事をしていない。せいぜいビラを印刷したり各所に貼ったりしたくらい。そうした事を思い出したせいで、京佳を更なる不安が襲う。
(どうしよう…!任命されなかったら白銀に会う機会が劇的に減る!そうなったらもう、白銀家に押しかけ女房をするくらいしか!!いやもういっそ押し倒して既成事実を…!)
遂に最終手段を使う事さえ考え始めた。だがそんな京佳の不安など杞憂に終わる。
「何言ってるんだ、藤原書記、石上会計。それに立花庶務も。新生徒会初の仕事だ。体育館の椅子を片しに行くぞ」
「は、はい!」
「うす」
「!…ああ、了解だ」
白銀は前生徒会役員を変えるつもりなどこれっぽちも無い。最初からこのまま続投させるつもりだ。そして4人は体育館に並べられた椅子を片付けるのだった。
保健室
「何で会長は私の様子を見にこないの?何で?ねぇ何で?私が倒れたのだから何よりも優先して様子を見にくるべきでしょう?なのになんで一向にくる気配が無いの?もしかして会長は、私を生徒会に入れる気がないんじゃ?いやもしかすると、私じゃなくて立花さんを副会長に任命するんじゃ?」
「ほんとに体調にメンタル左右されますね」
そしてここに、京佳と同じように不安がる女生徒が1人いた。勿論かぐやだ。保健室のベットの傍には早坂もいる。
「大丈夫ですって。白銀会長ならちゃんとかぐや様をまた副会長に任命しますって」
「だって、私は今回数多くの部を丸め込んで票を集めたり、選挙管理委員そのものを傀儡にしたのよ?この事がバレたら会長だって私を任命する訳ないじゃない…!」
「え、そんなことまでしてたんですか?流石に引くんですけど」
「引かないでよ!政治家だって皆している事でしょ!?」
「偏見ですよそれ……多分」
「所詮私は薄汚い手段しか出来ない女。そんな私を生徒会から外しても仕方がな…何が仕方ないのよ!あんまりじゃない!!」
「何も言ってませんけど?」
「そもそも私が頑張って集めた票をふいにしてあんな行動をとったのよ!?これって私の頑張り何てどうでもいいって事でしょ!?これじゃまるで内職でせっせと稼いだお金を博打で打つ旦那じゃない!
誰が妻よ!!」
「もう面倒くさい…てかうざい…」
遂に思った事を口にする早坂。
「そこまで言いたい事があるなら本人に直接聞きましょう」
「え?」
「じゃ」
何かに気づいた早坂がそうかぐやに小さく耳打ちすると、音も立てずに窓から出て行った。
「四宮、大丈夫か?」
すると保健室に白銀が入ってくる。
そしてこの後、かぐやは再び副会長に任命されるのだった。
翌日 生徒会室
「さて、生徒会選挙も終わってこれからまた通常業務に戻る。特に2学期は忙しい。体育祭に文化祭。そして修学旅行。やる事は本当に多いし大変だが、皆気張っていくぞ!」
「ええ、勿論」
「はい!了解です!」
「うっす。わかりました」
「は、はい!私もしっかり頑張ります!」
「ああ、頑張ろう」
こうして新生徒会が発足した。
新生徒会メンバー
生徒会長 白銀御行
副会長 四宮かぐや
書記 藤原千花
会計 石上優
会計監査 伊井野ミコ
庶務 立花京佳
伊井野ミコが仲間になった。そしてそろそろまたわちゃわちゃしたお話書く予定です。
ところで会長と京佳さんの過去編どうしよう。勿論書くつもりですが、どこでその話を書こう。
そして来週は更新できないかも。
月〇リメイク買うから。発売本当に待っていたんですよ。ええ、本当に。
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立花京佳と下着
生徒会室には白銀とかぐやの2人だけがいた。白銀は資料を整理しており、かぐやは紅茶の準備をしている。
(どうしましょう…さっき石上くんが言っていた事が気になって気が散るわ…)
しかしかぐやは集中できていなかった。それはつい先ほど石上が言っていた事に原因がある。
『ボクサーパンツを履いているやつはヤ〇チン』
最初、ヤリ〇ンの意味を知らなかったかぐやは藤原に聞き、その後意味を知った。簡単に言うと、不特定多数の女性と性行為を行う男性のスラングである。
(会長は結構モテる人ですし、私が知らないだけでそんな身体だけの関係の人がいても不思議は無い…)
これは大きな間違いだ。実際の白銀は童貞であり、そのような経験は微塵も無い。だが、かぐやはそんな事は知らない。かぐやは白銀がそのようなふしだらな人間では無いと信じてはいる。
しかしそれはそれとして気になる。1度でも気にしてしまえばもうダメ。こうなっては、直に調べるしかない。
(こうなったら仕方ありません。とりあえず、どうにかして会長に下着を見なくては!)
こうしてかぐやは、他の人間が聞いたら明らかに痴女としか思えない事を実行に移す。
生徒会室に続く廊下を京佳は歩く。ふと窓の外を見ると、木々が大きく揺れており、空は少し曇っていた。
(そういえば台風が接近しているんだったか。どうりで風が強い訳だ)
京佳は昼休みにスマホで見た天気予報を思い出す。天気予報によると、どうやら台風が関東地方に接近しているらしい。直撃は無いとの事だが、その影響で本日は風がかなり強い。
(これならまだ電車やバスが止まる事はないと思うが、今日はなるべく早く帰った方がいいかもな)
バス通学である京佳はそんな事を気にしながら生徒会室に向かっていた。そんな時である。
「信じていたのにーーー!!」
かぐやが目に涙を浮かべながら、全力で廊下を走り去って行ったのは。
(今のは、四宮だよな?どうしたんだ?)
京佳に気づきもせず、素通りしていくかぐやを見た京佳には疑問が残る。一体何があったのかと。
(生徒会室から来ていたみたいだし、生徒会室に向かえばわかるかな?)
とりあえず生徒会室に行く事にする京佳。そして生徒会室に着いた瞬間、
「た、た、た、立花先ーー輩!!」
「どうした伊井野?」
「たすけ、助けて下さい!!わ、私このままだと、白銀会長に襲われます!!」
「は?」
新しく生徒会に入った1年生、会計監査の伊井野ミコがとんでもない事を口にしてきた。
(襲われる?どういう意味だ?いや本当にどういう意味?)
少し混乱する京佳。しかし1度深呼吸をして直ぐに自分を落ち着かせる。そして先ずは伊井野から話を聞く事にした。
「落ち着け伊井野。まず何があったか言ってくれ」
「さ、さっき!白銀会長が黒い下着が好きだって豪語して!それでゆっくりと私に近づいてきて!こ、このままだと私!白銀会長に無理やり下着がどんなのかを確認され…!」
「……え?」
自分が好いている男がそのような性犯罪のような行いをしようとしている。それを聞いた京佳は思考が停止した。
(ま、まさか白銀は、伊井野の様な子がタイプなのか?それとも伊井野ならそういう事をしてもバレないと思ってる?)
突然の後輩の発言で混乱し始める京佳。そしてゆっくりと生徒会室の方に目を向ける。するとそこには少し顔色が悪く、震えている白銀が居た。
そして今の京佳には、白銀がまるで性犯罪がバレた犯罪者にしか見えなかった。
「し、白銀?」
「まって立花!マジで違う!マジで違うから!お願いだからちゃんと説明させてーーー!?」
伊井野を胸に抱きよせて顔がこわばる京佳に白銀が必死で懇願する。その後、京佳は理性がまだ残っているうちに、きちんと話を聞こうと思い生徒会室に入っていった。
数十分後
「つまり四宮にいきなり好きなぱ…下着は何かを聞かれて答えただけだと」
「あ、ああ。そうだ。言っておくが嘘なんかじゃないからな?これ全部真実だからな?」
ソファーに座り、同じく正面のソファーに座っている白銀から説明を聞く京佳と伊井野。因みに伊井野は、ソファーに座っている京佳の後ろに隠れて顔だけを出している状態だ。というか明らかに京佳を盾替わりにしている。
白銀の言い分では、最初にかぐやから好きな紅茶は何かと聞かれた。そしてその後に、好きなパンツは何かと聞かれたのだと言う。そこで白銀は素直にその質問に答え、結果としてかぐやは急に生徒会室を飛び出していったと言う。そして京佳は、その飛び出してきたかぐやと先ほどすれ違ったのだ。
(何故、四宮はそんな事を聞いたんだ?まさか、白銀の好みを聞いてそれを履いて見せるつもりか?)
京佳は、何故かぐやが突然そのような事を聞いたのか考える。もしかして、白銀を誘惑するつもりなのかとも思う。
(いや流石にそれは無いだろう。そんなのただの痴女じゃないか)
だが直ぐにその考えを捨てる。いくらかぐやが白銀に好意を寄せているとはいえ、好きな下着を聞いてそれを履いて相手に見せつけるなど、ただの痴女だ。
(まぁ、私も似たような事を考えてはいたが、流石になぁ…)
白銀を振り向かせる為なら割と何でもする京佳だが、流石にそれはしない。というか普通に恥ずかしい。そういうのは本当に策が無くなった最後の手段だ。
(しかし本当にどうして四宮は突然そんな事を聞いたんだ?話に脈絡が無さすぎる)
白銀の話を信じるなら、かぐやは紅茶を用意している時に突然そんな話をしてきたという。あまりに突然すぎる話だ。
(いや、まさか…)
そして京佳にある考えが浮かぶ。
「白銀、多分それ聞き間違いだぞ」
「え?」
「そもそもだ。女子がいきなり『好きな下着は何ですか?』なんて聞くか?」
「立花先輩の言う通りですよ!そんな事普通は聞きません!そんなの痴女くらいですよ!」
それは、白銀がかぐやの言葉を聞き間違えたという事だ。普通、いきなり女性が下着の事を聞くなんてある訳がない。なので京佳は、白銀が聞き間違いを起こしたと思った。伊井野も京佳の意見に同意する。未だにソファーの裏に隠れながらだが。
「し、しかし、四宮ははっきりとその、ぱ、パンツと…」
だが白銀はあれが聞き間違いでは無かったと思っている。勿論、最初は聞き間違いと思っていたのだが、かぐやは2回も聞いてきたのだ。その時の台詞は、白銀の耳にはっきりと残っている。
「本当か?本当にそう言っていたか?」
「う…そこまで言われると、ちょっと自信が無いが…」
しかし、時間が経つにつれて記憶は摩耗していく。全て忘れる事は無いが、細部まで完璧に覚えているかといえばそれは難しい。かぐやに聞かれたのはもう数十分も前だ。記憶力には自信がある白銀だが、京佳に念を押されるように聞かれるとその自信も無い。
「もしかして、パンと聞き間違ったんじゃないのか?」
「パン?」
「最初に好きな紅茶は何だと聞かれたんだろう?だったら紅茶に合う『好きなパンは何ですか?』と四宮は聞いたんじゃないのか?」
京佳は白銀が『パン』と『パンツ』を聞き間違えたのではないかと指摘する。最初にかぐやは白銀にどんな紅茶が好きかを聞いてきた。
そして、紅茶のお供にはスコーンやビスケットなどが一般的であるが、それら以外にもパンやケーキがお供に選ばれる事がある。故にかぐやは、白銀に好きなパンは何かと聞いたのではないかと京佳は思った。
「そうですよ!絶対に立花先輩の言う通りですよ!前後の会話の流れからしてその方が凄く自然ですし!」
京佳の言葉に伊井野が同調する。因みに身体はまだソファーの後ろに隠している状態だ。
「お、俺はなんてとんでもない聞き間違いを…!」
白銀も自分が聞き間違いを起こしたと思い、悔やむ。だってかぐやから見れば、好きなパンは何かと聞いてのに下着の事を言われたのだ。完全にただの変態である。
尚、ここにいる3人は知らない事だが、かぐやは本当に『どんなパンツが好きですか?』という質問を白銀にしている。そんな質問をした理由は、白銀がボクサーパンツを履いているかどうかを確認するためだ。色々と策を巡らせたかぐやだったが、何も思い浮かばず、素直に聞くのが1番早いと考えた結果である。最も、白銀には別の意味合いの質問に聞こえており、このような事になっているのだが。
「まぁ、あれだ。明日にでも四宮に謝っておいたらいいと思うぞ?」
「ああ。そうするよ…」
とりあえずこの騒動は丸く収まりそうである。ようはただの聞き間違いだ。
「何か熱くなったな。少し窓を開けてもいいか?」
「いいぞ。何か俺も疲れて熱いし…」
少し熱くなってしまったのか、3人共熱っぽい感じになった。京佳は空気を入れ替える為にも、1度窓を開けて涼もうと思い窓を開ける為ソファーから立ち上がる。
「いいですか白銀会長!あなたは生徒会長としての自覚が足りません!相手の会話を聞き間違えるなんて凄く失礼な事なんですよ!これが社会人になった時の仕事だったらどうするんですか!?もしかしたら致命的なミスにつながる場合もあるんですよ!?」
「はい、仰る通りです…」
京佳が立ち上がった事により、伊井野は盾を失った。しかし今の伊井野にもうそういうものは必要無い。風紀委員として、そして生徒会選挙に負けた者として白銀に言いたい事が出来たからである。
そして白銀もそのお叱りを受け入れている。聞き間違いをしたのは自分だし(実際にはしていない)伊井野の言う事は最もだからだ。伊井野が白銀に言っている間、京佳は生徒会室の窓を開ける。
「うわ、風が…」
京佳が窓を開けた瞬間、生徒会室に風が流れてくる。
このまま涼もうと思っていたのだが、ここでハプニングが起こった。
生徒会室に入ってきた風が思っていたより強かったのだ。関東地方に接近している台風のせいである。そして風が強いと起こる現象と言えば、スカートが風でめくり上がるという現象だ。
「!?」
かなり大きく制服のスカートがめくれたので、京佳は直ぐに慌ててスカートを抑える。
(く、黒!?)
しかしその努力もむなしく、京佳は今回もバッチリ白銀に下着を見られていた。1学期以来、2回目である。おまけに前回見られた時とは違い、京佳のイメージにぴったりな黒い下着を。
「……」
ゆっくりと白銀の方を見る京佳。
「……見たか?」
スカートを抑えながら白銀に質問をする。
「……ミテナイヨ」
白銀はカタコトで答えてしまった。目も凄く泳いでいる。
「け、けだもの!!」
伊井野は直ぐに察した。目の前の男は、自分が物申している間に後ろにいた京佳の下着を見たのだと。それゆえ白銀を『けだもの』と罵倒する。
「まて伊井野!今のは事故!事故だから!風による不慮の事故だから!」
「だったら猶更見える直前で目をつぶるべきでしょう!?つぶらなかったと言う事は見たいっていう欲求があるって証拠です!けだものって証拠です!この変態!そして立花先輩はもっと怒っていいですよ!?下着を見られたんですから!?」
「あ、ああ。そうだな…」
「そして白銀会長は謝って下さい!今すぐ!誠心誠意真心込めて!!」
「はい!すみませんでしたぁぁぁ!!」
白銀、綺麗なお辞儀である。土下座しそうな勢いだ。
(やべぇ…マジでくっそエロかった…そしてすっごいイメージ通りで似合ってた…)
だがこの男、謝っている間に京佳の下着の事を思い出していた。先程見えてしまった下着は、京佳のイメージにピッタリだった。程よい肉の付いた臀部と太腿、そこに写る黒い下着。思春期の男子高校生にとっては、もう拝むことが出来ないレベルの奇跡である。当然、簡単に頭から消す事など出来ない。
(多分これまた記憶から消せないなぁ…また前みたいに記憶に蓋をしよう…)
前回、京佳の下着を見た白銀は頑張って記憶から消そうとしていたが、結局それは出来なかった。故に記憶に蓋をして、思い出さない様にする手段をとった。これならば自分から記憶の蓋を足らない限り、思い出す事は無い。最も、稀に何かの拍子で記憶の蓋が外れる事はあるのだが。
「聞いてますか白銀会長!?」
「はい聞いてます!ちゃんと聞いてます!!」
その後、伊井野により説教は20分続いた。白銀はそれを全て受けた。
(また、見られた…)
そして白銀が伊井野からお叱りを受けている間、京佳は恥ずかしがっていた。
(でもまぁ、前回よりは恥ずかしくない、かな?)
前回、白銀に見られた下着は苺柄という子供っぽいものだった。しかし今回は普段からお気に入りで履いているものだ。ある意味では恥ずかしくないのかもしれない。
(でももしかすると、またこんな事があるかもしれない…今度新しい下着買いに行こう。最近胸がまたキツイし)
そして京佳は、三度同じ事があるかもと思い、近いうちに新しい下着を買いに行く事にした。
翌日
「た、た、た、立花先ーー輩!!白銀会長と四宮先輩が、生徒会室でみだらでやらしい行為をーーー!?」
「……え?」
「だから誤解だってーーー!?」
「あら、何がですか?私は会長を(マッサージで)気持ちよくさせようとしているだけですが?あ、そうだ。立花さんと伊井野さんも一緒にやりますか?気持ちいいいですよ?」
「よ、4ぴ…。わ、私は経験の無い素人ですから!そんな高度な真似できません!足引っ張っちゃいますから…!」
(先、越された…?)
「あああああーーー!!もおおおおおおーーー!?」
この後、白銀が伊井野と京佳の誤解を解くのに1時間を要した。
こういう話を書いている方が凄く楽しいけど、ほどほどにしとこう。同人版になっちゃうし。
そういや、マスメディア部とはどう絡ませましょう。色々考えないと。
次回も頑張りたいです。
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白銀御行とお宅訪問
そして何時も誤字報告、評価、お気に入り登録ありがとうございます。本当に励みになっています。
「ふぅ、これで今日の仕事は終わりだな」
生徒会室では、白銀が1人で日誌を書いていた。他の生徒会役員たちは既に帰宅済みだ。後は生徒会室にカギをかけ、今書いた日誌を職員室に届ければ帰宅する事ができる。
そして荷物を纏め帰ろうとし、立ち上がった時、
「ん?」
白銀は生徒会室のソファーの上に何かがあるのに気づいた。正体を確かめるためソファーに近づく白銀。
「スマホ?」
ソファーに近づくと、そこには深い青色の少し大きい画面をしたスマホがあった。白銀はそのスマホを手に取る。
「これは、立花のか?」
白銀はこのスマホに見覚えがあった。普段、あまり使っているところを見てはいないが、これは生徒会庶務であり自分の大切な友人である京佳のスマホだと。
(ふむ、どうするべきか)
現代社会において、スマホは最早生活必需品である。時間の確認、友人や家族への連絡、ニュースの視聴、人によっては銀行や株のデータすら入っていることもある。白銀は普段から積極的に使う事はないが、京佳はどうかわからない。ひょっとすると、今頃スマホが無い事に気づいて困っているかもしれない。
(よし)
そして人が良い白銀は、京佳にスマホを届けてから自宅へ帰ろうと決めたのだった。
生徒会室にカギをかけ、日誌を職員室に持って行き、秀知院を出て自転車を走らせておよそ40分、白銀はとあるマンションの入り口に立っていた。
(こうして立花の家に来るのは本当に久しぶりだな)
白銀は去年、色々あって京佳の家に来た事がある。そして京佳も白銀に家に何度もお邪魔しているが、それらの話はここでは割愛する。
(んじゃ、さっさと立花にスマホを渡して…)
帰ろうかと思った時、白銀にある問題が出てきた。
(立花の部屋がどこかわからん…)
実は白銀、京佳のが住んでいるこのマンションまで来たことはあるのだが、部屋まであがった事は1度もなかったのである。
白銀が住んでいるアパートと違い、京佳が住んでいるのは8階建てのマンションだ。アパートであれば表札を確認する事ができるかもしれないが、マンションだとそうもいかない。というのも、最近のマンションはセキュリティがかなり高い。誰がどの部屋に住んでいるとか簡単にはわからないようになっている。実際、京佳が住んでいるマンションはオートロックだ。
そして今、白銀の目の前にある京佳のマンションの入り口には数字が書かれているオートロックの機械。これは暗証番号を入力するか、相手の部屋番号を入力しその部屋の人にドアのカギを開けて貰わないと開かない仕組みである。
(本人に聞こうにも立花の自宅の番号なんて知らないしなぁ…どうしよう?)
いっその事あてずっぽに番号を入力してみるかと思う白銀。そんな時、
「ねぇ君?そこで一体何してるの?」
「うぉぉぉ!?」
背後から声をかけられ、白銀は思わずその場から跳び上がった。振り向くとそこにはスーツ姿の女性がおり、白銀の事を怪しい者を見る目で見ている。その目を見た白銀は冷静に自分の状況を分析。
今の自分は、オートロックのマンションの前でドアを開ける事もせずじっとしてた。傍からみれば普通に怪しい。このまま何も言わなければ通報される可能性もあるかもしれない。もしそうなったら家族にも迷惑がかかるし、生徒会長としても終わる。
「いえその!決して怪しい事をしている訳では無くて!」
白銀は必死に弁明を開始。万が一にでも通報される訳にはいかない。だがそれは杞憂に終わる。
「ひょっとして、白銀くん?」
「はい?」
スーツ姿の女性がそんな事を言ってきたからである。どうやら向こうは白銀の事を知っているようだ。だが白銀は目の前の女性に覚えがない。なので失礼と思いつつも尋ねる事にした。
「そうですが、すみません。どちら様でしょうか?」
「ああ。こうして顔を合わせるのは初めてね。立花京佳の母親の立花佳代です。初めまして」
「はい!?」
驚く白銀。そして思い出す。確かに聞いた事のある声だと。
「は、初めまして!自分は立花さんと同じ学校に通っている白銀御行と言います!」
「ええ、娘からよくお話は聞いているわよ。それで、どうしたの?」
「えっと、実はこれを届けに」
鞄からスマホを取り出す白銀。それを見た佳世は直ぐに察した。
「まぁ、ここまでわざわざ届けに来てくれたっていうの?」
「はい。無いと困ると思って」
「今時珍しい事するのね~」
あとはこのスマホを京佳の母親である佳世に渡せば全て終わる。白銀はそう思い、スマホを佳世に差し出す。
「じゃあついてきてね」
「はい?」
しかし佳世は徐にドアのロックを解除したかと思うと、白銀を中に招き入れようとする。
「あ、あの?」
「ここまで来たなら自分で渡した方がいいわよ?京ちゃんなら部屋にいるだろうから問題無いだろうし」
「いや、しかし」
「大丈夫大丈夫。京ちゃんもその方が嬉しいはずよ。ささ、入って入って」
手招きする佳世。ここでこのまま帰るのは、どこか後味が悪い。そう思った白銀はマンションの中へ足を踏み入れた。
エレベーターに乗り、5階にたどり着く白銀と佳世。
(なんか、緊張するなぁ…)
秀知院学園生徒会長白銀御行。人生で同級生の女の子の家に行くのはこれが初めてである。緊張するのも仕方が無い。
「はい、ここよ」
佳世に言われ扉を見てみると、そこには503と書かれている。どうやらここが京佳の家らしい。
「んじゃちょっと待っててね」
そう言うと佳世は、インターフォンを鳴らす。すると直ぐに部屋の中から足音が聞こえた。
「どうしたんだ母さん?」
出てきたのは京佳だった。だが学校で見る彼女とは違う。今の京佳は制服ではなく部屋着。グレーのTシャツに黒いショートパンツという格好だ。ショートパンツの丈はかなり短く、京佳の白い太腿が露になっている。正直、かなりエロい。
「ただいまー京ちゃん」
「おかえり。で、何で態々インターフォンなんて鳴らしたんだ?」
「この子が用事があるからよ~」
「え?この子?」
佳世に言われ、部屋から顔を出す京佳。
「よ、よう立花」
「……え?」
そんな京佳にあいさつをする白銀。いつもならもう少しまともなあいさつをするのだが、京佳のかなりラフな姿を見てしまった白銀は緊張してしまい、思わず言葉を詰まらせたのだ。
そして白銀がいた事を知った京佳は、石化してように動きを止めた。
「し、白銀?どうして、ここに?」
「いや、その。立花、お前今スマホが無くて困っているんじゃないか?」
「あ、ああ。確かにスマホをどこかにやってしまって困ってたが、まさか」
「ああ。生徒会室にスマホを忘れていたぞ。だから届けに来たんだ」
「そ、そうか。態々ありがとう…」
白銀はそう言うと、スマホを京佳に差し出す。そして京佳はそれを受け取った。
(どうしよう。白銀にこんな格好を見られた…恥ずかしい…)
スマホを受け取った京佳はかなり恥ずかしがっていた。今の自分はかなりラフな格好をしている。まだ残暑残る日々なので涼しい恰好をしているだけなのだが、少々はしたない気がしないではない。もしかすると、白銀にひかれているかもしれない。
だがそんな不安は杞憂である。
(立花って家だとあんなのラフなのか…なんかエロい…)
白銀は京佳の姿にひくどころか惹かれていた。だがこれは当然の反応だろう。スタイル抜群の女性のラフな格好というのは、思春期男子には猛毒であり眼福なのだ。思わず、よからぬ妄想をしてしまいそうになるくらいに。
「じゃあ、俺はこれで…」
これ以上ここにいては色々とマズイと判断した白銀は、早々に帰る事にした。
「白銀くん。どうせならウチで夕飯食べていかない?」
「え?」
「母さん!?」
だがそれを阻止する者が突然現れる。京佳の母親の佳世だ。それを聞いた白銀は思わず呆け、京佳は驚く。
「娘の忘れ物を届けてくれたお礼ってことでさ。どうかしら?京佳の料理はおいしいわよ?」
「いや、急に悪いですよ。それに自分はただスマホを届けただけですし、そんなお礼をされるほどのことは」
遠慮する白銀。彼にとっては当たり前の事をしただけだ。別に何かお礼が欲しかった訳では無い。
「し、白銀…」
「ん?」
「その、できれば私もお礼がしたいんだ。もしウチで食べたくなかったら、今すぐにタッパに詰めるから、家で食べてくれてもいい。どう、かな?」
ここで京佳も仕掛ける。これはチャンスだと思ったからだ。未だに白銀はかぐやの方を向いている。最近は少しだけ自分を見てくれているが、それでもまだまだ足りない。
だからこそ、振り向かせられるチャンスがあるならそれを逃したくはない。何もせずに負けるのは、嫌なのだから。
一方白銀は、かつて父親から言われた言葉を思い出す。
『いいか御行。もし女の子がお礼がしたいって言ったら、遠慮せずそのお礼を受け取れ。それを拒否するのはな、その子を傷つける事になるからな。それに、女を泣かせたり傷つける男は最低だ。だからこそ、例えその子がブサイクでもお礼は受け取っておけ。それが良い男になる道だ』
かつて父親はそんな事を言っていた。ここで帰るのは簡単だ。しかしそれでは、京佳を傷つける事になるかもしれない。優しい白銀にそんな事は出来なかった。
「……わかった。だが、1度家に連絡させてくれ」
「ああ、かまわない」
白銀は京佳の厚意に甘える事にした。丁度空腹だったし、正直同級生の女の子の家を少し見てみたいという欲望があるからである。
(まぁ、圭ちゃんには色々文句言われるだろうけどな)
白銀は妹に謝罪するためにも、1度家に連絡を入れるのだった。
因みに白銀が家に連絡をしている間、京佳は大急ぎで部屋を片付けたと同時に、流石にショートパンツ姿は恥ずかしのでハーフパンツへと着替えたのだった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした」
立花家の夕飯は肉じゃがとピーマンの肉詰だった。空腹という事もあって、白銀はあっという間に平らげる。
「それで白銀、味はどうだった?」
「すっごく美味かったぞ。本当に料理が上手だな立花は」
「そうか!ありがとう!」
嬉しそうにする京佳。前に弁当のおかず交換をした時や、白銀の誕生日に料理を作った時にも同じような事を言われたが、やはり意中の男に手料理が美味しいと言われるのは良いものだろう。
「京ちゃんの料理は本当に美味しいでしょ~?私が仕事で忙しくて家事する暇がなかったから自分でやるようなったんだげど、今じゃ私より手際も良いのよね~」
「そうだったんですか」
どうやら京佳が料理をするようになったのは、母親が忙しいからだったようだ。
(にしても本当に似てるな。流石親子って感じだ)
白銀は思わず、目の前の2人を見比べる。京佳と佳世は本当にそっくりだ。その背丈もそうだが、顔も非常に似ている。白銀も自分と父親は目がよく似ていると言われるが、この2人はそれ以上かもしれない。正直、姉妹と言っても信じる可能性すらある。
(しかし、流石立花の母親と言うべきか。控えめに言っても美人だなぁ…)
白銀はふと、京佳の母親である佳世を見る。京佳より髪は長く、その長い髪を頭の後ろで結んでおり、左の目元には小さな泣きホクロ。そして京佳と同じように、そのバストは豊満だった。
「どうしたの白銀くん?」
「え?あ、いや」
「もしかして、私に見惚れてた?」
「待ってください。違います。そんなんじゃなくて、似ているなぁって思っただけです」
「あらそう?残念」
「母さん、私の同級生をからかうのやめてくれ。もう若く無いんだし」
「あら~、母親に向かって若くないなんて言う口はこれかしら~?」
「いひゃいいひゃい」
他愛無い会話をする3人。その光景はまるで仲の良い家族だ。もしかすると、数年後にはこういう光景が本当にみられるかもしれない。
「っともうこんな時間か。そろそろ俺は帰るよ」
白銀が腕時計で時間を確認するともうすぐ21時になろうとしていた。流石にこれ以上京佳の家でくつろぐ訳にはいかない。
「あ、ちょっと待ってくれ白銀」
白銀が帰ろうとすると、京佳がキッチンに行き何かをしている。そしてまた直ぐに白銀の元へとやってきた。
「これを圭とおじさんへ渡してくれ」
それはタッパーに入った肉じゃがだった。
「いいのか立花?」
「ああ、少し作りすぎたと思っていたんだ。だからおすそ分けだ」
「そういう事なら、ありがたく頂こう」
白銀はそれを受け取った。タダより怖いものは無いともいうが、白銀家は貧乏なので貰えるものは貰っておきたい。食べ物なら猶更だ。
「下まで送るよ」
「いや、態々いいぞ。立花にもこの後予定とかあるだろ?」
京佳の私生活について詳しくは知らないが、忙しいのは検討が付く。態々下まで送って貰うのも悪いと思い、白銀は遠慮する。
「……ダメ、かな?」
「……とか思ってたけど、やっぱり頼もうか。マンションの下までなら時間もかからないし」
「ありがとう。じゃあ、行こっか」
だが京佳が明らかにシュンっとなったのをみて掌を返し、下まで送ってもらう事を了承する。そして京佳は、白銀をマンションの出口まで送り出す為玄関を出てエレベータに乗り込む。
「今日は本当にありがとう立花。すっかりごちそうになってしまった」
「構わないよ。スマホを届けてくれた礼だ」
「貰った肉じゃがは責任を持って俺が家族に食べさせるよ。タッパーは明日、洗って返す」
「そこまで責任を感じなくても」
エレベーターの中で会話をする2人。楽し気な雰囲気だ。しかし、ここで京佳はある質問を白銀に投げる。
「ところで、白銀」
「何だ?」
「一応聞くんだが、私のスマホの中を見たりしたか?」
京佳はそこが心配だった。もし白銀がスマホの中身を見て自分のものだと判断したのなら、色々とまずい。決して法に触れるようなものは入っていないが、まずい。
「いやいや、そんな事しないって。そんなの相手に失礼すぎるだろ。立花が青いスマホを使っていたのを見た事あるかそう判断しただけだ。断じて中身を確認して立花のだと判断した訳じゃないよ」
しかしその心配は無用だった。白銀は生徒会の皆で夏休みに遊園地に行った際、京佳が青色のスマホを使っていたのを覚えている。そのことを覚えていたから京佳のだと判断できた。そもそも京佳のスマホにはロックがかかっているので、中身を確認など簡単には出来ない。
「そうか。すまない。疑うような事を言ってしまって」
「いいって。俺も同じ立場だったら同じような事聞くと思うし」
あっという間にエレベーターは1階に着く。2人はそのままロックがかかったドアまで歩き、ロックを解除して外に出る。そして駐輪所に向かい、白銀は自分の自転車に跨る。
「それじゃ、本当にご馳走様。おやすみ立花」
「ああ、おやすみ白銀」
白銀が自転車に乗って帰るのを、京佳は白銀が見えなくなるまで見送った。
「ふぅ、よかった…」
白銀が見えなくなったのを確認した京佳はスマホを取り出しロックを解除する。するとスマホは待ち受け画面を表示する。そこには、夏休み中に白銀と一緒に取った写真が待ち受けに設定されていた。
「これ見られたら、思わず屋上から飛び降りるくらいには悶絶していただろうな…」
京佳がスマホの待ち受けを白銀とのツーショットにしていたのには理由がある。それは親友の恵美から聞いたオカルトが原因だ。
『好きな人を待ち受けにして、それを1ヵ月間誰にも見られなかったら両想いになる』
出処不明なオカルトのジンクス。だけど京佳はこのオカルトに乗ってみた。そして昨日、誰にも見られる事無く遂に1か月が経過したのだが、思わず待ち受けを変えるのを忘れていた。
「まぁ全面的に信じている訳ではないけど、少しだけ気持ちが楽になったかな」
白銀にも見られていない。勿論、母親にも。
「でもやっぱ心臓に悪いなこれ」
もし白銀に待ち受けを見られていたらと思うと、ぞっとする。京佳は直ぐに待ち受けを白銀とのツーショットから、少し前に通学中に偶々見つけた野良猫の写真に変えた。
「いやー青春してるわね~」
そんな娘を、佳世は5階からビールの飲みながらにやついた表情で眺めていた。
翌日 生徒会室
「はい、立花。昨日借りてたタッパーだ」
「ありがとう白銀。それでどうだった?」
「ああ、妹も親父も美味しいって言ってたよ。是非また食べたいともな」
「そうか。白銀さえよければ近いうちに作りに行こうか?」
「いいのか?迷惑じゃないのか?」
「迷惑なんかじゃないさ。私は料理が好きだしね」
「そうか。ならそのうちお願いしようか」
「ああ。任せてくれ」
(なんの話!?2人は一体なんの話をしているの!?ねぇ!?)
この日かぐやは、疎外感と原因不明の焦りを感じたのだった。
おまけ 家に連絡する会長と圭ちゃんの会話
「もしもし圭ちゃん?」
『何おにい?てか今どこ?遅くない?今日バイト無いでしょ?』
「あーそのな、俺今日夕飯いらないから」
『は?何で今更言うの?もしかして外食?』
「外食って言えばそうだな。その、立花の家に夕食を招待されてな。それでご馳走になろうと思って。いや、もし圭ちゃんが直ぐにに帰ってこいっていうなら帰るけど」
『おにぃ、絶対にその招待受けてよね』
「え?」
『あと京佳さんの親御さんがいたら挨拶もちゃんとしてよね!わかった!?』
「お、おう。わかった」
プツ
「…京佳さん、頑張ってください」
今年もあと4か月を切りましたね。いや、本当に時間が経つのは早い。そして年末の仕事量が今から怖い…
次回も頑張って書きたいです。
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四宮かぐやと悪夢
誤字報告、お気に入り登録、感想いつも本当にありがとうございます。
チャペルの中にいる人たちは、扉が開くのを今か今かと待っていた。彼ら、または彼女らの手にはカメラやスマホが握られている。扉が開いた瞬間、写真を撮るつもりなのは明白だ。
そして遂にその瞬間がきた。
チャペルの扉が開かれると、そこには純白のウエディングドレスを着た花嫁が現れる。それを見た人たちは、すぐさまカメラでその姿を写真に収めだす。
そして花嫁は、ゆっくりとした足取りでヴァージンロードを歩いていく。ヴァージンロードの先には、1人の神父と白いフロックコートを着た花婿がいる。
花嫁はあっという間に花婿の傍にたどり着く。
「それでは、これより式を始めます」
神父が式の開始を宣言する。
「新郎御行さんは、京佳さんの事を、病める時も豊かな時も、貧しき時も、あなたを愛し、あなたをなぐさめ命のある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
「新婦京佳さん、御行さんの事を、病める時も豊かな時も、貧しき時も、あなたを愛し、あなたをなぐさめ命のある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい、誓います」
新郎の名前は白銀御行。そして新婦の名前は白銀京佳。そう、この結婚式はこの2人の結婚式なのだ。チャペルにいるかつての学友達はその光景を見守る。
「それでは、この結婚に異議のある者は今ここで異議を申し立てて下さい」
神父がチャペル内を見渡しながらそう言う。異議を申し立てる者など1人もいない。誰もが2人の幸せを願っているからだ。
「では、誓いのキスを」
そして遂に誓いのキス。白銀が京佳の頭のベールを取り、顔を近づける。唇と唇が触れ合おうとしたその瞬間、
「異義有りぃぃぃぃぃぃぃ!!」
異議を申し立てる者が現れた。
「あ、あれ?私の部屋?」
そこはチャペルでは無くかぐやの自室。そう、先ほどまでの出来事はかぐやが見ていた夢だったのだ。
「また、こんな夢…」
最近のかぐやは夢見が非常に悪かった。たいていが悪夢のようなもの。しかもその内容が、どれも今見たような白銀と京佳が幸せそうにしている夢ばかり。
「かぐや様、どうしました?」
かぐやの声を聴いた早坂が、部屋の前までやって来てかぐやに声をかける。
「いえ、何でもないわ。でも水を持ってきて頂戴」
「かしこまりました」
夢のせいなのか、かぐやはかなり汗をかいていた。喉も乾いている。今は兎に角水が欲しい。早坂にそう命令を下し、かぐやは部屋に置いてあったタオルで汗を拭く。時計を見ると深夜12時。まだかぐやが床についてから2時間程しか経っていない。
「失礼しますかぐや様、水を持ってきました」
「ありがとう…」
直ぐに早坂がピッチャーに入った水を持ってきた。早坂はピッチャーの水をコップに入れかぐやに手渡す。コップを受け取ったかぐやは一気に水を飲み干した。
「それで、どうしたんですか?」
早坂がかぐやに質問をする。先ほどかぐやはかなりの大声を出していた。どうしてそんな大声を出していたか気になる。それゆえの質問だ。
「夢を見たのよ…それも悪夢を」
「悪夢ですか。どのような?」
「会長と立花さんの結婚式を見ている夢」
「うっわ、それは悪夢ですね」
想像よりエグイ夢だった。早坂も少しひきつる。
「もういや…最近こんな夢ばっかり…」
「1度病院にでも行きますか?」
ここ最近のかぐやは睡眠不足ぎみだった。勿論原因は夢にある。その夢のせいで、夜中に目が覚めたりすることが多々ある。流石に学校で寝てしまう事はないが、それでも日中眠いと感じることばかり。
このままではいずれ、授業中に寝てしまうことがあるかもしれない。そんな体たらく、かぐやのプライドが許さない。早急になんとかしたいと思っていた。
「夢見が悪いのは、ストレスが原因よね?」
「そう言いますね」
「ならストレスの大元を消す事が出来れば私は悪夢を見る事がなくなる筈よね?」
「何をするつもりですか?」
「立花さんをこの世から…」
「だからやめなさいってそういうの」
夢とは記憶の整理と言われている。自分が経験し、記憶した出来事を、寝ている時に脳が整理をするもの。それが夢だ。
そして日常生活で嫌な事ばかりを経験すれば、それが悪夢として出てくる事がある。故にかぐやは、ストレスの原因と思える京佳の排除を考える。だが直ぐに早坂に止められた。
「そもそもですよかぐや様、貴方が素直になって白銀会長をデートにでも誘えばそんな悪夢は見ないと思いますけど?」
「そんなこと出来る訳ないじゃない」
「もう理由は聞きませんからね?」
「というか何故なのよ!!どうして会長は立花さんと2人っきりでプールに遊びに行っているのよ!?」
「そりゃ誘ったからでしょ」
「だからどうして自分から誘えるのよ!?」
「自分の気持ちに素直だからじゃないですか?」
かぐやが悪夢を見るようになった原因、それはつい最近早坂が言っていた事が原因だ。
『夏休み中に、白銀会長と立花さんは2人っきりでプールデートをした』
それを聞いた直後のかぐやは思わず灰になりかけた。他にも何人かいるのではなく、2人きり。しかもプールデート。かぐやでは決して出来ないであろう出来事を京佳はやってみせた。
因みにかぐやと早坂は知らないが、京佳はプールでポロリを経験済みだ。そしてその話を聞いてから、かぐやは非常に夢見が悪い。こうして夜中に目が覚めてしまうくらいには。
「それでどうしますか?かぐや様」
「……睡眠薬頂戴。即効性のあって深く眠れるやつを」
「わかりました」
なのでこうして普段飲まない睡眠薬を飲むようになっていた。その後、早坂から睡眠薬を受け取り再び床についた。
「かぐやさん、大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫ですよ藤原さん」
翌日、生徒会室では役員全員で仕事をしていた。しかしそんな中、かぐやの様子がおかしいと感じた藤原が声をかける。別にかぐやの顔色が悪いとかではない。ただ少しだけふらついているのだ。
「何かありました四宮先輩?ふらついているように見えますけど」
「いえ、最近夢見が悪くてよく夜中に目が覚めてしまうんです。そのせいで少し眠いだけです」
石上も心配そうに聞く。かぐやは石上の質問に答え、夢見が悪いと白状した。
「一体どんな夢を見たんだ?」
「……そうですね、私の大切な物を泥棒に奪われる夢ですね」
「成程、それは確かに嫌な夢だな」
(その泥棒というのはあなたの事ですけどね!)
続いて京佳もかぐやに質問をしそれに答えるかぐや。最も、かぐやにとって悪夢の原因は京佳である。お前にだけはそんな質問されたくないと言う気持ちでいっぱいだ。すると突然、藤原が何かを思いつく。
「そうだ!だったらあれ試しません?」
「あれ?何ですか藤原先輩?」
「聞いた事あるんです。枕の下に自分の好きな本や絵を置くと、それに関係する夢が見れるって」
「あー、確かに聞いた事ありますね。でもあれって根拠ゼロの都市伝説みたいなものですよね?意味ありますか?」
藤原が思いついたのは誰しも聞いた事があるものだ。自分の好きなもの、もしく夢で見たいものを枕の下に置いて寝ると、それに関係する夢が見れるというもの。最も、科学的根拠は全くないオカルトだ。
「石上、あんたなに藤原先輩の素敵な提案を否定してんのよ。そんなんだからあんたはダメなのよ」
「は?素敵?どこが?」
「わからないの?これは良い夢が見れればその日のコンディションが最高になって仕事や勉強が捗るっていう藤原先輩の素晴らしい提案よ。そもそもあんたは試した事あるの?試した事も無いのに否定してんじゃないわよ。それにしても流石です藤原先輩!」
「え!?あ!はい!それほどでも…」
「おい伊井野、その人絶対にそこまで考えていないぞ。多分今思いついただけだぞ」
石上正解。藤原は今思いついた事を口にしただけだ。そこに伊井野が言う様な意味は全くない。
「そうだ!どうせなら生徒会メンバー全員でやりましょう!」
「そうですね!そして全員が良い夢を見れれば生徒会の仕事の効率も上がって万々歳です!流石藤原先輩!」
「えへへ、それほどでも~」
「まぁ、実際に見れるかどうかは置いといて、ほんとにやるのか藤原?」
「やりましょうよー!会長だって良い夢みたいでしょー!?」
「わかったわかった。特に手間がいる訳でもないからやるって」
「わーい!」
白銀も藤原の提案に賛成した。ただ枕の下に本を置けばいいだけだ。手間も暇もお金もかからない。
「折角だから明日夢の内容を発表するっていうのはどうですか?」
「いや藤原、流石に夢の内容を語るのは恥ずかしいんだが」
「む、それもそうですね。なら良い夢が見れたかどうかだけ言いましょう」
「まぁそれなら」
(まぁ、最近本当に夢見が悪かったですし、科学的根拠は無いですが試すだけ試してみましょうか)
話はどんどん進んでいく。こうして生徒会メンバー6人は、今夜枕の下に自分の好きな本を置く事となった。
夜 かぐやの部屋
「成程、まぁいいんじゃないですか?やらないよりマシですし」
かぐやは部屋で昼間あった出来事を早坂に話していた。時間は夜8時。かぐやが寝る時間までまだもう少し猶予がある。
「それで、どんな本を置くんですか?」
「それなら決めているわ。これよ」
「これは…」
「早坂も読んだことあるでしょ?」
「まぁ、有名な絵本ですし」
かぐやの手には『獣の王子様』という絵本があった。内容を簡単に説明するとこうだ。
『ある国に満月の夜だけ獣になってしまう病を患った王子がいた。獣になった王子は誰であろうと襲ってしまう。そのせいで王子様は人々を苦しめていると思うと胸が痛かった。ある日、魔法使いが現れ『この病は真実の愛があれば治せる』といい、王子は旅に出る。様々な国を旅したが、真実の愛は見つからない。
そしてある日、うっかり怪我をしてしまい森で1人苦しんでいると、とある村娘が手当をし王子は回復。次第に2人は惹かれ合う様になる。
しかし半月後の満月。王子は獣になってしまい、村娘を襲ってしまう。だが王子は、自分にここまで優しくしてくれた娘を傷つけたくない一心で理性を働かせ、村娘を襲わずにすんだ。その時これこそが真実の愛だと思い、王子は村娘と結婚。その後、獣の病が発症する事もなく、2人は幸せに過ごしました。』
という内容の本である。この世界では比較的ポピュラーな本だ。誰しも読んだことくらいはある。
「確かにこれならハッピーエンドですし、いいと思いますよ?」
「そうよね。それと早坂、言っておくけどこれはそういう意味で選んだ訳じゃないからね?ただこの絵本が好きだからってだけだけだからね?決して私が会長と結婚をしたい訳じゃないからね?会長の方はそう思っているでしょうけど」
「はいはい」
もううんざりしてきた早坂はそんな返答をする。なおかぐやがこの絵本を選んだ理由は、作中で王子の方が愛の告白をするからだ。
もし自分が村娘、王子が白銀として夢をみた場合、白銀から告白されるという事になる。それはかぐやにとって願っても無い展開だ。予行演習にもなる。
「それじゃ、寝るまでこの絵本を徹底的に読んで記憶するわよ。そして登場人物の王子を会長…になるかはわからないけど、とりあえず色々トレースしましょう。不測の事態があるかもしれませんし」
「もう誤魔化すつもり無いですよね?」
その後、かぐやは絵本の内容を何度も何度も読みこんだ。更に夢の中で何が起こってもいい様に、様々な事を頭に叩き込む。そしてリラックスできるお香を焚き、クラシック音楽を流しながらかぐやは眠りについた。
(ここは…)
気がつけば、かぐやは森の中にいた。自分の服装を確認すると、寝巻ではなくどこか古びたワンピースのような服装。そして手には水の入った木出来たバケツ。
(成程、ここは夢の中ね)
自分は今夢の中にいると瞬時に理解するかぐや。そしてここが、寝る前に読んでいた絵本の中だとすると、この近くに王子がいる筈。するとその時を待っていたように、近くの茂みで物音がした。
(私が絵本の村娘だというのは確定ですし、今した音の方に王子がいる筈。ふふ、待っていて下さいね会長)
村娘かぐやは音がした方へ歩いていく。
「あの、大丈夫ですか」
そこには1人の人間がいた。足は怪我をしており、足元には小さい血だまりが出来ている。服装はどこか高貴な者を思わせるようなもので胸元は膨らんでおり、腰には剣が帯刀されている。そして顔に眼帯があった。
(ん?)
かぐやは足を止める。だって絵本の中の王子様は眼帯どころか眼鏡もしていない。なのに目の前の者は眼帯をしている。それに胸もおかしい。明らかにかなり豊満なふくらみがある。かぐやは王子と思わしき者の顔をよく見た。
「……誰だ」
(いや立花さんじゃない!?)
そこには白銀ではなく、王子の恰好をした京佳がいた。
(どうしてよ!?会長を王子として登場させるために徹底的にその事を頭に叩き込んだのよ!?なのに何で立花さんなの!?)
かぐやは心底驚いた。若干自己洗脳まがいな事までしてこの夢をみる事にしたのに、王子は京佳だからだ。これではこの夢を見る意味が無い。
(よし、無視しましょう。会長じゃないなら助ける価値はないわ)
かぐやは怪我をしている京佳を見捨てる事にした。元々白銀を王子としてこの夢を見るつもりだったのに、出てきたのはストレスの原因である京佳。これでは何も意味はない。
そしてその場から立ち去ろうとしたのだが、
「大丈夫ですか?直ぐに手当てを」
身体が勝手に動き、王子である京佳を助けようとした。
(あれ!?何で!?どうして身体が勝手に!?)
必死で抵抗しようとするかぐやだが、その間にもかぐやは京佳に手当をする。本当は手当などしたくないが、物語の流れには逆らえないのだ。そしてあっという間にかぐやは京佳を手当して場面は村へと移る。
「君は優しいな。だが私は人を傷つけてしまう。直ぐにこの村から出ていくよ」
(ええ、是非そうして下さい)
「そんな事できません。せめて怪我が完治するまでここにいて下さい」
(だからどうしてこんな台詞が出てくるのよ!!)
それからも、かぐやと京佳は様々な会話をして関係を深めていく。そして遂に、王子が獣になり村娘を襲うシーンへと変わる。
「ダメだ!私は君を傷つけたくない!今すぐ私をその斧でトドメをさしてくれ!」
(そうですか!ならおっしゃる通り今すぐにトドメをさしてあげましょう!日ごろの恨みもありますし!)
「そんな!できません!私はあなたに生きていて欲しいのに!」
(違います!そんな事微塵も思っていません!!)
それから王子は人へと戻り、村娘に愛の告白をする。
「もう君しかいない。どうか私の傍に一生いてくれ」
(断ります!会長からならともかくどうしてあなたからの愛の告白をされないといけないのよ!)
「はい。よろしくお願いしたします」
(何でよ――――!?)
そして場面は結婚式へ。王子が遂に真実の愛を見つけ、花嫁を迎え入れた。その事が嬉しい国民は、国を挙げて2人を祝福する。
「どんな時も、君の傍にいる。もう一生君を離さない」
王子である京佳はそう言うと、村娘から花嫁になったかぐやへと顔を近づける。
(待って待って!?流石に夢でもキスはダメでしょ!?私達女同士よ!?)
そんなかぐやの想いとは裏腹に、かぐやも目を閉じてキスを待つ。
(待って!?本当に待ってーーーー!?)
そして遂に王子京佳の唇がかぐやの唇に触れようとした。
「だめぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
かぐやは勢いよくベットから起き上がる。その額には大量の汗が出ている。そして窓の外は明るい。どうやら朝の様だ。
「な、なんて夢を…!」
ある意味今までで1番最悪な夢をみたかぐやだった。
生徒会室
「皆さん!どうでしたかー?私はとても良い夢見れましたよー」
「私も凄く良い夢が見れました!ありがとうございます藤原先輩!」
「俺も楽しい夢が見れたな」
「ぼ、僕は、怖い夢でした…」
「私も良い夢が見れたよ」
生徒会室では昨日の藤原の提案を受けたメンバーがそれぞれ感想を言い合っていた。石上以外は満足しているようだ。
「かぐやさんはどうでしたかー?」
「悪夢でした」
「またですか!?」
かぐやがまた悪夢を見たという事を知った藤原は驚く。
「大丈夫か四宮?」
京佳もかぐやを心配して近づく。
「え、ええ!大丈夫ですよ!?そこまで悪夢という訳でもありませんでしたし!」
そういうとかぐやは京佳から少し距離を取る。
(あーもう!あの夢のせいで立花さんの事を変に意識しちゃうじゃない!どうしてくれるのよ藤原さん!?)
昨夜の夢がフラッシュバックし、京佳の事を変に意識しだすかぐや。
その後、京佳の事を意識しなくなるまで数日を要したのだった。
皆が見た夢
白銀 宇宙図鑑を置いたら宇宙を自由に遊泳してた夢。
藤原 世界の料理図鑑を置いたら世界中の美味しい料理をたらふく食べてた夢。
京佳 旅行雑誌を置いてら白銀と一緒に温泉旅行に行ってた夢。
石上 ハーレム系ラノベを置いたらヒロイン全員がかぐやになってた夢。
ミコ 推しのアイドルの写真集を置いたら推しのアイドルが自分の為だけに特別ライヴをしてくれた夢。
そろそろ体育祭に行く予定。次回も頑張りたいなーって。
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白銀御行と体育倉庫
ドミトレ●ク婦人 290cm
メ●トリリス 190cm
諸星き●り 186cm
ヒシ●ケボノ 180cm
京佳さん 180cm
白銀 177cm
かぐや 160cm
こうしてみると、京佳さんも大して高くないかもしれない。そして調べて初めて知ったけど、会長って177cmもあるのね。普通に高身長。
「か、会長…」
「し、白銀…」
古びた体育倉庫。その中央に置かれている大きなトレーニングマット。そこに今、2人の少女が仰向けに倒れて、その上に1人の男がまるで2人を押し倒したかのように覆いかぶさっていた。
(落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け)
2人に覆いかぶさって男は、生徒会長白銀御行。そんな白銀に覆いかぶさられている少女2人は四宮かぐやと立花京佳。
そしてかぐやと京佳はジャージを着ているのだが、かぐやはお腹周りが、京佳は足周りが破れている。そんなジャージが破れている2人に覆いかぶさる白銀。傍から見れば2人を襲っている様にしか見えない。
どうしてこのような事態になったのかは、時間を3時間程巻き戻す必要がある。
3時間前
「体育祭で使う備品の確認ですか?」
「そういえばもうすぐ体育祭ですね~」
残暑が残る9月の終わり。秀知院はもうすぐ体育祭だ。そして生徒会は体育祭を円滑に進める義務がある。もし体育祭で使う備品が壊れていて、そのせいで生徒が怪我でもしてしまえば大変だ。故に備品のチェックは大切な仕事なのだ。
「とりあえず、体育館の地下に行く班と校庭の端にある古い体育倉庫に行く班とに分かれるぞ。2班でやった方が早いし」
体育祭で使う備品はかなりの数がある為、2か所に分けて保存している。ひとつは校庭の端にある古い体育倉庫。もうひとつが体育館の地下だ。最も地下と言っても半分だけ地面に埋まっている半地下のようなところだが。
「あ!私体育館の地下がいいです!なんか面白そうですし探検したいです!」
「あの藤原さん?遊びじゃないんですよ?」
好奇心が強い藤原は段行かないところに行けると思い、体育館の地下を選択。
「男手が欲しいので石上くんは私と一緒に来てください」
「まぁいいっすけど」
ついでに石上を誘った。石上はこれを承諾。
「白銀は体育倉庫か?」
「そのつもりだ。体育館の方には藤原と石上で十分だろうし」
「なら私も体育倉庫に行くよ」
ここで京佳が動く。体育倉庫は古く、窓が無い密室だ。そんな空間で2人きり。特に何かを期待している訳ではないが、折角なら2人きりで仕事をしたいと思うのも当たり前だろう。
「だったら私もそっちに行きます。あそこ思っているより広いですし」
「わかった。なら3人でさっさと調べてしまおう」
だがかぐやがそれを黙って見ている訳など無い。当然かぐやも白銀と一緒にいる方を選ぶ。というか、京佳と白銀を2人きりになどさせる訳がない。
(く、やはりついてくるか…)
(抜け駆けは許しませんよ…)
2人の視線の間に少しだけ火花が散った。
「そういや伊井野は?」
「風紀委員の仕事があるっていってたぞ。あとで行くとも」
「え?何で立花先輩がそんな事知ってるんですか?」
「さっきスマホに連絡がきてた」
「いつの間に連絡先交換してたんすか」
因みに現在、生徒会役員で伊井野の連絡先を知らないのは石上だけである。
体育倉庫
「この縄もかなり傷んでますね」
「こっちのハードルはネジが飛び出しているな。しかも少しグラつく」
「20年は使っているらしいしな」
白銀、かぐや、京佳は3人で手分けして倉庫内の備品をチェックしていた。備品はどれも年期が入っており、かなり傷んでいる。
「なぁ白銀、物を大切に使うのは良い事だが、流石にこれは買い替え時じゃないか?」
「だよな。まぁ今年くらいまでは何とかなるだろう。来年は買い替える様に学園長に言っとくよ」
秀知院は決してお金に困っている学校では無い。むしろ他の学校に比べればかなり潤沢な資金がある。だがそれはそれ。削れるところは削らなければ学園の運営が傾くのは必須。まだ使えると判断すれば使う。そうして何度も何度も使った結果、こうして年期の入った備品たちが誕生した。
「私は備品よりこの建物をどうにかした方が良いと思いますよ。窓も無いし建付けも悪いですし」
「あっちには蜘蛛の巣もあるな。多分掃除すらまともにしてないぞここ」
「く、蜘蛛…そ、そうだな。その辺も学園長に言うとしよう」
かぐやは倉庫内を見渡す。コンクリートで出来た古い倉庫。小さな窓すら無く、天井の隅には蜘蛛の巣が張っている。壁には少しヒビが入っており、おまけに電球は裸電球。地震が来たら崩れそうだ。
「万が一閉じこめられたら大変ですね」
「確かにな。助けを呼ぶことも出来ないだろうし」
「よし、こんなものだろ。戻るか」
倉庫内の備品チェックを終え、倉庫から出ようとする3人。
「あれ?」
「どうしました会長?」
「開かない」
「え?」
「扉が開かない」
だが、扉が開かない。うんともすんとも言わない。
「1度3人で押してみないか?」
「そうですね」
「よしいくぞ。せーの」
京佳の提案を受け3人で協力して扉を動かそうとする。が、ダメ。扉はビクともしない。
誰かがうっかり鍵を閉めたのか、建物の老朽化が原因なのかはわからないが、男女が密室に閉じ込められる事をこう呼ぶ。
体育倉庫イベントと!
「マジで開かないな」
「どうやら、私達は完全に閉じ込められたようですね」
「3人で一緒に大声を出せば誰か気付くんじゃないか?」
「いえそれは無理だと思いますよ立花さん。ここは戦時中に弾薬庫や懲罰房として使っていたものを改修した場所だと。なので密閉性はかなり高いと思います」
「成程、確かにそれだと声を出したくらいじゃ気づかないかもな」
「2人共、携帯持ってるか?」
「私は生徒会室に置いてきました」
「私もだ」
「つまり俺達は、普段誰も寄り付かない倉庫に連絡手段を失った状態で閉じこめられたと…」
「でも大丈夫だろう。藤原と石上には私達3人がここにいる事は伝えているし。私達が何時間経っても生徒会室に戻ってこなかったら探しにくるさ」
「まぁ、それもそうか」
「ですね。流石に丸1日閉じ込められるなんてありませんし、待ってましょうか」
京佳の言葉は最もだ。自分たちがここで備品のチェックをする事は伝えている。今は閉じ込められているが、それも直ぐに解決するだろう。
「とりあえず立っているのも疲れるし、マットにでも座らないか?」
「そうですね。そうしましょう」
「ああ、こういう時は体力を温存するべきだしな」
京佳に言われ、3人は倉庫中央にある緑色のトレーニングマットに座り救助が来るのを待つことにした。
2時間後。
「誰も、来ませんね」
「そうだな」
「夕飯、今日は作る時間無いな」
「あら。立花さんはご自分で夕飯を?」
「ああ、母さんが仕事で忙しいからね。せめて家事は自分でやろうと思ったんだ」
「そうだったんですね。そういえば、会長もご自分で?」
「まぁな。たまに親父が妹がやる時あるけど基本俺だな」
閉じ込められた3人はそんな他愛もない会話をする。ジタバタしたところで意味など無い。それ故、こうしてゆっくりとマットに座ったまま待っている。
しかし既に閉じ込められて2時間。外は闇に包まれつつある。いくら昼はまだ暑いとはいえ、夜は少し冷える。
「白銀、もう1度扉を開けてみてもいいか?」
「構わないが、開くか?」
「やるだけやってみるだけだよ」
京佳はこのままではいけないと思い、再び扉を開ける事を試してみる。
「せーっの!」
力いっぱい扉を横に引いてみる。だがやはり、扉はビクともしない。
「はぁ、だめか…」
扉が開く事は無く、マットに戻ろうとする京佳。その時だった。
ビリィィィィ
「え?」
何か、布が裂けるような音がしたのは。京佳は音がした自分の右脚の方を見る。するとそこには古いハードルがあった。しかもあのネジが飛び出ていたハードルだ。
京佳はふと自分の右足を見ると、ジャージがネジに引っ掛かり破れているのを確認。その結果、京佳の太もも部分が露になっていた。それこそ下着が見えそうになるくらいまで。
「見ちゃダメです会長ーーー!!」
ゴキッ
「ぎゃあああ!?首がぁぁぁ!?」
それを見たかぐやは思わず白銀の首を右方向90度に思いっきり曲げた。首を抑え痛がる白銀をそのままにし、かぐやは京佳の方へ近づく。
「大丈夫ですか?立花さん」
「あ、ああ。ジャージが破れただけだ。怪我はしていないよ」
京佳は手で破れた部分を隠しながら言う。その顔は頬が少し赤い。
(流石にわざとでは無いでしょうが、こういう事態は同じ女としてほっとけませんね…)
かぐやは基本的に損得勘定で動くが、流石にこういった場面は見逃せない。嫁入り前の女性が、水着以外で男性の前で肌を晒すなどあってはならない。
「取り敢えず、私の上着を貸します。これで隠していて下さい」
「すまない四宮…」
かぐやから上着を受け取り、それで破れた部分を隠す京佳。
「ですが流石に肌寒くなってきましたね。全く、藤原さんと石上くんはどこで油を売って…」
ビリィィィィ
「へ?」
かぐやが立ち上がろうとした時、先ほど聞いた音と同じ音が聞こえた。そしてかぐやが自分の胸元を見ると、ジャーシはハードルのネジに引っかかって破れていた。結果、かぐやのお腹が丸見えとなり下着が見えそうになる。
「見るな白銀ーーー!!」
ベシャ
「ぎゃあああ!?目が!?目がぁぁぁ!?」
京佳はとっさに近くにあった石灰を白銀の顔めがけて投げた。結果、白銀は悶絶。マットの上で悶え始めた。
「大丈夫か?四宮」
「は、はい、私も立花さんと同じでジャージが破れただけですよ。お腹に怪我もありません」
かぐやは自分のお腹を見ながらそう言う。京佳が確認すると、確かに怪我は無い。ただジャージが破れただけだ。
「とりあえずこのハードルは危ないな。隅っこにどかしておこう」
「ですね。そうしましょう」
諸悪の根源ともいえるハードルを移動させる2人。
「すまない白銀、少しだけ距離を取って貰えるか」
「私からもお願いします会長」
「あ、ああ。わかった」
2人に言われた白銀はマットから少し距離を取る。因みに自主的に目をつぶっている。そしてかぐやと京佳は揃ってマットに座る。
(み、見られた…?会長に私のお腹を見られた?いや、もしかすると下着まで?)
(私はまた白銀に見られたのか?もしかして私は、こんな事ばかり起こる人生だとでも?)
顔を赤らめながら同じような事を思う2人。
(今俺の目の前にはジャージが破れている四宮と立花が…やばい…流石にこの状況はヤバイ…)
白銀は何とか理性を保とうとしている。目を開ければ肌を晒している女子が2人。正直、見てみたい。でも流石にそれは出来ない。
(うぉぉぉ!耐えろ俺!ここは耐えないと人生が終わる可能性すらあるんだぞぉぉ!?)
必死で煩悩を払う白銀。しかしその時、
「うぉ!?」
足元にあった玉入れ用の籠の端に躓き、白銀はバランスを崩した。
「「え?」」
そしてそのまま、かぐやと京佳の方へ倒れたのだ。
こうして冒頭へと場面は移る。
思わず目を開けてしまった白銀の前にはかぐやと京佳。2人とも顔が赤い。
「かい、ちょう…」
「しろ、がね…」
そんな2人の反応を見た瞬間、白銀の心音が大きくなる。心臓がうるさい。顔が熱い。でも身体がこの場から動かない。いや、動こうとするのを拒んでいる。そして白銀の中である事が浮かぶ。
(もう、いっそこのまま…)
このまま2人と、そういう事をしてもいいのではという邪な思いだ。それは完全に一線を越える。もし超えてしまえば、もう2度と元の関係になど戻れない。普段の白銀ならこんな事は思わない。だがこの状況が、白銀に正常な判断をできなくしていた。
目の前には肌を晒している2人の少女。そして今この空間は完全な密室。外に音が漏れる事も絶対に無い。
「ふ、ふたりとも…」
白銀が2人に顔を近づけた。かぐやと京佳もそれに合わせて目を閉じる。そして―――
「ちょっと、一体何時まで備品の確認作業に時間をかけているんですかー?」
「「「……」」」
その瞬間、伊井野が倉庫に入ってきた。
扉を開けた伊井野の目に飛び込んできたのは、ジャージが破れているかぐやと京佳。そんな2人を押し倒している白銀だった。
「い、伊井野さぁぁぁん!」
「……」
かぐやが泣きながら伊井野の元に駆け寄る。同時に京佳も無言で伊井野の傍に行く。
「こ、このクズめ!!」
(畜生!今回は何も否定ができねぇ!!)
この日、伊井野の中で白銀の株が大暴落した。
一方藤原と石上はというと、
「見てください石上くん!なんか変な旗ですよ!」
「これもしかして昔の国旗ですか?」
「面白い旗ですね~。背中にかけてマントにしません?」
「いやダサくないですか?」
「ええー?かっこいいでしょー?」
「いやダサいでしょ」
おしゃべりしながら備品チェックをしていた。因みにまだ半分も終わっていない。
次回も頑張れたら頑張ります。
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四宮かぐやと病
あとはその豊満な…
「立花先輩。これ、さっき言っていた資料です」
「ありがとう、伊井野」
「それと石上。今すぐゲームやめなさい」
「いやこのボス倒すまで待って。あとちょっとなんだ」
「あんたねぇ」
「あと5分だけ見逃してやったらどうだ?それでもダメなら没収すればいい」
「ぬ。わかりました。石上、あんた立花先輩に感謝しなさいよ」
伊井野が持ってきた資料を受け取り、京佳は資料整理を始める。そして伊井野は石上に注意を促したが、石上は無視。思わずその手に持っているゲーム機を奪い取ろうと思った伊井野だが、京佳に言われあと少しだけ我慢する事にした。
「ところで、本当に大丈夫なんですか?」
「何がだ?」
「その、昨日、白銀会長に、その…」
伊井野は京佳に耳打ちするように昨日の事を聞く。昨日、白銀は意図的でないとはいえ、京佳とかぐやを押し倒していた。そして伊井野はその現場を目撃。
その後、泣いているかぐやと落ち込んでいる白銀に代わり京佳が説明と弁明をしたので一応は事なきを得たのだが、伊井野の中では未だに白銀に対する不信感がある。
「昨日も言っただろう。あれは事故だよ。断じて白銀が何かをした訳じゃない」
「それは、そうなんでしょうけど…」
2人が話しているその時、
バタ
「「え?」」
突然、かぐやが倒れた。
「かぐやさん!?」
「四宮!?」
とっさに藤原と白銀が駆け寄る。
「はぁ…はぁ…」
かぐやは両手で胸を押さえて苦しそうにしていた。額には汗もにじんでいる。
「石上!救急車を呼べ!伊井野は保険医を!」
「うす!」
「わかりました!」
白銀は直ぐに2人に指示。そして今度は京佳がかぐやに駆け寄る。
「四宮、どこか痛いか?」
「む、胸が…」
かぐやから容体を聞き、脈を測る。するとかなり脈が速い。次に顔に手を当ててみるととても熱かった。そして呼吸も荒い。
(風邪?いや胸を抑えて苦しそうだから不整脈?)
思い当たる事を浮かべてみるが、素人レベルの医学知識しか無い京佳では判断が付かない。
「保険医さん連れてきましたーー!!」
ここで伊井野が保険医を連れて生徒会室に戻ってきた。
その後、救急車がくるまで保険医がかぐやを診ていたが、保険医曰く異常はないとの事。しかしこれだけ苦しそうにしているから、もっと設備の整った大きい病院で直ぐに検査をするべきだと判断。
そしてその後、かぐやは救急車で都内の病院へと搬送されていった。
「かぐやさんって、元々そんなに身体が丈夫じゃなかったんですよ。季節の変わり目には体調をよく崩してましたし。それにかぐやさんのお母様も、確か心臓病で…」
「そうだったんですか…」
「大丈夫ですかね…四宮先輩…」
学校から去っていく救急車を見ながら藤原は言う。
「四宮…」
白銀は心配そうに救急車を見る。
(四宮…)
そして京佳も心配そうに救急車を見つめる。京佳にとって、かぐやは恋敵だ。恋敵であるかぐやがいなくなれば、京佳は白銀と共になる事が可能だろう。
だが京佳にとって、かぐやは友人でもあるのだ。例え恋敵であっても、自分の大切な友人が苦しんでいるのを見て喜ぶ者などいない。
(どうか無事でいてくれ、四宮…)
京佳は救急車が走り去って行った方角を見ながら、かぐやの身を案じた。
田沼正造。
『世界の名医十選』にも選ばれ、小児心臓バイパス手術の第1人者でもある名医である。かつて総理大臣の心臓移植も任されたこの医者は、四宮家お抱えの医者でもあるのだ。そんな彼がかぐやを診察。そしてその結果わかったのは、
「恋の病ですね」
別に重大な病気でも何でもないという事だった。
「こい、コイ?初めて耳にしましたが、それは最近発見された新しい病気ですか?」
「いえ、普通に好きな人にドキドキする感情の事です」
「お医者様でもご冗談を言うんですね」
「いえ、冗談ではありません。マジです」
真剣な顔で言う田沼医師。それを見たかぐやは激高する。
「じゃあ何ですか!?私は恋のドキドキで倒れて救急車で運ばれたと!?」
「はい。私も30年医者やってますけど、初めての事でかなり動揺してます」
長く医者をやってきた田沼医師。時には今にも死にそうな重症な患者が運び込まれてきた事もあった。だがそういった様々な経験のおかげで、今では大抵の事では動揺しない様になっている。
しかし恋の病で運ばれてきた患者など初めてだ。動揺するのも無理はない。
「そんな馬鹿な事を言わないでください!私は恋されることはあっても恋をする事なんてありません!」
「……何だっけ、今はこういうのをツンなんとかって言うんだよね?」
「ツンデレですね」
かぐやは決して認めようとしないが、傍から見れば恥ずかしがっているようにしか見えていない。そんなかぐやを診ていた田沼医師と周りの看護師立ちは、どこかほほえましい気分になった。
「1度お話を整理しましょう。学校で特定の人物の事を考えると鼓動が早くなると」
「はい」
「そして今日、髪についていたゴミを彼に取って貰った時に、頬に手が触れて胸がキュンキュンしたと」
「だからそう言っています」
「……やっぱり恋の病ですね」
「違うって言っているでしょ!!」
誰がどう聞いても恋の病なのだが、頑なに認めないかぐや。
「絶対に心臓の病気です!今までの人生でこんなに胸が苦しいのは初めてなんですから!」
「じゃあ初恋だねそれ。いやー、初々しいねぇ」
「あーもう!わからない人ですね!!」
田沼医師の診断にイラつき、かぐやは思わず地団駄を踏みそうになる。
「かぐや様…私外で待ってます…」
「ちょっと早坂!?」
「私もこの病院通っているんですよ?もう通えないじゃないですか…マジ最悪…」
あまりの恥ずかしさにその場から立ち去ろうとする早坂。その目には涙が浮かんでいる。そりゃ誰だって自分の主人がこうも醜態を晒していれば恥ずかしい。
「兎に角もっとちゃんと検査してください!今すぐに!!」
その後、かぐやは病院にある最新鋭の医療機器による検査を行う事となった。そしてその結果はというと、
「凄く綺麗な心臓ですね。健康そのものです」
当然だが全く問題など無かった。
「そんな筈ないでしょう!?穴の1つか2つ開いている筈です!!」
「いやそれだと死んでるね?」
「じゃあ何ですか!?私は顔を触られただけでドキドキするような女だってことですか!?確かに多少はうれしかったですが、それで倒れるなんてそれじゃあ私が会長の事を死ぬほど好きって事じゃないですか!?」
「その通りじゃないのかな?」
「もうやめてぇ…」
あくまでも心臓の病だと譲らないかぐや。そんなかぐやを見て再び恥ずかしそうにする早坂。ここまで来たらいい加減素直になって欲しいもんである。
「因みに白銀くんの写真とかあるかい?」
「ええ。携帯に」
携帯を受け取り、白銀が映っている写真を見る田沼医師。そこには夏休みに生徒会の皆と行った遊園地での写真や、軽井沢への旅行の時の写真などが入っていた。
その中の1枚に皆で撮った集合写真があった。そこには白銀の左隣にかぐやが笑顔で写っていた。その頬は少しだけ紅い。
「ふむ、少し目つきが鋭いが良い子みたいだね。写真からでも何となくわかるよ。君にとてもお似合いだと思うよ」
「はぁ、お似合いですか」
「彼と恋人になりたいとかは思わないのかな?」
「ありえません。そもそも私は会長の事を人として理想的な存在だと思っているだけです。別にお似合いと言われても嬉しくなんてありませんからね!」
かぐやはツーンとした顔でお似合いと言われた事を嬉しくないと言う。
「今どうだい?」
「心拍数200オーバー。もの凄くドキドキしてます」
「ほんとにもうやめてぇ…」
しかし最新鋭の機械には丸わかりだった。今かぐやは、内心凄く嬉しくてドキドキしている。そして早坂は両手で顔を隠してもうやめてと懇願。これ以上、主人の気持ちを暴いて欲しくない。
「何か心当たりとかありますか?」
早坂の傍にいた看護師が早坂に尋ねる。今まで大丈夫だったのに、今日突然こんな風になったのは原因があるのではと考えたからだ。
「……この人昨日、白銀会長とキスする寸前までいったんですよ。そのせいで凄く意識しているんだと思います……」
「あー、成程。それが原因かぁ」
「ちょっと早坂!それは関係ないでしょ!あれは純粋な恐怖よ!いきなり迫られたからどうしたらいいかわからなくて頭の中が真っ白になってしまっただけ!!意識しているんじゃなくて恐怖!!」
「心拍数再び上昇。もの凄くドキドキしてます」
「まだ言いますか?もう本当にいい加減にしてください…本当に恥ずかしい…」
早坂から話を聞いた田沼医師が納得する。しかしかぐやはそれを否定。だが最新医療機器はそんな嘘などお見通し。かぐやの心拍数がまた上昇したのを計測。そしてそれを見ていた看護師たちは『若いっていいなぁ』とどこか懐かしんだような顔をしていた。
「そういえば、白銀くんと2人きりの写真は無いんだね」
「ええ。別に欲しいとも思いませんでしたし」
嘘である。単に自分から2人きりの写真を撮りたいと言えなかっただけである。そして写真を見ていた田沼医師は、ある事が気になり聞く事にした。
「ところで、この白銀くんの右隣にいる眼帯をした子は誰だい?白銀くんとかなり距離が近いけど?」
それは白銀の右隣にいる眼帯をした子についてだ。写真に写っている子は、白銀と肩が触れそうなくらい距離が近い。それこそ、恋人と思えるくらいに。
「友人です。私にとっても会長にとっても友人です」
「そうか。身長の高い子だね」
「あ、今急速に心拍数が平均まで落ちました」
「え?」
すると突然、先ほどまで200以上あったかぐやの心拍数が平均まで落ちたと言う報告が上がる。
「すみません早坂さん。この子は本当に友人なんですか?」
眼帯をしている子の話をしたとたん、心拍数が平均まで落ちた。いくら何でも露骨である。明らかに何かがあると思い、少しでも多くの情報を聞く為にも田沼医師は早坂にも話を聞く事にした。
「友人であるのは、間違いありません。でもその子、立花さんというのですが、彼女も白銀会長に好意を向けているんです…」
「早坂訂正しなさい!何度も言うけど私は会長に好意なんて向けてないわよ!」
「おまけにその人、かなり素直で積極的なんです。夏休みの間には、白銀会長と2人きりで水着デートしていましたし…」
「心拍数、また下がりました」
「成程。それは確かに心拍数も下がるね」
ギャイギャイと騒ぐかぐやを無視する早坂。だが心拍数が下がった原因は判明した。そりゃ自分が好きな男が他の女とデートしたなんて話を聞けば心拍数も下がる。かぐやは京佳の事を聞かれたとき、その事を思い出したのだろう。
「ねぇ、これって」
「ええ。三角関係ね。本物は初めて見たわ」
そしてその事を聞いた看護師たちはひそひそと話し出す。女性はいくつになってもこういう話が大好きなのだ。
「聞こえているわよ!こんなの三角関係じゃありません!何度でも言いますが私は会長の事なんて恋愛対象として好きなんかじゃありません!」
「君本当に強情だね?」
これ程の証拠があるのに未だに認めようとしないかぐや。ここまでくるといっそ尊敬する。
「絶対にヤブ医者よあれ!私が何度も違うって言っているのに決めつけるなんて!!」
「田沼先生は世界的な名医ですよ?」
「裏でお金でも積んだんでしょ!」
「何て酷い言いがかりを」
病院から帰ったかぐやは、自室のベットに腰かけながら非常に怒っていた。あの後もいくつか検査をしたのだが、体は健康そのもの。何処にも悪い所はなかったのだ。
しかしかぐやはその結果が不服で仕方がない。検査を終えた後も別の検査を要求しようとしたのだが、流石に早坂が止め、そして連絡を受け別邸より駆け付けた執事の高橋によって力づくで帰宅させられたのだ。
「ほんといつになったら素直になるんですか」
「私はいつも素直よ!あの医者と病院が悪いのよ!!」
頑なに検査結果を認めないかぐや。そんなかぐやを見ていた早坂は流石にうんざりしていた。心の中ではかぐやを応援し白銀とくっついてと欲しい願っているが、こうも意地を張られてしまえば応援も嫌になる。
「大体早坂!あなたはどっちの味方なのよ!?」
「はい?」
「私の従者なら主人である私の言う事を肯定するべきでしょ!なのに何であんなに私のいう事を否定しているのよ!!」
「そりゃ間違っているからですよ。かぐや様の言っている事が間違っていなければ私も肯定しますが、間違っているなら間違っているって言いますよ」
「どこが間違っているのよ!!間違えているのはあなたやあの医者でしょ!!この節穴!!」
カチン
我慢というものは限度がある。普段怒らない人でも、我慢の境界線は絶対に存在する。そして日ごろから主人のよくわからない作戦に巻き込まれている早坂。普段は何とかなっているが、流石に今日のかぐやの行いと今の発言はダメだった。
なので早坂は、少しだけ日ごろのうっ憤を晴らすことにした。
「かぐや様、病院では白銀会長の事を恋愛対象としては見ていないって言いましたよね?そして別に好きでも何でも無いとも」
「そう言っているでしょ!何度も何度も!」
「じゃあ別に立花さんが白銀会長と付き合ってもいいですよね?」
「……」
かぐや、黙る。
「別に白銀会長の事が好きでも何でもないんでしょ?だったら立花さんが白銀会長と恋人になっても文句言いませんよね?だって好きでも何でもないんですから」
「……」
「正直、私も立花さんと白銀会長はお似合いだと思うんですよ。お2人とも一般家庭の出ですし。白銀会長の妹さんからも慕われているようですし」
「……」
「それにこのままだと、遅かれ早かれ立花さんは白銀会長に告白するでしょう。そして白銀会長も、それを受け入れる可能性が非常に高いと思いますよ?そしたら2人は学園1のカップルになるでしょうね」
「……」
「まぁかぐや様には関係無いお話ですね。だって白銀会長の事を好きでも何でもないと言っているんですから。白銀会長と立花さんが恋人になってもいいですよね?だって好きじゃないんでしょ?なら別に問題なんてありませんね。好きでもないからかぐや様が失恋する事もないですし」
怒涛のマシンガントークである。そしてその全てが、かぐやに大ダメージとなっていた。
「…何でそんな酷い事いうの?」
「あーもう。はいはい。すみません、言いすぎましたよ」
遂に泣き出すかぐや。流石に言いすぎたと思った早坂はかぐやを抱きしめながら謝罪する。
「ううぅぅぅ…あの医者絶対ヤブなんだからぁぁぁ…信じてよぉぉぉ……私は会長の事好きなんかじゃないからぁぁぁ……」
「はいはい」
その後、泣きつかれたかぐやは熟睡した。
そして翌日に学校に行ったかぐやだったが、白銀に昨日の事を至近距離で聞かれ再び倒れそうになるくらい心拍数が上昇。近いうちに何とかしなければと思うのだった。
Q、嫌な事思い出すと心拍数下がるの?
A、知らない
でも1周回って冷静になるんじゃないかなって思う。作者も落ち込みやすい性格してるけど、嫌な事思いだしたらため息ばかりついて静かになるし。
ああ、屈強な精神が欲しい…
次回もどうかよろしくお願いします。
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立花京佳と恋人
まぁ朝日が昇るまでは日曜日だしいっか。(暴論)
追記、年齢を変更。
「京佳さんはいますかぁぁぁぁ!?」
ある日の放課後、藤原が勢いよく生徒会室の扉を開けながら入ってきた。どうやら京佳に用事があるようだ。
「どうしたんだ藤原?立花なら今日は用事があると言って既に帰宅しているが」
「どういった用事と言ってましたか!?」
「いや、それは知らんが」
「おお!これは感じます!ラヴの匂いを感じます!ラヴ探偵の血が騒いでいます!」
「いや何言ってんだお前?」
勝手に納得する藤原。そんな1人で勝手に納得している藤原に白銀は首をかしげる。
「あの藤原先輩、一体何があったんですか?」
「よく聞いてくれました石上くん!」
1人で納得している藤原に石上が訪ねる。そして訪ねられた藤原は意気揚々と答え始めた。
「実はついさっきクラスの子からある話を聞いたんです!」
「ある話?」
「はい!京佳さんに恋人がいるっていう話です!!」
『ええええーー!?』
京佳に恋人がいるという事を。
「マジなのか?藤原?」
「はい!私はボードゲームでは嘘をつく事はあっても恋愛関係で嘘をつく事はありませんから!」
それはそれでどうなのかと思うが、実際藤原は恋愛大好きな恋愛脳なのでそういった嘘だけは言わない。しかしなんとも衝撃的な話である。生徒会メンバーには、未だに恋人がいる者がいない。それ故、こういった話に興味を惹かれるのはしょうがない。
「藤原さん、私達にもその話を聞かせて下さい」
「勿論です!」
かぐやに尋ねられ、藤原は話し出す。
クラスメイトの女子曰く、昨日京佳が放課後に身長の高い男性と一緒に居るところを見たらしい。それだけならまだしも、何でもその男性と京佳の距離がかなり近かったとも言う。そして京佳も笑顔でその男性と話していた。
それを見たクラスメイトの女子は『あの男性は立花さんの恋人なのでは?』と思い、友達であり京佳と同じ生徒会役員である藤原に聞いてきた。
その結果、藤原の恋愛脳が天元突破。さっそく本人に聞き出そうとして走って生徒会室にやってきて、先程勢いよく扉を開けたのだ。
「どうですか!?これもうそうでしょ!!」
「いや、友達という可能性も…」
「ありえません!だって肩が触れるくらいの距離ですよ!?友達じゃそんな距離はありえません!もう少し離れます!」
「そんな事ないんじゃ?」
「いいえ!絶対にそうです!ラヴ探偵としての私の勘がそう言っています!これはもう間違いありません!」
「根拠ゼロじゃないっすか」
石上が恋人ではないのではと言うが藤原は聞かない。というのも藤原、最近はこういった話が無くて飢えているのだ。元より恋バナが大好きな藤原だが、最近はそういった話を全く聞かない。そこに突然降ってきた友達の恋人持ち疑惑。この状態でその話に食いつかない訳が無い。なので多少強引な理論を展開してでもこの話を広げようと必死だったりする。
「それで藤原。一体これからどうするつもりだ?」
「無論、京佳さんを見つけ出して色々とお話を聞きます」
「落ち着け藤原。仮に立花に恋人がいたとしても、それを今から聞き出そうなんて真似をするな。明日にでも本人に聞けばいいだろう」
「いいえ!善は急げって言います!今すぐ私はお話を聞きたいんです!!という訳で今日は私も帰らせてもらいます!」
「お前なぁ…」
「会長は気にならないって言うんですか!?」
「いやそりゃ気にはなるが…」
藤原は止まる事などもう考えていない。今すぐにでも生徒会室から飛び出して京佳を見つけに行きそうだ。白銀もかなり気になるのだが、流石に今すぐ見つけ出して聞こうとは思っていない。
仮に本当に恋人がいた場合、京佳は今放課後デートの最中かもしれないのだ。それを邪魔する事はしたくない。
「だったら行きましょうよ!皆で!」
「え?皆で?」
「だってここにいる全員気になるでしょ!?だったら全員で行きましょう!」
(こいつさては共犯者を増やすつもりだな)
白銀は何となく藤原の思惑を察する。もし複数人で京佳の後を着いて行ったとなれば、連帯責任となり責任が分散される。1人だけで着いて行って怒られるよりずっといいだろう。
「なら私は藤原さんに着いていきます」
「四宮!?」
「四宮先輩!?」
「おお!かぐやさんもやっぱり気になりますよね!?」
「はい。私だって年ごろですもの。そういったものに興味だってあります」
ここでかぐやが藤原と行動を共にすると宣言。それを見た白銀と伊井野は驚く。
(これは間違いなくチャンスですね)
勿論かぐやが藤原に着いていくと言ったのには理由がある。好奇心もあるが、本当に京佳に恋人がいた場合、それは白銀関係の障害が無くなる事を意味する。仮に恋人じゃなくても、その男性と京佳をくっつけさせればいいだけだ。
「だ、ダメですって!仮に本当に立花先輩に恋人がいたとしても、そんな後を着けて相手のデートをのぞき見するようなマネなんて!!」
だがここで異議を唱える者がいた。伊井野である。彼女は真面目な生徒だ。勿論好奇心として京佳の恋人云々は気になるが、こっそり後を着ける真似なんてしたくない。いや、そんな真似してはいけない。故に異議を申し立てた。
「いいですかミコちゃん。これは調査です」
「え?調査?」
「はい。もし京佳さんの恋人が悪い人だったら京佳さんが危ない目に合うかもしれません。なので私達生徒会で相手を見定めるんです」
「見定める…」
「藤原さんの言う通りですよ伊井野さん。立花さんは私達にとって大事な友達です。そんな友達がもし悪い人に利用されていたら大変です。なので私達の手で相手をちゃんと見ておかないといけません」
「利用される…」
「だからミコちゃんも行きましょう。3人そろえば何とやらと言いますし!」
「わ、わかりました。そういう事なら」
((よし))
((言いくるめられてる…))
藤原とかぐやの話術により伊井野は陥落。2人に着いていくことになった。それを見ていた白銀と石上は、伊井野がかなりチョロイ奴だと認識する。
「さぁ会長!石上くん!どうしますか!?行きますか!?行きませんか!?」
白銀と石上に振り返りながら藤原は尋ねる。その目には炎が灯っている様に見えた。
「結局全員できちゃいましたね…」
「まぁこうなったらなぁ…」
結局白銀と石上も着いていく事となった。5人は既に学校を後にして、街中に繰り出している。
「ところでどうやって立花先輩を探すんですか?」
「それなら問題ありません。既に居場所はわかっていますから」
「え?マジっすか?」
「はい。〇〇通りのカフェにいるらしいですよ」
「どうやって調べたんですか四宮先輩?」
「石上くん。女性には色々と秘密があるものなんですよ?」
「そ、そっすか…」
かぐやの笑顔に恐怖した石上はこれ以上聞くのをやめた。因みに、かぐやが京佳の居場所を知ったのは前もって早坂を使い京佳の居場所を突き止めていたからである。
「さて行きましょう」
「はい!」
かぐやを先頭に目的地であるカフェを目指して歩いていく生徒会メンバー。
「あそこですね」
あっという間に目的地にたどり着く。
「う~ん。ここから見た感じだと京佳さんは見当たりませんね」
「店内じゃないっすか?」
「なら入りましょうか」
カフェテラスには京佳の姿は見当たらない。よって5人は店内に入る事にした。
「いらっしゃいませ。何名様でしょうか?」
「5人です」
「ではこちらへ」
店員に案内され奥へと進んでいくと、
(あ!いました!京佳さん発見です!)
(え!?どこどこ藤原さん!?)
(ほらあそこ!時計がグニャーってなってる絵が飾っている机の隣!)
(藤原先輩、あれダ〇っていう有名な画家の絵画ですよ)
藤原、京佳を発見。4人が目線を移動させると、そこには確かに京佳がいた。
見知らぬ男性と一緒に。
そして2人は同じ席でコーヒーを飲んでいた。
(おおおお!?絶対あの人ですよ!噂の恋人というのは!!)
藤原はテンションを上げた。これは噂の信憑性が増したと思ったからだ。
「それではこちらの席へお座りください」
「あ、ありがとうございます」
5人は京佳から少しだけ離れた席へ案内され、5人はそこに座る。
「メニューはこちらです。お決まりになりましたらお呼びください」
店員はメニューを渡しその場から去る。
「私はアイスコーヒーでいいですね」
「私もそれでいいです」
「あ、じゃあ私も」
「僕もそれで」
「あー、俺もそれでいいわ」
5人共ここにお茶しに来たわけではない。京佳の噂の真相を確かめに来ている。よって飲み物など適当でいい。
因みに席順はかぐや、藤原、伊井野が3人並んで、反対側に白銀、石上が座っている形となった。丁度男女が対面する形となっており、合コンのようにも見えなくもない。
尚かぐやは白銀から1番離れた席に座っている。
「いやー、美味しい。久しぶりにこういう所でコーヒー飲めたよ」
「でも本当に久しぶりだよ。昨日いきなり帰ってきた時は驚いたし」
「まぁね。驚かせようと思ってたし」
すると会話が聞こえてきた。これは好都合。5人が座っている席は丁度仕切りがあってお互い顔は見えない。これならじっくりと顔バレせずに話を聞く事ができるだろう。
「これはまさか遠距離恋愛ですかね?」
「ええ、会話の内容から察するにそうでしょうね」
「ほぉぉぉ!?これはテンション上がってきましたよーー!」
「藤原さん、静かに」
「あ、はい」
どうやら男性の方は暫く京佳から離れていたようだ。それを聞いた藤原とかぐやは遠距離恋愛をしていたのだと思う。
「ところで、何時まで日本にいるんだ?」
「今年いっぱいはいるよ。来年はまた海外に行くかもしれないけど」
「そうか。それは少し寂しいな」
「ははは、そりゃ嬉しい」
会話が弾む2人。
「海外?もしかしてあの男の人は社会人ですかね?」
「その可能性はありますね。まぁ大学生という可能性もありますが」
そしてその会話を聞いて色々考察する2人。
「お待たせしました。カボチャケーキです」
そんな時、京佳の席に店員がやってきた。どうやらかぐや達が来る前にケーキを注文していたようだ。
「お、美味そう。じゃ、いただきます」
「いただきます」
そして運ばれてきたケーキを食べ始める2人。とても美味しそうだ。
「なんか僕もケーキ食べたくなってきました。頼んでいいですか?」
「そうですね。丁度小腹も空いちゃいましたし。てかそろそろ私達も注文しましょうか」
「そうね。ならケーキを5人分でいいかしら?」
「私は大丈夫ですよ」
(アイスコーヒーとケーキで870円か…)
5人は店員を呼び、注文をした。白銀は多少の出費が出たがここで自分だけ注文しないのは空気が読めないと思われそうだったので皆と同じように注文をした。
「あ、京佳じっとして」
「え?」
「口にクリームついてるから」
ここで動きがあった。男性が京佳の口元を紙ナプキンで拭き始めたのだ。
(((((えええええぇぇぇぇぇ!!?)))))
余りに人目を気にしない行為。それを見た5人は声を抑えながらそれを静かに凝視。
「ちょ、やめてくれ。もう子供じゃないんだぞ?」
「俺からすればまだまだ子供だよ」
京佳は恥ずかしそうにする。そんな京佳を見ながら男性は笑っていた。
「これもうそうでしょ!?絶対にそうですって!!」
「ええ!間違いないわ!!友達ならあんな行為しないもの!!」
「ですよね!私も先輩達と同じ意見です!!」
「いやこれはマジかもしれないっすね!」
女子3人と石上は声のボリュームを抑えながら意見が一致。でも確かに今のは友達の距離感でやる事ではない。やるとすれば恋人だろう。
「……」
「会長?どうかしましたか?」
「いや、何でもない」
そんな中、白銀だけは何故か無言だった。何やら考えている様にも見える。
「しかし暫く見ないうちにまた大きくなったか?」
「……今どこ見て言った?」
「勿論身長だけど?」
「……ならいい。あと身長は別に伸びてない、と思う…」
「気になるなら今度測ってみればいいじゃん」
「もし伸びて居たら嫌だから測りたくない…」
2人は相変わらず会話が弾む。傍から見ればもう完全に恋人である。
「あの、藤原先輩。やっぱり私達って凄くいけない事をしているんじゃ?」
「してません。これはたまたま席が近くて向こうの会話が聞こえているだけです。断じていけない事はしていません」
「藤原先輩。最初と言っている事変わってませんか?」
「黙っててください石上くん」
伊井野は罪悪感に襲われる。やっている事は盗聴まがいの事だ。真面目な伊井野にこの行為はかなり心にくるものがある。伊井野が罪悪感に襲われているそんな中、かぐやは別の事を考えていた。
(しかし、まさか立花さんが2股をしていたなんて…)
それは京佳が2股をしていたという事だ。かぐやは京佳が白銀に好意を寄せているのを知っている。それだけなら邪魔な存在というだけで終わるのに、まさか白銀以外にも別の男性にも好意を寄せ、あまつさえこうして密会をしているのだ。
これはある意味、白銀に対する裏切り行為ではないかとかぐやは思っている。
(ま、これなら始末は簡単ですね。なんせ現行犯ですし。後で会長にもそういった事を吹き込めばそれだけで立花さんは破滅です。他の生徒会メンバーも私の味方にできるでしょうし)
京佳の排除計画を考えるかぐや。目がマジだ。確かにこれならば、白銀も京佳に振り向く事など無いだろう。なんだって恋人がいるのだから。
(そうですね…早坂に連絡して写真も撮って貰いましょう。そうすれば言い訳も出来ないでしょうし)
思考を巡らせ、証拠集めも考えるかぐや。
そんな時である。
「ところでさ、さっきからこっちをこっそり見ている子達って京佳の知り合い?」
「え?」
『え?』
自分たち事がバレたのは。
「……いたのか皆」
「あ、あはははは…」
京佳が席を立ち、藤原たちを見つけた。藤原は愛想笑いをした。
「どうしてそんなこっそりしてたんだ?」
「そんな事今はどうでもいいんですよ!京佳さん!その人はどなたですか!?噂の恋人ですか!?」
「は?」
藤原は強引に話題を変えた。そもそもの目的は京佳の事である。京佳の噂の真相を確かめる為にこうしてこっそりとしていたのだ。今は兎に角その事が知りたい。
「恋人?誰が?」
「その人ですよ!その男の人!!」
藤原が京佳と同じ席に座っている男性を指さす。それを皮切りに、他のメンバーも会話に参加。
「そうですよ立花先輩!その人は恋人さんなんですか!?」
「僕も聞きたいです。てか何で教えてくれなかったんですか?」
「そうですね。教えてくれれば祝福したというのに。あ、おめでとうございます立花さん。心から祝福しますよ。ええ本当に心の底から」
かぐやだけまるで勝ち誇った顔をしているが、皆の質問は大体一緒だ。
「いや、恋人じゃないが」
『え?』
しかし京佳はこれを否定。それを聞いたメンバーは少し呆気に取られる。
「そんな訳ないじゃないですか!?恋人でない限りあんな事しませんよ!!」
「藤原先輩の言う通りです!恋人じゃなきゃなんだって言うんですか!?」
「立花さん?恥ずかしいのはわかりますが、ここまできて認めないのはどうかと思いますよ?」
京佳に噛みつく女子3人。かぐやだけはこの期を逃すものかという感じだが。
「じゃあ誰ですかその人?」
石上が冷静に質問をする。そして京佳は、
「兄だ」
『え?』
たった3文字で男性の正体を説明した。
「あに??」
「ああ」
「お兄さんって事ですか?」
「そうだぞ」
急に冷静になる藤原。それに合わせた様に、男性が喋り出す。
「どうも始めまして。京佳の兄の
どうやら男性の正体は、京佳の恋人では無く兄とのこと。名乗った名字も立花。京佳と同じだ。
「本当にお兄さんなんですか?」
「そうだよ。京佳のお友達?初めまして」
「あ、はい。どうも初めまして」
藤原はあいさつをする。どうやら本当に京佳の兄らしい。
(ちっ。全く藤原さんったら紛らわしいですね)
かぐやは男性が京佳の恋人では無く兄と知って心の中で舌打ちをした。折角邪魔者を排除できると思ったのに、これで排除計画全てが無に帰したからだ。
「あのーお客様。他のお客様のご迷惑になりますので、どうかお静かに…」
「あ、はい…すみません…ほんとすみません…」
店員に言われ、藤原たちは席に大人しく座る事となった。そしてその後、注文したケーキとアイスコーヒーを食してからカフェを出るのだった。
「本当にすみませんでした。あんな真似をして」
「気にしてないからいいよ」
「俺も気にしてないから大丈夫だよ」
店から出た後、藤原たちは京佳とその兄である透也に謝っていた。
「藤原先輩がこっそり見ようって言いだしました」
「ちょっと石上くん!?最後には皆が賛成したでしょ!?」
「でも言い出しっぺは藤原先輩です」
石上は罪から逃れる為藤原を売った。
「まぁ、もう2度とこういう事はしない方がいいよ?人によっては危ない目に合う事だってあるし」
「うう。本当にすみません…」
京佳の兄である透也からも注意される藤原。その後、全員がその場で解散。そして藤原は暫く恋バナは自粛しようと決めた。
そして帰り道に石上から『ラヴ探偵の名前返上したらどうですか?』と言われ泣きそうになった。
「あの子達が秀知院での友達?」
「そうだよ」
「面白い子達だね」
「ああ。おかげで毎日が楽しいよ」
「いやーよかったよ。京佳が学校で馴染めていないんじゃないかって心配だったけど、あんな面白い子達が友達なら心配なさそうだね」
皆と別れた後の帰り道、京佳は兄の透也と話しながら帰っていた。透也は割とシスコンである。それは京佳が中学時代に顔の半分を硫酸で焼かれたのが原因だ。あれ以来、京佳はよくからかわれたりしていた。実の兄なら心配し、そしてシスコンにもなる。
「それで、今日はどうするんだ兄さん?」
「ちゃんと外泊許可を取ってるからこのまま自宅へ行くよ。久しぶりに京佳のご飯食べたいし」
「そうか。なら今夜は兄さんの好きな生姜焼きにしよう」
「お、そりゃ嬉しい」
そして帰る途中で買い物をして、その日の夕飯は生姜焼きとなった。
「……」
白銀は自宅への帰り道、ある事をずっと考えていた。
「なんだろうな、これ?」
先程までいた店で京佳が兄である透也と楽し気に会話していた時、それを見ていた白銀の中で何かがあった。
何というか、モヤモヤするのだ。そして少しだけイライラもしている。
特に透也が京佳の口を紙ナプキンで拭いていたのを見た時は、そのモヤモヤが一層激しくなった。
「わからん…何だこれは?」
結局白銀は、この感覚が何かがわからずその日は眠りについた。だが上手く眠る事が出来ず、翌日少しだけ寝不足となったのだった。
立花透也(たちばなとうや)
京佳の実の兄。23歳。身長190cmで黒い短髪の巨人。そして現役の海上自衛官で護衛艦勤務。ただ、その身長のせいでよく船の天井に頭をぶつける。因みに柔道2段で好きな食べ物は生姜焼きとかつ丼。
給料の半分は仕送りとして京佳と母親に送っている。将来の夢は護衛艦の艦長。そして自覚のあるシスコン。もし京佳が嫁に行くこととなれば間違いなく泣く。でも祝福はちゃんとするつもり。
一応言っておきますが、彼は別に妹の下着を盗んだりしたりはしないタイプの人シスコンです。
次回も頑張りたい。てか頑張る。
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白銀圭と相談事
相変わらずノリと勢いの作品ですが完結目指して頑張りますのでどうかよろしくお願いいたします。
「あ、京佳さん。こんばんわ」
「やぁ圭。そっちも今帰りかな?」
「はい。今日はあまり生徒会の仕事もありませんでしたし」
夕方、中等部の校門から出た圭は珍しく京佳と一緒になっていた。
「でも珍しいですね。京佳さんがこの時間に帰っているなんて」
「まぁね。来週からは忙しいから今のうちに帰れる時は帰った方がいいという白銀の判断だよ」
「そうでしたか。あの、兄が何かご迷惑かけてませんか?」
「迷惑なんてとんでもない。むしろ私が白銀に迷惑をかけているんじゃないかって思っているよ」
普段の京佳は、生徒会の仕事で忙しく帰宅時間が遅くなる事が多い。更に今は体育祭も迫っている。そのせいで普段より仕事が増えている。なのでこの時間にこうして圭と一緒になることは非常に珍しい。
「あの、途中まで一緒に帰りませんか?」
「いいよ。いこっか」
2人は一緒に帰路に着く。かぐやがこの光景を見れば間違いなく殺意の籠った眼差しを京佳に向けていただろう。
「もうすぐ体育祭ですけど、京佳さんはどんな競技に出るんですか?」
「私は仮装障害物レースに出る予定だよ」
「か、仮装障害物レース?」
「簡単にいうとコスプレをして走るんだ。何故かクラスの女子全員に推薦されてね」
「因みにどんな格好をする予定なんですか?」
「まだわからないが、多分男装じゃないかな。執事とか…」
(すっごく似合いそう…)
尚、京佳がクラス全員の女子に推薦されたのは『絶対にかっこいい男装が似合うから』という理由だ。京佳自身は結構複雑である。彼女とて女の子。できれば可愛い服を着たいのが本音だ。
「そうだ圭。ちょっといいかな?」
「はい。何でしょう?」
もうすぐバス停というところで、京佳が圭に質問してきた。
「君、栗は好きか?」
「はい?」
「本当にありがとうございます京佳さん。こんなに沢山の栗を」
「どういたしまして」
圭は京佳の住んでいるマンションに来ていた。そして圭の手には、沢山の栗が入ったビニール袋がある。昨日、京佳の家に母方の実家から栗が送られてきた。その量、ダンボール1箱分。流石に母親と2人で食べきれる量では無かったので、学校の帰り道に圭に栗が好きかを聞き、自分の家へと招きこうしておすそ分けをしているのだ。
因みに既にお隣さんなどへおすそ分けをしているが未だにダンボールの半分は栗でいっぱいである。
(これで今夜は栗ご飯…ふふ…)
圭はテンションを上げた。白銀家の食卓は、日ごろからもやしが並ぶことばかりで旬の食材を食す事など全くという訳では無いがあまり無い。故にこうして旬の食材を食べれる事が嬉しいのだ。
「本当にありがとうございます。兄も喜ぶと思います」
「そうか。そう言って貰えると嬉しいよ」
さりげなく兄も喜ぶと発言する圭と、それを聞いて嬉しがる京佳。
「それじゃ失礼します。本当にありがとうございます」
「途中まで送ろうか?」
「いえ、大丈夫です。お気持ちだけ受け取っておきます」
「そうか。気をつけて帰るんだよ」
「はい。失礼します」
そう言うと圭は京佳の住んでいるマンションから出て、自宅への帰路へと着いた。
(本当、京佳さんって素敵だなぁ…綺麗だし、気遣いも出来るし、優しいし。てか何でおにぃはあんなに素敵な人の気持ちに全く気が付かないのよ。あんなにアプローチしてるのに)
帰り道、圭はある種の憤りを感じていた。それは兄の事である。兄である御行はあれだけ京佳から色々なアプローチをされているのに、未だに全くといっていい程京佳の気持ちに気づいていない。
そして圭は既に、京佳が自分の兄である御行に恋心を抱いているのを察している。
圭と京佳の付き合いはもう1年以上になる。それだけの時間があれば、いかに鈍感な人でもそれくらい察する事が出来るだろう。圭自身、京佳には好印象を抱いている。京佳であれば、義姉になってもいいと思える程に。
(でも私が直接何か言うのはちょっと違う気がするし…)
圭はできれば京佳の想いが報われて欲しいと思っている。その為にはささやかだが手助けもしている。少し前に兄の御行が京佳の自宅で夕飯をご馳走になると言い、その時に念を押して夕飯をご馳走になってこいと言ったのもその一環だ。
(ほんとどうしよ…)
悩みながら、圭は自宅へと帰るのだった。
白銀家
「はぁぁぁぁ……」
「……」
圭が家に帰りつくと、兄である白銀がため息を吐いていた。近くには花占いをしたのか、花びらが散っている。ここ最近の白銀は、色々と悩んでばかりだ。かぐやには明らかに避けられているし、つい先日何ていきなり背負い投げをくらわされた。
そんな踏んだり蹴ったりな事ばかりのため、こうしてため息を付いている。
「あ、圭ちゃんおかえり…」
「ん…」
そっけない挨拶を返す圭。彼女はそんな兄の様子を見て、ある事を察する。
『兄は恋をしているのではないか?』という事を。
圭とて思春期の女の子。。正直に言えば、兄からそれらの話を聞き出したい。出来ればそういった話で盛り上がりたい。だけどそれは出来ない。出来ない理由がある。
何故なら白銀圭は絶賛反抗期なのだから。
白銀兄妹も昔は普通に仲が良かったし会話もしていた。だが最近の兄御行の数々の発言が『自分の事を子ども扱いしている』と感じ始め、プライドの高い圭は苛立ちを隠せなくなりつつあった。その結果刺々しい発言をする事が多々あり、兄御行もそれに対して説教染みた事を圭に言う。負のスパイラルである。
そんな中突然沸いて出た『兄が恋しているかもしれない』という展開。圭にとってそれはとても聞きたい事だ。だが素直に聞くのは恥ずかしい。よって圭はどうにかして兄からそれらの話題をさせようと考え始めるのだった。
しかしこうしてみると、実によく似た兄妹である。
「何これ?花占い?キモイんですけど?誰かに振られた?教えてよ?」
結果、罵倒風質問という手を使う事にした圭。これならば恥ずかしくはない。
「うっせぇほっとけ」
「はぁぁぁぁ!?」
『私が折角聞いているのに』という顔をする圭だが、実際ほぼクズな発言な為、白銀のこの反応はしょうがない。
「帰ったぞー」
「あ、パパおかえり」
ここで白銀父帰宅。そして直ぐに息子の様子が変な事に気づく。
「どうした御行?部屋の中で花占いなんてして。好きな子でも出来たのか?」
「いや、そんなんじゃ…」
「悩みがあるなら聞かせてみろ。息子の悩みを聞くのも父親の役目だ」
(ナイスパパ)
そして父親が素直に白銀に質問をする。それを見ていた圭は小さくガッツポーズ。これならもう自分が聞く事をしなくていい上、兄の話を聞く事が出来る。
「実はさ、最近良い感じかもって思ってた女子が俺の事を避けている感じになって、だけど他の男子いや後輩には普通に接していて、これって俺嫌われたのかなって思って…ってなにその顔?」
「今時の恋バナが予想以上にきつくて…」
「何だよ今時って。つか馬鹿にしてるの?」
「まぁ待て。俺も妻に7年以上避けられてて今頃多分年下の男と仲良くなっているだろうし、気持ちはわかるよ」
「桁の違う話しないでくれない!?」
父親の話は文字通りレベルが違った。
「つーかもういい加減離婚届に判子押せよ!」
「それは出来ない。俺はまだ妻に未練がある。何か新しい出会いでもあれば別だがそんなの無いしな。そういえばもうすぐ体育祭だったか?御行、足が速い男子はモテるぞ。徒競走頑張れ」
「それが通用するのは小学生までだ!」
藁にもすがる思いで相談してみた白銀だったが、大した返答は得られなかった。
「ったくもういいよ。誰も俺の気持ちなんてわからないし」
「待っておにぃ」
「え?」
リビングから部屋へ戻ろうとした白銀に圭が話しかける。
「良い感じの女の子に避けられているっていうのは、好き避けの可能性もあるから」
「どういう意味?」
「だからさ、別に嫌いじゃないのに、恥ずかしくてつい避けちゃうってやつ。本音では普通に話がしたいのに、気恥ずかしくて出来ないなんてよくある話だから」
「……そうなの?」
「うん。だからさ、もう少しだけ待ってあげたら?」
「…成程。わかった。ありがとう圭ちゃん」
「別に…」
先程まで落ち込んでおり顔色すら暗かった白銀だったが、圭の言葉を聞いて明るくなる。もしこの圭の言葉がなければ、もう数日は落ち込んでいただろう。白銀は圭に感謝した。
(でもよかった…ようやくおにぃが気づき始めて…)
しかしここでとある勘違いが発生。この時の圭は、兄が恋している相手を京佳だと勘違いしていたのだ。だがこれはしょうがない。圭は京佳が白銀にアプローチをしているのは見た事あるが、かぐやがアプローチをしているのは見た事が無い。勘違いしてしまうのも無理はない。
(京佳さん。これなら多分大丈夫ですよ。もしかすると直ぐにでも義姉さんって呼ぶ日が来るかも)
いずれ義姉になるかもしれない人に心の中でエールを送る圭。そして風呂に入って、京佳から貰った栗を使って夕飯の支度をしようと思うのだった。
「あー、ごめん。実はもうひとつ悩みがあるんだけど」
「「え?」」
圭が風呂に入ろうとした時、再び白銀から悩みがあると言われ思わず足を止める。
「この際だ。何でも言ってみろ御行。パパに任せなさい」
「パパって…いやいいけど」
先程は大した解決策を言えなかった父が今度こそはと思い相談を受ける事にする。そして白銀は話し始めた。
「実はさ、さっき良い感じになってるって言った女の子とは別の子の話になるんだけど、ちょっと妙な事があって」
「妙な事?」
「ああ。その子は俺の友達なんだけど、この前その子が男の人と食事をしていたのを偶々見た時に、なんか変な気分になったんだ。モヤモヤしたというか、イライラしたというか。これ、何だと思う?」
「え…?」
圭にとって割と無視できない事を。
(え?は?それって…)
少しパニックになる圭。だって今の兄の話は無視なんて出来ない。今の話によれば、白銀は気になる女性が2人いる事となるのだから。
「なぁ御行、それって嫉妬じゃないのか?」
「え?嫉妬?」
「だってその子が自分の知らない男の人と食事をしてのを見てモヤモヤしたんだろう?つまりお前は、その男の人に嫉妬したんだよ」
そんな圭の事など気にせず、父親は息子の悩みを解決すべく『そのモヤモヤは嫉妬』だと答える。
(つまり俺は、立花の事が…好きって事なのか?いや、でも…)
父親に言われ考える白銀。嫉妬していると言う事は、それは相手に好意を抱いているという事になる。だが白銀自身、京佳の事は未だ友達という認識だ。いくら父親に嫉妬しているのではないかと言われても、簡単に認める事など出来ない。
「ねぇ、おにぃ…」
そうやって白銀が考え込んでいると、圭が冷たい目で白銀を見る。
「け、圭ちゃん?」
「既に気にしている子がいるのに別の子も気になりだした!?何それ最っ低!!ただの節操無しじゃん!?おにぃの馬鹿!!」
圭はそう言うとお風呂へと直行。リビングには白銀と父親だけが残された。
「なぁ親父。これって俺が悪いのかな?」
「何とも言えないんじゃないかな」
その日の夜、白銀家の夕飯は栗ご飯だったが、白銀のお茶碗によそわれた栗ご飯だけ明らかに栗が少なかった。
因みに圭は3杯食べた。
ちょっと後半が強引だったかな?
次回も頑張るつもり。そして次回は体育祭の予定だけど石上くん関係の話はダイジェストになると思います。
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特別編 四宮かぐやとハロウィン
皆さん、ハッピーハロウィン。
「ハロウィンイベント?」
「そうデス。生徒会の皆さんニハ、明日商店街で行われるハロウィンイベントに出て欲しいんデスヨ」
10月も終わろうとしているある日、突然学園長が生徒会室にやってきてそんな事を口にする。明日、商店街でハロウィンイベントを生徒会のメンバーでやって欲しいとの事だ。
「何故でしょうか?学校内のイベントならわかりますが、どうして態々学校外のイベントに?」
「理由は2つありマス。1つは秀知院のイメージアップデス」
「イメージアップ?」
秀知院は世間一般的にはエリート校という認識ではあるが、『偏差値が良いボンボン共が通う学校』と言う人達もかなりいる。かつて伊井野が生徒会長選挙の時にそのような話をしたのだが、それは事実だ。
実際、ここ最近は学校行事において地域団体からの協力が得られない事が続いている。このままではマズイと思い、学園長は考えた。
そして出た結論が地域と学校との交流だ。地域の人達からの評価が高くなれば、おのずと秀知院へのイメージはアップする。更に学校行事への協力も得られる。まさに一石二鳥だろう。
「成程。それで2つ目は?」
「その商店街の会長は私の知己なんデスヨ。それで商店街を盛り上げたいと相談された時にとっさに『ハロウィンイベントなら盛り上がる』と言っちゃったんデス。で、言ったはいいんデスガ中々人が集まらなくテ。ト言う訳で助けて下サイ。このままだト私怒られちゃうんデス」
「2つ目が主な理由じゃないですか」
殆ど身から出た錆状態だ。その尻ぬぐいを自分たちにやらせようとしている当たり色々酷い。
「楽しそうですし私は賛成です!」
「僕もいいですよ。楽しそうですし」
「私は大賛成です!秀知院のイメージアップに繋がるなら是非やるべきだと思います!」
「私もいいぞ。学校のイメージアップになるならやらないという事はないだろうし」
藤原、石上、伊井野、京佳の4人は賛成した。藤原と石上は単純に楽しそうだから。伊井野と京佳は秀知院のイメージアップに繋がると思ったから。
「しかし学園長。急に言われても困ります。今からイベントの内容を考えて明日実行するのは流石に不可能です。生徒会だって暇じゃないですし」
そんな中、白銀は難色を示す。1学期にあったフランスの姉妹校との交流会との時もそうだったが、この学園長はそういった事を急に言っている。1学期の時はまだ数日の猶予があったが、今回は明日だ。いくら白銀達が優秀とはいえ、とてもじゃないが間に合わない。
「そこは問題アリマセン。既に段取りはこちらで決めていマス。皆サンがやる事は仮装してイベントに来てくれた子供達にお菓子を配るだけデス。時間も1時間、長くて2時間程で終わりマス。これなら生徒会の仕事に支障も出ないデショウ?」
「まぁ、それなら…」
だが学園長は既に段取りを手配済みとの事。自分たちは、ただ仮装をしてお菓子を配ればいいらしい。確かにそれなら生徒会に影響も出ない。そう思った白銀は学園長の提案を受け入れる事にした。
「因みに衣装は前もって衣装部の子達に手伝ってもらっていたので心配ありまセン。どうせなら今から試着しマスカ?」
「します!」
「藤原先輩反応早いっすね」
「だってこんな機会中々無いじゃないですか!!」
「まぁ確かに」
「では、1度移動しまショウ」
学園長は本当に色々手配済みだったらしく、皆で仮装する時の衣装も手配済みと言う。そして生徒会メンバーは全員で移動を開始した。
(にしても、これは使えるかもしれませんね)
移動中、かぐやの頭の中にある考えが浮かぶ。それは明日のハロウィンイベントで白銀から告白させようというものだ。
かぐやの考えた作戦はこうだ。
明日のハロウィンイベントで子供たちにお菓子を配る際、その子供たちに優しくすれば白銀はかぐやに母性を感じ、そしてイベント終了時に告白をしてくるだろうという作戦である。
(男性は母性を感じる女性に惹かれると聞いた事があります。この作戦なら何も問題ありません)
正直穴だらけの作戦だと思うが、かぐやはこれでいけると思っている。
(ふふ、この男。普段はただのちゃらんぽらんですが偶には役に立ちますね)
内心で学園長を貶して褒めるかぐや。ほんと腹黒い娘だ。
「会長。何でその衣装選んだんすか?」
「わからん。ただこれを見た瞬間『着なければ』っていう謎の使命感にかられたんだ」
空き教室に移動した白銀達は、1度男子と女子に分かれていた。分かれる際、それぞれ用意された衣装の中から好きなのを選んで見せ合いっこをしようとなり、白銀達男子は今女子を待っている最中である。
そして白銀が来ている衣装は、黄色いライダースーツの様なものに赤いグローブとブーツ。背中には白いマントが付けられている。見た感じ、如何にもなヒーローといった衣装だ。具体的にいえば、どんな強敵も一撃で倒せそうな。
「そういう石上の衣装は何だ?」
「ああ、これですか?とあるゲームに出てくる医者です」
「え?医者なのそれ?」
「言いたい事はわかりますが医者です。まぁこの姿は1番最初の姿なんでこんなんですけど、レベルアップするとちゃんと医者みたいな姿になりますよ」
「へぇ。最近のゲームのキャラデザって凄いな」
石上が着ている衣装は丈の長い黒いコートに鳥のくちばしの様なマスク。正直、あまり医者には見えない。
「じゃーーーん!魔法使いですよーーー!」
2人で会話をしていると、ドアが勢いよく開いて藤原が入ってきた。藤原の衣装は黒いとんがり帽子に白いワンピースの様な服装。そしてその上から茶色のコートを羽織っているまさに魔法使いな衣装だった。
「おおー。絵に描いたような魔法使いですね」
「えへへ。こういうのやってみたかったんですよ~」
石上に褒められ藤原はご満悦だ。
「ほらほら!次はミコちゃんですよ。早く早く!」
「で、でも…」
扉の外には伊井野がいる様だ。しかしどういう訳か中々入ってこない。
「大丈夫ですから!可愛いですから!私が保証します!!なんなら神様も補償します!!」
「ふ、藤原先輩がそこまで言うなら…」
藤原に説得され、扉を開けて空き教室に入ってくる伊井野。
「ほう、天使か。似合っているぞ伊井野」
白銀は素直にそう言う。伊井野の衣装は純白のノースリーブのワンピース。下には黒いスパッツを履いており、背中にはどうやってついているかわからないが白い羽が生えている。そして頭には黄色い輪があるまさに天使な衣装だった。
「やっぱりミコちゃん可愛いですね~!写真撮りたいですよ~!」
「あ、あの…何か羽織るもの下さい…こんなに肩出した衣装、恥ずかしくて…」
藤原は絶賛しているが伊井野は顔を赤くし、何か羽織るものを求める。今までこんな格好などした事なかった為恥ずかしいのだ。ましてやここには男子もいる。余計に恥ずかしいものだろう。
「僕のこのコート使う?」
「あんたのは借りない」
「お前人の善意を」
石上が自分の着ている黒いコートを貸そうとしたが伊井野はこれを拒否。石上は少しへこんだ。
「そこまで恥ずかしがるならその衣装やめればよかったじゃないか。何で着てんだよ」
「だって、藤原先輩がこれ以外ありえないって言うから……」
「藤原先輩…」
「おい藤原、伊井野で遊ぶな」
「遊んでませんよ!私は純粋にこの天使の衣装がミコちゃんに似合うと思っただけです!!」
2人に追及された藤原は弁明するが、その目は少し泳いでいる。恐らく半分くらいは本当に似合うという思いがあるのだろうが、もう半分は遊び心なのだろう。
「すみません遅れました。これ歩きにくくて」
そんな時、今度はかぐやが空き教室に入ってきた。
「おお、四宮先輩はお姫様ですか?いいっすね」
「あら。ありがとう石上くん」
かぐやの衣装は絵に描いたようなお姫様といった衣装だった。ピンク色のドレス。頭にはティアラ(プラスチック製)。まるで絵本から飛び出してきたような感じだ。
「おおおお!?かぐやさん凄いですーー!!すっごく綺麗ですーー!!」
「凄い…四宮先輩本物のお姫様みたい…」
「ふふ、2人共ありがとう」
かぐやの衣装を絶賛する魔法使いと天使。そしてヒーローはというと、
(………いい)
キマっていた。かつてかぐやが猫耳を付けた事があったが、今のかぐやはそれとは別方向で白銀の趣味に刺さっていた。
(いやマジでいいなおい。まるで本物のお姫様だ…是非エスコートしてみたい…)
「それで会長?どうでしょうかこの衣装は?」
かぐやが1回転しながら白銀に感想を求める。
(いや滅茶苦茶似合ってるって言いたい!でも、もしここでそんな事をいえば、『あら会長。もしかして私の姿に見惚れてました?お可愛い事』って言われるに決まってる!一体なんて答えれば…!)
白銀、悩む。
ここでかぐやに似合っていると言うのが簡単ではないからだ。もし素直にそんな事を言えば、絶対にそこに突け入れられ後々ネタにされる。何とかしてかぐやにネタにされない感想を言わなければならない。
(ふふ。会長悩んでいますね。まぁ流石の会長もここで言葉を濁すなんてしないでしょうし、これはもう貰ったわね。明日には会長から告白もしてくるでしょう)
かぐやは勝ちを確信。この調子なら、明日のイベント終了と同時に白銀から告白もされるだろうという謎の自信も出てくる。
「すまない。少し着替えに手間取ってね」
(ちっ。何てタイミングの悪い)
だがここで邪魔が入った。遅れてきた京佳がやってきたのだ。そしてかぐやが扉の方へ振り向くと、
『え?』
そこには何か黒い人がいた。
角笠のような幅広の円形兜を被り、ほぼ全身を覆い隠している黒いマント。そして手にはかなり大きくてゴツイガントレット装備されており、足にはこれまたゴツイブーツを履いている。正直、声を聞かないと誰だかわからない。
「いやゴツイ!?てかなんかこわい!?え!?本当に京佳さんですか!?パッと見わからないんですけど!?」
「あの、立花先輩?何ですかそれ?」
「わからん。衣装部の子から私にはこれが1番似合うと言われて着てみたんだが、元ネタなんだろうな?」
「あー、それとある漫画のキャラっすね。作中だと主人公の師匠みたいな感じの」
どうやら石上は元ネタを知っているらしい。その後石上は説明をした。京佳が着ている衣装の元ネタのキャラは京佳より身長が大きい事。見た目は若いのに実年齢は60以上の事。ファン人気は高い事など。
「ふむ、少し気になるな。レンタルビデオ店で借りてみようかな」
「やめたほうがいいですよ。見た目は子供向けっぽいんですけど中身はかなり残酷な作品なんで」
石上は衣装の元ネタに興味示した京佳を止める。自分のようなトラウマ持ちを増やしたくないからだ。
「なぁ立花。それ前見えているのか?」
「見えているぞ。でもこれ、子供泣くよな」
「まぁ、かわいくはないしな…」
「男の子は喜びそうですけどね」
確かにこれを子供が見たら泣きそうではある。パっと見怖いし。だが一部の男の子にはかなり受けそうだ。何故ならかっこいいから。
「おおー!グッジョブです皆サン!お似合いですよ!」
ここで学園長再び登場。
「フム、サイズもピッタリですカ。これなら明日のイベントは成功しそうデスネ」
「あの学園長。私だけ子供が泣きそうなんですけど…」
「大丈夫デスヨ。最近の子供はそれくらいじゃ泣きまセン」
「そういうものでしょうか」
「デハ皆さん。明日のお昼13時ニ商店街に集合でお願いシマス。後の事は私に任せて下サイ」
そう言うと学園長は空き教室から出て行った。
「あの会長。これ態々着替える必要ありましたか?」
「いうな石上」
その後、また男女それぞれに分かれて制服に着替え、生徒会室で業務を行った後帰宅するのだった。
(しまった!会長から感想聞いていない!?どうしよう!?)
帰りの車の中で、かぐやは白銀から自分の衣装の感想を聞いていない事を思い出す。
(いえ、明日聞けばいいだけですね。全く私ったら、少し気が緩んでいたみたいね)
しかし直ぐにかぐやは明日聞けばいいと思い冷静になる。そしてその日は少し早めに寝るのだった。
『本日、関東地方は非常に強い大雨となります。特にお昼ごろから都内は非常に激しい雨に見舞われるので十分に注意してください』
「……」
「かぐや様、先ほど学園長から連絡がありまして、本日のハロウィンイベントは中止になるそうです」
「私の作戦が…感想が…」
「はい?」
白銀=一撃男
かぐや=帝国の女性皇帝
京佳=不動卿
藤原=40超えのA級冒険者
石上=ギリシャの医神
伊井野=サキュ嬢通いの天使
京佳さん以外は中の人つながり。
次回も頑張りたいなーって。
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秀知院学園の体育祭(eins)
因みにタイトルの()内はドイツ語。使った理由はかっこいいから。
それと今回は京佳さんの出番あんまりありません。
秀知院学園は、世間一般的にはエリートの通う学校だと言われている。実際、秀知院を卒業した者の中には官僚や政治家、大企業の跡取りなどになった者が数多く存在している。
しかしいくら秀知院がエリート校だと言われていても、毎日毎日勉強だけをやっている訳ではない。
『本日は秀知院学園体育祭に来ていただきありがとうございます!次は2年生によるソーラン節です!保護者の方々、ぜひ盛り上がってください!』
こうして普通の学校と同じように、体育祭を行ったりだってする。
体育祭。
日本では、明治末期から広く普及した学校行事である。一般的には春、もしくは秋に行われ、在校生全員が参加する1大行事だ。
天気晴朗な秋晴れの今日、秀知院学園では体育祭が行われていた。紅組、白組に分かれてのオーソドックスな体育祭。競技も100メートル走や玉入れ、綱引きに2人3脚といった王道な内容である。
因みに生徒会メンバーの組み分けはというと―――
赤組
白銀 藤原 京佳 石上 伊井野
白組
かぐや
となっている。
「何で私だけ…」
おかげでかぐやは絶賛落ち込んでいた。というか割とマジで泣きそうになっている。
「元気出してくださいよかぐや様」
「だってぇ…」
同じ白組の早坂がかぐやを慰める。しかし今のかぐやにはあまり効果が無い。かぐやは1度気分が沈むととことん沈んだままになるからだ。生半可な慰めなど意味が無い。
ここでこのまま落ち込んだままだと面倒になるかもしれないと思った早坂はある提案をする。
「かぐや様、次の競技を頑張ってみて下さい」
「次?何だっけ?」
「仮装障害物レースです」
「ああ、あれね…」
仮装障害物レースとは、その名の通り仮装、つまりコスプレをした状態で障害物競走をする競技の事だ。元々かぐやはこの競技に出るつもりなど無かったのだが、クラス内で参加競技を決める際じゃんけんに負けてしまい、やむを得ずこの競技に出る事となったのである。
「でもどうして頑張るのよ。いや、やるからには勿論ちゃんとやるけど」
「次の競技で頑張れば、白銀会長も『敵ながら天晴れ』といった感じになりかぐや様を隠れて応援すると思いますよ」
「……」
かぐやは早坂の話に耳を傾ける。
「白銀会長は頑張っている人、努力している人を無碍になどしません。かぐや様が次の競技で必死に頑張り、そして1着でゴールすればもしかすると『お祝いとして一緒にお昼を食べよう』と言うかもしれませんよ?」
最後の方は少し盛ったが、実際白銀は努力する人を馬鹿にしない。それは白銀自身がとてつもない努力家だからだ。
「まぁそうね。確かに本当に私が1着をとれば会長だったらそう言うかもしれないわね?まぁ?会長がどうしても、自分の財産も全て捧げるから一緒にお昼を食べて欲しいというなら構わないわよ?」
「もう何も言わないんでとりあえず頑張りましょう」
いつもの様に素直にならないかぐや。早坂は最近ツッコムのをやめた。面倒だから。
「じゃそろそろ時間ですし着替えましょう。更衣室はあっちです」
「ええ」
そしてかぐやは着替える為更衣室へと行くのだった。
『さぁ!次の競技とまいりましょう!次は『仮装障害物レース』です!ルールは簡単!参加者はそれぞれ何かの仮装をして走って貰います!出走者は赤組白組からそれぞれ5人ずつ!現在白組優勢なこの状況。赤組はこの競技で巻き返せるでしょうか!?』
実況をする放送部の生徒が競技説明をする。それを聞いていた生徒会メンバーの赤組面子は話し出した。
「確かこの競技には四宮先輩と立花先輩が出るんでしたっけ?」
「ああ。しかもお互い最後の出走らしい。もしかすると四宮達で決戦扱いになるかもな」
「ですね~。でも楽しみです~。一体かぐやさんと京佳さんはどんな格好をするんでしょうか?」
「確かに気になりますね。お2人ともどんな格好なんでしょう?」
競技に出ない4人は今回完全な観客だ。そして競技のスタート位置にあるカーテンのかかったお立ち台の様な場所を見つめる。あそこからそれぞれ仮装をした人達が出てくるからだ。
『障害物は4つ!先ずはネット!これをくぐって貰います!次に平均台!落ちない様に渡ってください!3つ目はピンポン玉運び!スプーンに乗せたピンポン玉を落とさない様に走ってください!そして4つ目の障害物である跳び箱を3つ超えて、最後に50メートル走ればゴールとなります!因みに前もってテスト走行した時はピンポン玉が1番難しかったのでお気をつけて!』
なお白銀はテスト走行には参加していない。生徒会長の仕事がとても忙しくそんな暇など無かったからだ。でも参加しなくてよかったと思う。醜態をさらしたかもしれないし。
『では先ずは1組目!赤組からは2年生の風祭くん!白組からは同じく2年生の早坂さんです!』
「あ、始まりますね」
実況している放送部がそう言うと、スタート地点にあったカーテンが開く。そこには新選組の仮装をした白銀のクラスメイトの風祭豪と、黒いワンピースの上から赤いローブの様なマントを羽織っている早坂が登場した。
「風祭の方は新選組ってわかるが、もう片方は何だ?」
「あれはとある小説のキャラですね。確か亡国の吸血鬼ですよ」
「へー。最近の吸血鬼って可愛い恰好してるんですね~」
「確かにちょっと可愛いかも…」
『それでは、スタートです!』
放送部が言うと同時に、スターターピストルが鳴る。そして風祭と早坂は走り出す。
『さぁ先ずはネットくぐりですがおーーっと!白組早坂さん早い!あっという間にネットをくぐりきりました!!』
「なぁ!?」
驚いたのは赤組風祭。自分がネットに入ったと思ったら、早坂はもうくぐり終えている。そして次の平均台もあっという間に渡りきった。
『これは早い!白組早坂さん優勢です!あっという間に第3エリアまで行きました!赤組風祭くんは今ネットをくぐり終えています!まだ挽回できるかも!頑張って下さい!』
「いやマジで早いっすね」
「これはもう挽回は無理だろう」
「ですねー」
「残念ですけど、これじゃ…」
実況では挽回云々いっているが、既に無理な程差が開いている。ここから赤組が勝つのは不可能だ。
『ここで白組がゴール!仮装障害物レース1戦目は白組が制しました!』
「いえーい」
「いや早すぎるだろ!あの子陸上部か何か!?」
最初の1戦目は白組に軍配が上がる。風祭は悔しそうにするが、それより早坂の身のこなしに驚いていた。
『では続いて2戦目は―――』
その後も様々な仮装をした生徒のよる競技は続く。そして2戦目と3戦目は赤組。続く4戦目は白組が勝ち、勝負は最後の5戦目となったのだ。
『いよいよ次が最後の5戦目!ここまで赤組白組それぞれ2勝2敗となっています!つまりこの5戦目で勝負が決まります!皆さん精一杯応援してください!私も精一杯実況しますので!!』
ここまで接戦になるとは思っていなかったから、実況も思わず熱が入る。
「最後は四宮先輩と立花先輩ですか」
「本当にお2人で決戦になっちゃいましたね~」
まさか本当に2人で決戦になると思わなかった。そして伊井野にはある悩みが出来ていた。
「ところで私達はどっちを応援すれば?同じ赤組の立花先輩?それとも生徒会メンバーで副会長の四宮先輩?」
「ミコちゃん。こうなったらどっちも応援しちゃいましょう!」
「どっちもですか?」
「はい!だってその方が楽しいですし!」
「ふ、藤原先輩がそういうならそうします!」
「お前藤原先輩の言う事なんでも聞きすぎじゃないか?」
しかし伊井野の悩みは藤原の提案で秒で解決した。
(ところで2人はどんな仮装をするんだ?)
白銀は考える。それはかぐやと京佳がどんな仮装をするかというものだ。
(正直に言えば結構楽しみなんだよな。まぁ流石に露出の多いものは着ないだろうけど)
普段のかぐやと京佳は学生服ばかり。偶に私服を見る事はあるが、それでもその機会はあまりない。故にこうした競技で、仮装とは言え別の服装を見れる事が結構楽しみなのだ。
『では最後の5戦目!走るのはこの2人です!』
「始まりますね」
「一体どんな仮装何でしょう~」
白銀以外にも藤原も楽しみなようだ。
「はぁはぁ…かぐやしゃまの仮装…」
「一体どんな仮装を…今から楽しみで瞬きすらできませんわ!」
「立花さんはやっぱり男装かな?似合いそうだし」
「わかる!できれば花組の主役みたいな服着て欲しい!」
いや、2人だけじゃない。多くの生徒が同じ思いだった。生徒会副会長の四宮かぐやと、生徒会庶務の立花京佳。その2人の仮装。楽しみにしない訳が無い。
というのかぐやは勿論、京佳にも結構な数のファンがいるからだ。京佳は入学当初こそ腫物扱いを受けていたが、彼女の人となりを知ったり、生徒会での活躍を知った生徒たちのよりそういった扱いを受ける事も無くなった。
そしていつの間にか、本人の知らないところで『イケメン女子』としての地位を確立。多くの女生徒から慕われる存在へとなったのだ。
『では、カーテンオーップン!!』
実況がそう言うと同時に、スタート地点のカーテンが開く。
『最後の走者はこの2人!生徒会副会長の四宮かぐやさんと、生徒会庶務の立花京佳さんです!』
カーテンが開くとそこには、黒い燕尾服を着たかぐやと、クラシカルタイプのメイド服を着た京佳がいた。
「「「「きゃあああああああああ!!!!」」」」
「「「「うおおおおおおおおおお!!!!」」」」
それを見た男子女子両生徒は歓声を上げる。
「きゃあああ!?四宮さんかっこいいーー!!」
「写真!誰か写真撮って!!1枚千円で買うから!」
「やべぇ!立花のメイド服破壊力やべぇ!!」
「放送部!マスメディア部!絶対写真撮れよ!!いやマジで!!」
「かぐやしゃまの…燕尾服…うっ」
「エリカーー!?しっかりーー!?」
意識を失って倒れる者すら現れる。だがそれだけ、2人の破壊力は凄まじかった。かぐやの燕尾服姿はまるで男装の麗人。髪も後ろでポニーテールの様にしており、その手の趣味の人には堪らない。美しいボディラインを持つかぐやだからこそ、燕尾服姿は非常に似合っていた。結果、多くの女子は黄色い悲鳴を上げていた。
対する京佳のメイド服は、男子にとって目の保養と同時に目の毒である。その理由は勿論、メイド服だ。日本男子というのは、大体メイド服が好きなのだ。そして京佳の、出ているところは出て引っ込むところは引っ込んでいるその体つきも合わさり、大勢の男子はテンションを爆上げ。雄たけびにも似た声を出す。
そう言った理由で、会場に居た生徒たちは熱狂していた。因みに2人共靴は運動靴である。
「きゃあああ!?かぐやさんかっこいいーー!?京佳さんかわいいですーー!?」
「確かに…!お2人とも凄く似合ってます…!」
「うっわー。ヤバイっすねあれ。破壊力凄いっすよ」
生徒会メンバーも他と同じような感想を呟く。
「ね、会長!2人共凄い似合ってますね!」
「あ、ああ。そうだな…」
そんな中、白銀だけ歯切れが悪い。それもそのはず。今の白銀には余裕が無いのだ。
(ああああ!?何だあれ!?似合いすぎだろ2人共!?綺麗だし可愛いしかっこいいしでもう俺の心は何かしっちゃかめっちゃかだよ!)
かぐやと京佳の仮装が白銀にドストライクだったから。しかしそれを表に出す訳にはいかない。白銀は舌を思いっきり噛んで何とか平常心を保つ。
そして当の本人たちはと言うと、
((思ってたより恥ずかしい…))
頬を少し赤くして恥ずかしがっていた。1学期に生徒会室で似たようなコスプレはしているが、あれは身内だけでの話。こうして、大勢の前でこんな姿をするのは初めて。恥ずかしいと思うのも無理はない。
(ですがここは耐えるのよ私。耐えて見事1着を取って見せる。そして会長に…!)
(我慢してやる。そして何としてでも先にゴールしてみせる!)
だが闘志は燃えていた。かぐやは1着を取って白銀に意識されたいから。京佳は単純にこの競技でかぐやに勝ちたいから。そういった理由で、2人はヤル気に満ちていた。
『では位置に着いて、よーいスタートォォォ!』
スターターピストルが鳴り響き、かぐやと京佳はは同時にスタートする。
『最初のネットくぐりは両者同時にくぐりました!これは熾烈な争いになりそうです!』
元々天才で運動神経も良いかぐやが優勢に動くと思われていたが、京佳だって運動神経では負けていない。かぐやとほぼ同時にネットにくぐり、進んでいく。
『両者譲らずネットをくぐりきりました!そしてそのままの勢いで平均台エリアに突入!』
勢いそのまま、2人は平均台を渡る。ここまで一歩も引かない。
「かぐやさーーん!京佳さーーん!頑張ってくださーい!」
「先輩達頑張ってーー!」
藤原と伊井野が2人を応援する。
「四宮さん!頑張って!」
「立花さん頑張れー!」
赤組白組の生徒もかぐやと京佳をそれぞれ応援をする。
『両チーム熱い声援を送っています!果たしてこの声援にこたえる事は出来るでしょうか!?』
(会長の応援が無い…)
そして平均台を渡り終えたかぐやはテンションを下げそうになっていた。先程から耳を澄ましているのだが、白銀から応援が何も無い。白銀はかぐやと違い赤組なのでしょうがないと言えばしょうがないのだが。
(そもそも早坂の言っていた事って結構無茶苦茶じゃない…会長は赤組なんだし、白組の私を応援する
とは限らないでしょうに)
競技が始まる前の早坂の言葉を鵜呑みにしたかぐやは疑問を抱き始める。そうこう悩んでいるうちに、京佳があっという間に並び、かぐやを抜かす。
『赤組立花さん!ここで白組四宮さんを抜いたぁぁ!このままゴールまで逃げ切れるかぁ!?』
ピンポン玉をスプーンに乗せて、少しずつ距離を離す京佳。これが終わればあとは3つある跳び箱を超え、ゴールまで走るだけだ。ここでかぐやが差し返さないと逆転は難しい。
そんな時だった。
「頑張れ、四宮」
かぐやを応援する白銀の小さい声が聞こえたのは。
『おーっと!ここで白組四宮さんもの凄い追い上げだ!どんどん赤組立花さんに追いすがる!』
「な!?」
かぐやはピンポン玉運びを終え、跳び箱を飛び越えあっという間に京佳の隣へと並ぶ。普通の人なら今の白銀の応援は絶対に聞こえない声だが、かぐやには聞こえた。本人は否定するだろうが、ひとえに愛の力かもしれない。
『並んだ!並んだ!果たして先にゴールするのはどっちだ!?』
「かぐやさーーん!頑張ってーー!!」
「立花先輩!ファイトですーー!」
「先輩方頑張って下さい!!」
並ぶかぐやと京佳。ゴールまで、あと10メートル。
「「はぁぁぁぁぁ!!」」
そして2人同時にゴールテープを―――
「……」
「あの、元気出して下さいかぐや様」
「……」
(ほんとどうしよ…)
結果は、かぐや2着。京佳1着というものだった。だがゴールした直後はどっちが先にゴールしたかわからず、もしもの為にと学園長が用意していたカメラによる写真判定となった。
そして生徒会含めた体育祭運営委員会が写真を確認してみると、先にゴールテープを切ったのは京佳だった。
それも自身の胸で。
もしも京佳がかぐやと同じくらいの胸のサイズだったらかぐやに軍配が上がっていただろう。それほどの接戦だった。だが最後に勝敗を決めたのは胸。これが胸がコンプレックスのかぐやに特大ダメージとなり、再び落ち込んでいるのだ。
「やっぱり豊胸手術を…」
「マジで思いとどまってください」
このままでは明日にでも整形外科に行くかもしれない。早坂も流石にそれは阻止したい。
「四宮、少しいいか?」
「え?」
声がした方にかぐやが視線を動かすと、そこには白銀がいた。なお早坂はいつの間にか消えている。まるで忍者だ。
「何でしょうか会長」
「そのな、今日の昼休み、昼飯一緒にどうだ?」
「へ?」
暗闇に光が灯る。かぐやの顔は瞬く間に明るくなった。
「いいんですか?私は白組ですよ?」
「関係ないさ。昼飯に赤組白組なんて。あ、でももし迷惑だったら…」
「いいえ。ぜひ一緒にしますよ」
「そうか。それはよかった。じゃあ昼休みに。場所はあとでメールするよ」
「ええ」
白銀はそう言うと歩き出す。
(ありがとう早坂。貴方の言った通りになったわ)
上機嫌になるかぐや。心の中で早坂に感謝もする。
「あ!かぐやさーん!こっちですよー!」
「え?」
だが暗闇に灯された光はひとつでは無かった。
「ここなら大勢座れるな」
「石上、伊井野はどうしたんだ?」
「大仏を呼びに行きました。直ぐ来ると思いますよ」
「おお!大仏ちゃんも来るんですね!楽しみです~」
かぐやの目の先には生徒会メンバー勢ぞろいだった。しかもこの後、風紀委員の大仏も来るらしい。
(2人きりじゃなかった…)
落ち込むかぐや。
(でもまぁ、これはこれで良しとしましょうかね…)
だが直ぐに明るくなる。灯がひとつしかないよりは、沢山あった方が明るくなるものだ。
そして数分後、伊井野が連れてきた大仏も合わせた7人で、一緒に楽しく食事をするのだった。
おまけ 京佳のメイド服姿を見た赤組男子の会話
「にしてもヤバかったな。立花のメイド服姿」
「ああ。しかも漫画みたいなミニスカメイドじゃないところがいい!是非雇いたいよ!」
「だよな。あとよ、やっぱり立花ってさ、胸がかなり大きい…」
「こらこらお前たち。あんまりそういう話をするんじゃない。女子の目だってあるんだぞ」
「あ、白銀」
「それもそっか。悪いな白銀。あと注意してくれてありがとな」
「全く…」
(あれ?何で俺は今イラついたんだ?)
早坂の仮装は中の人つながり。
次回も頑張る予定かもしれない。
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秀知院学園の体育祭(zwei)
昼休み
「いやー,こうして外で皆と一緒にご飯を食べるなんて新鮮ですねー」
「いう程新鮮ですか?いやまぁあんまり無い機会ではありますけど」
「あの、本当に私も一緒でよかったんでしょうか?」
「構わないよ。だって伊井野の友達だろう?」
「あ、ありがとうございます」
昼休み、生徒会メンバーと風紀委員の大仏は運動場の一角で昼休憩を取っていた。それぞれの手元には弁当がある。
「うっわー。かぐやさんのお弁当凄いですねー。車エビに牡蠣、それとそのお肉は牛のステーキですか?流石四宮家お抱えの料理人さんが作ったお弁当」
「違いますよ藤原さん。今日のは自分で作りました」
「ええ!?このお弁当かぐやさんの手作りなんですか!?」
「はい。四宮家の人間たるもの、これくらいできなければいけませんから」
他のメンバーの弁当は比較的普通だが、かぐやの弁当は豪勢の一言だ。お店で出せばひとつ1万円くらいはするだろう。それにしても量が多い。
「ただちょっと作る量を間違えてしまって、とてもじゃないけど1人じゃ食べきれないんですよ。良ければ皆さん食べませんか?」
「え!?いいんですか!?わーい!」
「ありがとうございます。え、エビ…お肉…」
かぐやは弁当を皆で分けて食べようと提案する。それを聞いた藤原は喜こび、伊井野は涎をたらしそうになった。
(中身は会長の好きな物で纏めています。1学期と似た作戦ですが、これならば会長も私の弁当に釘付けになってくるハズ!)
かぐやはこの昼休みに白銀を少しでも自分の事を意識させるためにある作戦を考えていた。それがこの弁当で、作戦名『男を落とすには胃袋を掴め』である。なお作戦名の命名は早坂だ。
(この私が作った弁当です。会長も直ぐに犬の様に食らいつくでしょう。さぁ会長、早く私の手作り弁当を食べなさい!)
あえて皆でという一言を付け加える事で食べやすい様にもした。直ぐに白銀もかぐやの弁当を食べるだろうと思っていた。しかし―――
「じゃあいただきまーーーす!」
「いただきます」
最初に手を付けたのは藤原と伊井野。しかもメインのオカズである肉やエビをである。そしてそれらを直ぐに口に運ぶ。
「んふーー!!美味しいですーー!!流石かぐやさん!」
「本当に美味しい。このお肉も凄くよく焼けてる」
「あ、ありがとうございますね」
2人の感想を聞いたかぐやだが、少しだけ顔が引きつっていた。
(ちょっと2人共!?それはメインのオカズよ!?普通こういう時は少し遠慮して周りのサブのオカズから手を付けるでしょ!?何でメインからいくのよ!?)
焦るかぐや。本人は1度も口にしなかったが、これは白銀の為に作った弁当だ。このままでは目の前の食い意地の張った意地汚い野良犬共に全てを食べられてしまう。
(これは、取っていいのか?いや、四宮も『皆で食べよう』って言ってたから食べていいんだろうけど、やはり少し躊躇するなぁ…)
そして白銀は悩んでいた。できれば欲望のままに好物である牡蠣を食べたい。しかし、常識のある白銀は真っ先にメインのオカズを取れずにいた。実際、京佳と石上と大仏はかまぼこや卵焼きを手に取っている。
(やはり最初は卵焼き辺りから食べよう…)
悩んだ末、白銀は卵焼きを手に取り食べた。
「ん!?美味いなこれ!?」
白銀は思わず声を出す。それだけかぐやが作った卵焼きは絶品だったのだ。柔らかく、ほんのり甘い。まさに理想の卵焼き。
「確かに。こんな卵焼きは初めて食べたな」
「そうですね。私もそれなりに料理はしますが、こんなの絶対に作れません」
白銀に続き、京佳と大仏も美味しいと感想を言う。
「あら、良かったです。皆さんのお口にあったようで」
かぐやは右手を顔の左頬に当てながら言う。これは少し前に早坂と共に作ったかぐやのルーティンだ。こうする事で、かぐやは白銀に恥ずかしい事を言われても表面上は落ち着く事が出来る。
(会長が美味しいって言ってくれた!会長が美味しいって言ってくれた!)
内面はパニック手前だが。
「では他にも…」
どうぞと言おうとしかぐやが弁当を見てみると、そこにはメインのオカズだった肉やエビ、そして牡蠣が無かった。
「ふいーー。美味しかったです。ねーミコちゃん」
「はい。あんなに美味しいお肉初めて食べました」
弁当箱から顔を上げると、そこにはやり切った感を出している野良犬が2匹。
「は?え?藤原先輩もう全部食べたんですか?」
「え?だってかぐやさんが食べていいって言うから」
「だとしても普通少し遠慮しません?てかメインのオカズ全滅じゃないっすか。残ってるのサラダや佃煮といったサブばっかじゃないですか。どんだけ食い意地張ってるんですか?」
「ミコちゃん…」
「だ、だって…本当にこのお肉美味しくて…つい…」
(保健所に連れて行こうかしら…)
(か、牡蠣が…)
(この佃煮も美味しいな)
結局白銀がかぐやの手弁当で食べれたのは卵焼きだけだった。
借りもの競争
『さぁ!次は借り物競争です!今の所白組リード!この競技で赤組はどれだけ巻き返せるでしょうか!』
昼休みも終わり午後の競技が始まる。今から行われるのは借り物競争だ。これに出場するのは、午前に行われた仮装障害物レースに出たかぐやと京佳だ。最も、今回は順番が違うため直接対決とはいかないが。
「そういえば会長。漫画とかだとお題のカードに『好きな人』とか書いている展開ってありますよね」
「あるな。実際にやったら問題だが」
「ですよねー」
白銀と石上がそんな話をする。もし実際、そんな事が書かれたカードがあれば絶対に問題になる。故に体育祭運営もそういった事は一切書いていない。
「あ、四宮先輩がこっちに来ますよ」
「え?」
話していると、かぐやが2人の元にやってきた。
「石上くん、一緒に来て」
「え!?僕ですか!?」
そして石上の手を取り、ゴールへと向かう。
(一体どんなお題なんだろう?まさか好きな人って事はないだろうけど…)
ゴールに向かう途中、石上はかぐやが持っているカードの事を考える。
「あの、四宮先輩。お題は何だったんですか?」
「これよ」
ゴールした後、かぐやに石上が訪ねるとかぐやはカードを見せる。
『後輩』
「あ、成程」
石上は納得した。そしてやはり現実は漫画の様な展開など無いと再認識したのだった。
(何で四宮は石上を?まさか、四宮は…)
残された白銀は嫌な事を考える。それはかぐやが石上の事を好きなのではという事だ。そんな時、
「白銀、私と一緒に来てくれ」
「え?俺?別にいいが」
京佳が白銀の元にやってきた。そして白銀の手を握ってゴールへと向かう。しかしその途中、
(あ、女子に手を引かれるってなんか恥ずかしい…てか立花の手って柔らかいな…ってそうじゃない!一体立花のお題って何だ?まさか好きな人とか?)
白銀は恥ずかしがってた。大勢の前で異性に手を握られ走るというのは、思いのほかくるものがある。そして恥ずかしがりながら2人はゴールをした。
「なぁ立花。カードにはなんて書かれていたんだ?」
「これだよ」
『生徒会長』
「いやこれもう名指しじゃねーか」
この学校に他に生徒会長はいない。完全に白銀名指しのお題だった。
(手を握ったですって?あの女一体何をしているの?私でさえ会長の手を握った事なんて無いのよ?それをこの機会に握るなんて…なんて卑しいのかしら…)
(なんか四宮先輩から目に見えない何かが出てる気が…!)
そしてその光景を見たかぐやは京佳にもの凄く嫉妬した。
2人3脚
「まさかあんたと組むなんてね」
「まぁこんな事もあるだろう」
眞妃は京佳と共に2人3脚に挑もうとしていた。本来なら別の生徒が眞妃と走る予定だったのだが、組む予定だった女子が体調を崩してしまい、代理として京佳が選ばれたのだ。
「ま!やるからには勝つわよ。私、負けるのって嫌いなのよ」
「ああ。勿論だ」
既にとある事では親友に大敗北をしている眞妃だがそれはそれ。この競技では絶対に勝ちたいという強い想いがある。
『それでは位置に着いて…………スタート!!』
スターターピストルが響き、生徒たちが一斉にスタートをする。
「「いちに!いちに!」」
眞妃と京佳のコンビは息が合いかなりのハイペースだ。後続が追いすがるが中々追いつけない。
(よし!これならもう勝ちは貰ったわね!これに勝ったところで何かある訳じゃないけどさ!)
眞妃は勝利を確信。そしてゴールまであとわずかというそんな時だった。
「さっきの翼くん凄くかっこよかったよ」
「はは。ありがとう渚。そういう渚もさっきの競技、かわいかったよ」
「もうーやだー。こんなところでー」
応援席でイチャイチャしている柏木渚と田沼翼が見えたのは。
『おーーとどうした!?四条さんが突然地面に手と足を着いたぞ!?』
「どうした眞妃!?」
「ううううううう!!!うわうわうわうううう!!!」
「ほんとどうした!?お腹でも痛いのか!?」
『一体どうしてのでしょう!?足首を挫いたのでしょうか!?』
その後、京佳が眞妃をおんぶしながらゴールする事となった。勿論最下位である。
なお、真紀が京佳におんぶされているのを見て一定の女子がかなり羨ましがった。
保護者の方々
「そうですか。奥さんが」
「ええ。そして未だに出て行った妻には未練があります。情けない男でしょう?」
「そんな事ありません。私もまだ亡くなった夫の事が忘れられないので未だ指輪を外せませんし」
保護者席では、白銀父と京佳の母親である佳世が話していた。この2人、他の保護者が夫婦そろって子供の体育祭を見に来ているのを見て『いいなぁ…』と同じタイミングで呟いたのだ。それから何故か意気投合。いつの間にかお互いの身の上話をするまでになっていた。
「全く、昼間から酒なんて飲むもんじゃないですな。つい色んな事を話してしまった。いやほんと申し訳ない」
「いいえ。私も色々話せてスッキリできましたし。中々こういう話は出来ないもので」
そう言うとお互い、手にしたビールを飲む。最早この2人だけ居酒屋にいる気分である。
「おい父さん。昼間から飲まないでくれよ」
それを見た白銀が、父親にアルコールを控えるように促す。
「おお、御行」
「あら白銀くん」
「「「え?」」」
3人の声がハモる。
「立花のお母さん?」
「え?京佳ちゃんのお母さんだったんですか?どうも初めまして。この御行の父です」
「あら、白銀くんのお父さんだったんですね。初めまして。京佳の母です」
「いや仲良さげ話してたのに誰か知らなかったのかよ!?」
こうしてようやく2人は名前を知った。
「あちゃー。完全に迷ったなーこれ。京佳は目立つからわかりやすいけど母さんどこにいるんだろ?」
「きゃ」
「あた」
「あら~。すみません~」
「あ、いえいえ。こちらこそ」
(あら~。身長高いわねぇ~)
(うわ。すげー美人。てか露出多いな…)
そして同時刻、校内のどこかで高身長自衛官と露出の激しい女子大学生が出会っていた。
『もしかして私達』
『入れ替わってるーーー!?』
校庭では応援団が予定通り応援合戦を始めた。男子は女子の制服を、女子は男子の制服を着て応援している。
「きゃあああ!!つばめ先輩ーーー!!」
「団長かわいいいーーー!!」
「風野くんーーー!!」
(皆めっちゃ楽しんでいる。心配してた僕が馬鹿見たいだな)
応援団に入った石上は当初、この応援が受けるとは思っていなかった。しかし結果は大成功。自分への声援こそないが、誰もかれもがこの応援合戦を楽しんでいる。
「お疲れ石上。よかったぞ」
「はい!可愛かったですよ石上くん!」
「面白かったぞ」
「ええ、見ていて楽しかったです」
「ありがとうございます」
応援合戦が終わった後、生徒会のメンバーは石上に労いの言葉を投げる。それを聞いた石上は、応援団に入ってよかったと思っていた。因みに伊井野は次の競技がある為ここにはいない。
(ほんとよかった…これからはもう少しだけ上を向いていこ…)
最初こそ何で応援団に入ったか自分でも疑問に感じていたが、今ではその選択は間違えていなかったと思える。そしてこれからは、もう少しだけ明るく行こうと石上は考えた。
「随分楽しそうじゃん。石上くん?」
「え…?」
だがトラウマというものは、こんな時にこそやってくるものなのだ。
次回、体育祭編完結予定。
がんばるぞい。
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秀知院学園の体育祭(drei)
今回で体育祭終わり。
数か月前―――
「何?要注意人物だと?」
「はい会長。そういった生徒が進学してくるそうですよ」
「えぇ…かぐやさん、何ですか要注意人物って…何か怖いんですけど…ね?京佳さん」
「確かにそう言われると怖いな。どういう生徒なんだ?」
「何でも自分が好意を向けていた女生徒をストーカーし、その女生徒と恋仲だった男子生徒を無理矢理別れさせるため殴ったとかそんな噂のある生徒です。実際、大勢の生徒が殴ったところを目撃しています」
「ストーカーか。それは穏やかじゃないな」
生徒会では業務の休憩中に白銀、かぐや、藤原、京佳の4人が話をしていた。話題は中等部から進学してくるとある生徒の事である。かぐや曰く、かなりの要注意人物らしい。
「おまけに未だに反省文を提出していないそうですよ。教師たちも困っているとか」
「成程。しかし四宮が人の噂を気にするとは珍しいな。何かあったのか?」
かぐやは基本的にこういった噂話を気にしない。そんなかぐやが気にする噂。白銀はそこが気になり問いかける。
「ええ。この話を聞いた時、少し妙な違和感を感じまして」
「違和感?」
「はい。本当に些細な違和感でしたが、どうもひっかかって」
「ふむ……藤原」
「はい!仲の良い後輩に色々聞いてみますね!」
「立花」
「了解だ。中等部の教師に話を聞いてくるよ」
「では私も色々調べてみます」
こうして生徒会はその噂の生徒を徹底的に調べてみる事にした。なんせあの四宮かぐやが気にするレベルである。調べる価値は十分にあるだろう。
その後の調査で、生徒会はその生徒がとある女生徒を守るために起こした行動だったのではないかと判断。
そして白銀はその結論が書かれたレポートを持って噂の男子生徒、石上優の家へと赴いた。
「誰…ですか?」
部屋の中にいた石上は酷い顔をしていた。髪は伸び、目には隈があり、肌は白く、声も枯れかけている。長い間、部屋に閉じこもっていたのは明白だ。
「俺は秀知院学園高等部生徒会長、白銀御行だ。石上優。君に話したい事があってきた」
「僕に?」
白銀は調べあげ、生徒会で出した結論を口にする。
「以上が俺達、生徒会が出した結論だ。ついでに言うと、大友と荻野の2人はその後直ぐに破局。そして2人共既に秀知院を去っている。荻野の方はわからないが、大友の方は今は楽しそうに別の学校で過ごしているよ」
「それ、本当ですか?」
「やはり見立てに間違いななさそうだな」
白銀は、石上優という生徒が噂通りの生徒ではないと確信する。
「確かに、もっとスマートなやり方があったのは事実だ。だが結果として、荻野は悪い遊びをやめ、大友に被害が及んでいる事は無い。お前の目標は達している。頑張ったな、石上。よく耐えた。お前は決して、おかしくなんてない」
「は…はい…!」
この日、石上は突然現れた白銀に救われた。その後、白銀の推薦もあって生徒会に所属。今では替えが効かない程優秀な会計へ、そして生徒会の大切な仲間となっている。
「石上!私あんたのせいで荻野くんと別れたのよ!どうしてくれるよの!」
時間は体育祭へと戻る。運動場では、団体対抗リレーの真っ最中だ。そして石上は、足を怪我した応援団長の代わりにアンカーとして出走していた。今は自分にバトンがくるのを待っている。
そんな石上のすぐ近くにあるた保護者用のテントには大友がいた。その目には石上に向けた敵意が籠っている。
「全部全部アンタのせいだ!」
石上に罵詈雑言を浴びせる大友。
「全く、よくもまぁ好き勝手にあんな事が言えますね」
「ですね」
そんな大友を見ているかぐやと早坂。この2人は石上が起こした事件の真相を知っている。それ故、何も知らずに石上に罵声を浴びせている大友に苛立ちを覚えるのだ。
「もし彼女が真相を知ったら、果たしてどんな顔をするでしょう?」
「あの、かぐや様?言いませんよね?」
「ええ、言わないわよ。それが石上くんの願いだもの」
石上から事件の真相を聞いたかぐやは当初、勿論真相を公表するものだと思っていた。しかし石上はそれを拒否。
「何も知らなければ彼女は笑顔のままでいられるから、ね」
もし事件の真相を公表すれば、大友は間違いなく傷つく。そうなれば今まで自分が黙っていた事も無に帰す。よって石上は、いくら大友に荻野の被害が及ばないと知っても、彼女の笑顔を守る為に真相を公表する事を拒否したのだ。
「クソ石上!顔からこけて怪我しちゃえ!」
(それにしても耳障りですね…)
だがそれはそれとして、大友の罵声はかぐやの苛立ちを大きくさせる。正直、直ぐにでも口をホチキスで塞いでやりたい気分だ。
(石上くんは大丈夫かしら?)
いくら石上が過去を乗り越えたとしても、いつトラウマが再発するかわからない。もしかすると大友が現れたこの瞬間にも、石上の精神は限界に向かっているかもしれないのだ。現に今の石上の顔色は決して良くない。どこか目も虚ろでもある。
「会長?」
そんな時、自分の走る番を待っていた石上の元へ白銀が行くのが見えた。そして石上の頭に自分がしていた鉢巻をまく。すると石上の顔色が良くなり、目も真っすぐ前を向きだす。
(ああ。あれなら大丈夫ですね)
かぐやはもう石上を心配する必要は無いと思い、リレーを見る事にした。
一方、大友から罵声を浴びせられていた石上はある事を思い出していた。
『お前が反省文に書く文章はこうだ!』
かつて白銀が反省文に殴り書いた言葉を。
『初めまして石上くん。今日からよろしくお願いしますね』
『よろしくです~』
『困った事があったら何でも相談してくれ』
自分の事を見てくれた生徒会の先輩達を。
「ちょっと!何か言いなさいよ!石上!」
未だに石上に罵声を浴びせる大友。そして石上はそんな大友に対して、
「うるせぇばーか」
と言い、バトンを受け取り走って行った。
「ふふ、ほんと可愛い後輩だわ」
それを見たかぐやは笑いながら石上の走りを見るのだった。
「ほんと石上って最悪!何がうるせぇバーカよ!」
大友は絶賛不機嫌だった。先程まで行われていた団体対抗リレー。その時に石上に言われた言葉が原因だ。
「そうだよね!本当の事でも言っていい事と悪い事があるのに!」
「え?」
「ほんとだよね!言わないのが優しさってのもあるのに!」
「え?」
隣にいた秀知院在学の友人たちに突然そう言われる。不意にナイフで背中を刺された気分だ。
「まぁ…うん…私…進学試験落ちたから…別の学校に行ってるんだけどね…」
「京子って成績、下から3番目とかだったもんね…」
「いやあの、実は1回だけ…最下位も取った事あります…」
「えぇ…」
「だからもう少し勉強しとけって言ったのに」
大友が高等部へ進学できなかった理由は、進学試験に落ちたからである。実は彼女、成績が非常に悪かった。それこそ、石上よりずっと。
秀知院は進学試験が比較的緩くなっており、最低限の勉強さえしていれば進学は可能なのだが、大友はその最低限の勉強すらしておらず進学試験に落ちた。そして現在は、都内の女子高に通っている。
「でももう帰るの?打ち上げに顔出せばいいのに」
「ごめーん。私この後合コンだから」
「ええ…」
「そういやこういう子だったわ…」
「でも今日はよかったよ。石上に言いたい事言えたしね」
ファイテングポーズを取りながらそう言う大友。そして校門まで行こうと校舎の曲がり角を曲がった時、
「わぶ」
大友は何かにぶつかった。
(え?何これ?柔らかい…)
自分の顔に当たるどこか既視感のあるとても柔らかい感触。できればもう少し堪能していた気分である。
(いやまって。ひょっとしてこれ、胸?)
大友は既視感のある柔らかい何かの正体に気づいた。それは自分にもついている2つの双丘だ。つまり今自分は、女性の胸に顔をぶつけたのだと理解する。
「あ、すみませ…」
いつまでもこのままの状態でいる訳にはいかないので顔を離す大友。そして1歩下がり、ぶつかった相手を見て驚いた。
(いやでっか!?)
大友の目の前にいたのはとても身長の高い胸の大きい女生徒だった。しかも何故か左目にはゴツイ眼帯を装着している。
(何この人。何で眼帯なんて…ってそうじゃなくてとりあえず謝らない…と…)
大友は少し呆気の取られたが直ぐにぶつかった事を謝まろうとした。しかし、目の前の高身長の女生徒の隣にいたもう1人の女生徒を見て固まる。
そこにいたのはニット帽のような帽子をかぶった目つきの悪い女生徒。あまり秀知院のVIPな人達を知らない大友さえ知っている有名人であり、秀知院で絶対に敵に回してはいけないと言われる人物。
(り、龍珠桃先輩!?)
広域暴力団「龍珠組」組長の娘、龍珠桃。
大友は再び目の前にいる長身の女生徒に目を向ける。左目に医療用の白いカーゼの眼帯ではなく、何の素材かわからない黒く大きな眼帯。そして非常に恵まれた身長。それを見た大友はその女生徒の正体に当たりをつける。
この人は恐らく、龍珠桃の護衛なのだと。
暴力団組長の娘とその護衛。そしてぶつかったのは自分が前をよく見ずに歩いていたから。つまり悪いのは自分で、この場において狩られる側も自分。
(こ、殺される…!?)
非常に短絡的な思考だが、大友は直ぐにそう思った。
「ご、ごめんなさぁぁぁぁぁぁぁい!!」
そして命の危険を感じた大友はその場から脱兎の如く逃走。その目には涙が浮かんでいる。
「あ!京子ーーー!?」
「ご、ごめんなさい!ごめんなさい!!」
それを見ていた大友の元学友たちも後に続く。残ったのは高身長女生徒と龍珠の2人。
「なぁ立花。今のってさ、私とお前どっちにビビったと思う?」
「両方じゃないか?」
勿論その場にいた高身長女生徒は龍珠の護衛などでな無く京佳である。この2人、ちょっとお花を摘んできた帰りに大友にぶつかり今のような事が偶然起こったのだが、2人とも割と慣れた出来事だったので特に落ち込まず、いつもと変わらない状態で話す。
「にしても、私はともかくお前未だに怖がられてるんだな」
「みたいだな。やっぱこの眼帯が原因か」
「いや身長だろ。女子で180って何だよ。私も最初見た時ビビったぞ」
「身長に関しては言わないでくれ。気にしてるんだよ」
「あ、わりぃ」
仲良さげに話す京佳と龍珠。というのもこの2人、1年生の頃に白銀と共に生徒会に所属していた頃からの付き合いで、数少ない友人なのだ。
「ところで龍珠。そろそろ戻らないか?最後の選抜リレーもあるし」
「ダルい。このままさぼっていいか?」
「あと少しなんだから我慢しろ。テントにいるだけでもいいんだから」
「ったく、面倒くさい」
こうして2人はテントへと戻って行った。
その後、最後の種目である選抜リレーが行われ、
『赤組!大勝利!優勝です!!』
体育祭の勝利は赤組となった。
こうして、秀知院学園体育祭は大いに盛り上がり大成功を収めたのだった。なお石上は、体育祭終了後に応援団の打ち上げに参加。自分でも驚く程盛り上がった。
因みにだが、大友はその後体調を崩し、合コンへは行けずじまいだった。
小話
石上くんが生徒会に入るまで生徒会は会長以外女子しかいなかった為、一部の生徒から『ハーレム生徒会』と言われていたとかなんとか。
ちょこっとだけ大友ちゃんに仕返し。これで体育祭は終わりです。次回からまた日常書いていきます。
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立花京佳といい夫婦
追記、赤ちゃんの名前を変えました。
「どうですかミコちゃん、このコーヒーは」
「凄く美味しいです!こんなの初めて飲みました!お代わり貰ってもいいですか?」
「勿論です!でもよかったですよー。何でかこのコーヒー皆に不評でして」
(四宮先輩…あのコーヒーって…)
(石上くん、知らない方が幸せな事もあるのよ?)
生徒会室ではかぐや、藤原、石上、伊井野の4人がお茶をしていた。藤原と伊井野はコーヒーを飲み、かぐやと石上は紅茶を飲んでいる。
因みに伊井野が飲んでいるコーヒーは『コピ・ルアク』というとても貴重なコーヒーだ。その正体はジャコウネコの糞からとれる未消化のコーヒー豆である。それを知っているから、かぐやと石上は紅茶を飲んでいる。なお、販売する際はしっかりと洗浄されているので別に不潔な豆では無い。2人が飲まないのは単純に気の持ちようである。
「にしても、暇っすね」
「まぁこの時期はね」
現在生徒会は、暇を持て余していた。生徒会選挙に体育祭というイベントも終了し、次に忙しくなるのは文化祭。それまでは特に大きな行事が無い。
勿論色々と仕事はあるのだが、それでも普段に比べると仕事は減る。よって生徒会メンバーは、こうしてお茶をしながらゆったりとしているのだ。
「そうだ!貰い物のチョコレートもあるんですけど食べますか?」
「チョコ!?食べます!」
藤原に差し出されたチョコレートをモリモリ食べる伊井野。
(伊井野さんって結構食べるのね)
かぐやは伊井野が見た目によらずよく食べる事を発見。一体この小さい体のどこにそこまで食べ物が入るのだろう。不思議である。
「お疲れー皆ー」
「あ、会長。お疲れ様で…」
そんな発見をしている時、白銀が生徒会室にやってきた。かぐやは直ぐに白銀に挨拶をしたが、それが最後まで続く事は無かった。その原因は、白銀の隣にいる京佳にある。
「「「え?」」」
藤原、石上、伊井野が同じ反応をした。3人共、視線は京佳に向いている。そしてこんな反応をしたのは京佳が抱きかかえているものにあった。
京佳の腕の中には赤ん坊がいた。それも生まれて数か月といった感じの。
(え?何あれ?え?何あれ?)
かぐやは紅茶の入ったカップを持ったまま、何故京佳の腕の中に赤ん坊がいるかを考える。だがある人物の発言で考えている事全てが吹っ飛んだ。
「その子会長と京佳さんの子供ですか!?」
ガチャン!!
藤原がそう発言した瞬間、かぐやは手にしていたカップを落とす。そのせいでカップは床に落下し、中に入っていた紅茶をぶちまける。幸い、カップそのものは割れていない。
(こども?かいちょうとたちばなさんのこども…?なにそれ?どういうこと?)
あまりのショックに若干幼児退行するかぐや。因みに周りの反応といえば、伊井野は固まり、石上は目を見開き、藤原は顔を赤くして驚愕している。そしてそんな藤原の発言に対して白銀は、
「んな訳ねーだろぉぉぉ!」
声を荒げて否定したのだった。
「ふえぇぇ…」
「あー、よしよし。白銀、あまり大きな声を出さないでくれ。この子がビックリしちゃうだろ」
「あ、すまん…」
否定した白銀だが、京佳とのやり取りは完全に夫婦そのものである。これを見た生徒会メンバーは『真実だけど恥ずかしくてつい否定した』と認識。
「どういう事ですか会長!?いつですか!?一体いつの間にこさえさせたんですか!?あと名前は!?」
「が、学生の身でありながら何てことを!!というかどうするんですか!?子供を育てるのって凄く大変なんですよ!?お金だって日本だと平均2000万円かかるって言われてるのに!!」
「マジっすか。おめでとうございます会長。あ、出産祝いは何がいいですか?」
(い、息が…!)
藤原は白銀と京佳に詰め寄りながら質問をし、伊井野は子育てが如何に大変かを言い、石上は素直に祝福し、かぐやは過呼吸になった。
「ほんと待てお前ら!1回ちゃんと説明させろ!」
「ふえぇぇ…」
「皆、静かにしてくれ。ほんとに泣いちゃうぞこの子」
「で、結局この赤ちゃんは何ですか?会長、京佳さん?」
「そうですね。きちんとした説明を求めます」
「まぁ流石にそういう意味じゃないでしょうけど、結局誰の子なんですか?」
「うー」
「うわぁ…手ちっちゃい…かわいいい」
数分後、何とか冷静さを取り戻した一同は京佳が抱きかかえてきた赤ん坊の正体を聞き出す。藤原は興味深々といった感じで、かぐやはどこか殺意の籠った眼差しをして。
因みに現在も赤ん坊は京佳が抱きかかえている。そして伊井野はそんな赤ん坊に近づき手を触っていた。
「ついさっきの話なんだが」
白銀は説明を始める。
事の発端は数分前。白銀と京佳はいくつかの資料を貰うため職員室へと行っていた。そして資料を受け取り、2人で生徒会室に向かおうとした時、後ろから声をかけられた。
「あ、白銀くん!ちょっといいかな!?」
「はい?」
「ん?」
白銀と京佳が振り向くと、そこには眼鏡を掛けた優男といった感じの男性教師、3年生担当の有馬先生が赤ん坊を抱きかかえた状態で立っていた。
「どうしました有馬先生?」
「実はお願いがあって、2時間くらいでいいからこの子を預かってくれない?」
「え?」
有馬教師は抱きかかえている赤ん坊を預かって欲しいと言ってきた。
「あの、どうしてですか?そういうのは託児所とかに預ければいいのでは?」
当然、白銀は困惑。生徒会は託児所では無いのだ。
「うん、そう思うよね。僕もそう思ってるよ。でも今日は本当にどうしようも無くって…」
有馬先生曰く、普段は彼の奥さんが子供の面倒を見ているらしいのだが、急遽どうしても外せない仕事が出来てしまい、つい先ほど学校までやってきて、子供を預かって欲しいと言ってきた。
しかし自分もまだ学校での仕事がある。しかも今日はこの後、学園長と一緒に学校の外へと顔を出さないといけない。流石に子供を連れて行く事は出来ない。
そこで用事が終わるまでのおよそ2時間の間、自分の子供を生徒会に預けてはどうかと学園長に言われ、こうして白銀に頼んでいるとの事なのだ。
(あの人またこんな事を…)
思わずため息をつきたくなる白銀。学園長の無茶振りには本当に悩まされる。
「他の先生たちも忙しくて、他に頼める人もいないんだ。今から託児所を見つけて預かる時間も無くて…どうか、お願い。この通り」
有馬先生は頭を下げながら白銀に子供を頼もうとする。
「顔を上げてください有馬先生。そういう事ならわかりました。生徒会が責任を持ってその子を預かりますから」
白銀は優しい。こうして困っている人がいたら、思わず手を貸してしまう程に。
「ありがとう!本当にありがとう!それじゃあお願いするね。あ、替えのおむつやミルクは全部この中に入っているから」
有馬先生はそう言うと、持っていた鞄を白銀に渡す。そして子供を白銀に渡そうとする。白銀も赤ん坊を受け取ろうした。
だがここで問題発生。
(赤ちゃんってどう抱けばいいんだ?)
白銀は赤ん坊を抱いた事が無かったのだ。
(もし変な抱き方して怪我でもさせたら大変だ…どうすればいい?)
一向に赤ん坊を受け取らない白銀。
「白銀、どうした?」
「白銀くん?」
そんな白銀を見た京佳と有馬先生が話かけてくる。
「すみません。赤ちゃんってどうやってだっこすればいいんですか?実は俺そういう経験無くて…」
「ああ、成程。そういう事なら私が代わりにだっこするよ。赤ちゃんならだっこした経験あるし」
「す、すまない立花…」
結局白銀はオムツやミルクが入った鞄だけを受け取り、赤ん坊は京佳がだっこする事となった。白銀は少しだけ、自分の無力さを痛感する。
そして有馬先生はそのまま学園長と共に用事をすますため学校の外へ。白銀と京佳は生徒会室へと向かった。
「という事なんだ」
「成程、有馬先生のお子さんでしたか」
かぐや達は納得した。先程は藤原の発言でパニックになりかけていたが、こうやって冷静になり話を聞く事により事の顛末を理解できた。
「これ藤原先輩のせいですね」
「な!?私のせいですか!?」
「いやそうでしょ。急に子供がどうとか言い出したから僕たち皆あんな感じになったんじゃないですか。というか開口一番『2人の子供ですか?』って何すか?普通そんな事言いませんよね?」
「ふぐ!」
「そうですね。藤原さんの早とちりで私達皆軽く混乱しちゃいましたし。少しは反省しなさい」
「うぐ!み、ミコちゃ~~ん!」
「あの、ごめんなさい藤原先輩。流石に今回のは…」
「そんなぁぁぁ!!!」
石上とかぐやが同時に藤原を責める。伊井野に慰めて貰おうとした藤原だったが、その伊井野からも言われる。藤原は思わず床に膝をついた。
「ふぇ…えぐ…」
そんな時、京佳がだっこしている赤ん坊がグズりだした。
「おっとよしよし。どうしたんだ?」
京佳は椅子から立ち上がり、赤ん坊をあやす。
「何か、立花先輩ってああいうの似合ってますね」
「わかりますよ石上くん。なんていうか京佳さんってお母さんって感じしますよね」
赤ん坊をあやす京佳を見た石上と秒で復活して藤原がそんな事を言う。
「そうだな。立花は間違いなく良い母親にも、良い嫁さんになるだろう」
そして白銀も京佳にそう発言をする。もし今の白銀の発言をかぐやが言われた場合、『これは実質プロポーズ!?』となり熱を出して倒れていた事だろう。
「ふふ、そうか。それはどうも。でも白銀だって良い父親、良い夫になると思うぞ?」
「え?俺がか?」
「あーわかります。会長って凄く良い父親になる感じしますよね。なんていうかそういう雰囲気が出てるっていうか」
「確かに。会長だったら良い夫にもなりそうですよね。奥さん色々苦労する事あるかもしれませんが…」
「おいこら。苦労って何だ」
(そうかなぁ…?)
石上と藤原は京佳に同意したが、伊井野は納得できずにいた。彼女の中では未だに白銀に様々な不信がある。よって良い父親になるとは思えないでいた。
そんな中、今の発言を良く思わない者がいた。
(ああ、そういう事ですか…つまり会長に自分は良い母親になれる事をアピールしているんですね?会長はお母様がいませんからそういう手段を取り、そしてこれを機に会長を篭絡させる腹積もりなんですね?ほんとなんて卑しい女なんでしょう…)
勿論かぐやだ。
白銀家には母親がいない。それは父親の借金が原因で出て行ったからだ。そんな母親のいなくなった環境で育った白銀は母性に飢えている可能性がある。
そして京佳は、それを利用していると思っているのだとかぐやは思い込んでいるのだ。勿論、言いがかりなのだが。
(こうなったら私もあの赤ん坊をだっこして母性をアピールしなければ!幸い、自分も赤ちゃんをだっこしたいと言うのは自然な事!特に不信に思われる事はないでしょう!)
このままではマズイと思ったかぐやは自分も赤ん坊を抱っこするべく動き出す。
「びぇぇぇぇぇ!」
しかし、かぐやが赤ん坊を抱っこしたいと言うより先に、突然赤ん坊が泣きだした。
「おっと、これは…オムツだな。白銀、鞄の中からバスタオルとオムツを取ってくれないか?」
「わかった」
京佳に言われ、預かっている鞄の中からオムツを取り出す白銀。そしてそれを受け取った京佳が生徒会室の床にバスタオルをしき、テキパキとオムツを変えはじめる。
「え、女の子だったんですか?」
「ちょっと石上、今すぐ目を閉じなさい。この変態」
「おい待て。いくら何でも生まれて1年もたっていない女の子の裸見て興奮はしねーぞ」
「どうだか」
「お前マジで僕を何だと思ってる訳?」
オムツを変えている最中、石上と伊井野の間でそんな会話があったりした。
「え、早…京佳さん、何でそんなに早くできるんですか?」
「前に母さんから『若いうちにオムツを変える練習しときなさい』と言われてね。言い方は悪いが、近所の赤ちゃんで練習したんだよ」
「ほえー」
京佳の母親は昔、息子のオムツを変えるのに苦労した経験があった。なので娘にはそんな苦労をさせたくないと思い、同じマンションに住む親子に頼み、練習をさせていたのだ。おかげで京佳はこうしてオムツを変える事ができている。
「白銀、これはゴミ袋の中に入れておいてくれ」
「了解だ」
京佳から使用済みオムツを受け取り、白銀はそれをゴミ袋へ入れる。
「よーしよし。スッキリしただろ」
「きゃっきゃっ」
「おお、笑顔になった」
オムツを変え、京佳が再び赤ん坊をあやし始める。スッキリしたのか、赤ん坊はご満悦だ。それを見た白銀も感心する。
(ふん。私だってオムツくらい変えれますよ。それこそ立花さんより早くね!)
そしてかぐやは京佳に謎の対抗心を燃やす。しかしそんな時だった。
「何ていうか、会長と立花先輩ってああして並ぶと本当に夫婦みたいですね」
石上がさらっととんでもない発言をしたのは。
(は?)
それを聞いたかぐやは呪詛を放ちそうな気分になる。
「確かにそう見えなくもないですね~」
「まぁ、そうですね」
藤原と伊井野も同じような事を言う。
「おいやめろ皆」
「あれ~?もしかして会長照れてます?へ~~」
「違うそんなんじゃない。てかそんな顔をするな藤原。あとそういうのは立花に失礼だろ」
「いや、私は別に構わないが」
「……」
少し顔が赤い白銀。そんな白銀をみてニヤつつく藤原。満更でもない京佳。目から光を失うかぐや。
だがそれだけでは無かった。
「ぱー。まー」
赤ん坊がそんな単語を口にした。それも白銀と京佳の2人を見ながら。
「今のって…」
「多分、パパとママじゃないですかね?」
藤原と石上は赤ん坊の発言を分析。その結果、今のは『パパ』と『ママ』だと判断。
「あ、そう言えば聞いた事あります。小さい子は皆が父親と母親に見えるって」
「成程。赤ん坊には私達がそう見えるのか。それにしても、パパとママか」
「う、うむ…まぁ赤ん坊の言う事だ。特に気にする事も無いだろう」
藤原の発言に京佳は嬉しそうにし、白銀は少し恥ずかしそうになる。
「きゃっきゃっ」
そんな周りの事などお構いなしに、赤ん坊は笑いながらかぐやの方を見る。
そしてかぐやはというと、
(なんて子でしょう…まるで悪魔じゃない。そうやって私の邪魔をして内心笑いながら楽しんでいるのでしょう?こんな子が将来日本を駄目にするに違いないわ…)
赤ん坊に殺意を向けそうになっていた。本当に大人げない。勿論だが、赤ん坊にそんな気はない。ただ偶然、かぐやの方を見ながら笑っただけである。
「立花さん。私もその子をだっこしてもいいですか?」
「ああ」
かぐやは直ぐに行動を起こす。兎に角今の発言を上塗りしなければならない。そこで当初の予定通り、赤ん坊をだっこして白銀に母性を感じさせる作戦を取る。
「私も!私もだっこしたいです!」
「あの、私も…」
「僕はいいです。赤ちゃんだっこするのなんか怖いし」
「お前ら。一応言っとくがこの子は物じゃないからな?」
少し興奮している藤原たちに念の為注意をしておく白銀。もしもがあったら生徒会の責任なのだ。注意するのも当たり前だろう。
「それではさっそく」
「ほら。ゆっくり」
京佳から赤ん坊を受け取り、腕の中でだっこするかぐや。
(さぁ!早く私の事をママと呼びなさい!そうすれば会長も私に母性を感じる筈!さぁ早く!)
そして赤ん坊をめっちゃ自分の為に道具扱いしていた。有馬先生は怒っていい。
「……」
(あれ?)
しかし、赤ん坊は全くそんな事を言わない。というか無反応である。視線もかぐやではなく、何も無い空中を見ている。
(どういう事!?この私がだっこしているのよ!?無反応って何よ!?前に親戚の子をだっこした時は普通に嬉しそうにしてたのに!)
まさかの展開に慌てるかぐや。これでは白銀に母性を感じさせる事が出来ない。
「かぐやさん!次私!」
「え、ええ…」
結局赤ん坊は何も反応せず、かぐやから藤原へと移る。
「まー」
「えへへへ。ママですよ~」
「いや違うでしょ」
藤原にだっこされた赤ん坊は、今度はしっかりと反応。自分をママだという藤原に石上はツッコミをいれる。
(な、何で?どうして?どうして私には反応しないの?)
京佳と藤原には反応をしたのに、自分には反応しない。そして思う。これはつまり、自分は京佳や藤原より母性で劣っているという事なのではないかと。
(嘘でしょ?立花さんはまだしも、私はこの頭空っぽな女より劣っていると言うの!?そ、そんな訳…!)
無いと言えない。事実、赤ん坊は自分には無反応なのだ。
(このままじゃ…!)
『赤ん坊が何も反応しないとはな。つまり四宮には母性のかけらもないと言う事か。悪いがそんな女性と一緒になれる事は絶対に出来ない』
(って会長に言われ失望されちゃう!!)
いくら何でもそれは無いと言いたい。そうやってかぐやが落ち込んでいると、今度は伊井野が赤ん坊をだっこする。
「ちっちゃい…これが命の重み…」
「間違っちゃいないけど大げさだなお前…」
「……」
(ん?)
伊井野が赤ん坊をだっこしているのを見ていたかぐやだったが、ある事に気づく。赤ん坊が自分の時と同じように、無反応なのだ。
(どういう事かしら?確かに伊井野さんには母性なんて無いからああいう反応するのも頷けるけど…)
ナチュラルに伊井野をディスるかぐや。そして伊井野と自分の特徴などを比較。
(……まさか)
そしてある事に気づいた。
それは自分と伊井野の胸が小さい事である。
「あ、眠そうです」
「そうか。ならそこの長椅子に寝かせておこう。私が運ぶよ」
「はい。お願いします立花先輩」
「まー…」
「ふふ、そうだぞ」
「おい立花。お前まで藤原と同じような事を言うな」
実際、今も胸の大きい京佳にだっこされた時は同じような反応をしている。
(何なの?今時の赤ん坊は胸が大きいから女性だと判断するの?あんなのただの脂肪じゃない。というかそれに反応してママ呼びするってどういう教育をしているのかしら?親の顔が見てみたいわ)
胸の大きい女性に反応して、そういう呼び方をした赤ん坊を思わず睨みそうになるかぐや。それと少なくとも父親の顔なら直ぐに見る事は可能だ。そのうち戻ってくるし。
「すー…」
『可愛いい…』
その後、長椅子の上で寝てしまった赤ん坊を全員で眺めながら時間が過ぎて行くのだった。
「本当にありがとう。おかげで助かったよ」
「いえいえ」
赤ん坊を預かって2時間と少し。父親である有馬先生が学校に帰ってきた。そしてそのまま生徒会室へ来て、赤ん坊を迎えにきたのだ。
「それで、この後はどうするんですか?」
「学園長から今日はもう帰っていいって言われてね。このまま帰宅するよ」
(あの人そういう気配りはできるんだよなぁ…)
てっきりまだ学校にいると思っていたが、有馬先生は学園長のおかげでこのまま帰るそうだ。
「それじゃね。本当にありがとう」
「いえ。どうかお気を付けて」
有馬先生はそのまま帰宅していった。
「何か寂しいですね」
「確かにな」
「可愛かったなぁ…」
名残惜しそうにする女子3人。そんな中、かぐやだけは別にそんな事も無く、白銀に話しかける。
「会長。提案があります」
「ん?何だ四宮?」
「以前計画だけされた小等部との交流、改めて計画するべきだと思うんです」
かぐやが口にしたのは、以前計画だけされた企画だ。それが秀知院の小等部と高等部の交流である。しかしスケジュールの都合もあり、結局実現する事はできなかった。
「ああ、そんなのあったな。だがどうして?」
「今日あの子の面倒を見て、子供たちとの交流は大事だと思ったんですよ。それに子供たちの方も、年上の人と交流すれば色々と学べる事がある筈です。どうでしょう?」
「ふむ。そういう事なら1度考えてみようか」
白銀はそう言うと知絵と会長の机に戻っていく。
(なるべく早く実現しなければ!そして今度こそ会長に私の母性を感じさせてみせます!)
当然だが、かぐやがただの善意でそんな事を思いつく筈が無い。全ては今日成しえなかった、白銀に母性を感じさせる為の作戦準備である。
(立花さんの勝ち逃げなんて許しませんから!)
こうしてかぐやは闘志を燃やしながら、新しい作戦を考えるのだった。
「そういや結局あの子の名前って何ですか?」
『あ』
石上の発言で、自分たちが赤ん坊の名前を聞いていなかった事を思い出した。そして翌日、有馬先生に聞いてみたところ『必ず明日が来るように』という思いを込めて『あさひ』という名前だと知ったのだった。
本日は11月22日の『いい夫婦の日』という事でこんなお話を書きました。因みに初期案では『夫婦になった白銀と京佳の日常』という内容でした。
有馬大輔(ありまだいすけ)
秀知院学園高等部3年A組の担任。世界史担当の36歳。見た目は頼りなさそうな眼鏡の優男だが生徒からの信頼は厚い。かなり面倒見がよく、そのおかげか生徒から様々な相談をされたりする。運動神経が凄く悪い。白銀より悪い。昔の同級生から『お前運動神経どこかに落とした?』と言われるほどである。100メートル走の記録は25秒。好きな食べ物はカレー。嫌いな食べ物はナマコ。
因みに奥さんは8歳年下。そして巨乳。故にあさひちゃんは胸が大きい=女の人という認識。
次回も頑張れたらいいなぁ…。
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藤原千花によるシコシコゲーム
ある日生徒会室で、
「何回でもシコシコしてよくて、でも最低1回はシコってしなきゃいけなくて、限界に達した人が負けってゲームしませんか!?」
突然藤原がそんな事を言いだした。
「何ですかそれ?」
「うう…」
「まさか…そういう…?」
それを聞いたかぐやはきょとんとし、伊井野は恥ずかしそうに顔を俯き、京佳は少しだけ顔を赤くしながら考える。
「お前は急に何を言い出すんだ藤原」
「そうですよ。せめてもう少しちゃんと説明をしてくださいって」
「だがとりあえずやってみるか!!なぁ石上!!」
「ですね会長!!是非やりましょう!!」
そして男子2人はヤル気をだした。だって今の藤原の台詞はそういう意味で捉えられてもおかしくない。そういう意味で捉えた男子ならば、ヤル気を出さない方が可笑しい。
「じゃあ準備しますね~」
そういうと藤原は、どこからか出した道具を設置してゲームの準備を始める。
用意したのは空気入れと風船。それを藤原はつなげると、風船に空気を送り出す。
((あああーーーコレかーーー!!))
膨らんでいく風船を見た男子2人は、藤原がやろうとしているゲームが何かを把握。よくバラエティー番組で見る、正式名称不明のアレ、通称『風船割り』である。
「ルールはこうです!この空気入れを順番にシコシコしてもらいます。1人何回でもシコっていいんですけど、最低1回はシコらないといけません。そしてこの風船を最後に割った人が負けです!」
「ルールはわかった。だが藤原、その言い方はマズイ。少し止まれ」
「私ったら、ついエッチなゲームなのかと」
「気にするな伊井野。私も同じ事を思った」
「え?今のどこがエッチなんですか?」
藤原の説明を聞いた伊井野は納得し、自分の勘違いを恥じた。京佳は藤原の説明がかなり問題があると思いそれを指摘。そしてかぐやは今の説明のどこがやらしいのかわからず、ひとり頭にハテナマークを浮かべた。
「ところで何で男子2人はヤル気下がってるんですか?」
「「別に…」」
「あれ?不貞腐れてません?」
一方白銀と石上は、そういうゲームか思ったら割と健全なゲームだったのを知りヤル気を下げていた。
「今からやらないって言ったら意味出るよな?」
「めっちゃ出ますね。もうやるしかありませんよこれ」
今更後に引けない。もし引いたら女子達にドン引きされる可能性もあるので、男子2人はしぶしぶゲームをやる事にする。
「ところで藤原さん。こんな風船どこから持ってきたんですか?」
「体育祭で使った風船の余りです。捨てるの勿体無いから大きいのを貰ってきたんです」
「成程!エコの精神ですね!」
「まぁ、とりあえず順番決めるか。じゃんけんでいいか?」
そして生徒会メンバーでゲームの順番を決めようとしていた時、生徒会室に来客が現れた。
「すみません。ボランティア部の活動報告書をもってきました」
「会長こんちわーっす」
柏木渚と田沼翼の2人である。
「え?皆さん何してるんですか?」
渚は質問をした。生徒会室にきたら、生徒会メンバーが風船の前でじゃんけんをしようとしているのだ。突然こんな光景を見たら誰だって質問の1つや2つするだろう。
「丁度いいです!柏木さんと田沼くんもやりませんか!?」
「「え?」」
そして2人を見た藤原は2人もゲームの参加を促す。
その後、藤原に押し切られる形で渚と翼の2人も強制的にゲームに参加する事となった。因みに順番は、藤原、白銀、かぐや、京佳、石上、翼、渚、伊井野となっている。
「なんかすまないな田沼」
「いいですって。なんか面白そうでしたし」
「そう言って貰えると助かる」
ゲームを開始して数分。白銀は翼に話しかけていた。藤原がかなり強引に2人に迫り、急遽ゲームに参加する事となった為、生徒会長の白銀は申し訳ない気持ちだった。だが翼は特に気にしている様子はない。それを知った白銀は胸を撫で降ろす。
(しかし特に罰ゲームの無いゲームだし、それなら確かに大勢で参加した方が楽しいだろう。偶にはこういうゲームも悪くないかもな)
自分の順番がきた白銀は、風船に空気を送りながらそう思う。このゲームは特に罰ゲームが無い。しいていえば風船を割った時に、至近距離に破裂するのが罰ゲームだろう。これなら普段のように変な駆け引きも必要ない。皆で楽しみながらゲームを遊ぶことができる。
だが、
「いや思ってたより大きいな!?」
順番を何周かし、何回も皆が風船を膨らませ、どんどん大きくなっていく風船をみた白銀は焦りだす。
(いやいやいやいや!これはマズイ!これはマズイって!!!)
既に風船は人が1人すっぽりと入るくらいに大きくなっている。もしも、こんな大きな風船が自分の目の前で破裂したらと思うと、普通に怖い。間違いなく腰を抜かす。
(もしそんな事になったら皆に失望される!それだけは何としてでも避けなければ!)
生徒会長の威厳を保つ為にもそんな失態は許されない。
白銀が悩んでいる時、藤原が空気を入れ次はかぐやの番になった。かぐやの人生の中で、膨らんだ風船を態と割るという経験など当然存在しない。つまりかぐやにとって、このゲームは完全に未知の存在。知らないというのは、当然怖い。
もしも、至近距離でこんな大きな風船が割れたらどれだけ大きな音が鳴るかわからない。いくら四宮家の令嬢とはいえ、かぐやも年ごろの女子である。人並に恐怖くらいする。
「全く、皆さんこんなのの何が怖いって言うんですか?ただの風船ですよ?」
だが今のかぐやにはルーティンがある。右手で自身の左頬を触る事で精神を落ち着かせる事が可能なのだ。故に先ほどから、かぐやはこのルーティンを実施。傍から見れば非常に冷静でいるように見えている。そしてそのまま空気入れを使おうとした。
「かぐやさん。その空気入れ両手じゃ無いとちゃんと空気入れれませんよ?」
「え゛…?」
しかしここで藤原がかぐやにそう指摘してきた。そう言われ、かぐやは1度片手で空気入れを押しているが、ビクともしない。
(やだやだやだ!怖い怖い!これ本当に怖い!やるなんて言わなきゃよかった!というかこんなのの何が楽しいの!?助けて早坂ーー!!)
かぐやはルーティンを封じられ恐怖する。ルーティンがなければ精神を落ち着かせる事などできない。そして早坂に助けを求めるが、当然助けにはこない。もう自分でどうにかするしかないのだ。
「はい次立花さん!!」
何とか1回だけできたかぐやは、即座に京佳にバトンタッチをする。
「大見得切ったのに1回しかしてないじゃないか」
「そういう立花さんは出来るんでしょうね?」
京佳に言われ、思わず反論するかぐや。
「大丈夫だ。私は幽霊と悪酔いした母さん以外に怖いものなんてない!!」
「え?悪酔いした立花さんのお母様ってそんなに怖いんですか?」
「ああ、怖いよ。何をしでかすかわからないから…」
だが京佳は大丈夫だと言い、ゆっくりと風船へを向かって歩き出した。
余談だが、京佳の母親は普段滅多に悪酔いしない。だが時たま仕事のストレスで強い酒を飲んでしまい、悪酔いした時は本当に怖い。何故か殺気をまき散らしながら部屋の中を下着姿で徘徊したり、包丁でジャグリングをしだす始末。特に包丁でジャグリングをしだした母を見た時の京佳は本気で泣きそうになった。
京佳は大きく膨らんだ風船の元へたどり着き、空気入れを手にして空気を入れようとした。
(あ、これ怖い…普通に怖い…助けて白銀…)
だが出来ない。
遠くからなら特に怖くなんて無かったのだが、こうして近づいてみるとその大きさに圧倒される。そして考えてしまう。『もしもこれが目の前で破裂したら』と。
先程、幽霊と悪酔いした母親以外に怖いものなど無いと言った京佳だが、それは今すぐ撤回したい気持ちになる。そして心に中で白銀に助けを求めた。
「よし次は石上だ!!」
「立花先輩も2シコしかしてないじゃないっすか」
何とか根性で2回空気を入れれた京佳。しかし石上は冷めた目で京佳を見る。
「そう言う石上は私より多く出来るんだな?」
「まぁ、見てて下さいよ」
京佳に言われ、風船に近づく石上。彼は体育祭で各段に成長をした。彼は学んだのだ。大事なのは目を逸らさない事と。
(そうだ。よく見れば何も―――)
そして空気入れに手を掛けた石上は、
(あっ…よく見たら怖い…すっごい怖い…隙見て逃げよう…)
普通に怖がっていた。そしてこのゲームから逃走する事を考える。
「はい次田沼先輩!!」
「わかったよ」
何とか1シコだけし、次の順番である翼へ声を大にして言う。
「ま、パパっとやっちゃおっか」
翼は余裕な顔をしていた。所詮風船。例え自分の番で割れても大きな破裂音がするだけだと。
「頑張ってね翼くん」
「はは。渚の応援があれば何でもできる気がするよ」
彼女である渚の応援を受け取り空気入れに向かう翼。
(イチャイチャしてんじゃねーよ…)
(死ね死ねビーム…死ね死ねビーム…)
(何見せつけているんですか?この世から消しますよ?)
(私もいつか白銀とあんな関係になりたいなぁ…)
そんな恋人同士のやり取りを見た白銀、石上、かぐやはキレそうになる。そして京佳はいつか白銀とあんなやり取りをしたいと思うのだった。
「さーて。んじゃ」
翼は空気入れに手を掛ける。そして目の前の風船を見た瞬間、
(いや怖!?なにこれ怖!?超怖!?こんなに怖いの!?)
恐怖でおかしくなりそうになる。まさか自分より大きな風船がこれ程の恐怖をもたらすとは思いもしなかった。これ以来、翼はどんな事も慢心せずにしっかりとしようと思うのだった。
「よし次渚!!」
「おい田沼。お前震えていないか?」
「いやー?気のせいじゃないっすかー?ははは」
翼は笑ってごまかすがその目には恐怖が浮かんでいる。
「じゃあ私行きますね?」
そして今度は翼の恋人の渚番となった。祖父が経団連理事で、時々どこか深い闇を出したり、既に恋人である翼と神ってると言われてたりしている渚。そんな彼女が高々風船程度に恐怖するとは思えない。恐らく大半の人がそう思っているだろう。
(あ、ダメだこれ…怖い…大丈夫と思ったけど全然大丈夫じゃない…)
が、ダメ。
後にサタン等と言われる渚だが、彼女もこんな大きな風船が破裂すると思うと怖いのだ。結果、他の皆と同じように1シコで終わる。
「はい次伊井野さんお願い!!」
「は、はい!!」
最後は伊井野。しかし既に風船はパンパンに膨らんでいる。これにより、伊井野は未だかつてない恐怖に見舞われていた。
「ふ、ふん!」
だが何とか根性を振りしぼり、1シコをする。そして伊井野は次の順番である藤原に代わろうとしたのだが、
「ミコちゃん!まだまだイケますよ!」
「ええ!?」
突然藤原の無茶ぶりが発生。藤原を尊敬している伊井野は、それに逆らう事をせず更に1シコをする。しかし藤原の無茶ぶりが1回で終わる訳などない。
「え、えい!」
「もっといってみましょう!」
「え!?あ、はい…!」
「まだまだ!!」
「あっ…あっ…」
「からの~!」
何回も伊井野に無理やり空気をいれさせる藤原。そしてそれを見た皆は『こいつクズだな』と以心伝心。だがこのまま伊井野が風船を割らなければ、また自分の番となる。
「次期生徒会長の器を見せろ!」
「恐怖の数だけ勇気に価値が生まれる!」
「それが強さよ伊井野さん!」
「辛かったり怖かったりした時こそ逃げるな戦うんだ!」
「最後まで希望を捨てちゃいけないよ!」
「頑張って伊井野さん!決して諦めないで!自分の力を信じて!」
そしてよって全員が藤原に乗る事にした。誰だってもうあんな恐怖を体験したくない。それ故の行動である。
「あ、あの…流石にこれ以上は…」
周りに言われ、何回も空気を入れた伊井野。その結果、風船は今にも破裂しそうになっている。その大きさ、実に生徒会室の4分の1を占めそうになっていた。そして再び順番が1周し、藤原の番となる。
その時、かぐやが動く。筆記用具で作った即席の吹き矢。それを誰にも見られない様に風船に向ける。
(そうよ!これは頭脳戦!私の番で破裂しなければ私の勝ち!あくまでそれに勝つためのストイックな姿勢!決して私が怖いからじゃないんだから!)
自分にそう言い聞かせて吹き矢を拭くかぐや。
「ん?虫かな?」
だが無情にも吹き矢は外れ、伊井野の肩に当たる。
(こ、このままじゃ…!)
万事休す。かぐやは絶望を隠し切れない。しかしかぐや以上に絶望している者がいた。
(頼む藤原ーー!ここで割ってくれーー!!俺本当に怖くてもう無理なんだーー!!)
生徒会長白銀である。もしここで藤原が割れなければ、次は自分の番。そして風船はもう今にも破裂しそうな状態。自分の至近距離でこの大きな風船が破裂したらと思うと、恐怖でおかしくなりそうになる。
そんな時だった。
「入るわよー。京佳いるー?ちょっと話があるんだけどー」
新たな来訪者がやってきたのは。
「え?なにこの状況?」
生徒会室に入ってきたのは四条眞妃。白銀のクラスメイトでかぐやの親戚で京佳と渚の友達だ。そんな彼女の目に入ったのは、どこかピリピリした空気を出している生徒会役員と自身の友達。そして異様に大きく膨らんでいる風船。これはどういった状況なのか、頭の回転が速い真紀ですらわからない。
だが生徒会室にいた面子にとっては闇に光が差したような状況だった。
「丁度よかった眞妃。これに今すぐ飛び込みで参加してくれ」
「え?」
「そうだね。是非眞妃ちゃんにも参加してもらおっか」
「え?は?翼くん?」
「そうですね。大勢でやった方が楽しいですし。参加してください眞妃さん」
「叔母様まで何言ってるの!?」
(叔母様?)
京佳、翼、かぐやが眞妃を空気入れの前まで誘導する。突然の事に困惑する眞妃。そしてあれよあれよという間に空気入れの前にきたしまった。
「大丈夫だ眞妃。君はただこの空気入れを押すだけでいい」
「いやせめて説明して!?」
「後で説明します。眞妃さんさっさとやってください」
「だから説明してよ叔母様!?」
訳が分からない眞妃。もうお分かりだろうが、これは眞妃を生贄にしようとしている状況だ。誰だってこんなに膨らんだ風船を割りたくない。よって、たった今現れた眞妃を生贄にし、自分たちは助かろうという割とクズな所業である。
(なんかよくわからないけど、まぁ翼くんもやってっていうし。それならしてあげなくもないわね)
しかし周りに言われながらも、人が良く優しい眞妃は空気入れに手を掛ける。
そして気づいた。今手にしている空気入れが目の前の巨大な風船に繋がっている事。その風船が、今にも破裂しそうな事を。
(え?何これ怖い…凄い怖い…これもう破裂するじゃない…誰か助けて…)
眞妃は恐怖で足が震えだす。
「大丈夫だ眞妃!頑張れ!」
「頑張って眞妃ちゃん!眞妃ちゃんなら大丈夫だから!」
「何が!?ねぇ何が大丈夫なの!?」
京佳と渚が応援する。しかし眞妃はとても大丈夫と思えない。だがそんな時、
「真紀ちゃん!!頑張って!!」
翼が眞妃を応援しだした。
(つ、翼くんが私を応援してる!?)
眞妃は天にも昇る気持ちになる。
「が、頑張るーーーー!!!」
そして思いっきり空気入れを押しこんだのだった。
「失礼します。風紀委員の活動報告書を持って…え?何これ?」
大仏が入ってきた生徒会室は、死屍累々だった。
部屋の中央には何故か空気入れがあり、その周りに生徒会役員+αが床に倒れている。
そして全員、口からなんか白い魂みたいなものが出ようとしている。その後、大仏のおかげで何とか全員蘇生したのであった。
尚、蘇生した白銀とかぐやは藤原を説教。金輪際、こんな訳の分からないゲームを提案するなと釘を差すのだった。
藤原は泣いた。
原作より風船が大きく膨らんだため、被害が全員に渡りました。因みに空気入れを押している時、京佳さんと藤原だけある部分が凄く揺れています。それを男子2人はチラ見してたりしてました。あとごめんね眞妃ちゃん。
今後は暫く日常編をやって、文化祭前に白銀と京佳さんの過去編をやりたいと思っています。完結までまだまだ遠いですが、どうかよろしくお願いします。
次回も頑張りたい。
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立花京佳と大天使のブラ
追記。感想で色々とご指摘を受けたので編集。
「お待たせー京佳ー」
「ああ、待ってたよ恵美」
「んじゃ、さっそく行こっか」
「ああ。今日はよろしく頼むよ」
「任せて。しっかりと吟味してあげるから!」
10月も終わりに近づいた日曜日。京佳は幼馴染の恵美と共に街に来ていた。京佳は生徒会の仕事で、恵美は部活が忙しく、こうして一緒に遊ぶのは本当に久しぶり。
しかし、今日はただ遊びにきている訳では無い。
「えっと、何階だっけ?」
「5階だよ」
待ち合わせ場所から移動し、デパートに入った2人はある場所を目指してエスカレーターに乗る。そして5階にたどり着いた2人はそのままある場所へと直行。2人がたどり着いたエリアにはこう書かれていた。
下着売り場と。
「やはり沢山あるな」
「最近はほんと多種多様だからねー」
2人の眼前には色とりどりの下着が展示されていた。赤や黒、青や紫、黄色や白等々。そしてデザインも普通のから、最早紐とさえ思われるのまで様々。実にバリエーション豊である。
「それで、お目当てのやつは何だっけ?大悪魔のブラ?」
「それだと堕天してるじゃないか。大天使のブラだ」
2人、というか京佳がここに来た理由はある下着を買うためだ。それは『大天使のブラ』と呼ばれているブラである。最近、女子高生に話題とされているブラだ。
何でもそれを身に着けていると、異性の好感度を爆上げする事ができるらしい。少し前に京佳はその記事をスマホで見て、そして今日こうして買いにきているのだ。
「ところでさ京佳。一応聞くけど、別に例の白銀くんに見せる為に大天使のブラを買う訳じゃないよね?」
「いや流石にそんなつもりはないよ。だけどまぁ、万が一の可能性は…考えている…」
「ああ…京佳がどんどんエッチな子に…」
かつての京佳なら決して考え着かない事。それを見た恵美はよよよと態とらしく泣く演技をする。だが実際、京佳は自分から見せる事はなくても、いつでも白銀に見られても良いようにと思い、今日下着を買いにきている。
というのも、京佳は白銀に下着を見られることが多いのだ。
1学期の時に生徒会室で尻もちをついた時や、生徒会選挙が終わって直ぐに風でスカートがめくれた時など。少し前の生徒会選挙終了後の件はまだマシだと言えるが、1学期のやつは個人的に京佳は最悪だと思っている。なんせよりにもよって子供っぽい、いちご柄の下着を見られたのだから。
今後ももしかするとそういう事があるかもしれない。その時に、また子供っぽい下着を白銀に見られるのは恥ずかしい。よって京佳は『異性からの好感度が爆上がりする』というジンクスがある『大天使のブラ』を買いに来たのだ。
「まぁそれはそれとして、最近また胸がきつくてね。どっちみち新しいのを買おうと思ってたんだ」
「ほんとさ、何したらそんなに大きくなるの?てか10分の1でいいから分けてよ」
「恵美も結構あるだろ。それに大きくても良い事なんてあまり無いぞ?肩こり酷いし」
「そういうの聞くと大きいのって大変そうだね」
「だから大変なんだって」
だがそれだけでは無く、単純に今のブラがきつくなったので買いに来たというのもあったりする。
「しかし、本当に色々あるな」
店内に入った京佳は棚に陳列された下着に目を通す。ブラジャーにウエストニッパー。キャミソールにガーターベルト。京佳も買った事もなければ着た事もない下着も沢山ある。
「って目移りしている場合じゃない。大天使のブラはどこだ?」
しかし目的はあくまでも大天使のブラ。他の下着も気にはなるが今は無視する。
「あ、あれじゃない?いっこだけまだあるよ?」
恵美が指を指した方向には『今、女子高生に大人気の大天使のブラ!本日入荷!』と書かれた看板と共にひとつだけブラがあった。それを見た京佳は足早に近づく。
(よし!あれさえあれば今後は白銀に下着を見られても大丈夫だ!いや別に見せる為に買う訳じゃないが…)
あっという間に棚までやってきた。そしてブラを手に取る為手を伸ばす。
(でもこれなら、白銀も私に誘惑されたりするかのな?)
京佳は想像する。
また白銀に下着を見られた時を。そしてその時に身に着けている下着が大天使だった場合、果たして白銀は誘惑されるのかと言う事を。
そんな妄想をしながら下着を手に取ろうとした時、横から別の誰かの腕が伸びてきた。そして京佳の手と重なる。
「「え?」」
自分と同じように驚く声。京佳が横を向くとそこには、
「た、立花さん…」
「し、四宮…」
生徒会副会長であり、自身の恋敵である四宮かぐやがいた。
「京佳ーどうしたのー?って誰?」
京佳とかぐやが固まっていると、恵美がやってきた。恵美は京佳の横にいる女性が誰かと聞いてくる。
「恵美、紹介するよ。この子は私と同じ学校に通っている友人で生徒会副会長の四宮かぐやさんだ」
京佳は頭を切り変えてかぐやを恵美に紹介した。
「初めまして。四宮かぐやと言います」
「どうも初めましてー。京佳の幼馴染やってる由布恵美って言いまーす」
それに続くようにかぐやと恵美の両者も自己紹介をする。
「ところで四宮。どうしてここに?」
「えーっとですね…」
京佳の質問に言いよどむかぐや。実は、かぐやも大天使のブラを買いにきているのだ。しかしそれを京佳に、というか知り合いに知られたくない。何と言うか、恥ずかしいから。それにこの大天使のブラには異性の好感度を上げるというジンクスが噂されている。
(もし私がそのジンクスを信じてこの下着を買いに来たのだと知られたら…)
そんな事知られたら恥ずかしくて死にそうだ。故にかぐやは誤魔化そうとしていた。しかし上手い言い訳が思いつかない。
「あれー?京佳じゃーん?どしたしー?」
「早坂?どうしてここに?」
そんなかぐやの元に、主人の危機を察したのか早坂が現れる。そしてうまい具合に誤魔化し始めた。
「実は今日四宮さんと一緒に新しい下着の買い物にきてるんだー。ねー四宮さん?」
「え、ええそうなんですよ。実は最近少し胸がきつくなってまして。そこで新しい下着を買おうと思ってたところ、早坂さんも新しい下着を買うつもりという話でしたので、それならばと思い、こうして一緒に買い物にきてるんです」
嘘である。
かぐやは胸がきつくなどなっていない。それどころかここ数年、ブラは同じサイズのものしか使用していない。もう十代も半ばを過ぎているのにこの成長具合だ。悲しいが、恐らくこれ以上かぐやの胸が育つ事は無いだろう。
「そうだったのか。因みにこの下着のジンクスを知っているか?」
「はい?ジンクス?一体なんの事ですか?」
「いや、知らないならいいよ」
「それで京佳ー?この子はー?」
「ああ。この子は私の幼馴染の恵美だよ」
「どうもー!京佳の幼馴染やってる由布恵美って言いまーす!」
「どうもー!私は京佳の友達やってる早坂愛って言いまーす!」
早坂と恵美はそれぞれ自己紹介をする。そして2人が自己紹介をしている間、かぐやと京佳はほぼ同じ事を考えていた。
(まさか四宮もこの大天使のブラが目的なのか?だとしたらマズイ。なんせあとひとつしかない。なんとかして四宮より先に手に入れないと)
(よりによってこんな場所でかち合うとは。立花さんもあの大天使のブラが目的なんでしょうがそうはいきません。最後のひとつ。あれは私が手に入れさせて貰います)
それは大天使のブラの事。京佳はかぐやが大天使のブラを買いに来たことを知らないが、ここで興味を持たれて買われてしまえば、次に入荷するのがいつになるかわからない。故に何とかかぐやより先に購入したい。
一方かぐやは、先ほどの出来事で京佳が大天使のブラを買いにきていると確信。何時も色々と邪魔されているが、白銀を誘惑する為にもこれは譲りたくない。よって京佳より先に手に入れたいと思う。
(って違います!別に私は会長を誘惑したいだなんてはしたない事思っていません!ただこの下着ならば会長も私の魅力に気づいて跪きながら私に告白してくるだろうと思っているだけです!あくまでも会長に私の魅力を気づかせてあげようと思っているだけです!)
誰に言っているのか知らないが、かぐやは心の中でその辺の想いを否定する。そして早速、自身が大天使のブラを手に入れる為動き出すのだった。
「立花さんも下着を買いに来たんですか?でしたらあちらの棚にあったナコールの新作なんてオススメですよ?デザインも沢山ありますし」
かぐや、京佳の誘導を開始。かぐやが指を指した方向にはナコールという下着メーカーの商品が並んでいる棚があった。そこには確かに沢山のデザインの下着がある。そこに誘導し、京佳がいなくなった隙に大天使のブラを手に入れようと考えた。
「いや、私はこの大天使のブラが欲しくてきたんだ。今のところ他のメーカーのものには興味がないよ」
「!?」
しかし京佳は自分に素直な子である。よって素直に自分の気持ちを話す。欲しいのは大天使のブラだと。
「で、ですが立花さん?立花さんにはあのナコールの新作の方が似合うと思いますよ?態々こんな大それた名前のものよりは、あちらの方がいいのでは?」
「似合うと言ってくれるその気持ちは嬉しいが、私はこっちが欲しんだ。他のは後で見る事にするよ」
お世辞も上手くいかない。このままでは京佳の胸に大天使のブラが渡ってしまう。かぐやが次の作戦を考えていると、今度は京佳から質問がきた。
「というか、もしかして四宮もこの下着が目的か?」
これは京佳にとっては大事な質問だ。もしここでかぐやがこの大天使のブラを買いにきたのならば、できれば阻止したい。万が一かぐやがこの下着を身に着け、そして白銀を誘惑すればもう自分に勝ち目など無い。そういう未来になるかもしれないので、先ずは確認の為かぐやに真意を問いただすのだった。
「まさか!先ほども言いましたが偶々目に入ったので見てみようと思っただけです!私がこんな流行りにのっかる訳ありませんもの!」
「そうか。私の思い過ごしだったか。ならこれは私が買うよ」
ほっと胸を撫で降ろす京佳。
(何で否定しちゃったの私ーー!?)
そしてかぐやは後悔していた。恥ずかしくて咄嗟に否定してしまった為、もうこのブラが欲しいから来たとは言えない。
(早坂!私を助けなさい!)
一緒に来た従者に助けを求めるかぐや。しかし―――
「あ!ネイルポリックの新作じゃん!私もそれ使ってるよー!」
「ほんとだ!これいいよねー!値段も手ごろだし!」
(いや何普通に談笑してるのー!?)
早坂は京佳の幼馴染である恵美と談笑しており、かぐやのヘルプに気づかない。というの実は早坂、今日は全休だったのだ。それなのにかぐやに無理やり買い物に付き合わされており、折角の全休が台無しになっている。よって結構不機嫌だったりした。
だがここで京佳の幼馴染である恵美と出会い、ウマが合ったのかすっかり意気投合。ストレスを忘れさせる為にも思わず談笑してしまっていた。その結果、かぐやのヘルプに気づかない。
そうこうしているうちに、京佳が棚にあった最後のブラを手に取る。
(ああ…最後のひとつが…)
思わず膝から崩れ落ちそうになるかぐや。これでは白銀を魅了することなど出来ない。
「……」
「あれ?」
しかし京佳は手に取ったブラを少し見ていたと思ったら、それを棚に戻した。
「どうしました立花さん?どうして戻したんですか?」
「…イズが」
「はい?」
「サイズが、合わなかった…」
京佳、胸が大きい故の悲劇。最後のひとつ、それは京佳の胸のサイズには全く合わなかったのだ。
「そうでしたか。ならあちらの棚の方はどうですか?胸の大きい人向けのものもあるみたいですが」
「ああ。残念だが、これは諦めてあっちを探してみるよ…はぁ…」
かぐやに言われ、落ち込んだ様子の京佳は別の棚へと歩いて行った。
(普段ならその無駄に大きな贅肉をそぎ落としてやりたいと思う所ですが、今日は見逃してあげましょう)
棚から牡丹餅のような展開で、かぐやは大天使のブラを手に取る事ができた。
(ふふふ!これで会長もイチコロね!)
