彼のまにまに(旧題:スコーピオン万能説) (痔ーマン)
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第1話 三守 遊児①

『近界民(ネイバー)』後にそう呼ばれる者達の存在が多くの人に現実の存在として認識されることになったその日、その少年もまた初めてソレを目撃した。

破壊された街、倒れ伏す人々、光る剣を持った男達。その中を少年は両親に手を引かれ、避難所へと進んでいた。

あの気持ち悪いモノは何だろう。あの光る剣は何だろう。何だろう。何だろう。何だろう。

少年がその日何よりも強く思ったのは、未知なる存在への興味であった。

 

『近界民(ネイバー)』

後にそう呼ばれる侵略者による侵攻とそれに伴う界境防衛機関「ボーダー」の表舞台への出現。

ボーダーによる防衛体制の確立とともに事態は急速に安定化の方向へと進んでいった。

『近界民(ネイバー)』に対する防衛機関としてのボーダーはその宣言通り幾度となく『近界民(ネイバー)』を迎撃、特殊なシステムによる出現地点の調節まで可能とし、市民の信頼を急速に強めていった。

 

 

そして近界民(ネイバー)侵攻から3年。ボーダー本部本部長の忍田は今期正隊員へと昇格するある隊員の書類を見て手を止めた。

 

 

『氏名: 三守 遊児(ミモリ ユウジ)

年齢:14歳

性別:男性

個人ポイント:4017(スコーピオン ※2012年1月30日現在)

地形踏破訓練:4位

隠密行動訓練:12位

探知追跡訓練:17位

戦闘訓練:1位 (3秒14)

特記事項:ボーダー史上最高値のトリオン能力値を測定。年齢を考慮するとさらに伸びる可能性高し。

射撃トリガーの扱いに関してはA級隊員より射手(シューター)型、銃手(ガンナー)型共に向いていないとの結果が出ており(※注1)…』

 

「なぁ忍田本部長、この隊員、三守だがどうにか射手(シューター)に出来んか」

 

同じ書類を手にしていた狸を彷彿とさせる肥満体形の男、ボーダーの開発室長である鬼怒田がどこか縋るような声色で忍田に声をかける。それに対して忍田は溜息を付いて「何度も説明したが」と呆れたように、けれども気持ちは分かるといった様子で何度となく繰り返した彼の、三守の評価について語る。

 

「確かに彼のトリオン量は膨大だ。私としても射手(シューター)、あるいは銃手(ガンナー)での運用をしたいとは思っていたが彼の訓練データを見たA級射手(シューター)、銃手(ガンナー)が揃ってお手上げだったんだ…」

 

曰く、トリオン兵1体倒すまでにその100倍建物壊しそう。

曰く、1万発撃って1発当たれば良い方。

曰く、動かない目標相手でもたまに外す。

曰く、射手(シューター)トリガーは弾の設定にやたら時間がかかる。

曰く、銃手(ガンナー)トリガーを使うと当たるまで撃ち続ける。

曰く、曰く、曰く…。

 

「分かった…分かった…忍田本部長。分かったよ諦めよう…」

 

「仮に“敵地”で戦う場合でもどこに要救助対象がいるか分からない状態で射手(シューター)として彼を使うのは不可能に近い…才能が無いとか向いてないとかそういうレベルではない、お祭りの射的なら良いカモ扱いされるとボーダートップクラスの射手(シューター)達が匙を投げたんだ。少なくとも遠征艇の“容量”を増やす意味では既に素晴らしい素質であることは分かり切っているし…」

 

「まぁ…そうだな…うん」

 

「射撃の才能はともかく、入隊1ヶ月で正隊員へ昇格するだけの攻撃手(アタッカー)としての才能と向上心は確かだ。まずは攻撃手(アタッカー)としての成長を期待する他ない」

 

「そうだな…そう言えば、メディア対策室の連中から聞いたが根付室長が彼を広告に使いたいとか言っていたそうだが…」

 

「はぁ…昇格前の隊員を…というより三守君はまだ中学生だぞ。嵐山隊の時も言ったが、未成年就労と思われるような事は避けていただきたいのだが…」

 

「まぁヤツのことだ。その辺りを認識した上での言葉だろうがな。メディア対策室としては有事に備えて少しでもボーダーへの印象を高めておきたい、ということだろう」

 

「ふぅ…やれやれ。今年も忙しくなりそうだ…」

 

ボーダー本部本部長、忍田真史。ノーマルトリガー最強の男。

ただ目の前の敵を斬るだけで良かった日々は既に過去の話で、今の彼は剣だけでは解決できないことに日々挑んでいた。

 

 

 

 

迷路みたいな構造だ。

ボーダーに入隊して1ヶ月ほどになるが何度も迷いそうになる廊下をそう評し、三守遊児は進んでいた。

先日規定の4000ポイントを達成し、B級隊員への昇格が決まったため、今日彼はトリガー構成を考えるべく資料室へと向かっていたのだ。

 

「…ここはどこだ…」

 

迷った。そう判断した頃には既に現在地点の予想も出来ない状態だった。

毎日のように通う個人戦ブースはともかく入隊時のオリエンテーションで覗いた程度の資料室の場所など覚えていないためではあるが、少なくとも生まれてから14年間迷子になった経験が無い故にそのことに気が付くのに時間がかかったとも言える。

 

「(遥姉さんを呼ぶか…?いや、そもそもここがどこか分からないのにどう呼ぼう)」

 

あれこれと打開策を考えながら歩を進める。適当に何度か角を曲がった先でC級隊員と制服から判断するにオペレーターだろう、4人の集団を見つける。

 

「ほら、オレ3300ポイント!他の2人も3000越えてっからさ」

「昇格したら隊組むからオペレーターやってよ」

「シンコーを深めるためにこれから食事でも行かない?」

 

良い所に人がいた。状況はともかく今の彼にとってはその場に人がいることは好都合だった。

客観的に見れば男3人が女1人に言い寄っている状態であり、喜ぶべき状況では無いのだが己が迷子であると思いながらも14歳にもなって迷子になってたまるかという特に価値の無い意地が彼の目を曇らせている。

少なくとも彼が先程助けを求めようとした遥姉さんがその場にいたら間違いなくそれどころではないと突っ込んでいただろう。

ただ事実として、この時彼は1人であり、どれだけ自分で否定しようとも迷子であり、そして己の現状を打破すること以外に意識を向けていなかった。

まるで久しぶりに会う知人を見つけたような足取りで、三守は彼等の方へと進んでいった。無論、彼等の中に誰一人知った顔など無かったが。

 

 

 

 

志岐小夜子にとってその日は厄日となった。

極度の男性恐怖症であるため元々本部でも1人では極力移動しないようにしていたがタイミング悪く飲み物の備蓄が切れたので近くの自販機まで少し移動するだけだった。

時間にしてほんの数分間の距離であるが悪いことは重なると言うべきか、男性のC級隊員に声を掛けられた。

その場で逃げ出せば良かっただろうが突然のことに身が竦み、そのまま彼らの話を聞くことになる。

要するにB級への昇格が近いから今のうちにオペレーターを確保しておこうという魂胆らしい。

たかだか3000ちょっとのポイントで何を言っているのか。そもそも既に自分はB級部隊所属のオペレーターだと言ってやりたかったが言葉が出ない。出そうとする声は震えて言語の体を成さず、脚は恐怖に震えている。

気持ち悪い。怖い。絶望的な思考が小夜子の脳内をぐるぐると巡っていたその時、ズカズカという大きな足音が耳に入った。

絡んできたC級隊員と同じように視線を音のした方に向けるとまた別のC隊員がこちらに迫ってきていた。

あぁまた男の人だ、と顔色を更に悪くする小夜子のことなど興味が無いように迫ってきた彼は小夜子に絡んでいたC級隊員の内2人を力ずくで引き剥がした。

 

「ちょっといいか」

 

「は?」

 

三守に引き剥がされたC級隊員は数秒置いてやっと反応を示した。他の1名も三守を訝しむように睨んでいる。

実際その光景を目の前にした小夜子も意味が分からないのだ。いや、恐らく自分を助けてくれたのだろうがいかんせんフィジカルに訴えすぎでは無いだろうかと彼女は思った。

 

「いやいや、勘違いすんなよ?これはナンパじゃねーよ。そろそろB級になれるからオペレーターをスカウトしてんだよ」

 

「同じC級同士、穏便に行こーぜ。な?」

 

口々に文句を言う少年たちは三守が伸ばしているその手の甲を一瞥する。

刻まれた数字は『4017』。

その数字を見て男達はギョッとする。今のC級で最もB級に近いのは自分達だと何の確証もなく考えていたのだろう。

バツが悪そうに表情を歪めるが対する三守の表情は先程から一切変わらない。表情筋が機能を放棄しているかのような無表情ぶりと照明を反射して輝く瞳は彼が今どんな感情を抱いているのか確かめることの難易度を非常に高いものにしていた。

 

「行こう。道はどっちだ」

 

そして三守は、彼等の声が届いていないように、いや実際に興味が無く聞いていないのだ。耳に入っても脳が必要な情報として処理していない。何故なら今、彼の頭の中を占めているのは一秒でも早く迷子と言う状況を解消することであったから。三守は2人の腕を掴んだまま再びズカズカと通路を進んでいく。

 

「は?道?」

 

「何言ってんだコイツってか力強えぇ!いてえよ!」

 

「いやほんと何なのお前…」

 

「え?…ぁ…あり…」

 

緊張が解けたからか呆けたような小夜子の声は未だに言語の体を成しておらず、そしてその言葉もまるで聞いていないように、聞くつもりもないように三守はズンズンと進みその場を去っていった。

あるで嵐、というより一種の災害のような人物であった。少なくとも小夜子に絡んできた3人にとっては。

志岐小夜子にとってその日は厄日であったが、悪くない出会いの日でもあった。

隊室に戻った小夜子は大きくため息をつきながら緊張で固まった体を解しながら自分を助けてくれたC級隊員の事を思い出す。

 

「…ん?道って…もしかして迷子?」

 

あんな迷いなく進むような人が迷子であったかも知れないと想像して1人隊室でゲラゲラと笑い続ける小夜子を見て熊谷が軽く引くのはこの数分後のことである。

 

 

 

 

「ここが資料室か」

 

三守は今度こそ地図通りに資料室へと辿り着いた。その事実が胸中に確かな達成感をもたらすが彼はそうではないとその感覚を否定する。元より辿り着いてからがスタートなのだ。しかし年頃の少年が一度感じた達成感を完全に御しきれるかと言えば答えは否だ。「ふふん」とどこか上機嫌な様子で鼻歌を口ずさみ、資料室へ入ろうとしたその時だった。

 

「あれ?遊君?」

 

彼にとっては非常に聞きなれた声である。半ば反射的にその方向にぐるりと顔を向ければ彼にとって非常に見慣れた人物が立っていた。

 

「やぁ遥姉さん。ごきげんよう」

 

嵐山隊オペレーター、綾辻遥その人である。

 

「何か機嫌良い?…あっ!B級昇格だもんね、おめでとう!」

 

今三守の機嫌が良いのは無事資料室に辿り着いたからではあるが、それを言ってしまえば先程まで自分が迷子だったことを説明する必要があるので特に否定はしなかった。

 

「ありがとう。っていうか何それ。紙いっぱいじゃん」

 

話の矛先を避ける意味もあるが、遥の持つ書類の束は彼女の腰の前あたりから首元まで積みあがっており、顎で抑えながら移動していたようだった。すでに束の形は歪み始め、そう遠くない未来に瓦解するのだろうということは未来を見通せない者でも十分予測可能だろう。

 

「ほら、ウチの隊って広報の仕事もあるからどうしてもね。まぁコレは私が欲張って一度に運ぼうとしたからなんだけど」

 

「手伝うよ。見ちゃダメな書類とかあれば教えて」

 

「いいよいいよ。遊君、資料室に来たんでしょ。別にこれくらい大したことないから」

 

「ふふん。資料室なんて俺ならいつでも来れる。…っていうか真ん中あたり結構ヤバそう」

 

資料室に来れる事に軽く胸を張る三守の様子に遥は内心首を傾げたがそれ以上に自分の持つ書類が彼の言葉通り崩れつつあることに気付くとバツが悪そうに小さく笑った。ボーダー内外に存在する彼女のファンが見たならば天にも昇る気持ちになるだろう。

 

「じゃあ手伝って貰おうかな。あ、閲覧制限付きのは無いから、上から取っちゃって」

 

「はいはい」

 