しかしその後、かぐやが試着したみたところ、自分のサイズに合っていたはずなのにブラが胸からストーーンと落ちた。早坂の助力を得て脇の肉などを寄せて上げてみても、かぐやが大天使のブラを身に着けることはできなった。
かぐやは静かに泣いた。
「で、京佳。結局どうするの?」
「サイズが無いなら仕方が無い。他のメーカーの下着を探すよ」
かぐやが試着室で静かに泣いている頃、大天使のブラを諦めざるえなかった京佳は別の下着を探していた。因みに店員に大天使のブラの事を聞いてみたところ、大天使のブラは大きい人向けのサイズがそもそも製造数が少なく、この店でも何時入荷するか全くの未定らしい。
結論として、どのみち京佳は大天使のブラを手に入れる事は出来なかった可能性が高い。
「じゃあさ、これなんてどう?」
京佳の元に恵美が下着を持ってきた。
「いやそんなの着れないからな?ほぼ紐じゃないか」
それは紐。まさに紐というしかない下着だった。隠せる部分など無いに等しい。
「でもさ、これなら例の男の子も簡単に落とせると思うよ?」
「その言い方だと見せる前提じゃないか。自分から見せる事はしないからな?」
「でも見られてもいいやつ選ぶつもりなんでしょ?」
「でもそれは無い。絶対にそれは無いからな?」
流石の京佳もこの下着を身に着ける勇気はない。下手したら痴女として白銀に認識されかねない。
「ん-。じゃあこれはどう?」
次に恵美が手にして京佳に見せたのは、水色と白の縞々模様が施されている下着。所謂、縞パンと言われるものだった。それもスキャンティタイプの。
「これは…流石に子供過ぎるだろ…」
「そうかな?男の子ってこういうの好きそうじゃない?」
「でもこれはちょっと。それに、私似たようなやつならもう持ってるし…」
「それなら仕方ないか。ならもう少し男の子が好きそうな清楚な感じのやつ選んであげる」
「そうしてくれ。ところで男の子はやはり清楚な感じが好きなのかな?」
「私はそう思うよ?変に透けてたりして色気が出ているやつより王道な感じのやつの方が絶対に受けるって」
女性経験のある男性ならそういった趣旨は変わるだろうが、童貞である白銀や石上と言った男子ならば清楚な下着の方が好感は持たれるだろう。童貞はそういった方が好みなのだから。
「ふむ。だったらそっち方面で色々見てみよう」
「あいよー」
その後、恵美の意見も交えて京佳が決めた下着は、水色の小さいリボンのついた花柄の刺繍の付いた白い下着だった。
サイズもピッタリ合い、それまであった胸のきつさがなくなった。
尚サイズを測ってみたところ、B89のFだった。
自分で書いてて思ったけど、京佳さんって下着ネタ多いいよね。
それと白銀と早坂のカラオケの話は全カットの予定。理由は京佳さん入る隙無いって思ったので。
そろそろ予定している白銀と京佳さんのデートのお話を書きたい。けど導入どうしよう?色々考えないと。
次回も頑張るかも。
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白銀御行と水族館デート(お誘い編)
最近あった事。メリュ〇ーヌガチャ大爆死。かすりもしなかったよ。
「すぅっ―――はぁ―――」
秀知院の3階の女子トイレの中に設置されている鏡の前。京佳は何度も何度も深呼吸をしていた。髪をいじったり、服装を正したりと落ち着きがない。というのも彼女は今日、白銀にある事をする。
それは今までで1番勇気がいる行動だ。故に落ち着かず、こうして何度も何度も深呼吸をしている。
「よし!」
そして京佳は意を決した顔をして、女子トイレから出ていくのだった。
10月最後の金曜日。生徒会はかつての忙しさが戻りつつあった。今年残された大きな学校行事は文化祭、通称『奉心祭』くらいしかないのだが、それ以外にも沢山の仕事がある。流石に毎日お茶飲んでゆっくり寛ぐ時間は無い。
「よし。これでこの資料は完成だな」
「お疲れ様です会長」
生徒会室では白銀とかぐやが2人で資料作成を行っていた。他のメンバーはどうしているかというと、藤原は部活、伊井野は風紀院の仕事、石上は家で生徒会の仕事をする為既に帰宅している。
そして京佳は、学園長に提出する資料を渡すためこの場にいない。
「あとはこれだけか。これなら俺だけで終われせられるから、四宮は先に上がっててもいいぞ?」
「いえ。私も最後までお供します。2人でやった方が早く帰れますし」
「そうか。ならこの書類をファイルに入れておいてくれ」
「わかりました」
かぐやはこう言っているが、本心からの言葉では無い。本心では白銀と2人きりでいるこの時間が幸せなのだ。故に、その時間を少しでも堪能していたいだけである。
(最近は色々と邪魔者しかいませんでしたし、こうして会長と2人きりの時間はほぼありませんでしたものね。直ぐに1番の邪魔者が帰ってくるでしょうが、それまではこの時間を独り占めさせて貰いましょう)
無論、かぐやが言う1番の邪魔者とは京佳の事である。かぐやにとって京佳は大切な友人であると同時に、目の上のたんこぶなのだ。かぐやが行おうとした作戦の邪魔をしてくるし、自分では真似できない事をしてくる。そんな邪魔者がいないこの時間はかぐやにとって貴重なのだ。
「白銀。さっきの資料を渡してきたぞ」
「ああ。ありがとう立花」
だが幸せな時間はあっという間に終わる。書類を届けてきた京佳が生徒会室に帰ってきたのだ。
(5分くらいしかなかった…)
結局、かぐやが白銀と2人きりでいれた時間は5分足らず。カップうどんにお湯を入れた時の待ち時間しかなかった。因みにカップうどんの中で1番長い待ち時間は8分らしい。
(いいえまだです。ここで立花さんを先に帰らせればまだ時間を手に入れる事が可能の筈)
5分という短さでは満足など出来ない。よって何とかして京佳を帰らせて、少しでも多く白銀と一緒に居ようとかぐやは考えた。
「立花さん?あとは私と会長だけで終わらせられますので先に上がっていてもいいですよ?ね?会長?」
「そうだな。これだけなら直ぐに終わるし」
かぐやが京佳にそう提案する。しかも白銀も賛同してくれた。これは幸先が良い。
「いや、私も最後までやるよ。その方が皆早く帰れるだろうし」
だが無論京佳もここで先に帰るなんて選択肢は無い。少しでも多くの時間白銀と一緒にいたいのは彼女も同じだ。なので、かぐやと同じように一緒に仕事をする事を提案する。
(く!ここで無理やりにでも立花さんを帰らせようとしたら、そんなの私が会長ともっと一緒にいたくて堪らない女みないじゃない!)
先ほどまでその通りだったというのに、かぐやは己の気持ちを否定する。いい加減、素直になれば早坂も気が楽になるだろうに。
「白銀。何か他に仕事はあるか?」
「そうだな。じゃあ四宮と一緒に書類をファイルに入れといてくれるか?」
「了解だ」
結局かぐやは、京佳を先に帰らせる有効な手立てが思いつかず、その後3人で黙々と仕事をこなすのだった。
「それでは会長、立花さん。また来週」
「ああ。じゃあな四宮」
「お疲れ、四宮」
仕事を終えた3人は帰路へと着く。かぐやは自家用車で。白銀は自転車で。京佳はバスで。
「そんじゃ俺達も帰るか」
「ああ」
かぐやの車が走り去って行き、京佳と白銀は一緒に帰宅する。といってもバス停までのほんの100メートルたらずなのだが。しかしその道中、京佳が白銀に話しかけてきた。
「白銀、少しいいかな?」
「何だ?」
「実はな、例のスーパーが今日また特売日なんだが、一緒にどうだ?」
「ほう。因みに今日は何が安いんだ?」
「洗剤とトイレットペーパーらしい」
「マジか。それなら行こう。丁度買おうと思っていたし」
かぐやがいなくなったのを確認した京佳が白銀に買い物の同伴を提案。向かう先は1学期にも2人で行ったスーパーだ。そして2人はスーパーへと向かうのだった。
「一体どこに?」
そんな2人の後を物陰から見ている金髪女子には気が付かずに。
「いやー助かった。本当に安かったし」
下校後、スーパーに到着した白銀と京佳。本日も特売日なだけあって人が多い。そして白銀の手にはトイレットペーパーがあった。1袋230円という安さで購入したものだ。ついでにいつも白銀が使っている洗濯用洗剤も150円で買えた。破格の安さである。
「今日も誘ってくれてありがとう立花」
「いいよ。私も買いたかったし」
2人して買い物袋を手に提げて並んで歩くその姿は、まるで恋人か夫婦。かぐやがこの光景をみたら発狂するかもしれない。
「じゃ、俺はこっちだから。また月曜日」
白銀は買い物袋やトイレットペーパーを自分の自転車のカゴの中に入れて、京佳に別れのあいさつをする。そして自転車を自宅のある方向へこぎ出そうとした。
だが、
「ちょっと待ってくれ白銀」
「え?」
京佳に呼び止められ、白銀は足を止めた。
「何だ立花?」
「え、えっと…その…」
「立花?」
「……」
「おーい?どうしたんだ?」
だが急に京佳が黙る。そして視線も下を向いている。そして耳も少し赤い。何時もなら何でも素直に言う筈なのに、今は中々口を開かない。それを見た白銀は疑問に思う。しかし何か言いづらい事なのだろうと思い、京佳が自分で言うまで待つ事にした。
(言うんだ…!勇気を出して言うんだ私!怖気づくな!)
そして京佳は顔が熱くなっていた。そして鼓動も早い。その理由はある事を決心した事にある。そのせいで中々口を開く事が出来ない。
「すぅっ―――はぁ―――」
白銀の前で1度大きく深呼吸。
(やらない後悔より、やった後悔)
そして真っすぐに白銀を見た京佳は、ゆっくりと口を開く。
「白銀」
「ああ」
「前に言っていた事を、覚えているか?」
「前に言っていた事?」
一体どれの事なのか見当もつかない白銀。そんな白銀に、京佳は再び話しかける。
「夏休みのプールでの事だ」
「え?……あ!あれか!」
京佳に言われ、白銀は思い出す。
それは夏休みに、京佳と一緒にプールに行った時の事だ。白銀はその時、事故で京佳の水着をひん剥いてしまっている。京佳自身はあまり気にしていないと言っていたが、白銀は非常に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。そこで、何か形のある謝罪をしたいと京佳に言った。
その時に京佳は言ったのだ。
『また、今度でいい。今日みたいに私とデートしてくれないか?』
という事を。
その時白銀はそれを了承。しかしあれから2ヵ月が経過していた為、今の今まで忘れていた。
「あの時の約束を、明後日の日曜日に果たしてほしいんだ」
京佳は白銀の目を真っすぐに見て言う。
「明後日の日曜日。私と2人っきりで水族館に行ってほしい」
自分と一緒に、遊びに行ってほしいと。
「……」
それを聞いた白銀は固まる。なんという素直で率直な言葉。いつも遠回りのやり方でかぐやにアプローチをしている白銀には中々言えない事だ。
(言った…!言った…!遂に言ったぞ…!)
勇気を振り絞って自分の言いたい事を言えた京佳は少しだけ安堵する。夏休みに誘った時は電話越しだったのでここまで緊張はしなかった。だが京佳は言えた。直接白銀に言う事ができた。あとは白銀からの返事を待つだけだ。
「それで、どうかな?」
「……ちょっと待ってくれ。1度予定を確認するから」
白銀は鞄からスケジュール帳を取り出して自分の予定を確認をする。すると日曜日はバイトが入っていない。他にこれといった予定も特に無い。これなら京佳と一緒にデートに行く事は可能だ。
だがここで白銀にある思いが出てくる。
(やべぇ…なんかすげぇ恥ずかしい…)
羞恥心だ。
以前京佳にデートに誘われた時は、電話越し言われた為そこまで恥ずかしさは無かった。しかし直接正面から言われると流石に恥ずかしい。心なしか心臓がうるさくなっている気もする。だがそれだけでは無い。
最近の白銀は、京佳に対して自分でもよくわからない妙な感情を抱いている。
京佳が白銀の知らない男性と食事をしているのを見てモヤモヤしたりイライラしたり、少し前に教師の子供を預かった時、石上から『夫婦みたい』と言われドキドキしたりと、そういった妙な感情だ。
そんな時に京佳からのデートの誘いである。確かに元は自分が謝罪の意味を込めて了承した事ではあるが、それはそれとしてこれを受けるのが恥ずかしい。
(いや!立花の事を嫌っている訳じゃないんだ!決して嫌なんじゃないんだ!俺だって約束をしたんだからその約束は守りたい!ただ、なんかこの誘いを受けるのが…なんでか恥ずかしいんだ!)
そういった事もあり、この京佳の誘いを素直に受ける事が出来ない。しかしこの京佳のデートの誘いは、元々自分に原因がある。ましてやその約束を破るなんて、白銀には出来ない。
(ど、どうしたんだ?何で白銀はスケジュール手帳を見たまま固まっているんだ?何か予定がある?いや、明後日の日曜日にバイトが無いのは圭に確認済み。他に予定も無かった筈。それなのに何も言わないというのは、やはり迷惑だから?いくら謝罪という形であんな事を約束したとはいえ、こんな誘い方は迷惑だから?)
そして京佳はスケジュール手帳を見たまま何も言わない白銀を見て焦っていた。いくら約束をしたとは言え、こんな誘い方では迷惑だったかもしれないと。
しかし京佳も、あの時の約束を果たして欲しいからこんな事を言いだした訳では無い。
京佳はこのまま今まで通り過ごした場合、かぐやに勝てないと思っている。
今まで色々と白銀にアプローチをしてきた京佳。おかげでほんの少しずつではあるが、白銀は京佳を意識しだしている。
だがそれでも尚、四宮かぐやは圧倒的だ。
なんせ白銀とかぐやは両想い。2人が京佳ほど素直だったら、とっくに恋人同士になっているだろう。京佳はそんな2人の間に入ろうとしているのだ。今までのように普通のアプローチをしていては勝てない。もっと大きく大胆なアプローチが必要だ。
その為の水族館デートである。京佳は水族館デートで様々なアプローチを考えている。起死回生の一手とまでは言えないが、少なくとも今までのようなやり方とは違う。だがそれも、白銀がこの誘いを受けてくれなければ意味が無い。
(やはり恩着せがましかった?それとも卑しい女と思われてる?)
未だ白銀は沈黙をしている。そんな白銀を見て京佳はどんどん焦り出す。表情にこそ出さないが、京佳は心の中ではもう泣きそうだ。
(ダメなのか?私は…白銀の特別にはなれないのか?)
やはり自分は、かぐやを超える事など出来ないのでは。そんな不安が京佳を襲う。
だがそんな時、
「うむ。日曜日なら予定もないし構わないぞ」
「え?」
沈黙していた白銀がデートを了承してくれた。
「……いいのか?」
「そもそも約束していたじゃないか。それを破るなんて出来ない。というかしないよ」
「ふふ、そうか。なら明後日の日曜日、〇〇駅に集合でいいかな?」
「構わんぞ。時間は、午前10時くらいでいいか?」
「うん、いいよ」
そしてとんとん拍子に予定が建てられていく。
「それじゃ俺はそろそろ行くよ。夕飯の支度もあるし」
「わかった。あとでまた連絡を入れるよ」
「了解だ。じゃあな立花」
そう言うと、白銀は自転車を漕いで行ってしまった。残された京佳はバス停に向かって歩き出す。
(ふふ、ふふふ。ふふふふふ)
バス停に向かう道中、京佳は顔がにやけるのを必死で抑えていた。
(やった!やった!!やったぁ!!!デートだ!白銀とデートだ!!)
先ほどまで泣く寸前だったのに、今では180度変わって内心テンション爆上げ中の京佳。思わずスキップすらしてしまいそうだ。何なら空だって飛べそうである。
(帰ったら兎に角着ていく服を選ぼう。あとは水族館でのイベントを予習して、そして万が一の時に備えて下着も…)
京佳は浮かれまくっていた。それこそ白銀から何か嬉しい事を言われた時のかぐや程に。そして明後日の水族館デートに向けて、色々と準備をするのだった。
一方白銀。
彼は自転車を漕いで自宅へ帰る途中、ある事を考えていた。それは勿論、先ほどの京佳とのデートの事である。実は白銀、約束を果たす思いとは別に、ある思いがあった。
それは明後日のデートで、自分が京佳に対してどう思っているかを確認したいという思いだ。
(心が痛むが…)
京佳は約束を果たしてほしい、または純粋に楽しみたいからデートに誘ってくれたのだろう。対して自分は気持ちをはっきりさせる為だ。勿論、自分でした約束を破らないというのもあるが、本命はそっちである。
そして京佳の純粋な思いを汚している気がする為、白銀は心を痛めていた。
(だが、これではっきりさせよう。俺が立花に対してどう思っているか。そして立花は俺の事をどう思っているかを!)
白銀はそう決意し、明後日のデートに挑むのだった。
「まずい…」
そして白銀達が先ほどまでいたスーパーでは、先ほどまでの一部始終を見ていた1人の金髪女子が立ったまま本気で焦っていた。
今回は導入扱いなので少し中途半端かも。また、変に長くならない様に気を付けます多分。
今年もあと少し。とりあえず寒くなってきたので風邪ひかない様気を付けよう。
次回はデート前のちょっとした準備編。そして今回の水族館デートは全部で5話くらいの予定。正直、もっと詰め込めば短くなると思うけど、作者の技量と計画性が足りていないのと、私が書きたい事をゆったり書きたいという感じなので。
展開が遅いかもしれませんが、何卒ご了承下さい。
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白銀御行と水族館デート(準備編)
夜 四宮家別邸 かぐやの部屋
「という事がありました」
早坂は放課後に見た出来事をかぐやに報告していた。ところで何故早坂があの場にいたかというと、かぐやの命令である。
かぐやは帰り際に早坂に『会長と立花さんが何事も無く帰るか見ておきなさい』という命令を出していた。何事も無ければただの経過報告でよかったのだが、そうはいかなくなった。
何故なら京佳が白銀をデートに誘ったからだ。
それを見た早坂は本気で焦った。主人のかぐやには出来ない事を、ああも真っすぐに正面から言う京佳に。そしてその誘いを白銀が受けた事に。
このままでは本気で白銀が京佳に取られる。主人であるかぐやに幸せになって欲しいと思っている早坂としては、それは何としてでも阻止したい。そこで多少誇張してその時の出来事をかぐやに報告している。
そしてその報告を聞いたかぐやはというと、
「……」
目から光を失い、茫然としていた。その顔には生気がない。暫くそのままだったかぐやだが、徐々に顔に生気が戻り、肩をワナワナと震え出す。
「早坂!どうしてあなたはそれを阻止しなかったの!!」
そして早坂を大声で怒鳴りつける。
「いやどうやって阻止しろというんですか。いきなり2人の間に入って『ちょっと待って』とでも言えばいいんですか?不自然すぎるでしょ」
「貴方だったらそれくらい出来るでしょ!」
「そんな無茶な」
「ていうか何で!?何で会長はその誘いを受けたの!?ねぇ何で!?答えてよ早坂!!」
「知りませんよ。私は白銀会長じゃないんですから」
情緒不安定気味のかぐや。だがそれも仕方が無いだろう。なんせデートである。ある程度中の良い男女でなければ成立しないと言われているデートだ。それを白銀と京佳は、明後日の日曜日に行うと聞いたのだから気分が穏やかである筈もない。
「それで、どうするんですか?このまま座して待ちますか?」
涙目で錯乱気味のかぐやに、やや冷めた目で今後の事をどうするか聞く早坂。
「そんな事する訳ないじゃない!何としてでも2人きりになんてさせないわよ!
ってそれじゃ私が嫉妬しているみたいじゃないの!!」
「もう誤魔化せてませんからね?」
そしてかぐやに、このまま何もしないという選択肢は存在しない。夏休みのデートは既に終えた後に知った事なのでどうしようもなかったが、今回のは違う。まだデート前だ。つまり、いくらでも作戦を考えて、実行する事ができる。
「そうだわ。こうしましょう」
「何を思いついたんですか?」
数分間悩んだかぐやはある作戦を思いつく。
「私が藤原さんを水族館に誘うのよ。そして一緒に水族館へ行くの。そうすれば偶然偶々会長と立花さんに出会ってそのまま4人で水族館で遊ぶことができるでしょ?2人より4人で遊んだ方が良いにきまってます。会長と立花もその方が是絶対に楽しい筈です」
「偶然ねぇ…」
かぐやの作戦、それは『偶然を装って2人きりになるのを邪魔する』というものだ。これなら偶然である為なんら不自然なところはない。
「よし。それじゃ早速電話しましょう」
携帯を取り出して、藤原の番号へ電話するかぐや。
『もしもし?』
すると僅か2コールで藤原は電話に出た。
「もしもし藤原さん?今いいでしょうか?」
『こんばんわかぐやさん!どうしましたか?』
「実は知人から水族館の入園チケットを貰ったんですよ。だから明後日の日曜日に一緒に水族館に行きませんか?」
作戦通り藤原を水族館へ誘うかぐや。しかし、
『あー。ごめんなさいかぐやさん。私、明後日は用事がありまして…』
「え?」
なんと藤原は断ってきたのだ。
『実は明日の土曜日から家の用事で九州に行くんですよ~。ちょっとお父様の仕事の関係で会食がありまして。それに家族全員で参加しないと行けないんです。それが土日の2日ありまして。だから日曜日は無理です。ごめんなさい』
藤原であれば間違いなく大丈夫だと思っていたのに、まさかの事態である。これでは作戦が建てられない。出来れば言葉巧みに藤原を誘いたいが、政治一族である藤原家の用事であれば無理に誘う事もできない。
「そ、そうですか。それなら仕方ありませんね。また機会がありましたら…」
『はい!その時はお願いしますね!』
よってかぐやは、藤原を誘うのを諦める事にした。そして電話を切る。
「ほんと肝心な時に使えない女ですね…」
「電話切った瞬間にそんな事言うのやめて下さいよ。怖いんで」
電話を切った瞬間、藤原に対する不満を口にするかぐや。だがいつまでもこのままではいけない。かぐやは直ぐに次の相手を探す。
「なら次は伊井野さんを誘うわ」
「来てくれますかね?」
次の相手は伊井野だ。伊井野自身、かぐやに対して少し思うところがあるので、かぐやの誘いに乗るかは疑問が残る。
だがそこは四宮かぐや。言葉巧みに伊井野をその気にさせる事など朝飯前だ。事実、生徒会選挙の時は伊井野を言いくるめる寸前までいけた。
『はい。もしもし?』
「もしもし。こんばんわ伊井野さん」
『はい、こんばんわ四宮先輩。どうしましたか?』
数回のコール音の後、伊井野が電話に出る。
「実は知人から水族館の入園チケットを貰ったんですよ。だから明後日の日曜日に一緒に水族館に行きませんか?」
そしてかぐやは藤原の時と同じ様に伊井野を誘う。だが、
『明後日、ですか。ごめんなさい四宮先輩。私日曜日は用事がありまして…』
「え?」
伊井野も予定があり、かぐやの誘いを断ってきたのだ。
『実は、明後日は本当に久しぶりにママが日本に帰ってくるんです。だから、家族皆でご飯を食べに行こうって話になってて。私、本当に楽しみで。えへへ…』
伊井野も藤原と同じように家族との予定が入っていた。伊井野の母親は紛争地域でワクチンを配っている。その為、中々日本に帰る事が出来ない。
しかし、明後日の日曜日は数か月ぶりに帰国してくるという。そして伊井野家は、本当に久しぶりに家族全員で食事に行くのだ。伊井野は、今からそれが楽しみで仕方が無い。
「そ、そうでしたか。それなら仕方ありませんね。またの機会にしましょう。どうか家族との団欒を楽しんでくださいね」
『は、はい!楽しんできます!あと、誘ってくれてありがとうございます!』
伊井野の事情を知っているかぐやは、流石にこれに横やりを入れることは出来ないと判断。よって藤原の時と同じように、諦める事にした。
「ほんと私の周りは役立たずばかりね…」
「だからやめましょうってそんな事言うの」
電話を切った瞬間、また腹黒い事を言うかぐや。
「もう素直に水族館に行きません?」
「いいえまだです!まだ石上くんがいます!」
「いや、会計くんは行かないと思いますけど」
あくまでも偶然を装って水族館へ行くつもりのかぐや。最後の望みとして石上を誘おうとする。
しかし、
『おかけになった電話は電波の届かない場所にいるか電源が入っていないためかかりません』
「何でよ―――!!」
石上はそもそも電話に出なかった。
その頃の石上はというと、
「よっしゃあぁぁぁ!!あと1人!あと1人でドン勝つだぁぁぁ!!」
オンラインゲームが佳境に入り叫んでいた。
「それで、どうしますか?」
誰かを誘うというかぐやの作戦はおじゃんとなった。
「まだよ…柏木さんとか、弓道部の子とか…他にも…」
だがかぐやはまだ諦めていない。未だに誰かと一緒に水族館へ行き、そこで偶然白銀たちと一緒になるという考えである。
「かぐや様。もう素直に水族館へ行きましょう」
「そ、そんな事すれば、まるで私が…」
「いい加減にしてください」
そんなかぐやを見ていた早坂は、喝を入れる事にした。
「は、早坂?」
「かぐや様。今あなたの戦況がどれくらいのものかわかりますか?」
「どんな感じって…まぁ私がまだ優勢を…」
「日本史で例えるならサイパン島攻略時くらいですよ。当然、かぐや様は日本側です」
「はぁ!?もう負け寸前じゃないの!?」
日本史でいうサイパン島の戦いは、制空権と制海権を共に米軍に取られていたので日本側に勝てる算段など無かった。その結果は言うまでもない。そしてサイパン島が陥落すれば、それは日本の絶対国防圏の崩壊を意味する。
要するに、今のかぐやはどんどん追い詰められているという事だ。
「沖縄や硫黄島で例えなかっただけまだマシと思って下さい。でもこのままだと、本当に今年中に白銀会長を立花さんに取られますよ?」
「……そんな事…ある訳…」
「本気でそう思ってますか?」
「……」
かぐやだって、わかっているのだ。今のままではまずいという事くらい。このままでは、本当に京佳に白銀が取られるかもしれない。ならば自分も京佳の様に色々と動けばいいのだが、どうしてもその1歩が踏み出せない。あと少しだけ、勇気が出ない。
「なので、私が一緒に行きますよ」
「え?」
そんなかぐやに、従者である早坂は背中を押す。
「日曜日、私が男装します。設定は『かぐや様が偶々水族館のチケットを貰ったけど1人では危ないので従者が1人護衛として一緒に行く』という感じで。そしてタイミングを見て白銀会長と立花さんへ接近。後は何とか一緒に回るようにしてみますので」
早坂は提案した。これならば、かぐやがいう偶然を装うことも可能だ。白銀と京佳のデートも、2人きりというのも阻止できる。
「でも早坂、貴方さっき、私の戦況はもうサイパン島くらいだって…それだとどうあっても逆転なんて…」
「さっきの例えに付け加えます。マリアナ沖海戦は起きていないものと」
「え?」
サイパン島の戦いは、制海権と制空権の両方をとられていたから敗北したのだが、その原因のひとつにマリアナ沖海戦で日本海軍が米海軍に大敗したというのがある。だがもしマリアナ沖海戦で日本海軍が勝利していれば、サイパンの戦いは負けなかったかもしれない。
「なので、まだ立花さんに白銀会長を取られる事は無いかと。勿論、かぐや様がこの提案を受け入れ、そして行動を起こすのであればですが」
「……」
かぐやは黙り、考える。これだけの提案を受けても尚、あと1歩が踏み出せない。
そこで早坂は、今度は背中を蹴とばす事にした。
「もしこの提案を受けなければ、立花さんは白銀会長と恋人になるかもしれませんよ?水族館というのはかなりロマンチックな雰囲気が出ますから。もしかすると、そのままキスとかもするかもしれませんよ?このままかぐや様がこの提案を受けなければ本当にそうなるかも」
「やるわ」
かぐやはようやく決心した。
「でも早坂!そこまで言ったんだからちゃんとしなさいよ!」
「勿論。全力を尽くします」
こうして明後日の日曜日、かぐやと早坂は水族館へ行くこととなった。
同時刻 白銀家
「おにい…それ着ていくの?」
白銀家では、圭が兄の服を見ていた。買い物を終えた白銀は家に帰りついた後、妹の圭にデートの事を伝えた。勿論、素直にデートとは言っていないが。だが圭は直ぐにそれが京佳とのデートの事だと把握。心の中で京佳にエールを送った。
しかしひとつ懸念があった。着ていく私服の事である。
圭は、兄の私服がゴミレベルでダサイことを知っている。きっかけは、夏休みに生徒会のメンバーで小旅行をした時に、白銀が着て行こうとした私服を見た時だ。あまりにもダサイ。もしこれと一緒に街中を歩くと思うと、本気で死にたくなるくらいに。
そこで、試しに自分の前で日曜日に来ていく服装を見せて欲しいと言い、白銀は言われるがままに着ることにした。
結果、白銀は夏休みの小旅行時の服を着たのだ。
「いいだろ?もう10月も終わるけど、まだ結構温かいし。この上になんか羽織れば」
「いやそれ夏用の服だから!そんなの着て行ったら絶対に浮くかから!!」
季節は既に秋。そして白銀が着て行こうとしているのは夏物。決して白銀が自分で選んで買った服のようにダサイ訳ではないのだが、浮く。絶対に浮く。
(こんな格好でデートなんて行ったら、京佳さんが可哀そう…)
義姉になるかもしれない人にデートで恥をかかせたくない。そして圭は決心する。
「おにぃ。あした午後から暇だよね?」
「ああ。午後からはバイトないしな」
「なら明日の午後、服買いに行くよ。私が選んであげる」
土曜日に兄に服を買わせると。今ならいくつかの服を買うだけの蓄えくらいならある。決してデートに行っても恥ずかしくない、シンプルだが清潔感のある服装をさせると。
「いやいいって。勿体ないだろう。これで十分…」
「いや絶対にそれはダメ!下のジーンズはまだ良いとしても上は全部だめ!!」
「ええー?」
結局圭に押し切られる形となり、白銀は翌日近くの服屋でいくつかの秋物の服を揃えた。
尚その際、試しに自分で選んでみたら圭に超ダメ出しされた。そして白銀は今後、決して自分で服を買うなと圭に言われ落ち込んだ。
そして、あっという間に日曜日になるのだった。
Q、マリアナに勝っていたら日本は勝てたの?
A、多分無理。物量と技術で押されて遅かれ早かれ負けてると思う。日本が勝つにはミッドウェーで勝つしかないんじゃないかなぁ。本作ではあくまで例えという事で。
これで今年の投稿は終了です。次回は何事も無ければまた来週に。
それでは皆さん、良いお年を!
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白銀御行と水族館デート(待ち合わせ編)
それと本作のお気に入りが1000人を突破しました。本当にありがとうございます!
今年も本作の完結目指して執筆しますので、どうかよろしくお願いいたします。
ところでお正月は何をしていました?私はグータラしてました。
日曜日 朝 9時20分
(待ち合わせの時間まであと10分か)
待ち合わせ場所に指定した水族館前の公園で、白銀は珍しく私服姿で腕時計で時間を確認しながら人を待っていた。
本日、白銀は京佳と水族館でデートを行う。
事の発端は、夏休みに白銀が京佳の水着をひん剝いた事にある。その後、白銀は何かお詫びがしたいと京佳に提案。結果、京佳はデートの約束を取り付けた、そして金曜日の夜に白銀をデートに誘い、今日水族館でデートをする事となったのだ。
(まぁ、俺は普通にデートする訳じゃなくて、確かめたい事があるからだけど…)
しかし白銀にとって、このデートはただのデートではない。このデートで確かめたい事があるのだ。
それは、自分が京佳の事をどう思っているのかと言う事。
ここ最近、白銀は京佳によくわからない感情を抱いている。白銀はこのデートで、その感情の正体を確かめたいのだ。
(立花には悪いと思っているが、よくわからないままの方がずっと嫌だしなぁ…)
このデートを楽しみにしているであろう京佳には申し訳ない気持ちがあるが、このままこのよくわからない気持ちのままの方がずっと嫌だと白銀は思う。だからこそ、今回のデートでその辺りをはっきりさせるのだ。
(兎に角、俺が立花をどう思っているかはっきりしないと)
そう決意し、白銀は京佳を待つ。
因みに本日の白銀の服装は、長袖の薄水色のシャツに、その上から黒いジャケット。黒いジーンズと白いスニーカー。そしてウエストポーチを肩から掛るという服装だ。
そしてこれら全て、妹の圭によるプロデュースである。全て白銀家の近所の服屋で購入。総額5千円。大変リーズナブルだ。なお、ウエストポーチは圭からの借り物だ。
そして左手首に装備している腕時計は、誕生日に京佳からプレゼントされたものである。
「へぇ。シンプルな着こなしですが清潔感があっていいですね」
そんな白銀を隠れて見ている者が2人いた。1人は男装している早坂愛。そしてもう1人は、
「会長の私服…素敵…」
「口に出てますよ?」
勿論四宮かぐやである。何故この場に2人がいるのかというと、邪魔をする為である。金曜日の放課後に、早坂は京佳が白銀をデートに誘うのを目撃。そしてその事をかぐやに報告。結果『2人きりになんてさせてたまるか』という嫉妬心をかぐやは身に纏い、こうしてデートの邪魔にきたのである。
一応言っておくと、かぐやは決して白銀と京佳のデートそのものを壊そうとはしていない。流石のかぐやもそこまでするつもりは毛頭無い。あくまで、白銀と京佳が2人きりでデートをするのを阻止するつもりだ。
「よし。それじゃ早速行くわよ早坂」
一刻も早くこのデートを2人きりにしたくないかぐやが物陰から動こうとする。
「落ち着いてくださいかぐや様。今はまだ待って下さい」
だが早坂に肩を掴まれて、その場から動けなくなる。
「何でよ早坂。貴方、一昨日は私に協力するって言ったじゃない」
「だとしてもまだ立花さんが来ていません。せめて2人が合流し、そしてその後タイミングを見計らって動くべきです」
「先手必勝という言葉があるでしょ。今すぐ動くべきじゃない」
「急がば回れという諺があります。今ここで白銀会長の元に行っても大して意味はありません。私がちゃんとタイミングを教えますのでどうか堪えて下さい」
「むぅ…わかったわよ…」
早坂に言われ、かぐやは渋々納得。再び物陰から白銀の様子を伺うのだった。
そんな時である。
「お待たせ、白銀」
白銀に声をかける女性、つまり京佳が現れたのは。
「おお、来たか立花」
後ろから声をかけられた白銀は、ゆっくりと振り返える。
そして、いつかの夏休みの水着の時のように石化した。
京佳は私服は、上に秋物の白いセーター。下はグレーの下地に黒と灰色のチャック柄のスカート。しかもスカート丈は膝より上でかなり短い。足元は茶色い靴下と茶色のローファー。そして方から栗色の小さいシュルダーバックをかけている。
しかもただ肩からかけているだけでなく、バックの紐が京佳の胸の間に挟まっている、所謂パイスラという状態だった。
率直に言って、今の京佳はとても可愛いと言える服装をしていた。
そしてこの京佳の服をプロデュースしたのは、京佳の親友の由布恵美だ。コンセプトは『男が絶対に好きな服装』である。
「待たせてすまない。もう少し早く来るべきだったね」
「い、いや。俺もさっき来たばかりだから、気にするな」
「ふふ、そうか。それはよかったよ。ところで、どうかな?この服は?変じゃないかな?」
京佳は白銀に自分の服装について質問をしてきた。
(なんか既視感があるな…)
まるで夏休みの時の再現だ。あの時は水着だった為、白銀の石化時間はかなり長めだったが、今回は私服だ。肌面積も制服より多い程度。なので白銀の石化時間は短めで澄んだ。
「まぁ。いいんじゃないか?可愛いと、思うぞ?」
「ふふ。ありがとう白銀。そういう白銀もかっこいいぞ?」
「そうか?俺のは全部安物なんだが…」
「値段じゃないさ。私は素直にその恰好の白銀がかっこいいと思ったんだ」
「そ、そうか。ありがとう、立花」
「ふふ、どういたしまして」
手を口に当てて小さく笑う京佳。そんな些細な直ぐさでさえ、今の白銀は何故かドキっとしてしまう。
(な、なんだ?今日の立花なんか妙に可愛いぞ?何だこれ?)
白銀は自分の心臓が激しくなるのを確かに感じる。どういう訳か、本日の京佳がかわいく、そして色っぽく見える。その結果、白銀の心臓は激しさを増す。顔も少し熱い。
(ええい!落ち着け俺!こんな事でドギマギしてどうする!まだ始まってすら無いんだぞ!)
しかし今ここでこんな状態なら、途中でどんなボロを出すかわからない。生徒会長としても、そして男としてもそれは避けたい。そう思い、白銀は1度ゆっくりと深呼吸をした。
そしてそんな2人を離れたところで見ている2人。勿論、かぐやと男装した早坂である。
「あれはこの前発売されたばかりの新作のスカートですね。しかもスカート丈が短いから男である会長の自然と目線が足に向かうかもしれません。そしてあのパイスラ。あれはうまい。あれは胸が大きい人だから可能な技ですよ。ドキっとするのは間違いないでしょう。あれなら今日1日白銀会長の視線を独り占めできますね」
冷静に京佳のコーディネートを解説する早坂。
「よし。行くわよ早坂。なんならあの女を始末するわよ」
そしてかぐやはもう走り出しそうな感じで物陰から出ようとする。
「はいかぐや様。もう少し辛抱しましょうね」
「何でよ!?」
だが早坂に腕を掴まれて白銀達への所へは行けなかった。
「ここで行ってもダメですって。あの2人に合流するなら水族館の中に入ってから。それこそ館内のメインイベントが終わって人が少しまばらになる時に行けば偶然を装えます。それまでは我慢してください」
「……その時なら本当に偶然装え…私が偶然偶々会長と一緒になれるのね?」
「……はい。だから我慢してください」
「今の間は何よ!?」
どうにかかぐやの説得に成功した早坂。しかし同時にある事を思っていた。
『素直に白銀会長をデートに誘えばこんな事しなくて済むのに』と。
実際、かぐやが素直に白銀をデートに誘えば、白銀は間違いなく了承するだろう。だがかぐやはそれをしない。恥ずかしいとか自分から誘うのは負けた気がするからだとか色々と言っているが、全部言い訳だ。
(ほんと面倒臭い…)
しかしそれでも自分の主人である。ならば従者として、何とかしなければ。そして物陰に隠れながら、目線を白銀と京佳に移すのだった。
「ふぅ。よし、じゃあいくか」
「ああ」
落ち着きを取り戻した白銀は、京佳と共に目的地である水族館へと歩き出す。
「私達も行くわよ早坂」
「了解です」
その後を、かぐやと早坂の2人も追うのだった。
「結構人がいるんだな」
「日曜だしね。それに、この水族館は出来て間もないし」
「成程。確かにそれなら人も多いな」
水族館の入り口にたどり着いた白銀と京佳。まだ開園して間もないせいか、入口は人込みでいっぱいだ。それだけでは無い。この水族館『ソラール水族館』はまだ完成して3ヵ月しかたっていない。場所も都内の品川区という立地の為、休日になると家族連れやカップルなどが大勢やってくる。故にこれ程の人込みなのだ。
「順番に割り込む訳にもいかない。普通に並ぼう。並んでいれば直ぐに入れるだろうし」
「そうだな。まぁ元から割り込むつもりなんてさらさら無いが」
そう言うと2人は入園チケット売り場に並ぶ。その少し後ろに、かぐやと早坂も並んでいる。
「そういえば白銀。私がプレゼントしたその腕時計、使ってくれているんだな」
「ああ。折角貰ったんだ。ならちゃんと使わないといけないだろう」
列に並んでいる時、白銀と京佳は会話が弾んでいた。傍からみれば完全に恋人に見える。
「早坂。あの2人が別々になる方法を今すぐ考えて実行しなさい」
「できませんよ。てか落ち着いてください」
かぐやは少し後ろからその光景を見ていた為、イラついて仕方が無い。
「いらっしゃいませ。本日は何名様ですか?」
並んでおよそ10分。あっという間に白銀と京佳の番となった。
「高校生の男女2名で」
受付の女性店員に白銀がそう答える。
「カップルですか?」
「は?」
だが突然、受付の女性店員からそんな質問をされ、白銀は一瞬呆ける。
「えっと、違いま「はいカップルです」立花!?」
違うと答えようとしたのに、京佳がカップルと答えた。突然の京佳の行動に白銀は少し混乱する。
「おいどうしたんだ立花!?何でそんな事を!?」
「あれを見てくれ白銀」
「あれ?」
白銀が京佳を言い寄ると、京佳は受付の看板に指を向けた。そこには『カップルなら半額!!』と書かれていた。
「半額!?」
「ああそうだよ。普通にチケットを購入したら2200円もかかってしまう。だがカップルなら1100円でチケットが買えるんだ。お得だろう?」
「うむ、確かに」
白銀家は貧乏だ。故にこういう場所に遊びに来た事など殆ど無い。今日は財布に余裕もあったので、白銀も普通料金を払うつもりだったが、半額になるのであればそちらを選びたい。お金は大事なのだ。
「えっと、カップルでいいんですよね?」
受付をしていた女性店員が再度白銀達に質問をしる。
「ええそうですよ。まだ付き合って日が浅いので彼の方も恥ずかしがっていたんですよ。結構シャイなんで」
「そうでしたか。はぁ、羨ましい…」
京佳が答えると、女性店員はため息を付く。
「それではカップル割で2名様で2200円です。ようこそ、ソラール水族館へ」
女性店員に入園料を払い、チケットを受け取った2人はそのまま水族館入口へと入っていく。
「じゃ、行こうか白銀」
白銀は京佳に手を引かれながら。
「お、おい!?立花!?」
「ん?どうしたた?」
「どうしたじゃない!何で俺の手を!?」
「ああ。人が多いから迷子になるかもと思ってね」
「いやもう子供じゃないんだ。大丈夫だよ」
「照れてるのか?白銀は可愛いな」
「違う。照れてなんていない。てか同年代の男子からかって楽しいか?」
突然京佳に手を握られた白銀。流石にこの歳で人前で手を握られているのを見られるのは恥ずかしい。よって京佳から手を放そうとした。
「私は別にからかっているつもりはないよ?」
「え?」
「まぁいいじゃないか。このまま行こう。ね?」
しかし京佳は話そうとはしない。ここで無理に手を放すのは簡単だが、何故か白銀にはそれが出来ない。今ここで無理やり手を放してしまうと、京佳を酷く傷つけると思ったからだ。
「行こ?白銀」
「え、あ。お、おう…」
結局京佳に押され、白銀は京佳と手を繋いだまま、そして今見た京佳の笑顔を見て顔が熱くなるのを感じながら水族館入口へと入っていくのだった。
「■■■■■■■■■■■ーーー!!」
「ん?何だ今の?」
「さぁ?犬か何かじゃないか?」
入る途中、咆哮に似た何かを耳にしながら。
「■■■■■■■■■■■ーーー!!」
「はーいはいはい。どうどうどうどう」
つい先ほど白銀達が聞いたのは、かぐやの咆哮である。かぐやがまるでバーサーカーのような感じになっている原因は、先ほどの京佳と白銀のやり取りを見ていたからだ。カップルとして水族館へ入り、その途中手を握っていた。それを行った京佳に嫉妬し、かぐやは怒りの咆哮を上げていた。最も早坂がかぐやの口に手を当てているので、その声量はかなり抑えられている。
因みに列に並んでいる周りの人達は『え、何あれ…こわ…』といった感じでかぐや達から距離を取っている。
「兎に角落ち着いてくださいかぐや様。今ここで暴れたり騒いだりしたら、入園を断られるかもしれませんよ?」
「…………わかったわ」
早坂に言われ落ち着くかぐや。そしてそのまま列に並び、自分の順番を待つのだった。
(にしてもこれはマズイですね)
一方で早坂は危機感を募らせる。その原因は京佳だ。というのも、本日の京佳は非常に積極的だ。服装も、会話も、そしてさりげないボディタッチも。今までも積極的だったが、今日は1味も2味も違う。
(何とかタイミングを見て2人の間に入らないと…)
このままでは本当に恋人になるかもしれない。早坂は、何としてでも白銀と京佳の間にかぐやを入れようと決意するのだった。
「カップルですか?」
「「違います」」
そしてチケットを買う際は、普通に男女ペアで入る事にした。
京佳さんの私服は某Vチューバーさんを参考。
次回は水族館デート本番。
今年もよろしくお願いします。
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白銀御行と水族館デート(介入編)
ランキングに乗ったり、お気に入りが増えたり、沢山の感想と誤字報告を貰ったりと感謝の極み。本当にありがとうございます。
白銀は京佳に手をひかれながら水族館内を歩いていく。すると直ぐに大きな水槽が現れた。水槽の中には色とりどりの沢山の魚が泳いでおり、まるで1枚の絵画のようだ。
「サンゴ礁に住んでいる魚だって。綺麗だな、白銀」
「ああ。色鮮やかってこういう事を言うんだろうな」
水槽の上側には『サンゴ礁の魚たち』と書かれた看板があった。そしてその看板の隣には、水槽の中にいる魚の説明文がずらーっとある。
「あ、あれは知っている。映画の主役にもなった魚だ」
「あれか。映画は見た事ないが、俺もあの魚の名前だけなら知ってるな」
中には有名な魚もいた。一通り水槽を見た2人はゆっくりと次の水槽へと歩く。今度はイワシしか入っていない縦長の水槽が現れる。
「イワシの魚群か。一体何匹いるんだろうな?」
「これだけ多くいると全くわからんな。まぁ100匹以上は確実にいるだろうが」
イワシの大群がやや縦に長い水槽の中をくるくる回りながら泳いでいる。そしてイワシの鱗が、上から照らされたライトに反射してキラキラと光っていた。
「綺麗だな…」
「そうだな。綺麗だな…」
2人はイワシを見ながらそんな事を呟く。
(ああ…私は今、本当に幸せだな…)
京佳は幸せを噛み締めていた。最近は白銀と2人きりになれる事も無く、アプローチをする機会も少なかった。だが今日は、こうして2人きりでデートをしている。他の生徒会メンバーもいないし、知り合いも見当たらない。正真正銘2人きりでのデートだ。これを体験して幸せに思わない人はいないだろう。
(できれば、この時間が続きますように…)
誰かに言う訳でもなく、京佳は心の中でそう祈った。
「綺麗ですって?あの女会長に綺麗って言われてる?何て羨ましい…」
「いやよく聞いてくださいかぐや様。綺麗って言っているのはイワシですから」
そんな2人を、少し離れたところから見ているかぐやと男装した早坂。2人は今、サンゴ礁の水槽の前にいるが、その目線は水槽になど向けていない。少し離れた白銀と京佳に向けている。
「というか何時まで手を握っているのよ。まぁ恐らくああやって手を握り続ける事によって、会長に自分を無理矢理にでも意識させる魂胆なんでしょうが、本当になんて卑しい女なのかしら…」
(かぐや様も似たような事をやってた気が…)
かぐやの呟きに早坂は反論しようと思ったが、ここで反論すれば絶対に面倒な事になると確信していたので口を閉じた。
「それで早坂?一体何時まで私は隠れてあんな光景を見ないといけないのよ?」
かぐやは早坂に質問をする。このまま白銀と京佳が2人っきりのままなところを見続けるなんて最早拷問である。一刻も早く、偶然を装って割り込みたいのだが、早坂からのゴーサインは未だ無い。
「そうですね。ここでやるアシカのショーが終わった後がベストタイミングだと思います」
「アシカのショーの後?どうして?」
「アシカのショーはこの水族館のメインイベント。当然、大勢の人が観に来ます。そしてショーが終われば、皆その場から移動します。その時に人込みが発生するのは明白。そうすれば偶然偶々白銀会長達と出会ってもなんら不思議はありません。なので辛抱してください」
早坂はお昼前に行われるアシカのショー終了後がねらい目だと言う。それまでは辛抱して欲しいとも。
「もっと早く出来ないの?」
「まぁ、あるにはあります。あの2人のどっちかがお手洗いに行っている最中に残された方と合流。そして話をすればそのまま4人で水族館を観てまわる事が可能かと」
「ならそれでいいじゃない」
「2人のどちらかがお手洗い行かないと使えない作戦です。今すぐ使える訳ではありません」
「……それなら仕方ないわね。でもその時が来たら直ぐにそっちの作戦で行くわよ」
「わかりました」
言いたい事はあるが今は我慢する時だと思い、かぐやは早坂に従う。
(さっきのイワシも綺麗だが、立花ってやっぱ綺麗だよなぁ…)
一方白銀は、ふと横眼で京佳を見ながらそう思う。京佳は水槽の中にいるハコフグを見て笑顔になっていた。そしてその笑顔は、とても可愛らしいものだ。
(そりゃ四宮も藤原も伊井野だって綺麗なんだが、今日の立花はより一層綺麗に見える。私服だから?それとも水族館という普段行かない場所のせいでそう見えているから?)
京佳は左目に大きな眼帯を装着しているが、非常に整った容姿をしている。勿論、他の生徒会メンバーの女子達も整った容姿なのだが、本日の京佳は普段の3割増しくらいで綺麗に見えている。
水族館に入る前から、京佳にずーっと手を握られている状態も続いており、白銀は顔にこそ出していないがドキドキしっぱなしだった。
「ほら白銀。あっちに大きな水槽があるよ。行こ」
京佳はそう言うと、白銀の手のひいて大型水槽に向かって歩き出す。手をひかれながら歩く2人の姿は完全に恋人だ。
実際、先ほど2人の隣を通り過ぎて行ったご婦人は『あら~。若いっていいわね~』と言っていたのを白銀は聞いている。
(それにしても立花の手って柔らけぇ……ってそういや何時まで俺は立花と手を握っているんだ!?完全に手を放すタイミングを逃してる!このままじゃ水族館が終わる時まで手を握ったままになるんじゃ…)
そしてこの時の白銀は、未だに京佳と手を握っているのが少し恥ずかしいのだ。さりげないタッチ程度ならば平常心を保てるが、水族館に入る前からずーっと手を握られっぱなしである。周りには大勢の目線もあり、幾人かは嫉妬の眼差しを送るのもいた。
(だがここで無理やり手を放すのはどうなんだ?それは立花を傷つける行為じゃないのか?)
白銀は基本優しい性格をしているので、誰かを傷つけるという行為が簡単には出来ないのだ。もし無理やり手を放してしまえば、それは京佳を傷つける事になるかもしれない。そうなれば、京佳は心に傷を負うかもしれない。
そして心の傷というものは簡単には治らない。故に、白銀は自分から手を離せないでいた。
(いや、そもそも今日は俺が立花をどう思っているのかを確かめる為に来ているんだ。ならばこの手を握っているという状況も確かめる判断材料になる筈。もう少しこのままでいるとしよう…)
考えた結果、白銀はこのまま京佳と手を握った状態を維持する事にした、
(にしてもやっぱ、立花の手って柔らかいなぁ…あと温かい…)
再度、京佳の手の柔らかさと温かさを確認しながら。
「b\r3k6yuq@:ftuor@b\r」
「いやマジで怖いんで嫉妬するならせめて普通の日本語話してください」
そんな2人を隠れながら見ているかぐやと早坂。かぐやは京佳に呪詛を吐きながら隠れており、早坂はそんなかぐやに恐怖した。
というか怖い。こんなの普通に怖い。事実、今しがたかぐやの近くを通りかかった男性は『え、怖…』と言い足早にその場から去っている。
「かぐや様、1度自販機で飲み物買いませんか?温かいもの飲むと落ち着きますよ?」
「結構よ。それよりあの女の悪行をこの目にしっかりと焼き付けて、何れ億倍にして仕返しする為にも今はこのままでいいわ」
「そ、そうですか…」
最早目だけで誰か殺せそうである。このままではアシカショーの前に、かぐやが京佳を手にかけるかもしれない。
だがそんな時、かぐやにチャンスが訪れた。
「すまん立花。俺ちょっとお手洗いに行ってくる」
「わかった。じゃあここで待っているよ」
「ああ、すぐ戻る」
白銀がお手洗いに向かったのだ。そして京佳が大型の水槽の手前で1人きりになる。つまりこれは、早坂が提案していた作戦が可能だという事だ。
「よし。行くわよ早坂。もう止めないでよ」
「わかりました。だから1度深呼吸をしてください」
今すぐにでも飛び出して行きそうなかぐやを早坂は1度なだめる。そしてかぐやは1度深呼吸をして、京佳のいる方へ歩き出すのだった。
「あら?立花さんですか?」
「ん?四宮か?」
前もって用意していた言葉通りに京佳に声をかけるかぐや。
しかし、瞬時に『今日初めて会いましたね』感を出せるあたり、かぐやが相当優秀である証拠だろう。
「こんな場所で会うなんて奇遇ですね」
「そうだな。ところでそちらの人は?」
京佳がかぐやの隣にいる、スーツ服で茶髪で黒ぶちメガネをかけた男性について尋ねる。
「初めまして。僕はかぐや様の従者の1人で、本日かぐや様の護衛をしている速水と言います」
「速水さんですか。初めまして。学校で四宮さんと同じ生徒会に所属している立花と言います」
「ええ、存じ上げております。いつもかぐや様が本当にお世話になっております」
「ちょっとやめなさい速水」
それぞれが自己紹介をして、軽く頭をさげる。なお今日の早坂の男装は『親元を離れて四宮家に奉公に来ている苦学生』という設定だ。対藤原使用のハーサカ君ではなく速水というキャラを演じているのは、京佳対策である。
メイドのハーサカの時は京佳に感づかれ、危うく変装がばれるところだった。なので今日の早坂は、京佳に絶対にバレない様相当念入りに男装をしている。何も知らなかったら、かぐやでさえ正体を見破られるか怪しいくらいに。
「ところで四宮。どうしてここに?」
「先日、知り合いからここの水族館の入館チケットを受け取ったんです。それで今日は遊びに」
「そうだったのか」
勿論嘘である。確かにかぐやは、四宮家という家のせいで様々な贈り物を貰った事はあるが、今日ここにきているのは完全に実費である。全ては、京佳と白銀のデートを2人きりにさせない為に。
「そういう立花さんは、おひとりですか?」
かぐやが早速仕掛ける。ここで京佳が『友人と来ている』と誤魔化せば『その友人を紹介して貰ってもいいですか?』と言えばいいし、『1人で来ている』と言えば『では一緒に水族館を観て回りませんか?』と言う事ができる。つまり、白銀の事を誤魔化せないのだ。
(さぁ、さっさとボロを出しなさい。そうすればそのスキを突いてあなたと会長の蜜月を終わらせてあげますから。まぁ私も鬼ではありません。サメの餌にしてあげるのは勘弁してあげますよ)
かなり物騒な事を思うかぐや。決して本気で無いと信じたい。そしてそんなかぐやの質問に京佳がした返答は、
「いや、今日は白銀と2人で来ているよ」
「「!?」」
素直に白銀と来ているというものだった。そう、こういう時に変に誤魔化さないのが京佳である。誰かとは大違いだ。
「そ、そうでしたか…会長と…」
出鼻を挫かれたかぐや。だが、これはむしろ好機だと思う事にする。本来なら京佳がボロを出したところに付け入り、2人きりのところを邪魔する予定だったのだ。
しかし京佳が最初から『白銀と来ている』と言ってくれれば、その必要も無い。このまま『皆で水族館を楽しもう』と提案すればいいだけだ。
「そうだ。どうせなら皆で水族館を観て回りませんか?大勢の方が色々と楽しいでしょうし。ね?速水?」
「ええ。1人より4人とも言いますし」
予定通りにかぐやは京佳に提案をする。後は京佳がこの提案を受ければ全て解決だ。
だが、
「すまないが四宮、それは出来ない」
「え?」
京佳はかぐやの提案を断った。
「えっと、何ででしょうか?私、何か立花さんに失礼な事でもしましたか?」
まさか断られるとは思わず、かぐやは少し慌てる。そしてどうして断ったのか尋ねる。
「僕からもお聞かせ下さい。どうしてですか?」
速水こと早坂も京佳に尋ねる。
「いや、四宮が何かした訳じゃないよ。不快にさせてしまったなら謝る。すまない」
京佳は別にかぐやが何かしたから断った訳ではないと言い、直ぐに謝罪の言葉を口にした。
「で、では、何故?」
かぐやがもう1度京佳に尋ねた。そんなかぐやに京佳は、
「今日私は、白銀と2人きりで水族館を観てまわりたいんだ」
真っすぐにそう答えた。
「実はな、以前から白銀と約束をしていたんだ。ちょっと理由は話せないが、いつか2人きりでデートをしてくれって。それが今日なんだ。私、この日がすっごく楽しみで。昨日なんて9時に床に就いたのに中々眠れなかったしね。四宮も今日の水族館を楽しみにしていたかもしれないし、大勢で観た方が楽しいのも勿論あると思う。でも今日だけは、どうしても白銀と2人で水族館を楽しみたいんだ。だから、一緒にはまわれない」
京佳はかぐやにそう言う。京佳の顔は頬が少し赤く、いかにも『幸せです』という雰囲気を出していた。
その顔は、まさに恋する少女。
「そ、そうでしたか。元々先約があったのなら仕方ありませんね。それでは」
「失礼します。立花様」
「ああ。それじゃ」
それを見たかぐや、と速水こと早坂はその場から立ち去る。2人はあっという間に人込みへと消えていった。
「いや、本当に強いですね、立花さんは…」
イワシの水槽まで戻ってきた2人。早坂は改めて、立花京佳が強力な存在だと認識した。普通はあんな提案を受ければ、断らず受けるものだ。
しかし京佳ははっきりと断った。それだけ、白銀と2人きりでいたいという気持ちが強い証拠だろう。
「まだよ。まだ終わっていないわ」
「え?かぐや様?」
だがかぐやは諦めてはいない。
「この後にあるアシカショーを観にいくわよ。そうすれば間接的に会長と立花さんは2人きりにはならないわ」
「いやアシカショー見る人は大勢いますから元々2人きりにはならないですが」
「何か言ったかしら早坂?」
「いいえ何も」
かぐやはこの後のアシカショーを観る為に1度体勢を立て直す事にした。そして近くにあった自販機でホットレモンを飲んで落ち着くのだった。
そのころの京佳は、白銀と再び合流して電気ウナギを見ていた。
タイトルに白銀と書いているのに、会長の出番があんまりないという… やっぱりお話を作るのは難しいです。
あと今回、実は結構書き直しています。かぐやの介入するところとか。
次回も頑張YO。
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白銀御行と水族館デート(撤退編)
予定では今回で終わる筈だったのに、終わらなかったよ。
白銀と京佳の2人は水族館を楽しんでいた。『深海の魚たち』という魚のはく製が並んでいた部屋で様々な深海魚のはく製を見たり、『海の幸』という鯖やアジなどが入っているどう反応すればいいのかよくわからない水槽を見たり、『アマゾンの魚』というアロワナやピラニアなどが入っている水槽を見たりと、兎に角普通に楽しんでデートをしていた。
(水族館なんて小さい頃に家族と来て以来だったが、すげー楽しいな)
白銀は普段多忙で中々遊びに行くことができない。それにお金もそんなにある訳ではないので、こういった場所に来る事は殆ど無い。
その為、今日の白銀は童心に帰った気分で水族館を楽しんでいた。普段色々なストレスを抱えている白銀にとっては、丁度良いリフレッシュになっているだろう。
(いや、仮に1人で水族館に来ても楽しいとは感じなかっただろう。誰かと一緒に来ているから楽しいんだろうな)
ふとそんな事を思う白銀。例えば、1人で遊園地に行っても楽しかったと言えるのは少数だろう。同じように、1人で水族館に来ていても、楽しいと思えるのも少数だ。
こういう場所は、誰かと一緒に行くから楽しいと感じるものなのだ。例えば友人。例えば家族。
(立花と一緒だから、より楽しいとか?)
そして例えば、大切な人、もしくは好きな人。
(いやいや待て!まだそうだと決まった訳じゃないだろう!落ち着け俺!)
今回のデートで京佳に対する気持ちをはっきりさせるつもりの白銀だったが、まだその答えを出すのは時期尚早だと思い、その考えを振り払う。
「白銀。そろそろアシカのショーがあるから見に行かないか?」
「アシカのショー?」
「アシカが色んなパフォーマンスをするんだ。結構楽しいと思うぞ。どうかな?」
「いいぞ。いくか」
京佳の提案を受け、2人は水族館のメインイベントであるアシカショーを見る為屋外ステージへと向かう。
(しかしアシカショーか。ひょっとして立花は楽しみにしていたのか?結構子供っぽいな)
屋外ステージへ向かう途中、白銀は京佳の意外なところを見てそんな事を思う。言い出したのが藤原だったら誰でも納得できるが、京佳やかぐやが言うと普段とのギャップで意外と思うのは当然かもしれない。
(意外と子供っぽいと言えば、立花は結構子供っぽい下着を…)
白銀はふと、1学期の出来事を思い出す。
「ん”」
そして誰にも気づかれない様に、自分の右脚太ももを恒って煩悩を消し去った。
「あっちが屋外ステージだ。行こう白銀」
「ああ」
右脚の痛みに耐えながら、白銀はアシカのショーが行われる屋外ステージへと歩いていくのだった。
因みにかぐやは、そんな2人の光景を呪詛を口ずさみながらずーっと見ていた。早坂のおかげでなんとかなっていたが、そろそろ精神的に危ないかもしれない。
そしてかぐや達も、アシカのショーが行われる屋外ステージへと向かうのだった。
「皆さーーん!こんにちわーー!本日はソラール水族館へ来ていただいて本当にありがとうございます!」
屋外ステージ。時間は丁度正午。そこでは水族館のメインイベントである、アシカのショーが行われようとしていた。ステージの上では20代と思われる女性スタッフが、マイクを片手に司会進行をしていた。
「それでは早速呼んでみましょう!ソラール水族館のアシカの兄弟。ロスリくんとローリアくんです!」
「グワ」 「グワ」
女性スタッフがそういうと、奥の方からアシカが2頭やってきた。
「白銀、アシカだ。可愛いな」
「そうだな。目とかいいな」
ステージに上がったアシカを見て、少しテンションを上げる京佳と白銀。白銀は虫は大っ嫌いだが、人並に動物が好きである。可愛い動物を見て可愛いと言えるくらいには。
実際、アシカは全国各地の水族館で人気の動物だ。白銀と京佳がアシカを見てそう言うのは普通の事だろう。
(可愛い?あれのどこが?)
白銀と京佳が座っているところから少し離れた場所に座っているかぐやは、地獄耳で2人の会話を聞いた時にそんな事を思った。犬や兎なら可愛いと言うのもわかるが、アシカである。
確かに目がクリっとしているから可愛いと言えなくもないが、所詮海洋哺乳類の鰭脚類だ。かぐやはあれが可愛いと言う感情がわからない。でも今はそんな事どうでもいい。
(それにしても、随分楽しそうにしていますね。何て羨ましい…)
今のかぐやの目には、楽しそうに会話している白銀と京佳しか映っていない。水族館へ来てからというもの、白銀は楽しそうに京佳と水族館を観てまわっている。
そしてその隣にいるのは、自分ではなく別の女。正直、堪らなく羨ましい。変わってくれるなら是非変わりたいくらいだ。
(ってこれじゃ私が会長と2人きりで水族館で遊びたいって思っているみたいじゃない!!違います!ただ会長が私とどうしても一緒に行きたいと言うなら行ってやらなくもないって思っているだけですから!)
口にこそ出さなかったが、かぐやはすぐに京佳と変わりたいという思いを否定する。早坂が今思った事を知ったら、間違いなくため息をついていただろう。というかいい加減殴られそうである。
「では次の得意技を見てみましょう!はい!2人羽織!!」
「「グワァ」」
『おお~~』
そんなかぐやの事など気にする事も無く、アシカショーは進んでいった。
「それでは次はアシカの首を使った輪投げをしてみましょう。お客様の中でやってみたいと言う人~」
司会進行をしている女性スタッフがそう言うと、ショーを観ていた大勢の観客が手を上げる。
「それでは、そこのお2人!どうぞステージに!」
女性スタッフはある男女2人組を指名し、ステージへ上がる様促す。
「ほら白銀、行こう?」
「何か恥ずかしいな…」
(は!?)
そしてステージへと上がっていく2人組を見た瞬間、かぐやは思わず2度見した。
何故ならステージへへと上がっているのは、白銀と京佳の2人だったからだ。
2人はそのままステージへと上がり、女性スタッフが質問をする。
「はい来てくれてありがとうございます。お2人はカップルですか?」
「はい、そうです」
「え、ええ。まぁ…」
「あら~。初々しいですね~」
それを聞いた瞬間、かぐやは地獄へ落とされた様な気分になった。
(か、カップル…?あの2人が?それってつまり、恋人?一体何時の間に?あれ?じゃあこれって、もう私が入る隙は…無い?つまり、私の恋は…終わった?)
目の前が真っ暗になりかけ、ふらつくかぐや。そしてあわや倒れそうになった瞬間、男装している早坂に抱き留められる。
「落ち着いてくださいかぐや様。あれは恐らく水族館入口でカップルと言って入館した手前、ここでもカップルと言っているだけです。本当に恋人になっている訳ではありません」
早坂はかぐやに説明をする。
「そ、そうよね…そういう事よね。私ったらてっきり…」
早坂の説明を聞いたかぐやは体勢を整え、再び倒れない様に椅子にしっかりと座りなおす。
「それにしても、実際に付き合ってもいないのにカップルだなんて。本当に卑しい女ね彼女は」
そして秒で京佳を静かに睨む。
「そんなこと言うんだったら、来週にでも白銀会長をどこかに誘えばいいじゃないですか。そうすれば出かけた先のスタッフが同じような質問をしてくると思いますけど?」
「そんな事私からできる訳ないじゃない」
「はいはいそうですか」
最早投げやりな返答をする早坂。実際かぐやが白銀を誘えば、ほぼ間違いなく白銀はその誘いを受けるというのに、かぐやはそれをしない。高すぎるプライドというものは本当に面倒くさい。
「それでは、彼女さんにはこの輪っかをお兄ちゃんアシカのロスリくんに。そして彼氏さんには弟アシカのローリアくんに投げてもらいましょう!」
「わかりました。ふふ、楽しみだな白銀」
「あ、ああ。そうだな」
ステージ上ではアシカに向けて輪投げをする準備をしている。そしてステージに上がっている白銀は、少し顔が赤い。先ほど司会の女性スタッフにカップルですかと聞かれたせいである。そのせいで、変に京佳を意識しているのだ。
「ねぇ早坂。今直ぐにステージ下にあるプールの中にサメを出してくれない?できればメガロドン」
「できませんよ。ていうかそれ絶滅してるサメじゃないですか」
「じゃあホオジロザメ」
「だからできませんって」
一方かぐやは、白銀と一緒にいる京佳に嫉妬して何とか邪魔をしたかった。しかし、いくら早坂が凄腕のメイドだからといっても流石に不可能である。
「それじゃあ、輪投げチャレンジスタートです!」
女性司会者がそう言うと、京佳が輪っかをアシカに向けえ投げる。するとアシカは器用に首を動かし、輪っかをくぐる様に首にかけた。
「成功です!続いてどうぞ!」
2回目は白銀が投げ、これも成功。
「大成功です!皆さん兄弟アシカのロスリくんとローリアくんと、協力してくれた2人に大きな拍手をお願いします!」
会場からは大きな拍手が起こった。
「ふふ。アシカに輪投げなんて初めてだったけど、楽しかったな」
「そうだな。中々無い経験が出来て面白かったよ」
「今度はイルカの背中に乗ってみたいよ。沖縄にはそういう水族館もあるらしいし」
「マジか。それは確かに楽しそうだな。機会があれば是非行きたい」
白銀と京佳は笑顔でステージを降りていく。
(会長、本当に楽しそう…)
そんな2人を、かぐやは拳を握りしめ黙って見続けた。
その後もショーは続き、最後は兄弟アシカがステージ下のプールに入り、どこからともなく出てくるというまるでワープのような芸を披露して幕を閉じたのだった。
アシカのショーが終わり、会場からは人々が立ち去っていく。会場出口付近が人込みでごったかえしているので、出口の人込みがはけるまでの間、椅子に座っている人もそれなりにいるが。
「それでかぐや様、どうしますか?」
「どうって?」
「今ならまだ間に合います。混乱に乗じて白銀会長と合流できますよ」
早坂はかぐやに当初考えていた作戦を提案する。
「そうね。会長なら、自分と一緒にまわらないかって言うかもだしね」
「まぁそれはあるかと」
白銀の性格からしてその可能性はあると早坂も思っていた。故に今なら2人きりという状況を破壊できると踏んだのだ。
「それじゃ、行きましょう」
かぐやは椅子から立ち上がり、白銀を探す。すると会場出口から少し離れた場所で白銀を発見。そしてその隣には、当然京佳もいた。
「白銀。この後は水中街道という場所を観にいかないか?」
「水中街道?何だそれは?」
「所謂水中トンネルだよ。まるで水中を歩いているような気になれるんだって。しかも結構長いらしい」
「それは面白そうだな。よし、なら次はそこに行こう」
「それでその後はどうする?今度は白銀が行きたいところでいいぞ?」
「俺の行きたいところか。だったらこのペンギンがいるところがいいな。写真撮りたいしな」
「ペンギンか。それはいいな。私も見てみたいし」
「その後はそうだな、お土産屋に行きたいな。圭ちゃんは何も買ってこなくて良いって言ってたけど一応見ておきたい。まぁお土産を買うかどうかは財布と相談だが。こういうとこって結構お土産高いし」
「わかった。ペンギンを見たらそこにも行こう。何だったら今日のお礼としてお土産代は私が出そうか?」
「いやそんな事は出来ないって」
白銀は京佳と楽しく雑談していた。白銀が手にしているパンフレットを見ながら次は何処に行くのか。写真を撮りたいとか。おまけに肩が触れる程距離も近い。
そして白銀も京佳も、とても楽しそうにしていた。
(あんなに楽しそうにしている会長の邪魔をしてもいいのかしら…?)
かぐやは思わず足を止めてしまう。2人に近づけない。いや、今の2人の間に割って入るなんてとても出来ない。そんな思いが、かぐやの中に湧いて出た。
(立花さんは自分から会長をデートに誘ったというのに、私は一体何をしているの…?)
自分の行いを振り返るかぐや。
白銀が京佳とデートするのが悔しくて、邪魔をしようと決意。態々早坂に男装させ、偶然を装って京佳に接近。そして一緒に水族館を観てまわらないかと提案。そうすれば、白銀と京佳が2人きりになる事はないと思ったからだ。
しかし京佳は自分が白銀と2人きりで水族館を観たいといいかぐやの提案を拒否。そこで諦めれば良いのに、かぐやは諦めきれず、こっそり後をつけ続け2人を監視。
そして今、また2人っきりを邪魔しようと動こうとしている。
(なんて、みっともない…)
ふと自分の行いを振り返ったかぐやは、恥ずかしく、そして情けなくなった。早坂の言う通り、自分から白銀をデートに誘えばこんな事をしなくて良い。
もし自分から白銀をデートに誘っていれば、今白銀の隣で楽しそうに笑っているのは自分だったかもしれない。
(それにもし私が立花さんの立場にいて、デートを邪魔してくる人がいたら・・・)
怒る。絶対に邪魔してきた人に怒る。何なら殺意だってぶつける。もしかすると手が出るかもしれない。そんな事、考えなくてもわかる。
(ほんと、何してんのかしら…私…)
かぐやはここに来て、ようやく自分がしている事がとんでもなく失礼な事だと自覚した。
「かぐや様?」
隣にいる男装した早坂がかぐやに声をかける。
「……帰るわ」
「は?」
かぐやはそう言うと水族館の出口方面へ歩き出す。
「え!?ちょ!?かぐや様!?どうしたんですか!?いいんですか!?白銀会長と立花さんをあのままにしておいて!!」
「……」
「ちょっとかぐや様!?」
早坂が静止するが、かぐやは無言で出口へと向かう。
そして、そのまま徒歩で四宮家別邸へと帰るのだった。
何かの拍子でふと我に返る時、あるよね?
今回で終わらせるつもりだったけど次回に伸びちゃった。相変わらず計画性が無いな自分。もう少し執筆時間を取れば何とかなったかもしれない。
そしてアシカの名前に心当たりがある人は、来月発売予定のゲームが楽しみな人だと思う。
次回、水族館デート編完結(予定)。果たして白銀の気持ちは?
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白銀御行と水族館デート(自覚編)
「凄い…本当に海の中を歩いているみたいだな…」
「だな。何というか、とても綺麗だ」
かぐやが人知れず帰った後も、白銀と京佳は水族館を楽しんでいた。2人は今、アシカのショーが終わった時に言っていた通り『水中街道』という水中トンネルに来ている。右を見ても左を見ても、そして上を見ても魚だらけ。まるで本当に海の中を歩いているようだ。
「見てくれ白銀。サメだ。サメがいるぞ」
「おおぅ。こうして近くで見ると、やっぱ少し怖いな」
京佳が指さした方にはサメがゆったりと泳いでいた。水槽越しとはいえ、近くでみると少し怖い。特に目が。
「あっちにはウミガメ。その奥にはエイもいる。やっぱりこうして見ると楽しいな」
「だな。普段は水中から魚を見る機会なんて無いし」
普段は見る事が出来ない光景。その光景を見て楽しくなる白銀と京佳。その顔は、自然と笑顔になっている。
(やっぱ立花って美人だなぁ…)
笑顔になった京佳を見た白銀は、そんな事を思うのだった。
「いやー、楽しかった。とっても綺麗だったし」
水中街道を通り終えた2人は、水族館内に設置されている休憩所で、白銀は缶コーヒーを、京佳はお茶を飲みながら一息ついていた。
「立花。結構歩いているが疲れていないか?」
「大丈夫だよ。そんなにヤワじゃないし」
「そうか。それならいいんだ」
水族館に来てから2人はずっと歩きっぱなしだった。アシカのショーの時は席に座っていたが、それ以外は碌に休憩も取っいない。なので女性である京佳を心配したのだが、杞憂だったようだ。
「しかし、やはり家族連れが多いな」
「日曜だしな」
休憩所には、自分たち以外にも大勢の人がいる。その大半は家族連れだ。後は、恋人と思しき人達が何組かいるくらい。
「私たちは、傍からみたらどんな風に見られているんだろうな?」
突然京佳がそんな質問を白銀にしてきた。
(これは…)
白銀は少しだけ身構える。ここで『友人』と答えるのは簡単だ。しかし白銀は、それが自らデートに誘ってきた京佳が望む答えでは無いだろうと思っている。無論『姉弟』と答えるのも『兄妹』と答えるのも、ましてや『親子』と答えるのも違う。白銀だってそれくらいは解る。
一応白銀に中にはこの質問の答えそものもはある。しかし、それを口にするのが恥ずかしい。例え質問してきたのがかぐやであってもそれは同じだ。
(いや!ここは仕掛けてみるべきだろう!そして立花の反応を見てみるべきだ!)
だが白銀は恥を隠して自らの答えを口にする事を決める。元々このデートで、自分が京佳をどう思っているかを確認するつもりなのだ。ならばこそ、ここは自分でそういった事を仕掛けて京佳の反応を見てみるべきだと思い、
「そうだな。恋人に見えていたりするんじゃないか?」
そして白銀は言った。恋人に見えていると。
それを聞いた京佳は、
「ふふ。そうか。それは嬉しいな。白銀みたいな人と恋人に見えるなら役得だよ。白銀はかっこいいからな」
笑顔でそう答えた。
(え、可愛い…)
京佳の笑顔を見た白銀は、思わず見惚れた。それだけ、今の京佳の笑顔は可愛かったからだ。
(って俺は今何を!?)
白銀はぶんぶんと頭を振る。白銀が好きな人はかぐやだ。確かに京佳が美人でスタイルが良くて自分の家族とも仲が良いとしても、京佳は友達なのだ。
そんな京佳に、見惚れていた。
(まさか、俺は…)
白銀の中にある気持ちが出てくる。
(いやいや!落ち着け俺!まだそうだと決まった訳じゃないだろう!)
しかし白銀はその気持ちに無理やり蓋をした。ここで結論を出す必要は無い。もしここでこの感情の答えを出してしまったら、この後どうすればいいのかわからない。
「この後は、ペンギンコーナーだったかな?」
「あ、ああ、そうだ。本物のペンギンって見た事ないから是非な」
「ならこれを飲みきったら行こう」
「おう」
京佳に言われ、白銀は缶コーヒーを一気に飲み干す。そして2人はペンギンコーナーへと足を運ぶのだった。
ガラスの向こう側にはペンギンが沢山いた。看板を見ると、フンボルトペンギンというらしい。大勢の人が、その愛らしい姿を見て騒いでいる。
で、ペンギンコーナーにたどり着いた白銀はというと、
「やっべぇ…かわいい…ペンギン超かわいい…」
目をキラキラさせながらペンギンを見つめていた。その顔はまるで子供。まさに童心に帰っているといった感じである。白銀は別にペンギンが特別好きという訳では無いが、なんせペンギンだ。可愛い動物として名前が挙がるペンギンだ。嫌いな人などいないだろう。誰だってこんな事を言う。
そしてそんな白銀を後ろから微笑ましく笑う人がいた。
「ふふ」
「は!?」
後ろから小さく笑う声が聞こえ振り返ると、京佳が手を口に当てて笑っていた。
「いや立花、これはだな…」
同級生に子供みたいな反応を見られた白銀は、とたんに恥ずかしがる。そして何とか弁明をしようとした。
「別に恥ずかしがる事はないだろう。誰だって可愛い動物を見たらそうなるさ」
「えーっと。まぁ…」
白銀は顔が赤くなるのを感じた。穴があったら入りたい気分にもなる。
「それにしても、ふふ。白銀も結構可愛いところがあるんだな」
「え!?可愛いって何が!?」
「ペンギンを見たいってところがさ。私は可愛いと思うぞ?」
「そ、そうか…」
京佳に可愛いと言われ、白銀は顔が更に赤くなるのを感じる。
(恥ずかしい…何やってんだ俺は…)
いくら初めてペンギンを見たとはいえ、あれほど子供っぽくなるとは思わなかった。大人げないと思い、白銀は1度自分を落ち着かせる。
「これが前に石上が言っていた『ギャップ萌え』ってやつなんだろうな」
「石上から何て事聞いているんだ」
京佳の口から『ギャップ萌え』というワードが出てきて驚く白銀。凡そ意味は合っているが、まさか京佳がそんな事を言うとは思わなかった。そして今度石上に少し話を聞こうと決めた。
「白銀、写真を撮ってあげるからスマホを貸してくれ」
「頼む」
京佳に自分のスマホを渡す白銀。そしてゆっくりとペンギンの近くに行く。
「よし撮るぞ。はいチー…」
京佳が白銀のスマホで撮ろうとした時、
「わっ!」
子供が京佳にぶつかりバランスを崩したのだ。
「立花!」
白銀は直ぐに京佳に駆け寄り、転びそうになった京佳を受け止めた。おかげで京佳は転ばなくてすんだ。
「大丈夫か立花!?」
「だ、大丈夫だ…」
白銀のおかげで怪我もないようである。
(うわ、立花の体めっちゃ柔らけぇ…あといい匂いする…)
思わず抱き留めた白銀は、京佳の体の柔らかさを確認する。しかし直ぐに頭を切り変えるのだった。
「全く、何なんださっきの子供は。危ないなぁ」
白銀が先ほど京佳にぶつかった子供に悪態をつく。そして目線を京佳の後ろに移すとそこには、
「え?」
「ひぐ…えぐ…」
ピンク色のワンピースを着た5歳くらいの女の子が泣いていた。それは先ほど、京佳にぶつかった子供である。
「えっと、君。どうしたんだ?」
白銀から離れ、女の子に近づいた京佳が女の子の視線に合わせる為、スカートを抑えてながらしゃがんで話しかける。
「ままが…いないのぉ…」
「成程、迷子か」
少女の言葉で迷子だと判断する京佳。これだけ大勢の人がいるのだから、迷子の1人だって出てくるだろう。
「白銀。ちょっといいか?」
「みなまで言うな。その子の親を探すぞ」
「流石だな」
京佳が白銀に少女の親を探そうと提案しようとしたが、白銀は阿吽の呼吸で承諾。
「えっとお嬢ちゃん。お名前は?」
「ひぐ…えっぐ…りん…」
「りんちゃんか。ママの特徴とかわかるかな?」
「えぐ…赤い服…」
「ふむ。赤い服か。それなら目立つだろうし、直ぐに見つかるかもな」
「とりあえず迷子センターに行くか。このパンフレットによると出口付近にあるらしい」
京佳が女の子から情報を聞き出し、白銀がパンフレットで迷子センターの場所を確認。
「りんちゃん。今から私たちがママを探してあげるから、一緒にいこっか?」
「ふぐ…うん…」
「じゃあ逸れないように手を繋ごう」
京佳が手を差し出すと、りんと名乗った女の子はその手を掴む。
「かたほう…」
「え?」
「もうかたほうも…つなぎたい…」
しかし片手だけでは不安なのか、女の子はもう片方の手も繋ぎたいと言い出す。
「白銀。頼めるか?」
「勿論だ」
そして白銀は女の子の空いていた片方の手を握る。こうして3人は水族館内の迷子センターへ向かうのだった。
「りんちゃんは、今日は誰と来たんだ?」
「ままとぱぱ…」
「そっか。ママとパパとか」
「うん…ぱぱのおしごとが、おやすみだったから、すいぞくかんへいこうって…」
迷子センターに向かう途中、京佳は少女が不安がらない様に話すか続ける。少女から見たら、自分たちは知らない大人だ。子供はこういうとき、とても不安がる。そこで京佳は話し続けた。少しでも不安を取り除く為に。
(なんか、本当の親子みたいだな…)
少女に話しかける京佳を見た白銀は、そんな感想を抱いた。別に顔が似ているとかではなく、雰囲気でそう思ったにすぎない。
(前にも言ったが、立花は絶対に良い母親になるよな)
京佳は面倒見が良い。藤原に勉強を教えたり、伊井野が石上に注意していた時に別の解決策を出したり。更に料理も出来る。それもただ出来るだけじゃなく、色々なアレンジを加えたものが。前に白銀が口にしたワサビ入り唐揚げは本当に絶品だった。
(立花と結婚したら、絶対に幸せになれるよな…もし俺が結婚したら、妻と子供の為に必死で働くし。家に帰ってお疲れって言われるだけで毎日頑張れる)
ふと妄想する白銀。仕事が終わり家に帰ると出迎えてくれる妻。そして既に寝てしまっている子供の寝顔を見てから遅い夕食。最後は風呂で1日の汚れを洗い流し、妻と同じベットで寝る。
白銀はそんな妄想を、京佳でした。
(……いいな)
思わずにやけそうになる白銀。これが藤原だったら目も当てられない悲惨な妄想になるだろうが、京佳なら最高だ。元々自分と同じ一般家庭出身だし、そのおかげで価値観も近い。贅沢な暮らしはできないかもしれないが、幸せな暮らしはできるだろう。その様な妄想をしていると、手を繋いでいる少女から質問がきた。
「ねぇねぇ。おにいちゃんとおねちゃんはこいびとなの?」
「え!?」
「似たようなものだよ」
「立花!?」
まさかの質問に驚く白銀だったが、京佳が肯定した事で更に驚く。
「すごーい。ままとぱぱみたいだね」
「ふふ。ありがとう」
すっかり泣き止んだ女の子は少しだけはしゃいでいる。
(まぁ、元気になったみたいだし、いいか)
ここで変に否定すると、女の子がまた泣き出すかもしれない。よって白銀は特に突っ込まないことにした。
その後、迷子センターに到着すると、既に女の子の両親がいた。赤い服を着ている母親が女の子を少し怒っていたが、その後直ぐに『良かった』と言いながら抱きしめる。眼鏡を掛けた父親からは何度もお礼を言われた。
そして3人の親子はそのまま出口へ向かって歩き出す。その際、女の子は見えなくなるまでずっと白銀達に手を振っていた。
「ふぅ。見つかってよかった」
「そうだな。本当によかったよ」
水族館の出口付近に設置されたベンチに座る白銀と京佳。
「どうする白銀?もう1度ペンギンを見に行くか?」
「いや、なんかもういいわ」
少し疲れたのか、白銀はペンギンを再び見に行くことを拒否。ペンギン熱が冷めた感じである。
「なら、最後にあそこにいかないか?」
「あそこ?」
京佳が指を指した方向を見ると、そこには『海月展』と書かれた通路があった。
「そうだな。もう他は殆ど見たし、最後に行くか」
そして2人は薄暗い海月展へと足を踏み入れた。
「これは…」
「凄い…」
入る前はあまり期待していなかった2人だが、入ってすぐにその考えを改めた。海月展は、文字通り海月しかいない。しかしただ小さい水槽に色んな海月が入っているという訳ではなかった。
あったのは、とても大きな水槽に沢山の海月が入っている水槽だけだった。
それは凄く幻想的に見える。上から色んなライトが照らされているのか、海月が様々な色に変わる。
「綺麗だな…」
「そうだね…」
今日は色んな魚を見てきたが、これは別格だ。海月が観賞用として人気があるのもう頷ける。
「白銀。今日は付き合ってくれてありがとう」
2人で海月を眺めていると、京佳が突然白銀にお礼を言ってきた。
「どうした急に」
「いや、言える時に言っておかないと後悔すると思ってね」
「……成程」
実際、言える時に言えずに後悔する事はある。白銀だって似たような経験があったりする。
「白銀はどうだった?今日は楽しかったかな?」
「ああ。もの凄く楽しかったぞ。何ならまた来たい」
「そうか。それはよかった。誘ったかいがあったよ」
今日、白銀は本当に楽しかった。アシカのショーにペンギン。多種多様な魚。そして今目の前にある海月。その全てを楽しめた。
(やっぱりここまで楽しめたのは誰かと来たからだな)
1人だけでも楽しむ事自体は可能だっただろう。だが、ここまで楽しめる事は無い。
「本当に、綺麗だな…」
ふと白銀は、隣にいる京佳を見る。そして本来の目的を思い出す。
(俺が立花を、どう思っているか…)
それはこのデートに誘われた日、白銀自身が決めた事。自分にとって、立花京佳という少女はなんなのか、というものだ。
(友人?親友?同級生?同じ生徒会の役員?)
思いつく限りの関係性を頭に浮かべる。だがそれもしっくりこない。どれも間違っていない筈なのに、どうもしっくりこない。
(そもそもそういう関係だったら、どうして俺は前に立花がお兄さんと食事をしていた時にもやもやしたんだ?それだけじゃない。体育祭で他の男子が立花をそういう目で見た時なんてイラってした。そりゃ友達だからそういう事言われると腹が立つってのはわかるが、それだと前者がわからない…)
色々考える白銀。そして少し雨に、父親に言われた事を思い出す。
『お前その子が好きなんじゃないのか?』
(確かに立花の事は好きだが、それはあくまで友達としてであって…)
父親に言われた事を必死で否定する白銀。
「白銀。一緒に写真を撮らないか?海月を背景にして」
そうやって白銀が考えに耽っていると、京佳が写真を撮ろうと提案してきた。
「構わないぞ」
「ならこっちに行こう」
2人は水槽の前まで移動する。そして京佳がスマホを取り出し、カメラを起動。
「白銀、もっと近づいてくれ」
「お、おう…」
少し恥ずかしが、白銀は京佳に言われた通り近づいた。
「じゃあ撮るぞ。はい、チーズ」
そして京佳が片手でスマホを操作し、カメラで写真を撮る。その写真は、完全に恋人にしか見えない写真だった。
「ふふふ。ありがとう白銀。大切にするよ」
「写真くらいで大げさじゃないか?」
「そんな事は無い。私にとっては凄く嬉しい1枚だよ。
本当にありがとう、白銀」
京佳は、笑顔で白銀にお礼を言った。
どくん
(あ…)
その笑顔を見た瞬間、白銀は自分の体温が上がるのを感じる。そして、求めていた答えがやっと出た気がした。
自分は、立花京佳という女性を好きになっているのだと。
いや正確には違う。既にそうだろうと白銀自身が気が付いていたが、その気持ちに蓋をしていたにすぎない。
(だって、俺は…)
白銀御行は、四宮かぐやが好きである。だが今この瞬間、白銀は自分がもう1人、別の女子にも惹かれているとわかった。
それもかぐやと同じくらいに。
(おいおいマジかよ…だとしたら最低じゃねーか俺…そりゃ圭ちゃんも怒るわ…)
前に、妹の圭に言われた事を思い出す。先程まで楽しい気持ちでいっぱいだったのに、今は罪悪感でいっぱいだ。だって同時に2人の異性を好きになるなど、どう考えても最低な行為である。そんな事が許されるのは創作の中だけだ。
そもそも白銀は、そういった事はかなり真剣に考えている。間違っても2股なんてありえない。
「どうした白銀?」
「いや、何でもない。そろそろお土産コーナーに行かないか?」
「いいよ」
自覚した自分の気持ちを必死で抑え込み、白銀は京佳と共に水族館のお土産コーナーへと行った。
そしてそこで『ホタテ饅頭』というホタテの形をしたクリーム入り饅頭を購入して、京佳を駅に送り届けたのち、自分も帰路に着くのだった。
「俺は、どうすればいいんだ…?」
帰りに電車の中で苦悩しながら。
女の子の笑顔は最強だと思うの。
と言う訳で、強引な展開だったかもしれませんが白銀会長自覚編でした。今回もかなり書き直しているのですが、もしかすると後でところどころ編集するかもしれません。その時はご了承下さい。
次回から色々動かしたい。でも自分が思っている通りに動かせる自信は無い。所詮素人だもの。
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四宮かぐやは決意する
補足で説明を入れると、今現在のお話の時系列は原作10巻あたりです。
それと今回、京佳さんの出番0です。そろそろまたちゃんとしたメイン回書かないと主人公って事忘れちゃいそう。
水族館デートをしていた白銀と京佳の2人の後をつけている途中、ふと我に返り水族館から帰宅したかぐやは、
「……」
自室のベットの上でうつ伏せで倒れていた。その姿、まるで浜に打ち上げられたアザラシ、もしくは鯨である。
「かぐや様。夕食はどうしますか?」
「……」
「体調がすぐれないのでしたら、お薬を持ってきますが」
「……」
「……早坂。一体かぐや様はどうしたんですか?」
「いや、私にもわからないんです」
年長者執事の高橋が早坂に尋ねるが、早坂は知らないと答える。昼間、白銀と京佳のデートにいざ割り込もうとした瞬間、突然かぐやが帰ると言い出し、早坂の静止の言葉も聞かずそのまま帰宅。
そして帰宅すると自室のベットにうつ伏せで倒れこみ、以後ずーっとこの状態だ。何かの体調不良なのではと考えた早坂が、熱を測ったりしたが平熱。別に腹痛がある訳でもなく、頭痛がする訳でもない。ただずーっと、ベットにうつ伏せになっているだけ。
(まぁ何となくですけど、原因と思えるものはわかりますけどね)
先程早坂は、高橋の質問に知らないと答えたが、実はかぐやがこうなっている原因に心当たりはある。それは本日あった、白銀と京佳のデートだ。かぐやと早坂の2人は、そのデートを着いてまわった。
そしてそのデートで、とても楽しそうにしている白銀達を見てしまった。その結果、かぐやは精神的ダメージを負い、こうしてベットにダウンしているのだろうと早坂は思っている。
だが、それを執事の高橋に言う訳にはいかない。というか言いたくない。呆れられそうだし。
「とりあえず私がかぐや様を見ていますので、高橋さんは自分のお仕事に戻っていただいて結構です」
早坂はこの場は自分が見ておくので、高橋には他の仕事に戻る様に頼む。というのも、高橋は相当に忙しいの身なのだ。数十年もの長い間、四宮家に仕えているベテラン執事の高橋。四宮家別邸においては、従者達の最高責任者も務めている。
そして責任者というものは、忙しいもの。その仕事量は、早坂や志賀の比では無い。そんな忙しい人を、いつまでも何にも言わないかぐやの元に置く訳にはいかない。
「わかりました。では早坂、かぐや様を頼みますよ」
「はい」
高橋は早坂も言葉を受け入れ、かぐやの部屋を後にした。
「……かぐや様。いい加減何か言って下さい」
「……」
高橋が出て行って少ししてから、早坂がかぐやに話しかける。しかしかぐやは一向に話そうとしない。というかピクリとも動かない。まるで本当に死んでるかのようだ。
「……生きてますよね?」
少しだけ不安になった早坂がかぐやの脈を測ると、ちゃんと動いている。とりあえず、いつの間にかショック死していた訳ではなさそうだ。主人の生存を確認した早坂は、兎にも角にもかぐやをどうにかしなければと思う。流石にずっとこの状態にしとく訳にはいかない。
「かぐや様。いつまでそうしているつもりですか?」
「……」
「これからずーっとそうしているつもりですか?」
「……」
一向に動かないかぐや。そこで早坂は、無理やりにでもこっちに意識を向けさせるべき動く。
具体的に言うとかぐやの胸を揉んでみた。
「ふむ…1年前に比べれば少し大きくなってますかね?」
「……何しているの早坂?手を放しなさい」
「やっとこっちを向きましたね」
流石に反応し、顔だけ動かして早坂を見るかぐや。というか睨んでいる。
「それで、どうしてそんな風になっているんですか?まぁ大体の理由はわかりますけど」
「……」
「まただんまりですか?」
少しだけ早坂を見たかぐやは、再び顔を枕にうずめる。
「仮定で話しますけど、かぐや様がそうなっているのは昼間の白銀会長と立花さんのデートが原因ですよね?」
かぐやを元の状態に戻す為にも、早坂は話し出す。
「昼間にも言いましたが、そんなに羨ましかったらかぐや様も白銀会長をデートに誘えばいいんですよ。そうすれば、白銀会長だって立花さんと同じようにかぐや様とデートをしてくれます。何なら明日の月曜にでも誘いませんか?」
早坂はかぐやに提案をする。かぐやがこうなっているのは今日の白銀のデートが原因だ。恐らく、楽しそうにデートしている白銀と京佳を見て落ち込んでいる。自分もあんな楽しそうなデートをしたいと。
ならばかぐやも白銀とデートをすればいい。だから早坂はかぐやにそう提案する。
(まぁ、どーせ何時ものように『そんな事自分から出来る訳無いじゃない』とか言って言い訳するんでしょうけどね)
だが早坂、実はかぐやがこの提案を受け入れるとは思っていない。何時ものかぐやなら、この後そういう提案を受けないからだ。理由は、恥ずかしいから。
そうやってかぐやは、何時も言い訳をする。白銀と一緒に居たいと思っても、白銀と一緒に遊びに行きたいと思っても、白銀と恋人になりたいと思っても。必ず自分の気持ちに言い訳をする。
(せめてほんの少しでも素直になってくれればいいんですけどね)
もしも、かぐやが京佳と同じくらい自分の気持ちに素直だったら、2人はとっくに恋人だ。恐らくは、1学期の時点でかぐやは白銀と恋人になっていただろう。そして、恋人として楽しい夏休みを過ごし、2学期になれば神っていたかもしれない。
だが実際は違う。何時までたってもかぐやが素直にならない為、白銀との距離が中々縮まらない。それどころか、何時の間にか京佳の方が白銀との距離を縮め、白銀と2人きりで、それも2回もデートをするまでに至った。
「前にも言いましたが、このままだと本当に立花さんと白銀会長が恋人になるかもしれませんよ?」
早坂は、白銀と京佳が恋人になるのを危惧している。このままでは、本当にそうなってしまう可能性がある。
「……」
そしてかぐやは、未だにベットにうつ伏せで寝ている。
(もう少しきつく言いましょうかね。いや、それでも言い訳するかもだけど)
早坂は何時もの様に、かぐやを少し追い詰めながらやる気を出させる事にした。
「今日のデート。あの2人は本当に楽しそうでしたね。傍から見れば完全に恋人に見える程に。実際、私も一瞬だけそう見えましたし」
「……」
「もしかすると、来月の立花さんの誕生日に白銀会長は告白をするかもしれませんね。間違いなく立花さんはそれを受ける事でしょう」
「……」
「まぁかぐや様が素直になって、白銀会長をデートにでも誘えばそれも阻止できるかもしれませんね。そうすれば白銀会長と2人っきりで楽しいデートも楽しめますし、デートが終わったら白銀会長から告白してくるかもしれませんよ?」
未だベットにうつ伏せになっているかぐやに話しかける早坂。すると、かぐやが口を開く。
「……ねぇ早坂」
「何ですか?」
「デートって、どこに行くものなの?」
「え?」
それは、早坂に驚くべきものだった。
(今のって、どういう?)
混乱する早坂。てっきりかぐやは、いつもの様に言い訳をするものだと思っていたからだ。しかしかぐやは、デートはどこに行くべきかを聞いてきた。顔は相変わらず枕にうずめたままだが。
「今日の立花さんと会長は水族館へ行っていたけど、他にデートに行くとしたらどこに行くものなの?」
「そ、そうですね。やはり定番は映画館でしょうか。他にもショッピングをしたり、どこか美味しいお店で食事をしたりなどがありますが」
「……そう」
早坂は思いつく限りのデート場所を言う。そして、同時に気になる事があったので、かぐやに聞いてみる事にした。
「しかしどうしてそんな事を聞くんですか?まさかかぐや様からデートに誘うとでも?」
早坂が気になる事はそこだ。先程、自分から『デートに誘ってはどうか』と提案しているが、かぐやが素直にそれを受けて、自分から白銀をデートに誘うとは思えない。
しかし―――
「それもいいかもしれないわね」
「……は?」
かぐやはその早坂の提案を受け入れた。
「えっと、かぐや様?」
「会長とデートするなら、そうね。映画館は前に行ったし、水族館は今日立花さんと行っているから遊園地がいいかもしれないわね。あ、でも遊園地は夏休みに生徒会の皆で行っているから別の場所の方がいいかも?ならどこかのホテルでディナー…ダメね。あまり高級な場所だと会長に迷惑がかかるわ。なら…」
「ちょっと待って下さい!ちょっと待ってくださいかぐや様!!」
早坂、たまらずかぐやに声をかける。
「ほんとどうしたんですか!?まるで白銀会長をデートに誘うみたいな言い方をしてますが!?」
「?だって早坂がそう言ったじゃない」
「いや言いましたけど!確かに言いましたけど!!」
このかぐやの反応は予想外だった。まさか自分の提案を受け入れるとは。
「ですが、いいのですか?自分から白銀会長をデートに誘うなど、そんなのまるで告白では?」
「???」
「いやきょとんとした顔しないでください!?え?私がおかしいの?」
何かに裏切られた気分になる早坂。何時ものかぐやなら、ここで言い訳をしてこの提案を却下する筈だった。しかし今日のかぐやは、この提案を受け入れ白銀をデートに誘おうとしている。
「今日の2人。とっても楽しそうだった…」
「え?」
かぐやはポツポツと喋り出す。ついでに体を起こして、ベットに腰かけた。
「もしも私が会長をデートに誘えば、あんな風に楽しそうに過ごせた。でも、私はそれをしなかった。今までいくらでもチャンスがあった筈なのに、私は1度もしなかった…」
要するに、かぐやは京佳が羨ましいのだ。あれだけ楽しそうに過ごした京佳が。あれだけ幸せそうだった京佳が。自分も白銀と楽しくデートをしたい。だからこそ、こうして自分から白銀をデートに誘おうとしている。
「そうですか。でも、いいんですか?異性をデートに誘うというのは、相手に好意があるという証拠です。かぐや様が白銀会長をデートに誘うということは、それはかぐや様が白銀会長の事を「好き」……え?」
「私は、白銀御行が、好き…」
今度こそ早坂は目が飛び出そうになる。今確かに言った。かぐやは、白銀の事が好きだと確かにそう言った。
「だからこそ、立花さんに、会長を取られたくない…」
「かぐや様…」
続いて、京佳に白銀を取られたくないとも言った。それは間違いなく、心からの言葉だった。
「ねぇ早坂。前に言ったわよね?わたしはどんどん追い詰められているって。まだ、私にも巻き返す事はできるかしら?」
「そう…ですね。確かに白銀会長と立花さんは今日デートをしていましたが、それでもまだ白銀会長は立花さんをギリギリ友人というくくりで納めている筈ですから、チャンスは十分にあるかと…」
「そう…」
「……」
かぐやの部屋に沈黙が訪れる。かぐやも早坂も喋らない。いや、何を喋ればいいかわからない。
(いや、これこそ好機…!)
しかし早坂にはある思いがあった。ようやくだ。ようやくかぐやが白銀を好きだと言ったのだ。ならばこそ、これを起爆剤にして一気にかぐやに京佳との差をつけさせるべきだと。
「デートにいくのであれば、そうですね。動物園はどうですか?」
「動物園?」
「はい。今日の水族館でも白銀会長はとても楽しそうでした。まぁ動物がとても好きという訳では無いでしょうが、嫌いでは無いでしょう。ならば動物園に行き、そこで多くの動物に触れないながら楽しくデートをする。どうですか?」
「……成程」
早坂はデート先に動物園を提案する。実際、若者のデートでも候補に入る場所だ。
「わかったわ。じゃあ、私から会長に連絡を入れて動物園にデートに誘うわ」
「わかりました」
そしてかぐやは、自分からデートに誘うと言った。
(長かった…本当に長かった…!)
思わず早坂は泣きそうになる。ここまで長かった。無駄な遠回りは当たり前。何時も言い訳をして、珍妙な作戦ばかり。そしてそれに付き合わされる早坂。
しかし、今やっとかぐやは決意した。素直に白銀をデートに誘うと。これならば大丈夫だ。もう変な作戦もやらないだろう。
「それで、何時誘うんですか?明日?」
後はかぐやが白銀を誘い、当日のデートをサポートすればいい。なので早坂はかぐやが白銀を誘う日時を聞いた。それを聞いて、他に邪魔者が来ない様にサポートしようと。
「えっと…その…来月中とか?」
「は?」
「い、いえ!今年!あ、いや!2年生のうちには必ず誘うわ!絶対に誘うわ!」
が、かぐやはここでヘタれた。先ほどまで白銀をデートに誘う、そして白銀の事が好きだと言っていたが、それでもやっぱり恥ずかしい。こればっかりは簡単には変えられない。ようやく決意したかと思えば、まさかの展開。
そしてそんなかぐやを見た早坂の目は、とても冷たかった。
「かぐや様?」
「だって!誘った事なんて無いんだもの!せめて色々準備をさせてよ!失敗したくないし!」
(やっぱりダメかもしれない…)
もう少しだけ、早坂の苦労は続きそうである。
ようやく素直になったかぐや様。しかし、1歩踏み出したのではなく、半歩踏み出した感じです。それでも凄い成長だけどね。
次回も頑張るよ。でももしかすると来週は投稿できないかもしれない。原因はネタが出てこないから。いやだって、もう80話以上書いているし、流石にね?
やっぱりプロの作家さんって凄い。本当にそう思います。
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立花京佳も決意する
夕方 立花家 京佳の部屋
「今日は、楽しかったなぁ…」
かぐやが自室のベットの上でうつ伏せで倒れている頃、京佳は自室のベットの上に寝っ転がり、本日白銀と一緒に行った水族館デートを思い返していた。
水族館へ行き白銀と手を握った事。一緒にアシカのショー楽しんだ事。迷子になっていた女の子の親を探した事。写真を沢山撮った事。様々な出来事があったが、その全てが楽しい時間だった。
「また、行きたいなぁ…ふふ、えへへ…」
普段、学校の女子達からクールなイメージを持たれている京佳だが、本日は想い人との2人きりのデートだった。こうして思い返すだけで、顔が蕩ける。もし今の彼女を、学校の隠れファンの子たちが見たらどう思うだろうか。
因みに京佳の母親は、現在買い物に出ている為家にはいない。もしいたら今の京佳の顔をスマホに収めていただろう。おかげで京佳はこうして思いにふける事ができる。
「電話?」
京佳が自室のベットの上で1人蕩けていると、スマホから着信音が鳴る。京佳は直ぐにスマホを取って電話に出る。
「もしもし?」
『やっほー京佳。今いいー?』
電話の相手は、他校に通っている京佳の幼馴染で親友の恵美だった。
「構わないが、どうしたんだ?」
『前置き無しに単刀直入に聞くけどさ、今日のデートどうだった?』
開口1番、恵美は京佳にストレートな質問をしてきた。実は恵美、今日のデートが心配だったのだ。親友が好きになった異性とのデート。もしかすると変な横やりが入って、デートの邪魔をされるかもしれない。何か不測の事態があって、デートそのものがお釈迦になるかもしれない。
なので恵美は最初、ひそかに京佳のデートについていこうと考えていた。しかし、『それは親友のデートの邪魔になるのでは?』と思いとどまり、大人しく自宅で待っていた。そして、デートが終わったであろう時間である今、こうして電話をかけてきたのだ。
「そうだな。結論から言えば、最高だったよ」
『ふぅ!やるじゃーーん!』
恵美の質問に『最高だった』と答える京佳。その答えを聞いた恵美はほっと胸を撫で降ろす。どうやら、自分の親友のデートは成功を収めたようだ。
『で、キスとかしたの?』
「え?」
『だーかーらー。例の白銀くんとキスとかしたの?』
だからこそ気になった。デートを成功を収めた親友が、一体どこまで進んだのかを。故により踏み込んだ質問をした。
「いや流石にしていないよ。そういう雰囲気じゃなかったし」
『ええー?普通はデートの終わりにキスくらいしない?』
「それは漫画の見過ぎだ」
恵美の質問を否定する京佳。勿論京佳だって、叶う事ならキスのひとつくらいしたい。そしてそのまま一気に、白銀との距離を詰めて恋人になりたい。だが現実に考えて、まだ恋人でもない異性がいきなりキスなんてしない。
(いやまぁ…白銀の誕生日の時には、しちゃったけどさ…)
でも京佳、既に白銀にキスをしている。口にではなく頬にではあるが。あの時は、かぐやに負けたくないという強い気持ちの元あんな事をしてしまったが、今では後悔などしていない。少なくとも、白銀は嫌がっているそぶりを見せていないし、翌日の白銀は間違いなく自分の事を意識していたし。
『じゃあさ、どういうデートだったのか教えて』
「いいよ。先ずは…」
京佳は恵美に本日のデートの事を教える。着ていった服が可愛いと言われた事。一緒にアシカに輪投げをした事。最後に海月の水槽の前で記念写真を撮った事。京佳はその全てを、楽しそうに恵美に話した。
「という感じだよ」
本日あったデートの内容を全て話した京佳。そして胸が温かくなり、幸せな気分になる。
『そっか。もの凄く楽しかったんだね』
「わかるのか?」
『そりゃね。だって話している時の京佳、すっごく楽しそうなんだもん。羨ましいよ』
京佳の話を聞いていた恵美は羨ましがる。自分も誰かを好きになったら、こんな風になれるのだろうかとも。
『ま、楽しかったならよかったよ。これで白銀くんとの距離も縮まったんじゃない?』
「そうだな。少なくとも距離が開いたって事はないと思っているよ」
京佳自身、本日のデートで『白銀に自分を意識させる事に少しは成功しているのでは?』と思っている。待ち合わせの時から自分を見て少しだけドギマギいたし、水族館の中では学校より距離が近かった。
更に手を握っていた時も、白銀は1度も嫌がるそぶりは無かった。最後のは単に白銀の人が良いだけなのかもしれないが、兎に角本日のデートは色々と成功だったと思っている。
『ここまできたら、後は告白だけだね。何時するの?明日とか?』
京佳の話を聞いた恵美はそう言う。京佳の話を聞く限り、本日のデートは成功だ。京佳自身も楽しんでいるし、白銀の反応も脈ありに聞こえる。ここまでくれば、後は告白をして恋人になるだけだ。
「いや、流石に今すぐ告白はしないぞ?」
『え?何で?』
「何でと言われてもなぁ…」
『今日のデートで手ごたえを感じているんでしょ?だったらこのままの勢いで告白をするべきじゃないの?』
「それはそうかもしれないが、流石に勢いのままっていうのは…」
恵美の言う事もわかる。確かに勢いというのは大事だし必要だ。1度勢いが付けば、それを簡単に止める事などできない。だがもし勢いのまま進んで、それを止められたら、もう取り返しがつかないだろう。
もしここで勢いに乗って白銀に告白をして、そして白銀に振られたらと思うと、怖くて仕方が無い。この辺の気持ちは、かぐやと一緒かもしれない。
「それにそもそも、私は告白をする時期を決めている」
『マジ?いつ?』
「うちの学校の文化祭だ」
『成程。定番だね』
流石に勢いそのままの流れで告白するつもりは無い京佳だが、既に白銀に告白する時期そのものは決めていた。それは12月にある秀知院学園の文化祭、通称『奉心祭』である。京佳はこの奉心祭で白銀に告白するつもりなのだ。だからそれまでは、自分を意識させるために徹底して白銀を攻める気でいる。
「私はその文化祭までに全ての準備を終えるつもりだ。そして文化祭で、白銀に必ず告白をする」
『何だ。ちゃんと色々考えていたんだ』
「まるで私が何も考えていない言い方しないでくれ。私なりにちゃんと考えているんだ」
親友にしっかりと作戦があるのなら、恵美はこれ以上何か言うつもりは無い。最も、京佳から相談があったらいくらでも乗るつもりだが。
(にしても、ちょっと引っかかるなぁ…)
しかし恵美はある事が気になってた。それは、京佳が水族館でデート中に偶然現れたという、かぐやの事である。京佳曰く、偶然出会ったと言っているが、恵美はどうも腑に落ちない。
確かに、偶然水族館で友人と出会う事はあるかもしれない。だが『一緒に水族館を観てまわらないか』なんてかぐやが言ったのが気になる。
(普通そんな事言うかな?あんまりそういう事言わないと思うんだけど…)
街中で友人と出会った時、あいさつをしてその場で話す事はあるだろう。けれど、その後一緒にどこかに遊びに行こうと言う事はあまりないように思える。恵美はそこが気になっていた。
(まぁでも、あるのかな?)
だが結局『そんな事もあるのでは?』という結論に至り、これ以上その事について考えるのをやめた。確かに気にはなるが、それだけだ。京佳に何か害が及んだ訳でもない。ならばこれ以上考えるのは意味がない。よって恵美は、この事を頭から消した。
「どうした恵美?」
『ううん。何でもないよー』
そして再び京佳と電話で話すのだった。
『ねぇ京佳』
「何だ?」
『手伝って欲しい事があったら何でも言ってね?私、京佳の恋、全力で応援するから』
「ふふ、ありがとう。何かあったら遠慮なく言うよ」
『あいあいさ~』
恵美と京佳は小さい頃から付き合いがある幼馴染だ。そして恵美は、京佳が中学の頃に、男子達から左目の事について酷い事を言われた事を知っている。それ以来、京佳が自分の左目に凄いコンプレックスを抱えている事も。
だからこそ恵美は、京佳の左目を見て変な事を言わない白銀とくっついて欲しいと本気で願っている。同級生でそんな男は、そうそういないだろうし。
『ところでさ京佳』
と、恵美はふいにある事を思い出した。
「何だ?」
『私が昨日の夜に提案した『色仕掛け作戦』は実行したの?』
恵美が京佳に提案した作戦、それは色仕掛けである。恵美は京佳に『デート中に色仕掛けを仕掛けろ』と言っているのだ。思春期の男子というのは、兎に角そういった事に飢えている。高校生ともなれば多少落ち着くが、それでも飢えている。まるで狼の様に。彼女が欲しいと言っている男子の半分以上は、異性とそういった事がしたいからだ。
故に恵美は、未だに直接会った事が無い男子、白銀に色仕掛けを仕掛けた方がいいと言っていた。そうすれば、白銀も嫌でも京佳を意識するだろうと思ったからだ。
「してないからな?というか最初からするつもりなんて無い」
当然と言えば当然だが、京佳はそんな作戦は実行していない。京佳は、白銀を振り向かせる為ならあらゆる努力はするが、流石に人が大勢いる場所でそんな事をする勇気は無い。白銀以外に見られたくないし。
最も、念のためという事で下着はこの間購入したものを履いていたが。
『えー、何でよ。折角丈の短いスカート選んでやったのに。階段とかで白銀くんに態とパンツ見せればよかったじゃん。男子なんて皆スケベなんだから、それでコロっといくって』
恵美の言っている事は、間違いではないだろうがやや偏見がある。全ての男子高校生がそうかと言われたら、多分違う。最近は『絶食系男子』や『悟り系男子』という人種も存在しているし。
「嫌だよそんなの。それに…既に白銀には、見られた事あるし…」
『マジ?いつ?教えて?後ついでにその時のパンツの柄とかも』
「いや聞いてどうするんだ?って言うか教えてなかったか?」
その後、恵美の気迫に結局根負けして、京佳は恵美にその事を話したのだった。
尚、この時点で2人の通話時間は1時間を超えていたりする。つまりそれは、
(へー。そうなんだー。白銀くんに下着をねー)
買い物を終えた京佳の母親の佳世が帰宅している事を意味している。無論、電話に夢中の京佳はその事に気づいていない。
(いっそ私から『責任とってあげて?』って白銀くんに言っちゃおうかしら?)
そして娘の通話を盗み聞きしていた佳世は、勝手にそんな事を思いながら夕飯の支度をするのだった。
因みにその日の立花家の夕飯は、肉にワサビを練りこんだ唐揚げだった。
おまけ 白銀家
「で、おにぃ。どうだったの?」
「何が?」
「だから今日のデート。どうだったの?」
「どうって、普通に楽しかったぞ?ペンギンも見れたし」
「そういう事聞いているんじゃないから。京佳さんとのデートの感想聞いてるの。どうだったの?」
「……別にいいじゃないか。その、今立花の話しなくても」
「……え?待って?何その反応?」
「おおー。このホタテ饅頭うまいな」
「おい親父、勝手に開けて食うな。もうすぐ夕飯なんだぞ」
「そんな事どうでもいいから!!早く教えて!何かあったんでしょ!?ねぇ!?」
「さーて、夕飯の支度するか。今日はピーマン炒めにしよっか」
「ちょっとおにぃ!?何で露骨に京佳さんの話する事避けるの!?ねぇってば!?」
次回は白銀会長回の予定。ここから、同時に2人の異性を意識しだした会長が苦悩すると思う。頑張れ。
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白銀御行は悩んでる
生徒会室
白銀御行は悩んでいた。それはもうすっごく悩んでいた。今までの人生でも悩んだことは沢山あったが、今回のは人生で1番悩んでいると言っても良い。
(マジでどうしよう…)
自分以外誰もいない生徒会室で、生徒会長専用の机で頭を抱える白銀。彼がここまで悩んでいる原因。それは昨日の日曜日にあった京佳とのデートにある。
昨日のデートで白銀は、自分が京佳に好意を向けていると自覚してしまった。
元々、昨日行なったデートは、自分が京佳の事をどう思っているかを確認する為にやったデート。そしてその結果、白銀は昨日のデートで自分が京佳に好意を向けている事を自覚してしまった。
これが初恋だったら大変喜ばしい事であり、ここまで悩む事など無い。しかし残念ながらそうはいかない。そもそもの話、白銀が好意を寄せている女子は、同じ生徒会に所属している四宮かぐやなのだ。故に白銀は、いつの日かかぐやと恋人になりたいと思う様になった。しかしプライドの高い白銀は、自分から告白をせず、相手から告白をさせようと画策。その結果、これまでかぐやと恋仲になる事もなく過ごしてきた。
だがここにきて、自分がもう1人、別の女子を好きになっていると自覚。
つまり今の白銀は、同時に2人の女子を好きになってしまっているのだ。
幼い頃ならばこういった事も多少は許されるだろうが、既に高校生になっている今は許される事など無い。
(はぁ…本当に、本当にマジでどうしよう…)
本日何度目かわからないため息をつく白銀。その顔は、どことなく疲れている様に見える。
(選ばないと、いけないよなぁ…)
この悩みを解決する方法はひとつ。それは、2人の内どちから片方を選ぶ事だ。この単純明快な方法さえ実行すればいい。そうすればこの悩みも解決するだろう。
しかし、
(え、選べねぇ!!マジで選べねぇ!!)
白銀はかぐやか京佳、どっちかなんて選べなかった。何故なら今の白銀は、かぐやと京佳に対する好意がほぼ同じになっているからだ。
(いや違う!四宮の方が少し上ではあるんだ!でも、間違いなく立花も俺に中では凄く大きな存在になっているんだよ!それこそ四宮と同じくらいに!)
厳密に言えば、かぐやの方が好きの度合いは少し高い。しかし、仮にこれを数字に表すとすれば51対49といったところ。つまり、ほぼ同等なのだ。僅差でかぐやが上回っているとはいえ、これでは簡単に選べない。
(それにそれだけじゃない…)
無論それだけでは無い。どちらか片方を選ぶという事は、どちらか片方を選ばないという事になる。つまりかぐやと京佳、どっちかが必ず傷つくと言う事だ。
白銀は心優しい人物である。それ故、基本的に誰かを傷つけるといった事が出来ない。ほんの少しだけ、相手を嫌な気分にさせようというのもダメなくらいだ。現に、少し前にとある女子に告白の様な事をされ相手を振った時、白銀は家に帰ってかなり心を痛めた。
だからこそ悩んでいる。どうにか、どっちも傷つけない方法は無いものかと。
(いっそ2人まとめて…って駄目に決まってるだろ。漫画じゃあるまいし)
一瞬だけかぐやと京佳、2人同時に付き合うという邪な考えが出るが、白銀は直ぐにその考えを消し去る。そんな事が許されるのは漫画やアニメだけだ。世の中には同時に2人以上の女性と付き合う男もいるというが、誠実な白銀はそんな真似を決してしない。
(そういえば、俺はいつの間に立花の事をこんなに好きになってるんだ?)
ふと、白銀は考える。それは京佳の事だ。白銀にとって京佳は、自分と同じ混院の生徒で友人だ。それも秀知院に入学して、初めて出来た友人。1年生の頃には勉強を教えて貰った事もあるし、一緒に特売の買い物に行った事もある。
そんな友人と思っていた京佳が、いつの間にか自分の中でとても大きな存在になっていた。そして気づけば、1人の女性として好きになっていた。
(四宮に惚れた瞬間は思い出せるんだが、立花は全然わからん。一体いつだ?)
かぐやを好きになったきっかけは覚えているが、京佳は全くわからない。本当に、いつの間にか好きになっていたのだから。
(って今はそんな事どうでもいい!俺はどうすればいいんだ?)
だが今はそんな事を考えている場合ではない。目下最大の悩みは、今後自分がどうすればいいかだ。しかし、考えても考えても一向に解決策は出てこない。そんな時、
「こんにちわー」
「こんちゃーっす」
藤原と石上が生徒会室にやってきた。
「あれ?まだ会長だけですか?他の皆さんは?」
「伊井野はわからんが、四宮は部活だ。そして立花の方は掃除当番だから少し遅れると連絡があった」
「伊井野は日直です。だから多分遅くなるかと」
「そうなんですね~」
因みに白銀と同じクラスの藤原が生徒会室にくるのが遅れた理由は、単純にクラスの友人と話していたからである。
「あ!そうだ!昨日お父様に新しいコーヒー豆を貰ったんですよ!皆で飲みませんか?私が淹れますから」
「なんてやつですか?」
「えーっと、運河芸者さんて名前のやつですね~」
「え、それ高級豆じゃないっすか」
「そうなんですか?」
そう言うと、藤原は鞄からコーヒー豆の入った袋を取り出して3人分のコーヒーを淹れる準備を始める。
(相談、してみるか?)
ここで白銀は、誰かに相談するという手段を思いつく。悩みというのは、1人だけでは中々解決しない。だが誰かと相談すれば、それまで悩んでいたのが嘘の様にあっという間に解決する事がある。三人寄れば文殊の知恵という諺もあるし。
(だがなぁ…石上はともかく、藤原に言うのはなぁ…)
しかし懸念もある。それが藤原だ。彼女は言わずと知れた恋バナ大好き女子。そんな彼女に自分の恋バナともいえる相談をすれば、一体どうなるか検討もつかない。下手をすれば、悩みがより一層深刻化する可能性もある。
(いや。それでもこのままじゃ解決の糸口すら見つからん。多少話を濁してでも聞こう)
だが現状、なにひとつ解決の糸口が見つかっていない白銀は、藁にも縋る思いで石上と藤原に相談をする事にした。
「2人共、少しいいか?」
「何ですか?」
「どうしましたー会長ー?」
丁度藤原がコーヒーを淹れ終えた時、白銀は2人に話かける。
「いやな、昨日テレビで見たんだが、ある1人の男が同時に2人の女を好きになったんだよ。だがな、その男にとって、2人の女はどっちも大切な存在なんだ。だからどっちかを選ぶなんて出来ないって言ってたんだ。こういうのって、女2人をどっちも傷付けず、円満に解決できる方法ってあると思うか?」
白銀はよくある手口『昨日テレビでみた』作戦を実行。これなら特に不審がられる事も無く、自分の悩みを相談できる。そしてそれを聞いた藤原は、
「え?何言ってるんですか会長?ある訳ないじゃないですか」
バッサリと正論で切りつけた。
「そもそも何ですかその男。同時に2人の女の人を好きになったって。浮気性が過ぎるでしょ。最低の一言ですよ。それに円満な解決方法?無いですって。人間が水着で太平洋をクロールで横断するくらいには無いですって。普通に考えてどっちかを選ぶべきでしょ」
(ですよねーーー!いやわかってたけどさ!)
藤原の正論がグサっと刺さる白銀。そして藤原に同調する。だって間違った事は何も言っていない。というかどう考えても、解決策なんてそれしかない。
「い、石上はどうだ?」
しかし白銀は諦めない。僅かな望みをかけて石上にも聞いてみた。
「いや無いでしょ。そんな都合の良い方法なんて」
だがダメ。石上も藤原と同じ様にバッサリと切りつけた。
「2人も同時に好きになっていてどっちも傷つけたくないなんて傲慢ですよ。昔僕がやったゲームでもそういう時はありましたが、結局どっちかを選ぶしか選択肢はなかったですし。まぁ偶にどっちも幸せにできたなんて事もありますが、それはゲームだから許される事です。現実にそんな事しようとしている人がいたらそいつはクズですよ」
「……そうだよな」
石上も藤原とほぼ同じ事を言った為、白銀はへこむ。
(やはり無いよな…そんな都合の良い話は…)
2人に相談した白銀だったが、自分が求めた都合の良い解決方法は聞けなかった。でも仕方が無い。だってそんな方法など無いのだから。白銀だって頭ではそんな事わかっていた。
「え…石上くんって、そういうゲームするんですか?」
「何を想像したのかわかりませんが違います。あれは普通のアクションゲームです。ただ最初からヒロインが2人用意されていて、ゲームをやると最終的にどっちかを選ばないといけないってだけです。断じて藤原先輩が思っているようなゲームじゃありませんから」
「へ、へー…そうなんですかー…」
「その疑いの眼差しやめて下さい。なんなら今度持ってきますよ」
石上はそう言うと、藤原から渡されたコーヒーを飲む。続いて白銀も机の上に置かれたコーヒーを飲む。
(あ、これうまい…)
藤原が淹れたコーヒーはとても美味しかった。良い香りと深いコクのある味わい。それだけで、白銀は少しリラックスできた。
(そうだよな…どっちとも付き合って、どっちも幸せにするなんて傲慢だ。そんな事、許される訳がない)
コーヒーを飲んで少し落ち着いたのか、白銀の思考はクリアになっていった。
(ならばこそ、いずれ必ず選ばないといけない。例えその時、四宮と立花のどちらかを悲しませる事になったとしても)
そして再びコーヒーを飲む白銀。覚悟は決まった。現状ではどちらかを選ぶなんて出来ない。しかしいずれ必ず、どっちかを選ぶと白銀は決心する。例えそれが、どんな結末になろうとも。
(それで結局、四宮と立花。どっちを選ぶのかという事だが…)
決心はしたが、結局そこで悩む。なんせ両方好きなのだ。最初に好きになったのはかぐやでも、その後に京佳の事も好きになっている。そしてかぐやと京佳、その両名が好きという気持ちがほぼ同じ。非常に言い方を悪くすると、どっちも捨てがたいという感じである。
(ま、まぁ、今すぐ決断する必要も無い。まだ時間はあるから、しっかりと悩んで決断しよう。絶対に後悔しないように)
結局、白銀は保留という手段をとった。問題の先送りとも言う。だが実際、今すぐに選ばないといけない訳では無い。ならば後悔しない為にも、時間が許す限り悩んで決断するべきだろう。
「会長、コーヒーのおかわりいりますか?」
「ああ、頼む」
「はーい」
何時の間にか飲み干して、空になったコーヒーカップを藤原に渡す白銀。それを受け取った藤原は再びコーヒーメーカーでコーヒーを淹れだす。
「にしても、皆遅いっすね」
「ミコちゃんはそろそろ来そうですけどねー。かぐやさんと京佳さんはまだ遅れると思いますけど」
「四宮先輩は部活だから遅れるってのはわかりますが、立花先輩は掃除ですよね?そこまで遅くなりますか?」
「京佳さんって身長が高いから、棚の上にある物とかをクラスの人に頼まれてよくとったりしているんですよー。今日もそんな感じで遅いのかもしれません」
「あー、確かに立花先輩って頼りがいありますしね」
「ですねー。面倒見も良いですし」
新しくコーヒーを淹れている最中、石上と藤原はそんな会話をしていた。実際、京佳はよくそういったお願いをされる。これは背が高い人の宿命かもしれない。
(そういや、俺は2人がとても魅力的に見えているけど、他の皆にはどう見えているんだ?)
一方、2人の話を聞いていた白銀の頭には、ある思いが浮かぶ。それは、かぐやと京佳がどのように見られているかという事だ。
今の白銀は、相手を好きだというフィルターがかかっている状態である。このフィルターがかかっていると、相手の短所すら魅力的に見え、物事を客観的に見れなくなる。要は、恋は盲目というやつだ。これでは正常な判断が出来ない。つまりそれは、2人の内どちらかを決める際、選択を誤る可能性があるという事だ。
(ここは1度、全く違う視点の第3者の意見を聞くべきだな。2人の事をどう思っているか)
ならば1度、そういったフィルターがかかっていない第三者に質問をして、かぐやと京佳がどういった女性に見えているかと聞こうと思ったのだ。そうすれば、その意見を参考にする事もできる。
(でもこれ、まるで四宮と立花を品定めしているみたいだよな…これ1回きりにしとこ…)
少し罪悪感に襲われたが、あくまで今回だけという事にして、白銀は2人に質問をする事にした。
「なぁ2人共。少し聞きたいんだが、四宮と立花の事をどう思ってる?」
「はい?」
「え?何すか会長。その質問は」
「いや、今藤原が立花の事を面倒見が良いとか言っていただろう?生徒会長として、他の役員が他の役員の事をどう思っている少し気になってな」
かなり強引な質問の仕方だが、白銀は押し通る事にする。人間時には勢いが大事なのだ。
「そうですねー。まずかぐやさんは私にとってもの凄く大事なお友達です!もしもかぐやさんが困っている事があったら絶対にお助けします!そして勉強も運動も何でも出来ちゃう人ですから凄いなーって感じですかね」
今の生徒会メンバーで、1番かぐやと付き合いが長い藤原のかぐやに対する印象がそんな感じらしい。要は、大切なお友達。事実、数年前まで『氷のかぐや姫』と呼ばれていたかぐやに、唯一友達として接していたのが藤原だ。そんな藤原にとってかぐやは、1番の親友と言っても過言じゃないだろう。
「あとはそうですね。やっぱり女の私から見てもすっごく綺麗な人って印象がありますね。あの髪とか」
(わかる!あの髪とか超綺麗だよな!)
白銀は藤原に同調した。
「そして京佳さんは、正直最初は少し怖かったですけど、それから色々と話していく内に印象変わりましたね。身長高くてスタイルいいですし。かぐやさんとは別方向の美人さんですよね。あと、私の試験勉強の手伝いしてくれますから面倒見がいいって思います。それと、お化けが苦手なの事がちょっと可愛いですね」
続いて京佳の印象を言う。実際、初めて会った時の藤原は京佳を怖がっていた。理由は勿論、京佳が左目にしている眼帯である。
しかし、その後話していく内にそういった恐怖は消えさり、今ではちゃんとした友達だ。そしてよく勉強を教えてもらっているので、藤原は京佳に対して面倒見が良いといった印象があるようだ。
(わかる!うちの圭ちゃんも色々面倒見て貰ったりしたし!)
再び藤原に同調する白銀。実際白銀家は去年、京佳に色々と世話になっている。その結果、圭は京佳にかなり懐くようになったのだ。
「僕は、四宮先輩も立花先輩も尊敬できる大切な先輩って感じですね。あとは、2人共美人だなーって感じです」
「へ~。石上くんもそんな事言うんですね~」
「そのニマニマした表情やめて下さい。あくまで一般的に見てって話です」
石上はかぐやと京佳の印象を一緒くたに言った。そして石上から見ても、やはり2人共美人といった印象があるらしい。
(まぁ、体のある部分だけは四宮先輩が圧倒的に負けている感じするけど…)
だがとある部分に関する事だけは言わなかった。思ったが言わなかった。石上も成長した証拠だろう。
(聞いてはみたが、どれも既に俺が思っている事ばかりだな。まぁ、それはつまり俺以外の人からも2人は魅力的に見えているって事だな)
2人の答えを聞いた白銀は満足だった。どっちかを選ぶ様な答えでは無かったが、これはこれで良い事を聞けた。
(時間は決して多くはない。だが必ず、結論は出そう)
こうして白銀は、悩みながらも覚悟を決めた。いずれ必ず、かぐやか京佳、どっちかを決めると。
(あ、そうだ。もう1個気になる事があった)
ふと、白銀はある事を思い出す。それは身長の事である。世の中の恋人の大半は、彼氏の方が背が高くて彼女の方が背が低い。これは男性バイアグラと呼ばれるもののせいで、男性の方が女性より身長が高くなるからである。
しかし稀に、女性の方が身長が高い場合がある。そして世の中の男性の多くは、彼女の方が自分より身長が高い事に抵抗を感じる。白銀自身は、その辺どうでもいいと思っている。仮に自分より少し身長が高い京佳と恋人になっても、周りから何を言われても気にしない自身がある。だって自分がその彼女を思ってさえいればいいのだから。だが、自分以外はどう思っているか気になった。
(これだけちょっと石上に聞いてみるか)
そこで同じ男性である石上に質問してみる事にした。
「なぁ、石上」
「はい?」
「失礼しまー「お前大きい女子ってどう思う?」す…」
が、ここで白銀はミスを犯した。白銀自身は『身長の大きい女子ってどう思う?』と聞いたつもりだったのだが、言葉が足りていなかった。今の聞き方では、殆どの人が別の部分の事を思い浮かべる。端的に言って、胸部の事を。それも運悪く、日直の仕事を終えた伊井野が生徒会室に入ってきた時に。
「え、会長…キモっ…」
「ふ、不潔…」
「えーっと、ノーコメントで…」
藤原は顔が引きつり、伊井野は汚物を見る目で白銀を睨み、石上はそっぽを向いて答えを濁した。
「は?……あ!待て待て違う!そういう意味じゃない!」
ここで白銀は、自分がとんでもないミスを犯したと気づく。そこで慌てて弁明を行ったが、時すでに遅し。結局、白銀は誤解を解く事が叶わなかった。
その後、かぐやと京佳が生徒会室に来る前に白銀は藤原に無理やり帰らされていた。
「あの藤原さん?会長はどうしたんですか?」
「どうも会長は変な質問をするくらいに疲れていた様なので今日は帰らせました」
「そうなのか?大丈夫だろうか?」
「一晩寝たら何とかなると思います。それはそうと2人共、最近会長に何か言われましたか?」
「はい?」
「何だそれ?」
「具体的に言えばセクハラみたいな事言われませんでしたか?」
「「は!?」」
そして白銀が帰った後に生徒会室にやってきたかぐやと京佳は藤原に変な質問をされた。
因みに石上は、その日の夜に白銀にメッセージを送り『大きい人が好きです』と答えた。
少々雑かもしれませんが、とりあえず白銀会長はこれで覚悟決めました。しかし、未だにどっちか決めきれません。彼には今後暫く悩んでもらいます。(ただし私が書ききれるかはわからない)
次回はネタ回の予定。
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生徒会と死にゲー
「ぐあああああ!?」
「会長ーーー!?」
「ぎゃああーー!!会長がやられちゃったから私に向かってきてますーー!?」
「伊井野!そっちにも行ってるぞ!避けるんだ!」
「きゃあああ!!来ないでーーー!こっち来ないでーーー!?」
「うっわ。わかってましたけど阿鼻叫喚ですね」
11月に入った秀知院学園。その生徒会室では、大勢の叫び声が響いていた。叫んでいる皆の手にはスマホ、もしくはタブレットがある。そして全員、それを見ながら叫んでいる。
今、生徒会のメンバーはスマホでゲームをして遊んでいる。しかしその光景は、和気あいあいとは程遠い。どちらかといえば、現在進行形でトラウマを刻まれている感じだ。
「いやこれ倒せねーよ!なんだこれ!1撃でこっちの体力8割持っていかれるぞ!?最近のゲームはこんなに難しいのか!?」
「石上くん!これ本当に最初のボスですか!?さっきから一向に倒せる気がしないんですけど!?」
「まぁこのゲームは特別難しい部類に入るので」
「ゲームなんて殆どしませんが、こんなに難しいんですね…」
「私は兄がいたからテレビゲームをした事はあるが、こんなに難しいのは初めてだよ…」
「もう私トラウマになりそうです…」
現在皆がやっているのは、スマホで出来るオンラインで協力プレイが可能なアクションゲームである。これが普通のアクションゲームならば、楽しいひと時となっていただろう。だがそうはなってない。原因はそのアクションゲームだ。
難易度が高すぎるのだ。それも異常に。
普通のアクションゲームの最初のボスといえば、大抵は難なく倒せるもの。だが今皆がやっているゲームのボスは違う。1回でも攻撃を受ければ瀕死、悪ければ即死。おまけにこちらの攻撃はダメージが中々与えられず、ボスの体力が中々削れない。
先程から最初のボスに何度も倒されてゲームオーバーになっている白銀達。その数、既に15回を超えている。
そもそもどうして皆がゲームをやっているかと言うと、石上が原因である。
ここで時間を1時間程さかのぼろう。
1時間前
「会長。ちょっといいですか?」
「何だ石上?」
「僕と一緒に、ゲームしませんか?」
「は?」
その日の放課後、石上は白銀に突然話しかけてきた。どうもゲームのお誘いらしい。
「別にいいが、どうして突然?」
「実は今、このゲームがキャンペーン期間中なんですよ」
そう言うと石上は、自分のスマホを白銀に見せる。そこには、何やら中世の騎士が『仲間と協力して限定アイテムを手に入れよう』というメッセージと共に写し出されていた。
「これは?」
「スマホでも遊べるアクションゲームです。それで今、丁度このゲームがキャンペーン期間中なんですよ。仲間と一緒にチーム組んで、協力してボスを倒せば限定アイテムが手に入るっていう」
「成程。その限定アイテムが欲しいから、俺と一緒にゲームをしてほしいという事だな」
「おっしゃる通りです」
石上の発言の意味を察する白銀。要は限定のアイテムが欲しいのだ。そのために、白銀をこのゲームに誘っている。
「だが俺はこういったゲームなんてした事ないぞ?こういうのはネットとかで同じ様な趣味の人を集めて遊んだ方がいいんじゃないのか?」
「ネット上でそういう人集めるの、僕には難しくて…なんか問題とか起こされそうですし…怖いし…」
「なんかごめん…」
こういったゲームを殆どした事が無い白銀がそういった提案をしたが秒で否決された。ネットでも、石上には何かトラウマがある様だ。
「まぁ、だったら協力しよう。今は特に忙しく無いし」
「ありがとうございます」
白銀は石上の提案を受ける事にした。だがこれに意を唱える者が現れる。
「白銀会長!生徒会長ともあろう人が学校で堂々とゲームをしようとするなんてどういう事ですか!?」
生徒会会計監査兼風紀委員の伊井野である。彼女は基本真面目な生徒だ。そんな彼女からすれば、学校に不要な物を持ってきたあげく、それで遊ぼうとしているのは見逃せない。なのでこうして注意している。
だがそれも直ぐに意味をなさなくなった。ある人物が参加を表明したのだ。
「石上くん!私も参加していいですか!?」
「いいですよ。じゃあスマホ貸して下さい。ダウンロードするんで」
「わーい!」
「藤原先輩!?」
生徒会の暴走特急女、藤原だ。彼女の家は色々と厳しく、石上がやるようなゲームなんてした事がない。普段藤原が遊んでいるのは、殆どがテーブルゲームだ。
そんな彼女からすれば、ネットで協力して遊べるゲームには興味が沸く。そして興味があり、親の目が無ければ当然遊びたくなるもの。
「で、でも藤原先輩!それは学校では」
「ミコちゃん。人間に必要なものってわかりますか?」
「へ?えーっと、睡眠と食事?」
「いいえ、息抜きです。例えば普段何時間も勉強していても、どこか息抜きをしなければ絶対に途中で勉強に集中できなくなります。そしてその結果、成績が振るわなくなったりします。だからこそ適度な息抜きをするんです。そうすればこの後の仕事も円滑に進める事ができます」
「成程。確かに私も試験勉強中は少しだけ息抜きします。流石藤原先輩!」
「いや~」
藤原の適当めいた説得により、伊井野は納得。とりあえずこれでゲームの邪魔をされる事はないだろう。
余談だが、伊井野が言う息抜きというのはアイドルの生声CDを聞く事だ。
「そうだ!どうせなら皆でやりましょう!できますか石上くん!?」
「できますよ。このゲームは最大12人まで協力可能なんで」
「おおー!2人までとかじゃ無いんですね!最近のゲームは凄いですね!」
実際、最近のオンラインゲームの最大協力人数は100人越えなんてよくある。最大4人までしか遊べない時代では無いのだ。
「藤原さん?私達もですか?私、そういったゲームなんてやった事ないんですけど…」
「いいじゃないか四宮。何事も経験だというし。私もやるから皆で遊ぼう」
「それはそうですが、私はまだスマホを持っていないんです。これでは遊べませんよ?」
「だったら四宮先輩には僕のタブレット貸しますよ。これでもちゃんと遊べるんで」
「そうですか。ならお言葉に甘えて。ありがとう石上くん」
未だガラケーを使っているかぐやだったが、石上の私物のタブレットを借りる事で遊べる事になった。
「ほらほらミコちゃんも!」
「わ、私もですか!?」
「さっき京佳さんが言いましたけど、何事も経験ですよ!」
「ふ、藤原先輩がそう言うなら」
(こいつ藤原先輩に言われたらマジで何でもしそうだな…)
藤原に言われ、伊井野も参加する事になった。そんな伊井野を見ていた石上は、伊井野の事が少し不安になる。
「ところでこれはなんていうゲーム何ですか石上くん?」
「『ダークブラッドリング』っていうゲームです。結構有名な作品ですよ」
「あ!なんかテレビのCMで見た事ありますね!」
藤原の質問に答える石上。どうやら藤原も名前だけは知っている様である。こうして生徒会メンバー6人でオンラインゲームをする事となったのだ。
それが、ただのアクションゲームでは無いと知らずに。
それぞれのスマホにゲームをダウンロードしてゲームを起動。白銀、藤原、京佳、伊井野は自分のスマホで。かぐやは石上から借りたタブレットで。そして石上は学校に持ってきていたゲーム機で。
「あんた後でそれ没収だからね」
「はいはい」
「この…!」
「まぁまぁミコちゃん。落ち着いて」
伊井野は絶対に後で石上が持っているゲーム機を没収しようと決意した。
「それじゃ、先ずはキャラカスタマイズからですね」
石上に言われ、全員がキャラカスタマイズ画面に移動。そこには様々な事が入力可能な画面が写る。名前や素性。身長や体型。髪型に顔の輪郭。そして装備可能な武器など。兎に角様々だ。
「なぁ石上。素性ってのは何だ?」
「それはゲームでの役職です。騎士なら防御力と近接攻撃が高い。盗賊なら隠密攻撃が強い。魔術師ならその名の通り魔術攻撃が強いです」
「そうか。なら俺は騎士で行こう。かっこいいし」
「じゃあ私は魔術師にしますね~」
「私も藤原先輩と同じ魔術師で」
「私はこの戦士にしよう。強そうだし」
「戦士はオススメですよ。攻撃の振りが少し大きいですけど1撃がかなり大きいので。その上体力も多いし」
白銀は騎士を、藤原と伊井野は魔術師を選び、京佳は戦士を選んだ。
「石上くん?この聖職者というのはどういった感じなんですか?」
「聖職者は後方支援特化型ですね。皆が前線で戦っているのを、後ろか回復魔法で回復しながら支援するって感じです。まぁ前に出て戦えなくもないですが」
「そうですか。だったら私は聖職者にしときましょう。こういったゲームをしたことが無いので、足手まといになると思いますし。後ろから皆さんを支援します」
かぐやは聖職者を選んだ。
(四宮先輩が聖職者…うわぁ…)
聖職者を選んだかぐやを見た石上は、思わず声を出そうになった。だって似合わない。石上のイメージでは、かぐやは呪術師とか暗殺者のイメージである。でもそれを声に出したらどうなるかくらいわかっているので黙っている。
「石上くん?何か言いましたか?」
「いいえ!何にも言ってません!」
「……そうですか」
(あっぶね…)
だが何かを察したのか、かぐやは石上を見ながらそう質問をする。何とかごまかせたが、次は無いと思った石上は余計な事を考えない様にした。かぐやもそれ以上は何も聞いてこなかった。
(それにしても、最近のゲームはここまで細かく設定できるんですね)
一方、ゲームなんて殆どやった事がないかぐやはその細かい設定に驚く。なんせ顔の設定だけでも、目や口元、鼻の形に眉毛まで設定可能なのだ。こういったものに凝る人は、これだけで1日が終わりそうである。
(まぁここは適当に選んで…)
素性を聖職者に、性別を女性にして、あとは適当に設定を弄ろうとした時、かぐやはある部分を見て動きを止める。
『設定 胸の大きさ』
それはキャラクターを女性に設定した場合にのみ弄る事が可能な場所。かぐやは自分の胸がコンプレックスだ。せめてあと少しだけでも大きさが欲しいと未だに願っている。どうせゲームではあるが、折角弄れるのなら弄りたい。
(そうね…折角弄れるんだし、ちょっとくらい夢見ても、良いわよね?)
願望に負けて、かぐやは少しだけ胸部を弄った。結果、実際のかぐやよりやや大きいくらいの胸を持った聖職者が誕生した。
(はぁ。ゲームじゃなくて現実でこれくらい欲しいわ…)
そして少しだけ落ち込んだ。
「皆さん終わりましたか?じゃあチュートリアルしましょう」
「え?石上くん、もうさっさと敵を倒しに行かないんですか?」
「いや藤原先輩、操作方法知らないでしょ。せめて操作方法くらいは知らないとまともに動けませんよ?」
「あ、それもそうですね。わかりました!」
早速敵と戦おうとした藤原だが、石上以外このゲームは初めてである。そんな中で、碌に操作方法も知らずに戦えば、結果は明らかだ。その後、石上に言われ全員が簡単なチュートリアルをやった。
「なぁ立花。大丈夫か?」
「何がだ?」
「いやこの敵だよ」
チュートリアル中、出てくる出来が剣や槍を装備した骸骨であり、それを京佳が怖がらないか白銀が心配した。
「問題ない。殴れば倒せるんだろ?だったら何も怖く無い」
「そ、そうか…」
しかし京佳は『実態があるなら怖くない』理論。故に倒せる骸骨は怖くもなんともない。尚、このゲームには一応特殊な武器じゃないと倒せない幽霊が出てくるのだが、それはゲーム後半にのみ登場する。少なくとも今日出あう事はありえない。
「ところで白銀。心配してくれたのか?」
「まぁ、夏休みの事もあるしな」
「そうか、ありがとう。でももし今日またあんな事があったら、その時は色々お願いするよ」
「ああ。もしそうなったら任せておけ」
京佳は今年の夏休みの肝試しで、腰を抜かしてガチ泣きした事がある。その時は白銀におぶって貰い事なきを得た。そういった出来事もあり、白銀は京佳を心配した。そしてもし、本日またあの時の様な事があれば、その時はまた必ず助けると言った。
(白銀に心配された…ふふ、嬉しいな…)
好きな人から心配される。これで嬉しいと思わない人はそうはいないだろう。
(この女…こんな時にまで会長をたぶらかすつもりですか?この後のゲームでは貴方だけは絶対に回復しませんからね?)
同時に、自分の想い人が別の女を心配しているのを見て嫉妬する人もいたが。
「じゃ、早速部屋作るんでそこで集まりましょう」
「はい?部屋って何ですか?」
「オンラインでゲームする時はゲーム上に部屋って言う場所を作るんですよ。そうすれば知らない人が来る事も無く、そこで皆で遊ぶ事ができます」
「へー。そうなんですねー」
そう言うと石上は部屋を作り、生徒会メンバー全員がそこに入っていった。
「あ、ほんとです。皆さんが私のスマホからでも見れますね」
「だな。俺のスマホからもちゃんと見れる」
どうやらマッチングに成功したようだ。そしてそれぞれのステータスも簡易的に見れる。
「会長かっこいいですね~。まるでおとぎ話の騎士みたいですよ~」
「そうだな。これに馬がいれば完璧だ」
「そういう藤原と立花もかっこいいぞ」
藤原と京佳は騎士の白銀を見てそう言った。
(く。先を越された…私が1番最初に会長をおだてるつもりだったのに…これもこのタブレットが遅いのが悪いんですよ…)
かぐやは伊の1番に白銀をおだてようとしていたが、藤原と京佳に先を越され少しイラつく。
「あ、四宮先輩、綺麗。まるでお姫様みたいですね」
「そ、そうですか?」
そんな時、伊井野がかぐやの聖職者のキャラを褒める。
「ええ。騎士である白銀会長の隣にいたら本当にお似合いだなって思います」
「ふふ。そう?ありがとう伊井野さん」
伊井野にそう言われたかぐやはとたんに上機嫌になるのだった。
「ところで石上くんは?」
「僕はこれです」
藤原に質問され、石上が目の前に現れる。そこにいたのは腰ミノのみ装備しているほぼ裸の男。
「いや何で裸!?」
「これが1番早く動けるんですよ」
「なぁ石上。それ防御力ってあるのか?」
「見てわかる通り、ありません。なので1回でも攻撃食らったら瀕死です」
どうやら石上は身軽さを手に入れるべくほぼ裸な見た目にしているらしい。
「じゃあ行きますか」
「お、おう」
こうして6人は協力プレイを始めたのだった。
「おお、まさに中世のお城って感じですね」
ゲームを始めて直ぐ、スマホの画面には古そうな石作りの城が写し出される。
「グラフィックも凄いな。私のスマホでも綺麗に映る」
「そうですね。こっちのタブレットでも凄く綺麗に写ってます」
ゲーム画面はかなり綺麗に映っており、素人目からみてもその凄さがわかる。
「あっちが正規ルートです。皆さん僕についてきてください」
「わかった。じゃあ石上頼む」
5人は石上についていく形で城の中を進んで行く。そしてその途中、先ほどチュートリアルで倒した骸骨剣士を見つけた。
「ここは私とミコちゃんの魔術で一気に片付けちゃいますよー!」
「が、頑張ります!」
まず藤原と伊井野の2人が魔術攻撃を始めると、あっという間に敵キャラの骸骨剣士を倒した。1撃である。
「おお!これは強い!やっぱり魔術はいいですね~。TRPGでも強かったりしますし」
「流石です藤原先輩!」
「いえいえ!ミコちゃんもよかったですよ~」
道を進む6人。するとまた骸骨剣士たちが現れる。
「今度は俺が行こう」
「私も行くよ白銀。素性戦士だし」
次は前衛職の白銀と京佳の2人。白銀の騎士がロングソードで倒し、京佳の戦士がグレートソードでなぎ倒した。
「ふむ。やはりこれくらいの敵なら難なく倒せるな」
「そうだな。まぁまだ序盤みたいだし」
2人も苦労する事なく倒せた。
「石上くん。今度は私がやってみたいのですが」
「四宮先輩はまだ待っててください。回復を使える場面はここのボスでいくらでもあるので」
「そうですか。わかりました。その時は全力で皆さんを助けますね」
かぐやも皆と同じように戦ってみたいかったが、この後にしっかりと活躍する場があるとの事なので今は我慢する事にした。そしてその後も襲ってくる敵を倒しつつ、城の中を進んでいく6人。
暫く進むと、目の前に巨大な扉が現れた。
「なんかもう、いかにもって感じの扉だな」
「ですねー。もうこれ絶対にボスでしょ」
「会長と藤原先輩の言う通りこの先がボスです。ここのボスを倒せればクリアとなります」
あきらかな扉の前で足を止める6人。そして石上の言う通り、この先がボスらしい。
「じゃあ作戦を確認します。会長、立花先輩、僕の3人が前衛でボスを攻撃。その後ろから藤原先輩と伊井野が魔法攻撃で援護。そして更にその後ろから四宮先輩が皆を回復です」
「了解だ。さっさと倒そう」
作戦を確認した6人は、扉を開ける。するとその先には大きな庭のようなものがあった。しかし、敵と思しき存在は何処にもいない。
「あれ?何もいませんね?石上くん。ボスはどこですか?」
「上からくるので気を付けて下さい」
「は?上?」
石上がそう言った瞬間、空から何かが降ってきた。
それはゲームで操作しているキャラよりずっと大きく、手には殺意たっぷりな斧。そしてその見た目は、明らかに人では無かった。例えるなら、悪魔だ。
「きゃあああ!?」
「ぎゃあああ!?思ってたより大きいですーーー!?」
伊井野と藤原がボスにびびる。想像よりずっとでかいボスだったからだ。
「落ち着け皆!さっき言ってた石上の作戦通りに行くぞ!」
「わかりました!」
「了解だ」
白銀が声を出し、かぐやと京佳がそれに答える。そしてボスに攻撃を開始した。
「え?」
「あれ?」
しかし、攻撃を当てた筈の白銀と京佳がそんな声を漏らす。
何故ならボスの体力がほぼ減っていないのだから。
そして今度はボスが攻撃を開始。白銀が避けようとしたが間に合わず攻撃が直撃。すると、
「は?」
その瞬間、白銀のスマホ画面にはゲームオーバーの文字。
「は?え?」
訳が分からないという感じの白銀。気づいたら死んでいたのでそれもそうだろうが。
「白銀!?」
「会長!?もしかしてやられちゃったんですか!?」
慌てる京佳とかぐや。だがそんな2人にも敵ボスは容赦なく攻撃してくる。
「うわ!?何だこいつ!?1回で体力消えたんだが!?」
「私もゲームオーバーですよ!?どういう事です!?」
「わ、私もやられた…」
白銀に続く形でかぐやと京佳もゲームオーバーになる。
「ぎゃあああ!?こっちに来たーーー!?」
「きゃあああ!?来ないでーーー!?」
「あー、これは無理だなー」
ついでといわんばかりに藤原と伊井野と石上も攻撃。こうしてあっという間にパーティは全滅した。
「おい石上!何だ今のは!?あのボス強すぎないか!?」
「そうですよ石上くん!普通最初のボスってもっと弱いでしょ!?なんですかあれ!?」
あまりのボス難易度に抗議する白銀と藤原。
「すみません。このゲームだとこれが普通なんです」
「これが!?」
「はい。これ所謂『死にゲー』って奴なんで」
だが石上曰く、このゲームではこの難易度が普通らしい。因みに死にゲーとは、兎に角ゲームオーバーになりやすいゲームの事をいう。何度も死んで、相手の動きを見切ってボスを撃破。その時の達成感はかなり凄いものがある。
「まぁ僕も最初は苦戦しましたけど、そのうち慣れて倒せるようになりました。なのでもう1回行きましょう」
「そ、そうか。まぁ、頑張るか」
「というか、石上くんだったら倒せるんじゃ?」
「確かに僕1人だけならいけますけど、協力プレイになるとボスもその分強くなるみたいで。ちゃんと皆で協力しないとダメなんですよ」
「マジですか…」
しかし何事も経験。1回目が駄目なら2回目を頑張ればいい。そんな事を考えながら6人は再びボスへと挑むのだった。
のだが、
「はーーー!?何だ今の攻撃!?斧飛ばしてくるとか聞いてねーぞ!?」
「ぎゃあああ!?またこっちきたーーー!?かぐやさん早く回復をーーー!?」
「まって藤原さん!今は会長を回復させているから!」
「私が囮になる!こっちだーーー!こっちに来いーーー!!」
「何で!?何で魔術が使えないの!?これがバグ!?」
「ただのMP切れだぞそれ」
その後も何度挑んでは返り討ちにあうという展開が繰り替えされる。こうして冒頭のような阿鼻叫喚な光景へとなったのだった。
「あの、先輩方…もういいです…」
ボス戦を開始して1時間半。挑戦回数は既に30回を超え、皆の顔にも疲労が見え始めた。流石にこれ以上、皆に迷惑を掛ける訳にはいかない。
「もう僕、家に帰ってネットで協力者探してやりますんで。ほんと、すみませんでした…」
自分の願望の為に全員を誘った石上だったが、今は罪悪感でつぶれそうだった。なので後は、家に帰ってインターネット上で協力者を探して、報酬のアイテムを貰おうとした。
しかし、
「何言ってるんだ石上。もう1回いくぞ」
「え?」
「そうですね。次はもう少し回復のタイミングを速めてみます」
「え?」
「私も欲を駆らず1撃離脱戦法を取るとしよう」
「ちょ」
「ミコちゃん。次は私が魔術を使った後に攻撃してください。長篠の戦いの織田軍みたいに」
「わかりました!」
「いやちょっと?」
白銀達は一向にやめようとしない。
「あの、会長?どうしてそこまで?」
「まぁ大切な後輩の願い叶えてあげたいっていうのもあるが…」
白銀がそう聞くと、石上以外が異口同音で答えた。
『単純にこれ倒さないと気が済まない!!』
「あー…」
結局のところ、生徒会メンバーは誰もかれも負けず嫌いなのだ。そして通算34回目となるボス戦へ挑むのだった。
「俺がボスを釘付けにする!その間に石上と立花は後ろからボスを攻撃!そして藤原と伊井野は四宮を護衛しながら魔術を飛ばしてくれ!」
『はい!』
先ずは白銀がボスのタゲ取り。するとボスは白銀に釘付けになり白銀に攻撃をしようとする。
「せーの!」
「おらぁ!!」
しかしその背中から石上と京佳の攻撃を受ける。すると、今度は攻撃をした2人の方を向くボス。
「今です!」
それを見計らって藤原がボスに魔術攻撃。
「この!」
藤原の魔術攻撃が着弾したのを見て伊井野が同じように魔術攻撃。だがこれでもボスの体力はまだ9割も残っている。
「うお!?斧投げ攻撃が!」
「直ぐに回復します!」
白銀がボスの攻撃を食らうが、かぐやがすかさず回復し事なきを得る。
「もう1回いくぞ石上!」
「わかりました!」
再び京佳と石上が攻撃。またボスの体力が少しだけ得る。
「私達ももう1回いきますよミコちゃん!」
「はい!」
流れるように藤原と伊井野の魔術攻撃。
「くらえ!」
今度は回復した白銀の攻撃。するとまたボスが白銀にタゲ集中する。これを繰り返して、少しずつボスの体力を削っていく6人。
そして遂に、
『グオォォォォ』
6人はボスの撃破に成功したのだった。
「や、」
『やったぁぁぁぁぁ!!!』
思わずガッツポーズをする白銀。大きく息を吐く石上。両手を取り合って喜ぶかぐやと京佳。思わず抱き合う藤原と伊井野。
それはまさに、共に困難に立ち向かった者達が、いくつもの壁を乗り越えて、遂に目標を達成した姿そのもの。今の6人には、それほどの達成感があった。
「あーー。よかった…。でももうしないぞ」
「本当にありがとうございます皆さん。何か奢ります」
その後、きちんと報酬の限定アイテムがもらえているのを確認した石上は、全員分の飲み物を奢った。後に白銀は語る。『あの時飲んだお茶が、1番美味しかった』と。
尚、石上はその後しっかりと伊井野にゲーム機を没収された。
金曜日に投稿したかったけど、ダメでした。そしてまさかの9000文字越え。今までで一番文字数多い。
以下、それぞれが選んだもの一覧
白銀 素性:騎士 装備:ロングソード、盾
かぐや 素性:聖職者:装備;メイス、聖職者のお守り
京佳 素性:戦士 装備:グレートソード、小盾
藤原 素性:魔術師 装備:魔術師の杖、短刀
石上 素性:放浪者 装備:棍棒、木製の盾
伊井野 素性:魔術師 装備:魔術師の杖、短刀
次回も頑張るよ。
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立花京佳と浮気
追記。感想でご指摘受けたので最後の方を少し編集。
「彼に浮気されたんです!!」
「「「浮気!?」」」
ある日の生徒会。突然相談があると言ってきた渚が、泣きながらかぐや、京佳、伊井野に喋り出した。
「浮気って、田沼がか?」
「はい…」
「そんな!許せません!」
相談内容は、渚の恋人である田沼翼が浮気をしたと言うものである。それを聞いた3人は驚いた。だって傍から見ても、2人は非常に仲が良かったからだ。それなのに浮気。驚かない訳が無い。
「私、初めての事で、どうすればいいか迷ってて…」
「何に迷ってるんですか?」
「どっちをやるか」
「怖い!?」
「こんな惨めな思いをさせられたの初めてです。誰かが責任を取るべきですよね?」
「えぇ…」
渚の発言に、伊井野は恐怖し、京佳は引いた。
(重い…まぁ田沼くんが浮気したくなる気持ちもわかるわ。だってこの子面倒くさくて重いんだもの。いっつも周りを振り回すし。言ってる事が怖いし、思考回路が理解できないのよね)
一方かぐやは渚を見て浮気されるのも理解できると思っていた。でも声を大にして『お前が言うな』と言いたい。こういうのを『自分を棚に上げる』と言うのだろう。
「とりあえず、浮気が発覚した経緯を教えてくれないか?」
「はい…」
京佳は兎にも角にも、先ずは原因を知る為、浮気が発覚した経緯を聞く事にした。
「ピンと来たのはこの間の昼休みに、私の友達の眞妃ちゃんと話していた時です」
「ふむ」
「その時翼くんったら、とっても仲良さそうに話していたんです!!」
「……ん?」
「はい?」
だが話を聞いた瞬間、京佳と伊井野は疑問符を浮かべる。
「えっと、それだけか?」
「はい」
「あの、2人でキスをしていたとかではなくて?」
「ははは、そんな事していたら東京湾に沈めてお魚の餌にしてますよ」
「ひっ…」
渚は笑顔で答えた。伊井野はその顔を見て青ざめる。
「いやしかし、それだけで浮気と言うのは…」
「そうですよ。流石に話していただけで浮気認定はどうかと…」
浮気発覚の話を聞いていたが、今のは流石に無いと思う京佳と伊井野。だって話していただけだ。それだけで浮気認定はあんまりである。
「いえ、これは浮気でしょう」
「「え?」」
しかし、かぐやは渚に同意した。
「恋人がいるというのに他の異性と密会だなんて、これは下心がある事は明白。絶対に浮気です」
「そうですよねかぐやさん!!浮気ですよねこれ!!」
「これで!?」
「えーーー!?」
浮気ボーダー。
人によって浮気のボーダーラインは様々。異性との食事だけでアウトと言う人もいれば、一線を越えても遊びならOKという人もいる。浮気のボーダーラインがどこかで、その人の恋愛模様が露になったりもする。そしてかぐやと渚にとっては、異性と仲良く話すだけでアウトなのだ。
「あの先輩方、一応民法では離婚の事由として配偶者の不貞行為が定義されてますが、そもそも結婚もしていないので配偶者じゃないじゃないですか。不貞行為があった訳じゃないでしょ?」
「何言ってるの伊井野さん?法律うんぬんの話じゃないでしょ?」
「心の不貞行為よ。心が許せるかどうかの話をしているの」
「まぁ、それはわからんくはないが…」
伊井野が法律の話を持ち出したが、渚とかぐやはそんな話では無いと言う。こういうのは気持ちも問題だと。京佳もそこだけは同意した。
「それでこの間、2人で食事に行った時、彼がお手洗いに行ってる隙に携帯を調べたんです」
「いやちょっと待って」
突然の発言に京佳が待ったを掛ける。
「何ですか立花さん?」
「勝手にか?勝手に人の携帯を覗いたのか?」
「彼女だから別にいいでしょ?」
「そうですよ。先に裏切ったのは向こうです」
「……伊井野。私の価値観がおかしいのかな?」
「いえ、立花先輩はおかしく無いと思います…」
渚の行為にドン引きした京佳だったが、渚とかぐやはこれくらい許される行為だと言っている。京佳は自分の価値観がおかしいのかと思ったが、伊井野は京佳に同意した。
「パスワードは指の動きで分かっていたので簡単に開ける事が出来ました」
「流石ですね」
「不正アクセス罪…」
「メールも一通り見ました」
「当然ですね」
「信書開封罪…」
ペラペラと自分がやった事の行いを喋る渚と、それに同意するかぐや。伊井野はドン引きしていた。どれもこれも、訴えようと思えば訴えれるものだかりだからだ。
「ですが、怪しいメールもメッセージも見つける事はできませんでした…」
だが、結果は空振り。渚はそういった内容が書かれたメールやメッセージを見つけれれなかったようだ。
「いいですか柏木先輩!携帯はプライバシーの塊なんです!不貞がどうとかじゃなくて、見られると恥ずかしい物は誰にだってあるんですよ!!」
伊井野は真っ当な事を熱弁する。しかしそれには理由がある。というのも少し前に伊井野は、携帯に入っていたある音声データを生徒会の皆に聞かれていたのだ。内容の説明は省くが、誰かに聞かれたら恥ずかしさのあまり死ぬかもしれない代物である。
だからこそ熱弁する。自分と同じ過ちを繰り替えさせない為に。
(本当この子嫉妬深いわね…まぁ、私は絶対にそんな事しませんけどね。柏木さん程嫉妬深くも面倒くさくも疑がり深くもありませんし)
かぐやは渚の行いを見て、自分はそんな事をしないと言っているが、渚の所業に同意している時点で同じ穴の狢だと思う。
というか、少し前に白銀と京佳が水族館でデートをしているのも見て、嫉妬のあまりに京佳を亡き者にしようとしたのは誰だったか思いだしてほしい。
「勿論私だって、彼を信じてみようと思ったんです。浮気なんて自分の思い過ごしだ、だからこそ、
彼を信じて探偵を雇いました」
「ちっとも信じてない!?」
渚の発言に、今度こそ伊井野はマジ引きして仰天する。いくらなんでも、探偵を雇うのはやりすぎだ。
「何ってるの伊井野さん?信じているからこそ、潔白を証明する為探偵を雇ったんですよ?」
「身辺調査の依頼はかなり勇気がいるのよ?」
「えぇ?これ私がおかしいの?」
だが渚とかぐやは、信じているからこそやった行為だと言う。そんな2人に言われた結果、伊井野は自分がおかしいのかと疑問に持つようになった。
「信じていたのに、私の勘違いだって思っていたのに、そしたら昨日2人で雑貨屋に買い物に行っていたんですよ!?」
「いえ、これだけで浮気認定は…」
「「絶対に浮気です!!」」
「仲良いな2人共…」
恋愛観が近いせいなのか、阿吽の呼吸のかぐやと渚。
「そしてその後なんですが、何と2人で水族館に行っていたんですよ!!」
探偵による調査報告曰く、翼と眞妃は雑貨屋で買物ををした後、水族館に行っていたらしい。
「……」
それを聞いたかぐやの頭の中で、先日、白銀が京佳と水族館に行っていた事が思い出される。
「立花さん、伊井野さん。これは流石に浮気ではありませんよね?」
と、2人に質問したかぐやだったが、
「いや、これは浮気だろう」
「そうですね。これは浮気かと」
「え?」
2人は水族館は浮気だと言った。
「フリーなら問題無いが、恋人がいるのに水族館はただのデートだ。流石にそこはライン越えだろう」
「立花先輩の言う通りです。お互い恋人がいなければ別に問題ないですが、恋人がいるのに別の女性と水族館に行くのは完全に浮気判定です!許せませんよ!」
初めて渚に同意する2人。しかし、
「違うわ!!水族館くらい別に行くでしょ!?」
「え?」
「絶対に違います!あれは浮気なんかじゃありません!!」
かぐやは水族館は浮気ではないと大声で言う。
(もしかして会長、最近誰かと水族館に行ったのかな?)
渚は、白銀が最近誰かと水族館に行ったから、かぐやがそんな事を言っているんだと思った。
(まさか私の事言ってないよな?)
そして京佳は、そんなかぐやを見て自分の事を言っているのではと思う。
(いや、違うだろう。だって四宮と白銀はまだ恋人なんかじゃないんだ。つまりあれを浮気かどうかなんて言われる筋合いは無い。あれはお互いフリーな者同士による純粋なデートなんだから)
だが、別にかぐやは白銀と恋仲では無い為、先日の白銀とのデートを浮気かどうかなんてかぐやに言われる理由は無い。あれはただのデートである。よって、何か別の何かを見てかぐやがそう言っているんだと判断。それ以上は考えない様にした。
(にしても、眞妃がそんな事を)
そして渚の話を聞いていた京佳は、翼の浮気相手(仮定)が四条眞妃である事に驚いていた。眞妃とは既に何度も愚痴を聞いたりしている仲である。そんな眞妃の想い人が、田沼翼である事も京佳は知っている。そういった事を知っている京佳だからこそ、ある考えが浮かんだ。
(まさか、遂に略奪愛に目覚めたとか?)
それは、眞妃が略奪愛に目覚めたというものである。相手に既に恋人がいるのなら、奪えばいい。古今東西、そういった事をしてきた人は沢山いる。例えば初代総理大臣の伊藤〇文とか、長州藩士の高〇晋作とかだ。そんな略奪愛を、眞妃は行っているのではと京佳は考えた。
(いや、まだ答えを出すのは時期尚早だ。もっと話を聞いてから判断しよう)
しかしその考えに至るのはまだ早いと思い、もっと渚から話を聞く事にした。
「それでこれが最後なんですが、つい昨日、図書室で眞妃ちゃんに勉強を教わっていたのを見たんですよ。今までは私が教えていたのに、私より成績が良い子がいたらそっちに教わるなんて、これは私が用済みって事なんじゃ…」
「いや、別に勉強くらい…」
「絶対に許してはいけないわ」
「ええ!?」
最後は自分の目で直接見た事で、眞妃から勉強を教わっていたとの事らしい。それを聞いたかぐやは、そんな事許されないという顔で浮気認定する。
「自分の知らないところで他の女の手ほどきを受けているなんて、私なら絶対に許しません。だってその女に内側から染められるんですよ?」
そこまでは言いすぎだろうと言いたい。そんなかぐやを見て怖くなった伊井野は、携帯を取り出して例の音声データを聞いた。これで少しは恐怖が和らぐだろう。
「柏木さん。もし弁護士が必要になったら、私に言って下さい。腕の良い弁護士を紹介しますから」
「ありがとうございますかぐやさん。あ、そうだ。証拠必要ですよね?だったら彼の自宅に盗聴器を仕掛けた方がいいですかね?電話の内容を知る為に」
「そうですね、それがいいかと。何なら四宮家の伝手で最新の盗聴器と隠しカメラを用意しましょうか?高価なので、少しお金がかかりますけど」
「お願いします。あとお金は大丈夫です。これでも結構自分で使えるお金持ってますので」
とんとん拍子で話が進んでいく2人。この2人の中では、既に翼が浮気をしていると断定している。なのでもっと証拠を集めて、翼を断罪しようと話を進めていた。
「少し落ち着くんだ2人共。話がどんどん大きくなってるぞ。あと、少しでいいから私の話を聞いてくれ」
ヒートアップしている2人に、京佳が声をかける。
「何ですか立花さん?今彼をどうやったら追い詰められるか話しているんです。邪魔しないでください」
「いや話の趣旨が変わってるじゃないか」
現在、非常に機嫌が悪い渚は京佳を睨みつける。だが京佳はひるまず話し続ける。
「少し偉そうな事を言わせてもらうけどな」
「はい」
「私から言わせてもらうと、君は田沼の事を全く信用していないと思うぞ」
「……え?」
突然の京佳の発言に、目が点となる渚。同時にかぐやも目が点となる。
「な、何でですか?何で私が翼くんの事を信用していないと?」
何でそんな事を言われているのかわからないという顔の渚。しかし京佳は、かまわず続ける。
「先ず潔白を証明するため探偵を雇って調査するというのが、相手を信じていない証拠だ」
「で、ですからそれは、相手を信じているからこそ…」
「本当に信じていたらそんな事しないと思うが」
「……」
京佳の言葉を渚は否定しようとするが、続けざまに言われた言葉のせいで口を閉じる。
「それにな、相手の携帯を勝手に見るというのもどうかと思う。さっき伊井野が言っていたが、人には見られたくないもののひとつやふたつあるものだ。携帯なら猶更だろう。それを『彼女だから見てもいい』なんて言っているのは、人としてどうかと思う」
「……」
「極論だが、もし私が男で、そんな事を隠れてしていた子が自分の彼女だったら、『自分はこの子に信用されていないんだ』って思ってショックを受ける。そして別の子を探すだろう」
「……」
京佳の言葉に渚は黙り、顔を下に向ける。
「……まぁ、偉そうな事を言ったが、結局人の価値観はそれぞれだ。少なくとも、私の価値観ではって話だ。すまない」
そんな渚を見た京佳は謝罪する。自分が思った事を言ったはいいが、渚にはかなりダメージが入ったようだ。これ以上は、渚が泣いてしまうかもしれない。
「じゃあ、もし立花さんが浮気されたらどうするんですか?」
今度は俯いたままの渚が、京佳に質問をしてきた。
「そうだな。先ず泣く。そして自分に原因があったんじゃないかって思う」
「え?」
京佳は浮気されたら、先ず泣くらしい。そして渚やかぐやは、相手に非があるという考えだったが、京佳は『浮気されたのは自分に原因があるのでは?』と考えのようだ。
「えっと、それはどうして?」
「いやだって、私ってこんな見た目じゃないか。並みの男子より身長高いし、顔物騒だし、だからもし私が浮気されたら『結局私は、こんな見た目だからダメだったんだ』って思うな…。ほら、買い物とかで店で見た時は良いって思ったのに、家に帰ったら何でこんなの買ったんだろうって思う時あるだろう?あれと一緒だよ…」
「あの!立花先輩はすっごく素敵で美人だと思います!もし浮気されたらそれは相手の男の人が原因ですって!」
「ありがとう、伊井野…」
少し落ち込んでいる京佳を、伊井野は励ます。
「つまり何が言いたいかというと、一方的な決めつけで相手を許さないとか断罪するとかより、先ずは彼と話すべきだと私は思うぞ。その後の事は、その時にでも考えればいい。そしてもし本当に浮気していたら、思いっきり殴ってやればいいさ」
再び渚に話しかける京佳。結局のところ翼の浮気うんぬんは、現状渚の匙加減である。確かに水族館はアウトだろうが、それ以外はまだ情状酌量の余地がある様に思える。だからこそ、一方的な決めつけで答えを出すのではなく、京佳はしっかりと話し合いをすべきだと渚に提案した。
そしてそれを聞いた渚は顔を上げる。
「そうですね。どうも私混乱していたみたいです。一方的に浮気って決めつけるなんて、良くないですよね。今から彼とちゃんと話してきます。それで、もし本当に浮気だったら、思いっきり引っぱたいてきます」
冷静さを取り戻した渚は、携帯を取り出して恋人である翼へ連絡をするのだった。
「あれ?何やってるんですか?」
「し!藤原さん!」
「んー?」
廊下を歩いていた藤原、白銀、石上がどこかこそこそしているかぐや、京佳、伊井野を見つけた。藤原が気になって曲がり角から顔を出してみると、そこには渚と翼がいた。
「こないだ、眞妃と一緒に出掛けていたよね?どういう事なの?」
「あー、知ってたんだ…?ここで言わなきゃダメ?」
「駄目」
藤原に続いて、白銀と石上も覗き見る。会話を聞く限り、修羅場の様だ。それを理解した石上は心の中でガッツポーズをする。
「私の事、どう思ってるの?」
「勿論、好きだよ」
「口では何とでも…」
言えるでしょと言おうとした時、翼が渚の後ろから何かを首にさげた。
「付き合って半年記念のプレゼント。この前眞妃ちゃんと出かけたのは、これを選ぶのを手伝って貰うためだったんだ。でも、心配させてごめん」
それはハートの形をしたネックレスだった。そして翼の発言で、今までの全てが浮気ではなくプレゼント選びに付き合って貰っていた事が判明。つまり、浮気では無かったという事だ。
(へぇ、ハートのネックレスですか)
(ほう。田沼の奴、良いセンスしてるじゃないか)
石上と白銀は、翼がプレゼントしたハートのネックレスをセンスが良いと褒めた。
((((だっさ…))))
だがかぐや、藤原、京佳、伊井野の女子達全員はださいと感じていた。
(今時ハートのネックレスで喜ぶ女子なんて……)
(うわー…無い無い…ありえませんよあれはー…)
(あれは無いな…いや、白銀から貰ったら嬉しいとは思うが…でも…)
(ハート型のネックレスって…一体何時の時代のセンスを…)
翼のセンスに絶望する4人。折角浮気の誤解が解けたというのに、これでは渚も手放しで喜べないだろう。そう思っていたのに、
「嬉しい…ありがとう、翼くん…」
渚は笑顔で喜んでいた。
そして、
「ん…」
そのまま後ろに振り返って、翼にキスをした。
「んちゅ…る…」
それも舌を入れた大人キス、お刺身を。
「や、やりますねぇ…は、ははは…」
「だ、ダメです!!そのキスは学校では!」
「え?あれってキスなんですか?だって、あんなに舌を絡ませて…」
「四宮は見るな!!悪影響だから!」
「うっわ…初めて見たが…凄いな…ああやるのか…」
「何冷静に観察してるんだ立花!」
「何か死にたいので帰ります…」
こうして翼の浮気疑惑は晴れて、渚は幸せになった。
因みに、水族館に行っていたのは『プレゼント選びに付き合ってくれたお礼』との事だったらしい。しかし、流石にそれはダメだと渚に言われ、翼は今後はしっかりと気を付けようと誓ったのだった。
そして、態とださいネックレスを選んだ眞妃は泣いてた。
誰かがしっかりと言わないとダメでしょこれと思った結果、京佳さんが説教くさくなっちゃいました。だってこの話のかぐやと渚、本当に面倒臭いって思ったんだもん。
そして書いてる時にふと気になって、原作のこの話の事を昔からモテる男前のいとこに話してみたら『そんな事している彼女いたら速攻で別れる。てか道徳的に問題しかないじゃん』って言ってた。まぁ漫画だから許される事よねこういうのは。
皆さんも真似しない様にしましょう。因みに盗聴器の設置は普通に犯罪になる可能性があります。
次回も頑張れると思いたい。
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四宮かぐやと写真
本当にありがとうございます。
「私たちの写真ですか?」
「ハイ。秀知院のパンフレットを作るノデ、是非ミナサンにモデルにナッテ欲しいんデス」
「モデルさんですか!楽しそうなのでやります!」
11月の初め。突然生徒会室に学園長が来たと思ったら、カメラを持ってそんな事を言ってきた。何でも、秀知院の新しいパンフレットを作りたいので、それに使用する写真のモデルを引きうけて欲しいらしい。
「でも今日ですか?私、美容院行ってないんですけど大丈夫ですかね?せめて明日とかにしません?そうすれば今よりずっと綺麗な写真が撮れると思うのですが」
「落ち着け藤原。これは別にモデル雑誌に載る訳じゃないんだぞ。それに藤原は今でも普通に可愛いじゃないか。気にする必要は無いよ」
「え、えへへへ。そうですか-?じゃあこのままでいいです~」
できれば美容院に行ってから写真撮影をしたい藤原だったが、京佳に言われ顔がにやける。実際、藤原は見た目だけなら非常にかわいらしい。そして男女分け隔てなく接する明るい性格が合わさり男子に結構人気がある。
最も、生徒会での奇行を知ったら幻滅する男子も多いだろうが。生徒会の暴走特急は伊達じゃない。
「あの、申し訳ないのですが、私は家の方針で不特定多数が目にするメディアに顔を出す事をしてはならない決まりがありますので…」
「オゥ~、顔出しNGってやつデシタカ」
学園長が残念そうにする。かぐやの家は国内で最も有名な家だ。そんな名家の人間であれば、こういった事にシビアになるのも当然だろう。
「ですが皆さんは気にせずどうぞ。それに私、元々写真に写るのが得意では無いので」
かぐやは気にせず皆で撮影をしてと言う。でも正直に言えば少し寂しかったりする。
「私もやめておく」
「え?」
そんなかぐやに京佳が同調した。
「どうしてですか立花さん?私の事なら気にしなくて良いのですが」
「いやそういう訳じゃない。この写真が載ったパンフレットって大勢の人が見るんだろう?」
「そうらしいですね」
「そんなパンフレットにこんな眼帯した奴が写ったらイメージが悪くなるだろう?だから私はやめておくよ」
「あー…」
京佳が撮影に参加しない理由は、自分の顔のせいである。事実京佳は、今でもあまり面識の無い1年生に怖がれている。そんな自分が大勢の人が見るパンフレットに載っていたら、国内有数の名門校の看板に傷がつくかもしれない。よって京佳は撮影を断ったのだ。
「立花サン。そんな事気にしなくてイインデスヨ?少なくとも私は気にシマセン。もしそんな事ヲ言う人がイタラしっかりと私カラ『お話』シマスシ」
「いえ。万が一という事もありますので」
「そうデスカ。ワカリマシタ…」
かぐやと同じ様に残念そうにする学園長。しかしいつまでも落ち込んでいては撮影が進まない為、気持ちを切り変えて撮影を始めるのだった。
「私が作りたいパンフ。それはズバリ『青春』デス!なのデ皆さんには、是非この学校で青春シタイと思える姿をして欲しいんデス!」
「青春って言われても…」
写真のテーマは青春。大勢の人の心をつかむには十分な題材だろう。だがどうやって青春っぽい事をすればいいか白銀は解らない。こういうのは、言われても出来るものではないからだ。
「こうですか!?」
「わんぱくですね」
藤原は不思議な踊りを踊った。石上はつっこんだ。
「こうか!?」
「初めての七五三」
白銀はなんかガチガチだった。再び石上がつっこんだ。
「デハ、次は伊井野サン」
学園長がカメラを伊井野に向ける。しかし伊井野は手にしているクリップボードで顔を隠す。
「どうしましタ?伊井野サン?それでは顔が写りませセンヨ?」
「だって、恥ずかしいし…」
どうやら伊井野は写真に写るのが恥ずかしいらしい。
「それハいけまセン。伊井野さんはとても可愛いノニ」
「え?可愛い?」
「そうデス!お人形サンみたいにチャーミング!とてもプリティデス!だからコソそのキュートさを見せてくだサイ!」
「こ、こうでしょうか?」
「オオ!ベリーキュート!!いいデスヨー!ジャパニーズカワイイ!!」
しかし学園長におだてられ普通に写真に撮られた。何時の間にかポーズも決めている。
「私は伊井野が心配になったよ…」
「そうっすね。おい伊井野、お前マジで街中で変なスカウトに声かけられてもついていくなよ?」
そんな伊井野を京佳と石上は心配した。下手すると本当に変な写真とか映像とか撮られかねない。
「石上クン。伊井野さんの隣に立って貰えマスカ?」
「え?あ、はい」
学園長に言われ、伊井野の隣に立つ石上。だがその瞬間、2人の間に邪険な空気が流れる。
「オー。これはイケマセン。青春とは程遠いデス…。四宮サン、石上クンの身だしなみを整えてくれまセンカ?」
「わかりました」
「伊井野サンは髪をオロシテクダサイ」
学園長に言われ、かぐやは石上の身だしなみを整え、伊井野は普段している髪紐を取った。
「オオオオ!!これデス!こういうノデスヨ!!」
するとそこには見違えた石上と伊井野。石上は如何にもな優等生になり、伊井野は少し大人っぽくなった。
「へぇ。髪型だけで結構印象変わるもんだな」
「そうだな。パッと見石上には見えないよ」
「ミコちゃんは可愛さが綺麗さになってる感じですね~」
見違えた2人を見て白銀、京佳、藤原も同じ様な感想を言う。
「何時も陰ナガラ助け合ってイルのに両方ソレに気づいてイナイ感じがトテモいいデス」
「何言ってるんですか?」
「意味がわかりません」
学園長の感想に疑問符を浮かべる2人。恐らくこの言葉に同意できるのは、風紀委員の伊井野の親友だけだろう。
「デハ。次は白銀クンと藤原サンで」
2人の撮影が終わり、今度は白銀と藤原の撮影となった。しかし、
「ウーム。これはイケマセン。モット自然にお願いシマス」
「って言われましても…」
緊張しているのか、はたまた自然な演技が下手なのか、2人共ギクシャクした変な動きをする。白銀も頑張っているが、イマイチ自然に振舞えない。
「そうだ。設定をつけまショウ。エーット、2人は恋人という設定でドウデショウ?」
(はぁ―――!?)
学園長は設定を与えて、白銀と藤原に自然体に居させようとした。だがその設定がまさかの恋人。当然だが、それを聞いたかぐやは絶叫。勿論、声には出していないが。
「いや、それはちょっと…」
「アクマで設定!ソウ思ってポーズを取るだけデスカラ!」
「はぁ…わかりましたよ…」
白銀は抵抗を感じたが、学園長の勢いに押されてしまい渋々承諾した。
「……」
尚その際、かぐやと京佳を少しだけチラ見した。
「廊下で並ンデ語らう2人!そしてふとシタ瞬間触れ合う手!その瞬間少しダケ恥ずかしがる!」
どんどん撮影に注文を付ける学園長。白銀と藤原は恥ずかしがりながらもそれに応えた。結果、中々に良い写真が撮れていった。
だが、それを面白くないと思う人物が1人。
(この男。前々からふざけた男だとは思っていたけど、これほど愚弄とは思いませんでした…。来年もこの学校に居られるとは思わない事ね)
勿論かぐやだ。いくら演技とはいえ、白銀が他の女と恋人という事になっているのに我慢が出来ないのだ。そして来年、学園長を絶対にその地位から落とす事を決めた。
(落ち着け私。あれはあくまで演技、演技だ。それに白銀との写真だったらこの前の水族館で撮ったじゃないか。ここは落ち着くんだ)
一方京佳は、かぐやほど荒れてはいなかった。それもこれも、少し前に白銀と2人きりでデートをしたおかげだろう。もしそのデートが無ければ、かぐやと同じように荒れていたかもしれない。
しかしそんな京佳も、学園長の発言で心が荒れだす。
「デスガ、残念でシタ。本当は四宮サンが白銀クンの恋人役に相応しいと思ってたノデスガ」
「「え?」」
「お2人のツーショットが撮りたくて依頼をしたのデスヨ。2人は常にお互いを高め合ってイル理想の関係。私はソレガ撮りたかっタ。コノ悔しサガワカリマスか!?」
「!?」
(うんうん!わかる!わかるわ!!でも流石ね!私よりずっと長く生きているだけはあってとっても慧眼だわ!)
かぐやは学園長に同意。そしてそも慧眼さに感服した。相変わらず掌がドリルのようである。
(お似合い…白銀と四宮がお似合い…やっぱりそうなのだろうか?確かに2人はいつも成績が並んでいるし、藤原が偶に行うゲームでも良い勝負をしている。つまり、2人は私なんかと違って相性が良い…)
学園長の台詞を聞いた京佳は落ち込んでいた。実際、白銀とかぐやはお互いを高め合っている様に見える事が沢山ある。その結果なのか、学園内では『2人は付き合っているのでは?』といった噂が流れた事もある。というか現在進行形で流れている。
(いや!だからといって諦められるか!他人の意見に流されるな私!最後の最後まで足掻いて足掻いて足掻きまくってやる!)
だが、こんな事で京佳は折れない。他人の意見が重要なのは確かだが、それはそれ。所詮は他人の意見だ。他人の意見ばかりを聞いて、自分の恋を諦める事など出来ない。結果、京佳は静かに闘志を燃やす。
「それデハ、最後は屋上に行きまショウカ」
「屋上ですか?」
「ハイ。そこデ集合写真を撮ってこの撮影を終わりにシマス」
学園長に言われ、6人は屋上へと移動するのだった。
屋上
(集合写真ですか。そういえば私、そういった写真を撮った事1度もありませんね。羨ましいなぁ…)
かぐやと京佳以外のメンバーが集合写真を撮っている間、かぐやはそれを羨ましがる。四宮家の方針とは言え、同級生と1度も集合写真を撮った事が無いかぐや。
いくら名家の令嬢の彼女とて、年相応の女の子。友達との集合写真くらい欲しがるものだ。
「四宮サン。立花サン。こっちヘ」
「「え?」」
「最後ハ皆で記念撮影をシマショウ」
「え。ですが」
「これは、貴方達の仲間が望んでいる事デスヨ」
かぐやと京佳が同じ方向に視線を動かすと、白銀達が見ていた。2人はその顔だけで、どういう意味なのかを理解した。
「そ、そういう事なら」
「わかりました」
「デハ、携帯を貸しクダサイ」
「四宮からでいいよ」
「ありがとうございます。立花さん」
学園長に自分の携帯を渡そうとしたその時だった。
突然大きな風が吹いて、かぐやの携帯が飛ばされてしまった。
「あ…」
携帯はそのまま地面に自由落下。そして何かが壊れる音がする。
「すみません。ちょっと携帯を拾ってきますね」
そう言うとかぐやは、下へと降りて行った。
翌日
「皆さん!コーヒー淹れましたよ!」
「今日のはクアテマラだ。良い香りだぞ」
「おう。さんきゅ。よし皆、少し休憩するか」
生徒会では何時ものメンバーが仕事に勤しんでいた。だが何事も休憩は必要。藤原と京佳が淹れたコーヒーを見て、白銀は皆に休憩を促す。
「はい、これはかぐやさんの分…あーーー!!」
「うわ!ビックリした!どうしたんですか藤原先輩!?」
「かぐやさんが、スマホ持ってますーーー!?」
「ええ!?」
藤原の言葉に驚く石上。視線をかぐやに向けると、確かにかぐやの手にはスマホがあった。
「まぁ、前の携帯は、昨日壊れてしまったので…」
やはりと言うべきか、かぐやの携帯は昨日壊れていたようだ。
「かぐやさん!連絡先交換しましょう!」
「いいですよ。あ、それとらいん?とかいうのをインストールしたんですけど…」
「おお!じゃあそっちのIDも交換しましょう!」
藤原はテンションを上げながら、かぐやとらいんIDを交換する。
「四宮先輩。僕もいいですか?」
「あ、あの!私も!」
「四宮、私もいいかな?」
「勿論です」
それに続いて石上と伊井野もIDを交換した。
(さて。どうやって四宮とらいんIDを交換するべきか…)
一方白銀は1人、かぐやとどうやってIDを交換するか悩んでいた。しかし、それは直ぐに解決する。
「会長。ID交換してもいいですか?」
「あ…IDな。勿論交換して…え?」
かぐやが流れるようにID交換をしてきたからだ。
(ええええ!?何で!?まさかこれも何かの策…か?)
それを見た白銀は驚愕。いつものかぐやなら絶対にこんな事しないからだ。故に、白銀はかぐやに違和感を感じた。
「なぁ皆。なんか今日の四宮おかしくないか?」
「え?今更ですか?」
「え?」
「白銀。私達全員、四宮が生徒会室に来た時から気づいていたぞ」
「ええ、嘘ぉ…」
だが、かぐやに違和感に気が付いていなかったのは白銀だけだった。他のメンバーは全員、既に気が付いていた。
「四宮先輩、落ち込んでいますよね?」
「だよな…身内の不幸とか?」
「お腹が痛いとかですかね?」
「ゲームでやっとボス倒したのにセーブ忘れていたとか?」
「それはあんただけでしょ」
皆が口々にかぐやが落ち込んでいる原因を思う浮かべる。だがどれもしっくりこない。
「もしかして、昨日携帯を壊したからじゃないか?」
「昨日の?」
「あの携帯は四宮が小さい頃から使っていたんだろう?つまり思い出の品の筈だ。それだけ長い間使っていたら愛着だっけ沸くと思う。それが壊れたんだから、ああやって落ち込んでいるんじゃないのか?」
「ああ、私それわかります。私も小さい頃から使っているタオルケットがあるんですけど、もしそれが無くなったら絶対に落ち込みますし」
そんな中、京佳だけが確信に最も近い事を言った。どうやら伊井野は思い当たる節があるようだ。だがこれもあくまで推測。
「かぐやさんって家の都合上、あんまり人に話せない苦労もあると思うんですよ。なので邪推するのはあんまりよくないかと…」
「確かにな。もし本当に困っていたら、自分から話し出すだろうし、ここはいつも通りに接してみるか」
「そうだな。その時は皆で悩みを解決してやろう」
「ですね」
「わかりました」
しかし無理にかぐやから聞き出すのはよくないという結論に至り、生徒会メンバーはいつも通りにすることにした。人によっては『冷たい』と思われるこの対応だが、それでいいのだ。
「そうだ。生徒会のグループを作ったから入っててくれ」
「はーい」
「了解です」
「わかった」
「あ。今まで無かっただけなんですね。てっきり私だけハブられていたのかと…」
「んなことしねぇよ…」
白銀がらいんで生徒会専用のグループを作り、皆を招待する。それに合わせて、全員そのグループに参加。
「そうだ!ついでに共有アルバム作りましょう!皆自由に写真をアップしてくださいね~」
そして同時に、共有の写真アルバムも作る。
「会長ってグループ作るのはかぐやさんがスマホを持ってからって決めてたんですよ?仲間外れは良くないって思ってて」
「でも良い機会ですよね。四宮先輩の携帯ってデータ移行できなかったでしょうし。空っぽの携帯って寂しいですもんね」
その瞬間、共有アルバムに大量の写真が送られる。体育祭の時の写真。フランスの姉妹校との交流会との写真。旅行に行っていた時の写真。
それを見たかぐやは、胸が暖かくなるのを感じた。
かぐやが大事にしたかったのは、誰かと分かち合った『いつも通り』。その証明として写真。かぐやが落ち込んでいたのは、それを失ったからである。
しかしそれが誰かと分かち合いたい思い出ならば、相手も大切にしているものなのだ。
「前の携帯が壊れた時、全部無くなってしまったと思ってましたが、かえって前より一杯になってしまいました」
かぐやはスマホを持ちながら、笑った。それは本当に嬉しそうに、笑った。
「そういえば、昨日は結局四宮先輩と立花先輩だけ写真撮ってませんでしたね」
「あ!なら今撮りましょう!」
「そうだな。先ずは四宮からだ」
「ええ!?私からですか!?」
「ちょっと貸して下さい。僕がカメラセットしますよ。あ、これ最新のやつですね。笑顔検出機能付きの」
「何ですかそれ?」
「簡単に言うと笑顔になった瞬間撮影されるんですよ」
「ほう、凄いな。だけどちょうどいい。是非試そう」
「はいはい!会長もミコちゃんも集まって!」
「わかった」
「はい!」
藤原に言われ、かぐやの方へ集まる白銀と伊井野。
「はい、これでOKっすよ」
「じゃあ皆笑顔笑顔~!」
「ふふ、あーもー!しょうがないですねー!」
少しだけ大きな声を出したかぐやだが、その声色は嬉しそうだ。
そしてシャッター音がなり、生徒会メンバー6人の集合写真が撮られた。
勿論、かぐやは最高の笑顔でだ。
その日の夜にその写真を見た早坂は『白銀会長の隣立花さんだけどいいのかな?』と思ったが、かぐやが本当に嬉しそうな笑顔なのと、機嫌がすこぶる良さそうだったので何も言わない事にした。
そしてその後、かぐやに言われ写真をカラープリントして写真たてに入れてあげた。
それから暫くの間、かぐやは寝る前に必ずその写真を見て寝るのだった。
原作においてトップクラスに好きなお話。最後の集合写真とかもう最高だよね。
因みに本作では、集合写真の右上、藤原の後ろ、白銀の右隣に京佳さんがいる事になっています。
次回も頑張りたい。
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白銀御行は助けたい
それにしても、最近結構温かくなってきましたね。そろそろ衣替えかな。でもそうやって油断していると突然寒い日とかあったりするからもう少し様子を見よう。
いつも通りノリと勢いで完成している作品ですが、何卒よろしくお願いします。
(ようやく全てのバイトが終わった…マジで疲れた…)
土曜日の14時過ぎ、白銀は自転車を押しながらくたびれた顔をしていた。今日の白銀は、朝から新聞配達のバイト。それが終わったらティッシュ配りのバイト。そしてその後にスーパーの品出しのバイトをしていた。いくら体力には自信がある白銀でも、流石に疲れる。
(まぁ廃棄予定の食材貰えたから、バイト代以外でも色々得はしたけどな)
最後のスーパーの品出しのバイトで、白銀はスーパーの店長から『持って帰っていいよ』と言われ、廃棄予定の野菜をいくつか貰っている。
見た目が少し悪いだけで問題なく食べる事ができる品だ。おかげで今日の白銀家の夕飯代が少し浮いた。
(さて、さっさと帰って夕飯の支度を…ん?)
全てのバイトを終えて、家に帰り夕飯の支度をしようと思っていた白銀だったが、その道中に知り合いを発見した。
(立花?)
それは同じ生徒会で、最近になって自分が好意を向けていると自覚してしまった京佳である。
そして京佳は白銀も初めて見る服を着ていた。秋物の白いセーター。その上から黒く丈の長いカーディガン。下に履いているのは黒い無地のデニム。そして足には黒い編み上げブーツ。その全てが、京佳に非常に似合っていた。
(うっわ、めっちゃ似合ってる。やっぱ立花ってスタイルいいなぁ…)
身長180cm、バスト89の京佳のスタイルはまさにモデル体型。それに今着ている服装が合わさると、本当にプロのモデルに見えてしまう。事実、先ほどから周りの男達もチラチラと京佳の事を見ている。
(そうだな。せめてあいさつくらいはしとくか)
家に帰る途中の白銀だったが、せめて京佳にあいさつだけして帰ろうとし、京佳の方へと近づいていった。
「おーい。たちば…な…」
だがそれは出来なかった。
何故なら京佳がかなり身長の高いスーツ姿の男性と話していたからだ。
(誰だあれ!?てか身長高!?一体いくつあるんだよ!?)
身長180cmの京佳より大きいスーツ姿の男性。しかも言ってはなんだが、顔がいかつい。そのせいなのか、少し近寄りがたい人に見える。
(本当に誰だあの人?立花のお兄さんとも違うし)
以前に会った京佳の兄とは別人。白銀が相手の正体を考えていると、京佳とスーツ姿の男性が一緒に歩きだした、白銀はそれを、離れた場所から見送ろうとしていたのだが、その時に見てしまった。
(涙…だと…?)
京佳の右目から、一筋の涙が流れているのを。そして京佳は直ぐに涙をぬぐって、スーツ姿の男と共に歩き出した。
(どういう事だ?何で立花は涙を?)
考える白銀。あのスーツ姿の男が京佳の知り合いだったら、泣く事など普通は無いだろう。久しぶりに会って喜びのあまりに泣くならわかるが、先ほどの京佳は特別喜んでいる様には見えなかった。
(もしかして…)
そして白銀はある結論に至る。
それは京佳が悲しんでいるから涙を流したという事だ。
涙というものは、痛かったり悲しんだりしても出てくるもの。先程の京佳は痛がっている様には見えなかった。だとすれば、残るは悲しんでいるという可能性。だから涙が出ていた。
(だとすると何故だ?何故立花は悲しんでいる?)
しかしここで疑問が生まれる。どうして京佳は悲しんでいるのかという疑問が。そこで白銀は再び情報を整理する。普段とは違う服装。見た事も無いスーツ姿のいかつい男。涙を流す京佳。これらを繋ぎ合わせて、白銀は考える。
(まさか…)
そしてある答えが浮かんだ。先程のスーツ姿の男。正直、堅気に見えなかった。そんな雰囲気が出ていた。そんな男に、涙を流しながらついて行った京佳。
(脅されいる…のか?)
以上の事から白銀は、京佳はあの男に脅され、怖かったり悲しんでいたから涙を流したとう結論を出した。
(最近は学生を狙った詐欺もあると聞く!あの男はとてもじゃないが堅気に見えなかった!前に龍珠んとこの本職さんを見た事があったがそれに近い見た目をしていた!だとすると、立花が危ないかもしれない!)
もし本当に京佳が何かしらの脅しをされていたとすれば、何をされるかわからない。多額の金銭を要求されるかもしれないし、危ない仕事を無理矢理手伝わされるかもしれない。
そんなの見過ごせない。見過ごせる訳がない。好きな子が危険にさらされそうなら猶更だ。
(待ってろよ立花!)
そう思った白銀は、自転車を押しながら京佳たちが歩いて行った方へと走り出す。
途中、人込みの中自転車を早く押すのは危ないと思った白銀は、1度自転車を目についた駐輪所に置き、身軽になった状態で京佳を探す。表に面している喫茶店やコンビニ。更には反対側の道。
しかし、自転車を置いていた間に2人がどこに向かったか見失ってしまった為、中々見つける事が出来ない。
(くそ!一体どこに行ったんだ!?)
焦る白銀。この間にも、京佳の身に何かしらの危険が迫っているかもしれない。その考えが、余計に白銀を焦らせる。
(あとは角曲がった先にある裏道を探すしかないか!)
表には全く見当たらない。ならば、裏の道にならいるかもしれない。そう思った白銀は角を曲がって裏道へと入る。
(いた!)
すると京佳とスーツ姿の男は直ぐに見つかった。2人は並んで歩いており、未だどこかへ向かって歩いている。
(兎に角話しかけないと)
白銀は2人、もっと言えば京佳に話しかける為に後ろから近づく。だが、いきなり後ろから話しかける事はしない。
もしスーツ姿の男が自分に気づけば、何をしてくるかわからない。仮に自分がそっち側の人間だったら、せっかくのカモを逃すかもしれないと思う。そうなったら、力づくで黙らせるだろう。
それに相手は自分よりずっと身長の高い大男。仮に喧嘩になったら勝てる訳がない。よって白銀は、後ろからこっそり近づき、隙を見て京佳を逃がそうと考えた。
(ん?足を止めた?)
そんな事を考えながら暫く後を着けていると、京佳とスーツ姿の男が雑居ビルの前で足を止めた。
(あそこが目的地か?)
白銀は可能な限り2人に近づき、様子を伺う。
「それでは、撮影はここの3階で行いますので」
「は、はい…」
「では、行きましょう」
そう言うと2人は雑居ビルに入って行った。
「撮影…だと…?」
気づかれない様に可能な限り2人近づいていた白銀には、2人の会話がはっきりと聞こえていた。
『撮影はここの3階で行いますので』
スーツ姿の男は確かにそう言った。
「まさか…!」
涙を流していた京佳。堅気に見えないスーツ姿の男。そしてあの台詞。それらの組み合わせた瞬間、ムッツリな白銀に電流が走り結論を出した。
京佳はあのビル内で、如何わしいビデオの撮影をされそうになっていると。
理由は不明だが、こうなればほぼ間違いなくあの男に脅されているのだろう。でなければこれまで見ていた事のつじつまが合わない。
(どうする!?こういう時は警察か!?でも警察が来るまで立花が無事だという保証が無い!いっそ飛び込む?だめだ!中に何人いるかわからないんだぞ!?そんな状態で中に入っても返り討ちになるだけだ!どうする!?)
雑居ビルを見ながら考える白銀。このままでは手遅れになる。何とかしなければいけない。だがどれだけ考えても納得のいく答えが出てこない。
(やはりここは警察に…)
結局自分の手では解決できないと思い、警察に通報するためポケットからスマホを取り出す白銀。
そしてスマホを操作しようとした瞬間、自分の左手にしている腕時計が目に入る。それは誕生日に、京佳が自分にプレゼントしてくれた腕時計だ。
「……」
腕時計を見て白銀は動きを止め、京佳の事を思い出す。
『おはよう白銀』
『今日の白銀はいつもよりかっこいいな』
『頼みがある…手を握ってくれないか…?』
『私からの誕生日プレゼントだ』
『本当にありがとう、白銀』
京佳と出会ってから、色々あった。そして白銀はいつの間にか、そんな京佳に惹かれてしまっていた。そんな京佳が今、酷い事をされそうになっている。
「……待ってろ。立花」
白銀は意を決して雑居ビルへと向かった。作戦など無い。完全に行き当たりばったりである。だがどうあっても京佳だけは救いだすと決め、雑居ビルの扉に手を掛ける。
「確か3階だったよな」
白銀は雑居ビルの扉を開けて階段を登る。特に妨害も無く、あっという間に3階に辿りつく。するとそこには『撮影所』という部屋があった。
「ここか」
白銀はいきなり扉を開ける事はせず、中の様子を伺う事にした。
『いいね~。次はポーズを変えてみようか』
『こ、こうですか?』
『あーそうそう!いいよそれー!』
『うぅ…』
『あーダメダメ恥ずかしがっちゃ!もっと自信を持って!』
部屋の中では絶賛撮影中のようだ。そして既に、京佳はそういった姿をさらされているようでもある。
「っ!!……ふぅーー…」
白銀は一瞬、頭に血がのぼるのを感じる。だがこういう時こそ落ち着かないといけないと思い、深く深呼吸をした。そしてドアノブに手を掛け、中の様子を見ようとした時、
「あの…どちら様ですか?」
「あ」
自分の後ろから声をかけられた。白銀が振り向くと、そこにいたのは京佳が着いていっていたスーツの男。相変わらず顔がいかつい。
「あの?」
(ええい!ままよ!!)
しかし向こうは動揺しているようだ。白銀はこれをチャンスだと思い、意を決して『撮影所』と書かれた扉を開けた。
「無事か立花ーーー!?」
「え!?何!?何!?」
「し、白銀!?」
部屋に入ると、そこには男が2人。女が1人。そして京佳がいた。
「…ん?」
白銀はこの期に一気に京佳をここから連れ出そうとしたのだが、直ぐに異変に気付く。まず京佳だが、別に服が乱れてなどいない。というかここに来た時とは違う服を着ている。
そしててっきりベットとかが置かれていると思っていたのだが、部屋の中にそんなものは無く、照明器具や白い背景シートなどの機材があった。
更に周りにいる人達も普通だった。1人は男性のカメラマン。1人は腰に美容道具を下げている女性。そして最後の1人はアシスタントと思しき男性。とても如何わしいビデオを撮影中とは思えない。
「えっと、立花?何をしているんだ?」
想像と違う光景に戸惑った白銀は、とりあえず京佳に質問をする事にした。そしてそんな白銀の質問に京佳は、
「モデルのバイトだが…」
「え?」
と答えたのだ。
「本当にすみませんでした!!」
「いえ、お気になさらず…」
数分後、そこには2階の事務所に移動した白銀と、スーツ姿の男性と女性がソファに座り向かいあった状態でいた。そして白銀は頭を深くさげて謝罪していた。
「あっはははははは!!面白いわねあなた!!私たちがやらしいビデオの撮影していそうだったなんて!!」
「本当に本当にすません!」
「あの社長…それ以上は」
「あーごめんね。でもほんとおかしくって」
白銀の前にいるスーツ姿の男性は、この雑居ビル内にあるファッションサイトを運営している会社のスカウトの男性。そしてその隣で大笑いしている女性が社長だ。
とりあえず結論から言えば、全部白銀の勘違いである。
京佳は別に、如何わしいビデオや写真の撮影をされそうになってなどいない。ファッションサイトのモデルのバイトとして、ここの撮影所にきていたのだ。
涙を流していたのは目にゴミが入ったから。緊張した様子でビルに入っていたのは、モデルなんてやった事無かったので本当に緊張していたから。それらを全部白銀がそういう意味で捉えていただけ。京佳の身に危険など、一切なかった。
「にしても君やるねぇ。普通そう思ってもビルに突入なんてしないわよ?そこまでしてあの子を守ろうとするなんて、かっこいい」
「い、いや~…」
そう言われると恥ずかしい。確かによく考えてみれば無謀だ。それでもこんな事をしたのは、京佳が心配だったからに他ならない。
「ま、撮影が終わるまでゆっくりしていなさい。多分1時間もかからないと思うから」
「は、はい…」
社長はそう言うと、席を立って自分のデスクに戻っていった。残されたのは白銀と、スカウトの男性のみ。
「えっと、本当にすみませんでした。堅気じゃないとか思ってしまって」
「気にしないでください。よく言われるので」
「え?そうなんですか?」
「はい。月に2回は職務質問されますので」
「は、はははは…」
愛想笑いくらいしかできない。こういう時、藤原とかだったらもっと場を和ませる事とかできるんだろうなーとか白銀は思った。
「もしよければ、上で撮影を見学なさいますか?恋人さんが居てくれた方が、気持ちも楽になると思いますし」
「いえ、結構です。興味はありますがここで大人しくしておきます。あと、自分は恋人ではありませんので」
「そうだったんですか。あれほど必死だったので、てっきりそうかと。では、おくつろぎください」
スカウトの男性はそう言うと、女性社長と同じようにデスクへと戻っていった。そして1人残された白銀は、とりあえず窓から外の風景を見ながら時間をつぶした。
「あーもう。俺はなんて恥ずかしい勘違いを…」
1時間後。白銀は撮影を終えた京佳と共に帰路に着いていた。辺りはすっかり日が傾き、街には夕日がさしている。
「意外とおっちょこちょいなんだな白銀は」
「かもしれん。圭ちゃんにも似たような事言われるし」
白銀は自分の本日の行いを振り返り、恥じていた。どうしてあんな勘違いをしたのか、もう自分でもわからない。あの時は兎に角必死だった。今ではそれだけしかわからない。
「ところで立花。お前いつの間にスカウトなんて受けたんだ?」
「2週間くらい前だな。学校帰りに声をかけられたんだ」
――――
『モデルに、興味ありませんか?』
『いえ、特には…』
『せめて、名刺だけでも』
――――
「こんな感じに」
「それ怖くなかったのか?あと、怪しいとかも」
「少し怖かったかな。私より身長の高い人なんてめったにいなかったし。あと怪しいとも思ったけど、眞妃に話したら調べてくれてね。全く黒くない真っ白な会社だとわかったから、今回のバイトを受けたんだよ。バイト代結構よかったし」
「眞妃?ひょっとして四条か?」
「そうだよ。因みに撮影が終わったら、写真見せてと言われたよ」
楽しげに会話をしながら歩く2人。しかし、楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
「っと、もうバス停か」
京佳は自宅へ帰る為バスに乗る必要がある。そして白銀は自転車で帰る。つまり、2人の時間はここまで。
「うし。じゃあな立花。また学校で」
そう言うと白銀は、自転車を漕ぎ出そうとした。
「白銀。ちょっとだけいいかな?」
「え?」
だが京佳に話しかけられ、足を止めた。
「どうした?」
「ひとつ聞きたいんだが、私が、その、変な事されそうと思ってたんだよな?」
「あ、ああ。そうだぞ。結局、ただの勘違いだったがな」
「その時、どんな気持ちだったか教えてくれないか?」
「……」
京佳の質問に、直ぐには答えない白銀。10秒か、20秒か。それだけの時間が過ぎて、白銀は言った。
「はっきり言うとだな、本当に嫌だった。もし立花がそういう事されていると思うと、そういった事していた奴らをどうにかしてやろうとも思った。ていうか、無事で本当によかったよ…」
嘘偽りない気持ちを。白銀は本当に京佳が心配だったのだ。もし本当にそんな事をされていたのだと思うと、胸が張り裂けそうな気持ちにもなった。だからこそ、あんな無謀な事をしたのだ。
「ふふ、そうか。心配してくれてありがとう白銀」
京佳は嬉しそうにお礼を言う。その顔が少し赤いのは、夕日のせいでは無いだろう。
「だったらお礼してあげようか?」
「お礼だと?」
「ああ。勘違いだったとはいえ、私を助けにきてくれたんだ。だったらお礼のひとつでもしてあげようと思っているんだが」
「いや流石にいいよ。立花が無事ってだけで十分だし」
「それはそれで嬉しいが…うーむ」
考え出す京佳。そして何かを思いつく。
「今日の夜、私の写真を送ろうか?」
「え?写真?」
「実はな、帰り際にバイト先から服を貰ったんだ。この紙袋に入っているだが、この中には水着もあるんだよ」
「み、水着だと?」
「ああ。だから後で、お礼としてその水着を着た私の写真を送ろうか?」
瞬時に白銀は思い出す。夏休みに見た、黒いビキニ姿の京佳を。そして妄想する。あんな感じの水着姿の京佳の写真が送られてくる事を。
(そんなのが送られてきたら、絶対に俺しか見ないようにする!)
何があろうと誰にも見せないだろう。何なら毎日スマホの暗唱番号を変える。白銀がそんな妄想をしていると、京佳が近づいてきて凄い事を言い出した。
「それとも、下着の方がいいかな?」
「へ?」
「白銀だったら別に見せてもいいけど、どうする?」
「……」
それを聞いた白銀は固まり、妄想する。黒くエロい下着だったり白い清楚な下着だったりを身に着けて、それを自撮りして自分に写真を送ってくる京佳を。一瞬考えただけでも、それがすんごくエロイ事だとわかる。
そして更に京佳のあられもない下着姿を妄想しようとした瞬間、
「あーー!もうこんな時間じゃねーか!今すぐ帰って夕飯の支度しないと!じゃあな立花!!」
逃げるようにその場から全力で自転車を漕いでいった。というか、実際逃げてる。このままでは何を口走ったりするかわからない。正直に言えば超見たいが、そんな事言う訳にもいかない。だから白銀は逃走を選択したのだ。
(煩悩退散煩悩退散煩悩退散!)
脳内で煩悩退散を説きながら、白銀は自宅へと全力で帰っていった。
「流石にやりすぎたかな…?」
バス停に1人残された京佳は反省していた。少し誘惑したつもりだったが、やりすぎたみたいだと。
(でも嬉しかったな。白銀が私の事を心配してくれて…)
だが良い事もあった。勘違いだったとはいえ、白銀が自分の事を本気で心配してくれたのだ。少なくともただの友人と思っているなら、そんな事はしないだろう。
(これは意識されているって思っても、いいよな?)
流石にこれを『白銀は優しいから』では済ましたくない。京佳は白銀が自分を意識していると思うと、胸が温かくなるのを感じる。
(この1ヵ月が勝負だ…もう時間が無い。だったら、攻めて攻めて攻めまくるしかない)
京佳が白銀に告白をしようと決めている秀知院学園の文化祭まで、あとひと月程。それまでに白銀を、かぐやより自分に意識させないと勝ち目がない。
これからは更に積極的にならないといけないだろう。そういう気概でいなければ、かぐやに白銀を獲られるかもしれないのだから。
(本当に送ろうかな?下着姿の写真…)
そんな事を思いながら、京佳はバスに乗るのだった。
数日後、京佳の写真が例の会社が運営しているファッションサイトに載っていた。それを見た妹の圭は京佳のあまりの綺麗さに歓喜した。勿論、白銀自身も。
一萬田亜紀(いちまたあき)。
ファッションサイトを運営する会社『葉月』の社長。35歳。モットーは『誰でも綺麗になれる権利がある』。かなりふくよかな人から歳を召された人、全身にやけどを負っているなど様々な人をモデルとして雇っている。その結果多くの人に勇気を与え、かなり幅広い支持を受けている。
京佳さんは社長の熱心な説得と、眞妃ちゃんから『折角だしやってみれば?』と言われバイトを受けました。でも今後もバイトをするかどうかは未定。因みにバイト代は5万円。
会社名の由来は、織物の神である天羽雷命から。
多分もう出番は無い。
Q、前回の学校パンフの撮影は受けなかったのに何でこの撮影は受けたの?
A、説得の差って事で。
まぁ本当は、作者はあんまり細かい所考えいないだけだったりしますが。
次回も投稿できるよう努力する。
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立花京佳と誕生日
私です。
そんな訳で京佳さんの誕生日回。なお突貫工事の模様。
「なぁ、藤原。これは何なんだ?」
「まぁまぁ気にしないで」
「いや無理だから。あと何も見えないって怖いんだって」
「そこはごめんなさい。でも耐えて下さい」
「えぇ…」
現在京佳は、目隠しをされた状態で生徒会室のソファに座っていた。正確には座らせれていた。放課後になり生徒会室に向かっていた京佳だったのだが、生徒会室の扉前で、突然藤原に声をかけられた。
『京佳さん。何も聞かずにこのアイマスクをしてください』
意味がわからなかった。何故突然そんな事をされないといけないのか。しかし相手はあの藤原である。今までも意味がよくわからない奇行を沢山してきた。なので今回もそんな感じだろうと思い、京佳はアイマスクをした。
そしてアイマスクをした京佳の手を藤原がゆっくりと引き、生徒会室のソファに座らせれたのである。
「さて京佳さん!突然ですが問題です!」
「本当に突然だな」
「1, 16,16,12,5=リンゴと読みます!では8, 1, 16,16,25,2,9,18,20,8,4,1,25=では何て読むでしょうか!?お答えください!!」
「何だって?」
未だに意味がわからない状態でいる京佳に、藤原がいきなり問題を提出してくる。しかもクイズではなく謎解き。
「すまない。もう1回頼む」
「1, 16,16,12,5でリンゴと読みます!では8, 1, 16,16,25,2,9,18,20,8,4,1,25では何て読むでしょうか!?お答えください!!」
「……できれば紙に書き残したいな」
考える京佳。どうやら数字が何かの言葉になるらしい。ヒントは最初に言ったリンゴだろう。
「因みに制限時間は?」
「特にはありませんよ~」
「そうか。なら少し時間をくれ」
「はい~」
制限時間が無いのでゆっくり考える事ができる。京佳は1度足を組んでから考える。
(リンゴは3文字。言った数字は5文字。文字数が合わないから直接その数字でリンゴとは読まないんだろう。ならば何かに訳しなおすのか?ローマ字とか?)
どうあっても数字をリンゴとは読めない。ならば何か法則がある筈である。なので京佳は数字を別の何かに置き換える事にした。
(ローマ字…動物…果物…国名…人名…英語…英語?)
色々考えていや京佳だったが、先程の数字をアルファベット順に置き換えるという事を閃いた。
(そうだ!数字をアルファベットにして、それをAから数えて行けば、最初の数字はアップル!リンゴになる!)
つまり、A=1。B=2。といった事である。という方法で、先ほどの数字を置き換えると、
(h、a、pp、y、b、i、r、t、h、d、a、y…ハッピーバースデー?)
Happy Birthdayとなる。
「答えは、ハッピーバースデーか?」
「そうです!さぁ!アイマスクを取ってください!」
藤原に言われ、装着していたアイマスクを取る京佳。
「京佳さん!お誕生日おめでとうございます~!!」
「立花先輩!おめでとうございます!」
すると藤原や伊井野が、クラッカーを鳴らしながら祝福の言葉を述べた。周りには同じようにクラッカーを鳴らす白銀、かぐや、石上もいる。更に机の上にはチョコレートケーキがひとつ。その上にはデフォルメされている、砂糖菓子で作られた京佳もいる。
「えっと、これは?」
「本日が京佳さんのお誕生日だと聞いてたので、こうして皆でお祝いする事にしたんですよ~。因みに私が計画しました!」
11月11日。この日は京佳の誕生日。それを知った藤原は、生徒会の皆でお祝いをしようと言い、こうして生徒会室で誕生日を祝う事となったのだ。
「おめでとう、立花」
「おめでとうございます。立花さん」
「先輩、おめでとうございます」
藤原たちに続き、白銀達も京佳に祝福の言葉を贈る。
「ふふ、ありがとう皆」
突然の出来事に、少しだけ泣きそうになる京佳。それだけ、祝われるのが嬉しいのだ。
「では、先ずはロウソクの火を消すところからですね。直ぐにこのチャッカマンで火を点けるので少々お待ちを」
「あの藤原さん。それなんですが、流石に学校内で火を使うのはダメなんで、ロウソク消しは無しですよ?やるにしても真似だけです」
「ええーーー!?」
誕生日の定番と言えばロウソウ消しだ。しかしここは学校。調理室ならいざ知れず、生徒会室では流石に火気厳禁である。何かの拍子で火事になる可能性も0では無い。
「ダメなんですか!?誕生日といったらロウソウ消しじゃないですか!?」
「確かに藤原の言う事もわかるが、流石にここで火はなぁ…」
「藤原、私は気にしてないからいいよ」
「うう~~。本日の主役の京佳さんがそう言うなら仕方ありません…。チャッカマン使いたかったのに…」
(ひょっとして藤原さん、ロウソクに火を点けたかっただけじゃ?)
かぐやは藤原の目的を何となく察したが口にしなかった。今はそんな事より誕生日を祝う事である。
「じゃあ、真似だけでもするか…」
京佳が火の点いていないロウソウが刺さったケーキに顔を近づける。
「ふぅー…」
そして火を消すふりをする。
「では改めて。京佳さん、お誕生日おめでとうございます~!」
藤原が拍手をしながらそう言うと、周りにいた生徒会メンバーも拍手をする。
「ああ。本当にありがとう皆」
京佳は嬉しそうな表情で、その拍手を受け入れた。
「ところで、このケーキはどこで?」
「これは私とかぐやさん、そしてミコちゃんによる手作りですよ~」
「手作り!?」
「そうだったのか!?」
「マジっすか!?」
「ケーキはそこまで難しくはありませんよ」
「ですね~。スポンジ焼いてチョコ塗るだけですし」
生徒会のメンバーは今、京佳の誕生日ケーキを切り分けて食べている。そしてこのケーキはかぐや達の手作りとの事。それを聞いた京佳たちは驚いた。
だってかなり作りこまれているケーキである。京佳も料理はできるが、こんなケーキを作ることは出来ない。
「凄いな。これだけのものを作るなんて」
「えへへ~。かぐやさんのおうちで頑張ったんですよ~。京佳さんに美味しいケーキを食べてほしくて」
「そうですね。立花先輩にはお世話になっているので、私も頑張りました!」
(伊井野さんは殆ど試食係でしたけどね)
ケーキ作っていた時、基本ちゃんと3人で作っていたのだが、試食の時だけ伊井野がかなり食べていた。それこそ1人で8号のケーキを食べれそうな勢いで。この小さい体のどこにあれだけの量が収まるのか本当に謎である。
「ケーキを作れる女子っていいですよね」
「だな。男の理想だよ」
ケーキを食べながら、石上と白銀がそんな会話をする。実際男にとって、ケーキを作れる女子というものは理想像のひとつだ。
(ケーキか。これ程凝ったものは作った事なんてないが、今度練習してみようかな?)
それを聞いた京佳は、今度目の前にあるようなケーキ作りに挑戦してみる事にした。
「ふぅ。本当に美味しかった。ありがとう皆」
「いえいえ~」
ケーキを食べ終わった6人。今はコーヒーや紅茶を飲みながら一息ついている。
「さて、それではプレゼントタイムと行きましょう!」
が、藤原はそんな暇など与えないとばかりに事を次に続ける。それは誕生日のメイン、誕生日プレゼントだ。
「ケーキだけじゃなくてプレゼントまであるのか?」
「勿論です!誕生日プレゼントの無い誕生日なんて誕生日じゃありませんから!」
手作りのケーキを作って貰っただけでも嬉しい事なのに、誕生日プレゼントまである事に京佳は驚く。そして藤原の言葉を聞いた白銀達は、それぞれプレゼントを用意する。
「では、先ずは私から」
トップバッターはかぐやだ。かぐやは手にしていた箱を京佳に渡す。
「改めて、お誕生日おめでとうございます立花さん」
「ありがとう四宮。開けてもいいかな?」
「勿論です」
京佳はかぐやから受け取った箱を開ける。
「これは、ボディソープ?」
「はい。同性の私から見ても、立花さんは非常に綺麗な肌をしていますので。これは某有名メーカーの品で、肌の汚れを完璧に落とす事が出来るんですよ。どうかこれでその肌の綺麗さを保ってください」
かぐやが京佳にプレゼントしたのはボディソープだった。しかもかなり高いやつ。
「ありがとう四宮。さっそく今日のお風呂で使うよ」
「ええ。そうしてください」
京佳は嬉しそうにかぐやにお礼を言う。
「次は僕が」
今度は石上だ。石上が京佳に送ったプレゼントは、
「何だこれ?枕?」
「マッサージ器です」
枕の様な形をしているマッサージ器だった。
「正直何を送ればいいか悩みました。僕、異性に誕生日プレゼント送った事とか無いんで。もしいらないって思ったら遠慮なく言って下さい」
「いやそんな事言わないよ。でもどうしてこれを?」
「前に立花先輩が肩が凝っているって言ってたのを思い出したので」
それは七夕での事だ。なお、京佳が肩が凝っている原因は胸である。
「成程。ありがとう石上。大切に使うよ」
「どうしたしまして」
京佳が嬉しそうに受け取ってくれたのを見て石上はほっとしていた。初めて異性に送った誕生日プレゼントだったので、不安でいっぱいだったのだ。
「次は私です!」
3番目は伊井野。この中では1番京佳との付き合いが短い彼女が送ったものは、
「立花先輩には、この眼帯をプレゼントします!」
「え?」
京佳のトレードマークともいえる眼帯だった。
「これは通気性が良いので蒸れる事がありません。しかも丈夫で軽いので雑に扱っても大丈夫。更に水洗いも可能です。どうぞ!!」
「あ、ありがとう伊井野」
まさか眼帯をプレゼントされるとは思わず驚く京佳。しかし伊井野も真剣に考えてプレゼントをしてくれたのだろうと思い、ややひきつった笑顔で受け取る。
「流石にここでは付けないけど、後で付けてみるよ」
「はい!」
その後、伊井野から貰った眼帯を付けたら本当に通気性が良くて蒸れなかった。なお後になって京佳も知るのだが、伊井野がプレゼントした眼帯は1万円するらしい。
因みに普段京佳が使っているのは、高くても2千円くらいである。
「じゃあ次は私ですね~」
4番目は藤原。その両手には大きな袋があった。
「どうぞです京佳さん!」
「ありがとう藤原。開けても?」
「はい!勿論です!」
大きな袋を受け取った京佳はそれを開ける。すると中から大きな耳が見える。
「ぬいぐるみ?」
「はい!くまさんのぬいぐるみです!」
藤原からのプレゼントはくまのぬいぐるみだった。それも大きさが30cmはある。
「やっぱり女の子にはぬいぐるみが1番って思いまして。部屋に飾るなり一緒に寝るなり好きに使って下さい!」
「……なぁ藤原」
「はい?」
「何でこのぬいぐるみ全身に包帯巻いているんだ?」
そして何故か全身に重体を負った人みたく包帯を巻いていた。しかも片手には松葉杖。正直少し怖い。
「なんかそのぬいぐるみ、地方のマイナーなキャラクターらしいんですよね。何度怪我しても立ち会がるっていうのがコンセプトの。だから包帯巻いているんですって」
「な、成程…」
流石藤原と言うべきか。他のメンバーのように普通のプレゼントは渡さなかった。だがこれも彼女なりの善意である。少し狂気を感じるデザインだが、京佳はきちんと受け取った。
でも部屋に飾るのはやめる事にした。怖いから。
「あれ、かわいい…」
「は!?」
そして伊井野はそのぬいぐるみを見て可愛いと言っていた。石上は普通に引いた。
「じゃあ、最後は俺だな」
トリは白銀。京佳にとっても、1番楽しみにしている番だ。
「どうぞ、立花」
白銀が京佳にプレゼントしたのは、青い財布だった。
「財布?」
「立花の財布って、口の部分が少し緩くなっているって前に言っていただろう?財布は日ごろから使うものだし、これが1番だと思ったんだ。まぁあんまり高いものじゃないが」
白銀の言う通り、京佳の財布は口の部分のファスナーが少し緩んでいた。これではいつ壊れるかわからない。なので近いうちに財布を買い替えようと思っていたのだ。つまり白銀のこのプレゼントは、まさに最高のタイミングである。
「これはいいな。前のより丈夫そうだし。ありがとう白銀」
「おう」
笑顔で白銀にお礼を言う京佳。とても嬉しそうである。
(本当に嬉しい!白銀からこんな良いプレゼント貰えるなんて!この財布は絶対に大切に使おう!)
でも内心では飛び跳ねそうなくらい凄く喜んでいた。好きな人から貰えたプレゼント。しかも今の自分が1番欲しかった財布。これを嬉しがらない人などいないだろう。勿論白銀からだけではなく、全員のプレゼントが嬉しいが。
「あと、これは圭ちゃんから」
「圭から?」
「本当は直接渡したかったらしいんだが、今日ちょっと用事があるから」
白銀は妹である圭からのプレゼントを京佳に渡す。それはハンドクリームだった。
「お誕生日おめでとうございますだってさ」
「そうか。後で圭にお礼の電話しておくよ」
京佳は夜、圭に電話をしようと決める。
「皆。本当にありがとう。全部大切に使うよ」
京佳は改めて全員にお礼を言う。
(今年は本当に、最高の誕生日だな)
去年は他校に通う幼馴染と母親、そして白銀の3人からプレゼントを貰ったが、今年はそれの比じゃないくらい沢山のプレゼントを貰った。京佳はそれが本当に嬉しかった。童心に帰った気分でさえある。
(今日は良い夢見れそうだ)
こうして京佳の誕生日は最高のものとなったのだった。
「ところで立花。どうやってその量持って帰るんだ?」
「…………どうしよう?」
その後、かぐやに送って貰う事で事なきを得た京佳だった。
「それで、どうでしたかぐや様?」
「成功よ。ところで会長は?」
「立花さんのお誕生日を祝った後、そのままビル清掃のバイトへと向かいました」
「そう」
四宮家別邸のかぐやの部屋では、かぐやと早坂が話をしていた。内容は、本日行われた京佳の誕生日についてである。
「にしても、態々こんな事する必要ありましたか?」
「あくまでも念のためよ。それに、立花さんを祝いたいって気持ちは本当だし。こっちの方が祝われた方も色々と嬉しいものでしょ?」
「まぁそれは」
何やら意味深は会話が続く。
実は本日の京佳の誕生日、計画したのは藤原なのだが、それを仕向けたのはかぐやなのだ。
藤原と話している時に京佳の誕生日の事を話し、それを聞いた藤原は京佳の誕生日を祝いたいと言い出す。結果、こうして誕生日を祝う事となったのだ。態々そんな事をした理由はひとつ。
「別に白銀会長の方から立花さんと2人っきりで誕生日を祝いたいなんて言い出さないと思いますが」
「だから念のためだって」
京佳に白銀だけから誕生日を祝わせたくなかったからである。勿論これはあくまで可能性の話だ。そもそも今の白銀に、女子と2人きりで誕生日を祝う事なんで不可能だろう。
だが、もし京佳と白銀が2人きりで誕生日を祝い、それがきっかけで2人が付き合い出すようになったら目も当てられない。
故にかぐやは『生徒会の皆で祝いたい』という大義名分の名の元に、それを阻止する事を計画。その結果が放課後の出来事である。
「もう1度言うけどね早坂。私自身、立花さんを祝いたいって気持ちは本当なのよ?彼女は私が認めた友人なんだから」
「そうですか……はぁ」
「ため息やめなさい」
無論かぐやとて、友人と認めている京佳の誕生日を祝いたいという気持ちは本物である。だがどうしても最悪の可能性を頭から消す事が出来ず、こんな事をしちゃっているのだ。
「ま、立花さんも喜んでいたし、この話はもうおしまいよ」
「わかりました。それでは私はこれで」
「ええ。おやすみなさい早坂」
理由はどうあれ、京佳を祝えた事に不満なんて無い。早坂もこれ以上この話をしてもしょうがないと思い、話を続けるのをやめた。
そして早坂はかぐやの部屋から出て行き、そのまま別邸内の自室へと行くのだった。
「……」
自室へとたどり着いた早坂は、机の引きだしを開けて綺麗に包装されている箱を取り出す。
「はぁ…」
それは京佳への誕生日プレゼントだ。友人なら、このプレゼントを京佳へと渡すべきなのだろう。しかし今の早坂は、それが出来ずにいた。
何故なら、早坂にとって京佳はスパイ対象だからだ。
主人であるかぐやと同じ人を好きになっている京佳。そんな京佳に近づき、色々情報を探り、それをかぐやの作戦へと役立てる。最も、あまり役にたっていないが。
「ほんと、どーしよこれ…」
友人として渡すべきか、スパイ対象にこれ以上親しくしないとするべきか悩む早坂。
結局答えは出ず、早坂は早めに就寝するのだった。
最後の方はとっさの思いつきで書いたんで後で編集するかも。
そろそろお話進めないといけないね。
次回も頑張りたい。
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立花京佳と取材
そして今更マスメディア部初登場回。もっと早く登場させればよかったけど、すまない。作者が存在そのものを忘れていただけなんです。
「立花さん、本日は我々の取材を受けて下さってありがとうございます」
「本日はよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ」
この日、京佳はマスメディア部による取材を受ける為、マスメディア部の部室へ来ていた。取材内容は今度の学校新聞に載るらしい。よって、下手な事は言えない。もしここで下手な事を言ってしまえば、それは生徒会の、ひいては白銀の評判を落とす事になりかねない。
なので京佳はしっかりと取材の受け答えが出来る様、取材が決まった数日前から語彙力に関する本を読んだり、眞妃から受け答えのアドバイスを貰ったりして勉強をした。
(にしても何でこの時期に、それも私なんだ?)
しかし、この話が自分に来た時から、京佳にはある疑問があった。それは、どうして自分が取材を受けているのかと言う事だ。こういった取材は普通、生徒会長である白銀が受けるべきなのではという疑問。
最初こそ、白銀が忙しいので代わりに自分が受けていると思っていたのだが、マスメディア部は最初から京佳を指名してきた。それに、既に新しい生徒会が発足してから2ヵ月近くが経過している。それなのに今更取材。わからない事だらけである。
(わからない…そもそも私庶務だぞ?)
生徒会長の白銀でもなく、副会長のかぐやでもなく庶務の自分。京佳にはそれがわからない。
(だがまぁ、受ける以上はしっかりとしないとな)
しかしいつまでもその疑問を考えている訳にもいかず、京佳は取材を受けるべき切り替えるのだった。
「先ずは、生徒会ではどのようなお仕事を?」
マスメディア部である紀かれんが、京佳に質問を開始する。手には取材用と思しきノートとペン。
「私は庶務なので基本的には雑務ですね。資料のコピーや整理。備品の管理。部活動予算のデータ入力。後は生徒会室の掃除もやっています」
取材という事もあり、敬語で受け答えをする京佳。
「成程。そういった仕事をする事で生徒会の業務が円滑に進むようにしているんですのね?」
「ええ、そうですね。大切な仕事です」
庶務という役職は地味で目立たない役職である。しかし、組織を回す上で欠かせない役職なのだ。他の生徒会役員が自分の仕事に打ち込める様にサポートしたり、更に誰でも出来るけど地味に面倒な仕事をしたりもする。
こういった人がいる事で、生徒会は円滑に仕事を進める事が出来ている。
「では次に、今の生徒会をどう思っていますか?」
「非常に良い生徒会だと思ってます。これ程多忙なのに、ミスらしいミスをする事も無く仕事をこなしていき、その上であらゆる生徒からの様々な要望にも応えていく。過去にも優秀な生徒会は存在したでしょうが、これ程優秀な生徒会はいなかっただろうと思っています」
「成程。本当に優秀な人が集まっている生徒会なのですね」
「はい」
秀知院学園の生徒会は非常に多忙だ。過去には、その多忙さに耐え切れず生徒会から逃げ出す生徒もいたという。だが今の生徒会で逃げ出す人などいない。それもこれも、白銀の人徳あっての事だろう。良きリーダーというものは、皆が付いていきたくなる人の事を言う。
そして白銀は、それに見事に当てはまっているのだ。最も、白銀本人はそんな事全く思っていないだろうが。
「次の質問ですが、白銀生徒会長の事はどう思っていますか?」
かれんの質問に少しだけドキリとした京佳だったが、それを顔に出す事なく答える。
「とても優秀で優しい人だと思います。それに人格者でもある。彼ほど生徒会長、並びにリーダーに相応しい人はいないでしょう」
「それは、前々期生徒会長よりも?」
「はい」
「まぁ」
京佳ははっきりと答えた。それを聞いたかれんは思わず声を出す。
「そういえば、立花さんは1年生の頃に白銀会長と共に生徒会に所属していましたよね?」
「はい。その時の生徒会長に白銀会長と一緒に誘われまして」
1年生の頃、白銀以外に親しい人がいなかった京佳に声をかけたのが前生徒会長だ。そして生徒会に勧誘し、京佳と白銀は共に生徒会で仕事に励んだのだ。
「……一緒に?」
「はい」
「……白銀会長と一緒に?」
「えっと、そうですが、何か?」
どうもかれんの様子がおかしい。京佳もそれを感じたのか、かれんに訪ねてしまう。
「因みにですが、白銀会長と知り合ったのはいつから?」
「入学して直ぐですね。入学式の翌日のお昼休みに、一緒に昼食を食べた事がきっかけです」
「一緒に…お昼…」
驚愕の事実。京佳はかぐやより、白銀と一緒にいる日々が多かった。それはつまり、漫画でいう幼馴染。そして漫画の幼馴染というものは、大体ヒロインのライバルなのだ。それもとても強力な。
実は紀かれんは、白銀×かぐやのカップリング中毒者なのだ。それも重度の。
2人の事を妄想して書いた漫画の数は10冊以上あり、今尚その数を増やし続けている。そんなカプ厨であるかれんにとって、今の話は許容できないものだった。
今のかれんには、目の前にいる京佳が2人の間を引き裂こうとしている悪魔に見えている。先程まで、かれんにとって京佳は白銀とかぐやの共通の友人。それ以上の関係など無いと思っていたのだが、認識を色々と改める事にした。
なお、藤原の事は魅力的な当て馬だと思っている。
(そんなの、絶対にダメですわ!!)
白銀の相手はかぐやでなければいけない。これは世界が決めた運命であり、変えようのない事実だ。しかし目の前の悪魔をどうにかするには情報が足りない。ここはもっと情報を集めなくては。そしていつの日か、この悪魔をどうにかしようと決める。そう思い、かれんは京佳に更に踏み込んだ質問をしようとするのだった。
「え、えっと!では「はいかれん!少し落ち着いて!?」むぐ!?」
が、隣にいた巨瀬エリカが突然かれんの口を手で閉じて落ち着かせる。そしてかれんを立ち上がらせて、後ろにあった椅子に座らせた。流石にこれ以上はマズイ。このままでは、マスメディア部の信用が地に落ちかねない。そう思ったエリカはかれんを落ち着かせる為深呼吸を促す。
「落ち着いて!今変こと聞くつもりだったでしょ!?」
「で、ですが!このままではかぐや様と白銀会長の仲が…!幼馴染に白銀会長が!」
「どういう事!?意味わかんないから!?兎に角1度深呼吸!!」
何やらこそこそと話す2人。そんな2人を、京佳は黙って見つめていた。
「ここからは私が質問しますね」
「それは構わないが、大丈夫なのか?」
「大丈夫です。偶にある事なので」
「えぇー…」
かれんが座っていた椅子に、今度はエリカが座る。後ろの方では、かれんが何度も深呼吸をしている。そんなかれんの事をほっといて、エリカは京佳に取材をするのだった。
「では神聖なるかぐや様…じゃなくて生徒会副会長の四宮かぐやさんの事はどう思っていますか?」
何か変な事が聞こえた気がするが気のせいだと思う事にして、京佳は質問に答える。
「とても聡明で素晴らしい人だと思います。成績も凄くて運動神経も抜群。それに女の私から見ても美しい人かと。ああいう人を容姿端麗と言うのでしょうね」
これは一応、京佳がかぐやに対して思っている事だ。実際、京佳は容姿ではかぐやに勝てないと思っている。自分は身長180cmのデカ女。それに顔には物騒な眼帯をしている。
しかしかぐやは、まるで人形の様なかわいらしさと美しさをもっている。これは京佳には無いものだ。
「わかります!かぐや様って本当に美しい人ですよね!!」
「え?」
突然、目の前にいるエリカが声を荒げて立ち上がる。
「あの黒くて美しい長い髪!全てを見通している鋭い目!宝石のような白い肌!そして背中には天使の翼!」
「天使の翼!?」
「ああ、もしかぐや様が目の前にいたら、私はそのまま天に昇ってもいいです…えへへへへ…」
(なにこの子…怖い…)
突然のエリカの言動に恐怖を感じる京佳。幽霊以外でこんな恐怖を感じたのは、悪酔いした母親が包丁でジャグリングをした時以来である。
実は巨瀬エリカは、四宮かぐや信者なのだ。それも狂信的な。
かぐやに対する愛が強すぎてラブレターを何通も書いているし、お金と伝手さえあれば銅像や神殿を建てたいと思ってもいる。率直に言ってやばい人だ。
「んん!!失礼、持病の発作が…」
「持病…?」
エリカは冷静さを取り戻したが、既に遅い。この時点で、京佳のエリカに対する評価は『突然変な事を言い危ない人』になっている。最早挽回は不可能だろう。
「では次の質問ですが、生徒会の皆さんとプライベートではどんな風に?」
何事も無かったかのように取材を続けるエリカ。正直逃げたい京佳だったが、受けた取材を途中で放棄したとなると生徒会の評価が下がるかもしれないと思い踏みとどまった。
「そうですね。プライベートでも仲良くしていますよ。例えば今年の夏休みには生徒会の皆で遊園地に遊びに行きましたし」
「遊園地!?」
「え、ええ。あと夏休みの最後の週には花火大会にも」
「花火大会!?」
「……」
京佳、口を閉じる。エリカは口を開けて涎をたらしそうになる。
「かぐやしゃま…花火大会って事は浴衣姿…?えへへへ…。あ、あの…写真とかは?」
「……一応あるが」
「お願いします。見せて下さいませんか?いくらでも払いますので」
「いや普通に見せるから」
土下座しそうな勢いのエリカにたじろいだ京佳は、スマホを取り出し花火大会の時の写真を見せた。
「はぅ!?」
エリカの目に飛び込んできたのは、浴衣姿のかぐやがりんご飴を持っている写真。エリカにとってそれは爆弾だった。だって似合っているとかそんな問題じゃない。最早一種の宗教画だ。
「か、か、か、かかかか!かぐや、かぐやしゃまの!浴衣ーーー!?」
そして写真を見たエリカはそのままぶっ倒れた。しかも顔面から。
「え゛」
京佳、固まる。まさか写真を見せただけで倒れるとは思っていなかったからだ。しかも倒れたエリカは実に幸せそうな顔をしている。京佳は知る由もないが、今のエリカは所謂尊死に近い状態だ。
「あの、ちょっと?」
「申し訳ありません立花さん。この子偶にこうなるんです」
深呼吸をして、冷静さを取り戻したかれんが京佳に話しかける。
「大丈夫なのか?」
「ええ。数分もすれば元通りになるので」
とりあえず、顔面から倒れたエリカの事はほっといてよさそうだ。
「それと取材はこれで終了で良いですよ。十分にお話は聞けましたので」
(あれで?)
凡そ一般的な取材とは思えなかったが、マスメディア部的にはこれでいいらしい。
「では、私はもう帰ってもいいのかな?」
「ええ、そうですわね。お疲れ様でした。本日は本当にありがとうございました」
京佳に頭を下げるかれん。それを見た京佳はそ、そのままマスメディア部の部室を出ようとした。
が、その時、
バサッ
「ん?」
何かが床に落ちる音がして。音がした方を京佳が見てみると、そこには1冊のノートが開かれていた。そしてそのノートには、
「は?」
何故か上半身裸の白銀と、Yシャツしか身に纏っていないかぐやの絵が描かれていた。しかも2人は向かい立って抱き合うように体を密着させている。そして台詞コマには『今夜は寝かせないぞ』と書かれていた。
「ち、違うんですのよ?これはですね趣味で、あ!いや!趣味でも無くて心の栄養源と言いますか、えーっとつまりですね!」
聞いてもいないのに、突然しどろもどろになりながら喋り出すかれん。額には汗も浮かんでいる。実は落ちているノートに書かれているものは、かれんが書いていた『ナマモノ』という題材の自作漫画である。内容は、白銀とかぐやの恋愛物語。
だがあくまで隠れて書いている事なので、誰かの見られたくない物でもあった。が、偶々片付け忘れていた1冊が、運悪くこうして見られてしまったのだ。何とか弁明をするが、うまく出来ない。
そしてそれを見てしまった京佳は、
「えっと…何も…見てないから…」
とだけ言って、マスメディア部の部室から出て行こうとした。かれんの様子でこの漫画を描いたのが誰かを察したからだ。この時かれんが何も言わなければ、何とかなったかもしれない。
「……本当に誰にも言わないでください」
「言わないよ…というか言えないよ…」
こんな事言える訳がない。そう言うと京佳は、部室から出て行った。
(とりあえず、さっきの事は全部忘れよう…)
そして先ほどあった出来事を忘れる事としたのだった。ついでに今後、可能な限りマスメディア部の取材は受けないと決めた。
「それでかれん。どう思う?」
京佳が出て行って30分後のマスメディア部の部室。そこでは尊死から復活したエリカが、かれんに質問をしていた。
「そうですわね。現段階では白でしょうか?」
「やっぱりそうだよね。まぁ踏み込んだ質問をしてないってのはあるけど」
何やら妙な会話をする2人。ここで、どうしてマスメディア部が京佳に取材をしたのか説明しよう。事の発端は、少し前に2人の共通の友人である渚から聞いた話である。
それは『夏休みに、白銀と京佳がプールに2人きりで遊びに行っていた』というものだ。
最初にそれを聞いたかれんは、何かの間違いだと思った。しかし渚は本当だと言う。白銀×かぐやしか認めないかれんにとって、それは到底許されない出来事。そこで取材という事にして、京佳から直接話を聞く事にしたのだ。
結果は、決定的な証言は取れなかったが、とりあえず今は白という事にした。なお、仮に証言が取れてもそれを記事にするつもりはなかったりする。秀知院のマスメディア部は、清く正しくなのだから。
「まぁあれですわ。ある程度仲の良い友人であるのなら一緒にプールに遊びに行くことくらいあるでしょう」
「いや、流石にそれは…あるのかな?」
かれんは2人は別に恋仲では無いと結論を出した。現に、2人が恋仲であるという噂は全く聞かない。聞いた事あるのは、例のプールでの出来事だけである。これだけならば、確かにそう捉える事も可能かもしれない。
「さて、では早速記事の作成に取り掛かりましょう」
「そうだね。さっさと作っちゃおうか」
そして先程の取材を元に、学校新聞の作成に取り掛かるのだった。
数日後、発行された学校新聞には『今の生徒会は皆最高!』という旨の記事が載っていた。なお、かぐやの事を京佳が凄く褒めている内容だったので、その日だけかぐやは京佳に優しくした。
マスメディア部の2人って、こんな子達でよかったっけ?
次回も頑張りたいと思う。
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白銀御行とアニメ化
そして久しぶりにちゃんとした日曜日投稿できたよ。毎週これならいいのにね。
「さーて、木曜日のお楽しみタイム~」
「石上、今週は桃缶やってるか?」
「やってますよ」
「よかった。しかしこの作者、3ヵ月に1回は休載するけど大丈夫かな?やっぱり漫画家って睡眠不足とかヤバイのかな?」
「いや単行本作業で休載とかありますから。てか3ヵ月に1回のペースで病気患う人は余生を大事に過ごすべきでしょ」
木曜日。それは石上と白銀にとってのお楽しみ日である。理由は今石上が持っている雑誌『ミドルジャンプ』の発売日だからだ。
白銀は経済的理由でこういった週刊雑誌を買う事はできないので、いつも石上に借りて読んでいる。石上も、漫画の話が出来る人がいると嬉しいので快く貸している。
「ん?何だこれ?灰色シンデレラ?」
「それ読みましたけどマジで面白いですよ。レースものの漫画なんですけど、本当に熱いんですよ。キャラも可愛いですし」
「ほう。なら後で読むか。今は巻頭カラーの桃缶を」
気になる漫画があったが、今は何時も読んでいるラヴコメの漫画が読みたい白銀。なのでさっそくお目当ての漫画を読もうとする。
そしてページを開いて驚いた。
「え!!桃缶アニメ化すんの!?」
お目当ての漫画がアニメ化するからだ。因みに桃缶というのは、パンツもポロリも出さない欠点ラブコメと言われている漫画なのだが、地味に人気を出していき、この度アニメ化する流れとなったのだ。
「おいおい石上!来たなこれ!?喜んでいいよな!?」
「まぁ、一概に喜べませんけどね~」
「めっちゃいい笑顔!!」
アニメ化。それはあらゆる漫画読者にとっての重大ニュース。例えばバトル漫画であれば、数ページのバトルシーンが数十秒の音の付いた動くバトルシーンへなったりする。それに、普段は動かない絵が動くのだ。それも声が付いた状態で。そうすればその漫画の面白さは数十倍まで跳ね上がる事がある。これを喜ばないファンはあまりいない。
「何時からだ?すげー楽しみなんだけど」
「まぁ早くても来年とかだと思いますよ。こういうのって、発表しても数か月は準備とかありますんで」
「そうなのか。でも読んでる漫画がアニメ化って初めての事だから楽しみなんだよな」
「わかります。ワクワクはしますよね。でも、少し心配なところもあるんですよ」
「心配?何がだ?」
「昔の話なんですけど、当時僕が本当に好きだった漫画がアニメ化したんです。その時は本当に嬉しかったんですけど、ようやくアニメが放送されて観てみたら、出来が酷くて…」
「え?」
「声は原作のイメージと全く違うし、主人公の性格は改変されるし、作画もまるで紙芝居みたいで。マジでなんでこんな出来でアニメ化なんてしたんだよって叫びたかったですよ」
「……そこまでなのか」
「はい。しかもそのアニメ、アニメ制作会社が原作者に碌に情報を回していなかったんですよ。だから原作者もブチ切れてて。そのせいでほぼ打ち切りみたいな感じで原作漫画も終わっちゃったんです。今でもアニメ好きな人の界隈で語られる有名な事件ですよ」
アニメ化談義に花を咲かせる2人。そんな時、生徒会室に女子がやってきた。
「こんにちわー」
「随分楽しそうだな、2人共」
「一体何の話をしているんですか?」
やってきたのは藤原、京佳、かぐやの3人。それを見て、白銀は考える。
(どうする?話すべきか?でも少しオタっぽい話だしなぁ…)
それは今の話をするかどうかという事だ。漫画のアニメ化という話は、漫画が好きな人からはそこまでないが、そうでもない人からは嫌煙されやすい。
世の中には『高校生にもなって漫画を読むなんてどうかしている』と言う人もいるくらいだ。
(まぁ、こっちにはオタク歴が長い石上がいるし、こんな時のいなし方も知っているだろう。心配はいらないか)
だが白銀の隣には石上がいる。彼ならば、こんな時どうすればいいかの対処法も知っていると思い、白銀は話す事にした。
「俺達が読んでる漫画がアニメ化するんだよ」
「へぇ~、それでそんなに嬉しそうなんですか」
「いやまぁ、嬉しいっていったら嬉しいがそこまでは…」
本当はもの凄く嬉しいのだが、少しだけ言葉を濁す白銀。
「でもまぁ、好きな漫画がアニメ化するってなれば、なぁ石上?」
とりあえず賛同者を増やす為に石上に声をかけた。しかし、
「いや、僕は観ませんけど?」
「!?」
石上は賛同しなかった。突然の裏切り行為に白銀は焦る。
「お、お前!さっきは楽しみだって!!」
「か、会長に合わせたんですよ!僕はただのゲーム好きなだけであって別にオタクじゃありませんので!!」
実は石上は、周りに極力オタクだと知られたくないタイプだった。理由は前に、同じクラスの小野寺に『へー、こういうの好きなんだー』と言われたのが原因。
別に咎められた訳では無いのだが、謎の後ろめたさを感じてしまう。故に、可能な限りオタクである事を知られたくないのだ。
最も、既に見た目で『オタクっぽい』と周りから思われているので完全に無駄な努力なのだが。
「へぇ~。会長ってアニメオタクだったんですね~」
「!?」
藤原の1言が胸に刺さる白銀。思春期の男子にとって、この台詞は辛い。かなり辛い。そもそも白銀はオタクでは無い。ただ、桃缶のアニメが楽しみなだけである。
「いや、マジでそういうんじゃなくて…」
「別に隠さなくてもいいじゃないですか~。変わった趣味のひとつやふたつ誰だってありますって~」
何とか弁明したい白銀だったが藤原は聞く耳を持たない。
(どうする!ここで全部話すか!?それとも隠すか!?)
望んでもないのに、オープンタイプのオタクでいくか、隠れオタクで行くかの選択肢が白銀に用意された。
(もしここで、四宮と立花にオタクだと思われたら…!)
―――――
『あら、会長って現実の女性より架空の女性の方が好きなんですね』
『別に私はそういう趣味を否定はしないが、そうか』
『『お可愛い事』』
―――――
(きっつ!?マジできっつい!?)
とっさに思った事だが、想像以上にきつくて白銀は吐きそうになる。
(成程。石上が隠そうとしたのも頷ける。これはキツイ。でもなぁ、俺できれば2人には可能な限り隠し事ってしたくないんだよなぁ。どうしよう…)
白銀は基本的に素直で誠実な人間だ。そんな彼は、親しい相手には隠し事などをしたくないと思っている。出来ればありのままの自分で2人に接したい。
「会長!質問があります!」
「え?何だ藤原」
白銀が悩んでいると、突然藤原が手を挙げながら質問をしてきた。
「TG部の皆って、かなりのアニメオタクなんですね。なのでこの前、一緒に皆がオススメするアニメを見たんですけど、どうも腑に落ちなくって」
質問の内容はアニメに関する事らしい。
「萌えっていうんですか?どうして登場キャラ皆目が大きくて小学生みたいな顔立ちしてるんですか?」
「……」
「なのに何で胸は大きいんですか?」
「……」
「そして何でめっちゃ高い猫なで声なんですか?あとどうして頭に変なアクセサリーつけてるんですか?」
「鏡見た事ねーのかよ…いやマジでさ…」
藤原の怒涛の質問に、石上が静かにキレた。誰しも『お前に言われたくない』と思う質問だったからだ。なんせ今の特徴、ぜーんぶ藤原に当てはまるからである。まさにブーメランだ。
「それだけじゃありません!会長、ちょっとその漫画雑誌貸して下さい」
「あ、ああ」
石上の買ったミドルジャンプを手に取り、ページをパラパラとめくる藤原。
「これです!これも気になります!」
そしてあるページを指さして言うのだった。
「前に少しだけ読んだ漫画ですけど、何でこの子は眼帯なんてしてるんですか!?しかもこんなに小さい子が背中に身長より大きな剣を持ってるなんておかしいでしょ!片目でこの背丈じゃどう考えたって振れませんよこれ!」
それは10代前半くらいの少女が主人公の漫画だ。藤原の言う通り、彼女は身の丈以上の大きな剣を背中に背負い、右目には大きな眼帯。確かに藤原の言う通り、剣を振るえるとは思えない。
「いや、その子は漫画の設定上そんな感じなのであって」
「設定上ならこんなに小さい子が剣を振るえるのも納得できるっていうんですか!?それにこんな物騒な眼帯してるのに初対面の人から良い子認定されるのっておかしいでしょう!普通怖がりますよ!」
見た目は非常に大事だ。例え中身が聖人君主でも、見た目が悪逆非道だったら大抵の人は見た目で判断する。藤原がそこが納得できないのだ。
「おい、藤原。その言い方はダメだろう…」
「え?何でですか?」
「後ろ見ろ」
「はい?」
白銀に言われ、後ろを振り向く藤原。するとそこには、
「そうだよな…普通怖いよな…こんな眼帯している子なんて…」
落ち込んでいる京佳がいた。
「あぁ!違います!別に京佳さんの事を言っている訳じゃありませんから!!」
慌てる藤原。今藤原が疑問に思った事は、京佳に当てはまってしまう。そして京佳は、自分の見た目を非常に気にしている。そんな彼女にとって、今の藤原の発言はかなりクルものがあったのだ。
「藤原、今すぐ謝れ」
「そうですね藤原さん。謝った方がいいですよ。あと自分の発言が人を傷つけるかもしれないという事を理解してください」
「ごめんなさい京佳さん!本当にごめんなさい!私京佳さんの事を怖いと思ってなんていませんから!!」
白銀とかぐやに言われ速攻で京佳に謝罪する藤原。因みにだが藤原は最初、京佳の見た目を怖がっていた。無論、この場でそれを口にするつもりは無いが。
「……ほんとうに?」
「勿論です!」
「……わかった」
藤原の謝罪が届いたのか、京佳は立ち直った。
「ところで、アニメオタクって何ですか?アニメが好きな人の略称とか?」
そんな時、かぐやも質問をしてくる。結構世間知らずなかぐやは、アニメオタクという単語を知らなかったようだ。
「えーっとだな、アニメオタクっていうのは「アニメオタクっていうのはですね、年下の子を母親扱いしたり、アニメのキャラクターを勝手に自分の奥さん認定して結婚しようとする人達の事ですよ~」藤原ぁぁぁぁぁ!?」
「!?」
白銀が説明をしようとしたのだが、藤原が先に、それもかなり誤解されそうな言い方でかぐやに説明をしてしまった。決して間違ってはいないのだが、その言い方はダメでしかない。
そしてそれを聞いたかぐやは思わず後ずさりをする。顔もひきつっていた。
(やばいやばいやばい!このままじゃ四宮からは間違いなく軽蔑される!なんとかしないと!!)
必死で打開策を考える白銀。そんな白銀に天よりの助けが入る。
「藤原。その言い方はかなり偏見と誤解があるぞ」
「え?」
それは京佳だった。
「でもTG部の子もそんな事言ってましたよー?」
「それはあくまでもノリだよ。例えば、ヘビーメタル系のバンドとかのライヴで『一緒に地獄へ行ってくれるかー!?』って掛け声に『行ってやるよー!!』って答える観客がいたりするだろ。でも実際に地獄に行く訳じゃないじゃない。要はあれと一緒だよ。本気で言っている訳じゃないさ」
(よく言った立花ぁぁぁぁぁ!!)
京佳の台詞は、まさに天よりの助けだった。先程まで地獄の様な心情だった白銀に、明るく温かい光が差した瞬間である。
「まぁ、確かに本気でそう思っている人はいるだろうが、それはごく少数だよ。アニメ好きという人が全員そういった人達じゃないよ」
(マジでありがとう!本当にありがとう立花!)
白銀は京佳に心から感謝をする。あのままでは、言われも無い印象をかぐやに与えるところだった。だが京佳のおかげでそれは回避できそうである。
「随分と詳しいみたいですけど、もしかして京佳さんもアニメオタクですか?」
しかし藤原、ここで京佳にそんな質問を投げつける。
「いや特にそういう訳じゃないよ。でも私のいとこがアニメが大好きなんだ。それで会った時に熱弁されるんだよ。よく言われるのが、さっき藤原が言っていた人と同じにしないで欲しいというやつだ」
京佳はいとこのおかげで、アニメ文化にかなり理解がある子だった。仮に白銀の趣味がアニメでも、私生活に影響さえ出なければ全然かまわないと思えるくらいに。そしていとこのおかげで、そういう人とそうでない人との区別も出来る子だった。
「へー、そんなんですねー」
興味がないのか、藤原の返事はどこかそっけない。
「ところで会長…会長は立花さんが言っていた、少数の側なんでしょうか?所謂、アニメキャラと結婚していと思っている…」
一方かぐやは白銀に質問をする。その目は、どこか怯えている様にも見えた。そのかぐやの質問に、白銀には2つの選択肢が用意される。オープンか、隠れるか。
「はは、まさか。そんな訳ないだろう。だって架空の人物だぞ」
そして白銀はガチガチに隠れる方を選んだ。
「そもそも絵だぞ絵!絵にそんな感情向けるなんておかしいだろう!俺そういう気持ち悪い人じゃないからな!」
隠れる為、結構酷い言い方をする白銀。
「そうですか…気持ち悪いですか…」
「あ」
そしてそれを聞いた石上はもの凄くへこんでいた。
「会長は優しいから、ずっと僕に合わせてくれてたんですね…」
「いや、その…」
「嬉しかったんだけどな…漫画の話できる人がいてくれて…」
「ちょ、ちょっと待って…」
「モモちゃんめっちゃかわええ!!って言っていたのも嘘なんですね!会長は優しい嘘つきだ!」
「嘘じゃねーよ!!」
裏切られたと思い、遂に泣き出した石上をなだめる白銀。
「俺ちゃんとマジでモモちゃん可愛いって思ってるから!」
「もう誰も信じられません…」
「信じてくれ!俺を信じてくれ石上!」
だが石上は全然泣き止まない。それどころか人間不信になりかけている。
「会長は本気で、アニメキャラと結婚したいと思っていると…?」
「うわー。会長って少数のそっち側なんですね…普通に引きます…」
「し、白銀。私は別に大丈夫だぞ?その、趣味の範囲であればだけど…」
そして女子3人はそんな白銀を見て明らかに引いていた。アニメ文化に寛容な藤原と京佳でさえである。
「あーもう!!ちょっと全員そこに座れ!!」
「え?」
「そこに正座しろ!今すぐにだ!!」
『は、はい!』
白銀、どうしようもない状況にキレる。ほぼ逆ギレだが。そしてそんな白銀の剣幕に押され、4人はそのまま生徒会室の床に横1列に並んで正座する。
「そもそもだ!俺マトモにアニメとか観た事ねーんだからオタクも何もねーだろう!つーか何!?アニメ観てたらそれだけでオタクなのか!?オタクの定義を教えろよ!!」
定義とか言い出す辺りはオタクっぽかったが、誰もそれを口にしなかった。言えば火に油になるだろうから。
「でも、アニメ好きならオタクじゃないんですか?」
「じゃあ藤原は好きなアニメとかねーのか!?」
「いやそりゃ、ジ〇リとかは全作品何回も観てるくらいには好きですけど」
「はいオタクゥーーー!!」
「えぇ…」
藤原の逆に質問を返し、その答えにオタク認定する白銀。普段の白銀ならこんな事言わないししないだろうが、今の白銀は色々といっぱいいっぱいなのでこうなっている。
「次四宮!好きなアニメは何だ!!」
「えーっと、赤〇のア〇とか」
「古い作品を挙げる奴が1番マニアック!オタク!!」
かぐやもオタク認定された。
「石上はどうだ!!」
「君の〇は」
「何でお前ちょっと女子受けいいの選んでるんだ!1周回ってオタクだオタク!!」
石上は既に認定されているのも関わらずオタク認定された。
「最後立花!お前が好きなアニメは!!」
「前に偶々見た宇〇より遠い〇所とか?」
「聞いた事も無い作品言う奴は問答無用でオタクだ!!」
京佳もオタク認定される。これで伊井野以外の生徒会役員は全員オタクとなった。
「何故アニメオタクに上下を付ける!!」
「いや、別に上下なんて…」
「何故いがみ合う!!何故信じあえない!!」
「す、すみません…」
「別に好きな漫画がアニメ化するのを喜んでもおかしくはないよな!?」
「は、はい!おかしくないです!」
白銀はもの凄い剣幕で、何処からか取り出した竹刀で生徒会室の床を叩きながら4人に説教を始めていた。絵面だけ見たら昭和である。
そして正座している4人は、特に言い返す事も出来ずただただ白銀の説教を受けていた。
「じゃあ喜べ!」
「え?えーっと、アニメ化ばんざーい?」
「もっと大きいな声で!!」
「あ、アニメ化ばんざーーい」
「腹から声を出せ!!」
『アニメ化ばんざーーーい!!』
「まだまだーー!!」
遂に何故かアニメ化を無理矢理祝福す流れとなった。
「あ、新手の宗教…?」
そんな光景を、生徒会室の扉から隠れて見ていた伊井野は1人で恐怖していた。
その後、生徒会室でこの手の話題はしないと説教を受けていた4人は心に誓うのだった。
没バージョン
「最後立花!お前が好きなアニメは!!」
「前に偶々見たガン〇レイヴとか?」
「聞いた事も無い作品言う奴は問答無用でオタクだ!!」
流石に無いなって思ったので変更しました。
因みに作者が1番好きな作品はガ〇パンです。
あと、作者には下に妹がいるのですが、妹は漫画に興味を示せない側の子です。鬼〇とか流行っていた時も『これの何が面白いの?』と言う感じの。
単純に興味が沸かないから説明しても理解が出来ない。というか理解をしようとしない。まぁ、そんな子もいるよねってだけのお話。
最後に、活動報告にちょっとしたアンケートみたいな事書いてあるので、よろしければそちらもお願いします。
次回もよろしくお願いします。
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四宮かぐやと勉強
もっと文才が欲しい。あとできればお金も。
四宮家別邸 かぐやの部屋
「……」
部屋ではかぐやが机に向かい、1人で勉強をしていた。秀知院ではもうすぐ、2学期の期末テストがある。いくら天才のかぐやでも、全く勉強せずに高順位を取れる訳じゃない。こうしてテスト前はしっかりと勉強をする。
「……」
しかし今勉強中のかぐやは、あまり勉強に集中できていなかった。理由は、最近買ったスマホである。
遂にスマホを買い、生徒会の皆と気軽に連絡がとりあえず様になったかぐや。勉強する時も何時連絡が来ても良いように、机の上にスマホ置いている。すると当然、気になるのだ。
「……」
いつメッセージが来るかもと思うと気になり、勉強に集中できない。そして来たら来たらで、頭の中が勉強モードから返信モードへと切り替わる。結果として、かぐやは勉強に集中が出来ずにいた。
(石上くんは大丈夫かしら…?)
しかし、今のかぐやが集中できていない理由はそれだけでは無い。実は今、かぐやは石上に勉強を教えている。
事の発端は数日前の出来事だ。
数日前
「死ね死ねビーーーム!!!」
「突然何!?」
「どうした石上!?」
生徒会室では、突然石上が訳の変わらない事を言い出していた。そんな石上にビックリしたかぐやと京佳は、手にしていた資料を思わず床に落とす。
「何ですかそれ…?」
「カップルが別れる呪いの言葉です」
「あ、死ぬ要素は無いんだな。少し安心した」
石上が言い出した『死ね死ねビーム』。本人曰く、カップルが別れる言葉らしいが、要は妬みだ。そんな言葉を、先ほどまで生徒会室にやってきていた柏木、田沼ペアの2人に食らわせていたのである。
「そもそもです!学生は勉強するべきでしょう!なのにあんなにイチャイチャして!不健全ですよ不健全!!」
「石上。ゲームやりながら言っても説得力が無いぞ」
ゲーム機片手に言っても説得力皆無である。
「石上くんは恋人とか作る気は無いのかしら?」
「そうですね。僕は所謂絶食系男子なんで」
「え?何それ?」
「簡単に言うと、恋愛に全く興味を示さない男子の事です。最初から恋人を作る気が無いとか、趣味にしか興味が無いとか、周りに『恋人とか作れば?』と言われてもあっさり流すとか。そんな男子の事をそう言うんですよ」
絶食系男子。
それは恋愛に全くと言っていい程、興味を示さない男子の総称だ。ここ数年で、その数をかなり増やしているという。また、絶食系男子になるきっかけとして、過去に酷いフラれ方をしたというのがある。そのせいで恋愛にトラウマを持ち、次第に興味を失っていく。他にも様々な理由はあるが、ここでは省略しよう。
「へぇ。そんな人達がいるのね。それで、石上くんはその絶食系だと」
「はい。僕はこうしてゲームで遊んだり、生徒会で仕事したりで満足ですよ。恋愛なんてする必要がありません。というか興味がありませんし」
「それにしては、さっき柏木さん達に死ね死ねビームとか言っていたじゃない」
「それはそれです。興味は無くても、目の前でイチャイチャしてたらムカつきますもん」
(わかるわ。それは本当にわかるわ)
かぐやは石上に同意した。もしも、目の前で白銀と京佳がイチャイチャしていたら絶対にムカツクし。2人がそんな会話をしていた時、
「失礼しますーす!文化祭の出店資料を持ってきましたー!」
元気な声で生徒会室の扉を開ける人がやってきた。彼女の名前は子安つばめ。秀知院の3年生で新体操部に所属しており、非常に恵まれた容姿をしている。京佳程の身長こそ無いものの、出ているところは出ていてひっこむべきところは引っ込んでいる。そんな女生徒。その容姿や明るい性格のおかげで、男子からはかなり人気が高い。
そんな彼女を見た石上は、
「つ、つ、つ、つばめ先輩!?」
顔を赤くし、言葉がどもっていた。そんな石上を見たかぐやと京佳は、瞬時に察した。
「どどどどど、どうしてこここに!?」
「だから資料を持ってきたんだってー。はい、かぐやちゃんに京佳ちゃん!」
そう言いながら、かぐやと京佳に資料を渡すつばめ。
「うちらね、新体操と演劇を混ぜた舞台をやりたいんだ。できれば時間を良い時間帯にしてもらいたくて」
「成程。検討はしておきます」
「あ、そうだ。優くんも生徒会だったよね。媚うっとこ!」
そしていきなり石上に後ろから抱き着いて、頭を撫で始める。
「~~~!?」
石上は声にならない声を出して更に顔を赤くした。
「じゃあね3人共!」
資料を渡し、石上に媚を売ったつばめはそそくさと生徒会室を後にする。残ったのは、つばめからの資料を手にしているかぐやと京佳。未だに顔を赤くしている石上の3人。
「へぇ…そういう事ですか」
「ふふふ、成程な」
「何がですか先輩方。何か変な勘違いしてませんか?」
ニヤニヤとした顔で石上を見るかぐや。石上は顔をゲーム機に向けたままゲームを再開する。
「さっきは絶食系男子とか言ってたけど、石上くんは彼女が好きなんでしょう?」
「違いますって。急に来たからびっくりしただけです」
「びっくりしただけならあんな反応しないぞ」
石上は否定するが、そんな嘘なぞ2人にはお見通しだ。というか、直前にあんな反応しておいてこの嘘が通る訳がない。
「そうですか。変な事言ってごめんなさい。なんせ彼女に熱を上げる男子はかなりいると聞いていたので」
「そうなのか?というか先ほどの先輩は誰だ?」
「あら。立花さんは知りませんでしたか。子安つばめ。3年生で新体操部所属。誰にでも分け隔てなく接するので男女共に人気がとても高いんですよ」
因みに京佳は、女子からの人気ががくやの次に高かったりする。
「まぁあれだけ人気がある人ですから、ほぼ確実に恋人くらいいるでしょう。よかったわね石上くん。下手に好きになって告白してフラれなくて」
煽る様に石上に喋る続けるかぐや。そして石上は、
「死ね死ねビーム…死ね死ねビーム…」
自分の右手で銃の形を作ってこめかみに当てながら呪いの言葉を吐き出した。
「何してるのやめなさい石上くん!」
「落ち着け石上!あと普通に怖いからそれ!」
「離してください!死なせて下さい!」
「さっきカップルが別れる呪い言葉って言ってたでしょ!それじゃ死にませんから!」
暴れる石上を必死で抑えるかぐやと京佳。
「全く。好きでもなければそんな反応しないでしょう」
「……」
何とか落ち着いた石上にかぐやはそう言い放つ。流石の石上も認めたのか、口をつむぐ。
「なぁ石上。よければ聞かせてくれないか?話せば少しは楽になるだろうし」
「そうですね。ため込むのはよくないわよ?」
純粋に後輩を心配しているというのもあるが、後輩の恋愛事情を聞いてみたいというのが2人の本音だ。藤原程では無いが、2人もそういった話が好きなのだ。実際、目が少しニヤついているし。
「きっかけは、応援団の時です。最初は、応援団の空気をよくするために僕に話しかけているって思ってたんですけど、つばめ先輩はそんなんじゃないって気が付いたんです。素でそうだっていうか、しっかりと優しい人だったんです。それに気が付いたら、なんかこう…」
「あらあら。可愛いわね」
「いいじゃないか」
石上の話に興味津々な2人。なんともほほえましい話だ。
「でもわかってます。これが無謀な恋って事くらい。なんせ相手は高根の花どころか雲の上の存在。僕みたいな底辺のなんにも取り柄の無い人には手が届かないどころか、話しかける権利すらありません。せいぜい、相手が話しかけてきたらそれだけで嬉しいって思えるくらいです。いいんですよ。最初から諦めていますし」
だが石上は、この恋心を成就させる気が無いらしい。確かに、今の石上とつばめが恋仲になる事などありえない。石上の言う通り、あまりに釣り合わない。
それだけではない。石上はこれまでに人生で、あまり成功してきた事がないのだ。彼の人生は失敗の連続。何かをしてもどうせまた失敗すると思いこんでいる。
そんな石上を見たかぐやと京佳は、
「石上くん。どんな手を使ってでも子安つばめを落としなさい」
「そうだ石上。最初から諦めるな。あらゆる手段を使ってその恋を成就させろ」
石上を奮い立たせるのだった。
「は!?いやいや無理ですって!ペンギンが空を飛ぶくらい無理難題ですって!」
「どんな事にも絶対無理なんてないわ」
「全くだ。可能性は0に近いだけで0じゃない。それにペンギンは大昔は空を飛んでいたらしいぞ」
「そうなんですか!?」
京佳の突然のトリビアにびっくりする石上。
「いいこと石上くん。私からみたら、今の貴方は傷つく事恐れている臆病者よ。今の関係が壊れたらどうしよう。告白して降られたらどうしよう。そういった気持ちはわかるわ。でもね、告白しなきゃどこまでもズルズルいくだけよ?」
「四宮の言う通りだ。告白するのが怖いのはわかる。でもな、好きになった相手が別の誰かと恋仲になったりしたら、あの時行動しておけばよかったって絶対に後悔するぞ。もっと早く行動を起こしておけばよかったとも。少なくとも私はそんなのごめんだな」
かぐやと京佳は心の籠った台詞を口にした。特にかぐやは今年1番心が籠っていた。
「勇気を出しなさい」
「勇気ですか…」
2人に言われ、石上は少しだけ前に進む事にした。
「一応、もし自分が告白したらってどうすればいいかってのは考えています。その中で1番成功率が高いのも」
「成功率が高い告白!?」
「そんなのあるのか!?」
石上の発言興味を惹かれる2人。
「えっと、一応どんなのか聞いておこうかしら。ねぇ立花さん?」
「そ、そうだな。念のため聞いておいた方がいいだろうな」
そしてその成功率が高い告白とやらを聞く事にした。
「えっとですね、ウルトラロマンティック作戦って奴なんですど…」
石上の言うウルトラロマンティック作戦。その内容は、つばめの机の上に毎日花を添える。月曜日はアガパンサス。火曜日に苺。水曜日に芍薬。木曜日はテッポウウリ。そして金曜日にルピナス。
そららを花の頭文字を揃えると『ア・イ・シ・テ・ル』となるというもの。それを聞いたかぐやと京佳は、
「「気色悪い…」」
ドン引きしていた。恐らくこれで嬉しがったりするのは伊井野だけだろう。
「えっと、そんなに?」
「普通に嫌よそんなの。私今鳥肌凄いもの…」
「もし私がそんな事されたら絶対に怖がるぞ…」
「えっと、アウトギリギリセーフを狙ったんですけど…」
「アウトよ」
「アウトだよ」
石上的にはギリギリセーフでも、女子2人からしたら完全にアウトだった。だって普通に気色悪い。思考がストーカーのそれである。
「じゃ、じゃあ!こういうのは!?」
次に石上が提案したのはアルバム作戦。自分のアルバムをつばめにプレゼントし、その中に『これからは一緒にアルバムを作っていこう』というメッセージカードを挟んでおくというもの。
「これなら大丈夫でしょう!?」
「気色が悪いって言っているでしょう!!」
「野球でいうなら頭直撃のデットボールだよ!!」
思わず声を荒げる2人。さっきより気色悪さが増している。というか最早ホラーである。
「まぁわかったわ。石上くんの欠点は持ち前の気持ち悪さね。そもそも、風変りの人が風変りな事をしたら常軌を逸してしまうのよ?」
「落ち着け四宮。気持ちはわかるが少し抑えるんだ」
「気持ちはわかるんですね…」
これでも結構頑張って考えた作戦なのに全否定である。2人の反応に石上は泣きそうになった。
「石上くん。貴方は先ず誰もが振り向く良い男を目指しなさい」
「そうだな。奇抜な事をせず、素直に告白をする方がいい。なら先ずは子安先輩に相応しい男になれ」
とりあえず、変な事をせずに正面から行かせようとする2人。その為にも、先ずは男を磨かせようと思うのだった。
「良い男。相応しい男ですか。まずその定義を教えてください」
「とりあえずそう言う事は言わない人ね」
「じゃあ四宮先輩の言う良い男ってどんな人ですか?」
ひねくれている石上はかぐやにそう質問をする。
「そうね。色々あるでしょうけど、先ずは勉強が出来る人かしら。あとはそう、優しい人ね」
「会長みたいな?」
「ん゛ーーー!!まぁそうねーーー!?別に私は会長の事を指してそう言った訳じゃありませんけどね!?一般論としてそうでしょって話なだけですし!?」
「わかってますって」
(あれで誤魔化せているもりだろうか?)
かぐやは顔を赤くしながら誤魔化す。石上は誤魔化せてたが、京佳にはバレバレだった。
「女性は力に惹かれるものです。財力、腕力、コミュ力。その中には同然知力も入っています。この人なら、自分とその子供を守ってくれる。そう感じた時に、この人と一緒になりたいって思え……別に私がそう思ってる訳じゃありませんけどね!?あくまで一般論ですからね!!」
「わかってますって」
かぐやは理想の男の事を話す。全部白銀の事であるが。この場にそれに気が付いているのは京佳だけだ。
「立花先輩はどうですか?」
次に石上は京佳にかぐやと同じ質問をする。
「私は偏見を持たない人だな。あとは好き嫌いが無い人とか」
「何か条件低くないですか?」
「そうでもないぞ。私はこんな見た目だし。今でも初対面の人には怖がられる。それに身長も高いだろう?殆どの男子は自分より身長の高い女子を嫌がるぞ」
「あー。それはまぁ…」
流石の石上の京佳のその辺の事情は突っ込めなかった。
「あとはそうだな。良い男の条件じゃないが、一緒にいて楽しい人じゃなくて、離れると寂しい人とかがいいな」
「え?一緒にいると楽しい人じゃなくて?」
「ああ。だって好きな人と一緒にいると楽しいのは当たり前だろう?だから離れると寂しいと思える人の方が、よりその人の事が好きだと感じられると思うんだ。まぁ祖母の受け売りだけどね」
「あー、成程。確かに言われてみれば」
(へぇ。そういう考え方もあるのね)
石上とかぐやは、京佳の持論になんか納得した。
「まぁ兎にも角にも、先ずは学力です。そうね、次の期末テスト、順位が張り出される50位圏内を目指しなさい。そうすれば皆があなたを見る目を変えるわ。勿論、子安つばめもね」
「そうだな。それがいいだろう。現状だとそれくらいしかできないし」
「でも僕、勉強があんまりできません。何かコツとかってありますか?」
「なら私が勉強を教えます」
「え?マジですか?」
「ええ。大マジです。不満ですか?」
「い、いえ!そんな訳ありません!」
少し恐怖を感じたが、石上にとってこれはまさに渡りに船。かぐやには前にも勉強を教えて貰っている。これならば、石上も教わりやすいだろう。
「それじゃあ私も「お待ちください立花さん」ん?」
そんなかぐやの行動を見て、京佳も教えようとしたのだが、かぐやから待ったがかかる。
「お気持ちは嬉しいですが、石上くんの勉強は私だけで大丈夫ですよ。そもそも同時に2人から勉強を教わるのは非効率ですし」
「ふむ、確かに。それじゃあ他の事を「いえ、それも私がします」え?」
「実は石上くんには少し借りがありまして。それを個人的にどうしても返したいんですよ。なので、石上くんの事は私に任せて下さい」
他の事で何か協力しようとした京佳だったが、それもかぐやに阻まれる。
「そうか。そういう事なら私は控えておくよ。石上、応援している。頑張ってくれ」
「は、はい!」
ここまでかぐやが言うのだ。それならば自分が踏み込むのも悪いと思った京佳は石上の恋は応援するけど、全て何かしらの手助けはしない事となった。
(借りってなんだっけ?)
一方、石上はかぐやの言う借りが何なのか気になって思い出そうとしたが、結局何も思い出せなかった。
(危ない危ない…)
石上に勉強を教える事となったかぐやは、少し安堵していた。先程、京佳も石上の恋の手助けをしようとしたのを拒んだのは、理由がある。
もしも、このまま自分と京佳の2人で石上の恋を応援し、色々と手助けしたとしよう。そうすれば少なくとも、現段階よりは石上の告白の可能性は上がるのは間違いない。何なら、本当につばめと恋仲になる事さえ可能だろう。
だが、その応援し手助けする中で、京佳が新たなアプローチ方法を覚えてしまうのではないかという不安があるのだ。もし本当にそうなったら、間違いなく京佳はそれを白銀相手に実戦するだろう。
(そうよ。そもそも勉強だって、相手に教えながら勉強するのが1番勉強になるじゃない。だったら、この機会に私も石上くんに教えながら色々学びましょう。何か掴めるかもしれませんし)
京佳に少しだけ悪いと思いつつも、これ以上京佳に先を越されたくないかぐやは、京佳の協力を拒んだのだ。
(さて、とりあえず、先ずは基礎から教えますか)
そしてかぐやは、その日の夜から石上に勉強を教えるのだった。
そんな事があったのが数日前。あれ以来、石上に勉強を教えたたり、石上のゲーム機を没収したり、寝ている時にスピーカーから英語を流させたりと色々した。そういった事もあり、今のかぐやは勉強に集中できないのだ。
無論、集中できない原因の殆どはスマホだが。
(これはいけませんね。少し休憩しますか…)
流石にこのままではいけないと思ったかぐやは、少し休憩を取る事にした。そして早坂にスマホで連絡をし、飲み物を持ってこさせた。
なおこの時、風呂に入っていた早坂は少しキレた。
「ふぅ。やっぱり紅茶が1番ね」
早坂に淹れて貰った紅茶を飲みながら一息つくかぐや。
「ところでかぐや様。白銀会長からメッセージとかきましたか?」
「……別に来てないわ。まぁ会長も勉強で忙しいのでしょう。別に気にしてないわ」
「手震えてますけど?」
早坂からの指摘に少し震えるかぐやだったが、紅茶のおかげでなんとかなった。
「1回くらい自分からメッセージしてみればいいじゃないですか」
「それはそうなんだけど、ほら。間違いなく会長は今勉強中よ?そんな会長にメッセージを送るなんて、空気が読めない女とか思われそうじゃない。あと普通に邪魔したくないし」
「まぁ、それは」
先日、白銀は特に勉強をしていないとか言っていたのが、そんな嘘はとっくにバレてる。白銀は努力の塊だ。そんな白銀であれば、間違いなくテスト勉強をしているだろう。
「ま、テストが終わったら1回くらい自分から何かメッセージは送ってみるわ。
多分」
「そこは多分って言わないでくださいよ」
覚悟を決めているはずのかぐやだが、未だにあとほんの少しができない。だが今まで全く前に進もうとしなかったかぐやからすれば随分成長しているだろう。前までなら『自分から連絡するなんてそれはもう告白じゃない!』とか言っていただろうし。
「さて、休憩も終わり。もう少しやるわ」
「わかりました。それでは」
紅茶を飲み終えたかぐやは再び問題集に向かって、問題を解く。それを見た早坂は、速足で部屋から出ていき、再び風呂に入るのだった。
同時刻 白銀家
ピコン
「ん?」
問題集を解いていた白銀。そんな彼のスマホから通知音が鳴る。白銀がスマホを取り画面を見ると、
『白銀へ。体調に気を付けて勉強頑張ってくれ』
というメッセージが表示されていた。相手は京佳である。それを見た白銀は、
『ありがとう。そっちも頑張れよ』
と返信した。
「よし。もうひと踏ん張り」
そして再び勉強をするのだった。
なお結局、白銀が寝たのは夜中の3時半である。
期末テスト当日
「生徒会の一員なんだから、決して赤点なんて取らないでよ」
「今回は大丈夫だって。ちゃんと勉強しているし」
「嘘ばっかり」
伊井野はどうせ何時もの嘘だと思い、その言葉を無視した。だが、今回の石上はマジである。本気の本気で上位を狙っている。あれほどかぐやに勉強を教えてもらったからではない。愛しの先輩に振りむいて貰いたいからではない。
『石上くんなら出来るわ』
その視線が、逃げようとする彼の心にのしかかったからだ。
(こんな僕なんかに期待してくれている人がいるんだ。だったら、その期待に応えたい!!)
こうして石上は、本気で上位50位以内を目指してテストを受けるのだった。
そして―――
「わかってましたけどね。自己採点した時点で、平均点より低いって事くらい」
「そう…悔しい?」
「いえ別に。こんなもんかなって…」
結果は惨敗。平均点にすらまるで届いていない。前回より20位くらいは順位が上がっているが、目標としていた上位50位以内には全く届いていない。
「あ、すみません。僕ちょっとトイレ行ってきます」
石上はかぐやにそう言うと、男子トイレへと向かった。
そして鏡の前で、悔しそうに拳を握った。
(本気でやった!本気でテストに挑んだ!でもこの結果!四宮先輩があそこまでしてくれて、立花先輩にも応援されたのに…!!)
目から血の涙が出そうなくらい悔しがる石上。
(立花先輩が言ってた通りだ!もっと前からしっかり行動しておけば、少なくとも平均点くらいは取れる基礎くらいはできていた筈!なのに!なのに!!)
「やっぱり悔しんじゃない」
「え?」
そんな石上に話しかける人物がいる。かぐやだ。
「いや四宮先輩!?ここ男子トイレ!!」
「関係ないわ。そんな事より聞きたい事がありますし」
男子トイレに普通に入ってくるかぐやに驚く石上だったが、かぐやの目は真剣だった。そして石上に説いた。
「石上くん。悔しい?」
「……」
「こんな結果で、悔しくないの?」
その問いに石上は、
「悔しいに決まってます!!」
大声でそう答えた。
「わざわざ言わなくてもわかるでしょう!?僕みたいな落ちこぼれでも、ちょっと良い点とれるって期待しましたよ!?でも僕はそういう人間じゃなかった!課題は見えました。なので…次こそは50位以内を目指します…」
後半はもう涙声だ。だがかぐやはその石上の覚悟をしっかりと受け止めた。
「言ったわね。なら次からは一切の手加減をしませんから」
「え?ちょっと待って下さい。あれで手加減していない?」
今までも半ば拷問の様な勉強だったが、かぐや的にはあれでも手加減しているらしい。石上は次のテスト勉強がとたんに怖くなった。
「でも、いいんですか?僕にばっかり勉強を教えていても。四宮先輩だって勉強しないといけないんじゃ」
「この程度で順位が落ちるなんてありませんから。あまり私をバカにしないで」
「マジっすか…凄いなぁ…」
かぐやは天才である。石上にテスト勉強を教えながら、自分の勉強もできるくらいには。そんなかぐやの発言に石上は普通に感心した。
「流石四宮先輩ですね。会長に次いで2位なだけはありますよ」
そして最後の最後でかぐやに言ってはいけない事を言ってしまった。
「あなたの勉強に付き合っていたせいよ!!」
「ええ!?」
「今回はもう少しだったのに!!あなたに使っていた時間を自分の勉強に使えていれば会長に勝てていたのに!!」
「あの、さっきと言っている事が…」
「嘘に決まっているでしょ!!それくらい気が付きなさいよ!!」
「はい!本当ごめんなさい!!本当にごめんなさい!!」
石上の前で地団駄を踏むかぐや。そんなかぐやに石上は必死で頭を下げた。
(一体どうしたんだ四宮は?)
そんな2人を、少し離れたところから京佳が見ているのだった。
そして同時刻、白銀と伊井野の2人は隠れて滅茶苦茶喜んでいた。
テスト結果
白銀 1位→1位
かぐや 2位→2位
藤原 57位→55位
京佳 8位→8位
伊井野 1位→1位
石上 177位→152位
早坂 60位→50位
眞妃 3位→3位
渚 7位→27位
翼 84位→34位
大仏 160位→151位
書いていませんが、早坂と藤原は相変わらず京佳さんに勉強を教わっています。
それにしても、やっぱりちょっと無理矢理京佳さん絡ませすぎたかな? 次回はもう少し自然に物語に絡ませた所存。
あと活動報告にもアンケートやってますので、よろしければそちらにもご意見お願いします。
次回も頑張るゾイ。
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四宮かぐやとDVD
あと今回石上くん出番無しです。
生徒会室
「本当に最悪です!!」
放課後の生徒会室。そこで伊井野は大声で叫んでいた。
「どうしたんですかミコちゃん。そんなに大声出して」
「聞いてくださいよ藤原先輩!!」
何事かと思った藤原が伊井野に質問すると、伊井野は鞄からある物を出した。
「何ですかこれ?DVD?」
それはプラスチック製のケースに入ったDVDだった。DVDそのものにタイトルは書かれておらず、恐らく個人で録画されたものだろう。
「これはついさっき、1年生から没収したDVDです」
「成程。つまりミコちゃんは学校に不必要な物を持ってきた人がいたから怒ってると」
藤原は何となく、伊井野が怒っている理由を察した。伊井野は風紀委員である。それもかなり堅物の。そんな彼女からしたら、学校にこういった物を持ってくるのは許せないのだ。現に石上はよくゲーム機を没収されている。
「確かにそれもありますけど、私が怒っているのはそれだけじゃありません!」
「え?他に何が?」
しかし伊井野は他にも怒っている理由があるようだ。
「このDVD、エッチはやつなんです!!」
「ええーーー!?」
伊井野が怒っている最大の理由。それは秀知院にエッチはDVDを持ってきている人がいた事だった。
「ほ、本当ですかミコちゃん!?」
「事実です!これを持っていた男子生徒は、このDVDを友達に貸す時に『激しい動きが凄くよかった』とか『夢中になって見ていた』とか言ってたんですよ!?学校にこんな汚らわしいもの持ってくるなんて信じられません!!」
何度も言うが、伊井野は真面目な風紀委員だ。そんな彼女は学校に持ってきてはいけない物に対してかなり厳しい。ほぼ毎日、誰かから何かを没収している。その度に恨みも買っているが。
「本当に最悪です!!ていうか最低ですよ!!本当にもう!!」
ギャイギャイと怒る伊井野。どうにも怒りが収まらない。
「ミコちゃん落ち着きましょう。はい、苺味の飴です」
「ん……あ、甘くて美味しい…」
見かねた藤原が伊井野の口に飴を突っ込む。すると伊井野は少しだけ大人しくなった。
「しかし、学校にそんな物を持ってくる生徒がいるとはな」
白銀はDVDを持ちながらそう言う。秀知院は国内有数の進学校である。そんな学校なのに、こういった物を持ってくる生徒がいた。それが少し以外だったのだ。
「だがまぁ、皆思春期なんだし、こういった物を持ってくる生徒がいるのも仕方ないのかもしれんな」
いくら国内有数の学校とはいえ、そこに通っているのは皆思春期の学生である。であれば、こういった物を持っている生徒がいるのも仕方ないだろう。そう思い白銀は納得したのだ。
「どこがですか!?」
しかし伊井野は全然納得できていなかった。
「どんな理由があってもこんな物を見ようとするなんておかしいでしょう!?こんな、こんなエッチな物持ってくるなんて!!」
「お、おう…」
先程まで落ち着いていたのに、再び怒り出す伊井野。どんな理由があっても、学校にこんな物を持ってくるのが許せない彼女。そんな伊井野の気迫に少し押される白銀。
(あ、あれが俗に言うア〇ルトDVD!?)
そんな中、かぐやは1人伊井野が没収したDVDが気になってしょうがなかった。実はかぐや、ほんの数か月前まで性的な事にとても疎かったのである。なんせ『愛するも者同士が結婚すれば、自然と子供が生まれている』と本気で信じていたくらいだ。
1学期に藤原から色々聞かされ、その後早坂に手伝わさせて勉強した結果『かぐやのかぐやに白銀の白銀をフュージョンしてファイアすれば子供が出来る』という事をやっと覚えた。
だがあくまで文面だけでである。実際にそういった事を映像で見た事なんて無い。これは早坂や志賀の判断のせいである。2人はもしかぐやにそういった映像を見せたら、間違いなく失神すると判断。よってかぐやにそういった映像を見せるのは、もう少し色々勉強してからと考えている。
(き、気になる!凄く気になる!)
だがその結果、かぐやはそういった映像にかなり興味津々となっていた。まるで思春期の中学生である。観てみたい。1度でいいからそういった映像を見てみたい。
(で、でも!もしそんな事を皆に知られてしまえば!)
終わるだろう。品行方正な自分のイメージが完全に崩れ去る。もしかすると、エロ女とか言われるかもしれない。そしてもしかしなくても、白銀にはドン引きされるだろう。
(落ち着くのよ私。こういう時は深呼吸を)
なのでかぐやは、観てみたいという欲求をグッと堪えようとする。そして深く深呼吸をするのだった。
(でも気になる!本当に気になる!!)
だがダメ。1度火が付いたこの観てみたいという欲求は止められない。1度だけ、1度だけでいいから観てみたい。でもそんな事を皆に知られたくない。
「落ち着け伊井野。あんまり叫ぶと疲れるだけだぞ」
「落ち着けませんよ!というか何で立花先輩はそんな感じなんですか!?こんなやらしい物持ってきている人に対してなんにも思わないんですか!?」
かぐやが1人で悶々としていると、京佳が伊井野を落ち着かせようとしていた、
「いや別に。というか普通だろこんなの」
「普通!?」
(え!?普通なの!?)
京佳の発言に驚く伊井野とかぐや。
「むしろ年ごろでこういうものに興味が無い子の方が気味悪くないか?それに男子なら猶更だろう」
京佳はこういった性的な事に興味があるのは仕方ない事だと思っていた。
「じゃ、じゃあ立花先輩も、こういうのに興味があるんですか?」
「まぁ人並には」
「あるんですか!?」
そしてそういった事を割と普通に言っちゃう子でもあった。
(そ、そうか…立花は結構そういう事に興味が…)
白銀は少しだけよからぬ事を考えた。
(普通!?普通なの!?というか何で立花さんはそんな事普通に言えるの!?そういった話って、もっとこう、大事な時じゃないと話ちゃいけないんじゃないの!?)
そしてかぐやは驚愕していた。かぐやにとってそういった話は、少なくともこういう皆がいる場でするべき話では無いという認識である。だが京佳はそういった話を普通にこの場でしている。その行いが、かぐやには信じれらなかった。
これはひとえに、京佳に兄がいたからだろう。まだ京佳の兄が家にいた頃、兄の部屋にそういったDVDがあった事を京佳は知っている。そして兄が、皆が寝静まった後にそれを観ていた事も。
そういった経験があったからこそ、京佳は年ごろの男子がこういうDVDを持っているのは仕方が無い事だと思い、理解を示していた。
(もしかして、私が可笑しいの?私もそういう話をした方がいいの?)
そんな事を知らないかぐやは、自分が可笑しいのではと思い始める。念のために言っておくと、女子でも男子がいる場でこういった話をする事が出来る女子はそれほどないない。これは京佳がちょっと特殊なだけである。故にかぐやの反応は別に間違っていない。
「ところでミコちゃん。他にも没収物あるっぽいですけど?」
「あ、はい。雑誌とかがあります」
藤原に聞かれ、鞄から雑誌を取り出す伊井野。
「げ、それは…」
その中には『恋バイブス』という雑誌もあった。それも観た白銀は少したじろぐ。なんせ1学期にこの雑誌が原因でちょっとした事件があったのだ。それ故、白銀は恋バイブスに対して少しだけ距離を取る。
「本当にどうしようもないですよ。こんな雑誌まで持ってくるなんて」
伊井野は未だに怒りが収まらない。
「『女子が好きなキス特集』?随分攻めた特集なんだな」
京佳は伊井野が出した雑誌を手に取りながらそう言う。確かに随分攻めている特集だ。
「えっと、首筋、頬、あとは胸。成程」
そして徐にその雑誌を読み始めた。
「な、なんで読んでいるんですか立花先輩!?」
また驚く伊井野。京佳が、男子がいるこの場でそんなやらしい雑誌を読み始めたからだ。
「いや、気になるから」
「だからって男の人がいるんですよ!?なんでそんな事するんですか!?」
白銀の方を見ながら伊井野は京佳に言う。
「うわー…こんなところにキスとかもするんですね…」
「藤原先輩!?」
しかしその指摘は藤原が京佳の隣から雑誌を読んでいる事で止められた。
「ほう…これは…」
「へぇー…成程成程…」
京佳と藤原の2人は雑誌を読み出し、集中している。藤原に至っては鼻血が出ている。
「お、おい?2人共?そろそろ…」
見かねた白銀が注意しようとする。
「ちょっと待てくれ白銀。せめてあと数ページ」
「そうです会長。あと少しだけ待っててください」
だが2人はそれを無視して雑誌を読み続ける。白銀もそれ以上何も言わなかった。
(すっげー気になる!!どんな事書いてるの!?ていうかどこに!?どこにキスしてんの!?)
というか白銀もその雑誌を凄く読みたがっていた。しかし生徒会長という立場と、この場でそんな事を言えば女子全員から引かれると思い我慢する事にした。そして自分の机で資料整理を始めるのだった。
「全くもう」
伊井野はプンプンと怒りながら京佳と藤原が座っているソファの後ろで風紀委員の日誌を読み始める。
(伊井野さん、すっごくチラチラ見てる…)
しかし伊井野は日誌を読みながらも2人が読んでいる雑誌をチラチラと見ていた。実は伊井野、かなりのムッツリスケベなのだ。以前にも同じ様な雑誌を没収した時、同じ風紀委員の大仏が帰った後に、1人でこっそり隅々まで熟読していた。建前上、有害か否かを確認する為として。品行方正な風紀委員が人前でそんな事できないが、誰もいなければ問題ないとして。因みに大仏には普通にバレている。
そして今日も、本音としては読んでみたいが風紀委員としても立場上それが出来ずにいるので、こうしてチラ見する事にしていた。本人は誰にも気が付かれていないと思っているが、2人の後ろで日誌を立ったまま読んだり、明らかにチラ見したりしていれば誰でも気づく。少なくともかぐやは気が付いている。
(うう。私も読んでみたい!でもこの場でそんなはしたない事言えない!!)
かぐやも本音ではその雑誌を読んでみたいが、流石に恥じらいが勝り読めずにいた。そして白銀と同じように資料整理を進めるのだった。
「さて、あとは鍵を掛けて帰りましょうかね」
暫くして、白銀はバイトへ。他のメンバーはそれぞれ帰宅した生徒会室。そこには鍵当番を任せられたかぐやだけがいた。本日の業務も終わり、後は鍵を掛けて帰宅するだけである。そしていざ帰宅しようとした時、机の上であるものを発見した。
「……」
それは伊井野が没収したDVDだった。伊井野は、没収したDVDをうっかり生徒会室に忘れて帰ってしまっていた。
この時、かぐやにある選択肢が出てきた。
即ち、このDVDを持って帰るか否か。
そしてかぐやは、
「……」
一切迷わずそのDVDを鞄へ押し込んだ。
(これはそう!生徒会副会長として、これが有害かどうか確認する為よ!断じて個人的欲求を満たす為では無いわ!!)
伊井野と同じような言い訳をしながら、かぐやは帰路に着く。
夜 かぐやの部屋
「で、いきなりどうしたんですか?ポータブルDVDプレイヤーを貸してくれって」
帰宅し、食事と風呂をすませたかぐやは、早速早坂にDVDを視聴できる機械を借りる事にした。因みに、かぐやは機械音痴なため、最初『ポータブルDVDプレイヤー』という名前が出てこなかった。早坂に聞いた時に出たのが『映像が見れる折りたためるやつ』である。そして早坂が持ってきた後、使い方を一通り習った。
「実はね、藤原さんから映画のDVDを借りたのよ。まぁ正確には無理やり貸されたんだけど。借りた以上はちゃんと観て感想を言わないといけないでしょう?だからよ」
「はぁ」
かぐやはとりあえず藤原に借りたということにした。これならば例え早坂にバレても『藤原だから』ですませる事が可能だ。
「そういう訳だから、今日はもう休んでいいわよ早坂。なんかこの映画は1人で見る方がいいらしいし」
「はぁ、そうですか。そういう事ならおやすみなさいませ、かぐや様」
「ええ。おやすみ」
早坂を早々に部屋から出して、かぐやは1度深呼吸。そして鞄から例のDVDを取り出し、それを慎重にポータブルDVDプレイヤーに入れた。
「あとはヘッドホンを装着してっと」
万が一にも音でバレない様に入念にヘッドホンを装備し、動作を確認。そして1度部屋の扉を開けて、廊下に誰もいない事を確認。その後、扉にしっかりと鍵を掛けて、ヘッドホンを装着。万が一に備えて水も用意。これで準備万全だ。
(これは確認作業!これは確認作業よ四宮かぐや!!)
自分に言い聞かせながら、かぐやはポータブルDVDプレイヤーの再生ボタンを押した。
(ああ!押しちゃった!再生ボタン押しちゃった!!)
ついそう思うかぐやだが、これでもう後戻りはできない。
(大丈夫!既に覚悟は決めているわ!さぁ!どんないやらしい作品でも来て見なさい!!)
そして遂に、映像が始まるのだった。
「………ん?]
かぐやは再生された映像に疑問符を受けべる。聞いた話によると、こういったDVDの始まりの部分は、インタビューから始まると聞いていたのに、映像には荒野が写っていたからだ。
(どういう事?聞いていた話と違いますね)
今度はトカゲが写った。だが普通のトカゲではなく頭が2つあるトカゲが。そして奥にはボサボサ頭の男が1人。
(もしかして、ドラマ仕立てなのかしら?そういうのもあると聞きましたし)
こういったDVDにはドラマの様な作品もあるという。ならばこのDVDもそうなのかもしれない。かぐやは続けて視聴をする。
『俺の名前はレックス。俺の世界は火と血で出来ている』
「……」
『俺に従えば、這い上がれる!!』
『うぉぉぉぉぉ!!』
「……」
『行先は、弾薬倉庫!そしてガソリン畑!!』
「……」
『V6!V6!V6!V6!』
「……」
『俺の女たちはどこだ!?』
(あ、これただの録画した映画だわ…)
視聴して20分。かぐやはこのDVDがやらしいDVDではなく、ただの映画だとわかった。
(なんかドっと疲れたわね…もう寝ましょう…)
期待していた内容と違い、急に疲れたかぐや。そしてもう寝ようとし、DVDプレイヤーを止めようとしたのだが、
『俺を見ろぉぉぉ!!』
「……」
『なんて最高な日だ!!』
「……」
映像から目が離せなくなっていた。
(面白いわねこれ…)
というか完全に見入っていた。先ず映像が綺麗。そして話も分かりやすい。最後にアクションシーンがド派手だ。こういった映画など観た事が無いかぐやにとって、その全てが刺激的で新しい体験だった。故にかぐやは見入っってしまったのだ。
(次はどうなるの?ええ!?人間ってそんなことまでできちゃうの!?)
かなり暴力的だったりセクシーな描写もある映画だったが、かぐやはその刺激的な映画のとっぷりとハマった。そして結局、最後までその映画を観たうえ、いくつかのシーンを巻き戻して観なおしたのだった。
翌日
「あ、あった!」
生徒会室では、伊井野が没収したDVDを見つけ安堵していた。
「よかった…没収したものを無くしたりしたら風紀委員として失格も良いところだったし…」
そして伊井野はそのDVDを手にして、風紀委員室へと足を運ぶのだった。
「あの、かぐやさん。何かありました?」
「どうしてですか?藤原さん」
「いえ、なんか雰囲気がいつもと違う感じがしたので」
生徒会室にいた藤原はかぐやに質問をする。何でか、今日のかぐやは雰囲気が違うからだ。どことなく、エネルギッシュな雰囲気が出ている。
「そうですね。強いて言えば、刺激的な体験を少し…」
「刺激的!?何ですかそれ!?詳しく!!」
「ふふ、内緒です」
「ええーーー!?」
かぐやは藤原にそう答えながら、生徒会の仕事をするのだった。
(刺激的な体験って何なの!?一体何をしたんだ四宮ぁぁぁ!?)
そして白銀は、かぐやの発言が気になって集中できずにいた。
ムッツリなかぐや様のお話。
そして京佳さんは割とそういったお話に寛容。でも勿論線引きはあります。
次回こそは少しでも展開を進めたい。
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四条眞妃と友達
まぁそんなものよね。
今回はマキちゃんのお話。
「それで、どうしたんだ突然…」
「うぐ…えぐ…」
随分と寒くなってきた11月の放課後の生徒会室。そこにはソファに座った京佳と、泣きじゃくっている四条眞妃がいた。
「あ、あのね…あのね京佳…えぶ!ふぐぅ…!!」
「あーもう。顔がグチャグチャじゃないか。それじゃ喋れないだろう。ほら、このティッシュでチーンてしろチーンって」
「う゛ん…!ずびーーー…」
話があると言い生徒会室にやってきた眞妃だったが、生徒会室に入った瞬間このありさまである。これではまともな話など出来る訳も無く、京佳は先ず眞妃を落ちるかせる事にした。
「少しは落ち着いたか?」
「うん。少しは…」
そのおかげか、眞妃は少しだけ落ち着きを取り戻す。これで会話くらいはできるだろう。
「それで、何があったんだ?」
「ええっとね、昨日の事なんだけどね…」
眞妃が京佳に話そうとした時、
「……うわぁぁぁぁぁん!!」
突然眞妃は大声で泣き出した。
(ええー…)
京佳も困惑。落ち着いたと思ったらこのざま。恐らく、今眞妃はその時の事を思い出したのだろう。これでは本当に話にならない。
(多分例の2人関係なんだろうが、今度は何したんだあの2人…)
眞妃の話の内容が、渚と翼の2人にあると当たりをつける京佳。というかそれ以外思いつかない。
(夏休みにもこんな光景見たなぁ…確か公園だったな)
京佳は夏休みに眞妃と出会った事を思い出していた。思えば、あの時もこんな風に眞妃は公園でわんわん泣いていた。
(あの後に朝子さんのりぼんに行って愚痴を聞いたなぁ…)
ほんの3ヵ月程前の出来事なのに、もう随分と前の出来事に感じる。具体的に言えば1年半前くらいに。
(まぁそんな事どうでもいい。今は眞妃をどうするかだ)
だが感傷に浸っている場合でもない。今優先すべき事は、眞妃をどうやって落ち着かせるかどうかだ。
(何か飲み物を淹れるべき?それとも甘い食べ物?でも今、丁度お茶菓子とか切らしているしなぁ…)
「うわぁぁぁん!うぐ!えっぐ!おえ…!」
(あ、これ今すぐ何とかしないと吐くな)
眞妃の状態がかなりマズイ事になっていると察する京佳。最早お茶を淹れる時間すらない。今すぐ何とかしないと、眞妃はこの場で色々リバースしてしまうだろう。このままでは眞妃の尊厳が危ない。
(そうだ!この手があった!)
そして京佳にある方法が思い浮かんだ。
「……」
生徒会室の前では白銀が隠れながら中の様子を伺っていた。
「何やってるんですか会長?」
明らかに怪しい動きに石上が後ろから声をかける。
「いやな、ちょっと説明がしづらい…見ればわかる…」
「んー?」
白銀に言われ、生徒会室の中を覗き見る石上。するとそこには、
「ひっく…ひく…」
「よしよし。大丈夫だよ眞妃。泣きたい時は、いっぱい泣いていいんだよ。我慢何てしなくて泣いていいんだ。私の膝の上で、好きなだけ泣いていいんだ」
「うん…ありがとう…」
四条眞妃がソファに座っている京佳に膝枕をされながら頭を撫でられていた。その光景は、まるで子供をあやす母親である。京佳が思いついた方法。それは膝枕と頭を撫でる事だ。京佳は自分が小さい頃、泣いてしまった時に母親がこうして慰めてくれたのを思い出した。そしてその結果、自分が泣き止んだことも。
それを思い出した京佳は即座に実行。その結果はご覧の通り。少なくとも、これで眞妃は吐く事はないだろう。泣き止むのにもう少し時間はかかるだろうが。
「何で四条は立花に膝枕されてんの?そしてどうして泣いてるの?いやまぁ、大体の原因わかるけどさ…」
「ですね。大方神の人…じゃなくて柏木先輩絡みで酷い事があったんでしょう。それは兎も角として、立花先輩凄いっすね。普通あんな事できませんよ。だって相手あのツンデレ先輩ですよ?」
「だな。本当に面倒見が良い奴だよ立花は」
何も知らない男子2人は、京佳の事を素直に褒める。というのもこの2人、眞妃とは既に色々と話し合っているのだ。そしてその結果、四条眞妃という女子生徒が非常に面倒な性格をしていると知った。尚、石上からは『古いタイプのツンデレ』と言われている。
だが急に可愛くなったりするので、眞妃からの相談を断る事が出来ず、稀に悩みを聞く事になってるのだ。
「ううう…ずび…」
「落ち着くまでずーっとこうしてあげるからな。だから焦らなくていいよ」
「うん…」
未だに男子2人に気が付いていない京佳は、今尚眞妃の頭を優しく撫でながら眞妃を落ち着かせている。そして眞妃はかなり落ち着きを取り戻していた。しかもその顔は、とても安らいでいる。眞妃は今なら熟睡できそうだと思っていた。
「……僕、今の立花先輩からもの凄いバブみを感じましたよ。正直少しだけオギャリたい気分です」
「ば、バブ?オギャ?何だそれ?」
「簡単に言うと母性を感じるって話です」
「あー成程。確かにな」
突然聞きなれない事を言った石上だったが、白銀にわかりやすく説明をした事で白銀も納得する。
(俺も1回あんな事されてみたい…)
というか同調していた。やはり白銀は、母性に飢えているようである。
「まぁそれはともかく、とりあえず話を聞きに行きましょう!」
「お前すっごいキラキラした顔でそんな事言うなよ…」
失恋話が大好きな石上は超まぶしい顔で眞妃に話を聞きに行こうと言い出し、2人は生徒会室へと入っていった。
「はぁー…染みるわー…」
「時計草のハーブティーにはアルカロイドなどの有効成分が入っているんです。鎮静作用、抗うつ作用、ヒステリーやノイローゼに効果があるみたいですよ」
「殴るわよ?」
石上の懇切丁寧な説明に眞妃は少しキレた。
「というか立花。お前四条と知り合いだったのか?」
「ああ。友達だよ」
「いつの間に…」
「夏休みの時に色々あってね。そういう白銀こそ、いつの間に眞妃と友達に?」
「あー…俺もちょっと色々あってな。すまんが詳しくは聞かんでくれ」
「わかった」
何時の間にか眞妃と交友関係を築いていた京佳に驚く白銀。クラスも違うし、部活動等の接点も無い。そんな京佳が一体何時交友関係を築いたのだろうと気になったのだ。
そして京佳も少し驚いていた。白銀の眞妃がクラスメイトなのは知ってたが、悩みを聞くほど仲が良かったのは知らなかったからである。だが白銀は京佳の質問の答えを濁した。あまり人に聞かせる内容でもない。京佳もそれ以上は何も聞かない事にした。
「それで四条先輩。今度はどうしたんですか?」
「別に深刻な悩みって訳じゃないのよ。男子視点で好きな朝食は何かっていうレベルの軽い内容よ。京佳もいいかしら?」
「まぁ、それくらいなら」
「構わないよ」
今度の眞妃の質問内容は軽い物らしい。3人は眞妃の悩みを聞く事にした。
「友情って人の苦しめるだけのものだと思わない?」
「その話の入りで軽いなんて事ねーだろ」
でも眞妃が話し出した瞬間、全然軽い悩みじゃないと確信する白銀。
「ほら。渚たちってボランティア部じゃない?あそこって部員数2人しかいないのよ。顧問からも部員数増やすようにって言われててね。そんな時、渚が私に入部してくれって言ってきたから入ったのよ」
「柏木先輩から彼氏を奪うチャンスじゃ無いっすか」
「馬鹿な事言わないで。渚とは幼等部からの幼馴染よ。そんな邪な思いで入部なんてする訳ないじゃない。純粋に困っている渚を助ける為に私は入部したのよ」
「やっぱり良い人だよなぁこのツンデレ先輩」
「誰がツンデレよ」
眞妃の話は確かな友情を感じるものだった。石上は眞妃のそのやさしさに関心する。
「なのにね、渚ったらね、私が気づいていないものと思って毎日毎日イチャイチャイチャイチャして!!この前なんて私が資料を纏めているその直ぐ後ろでキスしてたのよ!?」
「「「わあ…」」」
「自分たちの関原を見せつける為に私を入部させたんじゃないかって思うくらいよ…」
ここで納得する3人。確かにこれでは友情が人を苦しめるものだと言うのもわかる。というかあの2人は場所を選んで欲しい。
「私、何にも悪い事してないって思うのよ。なのにいきなり好きな人と親友を失った気分よ。昔『私達はずーっと友達だね!』ってゆびきりしたのにさー。所詮女の友情ってそんなものよね。男が入ればあっという間にヒビが入るんだから…」
「あの、ハーブティーおかわりいりますか?」
「うんおねがーい」
あまりに見て居られなくなった石上がハーブティーのおかわりを勧める。眞妃はそれを受け入れる。
(白銀に振られたら、私もこんな風になるのだろうか…)
石上が眞妃にハーブティーのおかわりを淹れている時、京佳は眞妃を見ながら思う。現在、京佳は白銀に好意を寄せている。しかし白銀はかぐやに好意を寄せている。これはまるで眞妃と渚、そして田沼の様だ。そしてかぐやか京佳のどちらかが、眞妃のポジションだろう。
(やはり直ぐに告白を…いやダメだ。相変わらず白銀は四宮を見ているし、せめて後一押し何がか欲しい…)
眞妃の様に失恋したくない京佳は、白銀に自分の告白を受け入れて貰えるよう色々努力している。その結果、白銀はようやく京佳を見るようになった。
だが京佳の視点では、未だに白銀はかぐやの方を多く見ている事となっている。よってもう一声、こっちに振り向いてくれる何かが欲しい。
(文化祭の前にもう1度白銀をデートに誘うか?学校の文化祭の参考の為と言って、恵美の学校の文化祭にでも誘えば白銀もデートをしてくれるかもだし。その時は恵美にも協力してもらうか)
そして再び白銀をデートに誘おうと考えだす。親友の恵美が通う学校の文化祭が近いうちに行われる。そこに行けば、恵美にも協力してもらう事が出来るだろう。
「そういや気になったんですけど、何で田沼先輩に惚れたんですか?」
京佳が1人で色々考えている時、ハーブティーのおかわりを淹れた石上が眞妃に質問をした。
「はぁ!?何よその質問!?」
「だっていつもなんかヘラヘラしてるし、柏木先輩の言いなりですし、色々影響受けやすい人ですし。惚れる要素が全く見当たりません」
正直、これだけで聞けば眞妃が惚れる要素が皆無である。なので石上は眞妃に直接問いただす。
「あんたに翼くんの何がわかるのよ!?確かに翼くんはヘラヘラしてる印象あるけど、私がキツイ事言っても嫌な顔せずに笑いかけてくれるのよ!?翼くんは包容力があるというか、兎に角一緒にいると温かい人なのよ!!2度と翼くんの悪口言わないで!!」
「う、うっす…」
疑問に思った事を質問した石上だったが、眞妃にもの凄い剣幕でそう言われると何も言い返せなくなった。
「よく田沼の事を見ているんだな」
翼の事をよく見ていないとわからない事ばかりだ。眞妃の観察眼に、京佳は感心する。
「当然よ。何年もずーーーっと片思いしていたんだし」
(何年も片思いしてたならどうして告白しなかった…いや、これ口にしたら泣くな…)
石上と同じように疑問に思った事を口にしようとした京佳だったが、間違いなく眞妃が泣くので口を閉じた。
「でも純粋な人の身で神ってる人に挑むのは無謀かと。というか不可能でしょ」
話を聞いていた石上が突然そんな事を言い出す。事実、あの2人は既に行けるところまで行っている。そこに割り込むのは、2人が別れない限り不可能だろう。
「…?神ってるって何?」
「おい石上!女子の前だぞ!!」
「あっ」
石上、ここで失言。
「すみません。忘れて下さい」
「いや無理よ。教えなさいよ。何?神ってるって?」
ただでさえ2人がイチャイチャしているのを見ている眞妃にこの手の話題はマズイ。石上もそれに気が付いたが、時すでに遅し。眞妃は石上の発言に食いついた。
「えーっとですね…男の僕が言うのはちょっと…」
「だな…すまん立花。任せていいか?」
「いいよ。えーっとだな眞妃。神っているっていうのは、つまり初体験を終えているっていう事だ」
男子が言うとセクハラで訴えられるかもしれない。よって男子2人は同性の京佳に説明を任せた。
「初体験?ああ、ちゅうの事ね」
「「「……」」」
「別にそれくらい何とも…無くはないけど大丈夫よ。もう何度も見てるし」
だが眞妃は初体験の意味をはき違えていた。財閥の令嬢と言うのは、皆こうなのだろうか。
「なぁ眞妃。大人の階段を登るって意味わかるか?」
「…?突然なによ京佳?それがちゅうの事でしょう?所謂お刺身の事」
「……あー」
以前、中庭で眞妃から相談を受けた京佳。その時に眞妃は翼の見た目が変わった事を『大人の階段を登ったからでは?』と京佳に話している。あの時の京佳は、所謂性交に関係する事だと思っていたが、眞妃にとっては違った。彼女の中では大人の階段というのはお刺身、俗に言うディープキスの事だという認識だった。
「違うんだ眞妃…初体験と大人の階段って言うのはな…」
「……セッ!?」
京佳が初体験の本当の意味を眞妃に耳打ちしながら教える。この時、男子2人は紳士的な対応として両手で両耳をふさいだ。そして眞妃は顔を真っ赤にした。
「な、な、何いってるのよ!?2人はまだ高校生よ!?そんなセッ…!は結婚してからじゃないといけないって法律で!!」
「高校生でも3人に1人は既に致しているらしいぞ。あと日本国内にそんな法律は存在しない」
「嘘!?そんなに!?一体いつから日本はそんな乱れた国になっちゃったの!?」
日本の風紀を気にする眞妃。因みにだが、世界で最も性に対してオープンな国はスウェーデンらしい。
「あの感じ、夏休みじゃないっすかね…?」
「そうだろうな…俺、夏休み後半に1回2人に会ってるんだけど、その時には既に田沼の奴今みたいな風貌だったしな…」
「…これは他校に通っている友達から聞いた話なんだが、高校生は夏休みに致す事が1番多いらしい。開放的な気分になるからとかなんとかで…」
「やめてーーー!?時期を特定しないでーーー!?ハーブティーおかわり!!」
「お腹タプタプになりませんか?」
「いいから早く!!」
生々しい会話をする3人。未だにそういった話題が苦手な眞妃は、ハーブティーを飲んで落ち着く事にした。
「まぁ要するにです。今眞妃先輩があの2人をどうにかするのは神殺しくらいの覚悟が必要って事です」
「……私には今の渚が魔王に見えてるわよ…何?私、勇者にならないといけないの?」
石上の発言のせいで、眞妃は親友が恐ろしい存在に見えてしまった。
(しかし、これ結構デリケートな問題だよなぁ…恋愛と友情って…)
(漫画やドラマだとよく見る話だけど、実際身近で起こるとどうすればいいか分からないな…)
眞妃のリアクションのせいであまり深刻に見えない問題だが、実際はかなりデリケートで深刻な問題である。友人か、好きな人か。昔から存在する、3角関係問題。その問題に、白銀と石上は考える。
(もしも石上が、四宮と立花のどっちかと付き合ったら…)
(もしも会長が、つばめ先輩と付き合ったら…)
((……おえ))
そして胸が苦しくなり、吐きそうになった。
「あーもうダメね。相談すれば何かしらの解決策が見つかるとか思ってたけど、余計に頭がこんがらがるだけだったわ。相談相手間違えたかもしれな…どうしたの2人共!?ご、ごめんね!?真面目に相談に乗ってくれていたのに!」
凄い顔をしている2人が怒っていると勘違いした眞妃は直ぐに謝った。
(眞妃の関係性は、殆ど私と同じだよなぁ…)
一方で京佳は、男子2人よりは冷静だった。なんせ眞妃と渚、そして翼の関係性は、ほぼ京佳とかぐや、そして白銀と同じ。違いがあるとすれば、積極的かどうかというところ。
(眞妃には悪いが、これを反面教師にしよう…)
そして悪いと思いつつも、眞妃を反面教師にして自分の今後に役立てようと思うのだった。
「ううう。何でこんな事になったのかしら…」
「そりゃとっとと告白しなかったからですよ」
「え…?」
また泣きそうになる眞妃に石上が言い出す。
「恋愛はスピード勝負。好きになったら直ぐに告白するべきですよ」
石上は自分の事を棚に上げた。
「それはわかってるわよ。でも、私はいつか翼くんから告白してくるって期待して、何にもアクションを起こさなかった…」
「それが駄目なんだ四条。恋愛で相手から告白をしてくるのを待つなんてただの逃げだ。時にはプライドを捨てるのも大事じゃないか?」
白銀も自分の事を棚に上げた。
「……京佳も、そう思ってるの?」
「まぁな。凡そ2人に賛成だ」
そして京佳は2人に賛成した。実際、京佳は自分から告白するタイプである。自分の事を棚に上げてなどいない為、この発言は何も問題はない。
「皆の言う事は判るわよ。でも判ってるけど怖くて自分から告白なんてできないもん!!」
((わかる!!))
眞妃が魂の叫びを口にして、それを聞いた男子2人は眞妃の叫びに同調した。
(絶対に私は勇気出して自分から告白しよう…)
そして京佳は絶対に自分から告白しようと誓う。
「どのみちもう終わった話よ。あの時ああしていればよかったとか何百回も思うけど、現実は変わらない。いいこと?貴方達3人は絶対に私みたいになるんじゃないわよ?失恋って、想像以上にキツイから…」
「四条先輩…」
「四条…」
「眞妃…」
どこか悟った様な顔をする眞妃。それを見た3人は、優しくしようと決めた。
「まぁ何だ。相談であれば、今後も聞くよ」
「そうですね。ハーブティー用意して待ってます」
「次はお菓子も用意しておくよ」
「白銀…石上…京佳…」
眞妃は泣きそうになる。だがこれはうれし泣きだ。
「あ、またいる」
そんな時、生徒会室にかぐやがやってきた。
「何よおば様。いいでしょ別に」
「おば様?」
「立花は知らないのか。四条と四宮は遠い親戚らしいぞ。まぁほぼ他人らしいが」
「成程。ところであの2人、仲が悪いのか?」
「それはよくわからん」
眞妃がかぐやをおば様と言った事に疑問を覚えた京佳だが、白銀の説明で納得する。
「私は友達に会いにきたの。おば様には関係ないでしょ?」
「友達?ああ、立花さんですか」
「京佳もそうだけど、他にもいるわよ?」
「はい?」
そう言うと眞妃は白銀と石上の後ろに行き、
「御行と優が私の友達よ?」
2人を自分に抱き寄せながらそう言った。
(会長にまた女友達が増えてる!?)
少し前に早坂と白銀が友達になったのもあり、かぐやは驚愕。更にその時早坂に『先ずはお友達から』と意味深な事も言われている。
(まさか、四宮を潰す為に先ずは私が欲して止まない人を奪うつもり!?)
結果、見当違いな深読みをした。勿論眞妃にそんなつもりは毛頭無い。
「じゃ、またくるからね」
「おう…」
「僕に女友達が…?」
突然の友達宣言にびびった白銀と石上。そして眞妃はそのまま生徒会室から出て行った。
(まぁ、あれは別にそういう意味じゃ無いだろうな…)
かぐやが驚愕し、男子2人が茫然としている中、京佳はそんな事を思った。眞妃は今でも翼が好きだと言っていたし、別に白銀に乗り換えるつもりでもないだろう。あれは本当に、ただの友達宣言だと京佳は結論付ける。
そしてその夜、生徒会室で言いたい事を言えたおかげか、眞妃は久しぶりに熟睡できたのだった。
アニメのマキちゃん不憫可愛い。
本当に誰か貰ってあげて…いや、本当に。
本作ではカットされているお話。
マキちゃんが白銀に相談する回。(原作98話)
早坂と白銀のラップバトル。(原作108話)
原作読んでいない人は、そのうちアニメで放送すると思うので気になったら見てね。
また、矛盾点などがありましたらどんどん言って下さい。修正いたしますので。
次回こそは三者面談の予定。
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立花京佳と進路
最近嫌な事が続く。何か良い事ないかなぁ…。
「やっぱり、少し緊張するな」
「別に緊張する事ねーだろ。今日で人生の全て決まる訳じゃないんだぞ。あくまで凡その展望を相談するだけだし」
「それはそうなんだが、親と一緒に先生と話すと言うのがな…」
「別にやましい事なんてしてねぇしどーんと構えとけって」
秀知院学園の校舎内の廊下。そこでは京佳と龍珠桃が話をしていた。内容は、この後行われる3者面談について。
三者面談。
それは生徒とその親。そして教師の3人によって行われる面談である。各々が提出した進路調査票を期末テストの結果を踏まえて、進学が就職かを決める。仮に進学ならば内部進学か外部進学か。そういった事を親を交えて相談する面談。日本全国、多くの高校は2年生のこの時期の行う様に、秀知院もこの時期に行う。
しかし他の高校と違い、偏差値72前後の秀知院生徒が選べる選択肢はかなり多い。伊達に官僚や政治家、大企業の社長などが卒業している学校では無いのだ。
「そういえば、龍珠はもう決めてるのか?」
「ああ。普通に稼業を継ぐよ。それ以外の道とか考えた事ねーし」
龍珠は卒業後、家業を継ぐ予定だ。龍珠の稼業、それは極道である。彼女の実家は、関東最大の極道組織『龍珠組』。そしてそこの組長が、龍珠の実父である。なので龍珠は、初めから進路が決定している。
「そういう立花は?進学?」
「ああ。できれば法律関係を学ぼうと思っているから、法学部の強い大学に行こうかと思ってるよ。まぁ、まだ必ずそうしようと決めた訳じゃないけどね」
「マジかよ。弁護士にでもなるつもりか?」
「まぁね。将来はなれたらいいなって思ってるよ」
京佳は外部進学を希望。しかも法学部の様だ。そして将来は、弁護士を目指すとのこと。
「ひとついいか?何で弁護士なんだ?言っちゃなんだけど、お前だったらモデルでも大成しそうなんだが」
そんな京佳に龍珠は質問をする。内容は、どうして弁護士を目指しているかというもの。京佳のスタイルだったら、モデルだって十分目指せるだろう。ひょっとすると、パリコレにだって出れるかもしれない。だが京佳は難易度の高い弁護士を目指すと言う。
「簡単に言うとこの左目が原因だ」
「あ?どういう事?」
「私は中学の頃に、事件にあってこうなった。その時、相手側の親の1人がむしろ私が悪いと言い出してね」
「いや何でだよ」
「自分の娘に非があるという事を認めたくなかったんだろう。しかも受験を控えているから、この事件を無かった事にして欲しいと学校に言い出したんだ。そして学校もその提案を受けようとしていた」
「マジでクソじゃねーかそいつら」
「ああ。本当にあの時は唖然としたよ。同時にふざけるなとも思ったな」
京佳が中学生の頃、同じ部活内の3人の先輩から硫酸を浴びせられ、京佳は顔の左側に大火傷を負った。その結果、左目を失明し、未だに消えない火傷跡が残っている。事件後、3人の内2人の先輩の家族は自分たちの非を認めて謝罪。どんな償いでもすると京佳たちに告げた。
だが1人の先輩とその家族は非を認めず、むしろ先輩にレギュラーを渡さなかった京佳が悪いと言う始末。それだけでは無く、学校側もこんな事件が明るみになっては面倒だと思い、その先輩家族に便乗するように事件の隠蔽を測ろうとしたのだ。
「だけどそんな時、母さんの知り合いの弁護士がやってきてね。こんな事が認められる訳が無いとして、徹底的に私と戦ってくれると言ってきたんだ」
そんな時に現れたのが、京佳の母親の知り合いである女性弁護士。見た目は眼鏡を掛けた美人で、明るい茶色の髪の毛を小さいポニーテールにしている如何にもな弁護士だった。
そして京佳から話を聞き、静かに激怒。何でもその弁護士にも京佳と同じくらいの娘がおり、京佳の現状を自分の娘と重ねてしまったらしい。『女の子の顔に傷をつけるなんて…』とは彼女の談。
そして先輩家族と学校に対して徹底的に戦ってくれると京佳に約束をしたのだ。
「成程。つまりその時に自分を助けてくれた弁護士に憧れたって事か」
「そういう事だよ。おかげで私も母さんもあの人には感謝しかできない」
あの女性弁護士がいなければ、この事件そのものが学校によって隠蔽されていた可能性すらあった。だが彼女のおかげでそれは阻止。更に先輩家族からも慰謝料を分捕れることに成功。
おかげで京佳はその弁護士には今でも感謝しかできない。因みに事件を隠蔽しようとした中学の校長や教師は、どこか遠くに転勤したらしい。
「良い弁護士だな。ウチでも雇いたいよ。何て名前だ?」
「木咲って弁護士だよ」
「……は?まさか、あの木咲弁護士か?」
「ん?もしかして知り合いか?」
「いやそうじゃねぇ。ただ結構な有名人だぞ。なんせ全勝無敗の弁護士だからな…」
「え…木咲先生ってそんなに凄かったの…?」
京佳の事を担当した女性弁護士。なんと彼女はかなりの有名人だったらしい。その事実に、京佳は大変驚いた。
「でもさ、お前は進学って事は、卒業したらもうお前とも会う事もないんだよな」
突如、龍珠がそんな事を言い出す。
「いや何でだ。別にそんな事ないだろう。大学に行っても、普通に会う事くらいできるだろう」
「だってよ、私は就職。お前は進学。それも弁護士目指すんだろう?だったら私みたいな奴とはもう会わないだろう。経歴に傷が残るだろうし」
龍珠の顔は少し暗い。彼女の稼業は極道。そして京佳が目指すのは弁護士。普通に見れば、相反する存在だ。確かに簡単に会える事はないだろう。
「そんな事言わないでくれ龍珠。頻繁は無理だろうが、お互い都合が良い時にでも会えるさ」
京佳は龍珠を励ます。京佳にとって、龍珠は友達だ。例え他の人から色々言われても、友達なのだ。それもただの友達ではなく、自分と同じように他のクラスメイトから腫物扱いを受けてきたという共通点がある友達。龍珠は家のせいで。京佳は見た目のせいで。そして京佳は、友達をほっとく事はしない。
「……ほんとに?」
「ああ」
「そうかよ。だったらいつか一緒に酒でも飲むぞ」
「お互い法的に問題なくなったらな」
京佳の励ましが効いたのか、龍珠の顔は明るくなる。そしてお互い、いつか酒を飲む約束をしたのだった。
そうやって、2人が話している時だ。
「やっほー京佳」
「あ、母さん」
京佳の母親である、佳世がやってきた。
「いやー。体育祭の時も思ってたけど、この学校本当に広いわよねぇ。透也なんてあの時迷子になってたし」
「そんな事もあったなぁ」
なおその後、兄の透也はちゃんと2人と合流できている。何故かその時の顔が少し赤かったが。
「ところで、その子は?」
「えっと初めまして。立花さんの同級…友達の龍珠桃と言います」
「あら、ご丁寧に。初めまして、京佳の母親やってる立花佳世です」
佳世に頭を下げてあいさつする龍珠。それに合わせて、佳世も龍珠にあいさつを返す。
「でもよかったわ。京佳にちゃんと友達がいてくれて」
「その言い方やめてくれ」
入学して暫くの間はぼっちだった京佳。原因はその見た目である。そんな娘に、こうして友達がいる。佳世はそれが嬉しかった。
「どうかこれからも、うちの娘と仲よくしてあげてね」
「はい。こちらこそ」
今度は佳世から龍珠に頭を下げた。そして龍珠も再び頭を下げる。
「どうもこんにちわ立花さん」
その時、佳世の後ろからとある男性が声をかけてきた。
「あら白銀さん。お久しぶりです」
「ええ。前に居酒屋で2人で飲んで以来ですね」
声をかけてきたのは白銀父。生徒会長、白銀御行の父親である。
「京佳ちゃんも久しぶり」
「ど、どうもです。おじさん」
「そうそう。御行が言ったかもしれないけど、いつかの肉じゃが凄く美味しかったよ。本当にありがとうね。あと栗も」
「いえいえ」
京佳も白銀父にあいさつする。そして直ぐに佳世に尋ねる。
「なぁ母さん。居酒屋って何?」
「体育祭の少し後で一緒に飲んだのよ。いやー話が弾んだわあの時は。結構飲んじゃったし」
「初耳なんだけど!?」
「言う必要ないでしょう?大人の話なんだし」
「あの時は本当にありがとうございます。奢って貰っちゃったし。お金はいつかお返しします」
「いいんですよ。私、不動産鑑定士やってるんでそれなりにお金ありますので」
何と佳世と白銀父は一緒に飲みに行っていたとの事。それも佳世のおごりで。まさか自分の母親が、自分の好きな男の父親と飲みに行ってるとは想像も出来ない京佳はかなり驚く。てかこんなの誰だって驚く。
「おい立花。誰だあの人」
「……白銀のお父さんだ」
「マジかよ。あー、でも目つきとか似てるな」
突然現れた中年男性に龍珠も驚いていた。そし目つきがそっくりな事を発見する。
「それじゃ、私はあっちらしいのでこれで。また飲みに行きましょう。今度は私が奢りますので」
「ええ。その時はまた楽しく飲みましょう」
少しだけ話すと、白銀父は白銀の三者面談がある教室に向かう。
「っとそうだった。京佳ちゃん、ちょっといいかな?」
「え?何ですか?」
だがその途中、白銀父は京佳の方へ振り返り、手招きして京佳を呼ぶ。京佳は何事かと思い、白銀父に近づく。
「御行とどこまでいったの?」
「へぁ!?」
そしてどえらい事を聞き出した。京佳は思わず素っ頓狂な声を出す。
「ちょ!ここ学校!」
「大丈夫だって。どーせ俺と京佳ちゃんの2人くらいにしか聞こえないだろうし」
「いやそういう問題!?」
ここは学校の校舎内である。周りには京佳の母親だけではなく、友達の龍珠もいるのだ。それにどこで他の生徒が聞き耳を立てているかわからに。流石にあまり聞かせたく無い話である。
「夏休みには御行と2人っきりでプールに行ったんでしょう?それにこの前は水族館。もうキスくらいしたんじゃないの?」
「へ!?あっと、それは、その…!」
「……あれマジ?もうしちゃってた?それはごめん。じゃあ既にそれ以上の事も」
「そういうのはまだです!……なに言わせるんですか!?」
圭がいたら間違いなく蹴りが入っていただろう質問をする白銀父。下手すればセクハラで訴えられる。
「そっかー。そうなのかー」
なんか色々悟った顔をする白銀父。
「まぁこれ以上はやめとくよ。じゃ頑張ってね」
そして満足した顔でその場を去るのだった。
「立花。お前あのおっさんに何言われたんだ?」
「聞かないでくれ」
「は?いやでも「聞かないでくれ」お、おう…」
龍珠が何を話していたかを聞こうとしたが、京佳の凄みに屈してそれ以上聞かない事にした。
その後、かぐやを見つけた白銀父は、どういう訳かかぐやの父親代理としてかぐやの3者面談に挑むのだった。あとすぐ隣にいた早坂の母親も、何故かかぐやの母親代理として。
「お嬢。お待たせしました」
そんな時、白銀父と入れ替わる様に別の男性が現れる。
「おい風見、学校でその呼び方はやめろ」
「すみません。お嬢」
「おいこら」
龍珠に話しかけてきたのは、杖を持った初老の男性。黒いスーツを綺麗に着こなしており、口ひげを生やして、どこかダンディな雰囲気を出している。そして声がとても素敵だ。オジコンの女生徒が見れば、瞬時に陥落する事間違い無しだろう。
「もしかして、龍珠さんのお父さんですか?」
京佳は思わず声をかける。
「いえ。自分は龍珠組で世話になってる風見と言います。本日は親父の代行としてここに来させて貰ってます」
「あー、成程。初めまして。龍珠さんの友達の立花京佳と言います」
男は風見と言うらしい。そして代行として、今日の三者面談に来ていると聞いた京佳は納得。もしここに龍珠の父親である龍珠組組長がやってきたら、絶対に警察が来る。そうなったら三者面談どころではない。なので代行として彼が来たのだろうと思い、京佳は納得した。
「お嬢に、友達…?」
「おい風見。なんだその顔は」
「いえ、失礼しました。まさかお嬢にちゃんと友達がいたとは」
「んだとこら」
(このやり取りさっき見たな…)
2人のやり取りに京佳は既視感を覚えた。
「立花さん」
「はい?」
「お嬢は、本当に色々寂しい思いをしてきてるんです。だからどうか、これからもお嬢と友達でいてやってください」
風見という男性はそう言うと、深く頭を下げた。
「ちょ!やめろよ風見!こんなところで!あと誰が寂しい思いをしてただ!」
龍珠は少し慌てる。さっきの佳世と違い、風見の頭の下げ方がかなり深く、そのおかげで変に目立つからだ。
「あの、頭を上げてください風見さん。そんな事言わなくても、私は龍珠さんとこれからも友達でいるつもりですから」
「…!本当に、ありがとうございます!」
「だからマジやめろ!目立ってるから!」
京佳の言葉を聞いた風見は本当に嬉しそうにして、再び頭を深く下げる。この場にあまり人がいなかったのが救いだろう。
「それでお嬢。お時間は」
「ったく。こいつの後。だからもう少し」
「わかりました」
「ところで風見。まさかとは思うが、お前の護衛として学校敷地内に何人か下の奴忍ばせていないよな?」
「それはご安心を。あいつらは学校の敷地外にいますので」
「は。そうかよ」
ようやく頭を上げた風見。龍珠はそんな彼にやや厳し言葉を投げる。全て先ほどの行動が原因だろうが。
「立花京佳さん。教室へお入りください」
「はーい。ほら、行くわよ京佳」
「あ、うん。じゃあお先にな」
「おう」
そして丁度呼ばれたので、三者面談を行うため京佳は佳世と共に教室へ入るのだった。
「弁護士を目指したいので、外部の大学の法学部を受験しようと思ってます」
立花京佳、外部進学希望。
「稼業を継ぎます。勿論、外道な事なんて絶対にしませんしさせないつもりです」
龍珠桃、就職希望。
「一応外部進学で考えています。あと、音楽は趣味で楽しめるくらいでいいとも」
藤原千花、外部進学希望。
「金融に興味があります。だから経済学部の強い大学に進学するつもりです」
四条眞紀、外部進学希望。
「良い大学を出て、良い会社に就職する。今の所、受験は考えていません」
柏木渚、内部進学希望。
「父さんみたいな人を救える医者になりたいんです。なので、国立の医学部が第1志望です」
田沼翼、外部進学希望。
「転職希望です」
「え?転職?」
早坂愛、転職希望。
「私は、親の言う通りにするだけです」
「俺に言う事なんて話半分でいいんだぞ?」
「そうです。私の言う事なんて気にしないでください」
(貴方達じゃない!!)
四宮かぐや、内部進学希望。
「白銀クン。本当にソレでイイんだね?」
「はい。俺はスタンフォードに行きます」
白銀御行、海外進学決定。
誰しも、同じ道を歩む訳では無い。別離のカウントダウンは、着々と近づいている。
「御行。時間なんてあっという間だ。海外に行くのはいいが、日本でやり残している事があったら、全部済ませておけよ。時間は決して巻き戻らないんだから」
「わかってるよ父さん」
三者面談の帰り道、白銀は父親からそんな事を言われた。
(日本にいられるのは、あと1年も無い。早ければ、3年生の2学期には俺はもうこの学校どころか、日本にいない)
残された時間は決して多くない。
(もうすぐある文化祭。俺はその最終日に自分から必ず告白をする。でもその前に…)
故に白銀は覚悟を決めた。
(四宮か立花。どっちかを必ず選ぶ!)
即ち、どちらを選ぶか。
残された日々は短い。白銀はその限られた時間で、後悔しない選択をしなければならない。
(この際どっちかを泣かせるのは仕方が無い。その時、相手に殴られてもしょうがない。でも、必ず選ぶ!もうウジウジしない!)
こうして白銀は、新しい決意を胸にして帰宅するのだった。
その頃の京佳と龍珠は、
「ところで龍珠。あの風見さんって人、役職とかあるのか?」
「あるぞ。若頭だ」
「それってどの辺?」
「組のナンバー2」
「え?」
そんな会話をしていた。
そんな訳での三者面談回。京佳さんは弁護士目指します。まぁその辺の事を書く事は無いと思うけど。あと桃ちゃんは、C組だったのを書く前に思い出したので登場させました。それまではマキちゃんとの会話の予定でした。
そして覚悟を決めた白銀会長。でも結論出すのはもう少し先と思う。
次回もどうか楽しんでいただければ幸いです。
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四宮かぐやとコスプレ
にしても今日暑いな…。水分補給だけはしっかりしないと。
立花家 京佳の部屋
「はぁ…覚えるの大変だなぁ…」
ため息をつきながらそう呟く京佳。その手にはそれなりに分厚い手作り感満載の赤い本がある。そして表紙には『シン・デレラ』という白文字のタイトル。
これは京佳のクラス、2年C組が文化祭でやる演劇の台本だ。そして京佳は、その演劇で王子役をやる事になっている。
「でも何で、王子役なんだ…」
数日前、京佳のクラスメイトの女子がクラスの出し物に演劇を提案。これが多数決で可決され、題材に誰でも知っている物語が求められた。そして決まったのが某有名な作品である。大人から子供まで知っている作品で、話自体もわかりやすく夢がある。C組はこれを少し内容を変更した演劇をやる事にした。
問題はここからで、役についてだ。京佳自信は、これといってやりたい役があった訳では無い。むしろ裏方をやり、自由な時間を目いっぱい使って白銀と文化祭を楽しみたいと思っていた。
だがそうは問屋が降ろさないのがC組女子達。
『王子役は立花さん以外ありえない』と満場一致。
最初こそ断った京佳だったが、クラスの女子達による猛烈なお願いと説得と土下座に屈してしまい、王子役をする事となったのだ。一応演劇の時間は30分ほどに収めており、1日の公演回数も3回まで。そして台詞自体もそれほど多くはないのだが、それでも主役の1人である王子役。脇役のような出番が少ない役でも無い。更に段取りも覚えないといけないので結構大変。
だが既に決定している事柄。どうあっても逃げれない。結局京佳は、愚痴を零しつつも段取りを台詞を思えるのだった。そんな時、ふと考える。
(もし白銀が私の劇を見たら、ときめいてくれたりするのかな?)
例え王子役でも、白銀は自分にときめくのかという事。
(よし、もう少し頑張ろう)
そう考えるとやる気が出てくる。恋の力は偉大だ。そして京佳は台本を読みながらその日の夜を過ごすのだった。
(でもやっぱり、どうせならドレス着たかったなぁ…)
少しだけ未練を呟きながら、
同時刻 白銀家
(これ以上、どっちか決めないなんてダメだ。俺が海外に行けばそうそう会える事は無くなる。2人のうち、どちらかと付き合うなら高校生活の間くらいしかない。その後は4年間の海外生活…!)
白銀は悩んでいた。白銀には、もうあまり時間が無い。彼はいずれ、アメリカのスタンフォード大学に行く予定だ。そうなったら、簡単には日本に帰れない。つまり、かぐやや京佳に会えないのだ。
(告白せずにスタンフォードに行ったら絶対に死ぬほど後悔する。そんなのは絶対にイヤだ。ならば、なんとしてでもどちらかを選んで恋人生活を楽しむ!その為にも男らしくガツガツ行ってやる!)
白銀は決意する。これ以上、ウジウジするのはやめると。そして男らしく、ガツガツ行くと。その為にもかぐやか京佳、どっちが好きかとハッキリさせようと。
(でも実際どうする?正直、2人を品定めする様な真似はもうしたくないしなぁ…ほんとどうしよ…)
だがそれはそれとして悩む白銀。基本優しい彼は、相手を品定めするような真似をしたくない。しかし現状、そうでもしないと選べない。
(とりあえず、明日2人と少し色々話してみよう)
そして明日、2人と話をする事にした。
翌日 生徒会室
「ふぅ。結構重かったですね」
放課後の生徒会室。そこには大きな紙袋を持ったかぐやと資料整理をしている白銀と京佳の3人がいた。
「四宮、それは何だ?」
「これですか?うちのクラスは文化祭でコスプレ喫茶をやるんですけど、その際にどれを着ようか迷ってて。なのでこうしてサンプルを借りて色々見てみようかと」
かぐやはそう言うと、いくつかのコスプレ衣装を取り出して机に置く。白銀をそれを手に取りじっと見つめる。
「A組はそういった出し物なのか。楽しそうだな」
「立花さんのC組は演劇でしたっけ?」
「ああ。もし時間があれば見に来てくれ。どういう訳か私は王子役だが」
「ええ。是非」
他愛の無い会話をする京佳とかぐや。傍からみれば、普通の日常の1コマである。
(ふふ。会長ったらなんてもの欲しそうな顔をして…まぁ?会長が着て欲しいて言えば着て上げますよ?ですが、それを言えば最後。それを口実にとことん追い詰めて上げます。あと立花さん。あなたの演劇は興味はありますが見にいきませんから。そんな時間があれば会長と文化祭を見て回る方が有意義ですし)
しかしかぐやの内心は真っ黒だった。心が読める幼女がこの場にいたらドン引きしていただろう。
「それにしても、本当に色々あるな」
そう言うと京佳もいくつかの衣装を手に取る。
「あら。立花さんもこういった物に興味が?」
「というよりかわいい服に興味があるな。演劇では男役で、着るのはタキシードだし。どうせならこういった可愛い服を着てみたいよ」
王子役の京佳はドレスを着れない。いくら周りの人からイケメン女子といわれようと、彼女とて年ごろの女の子。可愛い服を着てみたいという欲求くらいある。
「なら2人共、今ここで着てみてくれないか?」
「「え?」」
そんな時、白銀が突然そんな提案をしてきた。
「客観的意見もあった方が四宮だっていいだろう?それに立花も当日は男物しか着ないんだったら、今のうちにこういうものを着てみたらいいんじゃないか?」
「「……」」
突然の白銀の提案に面食らう2人。
「ダメか?」
「いえ、ダメって事は無いですけど…」
「ああ、別に私は構わないが」
そして2人はその提案を受け入れる。
(あれ?どういう事?何時もの会長だったらこんな事言わない筈…)
(なんか今日の白銀は何時もと違うな。何と言うか、積極的?)
かぐやも京佳も、白銀が何時もと違う反応をした事に内心驚く。
(いえ、これはチャンスです。会長の方から態々食いついてくれたんですから。なら予定通り攻め込むだけ)
しかしかぐやは直ぐに頭を切り替える。これならば当初の予定通り、白銀を追い詰める事が可能だ。
「あら会長。客観的意見とかどうせならとか言ってますが、本当はご自身がただ私や立花さんのコスプレを見てみたいだけでは?」
そして予定通り話を進めようとするかぐや。だが、
「ぶっちゃけるとそうだな。俺はただ2人が色んなコスプレ衣装を着ているのが見たいだけだ。2人共文化祭当日は1着しか着ないんだろう?ならば今のうちに色々見ておきたい」
2人がのところを強調する白銀。
「「……」」
今度こそ言葉を失う2人。だっておかしい。何時もの白銀だったら絶対に言わない台詞だ。
「じゃあ俺外で待っとくから。その間に2人は着替えててくれ」
「あ、いえ。ここの隠し部屋で着替えますので大丈夫です」
「うんそうだな。白銀はそこで待っててくれ」
白銀をその場で待たせ、かぐやと京佳の2人は依然石上が開けた隠し部屋に衣装が沢山入った紙袋を持って入っていく。
((はれぇーーーー!?))
そして悶絶しそうになるかぐやと京佳。
(おかしい!絶対におかしい!今日の会長はなんか瞳が違う!?)
(どうしたんだ白銀!?何時もならあんな事言わないだろうに!?)
自分の好きな男が何時もと違う。何と言うか、何時もの数倍かっこよく見えてくる。
「えっと、立花さん。とりあえず着替えますか?」
「そ、そうだな。着替えるとしよう…」
本当は着替えるつもりが無かったかぐやと、そもそもこんな事が起きるとは想定すらしていなかった京佳。2人は頬を赤らめながらもいそいそと着替えるのだった。
(いいえ!これはチャンス!当初の予定にはありませんでしたが、これこそまさに飛んで火にいる夏の虫!この容姿に非常に恵まれた私のコスプレ衣装を見れば会長だって冷静さを失う筈!つまりは悩殺される筈!)
予定には無かったが、かぐやはこのままコスプレをして白銀を悩殺しようと画策。
(よくわからないが、これはチャンスかもしれない。今まで水着や私服で白銀を悩殺しようとしてがそこまで効果は得られなかった。だが何時もと違うコスプレならば可能かもしれない!)
そして京佳も白銀を悩殺しようと画策。この2人、案外中身は変わらないのかもしれない。
「あ、立花さんはこれを着ませんか?似合いますよ?」
「ん?そうか?ならとりあえずそれを着てみるよ。可愛いし」
かぐやはある衣装を京佳に渡す。そして京佳はそれを受け取り着替えだす。
(この私が悩殺するんです。立花さんには露出の少ない服を着てもらわないと)
自分はそこそこ露出のある服を着て、邪魔者には露出の少ない服を着させるあたり、かぐやはやっぱり腹黒い。いつか天罰が下りそうなもんである。
数分後。
「会長。着替えました」
「ああ」
隠し部屋から出てくるかぐやと京佳。その衣装は、
「メリークリスマス」
「明けましておめでとう」
かぐやはミニスカサンタで京佳は巫女服だった。かぐやのミニスカサンタは確かに何時もの制服と比べれば露出が多い。それにこのミニスカサンタは一定の男子に非常に高い人気がある。かぐやのチョイスは決して悪くない。
そして京佳の巫女服。これは露出自体はかなり少ない。しかしそれでもこの白と赤で構成された衣装はとても可愛らしい。伊達にゲームの主人公の衣装に選ばれてはいない。これも男子にはかなりの人気がある。
(さぁ会長!この私の可愛さに思う存分赤面してください!)
(白銀はなんて言うんだろう?)
そんな2人を見た白銀はというと、
「2人共。本当に凄く可愛いぞ」
「「……」」
一切言葉を濁さず2人を褒めるのだった。
「四宮はやはり赤い衣装がとても似合うな。文化祭はクリスマス前だから、四宮がそれを着ているだけで素敵なクリスマスプレゼントになる」
「っつ…」
「そして立花の巫女服もとても似合っている。クリスマスが終われば直ぐに正月だ。もし初詣をその姿で見れたらとっても良い正月となるだろうな」
「そ、そうか…」
真正面から褒める白銀。その白銀の言葉が嬉し恥ずかしくて、2人は思わず顔を背けてしまう。
「次の衣装着てきます!ね!立花さん!?」
「そうだな!直ぐに着替えよう四宮!!」
そして照れ隠しも含めて再び隠し部屋へと入るのだった。
(ええーーー!?何で褒め殺し!?こっちが恥ずかしいんだけど!?)
(どうしたんだ白銀!?あんなにストレートな言い方今までしなかったのに!?前のプールや水族館の時と全然違う!?)
白銀の反応に色々驚く2人。まるで別人だ。今なら、白銀の中身が遊星からきた何かに乗っ取れれていると言われても信じられる。
「た、立花さん。早く着替えましょう?」
「そ、そうだな。着替えるとするか」
直ぐに新しい衣装に着替えようとする2人。そして紙袋の中身を漁っていると、
「これは、ブレザーとセーラー服?」
「懐かしいな。中学の頃はそういったセーラー服着てたよ」
ブレザーとセーラー服という学生服を見つけた。
「次はこれを着ませんか?」
「いいよ。ちょっと懐かしいし」
そしてかぐやはブレザーを、京佳はセーラー服を着だす。なお着替えている最中、
「……」
「ん?どうした四宮?」
「イイエ、ナニモ」
かぐやは京佳の下着姿に釘付けとなっていた。こうして京佳の下着姿を見るのは夏休みの旅行以来だが、
やはり色々凄い。同性のかぐやから見ても思わず目を奪われる。特のその大きな胸に。
(2割でいいから分けて…)
貧乳のかぐやは切実にそう願った。
因みに本日の京佳の下着はライトグリーンで、かぐやは薄いピンクである。
再び数分後。
「ど、どうでしょう会長?」
「どうかな?白銀…」
ブレザーとセーラー服に着替えた2人は、揃って白銀の前に出てくる。しかし、その様子は少し変だ。どこか落ち着きがない。かぐやはスカートを押さえているし、京佳は手を前の方で組んでそわそわしている。
((スカートが短い…))
その理由は、スカート丈の短さだった。秀知院の制服はかなり長めのスカート丈である。階段を登っている時でも、よほどかがまないと下から見える事はできない。
だが今2人が着ているブレザーとセーラー服は違う。凄く短いのだ。膝上どころか、太腿が半分は見えており、少し前に屈んだだけでスカートの中身が見えるくらいに。女子は生足を出すのにかなり勇気がいる為、これは慣れていないとかなり恥ずかしい。。
既に白銀に水着姿を見せている京佳はまだしも、こういった服を着た事が無いかぐやは恥ずかしさで顔から火が出そうだった。
そしてそんな他校の学生服姿の2人を見た白銀は、
「それはだめだ。2人共、その恰好で人前には出るんじゃい」
はっきりとそう言った。
「そんなに、私はこれが似合ってませんか…?」
「やっぱり、変だよな…私みたいなのデカイのがこんな…」
落ち込む2人。だが白銀は直ぐに言い直す。
「そうじゃない。それはスカートが短すぎる。他の男達に、2人の綺麗な肌を見られて欲しくない」
「「!?」」
独占欲の塊みたいなきわどい台詞を。だがこれは本心である。既に色んな覚悟を決めた白銀。そこに好意を隠すという事は無い。プライドや羞恥心を捨てているからこそ言える攻めの台詞。
(それって、まさか…)
(それは、つまり…?)
かぐやと京佳は同じ事を思った。
『それって、自分の事が好きだから?』と。
その事を今聞けば『そうだ』と帰ってくる予感があった。だが、
(いいえ!今のは私じゃなくて立花さんに言った台詞かもしれません!!)
(いいや!今のは私じゃなくて四宮に向けて言った台詞かもしれない!!)
隣にそれぞれの恋敵がいる状況、これが2人にそれ以上この場で踏み込んだ事を聞けずにいた。もしも今の台詞が、羞恥心を隠す為『2人』と言っていたのなら。そしてそれが自分ではなく、隣にいる恋敵へ言っていたら。今思ってる事が、勘違いだったら。そう思うとそんな事聞けなかった。
「もう1回着替えてきます!」
「そうだな!もう1回!」
結果、2人揃ってもう1度隠し部屋へと戻るのだった。
「た、立花さん。なんか今日の会長は、アレですね。変ですね?」
「そう、だな。なんか今日の白銀は、変だな。ははは…」
顔を赤くしながら会話をする2人。しかし、この時の2人にはある思いがあった。
『もしも、あの台詞が自分に向けられたものだったら』
そしてそれを確認する手段はある。それは全く同じ衣装を着て、もう1度白銀から同じ様な事を言われる事だ。
「なぁ…四宮。次はこれ、着てみないか?何故か私にも合うサイズがあったし…」
「そうですね…色々丁度いいかもしれません。これにしましょう…」
京佳が手にした衣装を見て、かぐやもそれを着る事を選択。
そしてこれは、ある意味で勝負でもあった。
お互いが全く同じ服装。違いがあるのは着ている人間のみ。つまり、次に白銀が自分に向けて台詞を言えば、それはもう確定演出になる。
((ここで負けたくない!!))
2人の心に火が付いた。そして必ず、白銀に自分に向けて先ほどの様な事を言わせようと誓うのだった。
ここで1度白銀について振り返ろう。彼は今、かぐやと京佳。どっちかを選ぶべく悩んでいる。そして彼は優しい人間だ。そんな彼が、何故再びこんな品定めするような事を提案したかといえば、彼なりの考えあっての事である。
それは『どっちがときめくか』だ。
かぐやと京佳のコスプレ姿。それは普段見る事が出来ない2人を見る事が可能だ。本当はこんなやり方はしたくない。だが現状、こうでもしないとどっちかを選ぶ解決策が無い。白銀は心を痛めながらも、どっちつかずが1番ダメだとしてこんな事を提案。
そして着替えた2人のどっちがよりときめくかを実施。あとそれはそれとして、どっちかを決めるまでは本心で2人に気持ちを伝えようともしていた。
だがダメだった。だってどっちも同じくらいもの凄くときめくのだから。
正直どっちも最高なのだ。かぐやと京佳。ベクトルの違う美人ではあるが、どっちも非常にときめく。それ故、先ほどからずっと2人に本心でやや恥ずかしい台詞を言いまくっていた。
それだけじゃない。白銀もこれまで、常に平常心を保っている訳じゃない。舌を強く噛んだり、拳を強く握りしめたりして平常心を保っていた。
「会長…」
「白銀…」
だがそれも限界が来ている。どちらか1人だけでもマズイのに、2人同時である。まるでアメリカとソ連から攻撃を受けている末期のドイツだ。
そしてそんな状態の白銀に、止めの衝撃がきた。
それは『猫耳メイド』。黒いスカートに白いエプロン。そして頭には猫耳カチューシャ。手にはデフォルメされた猫の手型の手袋。最後のお尻には猫のしっぽ。それが2人。
それを見た限界寸前だった白銀は、
「あっ…」
遂に限界を突破し満面の笑みをしながら倒れた。
「会長ーーー!?」
「白銀ーーー!?」
倒れた白銀に即座に駆け寄るかぐやと京佳。
「会長!?しっかりしてください会長!?」
「四宮!とりあえずソファに白銀を運ぼう!」
「ええ!そうですね!」
協力して、白銀をソファに運ぶかぐやと京佳。
「えっとどうしましょう!?そうだ救急車を!!」
「落ち着け四宮!流石に救急車は呼ばなくていい!先ずは介抱を…!!」
「こんちゃーっす」
そして最悪のタイミングで生徒会室に石上がやって来た。生徒会室にやってきた石上の目に飛び込んできたのは、
気を失ってソファに座っている白銀と、その両隣で何故か猫耳メイドの恰好をしているかぐやと京佳の後ろ姿。
それを見て石上が言った台詞は、
「え?2000年代のメイド喫茶?うっわ今時古いっすね」
割と最低な台詞だった。
「何やってるんですか藤原先輩。っていうかそれ学校で着ますか?やっぱ先輩には恥が欠如してるんじゃないですか?伊井野もお前、藤原先輩に言われたとしてもよくそんな古臭いコスプレ出来るなって藤原先輩と伊井野じゃない!?」
陳様な格好の後ろ姿しか見てなかった石上は、かぐやと京佳を藤原と伊井野と間違えていた。
「す、すみません四宮先輩に立花先輩!学校でそんなイカれた格好するのなんて藤原先輩と藤原先輩に言われたら何でもやる伊井野くらいしかいないと思ってって!」
「イカれた格好…」
「恥が欠如…」
かなりショックな事を言われた2人はそのままソファ下の床に倒れこむ。
「あ!すみません!今のは言葉の綾って言うか…!?」
必死で弁明する石上だったが時既に遅し。その後、白銀もかぐやも京佳も回復するのに結構な時間が掛かるのだった。
尚、猫耳は再び封印されたらしい。
白銀会長の苦悩を書くのが本当に難しい。誰だよこんな3角関係作ったの。
そして気が付いたらもうすぐ100話。ここまで長くなるとは…。でもここまで来たので、これからも色々悩みながらも完結目指して頑張ります。
次回もしっかり投稿したい。
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四宮かぐやの反撃
そしって今回は京佳さんの出番ありません。
コミック読み返していて思ったけど、秀知院の文化祭って12月の後半にやってるんですね。何か変。普通、11月だよね?。
あと今回の時系列は12月頭くらいというふわっとした感じです。
夜 公園
(本当にどうしよう…)
夜の人気が無い公園で、ベンチに座っている白銀は悩んでいた。それはもうすっごく悩んでいた。場所も相まって、まるで就活に失敗した学生みたいに見える。
(ちゃんと選ばないといけないのに…俺ってこんなに優柔不断だったか?)
もうわかっているだろうが、彼が悩んでいる原因はそれはかぐやと京佳の事である。同時に2人の女性を好きになっていしまっているのが今の白銀だ。
そして白銀は、既にスタンフォードへの海外留学を決めている。早ければ3年生の夏休みの間には渡米するつもりだ。つまり、もし文化祭でどちらかに告白をして、OKを貰って恋人となった場合、1年も一緒にいる事ができないのである。
(だからこそ、文化祭でしっかりと自分から告白をして、残り短い学生生活を楽しみたいのに。はぁ…)
しかし選べない。今まで多忙な生徒会で数多くの選択をしてきた白銀だが、これに関しては簡単には結論が出せない。だがこれはしょうがないだろう。恋愛は理屈じゃないのだ。好きな人同士を比べても、簡単に結論など出る訳がない。
(もうこの際、ネットでいいからヒントになりそうなの探そう)
白銀はそう思うと、鞄からスマホを取り出して『好きな人 同時 2人 どっち』と検索し出す。
「お、結構出てくるな」
すると出てくる出てくる様々な検索結果。白銀はその中からひとつを選び、選んだ記事を読み出す。
(えーっと何々?相性の良さそうな人はどっちか考えましょう?)
先ず読んだ記事に書いていたのは、相性について。実際、相性はとても大事だ。これが悪いと、どうあっても幸せな恋人同士にはならないだろう。
(相性か。それなら…やはり立花か?俺と同じ混院だし。普通の一般家庭出身だし。前にやった相性占いでも石上の次に相性良かったし)
これを見て白銀が思い浮かべたのは京佳だった。先ず、2人は一般家庭出身なので価値観が近い。そして生徒会の中では1番付き合いが長いし、前に食べた京佳の料理は凄く美味しかった。
だがこれだけで京佳と決める訳にもいかない。白銀は次の記事を読む。
「えっと次は、理想に近い方を選びましょうか」
その記事を見た白銀は思い出す。かつて、初めてかぐやを見た時の事を。
(あんなに泥に塗れていたのに、もの凄く綺麗に見えたんだよな。正直、一目惚れだったよ)
1年生の春頃、白銀はかぐやに惚れてしまった。そして彼女に相応しい人間になる為、白銀は凄く努力をし、成績を1位にまで上げ、生徒会長にもなった。
「あの時の四宮、本当に綺麗だったよな…。まさに理想の女性像だ」
白銀にとって、理想に近いのはかぐやとなった。京佳も理想的な女性ではあるが、より理想に近いのはかぐやである。
「次は…」
これで1対1。しかしこれでは決められないので、新しい記事を読もうとしたその時、
pipipipipi
「うお!?」
白銀のスマホが鳴りだした。画面に表示されている名前は、四宮かぐや。
「四宮からだと?」
白銀は驚いたが、直ぐに落ち着きを取り戻しスマホをタップする。
「もしもし?四宮?」
『や、夜分遅くに申し訳ありません会長。今、よろしいでしょうか?』
「別に構わないぞ。それでどうした?」
文化祭前のこの時期の電話。もしかすると何かトラブルが起こったかもしれない。白銀が少し身構えながらそうしていると、
『あのですね。今度の週末お暇でしょうか?』
「ん?」
かぐやからそんな台詞が聞こえた。
「ああ。今度の週末は珍しくバイトもないから暇っちゃ暇だぞ。まぁ文化祭の準備で資料整理くらいは家でするつもりだったが」
バイト戦士の白銀だが、今週の土日は珍しくバイトが無かった。
『そうですか!暇なんですね!!』
「お、おう…」
それを聞いたかぐやが嬉しそうな声色をする。
『それでですね…あのですね…』
「うん」
『えーっとその…何と言いますか…』
「うん?」
かぐやは何かを白銀に言いたそうだが、中々言い出さない。白銀もどこか不信に思った。もしかすると言いにくい事なのかもしれないと思った白銀は、1度かぐやを落ち着かせようと思った。
『会長!』
「な、なんだ?」
だがそれは、かぐやが次に放った台詞で必要がなくなった。
『今度の週末に私と2人でお出かけしませんか!?動物園とか!!』
「え?」
そして白銀は思考を停止させた。
(んー?今変な事が聞こえた様な?)
数秒間固まっていた白銀は、何とか復活して考え出す。白銀には、今の台詞がまるでデートのお誘いに聞こえていた。
(週末に2人でお出かけ…つまりこれはデート?
デート!?俺と四宮が!?しかも四宮から誘ってきた!?)
白銀は先ほどのかぐやの言葉を理解するのに時間をかけた。そして言葉を理解した瞬間、ぼっと顔が赤くなるのを感じる。
(お、お、お、落ち着け俺!もしかすると幻聴の可能性もある!一旦落ち着くんだ!!)
しかしこれが聞き違いだった場合、とても恥ずかしい。現に白銀にはパンツ関係で前科がある。なので1度しっかり落ち着く事にした。
『あの、会長?ひょっとして何か急用が?もしかして、動物とか嫌いでしたか?』
(いやこれ聞き違いじゃねーーー!?)
だが、かぐやの台詞でこれが聞き間違いでは無いと確信。そして心の中で絶叫した。
(マジで!?え!?マジで!?あの四宮からデートの誘い!?本当に!?俺実は今夢見ててるとかじゃなくて!?)
少しパニックになる白銀。これは夢なのでは無いかと思い、自分の腕をつねる。
(痛い…じゃあこれ夢じゃねぇ!?)
そしてこれが夢ではなく、本当の事だと確認した。
どうしてあのかぐやがこんな事をしたのかと言うと、とあるメイドのおかげである。
少し前 四宮家 別邸 かぐやの部屋
「……」
部屋の中央では、かぐやがスマホを片手に何度も何度もくるくると回っていた。まるで風車の様に。
「いい加減覚悟を決めたらどうですかかぐや様?」
「だ、だって!だってぇ!!」
そう早坂に言われるかぐやだが、その目には涙がある。顔も赤い。
「だってじゃありません。そもそも自分から言い出した事じゃないですか」
「そうだけど!そうなんだけどぉ!!」
小さい子供が駄々をこねるようなかぐや。どうしてかぐやがこんな風になっているかというと、早坂の言う通り、かぐや自身のせいだ。きっかけは、少し前に白銀と京佳が水族館でデートをしていた日まで遡る。
あの日の夜、かぐやは早坂に『白銀をデートに誘う』と決心。しかしそう決心したまではよかったが、その後直ぐにかぐやはヘタれた。具体的に言うと遅くとも『2年生の内には誘う』と言うくらいに。
それを聞いた早坂はいい加減どうにかしないといけないと思った。早坂の分析では、現在のかぐやと京佳の恋愛模様の戦況は五分五分くらい。それまで圧倒的にかぐやが優勢だったにも拘わらず、このありさま。
勿論そうなった原因はある。かぐやが何時までたっても素直にならないからだ。
白銀を振り向かせようとしているのは別にいい。だがそのやり方が問題だ。やる事といえば遠回りでトンチキな作戦ばかり。
偶にチャンスが巡ってきてもそれを生かせない。2学期のある日なんて、せっかく白銀を眠らせてかぐやの肩に寄りかかるというイベントが起きたのに、かぐやはそのままの状態で過ごした。もしこれが京佳だったら膝枕くらいは余裕でやっているだろう。事実、1学期の時はそうしていたし。
そうこうしているうちに、いつの間にかかぐやの優位性は無くなっていた。それどころか、京佳は一部の事柄に関してはかぐやを超えているだろう。そしてそれらの事をまとめた結果、早坂にはある確信が出来上がった。
このままでは確実に、かぐやは京佳に負けると。
色々と込み合った事情はあるが、幼い頃からかぐやの傍にいた早坂。そんな早坂は、かぐやには幸せになって貰いたいと思っている。四宮家という魔窟ともいえる家で育ち、その血筋を受け継ぐかぐや。もしもこのまま白銀と結ばれる事なく学校を卒業すれば、その先にあるのは政略の道具としての日々だ。ほぼ間違いなく、四宮家にとって利益になるという理由だけで結婚相手を勝手に決められるだろう。
21世紀のこの時代にそんな前時代的な事をしないと思うかもしれないが、今の時代にそういった事を平然とするのが四宮家だ。だからこそ早坂は、かぐやには幸せになってもらいたい。
仮に白銀と付き合えて、幸せな恋人生活を送れる日々が秀知院に在学中だけだとしても、かぐやには幸せになってもらいたい。なのでこうしてかぐやに尻をひっぱたいてでも、白銀をデートに誘わせようとしているのだ。
「ね、ねぇ早坂。やっぱり別の日にしない?ほら、今日は曇りだったでしょ?天気が悪いと作戦が成功しないともいうし」
「誰がそんな事言ったんですか」
「……孔明とか、司馬懿とか?」
「疑問形じゃないですか」
問題があるとすれば、これだけ早坂がかぐやの尻をひっぱたく事をしているのに、当のかぐやが全然進まない事だろう。先程から白銀を誘うべきスマホを握ってはいるが、一向に連絡をする気配がない。
そして、何時ものように言い訳をしている。これではまた京佳と差が出来てしまう。なので早坂はかぐやの説得を開始する。
「やっぱり、年内とかに…」
「学校は既に文化祭の準備に入ってますよね?ここで誘わないともう今年中は無理と思いますよ?時間的に」
「……じゃあ年明け…」
「その頃にはほぼ間違いなく、立花さんが白銀会長とお付き合いを始めていると思いますが。そしてかぐや様の誕生日には2人で初詣に行っているでしょうね」
「……」
早坂が説得するが、かぐやは動かない。いや、正確には動けないのだ。かぐやとてわかっている。このままではいけない事くらい。だからこそ勇気を振り絞って、こうして自分から白銀をデートに誘おうとしている。
だがかぐやは今まで、異性をデートに誘った事など無い。なので誘い方がわからない。しかも誘う相手が意中の異性であればなおさらだ。
「もし誘って断られたら…」
「大丈夫ですって。白銀会長だったらまず間違いなくその誘いを受けますから」
「で、でも。絶対って訳じゃ…」
それだけじゃない。かぐやは白銀を誘っても、もし断られたらと思ってしまう。それ故、スマホの通話ボタンが押せないのだ。
要するに、かぐやは怖いのである。
もしも白銀に断られたらと思うと、今にも吐きそうになる。なんなら1週間は寝込む自信もある。
「ほんといい加減にしません?もう1時間たってるんですけど?」
「だってぇ…」
早坂に尻を叩かれ既に1時間。未だにかぐやは誘えていない。流石の早坂も痺れをきらした。
「何度も言ってますが、このままだと立花さんに白銀会長を本気で獲られますよ?」
「……」
なのでいつも使っている伝家の宝刀を使う事にした。具体的に言うと脅しだ。
「ここで勇気を出さないでいつ出すんですか?このままずるずると誘わなかったら、本当にもう入る隙すら無くなりますよ?いやマジで」
「……」
「何度も言っている事ですけどね、今の白銀会長はほぼ間違いなく立花さんを意識しています。かぐや様が素直に白銀会長にアタックしなかった間に、立花さんは白銀会長に猛アタックしてましたよね?その結果が今日のこれです。もしもかぐや様が立花さんくらい素直になっていれば、こうはならなかったかと」
「……」
「それでいいんですか?というかこの前、私に白銀会長を獲られたくないって言っていたのは嘘ですか?ご自身で言った事ですよ?」
「……」
かぐや、無言でベットに座る。そして俯く。
(はぁ。また落ち込んでる…)
何時もの流れだ。何時も通りなら、この後かぐやは泣き出す。そして自分がそれを慰めるという事となるだろう。
(もういっそ、私がかぐや様の真似して誘おうかな…)
最終手段として、かぐやの声真似をした早坂が白銀を誘い、そしてデート当日に本物かぐやを行かせるという事すら考えている早坂。
「わかってるのよ。私だって。このままじゃいけない事くらい」
「え?」
だが、かぐやは泣きださなかった。
「でもしょうがないじゃない。誰かをこんなに気にするなんて、初めてなんだもの。こんなに隣にいて欲しいと思える人ができるなんて、初めてだったんだもの。そして、その人を奪いそうな人も初めてなんだから…」
四宮かぐや。
ほんの1年程前まで『氷のかぐや姫』と呼ばれるくらいには冷酷な子だった彼女。それが今や、気になる人がいて、その人に近づく人に嫉妬する様になっている。
かぐやがここまで変わったのは、間違いなく白銀のおかげだ。最初は事務的な会話しかしない相手だったのに、何時の間にか色んな会話をする相手になっていた。自分の人生で、初めてできた気になる人。
だからこそ、四宮かぐやは立花京佳に白銀御行を獲られたくない。でも未だに恋愛に臆病なかぐやは、前に中々進めない。
「私って、本当に臆病ね…」
「申し訳ありませんかぐや様。先ほどはとんだ無礼を」
「いいのよ。本当の事だし…」
早坂は頭を下げて謝る。泣きこそしていないが、今のかぐやは色々と危うい。まるで吹けば消える蝋燭の火のように。
「かぐや様、無礼を承知で言わせてもらってもいいですか?」
「……何かしら」
「やはりこの時期しか、もう誘う機会は無いと思います。立花さんがどんどん距離を縮めている現状、今動かないと本当に手遅れになると思います。なのでかぐや様、どうか勇気を出して下さい」
頭を下げた状態で、かぐやに進言する早坂。早坂が懸念しているのは、このまま京佳が差し切る事である。
今現在、京佳はかなりの追い上げでここまで来ている。だからこそ、ここでかぐやが京佳を突き放す何かが必要なのだ。それこそ今計画中の『動物園デート』である。かぐやが白銀とデートをすれば、白銀はほぼ確実にかぐやを再度意識する。そうすれば、再び京佳を突き放す事も十分に可能なのだ。
「そんな事わかってるのよ。でも…」
「かぐや様の素直な気持ちで誘っていただければ、白銀会長も必ずお受けになられます。だからどうか」
「……ほんとに?」
「はい。もし断られたら、私を海外にでもとばして下さい」
頭をさげたままの早坂にそう言われ、かぐやの顔は少しだけ明るくなる。
「でも、やっぱり、恥ずかしい…」
「なら頭の中を空っぽにしてみて下さい。藤原さんのように。あと前に獲得したルーティンも試しながら」
「……そうね。それなら何とかできそうだわ」
かぐや、ようやく決心がついた。そして右手を左頬に当てて、頭の中を空っぽにしようとした。
「よし、いけるわ」
「ではまずは深呼吸を」
「すーーーーー、はーーーーー」
早坂に言われ、かぐやは大きく深呼吸。
そして遂にスマホの電話帳から白銀の名前を出し、それをタッチした。
pipipipip
電子音が聞こえ出したその瞬間、
『もしもし?四宮?』
白銀が直ぐに電話に出た。
(直ぐに出た!?ナンデ!?)
かぐや、テンパる。
『早く誘って』
しかし目の前で早坂のカンペを見て冷静さを取り戻す。ここまで来たら、もう戻れない。進むだけだ。
「や、夜分遅くに申し訳ありません会長。今、よろしいでしょうか?』
『別に構わないぞ。それでどうした?』
「あのですね。今度の週末お暇でしょうか?」
『ん?ああ。今度の週末は珍しくバイトもないから暇っちゃ暇だぞ。まぁ文化祭の準備で資料整理くらいは家でするつもりだったが』
「そうですか!暇なんですね!!」
『お、おう…』
先ずは時間が空いているかどうかの確認、クリア。あとは誘うだけだ。
「それでですね…あのですね…」
『うん』
「えーっとその…何と言いますか…」
『うん?』
だがかぐや、ここでヘタれる。あと一歩、あと一歩踏み込んだ事を言えばいいのだが、それが出来ない。既に心臓の音がうるさくて耳障りに聞こえている。顔からは火が出そうになってる。その時、かぐやの目に早坂のカンペが入る。
そこには、
『勇気を出して』
とだけ書かれていた。それを見たかぐやは、勇気を振り絞る。
「会長!」
『な、なんだ?』
「今度の週末に私と2人でお出かけしませんか!?動物園とか!!」
『え?』
そして言った。遂に言った。何時もみたいに遠周りな言い回しではなく、素直な気持ちをそのままに。今この瞬間、かぐやは自分から白銀をデートに誘ったのだ。
(あああ!言っちゃた!言っちゃった!!)
言い終えたかぐやは、顔が真っ赤になった。心臓の音も先ほどの比では無いくらい大きくなってる。後は白銀の返事を待つだけ。そうすれば、晴れて白銀と2人っきりのデートだ。
しかし、返事がない。電話向こうの白銀はうんともすんとも言わない。
「あの、会長?ひょっとして何か急用が?もしかして、動物とか嫌いでしたか?」
かぐやは思わず白銀に聞いてしまう。何にも言わないと言う事は、何かを考えているのだろう。そしてそれはもしかすると、実は何か用事があって週末は出かけらないという事なのかもしれない。
(ま、まさか、既に会長の心は立花さんに向いてて、私とデートする事は出来ないって事じゃ?)
かぐやは不安に襲われる。早坂から何度も言われているが、白銀は間違いなく京佳を意識している。そしてもしかすると、気持ちは既に京佳にのみ向いているかもしれない。
(もしそうだったら、私はもう…)
急速に心拍数が下がるかぐや。もしそうだったら、泣くだけじゃすまない。もしかすると海に飛び込むかもしれない。
(私って何してたのかしら。立花さんみたいに素直にしていれば、こんな事には…)
どんどん落ち込むかぐや。そんな時だった。
『ああ。なら日曜日でいいか?』
「へ?」
暗闇に光が差したのは。
「えっと、いいんですか?」
『いいも何も、さっき週末は暇だって言ったじゃないか』
そんな白銀の台詞を聞いたかぐやは、
「ええ、では日曜日に。待ち合わせ場所は、後でメッセージを送りますので、その時に」
『わかった。じゃあお休み』
「はい。おやすみなさい会長」
そう言うと、かぐやはゆっくりと通話画面を切った。
「やったわ!やったわ早坂ぁぁぁ!」
「おめでとうございます。かぐや様」
かぐやはベットの上で飛び跳ねる。まるで子供の様に嬉しがる。でもしょうがない。だってデートだ。好きになった人との2人きりのデートだ。これを嬉しがらない人などいないだろう。
「それでは、今から当日のデートプランを考えましょう」
「ええ!是非お願い!」
そしてそのままの流れで日曜日のデートプランを考え出す。
その夜、かぐやが寝たのは12時前だった。
「……」
公園のベンチでは、白銀がスマホを握っていた。そして、
「うおっしゃあああああ!!!」
思わず大声を出しながらガッツポーズをしたのだった。
「マジかよ!いやマジかよ!!デートに誘われた!あの四宮からデートに誘われた!!」
飛び跳ねかける白銀。その顔は歓喜に染まっている。だって好きな人からのデートのお誘いだ。男子高校生でこれを嬉しがらない奴は、心が無い証拠だろう。
(まぁ、100%喜べないところもあるけどな…)
だが一瞬、歓喜に染まっているその顔に陰りが差す。その理由は、今嬉しがっているデートの事だ。
(四宮には悪いと本気で思ってる。けど、しっかりと結論を出す為にも判断材料にしないと)
白銀は日曜日のデートを、かぐやと京佳についての判断材料にする事にしていた。かぐやからすればふざけんなという考えだろうが、そんな事白銀だって承知している。でも、このままどっちか決められない方がずっと嫌だ。
(俺、いつか刺されるかもしれないな…)
再び品定めするような行い。もし当人達がこの事を知ったら、どうなるかわからない。かぐやに至っては海に沈める可能性すらある。
(でも、決める為にもやるしかない。中途半端な状態で決めたら、絶対に後悔するだろうし)
だがそれでもやる。でないと、何時まで経っても2人の内どっちかを決められない。
「とりあえず、帰るか」
そして白銀は自宅への帰路へ着く為、ベンチから立ち上がり自転車に乗ろうとした時、
「ちょっといいですか?」
「え?」
後ろから声をかけられた。
「警察官?」
しかも警察官に。
「さっきいきなり大声出したりしてたけど、ちょっとお話聞かせてもらっていいですか?」
「あ」
こうして白銀は、人生初の職務質問を受けたのだった。
尚、別に問題は無かったので5分くらいで解放された。
かぐや様、反撃開始。
さぁ、これからどうなる!?書ききれるのか作者!?
でも本作はノリと勢いで書いている作品なので、過度な期待だけはしないでください。
あと変なところとかあったら修正しときます。
次回は100話記念。デートのお話は少し待っててね。
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立花京佳とラブホテル
正直、ここまで長くなるとは思ってませんでした。完結目指してこれからも書きますので、どうかよろしくお願いします。
それと今回は前にとったアンケートの内容を反映させています。
まさかの1万文字越え。毎回これくらい書けたらいいのにね。にしても酷いタイトル。
「くっそぉぉぉぉ!!いきなり夕立とか聞いてねーぞーー!!」
白銀は雨の中、両手に買い物袋を持った状態で走っていた。
「白銀!とりあえずあそこの建物の下に行こう!そうすれば雨宿りくらいはできる筈だ!」
「そうだな!そうしよう!」
京佳と一緒に。
2人は先ほどまで、いつもの激安スーパーへ行っていた。本日のお買い得商品を買う為だ。なお、本日のお買い得商品は卵である。なんと1パック70円。安い。
しかしスーパーへ行ったその帰り道、突然雨が降り出したのだ。それもかなりの土砂降りが。
「はぁ。全く最悪だ」
「そうだな。おかげで全身ずぶ濡れだよ」
偶然見えた建物の下、そこにあった小さいテラス屋根みたいな部分で白銀と京佳は雨宿りをする事にした。
「これが所謂ゲリラ豪雨ってやつなのかな?」
「そうだろうな。こうして経験するのは初めてだよ」
雨宿りをしながら空を見上げると、未だにバケツをひっくり返したような雨が降っている。そして雷の音も聞こえる。ちょっと怖い。
「白銀。ここにいても、落雷で怪我したりはしないよな?」
「多分大丈夫だぞ。都心の雷ってみんなビルの屋上にある避雷針にいくって言うし」
「そうか。少し心配しすぎか」
「しっかし止まないな…。これあとどれくらい降るんだ…?」
他愛の無い会話をしながら雨宿りをする2人。今朝の天気予報ではこんな事言っていなかったのに、これだ。そして止む気配が全くない。おかげで、いつまでここで雨宿りするかわからない。
「あーもう最悪だ。制服の下までグッショリだよ」
京佳はそう言いながら、スカートの丈を絞っている。そして京佳のその言葉を聞いた白銀はドキリとした。制服の下、つまりは下着。今の京佳はそこまで濡れている。そう考えると、何かよからぬ事を考えてしまう。
「っとそうだ。念のため荷物確信しよう」
あまりこの事について考えるべきではない。そう思った白銀は、自分が背負っているリュックの中身を確認し出す。塗れた事による被害を見る為だ。
(えっと、スマホは動くな。流石防水タイプ。そして、この参考書はダメだな。乾かしたらまだ使えるかもしれないけど。あとさっき買った卵とマヨネーズは大丈夫っと。まぁ濡れてるだけだしな)
結果、被害は参考書1冊だけですんでいた。しかしこの参考書は既にほぼ終わっているものなので、実質被害は無しに等しい。
そうして白銀がリュックの中身を確認していると、
「くしゅん!」
「え?」
隣から可愛らしいくしゃみが聞こえた。白銀が隣を見ると、そこには京佳が両手で自分の身体をさすりながら立っていた。
「立花。もしかして今のは」
「私だよ。ちょっと身体が冷えてきたみたいだ…」
京佳がそう言うのも仕方が無い。既に季節は冬に入っており、最高気温が15℃を下回る日々が続いている。そんなただでさえ寒い日なのに、京佳も白銀も全身ずぶ濡れだ。
そして人間は、濡れた服を着ていると急激に体温が下がっていく。そうなれば、くしゃみのひとつくらいするだろう。
「大丈夫か立花?」
「ああ。まだ大丈夫だ…くしゅん!」
白銀が心配するが、京佳は大丈夫と答える。だが、明らかに体が小さく震えている。あまり大丈夫には見えない。またくしゃみしてるし。
(これはほっとくとマズイな。立花が風邪をひくかもしれない。せめて濡れた服を乾かせる場所でもあれ…ば…)
白銀が京佳を見ながら心配している時、白銀は少し動きと視線を止めた。その視線は京佳を見ている。今の京佳は全身雨で濡れている状態だ。つまりそれは、制服がピッチリと体にひっついている状態でもある。
その結果、京佳のボディラインがかなりはっきりとわかる様になっていた。特にお尻がまずい。形が良く、程良い肉の付いた臀部がかなりはっきりと見えている。残念ながら下着は透けていないが、下着のラインとかはギリ見えそうだ。
そんな扇情的な京佳を見た白銀は、
「ふん!」
ビルの壁に思いっきり頭をぶつけるのだった。邪な思いを痛みで上書きする為である。
「どうした白銀!?」
「いやー!急に頭を打ち付けたい気分になってなー!こうすると気分が晴れるんだよ!」
「そ、そうなのか?でも、それ痛く無いか?」
「全然大丈夫!」
突然の白銀の奇行に驚く京佳。もの凄く痛そうだったが、白銀が大丈夫と言うので、それ以上は聞かない事にした。なお、この時の白銀は内心めっちゃ痛がっていた。コンクリートに頭をぶつけたからそりゃそうだろうが。
(ええい!今はそんなことよりこの状況をどうするかだ!立花は文化祭で演劇をやるって言ってたし、もし風邪をひいて、それが長引いたりしたら大変だ。どこかに体を温められて服も乾かせる都合の良い場所ってないか?)
京佳の身を案じた白銀は、何とかしたい思う。そこでどこか体が温められて、濡れた服も乾かせる場所が無いか模索。だが、そんな都合の良い場所なんてある訳がない。
「ん?」
そう思っていた時、ある看板が見えた。
『ホテル 1部屋3000円から。乾燥機あり!』
それは今、白銀に必要なものが全部揃っている場所だった。何とも都合よく見つかった。まるで天よりの助けである。
「立花!ちょっといいか!?」
「え?どうした白が…くしゅん!」
「そのままだと風邪をひくかもしれないだろう?今からあそこに行こう。ちょうどリーズナブルな値段だし、乾燥機もあるし」
白銀が見つけた看板に指を指しながら京佳に説明する。
「……へ?いやでもあそこって…!?」
「金なら心配するな。あれくらいなら俺でも払える。ほら行くぞ」
「ちょ、ちょっと白銀!?」
驚いた様子の京佳の手を引きながら、白銀は看板のあるホテルへと歩き出す。
こうして2人は、すぐそこにあったホテルへと入っていった。
(なんだここ?)
白銀が最初に思ったのは、違和感である。なんというか、想像していたホテルのロビーと全然違うというのだ。普通のホテルのロビーというもは、それなりの広さがあるロビーにスタッフがいるもの。
だが2人が入ったホテルにはスタッフらしき人影は見当たらない。あるのは沢山の液晶画面と、それに写っている沢山の部屋。
(まさか…)
ここで白銀は感づいた。人気の無いロビー。沢山の液晶画面。それに写る部屋。そしてその下の書かれている料金表。そこには『休憩。宿泊。フリータイム』の文字。これらが意味するものはただひとつ。
(ここラブホじゃねーかぁーー!?)
それはここが普通のビジネスホテルではなく、ラブホテルだという事だった。
ラブホテル。
それは、恋人同士が性的な行いをする場合に宿泊するホテル。普通のホテルと違って1泊する事があまりなく、休憩という形で小時間利用される事が多い場所でもあるため、利用料金も安い。
また、サービスも非常に充実しており、食べ物に飲み物、果てはカラオケやホームシアターまで完備しているホテルまである。最近ではそのサービスの多さで、決して恋人同士だけの利用ではなく、1人でも、そして友人同士でも利用されるホテルでもあるのだ。因みに日本国内には、推定3万5千軒存在していると言われている。
(いやいやまずいまずい!これは非常にまずい!!)
焦る白銀。ただのビジネスホテルかと思えばラブホテルだったのだ。これが自分1人だけならまだ笑話で終わるが、今自分の隣には京佳がいる。そして白銀は、先ほど京佳を強引にここに連れてきている。つまりこれは京佳に、そういう行為をする為に連れ込んだと思われるかもしれないのだ。
(いや待て!まだ立花がここをそういうホテルだと認識していないかもしれないじゃないか!だったら別に変な事されると思われる事も無い!)
もし京佳がここをただのビジネスホテルを勘違いしていれば、言葉巧みに京佳を誘導し、体を温めさせればいい。そうすれば風邪もひかないだろうし、変な勘違いをされる事も無い。そう思った白銀が京佳を見てみると、
「……」
そこには顔を真っ赤にしている京佳がいた。
(全然普通にそういうホテルって気が付いとるーーー!?そして間違いなく勘違いしてるーーー!?)
そういった知識に乏しいかぐやだったら騙せたかもしれないが、一般的にそういう知識のある京佳は無理だった。しかもただ顔を赤くしているだけではなく、全体的にもじもじしている。これは間違いなく、京佳が勘違いしている証拠だろう。
つまりこれから自分は、このホテルで『そういう事をされる』と。
「え、えっと…白銀って…結構強引なんだな…」
「違う立花!これは違うんだ!」
「ただその、私、初めてだから、色々リードしてくれると助かる…」
「立花違う!マジで違うんだ!説明!説明をさせてくれ!」
このままでは色々マズイ。そういうつもりじゃ無いのに、そういうつもりでここに来たと捉えられてしまう。なので白銀はまず弁明をする事にした。
その後、2人しかいないロビーで白銀は弁明をした。このままでは、揃って風邪をひくかもしれない事。偶然見えた看板に乾燥機とあったのでここに入った事。そして断じて、そういう意味でここに入った訳では無い事等。白銀はそれらの事をしっかりと説明した。
「そ、そうか。そうだよな。いきなりここに入った時は何事かと思ったけど、そういう事だったのか。はは…」
白銀の必死の説明を聞き、京佳も落ち着きを取り戻した。少し残念がっている様にも見えるが。
「くしゅん!」
そしてまたくしゃみをする。本格的に風邪をひきそうだ。
「立花。とりあえず、部屋に行こう。このままだと本当に風邪をひいてしまう」
「そうだな。そうしようか…くしゅん!」
「それと言っておくけど、マジでそういった事はしないから。信じてくれ」
「ああ。信じるよ」
こうして2人は部屋をひとつ借りる事にした。
「ここか」
エレベーターに乗り、2人がやってきたのは3階の角部屋だった。そしてフロントで手に入れた鍵を差し、部屋に入る。
「へぇ。中は割と普通の部屋だな」
部屋の中にはダブルのベットがひとつ。液晶テレビがひとつ。後はソファとテーブルがあり、奥の方には浴室があった。これだけ見ると、少し高級なビジネスホテルに見える。そして部屋を見渡した白銀は、まず浴室へ向かった。
「よし。ちゃんと乾燥機もあるな」
浴室には乾燥機に洗濯機がちゃんとあった。これで濡れている制服を乾かす事が出来る。だが、白銀はここである事に気が付いてしまった。
(あれ?ドアのガラス、透けてね?)
それは浴室の脱衣所にあるドア、そのガラスが透けている事だった。実はラブホテルの浴室のガラスは、透けている事が多いのだ。これでは外からでも中の様子が丸見えだ。だがもう今更どうしようもない。
「立花。先に入ってくれ。俺は部屋の暖房で身体を温めておくから」
「いいのか白銀?白銀だってずぶ濡れだろう?」
「大丈夫だ。前に雪の中ピザ配達のバイトだってした事あったが、あの時も風邪はひかなかった。まだ耐えられる」
「…そうか。わかったよ。でも、ここのドアのガラスって…」
「俺は後ろを向いている。絶対にそっちは振り向かない」
「…わかった。信じるよ」
とりあえず白銀は、浴室とは反対方向の壁を向く事にして、京佳にシャワーを使わせる事にした。そう言うと京佳は脱衣所へ行き、白銀は上着を脱いでそれをハンガーにかけ、部屋の暖房スイッチをオンにする。
(よし俺!平常心だ!常に平常心を保つんだ!!)
そして壁を向きながら、精神を落ち着かせようとする。だが簡単にはいかないだろう。だって今、自分は女の子とラブホに来ているのだ。そしてその女の子は、現在脱衣所にいる。
シュルシュル パサッ
おまけに現在、布が擦れたり落ちたりする音が聞こえている。つまり今、自分の後ろにあるドア1枚挟んだ向こう側では、京佳が服を脱いでいる。もしここで振り返れば、京佳の下着姿、もしくは生まれたままの姿を拝めることができるだろう。
そういった事を考えてしまうと、白銀は自分の体温が上がるのを感じた。心音もうるさく、脈も速い。
(でもダメだ!それはダメだ!俺だって男だから、そういうのが見たい気持ちはあるけど!でも絶対にダメだ!!)
正直に言うと振り返ってみたい。そしてこの目で、そういった姿を拝みたい。だがそれは超えてはならない一線だ。
(そうだ念仏を唱えよう。煩悩退散煩悩退散!!)
その後、白銀は念仏を唱えるのだった。
一方京佳はというと、
(う、後ろに…白銀がいる…!私、白銀の直ぐ後ろで、服脱いでいる!!)
なんか変な気分になりそうになってた。だが、自分の好きな男の子のすぐ後ろで服を脱いでいるのだ。それに扉越しとはいえ、ガラスは完全に透けている。白銀が振り返れば、いつでも見られてしまう。
(な、何これ?何か変な気分…)
その状況が京佳を妙に高ぶらせる。
(でも白銀だったら、別に隅々まで全部見られても…って違うから!それじゃあまるで私が露出狂の変態じゃないか!!)
ブンブンと頭を振って自分を落ち着かせる京佳。これでは下手すると、変な嗜好に目覚めるかもしれない。
(温水の前に、1度冷水浴びよう…)
そして京佳は自分が着ていた私服や下着を全て乾燥機に入れて、シャワーを浴びるのだった。
「…ん」
1度冷水を浴びて頭をすっきりさせ、その後直ぐ温水を浴びる京佳。冷えてた体が温まってくる。
(それにしても、こういうとこのお風呂ってジャグジーなんだな)
浴室には当然浴槽があるのだが、それは普通の浴槽ではなくジャグジーだった。あの泡が出る丸い形のやつである。
(もし白銀と一緒に入ったら、多分お互い向かいあって…)
京佳は想像する。白銀と一緒に風呂に入るところを。そして入って、お互い生まれたままの姿で向かい合いそのまま。
(何を考えてるんだ私はーーー!?)
ラブホに2人で来ているという特殊な状況が、京佳に冷静な判断力を失わせていた。このままではいけないと思った京佳は、再び冷水を浴びる事にした。
「ひゃんっ!?」
そして思ったより冷たく、冷水が全身にかかってしまったので変な声が出た。
その後、念のためにと思い念入りに全身を洗い、体を温めて京佳はシャワーを浴び終えて浴室から出ようとしたのだが、ある事に気が付いた。
(き、着替えが無い…!)
そう。着替えである。今日、白銀と京佳は突然ここに来てしまっている。当然、着替え何て用意している筈が無い。そして京佳の制服や下着は、今も乾燥機の中だ。
(どうしよう…。このままじゃ私、は、裸のまま白銀の前に…!)
いくら京佳でも、そういう事をする訳でもないのに、裸で白銀の前に出る勇気はない。そんな事が出来るのは痴女くらいだろう。
(あれは…)
どうすればいいか考えていると、ある物が目に映る。
京佳がシャワーを浴びている最中、白銀はずっと念仏を唱えていた。態々姿勢を正し、両手を合わせてである。
しかし、
シャワァァァァ
耳に入ってくるシャワー音。そして直ぐ向こう側で京佳がシャワーを浴びているという事実。更にここはラブホ。それらが合わさった結果、白銀は全く煩悩が消えずにいた。
(つーか何でシャワー音聞こえるんだよ!壁薄いのかここ!?それともラブホってこういうものなの!?)
何度も冷静になろうとしているが、全然冷静になれない。小数点を数えたり、藤原の様に頭をからっぽにしようとしているが、全然ダメ。効果がまるで無い。
(そうだ。音が聞こえるからダメなんだ。丁度テレビがあるし、ここはニュースでも見よう)
そこで今度は、テレビを見て落ち着こうとした。リモコンを手に取り、テレビの電源を入れる。この時間なら夕方のニュースをやっているだろう。そしてテレビが点くとそこには、
『やあぁん』
裸の女性が映し出された。それも絶賛、そういう事をしている最中の映像で。それを見た白銀は、恐ろしく早い動きでテレビの電源を切った。
(しまったぁぁぁ!!こういうところのテレビって態とこういう映像しか映らないんだったぁぁぁ!!)
ラブホのテレビは普通と違い、やらしい映像が見れるようになっている。白銀はそれを失念していた。あと一応言っておくと、チャンネルを変えたら普通にニュースだって見れる。だが今の白銀にそんな事を考える余裕などない。
(くっそ最悪だ!より変な感じになってきた!)
元からまずい精神状態なのに、それがより一層悪化した。更にたった今見た映像。それが白銀の頭の中で何度も再生される。
それもテレビに映っていた女性ではなく、京佳で。
何度も頭の中で再生する。京佳のあられもない姿が。聞いた事も無い嬌声が。そして自分の名前を呼ぶ声が。こうなってはもう悪循環である。1度そういった事を考えてしまうと、もう消せない。それらを消すには、より大きな何かが必要だろう。
(もう何でもいい!隕石でも彗星でもいいからここの近くに落ちてきてくれ!ていうか助けて神様!)
遂に神頼みをする白銀。その時だった。
「し、白銀…。あがったぞ…」
脱衣所から京佳の声が聞こえたのは。
(ま、まずい!今この状態で立花とまともの喋れる気がしない!)
精神上、割とピンチの白銀。このままでは変なボロを出してしまうかもしれない。そこで白銀は、舌を思いっきり噛む事にした。正直、それだけでどうにかなるとは思えないが、何もしなよりマシだろう。
「そうか。なら次は俺が…」
そして白銀はミスを犯した。先程京佳がシャワーを浴びる際、決して見ないと言っていたのに、それがさっき見た映像のせいですっぽりと頭から抜けてしまっていたのだ。
その結果、京佳の声がした方に普通に振り向いてしまった。そして白銀が振り向いたそこには、
「へ?」
身体にバスタオルだけを巻いている京佳が立っていた。
「「……」」
何も喋れない。というか頭が追いつかない。この状況を理解できない。それだけじゃない。今、白銀は完全に京佳に見入ってしまっていた。だってバスタオル姿である。いつぞやの水着と違って、バスタオルだけである。つまり、布1枚だけ。その下には何も無い。ここでバスタオルを剥ぎ取れば、そこには桃源郷が広がっているだろう。
それだけじゃない。そのあまりにも露出の多い京佳の姿に見入ってもいた。肩が大きく出ていて、バスタオルの丈も膝上どころか股下10cmといった感じ。下から除けば色々見えてしまうのは間違いない。
まさに風呂上りというその姿。あまりにも扇情的、もといエロイ。故に白銀は何も言えないし、動けずにいたのだ。結果、じっと京佳を見てしまった。
「……白銀のえっち」
「ああ!悪い!!本当に悪い!!」
京佳に小声で言われ、白銀はとっさに壁の方を向く。
「な、なぁ立花。どうして、そんな恰好を?」
「着替えが無かったから、苦肉の策だ…」
「……成程」
白銀は理解した。急にここにきたのだ。着替えなんてある訳無い。だがしかし、バスタオルだけというのは心臓に悪すぎる。このままでは、理性の糸が切れてしまうかもしれない。
「じゃあ!今度は俺がシャワー浴びてくるから!立花はそこで暖房にでもあたってゆっくりしててくれ!」
なので白銀は、とっととその場を後にする事にした。そして決して京佳の方を見ない様に蟹歩きで脱衣所へと入って行った。
(あーーー!マジで心臓止まるかと思ったぁーーー!!)
脱衣所に入った白銀は、大きく深呼吸をする。危なかった。本当に色々危なかった。危うく、雄の本能に従いそうにもなっていた。
(ここに来るまでは俺も寒かったけど、もう全然寒くないな…)
でも流石に風邪をひくかもしれないので、白銀もしっかりシャワーを浴びる事にした。そしてふと、乾燥機に目をやる。乾燥機は絶賛稼働中だ。今、この中では京佳の制服と下着が乾かされている。
というか見えてしまっている。黒い服に紛れて、白い布が見えてしまっている。あれは間違いなく下着だろう。
「よし。先ずは冷水を浴びよう」
これ以上ここにいるとマズイと思った白銀は、さっさと浴室へと入ろうと決める。直ぐに身に着けていたものを脱ぎ、近くにあった籠に中に入れて浴室の扉を開ける。そしてシャワーを冷水にして、頭から思いっきり浴びるのだった。
(うぉぉぉ!!消え去れ煩悩ーーー!!)
その姿、まるで滝行に挑む修行僧。その後白銀は、暫くの間冷水を浴びていたが、流石に寒くなった来たので温水を浴び始めた。
(本当にどうしよう…)
そして京佳。白銀がシャワー室へと言った後、彼女はベットに腰掛けていた。だがその心に中はもういっぱいいっぱいである。いくら着替えが無いと言っても、バスタオル姿というのはどうかと今更思い始める。もしかすると、白銀に『異性の前で簡単に素肌を晒す女』と思われたかもしれない。
(というかこれじゃ本当に、白銀とそういう事をする前みたいじゃないか…)
それだけじゃない。先にシャワーを浴びて、ベットで待っているというこの状況。本当にそういう事をする前みたいだ。そういった事があり、本日の京佳はあまり冷静じゃない。
(でも、四宮に勝つためなら、いっそこのまま白銀と…)
そして考える。心より先に身体をつなげてしまえばいいのではないかと。もしここで白銀に迫り、そういった事をしてしまえば、白銀は絶対に責任を取るだろう。
それに京佳自信、自分の身体が非常に強い武器になる事を理解している。この身体ならば、白銀をとことん満足させる事も可能だろう。そうすれば、かぐやにだって勝てる。
(って何をバカな事を。落ち着け私)
だがこれはかなり卑怯な手段だ。優しい白銀の心の隙間に入るこむ姑息で卑怯な手段。というか流石にこんなやり方で結ばれたくも無い。使うにしても、あくまで全ての策が無くなった時の最終手段である。
(とりあえず、テレビでも見よう。そうすれば落ち着くだろう)
そして京佳は、自分を落ち着かせるべくテレビを見る事にした。
なおその結果は、先程の白銀と同じである。
「これしかないかぁ…」
シャワーを浴び終えた白銀。勿論、彼にも着替えなんて無い。結果として、腰にバスタオルを巻く事となった。
(つーかこれじゃマジで事前見たいじゃねーか…俺本当になんでここに入ろうなんて言ったんだ…)
いくらあのままでは風邪をひくかもしれなかったかと言っても、流石にラブホはマズかった。既に精神が限界に近い。こんなことなら多少お金がかかってでも、タクシーを呼んで京佳を自宅へと送ればよかった。そう思いながら白銀が脱衣所から出ると、京佳が背中を向けた状態でベットに座っていた。白銀はなるべく京佳の方を見ない様にしながら、反対側のベットに座る。
「えっと、立花。もうじき乾燥機止まるだろうから、その後俺が使ってもいいか?」
「あ、ああ。いいよ」
このままずっと無言は耐えられない。なので他愛の無い会話をする事で気を紛らわす事にした。
「そういえば、演劇の練習は順調か?」
「まぁね。結構台詞が多いけど、何とか通しでやれるくらいまでは覚えてるよ。そういう白銀は、バルーンアートだっけ?」
「ああ。まだしっかりと練習している訳じゃないけど、しっかりとしたものを作る予定だよ」
「ふふ、そうか。なら文化祭の時はお願いしようかな」
「おう。その時は好きなの作ってやるよ」
会話が弾み、気まずい空気が薄れていく。これならば、もう変な考えになる事もないだろう。
「立花は王子役だったか?個人的な感想だが似合ってるよな。絶対に人気が出るぞ」
話題は京佳の演劇の話、その役割へとなっていく。
「でも、やっぱり私は不安だよ」
「え?どこかだ?」
しかしここで少し暗い雰囲気を出す京佳。白銀は理由を聞いた。
「いやだって、文化祭には初めて秀知院に来る人もいるだろう?そういった人から悪人面みたいな人がいるって言われて、学校にクレームが来ないかって…」
京佳は自分の顔がコンプレックスだ。中学生の頃に上級生に薬品を浴びせられ、大火傷をした顔が。その結果、それまで友達と思っていた人たちに気味悪がられ事が。そして今でも、この顔の事で何か言われるんじゃないかと思うと怖いのだ。
「立花。ちょっといいか?」
「?」
京佳がそんな話をすると、白銀が真面目な声のトーンで、
「こっち向いてくれ」
「え」
こっちを向けと言い出した。
「え、えっと」
「いいから」
「あ、うん…」
少し戸惑った京佳だが、直ぐに振り返って白銀の方を向く。振り返ると、白銀も同じ様に振り返っていた。結果、2人はベットの上で向き合う形となる。そして白銀は、
「左手をどけてくれ」
京佳にそうお願いをした。今の京佳は、何時もの眼帯をしていない。雨で濡れたので乾燥機に入れている。その為、京佳は自分の左手で顔の火傷ある左側を隠している。それを白銀は、どけて欲しいと言った。
「え、でも…」
「頼む」
「……」
白銀が頭を下げる。それを見た京佳は、ゆっくりと左手を顔からどけ、両手を胸の前に置く。
京佳の顔の左側がさらされる。そこにはあまりにひどい火傷の跡。普通の人なら、どうしてもひいてしまうだろう。
「し、白銀?」
「やっぱり変じゃない」
「え?」
だが白銀は違う。京佳の顔を真っすぐ見て言う。変じゃないと。
「前にも言ったが、立花の顔は全然変じゃない。気味が悪くも無い。普通だ。誰がなんと言おうと普通の顔だ。というか、どっちかって言うと綺麗な顔だ」
「……」
「そりゃあ、世の中には心無い事を言う奴だっているだろう。でもな、誰が何と言おうと立花の顔は変じゃない。俺が保証する」
「……」
「もし文化祭の演劇で立花の顔の事を変に言う奴がいたら必ず俺に言え。絶対になんとかしてやる」
白銀ははっきりと宣言する。
「ありがとう、白銀」
「おう」
京佳はそれを受け取った。そしてもし本当に文化祭で変な輩がいたら、絶対に白銀に言おうと決める。
(ああ。そうだった。これが、白銀御行だ)
京佳は思い出す。1年生の頃、白銀は京佳に同じ様な事を言った。それがきっかけで京佳は白銀へ関心を示し、いつしか恋心を抱くようになっていった。
(やっぱり私は、君が好きだ…)
京佳は、やはり自分が目の前の男が好きなんだと再確認する。どうしようもなく好き。今すぐにでも、この想いを伝えたい。そして、かぐやにだけは渡したくない。
(絶対に、文化祭で君に想いを伝えるよ。例えどんな事があっても)
ここで好きだと言っても、流石に受け入れて貰えるとは思えない。だからこそ、万全の状態で文化祭に挑もう。京佳はそう決意する。
と、そんな良い感じの雰囲気の時だった。
『ふああん。そこ~~』
「「え?」」
突如、2人の部屋に妙な声が聞こえる。声がする方を見てみると、テレビが点いていた。
そしてそこには、男女の営みがまざまざと映し出されている。
実は先ほど京佳がテレビを付けた時、京佳はテレビのリモコンをベットにおいていたのだ。そして今、運悪くベットに置いていたリモコンを踏んでしまった。結果、テレビの電源がつき、にアダルトな映像が流れだす。それを見た2人は、今の状況を確認する。
(いや俺何してんの!?お互いバスタオル巻いてるままの状態で向かい合ってるとか!!)
(何してるんだ私は!?今バスタオルしか着けて無いんだぞ!?それなのに白銀とこんな近距離で向かい合うなんて!?)
パニックになる2人。このままではいけない。なんか色々マズイ。直ぐにどうにかしなければならない。そして白銀はリモコンを探す事にした。
「た、立花!リモコン!リモコン探せ!!」
「ま、待ってくれ白銀!バランンスが!!」
ベットにあるであろうリモコンを探す白銀。しかしその時、
「うぉ!?」
「きゃ!?」
白銀はベットの上でバランスを崩し、そのまま京佳の方へ倒れてしまった。そしてそのまま、京佳をベットに押し倒したのだ。
「「……」」
何時かの体育倉庫の焼き直し。いや、場所が場所だけにあの時以上だろう。因みにテレビは消えている。恐らく、倒れた拍子にリモコンを押したのだろう。
「「……」」
無言で向かい合う2人。しかも倒れた拍子で、京佳のバスタオルはかなりはだけている。あとほんの少しバスタオルが動けば、女性としての部分が見えてしまう程に。そんな京佳を、白銀は思わずまじまじと見てしまう。
仰向きになっているというのに、しっかりと健在している双丘。それは京佳が呼吸をするたびに上下に動く。更に下に目をやると、バスタオルの丈が股下10cmどころか、既に2cmほどしか無いくらいになっている。そのため、京佳の太腿が露になっている。
そして綺麗で柔らかそうな肌。もしここでこれを触れば、どんな感触か想像も出来ない。
つまり率直言って、今の京佳はとんでもなくエロかった。
(や、ヤバイ!動けない!動かないといけないのに動けない!)
このままの状態で良い訳が無い。何とか動かないといけないのに、白銀の本能が動くなと言う。そして白銀も、それに無意識に従っていた。
(もしここで、バスタオルを剥ぎ取ったら…)
そこにあるのは間違いなく素晴らしいものだろう。未だに拝んだ事の無い女体。それが今、目の前にある。それもあと少し手を伸ばせば、全てが見れる程に。だが、白銀の理性がそれに待ったをかける。このまま手を伸ばしてはいけないと。今すぐ立ち上がって、距離を取れと。理性がそう言っているのに、白銀はそれに中々従えない。
そんな時だった。
「白銀…いい…よ?」
「っ!?」
京佳がとんでも無い事を言ったのは。
「ん…」
そして京佳は目を閉じる。まるでこれから行われる事全てに、目を瞑ると言わんばかりに。
「た、立…花…」
良い筈無い。なのに白銀の右手は、ゆっくりと京佳の左胸へと向かっていく。10cm、7cm、5cm、3cm。そして遂に、白銀の右手が京佳の左胸に当たろうとしたその時、
プルルルル! プルルルル!
「「!?」」
部屋の棚に置いてたスマホが鳴り響いた。
それを聞いた白銀は直ぐに立ち上がり、スマホの方へと歩き出す。
「えっともしもし?ああ、圭ちゃんか。どうした?え?あーとな、ちょっと雨宿りしてて。帰りが遅くなる。いやごめんって。後でまた電話するから。ああ。じゃ」
電話の相手は妹の圭だった様だ。どうやら、兄の帰りが遅いので電話をしてきたらしい。
「えっと白銀。私は着替えてくるから」
京佳はそう言うと、脱衣所へ向かっていった。だがこの時、バスタオルがはだけているのをあまり直さなかったので、京佳の背中が丸見えだった。というかお尻も見えていた。
「っ!?」
白銀は直ぐに顔をそむける。そしてそのままベットに腰かけたまま、京佳が着替えて出てくるのを待つのだった。
「雨、止んだな…」
「そうだな…」
1時間後。そこには雨が止んだ夜空。そして白銀の京佳の2人は、ホテルから出て歩き出す。あの後、京佳は脱衣所で着替えて、その後に白銀の制服を乾燥機に入れて乾かしだした。
そして京佳は部屋に設置されたソファに座り、白銀は脱衣所で体育座りをして自分の服が渇くのを待っていた。そして制服が渇き、もう用は無いとしてホテルから出てきたのだ。
「……」
「……」
会話が無い。というか出来ない。気まずいからだ。だってつい先ほどまで、恋人でも無いのにあわや一線を超えかけたのだ。正直、場の空気に酔っていたのもあるだろう。だがそれでも、あの時の自分たちはどうかしていた。そう思わずにはいられない。
「なぁ、白銀…」
「何だ、立花…」
無言で歩く中、京佳が白銀に話しかけてきた。
「さっきのあれは、お互い無かった事にしないか?」
「……そうだな。お互い、さっきの事は忘れよう」
京佳の提案を白銀は受け入れる。そうでもしなければ、このまま妙に意識してしまいそうだからだ。だったら忘れよう。その方がいいと思った。
「あ、じゃあ私はこっちだから…」
「ああ。じゃ、また明日…」
そしてお互い、途中で別れてそれぞれ帰路に着くのだった。
だがその時、
「白銀!」
京佳が白銀を呼び止めた。
「えっと、どうした立花?」
白銀も足を止めて、京佳の方へ振り返る。すると京佳は、
「私、あんな事は、白銀じゃないと言わないから!!ていうか白銀以外に言うつもりないから!!」
さっき忘れようと言った話を蒸し返す様な事を言った。
「え?」
「じゃ!」
そして言うだけ言って、京佳はその場から足早に去っていった。
(いやどういう事!?もしかしてそういう事!?え!?)
白銀は混乱しながら、暫くその場で立ち尽くすのだった。
そしてその日の夜
「煩悩退散煩悩退散煩悩退散!」
「だからおにいうるさい!!」
白銀は自室で煩悩を消し去ろうとしていた。
(私は、私はなんて事をぉぉぉ!!)
そして京佳はベットの上で悶えていた。
はい。と言う訳でのラブホ回でした。正直、書いてて凄く楽しかった。やっぱり、書いてて自分が楽しいのが1番かもしれない。
次回も体調に気をつけなが頑張る。この時期、変に寒暖差激しかったりするし。
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立花京佳と対策
神りそうになった。
立花家 京佳の部屋
(あああああああああ!!??)
立花京佳は自室のベットの上で悶えていた。それはもう悶えていた。今すぐタイムマシンに乗って過去をやり直したいと思うくらいには悶えていた。
京佳がこれほどまでに悶えている理由、それは数時間前のラブホテルでの出来事だ。
数時間前、京佳は白銀と2人でラブホテルへ行っていた。決してやましい事をする為ではなく、雨宿りの為だ。だがそこで、京佳と白銀は思わず一線を越えかけしまった。もっと言うと神りかけた。
(わ、私は!何て事を言ってるんだぁぁぁ!!??)
しかも原因は京佳の一言にある。そもそもの原因は、白銀が誤って京佳をベットに押し倒した事だが、その後京佳は『白銀…いいよ…?』と白銀に言っている。
その結果、白銀もその気になってしまい、危うく一線を越えかけたのだ。結局一線を越える事は無かったのだが、その後の2人は何とも気まずい空気の中帰宅。そしてこうして自宅へと帰宅した京佳は、思い出して悶えていた。
(あ、あと少しで、私は白銀と…あああああああ!?)
何度もラブホテルの時の事を思い出す。白銀の直ぐ後ろで服や下着を脱いで裸になった事。バスタオル1枚だけの状態で白銀と向かい合った事。そして白銀にベットに押し倒されて、一線を越えそうになった事。あの時、白銀のスマホに圭からの電話が無ければ、間違いなく2人は一線を越えていただろう。
その時の事を思い出すと、もうどうしていいかわからない。顔から火が出そうにもなる。今ならおでこの熱だけでお湯が沸かせそうだ。だが目下最大の問題は一線を越えかけた事じゃない。
(明日どんな顔して白銀に会えばいいんだぁぁぁ!?)
そう。明日、学校で白銀にどう合えばいいかと言う事だ。なんせ事が事だ。あんな事を経験しておいて、普通に顔を合わせられる自信なんて無い。というか気まずすぎる。あと、顔を見たら絶対にラブホテルでの事を思い出す。
(どうしよう!本当にどうすればいいんだぁぁぁ!?)
悩む京佳は色々解決策を考える。
(学校を休む?ダメだ、それは問題の先送りでしかない!目隠しをする?不可能だ。両目に目隠しをしたら歩けない!なら生徒会室に行かない?これもダメだ!これだけ忙しい中私だけ行かないなんて出来ない!白銀を視界に入れない?これも無理だ!周りから怪しまれるし現実的じゃない!!どうすればいいんだぁぁぁ!?)
京佳は悩んだが、結局答えが出る事は無かった。
(何やってんのかしらあの子?白銀くんにおっぱいでも揉まれちゃったとか?)
そして京佳の母親の佳世は、そんな娘の様子を静かに見ていた。
同時刻 白銀家
(ぬおおおおおおおおおお!!??)
そしてここにも、京佳と同じように悶絶している人がいた。言うまでもなく、京佳と一緒にラブホテルに行っていた白銀御行である。
(俺は何やってるんだよ!?いや本当に何やってるんだよ!?)
あわや同級生の女子と一線を越えかけた。これが恋人同士だったらそこまで問題は無いが、相手は友達で同じ生徒会の仲間の京佳。一応、白銀も京佳もお互い想いを寄せてはいるのだが、それはそれ。付き合ってもいないのに、肉体関係を構築しかけたのはどう考えてもダメだ。そんな事、許される訳が無い。
だが白銀は、それ以外に悩んでいる事があった。
(俺は明日どんな顔して立花に会えばいいんだぁぁぁ!?)
それは明日京佳に合う時、どんな顔をしればいいかという事だ。
(無理だ!今まで通りに接するなんて絶対に無理だ!)
今京佳の顔を見たら、絶対に思い出してしまう。バスタオル越しの大きな胸を。白くて柔らかそうな肌を。色気を放っていた太腿を。それら全てを思い出してしまう。もしそらの事を学校で思い出してしまったら、自分でもどうなるかわからない。
(にしても、めっちゃエロかったよなぁ…もし立花と恋人になったら、あの身体を好きにでき…って何考えてるんだ俺は!!身体目当てなんて最低の中の最低じゃねーか!!)
現にこうして京佳の事を思い出すと、邪な思いが出てくる。それほどあの時の出来事は強烈だったのだ。夏休み中のポロリや、誕生日のキスの非では無い。それら全てを上書きするほどのインパクトがあった。だからこそ簡単に消えないし消せない。
(でも少し勿体なかったかもしれん…せめて1回くらい揉んでてもバチは当たらない…ってそうじゃない!!そうじゃないだろう俺!!)
再び邪な考えをする白銀。家に帰ってからずっとこうである。白銀は何時も勉強に数時間を要するようにしているのだが、今日は全く手に付かない。
本当にどうしようかと悩んでいたその時、
「うるさぁぁぁぁぁい!!!!」
「ぐふぅ!?」
白銀の後頭部に強い衝撃が加わった。
「おにぃさっきから本当にうるさい!もう11時なんだけど!?私、明日新聞配達のバイトあるから寝たいのにおにぃがうるさくて寝れないんだけど!?」
白銀の後ろには、枕を持った圭が立っていた。その顔は怒っている。白銀家は狭い。本来1人暮らし用のアパートに、家族3人で暮らしているからだ。
故にそれぞれの個室など無く、兄妹でひとつの部屋を分けて使っている。具体的に言うと、部屋の真ん中にカーテンをして部屋を区切っている。
つまり、防音なんて出来ない。ひそひそ話すら丸聞こえだ。そして白銀は、さっきからずっとごそごそしながら悩んでいる。それが原因で、圭は全く眠る事が出来なかった。
「あ、ごめん圭ちゃん…」
白銀は日ごろ、常に睡眠不足で生活している。その原因は、バイトや勉強に時間を多くとられているからだ。そんな彼にとって、睡眠というのはとても大切なものである。
そんな睡眠が、自分のせいで妨害されていた。流石にそれはダメだと思った白銀は、すぐに圭に謝る。
「てか何?さっきから何度も何度も頭抱えているみたいだけど。何かあった?」
一方で圭は、兄御行にそんな質問をする。しかしこれは、兄を心配して聞いている訳では無い。最近の兄がこうやって悩んでいるのは、大抵恋愛関係だからだ。そういう話に凄く興味がある圭は、何とか兄から話を聞こうとする。
「……別に」
「いや絶対嘘じゃん」
あからさまに顔を背けた白銀。しかし白銀は何も言うつもりは無い。というか、言えない。京佳とラブホテルで事に及びかけたなんて言える筈が無い。
(い、言えねぇ!言える訳がねぇ!!)
去年色々あったおかげで、圭はかなり京佳に懐いている。そんな圭がもしラブホテルでの事を知ったら、下手をしなくても通報するだろう。そうなっては白銀は来年スタンフォードではなく、刑務所だ。
「あのさおにぃ。言いたくない気持ちはわかるけど、さっきから本当にうるさいの。私じゃ解決できないかもだけど、話すだけでもすっきりするものじゃない?だからさっさと話して。そして私を寝かせて」
話の興味半分、安眠欲しさ半分の圭が言う。
「……」
白銀は考える。確かにこのままでは何も解決しない。ならば、内容を濁してでも話すべきではないのか。
(そうするか。確かに、話しただけでも楽になるかもしれないし)
結局白銀は、圭の安眠の為にも内容を濁して話す事にした。とりあえず、京佳の名前は出さない。
「えっとな。実は、俺の友達との話になるんだが…」
「うん」
「その、な?その友達と、ちょっと気まずい感じになっちゃって」
「気まずい?何があったの?」
「その、事故で押しちゃった的な」
京佳の名前と場所がラブホテルという事は隠して話す白銀。これなら少なくとも、通報される事はない。
「はぁ!?京佳さん押し倒したの!?」
「ふぁ!?」
しかし秒で圭にバレた。
「いや圭ちゃん!?何でそこで立花が出てくるの!?」
「気まずいっていう事は相手は異性!そしておにぃが言う異性の友達って言ったらかぐやさんか千花ねぇか京佳さんくらいじゃん!千花ねぇは除外でいいとして残るは2人!そしてその2人の内おにぃがそこまで悩む相手って言ったら、消去法で京佳さんしかいないじゃん!?」
「待って!?どうして四宮除外したの!?」
「女の勘!!」
「女の勘!?」
まさか妹の洞察力がこれほどまでとは思わなかった。その事に、白銀は大変驚く。同時に、もの凄く焦りだす。
(まずい!このままじゃ色々ボロが出るかもしれん!)
このまま話を続けたら、他の事も全部バレるかもしれないと思う。場所がラブホテルだった事や、お互いバスタオルしか身に着けていなかった事とか。それは避けなければならない。
そして白銀がとった行動は、
「あ、なんか急に眠くなってきた。じゃ圭ちゃん。おやすみ」
寝る事だった。こうすればもう聞かれる事は無い。仮に聞かれても、全力で寝たふりをしてごまかせる。本当はこの後勉強をしたかったが、どうあっても今日は手に付く事が出来そうに無いし、圭に色々聞かれるよりマシだ。だから寝る。
「いや何寝ようとしてんの!?答えておにぃ!?一体どこで京佳さん押し倒したの!?っていうか本当に事故!?もしかして態と京佳さん押し倒したんじゃないの!?」
兄御行の話を聞いた圭は、既に眠気なんて吹っ飛んでいた。そして兄から今の話を根掘り葉掘り聞こうとする。
「……」
「おにぃ起きてるでしょ!?ねぇってば!?」
しかし白銀は動かない。目を閉じて布団に入ったままだ。その後、圭は1時間ほど白銀に話を聞こうとしたのだが、流石に眠くなったので寝た。
そして翌日の新聞配達に遅刻しそうになった。
翌日 放課後 生徒会室
「会長。こちらは学校の外で使う文化祭のポスターの原案です」
「わかった。後で確認する」
「会長~。これTG部の新しい出し物の予定表です」
「今度はちゃんとしてるんだろうな?」
「勿論!」
「わかった。そっちも確認する」
「白銀会長。これは風紀委員の文化祭での巡回ルートです。確認をお願いします」
「ああ。机に置いておいてくれ。これが終わったら確認する」
生徒会室では、皆が忙しそうにしていた。文化祭までおよそ2週間。既に殆どのクラスや部活の出し物が決定している。おかげで生徒会も結構忙しい。来週には文化祭実行委員会が設立されるだろうから、少しは生徒会の負担も減るだろうが。
「ていうか会長。去年も思いましたが、これ生徒会の仕事ですかね?来週作られる実行委員会の仕事じゃないですか?」
「それだと間に合わないところがあるんだ。だからこうして少しでも負担を減らすべく動かないといけなんだ」
文化祭というのは、決して実行委員会だけで動かせる訳じゃない。生徒会や教師、保護者会や近隣住民など皆の協力があって成功できるのだ。
文化祭実行委員会は来週設立される予定なのだが、それでは仕事量的に間に合いそうにない。なのでこうして生徒会が、それらの負担を減らすべく動いているのだ。
「よし。次は文実の参加名簿の確認と大まかなスケジュールの確認だな」
「あの会長。なにもそこまでしなくても」
「いや、去年の経験を少しでも役立てたいんだ。経験者がある程度の事をやった方が文実も楽になるだろうし」
白銀はそう言うと新しい資料の確認をする。
(誰かの為にそこまでするなんて。やっぱり会長は素敵ですね)
かぐやはそんな白銀に惚れ直す。
しかし白銀、実はとある考えを持って仕事をしている。それは、昨日の事を思い出さない為だ。白銀は、昨日の京佳とのラブホテルでの出来事を、ちょっとでも気を抜いたらすぐに思い出してしまう。
そこで兎に角仕事に打ち込んで、昨日の事を考えないようにしようと考えた。結果は良好。今の白銀の頭の中は、昨日の事を思い出す余裕が無い。これならば、京佳が来ても大丈夫だろう。
(まぁ、なるべく顔は見ない様にするがな)
だがそれでも絶対とは言えない。今日は可能な限り顔を見ない様にしようと白銀は思う。
「にしても京佳さんと石上くん遅いですね」
資料を整理している藤原が、未だに生徒会室にやってこない2人の事を言う。
「石上は日直です。サボらないように言い聞かせてきましたし、もう少し時間かかるかと」
石上は日直らしい。
「恐らくですが、立花さんは文化祭の事で遅くなってるんじゃないでしょうか?演劇ですし」
「あー成程。それなら確かに遅くもなりますね」
かぐやの言葉に納得する藤原。
(今日来ないなら来ないでいいんだがな…)
白銀は少しだけ安堵する。もし京佳が来ないなら来ないでいい。これは京佳の事嫌っている訳では無く、顔を合わせづらいからだ。明日からは休日。少なくとも2日顔を合わせなければ、昨日の事も少しは印象が薄くなるだろう。
そう考えていた白銀だったが、現実はそううまくいかない。
「すまない。遅れた」
京佳がやってきたからだ。
「あ、こんにちは京佳…さ…ん……」
「「え?」」
(ん?)
しかし様子が可笑しい。具体的に言うと藤原が言葉を詰まらせている。白銀はつい、資料から顔を上げて京佳の方を見た。
するとそこには、
(I)
全体的に黒くて、真ん中に紫色の光が灯っている妙な被り物を被った京佳がいた。
「いや京佳さん何ですかそれ!?」
「文化祭でやる演劇の台本で、2人は仮面舞踏会で出会ったという設定なんだ。で、その時に使うフルフェイスマスクのひとつを、慣れる為にも1回つけておこうと思ってね」
「何でフルフェイスマスク!?」
藤原の問いに京佳は答えた。どうやら演劇で使う小道具の一種らしい。しかし、なんとも不気味な仮面である。
「それ、前見えてますか?」
「視野はそこまで悪くないぞ」
一体どこから見えているのか気になる藤原。恐らく、京佳の目に当たる部分に除き穴があるのだろうが。
「……」
「伊井野さん、どうしました?」
「いえ、その。何故かあの仮面を見ているとこう、ぞわぞわして…」
「はい?」
伊井野は京佳から距離を取る。どうもあのマスクが原因らしいが、よくわからない。
尚、京佳がこうしてマスクをつけている理由は、白銀対策である。
京佳も白銀同様、目を合わせられる気がしなかった。絶対に昨日の事を思い出すからだ。故にこうして『演劇で使用する』という建前を作ってマスクを被り、白銀と可能な限り目を合わせない様にしている。
(よし!これなら白銀と目を合わせる事もない!)
ふざけている訳では無く、真剣に考えた結果だ。現に今の京佳は、白銀の方を向いても白銀の顔がはっきりとは見えない。これならば、本日の生徒会の業務もこなせるだろう。
「白銀。この資料を整理しててもいいかな?」
「え?お、おう…」
そして京佳も皆の同様に仕事に励むべく、机の上の資料を手に取り仕事を始めるのだった。
(まぁ、あれなら目を合わせる事はない、か)
一方白銀も安心する。あれなら京佳とば目が合う事は無い。普通に仕事をする事ができるだろう。
だが実は、京佳が被っているマスクにはある欠点があった。
(熱い!通気性は最悪だなこのマスク!!)
通気性が悪すぎるのだ。京佳が被っているマスクは、光が灯ったりはするが、内部を快適にするような工夫は全くされていない。
おかげで京佳は、冬なのに顔だけまるでサウナにいる気分。かなり汗もかいている。
(だが我慢だ。今白銀と顔を合わせたら、私は絶対に平常でいられない!)
涼む為には脱ぐしかないのだが、今はまだ白銀と顔を合わせられない。なんとか今日だけはこれで乗り切ろうとし、京佳は我慢する。そして資料整理を続けるのだった。
「そろそろ1回休憩しませんか?私、コーヒー淹れますよ?」
「そうですね。1度休みましょうか」
京佳が我慢して20分後。藤原が休憩しようと言い出し、かぐやがそれに賛同。そして藤原は全員分のコーヒーを淹れるのだった。
「すまない藤原、私は冷たいのにしてもらっていいか?」
「え?あ、わかりました」
途中京佳の頼みを聞いて、1つだけ熱くないコーヒーにした。
「はい皆さん、どうぞです」
「ありがとう、藤原」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます!藤原先輩!」
コーヒーを淹れた藤原は皆にそれぞれのコーヒーを配る。勿論、京佳には熱くないものをだ。そして京佳もコーヒーを飲もうとしたのだが、ある事に気づく。
(しまった。飲むにはこれを外すしかない)
そう。今京佳が被っているマスクはフルフェイス型。首から上が全部隠れている。つまりコーヒーを飲むには、マスクを外すしかない。
(仕方ない。直ぐに飲んで直ぐにまた被ろう)
そして京佳はマスクを外そうとした。
「あれ?」
しかし、ここでアクシデントが発生。
「?どうしました京佳さん」
「外れない」
「え?」
「これ、外れない」
何と京佳が被っているマスクが外れなくなったのだ。先程から強く上に引っ張っても、全然外れない。
「え?大丈夫ですか?」
「すまない藤原。ちょっとマスクを掴んで引っ張ってくれるか?」
「わかりました。じゃ行きます。せーっの!」
藤原にも手伝って貰うが、
「ふんぐーーー!?」
「いたたたたた!!もげる!首がもげるーーー!?」
全く外れない。このままでは京佳がろくろ首になりそうだ。
「おい、大丈夫か立花?」
「あまり、大丈夫ではないかもしれん…」
白銀も心配する。
「そうだ!今度は皆で引っ張れば!」
「待て藤原。そんな事したら立花が怪我するかもしれないだろう」
「あ、確かに。じゃあどうするんですか?」
「こういう時はまず情報を集めるんだ。なので、マスクをよく調べる」
「成程。流石会長!」
そう言うと、白銀は京佳に近づき、マスクをよく確認する。
「しかしこれよくできてるな。誰が作ったんだ?」
「うちのクラスの衣装部の子だよ。将来、映画の道具関係の仕事に就きたいらしい」
会話をしながら京佳のマスクを調べる白銀。その内心は、
(やばい!立花が目の前にいる!これはやばい!直ぐにこれ外して距離取らないとまずい!)
かなりいっぱいいっぱいだった。まだギリギリ耐えられているが、正直かなり厳しい。一刻も早く距離を取って心を落ち着かせなければならない。でなければ、昨日の事を思い出しかねない。
「あ、ひょっとしてこれじゃないですか?」
京佳と白銀のすぐ近くにいた藤原が、ある事に気づく。それはマスクの首の部分にボタンの様なものが付いてあった。藤原はそれを押す。すると京佳は首が緩くなるのを感じる。これなら外せるだろう。
そして京佳は、白銀の方を見ない様に自分で外そうとしたのだが、
「これなら外れますね!よいしょ!」
藤原が勝手にマスクを外した。
その瞬間、京佳の目に前には白銀の顔が現れる。
「「あ…」」
つい言葉が漏れる2人。
まずい。お互い顔を合わせない様にしていたのに、目の前に現れる顔。
(昨日の立花、本当にエロかったよな…あと少しで全部見えていたし。あーくそ。やっぱり1回くらい触っとけばよかったかもしれん。もしあの時、圭ちゃんから電話が無かったら、俺は立花と絶対に…)
(昨日の白銀、やっぱり紳士だったよな。普通、男の子ってもっとがっつくと思ってたから、もしかすると私がシャワーを浴びている時に入ってくるかもとか思ってもいたけど全然そんな事無かったし。でももしそうでも、白銀だったら私は別に…)
その結果、あっという間に白銀と京佳は昨日の出来事を思い出していく。
(お、俺は何を!?)
(わ、私は何を!?)
まずい。本当にまずい。このままでは邪な思いを抱き続けてしまう。もしそれがこの場にいる人達にバレてしまい、そこから昨日の事が知られたら、色々終わりだ。どうにかしなければならない。
((こうなったら!!))
そして2人はとっさの判断で、自らの舌を思いっきり噛む事にした。痛みで邪な気持ちを消そうとしたのだ。
(うおぉぉぉ!もっとだ!もっと痛みをぉぉ!)
(痛みで忘れろ!痛みで忘れるんだ私ーー!)
必死で舌を噛む2人。何とか痛みでこの気持ちを消し去ろうとする。
「ちょ、ちょっと2人共!?」
「「何だ藤原!?」」
「口!口から!!」
「「え?」」
藤原に言われ、手で口を触る2人。するとそこには、血がついていた。それも結構な量が。
((あ、噛みすぎた…))
どうやら舌を噛み過ぎた様だ。それに気づいた2人は、急に血の気が引くのを感じる。そして、
「「ぐふ…」」
そのまま勢いよく倒れた。
「会長ーーー!?」
「京佳さーーーん!?」
「きゅ、救急車!救急車ーーー!?」
突然口から血を吹きながら倒れる2人を見たかぐや、藤原、伊井野の3人はパニックだ。
「さ、殺人現場?」
そしてそのタイミングで生徒会室にやってきた石上は、その光景を見て血の気が引いた。
その後、白銀と京佳は保健室で適切な治療を受け事なきを得た。しかし、その日の夜は碌に食事がとれなかったらしい。
割と体調が悪い時に書いたので、後で細かい所修正するかも。
皆さんも体調には気を付けましょう。
次回も書ききりたい。
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特別編 四宮かぐやは入れ替わる(一)
何時の間にかこの作品を書き始めて2年が経過しました。2期アニメが放送終了後に書き始めて、つい先日3期も放送終了。時がたつのは早いですね。
そして遂に、本作のお気に入りが1400人を突破しました。これも全て、皆様のおかげです。今後も多少の寄り道はするでしょうが、これからも完結目指して執筆しますので、何卒よろしくお願いいたします。
(今日は会長はバイト。藤原さんは部活。石上くんは何かの用事で伊井野さんは風紀委員の会議。珍しく立花さんと2人きりですね。まぁ、だから何と言う話ですが)
ある日の放課後。かぐやは生徒会室へと向かっていた。先程かぐやが思った通り、今日は生徒会室には2人しかいない予定である。
しかし、だからといって特別何かある訳では無い。恐らく、何か適当な会話をしながら仕事をするだろう。
(何か会長の事を聞ければいいんですが)
もしかすると、京佳との会話の中で白銀との事が聞けるかもしれない。その時は情報収集でもしようとかぐやは決める。
丁度同じ頃、生徒会室には京佳がいた。京佳はソファに座り、生徒会の仕事をしようとしていたのだが、
「あれ?今度の会議で使う資料はどこだ?」
使う筈の資料が無いのに気が付く。
「あ、しまった。職員室に資料を取りに行かないといけなかったんだ」
そして、職員室へ資料を取りにいかないといけないのを思い出す。このままでは仕事が出来ないので、京佳はソファから立ち上がり職員室へ資料を取りに向かおうとする。
そして生徒会室の扉を開けた瞬間、
「わ!」
「きゃ!」
かぐやとぶつかってしまった。
「「つ~~~!!」」
人間、突然の痛みには弱いもの。それが頭ともなればなおさらだ。因みに、ぶつかったのは京佳の顎とかぐやの頭である。結果、かぐやと京佳はその場で悶絶しながら座り込んでしまう。暫くすると、痛みも引いてきたので、ぶつかってしまった相手に声をかける。
「す、すまない。大丈…」
「いえ、こちらこそすみま…」
そして顔を上げた瞬間、
「「え……?」」
2人は動きを止める。
「「わ、私…?」」
何故なら今2人の目の前には、自分がいたからだ。
かぐやの目にはかぐやが写っており、京佳の目には京佳が写っている。先程まであった痛みも忘れる程の衝撃。まるで目の前に突然鏡が現れるか、ドッペルゲンガーでも出てきた気分だ。
そして直ぐに異変に気付く。
「これはどういう…え?何この声?」
「どういう事、ん!?両目が見えてる!?」
かぐやは自分の声が明らかに違う事に驚き、京佳は自分の左目が見えている事に驚く。声だけなら喉の調子が悪いで済むかもしれないが、失明している筈の左目が見えているのはありえない現象だ。
「ひょ、ひょっとして…」
「こ、これはまさか…」
次第に自分たちの状況を理解し始める2人。目の前に現れたもう1人の自分。普段とは違う声。見える左目。つまりこれは、
「「私たち、入れ替わってるーーー!?」」
かぐやと京佳の中身が入れ替わっているという事だった。
「えっと、これは一体どういう事なのでしょうか…」
「そんなの私が聞きたい…」
「ですよね…」
2人しかいない生徒会室。そこに設置されたソファに対峙するように座る2人。片方は京佳になってしまったかぐやで、もう片方はかぐやになってしまった京佳だ。
今、2人はどういう訳が中身が入れ替わってしまっているというあり得ない現象を体験している。
「まぁ、こういうのを知らない訳じゃないが…」
「そうなんですか?」
「ああ、所謂お約束ってやつだ」
かぐやになっている京佳が発言する。所謂、お約束だと。
入れ替わり展開。
古くから日本の漫画やドラマで取り扱ってきた展開。男と女が入れ替わってしまい、普段とは違う生活に戸惑いながら様々な問題を解決していく。視聴者や読者に受けが良いので、一定の需要がある題材でもある。最近だと大記録を作った彗星が落ちてくる某映画が有名だろう。
「しかし、まさかこんな事が本当にあるとは」
「そうですね。私もこのような摩訶不思議な体験は初めてです」
だが、まさか自分たちがそんな事を体験できるなど思いもしない。ある意味では貴重な体験なのだが、それはそれとして元には戻りたい。
「にしても、なんか変な気分だな。自分と会話すると言うのは…」
「ですね。しかも喋り方が何時もと違うから違和感が凄いですよ」
なんせ目の前には自分がいる。それも普段の喋り方とは全く違う自分が。この違和感が凄いのだ。正直、気持ち悪い。なので元に戻りたいのだが、戻しかたなんてわかる筈も無い。
故に困っている。どうすればいいのかと。
(それにしても…)
京佳になっているかぐやは、どうすればいいかと考える一方、何時もの身体とは全く違うある部分に意識を向ける。
たゆん
それは藤原より大きなその胸。四宮かぐやは貧乳である。故に自分の胸が重たいと感じる事など今まで1度も無かったし、胸の重さで肩が凝るというのも理解出来なかったし、巨乳の女性に対して敵意を向ける事も少なくなかった。
しかし今だけは違う。
(これが、目測B89の重さですか…)
生まれて初めて感じる胸の重さ。これならば肩が凝るのも納得だ。かぐやは日ごろから、自分の胸がもう少しだけ大きければと思っている。藤原や京佳程のサイズはいらないが、せめて伊井野よりは大きくなりたいと思っていた。
何なら悩み過ぎて、本気で豊胸手術も考えた事があるくらいだ。
(あーもう最高じゃないのこれ!もし私に最初からこれだけの大きさがあったなら会長なんてイチコロだったでしょうに!)