適当に書類を分けた2人はそのまま嵐山隊の隊室へと向かいながら他愛もない話をする。

今日の内容は主にボーダーに入隊して1ヶ月が経った三守についてで、「友達はできたか」とか「部隊はどうする」とか「食堂は使ってみたか」とか「今週のデザートメニューは」とか、そんな話ばかりだった。

 

「そう言えば、結局スコーピオンなんだね」

 

「…一番合ってる感じしたから。個人的に」

 

射撃センスについては先日幾重にもオブラートで包んだ言葉で「向いていない」と告げられたことはあえて伏せる。残念ながらそのトリオン量故に注目された三守のデータはA級部隊にはその運用の相談も兼ねて共有されているため遥も知ってはいるのだが。

 

「弧月じゃないんだ?」

 

「アレ、ある程度剣の才能?みたいのないと後が大変そう。あと鞘邪魔」

 

実際、トリガー選びについては個々の素質や感覚は非常に重要となる。

遥が例に挙げた弧月はボーダー最初期、正確にはボーダーの前身となる組織の頃から運用されてきた運用実績の確かな日本刀型のトリガーであり、攻撃力、耐久性に優れる人気のトリガーだがその分使用する者の技量がダイレクトに反映されるとも言えた。

 

「あー。まぁウチの隊の皆もスコーピオンだし、スタイル次第っていうのもあるか」

 

そう言う遥の脳裏によぎるのは個人総合1位、A級太刀川隊隊長、太刀川慶の姿であった。二刀の弧月を自在に操る姿を見れば同じ弧月だけで彼の領域に達することの難しさは容易に伝わるだろう。

逆に三守、そして嵐山隊の面々が使用するスコーピオンは攻撃手(アタッカー)用トリガーとしては最軽量、そして自由度の高さを最大の武器としていた。剣として手に持つ以外にも腕や脚からも生成できる奇襲性は、弧月とは全く異なるアプローチでの戦いを可能とする。嵐山隊では隊長の嵐山を始め、狙撃手の佐鳥を除く3名が銃型トリガーを用いる万能手ということもあり、連携をスムーズに、そして幅を広げる意味もあってこのスコーピオンを採用していた。

 

「まだ伸ばすくらいしかしてないんだけどね」

 

「スコーピオンなら佐鳥君以外使ってるし、空いてる時間なら教えられると思うよ?」

 

「今からこんな書類の山が運び込まれる隊の人の空き時間を貰うのは気が引けるなぁ」

 

「あはは…あ、ついた。空けるねー…隊員証…あ、上着の中だ」

 

「じゃあ残りの書類こっち乗せて」

 

「サンキュー」

 

そうして扉を開いた先では

 

「…え」

 

「木虎ちゃん?」

 

「…?」

 

嵐山隊エースとして活躍する隊員、木虎藍が、鏡に向かってポーズを取り、顔だけこちらを向けて硬直している姿だった。所謂モデル立ち、と呼ばれるような姿である。

 

「あ、あ、綾辻先輩…と」

 

「あ。こっちは三守遊児くん。この通り書類いっぱいだから運ぶの手伝って貰ったの」

 

「ども」

 

ワナワナと震えながらもポーズを解き腕を組んで深呼吸を繰り返すと、木虎はまるで先程のことなど無かったかのように髪を撫でてビシリと2人の方を向いた。

 

「木虎ちゃんさっきのは」

 

「何でもありません」

 

「え、でもなんか」

 

「何でもないんです」

 

そんな2人のやり取りを見つめるだけだった三守はハッと何かに気付いたように目を見開いた。

 

「成程…演武、ですね…!」

 

「「え?」」

 

「え?」

 

「………えぇ、そうよ!そうなの!よく分かったわね三守君。流石入隊1ヶ月でB級昇格の到達しただけのことはあるわ!」

 

「ありがとうございます」

 

「そうなのぉ…?」

 

ところで、と木虎は話の流れを変えるかのように大きな声をだすとビシリと三守に向けて指を差す。まるで何度も練習したかのようなその流麗な動きは、三守に演武の続きを連想させた。

 

「B級昇格は決まったとは言え、入って1ヶ月でしょう。そこまで親しくないのに変な期待持たせちゃうんじゃないですか?」

 

「あれ?言ってなかったっけ?遊君と私、幼馴染だよ」

 

「えぇ…聞いてないんですけど…?」

 

「あれ?」

 

「ねぇ遥姉さん、この書類どこ置けばいい?」

 

「奥に大きめの机あるからそこにおねがーい。あ、お茶飲む?木虎ちゃんも」

 

「え、あ、はい。いただきます」

 

「遥姉さん、どうせお菓子隠してるでしょ。ちょうだい」

 

「えぇ~…じゃあ部屋に隠してあるヤツのことお母さんに言わないでね」

 

「いいよ。…あの量絶対バレてると思うけど」

 

A級嵐山隊、広報部隊として日々メディア向けの業務をこなしながらもA級を維持する実力者の中でエースとして活躍する部隊最年少隊員、木虎藍はその実力を発揮したかしてないかは分からないがこの短いやりとりの中で確信していた。

 

「(この2人セットでいる時はもう何も考えず流れに身を任せよう…)」

 

いつもよりも数段、そのほんわかとした雰囲気を増した遥と、そんな彼女と同レベルにマイペースな三守を見て木虎は諦観の念を強めつつソファに深く腰を落とした。

 

「これ美味しいですね。綾辻先輩」

 

「でしょ?ソファの裏に張り付けておいたの」

 

「そこまでして隠す必要あります?」

 

「ちなみにこの隠し方、おばさんにバレてるよ」

 

「うそぉ!?」

 

まぁ、それでも、何と言うか。

体面とかそう言うのを気にせずしょうもない話をただただ続けられるこの空気は悪くない。そう思った木虎であった。

 

「と、言うことで皆さんご存じ、トリオンいっぱいで私の幼馴染の遊君です」

 

「いっぱいらしいです。よろしくお願いします」

 

遥秘蔵の菓子類をつまんでいると、隊の面々が全員集まったためせっかくなら、ということで遥は自分の隣に三守を立たせて隊の面々に考え得る限りシンプル、というより雑な紹介をする。

 

「よろしく!隊長の嵐山だ…しかし綾辻の幼馴染という話は聞いてないような…」

 

「まぁプライベートな話ですから。あ、俺は時枝」

 

「オレ佐鳥ね!必殺のツインスナイプ!…知ってる?」

 

「初耳です」

 

「改めて、木虎藍よ。よろしく」

 

「オペレーターの綾辻遥です。よろしくね」

 

「はい」

 

集まった面々の簡単な自己紹介が終わった後、再び三守は菓子に手を伸ばすが「全員揃ったのでお客様用のを出します」と自分のお菓子が合計6名まで増えた部屋から避難させるためにパタンとその箱に蓋をした。

 

 

「そう言えば三守君は今度B級に上がるんだったな」

 

代わりに出されたお菓子、遥曰く「いいトコのどら焼き」を開封しながら嵐山が三守に顔を向ける。

 

「そうですね…誰が昇格とかも皆さん覚えるんですか?」

 

「キミだからってのはあるね。注目度高い訓練生のことはチェックしてる隊多いよ」

 

「そーそー。資料で映像見たけどすごいねーキミのトリオン量!」

 

誰がどう聞いても褒めているのだが三守はあまり嬉しい様子を見せない。というより明らかに落ち込んでいた。

テンションに明確な段階があるとすれば5だったソレが1くらいに落ちているレベルの落ち込みぶりである。

 

「はい…射撃が下手過ぎて防衛任務で使用NG食らったトリオンだけは多いヤツです、俺。はは…」

 

そう、完全に落ち込んでいた。まさか褒め言葉でダメージを受けると思わなかったのだろう言い出しっぺの佐鳥がなんとかフォローしようとする。

 

「で、でも別にトリオンが多い人全員が射手(シューター)ってわけじゃないから…」

 

確かに嘘ではない。トリオン量の大小は射撃用トリガー以外にもほぼ全ての隊員が使用するトリガーであるシールドの出力も左右する。トリオン量が多いほどシールドは強固な物となるため、前衛であってもトリオン量は多くて損は無いのだ。

ただしトリオン量に優れる隊員であれば大抵1つは射撃用のトリガーを使用している。

 

「そうそう!それにキミは少なくとも1ヶ月でB級に上がるくらい攻撃手(アタッカー)としてセンスがある!そのトリオン量をどう活かすかはこれから考えればいいさ!」

 

キラリという擬音が聞こえてきそうな嵐山スマイルである。ボーダー内外に存在する彼のファンにこの笑顔を向ければ黄色い歓声が響き渡るのは明白であろう。

 

「書類もいっぱい運んでもらったみたいだし、お礼と言ってはなんだけど少し見ようか?」

 

時枝の言葉に沈んでいた三守の表情に光が差す。表情の動きは少ないが割と思ってることが顔に出やすいタイプなのかも知れないと、同じく表情に動きが少ない時枝は感じた。

 

「いいんですか?遥姉さんから忙しいって聞いてますけど」

 

「今日はもうこれといった仕事は無いしな!善は急げだ、綾辻、設定よろしく」

 

「はーい」

 

隊の連携を確認するためにも慣れているのだろう。遥は三守が見たことがない程にテキパキと素早く設定を入力し、ランク戦でも使用される仮想戦闘空間を用意した。

 

「よし!それじゃあ皆、始めよう!トリガー・オン!」

 

「「「トリガー・オン!」」」

 

「(ハモった…これも練習してんのかな)トリガー・オン」

 




最新話読んでたら書きたくなったので。

原作1年前スタートです。

タイトルは何かカッコイイの思いついたら変更します


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第2話 三守 遊児②

仮想戦闘空間。

ボーダー隊員達が訓練、模擬戦に使用するトリオンによって作成された文字通り仮想の戦闘を行う空間であり、安全かつ自由度の高い設定変更によって昼夜を始めとした様々な状況に対する訓練を行うことも出来る設備である。

 

「じゃ、まずはスコーピオンの基本の確認から」

 

そう言うと時枝はパッと手にスコーピオンを握る。

 

「スコーピオンの特徴は大きく分けて3つ。1つは“形状を自由に変えられること”。2つ目は“重さがほぼ無いこと”。そして最後に“弧月やレイガストに比べると脆いこと”。この辺は知ってるかな?」

 

「はい、訓練用トリガーを選ぶときに一通り聞いています」

 

「オッケー。説明会で教えても浮かれて忘れちゃってる人多いから手間省けるのは助かるよ」

 

それじゃあ、と続けて時枝は手にしたスコーピオンを消したと思えば次の瞬間には肘、手首からトリオンの刃を生成する。

 

「枝刃(ブランチブレード)。体の内側でスコーピオンを枝分かれさせてるんだ。例えば手に持ったスコーピオンで相手のガードを強要させて肘、手首から本命の一撃を当てたり、ね」

 

次は、と再びスコーピオンが消えたかと思えば次の瞬間、三守の目の前の地面からトリオンの刃が出現した。

 

「もぐら爪(モールクロー)。足の裏からスコーピオンを地面に潜らせて相手の死角を突く技だよ。…スコーピオンはさっきも言った通り形状の自由さが特徴の1つだ。人によって長さ、形、使い方は全然違うけど、この2つは割とメジャーなテクニックだよ」

 

その説明を聞きながら三守は自分のスコーピオンをぐにゃり、ぐにゃりと形を変えて出し入れしたと思えば、唐突にスコーピオンで自分の腕を切り落とした。

 

「!」

 

「うひゃー」

 

「…おぉ。生えた」

 

二の腕から先にスコーピオンを生やした本人が一番驚いているが嵐山隊の面々としても三守のその行動に少なからず驚いていた。

確かに、トリオン体では激しい痛みを感じない。無論、自分がどの方角から攻撃を受けたか、何を触れているか分かる程度に感覚を残されているが、戦意を低下させかねないため、子供を事実上の兵士として運用するため、他様々な事情から痛覚、触覚に関しては高度な調整が施されている。つまり、腕を切り落としても実際の肉体で感じるような痛みは当然発生しないのだ。だが、傷みを感じないからと言ってそれが出来るか、と言うと話は別である。

 

「…三守君、よく自分で腕を落とせるわね…?」

 

「?トリオン体だから痛くないっすよ?」

 

木虎の言葉を聞いても何も感じていない様子を見て、嵐山はある種の直感、経験則として三守が「トリオン体での活動に極めて向いているタイプの性格」であると判断した。

トリオン体の持つ肉体とは異なる感覚、肉体を大きく超えた身体能力は、人によっては本来の肉体との乖離から上手く動かせない場合も少なくない。スポーツ万能だからと言って、トリオン体も上手く動かせるとは限らない。逆に言えば、本来の肉体では到底不可能な動きをトリオン体で可能とする者もいる。嵐山の脳裏には病弱な体質でありながらいざ戦闘となれば軽やかに駆け巡るある女性隊員の姿が浮かんでいた。