女として、やはりどうしてもコンプレックスに感じる胸の大きさ。それが今や、生徒会でも随一の大きさを誇る胸となっている。もしこのサイズが元のかぐやの体にあれば、確かに白銀もイチコロかもしれない。
「にしても、これは凄いな」
「え?」
かぐやが京佳の胸の重さに満足している時、かぐやになった京佳も何かに感激していた。
(まさか、胸が小さいから身軽でいいとでも?)
京佳の発言を聞いたかぐやはそう思った。日ごろ、藤原と一緒に肩が凝ると話していた京佳。それが今では貧乳ボディだ。あれなら肩が凝る事などまずないし、走る時に胸が邪魔になる事もないだろう。
(よくも私の身体を侮辱しましたね…許しません)
確かにかぐやの身体は一部が貧しいが、それでも17年生きてきた自分の身体なのだ。それをその様に思うなど許せない。
「立花さん、一体何が凄いんですか?」
かぐやは京佳に説教すべく話しかける。
「だって左目が見えるんだぞ?例えこれが一時の出来事だとしても、こんなに嬉しい事はないよ」
(あ…)
しかしかぐやになった京佳の返答を聞いた京佳になったかぐやは思わず口を閉じる。そして自分の視界を今1度確認。やはり、左目が見えていない。目を開けている感覚はあるのだが、全く見えない。真っ暗だ。
ふと目の前のかぐやになった京佳に視線を向けると、とても嬉しそうにしていた。何度も顔の前で手をかざす。その度に、左目が見えているのを確認して嬉しそうにする。
京佳は中学の頃、とある事件に会い左目を失明している。その為、普通の人より視野が狭いのだ。左目が見えていないので、そこになにがあるか分からず、左足をぶつけた事だって何度もある。
それが今だけ両目共に綺麗に見える。医者からも現代の医学では治らないと言われた左目が、かぐやの身体になっているので綺麗に見えている。京佳はそれが嬉しくて仕方が無い。それこそ、泣き出しそうなくらい。
(私は、何て最低な考えを…)
自分の考えが、ひどく恥ずかしくて最低な事だと気づくかぐや。自分は胸が大きくなって嬉しがっていたうえ、相手が胸が小さくて身軽になったと思ったと勝手に勘違い。
しかし京佳は両目が見える事に感動。嬉しがるところが天と地ほど差があった。
(もう少し自分の視野を広く持ちましょう…)
そしてこれを教訓にして、今後はもっと色んなところに目を向けようと誓う。
「ところで、どうする四宮?」
「どう、とは?」
「この後だよ。どうすれば元に戻ると思う?一生このままなんていうのは流石に、なぁ?」
かぐやになった京佳が、京佳になったかぐやに話しかける。内容は、今後の事。何時までもこのままなんて言い訳無い。お互い、自分の生活があるのだ。なので元に戻らないといけないのだが、どうすればいいかなんてわからない。
「そうですね。医者に行くのが普通だとは思いますが、正直医学でこの現象が治るとは思えません」
「だな。私も同意見だよ」
とりあえず医者に頼る事を考えてみたが、医者に行ってこの現象が治るとは思えない。もしかすると、貴重なサンプルとして何かの実験材料にされるかもしれない。流石にそんなのごめんだ。
「私が読んだ漫画とかだと、同じ様な衝撃を与えれば元に戻ったりするが」
かぐやになった京佳の発言に耳を傾ける京佳になったかぐや。顎に手を当てて、思案する。
「現状他に手もありませんし、1度やってみますか?」
「そうだな。やってみよう」
かぐやの言う通り、今現在他に手が全く無い。ならば例え漫画の手だとしても、やる価値はある。もしかすると、本当にそれだけで元に戻るかもしれない。そして2人はソファから立ち上がり、生徒会室の中央に移動する。
(目線すっごい高い…)
その途中、普段の京佳の目線の高さにかぐやは驚く。京佳はかぐやより20cm以上身長が高い。普段のかぐやと目線の高さとはまるで違う。
「どうした四宮?」
「いえ、何でも」
だが今はそんな事を気にしている場合じゃない。一刻も早く元に戻らないといけない。そしてかぐやは目の前にいる自分の頭を手でつかみ、京佳は目の前にいる自分の肩を掴む。これで準備完了だ。
「「せーの」」
そしてお互い、頭を振りかぶってぶつけた。
ゴ
「「っ~~~!!??」」
鈍い音がする。同時に2人に痛みが走る。痛い。ただ痛い。結果、再びその場に座り込みながら悶絶する2人。
「も、戻ったか?」
「い、いえ。全然」
しかも全く戻っていない。目の前には相変わらず自分がいる。
「この方法は、もうやめましょう…痛いだけですし、全然戻る気配ありませんし」
「そうだな…そうしよう…」
結局、ただ痛い思いをしただけだった。2人は頭を押さえながら再びソファに座る。
「こういう話が得意そうな石上くんはいませんし。どうしたら…」
石上は漫画が好きだ。そんな彼であれば、この入れ替わり現象の事ももっと詳しく知っていたかもしれない。もしかすると、元に戻す方法もわかるかもしれない。
「なら電話してみるか?」
「え?」
すると、かぐやになっている京佳が今度はそう提案してきた。
「石上なら知っているかもしれないんだろう?なら1度電話してみればいいんじゃないか?」
「そうですね。この際猫の手でも借りたい気分ですし」
そう言うと、かぐやは自分の鞄からスマホを取り出す。
「ところで、どう電話する?」
「え…?あー…」
しかしここで問題発生。今のかぐやは京佳である。もしもいつも通りの話し方で電話すると、違和感を覚えられるかもしれない。そもそも正直に『入れ替わったんです』と言っても信じて貰えるかわからない。
もしかすると、それが原因で『電波な人』なんて噂が流れるかもしれない。それは嫌だ。電波は藤原1人だけで十分なのだから。
「よし。私が立花さんになりきります」
「なりきる?」
「安心してください。私は四宮の人間。それくらいの演技造作もありません」
なのでかぐやは京佳になりきる事にした。そうすれば石上に不審がられる事も無いとして。
「なら私のスマホを使え」
「そうですね。そうしましょう」
そして京佳のスマホを使い、石上に電話する京佳(かぐや)。
『もしもし?どうしたんですか立花先輩』
数回のコールの後、直ぐに石上が出る。そしてかぐやは京佳になりきりながら喋り出す。
「うむ!ちょっと用事があってな!」
なりきれてなかった。
(いや私ってそんな感じぃぃぃぃぃ!?)
つい叫びたくなるかぐや(京佳)。だって自分はそんな言い方しない。絶対にしない。
『は?え?どうしました?なんか何時もと違う感じがするんですけど』
現に石上も凄く違和感を感じている。
「あ、ああ。すまない。実はちょっと聞きたい事があってな」
『は、はぁ?』
変な方向に舵を切ってしまったと思い、直ぐに軌道修正する京佳(かぐや)。
「実はな、少し前にクラスメイトからある漫画を借りたんだが、その漫画が男女で中身が入れ替わるものなんだ」
『あー。よくある題材ですね』
「で、結構面白かったんだが、まだ続きが発売されてないんだよ。そこで、こういう漫画って最後はどんな風になるか聞きたくてな。例えば、どうやって元に戻るとかとか」
漫画好きな石上に食いつかせるべくそういう設定で話を進める京佳(かぐや)。これなら石上も話をするだろう。
『大体予想はつきますけど、言ってもいいんですか?楽しみとか減りません?』
「大丈夫だ。気にしないしな」
『まぁそういう事なら』
1度ネタバレへの断りを入れて、石上は話し始める。
『王道なのは、ぶつかったら元に戻るってやつですね。後は、キスをしたら入れ替わるからまたキスをするとか。他には寝てたらいつの間にか入れ替わってて、そしてまた寝たら元に戻っているってやつですかね?』
「き、キス?」
『あ。それはかなり特殊なんであんまり気にしないでください。あと稀に戻らない結末もあって、その時は吹っ切れてそのまま生きるってのもあります』
「へ、へぇ…」
少し顔を赤くする京佳(かぐや)。色々情報を得る事が出来たが、やはり漫画の知識なのでどれもオカルトのようなものだった。
「わかりました。ありがとうございます、石上くん」
『は、はぁ…どうも?』
そう言うと京佳(かぐや)は電話を切った。
「とりあえずお話は聞きましたがだ、どれもこれだーってのはありませんでした」
「そうか。まぁ、仕方が無い」
結局、どれも解決策になりそうにない。状況は振り出しに戻るどころか全く進んでいない。
「念のため、今後の事を考えないとな」
「そうですね。どうにか元に「それだけじゃない」はい?」
「もしもだ四宮。私達が、一生このままだったら?」
「……」
かぐや(京佳)の言葉にはっとする京佳(かぐや)。仮にこのまま元に戻らなかったら、それぞれ中身が別人のまま生活をする事になるかもしれない。京佳は普通の一般家庭の子だ。もし今後2度と元に戻る事が出来なくても、かぐやならばどうとでもなる。
(私は別にいい。でも、立花さんは)
だが四宮かぐやになってしまう京佳は違う。かぐやは日本最大の財閥「四宮家」の令嬢だ。かぐや本人は幼い頃より様々な教育を受けてきたので、魑魅魍魎が跋扈する四宮本家でも生きていける事ができる。
だがもしこのまま元の戻らず、かぐやの中見が京佳のままで、その事が本家の連中に知られたら、利用される可能性が非常に高い。なんせ中身はただの一般人なのだから。
そうなればかぐやになってしまった京佳の身に待っているのは、ただ四宮本家に利用され続ける道具としての日々。そこに、幸せなど絶対に無い。
「……」
これはあくまで、2度と元に戻らないという前提の話だ。だが現状、元に戻る手段が無い。このままでは本当に、今後どうなるかわからない。そうならない為には、何とかしてでも元に戻らないといけない。
そして京佳(かぐや)は、
「あの、立花さん」
「何だ四宮?」
「とりあえず、今晩はウチに泊まりません?」
「え?」
かぐや(京佳)にそう提案した。
おまけ
「なんかさっきの立花先輩、変だったな。何て言うか、四宮先輩みたいな喋り方だったし。ていうか何でいきなりあんな電話してきたんだろう?」
少し前に取ったアンケートの結果を参考にした番外編です。番外編なので本作の本筋にはあまり関係ないと思っていて下さい。
最初は君の〇はみたいな朝起きたら入れ替わる展開にしようと思ったのですが、それだけ京佳さんに早坂の正体がバレてしまうので却下に。
とりあえずあと2話程、お付き合いください。
次回 メイド2人とベテラン執事、めっちゃ頑張る。
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特別編 四宮かぐやは入れ替わる(二)
アニメ最終回見ました。ありがとう!アニメスタッフの方々!
同時に『これ京佳さん勝てる?』とかも思いました。
今回も特別編です。ご了承下さい。
「相変わらず、大きな家だな」
「京都の本家はまだずっと大きいですよ」
「そうなのか」
かぐやになった京佳は、四宮家別邸を見て呟く。自分では住む事など無いであろう大きな家。だが京佳になったかぐや曰く、京都になる本家はまだ大きいらしい。
何故この2人が四宮家別邸に来ているのかと言うと、京佳(かぐや)の提案である。
―――
「どうして、四宮の家に?」
「現状、私達はいつ元に戻るかわかりません。一晩寝て、翌日目が覚めたら元に戻っているかもしれませんし、もしかすると10年経っても元に戻らないかもしれません」
「それはそうだな」
「そこでです。うちには優秀な使用人が大勢います。先ずはその使用人達に事情を説明。その後、皆に手伝ってもらいながら元に戻れるかを色々検証。それでも元に戻らなかったら、明日以降の事を皆で考える。と言う訳で、私の家にと」
「成程。確かに私達2人んだけでは解決しそうに無いしな。協力者がいて方がいいだろう。そういう事ならわかったよ。母さんに今日は友達の家に泊まると連絡しておく」
「わかりました。なら私も今から別邸に連絡をしておきます」
―――
という事があったのが30分ほど前。諺でも3人寄れば文殊の知恵というのがある。ならば事情を知っても大丈夫そうな協力者を見つけ、その人達と共にこの入れ替わり問題を解決していけば、おのずと解決策が見つかるかもしれない。
そういう訳で、2人は四宮家別邸へと来ているのだ。
「こっちです。事情を知っている使用人が数名待っていますから」
そう言うと、玄関へ歩き出す2人。京佳になったかぐやは、帰る前にスマホを使って早坂に事情を説明した。尚その時早坂からは『頭でもぶつけました?』と聞かれている。そりゃ誰だって『中身が入れ替わっているので助けて欲しい』と言われても信じないだろう。
だが京佳(かぐや)は必死でメッセージを使って説明。その必死さが伝わったのか、早坂はとりあえず信じる事にした。そして高橋と志賀の2名に助けを求めたのだった。
「今帰ったわ。皆」
玄関を開けると、そこには執事の高橋。メイドの志賀と変装した早坂ことハーサカが待っていた。この3人なら信用できると思い、声をかける京佳(かぐや)。
「お待ちください、仮称かぐや様」
「仮称!?なにそれ!?」
だが高橋の言葉に驚く。
「ハーサカから事情は説明されてますが、あまりにデタラメな内容で正直信じられません。お2人が私達をからかっていると言われた方がまだ信じられます」
高橋の言う事は最もだ。だって普通はこんなデタラメな出来事起きない。
「ですので、私がかぐや様にしかわからない質問をいたします。それに答えられましたら、仮称を取らせていただきます」
「成程。そういう事なら仕方ないわね」
そこで高橋はかぐやだけが知っている事を質問する事にした。本人しか知らない事を答えられたら、一応は信用できる。
当然の考えでもあるだろう。
「それでは」
そして高橋は一息いれ、京佳になったかぐやに質問をする。
「かぐや様が5歳の頃。本家の庭にあった池である事がありました。それは何ですか?」
「……」
しかし、高橋からの質問を聞いた京佳(かぐや)は何も答えない。
(どうしたんだ四宮?何で何も言わないんだ?これでは信用されないぞ?)
かぐや(京佳)は心配そうに京佳(かぐや)を見る。この質問に答えられないと、目の前の使用人達から協力が得られない。京佳(かぐや)もそこは承知している筈なのに、何も言わない。
「おや?答えられないのですか?」
「……」
高橋の言葉に反応せず、顔を反らす京佳(かぐや)。高橋も疑惑の眼差しを向けてきている。
「これでは仕方ありません、お2人は我々をからかっていたと「池の…」はい?」
2人がからかっていると判断しようとした時、ようやく京佳(かぐや)は答えた。
「池の鯉に、餌をあげようとして、その鯉が私手を口に入れてきたので、それにびっくりして、バランスを崩して、顔から池に落ちました…」
「その時の手は?」
「右手…」
「使っていた餌は?」
「朝食に出た、パンの残り…」
「その時着ていた服は?」
「白い、ワンピース…」
(あー…)
京佳(かぐや)答えを聞いたかぐや(京佳)は察した。ようは恥ずかしかったのだ。質問に答えるのが。幼い頃の出来事を話すのが。
「成程。貴方は間違いなくかぐや様ですね」
質問の答えを聞いた高橋は、2人が本当に入れ替わっていると信じた。
「高橋!!どうして寄りにもよってそんな質問をしてきたのよ!?もっとこう!他にあったでしょう!?」
「これはこの場では私とかぐや様しか知らない出来事でしたので。この質問が1番手っ取り早いんですよ」
「だからってなんでその質問!?あと後ろの2人!笑わないでよ!」
高橋の後ろにいた志賀とハーサカは肩を振るわせていた。あの四宮かぐやに、よもやそんな面白い出来事があったとは。特にハーサカは笑いをこらえるのに必死だった。今度弄ってやろうとも決めた。
余談だが、池に落ちたかぐやを助けたのは高橋である。そして助け出した後のかぐやは、どこにでもいる子供の様にワンワン泣いていた。その後、暫く池には近づかなかった。
「ですが、これでようやく言えます」
高橋、志賀、ハーサカは姿勢を正し、頭を下げる。
「「「おかえりなさいませ、かぐや様」」」
そして何時もの様に、かぐやにおかえりのあいさつをするのだった。
「ええ。ただいま皆」
落ち着きを取り戻した京佳(かぐや)も、何時もの様にただいまと言うのだった。
かぐやの部屋
「しかし、本当に入れ替わってるんですね。学生の頃に見た漫画みたいですよ」
かぐやの部屋に集まった使用人3人と入れ変わった当人2人。メイドの志賀は、入れ替わっている2人をまじまじを見ながらつぶやく。
「入れ替わった原因は、お2人がぶつかった衝撃でしょう。現状、それ以外考えられませんし」
高橋は冷静に状況を分析。
「それで高橋。どうすれば元に戻るかしら?」
京佳(かぐや)は高橋に質問する。幼い頃よりかぐやの傍にいたベテラン執事。かぐやに礼儀作法を教え、時には家庭教師もしきた。そんな彼ならば、この奇天烈な現象も解決できるかもしれない。
「と言われまして…」
「…まぁ、そうよね」
だが流石に無理があった。なんせ状況が状況だ。人が生きていて、こんな出来事に出会う機会なんて普通は無い。いくら何でも出来るベテラン執事とはいえ、流石にこれを解決させる事は出来そうにない。
「漫画とかだと、同じような衝撃を与えれば元に戻るのがありますが」
「「それはもうやった」」
「あ、そうですか」
ハーサカも提案するが、既に2人はそれを実践済み。結果は、ただ痛いだけ。もう2度とやりたくない方法である。
「先ずは、一緒に寝てみるというのはどうですか?」
「寝る?」
「はい。少し前に見た映画だと、寝て起きたら元に戻ってるってのがありましたので」
今度は志賀が提案する。それは石上も電話で言っていた事だ。
「じゃあ、とりあえずやってみますか」
「そうだな」
そう言うと、かぐやと京佳はベットに入る。
「……何か妙な感じですね」
「わからなくはない」
誰かと一緒に寝るという中々無い体験をしている2人。そこはかとなく、変な気分だ。
「では電気を消します」
高橋がそう言うと電気を消す。とたんに真っ暗になるかぐやの部屋。そして2人は目を閉じ、寝てみる事にしたのだが、
「「寝れない」」
無理だった。なんせまだ夕方の6時だ。小学生ですら起きている時間帯。この時間に寝るのは、夜中に夜勤に出勤する人くらいだろう。
「これは後で試します。他に何か無い?」
京佳(かぐや)が起き上がり、他の案は無いかと聞いてくる。
「なら、催眠療法はどうでしょう?」
「催眠療法?」
「イップスになってしまったスポーツ選手も使う治療法です。もしかすると、お2人はストレスからそのような事になっているかもしれませんし。その手のものに私には少しだけ心得がありますので、試してみませんか?」
今度は執事の高橋が提案をする。
「試してみましょう」
「お願いします」
偶に勘違いしている人がいるのだが、催眠療法はオカルトではなく立派な医療手段だ。簡単に言うと『リラックスした状態で、その人間の深い部分に様々なメッセージを届けて、行動や考え方を変えたりして症状をなくすこと』である。
これでこの現象が治るかはわからないが、物は試しと思い2人はそれをやる事にした。
(というか高橋は本当に何でもできるのね)
京佳(かぐや)はベテラン執事の高橋の凄さを再確認した。そしてメイド2人が、どこからか2つのロッキングチェアを持ってきて、それに座るかぐやと京佳。更に部屋にアロマも焚いて、リラックスできるようクラシック音楽も流す。
「それでは2人共、目を閉じてゆっくり息を吸って、ゆっくり吐いてください」
「「すぅーーー。はぁーーー」」
「もう1度」
「「すぅーーー。はぁーーー」」
「それでは普段の呼吸に戻してください」
通常の呼吸に戻す2人。
「力を抜いて、リラックスしてください」
「「……」」
「ゆっくり、ゆっくり」
高橋は時間をかけて2人をリラックスさせていく。
「貴方達は、深ーい深ーい、潜在意識の中へと入っていきます」
「「……」」
「深ーい深ーい心の中に」
(ん?ちょっと待って)
これからという時、京佳(かぐや)はある事に気づく。
(潜在意識…つまり私の心の中…それってつまり…)
それは、このままでは自分の中身が京佳に暴露されてしまうのではという事だった。これがただ腹黒い事を知られてしまえばそれはそれで構わない。だがもし、知られたくない事まで知られてしまえば大変だ。
例えば、白銀に対して過去に色んな作戦(笑)をしていた事とか。
今だから言える事だが、正直過去の自分はストーカー手前の事とかしてた。白銀の家に懸賞で当たったという体の映画チケットを送ったり、白銀の生まれた病院を調べたり、たこさんウィンナー欲しさに白銀の好きな食べ物ばかりはいっている弁当を作らせたりとか。
これが高橋や志賀にバレるだけならまだいいが、隣にはかぐや(京佳)がいる。もしも、彼女がこれらの事を知ったら、
『え、そんな事してたのか?気持ちわる…』
ひかれる。絶対の絶対にひかれる。そしてもしも、これらの事が白銀にバレてしまえば、
『四宮。お前それは、もうストーカーだろ…』
京佳以上にひかれる。
(そ、それはダメーーー!?)
そう考えた京佳(かぐや)はロッキングチェアから跳び起きる。
「高橋!!やっぱりこれはやめましょう!とても嫌な予感がするから!!」
「はい?」
突然の主人の言葉に、呆気に取られる高橋。
「え?どうした急に?」
かぐや(京佳)も驚く。
「そもそもこういうのはもっとこう心身ともに限界の人がやることです!なのでやめましょう!」
「あの、かぐや様?」
主人の豹変ぶりに驚く高橋。尚ハーサカだけは『またトンチンカンな事考えているんだろうな』と思っていた。自分だけは見慣れているから。
「兎に角やめましょう!ね!?」
「ま、まぁ。四宮がそれほど嫌だと言うなら。無理やりするのも何だし…」
かぐや(京佳)も無理強いは良く無いと思い、この方法を断念した。
「自己暗示はどうでしょう?自分は入れ替わっているのではなく、元からこのような」
「それ結局解決してないじゃないの」
「キスはでそうですか?私が学生の頃に読んだ漫画ではそれで入れ替わったりしてましたが」
「ダメ!そもそも女同士でキスなんてできないわよ!」
「やはりここは、原点に戻って痛みを」
「それも却下!あれ本当に痛いもの!!」
その後も様々な案を出してみるが、どれもしっくり来ず断念。何個か試したものもあったが、これも元に戻る事は無かった。
「あーもう!本当にこれどうやったら元に戻るのよーーー!!」
「落ち着け四宮」
若干ヒスが入っている京佳(かぐや)を落ち着かせるかぐや(京佳)。それを見ていた3人の使用人は以心伝心していた。
『めんどくせぇ…』と。
無論、主人を元に戻すのは大事だ。というか最優先事項である。だが何をやっても元には戻らず、こちらの案をいくつも却下しだす我らが主人。流石に面倒と感じるのも仕方が無い。
皆が頭を悩ませているその時、
きゅるるる
可愛らしい音が鳴った。
「かぐや様…」
「待ちなさいハーサカ。今のは私じゃない。今の私はこっちなのよ」
「あーもうややこしいですね」
今のはお腹の音。そして鳴ったのは、かぐやの方。だが今のかぐやは京佳だ。
「す、すみません…」
頬を赤くするかぐや(京佳)。
「ふむ。時間が時間ですし、夕食にしませんか?」
ここで高橋が、息抜きもかねて夕食を提案。
「そうね。もしかすると、食べているうちに何か解決策が出てくるかもしれないし」
その提案を了承する京佳(かぐや)。こうして2人は、夕食を食べる事にするのだった。
「凄いなこれ…」
「そうでしょうか?普通だと思うのですが…」
食堂に移動したかぐやと京佳。そしてそれぞれが椅子に座り待っていると、直ぐに食事が出てきた。だがそれは普通の食事では無い。少なくとも京佳にとっては。一般家庭出身の京佳にとっての夕飯といえば、コロッケや唐揚げといった感じの料理が馴染み深い。
だが目の前に出された料理は、少なくとも京佳が家で食べる様な物じゃ無かった。先ず出されたのはパン。だがその辺のスーパーで売っている様なパンじゃない。普通に買えば、ひとつ二千円はするであろう高級パンだ。
四宮家ではこれが普通だが、庶民の京佳にとっては普通なんかじゃない。そういう料理に畏縮しているかぐや(京佳)だが、それ以外にも緊張しているところがあった。
(確か、こういうところのパンって、ちぎって食べるんだよな?あれ?合ってるか?)
テーブルマナーである。京佳は庶民だ。無論、テーブルマナーなんて習った事など無い。これがただのお泊り会などだったら、かぐやにでも聞けばいい。
だが今の京佳はかぐやである。もしも自分のテーブルマナーが原因で、かぐやにマイナスのイメージがついてしまえば、申し訳が無い。
(どうしよう…こんな事ならテーブルマナーとか習っとけばよかった…)
悩むかぐや(京佳)。しかしそんな彼女に、高橋が話しかける。
「立花様。ここには我々しか存在しません。なのでそう緊張なさらずに、どうか落ち着いて食事を楽しんでください」
「高橋さんの言う通りです。どうかリラックスしてください」
「あ、どうもです…」
かぐや(京佳)の内情を察したのか、高橋と志賀はリラックスするよう言ってきた。もしこれが本家の人達が集まった会食なら大問題だが、今ここにいるのは事情を知った人達のみ。これなら恥をかく事もないだろう。
そうこうしているうちに、新しい料理が運ばれてくる。
「かぐや様。今日のメインは鴨肉のコンフィです」
「あら。良い香りね」
(コン…何?どういう意味?)
聞いた事も無い料理に疑問符を浮かべるかぐや(京佳)。因みにコンフィというのは、鴨肉や鶏肉、豚肉、砂肝などに塩をすり込み、ひたひたの油脂の中で低い温度でじっくり加熱した料理の事である。
「……」
「……」
食事中、2人の間に会話は無い。何を話せばいいかわからないというのもあるが、何時もと違う状況に、とても和気あいあいと会話する気になれないのだ。ここに藤原がいればまた違ったかもしれないが。
「そういえばかぐや様。本家より、今度の会食はかぐや様が出ておいて欲しいと連絡がありました」
「ああ。あの会食ね。顔を出すだけでいいのよね?」
「はい。それで十分かと」
「そういう事ならわかりました。予定を入れておいて頂戴」
「かしこまりました」
京佳になっているかぐやはそう言うと、黙々と食事をする。それこそ、何時もと同じように。
(しかし、四宮は幼い頃からこういう食事をしてきたのだろうか?)
食事中、かぐや(京佳)はふとそんな事を思った。一般家庭の夕食と言えば、和気あいあいといった感じだろう。その日あった事を話したり、明日の天気の事を心配したり、テレビを見ながら食べたりなど、一家団欒のひと時となる。
だが四宮家という家に生まれ育ったかぐやは、そのような食事をしてきた事が無いのかもしれない。今日は自分という存在がいるが、いつものかぐやは使用人を後ろに待たせながら、1人で食事をしているかもしれない。
そして今の様に、家の会食や何かしらのパーティに出る為に日ごろから色々準備をしているのかもしれない。
(やはり、四宮は大変なんだな)
四宮家という、国内有数の財閥に生まれたかぐや。そんな普通とは違う家に生まれたかぐやは、一体どれほど大変なのか、京佳には想像もつかない。
(元に戻ったら、もう少し四宮と話す機会増やそう。もしくは藤原や伊井野も誘って皆で遊びに行こうかな)
そして元に戻ったら、かぐやの心労を少しでも減らせればと思い、そんな事を考える。
その後、特に会話も無く食事をとる二人だった。
「立花さん。食事もすんだ事ですし、このままお風呂に入りませんか?」
食事後、京佳(かぐや)が入浴を提案してきた。
「別に構わないが、なら入浴が終わったらまた部屋で色々試すのか?」
「はい。その予定です。高橋達にも色々調べさせていますから」
「そうか。ならそうしよう」
かぐや(京佳)はこれを承諾。そして2人揃ってお風呂場へと行くのだった。
で、脱衣所へと行った2人だったが、
(何これ…すっごい…)
京佳(かぐや)は立ち尽くしていた。その理由は、今の自分の身体だ。風呂に入るには、当然服を脱がなくてはいけない。そこで服を脱いだのだが、その時目に入ってきたのは所謂ボンキュボンな身体つき。
以前、夏休みに軽井沢へ旅行へ行っていた時にも見た事はあるのだが、改めて見ると凄まじい。バストは大きくてハリがある。腰回りはかなりくびれており、余計な脂肪がついていない。
そしてヒップには程よい丸みがあって、それがまた色気を出している。はっきり言って、凄くエロい。
(私もこんな身体つきだったら、とっくに会長を落せているのに…)
同性のかぐやから見ても、京佳の体つきは素晴らしいと言えるものだった。もしかぐやがこの身体つきだったら、白銀は1学期の時点で落ちていただろう。
「どうした四宮?」
「いえ、何でもありません」
かぐや(京佳)に言われはっとする京佳(かぐや)。そして下着も脱ぎ、最後に眼帯を取ろうとしたのだが、
「あれ?これどうやって外すの?」
京佳(かぐや)は眼帯の外し方が分からず、苦戦した。
「それはこうして……ほら、外れたぞ」
見かねたかぐや(京佳)が近づき、眼帯を慣れた手つきで外す。そして眼帯が外れ、鏡に映った目に映った自分の姿を見た京佳(かぐや)は、
「っ」
思わず、息を飲んだ。そこに写ったのは、掌ほどの範囲のある焼け爛れたた顔の左側。肌は赤く変色しており、所々小さな傷もあるし、血管も浮き出ている。そして当然、左目は全く見えていない。
「あっ!すまない四宮。大丈夫か?」
鏡で自分の顔をみた京佳(かぐや)を心配するかぐや(京佳)。自分は見慣れているからマシだが、かぐやは違う。もしかすると、かなり気分が悪くなっているかもしれない。
「大丈夫ですよ」
「ほ、本当に?」
「ええ。本当に大丈夫です」
「そうか。それならいいんだが」
だが京佳(かぐや)は大丈夫と言う。かぐや(京佳)はその言葉を信じる事にした。
(これほど酷い傷があるのに、よく…)
一方かぐやは、改めて京佳の凄さに驚く。いくら普段は眼帯で隠しているとはいえ、このような顔になっているのだ。普通であれば、この火傷跡を見るたびに悲しい気持ちになるだろう。もしかすると精神的にまいってしまい、引きこもりになる事だってあるかもしれない。
だが、京佳は毎日学校へ通っているし、顔にこのような火傷跡など最初から無かったかの様に過ごしている。無論、それは普段のかぐやから見ただけの視点での話で、本当は酷く落ち込んでいるかもしれないが。
(それにこれ、私が慣れていないってのもあるのだろうけど、本当に歩きにくい…)
それだけじゃない。片目しか見えないのは、非常に不便なのだ。単純に視野が半分になるので、普段より大きく首を動かさないといけない。それに足元が見えづらいので歩きにくい。実際ここに来るまでの間に、京佳(かぐや)は何度か足を壁にぶつけそうになっていた。
(立花さんは、普段からこんなに大変な思いをしているのですね…)
そして京佳(かぐや)は、京佳が普段どれだけ大変な思いをしているかを把握する。眼帯をしている事で、周囲から好機の眼差しを向けられる事もあるだろう。
(本当に凄いわね…この子)
そして京佳(かぐや)は、改めて京佳が凄い子だと認識。これ程の子は、中々いないだろう。
「それじゃ、さっさと入ろうか」
「そうですね」
脱衣所で着ているもの全てを脱いだ2人は、風呂場へと行き身体を洗う。
「……」
「どうした四宮?」
「何でもありません」
全裸になって改めて思ったが、デカイ。本当にデカイ。ナニがとは言わないが、本当にデカイ。
(元に戻った時、1割でいいから私の身体に宿らないかしらこれ)
そして叶わない願いを掛けるのであった。
お互いを少しだけ理解できた2人。
中途半端ですが今回はここまで。ちゃんと次回で終われたらいいなぁ…。
もう少しだけお付き合いください。
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特別編 四宮かぐやは入れ替わる(三)
頭の痛い日が続く。おのれ低気圧。
「結局、今日は元に戻らなかったですね…」
「そうだな…」
風呂から上がった2人は、寝巻に着替えてかぐやの部屋にあるベットに座っていた。風呂からあがった後も、皆で様々な事を試してはみた。例えば自己暗示。例えば抱き合う。例えば握手等。だが結局、どれを試しても元に戻る事はなかった。
「後は寝るだけですか」
残った方法は寝る事だけ。某映画ではそれで入れ替わっていた。それで元に戻るかはわからないが、他に何も思い浮かばないので仕方が無い。
それに既に時刻は夜の11時。毎日12時過ぎまで勉強をしてから寝る京佳には少し早い時間だが、普段寝るのが10時頃のかぐやには遅い時間。その間の時間なので、寝るのにも丁度いい。このまま起きていても仕方が無いので、2人は寝る事に決めた。
「でも…誰かと一緒に寝るのは初めてですね…」
同じベットで。
「これ本当に必要なのかしら?」
「わからんが、使用人の人達がどうしてもと言うし…もしかすると、これが原因で元に戻るかもしれんし」
「それはそうかもなんですが…」
使用人3人の説得により、かぐや(京佳)と京佳(かぐや)は一緒のベットで寝る事になった。これが必要かどうかはわからないが、兎に角何でも試すと言った手前、断る事もせずやる事にした。
「それではお2人共、おやすみなさいませ」
「ええ。おやすみ高橋」
「おやすみなさい、高橋さん」
高橋が2人にあいさつをし、部屋から出ていく。これで部屋の中には、入れ替わっている2人だけ。
「それじゃ、おやすみなさい立花さん」
「ああ、おやすみ四宮」
そう言うと、2人は布団に潜り込み並んで床に就く。その距離は最早夫婦のようだ。
((なんか変な気分))
お互い、こんな距離で誰かと寝た事等なんて無いので変に意識していまいそうになる2人。こういう時はさっさと寝てしまうに限る。
(隣にいるのが会長だったらなぁ…)
(隣にいるのが白銀だったらなぁ…)
寝ようとしている時、2人は全く同じ事を思っていた。もしも隣にいるのが白銀だったら、それはどれだけ嬉しい事なのだろう。だが実際は自分と同じ顔が隣にある。というかいる。双子でも無ければホラーな光景だ。
((でも、いつの日か必ず…))
今はそんな光景だが、何時の日か必ず、目の前には自分の想い人を見る光景を作ろうと誓う。こうして2人は眠りにつくのだった。
翌朝
「「戻ってない!!」」
「ダメでしたか」
目が覚めた2人は、昨日と同じ現象のままだった。つまり、全く入れ替わりなど起きていない。寝て起きたら変わっているかもと思っていたが、全く変わっていない。起こしにきたハーサカもため息をつく。
「どうする四宮。今日学校だぞ?」
「本当にどうしましょう…」
頭を抱える2人。何故なら今日は平日。学校がある日だ。それなのに戻っていない。これでは学校に行くことが出来そうにない。
「学校を休むか?」
「それは考えたのですが、今日は各部活の報告書を全て纏めないといけないので、生徒会の人間が2人も抜けるというのは…」
「確かにそれはまずいな。他のメンバーが多忙を極めてしまう」
いっそ休もうとも考えるが、今日の生徒会業務は本当に忙しくなる予定なのだ。そんな中、急に生徒会メンバーが2人も抜けるというのは非常にまずい。他の皆に迷惑をかけてしまうし、何より白銀が頑張りすぎてしまう。白銀が好きな2人にとって、重要なのはそこだ。
(他の人達は別にいいですすけど、会長に負担がかかるのは…)
(他の皆には少し悪いが、白銀に凄く負担がかかるのはなぁ…)
白銀は責任感がかなり強い。そして与えられた仕事をきっちりしっかりやりとげるタイプだ。そんな彼なら、突然休んだ2人の仕事もしっかりとやるだろう。だがそれは、とても負担がかかる事を意味している。正直、それは避けたい。
なので出来れば学校に行って、白銀の負担を減らしたい。だが、このままの状態で学校に行くのも気が引ける。ただでさえ、入れ替わるという摩訶不思議な現象だ。
もしもこの事が学校の人達にばれたれ、絶対に面倒くさい。特に藤原とか。
そうやって悩んでいる時、
「こうなったら奥の手です」
「「奥の手?」」
ハーサカが提案をしてきた。
「ふんふんふん♪」
朝の登校時。ピンク頭の少女、藤原千花はご機嫌そうに鼻歌を歌いながら登校していた。彼女は朝来る途中、子連れの猫に出会って気分が良いのだ。人間、可愛いものが嫌いな人などそうはいない。可愛いものが見れたら彼女の様に気分も良くなるだろう。
「あ!おはようございますかぐやさーーん!」
校舎内に入る途中、見知った後ろ姿を見つける藤原。そして声をかける。
「……」
しかし、声をかけられたかぐやは無言で藤原を見つめるだけだった。
「あれ?どうしましたかぐやさん?」
いつもならちゃんと挨拶を返してくれるのに無言。藤原も不思議に思う。するとかぐやは、鞄からスマホを取り出してそれに何かを打ち込みだす。その後、藤原にスマホの画面を見せた。
『実は少し喉を傷めてしまって喋れないんです』
「ええ!?大丈夫ですか!?」
『はい。暫くすれば治ると医者にも言われましたので』
突然の報告に驚く藤原。その顔は本当に心配そうにしている。
「かぐやさん!私はかぐやさんとはクラスが違いますけど、何か困った事があったら遠慮なく言って下さいね!」
『ええ。ありがとうございます』
そしてかぐやが困っていたら助けると決めた。
(よし。これなら何とかなりそうだな)
一方、かぐやになっている京佳は安堵していた。現在、未だに入れ替わってしまっている2人。どうするか悩んでいた時に、ハーサカが提案した。
喋らなければいい、と。
先ず喉を傷めている設定にしておけば、喋らなくてよい。更にスマホのメモ機能を使い、自分が言いたい事を入力すれば意思疎通は可能。これなら変に喋ってボロを出す事も無いだろう。
因みに今かぐや(京佳)が使用しているスマホは、支給品である。最初は自分たちのスマホを使おうとしていたのだが、ハーサカの
『他人に自分のスマホ預けるの抵抗ありませんか?』という台詞にはっとした。別に2人には、他人のスマホを見る趣味は無い。
しかし、誰だって様々なプライベート情報が入っているスマホを、他人に預けるのは抵抗があるものだ。そこで態々新しいスマホを用意した。入っているデータは連絡先くらい。
これなら別に見られても大丈夫だ。だって何も入っていないから。
(兎に角、これで乗り切るしかないな)
未だに元に戻る方法がわからない以上、これで誤魔化すしかない。
「じゃあまた放課後に!」
『ええ。また』
そしてかぐや(京佳)は藤原と別れ、A組に向かった。
「おっはよー!四宮さーーん!」
A組に入ると、朝からテンションの高い早坂があいさつをしてくる。
『ええ。おはようございます』
「え?どうしたの?」
『実は少し喉を傷めてしまって喋れないんです』
「マ?大丈夫?」
『ええ。今日は喋れませんが、直ぐに治ると思いますし』
藤原の時と同じように、スマホを使って説明をするかぐや(京佳)。
「え?四宮さん大丈夫?」
「喋れないって本当?何かあったの?」
「大丈夫四宮さん?」
それを見ていたクラスメイトが、心配そうな顔をしながら集まってくる。
『大丈夫ですよ。直ぐに治ると思いますし』
同じようにスマホのメモ機能で説明するかぐや(京佳)。
「そうなんだ。あ!何かあったら直ぐに言ってね!」
「そうそう!何か手伝える事とかあると思うし!」
「遠慮なく言ってね四宮さん!」
そしてクラスメイト達も、藤原と同じように何かあったら頼って欲しいと言う。
『ええ。その時はお願いします』
そうメモを打つと、かぐや(京佳)は自分の席に座る。
(しかし、思ってたより四宮は慕われているんだな…)
席に座ったかぐや(京佳)は、クラスメイト達の反応を見てそんな事を思った。
(私が出会った頃は、あんなに冷たい目をしていて、周りから恐れられていたというのに…)
1年と少し前。
京佳が白銀に誘われ生徒会に入った時、初めてかぐやと対面した。その時のかぐやは、ひどく冷たい目をしていた。まるで人を道具か何かと思っている様に。
事実、その当時のかぐやは非情で近づき難い性格のせいで、周りから非常に恐れられていた。そしてついたあだ名が『氷のかぐや姫』。だが、今はその面影はもう無い。それはクラスメイト達の反応が物語っている。
(あの四宮がなぁ…)
何処か懐かしむかぐや(京佳)。その目はまるで子供の成長を実感する親である。
こうしてかぐや(京佳)の1日が始まった。
一方、C組。
「お前、マジでどうしたんだ?」
『喉を傷めたんだよ。だから喋れないんだ』
「だからってなんでメモでやり取りすんだよ。つか何で痛めたんだ?ヤケ酒でもしたか?」
『未成年なんだからお酒なんて飲めないだろ』
そこでは京佳になったかぐやと龍珠桃が話していた。朝、いつもの様に京佳に話しかけた桃だが、京佳の様子が明らかに可笑しいのに気づく。どうしたのか聞くと、喉を傷めて喋れないと言う。
「まぁあれだ。何かあったら言え。何出来るかわからねーけど」
『ああ。その時は頼む』
そう言うと、桃は自分の席に座る。
(とりあえずこれで何とかなりそうですね)
安堵するのは京佳になっているかぐや。朝、ハーサカこと早坂に言われた作戦を実践し、それが成功。これなら何とか今日1日は乗り切れそうだ。
(にしても、立花さんって龍珠さんと仲良いのね。まぁ同じクラスですし当然かしら?)
少し驚いた事があったとすれば、京佳と桃が仲が良かった事だ。桃は普段。不機嫌そうな顔をして過ごしている。更に気に入らない事があれば、乱暴な言葉を投げかける。なのに今は、どこにでもいる普通の少女の様な顔で話かけてきた。
(あの龍珠さんがねぇ…)
何処か懐かしそうな顔をする京佳(かぐや)。
「あの、立花さん」
「?」
そんな時、京佳(かぐや)に話しかけてくるクラスメイト達がいた。尚、全員女子である。
『何だ?』
スマホを使い、意思疎通を図る京佳(かぐや)。
「えっと、何か困った事があったら言って下さいね!私、お助けしますので!」
「わ、私もです!」
「私も!」
そして話しかけてきたクラスメイト達は、皆京佳(かぐや)が困っていたら助けると言い出す。
『ああ。もしもの時は色々頼む』
「「「は、はい!!!」」」
京佳(かぐや)はそんな皆にスマホでそう伝える。それを見た3人は。少し大きな声で嬉しそうにしながら頷く。その顔は、少し赤い。そして3人は京佳の席から離れて行った。
(あの表情は何でしょう?)
疑問符を浮かべる京佳(かぐや)。その時、ふと思い出した。
(そういえば、早坂が立花さんは女子人気が高いと言ってましたね。それに、今年のバレンタインでは沢山のチョコを貰ってましたし)
早坂が調査報告で、京佳が同性からの人気が非常にあるという事を。現にバレンタインでは、30個以上のチョコレートを貰っていた。この数は、生徒会メンバーでは1番である。
(要するにあの子達は、相手が助けを求めている時に助けて、その後の自分の印象を良いものとし、それから立花さんへ言い寄るって事かしら。なんて恩着せがましい子達なんでしょう)
何となくだが相手が何を思って近づいてきたかわかった。
(全く。仲良くしたいのなら素直に自分から言えばいいじゃないですか)
そして京佳(かぐや)はそれまでの自分の行いを棚に上げる様な事を思う。普段、全く素直にならないのは一体誰だろう。
そんな事を思いながら、京佳(かぐや)の1日が始まった。
放課後
(何とかなりましたね…)
特にトラブルも無く、1日を何とか乗り切り、放課後になったので生徒会室へ向かう京佳(かぐや)。その顔は少しだけ疲れている様に見える。
(他人になりきるって、大変なんですね)
理由は自分が自分では無いからだ。普段のかぐやは仮面を被る事もあるが、それはあくまで自分の本心を隠す為。完全に他人になりきるなんてやった事なんて無い。だが今は強制的になりきらないといけない。
(早坂って、凄いのね…)
何時も変装で様々な人間になりきれる自分付きのメイドの凄さを思い知る。そうこうしているうちに、生徒会室へたどり着く。
「あ、京佳さんこんにちわ~」
そこには藤原と白銀がいた。
『ああ。こんにちわ』
作戦通りにスマホを使ってあいさつをする京佳(かぐや)。
「ええ!?どうしちゃったんですか京佳さん!?」
『実は少し喉を傷めてな。今は喋れないんだ』
「ええーー!?京佳さんもですか!?』
『も?』
「実は、かぐやさんも今日は喉が痛くて喋れないって言ってたんですよ」
『そうだったのか。それは知らなかった』
勿論嘘である。なんせ当事者だ。知らない訳が無い。
「しかし立花もまで喉を傷めているとは。まさか風邪でも流行っているのか?」
「う~ん。どうでしょう?少なくとも私達のクラスにはそんな人いませんでしたけど」
あれこれ考える白銀と藤原。
「立花。他に何か異常はないか?熱っぽいとか、体がダルいとか」
『特に無いよ』
「そうか。だがもし気分が悪かったら直ぐに言ってくれ」
『ああ。もしそうなったら頼むよ』
白銀へそう返答した京佳(かぐや)は、
(会長が私を心配してくれている!?これはまさか、私に気があるからでは!?)
何時の様に脳内お花畑と化していた。
(いえ!落ち着くのよ私!今の私は立花さん!ここで多少気分が上がってしまうと立花さんに申し訳ないわ!)
しかし今のかぐやは京佳である。ここで何時もの様に『これはチャンス!』と思い白銀へアプローチを仕掛けては京佳に申し訳が無い。だがそれだけじゃない。
(それにもしもだけど、このまま会長に何かしらのアプローチをしたとしても、それは私にじゃなくて立花さんの功績となってしまうし)
かぐやの思う通り、もしこのまま何かをしても、それは全部京佳へと向けられる。今のかぐやは京佳なのだから。
その時、京佳(かぐや)に電流走る。
(いえ、待ちなさい。だとすれば、もしここで会長に嫌われる様な事をしてしまえば、立花さんが会長に嫌われる事になるんじゃ?)
今のかぐやは京佳だ。もしここで、いきなり白銀を殴ったりしてしまったら、間違いなく白銀は京佳によくない感情を向けるだろう。その結果、白銀は京佳の方を向く事が無くなり、あとはおのずと自分の方へと自ら歩みよって来る事間違い無し。
まるで悪魔の様な作戦であるが、損得勘定の大きいかぐやはこれを受諾。流石四宮家の令嬢である。
(そうと決まれば早速なにかやってみますか。例えばそう、会長に投げ渡す様に纏めた資料を渡すとか)
流石に殴る様な真似はしないが、白銀に対して失礼な態度を取る事にする。そして鞄の中から資料を取り出し、白銀が座っている生徒会長の机へと歩く。
だが、
『白銀。この資料に判子を頼む』
「ああ、わかった」
京佳(かぐや)は資料を投げ渡さず、普通にしっかり手渡しした。
(で、できない!会長にそんな失礼な事できない!!)
そもそもかぐやが、自分の意中の男にそんな事出来る訳なかった。氷時代ならまだしも、今は絶対に無理である。
(それによく考えたら、もしもこのまま元に戻らなかったら、それは私が嫌われて、私になっている立花さんが会長に好印象を持たれちゃうんじゃ…)
更に思う。もしも嫌がらせをして、白銀が京佳によくない感情を抱いてかぐやの方へ歩みよっても、元に戻らなければ意味が無い。現状、全く元に戻る気配が無いのだ。これでは自分で自分の首を絞める事になる。
(やめましょう…こんな事はやめましょう…)
結局、京佳(かぐや)はこの好感度下げ作戦を中止。何時も通りに過ごす事とした。そして再び資料整理をしようとした時、
(あれ?ノートが無い?)
鞄に入れたはずのノートが無い事に気がつく。
(もしかして、教室に忘れてきた?)
今日は移動教室は無かった。つまり、忘れているとすれば教室の筈。
『白銀。ノートを忘れてきたので取りに行ってくる』
「ん?そうか、わかった」
そしてノートを取りに、1度生徒会室を出ていくのだった。
(あれ?何か既視感が…)
だが扉に手を掛けたユ瞬間、京佳(かぐや)は既視感を感じる。
そしてその瞬間、
「「ぶっ!?」」
昨日と同じように、かぐや(京佳)と京佳(かぐや)はぶつかった。
「おい!?大丈夫か2人共!?」
「大丈夫ですか!?結構痛そうな音しましたけど!?」
心配し、白銀と藤原が口を開く。
「え、ええ。大丈夫で…」
「あ、ああ。問題な…」
痛そう薄くまっていた2人が顔をあげると、固まる。まるで石造の様に。
「どうした?」
「かぐやさん?京佳さん?」
そんな2人を見て、疑問符を浮かべる白銀と藤原。そうやっていると、
「「も、戻ったぁぁぁーーー!!」」
突如、かぐやと京佳が大声で喜びだした。
「やった!やりました!元に戻りましたよ立花さん!!」
「ああ!そうだな四宮!元に戻ったぞ!!」
「ええ!これでもうなりきる必要もないですね!」
「ああ!何時もの私達に戻れるぞ!」
手を取り合いながら喜ぶ2人。だってこれで元通りだ。もう身体や他人に気を使う必要も無い。誰だって嬉しいに決まってる。
「そうだ立花さん。よろしければ、今度四宮家が経営しているマッサージ店へ行きませんか?日ごろの疲れを取る為に。例えば肩こりとか」
「それはいいな。是非行こう。でもそうだな。私達だけじゃなくて皆で行かないか?女子会というやつで」
「まぁ、それは素敵ですね。是非そうしましょう」
この日、2人は前より仲良くなったのだった。そして今度、共に出かける約束をするのだった。
「「????」」
そしてそんな2人を見ていた白銀と藤原は、訳が分からず背中に宇宙を背負った。
これにて終了。
次回もちゃんと書けるようにします。
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四宮かぐやと動物園デート(作戦会議)
何時の様にノリと勢いで書いています。
あと暫く京佳さん出てきません。主人公なのにね。
悪いのは作者。
土曜日 四宮家別邸 かぐやの部屋
「さて、白銀会長との動物園デートがいよいよ明日に迫った訳ですが、今の気分はどうですかかぐや様?」
「緊張で吐きそう…」
「えー…」
かぐやの部屋では、かぐやと早坂の2人が向かい合って話していた。内容は、明日のデートについて。明日の日曜日、四宮かぐやは白銀御行とデートをする。偶然出会ったを装ってのデートではなく、本物のデート。
しかもこれ、かぐやから誘った形だ。ならばこそちゃんとデートを成功させて、京佳をリードしなければならない。
だが当のかぐや本人はこのありさま。これではとてもデートなんて成功しないだろう。
「しっかりしてくださいよかぐや様。明日はまさに千載一遇のチャンスなんですよ?明日のデートが成功すれば、立花さんを大きく引き離す事も可能なんですよ?もしかすると、デート終わりに恋仲になる事も無きにしも非ず。なのにそのままだと、そのチャンスを全く生かしきれませんよ?」
「だって、だってぇ!私から誘ったちゃんとしたデートなのよ!?緊張して吐きそうになるのも仕方がないじゃないのよ!!」
「大げさですね。いやわからなくはないですけど」
生まれて初めてのデート。それも自分から誘った本格的なデート。誰だって緊張する。事実、京佳も白銀を始めてプールデートに誘った時は緊張していた。
最も京佳は、デートの誘いを受けてくれた事が嬉しくてそこまで緊張はしていなかったが。
「というか本当に大丈夫?私から誘ったんだから『四宮はそんなに俺とデートしたいのか』とか思われない?そのせいでふしだらな女とか会長に思われない?もしそうなら明日会長は『そんな女とデートなんてする訳ないだろう』とか思って待ち合わせ場所に来ないんじゃ…」
「被害妄想も大概にしてください。あと声真似似てませんね」
「うるさいわよ」
そしてかぐやはいつもの様にそう考える。これではダメだ。この調子では、明日のデートはとても成功しない。一刻も早く、かぐやを落ち着かせないといけない。
「兎に角1度落ち着いてください。はい。ハーブティーです」
「ありがと…」
先ずはかぐやを落ち着かせる為にハーブティーを飲ませる。それを受け取ったかぐやはゆっくりとハーブティーを飲んだ。
「はぁ。落ち着くわ」
かぐやは落ち着いた。流石ハーブティー様様である。
「ところでかぐや様。明日のデートは、どうやって過ごすおつもりですか?」
早坂はある懸念がある。それはプライドの高いかぐやが、何時もの様にとんちんかんな考えを持った状態でデートをするというものだ。
つまりは い つ も の である。
それだと、例えデートを楽しめても進展が何一つないかもしれない。なので明日の事について聞いてみる事にした。
「どうって、普通に会長とデートをするけど」
「いえ、ですからその内容です。動物園でどんな感じにデートをするのですか?」
「そうね。先ずは会長と一緒に動物を見て回るでしょ?その時は常に会長の隣をキープ。取り合ずは肩が触れないくらいの距離ね。その後、園内のどこかで昼食。できれば対面しながら食事がしたいからレストランがいいわね。値段もそこまで高くないところ。食後は再び色んな動物を見る。確か触れない動物コーナーがあったからそこに行って会長となんとか写真を撮る。所謂ツーショットの記念撮影ね。とりあえずこういう事をすれば、会長は私を立花さんより意識すると思うのだけれど」
「……」
驚く早坂。かぐやのデートプランが、思ってたよりかはしっかりしていたからだ。しかしその予定を聞いた早坂は、
「弱いですね」
「弱い!?」
バッサリと切り捨てた。
「確かに悪くはありません。ですが弱いです。全てが弱い。中学生ですか。まぁ、その予定だとデートそのものは楽しめるでしょうけど、かぐや様の事を立花さんより意識させる事は厳しいと思いますよ?」
「え、嘘…これかなり頑張って考えたのに」
早坂の発言に落ち込むかぐや。今言った予定は、かぐやがこの数日、脳をフル回転させて考えた作戦だった。だが早坂から言わせてもらえば、これでは京佳を追い越す事は不可能と言う話。
「だって立花さんは既に白銀会長と2回もデートをしているんですよ?それもその内1回は水着デート。更にこの前の水族館デートでは白銀会長とずっと手を握っていたんですよ?それだけインパクトを残しているんですから、それ以上の何かをしないと絶対にそれらの印象を追い越す事はできませんよ」
早坂はきっぱりと言う。その予定では無意味だと。京佳の超える事など出来ないと。
「ど、どうすればいいの?」
そんなのは嫌だ。かぐやだって、このままではダメだと思っていたからこそ、自分から白銀をデートに誘ったのだ。
だが今の自分ではこれ以上の事なんて思いつかない。このままだと、本当に京佳に白銀を獲られてしまう。
「だからこそ、今から一緒に考えましょう」
「え?」
そんなかぐやに、早坂は優しく話かける。
「私がかぐや様が考えた予定を色々手直しします。その手直しした作戦で、明日は白銀会長とのデートに挑みましょう。そして、立花さんを一気に追い越しましょう」
そして一緒に作戦を考えようと言った。全ては、明日のデートを最高の物にする為に。
「それじゃあ、お願いするわ早坂」
「ええ。お任せ下さい」
かぐやもそれを受諾。こうして2人は、明日のデートの作戦を考えるのだった。
「さて、先ずは最初の隣をキープするですが、それじゃ何時もとあんまり変わらないかと思います」
「そ、そう?」
「そこで嬉しそうにしないでください」
照れるかぐや。白銀の隣にいるのが何時もの光景と言われたのが嬉しいのだ。これじゃ話が進まないので、早坂は今後は無視する事にした。
「なので、明日のデートでは白銀会長の手を握ってデートをしてください」
「手を握る!?」
「これくらいしないと、立花さんを超える事はできませんよ?それに水族館で立花さんは白銀会長とずっと手を握ってましたし」
「うぐ!!」
その言葉に反応するかぐや。確かに京佳ならこれくらい難なくこなすだろう。だが、かぐやにはかなり難易度が高い。理由は恥ずかしいから。
前に白銀と肩が触れ合った時も、かぐやはそんままにしておいた。京佳だったら、間違いなく膝枕くらいしていただろう。
「さっきも居ましたが、これくらいしないと絶対に立花さんを超える事できませんよ」
「でも、どうやったら手なんて…」
「迷子になるかもしれないからと言っておけばいけますよ」
「ほ、ほんとに?男と手を握りたがりなふしだらな女とか思われない?」
「いやありえませんから」
かぐやの考えを論しながら、早坂は話を続ける。
「少しあざといくらいに手を握ってと言えば、白銀会長も無下になんてしません。男性は女性と触れ合いたいと思う生き物です。もしかぐや様が手を握れば、白銀会長は間違いなくドキドキします。それはもうすっごく」
「そ、そう?」
「ええ」
「…そういう事なら、明日頑張ってみるわ」
「はい」
かぐやは両手を使い、自分の無い胸の前で小さくガッツポーズして早坂の作戦を了承。可愛い。
「続いて食事についてですが、会話をしながら楽しく食事をするのはかなりいいです。誰しも楽しそうに食事をする人を見ると元気になりますから。ですが、ただ楽しそうに食事をするだけじゃ弱いです」
「じゃあどうすればいいのよ?」
「あ~んをしてください」
「あ~ん!?」
あ~んとは、所謂彼女が彼氏に食べ物を食べさせる行為の事だ。かぐやもその行為を見た事はある。だが、できるかどうかと言われれば、無理だ。
「無理無理!そんなの無理!絶対に恥ずかしすぎて死んじゃう!!」
「これくらいしないと印象残せませんよ?」
首を左右にブンブンと勢いよく振りながら無理だと言うかぐや。だが早坂は、これくらいやらないとダメだと言う。
しかし、
「絶対に無理!それだけは無理!!だってそんなの、もうキスじゃないの!?」
「どこかですが」
それだけは無理だとかぐやは頑なに首を縦には降らなかった。
「あーもうわかりましたよ。そこまでいうのなら無理には言いません。普通に楽しく食事をしてきてください」
「え、ええ。そうするわ」
これ以上は無理だと思い、早坂はそれ以上は何も言わなかった。
「次は写真ですが、これは特に言う事はありません。でも、できれば密着した写真を撮ってきてください。そうすれば、白銀会長は絶対にかぐや様を意識します。そしてその後、撮った写真を見てその時の事を思い返すでしょう」
「そういうものなの?」
「はい。なので、できれば肩が触れ合うくらいの写真を撮ってきてください。これは絶対にです」
「か、肩が触れ合うくらい近く…」
かぐやは顔を赤くする。こういう事は本当にとことん弱いのがかぐやだ。初心すぎる。しかしこれを成し遂げなければ、かぐやは京佳に負け濃厚となるかもしれない。そうならない為にも、何とかして密着した写真を撮らないといけない。
「写真って、どうやって一緒に撮ろうって言えばいいのかしら?」
「普通に言えばいいじゃないですか。記念に1枚いいですかって」
「でも、そんな事言ったら「そんな事言ったらまるで私が会長の写真が欲しいみたいじゃないとか言うのでしたらもう私は金輪際協力しませんよ?」……やるわ」
「はいよろしい」
かなり圧を掛けてかぐやにそう言い放つ早坂。それに負けたのか、かぐやは小さく頷いた。
「これで、会長は私の意識するのよね?」
「正直言うと、もう一声欲しいですね」
かぐやが考えていたデートプランヲ色々改善はしたのだが、やはりどこか物足り無さがある。インパクトに欠けると言うか、なんと言うか。これでは京佳の印象を超える事が出来そうにない気がする。
決して悪くは無いのだが、どうにかしてもう一声欲しい。2人が頭を悩ませているその時、
「失礼しますかぐや様。お風呂の支度が出来ました」
部屋の扉の外から声をかけられた。声の主は眼鏡メイドの志賀だ。
「かぐや様。志賀さんにも聞いてみませんか?」
「え?志賀にも?」
「はい。志賀さんは私達より年上。その分、人生経験が豊富です。彼女ならば、若輩者の私達より適格なデートプランを出してくれるかもしれません」
「そうね。知恵が多いことに越した事は無いし。聞いてみましょうか」
「かぐや様?もしかして寝ておられるのですか?」
ひそひそ話をするかぐやと早坂。廊下にいる志賀は、かぐやからの返事が無い事を不安がっていた。
「いいえ。起きているわよ志賀。ちょっと入ってきてもらっていいかしら?」
「わかりました」
かぐやに言われ、部屋の中に入ってくる志賀。
「どうかなされましたか?」
「ちょっと質問があるのだけれで、志賀は今まで殿方とデートをした事があるかしら?」
「はい?」
突然の意図の読めないかぐやの質問に、少し呆気に取られる志賀。
「まぁ、ありますが」
「そうなの。よければなんだけど、デートってどうするのが大事なのか教えてくれないかしら?」
「ご命令とあらば」
志賀はそう言うと頭を下げて、かぐやの前で姿勢を正す。
「で志賀は、一体何時デートをしたのかしら?」
「初めてのデートは、今のかぐや様と同じ時の頃でしたね」
「相手は?」
「クラスメイトの男性生徒です。剣道部に所属してました」
「へ、へ~」
初めて聞く生のデート体験談。かぐやも早坂も興味津々で聞く。
「場所は、地元の小さな遊園地でした。そこの入園入口で彼と待ち合わせをしていました」
「ふむふむ」
「そして、その後は一緒に時間が許す限り、遊園地で楽しみましたね」
「「ほ、ほー」」
「一緒にお化け屋敷に入ったのですが、彼ってそういうのが苦手だって忘れてたんですよ。なのでお化け屋敷の中で、悲鳴をあげながら私に抱き着いてきたりして…」
その後も志賀はデートの話をした。ジェットコースターで共に笑いながら楽しんだ事。昼食を獲った時、注文したハンバーガーを分け合った事。最後に観覧車で、記念撮影をした事。
どれもこれもどこかで聞いたような話ではあるが、それを話す志賀はとても懐かしい様な、嬉しい様な顔をしていた。
「そ、そうなの…とても良い話を聞けたわ…ねぇ?早坂?」
「そう、ですね。とても、良い話でした…」
そんな志賀の経験談を聞いた2人は、顔を赤らめていた。初めて聞く、生のデート話。その話の熱に当てられたのだ。
「因みに、その彼とは?」
「今はもう別れています」
「そうなの!?」
「はい。彼、高校卒業後は自衛隊に入隊しまして、その後合う機会が殆ど無くなってしまったので、そのまま自然消滅みたいな形に」
既にその彼とは別れているらしい。
「そうだったの。ところで志賀、デートってどうすればいいのかしら?こう、何をすればうまくいくとか無い?」
あまりその辺の話題を聞く事はしない方が良いと思ったかぐやは、本題であるデートにおける作戦の事を聞く事にした。これで志賀からデートの必勝法でも聞ければ、明日は万全の状態でデートに挑めるだろう。
「え?そんなもの無いですけど」
「「え?」」
だがその思いは裏切られる。志賀がそんなものは無いと言うからだ。
「ほ、ほんとに?何か大切な事とかないの?」
「と言われましても、これといって特に思いつきませんし。あるとすれば、遅刻をしない事ですかね?」
折角何かの作戦が聞けると思っていたのに、これでは意味が無い。何とかしてヒントでもいいから聞き出したいかぐや。そしてそれを明日のデートに生かしたい。
「デートって、好きな人と一緒にいるだけでとても幸せになれるんですよ」
だがそれは、志賀の一言で無意味な質問だったと気づかされる。
「デートをしている時って、本当に幸せなんです。好きな人と一緒にいられる時間が、こんなに愛おしくなるなんてって思います。そんな事しか考えられないから、別にこれといって何かやらないといけないとか無いですよ。強いて言えば、心から楽しむ事じゃないでしょうか?そうすれば、お互い最高の1日を過ごせたと思って、とても良い思い出にもなりましす」
「「……」」
目から鱗とはこういうのだろうか。今までの自分たちは、どうやって印象に残すデートをするかしか考えてこなかった。確かにそれも大事だろうが、1番大切な事は、デートそのものをちゃんと楽しめるかどうかだ。
もしも、明日のデートを白銀と一緒に心の底から楽しめたら、それは本当に幸せだろう。そうすれば、おのずと白銀にも印象に残るデートにもなる。
「そうね。それが1番よね。ね、早坂」
「はいかぐや様。それが最も大切な事です」
「?」
2人の会話の意味が分からず、首をかしげる志賀。
「あ、もういいわよ志賀。本当にありがとね。あと、お風呂はこの後直ぐに入るわ」
「はい。それでは」
志賀は頭を下げると、かぐやの部屋から出ていった。
「かぐや様」
「何かしら、早坂」
「これ以上の作戦は不要です。明日のデートは、白銀会長ととことん楽しんで来て下さい」
「ええ。そうするわ」
こうして作戦会議は終了した。そしてかぐやは、明日のデートを、童心に帰ったつもりで楽しむ事にした。
(ふふ。楽しみだわ)
そう言うとかぐやは、風呂に入るべく部屋から出ていくのだった。
遂に始まったかぐや様のデート回。果たしてどうなるのか?
次回も頑張れたら頑張って書きます。
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四宮かぐやと動物園デート(首尾一貫)
デート回2話目です。お納めください。
『天気晴朗ナレドモ波高シ』とは、日露戦争における決戦、日本海海戦において当時の日本連合艦隊の参謀、秋山真之中佐が大本営に電文で送った言葉だと言われている。
『天気晴朗』というのは、視界がとても良好で艦隊が戦う準備は整っているという意味。『ナレド波高シ』とは、波が高いので機雷が操作できず自艦隊の船体を傷つけるかもしれないので、日本艦隊が得意とする砲撃戦で戦うという意味だと言われている。
「はぁ…」
だが今の白銀には、まさに自分の心境を表している様な言葉になっていた。つまり『今日はとても天気が良いですが、私の心境は荒波が押し寄せています』と。
白銀は今。都内のとある動物園の入り口前で佇んでいた。ただの息抜きとして1人で動物園に来た訳では無い。
今日白銀は、これからこの動物園で四宮かぐやとデートをする。
今までかぐやとデートっぽいのは何度かあった。例えば1学期の映画館である。あれは自分たちが全く素直にならず、結局隣に座る事が出来ず微妙な結果で終わった。しかもあの時は『偶然偶々映画館で一緒になったので、どうせなら一緒に映画を観よう』という割と意味不明な言い訳をしながら行ったデート(笑)だ。
しかし今回は違う。正真正銘、本物のデート。それもかぐやから誘ってきたデートだ。誘われた後、白銀はあまりの嬉しさに大声を出して、警察に職質された程である。それだけ嬉しかったのだ。
本来ならば素直にこのデートを楽しめばいいのだが、今の白銀には100%楽しむ事は出来ない。
何故なら白銀は今、四宮かぐやと立花京佳という2人の女子に好意を向けてしまっているから。
そのせいで、白銀は最近ずーっと悩んでばかりだ。つまりかぐやと京佳、どっちを選べばいいのかと。元々白銀はかぐやに好意を向けていた。だが最近、白銀はいつの間にか京佳にも同じ様に好意を向けている事に気が付いてしまった。ただの好意ではなく、恋愛感情としても意味を持った好意を。故に悩む。今までの人生で1番というくらい悩む。
(だからこそ、このデートで…)
そんな白銀だからこそ、今日のデートではある事を考えていた。それは、比較。今日のこのかぐやとのデートで、どういうところが京佳とのデートより良かったかと比較する事だ。本来ならば決して許される事では無い。実際白銀は罪悪感で胸が苦しかった。
だが現状、そうでもしないと選べそうにない。2人には本当に悪いと思っている。それでも、しっかりと選ぶ為にはこうしないといけない。
(こんな事思いながらデートしてるってバレたら、俺山に埋められるかもな…)
四宮家だったら山のひとつくらい所有しているだろう。そこに埋めてしまえば足も着かない。後は勝手に行方不明者として処理される事だろう。
(でも、選べない方がずっと嫌なんだ。だからこそ、しっかりしないと)
白銀は来年海外の大学に進学する予定だ。その為もし2人のどっちかと恋仲になっても、日本で過ごせる時間はあまり多くない。だからこそ、しっかりとどちらかを選びたい。これはその為の行いなのだ。
「おはようございます、会長」
そうやって悩んでいる時、後ろから声をかけられた。
ここで時間を数分だけ巻き戻す。
場面は白銀と同じく動物園入口前。しかし、白銀がいる場所より少し離れている駐車場にほど近いところだ。
「かぐや様。いつまでここにいるつもりですか?もうすぐ約束の時間ですよね?遅刻するおつもりですか」
「わかってる、わかってるのよそんな事は」
「だったらさっさと白銀会長のところへ行って下さい」
「そうなんだけどぉ!!」
そこには物陰に隠れて、数十メートル先にいる白銀を見ている女子が2人。1人はかぐや、もう1人は早坂である。
今日はかぐやのデートの日。それもかぐやから誘った本気のデート。なので朝からおめかしをし、早坂と様々な作戦を考えた状態で待ち合わせ場所である動物園前まで来ていたのだが、ここでかぐやはヘタれた。今になって、自分が非常に恥ずかしい事をしていたのではと思い、足がすくむ。
そしてこうして、白銀から見えないところで隠れながら白銀の様子を伺っているのだ。
「本当にいい加減にしてください。ここまできて何ビビッてるんですか」
「別にビビってなんかないわよ!!これは精神統一をしてるの!!」
「だとしても1時間は長すぎです」
早坂の言う通り、1時間も前からずーっとかぐやはこの状態。
「こうなったら首根っこ掴んででも白銀会長の前に引きずりだしますよ?」
「あ、あと少し…あと少しだけ待って…」
「はぁ…」
ため息をつく早坂。これだといつもの流れになりかねない。そこで早坂は強行手段に出た。
ガシッ!
「え?早坂…?」
「行ってらっしゃいませかぐや様」
先ずはかぐやの腕を掴む。
「せーーーの」
そして勢そのまま勢いよく、白銀がいる方角へかぐやを投げ出す様に隠れていたかぐやを投げ出した。
「ちょっとーーー!?」
かぐやは早坂に抗議の声を出そうとするが、早坂は何も言わない。これでかぐやは、そのままバランスを取りながら白銀の方へ行かざるを得なくなった。こうでもしないと、かぐやはあと1時間はこのままかもしれない。だからこそ、力まかせにかぐやを白銀の方へ送り出したのだった。
(あーもう!やってやろうじゃないのよーーー!!)
そして早坂に投げ出されたかぐやはバランスを取りながら白銀のいる方向へ歩き出す。こうなってはもう隠れられない。半ばヤケだが、これでようやくデートが始められる。
白銀の方へ向かう途中、かぐやは息を整え、服装を綺麗に直し、表情筋を動かす。こうして準備を整えたかぐやは、白銀とのデートを開始するのだった。
「本当に頑張って下さい…かぐや様」
そんなかぐやに、早坂は聞こえない小さな声で激励の言葉を送った。最も、かぐやには聞こえていなかったが。
「おはようございます、会長」
こうして時間は元に戻る。
「ああ。おはよう四宮」
後ろに振り替える白銀。そしてかぐやの姿を視界に収めた瞬間、動きを止めた。今日のかぐやの服装は、白のニットセーターに灰桜色のチェスターコート。下にはベージュとブラウンのチェックのロングスカート。足には茶色のブーディ。そして白っぽいハンドバックを持っていた。
普段のかぐやは秀知院の黒の制服姿しか見ない。一応1学期や夏休みには私服姿を見てはいるが、あれとこれは全く別だ。今のかぐやはバッチリ冬仕様。全体的に少しモコっとしているのが凄くイイ。
「あの、会長?」
以前、京佳と水族館デートをした際の京佳はそれなりに露出のある恰好だったが、これはこれで凄いイイ。私服というのは、何も露出があればいいという訳では無い。様はどれれだけ心を掴めるかが大事なのだ。
「えっと、会長?」
尚、このかぐやの私服は全て早坂がコーディネートしている。最初こそかぐやに選ばせてみたのだが、出来上がったのはまるで中学生の様な落ち着いた服装。はっきり言ってダメだった。
これでは白銀の心は動かないと思い、早坂が徹底的にかぐやをコーディネート。その結果がこの恰好だ。落ち着いていているがどこか大人な雰囲気を纏わせ、清楚っぽく綺麗に纏まった服装。それが白銀のハートを撃ちぬいた。
「か、会長?あの、どうしましたか?」
今の白銀はこの姿を一瞬でも見逃さない様にかぐやをただ黙って見つめているだけの存在になっている。というか正直、この姿を自分以外に見て欲しくない。別に白銀は独占欲がすこぶる強い訳では無いが、こういった事は別だ。既に周りの人達がかぐやの事をシロジロ見ている。はっきり言って不快だ。
可能ならばすぐにそういった者達を排除したい。と言ってもこの世から排除するのではない。白銀は優しいので人を傷つける事が出来ない為、あくまでこの場から排除したいだけだ。でも仕方が無い。そう思える程、目の前のかぐやはとても魅力的だった。
「会長!?本当にどうしました会長!?」
「は!?」
ここで白銀は、かぐやにずっと話しかけれていた事にようやく気が付く。
「す、すまん四宮」
慌ててかぐやに謝罪する白銀。
「あの、もしかして、変でしたか…?」
一方かぐやは心配になっていた。早坂のコーディネートに従い、完璧な状態で挑んだデートだが、白銀の反応は芳しくない様に見える。出鼻を挫かれた気分だ。
(死にたい…)
結果、かぐやは落ち込んだ。まるで石上の様に落ち込んだ。
「今日の四宮が凄く綺麗でな。つい見惚れてしまってたよ」
「え?」
だが白銀の台詞を聞いて暗い気持ちが消えていく。
「み、見惚れてた、ですか?」
「ああ。なんか口にすると軽く聞こえるかもしれんが、そう思ってしまったんだから仕方が無い。凄く綺麗だぞ」
白銀ははっきりとそう言う。綺麗だと。見惚れていたと。それを聞いたかぐやは、
(生きててよかった…!神様ありがとう…!)
感激のあまり心の中で泣きながら神に感謝した。そして白銀はというと、
(あれ?俺めっちゃ恥ずかしい事言ってない?)
我に返って急に恥ずかしくなっていた。
(いやでも仕方ねーじゃん!?マジで可愛いんだもん!!前にも四宮の私服は見た事あるけど、あれとは別方向で可愛いんだもん!!まるで冬の妖精か天使にしか見えないんだもん!!)
やや女口調でやたらメルヘンチックな例えをする白銀。でもそれだけ白銀の脳裏には、かぐやの姿が焼き付いていた。恐らく一生消えないくらいに。
「そういう会長も、凄く素敵ですよ?」
「へ?」
今度はかぐやが白銀に言う。今日の白銀の恰好は、白い長そでのシャツの上からうす茶色のダッフルコート。下半身には黒いジーンズ。足には白いスニーカーを履いている。そして肩からは、再び圭から借りたウエストポーチを下げている。
因みにこれらは圭によるコーディネートではなく、京佳がモデルのバイトをしている会社が運営しているサイトを見て、可能な限り近い服装を自分で用意した結果だ。購入したものは長袖のシャツだけ。それ以外は全て家にあるのもで何とか代用した。
というか、それ以外は京佳との水族館デートで着ていたものだったりする。でもしょうがない。白銀家は貧乏なのだ。そう簡単に新しい服を購入できたり出来ない。ダッフルコートは去年の秋に古着屋で購入したものだし、新しく購入した黒い長そでのシャツも1000円である。
正直に言うと悪いとは思っている。別の女子とのデートで使った服をほぼそのまま流用しているのだから。でもこうでもしないとお洒落な格好なんて出来ないので、白銀は苦渋の選択でこうした。
(もう少しお金があればなぁ…)
切実にそう思いながら、白銀はかぐやに喋るかける。
「そうか?俺のは全部安物だが」
「値段なんて関係ありません。今日の会長は本当にとても素敵です」
「そ、そうか…ありがとう四宮」
かぐやの誉め言葉を聞いた白銀は、気恥ずかしくてつい顔を赤らめる。
(本当に素敵だわ会長の私服!まるでモデルじゃない!!)
因みにかぐやのは本当に裏の無い言葉だった。今のかぐやは白銀とのデートというイベントのせいでいつもよりテンションが高めだ。
そして昨日、メイドの志賀に言われた通りに今日は素直にデートを楽しむつもりなのだ。なので素直に思った事を口にした。でもモデルは言い過ぎたと思う。
(なんだか、胸がポカポカする…)
するとかぐやの無い胸辺りが温かくなった。今までも稀にこういう事があったが、今日は特別温かい気がする。
(素直になったおかげなのかしら?)
志賀の助言もあり、今日は首尾一貫して素直になる事にしているかぐや。最初こそ中々白銀の前に出る勇気が無くてうじうじしていたが、早坂に無理やり前に出されてようやく白銀と出会う。
そして素直に自分の思った事を口にすると、胸が温かくなる。
(こんな事ならもっと早く素直になればよかったわね…)
今までの自分は常に言い訳をして遠回り。その結果、いつの間にか京佳が追い付くどころか自分の優勢を覆し、かぐやを置い越してしまった。
このまま今まで通り素直にならず過ごしていたら、まず間違いなく負ける。白銀を京佳に取られる。
(そんなの、絶対に嫌…!)
だからこそ、今日のかぐやは何時ものプライドを投げ捨てて、素直になってこのデートを楽しむと決めている。そうすれば京佳の優勢を覆せるだろうし、何より楽しいデートになるだろう。
(よし、頑張れ私)
何時もなら絶対に言わないであろう事を思いながら、かぐやは次のステップへと進む。
「それでは会長、行きましょうか」
「ああ、そうだな」
こうして2人は入園券を購入すべく、チケット売り場へと向かった。
(俺今日、平常心保てるかなぁ…)
ふと心配になる白銀。このままでは、かぐやの可愛さに当てられ、突拍子もない行動を起こすかもしれない。そうなればかぐやに引かれるだろう。
(それにしても、今日の四宮は積極的だな…)
それにかぐやの様子も何時もと違う。何時のかぐやなら、もう少し控えめな部分がある。なのに今日のかぐやはどこか積極的だ。
(まるで、立花みたいだ…)
それはまるで、自分が好きになってしまっているもう1人の女子の様に。
(っていかんいかん!今は立花の事は考えない様にしないと!)
元々2人を比較するような意味合いで今回のデートをしている白銀。だが、今ここで比較する必要な無い。それはあまりにもかぐやに失礼だ。
(いやまぁ、比較している時点で失礼を通り越してしるんだけどさ…)
最も、今更な部分もあるが。
(まぁ、今は四宮とのデートを楽しもう。そして全てが終わった後に、個人的に色々考えるとしよう)
白銀は、比較するのはデートが終わった後と決めて、今からはかぐやとのデートを楽しむ事にした。
「ところで四宮。どうして今日は俺を動物園に誘ったんだ?」
「はい。最近の会長はとても疲れていた様に見えました。なので、忙しくなる前に息抜きを兼ねてお誘いしたんです。来週になれば、文化祭の準備でもう息抜きをする時間なんて無いでしょうから」
「成程。そういう事なら、今日は思いっきり羽を伸ばすとするよ」
「ええ」
そんな会話をしながら、2人はチケットを購入し『異形種動物園』へと入って行った。
列に並んでおよそ10分。遂に白銀達の番となった。
『いらっしゃいませせ。お2人様ですか?』
「ええ。そうです」
自分から誘ったのだからと言うことで、チケットの購入はかぐやが行う事となった。料金表を確認すると、高校生1人1600円と書かれている。と、その横に気になる表示が見える。
(カップル割ですって!?)
それはカップル割。もしこのカップル割を使えば、2人で3200円のところが2200円になる。1人500円引きだ。貧乏な白銀には非常に助かる料金設定。
(これは、前に立花さんがやっていた様に私もやるべきでは!?)
京佳は前に白銀と水族館でデートした時、カップル割を適応させた。それは京佳が自分から『私達はカップルです』と言ったからだ。しかもその時、白銀は満更では無かった。
思えば、あれがきっかけで白銀は京佳を意識し出したのかもしれない。
(そうよ。ここで踏みこまなくていつ踏み込むのよ。勇気を出しなさい私!!)
かぐやは自分にそう言い聞かせ、カップル割を利用すべく受付のチケット販売員に言おうとする。
『チケットはどうなさいますか?』
チケット販売員がそう聞いてくる。それに対してかぐやは、
「えっと、高校生2人です…」
普通にそう言ってしまった。
(無理!!流石にそれは言えない!!だって恥ずかしすぎるもの!!)
いくら素直に楽しむ予定のかぐやでも、流石にそこまで踏み込んだ選択は行えなかった。首尾一貫はどうした。
そしてそれを遠くで見ていた変装した早坂は、深くため息を付いていた。
『わかりました。それではどうぞお楽しみに』
結局普通に男女ペアで入る2人。
(いえまだよ!!ここからなんだから!!)
そしてかぐやは再び自分にそう言い聞かせ、白銀との本気のデートに挑むのだった。
同じ頃 都内某所
「どうかした京佳?」
「いや。どこかでなんか取り合えしのつかなそうな出来事が起きている気がして」
「んー?」
白銀たちが動物園に行っている時、友人の恵美と共に買い物に出かけていた京佳は、何故か危機感を覚えるのだった。
いよいよ始まる会長とかぐやのデート。
見惚れる白銀。頑張るかぐや。見守る早坂。何かを察する京佳。果たしてどう転がるのか!?
というか会長の苦悩書くのが本当に難しい。誰だよこんな3角関係物書こうとか思ったのは。
次回も頑張ります。
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四宮かぐやと動物園デート(一進一退)
いつも感想ありがとうございます。本当に励みになっております。
今回もかぐや様回。
(よし。一先ずは会長と一緒に入る事に成功したわ)
かぐやと白銀の2人は揃って動物園へと入る。周りには自分たち以外にも大勢の人がいた。子連れの家族や、自分たちと同じような男女2人組。またはおひとり様等。日曜日という事もあって、動物園に来ている人はかなり多い。
(最初はどこから行きましょう)
園内に入ったかぐやは考える。一応色々と予定は作っているが、それはあくまでの大まかなところだけ。どの動物を見に行くとかは全く決めていない。
何故ならかぐやは、動物にこれっぽちも興味が無いからだ。ペットを飼おうと思った事も、疲れたから癒されに動物を見に行こうとも思った事なんて無い。故にどういう動物を見ればいいかよくわからない。
「会長。見てみたい動物とかいますか?」
こういう時は相手の要望を聞いてから動くべきだ。なのでかぐやが白銀に尋ねる事にした。
「そうだな。最初はキリンが見てみたい」
「キリンですか?」
「ああ。実は本物のキリンって見た事が無いんだよ」
「そうですか。マップによると右の方に行けば見れるみたいですので、行ってみましょう」
白銀の要望を聞いたかぐやは、主導権に握るべく白銀にそう言い歩き出す。
作戦1、白銀の隣を常にキープ。
前日に考えていたかぐやの作戦のひとつ。常に隣にいる事で自分を意識させようというのだ。秀知院でもかなりの割合で白銀の隣をキープしているかぐやだが、最近はそれも少ない。
原因は京佳だ。あの水族館デート以降、京佳はいつの間にか白銀の隣にいる様になっていた。恐らく水族館デートの気に乗じて白銀により一層自分を意識させる為だろう。
おかげでここ最近のかぐやは、よく京佳に殺意の籠った目線を向けて生徒会で仕事をしている。そしてそれを見てしまった石上は恐怖で震えていた。
(そもそも私は副会長なのよ!?だったら会長の隣は私と決まっているでしょう!!なのに立花さんときたら!!)
内心毒づくかぐや。そして今日は絶対に白銀の隣をキープしようと決意する。
「そういや四宮は動物園に行った事はあるのか?」
「はい。前に藤原さんに誘われて1度だけ来た事があります。来たのはここじゃありませんでしたが」
「そうなのか。藤原と」
会話をしながらも、かぐやはしっかりと白銀の隣をキープしている。それも結構近い距離で。
(なんか今日の四宮近くないか?いつもこんなんだっけ?)
そんなかぐやに、白銀は疑問符を浮かべる。
(そもそも何で四宮は俺をいきなりデートに誘ってきた?息抜きをさせたいから誘ったなんて言っていたけど、だとしても急すぎる。やはり何か裏があったり?)
いきなり誘われた今日のデート。何時ものかぐやなら、あんなストレートな誘い方なんてしない。最も、それは白銀にも言える事なのだが。
(いや、今はそんな事を考えるのはよそう)
だが今その事を考えても答えが出る気がしない。それならば、このデートをしっかりと楽しむ方が有意義だろう。
「あ、見えましたよ」
そうこう考えているうちに目的の動物、キリンが見えた。
「でかいな」
「5メートルはありますしね」
キリン。
哺乳綱偶蹄目のキリン科キリン属に分類される偶蹄類。全身に赤褐色・黒と、淡黄色からなる斑紋があり、頭に5本の角が生えている首の長い全国の動物園で見れる事が可能な人気の高い動物である。
「おお…!」
そんなキリンを、白銀は目を輝かせながら見ていた。
(ふふ、会長ったら子供みたいですね)
そしてかぐやはそんな白銀を見て小さく笑う。童心に帰っている白銀が可愛く見えたのだ。
「お、餌やりもあるのか」
白銀の目線の先にはキリン用の餌が売っていた。
「ご、500円…」
しかし結構な値段がする。500円は白銀家の2食分のお金だ。簡単には出せない金額である。
(でもここで金をケチって、四宮にセコイと思われるのは嫌だしなぁ…あと純粋にキリンに餌やりたいし)
1人悩む白銀。しかしその時、
「すみません。ひとつ下さい」
「はい、どうぞ」
「え?」
かぐやがキリンの餌を購入した。
「会長。一緒にこれをキリンにあげませんか?」
そして白銀にその餌の入った紙コップをを渡しながらそう聞いてきた。
「いや、でもそれは四宮が買ったものだし」
躊躇する白銀。白銀はドケチではあるが、流石に好きな女の子に奢られるのは抵抗がある。だってダサイし。
「いや、ですか?」
「よしわかった。一緒にやろう。直ぐやろう」
だがかぐやのシュンとした顔を見て掌を返した。
(押して駄目なら引いてみろ。早坂の言った通りね)
勿論、先程のかぐやの様子は演技だ。早坂曰く『グイグイ行ってもダメな時は1度撤退すべし』という教えを真に受けそれを実施。結果として白銀と一緒に餌やりを出来る様になったので、この作戦は今後もどこかで使えそうである。
そしてかぐやと白銀は、紙コップに入った餌をキリンへあげる為に、餌やり場へと上がっていった。
「おお、舌が結構長いんだな…」
「ふふ。そうですね」
2人で一緒に餌をやるその姿は完全にカップル。しかも肩が触れ合っているのでかなりのラブラブカップルに見える。事実、周りにいた動物園のスタッフも微笑ましいものを見ている顔をしている。
(なんて幸せなの…これこそまさにデートよ…)
かぐやは幸せの真っただ中にいるのを自覚。これならばさっさと素直になってデートをしておけばよかった。そうすればもっと早く、こんなに幸せな時間を味わえたというのに。もっと言えば、京佳に追いつかれる事なんてなかっただろうに。
(そうよ。だからこそ、今日のデートは今までの分を全て取り返すべくとことん楽しむんだから!)
これ以上京佳に何か行動を起こされる前に、このデートで一気に引き離さいといけない。だがそれはそれとして、白銀とのデートも楽しみたい。その両方を叶えるべく、かぐやはより一層決意を固める。素直になって、デートを楽しむと。こうしてかぐやと白銀のデートは続くのだった。
「俺ばっかりが何か言うのは不公平だ。次は四宮が見たい動物を見に行こう。何がいい?」
キリンへの餌やりを終えた2人。すると今度はかぐやの番だと思った白銀が、かぐやにそんな質問をしてきた。
「そうですね…」
考えるかぐや。そもそも動物に興味が無いので、特に見たいと思う動物がいない。
「では、ふれあい動物コーナーで兎を見てみたいです」
「わかった。ならそこに行こう」
なので女の子らしさをアピールする為、兎が見たいと答えた。白銀もそれを了承し、2人は動物と触れ合う事が出来る場所まで歩く。勿論、その間もかぐやは白銀の隣をキープして。
「すっごい沢山いるな」
目的地に着いた白銀の目に映ったのは、沢山の小動物たち。兎にモルモット。ひよこにヤギなどだ。それらの動物が群れをなしている。因みに当然だが、それらの動物は種類ごとに分けられている。全て一緒にしてしまったら争いの元になるからだ。
「ふふ、ふわふわで可愛いですね」
かぐやは兎コーナーへ行き、群れの中にいた1匹の兎を抱きかかえる。そして右手で撫で始めた。
(めっちゃ可愛い…)
白銀は、そんなかぐやについ見惚れた。男の子というのは、動物と触れ合っている女子を見るとそう思う悲しい生き物なのだ。恐らく、これが子安つばめだったら石上も同じ反応をするだろう。
「そうだ会長。写真を撮ってくれませんか?」
そんな時、かぐやが白銀にお願いをする。
「えっと、いいのか?」
「これはあくまでプライベート用ですので」
家の事象で写真に写る事が禁止されているかぐやだが、これは完全にプライベートの写真。不特定多数に見せる事などないから問題は無い。
「えっとじゃあ、スマホを貸して「できれば会長のスマホで撮ってください。そしてその後に私のスマホに送ってください。」え?」
ここでもかぐやは仕掛ける。写真を撮るのを自分のスマホではなく、白銀のスマホにしたのだ。こうすれば、白銀は自動的にかぐやの写真を手に入れる事が可能だ。そうすれば、白銀は毎夜かぐやの写真を見る事だろう。そして毎日かぐやの写真を見るという事は、おのずとかぐやを意識していく事になる。要は刷り込みに近い。
「じゃ、じゃあ1枚」
「ええ。お願いします」
「行くぞ。はいチーズ」
そして白銀はスマホを構えて、兎を抱きかかえているかぐやの写真を1枚撮った。
「撮ったぞ」
「ありがとうございます会長。後で送って貰っていいですか?」
「ああ。必ず送る」
そう言うと、白銀はスマホで撮ったかぐやの写真を見る。そこに写っているのは、まるで天使。時代が時代なら宗教画になっいるであろう1枚。大げさかもしれないが、白銀にはそう思える程に綺麗な1枚だった。
(マジで可愛い…スマホの待ち受けにしようかな…)
一瞬そう思ったが、流石にバレた時に言い訳が出来そうに無いのでそれはやめる事にした。そんな時である。
「メェ~」
「ん?」
かぐやの直ぐ後ろに、突然ヤギが現れた。
「おい四宮。後ろに」
ヤギがいるぞと言おうとした時、そのヤギがある行動を起こした。
「メェ~」
「へ?」
かぐやのスカートの端を口で摘まんで、首を上にあげたのだ。今日のかぐやはロングスカートである。普通に考えたら、これで京佳の様なラッキースケベなイベントなど起こりえない。
だが普通じゃない事が起きた。それが今の状況だ。ヤギがかぐやのスカートの裾を口で掴んだせいで、かぐやのスカートが捲られた。結果、かぐやの黒いストッキングを履いている足が白銀の目に映った。
「見ちゃだめです会長ーーー!!」
かぐや、とっさに白銀の目を指を使って潰す。これは痛い。絶対に痛い。
「ぎゃああああ!?目がぁぁぁぁ!?」
白銀、その場でのたうちまわる。それを見ていた周りにいる来場客も何事かと思い驚いていた。
「ああ!ごめんなさい会長!あーもう!さっさとあっちに行きなさい!!ジンギスカンにしますよ!?」
「メェ~」
かぐやはヤギを追っ払い、白銀に近づく。
「すみませんでした会長。あの、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ…ちょっと痛いけど…」
「本当にすみません…」
「いや、俺こそ悪かった…」
「いえ。私は気にしてませんので」
嘘である。今のかぐやは、白銀にスカートの中身を見られたと思いかなりパニくってた。冷静に考えたら、どうあっても下着が見える程スカートはめくれてはいないのだが、今のかぐやのそんな事考える余裕はない。
(こ、これはもう、会長に責任を取って貰うしかないのでは!?だって下着よ!?嫁入り前の私の下着を見られたのよ!?)
未だそういう事に初心なかぐやはそんな事を考える。というか下着が見られて責任を取るという話ならば、京佳はとっくに白銀とくっついているだろう。最も、京佳は既に下着を見られたという話では無いのだが。
(いえ落ちつくのよ私!冷静になりなさい!そもそも見えている訳ないでしょう!よくて膝までの筈!)
かぐや、ここで冷静さを取り戻す。流石四宮家の令嬢だ。
「会長。ちょっと飲み物でも買いませんか?」
「そう、だな。少し休憩しよう」
1度休憩を挟んで、お互いしっかりと落ちつく事にした。そして白銀とかぐやは、近くにあった自販機で同じ缶コーヒーを購入し、ベンチに並んで座るのだった。
「会長。次はどこか行きたいところはありますか?」
「そうだな。像とかライオンとか見てみたいな。後コアラとか見た事ないから見てみたい」
「いいですね。私もコアラは大好きです。ではこの後行きますか」
そう言うとかぐやは、白銀と同じ缶コーヒーを開けて一口飲む。そして、
「あ、あれってもしかして鷹でしょうか?」
「え?どれだ?」
「ほら。あれですあの大きな鳥」
缶コーヒーをベンチに置き、空を飛んでいる何かを指さす。思わず白銀も缶コーヒーをベンチに置く。
「いや。あれはカラスじゃないか?」
「そうですか。大きなカラスなので間違えてしましました」
飛んでいたのは鷹ではなく大きなカラスだった。そして白銀が再び缶コーヒーを飲もうとした時、
「あれ?」
自分の缶コーヒーがどれかわからなくなっている事に気づいた。
「どうしました会長?」
「いや。どっちが俺の缶コーヒーだったかなーって」
ベンチにあるのは飲みかけの缶コーヒーが2本。銘柄も同じなので、どっちかどっちかわからない。人間、いくら記憶力がよくても無意識に行った事は覚えていないものなのだ。
「えーっと、どっちでしたっけ?」
「うーむ…」
当然だが、これもかぐやの作戦のひとつである。要するにかぐやは、この期に白銀に間接キスをさせようとしているのだ。1学期にも同じ様な事をしているが、あの時は藤原が持ってきたコーヒーがアレな感じのやつだったので未遂に終わっている。
だが今回は違う。邪魔者はいないし、飲んでいたコーヒーも大丈夫なやつだ。
(これなら今度は成功する筈!さぁ会長!早く私が飲みかけた缶コーヒーを選んで飲みなさい!)
志賀に言われた事を忘れていつもの様にそんな風に思いながら白銀に念を送るかぐや。ここで白銀がかぐやの飲みかけを選べば、間違いなくかぐやを意識する。そこを突けば、白銀は今日のデート終わりにでも告白をするかもしれない。仮に告白をしなくても、かぐやの事は意識する。どう転んでもかぐやに損は無い作戦だ。
だが作戦がそう簡単に行く筈も無かった。
「「あ」」
何故なら2人がいるところに突然風が吹いて、缶コーヒーが地面に落ちてしまったからだ。当然落ちた缶コーヒーは、そのまま中身を地面に零す。
「「……」」
沈黙する2人。白銀も多少ドギマギしていたのに、すーっと冷静になっていく。
「あー。買いなおすか?」
「いえ。もう充分です」
「そ、そうか。なら、行くか」
「そうですね…」
そして2人は地面に落ちた缶コーヒーをゴミ箱に入れて、次の動物がいる場所に行くのだった。
(あーもう!風の馬鹿ーーー!!空気読みなさいよ!風のくせに!!)
かぐやは天気にキレ散らかしていた。理不尽である。
こうしてかぐやの実施した作戦は、成功したりしなかったりして午前中が過ぎていったのだった。
かぐや様がフラれた場合の展開が本当に悩みの種。何か良い案ないかな。
次回もかぐや様のデート回。もう少しお付き合いください。そして京佳さんの出番はもう少しお待ちください。
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四宮かぐやと動物園デート(大慶至極)
かぐや様のデート回、最終話です。
リコリコの世界に三日月とか47がいるSSとか書いてみたいけど、今書きだしたらこの作品が絶対に止まるので我慢。
「ウサギさんサラダ、くまさんハンバーグ、ライオンのステーキ」
「よく考えているな。こういうのが好きな人には堪らないだろう。藤原とかかなり食いつきそうだし」
「そうですね。あと沢山写真とか撮りそうです」
「はは。それは言えているな」
正午。それは大勢の人間が、お昼ご飯を食べる時間帯。そして今かぐやと白銀がいるのは動物園内にあるレストラン。2人は他の入園客と同じように、このレストランで昼食を獲ろうとしていた。
(会長と2人きりで食事だなんて、もしかして初めてじゃ?)
案内された席に座りながら、ふとかぐやはそう思う。今まで白銀と昼食を一緒になる事は何度もあったが、2人きりというのは無かった。
それもこれもどこぞの誰かが邪魔したり、運が悪かったりとしたせいなのだが、今日はそんな事は無い。なのでかぐやは白銀との食事を楽しもうとしていた。
作戦2,白銀と楽しく食事をする。
これが2つ目の作戦。食事は人間に必要不可欠な物。くたびれた社会人は、ただの燃料補給として食事をかっこむ事もあるが、年ごろの男女が一緒に食事をするのなら、それは楽しく食べた方が良いに決まっている。
早坂からはそれだと弱いので『あーん』を白銀にすべきだと指摘を受けていたのだが、
(でも無理!流石にあーんは無理!!絶対に無理!!こんなに人目が沢山ある所でそんなはしたない真似できない!!)
そんな事かぐやには無理だった。理由は単純に恥ずかしいから。確かに2人きりで食事をしているのだから、そういう事をやって白銀を意識させる事は大事である。
だがそれでも恥ずかしい。周りには自分たち以外にも沢山の人がいる。親子連れや恋人。または女子だけのグループ。そんな不特定多数の人間が大勢いるところでそんな真似、とてもじゃないが無理だった。
最も、例えここが生徒会室で白銀と2人きりだったとしても、かぐやには出来ないだろうが。
(高っけぇ…1皿1500円とかって何だよ…)
かぐやが1人で悶々と考えている時、白銀はメニューと睨めっこの真っ最中だった。かぐやと一緒に入った園内のレストランだったが、どれもこれも値段が高い。一番安いスープでさえ600円もする。
(いや、よくみるとデザインに凄くこだわりを感じる。これだけ手が込んでいるのならこれくらいの値段も仕方が無いのか?)
メニュー表に載っているのは、この動物園の動物をモチーフにしたものばかり。そしてその全てが、よく考えられて作られている。白銀はバイトの経験上知っている事なのだが、こういったものを作るとなると、かなりの手間がかかる。だからこそ、これ程の値段がするのだと納得。
(できればこのハンバーグを食べたいが、1800円か…家の近くにある弁当屋のハンバーグ弁当なら420円で食えるのに…!)
だがそれはそれ。貧乏である白銀は、こういう場所であまり食事をしたくない。だって高いから。1800円もあれば映画にもいけるし、自宅近くの弁当屋で4食分も弁当が購入できる。自分のケチな部分が少し嫌になりながら、白銀はメニュー表との睨めっこを続ける。
(どうしたのかしら会長?ここはメニューも豊富で店内も明るい雰囲気で過ごしやすい。値段だって高くないから会長にもあまり負担がかからない筈なのに…)
かぐやはメニュー表と睨めっこを続けている白銀を見ながら疑問符を浮かべる。事前に調べてここのレストランを選んで入ったというのに、白銀は未だに何かを選んだ様子はない。
だがこれはかぐやに比は全くない。単純に、白銀のケチさがかぐやの想像をずっと超えていたというだけだ。
「えっと、四宮は何か決めたのか?」
「ええ。私はこのキリンのサンドイッチを食べようかと思います」
かぐやが選んだのはサンドイッチ。中に卵やハムが入っており、パンにはキリンの顔が焼き印されている。具材もまだらの様に入っているので、まるでキリン模様に見えるサンドイッチだ。尚これを選んだ理由は、特には無い。単純にかぐや自身の食が細いというのが殆どの理由で、『サンドイッチを食べている女の子は可愛く見える』という早坂の入れ知恵のおかげだ。というか、可愛く見えるかどうかは個人差だと思う。
「そうか。なら俺は、このホワイトタイガーハンバーグにしよう」
かぐやが何を頼むかを聞いた白銀も、腹をくくってハンバーグを注文する事にした。
(こういうところでケチってどうする。前にテレビで見たが、デートでセコイ行為をする男は確実にひかれるって言ってたしな。なぁに。後日もやし料理が増えるだけだ)
流石に好意をよせている子とのデートでケチるのはどうかと思った白銀は、最初に食べようと思っていたハンバーグを食べる事にした。
尚、ホワイトタイガーハンバーグというのは、チーズハンバーグの上にデミグラスソースを虎模様の様にかけているハンバーグである。
因みに値段はご飯とスープが付いて1800円。高い。
「ふぅ。久しぶりに肉を食べたな」
食事を終えた白銀は、ベンチで一休みをしていた。かぐやは『少しお花を摘んできます』と言い、この場にいない。
(めっちゃ楽しいよなぁ…今日…)
朝かぐやと待ち合わせをしてから、先程一緒に食事をしていた事を順番に思い出しながら、白銀は今日を振り返る。
はっきり言って、とても楽しい。
そもそも白銀は、秀知院に入ってしばらくしてかぐやに一目惚れをしている。そして、かぐやの隣に相応しい存在になりたいと思う様になった。もの凄く頑張って成績だって上げたし、生徒会長にだってなれた。まぁそこで止まって、かぐやに告白できずじまいなのだが。
(でも、俺は…)
これが今まで通りの場合だったら、今日の帰りにでも白銀は告白をしていたかもしれない。だが、今の白銀は同時に2人の女性に好意を寄せてしまっている。その結果、最近は悩んでばかりだ。きちんと選ばないといけないのに、選べない。いつも悩む。今までも悩んだ事はあったが、最近のはその比じゃない。
(本当に、俺はどうすればいんだ?)
好きになっている女性を比べる様な行為である今日のデート。どう考えても酷い。これが恋愛ゲームならばそこまで問題もないが、これはれっきとした現実。この事がかぐやや京佳にバレたら、どうなるか想像もしたくない。
(選ばないといけないのになぁ…)
文化祭まであと少し。白銀は告白をするなら、文化祭だと決めている。だがそれにはまず、かぐやと京佳のどちらかを選ばないといけない。
(今日のデートは凄く楽しい。それは本当だ。だが同時に、前に立花としたデートも本当に楽しかったんだよなぁ…)
どっちもデートも本当に楽しい。そこに嘘は一切ない。言い方は凄く悪いが、甲乙つけがたいというやつだ。だからこそ悩む。
(まぁ、四宮とデートはまだ途中だし、全部終わってからまた考えよう)
結局、白銀は『まだ途中だから』ということで考えるのを後回しにする事にした。
「お待たせしました会長」
「あ、ああ」
丁度その時、かぐやが戻ってきた。
「それで、次はどうしましょうか?」
「そうだな。次は…」
2人は動物園のパンフレットを見ながら、午後の予定を組むのだった。
「ブルッフフ」
「うおぉぉぉ!?馬上って結構揺れるんだな!?」
「ふふふ、会長ー。頑張ってくださーい」
乗馬体験コーナーで白銀が馬に乗ったり、
「「ウキー」」
「キキッキ」
「ふぶ、くすぐったいですねこれ」
「ぷぷ、そうだな」
メガネサルにトウモロコシの餌をあげたら大量のメガネサルに囲まれて掌がくすぐったくなったり、
「シィーーーー」
「ワニって、鳴くんだな」
「ですね。初めて聞きました」
ワニコーナーでワニの鳴き声を聞いたり、
「どうですかー?やりませんかー?可愛いですよー?」
「すみません無理です流石に無理です勘弁してくださいほんとごめんなさい」
「落ち着いてください会長。あれは私も無理ですから」
爬虫類コーナーで飼育員からビルマニシキヘビという大きな蛇を首に巻かないかと言われそれを断ったりと、動物園を童心に帰った気分で楽しんだ。
(本当に幸せだわ…)
そんな状況に、かぐやはうっとりする。今まで作戦を考えて、こういったデートを妄想したりシュミレートした事はあったが、実施した事など無かった。
だが今日は違う。数日前に勇気を出して白銀を自分からデートに誘い、早坂と作戦を考えて、こうして本当のデートをしている。
(正直今は、立花さんと事とかどうでもいいわね。それよりも、もう少しでも長くこの時間を過ごしたいわ)
今のかぐやの頭の中には、京佳を突き放すという考えが無い。そんな事より、1秒でも多く白銀とこの時間を共有したい。メイドの志賀も言っていた事だが、デートは素直に楽しむ事が1番なのだ。
「ん?あれは…」
うっとりした頭で白銀の隣を歩いていると、とある動物の檻の前に着いた。
「ウホ」
それは全身黒い体毛で覆われている霊長類の動物、ゴリラだった。
「ゴリラですね」
「そうだな。この動物園にはゴリラまでいるのか」
2人の目線の先には2頭のゴリラ。看板を見ると、夫婦らしい。
「へぇ、夫婦なのか」
夫婦。かぐやは思わずその言葉に反応してしまった。
(チャンス。これはチャンスです)
かぐやはある事を思いついた。『まるで今の私と会長みたいですね』と白銀に言おうと。少し、いやかなり恥ずかしい事だが白銀を意識させるには十分な一手だろう。
「まるで…」
だが実行しようとした時、予想外の事が起こった。
「ウッホ」
「ウホ」
「「……」」
何と、白銀とかぐやの目の前で、2頭のゴリラが合体したのだ。
もっとわかりやすく言うとセッ〇スである。
「ねぇママー。あれなにー?」
「え!?えーっと!あ!向こうにカピバラがいるわよ!?行きましょう!?」
白銀とかぐやの近くにいた親子連れはその場から脱兎の如く逃走。
「おいいいいい!?繁殖期でも無いのに何おっぱじめてんだあの2頭ーーー!?」
「知りませんよ!?でもこれどうしますか!?」
「ええい!こうなったら下手に邪魔する事もできん!今は大人しく見守るだけだ!!」
動物園の飼育員も慌てている。だがここで邪魔をすれば、オスゴリラの反撃を食らって命を落としかねない。入園客の目はあるが、この場は見守るしかない。
「「……」」
会話が無い。何を話せばいいかわからない。
「し、知っているか四宮。ゴリラの学名は、ゴリラ・ゴリラと言うらしい…」
「……」
「あと、ゴリラが胸を叩くドラミングは、2キロ先まで音が聞こえるとか…」
「……」
「四宮?」
とりあえず何かを喋らないと思った白銀は、ゴリラについての雑学を話す。だがかぐやは無言を貫いていた。気になった白銀が、かぐやの顔を覗いてみると、
「……」
そこには顔を真っ赤にして湯気を出そうとしているかぐやがいた。そして、
「きゅう…」
「四宮ーーー!?」
かぐやはその場で倒れてしまった。未だに性に関する事に抵抗のあるかぐやに、霊長類の交尾は刺激が強すぎた様だ。
「「ウホウホ」」
そして元凶たるゴリラ2頭は、未だに事に及ぶのだった。
余談だがこの数か月後、メスゴリラの方は元気なオスを生んでたりする。
(あれ?私一体どうして?)
かぐやの意識が覚醒する。
(えっと確か、会長と食事をした後、再び園内の動物を見て回っててそれで…)
かぐやは白銀と午後も園内の動物を観ていた事までは思い出せるのだが、その途中からどうも記憶が曖昧だ。
(あ。そうだわ。私、ゴリラの……セッ!を見ちゃってそれで…)
確か自分は、ゴリラのオスとメスがおっぱじめたの直視してしまい、その光景に脳が耐え切れず、恐らく気を失ったのだろうとかぐやは結論付けた。
(あれ?なんか景色が横向きじゃない?)
ここでかぐやは気が付く。風景が横向きなのだ。そしてどうやら自分は横になっているみたいだと。
(もしかして、会長がベンチにでも運んでくれたのかしら?)
白銀が自分をおんぶ、または抱っこをしてベンチに寝かせる姿を妄想するかぐや。つい頬が緩みそうになる。
「気が付いたか?四宮?」
「会…長?」
そんな妄想をしているかぐやの元に、手に自販機で買ったであろうお茶のペットボトルを持った白銀が話しかけてきた。
「大丈夫か?結構凄い勢いで倒れたが」
「ええ。もう大丈夫です。ご心配をかけて申し訳ありません」
「気にするな。はい」
「ありがとうございます」
白銀からお茶を受け取るかぐや。
「ん?」
ここで、かぐやはある事に気が付く。それは自分がベンチに横になっていた時に、布団の様に自分に覆い被さっていた物だ。
「これは?」
「ああ。そのままベンチで横になるのは寒いと思ってな。嫌だったかもしれないが、俺のコートを羽織らせてもらった」
「へ?」
なんとそれは白銀が今日、着ていたコートだった。
(つ、つまりこれには!会長の熱が!?匂いが!?)
やや変態的な事を考えるかぐや。だが仕方が無い事かもしれない。好きな異性が着ていたコートを羽織らせてもらった。月見の時も同じ事があったが、その時もかぐやはテンパっていた。
(な、ならもう少しこのまま…)
白銀の熱を感じておこうと思ったが、
「へっくしゅ!」
白銀がくしゃみをしたのを見て、その考えは消え去った。
「ありがとうございます会長。はい」
「おお、役に立てたならいい。寒くなかったか?」
「はい。おかげさまで」
少しだけ残念な気持ちもあるが、流石に白銀をこのままにはしておけない。なので直ぐにかぐやは、白銀のコートを返すのだった。
(ありがとう、ゴリラ…)
そして心の中で例のゴリラに感謝をするのだった。
「よし。これで親父と圭ちゃんも喜ぶな」
白銀とかぐやはお土産コーナーから出てくる。折角ここまで来たのに、何も買わずに帰るのは勿体ないし、何より家族へ何も無いのは白銀自身が嫌だ。
そこでお土産コーナーへ寄ったはよかったのだが、中々お土産が決まらない。最初こそライオンのぬいぐるみを買おうと思ったのだが、単純に値段が高いくて買えず断念。そこで家族全員で食べれるクッキーにしたのだ。
「もうすぐ、終わりですね」
「そう、だな…」
既に空は暗くなっており、周りの人達も帰り出している。それは、白銀達も例外では無い。
あと数分で、このデートも終わってしまう。
(何か言わないとな。今日は楽しかった?普通だな。また行こう?いやこれはちょっと)
かぐやと別れ際に何か気のきいた台詞でもと思った白銀だったが、中々決まらない。
「あの、会長…」
白銀が悩んでいる内に、かぐやの方から話しかけてきた。
「何だ四宮?」
「えっとですね。今日は、楽しかったですか?」
少し不安そうな顔で白銀に尋ねるかぐや。
「ああ。勿論だ。凄く楽しかったぞ」
その言葉を聞いた瞬間、かぐやの顔が明るくなる。
「ふふ、そうですか。それはよかったです」
「そういう四宮はどうだった?」
「勿論。とても楽しかったですよ」
和気あいあいと会話をしながら歩く2人。
「あ」
動物園から出ると、かぐやの目には四宮家の車と執事の高橋が見えた。どうやら、お迎えのようだ。
「それでは会長。今日はこれで失礼します」
「ああ。わかった。じゃあまた学校で」
「ええ。また」
そう言うとかぐやは、足早に車の方へと行ってしまう。白銀もそれを見て、駅へと向かおうとした。
「会長!!」
だがその時、かぐやが白銀に声をかけてきた。
「えっと?どうした?」
振り返す白銀。それを見たかぐやは、
「本当に今日は、人生で1番楽しかったです!一緒に居てくれて、ありがとうございます!」
少し大きい目の声で白銀に感謝の気持ちを伝えたのだった。そして今度こそ、かぐやは車の方へと走り出す。
「……」
白銀はただそれを眺めていた。何も言わずに、ただ眺めていた。かぐやが乗った車が走り去るまで眺めていた。
「俺は…」
嬉しい。先程のかぐやの台詞はとても嬉しい。誕生日にかぐやからプレゼントを受け取った時と同じくらい嬉しい。何なら今この場で告白をしたいくらいだ。
「俺は…」
だが出来ない。これがかぐやだけに好意を向けている状態だったらそうしていたが、出来ない。未だにかぐやか京佳のどっちかを選びきれていない白銀には、そんな事できない。
「俺は…どうすればいいんだ?」
誰もその質問には答えてくれない。間違いなく楽しいデートだった筈なのに、今の気分は最悪だ。
結論を出さないといけないタイムリミットは、刻一刻と近づいている。
かぐや→大満足
白銀→楽しかったけど悩みだす
尚、現状1番悩んでいるのは作者だったりします。
次回は早坂回。そして久しぶりに京佳さん登場の予定。
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早坂愛と蹇蹇匪躬
そろそろ例のR指定のお話を完成させたいのだけど、何分初めて書いているので手こずっております。もう少々お待ちください。
今回は、かぐや様が動物園で会長とデートをしている時の早坂の回。
かぐやが白銀と合流する直前、
「頑張って下さい、かぐや様…」
早坂はかぐやを無理矢理立ち上がらせて、白銀の方へと歩くくかぐやを見送っていた。
「さて、私は私の作戦を開始しますか」
そして早坂もとある作戦を開始するべく、動物園前から足早に去るのだった。
時間は少し進んで、都内の某所のショッピングモール。そこには私服姿の京佳と、同じく私服姿の彼女の友達の恵美がいた。
「いやー買えた買えた!もう本当に満足だよー!2時間も並んだかいがあったってもんだよねー!」
「本当にうれしそうだな、恵美」
「あったり前じゃん!この新作バックだけは本当に欲しかったんだもん!だって限定モデルだよ!?これ買うためにバイトだって頑張ったし今日も朝早くから並んだしね!」
京佳の友達の恵美は、欲しかった新作バックを購入できて笑顔だった。因みに京佳はただの付き添いである。そこまでブランドものに興味が無いからだ。
しかし折角の友達の買い物の誘いだったので、こうして恵美の付き添いという形で着いてきている。
「それで、この後はどうする?まだ昼には早いし、映画でも行くか?ちょうどこのモールには映画館もあるし」
「今何かやってるの?」
「テレビで見たが、確か恐竜の映画と海賊漫画の劇場版が上映しているぞ」
「あーあれか。私あの漫画殆ど読んだ事無いしなー。あと恐竜も別に興味無いし」
「ならリバイバル上映の恋愛映画でも行くか?イタリアの休日ってやつ」
「残念だけどそれ観た事あるんだよねぇ」
「ぬ、そうか。ならどうする?」
そして今後の予定を話合う。時間は未だに午前中。流石にこのままバックを買って終わりというのは味気がない。そこで映画にでも行こうと思い、スマホを使って色々調べていた。
そんな時、
「ねぇ、あの人さ…」
「ちょっと!目合わせない方がいいって!絶対物騒な人じゃん!行こ!」
「う、うん。だよね。あれ絶対ヤバイ人だよね…」
2人の傍を通った同い年くらいの女子がそんな会話をしながら2人の傍を通り過ぎていった。
「っ!あいつら!」
恵美は直ぐに今隣を通った2人を追いかけようとする。
「いいよ恵美」
だがそれは、他ならぬ京佳によって止められた。
「でも京佳!!」
「いいって。慣れてるし、ああいった輩は相手にすると逆に面倒だ。無視が1番だよ」
「……京佳がそう言うならいいけどさ」
京佳に説得されて、恵美は先ほどの2人を追いかけるのをやめた。京佳は左に装着している眼帯のせいで、最近はあまり無かったのだがよく今のような言葉を投げられる。そして恵美は、見てくれだけを見てあのような言葉を投げる者が許せなかった。京佳が説得しなければ、もしかすると手が出ていたかもしれない程に。
だって恵美にとって、京佳は親友なのだ。その大切な親友が悪く言われたら、つい激昂してしまうのも無理は無い。
「あーもう!でもやっぱり腹立つ!京佳!予定を映画じゃなくてスイーツバイキングに変更!お昼にはちょっと早いけど別に構わないよね!?」
「ああ、いいよ。行こっか」
そこでイライラを抑えるべく、糖分を摂取するためにスイーツバイキングに行くことにした。そこでヤケ食いしてやろうと思って。予定も決まったので、2人はスイーツバイキング店目指して歩き出す。
その時、
「あれー?京佳じゃーん?どしたのー?」
京佳に話しかける人物が現れた。声の方へ京佳が振り返ると、
「早坂?」
秀知院での友達である、早坂愛がいた。
「どうかした京佳…ってあれ?早坂さんじゃん。おひさー」
「おひさー由布ちゃん。ところで今日はどうしたの?2人で買い物?」
「そうそう。欲しかった限定バックがあってさー。それを買うためにね」
「あ、あれね!そっかー。今日発売だったんだー」
他愛の無い会話をする早坂と恵美。そこに京佳も混ざる。
「ところで早坂はどうしてここに?恵美と一緒でバック狙いか?」
「いや違うよ。ただ暇あったからちょっと街ブラしようって思っただけ。そしたら偶然2人が見えたから声かけただけだよ」
どうも早坂は1人で街をぶらついていたらしい。
「そうだ!私達今からスイーツバイキング行くんだけど、よかったら早坂さんもどう?」
そんな早坂に、恵美は一緒にスイーツバイキングへ行かないかと提案をする。
「え?いいの?私邪魔じゃない?」
「私は構わないよ」
「なら大丈夫!どう?」
「う~ん、そうだね。なら一緒しちゃおっかな」
「よし!じゃあ早速楽園へ!」
早坂の了承を得た恵美は、意気揚々と3人でスイパラ店へ向かうのだった。
(よし。これで立花さんは億が一の確率でも動物園に向かう事はありませんね)
スイーツバイキング店へ向かう途中、早坂は自身の作戦がとりあえずは成功した事にほっと胸を撫で降ろす。
早坂の作戦、それは京佳の阻止である。
本日の京佳が、他校に通う友達と出かけている事は調べがついている。だが億が一の可能性で、白銀とかぐやと鉢合わせしないとも限らない。なので早坂は、京佳に偶然を装って出会い、その後の行動を共にするつもりだ。
そして、京佳が白銀とかぐやに会わないよう誘導する。これが早坂が考えた作戦だ。最初こそかぐやの後を着けて動物園に入り、ひっそりと援護しようとも思っていたのだが、流石に2人っきりのデートを邪魔するのはどうかと思い、こうして別の作戦を実行する事にした。
(でも気は抜けません。慢心は絶対にダメですから)
だがそれでも完璧では無い。天文学的確率で、京佳が動物園に向かうとも限らない。だからこそ、早坂は絶対に慢心しない決めた。全ては、主人であるかぐやのデートを成功させるために。
「着いたよー」
そうこう考えていると、目的地であるスイーツバイキング店に着いた。
「いらっしゃいませ。何枚様でしょうか?」
「女子高生3人です」
「わかりました。では奥のテーブル席へご案内いたします」
「お願いしまーす」
丁度席が空いていたようで、待つことも無く3人は店内へ案内される。
(まぁそれはそれとして、今日は食べますか)
しかしそれはそれ。早坂とて年ごろの女子高生。目の前に色とりどりのスイーツが並んでいれば目を輝かせてしまうのも無理はない。ただでさえ日ごろから、かぐやの無茶な作戦に付き合わせれて大変ストレスを感じる時があるのだ。ここで多少羽目を外して糖分を摂取してもバチは当たらないだろう。
「それじゃちょっと行ってこよっか」
「そうだな。しかし、こういう所にくるのは久しぶりだな」
「だねー。私もかなり久しぶりだよー」
会話をしながらそれぞれが食べる物を選ぶ3人。恵美はケーキを数種類。早坂はケーキとフルーツを。そして京佳はというと、
「ちょっと待って京佳」
「何だ?」
「何それ?」
「何って、トマトソースパスタだが」
「何でそれなの?いや何を選ぶかは個人の自由だけどさ…」
がっつりフード系であるパスタを選んでいた。
「いや、食べたいからって思ったから。あ、勿論だがこの後にケーキとかは食べるぞ?流石にスイーツ食べずに帰る予定は無い」
「そ、そっか。ならいいや…」
別に食べてはいけない物では無い。むしろメニューにもしっかりと載っているのだから選択肢のひとつとして全然ありだ。だが折角スイーツバイキングへと来ているのだから、普通は甘い物を選ぶ。恵美はそこが少しだけ釈然としなかったが、別に責める事でも無いのでそれ以上は何も言わない事にした。
そして3人は席へと戻り、それぞれ食べだす。
「おいひ~。やっぱここマンゴーケーキ最高~」
「わかる~!私もここのマンゴーケーキ超好き~!」
「私も好きだが、それよりチーズケーキの方が好きだな」
「それわかるー!ていうかここのケーキって全部美味しいよね!」
和気あいあいと会話をしながらフォークを進める3人。皿に載せていたケーキやフルーツはあっという間になくなり、おかわりをしに行く。京佳もパスタを食べ終え、今度こそケーキやフルーツを食べる。
「ふむ。やはり美味しいな。ここのスフレチーズケーキは。それにこのティラミスも」
「あ、京佳。それ1口ちょーだい!」
「いいよ。はい、あーーん」
「んーーー!美味しいーーー!ていうか京佳にあーーんされたちゃった!どうする!?私達付き合っちゃう!?」
「何でだよ。嫌じゃないけどさ」
「でも今のはヤバイよねー。もしもうちの学校にいる子が今みたいな事されたら、絶対にその子気絶するって。京佳って女子人気凄いし」
「え?やっぱ京佳って秀知院でも女子にモテてるの?まぁそんな気してたけど」
「もう超モテるよ!?間違いなく今の秀知院2年女子では1番だって!!」
「私より四宮の方がずっとモテないか?」
「四宮さんは超高嶺の花って存在だからモテるって言うより憧れの方が強いんじゃないかな?京佳は気軽に話しかけれる存在だし、それが余計にモテる要因になってると思うよ?」
「何か安っぽく聞こえるが」
「いやそんな事ないって!全然そんな事ないって!」
新しいケーキやフルーツを食べながら3人は会話をする。こうまで話が弾んでいるのは、早坂の話術をおかげだろう。四宮家に仕える早坂家の従者として、巧みな話術で人を飽きさせない事など造作も無い。そんな早坂のおかげで、3人は楽しく会話が出来ている。
そうやって暫くスイーツを食べながら会話をしていると、
「ちょっとすまない2人共。少し席を外すよ」
「んー?どうしたの?」
「ちょっとトイレに」
「あ、そっか。いってらっしゃーい」
「何かやだなそれ」
京佳がお手洗いに行くため席を外した。残されたのは恵美と早坂。
「「……」」
やや気まずい雰囲気になる。だって2人は、友達の友達だ。共通の友達がいなければ、こうもなる。
(この子から何か私の知らない立花さんの情報を聞きだせるでしょうか?)
そんな雰囲気の中、早坂は恵美から京佳の事を聞き出そうとしていた。一応四宮家の方で、京佳の情報は色々集まっている。だがそれでも、京佳の友達しか知らない情報もあるかもしれない。
それを引き出せれば、近くに迫った文化祭でかぐやの役に立てるかもしれない。そう思い、早坂は恵美に話しかけようとしたのだが、
「早坂さん。ちょっといいかな?」
先に恵美の方から話かけられてしまったので、先ずは話を聞く事にした。
「ん。何?」
「京佳ってさ、学校ではどう?」
「どうって?」
「簡単に言うと、いじめとかにあってない?あと嫌がらせとか」
恵美の質問を聞いた早坂は目を丸くする。そんな質問がくるとは思わなかったからだ。
「全然そんな事ないよ。まぁ面識のほぼ無い今の1年生とか怖がっている子いたりするけど、2年生は全くそんな事ないって。少なくとも、私が知る限り京佳はいじめの被害なんて無いよ」
早坂は素直にそう答える。
「そっか。安心した」
「でもさ、どうしていきなりそんな事聞いたの?」
今度は早坂が恵美に質問をする。
「知ってるかもだけど、京佳ってあの見た目のせいでかなりひどい目にあった事があるんだよね」
恵美の話は、当然早坂は知っているので、早坂は小さく頷く。
「でさ、私達からすると、秀知院って金持ちの威張った奴らが通うボンボンの学校ってイメージがあるんだよね。そういう奴らってさ、社会的地位があるから自分は何をしてもいいんだって勘違いする奴いるじゃん?だからさ、京佳の事を悪く言う奴がいるんじゃないかって不安でさ」
実際は悪く言う所か、怖がって近づかなかったのが正解だったりする。
「実際いたんだよね。昔、京佳に酷い事言った奴らが。まぁそいつら全員私が殴ったけど」
「殴ったんだ」
「当然じゃん。友達を馬鹿にされて黙ってるなんて出来ないもん」
結構武闘派な恵美に早坂は少し引きつる。余談だが、恵美は当時京佳の事を悪く言った生徒を殴った後、3日間の停学処分を受けている。最も、その事について恵美本人は気にしていないし後悔もしていない。
「京佳ってさ、普段はそうでも無く見えるけど、実際は結構泣き虫なんだよね。心が弱いっていうかさ。だから、何ともなく見えても、本当はかなりまいってたりするんだ」
「……」
それに早坂は覚えがあった。1学期の時、かぐやと白銀が相合傘で帰っていた時、京佳は泣きそうなくらい悲しそうな顔をしていた。確かに、あの時の京佳は危うく見えた。まるで触れば壊れてしまう繊細なガラス細工の様に。
「だからさ…」
恵美は1度息を吸って、早坂の目を真っすぐ見てこう言った。
「京佳が助けを求めていたら、どうか助けてあげて下さい。お願いします」
友達を助けて欲しいと。そして頭を下げる恵美。
「……」
それを見ていた早坂は考える。ここで断ると恵美から不況を買ってしまう。だがこれを受けると、それは最終的に主人のかぐやを裏切る行為になりかねない。だって京佳はかぐやの恋敵なのだ。
そして早坂はかぐやにこそ白銀と結ばれて欲しいと思っている。だからこそ、このお願いを聞く義理は無い。数瞬考えた早坂が出した結論は、
「うん、わかったよ。私に出来る範囲でなら必ず助けるよ」
笑顔で恵美のお願いを受ける事だった。だがそれはあくまで表面上だけ。もしここで断れば、明らかに恵美から敵意を向けられるだろう。
折角ここまで楽しい雰囲気で過ごしていた上、恵美からいらぬ疑いを掛けられたくはない。だからこそ表面上は願いを聞き入れて、内面ではその願いを聞き入れないつもりだ。
「本当にありがとう!早坂さんってマジ良い人だね!」
恵美は早坂が京佳を助けてくれるとわかり、思わず早坂の手を笑顔で握る。
「何してるんだ2人共」
丁度その時、京佳がお手洗いから帰ってきた。
「うんうん。何でもないよ!ちょっと友情を確かめていただけ!」
恵美はそう言うと、皿に残っていたケーキを頬張る。
「むぐ!?」
「何してるんだ恵美。ほらジュース」
「あ、ありがと…」
勢いよく頬張ってしまったので、喉にケーキを詰まらせそうになったが、京佳が渡したジュースで流し込む事で事なきを得た。
(本当に、私は最低ですね…)
そんな光景を見ていた早坂は、顔こそ笑顔だが心は沈んでいた。恵美の願いを踏みにじり、友達と思ってくれている京佳を未だに裏切り続けている。
(こんな私は、何時の日か地獄に落ちるでしょうね…本当に)
早坂とて、罪悪感が無い訳では無い。出来る事なら、恵美の願いだって聞き届けたい。しかし、
(でも、それでも私は、かぐや様にこそ…)
それでも早坂は友達の京佳ではなく、主人のかぐやを選ぶ。全ては、かぐやと白銀が恋仲になって欲しいという願いから。
(あれ…あんまり甘くない…)
自分の皿に盛ったケーキを一口食べた早坂だったが、どういう訳か甘さを感じなかった。
その後、スイーツバイキング店を後にした3人は、モール内でウィンドウショッピングを慣行。京佳も恵美も早坂もすこぶる楽しそうに過ごしていたが、早坂だけは心にずっと陰りがある状態だった。
そして夕方になった後、それぞれ帰路に着いた。
尚四宮家別邸に帰ったら帰ったで、かぐやからデートの惚気話を延々4時間も聞かされる事になり、その日の早坂は寝不足となったのだった。
多分この作品1番の被害者は早坂。中間管理職は辛いよね。
最近、週1更新がキツイと思っているけど、次回も頑張りたい。でももしかすると暫く休むかも。その時は、どうかご了承くださいませ。
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白銀御行は更に悩んでる
今後も完結目指して投稿頑張りますので、どうかお付き合いください。
今回は少し短め。
かぐやとの動物園デートを終えた白銀は、深夜に自宅のリビングで体育座りをしてため息をついていた。
「はぁ…」
ここ最近、ため息の数が増えた白銀。もしここに藤原がいたら『そんなにため息ばかりしていると幸せが逃げちゃいますよー!』とか言いそうである。だが実際、今の白銀は、まるで自分の手から幸せが逃げている気持ちになっていた。
「本当に、どうすればいいんだ?」
ため息の原因、それは勿論京佳とかぐやの事だ。
白銀は今、京佳とかぐやの2人の事を同時に好きになってしまっている。
これが小さい子だったら可愛げのある話で終わるが、既に高校生である白銀はそうもいかない。素直に言って最低だ。実際、前にそれとなく藤原や石上に相談した時はそう言われた。このままでいい訳が無い。
だからこそ、しっかりとどちらかを選ばないといけないのだが、選べない。1度冷静になって、それぞれの良い所を探したりもした。京佳とかぐや、それそれとデートをして、品定めするような事もした。だが、選べない。
これまで生徒会長として様々な判断を選んできた白銀だが、これだけは簡単に選べない。出来ればあと数か月くらいじっくりと考えたい。だがそうも言っていられない事情が白銀にはある。
白銀は既に、アメリカにあるスタンフォード大学へ行く事が決定している。そして早ければ、来年の夏休みの終わりには、アメリカへ渡米するかもしれないのだ。つまり、時間が無い。
もしもこのまま、どちらかを選らばずにズルズルと時間が過ぎてしまえば、どっちかを選ばずにアメリカへ行く事になるかもしれない。そうなったら、2人には簡単に会えないだろう。
それにもし、3年生になってからどちらかを選んだとしても、選んだ方と過ごせる時間があまり無い。そんのは嫌だ。折角恋人になれたのなら、可能な限り多く一緒に過ごしたい。
だからこそ選ばないといけない。それも可及的速やかに。しかし、どうしても選べない。
「はぁ……」
誰もいない薄暗いリビングで何度もため息をする白銀。その顔は、どこかやつれている様にも見える。何度もため息をしたせいで、幸せが逃げ出しているからかもしれない。
そうやって1人で悩んでいると、
「部屋の真ん中で何してんだ御行」
「父さん…」
職業不詳の父が帰宅した。
「ほい」
「ありがと」
手に持っていたコンビニの袋から缶コーヒーを取り出した白銀父。そしてそれを息子である白銀に渡す。受け取った白銀は缶コーヒーを開け、それを一口飲む。口の中に、コーヒー特有の苦みが広がる。
「で、どうした?こんな時間に1人で部屋の真ん中で体育座りなんてして」
「その前に聞かせてくれ。父さんこそ、こんな時間まで何してたんだ?スマホには『今日は遅くなる』としか連絡しなかっただろ」
時計を見ると、既に深夜の1時だ。息子として、父親がこんな時間まで何をしていたか問い詰める必要がある。なので白銀は、先ずはその事を聞く事にした。因みにだが、妹の圭は既に夢の中だ。
「いや。久しぶりに飲んでたんだよ。穴場の居酒屋見つけてな。一応言っておくが3000円くらいで納めたぞ。流石の俺もそこまで飲んだくれないし」
どうやら白銀父は飲みに行っていたらしい。確かに少し酒臭い。それならこの時間まで帰ってこないのも納得だ。
「で、お前はどうしたんだ?圭と喧嘩でもしたのか?」
今度は父が白銀に質問をする。
「あー。ちょっと…いや、かなり悩んでいる事があって…」
「ほう」
白銀の言葉を聞いた白銀父は目の色を少し変えた。
「そういう事なら言ってみなさい。息子の悩みを解決するのも父親の役目だ。これでもお前の倍は生きているしな」
そしていつかの様に、白銀の悩みに乗ると言い出す。
「……」
白銀は考える。自分の恋愛相談を、父親にするか否か。1人で悩んでいても答えが出ない時は、誰かに相談するのが良いのだろう。
しかし相手は実の父親。そして相談内容な恋愛関係。それも結構深刻な。正直に言うと少し、いやかなり恥ずかしい。
(でも、今は…)
しかしこの時、溺れる者は藁をもつかむという諺が白銀の頭に浮かんだ。ここまま1人で悩んでいても仕方が無い。むしろどんどん悩みの沼にハマって抜け出せなくなるかもしれない。ならば、例え実の父親でも相談するべきだと思ったのだ。
「実はさ、本気で悩んでいるだ…」
「ふむ、何にだ?」
「……恋愛で」
「ほう」
眉を吊り上げる父。興味津々の様だ。
「それで、どういった事で悩んでいるんだ?好きな子に渡す誕生日プレゼントとかか?だったらネックレス関係はやめとけ。引かれる。実際俺は、母さんの誕生日を初めて祝った時にそれ渡したら『何か重い』って言われた」
「え?待って、ネックレスって駄目なの?」
「多分人によるぞ。少なくとも母さんはダメだった。喜ぶ人は喜ぶと思うがな」
意外な事を知った白銀は驚く。実はかぐやの誕生日にはネックレスをプレゼントしようと思っていたのだ。だが父の話を聞いた白銀は、少し考えを改める事にした。引かれたくないし。
「もしかして好きな子と喧嘩でもしたか?そういう時はな御行、お前から謝れ。例え自分が悪くなくても先に謝れば、相手も自ずと謝ってくるもんだ。それが夫婦円満の秘訣だよ。まぁ、俺は妻に出て行かれた男だが」
「上げて落とすような事言うなよ。こっちも悲しくなるから」
どこか寂し気な顔でそう言う白銀父。
「あいつは元から結構なキャリアウーマンだったし、今は仕事もバリバリにしながら楽しく充実した生活をしてるんだろうか?そして若い男とよろしくしてんのかなぁ?もしかすると、既に子供がいたりするかもな。はぁ…せめてもう1回会いたい…そして話をしたい…」
「父さんやめてくれって。つーか泣くなよ。ほら、ティッシュ」
「おお、すまん」
息子からティッシュを受け取った白銀父はそれで目元を拭く。
「ってこれじゃ逆じゃねーか。何で俺が相談に乗ってるみたいになってるんだよ」
冷静になってみるとおかしい。自分が相談をするはずだったのに、いつの間にか逆になっている。
「あ、そうだった。よし御行。話せ」
それに気が付いた白銀父も仕切り直すようにそう言う。
「……わかったよ」
なんか釈然としないが、これ以上相談しないとまた逆になりそうなので白銀は話す事にした。
「実はさ、俺今、好きな子がいるんだけど…」
「うむ。それは良い事だ。恋は人を幸せにするからな」
「俺さ…今……2人の別々の子を…同時に好きになっちゃってるんだ…」
「……ほう」
遂に白銀は言った。今まで誰にも言わなかった悩みを打ち明けた。
「それで、どっちを選べばいいか分からずに悩んでいるってところか」
「……」
何も言わない白銀。だってその通りなのだから。というかいつもちゃらんぽらんな感じの父親なのに、どうしてこういう時だけこうも鋭いのだろう。
「御行。お前自身は、どうしたいんだ?」
白銀父は息子である白銀に尋ねる。
「……勿論、しっかりとどちらかを選ばないといけないって思ってる。いっそ2人共なんて考えは無いよ。そんなの最低な事だし。でも、本当に選べないんだ…」
そしてポツリポツリと、白銀は話し出す。
「こんな言い方は最低だけど、本当にどっちも素敵な子なんだよ。2人共美人だし、俺には出来ない事が出来る子だし、話していて凄く楽しいし、ずっと一緒にいたいって思えるんだ」
「……」
白銀父はそれを黙って聞く。
「でも、だからこそ選べないんだ。ちゃんと選ばないといけないのはわかっているのに、選べないんだ…本当に、どっちも素敵な子だから、選べないんだ…」
今まで胸に秘めていた事を全て話す白銀。話したおかげか、すこしだけ肩の荷が降りた気がした。人間、誰かに悩みを話すだけでも楽になるものなのだ。
そして息子の悩みを聞いた父は、
「贅沢だな」
バッサリと切り捨てた。
「御行。俺だって小さい頃、同時に2人の女の子を好きになった事くらいある。だがあれは、あくまでも子供特有の感情故の事だ。だが今のお前は既に高校生だろう。それなのにどっちも素敵な子だから選べない?なんて贅沢な悩みだお前」
「……」
「まぁこの際悩むのはいいさ。好きなだけ悩め。それが人生だ。だが、何時まで経っても結論が出ないのはダメだ。つまり優柔不断だな。それでは、好機を絶対に逃してしまう。諺でもあるだろう?二兎を追う者は一兎をも得ずって」
「……」
「お前このままだと、その2人の両方を手に入れる機会を失うかもしれないぞ?」
「そんな事わかってんだよ!!」
父親の言葉を聞いていた白銀が、突然大声で怒鳴った。
「態々言われなくてもわかってんだよ!俺がどうしようもない優柔不断で、未だにどっちかって決めきれていないダメな奴って事くらい!男だったら、ちゃんと早く決断しないといけない事くらいわかってるんだよ!!」
「……」
ご近所に聞こえそうなくらいの声量で怒鳴る白銀。だってそんな事、言われなくてもわかっている。誰よりも白銀自身が1番わかっている。これが図星を突かれた結果の八つ当たりなのもわかっているが、今の白銀はどうしても抑えられなかった。
「もういいよ!相談した俺が馬鹿だったわ!寝る!!」
そう言うと白銀は、ふて寝する為自室へ行こうとする。
「待て御行」
だがそれは父の言葉で止められた。
「何だよ」
「もう1回聞くが、お前自身はちゃんとどっちか決めたいんだよな?」
「そうだって」
「ふむ…」
考える人のように手を顎に当てて、何やら考えだす白銀父。
「ならその2人とデートしてみたらどうだ?そして自分とどっちが相性が良いかを見極めるんだ」
「もうしたよ。結果、どっちも相性が良いんじゃないかって思ってるし、どっちのデートも最高に楽しかった」
「マジか」
息子の悩みを解決すべく提案をしてみたが、息子は既にそれを実施していた。これには白銀父もびっくり。
「だったら1度距離を置け」
「距離?」
「どっちか決めきれないで悩んでいるのなら、先ずはその2人から距離を置くんだ。そうすれば、状況を冷静に見極めて、自分の気持ちを分析できる筈だ」
「ふむ…」
距離を置くという提案。それを聞いた白銀は考える。今の白銀は、2人の事ばかり考えている。だったらここで1度、2人から距離を取るというのは悪くない提案だ。父親の言う通り、それがきっかけでどっちかを選べるかもしれない。
「後はそうだな。これが1番だと思うが」
「うん?」
父親のその提案を受け入れようとしていた白銀だったが、白銀父にはまだ何かあるらしい。
「相談する事だな」
「いや、今まさに相談してんじゃん」
「俺にじゃない。俺以外の子にだ。お前だって学校に友達くらいいるだろう?」
「まぁ、それは…」
「だったら、心を許せる友達に相談しろ。俺より歳の近い子の方が、より正確な答えに導いてくれるだろうしな」
「……」
ちょっとだけ目から鱗の白銀。確かにそうだ。自分の父親に相談するより、良い解決策が出るかもしれない。
だが白銀は生徒会長だ。秀知院の生徒会長というのは、一種の象徴だ。生徒会長であるが故に、弱い所なんて他人に見せる訳にはいかない。
それに白銀は、どういう訳か百戦錬磨の恋愛マスターとして一定の男子生徒から認知されている。そんな自分だからこそ、そう簡単に人に恋愛相談なんてする事が出来ないのだ。
「言っとくが御行、誰にも相談せずズルズルと決断できなかったら、本当に何の成果も得られないぞ?」
父親の言葉にハっとする白銀。確かにそうだ。このまま1人で考えても答えが出そうになかったから、父親に相談したんだ。ならもう今更だ。
生徒会長だからなんて気にしている場合じゃない。そんな事より、どっちか選べないでいる方がずっと嫌なのだから。
「わかったよ。なら、学校でも相談してみるよ」
「ああ。そうしろ」
あれだけ悩んでいたのに、少しだけ心が軽くなった白銀。これなら、今日は熟睡できそうだ。最も、あまり時間はないが。そして寝ようとした時だった。
「しかしそうか。かぐやちゃんと京佳ちゃんの両方をなぁ…」
「ふぁ!?」
父が聞き捨てならない事を言ったのは。
「ちょ!ちょっと待て父さん!?何だよそれ!?」
「ん?だからお前が好きな子の事だ。かぐやちゃんと京佳ちゃんだろ?」
「な、何で!?」
「何でもこうも、何となくわかるだろう?」
今までずっと隠してきたのに、白銀父はそれを見抜いていた。
「頼む父さん。この事は誰にも言わないでくれ…マジで頼むから…」
「別に言いふらさないって。でも明日は唐揚げの気分だなぁ」
「わかった!明日の夕飯は唐揚げにするから…!」
ナチュラルに賄賂を要求する父親。白銀はそれを受け入れた。
(マジで恥っずい…)
相手が誰かわからない状態でも、実の父親に恋愛相談なんて恥ずかしいのに、相手が誰かわかっている状態だったのだ。これは恥ずかしい。本気で恥ずかしい。
「お、もうすぐ2時か。そろそろ寝るか御行」
「あ、ああ。そうするよ」
そう言うと白銀は、そそくさと布団へと入っていった。
(死にてぇ…)
そしてそんな事を思いながら寝るのだった。
白銀父が態々言ったのは、会長に強く自覚させるためです。あと白銀母の事は完全に妄想です。
次回はわからない。理由は台風。作者九州在住なもんで。因みにこれ投稿準備中も雨と風が酷いです。
とりあえず念のため避難準備だけはしておこう。
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白銀御行は相談したい
あと言い訳になりますが、作者は基本、執筆が超追い込み型です。例え3連休とかで時間があっても、書かずに別の事しちゃう。なので日曜日に仕上げているのですが、そのせいで文章などに粗が目立ってるかもしれません。ごめんなさい。
「ふふ…ふふふふ…」
月曜日の朝。多くの学生や社会人にとって憂鬱であろうこの日、四宮かぐやはとってもご機嫌だった。理由は言うまでもないが、白銀との動物園デートが大成功したからである。途中、思っていたのとは違う展開になったりはしたが、結果的にはとても楽しかったデートとなった。
その為、顔が少しほころんだりにやけたりしてしまっているのだ。尚、昨日の夜からずっとこれである。
「ねぇねぇ。今日の四宮さん、凄く機嫌良さそうだよね?」
「そうね。何か嬉しい事でもあったのかしら?」
かぐやのクラスメイト達もそんなかぐやの様子を見てひそひそと話す。何時ものかぐやならあんな顔はしない。気になってそう話してしまうのも仕方が無いだろう。
(あれでいいのかぁ…?)
早坂はそんなかぐやを少し離れているところから見ていた。本当なら一言注意しておきたいのだが、今の早坂はクラスメイトの早坂である。故にそういった事はあまりできない。自分の正体がバレるかもしれないから。
(まぁでも、かぐや様が幸せそうならいっか…)
しかしそれはそれとして、今のかぐやはとても幸せそうだ。最近は京佳が怒涛の追い上げで白銀を意識させる事に成功しており、かぐやはあまり白銀との仲が発展していないように感じた。
それが昨日のデートでは、一気に白銀との仲を発展させる事ができたという。これでもう、京佳に比べて大幅に遅れていると言われる事も無いだろう。
それに昨日のデートは、本当に楽しかったらしい。それもこれまでの人生で1番と言えるくらいに。今のかぐやはその余韻に浸っているのだ。だったら今日1日くらい、その余韻に浸らせてもいいだろう。
(ボロが出ないといいんですが…)
でもうっかりボロが出て、アホかぐやにならないか。早坂はそこだけが心配だった。
(さて、昨日はあんな事言われて納得はしたけど、実際誰に相談しようか?)
自転車を漕ぎながら登校中の白銀は悩んでいた。昨夜、父親に相談をした結果、誰かにちゃんと相談すると決めたのだが、その相手が決めきれない。人選を間違えるととんでもない事になりかねないからだ。
(当人である四宮と立花に相談するのは論外。伊井野は正論でぶった切りそうだからちょっと…だとすると石上か?でも石上には、前に似たような事相談してるしなぁ…)
生徒会長としての威厳を保つ為、今までこういった相談をしなかった白銀。だがこのままでは、誰も決められずにアメリカに行くことになってしまうかもしれない。だから誰かに相談しようとしていたが、その相手が全く決まらない。
因みにだが、藤原は最初から論外である。
「おはよう、白銀」
そうやって悩んでいると、校門近くで京佳と会った。
「お、おう立花!おはよう!!」
悩みの原因から急に声をかけられたので、少し白銀はきょどってしまい、思わず大きな声であいさつをかえす。
「ふふ。白銀は元気だな」
「あ、ああ。元気がなければ生徒会長なんてやってられんしな」
何とかごまかせたようだ。白銀は安堵した。
「そうだ白銀。今のうちに言っておくけど、放課後の生徒会業務なんだが、もしかすると今後はあまり参加できなくなるかもしれない」
「ん?もしかして、クラスの演劇関係でか?」
「ああ。私は一応主役で出番と台詞が多いからね」
「だったら仕方が無いさ。折角の主役なんだ。生徒会の仕事は気にせず、クラスの出し物の集中してくれて構わない」
「ありがとう白銀」
会話をしながら歩く2人。そんな時である。
「ところで白銀…」
「ん?」
「その、だな。よければなんだけど、文化祭当日、私のクラスの演劇を観に来てくれないだろうか?」
京佳がそう言った。
「も、勿論、白銀が忙しかったらいいんだ。別のそこまで大した演劇でも無いし…」
誘った瞬間、気恥ずかしくなる京佳。いくら最近は白銀との距離が縮まったといっても、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。なので少しヘタれながらも、保険を入れるような言葉を発してしまった。
そしてそれを聞いた白銀は、
「ふむ。今はまだ当日に時間が取れるかわからないが、時間が取れたのなら是非観に行こう」
と言った。
「……本当か?」
「ああ」
「ふふ、そうか。なら、その時は是非観に来てくれ」
京佳は歓喜した。まだ確定では無いが、自分の好きな人が来てくれるのだ。これは素直に嬉しい。
(今以上に練習頑張ろう)
そしてそんな事を決意しながら、演劇の練習を頑張ろうと決めた。
(マジで選ばないと…)
一方白銀は、多少の罪悪感を覚えながらそう決意する。もう文化祭まで時間がない。それまでにしっかりと決めないと。
(そのためにも相談だ。必ず誰かに相談しよう!)
そして今日、必ず誰かに相談すると決めた。
放課後 生徒会室
「え?僕と伊井野で文化祭実行委員会のヘルプですか?」
「ええ。明日には入って欲しいそうなの」
「そもそも実行委員会って何やるんですか?」
「色々あるわ。企画の精査、広報や装飾、式典の計画。会場割り振りや器材配置、パンフレット作成。他にも生徒との折衝に見回りや雑用。言い出したら切りが無いわね」
「うへぇ…」
「やっぱり文実は仕事が多いんですね」
「そうだな。聞いてるだけで気が滅入るよ」
「ですね~…私は無理ですよ~…」
文化祭実行委員会。通称、文実。
どの学校でも、文化祭をやるうえでは必要不可欠な組織である。その役割は文化祭を円滑に運営し、成功させる事。その為にはあらゆる事をしないといけないのだが、その仕事量は多いではすまされない。下手をすればこの僅か数週間の間だけ、その辺のブラック企業に負けず劣らずになる事もある。
だがそれだけ文実の役割は重要なのだ。全ては、楽しく思い出に残る文化祭をやる為に。そんな文実に、かぐやは石上と伊井野の2人を生徒会からのヘルプとして文実へ送ろうとしていた。
「もう聞いてるだけで疲れてくるんですけど」
「あんたやる前からそんな事言ってどうするのよ?」
「いやそうは言うけどさ」
伊井野が石上にそう言う。
「勿論、これは強制では無いですよ?でも、文実の実行委員長は子安つばめですよ?」
「やります。やらせてください」
「え?何その手の平返し」
「どうした急に」
突然文実に行く事を決めた石上に驚く伊井野と京佳。こうして石上と伊井野の2人は、翌日から文実のヘルプへ行くこととなったのだった。
(しかし石上。嬉しいんだろうが、分かりやすすぎるぞ…)
京佳は、石上がかぐやから『子安つばめが委員長である』と聞いた瞬間、文実へ行く事を決めたのを見てそう思った。京佳は、石上が子安つばめに想いを寄せているのは知っている。だから、少しでも一緒にいたい、もしくは文実で良いところをみせたいから行くことを決心したのだろう。でも今のはあからさまだ。バレバレである。
(にしても、藤原が全く何も言わないとは…)
ついでに自称ラブ探偵の藤原が、今の石上に何も言わないのを見てそうも思った。
「そういえば、会長がまだ来てませんね?」
ふと、石上がまだ生徒会室に来ていない白銀の事を口にする。
「確かにな。日直だろうか?」
「会長の日直当番は4日前でしたから違うと思いますよ」
京佳が日直だから遅れていると言ったが、かぐやがそれを否定。事実、白銀が日直だったのは先週である。
「あー。会長は、今日は用事があるから先に帰るって言ってましたよー」
「え?そうなんですか藤原先輩?」
「はい。だから今日のお昼休みに1人で生徒会室で仕事してましたし」
藤原から白銀の事を聞かされる生徒会メンバー達。どうやら白銀は、本日は既に帰宅しているらしい。そして他のメンバーの迷惑にならない様に、昼休みに仕事を超スピードで終わらせていたとの事。皆は、それならここに来ていないのもしかたがないと思った。
「そうだったんですか。それなら仕方がないですね。では、そろそろ私達も仕事に取りかかりましょう」
「わかりました~」
「うっす」
「はい」
「了解だ」
かぐやの言葉で一斉に仕事を開始するメンバー達。
(……いや待て、何で四宮は白銀の日直の日を知ってるんだ?クラス違うよな?)
(何で四宮先輩、会長が日直じゃないって知ってたんだろう?)
仕事のしている途中、京佳と石上はどうしてかぐやが白銀の日直の日を知っているか疑問に思っていた。白銀のクラスメイトは藤原である。藤原なら知っていてもおかしくないが、別のクラスのかぐやが知っているのはおかしい。
((あまり考えないようにしとこ…))
でもこれ以上この事を考えていたら、嫌な妄想をしてしまいそうだったので、京佳と石上の2人は思考を仕事に集中させた。
尚その日の仕事は、白銀が昼休みに前もって色々やってくれていたので早めに終わった。
「……」
自宅から少し離れた小さな公園。白銀はそこでスマホを取り出していた。ある人物へ連絡をする為である。今日1日、誰に相談するか悩んでいた白銀。
最初こそ石上か田沼に相談しようと思っていたのだが、田沼からは『恋愛マスター』と思われているから相談できない。石上は相談しようにも、そもそも似たような事を既に相談しているので勘づかれるかもしれない。流石にそれは嫌だ。
そこで白銀はある人物へ相談する事にした。
その人は、白銀にとって秀知院での学校生活を変えるきっかけになってくれた人であり、今でも恩を感じている先輩だ。
しかし最近はもの凄く忙しいらしく、学校に来ることさえ稀なので学校で相談をする事はできない。だが下手に学校で相談をして、それが他の生徒会メンバーにバレたら大変だ。その点は良いのかもしれない。
「すーーーっはーーーー…」
1度深呼吸をする白銀。今でも1番尊敬できる先輩である人へ相談。しかし彼は多忙だ。正直、そんな多忙な彼にこんな相談をするのは申し訳ない。でも、ここで誰にも相談せずにいるのがもっと大変な事になりかねない。だから、恥を忍んで相談をする。
「よし」
そして白銀はスマホの電話帳を開き、ある人物の番号を押して、ゆっくりとスマホを耳に当てる。耳に鳴り響くコール音。それが数回なった時、
『もしもし?』
その先輩が電話に出た。
「お久しぶりです。会長」
『ああ。久しぶりだね、白銀君。でも今の僕はもう会長じゃないよ?』
「あ、すみません。つい癖で」
電話の相手は、前秀知院生徒会長だった。彼は白銀と京佳が入学して間もない頃、2人を生徒会に誘った人物でもある。そして白銀にとっては、ある意味恋のキューピットとも言えなくもない人物だ。
『それで、どうしたんだい?君から電話をしてくるなんてとっても珍しいけど』
何かを察しているかのように白銀に喋るかける前会長。
「はい。相談があるのですが、今お時間は大丈夫でしょうか?」
『いいよ。どうしたんだい?何でも言ってごらん?』
多忙だろうに、白銀の相談を受ける前会長。
「実は…」
そして白銀は、その言葉に甘えて相談をする事にした。
白銀は全部喋った。
自分が2人の女性を好きになってしまっている事。そのどちらかを男らしく選ばないといけないのに、選べない事。だからこうして、情けないと思いつつも相談をした事。その全てを包み隠さずに話した。
『成程ね…』
「本当にすみません…忙しいのにこんな相談を…」
『それは気にしなくていいよ』
全て聞いた前会長は電話越しで頷く。白銀は本当に申し訳ないと思い、謝罪する。最も、前会長は全く気にしてなさそうだが。
『そうだね。僕も恋愛経験が豊富とは言えないけど、ひとつだけアドバイスがあるかな』
「アドバイスですか?」
そして白銀の相談を受けた前会長は、あるアドバイスを白銀に送った。
『原点を思い出す事』
「原点…」
『そう。どうしてその子を好きになったのか。一体どこが好きになってしまったのか。そして自分は、そのためにどうしたのか。それを思い出す事から始めるといい。何事も、初心忘るべからずだからね』
初心忘るべからず。その意味は、何かを始めた頃の気持ちを忘れてはいけないという意味だ。
『今の白銀くんは、色んな感情がごちゃごちゃになってる気がする。そのせいで、本来の自分の気持ちがわからなくなってるかもしれない。だからこそ、最初の気持ちを思い出してみるといい』
前生徒会長のアドバイス。それは原点回帰である。どんな事にも言える事だが、人間には何かを始めたきっかけが必ず存在する。
幼い頃にプロのピアニストのコンサートを観たからピアニストを目指す人。事故に会ったが医者のおかげで怪我が治り、医学に感動して医者を目指す人。歌が好きで歌っていたから、歌手を目指した人。兎に角様々なきっかけがある。
そしてそれは勿論、誰かを好きになったきっかけだって同じだ。だからこそ、前会長はそうアドバイスをする。
(本当、この人は流石だよなぁ…)
前会長の言葉に目から鱗な白銀。やはりこの人に相談してよかった。本当にこの人には、頭が上がらない。もしあの池での事がなければ、自分は生徒会長にならずに、この人を再び生徒会長にするべく尽力していたかもしれない。
『それか、1度何もかも忘れてぱーっと遊んでみるといい。リフレッシュは大事だからね。有名な作家だって、悩んだら仕事を忘れて遊び惚けるって言うし』
「……それ父親にも言われました」
『あ、そうなのかい?』
因みに父親と同じようなアドバイスも言われた。
「会長。本当にありがとうございます。鵜呑みにする事はしませんが、そのアドバイスを参考にして、しっかりと自分の気持ちを整理します。あと、お時間をとらせてしまって申し訳ありませんでした」
『気にしてないからいいよ。じゃ、頑張りなさい、白銀くん』
そういうと白銀は、数秒置いてから電話を切った。
「原点、か…」
ふと空を見上げると、月が登っていた。
「そういや秀知院に行かなかったら、2人に出会う事も無かったんだよなぁ…」
ぼそりと呟く白銀。元々父親に無理やり受験させられて入学した学校だ。最初こそ金持ちだらけの嫌な学校という印象だったが、今はもう違う。むしろ受験を受けさせてくれて感謝しているし、秀知院という学校そのものも気に入っている。
「あれから、もう1年以上も経ってるのか…」
そして白銀は昔の事を思い出す。
それはかぐやと京佳、2人と出会った頃の事だ。
という訳で、会長が相談したのはCV島〇さんの前会長でした。いや、だって他にいなかったんだよ。頼れそうな人。前会長、情報が無さすぎるのでこんな感じに相談に乗ってる人になってるけど、いいかな?もし解釈違いだと思われたのなら、申し訳ありません。果たして、この相談がどう転ぶか。
因みに前も言いましたが、会長よりも悩んでいるのが作者です。本当どうしようかと常に悩んでいる。一番の悩みの種はかぐや様。だってあの子、会長にフラれたらどうなるかわからないんだもん。でも書き始めた以上、よほどの事が無い限りは絶対に書ききります。
そして次回から白銀会長と京佳さんの過去編(1年生編)に入ります。長くならないよう頑張りますので、何卒お付き合いください。
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過去編
立花京佳と出会い
過去編、始まります。
『京佳。本当に大丈夫?』
「大丈夫だって。何とかなるよ」
『でもさ…秀知院って金持ちが通うボンボンの学校じゃん?そりゃ全員がそうだとは言わないけど、そういう奴らって大体平気で酷い事言ったりするじゃん。もしも京佳がさ』
「そこまで心配してくれるのはありがたいけど、本当に大丈夫だよ。いざとなったらどうにかしてみせるし」
春。
多くの人間が新しい出会いを経験する季節。それは京佳も、そして電話相手の恵美も例外ではないだろう。京佳は明日、国内有数の進学校でもあり、同時に数多くの御曹司や令嬢が通っている私立秀知院学園へと入学する。世間的には進学校と認識されている秀知院ではあるが、同時に金持ちのボンボン共が通う学校とも言われていたりする。
そして恵美の偏見だが、金持ちの子供というのはロクな奴がいないイメージだ。そんな子供が通う学校、秀知院。恵美は左目に薬品による火傷を負い、物騒な眼帯をしている京佳がそこに掘りこまれるのが心配でたまらないのだ。もしかしなくても、左目の事で何かあるかもしれないから。
『あーーーもう!何で私は落ちちゃったんだろう!』
「そりゃ点数が足りなかったからだろう」
『そうなんだけどさぁ!ちょっとくらいまけてくれてもよくない!?こっちの事情を察してさぁ!!』
「いやダメだろう。ていうか無理だよ」
電話越しに悔しがる恵美。実は恵美、京佳と一緒に秀知院を受験していたのだが、落ちているのだ。受験理由は、京佳が心配だから。
中学生の時、京佳は左目の事でクラスメイトからかなりひどい事を言われている。そのせいで、京佳は本当にひどく傷ついた。
だからこそ自分が守りたかったのだが、残念ながら落ちてしまった。結果、恵美は秀知院に比較的近い高校へ行く事となっている。
「そもそも、私も何時までも恵美に助けてもらう訳にはいかない。秀知院では、恵美の助けが無くても頑張ってみるさ」
京佳自身、恵美がいない事に若干の不安を抱えてはいる。出来る事なら、秀知院にも恵美と一緒に通いたかった。だが恵美には恵美の人生がある。一緒に受験してくれたのはありがたかったけど、何時までも彼女の優しさに甘える訳にはいかない。
『……わかった。でも何かあったら絶対に言ってよね。助けるから』
「ああ。その時はお願いするよ」
京佳の覚悟を聞いて、恵美も気持ちを割り切る。だがそれはそれとして、親友が助けを求めていたら絶対に助けると言う。それを聞いた京佳は、胸が温かくなるのを感じたのだった。
入学した翌日。秀知院学園の京佳のクラスでは、HRの時間を使ってクラスメイト達が自己紹介をしていた。だがこの自己紹介、実はそこまで意味が無かったりする。何故なら殆どクラスメイト達は、既にクラスメイトの事を知っているからだ。
秀知院は幼等部か初等部から入学して、エスカレーター式に高等部まで上がっている純院と呼ばれている生徒が殆どである。数年間ずっと一緒の顔ぶれなので、自ずと自分たちの学年の生徒くらいの顔は一通り覚えてしまうのだ。
だがそうでない生徒もいる。それが混院と呼ばれている、高等部から受験をして入学ししてきた、外部入学の生徒達だ。
全体でみれば1割にも満たない生徒数なのだが、各クラスに1人か2人はいる。そんな生徒達の為に、この自己紹介はあったりする。あと一応、今のクラスがどんな顔ぶれなのかを確認する為にも。
「では次の子、お願いします」
そして遂に、京佳の番となった。
「立花京佳です。外部入学生ですが、よろしくお願いします」
簡単な自己紹介をする京佳。そして自己紹介が終わった時、
「ねぇ…あれって…」
「ちょ!やめときなって!聞こえたらどうすんの!」
「おっきい…身長いくつあるんだろう…」
「こっわ…何だよあの眼帯…」
「なぁ。あいつひょっとして龍珠の関係者だったりしないか?」
周りからひそひそと小さく囁く声が聞こえた。
(まぁ、こうなるよな…)
京佳は身長と、自分の左目を覆っている黒くて大きな眼帯のせいで、何か言われる事は予想していた。つまり、これらの反応は予想の範疇だった訳だ。
(無視無視。気にしたってしょうがない)
だからこそ、京佳はそれらの反応を無視する事にした。変に反応するとかえって面倒だから。
その後もクラスメイトの自己紹介は続くのだったが、殆どの生徒は京佳が気になってそれらの自己紹介を聞いていなかった。
昼休み。学生にとって至福の時間のひとつである。理由は空腹を満たす事ができるから。学食で昼食を獲る生徒。友人と家から持ってきた弁当を食べる生徒。購買で購入した昼食をクラスで食べる生徒等様々だ。その為、昼休みのクラスというのは基本的に和気あいあいと騒がしいのが普通である。
しかし、京佳のクラスは違った。
静かなのだ。本来なら女子がおしゃべりしたり、男子がバカ騒ぎをしたりするのに、皆一様に京佳の事をチラチラと見ている。
(居心地悪いな…出るか…)
流石にこうも不特定多数に見られた状態で食事はしたくない京佳は、鞄から弁当を取り出してクラスから出て行った。
そして出て行った京佳のクラスでは、
「や、やっと出ていった…」
「怖かった…」
「あの人絶対に堅気じゃないよね。なにあの眼帯。絶対に何かの傷があるよ」
「傭兵みたいだったよな。もしかし、本当に?」
「ばっかお前。いくらなんでも秀知院がそんな奴の入学認めるかよ……え?認めないよな?」
皆が京佳の話題で持ち切りだった。女子にしては高い身長。整った顔。そして左目にしている眼帯。これらの要素がある人物が、何も話題にならない事などありえない。
既に京佳のクラスメイトの中では、京佳は堅気じゃない生徒という共通認識が出来上がっていた。その後もクラスの生徒達は、京佳の事である事無い事を話すのだった。
「ちっ…」
ただ1人、その光景を見て、気分を害している同じクラスの女生徒がいる事を知らずに。
(とりあえず、自分から話かけるのは最低限にしておこう)
人気の無い校舎裏。京佳はそこで弁当を食べようとしていた。
(にしても、これは思ってた以上に前途多難かもな)
思い出すはクラスメイト達の反応。皆が京佳に対して怖がっていたりしていた。この見た目ならそれも仕方が無いと京佳は思う。
しかし、あんなあからさまなひそひそ話は正直やめて欲しい。京佳だって、傷つくのだ。
(まぁ、気長にやるとするか)
だがまだ高校生活は始まったばかり。ここで諦めるような事はしたくない。時間をかけて、ゆっくりと周りに溶け込んでいけば良い。
そして弁当を食べようとしたその時、
「え?」
「ん?」
京佳の視界に何かが入った。顔をあげてみると、そこには金髪で目つきの悪く、制服の胸元を開けている男子生徒がいた。パっと見、かなり柄が悪く見える。
(誰だ?)
少なくとも自分のクラスの男子生徒では無い。そうやって京佳が相手の事を伺っていると、
「ひょっとして、お前も俺と同じか?」
唐突に男子生徒が口を開いた。それを聞いた京佳は、
「は?何言ってるんだ君?」
頭に疑問符を浮かべながらそう答えた。突然、何の脈絡もなくそう言われたた誰だってそう答えるだろう。
「あ、ああ!すみません!今の言い方は言葉が足らなすぎました!ごめんなさい!!」
とっさに謝る男子生徒。直ぐ謝るあたり、悪い人ではないのかもしれないと京佳は思う。
「それで、今のは一体どういう意味なんだ?」
とりあえず今の言葉の意味を知りたい。そこで京佳は自分から聞いてみる事にした。
「えっとですね、貴方も俺と同じ混院の生徒なのかなっと思いまして」
「どうしてそう思ったんだ?」
「いや、何かシンパシーを感じて。あと、こんな人気の無いところで昼食を食べようとしているなんて、友達のいないぼっちくらいじゃないといないのかなーっとか」
「間違っていないけど失礼だな君は」
「あ、ごめんなさい…」
どうやら彼も京佳と同じ混院の生徒らしい。そして京佳にシンパシーを感じたので、話しかけてきたようだ。
「でもまぁ、合ってるよ。私は混院の生徒だよ」
「そうでしたか。やはり俺と同じだったんですね」
見た目こそ少し怖いが、こうして話してみると案外普通の男子生徒のようだ。最も、見た目については言えた義理じゃないが。
「とりあえず、座るかい?」
「いいんですか?」
「別に構わないよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
京佳に言われ、金髪の男子生徒は京佳の横に少し距離を開けて座る。そして手にしていたビニール袋から、半額シールの張られた総菜パンを開けた。京佳もそれに合わせるように、弁当を食べ始める。
「それで、君は結局誰なんだ?」
沈黙に耐え切れなくなった京佳が金髪の男子生徒に質問する。
「俺…僕は白銀。白銀御行。今年入学したばかりの混院の生徒です」
「そうか。私は立花京佳。さっきも言ったが、君と同じ混院さ」
男子生徒の名前は白銀御行。そしてどうも、京佳と同じ混院の生徒らしい。
「ところで、どうしてこんな場所に?」
京佳が白銀に更に質問をする。最も、凡その理由は大体想像できるが。
「えっとですね。クラスにいてもちょっと居心地悪くて、昼休みの間だけでも落ち着ける場所があればと思って歩いていたら、ここに」
「ああ、成程」
想像通り。彼も今のクラスでは居場所が無いらしい。だが、それは混院という事が原因だろう。京佳のように、あからさまに怖がられている訳ではあるまい。
「因みにえっと、立花さんは?」
「大体君と同じ理由だよ。まぁ私の場合、見た目もあるけど」
「え、あ…」
京佳の言葉を聞いた白銀は、思わず京佳のじっと見てしまう。その目に映るのは、まるでアニメや漫画のキャラクターが使っているような黒い眼帯。
それを見た白銀は、
「かっけぇ…」
「え?」
ついそんな事を言ってしまった。
「ああ!ごめんなさい!今のは聞かなかったことにしください!」
とっさに謝る白銀。そして手にしていた総菜パンを食べる。
(何言ってるんだ俺は。何か怪我でああなったかもしれないのにかっこいいとか)
自分の失言に落ち込む白銀。どういう理由があったかは知らないが、隣の彼女は眼帯をしている。もしかするとそれにコンプレックスを感じているかもしれないのに、自分は相手の気持ちを何も考えずにそう言ってしまった。
(もう1回ちゃんと謝ろう)
さっきみたいなとっさの謝罪ではなく、もっとしっかりとした謝罪をするべきだと思う白銀。今食べている総菜パンを食べきったら、謝ろうと決める。白銀は優しいのだ。
しかし謝るため話しかけようとした時、
「えっと、かっこいいのか?これ」
先に京佳の方が眼帯を指差しながら話しかけてきた。
「は、はい。かっこいいと思います。でも無神経な発言でしたよね。本当にごめんなさい」
「いや。気にしてないからいいよ」
そう言うと、京佳は弁当箱に入っている卵焼きを食べる。どうやら本当に気にしていないようだ。
(初めてあんな事言われたな)
今までこの眼帯のせいで、怖がられる事は沢山あった。何なら小さい子供に泣かれた事もある。しかし、横に座る白銀はかっこいいと言った。
(面白い子だな、彼は)
そんな白銀の発言に、京佳は興味を引かれる。今まで出会ってこなかったタイプだからだ。ふと白銀を観察してみる。金髪に鋭い目つき。これだけなら不良と間違えられるかもしれない。
しかし話してみると、とてもそういった人物ではない事がわかる。恐らく白銀は、かなり人が良いのだろう。そしてある事に気が付いた。
「そういえば、何でさっきから敬語なんだ?」
それは白銀が京佳に対してずっと敬語なところだ。別にそれが悪い訳じゃない。ただ同じ1年生なのに、ずっと敬語なのが気になっただけだ。
「え?だって、立花さんって、先輩ですよね?」
京佳の質問に白銀が答える。実は白銀、京佳の事をずっと混院の先輩だと思っていたのだ。落ち着いた喋り方。少し大人びいた雰囲気。これが京佳が年上であると、白銀を勘違いさせた。
「いや、私は今年入学したばかりの新入生だが」
「へ?」
しかし京佳の言葉を聞いて、鳩が44口径120mm滑腔砲を食らったような顔をする白銀。
「同級生?」
「そうなるな」
まさか同級生とは思わず、暫く固まる白銀。
「な、なんかすみません」
「いや、別に謝る事じゃないだろう」
そして反射的に謝ってしまった。
(俺、さっきから謝ってばかりだな…はぁ…)
白銀は自己嫌悪に陥りそうになっていた。その理由は京佳との事もあるが、大半はこの学校についてである。入学してまだ1日。元々入学する予定など無かったのに、父親が勝手に願書を提出し、試験を受けて、ギリギリの点数で合格をして秀知院に入学した白銀。
最初こそ国内有数の進学校ということで気合を入れていたが、いざ入学すると、そこには既に仲の良い者同士で生成されたグループばかり。話しかけようにも、白銀はやや口下手の上に、相手は自分よりずっと金持ちな連中。下手な事を言って、何かされたらたまらない。
だから白銀は、昼休みだけでも1人で落ち着きたいと思い、クラスを出て昼食を獲れる場所を探していたのだ。
そこで出会ったのが京佳。何かシンパシーを感じて話しかけてみるが、さっきから会話が上手く弾まないし、自分は謝ってばかりだ。
これらの事が連続して起こったせいで、今の白銀はかなり落ち込んでいた。
(にしても、すっげー落ち着いた喋り方だな。本当に同級生なのか?)
改めて京佳を見る白銀。落ち着いた喋り方。どこか大人っぽい雰囲気。正直『実は3年生です』と言われても信じられる。さっきの会話も、まるで年上と話しているように感じていた。
(俺もこんな風に喋れたらなぁ…)
少なくとも、今の自分では無理だろう。そう思いながら、白銀は食べ終わった総菜パンの袋を丸めた。
「っと、そろそろ昼休みが終わるな。行くとしよう」
「あ、そうですね」
同じように弁当を食べ終わった京佳がスマホで時間を確認すると、昼休み終了まであと10分程。2人共正直戻りたくないのだが、戻らないと午後の授業が受けられない。
「ん?」
2人揃って立ち上がった時、白銀はある事にかが付く。
(え?でかくね?いやでかくね!?)
それは京佳が自分より大きい事だ。胸じゃない。身長がである。白銀も、同級生の中では結構な高身長に部類されるのだろうが、京佳は明らかにそんな自分よりでかい。女子でこれは相当でかい部類に入るだろう。
「どうかしたのか?」
「あ!いや!何でもないです!!」
まさか『身長でかいっすね』なんて女子相手に言える訳もなく、白銀はとりあえず誤魔化す事にした。そしてそそくさと、自分のクラスに帰るのだった。
夜 立花家 京佳の部屋
『それで京佳。どうだったの?』
そこでは部屋着姿の京佳が恵美と電話をしていた。内容は勿論、秀知院での事である。
「そうだな。やっぱり授業は結構レベルが高いと思うよ。あと、周りのクラスメイトもどこかの企業の役員の子供だったり、会社令嬢ばかりだった。流石秀知院だよ」
京佳も学校で見た事をそのまま恵美に伝える。
『ねぇ京佳?私が聞きたいのはそういう事じゃ無いってわかってるでしょ?』
だが恵美はそんな事どうでもいい。聞きたい事は初めからひとつだけなのだから。
「……はぁ。わかったよ。正直に話す。案の定、周りからは怖がられたよ」
『それだけ?何か言われたりしてない?』
「今のところ、そういった事は無いよ」
実際はひそひそと言われたのだが、京佳自身あまり気にしてない事なので、その事は伏せておいた。
『そっか。でも何かあったら遠慮なく言ってね!竹刀もって討ち入りするから!』
「そんな事したら県大会出られなくなるぞ」
『大会より友達の方が大事だから問題ないって』
「あ、ははは…」
恵美が本当に討ち入りするかもしれないから。恵美であれば、どこかのゲームのように、秀知院生徒を千切っては投げて千切っては投げてをしそうだ。想像するその姿、まるで英国無双。
『それで、他には何かあったりする?』
恵美が続けてそう質問をする。
「そうだな。面白い子に会ったよ」
それに京佳はそう答えた。電話越しなので顔は見えないが、その時の京佳の顔はその日1番の笑顔だった。
因みに恵美ちゃんは剣道の全国大会優勝経験者です。
やっと書き始められる過去編。決して長くならないように頑張りたいです。例えるならワンピースの過去編よりは短くしたい。
次回も主な登場人物は白銀くんと京佳さんだけの予定。
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立花京佳と白銀御行
これからも完結目指して書いていきますので、どうかよろしくお願いいたします。
追記・感想や意見を頂けると作者が凄く喜びます。
『気持ち悪い…』
『まるでゾンビじゃん』
『お化けだろ』
『なんで学校にくるんだよ』
『あいつが一緒に居るだけで気分が悪い…』
『もう2度と学校にくるなよ、化け物め』
「はぁっっっ!?」
悲鳴に近い声を出しながら、京佳は自室のベットの上で飛び起きる。その額には汗が大量に出ていた。京佳がこうなった原因は、たった今見た夢にある。
「また、あの時の夢か…」
それは数年前、退院した京佳が学校に戻ってきた時の、当時のクラスメイト達の反応。その時の事を、京佳は夢に見てしまったのだ。ほんの数か月前までは、このような夢を頻繁に見ており、夜中に目が覚めてしまう事が多々あった。更に秀知院への受験勉強のせいもあって、当時の京佳は酷い寝不足に悩まされていた。
「京ちゃん?大きな声したけど、大丈夫?」
自室の扉を開けて、母親の佳世が話しかけてくる。
「大丈夫だよ母さん。ちょっと夢見が悪かっただけだから」
「汗凄いけど?」
「……寝汗だよ」
「ふぅん?」
母親を心配させまいと、大丈夫だと言い、安心させる京佳。しかし佳世は、娘がまたあの時の事を夢に見たのだと見抜いていた。伊達に母親をやってないのだ。
「京ちゃん。秀知院はどう?」
「授業のレベルはやっぱり高いよ。流石国内有数の進学校だ」
「そう。で、クラスではどうなの?」
「……」
親友の恵美といい、母親の佳世といい、どうしてこうも見抜いてくるのだろう。
「ねぇ京ちゃん?今更言うのもあれだけど、態々秀知院じゃなくてもよかったんじゃない?他にも進学校って呼ばれている学校は沢山あったし。もし今の学校で嫌な思いしてるんなら、転入する事もできるわよ?」
佳世は京佳に助け舟を出す。事実、入学式の時点で、京佳は周りからひそひそと言われているのを佳世は知っている。可能であれば、一言言ってやりたい気分だった。
しかし、流石にその場で何か言うのは、今後の京佳の立場が悪くなるかもしれない。なのでぐっと堪えた。
「いや。あそこが良いんだ。進学校っていうのもあるけど、特待生の学費補助が他の学校より手厚いし」
「お金の事なら心配しなくていいのよ?私、これでも結構稼いでるんだし」
佳世は数年前に夫が亡くなってから、文字通り必死で勉強をして、不動産鑑定士の資格を取った。その結果、今では結構な高収入となり、不自由なく過ごせている。他校への子供1人の編入資金くらい、どうって事ない。
「いや、ここで他校に編入なんて手段を取ったら、私は絶対に後悔する。折角勉強頑張って入学したんだ。だったら、多少の障害があっても、私は必ず秀知院をしっかりと卒業してみせるよ。それに、見た目の事で何か言われるのは、何も秀知院に限った話じゃないだろうし」
「そう…」
「うん、そう。じゃあちょっと早いけど、朝ごはんの準備してくるから。でもその前に顔洗ってくる」
「自分の身体よく見て?どうせなら顔洗うんじゃなくてシャワー浴びてきなさい」
「え?」
佳世に言われ自分の体を見てみると、べっとりと汗をかいていた事に気が付く。パジャマは体にぺったりと張り付いているし、下着も汗で濡れている。正直結構気持ち悪い。
「……そうだね。じゃあ、ちょっとシャワー浴びてくる」
「ええ。あと、朝食の準備は私がしとくわ。食パンでいい?」
「うん。ジャムでお願い」
「了解」
そう言うと京佳は洗面所へ向かい、先ずは汗を流し落とす為に、シャワーを浴びるのだった。
「はぁ…1度決めたらそのまま進もうとする頑固さはパパ似ね、本当」
残された佳世は、小さくため息をしながら朝食の準備をする。
秀知院に入学して3日。立花京佳に、まだ友達はいない。
「はぁ…」
朝の新聞配達のバイトを終えた白銀は、決して広くはない居間で家族皆と朝食を食べながら、1人ため息をついていた。
「おにぃ。朝からため息とかやめて。こっちまで気分が悪くなるから」
「あ、ごめん。圭ちゃん…」
「おー。今日は結構風が強いみたいだなー。洗濯物が飛んでいかないよう気を付けないとな」
因みに白銀父は、テレビの天気予報を見ながら納豆を食べている。行儀悪い。
「で?何でため息したの?」
「えっと…」
圭の質問に口ごもる白銀。言いたくない。入学して3日も経っているのに、未だに誰とも碌に話せていないなんて。一応1人だけ話す事はあったが、あれ以来話していないなんて。
「えっとだな。秀知院の授業が思ってた以上にレベルが高くてな…それが大変で」
なので白銀は、当たり障りのない事を言った。ようは誤魔化しだが。
「ふぅん。まぁ、確かにレベルは高いよね」
圭は一応納得したようだった。そして朝食の卵焼きを食べる。
「そういえば圭。学校で友達とかできたか?」
テレビを見ていた白銀父が、圭に質問をする。圭も兄御行と同じように秀知院に入学している。既に入学して3日。並みの学校なら、当人によっぽどの問題が無い限り友達の1人くらいはできるだろう。
(いやいないだろう。俺がいないんだし)
白銀は1人、卵焼きを食べながらそう思った。
「まぁ、一応できたの、かな?」
「へ?」
圭の返答を聞いて固まる白銀。自分が未だにぼっちなのだ。それなのに、妹が既に友達が出来ている訳がない。何故かそんな思い込みをしていた。だが現実はどうも違うらしい。
「前の席の子がさ、なんでかよくわからないけどすっごく話しかけてきて。しかもその子、なんか凄く交友関係広くてさ。そしたらいつの間にか、それなりに話せる人が出来ちゃって」
「女の子?」
「女の子」
「ほう。それは良い子だな。大事にしなさい」
「うん」
(ウソやん…)
衝撃の事実。圭には既に友達と呼べる人が出来ていた。それも話を聞く限り、複数いるっぽい。
(マジかよ…中等部ってそんな和気あいあいな感じなの?)
別に高等部が殺伐としている訳じゃない。だが今の白銀には、中等部がまるで別の学校のような場所に感じた。
「御行。お前はどうだ?友達の1人くらいできたか?」
白銀父がそう質問をする。
「ま、まぁな。俺だって何だかんだ花の高校生だぞ?それこそ直ぐに話せる奴くらいできたさ」
「そうか。それは良い事だ」
そう言うと白銀父はお茶を飲む。
(嘘は言ってねーし…)
確かに白銀は嘘は言っていない。でもその話した奴とは、あれから会ってすらいない。
秀知院に入学して3日。白銀御行に、まだ友達はいない。
「「あ」」
昼休み。
白銀は2日ぶりに校舎裏に来ていた。前回ここにきて依頼、他にどこか1人で食べれそうな場所は無いかと思って学校中を探していたのだが、そんな都合の良い場所は見つからなかった。
それで結局、最初に見つけたこの校舎裏に来ていた。すると案の定、見覚えのある先客がいた。
「確か、白銀だったか?」
「あ、はい。そうです」
「いやだから何で敬語?」
「あ、すまん。なんかつい…」
勿論京佳だ。既に京佳は昼食を食べていた。因みに今日の昼食はサンドウィッチ。
「とりあえず、座るか?」
「ああ。ありがとう」
京佳に言われ、この前と同じように座る白銀。そして半額シールが張られた総菜パンを食べる。
「「……」」
会話が無い。元々、白銀はよくしゃべる方ではなかったし、京佳も左目の事があるので、自分から喋りかけるような真似はあまりしない。
結果、ただ2人の男女の間に、食事の租借音が聞こえるだけの妙な空間が生まれた。
(何か話しかけた方が良いのか?でも、何を話す?俺女子受けの良い話題なんて知らねーぞ)
こういう時は、男から話しかけた方が良いと思っている白銀は、なんとか会話の糸口を見つけようとするが、これが中々見つからない。こんな事になるのなら、圭から何か色々聞いておけばよかったと後悔し始める。
「すまない。少し良いだろうか?」
いっそ自分の好きな天体の事でも話題にしてみようかと悩んでいると、京佳の方から話しかけてきた。
「えっと、何だ?」
「ちょっと聞きたいんだが、どうして態々この学校を選んだんだ?いや、言いたくなかったら喋らなくてもいいんだが」
京佳の質問。それは白銀の秀知院への入学理由だった。秀知院は、殆どと言って良い程に外部入学の生徒がいない。その数、全体の1%程。何故それほどの数しかいないかというと、それは秀知院が持っているイメージの『金持ちが通う学校』にある。
その昔は、貴族や士族を教育する由緒正しい学校というイメージだったが、近年は所属している生徒のモラルの低下もあり、そのイメージは低下の一途を辿っている。そのような学校に、家や親が金持ちでも無いのに態々受験しようと思う人間は少ない。
だがそんな数少ない混院の生徒である白銀。京佳は、そんな白銀がどうして受験したのかが何となく気になった。
「あー。実はな、本当はここじゃなくて、どっか普通の公立高校へ行こうとしてたんだが、俺の父親が勝手にここの願書を提出して、そしたらギリギリだけど受かっちゃって…」
京佳の質問に、白銀は素直に答える。少し恥ずかしい話だが、それが事実なのだ。できれば誤魔化したいとも思う事なのだが、元々あまり嘘が付けない性格なうえ、そもそもここで嘘をつく理由が無い。だから正直に答えた。
「え?そうなのか?学歴が必要だからとか、ここでやりたい事があったからとかじゃなくて?」
それを聞いた京佳はあっけに取られた。てっきり白銀も自分と同じように、何か目的があって入学したからだと思っていたからだ。
「ああ。いやまぁ、学歴はそりゃ欲しいが、別にここじゃなくてもよかったなーっとは思ってるぞ」
総菜パンを食べ終わった白銀が答える。事実、白銀自身はこの学校に特別こだわっていなかった。確かに卒業できればそれなり以上の学歴はつくし、色々な保証も手厚い学校ではあるが、それでも特にこだわりはなかった。それを聞いた京佳は、
「凄いな」
なんか関心していた。
「え?どこがだ?」
「いやだって、ここ秀知院だぞ?偏差値が全国屈指の。そんな学校に『親が勝手に願書を出して受験したら受かった』っていうのは凄いじゃないか。私だったら落ちてたよ」
「あ……」
そう言われて少しだけはっとする白銀。言われてみればそうかもしれない。滑り込みの補欠合格とはいえ、合格は合格である。それも全国屈指の入学難易度を誇る秀知院に。これは確かに凄い事だろう。
「いや。運がよかっただけだよ。俺の実力じゃない。テストはマークシートだったし」
「運も実力のうちっていうだろう?それは君の力さ」
「そう、か?」
「そうだよ」
あくまでも秀知院に受かったのは、運が良かっただけだと思っている白銀。しかしそんな白銀を、京佳は素直に褒める。
(嬉しいもんだな…)
これまでの人生で、あまり人に褒められた事が無い白銀は、つい嬉しくなる。心なしか、顔がほころんでいる気がした。
「そういう立花さんは、どうしてここに?」
今度は白銀が京佳に質問をする。
「私はここがレベルの高い学校だったのと、保証が手厚いというところだね」
「その言い方だと、立花さんは将来の目標とかが既に?」
「ああ。私は将来弁護士になりたいんだ」
京佳には、弁護士になりたいという夢がある。詳細は省くが、中学の頃にそう決めた。その為には、兎に角沢山勉強をしなくてはいけない。弁護士になる為に必要な司法試験は、国内最難関レベルなのだ。
秀知院ならば、授業のレベルも高いし、大学を受験する際に役に立つ事も沢山ある。だからこそ、京佳は秀知院を選んだ。夢の叶える為に。
「弁護士…凄いじゃないか…」
「まぁ、まだなりたいと思ってるだけだけどね」
「それでも凄いよ。俺なんかとは全然違う」
白銀は素直に感心する。まだ高校1年なのに、しっかりと将来を見据えている。こういう人が、将来大成するんだろうなとも思った。
そうやって会話をしていると、京佳が何かに気づいてポケットからスマホを取り出す。スマホに表示された時刻は、昼休みがあと少しで終わる事を示していた。
「そろそろ昼休みが終わるな。戻ろうか」
「そう、だな」
京佳がスマホをポケットにしまうと、2人は揃って立ち上がる。
(やっぱでかいのこの子…)
白銀は改めて、立ち上がった京佳の大きさに圧倒される。胸じゃない。身長にだ。
そしてそのまま、未だに誰とも話せる人がいない、自分のクラスへ帰るのだった。
放課後。京佳はバスに乗って、自宅へと帰っていた。その手には、英語の参考書がある。バス移動の時間を使って勉強するためだ。
「……」
だが今の京佳は、あまり勉強に集中できていなかった。
(白銀…か…)
その理由は白銀である。秀知院に入学してまだ3日だが、未だに京佳には友達どころか話せる人がいない。唯一の例外が、昼食を共にした白銀だ。
3日前の昼休みに突然話しかけられて、そのままなし崩し的に昼食を一緒になり、自分と同じ混院で、流れで秀知院に入学したという男子生徒。
(教室じゃ、あんな会話は出来ないな…)
京佳は自分の見た目のせいで、自分がクラスではあまり良い印象を持たれていない事は理解している。だからこそ、自分からクラスメイトには必要最低限の事以外は話しかけないし、なるべく教室にもいないようにしている。なので教室では、誰かと親し気に話すという事は出来てない。
でも昼休みのあの校舎裏では、楽しく会話ができている。いくら京佳の心が強いといっても、決してダメージが無い訳では無い。誰とも話せないで1日が終わるのは、やはり寂しいに悲しい。
そんな寂しい1日を送っている中、白銀という男子生徒は、京佳の寂しい学校生活に灯された光になりつつあった。
(また明日も、来てくれるかな?)
そんな淡い期待をしながら、京佳は帰路に着くのだった。
同じ頃、白銀はレストランのバイトへ向かうために自転車を漕いでいた。
「……」
だが、その顔は沈んでいる。別にこれからのバイトが嫌な訳じゃない。むしろ今日のバイトは賄いが出るので好きな方だ。
(やっぱ、俺なんかとは全然違う子だよなぁ…)
沈んでいる原因は、今日も昼休みに一緒に昼食を共にした京佳の事だ。最初こそ自分と同じ外部入学生の混院で、上手くクラスに馴染めていないボッチ仲間と思っていたが、話してみると彼女には既に目標があった。
自分は親に流されるがままに秀知院を受けて入学したが、京佳は自分の意志で受験し入学した。それだけで既に自分とは全然違う。
同じ混院の生徒ではあるが、ある意味京佳も純院と言われる秀知院のサラブレットの生徒達と同じかもしれない。
(でも、話している時間は楽しかったな…)
だが、この前と今日の昼食の時間は楽しかった。未だにクラスでは誰とも仲良くなれず、やや息苦しい思いをしている白銀。正直、こんな学校になんてて入学するべきじゃなかったとすら思っていた。
しかし今日の昼休みは、まるで友人と過ごしていたような楽しい時間だった。
(あの子が迷惑じゃなければ、また明日もあそこ行こ…)
どのみちクラスでは居場所なんて無い。ならば、京佳が迷惑に思わない限りはあそこで昼食を食べようと白銀は決める。もし迷惑だと言われたら、その時は別の場所を探せばよい。トイレとか。
こうして白銀は、バイトへ向かったのだ。
尚、その日の賄いはガパオライスだった。
因みに弁護士になる為に必要な司法試験は、本番前の予備試験と言われている試験の方が難しいらしいです。
この時期の会長って、前生徒会長に話しかけられるまで、マジで学校に居場所なさそうなんですよね。嫌がらせとかは受けてなかったぽいけど。
次回も過去編。暫く仕事以外やる事ないから頑張って書きたい。
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立花京佳と友達
もうすぐ11月なのに暑い。まぁすぐに寒くなると思うけど。
それと読んでて矛盾点やよくわからないところがあったら言って下さい。頑張って修正しますので。
昼休みの校舎裏。
そこには弁当を持った京佳が、何時もの場所に座っており、ある人物を待っていた。その姿、まるで逢引き相手を待つ乙女。だが勿論、京佳はそんな気持ちで待ち人を待っている訳じゃない。ただ、今の秀知院で唯一話せる相手を待っているだけだ。
今なお自分のクラスでは、腫物のように扱われている京佳。おかげでクラスで話せる相手は、まだいない。
しかし、これからここに来る人は違う。どういう訳か一緒に昼食を食べ、楽しく話せる事が出来る現状唯一の相手だ。そうやって京佳が座って待っていると、足音が聞こえる。
そして直ぐに、待ち人が何時ものように半額シールの張られた総菜パンを持って現れた。
「よ、立花」
「やぁ、白銀」
その人物の名前は白銀御行。京佳と同じ混院の生徒で、現状京佳唯一の話し相手である。
秀知院に入学して1週間。2人は昼休みに、毎日昼食を共に食べる仲になっていた。
「そういえば、今朝私のクラスは抜き打ちで英語の小テストがあったんだ」
「そうなのか?どうだった?」
「3限目に答案用紙が返ってきたんだが、満点だったよ。あれくらいなら普通に勉強していれば全く問題無いし」
「そ、そうか…立花は凄いな…俺はとてもじゃないが、満点なんて無理だわ…」
「ところで、白銀はまたその総菜パンなのか?栄養バランスが悪いから、毎日食べるのはあまりオススメしないぞ?」
「あー、それはわかってるんだけどなぁ。うちは貧乏だから、どうしてもこういったセール品の安いものを選んで食べちゃうんだよ。まぁ、偶に弁当は作るけどな」
「え?白銀は弁当が作れるのか?」
「ああ。これでも家事にはそこそこ自身があるぞ。昔から妹と交代制で家事してたしな」
「そうだったのか。つまり白銀は料理男子という事だな」
「いやそんな大げさな。あくまで普通に出来るってだけだよ。オムライスとか唐揚げとか。テレビとかで見る凄い凝った料理とかは作れないし」
それぞれ昼食を食べながら、何時ものように他愛の無い会話をする2人。傍から見ると、その光景は仲の良い友達、もしくは恋人に見えるだろう。
こんな昼休みが、もう1週間も続いている。
先週、白銀と偶然一緒に昼食を食べて以来、ずっとこうだ。未だに自分のクラスでは居場所が無く、孤立気味な2人。
だがここではそんな事は無い。価値観が近く、話の合う同級生と、普通の高校生らしい昼休みが過ごせている。
「そういえば、立花は秀知院の編入試験はどうだったんだ?順位とか」
「一応上から数えた方が早い方の順位だったね」
「ま、マジか…凄いな本当…」
「まぁ、かなり必死に勉強してたし」
時間にして、1時間も無い時間。そんな普通の時間が、とても心地が良い。
「っと、そろそろ時間だな。それじゃ、午後の授業に戻るとしよう」
「む。もうそんな時間か。なら仕方が無い。行くか」
そしていつものように、京佳がスマホで時間を確認して、それぞれの教室へと戻るのだった。
(はぁ…クラスでもこれくらい喋れたらなぁ…)
自分の教室へ戻る途中、白銀は少し憂鬱になりながらそんな事を思った。京佳との会話はかなり弾む。そして楽しい。
しかし教室では未だにぼっち。せめてあいさつくらいはしたいのだが、それが中々出来ない。
(つーか先ず会話に入れねぇよ!何が『この前はイタリアでバカンスを楽しんだきた』だ!学生がそんなとこに旅行行ってんじゃねーよ!他にも『これがこの前30万で買った財布』だよ!そんな高い財布買うなよ!30万がどんだけ大金かわかってんのか!?)
そもそもからして価値観が全く違う。周りは皆金持ちばかり。当然、会話の内容もセレブだ。そんな会話に入れる事なんてできない。もしそんな話題を自分にされたら、絶対に見下される。
(あーもう。本当にやだ。せめて立花が同じクラスだったらなぁ…)
もしそうだったら、少なくともクラスで孤立する事は無かっただろう。だが所詮はたらればの話。少し憂鬱になりながらも、白銀は自分の教室へと足を進めるのだった。
翌日 昼休み 秀知院学園 校舎裏
「やぁ白銀」
「よう、立花」
白銀が何時ものように校舎裏に行くと、そこには何時ものように京佳が座って待っていた。
「ん?それは総菜パンじゃないな?」
「ああ。昨日の夜、田舎のじいさまが宅配で色々送ってきてくれてね。おかげで今日は弁当だよ」
白銀の手には弁当箱があった。どうやら今日の昼食らしい。
「へぇ。野菜中心の良い弁当じゃないか」
「できれば1品肉が欲しいところなんだがなぁ…いや、別に野菜が嫌いな訳じゃないが」
白銀の弁当は野菜ばかりだった。かぼちゃにれんこん。ほうれん草にニラ炒め。栄養バランスは良いかもしれないが、男子高校生にこれは少し物足りないだろう。
「だったらこの唐揚げと何か交換しないか?」
「え?いいのか?」
「白銀が構わないならいいよ」
「マジでか。じゃあこのカボチャの煮物と交換してもらっていいか?」
「ああ」
お互いの弁当のおかずを交換する。その光景を第三者が見れば、仲の良い友人にみえるだろう。その時、ふと白銀は思った。
(今更だけど、俺と立花の関係ってなんだ?)
入学して1週間。クラスでは今でも特に誰かと話す事は無く過ごしている白銀。しかしこの昼休みでは、京佳と楽しく過ごせている。
だが改めて考えてみると、自分と京佳の関係はなんだろうと頭に疑問符を浮かべてしまう。
(知り合い?同級生?混院の同士?それとも、ぼっち仲間?)
色々考えてみるが、どれもしっくりこない。そしてあるワードが浮かぶ。
(友達…とか?)
友達。
意味は勤務、学校あるいは志などを共にしていて、同等の相手として交わっている人。または一緒に楽しんだり、遊んだりしたりする存在。
しかし、
(いやー…友達とはちょっと違うだろう…実際、一緒に昼飯食べてるだけだし…)
それは無いだろうと白銀は思う。だって昼食を一緒にしているのみだ。それだけで友達と言うのはおこがましい。
(だったら、やっぱ昼食を一緒にしているだけの同級生か?)
結局上手い例えが見つからず、同級生という関係にしようとした時、
「白銀。少しいいだろうか?」
京佳が話しかけてきた。
「ん?どうした?」
「実はな、そのだな…何と言うか…」
「……ん?」
思わず、手に持っていた箸を落としそうになる白銀。
(ま、まさか…この展開は…!告白か!?)
その時、白銀の頭に流れる、少し前の記憶。それは中学時代、当時の友達から漫画を借りた時の事。内容はどこかで見た事がある王道ラブコメ漫画だったのだが、家に1冊の漫画の無い白銀はそれに暫く嵌まってしまった。
そしてその漫画の中で、ヒロインの1人が主人公に告白するシーンがある。そのシーンは学校の校舎裏。しかも昼休みだった。白銀はこの状況が、その漫画と同じだと気が付く。
(いや確かに俺は顔もそれなりに良いし結構モテるけど、流石に知り合って1週間は早くないか!?)
自分の事をモテる男子だと認識している白銀は途端に動揺する。いくら何でも早すぎる。こういうのはもっとお互いよく知り合ってからするものだろう。
「えーーっとだな。その…」
「お、おう…」
「……チャック空いてるぞ?」
「え゛」
京佳に言われ、とっさに自分のズボンを見る白銀。すると確かに、スボンのチャックが開いている状態になっていた。
「す、スマン…」
1度京佳とは反対方向を向いて、チャックをあげる白銀。恥ずかしい。すっごく恥ずかしい。今すぐ穴に入って蓋をしたい。この際マンホールでもいい。
「ま、まぁあれだ。誰にでもそういうミスはあるし…」
京佳の優しさが余計に白銀の心をえぐる。
「えっとじゃあ、私はこれで…」
「あ、はい…」
お互いなんか微妙な空気になってしまったのを感じたのか、今日は早めに教室へと戻ろうとする。だがその時だった。
ぱら
「「え?」」
突然、京佳の左顔に装着している眼帯が落ちたのだ。そして必然的に、京佳の眼帯の下が白銀の目に写される。
「な……」
白銀は言葉を失った。
だって眼帯の下にあったのは、あまりに酷い火傷跡だったのだから。
「あっ…」
京佳はとっさに両手で左顔を隠す。そして沈んだ表情をする。
(何で…こんな筈じゃ…無かったのに…)
昨夜 京佳の部屋
『へぇ。つまり話し相手は出来たんだね』
「ああ。おかげで楽しいが昼休みを遅れているよ」
夜。京佳は恵美と電話をしていた。内容は、昼休みに一緒にご飯を食べる相手が出来た事。つまりは白銀の事だ。
『そっか。いやーよかったよー!このままじゃ京佳がずっとぼっちのまま卒業しちゃうかもしれなかったし!』
「いや流石に卒業までは……あるのかな?」
『そこは否定してよ』
実際、京佳は白銀に出会わなければぼっちだったのは間違いないだろう。今でもクラスでは碌に話せる相手がいないのだから。
『にしても、男の子かー。大丈夫京佳?その男子に変な事されてない?男子高校生なんて性欲の化身みたいなもんだし』
「何にもされてないよ」
『本当に?』
「ああ」
『ならいいけど』
京佳の言う通り、実際白銀は京佳に対してセクハラめいた事はしていない。
が、実はそういう目で見た事は普通にあったりする。
白銀とて健全な男子高校生。恵美が言っているように、世界中の男子高校生なんて性欲の化身だ。むしろ性欲の無い男子高校生なんて男子高校生じゃ無いと言えるくらいに。
そして京佳は、非常に我儘な体つきをしている。嫌でも目立つその巨乳が何よりの証拠であり象徴だろう。そんな京佳に、白銀は僅かながら邪な感情を抱いた事がある。でも仕方が無い。だって男だもん。尚京佳は、その事に全く気が付いていない。
『で、京佳。その白銀くんって子とは仲よくなれそう?』
「そうだな。今のところはなれそうだよ。私と同じ混院の生徒だし、普通の一般家庭出身だから価値観も近いし」
京佳の言う通り、2人は現在非常に仲良く過ごしている。このままならば、秀知院に入学して初めての友達になれそうなくらいに。
『それで京佳。あの事は話すつもりなの?』
電話越しの笑みが、突然真面目なトーンでそんな事を聞いてくる。普通であれば、このまま白銀と友達となる事もできるのだろうが、現状の京佳にはどうしてもそれができない理由があった。
「……ああ、そうだな。こっちのタイミングで、この顔についてはしっかりと話すつもりだよ」
それは、自分の顔についてである。
京佳は中学時代、上級生のせいで顔に硫酸をかけられ、大火傷を負った事がある。その結果左目は完全に失明し、顔の左側には今でも重度の火傷跡がくっきりと残ってしまった。その為、普段京佳はその火傷跡を隠すために眼帯を装着している。
これだけでも十分に酷い話なのだが、悲劇はこれだけで終わらない。病院を退院し、再び学校に通うようになった京佳だったが、クラスの男子生徒が京佳の眼帯の下がどのようになっているのか気になり、強引に京佳が装着していた眼帯を剥ぎ取ったのだ。
『うっわ。化け物じゃん。気持ちわるっ…』
そして京佳の火傷跡を見た瞬間、京佳の事を化け物扱いしだした。それを聞いていた周りのクラスメイト達も、便乗するように京佳の事を化け物だと言い出す。聞くに堪えない台詞ばかりを吐くクラスメイト達。その中には、京佳が友達と思っていた子もいた。
それを見た京佳は友達に裏切られた気分になり、何より見られたくなかった火傷跡を見られた事で、その場で泣き崩れてしまった。
その光景を見た恵美はブチ切れ。眼帯を取った男子を殴り飛ばし、京佳に謝るよう怒鳴る。そして騒動へと発展していった。
その後は良識のあった年配の教師がその場を納め、騒動の原因となった男子生徒はのちに自分の両親と共に謝罪。その時の顔は、まるで殴られたかのように腫れあがっていたとか。
他のクラスメイトたちも京佳に謝罪をしたが、その時の京佳はもうそのクラスメイトたちを信じる事が出来なくなっていた。
『ねぇ京佳?相手側が聞いてこない限り、自分から言う必要は無いと思うんだけど…』
「いや。これはしっかり言わないといけないよ。それに、どうせダメージを負うなら、早い方がいいだろう?」
友達と思っていた人に裏切られたような行為。このショックは思春期の中学生には大きい。恵美がいなければ、京佳は間違いなく人間不信に陥っていただろう。
そして今、京佳は秀知院で唯一の話し相手である白銀に出会った。だがその白銀も、この火傷跡を見たら怯えるかもしれない。もし今よりもっと仲良くなった状態でそんな事になれば、心につけられる傷はもっと大きい。ならば仲良くなる前に左顔を見せてしまえば、ダメージも多少は少なくなるだろう。
『まぁ。京佳がそうしたいっていうなら私はもう何も言わないけど…』
「ふふ。ありがとう、恵美」
恵美も京佳が割と頑固な事は知っているので、これ以上何か言うのはやめた。親友が覚悟を決めているのだ。ならあとは、それを見守るだけでにする。京佳もそれを感じとったのか、恵美にお礼を言う。
そしてその後、暫く恵美と話したのち、就寝するのだった。
場面は再び校舎裏へと戻る。
(こんなタイミングで見られるなんて…!!)
本当なら、自分でタイミングを判断して、白銀に顔の事を話すつもりだった。だが現実はこれだ。白銀は明らかに怯えている。先ほどから一言も口を開かないのがその証拠だろう。
「気持ち悪いだろ…私の左顔は…」
ついそんな事を口にする京佳。心構えが出来ていない状態で見られたのだ。結果、今の京佳はかなり精神的にキテいた。下手をすれば、このまま不登校になるかもしれないくらいに。
だからこそ、京佳はもうこの校舎裏にはこないと決めた。そうすれば、白銀に会う事も無いから。そして眼帯を拾って、その場から立ち去ろうとした時、白銀は口を開いた。
「いや、どこが気持ち悪いんだ?」
「え?」
京佳の顔は、気持ち悪くなんてないと言いながら。
「まぁ、びっくりはしたけど、気持ち悪いなんて全然思ってないぞ?」
「な、何で?だって、こんな…」
「人の見た目なんて千差万別だろう。少なくとも俺は何とも思わないぞ?というか、大丈夫か?それ痛くないのか?」
「……」
今度は京佳が動きを止める。だって恵美以外では初めてだったのだ。この顔を見て、怖がらない子は。気持ち悪いって言わない子は。
「それより、ほら。これ大事な物なんだろう?」
「あ、ありがとう…」
そう言うと、白銀は京佳から外れた眼帯を拾って手渡ししてくる。それをお礼を言いながら京佳は受け取り、再び眼帯を装着した。今度は簡単に外れないよう念入りに。
「それと、すまん。その反応見る限り、見られたくなかったんだろう?事故みたいな感じだったが、見てしまって本当にすまない」
「し、白銀が謝る必要な無いって!」
「いや、謝らせてくれ。すまなかった」
白銀は頭を下げながら京佳に謝罪する。
「その、本当に気にしてないから、顔をあげてくれ。その謝罪もちゃんと受け取るから」
「……わかった」
京佳に言われ、白銀も顔をあげる。
「えっと、とりあえず座るか?」
「そうだな…」
そして再び座る2人。
「その、聞きたいんだが、本当に気持ち悪くなかったのか?」
「本当だ。立花の顔は全然気持ち悪くなんてない」
「……本当に?」
「本当に」
「……そうか」
その言葉を聞いた京佳は、胸をほっと撫でおろす。本来とは違う予定だったが、白銀は京佳を怖がらない事がわかった。これがわかっただけで、京佳は凄く嬉しい気持ちになれた。
「白銀」
「ん?」
「少し、私の話を聞いてくれ」
そして意を決して、火傷跡について話し始めた。その間、白銀は黙って京佳の話を聞いていた。嫌な顔を一切せず、真剣に。
「という訳なんだ。私がこんな眼帯をしているのは」
「……本当に酷い連中だな。そりゃトラウマにもなるだろ」
全ての話を聞き終えた白銀はそう言う。というか、内心腹がたっていた。いくらなんでも酷すぎる。一言言いたい気分にもなった。
(立花は、俺の何倍も苦しい思いをしていたんだな…)
決して自分の悩みが軽い訳ではないが、京佳の話を聞いた後では、ただクラスに馴染めないだけなのが、小さい悩みに思えてしまった。
というか京佳が強すぎる。仮にそれが自分だったら、絶対にこんな学校には来れない。
「なぁ、立花。もしまだ何か愚痴りたいなら遠慮なく言ってくれ。悩みの解決は出来ないかもだけど、愚痴を聞く事なら出来るから」
京佳の火傷跡がかなり酷い理由で付けられているのを知った白銀はそう言う。人の良い白銀は、こういった人を見捨てられないのだ。
「ふふ、そうか。なら、その時はお願いしようかな」
京佳もそれに甘える事にした。最も、あまり愚痴を零すつもりはないが。
「つーか聞いているだけで腹たつ奴らだな!いや本当に!」
「ああ!全く持ってその通りだ!思い出しただけで腹がたつ!」
「何が気持ちわるいだ!普通そんな酷い事口が裂けても言えないぞ!」
「だよな!私も本当にそう思うよ!というかあの時私も殴ればよかった!」
そしてお互い声を荒げながら京佳の中学時代のクラスメイトに怒りを向ける。
「しっかし、こんな会話をするなんて、まるで友達だな俺ら」
ついそんな事を口走ってしまう白銀。
「そうだな。まるで友達だよ」
京佳もそれに同調するような事を言う。
「……なぁ、立花。少し言いたい事があるんだが」
「奇遇だな。私も言いたい事ができたよ」
お互い、まるで相手の心が読めた気がした。恐らく、自分たちは同じ事を言おうとしていると。
「立花。俺と、友達になってくれないか?」
白銀は京佳の方を向いてそう言った。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「ああ。よろしく」
そして京佳も、白銀のその言葉を受け入れる。だってこの顔を見て全く怖がらない。そんな人なら、こっちから友達になって欲しいとお願いしたいくらいだ。
こうしてこの日、白銀御行と立花京佳は、秀知院に入学してから初めての友達になったのだった。
「ところで立花。今何時だ?」
「あ」
そして午後からの授業に遅刻した。
うる〇やつら的に言ったら、かぐや様と京佳さんはどっちがラ〇ちゃんでどっちがし〇ぶなんだろうね?
後半の展開が強引かな?あとで修正するかも。
次回、帽子をかぶってアト〇スのアクションRPGの主人公してそうなあの人登場予定。
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混院と生徒会長
単行本の最終巻には、追加ページに2人の結婚式とか描かれそう。
今回は少し短かくて中途半端かも。
「~~~♪」
京佳はご機嫌だった。自分の将来の夢の為にと頑張って入学した秀知院学園。だが入学して暫く経っても、クラスでは中々馴染めずにいた。原因は女性にしては高い身長と、自分の左顔にしている眼帯のせい。
そういった見た目のせいで、周りからは常に怖がられながら始まった学校生活。京佳自身、こうなる事はわかっていたのであまり気にはしなかったが、それでも精神的にキツイとは思っていた。思春期の高校生に、ずっとぼっち生活というのは結構クルのだ。
でも今は違う。クラスでは未だにぼっちな状態が続いているが、この昼休みだけは違う。京佳のとって、この学校でほぼ唯一の癒しの時間がある。
「悪い立花。ちょっと遅れた」
「いや、全然大丈夫だよ、白銀」
何故ならこの昼休みだけは、この学校唯一の友達と過ごせる時間なのだから。
秀知院に入学して3週間。白銀と京佳は、そこそこ楽しい学園生活を送っていた。
「ん?おにぎり?今日は弁当でも総菜パンでも無いんだな?」
「ああ、これか。昨日家の近くのスーパーで賞味期限切れ寸前のが売ってたから買ったんだ。半額で安かったし」
「因みに具はなんだ?」
「ツナマヨと昆布。あとおかかだな。この中だとツママヨが1番好きだな」
「わかる。ツママヨは美味しいよな。食べ過ぎると太っちゃうけど、私も好きだよ。まぁ1番はシャケだけど」
「確かに。おにぎりの具といったらうやっぱりシャケだよな。それは凄いわかる」
いつもの様に昼食を一緒に食べる白銀と京佳。その光景は、まさしく友達と楽しく過ごしている高校生そのもの。
2週間前、白銀と京佳は友達となった。
きっかけは京佳が眼帯を落としてしまい、その下の火傷跡を見られた事。絶対に怖がられると思っていた京佳だったが、白銀は全く怖がらなかった。京佳はそれに驚いた。今まで、この火傷跡を見た人は確定で驚いていたのに、白銀はそうではなかったからだ。
そんな白銀に興味を持った京佳と、同じ混院だからなのか話や価値観が合い、一緒に居て楽しいと感じた白銀。この2人が友達になったのは、ある意味必然だったかもしれない。
「そういえば白銀。昨日テレビでやってた『新設 宇宙の真実』って番組見たか?」
「勿論だ。俺は星とかが好きだからあの手の番組は必ず見てるぞ。特に月や火星への移住は科学的には可能ってやつは夢とロマンがあったよな。叶うなら是非生きている間に月や火星に行ってみたいもんだ」
「ああいうのは本当に夢があるよな。最も、私達が生きているうちには難しいかもしれないけど」
「ま、そうだよな。仮に行けるとしても、個人的に宇宙旅行に行けるのはもっと先だろうし」
「だな。でも老後にそういう旅行があったら行ってみたいよ」
「……とろこで立花。その、大丈夫か?何か言われたりしていないか?」
会話の最中、白銀が京佳に質問をする。白銀は京佳の顔の火傷がどういった経緯でできたのかを知っている。他ならぬ、京佳本人から聞いたからだ。
そして京佳が、この見た目のせいでクラスで浮いてしまっている事も。なので、こうして京佳が何か言われたりしていないかを聞いているのだ。秀知院で初めて出来た友達が心配だから。
「ありがとう白銀。でも特に何もないから大丈夫だよ」
「そっか。それはよかった」
(本当は少し陰口みたいなの言われたけどな…)
白銀の質問に大丈夫と答える京佳だったが、これは嘘である。実は京佳、本日の体育の授業の際、更衣室で体操服に着替えている時に、一緒に着替えていた1部のクラスメイトの女子たちからひそひそと何かを言われていた。何を言っているかは聞こえなかったが、ロクな事じゃな無いだろうと京佳は判断している。
しかし、これくらいは日常茶飯事。態々白銀に話す事では無いと思っていた。友達に苦労を掛けたくないから。
「そういう白銀こそ大丈夫か?クラスの人に雑用とか押し付けられたりしてないか?」
「いや全然。というか未だにクラスの奴らとは碌に話せてないし」
「そうか。一緒だな。まぁずっとこのままという訳にはいかないから、どうにかしないといけないけど」
「だよなぁ。何とか話せる話題がほしいけど、聞き耳立てても聞こえてくる話の内容が、どれもこれも俺とは合わない内容でなぁ…」
「あー。例えばブランド品がどうとか?」
「それ!マジそれ!そんな話題参加なんて出来ないっての!!」
「わかるよ。私もそういった物買った事無いし」
お互い愚痴りながら会話を続ける。何度も言っている事だが、白銀と京佳は未だにクラスに馴染めずにいる。このままではいけないのはわかっているのでどうにかしたいのだが、それが中々出来ない。
先ず周りの会話の内容がセレブなので、そういった話題に入れそうにないし、京佳に至っては見た目の問題がある。白銀はとても稀有な反応をする人だったので大丈夫だったが、自分のクラスはそうではない可能性が非常に高い。
というか現在進行形で怖がられているのだ。とてもじゃないが、自分からフランクに話しかける事なんてできない。最悪泣かれる。
「そろそろ時間だな。行くか」
「そうだな」
何時ものように京佳がスマホで時間を確認して、それぞれの教室へと戻る2人。少し前までならここで終わりだったが、今はちょっと違う。
「それじゃ白銀、また明日」
「ああ。また明日な」
今はこうして、また会う約束をしているのだから。
先程まで話していた京佳の事を思い出しながら、自分のクラスへと戻る白銀。
(やっぱり、話し相手がいるっていいよな)
実際、話し相手がいるといないとでは精神的にかなりの違いがある。強い孤独感を感じたり、毎日がつまらなく感じたりしていく。そしてそれが原因で、自ら命を絶ってしまう事だってあるのだ。
白銀も、京佳とこうして話すまでは、つまらない学校へ来てしまったと思っていた。でも今は、多少なりともこの学校へきて良かったと思っている。
(できれば立花以外にも話し相手、というか友達欲しいけどな…)
しかし流石に京佳1人だけはどうかとも思う。別に京佳が嫌な訳ではない。単純にもの欲しいと思ってしまっているだけだ。贅沢な悩みかもしれないが、白銀だって友達が欲しいのだ。できれば同性の。
(まぁ、ボチボチやっていくか。まだ入学して1か月くらいしか経ってないし)
でも今すぐどうにか出来る問題でも無いので、地道に考える事にした。
同じ頃、京佳も自分のクラスへと向かっていた。
(うん。今日も楽しく話せたな)
その顔はどこか微笑んでいるように見える。現状、唯一自分の事を怖がらない同級生、白銀御行。そしてちょっとしたきっかけで、京佳と白銀は友達になれた。
正直なところ、京佳はこんなに早く友達が出来るなんて思っていなかったし、なんなら高校時代は最悪ずっとぼっちかもしれないとさえ思っていた。
しかし現実は違う。かなり幸運だったとはいえ、京佳には友達が出来た。おかげで白銀同様、楽しく昼休みを過ごせている。
(明日も、この調子でいけたらいいなぁ…)
スキップしたい気分に駆られる京佳。だが流石にそれをやると変な噂が立ってしまうかもしれないので自重した。
(それにしても、学校で唯一話せている男の子か…)
ふと考える京佳。現在唯一話せている友達の白銀は異性。そして何時も会う場所は人気の無い校舎裏。まるで密会だ。
(漫画やドラマだったら、最後は結ばれる関係だな)
京佳の思った通り、漫画ならばこの後、2人は様々な障害を乗り越えて、最後は幸せに暮らす事ができる展開が待っているだろう。
(なーんてね…)
だが流石にそれは無い。だって白銀は友達なのだ。確かにこれが恋心に代わる事もあるかもしれないが、京佳にとって白銀は友達である。現状、それ以上の感情なんて無い。
(でもまぁ、白銀みたいに私の事を怖がらない男の子なら、是非付き合いたいな)
それい以上の感情なんて、ないったらない。
翌日
(今日も良い天気だな。少し熱いくらいだ)
この日も、白銀は校舎裏へと足を運んでいた。その手には、昨日自宅近くのスーパーで買った総菜パンとセール品のペットボトルのお茶。要は何時もの昼食を持っている。
そして何時もの校舎裏へ近づいた時、
「ん?」
何やら、妙な気配を感じた。
(何だ?)