 

「三守君」

 

「はい」

 

「今時枝が見せた技はスコーピオンのテクニックとしてはメジャーだが、実戦でいきなり使えるほど簡単でもない。ここから先は実戦形式で教えよう!自分で使える、と思ったらどんどん使ってくるんだ!」

 

「はい、わかりました」

 

「1回交代で俺達が順番にキミと戦う。使用トリガーは全員スコーピオン1つのみだ。いいな」

 

「隊長ー。佐鳥は何もすることがないんですけどー」

 

「あぁ!佐鳥は狙撃手(スナイパー)として気を付けたほうがいい動きがあれば指摘してくれ」

 

 

 

 

2時間後、良い時間だしそろそろ止めようか、と隊員それぞれが三守の動きに対して感じたこと、修正した方が良い点などを話合う。

 

「うーむ。勝てぬ」

 

彼等の話を聞きながら頭をうんうんと唸らせて手元のスコーピオンを変形させる三守がいた。

 

「でも動きはどんどん良くなってるよ」

 

「まぁ先輩として、いきなり一本取られるわけにもいかないからな!」

 

実際、ボーダーとしてのキャリアであれば三守のそれは一番近い木虎と比べても半年近く差がある。元々何かしらの武術、戦闘訓練を積んだ者だったとしてもトリオン体での動き、トリガー使用経験の差は簡単に埋められるものではない。それを理解しながらも三守はどうにか一本取れないかと頭を悩ませていた。

 

「先輩達の言う通り、三守君はセンスがあると思うわ。焦らずに訓練を積めば多分、A級隊員とも戦えるようになると思う」

 

私は負けるつもりはないが、という言葉を隠しながら木虎も素直に認める程度に三守はこの2時間でその才覚を見せた。納得していないのは本人ばかりである。

 

「でも折角見てもらえる機会ですし一度くらい度肝を抜かせたいなぁ、と…あ」

 

思いついた、というより試してみよう、といった表情で先程までずっと操作していたスコーピオンを一度消すと三守は立ち上がる。

 

「嵐山隊長、最後に一本お願いできますか?」

 

「秘策有り、って感じだな…よし、やろう!」

 

嵐山の三守に対する評価はほぼ完璧と言えるものだった。形式だけのものとはいえ筆記試験、面接でも上位に入る成績で、何よりボーダー隊員にとって最も重要なトリオン量は歴代最高の資質を見せている。射撃の才能こそ無いが、1ヶ月というスピードでB級昇格条件を満たした攻撃手(アタッカー)としての資質と自分の技術を高める向上心がある。A級加古隊からスカウトを受けた同期の隊員と比べても遜色ない、今期で1、2を争う有望株だろうと嵐山は判断していた。

故に、嵐山に油断はなかった。後輩を指導する立場として、決して長くない時間の中で伝えられることを少しでも伝えたい、そう思い、全力で向き合っていた。

 

「…ッ!?」

 

「よし」

 

つまり三守が放ったその一撃に嵐山が左腕を奪われたのは、その瞬間、彼が嵐山の予想を上回ったことの証明でもあった。

片腕を奪われた、と理解した次の瞬間には既に嵐山は距離にして約10メートル後退し、三守の様子を伺っている。この時の嵐山は指導から戦闘へ意識を切り替えたことは彼の部下である嵐山隊の面々には一目瞭然であった。

 

「(三守君との距離はまだ10メートル以上あった…“マンティス”は無理だ…つまり答えは1つ…)」

 

「………」

 

スコーピオンを構え、様子を伺う嵐山とは対照的に三守はどこかぼんやりとした様子で手にしたスコーピオンの角度を少しずつ変えている。何かを試すように。

 

「行けそう」

 

声に出すのとほぼ同時、再び三守のスコーピオンが嵐山を襲う。両者の距離はおよそ20メートル、そして三守はその場から動いていないにも関わらず、彼のスコーピオンは嵐山がいた空間を突き破った。

 

「やはり…ね!」

 

2撃目を見切った嵐山が一気に距離を詰めようと全身するも直後に彼は全身では無く跳躍による横方向への回避を選ぶことになる。約20メートル、ボーダー隊員としても長いキャリアを持つ嵐山が見たことも無い程に長いスコーピオンが今度は彼の首を切らんと薙ぎ払われたのだ。

 

「スコーピオンで…あんな…」

 

「一応…不可能じゃないけどね…」

 

「あれが入隊試験で3秒代叩き出したヤツってことかね」

 

『入隊試験の時のは本人曰くまぐれってことだったけど…』

 

実際、三守が試した技、否、技と言うにはあまりに単純なソレは彼が入隊試験の時、スコーピオンの形状設定を誤った結果発生したモノを逆に意識的に使うようにしただけの事である。

スコーピオンを相手の位置まで可能な限り速く伸ばす、それがこの場で三守が使った攻撃であった。

スコーピオンは自在にその刃の形を変える。手に握る剣や腕、脚から生やす刃、枝刃(ブランチブレード)、もぐら爪(モールクロー)などまさに変幻自在のトリガーだが弱点も存在する。

それは脆さ、通常のブレードとしても弧月やレイガストに劣り、ブレードを伸ばせばその耐久力は更に下がる。攻撃手(アタッカー)段としてのスコーピオンが有効に働くのは、ごく一部の技術を使用しない限りはせいぜいが数メートルである。それが今、嵐山隊の目の前で20メートルを超える大蛇の如き光の刃となって彼らの隊長に迫っていた。

 

「この長さでも砕けないか!ほんと、大したもんだよっ!」

 

ただ上下左右に振るだけ、それだけの単純な挙動が間違いなく己を倒し得る攻撃となっていることを認識しながら嵐山は素直に三守を賞賛する。回避際に三守のスコーピオン、その腹に向けて一撃を叩き込んだが砕けなかった。つまり刃渡り1メートル未満の嵐山が持つスコーピオンと、20メートルを超える三守のスコーピオン、両者の硬度はほぼ互角であることを意味していた。

 

「ありがとうございます」

 

一方涼しい顔をしながら手首だけでスコーピオンの斬撃を繰り出す三守は内心で焦っていた。

予想外の一撃、嵐山を倒すにはそれしかないと判断し、繰り出した剣の間合いを大きく超えたスコーピオン。その一撃すら嵐山は片腕を犠牲にしただけで切り抜け、今もじわりじわりと距離を詰めてきている。

自分とはまるで対応力が違う、と三守は改めてボーダーA級部隊の力を肌で感じていた。

恐らく自分は今日勝てない、初撃以外はかすりもせず何十もの斬撃を掻い潜り、既に約5メートルまで近づいてきた嵐山を見て三守はに勝機が無いことを悟った。

 

「ふ…っ!」

 

「でも」

 

勝てないならば、せめて。その言葉が口から出る前に三守のトリオン体は大きく引き裂かれ―

 

『トリオン器官破損、両者ベイルアウト』

 

「マジか…!ほんと、やるね!」

 

嵐山のトリオン体は三守の体中から伸びてきた無数のスコーピオンによって串刺しにされていた。

 

 

 

 

「いやー最後の枝刃(ブランチブレード)…枝刃(ブランチブレード)だよねアレ?すごいねキミ!」

 

「ありがとうございます」

 

模擬戦を終えて、再び隊室でテーブルを囲んで三守と嵐山隊の面々は本日2度目(三守、遥、木虎にとっては3度目)のおやつ時間へと突入していた。先程の模擬戦で手合わせすることが無かった佐鳥だが、素直で自分を雑に扱わない後輩ということで気に入ったのか三守を褒めちぎっていた。

 

「実際、印象深い攻撃に相手の意識を逸らして近付いてきた相手への不意打ち…枝刃(ブランチブレード)の使いどころは良かったよ。嵐山さん最後やられるとは思ってなかったでしょ」

 

「ははは、耳が痛い!正直あのタイミングは勝った気になっていたな!」

 

時枝の指摘に対して俺もまだまだ未熟だ、とどこか嬉しそうに嵐山は笑う。

 

「ところで、三守君。さっきの長いスコーピオン、どうやったの?良ければ教えてくれないかしら?」

 

木虎は少し悩んで三守が見せた攻撃について質問する。入隊1ヶ月の後輩に教えを乞う、その事実に思うところがないわけでも無かったが、少なくとも三守は自分に出来ないことが出来る。その事実だけ木虎にとっては頭を下げてでもその正体を知りたいと思ったが。

 

「えーと、ただ早く伸ばしただけです」

 

三守の答えはあまりにも単純すぎるものだった。狙撃手(スナイパー)である佐鳥を除けば嵐山隊の戦闘員は全員スコーピオンを使用している以上、三守が放ったのがスコーピオンの変形機能を利用したということは分かっている。知りたいのはその先なのだが、と木虎はどう聞いたものかと頭を悩ませていると隣に座る時枝がポンと、掌に拳を乗せる。

 

「成程、トリオン量か」

 

「時枝の言う通り、三守君がさっき使った技は彼だからこそできるある意味オリジナル、と言うべきものだな」

 

「オリジナル?」

 

「遊君がソレ聞くの?」

 

三守の間の抜けた様子に嵐山は少し困ったように笑いながら三守に代わって彼が理解できていない範囲も含めて伸びるスコーピオンの説明を始めた。

 

「スコーピオンは知っての通り脆い。しかも伸ばすほど更に脆くなる。それを解決、というよりある程度緩和する方法はただ1つ、トリオン量だ。平均的なトリオン量を持つ俺達が同じことをしようとすれば恐らく通常よりも2、3メートル以上伸ばそうとすれば途端に耐久力が下がるだろう。

しかし三守君のトリオン量は現状ボーダー最大だ。彼のトリオン量があって初めて可能となる技術、という事だ」

 

「つまり二宮さんや出水さんも…いや」

 

「そう。トリオン量が多い隊員なら似たようなことが出来る者もいるだろうが、射程距離が必要なら射撃トリガーを使った方が手っ取り早い。その点も含めてこの技は“類稀なトリオン量を持つ隊員”が“射撃トリガーを用いず遠くの相手に攻撃する”技、ということだ」

 

「まぁ射撃トリガー使った方が強いと思いますけど、俺全然射撃ダメなんで…」

 

「でも、使い方次第で射撃トリガーとは一長一短になる…少なくとも下位互換とは思えないね」

 

「どういうことです?佐鳥先輩」

 

珍しく木虎から質問されて少し機嫌を良くしたように佐鳥は語りだす。

 

「三守君は知らないかもだけど、射撃トリガーってのは銃手(ガンナー)なら威力にも弾丸、弾丸を飛ばす推進剤にトリオンを分けるし射手(シューター)なら攻撃毎に威力、射程、速度とかに同じくトリオンを分けて調整する。つまり100のトリオンを使っても威力が100の攻撃になるわけじゃないんだ。

でも、攻撃手(アタッカー)のトリガーは話が別。トリオン全部を攻撃に使える分、単純な攻撃力ならこっちの方が上なんだ。

つまり、三守君は“攻撃手(アタッカー)の持つ攻撃力”で“銃手(ガンナー)、射手(シューター)レベルの射程”をカバーできるってこと。常時旋空弧月って感じかな」

 

佐鳥の説明に満足したように嵐山が大きく頷き補足する。

 

「欠点としてはブレードの延長線上に味方がいてはいけないこと、ブレードを長時間使用すればするほど自分の居場所が相手にバレること、だね」

 

「成程…」

 

「良かったね遊君。射撃全然当たんなくて落ち込んでたもんねー」

 

「なんでそれ遥姉さんが知ってるの」

 

「だって資料で映像見たし」

 

そんな人が落ち込んでるとこまで納めなくても、と三守が目を細めながら遥をじろりと見ていると、時枝が小さく手を挙げた。

 

「三守君、名前は?」

 

「遊児です」

 

「ゴメン、言葉が足りなかったね。その技の名前は?」

 

「え?コレの名前ですか?」

 

時枝の質問に三守は首を傾げる。本人としてはただ伸ばしただけのスコーピオンである。というよりオリジナル技とか考えたとしても人に公表するのは恥ずかしいお年頃である。

 

「他のトリガー使うようになると分かるけど、あやふやな感じで技と使おうとすると誤作動が起きる場合もあるんだ。さっき教えた枝刃(ブランチブレード)ももぐら爪(モールクロー)に名前があるのもそれが1つの理由だね。使用のタイミングとか、速度とかの安定感が違うからすぐにじゃなくても名前付けておくに越したことは無いと思うよ」

 

「え、でも技名みたいの人に言いふらすとか何か恥ずかしいです」

 

「あー…そうだね。じゃあ何かしっくりくる単語を名前にすれば良いよ。例えばメインとサブのスコーピオンを繋げて使う技を使う人がいるんだけど、その人はその技を“マンティス”って呼んでるんだ」

 

「蟷螂…?鎌?…分かりました、そんな感じでいいなら考えてみます」

 

「うん。キミ自身使って分かったと思うけど、スコーピオンの自由度は凄い。その技も含めて今後どういう風に活かすかはキミ次第だよ」

 

「良い感じに時枝がまとめてくれたし、今日はそろそろ解散としよう。三守君、俺達は外の仕事でいない時も多いけど、また機会があれば質問してくれ」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「では、解散!」

 

「遊君、5分待って。一緒に帰ろ」

 

「うん分かった。10分待つね」

 

「…慣れてるのね…三守君」

 

 

 

 

こうして三守の嵐山との訓練は終了した。時間にして2時間程度の短いものであったが、三守は今日までの1ヶ月間で学んだ何よりも自分の力になったという確信があった。

 

「遊君、何書いてるの?」

 

そんな三守が手にしたメモ帳に何やら書き込んでいるのを遥が首だけを動かして覗き見るが、三守は素早くメモ帳を閉じて彼女とは反対側の手に持って体の後ろに隠す。

 

「技名候補ー」

 

「見せてくれてもいいでしょー」

 

「嫌だよ。なんか恥ずい」

 

見せて、嫌だ、見せて、とメモ帳を巡って子供の様な押し合いをしている彼等の背後からふと声がかかる。

 

「あの、すみません」

 

はい?と2人揃って振り向いた先には髪の毛を2つに結った金髪の少女が立っていた。

 

「あ、どうも。黒江さん」

 

「クロエ…あ、加古さんがスカウトしたって子?」

 

「はい。初めまして綾辻先輩。黒江双葉です」

 

「綾辻遥です。…遊君、お友達?」

 

「同期」

 

「三守さんこそ、綾辻さんと友達なんですか?」

 

「幼馴染」

 

「成程、私と駿みたいな感じですか…」

 

「ところで何か用?」

 

「加古隊長から三守さんも正隊員になるのを聞きました。お互い正隊員になる前に、最後に勝負できればと」

 

「いいよ。何本勝負にする?」

 

「時間も時間ですし1本で」

 

「オーケー。じゃ、遥姉さん先帰ってて」

 

「1本くらいなら私も見ていくよ?」

 

「荷物持ち確定か」

 

「…?とりあえず、行きましょうか」

 

 

 

 

個人ランク戦を行うためのロビー。そこに踏み入れた途端、周囲からの視線が3人に向けられる。

 

「おい、あのちっさいの、加古隊にスカウトされたヤツだろ」

 

「男の方は入隊試験で3秒台だったヤツだ…ライバルって噂は本当だったんだな」

 

「しかしなぜ綾辻さんがここに…?」

 

「そんなことはどうでもいい…今はただ、美しいその姿を目に留めよう…」

 

遠くから聞こえてくるそんな声に黒江一瞬だけ視線を移すと眉間に小さく皺を寄せる。

何を言っているかは聞こえないが、言いたいことがあるなら直接言いに来ればいい、それが彼女の考え方であり、明らかに自分とその周囲に向けられた声に対して少なからず不快感を覚えていた。

 

「あれ?双葉じゃん」

 

そんな不機嫌そうな黒江に対して恐れることなく声をかけてきたのは人懐っこそうな少年だった。

 

「駿」

 

緑川駿。弱冠13歳ながらA級草壁隊の攻撃手(アタッカー)として所属するボーダー隊員である。彼は黒江の後ろにいる三守と遥に視線を向けると少し意外そうな表情をする。

 

「ども、綾辻先輩。こっち来るのは珍しいっすね」

 

「こんにちは、緑川君。ちょっとね」

 

「で、えーっと、アンタは…」

 

「三守遊児。黒江さんとは同期だ。これから1本勝負することになった」

 

「三守…あー。トリオンがヤバイ人。へぇ~双葉とやるんだ」

 

緑川はどこか試すような視線を三守に向けるが黒江がジロリと睨むとすぐさまその視線をずらす。

 

「三守さんとは今のとこ6:4くらい一応勝ち越してるけど…強いよ」

 

「そう言ってもらえると自信になるね。まぁ今日勝っても5割にはまだ遠いけど」

 

「へぇ、勝つつもりですか。三守さん」

 

「言ってなかったかもだけど、負ける気で勝負するほど愉快な性格してないよ?」

 

互いにニヤリと笑って視線をぶつけ合う。その様子を見て緑川もこれ以上茶化すべきではないと口を閉じた。

 

「おー緑川、に綾辻さん?珍しい面子だな」

 

「…また増えた」

 

「あ、よねやん先輩。どもっす」

 

「よっす。綾辻さんこっち来るの珍しいっすね?」

 

「ちょっと付き添いでね」

 

「荷物持ちを逃さないためでしょーが」

 

三守の小声に対して微笑みながら遥は彼の脇腹を肘でゴスリと小突く。彼らの知る遥が見せないであろう姿に緑川もよねやん先輩と呼ばれたカチューシャの男も豆鉄砲を食らったような顔をする。

 

「こほん…えっと、こっちは三守遊児君。黒江ちゃんと同期で私と幼馴染。米屋君も顔は知ってるんじゃない?」

 

そう紹介された三守をカチューシャの男、米屋は見ると何か思い出したように目を見開いた。

 

「あぁ!あのトリオンがヤバイ奴か!俺はA級三輪隊の米屋陽介。よろしくな」

 

「三守です。あの、何か一方的に俺を知ってる人が多いんですけど、皆さんも俺が鬼怒田さんとやった試験のヤツ見てるんですか?」

 

「あれ?遊君聞いてない?A級以上の人と上層部の人は皆見てるよ?」

 

その言葉を聞いて三守は天を仰ぐ。やたら様になっているのは彼の表情が見事に諦観の念で彩られていたからだろうか

 

「………あのクソ下手クソな射撃を不特定多数に見られたんだぁ…」

 

捻りだすように出した声には悲痛さがこれでもかと込められていた。彼にしてみたら抜き打ちテストで悪い結果だったのを何故か別の学年の人が知っていたかのような感覚だ。少なくとも彼は人に恥じるレベルの成績だったことはないのであくまでも想像であるが。

 

「…いや、まぁ気にすんな?別に射撃が出来なくても戦えるって」

 

「そ、そーだよ。まだ入ったばっかだし練習すれば射撃も上手くなるかもでしょ!」

 

その声と表情に込められた悲痛さに米屋も緑川も三守をフォローするが、内心彼が射撃という点において大成しないことを2人はほぼ確信している。

彼等2人共通の友人であり、知る人からは3馬鹿とも称されるボーダーA隊員の1人であり射手(シューター)である出水公平。そして緑川と同じくA級草壁隊に所属する里見一馬。ボーダーでも屈指の射手(シューター)と銃手(ガンナー)である彼等が三守の映像を見て断言したのだ「コイツに射撃は無理っす」と。

彼等の言葉を要約すると三守遊児という少年は「狙って撃つ」という行為そのものが非常に下手ということだ。所謂ノーコン。訓練を積めば多少マシになるだろうが、伸び代はたかが知れている。ならば少しでも向いている分野で経験を積ませるべきだ、というのが三守に対しする最終的な結論だった。

 

「ありがとうございます、米屋先輩、緑川先輩…!…気を取り直して勝負と行こうか、黒江さん」

 

「え、あ、はい。そうですね」

 

黒江視点で見ると勝手に落ち込んで勝手に立ち直っただけなのだが、指摘すると面倒なことになりそうなので彼女は三守に言われるがまま、それぞれ番号を確認して個室に入っていった。

 

「で?三守は強いの?」

 

個室に入った2人を見届けて、米屋はふと口を開く。

 

「黒江の事は知ってるぜ。加古さんがスカウトしたって聞いたから結構ヤるのは分かる。けど三守の方はバカスカ撃ってるの見ただけだしなぁ」

 

「俺も良く知らないけど、双葉が言うには6:4で双葉の勝ち越しみたい」

 

「へぇ…」

 

A級にスカウトされる隊員に対して4割近く勝利を収めている、その事実に米屋はまるで獲物を見つけた獣のように少し目を細め、先程まで話していた少年に対する評価を少しばかり高めていた。

 

「…」

 

そんな2人を、遥はニマニマと眺めていた。つい先ほど嵐山と相討ちに持ち込んだと後で言って聞かせたらどんな風に驚くだろうと想像しながら。

 



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第3話 三守 遊児③

三守 遊児と黒江 双葉。同期であり、互いに訓練生として入隊後頭角を現したという点については双方に共通する部分であるが、その戦闘スタイルは大きく異なっていた。

三守はスコーピオンによる奇襲や投擲で相手の動きを牽制し、その隙を突くスタイルを主流としており、一方で黒江は自らの身軽さを活かし、弧月を用いて自ら切り込む攻撃的なスタイルだった。

技巧派と正統派。比べて見るとそんな印象を与える両者の戦績は双方が認めた通り黒江が勝ち越している現状である。

当事者たちは細かい数字までは覚えていないだろうが戦績にして82戦。内、48勝したのが黒江であった。

 

『ステージはいつものでいいですか』

 

『オーケーだ』

 

『はい。…私は来週からA級の加古隊に入るので、戦い以外にも色々覚えることがあるみたいです』

 

『だろうね』

 

『そうなると、これまでみたいに顔を合わせたら模擬戦、っていうのは難しくなると思います』

 

『成程?』

 

『…だから、まぁ、今生の別れとかじゃないですけど、1つの区切りとして言っておきたかったんです』

 

『…』

 

『三守さん、私と同期でいてくれてありがとうございました。…嫌な言い方になりますけど、三守さん以外の同期の人だと私つまらなかったので、こう…ライバルみたいな人がいたことが嬉しかったんです』

 

『ははは。事実だけにロビーで言ったら間違いなく大顰蹙だろうね。俺も同じ気持ちだよ』

 

『三守さんもですか』

 

『黒江さんに言ったか分からないけど、俺はトリオン量以外これといったモノが無い。っていうか射撃に関しては逆にボロクソだ。

そんな俺でもこう、あまりにポンポンと昇格出来てしまうと色々不安だった。でも、キミみたいな人もいた。他にもたくさん、強い人がいる。俺の不安は、杞憂だった。それを始めに教えてくれたのはキミだから、俺もお礼を言いたい』

 

『…じゃ、お互い様ということで』

 

『そうだね。…あぁ、A級入り祝いにさっき考えた新技見せてあげるよ。参考になるかは分からないけど』

 

『へぇ…それ、言っちゃっていいんですか?』

 

『実はブラフかも』

 

『こう言う時の三守さんの言葉が嘘だったことは無いです。まぁ1ヶ月程度の付き合いなので正直五分ですが』

 

『……こういう盤外戦みたいのも悪くないけど、そろそろ始めようか。この後は遥姉さんの荷物持ちだから』

 

『えぇ、私もこの後は加古隊長が炒飯を作ってくれるそうなので、少しお手伝いしようと思いますし』

 

『…ステージは市街地A、天候は晴れ、時間帯は日中』

 

『1本勝負、使用トリガーは訓練用トリガー1種のみ…』

 

『『トリガー・オン』』

 

白を基調としたC級隊員服を纏った2人が仮想戦闘空間に現れたのをロビーにある大型のモニターを通じて米屋、緑川、遥、そして周囲の隊員達が目に止める。

一方は既にA級部隊からスカウトを受けた俊英、もう一方は入隊試験で最速記録を更新した逸材。彼等を知る訓練生以外にも、噂でその存在を知ったB級隊員達も少なからず注目していた。

 

「お手並み拝見ってか」

 

「三守さんは俺と同じスコーピオンか。どんな戦い方すんのかな」

 

米屋と緑川は普段と変わらない様子で、楽し気にモニターに映る2人を見る。

元々2人揃って個人戦が好きなのだ。強い人、面白そうな人、注目を集めている人、要するに彼等にとっての新しい遊び友達候補となれば、自然とその頬も緩むというものだろう。

そんな彼等は、遥の一言でその決定的瞬間を見逃すことになる。

 

「多分、一発で終わると思うよ」

 

『C級個人戦、1本勝負。黒江VS三守、試合開始』

 

「は?」

 

「え?」

 

何かの聞き間違えだろうか。そう思い、米屋と緑川が声の主である遥に視線を向けた次の瞬間であった。

 

『トリオン供給器官破損、黒江ベイルアウト。勝者、三守』

 

彼等が視線を戻した先には、胸を貫かれトリオン体がまさに霧散する瞬間の黒江の姿があった。

 

 

 

 

試合開始を告げる音声。次の瞬間、黒江の視界は光で満たされた。否、正確に言うならトリガーを構成するブレードの光である。そのまま何もしなければ間違いなく黒江は頭部を貫かれていたし、恐らく彼女以外の隊員であればそのようになっていただろう。黒江が咄嗟に反応出来たのは、彼女の持つ反射神経、直感、その他様々な要素が組み合わさった結果であったと言える。

しかし、彼女は一手誤った。未知なる脅威に対し、彼女が選択したのは後方への跳躍であった。

黒江は知る由も無いが、つい数時間前に同じ攻撃を受けた嵐山のように横方向への回避という選択を彼女が選べなかったのはそれこそ歴戦の猛者と新進気鋭の新人の差と言う他無い。

結果だけ言うならば、黒江の跳躍は彼女の寿命を極僅か、時間にして0.1秒かそれ未満程度伸ばしただけだった。

 

『トリオン供給器官破損、黒江ベイルアウト。勝者、三守』

 

仮想戦闘空間に響き渡る声を聞いてようやく黒江は自分の敗北を認識した。

自分は何をされた?今の攻撃は?回避したはずでは?