妙な気配を感じた白銀は、ゆっくりと壁から除くように顔を出してみる。するとそこには、何時のように京佳が座っていたのと、見しらぬ男子生徒が1人いた。
(え?誰?)
驚く白銀。見知らぬ男子生徒は秀知院の制服を身に纏っており、頭には黒い学生帽。そして、その顔はかなり整っていた。
それを見た白銀は、ある答えにたどり着く。
(まさか、ナンパか!?)
秀知院は国内有数の進学校であるが、同時に生徒の顔面偏差値もかなり高い事で有名だったりする。また、1部の男性生徒が、他校の女子と合コンをしようとしていたのも知っていた。実際白銀も、クラスメイトの男子が『今度〇〇女子高の子と合コンしよう!』なんて話を聞いた事がある。
それらの情報があったから、白銀はナンパという答えにたどり着く。
(確かに立花は眼帯こそしているが顔はかなり美人だしスタイル良いし、ナンパされてもおかしくない!)
ここからでは京佳の顔はよく見えないが、迷惑がっているようには見えない。だがそれはここから見ただけの光景だ。実際は凄く迷惑に思っているかもしれない。
(兎に角、ここは声をかけないと!)
友達が困っているかもしれない。ならば助けないと。だって京佳は、白銀にとって初めての秀知院での友達なのだから。
「ちょ、ちょっと!何やってるんでせうか!?」
「「ん?」」
(やべぇーーー!嚙んだー―ー!?)
意を決して声を出した白銀だったが、まさかの事故。噛んでしまった。恥ずかしい。すっごく恥ずかしい。でも今更止まる訳にもいかないので、このままつっきる事にした。
「何をしているかはわかりませんが、彼女が困っているじゃないですか。そういう事はやめてください」
「いや白銀。私は別に困っていないぞ?」
「え?」
白銀はあっけに取られる。京佳は別に困っていないと言うからだ。
「私はただ声をかけられただけだ。迷惑なんて全く思ってない」
「……マジで?」
「ああ」
京佳がはっきりとそう言った。同時に白銀は思った。これはもうナンパなんかじゃないだろう。
「もしかして、何か勘違いしているんじゃないかな?」
「えーーーっと。そうみたい、です…」
学生帽を被った男子生徒も白銀に声をかける。白銀は顔が熱くなるのを感じながら、頭を下げた。
「すみません。俺の早とちりだったみたいです」
「いや大丈夫だよ。誰だってそんなミスくらいするさ」
「あの、ところで貴方は?」
ナンパでないなら、彼は一体誰なのかが気になる白銀。よく見ると学生帽を被った男子生徒の胸には、金色の職緒があった。混院の白銀だって、それがなんなのか知っている。そして白銀が目の前の男子生徒の正体が分かったと同時に、目の前の男子生徒はこう答えた。
「僕は秀知院学園生徒会のトップ。生徒会長さ」
生徒会長だと。
生徒会室
「どうぞ」
「ど、どうも」
「いただきます」
白銀と京佳、そして学生帽を被った生徒会長の3人は生徒会室にいた。あの後、生徒会長から『ついてきてほしい』と言われ、2人は素直について行った。
そして生徒会へとたどり着き、今こうして生徒会長自ら淹れた紅茶をご馳走になっている。
「美味しい…」
「そうなのか?紅茶なんてペットボトルのやつしか飲んだ事ないからよくわからん」
「多分これ相当高いやつだぞ。ペットボトルのやつとは味が全然違う」
「え?マジでか?」
「いやいや。それはそこまで高くないよ。せいぜい1缶4000円くらいだし」
「「!?」」
高い。庶民の2人にとって4000円は高い。京佳ですらなかなか手が出せない値段だし、白銀にとっては最早雲の上の品だ。
「えっと、もしかしてこれを飲んだから何か命令を言うとか…」
「いやそんな事しないから。僕を何だと思ってるの?」
「す、すみません…」
あまりの値段にびびる白銀は、美人局のように何かされるのではと思った。勿論、生徒会長にそんな思惑は全くない。ただ普通に、紅茶をご馳走しただけだ。
「それで、生徒会長ともあろうお方が、私達に何か用でしょうか?」
京佳が畏まりながら質問する。自分たちは混院の生徒。そんな生徒2人を突然生徒会室へ呼び出す理由がわからない。でも京佳には、少しだけ心辺りがあったりする。
(まさか、私に見た目でクレームがきたとか?)
それは京佳の見た目が怖いというクレームがきたのではという事。でも流石にありえないと思いたい。いくら見た目が怖いからといっても、生徒会長にクレームいれる生徒がいるとは思えない。
「そう畏まりまらないで。とって食べたりしないから」
やや胡散臭い笑顔でそう言う生徒会長。
「実は2人にお願いがあってね」
「お願い、ですか?」
「ああ」
そして2人の目を見て、
「君達2人を、生徒会役員に指名したいんだ」
「「え?」」
想像だにしない事を言い出したのだった。
おまけ
更衣室での女子たちの会話
「ね、ねぇ…あれ…」
「何あれ…すっごい…」
「胸大っきい…腰ほっそい…足長い…」
「何あれ?なんなのあの白い肌?」
「ていうか本当にスタイル凄い…なにあれ?本当になにあれ?」
「綺麗…」
「う、羨ましい…!私なんて、沢山そういう体操とか器具とかサプリとか使っているのに全然大きくならないのに!!」
知ってるか?この過去編、原作だとまだ4ページしか進んでないんだぜ?
あと原作だと、会長は入学して1週間で生徒会に誘われていますが、この作品だと少し間空いてます。
次回、タイトルにもなってるあの子が登場予定。
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立花京佳と血溜沼
そしてコメントで京佳さんの見た目が上手くイメージ出来ないとご指摘を受けたので、今更ながら京佳さんの見た目が作者的にはどんなイメージかというと、あくまで大雑把なイメージですが『アイ〇ルマス〇ー シャ〇ニーガー〇ズ』の緋〇美琴というキャラクターが、その髪を黒っぽくして、左目に眼帯を装着しているといった感じが作者的には1番しっくりきています。でもあの肩にかかってる白っぽいくせ毛?は無い感じ。因みに作者はア〇マスやった事ありません。
いや、本当に今更言う事じゃない… 何で私は何時もこうもヘマをするんだ…
今後も何かご意見などがありましたら、どうぞ遠慮なく言って下さい。可能な限り対処いたします。
「俺たちを、生徒会に?」
「えっと、そういうのって生徒会が発足した時に決めるものなのでは?私たちは今年入学したばかりの新入生ですよ?」
突然の生徒会長直々の生徒会への勧誘。それを聞いた白銀と京佳は困惑した。
「普通の学校の生徒会ならそうだろうね。でも秀知院の生徒会は、生徒会長自ら役員を好きな時期に決める事が出来る。目ぼしい人材が入る4月に役員を決めるのも珍しくない。そんな訳で、毎年4月は部の連中と人材を奪い合う青田刈りのシーズンなのさ」
「成程…要は人材のヘッドハンティングですか」
「そういうこと。学校や大学を卒業したら、本当にそういう機会が来るかもしれない。そういう意味でも、とても良い練習になるしね」
困惑気味の2人に、丁寧に答える生徒会長。やはり国内有数の進学校は色々と他とは違うようだ。
「…立花はわかりますけど、なんで俺…僕もなんですか?僕より優秀な人なんて、それこそいっぱいいるでしょう?」
「白銀。あまり自分の事を自分で卑下するのはいけないぞ?それはより自信を失うきっかけになっちゃうから」
「いや、でもなぁ…」
京佳は秀知院の編入試験にトップ合格で入学している。それに最近行われた小テストも満点だった。対して白銀は、編入試験はギリギリの補欠合格。この前の小テストもギリギリ赤点じゃなかったくらいだ。
そんな自分が、国内有数の進学校である秀知院の生徒会に誘われるなんておかしい。何か裏があるのではとつい勘ぐってしまう。
「勿論理由はちゃんとあるよ。我々秀知院の学生、君たちにわかりやすく言うと純院の生徒たちは、この箱庭で生きてきた者たちばかり。そういった者は、ひとたび外の世界に出たら、それまでの常識が通じず、失敗を重ねる生徒も少なくない。ならば学生のうちから、そういう生徒の常識を少しでも変えるようにするべきだと僕は思っている。だからこそ、外の世界をフラットな目線で見たきた君たちの目線が是非欲しい」
「……」
生徒会長は丁寧に説明する。しかし、それを聞いた白銀の顔は晴れない。
「やっぱりわかりません。いくら外部入学の混院の生徒の目線が欲しいと言っても、僕みたいな補欠合格者を誘うなんて。秀知院の生徒会ならもっと優秀な人材の方がいいでしょう。それこそ、隣にいる立花みたいな」
「白銀…」
いくら生徒会長直々の誘いとはいえ、今の白銀は自分に自信が全くない。京佳のように成績優秀ならわかるが、自分はあくまで補欠合格。そんな落ちこぼれな自分に、生徒会長が勧誘する理由がわからない。
そして京佳は、そんな落ち込んでいる白銀を心配した。
「ふむ。君は随分自分に自信が無いみたいだね」
「そりゃ無いですよ。例えば、入学式で新入生挨拶していたあの子、四宮さんでしたっけ?ああいう家柄も才能もあるような人見ちゃうと、どうしても比べちゃいますし…」
白銀は思い出すのは、入学式で新入生挨拶をしていた生徒。黒くて長い髪、控えめに見ても整っている顔。そして誰しも聞いた事がある『四宮』の名。その名は、四宮かぐや。
入学して暫く経った後、彼女に関する事を色々耳にした。
曰く、どんな事もそつなくこなせる天才。
曰く、とてつもないお金持ち。
曰く、まるで氷のような女。
最初この話を聞いた時、なんだそれはと白銀は思った。自分は何も持っていないのに、その四宮かぐやという女生徒は何でも持っている。生まれからして自分とは全然違う。そういう人物こそ、生徒会に入ればいいのに。
「すみません。生徒会に入った時のメリットってなんですか?」
「え?立花?」
白銀がそうやって自分を卑下していると、京佳が生徒会長に質問をする。
「うん。まず、成績以外の内申点が凄く貰える。秀知院の生徒会はとても多忙なんだ。体育祭に文化祭、部活動の予算審査、その他生徒主導のイベントが様々。そういったイベントを円滑に進めないといけないから本当に忙しい。でもその反面、それらの仕事をしっかりとこなせたら教師からの評価はとても高くなる。それだけじゃない。生徒会長特権になるけど、生徒会長を務めた生徒には、学校から『秀知院理事会推薦状』が貰える。これは世界中のあらゆる学校や企業へのプレミアムチケットみたいなものだから、これ欲しさに生徒会長をやりたいと思う生徒もいるよ」
「成程。内申点が…」
1つ目のメリット。それは内申点だ。生徒会長が説明した通り、秀知院の生徒会は兎に角多忙である。だがそれら多忙な仕事をしっかりとこなせれば、教師からの覚えも良くなるだろう。勉強の内申点は頑張れば取れるが、それ以外の内申点は意外と難しい。将来弁護士になりたい京佳にとって、これは嬉しいメリットになるだろう。
「他には、やっぱり色んな人との交流が増える事かな?生徒会は色んな人と関わる事が多いからね。特に今の秀知院は本当に多種多様な家柄の生徒がいる。自衛隊幕僚長の息子や、経団連理事のお孫さん。果ては外国の王子様まで。そういった、ここにしかいない人たちと交流できるのはとっても有意義になると思うよ。今はただでさえ国際交流が盛んな時代だしね」
2つ目のメリットは、人との交流。秀知院は元が貴族や士族といった上流階級の人の為の学校である。当時の彼ら彼女らは、この学校でしか出来ない様々な交流をし、家や企業とのつながりを深めていった。特に現代は人との交流が盛んな時代だ。今のうちにそういった人と交流できる機会があるのは良い事だろう。
「確かに。でも王子様は流石に冗談ですよね?」
「いやマジだよ。本当にいるよ」
「え?本当に?」
「うん、本当に」
「うっそぉ…」
京佳の質問に大真面目に答える生徒会長。まさか本物の王子様までいるとは思わなかった京佳はあっけにとられる。
(にしても、メリットはかなり大きいな。勉強との両立大変そうだけど)
それはそれとして、生徒会に興味を示す京佳。今聞いた限りの話では、生徒会に所属するのはかなり美味しい。だがここは進学校の秀知院。当然だが、普段の授業内容や、試験の内容はかなり難しい。
そんな学校で、多忙と言われている生徒会に入ったら、果たして成績は維持できるのか。そこが不安だ。
「立花。ひょっとして、生徒会に入るのか?」
「正直考えてはいる。内申点が多く貰えるのはありがたいし」
「あー…まぁ、確かにそれは…」
京佳が生徒会に興味を示しているのを知った白銀は、驚くと同時に納得していた。
(当たり前か。立花も俺より優秀だしな…)
京佳は弁護士になりたいから、秀知院を選んだ事を白銀は知っている。この歳でもう将来をそこまで見据えているのだ。そんな京佳は、自分より優れているのは間違いないだろう。
「でも、私が生徒会に入っても大丈夫でしょうか?私はこんな見た目ですし…」
一方、生徒会に入るか悩んでいる京佳は、勉強以外にある事が不安だった。京佳は、この見た目のせいで未だにクラスメイトから怖がられている。
そんな自分が、生徒会に入っても大丈夫なのか。もしかしたら生徒会に迷惑がかかるのではないか。京佳はそこも心配だった。
「それこそ問題ないよ。僕は人を見た目で判断なんてしない。もし、立花さんの見た目が怖いから生徒会に入っているの納得できないなんていう生徒がいたら、生徒会長として絶対に許さない」
「そうだぞ立花。俺だってそんな奴許さない」
「あ、ありがとうございます…白銀も、ありがとう…」
どうもこの生徒会長も、これまで出会ってきた男子とは違うようだ。彼も、白銀と同じ人種なのかもしれない。
「それでどうだい?生徒会に入らないかい?」
「えっと…」
「んー…」
悩む2人。白銀は自分が選ばれた理由がよくわからいないから。京佳は入ったら勉強と両立が出来るか不安が残るから。そうやって悩んでいる2人を見ていた生徒会長が、ある提案をした。
「ならばそうだね。1度生徒会の仕事を体験してみないかい?」
「体験ですか?」
「そう。何事も体験したり経験するのは大事だよ?時間が許すのであれば、今日の放課後はどうだい?」
話を聞いただけど、実際に体験するのでは大きな違いが出来る。例えば、面白いと言われているゲームのレビュー記事を読むだけと、そのゲームの体験版を遊んでみるとでは、全然印象が違うものだ。
「まぁ、今日はバイトも無いのでいいですけど…」
「私もかまいません」
「じゃあ決まりだね」
2人は生徒会長の提案を受け、今日の放課後に生徒会の仕事を体験する事となった。
「それはそうと、2人共お昼は大丈夫?」
「「あ」」
その後、白銀と京佳は急いで昼飯を食べた。それを見ていた生徒会長はせめて昼食を食べ終えてから誘えば良かったと思い、申し訳ない気持ちになった。
放課後
「ところで2人は、どうして秀知院を?」
放課後になり、生徒会長から『ついてきて欲しい』と言われ、白銀と京佳が生徒会長の後ろを歩いていると、生徒会長から質問が飛んできた。
「私はここなら普通の高校よりしっかり勉強が出来ると思ったのと、特待生の補助が手厚かったからです」
「へぇ。しっかりと将来を見据えているんだね」
京佳は将来の夢の為の足掛かりとして、秀知院を受験した。まだ入学したての1年生にしては、しっかりと将来の事を考えていると思った生徒会長は関心する。
「俺は、本当は適当な公立高校へ行く筈だったんですけど、うちの父親が勝手にここの願書提出してて、それで試験受けたらギリギリで合格しちゃったんです」
「え。それで受かったのかい?凄いじゃないか」
「立花にも同じ事言われました」
白銀は父親が勝手にここの願書を出したかららしい。まさかそんな理由で編入試験を受けて合格する人がいるとは思っておらず、生徒会長は驚く。
「けど、こんな面倒な学校って知ってたら来ませんでしたよ。まさか生徒が区別されていたなんて…」
「はは、確かに面倒だよね」
秀知院は外部入学生を混院、小等部や中等部から上がってきた生徒を純院と区別している。現代でこそただ区別しているだけだが、昔は純院の生徒が混院の生徒を奴隷のようにこき使っていた差別的な時代もあった。
「白銀くんは、この学校に来た事を後悔しているのかい?」
「……最初こそそうでした。でも今はそこまで後悔していません。友達が出来ましたし」
「それはそこにいる立花さんの事かな?」
「はい」
「……そうはっきり言われるとこそばゆいな」
少しだけ顔を赤くする京佳。友達とはいえ、面と向かってそう言われるのは、やはり恥ずかしい。
「ところで生徒会長。私達以外の生徒には声をかけないんですか?」
顔が赤くなっているのを誤魔化す為にも、京佳は生徒会長に質問をする。
「何人かには既に声をかけているけど、望みは薄いだろうね」
「そうなんですか?」
「ああ。自分をしっかりと持っている子は、簡単には動かないから」
生徒会長は、既に今年高等部へ進学してきた1年生に声をかけていた。元総理大臣の孫の天才ピアニスト、広域指定暴力団組長の娘、巨大財閥四条の令嬢。
しかしそういった生徒は、決して簡単には動かない。おかげで生徒会長は、新しい人材の勧誘に苦戦している。
(俺は自分を持っていないから、こうも簡単に動いているのかな…)
やはりそういった人と自分は全く違う生き物なんだと再認識し、白銀は暗い顔をする。
「どうした?大丈夫か白銀?」
「あ、ああ。大丈夫だよ」
「それならいいんだが…」
そんな白銀を心配し、京佳は声をかける。そしてそうこうしているうちに、3人は目的地にたどり着く。
「今日の活動内容はこの沼の掃除だよ」
「水でも抜くんですか?」
「いやテレビじゃないんだからそこまではしないよ。ここは『血溜沼』って言うんだけど、長い間排水官が詰まっていてね。今度専門の業者に修理してもらうんだけど、その前に可能な限り綺麗にしておかないといけないんだ。藻が大量に発生していて不衛生だしね」
「具体的には何を?」
「網やバケツを使って藻やゴミを拾い上げる。そして広い上げたゴミを1度集めて後で纏めて捨てる。それだけだよ」
そう言うと生徒会長は、どこからか取り出した取っ手の付いた網を2人に渡す。
「他にもボランティアで何人か掃除をしてくれているけど、僕たちも少しは働いてポーズを取らないとね。それじゃ、やろっか」
「は、はい」
「わかりました」
生徒会長から網を受け取った白銀と京佳は、言われるがままに沼の掃除を始める。
「にしても、血溜沼って…随分物騒な名前ですね…」
「今でも、大昔に討ち取った武将の首が沼の底に沈んでいるらしいよ?」
「……冗談ですよね?」
「はは。もし見つけても網で拾い上げないでね?普通に事件になるし」
そんな物騒な話を聞いた白銀は、ビビりながら掃除を続ける。
「うっわ…マジで汚いな…」
1回網で沼の表面をすくっただけで、網には藻やゴミが大量にすくいあげられる。おかげで、網が非常に重い。
(俺、何してるんだろ…)
黙々と掃除をしながら、白銀は暗い表情でそんな事を思った。
(生徒会への勧誘とかいうけど、結局のところは体よく使われているだけじゃないのかこれ?あの生徒会長だって、本心では俺の事を貧乏人とか補欠合格者とか思って見下していたりするんじゃ…)
やや疑心暗鬼な白銀。生まれも普通、成績は中段よりやや下、容姿に特別優れている訳でもなく、何か特別な才能だって持ってない。周りが金持ちや、何かしらの特別な才能や、成績がよかったりと、そういった人たちばかりの秀知院。
いくら京佳という友達が出来て、心に余裕が出来たとはいえ、今の白銀は劣等感の塊だ。だから生徒会長の事も、どうしても何か裏があるのではと思ってしまう。
「白銀。私は1度、あっちの方へこのゴミを捨ててくるよ」
「え?ああ、わかったよ」
京佳は先ほどすくいあげたゴミをバケツにいれて、指定されたゴミ捨て場所へ持って行った。
(やっぱり、立花は生徒会へ入るんだろうか?結構興味津々ぽかったし…)
自分とは違い、成績優秀者な京佳は生徒会へ入るかもしれない。もしそうなったら、白銀と京佳は合う時間が減るだろう。生徒会は多忙だと生徒会長から言われているし。
出来ればそれはやめてほしいが、そんな小さい子供の駄々のような理由で生徒会に行くなとはとても言えない。そんな我儘な子供のような考えを持ってしまった白銀は、本日何度目かわからない自己嫌悪に陥る。
(ほんと、何してんだろ俺は…)
そして網ですくったゴミをバケツへ移していたその時、
「きゃあああ!?」
「え?」
直ぐ近くで悲鳴が聞こえた。白銀が振り向くとそこには、1人の女生徒が沼に落ちて溺れていた。
「これに捕まって!!」
「あ、足に…!何か絡まって…!!」
近くにいた男子生徒が網の取っ手部分を女生徒へ伸ばすが、届かない。どうやら何か足に引っかかっているみたいだ。
「どうする!飛び込むか!?」
「で、でも…ここ飛び込んでも大丈夫なの?変な病原菌とか…」
「そ、それは…」
周りにたボランティアの生徒たちがどうするか悩んでいる。
(おいおい!んな事言ってる場合かよ!?人が1人死ぬかもしれないんだぞ!?)
一向に誰も女生徒を助けに行かないのを見て白銀は焦る。その間にも、沼に落ちた女生徒は溺れている。このままでは本当に溺れ死ぬかもしれない。
(俺は泳げないし!誰でもいいから誰か…!!)
そうやって自分もその場から動けけずにいた時、
「え?」
誰かが腰にロープを巻いた状態で勢いよく飛び込んだ。そしてそのまま直ぐに溺れている女生徒を両手で掴む。
「おいロープだ!ロープを引っ張るのを手伝ってくれ!!」
「あ、ああ!わかった!!」
何時の間にかゴミ捨てから戻ってきていた京佳がロープを引っ張るよう周りの生徒たちに指示する。そして周りにいた生徒たちは、皆で協力してロープを引っ張った。その中には、当然白銀もいた。
「ひっく…えぐ…」
沼に落ちた女生徒は無事救助された。今は沼近くに設置されている桟橋の上で泣いている。
(ああすれば、泳げなくても、助けに行けた…)
白銀は助かった女生徒ではなく、助けにいった女生徒であり、入学式で新入生挨拶をしていや四宮かぐやへ視線を向ける。彼女の腰にはロープが巻かれており、こうすれば白銀のように泳げなくても、誰かに引っ張ってもらえば大丈夫だ。
(俺は、動けなかった…ぐちぐちと言い訳ばかりをして、考える事をやめていた…立花だって、誰より早くロープを引っ張るよう指示を出していたのに…)
ふと京佳の方を見ると、先程のロープを回収していた。そして生徒会長はどこかに電話していた。
(金持ちだとか、生まれつき才能があるとか関係ない…動くべき時に動ける…それが出来る人間は―――)
そしてもう1度飛び込んだ女生徒、四宮かぐやの方を見て白銀は、
(例え泥に塗れていても、綺麗だ―――)
その姿に、完全に心を奪われてしまった。
「どうした白銀?」
「……」
「白銀?大丈夫か?」
「はっ!?」
何時の間にか隣に立っていた京佳が声をかけるが、白銀は暫く反応できなかった。先ほどの助けに入った四宮かぐやに、完全に見惚れていたからである。
「すまん。ちょっとぼーっとしてた」
「ん、そうか」
「しかし、立花は流石だな。冷静に状況を観察して、皆にロープを引っ張るよう指示できるなんて。俺にはできないよ」
白銀は先ほどの京佳の行動を褒める。いくらロープを腰に巻いた女生徒が目の前にいたとしても、とっさにあのような指示は中々だせないだろう。先ず理解が追い付かない。
「いや、あれは私の指示じゃないよ…」
「え?」
どうみても京佳が指示しているように見えたが、どうやらさっきのは京佳の指示ではないらしい。
「じゃあ、誰が?」
「さっき飛び込んだ四宮さんだよ」
「え?」
―――――
(どうする!?飛び込むか!?でも兄さんが溺れている人がいたら無暗に飛び込むなって言ってたし!確かこういう時はペットボトルとかクーラーボックスみたいな水に浮かぶものを投げ込めば…そんなものどこにあるっていうんだ!?)
「ちょっとすみません」
「え?」
「今から沼に飛び込むので、私があの子を掴んだらすぐにこのロープを引っ張って下さい」
「え、え?」
「それじゃお願いしますね」
「ちょ!?」
―――――
「と言われてね。最初は何が何だかわかっていなかったが、その後直ぐに無我夢中でロープを引っ張ったよ」
「成程…」
さっきの京佳の指示も、飛び込んだ四宮かぐやによるもの。白銀はますます四宮かぐやへ興味をひかれる。
「私には海上自衛官の兄がいるんだ。その兄から溺れた人の正しい救助方法を聞いていたんだが、何も出来なかったよ…」
「俺もだよ…」
京佳も白銀と同じように、先ほど何も出来なかった事を悔やんでいた。そうやって2人が会話している間に、四宮かぐやは、助けた女生徒をどこかへ連れて行った。恐らく保健室にでも連れていくのだろう。
そしてその後ろ姿を、京佳はじっと見つめる。
(海上自衛官の兄さんから、正しい救助方法を聞いていたから飛び込まなかったなんて言ったが違う。私は怖かったんだ…この沼に飛び込む事が…)
京佳は別にカナヅチでは無い。兄から正しい救助方法を聞いていたから、あえて飛び込まなかった訳でもない。ただ、こんな不衛生な沼に飛び込む勇気が沸いてこなかっただけだ。
(それなのにあの子は、飛び込んだ…誰よりも早く…)
溺れていた子が友達だったからなのか、ただ我武者羅に助けにいっただけなのかはわからないが、助けにいったのは四宮かぐやだけ。
(凄い勇気がいる筈なのに、それが出来るなんて…)
そんな彼女に、京佳は敬意を払った。
(私も、四宮さんみたいに勇気を出して動けば、何か変わるのかな?)
京佳は自分の見た目がコンプレックスだ。黒い眼帯に高い身長。それが原因で相手に怖がれてしまい、簡単に友達が出来ない。京佳自身も、自分が怖がられているのは知っているので、態々自分から相手に話しかけたりしない。
しかし、それは自分が傷つくのが怖いからなのだ。無理に声をかけて、それが原因で怖がられるのなら、最初から声をかけなければいい。だからこそ、京佳は自分から声をかけない。
(でも、このままずっとは…)
でも、このままで良い訳ない。何時かは必ず限界がくる。誰とも話さないで学校生活を過ごすなんて、不可能なのだから。
(私も少しだけ、勇気を出してみようかな…)
先程の女生徒、四宮かぐやの行動を見た京佳は、ほんの少しだけ勇気を出してみようと決めたのだった。
「あの、生徒会長。彼女の隣に立てる人物って、どんな人ですかね?」
「僕は大丈夫だよ?なんたって、生徒会長だからね」
「成程。生徒会長か…」
そして白銀には、ある目標ができた。
尚この時のかぐや様
『沼に落ちた子は新聞社局長の娘やん。恩売っとこ』
まぁ、この時は氷でしたし。
因みに生徒会長は保健室へ電話してました。
次回も捏造過去編が続きます。できれば今年中に終わらせて、新年から文化祭決戦編を書けたらいいなーって思ってます。でもあくまで予定ですので、あまり期待はしないでください。
今後も、必ず完結だけは目指して書きますので、どうかよろしくお願いいたします。
最後にアンケートを再設置しました。よろしければ、お答え願います。
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白銀御行と決意表明
夏編とか生徒総会での大立ち回りって、なんだったんだろう…?
まぁ本作では色々勝手に書いていかせていただきます。
「頼む立花!俺に勉強を教えてくれ!!」
未だ春爛漫な晴れの日の放課後、白銀は京佳に綺麗なお辞儀をしながら頼み事をしていた。
「白銀くん。その言い方だと説明不足だからしっかり説明しないと。立花さん驚いているよ?」
「あ、そうでした…すみません…」
生徒会室で。
あの血溜池での事件の後、京佳と白銀は生徒会へ所属する事となった。京佳は内申点が欲しいから。そして白銀は、生徒会で様々な事を学びたいから。
「それで、どうしてそんな事を?」
「ああ。実はな、俺には目的が出来た」
「目的?」
「そうだ。それをこの場で言う事はできないが、その目的を果たす為には、先ずは勉強をして成績を今よりずっと上げる事が必要なんだ」
「成程。でも、何で私に?」
「立花は成績が良い。それに秀知院を受験する際、かなり頑張って勉強をしていたと言っていただろ?あと、俺未だに立花以外に友達いないから他に頼めそうな人がいなくて…」
「最後だけすっごく悲しい理由じゃないか」
理由がわからないが、どうやら白銀は成績を上げる必要があるらしい。そして、京佳以外に友達がいないから頼んできたとの事だ。
「えっと、会長に教えて貰うのは?」
「後輩に頼られるのは嬉しいけど、無理だね。生徒会長って本当に忙しいから」
「あー…」
納得する京佳。まだ生徒会に所属して3日しか経過していないが、生徒会長が本当に忙しそうなのは直ぐに理解できた。昼休みに生徒会室へ来た時も、何かの資料と睨めっこしながら昼食を獲っていたし、今この瞬間も沢山の書類へ判子を押している。これだけじゃなく、色んなところへ顔出ししたり、時には学校の外へ行くこともあるのだ。
そんな生徒会長から勉強を教えて貰う暇など、とてもじゃないが無いだろう。
「わかったよ白銀。私でよければ、出来る限り教えるよ」
「ありがとう!本当にありがとう!」
何度も頭を下げる白銀。こうして京佳は、白銀に勉強を教える事となったのだった。
「さて、それじゃ先ずは今の白銀がどれだけなのかを知らないとな」
生徒会の仕事を片付けた後、生徒会室に設置されたソファに座りながら、京佳は白銀が現在どの程度なのかを知る事にした。今の白銀がどの程度なのかわからないと、教えようがない。
「とりあえず、この問題集を解いてみてくれ」
そう言って京佳が鞄から出したのは、数学の問題集。
「時間は20分。やる場所はここからここまでの10問。終わったら私が採点をするから」
「了解だ」
「それじゃ、スタート」
京佳はスマホのタイマー機能を起動し時間を測り、白銀は京佳に渡された問題集と似ためっこしながら、問題を解き始めるのだった。
(さて、白銀がやっている間に私も勉強しておこう)
そして京佳も英語の問題集を使いながら勉強を始めた。
(しかし懐かしいな…去年もこうやって、恵美と勉強をしてたなぁ…)
ふと、今は別の学校に通っている親友と共に勉強をしていた事を思い出す京佳。
(あれ?そういえば恵美は私が勉強を教えたけど秀知院に落ちたよな…?)
同時に、その親友が勉強を教えたのに受験に失敗したのも思い出す。
(今更だが、私が勉強を教えても大丈夫か?)
とたんに京佳は不安になった。これで恵美が、京佳に勉強を教えて貰っていたのに、ダラダラと勉強していたのならわかるが、去年の恵美が真剣に勉強をしていた。本気と書いてマジと読むくらいに。けどその親友は落ちている。
(ま、まぁあれだ…!今回はもっと私も頑張るようにしよう!)
これで白銀の成績が落ちたりしたら溜まったものじゃない。そんなの、白銀に対する裏切りに近い。なので京佳は、去年恵美に教えた時より気合を入れて教える事にした。
因みに京佳も恵美も知らない事だが、恵美はあと1つ解答を間違えていなければ、秀知院に合格していたりする。というか、国内有数の進学校である秀知院への受験勉強をしながら、他人にも勉強を教えていた辺り京佳は凄いと思いえるだろう。普通中々出来る事じゃない。
20分後
「で、できた…」
白銀は何とか問題を全て解き終え、机に突っ伏していた。その顔には疲労の色が見える。
「じゃあ採点するから少し待っててくれ」
「ああ…」
そして京佳は、白銀が解き終えた問題集の採点を始めた。
(どうしよう…後半あまり自身無い…)
一方、白銀はたった今やった問題集に自信がなかった。後半の問題なんて、時間が無かったからかなり適当に答えを導き出している。
(大丈夫だ!俺だって秀知院に受かっているんだぞ!いくらなんでも赤点は無いだろう!自信を持て俺!)
しかし、仮にも秀知院の編入試験に合格している白銀。その事実があるので、無理やり自信をつける事にした。
「終わったぞ」
「ど、どうだった?」
「……これくらいだ」
採点を終えた京佳が問題集を白銀に見せる。するとそこには、
「………マジ?」
一般的な赤点ギリギリの状態になっている解答欄があった。具体的にいうと、10問中正解は4問。それを見た白銀は、顔があんぐりさせる。
「ちょっと見せて……うわぁ…」
資料に判子を押し続けていた生徒会長が机から立ち上がり、先程の答案を見てついそんな事を言ってしまう。
「俺は、ここまでバカだったのか…」
白銀はかなり落ちこんでいた。確かに後半は雑に答えを導き出しているが、ここまで酷いとは思っていなかった。頭の中でした自己採点では6問はいけていると思っていたからだ。
「白銀くん。よく受かったねここ」
「……編入試験はマークシートだったので、わからないところは勘で埋めてました…」
「あー、成程ー…」
誰しも経験があると思うが、問題がわからなかったら、とりあえず何でもいいので解答用紙のマークシートを埋めてしまうもの。そうすれば、ワンチャン点数が取れる。
そして白銀も、編入試験ではそれを実施。結果、白銀は本当に運良く秀知院へ補欠合格を果たせたのだ。
「白銀。先ずここはな…」
そして京佳による解説が始まった。その間、白銀は京佳の丁寧な解説をしっかり聞いていたのだが、如何せん地頭がそれほどよろしくない白銀は、京佳の解説を聞いてもピンとこない。
「大丈夫か白銀?」
「……本当にすまない…折角教えて貰っているのに…」
結果、白銀は罪悪感で死にたくなった。これほど今の自分は出来ないのか。これほど馬鹿だったのか。これほどポンコツだったのかと。割と本当に、1度あの世に行きたくなった。
「白銀。普段どんな勉強をしているんだ?」
「えっとだな、大体3時間くらい英単語覚えたり、数学の問題集解いたり…」
とりあえず分かった事は、白銀がかなり成績が悪い事である。京佳は、恐らくその原因が勉強方法にあると判断。テストの成績が悪い人の特徴が、間違った勉強法にあるのが常だ。
「白銀、今から言うのは、私が秀知院を受験しようと決めてからやっていた勉強方法なんだが、聞くか?」
「是非」
「食い気味だな」
そこで京佳は、とりあえず自分がやっている勉強法を教える事にした。別にそれを真似しろとは言わない。ただ、参考になるかもと思っているから教えるのだ。
「先ず当たり前だが、勉強は集中してやる事だ。例えば机の上に漫画や携帯が置いてあったら絶対に『少し休憩』とか思ってそれを手に取る。そうなったら勉強なんて身につかない。だから勉強する時はそういった娯楽物を近くには置かないようにするんだ」
当たり前の事だが、しっかりと集中しないと勉強は身につかない。特に、スマホで動画を見ながらな等のながら勉強は絶対にダメだ。なので勉強する時だけは、娯楽物に触れないようにするべきだと京佳は言う。
「成程。そういう事なら、今家にある漫画は今日にでも処分するよ。所詮中古で買った漫画だし」
「いやそれは極端だよ。どこかに隠すとかでいいんだって。私だって去年秀知院を受験しようと思った時、娯楽物は段ボールにいれて押し入れにしまっていたし」
「俺の家、そんなに広くないから余裕無くて無理だわ…」
「……なんかごめん」
真面目に京佳の意見を聞いている白銀だが、些か真面目すぎるところがあるようだ。もし今この場で嘘を教えても、それを真面目に聞きそうである。最も京佳はそんな事しないが。
「次に、さっきは集中する事が大事だと言ったが、必ず少しだけ休憩時間を取る事だな。人間というのは、1時間以上物事に集中できないという。例えば3時間勉強したとしても、脳が疲れてしまっていまいち勉強が身につかなかったりする。だから1時間勉強したら、5分くらいでいいから休憩をするんだ。因みに私は天井の方へ顔を動かして目を閉じている」
「そうだね。僕も学力テスト前は、1時間勉強したら5分だけスクワットしてるし」
「え?スクワットですか会長?それはどうして?」
「座りっぱなしだと血行が悪くなって、脳のパフォーマンスが下がるんだ。でも身体を動かすと血行がよくなる。だからスクワットをしてるよ。あと偶にチョコを食べてる。糖分はこういう時、最高の相棒になるしね」
「成程。そういう事なら俺もそうします」
次に大事なのは休憩時間。沢山時間をかけて勉強するのは大事だが、何時間も勉強していると人間は脳が必ず疲れる。なので所々で休憩を挟んで、長時間勉強をすればいい。
尚、その休憩時間でスマホゲームなどをしていたら、全然脳の休憩のはならないので注意だ。
(圭ちゃんが怒るかもだから、静かに柔軟しておこう)
生徒会長からそう聞いた白銀は、いつもカーテン挟んだ隣で寝ている妹の圭に迷惑を掛けないように、音が出ないであろう柔軟体操をする事にした。
「次は、兎に角先ずは基礎を徹底的に覚える事だな」
「基礎?」
「基礎は本当に全ての基本だ。基礎がよくわからない状態だったら、どんなに頑張っても応用問題なんて出来ない。だから先ずは、基礎を徹底的に覚えて理解するといい。そうすれば、そこから色んな問題が解けるようになる筈だ。少なくとも数学はそれでいける」
基礎は文字通り基礎だ。いわば物事の土台、もしくは根底にある重要部分。京佳の言う通り、これが疎かになっていると絶対に応用問題なんて解けない。つまり、勉強が出来ない。それでは成績が上がる事は無い。
「わかった。でも、基礎なんてどうすれば?」
「それこそ教科書を読むといいよ。教科書は、専門の学者が大事な事をしっかりと纏めている本だ。数学の基本の公式や、歴史の重要な事件とか、新しく習う英単語とか文法とか。そういった大事な基本が教科書には全て入っている。私も中学時代、教科書を読みこんで理解してから問題集を解いていた。おかげでここの受験も成功したしね。でも教科書を読んでてもわからない時は、先生に聞けばいい」
実際、教科書は大事だ。殆どの学校でそうなのだが、試験の内容はほぼ全て教科書から出題される。つまり極論、教科書さえあれば問題集や参考書もいらないのだ。
最も、教科書には問題の答えが記されていないので、そういったところは注意しないといけないが。
「先生に…俺が聞いても大丈夫かな?」
「いや大丈夫だよ……え?大丈夫ですよね?会長?」
わからない事があれば、教師に聞けばいいと言った京佳だったが、ここは秀知院。混院と純院に生徒を区別している学校だ。
そんな学校の教師に、混院である自分たちが質問してもいいのか不安がる。
「流石に『君たちは混院だから』とか思って差別するような先生はいないと思うよ。でもそうだね。今3年生を担当している有馬先生はとっても面倒見が良い人だし、そういうのが気になるなら、有馬先生に聞いてみたらいいんじゃないかな?担当世界史だけど」
「有馬先生ですね。わかりました」
だが流石にそんな事は無いと生徒会長。白銀と京佳は安心した。
「最後に1番大事なのは、努力する事だな」
「努力、か…」
「努力をすれば必ず報われるなんて私は言わない。世の中、努力しても報われない人なんて沢山いるだろうし。でも、努力は自分を裏切らない。それに、成功を収めている人は大体努力しているって、中学の時の先生が言ってた。白銀が何の目的があって成績を上げようとしているかは知らないが、諦めずに努力すれば、その目的に近づくと思うよ」
「……そうだな」
努力すると言うのは簡単だ。だが、実際にそれをするのは容易じゃない。ただでさえ白銀は生活費を稼ぐためのバイトで忙しい。そんな中、勉強を頑張るのは並大抵の事ではない。
しかし、
(何甘い事考えてるんだ!)
白銀はもう、努力するしかない。なんせ白銀が隣に立ちたい相手は、あの四宮かぐやだ。家柄もお金もあり、学年テストでは常に1位をとり続ける天才。
そんな天才に、家柄も無くお金も無い自分が相応しくなるには、勉強でどうにかするしかない。それすらもどうにか出来ないのであれば、もう絶対に隣に立つ事なんて出来ないのだから。
(そうだよ。俺は今まで、バイトが忙しいとか、家が狭いとか言い訳ばかりしてきた。でも、本当にあの四宮の隣に立つのにふさわしい男になりたいのなら、そんな言い訳なんてせずに、今までの何十倍、いや!何百倍も何千倍も何万倍も努力すればいい!!)
元から道なんて他に無いのだ。今現在、ここまで勉強が出来ないのなら、京佳の言う通り努力して勉強が出来るようになればいい。
「よし。取り合ず、今日は家に帰ったら色々準備してみるよ」
「ああ。でも無理はしないようにな?」
「勿論だ。体を壊したら大変だしな」
白銀は先ずは準備をする事にした。とりあえず、帰りに文房具屋に行こうと決める。
「2人共。紅茶飲まないかい?丁度お茶請けもあるよ?」
「あ、いただきます」
「私もいただきます」
その後、生徒会長自ら淹れた紅茶を飲んで一服するのだった。因みにお茶請けはカステラだったのだが、そのカステラが1箱5千円と聞いて、とたんに味がわからなくなる2人であった。
白銀家
「親父。筆ペンってあるか?」
「んー?あるけど、どうしたんだ?」
「ちょっと使わしてくれ」
自宅に帰宅した白銀は、ある事をする為に準備をしていた。
「ほい。で、何するんだ?」
「自分のこれからの為に色々と。圭ちゃんが帰ってくる前にやっときたいし」
「よくわからんが、そういう事ならやりなさい。夕飯は俺が用意しておくから」
「ありがと。因みに夕飯ってなに?」
「ニラもやし炒めの肉抜き。あと卵だけの卵汁」
そう言うと父親はエプロンをして台所で料理を始める。それを見たあと、白銀は自分の部屋に行き準備を始めた。
(よし、やるぞ)
そして筆ペンと、帰りに文房具屋で購入したコピー用紙とセロハンテープを取り出して、ある事をするのだった。
「ただいまー」
「おかえり、圭」
白銀が何かを始めて数十分後。妹の圭が帰宅した。
「あれ?おにぃは?」
「なんか部屋でやりたい事があるからとかでなんかやってるぞ。模様替えとかじゃないのか?」
「は?何それ?」
それを聞いた圭は、頭に疑問符を浮かべると同時に、怒りを覚えた。圭と兄御行は、同じ部屋で寝ている。1つの洋室の真ん中に、天井から吊るしたカーテンで仕切り、その1つの部屋を分けている状態で過ごしている。。
だがこの部屋、はっきり言ってプライバシーなんて無い。だってカーテンで仕切っているだけだ。音は漏れるし、カーテン越しに相手の事が影で見えてしまう。男である兄御行ならあまり気にしないだろうが、まだ中学生になったばかりの妹圭は違う。出来る事ならちゃんとした1人部屋が欲しいと常に思っている。
だがそれは、この狭いアパートの1室じゃとても無理。経済的理由で、ここより良い所に引っ越す事が出来ないのは圭も理解しているし、納得している。
しかし今、兄はその部屋で何かしているらしい。自分だって部屋を色々模様替えとかしたいのを我慢しているというのに。
(文句の1つでも言わないと…!)
そして圭は自分たちの部屋へ向かった。部屋の扉を開けると、そこではカーテンの向こう側で何やら物音がする。それを聞いた圭は確信した。兄が勝手に模様替えをしていると。
「ちょっとおにぃ!勝手に部屋の中いじらない…ひぃ!?」
そしてカーテンを開けながら文句を言った瞬間、悲鳴をあげる。
『努力に勝る才能無し』『3度見直せ』『根性』『常勝』『寝たら負け』『無知を恥じろ』『ケアレスミスを許すな』『満点以外は無価値』『勉強の苦しみは一瞬だが、勉強しなかった苦しみは一生続く』『油断大敵』『ひたすら努力』『決して諦めない』『ちくわ』『ミスを許すな。自分も許すな』『必ず勝て』『高みを目指せ』
部屋の中は異常でしかなかった。なんせ壁や天井の1面に何か文字の書かれた紙が張り付いているからだ。まるでホラー映画のワンシーンである。
「あ、おかえり圭ちゃん」
「な、何してんの…?」
恐る恐る尋ねる圭。その間にも、白銀は何かに取りつかれたかのように紙に文字を書いている。
「俺の決意表明だ」
「け、決意表明?」
「ああ。こうすれば、どこに目を向けても必ずこれらが目に入る。そしてそれを見るたびに、俺は頑張らないとって思うんだ」
「何を…?」
「勉強」
そう言うと、白銀は書き終えた紙をまた1枚張り付ける。そこには『努力に勝る才能無し』と書かれていた。
「よし。あと少し」
そして再び、筆ペンで何かを書くのだった。
(なんかよくわかんないけど…普通じゃないよねこれ…)
一体兄に何があったのかわからないが、今の兄からは決意に満ちたオーラが出ている気がした。
(とりあえず、邪魔しないようにしとこう…今のおにぃ怖いし…ていうか不気味…)
そして気配を消しながら、ゆっくりと部屋を出ていくのだった。
(これは絶対にあきらめない俺の決意表明だ!俺は絶対に、四宮の隣に立ってやる!!)
1人残された部屋で、白銀はより決意を固めるのであった。
その後皆で夕食を食べたのだが、圭は明らかに兄から距離を取るのだった。
という訳で、会長の部屋がああなったお話でした。話の展開が亀の歩みなのは本当にごめんなさい。作者が基本、書きたいように書くでやっていますので…。
感想は明日、まとめて返信させていただきます。
次回、新しい生徒会役員登場(予定)。
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立花京佳と龍珠桃
だって原作が碌に過去編書いてないんだもん。
朝、京佳は教室の自分の席で授業の予習をしていた。京佳は地頭はそれなりに良い方ではあるが、それだけで成績が優秀になれる訳ではない。普段からこうして、こまめに勉強する事で秀知院の授業にだってついていけるのだ。
(居心地悪いな…)
特におかしい光景ではない。京佳の他にも、自分の席で予習をしている生徒など沢山いる。しかし京佳は、今この時間がかなり居心地が悪かった。
「やっぱりさ、その筋の人だよね?裏稼業とか」
「そうに決まってるじゃん。あんな物騒な物顔につけてるんだよ?」
「じゃあさ、あの噂も本当なのかな?ここに来る前は世界中の戦場を渡り歩いていた傭兵だって…」
「ありえるんじゃない?あの左目だって、戦場で受けた傷跡だよ…」
その理由は、こうして教室の隅でヒソヒソと自分の事を話している生徒がいるからだ。
(せめて私が聞こえないように話すか、私がいないところで話してくれ。そもそも裏稼業ってなんだよ。私は平凡な家の生まれだっての。というか眼帯しているから傭兵ってなんだよ。安直すぎるだろ…)
態と聞こえるように言っているのか、それとも単に京佳に聞こえていないと思っているのか。どっちかはわからないが、言いたい放題だ。そのせいで京佳にとって今の教室は、かなり居心地が悪い。
(はぁ…明日から学校に来るのは時間ギリギリにするか?でもそれだと、遅刻するかもしれないしなぁ…)
京佳がそうやって悩んでいた時、
「おい」
「「!?」」
教室の窓際の席にいた、丸い帽子を被っている女子が口を開いた。
「さっきからぶつくさうるせぇんだよ。口閉じてろ。ぶっ殺すぞ」
「「ご、ごめんなさい!!」」
鋭い目つきでそんな事を言われたら誰だってびびる。結果、先程まで京佳の事を色々話していた女子2人は頭を下げてその場から退散。
そして自分たちの席に座り、口を閉じるのだった。
(もしかして、注意したのか?)
先程からずっと京佳の事をヒソヒソと話していたが、誰もその事について何も言わなかった。
しかし唯一、丸い帽子を被っている女生徒だけは口を開いた。京佳はそれが、先程の2人の事を注意したのではと思う。ふと帽子を被った女生徒を見てみると、イラついているような顔をして、窓の外を見ている。
(あの子は……誰だっけ?)
残念ながら未だにぼっち状態が続いている京佳は、そのクラスメイトが誰か覚えていなかった。
そして意識を切り変えて、予習を再開するのだった。
その日、京佳のクラスは体育の授業があった。男子はペアを組んでキャッチボール。女子はペアを組んでバドミントン。
そう、ペアだ。
「はい。それでは2人組を作って下さい」
(最悪だ…)
2人組作ってー。
それは一定の人間にとっての悪夢のような言葉。自分だけペアが作れずにウロウロしてしまい、最終的に教師とペアを組んだりする事があるトラウマ。これで2人組が作れない人は色々いるが、その理由は単純に友達がいない場合が殆どである。
そして京佳には、現状白銀以外の友達がいない。更に周りにいたクラスメイト達も、京佳からまるで蜘蛛の子を散らすかの如く距離を取っていく。
結果、京佳は見事に余ってしまった。
(この歳で先生と組むのはなぁ…仕方が無い。1人でバドミントンやってみよう。確かお手玉とかいうやつがあったよな?)
恵美がいれば話は変わるのだが、残念ながら彼女はここにはいない。そして1人で寂しくバドミントンをやってみようとした時、
「おい」
「え?」
後ろから声をかけられた。
「お前どーせ相手いねーんだろ?だったら私と組め」
京佳に声をかけてきてのは、朝クラスで京佳の事をヒソヒソと話していた女生徒たちを脅していた、帽子を被った女生徒だった。
「あ、ああ。いいけど」
「じゃああっち行くぞ」
まさか誰かに誘われるとは思っていなかった京佳は面食らったが、直ぐに目の前の帽子を被った女生徒とペアを組む事にした。
「ねぇ。やっぱり…」
「そうだよね…じゃないとペアなんて組まないよね…」
そしてそれを見ていた周りの生徒たちは、朝の時と同じように何やら話していた。
「なんか言ったか?」
「「い、いえ!!」」
「ちっ!」
それを帽子を被った女生徒は一言で黙らせる。
(随分凄みがある子だな…)
そして京佳は、そんな女生徒を見てそんな事を思っていた。
「……」
「……」
「……」
「……」
無言。
京佳と帽子を被った女生徒は、ただひたすら無言でバドミントンをしていた。周りの女生徒たちは楽しく会話をしながらバドミントンをしているのに、この2人には一切の会話が無い。かなり特殊な光景に見える。
「えっと、ちょっといいかな?」
沈黙に耐えきれずに、京佳が口を開く。
「んだよ」
「いや、どうして私をペアに誘ったのかなーっと思って…」
それは純粋な疑問だった。未だにクラスメイトから怖がられている京佳。そんな自分をどうしてペアに誘ったのかがどうしても気になった。
「あ?んなもんお前も私と同じで1人だったから誘っただけだ。他意はねーよ」
「そ、そうか…」
京佳の質問に答える女生徒。それを聞いた京佳は、少しだけ親近感を覚えた。そしてこの際にと思い、京佳は更に質問をする。
「ところで、名前はなんだっけ?」
「は?お前自分のクラスの奴の名前覚えてねーのか?もう1月は過ぎてるんだぞ?」
「す、すまない…」
「うぜぇ、謝んな……龍珠だ」
「そうか。よろしく、龍珠さん。あ、因みに私は」
「知ってるから言わなくていい」
「……すまない」
「だから謝んな」
何だかんだ会話をしながらバドミントンをする2人。その間も、ラリーは続いている。
「お前身長いくつあんの?」
「……今は178cmだ」
「マジかよ。随分でけーな」」
「身長の事はあまり言わないでくれ。気にしてるんだよ」
「いいじゃねーか。それだけ高いと大抵の奴ら見下ろせるだろ。気分いいんじゃねーのか?羨ましいわ」
「そんな訳ないだろう。普通にコンプレックスだよ」
遂にラリーが100回を超えようとしていた。それを見て、周りにいた何人かの女生徒たちが驚いている。
「はーい。それではそろそろ時間なので片付けましょうー」
「……だってさ」
「ああ」
体育教師の言葉を聞いて、ラリーが止む。そして片付けを始めた。
「おい立花」
「何だ?」
「お前、どうせ1人だろ?だったらこれから体育の時間だけは私とペア組め。因みに異議は受け付けない」
「実質命令じゃないか。まぁ、いいけど」
「じゃ決まりな?」
そう言うと、龍珠はすたすたと歩き出す。
(いや、これはチャンスじゃないか?)
そして京佳はある考えが浮かんだ。
(未だに白銀以外に友達がいないんだ。だったら、この期に龍珠さんと友達になれるかもしれないじゃないか!)
数日前、かぐやの血溜池での行動を見た京佳は、少しずつでもいいから、勇気を出して自分から皆に話しかけてみようと決めている。
しかし、一朝一夕でそれが出来る筈もなく、未だにクラスではぼっちのまま。だが、今龍珠から体育の時間限定ではあるがペアを組むという約束を取り付けられた。ならばこの期に先ずは龍珠と仲良くなり、それからクラスに打ち解けていけばいいと考える。
(よし、次の体育の時はもっと話してみよう)
出来れば教室に戻って話かけてみたいのだが、それはせめてあと1回体育の授業をしてからでいいと京佳は思った。ようはヘタれたのだ。
そして次の体育の授業は3日後。それまでに、何とか今日より会話が弾むよう努力しようと決めるのだった。
「さて、紹介するね。今日から3日間、期間限定で生徒会で働く事になった龍珠桃さんだ。2人共、同じ1年生だからよろしくしてあげてね」
しかしその日の放課後の生徒会室で、想像よりずっと早く龍珠と再会する事となったのだ。
「っそが…」
「いい加減観念したら?」
そして当の龍珠はかなり苛立っている。誰が見ても相当機嫌が悪い。今この瞬間も貧乏ゆすりをしている。
「えーっと、初めまして。俺は、白銀御行って言う…」
「ああ?」
「すみませんでした」
自己紹介をしようとした白銀だったが、龍珠の目力にやられてビビる。
「それで会長、3日間だけっていうのは?」
「頑なに入りたくないって言うからね。だから、2人と同じように先ずは体験させてみようと思ったんだ。そうすれば気が変わるかもしれないし」
「成程。しかし流石ですね。一体どうやって?」
「ちょっとお話をしただけだよ」
(何話したんだろうこの人…)
どうみても難題そうな彼女をどうやって説得したかわからないが、そういう事が出来てしまうあたり、やはりこの生徒会長は凄い人だと京佳は再認識する。
「にしても、桃って名前なのか…」
「おいこら、名前は呼ぶんじゃねぇ。ぶっ殺すぞ」
「あー、ごめん」
凄みのある子だが、名前は随分可愛らしい。だが当の本人はどうもそれが気に入らない様子。誰しも触れて欲しくない部分はあるのだろうと察した京佳は、龍珠が許可出さない限り名前で呼ぶのはやめる事にした。
「とりあえず、龍珠さんには会計をやってもらおうかな。はいこれよろしく」
「何で態々そんな面倒くさい役職を私が…」
文句を言いつつも、龍珠は生徒会長から資料を受け取り会計の仕事を始める。
((あ。この子根は真面目だな…))
それを見ていた白銀と京佳は全く同じ事を思った。
生徒会の仕事が終わり、白銀はバイトへ。龍珠も足早に帰った後の生徒会室。京佳も帰ろうとしていた時、
「立花さん。少しだけいいかな?」
「え?」
京佳は生徒会長に呼び止められた。
「何でしょうか?」
「うん。ちょっと頼み事があってね」
「頼み事?」
どうやら何か頼みたいらしい。それも結構重要そうな事を。生徒会長の顔がそう語っている。
「こういう事言うのは少し違うかもなんだけど、どうか龍珠さんと仲良くしてくれないかな?」
生徒会長が京佳に頼んだ事。それは龍珠との仲について。
「それは、元々そうするつもりでしたけど、どうして態々?」
元より体育の授業での出来事により、京佳は先ずは龍珠と仲良くなろうと決めていた。しかし生徒会長は、態々念を押す形でそう言う。
「いや何、立花さんは龍珠さんと同じ生徒会で同じクラスの子でしょう?そういう子と仲良くなっていれば、後々良い事があるからね。何事も人間関係は大事だし。それに立花さんも、白銀くん以外の友達作りたいんでしょ?」
「ま、まぁ…」
ぼっちの京佳に100のダメージが入った。
「そういう訳だから、どうかよろしくね」
ニッコリとどこか胡散臭い笑顔でお願いする生徒会長。
「わかりました。さっきも言いましたが、元々そのつもりでしたので」
「それはよかった。それじゃ、気を付けて帰ってね?」
「はい。ではお先に失礼します」
そう言うと、京佳は生徒会室から出て帰路に着く。
(とりあえず明日、お昼の誘ってみよう…)
そして明日、さっそく龍珠をお昼に誘おうと決めるのだった。
「さてさて。これであの子にも、何か良い変化があればいいけど」
一方生徒会室に1人残った生徒会長は、小さな声でぽつりとそんな事を言う。それが何を意味しているかは、彼にしかわからない。
翌日 昼休み
「龍珠さん。一緒にお昼でもどうかな?」
「は?」
昼休みを迎えてすぐ、京佳は龍珠をお昼に誘ってみた。そして誘われた龍珠は面食らい、周りのクラスメイト達は固まっていた。
「……ちょっとこい」
「……?」
龍珠は京佳の腕を掴み、教室から出ていく。
「ね、ねぇ…あれってさ…」
「やっぱり、関係者だったんだ…」
「そうだよね。じゃないと、あの龍珠さんをお昼に誘うなんてしないし…」
「こえぇ…なんで俺このクラスなんだよ…」
「マジそれな。クラス替えしてほしいわ…」
教室に残されたクラスメイト達は、口々にそんな事を言う。これを龍珠本人が聞いたら間違いなくキレるだろう。鬼の居ぬ間になんとやらである。
「てめぇ、何のつもりだ?」
「いや、だから一緒にお昼をと」
「意味わからねぇ。何で私を態々誘う?何が目的だ?あぁ?」
場面は変わって屋上。そこには龍珠と京佳が対峙していた。龍珠は明らかに不機嫌な顔をしており、京佳に食ってかかる。今にも手が出そうな雰囲気だ。
「目的か。白状すると、龍珠さんと仲良くなりたいだけだよ」
「は?何だそれ?」
「私達は同じクラスで、そして一緒に生徒会に所属しているだろ?それに昨日一緒に体育でペアを組んだじゃないか。だったら、この期に仲良くなりたいと思うのはある意味当然だと思うが…」
素直に自分の気持ちは言う京佳。だが龍珠はそれを聞いて顔をしかめる。
「ざけんな。信用できるか」
「いや信用とか言われても…」
ゲームで言えば好感度が足りていない状態。よって龍珠は京佳の言葉が信用できなかった。
「そうか。だったら教えてやる。私はヤクザの娘だ」
京佳の事が信用できない龍珠は、自分の事を京佳に話す。
「しかもただのヤクザの娘じゃねぇ。私の父親はヤクザの組長だ。おかげで私は周りから勝手に怖がられている。そんな私と仲良くなりたい?一緒にお昼を食べたい?信用できねーんだよ。絶対に何か裏があるだろう。そもそも何でペア組んだだけで仲良くしないといけないだよ。あと昨日ペア組んだのはお前以外誰も余ってなかったからだ。変な勘違いすんじゃねぇ」
龍珠桃は、広域指定暴力団『龍珠組』組長の娘である。そのせいで昔から、本当に色んな事を言われてきた。
『あの子を怒らせると大変な目に合わされる』
『父親に告げ口されたら殺される』
『あの子自身も何人か手にかけている』
そんな事を沢山言われてきた。更にそれだけじゃなく、それまで仲良くしていた人も、龍珠がヤクザの娘だと知ったら、直ぐに離れていった。
そういう経験があったせいで、龍珠は中等部の頃からずっと1人で過ごすようにしている。1人だらば、傷つく事が無いからだ。そんな経緯があったからこそ、龍珠は京佳の言葉が信用できない。
(こいつもどーせ、私がヤクザの娘って知ったらここから逃げだすだろ)
昔みたいに、最初は何も知らなかったから仲良くしていたのに、父親がヤクザと知ったら即離れていく。もうそんなのは嫌だった。
だから、こうして京佳に自分の事を話したのだ。どうせ傷つくなら、早い方がいいから。
(今度から、体育休むか)
同時にこうなった以上、もう2度と京佳とペア組む事はないと思い、体育をサボろうとも考える。
「えっと、それがどうかしたのか?」
「は?」
しかし龍珠の予想とは裏腹に、京佳はそこから逃げ出す事などなかった。
「聞いてたか?私の父親は…」
「聞いてたさ。でもそれがどうしたんだ?」
「……」
龍珠、固まる。こんな反応されたのは初めてだ。
「そりゃ驚きはしたけど、だからといって君を怖がる事は無いぞ?そもそも本当に危ない人だったら、体育の時にペア組もうなんて言わないだろう」
「な……」
京佳の言葉を聞いて目を見開く龍珠。今までそんな事、この学校で言われた事などなかった。
一方で京佳も、親が〇〇だからと言って差別などするつもりは無い。そもそも本当にヤバイ人は、大人しく体育の授業を受ける事すら無いだろう。
それに龍珠本人が、昨日は生徒会室で大人しく仕事をしていたのを京佳は見ているので、京佳は龍珠の事を『言葉は乱暴だが根は真面目な子』と認識している。
しかし京佳の言葉を聞いた龍珠は、
「くっ…!」
「あ!ちょっと…!」
その場から立ち去って行った。初めての出来事に混乱してしまった故の行動である。
「……怒らせちゃったのかな?」
龍珠の心を読める訳じゃない京佳は、屋上で1人立ち尽くす。結局、その後屋上で1人でお昼を食べるのだった。
因みにこの時、白銀は生徒会室で生徒会長と一緒にお昼を食べていた。そしてこの日は2人共弁当だったので、白銀は生徒会長とおかず交換をしていた。
放課後、京佳は生徒会室へ向かっていた。
(仲良くなるって難しいな…私にも恵美くらいコミュニケーション能力があればよかったんだけど。でも大丈夫だろうか?昼休みの私との会話が原因で、もう生徒会室へ来ないとかないよな?)
昼休み、京佳は龍珠と口論では無いが、やや衝突してしまい、龍珠はその場から立ち去ってしまっている。人は、何が原因で気分を損ねるかわからない。
もしあの時の会話が原因で生徒会室へこなくなったら、生徒会長にどう詫びればいいかわからない。
京佳がそんな事を考えながら歩いていると、
「あの、ちょっといいですか?」
「ん?」
後ろから声をかけられた。京佳が振り向くと、そこには昨日京佳の事を教室でひそひそと話していたクラスメイトの女子2人がいた。
「えっと、何か用かな?」
突然話しかけられて少し動揺する京佳。しかしそれを悟られるにはなんか嫌だったので、自分の内心を隠すためにもなるべく丁寧に要件を聞く。
「な、何で、龍珠さんに話しかけるんですか?」
「は?」
そして目の前の女生徒からそんな事を聞かれ、京佳は面食らう。同時に、冷水をかけられたような気分にもなった。
「だ、だって、あの人ヤクザの娘なんですよ!?そんな怖い人に、どうして話しかける事が出来るんですか!?」
「そうですよ!もし何か機嫌を損ねたら、何されるかわからないのに!!」
「それに、噂では昔気に入らなかった同級生を海外に売り飛ばしたって言いますし!」
「他にもいっぱい噂があるんですよ!?なのにどうして!?」
2人は何処か怯えながら京佳に言う。それを黙って聞いていた京佳は、
「君たちは、随分酷い事を言うんだな」
「「え?」」
少しムっとした。
「どうして噂で人を判断するんだ?君達2人は、龍珠さんと1度でも話した事があるのか?」
「あ、ありませんよ!」
「そうです!だって、怖いし…」
「だったら猶更だろう。どうしてそうやって噂で人を判断するんだ?その人と直接話した事も無いのに」
「そ、それは…」
「そもそも、何故いきなり私にそんな事を言うんだ?はっきり言ってもの凄くびっくりしたぞ」
京佳はそこがわからかった。ただのクラスメイト。それも昨日、自分の事をヒソヒソと話していた2人だ。そんな2人がどうして急にこんな事を言い出すのか。本当に謎である。
「「……」」
京佳の質問に答えられず、2人は俯いて黙ってしまう。
京佳がここまで言うには理由がある。そもそも自分自身がそういう目にあってきたからだ。元から身長で色々言われてはきたが、最近は左目にしている眼帯のせいで特に言われている。
中学時代、仲が良かった友人の幾人かも、京佳が事件後こうなってからは、距離を置く者が出てきた。更にその後の学校生活で、その物騒な見た目のせいで色んな噂を流されたのだ。
そして京佳は、そういった噂を言ったり、噂を鵜呑みしたりする人との関係を断ってきた。そういう人達は、絶対に後に面倒な事になるという確信があったから。
だからこそ、京佳は見た目で人を判断しないし、噂は噂で片付ける。
「兎に角、私は噂で人を判断するのは嫌いなんだ。だから、もう2度とこういう事はやめてくれ。あと噂を鵜呑みにするのもやめた方がいいぞ。じゃないと、何時の日か取り返しのつかない事になるから」
そう言い残すと、京佳はその場から立ち去ってしまう。そしてそのまま、生徒会室へと向かうのだった。
廊下に残された女生徒2人。するとそこに龍珠が現れる。
「あの、龍珠さん…その」
「悪かった」
「「え?」」
そして2人に対して頭を下げる。実はこの2人、龍珠に半ば脅されて京佳にあんな事を言ったのだ。龍珠が怖い2人は、大人しくそれに従っていたのだが、まさかその龍珠から謝られるとは思っておらず驚く。
「安心しろ。もう2度とこんな事させない。本当に悪かった。じゃあな」
そう言うと、龍珠も京佳と同じように生徒会室へ向かうのだった。そして残された2人は、ただ茫然と龍珠の背中を見る事しか出来なかった。
「何か、2人共、思ってたのと、違ったね…」
「うん…」
同時に女生徒2人は、京佳と龍珠に対する認識を変えるのだった。
「……」
龍珠は無言で廊下を歩いていた。
どうして龍珠が2人にあんな事を命令したのかというと、京佳の本心を探る為だ。昼休みのあと、龍珠は京佳の事である可能性を考えた。
それは京佳が『誰とでも仲良くしている事をアピールする為に自分に声をかけた』という自分の評価を上げる事を考えていたという可能性だった。
その可能性を考えた龍珠は昨日の2人を半ば脅しながら京佳に話けるよう命令。そこで京佳の本心を聞き出し、もし自分の思った通りなら生徒会室で殴ってやろうと決めていた。
しかしそんな事は全くなかった。それどころか、京佳は噂で龍珠を判断していた2人の女生徒に説教する始末。
(あれは、嘘なんかじゃなかった…)
龍珠は父親から、相手の嘘を見分け方のコツを教わっている。それ故、相手が嘘を言っているかどうか、凡そで分かるようになっていた。でも昼休みと先ほどの京佳は、間違いなく嘘を言っていなかった。
(信用、してもいいのかな…?)
もう誰も信用したくないと思っていたのに、京佳の言葉で心が揺れ動く龍珠。そして無言のまま、生徒会室へ着くのだった。
「それで龍珠さん。今日で2日目が終った訳だけど、どうするのかな?」
「……」
生徒会室で会計の仕事を終えた龍珠に話しかける生徒会長。しかし龍珠は無言だ。そんな2人を見守る白銀と京佳。
そしてたっぷり考えた龍珠は、決断する。
「ちっ!毎日は来ねーぞ」
「ああ。気が向いた時、それとどうしても来て欲しい時だけでいいよ」
遂に龍珠は折れた。これはつまり、龍珠が正式に生徒会に入る事を意味している。
「それと、立花」
「え?何だ?」
突然京佳に話しかける龍珠。そして、
「昼休みは悪かった。本当ごめん」
これまた突然京佳に頭を下げたのだった。龍珠はその性格上、相手になめられたら終わりと思っているが、筋は必ず通す。昼休みのあれは明らかに自分が悪い。だからしっかり謝る。
「いや。私もいきなりあんな事言ったからお互い様だよ、龍珠さん」
「さんはいらない。呼び捨てでいい」
「そうか。なら、これからよろしく、龍珠」
「ああ」
こうして2人は親しくなった。そしてその後、何時の間にかお互い高等部で初めての同性の友達となるのであった。
「ところで龍数、その座り方は、色々見えちゃうと思うんだが…」
「あ?別に気にしてねーよ」
京佳が注意する。何故なら龍珠は今、片足をソファに上げている。秀知院の制服を身に纏っているから、当然スカートを履いている。
結果、龍珠のスカートは捲れてしまっているのだ。実際、龍珠の太腿はその大部分が見えてしまっている。あと少しで下着が見えそうなくらいに。
流石に女の子としてはしたないので京佳は注意したが、本人は特に気にしないし改める事も無いみたいだ。
「おい白銀、てめぇ何さっきからチラチラ見てんだ?」
「み、み、み、見てねーし!?」
「その反応が答えだろ。童貞かよ」
「白銀…」
「待て立花!マジで違うから!本当に見えてはないから!!」
「それってつまり見てはいたんじゃ…?」
「……黙秘します」
そして白銀は口を閉じて、黙々と資料作成をするのだった。
「おい立花。飯行くぞ」
「ああ、いいよ」
翌日の昼休み。そこには、一緒に昼食を食べに行く2人がいた。教室を出るとき、またヒソヒソと話しているクラスメイトが何人かいたが、2人共それを全く気にせず教室を出ていくのだった。
藤原や石上や伊井野がいないからワチャワチャしたお話が書けない。これだと過去編は基本シリアスになるかもしれない。何とかしてワチャワチャしたお話書きたいけど、この生徒会メンバーじゃねぇ…難しい。
因みに生徒会長は、秀知院VIPの目線も欲しいから、それとずっと1人なのを知っていたから龍珠さんを誘いました。
そして龍珠さんは、京佳さんが入学当初からその見た目で色々言われていたのを見ていたので、何となく京佳さんに親近感覚えたからペア組もうと誘ってます。
次回もほどほどに頑張ります。
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立花京佳と白銀家
その日、白銀御行は緊張していた。秀知院を受験した時よりずっと緊張していた。額には汗がにじみ出ているし、手は小刻みに震えている。
そして、吐き気がヤバイ。今すぐ今朝食べた朝食を戻しそうな気分だ。
どうして白銀がこうなっているかというと、これから期末テストを受けるからである。
秀知院には年5回の期末テストがある。1学期に2回。2学期に2回。そして3学期に1回。ただ赤点を回避するだけの為にテストに挑むだけなら、白銀もここまで緊張などしない。
だが今の白銀にとって、この期末テストは自分の勉強の成果を出す最初の機会。もしこれで何の成果も得られなかったら、もう自分には何も無いし、勉強を教えてくれた京佳に申し訳が無い。故にこれほどまでに緊張している。
(頑張らないと…頑張って成果を出さないと…)
生徒会に入って以来、白銀はそれまでの生活を一変させた。それまではバイトが終わったら早めに就寝していたのに、そこから勉強をする時間を入れたのだ。夜中の2時まで勉強をしたら2時間程就寝。そこから起きて朝のバイトまでまた勉強。そこからバイトや学校に行き、授業をこれまで以上に真剣に受ける。放課後は生徒会の仕事をして、それが終わったらバイトへ。そして帰宅して夕食や風呂をさっさと終わらせたらまた勉強。
(俺には、勉強以外何も無いんだから…!)
まるでガリ勉のような生活スケジュールだが、今の白銀にはもうこれしかないのだ。あの四宮かぐやの隣に立つ男になるには、勉強で現在1位の四宮かぐやに勝たないといけない。家柄も、お金も、特別な才能だって無い自分には、それしか活路が無い。
「はい、始めてください」
教師の声と共に、教室内に居た皆が一斉にテストを開始する。
(大丈夫だ!俺だってやれるんだ!!やってやるんだ!!これまでの成果を出してやるんだ!!!)
そして白銀も、これまでの成果を出す為にテストに挑むのだった。
数日後 生徒会室
「皆。テスト結果が出たけど、どうだったかな?」
生徒会長 テスト順位 1位
「赤点は回避してるから問題ねーだろ?」
龍珠桃 テスト順位 68位
「…………」
白銀御行 テスト順位 49位
結果はご覧の通り。秀知院に入学した時よりは明らかに順位が上がっているが、ギリギリ成績優秀者50位以内に入れたレベル。流石に白銀も、最初から1位をとれるとは思っていなかったが、それでも30位以内は行けると思っていた。
しかし、結果はこれだ。あれだけ頑張ったのに、49位。だが白銀が落ちこんでいるには、他にも理由がある。
「白銀、そこまで落ち込むなって。50位内は本当に凄いんだから」
「お前が言うと嫌味にしかならねーから黙ってた方がいいぞ」
立花京佳 テスト順位 18位
自分に勉強を教えてくれた京佳が、かなりの好成績だったのだ。知っての通り、秀知院の授業レベルは非常に高い。当然、テスト内容もかなり難しい。
そんな難しいテストの勉強を、他人に教えながら自分の分も勉強をする京佳。それに対して自分は、その京佳に勉強を教えて貰いながらこの順位。この現実が、今の白銀の落ち込み具合の原因だ。
「白銀くん。立花さんの言う通り、そこまで落ち込む事は無いよ?期末テストで50位以内に入れた事は間違いなく凄い事なんだから」
「それは、そうなんですが…」
京佳や生徒会長の言った通り、50位以内というのは本当に凄い事だ。誇ってさえいい。だが白銀の目標には、あくまで好成績。先ずは勉強でかぐやに並び立つ男にならないといけないのに、これではそんなの夢のまた夢。
「白銀。ちょっと使っていた参考書見せてもらっていいか?」
「え?ああ、いいけど」
鞄からテスト勉強中に使用していた参考書を京佳に渡す白銀。そして京佳はそれを受け取り、読んでみる。
「あー…これは…」
「え?」
どこか納得したような顔をする京佳。疑問符を浮かべる白銀。すると生徒会長が口を開く。
「白銀くん。どうしてこの参考書を買ったのかな?」
「いやどうしてって、特に理由はなく、本屋で目についた安いのを買ったんですけど…」
「これはダメだよ。この参考書は酷い。これじゃ成績だって上がらないよ」
「うっそぉ!?」
驚く白銀。どうやら白銀が選んだ参考書はかなり酷い出来の物らしい。
「ていうか、参考書にも良し悪しってあるんですか?」
「あるよ。どういった問題が載っているのかとか、どういった解説をしているのかとかね。そういうのもしっかり見て買わないと、ただのお金の無駄使いだけじゃなくて時間も失うよ」
「マジっすか…」
落ち込む白銀。ただ目についただけという理由で買ったが、どうもそれじゃ意味が無い。
(俺は本当に…)
これじゃあ、かぐやの隣に立つにふさわしい男になれるなんて、一体何時になるかわからない。
「会長。今日はもう学校終わりなんですよね?」
「うん。今日は午前中で終わりだから、もう帰ってもいいよ」
そうやって白銀が更に落ちこんでいる時、京佳が生徒会長に話かける。
「確か、午後から校舎内の空調の点検でしたっけ?」
「そういうのって土日か夏休みの時にでもすればいいんじゃねーのか?」
「どうも学園長が日時を間違えちゃったみたいでね」
「何してんだよあの髭」
本日は午前中だけの秀知院。午後から業者が来て、学校内の空調の点検をするからだ。実際、既に校舎内は人気が殆ど無い。
「白銀」
「何だ?」
「今からちょっと、付き合ってくれないか?」
「え?」
そして京佳は、白銀にそう提案する。
都内のとある本屋。ここは品揃えが非常によく、絵本から海外の参考書まで様々な本が揃っている。そんな本屋に、秀知院の制服を着た男女がいた。
「こっちの参考書は値段は張るが、かなりわかりやすく問題を解説してくれる。こっちはページ数はそこまで無いが、掲載している問題がとっても難しい。よってやりがいがある」
「成程。しかし、参考書だけでもここまで違いがあるのか」
勿論、その2人とは白銀と京佳である。生徒会室で、京佳は白銀に参考書を選んであげるべく、こうして本屋へと誘った。
そして現在、2人で参考書を選んでいる。その姿は、まるで仲の良いカップルに見えなくもない。
「よし。ならこっちの解説がわかりやすい方を買う事にするよ」
「そうか。ならついでに私はこっちの参考書を買うよ」
お互い参考書を選び、レジへと向かう。
(せっかく立花がここまで付き合ってくれてまで選んでくれた参考書だ。帰ったら直ぐに手をつけよう。今日はバイト無いしな)
ここまで世話を焼かれている以上、結果は出さないといけない。そうしないと、本当に申し訳が無い。
「お会計、4800円です」
「……あ、はい」
本当に高額な参考書にびびる白銀。なんせ通常の参考書のおよそ2倍だ。
(いや、これで成績が上がるなら安いものだろう…)
しかしこれも自分への必要経費と考え、少し渋りながらも白銀は代金を支払う。ついでに今度、きつくても時給の良い短期バイトを探そうとも決めた。
因みに京佳が購入した参考書は1400円だった。
「白銀。この後はどうするんだ?」
「ん?いや、普通に家に帰ってこの参考書をしようと思ってるが」
本屋を出た2人。すると京佳が白銀にそんな事を聞いてくる。
「テストの復習は?」
「勿論するぞ。この前のテストで出来てない部分を、しっかり出来るようにな」
自分が間違っていた部分を直す。これは仕事においても重要な事だ。苦手をいつまでも苦手にしておくと、その人間はいつになっても成長出来ない。だからこそ苦手は可能な限り早いうちに克服するに限る。
「だったら、一緒に図書館で勉強しないか?」
「え?」
「私もミスしたところの復習をしたいしね。それに、一緒に勉強した方が色々良いと思うんだが」
京佳は白銀に提案する。確かにこういう時は、誰かと一緒に復讐をした方が良い。自分がわからないところを相手に教えて貰う事も出来るし、その逆だって可能だ。
「立花がよければ、お願いするよ」
「ああ。じゃあ、図書館に行こうか」
こうして2人は共にテストの復習をする為に図書館へと向かう。
しかし、
「休み…だと…!?」
この日、図書館は休みだった。扉に貼ってある紙には『図書整理日の為休館』と書かれていた。
「すまない白銀…先に確認するべきだった…」
「いや立花のせいじゃないって。こんな事もあるさ」
せっかくここまで来たのに、これでは骨折り損のくたびれ儲けだ。だが勉強する場所がないのであれば、仕方が無い。
(ちょっとまてよ?ここからならバスもあるし…)
ふと、白銀にある考えが浮かぶ。そして今度は白銀が京佳に提案をする。
「なぁ立花」
「何だ?」
「俺んち、こないか?」
「……え?」
この時京佳は、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。
白銀家
「お、おじゃましまーす…」
「どうぞ。マジで何もない家だけど」
数十分後、京佳は白銀の家である、三軒茶屋のアパートに来ていた。別にやましい事をする為に、家に来た訳では無い。図書館が休みだと知った時、白銀は京佳にこう提案した。
―ー―――
『白銀の家に?どうして?』
『いや、図書館休みだし。それにここからなら、バスで俺の家まで直ぐだしな』
『えーーっと、別にいいけど…』
『よし、なら行こう』
『しかし急に家に行ったら迷惑じゃないのか?家族とか』
『それなら問題無い。今日家には誰もいないし』
『……え?』
――ー――
こうして京佳は白銀家へと来ていたのだ。
(男の子の家に来るの、初めてだな…)
当然、京佳が異性の家に来る事など人生初である。しかも今、この家には自分と白銀の2人しかいないという状況。無論、お互いそんな気で家に来ている訳ではないのだが、どうしても少し緊張してしまう。
(いやいや落ち着け私。これはただの勉強だ。変に意識するから緊張するんだ。平常心平常心)
しかし今ここで変な事を考えてしまうと、成績を上げたいと思っている白銀に失礼だと思い、京佳は平常心を保つよう努力する。
「立花。コーヒーと麦茶、どっちがいい?」
「どちらかと言えば、コーヒーかな?」
「わかった。でも期待はしないでくれ。うちには生徒会で飲むような高級品は無いから」
「お構いなく」
因みに白銀家にあるコーヒーは、1ビン500円(半額シール付)の安物である。
「よし。それじゃあやるか」
「ああ。先ずは数学からしよう」
2人分のコーヒーを淹れ、京佳と白銀は白銀家のリビングにあるテーブルでテストの復習を始めるのだった。
「えっと、ここは確かこの公式を使って…」
「白銀、それひっかけだぞ。そっちじゃなくてこっちの公式を使うんだ」
「え?マジかよ。こんな意地悪な問題あるか?」
「まぁ先生たちも悪意があってこんな事をしている訳じゃないだろうさ」
1時間後、2人はそれぞれ机を挟んで向かい合った状態で真剣にテストの復習をしていた。途中、コーヒーをお代わりしたりはしたが、それ以外はただただ勉強。
うっかり顔を近づきすぎてはっとなったり、つい視線が京佳の胸に行ってしまって注意されたり、間違えて相手のカップでコーヒーを飲んでしまって間接キスをしたりなんて甘いイベントは一切無かった。
お互い別にそういったイベントを期待していた訳じゃないが、ちょっとだけ寂しい。
「よし。数学はこれで十分だろう。次は英語にしよう」
「わかった。しかし本当にありがとう立花」
「来る前も言ったが、私も復習したかったからね。ついでだよ」
「だとしてもだ。おかげで本当に捗る。ありがとう」
「どういたしまして」
白銀は未だに京佳以外に友達がいない。本当はいいかげん同性の友達を作りたいのだが、今はそんな事より先ず勉強。友達作りはその後でも十分間に合うと思い、後回しにしている。
(俺は絶対に1位をとってやる。そしてその時こそ、四宮に相応しい男になれる1歩をようやく手に入れられるんだ!)
今は勉強をして成績を上げて、あの四宮かぐやの隣に立つにふさわしい男になるのが先決。だからこそ勉強あるのみ。そして白銀と京佳は、再び勉強を始めるのだった。
「ふぅ…これでとりあえずは完了だな」
「ご苦労様」
家に来て時間後、2人は一通りの復習を終えた。
「まぁ、これで終わらすのではなく、今日復習した内容を忘れないのが大事だからね。これからも気を付かないと」
「そうだな。同じミスは絶対に繰り返さないようしないとな」
勉強後にそんな会話をしていると、
「ただいまー」
家に誰かが帰ってきた。
「おにぃ?何か靴があったけど、お客でもきてる…の…?」
リビングに入ってきたのは、白銀の妹の白銀圭。兄御行と同じ秀知院の中等部へと通っている。そんな圭はリビングに入ってきた瞬間、京佳を見て固まった。
「ああ。圭ちゃん。紹介するよ。この子は俺と同じ、外部入学生の立花京佳さんだ。立花、この子は俺の妹の圭だ。秀知院の中等部へ通っている」
「初めまして。立花京佳です。お兄さんとは、仲良くさせてもらっています」
あいさつをする京佳。初対面の人に対して、あいさつは大事だからだ。しかし圭は、未だに固まっている。
「おい圭ちゃん。せめて一言でもいいからあいさつしてくれ」
兄として妹に注意する白銀。すると圭は、
「あ、ご、ごめんおにぃ!邪魔しちゃって!!えっとその!私3時間くらい外ぶらついてくるから!ごゆっくり!!」
そう言い残し、急いで玄関へ向かっていった。
「「……?……!?」」
疑問符を浮かべた後、圭の言っていた言葉の意味を理解する2人。
2人しかしない家。男女にしては近い距離。締め切ったカーテン。
これの状況を見た圭は、自分たちがイチャイチャする為にここにいると思ってしまった。そして圭はその邪魔をしてはいけないと思い、家を大急ぎで出て行ったのだ。
「いや待って圭ちゃん!違うから!そういんじゃないからーーーー!?」
白銀は大急ぎで妹の後を追った。
(ははは…まぁ、そういう勘違いもされるかもな…)
そして京佳は顔を赤くし、頬を掻きながらその場に1人ポツンと残されたのだった。
「改めて紹介する。この子は圭。俺の妹だ」
「は、初めまして。白銀圭と言います」
「そして圭ちゃん。この人は俺の友達の立花京佳さんだ」
「初めまして。お兄さんと仲良くさせてもらっている、立花京佳です」
あの後、白銀は必死で圭を追いかけ、そして何とか捕まえて説明。
そしてこうして家に帰ってきて、また自己紹介を始めたのだ。
「ど、どうもです…」
しかし圭はどこか怯えているように見える。それを京佳は直ぐに察する。圭が間違いなく、自分の見た目に怯えているのだと。
(まぁ、やっぱり怖いよな…)
秀知院で初対面で怖がらなかったのは、今の生徒会のメンバーくらい。普通はこんな風に、怖がるもの。京佳はそれを思い出したのだった。
「圭ちゃん。立花は本当に良い奴なんだ。だから、そう怯えないでくれ」
そんな圭を見て、白銀も察したのか、圭にそう言う。
「別に、そういう訳じゃ…」
「じゃあ何でそんな態度を取るんだ。失礼じゃないか」
どこか不満そうな顔で言う圭。そして白銀は、妹に説教を始めようとしていた。
「白銀。私は気にしてないからいいよ」
「いや、しかし」
「本当に大丈夫だよ。多分妹さんも、初対面の人に対して緊張しているだけだろうし」
京佳はここで圭助け舟を出す。恐らく本当に見た目で怖がっているだろうが、誰だって人前で説教をされたくはない。
なのでこの話はここで終わり。そうすれば、圭も兄から何か言われる事なないのだから。
「それじゃ、もう遅いし、私は帰るよ」
「え?あ、もうこんな時間か」
時刻は既に6時過ぎ。外も夕焼けに染まっており、これからはどんどん暗くなっていく。
「途中まで送ろうか?」
「いや、道は覚えているから大丈夫だよ。気持ちだけ受け取っておく」
「む。そうか。それならわかった。また月曜日にな」
「ああ。またね。白銀」
玄関を出るところまで送り、京佳はそのまま駅に向かって帰って行った。
「で、圭ちゃん。どうしたんだ一体?立花に失礼な態度して」
京佳が帰った後、白銀はまた圭にそう聞く。
「だって、おにぃが女の人家に連れてくるなんて初めてだし…」
「いやそりゃそうだけど」
今までこの家に。兄が友達を連れてきた事くらいはあった。しかしそれは全員男子。断じて女子を連れてきた事なんて無い。
そんな兄が初めて女子を家に連れきたら、そりゃ勘違いだってしてしまう。そして同時に、緊張もする。
「まぁいい。でももしまた立花に会う機会があったら、今日の事を謝っておくんだ」
「……言われなくてもわかってるし」
そう言うと、白銀は夕飯の準備を始める。
(本当に、友達なのかなぁ…?)
一方圭はある事を考えてた。それ先程まで、この家にいた京佳の事。圭は京佳の事を、兄のただの友達とは思っていなかった。
だって普通、同級生の女子を家に招くなんてしない。もしくは誘われても、男子の家に女子が行くなんて無い。それこそ、何か特別な感情でも無ければ。
そこで圭は、兄か京佳のどっちかがそういう感情を抱いており、その結果家に来たのではと考えた。仮にそうではなくとも、どっちかが友達以上の感情を持とうとしているのではとも考えた。
(まぁでも、おにぃに友達がいてみたいでよかった)
そしてそれはそれとして、兄に友達がいた事に安堵する。というのも、圭は兄がぼっちなのではとずっと疑っていた。
しかし今日、兄は友達であると言う京佳を連れてきた。見た感じ、ちょっと怖そうな人ではあったが、兄と仲良くしているようにも見える。あれなら、兄が学校で1人寂しい思いをしている事は無さそうだろう。
(それはそれとして…)
しかし今、圭はある事で怒っていた。
「ねぇ、おにぃ」
「ん?何だよ圭ちゃん?」
「何であれとか、片付けて無い訳?」
圭が指さす方向、そこにはカーテンレールにかけっぱなしのハンガーと、それに干されているタオル。他にも部屋の隅には雑誌が置きっぱなしだったし、よく見ると埃もある。
つまり今の白銀家は、生活感丸出しだったのだ。
「え?いや、だってあのタオル渇いて無いし」
「いやじゃないし!ちゃんと片付けてよ!恥ずかしいじゃん!!」
「えー?」
いまいちピンとこない白銀。だって自分たちは勉強していただけだ。そこまで気にする必要はないだろうと思っているからだ。
「兎に角!また来る事があったら絶対に片付けてよね!わかった!?」
「あー、わかったけど…」
「じゃあ私、お風呂入ってくるから」
そう言うと圭は、着替えを持って風呂場へと行くのだった。
「そんなに恥ずかしいか?この部屋。いやまぁ、自慢できる部屋じゃないけどさ」
首をかしげながら、白銀は夕飯を作るのだった。
因みにこの日の夕飯は、もやしと油揚げの和え物だった。
(それにしても、おっきい人だったな…)
そして風呂に入った圭は、自分の胸を見ながら京佳の胸の事を思い出していた。
最近寒いですね。皆さん、風邪ひかないよう気を付けましょう。睡眠は大事です。
次回も頑張りたい。
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特別編 白銀京佳と結婚記念日
読む前に注意点があります。
この話に限り、
・四宮家が存在しない。
・秀知院も存在しない。
・そもそも財閥が存在しない。
・白銀父母が離婚していない。
・別に本筋の未来という訳じゃない。
という前提でお話を作っています。
これらに注意してお読みください。
あとかなりの突貫工事で書いてますので、細かいところは無視でお願いします。
ピピピ ピピピ ピピピ
「う…ん……」
鳥の鳴き声が聞こえる中、目覚ましの音で1人の女性が目を覚ます。その顔には酷い火傷の跡があり、パっと見どこかの戦士に見える。
しかしその下、胸は豊満であり、腰は括れている。そして程よい肉の付いた足がある。これを見た男性は、大体邪な目線を向けるのが彼女の日常のひとつ。
だが、この身体をそういう目で見て良いのはこの世で1人だけ。断じて有象無象の輩では無い。
「すぅ…すぅ…」
寝息が聞こえ、彼女は視線を移す。するとそこには、未だ眠っている金髪の男性が1人。最近は仕事のせいで夜遅い時もあり、寝不足気味の為、自分が起きたからだと言って、起こす事は無い。
なので時間が許す限り、しっかりと寝かせておこうと女性は思う。
「今朝は、パンにしよう…」
そして朝食の準備をする為、彼女はベットから起き上がり、キッチンへと行くのだった。
30分後。
彼女はエプロンを付け、朝食の準備をしていた。今朝は焼いたトーストにジャム。トマトやレタスの入ったサラダ。赤いウィンナーと目玉焼き。そして、豆を挽いてから入れた出来立てのコーヒー。
玄関の郵便ポストから新聞を取り、それを机に置いた頃、コーヒーの匂いとセットしていた目覚ましの音で、この部屋のもう1人の住人が起きてくる。
「ふぁぁ…」
まだ眠いのか、金髪の男性は目をこすっている。しかし、それも女性の顔を見て直ぐにやめた。
「おはよう、御行」
「ああ。おはよう、京佳」
男性の名前は白銀御行。そして女性の名前は白銀京佳。
ここで名前を聞けばわかるだろう。
そう。この2人は結婚している夫婦なのだ。
2人の出会いは高校の時。当時、白銀は精神的にやつれていた。教育熱心な母親に言われ、都内の進学校を受験。なんとかその高校に合格したまではよかったのだが、そこから中々勉強についていけなかった。
その結果、母親からは毎日説教をされ、それをやめさせようと父親が割り込んでからの夫婦喧嘩の毎日。こうなったの、全部自分が出来の悪いせいだと思い、もういっそ、全部投げ出して逃げ出そうとか思ってた。それこそ、この世から。
しかしそんな時、偶々愚痴を聞いてもらっていた、当時同じクラスだった京佳にこう言われた。
『親から言われた事をただ愚直にやるのって、人生楽しいのか?というかそこに、自分の意志はあるのか?まるで奴隷じゃないか』
そう言われた白銀はハッとする。言われてみればそうだ。今の自分は、どこまで行っても親の言いなり、もしくは人形じゃないかと。
そこで白銀はその日の夜、母親と心の底から大喧嘩をした。
自分は人形じゃない。ちゃんとした1人の人間なんだと。母親も黙っておらず、遂に息子である白銀に手も出た。だが白銀は決して負けなかった。絶対に言い負かす。そして脱却する。その為に、必ず母親との喧嘩に勝ってみせると。
翌日、朝日が昇る頃、白銀と母親の大喧嘩は幕を閉じた。白銀の勝利という形で。
一時は教育のあまり、虐待に近い事すらやっていた母親だったが、この大喧嘩がきっかけとなったのか、それ以降憑き物が落ちたかのように随分大人しくなった。
そしてどういう訳か今でもわからないのだが、何でか母親と父親はまるで新婚みたいな仲になったのだ。父親曰く『喧嘩で溜まっていたもの全部出し切ったから』らしい。
最初、この言葉の意味をやらしい方面で考えてしまっていた白銀は、近いうちに弟か妹ができるのではと戦々恐々とした。
その後、白銀は京佳に感謝をした。心から感謝をした。あのアドバイスのおかげで、自分は色々と自由になれたのだと。京佳自身、別にそんなつまりはなかったのだが、白銀が本当に心から喜んでいたので、連られて嬉しくなってしまった。
そしてそれがきっかけで仲良くなっていき、2人はいつしか恋仲となったのだ。
2人は学校でも有名なラヴラヴカップルとされ、当時のクラスメイトからはからかわれたりもしたが、全然気にしなかった。だって本当に幸せなんだから。そんなからいかいなんて、どうでもいいくらいに。
それから年月が経ち、2人は恋人から夫婦へなった。因みにプロポーズしたのは白銀からである。結婚式には当時のクラスメイトが沢山来てくれて嬉しかったし、何よりあの母親が『息子を、支えてあげて下さい』と泣きながら言ったのは本当に衝撃だった。妹である圭も泣いていたし、京佳の兄の透也に至っては泣き崩れていたりする。
そして現在、2人は都内のあるマンションで幸せに暮らしている。
「今日は可能な限り早く帰るようにするよ」
「いや、気持ちはうれしいけど、今大変なんじゃないのか?」
「大丈夫だよ。木咲先生はその辺、かなり融通が利くから」
「わかったよ。でも無理だけはしないでくれ」
「勿論。そういう御行こそ、昔みたいにあんまり無茶しないでね」
「当然だ」
朝食を食べ終え、2人はそれぞれの職場へと向かう。御行は父親から受け継いだ会社へ。そして京佳は勤めている弁護士事務所へ。
御行の仕事は、いうなれば製品の開発だ。彼の父親は、社員10人程の小さな工場を経営していたのだが、数年前に退職。それ以来、息子の御行がその会社を受けついだ。しかし本当に小さい工場だ。世の中がバブル崩壊後みたいな不景気になったら、あっというまに倒産するかもしれない。
そこで御行は、このまま小さい会社のままではダメと思い、何より京佳に苦労を掛けるかもしれない思い奮起。色々と大変な目に合いながらも、世界初の子供用ペースメーカーの開発に着手。寝不足で倒れた事もあったし、資金集めに奔走した事もあったが、彼はこの子供用ペースメーカーを完成させた。
そしてこれを医療機器業界に売り込んだところ、これが大ヒットし会社は急成長。今では社員250人もいる企業へと変貌していた。
「そうそう御行」
「何だ?」
「ん」
京佳が目を閉じて、顔を少し前に出す。これはこの夫婦の日常のひとつである『行ってきますのキス』だ。
「ん…」
御行もそれがわかっているから、直ぐにキスをする。
「ふふ。これで今日1日ずっと頑張れるよ。じゃあ、行ってきます」
「ああ、行ってらっしゃい」
そして2人は仕事へ向かう。今日も1日、幸せな日になるよう願いながら。
「先生。例の資料できました」
「ありがとう。白銀さん」
自分が勤めている弁護士事務所で、京佳はある事件の資料作成をしていた。そしてそれを受け取ったのは、この弁護士事務所の経営者である木咲先生。常勝無敗の正義の女性弁護士と言われている。
因みに既婚者で、夫は現職の刑事らしい。そして高校生になる娘が1人いる。
「うん。完璧ね。これなら問題ないわ」
「ありがとうございます」
中学の頃、とある事がきっかけで、京佳は左目を失明した。その時の犯人側と学校は、事を大きくしたくなかったのでこの事件そのものを無くそうと考えていたのだが、この木咲弁護士によって犯人たちは断罪。慰謝料も手に入り、証拠隠滅を図ろうとした学校も重い罰を受けた。
それがきっかけで、京佳は弁護士を目指し、見事司法試験に1発合格。そして今、憧れだった木咲弁護士の事務所で働いている。
「あの、木咲先生」
「なにかしら?」
「実はですね、今日だけで良いので、早めに帰宅してもよろしいでしょうか?」
「あれ?白銀さんにしては珍しいわね?何かあるのかしら?」
「実は今日、夫との結婚記念日なんです」
「ああ、成程」
納得する木咲弁護士。京佳は非常に真面目で、多忙な時も文句ひとつ言わずに仕事をこなす。そんな彼女が用事がある時は、大体夫が関係している。
「そういう事ならいいわよ。今日は依頼者と会う事もないし。それに、白銀さんは働きすぎなところあるしね。偶に早く上がってもバチは当たらないでしょ」
「いえ、そこまで働きすぎという訳では」
「あれ?前にいじめ問題の依頼を受けて、気合入れ過ぎて仕事をした結果、過労で倒れそうになったのは誰だったかしら?」
「……あの時はすみませんでした」
懐かしい話を持ち出す木咲弁護士。あの時は自分も似たような目にあったから、つい気合を入れてしまった故の事である。しかし、許可は取れた、これなら今日はしっかりと結婚記念日を祝えそうだ。
「それにしても、いいわねぇ…うちの旦那も、白銀さんの旦那さんの爪を煎じて飲ませてあげたいわよ。そうすれば少しはそういう事に気を使ってくれるでしょうに」
「ははは…」
こうは言っているが、木咲弁護士の旦那さんは記念日を忘れた事は1度も無い。むしろ毎年、誕生日や記念日は必ず祝ってくれている。だが中々素直に祝わないのだ。結果、毎回完璧とは言えない事になってしまうのだ。それを毎年見ている木咲弁護士の娘は『いいかげん中学生みたいな事しないでほしい』と嘆いていたりする。
「それでは、本日は早めにあがらせてもらいます」
「ええ。しっかり祝ってきなさい」
「よし。これなら今期の業績も大丈夫だな。ところで例のロケットのネジはどうだ?」
「問題ありません。予定されている納入日には間に合うかと」
「そうか。だが何事も不測の事態は起こりえる。油断はしないでくれ」
「わかりました。社長」
同じ頃、夫である白銀御行も、部下と共に仕事をしていた。子供用ペースメーカーでひと財産を築いた彼だが、そこで満足してはいけない。停滞はいずれ、破滅を招くからだ。
だからこそ、新しい何かを開発した。そのひとつが、国産ロケットに使われるネジだ。材料費が安くて、軽くて、熱にも寒さにも強くて、兎に角頑丈。そして他の企業に真似できない製造方法。このネジを開発し、白銀は新しい依頼を取る為、とあるコンペに挑戦したのだ。
それは、日本初の純国産木星探査ロケットのネジのコンペだ。そして白銀の作ったネジは、見事そのコンペを勝ち獲ったもである。
元から宇宙や星が好きだった白銀にとって、この結果は本当に嬉しかった。結果を知った後、つい社長室で大声で『よっしゃああああ!!』と叫んだくらいである。
「それと、くれぐれも無茶はしないでくれよ。過労で倒れたなんて事があったら、労働組合から何て言われるか…」
「今は本当にそういうの、厳しいですからね」
最近はブラック企業と呼ばれるのも減ってはいるが、それでもまだまだ存在するのが現状。しかし白銀が経営する会社は、近年稀に見るホワイト企業だ。おかげで毎年、新卒の面接率が半端じゃない。皆誰だって、綺麗で良い会社に就職したいから。
最も、本当に忙しい時は何日も深夜まで働く事もあるが。勿論、残業代はしっかり支払われる。
因みに白銀がここまで経営をホワイトにさせる理由は、京佳だ。
もし自分の夫が、ブラック企業を経営しているなんて事になったらどんな事を言われるだろう。それに白銀は非常に優しい性格だ。利益の為と言って、誰かの人生を壊す事なんて絶対に出来ない。そんな酷い夫にも、社長にもなりたくない。だからこそ白銀は、会社は絶対に黒く染めなかった。
「あ、それじゃすまないが、今日は帰らせてもらうよ」
「そういえば社長、今日は結婚記念日でしたっけ?」
「ああ。だからこそ、今日だけは早く帰る」
「気にしないでください。しっかりと、奥さんと祝ってきてください」
「すまん。それじゃ」
そう言うと、白銀は荷物を纏めて退社した。
「俺も、あんな幸せな夫婦になりてぇ…」
「そのためには先ず、相手を見つけないとな」
「社長の妹さんって、すっごい美人だったよな?俺なら行けるか?」
「「いや無理に決まってるだろ。鏡見ろよ」」
「酷くない!?」
残された部下たちは、そんな会話をしながら、社長無き後の仕事をこなすのだった。
(よし。しっかり時間に余裕を持って帰れたぞ)
退社後、白銀はその足で自宅まで真っすぐに帰宅。一切の寄り道をしなかった。そして当初の予定していた帰宅時間より、早めに家に帰りついたのだった。
(そうだな…とりあえず洗濯して、それから風呂洗って、あとは…)
折角の記念日だが、2人はどこかで外食をするつもりはなかった。家で静かに記念日を祝う予定なのだ。その方が、自分たちに合っているから。
「ただいまーっと」
玄関のドアを開ける白銀。すると、人の気配を感じた。
「え?まさか…」
ゆっくりリビングへと進むと、
「おかえり、御行」
そこには赤いセーターを着てエプロンを付けて料理をしている妻、京佳がいた。
「え?早くない?一体何時帰ったんだ?」
「4時前かな?今日は本当に早く帰れたからね」
「そりゃ早いな」
自分が先に帰宅し、料理や掃除をしておこうと思っていたのだが、想像以上に京佳は早く帰っていた。
「それじゃ、先ずは着替えてきてくれ」
「わかった。直ぐに手伝うよ」
白銀は、先ず部屋着に着替える。そして直ぐに、京佳と一緒に料理をするのだった。勿論、洗濯や掃除も。
「よし、できたな」
「ああ。雰囲気出てていいな」
「じゃあ、座ろうか」
「そうだな。お腹もすいたし」
リビングのテーブルにはランチョンマットが敷かれており、その上には2人で一緒に作ったビーフチューとコーンスープ。そしてサラダとワインが置いてある。
決して高級レストランに勝るとは言えないが、2人にとってはこれで良いのだ。何処で祝うかではなく、誰と祝うかが重要なのだから。
「それじゃ、5回目の結婚記念日を祝して、乾杯」
「ああ、乾杯」
この日の為に購入したそこそこ値の張るワインを開け、グラスに注いだ後、2人は静かに乾杯をする。
「ふぅ…うまいな…」
「うん。おいしい」
「じゃ、今度はビーフシチューを」
ワインを飲み、ビーフシチューを食べ、そして楽しく会話をする2人。普段とあまり変わらない光景だが、今日は少し違う。
「そうだ京佳」
「ん?何だ?」
「これを受け取ってくれ」
そう言うと、御行はいつの間にか足元に置いていた紙袋を手に取り、京佳に渡す。
「これは…」
「結婚記念日を祝したプレゼントだ。どうか、受け取ってくれ」
「勿論。ありがとう、御行」
京佳は紙袋を受け取り、中から箱を出す。
「開けても?」
「ああ、是非」
箱を開けると、そこには腕時計が入っていた。
「前に使っていた腕時計が壊れたって言ってただろ?確か、転んだ勢いでとかで。弁護士は依頼人とよく合うから、新しいのが必要かと思ってな」
「ふふ、うれしいな。そんな事を覚えていてくれて。ありがとう、御行。大事に使うよ」
京佳は夫からのプレゼントを喜んで受け取る。そして明日、絶対に職場の同僚や、親友で現在ダイビングのインストラクターをしている恵美に自慢しようと決めた。
「それじゃ、今度は私から。どうか、これを受け取ってください」
「勿論」
今度は京佳が御行にプレゼントの入っている箱を渡す。そして御行はそれを受け取り、箱を開ける。
「ボールペンか」
「ああ。身近な日用品かもしれないが、御行は日ごろから沢山の書類や資料を作るだろう?だから丁度いいかと思ったんだが、どうかな?」
「嬉しいに決まってるさ。絶対に大事に使うよ」
御行は明日、職場の部下たちに自慢こそしないが、仕事中に目立つよう見せてみようと決めた。
因みに、ボールペンのプレゼントには『特別な存在です』という意味が込められている。
夕食も食べ終え、プレゼントも交換し終わり、後は片付けて明日の仕事に備えて寝るだけの筈なのだが、今夜の京佳は違った。
「御行。実はな、私、欲しいものがあるんだが…」
「欲しいもの?」
妻である京佳の発言に少し驚く御行。京佳は基本、わがままを言わない。それは別に御行の収入が少ないからでは無く、単純に物欲があまり無いだけだ。そんな京佳が、珍しく何かが欲しいと言う。
「いいぞ。今日は結婚記念日だしな。何でも言ってくれ。これでも、日本の平均年収よりは稼いでいるしな」
妻が珍しくそう言う。それが嬉しくなり、御行は何でも買うつもりになった。
「えっと、じゃぁ…」
すると京佳は、顔を赤くし、正面から欲しいものを口にした。
「そのだな…そろそろ、子供とか欲しいなーって思って…」
「…………え?」
京佳の言葉を聞いた御行は思考を停止させる。そして頭の中で、再起動をかける。
(今何て言った?聞き間違いじゃなければこどもって………子供!?)
再起動を終えた後、驚愕した。子供。それは小さい子の事。もしくは、自分が生んだ息子や娘の事である。そして妻である京佳が子供が欲しいと言ったという事は、つまりそういう事だ。
「えっと、それは…」
「私も、もうすぐ30だし…仕事も安定しているし、そろそろ、いいかなって思ったんだけど…」
顔を真っ赤にして言う京佳。心なしか、モジモジしているようにも見える。
それを見た白銀御行は、
(あ、エロイ…今すぐ押したしたい…)
身体が熱くなるのを感じた。決してワインだけのせいではないだろう。だがここで獣のように襲う真似はしたくない。
しかし、
「ダメ…かな…?」
京佳の上目使いでそれも限界を迎える。
すぐさま御行は立ち上がり、京佳に近づく。そして有無を言わさず京佳を抱きかかえる。
「あ……」
「ベットいくぞ」
男らしく、いかにも肉食系な台詞を言って、御行は京佳を寝室のベットへ運ぶ。
「ま、まって…!せめて片付けしてから…!」
「明日の朝にでもすればいい。悪いが、もう我慢できない」
ここまで言われて我慢する男は腑抜けだろう。少なくとも、白銀御行はそう思っている。そして寝室のドアを開け、京佳を優しくベットへ降ろす。
「ん…」
京佳も覚悟を決め、ベットで横になる。そんな京佳に覆いかぶさるように、御行もベットにあがる。
「はは、やっぱり、こう改めると恥ずかしいな…もう何度も体を重ねているのに…」
「そういう事言わないでくれ…恥ずかしくなっちゃうから…」
そう言いながらも、御行は京佳に顔を近づけていく。そして2人は口はどんどんとかづいていき、キスをする。
「御行…」
「京佳…」
こうして、2人の結婚記念日の夜は更けていくのだった。
そして数か月後、京佳の妊娠がわかり、御行は京佳と共に大喜びした。
もしかしたらR指定版書くかもしれない。
実はかぐや様バージョンも書くつもりだったけど、流石に時間がありませんでした。
ごめんねかぐや様。来年があったら書きますから。
次回も頑張りたいですね、はい。
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立花京佳と胸の痛み
「あの、四宮さん。それ重たくない?持つの手伝おうか…?」
ある日、白銀は頑張ってかぐやに話しかけてみた。ただ世間話をするだけでは不自然と思ったので、偶然かぐやが両手に荷物を持っているこの瞬間を狙って。
「……」
しかし、かぐやは1度白銀の方を見た後、直ぐに何事も無かったかのようにその場を後にする。
(ガ、ガン無視……)
1言も無く、軽い会釈すら無い完全な無視。というよりあれは、白銀を認識していたかどうかさえ怪しい。意中の女にそのような反応をされた白銀は、酷く落ち込んだ。
生徒会室
「何があったんだ?」
「ちょっと聞いてくれ立花。こいつ態々私に愚痴るんだぞ。本当めんどくせぇ」
「そんな事言わないでくれ…結構落ち込んでるんだから…」
京佳が生徒会室へやってきた時、白銀はソファに座り落ち込んでおり、龍珠はイラついていた。そして生徒会長は、その様子を面白そうに見ている。
「それで、どうして白銀は落ちこんでいるんだ?」
「そ、それは……」
「なんか四宮に無視されたからって言ってるぞ」
「お、おい龍珠!!」
「別に隠す必要なんてないだろ。むしろ私だけに愚痴らずこいつにも愚痴れよ。マジでめんどくせぇんだよ」
龍珠の隣に座り理由を尋ねると、龍珠が白銀に代わって答える。その結果、白銀は焦る。理由は、あの事を京佳に知られてしまうからだ。
(四宮さんに無視されてたから落ち込む…?それは、つまり…?)
龍珠から事の顛末を聞いた京佳は考えていた。かぐやに無視されたから落ち込んでいる。それもかなり。普通に考えれば、どうしてそれで落ち込んでいるか、原因はあきらかだ。
「もしかしてだけど、白銀は四宮さんが好きなのか?」
「………………うん」
「声ちっちゃ」
京佳の質問に小声で答える白銀。この時、ようやく京佳は白銀の気持ちを知ったのだった。
(できれば、立花には知られたくなかった…)
白銀は少し後悔する。可能ならば自分がかぐやを好きな事を、京佳には知られたくなかったからだ。これは別に京佳に知られるのが嫌だとかでは無い。単純に、恥ずかしいのだ。
京佳は白銀にとって、秀知院で出来た初めての友達。そんな友達に、自分の恋愛事情を知られるというのは、こそばゆい。てか恥ずかしい。思春期はこういうのに結構敏感なのだ。
尚、龍珠に対してはそういうのは一切無いので話せている。
(成程。だからか)
一方で京佳は合点がいっていた。いきなり勉強を教えて貰い成績を上げようとしたり、生徒会に入ったりと、最近の白銀は急にやる気をだしていた。それらの原因が、全てかぐやにあると京佳は理解。
あくまで推測だが、白銀はかぐやを好きになってしまったから、何でも頑張れるようになったのだろうと京佳は考える。誰かを好きになれば、人間は誰でも頑張れちゃうもの。恋のパワーは、それだけ凄まじいのだ。
実際はかぐやに相応しい男になりたいという理由なので、中らずと雖も遠からずである。
「あんな氷みてーな女の何がいいんだ?良いのはせいぜい顔だけだろ」
「確かに四宮さんはかなり顔が整っているな。女の私から見てもそう思える程に」
「つまり白銀くんは面食いって事か」
「違います会長。そんなんじゃ無いんです。本当に俺そんなんじゃないんです」
「でも四宮さんの事を美人だとは思ってるよね?」
「それは、まぁそうですけど…」
龍珠や京佳の言う通り、かぐやは学年はおろか学校でも相当な美人に入る顔立ちだ。しかし、それらは全てあの人を寄せつかない性格がダメにしている。人前ではしゃがず、誰とも群れず、決して笑わず、人を寄せ付けない冷たい孤高の女、通称「氷のかぐや姫」。そんな彼女に、好き好んで友人を続ける人は殆どいない。
実際かぐやの友人といえば、正体を隠している同学年の金髪ギャルと、自称恋愛探偵の頭ピンクな女生徒だけである。最も、憧れている生徒はそれなりにいるのだが。
「しかしそうか。白銀が四宮さんを…ふぅん?」
「おい立花。なんだよその顔は」
「いや別に?ただ、ちょっと微笑ましいと思っただけだよ。ふふ」
「お前は俺の母親か」
どこか母性を感じる少しにやけた顔で、白銀を見る京佳。だが顔がにやけるのも無理は無い。京佳だって年ごろの女子高生なのだ。こうして、友人の恋バナに興味津々になるのも仕方が無い。できればもっと詳しく聞きたい。
なので、白銀本人から話を聞く事にした。
「きっかけは何だ?」
「あー、あれだ。血溜池に落ちた生徒を助けただろ?あの時にな…」
「もしかして、一目惚れか?」
「それに近いと思う」
「一目惚れとか、ガキかよおめー」
「いや、別にガキって訳じゃないんじゃないかな?大人でも一目惚れはあるって、僕は親戚から聞いた事があるし」
「そうだぞ龍珠。誰かを好きになるのは一目惚れが多いって、私は母さんから聞いた」
「マジかよ。まぁ、私は絶対にねーなそんなの」
実際、人が誰かを好きになる瞬間なんて千差万別だ。そしてその中でも、特に多いとされるのが一目惚れだろう。最も、白銀がかぐやに抱いたそれは、一目惚れとは少しだけ違うのだが。
「他には?何か無いのか?」
「他……まぁ、さっき会長が言ってたように、四宮さん自身が綺麗っていうのはやっぱあるよ。男として目を奪われるって訳じゃないけど、どうしてもそうは思うな」
黒髪の美人。多くの男子高校生は、こういった女性に弱い。無論、白銀だってそうだ。だってやっぱり、そういった美人ってひとつの理想像だし。
最も、かぐやはあの冷たい眼差しがそれらをダメにしていたりする。どこぞの古典部の部員みたいにもう少し目が優しくなれば、今以上に男女からの人気はあるだろう。
「それで、四宮さんに無視されたっていうのは?」
「いや、話しかけてみたんだけど、一言も何も言われなくてだな…」
「成程。それは確かに落ち込むな」
「というかあれは無視どころか、俺の事を認識していたかどうかさえ怪しいけど…」
「いや、流石にそれはないだろう」
ある。
「つーか、無視されたとかその程度の事で落ち込むなよ」
「その程度って…」
龍珠はその程度と言うが、白銀にとっては全然その程度では無い。むしろ、心を半分はえぐられたぐらいの程度だ。割と重症である。
「まぁ、龍珠さんは特別怖いもの知らずだからねぇ。上級生に一切敬語を使わないその姿勢はいっそ尊敬するよ」
「は!何事も舐められたら終わりだからな」
「でも龍珠。多少は敬語使った方がよくないか?」
「絶対に嫌だ!」
(不貞腐れた中学生みたいだな……言ったら怒りそうだから口閉じとこ…)
龍珠の態度にそんな感想を浮かべる白銀。だが口は災いの門と言われているので、決してその事は言わないようにした。
余談だが、龍珠がここまで誰かに舐められたくないと思っているのは、親がヤクザなのが強く影響している。ヤクザは面子で生きている人達だ。それがあるからこそ、ヤクザはヤクザでいられる。故に、舐められたら終わりなのだ。
そして龍珠は、親からその辺の事をしっかりと学んで生きてきた。その結果が、学校でのこの態度である。
「なぁ、良い男の条件って何かな?」
「んだよ突然」
「いやだって、無視されるのってさ、俺が特別でも何でもないからそうであって、もし俺が何か特別だったら、無視なんてされないんじゃないかなーって…」
白銀は勉強を頑張って成績は上がったし、生徒会メンバーという事でクラスメイトにも顔を覚えられてはいる。だがかぐやのあの反応は、未だに自分がその辺の雑草と大差ない存在なのではと考えた。
このまま悩んでいても仕方が無い。そこで白銀は相談する事にした。こういう時は、1人で悩んでいても解決しない。
「そうだな…」
白銀の質問の答えを考える京佳。
「個人的な意見だけど、偏見の無い人かな?私はそういう男なら好きになれると思うし」
「それはあるね。僕も偏見を持たない人は尊敬するし、人として立派だと思うよ」
「まぁ、否定はしねーな」
京佳が思っている良い男の条件は、偏見に対するものだった。これは京佳が見た目のせいで色々言われてきたからこそ、考え付いたものである。そして会長と龍珠もそれには納得した。
「僕は家族や友人を大事に出来る人だと思うね。身近な人を大切に出来る人は、色んなものを大切にできる人だと思うよ。というより、家族を大事にしない人は普通に不愉快になる」
「わかります。そういう男の人って良いですよね」
「それは共感できるな。私も家族を大事にしねー奴はぶっ殺したくなるしな」
会長は思う良い男の条件は、家族や友人を大事にできる人らしい。これには京佳と龍珠も共感。
「つまり、偏見を持たず家族や友人を大事にして、尚且つ勉強もできれば良い男っていう事?」
それぞれの意見を聞いた白銀は、それらを纏めた良い男のイメージを固めてみる。確かに、これは絵に描いたような良い男だろう。ならばこの理想の良い男像を目指せば、かぐやも白銀を無視しなくなるかもしれない。
「それだったら、白銀は既にその条件を満たしていると思うんだけど」
「え?本当に?」
「私はそう思ってるよ。だって私や龍珠を怖がらないし、この前家に行った時も、家族仲が良かったじゃないか」
「マジかよ。でもじゃあ…何で俺は無視されたんだろう…?」
だが京佳曰く、自分は既にそれらを満たしているらしい。それを聞いた白銀は、またわからなくなる。ならばどうして自分は、まるでいないもののようにかぐやに無視されたのかと。
「ちげーよ。お前が四宮に無視されてんのはそんなんじゃねーよ」
「え?」
そうやって悩んでいると、龍珠が白銀に話かける。
「いいか白銀。お前は生徒会に所属していて、頭も結構良いし顔だって悪くない。でもな、そんな卑屈な態度取っていたらそれら全てが台無しなんだよ」
「卑屈……」
「つーかお前が無視されてるのは、間違いなく四宮に舐められているからだ。だから認識されているかさえ怪しんだよ」
龍珠は白銀を指さし、こう言った。
「『俺は女に好かれて当然だ』って態度を自信をもってしておけば、誰もお前を舐めないよ。それこそ、あの四宮にもな。虚勢のひとつも張れないで、女にモテる訳ねーだろバーカ」
「まぁ、ひとつの真実ではあるな」
「確かに。虚勢を張るっていう事は、自分に自信があるって現れでもあるからね。そういった人は、自然と人が寄ってくるだろうし」
「虚勢…自信…」
その龍珠の言葉を、頭の中で何度も繰り返す白銀。そして、ある事を決意するのだった。
放課後。白銀は自転車を押しながら、京佳と共に帰宅していた。
「どうかしたのか白銀?」
「え?何がだ?」
「いや…何か顔つきがさっきと違うというか…」
白銀は何か決意をしたような顔をしていた。京佳はそんな白銀の何時もと違うところに気がつき、聞いてみたのだ。
「ああ、そうだな。確かに、ちょっと決めた事がある」
「そうか」
「……聞かないんだな」
「聞いて欲しいのか?」
「そういう訳じゃないけど」
「ならそれでいいじゃないか」
「……それもそうだな」
何を決意したのかは知らないが、態々それを聞くのは何か違う。なので京佳は聞かない。そして白銀も、聞かれなければ、態々口にしない。
(やってやる。俺は絶対にやるんだ!四宮が好きになるであろう男に、俺は必ずなってみせる!!)
白銀の決意。それはかぐやに自分を認識させるために仮面を被る事だった。世の中、誰だって仮面を被っているもの。例えば好物でも無いのに、好きな人に合わせて同じ料理を食べる。例えば、好きな人の気を引く為におしゃれをする。例えば、好きな人に振り向いて欲しいから、性格を演じる。そういった行動も、仮面や虚勢のひとつだ。
そして白銀は、卑屈な自分に自信のある自分という虚勢の仮面を被る事に決めた。例えそれが偽物のハリボテだとしても、何度も何度も改良して、何時の日か本物の戦艦の装甲くらいにしてみせる。そして、あの四宮かぐやを必ず振り向かせるのだ。
「白銀」
「何だ?」
「何をするつもりかは知らないが、無理だけはするなよ?体を壊したら元も子もないんだから」
「……努力はする」
京佳に少し心配されたが、白銀はかぐやに並び立つ男になれるなら、1度や2度倒れても良いと思っている。それくらいの事をしないと、絶対に振り向いてくれないだろうから。
「じゃ、私はここまでだから」
気が付くと2人は、何時ものバス停に着いていた。
「ああ。じゃあな立花。また明日」
「ああ。また明日」
そして白銀も、自転車に跨り帰路へと着く。
(それにしても、白銀が四宮さんをなぁ…)
一人バス停に残った京佳は、今日生徒会室であった事を思い出す。
(確かに四宮さんは綺麗だし、白銀が好きになるのも当たり前かもな)
友達である白銀が、あの四宮かぐやを好きになった。今まで自信の無さげだった白銀がである。おかげで白銀は勉強も、生徒会での業務も頑張っている。恐らく恋をしたからだろう。
(そうだな。もし本当に2人が恋仲になったら、余計なお世話かもしれないが、何かお祝いをしてやろうかな)
そして白銀の恋が成就したのなら、友達として祝ってあげようと思った。
チクリ
(ん?)
チクリ チクリ
(何だ?)
だがそう思った時、京佳の体に僅かな異変が起こった。ちくり、ちくりと胸が痛むのだ。
(何だこれ?)
別に熱っぽくも無いし、倦怠感も無い。風邪では無いだろう。かと言って息苦しい訳でも無い。しかし、どういう訳か胸が痛む。
(これは、まさか…)
そしてこの痛みが何なのか、京佳は閃いた。
(子離れされた親の気持ちか!?)
つまり、親の気持ちと。思えば入学して以来、白銀は割と京佳にべったりだった。昼休みに放課後の生徒会。そして学校からの帰り道。もし2人が同じクラスだったら、教室でも距離が近かっただろう。
しかし今、白銀は京佳から離れ、1人で頑張ろうとしている。これはまさに、子離れ。もしくは、姉離れに近い現象だろう。
(母さんも、兄さんが自衛隊に入隊して家を出て行った時、こんな気持ちだったのかなぁ…?)
今は家にいない、自衛官の兄を思いだしながらそう思う京佳。寂しさと、どこかやりきった感。心に隙間があるような気持ち。
(ま、白銀が成長したみたいで何よりってやつかな)
少しだけ後方師匠面みたいな感じになった京佳は、バス停に停まったバスに乗り込み、家へと帰るのだった。
そして、京佳がこの胸の痛みが本当は何なのかを知るのは、もう少し後になってからである。
おや?京佳さんの様子が?
矛盾点や変なところあったら言ってくれると助かります。割とテキトーに書いてたりするので。
次回もほどほどの頑張って書ききりたい。
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白銀圭と立花京佳
この時期は手先が冷たくなって辛い。カイロでも買っとこう。あと暖かいコーヒーとか。
夏休み。
それは多くの学生にとっての至福の時間の事である。海水浴や山登り。花火大会に世界最大の同人誌のイベント。そういった様々なイベントを思う存分に楽しめる時間が、夏休みだ。
残念ながら、現代社会を生きる社会人には学生程の夏休みは無いのだが、それでも誰だって楽しみたいのが夏休み。
そして当然秀知院も、現在夏休みに突入している。1学期最後の終業式の日、生徒会長からは『夏休みは1回だけ集まるけど、それ以外は特に予定ないから好きに過ごしてていいよ』と言われた1年生の3人は、言われた通りに思い思いの夏休みを過ごしていた。
龍珠は自宅の自分の部屋で、冷房をガンガンに効かせながらゲームを。
白銀はこの時期しか出来ない時給の良いバイトと、図書館での猛勉強を。
そして京佳は本日、他校に通っている友達の恵美と一緒に街ブラでもしようとしていたのだが、
「どーしよっかなー……」
その恵美が来ず、待ち合わせ場所の噴水前で1人立ち尽くしていた。
本来なら、今頃は京佳は恵美と共に遊でいる筈だったのだが、待ち合わせ場所に着いた時に、恵美から電話がきた。
『ごめん京佳!家の用事で急に出かける事になっちゃったの!!』
それも断りの電話が。
家の用事なら仕方が無いとし、京佳は恵美を怒る事も無く電話を切った。だが、せっかく家から電車に乗ってここまで来たのに、このまま直ぐに家に帰るのはもったいない。そこでこの後どうしようか、1人で悩んでいるのだ。
(映画でも行くか?でも1人で映画に行くのはなぁ…ならどこかの喫茶店で食事?いや、何か食べるにはまだ早い時間だ。ならウィンドショッピング?でも1人ではなんかなぁ…)
色々考えてみるが、どれもしっくりこない。その間にも、夏の日差しが京佳を照らし、京佳は汗をかく。
(ここでずっと立っていても仕方が無い。せめて空調の効いたどこかに行こう)
熱中症になったら大変だと思い、とりあえずどこかの建物の中に入ろうとした時、
「―――」
「―――!」
「ん?」
何やら争っているような声が聞こえた。
(何だ?)
野次馬根性で京佳が声のした方に行ってみると、
「だからさ!ちょっとそこで一緒にご飯食べようって言ってるだけだって!本当に変な事しないから!」
「いや、本当にそういうのいいんで…」
「そんな事言わずに!奢るから!」
「あの、しつこいんですけど…」
そこにはチャラそうな男子と、見覚えのある女子がいた。
(あれって、確か白銀の妹さん?)
男子は全く知らないが、女子の方は知っている。1学期に白銀の家で出会った、白銀の妹だ。どうやら、しつこく言い寄れているみたいである。
(ナンパ、だろうな)
夏は若者が開放的な気分になる為、こういった出来事が起きやすい。これが恋人探しのナンパならまだしも、世の中には下種な考えを持った者も少ないくない。
(よし。いくか)
そして京佳は白銀の妹を助けるべく、動く事にした。
(本当最悪。ていうか視線がキモイし…)
白銀圭は困っていた。本来なら、既にこの場にはおらずに出かけていた筈なのに、こうして妙な男に絡まれているからだ。
友人を待っていたら、同年代くらいのチャラそうな男子に突然話しかけられて、食事に誘ってくる。それに付き合う義理も無いので速攻で断ったのだが、相手が本当にしつこい。
あと目つきがやらしい。夏なの普段より薄着の圭の胸や腰回りを嘗め回すように見てくる。完璧そういう目的だろう。
(あーもう。いっそ助けてーって叫ぼうかな)
周りには大勢の人がいるので、叫んでみようと考えていた時、
「ちょっといいかな?」
「え?」
「あ?んだ…よ…」
チャラそうな男子と圭が話しかけれた。
「その子が困っているだろう。それ以上はやめておけ」
2人が振り向くと、そこには女子にしては身長が高く、物騒な眼帯をした女子がいた。パッと見、まるで傭兵や歴戦の戦士に見える。
そしてそんな女子を見たチャラそうな男子は、
「す、すみませんでしたぁぁぁぁぁ!!」
その場から全速力で逃げ出した。
「えー……」
呆気に取られる圭。今まで散々しつこく言い寄ってきたくせに、物騒な見た目をした人に話しかけられた時点でこれだ。別にそういう意味じゃないが、もう少し粘れよと思った。
(やっぱり逃げたか)
そして2人に話しかけてきた女子こと京佳は、この展開に納得していた。自分の見た目が怖がれているのは知っているので、大抵の人はこうなるからだ。
「大丈夫か?」
「は、はい。大丈夫です。あの、助けてくれて、ありがとうございます…」
圭に話かける京佳。圭もそれに合わせ、緊張しながら京佳にお礼をいう。
「えっと、確か、立花さんですよね?」
「そうだよ。そういう君は、白銀の妹さんだったよね?」
「はい。白銀圭と言います」
およそ1月ぶりの再会。しかも最初の出会いは、時間にすると10分も無い。なので圭は改めて自己紹介をした。
「それで、どうしてここに?誰かと待ち合わせかな?」
「はい、そうだったんですけど…」
京佳にここにいる理由を聞かれ、圭は静かに話しだす。
圭は本日、秀知院に入学して初めてできた友達である藤原萌葉という子と一緒に映画に行く予定だった。というのも、数日前に映画のペア鑑賞チケットを福引で当てたのだ。
レディスデーでも1000円する映画をタダで観れるとあって、圭は萌葉を誘って映画に行くことにした。
しかし、いざ待ち合わせ場所に着いた時、入学祝いに契約した圭のスマホに萌葉から連絡がきた。
『圭ちゃん本当にごめん!お父様の用事で、急遽北海道に行くことになっちゃったの!!』
それは今日の遊びの予定が駄目になったという連絡。萌葉は何度も何度も謝っていたのだが、圭は家の用事なら仕方が無いと思っていたので、全然気にしていなかった。
その後、1人で映画を観てもつまらないと思ったので、そのまま家に帰ろうとしていたのだが、そこで先ほどのチャラそうな男子にナンパされたのだ。
(私と一緒か…)
京佳はナンパされていないが、それ以外は概ね一緒。奇妙な偶然である。
「まぁ、夏はああいった人が湧きやすいから、気を付けるんだぞ」
ナンパも撃退したので、京佳はその場から立ち去ろうとしたのだが、
「あ、あの!」
「ん?」
圭に呼び止められ、足を止めた。
「その、もしよければ、一緒に映画行きませんか?」
「え?」
「えっと、この間、初対面だったのに失礼な態度取っちゃって、そのお詫びをと思って…」
圭は申しなさそそうに言う。1月前、圭は初めて京佳を見た時、兄が女を連れてきたという事実に驚いてしまい、同時に緊張してしまった。
結果、圭は京佳に対してどこかぶっきらぼうにしてしまい、失礼な態度を取ってしまったのだ。
「ああ、あれか。私は気にしてないからいいんだけど」
「いえ。私が気にするんです。どうか、お願いします」
兄にも言われたが、圭はあの時の事をしっかり謝りかった。でもただ謝るだけでは気が済まない。そこで今手にしている映画の鑑賞券だ。どうせ萌葉は来れないし、映画の鑑賞券の有効期限もそう長くない。なので圭はお詫びの意味を込めて、京佳をこうして映画に誘ったのである。
「いや、でも…」
「お願いします」
頭を下げて再度お願いする圭。
「……わかった。なら、お言葉に甘えて」
「は、はい!」
ここまで言われたら、流石に断れない。それに既に今日は暇を持て余している。どうせ何も予定は無いのだ。ならここは、圭の善意に甘えてもいいだろう。
「それじゃ、行こっか」
そう言うと京佳は、圭に手を差し出す。
「え、えっと?」
「あ、いや。この人込みだから、迷子になっちゃいけないと思ったんだが、迷惑だったかな?」
「い、いえ!よろしくお願いします!」
少しびっくりしたが、圭は京佳の手を取り、2人で映画館へ向かったのだった。
(紳士的…それに困っているのを助けてもくれた。もし男子だったら、私惚れちゃってたかも…)
道中、圭は京佳に手を引かれながらそんな事を考えていた。確かに見た目は少し怖いが、中身は真逆。こんな優しい人は、昨今の日本では珍しいかもしれない。
(やっぱり、人の事を見た目だけで判断しちゃいけないよね)
初めてであった時、圭は少し京佳を怖がっていた。なんせあの眼帯だ。誰だって初対面の時は怖がる。だが圭は、これを期に見た目で人を判断するのをやめようと決めたのだった。
「いやー、面白かったなー」
「はい。私も最後は手に汗握っちゃいました」
京佳と圭は、映画館を出て近くにあったベンチに座り談笑していた。2人が見た映画は、史実を元に作られた忍者と侍が戦う映画で、所謂時代劇である。
普段時代劇なんて見ない2人なのだが、そんな2人からしても面白いと思える映画だった。有名俳優が自ら身体張ってやったアクションも凄く、お金にしか興味がなかった忍者の主人公が愛に生きようと変わっていくストーリーも面白い。
特に最後の主人公と元仲間の裏切り者による決闘は手に汗を握る激闘であり、本当に見応えがった。
「そうだ圭さん。よければ、一緒にお昼でも行かないか?」
「え?」
談笑している時、京佳が圭に提案をする。時刻は13時。丁度お昼時である。一緒に映画まで観たのだから、この際にと思い京佳は圭をお昼に誘ったのだ。
「えーっと、その…」
しかし、圭の反応は芳しくない。
「あー…もしかして、迷惑だったかな?」
「いいえ!そんな事は無いです!そうじゃなくて…」
圭がこうやって言いよどむのは、何も京佳が嫌な訳じゃない。
単純にお金が無いからだ。
白銀家は貧乏である。おかげで普通の学生が友達とファミレスで食事をしたり、カラオケで歌ったりという遊びが簡単には出来ない。元々萌葉と一緒に映画を観た後も、そのまま足早に帰るつもりだった。なので京佳の誘いは嬉しいのだが、それを直ぐに受ける事出来ずにいる。
「何か悩みがあるなら言ってくれ。悩みっていうのは、誰かに言うだけでもスッキリしてりするし」
「うぅ……」
京佳はそんな圭の様子を見て、何かに悩んでいると察する。なので話を聞く事にした。圭を見て、どこかほっておけないと思ったからでもある。
「えっと、恥ずかしい話なんですが…」
圭は恥を忍んで話す事にした。自分の家が貧乏なため、簡単には外食が出来ない事。だから誘いは嬉しいけど、簡単に頷けない事。
「そうか…」
「……」
全ては話した圭は、俯いてしまう。
(本当最悪…折角良い気分だたのに、お金が無いせいでこんな…)
圭は貧乏を憎んだ。別にお金持ちになりたい訳じゃない。ただもう少しだけ、お金が欲しいだけ。そんな圭を見ていた京佳は、
「なら昼食は私が奢るよ」
「え?」
圭に昼を奢ると言い出すのだった。
「そ、そんな!悪いですよ!それに私、別にそんな事して欲しくて言った訳じゃ…!」
圭は慌てる。
よく考えたら、こんな話をしたらまるで奢って欲しいと暗に言っているようなものに感じられてしまう。流石に出会って間もない京佳にそんな事させられない。なので断ろうとしたのだが、
「実はな、圭さんのお兄さんには本当にお世話になっているんだ。なのでこれは、私なりの恩返しのひとつと思って欲しい」
「あ、兄のお世話に…!?」
「ああ。だからどうか私に奢らせてくれ。頼む」
「頭を上げてください!わかりました!わかりましたから!!」
京佳に半ば押し切られる事になり、圭は奢られる事となったのだ。
「それじゃ、行こうか。あのファミレスでいいかな?」
「は、はい…!」
こうして2人は、目についたファミレスへ入っていくのだった。
「あの、本当にありがとうございます。奢っていただいて」
「気にしなくていいよ」
ファミレスで昼食を食べ終えた2人は、映画後のベンチでの時と同じよう談笑をしていた。
「ところで立花さん。兄とはどういった経緯で友達に?」
圭はこの際にと思い、思い切って聞いてみる事にした。京佳と兄御行が自宅で一緒に勉強していた時に話したので、2人が友達であることは知っている。
しかし、いくら勉強をする為とはいえ、普通男の家に女が行くとは思えない。そこでもしかすると、2人のうちどっちかが、友達以上の関係を望んでいるのではないかと思った。
もし本当にそうなら、その辺の事を是非聞きたい。なので先ずは、2人の慣れ添えを聞いてみる事にした。
「お兄さんとは、入学して直ぐの昼休みの校舎裏で出会ったんだが…」
圭に聞かれ、京佳は話し出す。校舎裏でぼっち飯していたら、白銀に出会った事。その後、色々あって秀知院での初めての友達になった事。一緒に生徒会に所属した事。
そこから更に様々な事を話した。
「そうそう。そういえば、1学期に生徒会室にカラスが入ってきた事があってね。外に逃がす為に白銀がカラスを捕まえようとしたら、思いっきり嘴で手を突かれたんだよ。そしたら白銀は『はっびゃあぁぁぁ!?』って聞いた事の無い声出しながら痛がってね」
「ぷ!おにぃだっさ。あ、ださいって言えば、おにぃって夏休み始まってすぐの頃、何も無いところでこけたんですよ。しかもその時、蝉の死骸が運悪く口に入っちゃって、そのまま大急ぎで洗面台で30分もうがいしてましたよ」
京佳につられて、圭も兄の話をする。気が付けば、映画を観ていた時間より長く2人は話していた。
「あ。もうこんな時間か」
「え?……あ」
スマホで時間を確認すると、夕方の4時半。夏なのでまだ外は明るいが、そろそろお開きにしておかないといけない時間だ。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「そうですね」
「あ、圭さん。バス停まで途中まで送るよ」
「え。でも」
「いいから。1人じゃ何かと物騒な世の中だし。それにまた、昼間のような人が来るかもしれないだろう?」
「あーー……それじゃ、お願いします」
またあんなしつこいナンパは勘弁な圭は、京佳の言葉に甘える事にした。そして2人並んで街中を歩いていく。
(本当に良い人…)
バス停までの道のり、圭は京佳をふと見ながらそんな事を思っていた。
今日1日、一緒に遊ぶことになった京佳。最初見た時は少し怖そうな人と思っていたが、今は全くそんな事思わない。というか思えない。話して分かったが、京佳は本当に善人だ。こうして、危ないからという理由でバス停まで送ってくれているのがその証拠だろう。
(スタイルも凄く良いし、顔だって整ってるし、おにぃが勉強を教えて貰っていたって事は頭も良いよね。え?この人凄くない?)
思い返すと、京佳のハイスペックぶりに驚くばかり。もしこれで料理や洗濯といった家事全般ができればパーフェクトだろう。
(ひょっとして、おにぃって立花さんにホの字だったりしない?)
こんな美人を、ただ勉強を教えて貰いたいからという理由で家に呼ぶだろうかと思う圭。もしかすると、兄は京佳が好きだから家によんだのではと考え出す。
(いや流石にまだ無いかな)
だがあの兄が、そう簡単に家に好きな女を連れ込みなんてしないだろうと思い、その考えを捨てた。
「あ。ここでいいかな?」
「はい。大丈夫です」
考えに耽っていると、圭の家がある方へ向かうバスが出るバス停にたどり着いていた。
「えっと、流石にここまでで大丈夫なので…」
「そうか?せめてバスが来るまでいた方がいいかと思うんだけど」
「お気持ちは本当にうれしいですが、流石にそこまでお世話になる訳にはいかないので」
「うん、そうか。ならここまでにしておくよ」
圭が強くそういうなら仕方が無いとし、京佳も帰路につく事にする。
「あ、立花さん」
「ん?」
しかしその直前、圭は京佳を呼び止めた。
「これからも、兄と仲良くしてください」
そして頭を下げながらそんな事を言ったのだ。
「勿論さ。むしろこっちからよろしくしてもらいたいからね」
当然だが、京佳はその気だ。なんせ初めての秀知院での友達である。それを無下にするつもりなんて、最初から無い。
「それと、私の事は圭でいいですよ」
「え?圭さん?」
「圭です」
「け、圭ちゃん?」
「圭です」
「け、圭?」
「はい」
どこか満足そうな顔をする圭。
「なら、私の事も名前呼びで構わないよ」
「え!?いいんですか!?」
「ああ。だって不公平だろ?」
「そ、それじゃあ、京佳さん」
「ああ」
そして京佳も名前呼びをさせていい事にした。たった1日でここまで距離が縮まったのは奇跡かもしれない。
「それじゃ、また」
「ああ。気を付けてね」
丁度その時にバスが来たので、圭はそれに乗り込み帰路に着く。バスが発進し、京佳が見えなくなるまで、圭は京佳に手を振っていた。
「さて、私も帰るか。しかし、楽しい1日だったな」
なんの因果か、白銀の妹である圭と過ごす事になった1日。しかし、凄く楽しい1日になった。出来れば、また一緒に遊びたいと思える程に。
そんな少し浮かれた気分で、京佳も帰路につくのであった。
(それにしても、本当に綺麗で良い人だったな…)
バスの中、圭は京佳の事を考えていた。眼帯をして少し怖い人相ではあるが、根は凄く優しくて良い人。できればもっとお近づきになりたい。変な意味じゃなくて。
(でも、おにぃの初めての友達かぁ…)
思う浮かべるは兄の事。少し卑屈で、目つきが悪いあの兄に出来た初めての秀知院での友達。あんな良い人と友達になれた兄は本当に運が良い。下手したら、在学中ずっとぼっちだったかもしれないし。
(もしかすると、京佳さんが私の義姉になるのかも)
異性の友情は成立しない。この前見たテレビでそんな事を言っていたのを圭は思い出す。もし本当にそうならば、兄は何時の日か、京佳と付き合う事になるかもしれない。
(なーんてね。流石にそれは気が早すぎるか)
しかし流石にそれは恋愛脳が過ぎると思い、その考えを圭は消す。そして今日の夕飯は何かと考えながら、圭はバスの中から外の街並みを眺めるのだった。
(それはそれとして、やっぱり大きかったなぁ…羨ましい…)
その道中、京佳の胸が圧倒的質量を持っているのを思い出して、少しだけヘコんだ。でも大丈夫だろう。だって圭はまだまだ成長期なんだから。
夏休みの話はこれだけで終わりです。次回は一気に時間を進めて、1年生2学期の白銀の生徒会長選挙辺り書く予定です。
秀知院コソコソ噂話。
圭をナンパしていた男子は、夏休みデビューを目論んでナンパをしたけど、それが失敗したので裏切らない2次元に方向転換したぞ。でも翌年の夏のアニメイベントで出会った女子と意気投合して、10年後に結婚したぞ。
そして本作では2度と出番はないぞ。
次回も頑張りたいですね、はい。
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白銀御行は生徒会長
(眠い…ていうか気持ち悪い…)
夏休みがあっという間に終わり、2学期が始まって数日、白銀は絶不調だった。寝不足で頭がぼーっとするのと同時に頭痛もする。更に目の奥がジンジンと痛み、そのせいで吐き気もする。
普通、こうなったら直ぐに休むべきなのだが、今の白銀にそれは出来ない。何故なら、あと数日で期末テストがあるからだ。
(今度のテストだ。今度のテストで俺は、四宮に勝ってみせないと…!)
白銀の目標の1つ。それは、テストでかぐやに勝つこと。その目標の為に、夏休み中の白銀は死ぬ気で勉強をした。平均睡眠時間が3時間と聞けば、その必死さがわかるだろう。
だがこれほどの努力をしないと、秀知院のテストで1位になんてなれない。1位になれないと、かぐやに認識されない。そんなのは嫌だ。
だから白銀は頑張った。人生で1番っていうくらい頑張った。
(あ、やばい…少し眩暈が…)
だが流石に限界が近い。人間は、極度の睡眠不足になると体に異常を起こすのだ。
治す為には寝ないといけない。
でもあと数日でテスト。ここで踏ん張らないと、テストでかぐやに勝てない。そうやってフラフラしていると、
「っと…白銀、大丈夫か?」
「え?」
京佳が白銀の肩を支えながら話しかけてきた。
「ああ。大丈夫だ」
「嘘つけ。顔真っ青だぞ。ていうか目怖」
白銀は何とか立つが、素人目に見ても顔色が悪い。あと目つきがヤバイ。流石にこんなの、誰でも心配する。
「とりあえず保健室へ行こう。1度ベットで寝た方がいい」
「いやそれは大丈夫だ」
京佳が白銀を休ませようとするが、白銀はそれを断る。
「ここで寝る時間なんて無いんだ。あとほんの数日頑張らないといけなんだから」
「そこまで頑張る必要があるのか?体を壊したら元も子もないぞ?」
「若い内に努力しておかないといけないって言うだろ?俺は今がその時なんだよ」
「う、うーん…」
普通なら、のまま無理やりにでも白銀をベットに寝かした方が良いのだろうが、白銀の必死さが伝わったのか、京佳もそれは躊躇する。
「兎に角、俺は大丈夫だ。コーヒー飲んだら治るし」
「それ絶対に治ってないから。麻痺してるだけだから」
カフェインの過剰摂取で、白銀は危ない方向へ行きそうになっていた。このままだといずれ、カフェイン中毒で死ぬかもしれない。
そして歩き出そうとしたその時、
「ぶ!?」
「白銀ーーー!?」
白銀は足を躓き、廊下に顔から転んだ。
「大丈夫か白銀!?」
「だ、大丈夫だ…そんな事より早く問題集を…」
「いや流石にダメだ!悪いがこのまま保健室連れていくぞ!」
「ま、待って…大丈夫…本当に大丈夫だから…」
「ダメだ!せめて湿布くらい張らせてくれ!」
そして京佳は、白銀を無理矢理保健室へと連れていくのだった。
保健室
「全く。だから言ったじゃないか」
「すまん…」
保険医に許可を取り、京佳は白銀の頬に湿布を張る。とりあえずはこれで大丈夫だ。
「白銀。やっぱり少し寝た方がいいって」
「それは本当にいい。それにもうずっと徹夜してるから、今寝たら俺絶対に朝まで起きないし」
「……白銀。今何徹目だ?」
「……7徹?」
「寝ろ。死ぬぞ」
流石に酷い。いくらテストで1位になりたいから必死で努力しているとはいえ、これは酷い。
因みに、人が寝ないで過ごした最長期間は11日らしい。なおその人は、7日目あたりから幻覚をみていたとか。
「本当に大丈夫だ。家でコーヒー飲んだら眠気は消えるし」
「でもだな…」
「心配してくれるのは本当にありがたいって思ってるよ。でも、ここが本当に頑張りところなんだ。だから、寝る訳にはいかない」
白銀は目つきを一瞬だけキリっとさせ、奮起する。
「はぁ、わかったよ。でもテストが終わったら、しっかり寝るんだぞ」
「それは勿論だ」
まるで母親みたいな事を言いながらも、京佳は白銀をこれ以上休ませようとするのをやめる。ここまで覚悟ガン決まりなのだ。これを邪魔するのは白銀に悪い。
「そうだ。今渡しておこう」
「え?何を?」
何かを思い出したようで、京佳は鞄からある物を取り出した。
「はい。誕生日おめでとう白銀」
「……え?」
「あれ?もしかして、間違えてるか?確か今日だったと思ったんだが…」
それは綺麗に梱包された紙袋だった。そして京佳は、たった今『誕生日おめでとう』と言った。
そう。これは白銀への誕生日プレゼントなのだ。
「……」
だが白銀は何も言わない。もしかして、本当に日にちを間違えたのかと京佳が不安に思っていると、
「そうか…俺今日誕生日だったのか…」
「え?」
白銀は思い出したかのように呟いた。
「忘れていたのか?」
「いやだって、誕生日なんて、ここ数年碌に祝ってないし…」
白銀家は貧乏であるため、誕生日を祝うなんてお金のかかる事しない。というか出来ない。なので白銀は、自分の誕生日を完璧に忘れていたのだ。
「えっと、受け取っていいのか?」
「勿論。だってプレゼントだし」
「じゃ、じゃあ遠慮なく」
恐る恐る京佳からの、誕生日プレゼントを受け取る白銀。そしてゆっくり紙袋を開ける。
「これは、アイマスク?」
「レンジで温めて使うホットアイマスクだよ。この前、目が疲れているって言っていたから」
入っていたのはホットアイマスクだった。京佳曰く、何度も使えるエコな品らしい。
「……」
「白銀?」
白銀、固まる。ホットアイマスクを持ったまま、固まる。
「もしかして迷惑だったかな?だったら捨ててくれて構わないよ?」
京佳はそんな白銀を見て、プレゼントが気に入らなかったからだと思ってしまう。
「マジで嬉しい…」
「え?」
「いやマジで嬉しい…!本当にありがとう立花…!」
「え?泣いてる?」
しかし白銀は、本気で嬉しがっていた。泣きそうな程、嬉しがっていた。
「さっきも言ったけど、俺ほんとに何年も誕生日何て祝ってなくてさ…だから、これ本当に嬉しいんだ…マジでありがとう立花…」
「え、えっと、嬉しいなら、いいんだけど…」
流石に予想外の反応だったので、京佳もビビる。そして白銀は決めた。このホットアイマスクは大事に使おうと。
「っと悪い。そろそろ時間だから俺帰るよ。立花。プレゼント、本当にありがとう」
「あ、ああ…」
白銀は受け取ったプレゼントを再び紙袋に入れると、足早に帰宅した。
「まぁ、嬉しいならいっか」
そして京佳も、本人があれだけ嬉しがっているのならいいと思い、帰宅するのだった。
「ん?」
だがその途中、ある人物が目に留また。
「ふぃ~。重くてまいっちゃいますねこれ」
部室棟近くの廊下。頭に黒いリボンを付けたピンク髪の女生徒が大きな箱を2つ、両手で持って歩いていた。箱の中には、彼女が所属しているTG部で使う新しいゲーム。この前顧問にお願いして購入したものだ。
しかし、思っていたより重い。おかげで何度も休憩しながら、TG部の部室へと向かう羽目になっている。
「手伝おうか?」
「へ?」
「いや、重そうにしていたから、それを持つの手伝おうかと言ったんだが…」
そんな彼女を見かねた京佳が、荷物を持とうかと尋ねる。しかし内心は不安な京佳。なんせ自分の見た目がこれだ。これまでも初対面の人にはほぼ全員怖がられてきている。
心配で声をかけたものの、この子も怖がって逃げてしまうかもしれないと思ったが、もう遅い。そうやって京佳が不安がっていると、
「いいんですか!?ならおねがいします~!!」
ピンク髪の女生徒は、笑顔で京佳の厚意に甘える事にした。
「え…?あ、ああ。なら上の方の箱を持つよ」
「ありがとうございます!」
思いがけない反応に面食らった京佳だったが、直ぐに女生徒が持っている箱のひとつを
持つ。
「これは、どこに運べば?」
「TG部の部室です」
「わかったよ」
「それにしても身長凄いですね~。何cmあるんですか~?」
「この前計ったら179cmあった」
「なんと!もしやバレー部か女子バスケ部の方ですか!?それならその身長も納得です!」
「いや、部活には所属していないよ。生徒会の仕事が忙しいし」
「おお!生徒会に所属しているんですねか!?凄いですね!!」
そして2人は会話をしながら並んで歩き出す。話しかけるのは、もっぱらピンク髪の女生徒の方だが。
しかし京佳は別に迷惑に思っていない。むしろ、この会話を楽しんでいた。白銀とも龍珠とも違うタイプの彼女に、新鮮さを感じたからである。
「あ、ここが部室ですよ~」
あっという間にTG部の部室へ到着する。そしてピンク髪の女生徒は、器用に片手で扉を開け、手にしていた箱をテーブルの上に置く。京佳も同じように、持っていた箱をテーブルに置いた。
「ありがとうございました~。本当に助かりましたよ~」
「構わないよ。それじゃ、私はこれで」
長居は無用と思い、京佳はその場からそそくさと出ていく。そもそも出会って数分だ。そんな自分が、あまりここに長居するのはよくないだろう。
部室に残ったのは、購入した新しいゲームの入った箱2つと、ピンク髪の女生徒のみ。
「いやー、初めて話しましたけど、良い人ですねー。見た目は少しおっかないですけど」
そして彼女の、京佳に対する好感度が上がったのだった。
「四宮、今度の期末テストで俺と勝負しろ。もしも俺が負けたら、何でも1つ言う事を聞いてやる」
別の日の放課後、白銀は廊下に偶然いたかぐやにそう告げる。
「いきなり何ですか?というか誰ですかあなたは。突然そんな事を言われても知りません。勝負がしたいなら別の人とでも勝手にしていて下さい」
そんな白銀を、かぐやは怪訝な顔をして見ていた。でも仕方が無い。突然、名前も知らない男から勝負をしかけられたのだ。そりゃそうもなる。
そしてそのような訳のわからない勝負に付き合う義理も無い。なのでかぐやは、白銀を無視して行こうとしたのだが、
「お前負けるのが怖いのか?とんだ臆病者だな」
「……は?」
白銀の煽りに反応し、足を止めた。
「不調法者ね……名を名乗りなさい」
先程とは違い、今度は静かに怒った顔をして、かぐやは白銀を睨め付けながら名前を尋ねる。
「生徒会庶務、白銀御行」
「白銀さんですか。その勝負受けてあげましょう。ただし、貴方が負けたら本当に何でも言いますよ?いいですね?」
「ああ、こっちこそ受けて立つ」
「それと、もしも貴方が勝利したのなら、逆に私が貴方の願いを何でも1つ聞いてあげます。それでお互いフェアになりますし」
「そうか。ならその言葉を忘れるなよ」
「勿論です。でも、あとで泣いて謝っても遅いですからね」
普段、こういった勝負はしないかぐや。例え勝負をするにしても『敗北も処世術のひとつ』とかぐやは考えているため、本気で勝負をする事など無い。
だが今回は違う。ここまで大げさに喧嘩、もとい勝負を売られたのだ。これを買わない、もしくは受けないなんてかぐやのプライドが許さない。なので今回のテスト、かぐやは珍しく本気も本気で挑むと決めた。
(叩き潰してあげますよ…)
こうしてかぐやは、明日の期末テストに全力で挑むのだった。
数日後。
廊下には、1年生の期末テスト成績上位者50名の名前が掲示板に張り出されていた。何時もなら特に騒ぐような事でもない。だって上位陣は大体同じ名前しかいないのだから。
しかし、今回は違った。
「うっそ……」
1位 白銀御行 四九二点
2位 四宮かぐや 四八九点
そこにはあの四宮かぐやを2位に追いやり、1位に名前を刻む生徒がいたのだから。
「四宮さんが、2位?」
「そんな…!一体どういう事!?」
「誰だあの1位の白銀って奴?」
「さぁ?私は聞いた事ないけど…」
「俺知ってる!確か生徒会に所属している奴だ!」
周りの生徒達も同様する。今まで1位を独占してきたかぐや。それが突然、名前も知らない生徒に負けたのだから。
「そん…な…」
そして、当のかぐや本人は唖然としていた。というより、かなり大きなショックを受けていた。慢心も油断もしていない。文字通り全力で挑んだ今回のテスト。それなのに、負けた。
「っつ……!!」
これは敗北だ。四宮かぐやにとって、真の意味での敗北だ。こんな結果、プライドの高いかぐやには到底受け入れられない。かぐやはつい、手に力を入れて握りこぶしを作る。それこそ、血がにじみ出るくらいに。
「おめでとう白銀」
「ありがとう立花」
「それにしても、本当に凄いな。学年1位だなんて」
「ま、俺も本気を出せばこんもんだよ」
「それはそうと、今日はしっかりと寝るんだぞ」
「勿論だ。9時には寝とくよ」
そんなかぐやの心情など知らない白銀と京佳。2人はテスト結果を話ながらその場を立ち去ろうとしていた。京佳は素直に白銀の成績に関心し、白銀はかなりほっとしていた。
もしこれでかぐやに負けていたら、目も当てられなかったからである。因みに京佳は今回19位だ。前回より少し下がってしまっている。
「あれが、白銀?」
「初めて見るな。もしかして混院か?」
「いやだとしても凄いぞこれ。四宮さん以外が1位になるなんて初めてじゃないのか?」
「だよな。あの白銀って奴すげーよ」
周りにいた生徒達も、うっすら聞こえた会話から白銀が誰であるかを把握。殆どが中等部、もしくは初等部からエスカレーター式で高等部へ進学している生徒達にとって、白銀御行なんて見覚えが無い。恐らくは高等部からの外部入学、混院の生徒だろうとあたりをつけた。
だがそんな事より、その白銀があの四宮かぐやに勝利した事の方に興味をひかれる。だってとんでもない下剋上なのだ。
そしてこの日を境に、大勢の生徒が白銀という生徒を認識するようになっていくのだった。
「ところでさ、さっき白銀の隣にいた女子誰だ?えらい身長高かったけど」
「さぁ?あの子も混院の生徒なんじゃない?」
「つーか何だよあの眼帯。こっわ…」
「あ、私知ってる。C組の立花さんって子だよ」
「確か、龍珠さんと仲が良いんだっけ?」
「え?マジで?じゃあ、あいつも龍珠の関係者なのか?」
「そうなんじゃない?だってあんなに物騒な見た目だし」
「うっわ、最悪じゃん。なんでこの学校にそんな危ない人が2人もいるんだよ」
同時に、白銀と一緒にいた京佳も大勢の生徒に認識されるようになる。最も京佳は、既に色々と噂のある子だったので、白銀より認知度はあるのだが。今もこうして、見た目が怖い物騒な子という噂をする生徒がかなりいる。
しかしそんな時、
「やめようよ」
『え?』
「人の見た目や、誰かと仲が良いからとかいうだけで、そういう事言うのやめようよ」
「そうだよ。私達、少し前に立花さんと話した事あるけど、すっごい良い人だったよ」
そんな噂をしている生徒に、噂話を静止するよう言う者が2人現れた。その2人は以前龍珠に言われ、京佳に色々龍珠の事を悪く言っていた京佳と同じクラスの女生徒達。あれから2人は、頻度こそ多くはないが、京佳や龍珠にあいさつをするようになっていた。
最初こそおっかなびっくりではあったが、何度もあいさつをして軽い会話をするうちに、2人が特に物騒だったり怖かったりしない人物だと理解する。
そしてそれからというもの、噂や見た目で人を判断しないと心に決めたのだ。所詮、噂は噂でしかないから。
「え、えっと…」
「急にこんな事言ってごめん。でも、そういうの、やめよ?」
「いや、でもさ…」
だがそれでも人の見た目は重要だ。人は見た目が7割なんていう言葉もある。いくら2人がそう言っても、簡単には判断できない。
そんな時、
「そうですよ~。人をそうやって判断しちゃいけませんよ~」
『ふ、藤原さん!?』
男女共に人気のある女生徒、藤原千花が現れた。
「私ついこの間、立花さんに荷物を運ぶの手伝って貰ったんですよ。もしも本当に悪い人だったら、絶対にそんな事しないと思いますよ?それに話した事も無いのに、噂だけで人を判断するのはダメですって。そんなの酷いじゃないですか」
「ま、まぁ…それは…」
「そう、だよね…」
人望のある藤原に言われてしまえば、流石に反論できない。その後その場にいた者たちは、少なくとも暫くの間は白銀や京佳の事を悪く言うような事はやめたのだった。
生徒会室
「いやー、凄いね白銀くん。まさか本当に1位を取るなんて」
「お前、マジですげーな。素直に褒めてやるよ」
「そうだな。本当におめでとう白銀」
「ありがとうございます」
「まぁ、テスト前の白銀は少し怖かったが…」
「「あー…」」
「いや、あーって…」
生徒会室では、生徒会役員の3人が白銀を褒めたたえていた。学園1位。これは本当に凄い事だからだ。
そしてなにより、あの四宮かぐやに勝利した事が凄い。龍珠ですら、嫌味のひとつもなく褒めているのがその証拠だろう。
「にしても、あと少しで生徒会も終わりだな」
「そうだな。何だかんだであっという間だったよ」
龍珠の言う通り、この生徒会もあと少しで活動終了。半ば強引に生徒会に入った龍珠だが、何だかんだで活動終了までは所属していたし、仕事もしっかりとこなしていた。
白銀と京佳も、ここでしか経験できない出来事を沢山経験できた。だが、それもあと少し。
「会長は、また生徒会長選挙に出るんですか?」
「そのつもりだよ」
そしてどうやら、生徒会長は再び生徒会長をやるべく、生徒会長選挙に出馬するらしい。実際、この1年間、彼はしっかりと生徒会長の責務を果たした。対抗馬がいても、土台の信用が違うので恐らく勝負にならないだろう。
「会長。よろしいでしょうか?」
「何だい白銀くん?」
だが、そんな彼に白銀は挑戦する事を決めた。
「1学期に俺に言っていた事、覚えていますか?」
「秀知院に新しい風を吹き込めるってやつかい?」
「その後のやつです」
「ああ、そっちか。勿論覚えているよ」
会長が言った事。それは『四宮かぐやの隣に相応しい男』の事だ。あの時会長は『生徒会長なら相応しい』と言っている。だからこそ白銀は、それを目指した。
「なので生徒会長、今こそ言わせていただきます」
そして今、やっとそれに手が届きそうになっている。ならば、白銀が取る行動はひとつだけ。
「次の生徒会長選挙で、俺は貴方に勝ってこの学校の生徒会長になってみせます」
それは宣戦布告。白銀は、目の前にいる会長に勝負をしかけた。それも、生徒会長選挙という勝負を。
「初めて会った時は自分に自信の無い子だったのに、成長したね白銀くん」
そんな白銀を見て、会長は心底感心した。あの時とは全く別人。今の白銀には、しっかりと自信が備わっている。これならば、生徒会長選挙も勝てるかもしれない。
「ならば僕はこう言おう。やってごらん」
「はい。やらせていただきます」
会長も、白銀からの挑戦を受けて立つ。これはまさに、白銀が乗り越えるべき壁。これを乗り越えないと、かぐやに相応しい男になんてなれない。だからこそ、全力で挑む。
「おー、まるで抗争直前みてーだ」
「物騒な例えだな。というか抗争って本当にあるのか?」
「あるぞ。詳しく聞くか?」
「……興味はあるけどやめとくよ」
そんな2人を、龍珠と京佳は紅茶を飲みながら見ていた。
半月後 生徒会長選挙 当日
「なぁ?どっちが勝つと思う?」
「やっぱ会長だろ?歴代でもあそこまで仕事が出来た人いないし」
「だよなー。でもさ、対抗馬の白銀って子も随分凄いらしいじゃん?」
「そう聞いてるけど、混院だろ?そういうのはなー…」
体育館には大勢の生徒が、これから行われる生徒会長選挙の為に集まっている。事前調査では、会長が7、白銀が3だった。
そもそもが成績優秀で、1年間完璧に生徒会長の責務を果たした男と、混院でつい最近まで殆どの生徒が名前を知らなかった男である。はっきり言って、白銀がこの選挙に勝つのはかなり難しい。
「はーい!応援演説をまかされた、子安つばめでーす!」
「うおおおおお!!」
「きゃあああ!つばめ先輩ーーー!!」
会長の陣営は応援演説が始まり、それが終わればいよいよ白銀の演説だ。そんな白銀はというと、
「ひゅーーー!ひゅーーー!」
舞台袖で過呼吸になっていた。
「大丈夫か白銀?」
「な、何がだ!?全然大丈夫だひょ!?」
「落ち着け。とりあえず1度深呼吸をするんだ」
「今にも吐きそうな顔してんじゃねーよ」
ただでさえ勝率が悪い状況なのに、こんな状態では無理だろう。おかげで龍珠は、白銀が絶対に負けると思っていた。
でもしょうがない。だってもの凄く緊張しているから。それにこれは1発勝負。小さなミスさえ許されない。今までの人生でこれ程の大舞台なんて経験の無い白銀は、初めて経験する大舞台に緊張し、こうなっている。
「もうすぐ会長の応援演説が終わる。それが終わったら白銀の演説だ。今のうちに体調を整えておかないと負けるぞ」
「わ、わ、わ、わかっている!大丈夫!大丈夫だ!!」
「とてもそうは見えない」
「これもうダメだろ」
でもこれでは演説なんて絶対に無理だ。何とかしないといけない。それも、応援演説が終わるあと数分で。
(ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイ)
白銀はパニック寸前だった。テスト直前でさえ緊張して吐きそうになるのに、今の状態はその比じゃない。せっかくここまでこれたのに、これではチャンスを棒に振ってしまう。何度も深呼吸したり掌に人と書いて飲んではおるが、一切効果が無い。
『以上、子安つばめさんによる応援演説でした』
「あ…」
そして応援演説が終わる。この後はいよいよ白銀の番だ。
「い、いくか…!」
だが白銀はガチガチに緊張しているまま。まるでブリキの人形だ。
「白銀」
「え?」
そんな白銀に、京佳は自分の両手で白銀の顔を無理矢理自分の方へ向かせて話しかける。
「男なら、自信を持ってドンと胸を張って行ってこい!」
「立花の言う通りだ。ここで弱気になってんじゃ、一生お前は生徒会長になんてなれねーぞ。男を見せやがれ」
「……」
そして龍珠と共に発破をかける。時間があるのなら、もっと良い案の思いつくのかもしれないが、既に時間が全く無い状況ではこれが限界。
「ああ、行ってくる」
だがこれがよかった。というかこれでよかった。2人にそう言われた白銀は、すっと心が軽くなるのを感じる。一種に催眠状態なのかもしれないが、おかげで緊張が無くなった。京佳が両手を離したと同時に白銀は、今度はしっかりとした足取りで壇上へ歩き出す。
壇上に上がってきた男を、かぐやは静かに見ていた。
『1年生、白銀御行です』
彼の名前は白銀御行。かぐやをテストで初めて負かした男子生徒だ。従者である早坂愛に調べさせたところ、混院の生徒でありながら、前生徒会長直々のスカウトを受けて生徒会へ入ったらしい。
だがそんな事どうでもいい。重要なのは、かぐやに挑発をしテスト勝負を受けさせ、そして負けたという事実。
しかも負けた時には『何でも1つ願い事を聞く』という条件を出して。テスト後、かぐやは白銀にその事を聞きに行ったのだが、
『いや、今は保留で頼む。近いうちに言うから』
と白銀は言い、未だに白銀の願いは聞けていない。それ以来、かぐやは白銀を個体認識するようになり、そして次にテストでは絶対に負けないと誓った。
(それにしても…)
ふと、かぐやは壇上で演説している白銀に目をやる。
自信に溢れている。
テスト前に会った時も自信はあったように見えたが、今はその時よるずっと自信に溢れている。一体彼に何があったかはわからないないが、目を引かれる。実際、周りの生徒達も皆一様に白銀を見ている。
最も、それは白銀の雰囲気や演説内容だけじゃなくて、白銀がかぐやに勝ったという事実があるからこそなのだろうが。
(成程。その辺の無価値な雑草生徒では無さそうですね)
そんな自信溢れている白銀に、かぐやはもう少しだけ興味を持った。
(今朝食べた物戻しそう…)
尚、今の白銀は超頑張って虚勢を張っているだけだ。内心は今にも吐きそうだったりする。
『以上、白銀御行君の演説でした』
演説が終わった後、皆拍手をする。決して拍手喝采とはいえないが、それでも混院で無名だった生徒の立候補者の演説としてはかなり大きな拍手。
それはまるで、ここから始まる白銀の道を祝福しているようだった。
「おめでとう、白銀生徒会長」
「ありがとうございます」
結果は、白銀が僅差で勝利。まさかの大番狂わせがおき、体育館内は一時騒然となった。そして当選した白銀と、落選した前生徒会長は、生徒が帰った後の体育館で話をしていた。
「それじゃ、これを」
前生徒会長はそう言うと、何か箱を白銀に渡す。白銀が受け取った箱を開けると、そこには金で出来た触諸。
「これは…」
「それこそ、生徒会長の証である触諸だ。今度は君がそれを付ける番だよ」
そう言われ、白銀は慣れない手つきで触諸を制服に付ける。同時に感じる、触諸の重さに少し驚く。
「重いですね…」
「ま、純金で出来てるからね。でもそれだけじゃなくて、それがこの学校の生徒会長の責任と立場と歴史の重さと捉えて欲しい」
「責任の立場と歴史の重さ…」
長い歴史のある秀知院学園生徒会。そのトップである生徒会長は、生半可な立場では無い。本当に責任ある立場なのだ。
そして白銀は、その責任ある立場に今日立った。余程の不祥事でも起こさない限り、白銀はこれから1年間はこの立場で頑張らないといけない。
「白銀くん。君はこれから本当に忙しい日々を送る事になる。でも、今の君ならそれを乗り越えられると思っているよ。だから、どうか頑張りたまえ」
「はい!」
お世話になった前生徒会長に激励され、白銀は頭を下げる。
「会長。この半年間、本当にお世話になりました!」
「どういたしまして」
そして心から感謝の言葉を述べるのだった。
「じゃ、さっそくだけど、最初の仕事を教えておくよ」
「最初の仕事?生徒へのあいさつとかですか?」
「いいや。片付けさ」
「はい?」
「この体育館にある椅子、これを全部片づけるのが生徒会最初の仕事だよ」
白銀が後ろを振り向くと、そこには数百人分の椅子。これ全部を片付ける。普通にきつい仕事だった。
「あ、それと役員を決めないとね。最低3人いればどうにか生徒会が仕事ができるようにはなるよ。凄くキツイけど」
「あ、それは大丈夫です。既に決めていますし」
翌日 生徒会室
「では、今日から新しい生徒会を始動させてもらう」
「よろしくお願いします」
「はい~、よろしくお願いしますね~」
「ああ。皆よろしく」
そこには、新しい生徒会であるメンバーが生徒会室に集まっていた。
――――――
第67期 秀知院学園高等部生徒会
生徒会長 白銀御行
副会長 四宮かぐや
書記 藤原千花
庶務 立花京佳
――――――
本当は龍珠にも入って欲しかったのだが、本人がガチで嫌そうな顔をしていたので、仕方なく諦めた。
因みに京佳は、白銀が誘ったら『いいよ』と秒で生徒会に所属してくれた。
そしてやや不服そうな顔をしているかぐや。秀知院の生徒会長には、役員を自らの判断で決める事が出来る特権があるのだが、これはあくまで相手が了承してくれないと意味が無い。
かぐやも最初は生徒会に入るつもりなんて無かったのだが、白銀とのテスト勝負で『負けたら何でも1つ願いを聞いてあげる』という約束があった為、致し方なく所属。
そう。白銀はあの時の願いを『生徒会副会長をして欲しい』という願いに使ったのだ。
勿論、これはかぐやと一緒に生徒会に所属していれば、話す機会が多くなるからという欲望塗れの想いからである。
これで白銀は、想い人とかなりの頻度一緒に居る事ができるようになった。
尚、書記に任命された藤原千花については『かぐやと仲が良い友人』というのを聞き、もしかしたらかぐやの好きな物とかの話を聞けるかもと思い採用。
無論、私利私欲だけでは無く、本人たちの能力も考えて採用もしているが。
(ここからだ。ここから俺は必ず、四宮の隣に相応しい男となってみせる!!)
まだまだ生徒会長になったばかりの自分では、とてもじゃないがかぐやに釣り合わない。だからこそここから更に頑張って、誰も文句を言えないくらいの生徒会長になってみせる。そう決意を固めて、白銀の多忙な日々が始まったのだった。
因みに、白銀以外女子しか所属していなかったため、1部の生徒達から『ハーレム生徒会』と言われるようになり、それを聞いた白銀はちょっとだけ優越感に浸った。
やっと初期メンバー揃った。
因みに、白銀会長の応援演説は京佳さんがやりました。でも皆、彼女の見た目のインパクトのせいで、応援演説内容殆ど耳に入っていません。
そろそろ過去編も終わるかも。
次回も頑張って書きたい。
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四宮かぐやと氷解
あと本日は冬至ですね、カボチャ食べてゆず湯入らないと。
新生徒会が発足して早1ヵ月。白銀の生活は、多忙を極めていた。生徒会が発足して直ぐにある大きなイベントの体育祭。各部活動の予算審査。更にそれらの仕事をしながら自分の勉強とバイト。正直、その辺のブラック企業より酷いかもしれない生活を毎日送っていた。
だがその努力あってか、これまでミスらしいミスを何も起こしてない。体育祭は成功。予算審査は多少のもめ事がありはしたが解決。
そして勉強も、しっかりと授業についていけている。この前の小テストも満点だった。まさに生徒会長とでもいうような優秀な生徒に、白銀はなっていた。
しかしその一方、かぐやとの仲は全く進展していなかった。ほぼ強制に生徒会に所属したかぐやは、仕事は完璧にこなすのだが、それ以外で白銀と話そうとしない。生徒会室での会話も、殆どが生徒会の業務に関する会話だ。
白銀がなんとか頑張って世間話に持って行こうとしても、かぐやの方からそういった話を切っていく。おかげで全然楽しい会話なんてできない。
(どうすれば、四宮ともっと話せるんだろう…)
落ち込み気味に、書類に判子を押す白銀。せっかく生徒会長になれたのに、これでは意味が無い。早々にどうにかしないと、何の進展のないまま生徒会の活動を終えてしまうかもしれない。
「みなさーーん。コーヒー淹れましたよー!」
「ありがとうございます」
「ありがと藤原」
「いえいえ~」
新しい生徒会の書記である藤原が、全員分のコーヒーを渡す。
「はい。これは会長のです」
「おお、ありがと藤原」
「どういたしまして~」
にへーっと笑いながら白銀にもコーヒーを渡す。
(俺もこれくらいコミュ力あればなぁ…)
明るく元気で、誰とでも仲良くなれる藤原。そんな彼女のおかげで、生徒会はかなり明るい空気で過ごしていえう。もし彼女がいなければ、今の生徒会の空気はもっと悪かったかもしれない。白銀はそんな藤原の明るさを羨ましがりながら、コーヒーを飲む。
(あ。何時ものより濃くてうまい…)
ついでに、藤原の淹れるコーヒーはやっぱり上手いと再認識した。
一方でかぐやは、白銀を警戒しながら毎日を過ごしていた。突然自分にテスト勝負を挑んできて、その後どういう訳か生徒会長になった白銀。
そしてその時、白銀はかぐやを生徒会の副会長に任命した。これだけの事が、1月足らずで起こったのだ。何か裏があるのではと疑わない方がおかしい。
真っ先にかぐやが思いついた事が『白銀が四宮家に近づこうとしているのでは?』という事だった。優しい顔をしてかぐやに近づき、どうにか四宮家に取り入ろうとする。これまでの学校生活で、そういう生徒はかなりいた。
なんせかぐやの家はあの四宮家である。総資産200兆。ゆうに千を超える子会社を持つあの四宮家だ。
そして秀知院に通っている生徒の殆どは、どこかの会社社長や役員の子供。または政治家や官僚の子供である。そんな人達にしてみれば、自分の子供が四宮家の子供と同級生と聞けば、どうにかして子供を通じて伝手を作りたいと思うもの。
(どうせこの男もそんな連中と同じでしょう)
更に白銀の身辺調査をした時、白銀の家は酷く貧乏だと知った。そういった貧乏人が、どうにかして金持ちにすがるのはよくある話。なのでかぐやは、白銀もこれまでの連中と似たような理由で近づいてきたのだろうと思っているのだ。
(そもそも、無償で誰かに優しくするなんてありえませんしね)
それだけじゃない。そもそもかぐやは、白銀の事を全く信用していなかった。身辺調査の際、白銀が怪我をした野球部の部員を、肩を貸しながら保健室まで運んだという情報があった。その部員は、国内でもかなり大きい輸送会社の社長の息子だったので、最初この事を聞いたかぐやは、前に自分が血溜池でやった時と同じ事をしたのだろうと思った。
だがそれから、その男子生徒と白銀は全く会っていない。1度たりとも話してもいない。早坂は、ただ純粋に人助けをしたんじゃないかと言っていたが、そんな事をかぐやが信じる筈もなかった。
(その化けの皮、直ぐに剥がしてがあげますよ)
白銀の事をそんな風に思いながら、かぐやもコーヒーを飲むのだった。
「え?池の掃除ですか?」
「ああ。1学期にもしているんだけど、また池の周りが結構ゴミとかで汚れているらしくてな。今日の放課後に、生徒会のメンバー全員で掃除をする予定だ」
「でも白銀、私達は全員合わせて4人だぞ?流石のこの人数で掃除は無茶じゃないか?」
「そこは大丈夫だ。やるのはあくまで池の周りだけ。それならこの数でも十分だろう」
「成程。そういう事なら」
ある日の放課後、生徒会のメンバーは全員で池の掃除をやる事になった。場所はあの血溜池。
1学期に、白銀がかぐやと初めて出会ったあの池だ。
でも今回は1学期と違い、掃除するのは池の周辺。それなら4人でも何とかなるだろう。
「俺は1度掃除用具を取ってから行くよ。3人は先に向かっていてくれ」
「わかりました~」
「わかりました」
「了解だ」
こうして4人は2手に別れるのだった。
「あ!京佳さん!ちょっといいですか?」
「何だ?」
その道中、藤原が京佳にある事を聞く。
「白銀会長って、どんな人なんですか?」
「ん?それはどういう意味でだ?」
「いえ、私とかぐやさんは、まだ白銀会長と知り合って1月くらいしか経ってないので、生徒会以外での会長の事を教えて頂けたらと思いまして」
「ああ、そういう事か。なら、知っている範囲で話すよ」
それは白銀の人柄について。まだ生徒会が発足して1月程なのだが、京佳以外は白銀の事をそこまで詳しく知らない。なので藤原は、この3人の中では1番付き合いの長い京佳にその辺の事を聞いてみる事にした。
(ナイスよ藤原さん)
これはかぐやにとってもチャンス。身辺調査では知りえない事が聞けるかもしれないからだ。なのでかぐやは聞耳を立てる。
「そうだな。先ず優しいな。最近の世に中は誰かに優しく出来る人が少ないと言われているが、白銀はそれに当てはまらないと思うよ」
「あ、それは私も知ってます。私もこの間、会長に勉強教えてもらいましたし」
(ふぅん。藤原家にも伝手を作ろうとしているという事ですか)
かぐやは白銀を不信に思う。
「他には、結構負けず嫌いなところがあるぞ。意外と子供っぽいというか」
「へぇ~、それはいい事聞きました。今度TG部から何か持ってきて、会長に勝負を仕掛けて悔しがらせてみます!」
「いや悪趣味な」
(精神が幼稚と)
かぐやは白銀を見下した。
(それにしてのもこの子、随分と白銀さんを信頼してるんですね)
ふとかぐやは、藤原と話している京佳に目をやる。かぐやの中で、京佳は特に問題にならない生徒という認識である。生まれも普通。育ちも普通。どういう訳かあの龍珠桃と仲が良いらしいが、別に暴力団関係者でも無い。そんな普通の混院の生徒が京佳だ。
(まぁ、初日のあれには驚きましたが…)
だがかぐやは、京佳を事を『その他大勢の生徒』という認識ではなく、個体認識していた。その理由が生徒会が発足したその日、京佳が取った行動にある。
その日京佳は、左目の眼帯をかぐやと藤原の前で取ったのだ。
そして2人は、京佳の眼帯下の火傷跡を見て絶句。更にどうしてそんな事をしたのか聞いてみる。すると本人曰く『これから一緒に仕事をする仲間には教えるべきだと思ったから』と京佳は言う。
そんな京佳にかぐやは、やや不振に思いながらも好感を持った。これ程の秘密を、自分たちを信用して話してくれたのだ。もしかしたら、何か裏があるのではとも思ったが、京佳といくつか話すうちにそれは無いだろうと結論づける。
そういった京佳の行動のおかげで、かぐやの中で京佳は信用は出来るであろう人物という評価に収まった。
(ま、今は彼女より白銀さんですね。どういう思惑で私に近づいたのか、見極めないと)
だが今の優先事項は白銀である。なのでかぐやは、京佳の事は藤原に任せて、自分は白銀に集中しようとするのだった。
血溜池
「じゃ、さっさと終わらせて帰るぞ」
「了解しました~」
池についてすぐ白銀が竹ほうきやゴミ袋を持ってきたので、4人はそれぞれ血溜池周辺の掃除を始める。冬が近い事もあってか、落ち葉が多い。更に誰が捨てたかわからないゴミもある。これは中々時間がかかりそうだ。
(う、風が…)
かぐやが折角集めた落ち葉が風で散る。
(1度風が来ないところに集めましょう)
しかし直ぐにかぐやは行動を起こし、風が当たらない木の陰に落ち葉を集める。
「見て下さい京佳さん!カマキリの卵がありましたよーー!!」
「元あった場所に返してきなさい」
そのころ藤原はカマキリの卵を見つけていた。それもかなりデカめのを。
(それにしても、この私が池の周りのゴミ集めとは…)
普段の自分なら先ずしないであろう仕事。ある意味新鮮な体験ではあるが、ただそれだけ。別にこれを機に奉仕精神になんて目覚めるつもりもない。そもそも無償の奉仕なんてごめん被る。
だがこれは生徒会の仕事なので仕方が無い。白銀が言う通り、さっさと終わらせて帰ろうとかぐやは思うのだった。
(手が汚れましたね…)
一通りゴミや落ち葉を集めたかぐや。手を見てみると、土で少し汚れていた。なのでかぐやは、ポケットからハンカチを取り出して汚れを拭こうといする。そんな時、
「あっ!」
突風が吹いて、かぐやが手にしていたハンカチが飛ばされたのだ。
「ちょ、ちょっと!」
かぐやは珍しく必死な顔で追いかける。あのハンカチは、今年のかぐやの誕生日に早坂に貰ったものなのだ。かぐや自身、物に執着のある性格では無いが、せっかくの誕生日プレゼントのハンカチである。こんな不注意で失いたくない。
「あ…」
しかし、現実は無常。血溜池に掛かっている桟橋まで追いかけたのに、風に飛ばされたハンカチは、血溜池の水面に落ちて行った。
(泳がないと取れないわね…)
棒を持っても届かない距離。ボートでもあれば話は別だが、ここにそんなものある訳無い。
(早坂には、謝っておきましょう…)
早坂には悪いと思いつつも、かぐやは諦めた。そして今日の夜にでも、早坂にしっかりと謝ろうと決める。
「え?」
しかしその時、かぐやの視界に何かが写った。そしてそれは、勢いよく池に飛び込んで水しぶきをあげる。
「白銀さん?」
池に飛び込んだのは、生徒会長の白銀御行だった。よく見ると腰のロープ巻いて、それにペットボトルを括り付けている。
「よし!取れたぞーーー!!」
「藤原!力いっぱい引っ張れーーー!!」
「了解ですーーー!!」
白銀の号令と共に、京佳と藤原が力の限り白銀に巻かれているロープを引っ張る。すると白銀は、ゆっくりと岸に近づく。それを見ていたかぐやも、白銀が上がるであろう岸に向かって走り出す。
「ほら。今度からは飛ばされないように気をつけろよ」
「あ、ありがとう、ございます…」
びしょ濡れになった白銀は、かぐやに風で飛ばされたハンカチを渡す。
(いえ待ちなさい。これこそ彼の狙いなのでは?)
この時、かぐやにある考えが浮かんだ。それは1学期に自分がしたように、ここで恩を売るというもの。
このハンカチは、かぐやにとって大事な物だ。それを白銀は、態々池に飛びこんでまで取ってくれた。これは恩を売る最大のチャンスだ。少なくともかぐやならそうする。
「それで、私に何を望むんですか?」
単刀直入に聞くかぐや。こういうのは、相手に流れを持っていかれたらダメなのだ。主導権はあくまで自分が握らないと。
「……?何がだ?」
「え?」
しかし白銀はきょとんとしていた。
「いや、だってハンカチを池に飛び込んでまで拾ったんですよ?つまり、何か私にあるんですよね?」
「いや、別に無いけど…」
「は?」
今度はかぐやがきょとんとする。強いて言えばかぐやと仲良くなりたい白銀なのだが、そんな恩を売るような真似を彼がするはずもない。
「へっくしゅ!!」
「会長!そのままだと風邪ひいちゃうので今すぐ部室棟の温水シャワー室に行って下さい!」
「そうだぞ白銀。急いだほうがいい。残りは私達がしておくから」
「ああ、そうだな。じゃあちょっと行ってくる。あと頼んだぞ」
そう言うと白銀は、そそくさと温水シャワーを浴びに行った。
「じゃ、じゃあ…どうして?」
その場に残されたかぐやは混乱していた。何も対価を望まないのなら、どうして態々池に飛び込んでまでハンカチを拾ったのか。あれだけずぶ濡れになりながらも、どうして何も自分に望まないのか。
「ただの善意だと思うぞ」
「え?」
そんなかぐやの疑問に、京佳が答える。
「白銀は基本的に善人なんだよ。だからこうしたから対価をよこせとか言わないって。あれは本当に、ただ善意から来た行動だと私は思うよ」
それは無償の善意。見返りなんて求めない究極の善意の形。白銀は今、それを行ったのだと京佳は言う。
「それじゃ私達は掃除を再開するとしようか」
「わかりました~」
「え、ええ…」
京佳の言葉と共に、3人は掃除を再開する。だがかぐやは、心ここにあらずといった感じになっていた。
(ありえるの?そんな事が?)
今まで人を使う事を教えられ、誰かを助けるにしてもそれを無償では決して行わない。かぐやはそうやって生きてきた。
しかし白銀は、そんなかぐやとは真逆の行動を取った。無償の善意を行う人間なんて、この世に存在しないと思っていたのに、そんな人が存在した。
(白銀御行…)
初めて出会う存在。これまで出会った事の無い人。
もっと彼の事を知りたい。
氷のかぐや姫と呼ばれたかぐやの中に、とある感情が生まれる。それは白銀を意識すると胸が少し苦しくなり、愛しいと思うてしまう。
この日を境に、かぐやの白銀に対する疑惑は消えて、白銀に対して別の想いを向けるようになっていった。
そしてそれが、初恋と呼ばれる感情だとわかるのに、そう時間はかからなかった。
でもだからと言って、白銀と何か進展がある訳でも無い。あれからまた数日が過ぎた。その間、特に白銀と何かあった訳では無い。
というのも、どうしてもかぐやは素直になれない性格をしていたからだ。
ある時は、優しくしたいのに白銀を思いっきり引っぱたいてしまった。
ある時は、素直になりたいのに嘘で誤魔化した。
ある時は、心にもない事を言って白銀を陥れようとした。
(違う…こんな事したいんじゃないの…)
本当はしたくない。もっと普通の事がしたいのに、生まれついての性格のせいでどうしてもそれができない。
(どうすればいいの?)
悩むかぐや。そんな彼女に、ある光景が写る。
「会長!昨日テレビでやってた『世界のミステリー』って特番見ましたかー?」
「ああ、見たぞ。個人的には空飛ぶヤギが気になったな」
「あれですねー。もし本当にいたら面白いですよねー」
視線の先には、白銀と楽しく談笑する藤原。2人共、実に楽しげだ。そんな2人を見たかぐやに、また別の欲求が芽生える。
普通の女の子になりたい。
普通に笑ったり、泣いたり、叫んだりする、そういう普通の女の子になりたい。それは大昔に捨てた筈の欲求。でもそんな欲求が、かぐやの中に生まれ出た。
いきなり全部変えて普通になれるとは思っていない。何事も、地道にやってこそなのだ。なので先ずは、見えるところから変えてみようとかぐやは考え実行する。
「かぐや様、何ですかそれ?」
「似合ってるかしら?」
「いえ全然」
「……そうよね。これは無いって私も思っていたわ」
その日の夜、かぐやは藤原の髪型を真似してみた。藤原が普通の女の子かと言えるかは置いておくとして、あの明るい性格は学ぶところがある。
なので藤原の髪型をそっくりそのまま真似してみたのだ。でも似合っていない。全然似合っていない。これじゃ出来の悪いモノマネだ。
「早坂。私に似合う髪型って何があるの?」
「そうですね…」
そして早坂の手を借りて、かぐやは普通の女の子っぽい新しい髪型を試すのだった。
「これは?」
「しっくりこないわね」
ポニーテールは却下された。
「じゃあこれは?」
「なんか落ち着かないわ」
お団子ヘアーも却下。
「それならこれは?」
「貴方遊んでるでしょ?」
「まぁ、ちょっとだけ」
早坂と同じサイドテールも却下する。
「それなら、これはどうでしょう?」
「……悪くないわね」
試行錯誤を繰り返し、かぐやはある髪型にたどり着く。
翌日 生徒会室
「おはようございます」
「おお!どうしたんですかかぐやさん!!」
「ああ、これですか。その、ちょっとイメチェンをと思いまして」
新しい髪型をしたかぐやが生徒会室へ行くと、藤原が目を輝かせながらかぐやに近づく。
今のかぐやは、長い髪を後頭部でリボンを使って纏めた、ひとつ結びに近い髪型だ。今までストレートロングな髪型しか見てこなかったのに、突然のイメチェン。おかげでかなり新鮮味がある。
「すっごくかわいいですよーー!」
「へぇ、いいじゃないか」
「ありがとうございます」
藤原と京佳が素直にかぐやを褒める。しかしそんな2人の反応なんてどうでもいい。重要なのは白銀だ。
「四宮」
「何ですか?」
するとさっそく、目標の白銀が話しかけてくる。そして、
「その髪型、凄く似合ってるぞ」
白銀は素直にかぐやの髪型を褒めるのだった。
「ふふ。そうですか。ありがとうございます、会長」
「……え?」
「さて、仕事をしましょうか。確か今日は文化祭に向けた予算の資料整理でしたね」
「おい待て四宮!今お前、俺の事を会長って…!」
「?どうかしましたか?あなたは会長なんですから、可笑しい事なんてないでしょう?」
「え!?いや!?ええ!?」
そう言うとかぐやは、黙々と資料整理を始める。
一方白銀は、唖然としていた。今までかぐやは自分の事を『白銀さん』と他人行儀な呼び方をしていたのに、突然の会長呼び。
しかもそれだけでは無い。先程、白銀がかぐやの髪型を褒めた時、かぐやは間違いなく笑った。あの氷のかぐや姫と呼ばれたかぐやが、はっきりと笑ったのだ。
(これは、まさか…)
考える白銀。今まで微塵も笑わなかったかぐやが、髪型を褒めたら笑った。それはつまり、褒められて嬉しいという事だろう。でなければ笑うなんてしない。
そして、そんなかぐやの反応を見た白銀は、
(こいつ俺の事好きなんじゃね!?)
というトンデモ無い結論に至ったのだ。
実は白銀、これまでの人生でそこそこモテてきた。しかし白銀に好意を向ける人が、揃いも揃ってイロモノな人達ばかり。結果、1度たりとも交際に至った経験なんて無い。
しかしこれが余計な自信を白銀に付けさせてしまった。こうも沢山の人から迫られる。つまりそれはモテているという事。そういった経験のせいで『俺はモテる』という非常に強い自信だけを白銀につけさせたのだ。
そう、この男こそ底なしの自信を無垢な貞操を兼ね備えた歪み、モンスター童貞なのである。
そして今、あの氷のかぐや姫がはっきりと笑った。ギャルゲーで例えると、無表情系ヒロインが初めて笑った瞬間である。間違いなくイベントCG、もしくはイベントスチルが見れるだろう。
またそういったヒロインが笑う瞬間といえば、好感度が上がった時。そういう話を中学の時の友達から聞いていた白銀は、かぐやの自分に対する好感度が上がった、もしくはデレたのだと認識。つまり、かぐやは自分に好意を向けているという事だろう。
中々にアレな考えだが、モンスター童貞である白銀だからしょうがない。だが白銀、更にアレな考えをする。
(まぁ、あれだ。四宮がどうしても付き合って欲しいと言えば付き合ってやるけどな!!)
生徒会長になり、様々な業務をこなして色んな自信を付けた白銀。そこにモンスター童貞魂が悪魔合体した結果、白銀のプライドはかなり高くなってしまった。
そのせいで、かぐやがどうしてもと言うなら付き合うというかなり上から目線な考えをするようになったのである。
(ふふふ、これはもう時間の問題だろうな)
そうほくそ笑みながら、白銀は仕事をするのだった。
(ふふ、あれは間違いありませんね。私がちょっと髪型を変えたとたん褒めるなんて。私に対する好意が見え見えですよ)
一方かぐや。彼女もまた、白銀と似たり寄ったりな事を考えていた。
(ですがこれでわかりました。恐らく、会長は私に恋愛感情的を向けているのでしょうね)
そしてかぐやはある結論に辿りついた。それは、白銀が自分び好意を向けているから生徒会へ誘ったというものだ。
(まぁ、この私に恋焦れない男なんて地球上にいませんし、これは仕方が無い事ですね)
これまでもかぐやにそういった想いを向けてきた男子生徒はいた。しかしどれもこれも有象無象の雑草ばかり。そんな輩に、かぐやが降り向く訳も無い。だが白銀は違う。十分自分に相応しい条件を持っている。
(確かに会長はこの私にテストで勝利し、更に生徒会長という役職を自力で手に入れ、優しい人で、そして何より目がいいです。彼なら、この私と付き合う可能性がギリギリのギリギリくらいはあるでしょう)
白銀のような突然変異みたいにプライドが高いのでは無く、生まれ持ってプライドの高いかぐや。結果、普通の女の子のになって白銀と楽しく過ごしたいという当初の目的を放り投げ、そんな考えを持ってしまう。
(まぁ、会長がどうしても言い、身も心も全て私に捧げると言うのなら、付き合ってあげてもいいですけどね)
そして本心では白銀が好きにも関わらず、素直になれない性格が災いし、色々言い繕ってそう思うようになってしまった。
(でもあの様子じゃ、会長から告白してくるのも時間も問題かしらね?ふふふ)
そう思いながらかぐやも、生徒会の仕事をするのだった。
(なんか知らんがあの2人から変な空気を感じた。気のせいか?)
そして最近すっかり蚊帳の外の本作主人公の京佳は、そんな事を思いながら仕事をするのだった。
Q、かぐや様チョロくない?
A、原作でも大体こんな感じだから
次回から京佳さんの出番ちゃんと増やします。あと過去編ももうすぐ終わりだけど、多分年内に終わらせるのは無理です。ごめんなさい。
次回は土曜日投稿予定。理由は日にち。
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立花京佳とクリスマスケーキ
皆さん、メリークリスマス。
因みに私は今年も1人で過ごしてます。
クリスマス。
大人から子供まで大好きとされる1年を締めくくる1大イベント。街中には煌びやかなイルミネーションが灯され、様々な場所からクリスマスソングが聞こえてくる。それを体験するだけで、誰しもウキウキしてくる不思議なイベント。
元は某世界最大宗派の創始者の生誕祭と思われがちだが、実は違う。そもそも彼の誕生日の正確な日付は知られていない。諸説あるのだが、本来は古代ローマ時代にミラト教という太陽神を信仰する宗教が、冬至の時期に『光の祭り』という行事を行っており、それが行われていたのが12月25日。
そこにその頃、勢力を伸ばしていた某世界最大宗派が『光=彼』と例え、その後起こるかもしれなかった宗教同士の争いを回避するべく、12月25日を彼の降誕祭と定め、それら2つを合体させたのが始まりだと言われている。
海外では家族と共に食事をしたり、礼拝堂でお祈りをしたりといったのがクリスマスの主な過ごしかたなのだが、日本は『恋人と過ごす』という面が強く、独自の進化を遂げている。
そういった事もあり、日本の若者はこの時期、ソワソワして過ごす者が多い。
「ふふ。今日はとっても良い日になりそうね」
部屋の窓から外を見ているかぐやもその1人だ。
「で、どうしてそんなワクワクしているんですか?」
従者の早坂がかぐやに尋ねる。
「どうもこうも、早坂。今日はなんの日か知らないの?」
「いやそりゃ知ってますよ。クリスマスでしょ?」
「正確にはクリスマスイヴよ」
本日12月24日 午前8時。天気は珍しく晴天。東京の気温は低く、防寒具無しではとても外に出れない。そんなイブの朝、かぐやはどこかソワソワしたりワクワクしながら過ごしている。
「いいこと早坂。海外だと別だけど、日本ではクリスマスイブの方が重要視されているでしょ?」
「まぁそうですね。何でかは知りませんが」
これ本当になんでかわからない。一説には、国内のイベント企業のマーケティングのせいだと言われているが。
「それでね、最近あなたに言った事だけど、会長はほぼ間違いなく私に気があるのよ」
「はぁ…」
「そんな会長なら、この私に首を垂れて『どうか一緒にイブを過ごして欲しい』って今日必ず連絡してくるのよ」
「……」
「ま、残りの人生、家族、そして国も全て捧げるというのなら、一緒にイブの夜を祝ってあげない事もないのだけれどね」
「……」
「ふふ、楽しみだわ。会長が首を垂れながら、私にそう言う瞬間が」
(どうしちゃったんだろう、かぐや様…)
主人のIQが突然著しく下がったのを見て、早坂は引く。確かに恋は盲目とは言うが、これは酷い。ほんの2月程前まではこんなのじゃななかったのに。
その時、早坂はある事を思い出す。
「かぐや様。もしかして、岡山県で行われる弓道部の高校全国大会の出場辞退したのもそれが理由ですか?」
「ええ。だって折角会長が全てを捧げてお願いするっていうのに、その時岡山にいたんじゃ遠いでしょう?それは流石に会長が可哀そうだもの。そもそも弓道は一通り極めたし」
「えー…」
折角秀でた才能のある弓道だったというのに、そんな理由で出場を辞退するとは思っていなかった。主人の行動に、早坂はドン引く。
「さて、それじゃ今のうちに準備しておきましょう。早坂、服を選ぶのを手伝ってちょうだい」
「はぁ、わかりましたけど…」
そしてかぐやは、白銀が誘ってきた時、直ぐに出かけられるよう服を選ぶのだった。
時間は少し進んでお昼前。都内にある純喫茶りぼんではランチタイムな為、従業員たちがせわしなく働いていた。
「おまたせしました。ビーフシチューです」
秀知院学園生徒会庶務、立花京佳もその1人である。
今、京佳はネイビー色のカジュアルなシャツを着て、その下に黒いストレッチパンツ。そしてモスグリーンのエプロンを付けている。京佳の抜群のスタイルが強調されて、実に素晴らしい。勿論、眼帯も装備済みだ。
何故京佳が喫茶店で働いているかというと、店長である朝子さんからのヘルプだ。この純喫茶りぼんは、京佳と親友の恵美行きつけの店である。当然、店長とも顔なじみ。そんな店長に、昨日京佳は電話をされた。
―――――
『京佳ちゃん。明日の午前中って時間あるかしら?」
『明日ですか?特に用事はありませんけど』
『だったらお願いがあるの。明日午前中だけでいいから、バイトに来れないかしら?』
『バイトにですか?』
『ええ。実は明日シフト組んでいた子が風邪をひいたってさっき連絡があって。この時期は稼ぎ時だから、人も多く来るのよ。そんな時に人手が足りないのはちょっと』
『わかりました。そういう事なら行きます』
『ありがとうね。あ、バイト代は弾むから』
―――――
普段色々お世話になっている店長朝子さんの頼みとあったら断れない。よって京佳は、本日限定でバイトをしていた。
(しかし、予定がなかったとはいえ、クリスマスにバイトかぁ…)
ここにくる途中、カップルがイチャイチャしながらデートしているのを何組も見た。別に羨ましいとか思っていないが、ちょっとだけ複雑。
「すみませーん」
「はい、直ぐにいきます」
でもそんな事考えても仕方が無いので、京佳はせっせとバイトに勤しむのだった。
尚、この時京佳を見た女性客の1部は京佳に見惚れてしまい、その後も再び京佳を見るべく、りぼんへと足繫く通うのだった。
しかし京佳はこの日限定の臨時のバイトだったので、残念ながら会う事は無かったらしい。
(臨時収入があって何よりだな…)
午後一に臨時のバイトが終わり、京佳は街中を歩きながら帰路へついていた。この時期は意外とお金を使う事があるので、こうした臨時収入は大変助かる。因みにバイト代は5000円だった。
(さて、夕飯の買い物して帰るか。クリスマスイブだし、今日はビーフシチューにでもしようかな)
せっかくのイブ。ならば少しくらい贅沢な食事をしてもバチは当たらないだろう。そして買い物をしようとしたのだが、
「あ、京佳さん」
「え?」
ふいに後ろから声をかけられた。
「圭じゃないか。こんにちは」
「はい。こんにちは」
声をかけてきたのは、白銀の妹の圭。今日は青色のダッフルコートを着ている。可愛い。
「何か買い物かな?」
「はい。この近くにあるスーパーで特売セールやっていたので」
どうやら買い物に来ていたらしい。確かにその手には、ビニール袋が握られている
「ふむ。察するに、ケーキかな?」
京佳は、圭がクリスマスケーキを買ったのではないかと思った。なんせ今日はイブ。そして明日はクリスマス。そう思うのは普通だろう。
「あ、いえ。これ全部もやしです」
「……え?」
しかしそれは外れだった。圭はビニール袋の中身を京佳に見せる。すると、本当にもやししか入っていない。
「うち、本当に貧乏なんで。クリスマスだからといって、ケーキを食べるなんて事しないんですよ…お父さんが2000円の図書券くれるだけで…他には特に何も…」
悲しそうな顔で圭は言う。この数年、圭はクリスマスと誕生日をまともに祝った事な無い。それは兄御行も同じだ。だって普通に祝ったら、お金がかかる。そんな余裕、今の白銀家にある訳無い。
「あ、ごめんなさい。折角のクリスマスなのにこんな話。それじゃ」
周りは煌びやかな雰囲気なのに、自分が話すとそれが消えて無くなりそうだ。これ以上こんな話をするのは悪い。なのでさっさと、圭はその場から立ち去ろうとする。
「ちょっと待ってくれ圭」
「え?」
しかしそれは、京佳によって阻まれた。
「今日、この後時間あるか?」
「え?えっと、後は帰るだけなので、大丈夫ですけど…」
「よし。だったら、今から私の家にこないか?」
「……はい?」
そして京佳は、圭を家に誘った。
立花家
「お邪魔しまーす…」
「どうぞ」
途中、京佳がスーパーで何かを買っていたが、圭はそのままの足で京佳の家に来ていた。
(広い…うちの全然違う…)
京佳の住んでいるマンションは、今住んでいるアパートよりずっと広い。更にオートロック機能もあり、防犯面も大丈夫そうだ。そんな家に、今圭はお邪魔している。
(でも、どうしていきなり?)
しかしここで疑問が生じる。そもそも、どうして京佳は圭を家に誘ったのかだ。本人に来ても『着けばわかるよ』と言うだけ。
「それじゃ圭。ちょっと来てくれ」
「は、はい」
やや緊張しながら、京佳の方に行く圭。するとそこには、エプロンを身に纏っている京佳がいた。
「はいこれ」
「え?」
そして右手に持っていた別のエプロンを圭に渡す。
「あの、これは?」
「圭のだよ」
「私の?えっと、どうして?」
ますますわからない。圭が不思議そうにしていると、
「今からケーキを作るんだ。だから、手伝ってくれないか?」
「……え?」
「これはバイトと思ってくれ。作ってくれたお代に、その作ったケーキをあげるから」
京佳はそう言ってきたのだ。圭がキッチンの方を見ると、そこには先ほど買ったであろうケーキスポンジや生クリーム。そしてヘラがあった。
「ちょ、ちょっと待って下さい!!」
「どうしたんだ?」
「えっと、気持ちは本当に嬉しいんですけど!悪いですよこんなの!!それに私!何にもお返しできないし!!」
圭は慌てる。先程、圭は自分の家はクリスマスケーキを食べれないと話した。そしてその話を聞いた京佳は、恐らく自分を哀れに思って、こうして態々ケーキを用意してくれたんだろう。その優しさは本当に嬉しい。
でも、悪い。こんなの悪い。持っていないから誰かに頼って用意してもらい、それを受け取るなんて、まるで物乞いだ。いくらなんでも、そんなのは京佳に悪すぎる。罪悪感が凄い。
「いや、圭。それは違うよ」
「え?」
「私は今日、何故か突然何となくケーキを作りたいと思ったんだ。でも1人で作ると手間がかかっちゃうから、圭にバイトとして手伝って欲しいだけなんだよ。そしてお礼として、ケーキをあげたいだけなんだ」
しかし京佳は言う。これはあくまで、思い付きで作っているだけのケーキだと。それを圭に手伝って欲しいだけだと。
「で、でも…」
「頼む。私を助けて欲しいんだ」
「……わかりました。じゃあ、お手伝いします」
圭は折れた。恐らく京佳の優しさでこうなったのだろうが、これ以上は京佳に失礼だ。それにどうせなら、圭だってケーキを食べたい。おすそ分けして貰えるのなら、それに越したことは無い。なのでここは、京佳の優しさに甘える事にした。
「それじゃ、さっそく作ろうか」
「はい」
「ま、と言っても本当に簡易的なケーキ作りだけどね」
京佳はそう言いながら、材料を確認。キッチンテーブルの上には、市販のケーキスポンジ。生クリームのパック。イチゴやブルーベリーといった果物数種類。
せっかくなら、もっと本格的に作ってみたいのだが、あいにく京佳はケーキを作った事が無い。せいぜい、家庭科の授業でやったくらいだ。なのでこれである。これなら、そこまで手間もかからないし、何より安い。
尚、材料費は臨時のバイト代から出している。
「先ずは、生クリームを作ろうか」
「はい。あ、私混ぜますね」
2人揃ってケーキ作りをする。見た目は全然似てないが。まるで姉妹だ。
こうして2人の、クリスマスケーキ作りが始まったのである。
「っと、これでいいですかね?」
「そうだな。十分に泡立ってるよ。あ、圭」
「何ですか?」
「ほっぺにクリーム付いてるぞ」
「え!?やだもう…!」
「スポンジは、やっぱり切った方がいいかな?中に苺とか入ってる方がいいだろうし」
「でも、それだと上に乗せる苺の数が足りなくなりませんか?」
「ふむ。なら上には苺以外を乗せよう。丁度ブルーベリーやナッツがあるし」
「あ、いいかもですねそれ」
「う、生クリーム塗るのって結構難しい…」
「お菓子作りは難易度高いって言うしね。変わろうか?」
「いえ、もう少しだけやらせて下さい…」
「そういう諦めないところは、お兄さんそっくりだね」
「……」
「凄い嫌そうな顔してる」
そして1時間後、
「で、できたぁ…」
京佳と圭は、自作のクリスマスケーキを完成させたのだった。正直、見た目はそこまでよくない。塗られている生クリームは所々粗があるし、上に乗せている果実も統一性が無い。
そしてスポンジを切った時少しズレてしまっているので、ケーキを切った時の断面時も綺麗ではないだろう。
それでも圭にとって、このケーキはどんな有名店にも劣らないケーキとなっていた。
「初めてにしてはいいんじゃないか?」
「はい」
初めて作ったケーキ。人は何事も、初めてというものに感動を覚える。今の圭と京佳は、まさにそれだ。
「あ、もうこんな時間だ」
「む。何時の間に」
時計を見てみると、自国は夕方の6時過ぎ。季節が冬な事もあって、既に真っ暗だ。
「それじゃ待っててくれ。直ぐに箱を用意するから」
「あの、本当にいいんですか?」
「勿論。最初に言っただろう?」
「……わかりました。それじゃ受け取ります」
京佳のやさしさに甘えると決めてはいるが、どうしても少し罪悪感がある。でもやっぱりケーキを食べたいとい欲求に負け、圭は箱を受け取った。
「そうだ圭」
「何ですか?」
ケーキの入った箱を受け取った時、京佳が別の小包も圭に差し出す。
「これは?」
「クリスマスプレゼントだよ。受け取ってくれないか?」
「……ええ!?」
驚く圭。ただでさえケーキを受け取っていいるのに、まさかプレゼントまである
なんて思っていなかった。というか、いつの間に用意したのだろう。
「そんな!流石にこれはダメですって!プレゼントまでなんて!!」
これは流石に受け取れない。圭はそう言って、プレゼントを拒否しようとしたのだが、
「私が圭にあげたいって思っただけだよ。いらないって思ったら、捨ててくれ」
京佳に半ば強引に渡されてしまった。
「で、でも…!」
「ここは、私の我儘を通させてくれ」
「う…わかりました…」
結局、京佳の圧に負け、圭はプレゼントを受け取った。
「開けてみても?」
「いいよ」
圭が小さい紙袋を開けると、そこには黒くて、細かい花の刺繍の入ったカチューシャが入っていた。
「カチューシャだ」
「圭は髪はとても綺麗だから似合うと思ったんだ」
決して高級品では無い。なんならその辺のスーパーでも買える品物。でも、そんな事どうでもよかった。
「京佳さん。私これ、大事にしますね」
カチューシャをぎゅっと優しく握りしめ、圭は微笑みながら京佳にお礼を言う。数年ぶりの、まともなプレゼント。圭は絶対にこれを大事に使おうと決める。
「バス停まで送ろうか?」
「いえ。大丈夫です。道覚えてますし」
「そうか。なら、道中気を付けて帰るんだよ」
「はい。本当にありがとうございました」
こうして圭は、もやし以外にも沢山の物を貰って帰宅するのであった。
バスの中
(こんなにいっぱい貰っちゃって、どんなお返ししたらいいんだろう?)
圭は悩んでいた。京佳の善意に甘え、クリスマスケーキを一緒に作り、それを貰い、更にはクリスマスプレゼントまで受け取った。小さい頃ならこういう事もあったが、ここ数年はこんな事一切なかった。嬉しいと思える反面、罪悪感もある。
(京佳さんは気にしなくてもいいって言ってたけど、でもなぁ…)
恐らく建前では無く本心で言っているのだろうが、それでも流石に何もお返しをしないのは気が引ける。何かしっかりとお返しをしたいのだが、思い浮かばない。
(それにしても、京佳さんって面倒見が良いんだ。おにぃも勉強教えて貰っていたし)
同時に、京佳の面倒見の良さを実感。普通、あそこまでしてくれる人はそうそういない。
(もしも、京佳さんがお姉ちゃんだったら…)
その時、圭は妄想する。
―――――
『圭、そろそろ起きないと遅刻するぞ』
『う…ん…あと、5分……』
『そう言ってこの前遅刻寸前だったじゃないか。ほら、おきるんだ』
『うん……』
『おねぇ!今度ここのスイパラに行かない!?久しぶりに甘い物食べたい気分だし!』
『別にいいよ。でも、食べすぎはダメだからな』
『わかってるって!私も太りたくないし』
『おねぇ!一緒にお風呂入ろ!背中流してあげるから!』
『別にいいけど、恥ずかしくないのか?』
『全然。だって姉妹なんだし』
『わかったよ。なら私も圭の背中を流してあげる』
『うん!』
―――――
(え?なにこれ素敵)
圭は同性の姉に憧れていた。故にこんな妄想をしてしまったのだ。
(あーもう!何でうちはおにぃが兄なんだろう!京佳さんみたいな人がお姉ちゃんだったら最高なのに!!)
かなり酷い悪態をつく。そういった文句は出て行った母親に言ってくれ。
(でもそうだな。もしも京佳さんがお義姉ちゃんになったら、絶対に仲良くしよ。というか仲良くする)
そして圭は、街のイルミネーションを眺めながら帰るのだった。
(傲慢、だったかな?)
一方京佳は圭が帰った後、夕食の準備をしていた。今日のメニューは、最初に言った通り、ビーフシチューだ。
(でも、流石に可哀そうだったしなぁ…)
調理中、京佳は先ほどまでここで行っていたケーキ作りの事を思い出す。圭から白銀家のクリスマス事情を聴き、傲慢かもしれないが可哀そうと思ってしまた。
そしてそのまま思いついたまま、勢いに身を任せて圭を強制的にケーキ作りに参加。でも今振り返れば、ありがた迷惑だったかもしれない。だって本当に無理矢理参加させたし。
(月曜白銀から話を聞いて、迷惑って言ってたら謝ろう)
そして今度の学校で、白銀から話を聞く事にするのだった。もし迷惑だったら、絶対に謝ろうとも決める。
(あ、そろそろいいかな?)
そうこうしているうちに、ビーフシチューが良い感じに煮込まれてきた。その後、仕事から帰ってきた母親と2人で、京佳はクリスマスイブを過ごすのだった。
白銀家
「ただいまー」
「おー、帰ったか御行」
夜7時過ぎ。白銀がクリスマス限定のバイトから帰ってきた。本当なら、もしかするとかぐやからクリスマスのお誘いがあるかもしれなかったので、バイトを入れたく無かったのだが、この日限定のバイトがかなり高額な時給だったので、泣く泣くバイトを入れて、バイトに勤しんでいたのだ。
因みにやっていたバイトは、サンタの恰好をしてデパートにやってきた子供たちにお菓子を配るというものである。日給、1万円。
「ん?なんだよそれ?」
「何って、ケーキだよ」
ふと白銀は、この家では見慣れない物を見つける。それは切り分けられたケーキ。なんか不格好なケーキだが、見た目と時期的にそれがクリスマスケーキである事は見て取れた。そして白銀父は、それをフォークでつつきながら食べている。
だがこの家にケーキを買う余裕なんて無い筈。この時期のケーキは、普段より割高なので余計にだ。
「あ、おにぃおかえり」
「ねぇ圭ちゃん。そのケーキなに?」
「ああ、これ?京佳さんと一緒に作ったケーキ」
「……え?」
しれっととんでも無い事を聞いた気がする。
「立花と?」
「そう。なんか一緒にケーキ作る事になっちゃって。それで」
「何で?」
「いや、なんか自然に?」
どういう訳か知らないが、圭は京佳と一緒にケーキを作ったらしい。
「圭ちゃん。立花にお礼言ったよな?」
「当たり前じゃん」
「そうか。ならいい。えっと、食べてもいいのかこれ?」
「いいよ。でもその前に晩御飯食べたら?」
「……そうだな。ならこれはデザートとして他食べるよ」
晩御飯前にケーキは食べたく無い。なので圭の言う通り、白銀家ではめったにない食後のデザートとして食べる事にした。
(月曜日に立花にお礼言わないと)
そしてしっかり京佳にお礼を言おうと白銀は思いながら、晩御飯を食べる用意をするのだった。
尚、この日の夕飯はクリスマスなんて一切関係が無いうどんだった。でもちょっとだけ贅沢して、エビの天ぷらが乗っている。
こうして、白銀家のクリスマスは過ぎていくのだった。
同時刻 四宮家別邸 かぐやの部屋
「……」
「かぐや様。もう8時を過ぎました。恐らくですが、もうお誘いの連絡は無いのではないかと…」
「何で?ねぇ早坂、何で?何で会長は私を誘わないの?」
「いや私に聞かれても」
この日、かぐやは人生初のクリぼっちを体験した。
最も、正確には早坂を初めとした使用人が大勢いたのでクリぼっりではないのだが。
やっぱこのかぐや様が1番書きやすい。
次回も楽しめるよう頑張りたいです。
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特別編 天照様はみている
今回、キャラ崩壊注意です。それとやや百合のお花畑表現もありますので、それもご注意してください。
秀知院女学園。
近年では珍しい、全寮制の女子高。所属している教師も8割が女性。残った2割も男性ではあるが、年配の人しかいない。それだけ聞くとただの偏った女子高に聞こえるが、無論そうじゃない。この秀知院女学園は、国内トップレベルの進学校なのだ。
授業内容も非常に高く、毎年開催される全国模試では、上位20名は全員ここの生徒。入学試験も非常に難関で、ここに合格できればどこの大学にだって合格できると言われている。
更に所属している生徒も、大企業の娘、政治家の孫、芸能人の娘など多種多様。そういった生徒の為にも勉強だけじゃなく、マナー講座や華道、乗馬や茶道などの色んな授業を取り入れている。
そしてそんな女子しかいない学園は、世間の男子からは『百合の園の学園』とも言われている。
事実、それは間違いではない。
「あ、お姉さま。おはようございます」
「おはよう。あら、髪にほこりがついているわよ?」
「ええ!?すもません!!直ぐに落としてきます!!
「ふふ、そんな慌てなくていいのに。私が落としてあげるわ」
「そんな!お姉さまの手が汚れてしまいます!」
「いいのよ。それであなたの髪が綺麗になるのなら、安いものだわ」
「お姉さま…」
小等部から高等部まで女子のみの学校。その間、同じ年の異性がいない為、こういったように女子同士で距離が超近くなってしまう生徒が後を絶たないのだ。故に、百合の園。
また卒業後、そのままの価値観で社会に行ってしまう生徒が幾人か存在し、結果、異性に恋が出来な者がいる。
最近は学園長が本気でこの事に悩んでおり、いっそ共学にするべきか思案しているくらいだ。
(入る学校間違えたかしら…)
そんな学園に今年入学した生徒である四宮かぐやは、たった今見た女子同士の絡みをみて、入学した学校を間違えたと思っていた。
四宮かぐやは、高等部から編入してきた一般家庭出身の生徒である。生徒の殆どが、社長令嬢や家柄の良い子で占めている秀知院女学園ではかなり珍しい。どうしてそんな彼女がこの学園に入学したかというと、父親から暫く離れたいと思ったからだ。
かぐやの両親は、お互いの歳がかなり離れている。父親は60を超えており、母親は40手前。歳の差実に20歳差以上である。問題はここからで、そんな傍からみたら祖父と孫にしか見えないかぐやの父親が、未だにかぐやを溺愛してくるのだ。
歳がかなりいっている時に出来た愛娘。そんなの可愛いに決まっている。故に溺愛するのだが、正直それがうざい。
そこでかぐやは、全寮制の高校を受験。それがここ、秀知院女学園だ。1度入学したら土日以外は学校の外に出れる事がほぼ無く、親に会えるのは年数回。あのうざい父親から距離を置く為に、かぐやはここを受験した。
尚娘がこの学校を受験した時、父親はガチ泣きした。愛娘と離れ離れになるのが嫌だったからである。そしてここに来る前、つまり家を出た時に『いくなぁぁぁぁぁ!!かぐやぁぁぁぁぁ!!』と近所迷惑を考えないで大声で叫んでもいた。超恥ずかしかった。
そしてそんな父親を母親はグーで黙らせた。怖い。
(でもまさか、女子同士でここまで距離が近かったなんて…)
でも既に後悔している。他にも全寮制の学校はあったのだが、ここの方が費用の保証が手厚かったので選んだのだ。しかしあそこまで女子同士の距離が近い学校とは思わなかった。これなら、普通の高校に通っていた方がマシだったかもしれない。
(それより今は、私の部屋にいかないと)
でもそんな事言っても後の祭り。既に入学しているので、今更他の学校へ編入なんて出来ない。それより今は、この寮の中にある自分の部屋にいかないといけない。
今のかぐやは、大きいスーツケースと小さめのリュックサックを背負っている。これは全て、かぐやの私物が入っている。今はこの私物を寮の自分に与えられた部屋に置きたい。
(えっと203号室は…あった)
すると直ぐに、これから住む事になる部屋が見えてきた。
(さっき職員に説明されたけど、確か相部屋なのよね?どんな人かしら?)
ここに来る前、かぐやは学園の職員にこれから住む事になる部屋は相部屋であると言われている。正直不安だ。人間、相性の悪い人間とはとことん相性が悪い。もしそうだったら、これから3年間は地獄になるかもしれない。
(せめて普通の人でいて)
ルームメイトがそうでない事を祈るかぐや。そして扉をノックする。
『どうぞ』
「失礼します」
了承を得られたので部屋に入るかぐや。そして入ると、
「君が私のルームメイトかな?」
なんか物騒な眼帯している女子がいた。
(え、こわ…)
かぐや、少しビビる。扉を開けたら物騒な眼帯を装着している生徒がいた。まるで出来の悪いドラマのような展開。
「ん?どうかしたのか?」
「い、いえ…」
しかしかぐやは前に進む。確かに見た目は怖いが、声は優しい。もしかしたら、良い人なのかもしれない。
「えっと、初めまして。今日からお世話になる、四宮かぐやと言います」
「初めまして。今日からルームメイトの立花京佳だ」
自己紹介をする2人。これにより、かぐやの京佳に対する恐怖心が薄まった。
「そっちにある、君から見て右側のベットと机を使ってくれ」
「わかりました」
京佳に言われ、スーツケースから荷物を出す。その間、京佳は本を読んでいた。
(何か会話をした方がいいのかしら?)
荷物を整理する音だけはする部屋。何か会話をしないと、どこか気まずい。しかし相手とは初対面である為、なんて会話をすればいいかわからない。
「ちょっといいかな四宮さん」
「はい。何ですか?」
そんな時、京佳の方からかぐやに話かけてきた。
「少し聞きたいんだが、君はどうしてこの学園に?」
京佳が聞いてきた事は、入学理由。
「あー…」
それを聞かれて、言葉を詰まらせるかぐや。だって言いたくない。60を超えている実の父親は超溺愛してきて、それがうざく感じたから態々ここを選んだなんて言いたくない。普通に恥ずかしいし。
「実は、ちょっと家で色々ありまして…」
「もしかして、暴力とかか?」
「いえ!そんなんじゃありません!ただ、少し言いづらい事が…」
「そうか。だったらこれ以上は聞かないよ」
そう言うと、京佳は再び本を読む。その間かぐやは荷物を全て出し切って、机やクローゼットに整理しながら収納するのだった。
「こんな感じですかね」
「お疲れ様」
一通り荷物を整理し終わり、かぐやはベットに腰かける。
「そうだ四宮さん」
「なんですか?」
「パートナーは決めたかな?」
「ああ、あれですか」
京佳の言葉を聞いて、怪訝な顔をするかぐや。その理由は、京佳が言った『パートナー』にある。
この学園では、生徒は可能な限りパートナーと呼ばれるペアを作らないといけないのだ。元々は生徒が孤立するのを防ぐために、学園主導で2人組を作らせて、生徒の孤立化を防ごうとしたのが発端である。
しかし今では、まるで恋人のような意味合いに変貌している。勿論、学園の生徒全員がそうではない。だが1部の生徒が、そういう意味でパートナーを選んでいるのもまた事実。故にそういった話を、ここに来る前に聞いていたかぐやは怪訝な表情をしているのである。
だってそんなの、普通の学校じゃしないのだから。
「というか、本当に必要なんですか?パートナーだなんて」
「いれば色々楽にはなるぞ。例えばパートナーと一緒に勉強ができれば成績も上がるだろうし、孤立する事もないだろう。それに、誰かと一緒というのは楽しいもんだぞ」
「うーん。でも…」
京佳がメリットを話すが、簡単に納得は出来ない。別にそういう意味で選ぶ訳じゃないが、それでもはやり躊躇してしまう。
「ま、決して強制では無いんだ。思うところあったら、無理に選ぶ必要はないと思うよ」
「え、ええ。そうですね…」
「私もいないしね」
「そうなんですか!?」
「まぁ、色々あってね…」
京佳の発言に、驚くかぐや。てっきり、京佳にはパートナーがいるかと思っていたからだ。
「そうだ。そろそろお昼だし、一緒に食堂へ行かないか?」
「そうですね。では、ご一緒させてください」
時刻は12時前。ちょうどいい時間だ。こうして2人は、学園内の食堂へ赴くのだった。
「ここは、食事も凄いですね…」
「まぁ、一応国内トップの進学校だしね」
食堂のメニューが凄いことに驚くかぐや。普通、学校の食堂に『鴨肉のコンフェ』とか『舌平目のムニエル』とか無い。普通はかつ丼とかうどんだろう。
しかもこれ、全部無料。そりゃ驚く。周りにいる生徒は、それを臆する事も無く食べている。それも完璧なテーブルマナーで。
因みにかぐや、殆どどんな料理か想像できなかったのでオムライスにしている。
「見つけたわ。京佳」
「ん?」
かぐやが食事をしようとした時、後ろから声が聞こえた。
「四条か」
「ええ。で、そろそろ決心ついたかしら?」
振り向くと、なんか目つきの鋭い女子が1人いた。どうやら四条というらしい。
「あの話か。それなら断っただろうに」
「あなたねぇ…!この私がパートナーになってあげるって言ってるのよ!どうして断るのよ!!」
しかもなんか怒ってる。あとかなり上から目線だ。
「だから、私はパートナーは作らないって言ってるだろ。誘ってくれる気持ちは嬉しいけどね」
話が見えてきたかぐや。どういう訳か知らないが、この四条と呼ばれている子は京佳をパートナーにしたいらしい。
しかし、京佳はそれを断り続けているのだろう。
「そう。あくまで断るのね」
「ああ。もうあんなのはごめんだ」
(あんなの?)
京佳が頑なにパートナーを選ばないのは、何か理由があるみたいだ。でもそれを指摘する事なんて、今のかぐやに出来る訳が無い。
「でも残念。そうもいかないのよね」
「何?」
だが四条は、ほくそ笑みながら言う。
「実はね、理事長であるお父様に頼んで、あと5分以内にあなたがパートナーを見つけないと退学にするって事にしたのよ」
「「な!?」」
「退学が嫌なら、今すぐパートナーを作るしかないわよね?」
それは脅し。完全な脅し。京佳もかぐやもこれには驚く。まさかこんな手段を使ってくるとは思ってもみなかったからだ。
「さぁ京佳。選びなさい。この私とパートナーになるか、退学か。ま、正解なんて1つしか無いと思うけどね」
「あ、あのちょっと!」
「は?誰よあんた?」
溜まらずかぐやは四条に話かけてしまう。
「そんなの横暴ですよ!いくらなんでも、そんな権力を使うなんて!」
「あなた馬鹿なの?権力者っていうのは、権力を使えるから権力者なのよ」
「な!?」
横暴。あまりに横暴。こんな生徒までこの学園には所属しているのかと驚愕するかぐや。
「さぁ京佳!残り1分よ!どうするの!!退学になりたくはないでしょ!?」
京佳に対し、勝利を確信したような顔で言う四条。それに対して京佳は、
「3つ目だ」
「は?」
「だから3つ目の選択肢だ」
3つ目の選択肢を選ぶ。そしてかぐやの肩を抱き寄せ、宣言する。
「私立花京佳は、この子、四宮かぐやをパートナーに選ぶ」
「は?」
「はいぃぃぃぃぃ!?」
『ええええええーー!?』
かぐやを、パートナーに選ぶと。そんな京佳の行動に、周りも絶叫する。
「立花さん!?あなた急に何を!?」
「そうよ京佳!私じゃなくて、こんなどこの誰ともわからない子を選ぶってどういう事なの!?」
かぐやは驚き、四条は憤慨する。
「いや、決めた。もう決めたんだ。だから、君のパートナーにはなれない。すまん」
しかし京佳は譲らない。こうなったら、梃子でも動かぬだろう。
「えぇ、そう。そういう手段を取るのね」
「ああ。こういう手段を取らせてもらう」
「このオタンコナス!!自分勝手!!もう知らない!!京佳の馬鹿!!」
そう言うと四条は、その場から走り去って行ってしまう。残されたのは顔を赤くしているかぐやと、未だにかぐやの肩を抱き寄せている京佳。そして色々な反応をしている生徒達。
「あ、あの、立花さん…?」
「と、言う訳だ四宮さん。今日からよろしく頼むね」
「は、はぃぃぃ?」
こうして、四宮かぐやの忘れられない3年間の学園生活が幕を開けたのだった。
英集社 第3相談室
「ふむ…」
「「……」」
そこには、眼鏡を掛けたスーツの男性が原稿を読み、それを緊張した面持ちで見ている金髪で右耳にピアスを付けている男と茶髪で眼鏡をかけている男。
彼らは今、漫画の持ち込みをしている。そう、今上記に書いていた事は、全部彼から描いた漫画の内容だったのだ。
事の発端は数か月前、2人で花火大会に行った時の事。そこで2人は、とある光景を目の当たりにしてしまし、一念発起して漫画を描きだした。それまで都内と普通の高校生として生活していたのだが、漫画を描くと決めてからは本気で漫画家を目指すようになっていった。
「うん」
「「!!」」
出版社の編集者が持ち込んできた原稿を読み終えた。2人は思わず息を飲む。
「まず、ストーリー自体は悪くない。初めてに描いたにしては中々いいよ」
「そ、そうっすか」
「ありがとうございます」
「でも、絵の方はまだまだ練習が必要だね。このレベルじゃ、うちでは掲載できない」
「な、成程…」
「はい」
「あと、コマ割りももう少し勉強しないと。ところどころ読みづらいコマがある」
「は、はい!」
「わかりました」
やはりと言うべきか、辛口なコメントばかり。もしかしたら、これを機に連載まで持って行けるかと思っていたが、現実は厳しい。
「さっきも言ったけど、初めて描いたにしてはかなりいいよ。初めてでここまで描ける人はそうはいないし」
「あ、ありがとうございます!」
「ありがとうございます」
でも褒められもしている。それを聞いた2人は、今後はもっと沢山色々勉強して漫画を描こうと決意する。人は褒められると、やる気を出すものなのだ。
「どうか諦めないでね。また新しいのができたら、持ち込んできていいから」
「「ありがとうございます!!頑張ります!!」」
こうして2人は、その後も何度も何度もダメ出しを食らったりしたが決して諦めず漫画を描き続け、数年後には見事連載を勝ち獲った。
その漫画のタイトルは『天照様はみている』。
これが日本中のあらゆる青少年たちの性癖を破壊し、更にアニメ化もすると人気が爆発。累計発行部数2000万部という大記録を打つ立てた。
そしてそれから更に数年後。とある雑誌で作者の2人組がインタビューを受けた時、
2人はこう答えた。
『今の僕たちがいるのは、あの日花火大会で出会ったとあるカップルのおかげです』と。
※登場しているのは名前と見た目が偶然一致しているだけの別人です。
次回はちゃんと本編書きます。
それじゃちょっと早いかもだけど、皆さん良いお年を。
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立花京佳と正月
今年の目標。京佳さんルートかかぐや様ルートに入って、そのルートを完結させる事。
正月。
それは日本で1年の始まりを知らせる日。誰であろうとめでたいと思えてしまう日。忙しい社会人も多くは休める幸せな日。残念ながらそうで無い人もいちゃう日。
街では様々なセールやイベントをやっており、大勢の人がそれに群がる。そんなめでたい日が正月だ。因みに四宮かぐやの誕生日でもある。
そんな正月に、ある2人が待ち合わせをしていた。
「京佳、あけおめ~」
「明けましておめでとう、恵美」
元日、午前10時。京佳は他校に通う友達の恵美と、新年のあいさつをしながら会っていた。2人はこれから、初詣に行くのである。
「んじゃ、早速行こっか」
「だな」
都内には有名な神社が沢山ある。しかし、そういう所はどこも人であふれてしまっている。結果、人込みで疲れたり、スリに会ったり、最悪痴漢に会う事さえある。なので京佳たちは、あまり人のこないであろう神社に行く事にした。
「うわ、やっぱ正月だからどこも人でいっぱいだね」
「そうだな。簡単に考えすぎたよ」
だが皆同じような事を考えていたようだ。それほど有名ではない神社ではあるが、やはり人が多い。しかしこれでも、都内の有名ところと比べたらマシなのだろうが。
「とりあえず、お参りをしておくか」
「だねー」
2人は並んで神社の入り口にある鳥居をくぐり、参道の端を歩く。歩く度、砂利の音が聞こえてくる。
「うっわー。こりゃ大変だわー。もう少し私が小さかったら迷子になりそう」
成人男性、若いカップル、子連れの夫婦、老夫婦。本当に様々な人が初詣をするべくここを訪れている。恵美の言う通り、これほどの人込みであれば、子供ほどの背丈だったら見失ってしまいそうだ。
「なら手でも繋ぐか?そうすれば迷子になるリスクは減ると思うぞ」
冗談交じりに京佳が提案。
「マジ?じゃつなごっか!」
「え?」
だが恵美はこれを承諾。そのまま京佳の腕に抱き着く。
「いや手じゃないじゃん」
「いいじゃんいいじゃん!こっちの方が迷子になる事無いだろうし!!」
「まぁ、いいけど…」
「因みに私、半年前より胸大きくなってるよ!」
「なんの情報だ」
恵美が京佳の腕に抱き着いた事により、恵美の結構大きい胸の感触が伝わってくる。あと暖かい。
まるで恋人のような形になったが、別に嫌という訳でもないので、京佳もそのまま歩き出す。
「おい、あれ…」
「やだ、尊い…」
そんな2人の事を、少し離れたところから金髪の男と眼鏡をかけた男が眺めていた。
手水舎で手を清めて、2人は境内にある御社殿の方まで歩く。ここは参拝者が1番集まる場所。そのせいで、兎に角人が多い。
「正月名物だよねこれも」
「そうだな」
「にしても、京佳温かーい」
「張るカイロ張ってきてるからな」
「あ、そりゃ温かいわ」
未だ腕に抱き着いている恵美と共に、賽銭箱の前が空くのを待つ京佳。普通ならこの冬空の下、着こんでいても寒いのだが、本日の京佳は身体に張るカイロを張ってきている。おかげで、2人共ぬくぬくだ。
「あ、やっと空いた」
待つこと5分。ようやく2人が参拝する事がきでる。
「京佳はいくらいれるの?」
「ん-。5円かな?縁起が良いって言うし」
「じゃ私もそうしよう」
2人は揃って、財布からお金を出す。
因みにお賽銭というのは、神様に日ごろの感謝の気持ちを伝える為に納めるものと、穢れを祓い身を清めるという意味合いで納めるのものなので、特にこれといった金額は決まっていない。強いて言えば、語呂合わせが良いとされている。穴が開いている硬貨は『見通しが良い』とさ、お賽銭に相応しいと言われている。
そして2人が納めた金額は、5円。これが多くの人が知っているように『ご縁があるますように』という意味合いだ。恐らく日本人の多くは、この金額ではないだろうか。
2人で二一緒に礼二拍手一礼をして、願掛けをする。この時、住所を言っておくのが正しい願掛けらしい。
(昨年はあるがとうございます。おかげで志望校に合格できました)
京佳は去年、秀知院へ合格する為に願掛けをした。これはそのお礼と報告。そして最後に、今年の願い事を述べる。
(今年は、私が成長できますようお願いします…あ、身長じゃないです)
京佳の願い事は、成長。現在秀知院では生徒会に所属し、日々様々な業務をこなしている。でもこれらは、あくまで生徒会長である白銀がメインだ。自分たちは、補佐が殆ど。
それでも並みの生徒より色々成長はしているのだが、それじゃいけない。悪い言い方をすると、それじゃ白銀におんぶにだっこだ。だから成長。今年は、人として色々成長したいと願うのだった。秀知院の生徒会なら、それも可能だろう。
(5月のライブのコンサートチケットが当たりますように!!)
一方恵美は俗っぽいお願いをしていた。
「さて、初詣といったら、これだよね!」
「そこまで張り切る事か?いや、わからなくはないけど」
参拝を終えた2人は、境内にあるとある場所にきていた。そこは、おみくじ販売店。これから2人は、ここでおみくじを引く。これもまた、正月の風物詩だろう。
「そんじゃ、さっそくやろう!」
「わかったよ」
早速10円を入れて、2人揃って引く。すると機械から、おみくじが排出される。そしてそれを手に取り、おみくじを開く。
「お、中吉だ」
恵美は中吉だった。因みに勘違いされやすいが、中吉は上から3番目である。
「えっと願い事、お!努力すれば叶うって書いてる!」
内容も結構良い事が書いている。これには恵美も喜ぶ。
「京佳はどうだった?」
「大吉だ」
「え?」
「大吉だったよ」
しかし京佳は恵美より上の大吉だった。
「凄いじゃん!やったね京佳!!」
「ありがとう、恵美」
恵美は羨ましがる事なんてなく、純粋に京佳を称える。
「えっと、学問は順調。就職、このままいけば大丈夫。待ち人は、既に会っている。感謝せよ?」
待ち人とは『自分の人生に影響を与えた人』である。
(恵美か?白銀か?それとも、四宮か?)
京佳、思い当たる人物が多くて特定できない。でもこのまま友人達を大事にすればよいと思い、別に気にしなかった。
「ん?」
そしてもうひとつ、とある部分に目が行く。
『恋愛。素直になれば結ばれる』
年ごろの高校生ともなれば、どうしても目が行くもの、恋愛。もしかぐやがおみくじをしていれば、間違いなく気にするところ。
(恋愛か…私には縁が無いだろうな…)
しかし京佳はあまり気にしないようにする。未だに自分の見た目がコンプレックスな京佳。こんな眼帯女の自分が、恋愛なんてしても成就する訳が無い。
(偏見をしない人ならいいけど、そんなの会長と白銀くらいしかいないし。会長は兎も角、白銀は四宮の事が…)
そんな男性、知っている限り2人だけ。前生徒会長と白銀だ。2人共間違いなく良い人だろう。でもそれだけだ。現状、それ以上の想いなんて無い。
それに白銀はかぐやに好意を向けている。そこに自分が入る隙なんてある訳がないし、そもそも自分と白銀じゃ釣り合わない。
ズキ
(ん?)
ズキズキ
(まただ…)
その時、京佳の胸が痛んだ。前に痛んだ時よりも、痛みを感じる。
(何だろ…これ?)
この胸の痛みがなんなのかわからない。でも、嫌な痛みなのは間違いなかった。
「ねぇねぇ京佳!甘酒飲も!甘酒!!」
「あ、ああ。飲もうか」
結局京佳は、この痛みが何なのかわからいまま、恵美と共に甘酒を飲みにいくのだった。
「ぷは。温まる~」
「五臓六腑に染み渡るって感じだな」
「京佳、ジジくさいよそれ」
境内の休憩所。そこでは京佳と恵美が甘酒を飲んでいた。この寒い冬空にこれは身体が温まる。非情に良い。
「えっとこの後は、お餅食べて、家に帰ったら家族とお節食べて、明日は初売りセール行って…」
「太るぞ?」
「大丈夫だって。どうせ冬差休み終わったら死ぬほど部活で身体動かすし。そしたら全部チャラよ」
「剣道ってそこまで消費カロリー大きかったか?」
実は割と大きい。個人差はあるが、1時間の練習でおよそ300~400と言われている。
「てか京佳は初売りセールとか行かないの?」
「服ってそこまで興味ないしなぁ…」
京佳は自分を着飾る事にあまり興味が無い。デカイし物騒だしで、どうせ自分が着飾っても似合わないっと思っているからだ。
「ま。もし興味持ったら私に言って!めちゃ可愛くしてあげるから!」
「その時が来たらお願いするよ」
でも未来はわからない。その時が本当に来たら、是非恵美にお願いするとしよう。
「でも案外、そういうの早くくるかもね」
「何でだ?」
「だって京佳だって花の女子校生だよ!?恋のひとつくらいするかもじゃん!!」
「どうかなぁ…?」
「あ、勿論中学の時のあいつみたいなクズはダメだよ?人の見た目でしか判断しないような奴ね?」
「それは大丈夫。分かってるから」
中学の時、京佳には好きな男子がいた。相手は当時サッカー部のエース的存在。誰にでも優しく、明るい男子。多くの女子がそんな彼に好意を抱いた。当然、京佳もそんな1人だ。
しかしその男子は、京佳が火傷を負った後、その素顔を見た瞬間、京佳の事を化け物と罵った。それに酷くショックを受け、京佳はトラウマレベルの失恋をしたのだ。
そういった経緯もあるので、京佳は恋愛にかなり奥手になっている。
(でもまぁ、白銀みたいな偏見を持たず優しい人だったら…)
そうやって白銀の事を考える京佳。
ポワポワ
すると今度はどういう訳か、胸が温かくなる。
(いやなんだこれ?)
さっきとは違う感触。それがよくわからず、京佳は頭をかしげる。わかるのは、これが嫌な気持ちにはならないという事だけ。
「さて。んじゃどっかでお昼ご飯食べてから帰ろっか」
「そうだな。りぼんは正月休みだし、どこか適当な場所にでも行くか」
恵美に言われ甘酒も飲み終えた京佳は、昼食を食べるべく動き出す。本当なら、いきつけの喫茶店であるりぼんへ行きたいところだが、生憎正月休みで閉まっている。開店は4日からだ。
なので別の店で済ませようとするが、特に思いつかない。
結局、普通にファミレスで済ませたのだった。因みに食べたものは、京佳がミートスパゲッティで、恵美がチーズハンバーグだった。
恵美と別れた帰り道。京佳は買い物をして帰ろうと思い、近くのスーパーに寄っていた。今日は正月なので、母親と一緒に鍋にする予定である。
因みにその母親は、折角の正月休みという事でまだ寝ている。恐らく、京佳が帰る頃には起きていると思うが。
(みりんも買ったし、野菜も買った。あとは、明日鍋の残り物で作るうどん用の麺を買って…)
いくつかの野菜や調味料を購入。そしてそろそろレシで会計をしようと思っていた時、肉屋の前で足を止める京佳。
(肉…)
ショーケースの中には、沢山のお肉が並んでいる。牛に豚、そして鳥。それらの肉が、綺麗に様々な部位で売られていた。
(あ、そういや豚肉を買っていなかったな。買わないと)
思い出す京佳。今日は鍋の予定なのだ。だったら、豚肉はかかせない。
贅沢を言えば牛肉を使ったすき焼きを食べたいが、そんな贅沢を母親の許可も得らずにする訳にもいかない。最も、あの母親なら簡単に許可出しそうだが。
「すみませーん」
店員に豚肉を包んでもらおうと思い、京佳は肉屋の店員に声をかける。
「はい、いらっしゃいませー」
「ん?」
しかし店員に声をかけると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「何か御用でしょう…か…」
店から出てきた店員も、京佳を見て動きを止める。
「白銀?」
「立花?」
肉屋さんから出てきたのは、秀知院学園生徒会長である白銀御行だった。
「えっと、どうしてここに?」
「バイトだ」
今日の白銀は何時もの制服では無く、肉屋専用のの白い制服に身を筒んでおり、頭には丸い帽子をかぶっている。ちょっと可愛い。どうやら白銀は、今絶賛バイト中らしい。
「そうだったのか。そうだ。明けましておめでとう」
「ああ。あけましておめでとう」
折角会えたので、2人共新年のあいさつをする。
「あ。年賀状もありがとうな」
「気にするな。あれくらい当然だ」
ついでに年賀状の事も言っておいた。因みに白銀、京佳以外にもそれなりの数の年賀状を出している。前生徒会長に龍珠。藤原に生徒会長になって以降仲良くなったクラスメイト達に。勿論かぐやにだって出している。
でも文面は、当たり障りのない内容。ちょっとくらい攻めた文面も考えたが『そんな事したら、俺が四宮を好きみたいじゃないか!』と我に返り修正。
尚、かぐやも全く同じ事を考えていたが、これまた全く同じ事を考えて我に返り修正している。
「正月から、お疲れさま」
「ありがとう。ま、俺もこのバイトが終わったら初詣に行くけどな」
「人多いから気を付けるんだぞ」
「あー、やっぱ多いのか…」
京佳の話を聞いた白銀は、初詣に行く日にちをずらそうかと考え出す。バイト終わりに人込みのある初詣に行くのは少し気が引けるからだ。
「それで、何がよろしいですか?」
話の途中だったが、白銀は京佳に店員としてふるまう。今は勤務時間中。そんな時間に、京佳とおしゃべりする訳にはいかない。なので白銀は意識を切り変えて、京佳に客と店員としての間柄で話かける。
「えっと、しゃぶしゃぶ用の豚肉を200グラム下さい」
「わかりました」
京佳もそれを察したのか、客としての対応を白銀にする。そして京佳の注文を受けた白銀は、テキパキと豚肉を包む。
(立花の家は、今日しゃぶしゃぶなのか…いいなぁ…)
作業中、京佳の事を羨ましがりながら。因みに今日の白銀家の夕飯は、ちょっとだけ贅沢をして鍋の予定だ。肉は無いが。
「お待たせしました。お会計はレジにてお願いします」
「ありがとうございます」
白銀からお肉を受け取る京佳。とその時、
「あ…」
京佳の手が白銀の手に触れた。
ドクン
その瞬間、京佳は自分の心臓の鼓動が早くなるのを感じる。心なしか、顔も熱い。
「どうした?」
「いや、何でもない」
自分でもよくわからない状態。こんなところで体調を崩したとわかれば、優しい白銀は心配するだろう。もしかすると、店内の休憩所まで自分を運ぶかもしれない。でもそれは白銀のバイトを邪魔してしまう。それはよくない。なので平然を装う京佳。
「いやそんな訳あるか。顔赤いぞ。風邪じゃないのか?」
しかしそんな京佳の気持ちなど知らない白銀は、純粋に京佳を心配しながら、右手を京佳のおでこに当てて熱を測りだす。
「っ!?」
「うっわ!?本当に熱いぞ!?大丈夫か!?もし体調が悪いなら店の人に言って休憩所使わせてもらうが!?」
おでこに白銀の手が当てられている。何てことない行動。そのはずなのに、何故か顔が熱くて堪らない。
「大丈夫だ!それじゃまた学校で!!」
「あ!おい立花!?」
これ以上ここにいる訳にもいかない。頭がどうにかなりそうだ。よって京佳は、白銀からお肉を受け取り、すたこらさっさとその場を離れるのだった。
(なんなんだこれ…)
レジで会計をしている最中、京佳は先ほどの事を考えていた。白銀の手が触れたとたん、顔が熱くなった。そして心臓の鼓動がうるさく感じる。まるで風邪にひきはじめ。もしくは、恋だ。
(いやありえないだろ。白銀は友達だ。そういうんじゃない)
京佳は違うと自分に言い聞かせる。確かに白銀は好きだ。でもそれは、あくまで友達として。つまり友情。断じて恋愛感情ではない。
(そもそもだ。私じゃ白銀となんて釣り合う訳が無い)
それに京佳は、自分では白銀と釣り合わないと思っている。勿論、見た目での意味だ。白銀は結構顔も整っているし、身長も高い。体つきも細マッチョと言う訳では無いがしっかりしている。
傍から見れば。白銀は結構なイケメンだ。
だが京佳は違う。女子にしては大きい身長の為、並みの男子は京佳を見上げる。結構整った顔こそしているが、それを左目に装着している眼帯が台無しにしている。
つまり立花京佳は、世間一般に言えば可愛いとは言えない女子なのだ。
(そうだよ。白銀には四宮みたいな小さい子がお似合いじゃないか。私が白銀の隣に立っても悪目立ちするだけだ)
自分の見た目が非常にコンプレックスな京佳はそう思う。
ズキリ
(これは…)
そう思っていると、また胸が痛くなる。初詣の時にも感じた痛み。どういう訳か、白銀とかぐやの事を一緒に考えると出てくる痛み。
(なんなんだよもう…)
痛みの原因が分からず、頭を抱える京佳。そしてその後は、無言で店から出ていく、帰路に着いた。
折角の正月だっていうのに、京佳はよくわからない気持ちで過ごす羽目になるのだった。
京佳さんが少しチョロイ感じになっちゃてるかもしれない。もしかすると後日修正するかもです。けど誰かを好きになるのって、こんな感じじゃないかな?
正月を家でゆっくりする予定の作者。なのでもしかすると続きを早めに書くかも?
でもやっぱり期待はしないで。次回も頑張れるといいなぁ…。
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立花京佳は自覚する
と言う訳で最新話投稿です。どうぞ。
冬休みも終わり、新学期である3学期が始まった秀知院学園。しかし生徒会は、割と暇を持て余してしていた。というのも、この時期のイベントと言えば修学旅行と卒業式くらいしかないのだ。
まだ1年生である白銀達には、修学旅行も卒業式もほぼ関係が無い。勿論、生徒会の仕事はそれだけじゃ無いので完全に暇という訳では無いのだが、それでも時間は余りがち。
「会長。紅茶を淹れたのですが、どうですか?」
「ああ、貰うよ」
「じゃあおやつの時間ですね~。今日は昨日お父様から貰ったこのシュークリームを食べましょう~」
「藤原、お前それどこに隠し持っていたんだ?ここ冷蔵庫ないよな?」
「まぁまぁ。細かい事はいいですから」
なので今日はこうして、皆でおやつの時間を取りながら休憩する事もできる。
「む。うまい。これひょっとして高級品か?」
「さぁ?お父様がお土産に買ってきたものなんで、どこのとかは知りません」
「藤原さん?せめてそれくらいは聞いておきません?」
「……」
和気あいあいと休憩をする4人。しかし、京佳だけは何時もと違って静かだ。
「立花?どうかしたのか?」
「え?何で…?」
「いや、なんかずっと静かだから…」
気になった白銀が、京佳に声をかける。
「いや、最近少し寝つきが悪くてね。それでちょっとぼーっとしていただけだよ。心配させてすまない」
「そうなのか?そういう時は白湯を寝る1時間前に飲んでからだと寝つきが良いから試してみてくれ」
「わかった。早速今日試してみるよ」
だが京佳は寝不足なだけのようだ。そこで白銀は、京佳がしっかり寝むれる為のアドバイスを送る。効果があるかどうかは個人差があるが、京佳はそれを早速試そうと決めた。
「それにしても寝つきが悪いですか。私もたまにそういうのありますよ。寝たいのに眠れないって嫌ですよね~。イラついちゃいますし、お肌にも悪いですし」
「そうですね。私も極稀にありますが、あれは本当にイライラしちゃいますよ」
「ああいうのは体内時計が少し狂ってるのが原因って聞くな。まぁ、俺はそんな経験無いんだが…」
「おー。流石ですね会長」
「ま、生徒会長ならそれくらい当然だ」
何時しか話は寝つきトークへ。実際、寝たいのに寝れないのは本当に辛い。なおこの時スマホを弄るのは絶対にやめよう。
(体内時計か…そんな理由だったらどれだけよかったか…)
そして京佳はそんな会話を聞きながら、最近中々寝付けない理由を思い返す。
京佳は最近、白銀の事ばかりを考えている。そしてその結果、寝付けられないでいるのだ。
ほんの少し前まではこんな事なかった。こうなったのは、新年を迎えてから。いや、正確にはそれまでも兆候はあったのだが、京佳はそれらの兆候を無視してきた。
(本当に何でだ?どうして私は、こうも白銀の事ばかりを考えている?)
白銀の事を考えると胸が温かくなる。
白銀の事を考えると鼓動が早くなる。
白銀の事を考えると幸せな気分になる。
この数週間、京佳はこればかり。流石に毎日寝れない訳ではないが、それでも熟睡できない日が多々ある。
(本当になんなんだこれは。いや、嫌な気分ではないんだけど…)
白銀の事を考えるとむしろ心地よい気分になる。それ自体は悪くない。でもそれはそれとして、寝付けない日々が続くのはキツイ。睡眠不足は色々な能力が低下するので、どうにかしたいところだ。
「会長。紅茶のおかわりはどうですか?」
「お、じゃあ貰おうか」
「わかりました」
「それにしても、四宮は紅茶を淹れるのが本当に上手だな」
「小さい頃にお茶の稽古をしていたので。四宮家の人間であれば、紅茶くらい上手に淹れないといけないとの事で」
「やっぱ色々大変なんだな…」
ズキリ
(ああもう、まただ…!)
そして京佳が最近寝付けれないのはそれだけじゃない。
白銀とかぐやが仲良くしているのを見ると、胸が痛いのだ。同時に、イライラもする。
(こんなの、まるで嫉妬じゃないか)
嫉妬。
それは相手の好意が自分ではなく、他の人を見ていると感じた時に、その相手の事をねたんだりしてしまう心理状態のことをいう。同時にそれは、その相手に自分が好意を向けている証拠でもある。
(だから違うって。白銀の事は友達として好きな訳で、そういんじゃない)
でも京佳はそれを否定する。確かに白銀の事は好きだが、それはあくまで友人として。断じて、異性として好きな訳じゃない。
(1度誰かに相談してみるか…?)
こういう時、誰かに話しを聞いて貰うだけで心が軽くなったりする。なので京佳は、近いうちに誰かに相談しようと考え出す。
問題はその相談相手である。出来れば万が一を考えて、白銀に近くない人が好ましい。そういった理由で、同じ生徒会のメンバーであるかぐやと藤原は論題だ。
(やはり恵美?いや最年長者である朝子さん?それとも母さんか?)
友人、行きつけの店の店長、母親。相談相手に相応しいといえばこの辺だろう。
(とりあえず、今日は白湯飲んで早めに寝よう)
そう思いながら、京佳もシュークリームを食べるのだった。
(あ、本当に美味しい)
因みに藤原が持ってきたシュークリームは本当に美味しかった。
翌日、京佳は相談をする事にした。
「で、一体何だよ?」
「ちょっと相談に乗って欲しくて…」
「はぁ?」
同じクラスの龍珠に。
誰かに相談しようと決めた翌日の昼休み、京佳は龍珠と中庭でお昼を共にしていた。元々お昼はよく一緒に食べているのだが、今日は食べるだけじゃない。例の件で話を聞いて貰うからだ。龍珠であれば白銀に話す事も無いだろうし、問題無いだろう。
「まぁ、いいけど」
「ありがとう」
「気にすんな。友達だろ?」
龍珠からも許可を貰えたので、京佳は最近の事を話しだす。尚この時、龍珠は少し照れ臭そうな顔をしていた。
「実はな、最近寝つきが悪いんだ」
「うん」
「寝ようとしても、何でか眠れないんだ」
「うん」
「そういう時って、何故か決まって白銀の事を考えていたりするんだ」
「うん?」
「そして何でかわからないけど、白銀の事を考えると胸がポカポカするんだ」
「……」
「あと白銀が四宮と仲良くしているのを見ると、モヤモヤしたりムカムカしたりするんだ」
「……」
「なぁ龍珠。これ何だと思う?」
要点だけ掻い摘んで話す京佳。そしてそれを聞かされた龍珠は、
(いや、どう考えても恋だろそれ…)
一発で答えがわかっていた。だってどう聞いても、京佳のそれは恋の症状だ。龍珠とてそれくらいはわかる。なんせここまであからさまなのだから。
(つーか人選ミスだよ…なんでそんな相談を私にするんだ…もっとこう、いるだろ)
同時に悩んでもいた。
龍珠桃 彼氏無い歴=年齢。
今まで異性と付き合った事なんて1度も無いし、何なら初恋だって経験が無い。唯一それらしいのといえば、小さい頃に組の若い衆を見てかっこいいと思った事くらいだ。
でもそれは単純な憧れ。恋なんかじゃない。つまり龍珠は、この手の話題に弱いのである。
(でも態々相談してくれたんだ。答えてやらねーと…)
でも龍珠にとって京佳は、秀知院で初めて出来た友達。そんな友達の事ならば、できればこの相談にもちゃんと答えてあげたい。なのでしっかりと、京佳の悩みに答える事にした。
「お前それ、白銀の事が好きだからじゃないのか?」
「え?」
龍珠、直球で答える。周りくどい言い方が嫌いだからだ。だからこそ直球。というかこういう言い方しか出来ない。
「だってよ、白銀の事が好きでもなければ毎日考えたりしないだろ?胸がポカポカしたりもしないだろ?だからさ、お前は白銀の事が好きなんだよ。異性としてな」
それは京佳が自分でも考えていた事ではあった。
「いや、それは違うと思うけど」
しかし京佳は、それを否定する。
「何でだよ」
「確かに白銀の事は好きだ。でもそれは恋愛的な意味じゃないんだよ」
「は?」
「私が白銀に向けている感情はあくまで友情だ。恋心じゃないよ」
「……は?」
龍珠、驚く。なんだそれはと。どうして態々そんな事を言うのだと。だって京佳の話を聞く限り、京佳は白銀が好きなのは間違いない。
なのに京佳はそれを否定する。誰が聞いても明らかに恋なのに、否定する。そして龍珠は、ある考えに至る。
(こいつひょっとして、無意識に自分の気持ちから目を逸らしてる?)
それは京佳が、自分の気持ちを見ようとしていないという事。どうしてこうなっているかは知らないが、ほぼ確定だろう。
立花京佳は、自分の気持ちに嘘をついている。
何かトラウマがあるのか、それとも生まれついてのものなかは知らないが、京佳は間違いなくそうだ。その結果がこれだろう。そうでなければ、ここまであからさまなのに否定なんてしない。
(どうしよう。これ私の手に余る…)
相談に乗って京佳の悩みを解決しようと思っていた龍珠だったが、これは無理だった。ただの恋愛相談ならまだしも、これは無理。
そもそも自分はそこまで人生経験も恋愛経験も豊富じゃない。こういうのは、もう少し歳を重ねている、様々な経験がある人の方が適任だろう。
「そうか。なら私の勘違いだな」
「ああ。でも本当に何だろうなこれ?」
「悪いがわからん。でもまぁ、あれだ。もしまだ眠れない日が続くんだったら、なんかの病気かもしれないから病院に行った方がいい。餅は餅屋って言うしな」
「そうだな。もしまだ続くようなら、そうするよ」
結果、龍珠は京佳の相談を投げた。最初の時に、京佳が自分の恋心を自覚してくれたらまだしっかり相談に乗れたが、そうじゃないなら無理。
それにもしかするとこれは精神的な問題かもしれない。もしそうなら、素人の自分では大したアドバイスが出来ないだろう。だから投げる。
(悪ぃ立花…今度それとなくつばめ先輩にでも聞いておくから…)
そして龍珠は、夏休み中に知り合った頼れる先輩である子安つばめに今度相談しようと決めた。
生徒会の仕事も終えた放課後。京佳は帰路に着いていた。
(私が、白銀を好き…)
昼休みに、龍珠に言われた事を考えながら。
(確かに白銀は好きだけど、それは本当に友人としてであって…別に異性としてでは…)
もう何度目かわからない自問自答。同じ事の繰り返し。そして出てこない答えに少しイラつく京佳。
(違うって。そんなんじゃ無いって)
そうやって考えながら帰っていると、京佳のスマホにメッセージが届く。
『京ちゃんへ。急遽飲み会に行く事になっちゃったから、今夜は夕飯いりません』
メッセージは母親からだった。どうやら今日は飲み会に行くので、夕飯はいらないらしい。
「ふむ」
京佳は考える。このまま家に帰って1人分だけ夕飯を用意するのも勿体ない。それならば、どこかで弁当なり外食なりして家に帰った方が色々楽だ。
「久しぶりに外食でもするか…」
少し悩んだ末、京佳は本日の夕飯を外で食べる事にする。そしてそのまま、何時もの喫茶店へと向かうのだった。
純喫茶 りぼん
「はい、オムライスお待たせ」
「ありがとうございます、朝子さん」
行きつけである喫茶店りぼんで、京佳はオムライスを注文する。そして運ばれてきたオムライスを、スプーンですくい、一口食べる。
「美味しい…」
「ふふ、ありがとう」
相変わらずここのオムライスは絶品だと思う京佳。何杯でも食べれそうである。
(やはり悩みがある時は、美味しいものを食べるのが良い)
人間は食べ物を食べると、幸福感に包まれる。これは人間にとって、食べる事は生きる事だからだ。
そして食べているものが美味しければ、その幸福感は増す。結果、多少なりとも悩みやストレスから解放されたりするのである。
(それにしても、どうしよう?)
だがそれはあくまで一時のもの。根本的な解決にはならない。
(どうして私は、白銀の事を考えるとこうなるんだ?)
正確には自分の事なのだが、京佳の今の悩みは白銀だ。
(この気持ちは何なんだ?何時もポカポカしたりムカムカしたり。まさか、本当に恋?いや、そんな訳…)
そんな訳無いと、必死にそれを否定する。
「どうかしたの京佳ちゃん?」
「え?」
そんな京佳に、店長である朝子が声をかける。
「いえ、ちょっと悩んでる事がありまして…」
「そうなの?ならお話だけなら聞くわよ?年寄りはそういうの得意だし」
「えっと…」
悩む京佳。確かに龍珠に話した時は解決には至らなかった。でも年長者である店長朝子なら可能かもしれない。なので京佳は話す事にした。
「わかりました。実はですね…」
京佳は話した。白銀の事。白銀の事を考えると胸が温かくなる事。白銀とかぐやが仲良くしているのを見ると、ムカムカする事。それら全てを、店長朝子に話した。
「成程ね」
全て聞いた店長朝子は、納得した顔で頷く。
「京佳ちゃん。あなたはその白銀くんに恋しているのよ」
「え…?」
そして龍珠が言った事と同じ事を、京佳に言うのだった。
「そ、そんな訳ありません…!私は、別に…!」
「いやでもお話聞く限り、どう考えても恋してるわよそれ?」
「そ、そんな事…」
またも京佳は否定する。
(違う…だって、だってそんなの…)
頭の中がグルグルする京佳。
だってそれを認めてしまうと、どうなるかわからない。
もしこれが本当に恋でそれを自覚してしまったらと思うと、怖いのだ。だって恋は、決して報われる訳じゃない。そこには、失恋の可能性だってあるから。
「京佳ちゃん」
「な、何ですか?」
「自分に素直になるのが、1番幸せになる方法よ?」
「え?」
そんな京佳に、店長の朝子は優しく話かける。
「悲しい時は悲しいと言い、嬉しい時は嬉しいと言う。ストレスがあったら、ストレスがあるって言う。そして誰かを好きになったら、素直に好きになっていいのよ」
「素直に…」
朝子の言葉を口にする京佳。
「私から質問いいかしら?」
「はい…」
「貴方は、白銀くんをどう思っているの?素直に答えて?」
「……」
朝子は京佳に質問をする。内容は勿論、白銀の事だ。
「白銀の、事を…」
京佳は白銀の事を考える。
(白銀はとっても努力家だ。最初は下から数えた方が早かった成績が、必死の勉強の結果1位になるまでになった。そう言うのかっこいいよな。それに生徒会長になってから、本当に激務なのにも拘わらず、生徒会の仕事をしっかりとやり遂げている。今までミスらしいミスが無いのがその証拠だろう。それは本当に努力しているからだ。でないとそんなの出来る訳が無い。そして、偏見を持たない。だから私の事を見ても怖がらなかった。あれは本当に驚いた…)
考えれば考える程出てくる白銀の事。同時に、胸が温かくなる。それはとっても、心地が良かった。
(ああ、そうか…)
今の今まで誤魔化していた気持ち。必死に違うと思い込むようにしていた自分の素直な気持ち。しかしそれが今、はっきりした。
(私は、白銀の事が好きなんだ…)
立花京佳は、白銀御行に惚れているのだと。
「どうやら、答えが出たみたいね?」
「はい」
この日立花京佳は、自分の素直な気持ちを自覚した。
「ならお祝いにコーヒーサービスさせて貰うわ。ちょっと待っててね」
朝子はそう言うと、厨房へとコーヒーを淹れるために入っていった。
(でも、もう遅いよな…)
しかし自分に素直になった京佳は浮かない顔をする。だっていくら自覚したところでもう遅い。
そもそもの話、白銀が好きなのはかぐやなのだから。
白銀が勉強を頑張ったのも、生徒会長になったのも、全て四宮かぐやの隣に立つにふさわしくなるためだ。
(そうだよ。今更私が入る隙なんてないじゃないか)
最近の2人を見ているとわかるが、あの2人は相思相愛だろう。そこに入る隙なんて、ある訳ない。
(もしも白銀と私が秀知院じゃない他の学校に行っていたら、付き合えたのかな?)
京佳はふと、そんなたらればを考えてしまう。
(やめだやめだこんなの。考えないようにしないと)
その考えを振り払らう京佳。だって所詮たらればだ。そんなの、考えるだけでむなしくなる。
この日京佳は、自分の恋を自覚したと同時に、それが既に終わっている事を理解したのだった。
Q、正月休みに投稿するとか言ってなかった?
A、正月休みって、結構やる事あるんですよ。
ごめんなさい嘘です。本当は今更ぼっち見てました。結果、サイト内の2次創作とか色々読みふけってた。
私も息抜きに書こうかしら。
過去編もあと2~3話くらい(予定)で終わります。もう少しお付き合いください。
次回も頑張りたいよね。
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立花京佳は振り向かせたい
いよいよクライマックス(過去編が)。
追記 16日にちょこっとランキング乗りました。ありがとうございます。
自分は白銀の事が好き。
今までその真実から目を背けてきたが、とうとう京佳はその事を自覚してしまった。過去のトラウマのせいで、そういった事はもう2度と無いだろうと思っていたのに、これだ。
やはり思春期の高校生が恋をしないなんて無理だし、同時に自分の気持ちに嘘をつき続ける事なんてできないのだ。
しかし、それだけ。普通であれば、この自分の恋を成就させるために動くべきなのだろうが、京佳は動くつもりは無い。その理由はひとつだけ。
最初から、この恋は実らないと知っているからだ。
白銀はかぐやの事が好きである。だからこそ、白銀は勉強を頑張り、生徒会の仕事を頑張り、そして生徒会長になった。
それからも白銀は兎に角頑張った。生徒会長としての仕事をこなし、勉強もしっかりやり、バイトだって必死にしてきた。これら全ての原動力は、かぐやに恋をしているから。だからこそ白銀は頑張れる。恋の力は、割と無限大なのだ。
そしてそのかいあってか、最初こそどこかギスギスしていた2人の仲は、かなり良好になっている。一緒に紅茶を飲む事もあるし、一緒に楽しく話しながら生徒会の仕事もしている。あれだけ仲が良いのだ。これはもう、白銀の片想いという訳では無いだろう。少なくともかぐやの方も、白銀に対して友人以上の感情を抱いている可能性が非常に高い。
質実剛健、聡明英知な生徒会長と、芸事、音楽、武芸と様々な分野に華々しい功績を残している副会長。もしも2人が両想いだったら、これほどお似合いなカップルもいないだろう。
「最近、四宮さんをどう思いますか?」
「どうとは?」
「なんというか、お綺麗になった気がしません?」
「わかりますわ!今までもお綺麗だったのですが、最近の四宮さんはそれ以上にお綺麗になった気がします!」
「もしかして、恋とか?」
「恋!?」
「ええ!だって恋する女性は美しいというじゃありませんか!」
「だとすれば、相手は…?」
「そんなの白銀会長に決まってます!他にいますか!?」
事実、こういった噂をする生徒がチラホラいる。
(そりゃそうだよな…お似合いだもんあの2人…)
そんな噂話をしている生徒をしり目に、京佳は廊下を歩いていく。でもその顔は、暗い。
(何落ち込んでいるんだ。わかってた事だろう。元から私が入る隙なんて無い事くらい…)
恋心を自覚した京佳だったが、既に遅い。今の自分は出遅れているなんてものじゃない。仮にここからスタートしても、とうてい白銀とかぐやには追い付けない。とっくに勝負なんてついている。
(そうだよ。今更頑張っても意味ないじゃないか。それに、そもそも私みたいな女が白銀の隣に立って良い訳ない…)
それだけじゃない。京佳は自分の見た目が、非常にコンプレックスだ。並みの男子より大きい身長も、多くの女子より大きな胸も、顔に装着している黒い眼帯も。その全てにコンプレックスを感じている。こんな物騒な見た目の自分が、白銀の隣に立って良い訳が無い。仮に白銀が許しても、世間が許さないだろう。
対してかぐやは、小柄でかわいらしい背丈。控えめな胸。綺麗な黒い髪に、非常に整った顔。まるで昔話の輝夜姫そのものだ。自分とは180度反対方向にいる存在。かぐやのような子であれば、白銀の隣に立っても誰1人文句なんて言わなずに、祝福するだろう。
(せめてもう少し身長が低ければなぁ…)
身長が白銀より低ければ、京佳もここまで思わない。しかし男性は、自分より身長の高い女性と付き合いたいなんて思わないという。
そして京佳の身長は、白銀より大きい180cm。秀知院に入る前より、また数センチ伸びている。この大きな身長と物騒な見た目が合わさった結果、京佳は自分が白銀にはふさわしく無いと思っているのだ。
(まぁあれだ。私にまた恋をさせてくれてありがとうとでも思っておこう)
なので京佳は、何もしない。白銀にアプローチする事も、かぐやに先んじて行動を起こすような事もしない。だって動いたところで既に遅いし、そもそも自分では白銀と釣り合わなのだから。
そして心の中にこの想いをしまい、密かに白銀に感謝をしながら生徒会室へ足を運ぶのだった。
生徒会室
「にしても、今日は随分暖かいな」
「そうですね。まだ冬だというのに、少し熱いくらいですよ」
「ですねー。でも明日は一気に冷え込むらしいので、寒暖差に気を付けないとですよねー」
「そうだな。風邪はひきたくないし」
生徒会室では、生徒会役員が会話をしながら仕事をしていた。といっても対した仕事じゃない。やはり3学期は、どこか暇を持て余す。
(しかし風邪か。もしも俺が風邪をひいたら、四宮が看病に来てくれたりしないかな?)
白銀はふと考える。風邪をひいた自分の元にやってくるかぐや。額の汗を拭いて貰ったり、おかゆを作ってもらったり、あーんとかされたり。そんな妄想を膨らませる。
(イイ…)
普通なら逆の立場の方がシチュエーション的には良いのだが、これはこれでいい。
(いっそ態と風邪を…ってそんなのダメに決まってるだろ。バイト休む事になるし)
そういったものに憧れはするが、流石にそれがしたいが為に風邪をひく訳にはいかない。風邪薬だって安くは無いし、勉強をする事もできない。何より、家の収入源が減ってしまうのは痛い。
(そういうのは、本当に風邪をひいた時まで我慢しておこう)
白銀は我慢する事にした。最も、仮に本当に風邪をひいても、かぐやが白銀家に来るかどうかはわからないのだが。
(風邪か…小さい頃にひいて以来無いな…)
一方京佳。彼女もまた、白銀と似たり寄ったりの事を考えていた。
(もしも私が風邪をひいたら、白銀が看病にきてくれないかな?)
前に読んだことのある漫画でのシチュエーションを思い返す。風邪をひいたヒロインの元に主人公がお見舞いにきてくれて、おかゆを作って食べさたりした事。汗をかいたヒロインの背中を、主人公が目隠しをした状態で、タオルで拭いてあげた事。ヒロインが寝付くまで、手を握ってあげた事。
そして京佳は、それらを自分と白銀に置き換えてみた。
(いいなぁ…)
ややトリップ気味になる京佳。
(って違う違う。そんな事考えるんじゃない。未練たらたらじゃないか)
そういった考えを消し去る京佳。これじゃ白銀に未練しかない。自分はこの恋を諦めているのだ。そんな事を、考えてはいけない。
(でももし、四宮が風邪をひいたら、白銀は四宮の看病に絶対行くよな…)
今度はかぐやが風邪をひいたパターンを考える。京佳が思った通り、そうなったら間違いなく白銀はかぐやの元へお見舞いに行くだろう。
ムカムカ
(なんか腹立つなこれ)
そう考えると、腹が立つ。なんて羨ましい。自分だってそういうのに憧れているというのに。
(だから違うって!そんな事考えるからダメなんだ!考えるんじゃない私!!)
こんな事を考えるからこうなる。京佳は今度こそそういった考えを消し去り、生徒会の仕事をするのだった。
夜 立花家 京佳の部屋
(眠れない…)
その日の夜、京佳はまた寝付けないでいた。それまでも寝付けない夜はあったが、白銀への恋心を自覚してからは頻度が一気に増えている気がする。
白湯を飲んだり、睡眠に効くツボを押したり、睡眠導入音楽を聞いたりしているが、効果が無い。どれだけ寝ようとしても、白銀の事ばかり考えてしまう。
白銀がかぐやと仲良くしているのを思い出すと、ムカムカする。
白銀がいつかかぐやと恋仲になるかもと思うと、イライラする。
白銀が自分を友達としか見ていないと考えると、モヤモヤする。
結果、寝れない。ベットに入って1時間たっても、眠れない。
(これもう病気だよなぁ…)
恋は一種の病気扱いされる事もあるが、まさに今の京佳はそれだろう。これはまさに、恋患いだ。
(考えないようにしているのに、どうしても考えちゃう…本当にどうしよう…?)
成就しない恋とわかっているのに、どうしても諦めきれない。だからこそ、こうも白銀の事を考えてしまう。
(生き地獄だよこんなの…)
結局、その日京佳が眠れたのは深夜3時を過ぎたあたりだった。
翌日
(眠い…)
京佳は睡眠不足で絶不調だった。右目の下には隈もある。そのせいで、人相が何時もより悪く見えてしまっている。おかげで、廊下を歩くだけで多くの生徒が道を自ら開けている。まるでモーゼだ。
(寝たいけど、生徒会の人間が居眠りなんてする訳にはいかないしな)
まだ1限目すら始まっていない。出来ればこのままどこかで寝たいが、授業を休む訳にもいかない。休めばそれだけ授業に遅れるからだ。
それにもし授業中に寝てしまったら、自分を選んだ白銀の評価に響くかもしれない。なので根性で午前中を頑張ろうとしているのだが、
(あ、やばい…)
つい足がフラついてしまう。もういっそこのまま廊下で倒れてしまうかと思ったその時、
「よっと。大丈夫か立花?」
「え?」
誰かに肩を掴まれ、事なきを得た。
「白銀?」
「ああそうだ。で、大丈夫か?随分フラついてたみたいだが」
「ああ、大丈夫…いやごめん。実は凄く眠くてキツイんだ」
白銀から一歩距離を取り、本音を話す京佳。白銀は京佳の顔を見る。
確かに顔色がよくない。それについさっきフラついていた。これではまともに授業を受けるのは難しいだろう。
「立花。ちょっと来てくれ」
「え?どこに?」
「いいから、ほら」
そう言うと、白銀は歩き出す。京佳はその後を、静かについていくのだった。
そして2人がたどり着いた場所は、
「保健室?」
どこの学校にもある、保健室だった。
「えっと白銀?どうしてここに?」
白銀に質問する京佳。すると白銀は、
「立花。今すぐベットに寝るんだ」
「え?」
なんか凄い事言い出した。
(ベットに寝る?えっと、それは……まさかそういう意味!?)
寝不足のせいで正常な判断が出来ない京佳は、白銀の言葉の意味をやらしい意味で捉えた。
(いやいや!?まだ朝だぞ!?そもそもここ学校!!それに白銀は四宮が好きなんだろう!?それなのにこんな!?い、いやでも、この恋が実らないのなら、せめて1度だけ体だけの関係を作るのもやぶさかじゃ…)
ぐるぐると頭の中で色々考え出す京佳。そんな京佳に、白銀は喋りかける。
「そんな状態で授業なんて出ない方がいい。最悪、授業中に倒れるかもしれない。せめてここで2時限目の終わりくらいまでは寝ておくべきだ。睡眠不足は色んなパフォーマンスを低下させるからな。俺は慣れているから大丈夫だが、立花はそういうのに慣れていないだろう?だから寝ておけ」
「あ、ああ。そういう…」
白銀の発言で冷静になる京佳。
「でも白銀。休むと授業に追いつけなくなるかもしれないし、それに私は生徒会の人間だ。なのに寝るなんて」
「もし授業でわからないところがあったら、放課後にでも俺が教える。それに生徒会役員だって人間だ。体調のひとつくらい崩すから、誰もその事を攻めたりしないよ。だから、兎に角今は寝ておくんだ。立花が眠るまで、俺が傍にいるから」
「……そうだな。それじゃお言葉に甘えて」
そう言うと京佳は、保健室のベットに上がり、布団を被る。すると一気に睡魔が襲ってきた。これなら、数分で眠れそうだ。
「立花のクラスには俺から体調がすぐれないから保健室で休んでいるって言っておくよ。じゃ、ゆっくり休めよ」
白銀は、保健室にあったイスに座り、ベットとは反対方向を向く。そして鞄から参考書を取り出して、読みだした。恐らく復習をしているのだろう。
反対方向を向いているのは、京佳の寝顔を見ないようにするため。誰しも他人に寝顔を見られるのは嫌だろうからと思った白銀の、紳士的な行動である。
(本当に、優しいな…)
薄れゆく意識の中、京佳は白銀の優しさを感じていた。
(殆どの人は、こんな見た目が怖い私を助けようとしない。無視するだけだ。でも白銀は、黙って助けてくれた…)
この見た目から、大勢は京佳に近づこうともしない。今日だってそうだ。廊下では、皆が道を開けていた。
だが白銀は違う。誰よりも早く、黙って助けてくれた。こんな男の子がいるなんて思わなかった。
(ああ、ダメだ…)
そう思うと、もうダメ。必死で考えないようにしていたのに、こんな風に優しくされたらダメ。こんな事されたら、余計に想ってしまう。
(やっぱり私は、白銀が好きだ…)
自分の好きな人の事を。
数日後 純喫茶 りぼん
「それで、相談って何?」
京佳は恵美と共に、行きつけの喫茶店であるりぼんへと来ていた。因みに今日の席は、いつものカウンター席では無く、店内奥に設置されているテーブル席だ。ここならば、誰かに話を聞かれるリスクがかなり低い。
「実はな恵美…私今、好きな人がいるんだ…」
「詳しく」
親友のまさかの恋愛相談に恵美は食いつく。そして京佳から話を聞くのだった。
そして京佳は話し出す。白銀の事。かぐやの事。そして自分では釣り合わないので、この恋を諦めたいと思っている事。それら全てを恵美に話した。
(どうせ報われないんだし、どうにかしてこの恋を諦めないと…)
どうして京佳がこんな事を言ったかというと、さっぱり諦める為だ。元々自分なんかじゃ釣り合わない相手だ。仮に告白したところで、間違いなくフラれるだろう。
そもそもこんな自分の事を、白銀が異性してみている訳ないのだから。だからこそ早めに諦めたい。
しかしどれだけ諦めようとしてもそれが出来ず、むしろその想いは強くなる一方。もう自分ではどうしようも無いので、恵美に相談する事にした。悩んだら誰かに相談。これ覚えておこう。
「という訳なんだが、どうしたらいいかな?どうやったら、この想いを捨てられるかな?」
全部話した京佳。そしてそれを聞いた恵美は、
「てい」
「いた」
京佳のおでこにデコピンをした。痛い。
「あのね京佳、あんた馬鹿?」
「酷い」
突然の親友からの暴言にヘコむ京佳。だが恵美はそんな事お構いなしに話を続ける。
「そもそもさ、一体誰が決めたのよそれ」
「え?」
「自分とその白銀くんは釣り合わないってやつ」
「だ、だからそれは、私みたいなデカくて物騒な女が白銀の隣に立てる訳ないって事で…」
「つまり京佳の勝手な判断よね?」
バッサリ切り捨てる恵美。
「京佳。確かにさ、京佳は怖がられたりしてるよ?でもさ、その白銀くんはそんな事しなかったんでしょ?」
「あ、ああ…」
「じゃあどうして諦めるのよ。話聞く限り、その白銀くんて凄い良い子じゃん。京佳を生徒会に誘ってもくれたし、体調が悪い時に保健室まで連れて行ってくれたし、なのより京佳に偏見持ってないじゃん。それなのに、どうして諦めるの?そんな子、早々いないよ?」
「それは…白銀は四宮の事が好きだからであって…」
「でもまだ付き合ってないんでしょ?その2人」
「……」
黙ってしまう京佳。しかし恵美は更に続ける。
「2人がまだ恋人じゃないなら全然可能性あるじゃん。流石に既に恋人な2人の間に入って、略奪愛するっていうなら話変わるけど、違うでしょ?だったら今からでも、京佳が白銀くんと付き合える可能性は十分にあるって。出遅れているからだとか、両想いかもしれないからだとか、やる前から諦めてどうすんの」
恵美はコーヒーを一口飲み、話を続ける。
「私はさ、京佳には幸せになって欲しい」
「恵美…」
「だってあんな身勝手な理由で大火傷負わされて、その上その火傷跡を見たやつらから酷い事言われたんだよ?京佳はもう充分ひどい目にあってるじゃん。禍福は糾える縄の如しって諺あるし、そろそろそういった幸せを手にしたっていいじゃん。だからさ、自分じゃ釣り合わないからなんて言わないでよ」
本当に身勝手な理由で、京佳は左目の視力を永遠に失った。そして顔の左側には、未だに消えない火傷跡。この火傷跡を隠すため、京佳は日ごろから黒い眼帯を装着している。
でもそれが原因で、京佳はかなり人相が悪い印象を持たれてしまった。結果、誰も京佳に近づこうとしない。皆、怖がっているからだ。
だが白銀御行は違った。
京佳を怖がらず、火傷跡を見ても気味悪がらず、今でも京佳の傍にいる。そこになんの打算も無い。そんな優しい男の子が、白銀だ。恵美の言う通り、こんな優しくて素敵な男の子、早々いないだろう。
「京佳、私から質問するね?」
「ああ…」
「京佳はさ、本当にその白銀くんを諦めたいの?」
恵美は確信を突く質問を京佳にする。
「そんな訳ないだろう…」
そして京佳はその質問に、素直に答えた。
「諦めたくなんてないよ。だって、やっとまた人を好きになれたんだ。もうあんな思いをしたくないから、恋なんてしなくていいって思っていたのに、また好きになれたんだよ。こんな私に友人として接してくれて、色々助けてくれた。そんな白銀を好きになれて幸せだったんだ。だから出来る事なら、私は白銀の隣に立ちたいよ…」
それは本音。今まで閉まってきて、目を逸らしてきた本音。
「白銀とどこかに遊びに行きたい。白銀と一緒に勉強をしたい。白銀と一緒にお昼を食べたい。そんな事を、白銀と沢山したい…」
「つまり?」
それは勿論、友達としてではない。
「私は、白銀の恋人になりたい」
恋人としてだ。
「そっか。それが京佳の気持ちなんだね?」
「ああ」
「なら、今から頑張らないとね」
「ああ」
恵美に背中を蹴とばされ、自分の素直な気持ちを口にした瞬間、京佳の中にある想いが生まれる。
かぐやだけには、白銀を取られたくないという想いが。
(そんなの、嫌だ)
それだけは嫌だ。自分だって白銀が好きなんだ。確かに2人は両想いかもしれない。でも未だに付き合っている訳じゃない。だったら、この恋愛戦争に自分が参戦したって問題無いだろう。その事に、誰にも文句を言わせるつもりもない。だって恋愛をする権利は、誰にでも平等にあるのだから。
この日京佳は決意した。必ず白銀の隣に立ってみせると。
(四宮はとっても手ごわい。見た目も可憐だし、色んなことが出来る。何より白銀と両想いの可能性が非常に高い。私じゃ勝ち目なんて低すぎるだろう)
出遅れているなんてものじゃない。相手はもうゴール手前まで進んでいる。対して自分は今からスタートだ。出遅れなんてものじゃない。下手すれば周回遅れかもしれない状況だ。
(でも、それがどうした?)
だがそんな事わかっている。出遅れているのなら、その後ゴール目指して、誰よりも早く加速をすればいいだけだ。
だって2人はまだ、ゴールにはたどり着いていない。ならば、まだ可能性はゼロなんかじゃない。
「良い顔してんじゃん」
「そうか?」
「うん。かっこいいよ」
「ふふ。ありがとう」
「じゃ、京佳が覚悟決めたって事で、戦勝祈願しよっか。すみませーーん!ホットケーキを2人分くださーい!!」
「戦勝祈願って、物騒な」
「恋は戦いって言うし、良い例えだと思うけどなぁ?」
恵美は戦勝祈願と称してホットケーキを注文する。
(待ってろ白銀。必ず君を、私に振り向かせてやるからな!そして四宮、君にだけは負けないぞ!この恋だけは、絶対に成就させてやるんだからな!!)
京佳は決意した。必ず白銀を振り向かせると。その為に、一切の努力は怠らないと。そして何時の日か必ず、自分は白銀の恋人になってみせると。
この日、四宮かぐやが知らないところで、1人の恋敵が生まれたのだった。
正直これで過去編終わってもいいかもとか思ってます。蛇足かもしれませんが、あと1話程お付き合いください。
次回はどうなるか、今週ゆるりと考えときます。
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四宮かぐやとサイン
でも今後かぐや様がフラれたりしたら、アンチに認定されるのかな?
(今日もまだ冷えますね。まぁ、学校内は暖房が効いていて暑いくらいですが)
まだ寒いある日の放課後、かぐやは生徒会室に向かっていた。勿論、生徒会での仕事をする為である。だが今日はそれだけじゃない。
(さて、今日は昨日の事を確認しないといけませんね。幸い藤原さんは部活で遅れてきますし、邪魔はされないでしょう)
かぐやは昨日、早坂と一緒にバラエティ番組を見ていた。普段ならニュース以外テレビはみないのだが、昨日見たバラエティー番組の内容が恋愛関係によるものだったのだ。最近、白銀が自分に好意を向けているであろうと思っているかぐやはこれに食いつく。
そしてその番組内で、とある芸能人が言っていた事がある。
それは、脈ありサイン。
その芸能人曰く、脈がある異性は必ずいくつかのサインを行うというらしい。それらのサインというのが、
・頻繁に目が合う
・よく近くにいる
・恋人いないアピールをする
・ボディタッチをしてくる
・プライベートの話をしてくる
・笑顔が多い
というものだ。
これを真に受けた恋愛初心者のかぐやは、早速今日それらのサインを白銀が行っているかを確認しようと思ったのである。
(ま、会長が私に好意を向けているのはほぼ間違いありません。流石に全部は当てはまらなくても、半分以上は当てはまるでしょうね)
自信満々なかぐや。白銀がかぐやに好意を向けているのはほぼ間違いない。これは最近、早坂も言っていた事。ならば脈ありサインを、白銀が行うのは必須だろう。
(最も、それだけで私と付き合えるなんて思わない事ですね。会長が身も心も、これからの人生すら全てを私に捧げるというのであれば付き合ってあげなくもありませんが)
しかしかぐやは、白銀が自分に好意を向けているとわかっても自分から告白する事はしない。だって自分から告白なんてするのは、相手に膝まづくと同義だからだ。それはすなわち、負けを認めるという事。プライドの高いかぐやが、そんな事する訳が無い。
(ふふ、楽しみだわ。会長がどういった感じに私に告白をしてくるのか)
気分を上げながら、かぐやは生徒会室へ向かうのだった。
生徒会室
「失礼します。おはようございます会ちょ…」
そして生徒会室に入った瞬間、かぐやは動きを止めた。
「白銀。ここの問題はどうすればいいんだ?」
「これか。これはだな、こっちの式を使って…」
「……ああ、成程、こっちの式を使うのか」
「まぁこれは間違いやすいからな」
生徒会室では、京佳と白銀がソファに座っていた。それも隣同士に座って、お互いの肩が触れそうなくらい至近距離という状況で。
「な、何をしているんですか?立花さん?」
「ああ。おはよう四宮。いやな、今日あった小テストで間違えた問題があったから、その問題をどう間違っていたか白銀に教わっているんだ」
「そ、そうですか」
どうやら勉強を教えて貰っていたらしい。白銀が学年1位の成績優秀者だ。そんな白銀から勉強を教えて貰うというのは、別におかしい事は無い。
(いやでもちょっと近すぎませんか?)
問題なのは、2人の距離が随分近い事だ。白銀と京佳は友人同士なので、距離が近い事は変じゃない。でもこれはちょっと近すぎる。いくらなんでも近すぎる。
(いくらなんでもおかしいでしょうその近さは!?なんとかして2人を話さないと……ってそれじゃ私が嫉妬しているみたいじゃないのよ!?)
今すぐ2人を引き離したいかぐやだったが、そんな事すれば自分が嫉妬していると認める事になる。そんなの認める訳にはいかない。だってかぐやは別に白銀の事が好きではないのだから。ただ白銀が全てを自分に捧げるのなら、ギリギリのギリギリで恋人になってあげなくもないと思っているだけだ。
「そうだ。紅茶淹れますね?」
「ありがとう四宮」
ここで変に慌てると何を言われるかわからいので、とりあえず紅茶を淹れながら落ち着こうと考えるかぐや。
(落ち着くのよ私。ただ勉強を教わっているだけじゃない。数分もしたら離れるわ。それまでの辛抱)
そう思いながら、かぐやは紅茶を淹れる準備をするのだった。
(やっぱり、白銀の近くにいると、胸が温かくなるな)
一方京佳。白銀に勉強を教わっている彼女だったが、無論それだけでは無い。京佳は、白銀を自分に振り向かせるためにこうしている。白銀への恋心を自覚した京佳が最初に始めた事、それは距離感を近くするというものだった。今までは友人としてしか接してこなかった京佳だったが、これからは違う。自分だって白銀の隣に立ちたい。
しかし現状、京佳は非常に出遅れている。その出遅れをどうにかするには、兎に角積極的に動かないといけない。白銀はかぐやの隣に立つ為に、数ヶ月間必死で勉強をしていたが、京佳にそんな時間はない。何故なら最初から全力でいかないと、絶対にこの恋は実らないからだ。
故に先ずは物理的にも精神的にも距離を縮める。そして自分という存在を、白銀に意識させる。
「そうだ白銀」
「どうした?」
「この前また圭にあったよ」
「……圭ちゃん、なんか変な事とか言ってなかったか?」
「まさか。そんな話は全然していなかったよ。普通に楽しく話しただけさ」
「そうか。ならいい」
「それにしても、あんな可愛い妹がいて白銀は羨ましいな」
「まぁ、可愛いのは認めるけど…」
さりげなく、白銀の妹である圭の話をする京佳。白銀もそれに乗ってきた。おかげで楽しく会話ができている。京佳は幸せな時間を過ごしていると実感した。
(え?何の話?一体なんの話をしているの?)
一方でかぐやは穏やかではなかった。2人が自分が知らない話題で盛り上がっているからだ。圭という妹が白銀にいるのは知っているが、かぐやはまだ会った事が無い。おかげで完全に蚊帳の外。
(い、いいえ!あの話も気になるけどそれはそれ!今はサインです!)
しかし今大事なのは、白銀の脈ありサインを確かめる方だ。もの凄くこの会話に参加はしたいが、今はほたっておく。どうせ参加できそうにないし。
「お2人共、紅茶をどうぞ」
「ありがとう、四宮」
「ありがとう」
「いいえ。どういたしまして」
2人に紅茶を私、かぐやは白銀が座っているソファの正面に座る。
(さて、やりましょう)
そしてかぐやは脈ありサインを確認するのだった。
「そう言えば会長。この前の卒業式に向けた会議はどうでしたか?」
「あれか。準備こそ大変だったが、なんとかなったよ。てか何で俺だけの参加だったんだろうな」
「その辺は学園長に何か考えがあったとしか…」
何気なく会話をするかぐやと白銀。この時、白銀はちゃんとかぐやを見ながら会話をしていた。
(目が合ってる。でもこれは流石にサインとは言えないわね。そもそも会長はしっかり相手に目を見て話す人だし)
よく目が合うという脈ありサインを確認はするが、そもそもこれはあまり意味がないように感じる。だって白銀は基本、相手の目を見て話すのだから。
(自分の近くにいる…これはどうかしら?確かに私は副会長だから会長の近くにいるけど、それは生徒会での仕事での話だし…)
次に確認したのは距離感。白銀はかぐやの傍によくいるが、それは仕事をする為。これで距離感が近いというのは、違うだろう。
ふとかぐやは、目の前の2人を見る。
「ここは、こっちの式を使って解けばいいぞ」
「成程。こっちか」
目線の先には、未だに白銀から勉強を教えて貰っている京佳。その顔は楽し気だ。
(あれ?)
それを見ていたかぐやは、思わず2人をじっと見る。2人をよく見ると、距離が近くて目もよく合っている。そして京佳も白銀も笑顔だ。
更に先ほどの2人は、学校外のプライベートな話をしていた。昨日テレビで見た脈ありサインのうち、4つが当てはまっている。
(まさか…)
この時、かぐやは嫌な考えを巡らせる。
それは、京佳が白銀に好意を向けているのではというものだった。
(い、いやぁ…まさかぁ…)
そんな事無いと思おうとするかぐやだが、額には汗が出ている。なんせ確認しようと思っていた6つのサインの内、既に4つが京佳に当てはまっているのだ。
(これは、予定を変更しなければ…)
かぐやは白銀の脈ありサインを確認する予定を変える事にした。もし京佳が白銀に好意を向けているのなら大問題だ。
だって白銀はかぐやに好意を向けている。そしてかぐやも本心では、白銀に好意を向けている。だというのに、そこに割って入ろうとしている者がいるのだ。
はっきり言って、腹が立つ。本人に自覚は無いが、四宮かぐやは非常に嫉妬深い女なのだ。
(もし本当にそうだったら、この眼帯女を始末しないといけませんね…)
そんな物騒な事を思いながら、かぐやは予定を変更するのだった。
「最近、母さんが忙しそうでね。家に帰りついたら直ぐに寝てしまうんだ」
「直ぐにか。それは相当疲れているな」
「ああ。でもだからといって、スーツ姿のままソファで寝るのは勘弁してほしい。いつもスーツにシワがついちゃうし」
「ああー。スーツのシワ取りって面倒だしなぁ。俺もクリーニング屋でバイトしていたからわかるよ」
「……」
楽しくプライベートな話をする2人。
「白銀の手って、結構大きいんだな」
「突然どうした?」
「いや何。私の周りには白銀くらいしか男友達がいないからね。それで改めて見てみると、やはり男の子の手は大きいなって思っただけだよ」
「それはわかったが、何で態々手を触る?」
「好奇心だ。目の前にハシビロコウとかいたら触ってみたくなるだろう?それと一緒だよ」
「俺は珍獣か」
「……」
白銀の手をそっと触る京佳。これは完全にボディタッチだろう。
「高校生になると恋人を作る人が多いらしいが、実際どうなんだろうな?」
「俺のクラスにはいるぞ。別の組の子と付き合っている奴が。まぁでも、だからと言って多いとは言えないんじゃないか?結局恋人を作る期間なんて人それぞれだろう」
「それもそうだな。私もいないし」
「……」
さりげない恋人いないアピール。
(満点じゃないのよ…)
およそ5分間で、かぐやは京佳の白銀への脈ありサインを全て確認した。これはもうほぼ間違いないとみていいだろう。
立花京佳は、白銀御行に好意を抱いている。
(この女。よくもまぁ私と会長の間に割って入ってきましたね…どうしてくれましょう?)
そしてかぐやは、京佳に殺意を抱く。こんな事許せる筈がない。今夜にでも四宮家の手の者に命令を出して、海か山にでも沈めないと気が済まない。
(大体、そんなデカイ図体をしていて会長の隣に立ちたいとでも?身の程を弁えなさい)
随分酷い事を思うかぐや。彼女にとって、自分と白銀の恋路を邪魔してくる存在はそれだけ邪魔なのだ。これが昔から友達関係にある藤原でも、同じような思うだろう。例えば、胸ばかりに栄養の行く脳タリンとか。
(そうね。先ずは早坂を使って情報取集。人は生きているだけで何かしらの罪を背負うもの。この女も何か後ろめたい事のひとつやふたつしているでしょう。そして集めた情報を使って2人きりでお話をすれば、自ら生徒会を抜けていくでしょうね。そもそも庶務なんて雑用。1番生徒会にいらない存在です。いなくなっても、今後の生徒会の業務には支障はありません)
白銀が聞いたら100年の恋も冷めそうな事をスラスラと思うかぐや。かぐやは敵と定めたら、とことんやるタイプなのだ。
(立花さん、今日が貴方が安眠できる最後の日よ。せいぜい束の間の幸せを楽しんでなさい)
かぐやはそう想いながら、すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干すのだった。
(なんか急に寒気を感じた…なんだこれ?)
そして京佳は寒気を感じていた。
夜 四宮家別邸 かぐやの部屋
「と、言う訳なのよ早坂。だから立花さんの悪事を見つけてきて頂戴」
かぐやは従者である早坂に命令する。内容は勿論、京佳の事だ。さっさとあの邪魔者を生徒会から追い出してしまいたい。そして白銀からの告白に備えたい。その一心での命令だった。
それを聞いた早坂は、
「アホですか」
バッサリとかぐやを切り捨てた。
「アホとは何よ!?」
「いやアホでしょ。立花さんの事を調べろっていうのはまだわかりますけど、白銀会長からの告白を邪魔されたくないから生徒会から追い出したいって。動機がアホすぎて私びっくりしてますもん」
早坂はかぐやみたいに浅はかでは無かった。一応こんなんでも自分の主人なので、命令通り京佳の事を調べはするが、その動機がそんなんだとは思わなかった。
(ほんの数か月前までこんなんじゃなかったのに…)
少し前のかぐやは『氷のかぐや姫』と呼ばれるくらいには冷たいといえる人物だった。しかし今は、その面影すらない。いつの間にか、こんなに愉快な子になってしまわれている。恋は人を狂わせるというのは、どうやら本当のようだ。
「というかそんなに立花さんを邪魔だと思っているのなら、自分からさっさと白銀会長に告白すればいいじゃないですか」
早坂の言っている事は正しい。だってさっさと白銀とかぐやが恋仲になってしまえば、京佳だって邪魔してこないのだから。ならばこそ、かぐやが告白をすればいいだけの話。
「馬鹿な事言わないでちょうだい早坂。そもそも私は会長の事を好きなんかじゃないもの」
「は?」
しかしかぐやは、それを断固として断っている。
「ただ会長が人生も家族も、そして国すら私に捧げるというのなら、付き合ってあげるのもやぶさかでは無いと思っているだけよ。私自信は、会長の事をなんとも思ってないんだから」
「えー…」
早坂、絶句。自分の主人が、まさかこれほど素直じゃなかったとは思いもしなかった。
(これさっさと矯正しないと、取り返しのつかない事になりそうな気がする…)
これほど素直じゃない。このままでは白銀から告白された際も素直にならず、白銀と恋仲になれない可能性がある。早いとこなんとかしなければ。
「わかりました。明日からにでも立花さんの事は調べます。でも追い出すとかはやめてきましょう?」
「何でよ?」
「いやだって、そもそもあの立花さんですよ?あんな物騒な見た目の人からのアプローチを白銀会長が受け取るとでも?第一、白銀会長はかぐや様みたいな人の方が好きですって。だったら最初から勝負にすらなっていないじゃないですか。それに白銀会長からの好意を感じているのなら、どしっと構えていればいいんですよ。それこそ勝利者としての高みから」
「……それもそうね。少し過激になってたわ。確かにそうよ。そもそも私は勝っているんだから、そんな事考える必要なんてないわよね。なら普通に立花さんの事を調べて頂戴」
(チョロ)
早坂もかぐやに負けず劣らずな事を言っているが、これはあくまで京佳の身を案じた故の発言だ。だってかぐやなら、本当に京佳をどうにかするかもしれない。それだけの力があるのだから。
あと純粋に、こんなわがままで生徒会をやめさせられるかもしれない京佳を哀れだのもある。それにしても、この令嬢チョロすぎる。
「ところで、本当に立花さんは白銀会長の事を?」
「それは間違いないわ。昨日見たテレビで見た脈ありサインが全部当てはまっていたんだし」
「はい?」
「早坂も昨日見た一緒に見たでしょ?バラエティー番組で言っていたサインの事」
かぐやは昨日のテレビの事を早坂に話す。
(嘘でしょ?かぐや様あれ間に受けてるの?)
そして早坂は再び絶句する。だって所詮バラエティー番組での話だ。勿論テレビで言っている事が全てデタラメではないだろうが、だとしてもあれは無いだろう。そもそも脈ありサインという名前がダサイ。
(これは、かぐや様の勘違いかなぁ?)
以上の事から早坂は、かぐやが勘違いをしていると判断。恐らく白銀と京佳は仲は良いのだろうが、そこに恋愛感情なないのだろう。俗に言う、男女の友情というやつだ。
(ま、念には念を入れて調べるか)
だが一応調べるべきだろう。
そして早坂は、翌日京佳について調べようと思うのだった。
次回でようやく過去編終わりの予定です。書きたいように書いてたら、こんなに長くなっちゃった。長い間、付き合わせてごめんなさい。
それと本作の通算UAが30万を超えました。お気に入り登録も沢山増えて、本当に嬉しいです。皆さん、本当にありがとうございます。
あと今週は全国的に寒いらしいので、防寒対策をしっかりしましょう。
次回も書ききりたい。
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早坂愛と調査
今日も今日とて学校へ登校する京佳。数か月前までなら、多くの生徒がその見た目に恐れおののき、近づく事も話しかける事も無かった。なんなら廊下でモーゼみたいに人が左右に散る事もあった。
だが、今はもう違う。
「立花さん。おはよー」
「おはよー立花さん」
「ああ。おはよう」
こうして、何人かの生徒からあいさつをされるようになっているのだから。
今京佳にあいさつをしたのは、京佳と同じC組の女生徒達だ。最初こそ、京佳の見た目が怖くて誰も話しかけることなどしなかったのだが、京佳が生徒会で頑張って仕事をしているのを見たり、困っている生徒を助けたりとしているうちに、少なくともC組の生徒の殆どは京佳を恐れなくなっていったのだ。
「おーっす立花」
「おはよう龍珠」
「あ!龍珠さんもおはようー」
「おはよー龍珠さん!」
「……おう」
そして同時に、クラスメイト達は龍珠にもあいさつをする程になっている。龍珠は極道の娘だったので、京佳と同じくらい恐れられていた。
しかし話してみると案外普通の子であり、何なら2学期の文化祭のクラスの出し物もちゃんと手伝ってくれた。その結果、龍珠もクラスに打ち解けるようになったのだ。
最も未だに口が悪いので、京佳程他のクラスメイトとは打ち解けてはいないのだが。
「そうだ龍珠。昨日借りた漫画を返すよ」
「ああ。で、どうだった?」
「面白かったよ。こういったファンタジー漫画ってあんまり読まないけど、思わず嵌まりそうになるくらいには。というかスマホで電子版買っちゃたし」
「あ、その漫画私も知ってるよ。確か歴史上の人物が異世界で大暴れするんだよね」
「ああそうだ。主人公の侍とかかっこいいんだよ」
「へぇ~。龍珠さんってああいうまっすぐな人が好みなんだ」
「そういうんじゃねよ。そもそも漫画のキャラだぞ。つかあれは真っすぐすぎるだろ」
だがこうやって、普通の学生らしく会話をしたりはする。尚、この事を知った龍珠の両親は泣いた。そして組総出で赤飯を炊いた。
「っと、そろそろ時間だ」
「あ、そうだね。じゃまた」
「またねー2人共ー」
そろそろ朝のHRの時間の為、それぞれ自分の席に戻る。こうしてまた、秀知院での1日が始まるのだった。
「……」
そしてその様子を、スマホを弄るふりをしながら時間ギリギリまで眺めていた女生徒も、自分のクラスへ戻るのだった。
昼休み
「龍珠。また菓子パンなのか」
「いいだろ別に。これ美味いし楽なんだよ」
「コンビニのでもいいからもう少し野菜も食べろ。歳取ってからじゃ遅いんだぞ」
「家ではそれなりに食べてるから問題ねぇって」
何時もは屋上や天文部の部室でお昼を食べている京佳と龍珠だが、この日は何となく教室で食べていた。理由は特にない。偶に2人だけでは無く4人や6人とかに増える事もあるが、今日は2人。少し前まで腫れ物扱いを受けていた2人にも、そうやって一緒に昼食を食べてくれる存在ができた。数か月前までなら考えられない事だ。これも京佳の行動のおかげだろう。
因みに今日の龍珠の昼食はホットドッグみたいな菓子パンである。
「にしても、お前未だに生徒会の仕事ちゃんとやるんだな」
「当然だろう。生徒会に入っているからにはしっかりと仕事をこなさないと迷惑かけるじゃないか」
「真面目だなぁ。偶にはサボってもいいんじゃねーのか?過労で倒れるぞ?」
「そこは大丈夫。毎日しっかり睡眠取ってるし」
「ならいいけど」
龍珠もかつて生徒会に所属していた。だからこの学校の生徒会がどれだけ忙しいかを知っている。自分が所属していた時期でさえ、大きなイベントが無かったのにあれだけ忙しかったのだ。今の時期はどれだけ忙しいかなんて考えたくもない。
「そうだ立花。お前今度一緒に映画いかねーか?」
なので京佳のリフレッシュもかねて、龍珠は京佳を映画に誘う事にした。
「別にいいけど、何時だ?」
「今週の土曜日」
「あー。すまない。その日は生徒会の仕事で学校に行かないといけないから無理だ」
「そうか。なら日曜日は?」
「日曜日ならいいよ。バイトも無いしね」
「なら決定な」
京佳はそれを了承。こうして2人は、日曜日に映画に行く事になった。
「因みにどんな映画に行く予定なんだ?」
「サメ映画」
「……大丈夫かそれ?」
「大丈夫だろ。少なくともネットのレビューではクソ映画扱いされてなかったし」
補足すると、別にサメ映画はクソ映画ばかりではない。傑作も沢山ある。ただサメ映画というジャンルの母数が多すぎて、クソ映画も結構な数が世の出てきてしまうだけなのだ。
「……」
そしてその様子を、廊下を通り過ぎながら見ている女生徒がいたが、2人がそれに気が付く事は無かった。
「ん?」
放課後、京佳は生徒会室へ向かう途中であるものを発見した。
「これは、生徒手帳?」
それは秀知院学園の生徒手帳。この学園の生徒なら皆が持っている物だ。恐らく誰かの落とし物だろうと思った京佳は、その生徒手帳を拾いあげる。
そして出来れば落とし主に返そうと思った。その為にも名前を確認しないといけないので、生徒手帳を開く。
「えっと名前は、早坂愛?」
どうやらこの生徒手帳の主は早坂という女生徒のようだ。名前の横に張られてある顔写真には、金髪の今時のギャルっぽい子が写っている。
「持っていくか…」
初対面の人には基本怖がられる京佳だが、見つけたのにこのままにしておくのも申し訳ない。生徒会室に行く前にさっさと渡してしまおうと思い、京佳は来た道を戻るのであった。
1年A組
「すまない。ちょっといいだろうか?」
「ん?ひっ!?」
A組にやってきた京佳は、教室の扉近くにいた女生徒に声をかける。すると声をかけられた女生徒は一瞬びっくりし、京佳から少し後ずさりながら距離を取る。
(やっぱり、他のクラスだとこうなるよな…)
入学当初より怖がられる事の無くなった京佳だが、それでもやはりこうして怖がる生徒は一定数いるのが現状。
これ以上相手を怖がらせる訳にもいかないので、京佳はさっさと用事をすませる事にした。
「早坂さんという子はいるかな?生徒手帳を拾ったから渡したいんだが」
「あ、早坂さんですか?えっと、さっきまでいたんですけど…」
「そうか。ならこれを本人に渡して置いてくれないか?」
「わ、わかりました」
「それじゃ」
そして生徒手帳を渡すと、京佳は足早に去っていく。
(ま、しょうがないよな…)
こんなデカイ身長で顔に物騒な眼帯をしていれば、怖がられるのも仕方が無い。ただでさえ、他のクラスとは殆ど交流が無いのだ。
だから、あの反応は仕方が無い。京佳はそう思う事にした。
そして生徒会室へ向かい、今日も生徒会の仕事をするのだった。
翌日。京佳は何時も通りに学校へ登校していた。
「あ!いた!」
「ん?」
だが今日は何時もと少し違った。初対面の生徒にいきなり話しかけられたからだ。
「ねぇねぇ!あなた立花さんだよね?」
「そうだが…」
「あーよかったー!人違いだったらどうしようかと」
話しかけてきたのは、金髪のサイドテールに、短めのスカート。鞄には変なぬいぐるみのキーホルダーに、爪にはネイルをしている、如何にもなギャルっぽい生徒だった。
(誰だ?)
京佳は目の前の子に覚えがない。少なくともC組の子ではない。だがよく見ると、どこかで見た覚えがある。でも思い出せない。
「急にごめんね。私、早坂愛って言うんだ。昨日私の手帳拾ってくれたでしょ?」
「ああ。昨日の」
その言葉で京佳は思い出した。この子は、昨日拾った生徒手帳の持ち主だと。
「それで、何か用かな?」
「いやさ、お礼言いたくて」
「お礼?」
「そう。昨日手帳拾って、しかも届けてくれたでしょ?本当にありがとうね。あ!お礼に何か奢った方がいいかな?」
早坂が京佳に話しかけてきたのは、昨日のお礼が言いたい為だったようだ。
「別にいいよ。お礼が欲しくてやった訳じゃないし」
「いやさ、それだと私の気が収まらないんだよ。せめて缶ジュースでいいから奢らせて!お願い!!この通り!!」
「生徒手帳ひとつでそこまでするか?」
確かに落とし物を拾ったが、所詮生徒手帳だ。いくつかの個人情報は入っているだろうが、別に住所までは書いていない。
「まぁ、わかったよ。なら放課後でいいから自販機で奢ってくれ」
「本当!ありがとー!!」
少し訝しんだ京佳だったが、人の善意を無碍にする訳にも行かず、大人しく奢られる事にした。
「それじゃ!放課後、自販機コーナーでねー!」
そう言うと早坂は、その場から立ち去っていった。
(凄いグイイグイくる子だったな。恵美みたいだ)
京佳はそんな早坂に、他校に通っている親友の恵美に似た既視感を覚えた。もしかすると、最近のギャルはああいうのがスタンダードかもしれない。所謂、距離感が少しバグっているのが。
(それにしてもあの子、私の事を怖がらなかったな…)
それはそれとして、気になった事もある。それは先ほどの早坂の反応。
普通、初対面の人間は京佳を怖がるのに、彼女は京佳を全く怖がっていなかった。少なくとも、そういった空気は全く出していなかった。
(ひょっとしたら、仲良くなれるかも?)
未だに京佳を怖がっている人は多くいるが、彼女は違った。もしかすると、良くなれるかもしれない。
(とりあえず、放課後に話してみよう)
京佳は他のクラスにも友達を作れるかもしれない折角のチャンスだと思い、放課後に早坂と話してみる事にした。
放課後
「あ!立花さーーん!こっちこっちーー!」
校舎内に設置されている自販機コーナーに行くと、そこには既に早坂がいた。そしてまるで子供みたいに手を振って京佳を呼んでいる。
「すまない。遅れたかな?」
「全然!私も今来たとこだし。むしろ時間ピッタリって感じ?」
まるで初デートの時のような台詞を言う早坂。その手の人が見たら尊死するかもしれない。
「で、何飲むー?」
「そうだな。じゃあこのレモンティーで頼む」
「わかったー。ついでに私も同じの飲もーっと」
早坂は自販機にお金を入れると、レモンティーのボタンを押す。すると自販機から2つのレモンティーが入ったペットボトルが出てきて、早坂はその内の1つを京佳に渡す。
「ありがとう」
「いいって」
レモンティーを受け取り、ボトルを開けて2人揃って飲む。
「もう1度言うけど、本当にありがとね」
「別にいいさ。そもそも拾ったのは本当に偶然だしね」
「それでもだって。ありがとう」
どうやら早坂はかなり義理堅い子のようだ。生徒手帳ひとつでこれだけお礼をいうなんて、今時珍しい。
「ところで、少しいいかな?」
「んー?何ー?」
「素朴な疑問なんだが、君は私が怖くないのか?」
「え?怖い?何が?」
「いや何がって、こんな物騒な眼帯してるんだぞ?それに身長だって高いし」
そんな早坂に京佳はストレートに聞いてみる。回りくどい言い方は好きじゃないし、京佳にとってはジュースを奢られるより、こっちの方が重要だからだ。
そして京佳にそう聞かれた早坂は、
「全然怖くないけど?むしろかっこよくない?」
「え…」
京佳の顔を真っすぐに見てそう答えた。
「ていうか眼帯しているだけで怖がるとか無い無い。どんだけ怖がりなのよそれ」
「そ、そうなのか?」
「そうだって。それに身長だってさ、確かに女子としては高いけど、それを怖がるなんてしないって」
「あ…」
それはかつて、白銀が京佳に言った事と似ていた。そしてそれを聞いた京佳は、嬉しくなる。
「ふふ、ありがとう」
「よくわかんないけど、どうしたしまして?」
何でお礼を言われたのかわからない早坂は首をかしげる。
「それじゃ、私は行くよ。生徒会の仕事あるし。レモンティー、ご馳走様」
「わかった。お仕事頑張ってね」
「ああ。ありがとう」
レモンティーを飲み終えた京佳は、空になったペットボトルをゴミ箱に捨ててその場から立ち去る。
(あの子とは、仲良くなれるかもな…)
そう思いながら、京佳はスキップしたい気持ちに駆られながら生徒会室に向かうのだった。
(とりあえず、これで顔も知らない他人とは言えなくなりましたね)
自販機コーナーに、1人の残った早坂愛。彼女は今、先程とは違う顔つきでそこにいる。
実は彼女、早坂愛は訳あって京佳に近づいた。その理由は、主人であるかぐやの命令だからである。
数日前、早坂はかぐやから京佳の情報収取を命じられた。最初は、自分が白銀に告白されるのを邪魔されたくないから弱みを握ってこいという命令だったが、早坂の説得によりただの情報収集になった。そしてその中で、京佳が白銀に恋心を抱いているかを知ろうとしていたのだ。
しかし、いきなり『白銀の事が好きですか?』なんて聞いても、素直に答える訳が無い。そこで先ずは、友人関係を構築する事から始めた。
態と生徒手帳を廊下に落とし、それを京佳に拾わせ、届けさせる。事前に京佳の人柄を調べた結果、京佳ならそうするだろうという推測から考えた作戦だ。
そして作戦は成功。後はそれに乗じて京佳に恩返しをし、ゆっくりと友人関係を作ればいい。そこで京佳に直接問いただそうというのが、早坂の考えた作戦である。
(まぁ、徒労に終わると思いますけどね…)
しかし早坂、この作戦が大した成果を出さずに終わると思っていた。だってかぐやが言い出した『京佳が白銀に好意を向けている』という根拠は、テレビから得た知識が元だからだ。
別にテレビが嘘しか言っていないとは思っていない。でもそんな鵜呑みにした知識で京佳を判断したかぐやの事を、早坂は信じていなかった。
(はぁ…転職しようかな…?)
最近本気で転職を悩みだす早坂。そして残ったレモンティーを飲み干して、早坂は帰路に着くのだった。
その後、早坂は更に京佳との距離を縮めるべく動いた。
「おっはよー立花さん!今日も良い天気だね!」
「おはよう早坂さん」
「さんはいらないって!呼びしてでいいよ!」
「え?いいの?」
「モチ!もう他人じゃないし。その代わり、私も呼び捨てしてもいい?」
「それはいいけど」
「じゃもう1回。おっはよー京佳ー!」
「お、おはよう。早坂」
朝、京佳を見つけたら挨拶したり、
「あれ京佳。これから生徒会?」
「そうだよ。今日は使われていない教室の掃除をするんだ」
「そっか。頑張ってねー」
「ありがとう」
放課後に京佳が生徒会の仕事をしていたら、ねぎらいの事言葉をかけたり、
「京佳ってさ、胸どれくらいあるの?」
「どうした急に」
「や、私もそこそこ大きいけど、京佳はもっと大きいじゃん。だから気になって」
「言わないからな。そもそもこれ結構気にしてるんだよ…大きいと可愛いブラとか無いし、肩こり酷いしで」
「あー確かに。私も肩こりはあるなー」
校内で偶々会った時に、他愛の無い会話をしたりと、兎に角早坂は京佳に話かけた。
「なぁ立花。最近よく話しているあいつ誰だ?」
「早坂って子だよ。何でか最近よく話すんだ」
「へー。お前を怖がらないなんてすげー珍しいな」
「本当だよ」
龍珠にも早坂の事を聞かれるくらいには、早坂は京佳に近づいた。結果、早坂は僅か1週間で京佳とかなり仲良くなったのだ。
(そろそろいいですかね?)
これだけ仲良くなれた。これならば、多少突っ込んだ話をしても大丈夫だろう。
「ねぇ京佳。ちょっといい?」
「何だ?」
生徒会の仕事が休みだったある日の放課後。京佳と早坂は自販機コーナーで駄弁っていた。
そして早坂は、ここで仕掛ける事にした。
「京佳ってさ、好きな人とかいるの?」
「……え?」
突然の早坂の質問に固まる京佳。思わず、手にしていたパックジュースを落としそうにもなる。
「あれ?なんか動揺してる?ひょっとしているの?」
「いや、別に動揺なんて…」
「え~?本当に~?」
からかうように京佳に話しかける早坂。そして畳み掛けるように、早坂は言葉を続ける。
「もしかしてさ、生徒会長の白銀くんとか好きだったりしない?何時も放課後一緒にいるしさー?」
ド直球の言葉を京佳に投げつけた。この言葉で京佳の反応をみれば、京佳が白銀をどう思っているかわかるからだ。余程訓練でもされていない限り、絶対に何かしらのボロが出る。
(まぁ、特に何もないでしょうけどね)
しかし早坂、これが意味の無い質問だと思っていた。そもそもかぐやの命令でこんな事を聞いているが、そのきっかけがテレビの情報を鵜呑みにしているのだ。なので恐らく、かぐやの勝手な勘違いだと早坂は踏んでいた。
しかし、
「えーーーっと、それは…」
(……あれ?)
京佳の反応は早坂の予想とは違った。明らかに動揺している。そして顔がほんのりと赤い。
(え?嘘でしょ?もしかして本当に…?)
この京佳の反応は、明らかに恋をしている反応だ。しかも早坂は先ほど、白銀が好きなのではと聞いた。つまりこれは、もうそういう事だろう。
「えっと京佳。マジで?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ早坂!お願いだから今はそれ以上何も聞かないでくれ!」
「あ、うん…」
流石にいきなり好きな人を言い当てられたら、誰だってこんな風に慌てるだろう。恐らく、かぐやだってこうなる。
「でもそっかー。京佳って白銀会長の事が」
「う、うん…あの、誰かに言うとかは…」
「いやしないからそんな事。言わないから安心して」
暫くして落ち着いた京佳と、再び会話をする早坂。その目は興味津々といった感じだ。
「でもさ、白銀会長って結構人気あるから、大変じゃない?ライバルとか多くて」
でもそれはそれとして、京佳にこの恋を諦めさせようともする。なんせ早坂はかぐやの従者。従者であれば、主人の願いを叶えるのが普通
ならばここで邪魔者をさっさと潰してしまおうと思い、こうして動いたのだ。
「確かに大変だろうけど、諦めるなんてする訳ないよ」
「え?」
だが、それは上手くいかなかった。
「もうバレちゃったから言うけど、私は白銀が好きだ。白銀の隣にどうしても立ちたい。他の誰でもない。私が白銀の隣に立ちたいって本気で思っている」
「……」
「こんな無駄に身長がデカくて、人相も悪い私だけど、この恋だけは絶対に成就させたいんだ」
「……」
「だから、絶対に諦めない。例えどんな恋敵が現れようとも、私はそういった存在を倒して、必ず白銀の恋人になってみせるんだ」
(え、何この子強い…)
主人のかぐやからは、絶対に出ないであろう宣言の数々。それを目の当たりにした早坂は、京佳がかぐやにとって、とんでもなく強力な恋敵であると認識した。
今はかぐやと白銀は相思相愛かもしれないが、こんな強敵が現れたら、その有利な状況も覆るかもしれない。
(これまっずいなぁ。さっさとかぐや様を説得して、白銀会長に告白させないと…)
今の京佳に『白銀を諦めろ』と言っても意味ないだろうし、これまで築いた友人関係も終わるかもしれない。
だから先ずは、帰ったらかぐやの説得から始める。そしてさっさと告白させようと早坂は考えた。最も、それが1番難しいのだが。高すぎるプライドというのは、本当に邪魔である。
そしてこの日より、早坂がひたすら苦労する日々が続くのであった。主に主人であるかぐやの説得と、よくわからない作戦に付き合わされたりで。
幾日か後 生徒会室
「なんだか、噂されてるみたいですね。私たちが交際してるとか……」
「そういう年ごろなのだろう。適当に聞き流せばいい」
「ふふ、そういう物ですか。私は、そういった事柄に疎くて」
白銀達が2年生に進級し、新しい生徒会メンバーを入れた生徒会室では、かぐやと白銀が談笑していた。内容は、ここに来る途中で聞いた噂について。その噂とは『白銀御行と四宮かぐやは付き合っている』というもの。
尚この噂は、本当に勝手に出てきた噂だ。別にかぐやや白銀が態と周りに吹聴した訳ではない。
そうやって2人で話していると、
「失礼する。白銀、頼まれていた資料を持ってきた」
白銀に頼まれた資料を取りに行っていた京佳が戻ってきた。
「おぉ、ありがとう立花。しかし、すまないな。女性であるお前にこれだけの資料を持ってくるように言ってしまって」
「気にするな白銀、私は庶務だ。こういう雑用こそ庶務の出番だろう」
白銀の言う通り、確かに資料の量が多い。でもこういう雑務を率先してやるのが庶務だと京佳は思っているので、特に気にていない。むしろ京佳は今、別の事が気になっている。
(今まで2人きりだったのか…)
それはかぐやと白銀が2人で生徒会室にいた事だ。両想いであろう2人が、密室で2人きりというのは面白くない。このまま何もしなければ、またかぐやに置いて行かれるかもしれない。
だから京佳は、ここに来るまでに思いついた事を早速やってみる事にした。
「ところで白銀、ここに来る途中で噂を聞いたのだが…」
「ん?噂?」
「ああ、なんでも私と白銀が付き合っているという噂らしい」
「はぁ!?」
(はいぃぃぃぃぃぃ!?)
それを聞いたかぐやは内心絶叫する。思わず手にしていたティーポットを落としそうにもなった。でも何とか踏ん張った。
「ま、待て待て立花!俺とお前が付き合っているという噂なのか!?」
「あぁ、そういう噂があると私は聞いたぞ」
「そ、そうなのか……そんな噂が……」
寝耳に水だった白銀も驚く。だがここで変に慌てたら、かぐやになんて言われるかわからない。
「ま、まぁ所詮噂だ。別に気にする必要もなかろう。それより早く資料作成を行おうじゃないか」
なので『そんな噂全然気にしてませんけど?』とでも言いたげな雰囲気を出しながら、白銀は話題をすり替える事にした。
「ふむ、それもそうだな。ではさっさと終わらせよう」
京佳も、白銀に同意しながら資料整理を行う事にした。だが勿論、ただ行う事なんてしない。当然ここでも京佳は仕掛ける。
具体的に言うと、他に座る場所があるにも関わらず、態々白銀の隣に座って資料整理をしたのだ。それもかなり近い距離で。
(ちょっと立花さん!?なんでナチュラルに会長の隣に座っているのよ!!しかもなんか距離近くない!?)
それを見ていたかぐやは再び叫びそうになる。何故なら今日かぐやは、少しだけ勇気を出して白銀の隣に座り、そこで生徒会の仕事をしようと考えていたからだ。
これは昨夜、早坂が『それくらいしないといずれ手遅れになりますよ』と言われたからである。しかしそれはもう出来ない。
(おのれぇ、立花京佳ぁ……!!)
可能であればこの邪魔者を消し去りたい。でもそう簡単にそんな事はできない。なのでかぐやは、心の中で京佳を呪う事しか出来ずに、この日を過ごすのであった。
(四宮、君にも何か考えがあったようだが、先手は私が取らせてもらったぞ)
一方京佳。彼女は心の中でガッツポーズをしていた。ここに来るまでの間に、白銀とかぐやが付き合っているのではという噂を聞いた京佳。
もしかすると、かぐやもそれを聞いたかもしれないと思い、かぐやが何かする前に先手を取る事にしたのだ。
結果、今京佳は白銀の直ぐ隣に座れている。おかげで胸が温かい。
(四宮、君は私にとって最大のライバルだ……)
それは勉強の事では無く、部活などの運動の事でもない。当然、喧嘩でもない。
恋敵としての意味である。
自分は今、圧倒的に出遅れている。ならば攻め続けて、追いつくしなない。
(だからこそ、私は全力で君と戦おう。君の恋敵としてな……!)
そして最大の敵だからこそ、全力でかぐやに挑むのだ。それがライバルに対する、最大の敬意なのだから。
こうして、四宮かぐやと立花京佳の恋愛戦争は始まったのだ。その行方がどうなるかは、今は誰も分からない。
これにて過去編終了! お疲れ様でした!!
次回からようやく決戦である文化祭編に行く予定ですが、筆が遅くなるかもしれません。理由は今後の展開をもっとしっかり考えないといけないから。
その時は、どうかご了承下さい。
今後、投稿頻度は落ちるかもですが、必ず完結はさせるので、どうぞよろしくお願いいたします。
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文化祭編
生徒会と不審者
今回は完全なネタ回です。なのにまさかの1万字越え。普段からこれくらいかけたらいいのにね。
「それにしても、すっかり暗くなったね。もう8時過ぎてるし」
「そうだね小野寺さん。でも時間かけて回ったおかげで、大勢の人から協力を得られる事に成功したよ」
すっかり暗くなった放課後、伊井野とクラスメイトの小野寺は共に帰路に着いていた。普段ならば風紀委員や生徒会の仕事があっても、ここまで遅くなる事は無い。2人が今日これほど遅くなっているのは、文化祭の為だ。
少し前、文化祭実行委員会での会議で『キャンプファイアーをするかどうか』という議論がなされた。最初は誰もが、これに難色を示した。近年は条例も厳しくなり、何より最近の秀知院生徒の風紀が問題で自治体が協力をしなくなったせいである。これではとてもキャンプファイアーなんて不可能だ。
しかし、伊井野の必死の説得のおかげでとりあえずは皆の理解を得ら、それから周辺の自治体への説得を開始。長い間、風紀委員として様々な活動をしてきた伊井野をよく知っていた人も大勢いたおかげで、自治体の協力と理解を得る事に成功。
そしてその他の人達にもキャンプファイアーの理解を得るために方々奔走し、こんな時間になっているのだ。
「でも今からマジ楽しみだよ。キャンプファイアーとかマジあがるし」
「うん」
普段滅多に会話をしない2人だが、同じ実文のメンバーとして共に自治体へ説得をした結果、それなりに話すようになっていた。
「あ、ごめん。ちょっとそこの自販機でジュース買っていい?」
「それなら私も買うよ。喉渇いたし」
そこら中歩いたせいで、冬だというのに熱い。なので偶然近くにあっ自販機で何か買う事にした。
「ん?」
「どうかしての小野寺さん?」
「あそこに何かいない?」
「え?」
だが自販機に近づいた時、その傍らで何かを見つけた。薄暗いのでよく見えず、2人がじっと目を凝らしていると、
「ぽに~~~」
それは急に飛び出して、2人に向かって走ってきた。
翌日 生徒会室
「やはり、学校全体が活気づいてるな」
「もうすぐ文化祭だしね。皆活気づくさ」
「ですね~。私、こういう頑張ってる空気好きですよ~」
「まぁ、努力している人はいいですよね」
生徒会室では、白銀、京佳、藤原、かぐやの4人が資料整理をしながら会話をしていた。もうすぐ秀知院は文化祭。全てのクラスが自分たちの出し物を成功させようと協力しあっている。そのせいで、学校全体が活気づいているのだ。
「京佳さんは大丈夫ですか?確か演劇でしたよね?」
「問題ないよ。台詞も段取りも全て覚えた。後は反復練習するだけだ」
「立花、無理はするなよ。頑張りすぎて、当日倒れたりする人もいるんだから」
「ありがとう白銀。でもそれブーメランだぞ」
かつて努力をしすぎて倒れそうになったのを、京佳は忘れていない。でもそれはそれとして、白銀に心配されて少し嬉しがっていたする。
(それはそれとして、もう時間がないな…)
一方で白銀。彼は未だに悩んでいた。それは勿論、かぐやと京佳の事でだ。
同時に2人の女子を好きになってしまっている現状。当然の事ながら、どっちも選ぶなんて真似は出来ない。そんなのが許されるのは漫画だけだ。選ぶとすれば、どちらか片方だけだ。元々文化祭で告白する事を決めていた白銀だが、これではそれすら出来ない。
(会長や父さんに言われた通り、自分の気持ちをしっかり整理しておかないと、死ぬまで後悔する。だからこそ、この数日で必ず答えを出さないとな)
文化祭までもう時間が無い。それまでには自分の気持ちに答えを出さないといけない。それがどちらかを傷つける事になってもだ。
「そういえば白銀。最近この周辺で出る不審者の事を知っているか?」
「不審者だと?」
そう思っていると、京佳から話かけられる。
「別の学校に通っている友達から聞いたんだが、何でも変な被り物をして女性に何かを吹きつけるらしい」
「いやなんだそれ。普通に危ないじゃないか」
京佳の話を聞いてぎょっとする白銀。もしそんな奴がいたら問題だ。
「うへぇ…ニュースとかでも見ますけど、本当にいるんですねそんな人」
「ですね。一体何がしたいのかわかりません。それはそれとして、何か対策をした方がいいかもしれません」
ぞっとする藤原とかぐや。やはり女子は、そういった人物に潜在的な恐怖を抱くようだ。
「そうだな。もし文化祭当日にそんな奴が侵入してきたら大事だ。あとで校長に話しておくよ」
なので直ぐに対策を取る。校長は普段はあんなちゃらんぽらんだが、仕事は間違いなく出来るし、生徒の事を本当によく考えてくれている。そんな彼に言えば、何か対策をしてくれるだろう。
「し、失礼します…」
そんな会話をしていると、生徒会室の入り口のドアから声がした。
「石上?どうしたんだそんなところで?」
声の主は石上だ。普段なら普通に生徒会室に入って来るのだが、どういう訳か今日はドアで踏みとどまっている。
「えっとですね、会長に相談がありまして…」
「俺に相談?」
「と言っても、僕じゃないんですけどね…」
「ん?」
どうも要領を得ない。
「失礼します…」
「し、失礼します…」
4人が頭に疑問符を浮かべていると、石上の後ろから2人の女生徒が出てきた。1人は生徒会役員で会計監査の伊井野。もう1人は金髪の女生徒。こちらは初めて見る女生徒だ。
「伊井野と、誰だ?」
「この子は僕と同じクラスの小野寺さんです」
石上が紹介する。金髪の子は小野寺というらしい。
「あれ?ミコちゃんどうしたんですか?急にポニーテールにしちゃって」
「お揃いですね」
「可愛いな」
2人は髪型がお揃いのポニーテールになっていた。普段からおさげにしている伊井野にしてみれば、とても珍しい。
「違うんです…」
「はい?」
「これ、私の意志じゃないんです…」
「どういう事ですか?」
よくわからない発言をする伊井野に、藤原は疑問符を浮かべる。
「これ、昨日無理矢理させられたんです!!!」
そして伊井野と小野寺は話始めた。昨日、自分の身に起こった出来事を。
「……すまん伊井野、そして小野寺さん。もう1回確認するぞ」
「「はい…」」
「2人は昨日、近隣住人に、文化祭で行うキャンプファイアーの周知をして貰う為に色々回ってて」
「「はい」」
「そしてその帰りに、公園の中に設置されている自販機で飲み物を買おうとしたら」
「「はい」」
「突然変な被り物した人が現れて、髪に何かを吹きかけられて、髪型を無理矢理ポニーテールにさせれたと…」
「「そうです」」
「……どういう事?」
「「そんなのこっちが聞きたいですよ!!」」
白銀が状況を整理する。が、整理してもよくわからなかった。なんせ不審者が現れたと思ったら、突然髪型をポニーテールにしていったと言うのだ。本当に意味がわからない。
「しかも見て下さいよこれ!!何でか知れないけど髪カチカチに固まってて全くほどけないんですよ!?」
「そうですよ!!昨日の夜にお湯とか水とかドライヤーとか色々試したけど全然効果なくて!まるで頭にそういう形のヘルメットを無理矢理かぶさせられている感じなんですから!!」
「うわ。本当ですね。まるでプラスチックですよこれ」
おまけに2人の髪はカチカチに固まっている。試しに藤原が触ってみるが、本当に硬い。
「もしかして、立花さんが言っていた不審者ってこれでしょうか?」
「多分…いや、こんな不審者とは思わなかったが…」
先程京佳が言っていた不審者の話。2人の出会った人物と、類似点が多い。恐らく同一人物だろう。
「警察には言ったのか?」
「勿論直ぐに行きましたよ!でも『何言ってるの?』みたいな事言われて相手にされませんでした!」
「おかげで私は日本の警察をもう信用できません!!」
もしこれが、わかりやす痴漢行為や露出行為ならば警察も直ぐに動くだろうが、髪型をポニーテールにされましたなんて言われても、何かのイタズラと思ってそりゃ動かないだろう。
「うう、もしかして、私達って一生このままなんでしょうか…?」
「マジで嫌なんだけど…もういっそ髪を全部剃るしか…」
「早まるな、落ち着け2人共」
落ち込む2人。このままでは本当にバリカンか何かで髪を剃ってしまうかもしれない。流石にそれは阻止しときたい。
「四宮家の子会社には、髪に関する会社もいくつかあります。今から連絡を取って、どうにかできないか聞いてみましょう」
「本当ですか!?」
「ありがとうございます四宮先輩!!」
もう泣く寸前の顔でかぐやにお礼を言う2人。そしてかぐやは、直ぐにスマホで連絡を取ってみた。
「しかし白銀。これどうする?この学校の生徒にこんな被害が出ているなんて」
「おまけにまだその不審者は捕まっていませんしね。ひょっとすると、まだ被害者が出るかもですよ」
「しかも警察は相手にしてくれない。最悪ですねこれ…」
状況は酷い。突然髪型をポニーテールに変えてくる不審者。それが未だ野放しでいる。藤原の言う通り、もしかするとまた被害者が出てくるかもしれない。
「最悪、文化祭中止なんて事態も…」
『!?』
藤原の発言にはっとする生徒会メンバー。それはダメだ。白銀も京佳もかぐやも石上も伊井野も、文化祭ではそれぞれとある想いを持って迎えるつもりだ。白銀は告白の為。石上は憧れの先輩である子安つばめと距離を縮めたい為。伊井野はキャンプファイアーをしたい為。
なのにこんな不審者騒動で中止になってしまったら、それらが全部達成できない。そんなの絶対に嫌だ。
「よし。捕まえよう」
「え?」
「その不審者を、俺たちで捕まえよう」
「本気ですか会長!?」
白銀の突然の発言に驚く藤原。
「このままじゃ皆が一生懸命に準備した文化祭が中止になるかもしれない。生徒会長としてそれは許さない。そして警察はあてに出来ない。なら俺たちで犯人を捕まえるしかない」
「賛成です会長。僕も協力します」
「私も賛成だ」
「私も賛成です会長」
「ええ!?京佳さんやかぐやさんまで!?」
普段、こういうのはストッパーになる京佳ですら協力的であり、電話を終えたかぐやでさえ協力すると言う。
「藤原さん。よく考えて下さい。先ほど会長が言ったように、このままその不審者が野放しでは文化祭が中止になるかもしれません。それにです。今はまだイタズラの範囲かもしれませんが、このまま放置していれば、いずれそれがエスカレートして、もっと酷い事になるかもしれませんよ?」
「そ、それは嫌ですね…」
かぐやの言う通り、今はまだ髪型をポニーテールにするという訳の分からないイタズラで済むかもしれない。
しかしこれがどんどんエスカレートしていくと、最悪性犯罪になるかもしれない。
「「……」」
そんなかぐやの発言を聞いた白銀と石上。そして想像する。
もしも、かぐやと京佳とつばめがそういった被害にあったらと。
「石上。必ず捕まえよう」
「ええ会長。必ずそのクソ野郎を捕まえましょう」
「なんか2人が超ヤル気出してます!?」
なんか体からオーラを出している錯覚をしてしまうくらいにヤル気を出す2人。
こうして生徒会主導で、不審者逮捕作戦が始まったのだ。
夜8時 都内某所の公園
「作戦を再確認しましょう。先ず囮が1人で公園内を歩く。そして2手に別れている別働隊がその後ろや物陰に隠れておく。その後、件の不審者が出てきたらとっ掴まえる。いいですね?」
「了解だ」
「わかりました」
公園内の茂み。そこにはかぐやと京佳と藤原の3人がいた。反対側の茂みには白銀がいるが、ここからではよく見えない。
因みに伊井野と小野寺の2人は、現在かぐやが手配した美容院に行っている。そこで髪型が元に戻るか色々試している最中だ。
「ところで四宮。それは何だ?」
「これですか?家の者に頼んで手配して貰った、不審者撃退用品です」
かぐやの手にはスプレーが握られていた。これは四宮家の子会社が販売している防犯用催涙スプレー『護身くん』である。スプレー内には唐辛子やニンニク等を混ぜた成分が入っており、ひとたびこれを顔に吹きかけられると、その相手は顔中に激痛が走るらしい。お値段、1本2000円。
「相手がどんな人がわからない以上、こういった備えは大事ですから。お2人もどうぞ」
「ありがとう」
「どうもですかぐやさん」
京佳と藤原にも同じ物を配るかぐや。これで不審者が出てきたら、一斉にスプレーを吹きかければいい。後は取り押さえて、直ぐに警察を呼んで作戦完了だ。
「あ、囮役が来ましたよ」
そうこうしていると、道の向こう側から囮役が歩いてきた。
(何で僕なんだろう…)
そしてその囮役とは、女装した石上である。最初はかぐやと京佳が囮役になろうとしたのだが、白銀と藤原が猛反対。もしもがあったら大変だからだ。
そこで体育祭の時に女装をしていた石上に白羽の矢が立った。元陸上部でもある石上なら、いざという時走って逃げる事も可能だろうと思ったからである。
『ソノママ、アルケ』
かぐやがハンドサインで石上に指示を出す。女装した石上はそれに従い、公園内を歩き出す。
(伊井野さんが言っていた不審者が出たという自販機までもう少し。そこでさっさと犯人を捕まえて、何としてでも文化祭を開始させなければ)
もしも文化祭が中止になってしまえば、白銀と楽しく文化祭を回るというかぐやの願いも叶わなくなる。出来れば四宮家の力でさっさと始末してしまいたいが、他のメンバーも参加している以上それも出来ない。
(全く。本当に迷惑ですね)
まだ出てこない不審者に怒りを覚えるかぐや。そんな時だった。
ガサガサ
『!?』
石上の先にある木の上から音がしたのは。
(ついに出てくるか!?)
身構えながら歩く石上。その後方で隠れている4人も身構える。そして、
ドサッ
木の上から何かが落ちてきた。
「痛ったぁ…」
それは全身黒づくめで、顔には特殊部隊の人間が付けるようなフルフェイスのマスク。しかも目元には暗視ゴーグルのようなものまでついている。ここが戦場であれば特におかしくないが、この平和な日本の夜の公園では明らかに不自然。どう見ても不審者だった。
(あれが伊井野と小野寺が言っていた不審者か!?)
1番近くにいる石上が、懐に隠していた防犯スプレーを構える。それに合わせて、隠れていた白銀も道に出てくる。
「石上!うかつに近づくな!何されるかわからんぞ!」
その手にはスマホ。いつでも通報できるよう準備万全だ。
「あれがそうですか?」
「だろうな。明らかに怪しいし」
茂みに隠れながら様子を伺っている藤原と京佳は、その不審者をまじまじと観察。しかし、かぐやだけは違った。
(いやあれ早坂ーーーー!?)
何故ならその不審者の正体を知っているからだ。あれはかぐやが命令を出して、公園内に潜伏させていた早坂である。いざという時、早坂に色々援護をしてもらおうと思ってそうさせていたのだが、恐らく何かの拍子で木から落ちたのだろう。それも運悪く、囮役である女装した石上の目の前で。
「あ、まずい…」
早坂もこの状況はマズイと思ったのか、そのまま走り出す。
「追うぞ石上!」
「はい会長!!」
このまま不審者を逃したとあっては、さっかくの作戦が台無しだ。それに逃がしてしまえば、かぐやや京佳やつばめに被害が出るかもしれない。なので必死で追いかける。全ては好きな人を守る為に。
「あ。会長達行っちゃいました」
「うーむ。仕方ない。私たちはゆっくり後を追うとしよう」
「そ、そうですね…」
もの凄い勢いで行ってしまった2人。今から追いかけるのは間に合いそうにないので、歩きながら追う事にする。
(もし捕まっても、絶対に口を割るんじゃないわよ早坂。私は知りませんからね)
そしてかぐやは、もし早坂がつかまっても知らぬ存ぜぬを通すと決める。ありていにいえば早坂を見捨てるつもりだ。最低である。
と、その時である。
ガサガサ
「「「!?」」」
すぐ近くの茂みから音がしたのは。3人はゆっくりとそこに目線を向ける。するとそこには、
「ぽに~~~」
首から上に馬の被り物をしており、右手にはスプレーを持ち、左手にはゴム紐を持ったスーツ姿の明らかにヤバイ不審者がいた。
「誰かぁぁぁぁ!?変態ですぅぅぅぅ!!それも極めて特殊な変態ですぅぅぅぅ!!助けてーーーー!?」
藤原はそう叫ぶと、その場から走り出す。同時にかぐやと京佳も走り出す。
「ぽにぽにぽにぽにーーー!!」
そしてその不審者は奇妙な声を出しながら3人を追いかける。
「いやぁぁぁぁ!?来ないでーーー!?こっち来ないでーーー!?」
「何ですかあれ!?何なんですかあれはぁぁぁ!?」
「知るかぁぁぁ!?でも明らかにヤバイから逃げるぞぉぉぉ!!」
3人共、いざという時に備えていた防犯スプレーの事など既に頭に無い。人間は本当にヤバイ人を前にしたら、逃走の一択しか行動を取らないのだ。最悪その場から動けない事もあるが、逃げるという行動を取れただけ、この3人は懸命だろう。
「ぽにぽにーーーー!!」
未だに3人を追ってくる不審者。おまけに足が速いので追いつかれそうだ。
「ああ!そうですスプレー!スプレーがありました!!」
「そうでした!一気にいきましょう!」
「そうだな!3人同時にいこう!!」
ここで藤原が防犯スプレーの事を思い出す。そして3人揃ってスプレーを追いかけてくる不審者に向けた。
「「「せーっの!!!」」」
合図と共に防犯スプレーを馬頭の不審者に吹きかける。
「ぽに?」
しかし全く効果が無い。
「あ!あの馬マスクのせいで効果がありません!」
「どうして気が付かなかったんですか藤原さん!」
「言ってもしょうがない!また逃げるぞ!!」
この防犯スプレーは、直接顔に吹きかけないといけない。しかし相手は馬のマスクをかぶっている。これでは意味が無い。再び逃げる3人。それを追う馬頭の不審者。
「ぶっ!!」
「藤原さん!?」
「藤原!!」
その途中、藤原が顔から思いっきりこけた。
「ぽに~~」
「ひっ」
そして追いついた馬頭の不審者が、藤原にゆっくり近づく。藤原は恐怖で腰を抜かし、動けなくなっていた。
(いっそ藤原さんを囮にして、その間に助けを求めたらいいのでは?)
かぐやは藤原を見捨てるかどうかを悩んだ。そもそも捕まっても、髪型をポニーテールにされるだけだ。そこまで実害はない。ならばこの隙に助けを呼ぶのもありだろう。
(さようなら藤原さん。貴方との日々は忘れません…)
結果、かぐやは藤原を囮にする事にした。そしてその場から走ろうとしたのだが、
「ふん!」
「ぽに!?」
京佳が手にしていたスプレーを馬頭の不審者に投げるのを見て足を止める。スプレーは丁度顔に当たり、馬頭の不審者はよろけた。
「藤原今だ!今のうちにこっちに!」
「こ、腰が抜けて立てないんです…」
「なら背負ってやる!ほら早く!!」
そう言うと京佳は藤原を背負おうとする。しかしこの状況では中々背負えない。
「四宮!手を貸してくれ!!」
「え、ええ!」
こう言われたらもう手を貸すしかない。かぐやは藤原を立たせようと手を引っ張る。しかし、中々藤原は立たない。
「藤原さん!?あなた重くありませんか!?」
「確かに最近少し太りましたけどこんな時に重いとか言わないでくださいよ!!」
人間1人を持ち上げようとするのは、結構力がいる。それが女性であればなおさらだ。
「ぽに~~~」
「「「あ」」」
そうやって手間取っている内に、再び馬頭の不審者が近づく。その姿に恐怖した3人は、その場から動けなくなってしまった。
「お父様、先立つ不孝をお許しください…」
「早坂、何時も我儘ばっかり言ってごめんなさい…」
「母さん、親不孝者ですまない…」
そして死を覚悟し、3人で肩を寄せ合って最後の言葉を口にする。
「ぽにーーーー!!」
しかし馬頭の不審者が襲い掛かろうとしたその時、
「おらぁぁぁぁぁ!!!」
「ぽに!?」
誰かが横からタックルをかました。
「「か、会長…?」」
「白銀…?」
それは秀知院学園生徒会長、白銀御行だった。
「石上!手錠だ早く!!」
「了解です!!」
「ぽ、ぽにーーー!?」
未だ女装姿の石上が用意していた手錠を取り出し、馬頭の不審者の両手両足に掛ける。結果、馬頭の不審者はもう逃げる事が出来なくなってしまった。
「よし!これでもう終わりだ!!」
「ぽ、ぽに~~~…」
馬頭の不審者も観念したのか、抵抗するのをやめる。こうして生徒会メンバーは、件の不審者を捕まえる事に成功したのだった。
「で、結局何なんだこいつは?」
「さぁ?」
警察に通報した後、5人で不審者を取り囲む。
「とりあえず、顔のあれ取りません?」
「そうね藤原さん。顔を把握しておかないと、いざという時困りますし」
「じゃあ言い出しっぺの私が」
そう言うと藤原は馬マスクを取る。すると現れたのは、冴えない感じの中年男性だった。
「人間だったのか」
「僕もワンチャンそういう生き物かと思ってました」
もしかすると宇宙人や異世界生命体の可能性も考えていたが、人間だ。そこに少しだけ残念に思う男子2人。
「で、なんでこんな事をしていたんだ?」
京佳が不審者に問い正す。すると、男は素直に答えるのだった。
「だって、ポニーテールって最高じゃないですか」
『は?』
「ショートのうなじの色っぽさ。ロングのしっとりした女の子らしさ。一見矛盾する2つの要素を完璧に兼ね備えているんですよ。なのに、最近は全然ポニーの子を見かけないものだから…」
「……それで態々こんな事を?」
「ついでに勤めていた会社がこの不景気で倒産して無職になって、失う物がもう何も無いから本能のままに生きてみようと思ったのもあるね」
『えぇ…』
一同ドン引きである。まさかそんな理由でこんな事をしていたなんて。
「でもね、俺は後悔なんてしないよ。だって自分に正直に生きたんだから…」
「あ…うん…」
どう答えていいかなんて誰もわからない。そんな時、遠くからパトカーのサイレン音が聞こえた。
「えっと、多分そこそこ長くなると思うけど、頑張ってくれ」
「うん。ありがとう、お嬢さん。ところで最後にポニーテールをしてみてくれないかい?」
「しない。そもそも私の髪の長さじゃまともなポニーテールは出来ないだろう」
「かぐやさん、これ何罪になるんでしょうね?」
「多分傷害罪ではないでしょうか?」
その後、駆け付けた警察官に男は連行され、この事件は幕を閉じたのだった。
「つ、疲れた…バイトよりずっと疲れた…」
「ですね…もう2度とこんな事したくありませんよ…」
「先輩方はまだマシじゃないっすか。僕なんて女装してたから警官にしつこく職質されましたよ?」
「だから私たちがちゃんと弁明したじゃないか」
「そうですよ石上くん。でも女装させてごめんなさい…」
帰路に着く5人。その顔は誰が見ても疲れている。件の不審者が、まさかあんな特殊性癖故の犯行だったなんて思わない。それにやけに運動神経がよかったので、逃げるのに本当に疲れた。
「ところで白銀。最初見たあの全身黒づくめの不審者はどうしたんだ?」
「逃げられた。逮捕されたあの人よりずっと運動神経よくてな」
「まるで忍者でしたよ」
京佳の質問に答える2人。あと少しで捕まえそうになっていたのに、最後は木に登り、そこから木々を飛びながら逃げていったらしい。本当に忍者みたいだ。
しかし逃げられているのだ。逮捕された人とは別の不審者。おまけにこっちは、なんの目的かわからないが暗視ゴーグルとか装備している。そんなのが未だに野放しなのは危険だろう。
「一応その事も警察に報告していたから、今後暫くの間はこの辺を巡回するって言ってた。それに合わせて学校でも、そういう不審者がいる事を俺から先生方に伝えておくよ」
よって白銀は学校で子の不審者の事を伝えるつもりだ。少しでも注意喚起をしておけば、生徒たちも気をつけるだろう。
(早坂、本当にごめんなさい…)
自分の命令で動いていた従者が不審者扱いされている。かぐやは心の中で早坂に謝った。ついでに今度纏まった休みを与えようとも決めた。
「しかし、ポニーテールが原因でなぁ…」
「まぁあの人の言っていた事も分からなくありませんけどね。ポニーテールって確かに良いって思いますし」
白銀と石上はそんな会話をする。逮捕された男性の言っていた通り、ポニーテールとは男子のとって憧れの髪型なのだ。一種のエロスさえ感じる。そこだけは男として同意する2人。
「まぁ、だからと言って犯罪を犯す真似はダメだけどな」
「そりゃそうですよね。超えちゃいけない一線を超えたらダメですよ」
しかしそれはそれ。憧れているからといっても、見ず知らずの女性に無理やりそんな事をしてはいけない。それはライン越えだ。
(私の髪の長さならポニーテールも十分可能ですね。今度試しにしてみましょう)
(くっ!私の髪の長さじゃ良いとこちょんまげだ!もう少し髪を伸ばさないと!!)
そんな会話を聞いていたかぐやと京佳の2人。そしてかぐやは優越感を、京佳は敗北感を覚えるのだった。
翌日、朝の全校集会で白銀は『暗視ゴーグルをつけた不審者』の事を話した。それを聞いた早坂はバッとかぐやの方を見る。するとかぐやは思いっきり顔を反らしていた。
そして早坂は、家に帰ったら絶対にこの怒りをぶつけようと誓うのだった。
因みに被害を受けた伊井野と小野寺の2人は、美容師の必死の仕事の結果元の髪型に戻る事ができた。その後、その美容師の元には他にも被害を受けた人が幾人もやってきたのだった。
オマージュ元の作品、もう20年も前なんですね。私も昔、レンタル屋で借りてみてました。現在だとストアとかで見れて便利になったねって実感する。
次回から少しずつ本筋も進めながらこういったネタ回も書いていきます。
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特別編 立花京佳は猫
(緊張した…)
この日、京佳は緊張していた。別に試験がある訳でも、生徒会で大事な仕事がある訳でもないのに、緊張していた。
その理由は、今着ている下着にある。
(やっぱり着てくるんじゃなかった…こんな猫の下着なんて…)
本日の京佳は、所謂猫下着を着ているのだ。なんでこんな下着を着ているのかというと、恵美からの誕生日プレゼントだからだ。
少し前の誕生日、京佳は恵美からこの猫下着を貰った。ブラの方は胸元に猫の形をした穴が開いており、谷間がよく見える。下の方も猫の形をしたショーツになっており、随分かわいらしい。おまけに紐である。親友からの折角の誕生日プレゼントだったのだが、流石にこれを着る勇気は無かった。
しかし、貰ったからには着ないと恵美に失礼と思い、体育の無い本日、京佳は意を決して猫下着を着てみる事にしたのだ。
だが、これが中々落ち着かない。ていうか恥ずかしい。
おかげで京佳は、この日1日中そわそわしていた。もし誰かに見られたらと思うと、恥ずかしすぎる。仮にそれが白銀だったら、もう死んでしまうかもしれない。過去に白銀には何度か下着を見られているので、その緊張も頷ける。
(もう絶対これ着て学校には行かない…)
恵美には悪いが、これ以降この下着は絶対に着ないと京佳は決めた。
(生徒会室に行く前に、なんか飲み物買おう…)
京佳は生徒会室に向かう前に、自販機コーナーで飲み物を飲んで落ち着こうと思った。そして自販機コーナーにたどり着くと、
「にゃー」
「ん?」
どこからか、可愛い声が聞こえた。京佳が自販機から少し離れた場所にある花壇を見てみると、
「にゃー」
そこには両耳の無い、黒と白のツートンカラーの猫が1匹いた。
「猫か」
猫自体は、別に珍しくも無い。日本には猫なんて何万匹もいる。しかしここは秀知院。つまり学校。そんな場所で猫を見るというのは、結構珍しい。
「なんだあの耳。もしかして怪我でもしているのか?」
更にそれだけじゃなく、猫に本来ある筈の猫耳が両耳が無い。何か怪我でもしているかと思った京佳だったが、猫は元気そうだ。特に痛がるそぶりも見せないし、血も出ていない。どうやら怪我ではないようである。もしかすると、生まれつきなのかもしれない。
「可愛いな…」
どっちかと言えば猫派な京佳は、ついその場にしゃがんで猫を観察する。そして何となくスマホを取り出して、写真を取る。
「にゃー」
その間、猫は全く動じなかった。むしろ京佳のスマホに目線を向けて、まるでポーズを取るかの如くじっとしていた。
(随分人慣れしているな…)
大抵の野良猫は、人が近づくと逃げてしまう。なのにこの黒猫は全く逃げない。もしかするとこの子は飼い猫で、どこからか逃げ出したのかもしれない。
(ちょっとだけ撫でてみるか…)
ここまで動じないのなら撫でても大丈夫だろうと思い、京佳は手を伸ばして黒猫の頭を撫でてみる。
そして京佳の手が黒猫に触れたその瞬間、
京佳は意識を失った。
(ん…?)
京佳が気が付くと、何故か目線が地面に近かった。
(あれ?私はどうしたんだっけ?確か猫に触ってみようとして…)
何でこんな風景を見ているのか思い出してみるが、全然思い出せない。最後の記憶は、自販機コーナーの近くに現れた猫に触ろうとした記憶だ。
(もしかして、バランスを崩して倒れたのかな?)
京佳が出した結論は、猫に触ろうとしてバランスを崩し、そのまま地面に倒れてしまったのではという
事だ。その時に頭を打ってしまい、記憶が曖昧になっているのかもしれない。
(全く、何してるんだ私は。気が緩みすぎだ…な?)
自分に呆れていると、妙な物を見つけた。
黒い布と鞄。あと靴だ。そしてそれをよく見てると、それは京佳が普段着ている、秀知院の女生徒の制服だった。近くには鞄もある。
(え?なにこれ?)
なんでこんなものがここにあるのかわからない。京佳がそれを触ってみようとした時、違和感を感じた。
(あれ?何か私、変じゃないか?)
立とうとしたのに立てない。それどころか、何故か四つん這いになる。あと、なんか体がすーすーする。まるで風呂に入っている時みたいに。もっと言うと全裸になったみたいな感覚を覚えた。
(え?いや本当なにこれ?)
別に京佳は突然自然と調和を目指すような考えに目覚めた訳では無い。至って普通の感性のままだ。でも明らかに今の自分は全裸。それは感覚でわかる。だが脱いだ記憶が無い。
(まずいまずい!兎に角服を着ないと…!)
不特定多数の人間にこんな姿を見られたくない。そういう姿をさらすのは、現状1人だけだと決めている。なので兎に角服を着ようと目の前にあった布に手を伸ばすと、
(……は?)
そこには、慣れ親しんだ肌色の手ではなく。黒い毛に覆われた手が現れた。
「にゃ、にゃー!にゃー!?」
何だこれはと声が出そうになった京佳だったが、それすら出来なかった。
(声が出ない!?)
何故か声が出ないのだ。その代わり、どこかで聞いた事のある鳴き声が聞こえる。というか自分の口から出ている。
(ま、まさか…)
そんな訳無いと思い、京佳はゆっくりと後ろを見てみる。するとそこに映ったのは、黒くて長いしっぽ。更に全身毛でおおわれた体。そこにまるで4つ足の生き物になったかのような感覚。これで嫌な予感は的中した。
(私、猫になってるーーー!?)
立花京佳は何故か今、猫になっているのだと。
(何でだよ…何でこんな目に私が会わないといけないんだ…何か悪い事したか?教えて神様…)
その場で項垂れる猫京佳。でもこんなの、誰だってそうなる。だっていきなり人間から猫になっているのだ。悲観的になるのもしょうがない。
(原因は多分、あの黒猫だよな?)
恐らくだが、こうなって原因は、今はその姿を消している黒猫だろう。あの猫に触った瞬間、京佳は意識を失っている。
そして気が付けば、猫になっていた。意味がわからないが、状況から考えるにそれしかない。
(どうしよう…)
でもだからと言って、どうすればいいか何てわからない。今までの人生で、そして人類史で猫になった人間なんて存在しないのだから。いや、ひょっとするとなった人もいるかもしれないが。
(兎に角だ!ここでじっとしてしていてもしょうがないから助けを呼ぼう!喋れないし、誰が助けてくれるかわからないけど!)
この場にいても埒が明かない。なので京佳は助けを求める事にした。自分が先ほどまで身に纏っていた制服や下着に、一時的な別れを告げて、京佳は人気のある場所へ歩いていく。
(とりあえず知っている人に会おう。まぁ、こうやって動くのは危険かもしれないけど)
猫京佳が思った通り、これは危険を伴う。。経験があるかもしれないが、例えば小学生の頃、学校に犬が紛れ込んだら、それを見た小学生は何故かテンションをあげる。そして昼休みになったら、その犬を追いかけまわすのが普通だ。
これだけならまだいいが、中には犬に向かって石を投げる人もいたりするのだ。流石に高校である秀知院にはそういった人がいないだろうが、万が一がある。
なので出会う人間には、細心の注意を払っておかないといけない。下手すると、怪我をしてしまうからだ。最近は猫を虐待するニュースだって、よく聞くし。
(最初は歩きにくかったけど、なんか慣れたな…)
猫になったせいなのか、この4つ足歩行には直ぐに慣れた。おかげで人が歩く速さと同じくくらいの速度で歩けている猫京佳。
「あ、猫だ」
(この人は!)
そうやって歩いていると、猫京佳に話しかけてくる人物が現れる。それは3年生の子安つばめ。石上の意中の先輩だった。
「へぇー。こんなところに猫なんているんだ。珍しい」
つばめはその場にしゃがみ、猫を軽く撫でる。
「にゃーー!」
(つばめ先輩!私です!立花です!あんまり面識ないかもだけど助けて下さい!)
そんなつばめに、京佳は必死で助けを求めた。しかし悲しいことに、どんなに助けを求めても猫の鳴き声でしか喋れない。これでは何も伝わらない。
「ふふ、撫でられて嬉しいのかな?元気があっていいね」
「にゃああーー!」
(違います!そんなんじゃないです!)
人と猫では生物として色々違いすぎる。例えば喋っている言葉とかだ。これでは意思疎通なんて不可能だろう。
「じゃ、私もうすぐ部活だからいくね」
つばめは最後に猫京佳をひと撫でした後、その場から立ち去っていった。
「にゃぁ…」
残された猫京佳は寂しそうな声を出す。
(わかっていたが、全然話が通じない…これじゃ何を言っても伝わらない…)
言葉の壁が、想像以上に高い。こうなったら、もう身振り手振りでどうにかするしかないだろう。
(それにしても、やはり先輩ってかなりセクシーなの履いてるんだな…)
猫の目線の高さなので、つばめがしゃがんだ時にスカートの中が丸見えだった。その時猫京佳は、つばめの下着を見てしまった。
本人が纏っている雰囲気から何となくわかっていたが、やはり凄い下着を履いていた。どんなのかは是非想像してくれ。因みに色は白だったぞ。
(よし。生徒会室に行こう。そこで白銀に助けを求めるんだ。前に猫が好きと言っていた白銀なら、何とかなるかもしれない)
猫京佳は、意中の人物である白銀に助けを求める事にした。白銀は優しい。よく校内で困っている人を助けているのがその証拠だ。更に少し前に偶然知った事だが、白銀は猫派らしい。そんな彼ならば、助けてくれるかもしれない。
(よし、行こう。可能な限り誰にも見つからないように…!)
こうして京佳のステルスミッションが始まったのだ。
「渚は今日も凄くかわいいよ」
「もうやだー翼くんったらー」
「……」
階段前の廊下でイチャイチャしているカップルと、それを涙目で見つめている女生徒の足元を気配を消して歩き、
「もう1回言ってみろてめぇ…」
「あ?そっちこそさっきの事もう1度言ってみろよ」
階段の踊り場でメンチを切りあっている男女の傍を通ったり、
「フフフ。これで天井分ノ石は溜まりマシタネ。あとは全ブッパするだけデス」
階段を登り切ったところで、スマホを見て微笑んでいる学園長の足元を通ったり、
「今日もかぐや様は美しかった…」
「わかります。まるでこの世に降臨された女神のように…」
廊下でかぐやに対して、最早信仰に近い何かを捧げている女生徒2人の後ろを通り、猫京佳は生徒会室前までたどり着いた。
(なんとか、ここまでこれた…)
時間にして僅か数分ではあるが、猫になったせいなのか随分疲れた。でもようやく生徒会室までこれたのだ。あとはここの扉を開けて、白銀に助けを求めるだけである。
しかし、ここで問題が生じた。
(扉を開けれない…)
猫になっている今の自分では、この大きな扉を開ける事ができないという事だ。これでは白銀に助けを求める事が出来ない。
「にゃーーー!」
(白銀ーーー!開けてくれーーー!てか気が付いてくれーーー!)
猫京佳は前足で扉をカリカリしながら鳴く。だが一向に扉が開く気配が無い。
「にゃぁ…」
(何で私がこんな目に…)
もう本気で泣きそうだ。何か悪い事をした訳でも無いのに、何で自分は猫になんてなってしまったのか。
京佳は今だけは、神様を呪った。
だがその時だ。
「ね、猫…?」
「にゃ?」
後ろから声が聞こえたのは。
「何でこんなところに?」
猫京佳が振り返ると、そこにいたのは生徒会会計監査の伊井野だった。
「にゃあ!にゃあ!」
(伊井野ーー!私だーー!気が付いてくれーー!)
猫京佳、必死のアピール。伊井野に向かって鳴いてみるが、効果は無い。
(は!そうだ!!!)
猫京佳はここで、再び生徒会室の扉をカリカリしだした。
「もしかして、入りたいのかな?」
それを見ていた伊井野は、何かを察して扉を開けた。
「にゃあー」
(ありがとう伊井野)
伊井野に1度お礼を言ってから、猫京佳は生徒会室へ入っていく。
「……え?もしかして私今、お礼言われた?」
生徒会室に入ると、白銀が机で事務仕事をしていた。
「にゃあーー!」
(白銀!私だ!立花京佳だ!助けてくれ!)
そんな白銀めがけて、猫京佳は鳴きながら走る。そして驚くべき猫の運動神経で、生徒会長の机に乗っかるのだった。
「おわ!?何だ?猫?」
白銀もこれには驚く。
「にゃあ!にゃあ!」
(助けてくれ白銀!何故かいきなり猫になってしまったんだ!)
必死になって助けを求める猫京佳。器用に手を使って自分を指さすような動きをしたりもしているが、どうやっても人間のようにはいかない。結果、よくわからない妙な動きになってしまう。
「随分元気な猫だな」
「あの白銀会長、ひょっとしてその猫、会長の飼い猫ですか?」
「いや全然。うちにペットを飼う余裕なんてないし」
やはり通じていない。どうしても言葉の、もとい種族の壁が立ちふさがる。
「にゃあ…」
(やはりだめか…)
その事実に落ち込む猫京佳。白銀なら助けてくれるかもと思ったが、やはりだめ。もう万策尽きた。
「どこから入ってきたんだろうな」
「さぁ?何故か生徒会室の前にいましたけど」
「それにこの子、左目を怪我しているのか?なんか十字傷みたいなのがあるし」
「あ、本当だ。動物病院に連れて行った方がいいですかね?」
「いや、どうもかなり年月が経っている傷みたいだ。今更動物病院に行っても治らないだろう」
(ああ、だから視界に違和感が無かったのか…)
ここまで歩いてきたが、猫京佳は相変わらず左目が見えていなかった。どうやら猫になっても、左目は人間と変わっていないようである。
「あ、ふわふわしてていいなこれ」
そして白銀は、そんな猫京佳の頭を撫でる。
「にゃ」
(あっ…そこいい…)
猫になったせいなのか、頭を撫でられるのは気持ちがいい。おかげで、変な声が出てしまう。
「よっと」
そう思っていると、白銀は猫京佳を抱き上げてた。
「にゃ!?」
(ちょ!?そこは…!?)
そして足を少し広げ、股間部分を見る。
「メスだな」
「メスでしたか」
白銀はこの猫がメスかオスかを確かめる為に、抱き上げたのだ。股間にはオスにあるべきものが無かったので、白銀はこの猫をメスだと判断する。
(もう、お嫁にいけない…)
そして猫京佳は羞恥心で死にたくなっていた。なんせ股間部分を見られたのだ。今は猫になっている京佳だが、中身は人間のまま。こんな事されたら、恥ずかしいに決まっている。元に戻れた暁には、もう白銀に責任を取って貰うしかないと思うのだった。
「にしても、やっぱり猫っていいな」
「わかります。見ているだけで癒されますよね」
猫京佳のそんな内情なんて知らない白銀は、猫京佳をそのまま自分の膝の上に乗せる。そして再び頭を撫でる。
「最高だなこれ…」
白銀は猫派である。そんな彼にとって、こうして猫を自分の膝の上に置いて仕事をするというのは、ちょっとして憧れがあったのだ。
「あの、白銀会長。あとで私もいいですか?」
「ああ、勿論」
それを見ていた伊井野もうずうずする。別に猫派という訳ではないのだが、こんな光景を見たら羨ましがるのも仕方が無い。人間はやはり、可愛い生き物が好きなのだ。
「にゃぁぁ…」
(あぁぁ…ダメになるぅ…)
そして猫になっている京佳は至福の時間を味わっていた。撫でられると気持ちがいい。しかもここは白銀の膝の上。好きな男の膝の上だ。これが人間の姿のままだったら、まるでお家デートの真っ最中みたいな感じになる。
「失礼します。お2人共何しているんですか?」
そうやって猫京佳が若干トリップしていると、かぐやが生徒会室にやってきた。
「ああ、四宮。いやちょっと猫がな」
「はい、猫がいるもので」
「はい?猫?」
かぐやが机に近づくと、確かに黒猫が白銀の膝の上にいた。
「何ですかこの猫は?」
「わからん。さっきいきなりここにきたんだ」
「入り込んだって事ですか」
そう言いながらかぐやは、猫京佳を見る。
「会長。野良猫だった場合、ノミやダニが体に付着しているかもしれません。あまり膝の上に乗せておくのはオススメしませんよ?」
「ん?俺は別に気にしてないからいいぞ。むしろこっちの方が落ち着くから、暫くこのままでいいし」
「そ、そうですか…」
そして猫を見るや否や、白銀から引きはがそうとする。その時、猫京佳は見た。
もの凄く自分を睨みつけてくるかぐやを。
(こわ!?どうしたんだ四宮は!?そこまで猫が嫌いなのか!?)
かぐやは犬派である。そんなかぐやだから、今こうして猫になった自分を睨んでいると京佳は思った。だが実は違う。
(この猫畜生め。よくもまぁ会長の膝を独占なんて真似をしてくれてますね。今日、生徒会の仕事が終わったら必ず保健所に連れていくから覚悟していなさい)
かぐやは猫に嫉妬しているのだ。いくらなんでも猫に嫉妬はしないだろうと思うかもしれないが、かぐやは無自覚なだけで、相当に嫉妬深い。
そんなかぐやであれば、自分の意中の男の膝を独占している猫にだって嫉妬する。四宮かぐやとは、そういう超面倒くさい女なのだから。
そうやってかぐやが猫京佳に嫉妬していると、
「会長ーーー!!一大事ですーーー!!」
藤原が勢いよく生徒会室の扉を開けて入ってきた。
「どうした藤原。そんな大声出して」
「藤原さん。はしたないですよ」
「それどころじゃなんです!!本当に大変なんですよ!!これ見て下さい!!」
そう言うと藤原は、手にしていた何かを生徒会室にいた皆に見せる。
「何だそれ?黒い、布?」
「これはうちの女子生徒の制服です!!」
「?それがどうした?」
要領を得ない藤原の言葉に首をかしげる白銀。だが次の言葉を聞いて、白銀は驚愕する。
「これ、京佳さんの制服なんです!鞄に生徒手帳が入っていいたから間違いありません!そしてこれが、何でか自販機コーナーの地面に散らばっていたんですよ!!それも下着ごと!!」
『はぁ!?』
それを聞いて、かぐやと伊井野も驚く。
「会長!これってもしかして、京佳さんが学校内で誘拐されたんじゃないんですか!?逃げられないよう、誘拐班は誘拐した女の人を裸にしておくって前にテレビで見ました!」
「そんな!で、でも藤原先輩!何かの勘違いとかじゃないんですか!?」
「ミコちゃん!京佳さんが学校内で突然裸になったとでも言うんですか!?それに万が一そうでも、こんな風に全部その場に脱ぎ棄てるなんてする訳ないでしょう!これはもう誘拐、もしくは何か別の犯罪に巻き込まれていると考えた方が自然です!」
「た、確かに!もしかすると、立花先輩は学校のどこかに監禁されているとか…?」
藤原はパニック寸前だった。確かに状況から考えるに、誘拐と思うだろう。それが自分の友達であれば猶更だ。
(何故か脱ぎ散らかしている制服。その場に無造作に落ちていた鞄。更に俺は今日、放課後になってから立花を見ていない…これは本当に?)
冷静に考えているが、白銀もかなり慌てている。なんせ自分が好きになってしまった女が何かの犯罪に巻き込まれているかもしれないのだ。もしかすると今頃京佳は、見ず知らずの男たちに酷い目に合わされているかもしれない。
(ざっけんな。もし本当にそうなら絶対にブチのめしてやる…)
白銀にしては珍しく殺気を出す。しかしこんなの、誰だってこうなるだろう。
「藤原、落ち着くんだ。ここで騒いでもしょうがない。四宮、直ぐに学校の警備員に連絡を取ってくれ。俺は学園長のところへ行ってくる」
「わかりました。ついでに四宮家の者にも連絡をしておきます」
普段、京佳の事を目の敵にしているかぐやも動き出す。いくら白銀を巡って京佳とぶつかる事があっても、京佳は友達なのだ。
なので本当に京佳が何かしらの犯罪に巻き込まれているのなら、絶対にその犯人を許しはしない。
そして全員が京佳を探すべく動こうとしたその時、
『!?』
突然、生徒会室が光に包まれた。
「な、何だ?」
「う、眩しい…」
「め、目がぁ…」
「な、何なんですかぁ?」
「いたた…」
全員が目を押さえて、ようやく視界がクリアになっていくと、
『……え?』
そこには、白銀の膝の上に座っている京佳がいた。
全裸で。
『……』
その場にいた全員が、言葉を失う。何で裸のか。今までどこにいたのか。どうやってこの場に現れたのか。だがどれもこれも、口から出てこない。
京佳も、どうしてこのタイミングで猫から人に戻れたか分からずに硬直している。唯一わかるのは、今自分は全裸で白銀の膝の上に座っているという事だけ。
(え?なにこれ?本当になにこれ?何で立花が俺の膝に座っているの?てかめっちゃいい匂いするし超柔らけぇ…あとやっぱり大きいな。制服越しでもわかっていた事だけど、直に見るとまたよくわかるなこの大きさ。マジで1回揉みしだいてみたいてか超エロイ)
白銀も思考が迷走する。突然目の前に好きな女が裸で現れたのだから、そうもなるだろう。借りにこれが石上とつばめでも、全く同じ反応になるのは間違いない。
そしてこの状況に頭がいっぱいいっぱいになった京佳は、
「ふえぇぇ…」
普段からは想像できないような声を出して泣き出した。
「「「見ちゃダメです会長ーーー!!」」」
「ぐっはぁ!?」
それを見たかぐや、藤原、伊井野の3人は、同時に白銀に顔めがけて拳を出した。
「立花さん!色々言いたい事はありますが、先ずは服を着てください!!」
「はい京佳さんこれ!これ京佳さんの制服と下着ですから!!」
「私達たちが白銀会長を抑えている間に早く!!」
「ぐす……うん…」
その後、女子3人が白銀を抑え込んでいる間に、京佳は服を着るのだった。
着替えた後で、京佳は自分の身に起こった出来事を話したが中々信じて貰えなかった。そりゃ『突然猫になっていきなり人に戻りました』なんて言っても誰も信じないだろう。
最終的には何とか信じて貰えたが、何でそうなったかは結局分からずじまいで、白銀の『何も無かった事にしよう』という言葉により、この件を無かった事にした。考えても仕方ないし。
でも白銀は、真近で見た京佳の素肌の事が全然忘れる事ができず、暫くの間悶々とした夜を過ごす羽目になるのであった。
そして京佳は『もう白銀に責任を取ってもらうしかないのでは?』と考えるようになっていた。
没ネタではかぐや様と京佳さんが猫になって、両耳の無い猫に色々教わりながら東京を散策するというのを考えていましたが、絶対に4~5話くらい使うので却下にしました。
でも京佳さんって猫より犬っぽいよね。
感想は明日返信しまします。
次回はちゃんと本筋進めたい。
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恋する乙女達と文化祭偵察デート(un アン)
今回、会長がちょっとアレな感じになってるので注意。
「それでさー、その時のバイト先の店長が本当に面倒くさい人でさー。私が態々用意したものを『やっぱいらない』とか言うんだよ!酷くない!?」
「それは酷いな。元々自分で言い出した事なのに急にそんな事言うのは、人としてどうかと思うよ」
「だよね!私マジ手出そうになったもん!」
昼休み。京佳は久しぶりに早坂に誘われ、中庭で昼食を共にしていた。京佳は自宅で作って持ってきた弁当を。早坂は購買で購入したサンドイッチを。
2人は楽しく話しながら、というか主に早坂が愚痴を言って、それを京佳が聞くという構図でそれぞれ昼食を食べていた。
尚、早坂の愚痴の内容は全部かぐやの事である。勿論、実名は出せないのでぼかしているが。
「そういえばさ京佳。ちょっといい?」
「何だ?」
「文化祭でさ、白銀会長を誘ったりするの?」
ここで早坂が質問をする。早坂が京佳を昼食に誘ったのは、情報を集める為だ。京佳は早坂の主人であるかぐやと同じで、白銀御行に好意を抱いている。
そしてかぐやと違い、京佳は常に素直にその想いを伝えてきた。結果、最近の白銀はあきらかに京佳を意識している。主人の恋を成就させたい早坂にとって、それはよろしくない。
そして京佳ならば、文化祭で白銀に何かをするだろうという予感があった。なのでここで少しでも情報を集めておく必要がある。これはそれ故の昼食なのだ。
後、溜まっているかぐやの不満を愚痴として吐き出したいという思いも少しあるが。
「そのつもりだよ。1日目はクラスの出し物で忙しいから無理だろうけど、2日目は白銀を誘って一緒に文化祭を回りたいと思ってるよ」
「うっはー。そう言える京佳ってやっぱ凄いやー。普通は少し恥ずかしくて抵抗ない?」
「あるけど、折角のチャンスを棒に振る方がよっぽど嫌だからね。自ら動かないと、どんなチャンスも手にする事さえできないし」
そしてやはり、京佳は文化祭で白銀誘い、共に色々回るつもりらしい。
(なーんでかぐや様はこれが出来ないかなぁ…)
改めて、己の主人の事を嘆く早坂。かぐやが特に動かず、白銀から告白されるのも待ち続けた結果、京佳はかぐやに追いついた。
今ではもう、当初のアドバンテージなんてどこにもない。完全に拮抗状態だ。もしかぐやが京佳の半分くらい素直だったら、京佳はとっくに敗北してたというのに。
「でもその前に、今日にでも白銀をデートに誘おうと思ってるんだ」
「え?」
そう思っていると、京佳が聞き逃せない事を言い出す。
「前にスイパラで会った恵美って子がいただろ?あの子の学校が、今度文化祭をやるんだ。是非来て欲しいって誘われてね。そこに『文化祭の偵察』という名目で白銀をデートに誘うつもりだ」
秀知院の文化祭は12月後半と結構遅い時期にある。その為、他の学校と文化祭が被る事が先ず無い。更に他校の文化祭の偵察という名目も、デートに誘いやすい。これを断るというのは、中々いないだろう。
「えっと、でもどうして?」
「いや、白銀に告白する前にもう少し私の事を意識させようと思ってね」
「……それって」
「ああ。私は、文化祭で白銀に告白をするつもりだ」
思わず手に持っていた紙パックのコーヒー牛乳を落としそうになる早坂。なんと既に京佳は、白銀に告白をする事を決めていたのだ。かぐやは未だに、そんな事をハッキリとは言えないというのに。
(まずい…これ本当にまずい…)
これはかなり危機的な状況だ。現状、白銀は間違いなく京佳を意識している。そんな白銀に、京佳との文化祭前デート。そこからの文化祭本番での告白というコンボ。
こんな事されたら、ほぼ確実に白銀は京佳の告白を受け入れてしまう。つまりそれは、かぐやの敗北を意味する。
(でも、どうすれば…?)
だがここでその文化祭デートをやめさせようとするのは、明らかに怪しい。というか不自然だ。それに京佳なら、例えこちらが何を言っても、白銀との文化祭デートを慣行するだろう。
「どうかしたのか早坂?」
「い、いや、何でもないよ。ただ、少し驚いちゃっただけだから」
自身の内情を悟らせないよう取り繕う早坂。同時に、どうすればいいか考える。しかしどうすればいいのか、全く思い浮かばない。
「まぁ、あれだ。デート頑張ってね?」
「…?ああ。そりゃ勿論」
不信に思われないよう、京佳には激励の言葉は送っておく。京佳はそれを受け止め、残りの弁当を食べる。早坂も紙パックのコーヒー牛乳を飲み干す。
(先ずはかぐや様に報告かな…)
このままではラチが開かないので、とりあえずこの事を主人のかぐやに報告する事にした。それまでに何か案を出せればいいとも思う。
(頑張って、未来の私…)
早坂は未来の自分にそう願うのだった。
放課後 空き教室
「という事が昼休みにありました」
普段誰も近づかない空き教室で、早坂は昼休みの事をかぐやに報告していた。京佳はこの放課後に白銀をデートに誘うつもりなので、今のうちに報告しておかないと間に合わない。
尚、その京佳は掃除当番の為、今はまだ生徒会室に向かってすらいない。最も、時間の問題ではあるが。
「……」
そしてそれを聞いたかぐやは、目からハイライトをさよならさせた。同時に、体中から憎悪を纏ったオーラも出す。コワイ。
「早坂、今すぐあの女を殺してきてちょうだい」
「だーからそういうのはしませんって。てか学校内でそんな事出来る訳ないじゃないですか」
そのままの状態で、早坂に京佳の抹殺命令を出すかぐや。
「問題ないわ。どんな場所にも死角というのはあるもの。そこまであの泥棒猫を誘い込んで、背後からスタンガンを当てて気絶させる。その後四宮家が所有している薬品工場に運んで綺麗に消してしまえば行方不明扱いになるから大丈夫よ。この日本では年間何百人も行方不明になってるし」
「人はスタンガンでは早々気絶しませんよ。あとどうやって学校から外に運ぶんですか。目立つでしょ」
嫉妬深いかぐやは京佳を始末しようとするが、そんな作戦がそう簡単に行く筈無い。そもそも早坂は、京佳を亡き者すするつもりなんて全くないし。
「かぐや様、本当にいい加減にしません?」
「何がよ」
「そういうのです。そもそもの話、そんな事しなくてもいい方法があるじゃないですか」
「え?」
早坂のその言葉を聞いて、急に殺気を消してスンッとなるかぐや。
「そ、それはなに?今すぐ教えて早坂」
先程まで目に無かったハイライトも元に戻り、急にしおらしく早坂に尋ねる。普段からこれくらいの状態ならいいのにと早坂が思ったのは内緒だ。そして早坂は、ここに来るまでに考え付いた事を口にしする。
「簡単です。かぐや様が立花さんより先に白銀会長を誘うんです」
それは単純に、先手を打つ。つまり京佳が誘うより先に自分が誘ってしまえばいいのだ。
「な、成程…」
顔を少し赤くしながらも、かぐやは納得する。冷静に考えたらそうだ。邪魔者を消してしまうより、こっちの方がずっと健全で正攻法なのだから。
「幸い、立花さんはまだ掃除の最中で生徒会室には行ってません。その間に『文化祭を成功させるために他校の文化祭を偵察する』とい体で白銀会長を誘うんですよ。今の白銀会長であれば、前に動物園に誘った時と同じように、その誘いを受けると思います」
少し前に、かぐやは勇気を振り絞って白銀をデートに誘った。その時、白銀はその誘いを受け入れてくれた。その事例があるので、今回もうまくいく筈である。
だが、
「で、でも…」
「何ですか?」
「……恥ずかしい」
「は?」
「会長に直接言うなんて、恥ずかしくてできないわよ!!」
「はぁぁぁーーー!?」
かぐやはここでヘタれた。前回は、電話越しに白銀をデートに誘った。だが今回は、生徒会室で直接誘う事になる。それがすっごく恥ずかしい。とてもじゃないが、白銀の顔を見ながら直接デートに誘うなんて出来ない。
「いやこの期に及んで何言ってるんですかかぐや様!?」
「だって恥ずかしいんだもん!無理よ!!会長に直接そんな事言うなんて無理よ!!」
「前回は誘えたでしょ!!今回は前回の延長戦、もしくは応用と思えばいいんですよ!!」
「無理!無理なものは無理!!」
もう本気でグーで殴りたい。早坂はこの時真面目にそう思った。そんなんだから京佳に追いつかれるどころか、今では追い抜かされそうになっているというのに。
「そうだわ。今日家に帰ってから会長に電話すればいいのよ。そうすれば会長だって私の誘いを受けてデートに行ってくれる筈…」
「立花さんはこの後誘う予定なんですよ?それじゃ間に合いません」
「貴方が立花さんを足止めしておけばいいじゃない」
「いや限界がありますって。足止めするにしてもせいぜい数十分。今日生徒会室に行かせないようにするのは無理ですよ」
「そこは半日くらい何とかしなさいよ!!」
「そんな無茶な」
最早ブラック企業の上司みたいな事を言うかぐや。何時もこんな感じではあるが、今回のは何時ぞや病院での恋の病診断並みに酷い。
「もうマジでここで勇気出さないで何時出すんですか?そのまま勇気を出さないでいると、本当に白銀会長取られますよ?そんなのは嫌だって言ってますたよね?」
「で、でも…」
「でもじゃありません」
手が出そうになるのを押さえながら、早坂はかぐやを説得させる。今ここで先手を取るようにしておかないと、本当に取り返しがつかない事になりそうだからだ。だから何としてでも、かぐやにはこの後、京佳より先に白銀をデートに誘って貰う。
「やっぱり恥ずかしい…」
だが当のかぐやがこれである。早坂は、そろそろ1回本気で顔に拳をお見舞いしてもいいのではと思う。
「想像してください。立花さんと白銀会長が仲良くデートしている様子を」
「……」
でもその感情を抑えて、口での説得を続ける。
「2人は仲良く屋台のある道を歩いて、一緒にタコ焼きとかを食べたりします。そしてその時、あーんとかもするかもですね」
「……」
「その後、校舎内でやっているお化け屋敷に一緒に入って、お化け役に驚いて立花さんは白銀会長に抱き着いたりするでしょうね。胸があれだけの大きさがありますから、白銀会長もまんざらでもないでしょう。白銀会長だって男ですし」
「……」
「その後の秀知院での文化祭では、立花さんはガチで告白するでしょうね。そして白銀会長は、ほぼ間違いなくその告白を受け入れると思いますよ。だってそれだけ立花さんを意識してきているのですから」
「……」
「それから2人が正式に付き合ったら、もうかぐや様が入る隙なんて存在しません。2人が幸せな恋人生活をしているのを、日陰から見ている事しかできません。敗北者としてね。それでも、いいんですか?」
「……」
早坂の言葉を聞いて、俯いてしまうかぐや。当然、そんなの嫌だ。だってかぐやは白銀が好きなのだ。それもただ好きという訳では無く、大好きというくらいに。だからこそ、京佳に白銀を獲られたくない。
「それが嫌なら、頑張って勇気を出して下さい」
「……うん」
「声ちっちゃ」
こうして早坂の必死の説得のおかげで、かぐやはこの後、白銀をデートに誘う事にするのだった。
生徒会室
「はぁ…」
白銀はため息が出るくらい悩んでいた。
(マジで最低だよな俺…)
責任感が強く、正義感もある白銀。そんな彼にとって、同時に2人の女性に好意を向けている現状は精神的に悪いのだ。だってこんなの、まるで女たらしである。
(本当に、どっちか決めないと…)
自分の為にも、何より2人の為にもどっちかを選ばないといけないのに、選べない。こんなの最低だって理解しているのに、選べない。このままでは本当に、どっちも選べずにアメリカに行ってしまうかもしれない。
(なにかこう、きっかけでもあればいいんだけどなぁ…)
停滞している時は、何か新しいきっかけがあればいい。それが原因で前に進めたりする事もある。殆ど神頼みたいな事だが、そう思う程白銀は悩んでいた。
「失礼します」
そうやって悩んでいると、かぐやが生徒会室に入ってくる。
「あの、会長。少しよろしいでしょうか?」
「何だ?」
入って来るなり、かぐやは白銀に近づき、緊張した顔で話しかける。
「えっとですね、文化祭まで、もう少しじゃないですか?」
「え?まぁ、そうだな」
「それでですね…その…」
「うん?」
何か言いたげなかぐや。白銀はそんなかぐやに首をかしげる。
(何で俺から顔背けてるんだ?)
ついでにかぐやが自分と視線を合わせようとしないところにも。
(は!まさか、俺は気が付かないうちに四宮に何かやらかしていて、そのせいで四宮は俺と顔を合わせたくないとか!?)
そんなかぐやの言動を見た白銀は、そう考えた。思えば最近の白銀は、かぐやと京佳の事で悩んでばかり。そんな状態ならば、自分が気が付かないうちにかぐやに何かしていたのも頷ける。
実際、生徒会長選挙後直ぐの頃には、聞き間違いで大変な目にあっているし。
(全然記憶に無いけど、もし何かやらかしていたら直ぐに謝ろう…)
白銀は密かに謝罪する体制を整える。
「実は、同じクラスの子から聞いたのですが、秀知院の文化祭の前の週、つまり今週北高で文化祭があるらしいんです」
「え?ああ。そういやそうだな…」
しかしどうやら白銀が危惧していた事ではないみたいだ。
「文化祭は主に実行委員会が仕事をしますが、やはり学園の代表である生徒会役員も他校の文化祭を色々調べて、それを秀知院の文化祭に活かすべきと思うんです。なので、その…」
そっぽを向いていたかぐやは、白銀の顔をしっかり見て、自分の右手を顔の左側に添えてから遂に言う。
「文化祭を成功させる為にも、私と共に北高の文化祭に行きませんか?」
白銀に直接、デートの誘いを。
「……えっと、それは」
白銀は固まる。そして理解する。
(まさかこれってデートの誘いか!?)
今、かぐやは自分をデートに誘ったのではないかと。
(ああ…!言っちゃった!とうとう会長に直接言っちゃった…!どうしようどうしよう!!)
そしてかぐやは、表面こそ平然を装っているが、内面は酷いものだった。顔から火がでそうだ。恥ずかしくて、今すぐこの場から立ち去りたい。
でもかぐやは言った。勇気を出して言ったのだ。白銀を京佳に取られたくないからこそ、勇気を振り絞って言ったのだ。
「会長、どうでしょうか?」
しかしここで白銀がこの誘いを受けてくれないと意味が無い。かぐやは未だに右手を左頬に添えている状態だが、このルーティンもそろそろ限界だ。なので早く白銀の答えを聞きたい。
(落ち着け俺。落ち着くんだ俺!!)
そしてその白銀も、かぐやに負けず劣らずパニックしていた。かぐやからデートに誘われた事は素直に嬉しい。
しかし白銀は今、かぐやと京佳の2人に好意を向けている。それに悩んでいるのに、この誘いを受けてもいいのだろうかという葛藤が白銀にはあるのだ。
「会長?えっと、もしかして何か用事が…?」
かぐやが不安そうに尋ねる。
(本当にすまん四宮!俺が最低なばっかりに!!)
白銀は自分を攻めた。自分が、同時に2人の女性を好きになっていなければこんな事にはならなかったのに。そうやって白銀が葛藤していると、
「私は、会長と行きたいんです…ダメ…ですか?」
かぐやが目をうるうるさせてそう言ってきた。所謂、おねだりである。これは早坂が、いざという時にこうしろと言われたやつだ。男は、女の子がうるうるさせてお願いされるのに弱いからと。
(あ、可愛い…)
そしてそれを見た白銀は、つい陥落しそうになる。効果は抜群であった。
(そうだよ。そもそも俺は四宮に相応しい男になる為に生徒会長になったんじゃないか。それに先に好きになったのは四宮の方だ。立花には世話にこそなったが、そういう想いを抱いたのはずっと後。なら俺が選ぶべき人は…)
白銀は覚悟を決める。そして遂に、2人の内どっちかを決めようとするのだった。
「えっと、そうだな…それじゃあ」
「失礼する」
だがその時、タイミング良く京佳が入ってきた。
「ん?どうかしてのか2人共?」
「い、いえ。何でも」
「あ、ああ。何でもないぞ」
「?」
流石に第3者がいる時に答えは出せない。かぐやもそれを察したのか、ゆっくりと白銀から距離を取るのだった。
(早坂…もう少し足止めしときなさいよ…)
早坂には京佳の足止めを頼んだのだが、その時間は僅かだった。せめてあと3時間は足止めしていと欲しいとかぐやは思った。
「そうだ白銀。ちょっといいかな?」
「何だ?」
「実はな、友人の学校が今度文化祭を開くんだ。それに誘われたんだが、よければ一緒に行かないか?」
「え?」
そして京佳は、当初の予定通りに白銀を誘う。
「今度うちの学校も文化祭だろう?だから文化祭を成功させる為にも、他の学校の文化祭を偵察しておこうと思うんだが、どうだろうか?」
ほぼかぐやと同じ事を言う京佳。当然、これは京佳からのデートの誘いである。
(よし。スムーズに誘えたぞ。これで白銀がこの誘いを受けてくれれば、文化祭デートの疑似体験が出来る。そこで白銀により私を意識させれば、文化祭で私が有利になる筈だ…!)
全ては文化祭で白銀に告白する時、成功率を上げる為。その為に、京佳は白銀を誘っている。京佳も、かぐやと同じくらい白銀の事が好きなのだ。
だからこそ、必死で白銀の後を追いかけて、こうしてかぐやに並ぶまでになった。でも最後まで手は緩めない。勝って兜の緒を締めろという諺のように、最後まで慢心してはいけないのだ。
(まさか、会長は私じゃなくて立花さんのお誘いを受けるんじゃ?)
一方かぐやは気が気でなかった。まだ白銀からは、明確な答えを聞き出せずにいる。もしかすると早坂の言う通り、白銀は京佳と一緒に出掛けるかもしれない。
(恋愛の神様お願いします…もっと素直になるからどうか私に幸運を…)
結果、普段全く信じていない神に祈る。
「立花、それは何時なんだ?」
「今週の土曜日だ」
「……すまん。それなら俺はいけない…」
「……え?」
そんなかぐやの祈りが通じたのか、白銀は京佳の誘いを断った。
「実はな、土曜日は既に四宮と共に他校の文化祭の偵察をしようとさっき決めたんだ。だから、その文化祭の偵察にはいけない」
(会長…!!)
かぐやはついガッツポーズしそうになる。何なら泣きそうでもあった。それほど嬉しいのだ。白銀に、このデートの誘いを受けて貰えた事に。
(ありがとう神様…)
そして神に感謝した。家に帰ったら祈りを捧げようとも決めた。
「そ、そうだったのか…それなら、仕方ないな…白銀は1人しか、いないもんな…友人の学校には…私1人で行ってくるよ…」
「あ、ああ…」
肩を落とし、明らかに落ち込んでいる様子の京佳。
(俺は最低なクソ野郎だ…本当にすまん立花…)
そんな京佳を見た白銀は、心の中で京佳に謝った。同時に2人を好きにならなければ、こんな事にはならなかった。全ては自分が揺らいでしまったのが悪い。許されるのなら、今すぐ土下座のひとつくらいしたい気分だ。
(哀れね立花さん。兵は神速を貴ぶとも言うように、もっと早く動かないからそうなるのよ)
かぐやは勝ち誇った顔をしながら京佳は見下した。でも元々早く動こうとしなかったのは誰なのか、今一度思いだしてほしい。
「ところで、2人はどこの学校に行くんだ?」
文化祭前偵察デートが叶わない以上、もうどうしようも無い。でもせめて2人がどこに行くかくらいは把握しておきたい。それを知って何か出来る訳では無いが、せめて知っておきたい。
「北高だ」
「…え?北高?」
「え?」
しかし、ここで流れが変わり出す。
「私が行こうとしている学校も、北高なんだが…」
「え?」
(はぁーーー!?)
なんという偶然。京佳の友人である恵美が通っている学校とは、白銀とかぐやが行こうとしている北高だったのだ。
「そうか。なんか、凄い偶然だな…」
「ふふ、そうだな…」
そして京佳は、ここに活路を見出した。
「それなら話が早い。同じ場所に行くのなら3人で一緒に行かないか?」
「え?」
(ちょっとーーー!?)
即ち、皆と一緒に作戦である。抜け駆けは許さないとも言うが。
「いや、だって同じ場所に文化祭の偵察に行くんだろう?それぞれがバラバラになるより、一緒に行った方が効率が良いじゃないか。3人寄れば文殊の知恵ともいうし」
ずいずいと白銀に近づきながら提案する京佳。これなら2人っきりの状況を作らせない事が可能だ。だから何としてでも、白銀にはこの提案を受け入れて貰わないといけない。
「え、えっとだな。それは…!」
焦る白銀。既にかぐやと約束をしている彼だが、京佳に対して罪悪感があるのも事実。その結果、先程決また事が揺り動いている。
(これはマズイわ!何としてでも阻止しないと!でもどうやって!?割って入ったらそんなの私が嫉妬しているのは丸わかり!それにここで強引にでも阻止したら、私が嫉妬深い女と思われるかもしれない!どうすれば…!?)
かぐやも必死に考える。折角の白銀と2人きりのデートのチャンスなのだ。それはふいにしたくない。だがその阻止の仕方がわからない。
(ここは心苦しいが、断るしか…!)
そうやってかぐやが焦っている中、白銀は胸が痛いが断ろうと思っていた。
既にかぐやと約束をしている。それなのに新しい約束を取り付けるのは出来ない。そんなの、かぐやに対する裏切りだ。
「ダメ…かな?」
だがここで、京佳もある作戦を実行。それは先ほどかぐやが行った作戦である、うるうる作戦だ。それもかぐやより白銀と圧倒的に近いく距離で。
(めっちゃかわええ…)
そして揺らいでいる白銀にこれは効果絶大だった。
「……ま、まぁ。多い方が助かるか。手分けして色々調べれるだろうし、3人でいくか」
「ふふ、そうだな。そうだよ」
結果、白銀は折れた。
(俺は地獄に落ちる日が来るだろうな…)
そして何時の日か、報いを受ける日が来る事を確信する。こんなに優柔不断なのだ。何時か必ず罰が下るだろう、と。
(天におられる神よ。地獄に落ちなさい)
かぐやは神を呪った。何時か絶対にこの代償を支払わせてやると。
(すまないな四宮。でも、こっちも諦めたくなんだよ)
そして京佳はかぐやに謝った。こんな食い入るように割って入るなんてみっともない。そんなの京佳だってわかっている。でも、それでも京佳は白銀を諦めたくないのだ。
(本気で好きになった人なんだ。だからこそ、私は絶対に諦めない)
恋愛にトラウマのある京佳が、本気で好きになれた人。それが白銀だ。京佳は、この恋を絶対に成就させてやると思っている。
その為には、こんなみっともない真似だってしてみせる。全ては、白銀と恋人になる為に。
こうして、3人のよる文化祭偵察デートが始まるのだった。
(なんか中から凄い怖い空気を感じる…僕帰ろうかな…)
そして石上は、生徒会室の中から怖い空気を感じ取り、生徒会室の扉の前で立ち往生していた。
原作と話の順序が少し違うのは許して。
そんな訳で優柔不断な会長回。そして文化祭決戦前の前哨戦準備回でした。長くはしません多分。
次回、間に合えば水曜日に本筋無視の特別編投稿予定です。
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恋する乙女達と文化祭偵察デート(deux ドゥ)
文化祭決戦前の前哨戦?、の2話目です。
夜 京佳の部屋
『マジで?』
「マジで」
京佳は自室で、スマホを使い恵美と電話をしていた。内容は、明日の北高の文化祭について。元々恵美から『白銀くんを誘ってきてね』と言われていたので、京佳は昨日の放課後に白銀を文化祭偵察デートに誘った。何時もなら、ここですんなりデートに誘えたのだが、今回はそうはいかなかった。
何故なら白銀が、かぐやと一緒に文化祭偵察デートに行くと言ったからだ。
それを聞いた時、京佳はかなり動揺した。白銀がかぐやを好きだからこそ、自分を意識させるべく京佳は必死になって動いた。最近はそういった行動のおかげで、白銀との距離もかなり近いと感じている。なのでこの誘いも、白銀は受けてくれると思っていた。
だがここに来て、白銀はかぐやとデートをすると言い出した。
これでもし2人がデートに行ってしまえば、秀知院の文化祭本番前に2人は付き合う事になるかもしれない。そんな事になったら、今までの苦労が水の泡だ。
だがどうすれば白銀の答えを曲げさせて、自分とデートする事が出来るかなんて、京佳にはわからなかった。それにそんな事してしまえば、下手をすると白銀の不評を買うかもしれない。
だから京佳は今回だけは引こうと決めたのだが、白銀とかぐやの行先が北高と知り、そこに活路を見た。結果として明日の北高の文化祭には、白銀、京佳、そしてかぐやの3人で行く事となったのである。
『にしてもそっかー。もしかして、その四宮って子も本気出してきたって事かな?』
「多分な。それにしても危なかったよ。あの時、もう少し早坂と話していたら間に合わなかっただろうし」
京佳にとって予想外だったのは、かぐやからこのデート話をしたというところ。今までのかぐやは、どういう訳か自分からそういった誘いをしなかった。そういったかぐやのおかげで、京佳は白銀を振り向かせる事に成功している。
しかし今回は、何故かかぐやから誘ってきたという。これはもう、かぐやも白銀を京佳に獲られまいと動き出してきたと考えるのが普通だろう。
『だとしたら、まずいかもね』
「そうだな。四宮に本気だされたら勝ち目が一気になくなるし」
もしもかぐやが京佳程素直であれば、白銀とかぐやは1年生の時点で恋人になっていただろう。なんせ2人は、相思相愛なのだから。
だからこそ、2人が再び近づく前に、自分がより近づかないといけない。でなければ、負けてしまうから。
「そこでだ恵美。すまないんだが、明日の北高の文化祭で、私と白銀を2人きりにできるよう頼めないか?ただしお化け屋敷以外で」
『あ、やっぱりお化けまだダメなんだ』
なので京佳は、恵美に頼んで白銀と2人きりになれるよう動く。京佳は白銀が好きだ。それこそ、変わりなんて誰もいないと思える程に。この数か月、その想いを胸に動いてきた。
だから、この恋は絶対に諦めたくない。相手が誰であろうとも。
『安心して京佳!明日は私がバッチリ援護してあげるから!!』
「ああ。色々頼むよ」
1人では無理かもしれないが、京佳には助けてくれる友人がいる。そしてその友人である恵美は、京佳の恋の成就を本気で願っている。とても心強い味方だ。京佳は改めて、自分は友人に恵まれたなと思いながら、明日に備えるのだった。
同時刻 かぐやの部屋
「早坂。どうしてあと3時間くらい立花さんを足止め出来なかったのよ。おかげで折角のデートに最大の邪魔者が着いてくる事になったじゃない」
「一言くらい感謝の言葉くれてもよくないですか?泣きますよ?」
かぐやの部屋では、かぐやが早坂に文句を言っていた。折角白銀と2人きりでデートに行けるところだったのに、京佳が生徒会室にやってきたせいで、それがダメになった。もし早坂があと少し足止めをしておけば、こうはならなかっただろう。
だとしても、これは酷い。そもそも早坂の情報が無ければ、かぐやは京佳が白銀をデートに誘う事すら知らなかった。もしそうなっていたら、白銀とデートに行っていたのは間違いなく京佳の方だ。それを事前に早坂が察知できたおかげで、早坂はかぐやを説得させる事ができ、白銀をデートに誘える事が出来た。
なのにかぐやは、早坂に対してお礼の一言も無い。最近、早坂はマジで1回くらいこの主人を殴っても許されるのではと思うようになっていた。
「冗談よ。確かに邪魔者が着いてくる事にはなったけど、そんなの現場でどうとでもなるもの。と言う訳で早坂。明日のデートではあなたも変装して着いてきなさいよ」
「そんな事だろうと思って既に変装一式揃えてます。明日は男装の方のハーサカくんでいきますね」
「用意がいいわね」
でも、それは既に過ぎ去った事。今するべき事は、これからどうするかだ。具体的に言うと、明日の北高の文化祭でどうやって邪魔者を排除するかだ。
その為には、早坂にも協力して貰う必要がある。何故ならこういった事は、かぐや1人では決してできないからだ。
「とりあえず、明日の北高の文化祭は立花さんを会長から引きはがす事から始めるべきね。流石にいきなり引きはがすのは怪しいから、最低でも1時間くらいは一緒にいるべきかしら。その後に適当な理由つけて追い出せば、あとは会長と2人きりのデートが楽しめる筈。理由はそうね、迷子になったとか、変装した早坂にナンパされたとかにしましょうか?邪魔者さえいなければ、もうどうにでもなるわ。ふふ、今から楽しみね」
早速京佳という邪魔者を排除する作戦を考えるかぐや。その顔は笑顔だが、目が全く笑っていない。もし石上がこれを見たら全力で逃げるだろう。まるで22年の天●賞秋の古太平洋のように。
「念のため言っておきますが、ナンパとかはまだしも、立花さんを誘拐とかはしませんからね?」
「……え?」
「何ですかその信じられないような人を見る顔は。普通に考えてする訳ないでしょ」
どうやらかなり危ない排除方法を考えていたようである。最も、例えかぐやが京佳の抹消命令を出しても早坂がそれを聞く事は無い。普通に犯罪だし、流石に人を殺めたく無いし。
「……まぁいいわ。兎に角、何かしらの方法で立花さんを排除して、何としてでも会長と2人きりになるわよ、そうすれば、会長に対して色々出来るんだから」
「はぁ…」
そんな主人を見て、早坂はため息をつく。そもそもだ。かぐやが最初から素直になっていれば、こんな事になんてなっていない。それどころか、京佳が割って入る事すら無かっただろう。
何時まで経っても素直にならなかった結果が、これだ。そして早坂は、そんな面倒な主人の作戦にまだ付き合わされている。
(まぁ、これでかぐや様が焦ってくれたらいいですけど…)
しかし良いと思われる事もある。明日の文化祭偵察デートで、京佳は間違いなく素直に白銀にアプローチを仕掛けるだろう。それを見たかぐやは、絶対に焦る。そうなれば、いくらかぐやとて今以上に自ら積極的に動く筈だ。そうなってしまえば、かぐやが白銀と付き合うのも時間の問題になる、筈なのだ。
ていうかもしそれでも特に動こうとしなかったら、早坂は真面目にもうかぐやを助けたくない。いい加減にして欲しいから。
(明日は、色々大変かもですね…)
明日の文化祭偵察デートは、天王山とまではいかないだろうが、重要なデートになるだろう。早坂はそう思いながら、明日の準備をかぐやと共にするのだった。
翌日 北高付近の公園
(そろそろ時間か)
公園入口には、白銀が1人制服姿で立っていた。今日これから、白銀はかぐやと京佳の3人でデートを行う。名目こそ秀知院での文化祭を成功させるための偵察となっているが、本心は全然違う。
今日のデートで、可能な限り自分の気持ちをハッキリさせたいのだ。
白銀は、かぐやと京佳の2人を同時に好きになってしまっている。そして、未だにどっちを選ぶできか悩んでいる。世界と神様が許してくれるのであれば、2人共幸せにしたいという気持ちもあったりする。俗に言うハーレムだ。
だが、そんな事は許されない。恋人として付き合えるのなら、どっちか1人だけ。
(俺、こんなに優柔不断だったんだな…自分が嫌になる…)
質実剛健、聡明英知。これまで様々な決断をしてきた生徒会長の白銀だが、これほど悩んだ事なんて無かった。これに比べたら、海外進学を決めた事なんて簡単な選択だった。
(でも決める。今日は無理でも、文化祭当日までには必ず決める。それすら出来なかったら、俺はスタンフォードになんて行ける訳ない)
時間はもう殆ど無い。残された時間の中で、白銀はどっちかを選ばないといけない。例えそれが、選ばれなかった方を悲しませる事になっても。
しかし、白銀はそれでも2人のうちどちらかを決めると誓っている。そうしないと、死ぬまで後悔すると理解しているから。
(そもそも俺が悪いしな。今は出来るだけ悩んでおこう)
「おはようございます、会長」
「おはよう、白銀」
そうやって白銀が悩んでいると、聞き覚えのある声が聞こえた。
「あ、ああ。おはよう2人とも…」
白銀が視線を動かすと、そこには私服姿のかぐやと京佳がいた。
かぐやは白いケーブルニットに、その上から袖の無い茶色のセーター。首にはピンク色のマフラーをしており、下には黒いマキシスカート。靴は灰色のブーティ。そして手には小さめの茶色のバッグがある。可憐なかぐやにとても似合っているコーデだ。
京佳は胸元が少し空いている白のデニムシャツ。その上から白茶色のハーフ・コート。下にはインディゴブルーのストレートジーンズ。肩からは小さめの黒いシュルダーバッグが掛かっており、足には黒いスニーカーブーツ。綺麗な京佳に凄く似合っているコーデである。
(え?めっちゃ可愛い…)
そんな2人に、白銀は目を奪われた。惚れ直したと言ってもいい。普段制服姿しか見ないので、こういった私服姿は本当に貴重だ。そして何より可愛い。意中の女子がこんな可愛い姿をしていたら、男なら誰だってこうなる。
「会長?」
「白銀?」
いきなり固まった白銀を見て、心配そうに声をかける2人。
「あ、ああ。すまん。ちょっと見惚れてた」
「そうですか。ありがとうございます」
「ふふ、ありがとう白銀」
つい、お世辞無しの本音で言ってしまう白銀。言い終わった後に『何か恥ずかしい事言ってないか?』と不安になったが、別に2人は特にそういった反応をしていないので安心する。
(会長に見惚れたって言われた…ふふふ)
(白銀に見惚れたって言われた…えへへ)
そして白銀にそう言われた2人は、顔にこそ出さなかったが内心小躍りしそうになっていた。
(これで隣に立花さんがいなければ、もっと喜べるのに…)
(これ隣にで四宮さえいなければ、もっと喜べたとのに…)
同時に、できれば邪魔者がいない2人きりの時に言ってもらいたかったとも思う。そうすれば今よりずっと喜べるし、幸せな状態でこの文化祭偵察デートを初められたというのに。
「てか、今日は2人とも私服なんだな…?」
「はい。他校の文化祭の偵察とはいえ、どうせならと思いまして」
「私も同じ意見だ。それに、女子というのはできればおしゃれをしたいと思うものなんだよ」
「成程。そういうもんなのか」
自分は制服なのに対して、2人は私服。さおの少しアンバランスな3人の組み合わさせに、やや引け目を感じる白銀。
(こんな事なら、俺も私服着てくればよかった…でもなぁ、俺本当に服持ってないんだよなぁ…)
お金さえあれば、自分もおしゃれが出来るというのに。白銀は改めて、自分の貧乏を嘆いた。
「会長。私も立花さんも気にしてませんよ?」
「え?」
「そうだぞ。それに、そっちの制服の方が白銀らしいし」
「そうか?」
「ええ」
「ああ」
白銀の内情を察したのか、かぐやと京佳は白銀を慰めるように言う。2人共、白銀家の事情を知っているからだ。2人にそう言われて、白銀は嬉しくなる。
(こんな子たちを、俺は好きになってるんだよなぁ…)
白銀はかぐやと京佳の両方を愛おしく思う。恐らく世界中探しても、こんなに好きになったしまった女性はいないだろう。
(だからこそ、俺は選ぶ。絶対に…!)
そして改めて、絶対にしっかり決めると誓う。どっちかを悲しませる事にはなるが、それでも選ぶ。じゃないと、自分はこの2人を同時に裏切る事になってしまうのだから。
「それじゃ、行くか」
「はい」
「ああ」
こうして3人は、北高の文化祭へ行くのだった。
北高 校門前
「これは…」
校門前まで来た3人は、その光景に動きを止める。別に校門前が変な訳では無い。むしろ飾り付けがかなり凝っており、写真を撮っておきたいくらいだ。校内に入る人も随分楽しそうにしており、これは入る前から期待が出来る。
しかしその上、校舎の上から垂れ下がっている弾幕。そこに書かれているスローガンを見て、3人は足を止めていた。
バイブスブチアゲ! キャパいメモリーこみこみでずっしょでプチョヘンザ!!
(((いや何語…?)))
わからない。辛うじてメモリーは思い出という事はわかるが、それ以外が全く分からない。3人とも秀知院では成績優秀者だ。英語だって勿論出来るし、かぐやに至っては数か国語が話せるし読める。
しかし、今目に写っているスローガンはわからない。読めるけど意味がわからない。早坂あたりなら解析できるかもしれないが。
「あれは、参考にはならんだろうな…」
「ですね…」
「待て白銀。確かうちの学校も似たようなスローガンだったぞ」
「嘘だろ…?何してんだ文実の奴ら…」
一応しっかり仕事はしている。でも白銀は、スローガンに関しては再考させようと決めた。
「あ!京佳ーーー!!」
そうやって校門前で立っていると、3人に話しかけてくる北高の生徒がいた。
「恵美。おはよう」
「やっほー京佳!」
その生徒は、京佳の親友で北高に通っている由布恵美だった。
「今日は誘ってくれてありがとう」
「いいって!私と京佳の仲だしさー」
笑顔で京佳と話す恵美。
「ところで、そっちの2人が?」
「ああ。紹介するよ。こっちは秀知院の生徒会長の白銀御行くん。そして副会長の四宮かぐやさんだ。そして2人共。この子が私が前に話していた、他校に通っている友達の由布恵美だ」
「どうもはじめまして!京佳の親友やってる由布恵美って言います!よろしくね!」
「あ、ああ。よろしく」
「どうも」
「今日は楽しんでいってねー!」
テンションの高い恵美に少しだけたじろぐ白銀。こういった生徒が秀知院にも数名いるし、何なら知り合いに1人いるが、やはり慣れない。別にギャルが嫌いとか苦手とかではない。ただ慣れないだけだ。
(これが立花さんの友人ですか。なんとまぁ、随分頭の軽そうな女ですね。これなら藤原さんの方がマシじゃないかしら)
そしてかぐやは恵美の事を見下していた。基本ナチュラルに人を見下す事があるかぐや。そんなかぐやにとって、早坂のような演技でもないのにこんな雰囲気を纏う恵美は、そういう対象であった。
もしこの心の声を京佳が聞いたら絶対にキレるだろうが、口にしなければ問題無い。
「それじゃこっちこっち!!」
そんなかぐや達に手招きしながら、恵美は先を歩く。
「行くか」
「そうですね」
「そうだな」
3人はその後を着いていく。
(とりあえず、暫くは立花さんを泳がせましょう。いきなり逸れさせたら怪しまれますし)
(最初は3人で行動しておこう。時を見て恵美に援護して貰って、少しの時間でいいから白銀と2人きりになるよう頑張ろう)
かぐやと京佳は、胸にそんな思いを抱きながら。
こうして、3人の文化祭偵察デートは始まったのであった。
かぐや様の私服姿→リコ●コ9話のた●なのイメージ。
京佳さんの私服姿→ミ●ターCBの私服のイメージ。
中々お話進まないけど、それは作者がこの期に及んでどっちを選ぶべきか会長以上に悩んでいるからです。でも必ずどっちかを決めて完結はさせますので、どうか気長にお待ちください。
それと、可笑しいところや矛盾点がありましたら言って下さい。修正いたしますので。
次回も頑張りたいけど、先の事だからわからない。
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恋する乙女達と文化祭偵察デート(trois トロワ)
「とりあえず、先ずは私のクラスまで案内するねー。その途中で気になったのがあったら遠慮なく言って?可能な限り説明するから」
「ああ。よろしく頼む」
「じゃ、3名様ご案内~」
恵美はそう言うと、3人の前を歩き出す。3人は恵美に追従する形で歩き、校門をくぐる。
「見て下さい会長。ドラゴンがいますよ」
「凄いな。これどうやって作ったんだ?」
「多分これかなり時間かけて作ってるぞ。それも複数人が」
校門から校内に入ると、3人の前にドラゴンのオブジェがお出迎え。高さ、目視でおよそ4メートル。しかも鱗の1枚1枚まで丁寧に作られているようだ。これは、かなり時間をかけて作成されているだろう。
「あれはうちの学校の模型部の作品だよ。毎年あんな大きなオブジェを作って、入ってきた人を驚かせているんだよねー」
「成程。確かにこれは驚くな」
「そうですね。掴みはバッチリかと」
「子供も喜びそうだな」
ドラゴンの感想を言いながら、3人は校内に入っていく。
「3年A組でーーす!午後2時から『黄金の浮沈艦』って演劇しまーーす!観に来て下さーーい!劇場飯として焼きそばも売ってまーす!」
「2年D組は透明麻雀やってまーす。対戦相手に勝てたら景品がもらえますのでどうか遊びにきてくださーい。参加料は1000円でーす」
「1年B組です!学生ネイルサロンやってるので、興味があれば是非来て下さい!!」
校内では銀髪の3年生、ニット帽を被った2年生、ツインテールの1年生がそれぞれ自分のクラスの出し物を宣伝している。それ以外にも、沢山の北高生徒たちが宣伝活動をしている。
「噂には聞いていたが、中々の盛り上がりだな」
「でしょー。北高の文化祭って昔から結構人気あるんだよねー」
そういった生徒たちを見ながら、白銀、かぐや、京佳の3人は、RPGパーティのように恵美の後ろをついていく形で歩いていた。
それにしても、かなり盛り上がりだ。校内を歩くだけでも、少し苦労するほどの人込み。白銀も北高の文化祭のクオリティが高く、人気があるのは知っていたが、実際に目にするとその迫力の圧倒される。
「他にはどんなのがあるんだ?」
「体育館では2年A組が体育館貸し切ってライヴやってて、3年C組は2つの教室を繋げて作ったお化け屋敷。後は1年D組がカフェとかやってるかな」
「成程。しかし、体育館を貸切るというのは凄いな」
「1人凄くDJの才能がある子がいてね。その子の熱意に負けたって話を聞いたよ」
普通、体育館は文化祭の締めをする場所なので貸し切りになんて出来ない。だがそれが可能となったというのなら、その子が相当な熱意を持って説得をしたのだろう。
「見てくれ白銀。屋台があんなにあるぞ」
京佳が指さす方向には沢山の屋台。定番の焼きそばから綿あめ。更にタコ焼きやチュコバナナなど、様々な屋台が立ち並んでいた。しかもどれも繁盛しているように見える。
「うちも屋台はそれなりに多く出る予定ですが、ここまでではありませんね」
「そうだな。飲食系は色々とコストや衛生面の問題があるし、他のクラスもあまりやりたがらないんだろう」
「でも見た感じ北高はいっぱいあるな。何かあったのか恵美?」
京佳が恵美に聞いてみる。まるで休日のフードコートみたいな繁盛具合。確かに、手間暇のかかる飲食系でこれだけ出店し繁盛するのはあまり見ないだろう。
「あー。あれね。殆どが優勝狙いだからだよ」
「優勝狙い?」
「そう。北高の文化祭ではね、文化祭期間中に1番売り上げを出したクラスには、学校から商品が貰えるのよ。だから人とお金が集まりやすい飲食系が多いんだよね」
それは秀知院には無いシステムだった。確かに優勝賞品があれば、皆やる気を出すのも頷ける。豊臣秀吉が証明しているし。
「因みに優勝賞品って何なんだ?」
「都内の焼き肉店1クラス分食事券。しかも結構高いお肉も食べ放題のやつ」
「それは、誰もがやる気を出すな」
「そうだな。つーかそんなの俺だってやる気出すぞ」
優勝賞品は焼き肉店の食事券らしい。食べ盛りの高校生にとって、これは欲しい商品だろう。肉というのは、それだけで食べたいと思わせる魔力があるのだから。
因みにその代金は、北高の校長のポケットマネーから出しているらしい。
「でも、秀知院ではそういうのは少し難しいでしょうね。下手すると優勝する為に生徒が権力を使いかねませんし」
「だな。争いの火種になりかねん」
生徒のモチベを上げるには良い案かもしれないが、秀知院では下手すると権力闘争が起きかねない。流石にそんなのは嫌なので、これは真似出来ないだろう。
「ところで由布さん。君のクラスは何をしているんだ?」
歩いている道中、白銀が恵美に質問をする。
「うちはゲーム場だよ」
「ゲーム場?射的やもぐらたたきとか?」
「色々あるよー。見てからのお楽しみって事でお願い」
「わかった。2人共、行くか」
「わかりました」
「わかった」
恵美のクラスはゲーム場らしい。大体は想像できるが、こういうのは参加してみないとわからない。もしかすると、想像の斜め上のゲームとかもあるかもしれない。白銀はかぐやと京佳に了解を取って、ひとまず恵美のクラスに行く事にした。
(ゲーム場ですか。そういえば私って、そういう場所に遊びに行った事って無いですねぇ…)
道中、かぐやはゲーム場について考えていた。今時、街中にはどこにでもゲームセンターがある。
しかし、かぐやはそういった場所に行った事なんて無い。そもそもそういう場所に行く事を、家の決まりで禁止されているからだ。
(前に石上くんから聞いた事がありますが、最近はカップルでするゲームというのもあるそうね)
近年は2人同時に遊ぶゲームも存在する。例えば、2人のタイミングがピッタリ合っていないとまともにクリア出来ないゲームとかだ。
そしてそういうゲームは、大体カップルが遊んでいたりする。
(もし会長と恋人になってデートをするなら、そういうところにも行ってみたいわね)
未だ白銀とはそういう仲では無いが、そうなったなら今まで行けなかった場所にも行ってみたい。
(その為にも、今日は少しだけ頑張らないと)
今まで『白銀は自分が好き』と思い胡坐をかいていたかぐやだが、そうして油断いる間に京佳が追いついてきた。
結果、最初あったアドバンテージは既に無い。このまま胡坐をかいていたら、本当に白銀を獲られるかもしれない。なので今日は、少しだけ勇気を出して頑張る。
(ま、まぁ、まだ始まったばかりだし、もう少し様子をみましょう。まだ早坂もこっちにはいませんし)
多分。
(恵美が援護してくれるとは言っていたが、油断だけはしないようにしないとな)
そして京佳。彼女もまた、今日は勇気を出して動くつもりだ。現状、何とか白銀に自分を意識させる事には成功しているが、それでもやはりあと一手欲しい。もしかぐやが本気になって動き出せば、勝ち目が無くなるからだ。
(慢心なんてしない。この北高の文化祭で、何としてでも白銀をもっと意識させてみせないと…!)
過去のトラウマで、恋愛にかなり臆病になってしまった自分。そんな自分が、再び誰かを好きになれた。
だからこそ、好きな人と一緒になる為に京佳は行動する。最後の最後まで諦めずに。
「これは…」
白銀たちが恵美のクラスにたどり着くと、そこはまるで縁日のようだった。
「あー!外れたーーー!?」
「よっしゃぁぁ!当たったーーー!!」
「あーもう!これ早すぎるだろう!?狙い定まらないって!!」
段ボール製のピンボールや、回転する的に投げる輪投げ。そしてお手製の某ワニをぶっ叩くゲームなど。どこか懐かしさを感じ、古い雰囲気を出しているゲームが沢山並んでいた。
「コンセプトは『子供の頃に遊んだことがあるスーパーのゲーム場』だよ」
「成程。だからどこか懐かしいと思ったのか」
幼い頃、親が買い物をしている間に『ここで遊んでいなさい』と言われて遊んでいたゲームセンター。
もしくは買い物途中で勝手にそこに行ってしまい、後で親に怒られるゲームセンター。それが、恵美のクラスの出し物のコンセプトだった。
「懐かしいなぁ。俺も小さい頃、こういう場所で少しだけ遊んだりしたよ。ゴ〇ラの口にボールを打ち込むやつとか好きだったな。6発入れたら景品もらえるの」
「あー。あったあったそんなの。私はソ〇ックがパトカーに乗って、エッ〇マンの攻撃をジャンプして避けるやつが好きだったよ」
「あったあった!俺も圭ちゃんと一緒になって遊んだことあるよ!」
そういう経験がある白銀と京佳は会話が弾む。
(え?何それ?そういうのがあるの?聞いた事もないんだけど…)
そしてかぐやは疎外感を感じた。今まで普通のゲームセンターにさえ行った事がないにの、そんな特殊な場所なんて聞いた事すらない。
というか、今までの人生でスーパーマーケットになんて足を運んだことなんて無い。
「と、ところで!これらは全部手作りなんですか!?」
なので2人きりの世界にしない為にも、かぐやは話題を作る。
「そうだよー。見た目は可能な限り似せて、裏でうちのクラスの子が手動で動かしているんだー」
「これ全部人力!?」
「そりゃそうだよ。流石に自動にするには予算は無いから」
流石に驚くかぐや。今動いているゲームは、全部後ろに人が隠れて動かしているという随分アナログなやり方なのだ。驚くのも仕方が無いだろう。
「因みに現状だと、若い子より30代以上の人が多く来てる」
「だからさっきからおじさんとかが多いのか」
「そういう人程お金を落とすって戦法でね」
「生々しいな」
確かに教室内には、同い年の子より年上、もとい中年が多い。この世代の人の方が仕事で稼いでいる分、学生よりお金を落とすのでターゲット層としては悪くないだろう。
「この辺は見習うべきかもな」
「そうだな。秀知院はどっちかって言うと若い人が多いし」
「ですね。別に利益重視という訳ではありませんが、いくつかの出し物にアドバイスが出来るかもしれません」
3人は北高の文化祭のレベルの高さに関心する。かぐやと京佳は、文化祭偵察という体で、その実相手を出し抜きたいと思って行っているデートなのだが、案外学べる事が多い。これでは普通に文化祭偵察になってしまう。どうにかして、白銀と2人きりになりたい。
「2人はこれやってみない?オススメだよ?」
そう思っていると、恵美がとあるゲームを指さす。
「これは?」
「水に入った桶に、リンゴ?」
そこに会ったのは、水の張った大きめ目の桶にいくつもリンゴが入っている光景。他がレトレゲームな感じを出しているのに対して、少し浮いている。
「これはね、アップルボビングっていうハロウィンのゲームなんだ」
『アップルボビング?』
アップルボビング。
ルールは簡単で、水に浮いているリンゴを、手を使わずに口で取るゲームだ。欧米では、子供より大人が真剣にやるとも言われている大変盛り上がるゲーム。
ハロウィンは元々ケルトのお祭りが起源とされているが、そこからあらゆる民族や文化を取り入れて行き、現代のような形に発展したと言われている。
そのあらゆる中のひとつが、ローマで行われているポーモーナ祭りだ。ポーモーナはフルーツや木や庭を司る女神で、りんごがシンボルだと考えられている。りんごは神様との繋がりを感じられ、魔除けにもなる果実と信じられており、
結果ハロウィンではよくリンゴが登場するのだ。そのリンゴを使ったゲームがこれ、アップルボビングだ。
「成程、そんなゲームがあるのか」
「しかし由布さん。なんかこのゲームだけ他と比べて、浮いている感じがするんだが…?」
「流石に少しは若い人を呼び込みたいって意見もあってさ。結果ここに置いているのがこのアップルボビングなんだよ」
「あー、成程」
確かにレトロゲームだけでは若い人は来ないだろう。少しは若い人にも興味を持たれるゲームも必要だ。
最近日本で人気のあるハロウィンに関係するものなら、若い人も少しは興味を持つかもしれない。その結果がこれだ。
「って訳で、やってみない?これ結構難しいけど、楽しいよ?」
かぐやは考える。確かに珍しいゲームだし、興味はある。しかし、ルールを聞く限り口でリンゴを咥えることになる。正直、そんなはしたない姿を白銀に見られたくない。
「いえ、私はけっ「因みにこれ、恋占いの要素もあったりするんだよね」…え?」
断ろうとした時、恵美は興味のある事を言い出す。
「1回でリンゴを咥えた人は、真実の愛を掴む事が出来るんだって。他にも最初に結婚できるとかもあるんだよねー」
「へぇ。そんなのがあるのか」
「ほう。面白い占いだな」
「……」
それは今、かぐやに最も必要かもしれないもの。かぐやは占いなんて全く信じない。だが、今は占いにだってすがりたい。それほど色々と追い詰められているのだから。
「私はやってみるよ」
「!?」
ここで京佳が参加を表明。京佳は占いを特別信じている訳では無い。だが、こういった占いをやってみたい気持ちも持っている。
ここで1回でリンゴを咥える事が出来れば、例えそれがバーナム効果であっても自信へ繋がる。だからやる。やれることは、何でもやる。
そしてかぐやは、そんな京佳を見ていた時、自分の脳内に最悪のシナリオが流れた。
京佳が1回で成功させる→真実の愛を掴めると占われる→それに自信を付けた京佳が今よりもっと積極的に動く→白銀が京佳の押しに負けて受け入れる→2人は恋人になる。
この間、僅か0、2秒。
そんな最悪のシナリオを考えたかぐやは、
「私もやってみます。少し興味ありましす」
京佳に続いて参加を決めた。
「よし!じゃ準備するから少し待っててね!」
恵美はそう言うと、ゲームの準備を始めた。
(何としてでも1回で成功させないと…)
これ以上、京佳に有利に動く状況は断固お断りだ。なのでかぐやは、多少はしたなくても口でリンゴを咥える事にした。
「そんじゃ、ルールをもう1回説明するね。使うのは口だけ。それでこの水桶の上に浮かんでいるリンゴを咥える。ただそれだけね。本当はもっと大きな水桶に沢山リンゴを入れてやるんだけど、衛生的に問題があるからこっちの少し小さい水桶にリンゴを1つだけ入れてやる特別ルールでやるね」
恵美が改めてルール説明をする。かぐやと京佳の前には、水の入った桶が2つ。その上には、リンゴがそれぞれ1つだけ浮かんでいる。
「2人共、頑張れよ」
「ええ。ありがとうございます会長」
「ああ、ありがとう白銀」
白銀に激励され、俄然やる気を出す2人。その背中には少しだけオーラが出ているように見える。
「それじゃ、よーい……スタート!」
恵美の合図と共に、2人は水桶のリンゴを咥える為、顔を近づける。
(大丈夫!私は四宮の家の者!これまでも、様々な稽古をやってきました!リンゴひとつ口で咥えるくらい、どうって事ありません!)
何時になくやる気を出すかぐや。そのまま勢いよく顔を水桶に近づけて、リンゴを咥えようとする。
しかし、
(いやこれ難しい!?リンゴってこんなに滑るの!?)
例えかぐやであっても、これはとても難しい技術だった。なんせ滑る。水に濡れたリンゴはかなり滑る。これを1回で咥えるなんて、とてもじゃないが出来そうにない。
(こんなの出来る訳ないじゃない!きっと立花さんも……は?)
横目で京佳を見てみるとそこには、
「……」
水桶に顔を思いっきり突っ込んでいる京佳がいた。
(いや何してるのーーー!?)
つい声を出して驚きそうになるかぐや。すると、
「……ふぉったふぉ」
「はい、京佳の勝ち」
「おい大丈夫か立花?顔水浸しだぞ?」
「ふぉんふぁいふぁい」
「とりあえずリンゴを口から取れ。何言ってるかわからん」
京佳はリンゴを咥えて顔を上げる。その顔はまるでシャワーを浴びたみたいに水浸しだ。しかし京佳はある方法を使って、1回でリンゴを咥える事に成功した。
それは、顔を水桶に思いっきり突っ込んで、顔を使ってリンゴを水桶の底に固定する。そして固定されたリンゴを咥えてる。そういうやり方で、京佳はリンゴを1回で咥える事に成功したのだ。
(嘘…私、負けたの…?)
既に勝敗は決した。これで京佳はまた自信を付けるだろう。そしてそのままの勢いで、白銀に更にアプローチを仕掛ける。最後は、白銀と恋仲になるだろう。
(もう、何をしても無駄…いっそこのまま水に顔をつけたまま、お母さまのところにでも…)
感情の負のスパイラルに陥り、遂に自ら命を絶つ事すら考え出すかぐや。
(早坂、わがままばかり言うダメな主人でごめん……あ)
だがここで、かぐやはある事を思い出す。それは普段の早坂の事。つまり、学校でのギャルモードの早坂だ。ギャルモードの早坂は、偶にあざとい姿をする。
例えば男子に対するさりげないボディタッチや、思わせぶりな事を言ったりだ。
でもそれは全部演技。相手から情報を得る為にやっている演技。
つまり、嘘だ。
「いたっ……」
「え?四宮?」
かぐやはそう言うと、顔を上げる。
「す、すみません会長。少し強く噛み過ぎて、歯を痛めてしまったようです…」
右手で口元を隠しながら、かぐやは歯を痛めたと言う。
「だ、大丈夫か!?」
「ええ。でも、あまり慣れない事はするものではありませんね」
「保健室、行くか?」
「それには及びません。口を水でゆすげば問題ないかと」
「そうか。怪我が無くて何よりだ。でも何かあったら言ってくれ」
白銀はほっと胸を撫で降ろす。
これぞかぐやの作戦嘘痛がり、要は演技である。
あのままでは京佳に運が行くかもしれない。なのでこうして、運では無く実力で白銀の興味をひかせる。
その為に態々嘘をついて、白銀に自分を心配させた。占いなんかよりずっと確実だ。
(そうよ。そもそも占いなんてばかばかしい。そんなのよりこうして行動でしめせばいいだけの事。ありがとう早坂)
かぐやは従者の早坂に心の中でお礼を言った。
(なんか、私負けた気分だな…)
(試合に勝って勝負で負けた的な?)
そして京佳は謎の敗北感を感じた。折角リンゴを1回で咥えれたというのに、これでは勝った気がしない。
(まぁいいじゃん。まだ文化祭は始まったばかりなんだし)
(……そうだな。今はとりあえず占いを信じて、これからの事を考えるとするよ)
だがまだ北高の文化祭は始まったばかり。京佳は気を取り直して、これからについて考えるのだった。
尚、京佳が咥えたリンゴは、その後恵美が綺麗にカットしてくれた。そして京佳は、そのカットされたリンゴを食べだ。
瑞々しくて、とても美味だった。
子供の頃に遊んだスーパーの片隅にあったゲーム場。好きでした。
Q,何でレトロゲームがコンセプトなのに突然ハロウィンのゲームを?
A,作者が書きたいって思ったから。
本当は世界各国のゲームをモチーフにしたゲーム場の予定だったけど、調べるのが面倒でしたからです。
先ずはかぐや様に軍配が上がったかな?果たして、これからどうなるのか。それは作者にもよくわかっていない(おい)。
次回は遅れるかも。ヒントはイベント海域。
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恋する乙女達と文化祭偵察デート( quatre キャトル)
かぐや達が恵美のクラスの出し物で遊んでいる頃、早坂は困っていた。今日の早坂は、男装して北高に潜入している。以前、水族館で男装した時とは少し違い、今回は茶髪のカツラを被り、少しだけチャラそうな感じの変装だ。
これは四宮家の従者の速水くんでは無く、あくまで興味本位で北高の文化祭にやってきた男子大学生、早阪くんとして変装しているからである。
最初こそ『主人の護衛兼世話役として付いて行く』とも考えたが、流石に3人のデートに従者が付いて行くのはどうなのかと思い、今回はこのような変装にした。
そしてかぐやに遅れる事数十分、いよいよかぐやの援護でもしようかと思っていたのだが、
「あの!うちのクラスのカフェに来てくれませんか!?サービスしますから!」
「いやいや!私たちのクラスのゲームセンターに遊びに来て下さい!楽しいですよ!!」
「すみません!あそこでうちのクラスが屋台やってるんですけど、よければ食べませんか?」
北高の女子生徒たちに囲まれ、身動きが取れずにいた。
(失敗したなぁ…こんな事なら、もっと地味な見た目にしてくればよかった)
本日のコンセプトは『大学が休みの日にフラっと立ち寄ってきた早〇田大学生』なのだが、それに合った見た目にする為に、結構気合入れてメイクをしてきた。
そのせいで今の早坂は、少しチャラそうだが見た目がかなり良い男子になっているのだ。結果、こうして大勢の北高の女生徒に囲まれ、逆ナンに近い事をされている。
(すみませんかぐや様。合流するのはもう少し先になりそうです…)
どうやってここから脱出しようと考えながら、早坂はかぐやに心の中で謝った。
その頃、かぐや達はというと、
『5メガネ!!』
『なんの!わりばし!!』
『何!?フェイントだと!?ではこのお茶漬けは使えない!?』
『そしてウーロン茶でこっちのコンボは完成している』
『しまった!漆黒コンボか!?』
(((何だこれ…?)))