思考を再開した彼女の脳内に止めどなく疑問が沸き上がる。これまでにも三守に負けたことはあった。だが、それはいつも理解できる敗北だった。攻撃の隙を突かれた、とか死角から攻撃された、とか原因が分かる敗北だった。

しかし今回、それが何なのか全く彼女には分からなかった。

トリオン体が霧散していく中、彼女は目の前の、開始位置から一歩も動いていない三守と視線を合わせた。

彼は初めて会った時と同じように、何を考えているのか分からない瞳と、本当に笑っているのか分からない、彫刻のように見事な微笑みを浮かべていた。

 

「今日は俺の勝ち」

 

ニコリ、と歯を見せて笑う三守を視界に収めて、黒江のトリオン体は完全に霧散した。黒江と三守と出会ってからまだ1ヶ月程度しか経っていない。だが、その中でも分かった事がある。

 

「(彼はまだ、私を対等に見てくれている)」

 

三守にその気は無いのだろう。だが、訓練期間中、何度も彼がその表情をするのを黒江は目にしていた。

目の前にいる人に対して、興味を完全に失ったような瞳。目の前に誰もいないかのような表情。

黒江以外の多くの同期に対して彼が向けた表情。

三守に悪気は無いのだと思う。実際、彼は誰かに対して悪態をつくことは無かったし、挑まれればその時は喜々として応じてすらいた。だが、その表情が失われるのは多くの場合一瞬だった。

黒江は自分をスカウトしてくれた加古隊隊長、加古望に聞いたことがある。

 

「ここには色んな人がいるわ。近界民(ネイバー)に恨みを持ってる人、近界民(ネイバー)から家族や親しい人を守りたい人、深い理由は無いけど入ってみた人…きっと彼は、一番最後のタイプに近いんでしょうね」

 

彼は多分、彼が興味を失った相手に対して本当に、本当にその相手がそこにいないかのような顔をする。私は自分がソレを向けられるのが怖い、と黒江は恐らくボーダーに入って初めて弱音を吐いた。

 

「大丈夫よ、アナタは強い。勿論、他の正隊員と比べたらまだまだ経験の差はあるけれど、アナタはその差を埋められるだけのセンスがある。だからアナタは、彼の友人でいられるわ」

 

黒江にとってボーダーで最も尊敬できる人であり、隊長である加古の言葉を思い出し、彼女はこの日、決意を新たにした。

 

「今度は勝つ」

 

その言葉とともに、彼女の体はボスリ、とベッドへと沈みこんだ。

 

 

 

 

黒江がロビーに戻ると、先程まで戦っていた三守が米屋と緑川にもみくちゃにされていた。

遥が止めないことを見る限り、男子同士のじゃれ合いなのだろう、と見ていると三守の視線が彼女に向いた。

 

「やぁ黒江さん。お疲れ様」

 

「お疲れ様です。…いいようにやられました」

 

「ブラフじゃないって、盤外戦は見破られたからね。お返しも込めてさ」

 

「…良ければ、どんな技を使ったのか教えてもらってもいいですか?」

 

黒江のその言葉に米屋がズイ、と前に出る。

 

「黒江も来たんだし教えろよ三守ー」

 

「三守さん、双葉が来たら教えるって言うからさ。俺とよねやん先輩で色々予想してたの」

 

「…聞いといてアレですけど、言っちゃっていいんですか?」

 

あれだけ自信を持って宣言し、その通りに勝利を収めた技だ。奥の手として隠しておきたいのではと、予想していた黒江にとって三守の反応は意外だった。

 

「技って程複雑じゃないしね」

 

それに、と言って三守は続けた。その眼は普段、彼が黒江に向けるモノと同じだったが、この時はどこか別のナニかを見ているようだった。

 

「ボーダーの目的は近界民(ネイバー)をぶっ飛ばすことでしょ。だったら共有できる情報は共有しといて損は無い」

 

「…そう、ですね…」

 

「じゃあ教えてよ三守さん。さっきのどうやんの?」

 

緑川の言葉に三守は少しばかり、彼が使った技をどのように説明するか悩んだ様子を見せたが、数秒ほどして諦めたかのように肩をすくめて口を開いた。

 

「スコーピオンをめっちゃ早く長く伸ばす」

 

「え?」

 

「そんだけ?」

 

聞いた黒江も思わず言葉を失っていた。成程確かにスコーピオンはブレードを伸ばすことが出来る。スコーピオンでマスタークラスと呼ばれる個人戦8,000ポイント以上保有者である米屋とその領域に達しつつある緑川は三守が口にしたことが理論上可能であるだけで机上の空論に過ぎないことだとこの場の誰よりも理解していた。

 

「補足すると、遊君のトリオン量だからこそ出来ることなの」

 

攻撃手(アタッカー)同士の会話の邪魔にならないようにしたのか、幼馴染に新しい友人が出来るのを見守っていたのか、あるいはその両方かは分からないが、一歩下がったところで彼等を眺めていた遥が三守の説明を補足すると黒江達3人は納得した表情を見せた。

 

「成程ね、幻踊に活かせればと思ったけどトリオン量由来だと無理だな。…それはそれとして三守、次俺とやろうぜ」

 

「三守さんとは俺の方が先に会ってるよ。やるなら俺が先でしょ、いいよね三守さん」

 

「悪いけど先約があるんだ。また今度」

 

そう言った三守に親指を向けられた遥は少し申し訳なさそうに眉尻を下げる。

 

「ゴメンね米屋君、緑川君。ちょっとこの後家の買い物して行かなきゃいけなくて…」

 

「俺は荷物持ちというわけです」

 

「あぁ…」

 

黒江は先程2人と会った時の会話を思い出し、そういう意味だったのかと一人納得する。

 

「ならしょうがないか。じゃ、よねやん先輩やろうよ」

 

「おう!三守、綾辻さんと2人で歩いてて刺されるなよー?」

 

「…似た感じの事昔から言われますけど、遥姉さん実は闇の組織にでも狙われてるんですか?」

 

「狙われてませんー。闇の組織、っていうか近界民(ネイバー)に狙われるならトリオン多い遊君でしょ」

 

「あはは…」

 

どうやらこの幼馴染2人は、知らない人から自分達がどのように見られているかよく分かっていないらしい。それはそれで、下手に刺激して関係を拗らせる原因となるようなことはしない方がいいのだろう、黒江はそう判断し、どこか間の抜けたやり取りをする2人を眺めていた。

 




ワートリ女子は皆可愛いですね。
可能な限り1話に最低1人は出せたらいいな、と思います。

オリ主君は、周りから見るとたまにすごく不気味になる人です。
オリ主から見た世界と周りが見る彼の姿のギャップみたいなのを上手く表現できたらいいなと思います。

本編1年前、ということで緑川はまだマスタークラスになっていない、という設定にしています。
各隊員の入隊時期とかはBFF準拠ですが、ズレがある場合も今後あるかもです。


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第4話 那須隊①

マイページ開いたら感想いただけててびっくりしました。ありがとうございます。
今後も自分好みなノリで読みやすい話を作れればいいなと思います

そんな事を言いつつも、地の分におけるキャラの呼称をどのようにするか今更考え始めました。
確定し次第、各話も修正予定です。


黒江との戦いから数日、遊児は学校で考え事をしていた。内容は以前、時枝に勧められた自分が使用する“長いスコーピオン”の名前についてである。

 

「(枝刃(ブランチブレード)とかもぐら爪(モールクロー)とか、英語からなんか良さそうな単語でも探そう)」

 

遊児としては実際に口に出した時恥ずかしくなく、イメージに沿った単語にしたいと考えていた。意味の分かりにくい長々とした技名に憧れない訳ではないが、ごちゃごちゃしていると実際に使う時に混乱しそうだと思ったのが一番の理由であった。

単語帳をパラパラとめくり、良さそうな単語が記載されたページを見つけては折り畳むのを繰り返しているとふいに視界に影ができ、彼は反射的に視線を上に持ち上げた。

 

「お、おはよう…三守君…」

 

「ボーダーのサイト見たよ!三守君もボーダー隊員だったんだね!」

 

大人しそうな女子と活発そうな女子である。名前は佐東と宮島。クラスメイト。それが遊児の中にある彼女達の情報の全てであった。

 

「おはよう、佐東さん、宮島さん。2人もボーダーなの?」

 

少なくとも遊児は自分がボーダーに入隊した事をわざわざクラスメイトに知らせた覚えは無い。自分が入隊したことを知っているという事は彼女達もボーダー隊員だったのだろうかと想像していると宮島は首を横に振ってスマートフォンを遊児に向けてきた。

 

「私達は違うよー。ほら、ココ!新正規隊員のとこに三守君が載ってたから驚いちゃって!」

 

「そ、そうなの。クラスにボーダーの人がいるって、なんか嬉しくて…」

 

そう言えばB級に昇格するとボーダーから正式に公表されると聞いたことを朧げに遊児は思い出しながら、彼女達がわざわざボーダー隊員の中に知った顔がいないかチェックしている事も、ボーダー隊員がクラスメイトというだけで感動を覚える意味が分からなかったが、自分は彼女達の視点に立つ機会は今後永遠に無いと思い至ると、まるでそんな疑問など感じなかったように彼の脳内から消えていった。

 

「え!?三守ボーダー隊員なの!?」

 

「スゲー!ウチの学校他にいたっけ?」

 

「隣のクラスの日浦さんがそうだって聞いたことあるよ」

 

彼女達の話声を聞いて、他のクラスメイトも次々に遊児に話しかけてくるが彼は適当に相槌を打ったり、当たり障りのないことを言ってやりすごした。もう1年近く共に過ごしてきたクラスメイト達だが、やはり遊児は彼等の名前以外、特に記憶していなかった。

クラスの喧騒は廊下を通る他の生徒も少なからず巻き込んで、担任の教師が教室へやって来るまで続いた。

 

 

「どぅわああああああああげふぅっ!!」

 

「ぐふぉ」

 

休み時間、遊児がお手洗いから教室へ戻っていく途中、突然彼の耳に謎の奇声が届いた次の瞬間、腹部にズシリという衝撃を感じた。

遊児は体をくの字に歪めながら衝撃の元に視線を向ければ、彼の脇腹には赤毛の少女がめり込んでいた。

 

「ひ、日浦さん!?」

 

彼女、日浦と呼ばれた少女の友人であろう女生徒は悲鳴にも似た声をあげてその視線を彼女と遊児へ交互に向けていた。

 

「って、三守君!?ご、ごめん大丈夫!?…日浦さん起きて!三守君の体勢凄いことになってるから!」

 

半ば遊児から引き剥がすように立たされた日浦は先程の衝撃で一瞬思考が止まっていたのか、はっとした次の瞬間にはガバリ、と直角に腰を曲げて頭を下げた。

 

「ごごご、ごめんなさい!足もつれちゃって!お腹大丈夫ですか!?」

 

「…くく…あぁ、うん。平気。そっちこそ怪我は無い?」

 

顔だけ上げて縋るように見つめる日浦を見て、遊児は先日見た映画に出ていた捨て犬を思い出してクスリと笑った。目の前の2人はその微笑みを彼の許しと判断したらしく安心したように息を吐いた。

 

「あ…そういえば佐川さん、今“ミモリ君”って呼んでたけど友達?」

 

日浦が口にした疑問は遊児も気になっていた。彼の記憶が正しければ、彼女との接点は皆無であり、事実同じ学年という点を除けばその通りだった。

 

「えっ!えーと…あっホラ!三守君、ボーダーなんだよ!私も友達から聞いたの!」

 

言い訳にしてはかなり苦しいが遊児が見る限り日浦は特に気にしていないように見えた。むしろボーダーという単語の方に強く反応した。

 

「ミモリ君もボーダーなんだ!私もそうなの!」

 

「それは知らなかったな」

 

記憶を辿ればクラスメイトがそんな事を言っていたのだが、残念ながら遊児の記憶には残っていなかった。

 

「私は日浦茜!ポジションは狙撃手(スナイパー)!よろしくね!」

 

「三守遊児。ポジションは攻撃手(アタッカー)。こちらこそよろしく。日浦さんはいつからボーダーに?」

 

「1年くらい前かな?三守君は?」

 

「まだ1ヶ月。よろしく先輩」

 

遊児は茜のボーダー歴が予想以上に長い事に少なからず驚いた。1年以上前という事はつまり中学に入学して然程経たない内に入隊したということであり、その頃の遊児は両親を説得するためネットで志望動機を漁っては自分なりに編集していた。

 

「同い年だし先輩とかいいよー…ん?佐川さんが知ってるって事は1ヶ月でB級に上がったの!?」

 

「まぁ、放課後暇だったから時間だけならあったしね」

 

「…私結構かかったのに…。あ、それより!B級上がったばっかりってことは防衛任務もまだ?」

 

「今日初参加」

 

「そっか!初めは緊張するけど先輩たちもフォローしてくれるから大丈夫だよ!頑張って!」

 

「ありがとう。…そうだ、今回俺は那須隊ってところの人達と一緒なんだけど、どんな人か知ってる?」

 

遊児がB級昇格から数日、防衛任務の流れや任務中の規則などを確認し、いよいよ初参加となる今日、彼が指揮下に入る部隊の名を告げると茜は驚いた様子で大きな瞳をぱちくりとさせた。

 

「私が入ってる部隊だよ!うわーすごい偶然!あ、先輩たちもみんな良い人だから安心してね!」

 

「ありがとう。もしかしたら同じ学校にいる隊員同士で調整してくれたのかもね」

 

お互いの事は知らなかったけど、とは声に出さず、放課後に合流してボーダーへと向かう約束をして遊児は茜達と別れた。

そう言えば、と遊児は茜が所属する那須隊について思いを馳せ、呟いた。

 

「黒江さんとか嵐山さん達みたいに強い人はいるのかな」

 

その声は誰に聞こえるわけでも無く、廊下の壁へと吸い込まれていった。

そして遊児は今日、魔女と出会う事になる。

 

 

遊児と別れた茜は、そう言えばと隣を歩く佐川に声をかけた。

 

「佐川さん、ホントは三守君と前から知り合いじゃないの?」

 

那須隊狙撃手(スナイパー)、日浦茜。周囲からは何も知らない女と思われ、実際知らないが、目の前に情報が提示されれば内容を考察し、違和感を覚える程度には頭が回るのだ。そんな茜に対し、佐川は呆れたように、いや、事実呆れながら溜息を吐いた。

 

「いや、日浦さんこそマジで三守君のこと知らない?ウチの学校で一番人気ある男子だよ?」

 

那須隊狙撃手(スナイパー)、日浦茜。周囲からは何も知らない女と思われ、実際に学校一人気、少なくともそう囁かれる存在である遊児については何も知らない女であった。

 

「へーそうなんだ…。確かに顔キレーだったしモテそうだね」

 

「顔だけじゃあないわっ!成績は常に学年上位で運動神経も良しの絵にかいたような文武両道!絵は………ちょっと独特だけどそんな欠点すらチャームポイントになるレベル!加えてボーダー隊員とかいう要素まで追加とかモテ要素の塊か?ぶっちゃけ私もワンチャン無いかな、とか思ったこともあるけど競争率考えたら地獄だしそもそもたまに年上の超美人と歩いてたって話もあるしやっぱ推しは視界に収め続けておくのが一番幸せかなとも最近私は思っているけれど三守君を狙う邪な輩から彼を守護する義務もあるわけで…」

 

茜は早口でまくし立てる友人をどうどうと宥めつつ、今になって自分の部隊が持つ重要な事実を思い出していた。

 

「(小夜先輩、男の人苦手だった…!)」

 

延々と語り続ける友人をスルーしつつ、茜は隊長である那須に三守と今日の防衛任務についてメールを送信した。

 

 

放課後、校門に立っていた遊児を見つけた茜はその周りの様子を見て休み時間に佐川が語っていた内容は嘘ではないことを確信した。

とにかく校門へと歩く女子生徒の歩行速度が遅いのだ。遊児の姿を目に焼き付けるためだろうが不自然すぎて予算の足りない映画のスローモーション撮影みたいな動きになっている。ちなみに当事者の遊児は手にした単語帳に目を向けていて、そんな周囲の状況など文字通り眼中になかった。

 

「み、三守君。おまたせー…」

 

茜は遊児に声をかけた瞬間、全方位からギョロリと数多の視線を向けられたことを感じ、突き刺さるような視線という表現は実体験できるものなのだな、と感慨にふけりつつ、やはり1人で来なくて良かったと1人の少年を前に立たせた。

 

「やぁ、日浦さん。…えっと彼は?」

 

「初めまして、三守先輩。1年の巴虎太郎です」

 

「これはご丁寧に。2年の三守遊児です」

 

「巴君もボーダー隊員なんだ!!せっかくだし一緒に行こうと思って!!ボーダー本部に!!」

 

「そっか。よろしく巴君。ところで日浦さん、やたら元気だね」

 

「今日防衛任務でしたっけ。気合入ってますね」

 

「まぁ!!そんなところかな!!じゃあ行こっか!!ボーダー本部に!!」

 

茜は必死だった。女子の嫉妬は怖い。以前、サッカー部のレギュラーに思いを寄せる2人の生徒が互いに裏では相手のことをボロクソに扱き下ろしているのを聞かされた時、茜は女の怖さを知った。故に今、彼女はアピールするのだ。遊児とはあくまでボーダー隊員同士だからこそ行動を共にするのだと。虎太郎もいるから2人きりではないぞ、と。幸い茜が先程まで感じていた視線は大分和らぎ、状況が思惑通りに進んだことに茜は安堵した。

因みに茜はもちろん、遊児も虎太郎も知らないが、ボーダー隊員ということもあって遊児以外の2人も結構モテる。今日この時安心したのは、遊児に熱い視線を向ける者以外にもいたという事である。

 

 

ボーダー本部、那須隊部隊室。

 

「小夜ちゃん、聞いた通り今日の防衛任務は男の子も来るけど、大丈夫?」

 

「はい…茜と同い年だし、何とかいけると思いますけど…」

 

「ま、変なヤツだったらアタシがぶっ飛ばしてやるから練習だと思って気楽にやればいいよ」

 

長く伸ばした前髪で片目を隠す少女は志岐 小夜子。先日、遊児が意図せず、というか本人は記憶すらしていないが結果的に彼に助けれた少女である。

そして全体的に色素が薄く、高嶺の花を思わせる少女は那須隊隊長、那須 玲。健康的な印象を与える少女は熊谷 友子。ここに茜を加えた4名が今日、遊児と防衛任務を共にするメンバーであった。

 

「ごめんね小夜ちゃん…久しぶりの防衛任務だったから確認を忘れちゃって…」

 

「いえ、大丈夫です。私も少しは慣れないとって思ってますし」

 

玲の言う通り、那須隊が防衛任務に参加するのは久しぶりのことだった。

ボーダーにおける防衛任務は必要最低限の参加を除けば基本的に任意でスケジュールを追加できるようになっている。つまり、たくさん参加したいと思えば、それだけ申請しておけば良いし、逆に可能な限り参加したくない事情があれば、最低限の参加だけで良い。

那須隊は主に隊長である玲の事情から、防衛任務への参加は最低限となっていた。

玲は生まれつきかなり病弱で、今でも休日はベッドに座って過ごすことが多い。そんな彼女がボーダー隊員になったのは“体の弱い人をトリオン体で健康にする”という研究に参加することを希望したからである。

トリオン体を手にした玲は、生身の虚弱さに反比例するかのように縦横無尽に駆け巡ることが出来た。元々は少しでも健康な体を手に入れるためだったが、まるで羽根が生えたように自由に動き回れる仮初の体と、友人を得て、今の彼女は部隊を率いる立場になった。

しかしトリオン体を手にしたとはいえ、必要な場合を除けばボーダー外でのトリガー使用、つまりトリオン体への換装は基本的に制限されている。つまり玲はボーダーへ行き来する時は生身で活動しなければならず、それは彼女の健康面から考えれば可能な限り少なくしたいのは彼女とその家族としても、ボーダーとしても共通の認識だった。

 

小夜子については無論、ボーダー側も彼女の事情は理解しているが、そのまま放置して良いか、と問われれば答えは否である。状況によっては小夜子が幅広い部隊の指揮を執らざる負えない日が来るかもしれない。そして何より、那須隊に所属してからの小夜子は自分の男性不信と向き合う事を望んでいた。これが解決すれば、自分は不安無く隊の仲間たちと外で遊ぶことも出来る。普段はチャットで済ませている会議、という名の女子会にも参加できる。それは間違いなく小夜子の望みであったが、当日いきなり男性隊員が参加します、と言われればどうしても体は強張ってしまう。

 

「ち、ちなみに…どんな隊員かって分かりますか?」

 

「えぇ、ちょっと待ってね…茜ちゃんのメールだとB級に上がったばかりの三守君って子みたい」

 

小夜子の背を優しく撫でていた玲はその手を止めて端末を操作し、カタンという音と共に1人の男性隊員の情報が表示されたのを見て、友子は端から読み始めた。

 

「三守 遊児。14歳。ポジションは攻撃手(アタッカー)。個人ポイントはスコーピオン4210。って入隊してから1ヶ月でB級に上がったのねこの子」

 

「綺麗な眼ね…茜ちゃんも言ってた通り悪い子には見えないけど、小夜ちゃん大丈夫そう?………小夜ちゃん?」

 

「…」

 

「小夜子?大丈夫?」

 

ポンと、友子の手が肩に乗せられた途端、ビクリと跳ねるように反応した小夜子は目の前に表示された遊児の顔写真を見てボソリと、けれど2人に聞こえるようにつぶやいた。

 

「大丈夫です…この子なら、私、平気です…!」

 




遊児くんはBFFのモテるキャラグラフで言うと烏丸レベルでモテます。
モテ男勢力図を崩壊させる人材です。
イケメンの方が書いてて楽しいのが主な理由です。

茜ちゃんもかなりモテる子(無自覚に男子を落としそう)ですし、虎太郎はBFFではどちらかと言うとモテない側でしたが年上に可愛がられるタイプのモテ方をしてそうなので地味にモテてるとうことにしました。
というかボーダー隊員というだけでも学校では人気出そうですしね。

備忘録を兼ねた遊児くんの設定は使うトリガーが出揃ってから書こうかな、と思っています。
なお、所属する部隊は今のところ未定です。



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第5話 那須隊②

警戒指定区域。

約3年前の大規模侵攻で甚大な被害を受けた地域であり、現在はボーダーが開発した装置によって近界民(ネイバー)の出現地点誘導先となった無人の廃墟。

そこを3人の中学生がまるで何事もないかのように話し、歩くのは恐らく三門市の外であれば異様な光景として映っただろう。

しかし、市内とボーダー本部の間に位置するこの区域はボーダー隊員たちにとっては決して忘れてはならない傷であると同時に極めて見慣れた、文字通り日常の一部でもあった。

少なくとも、入隊から1ヶ月経った遊児はそう感じたし、彼の隣を歩く茜、虎太郎もその光景を見て一々何か感じ入るような事は無かった。

 

「へぇ、じゃあ巴君は小学生の頃から入隊してるんだ」

 

「えぇ、柿崎さんっていうのがウチの隊の隊長なんですけど、その人に憧れて!」

 

「ちなみに私がいる那須隊とは今度ランク戦で当たるんだ」

 

「ランク戦っていうと確かチーム対抗戦みたいな感じのやつだっけ?」

 

ボーダー隊員の中でも上位約5%を占める精鋭部隊であるA級。それを目指すかどうかは別として、少なくともA級になるためには部隊を組み、B級ランク戦で上位2位に入ることが条件である。一応、個人でのA級入りは黒江のように部隊からのスカウトを受ける形で部隊へ入る方法があるがそれはスカウトされる個人の潜在能力と部隊のニーズが一致して初めて発生するレアケースと考えるべきだろう。