とあるクラスの演劇を観て、頭に疑問符を浮かべていた。恵美が自分のクラスの出し物の手伝いをする時間になったので、3人は恵美と別れて共に北高内を見て回る事にした。
その時、偶然白銀が演劇をやっているクラスを発見。京佳のクラスが演劇をするというのもあって、3人で一緒に演劇を鑑賞するためクラスに入ったのだが、わからない。全く意味がわからない。なんなら他の観客もわかっていない。全員、背後に宇宙を背負っているのがその証拠だ。
「これは、参考にはならん、よな…?」
「ですね…いや本当になにこれ?どういう意味?もしかして私だけはよく理解してないとか?」
「落ち着け四宮。私も白銀もこの演劇がどういう意味なのか全くわからん」
困惑しているかぐやを落ち着かせる京佳。というかこんなの誰が見たって困惑する。もし困惑せず、尚且つ演劇の内容を理解できる人がいれば是非教えて欲しい。多分地球上にはいないけど。
「疲れた…前に参加した予算審査の会議より疲れた…」
「弓道の試合より精神力使った気がします…」
「何なんだあれは。いや本当に何なんだあれは…?」
演劇が終わり、ドっと疲れた3人。結局最後まで観たのだが、最後まで意味が解らなかった。
途中、演者が突然ラップを歌い出したのだが、それすらもわからない。一応ラップを嗜んでいる白銀も、終始意味がわからないラップだった。
結果、何一つ参考にならず、ただただ疲れただけの時間となった。
「すまない2人共。俺が行こうなんて言ったばかりに…」
「いえ、会長が謝る事ではないですよ」
「そうだ白銀。あれはもう事故にあったと思うしかないよ…」
これはもう誰が悪いとかじゃない。ただただ運が悪かったと思うしかないだろう。というかそう思わないとやってられない。
「白銀。そろそろお昼時だし、屋台で何か買って食べないか?」
京佳にそう言われた白銀が腕時計で時間を確認すると、時刻は11時半。正午には少し早いが、確かにお昼時だ。
「そうだな。なら行くか」
「ああ。四宮もいいかな?」
「いいですよ」
こうして3人は、北高内に沢山設置され、最早縁日か休日のフードコート状態になっている屋台コーナーへ向かうのだった。
「焼きそば、イカ焼き、お好み焼き、ワッフル、フランクフルト、タコ焼きにうどん。本当に色々あるんだな。値段も結構リーズナブルだし」
「しかもこんなに大勢の人が食べにきている。これ凄いぞ」
この屋台コーナーだけ明らかに人が多い。お昼時というのもあるのだろうが、それだけが理由じゃないだろう。
「確かに凄いですね。あ。あっちにはちゃんと座って食べる事が出来るように、テーブルが設置されてますね」
「本当だ。これはうちの文化祭でも出来るか?」
「どうだろうな?元々そういうスペースを考えてないから、もしテーブルを置く事を考えると再び配置を考え直さないといけないし、やるにしてもあまり広くスペースは使えないと思うぞ」
「そうですね。既に全てのクラスが出し物を決定していますから、今更配置を考え直す時間もありませんし」
「それもそうか。すまない2人共、忘れてくれ」
「いやいいさ。それに文化祭をよりよくしたいという立花の想いはよくわかったしな」
秀知院も、もうすぐ文化祭だ。出来れば今以上によくしたいと思うのもおかしい事では無い。そう思った故の発言だったが、流石に今から屋台の再配置を考える時間は無いので却下する事となった。
そんな会話をしている時、かぐやはふと思う。
(ってこれじゃただの文化祭偵察じゃないの!?)
これはもう、デートなんかじゃないと。何とか京佳を出し抜いて、白銀と一気に距離を縮めるか振り向かせるかしないといけないなのに、これではただの文化祭偵察で終わってしまう。
(そうだわ。この食事こそチャンスじゃないの)
その時、かぐやは閃く。今からする昼食。これこそチャンスだと。
(そうね。できれば立花さんをここから排除したいけど、それは難しい。なら、立花さんの目の前で会長にアプローチをすればいいのよ。例えば、おかず交換とか!)
果たしておかず交換でアプローチになるかはわからないが、かぐやが自分から動こうとしているのは前進している証拠だろう。少し前だったら、絶対に自分からこんな事しなかっただろうし。
(その為には、会長とは別の昼食を買いましょうか。そうすれば自分のとは違う食事になりますから、自然におかず交換に持っていける筈!)
そしてかぐやは動き出す。
「会長は何が食べたいですか?」
「俺か?そうだな…」
白銀が屋台を見ていると、良い匂いが漂ってきた。そっちに視線を向けると、
「あれにするか。肉巻きおにぎり」
男子高校生が好きそうな食べ物、串に巻かれた肉巻きおにぎりがあった。値段も1つ300円。大変財布に優しい。白銀はそれを数本食べる事にした。
「では、私はその直ぐ隣の唐揚げにします」
「へぇ。あれも美味そうだな」
(よし)
かぐやはなるべく白銀の近くから離れたくないので、別に好物という訳ではない、肉巻きおにぎりの屋台の隣にある唐揚げにした。
しかし、白銀はその唐揚げを見て美味しそうと言う。これならスムーズにおかず交換が出来るだろう。
「なら私は、少し離れているカレーの屋台にいくよ」
「え?」
かぐやがそう思っていた時、予想外の事が起こった。何故か京佳が白銀から離れる事となったのだ。
「そうか。なら、あっち側で3人分の席を確保しておくから、後で合流でいいか?」
「わかったよ。それじゃ、後で」
京佳はそう言うと、白銀とかぐやから離れてカレーを販売している屋台へ向かう。その光景に、少し面食らうかぐや。京佳であれば、白銀と同じ物を選んで食べるのではと思っていたからである。そうすればお揃いになるし、食事を買う時もいつぞやの水族館の時みたいに『カップルです』と言えるからだ。
かぐやは恥ずかしくてそんな真似できないが、京佳であればそれが出来る。しかしこれではそういった事が全く出来ない。
(もしかして、単純にお腹が減ってるのかしら?)
そんな京佳を見てかぐやが出した結論が、京佳はただお腹が減っているだけというものだった。
(まぁそうでしょうね。無駄に身長高いし、あんな体操なもの胸からぶら下げていたら、それだけエネルギーも消費するでしょう。全く、なんて食い意地の張った女なのかしら。1割でいいから分けて)
随分酷い言いようである。しかし本日、京佳は未だに白銀に対して積極的なアプローチは行っていない。それにこの北高の文化祭も、普通に楽しんでいるように見える。
午後からは動き出す可能性はあるが、その前の腹ごしらえをしようとしているのかもしれない。
(でもそうはさせません。この昼休みで一気に諦めさせてあげますから、せいぜいカレー食べながら敗北感に押し潰されて下さい)
京佳が午後から動き出す前に勝負を決めたい。おかず交換程度でそれが出来るとは思えないが、何もせず普通にご飯を食べるよりずっとマシだろう。
「はーい!ご注文は何ですかー?」
「唐揚げを1つ下さい」
「はい。400円です」
「ではこれで」
支払いを済ませて、かぐやはさっさと白銀のところに行こうとする。
(ふふ、会長とのおかず交換…楽しみだわ…)
白銀が買う肉巻きおにぎりは串に巻かれているタイプだ。これを態々取り分けておかず交換はしないだろう。ならばおかず交換をする場合、そのまま串に巻かれている肉巻きおにぎりを白銀は渡してくる可能性が高い。
そこで自分は、それを1口食べればいい。
そうすれば、そこから白銀は間接キスをする事になる。例えしなくても、白銀はドキドキしてくれるのは間違いない。そうなったら、否が応でも白銀はかぐやを意識するだろう。
(ひょっとすると、会長が買った肉巻きおにぎりを私にあーんとかしてくれるかも…なんてね)
そんな事を考えていると、屋台の店員をしている北高の学生から声をかけられた。
「あの、すみません…」
「何ですか?」
「カードは使えないんですけど…」
「……え?」
その理由は、かぐやが持っている黒いクレジットカード。ここが企業が運営している店なら使えるだろうが、ここは高校の文化祭。流石にクレジットカードなんて使える筈がない。
「あ、すみません。ではこれで…」
そう言うとかぐやは、1万円札を取り出す。
「すみません…できれば小銭か千円札がよろしいのですが…」
(あーもう!我儘ばっかり言う屋台ねぇ!!)
かぐやはそう思うが、苦い顔をされるのも仕方が無い。そもそもこういった文化祭で1万円札を出す人なんて普通いないのだから。
ややイラつきながらも、かぐやは財布から千円札を出そうとするが、
(……無いわ)
そんなお札、日本トップの財閥のご令嬢であるかぐやが持っている訳無かった。財布の中には1万円札かクレジットカードだけ。それどころか小銭も存在しない。これでは缶ジュースすら買えないだろう。
(不味いわ!これじゃ私だけ食事を買えず、会長と立花さんが2人きりで食事をする事に…は!まさか立花さんはこれを見越してたり!?)
それは無い。しかしかぐやはそんな不安に駆られる。そんな時だった。
「すみません。これでいいでしょうか?」
「え?」
「はい、ではこちら600円のおつりです」
「どうも」
突然後ろから出てきた白銀が、かぐやの代わりに会計をしたのだ。同時に唐揚げが入った紙コップを受け取り、それをかぐやに渡す。
「ほら、四宮。行くぞ」
「は、はい」
そう言うと2人は、その場から離れていく。
「すみません会長。後でお金はお返しします…」
「気にするな。あれくらい大丈夫だ。俺の奢りと思ってくれ」
「で、ですが…」
別に奢られるのが嫌という訳では無い。ただ白銀家の懐事情をかぐやは知っている。それなのに、あんな事で白銀に奢らせてしまったと思うと申し訳が無いのだ。
「心配してくれるのはありがたいが大丈夫だって。流石にあれくらいは俺にだって払えるし。本当に気にしなくていい。奢られてラッキーって思ってくれた方が嬉しいし」
「そうですか。それならお言葉に甘えさせて貰います」
白銀がここまで言うので、かぐやも白銀の好意に甘える事にした。
「しかし、まさかクレジットカードを出すなんてな。四宮も偶におっちょこちょいになるんだな」
「お恥ずかしいかぎりです…何時もの癖でつい…」
「可愛くていいじゃないか。そう恥じる事はないって」
「………え?」
そして飲食スペースに行く道中で、白銀がそう言った。
(可愛い!?会長が私の事を可愛いって言った!?)
正確には『高校の文化祭の屋台の会計でクレジットカードを使おうとしている姿がなんか可愛いと』いう意味で白銀は言ったのだが、今のかぐやにそんな事まで考えられる頭脳は無い。
今かぐやの頭の中にあるのは『白銀に可愛いと言われた→好きって意味→これはもう告白に近い!』という超短絡的な思考回路だけだ。
(勝ったわ。これはもう勝ったわ。今夜は赤飯ね)
かぐやは勝利を確信する。これならば、もう京佳が入れる隙なんて無いだろう。もしかすると、秀知院の文化祭が始まる前に白銀から告白だってされるかもしれない。そんな事を思いながら、かぐやはルンルン気分で飲食スペースに向かうのだった。
「すまない少し遅れた。結構混んでいてね」
「気にしなくていいぞ立花。俺たちだって今座ったばかりだし」
「ええ、そうですね」
数分後、京佳が白銀たちを見つけて、一緒に座る。
「それじゃ、いただきます」
「「いただきます」」
白銀の音頭と共に、3人は食事を始める。
「ん!?この肉巻きおにぎりを美味いな!?どっかの企業が販売しているものをただ販売しているだけかと思ってたけど、味がよくしみ込んでいて美味い!!もしかしてタレだけ作ったのか?」
白銀は購入した肉巻きおにぎりを食べながら嬉しそうに言う。
(来たわね。ここで一気に畳みかけるとしましょう)
かぐやは待っていたとばかりに動き出す。ここで白銀に『私も気になるので一口くれませんか?代わりにこの唐揚げを1つあげますので』と言えば、白銀は快くこの提案を受け入れてくれるだろう。
そして自分が1口食べた部分を見て、白銀はドキドキするに違いない。そうなってしまえば、後は何時もより少し強めに白銀にアプローチをしていけば、もう恋人になるのは時間の問題。
それに先ほど、白銀はかぐやを可愛いと言った。その結果、今のかぐやは今までで1番やる気がある。今なら本当に何でもできそうだ。
「これは美味しい。本当に学生が作ったカレーなのか?」
だがその時、京佳の横やりが入った。
「そんなになのか?」
「ああ、コクがあって本当に美味しんだよ。それに肉も大きくて食べ応えがある。陳腐な言い方だけど、お店に出してもいけると思える程だ」
京佳はカレーを食べながら白銀と話す。かぐやはそれを2人に気が付かれないよう、冷たい目で見ていた。
(今更そうやって会話が弾んでも遅いというのに。何て無駄な努力なんでしょう…)
かぐやは既に勝利を確信している。なので京佳の努力を無駄だと思う。
「そこまで言われると気になるな」
「そうか。ならはい」
「「え?」」
白銀がそう言うと、京佳はカレーを乗せたスプーンを白銀に向ける。
「どうした?食べていいんだぞ?」
「「!?」」
白銀とかぐやは驚く。京佳は今『あーん』をやっているのだ。それも大勢の目があるこの飲食スペースで。更に言えばかぐやの目の前で。
「白銀。ほら、あーん」
「い、いや!あのだな立花!!」
「あーん」
そのようなこと知った事かと言わんばかりに、京佳はスプーンを白銀に差し出す。
(この高身長眼帯牛女ぁ……!!)
それをかぐやは射殺さんばかりの目で見ていた。左手から妙な感触がしたが、そんな事より今は目の前の出来事への対応だ。
(いえ落ち着きなさい私。会長がこんなところであーんを受け入れる訳がないじゃない。むしろ大勢の前でこんな事をする立花さんを軽蔑する筈。そうなれば恥をかくのは立花さん。本当哀れね)
自分にそう言い聞かせ、かぐやは事の顛末を見守る。白銀は絶対に食べないと信じて。
だが、
「あむ…」
「!?」
「どうだ?」
「…コクがあってマジでうめぇ」
白銀は京佳のあーんを受け入れた。それを見た京佳は小さく笑う。
「それにしても、間接キスだなこれ」
「ぶふっ!?」
京佳に言われ、つい口に入れたカレーを拭きだしそうになる白銀。だが食べ物を粗末にする訳にはいかないので、貧乏人根性で飲み込んだ。
「立花…俺をからかって楽しいか?」
「そんなつもりはないが?」
「そういうとこだぞ」
「どういうところかな?ふふ」
やや呆れ顔の白銀。反対に京佳は満足げな顔だ。
(絶対にポイント・ネモに沈めてあげるから覚悟していなさい…)
そしてかぐやは殺意を纏った顔をしていた。勿論。白銀と京佳には気づかれないようにだが。
因みにポイント・ネモとは、世界の海で最も陸地から離れている地点の事である。詳しくは検索してくれ。でも結構怖いから注意だぞ。
(こうしてはいられません!今すぐ私も会長とおかず交換をしなくては!!)
このままでは京佳に勝ち逃げされかねない。今すぐ白銀とおかず交換をして、それを京佳に見せつけるようにしなければならない。そして勝利を確信に変えなかれば。
「会長、よろしけれ…ば……」
そうしようとした時、かぐやは左手に持っていた唐揚げの入った紙コップを見て動きを止める。
そこにあったのは潰れた紙コップ。その中に、唐揚げは存在しなかった。
実は先ほど、京佳が白銀にあーんをしている時、かぐやは怒りに任せて紙コップを潰していたのだ。その結果、唐揚げは無惨に地面落ちてしまっている。これではもう、おかず交換なんて無理だろう。
(死のう…)
石上みたいな事を思うかぐや。さっきまで有頂天だったのに、今や地獄の底。人生、一寸先は闇とはこの事だろう。
「四宮、ほら」
「え?」
そう思っていると、かぐやの目の前にプラスチックの器の蓋に取り分けられているカレーと、串に巻かれている肉巻きおにぎりが1本出された。
「唐揚げ地面に落ちちゃったんだろう?これを1本食べてくれ。俺はもう既に1本食べてるし」
「そうだ。何も食べないのは身体に毒だしな。にしても、予備にスプーンを1本貰っておいてよかったよ」
「まさに備えあれば患いなしだな」
「だな」
「あ、ありがとうございます」
出来れば京佳のは受け取りたくないが、ここでこの厚意を受け取らないのは失礼でしかない。なのでかぐやは、大人しくカレーと肉巻きおにぎりを浮け取った。
(仕方ありません。こうなったら午後から色々仕掛けましょう。その為にも、ここでしっかり食べておかないと)
折角のチャンスをふいにしてしまったが、まだ時間はある。未だ合流できていない早坂だって、いい加減そろそろ合流するだろう。そこから再び、白銀に仕掛ければいい。その為にも、ここで栄養補給は必要だ。
こうしてかぐやは、午後に備えてしっかりと貰ったカレーと肉巻きおにぎりを食べるのだった。
(あ、これ本当に美味しい)
尚2品とも、本当に美味しかった。
因みにかぐやが地面に落としてしまった唐揚げは、北高の文化祭に来ていた客のペットのコーギー犬が美味しそうに食べていた。
因みに犬に唐揚げはあげてはいけません。
書き終えて思った事。『京佳さん視点、少ないな…』 次回からはもっと増やせるよう頑張りたい。
次回も書ける時間があれば書きます。
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恋する乙女達と文化祭偵察デート(cinq サンク)
あと遅れたけど日本優勝、そして100カノアニメ化おめでとう。
白銀がトイレへ、かぐやがスマホに着信があったので電話をすると言いその場を離れた時、京佳は1人で椅子に座って待っていた。
(どうやって四宮を白銀から離そう…)
そんな京佳は、悩んでいた。白銀と距離を縮める為にやってきた北高の文化祭。最初に他校の文化祭の偵察という体でデートに誘った時、白銀がかやと行くからという理由で断られた。
しかし、2人が行く学校が元々自分が誘って行く予定だった北高だと知り、京佳は無理矢理2人の間に割って入って、こうしてついてきた。
おかげで3人ではあるが、楽しい時間を過ごしている。しかし、やはりできれば白銀と2人きりが良い。
(恵美がそろそろ時間が空くって言っていたからそこで少し手伝って貰うつもりだが、四宮が簡単にあきらめる訳無いしなぁ…)
白銀への告白を成功させる為には、かぐやより自分を意識させないといけない。その為にこの北高の文化祭を利用しているのだが、現状ではどうしても決め手に欠ける。どうにか決定打が欲しい。野球でいえばヒットでは無くホームラン。もしくは最低でもツーベースヒットが。
(四宮を傷つける事になるかもしれんが、今更だよな…)
2人の女性が、同じ男性を好きになった。それはつまり、どうあってもどちらか片方はその男性にフラれ、傷つく事になる。
京佳にとってかぐやは友人だ。それは変わらない。しかし、それとこれは別。京佳だって、好きな人と結ばれたいのだ。
その為にかぐやとの友情を壊す事になっても、仕方が無い。後悔が無いと言えば嘘になるが。
(どこかで白銀と2人きりで過ごせそうな出し物はないかな?)
かぐやが入れない場所で白銀と2人きりになれれば、今より自分を白銀に意識させる事はできるかもしれない。そうするには、2人きりが最低条件。
どこかにかぐやが入ってこず、白銀と2人きりになれて、そのうえで良い感じの雰囲気になれそうな場所はないだろうか。勿論、お化け屋敷以外で。
(そういえば、確かここには…)
そして思い出したかのように、京佳は北高の文化祭のパンフレットを捲るのだった。
北高校舎内 男子トイレ
昼食を3人で食べた後、白銀はお手洗いに行くと言い、1人で男子トイレにきていた。
(本当に、俺はどうすればいいんだ…)
そして男子トイレの個室で、頭を抱えて悩んでいた。悩んでいる理由は、当然だがかぐやと京佳について。
(この文化祭でどっちかを決めるきっかけがあればと思ってたけど、全然ねぇし…)
何かあればと思っていたが、それが全くない。おかげで午前中は、ただの文化祭偵察になっていた。
(そもそも俺が2人を好きになってしまったのが原因だしなぁ…それに、この文化祭だって最初は四宮と行くつもりだったのに、結局立花に押し切られて同行を認めているし…いやマジで自分が嫌になる…)
元々はかぐやと行く予定だった白銀。だが、そこに京佳が強引に割って入ってきた。
そこで突き放せばよかったのだが、結局白銀は京佳の同行を許している。これほど自分が優柔不断だとは思わず、白銀は自己嫌悪する。
(午後から頑張ろう…もう今はそれしかないし…)
ここに籠ってこれ以上考えてもしょうがない。とりあえずここから出て、午後から色々頑張ろうと白銀は決める。
そしてトイレから出て、先程まで3人でいた場所へ戻るのだった。
「あ、白銀」
白銀が戻ってくると、そこには京佳だけがいた。
「ん?立花だけか?四宮は?」
「なんか電話があったらしくてね。今少し外している。いつ戻ってくるかはわからん」
どうやらかぐやは電話をしているので、この場にいないらしい。
「ところで白銀。頼みがあるんだが」
「ん?」
このままかぐやを待とうとしていると、京佳が話しかけてきた。
「実はな、これをやってみたいんだ」
すると京佳は、白銀にある文化祭パンフレットのとあるページを見せる。
「占い?」
それは占いをやっている部活の紹介ページ。どうやらこの直ぐ近くで、文化祭にやってきた人相手に占いをやっているらしい。それを見せながら、京佳は言う。
「今までこういう場所に行く機会に恵まれなくてね。今日は他校の文化祭を偵察するというのが主な目的だが、どうせなら少しは楽しみたいんだ。だから、私と2人きりでこれにいかないか?」
2人きりで、文化祭を見てみないかと。
(これって、要するに…)
これは明らかなぬけがけ行為。鬼の居ぬ間になんとやらだ。確かに現在、かぐやはここにいない。いつ戻ってくるかも不明だ。ならばその隙に、京佳がこうやって動くのはある意味当然だろう。恐らく、かぐやだって同じような事をする筈だ。
(だが、これを受けるのは…)
しかし白銀は考える。もしこれが京佳と2人きりで、尚且つ白銀が京佳だけを好きならば、なんの問題も無くこのお誘いを受けるだろう。
だが現在、白銀はかぐやと京佳の2人を好いてしまっている。それに今日は、そんな2人と一緒にここに来ている。
いくらかぐやがいつ戻ってくるかわからいとはいえ、未だに自分の中で結論が出ていないのに、ここで京佳のこの誘いを受けてもいいのだろうかという疑問が出るのだ。
(正直言えば、立花と回ってはみたい。だが、それは四宮に対しても同じなんだよなぁ…どうするべきか…)
京佳に悟られないよう、悩む白銀。そうしていると、
「いいじゃん!行ってきなって!!」
「え?」
横から突然フランクフルトを持った恵美が現れて、白銀に京佳と占いに行くよう促す。
「だって四宮さんはいつ戻ってくるかわからいんでしょ?その間、ここでただじーっと待っているのってなんか損じゃない?占いだったら大して時間もかからないし、行って直ぐに戻ってくればいいじゃん!!」
「い、いやしかし…」
恵美の勢いにたじろぐ白銀。確かに占いならば、混んでさえいなければ直ぐに終わるだろう。だがやはり、ここでぬけがけのような真似をするのはどうかと悩む。
そんな白銀に痺れを切らしたのか、京佳は強行策に出る。
「ほら、恵美もこう言っているし、行こう」
「え?」
白銀の手をがっちりと掴んで、そのまま歩き出したのだ。
「お、おい立花!?」
「何。占いなんて5分もかからんさ。行って直ぐに帰ればいい。所謂トンボ帰りだな。じゃあ行こう、今すぐ行こうさぁ行こう」
「いやわかった!わかったからせめて手は離してくれ!!流石に恥ずかしいって!!」
白銀の言葉を聞いてか聞かずか、京佳は歩く。そして元いた場所には、恵美だけが残された。
(頑張ってねー。京佳)
残された恵美は、親友に心中で激励の言葉を贈るのだった。
「ここがその占い屋か」
2人がほんの1分だけ歩くと、そこには『表はあっても占い』と書かれている看板をさげたテントがあった。
「ダジャレじゃねーか」
「学生のノリというやつだろう」
これが企業だったら落第点の店名だが、これはあくまで学生手動の文化祭。ウケ狙いで考えた店名だとすれば、これもアリだろう。
「それじゃ、さっさと入ってしまおう」
「そうだな」
2人はテントの中に入る。するとそこには、
「おやおや。いらっしゃいませ。ようこそ『表はあっても占い』へ。何を占いましょう?明日の天気?異性との相性?それとも日曜日の競馬の結果?因みに私の夢は小惑星ちゃんです。まぁともあれ、この私が何でも占ってしんぜましょう。あ、代金は先払いで1人500円です」
紫色のローブに身を包んだ茶髪の女子がいた。その子の前には、水晶の置かれている机と椅子。テント内は全体的にうす暗く、周りには怪しい光を灯している狸の置物とダルマが置かれている。
((如何にもな…))
最早テンプレともいうべき姿。そして雰囲気。その光景に、少し呆気に取られる2人。
「おや?座らないのですか?」
「あ、はい。座ります」
占い屋女子に言われ、白銀と京佳は備え付けの椅子に並んで座る。
「それで、何を占いたいのですか?」
「ふむ…」
白銀は考える。実は白銀、結構占いとかが好きな男子なのだ。朝のテレビでやっている占いは必ずチェックするし、スマホを使った相性占いだってやった事がある。
しかし、こういった結構本格的な占いをした事なんて無い。こうして来たのならば、どうせならしっかり占いたい。問題はその内容だ。
(立花か四宮との相性?それとも、今悩んでいる事の解決策?もしくは、どっちを選ぶべきか…ってそれは流石にダメだろう。占いで選ぶなんて絶対にダメだ)
いくら悩んでいるとはいえ、占いで決断を下すのはダメだ。いくらなんでもそれは酷い。
「私たちの相性を占ってもらっていいでしょうか?」
「相性ですね。わかりました」
「それでいいかな?白銀」
「ああ。問題無い。それで頼む」
悩んでいる内に、京佳が占いの内容を決める。白銀も特に異議は無いので、このまま占う事にした。
「それではお2人で1000円いただきます」
「ここは私が払うよ」
「え?いや俺の分はちゃんと自分で」
「私が無理矢理誘ったんだ。だから、私に払わさせてくれ」
「……そういう事なら、わかった。ありがとう」
京佳は財布から1000円札を出し、占い屋女子へ渡す。
「それでは、お2人の相性を占わせていただきます」
こうして、白銀と京佳の相性占いが始まった。
「ふんにゃか~~はんにゃか~~……ミコミコアザラシ~~……ミコミコオットセイ~~……お2人の相性を導き出せぇぇぇ……」
((胡散臭い…))
てっきり机の上の水晶は飾りで、占い自体はタロット占いや九星占いをするかと思っていたのに、占い屋女子は水晶に両手をかざして珍妙な言葉を口ずさむ。もうこれだけで胡散臭すぎて、信用が無いに等しい。
「おお!出ました!!」
そんな胡散臭い水晶占いだが、どうやら結果が出たようだ。そして2人の相性はというと、
「お2人の相性は抜群!間違いなく抜群!!なんかお互いもう1人くらい相性の良い人の影が見え隠れしてますがそれは置いといて、兎に角相性はすこぶる良いです!!まるで冷ややっこと鰹節のように!!」
「そ、そうか…」
相性は良いらしい。が、どうも胡散臭い。白銀は『これただ適当な事言っているだけじゃないのか?』と訝しんだ。所詮学生がやっている占いだし。
「具体的にどのように相性が良いのですか?」
ここで京佳が質問。
「そうですね。言うなれば、お互いがお互いを支える事が出来るという事です」
その質問に、占い屋女子は机の上の水晶に両手を当てながら答える。
「男性の方は、目的のためには決して努力を怠らない人。しかしそれが行き過ぎてしまい、自分自信を顧みない事があります。例えば、勉強のしすぎて睡眠不足で倒れてしまうとか。そして倒れてしまいそうになった時、女性の方は、それを絶対に倒れないよう支えてあげる事が出来るお人です。倒れそうになったら肩を貸してくれるとか」
「……ん?」
「一方で女性の方は、男性と同じように努力は怠らないのですが、自分に対して自信が無いようですね。どれだけ努力をしても『こんな自分なんて』と思ってしまう。ですが、それを男性が『そんな事無い』と必ず元気付けてくれる。どれだけ落ち込んでも、どれだけ周りから色々言われても、男性の方が必ず手助けしてくれる。そしてそれが、自分の自信へと繋がっていく」
「……え?」
「とまぁ、具体的に言えばこんな感じですね」
随分具体的に言う占い屋女子。
((当たってるーーーー!?))
その結果に驚きを隠せない白銀と京佳。具体例を聞いたら、過去にあった出来事をほぼ言い当てているのだ。
今占い屋女子が言った具体例の内容、その出来事に2人共身に覚えがある。ありすぎる。
(これは、まさか本物なのか!?)
占い師には、極稀に本物と呼ばれる占い師がいる。簡単にいうと、もう魔法を使っているとしか思えないくらいに言い当ててくる人の事だ。
そして目の前の女子は、その本物の占い師の可能性がある。
「質問なのですが、もしも私達が夫婦になったら、どうなるますか?」
「何を聞いているんだ立花!?」
もしも本物ならば、是非聞いておきたい。この際例え本物でなくても、どうせなら聞いておきたい。京佳はその一心で、占い屋女子に質問する。
「はい!それはもう夫婦円満間違い無しです!!仕事も私生活も想像以上に良いですし、子宝にだってとても恵まれると結果が出ています!!」
「こ、子宝…」
その言葉に恥らう京佳。だって子宝に恵まれるという事は、そういう事だ。ふと白銀を見ると、白銀も恥じらっていた。どうやら少しだけ、京佳とそういう事をしているのを想像してしまったらしい。
「というか、水晶占いでそんな事までわかるのか?」
「はい男性の方!このキオラシ占いはそんな事までわかるんです!!まぁ、3割くらいの確率で大外れしますけど」
「おい」
急に信用が下がった。
「ち、因みに、私たちがより良い関係を築くにはどうすれば?」
「お待ちを!!ふんぎゃろ~~はんぎゃろ~~……おお!出ました!キーアイテムは『接触』!!お互い体を接触させると今以上に良い関係を築く事が可能です!例えば胸を揉むとかオススメですよ!!」
「いやセクハラじゃねーか!?出来るかそんな事!?」
京佳の質問の答えに白銀が突っ込む。だってそんな事出来る訳無い。したいかと言えばしたいが、もしこれを行動に起こしたら白銀は逮捕されるだろう。
「私が両者合意の上ですと言えば、問題ない…?」
「立花!正気に戻れ!!」
京佳はよからぬ考えを巡らせる。白銀はそんな京佳の肩を掴んで正気に戻そうとするのだった。
(なんか疲れた…)
占いの結果を聞き終えた2人は、テントを出て元居た待ち合わせ場所に向かっていた。占い屋にいた時間は、僅か5分。だというのに、その数十倍はいた気分だ。
(でもまぁ、相性が良いというのはわかったから、いいかな?いや鵜呑みにする訳じゃないけど…)
だが収穫もあった。占い屋での結果、自分と白銀は相性が非常に良いらしい。その結果を、白銀と一緒に聞けただけでも十分だろう。
「立花。そろそろ四宮も戻ってきているだろうし、急ごう」
「……」
「?どうかしたか?」
白銀の言葉を聞いて、京佳は足を止める。そして、このままでいいのかと自問自答する。
もしもこのまま元居た場所に戻れば、その後はかぐやも一緒になって午後も文化祭を見て回るだろう。
でもそれは、もう白銀と2人きりになれない可能性が非常に高い。むしろ下手をすれば、かぐやと白銀は2人きりになる可能性すらある。
ならばここで、かぐやのいない間に白銀に踏み込んでおくべきではないのか。
「白銀。ちょっといいかな?」
「何だ?」
「さっきの占い、実践してみてもいいかな?」
「……は?」
京佳は行動を起こす。かぐやと合流する前に、より一層白銀に近づく為に。
2人は表の道から外れ、影になっている校舎の横に来ていた。近くにあるのは駐輪場くらい。他に人気も無い。
「えっと立花?一体どうしたんだ?」
白銀は少し困惑気味。あのままかぐやが待っているであろう場所に行こうとしたのに、京佳が突然白銀の手を取ってここに来た。
「だから、さっきのを試してみたいなと思って…」
「いやさっきのって…」
とっさに動いてしまったが、正直良い案なんて思い浮かばない。苦し紛れに出た案は、占いの内容を実践する事だ。
「ほら。折角の文化祭なんだ。なら楽しまないと損じゃないか。だったら、さっきの占いの内容を実践してみよう。もしかすると、私たちが触れ合うと何か良い事が起きるかもだし」
先程の占いでは、接触をするとより良い関係を築く事ができると言っていた。ならばするべきだ。多少強引にでもするべきだと、京佳は思う。
「しかしなぁ…」
「ほんの少し触れ合うだけだよ。手とかさ」
「いや、うーん…」
悩む白銀。別に京佳と触れ合う事が嫌な訳じゃない。ただ、今自分たちはかぐやを置いてきぼりにしている。
それに自分たちが占いに行く事を、かぐやに伝えていない。もしかすると、かぐやは今1人で待ちぼうけをくらっているかもしれない。ならば直ぐに戻るべきだ。
「お願いだ」
すると京佳は、白銀に頭を下げる。正直、ここまでしてでもやろうとするのは引かれるかもしれない。
しかし、それでもやれる事は何でもやっておきたいのだ。少しでも自分を、白銀に意識させる為に。
「おい待て立花!頭を下げなくていいから!わかったから!別に触れあうくらいいいから!!」
慌てる白銀。傍から見れば、女子に頭を下げさせている男子という構図だ。周りに人はいないが、変な誤解をされかねない。かぐやが待ちぼうけを食らっているだろうが、例え触れ合ったとしても1分もかからない筈だ。ならさっさとすませて終わらせた方が、京佳も傷つかないだろう。
「ありがとう…」
京佳は白銀にお礼をいう。白銀に気を使わせてしまったが、それでも京佳はかぐやと合流する前に行動を起こしたかった。でないと、本気を出したかぐやに巻き返されそうだから。
こうして2人は、占い通りに触れ合ってみる事にした。
「それじゃ、手を出してくれ」
「ああ」
京佳に言われ、白銀が手を出す。そしてその手を、京佳はゆっくりと指を絡ませながら両手で優しく握る。
(こうしてみると、やっぱ白銀の手って大きいんだな…)
身長が180cmもある京佳だが、それでもやはり女の子。手の大きさは、男性である白銀の方が大きい。京佳はそれを再確認した。
(沢山努力してきた手…毎日勉強している手…少しゴツゴツしていて大きな手…)
まるで問診でもしているかのように、白銀の手を触る京佳。人は、異性の手に触れるだけで幸せな気分になれる。その理由は簡単にいうと、脳内にオキシトシンとバソプレシンという幸せホルモンが分泌されるからだ。
結果、今の京佳はその2つが脳内に大量分泌され、とても幸せな気持ちになっていた。もうこの時点で、京佳は占いの事など頭からすっぽ抜けており、ただ触ってみたいからという思いで白銀の手を触るのだった。
(立花の手って、柔らけぇ…)
そして白銀。彼もまた、占いの事が頭から抜けた状態になっていた。だってこんなに柔らかくて今はただ、京佳の柔らかい手に触れておきたい。
(なんだか、ドキドキしてきた…)
以前、生徒会室でかぐやから手のマッサージを受けていた時と違い、今の白銀の脳内には、京佳と同じようにオキシトシンとバソプレシンが分泌されていた。そのおかげで、白銀も幸せな気分になれている。
(やっぱ、立花も女の子なんだよなぁ…男の俺とは全然違う柔らかい手してるし。そりゃ身長こそ俺より3cmくらい大きいけど、そんなの全然気にならんわ。誰が何と言おうと、立花は歴とした女の子だ)
もし京佳の事を悪く言う輩がいたら、白銀は絶対に怒る。何なら最悪手だって出すだろう。
確かに左目に物騒な眼帯をしていたり、女子にしては身長が高かったりと普通の女の子とは言いずらいかもしれないが、それでも京佳はしっかり女の子なのだ。この柔らかい手と、幸せそうにしている優しい顔がその証拠だ。
いつしか2人は、お互いの指を絡ませながら触れ合うようになっていた。というか、白銀の方からも京佳の手を触り出す。
そして遂に、恋人繋ぎと言われる繋方をするに至る。とても幸せだ。今の2人には、もう周りの事など見えていない。
例えこの場を北高の生徒に見られたとしても、何とも思わない。だってこんなに、幸せな気分になれるのだから。
((この状態が、ずっと続けばいいのに…))
気が付けば、体の距離もどんどん近くなっていく。まるでキスする寸前の距離感だ。でもそんな事気にしない。
そして、世界中の時間がこのまま止まって欲しいと願っていた時、
「何をしているんですか2人共?」
酷く冷たい声が聞こえた。
「し、四宮?」
「もう1度聞きます。何をしているんですか2人共?」
白銀は横を振り向くと、そこには目が笑っていないかぐやが立っていた。そして今かぐやの目に映っている光景は、白銀と京佳がかなり近い距離で手を握っているというもの。おまけに顔も近い。これを事情を知らない第三者が見たら、キスする寸前と思ってしまうだろう。
故にかぐやは、静かに怒っている。決して怒鳴ったりしないが、その心はマグマのように怒り狂う寸前だ。
「いや、これはだな…」
「とりあえず今すぐ離れて下さい」
「そうだなそうするよ!!」
「あ…」
かぐやに言われ、京佳から離れる白銀。京佳は残念そうな顔をした。
「で、一体何をしていたんですか?」
「あー…これはだな…」
2人が離れたところで、かぐやの追及は止まらない。そして白銀は、どう説明基言い訳をすればいいか考えていた。しかし考えが全く纏まらない。
今の白銀の心境は、浮気が奥さんにバレた旦那である。こんな時、どんな顔をして、何を言えばいいかなんてわからない。わかるやつがいたら是非教えて欲しい。
「いや何。ちょっと占いの結果を試していただけだよ」
ここで京佳が口を開く。かぐやは京佳をじっと見て、黙って話を聞く事にした。
「先ほど、興味本位で白銀と占いをしてきたんだが、そこで言われた事で触れ合うとより良い事が起きると言われたんだ。だからお互いの手を触れ合う事で、本当に良い事が起きるか試していたんだ」
「……別に告白とかでは無いと?」
「何で告白?」
占われた内容とは少し違うが、京佳は丁寧にかぐやに説明をする。
「……そうでしたか。てっきり私は、お2人が突然そういう関係になったとばかり」
京佳の言葉を聞いたかぐやから、冷たい空気が発散されるのを感じる白銀。どうやら、かぐやは何か勘違いをしていたようだ。
「いや、こっちこそ誤解させるような事をしてしまってすまない」
「本当ですよ。私、凄く驚いたんですから。あまりそうやって、誰かを誤解させるような真似はやめて下さいね?」
「本当すまない」
「すまん、四宮…」
あわや一触即発という空気になりかけたが、誤解が解けたおかげで事なきを得た。
(もう少しで、勝てた気がするのに…)
京佳は謝ってはいるが、やはり残念に思う。あのままかぐやに邪魔されなければ、京佳は白銀を完璧に落とせた気がするのだ。確証は無いが、そんな気がしてならない。
(でもまぁ、これで白銀も私の方を意識してくれたかもな)
だがそれはそれとして、この占いで白銀を意識させる事には成功しただろう。実際白銀も、自分から手を握り返していたし。
(これなら白銀に告白をしても、受け入れて貰えるかもしれない)
今は無理だが、秀知院での文化祭で告白をしたらOKを貰えそう。それだけの手ごたえを、京佳は感じた。
(よし!文化祭は絶対に頑張ろう!)
京佳は自信を付けて、必ず文化祭では告白をしようと決めたのだった。
これで一件落着かと思えたのだが、そうは問屋が降ろさない。
「では会長。今度は私と少し回ってくれませんか?」
「「え?」」
何とかぐやは、自ら白銀を誘ったのだ。
「先ほど会長は、私に黙って立花さんと占いに行ったんですよね?おかげで私、待ち合わせ場所に誰もいないから慌てたんですよ?2人が迷子になったんじゃないかと。でも2人は、そんな私に事など気にもせず占いに行ってましたよね?流石に酷くないですか?」
「う…」
これを言われると、白銀も反論できない。だってかぐやに何も言わずに占いに行っていたのは事実なのだから。一言かぐやに何か言っていれば、また違ったのだろうが。
「だったらそのお詫びという事で、少しだけ私と付き合ってくれてもいいと思うのですが、どうでしょうか?」
やや圧を出して、白銀にそう提案するかぐや。
「……そうだな。わかったよ。その程度ならお安い御用だ」
「ふふ。ありがとうございます」
結果として、白銀は折れた。そして少し間だけ、かぐやと2人きりで行動する事となったのだ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ四宮…」
だが京佳はこれに異議を唱える。折角かぐやに先んじて白銀と2人きりになれたというのに、これではそれが無意味になりかねない。なので阻止しようとしたのだが、
「どうしました立花さん?会長が勝手な行動をしてしまった罪滅ぼしを兼ねて自ら行くと言った事に、何か異議でも?」
「う…」
かぐやにそう言われ、反論できなくなった。ここでこれい以上反論したり異議を唱えると、白銀に『自分の事しか考えてない我儘女』と思われるかもしれない。そんな風に思われたら、折角阻止しても、占いをやった意味が無い。
「いや、何でもないよ…ただ、私はその辺の長椅子に座って待っていると言おうとしただけだよ…」
「そうでしたか。それではその辺で待っててくださいね。それでは行きましょう会長」
「お、おう…」
そう言うと、かぐやは白銀を連れて歩き出す。そして残った京佳は、長椅子に向かって歩き出す、
(よし、尾行しよう…)
訳がなかった。折角かぐやを出し抜けたのだ。なのにこのままでは、再び逆転されかねない。そんなのは、嫌だ。
だから尾行をして、もしもかぐやと白銀がキスとかしそうになったら全力で止める。
(先ずは、恵美と合流だな)
その為にも協力者が必要だ。京佳はスマホを取り出して、恵美に連絡を取るのだった。
なんかキャラが迷子気味な気がする…。大丈夫かなこれ? ご意見等ありましたら、遠慮なく言って下さい。
次回、かぐや様のターンの予定。イベント海域の攻略に手こずっていなければ投稿できるかも。
ほどほどに頑張ります。
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恋する乙女達と文化祭偵察デート(six シス)
そしてもう4月。新社会人、新学生の人方々。新しい生活、頑張って下さい。
追記。ごめんなさい、ちょっと編集してます。
時間は少しだけ遡る。電話があると言っていたかぐやは、京佳に断りを入れて電話に出るべくその場を離れる。少し離れたところで電話に出ると、早坂の声が聞こえた。
『ようやく合流できそうなので、今から言う場所まで来て下さい』
早坂は端的にそう伝えると、電話を切る。そしてかぐやは、早坂に言われた通りに、移動。
「遅いわよ早坂。一体何をしていたのよ」
「すみません。妙な人達に捕まってて…」
こうしてかぐやは、ようやく早坂と合流できたのだ。
因みに早坂が遅れた理由は、男装しているせいで北高の女生徒たちから声をかけらたからである。おかげで当初の予定時間を大幅に過ぎている。
何時もは主人のかぐやの素直にならない行動に悪態をつく早坂も、流石に今回は反省した。
「それで、私はどうすればいいのかしら?」
本来なら説教のひとつくらいしておきたいかぐやだが、今は本当に時間が惜しい。
午前は過ぎ去り、既に昼食すらもう済ませてしまっている。北高の文化祭は夜8時までなので、もうあまり時間が無い。なのでさっさと早坂の作戦を聞き、それを実践したい。
何時ものかぐやであれば、こうも積極的に動く事は無いだろう。なんせプライドが高いかぐやのスタンスは、待ちなのだ。白銀が行動を起こさない限り、自分から動くことは先ずしない。仮に動いたとしても、頓珍漢な事ばかり。
しかし、北高の文化祭前に早坂に散々言われたり、何より先ほどの昼食で、京佳は白銀にあーんをした。
しかも白銀は、それを受け入れていた。それも、まんざらでもない顔をして。
そのせいで、流石にかぐやは焦り出したのだ。
このままでは本当に、白銀が京佳に取られると。そうなってしまったら、自分はもう生きていける気がしない。もしかすると、廃人になってどこかの病棟に入院してしまうかもしれない。
だからかぐやは動く。この際プライドを多少捨ててでも、かぐやは自ら動く。
だって四宮かぐやは、白銀御行が好きなのだから。
「一応、合流する前に学校内を見てきましたので、それを元に作戦を考えました」
「聞かせてちょうだい」
「この学校の出し物には、お化け屋敷があります」
「へぇ。定番ね」
「南校舎の3階、そこに2年生が作ったお化け屋敷がありますので、そこに白銀会長と入って下さい。立花さんは私が足止めしますから。まぁ立花さんは幽霊が苦手なので、そもそも入る事が無いと思いますが念のため。そして中に入ったら、お化けが怖い振りをしながら白銀会長の腕に抱き着くなりなんなりしてください。そうすれば、白銀会長は絶対にかぐや様を意識します」
最早テンプレとも言える早坂の作戦。しかし、単純故に効果はある。これならば、先程の京佳の『あーん』を上書き出来るだろう。
「だ、抱き着く…」
「今更恥ずかしがらないでくださいよ」
早坂の作戦を聞いたかぐやは、頬を少し赤らめる。確かにこの作戦ならば、白銀がかぐやを意識する可能性はグンッと上がるだろう。白銀だって思春期の男子なのだ。絶対にドギマギする。
でも、やはり恥ずかしい。いくらそれが手っ取り早い方法だとしても、恥ずかしい。
「はい、想像してみましょう。立花さんと白銀会長が2人きりで遊んでいる姿を。そして、それを影から眺めている自分の姿を」
だがこんな事は織り込み済み。早坂は、最早伝家の宝刀になっている脅し文句でかぐやを動かそうとする。
「やるわ」
「よろしい」
おかげでかぐやは動いた。まるで躾けられた犬だ。
「でも早坂。立花さんをどうにかできるの?立花さんだったら、例え会長と離れてもどうにかして探し出してきそうだけど」
かぐやの言う通り、京佳の行動力は凄まじい。どれほどかと言うと、かぐやしか見ていなかった白銀に自分を意識させる事に成功していると考えれば、よくわかるだろう。
そんな京佳であれば、白銀が居なくなったとしたら、全力で探して来ると思うのも当然だ。
「そこは大丈夫です。策がありますので」
「大丈夫なのね?」
「はい。信じて下さい」
「わかったわ。信じるわよ」
「お任せを」
だが早坂に秘策があるらしい。かぐやはそんな早坂の言葉を信じる事にする。
「では、白銀会長が戻ってくる前に動きましょうか」
「ええ。行きましょう」
こうしてかぐやと早坂は動き出す。京佳にこれ以上、出し抜かれないように。
「あれ?」
かぐやが元いた場所に戻ってくると、そこには白銀どころか京佳も居なかった。もしかすると人込みで見失っているだけなのかもしれないと思い、かぐやは周りを探す。
すると、白銀と京佳の代わりに別に人物を発見した。
「あ、四宮さん。おかえりー」
その人物とは、京佳の友達で北高の生徒の恵美だった。そしてどういう訳か、その顔は笑顔である。
(何故かとても嫌な予感がする…)
何故かわからないがそう思うかぐや。額から汗を一筋流れる。胸騒ぎが止まらない。そして体も震えている。
「えっと、由布さん。少しお尋ねしますが、会長や立花さんはどちらに?」
かぐやは聞いたら後悔すると思いつつも、聞かずにはいられなかった。他に2人の行方を知ってそうな人もいないし。
「あ、あの2人なら少しだけ離れているよ。何でもちょっとだけ寄りたいところがあるんだって」
嫌な予感は的中。かぐやが早坂と話している間に、京佳はかぐやを出し抜き、白銀と行方をくらませてしまった。
(出遅れたーーーー!?)
これは非常にマズイ。ただでさえ白銀は京佳を意識し、更に昼食をとっている時にはあーんを受け入れていたのだ。それだけでも危ういというのに、自分がいない間に京佳はかぐやを出し抜いた。
つまり今、どこにいるかはわからないが京佳と白銀は2人きりだ。これでは本当に、京佳は白銀とゴールインしてしまうかもしれない。
「そ、そうでしたか。それで、2人はどちらに?」
このままではいけない。今すぐ2人の後を追って邪魔をしなければ。
「ごめーーん!それはわからないんだーー!でもその内戻ってくるだろうし、ここで待っていればいいと思うよー?」
だが恵美は2人の行先を知らないらしい。更に、ここで待っていればと提案する。
(この女!さては私の足止めをしているわね!?)
しかしかぐやは、恵美が嘘をついているのを見抜いていた。日本トップの財閥の令嬢であるかぐやは、相手が嘘をついているかどうかが絶対では無いがわかるのだ。そういう教育を受けている。
そして今の恵美は嘘をついている。これは間違いない。
「あ、フランクフルト食べる?焼きたてだよ?」
持っているフランクフルトを差し出しながら、露骨に自分の事をこのに留めようとしている。こんなのどう考えても足止めだろう。
(何としてでもこの場から動いて2人を探さなければ!!)
このまま座して待つなんてしない。ここで動かなければ、絶対に後悔するとかぐやは直感で感じたからだ。
「申し訳ありません。とても美味しそうではありますが、もう少し別の屋台を見てからにします。それでは」
かぐやは恵美にそう言うと、その場を足早に離れる。絶対に、京佳と白銀を2人きりにさせてなるものかと思いながら。
(どこ!?会長は何処なのーーー!?)
こうしてかぐやは、行方をくらませた2人を探しに行くのだった。
(ごめんね四宮さん。でもさ、私は京佳には絶対に幸せになって欲しいんだ)
かぐやが立ち去った後、恵美はフランクフルトを食べながら謝罪する。恵美は京佳が、中学の頃の事件のせいで恋愛にトラウマを負った事を誰よりも知っている。下手をすれば、京佳は2度と誰かを好きになる事が出来なかったかもしれない。
(あなたも白銀くんが好きなんだろうけど、京佳だって白銀くんが大好きなんだよね)
でも京佳は、再び人を好きになれた。その相手が白銀だ。これを逃せば、本当にもう2度と京佳は恋愛が出来なくなるかもしれない。
そんなの、あんまりにも京佳が報われない。だから恵美は、親友の恋を全力で応援するし手助けする。
(京佳。頑張ってね)
フランクフルトを頬張りながら、恵美は親友を応援した。
尚その際、その姿を見た何人かの男子が前かがみになっていた。
(どこ!?一体どこにいるのよ!?)
かぐやは必死だった。だってこのまま2人が見つからなければ、本当にもう2度と追いつけなくなるかもしれない。そうならない為には、手遅れになる前に2人を見つけないと。
(電話もつながらないし!手がかりが全く無い!本当にどうしよう!?)
京佳と白銀にそれぞれ電話をしてみたが、案の定繋がらない。コール音はするので、電源を切っている訳ではないのだろうが。
(落ち着きなさい私!立花さんの視点になって考えればいいのよ!!)
かぐやは自分を落ち着かせながら、京佳の視点で考える。
(立花さんだったら会長と2人きりになった時、会長と距離を一気に縮めようとする筈。その為にする事といえば、ボディタッチとかかしら?例えば、人気の無い場所で肩を寄せ合っていたり、腕を組んだりとか…)
自分では出来ない事を出来てしまうのが京佳だ。もしかすると、今頃2人で隠れてしっぽりと楽しんでいるかもしれない。
(人気の無い場所…空き教室?体育倉庫?校舎裏?……校舎裏?)
空き教室がどこにあるかなんてわからない。2人が他校の体育倉庫に無断で入るとは考えにくい。だとすれば、誰でも行けて人気の無い校舎裏が1番怪しい。
(他にあても無いし、行きましょう)
情報が全く無いので勘に近いが、とりあえずは校舎裏に行く事にした。
(そうだ!早坂にも連絡を…!)
早坂にも手伝って貰おうとした時、かぐやの目に校舎横に立っている見覚えのある金髪が見えた。見間違えようが無い。あの金髪、あの背丈に黒い学生服。間違いなく白銀だ。
(いた!会ちょ……)
白銀を見つけて近づいた時、かぐやに視界に飛び込んできたのは、京佳と絡ませるように手を握った白銀だった。おまけに、身体の距離もやたら近い。まるで、これからキスをするかの如く。
「ナニヲシテイルノ?」
怒りで視界が真っ赤になるというは、こういうものなのかとかぐやは思う。今、かぐやの心はまるでマグマにように煮えたぎっている。だというのに、頭は信じられないくらいクリアだ。
もしこれが、かぐやが1人で街に出かけて、そこで偶々2人があんな事をしているという状況なら、落ち込むだけで済むだろう。だってその場合だと、白銀を誘っていない自分が悪いのだから。
しかし京佳は、かぐやがいない間に白銀と2人で抜け出し、あんな事をしている。元々3人で来ているのにこの仕打ち。当然許せる訳が無い。
「コロシテヤル」
かぐやはゆっくりと2人に近づく。そして京佳を始末しようとする。そうでもしないと、この気持ちは収まらない。
しかし2人の距離がかなり近いのを見たかぐやは、ふと思った。
もしかして自分がいない間に、あの2人は付き合う事になったのでは、と。だからこそ、まるでキスするくらいに距離が近いのではないのか、と。というか、あれはこれからキスをするのではないとか、と。
「……」
ありえる話だ。京佳はかぐやに出来ない事をどんどんやっていく子。更に今の白銀は、ほぼ間違いなく京佳を意識している。
そんな状況なら、京佳が白銀に告白をして、それを白銀が承諾する可能性は十分にある。でないとあの距離感はありえない。
(せめて確かめてからにしましょう…)
未だに怒りが収まらないかぐやだが、せめて確認だけはしようと思った。裁判官だって、罪人の弁明を聞く。そしてその後に刑を執行する。
かぐやは怒りを抑えながら、ゆっくり2人に近づくのだった。
結論からいうと、かぐやの勘違いだった。2人は別に告白からのキスをしようとしている訳では無く、占いの結果、触れ合うと良い事が起きると言われたので手を握っていたとの事。
それを聞いたかぐやは、ホッと胸を撫で降ろすと同時に、これはチャンスだと感じる。
白銀は優しい。そんな彼の良心に訴えかけるような事を言えば、京佳の時と同じように、かぐやは白銀と2人きりになる事が可能だ。
そしてそうなった後は、先程京佳がやった事以上の事をすればいい。幸い、早坂という援護も期待できる。彼女に京佳をしっかり足止めさせておいて、その間に例の作戦を実行すれば問題ない。
そう思ったかぐやは、早速行動に移す。白銀の良心が痛むような言葉を言い、割って入ってきそうだった京佳にも釘を差す。
そして白銀と2人っきりになれた際には、早坂にスマホでメッセージを送るのも忘れない。こうしてかぐやは、邪魔者がいない時間を手に入れた。
(絶対に会長の気持ちを、私で上書きしてやるんだから…!)
これ以上の遅れは許されない。ここで何としてでも京佳を突き放さないと、もう本当に勝ち目が無くなる。
故に、多少プライドを捨てでも、かぐやは白銀と距離を詰める。だって四宮かぐやは、白銀御幸行が大好きなのだから。
「ここがそうか」
「そうみたいですね」
南校舎の3階までやってくると、早坂の情報通りにお化け屋敷が存在した。
「ところで、どうして四宮はお化け屋敷に?」
「実は、私こういう雰囲気のお化け屋敷に行った事がなくて、それで興味をひかれたんですよ。他とはどう違うのかとか」
「成程」
2人が入ろうとしているのは、学校をモチーフにしているお化け屋敷だ。
以前、夏休みに行ったおばけは宇宙船をモチーフにしていたので、確かに雰囲気が違う。
「いらっしゃいませ」
入口には、やたら髪の長い女生徒がいた。それにしても、黒くて綺麗な髪である。
「えっと、高校生2人で」
「はい。1人500円です」
2人は自分の財布から、それぞれ500円を出す。
「それと、こちらをどうぞ」
「「え?」」
そしてお金を渡すと、受付の女生徒が黒い何かを2人に差し出す。
「あの、これは?」
「合羽です」
「かっぱ?」
それはレインポンチョと呼ばれるタイプの合羽だった。
「えっと、どうして合羽なんて?」
「はい。こちらのお化け屋敷、色んなものが飛び散る演出がされているんです。なので、その際着ている服が汚れたりするので、それの防止にこうして合羽を配っているんです」
どうやらこのお化け屋敷、色んなものが飛び散るらしい。
((いや飛び散るって、何が…?))
それを聞いた2人は不安になる。一体、何が飛び散るというのだろうか。流石に臓物は無いだろうが。
「貴重品がありましたら、入って直ぐの所に設置してあるロッカーに入れて下さい。その時に中にいる係りの者がカギをお渡しします。出口から出たら、またここに戻ってきてくれたらいいので」
「わ、わかりました…」
スマホや財布、腕時計が汚れたら困るので、白銀はロッカーを使う事にする。かぐやも、バックを汚したくないので使う事にした。
「それでは、どうかお気をつけて。あ、稀に本物がいますけど、害はないのでご安心下さい」
入口に入った時、受付の女生徒が不吉な事を言っていたが、気にしたら大変な事になると思ったので、2人はあえて無視した。なんか怖かったし。
「随分暗いな…」
「ですね…」
中はかなり暗かった。天井に裸電球が点いてはいるが、それでも暗い。足元がよく見えないので、正直歩くの危なっかしい。
「きゃああああ!?」
「うわああああ!?」
あと、どこからか悲鳴も聞こえる。恐らく、自分たちより前に入った人のものだろう。
「よし、兎に角行くか」
「はい」
白銀とかぐやは合羽を着た状態で歩き出す。
(ロマンチックではないわね…)
合羽を着ている男女が歩くその姿。まるで雨の日の小学生の登校風景。ロマンのかけらもありゃしない。
(しかし、会長と2人きりなのは事実です。これを生かさなければ…!)
だが邪魔者がいないこの状況。逃す訳にはいかない。なんとしてでも、白銀に自分だけを意識させるようにしなければ。
「か、会長…少しいいでしょうか?」
「どうした?」
「その、流石に暗くて足元もよく見えませんし、正直少し怖いので、手を握って貰ってもいいでしょうか?」
目を少しウルウルさせながら、早速行動を起こすかぐや。早坂には腕に抱き着くよう言われているが、流石にいきなり抱き着く真似は出来ない。それは、幽霊役の人が出てくるまで待つべきだ。
「えっと、いいのか?」
「は、はい…」
「わかった。じゃあ、ほら」
少し躊躇しながらも、白銀はかぐやに手を指す出す。そしてかぐやは、白銀の手を握る。
(か、会長と!手!手を握ってる!!)
尚、顔は平然を装っているが、内面はこんなんである。
(四宮の手って、小さいな…)
そして白銀、彼も少しドキドキしていた。暗い屋内、人気も無く、好きな子と一緒というこの状況。男だったら、誰だってドキドキする。
「あぁぁぁぁぁ……」
そう思いながら歩いていると、前の角からお化け役であろう生徒が現れた。全身ボロボロのスーツ姿に、頭部は包帯でグルグル巻きにされている。
「お、おう。結構本格的な感じだな」
白銀、あまりの完成度に少しビビる。
(よし!ここにね!)
そしてかぐやはタイミングを決めた。目の前にいるお化け役の生徒が、あと少し近づいてきたら、白銀の腕に抱き着こう。
その際に、悲鳴もあげよう。そうすれば、白銀だって意識せざるを得ないだろう。
と、その時だった。
パァァァン!!
「「……え?」」
目の前にいた、お化け役の生徒の頭が弾けとんだのは。そして頭部を失ったお化け役の生徒は、そのまま倒れる。首からは、血液らしきものがドクドクと流れてた。周りには、包帯の中にあったでろう臓物と思わしき物が散らばっている。それは、白銀とかぐやの合羽にも付着していた。
(いやグロイ!?)
白銀、マジビビりする。入る前に色々飛び散るとは聞いていたが、まさか頭の中身が飛び散るなんて思わなかった。完全に想定外の事態だ。
「だ、大丈夫か?四宮?」
「え、ええ…驚きましたけど、大丈夫です…」
かぐやも最初の予定である、白銀に腕に抱き着くという作戦が頭の中から消える程の衝撃。
(いえまだよ!お化け屋敷はまだ始まったばかり!まだチャンスはあるわ!)
しかし直ぐに頭を切り替える。確かに凄まじい衝撃だったが、これからこういう仕掛けがあるとわかっていれば、備える事ができる。次の仕掛けの時に、白銀に抱き着けばいい。そう思い、かぐやと白銀は進んでいく。
(ん?何だ?)
すると白銀、無いかに気づく。何故か、合羽が少し濡れているのだ。よくみると、上から無いか水のようなものが降っている。
そして上を向いて見ると、
「うあぁぁ……あああぁ…」
そこにはエビぞりになって、全身から血を垂れ流している人がいた。
「…………」
白銀、絶句。いくらなんでも、これはやるすぎな気がする。普通に怖い。後、どうやってあの状態をキープできているのか聞いてみたい。だってあんなの、絶対に背中が辛いだろう。
(見なかった事にしよう…)
幸い、かぐやは気が付いていないみたいだ。ここで自分だけがビビったとかぐやに知られたくも無いので、白銀は無視する事にした。
それからも、2人はお化け屋敷の中を進んでいく。鏡を見たら顔が無い女性が写っていたり、壁から突然腕が生えてきたり、全身から色んなものが出てしまっている人恐ろしい人をみたりと、兎に角クオリティが凄いお化け屋敷の中を進んでいった。
そうして進んで行くと、やや開けた場所に出る。その両端には、人が入れそうなくらい大きなロッカーがあった。
(あれ絶対に中から出てくるやつだろ…)
あからさまな設置。ホラゲーで言えば、重要アイテムが置かれている場所のすぐ近くに、大きなカプセルの中に入っている化け物が、アイテムを取った瞬間に出てくるやつだ。
(いや!ここでビビるな!男だろ!俺!!)
絶対に出てくると思いながらも、白銀はかぐやの手をひきながら進む。
(よし!ここ!絶対にここね!!)
そしてかぐや。彼女も人の気配を感じたので、両端に設置されているロッカーから、人が出てくるのを何となくで理解した。
(ここで抱き着く!そうすれば、会長は私だけを見てくれる筈!!)
正直恥ずかしい。それ故に、ここに来るまで白銀に抱き着く真似をしなかった。だが京佳に負けたくないという気持ちを思いだし、かぐやは覚悟を決める。
そして歩いていくと、
「「あ゛ぁぁぁぁぁ……」」
両端のロッカーがゆっくりと開き、中からグロテスクなメイクをした男女が出てきた。それを合図に、かぐやも遂に動く。
「きゃあっ…!?」
かぐや、ようやく白銀の腕に抱き着く。それもがっつりと。
(うおおおおおお!?)
突然かぐやに抱き着かれたの白銀、動揺。腕から伝わる柔らかい感触、そして良い匂い。もしこれが半年前だったら、白銀は完堕ちしていただろう。
「「あ゛あ゛あ゛あ゛!!??」」
そしてそれを見ていたお化け役の男女はイラっとした。ただでさえこんな暑苦しい場所で待っているのに、目の前で行われるイチャコラ。自分たちだってあんな事をしたい。なのでその怒りを、目の前の2人にぶつけた。勿論、ただ驚かすだけで手は出さないが。
「うっお!?」
そして白銀は、そんなお化けからかぐやを守るように動く。具体的にいうと、腕に抱き着いているかぐやを後ろに回し、自分をお化けから身を護る盾になった。
「「っそがぁぁぁぁぁぁ!!!!」」
それを見ていたお化け男女2人。今度はつい演技を忘れて叫ぶ。怖い。
「四宮!こっちだ!」
「は、はい…!」
そんなお化けに驚いたのか、白銀はかぐやの手をひいて奥に進む。
「畜生が…」
「マジないわー…」
残されたお化け男女は悪態をつきながら、再びロッカーへ戻るのだった。
「大丈夫か四宮?急に手をひいちゃったけど」
「大丈夫ですよ。どこも怪我してませんし」
奥に進んだ2人は、廊下のような場所で一息ついていた。
「それにしても、会長はやはり頼りになりますね」
「え?」
「だってさっき、お化けから私を守ってくれたじゃないですか。世の中には、自分だけでも助かろうとする人もいるというのに、会長は私を守ってくれた。中々出来る事じゃありませんよ」
かぐやは白銀を褒める。勿論、手は未だに繋いでいるままだ。
「そ、そうか?」
「はい。そんな頼りになる会長は、とても素敵ですよ。かっこよかったです」
「っ!?」
そして笑顔で白銀にそう言った。それを聞いた白銀は、顔を赤らめる。
(ここよ!ここで一気に攻めてやるんだから!!)
無論、かぐやがただ普通に白銀を褒めている訳が無い。かぐやはここで、白銀に自分だけを見るように仕向けているのだ。手を握っていて、周りに人気は無く、いつも邪魔してくる邪魔者が存在しない。
これだけの条件が揃い、ここで一気に畳みかけるように動けば、もう京佳の事を白銀が考える事はないだろう。
「かっこ、いいのか?」
「はい。会長以上に素敵でかっこいい男性なんて先ずいませんよ。もし私が誰かと付き合うのなら、会長のような人がいいです」
「!?!?」
かぐやの衝撃の発言。それを聞いた白銀は驚きを隠せない。
(四宮が、俺みたいな人と付き合いたい!?それはもう…!!)
遠回しだが、まるで告白だ。普通、好きでも無い相手にそんな事言わない。そう考えた時、白銀は自分の体温と心拍数が上がるのを感じる。
(恥ずかしい……でも!ここで恥ずかしがって手を止めたらダメ!!)
一方かぐや。何時もならこんな事、恥ずかしくて言えずに終わる彼女だが、今は一味も二味も違う。
最近の京佳の追い上げは凄まじい。その結果、白銀は京佳を意識している。このままでは、白銀と恋人になる事は出来なくなるかもしれない。
そんなのは絶対に嫌だ。だから羞恥心とプライドを捨ててでも、かぐやはここ決める勢いで白銀にアプローチをする。
「会長…私は『みぎゃあああああ!?』…」
言葉を続けようとした時、悲鳴が聞こえた。
「会長…私は『にゃあああああ!?』……えっとですね、私は『いきゃあああああ!?』あーもううるさいですね!!何なんですか!?」
かぐやが喋ろうとするたびに、悲鳴が聞こえる。そしてかぐやが振り返えると、
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! ?」
そこには全身ずぶ濡れの黒いてるてる坊主みたいな何かがいた。そしてそれは、凄い勢いで2人に向かってきていた。
「「ぎゃああああああ!?」」
白銀とかぐやは絶叫し、脱兎の如く走り出す。尚この時も、白銀はかぐやの手を離さなかった。
「何ですかあれは!?」
「知らん!でももしかすると本物かもしれん!!逃げよう!!」
受付の女生徒に言われた事を思い出しながら、2人は逃げる。しかし、
「あ」
「会長!?」
その途中で白銀はこけた。
「四宮!!先に行け!!」
「そ、そんな事できません!!」
かぐやだけでも逃がそうとしたが、かぐやはそれを拒否。
「うお!?」
そうこうしているうちに、黒いお化けは白銀に覆いかぶさった。
「こ、この!会長から離れなさい!!」
黒いお化けを引きはがそうとするかぐや。とその時、
「うう…ひっぐ…」
「「ん?」
黒いお化けが泣いているのに気が付く。
「ひっく…えっぐ…しろがねぇぇ…」
そして聞き覚えのある涙声で、白銀の名前を口にする。
「……立花?」
「立花さん?」
こうして2人は、黒いお化けの正体を知ったのだ。
「で、どうしてたんだ立花?」
お化け屋敷から出た3人は、ロッカーに預けた荷物を取った後、直ぐ近くにある階段の踊り場で話していた。
「いや…そのな…」
口ごもる京佳。流石に『2人が気になって尾行していました』なんて言える筈も無い。
というかそんな事言ってしまえば、白銀に『約束を守らない女』として軽蔑されるかもしれない。そして当然、かぐやがそれを見逃すはずもない。
(早くボロを出しなさい立花さん。サクっと終わらせてあげますから。というか早坂は何をしているのよ。足止めする筈だったでしょう)
案の定、かぐやは京佳がボロを出すのを待っていた。
「ごめーーん!私のせいなんだーー!」
「「え?」」
そんな時、恵美が現れて説明を始める。
「実はさ、京佳って本当にお化けが苦手なんだけどね、流石に高校生にもなってそれはどうかと思ったから、うちでやっているお化け屋敷で耐性を作ろうとしたんだー。まぁ、結果は大失敗だったけど」
そして恵美は、自分のせいだと説明する。
「そうなのか立花?」
「う、うん…流石にいつまでもお化けがダメっていうのはどうかと思ってたし、渡りに船だと思ったんだ…2人が何時戻って来るかもわからなかったし。まぁ、やっぱダメだったけど…」
京佳も恵美の言い訳に合わせた。
「そうか。確かに苦手を克服しようとする事は大事だな。でも無茶はしちゃダメだ。無茶すると余計に苦手になったりするし」
「そう、なのかな?」
「ああ。苦手を克服するんなら、先ずは簡単な事から始めろ。お化けが苦手なのに、いきなり1に人でお化け屋敷は無茶が過ぎる」
「そうか。ありがとう白銀。次からはもう少し簡単な事から始めるよ。誰かとホラー映画を観るとか」
白銀は京佳を信じてそう言う。
(くっ!会長がああ言っているんじゃしょうがない!今回は手をひいてあげます!)
ここで白銀に対して意見をしてしまったら、折角自分へ意識を向けたのが台無しになるかもしれない。
(それはそれとして、早坂には文句言わないと)
どういう訳か、早坂は京佳の足止めに失敗している。そのせいで、かぐやは京佳の邪魔を受けた。あれが無ければ、自分がもっと白銀を意識させれていたというのに。
というか京佳が邪魔してきたせいで、お化け屋敷の記憶がほぼ泣きじゃくっている京佳になっている。あれでは折角頑張ったのに、白銀には京佳の事の方が記憶に残ってしまう。
(まぁ、あれで会長が立花さんに意識を向けるかは疑問ですが…)
なんせただ泣きじゃくっていただけだ。あれで白銀が京佳を意識するとは思えない。
でもやっぱり、早坂には絶対に文句を言う。
こうしてかぐやの作戦は、一応の成功を得たのだった。
おまけ 荷物を取りに来た白銀と荷物番の女生徒の会話
「すみません。預けた荷物を取りにきたんですが」
「はい。それではカギを下さい」
「わかりました。ところで、あの天井の人大丈夫ですか?随分辛そうな姿勢してましたけど」
「え?天井の人?」
「はい。あの血まみれメイクをしていて、エビぞりになって天井からぶら下がっている人です」
「……そんな人、いませんけど」
「…………え?」
「というか、無理でしょ。天井からエビぞりになってぶら下がるなんて。何かと見間違えたんじゃないんですか?」
「……………」
その日、白銀は家に帰った際、念のために圭に塩を撒いて貰った。
Q、早坂は何していたの?
A、次回書きます。ごめんなさい。
前半の部分、前回書いておけばよかったかもしれない。前回投稿してからそう思いました。
一応次回で文化祭偵察デート編は終わりの予定。相変わらず長々と書いていますが、流石のそろそろ文化祭決戦編に入る予定。じゃないと、何時まで経ってもエンディング書けそうにないし。
次回も頑張りたいと思う私。
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恋する乙女達と文化祭偵察デート(sept セットゥ)
どっちが赤でどっちが緑ですかね?
ちょっと中途半端かもしれないけど、文化祭偵察デート最終回です。
時間を少し巻き戻す。京佳は2人と別れた後、その後ろを気づかれないよう距離を開けて、悩みながら尾行していた。
(どうする?もし2人がどこかに入ったりして、そこに私が入っても、見つかった時のうまい言い訳が思いつかない。だからと言って諦める訳にもなぁ…)
かぐやに釘を差されている以上、無理やり割って入る事は出来そうにない。でも、折角白銀に自分をより意識させられたのを、かぐやに上書きされたくない。
そうやって悩みながら尾行していると、
「あのー、すみません」
「え?」
不意に後ろから声をかけられた。京佳が振り返ると、そこには茶髪で少しチャライ感じの男性がいた。
「あの、何か?」
急いでいるのに声をかけられた。でも無視する訳にもいかず、京佳も返答をした。
「もしかしてさ、前に葉月のサイトに乗っていた子だったりする?」
「え」
そして京佳にとっても、予想外の事を言われた。
「え、えっと、人違いじゃないですか?」
「いやいや。そんな特徴的な眼帯しているし、絶対そうでしょ。やっぱりあの時の子だ」
葉月というのは、以前京佳がモデルのバイトにスカウトしてきた会社だ。そして京佳は、そこのサイトに写真が掲載された事がある。この男性は、それを見たのだろう。
「いや人違いです。すみませんが、ちょっと急いでいるので…」
「いや絶対そうじゃん。あの写真超綺麗だったから覚えてるよ。出来れば写真とか握手とかダメかな?」
「えっと、そういうのはちょっと…」
「えー?ダメ?別にネットに上げたりしないからさ」
ただでさえ白銀とかぐやが人込みに紛れて見失いないそうになっている。。さっさとこの場を離れたいのに、中々離してくれない。
わかっている人もいるだろうが、この茶髪のチャラそうな男性は、何時もより念入りに男装した早坂である。彼女は今、かぐやの邪魔をさせない為に京佳を足止めしているのだ。
問題はその足止めの手段。流石に秀知院でも無いのに、力任せの強硬手段を取る訳にはいかない。
そこで早坂は、以前京佳がモデルのバイトをしていたのを思い出し、そこから着想を得て『街中で偶然推しのモデルに出会ってややテンション高めの厄介ファン』という体で京佳に近づき、こうして京佳の足止めをしているのだ。
(3分。できれば5分。それだけ足止めできれば大丈夫)
3分もあれば、2人がどこに行ったかなんて先ずわからない。この人込みの中、特定の2人だけを探すなんて簡単にはいかないだろう。その間に、かぐやは白銀と距離を詰めればいい。かぐやの努力次第ではあるが、流石にあれだけ発破を掛けているから今日は大丈夫だろう。
(申し訳ありませんが、このまま足止めさせて貰います)
かぐやの作戦成功を願う早坂は、徹底的に京佳を足止めする。全ては、主人の恋を成就させるが為に。
「あ、じゃあさ。できれば少し話すだけでも「あんた何してんの?」え?」
しかし男装した早坂は、ふいに後ろから声をかけられた。振り返るとそこには、明らかに敵意を向けている恵美がいた。
「えっと、君は「京佳。行っていいよ。この人は私が何とかするから」ちょ!」
「ありがとう、恵美」
恵美に言われ、京佳はかぐやと白銀が歩いて行った方角へ歩き出す。
「ちょ、ちょっと待って!」
マズイ。これはマズイ。ここで京佳を足止めしておかないと、絶対にマズイ。何とかして、京佳の足止めを継続しなければ。
「あんたさ、何嫌がっている人に無理やり絡んでるの?京佳、めっちゃ迷惑そうにしてたじゃん。というか、そういうのウチの学校でやらないでくれない?教師呼びますよ?」
しかし恵美に腕をガッチリと掴まれ、男装している早坂は動けない。その間に、みるみる京佳は離れていく。
(四宮家に仕えている者全員が所得している護身術使えば簡単に引きはがせますが、流石にここで暴力沙汰を起こす訳には…)
いや、正確に言えば、動こうと思えば動ける。それは、護身術を使う事。
四宮家の者ならば、いつ何時悪漢に襲われてもおかしくない。そしてそんな四宮家に仕える者ならば、当然そういった者に対する護身術を学んでいる。
しかしここは学校。それに相手は普通の生徒。流石にこれで相手を倒す訳にはいかない。
それにもし、実力行使をして相手を引きはがしても、怪我をさせてしまったら、もうかぐやもデートどころではない。
「ちょっと?聞いてるの?」
(本っっっ当にすみません、かぐや様…)
こうして、早坂の足止め作戦は失敗したのだった。
「ここに入ったのか…」
恵美が厄介な人の足止めをしてくれたおかげで、京佳は白銀とかぐやがどこに行ったかを把握できていた。そこまではよかったのだが、ここで大問題が発生。
「お化け屋敷……」
2人が入った場所が、よりにもよって京佳が最も苦手なお化け屋敷だったからだ。子供の頃のトラウマで、京佳は極度の幽霊嫌いである。
以前、夏休みに生徒会の皆とで行ったお化け屋敷は、物理的に倒せるエイリアンがモチーフだったので問題なかったが、こういった幽霊系は本当に無理。
(でも、ここで2人きりにさせちゃうと…)
しかし、ここで指をくわえて待っているなど論外。そうやって待っている間に、かぐやが白銀の心を持ち去る可能性が非常に高いからだ。
(よし!行くぞ私!頑張れ私!!)
正直怖い。もの凄く怖い。全身が震えているのがその証拠だ。でも、ここで怖くて入らずに、2人が距離を縮めて、そのまま恋仲になってしまう方がずっと嫌だ。
こうして京佳は、勇気を振り絞ってお化け屋敷に入るのだった。
そして、やたらとクオリティの高いお化け屋敷に絶叫するハメになってしまった。
パァァァン!!
「みぎゃあああああ!?」
頭が弾けとんだスーツ姿のおばけに絶叫し、
「うらめしやぁ…生きている人うらめしやぁぁ…」
「にゃあああああ!?」
「いや、あのビビりすぎじゃ…」
鏡の映る顔の無い女から話しかけられ絶叫し、その生徒に心配されながらも、京佳は進む。
(ま、まだだ…!まだ2人に追いついていない…!こんなところで諦めてたまるかぁぁぁぁぁ!!)
だが、ここで震えて叫ぶだけなんてしない。なんとしてでも、2人に追いつかないと。その想いを胸に、京佳は逃げずに前に進む。こうして京佳は、何度も何度も絶叫しながらお化け屋敷を走破していく。
「何だか、少し広いな?」
そして遂に、端にロッカーが2つ設置されている場所に辿りついた。
(兎に角進もう…もう帰りたいたいけど、進まないと白銀に追いつけない…逃げたら1つ、進めば2つ…)
以前テレビで偶然見たアニメの台詞を思い出し、その台詞を心の中で唱えながら京佳は部屋を進んで行く。その時だった。
「「あ゛ぁぁぁぁぁ……!!」」
ロッカーの中からお化け役の生徒が、少し大きな声で脅かせながら出てきたのは。この2人、先ほどここを通ったカップルのイチャツキを見たせいで、少しイラついていた。なので少しだけ、次に来た人を驚かせてこのイライラを発散させようとしたのだ。
しかし、相手が悪すぎた。
「いきゃあああああ!?」
ここにいるのは、お化けが大の苦手な京佳。そんな彼女に、こんな風に驚かせてしまうと、それはもう発狂する手前になってしまうのだ。
「え?あ、あの、大丈夫ですか?」
「す、すみません。少し大きな声出しすぎました…」
あまりの驚きっぷりに心配しながら京佳に近づくお化け役の2人。しかし、
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! ?」
京佳にしてみれば、お化けが近づいているだけの状況。咥えて、今の京佳は既にSAM値が0に近い。なので京佳は、その場から全力で逃走を図ったのだった。
もしこの時、腰を抜かしていたら、絶対に夏休みの時と同じように号泣していただろう。
そしてその後、壁にぶつかったりしながらも白銀を発見して、京佳はつい抱き着いてしまったのだ。
「悪いこと、しちゃったかな?」
「みたいね…とりあえず、ストレスを他人ぶつけるのやめましょう…」
「ああ。そうだな…」
余談だが、この京佳のあまりの怖がりっぷりを見たお化け役の生徒達は、罪悪感で胸が痛くなったりしていた。その後直ぐ、お化け屋敷のクオリティを少しだけ下げた。
白銀、かぐや、京佳の3人で一緒にお化け屋敷を出て、京佳も落ち着いた頃、3人はこれからについて考えていた。尚、先程までここにいた恵美は、クラスの応援に行っており既に無い。
「まだ時間はあるな」
「ですね。日は結構傾いていますけど」
「どうする?まだ行っていない場所はあるが」
時刻は夕暮れが近づいた午後3時。もうあまり時間は無いが、ここで帰るには勿体ない。何より、かぐやと京佳はまだ、白銀を自分だけを意識させる事に成功していない。なので、ここで帰るつもりなんて毛頭ない。
(しかし、行く場所がもう殆どない…何より立花さんがいる状態じゃ、意味が無いわ…)
(あと行くとすれば、体育館のメインイベントくらいだが、白銀と2人きりになれないとなぁ…)
しかし意識させるには、白銀と2人きりにならないとダメなのだ。3人では、ただの他校の文化祭偵察になってしまう。出来ればお互い、邪魔者を排除したいのだがそれが出来ない。
恵美は自分のクラスの応援に戻ったし、早坂は連絡は着くが、既に京佳に顔を覚えられているとの事で足止めが通用しない。もう1度別の変装をすればいけるだろうが、それには時間がかかる。
なのでかぐやと京佳は、援護無しで動かないといけないのだが、それが簡単に出来ないのでこうして悩んでいる。
「ふむ。体育館ではライヴをやっているらしいな。何かの参考になるかもしれんし、皆で行ってみるか?」
ここで白銀、3人で体育館のメインイベントに行く事を提案。他の眼玉となる場所はあらかた見て回ったし、なのよりここで解散するつもりは白銀にもないからだ。それにライヴというのに、少しだけ興味がある。
「そうですね。行ってみましょうか」
「私もかまわないぞ」
現状、白銀と2人きりになれない以上、白銀とは1秒だって離れない方が得策だろう。なので2人はこれを承諾し、3人で体育館へ向かって歩き出す。
「バイブスあげてくよーーー!!」
「「「ウェーーーーイ」」」
そして体育館に入って直ぐに後悔した。
体育館の中は、まるでナイトクラブだった。体育館の天井から吊るされているキラキラと光って回るミラーボール。そこら中に設置されているクルクル回るライト。爆音とどろくスピーカー。壇上で太陽の如く笑顔を振りまきながらマイク片手に体育館内の参加者たちを盛り上げている女生徒。それに合わせるようにテンションを上げる人たち。
まるでここだけ、港区になっているみたいだ。
「こ、これはっ…」
「なんて音の大きさだっ…」
白銀と京佳は両手で耳をふさぐ。なんせこれだけうるさいのだ。秀知院では、こんなに大きな音を出す事なんて無い。軽音部とかならまた別かもしれないが、だとしてもうるさすぎる。
「白銀、出ないか?ここは少しうるさすぎる」
「そうだな。出よう」
ここに5分もいたら耳が可笑しくなりそうだ。なので直ぐに出る事にした。
「四宮もそれでいいか?」
そして白銀は、かぐやにも了承を得ようとする。
突然だが、四宮かぐやは聴覚過敏である。簡単に言うと、普通に人が気にもしない音が気になったり、小さすぎる音が聞こえたりする事だ。
そして聴覚過敏の人は、基本的に大きな音が苦手である。そんなかぐやがこんなうるさい場所に入るとどうなるかというと、
「きゅぅ……」
大きな音のせいで眩暈と頭痛を引き起こして、気を失って倒れちゃうのだ。
「「四宮ーーーー!?」」
体育館の床にぶっ倒れたかぐやの名前を叫びながら、2人はかぐやを介抱する。
「それじゃ次の曲!行くよーーー!!」
「「「ウェーーーーイ!!!」」」
そしてそんな3人の事などお構い無しに、体育館でのライヴは続いていくのであった。
「う、うーん…」
「まだ、目を覚まさないか…」
白銀は、あの後直ぐに体育館から京佳と共にかぐやに肩を貸しながら脱出。そして今、校内に設置されたベンチにかぐやを寝かせていた。
「ひょっとして、俺の膝が固いからとか?」
「それは無いと思うよ」
白銀がかぐやを膝枕している形で。
(不謹慎だけど、羨ましいな…)
気絶している人に対して不謹慎と思いつつも、そう思わずにはいられない。最初は京佳の鞄を枕代わりにしようと思ったのだが、白銀が『こういう時は誰かの膝で寝ている方が安心する』と言って、かぐやに自分の膝を貸したのだ。
今ベンチには、白銀に膝枕をしてもらっているかぐやと、かぐやに膝枕をしている白銀と、その隣に座っている京佳という状態になっていた。
尚、ベンチから落ちないようにと、京佳と白銀の距離は肩が触れているくらいには近い。
(おっしゃあああ!!)
そしてそれを、遠目から見ていた早坂はガッツポーズをする。どういう経緯でああなったかは知らないが、白銀がかぐやに膝枕をしている。決定打にはならないだろうが、有効打にはなっているはずだ。
(やっぱ四宮は、美人だよなぁ…)
自分の膝で寝ているかぐやを見ながら、白銀はかぐやの美しさを再認識する。
(誰も動かなかったあの血溜沼で唯一動いたのをみて、俺は四宮に一目惚れをした。そしてそれから、四宮にふさわしい男になるべく努力をした。勉強も、生徒会での仕事も。その結果、今では生徒会長をしている)
これまであった事を振り返る白銀。かぐやに相応しい男になろうと、ただがむしゃらに努力をした。今では生徒会長になったし、かぐやと一緒に生徒会の仕事をやったり、こうして出かけたりもしている。
もしあの時、前生徒会長に誘われて血溜沼の清掃活動に参加しなかったら、絶対にこうはならなかっただろう。
(四宮を好きになったから、頑張れた…)
かぐやを好きになったからこそ、白銀はここまでこれた。
(だとしたら、俺が選ぶべきは…)
最初に好きな人がいたから頑張れた。ならば自分が選ぶべきは、その最初に好きになった人だろう。
そうやって物思いに耽っていると、
コテン
「え?」
自信の左肩に何かが寄りかかる感触を覚えた。
「立花?」
「すまない。少し疲れてしまってね。ほんの5分でいいから、肩を借りるよ」
白銀が顔を左に向けると、京佳が白銀に寄りかかっていた。その顔は、確かに少し疲れているように見える。同時に、異議は認めないとも言っているようにも見えるが。
(しゃああああ!!)
そしてその光景を、学校の校舎の3階から見ていた恵美はガッツポーズをする。出来れば腕に思いっきり抱き着くくらいはしてほしいが、これはこれでイイ。
「ふふ、白銀は暖かいな…」
「そうか?」
「ああ。安心するよ」
一方京佳。彼女も出来れば白銀の腕に抱き着こうと思ったが、未だ寝ているかぐやがバランスを崩して地面い落ちたら大事だと思い、肩を借りるだけにした。
「本当に、安心する…」
そう言うと京佳は、
「すぅ…すぅ…」
なんと数秒で寝てしまったのだった。
「マジかよ…」
膝にはかぐや。肩には京佳。そんな美人2人に身体を貸している自分は、第三者から見たら女を2人も侍らせているクソやろうに見えるだろう。
(立花も、本当に綺麗で良い子だよなぁ…)
今度は京佳の事を振り返る白銀。
(俺が成績を上げようと思って勉強を教えてくれと頼んだら直ぐに了承してくれたし、圭ちゃんとも親父とも仲良いし、何より俺が秀知院に入学して初めて出来た友達…)
最初こそ父親に無理やり受験させられていやいや通っていた学校だったが、京佳との出会いが全てを変えた。
昼休みに一緒に昼食を食べるだけの仲だったのが、初めての友達になっていき、勉強も沢山教えてもらった。
そして自分が勉強で苦しんでいる時や体調が悪い時は、傍で支えてくれた。
(立花はいつも、傍で俺を支えてくれた…)
辛い時も、楽しい時も、1年生の前半はずっと京佳が白銀を支えてくれたから、ここまで頑張れた。
そんな京佳に、何時しか白銀は好意を向けるようになってしまった。友情では無く、恋愛感情を。
(本当に、俺は最低のクソ野郎だ…)
かぐやに惚れていたのに、いつの間にか京佳にも惚れている。こんなの本当に最低の最低な行いだ。
だからこそ、白銀御行は選ばないといけない。どっちも選ぶなんて不可能なのだから、どちらか片方だけを。
「はぁ…」
そんな自分の行いを振り返りながら、白銀は小さくため息をついた。
「本当に申し訳ありませんでした会長。膝を借りてしまうなんて」
「私もすまない白銀。まさか寝ちゃうなんて思わなかったんだ…」
暫くすると、2人は目を覚ました。因みにかぐや、目を覚ました瞬間に自分が白銀に膝枕をされていると理解して少しだけ発狂しかけた。
尚、京佳はそんなかぐやに驚いて目を覚ました。
「構わないさ。2人とも今日は疲れていたんだろう。あれくらいでいいのなら、お安い御用だ」
「そう言って頂けると助かります」
「ありがとう、白銀」
白銀の言葉を聞いて、ほっとする2人。
「っと、もうこんな時間か。それじゃ、そろそろ解散とするか?」
時計で時刻を確認すると、午後4時。周りも人はまばらだ。この後北高では夜の部が始まるのだが、それに参加できるのは北高の生徒か教師だけ。つまり、一般参加者はここまでなのだ。
「ま、今日は楽しかったし、色々参考にもなったな」
「そうですね。おかげで文化祭は大成功しそうです」
「ああ。本番まであと少しだが、それまで頑張ろうか」
流石にこれ以上何かを仕掛けるのも不可能だ。
「それじゃ2人共。また月曜日に」
「はい。また」
「じゃあね、白銀」
こうして3人は、校門前で解散する。かぐやは近くに家からやってきた車に向かって。京佳はバス停に向かって、そして白銀は、自分の自転車を停めている駐輪場に向かって。
(ふふ、まさか会長に膝枕をされるなんて。これはもう私の勝ちね。だって私の事を好きじゃなかったら、そんな事しないもの)
(白銀とは最高に相性が良い、か。白銀もまんざらじゃない顔をしていたし、これで秀知院での文化祭には勝負に挑めるかもな)
かぐやと京佳は移動中、今日あった事を振り返る。白銀に自分をより意識させようとして動いた1日。
結果としては、1勝1敗の引き分けに近いだろう。これで後は、文化祭での自分の行動次第になる。
(必ず、私は会長と…)
(絶対に私は、白銀と…)
それぞれがそう決意しながら、帰路に着くのだった。
(俺は、本当にどうすればいいんだ?)
一方白銀は、結局どっちかを選ぶきっかけが見つからず、来る前とあまり変わっていない心情に落ち込みながら帰路に着く。
(選ばないと、いけないのに…)
既に何回こう思ったかわからない。しかし、時間は刻一刻と迫っている。どうあがいても、秀知院での文化祭までには選ばないといけない。なのに、そのきっかけが無い。
「はぁ…」
折角楽しい文化祭でもあったのに、これではいけない。でもため息ばかり出てくる。
「どうしよう、本当に…」
そうボヤキながら白銀も帰路に着くのだった。
白銀会長が優柔不断になっているのは全部作者が悪いんです。
次回は日常回とかだと思う。それを少し挟んでから、いよいよ文化祭決戦編行く予定です。書ききれるか不安だけど、時間は掛かっても絶対に書きます。
次回も体にパーメット流したりして頑張ります。
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白銀御行と脳内会議
今回は状況確認の繋ぎ回みたいになっているので、お話ほぼ進みません。本当にごめんなさい。
朝日が昇るまでは日曜日。
日曜日。
昨日、かぐやと京佳と共に北高の文化祭へ行っていた白銀は、
「……」
誰もいないうす暗い自室の隅で体育座りをしていた。その姿、まるで社会に怯える引きこもり。
「はぁ……」
自然とため息が出る。現在、同時に2人の女性に好意を向けている白銀。このままではいけないのはわかっているが、どうしても決めきれない。そこで、何かのきっかけがあると信じて行った北高への文化祭。
だが結果は、余計に悩む事となってしまった。
どっちも同じくらい好きになっている。それを再確認しただけだった。
(俺、何でこんな感じになっちゃったんだろう?)
歴史ある秀知院学園生徒会長は、様々な決断をしなければならない。それだけ立場に重みがあるのだ。優柔不断な生徒会長なんて、誰からも認められない。
だが白銀は、秀知院学園生徒会長として、これまで本当に数多くの断をしてきた。その結果、白銀は誰もが認める生徒会長として君臨しているのだ。
しかし、今の自分はどうだろうか。
かぐや以外に京佳を好きになってしまい、その両者に対する好きという想いで板挟み。どっちかをしっかりと選ばないといけないのに、選べないままズルズルと生きている。これじゃまるで、秀知院へ入学したばかりの、何も無い頃の自分だ。
(選ばないと…ちゃんと選ばないと…)
文化祭はもう目の前。白銀はその文化祭で告白するつもりだったのだが、これではそれすら出来ない。だからこそ、かぐやか京佳、どっちか選ばないといけない。
だと言うのに、選べない。どうしても選べない。
(最初に好きになった四宮?それとも何時も傍で支えてくれた立花?いややっぱり生徒会長を目指すきっかけになった四宮?もしくは割と色んな事をしてきちゃった立花?四宮?立花?四宮?立花?)
相反する想いが、白銀の脳内で迷走する。まるで出口の無い迷路に迷い込んだ気分。
この時白銀の脳内は、例えるならば野次飛び交う国会のようになっていた。
白銀脳内会議場
楕円上に設置されている長机。そこには、数多くの白銀が座っている。そして真ん中の議長席に座るのは、白銀御行(本体)。
「えー、それでは。四宮かぐやと立花京佳。俺は一体どっちを選ぶかの会議を始めさせていただきます」
議長白銀が開始の号令を出し、脳内会議が始まった。
「こんなの、考えるまでもない」
そう言いながら立ち上がるのは、四宮派白銀御行。姿形は完全に何時もの白銀だが、着ている服はスーツ姿で、胸元には『四宮』と彫られているバッチを付けている。
「そもそもだ。俺たちが最初に好きになったのは四宮かぐやだ。だからこそ、彼女に相応しい男になる為に頑張ってきたんじゃないか。それなのに、後から好きになった女ができた?ふざけんな!俺たちが四宮に抱いた恋心はそんなもので揺らぐ程度なのか!?違うだろう!?ならば、俺たちが選ぶべき女性は四宮かぐやに他ならない!」
「そうだそうだ!」
「俺の言う通りだ!!」
周りにいる四宮派白銀もそうヤジを飛ばす。
「確かにそうかもしれんな…」
議長白銀は考える。彼の言う通り、自分が好きになったのは四宮かぐやだ。
ならば、後から好きなった女の事なんて考えるまでも無い。前生徒会長にも似たような事を言われたし。
「ちょっと待って欲しい」
しかしここで手を上げて立ち上がるのは、立花派白銀。その胸にあるバッチには『立花』と彫られている。
「確かに、俺たちが最初に好きになったのは四宮だ。これは覆らない事実だろう。だが、四宮の事を本気で好きならば、立花に気持ちが揺らぐ事なんてないんじゃないか?でも実際、俺たちは立花の事が好きになっている。これはつまり、俺たちは立花の方が好きという想いの表れなんじゃないのか?」
「その通り!」
「そうだそうだ!!」
今度は立花派の白銀たちがヤジを飛ばす。
「それは一種の気の迷いだろう」
だがそれを、四宮派白銀がばっさりと切り捨てる。
「俺たちだって男だ。綺麗な女性に優しくされたり、一緒にどこかに遊びにいったりしたら、そういう勘違いだってしてしまう。立花に向けている感情はそれと一緒だよ。つまり、気の迷いだ」
冷静に京佳に対する気持ちを勘違いだという四宮派白銀。
「そんな勘違いの気持ちより、やはりここは初心を思い返して…」
「んな訳ねーだろう!!」
だがこれに立花派白銀がキレた。
「気の迷いでこんなに胸が苦しくなる訳ないだろう!!本当に好きだから苦しいんだよ!!もしこれが勘違いだったら、俺らがここまで悩む訳ねーだろうが!!好きなんだよ!四宮と同じかそれ以上に立花の事が!だからこそこんなに悩むんだ!!」
立花派白銀が叫ぶ。彼の言う通り、もしも本当にこの気持ちが勘違いだったら、絶対に自分たちはここまで悩まない。早々に勘違いだと理解し、さっさとかぐやに告白をするべく行動を起こしている筈だ。
「それにだ。気持ちだけじゃない。俺たちは今まで、立花に何をしてきた?」
「ん?」
議長白銀が頭に疑問符を浮かべる。その間に立花派白銀は、フリップを出す。そしてフリップには、これまで京佳にしてきた行いが書かれていた。
「見ろ!下着を見る!胸に触れる!夏休みには事故とは言え押し倒したし水着を脱がしもした!誕生日には頬にキスをされる!まぁ下着を見たのはちょっとしたラッキーな事故程度ですませれるかもしれんが、この前!雨宿りをしたラブホテルで裸を見たんだぞ!?しかも見ただけじゃなくて、あわや一線を超えようとしたんだ!!これはもう責任を取るという意味でも立花を選ぶべきだろう!!」
「ぐはぁっ!?」
議長白銀、血を吐いて机に倒れる。確かにこれまで、白銀は京佳に色んな事をしてきてしまった。
特にラブホテルの出来事は、本当に危うかった。あの時、妹の圭からの電話がなかったら、絶対に一線を越えていただろう。
「た、確かにその通りかもしれん…」
回復した議長白銀は思う。何度も言っている事だが、白銀が責任感が強い。そして今、立花派白銀が言った事。パンチラはラッキースケベで済まされるだろうが、ラブホテルでの一件はまずい。下手したら訴えられてもおかしくない出来事だ。
というかあの時、自分は間違いなく一線を超えかけた。
これは、京佳の事が本気で好きじゃないとそうは思わないだろう。場に流されたという言い訳をするのは簡単だ。
だがあれだけの事をしておいて、責任を取ろうともしないのは最低でしかない。そんな事をして、果たして自分は許されるのだろうか。答えは否である。もしそうなったら、何時か必ず罰が下るだろう。
「ならば、俺が選ぶべきは立花…」
「いやそれはおかしいだろう」
ここで今度は、四宮派白銀が反論。
「責任感だけで相手を選ぶのは、むしろ無責任だろう。そもそも一線を超えたならばまだしも、俺は一線を超えてはいないじゃないか。他に至っては事故だ事故。『彼女にこういう事をしたから』という理由だけで相手を選ぶのは違うだろう。大事なのは本心だ。俺たちがどっちをより好きなのかという心が大事だろう」
四宮派白銀の言葉を聞いて冷静になる議長白銀。彼の言う通り、自分の本心を誤魔化して、責任感だけで本当に好きであろう女子以外を選ぶのはダメだ。
だってそんなのは、とても真実の愛とは言えないのだから。
「それにだ。ラブホテルでの事を言うのであればだが、確かに立花はエロかった。本当に超エロかった。一線を超えかけたのも頷ける。しかしだ。それは本当に立花の事が好きだからなのか?俺には、目の前にエロい人がいたから、男としてつい一線を超えかけたとしか思えん」
「おいこら」
議長白銀、すかさず突っ込む。でも一理あるとも思った。
「石上から借りた漫画の言葉を借りるのではあれば『股間で恋をするんじゃない』だ。自分好みのエッチな女性がいたから好きになって付き合いましたなんて、そんなのはサルと変わらない。俺たちは人間だ。だからこそ、そういう事以外のところを見るんだろう。例えば、笑顔が可愛いとか、動ける時に動けるとか」
「……」
「だからこそ、そういうハプニングを抜きにして考えた時、俺たちが選ぶべきは四宮かぐやなんだ。思い出せ。俺たちがどうして彼女を好きになったのかを」
その言葉を聞いた議長白銀は思い出す。それは、入学して暫く経った時の血溜沼でのこと。
(あの時の四宮は、本当に綺麗だった…だからこそ、俺は頑張ったんだ)
あの時のかぐやに一目惚れをしたからこそ、白銀は生徒会長になれた。ひとえに、彼女に相応しい男になる為に。
(そうだよな。会長からも『原点を思い出せ』って言われたし。立花には申し訳ないが、やはり俺は、最初に好きになった四宮を…)
「じゃあ俺たちが生徒会長になるまでの間、何時も傍で支えてくれたのは誰だ?」
ここで立花派白銀が反論を開始。
「秀知院に入学して、何時も俺たちの傍にいてくれたのは誰だ?立花だろう?それに成績を上げる為に勉強を教えてくれたり、生徒会選挙で応援演説をしてくれたり、更には圭ちゃんと仲も良くしてくれた。そんな立花の助けがあったからこそ、俺たちは生徒会長になれたんじゃないか。彼女がいなければ、絶対に生徒会長になんてなれていないぞ」
「それは…」
立花派白銀の言う通りだ。生徒会長を目指したばかりの白銀は、かなり成績が悪かった。しかし京佳から勉強を教わり成績をあげ、更には生徒会長選挙の時は応援演説をやってもらい、そして白銀が演説をする前には、喝を入れてくれた。
それだけでは無く、クリスマスにはケーキを焼いてもくれた。貧乏な白銀家にとって、あれはまさしく天よりの宝札といってもいい。何より妹の圭が喜んでいたのがよかった。
「何時も傍で俺たちを支えてくれた立花なら、例え結婚しても良妻賢母になってくれるだろう。だからこそ、俺たちが選ぶのは立花に」
「ふざけんな!四宮だって絶対に良妻賢母になってくれるぞ!」
「そうだ!まるで四宮が良妻賢母になれないみたいな言い方はよせ!!」
異議を唱える四宮派白銀たち。でも実際、かぐやが良妻賢母になれるかといえばやや疑問が残る気がしないでもない。
「そうは言っていない!ただ、立花の方が似合うと言っているだけだ!あんまりこういう言い方はしなくないが、包容力は絶対に立花の方が上だろう!!」
「いーや!四宮の方が似合うね!お前俺のくせにそんな事もわからないのか!?節穴め!!」
「何だと俺!?」
「お、おい待て!静粛に!静粛に!!」
どんどん議論が白熱していく各派閥の白銀たち。議長白銀がギャベルを持って机を叩くが、皆それを無視して議論をする。いや、これはもう議論ではなく、ただの口喧嘩だ。
「少し、いいかな?」
『え?』
そんな中、1人の白銀が手を上げる。
「……誰?」
「こっちじゃないな?」
「こっちでもないぞ?」
議長白銀を始め、各派閥の白銀たちも、胸にバッチも着けていない自分自信に困惑。
「いや何。俺は第3の選択肢を持った唯一の俺だよ」
「第3の選択肢?」
他の比べると、覇気のない白銀はそう言う。
「第3の選択肢とは、何だ?」
議長白銀は、第3の選択肢を持っている白銀に質問をした。
「それはだな、いっそ2人共選ばずに、勉学だけに集中したらいいんじゃないかというものだ」
「……え?」
そしてその返答に、言葉を詰まらせる。
「俺たちは来年、スタンフォード大学へ行く。それは色んな事を勉強したいからだ。そして、とある夢を兼ねる為にだ。正直な所、そういう理由があって態々海外の大学へ行くというのに、恋愛に現を抜かしてもいいのだろうか?こんなにどっちを選ぶべきか悩んでいるくらいなら、いっそ2人とも選ばずに今後は夢に向かって勉強だけをした方がいいんじゃないのか?」
第3の選択肢白銀こと、勉強白銀。彼の言う選択肢は、逃げだった。どっちかを選べず、どっちかを傷つけるくらいなら、どっちも選ばずに勉強にだけ集中すればいいという名の逃げだった。
「そもそも、スタンフォードという世界屈指の大学に行くんだぞ?当然、勉強や授業も今までの比じゃないだろう。それに、仮にどっちかと付き合う事になれたとしても、遠距離恋愛になってしまう。遠距離恋愛は破局しやすいという話もあるし、ならば誰も選ばずに勉強だけをするようにすれば『出来る訳ねぇだろう!!』…」
だがそんな選択肢、白銀が選ぶわけなかった。
「そんなダセェ事出来る訳ねぇだろうが!!」
「そうだ!逃げるなんて真似、例え死んでも絶対に選ばん!!」
「俺の言う通りだ!それを選ぶなんて事だけは絶対に無い!!」
全ての白銀が声を揃えてそう言う。確かに、かぐやと京佳のどっちかと恋人になれても、結局は遠距離恋愛にはなってしまうだろう。確かに、中々会えない遠距離恋愛は破局しやすい。
だがそれがどうした。白銀は、自分ならそうなる前に色々するし、そもそも遠距離恋愛になっても破局しないという自信がある。
「……まぁ、そうだよな。なら俺はこれ以上何も言わん」
そう言うと、勉強白銀はそれ以降口を開く事は無かった。
「今度は俺もいいかな?」
今度はまた別の白銀が手を上げる。議長白銀が声がした方を見るとそこには、
「……何だその恰好?」
顔にはサングラス。上半身に白いラッシュガードを羽織り、下には水色のサーフパンツを履いている白銀がいた。まるでどこかのナイトプールにいそうなウェイ系な恰好だ。
「俺は欲望だからこういう恰好らしい」
「そ、そうか…」
彼の名は欲望白銀。その名の通り、欲望だらけの考えを持っている。にしたってこの恰好は安直すぎる。見た目の発想が下北のツチノコレベルだ。
「俺の考えは、どうせなら2人纏めて付き合ってしまえというものだ」
「ぶふぅ!?」
そしてその名の通り、とんでもない考えを言い出す。
「どっちかとしか付き合えない?そんなの誰が決めた?2人とも大事と思っているのなら、2人同時に付き合ってしまえばいいんだ。そうすれば、誰も不幸にならずにすむだろう?」
どう聞いても最低な考えである。
「いや、まぁ…」
「できれば、そうした方がいいんだろうけど…」
「おいお前ら冷静になれ」
だというのに、周りは何か感化されだしてた。議長白銀は周りを落ち着かせる。
「いいじゃないか!!例え世間の目が冷たくなっても、当人たちがよければ問題ないだろう!!それにな、もし2人同時に付き合えたとしたら、それぞれ異なる大きさの胸をじっくりねっとりと楽しめ「お前今すぐ黙れやぁぁぁ!?」」
ゲスい発言までし始めた欲望白銀を、議長白銀は黙らせた。そして直ぐに欲望白銀を、仮面をした警備員を使って会議場から摘まみ出す。
「何故だぁぁぁ!?いいじゃないか!?いっそハーレムでいいじゃないかぁぁぁ!?」
「正直少し考えたけど倫理的にダメに決まってんだろ!?それが許せるのはゲームや漫画の中だけだ!!」
「縁結びの神様なら許可出してくれるだろうから大丈夫だって!!100股までなら許可だしてくれるって!!」
「いねーよそんな縁結びの神様!!」
仮面を付けた警備員に引きずらながら、欲望白銀は最後まで欲望全開の発言をするのだった。
「くっそ!これでは埒が明かん!一体俺はどうすればいいんだ!?」
議長白銀が頭を抱える。先程からずっとあーだこーだ言っているが、一向に解決策が出てこない。
折角脳内にこんな会議場まで用意し、自分の分身のような存在まで出しているというのに。だというのに、誰も決定打となる事を言わない。
「だから!最初に好きになった四宮に決まっているだろう!!」
「違う!いつも傍で支えてくれた立花だ!!他にいないだろ!!」
相変わらず議論がなされるだけで、一向に答えが出ない。
(もう本当に、四宮と立花、両方を纏めて…)
先程欲望白銀が言っていた事が頭に残り、もう本当にハーレムでも目指そうかとさえ思ってしまう。勿論それはダメなのだが、もうそれしか解決策が無いんじゃないかとさと思い始める。
と、そんな時だった。
「あたぁ!?」
誰かに頭を叩かれたのは。
「おにぃ。さっきから何度も読んでいるのに何で気が付かない訳?ていうか部屋の隅で体育座りして何してんの?キモイんですけど」
「け、圭ちゃん…」
白銀が意識を頭の中から部屋に向けると、そこには買い物から帰ってきた妹の圭がいた。
「でさぁ、1人で何してた訳?」
自室からリビングへ移動し、圭は兄を問いただす。
「……別に」
「いや嘘じゃん」
妹には悩んでいる事を知られたくない白銀。なので誤魔化す事にした。だがそれは無意味となる。
「まぁ大体想像できるけどね。大方、前に言ってた事で悩んでいるんでしょ?」
「え?前に言っていた?」
「少し前に言ってじゃん。今良い感じの子がいるけど、もう1人別に気になっている子がいるって。多分そのことで悩んでるんでしょ?」
「あ」
圭に言われて思い出す白銀。そういえば前に、そんな事を父親にも言っていたなと。
(うかつだった。いや、あの時は立花への想いを自覚していなかったからしょうがないけどさ)
口は禍の元とはこの事だろう。今後は、あまりうかつな事は言わない方がいいと白銀は学んだ。そう簡単に出来るとは思えないが。
「おにぃ。前も言ったけどさ、同時に2人の人を好きになっているなんて最低だよ?」
「それはわかってる…いやマジで…」
「でもさ、どっちかを選ばない方がもっと最低だよ?」
「……」
言われなくてもわかっていると言いそうになる白銀。しかしここで感情に任せて口を開けば、圭に酷い事を言いそうな気がしたので口を閉じた。
「もうさ、この際2人同時に好きになっているっていうのはいいよ。でもさ、だったらちゃんと選んであげないと、その2人に失礼だよ?」
「……」
その通りだろう。先程の脳内会議でも、勉強に集中して2人共選ばないという選択肢を言っている自分がいたが、白銀はそれだけは選びたくない。だって圭の言う通り、それは最低な選択肢なのだから。
「でもさ、俺本当に悩んでいるんだ…」
「……」
「圭ちゃんの言う通り、どっちかを選ばないといけないのはわかってるんだよ。でも、本当にどっちを選べばいいかが、わからなくなってるんだ…」
白銀はまるで罪を懺悔する囚人のようにポツポツと話す。
「最初は、この人しかいないって思ってたのに、いつの間にか別の子が俺の中でどんどん大きくなってきて、気がついたら2人共同じくらい好きになってるしで…マジで最低なのはわかってるんだけど、もう自分でもよくわかんねぇんだよ…」
白銀は今、好きという感情がごっちゃになり、脳が迷子に近い状態になっていた。それ故、目的地がわからなくなり、どうすればいいかがわからない。
「重い」
「え?」
「重い。なんかこう重い。キモイ」
「酷い…」
「いやおにぃが真剣に考えているのはわかるよ?でもさ、なんかおにぃの場合はまるで選んだ相手の人生すら全部自分でなんとかしてあげないとってニュアンスに聞こえてくるんだよねぇ。それこそまるでプロポーズみたいな」
「……」
割と図星である。
「別にさ、その人と付き合ったら必ず結婚する訳じゃないんだから、もう少し気楽に考えてもいいんじゃない?」
「それで、いいのか?」
「いいよ。というか、おにぃは色々考え過ぎな気がする。もっと簡単に考えればいいじゃん」
それが出来たら苦労しない。思わず反論しそうになったが、白銀は耐えた。
「兎に角さ、もっと肩の力を抜いて考えなって。力が入りっぱなしだと、出来る事も出来なくなるし」
これはその通りだ。人間、普段から力が入りっぱなしだと絶対にどこかで躓く。そして今の白銀は、圭の言う通り考えすぎだろう。これでは、正常な判断を下せるかわからない。
「わかったよ。少しだけ楽になった。ありがとう圭ちゃん」
「別にいいし」
問題の先送りになってしまうが、ここでこれ以上考えても仕方が無い。堂々巡りにしかならないだろうし。なので白銀は、今日はこれ以上考える事をやめる事にした。
(文化祭まであまり時間がないけど、まだ時間そのものはある。なら、もっと悩んで悩んで答えを出そう。肩に力が入りすぎないように。そして、しっかりと自分の本当の気持ちを見つけるようにしよう)
白銀はそう考えると夕飯の支度を始めるのだった。
(にしても、まさかここまで悩んでいるなんて…)
そんな兄を、圭は後ろからテレビを見る振りをしながら見ていた。前に悩んでいるといってはいたが、まさかこれ程悩んでいたとは想像できなかった。
(にしても、一体誰なんだろ?京佳さん以外におにぃが好きになっているのって?)
更に圭は、未だに兄御行が最初に好きになっているのが京佳だと勘違いをしていた。実際は、かぐやが先で京佳が2番目なのだが。
(そういえば、もうすぐ中等部の方で文化祭がある…)
ここでふと圭は思い出す。秀知院学園高等部の文化祭の前に、中等部で文化祭がある事を。
(本当は、私が何かをするのは違う気がするけど、少しだけならいいかな?)
そして圭は、とある事を思いつくのだった。
多分この作品で、どっちのエンディングに行けるかのカギを握っているのは圭ちゃんと早坂。
次回はお話、進めれたらいいなって思う。
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生徒会と腕相撲
今年の頭には、5月23日のキスの日にどっちかのルート完結させようと思っていたけど、絶対に無理だねこれ。本当に私は計画通りに進ませる事が下手だ。
感想やお気に入り登録や誤字報告、いつもありがとうございます。
「かぐやさん、何か良い事でもありましたか?」
「あら?どうして藤原さん?」
「いえ、何かそんな雰囲気があったもので」
週明けの登校日。生徒会室で藤原はかぐやに話かけていた。理由は今言った通り、かぐやがどこか幸せな雰囲気を纏っているからだ。
「ええ、少しだけ嬉しい事がありましてね」
かぐやがこうなっているのは、土曜日の北高の文化祭が原因だ。邪魔者が1人いたが、あれは白銀と楽しくすごせたデートに違いない。
かぐやは途中で気を失っていたが、その間に白銀に膝枕をされてもいた。膝枕は、かなり親密でなれば出来ない行為である。つまりこれは、白銀は京佳より自分の事の方が好きであるという証拠に相違ない。
(これでもう、会長は私に告白してくるのは間違いないわ。後は文化祭まで余裕を持って過ごすだけ)
そういった出来事があったから、既に勝ちを確信するかぐや。おかがで、こうしてどこか幸せな、ポワポワした雰囲気をしているのだ。
余談だが、このポワポワに当てられた新聞部の2人は『かぐや様の幸せ成分ーーー!?』と寄声を発しながら倒れた。気持ち悪い。
「一体何が?」
「内緒です」
「えー!気になりますーー!?」
藤原は質問するが、かぐやはそれに答えるつもりは無い。だって言ったら、この幸せな空気が藤原のせいで汚れそうだから。
「あの、立花先輩。どうかしましたか?」
「ん?どうしてだ伊井野?」
「いえ、なんか何時もと雰囲気が違う様子でしたので…」
一方京佳。彼女もまた、かぐやのような幸せな雰囲気を出していた。勿論その理由は、かぐやと同じ、北高での文化祭である。
その文化祭で、京佳は白銀と共に占いをやった。そこで2人は、最高に相性が良いといわれている。しかもあの占い屋、ただ適当な事を言っているのではなく、2人の事を適格に言い当てた。もしかすると、本物かもしれないそんな占い屋から相性が良いと言われ、京佳はかなり上機嫌だったのだ。
占いの後に、白銀と触れ合う事も出来たし。
(勿論、全てを鵜呑みにする訳じゃないが、あれは精神的にはかなり後押しされた。この気持ちのまま、白銀に告白するよう頑張ろう)
そして京佳は、その占いの結果を自分の糧にして、もう間もなくに迫った秀知院での文化祭に向けて奮起する。全ては、白銀と結ばれる未来の為に。
「実は占いの結果がかなり良くてね。それで少しだけ浮足立っているんだ」
「あ、わかります。私も占いの結果が良いと嬉しい気分になりますし」
そして当然だが、伊井野には誤魔化しながらそう答えた。
そうやって話していると、生徒会室の扉が開いた。
「あーもうマジキツイ!腕動かねぇ!!」
石上は両手に大量の荷物を抱え、叫びながら生徒会室へ入ってくる。今彼が持っているのは、生徒会で使用する備品だ。コーヒーに紅茶。割りばしに紙コップ。そしてコピー用紙にふせんに2穴パンチにギロチンカッター。
それらを折り畳み式の机の上に乗せて運んでいるのだが、重い。普通に重い。これらを石上は1階からここまで1人で運んできたのだ。そりゃ叫びたくもなる。
「石上くんだらしないですねぇ。男の子なんだからそれくらいしっかりと運んでくださいよ」
「はい出た『男だからできるでしょ』ってやつ。藤原先輩、それ普通に差別ですからね?逆の言い方をするのなら『女だから料理くらいできるでしょ?』って言っているようなもんですよ?」
「また面倒くさい事を…」
因みにこういった発言はあまりしない方がいい。大抵は争いの火種になるから。
「ちょっと貸して下さいそれ」
藤原はそう言うと、石上が持っていた荷物を軽く持ち上げる。
「ほら。そんなに重くないじゃないですかこれ」
「えぇ……」
石上は唖然とする。マジで重かったのに、藤原はそれを軽く持ち上げたからだ。
「藤原先輩はてっきりボードゲームより重いものは持った事が無い人だと思ってたのに…」
「これでも多少は鍛えてるんですよ。最後に運命を決めるのは体力と筋肉ですからね。石上くんももう少し鍛えた方がいいですよ?じゃないともし核戦争があっても、その後の世界で生き残れませんし」
「もしそうなったら戦争中に死んでる側なので大丈夫です。僕はマッ〇スにもケンシ〇ウにもなれませんって」
個人的な感想だが、藤原は怒りのデ〇ロードのフェリ〇サよりは、サンダー〇ームのアウ〇ティになりそうではある。
「そうは言っても、僕これでも男ですから、藤原先輩よりは筋肉ありますよ?腕相撲とかやったら藤原先輩には普通に勝てるでしょうし」
「……へー」
その言葉に藤原はカチンときた。
「ねぇミコちゃん。腕相撲しません?」
「え?いいですけど…」
「じゃあいきますねー」
そして突然伊井野と腕相撲を始め、
「ふんっ!!」
「あいたーーーっ!?」
思いっきりねじ伏せた。その際、結構大きな音がした。
「石上くん。ひょっとして私の事を、インテリ系清純ガールと思ってませんか?」
「いや微塵も思ってませんけど」
ナイナイと石上は手を横に振りながら言う。その間、伊井野は腕をさすっていた。
(インテリ?)
(清純?)
かぐやと京佳の2人も同じように疑問に思った。だってどっちも当てはまらないし。
「体は全ての基本です。私、しっかりとその辺のケアはしてるんです。虫歯は無いし、週末は代々木公園で愛犬のペスとランニング。そして寝る30分前には筋トレを欠かさずやってる。つまり私は、低糖質系ロカボガールなんですよ!石上くんみたいな引きこもりニートボーイとは訳が違うんですから!!」
「引きこもりって…いや確かにそういう時期ありましたけど…」
石上は1年生の時の事を思い出して少しヘコんだ。
「藤原、低糖質って言ってるが、私の記憶が間違っていなければ、この前ケーキバイキングに行って無かったか?スマホに写真送ってきたよな?」
「あれはチートデイだからいいんです!」
(これ多分、週に何回もチートデイがあるやつだな…)
京佳は何となく察した。藤原はこうは言ってるが、多分アスリートのように本気の本気で取り組んではいないと。
「まぁ、確かに体は大事にしないといけないな。私も寝る前に軽い筋トレしてるし」
「ですね。私も普段からそういうのには気を使ってますし」
京佳とかぐやは藤原に賛同する。2人共、藤原と同じように体を大事にはしているからだ。
「私も少しは運動しようかな?」
そして勉強ばかりの伊井野は、少しだけ自分を顧みた。
「言ってくれるじゃないですか。僕、これでも中学時代は運動部にいたんですよ?百歩譲って現役運動部の女子とかならまだしも、TG部の藤原先輩に負ける程ヤワじゃありません」
「へぇ~。そうですかそうですか」
石上は反論するが、藤原は気にしない。むしろ煽るように言い返す。
「だったら証明しなさい!今から、生徒会腕相撲大会の開始です!!」
「やったろうじゃねぇかぁぁ!!」
石上はそれに乗っかった。こうして急遽、生徒会で腕相撲大会が始まったのだった。
「いや、私たちはやるなんて一言も…」
「2人共、仕事してください…」
「いいですから!直ぐ終わりますから!!」
この忙しい時期に突然始まる藤原の奇行。正直付き合いたくないのだが、ここで付き合わないと後が超面倒くさいので、京佳とかぐやも嫌々参加する事になった。
「会長が来たらトーナメント作りましょう」
「そういえば白銀がまだ来てないな」
「ですね。今日は掃除当番でも日直でも無い筈ですが」
いざ腕相撲大会を始めようとしたが、白銀が未だ現れないので始められない。こういうのは、全員いないとダメなのかだら。
「すまん皆。少し遅れた」
「あ、会長良いところ…に…」
藤原が生徒会室の扉の方を見ると、そこには白銀がいた。
右手に包帯を巻いて。
「会長!?」
「どうした白銀!?」
それを見たかぐやと京佳がすかさず反応。直ぐに白銀に近づき心配する。流石恋する乙女たち。動きが速い。
「落ち着け2人共。大した怪我じゃない。さっき少し転んだだけだ」
白銀の説明によると、放課後のHRが終わった後、生徒会室に行こうとしたら階段で躓いたらしい。そしてその時、右手を思いっきり階段にぶつけたのだ。
幸運な事に、偶然保健の先生がそこを通りかかり、白銀は先生に言われるがままに保健室へ。そこでこうやって治療を受けたらしい。
「保険の先生曰く、軽い捻挫らしい。湿布はって安静にしてたら、明日には治るとさ」
「そうでしたか。良かったです」
「白銀。助けが必要だったら言ってくれ」
白銀の説明を聞いて安心し、ほっと胸を撫で降ろす2人。
「んー。でもそれじゃ会長は参加できませんね」
「参加?何にだ?」
「腕相撲大会です」
「いやどうして?」
そんな場面に水を差すのが藤原だ。そして藤原は白銀に説明をする。
「何してんだよお前は」
「元はと言えば石上くんが原因です」
「いやあんたでしょ。マジで1回ぶっ飛ばしますよ」
「キャーコワーイ」
ナチュラルに他人のせいにする藤原。石上はキレそうになった。
「別に遊ぶのはいいが、あんまりハメを外すなよ」
「はーい」
会長のお墨付きを貰い、かぐや、京佳、藤原、石上による腕相撲大会が開催される事となった。尚、伊井野は初めから参加するつもりはなかったので、レフェリーをする事になった。
「勝敗は1位と最下位を決めるダイヤモンド形式にしましょう」
「別に1番だけを決めればいいのでは?」
「ダメです。白黒はっきりつけます。弱者が弱者である事を自覚しないこの社会を1度リセットしないと」
「いや怖いよ。お前は一体どんな物騒な世界の住民なんだ」
藤原だけ価値観が別の世界だ。彼女ならば、例え世界が荒廃しても何とかなるかもしれない。
かくして始まる腕相撲大会。抽選の結果、第1試合は石上とかぐや。第2試合に藤原と京佳が戦う事になった。
第1試合 四宮かぐやVS石上優
「あの、よろしいでしょうか?」
試合開始前、かぐやが口を開く。
「実は私、本当は左利きなんです」
「え?そうなんですか?でも四宮先輩、普段右手でペンとか使ってますよね?」
「あれはそう躾けられたんですよ。でも力は左の方が強いんです」
どうやらかぐやは左利きらしい。腕相撲は基本右腕で戦う事が多い。これではかぐやは不利だ。
「いいですよ?僕も左手でやっても」
「あれ?いいの石上くん?」
「ええ、僕も男ですし?丁度いいハンデですよ」
「そう?ありがとう石上くん」
石上の提案により、かぐやと石上は左腕で戦う事となった。この時石上は、普段怖がっているかぐやに勝てるかもしれないと思い、浮かれていた。かぐやも女子だ。純粋な力では自分が勝てるだろうという考えである。
そして机の上で手を組み、腕相撲の用意をする。
「それでは、レディ……ゴーー!!」
「ふんっ!!」
伊井野のスタートの合図と共に、石上は思いっきり腕に力を込める。
(…………え?岩?)
だがかぐやの腕はビクともしない。全く動かない。ミリ単位で動かない。
(え?なにこれ?押しても引いてもビクともしない。腕に鉄骨でも仕組んでる?あれ?四宮先輩の目怖い…怖い!?)
弓道部に所属しているかぐや。そんなかぐやが普段使っている弓の弦をひく強さはおよそ15キロ。それに加えて、かぐやは長年の押し手でブレない筋肉を取得している。
つまり平均的な筋肉しかない石上では、絶対に勝てないのだ。
「よいしょ」
「四宮先輩の勝ち!」
可愛らしい掛け声と共に、かぐやは石上を撃破した。伊井野が高らかにかぐやの左腕を掲げる。勝利BGMとか流れそうだ。
「ぷははは!石上くんの負け~!はいこれつけましょうね~最弱くん~~?」
「……うす」
藤原は笑い、煽りながら『最弱』と書かれたタスキを石上に付ける。石上も正々堂々とやって負けたので何も言えず、大人しくそれを付ける。
第2試合 藤原千花VS立花京佳
「ふふ、京佳さん。フェアプレイでいきましょう」
「ああ。よろしく頼む」
余裕そうな顔をしながら手を掴む藤原。それに負けじと、京佳も気合を入れて挑む。
「それでは、レディ……ゴーー!!」
伊井野と合図と共に始まる第2試合。
(くっ!さっき石上を煽っていただけはあるな!?かなり強いぞ!?)
京佳は藤原よりずっと背が高い。それに合わせるように、全体的な筋肉量だって藤原よりは多い筈なのだ。しかし実際は、かなり苦戦を強いられている。
(どうせなら勝ちたいが、これはどうなるかわからない!?)
このままでは負けてしまうかもしれないと思った時、
「あのすみません伊井野さん。あれっていいんですか?」
かぐやがレフェリー役の伊井野に話かけた。
「はい?何がですか?」
「藤原さんの手の位置です」
「え?」
その瞬間、あきらかに藤原は肩をビクっとさせ動揺した。
「立花さんに比べて、藤原さんが握っている位置は指先に偏っています。これではテコの原理で力が伝わりやすく、圧倒的に藤原さんが有利です。さっき始まる前に、手をにぎにぎしてさりげなく持ち手を移動してましたし」
「……」
伊井野は黙って、そして『マジかよ…』と言いそうな顔で藤原を見る。
「な、何の事ですかかぐやさん?そんな訳ないじゃないですかー?」
「石上くん。撮れてる?」
「はい、言われた通りに」
「え?」
藤原が弁明をしようとしたが、石上が見せたスマホを見て固まる。
『ふふ、京佳さん。フェアプレイでいきましょう』
『ああ。よろしく頼む』
そこには腕相撲が開始された瞬間が流れていた。そして手の部分を見てみると、あきらかに手の位置をズラしている。
「……」
「藤原…」
京佳、ひく。同時に周りいた伊井野と白銀も『嘘だろこいつ?』という顔をしてひいてた。
「ほーらやると思った!!絶対にやると思った!!そこまでして勝ちたいんですか!?普通にセコイ!息をするようにズルをする!恥ずかしくないんですか!?僕だったらもう生きていけませんよ!!」
ここぞと言わんばかり笑顔の石上が反撃を開始。
「……」
「あ、立花先輩の勝利です」
「勝った気しないんだが」
藤原、自ら腕を机につけて負ける。流石に耐え切れなかったようだ。
「はい藤原先輩。これどうぞ?あ、スマホに動画送っておきますね?それを見て自分を見つめ直してください?」
先程まで煽り散らしてた藤原だが、無言で石上からタスキを受け取り、顔をまっかにしてスマホを起動して動画を見直す。
「ところで石上、どうして動画を?」
「はい会長。開始前に四宮先輩が念の為動画撮ってた方がいいって言ってまして」
「成程。流石藤原と付き合いが長いだけあるな」
どうやら先ほどのはかぐやの案らしい。おかげで不正の証拠を押さえる事ができた。生徒会メンバーで、最も付き合いの長いかぐやだからこそ出来た事である。
何やかんやあったが、これで決勝戦の相手が決まった。
決勝戦 四宮かぐやVS立花京佳
白銀が好き同士という、ある意味因縁の対決カードである。
「それじゃ、始めようか四宮?」
「はい。お願いしますね立花さん?」
お互い笑顔で手を組む。
(どっちが勝つのかな?)
白銀は興味津々に2人の対決を見る。
(なんか圧を感じる…)
レフェリー役の伊井野は、2人から圧を感じた。
(なんか2人の間で火花散らしてない?気のせい?)
石上は2人の間に火花が散っているのが見えた気がして恐怖した。
「……」
そして藤原は涙目で黙って見ていた。
「レディ……ゴーー!!」
伊井野の合図により、遂に決勝戦が始まった。
「「ふん!!」」
瞬間、生徒会室の中で突風が発生したような錯覚を全員が起こした。
「こ、これは…!?」
「凄いです!両者一歩も譲らない!!」
「お互いのプライドとプライドがぶつかってるんだ…!」
「なんて気迫っ…!まるで本物の戦いを見ているかのようです!!」
全員、その勝負を固唾を飲んで見ている。それほどまでに拮抗しているのだ。まさかただの遊びの延長で、これ程の戦いを見れるとは思っていなかった。
「これは、どっちが勝つんだ!?」
「全く目が離せませんね。普通にこれ見応えありますよ!!」
「やはり勝つのは、立花先輩でしょうか?純粋に体格差とかもありましす」
「いえミコちゃん。かぐやさんは合気道を習っています。合気道は上手く力を使う事で自分よりずっと大きな人も投げ飛ばす事が可能!一概に京佳さんが有利とは言えません!!」
「つまここれは、力と技の戦い!?」
まるで実況や解説のような事を言う4人。外野がそうやって盛り上がって中、当の2人はというと、
((絶対に負けるかぁぁぁ!!))
ガチのガチで勝負をしていた。
何時なら藤原が大げさに言って、当の本人たちは特に大したことの無い勝負をしていたりするのだが、今回に限ってはガチだった。
どうせならこの目の前の恋敵に勝ちたい。勝って勝利を白銀に捧げたい。その思いがあるからこそ、勝ちたいのだ。
(これで会長が振り向いてくれ訳ではありませんが、どうせなら勝ちたいーーー!!)
(別に勝ったらどうにかなる訳じゃないけど、どうせならここは勝ちたいーーー!!)
かぐやは筋肉をうまく使って、京佳は純粋な力で勝負を続ける。だがやはり、それではどうしても差が出てきてしまう。
「あ!立花先輩が傾いていきます!?」
時間が経つにつれて、どんどん京佳が不利になっていく。やはり、四宮家で色々と教わってきたかぐやに有利だ。
(こ、このままじゃ…!)
折角ここまできたのに、これでは負けてしまう。なんとか踏ん張りたいが、最早根性以外頼れるものが京佳には無い。
(やはり私は、四宮には勝てないのか…?)
不利になるに連れて、京佳はどんどん弱気になっていく。
(いやまだだ…)
だが京佳は、ここで諦めるような子では無い。
(まだだ!!)
(ん……?)
京佳は力を振り絞り、再び状況をイーブンに戻す。
「凄いです!立花先輩が押し返しました!?」
「だな!?これ凄いぞ!?」
「いやこれマジで見応えありますって!?凄い試合なんですけど!?」
「どっちもがんばれーーー!!」
周りも驚く。あれだけ不利だったのを押し返したのだから当然の反応だろう。
(へぇ、まだこんな力が残ってたのね?)
かぐやはそれを静かに見ていた。まさかあの状況で押し返してくるとは、かぐやも思っていなかったからだ。このままでは、かぐやは負けてしまうだろう。
(それじゃ、偶には本気でやりますか)
そう、このままでは。
「な!?」
京佳は、かぐやの力が一気に増したのを感じた。先ほどの比では無い。まるで違う。
(まさか、今までは本気でも何でも無かったというのか!?)
まるで少年漫画で、やっと敵と互角になれたと思ったら、実は相手は全体の3割も力を出していなかった状況に絶望する主人公みたいな心境になる京佳。
(ま、まだまだーー!!)
だが諦めない。まだ勝負は着いていないのだから。最後の最後まで諦めないのが、京佳の強さなのだから。
しかし、
「四宮先輩の勝利です!!」
「ふふ、ありがとうございます」
現実は非情だった。突然何かの力に目覚める訳でも、仮面を被った謎の人物が助けてくれる訳も無く、京佳はかぐやに敗北した。
(会長。この勝利を貴方に捧げます。よし、あとは会長にこの通りに言うだけ!)
かぐやは頭の中でシュミレーションし、白銀にこの勝利を捧げようとした。こうすれば、白銀だってまんざらでは無いだろう。例え遊びとは言え、勝利を捧げられるのは気分が良いものだから。
「じゃあ、第1回マッスルクイーンは四宮先輩ということで」
「……え?」
だが言おうとした時、聞き捨てならない事を聞いた。
「これからはかぐやさんの事はこう呼ぶべきですね。筋肉姫と」
「筋肉姫!?」
伊井野と藤原がとんでもない不名誉な事を言い出す。
「ちょ、ちょっと待って…それやめて…本当にやめて…」
顔を青くし、慌てるかぐや。そんなあだ名は嫌だ。誰だって嫌だ。
「最後の振り絞り、見事だったぞ四宮。いや、マッスルクイーン」
「そうだな。私も戦えた事を誇りに思うよ四宮。いや、筋肉姫」
「やめてぇぇぇぇぇ!?本当にやめてぇぇぇぇぇ!?」
その後、本気でかぐやが嫌がったので、全員その名でかぐやを呼ぶのをやめた。
「しゃあああおらぁぁぁぁぁ!?」
「うわーーーーん!?」
因みにその後行った最弱決定戦では、藤原が石上に普通に負けた。石上はそれに喜んだ。
因みに毎日寝る前に腹筋を30回やるだけでも違います。最近お腹が気になっている人はやってみて下さい。
ところで『秀知院 怒涛の3日間』を望む声が結構あったんですが、これ書くとまた確実に本筋止まる。絶対に3話とかじゃおさまらないし。 書いた方がいい?
次回も日常回かも。でも必ず本筋もちゃんと進めます。
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龍珠桃と代役
そんな訳で日常回。今回は龍珠さんがメインです。
「絶対に嫌だ!!」
「お願い龍珠さん!他に代役できそうな子がいないの!!」
「これもクラスの為だと思って!!」
「死んでもごめんだ!!」
2年C組の教室では、龍珠桃がクラスメイトたちに言い寄られていた。その中には京佳もいる。
「私からも頼む龍珠」
「断る!!」
「そこまで嫌か?」
「当たり前だろうが!!」
ここまで龍珠が嫌がる理由。それは、C組が文化祭でやる演劇にあった。
「お姫様役なんて、私は絶対にやらねぇからな!?」
もっと詳しく言えば、演劇でやる役にあった。
京佳のクラスは、文化祭で『シン・デレラ』という演劇をやる予定だ。そして京佳は、その演劇の王子様役に選ばれている。これは京佳のクラスの女子たちの凄まじい推薦があったからだ。京佳自信、断る理由も無かったのでこれを受けた。
しかしその結果、とある戦争が起こった。そう、お姫様は誰になるかというものだ。
知っての通り、京佳は同性にモテる。そんな京佳が王子様役になるというのであれば、当然女子はお姫様役になりたがる。演劇でとはいえ、京佳と結ばれる役なのだ。狙わない訳が無い。
最初こそ『女子が王子役ならお姫様役は男子でいいんじゃないか?』という意見が男子から上がったが、女子たちの鋭い視線が一斉に男子全員に向き却下された。
そして女たちの、血で血を洗うジャンケン戦争の結果、とある女子がお姫様役に選ばれた。この時の彼女は、それはそれは幸せな顔をしていた。
だが、それは長く続かなかった。その女子が、部活動中に足を怪我してしまったのだ。怪我自体は大した事無かったのでが、これでは演劇なんてとても無理。本人は這ってでもやろうとしていたが、京佳を含めたクラスの女子たちの説得により断念。この時の彼女は泣いた。それはもう、泣いた。
そしてここからが問題。お姫様役の代役が出来そうな子がいなかったのだ。既に全員それぞれ役や仕事がある。一応何人かは両立できそうな子もいたのだが、流石にそれは重労働が過ぎる。ただの文化祭でやる仕事量じゃない。
そこでクラスメイトが目を付けたのだが、龍珠だった。理由は単純で、クラスでの龍珠の仕事が『作業風景の記録係』だったから。
これはどういうものかというと、デジカメ持って写真を撮る。その後、パソコンにデートを移動させて、それをクラスの共有フォルダに保存する。ぶっちゃけいうと、誰でも簡単に出来る超楽な仕事だ。
故にクラスの皆は龍珠に頼んでいるのだが、当の本人が断固として拒否している為、全く埒が明かない。
「代役するなら別に人間にしろ!どうあっても、私はやらないからな!!」
龍珠はそう言うと、イラつきを隠そうともせずに教室から出て行った。
「あー…やっぱり強引に迫り過ぎたかな?」
「でも、他に出来そうな人いないし…」
出来れば誰もが自分たちがお姫様役をやりたいと思っているが、流石にそれをやれるだけの余力を持っている子はいない。
「しょうがない。兎に角全員のスケジュールと相談してからまた決めよう。最悪、男子にさせることになるかもしれないけど…」
こうなってはもう仕方が無い。C組の女子たちは、龍珠以外の女子で代役を探すと同時に、最悪男子を使う事を視野に入れて動き出す。
屋上
「くそがっ…」
龍珠は1人、屋上で愛用のビーズソファのヨゲボーに寝っ転がり、スキッチのゲームをしていた。その顔は、怒っている。ただでさえあまり参加してくない文化祭。そこに突然降りかかってきた、主役のお姫様役という大役。そういうのは台詞を覚えるのも面倒だし、何よりそんな風に目立ちたくない。
1年前と比べると、間違いなくクラスには馴染めている龍珠だが、やはり今でも自分を怖がる人は一定数いる。そんな自分がお姫様なんて、とてもじゃないが務まる訳が無い。
(こんなの嫌がらせだろうが。それにどう考えたって、私が…)
「やっぱりここにいたか」
「あ?」
ぶつくさ文句を言いながらゲームをしていると、屋上に京佳がやってきた。
「んだよ?」
「説得にきた」
「帰れ」
「秒で断らんでも…」
どうやら説得にきたようだが、そんなのされても龍珠はする事など無い。
「頼む龍珠。他に手が空いている人がいないんだ」
「絶対に嫌だ」
龍珠はそう言うと、京佳から顔を背けてゲームの続きをする。因みに今やっているのはゼ〇ダの伝説だ。
「どうしたらやってくれるんだ?」
「どうあってもやらねぇよ」
しかし現状、龍珠以外に代役が出来そうな子がいないのだ。このままでは、演劇そのものが台無しになる可能性だってある。
(それは困る。白銀と約束してるし…)
そして京佳は、クラスの為では無く自分の為に演劇を成功させたい。少し前に、白銀が演劇を観に来てくれると約束をした。
その約束を果たしたいから、クラスの演劇は成功させたい。その為には、目の前でゲームをしている龍珠の協力が必須なのだ。
(それにだ。正直、白銀以外の男子に触れられると思うと、気持ち悪い…)
そしてこれが最大の理由なのだが、もしこのまま代役が女子で決まらずに、手が空いている男子がお姫様役をする事となったら、京佳はその男子と必然的に触れ合う事となる。演劇内容には、手を取り合って踊るシーンもあるからだ。
はっきり言って、それが凄く嫌だ。別に貞操観念が古いとかじゃなくて、好きでも無い男子と触れ合うというが嫌だ。どうせなら白銀に触れられたいし。
そういった個人的な事情も含めて、京佳は代役を務めるなら龍珠が良いと思っているのだ。
(どうすればここでゲームで遊んでいる龍珠を説得できる…ん?ゲーム?)
と、ここで京佳、ある事を思いつく。
「なぁ龍珠。だったら、ゲームで私が勝ったらお姫様役を受けてくれないか?」
「は?」
そう言われた龍珠は、京佳の方へ振り返る。龍珠はかなりのゲーマーだ。この前も新作のゲームをやるからという理由で即帰宅していたし、夏休みもあまり外に出ずに家でゲームをしていた。
そこで京佳が考えたのが、そのゲームで勝負をするというものだ。生徒会でも似たような事が多々あるし、これなら龍珠も乗ってくるかもしれない。
「いやそんな事言ってもやらねーよ。帰れ」
だがやはりそう簡単にはいかず、龍珠はそれを断る。そして再びヨゲボーに寝っ転がってゲームを始める。因みにこの際、龍珠の短めのスカートが少し捲れ、白い水玉模様の布が見えていた。
このまま京佳が帰るだろうと思っていた時、
「何だ?まさか負けるのが怖いのか?臆病者なんだな龍珠は」
「……は?」
京佳があからさまな挑発をしてきた。
「いやすまない。そうだよな。負けるとわかっていて勝負をする事は無いさ。あえて勝負をしないのだって、立派な選択だ。本当にすまなかった。これからはもうそういう勝負を挑むのもやめておくよ。態々負ける勝負なんて誰もやる訳ないものな」
「あ?」
龍珠の額に青筋が浮かぶ。更に目には怒りが籠っていた。
「それじゃ、クラスの皆には私が説明しておくよ」
京佳が屋上から去ろうとしてその時、
「待てよ」
龍珠が京佳の腕をガッチリと掴んだ。
「その安い挑発に乗ってやる。今すぐ勝負しろコラ。ぶっ殺してやるよ」
(チョロイ)
京佳は内心ほくそ笑む。藤原程では無いが、龍珠は結構挑発に乗りやすい。それを知っていた京佳は、こうして挑発。そして目論見通り、龍珠は勝負を挑んできた後はこのゲームに勝てば、晴れて京佳とクラスメイトの願いは達成される。
こうして龍珠桃VS立花京佳の代役を賭けたゲーム対決が始まった。
「で、何をするんだ?流石にそっちが得意なゲームで対決というのはフェアプレイに欠けるが」
「そこは安心しろ。誰でも知ってて、簡単に出来るゲームを選んでやる」
屋上の地面にゲーム機のスキッチの本体を置き、それぞれが色違いのコントローラーを手に持つ。そして慣れた手つきで、龍珠はゲームを選ぶ。
「成程、オセロか」
「これなら特別なスキルも必要ないしいいだろ」
選んだのはオセロ。誰でも遊んだことのある有名なボードゲームだ。因みにオセロは日本発祥のゲームだったりするぞ。
「じゃ私は白な」
「いいよ」
こうしてゲーム対決が始まった。
数分後
「……あ」
「はい。私の勝ちな?」
結果は、京佳の敗北。結構惜しいところまで行ったのだが、最後は白が7割で黒が3割で終わった。
「強いな」
「オンライン対戦でも結構やっているからな」
流石ゲーマーの龍珠。あまりゲームをしない京佳では、そもそも勝負になる事さえ無かったのだ。
「も、もう1回別のゲームで…」
「はっ!上等だ!何度でも挑んで来い!」
勝負はまだまだ始まったばかり。京佳は、自分とクラスの為にも勝負を続けるのだった。
釣りゲーム
「よし。スズキが釣れた」
「イトウ釣ったぞ」
「うっそぉ?」
「これでまた私の勝ちだな」
京佳も結構な大物だったが、負けた。
落ち物パズルゲーム
「ああっ!?」
「はい私の勝ち」
「え?そんな一気にブロック消すとかある?」
「はっ!お前よりずっと長い間プレイしているからな!」
龍珠が10連続でブロックを消したので、京佳の画面は一気に消せないブロックだらけになり負けた。
双六
「また負けた…」
「お前弱すぎるだろ」
「というか龍珠が強すぎないか?」
「日ごろの行いのせいじゃないのか?」
龍珠は出目が良いのばかりを振り、あっという間にゴールした。
勝てない。全く勝てない。まるで幸運の女神が、龍珠にだけ微笑んでいるようだ。
(ここまで勝てないとは…どうしてだ?いくら何でも全敗というのは普通ありえんだろうに…なんて運の無い日なんだ…!)
京佳は己の不運を呪った。まさか全てのゲームで負けるとは思っていなかったからだ。1回くらいは勝てると思っていたのに、この体たらく。酷い。
(これじゃ演劇が…!どうすればいい!?)
京佳は焦る。このままでは、お姫様役の代役が男子になってしまうかもしれない。それは何としてでも阻止したいが、龍珠にゲームで勝てないのでその未来が近づく。
「も、もう1回…」
「ああ」
そしてまた龍珠に勝負を挑むのだった。
(ま、なんどやっても勝てないんだけどな?)
一方、龍珠は内心今度も勝つものだと確信する。
なんせこのゲーム、実は設定を弄っているからだ。
このゲームには、所謂初心者救済モードというものが存在するのだが、龍珠はこれを自分にだけ設定している。その結果、釣りでは自分には良い大物が食いつくようになるし、パズルゲームでは自分だけ有利なブロックが落ちてくるようになるし、双六では良い出目が出るようになる。
最初のオセロこそ実力だったが、それ以降、龍珠はこれを多用している。
(悪いな立花。でも、私はどうしてもやりたくないんだよ…)
どうしてここまでしているのかというと、お姫様役だけは本当にやりたくないからだ。その為には、こうしてズルだってする。
「こ、今度はまた別のゲームで…」
「別にいいが、それで勝てなかったら諦めろよ?」
「う…わかった…」
遂に京佳に対して最終決戦を挑む龍珠。これに負けたら、もう終わりだ。
(ま、最後は普通に勝つか)
流石に悪いと思ったのか、最後くらいは普通に実力で倒そうとする。そして龍珠が選んだ最後のゲームは、
「あ、これ懐かしいな」
「あ?知ってるのか?」
「ああ。昔、兄さんと一緒に遊んだ事があるよ。その影響で元になった映画も観たし」
「ほーん。珍しいな」
とある有名なスパイアクション映画を元にして作られた、1人称シューティングゲームだった。今回は、その対戦を行う事になった。
「じゃあ説明はいらんな。さっさとやるぞ」
「ああ」
こうして最後のゲームが始まった。
(さて、さっさと終わらせてやるか)
ゲームが始まってすぐ、龍珠は行動を起こす。このゲームは、スタートした直後は武器を何も持っていない。そこで、マップの至る所に落ちている武器を拾って戦うのだ。
(とりあえず、マシンガンさえあればなんとかなるな)
龍珠は早速、マップ内に落ちているマシンガンを取りに行こうとした。
(お、先ずはハンドガン発見)
その途中、組内でも見た事がある拳銃を見つける。手ぶらでは碌な反撃が出来ないので、これは拾っておきたい。なのでさっそく拾おうとしたその時、
パァアン
「ん?」
龍珠が操作しているキャラがダメージを受けた。
「おおー。久しぶりにやっても当たるものだな」
ふと京佳の方の画面を見てみると、そこには既にライフルを手にした京佳がいた。その銃身の先には、自分がいた。
「は?いや、早すぎない?」
「兄さんにこっちの道を使えば早く強い銃が手に入ると教わったからな」
「そ、そうか…」
その手際に、龍珠は焦る。速いだけじゃなく、射撃も適格。これはまずい。
(早いとこマシンガンを…いやダメだ!もっとデカイ武器がいる!)
当初の予定を変更して、龍珠はもっと強力な武器を手に入れるべく走り出す。そしてその間、京佳の正確無比な射撃が、龍珠の後ろから襲ってくる。
「ぬ。当たらん」
(当たってるよ!?頭にこそ当たってないが体にちょくちょく当たってるよ!?)
このシューティングゲームには、体力回復というものが無い。故にダメージを受けると、体力は減るばかり。一刻も早く、強力な武器を手に入れて1撃で倒せないと逆転できない。
それにしてもだ。
(つか強ぇ!?こいつマジで強ぇ!?)
京佳が強すぎる。なんでここまでシューティングゲームが強いのかわからないが、強すぎる。動きが玄人のそれだ。
(よし!ロケットランチャーを見つけた!)
龍珠の目の前にロケットランチャーが出てきた。これならば、爆風でもダメージを与えられるし、何より直撃すれば1撃で相手を倒せる。
(これで私の勝ちだーー!)
そして龍珠がロケットランチャーに手を伸ばした瞬間、
ドカァァァァン!!
「は?」
爆発が起こり、龍珠は体力がゼロになり、敗北した。
「実はな、さっきそこにモーションセンサー爆弾を設置したんだ」
モーションセンサー爆弾とは、動く物体に反応する設置型の爆弾である。京佳はこれを真っ先に手に入れ、ロケットランチャーのところに設置したのだ。
(全部、こいつの掌の上って訳かよ…)
完敗である。見事なまでの完敗である。いっそ清々しい気分だ。こうして、最後のゲーム対決は幕を閉じた。
「でだ龍珠。代役の事なんだが」
「やるよ…約束だしな…」
「おお、それはありがたい」
ゲーム終了後、龍珠は意気消沈していた。結構得意なシューティングゲームで完敗。流石に応えたようだ。
(つーか今更だけど、ズルしてた私すげーだせぇ…)
あとついでにズルして勝っていた事に対する罪悪感もある。
「ところで気になったんだが、どうしてそこまで拒否してたんだ?」
京佳はふと思い出したかのように、龍珠に質問をする。確かにいきなり主役をやってと言われたら、誰だって断るだろうが、龍珠のあれはちょっと大げさに拒否していたように思える。
「だって…似合う訳ねーじゃん…」
「え?」
京佳の質問に、龍珠はゆっくりと話し出す。
「私、こんなんだぞ?身長だって高い訳じゃねーし、胸だって小せぇし、それに顔だって別に綺麗じゃねーし…そんな私がお姫様役とか、笑いの種にしかならねーだろう…」
そう、これこそが龍珠がやりたがらない理由。自分なんかに、お姫様が似合う訳無いというものだった。別に龍珠は顔が整っていないなんて事は無い。むしろ結構整っている方だろう。
しかしやはり、こんな目つきの悪い自分がお姫様は無理だ。例えやったとしても、周りが笑うに決まってる。
「だから嫌なんだよ…お姫様なんて…柄じゃねぇし…」
そういう理由で、本当はやりたくない。しかし、勝負で負けた手前、もうやるしかない。おかげで龍珠は憂鬱だ。
「いや似合うだろ?」
「お世辞は聞きたくない」
「いやお世辞じゃなくて、龍珠なら似合うって本気で思ってるぞ?」
「え?」
そんな龍珠の話を聞いた京佳は、『何言ってるんだこいつ?』みたいな顔で言う。
「というか、もし龍珠で似合わないとしたら、もう誰も似合わないぞ。もっと自分の容姿に自信を持てって。そもそもだ。別にクラスの演劇は全国大会とか目指している訳じゃないんだから、気楽にやればいいじゃないか」
そう言うと京佳は、自分の左目を指さす。
「それにだ。そんな事を言うなら、私はどうだ?こんな眼帯している物騒な顔つきの女が王子役だぞ?」
「あ…」
龍珠、ここで自分が失言をしたと気が付く。京佳は見た目だけなら、自分以上に怖がられている。そんな彼女の前で見た目うんぬんは、流石に失礼すぎた。
「わ、わりぃ…」
「気にしてないからいいよ」
即座に謝る龍珠。えらい。
「何事も挑戦していけば、それは自分への経験値になる。それに若い内に色んな事を体験した方がいいぞ。大人になったら、やりたくても出来なかったりするらしいし。だから今回の件、受けた方がいいと私は思うよ?」
「それ誰の受け売りだ?」
「母さんだ」
「そうか。いい母親だな」
そう言うと、龍珠はゲーム機のスキッチと、愛用のヨゲボーを片付け始める。
「とりあえず、クラスの連中に言いにいくぞ」
「ああ」
そして2人は、自分たちのクラスへと向かった。
(本当にありがとう、龍珠…)
口にしなかったが、京佳は龍珠にお礼を言う。最悪の展開を回避できたからである。
その後、クラスの女子たちが龍珠をかわいらしくメイクしたり着替えさせたりするのだが、龍珠はそれを死んだ目をしながらも、文句ひとつ言わずに受け入れたのだった。
こうして少し問題はあったが、C組は文化祭に向けて最後の仕上げに勤しむのであった。
立花京佳の秘密。
実はFPSが超強い。石上も勝てないくらいに強い。そして強い理由は、昔お兄ちゃんと一緒にFPS作品を色々やりこんだから。
尚今後、この設定が生かされる事は多分無い。
次回は圭ちゃん回かも。そしてそろそろ、ルート分岐する予定。
という訳で、次回も無理しないレベルで頑張ります。
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白銀圭と手助け(阿)
京佳さん、でけぇ…。そりゃこんな身長であんな物騒な眼帯してたら怖がられるよ。
本当に今更だけど、京佳さんの身長180は大きすぎたかもしれない。177くらいの方がよかったかな? まぁ、今更変更するつもりなんて無いけどね。
あと今回、あまり体調がよろしくない時(季節の変わり目特有の片頭痛)に書いたので変な部分あるかも。そういったのを見つけた時は遠慮なく言って下さい。
白銀家
「ただいまー」
「おかえり圭ちゃん。今日遅かったな?」
「ちょっと用事あったから」
「そうか」
白銀家では、普段より少し遅く帰ってきた圭と、夕飯の準備をしていた兄御行が会話をしていた。なお、本日の夕飯はモヤシ炒めと炒飯(肉無し)である。
「なぁ、圭ちゃん」
「何?」
「中等部の文化祭って明日だったよな?」
「そうだけど、どうかした?」
「高等部の文化祭の参考にしたいから、見に行ってもいい?」
帰ってきた圭に、白銀はある事を尋ねる。それは、明日行われる秀知院学園中等部の文化祭についてだ。中等部は高等部より数日早く文化祭が行われる。規模も高等部に比べれば小さく、日数も1日限りだが、それでも結構人が来る。
また、同じ学校の別学年の文化祭なので、文化祭のシステムそのものが同じ。つまりこれは、高等部の文化祭のデモンストレーションになる。よって白銀は、自分の目で高等部の文化祭のデモンストレーションを兼ねた中等部の文化祭を見に行きたいのだ。
「えー…」
「何でそんな嫌そうな顔を…」
「だって、文化祭に身内が来るのって、何か恥ずかしいし」
だが圭はそれを嫌がるそぶりを見せる。中学生は高校生以上の思春期で、反抗期だ。そんな中学生の文化祭に家族が来るというのは、正直嫌だ。なんか恥ずかしいのである。
他にも、折角同級生で楽しんでいるところに、身内が来て水を差されたくないというのもあったりする。最も、圭はこれには当てはまらないが。
「そうか?」
「そうなの。まぁ、別にいいけど」
「いいなら最初にいいって言えばいいのに…」
「うざ」
しかし圭はあっさり了承。もし圭が『来ないで』と言ったら、白銀は行くのをやめるつもりだったが、これは行幸。これならば、明日の中等部の文化祭を色々見て回る事が可能だ。
「ところでさ、おにぃ」
「ん?」
「明日、もしかしてその学ランでくるの?」
「そうだが?」
圭の問いに、『何当たり前の事を言っているんだ?』という顔をする白銀。
「それはやめて。悪目立ちするから」
「は?悪目立ち?どうして?」
圭の発言に疑問符を浮かべる白銀。
「あのね?おにぃは中等部でも顔と名前が知れわたってるの!なのに学ランとか絶対に悪目立ちするから本当にやめて!!」
「お年頃だなぁ…ていうか、そんなに悪目立ちするか?」
圭の言う通り、白銀御行の名前は中等部までよく知れ渡っている。混院であるにも関わらず生徒会長になり、その上成績が常に学年1位となれば、知れ渡らない方が可笑しい。
因みに、目つきが鋭くてかっこいいという噂もあるのだが、圭はこれだけは100%無いと言い切っている。そもそもあの目は、ただの寝不足なだけだし。
「来るならしっかりとお洒落して。じゃないと…」
「じゃないと、何だ?」
「……何でもない。兎に角!絶対にお洒落して来てね!」
少し妙な事を言った気もするが、白銀は気にしなかった。大方、年ごろの中学生の独り言だろう。
「お洒落か。なら、夏休み前に買ったあの服装で」
「絶対にやめて!!」
「どうした急に?」
突然圭が声を大きくして詰め寄ってきて。
「あの服装は夏用!今もう冬!学ラン以上に悪目立ちするからやめて!!」
「えー?」
お洒落に無頓着、というより経済的な理由でそういうのをしてこなかった白銀は、その辺の感性がとても低い。服なんて着れたらいいやという考えでいる。
「仕方無い。なら家にあるやつでなんとかコーディネートを」
「それもダメ!!」
「どうして?」
「だっておにぃの選んだ服って超ださいんだもん!絶対に今家にあるものは全部ダメだから!!恥かくだけ!!」
「いやそんな事言われても…てか、そんなにダサイ?」
「あれ着るくらいなら死んだ方がマシって思えるくらいには」
「酷い」
それは圭がなんとしてでも阻止したい事。白銀は、私服のセンスが超ダサイ。もう本当にダサイ。信じられないくらいダサイ。かぐやと京佳がそれを見たら、100年の恋も冷めるくらいにはダサイ。
因みにどういう服があるかというと、謎に英文が入ってドクロマークが描かれているTシャツや、裏地に英文と漢字が書かれているズボンや、ヒョウ柄のステテコや、『海人』と書かれたまるで沖縄旅行にでも行ったのかというようなTシャツである。今時受け狙いでもこんなの買わない。
もしも自分の兄がこんな素っ頓狂な服装で文化祭に来たりしたら、絶対に知らない人のふりをする。そして家に帰ったら蹴る。全力でローキックする。
「あーもう仕方ない。今から行くよ」
「行くって、どこに?」
「服を買いに」
そう言うと圭は、帰ってきたばかりだというのに、いそいそと出かける準備を始める。勿論、兄の服を買いに行く為だ。
「いや別にそこまでしてもらわんでも…」
「いいから。お金の心配ならしなくていいよ。これ、誕生日におにぃが財布に忍ばせたものだし」
「え?気が付いてたの?」
「当たり前じゃん。ほら行くよ」
時間は既に夕方どころか、日がほぼ沈んでいる夜。急がないと店が閉まってしまう。そうなったら、もう詰みだ。
「ところでさ圭ちゃん。何でそこまでするの?」
「さっきも言ったでしょ。恥かきたくないの」
「そういうもん?」
「そういうもん」
道中、2人はそんな会話をしながら歩く。白銀としては、妹がここまで献身的に面倒を見てくれるのが不思議だった。身内のせいで恥をかきたくないというのはわかるが、これは少し面倒を見すぎな気がする。
(ま、圭ちゃんも優しいって事か)
しかし白銀は、それを圭が優しいからと思った。というか優しくないと、ここまでする訳が無い。
(とりあえず、服は全部圭ちゃんに任せとこ)
そして服装に関しては、何一つ言わずにおこうと決めたのだった。
(まぁ、それだけな訳ないけどね)
一方圭。兄と店に向かう道中にそんな事を思っていた。実は彼女、ある考えを持って態々こんな事をしている。でなければ、実の兄と2人きりで服を買いに行ったりしない。恥ずかしいし。
(明日は、色々と良い事があればいいなぁ…色々とね)
何やら意味深な事を思いながら、圭は店に到着。そしてそれから、兄を予算以内で徹底的にコーディネートするのだった。
尚、最終的な服の合計金額は3点で1万2000円だった。出来れば1万円以内に収めたかったが、これくらいなら許容範囲だろう。
翌日 秀知院学園 中等部
「おー、賑わってるなー」
白銀は、圭がコーディネートした服を身に纏って中等部の文化祭へ来ていた。今日の白銀の服装は、白の厚手のシャツに、その上から紺色の襟付きジャケット。下には黒のチノパンを履いており、足には黒いスニーカー。そして肩から、夏休み前に圭に貰ったウエストポーチをかけている。何時ものクソダサ私服ではない為、先程から何人かの女性がチラチラと見ている。
「えっと確か圭ちゃんは、たこ焼きの屋台だっけ?」
ウエストポーチからパンフレットを取り出して、白銀は圭のクラスの出店場所を確認。どうやら圭ぼクラスは、中庭でたこ焼きの屋台をやっているらしい。白銀は一切寄り道せずに、真っすぐにそこへ向かう。
(しかし初めて来たが、中等部の校舎ってやっぱ近代的だよなぁ)
道中、白銀は秀知院学園中等部の校舎を見てそう思う。高等部の校舎は、歴史の重みを感じる洋風建築な校舎だ。これは大正時代に、当時の校舎を脱亜入欧の流行りに乗っ取り改築した事に始まる。その時、当時西洋で最新の建築を教わった有名建築家に依頼をしている。そのおかげもあってか、完成した秀知院学園の校舎は非常に美しいと言われ、かなりの人気が出た。
以来、校舎の中身は時代の流れと共に色々と改築しているが、見た目はほぼ当時のままなのだ。しかし中等部の校舎は少し違う。建設当時は高等部の校舎と同じような見た目をしていたのだが、15年前に建物の老朽化と地盤の弱さが問題視され、大規模な改築工事を行ったのだ。
おかげで中等部の校舎は、改築というよりほぼ新築の近代的な校舎となったのだ。
「あった」
そうやって校舎を見ながら歩いていると、たこ焼きの屋台が見えた。そしてそこには、法被を着ている圭がいる。かわいい。
「おう圭ちゃん」
「……兄さん、本当にきたのね」
目を合わせようとせず、外面用の『兄さん』呼びで対応する圭。そしてそのまま、たこ焼きピックでたこ焼きをひっくり返す。
「へぇ、中々上手いじゃないか」
「どうも。それで、注文は?」
「あーっと、タコ焼きひとつ」
「はい」
白銀の注文を受け、手際よく焼いたばかりのたこ焼きをパックに入れる。
「どうぞ。あっちに飲食スペースあるから」
「あ、うん…」
まるで他人のような会話。白銀はそれを寂しく感じ、その場からそそくさと退散。
(折角お洒落したのに…もう少しなんかあってもよくないか…?)
トボトボとした足取りで歩く白銀。その背中には、哀愁が漂っていた。
そして白銀が去った後の圭はというと、
「ねぇねぇ!今のが白銀さんのお兄さん!?高等部生徒会長の!?」
「そうですよ」
「ええーーー!すっごいかっこいい!!噂通りじゃん!!」
「だよねだよね!超かっこいいよね!!」
タコ焼きの屋台で一緒だったクラスメイトの女子たちから質問攻めに合っていた。
「私もあんなかっこいいお兄さん欲しいー!!」
「本当だよー!私だったら絶対に自慢するのにーー!!」
(ふふっ)
兄の事を褒めちぎるクラスの女子たち。それを聞いた圭は、ひっそりと笑う。
実は圭、家ではあんな反抗期上等な態度だが、その実かなりのブラコンである。そんなブラコンな圭にとって、こうしてクラスの女子たちが兄を褒めちぎっているのは、気分がいい。それに皆がこうやっていれば、密かに兄を自慢できるのだから。
「ねぇねぇ圭ちゃん」
「どうしたの萌葉?」
そんな圭に近づく女子、名前を藤原萌葉という。名字でわかるだろうが、あの藤原の妹である。因みに中等部の生徒会に所属している。役職は副会長だ。
そしてそんな萌葉は、
「白銀会長って、恋人とかいたりする?」
「ぶふっ!?」
圭に凄い質問をしてきた。
「ど、どうして急に?」
「私ね、白銀会長の事好きになったかもしれない…」
「え゛」
衝撃の展開。圭は思わずタコ焼きピックを落としそうになる。
「元々圭ちゃんから色々お話を聞いてたけどね、本物みたらこう、好きになっちゃったかも…」
「…………」
声にならない声を出す圭。
「それでどうなの!?白銀会長って恋人いるの!?」
グイグイくる萌葉。圭は少したじろぐ。
「えっと、今はいない…筈だよ?」
「そっか!そうなんだ!!」
その答えについ飛び跳ねそうになる萌葉。
「ふふふ。今度の高等部の文化祭で、姉さまに頼んであいさつしようかなー?」
萌葉はにやけながら、家に帰ったら姉の藤原千花に色々頼もうと考える。
(ごめん萌葉…それ絶対に叶わない…)
しかし圭は知っている。兄に既に好きな人がいる事を。だからこそ、萌葉の想いは届かない事を。でも流石にそれを口にするのは気が引けたのでやめた。
(それはそれとして、あっちは大丈夫かな?)
そして圭は、兄が歩いていった方角を見るのだった。
「にしても圭ちゃん凄いね!あの人とも知り合いだったなんて!交友関係が広いよね!」
「いや、それ言うなら萌葉もじゃん。夏休みに旅行行った時にあったでしょ?」
「あ!それもそっか!」
萌葉とそんな会話をしながら。
(にしても、本当にかなり賑わってるな。流石に北高と比べると見劣りするけど)
学校内を歩きながら、白銀は中等部の文化祭を回っていた。中学生がやっているとは思えない賑わい。これが秀知院ブランドの力かもしれない。
(だとすれば、集客は問題ないかもな。中等部でこれだけ人がくるんだし)
規模がこれよりずっと大きくなる高等部ならば、少なくともガラガラになる事はないだろう。
(あそこか。圭ちゃんが言っていた飲食スペースは)
圭に言われた通りに歩くと、飲食スペースが見えた。そして空いている席を見つけ、そこに座って白銀が購入したたこ焼きを食べようとした時、
「白銀?」
「え?」
ふいに後ろから声をかけられた。そして白銀が振り返るとそこには、
「立花?」
私服姿の京佳がいた。
「どうしてここに?」
「いや、昨日圭に誘われてね。遊びにきたんだ」
「そうなの!?」
まさか圭が京佳を誘っていたとは思わず、驚く白銀。
「もしかて、そのたこ焼きは」
「ああ。ついさっき圭のとこで買ったものだよ」
おまけに自分と同じく、圭のところでたこ焼きを持っている。
「えっと、座るか?」
「いいのか?」
「ああ。この人込みだし、顔見知りが居た方がいいだろう?」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
このまま立たせておくのも悪いので、白銀は京佳を自分の目の前に座らせた。
(しかし…)
白銀はふと、京佳の私服を見る。京佳は黒いセーターに、その上からダスティブルーの丈の長いコート。下には水色の生地に白と青の線が二筋格子に入ったチェック柄のロングスカート。足には茶色のショートブーツ。そしてパールグレーの紐付きバックを持っていた。
はっきり言って可愛い。超かわいい。というかついこの間行った北高の文化祭とは全然違う服装で来ているあたり、京佳はやはりお洒落上級者なのだろう。流石モデルのバイトをしていただけはある。
「どうかしたか白銀?」
「あ!いや!何でもないぞ!!」
「?そうか」
少しジロジロ見すぎたかもしれない。白銀は慌てて目線をたこ焼きに動かす。
「「いただきます」」
そう言うと、白銀と京佳はたこ焼きを食べ始める。
(お、普通に美味い)
別に特筆すべき事は何もない普通のたこ焼き。でも美味しい。
「うん。美味いな白銀」
「ああ」
2人してもくもくと食べる。そんな時、
「白銀」
「ん?」
「はい、あーん」
「んぐ!?」
京佳が夏休みのプールの時と同じように、白銀にたこ焼きをあーんする。それを見た白銀は、口に含んでいたたこ焼きをほぼ噛まずに飲み込んだ。
「お、おい、立花。何をして…」
「あーん」
「いやだから」
「あーん」
「……あ、あーん」
白銀、根負けする。そして大人しく、京佳のあーんを受け入れた。
「うまいか?」
「ああ…」
照れ顔を晒さないよう、左手で顔を隠しながらたこ焼きを食べる。
「ところで白銀。この後はどうするんだ?」
「え?この後?まぁ、高等部の文化祭の参考にしたいから、色々見て回る予定だけど」
元々そういう予定でここにきている白銀。そしてそれを聞いた京佳は、ある息予定調和ともいうべき事をする。
「もしよかったらなんだけど、一緒に回ってもいいかな?」
すなわち、デートのお誘い。
「えっと、それは…」
白銀、考える。ここでこの誘いを受けるのは簡単だ。しかし今、白銀は悩んでいる。かぐやと京佳、どっちを選ぶべきかを。
そんな状態で、この誘いを受けてもいいのだろうか。そうやって悩んでいると、スマホにロインの通知音が鳴った。
「あ、ちょっとすまん」
白銀が京佳に断りを入れてスマホを確認する。すると画面には圭と書かれていた。
(圭ちゃん?何だ一体?)
ロックを外してロインのメッセージ画面を開くとそこには、
『行 け』
とだけ書かれていた。
白銀、なんか背筋がゾッとして周りを確認するが、圭の姿はない。もしや自分の妹は、何か異能の力にでも目覚めたのだろうかとさえ思うが、生憎そんなそぶりは見た事が無い。
そう考えていると、再びロインの通知音が鳴る。恐る恐る白銀が画面を見ると、
『早 く 行 け』
という圭のメッセージが見えた。その下には、どういう意味なのか拳骨スタンプがあった。そして更に、鎌、ドクロ、十字架とスタンプが続く。凄く怖い。
「そ、そうだな!1人より2人の方がいいだろうし、行くか!」
「!ああ、じゃ、よろしく頼むよ」
恐怖に屈した白銀は、京佳の提案を受けた。
(偶然か必然かは知らんが、昨日誘ってくれてありがとう、圭)
白銀が恐怖している一方で、京佳は嬉しがっていた。昨日、学校帰りに突然圭に呼び止められ、文化祭へ誘われた。
そしてそこで白銀と偶然出会い、こうして文化祭を見て回れる。しかも2人きりで。
(元々、後一押し何かが欲しかったんだ。この期を逃がす訳にはいかない!鬼の居ぬ間になんとやらだ)
かぐやという最大の障害兼恋敵がいない日は、恐らく今日だけ。これを逃したら、もうこんな2人きりになれるチャンスなんて絶対に巡ってこない。そんな確信が京佳にはある。
(対して時間がある訳じゃないが、この最後のチャンス、絶対に生かしてみせる)
時間は本当に少ない。それこそ、ついこの間の北高の文化祭の比では無い。だが例え時間が無くとも、チャンスはチャンスだ。生かさない手選択肢は無い。
(私は絶対に、白銀の隣に立ってみせる!)
京佳は心でそう宣言しながら、残り少ない時間を有効活用するのだった。
「しっ!!」
そしてそれを、2人から離れた場所で見ていた圭はガッツポーズをした。
(京佳さん。私が出来るのはここまでです。後は頑張って下さい)
出来る事なら最後まで義姉になるかもしれない京佳の事を助けたいが、流石にクラスの出し物を抜け出してまでは出来ない。今だって、萌葉に無理言って抜け出しているし。
それに、他人の恋路を最初から最後まで手助けするのは、違う気がする。こういうのは、本人たちのちょっとした手助けくらいの塩梅にしておかないといけない。じゃないと、恋が実った時、実ったとは言いずらいから。
(おにぃ。マジで覚悟決めてよね。誰と悩んでるか知らないけどさ)
まさかかぐやと京佳で悩んでいるとはつゆ知らず、圭はその場を後にする。こうして圭は、そのままたこ焼きの屋台まで帰り、残りの時間で全力でたこ焼きを焼くのであった。
流石に北高の文化祭編くらい長くはしません。多分前後くらいの2話で終わります。と、思う。
あと京佳さんの私服姿は、可愛いだけじゃない〇守さんの冬服のイメージです。詳しくイメージしたい人は検索してね。
圭ちゃんと京佳さんのやり取りは次回書きます。
そして次回は、体調をしっかり治してから書きたい。
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白銀圭と手助け(吽)
ところで今日は、プロポーズの日らしいですね。
1日前 放課後
「あ、京佳さん!」
「ん?圭か」
放課後、京佳がクラスの文化祭での演劇の稽古を終えた後、帰ろうとしたら、突然圭が現れた。既に結構暗いというのに高等部の校門前にいる事に、京佳は少し疑問に思う。
「どうしたんだ一体?白銀に用事でも?」
「いえ、兄は全く関係ありません」
てっきり兄である白銀に用事かと思ったが、どうも違うらしい。すると圭は、やや興奮した様子で話し出す。
「実はですね、中等部って明日、文化祭なんですよ」
「あー、そういえばそうだったな」
中等部の文化祭は、高等部の数日前に行われる事を思い出す京佳。規模はそこまで大きくないが、結構人が来ると記憶している。
「それでなんですけど、よろしければ明日、中等部の文化祭に来てくれませんか?」
そして圭は、京佳を中等部の文化祭へ誘った。それを聞いた京佳は、
「かまわないよ。是非行かせてもらおう」
「!はい!」
秒でそのお誘いを受けた。明日はバイトも無いし、何より中等部の文化祭には興味がある。断る理由が無い。そしてそれを聞いた圭は凄く嬉しそうな声で返事をする。
(予行演習じゃないけど、全体の雰囲気を体験しておきたいしな)
それに京佳は、ある考えもある。数日後の高等部の文化祭で、京佳は白銀を誘うつもりだ。前回行った北高の文化祭は秀知院とは全く違う雰囲気の文化祭だったが、圭がいる中等部の文化祭は秀知院の文化祭だ。大体の雰囲気は一緒だろう。
なので予行演習。もしくは練習。勿論それだけじゃなくて、圭に誘われて嬉しいという想いもあったりするが。
「因みに圭は何をするんだ?」
「私のクラスはたこ焼きをします。鮮魚店の子がクラスにいるから、蛸だけは良いのが手に入るので」
「そうなのか。しかし流石秀知院だな。中等部にもそういう子がいるとは」
「今の高等部に比べたら見劣りしますけどね」
和気あいあいと話ながら歩く2人。もしこの光景をかぐやが見たら、絶対に嫉妬していただろう。何なら2人の間に入って邪魔をするかもしれない。もしそんな事したら、圭に嫌われそうではあるが。
「ところで京佳さん」
「何だ?」
「その、兄とは最近どうでしょうか?」
「え?」
バス停まで歩いていると、圭が突然そんな事を聞いてきた。
「その、兄はここ最近何かに悩んでいるので、もしかしたら京佳さんと喧嘩でもしたのかと思いまして」
これは圭のブラフである。最近、兄御行は恋愛関係で悩んでいるのは既に知っている。そしてその相手が、京佳だという事も。自分に相談をしてくるくらいだ。相当悩んでいるのだろう。
だが、ここで京佳にそれとなく話を聞いておけば、最近の2人がどういう感じなのかがわかるかもしれない。だから圭はカマをかけてみたのだ。
「喧嘩なんてしてないよ。悩んでいるのは多分、今度の文化祭についてじゃないかな?白銀は責任感が強いからね」
「本当ですか?何か兄がご迷惑をかけてませんか?」
「全然。むしろ白銀には頼りっぱなしだよ」
「そうですか。喧嘩じゃなくてよかったです」
結果として、特にこれと言った情報はなかったけど、2人の関係は良好のようだった。もしこれで邪険な関係にでもなっていたら、目も当てられない。
そうやって歩いていると、圭が乗るバスが来るバス停までやってきた。それと同時に、圭が乗るバスもやってきた。
「それじゃここで。京佳さん。明日は是非来てくださいね」
「ああ。必ず行くよ。さよなら、圭」
圭はバスに乗り込む前に、京佳に確認するようにそう言うと、バスに乗って行ってしまった。そして京佳も、それを見送ってから、帰路に着くのであった。
(昨日、圭が誘ってくれたおかげで、こうして白銀と一緒にいられる。本当にありがとう圭)
京佳は中等部の文化祭を白銀と歩きながら、昨日圭が誘ってくれた事を思い出す。あの時、圭が誘ってくれなければ、白銀と2人きりで並んで歩くことなんて無かっただろう。この期を逃す訳にはいかない。
折角かぐやもいないのだ。最大限利用しなければ。
「白銀。ちょっと向こうでも見にいかないか?」
「あっちか?何かあるのか?」
「何でも射的をやっているらしい。面白そうだからいこう」
早速白銀を誘う京佳。できれば北高でやっていたお化け屋敷とかがいいのだろうが、折角のチャンスをふいにするような真似はしたくない。もう怖いのは散々だし。
「射的かぁ。よし、行こう」
射的と聞いて、少しウキウキする白銀。男の子はそういうのが好きなのだ。こうもなる。
こうして2人は、射的をやっている方へ並んで歩くのだった。
「いらっしゃいませ~」
歩くこと数分。2人は射的屋へたどり着く。
「おお。思ってたより沢山景品が並んでいるな」
「そうだな。特にぬいぐるみが多いな」
このクラスがやっているのは、射的屋。ルールは簡単で、コルク銃で棚に置いている景品を落とせば、それが貰えるのいうものだ。こういうのは縁日でもよくみるのだが、そういうのは景品に駄菓子が置いてあるのが多い。
だがこのクラスは違う。棚に置いてある景品の半分以上がぬいぐるみだ。
「コスト的にどうなんだこれ?」
そこが気になる白銀。一応、これは学生手動の文化祭なので、そういうのはあまり気にしていないのかもしれないが、白銀はそういうのがどうしても気になる性格なのだ。ケチとも言うが。
「大丈夫ですよ~。ぬいぐるみは手芸部の人たちが作ったものですから~」
どこかおっとりしている女生徒が説明する。それを聞いて、納得する白銀。確かにそれならば、わざわざ景品を購入する手間もコストも無い。手芸部は大変な思いをするかもだが。
「ところで~。ひょっとして白銀会長ですか~?」
「え?」
いざ射的をやろうとした時、おっとりとした女生徒が話しかけてきた。
「ああ。そうだけど」
「やっぱり~。噂は色々聞いてますよ~。秀知院始まって以来の何でも出来る天才だって~」
「い、いやぁ…ははは…」
それはどちからと言うとかぐやの事ではないのかと思ったが、ちょっと照れ臭くなる白銀。やはり人にこうやって言われると言うのは、心地が良い。
「ところで~、お隣の人は恋人さんですか~?」
「ぶふっ!?」
しかし突然凄い質問をされ、その気持ちが彼方へ吹っ飛ぶ。
「綺麗な人ですね~。とってもお似合いですよ~」
「ちょ、ちょっと…!」
そんな白銀の事を無視するかのように、射的屋の女生徒が話を続ける。
「そうですか?本当にお似合いですか?」
「はい~」
「ありがとうございます」
「何でお辞儀してんの立花!?」
そんな中、京佳は女生徒にお辞儀をする。多分お似合いと言われて、少し混乱しているのだろう。
「それでは、1回100円です~」
「あ、はい…」
今までの事など無かったかのように、女生徒は射的代を要求。白銀はそれをなんか釈然としないが払った。これ以上何か言われると、なんかボロが出そうだったし。
「どれを狙おう…」
コルク銃を手に取り、白銀は景品を見渡す。やるからには何か景品を取りたいと思う白銀だが、ぬいぐるみのような重いものは簡単には落ちないだろう。
ならば軽い駄菓子でも狙いたいが、特に好きな駄菓子なんて無い。そうやって悩んでいると、
「ほい」
「え?」
隣にいた京佳が、コルク銃で手のひらサイズの鮭を咥えていクマのぬいぐるみを落とした。
「わぁ~。おめでとうございます~。どうぞ~」
「ありがとうございます」
あっという間の出来事に固まる白銀。
「?どうした白銀?やらないのか?」
「い、いや!やるぞ!」
まずいと思う白銀。京佳は1発でぬいぐるみを落として手に入れた。ここでもし、自分が駄菓子を狙って落としてたりしたら、小さい男と思われるかもしれない。安全策しか取らない、矮小な男。そんな風に思われるのは、絶対に嫌だ。
(こうなったら、1番大きな獲物を狙うしかない!!)
白銀は棚の1番上にある像のぬいぐるみに狙いを定める。1発で落とせるとは思えないが、その時は何度でも挑戦してみせる。
(よし!いけぇぇ!!)
そして白銀は、コルク銃の引き金を引く。その瞬間、コルクが像のぬいぐるみに一直線に発射される。
かに思われた。
「え?」
コルクはそのまま、放物線を描いて下の棚へと行く。そもそもコルクは軽い。つまり、まっすぐに飛ぶなんてそうそうありえないのだ。狙うならぬいぐるみ本体ではなく、もう少し上を狙うべきだった。
そして白銀の発射したコルクは、像のぬいぐるみの下にあるぬいぐるみに当たり、そのまま落とした。
「わぁ~おめでとうございます~。はいこちら、あんこうのぬいぐるみです~」
「あ、あんこう…」
こうして白銀は、あんこうのぬいぐるみを手に入れた。これもかなり大きいが、可愛いとは言えないだろう。
(どーしよこれ…)
当たって嬉しい半分、正直いらない半分という気持ちになる白銀。ていうか普通に持ち歩くのに邪魔でいらない。無駄にでかくて目立つし。
「ふふ、よかったな白銀」
「お、おう…」
そんな白銀を見て、京佳は笑う。あんこうのぬいぐるみを持っている姿がシュールだからだ。
(まぁ、いっか…)
正直いらないぬいぐるみだったが、こうして京佳の笑顔が見れただけでよしとした。どんなものにも、使い道があるものである。
「ちょっとぐるりと回ってみないか?」
「いいぞ。俺も全体の雰囲気を見ておきたいし」
射的を終えた2人は、中等部の校舎を回ってみる事にする。
「それにしても、綺麗な校舎だな」
「だな。高等部と違って近代的で羨ましいよ」
「でも中等部の子たちは、高等部の洋風建築の校舎に憧れているらしいぞ?」
「そうなのか?どこでそんな話を?」
「圭から聞いた」
「……俺、そんな話聞いた事ない…」
妹が自分より京佳にそういう話をしている事を知って、白銀は少し落ち込む。自分だって兄なんだから、もう少しそういう話をしてくれてもいいのに。
そうやって歩いていると、話し声が聞こえた。
「ねぇ…あれって、白銀会長だよね?」
「うん、絶対そうだよ。私、前に遠目でだけど見た事あるし…」
「隣にいるのって、もしかしてあの立花先輩?」
「だよね…なんで一緒に歩いてるんだろう?あんな怖そうな人と…」
「てか初めて見たけど、怖い…立花先輩ってやっぱ怖い…」
「本当だよ…身長も高いし、あんな物騒な眼帯もしてるし…」
「近づかないようにしておこう?」
「うんそうしよう…」
「……」
それは、中等部の生徒であろう子たちの話声。そして内容は、京佳を怖がってよう内容だ。
(やっぱり、面識の無い中等部の子はこうなるか…)
高等部でも最初は怖がられていた京佳だったが、それは生徒会での活動などにより、怖がっていく生徒はどんどん減っていった。
しかし中等部ではそもそも関りが無いので、京佳の事なんて見た目くらいしか知らないのが殆どだ。好意的に接してくれるのなんて、圭と萌葉くらいしかいない。
「すまない白銀。もう少し考えておくべきだった…」
自分は言われ慣れているから別にいいのだが、白銀に何かの風評被害が出るのはまずい。下手すると、生徒会長としての白銀の名前に傷がつくかもしれない。
こんなことなら、もう少しそういう事を言われるかもというのを考えて動くべきだったと京佳は反省する。
「俺は全然気にしてないからいいよ」
「……本当か?」
「ああ。そもそも俺だって、入学した最初の頃は混院だと何だと言われてたしな」
白銀も京佳ほどでは無いが、言われていた事がある。だがそんな輩全てを、白銀は勉強で黙らせてきた。それに、そういう噂は気にするだけ無駄なのだ。
(まぁ、最初は結構落ち込んだけどな…)
しかしメンタルが元々弱い白銀は、そういうのに慣れるのに時間がかかった。具体的に言うと1年くらい。
(それより、いくら面識が無いとは言え、立花の事をあんなふうに言うのはどうなんだ?中等部はもう少し道徳の授業を増やした方がいいんじゃないか?)
それはそれとして、今の話は正直気分が悪い。聞くだけで腹が立つ。確かに何も知らないのでしょうがないのかもしれないが、態々本人がいるこんな場所で言うことでも無いだろう。
「白銀。あれはなんだろう?」
「ん?」
今度学園長に道徳の授業を増やすよう言うべきかと考えていると、何やら変は看板が見えた。白銀の目線の先には『トキメキゲーム』という看板が見える。おまけになんか電飾でピカピカ光ってた。眩しい。てか怪しい。
「何だあれ?」
やたら気になる看板だ。というか風紀的に如何わしい感じがする。伊井野がいたらキレそうだ。
「行ってみないか?」
「そうだな」
どうせならと思い、2人はそのトキメキゲームに行ってみる事にした。
「いっらしゃいませーーー!!」
「おおぅ…」
教室に入ると、やたらテンションの高い男子生徒が出迎えてくれる。頭には黒のシルクハットを被り、顔にはサングランス。どうみても不審者だ。もし夜に出会ったら全力で逃げる事間違いなしだろう。
「えっと、すみません。前にあった看板に書いてあるトキメキゲームってなんですか?」
京佳がその男子生徒に質問をする。その顔は少しひいているが。
「おお!この俺の姿を見ても動じないなんて!嬉しい!大抵の人はこの姿とテンションで恐怖して逃げると言うのに!」
「ならそれやめたらいいんじゃないのか?」
「それがそうもいきません!こうでもしないと接客なんてできないんです!俺アガリ症ですので!!」
「あー、うん…」
どうやらこれは彼なりのアガリ症対策らしい。白銀は少しだけわかる気がして、彼に親近感を覚える。
「それでは説明しましょう!トキメキゲームとは、我々文芸部の審査員がトキメクような事をしたらよいというゲームです!条件として台詞なら一言だけで!行動なら10秒以内で!!」
「文芸部の審査員?」
白銀が教室の後ろを見てみると、そこには5人の中等部の生徒がいた。その手には〇と✕が書かれている札を持っている。
「参加料は無し!無料でできます!やるかやらないかは自由!!どうですか!?やりませんか!?」
「え?無料なの?そっちに何の得があるんだ?」
「簡単です!!トキメクようなものが見れたら、我々文芸部のインスピレーションがあがります!!そうすれば、よりよい作品が書ける筈!!」
「あー、成程?」
わからなくはないと白銀は思う。前にテレビで見た作家も、日ごろの出来事から作品のネタを仕入れてると言っていたし。恐らく彼らも、そういうのをしているのだろう。
「無料だし、やってみないか?」
「あー…やるか…」
正直あまり気が進まない白銀。しかし教室に入ってしまった以上、今更出ていくのも申し訳ない。なんか出にくいし。
「ありがとうございます!!それでは、男性の方からいざどうぞ!!」
「……え!?もう始まってるのこれ!?」
助走無しで突然始まったトキメキゲームに、白銀は慌てる。
(いやいや!?トキメクような事って何!?直ぐ思い浮かねーけど!?どうすればいいんだ!?)
「どうしました!?何でもいいんですよ!?」
中々何も言わない白銀に詰め寄るシルクハットを被った男子生徒。それが更に焦りを加速させる。このままでは、とっさに何も決めれないダメな生徒会長とか言われるかもしれない。
そしてそんな中、白銀が言った事は、
「か、髪に芋けんぴついているよ…」
前にネットで見た何かの少女漫画の台詞だった。
「ぶふっ!?」
京佳、吹きだす。そして肩を震わせて声を殺して笑う。
「はい。採点」
「待って!お願いだからもう1回やらせて!?」
「ダメでーす。1人1回まででーす」
もう少し時間が欲しかった。そうすれば、少しはマトモな事が言えた筈なのに。しかし現実は無常。シルクハットを被った文芸部の男子生徒は、流れるように採点をさせた。
その結果は、
✕ ✕ ✕ ✕ 〇
✕が4人。〇が1人というものだった。
「はい、ほぼトキメキませんでした。因みに〇の理由は?」
「頑張って考えて出しか感じがよかったです」
「成程」
「もうやめてくれぇ…」
〇を出した生徒も、なんか温情で〇にしか感じがする。そのやさしさが、白銀に突き刺さる。
「それでは気を取り直して、女性の方!どうぞ!!」
今度は京佳の番だ。すると京佳は、白銀の目の前に立つ。そして真っすぐに白銀の目を見て、
「白銀――――君を、愛している…」
愛の告白をした。その際、優しく微笑んでいるのも忘れない。
「――――――」
そしてそれを見た白銀は機能を停止した。何だこれは。今のは一体何だ。体中の血液が熱い。心臓がうるさい。あと何も考えられない。
「さ、採点を…」
その間、文芸部の男子生徒が鼻を押さえながら採点を始める。結果は、
〇 〇 〇 〇 〇
全員〇である。当然だろう。これが満点じゃなくて何だというのだ。そして全員が、顔を真っ赤にしていた。
「えっと…はい。満点、です。こちら、景品として、我々文芸部が書いた、詩集です。どうぞ…」
「ありがとう」
景品として、詩集を受け取る京佳。
「それじゃ行くか白銀……白銀?」
白銀に声をかけるが、白銀は動かない。未だに機能を停止させている。
「仕方ない。引っ張るか」
そう言うと京佳は、白銀の手をひいて歩き出す。そしてそのまま、教室から出ていくのだった。
「や、やべぇ…今のやべぇ…」
「私、今なら恋愛作品10本くらい書けそう…」
「僕もです。もうこの後部室に行って皆で書きませんか?」
「私賛成。部室行こう」
「ウチも賛成。部長は?」
「行こう。今なら、何だって出来る気がするし」
一方、教室に残っていた文芸部員たちは、そのままトキメキゲームを終わらせて、部室へ直行した。
そしてその年、文芸部が出した作品は中等部で暫くの間人気となるのだった。
「はっ!?俺はどうしてここに!?」
白銀が再起動し気が付くと、自販機コーナーのベンチにいた。その間の記憶がさっぱり無い。
「気が付いたか白銀」
振り返ると、そこには缶ジュースを2本持った京佳がいた。
「立花。俺は、どうしたんだ?」
「いやよくわからん。何か急に動きを止めたんだ。私が手をひいたら歩いたが」
「え?手をひいた?」
「ああ」
それを聞いて、恥ずかしいと思う白銀。まるで子供みたいだ。高校生にもなって、そんなのは恥ずかしい。
「でもよかったよ。白銀が元に戻って。はいこれ」
「あ、ありがとう…」
京佳からジュースを受け取り、白銀はそれを一気に飲み干す。今は少しでも水分を取って熱を下げたい。
そして京佳も、白銀の隣に座りジュースを飲む。
「そろそろ時間だな。お開きにしないか?」
「そう、だな。もう太陽もかなり傾いてるし」
京佳からプレゼントされた腕時計を見ると、夕方の4時だ。高等部の方はまだまだこれからという時間なのだが、中等部はもうお開き。
実際、周りを見てみると、いくつかの店舗を生徒たちが片付けを始めている。
「白銀。今日は楽しかったか?」
「え?ああ。勿論。結構楽しかったぞ。全体的な雰囲気も掴めたし」
京佳の質問に答える白銀。人の出入りや、どんな店舗があるかなど、確かに色々勉強にもなった。それに単純に楽しくもあった。とても有意義な1日だと言えるだろう。
「私も楽しかったよ」
「ん?そうか。それは圭ちゃんも喜ぶだろうな」
「それもあるけど…」
「ん?」
「白銀と2人きりだったから、とっても楽しかったよ」
「っ!?」
それを聞いた白銀は、つい手に持っていた缶ジュースを握り潰しそうになる。そしてそのまま暫く、お互い見つめ合ってしまう。同時に、白銀は思い出した。
先程、京佳に愛していると言われた事を。
確かに、あれはゲームだ。文芸部の子が行ったゲームではある。だがそれでも、面と向かって好きな子に愛していると言われた。その事を思い出すと、胸の鼓動が大きくなる。
(今なら、いっそ…)
いっその事、自分も京佳に想いを伝えるべきでは無いかとさえ思い始める白銀。未だにかぐやと京佳で悩んでいるとはいえ、もうあんな事を言われもした。それに時間が無い。ならいっそ、もうここで選んでもいいのではないか。
白銀がそう悩んでいると、
「あ、そろそろ時間だ。バスがあるから、行こうか」
「え?あ、ああ。そうだな」
京佳が立ち上がり、帰ろうとした。白銀も、それに続くように立ち上がる。
「そうだ白銀。どうせなら、また例のスーパーに寄って行かないか?」
京佳が提案する。それは2人で何度か言っている激安スーパーだ。
「あーすまん。ちょっと今日は用事あるからいいわ」
「そうか。わかったよ」
いつもならこのまま行くのだが、今日はやめる事にした。もしこのまま一緒に買い物に行ってしまえば、もうどうなるかわからないと思ったからだ。今は少しでもいいから、冷静になれる時間が欲しい。
「それじゃ、また学校で」
「ああ。また学校で」
2人はその場で、それぞれの帰路に着く。
こうして、圭の働きによって実現した2人のデートは終わりを迎えた。
これがどうなるかは、まだかわらない。
因みに例にあんこうのぬいぐるみだが、口の中にティッシュ箱を入れられる事を発見し、以降白銀家のティッシュボックスなるのだった。
多分かぐや様には真似できない。あの子ヘタレだし。いや、いざという時は決めるけどね。
因みに京佳さん。平然を装っていますが、実際は心臓バクバクです。そりゃいくら滅茶苦茶強力な恋敵でも、好きな人に愛しているなんて言えば、ねぇ?
次回も可能な限り投稿したいな。
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特別編 四宮かぐやとバストアップ
そしてこちら、いしがめ様が描いてくださった立花京佳さんのイラストです。素晴らしいイラストを、本当にありがとうございます。
【挿絵表示】
生徒会室
「ふぅ…」
「どうかしました京佳さん?」
「いやな、最近肩こりが中々治らなくてまいっているんだ」
「あ、わかります。私も最近酷くて」
「……」
「温泉でも行ったら治ったりしないかな?」
「温泉ですか。確かに肩こりにはいいかもしれませんね。でもどっちかというと、マッサージの方がよくないですか?例えばお店とか」
「マッサージか。そういうの、詳しくないんだよなぁ…それに店行くと、結構な料金するし…」
「だったら私が良い所紹介しますよ!お値段も手ごろなお店知ってますし!」
「いや藤原が言う手ごろと私の手ごろって感覚違ないか?」
「……」
女子3人しかいない生徒会室では、京佳と藤原が会話をしている。そしてその隣で、黙々と仕事をしているかぐや。
(会話に入れない…)
出来れば会話に入りたいと思うかぐやだが、それが出来ない理由がある。人と喋るのが苦手だとか、今は仕事をしなければならないだとかじゃない。この会話に入る事が出来ない理由、それは2人の肩こりの原因であろうものにある。
ふとかぐやが、京佳と藤原の胸部を見る。
たゆん ぷるん
そんな擬音が聞こえてきそうな程に大きな胸が、そこにはあった。
(何なの?何をどうしたらそんな物が育つの?と言うか2人共無駄に育ちすぎでしょう?本当にそぎ落としますよ?そしたらグラム500円で売ってあげます)
四宮かぐやは貧乳である。それも相当な貧乳である。なんせ中学時代から、ブラのサイズがほぼ変わっていない。こう聞けばわかるだろう。
(ま、まぁ大丈夫です。そもそもそこまで気にする必要もない。大事なのは胸以外。会長だってそうのはず!)
確かに気にはなるが、胸なんて所詮ひとつのステータスでしかない。そこでしか判断しない男なんて、こっちから願い下げだ。それに白銀はそういう男じゃない。だったら猶更だろう。
(でも、やっぱりもう少しだけ…)
しかし、やはりコンプレックスには感じてしまう。せめてあと1カップ大きくなれば、白銀を篭絡するのだって簡単だっただろうにと。
「失礼します!」
そんな事を考えていると、伊井野がやってきた。なんか少し怒っている。
「どうかしましたかミコちゃん?」
「聞いてください藤原先輩!」
「何か前もこんなやり取りありましたね」
藤原が質問すると、伊井野は何か雑誌を取り出した。
「うわ出た」
「あ、それは」
「あー…」
その雑誌は、最早生徒会ではおなじみとなっている『恋バイブス』。それを見た3人は、一応に同じ反応をする。
「さっき女子から没収したんですけど、こんな雑誌を廊下で読んでたんです!せめて読むなら人気の無いところで読んでほしいですよ!!」
そういう問題ではないだろうが、伊井野にとって学校にこういった雑誌を持ってくるのは我慢ならない。風紀が著しく乱れてしまうからだ。
「ちょっと拝借」
「え!?藤原先輩!?」
伊井野が没収した雑誌を、藤原は手に取る。そして読み始めた。
「うわー…また結構な内容書いてますねぇ…」
どうやら今回も攻めた内容な掲載しているようだ。
「どれどれ?」
「立花先輩も!?」
藤原の隣から、京佳も覗き読む。
「あー、まぁこれは…」
「はい。やっぱり男の子ってそうですもんね」
「?」
何の話をしているかわからないかぐや。しかし除き見る何て真似はしたくないので、聞耳だけを立てる。
「あのお二人…そろそろ…」
「そうですね。はいミコちゃん」
「ど、どうも…」
藤原から雑誌を受け取った伊井野は、そのまま生徒会の業務をする。
「う、うーん?」
「伊井野、どうかしたか?」
仕事中、伊井野が何やら落ち着かない様子だ。気になった京佳は、伊井野に話しかける。
「いえその、何だか最近胸がきつくて…」
(は?)
「それは、ブラのサイズが合っていないんじゃないか?」
「え?そうですかね?」
「そうですよミコちゃん。ミコちゃんも成長期なんですから、色んなところが成長しますって~」
「そ、そうですかね?」
「早めに店に行って、下着を新しいのに買い替えた方がいいぞ。キツイままだと、胸の形が崩れちゃうし」
「……」
伊井野は仲間だと思っていたかぐやは、1人落ち込む。そしてその後、かぐやは無言で仕事をするのだった。
「あとは、鍵を掛けて終わりですね」
皆が帰って静まり返った生徒会室。最後に残ったかぐやは、生徒会室に鍵を掛けようとした。
「あ」
その時、机の上に伊井野が募集した恋バイブスがあった。恐らく、伊井野が処理し忘れたのだろう。
(さっき、立花さんと藤原さんが言っていた事が気になる…)
今なら誰もいない。なのでかぐやは、雑誌を手に取り読み始める。すると、あろランキングが目に入った。
『男の子が見ている女の子の体の部分ランキング』
1位 胸
2位 お尻
3位 足
「……」
更に読んでみると、男の8割は胸に興味を示すらしい。それだけじゃ無く、やはり大きな胸が好きかどうかという質問に対して、およそ9割が大きい方が好きだと答えていた。
『やっぱり男の子は皆胸が好き!大きい方が色んな事に対して圧倒的に有利!』
『大きい胸はどうしても見られちゃう。だったら、それを最大限活用して、好きな男の子を誘惑してみよう!』
なんとも頭の悪そうなコメントも添えられていた。というかこの書き方、まるで貧乳には人権が無いみたいな印象を受ける。
世の中には、小さい方が好きな男も一定数以上いるというのに。これが偏差報道なのだろうか。
そして、それを見たかぐやは妄想する。
―――――
『確かに四宮は魅力的だが、如何せん胸が小さいからなぁ…そういう訳だから、俺は胸が大きい立花と付き合うよ』
『ふふ。よろしくお願いします。私の未来の旦那様』
『おめでとうございます2人共~』
『結婚式には是非読んでください。僕何があっても行きますので』
『どうかお幸せに!』
―――――
いくらなんでも酷すぎる妄想だが、今のかぐやはそう考えてしまった。これも全て、この恋バイブスが悪い。そしてそういう悲観的な妄想をしたかぐやは、その雑誌を机の上に放り投げて、大急ぎで帰宅した。
四宮家別邸
「早坂ぁぁぁぁぁぁl!!?」
「帰って早々ギャン泣き!?」
帰宅したかぐやは、帰って直ぐに泣いた。そして大粒の涙を流しながら、早坂に抱き着いた。まるで転んで膝を擦りむいた子供が、母親に抱き着いているようである。
「ううううう!!?あうあうあう!!!」
「追い付いてくださいかぐや様。ていうかお願いだから正気に戻って下さい。見てて怖いですから」
そんなかぐやを、早坂は頭を優しく撫でながら落ち着かせる。流石かぐやを長年一緒にいる早坂。手慣れている。
かぐやの部屋
「で、何があったんですか?」
あれから20分ほどかけて、かぐやは落ち着いた。しかし、その目は今でも涙目である。
「ねぇな早坂…やっぱり男の子て、大きい人が好みなの…?」
「は?……あー…」
最初何を言っているかわからなかったが、早坂は直ぐに察した。ほぼ間違いなく、胸の事だろう。
「まぁそうですね。やっぱり世の中の多くの男性はそうだと思います」
「……ううううっ!!!あうあうあう!!!??」
「自分で聞いておいて泣かないでくださいよ。はい、ココアでも飲んで落ち着いてください」
そっと淹れたてのココアを渡す早坂。かぐやはそれを受け取り、ゆっくりと飲む。
「少しは落ち着きましたか?」
「うん……」
再び落ち着きを取り戻したかぐや。そんなかぐやに、早坂は話す。
「さっきはああ言いましたが、結局人それぞれですよ。世の中には……その……小さい方が好きな人だっていますし…」
オブラートの包み方が分からずに率直に言う。でもかぐやの方は見なかった。なんか怖いし。
「でもあと1カップあれば会長を簡単に篭絡できたでしょう!?」
「あー…」
それはそうだろうと思う早坂。男子高校生なんて、所詮性欲で出来た獣だ。もしもかぐやに早坂くらいの胸があれば、白銀はとっくに陥落していたのは想像に難しくない。だって男は皆、大きい方が好きなのだから。
「神様ぁぁぁ!!どうして私にあと1カップ授けてくれなかったんですかぁぁぁ!!」
「神様もそんなクレームは困ると思いますが…」
知能指数が著しく下がったかぐやは、天に向かってクレームを飛ばす。でもこんなクレーム、聞き入れてくれるわけないだろう。そもそもそういうのは親に言って欲しい。
具体的に言うと、本家にいる父親か亡くなった母親に。
「はぁ、仕方ありません。ならばかぐや様、今からでも努力しませんか?」
「努力?何が出来るっていうのよ?」
既に10台も後半なかぐや。今更努力したところで、胸だけ成長するとは思えない。
「これはマジの話ですが、20代でも胸が大きくなる人はいますよ?」
「……え?」
それを聞いて、かぐやは目を輝かせる。
「本当に?」
「本当です。一応言っておきますと、豊胸手術以外でです」
最近、本気で豊胸手術をするべきか悩んでいたかぐや。しかしそれ以外に方法があるらしい。
「教えて早坂。どうすればいいの?」
ならば直ぐにでも、その方法を知りたい。そして試したい。なのでさっさと早坂に聞く。
「胸を直接揉まれたら大きくなります」
「もっ!?」
だが想定外の方法に、かぐやは赤面する。
「胸を揉まれると、女性ホルモンが大量に分泌されます。更にリンパの流れが良くなり、その結果として胸が大きくなります。なので白銀会長を誘惑して、明日の放課後にでも胸を揉まれませんか?」
「出来る訳ないじゃないのよ!?」
「立花さんはやりそうな気しますけどね」
早坂の言っている事は判らなく無いが、それを実践するなんて不可能だ。そもそも、付き合ってもいないのに胸を揉むせるなんて変態だろう。
あと、流石の京佳もそんな事は多分しない。
「他にはないの!?」
「ありますよ。例えば普通にマッサージをするとか、食生活を変えてみるとか、睡眠の質を上げてみるとか」
「初めからそういうのを言いなさいよ!!」
ギャイギィアと騒ぐかぐや。最早見慣れた姿である。
「まぁそういう訳で、暫く色々試してみましょう。私もお手伝いしますので」
本当はこんな面倒な事したくないのだが、かぐやの事なので絶対に付き合わされる。なので初めから手伝うと言う。2度手間だし。
こうして、四宮かぐやバストアップ作戦が開始された。
方法1 ストレッチ・ヨガ
「体の血流をよくする事で胸が大きくなると聞いた事があります。なので全体的に色々やってみましょう」
「お願いね早坂」
早坂に手伝って貰い、部屋でストレッチやヨガをした。血流が良くなって、身体がポカポカした。
方法2 マッサージ
「マッサージをすると、女性ホルモンが大量に分泌されます。更にリンパの流れが良くなり、胸が大きくなると言われてます。なのでマッサージをさせていただきます」
「えっと、どこをマッサージするの?」
「まぁ、胸の周りとか」
早坂がかぐやの胸の周りをマッサージした。かぐやが妖艶な声を出して妙な気分になったので、途中でやめた。
方法3 食事
「大豆やキャベツ、アセロラやからあげを食べると胸が大きくなるらしいです。なので今日から、そういった食品中心にしてみましょう」
「シュフにしっかりと言わないとね。あ、勿論だけど」
「言いませんよ。何とかごまかして伝えますから」
早坂が四宮家お抱えのシェフを胸の事は伏せた状態で言いくるめて、かぐやの食事のメニューを変えた。しかし特に効果は表れなかった。
方法4 ブラを変える
「自分に合っていないブラをしているから、胸の成長が妨げられているという話があります。なので今度、新しいブラを買いましょう」
「わかったわ。このカード限界まで買ってきましょう」
「そのカード限界まで買うと屋敷がブラで埋まるので数絞って下さい」
早坂と共に下着店へ行き、いくつかのブラを購入した。でも何も変化は起きなかった。
方法5 睡眠の質を上げる
「えー……睡眠の質を上げると、成長ホルモンが大量に分泌されて、その結果胸が大きくなるかもです」
「ちょっと早坂。真面目にやりなさいよ」
「これに付き合っているおかげで、私の貴重な睡眠時間が削られているんですよ?正直私が睡眠の質を上げたいですよ…」
枕を変えたり、寝る前にサプリを飲んだりしてよく熟睡できるようにしてみた。よく眠れて、翌朝がすっきりとした目覚めとなった。
「あの、かぐや様…」
「もう何も言わないで…」
早坂と色んな事をやった。しかし、かぐやの胸は一向に変わらなかった。これだけやっても変わらないのなら、もう無理かもしれない。
(まぁ…今までの全部医学的根拠ありませんしね…)
早坂は、かぐやに言っていない事があった。実はこれまでやった事全部、医学的根拠なんて無いのだ。全部俗説である。でもしょうがない。だって豊胸手術以外で胸を大きくするのなんて、これくらいしかないのだから。
(もういっそ、白銀会長を貧乳好きにする方が速い気がしてきた…)
こうなったら、目標の人物である白銀本人の性癖を変えるべく動いた方がマシかもしれない。その為には、白銀の家にそういった本を差し入れるべきか。
しかしこれ、下手したら白銀がロリコンになりそうだ。ただでさえシスコン気味だというのに、下手したら実の妹の圭にとからぬ思いを抱きかねない。
「……」
「ん?」
早坂がそんな事を考えていると、かぐやは電話帳を使って何かを調べていた。
「あの、かぐや様?」
早坂が後ろから電話帳を見てみると、
・○○整形外科
・○○クリニック
・○○美容外科
・○○病院
といった病院名が並んでいるページをかぐやは見ている。それもとても真剣な眼差しで。
「いや待ってーーー!?」
早坂、とっさに電話帳をかぐやから奪い取る。
「それ返して早坂」
「何をするつもりですかかぐや様!?」
真剣な目をしているかぐやに、早坂は尋ねる。
「そりゃ決まっているでしょう。豊胸…」
「やめましょう!?それだけはやめましょう!?ね!?」
もうこの手しかないと言わんばかりに、かぐやは豊胸手術に手を出そうとしている。だがそれは本当にダメだ。別に豊胸手術そのものが駄目という訳では無い。
ただ、天下の四宮家の令嬢がそんな手術をしているというのがバレたら、どんな事になるかわからない。それにかぐやはまだ高校生だ。そんな年齢で豊胸手術をするのは許したくない。
そもそもやりたいという原因が、好きな男を篭絡する為だし。
「だってもう他に手が無いじゃない!!いくらやっても大きくならないんだから、もうこれしかないのよ!!だから電話帳返して!!手術費用なら私に個人資産から出すから!!」
「だからって豊胸手術はやめときましょうよ!?多分後悔しますから!?」
電話帳を取り合うかぐやと早坂。その後、夜遅くまでこの争いは続くのだった。
翌日
「はぁ…」
かぐやはため息をつく。色んな事をやってみたが、結局効果は表れない。最後の手段である豊胸手術も、早坂に止められた。これでは、胸の大きい京佳に白銀を取られてしまう。
(いっそ本当に、会長に直に揉んで貰えば…)
こうなったら早坂の言っていた通り、そうするしか方法が無い。正直もの凄く恥ずかしが、これ以外に手が無い。それにもしそうなったら、責任を取らせるという形で、白銀をものにできるしで一石二鳥だ。
「ん?」
そう思いながら生徒会室に辿りつくと、中から声が聞こえた。
「会長って、胸が大きい人の方がいいですか?」
「どうした急に」
声の主は石上と白銀。そして話している内容は、胸大きさの事。それを理解したかぐやは、生徒会室に入らずに扉の前から、中をこっそりと伺う。
そこにはソファに座っている石上と白銀がいた。そして石上の手には、例のあの雑誌がある。恐らく、伊井野が没収したのとは別のだろう。
「いや、やっぱり大きい方がいいじゃないですか。それに男は皆、大きい方が好きって言いますし」
「お前昼間からそんな事言うなよ…」
割とゲスい事を言う石上。かぐやは拳を握って自分を落ち着かせる。じゃないと、今すぐにでも石上を殴りそうだからだ。
「立花先輩とか藤原先輩とかやっぱ目に見えて大きいから、男として色々想像しちゃうんですよね。口にはしませんけど」
「いや言ってるから。それもう言ってるから」
「ていうかそもそもの話、貧乳って何が良いんですか?男みたいな胸見ても嬉しくないでしょう?どうせならしっかりと揺れる方がいいじゃないですか」
かぐやはこの時、後で必ず石上をシバくと決めた。だが安心して欲しい。命までは取らないぞ。
「それで会長。どうですか?」
石上は白銀に質問する。もしここで白銀も石上と同じような事を言ってしまえば、もう本当に強硬手段に出るしかない。かぐやは固唾を飲んで見守る。
「俺は、大きさは特に気にしないな」
「そうなんですか?」
その白銀の言葉を聞いて、かぐやは無い胸を撫で降ろす。だがそれだけじゃない。
「だって大事なのは、その人そのものだろう?」
白銀が次に言ったその言葉を聞いて、かぐやは目から鱗を流す気持ちになる。
「胸の大きさなんて、結局千差万別だ。それより自分と価値観が合ったり、一緒にいて楽しい人の方がいいだろう。大事なのは見た目じゃなくて中身だよ」
「それもそうっすね」
石上も納得したのか、この話題をやめた。でも雑誌はそのまま読む事にした。
(まぁ、本音言うなら小さい方が好きではあるんだが…)
しかし白銀。口ではこう言ったが、実際は貧乳派だったりする。詳しく言うと年齢制限かかりそうなので説明しないが、兎に角白銀は貧乳派である。
(口には絶対にしないけどな。特に生徒会室では)
だがここでそんな事を口にしてしまえば、誰かが来た時にどうなるかわからない。具体的に言うと、いつぞやの石上が、藤原にハリセンでシバかれたような事だ。
なので口にはしない。こういった話をするのなら、男しかおらずに、尚且つ誰も邪魔が来ないであろう場所でだ。そこなら思う存分、男子高校生らしく猥談ができるし。
「……」
一方生徒会室前で、白銀の言葉を聞いたかぐやは泣きそうになっていた。そうだ。自分は今まで何て無駄な事をしていたんだ。胸なんて所詮飾り。大事なのは中身じゃないか。そんな当たり前の事を忘れていたなんて、なんて馬鹿らしい。
「うふふふ…」
思わず笑みが零れるかぐや。この日より、かぐやはバストアップ作戦をやめた。そしてその後、暫くの間生徒会室前でかぐやはひっそりと笑うのだった。
「なぁ、2人共…四宮はどうしたんだと思う?」
「わかりません…」
「何あれ怖い…」
そしてその様子を、少し離れたところから京佳と藤原と伊井野が見ていた。
因みにその後、かぐやは予定通り石上をシバいた。口は禍の元、もしくは壁に耳あり障子に目ありと石上は学んだ。
「という訳で早坂。もういいわ。大事なのは中身なんだから。私ったら、どうしてそんな当たり前の事を忘れていたのかしらね?」
「今更そんな当たり前の事に気が付かないでください。ていうかここ最近の私の睡眠時間返して…」
やっぱりこういうお話の方が書きやすい。
本筋も必ず進めますので、どうかお待ちください。
次回も書けたらいいなぁ…
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立花京佳と宣戦布告
秀知院学園文化祭、通称『奉心祭』。
多くの生徒が開催に向けて頑張っており、学園内は活気ついていた。生徒会メンバーも、自分のクラスの出し物を成功させるべく頑張っており、最近はあまり生徒会室に全員揃う事もなくなった。白銀が『今は自分のクラスを優先して良い』と皆に言ったからだ。既に開催は明日に迫っており、最後の仕上げのそれぞれが行っている。
「ふぅ…とりあえず、全員通しでしっかり出来るようになったな」
「ああ。これで何とかなるだろう」
京佳と龍珠のクラスも、練習の結果全員が演劇をしっかりと出来るようになっていた。
「あとは、本番でミスをしないようにしないとな」
「そうだな。ま、大丈夫だろ」
「それ慢心じゃないか?」
「違う。自信があるって言え」
人間はミスをする生き物だ。いくら沢山練習をしても、どこかでミスをしてしまう。だが、それも心構えがあればどうにか乗り越えられるだろう。
いくらプロの役者がやる演劇では無いとしても、ここまできたら成功させたい。クラス全員、その思いでここまでやってきた。後は明日の本番に向けて、最後の調整をするだけだ。
「そういやお前、やっぱりそういう服に合うな」
龍珠が京佳を見る。今の京佳は、演劇で使う王子様の衣装を着ている。上には白いチュニック。その上から腕章の付いた白いサーコート。下に刺繍入りの青いスボン。まるでおとぎ話に出てくる王子様の姿そのままだ。
実際、この姿の京佳を見た多くの女子は黄色い悲鳴をあげた。そして一部の女子は倒れた。
「私個人は、ドレスとか来てみたかったんだけどな…」
似合っていると言われても、やはり個人的には男物ではなく女物を着てみたいと思う京佳。いくらイケメン女子で同性にモテると言っても、京佳は女の子である。どうせなら、可愛い衣装を着てみたいと思うのは当然だろう。
「そういう龍珠こそ、そのドレスに合ってるぞ?」
「喧嘩売ってんのかてめー?」
「いや素直に褒めてるんだが」
京佳にガンを付ける龍珠だが、その姿は普段からは想像も出来ないくらいかわいらしいものだった。
今の龍珠は、全身まさにお姫様。京佳と同じ色の青いドレス。足にはハイヒール。そして頭にはプラスチック製のティアラ。
本当に絵本から飛び出してきたかのような可愛い姿である。だが龍珠本人の趣味ではないので、彼女自信は直ぐにでも脱ぎたい気分だ。
「あの2人、本当に絵になるよねー」
「そうだね。私さっき写真撮ったし」
「おいこら。消せ、直ぐに消せ」
「いや、これ文化祭の記録写真だから無理だよ」
正直力づくでも写真を消去したいが、そう言われては無理やりする事もできない。
「あ、桃ちゃん!」
「つ、つばめ先輩!?」
そんな時、教室の外から龍珠に声をかける人がいた。秀知院学園3年生、子安つばめである。
「へー、話には聞いていたけど、凄く可愛いよ?」
「ちょ…あんまり見ないでください…」
「だからって私の後ろに隠れるなって」
去年の夏休みに色々あってつばめと知り合った龍珠。ある意味で憧れの先輩でもあるのだが、こんな姿は見られたくない。なので京佳を盾にして背中に隠れる。
「えっと子安先輩。それは?」
「あ、これ?この後生徒会室に持って行く明日の文化祭で販売する商品のサンプルだよ。その途中に演劇の声が気になったから、ちょっと覗き見してたんだ」
つばめの腕には箱があった。その中にあるのは、秀知院OB会が業者に発注した商品のサンプル。秀知院饅頭や秀知院煎餅。更に秀知院ロールケーキや秀知院プリンなど。まるで観光地のお土産だ。しかしこれらの売り上げは秀知院OB会の活動資金になる。故にどれも業者に注文をしたしっかりしているものばかりなのだ。
「あ、ハート型のキーホルダーもある」
「うん、奉心祭といえばこれだもんね」
食べ物ばかりの中に、キーホルダーがある。しかもハート型。これは秀知院学園のあるこの場所に伝わる、とある言い伝えにあやかった商品だ。
昔、秀知院のあるこの地に流行り病で死にかけている姫がいた。どんな医者もこの病を治す事ができず、誰もが途方に暮れていた。
そんな時、姫の父親が天からお告げを授かった。若人の心臓を火にくべて、その灰を蘿蔔の汁に混ぜて姫に飲ませなさいと。
そしてその話を聞いたとある若者が、自ら心臓を姫に捧げ、姫に飲ませたという。すると姫はたちまち病を完治させ、健やかに生涯を全うしたらしい。
これが奈良時代に風土記に記されている、奉心伝説である。
そしてその伝説が転じて、奉心祭ではあるジンクスが生まれた。
それは奉心祭でハートの贈り物をすると、その相手とは永遠の愛を誓えるというものだ。事実つばめの兄は、奉心祭でハートの贈り物をされ、その相手とついこの間結婚をした。そして今も、超ラヴラヴらしい。見ているこっちが砂糖吐きそうになるくらい。
「有名ですもんね、それ」
「ロマンチックだよねー」
京佳もその伝説は知っている。というかむしろ、秀知院で知らない人間を探す方が難しいくらいには有名な話だ。
「それじゃ、私はこれを持って行かないといけないから行くね。演劇、頑張ってね!」
つばめは激励の言葉を言うと、その場から立ち去って行った。
「最悪だ…つばめ先輩に見られた…」
「どうせ当日に見られるんだから、遅いか早いかの違いじゃないのか?」
「うるせぇ…」
未だに恥ずかしがっている龍珠。やはり憧れの先輩にこういう姿を見られるのは、いくら彼女とはいえ恥ずかしいらしい。
「もう着替えていいか…?」
「うん。もう時間的に出来る練習も無いしね。2人とも着替えていいよ」
龍珠はクラスメイトに尋ねた後、隣の空き教室に京佳と共に向かう。一刻も早く制服、もしくはジャージに戻りたい。やはりこんな姿は趣味じゃないし、そもそも動きにくい。
「なぁ立花」
「何だ?」
空き教室で着替えている最中、下着姿の龍珠が、同じく下着姿の京佳に話しかける。そしてとんでもない事を言い出した。
「お前さ、もしかして文化祭で白銀に告白でもするのか?」
「!?」
京佳、龍珠のその言葉にもの凄く驚く。思わず、その場で転びそうなくらい驚いた。
「な、何でそう思った?」
わかりやすい反応に、龍珠は少し呆れる。こういう時は、ポーカーフェイスが大事なのだ。そうすれば、こんな風に誰かに呆れられる事もないのだから。
「お前さっき、つばめ先輩と奉心伝説について話していたろ?それも結構目を輝かせながら。興味があるだけじゃあんな顔しないって。それこそ、自分もその伝説にあやかろうと思わないと」
「う…」
少し迂闊だったかもしれないと、京佳は反省する。
「まぁ、私以外誰気が付いている様子は無かったし、変な噂が広がる事は無いんじゃね?」
その言葉を聞いて、少しだけ安堵する。もしこれで、文化祭前に白銀にでも『自分が告白をする』という噂が流れでもしたら堪らない。
「いつからだ?いつから気が付いていた?」
それはそれとして、京佳は気になる事があった。どうして龍珠が、自分が白銀が好きだと知っているかという事だ。
「いや何時も何も、お前今年の初めに私に相談してただろ。白銀の事を考えると胸がポカポカするとかなんとか」
「……あ」
京佳、思い出す。そういえば今年の初めの冬休み明けに、龍珠のそんな相談をしていた事を。そしてそれを、すっかり失念していた事を。
「恥ずかしい……」
「覚えとけよお前…」
両手で顔を隠しす京佳。流石のこの事を忘れていたのは酷いと自分でも思う。
「で、どうなんだ?」
「……そうだよ。文化祭2日目に、白銀に告白しようと思っているよ」
「そうか」
観念したのか、京佳は龍珠の質問に答える。
「もしかして、ハートの贈り物を白銀にするつもりか?」
「そのつもりだ。まぁ、子安先輩が持っていたのじゃなくて、別のにするつもりだけど」
「ほーん?」
「その顔やめてくれ」
龍珠はニヤついた顔をしながら京佳を見る。普段こういった話題をしない彼女だが、興味はある。だって花の女子高だもん。
「まぁあれだ。誰にも言わねーし、何だったら何か手伝ってやるよ」
「いいのか?」
「ああ」
龍珠にとって京佳は、秀知院で初めて出来た友達といっても良い。今までヤクザの娘と周りから怖がられて、ずっと1人で過ごしていた龍珠。そんな自分に親とか関係ないと言い、仲良くしてくれたのが京佳だ。これで友情を感じないというのが無理な話。
何ができるかはわからないが、京佳が手伝って欲しいと言えば手伝うつもりだ。
「そうだな。今は思いつかないけど、もし何か手伝って欲しい事が出来たらお願いするよ」
「おう」
京佳も龍珠を頼る事にした。人間、1人で出来る事なんてたかが知れている。いざという時は、誰かに頼らないとダメな時もあるのだ。そうしないと、大丈夫なものもダメになる時があるから。
(でもその前に、やる事やらないとな)
そして京佳は白銀へ告白をする為にも、ある事をするのだった。
生徒会室
「……」
生徒会室では、かぐやが先ほどつばめから貰ったハート型のキーホルダーを持って窓の外を見ていた。かぐやはついさっき、つばめから奉心伝説の話を聞いた。勿論、その伝説にあやかって文化祭でハート型の贈り物をすると永遠の愛を誓えるという話も。
(奉心伝説…そんな物があると知っていたら、もっと早く色々仕込んでいたというのに…明日は文化祭本番。今から何かを仕込んでこのハートを会長から私に渡すよう仕向けるのは無理でしょうね…)
明日はいよいよ文化祭当日。今から何かを仕込むなんて真似、出来る訳が無い
(だとしたら、私から…?ってダメ!そんな真似出来る訳ないじゃない!だってそんなの、もう告白よ!?)