 

「じゃあ2人ともA級目指してるの?」

 

遊児のその言葉に2人はやや表情を硬くしつつも虎太郎は大きく頷き、茜は結った髪の先を指でこね回した。

 

「柿崎隊長は去年まで嵐山隊にいたんですよ!俺達もA級に上がって、一緒に戦えたらなって思ってます。…俺が未熟なせいで今はB級でも真ん中あたりですけど…」

 

「ウチの隊はもちろん上に行きたい気持ちはあるけど無理せず皆で、って感じかなぁ…まぁそのせいで“クラブ活動”とか言われることもあるけど」

 

「そんなの言いたい人に言わせておけばいいんですよ先輩」

 

「巴君の言う通り、ボーダー入る理由自体人それぞれなんだから好きなようにやればいいでしょ。後悔しない事の方が重要だ。でも言うべき事は言った方が良いよ」

 

俺は最初、両親に言わずにボーダーに入隊希望書送ったら後ですごく怒られたから、と付け加えた遊児に対して茜も虎太郎もそれは当然だろうという眼差しを向けつつも、自然な笑みが戻っていた。

 

「三守先輩は部隊の予定はあるんですか?」

 

虎太郎のその言葉に、今度は遊児が少し困ったように頭を掻く。

 

「まだB級上がったばかりだし、暫くは個人戦で鍛えようかな、と思ってるよ。部隊をどうするかは追々かな」

 

その言葉に嘘は無かったが、本音を語るなら遊児としては自分がどこかの部隊に所属することも、自ら部隊を発足することも想像できなかった。彼は昔から特にこれといった行動をせずともいつの間にか集団に属し、集団の中で必要とされるタイプの人種であり、積極的なコミュニケーションを行うのが極めて稀であった故に至る思考であった。

 

「そう言えばまだ1ヶ月だもんね。じゃあさ、今度ランク戦見に来てよ!見るだけでも結構面白いんだよ!」

 

「良いと思います。東隊長…って人がいるんですけどその人の解説とかすごい勉強になりますし」

 

「それは楽しそうだね。じゃあ今度2人の試合の時に見に行ってみようかな」

 

そんな話を続けている内に遊児も既に慣れ親しんだボーダー本部へと辿り着く。この建物の大部分にもトリオン技術が使われていることを初めて聴いたときには遊児は驚いたが、その感動も今や皆無になる程度には、ボーダーでの活動は彼の生活パターンに組み込まれていた。

 

「じゃ巴君、私達防衛任務あるからまた今度ね」

 

「はい、それじゃまた。三守先輩も今度良かったらソロ戦しましょう!」

 

「あぁ。喜んで」

 

去っていく虎太郎の背を見送った後、茜は腰に手を当てて遊児に向けて胸を張った。

 

「それでは、私達の隊室にご案内しましょう!」

 

「お願いしまーす」

 

遊児は茜の心情を知る由もないが、彼女にとって遊児は貴重な後輩要素である。

茜は自分が所属する那須隊に対して不満は無く、むしろ恵まれた環境だと思っているが、隊員は皆、彼女よりも年長者であり、彼女は多くの場合可愛がられる立場だ。家でも末っ子である彼女は、言葉にするなら後輩、年下体質とでもいうべき属性を獲得していた。

要するに、茜は珍しく先輩ぶれる今現在、テンションを上げていた。

なお、行く先々で恐らく同じ狙撃手、と思われる人たちに可愛がられる姿を見せていたので威厳の欠片も残せないまま隊室の前に辿り着くことになった。

 

「学校でもチラっと話したけど小夜先輩…オペレーターの人がちょっと男の人苦手で、メールでは大丈夫って言ってたけどもしかしたら連絡は隊長達越しにしてもらうかもだけど、別に三守君だからってわけじゃないからね?」

 

「オーケーオーケー」

 

「では、いざっ!お疲れ様でーす!」

 

「ひぃ!?」

 

普段の数割増しで大きな声なのだろう、隊室内はもちろん、廊下にまで響き渡った茜の声に小夜子がビクリと体を震わせる。小夜子にしてみれば正しく緊張の糸が張り詰められたと言うべき状態なのに前触れも無く大声を出されればそんな反応を止むを得ないだろう。

 

「茜うっさ!あぁお茶が…!」

 

「うわあああ…小夜先輩すいません大丈夫ですか!?」

 

「んが…鼻にお茶入った…」

 

「ふふふ……あぁ、ごめんなさい、三守君よね?今日はよろしく」

 

「よろしくお願いします」

 

遊児は鼻から流れ出るお茶をティッシュで拭う小夜子と謝り倒す茜と一周回ってツボに入ったのかゲラゲラと笑い出した友子を特に気にせずに玲と挨拶を交わすが、彼女の方は隊員達を見て少し困ったように笑った。

 

「えぇと、普段はみんなしっかりしてるの。本当よ?…ほら、みんな任務までにブリーフィング済ませちゃいましょう」

 

「ヒッヒッ…はぁーはぁー…ゴメン玲、何かツボっちゃって…てか小夜子、アンタ今の内に伝えとかなくていいの?」

 

「ズビッ…ふぅー…この状況でですか…ムードの欠片も無いじゃないですか…後でいいです…ゴホッ」

 

「三守君お茶飲むー?」

 

「おかまいなく」

 

そんな様子で始まった遊児と那須隊との初顔合わせは、到底スマートからは程遠い物となった。

 

「とにかく、三守君は防衛任務初参加だし簡単に自己紹介とポジションの共有をしましょう。…私は隊長の那須 玲。ポジションは射手(シューター)。攻撃用のトリガーは防衛任務ではメテオラはあまり使わないようにしていけれど一通り使えるわ。基本的に三守君は私の指示に従ってもらう事になるから、よろしくね」

 

「アタシは熊谷 友子。ポジションは攻撃手(アタッカー)で弧月メインね。ウチは剣使えるのがアタシだけだから、前埋めてくれるのは助かるよ」

 

「私は学校でも言ったけど改めて。ポジションは狙撃手(スナイパー)。よく使うのはライトニング!」

 

「わ、私は…志岐 小夜子、です。オペレーター、してる」

 

「三守 遊児です。日浦さんがお伝えしてるかもですけど、ポジションは攻撃手(アタッカー)。トリガーは今のところスコーピオンとシールドだけです。こう、スコーピオンを伸ばすのが得意です。よろしくお願いします」

 

簡単にそれぞれの名前と使用するトリガーを共有した後は空中にボーダー本部とその周辺のマップが表示され、その一部が黄色く塗られている。

 

「私達が今回担当する地域はこの黄色部分、ボーダー本部を中心として南地区ね。東、西、北はそれぞれ他の部隊が担当になっているわ。区域の境目に近界民(ネイバー)が出現した場合は総括の…今日は東地区を担当してるA級風間隊からの判断に従って行動すること」

 

「フォーメーションはどうする?三守君、加古さんのトコにスカウトされた黒江って子といい勝負してたしあんまり構いすぎるのも勿体ない気がするけど」

 

「どうしますか隊長?私と隊長は射程あるのでフォローしやすいですけど」

 

「…そうね、それじゃあ三守君は部隊の先鋒をお願い、その後ろに私が付いてフォローするわ。茜ちゃんは地区全体を見渡せるポジションを確保、熊ちゃんは後衛で部隊と本部の間に近界民(ネイバー)が出たら対応をお願い…三守君、問題ないかしら?」

 

「はい」

 

「ありがとう。じゃあフォーメーションの形は基本コレで行きましょう。私は今日、三守君の指揮を中心にするわ。小夜ちゃん。熊ちゃんと茜ちゃんへの指示をお願い。迷ったら私に言って」

 

「了解です」

 

「後は実際に近界民(ネイバー)がどう出るかって感じね…」

 

「出ないに越したことはないですよ熊先輩…あ、でも三守君的には練習みたいな意味でも出たほうがいいのかな」

 

必要最低限の情報を確認し合った後は割と自由に過ごしている部隊なのだろうと、遊児は那須隊の面々を見ながら判断しながら、部屋の隅でお茶を啜っていると、ズリズリと脚を上げずに進みながら目の前に小夜子がやって来た。

茜から彼女の男性不信について聞いている遊児としてはどう対応するか悩む状況である。視線だけを横に移すと他の隊員達は小夜子を見守っているようなので問題は無いということなのだろうか、と遊児は考えつつも、こちらから話しかけていいものかという点はやはり判断が難しかった。

 

「…」

 

「あ、えっと…」

 

「…」

 

「あの、この間は…ありが、と…」

 

「…?すいません、前にお会いしましたか?」

 

可能な限り丁寧に、下手に出る事を意識して遊児は小夜子に問いかけた。小夜子は目立つ外見では無いが、オペレーターの知人は今のところ遥しかいない。やり取りは少なくとも他のオペレーターと会っていれば覚えているはずだと、遊児は己の記憶を掘り起こすが、やはり彼女と符合する人物に覚えは無かった。

 

「あ、多分、私の顔見えてなかったから…先週くらいかな、私、男の子に絡まれてて…多分、三守君は道に迷ってたのをどうにかできれば良かっただけなんだと思ったけど…助けられたなって思ったのは本当だったから…お礼、言っときたくて」

 

ゆっくりと話す小夜子の言葉を聞きながら改めて記憶を掘り起こしていると、遊児としては聞き逃せない言葉が耳に入った。「道に迷っていた」その言葉で全てが符合する。

1週間前、男性隊員に絡まれていた女性。自分を迷子だと思ったシチュエーション。彼は全てを思い出した、正確には該当する記憶に辿り着いた遊児は、よく分からないがとにかく様になるポーズをビシリと決める。

丁度先日、嵐山隊の隊室で木虎がしていたような、所謂モデル立ちのような姿である。

 

「………結果的に、助けになれたのであれば幸いです…。ただ、あの時、あの場にいたのは偶然です。わざわざお礼を言ってもらう程じゃありません」

 

「で、でも…」

 

小夜子の言葉を手を少し持ち上げて遮ると遊児はここからが重要だと言わんばかりに言葉を続ける。

 

「それに、志岐先輩は何か勘違いしているようです。俺はボーダーで道に迷ったことなどありません」

 

実に下らない見栄であった。

 

「え、でも道がどうのって…」

 

「恐らく志岐先輩は言い寄ってきた男に対する恐怖で言葉を聞き間違えたのでしょう。少なくとも俺は迷子ではありません」

 

言い訳にしてもあまりにも苦しいが、遊児は木虎直伝の演武、の一部、と思っているポーズを決めながらまるでそれが事実であるかのように自信に満ちた表情で語る。

 

「えぇ…」

 

「(迷ったのね)」

 

「(迷ったんだな)」

 

「(私今でもたまに迷う)」

 

残念ながら全く誤魔化せていなかったが。

 

「まぁ、仮に?仮にですが俺が当時、道に迷っていたとしてもそれは重要な事じゃあないのです。でしょう?きっと俺は今日、初めての防衛任務ということで色々とご迷惑をかけると思います。この件に関しては、それでお互い貸し借り無し、ということにしませんか?」

 

遊児にとって、己が迷子になったという事実はよく分からない見栄の張り方をしてでも誤魔化したいらしい。それを感じた小夜子はいつの間にか自分の緊張が解けていたことに気付くと吹き出しそうになるのを抑えつつ

 

「じゃあ、貸し借り無しってことで、これからよろしくね」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。周りが何か聞いてきたら俺の事は迷子に最も縁の無い男と伝えてください」

 

彼女が男性を忌避するようになって初めての握手であったが、我慢の限界とばかりに大きく吹き出した。

なんとも締まらない姿だと小夜子は自分自身でも思いながら、少なくとも、今日は1つ良いことがあったと確かな充足感を得ていた。

 

 

遊児が那須隊の面々とのミーティングと、彼に言わせれば己の矜持を守るための崇高な演説を終えて10分後、隊室に連絡が入る。

 

『皆さん、お疲れ様です。こちらはA級風間隊、オペレーターの三上です。

この10分後開始の防衛任務では風間隊が統括指揮を執らせていただきます。判断に迷う場合があればすぐに連絡をお願いします』

 

『A級風間隊隊長の風間だ。今日は防衛任務初参加の者もいるから改めて伝えさせてもらう。

ボーダー設立後、近界民(ネイバー)からの被害はほぼゼロに抑えられているが、慣れた相手であってもベイルアウトする者は少なくない。慎重になりすぎるのも問題だが、無謀と積極性を履き違えるのはなお悪い。敵の数は常に未確定だ。可能な限り迅速に処理しつつ、自身も、街への損害も最小限に抑えることを意識して行動するように。