そしてかぐや。既に白銀への恋心を自覚しているにもかかわらず、未だに自分から告白をするという手段を取れずにいた。理由は、怖いから。もし告白をして白銀にフラれると思うと、怖くて仕方が無い。吐きそうにもなる。
(そうだわ。例えば模様の入ったハンカチに小さくハートが入っていれば別にバレないじゃない。態々自分から馬鹿正直に正面切って告白をする必要なんて無いわ。そういうのでいいのよ。そういうので)
可能な限り相手にバレないよう、ハートを送る事を考えるかぐや。
(それによ。そもそも会長は立花さんより私の方が好きなんじゃない。だったら態々こんな事しなくてもいいのよ。心に余裕を持って、明日まで過ごせばいいだけなんだから)
更にかぐや。数日前に白銀と京佳の3人で行った北高の文化祭で白銀に膝枕をされた事が原因で、勝利を確信していた。
なんせ膝枕は相当に親密、もしくは好意が無いとしない。白銀はそれを、かぐやに行っている。京佳にではなく、かぐやにだ。これはもう勝ったも同然だというのが、かぐやの考えである。早坂が聞いたら呆れそうだ。
(いえもしかしたら、文化祭の日に会長からハート形の何かを私に送ってくれるかもしれないじゃない。こんな風に慌てる必要も無いわ。どっしりと会長が告白してくるのを待っていればいいのよ)
あくまで自分からは告白をしないスタイルのかぐや。生まれ持ったプライドのせいか、それとも四宮家の教育の賜物か。もしくはその両方か。
兎に角かぐやは、自分から白銀に告白をするつもりはなかった。
「失礼する」
そんな時、京佳が生徒会室にやってきた。
「立花さん?珍しいですね?クラスの演劇の練習があったのでは?」
「もう練習なら終わったよ。後は小道具や舞台で使う大道具の子たちの仕事だ」
そう言うと京佳は、生徒会室のソファに座る。
「四宮」
「はい?」
「話がある」
「それで、話と言うのは?」
2人分の紅茶を淹れ、かぐやもソファに座る。丁度、京佳と対面する形だ。
「大事な話だ。これをしておかないと、私は進めないかもしれないからな」
「はぁ?」
何やら神妙な顔をしている京佳。しかしかぐやには思い当たる節が無い。
「四宮。君は、白銀をどう思っている?」
「ふえ!?」
突然の京佳の質問に、かぐやはテンパる。
「な、何を言い出すんですか立花さん!?そんな質問、まるで私が会長をお慕い申し上げているみたいじゃないですか!?」
もう隠せていない。こんなの、まるでそうだと言っているようである。鈍感な石上ですら、これを見ればかぐやの本心に気が付くだろう。
「そ、そういう立花さんはどうなんですか!?会長の事をどう思っているんですか!?」
明らかにもう遅いが、これ以上ボロを出したくないかぐやは京佳に質問をする。そんなかぐやの質問に京佳は、
「好きだよ」
「……え?」
「私は、白銀が好きだ」
真っすぐに、そう答えた。
「優しさところが好きだ。誰より努力しているところが好きだ。誰も下に見ないところが好きだ。友達思いなところが好きだ。家族を大切にしているところが好きだ。困っている人を助けるところが好きだ。偶に子供みたいにはしゃぐところが好きだ。そして何より、私が眼帯をしているのをかっこいいと言ってくれたのが好きだ」
スラスラと、白銀の好きなところを口にする京佳。そしてかぐやは、固まっていた。
「まぁつまり、私は白銀の事が大好きという訳だ」
「……」
かぐや、動かない。いや、動けない。こんな素直に、白銀の事を好きだと京佳が言うとは思いもしなかったからだ。正直、羨ましい。京佳のこういうところが羨ましい。
だが更なる追い打ちを、京佳はかぐやに言う。
「だからこそ、私は白銀の恋人になりたい」
それはかぐやとて思っているが、決して口にしない思い。正確には早坂には言っているのだが、流石に恋敵には言わない。
「それで教えてくれ四宮。君は、白銀をどう思っているんだ?」
再び京佳は、かぐやに質問をする。どうして態々こんな事を京佳がしているかというと、寝首をかいて勝つ真似をしない為だ。
これまで白銀を振り向かせる為、京佳は様々な事をしてきた。それは全て、かぐやに白銀を獲られたくないという気持ちから来ている。
しかしだ。もしこのまま文化祭を迎えて、かぐやがクラスの出し物でいない時に告白をして、それで白銀と付き合う事になったとしよう。それは果たして、本当に四宮かぐやに勝ったと言えるのだろうか。
勿論、京佳の目標である白銀と恋仲になるという目標は達成されるだろう。そしてそれから、自分と白銀は恋人として幸せに過ごせるかもしれない。でもそこには、鬼の居ぬ間に何とやらという罪悪感がある。
京佳は、かぐやが白銀を好きなのを知っている。それこそ、自分と同じくらいに。もしも逆の立場で、かぐやが白銀に告白をして付き合う事になった時、京佳は絶対にかぐやを許さない。2人が付き合った後も、未練がましく何とかするかもしれない。
だからこそ、白銀の前にかぐやには自分の気持ちを全てぶつける。そのうえで、かぐやとの恋愛戦争に正面から勝利してみせる。
言うならばこれは、四宮かぐやに対する宣戦布告。
律儀というか、馬鹿正直というか。だがこれをしないと、京佳は四宮かぐやに勝てないと思っている。仮にこれでかぐやに対して不利になったとしても、言わない訳にはいかないのだ。
「……」
かぐやは黙っている。一言も喋らない。京佳は、そんなかぐやの返答を待つ。ここでかぐやが自身の想いを言えば、それは京佳からの宣戦布告を受け取ったと判断されるだろう。そうなれば、後はお互い白銀を巡った勝負に挑むだけだ。
だからこそ、かぐやの言葉をじっと待つ。かぐやの本心を聞きたいから。
「わ、私は…」
そして遂にかぐやは口を開いて、
「会長の事は、とても素敵な人だと思ってますよ?」
「そうか」
「ですが、別に立花さんのように会長が好きという訳ではありません!」
「……は?」
そんな事を言い出した。
「まぁ?確かに会長は素敵な男性ですよ?それは認めます。でも、別に好きという訳ではありません。あ、いえ。嫌いでもありません。友達としては好きですよ?それに会長は、立花さんが言った意味でも素敵な人です。もしも、会長の方から私と付き合いたいと言うのであれば、まぁ付き合うのもやぶさかではありませんね?」
かぐや、ここでヘタレた。いくら京佳が覚悟を決めて宣戦布告をしても、それはかぐやには関係が無い。自分も馬鹿正直に、想いを言う必要が無いのだ。
あと単純に恥ずかしい。いくら白銀本人でないとしても、白銀が好きだと口にするのは恥ずかしい。
「なぁ四宮」
「何ですか?」
「それは本心か?」
ここで京佳が別の質問をする。その目は、少し冷たかった。
「も、勿論です!そもそも会長と付き合いたいとかいうのであればお好きにしてください!」
そしてかぐや、ここでも本心を隠してヘタレる。というよりさっきより酷い。本心を隠すところか、思ってもいない事を言う始末だ。
「そうか……」
京佳はかぐやの言葉を聞いた後、小さくため息を吐いた。そして、とある言葉を口にした。
「君の白銀に対する想いは、その程度だったと言う事か」
「え…?」
そう言うと京佳は、帰り支度を始めた。
「すまなかった。突然こんな事を言ってしまって。さっきのは忘れてくれ」
「た、立花さん?」
かぐや、ここで自分が選択を間違えたと察した。先程の質問は、京佳なりの決意表明だったのだ。それを自分は、ないがしろにしてしまった。もし自分が京佳の立場だったと思うと、許せないだろう。
「それじゃ明日の文化祭、お互い頑張ろうな」
かぐやの方を見ずに、京佳はそのまま生徒会室から出て行った。
折角京佳が自分に意思表明をしてきてくれた。四宮家の者としても、京佳の友人としても、あれにはしっかりと答えないといけなかった筈だ。
だというのに、自分は逃げた。京佳の質問から逃げた。いくらなんでも、これは情けない。自己嫌悪に陥りそうになる。
「……何してんのかしら、私は…」
残されたかぐやは、既に冷めた紅茶を見ながらそう呟く事した出きなかった。
正直、これ書くかどうか迷いました。でもやっぱり戦いには、宣戦布告が必要かなって思ったので書いた。
変なところや、矛盾しているようなところがあったら遠慮なく言って下さい。修正しますので。
あと1話挟んで、文化祭当日行く予定です。決戦の日は近い。
次回も頑張りたいと思うけど、どうなるかわからない。
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四宮かぐやは受けて立つ
四宮家別邸 かぐやの部屋
「……」
「またこれですか…」
かぐやの部屋では、かぐやがベットに制服姿のまま仰向きに倒れこんでいた。家に帰ってから、ずっとこれである。もう既に見慣れた光景になりつつあるので、早坂は対して動揺もしない。
「で、何がありました?」
「……」
「かぐや様ー?起きてますよね?」
「……」
「前もこんな事あったなぁ…」
一向に起きる気配の無いかぐや。そしてデジャヴを感じる早坂。
(まぁ、大体の原因はわかりますけどね…)
だが主人のかぐやがこうなっている原因は大体察する事が出来る。白銀か、京佳のどっちかだ。
白銀を文化祭でデートに誘おうとしてヘマをしておじゃんになったか、京佳が白銀をかぐやより早くデートに誘って自分は白銀を誘えなかったか。大方そんなところだろう。じゃないとこんな風になる訳が無い。
「起きてくださいよかぐや様。いつまでそうしているつもりですか?」
早坂はそう言うが、かぐやは一向に起きる気配がない。今ならかぐやにセクハラし放題だが、そんな事するつもりは無い。
「早坂…私って、何で生きているのかしら…?」
「は?」
ようやくかぐやが口を開いたかと思えば、そんな悲観的な事を言い出す。
「思えば、今まで変に意地を張って生きてきて、その結果色んなチャンスをふいにしてきた…私って本当に、馬鹿よね…」
「あの、マジで何がありました?」
どうも今日のかぐやは普通じゃない。いつもヘコんだ時はかなり悲観的になるが、今日は一段と悲観的だ。流石の早坂も心配しだす。
「放課後にね、立花さんに面と向かって言われたのよ…」
「何をですか?」
「自分は会長の事が好きだって」
「は!?」
早坂、つい声を大きくして驚く。京佳が白銀を好きであるというのは勿論知っているが、まさかかぐやに対して面と向かって言うとは思っていなかった。
「そ、それでどうしたんですか…?」
この時、早坂には嫌な予感がしていた。落ち込んでいるかぐや。口を開けばとても悲観的。そして京佳に面と向かって言われた白銀が好き宣言。これらの出来事を踏まえて、ヘタレなかぐやを見るもしかすると、最悪の出来事があったかもしれないと。
だがまだ希望を捨ててはいけない。少なくとも、かぐや自身の口から真実を聞くまでは。
そんな早坂の願いは、
「私…つい何時もみたいに言っちゃった…」
「ぐ、具体的には…?」
「私は別に、会長の事を好きじゃないって…」
儚くも散ってしまった。
「折角立花さんが言ったのに…私、何時もみたいに…」
遂に目に涙を浮かべるかぐや。なんせこれでかぐやは、京佳が明日からの文化祭で白銀とデートをしても何も出来ないのだ。
放課後、京佳に言われた時に『自分も白銀が好き』だと言っておけば、明日からの文化祭で正々堂々と京佳と雌雄を決する勝負が出来ただろう。だがかぐやはそうは言わなかった。
ついヘタれて、自分の素直な気持ちを言わなかった。
「……」
そして早坂は絶句していた。はっきり言って、これはもう今までの自分の苦労が水の泡である。だってこれで京佳は白銀を正面からデートに誘えるのだ。もしそこにかぐやが邪魔でもしようものなら、京佳は言うだろう。
『四宮は別に白銀の事を好きじゃないんだから、私の邪魔をするな』と。
そう言われてしまえば、かぐやは何も言い返せない。だってそう言ってしまったのだから。自分は、白銀の事は好きじゃないと。
「そうだわ。いっそ今から立花さんを強制的に転校させてしまえばいいのよ。もしくは明日までに風邪をひかせるとか。そうすれば明日からの文化際で立花さんが会長に何かをする事は無いじゃない。そうと決まれば早坂。さっそく準備をして頂戴」
そしてかぐや。彼女はこの期に及んでも、未だに京佳自身を排除する方向で状況を打開しようとしている。それこそ、いつもの様に。
ブチッ
そんなかぐやを見ている早坂は、遂に我慢の限界を迎えた。もしこのまま自分もいつもの様にかぐやに言い聞かせても、対して効果が無いだろう。あと正直、もう手遅れ感が凄い。
それにかぐやが放課後に素直にならなかったせいで、この1年の苦労が水の泡だ。更にかぐやは、今もいつもの様に行動を起そうとしている。
はっきり言って、もう無理だ。いい加減、堪忍袋の緒が切れた。
「失礼します、かぐや様」
「え?」
早坂はかぐやにゆっくりと近づく。そして、
スパァァン!!
「っ!?」
かぐやの左頬を思いっきりビンタした。
「え…?え…??」
早坂にビンタされたかぐやは混乱していた。どうして突然早坂にビンタされたのか意味がわからない。それにこれ、かぐやの人生初めてのビンタである。人生で初めて他人にビンタされて、かぐやは混乱する。
「いい加減にしなさい」
そんなかぐやに、早坂はマジトーンで話し出す。
「貴方は、この期に及んでもまだそんな事を言うんですか?」
「は、早坂…?」
何時もと違う早坂に、かぐやは少し怯える。先ず目がとても冷たい。まるで自分の事をその辺の野良犬か野良猫にでも見えているかのような目をしている。
そしてあの顔は、間違いなく怒っている。それも今までで1番。
「これまでは長い付き合いというのもあったので、多少の事は目を瞑ってきましたが、今回の事は許容できません。貴方は、自分が言った事がわかっているんですか?」
かぐやが思った通り、早坂はブチ切れている。これまでは我慢も出来たが、今回ばかりはもう無理だった。
「折角立花さんが態々正面切って言ったのに、それを無碍にするような事を言って。はっきり言って最低ですよ」
「さ、最低…」
「それだけじゃありません。かぐや様の発言で、立花さんはもう遠慮も容赦もしません。だって文化祭で白銀会長を誘える正当な理由を手に入れたんですから。そしてそれを、かぐや様は止める事なんてできません。何故ならかぐや様は白銀会長の事なんて好きじゃないと言ったのですから」
「……」
かぐやは何も言い返せない。だってその通りなのだから。
「というかマジでいい加減にしてください。かぐや様のその発言のせいで、この1年間積み上げてきた物が全部パーですよ。私も協力してきたのに、その全てが全部パーです。わかってますか?」
そしてこれが早坂がキレている1番の理由。今までかぐやの我儘や、トンチキな作戦に付き合ってきた。でもそれは全て主人であるかぐやが白銀と付き合えると思ったからこそ続けられた。
しかし今日の放課後の出来事により、その努力が全てが報われないまま終わる。つまりこの1年は、全て無駄になったのだ。
放課後にかぐやが素直になっていればまだ結果は違っただろうけど、こうなったらもう無理だ。だからこそ、早坂はキレている。
「もう、終わりなの…?」
「終わりです。今から何をしたってもう遅い。勝負は着きました。つまり、かぐや様の初恋はここで終了したんです」
かぐやに辛い現実を突きつける早坂。それを聞いたかぐやは、
「やだ…」
「何ですか?」
「やだぁ…!!」
声を震わせながら、泣き出した。
「やだ!会長を立花さんに獲られるなんて絶対にやだぁ!そんなの耐え切れない!会長が、立花さんと一緒になるって思うだけで吐きそうだもん!だって私、会長の事が大好きなんだから!」
ようやく本音をぶちまけるかぐや。
「でももう遅いって私言いましたよね?だってかぐや様、立花さんに会長の事は別に好きじゃないって言ったんですし」
「そんなのわかってる!でもやだ!だって本当の本当に会長の事が大好きなんだもん!もう遅いってわかってても、諦めるなんてできない!!」
小さな子供みたいに泣きじゃくるかぐや。全部自業自得なのはわかっている。全ては、自分が素直にならなかったせいだと。
でもやはり、諦めるなんて無理。未練がましとわかっていても、諦めるなんて無理。だって四宮かぐやは、こんなにも白銀御行の事が大好きなんだから。
「お願い早坂…もう2度と我儘なんて言わない…これからは素直になる…だから、だからどうか時間を巻き戻して…それが無理なら、過去に跳んで私を殴って…」
「……」
ネコ型ロボットでもない限り、時間を巻き戻すなんて無理だ。しかし、もうかぐやは縋るしかない。このままただ2人が付き合うのを見るくらいなら、いっそ死んでしまった方がマシなのだから。
「流石に過去改変は私もできません」
「うう…ぐす…」
「ですが、今直ぐ出来る事はあります」
「……え?」
どん底のかぐやに、光が差した気がした。
「ただし条件があります。今から2時間は、絶対に素直になってください。それが出来ないと言うのならば、この方法はダメです。あと例えこの方法をやったとしても、かぐや様が納得できる結果になるかはわかりません。だって状況は最悪なのですから。それでも、やりますか?」
状況は日本史で例えるなら沖縄戦が終わり、ソ連が参戦した時くらい最悪だ。つまりもう、ほぼ詰み。ここから逆転なんて、先ず無理だろう。
だが本当に僅かだが、可能性がある。スカイダイビング中に、針の穴に糸を目隠しした状態で連続で10本通すくらいの可能性。それでも、やらないよりはマシ。
「……やるわ」
かぐやは制服の袖で涙を拭きながら、立ち上がる。
「例え可能性がほぼゼロだとしても、やれるならやるわ。このままこの恋を諦めるなんてあって溜まるもんですか!!」
こうやって立ち上がれる辺り、流石四宮家のお嬢様である。
「わかりました。それと、先程はビンタしてしまい、本当に申し訳ありません。如何なる罰でもお受けいたします」
「いいえ。別にそんなつもりないから安心して。むしろありがとう。おかげで目が覚めたわ」
この時早坂は、本当にどんな罰でも受けるつもりだった。しかしかぐやはそんな事をするつもりはない。そもそも、あれは全部自分の身から出た錆なのだから。
「それで早坂。何をするの?」
「簡単です。今から立花さんに会いに行きましょう」
立花家 京佳の部屋
「……」
自室のベットに腰かけ、京佳は天を仰いでいた。正確に言えば天井を仰いでいた。そして、この恋愛戦争の勝ちを確信する。
(これでもう、四宮は敵じゃない…)
京佳が思い返すのは、今日の放課後の事。
京佳は放課後、かぐやに宣戦布告をした。
それ自体は別にいい。元からそうするつもりだったし。だがその後、かぐやの言葉を聞いて京佳は、つい頭に血が昇ってしまったのだ。
『自分はこんな素直にならない子を恋敵としていたのか』と。
はっきり言って失望した。これまで白銀を振り向かせるにはかぐやをどうにかしないといけないと思っていたのに、当のかぐやがあんな事を言うからだ。
あの瞬間京佳は、かぐやをもう恋敵として見れなくなった。そして京佳は、そのまま帰宅。
(正直、自分に酔っていた気もするがな…)
だが今更ながら、少し後悔もしている。普通、いきなりあんな事いわれても誰だって困る。だって心の準備とかがあるからだ。
それを自分は考えずに、勝手に宣戦布告。そりゃ困るだろう。せめてかぐやが落ち着くまで、少し時間を置くべきだった。
(だがもう今更そんな事思ってもしょうがない。後はもう、白銀を振り向かせるべく明日からの文化祭に挑むだけだ!)
多少の罪悪感はあるが、時間を巻き戻すなんて出来ない。もう邪魔者はいない。あとはこのまま、一気に進むだけだ。
そんな時だ。
「ん?電話?」
京佳のスマホが鳴ったのは。京佳が画面を見るとそこには、
「四宮?」
四宮かぐやの名前が出ていた。
「……」
京佳、この電話に出るべきか少し悩む。恐らくだが、かぐやはは放課後の事で電話してきたのだろう。だが京佳の中では、既に終わった出来事だ。今更話す事は無い。
(いや、出よう)
だが放課後の出来事で少なからず罪悪感があるので、京佳は電話に出る事にした。
「もしもし?」
『や、夜分遅くにすみません立花さん』
「別にいいよ。それで、何の用だ?」
『今から、会う事はできますか?』
「こんばんわ、立花さん。態々ありがとうございます」
「私の家、直ぐそこだからあまり気にしなくていいよ」
電話をしてから10分。京佳は自宅近くの公園にきていた。そこには既に、かぐやがいた。後ろには、四宮家の物であろう黒い車もある。
「それで、一体何の用なんだ?」
京佳はここに来ることになった理由をかぐやに聞く。先程の電話では『直接会って話したい』としか言わなかったからだ。
「先ずは、謝らせてください」
するとかぐや、突然京佳に頭を下げ出した。
「本日の放課後、折角の立花さんの宣言を無碍にしてしまい、本当にごめんなさい」
「な」
その光景に、京佳は驚いた。だってあの四宮かぐやが頭を下げているのだ。ほんの1年半前まで、氷のかぐや姫なんて呼ばれていたあのかぐやが。
「いや、そこまでしなくていいって。頭を上げてくれ四宮」
確かに、放課後のかぐやの反応を見て失望した京佳ではあるが、流石にこれは申し訳ない。そもそもあれは突然がすぎた。もう少し、かぐやには時間を与えるべきだっただろう。
「よろしいのですか?」
「ああ。そもそも私も突然あんな事を言ってすまなかった」
「いえ、立花さんは何も悪くありません。悪いのは一方的に私ですから」
「そ、そうか?」
「はい」
そこまで言われると流石に気が引ける。
「それと、もうひとつ」
「ん?」
かぐやは頭を上げると、京佳の目を見る。その目には、確固たる決意が見えた。
「放課後の事ですが、撤回させてください」
「撤回?」
かぐやは1度深呼吸をすると、京佳に言った。
「私は、白銀御行が好きです」
白銀の事が好きだと。
「この好きというのは、友達としての好きではありません。私は会長の事を、1人の男性として好きになっています。あの目が好き。優しいところが好き。努力家なところも好き。そんな会長の事が、大好きです」
スラスラと、放課後の京佳みたいに白銀の好きなところを言うかぐや。それを京佳は、黙って聞いていた。
どうしてかぐやがこんな事を言っているのかというと、早坂の提案だ。即ち『京佳の宣戦布告をしっかりと受け取り、自分の素直な気持ちをぶちまけろ』である。
既にあれから数時間が経過している。正直、今更受け取っても遅すぎるだろう。そもそも京佳からしてみれば、態々自分が不利になるような真似はしたく無いだろうし。
だがそれでも、京佳からの宣戦布告を受け取らないよりマシの筈だ。これで京佳がどう思うかはわからない。もしかすると、更に失望されるかもしれない。そう言う意味では、これは賭けでもあった。だがもう、これ以外方法が無い。
「だから私は、そんな会長と恋人になりたい」
「……そうか」
そして遂にかぐやは、京佳と同じように白銀の恋人になりたいと言った。これこそ、四宮やかぐやの素直な気持ち。
「今更言うのはおこがましいのは判っています。でも、それでも今言わせてください」
かぐやは京佳を真っすぐ見て、
「受けて立ちます」
京佳の宣戦布告をかなり遅れて受けるのだった。
「……」
京佳は口を閉じたまま。一向に喋らない。それを見守るのはかぐやと、車の中で待機している早坂と運転手のメイドの志賀。
「何で、それを放課後に言わなかったんだ?」
ようやく京佳が口を開いた。
「えっと、恥ずかしくて、つい…」
「えー…」
「それに関しては本当にごめんなさい。逆の立場だったら私だって怒りますし」
本当に申し訳ないとかぐやは思っている。あの時素直に受けていれば、こんな事にはならなかったのだから。
「それで、あの…どうでしょうか?」
恐る恐る、かぐやは京佳に聞いてみた。
「正直、今更そんな事を言われてもというのがある」
「ですよね…」
やはりというべきか、京佳の反応はイマイチだ。
「だが物騒な言い方をすれば、倒しがいがあるとも思った」
「え?」
しかし直ぐに、違う反応が見えた。
「もしこのまま私が白銀と付き合ったとしても、ちょっと思うところがあるしね。こうして正面から勝負した方が、後腐れが無いだろう?」
「……」
「だから私が言うべき台詞はこうだ」
「こちらこそ、受けてたとうじゃないか」
それはかぐやの言葉を受けるというもの。同時に、かぐやと同じ土俵に降りてきたという事だ。
「本当に、ありがとうございます」
かぐや、再び頭を下げる。普通なら、態々同じ土俵に立とうとは思わない。少なくとも、自分ならそうはしない。
そして京佳自身、この選択がどうなるかわからない。だがやはり、四宮かぐやには正面から戦って勝ちたい。その結果この恋愛戦争に負けるかもしれないが、その時はその時に考えればいいのだから。
「ところで四宮。前から聞きたかったんだが、一体何時白銀を好きになったんだ?」
「え?えっと、きっかけは去年、血溜沼でハンカチが落ちた時なんですが…」
と、ここで京佳。かぐやに白銀を好きになった経緯を聞いてみた。折角だから、聞いておきたいと思ったからだ。
「ああ成程。それでか。確かにあの時の白銀はかっこよかったよな」
「ですよね!やはり会長はああやって誰かの為に動けるところが素敵で…!」
そしていつしか2人は、白銀の良いところを沢山言い合った。この時ばかりは、好きな人のところを共有できる喜びが、恋敵に対する憎しみを上回った。
その後1時間以上、2人は夜の公園で白銀の話に花を咲かせるのであった。
「志賀さん、私たちもう帰ってもいいですかね?」
「流石に夜この時間にお嬢様を置いて帰るのはちょっと…」
その間、メイド2人は車の中でずっと待ちぼうけを食らうのだった。
これにて宣戦布告完了。次回からいよいよ、かぐや様と京佳さんの文化祭決戦が始まります。
まぁ告白シーンまでいくの、また長くなるかもだけど。
変なところや矛盾しているところがあったら、言って貰えると助かります。
次回もしっかり投稿したいです。でも最近、仕事本当に忙しいのよね…。
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秀知院と文化祭(協力者)
およそ3か月ぶりですが、どうぞです。
遂に始まろうとしている秀知院文化祭、通称『奉心祭』。まだ開始前、それも日が昇っていない明け方だというのに、学園内には多くの生徒がいる。皆、それぞれのクラスの出し物を成功させたいので、最後の追い込みをしているからだ。
「じゃあもう1度、頭から通してやるよ!」
「照明、準備よし!」
「音響、準備よし!」
「それじゃよーい、はい!」
当然、それは京佳のクラスも同じである。京佳のクラスがやるのは演劇。長すぎず短すぎない長さの演劇で、誰でも知っているシンデレラが題材。そこに色々とアレンジを加えている。
演劇は、少しでもミスをしたら台無しだ。なのでこうして、最後まで練習を欠かさない。全員、この演劇を成功させたいからだ。
因みに、この日の集合時間は朝5時である。
「はいオッケー!!」
「ふぅ。お疲れ、龍珠」
「何言ってる。これからだろ」
頭から通しでやってみたが、問題なさそうだ。これなら余程のハプニングが無い限り、演劇は成功するだろう。
「あ、もう外明るい」
「丁度いいや。近くのコンビニで朝ごはん買って食べよう?」
「さんせーい!」
朝食には少し早い時間ではあるが、色々とひと段落した今なら丁度いい。京佳のクラスメイトたちは、学園近くのコンビニに行く事にした。
「あ、立花さんたちは待ってていいよ」
「え?何でだ?」
「だって朝から通しでやってたから疲れてるでしょ?私たちが買ってくるから!」
クラスメイトが演者の皆には休むように言う。確かに、演劇で1番疲れるのは演者である。朝早い段階から通しで稽古しているのに、この寒い中コンビニに行かせるのは申し訳が無い。なので少しでも休ませたいのだ。
「それじゃ、私は卵サンドとコーヒーで」
「あたしは肉まん2つ。あとお茶」
「あ、私はササミの入ったサラダで」
京佳に続き、他の演者も次々に注文をする。そしてそれを聞いたクラスメイトは、もの凄く早い指裁きでスマホのメモ機能に記入していく。
「よし!それじゃ直ぐに戻ってくるから、皆は待っててね!」
全員分の朝食を聞いた彼女は、そのまま他のメンバーと共にコンビニへダッシュをする。
「それにしても、あっという間だったな」
「ああ。よくあの短期間でここまで出来たと思えるよ」
朝食の買い出しに行っている最中、京佳と龍珠は話す。準備期間は決して多くなかった。正直に言えば、あと1週間くらい欲しいと思う。
しかしそんな時間は無いので、がむしゃらに頑張るしかない。そしてクラス皆の頑張りで、ここまで完成する事が出来た。後は本番でミスをせず、しっかりと演劇をやりきるだけだ。
「とか思ってると、本番でとんでもないハプニングがあったりするんだよなぁ」
「やめてくれ龍珠。そういうのフラグだぞ…」
そういう不穏な事は言わないで欲しい。本当に何かがありそうだ。
「ただいまーー!」
『いや早くない!?』
そんな風に駄弁っていると、買い出しに行ってきたクラスメイトたちが戻ってきた。時間にして、まだ10分もたっていない。そのあまりの速さに、京佳たちは驚く。
「朝だったからさ、あまり混んで無かったんだよね。それに私、陸上部だし」
「ああ、成程…そういやまだ6時台だったな」
どうもまだ早朝だったので、あまりコンビニは混んでなかったようだ。それにしても早いと思うが。
「はいこれ、立花さんの卵サンドとコーヒー。あ、ブラックで良かった?」
「ああ、大丈夫だよ。ありがとう」
京佳はクラスメイトから朝食を受け取る。入学当初なら絶対に無かった光景だろう。あの時は、龍珠以外の皆が京佳を怖がっていたからだ。
だが今はもう、そんな事は無い。これも生徒会での仕事を全うしてきたおかげかもしれない。今ならば、仮に京佳と白銀が恋人同士になっても、クラス皆は祝福してくれそうだ。
「おい立花。ちょっとこい」
「え?何だ?」
「いいから、ちょっとこい。話がある」
京佳が朝食を受け取り、買い出しメンバーが他のクラスメイトたちに朝食を配っていると、突然龍珠が京佳を連れ出した。どうやら、何か話があるようだ。京佳は朝食を手に持ったまま、龍珠に付いて行く。因みに龍珠の朝食は鮭おにぎりつだ。そして、そのまま天文部の部室へとたどり着く。部室へ入ると、龍珠は部室の扉に鍵をかける。余程誰にも聞かれたくない話なのかもしれない。
「えっと、どうした?」
突然こんな場所に連れてこられ、京佳は少し戸惑う。
「単刀直入に聞くぞ?お前、白銀にどういう告白をするんだ?」
「ぶふ!?」
そして龍珠の突然の質問に拭きだすのだった。
「な、何を…!?」
「今更とぼけんな。お前私に言ってただろ。文化祭の2日目に告白するって」
「……あ」
演劇に集中していたせいで今の今まで忘れていたが、そういえばつい昨日そんな事を言った。でもやはりこうして急に言われると恥ずかしいので勘弁してもらいたい。
「……2日目の、キャンプファイアーで盛り上がっている途中に、白銀を別の場所に呼び出して、そこで告白するつもりだが…」
龍珠にここまで知られている以上、今更誤魔化す訳にもいかない。京佳は恥ずかしがりながら、告白の日程を龍珠に教える。
「そうか。キャンプファイアーの時か」
「ああ…」
「何すればいい?」
「え?」
「だから、私は何をすればいい?」
すると龍珠が、京佳にそんな質問をする。その時、京佳は思い出した。昨日、何か手伝って欲しい事があれば手伝うと龍珠が言っていた事を。
「今更だが、いいのか?」
確かに以前、龍珠は手伝うと言った。京佳だって、手伝ってくれるのならありがたいと思う。しかしやはり、自分の恋愛事に巻き込んでしまうので少しだけ気が引ける。
「お前の事は、マジで大事な友達って思ってるんだ。だからこそ、そんな友達の恋が成就して欲しいって思うのは当たり前だろ」
すると龍珠は、どこか恥ずかしそうに言う。龍珠にとって京佳は、秀知院で今も自分から離れずにいてくれる友達だ。そんな友達の恋を応援したいと思うのは、極々普通の事だろう。
いくらヤクザの娘だとか、不良生徒とか言われている龍珠でも、それくらいの心と思いやりはある。
「……嬉しいんだが、恥ずかしい事言ってる自覚あるか?」
「うるせぇ!いいから何か手伝わせろ!!」
最後は少しヤケクソ気味だが、龍珠が京佳の恋を応援しているのは事実だ。だって本当に、大事な友達なんだから。
「それじゃ、ちょっといいかな?」
「ああ」
そして京佳は、龍珠にある事をお願いするのだった。
こうして京佳は、1人目の協力者を得たのである。
(昨日は立花さんにあんな事言ったけど、やっぱり会長に告白なんて…)
一方かぐや。彼女も早朝から学園に来ていた。普段なら、例え文化祭といえどかぐやがここまで早く来る必要な無い。しかし、今は家にはあまりいたくない。家の自室だと、変な事ばかり考えてしまうからだ。
(そもそも、告白ってどうすればいいの?)
昨夜京佳からの宣戦布告を受け取り、その後白銀の素敵なところを2人で言うだけ言ったかぐやは、志賀の運転する車で帰宅。そして帰宅した時、早坂から言われた。
『立花さんとの勝負を受けたからには、必ず白銀会長に告白をしてください。もし告白しなかったら、今度はグーで殴りますから。そしてここでのメイドの仕事をやめます。幸い貯金はありますし』
こう言われてしまえば、もう後には引けない。確かに素直になって白銀に告白すれば、かぐやは白銀と恋人になれる可能性がぐっと上がるだろう。このまま白銀から来るのをずっと待っていたら、手遅れになる。なんせ恋敵と認めた京佳が、自分からグイグイ行く子なのだ。
そんな京佳がいるのに、これ以上待ちに徹する事はありえない。なので告白をするべきではある。
問題は、かぐやはその告白の仕方がわからないというところだ。
これまで、白銀から告白されてきた事を散々シュミレートしてきたかぐやだが、自分が告白をするというのは全く考えていなかった。
(いえ、難しく考えてはいけないわ。普通に会長に好きだと言えばいいのよ)
かぐや、ここで白銀に告白をした時の事を脳内でシミュレーションする。
――――
『会長、好きです。私と、付き合って下さい!』
『俺も四宮の事は好きだ』
『じゅ、じゃあ!!』
『でも、この好きと言うのは親愛としての好きなんだよ。別に恋愛感情じゃない』
『え?』
『だから、ごめん』
――――
「おえ…」
ついフラれる事を考えてしまった為、かぐやは吐きそうになる。ついでに眩暈もしてきたし、なんなら頭痛もする。まるでRPGで敵モンスターから状態異常を食らった気分だ。
(無理!会長にフラれるかもと思うと意識が遠のく!というかもし会長にフラれたら、私絶対に生きていけない!)
かぐやは悲観的になる。もし白銀にフラれでもしたら生きている意味が見いだせなくなり、自分は翌日にでも東京湾に身投げするかもしれない。仮に本当にそうなったら、自分の数十億相当の遺産は早坂に相続させよう。
(って悲観的になったらダメ!もっと良い方向に考えないと!!)
これではダメだ。常に後ろ向きな考えをしていたら、良いことも起きない。かぐやは告白をして、白銀からOKを貰えるであろう方向で考える。
―――――
『会長!あなたの事が大好きです!どうか私と付き合って下さい!』
『俺も四宮の事が好きだ。こんな俺でよければ、どうかよろしく頼む』
『はい!これからも末永く、よろしくお願いします!』
『ああ。こちらこそ、よろしく頼む』
――ー――
(も、もう会長ったら!そんな急に結婚までなんて!いくらなんでも話が飛躍しすぎです!!)
体をクネクネさせながら、かぐやは1人でにやけている。この気持ち悪い動きを誰にも見られなかったのは奇跡だろう。
(ええ、そうよ。もっと自信を持ちなさい四宮かぐや!だって会長は私の事が嫌いでは無いだろうし!むしろ好きな部類に入るでしょうし!)
かぐやは自信と元気を取り戻す。これまで、白銀はかぐやを毛嫌いしてきた事など無い。強いて言えば、生徒会に入った時に少しだけ衝突があったくらいだ。それ以外は、普通に仲良くしている。何なら2人でデートにだって行った。これで白銀が、自分の事を好きでも何でもないのはありえないだろう。
(とすると後は、タイミングと場所でしょうね。ベストなのは奉心祭が終わる直後でしょう。その時ならば忙しい会長も時間があるでしょうし、どこか2人きりになれる場所を探してそこで…)
次にかぐやは、告白する場所を考えてみる2人きりで落ち着けて、誰も邪魔が入らずに告白が出来るであろう場所。
(生徒会室しかないわね…)
その条件に当てはまると言えば、何時も使っている生徒会しかない。他の生徒会メンバーが入ってくるかもしれないが、その辺は何か策を打てばなんとでもなる。
場所は決まった。後必要なのは、
(勇気、かしら…)
自分から告白をする勇気だけだ。確かに機能かぐやは、早坂に言われて告白をすると決めた。
(うう…やっぱり怖い…自分から告白をするなんて…)
だがそれが簡単にできれば苦労しない。どうしても告白してもしフラれたらと考えてしまい、後1歩が踏み出せない。
(やはりどうにか会長から告白をするよう…ん?)
どうしようかと考えていると、見知った顔が見えた。
「じゃあ無線マイクは第2ステージが終わったら回収します」
「すまんな石上。助かる」
「いえいえ。こういった器材トラブルはよくある事なので。団長が責任感じる事は無いですよ」
「団長はよせって。俺はもう団長じゃないんだから」
「あ、すみません。つい癖で」
「ま!何時までも応援団の仲は不滅って事だね!」
そこにいたのは生徒会メンバーの石上。そして3年生の風野と子安つばめ。どうやら何かのトラブルで話し合っているようだ。
「石上ー。暗幕の余りってあるー?」
「あ、それならあっちにあるぞ」
「ありがとー」
そこに大仏こばちも追加された。
「お!こばちも頑張ってるな!」
「うん。先輩も頑張ってね」
(ん?)
かぐや、ふと違和感を感じる。何だか、風野と大仏の距離が近い。物理的にじゃなくて、距離感的に。まるで恋人のように。
「あれ?大仏って団長と知り合いだっけ?」
「知り合いっていうか、付き合ってる」
「へー、意外だなってええええええええ!?」
(ええええええええ!?)
というか恋人だった。その衝撃の事実に、石上とかぐやは驚く。だってこんな如何にも『そういうの興味無いんで』みたいな見た目の大仏が、あの男気溢れる風野と付き合っているのだ。そりゃあまり面識の無いかぐやだって驚く。
「いやお前!何時から!?」
「ほんの数日前から。文化祭の準備を手伝っている時に色々話して、何て言うか流れで?所謂文化祭マジックってやつ」
(文化祭マジック!?そんなのがあるの!?)
文化祭マジック。それは文化祭準備から当日にかけて、カップルが続々と成立していく現象の事を言う。クラスが一丸となって同じ目的に向かって行き、多くの時間を共有する。それらの中で何気ない接触や会話が積み重なって行き、結果異性に対する気持ちが膨らんでいく。そして告白をして、恋仲になる。それが文化祭マジックだ。
「この間話してたらそういう流れになって、まぁ別にいいかなーって」
「軽くない!?」
「いや石上。文化祭を女友達を回るって相当ダサイんだよ?それにもうすぐクリスマスじゃん?普通に考えて男いるでしょ?」
「お前結構肉食系だな!?」
意外な事実。眼鏡を掛け、おさげの髪型をしている大人しそうな女生徒大仏こばちはこういう女だった。現在、他の出し物の見回りに行っている伊井野がいたら卒倒していたかもしれない。
「この時期が一番告白の成功率高いんだし、石上も頑張りなよ?」
「何をだよ」
何やら含みのある言い方をして、大仏は石上の肩を叩く。
「まぁ団長とお幸せにな。じゃあ僕ちょっとトイレ行ってくるから」
「うん。ありがとー」
石上はそう言うとその場を後にする。そして廊下に出た瞬間、
(うおっしゃああああああ!!きたきたきたーーーー!!)
声を押し殺しながら、映画「プ〇トーン」のあのポーズをするのだった。
石上優は子安つばめが好きである。しかし彼は、最近この気持ちを心の底に押し込んでいた。原因は、団長である風野にある。風野とつばめは、日ごろからとても仲が良い。よく肩を組んだり、軽口をたたき合う程だ。
故に石上は『あの2人は両想いなのでは?』と考えるようになっていた。実際、あの2人はお似合いだし、そこに自分程度の存在が入り込む隙など無いだろう。なのでつばめが好きという気持ちを押し殺していたのだ。
だが違った。風野×つばめは無い。だって風野は大仏と付き合っているのだから。
つまり子安つばめはフリーの可能性大。これならば行ける。
「チャンスきたぁぁぁぁ!!これなら行ける!行けるぞおおお!!!」
「ちょっと石上くん。うるさいわよ?」
「え!?し、四宮先輩!?」
つい声を出して喜んでいると、すぐ後ろにいたかぐやから声をかけられる。
「まぁ、はしゃぎたくなる気持ちもわかるわ。だってずっと気になっていた人に恋人がいなくて、恋敵と思っていた人がそうじゃなかったんだものね?それに、この文化祭で告白をすれば十中八九成功して、憧れの先輩と付き合える。そう考えているんでしょ?」
一部始終を見ていたかぐやは確信を突くように言う。
「そんな浅はかな事考えていません!」
「え!?これ浅はかなの!?」
しかし石上はそれを否定。かぐやはショックを受ける。だってかぐやはそう思っているからだ。ついでにこの場にいない京佳もだが。
「僕がいつ告白したっていいじゃないですか。偶々文化祭の時期にそのチャンスが来たってだけです。だから打算で告白なんてしませんよ。でも、もう時間が無いんです」
かぐやがショックを受けている事に気が付かず、石上は話す。
「つばめ先輩は3年生。あと半年もしないうちに卒業します。正月を過ぎたら自由登校になるし、そう簡単には会えない。今のままじゃ僕は、ただの仲の良い後輩で終わる。だから、僕はつばめ先輩の特別にならないといけないんです。勿論、告白は凄く怖いですよ。もしフラれたらって思うと、今にも吐きそうになります。でも、このまま何もしないでいる方がずっと嫌だ」
「石上くん…」
いつの間にか石上の手は、小さく震えていた。
「本当は期末テストで結果だしてからって思ってましたけど、やっぱり無謀ですかね?こんな僕が告白なんて「いいえ、そんな事ないわ」え?」
石上が振り返ると、かぐやは真剣な眼差しで石上を見ていた。
「誰かを好きになるのに、そんな卑屈になってはいけないわ。しっかりと自分の素直な気持ちを伝えなさい」
「四宮先輩…」
偶に人を殺してそうな恐ろしい目をしているかぐやが、今は聖母のようにとても優しい目をしている。石上はそんなかぐやに、少しだけキュンっとなった。
「ありがとうございます。なんか勇気が出ました。とりあえずは、一緒に文化祭回らないか僕から誘ってみます」
こうして石上は、かぐやに背中を押された事で、文化祭でつばめを誘おうと決めた。
(石上くんは、勇気を出すのね。だと言うのに私は…)
そしてかぐや。彼女は石上を、少しだけ尊敬していた。だって自分は未だにあと1歩が踏み出せないのに、石上はまるで京佳のように勇気を出すからだ。
そしてそんな彼の背中を、少しだけ押したくもなる。どうせなら、石上にはこのまま子安つばめと一緒になって欲しいとも思いながら。
(まぁ、石上くんは小心者だから、告白するにしても最後の最後でようやくでしょうね)
けど、これで石上が直ぐに告白をする事は無いだろうとも思っていた。だって彼は根暗の小心者だ。白銀であればそんな事も無いだろうが、石上は無理だろう。仮に告白をするとしても、今日は絶対に無い。
(ん?待ちなさい…これはもしや、チャンスなのでは?)
そしてかぐやは、突然閃いた。石上はつばめに告白をする為に文化祭を過ごす。恐らく、色々と準備をするだろう。例えば、奉心祭の伝承に倣ってハートの贈り物を用意するとか。更に告白の段取りなども決めるかもしれない。
だからかぐやは考えた。
ここは石上と共に、自分も告白の準備をするべきではないのか。
諺にも「三人寄れば文殊の知恵」などがある。石上と協力し、それぞれの恋愛を手助けしあえば、お互いの恋を成就する事も可能かもしれない。まさにwin-winの関係である。ならば、例えこれで自分の想い人が石上にバレるとしても、ここは協力者を得るべきだろう。
(そうよ。かの徳川家康だって1人で何もかも出来てた訳じゃない。多くの家臣や部下がいて、彼らと共に一丸となってきたから天下を取れたんじゃない。だったら私も、今だけは四宮の家訓を川に投げ捨ててでも協力を仰ぐべきよ)
なのでかぐやは、石上に自分の恋の手伝いをさせようとした。対価として、石上の恋を手伝う事にして。
「石上くん、少しお話が…」
だがかぐや、ここでふと気が付く。
ここで自分の恋の協力を石上にさせてもいいのか、と。
石上は本気でつばめに、自分から告白をするつもりだ。その為に、これから色々と準備をするだろう。だがそこに、自分という異物が入ってもいいのか。確かに協力しあえば、お互いの恋を成就できるかもしれない。
(折角石上くんは勇気を出しているのに、それを邪魔する様な事をしてもいいのかしら?)
だが折角石上がやる気を出したのだ。自分が石上の恋を手伝うだけならまだしも、石上に自分の恋を手伝わせるような真似をしていいのだろうか。それは、石上にとって邪魔な出来事にしかならないのではないのだろうか。
(それに正直、石上くんが手伝ってくれたとしても、大して戦力にならないでしょうし)
同時に、かぐやは石上を戦力外と判断した。だって石上だもん。かぐやを空母で例えるなら、石上はせいぜい震〇くらいだろう。既に空母という戦力があるのに、今更そんな戦力いらない。そもそもあれ、兵器として欠陥品だし。
「えっと、何ですか?」
「……いいえ、何でもないわ。頑張ってね」
「はい。頑張ります」
結果、かぐやは石上に協力を仰ぐ事はしなかった。
(手伝わせるのは、早坂だけに絞ましょう)
ここは戦艦クラスの戦力である早坂を用意しよう。早坂であれば、かぐやの恋の手伝いだって快く承諾してくれるだろう。今までもそうだったし。
(よし、そうと決まれば私も頑張らないとね)
石上を見送ったかぐやは、自分の恋を成就させる為にも色々と動き出すのだった。
「という考えなんだが、どうだろうか?」
「お前、結構ロマンチストだな」
その頃、京佳は龍珠に色々と作戦を教えていた。
『それでは、秀知院文化祭の奉心祭、只今よりスタートです!!』
こうして、それぞれの想いが錯綜する文化祭が始まるのだった。
多分だけど、石上は最低でも潜水艦くらいの戦力はあると思う。
という訳で、多分ここが分岐点のひつと。
そして本作を見返していたら、割と矛盾がある事に気がづきました。更に以前のお話で、京佳さんが超上から目線で嫌な感じの子になってたりと…。以前のお話は、そのうち少し修正する予定です。
少し無責任な言い方をしちゃうと、あくまで趣味で書いてる二次創作小説だから、自分が書きたいように書いていいよねって思ってたりしたのであんな風になりました。
これからそういう事が無いように努力いたしますので、どうか今後も本作品をよろしくおねがいします。
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秀知院と文化祭(コスプレ喫茶)
突然ですが、古今東西には様々なヒロイン対決があります。
成瀬川なるVS浦島可奈子
桐崎千棘VS小野寺小咲
マインVSエスデス
高坂桐乃VS黒猫
シェリルVSランカ
有馬かなVS黒川あかね
果たして、本作の勝ちヒロインはどっちになるのか。そう考えながら書いています。
あ、今回京佳さんあんまり出番ありません。
京佳は、秀知院の校門前で立っていた。学園内に入る人が何度も京佳を見て驚いたり、恐怖したりしているが、気にしない。どうせすぐに文化祭の楽しさに浮かれて、自分の事など忘れてしまうだろうからだ。
「やっほー!京佳ー!」
「やぁ、待ってたよ恵美」
そうして校門前で待っていると、お目当ての人物が現れた。北高に通っている、京佳の親友の恵美である。
「いやー、秀知院も随分盛り上がってるみたいだねー!これは楽しみだよー!」
「そう言って貰えると嬉しいよ。皆本当に頑張ったからね」
恵美も秀知院の文化祭は初めてだ。そもそも京佳に招待されなければ、秀知院へ来ることすらなかっただろうし。
「こんにちは、京佳ちゃん」
「こんにちは、朝子さん」
恵美と団欒していると、今度は純喫茶りぼんの店長、朝子が現れる。彼女も京佳に招待され、今日こうして秀知院の文化祭へやってきたのだ。
「今日はお招きいただき、ありがとう」
「いえ。朝子さんには本当にお世話になっていますので、そのお礼です。今日は楽しんでください」
「ふふ、そうするわ。にしても、文化祭なんていつ以来かしら」
朝子は昔を思い出す。昔の文化祭はこれ程にぎやかではなかったが、それでも当時を思い出す。思わずはしゃぎそうになる。
「で、京佳。京佳が主演の演劇って何時なの?」
「10時だよ。チケットは?」
「もち。ちゃんと持ってきてるよ」
「私もあるわ」
京佳のクラスは演劇をやる。そして京佳は、主役だ。折角の親友の晴れ舞台だ。これは何としてでも見ないといけないと恵美は思い、こうして文化祭にやってきている。そして朝子も同じ思いだ。
「ところで、京佳ちゃんのお母さんは?」
「あ、母さんは午後から来ると思います。まぁ、仕事があるので来ないかもですけど…」
尚、京佳の母親である佳世は仕事の為まだ来れない。本人は凄く来たがっていたが、仕事なら仕方が無い。
「それじゃ、まだ少し時間があるから、学校内を軽く案内するよ」
「うん!よろしくね!」
「よろしく」
京佳に案内されながら、恵美と朝子は秀知院の文化祭、『奉心祭』に参加するのだった。
「まさに大和撫子!」
「お似合いです!かぐや様!」
「本当に素敵だわ!まるで1枚の絵画のよう!」
「ふふ。ありがとうございます」
かぐやのクラス、2年B組はコスプレ喫茶をしていた。魔法使いや小悪魔、某電子の歌姫に最近放送されて人気が出たエルフまで。そんな中かぐやは、大正浪漫溢れる和装メイドという、その手の人に非常に好かれそうなコスプレをしている。というか似合いすぎだ。1枚1000円で写真撮影でもすれば、かなり儲けがでるだろう。
「それにしても、そんなに似合ってますか?」
かぐやは少し半信半疑だ。実はこれ、かぐや自身が望んでしたコスプレでは無い。かぐやのクラスメイト達の強い要望の結果なった格好なのだ。
かぐや自信、やりたいコスプレがあった訳では無いので別にいいが、似合っているかどうかは気になる。
「ええ、大変お似合いですよ」
「!?」
するとクラスメイトであり、自分の従者である早坂が、屋敷にいるときのメイド姿で答える。
「え?ちょ、え??」
「如何いたしました?かぐや様?」
かぐや、混乱する。ここは学校。屋敷では無い。だというのに、目の前にいる早坂は屋敷にいる時のメイドの早坂になっている。これではかぐやと早坂の関係がバレてしまう。
「わー!早坂さんキャラ作り完璧ーー!本物みたいー!」
「あはは!ありがとー!ちょっと漫画とかドラマみて役作り頑張ったんだー!」
(そ、そうよね!役作りよね!あー!ビックリしたーー!!)
かぐや、ほっと無い胸を撫で降ろす。今の早坂はコスプレメイドの役の一環でこうしているだけだ。これが素ではあるのだが、それを知るのはかぐやのみ。誰かにバレる事はないだろう。
「では、そろそろ仕事を「あ、かぐや様はこっちだよ!」え?」
かぐやは気を取り直してコスプレ喫茶にやってきた人の接客をしようとしたが、クラスメイトに背中を押され廊下に連れていかれる。
「かぐや様はここでお客さんを誘導してね!それっぽく笑顔を振りまいていれば簡単に釣れるから!」
「な、成程…」
かぐやには客寄せパンダ、もしくは看板娘の任が降りた。
(少し如何わしい気もしなくは無いですが、これもクラスの為、何より自分の為になりますし、やりましょう)
こうしてかぐやは教室前の廊下で、仕事に励むの事になったのである。
(私のシフトは11時から13時の2時間。一応会長にはその事をそれとなく伝えているけど、来てくれるかしら?)
かぐやは事前に、白銀にコスプレ喫茶の事を伝えている。しかし、白銀がくるかどうかはわからない。
というのも、白銀は来賓の相手をしているからだ。
秀知院には、著名人が文化祭に来賓としてくる事も珍しくない。そういった人の相手を、白銀はするように学園長に言われている。なのでそちらの仕事が長引いてしまえば、ここに来る事も出来ないだろう。
(いいえ。弱気になってはいけないわ。こういうのは来ないかもと思うからダメなのよ。会長は必ず来ると思えば、自然と来てくれる。今はそう思いながら仕事をしましょう)
かぐやは自分に言い聞かせながら、仕事に専念する。あの石上だって勇気を出して頑張っているのだ。ならば、自分も勇気を出して行動しなければならない。
(今回クラスでやっているコスプレ喫茶は、スペースの問題上客の目の前でコーヒーや紅茶を淹れる方法を取っている。これならば、自然と客との距離も近い。その至近距離でこの姿を見せれば会長だってときめく筈。勿論それだけだと弱いから、できればさりげないボディタッチとかもすれば…!)
京佳からの宣戦布告を受け取っている以上、多少は攻めていかないとダメだ。早坂からは『腕くらい組んで行けばいい』とか言われているが、流石に大勢の人の前でそれは出来ない。なのでさりげないボディタッチでいく。
しかし、そう簡単にいかない状況となってしまった。
「なぁ。あの子可愛くない?」
「ああ。ちょっと行こうか」
かぐやは自他共に認める美人だ。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花という美人を表す言葉がこれ程似合う子もそうはいない。
そんな彼女が、まさに対象浪漫といった感じのコスプレをしていればどうなるかというと、自然と男性客を呼び込んでしまう。最初は3分待ちだった教室も、今では15分待ち。
(何だか予想以上に盛況ですね。これじゃ会長が来ても…)
これだけ忙しいと、白銀だけを接客するのは難しい。早坂に協力してもらえればなんとかなるかもしれないが、流石に他のクラスメイトたちに迷惑をかけかけない。
「ごめんなさいかぐや様!中で接客をやってもらってもいいですか!?」
「あっ、はい」
突然クラスメイトに声をかけられ少し驚くが、かぐやは直ぐに教室の中に入って接客を始める。
「コーヒーを2つ。あとこのクッキーを下さい」
「わかりました」
「えーっと、コーヒーを1つで」
「わかりました。直ぐに用意いたします」
「このクッキー結構可愛いー!これくださーい!」
「はい。お飲み物はどうしましょう?」
「リンゴジュースで!」
(いや本当に忙しいわね…)
コスプレ喫茶は大盛況だ。常に席は満席状態で、未だに廊下には列が出来ている。とてもじゃないが、今ここに白銀が来ても接客なんて不可能だろう。
「いやー!京佳凄かったよー!演劇自体もすっごい面白かったし!」
「そうね。とっても面白いお芝居だったわ」
「ありがとう、恵美、朝子さん」
かぐやが忙しくしている時、聞きなれた声が聞こえる。
(立花さん!?どうしてここに!?)
かぐやが視線を静かに動かすと、そこには以前1度だけかぐやも出会った事がある恵美を連れている京佳がいた。その後ろにはかぐやの見た事の無い老人、朝子もいる。一体なんの用で、ここにきたのだろう。
(まさか、ここを滅茶苦茶しにきたんじゃ!?)
かぐやの頭の中に、ある考えが浮かぶ。それは、京佳がこのコスプレ喫茶を破壊しにきたというもの。もしここでコスプレ喫茶が無くなってしまえば、もう白銀を呼ぶことも出来ないし、何よりこの制服姿を見せる事も出来ない。これまでも京佳は、かぐやに対して様々な邪魔(かぐや視点)をしてきた。そんな京佳であれば、ここを破壊するくらいの事もするかもしれない。
(っていくら何でも考えすぎです。いくら立花さんとはいえ、そんな暴力的な手段には出ないでしょう)
流石に考えすぎと思ったかぐやは、1度静かに深呼吸をする。どうも忙しすぎて、頭が疲れて変な事を考えてしまっているようだ。
(大方、あの友達を案内しているってところでしょう。そして偶然ここに来ただけ。変な方向に考えてはいけません)
頭を切り変えて、かぐやは再び接客に専念する。
「いらっしゃいませ。ご注文を伺います」
京佳の席で。
「やぁ四宮。似合っているな」
「おおーー!かぐやちゃんかっわいいーー!まさに武蔵撫子って感じじゃーーん!!」
「いや恵美。それを言うなら大和撫子な?」
「武蔵かぁ。懐かしいわね…小さい頃見た記憶があるわ。いや、あれは長門だったかしら?」
「…え?」
凄く気になる事を言う朝子。正直今すぐ聞きたい話である。海上自衛官の兄の影響で、京佳は普通の人より少しだけそういう話題が好きだからだ。
(流石に考えすぎだとは思いますが、念の為に少し探りを入れときましょう)
一方、かぐやは静かに京佳を睨む。いくら何でも営業の邪魔をしに来た訳ではないだろうが、やはり気になる。なので接客をしながら、探りを入れる事にした。
「ありがとうございます。それで、どうしてここに?」
「恵美がこういうのが好きでね。丁度目に入ったし、午前中の演劇も終わったから足を運んだんだ」
「成程。演劇はどうでしたか?」
「かなり盛況だったよ。午後からもあるから、時間があれば是非観に来てくれ」
「ふふ。そうですね。時間があれば行かせていただきます」
他愛の無い会話。しかし、ほんの少しだけ火花が散ったように見えた。主にかぐやからだが。
「それで、ご注文は?」
「コーヒーを」
「私もー」
「私もコーヒーをお願い」
「コーヒーを3つですね。少々お待ちを」
手早くコーヒーの注文を取り、かぐやは教室の隅に設置されている厨房スペースへと向かい、コーヒーを淹れる道具を用意する。
(そういえば、立花さんの演劇を会長は観に行くのかしら?もしそうなら阻止するか、私も行った方が良さそうね)
準備をしながら、かぐやは今後の事を考える。もしも白銀が京佳の演劇を観に行くのなら、是非阻止しておきたい。舞台に上がった人は、何時もより輝いて見えるのだ。そんな普段より輝いてしまう京佳を見たら、白銀は落ちてしまうかもしれない。
(その時は早坂に手伝ってもらいましょう)
だがまだ時間があるので、その事は後で考えよう。
「それでは、コーヒーを淹れさせていただきます」
かぐやは厨房スペースから持ってきたコーヒー器具一式を机の上に置き、コーヒーを淹れる準備をする。
「……」
(なんかこの人、すっごい見てくるんだけど…)
その際、何故か京佳の連れの1人である朝子がじっと見てきた。それも無言で。ちょっと不気味だ。
「お待たせしました。コーヒーです」
「ありがとう」
「ありがとー!」
3つのカップにコーヒーを淹れた後、3人に渡す。そして京佳と恵美は、ゆっくりとコーヒーを飲む。
「…うん、美味しい」
「…だねー。やっぱり私は紅茶よりコーヒーの方が好きだよー」
「ありがとうございます」
お礼を言われ、少しだけ嬉しい気持ちになるかぐや。
(立花さん別に何かする訳でも無いし、杞憂だったかしら…)
来店して以来、京佳は特に何もしなかった。最初こそ警戒していたが、どうやら本当にただ来ただけみたいのようである。
(まぁ、それならそれで構いません。さっさと会長に備えましょう)
これで憂いなく、来店するであろう白銀に備える事が出来る。そう思っていた時だ。
「酷い味」
「……え?」
突然、朝子が口を開いたのは。
「あ、ごめんなさい。ここはお店はお店でも学生が文化祭でやっているお店だったわね。そんな場所で味の批評なんて、するもんじゃなかったわね。今のは忘れて」
口を手で押えながら謝る朝子。彼女は喫茶店の店長だ。職業柄、どうしてもコーヒーの味は気にしてしまう。
だがここは文化祭でやっているお店。そこにプロ意識を持ち込むのは大人げない。ついうっかり口が滑ってしまっただけだが、こんな場所で態々言う必要は無い。なので直ぐに謝ったのだが、
「……参考までに、どういった酷さか教えていただいても?
「お、おい四宮?」
かぐやがこう言われて、黙っている筈なの無い。
「じゃあ言わせてもらうけど、雑味だらけなのよこれ。まるで泥水ね。まぁ貴方の淹れ方を見ていたら当然の結果だけど。だって豆の量は碌に計っていない。おまけに配置も滅茶苦茶。お湯の注ぎ方だって適当。その結果が、この雑味だらけの酷い味。うちのお店だったら絶対にこんな子供のままごとレベルのコーヒーなんて出さないわね。お客様に失礼だもの。折角良い豆を使っているというのに、これじゃ豆が可哀そう」
「あ、朝子さん?」
真顔で親切丁寧に教える朝子。でもその声色は、ちょっと怒っているように感じる。
(わかる)
そしてその話を聞いていた早坂は、静かに頷いていた。
「ちょっとそれ貸しなさい」
「……どうぞ」
すると徐に、かぐやが手にしていたコーヒー器具を手に取った。そしてそのまま豆を新しく淹れ直し、コーヒーを淹れる。
「どうぞ?」
「……いただきます」
かぐやはそれを受け取ると、ゆっくり飲む。
「!?」
かぐやは目を見開く。美味しい。とっても美味しい。早坂が淹れたコーヒーより、藤原が淹れたコーヒーよりずっと美味しい。
今までの人生で、これ程までに美味しいコーヒーを飲んだ事は無い。これならば、何杯でも飲めそうだ。というか毎日飲みたい。
「うん、美味しい」
「やっぱり朝子さんのコーヒーが1番だよねー」
何時の間にか京佳と恵美にもコーヒーが振舞われており、2人はそれを飲んでいた。実はこの2人、先程かぐやの淹れたコーヒーを普通にまずいと思っていたのだ。京佳に至っては、藤原が淹れたコーヒーの方がずっと美味しいと思う始末。
そんなまずいコーヒーでは無く、今度はしっかりと美味しいコーヒーを飲めた。これは満足にもなる。
「まぁそういう訳だから、せめて豆の配分と配置くらいは覚えてから淹れた方がいいわよ?味のわかるお客様にこんなの出したら、不快に思われちゃうし」
朝子も満足げに言うと、再び椅子に座る。少々面倒な客になってしまったが、それだけかぐやの淹れたコーヒーが酷かったのだ。少々大人げなかったが。あれは喫茶店の店長として一言物申さないと気が済まない。
そしてもうここに用は無いと思った朝子は、席を立とうとする。
「ちょっと待ってください」
しかし、それは他ならぬかぐやに止められた。
「確かに貴方の言う通り、私はコーヒーの淹れ方の知識はありません。ですが、紅茶であれば必ずあなたを満足させる事ができます」
「……なら、紅茶をひとついただけるかしら?」
「わかりました。少々お待ちを」
そして朝子に対して、紅茶を淹れると宣言。ここまでコケにされて黙ってそのまま帰す事など、かぐやがする訳無い。
(今だけは会長の事も立花さんの事もどうでもいい!!絶対に紅茶で見返してやるんだから!!)
ここで1度、朝子をぎゃふんと言わせないと気が済まない。かぐやは直ぐに厨房スペースから紅茶器具一式を持ち出し、席に戻ってきて紅茶を淹れ始める。茶葉を適量入れ、お湯の温度もしっかり計る。決まった時間ちゃんと茶葉を蒸らし、ゆっくりと温めたカップに注ぐ。
「どうぞ」
出された紅茶を、朝子はゆっくりと一口飲む。
「うん、とっても美味しいわ。こんなに美味しい紅茶を淹れる事が出来るなんて凄いわね」
「恐れいります」
「それと、さっきはごめんなさい。失礼な事言っちゃって」
「いえ、私も勉強になりましたので、これでおあいこという事で」
朝子もかぐやの淹れた紅茶にご満悦だ。そしてかぐやも、朝子をぎゃふんと言われる事が出来て満足である。
「にしても、懐かしい味ね。昔の私を思いだすわ」
「え?昔の味?」
「ええ。だってこれ、若い頃の私が旦那に淹れたコーヒーと同じ味なんだもの」
「はい?」
何か突然変な事を言い出す朝子。かぐやは頭に疑問符を浮かべ、首を傾げる。
「そうね。例えるなら、恋の味ってところかしら」
「!?」
「懐かしいわね。旦那に美味しいコーヒーを飲んで欲しくて、何度も何度も練習して、ようやくたどりついた味。たった1人の想い人の事を考えながら淹れて、美味しいって言った旦那の顔がとっても優しくて。懐かしいわ。もう50年以上も前なのに…」
「ちょ、ちょっと…!」
突然恋の味とか言われ、パニックになるかぐや。だって実際その通りなのだ。四宮本家でお茶の淹れ方を習ったというのはあるが、ここまで美味しく淹れれるようになったのは、白銀に美味しく飲んで欲しいと思ったから。それを看破されてしまった。大勢に人がいるこんな場所で。
(まずい!こんな事が皆にバレてしまったら…!)
とっさに周りを見渡すかぐや。こんな話を聞かれたおしまいだ。もし聞かれたら、その人物は始末しないといけない。
しかし教室内では、
「美味しい…」
「だよね。このコーヒー本当に美味しいよ」
「ね、ねぇねぇ立花さん!これ普段はどこで飲めるの!?」
「純喫茶りぼんってとこ行ったら飲めるよ。でもあそこで1番美味しいのはオムライスだ」
「だよね。朝子さんの作るオムライスはこの世で1番美味しいまであるし」
朝子が淹れたコーヒーを、接客の仕事を放りだしている早坂を初めとした大勢のクラスメイトが飲んでいて、誰もさっきの話を来ていなかった。
(いや何してるのーーー!?)
恋の味云々を聞かれなかったのはよかったが、なんか別方向の事態になっていた。
「あ、空になった」
コーヒーを入れていたポットは、あっという間に空になる。
「あ、あのすみません!コーヒーを淹れて貰ってもいいですか!?」
「わ、私もお願いします!!」
すると飲めなかったクラスメイトが、朝子にコーヒーをねだりだす。
「えっと、いいのかしら?私、ここの学生でもなんでもないのだけれど」
「全然大丈夫です!所詮学生のお遊び喫茶なんで!」
「営業許可とか全然気にしなくていいです!お願いします!」
「ふふ、そういう事なら」
クラスメイトたちに説得され、朝子はコーヒーを淹れ始める。
「美味しい…!!」
「私、コーヒーって苦手だったんだけど、これなら毎日飲みたい!!」
そして朝子の淹れたてコーヒーを飲んだクラスメイトは、その味に驚くばかり。こんなに美味しいコーヒーを淹れれる人がいらなんて知らなかったと。
「すみません。私もいいですか?」
「あ、じゃあ僕もお願いします」
その光景を見ていた、コスプレ喫茶に客としてやってきていた人たちも朝子のコーヒーを注文する。
「うむ。これは素晴らしい。これ程のコーヒーは飲んだ事が無い。そうは思わないかい?Jくん」
「うん。僕もあまりコーヒーは飲まないけど、これはいいね。凄く美味しい」
「あのすみません。私たちにもコーヒーを下さい!」
いつの間にか、朝子のコーヒーを飲んだ客からも美味しいという感想が出て、それを見た他の客が再び注文するという現象が出来てしまった。
「え、えーっと!只今30分待ちでーす!」
「もう少々お待ちくださーい!」
「まずい!もうあまりコーヒー豆が無い!」
「私ちょっと買ってくる!」
結果、当初の予想を大幅に超える大盛況となってしまった。
「かぐや様!このコーヒーをあちらのお客様へ!」
「わかりました!」
当然、かぐやも忙しなく働く事となる。それはもう大忙しだ。
(あーもう!これじゃ会長を接客するなんて無理じゃないのよーー!!)
これ程忙しいのであれば、もう白銀の事は諦めるしかない。今は一刻も早く、客をさばいて席を開けるべきだ。
「新しいコーヒーだ。頼む恵美」
「ラジャー。まっかせて」
尚、朝子を連れてきた京佳と恵美も臨時で手伝っていた。流石にちょっと罪悪感あったし。
(ま、まぁもうこれ以上面倒は起きないでしょう。あとはただ仕事をしていくだけ…)
「やぁかぐやちゃん。久しぶり」
(何でよぉぉぉぉーーー!!)
少し客がはけてきたかと思ったら、無情にもあの白銀父もやってきてしまった。これでは、客を全員さばけるのはもう少しかかるかもしれない。
こうしてかぐやは、多忙に追われるのであった。
(四宮のクラス。めっちゃ盛況だな…)
そして仕事を終わらせ、少し離れている所から見ていた白銀は、かぐやのクラスを見てそんな事を思ったりしていた。
作者はコーヒー派。というか紅茶がどうも苦手。
最初は、京佳さんがかぐや様を牽制する目的でコスプレ喫茶に来ていた事にしていたんですが、京佳さんが超嫌な人になってしまいそうだったので、急遽路線変更を。
おかしなところがあれば言って下さい。修正しますので。作者、言われて気が付く事が割とあるので。
次回は可能であれば今週水曜日。ヒントは、毎年恒例となっちゃっているあれ。
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特別編 白銀京佳は果報者
尚、このお話は去年書いたお話の未来のお話です。なので今回のお話の世界線には、四宮家が存在しませんし、白銀両親が離婚してません。その辺りを頭に入れて、お読みください。
東京都内のとある病院。
そこの個室に、顔の左側に大きな眼帯を付けた1人の老婦人がベットに寝た状態で窓の外を見ていた。窓の外には、優に2000を超える高層ビル群の摩天楼が見え、その間を今では当たり前となっている空を飛ぶ車が飛行している。
老婦人はそういった光景を、毎日毎日この病室でずっと眺めたり、少しだけ仕事をしながら過ごしていた。そうやって過ごしてると、病室の扉が開く。
「ああ、皆来てくれたのか」
老婦人が扉の方へ顔を向けると、そこには2組の家族連れがいた。
「当たり前でしょ。身体は大丈夫なの?」
「まぁね。最近は薬のおかげか、かなり楽になってるよ」
「だからといって、無理はしないでよね。母さん」
「姉さんの言う通りだよ。本当に無理はしないでよね」
この家族は、老婦人の実の娘と実の息子夫婦だ。彼らは最近まで仕事が忙しく中々ここに来れなかったが、今日はこうしてそれぞれの家族と共に来たのだ。
「ばぁば。久しぶりー。これ、おみやげ」
「これはあたしからー」
「こっちはぼくから」
「これはかわいい。ありがとう」
孫たちが手にしていた3体のクマのぬいぐるみを渡す。老婦人はそれを、嬉しそうに受け取る。
「お義母さん、何か入用だったら遠慮なく言ってくださいね?」
「そうです。出来る事があればなんでもしますから」
「ふふ。その時はおねがいするよ」
娘婿と息子嫁も心配そうに言う。この2人、老婦人には色々とお世話になっている。例えば結婚する時に、老婦人の旦那の説得を手伝ってもらったりとか。特に娘の時は大変だった。まぁ自分の愛娘が男を連れてきたら、父親であれば誰だって簡単にはいかないだろうが。
そういった経緯もあったりで、何かあれば必ず助けると決めている。勿論、それは娘と息子もそうなのだが。
「ちょっといい?」
「え?」
そうやって娘息子家族が老婦人と話していると、娘は弟である老婦人の息子を病室の前まで呼ぶ。
そして、既に医者から聞き及んでいる衝撃の事を言うのだった。
「え、姉さん…それ本当…?」
「うん。もう手の施しようが無いんだって…」
実は今は元気そうな老婦人だが、既にその体はボロボロ。彼女は長い間弁護士として働き、そして様々な裁判で
勝訴してきた。そんな忙しい中、自分たちの事も育ててきたので、一時はとても寝不足だった事もあった。
そうした無理が祟ったのか、彼女はもう手遅れの状態で病気が見つかったのだ。
老婦人の担当医である田沼医師曰く『医者として非常に情けないが、世界最高の医者と言われた自分の父でさえ、これはもう無理です』との事らしい。せめてもう少し早く病院に来てくれていれば、また違ったとも言っていたが、全ては後の祭りである。
「くっそ!こんな時に父さんは仕事かよ!いくら新しい宇宙船の部品コンペに選ばれたからって言っても、母さんより優先すべき事か!?」
息子は愚痴る。内容は自分たちの父親であり、老婦人の夫の事だ。2人の父は、国内でも有名な部品工場を経営している。宇宙船の部品や、今では一般化されている空飛ぶ自動車の部品。更に子供用ペースメーカーの開発もしてきた。
一見すると仕事一筋で、家庭を顧みない父親に聞こえるが、彼は妻を心から愛している。誕生日や結婚記念日には必ず仕事を早めに終わらせてお祝いしていたし、プレゼントだって欠かさなかった。それは自分たちの誕生日の時だってそうだった。
しかし彼は今、人類初の火星移住用の宇宙船の部品製作の仕事でとても忙しい。もう何日どころか、何ヵ月も家に帰っていないくらいに。だとしても、自分の妻が既に余命幾ばくも無い状態なのに仕事を優先するのは、子供として許したくない。
「言ったでしょ。母さんが父さんに仕事を優先して良いって」
「でもさぁ…」
当然、理由がある。妻である老婦人が『仕事を優先して欲しい』と言ったからだ。実は彼女の夫は、宇宙に強い憧れを持っている。幼い頃は、天文学者になりたいと思ってたくらいに。
そんな彼の元に舞い込んだ、火星移住用の宇宙船の部品製作。少なくとも、生きているうちにもう2度とこんな機会は無いだろう。
だからこそ、老婦人は仕事を優先してくれと言ったのだ。宇宙が好きな夫に相応しい仕事だし、彼にとってもやりがいのある仕事だろうだからだ。
それに仕事に一生懸命な夫は、本当にかっこいいのだから。
しかし、やはり子供としては簡単には納得できない。出来れば今すぐ仕事をやめてここにきてほしい。そう願わずにはいられない。
「大丈夫よ。父さんは何だかんだ絶対に来るわ。私たちの父さんはそういう人でしょ?」
「う、ま、まぁ…そうだけど…」
母親に似た娘はそう断言する。今までも仕事を優先してきた事はあったが、ここぞという時には必ず帰ってくるのが自分たちの父親だと知っているからだ。
でも父親に似た息子は、やはり不安が残る。もし死に目に間に合わなかったら、絶対に後悔するだろうし、母親だって残念がるだろうからだ。
今すぐ仕事をほっぽり出してでも、ここに来て欲しい。だって2人は、あんなに愛しあっていたのだから
「信じなさい。私たちの父親の事を」
「う…わかったよ…」
ちょっと圧を出しながら、娘は弟である息子に言う。彼女の中に、もし間に合わなかったらという考えは無い。微塵もそんな可能性存在していない。だって彼女は、母を心から愛している父を信じているのだから。
「じゃ、1回病室に戻りましょ」
「あ、ああ。わかったよ姉さん」
こうして老婦人の子供2人は、再び病室へと戻るのだった。そして自分たちの母親と皆で、他愛の無い会話をしながら過ごした。
「やぁ、久しぶりだね…」
「はい、お久しぶりです、お義姉さん…」
娘息子家族が来てくれた数日後、老婦人の元に新たな見舞い人がやってきた。それは老婦人の夫の妹。娘と息子より長い付き合いのある人だ。
「その、お体はどうですか?」
「今は凄くいいよ。少し前は息をするのさえ苦しい時があったりしたけどね」
体の事を聞かれ、そう答える老婦人だが、実はこれ嘘である。本当は息が苦しいだけじゃなくて、胸が痛かったし、体も昔ほど自由に動かせなかった。
更に言えば、誰かの手助け無しではもう歩けない程、足腰も弱っている。しかしそれを口にすると彼女は不安がってしまうので、口にしない。
「うちの愚兄が本当にすみません…こんな時に仕事だなんて…」
「それは言っただろう?私が仕事を優先して良いって言ったと」
「でも!」
「大丈夫。私は気にしてないから」
彼女は昔から事あるごとに兄に噛みついていた。例えばずっと昔、学生時代に2人がデートに行こうとした時、兄の私服がクソダサく、それでデートに行こうとした時なんてもう凄かった。なんなら跳び蹴りをかましたし。そういった事があったので、本当なら今すぐ兄をここまで引っ張ってきたいのだ。
しかし今回のこれは、他ならぬ妻である彼女自身が言った事。これでは、無理やり連れてくる事も出来ない。しかしやはり、納得できない。本人は気にしなくていいと言うが、やはり子供たちと同じように簡単に納得は出来ない。
「やっぱり納得できません!いくらお義姉さんが良いと言っても、それでも見舞いにくるのが夫婦でしょう!私、今から会社に行って兄さんを殴ってでもここまで引っ張ってきます!!」
「そんな事したら、折角の宇宙船の仕事が中途半端になっちゃうだろ。気持ちは嬉しいけど、大丈夫だよ。だから、そんな事言わないでおくれ。ね?」
「う…」
怒鳴る訳でも無く、優しく微笑みながら老婦人は妹を静止させる。昔から、彼女は義理の姉である老婦人に弱い。初めて出会った頃より、実の姉の様に慕ってきた人だ。こんな風に優しく言われると、もう何も言い返せない。
「お義姉さんは兄さんに甘すぎです」
「まぁ、惚れた弱みという奴だね」
「だとしてもですよ。私なんて旦那にはもっと色々厳しく言うのに…」
「いや、君だって旦那さんには結構甘いと思うよ?」
「え…そんな事…」
「あるよ。あまり自覚が無いだけさ」
「そ、そうですかね?」
自分では全然そんな事無いと思う。だって家事はちゃんと分担しているし、子供の世話だってお互い交代しながらやっていた。
しかし、旦那が仕事が忙しく家事や育児が分担が出来なかった時も文句なんて言わなかったし、勝手に子供におもちゃを買い与えた時も、多少の愚痴は言ったが怒らなかった。何なら勝手に新しい車を買った時も『まぁ、いっか』と思い怒らなかった。こんなの、どう考えても甘い。彼女自身に自覚が無いだけである。
「あ、リンゴ買ってきたんですが食べますか?というか、食べても大丈夫ですか?」
「食事は特に制限されたないから大丈夫。ありがたく貰うよ」
その後、リンゴを綺麗に剥いて食べさせてあげたりしながら過ごすのだった。
義理の妹がお見舞いにきて、数日が過ぎた。今日は誰もこない。皆、可能な限りお見舞いに来てはくれているが、それでも来れない日はある。老婦人は自分は本当に家族に愛されているなと実感しながら、窓の外を見る。
既に日は落ちて、外には街の灯だけが光を放っている。昔ならもっと暗かっただろうに、科学技術の進歩のおかげで、今では夜でもかなり明るい。まぁ東京や大阪のような大都市だけで、地方都市はそうでも無いが。
(そういえば、今日は中秋の名月か…)
老婦人は、病室からは少し見えにくい月を見ながら昔を思い出す。学生時代、夫と2人で学校の屋上で月見をした事。
当時通っていた学校に夜まで残り、態々月見団子やススキまで用意してのお月見デート。夫は熱心に月や星について解説をして、自分はそれを面白そうに聞いていた。
そしてそのままキスをしてお互い気分が高まり、屋上でR指定な行為をおっぱじめた事も思い出す。もう何十年も前の出来事。でも未だに、昨日の事のように思い出せる。
(いやー、あの頃は若かったなぁ…ああいうのが若気の至りってやつなのかな?)
当然、他にも沢山思い出はある。プロポーズや結婚式。妊娠や育児。更に難しい裁判で勝訴した時や、夫の会社が成長し、アメリカに支社を作った事。娘が初めて恋人を連れてきてちょっと騒動もあったし、義理の妹の結婚式なんてとても面白い事になった。主に夫とその父親のせいで。尚妹本人はブチ切れてた。
(こうやって思い出せるって事は、幸せなんだろうな、私は…)
苦しい事もあったし、悲しい事もあった。後悔した事もあった。でも、どれも本当に手放し難い思い出。今そう思えるという事は、幸せな証拠だろう。既に亡くなった母親も、そんな事を言っていたし。
そうやって思い出に浸っていると、突然、でも静かに病室の扉が開く。老婦人が扉の方へ顔を向けるとそこには、
「やぁ、御行」
「ああ、久しぶりだな。京佳」
老婦人、白銀京佳の夫である、白銀御行がいた。
「仕事は、もう大丈夫なのか?」
「勿論だ。しっかりと終わらせてきた。これで例の火星移住計画も進むよ」
夫の御行は、今までずっと仕事をしていた。そのおかげで、今までずっと病院へ見舞いにこれなかったのだ。だが今日、その仕事を完璧に終わらせてきた。これでもう、見舞いに行けないなんて事は無い。
「そうか。よかった…」
夫が来たくれた事に、ほっとする京佳。京佳は御行は必ず来てくれると信じていたが、実はほんの少しだけ不安があった。でもその不安が、今ようやく無くなった。これでもう、2度と夫に会えないかもと思う事も無いだろう。
「でだ、急で悪いんだが、今大丈夫か?」
「うん。今日は体も痛く無いし、問題ないよ」
「そうか」
京佳の言葉を聞いた御行は、傍にあった車椅子を用意する。
「医者から許可は取った。今から屋上に行こう」
そして突然、そんな事を言い出すのだった。
「寒くないか?」
「うん。大丈夫だよ」
御行は京佳の乗った車椅子を、病院の屋上まで押す。屋上からは、星が綺麗に見えていた。昔に比べると少し見えづらくなっているが、それでも星は見えている。特に月はしっかりと見えている。
「今日は中秋の名月だからな。こうして2人で月を見たかったんだ。どうしてもな」
「ふふ、相変わらずロマンチストだな」
「当然だ。俺はそういう男だからな」
「知ってる。だって私の旦那様だもの」
「……」
「あ、照れてる。歳をとっても可愛いな」
「やめてくれ…」
お互い白髪もシワも増えて、歳を取った。それでもこうやって話していると、まるで学生時代に戻ったような感覚になる。愛している人と一緒にいると、そういう不思議な魔法がかかるのだ。
「ああ…やはり、病室から見る月よりずっと綺麗だ」
目を空にやると、綺麗な満月がある。やはり月は、外で見る方がよく見える。
「すまない京佳。ずっとこれなくて…」
「大丈夫。謝らなくていいよ」
御行はずっと謝りたかった。いくら妻である京佳が仕事を優先しても良いと言ったとしても、やはり1度も見舞いに行けなかったのは心苦しかったからだ。
だからこそ、御行は仕事に全力で取り組んだ。早くこの仕事を終わらせて、京佳と少しでも一緒にいたかったから。
「先生から聞いたよ…」
「……そっか」
そして御行は、京佳がもう余命幾ばくも無い事も知っている。最初この事を知った時は、今すぐ仕事を放りだして京佳の元に行こうと考えていた。
しかし、他ならぬ京佳が『仕事を優先して欲しい』と言ったのだ。ここでそれを放りだすなんて、それは京佳に対してあまりに失礼。だからこそ、御行は必ず仕事を終わらせてから病院に行くと決めた。
「こうして月を見れるのも、あと少しだな…」
「っ…!」
京佳の言葉に息を飲む御行。彼は医者から京佳の容態について言われた時、何度も聞いた。本当にもうどうしようもないのかと。何か方法があるんじゃないかと。もし手術費用が高額でも必ず払うし、臓器移植が必要だったら迷わず自分の臓器を差し出す。
だが医者の答えは、何も変わらなかった。
京佳はもう、本当に手の施しようがない。これが完治出来るとすれば、それはもう神様だけだろうと。
「思い出すね。昔一緒に月を見た事を」
「ああ…忘れた事なんて1度も無い…」
「あと、新婚旅行にニュージーランドに行った事とか」
「……あの時見た星は、本当に綺麗だったな」
「うん。綺麗だった。あ、圭の結婚式で御行とお義父さんのサプライズもあったね」
「あれか…正直あれは数少ない忘れたい記憶だよ…」
2人は、これまでの思い出話に花を咲かせる。本当に色んな事があった。高校で出会い、そこで愚痴を聞いたのがきっかけで恋人になり、そして結婚。子宝にも恵まれたし、仕事だって楽しかった。ぱっと思い出せないだけで、他にも色んな事がある。本当に、色んな事があった人生だった。
「私は本当に、幸せだったよ…」
これまでの人生を振り返りながら、幸せだったと小さく呟く京佳。もう彼女には、あまり時間が無い。こうして御行と一緒にいられるのも、あと少し。
「嫌だ…」
「御行?」
「嫌だぁ…!!」
もうあと少ししか、一緒に居られない。そう考えた途端、御行は子供のみたいに泣きじゃくり、その場に蹲る。
「あ”あ”あ”あ”あ”!神様お願いします!どうかお願いします!!俺の大事な奥さんを連れて行かないでください!!お願いします!!!」
病院の屋上に、御行の涙声が響き渡る。もっと一緒にいたい。あと10年は一緒に生きていたい。その為だったら、何だってする。世界を滅ぼせと言われたら滅ぼすし、世界を救えと言われたら救ってみせる。
しかしどれだけ泣いても、どれだけ神に懇願しても、その願いは叶わない。2人が一緒に居られるのは、あと少しという事実は変わらない。
「泣かないでおくれ」
「うぐぅ…!ふっく…!!」
車椅子を後ろに反転させ、屋上の床に座り込む御行の頭を撫でる。
「私は御行と出会えて、本当に幸せだった」
京佳は中学生の時、逆恨みによる事故で左目を失明した。更に顔の左側に、一生消えない火傷も負っている。そして当時のクラスメイトたちは、そんな京佳を気味が悪いと罵り、彼女を除け者扱いする始末。おかげで京佳は、唯一の親友を除いて、一時は酷い人間不信になってしまった。
しかし、高校で御行と出会った事でその人間不信も無くなり、そんな彼にいつしか恋をした。気が付けば、あっという間に夫婦となっていたし、母親にもなれた。もしあの時、御行の愚痴を聞かずにいたら、こんな人生は絶対に遅れなかっただろう。
「私の為に、そこまで悲しんでくれて、ありがとうう。御行に出会えて、本当によかった」
だからこそ、彼には感謝しかない。こんな見た目の自分を愛してくれて、心から嬉しく思う。そして自分自身も、
世界で1番幸せ者だと自負できるくらいに彼を愛せて、本当に良かったと思う。
「大丈夫。また会えるから」
泣いている御行の頭を撫でながら、京佳は静かに言い聞かせる。
「私は先に、天国で待ってるだけだよ。母さんや兄さん、お義父さんやお義母さんと一緒にね…」
もう既に亡くなっている自分の母や兄。そして夫の両親。自分は、先にそこに行くだけ。決して未来永劫会えない訳じゃない。いずれ、必ず会える。
「私を愛してくれて、本当にありがとう」
夫に愛の言葉を言いながら、京佳は頭を撫で続ける。
「愛してるよ。御行」
「ああ…!俺も…!お前を愛している…!!」
そしてそれを、月は静かに見ていた。
それから夫の御行は、毎日欠かさず病院へ通った。今までこれなかった分を補う程の勢いで、毎日通った。話をしたり、ちょっと散歩をしたりとそれくらいしか出来なかったが、それでも2人は満足だった。愛する人と一緒にいられるだけで、幸せなのだから。
中秋の名月から数ヵ月後、白銀京佳はこの世を去り、天国へと旅立った。最後は愛する夫や子供達といった家族に囲まれて、まるで寝るように穏やかな死を迎える事が出来た。葬式の時、彼女の死に顔を見た大勢の参列者の人たちは、あんなに幸せそうな顔は初めて見たと語る。
そして、葬儀後の彼女のお墓には、夫がピンクのバラとシオンを供えていた。それぞれの花言葉は『愛している』と『あなたを忘れない』である。
書いてて辛かった…。神様お願いしますのところは、鬼〇の不〇川から引用しています。あの台詞、本当に涙腺にきますよね…。
因みに、墓前にバラとシオンを供えて良いかはわかりません。
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秀知院と文化祭(シン・デレラ)
後今回は、ちょっとだけグロ注意です。気を付けてね。
文化祭1日目の午後。京佳は、自分のクラスがやる演劇の午後の公演準備をしていた。午前中にやった時は、かなり好評であった。ミスらしいミスも無かったし、予想外のハプニングも無かった。この調子なら、午後からの公演も問題無いだろう。
「うっわー…午前より人多いよー…」
「ほんとだねー。プレッシャーだよこれー」
「だよな。俺もマジで緊張してきたわ…」
しかし午前にやった演劇の噂を聞きつけたのか、想定以上に人が来ている。これは確かに、プレッシャーを感じてしまうだろう。
(白銀、来てくれるかなぁ…)
そんな中京佳は、全く別の事を考えていた。それは、白銀が演劇を観に来てくれるかどうかというものである。前日、京佳は白銀に『観に来て欲しい』と言ってはいるが、白銀が絶対に来てくれる保証はどこにもない。もしかすると自分の演劇では無く、かぐやと一緒に校内を回るかもしれない。
(もしもそうなったら、午後の演劇終了したら私も直ぐに白銀を誘おう。行く場所はそうだな、確か石上の伊井野のクラスはお化け屋敷……いややめよう。死にたくないし)
こういう時の定番であるお化け屋敷を考えたが、あそこは京佳がこの世で1番嫌いな場所なので却下する。だって怖いもん。
「おい立花」
京佳が不安がっていると、ジャージ姿の龍珠が話しかけてきた。既に開演まで時間が無いのに、どうして未だに彼女がジャージかというと、単純に演劇で着る衣装を着たくないからである。
なんせ龍珠の役はお姫様。こんなの、本当なら絶対にやりたくない。しかしどうしようも無い理由により、この役をやっている。でも可能な限りドレスなんて着たくないので、ギリギリまでジャージを着ているのだ。
「何だ?トラブルか?」
「いやそんなんじゃない」
龍珠が観客が待っている幕の外を指さす。
「白銀来てるぞ」
「え!?本当か!?」
そして京佳が今一番聞きたかった事を言う。京佳は幕の外をチラ見する。
(いた!白銀!)
多くの観客が座っている椅子の1番後ろ。そこに白銀はいた。
かぐやと一緒に。
「……」
先程までパァァァといった感じの笑顔だったのに、急に表情がスンッとなる京佳。そりゃ自分の好きな人が、自分の恋敵と一緒にいたら面白くない。
おまけにかぐやは、自分のクラスの出し物でやっていたコスプレ喫茶の時の和装メイド姿のままである。おかげで1部の客たちは、かぐやに釘付けだ。
(いや落ち着け私。別に白銀が四宮と一緒でも大した問題じゃない。より一層演劇に力を入れればいいだけだ)
だが直ぐに気持ちを切り替える。確かに予想外の客ではあるが、目的である白銀本人は来てくれた。ならば、この演劇で自分だけを見るように演技に力を入れればいい。
そうすれば、隣にいるかぐやの事も気にならなくなるだろう。要するに、私を見ろという事だ。
(そうと決まれば早速衣装の確認だ!)
そしてやる気を出して、京佳は自分の衣装を再度チェックするのだった。
「もう直ぐですね」
「そうだな」
演劇の会場となっている体育館。既に大勢の生徒や学校外の来客が、演劇を今か今かと待っている。その数、およそ80人。
午前中にやった演劇が好評で、その話が人から人へと伝わり、これほどまでの人を集める事が出来たのだ。その中に、白銀とかぐやは隣同士の席に座っていた。
(さっきは会長に接客が出来ませんでしたが、ならば新しい方法にすればいいだけ。立花さんの演劇にはあまり興味はありませんが、可能な限り会長の隣にいて、そして体を密着すれば多少は私有利に動くでしょう)
かぐやは、京佳の演劇そのものにはこれっぽちも興味が無い。しかし少しでも白銀と一緒にいたいので、こうしてかぐやは足を運んできたのだ。
流石に京佳たちの演劇を台無しにする事こそしないが、この期に可能な限り、白銀の意識を自分に向かせる。それがかぐやの作戦だ。
(会長が立花さんに釘付けになったとしても、その都度私が何か行動を起せば問題ありま「あー!かぐやさんと会長ーー!」!?)
だがここで、最大の不安要素である藤原が突然現れた。
「ふ、藤原さん?どうしてここに?」
「え?京佳さんの王子様姿を見たいからですけど」
「そ、そうですか…」
どうやら彼女は、京佳の王子姿目当てで来たらしい。悪意なんてこれっぽちも無いのだが、今のかぐやにとっては邪魔者でしかない。
(藤原さんは何をしでかすかわからない。今までも、私が考えた作戦を悉く自由奔放に破壊してきた。ならば、今回も何かしでかすかも…)
かぐやは一抹の不安を覚える。藤原は例えるなら、暴走列車。こちらが正しい速度で進んでいても、急に速度をあげて脱線する。そんな子なのだ。だからこそ不安なのである。
「おい藤原。一応言っておくが、大声で応援とかしなくていいからな?」
「いや会長?私そんな事しませんけど?普通に京佳さんの演劇を静かに見る予定ですけど?」
「……本当に頼むぞ?」
「だから大丈夫だって言ってるじゃないですか!!そんなに私の事信用できません!?」
「え?うん」
「うんって言った!?」
白銀もそれとなく注意する。やはりかぐや同様、不安なのだろう。
「お前は結構オーバーリアクション取るからな。あまり大きな声出して、他の人の迷惑にかけることだけはマジでやめろよ?」
「だからしませんって!なんだったら今から自分の口にガムテープでも張りましょうか!?」
そう反論する藤原だが、もう既にうるさい。まだ開演前なので良いが、これでは本番が不安だ。
(いざとなったら、早坂に教わった手刀で黙らせましょう…)
かぐやは最悪、藤原を物理的に無理矢理黙らせる方法を考える。因みに手刀で人の意識を奪う事は普通出来ない。でも四宮家のメイドである早坂なら可能だ。訓練してきたし。
「それにしても…」
かぐやが物騒な事を考えている時、白銀は周りを見渡していた。大勢の人が京佳のクラスの演劇を観に来ているのは、素直に凄いと思う。
しかし、ひとつ気になる事があった。
「何か、女子ばかりじゃないか?」
女子の数が多いのである。割合で言えば男子が2に、女子が8だ。明らかに多い。
「恐らくですが、立花さん目的では無いでしょうか?」
「ですねー。京佳さん、女子にかなりモテますし、王子様やるってなると人も来ちゃいますよー」
「あー、成程」
藤原の言う通り、京佳はモテる。男子にではなく、女子に凄くモテる。今年のバレンタインデーで、生徒会メンバーで1番チョコレートを貰ったのが良い証拠だ。
尚、京佳本人はこの事に少し複雑な思いを抱いている。
(やっぱり、立花はモテるのか…)
そして白銀は、その事実に少しだけ嫉妬した。
「ところで会長」
ここでかぐやが行動する。先程からかぐやは、コスプレ喫茶で着ていた和装メイドの恰好をしている。しかし、その感想をまだ白銀に聞いていない。ここで先ずは感想を聞いて、白銀の意識を自分へ向ける。そうすれば、白銀は京佳の演劇に集中できないだろう。
「このかっ『お待たせしました。これより、2年C組の演劇『シン・デレラ』を初めさせて頂きます』…」
だが無情にも、開演時間が着てしまった。かぐやは育ちが良いので、演劇中に話すという行為をあまりしたくはない。マナー違反だし。
(いいです…後でたっぷり聞きますし…)
かぐやは若干拗ねがらも。京佳のクラスの出し物である演劇が始まったのだった。
『昔、ある王国の村に、カーラという1人の娘がいました。彼女は幼い頃に母親を亡くしており、とても悲しい思いをしてしまいました。しかし直ぐに父親が再婚。これで新しい家族と楽しい日々が送れると思っていましたが、それはただの幻想でした』
「カーラ!カーラはどこだい!?」
「はい、お義母さま」
ナレーションが始まり、舞台袖からシンデレラ役の龍珠が出てくる。
「ぶっふぅ!?」
そして白銀、それを見て思わず吹く。だってあの龍珠が、まさかのシンデレラ役なのだ。こんなの、彼女がどういう子かを知っている人ほど吹くに決まってる。
「……」
そして龍珠は、そんな白銀を睨む。絶対に尻を蹴ってやるとも決めた。
「カーラ?早く掃除をしてちょうだい」
「あ、ごめんなさい。直ぐにやります」
でも今は演劇の真っ最中。直ぐに意識を演劇に集中させる。白銀を蹴るのは、後にしよう。
「ちょっとカーラ。この洗濯物を早く洗ってちょうだい」
「それが終わったら庭の掃除もしてよね」
「はい…わかりました」
「全く。顔が良いだけで本当につかえないんだから」
その後は、誰もが知っているお馴染みの展開が続く。義理の母親と義理の姉2人に虐められ、父親は遠方に仕事に行った際、病気になってしまい死亡。家族にはそれなりの遺産が残されたが、シンデレラであるカーラは質素な生活を強いられる。
「うう…どうして…私ばかりこんな生活を…」
龍珠が泣く演技をしながら、その後ろでは背景幕が変わる。更に音楽もかかり、ライトも暗転したりして悲壮感を漂わせる。その高いクオリティに、観客はすっかり夢中になってしまった。
(随分凝ってますね)
かぐやはそれを高く評価する。これまで様々な舞台を、四宮家の教育の一環で見てきたのでかなり目が肥えているかぐやだが、そんなかぐやから見てもこの演劇はレベルが高い。隣にいる白銀も夢中になって見ているし。
(おかげで会長はずっと舞台だけを見ているし!私が結構頑張って肩を近づけているのに無反応ですし!!)
予定なら白銀はかぐやにドギマギしていた筈なのに、京佳たちのクラスの演劇が想像以上にクオリティが高いせいで、白銀は全くかぐやを気にしている様子が無い。あの藤原でさ無言で見ているし。
(いっそ演劇を台無しにする…?いえ、いくらなんでもそれはダメ。それだけはやったらダメ)
もしもここで演劇を邪魔なんてしてしまえば、それこそ白銀に嫌われる。そもそも、人としてどうかと思うし。こうなっては仕方が無い。今は大人しく演劇を見る事にしよう。
『ある日、義理の母と姉が王が主催の舞踏会へ参加する事となりました。しかし、シンデレラであるカーラはそこに行く事はできません。彼女は心底悲しい気持ちになりながら、亡き母親の墓前で泣いてしまいました』
「お母さま…どうして私ばかりこんな目に?せめて1度でいいから、お城に行ってみたかった…」
その時、周りにいた動物(着ぐるみを着ているC組の生徒)が墓石を動かす。すると中からは、かつて母が着ていた美しいドレスが出てきた。
更に鳥(ワイヤーで宙に吊られているC組の生徒)がどこからともなく、美しい装飾のされた靴を投げ落とす。カーラはそれを受け取り、あっという間に着替えた。
「え?魔法使いじゃないのか?」
白銀、自分が知っている展開と違う事に首を傾げる。
「あれ?知りませんか会長。原作では魔法使いは出ないんですよ~」
「そうなのか?」
藤原の発言に、白銀は驚く。諸説あるのだが、原作グリム童話のシンデレラである『灰かぶり』には魔法使いは一切出てこない。
というか魔法の類が全く出てこない。あれが出るようになったのは、ペロー童話版のシンデレラである。
因みに灰かぶりというタイトルだが、その後に『我らあり!』とは続かない。続いたら解放戦線になっちゃうし。
「これで私も、舞踏会へ行ける。ありがとう、鳥さん」
「…っ!!」
シンデレラである龍珠が感謝の言葉を送るが、普段とのギャップが凄すぎて白銀は再び拭きだしそうになる。でも何とか堪えた。
しかし龍珠には普通にバレていたので、彼女は絶対に何があっても白銀を蹴ると誓う。
(さて、そろそろだな)
舞台袖では京佳が、衣装に着替えて出番を待っていた。シンデレラが舞踏会に行くという事は、王子様が出てくるという事。
つまりは、京佳の出番である。
(台詞もしっかり暗記した。動きも何度も練習した。それに、午前中は好評だった。これならいける!)
午前中の成功体験のおかげで、今の京佳は自信が漲っている。後は、力まないようにリラックスするだけだ。
「立花さん。出番来るよ!」
「ああ。行ってくる」
そして遂に、京佳は舞台へと上がるのであった。
「まぁ!王子様だわ!!」
舞踏会に来ている義理の姉がそう言うと、舞台袖から王子様である京佳が出てきた。
「お待たせ。準備に少し時間が掛かってね」
出てきた京佳は、まさに王子様といった風貌。青いサーコートに、白のチェニック。そして背中には青いマント。腰には模造剣。まるでおとぎ話の中から出てきたような恰好だ。
更に普段左顔に付けている眼帯も、舞台仕様に刺繍が施されている特別仕様。それに京佳の整った顔と恵まれた身長が合わさった結果、とんでもない化学反応を起こしているのだ。
俗に言う、マリアージュである。
『きゃーーー!!』
そんな京佳を見た瞬間、体育館に黄色い悲鳴が響く。
「かっこいい…!立花さんの王子様姿かっこいい…!」
「噂では聞いてたけど凄い!ほんとにかっこいい!」
「許可させあれば写真撮ったのに…!」
「新聞部!あとで絶対に写真コピーさせなさいよーー!」
声の主は、所謂京佳のファンの子である。やはり演劇を見に来ている多くの女子は、京佳目当てだったようだ。
「王子様!是非私と踊ってください!」
「いいえ!どうか私と…!」
「いや!私と踊ってーーー!」
「あ、ズルイ!立花さん!お願いだから私の手を取ってーーー!」
演者に交じって、京佳とダンスをしようとする女子達。
『えー。他のお客様のご迷惑になるのでお静かにお願いします。じゃないと演技が続けられませんよー』
『……』
ナレーションに言われ、急に静かになる。そりゃ誰だって推しの演技が聞こえないのは嫌だろうし。
「京佳さん、かっこいいですねー」
「そうですね。よく似合ってます」
藤原とかぐやも素直に賛美する。それほど、京佳の王子姿は似合っているのだ。
(かっこいい…)
そして白銀。彼もまた京佳の姿に釘付けになっていた。下手したらメス堕ちしそうな程かっこいい。今の京佳だったら、是非エスコートされたい。
「そこの美しいお嬢さん。どうか、踊ってはくれませんか?」
「えっと、よろこんで」
龍珠の手を取り、京佳は舞台上でダンスを踊る。多くの女子が、龍珠を羨ましがっていた。白銀もその内の1人だったりする。
「あ、すみません。私もう帰らないと」
ここで時間が来てしまう。シンデレラは母親たちが家に帰ってくる前に、家に帰らないといけない。そうでないと、あとで何を言われるかわからないからだ。
「そ、そんな!せめてもう少し!」
「もう時間が無いので。それでは」
そう言うと、シンデレラは舞台袖に行ってしまった。しかし、王子は諦めない。
「いいやだめだ!あの子を諦めきれない!大臣!罠を用意してあの子を捉えろ!!」
「かしこまりました」
(いや何で!?)
突然の王子の言動に驚く白銀。実は原作の王子は、かなりシンデレラに執着があり、帰ろうとしたところを無理矢理捕まえようとしていたのだ。
そしてその結果、片方の靴だけ落としてしまい、それがシンデレラ捜索に使われる事になるのだ。
その後、役人が靴を持ってシンデレラを捜索。そして遂に、シンデレラの家へとやってきた。
(ここで姉2人が履こうとしたけど、無理で最後にシンデレラが履くんだよな。あのシーンは、男でもちょっと憧れるものがあるよ)
白銀も流石にここのくだりは覚えている。ガラスの靴じゃないが、物語の流れは一緒だ。
いや、正確にはここまでは一緒だった。
「くっ!入らない!!」
「お義母様。これを使えばいいのでは?」
(ん?)
義姉が靴を履こうと悪戦苦闘していると、シンデレラである龍珠が手にのこぎりを持って現れる。
「これでお姉さまの足の指を切り落としましょう。そうすれば靴が入り、晴れてお義姉さまは王子様と結ばれます」
「おお、カーラ。お前はとても良い事を言ったね。じゃあ早速やろう!」
「え゛」
そしてとんでもない事を言い出す。母親が義姉を抑え込み、龍珠がのこぎりで義姉の足の指を切りおとす。
「ぎゃああああああ!?痛い痛い痛いぃぃぃぃぃ!!!?」
瞬間、義姉の足から血が噴き出した。当然だが、本物ではない。
(いやグロイ!!??」
衝撃の光景に、白銀びびりまくる。自分が知らない展開で、しかもあの龍珠がこんなグロテスクな事をしている。正直、似合いすぎててかなり怖い。
「あ、もしかして会長知りませんでしたか?シンデレラの原作はあんなお話ですよ?」
「そうなの!?」
マジである。諸説あるが、シンデレラの原作はかなりグロテスクなお話なのだ。
「あ、ダメだったみたいですね。じゃあ下のお義姉様。かかとを切り落としますので、こっちに来てください」
「い、いやよ!かかとを切りおとすなんて!」
「カーラの言う通りにしな!王子と結ばれたらもう一生歩かなくて良い生活が出来るんだから!」
「お義母さまもこう言ってますし、さぁ?」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!痛い!!痛いよぉぉぉぉぉ!!」
このように、流血表現が普通にあるくらいには。
「うっわー…よくできてますねー…ゾっとしちゃいましたよー…」
「そうですね。多分血糊なのでしょうけど、あそこまでリアルに作るのはかなり大変だった筈。これは小道具の人も評価しないといけませんね」
その光景を、冷静に評価する藤原とかぐや。
その後、シンデレラは靴がピッタリ入り、王子様と結婚。あっと言う間の早着替えで、ウェディングドレスを着て結婚式へ望む。その先には、白い衣装を着ている京佳がいる。
「京佳さん、かっこいいですねぇ…」
「……そうですね。かなりお似合いかと」
悔しいが、とても似合っているのをかぐやは認める。これでは、和装メイドの自分より、男装の麗人ともいえる恰好をした京佳の方が印象に残ってしまう。
(いいえまだです!確かに似合ってるし、何なら素直にかっこいいと思えましたが、それだけ!それだけです!!)
でも別に、ここの演劇で全てが決まる訳では無い。まだ文化祭は1日ある。最後に自分が白銀の横にたっていれば勝利なのだ。
ところで先程、シンデレラはかなりグロテスクなお話と言ったのを覚えているだろうか。実はその締めくくりが、最後の最後にある。
それは義理の姉2人が、シンデレラの結婚式に来た時に起こった。2人は猛省し、シンデレラをしっかりと祝福しようとしていた。
しかし突然、どこからともなく鳥がやってきて、義姉2人の傍に鎮座したかと思えば、顔ののぞき込んでくる。
そして、
「「ぎゃああああ!!??」」
義姉2人の目玉をくりぬいたのだ。
『ぎゃああああ!?』
その光景に、観客の殆どは悲鳴を上げる。だって義姉2人の目からは、血がまるで噴水のように拭きだしているからだ。勿論これは本物では無いのだが、やはり直に見るとクルものがある。
『本日の教訓。悪い事はしちゃいけない』
そんなナレーションが入った血みどろなエンディングで、劇は幕を閉じるのだった。
「やぁ、どうだった?」
演劇が終わり観客が帰った後、京佳は体育館外にいた白銀たちの元へ来ていた。
「凄かったですよー!演出も凝ってましたし、血なんてあんなにブシャーってでるとことかもう本当に凄かったです!是非妹の萌葉にも見せたかったですよー!」
「ええ、正直驚きました。とても学生で出来るレベルでは無かったと思いますよ?」
「ありがとう。まぁ血に関しては将来映画関係の仕事に就きたい子が気合いれたからだよ」
藤原とかぐやからも好評だ。後は、1番感想を聞きたい人から感想を聞くだけ。
「それで白銀。どうだったかな?」
ここで良い返事を聞く事が出来れば、京佳は更に前進できて、より自分に自信を付けられる。そして自信は、告白する勇気へと変える事が出来る。
だからここの白銀の返答は重要なのだが、
「……」
白銀からの返答は無い。
(え?な、何でだ?もしかして、面白くなかったか?それとも、私の演技がへたくそだったか?)
白銀が何も言わないので、途端に不安になる京佳。
「会長ー?どうしましたー?ちゃんと返事しなとダメですよー?」
藤原が助け舟を出し、白銀の顔を覗き込む。
「……あれ?」
そしてある事実に気が付いた。
「白銀?」
「会長?」
藤原に続いて、京佳とかぐやも白銀の顔を覗き込む。するとそこには、
「 」
瞬きをしておらず、目が真っ白になり、血の気が引いた顔をしている白銀の顔があった。
というか白銀は、立ったまま気絶していた。
「え?気絶してる…?」
「会長ーーーー!?」
「本当にすまない!なんでか途中から記憶が無いんだ!立花が登場したくらいは覚えているんだが、それ以降がさっぱりで…!」
何とか復活した白銀。実は彼、あの血の演出を見たせいで気絶してしまったのだ。おかげで、演劇の内容をあまり覚えていない。龍珠が似合わない事をしていたのは覚えているのだが。
「そ、そうか。まぁ仕方ないさ。気になったらクラスの子が撮影していたから、今度それを見せるよ」
「ああ。本当にすまない」
頭を下げる白銀。京佳もこれは仕方ないと割り切る事にした。
(せっかく頑張ったのに…)
でもやっぱり少なからずショックは受けていた。
(あのまま会長が演劇の事を覚えていたらまずかったですが安心しました…これで私と立花さんの優劣はイーブンになりましたね…)
そしてかぐやはほっとしていた。先程の演劇はかなりクオリティが高い。特に京佳の王子様姿はヤバイ。
かぐやも今の和装メイド姿に自信はあるが、それでも京佳の方がインパクトが強いだろう。それが白銀の記憶喪失でチャラになった。これなら一安心である。
((明日はもっと頑張ろう))
そしてかぐやと京佳は、明日は今日以上に頑張ろうと決める。
必ず、白銀と恋人になるために。
「そうだ、立花」
「ん?何だ?」
白銀たちと別れた後、京佳は1度体育館に戻っていた。演劇で使った道具の片付けをする為である。しかしその途中、龍珠に声をかけられる。
龍珠は周りに人がいない事を確認すると、京佳に耳打ちする。
「あいつと連絡取れた。協力してくれるってさ。あと、私の父親からも許可取った。どうぞ派手にやれってさ」
「…本当に、ありがとう」
「いいって。ただし、絶対にやり遂げろよ?」
「ああ。勿論」
そして何かのやり取りをして、再び片付けに戻るのだった。
おまけ
「まさかあの龍珠がお姫様なんてなー。どう思うよ小島?」
「……」
「まぁ、似合ってはなかったよな?あいつ普段の態度があんなんだし。まるで水と油くらいミスマッチな役だったよな?」
「……」
「小島?」
「可愛い…」
「え゛?」
会長は気絶したまま体育館の外まで歩きました。そしてシンデレラについては、所々間違っているかもしれませんが、独自設定ということでお願いします。
今年中に告白まで行けるよう頑張ります。いや、今年あと1か月しかないけどね…?
次回も頑張って書かせていただきます。
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秀知院と文化祭(相談事)
本作を読み返していたのですが、細かい矛盾点がチラホラある。ですが、そこを全部気にしていると何時まで経っても完結しそうにないので、もう多少の矛盾は無視してもいいい?いや勿論、書き直せるところはちゃんと書き直すけどね。
そんな訳で最新話です。
追記・少し文章を変更しました。
(会長と藤原さんはどこに行ったのかしら?)
未だ和装メイド姿のかぐやは、校内で白銀を探していた。先程まで一緒だったのだが、少しお花を積みに行っている間に、2人は生徒会室へ向かっていた。その後を追ったのだが、生徒会室にいたのは藤原の妹の萌葉だけ。
しかもこの時、萌葉は白銀が好きだと呟いていたのだ。これを見逃す事は出来ない。ただでさえ京佳とい目下最大の障害がいるのに、これ以上敵が増えてたまるかとかぐやは思い、萌葉を蹴落とす事にした。
しかし、ここで萌葉と白銀の素敵な所を言い合う事で意気投合し、つい話し込んでしまった。結果、白銀と藤原を見失ってしまったのである。
そうやって2人を探して校内をウロウロしていると、
「よかったおば…かぐやお姉さま!一緒にここに入りましょ!!」
「え!?眞妃さん!?」
突然、四条眞妃に腕を掴まれ、白銀捜索を無理矢理中段されてしまった。
京佳はクラスの演劇の片付けをした後、白銀を探していた。理由は当然、自由時間を白銀と一緒に過ごす為である。
(一体どこにいるんだ?)
しかし、どういう訳か中々見つからない。携帯にも電話してみたが、繋がらない。
(まさか…既に四宮と一緒に回っているとか?)
京佳の頭に、嫌な考えが浮かぶ。もし白銀が、既にかぐやと一緒に文化祭を回っているのだとしたら一大事である。そうなってしまったら、勝負がついてしまう。
(そうなったら割って入るか?いや、それは流石に…)
仮に2人の間に割って入ったら、白銀に嫌な印象を与えかねない。もしも既に2人が一緒に回っていたら、頃合いを見て自分も白銀を誘おう。せっかく例の物も手に入れたのだ。ここで誘わないと、意味がない。
(あ、いた)
すると天が味方したのか、京佳は白銀を見つける事が出来た。藤原と一緒ではいるが、かぐやの姿は無い。とりあえず、最悪の事態は避けれたようだ。
「やぁ2人共」
「あ、京佳さん。お疲れ様ですー」
「お疲れ、立花」
先ずは普段通りのあいさつ。そこから何とか藤原を離して、白銀と一緒に文化祭を回る。そうする事で、より一層白銀に自分を意識させる事が可能だ。
問題は藤原をどうここか離すかだが、それは話ながら艦上げる事にしよう。
「そうだ!聞いてください京佳さん!!」
「どうした?」
だが京佳が話すよりも先に、藤原が話し出す。しかも結構興奮気味だ。一体何があったというのだろうか。
「ついさっき、石上くんが公開告白したんですよ!!」
「…………は?」
それを聞いた瞬間、京佳は背後に宇宙を背負った。
「い、石上が、告白?」
「そうです!しかも相手はあの子安先輩ですよ!!」
藤原の言葉に驚く京佳。京佳は、石上が子安つばめに好意を抱いている事は知っている。何なら、彼の恋愛相談をかぐやと一緒に受けた。だが、まさかあの石上が大勢の前で公開告白をするとは思っていなかった。
「一応聞くが、勘違いとかじゃなくて?」
「そんなんじゃありません!間違いなく告白でした!私と会長は一部始終を見ていましたもん!ねぇ会長!?」
「そうだな。あれは間違いなく告白だろう。しかし、まさか石上が子安先輩をなぁ…」
「結構わかりやすかったと思いますけどね」
2人の話によると、石上は子安に対してハート型のクッキーを渡したという。しかもその時『これは僕の気持ちです』と言ったらしい。これは明らかに、奉心祭伝説にあやかった告白だろう。
「そうか…あの石上が…」
かなり驚いたが、同時に感心もした。だって石上は、勇気を出して告白をしたのだ。あんなに『自分じゃ釣り合わない』とか言っていたあの石上がである。これは驚くべき成長だろう。
「まぁ絶対に失敗するでしょうけどね~」
「……え?」
だがそんな石上の行動を、藤原は一刀両断する。
「だってあの根暗で陰キャな石上くんですよ?しかも相手は3年のマドンナと言われている子安つばめ先輩。どうあっても釣り合う訳ないじゃないですか~。例えるなら月とすっぽんですよ。早ければ1時間後には振られてますって」
「藤原。少し言いすぎだぞそれ」
本人が聞いたら100%ブチキレる事を言う藤原。それを聞いた京佳は、何とも言えない顔をし、白銀はどこか焦った顔をする。
「じゃあ、藤原はどうすれば石上は告白が成功すると思うんだ?」
流石に石上が可哀そうになったので、京佳は藤原に尋ねてみる事にした。
と、いうのもだ。
京佳は白銀に告白するつもりなのだが、未だに自分の容姿に自信がない。だって京佳は女性にしては非常に高い身長だし、物騒な眼帯を左目に付けているし、無駄に胸大きいし。果たしてこんな自分が、白銀と釣り合うのかと思ってしまう。
無論、白銀自身が人を見た目で判断しない子なのは理解している。
しかし、周りは違う。
もしも自分が白銀と恋人になっても、周りから白い目で見られるかもしれない。京佳はそういうのに慣れているが、白銀は違うだろう。そんな嫌な思いを、白銀にさせたくない。
そんな気持ちがあるので、京佳は藤原に尋ねるのだ。
「そうですね。こういうのは大体の場合減点方式を使えば良いと思います」
「減点方式?」
「例えば、性格や見た目、相手の言動なのでNGがあれば、いくら年収1億の人でも恋愛対象には見られません。逆にそういうのが無かったら、どんな貧乏でもブサイクでも恋愛対象に見られるという事です」
「成程」
一理あると京佳は思う。だってもしも白銀の見た目がテングサルのような見た目でも、それ以外が不快に感じられなかったり、それ以外でここが素敵という部分があれば、京佳は白銀を好きになるだろうし。
「で、そんな石上くんのダメな部分を書いてみました」
藤原はどこからともなくフリップを出す。そこには、
・心が狭く、相手の上げ足を取る
・暴言の銃口が常に私を捉えている
・つけた傷の治りが遅い
・年上に対する尊敬の気持ちが全くない
・結構な頻度で私を見下している
等の事が書かれていた。
「……なぁ藤原。それ全部自業自得じゃないか?」
「だよな。俺も同じ事を思った」
「何なんですか2人共!じゃあ石上くんは私が非常識な人間だからこんなに態度が悪いとでも言うんですか!!私程常識的な人はいないでしょうに!!」
「……立花。こいつこれを本気で言ってると思うか?」
「残念だが本気で言ってると思うぞ」
明らかに全部藤原の自業自得なのだが、本人はそれに本気で気がついていない。藤原は伊井野とは別方向で危うい。社会に出た時、痛い目を見なければいいなと思う2人であった。
というか絶対に何かやらかして痛い目に合うだろう。
「ところで、白銀は石上の減点部分はなんだと思うんだ?」
ギャイギャイと怒っている藤原をよそに、京佳は白銀にも質問をする。
「強いて言えば自信が無いところだろう。あいつは自分に自信がないから、いつも少しオドオドしている。あと少し自信があればそういうのが無くなり、シャッキリすると思うぞ」
「成程…」
それは京佳にも当てはまる事である。京佳は自分の見た目に自信がない。かぐやのように華奢な女の子では無いし、藤原のように明るくも無い。こればかりは、自分に自信を付けたとしても変わらないだろう。
(やはりこんな自分じゃ…)
僅かな出来事が発端で、どんどん自身を失ってしまう京佳。この状態では、告白なんて出来そうにない。仮に告白をしたとしても、当初予定していたやり方はできそうにない。
「まぁでも、これが石上くんの成功体験となって、今後自分に自信を付けてくれたらとは思いますよ」
「え?」
「お前、さっきまで石上の事をボロクソに言ってたのに、どうしたんだ?」
白銀の言う通り、先程まで石上をけなすにけなしていたのに、突然の掌返し。これは困惑する。
「ここ最近、誰かさんのせいでちょっと口がオイタになってるだけで、私は別に石上くんの事を嫌っていませんよ」
「そうなのか」
「当然です。大切な生徒会仲間なんですから」
どうやら藤原、最近色々あったようで口が悪くなっているらし。本心では、石上の恋を応援しているようだ。
(誰かさんって誰だ?)
そしてその元凶は、頭に疑問符を浮かべていた。自覚が無いというのは恐ろしい事である。
「まぁ、私自身は会長も石上くんも異性としては産業廃棄物なんで付き合うとかこの世の終わりが来ても絶対に嫌ですけどね?」
「おい藤原。ちょっとオイタが過ぎるぞ?」
藤原の更なる発言に、京佳は少しキレる。だって京佳は白銀が好きなのだ。そんな白銀を産業廃棄物とは何事か。あまり表には出さないが、こんなの怒るに決まってる。
これがかぐやだったらもっとやばかっただろう。最悪、藤原は行方不明になっていただろうし。
「でもそれは、減点方式での話。加点方式であれば、2人共良い男って思ってますよ」
「そりゃどーも…」
藤原に褒められた白銀は、そっけなく礼を言う。
「おめでとうございます!100点の大当たりですーー!!」
そんな時、3年の教室からそんな声と歓声が聞こえる。
「また誰か当てたみたいだな」
白銀が教室を覗く。どうやら先程の石上同様に、また誰かが的当てゲームで100点を出したらしい。
「あ、じゃあそのハートのクッキーください」
「え!?わ、わかりました!」
そしてこれまた石上同様、景品のひとつであったハート形のクッキー(予備の2つ目)を選んだのだ。先程の石上の件があったので、受付の女生徒も少し驚く。
「どうぞ。差し上げます」
「あら~。ありがとうございます~。大事に食べますね~」
それを受け取った私服姿の男性は、隣に立っていた私服姿の女性へと渡す。
「ねぇ…あれってさ…」
「いやー…多分違うでしょう。そもそも学生じゃ無いし」
最初こそ石上と同じで、公開告白をしているのかと思ったが、2人は明らかに学生では無い。恐らく大学生だろう。なので教室にいた生徒たちは、これはただのプレゼントだろうと判断し、石上の時ほど騒がなかった。
「あれ?あの2人どこかで…」
そして白銀は、そんな2人に見覚えがあった。
「兄さん!?」
「姉さま!?」
「え…?」
その正体は、京佳と藤原のおかげでわかったのであった
「それで兄さん。どうしてここに?」
「いや、俺今日非番だったし」
京佳が話しかけるのは、実の兄である立花透也。現役の海上自衛官なのだが、本日は非番だったので、妹の文化祭へ来ているのだ。
「いやー凄いねここ。自衛隊の基地祭とは全然ちがうよー。盛り上がり方もこっちが上だし」
かなり堪能しているようで、透也はかなりご機嫌だ。しかし、そんな事は今どうでもいい。
「じゃあもうひとつ質問。どうして藤原のお姉さんと一緒なんだ?」
そう。彼は藤原の姉である藤原豊実と一緒に文化祭へ来ているのだ。京佳はそこが気になってしょうがない。
「いや、昨日連絡受けたからそのお誘いを受けただけだよ」
「なっ…」
それを聞いて驚く京佳。なんせ兄は藤原の姉の豊実からデートのお誘いを受けて、ここに来ているというのだ。これまで女っ気皆無の兄がデート。こんなの驚かない訳が無い。
「それってデートじゃ」
「え?そうなのかな?いやまぁ、男女が遊びに行くからデートと言えばデートか」
「……」
だが当の本人はこれである。この時、京佳は思い出した。そういえば兄は、昔からこういうところがあったと。所謂クソボケとは少し違うのだが、色々鈍感なのだ。
兄が中学生の時だって今回と似た様な事があったが、本人は特に何も反応していなかったし。
(まぁ、多感な時期をバイトやら勉強やらに費やしていたから仕方ないのかもしれん)
原因は京佳の父親が病死してしまった事により、兄は家計を助ける為に働いてばっかだったからだろう。中学卒業後には、自衛隊工科学校に行って男女間の青春的な事なんてほぼ経験無かっただろうし。
(いやまぁ、そうと決まった訳じゃないけど…)
最も、あのポワポワした藤原の姉だ。本当に特に好意も無く、ただ誘っただけという可能性だってあるだろう。
「それで、久しぶりだね白銀くん」
「は、はい。どうもでです」
そんな京佳をよそに、透也は白銀に挨拶をする。心なしか、その目には敵意のような物が含まれている気がした。
「ちょっとだけ、2人で話さない?」
「え、あ、はい」
そして白銀の肩を掴んで、京佳から距離を取る。
「え?あの、兄さん「ちょっといいかしらぁ?」はい?」
兄が何かをしでかそうとしているのが不安になり、後を追おうとした京佳だったが、京佳も肩を掴まれ動きを止める。
「えっと、豊実さんでしたっけ?」
「そうよぉ」
肩を掴んできたのは、藤原豊実。大学生で、あの藤原の姉である。
「私に何か?」
「ええ。ちょっとだけ気になってねぇ。だからお話をと思って」
「はぁ。いいですけど…ところで、妹の千花さんは?」
「ちょっと言いくるめたらどっかに行ってくれたわぁ。まぁその内戻ってくるでしょうけどぉ」
「は、はぁ…」
一体自分にどんな用事があるというのか。京佳は豊実の話を聞く事にした。
「あなた、何か悩みがあったりするかしらぁ?」
「え?」
「私、こう見えても藤原家の長女だからぁ、今まで色んな人を見てきたのよねぇ。そしてあなたは、今現在何か悩みを抱えている人に見えるのよぉ…」
的中である。京佳は今、自分の事で悩んでいる。自分に対して自身を失いかけているこの状態では、白銀に告白をしても上手くいくかどうかわからない。更に仮に成功したとしても、その後自分の容姿のせいで白銀に迷惑を掛けてしまうんじゃないかと思ってしまう。
「えっと、別に「因みに私、嘘を見抜くのが得意なのよねぇ?」…あります」
「あらそう~。よければ教えてぇ?。何か助けになるかもしれないしぃ」
誤魔化そうと思ったが、ここで誤魔化すと後で面倒な事になりかねないと思ったので、京佳は言う事にした。
「えっと、私自分の見た目が少しコンプレックスで、それで…」
無論、白銀の事は言わない。あくまで自分の容姿の事を口にする。もし豊実に突っ込まれても、知らぬ存ぜぬを通す事にする。だって豊実を通じて妹の藤原に伝わりでもしたら超大変だからだ。
「そう…」
一通り話を聞いた豊実。そして、京佳の相談に乗り始める。
「だったら、逆に考えたら良いじゃないかしらぁ?」
「逆に?」
「ええ。確かに身長高いけど、それは逆に言えば超モデル体型で他の人は真似出来ないでしょうし、眼帯をしていて怖がられるけど、逆に言えばそれをかっこいいと言ってくれる人だっているかもしれないでしょう?貴方は物事をネガティブに考え過ぎよぉ。もっとポジティブに考えていかないと、どんどんまいっちゃうわよぉ」
確かにその通りかもしれない。人は物事をネガティブに捉えると、どんどん思考がネガティブになっていってしまう。その結果、小さなことで大げさに悩んだりもしてしまう。だからこそ、色んな事を良い方向へ考える事は大切なのだ。
「それは、そうかもしれませんね…」
「そうでしょう?それに、貴方が好きな人は、そんな事で貴方から離れていく人かしらぁ?」
「……なんの事でしょうか?」
「ふふ。何の事かしらねぇ?」
バレている。相手が白銀という事までは知られていないだろうが、自分に好きな人がいるのはバレている。流石、名門政治家一族と言われている藤原家の長女だ。ポワポワしていて自由奔放そうな人だが、こういう事は簡単に見抜けてしまう辺り、遺伝子が良い仕事をしているのだろう。
「ともかく、もっと自分に自信を持たないと、叶う筈の願いだって叶わないわよぉ」
「……」
それは嫌だ。折角ここまでこれたんだ。去年であれば先ず勝負にならなかった事が、今では互角にまで持ち込めている。
これも全部、こんな自分の事を気味悪がならかった白銀を振り向かせたいと思えたからだろう。
やっとここまで来たんだ。こんなところで足踏みして、その間にかぐやに白銀を獲られたら目も当てられない。それは最悪のバットエンドだ。
(そうだ。今更悩んでどうする。もっと自分に自信を持たないとダメじゃないか)
先程、藤原による石上の話を聞いていたせいで、自信を失いかけていた京佳。しかし、豊実のおかげでそれを取り戻しつつある。
(加点方式か…)
そして京佳。彼女は藤原が言っていた加点方式というやり方を思い出す。つまり、これまであった良い事を積み上げていく事である。
(白銀に最初に出会ったのは私。初めて家に行ったのも私。勉強を教えたのも私。一緒に過ごした時間が長いのも私。今年誕生日を家でお祝いしたのも私。そして、頬にキスだって…)
よくよく思い返してみれば、白銀と自分の距離はかなり近い気がする。それにだ。京佳は白銀にキスだってしている。しかも白銀自身も、嫌がっていた様子は無い。
確かに白銀はかぐやが好きだ。そしてかぐやも、白銀が好きだ。だが京佳だって、白銀を振り向かせるには十分なくらいの出来事が沢山ある。告白して、即振られるというのは無いだろう。
(そうだよ。自信を持て私。確かに見た目は四宮の方が可愛らしいが、それ以外でだったら私だって負けてないじゃないか。落ち込むな私!)
こうして京佳は自信を取り戻した。この状態であれば、もう大丈夫だろう。
「どうやらぁ、大丈夫みたいねぇ」
「はい。ありがとうございます」
「いいのよぉ」
これも豊実が突然相談に乗ってくれたおかげだ。京佳は豊実の頭を下げて、礼を言う。
「と、ところで…」
「はい?」
すると、今度は豊実が京佳に話出す。
「えっと、透也さんって何か好きな物とかあるかしら?」
「……え?」
兄である、透也の事を。
「えっとその前に、兄とのご関係は?」
「ただのお友達よぉ。体育祭の時に知り合って、そこから何度が食事を一緒にしたくらいのねぇ」
前にあった秀知院での体育祭。そこで2人は知り合ったらしい。そしてどういう訳か、そこから何度も友達として会っていると豊実は言う。
(いや、ただの友達でそんな顔する訳無いでしょうに…)
だが、豊実の顔はどう見ても恋する乙女の顔。頬は赤いし、目は少し泳いでいるし、右手で髪を弄っている。これはもうどう考えたって、豊実は透也に恋している。
同じ恋する者として、京佳はこの質問に答える事にした。
「そうですね。兄はこれといって特に好きな物はありませんが、強いてい言えばカレーが好きですね。辛いのも甘いのも」
「そう、カレー…」
「後は、ゲームは結構好きですよ。私が小さい時は、よく一緒にシューティングゲームをしていましたし」
「ゲームねぇ」
ふむふむといった面持ちで、豊実は自分の脳にそれらの事を記憶していく。
「ありがとぅ。おかげで今後の事を色々考えられたわぁ。これで少しは、こっちの気持ちに気が付いてくれるかもしれないしぃ」
「……兄が本当にすみません」
「いいのよぉ。それと、教えてくれてありがとうねぇ」
「いえいえ」
もう確定である。豊実は透也が好きなのは。
「その、頑張ってください」
「ふふ。ありがとぅ」
お互い早々会う事が無いのであまり協力はできそうにないが、せめて激励の言葉だけは送る事にした。
(いや待てよ?もしも兄さんと豊実さんが結婚でもしたら、私は藤原と親戚になるのか?)
気が早い話ではあるが、もしも2人が結婚したらそうなる。
(何かなぁ…嫌という訳では無いんだがなぁ…)
別にそれが嫌では無いのだが、素直に喜べない自分がいる。全て藤原の普段の行いのせいである。
(まぁ、兄さんにはそれとなく色々伝えておくか…)
それでも、自分の相談に乗ってくれた豊実の恋の成就を願わずにはいられない。せめて、鈍感な兄にそれとなく色んな事を伝えておくくらいはしよう。
「きゃあああ!?やめて!耳切らないでぇ!?」
「いやぁぁぁぁ!?誰か助けてぇぇぇぇ!?」
そしてその頃、かぐやは四条と共に立体音響おばけ屋敷で叫んでいた。
立花兄のCVは、多分AC6のラスティ。そして藤原姉の豊実さんはほぼ勝手なイメージで書いてます。この2人がどうなるかは、まぁそのうち書きます。立花兄が会長と何を話したのかもね。
ちょっと強引だったかもですが、これからも自分が書きたいように書きながら、こんな感じで完結目指して頑張らせて頂きますので、どうかよろしくお願いします。
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秀知院と文化祭(たこ焼き)
うん。お待たせしちゃって本当にごめんね。色々あってモチベが下がってまして…。
でも今年中には絶対に終わらせます。最低でもどっちかのルートは。
でも今回、リハビリも兼ねて書いたので少し短いしあまりお話進んでない…。ごめんなさい。
生徒会室
「何だかんだで、結局私達はここに来ちゃうんですよねー」
「まぁ、ここが1番落ち着く場所ですしね」
文化祭も落ち着いてきた夕方、生徒会のメンバーは生徒会に集まっていた。
「皆、少し早いが今日は1日お疲れ様」
「ありがとうございますー」
白銀が生徒会メンバーにねぎらいの言葉をかける。文化祭は実文が主に取り仕切っているが、自分のクラスの出し物は別。これだけ大勢の人が来てくれたのだ。当然、各クラスの仕事も多くなっているだろう。
「かぐやさん、大丈夫ですか?」
「ええ…少し疲れただけですから…」
そんな中、かぐやだけは人1倍疲れた顔をしていた。自分のクラスの出し物であるコスプレ喫茶に現れた店長朝子。彼女からコーヒーのダメ出しをされ、おまけに何でか彼女が自分のクラスで働く事に。
その結果、当初の想定を遥かに超える繫盛具合となってしまった。更に追い打ちをかけるように、白銀父が来店。この対応にも追われたおかげで、体力があるかぐやも流石に疲労困憊だ。白銀も来店しなかったし、散々である。
「立花先輩は演劇だったから、凄く大変だったんじゃないんですか?」
「確かに大変ではあったけど、主役よりは出番も少ないしそこまでじゃなかったよ」
京佳も疲れてはいるが、かぐや程じゃない。恐らく、京佳のクラスで1番疲れているのは龍珠だろう。主役のシンデレラ役だったし。
「私も見たかったな…」
「クラスの子が録画しているから、よかったら今度データを渡すよ」
「いいんですか!?ありがとうございます!」
かなり乙女思考の伊井野にとって、シンデレラは大好きなお話。そんな彼女ならば、演劇のシンデレラを見てみたいのは当たり前。なので京佳の提案は嬉しかった。そして文化祭が終わり次第、必ず映像データを見ようと伊井野は決める。
尚、この選択を伊井野は後悔する事になる。
「ところで藤原先輩ってちゃんと仕事してました?僕のイメージだと1日中遊んでいた感じなんですけど」
「石上くん?またハリセンで叩きますよ?」
石上がいつものように藤原にそんな事を言う。一応だが、藤原だって仕事をしていた。ただし、他のクラスメイトに比べてちょっと少ない。
「まぁ皆、楽しんでいたようで何よりだ」
「会長はあまり回っていないんですか?」
「ああ。保護者の案内で多少は見ていたが、しっかりと見たのは立花の演劇くらいだな」
本当はかぐやのところにも行きたかったのだが、あの繁盛具合では行けそうもなかった。結果、見たのは京佳のシンデレラの演劇だけ。
最も、それも途中で記憶が飛んでいるのだが。
「なら白銀。もしかしてお昼も食べてなんじゃ?」
「そうだな。途中で缶コーヒーを飲んだくらいだ」
(よし。これならいける)
質問の答えを聞いた京佳は、準備していた作戦を実行に移す。
「だったら丁度よかった。実は先程、たこ焼きをいくつか買ってきたから皆で食べないか?」
「あ、さっきから良い匂いがすると思ったらそれだったんですね」
京佳はソファに乗せていたビニール袋から、どこにでもある普通のたこ焼きを5パック程取り出す。出来立てでとても美味しそうだ。
「わぁ…美味しそう…」
「ありがとうございます京佳さん!」
さっそく食いつく伊井野と藤原。しかし、これだけではまだダメ。もう一押し必要だ。
「しまった飲み物が無い。たこ焼きは粉物だし、これじゃ少し食べるのがキツイな。どうしよう?」
京佳はわざとらしく、自分が飲み物を忘れたそぶりを見せる。
「あ!だったら私が皆さんの分の飲み物を買ってきますよ!丁度喉渇いていたところですし!」
「私も藤原先輩と一緒に買ってきます。1人だと重いでしょうし」
「そうか。じゃあすまないがよろしく頼む」
「わかりました!それじゃ行きましょう!ミコちゃん!石上くん!」
「え?僕もですか?」
「石上くんは女の子に重たい物を持たせる白状な人なんですか?」
「いや買っても6人分だから大した重さないでしょうに。あーもうわかりましたよ。行きますよ。そもそも藤原先輩に飲み物頼んだら変な物買ってきそうですし」
「普通にお茶しか買いませんよ!?私を何だと持ってるんですか!?」
京佳の作戦通り、藤原は伊井野と石上と共に生徒会室から退出。石上まで着いていったのは嬉しい誤断だ。これで少なくとも、5分は戻ってこないだろう。これで外野の誘導は出来た。後は白銀に、例のたこ焼きを渡すだけ。
「「はい、白銀「会長」」
しかし白銀にたこ焼きを渡したと同時に、かぐやも白銀にたこ焼きを渡した。それも京佳と同じ、ハート型の器に入ったたこ焼きを。
「四宮、それは?」
「これですか?会長は忙しくて何も食べていないと思っていたので、私も先程1つ買っておいたんですよ」
「…ほう」
両者、視線がバチバチとぶつかる。
この2人、ただ空腹の白銀にたこ焼きを渡したいだけでは無い。このたこ焼きには、ある仕掛けが施されている。
2人は少し前、校内の屋台で偶然あるものを見つけた。それは、秀知院の奉心伝説に全力で便乗していたハート型の器に入ったたこ焼き。中身は6個入の普通のたこ焼きに見えるが、実は1つだけハート型のカマボコが入ってる。もしこれを白銀に渡す事が出来れば、一気に意識させる事が可能だ。
しかし、流石に他のメンバーがいる状態で渡す事は出来ない。主に藤原が邪魔だ。なので先程、京佳は邪魔者3人を排除したのだ。これならば、そのまま渡せる。
以前のかぐやならこんな事恥ずかしくて出来なかっただろうが、京佳に宣戦布告されている今の状況では、恥ずがってもいられない。
というか早坂にあれだけ言われて、流石に何もしない訳にはいかないのである。
「2つは流石に胃がもたれるよな?」
「そうですね。どっちか1つだけの方がいいでしょうね」
以前にもこんな事があった。あの時は2人共、アルコールで酔っていたのであんな事になっていたが今回は違う。完全にシラフだ。なのにこれである。これでは、また喧嘩になりかねない。
「ストップだ2人共。丁度腹減っていたし、2つとも食べるから喧嘩しないでくれ」
このままではいけない。そう思った白銀は喧嘩を避ける為、2人の差し出したたこ焼きをどっちも食べる事にした。
「そうか。ならどうぞ」
「会長。どうぞです」
出来れば自分のだけを渡したかったがしょうがない。2人共、喧嘩せずに同時にたこ焼きを白銀に差し出した。
「あー…ところでいいか?」
だが食べる直前、白銀がある質問をしてくる。
「なんでこれ、ハート型なんだ?」
それは、たこ焼きが入っている器について。どう見たってハートだ。そしてハートといえば、秀知院奉心伝説。当然、白銀だってその伝説は知っている。
そして白銀とて、バカではない。くそ恥ずかしい勘違いでなければ、2人が自分に対して普通以上の好意を向けているのは理解している。
だから聞いておかないといけない。もしこれが2人からの告白だとすれば、ここで答えを出す事になる。
「いや、丁度普通のたこ焼きが机の上にあるやつで売り切れでこれしかなかったんだ」
「そうですね。私も普通のがもう売っていなかったので、これを買いました」
「そ、そうか…」
だがどうやら、偶々これしか売っていなかったので仕方なくこれを買ったとの事。つまり、ハートを使った告白では無い。ならば大丈夫だ。大人しくたこ焼きを食べる事にしよう。先ずは、京佳がくれたたこ焼きをひとつ食べてみる。
「ん、うまいな」
(く、アレじゃない…!)
(あれかしら!?今会長が食べたやつかしら!?)
次に、かぐやがくれたたこ焼きを食べる。
「うん。こっちもうまい」
(あれか?あれだったりするのか?)
(それじゃない!もうひとつ隣のです!)
無論、この2人がただ空腹の白銀にたこ焼きを食べさせたい訳が無い。これは京佳とかぐやにとって告白では無いが、自分をより意識させる為にやっている作戦ではある。
ハート型のたこ焼き。
奉心伝説を知っているものからすれば、これを受け取って意識しない訳が無い。更にいえば、ハートの形をしたかまぼこを密かに白銀に食べさせて、しれっと永遠の愛を獲得。これが本命だ。
勿論、これで本当に永遠の愛を手に入れる訳ではないだろうが、それでも打てる手は打っておきたい。2人共、僅かでも可能性があるならやっておきたいという思いは同じであった。藁にも縋るとも言う。
だが、これにはある問題がある。自分のはわかるが、相手のどのたこ焼きにハート型のかまぼこが入っているかわからない事だ。相手の顔を見ればそれもわかるかもしれないが、2人共今はポーカーフェイスを貫いているので判断できない。だってそうしないと、顔がにやけてしまいそうだから。
(どれだ!?一体どれが四宮のどれにハートのかまぼこが入っているんだ!?)
(どれなの!?立花さんのどれにハートのかまぼこが入っているの!?)
黙々と食べる白銀。しかし未だに、相手の当たりたこ焼きがどれかわからない。別に相手のを白銀が食べるのはいい。
しかしできれば、先に自分のを食べて欲しい。そうしないと、なんか意味が無さそうだし。
そしてそれぞれのたこ焼きが半分を切った時、
「ただいまですー」
「戻りました」
「取り合えず、自販機でいくつか買ってきましたよー」
藤原たち、想定より早く帰還する。
(マズイ!まだ白銀は食べ終わってない!もしこれを藤原に見られたら…!)
今白銀は、ハート型の器に入ったたこ焼きを食べている。もしこれを自称恋愛探偵で超恋愛脳の藤原に見られたら、絶対に面倒な事になる。風紀委員の伊井野も、何かしてくるかもしれない。こんな事なら、飲み物以外にも何か買わせてくればよかった。
「「……」」
その時ふと、京佳とかぐやは目を一瞬だけ合わせ、瞬時に理解する。
「あれ?藤原さん。今肩に虫がいませんでしたか?」
「伊井野、足元に何かいないか?」
そして阿吽の呼吸で、藤原と伊井野の視線を白銀から逸らす。こういう時は直ぐに協力できるので、やはりこの2人は白銀が絡まなければ仲が良いのかもしれない。
「えー?本当ですかー?」
「え!?嘘嘘!?」
2人共、正面にいた白銀から視線を逸らし、自分の肩や足元を見る。これで少しは時間が稼げた。
「あ、石上くん。よければ2人を見てくれますか?もしかしたら体のどこかにいるかもしれませんし」
「まぁ、いいですけど」
そして石上も、2人へ視線を誘導させる。これで更に時間が稼げた。
「石上くん?あんまりジロジロ見ないでくださいね?セクハラになりますからね?」
「いや四宮先輩に頼まれたからさっと見てるんですよ。じゃなきゃ見ませんって」
「石上。あんたどさくさに紛れて変な事したら本当に警察に突き出すから」
「しねーよ。お前自意識過剰もいい加減にしとけ」
憎まれ口を叩かれながらも、石上は2人の体をさっと見る。
(やっぱこうしてみると、藤原先輩でかいなぁ…うちで1番大きいのは立花先輩だけど、それに匹敵してるし。伊井野は、こいつよくわかんねーんだよなぁ…多分大きい方なんだけど…)
その最中、光の速さで石上は2人の体の感想を思う。一目見てわかる大きな藤原。胸だけじゃなく、尻も大きい。正直、抱き心地が凄く良さそうだ。
大して伊井野は、着やせするタイプなのかよくわからない。でもかぐやより大きいのはわかる。
(まぁ、1番は絶対につばめ先輩だけど)
本当はあまり好きな人に対して、こんな風に思ってはいけないのだが、やはり男の子。どうしても、そういった事を考えてしまう。
「何もいませんよ。多分ハエとかが止まってて、どっかに飛んで行ったんじゃないですか?」
「そうですか。まぁお2人の体に着いていないのならいいです」
「だな。しかしハチとかじゃなくてよかったよ」
「12月にハチはいなくないですか?」
「いや、スズメ蜂なら偶にいたりするぞ」
「マジっすか?」
「ところで石上くん。今何か変な事考えてたりしませんでしたか?」
「いや全然考えてません!!」
これで時間は稼げた。そう思った2人は、白銀の方を見る。
「ご馳走様」
すると白銀は既にたこ焼きを食べ終えており、ビニール袋に空の容器を入れていた。
((よし!))
ああなれば、ビニール袋から出さないともうわからない。これでもう安心だ。
「あー!ズルイです会長!先に食べちゃうなんてーー!」
「いやすまん。結構腹減っててな」
「もう仕方ありませんね。じゃあ飲み物も買ってきましたし、皆で食べましょうか」
「はい」
「いやたこ焼き買ってきたの立花先輩ですからそれ言うの立花先輩でしょう」
少しだけ白銀に当たった藤原だったが、直ぐにたこ焼きの誘惑に負けて意識を移動させる。
「いただきまーす」
「いただきます」
こうして生徒会メンバーで、ちょっとしたたこパが行われた。
(ところで、結局白銀はどっちを先に食べたんだ?)
(会長は一体、どちらを先に口にしたのかしら?)
他のメンバーがたこ焼きを摘まんでいる最中、京佳とかぐやはある事が気になっていた。それは、白銀がどっちのたこ焼きを先に食べたかである。
(白銀はたこ焼きを全部食べている。つまり、私たち両名のハート型かまぼこを食べたという事だ)
(問題は、一体どっちを先に食べたか。さっきまで藤原たちの妨害をしていたせいで見れませんでしたし、どうなんでしょうか…)
白銀は間違いなく2箱完食している。しかしその瞬間を、藤原たちに割いていたので見れいない。
(いやもういい。これ以上気にしたら終わらない。この件はここまでだ)
(あまり気にしすぎるのもダメですね。こうなったらあとは天運に任せておきましょう)
だがもう確認する手段が無い。これ以上考えていてもどうしようもないので、2人はこの件について考えるのをやめた。
(なんだか少し小腹が空いたな…私も少し食べよう)
たこ焼きの匂いに当てられて、京佳も少し空腹感を覚える。なのでたこ焼きを食べようとしたのだが、
「……え?もう無い?」
既にたこ焼きは空となっていた。全部で5パックはあったのに、もうそれが無い。
「ミコちゃんよく食べますね~」
「うう…」
そして目の前には、恥ずかしそうに顔を背けている伊井野。口の周りには、ちょっとだけ青のりが付いている。ほぼ間違いなく、この量のたこ焼きを食べたのは伊井野だろう。
「伊井野…あまりこういうのは言わない方がいいんだろうが、食べすぎは身体に毒だぞ…?」
「ち、違うんです立花先輩!これは、そう!私今日お昼食べてなかったもので!だからお腹減ってて!!」
「嘘つけ。僕知ってるぞ。お前昼に焼きそば2パックとアメリカンドッグ3本食べてるだろ。大仏に聞いたぞ」
「こばちゃんーーー!?」
親友に裏切られた気分になった伊井野はつい叫ぶ。しかし本当に、この小さな体のどこにそれだけの量が入るか疑問である。
「にしても、やっぱりこうして皆でいるのは楽しいですねー」
「まぁ、そうっすね。何だかんだで」
藤原の発言に同意する石上。喧嘩や言い争い。奇妙なゲームや大量の仕事。生徒会は、決して楽ではない。しかし、このメンバーで一緒にいるのはとても楽しい。
「そうだ!来年の文化祭では生徒会で何かやりませんか!?コントとか!」
「あ、それいいかもです。そうすれば生徒会はもっと親しみやすくなるでしょうし」
「悪くない案かもですけど、コントはやめた方がいいですよ。絶対にスベリますし」
「それに藤原。来年となると、白銀はもう生徒会長じゃないぞ」
「そうですよ藤原さん。来年の文化祭では、新しい生徒会が発足されてます。それに私たち2年生も、もう生徒会には所属してませんし」
「うー…そうでした。だったらこのメンバーで何かやりませんか?事前に申請出しておけば友人同士で何かするのも大丈夫でしたし」
「まぁ、来年になったら考えるよ」
随分と気が早いが、それはそれで面白そうだ。秀知院最後の思い出として、何かやるのはアリかもしれない。
「皆、ちょっと聞いて欲しい事がある」
その時、白銀が改まった顔をして話だしてきた。
「何ですか会長ー?は!まさか私に告白とか!?」
「ねーよ」
「ぶー。もうちょっとノってくれてもいいじゃないですかー」
(よかった。つい藤原さんを殺すところでした…)
藤原の発言に殺意を覚えたが、今は落ち着いて白銀の話を聞くべきだ。
「これを」
「なんすかそれ?」
白銀が出したのは、1枚の紙。それを全員が見る。
「え?スタンフォード大学?」
「会長。これって…」
「ああ。スタンフォードの合格通知書だ。皆にだけは、早く言っておかないといけないと思ってな」
それは、アメリカにあるスタンフォード大学の合格通知書。しかも、飛び級で大学に迎えるといった内容だ。
「そこに書いてある通り、俺は1年飛び級で大学に行く。つまり、俺が文化祭を体験できるのは明日までなんだ」
解釈違いとか矛盾があったらごめん。
次回もモチベを上げて書くよ。
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秀知院と文化祭(新しい仲間)
今後も更新速度は遅くなるかもだけど、必ず完結させます。
「本当ですか会長!?あのスタンフォード大学に!?」
「ああ。学園長の勧めで、10月にアーリー受けてたんだ。正直ダメ元だったんだが、受かってしまってな。こんな機会なんてもう2度と無いだろうし、俺は行く事にした」
「マジですか。おめでとうございます会長」
「す、すごい…スタンフォードだなんて、本当に優秀じゃないと入学出来ない超名門校じゃないですか…!おめでとうございます!」
「ありがとう、皆」
世界有数の名門校であるスタンフォード大学。そこに白銀は入学する事が決定している。これはとても凄い事である。
なんせスタンフォード大学は、入学する事が非常に難しい。ただ成績が優秀なだけでは合格できない。それ以外にも、数多くの合格基準があるからだ。あの天才のかぐやでさえ、入学できるかわからない。そんな大学に、白銀は合格した。その事実を知った生徒会メンバーは、一様に白銀に祝福の言葉を送る。
「おめでとうございます会長。同じ生徒会メンバーとして誇らしいです」
「そうだな。本当に凄い事じゃないか白銀。おめでとう」
「ありがとう、2人共」
無論それは、かぐやと京佳だって例外では無い。2人共素直に白銀を祝福する。
「にしてもそっか。飛び級だから来年はいないんですね」
「僕たちが来年の体育祭をしている頃、会長は既にアメリカですか」
「アメリカの大学は10月からだし、そうなっちゃうわね」
先程の白銀の言葉である『文化祭を体験できるのは明日まで』というのは、来年の今頃には白銀は既にアメリカにいるからだ。アメリカの大学は10月から。秀知院の文化祭は12月後半から。どうあっても無理である。
「ま、そういう訳だ。だから、明日の文化祭最終日は全力でやりたいんだ。最後の文化祭になるからな」
白銀にとっては、明日の文化祭が最後の文化祭。なので、明日の文化祭は精一杯の事をしたい。
「そういう事ならわかりました!明日は皆で全力で楽しんで良い思い出を作りましょう!!」
「藤原先輩の言う通りっすね。会長、明日は良い日にしましょう」
「わかりました。私も全力で仕事をして白銀会長が楽しめるよう頑張ります!」
藤原、石上、伊井野はやる気を出す。色々苦い思い出もあったが、それでも3人共白銀を尊敬はしているからだ。
そんな白銀の最後になる文化祭を、楽しんでほしいと思うのは当然だ。
「皆さんの言う通りです。微力ながら私も協力させていただきます」
「私もだ白銀。明日は、絶対に楽しい日にしよう」
「本当にすまん。そして、ありがとうな皆」
勿論、かぐやと京佳も乗り気だ。こうして生徒会メンバーは一丸となり、明日の文化祭最終日に臨むのだった。
「「……」」
しかしかぐやと京佳は、胸に小さなトゲが刺さったような感覚になり、どうしても100%素直には喜べないでいた。
夜 京佳の部屋
『マジ?』
「ああ。大マジだ」
京佳は恵美に電話をしていた。内容は勿論、白銀についてである。
『つまり仮に京佳が白銀くんと付き合っても、1年も一緒に居られないって事だよね?』
「そうなるな」
白銀は来年、アメリカのスタンフォード大学に行く。そして上記の通り、アメリカの大学の入学時期は10月。今から計算しても、あと10ヵ月程しか一緒にいられない。それでも結構長いと思うかもしれないが、学生の10ヵ月なんてあっという間だ。
それに10ヵ月なら、付き合って1年記念とかも出来ない。おまけの11月生まれの京佳の誕生日も一緒に祝えない。それは少しだけ、いやかなり寂しい。
『京佳はさ、白銀くんと一緒の大学に行きたいって思ってるの?』
「そりゃ思いはするさ。でも、流石にこれは無理だ。慶〇や早〇田なら私だってまだ可能性があるかもだが、スタンフォードだなんていくら何でも難しすぎる」
『そんなに難しいの?』
「勿論。世界有数の名門大学だしね」
恵美の言う通り、できれば白銀と一緒の大学に通いたいと思っている。京佳だって夢見てたのだ。白銀と付き合って、一緒の大学に通うキャンパスライフというものを。講義終わりにデートしたり、夏休みに2人で旅行に行ったり、成人したら一緒に飲みにいったり、そしてそのまま大人の時間を過ごしたり。
そんな夢を見たりしていた。仮に一緒の大学じゃなくても、国内なら大学の講義終わりに合う事は出来る。
しかしスタンフォードはアメリカ。国外にある大学だ。
アメリカは飛行機でおよそ13時間。そう簡単に行ける距離じゃない。それに飛行機代だって馬鹿にならない。時期にもよるが、およそ13万~25万もする。
これがかぐやや眞妃のようなお金持ちなら問題ないが、庶民の京佳にはかなり難しい。これでは、一緒にキャンパスライフを楽しむという事も出来ない。
京佳も白銀と一緒にスタンフォードに行ければその問題も解決するのだが、それはかなり難しいだろう。なんせスタンフォードは世界有数の名門校。ただ成績が良いだけで受かるような大学じゃない。
『じゃあさ、京佳はどうするつもり?』
「どうもこうも無い。予定通り明日告白をするよ。例え1年も一緒にいられないとしても、それでも私は白銀と少しでも一緒にいたいからね」
だがそれはそれとして、白銀と恋人になりたいという気持ちは変わらない。仮に告白が成功して白銀と恋人になれても、一緒にいられるのは10ヵ月程度。その後は、遠距離恋愛になるだろう。
正直それは寂しいし、遠距離恋愛は破局する可能性がかなり高い不安もある。でも、白銀が好きというこの気持ちを抑える事は出来ない。だからこそ、少しでも一緒にいたいから告白はする。
『じゃあさ、試して白銀くんに『アメリカに行かないで』って言うのは?』
「流石にそれは無しだよ。白銀の人生を左右する出来事なんだ。そんな事、絶対に言えないって」
『だよね。自分で言っててあれだけどごめん』
恵美の提案は直ぐに京佳が却下する。ドラマや映画だったらそういう展開もあるだろうが、これは現実。大学はその人の人生を左右するのだ。そんな事、とてもじゃないが言えない。
それに京佳だって、弁護士になりたいという夢があるその夢を捨ててでもというのは、流石に出来ない。
(いや、そりゃできればずっと一緒にいたいけどな…)
そう言ってはいる京佳だが、やはり白銀とはもっと長い間一緒にいたいとも思う。でもやはり、白銀の大学行きを阻止するなんて事はしない。
「兎に角、明日は後悔の無いようにするよ。自分の持てる全部を出し切って、私は白銀に告白をする」
『そっか』
京佳は明日、全てを出し切って白銀に告白をするつもりだ。白銀の事が好きだと気がついからの今日までの数か月、京佳はあらゆる事をして白銀にアプローチをしてきた。プールや水族館へのデートに弁当。膝枕や中等部で行われた文化祭での告白。意図しないものだったら、パンチラやラブホにて裸で押し倒された事もあった。
結果今の京佳は、白銀に告白をしても絶対に振られるという状況ではなくなっている。何なら、告白成功確率的には半々くらいだろう。
そのこれまでの結果が出るのが、明日。
世の中努力した人が絶対に報われる訳ではないが、それでも努力した方が報われる可能性は高くなる。今日まで散々頑張ってきたのだ。後は明日、全てを出し切るだけ。
『じゃあもう遅いし切るね。京佳、頑張ってね』
「ありがとう恵美。おやすみ」
『うん。おやすみ』
そう言い、恵美は電話を切る。恵美は本当なら明日も文化祭に参加して京佳の手伝いをしたいのだが、生憎明日は剣道部の練習試合がある。流石のこれをサボる事は出来ない。
おまけに明日の文化祭は、今日より早く終わる。これは明日の夜に、秀知院生徒だけが参加できるイベントがあるからだ。
故に練習試合が終わっていくというのも出来ない。なので恵美は、最後に激励の言葉を送る。親友の恋が報われる事を祈って。
「さて…」
恵美との電話を終えた京佳だが、彼女にはまだやる事がある。先程も言ったが、全ては明日決まる。そして京佳は、明日は全てを出して告白に臨む。既に龍珠ともう1人協力者は得ているが、正直それだけでは足りない気がする。
なので京佳は、更なる協力者を得る事にした。味方というのは、多いほど良いのだから。
例えばRPGだって主人公の勇者だけじゃなく、仲間に魔法使いや僧侶や戦士がいるから、ラスボスである魔王を倒す事が出来る。
稀に1人で魔王を倒す事が出来る勇者だっているだろうが、少なくとも京佳は自分はそうじゃないと思っている。だって人間というのは、1人で出来る事に限界があるし。
そして京佳はスマホを操作し、ある人物へ連絡を入れる。
『もしもし?』
その人物は、直ぐに電話に出てくれた。
「夜遅くにすまない。今良いだろうか、眞紀」
『別にいいわよ。で、何か用?京佳』
電話の相手は四条眞紀。白銀と同じクラスの女生徒で、京佳の友人だ。そして京佳が、反面教師にしている人物でもある。
「実はな、折り入って頼みがあるんだ」
『あんたが私に頼み事?珍しい…てか初めてじゃない?』
「そうだったか?」
これまで眞紀は、京佳に愚痴という名の相談事をした事はあったが、逆は無かった。
『ま、いいいわよ』
「え?いやまだ何も言っていないが」
『私とあんたの仲でしょ?お金を貸してとかは流石に無理だけど、あんたはそんな子じゃない事くらいわかってるし。頼み事、聞いてあげる』
そんな京佳からの頼み事。それが眞紀には嬉しかった。なので、京佳のその頼み事は普通に受けるつもりでいる。
(そもそも、京佳にはかなり迷惑かけてるしね…主に渚と翼くん関係で)
それに眞紀には、京佳に対して罪悪感もあった。今まで京佳には、かなり愚痴を聞いて貰っている。放課後の学校の自販機エリア、中庭にあるベンチ、更には学園外にある喫茶店で。その全てが、サタン渚と翼くんについていだ。
自分はあれだけ色々言ってきているのに、京佳の頼みを聞かないなんてありえない。だからしっかりと仮りを返す為、そして何より友人として京佳の頼みは聞く。
「そうか。ありがとう眞紀。恩に着る」
『どういたしまして。で、どんな頼み?』
「実はな、明日の眞紀のクラスの出し物であるバルーンアート。その時に、白銀の行動について偶にでいいから私に報告して欲しんだ」
『…………え?』
「というかもっと言えば、白銀が何時クラスから出ていくかを報告して欲しいんだ」
『…………ん?』
しかし眞紀は京佳の頼み事を聞いた瞬間、頭がフリーズしてしまった。
「いやな、明日はちょっと色々と準備をしないといけないんだが、その準備中に白銀が来たら台無しになっちゃうから、その間だけ白銀の動向を知れたらいいなっと思ってね。眞紀は白銀と同じクラスだし、白銀がバルーンアートをしている時だけ
でいいから、頼めないかな?」
そんな眞紀の事をほっといて、京佳は話を続ける。
『すぅーー……ちょっといいかしら京佳』
「何だ?」
『いやね、先ず聞くけど、何で御行の行動を知りたいの?サプライズパーティーをする訳でも無いでしょ?そもそもあいつ、明日誕生日とかじゃ無いし』
そして眞紀は1度京佳の話を止め、自分が思った疑問をぶつける。
「単刀直入に言うとだな、私は明日、白銀に告白をするつもりなんだ。だからその準備が整うまで、眞紀にはスパイの真似をしてほしいんだよ」
その眞紀の疑問に、京佳はあっけらかんと答える。
『えっと…京佳?それってつまり、そういう事だったりする?』
「ああ、そうだよ。私は白銀が好きだ」
もう今更隠す必要も無い。だから京佳は、白銀の事を眞紀に言う。そもそもこちらから頼み事をしているのに、隠し事をするのはいかないし。
『そっか…京佳が御行の事をねぇ…』
「ああ。だから眞紀には協力して欲しんだ。私は、この告白を成功させたいから」
『…………』
「あれ、眞紀?どうした?」
『…………』
「ま、眞紀ー?あれ、電波悪いのかな…?」
突然眞紀が無言になり、不安になる京佳。この時眞紀は、背後に宇宙を背負っていた。そりゃいきなり友人から好きな人の事を聞かれ、更に告白を成功させる為の手伝いをして欲しいとか言われたら、いくら頭脳明晰な眞紀とは言え、脳の要領がパンクするだろう。
『すぅーーー……はぁーーー……ごめんちょっと待って…あと1分でいいからちょっと待ってて…』
「え?あ、ああ…」
電話向こうの眞紀はゆっくり深呼吸をしながら落ち着く。京佳はそんな眞紀が待てと言っていたので、大人しく待つ事にした。
『……いつから?』
「え?」
『一体何時から、御行の事を好きになったの…?』
落ち着いた眞紀が最初にした事は、京佳が白銀を好きになった経緯を聞く事。というのも眞紀は、京佳が白銀を好きという展開そのものが完全に予想の外だったからだ。
なので先ずは聞きたい。多少駄弁亀精神もあるが、その経緯を知りたい。
「えっとだな、そもそものきっかけは入学して直ぐの頃なんだが」
そして京佳は話す。入学して直ぐの頃、校舎の裏で偶然出会った事。そこから話していくうちに仲良くなって、初めての友達になった事。自分の眼帯の下を見たのに、全く気にもしなかった事。そんな優しい彼に何時しか惹かれて、恋心を持ってしまった事。
そして親友の恵美に言われ、白銀にアプローチ仕掛けていった事。流石にかぐや関係の事は口にしなかったが、京佳は自分が白銀を好きになった凡その経緯を眞紀に話す。
『そっか…そっかぁ…』
京佳の話を、眞紀は黙って聞いていた。
(私も京佳みたいにしていれば、翼くんと付き合えたりしたのかな…)
そして割とダメージを負っていた。自分と違い、京佳は好きな人に積極的にアプローチをしている。
たらればだが、もし自分もプライドを捨てて素直になって憧れの翼くんに積極的にアプローチをしていれば、今頃恋人として文化祭を回っていたかもしれない。
『ぐす…』
「え、眞紀。ひょっとして、泣いてる?」
『はぁー!?泣いてませんけどーー!?ちょっと花粉症だから涙が出ているだけですけどーー!?』
「そ、そうか…すまない」
そんな事を考えていたせいで、つい泣いてしまう。因みにあまり無いが、花粉症は地域によっては12月にも発症するらしいぞ。
『ま、事情は分かったわ。そういう事なら協力してあげる』
「本当か?」
『勿論よ。そもそもあんたにはかなり世話になったしね四条家の者足るもの、恩には恩で返すわよ』
だが直ぐに気持ちを切り替えて、眞紀は京佳に協力する事にした。
『良い事京佳。あんたが明日何をするつもりかは知らないけど、そこまで色々準備しているんなら絶対に勇気を出して御行に告白しなさいよ。もし断られたらどうしようとか、やっぱり私なんてとか、そんなネガティブな事絶対に考えちゃダメ』
眞紀は京佳にアドバイスをする。
『じゃないと…ぐす…好きな人を…ぐすっ…誰かに獲られちゃうからね…』
「泣かないでくれよ…」
泣きながら。
『とにかく!この私が協力してやるんだから!土壇場で逃げるなんて真似しないでよね!絶対に御行に告白しなさいよ!!』
「元から逃げるつもりなんて無いから大丈夫だよ。でも、ありがとう」
『ふん!どういたしまして…! 本当に頑張ってね』
直ぐに泣き止んだ眞紀は、電話越しに京佳の背中を押す。自分は勇気を出さなかった結果、好きな人が別の人と付き合う事になってしまった。あの時は本当に泣いた。もう本当に泣いた。そして凄く死にたくなった。
おまけにその後もその2人がイチャイチャしているのを見るたび、泣きそうになるし吐きそうになる。
だからこそ背中を押す。京佳にはそんなムゴイ思いをして欲しくないから。
『ところでさ、何か準備をするって言ってるけど、一体どんな告白するつもりよ?』
そして眞紀は、京佳に告白の事を尋ねてみる。愛しの翼くんは壁ダァァァンとかいうふざけた告白をして成功してた。あれは言ってしまえば、その場ですぐ出来る告白だ。
しかし京佳は、何やら告白の準備をするという。つまり、多少は凝った告白をするのだろう。どうせなら聞いておきたい。何時の日か、役に立つ事もあるかもだし。
「あー、すまない。それはちょっと秘密だ。別に眞紀を信用していないとかじゃなくて、なんというか、恥ずかしくてな…ただ、割と大掛かりになるかもしれん」
『いやどんな告白するつもり?』
京佳が恥ずかしいと言うので残念ながら内容は聞けなかったが、どうも大掛かりな告白になるかもとの事。もしかすると前に弟と偶々見たドラマみたいに、ヘリコプターを使った告白でもするのかもしれない。
(いや、私ならともかく京佳にそんなお金無いでしょ)
だがそんなお金、京佳にあるとは思えない。なのでそういった告白では無いだろう。
『ま、頑張りなさい。後悔の無いようにね』
「ああ。わかってる」
『じゃ、また明日。おやすみ京佳』
「おやすみ、眞紀」
眞紀はそう言って、電話を切った。こうして京佳は新しい協力者を得る事に成功した。
(私は、持てる全てを持って白銀に告白をする…!)
電話を切った京佳の目には決意が見える。彼女はこれまで、白銀を振り向かせる為に色んな事をしてきた。
そしてその努力が報われるかどうかは、明日わかる。どうあっても、明日全てが決まる。
(例えこれで白銀に振られる事になったとしても、全力を出さずに告白をしないなんてありえない!)
もしかすると白銀に振られるかもしれない。そういった不安が無いと言えば、嘘になる。それでも京佳は、その不安を押し殺して告白をする。例え1年も一緒にいる事が出来ないとしても、諦める事なんてしない。全力を出さないなんてありえない。
「必ず、成功させてやる」
小さく呟きながら、京佳は明日に備えて寝るのだった。
そして遂に文化祭最終日を迎えたのだが、
「なにこれ…」
「どういう事…?」
「あれだけ学園内にあったハートの風船が」
「ひとつも無い!?」
それはある異変から始まるのであった。
電話を切った後の眞紀ちゃん。
(もし京佳が御行に振られたら、どこか旅行に連れて行こう。海外とか)
そしてこのお話の裏では、かぐや様が早坂と原作132話の展開を起しています。つまり、覚悟決めてる。いや本作だと既にかぐや様は覚悟決めてますけど、更にって感じです。
変な所とかあれば遠慮なく言ってください。そして相変わらず展開速度が遅いのはごめんなさい。もう少し早く物語が展開出来るよう頑張ります。
次回からいよいよ最後の決戦。ゲティスバーグかワーテルローか関ケ原か。勝利の女神が微笑むのはどちらか。
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秀知院と文化祭(バルーンアートとコスプレ撮影)
追記・衣装の部分をちょっと編集しました。
「つー訳で、あたしの方は準備がもう直ぐ完了だ。あいつも、かなりノリノリだった。今のところ問題は無いぞ」
「本当にありがとう龍珠。お父さんにも、なんて礼を言ったらいいのか」
「気にすんなって。そもそもうちの親父だってノリ気なんだ。ああ見えて、かなりのロマンチストだからな」
文化祭最終日の朝。京佳は同じクラスの友達で、今回の告白の協力者である龍珠と空き教室で話していた。内容は勿論、白銀に告白する事についてである。
「にしてもお前、私が用意しなかったらどうするつもりだったんだよ」
「いや、調べたらそういう業者もあるらしいから、貯金からお金を出してやろうかと思ってたぞ」
「浅はかだろ。一体いくらすると思ってんだ」
「前に計算したら20万くらいだったな」
「計算したのか。つか思ったより安いな」
どうやら京佳は、告白の為に必要な何かを龍珠に用意してもらったようだ。そして龍珠は、それを夜中から密かに学園に運んでおり、もう直ぐ全て運び終えるらしい。
当然、他の誰にも見られないようにかなり気を使っている。まるで運び屋みたいである。
「で、今日はどうするつもりなんだ?」
龍珠は京佳に尋ねる。自分は既に準備が完了するが、あれを使うのは日が暮れてからの予定。それまでは使わない。ならば京佳は、それまで何をするつもりなんもか気になる。
「午前中の演劇が終わったら、1度白銀を誘って文化祭を回ってみるよ。場所はまだ決まってないけど」
「それ早い内に決めておかないとダメじゃね?」
そして京佳は、どうやら午前中に白銀を誘い、文化祭デートをするらしい。ついに告白までこぎつけた。正直、あとは告白準備に専念した方が良いのだろうが、やはり白銀と一緒に文化祭を回ってみたい。
なんせ白銀は、来年の今頃にはアメリカなのだ。故に一緒に秀知院の文化祭に参加できるのは、今日が最後。だから僅かな時間でも、白銀と一緒に過ごしたい。
「つーかその言い方だとさ、もしかして」
「ああ。午後は準備に専念するつまりだ」
午前中の演劇が終わり、その後白銀を文化祭に誘ったとなると、時間は1時間も無いだろう。普通にデートをするよりずっと短い時間だ。
しかし例えそれだけしか一緒に過ごせなくても、告白が成功する事の方が大事。なので、本当なら1日一緒に過ごしたいが我慢する。
「ま、そういう事なら頑張れよ」
「ありがとう」
そんな京佳に、龍珠は激励を送る。彼女は白銀と恋人になるなんて絶対に嫌だと思っているが、京佳がなりたいと言うのならば応援する。だって京佳は、高等部に来て初めて出来た友達だから。
「ところで龍珠。今朝のあれは誰の仕業か知っていたりするか?」
「……さぁな、私もあれがなんのかさっぱりだ。文化祭の熱に当てられた馬鹿がやらかしたんだろう」
「そうか」
『秀知院学園に怪盗現る!!』
そんな見出しと共に、学園中に掲載されている学校新聞。昨日まであったはずの大量の風船の消失。そして『ハートを頂きに上った』と書かれた手紙。
「これは挑戦です!私が配って回ったハートが全部奪われている!これは私に対する挑戦以外の何物でもありません!!」
どこからともなく取り出した鹿追帽を被り、オモチャのパイプを口に咥えながら、
藤原は興奮した犬のような状態でテンションを上げながら叫ぶ。
「えっと、犯行推定時刻は昨日の未明から朝方。文化祭の飾りつけで使われたハートの風船が全部失われた」
「第1発見者は学園が雇っている守衛さん。朝の見回りをしている時に、風船が無くなっていたのに気がついた。彼曰く、昨日は飾りつけの関係もあって各教室の出入りは自由。何度か見回りはあったけど、それさえやり過ごせば誰でも犯行は可能だった、と」
柏木と田沼の2人が、学園新聞の内容を確認。2人が言ったように今秀知院からは、ハートの風船がひとつ残らずなくなっている。
念の為、各クラスが売り上げ金の入っていた金庫を確認してみたが、全くの手つかず。他に私物が無くなっている事も無く、クラスの出し物で使う道具もあった。無くなったのは、ハートの風船だけである。
「それしてこれです!」
藤原が、ハートの風船が飾られていた場所にあったという手紙のコピーを手にして上に掲げる。
「アルセーヌ…」
「確かモーリス・ルブランの小説に出てくる怪盗の名前だよね。中学の頃に読んだ事あるよ」
アルセーヌ・ルパン。
フランスの小説家、モーリス・ブラウンが書いていた『アルセーヌシリーズ』に登場する怪盗だ。怪盗と言っても非常に紳士であり、とてもユーモアセンスに優れていたため、多くの国から支持をされている。
変装の達人で、愛国者でありフェミニスト。時には犯罪の解明する探偵の役目を持つ事もあった。
そして例の有名なアニメでは、彼のおじいちゃんである。
「だったら、このハート泥棒さんはそれに倣って?」
「多分ね。怪盗って言ったら彼ってイメージあるし」
2人の言う通り、このハートの風船を盗んだ犯人は、怪盗アルセーヌに倣って名前を書いているのだろう。
「そしてこれは、絶対に私に対する挑戦状に他なりません!!」
「「えー…?」」
そして藤原は、なぜかそんなトンチキな事を言い出す。柏木と田沼はどこかあきれ顔だ。
「だって各クラスに忍びこんだのに、盗んだのは私が配った風船だけ。誰かに害を咥えようとした訳でもなく、ただハートの風船を盗んだだけ。しかも盗んだ場所には、ご丁寧に新しい風船が置かれていました。つまり犯人にとってこれはゲーム。是非謎を解いて見せろというゲームなんです!」
確かに藤原は風船を各クラスに配っているが、あれは元々白銀と藤原のクラスで使っていた風船の余りである。それをどうせならと配っただけだ。恐らく犯人に、そういった意図は無いだろう。そもそも藤原が探偵とか誰も知らないし、本人も今までラブ探偵というよくわからない名前しか名乗った事無いし。
(新聞部の人はむしろ藤原さんが犯人じゃないかと疑っていたって聞いたけど、言わないでおこう…)
柏木はその事実を胸にしまった。多分泣くだろうから。
「という訳で捜査に行ってきます!私は今から銭形警部ですよーー!!待ってなさいねルパーン!!」
「あの藤原さん?銭形警部はアルセーヌシリーズには出てこないよ?どっちかって言うとガニマール警部じゃないかな?」
「いや、というか仕事は?」
田沼と柏木の言葉も聞かず、藤原はクラスの出し物をほっぽり出して教室から出ていった。
昨日、生徒会室で全力で仕事をするとか言っていたのにこれである。まぁそもそも人出は足りているし、藤原1人いなくても対した問題にはならないだろうから大丈夫だろう。
あと今の藤原は、見た目の恰好だけでといえば警部よりホームズな気がする。
「会長。いいんですか?」
しかし柏木は念のため、後ろで風船を弄っている白銀に尋ねる。
「いいんじゃないか?実害がある訳じゃないし。それに、お祭りにはお祭り騒ぎが必要だろ?」
「はぁ…」
だが白銀は、藤原を注意するどころかノリ気だ。おまけに何か含みのある顔をしている。
(もしかして…いやまさかね…)
柏木はまさかの可能性を考えてみたが、流石にそれは無いだろうと思いその考えを消す。同時に文化祭2日目開始の時間となったので、自分の仕事に戻るのであった。
そして始まった文化祭2日目。かぐやは午前中に入っているシフトを早々に終わらせて、白銀のクラスへと赴いていた。
「お、来たのか四宮」
「ええ。今日は早めのシフトでしたので」
最初こそ教室に入るのを少しだけ躊躇っていたが、既に京佳に色々遅れを取っているし、何より白銀は来年の文化祭にはいない。それに早坂に言われたのだ。
『ここで勇気を出さずに何時出すんですか?』
他にも色々言われたが彼女の言う通り、今日がまさに天王山。今日勇気を出さずにいたら、本当に京佳に勝てなくなってしまう。だから今日のかぐやは、何時ものプライドを多少捨ててでも攻めに入る事にした。
「それで、何が欲しい?言ってはなんだが、かなり練習したからな。メニューに書いているものなら問題なく作れるぞ」
尚、その裏には藤原の犠牲があったのは言うまでも無い。
「そうですね…」
かぐやは手元のメニュー表を見る。すると、
(は、ハートの風船!?こんな素敵な物が!?)
そこには秀知院の奉心伝説に肖ったであろうハートの風船があった。
(これはまさに、会長からハートを貰える最大のチャンスなのでは!?)
白銀からハートのプレゼントを受け取る。そうなれば、それはもう伝説に則った告白に近い。白銀に想いを伝えるつもりならば、ここは恥ずかしくてもこれを作って貰うべきだろう。
(でも、流石にここでそれを貰うのは…!!)
しかしここには自分以外にも大勢の生徒がいる。おまけのこのハートの風船を貰う条件は、自分も相手にハートの何かを差し出す事だ。
もしそんな事をしてしまえば、完全に告白になってしまう。いくらかぐやが勇気を出しているとしても、流石にこれは恥ずかしいなんてものじゃない。
(確かにこれを貰うのはやぶさかではありません!ていうか貰いたい!幸い、ハート型のキーホルダーは持ってますし、交換も出来る!でも、でもここでなんて無理!)
もしこれが生徒会室であれば、かぐやは白銀とハートを交換しただろう。だが不特定多数の人間がいるこの教室では無理。
そう思っていたかぐやだが、ここで考えを改める。
(―――でも、そうやって何時も逃げていたから、私はいつの間にか立花さんに追いつかれてしまっているのよね…)
正しくは追い抜かれているのだが、かぐやは踏みとどまった。ここで勇気を出さずに何時出すというのか。もしここで恥ずかしいからとまた逃げてしまえば、恐らくもうかぐやに勝ち目はない。あとはそのまま、京佳が白銀の結ばれるのを見るだけとんるだろう。
(そうよ。勇気を出しなさい四宮かぐや。確かに、確かに凄く恥ずかしいけど、ここは勇気を出すところ!)
かぐやは勇気を振り絞って、白銀からハートの風船を貰う事を決意する。そして交換用のハートを取り出そうとした。
「では会長、私はこ…の…」
だがおかしい。スカートのポケットに入れていた筈のハートのキーホルダーの感触が無い。反対側のポケットも探ってみるが、無い。
(……あれ?)
自分でもわかるくらい、血の気が引くのを感じるかぐや。体中探ってみるが、どこにもないハートのキーホルダー。
(無いーー!?どっかに落としてるーーー!?)
ここで痛恨のミス。なんとかぐや、ハート型のキーホルダーをどこかに落としてしまっているのだ。間違いなく、コスプレ喫茶の制服に着替えている時はあった。だとすれば、着替えてからここに来るまでの数分間に落としている可能性が高い。
(どうしよう!?本当にどうしよう!?)
これでは、白銀からハートの風船を貰えないし交換できない。
「どうかしたか?」
そして白銀は、そんなかぐやをやや心配した顔で見てくる。でももしここで、キーホルダーを落としたのでハートの風船が貰えないなんて事を言ってしまえば、そんなの自分がどうしても白銀からハートの風船が欲しいと公言しているようなものだ。
こんな大勢の前でそれは、恥ずかしいなんてものじゃない。なんか癇癪を起した子供みたいだし。
「で、では、この白鳥を貰えますか?私、鳥が好きなので…」
「ああ、わかった」
結果として、かぐやは妥協した。これ以上白銀を待たせて、変に思もわれるの嫌だ。なので白鳥を選ぶことにした。
(会長はこの意図に気が付いてくれるかしら…)
当然、ただ鳥が好きという理由で白鳥を選んだ訳では無い。実は白鳥は、愛の象徴とも言える動物なのである。2匹の番いが寒さを凌ぐために体を寄せ合う姿は、まるでハート。
更に白鳥は、死ぬまでパートナーを変える事は無い。そんな一雌一雄な動物なのだ。
(これは間接的なハートの受け渡し!幸い、会長はそういった事も知っている事が結構ありますし、これで多少はこちらを意識してくれるでしょう!ここは会長を信じます!!)
白銀であれば、そういった事も知っているだろうと信じて、かぐやは白銀が白鳥のバルーンアートを作っているのを眺める。
そしてほんの1分程で、白銀は白鳥を作り終えた。藤原が真剣に教えたおかげである。
「ほい。出来たぞ」
「ありがとうございます。ふふ、可愛いですね」
かなり遠回しな気がするが、これで一応は白銀からハートを貰えた事になる。正確には購入したが正しいが、それでも白銀からハートを貰った事に変わりはない。一先ずは、目的を達成しただろう。
「会長、これ大事にしますね」
「それは嬉しいが、数日もすれば空気が抜けちゃうぞ?」
「大丈夫です。四宮家の技術を使えば20年は空気が抜ける事はありませんから」
「いやただのバルーンアートにそこまでせんでも…」
ただのバルーンアートでは無い。白銀から貰ったバルーンアートだ。かなり予定と違ったが、それでもかぐやは嬉しかった。なんせ白銀から貰った物である。超遠回しだけど、ハートだし。
(家に帰ったら部屋に飾りましょう)
かぐやは優しく白鳥のバルーンアートを抱きしめながら、そんな事を思うのであった。
「じゃあ、お代は100円な」
「あ、わかりました」
最後にちょっと現実に戻されたが。
かぐやが白鳥のバルーンアートを貰って嬉しがっている頃、京佳は演劇を終えて学園内を歩いていた。
「本当に凄かったです京佳さん!私、感動しちゃいました!凄くかっこよかったですよ!!」
「あの血みどろ演劇にそこまで…?」
白銀の妹である、圭と一緒に。
圭は本日、京佳の演劇を見に来ていた。そしてそのクオリティに感動。思わず演劇終了時にはスタンティングオベーションしたくらいだ。兄と違ってそこそこグロ耐性があるおかげである。
そして演劇が終わった後、京佳と話しながら行動を共にする事にしたのだ。
(ん?)
圭と一緒に歩いていると、京佳のスマホにメッセージが届く。送り主は眞妃。そして内容は『御行が今休憩に入ったから、頑張りなさい』というもの。
(きたか)
今回京佳は、午後からは白銀を誘えない。告白をする為の準備があるからだ。仮に白銀が誘ってきたとしても、断るつもりでいる。その行動が吉と出るか凶と出るかはわからないが、それでも午後からは行動しない。なので午前のほんの少しの時間しか共にいられないのでだが、その合図がこれ。眞妃からのメッセージである。
(ただなぁ、今圭がいるんだよなぁ…どうしよう?)
本当なら直ぐにでも白銀を誘いたいのだが、今自分の隣には圭がいる。別に圭がいるのが嫌だとかではなく、白銀と一緒に回る予定なのに、その妹がいるのはちょっとどうかと言う話だ。だって気まずいだろうし。
いくら白銀と一緒に回りたいと思っていても、流石に圭に『お兄さんと一緒に回るからここまでだね』なんて言う訳にはいかない。そんなの最低だ。
(うーむ…どうするべきか…)
京佳が内心悩んでいると、
「お、圭ちゃん」
目の前に白銀が表れた。
「……何?」
「いやそんな睨まなくても…」
突然現れた兄に、圭は少し嫌そうな顔をする。白銀は少しヘコんだ。
「立花と一緒だったのか」
「うん。京佳さんの演劇見てきたから」
「……大丈夫だったか?」
「何が?」
あの血みどろ演出に白銀は耐えきれなかったので聞いてみたが、どうやら圭は問題無しらしい。
「白銀は、今は自由時間か?」
「ああ。今日はもう特に用事は無いぞ。これから見回りをしながら色々見て回るつもりだ」
「そうか」
本来なら、ここで誘うべきなのだろう。だが圭をどうするか決めていない。
(少し罪悪感があるが、圭に何か嘘でもついて…いや、流石にそれは…)
京佳は未だに悩んでいるその時だ。
「京佳さん。ここってコスプレが出来る出し物があるんですか?」
「え?ああ、あれか。確か3年D組がそういうのやってたよ」
「だな。所謂コスプレ撮影会って奴だな」
「ねぇお…兄さん。私、京佳さんと兄さん2人のコスプレ姿見てみたい」
「は!?圭ちゃん!?」
急に圭がそんな提案をしてきた。突然の提案に、白銀はやや困惑。
「何?いいじゃん別に。お金なら私が出すから」
「いやそれなら圭ちゃんが立花と2人でやればいいんじゃない!?何で俺!?」
「いや、私そういうの恥ずかしいし」
「なら他人にやらせるなよ…」
「でも興味はあるの。だから2人でちょっとしてみてくれない?参考にするから」
「いや、でもなぁ…」
白銀は少し悩む。別にコスプレが嫌な訳じゃない。だが彼にも色々都合があるのだ。
「京佳さんはどうですか?」
「そうだな。白銀が良ければいいが」
「じゃあ決まりですね」
「あれ?俺は?俺の意見は?圭ちゃん?」
圭は京佳に尋ねると、京佳は大丈夫らしい。正直、圭に嘘をついてまで白銀と2人きりになろうとするのはどうかと思う。ならば、もう圭も一緒に行くべきだろう。あまり欲をかきすぎると碌な事にならないし。
「ほらお…兄さん。行くよ」
「いこ、白銀」
「ああ、了解だ」
こうして京佳は、白銀とその妹の圭と3人で文化祭を回るのであった。
「いらっしゃませー」
「2名でお願いします」
「わかりました。ではこらから衣装を選んでください」
3年D組は、自分達の教室を撮影スタジオにしていた。その少し離れた空き教室2つを、衣装部屋として借りている状態だ。
「ほう。色々あるんだな」
白銀がメニューを見てみると、そこには様々な衣装の写真があった。
全身包帯だらけの和服で、腰に刀を差している紅蓮腕とか使いそうな剣客の衣装。
緑色の袖の長い軍服で、下半身がほぼ下着姿みたいな悪の女幹部の衣装。
真っ黒なローブに、気味が悪い目玉が付いた杖と三つ編みのカツラが付属した魔法使いの衣装。
黒くピッチリなタイツみたいなものに、銀や赤の鎧のようなものが付いている勇者ロボもどきのロボットパイロットの衣装。
ピンク色のジャージの下に緑色の制服のようなものがあり、頭に巨大な丸いピンク色のウィッグが付属しいる地球寮女生徒の衣装。
黒いブレザーの様な服装の背中に、船の艦橋や砲塔が付いている世界水準を軽く超えている軽巡洋艦の衣装。
それ以外にも、様々な業種やマンガのキャラの衣装があった。これだけ自由に選べるので、かなり盛況のようだ。
「はい。私の家が衣装レンタルの会社をしていますので」
「成程」
流石お金持ちばかりの秀知院。3年生にもこのような生徒がいる。おかげで3年D組は、このような出し物が出来ているのだろう。
「どれにする白銀?」
「うーむ…ここまで多いと悩むなぁ」
選択肢が多いと悩むのは誰だって経験がある事。このままでは、衣装を選ぶだけで時間が過ぎてしまいかねない。
「ねぇねぇお…兄さん。これとかどう?」
「ん?」
圭がとある衣装を指さす。それは、白銀もテレビや教科書で見た事がある衣装だった。
「そして京佳さんは、こっちなんてどうですか?」
「これは…」
次に圭は、京佳用の衣装を指さす。そしてそれは、白銀と同じ様な衣装だった。
「いや、これ着るの時間が掛かるだろう」
「ご心配なく。これは誰でも簡単に着れるように今風に改造されておりますので、着るのは2分くらいでできますよ」
「え?今そんなのあんの?」
「はい。当然、女性の方も同じです」
「成程」
本当なら着るだけで1時間は掛かるであろう衣装だが、そこは現代技術でどうにかしているらしい。
「なら、俺はこれ着てみよう」
「私も圭が選んでくれたやつにするよ」
「わかりました。それでは隣の教室へどうぞ」
これ以上悩んでいても選べそうにないので、2人は圭が選んだ衣装にした。
「あ、じゃあ私は撮影場所で待ってます」
「わかったよ。じゃあちょっと着替えてくる」
こうして2人は、衣装に着替える為、隣の教室へ移動するのだった。
(これで2人共、少しは進展してくれるかな…)
2人が着替えている時、圭は撮影場所で待ちながらそんな風に思っていた。
実は今回の圭の行動は、全部兄御行と京佳の仲を進展させるべくやった事なのだ。
圭は兄が、京佳以外にも誰かを好きになっていると思っている。その相手が誰か知らないが、できれば京佳を選んで欲しい。だって京佳は、あんなに兄の事が好きなんだ。それが報われないなんて、悲し過ぎる。
当然、最後に決めるのは兄御行であり、兄が誰を選んだかの選択を圭がケチ付ける訳にはいかない。でもこうやって、少しは援護射撃をしてもいいだろう。
「お待たせ。ど、どうだ?」
そうやって待っていると、兄の声が聞こえた。どうやら着替え終えたらしい。
圭が声のした方を見ると、そこには束帯衣装を来た兄がいた。この衣装が何か知らないと言う人に説明すると、お雛様でお内裏様が来ているあの衣装である。
「馬子にも衣装って感じかな」
「ひどい。折角着替えたのに」
結構自分でもイケてると思っていたのにこの辛口評価。白銀はヘコんだ。
「お待たせ」
すると、今度は京佳の声が聞こえる。どうやら彼女も着替え終わったようだ。
白銀と圭が声がした方に顔を向ける。
「こういうのは初めて着たんだが、似合ってるだろうか?」
そこには、十二単を身に纏った京佳がいた。
「きゃーーー!!京佳さん凄く似合ってます!素敵です!!」
それを見た圭は歓喜の声を上げる。髪型も大垂髪のカツラを被り、口には薄い口紅をしている。
まるで本物のお雛様が出てきたみたいだ。
「ありがとう圭」
初めてこんな服を着てみたが、圭の喜びようを見て京佳は安堵する。着てみたかいがあったと。
「どうかな、白銀」
「うん。凄い似合ってるぞ。梅に鶯だな」
「ふふ、そうか。ありがとう。白銀もかっこいいぞ」
「お、おう…真正面から言われるとこそばゆいな…」
白銀の反応も上々。これは本当に選んでくれた圭に感謝だ。
「それでは、撮影を開始しますねー」
「わかりました」
3年生の撮影係りの生徒に言われ、2人は並んでカメラの前に立つ。
「まるで本当のお雛様とお内裏様みたい」
2人に聞こえない様に、圭はつぶやいた。もしこれで背景が金屏風だったら、本当にそうにしか見えなくなる。
「じゃあ撮りますねー」
そして撮影が始まった。
「ふふ。2人共良い顔してますねー」
「そうですか?」
「ええ。まるで結婚式で使う写真撮ってるみたですしー」
「「!?」」
「あ、その表情良いですねー。撮りまーす」
その間、撮影係の3年生の色んな茶々を受けたが、それがまた良い表情をする為誰も止めなかった。圭も黙って見ているし。
こうして京佳は、一応は白銀と共に文化祭を回れたのであった。
「今は写真なんてデータでしか持たないから、紙の写真が何だか新鮮だな」
「そうだな。私もスマホでしか写真を撮らないから、ちょっと新鮮な気分だよ」
撮影が終わった後、3人は並んで歩いていた。その手には、先程撮影した写真が握られている。
「まるで本当の結婚写真みたい」
「圭ちゃん。からかうのやめなさいって」
「別にそんなんじゃ無いし」
兄の発言に、少しムっとする圭。
「っとしまった。白銀、私はちょっとこの後用事があるから行くよ」
「え?もうか?」
「ああ。すまない。写真、大事にするよ。圭も、衣装選んでくれてありがとう」
「いいえ。それじゃあ京佳さん。また」
「うん、またね」
京佳はそう言うと、そそくさとその場を後にする。
「……仕方ないか。じゃあ圭ちゃん。偶には兄妹水入らずとか」
「そういうの本当に恥ずかしいからやめて」
「圭ちゃん。俺も泣く事あるんだよ?」
そんな反抗期真っ盛りな発言をした圭だが、その後何だかんだで兄と共にたこ焼きを食べるのであった。
おまけ 文化祭での白銀父と立花母
「ぷっはー!昼から飲むお酒ってどうしてこんなに美味しいのかしら」
「本当ですね。滅多に出来ない事だけど、それ故に美味しい」
「にしても、私達良く会いますね白銀さん」
「ですね。あ、京佳ちゃんの演劇、よかったですよ」
「ありがとうございます」
「あのレベルなら、本当に役者になれるのでは?」
「そうですかね?いっそ芸能事務所に売り込み行こうかしら?」
「私の知り合いに『苺プロダクション』という小さいながらもしっかりとした芸能事務所を経営している人がいますので、よければ紹介しましょうか?」
「うーん。先ずは娘に聞いてからですね。私が勝手に決める訳にはいきませんし」
「それもそうですね。つい先走っちゃいましてすみません」
「いえいえ。あ、ビールのおかわり飲みます?」
「いただきます」
文化祭最終日は、長くてもあと10話以内に終わらせる予定です。
と、ここでちょっとだけアンケートにご協力ください。予定している展開にどうも迷ってて。
追記。ごめんなさい。アンケートを1度消しました。できればもう1度お答えください。
あと活動報告もあるので、お時間があればそちらもお願いします。
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特別編 白銀御行とホワイトデー
時系列は1年生の3月。つまり石上くんがおらず、周りから「ハーレム生徒会」なんて言われていた時期です。
生徒会室
(どうしよう?)
白銀は悩んでいた。結構悩んでいた。日ごろから色々と悩む事が多い彼ではあるが、今回はその中でもかなり上位の悩みである。
悩みの内容は、ホワイトデーのお返しについてだ。
1ヵ月前、白銀はかぐや、京佳、藤原の3人からそれぞれチョコレートを受け取った。それまで髪の毛が入っているチョコや、あきらかにヤバイ異臭のするチョコといったシロモノしか貰わなかった白銀にとって、これはかなり嬉しい事である。そして貰ったからにはお返しをしないといけないのだが、これが悩みの種だ。
実は、ホワイトデーのお返しの品には、意味が存在する。
マカロンはあなたは特別な人。
クッキーは友達でいましょう。
キャンディーはあなたが好き。
マシュマロはあなたが嫌い。
これ以外にも色々あるが、概ねこのような意味があるのだ。そして白銀は、四宮かぐやに惚れている。なのでここは、お返しにキャンディーを送るべきではあるのだろう。
だが、
(そんなのもう告白じゃねーか!!)
白銀にそんなお返しが出来る訳なかった。だって自分から告白なんて、そんなのまるでかぐやに負けたみたいだから。
そして恐らくかぐやも、ホワイトデーのお返しの品の意味は知っているだろう。そんなかぐやにもしキャンディーやマカロンでも渡そうものなら、
『あら会長。このお返しの品はそういう意味なんですか?つまり、会長は私を?お可愛い事…』
と、絶対にこんな事を言われるに違いない。まぁ、実際はかぐやは赤面しながら嬉しそうに受け取るだろうが。
(やはりここはクッキーを…でもそれはまるで四宮の事を振ってるみたいになるしなぁ…じゃあやはりキャンディー?いやいやいや!それはダメだ!絶対に!!)
こうして白銀は、ホワイトデーのお返しについてかれこれ数日は悩んでいる。
(しかもなぁ…四宮から貰ったあのチョコレート、絶対に高級品だよなぁ…あれの3倍の品物なんて俺には買えないって…くそ、貧乏が憎い…)
お返しの品の意味で悩んでいる白銀だが、それだけでは無い。もうひとつの悩みが、ホワイトデーは3倍返しというものである。
元々はバブル期の日本で発想されたフレーズらしいが、これが現代にまで根付いてしまっている。正直今の不景気にどうかとは思わなくないが、やはり女性としては本命からは送った以上のお返しを貰いたいと思うもの。
なので白銀もそれを実行したいのだが、かぐやの白銀にくれた生チョコは恐らくかなりの高級品。貧乏な白銀にとって、そんな高級品の3倍返しなんて土台無理な話なのだ。
尤も、かぐやが白銀に送った生チョコは実際にはかぐやの手作りであり、高級品とかでは無いのだが。
既にホワイトデーまであと1日。つまり明日がホワイトデーである。このままでは、悩んでいるうちにホワイトデーが終わりかねない。流石にそれはダメだ。
「あ!白銀ここにいたか!」
「ん?」
白銀が悩んでいると、生徒会室の扉が開き、京佳が現れた。
「どうかしたか立花?」
何やら京佳は急いでいる様子。もしかすると、何かトラブルがあったかもしれない。白銀は一旦ホワイトデーについて悩むのをやめて、京佳の話を聞く事にした。
そして京佳は白銀に聞いた。
「白銀、君お菓子作りとかできるか?」
「は?」
家庭科室
「すまない皆。手伝って貰って」
「いいえ~。私もお菓子作りとか好きですから大丈夫ですよ~」
家庭科室には、京佳、藤原、白銀、かぐやの4人がエプロンを付けて何か調理をしていた。
「それにしても立花さん。やはり全員にお返しをするというのはやりすぎでは?16人分ですよ?」
「差出人不明分合わせた32人分じゃないだけマシだよ。それに、こういうのはしっかりとお返ししておかないといかないと私は思うよ?恩には恩をってやつさ」
4人は、京佳がバレンタインで貰ったチョコのお返し用のクッキーを作っている。京佳は生徒会で1番チョコを貰っている。なのでこうしたお返しも、見ての通りかなり多い。流石に1人では作りきれない。なので京佳は、白銀たちに応援を頼んだのである。
「しかしクッキーか。初めて作ったが、結構簡単なんだな」
「そうだな。大まかに言えば材料を混ぜた生地を丸く切り取って焼くだけだしね」
「私もこの前妹の萌葉と作りましたよ~。やっぱり自分で作ったら、焼きたてが食べれるから良いですよね~」
「私は普段から家のメイドや執事が買ってくるのを口にしますので、こうして作るというのは新鮮な気分です」
京佳がお返しに作っているのはクッキー。バレンタインで京佳は誰かから告白をされた訳ではないが、これなら特に問題も無いだろう。多分変に拗れないし。
(ところで、会長は私に対するお返しは何にするつもりかしら?)
そんな中、かぐやはある事が気になっていた。勿論、白銀のお返しについてである。
(まぁ、会長は先ず間違いなく私の事が好きで好きで堪らないでしょうし、ほぼ確実にキャンディーをお返しに選ぶでしょう。ですが、流石にここでキャンディーを作るのは難しい。となれば、それに準ずる品物を作るか買うかする筈)
いくら何でも学校でキャンディーは作れない。べっこう飴なら簡単だが、それをお返しにするのは違うと思う。ならばここで作れる品か、学校終わりにお店で買うかの2択。
(そんな会長が買うとならば、恐らくマカロンでしょう。まぁ、どうしてもというなら受け取るのもやぶさかではありませんけどね)
相変わらず上から目線のかぐや。これが数か月後の文化祭ではああなるのだから、人間とは面白いものである。
「ところで立花。これ作ってる量が少なくないか?」
「ん?そうか?こんなものだと思うが…」
「いや、3倍返しって言うじゃないか。だったらもう少し多く焼くべきじゃないか?」
(え?何それ?)
白銀と京佳の会話に、聞いた事ない無い単語があった。
「いやいや白銀。今時3倍返しなんてしないぞ?」
「そうなの!?」
「そうですよ会長。だって申し訳ないじゃありませんか。なんか重いし」
「重いの!?」
「というか3倍返しなんてあるんですか。初めて聞きました」
2人のまさかの発言に、白銀は驚く。実は昨今、3倍返しはむしろ嫌がる人もいるのだ。藤原が言ったように、あげた物の3倍の物を受け取るなんて申し訳ない。むしろ同じ程度のお返しで十分と思っている方が多いくらいだ。
「まぁ、それでもそれが良いと言う人はいるだろうが」
「ですねー。私も貰えるなら貰っておきたいですし。あ、クッキー焼けました」
「じゃあ次はこっちを焼こう」
オーブンを開き、新しいクッキーを焼く2人。
(マジか。つまり俺は、古い考えを持っていたということなのか…)
そして白銀はショックを受けていた。3倍返しが普通だと思っていたのに、実際はそんな事なんて無かったからだ。同い年なのに、ジェネレーションギャップを受けた気分である。
「こっちの材料は余りそうですね」
「そうだな。まぁ余ったらその分を先生に報告しておけばいいさ。何かの授業で使うかもだし」
「ところで立花さん。このクッキーの材料はどこで?」
「いやな、家庭科の先生が本来授業で使う予定だったが、間違えて多く注文したらしくてね。それの余りを貰ったんだよ」
白銀が1人で落ち来んでいる時、女子3人は残った材料について話している。既に京佳のお返し分は作り終えそうだ。だが、まだまだ材料は残っている。これだけあれば、まだいくつかお菓子を作れそうだ。
「そうそう会長。どうせなら会長もここで作ったらどうですかー?」
「え?俺も?」
「はい!私とかぐやさんと京佳さんの分を!」
(ナイスよ藤原さん!)
ここで藤原がファインプレーをかます。それは、白銀にここで自分たちのお返しを作らせるというもの。
「いいじゃないですかー。別に私たちはお返しにお店で買った高級品とかお願いしませんからー。会長の形の悪い手作りクッキーでも嬉しいですよー」
「おいこら」
藤原の棘のある言い方にややキレる白銀。
「まぁ、この材料は好きに使って良いと言われてるし、白銀もどうだ?まだ時間あるし」
「そこまで言うなら、やってみよう」
藤原にここまで言われて作らないのも癪だ。それに折角家には無いお菓子の材料がある。ここで作る事が出来れば態々店に行って買う必要もなくなり、節約にも繋がる。
ならば作ろう。幸い白銀は料理はそこそこできる。お菓子作りは初めてだが、恐らく大丈夫だろう。
「じゃあ立花。この材料貰うぞ」
「ああ。いいよ」
こうして白銀は、ホワイトデーのお返しを作り始めた。だが真っ先にある問題を解決しないといけない。
「ところで会長。何を作るつもりなんですかー?」
「そうだな…」
ここで問題なのは何を作るか。京佳のようにクッキーを作るなら簡単だ。だがクッキーには『友達でいよう』という意味が込められている。流石にそれをかぐやに送るのは気が引ける。
「会長!私から提案があります!」
「提案?」
「私マドレーヌが食べたいです!!」
「それお前が食べたいだけだろ」
白銀が悩んでいると、藤原がマドレーヌを作るべきだと提案してきた。というかこれはもう注文である。
「つか、マドレーヌって作れるのか?」
「どうだろう?私もお菓子作りはクッキーとかくらいしかやった事ないから、なんとも言えないが…」
あまりお菓子作りの経験がない2人は頭を悩ませる。
「大丈夫ですって!マドレーヌは1時間もあれば作れますから!!」
「そうなのか」
だが藤原曰く、そこまで難しくも無いらしい。
(確か、マドレーヌにも意味があったよな?)
そして白銀は、マドレーヌの意味を思い出す。確かマドレーヌには『あなたともっと仲良くなりたい』という意味があった筈。
(ふむ、そうだな。藤原や立花にも渡すというていなら、四宮に渡しても告白にはならない…筈だ。これならいけるだろう)
これなら告白にはならないと思った白銀は、藤原の提案を受けいれる事にした。
「なら、今すぐに「ちょっと待ってください会長」え?」
だがここでかぐやが動く。
「実は私、前にテレビで見たお菓子が気になってて…」
かぐやの作戦は、ここで自分が食べてみたいお菓子を言う事。勿論、素直に白銀に作ってくださいとは言わない。
「どんなお菓子ですかかぐやさん?」
(よし乗ってきた)
こうして、藤原が話しかけてくるのは作戦通り。ここで藤原がそのお菓子に興味を持ち、藤原が白銀に再び提案する。そうすれば、白銀からかぐやへホワイトデーのお返しを貰えるという事になる。
「それが、名前が思い出せないんです。確か外はさっくりしてて、中はふんわりしているという触感だったとテレビでは言っていたんですが…」
「んー?」
かぐやの言葉に、藤原は首を傾げながら考える。ここでかぐやが欲しいお菓子、マカロンの名前を口にする訳にはいかない。
(だってそんなの、私が会長からマカロンを貰いたいって言っているようなものじゃない!!)
要するに、何時ものアレである。早坂がこれを見たら、絶対にため息をつくだろう。
「うーん。そういうお菓子っていっぱいあると思うんだが…」
京佳も考えるが、そんな触感のお菓子なんて数多くある。簡単に特定はできない。
「かぐやさん。他には何かないんですか?」
「そうですね。確か、カラフルでしたね」
「カラフル?」
お菓子でカラフル。これで結構絞り込めそうだ。
「カラフルと言えば、グミとかか?」
「!?」
かぐやの証言を聞いた京佳はグミだと思った。
「いいえ!絶対にグミではありません!だってあれば全体的にむにってした触感ですもの!断じてグミではありません!!」
「そこまで否定しなくても…」
かぐやはそれを必死に否定。だってホワイトデーにおけるグミには、特別な意味があるからだ。
それは『あなたの事が嫌い』である。
もしも明日のホワイトデーで白銀からグミなんて貰ってしまえば、かぐやはもう海に飛び込んで死ぬしかない。
「うーん。カラフル…さっくりしてて、中はふんわり…」
「ケーキ…いやあれはさっくりはしてないよな…」
京佳と白銀は悩む。これではまだまだ特定が難しい。
「あとはそうですね…丸かったですね」
ここでかぐやは最大のヒントを出す。さっくりしてて、ふんわりしてて、カラフルで丸いお菓子。
「あ!わかりました!」
遂に藤原が特定したようだ。
「バーチ・ディ・ダーマですね!」
「え?」
だがそれは、かぐやが求めた答えとは全然違うものであった。
「藤原。何だそれは?そんなお菓子、私は聞いた事も無いんだが」
「イタリアのお菓子ですよー。今かぐやさんが言った特徴全部持っている。前にお母さまからお土産で貰ったんですけど、とっても美味しかったですー」
バーチ・ディ・ダーマ。
イタリア発祥のお菓子で、マカロンを2つ合体させたようなお菓子だ。様々な色があり、外はさっくりしてて、中はふんわりしている。そして丸い。確かにかぐやが言った特徴を全て含んでいる。
(いや違いますけど!?ていうか何それ!?私も聞いた事無いお菓子なんですけど!?)
流石のかぐやも知らないお菓子。
「会長!私それが食べたいのでそれ作りましょう!かぐやさんも食べたって言ってますし!!」
「ふむ。どう作るんだ?」
「マカロンと殆ど同じですよー。私前に作り方調べましたから大丈夫です。今すぐ作りましょう」
(だったらマカロン作ってよ!!)
マズイ。このままでは白銀からマカロンを貰えない。直ぐに否定しなければ。
「四宮。さっき言っていたお菓子はそれか?」
「えっと、それは」
違うと言おうとしたが、ここでかぐやは考える。もしここで藤原の言ったお菓子では無いと言い
実はマカロンであると言ってしまえば、
『ほう?四宮はマカロンが欲しいのか?それもホワイトデーにこの俺から。それはつまり、四宮は俺に気があるという事だな?』
なんて白銀に言われてしまう事だろう。
(そんなの絶対にダメ!ええ!絶対にダメ!!)
そうなってしまえば、自分の気持ちが赤裸々になってしまう。それは阻止しなければ。
「そ、そうですね!確かそんなお菓子でしたよ!?」
「そうか。なら直ぐにとりかかろう。立花、手伝ってくれ」
「了解だ」
「じゃあ私は講師をしますねー」
白銀に言われ、直ぐに調理器具と材料を用意する2人。こうして、ホワイトデーのお返しに白銀からマカロンを貰うというかぐやの作戦は砕け散ったのである。
「できました!」
1時間半後、家庭科室の調理台の上には、数多くのバーチ・ディ・ダーマが作られていた。
「小さいマカロンを合体させたみたいだな」
「だな」
その形は、まるでマカロンのどら焼き。真ん中にはチョコが挟まっており、とても美味しそうに見える。
「えへへ、これ美味しんですよねぇ」
藤原はご満悦だ。何なら涎も少し出ている。
(いやこれ、ただ藤原が食べたい物作っただけじゃね?)
そして白銀は我に返る。確かにかぐやもこれを食べてみたいと言っていたが、どちらかと言えば藤原の方が食べてみたいと言っている気がする。しかし、既に材料は使い果たした。これではもうお菓子を作れない。
「あ、もうこんな時間か。白銀、そろそろ片づけないと遅くなっちゃうぞ」
「そ、そうだな…片付けよう…」
おまけにもう遅い時間。これでもう、白銀はここでお菓子を作る時間も無い。詰みである。
「会長!これありがとうございますね!今日のお夜食に美味しく食べますから!」
「まぁ…嬉しかったらいいけど、ホワイトデー明日だぞ?」
「1日フライングしたって大丈夫ですって」
こうしてこの日、白銀はホワイトデーのお返しを微妙に作りきれなかったのだ。
翌日 生徒会室
「ふぅ…流石に渡し疲れた…」
「お疲れ様です立花さん」
生徒会室のソファに京佳は座り、かぐやは紅茶を淹れて、それを京佳に渡す。先程まで、京佳は作ったクッキーを皆に渡していた。渡された女生徒たちは皆喜んでおり、京佳も作ったかいがあったと思った。だが流石に数が多かったので、渡し疲れてしまった。
「あ、美味し。やっぱり四宮は紅茶淹れるの上手だな」
「ありがとうございます」
そしてかぐや。本来なら藤原を操り、白銀からマカロンを貰う予定だったのだが、結果は全然違うものとなった。だが、家に帰ってからバーチ・ディ・ダーマの事を調べたら、面白い事がわかったのだ。
バーチ・ディ・ダーマとは『貴婦人のキス』という意味がある。よく形を見てみると、確かに唇のような形をしている。それを知ったかぐやは思った。
『これはつまり、会長と疑似的なキスをする事になるのでは?』と。
何ともぶっ飛んだ考えだが、結果としてかぐやは満足した。マカロンは貰えなかったが、これはこれで良い物である。昨日作ったお菓子は、今は家の保管庫に厳重に保管されている。
そして今日家に帰ったら、お気に入りの紅茶と共にゆっくり味わって食べるつもりだ。
「お疲れ」
「あ、会長。お疲れ様です」
「お疲れ。白銀」
寛いでいると、白銀がやってきた。
「突然だが2人共。これを受け取ってくれ」
「「え?」」
そして鞄から何かを取り出し、2人に渡す。それは、赤いリボンの付いた白い包み紙だった。
「白銀。これは?」
「ホワイトデーのお返しだ。昨日のは、どちらかと言えば、藤原用に作った感じだったしな。だから2人には改めて送る事にした」
なんとこれは、白銀からのホワイトデーのお返し。恐らくだが、あの後家に帰る前に買うか、帰ってから家で作ったのだろう。
「会長。開けてみても?」
「いいぞ」
それを聞いたかぐやは、焦る心を隠しながら包み紙を開ける。同時に、京佳も包み紙を開ける。
「これは…」
「キャラメル、ですか」
中に入っていたのは、生キャラメルだった。
「妹から、生キャラメルなら簡単に作れるって聞いたからな。良かったら受け取ってくれ。形は悪いが、一応手作りだ」
それを聞いたかぐやは、まさに天にも昇る気分になる。白銀からの、しっかりとして手作りのお返し。その事実だけでもう堪らない。
「ふふ、ありがとうございます会長。ちゃんと受け取りますね」
「ありがとう白銀。家に帰ったら美味しくいただくよ」
「おう」
こうして、白銀はしっかりとホワイトデーのお返しができ、かぐやと京佳は、白銀からのお返しを受け取れるというかなり理想に近い展開が起こったのだ。
そして家に帰ったかぐやだったが、あまりに食べるのが勿体なかったので、中々食べる事が出来なかったりした。最終的に、早坂に無理やり口に詰め込まれてそうになったので、かぐやは慎重に食べるのだった。
因みにキャラメルには『あなたと一緒だと安心する』という意味がある。
懐かしい気分で書けました。次回はまた文化祭決戦編に戻ります。
現在今後についてのアンケートをやっております。ちょっと説明不足かもしれないので説明をさせて頂くと、上が『かぐやを遠ざけている間に、京佳が白銀に告白をする』というパターンで、下が『かぐやと京佳が同時に告白をして「どっちを選ぶの?」』というパターンです。
活動報告にも書いていますので、お時間があればそちらも読んでいただけると幸いです。
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