各員は戦闘体に換装し、担当地区への移動を開始しろ。以上だ』

 

「今日の統括は風間隊かー…良かったー」

 

「良くない隊とかあるんですか?」

 

「いやぁ、統括任せられる部隊はどこも優秀だよ。ただほら、私男の人とうまく話せないしどうしてもノリが苦手な人もいるから…その点風間隊は淡々と必要な事だけ伝えてくる感じだからやりやすいんだ」

 

そう遊児と話す小夜子を周囲は生暖かい目で見守っている。恐らく性格的な相性もあるのだろう、いくら年下とはいえ小夜子がここまで早く、自然に話せる相手がいるとは思っていなかった那須隊の面々にとっては嬉しい誤算であった。

 

「それじゃ、そろそろ準備しましょうか」

 

玲の一声で友子、茜がトリガーを手にしたのを見て遊児もそれに倣ってトリガーを握りしめる。

 

「風間さんの言ってた通り、理想は誰もベイルアウトせず、街への被害もゼロにする事。三守君は私達がフォローするから上手く動くことに集中して、余裕があればフォーメーションから離れすぎないように意識してね」

 

「了解です」

 

「それじゃあみんな、行きましょう。トリガー・オン!」

 

「「トリガー・オン!」」

 

「(…部隊を組む人はこういう練習もするのかな)…トリガー・オン」

 

戦闘体への換装後、警戒指定区域を駆ける遊児は、予行演習がてらに手元でナイフサイズのスコーピオンを出し入れしながら建物を足場に跳躍する玲の姿を呆然と眺めていた。

 

「何、三守?玲に見惚れてた?」

 

「はぁ…那須隊長、めちゃめちゃ速いですね。熊谷先輩はああいうのしないんですか?」

 

「あーそういう方ね…私はああいうのは上手くできないかなー。同じようにやろうとするとどうしても遅れちゃうね。アンタ、地形踏破訓練は何位だった?」

 

「何位だったかな…割と上の方だった気がします」

 

「随分と雑な…でも、それなら練習次第で動き良くなるかもね。ああいう動き出来る人は大抵、地形踏破訓練得意だったみたいだし」

 

部隊内の通信を用いてそんな話をしていた遊児と友子は小夜子からの通信で意識を切り替える。

 

『ゲート発生、座標送ります。三守君の約18メートル前方。数は3…ゲート発生から出現が少し速いです。』

 

「ありがとう小夜ちゃん、三守君、間に合いそう?」

 

「ゲート視認しました。この距離なら届きます。撃ち漏らしたらフォローお願いします」

 

遊児の言葉に玲は機動力に自信があるのだろう、と判断しゲート発生地点を中心に建物全てを避けて通る弾道を頭に描き始める。実際、スコーピオン使いがその発言をしたのなら全ての人が脚の速さに自信があると判断するだろう。しかし、次の瞬間、三守はその場でピタリと停止するという間逆の行動に出た。

 

『!?三守君…!?』

 

「トリオン体の不調…!?」

 

「…茜ちゃん、一応狙撃でのフォロー準備、お願い」

 

「りょ、了解!」

 

敵との距離は約20メートル。対象を排除する攻撃手(アタッカー)であれば当然足を止める場面ではない。誰もが防衛任務初参加で体が強張ったか、トリオン体の不調を懸念した。この時、遊児と最も近くにいた玲を除いて。

 

「名前を決めたよ」

 

遊児のその声は通信に乗せた物ではなかったし、彼自身、誰かに向けたわけでも無い。強いて挙げるなら、今まさに視線の先に現れた近界民(ネイバー)へ向けてだろうか。

 

「あぁ、嵐山さんや黒江さんに比べたら当てやすいね」

 

ブラリ、と風に押されたように力なく遊児の腕が持ち上がり、掌が近界民(ネイバー)に向けられる。

 

「“モーメント”」

 

その言葉と共に、ボーダー隊員であれば誰もが知る光が、市街地に瞬いた。

その数、3回。

 

「“三重(トリプル)”」

 

三守 遊児が体験する初めての防衛任務は3体のバムスターの破壊と共に幕を上げた。

 

「成程、確かに、名前があった方が速いみたいだ」

 

遊児は静かに、けれどとても楽しそうに、物言わぬ塊となった近界民(ネイバー)を眺めて呟いた。

 




【技(?)名】
モーメント
入隊時の戦闘訓練でのミスから生まれた長いスコーピオン。
実際、トリオン量にモノを言わせた力業であり、技と呼ぶには程遠い。
一瞬で伸ばすからモーメント。
今のところはまだ掌からでないと発動速度にムラがある。

モーメント・三重(トリプル)
文字通りモーメントの高速三連撃。
今の技量だと四重(クアドラ)までは行けるらしい。こちらはタイミングが重要になるため多少技らしい面がある。



三重(トリプル)とかの呼び方が遊真の『多重印』と同じになるのは偶然の一致。より正確に言うなら遊児がそっちの方がカッコイイと思ったからそうした、という設定。

基本的に遊児の技に関しては『千佳ちゃんが攻撃手だったら』というイメージで考えています。
また。トリオン量を始めとした才能で周囲を、状況次第では格上の相手すら食える天才型でありながら、その力を自分の為にしか使わない感じで書いている(つもり)のはエネドラみたいに実力は確かだけど組織としては扱いにくいキャラが好きだからです。
技候補だけは先にいくつか考えているので早く出せるよう最低でも週一投稿して早くお披露目できたらいいなと思います。

追記
誤字報告ありがとうございます。見直しサボるとすぐこれである。
あとWordで付けたルビ、見てみたら思ってた見え方と違う…


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第6話 那須隊③

Wordのルビが投稿すると思ってたのと違ったので今回はルビなしにしてみました。多機能フォームはよう分からぬ…


『モーメント』。

スコーピオン、と呼ぶには長大すぎるその刃は3度、生成と消失を繰り返し、この日最初に現れたバムスターを貫き、その機能を停止させた。

 

「(伸ばすだけなら当てられるなぁ)」

 

名称を付けたことで発動の感覚がスムーズに、そして速くなったことを体感しながらも遊児としては同じ距離で射撃は何故全く当たらなかったのか、と思わなくも無かったが、今はとりあえず任務に集中しようと意識を切り替えた。

 

「…小夜ちゃん。あのトリオン兵、機能は止まってる?」

 

『…あ、はい。3体とも機能停止してます』

 

「ありがとう。それにしてもびっくりしたわ、三守君。あんなことが出来たのね」

 

「はい。…あれ、ブリーフィングで言いませんでしたっけ?」

 

遊児はブリーフィングではただ「スコーピオンを伸ばすのが得意」としか言っていない。本当に、今になって名称を決めたのでその表現は仕方がないとも言えるのだが、多くの隊員はスコーピオンの射程が20メートル近くまで伸びる事はそもそも想定していない。

 

「伸ばすとは聞いたけど旋空弧月くらい伸びてるじゃないアレ…」

 

「あ、旋空ってそれくらい伸びるんですね」

 

小夜子から共有されたデータを確認し、後衛を担っている友子が呆れたように声を出す一方、狙撃手の茜は攻撃手用トリガーのリーチについてそこまで詳しくないようでただ凄い伸びた、程度に認識していた。

 

「うん。3体とも目玉を一撃で壊せてる…びっくりはしたけど嬉しい誤算ね。みんな、任務は始まったばかりだから改めて集中しましょう。三守君、この後も前衛を任せたいのだけど、他に秘密の技があったら言ってね」

 

「隠してたつもりはないんですが…他は枝刃ともぐら爪を練習中です」

 

「分かったわ。さっきの伸びるスコーピオン…モーメントだったかしら。この後も間合いにトリオン兵が出たら積極的に使って。ただ、建物を巻き込みそうな時は無理に使わないでいいから」

 

「了解」

 

『…!お話し中すいません、敵の増援です。出現ポイントは…また三守君の近くですね』

 

小夜子からの報告の直後、遊児の視線の先にはゲート発生の前兆を告げる黒い火花が飛び散っているのが確認できた。

 

『数量、3…5…12…まだ増える!?』

 

バチン、バチンとまるで互いを呼んでいるように次々とゲートが空中に現れる。

ゲート出現を制御するボーダーの技術、そして近界民を呼び寄せる高いトリオン量を持つ個体。2つの要素が重なり、今日この場におけるゲートの発生ポイントが遊児の付近に集中することになった、と言う分析結果が出るのは残念ながらこの任務の後の事である。

 

『数量確定!20体です!』

 

「隊長。さっきのは4発までしか同時に出来ないんで、フォローしていただけます?」

 

「任せて。それじゃあ左右の端をそれぞれ1体で良いから攻撃出来る?」

 

「はい、それくらいなら」

 

遊児のその返答に玲は微笑むと自分の周囲に小さなトリオンキューブを展開させる。

 

「じゃあ、残り18体は私が倒すわ」

 

変化弾のリアルタイム制御。玲はボーダーでも2人しか実用化出来ていないその技術を体得した内の1人であり、B級屈指の射手である。多数の弾丸を自在に操り、相手に逃げ道を与えないその姿から彼女の操る変化弾はこう呼ばれる。

『鳥籠』と。

 

『トリオン兵、ゲートより出現。バムスター14、モールモッド6!』

 

その言葉と共に、遊児、玲がそれぞれ攻撃を開始する。

 

「“モーメント・二重”」

 

「………変化弾」

 

絶妙なのは玲の攻撃タイミングである。遊児が放ったモーメントが左右のトリオン兵を貫き、一瞬ではあるがその2体の間に残された18体の動きが制限される。その一瞬の隙を突くため、玲は変化弾の使用をほんの数コンマ遅らせる判断を下した。

角ばった弧を描く弾道が横並びになり、半円状に包囲する弾幕となってトリオン兵達に降り注ぐ。機動力と装甲に優れる戦闘用トリオン兵であるモールモッドと言えど、とても耐えきれる数、威力ではなく、成す術もないまま次々と装甲を砕かれ機能を停止していった。

 

「うへぇ…すっご…」

 

玲のすぐ近くで戦い、といっても彼にしてみたら遠距離から一方的に刺しただけだが、そんな自分の上空を変化弾の弾道が通過するのを見ていた遊児には、それは正に流星群のように見えた。彼がまるで上手く扱えなかった射撃用トリガー。その中でも最も扱いが難しいと感じたのが玲が使った変化弾だ。こんな難しいトリガーも、上手い人はいるのだろう、その程度に遊児は考えていたが、目の前に広がった光景は彼の予想を大きく上回るものだった。

何しろ弾丸の数はそう変わらないのに、仮想空間では市街地を滅茶苦茶にした遊児に対し、玲のソレはトリオン体の視覚で確認した限り、建物はおろか、道路にすら目立った傷は見当たらなかった。

 

「…小夜ちゃん、反応は?」

 

『対象全て沈黙。お見事です』

 

「でも、凄い数でしたね…一度にこんなたくさん…」

 

狙撃地点から各方位を警戒していた茜が通信越しに呟く。実際、ゲート誘導装置があるとは言えここまで集中してトリオン兵が現れる極めて珍しい。少なくとも、那須隊の面々にとっては初めての事態だった。

 

「いつもはもっと少ないんです?」

 

「まぁね。全体で20体でも多い方じゃない?」

 

「それがどうしてこんな沸いて来たんですかね?」

 

「アタシは技術方面あんまり分かんないからねー。ま、異常があるならエンジニアの人達が調べてくれるよ…ほら、まだ任務中だよ!」

 

「了解です」

 

『統括の風間隊には報告上げておきました。反応がぴったり止んだので打ち切りかも知れませんが、他にもイレギュラーなケースが出るかも知れません…。三守君、レーダーの感度上げて良い?』

 

レーダー。

トリガーとは別にボーダー隊員のトリオン体に標準装備されている機能であり、消費するトリオンの増やすことでその精度を高める事が可能となる。混戦で通常のレーダーでは情報を拾いきれない場合や、今回のようなイレギュラーケースでの初動を早くするためにも用いられる。

 

「どうぞ。俺、トリオン多いみたいなんで湯水の如く使っちゃってください」

 

「はは、もしかしてアンタのトリオンに引き寄せられてるんじゃないの?」

 

「どうでしょう?俺、生まれてずっと三門市ですけど初めて近界民見たの3年前ですよ?」

 

友子が口から適当に出した言葉は実際、真実なのであるが遊児としては自分がトリオン兵を引き寄せる、という事に疑問を持たざるを得ない。トリオン兵、近界民の存在が人々に知られる事になったのは3年前の大規模侵攻の際ではあるが、設立当時ボーダーは近界民は極めて小規模な活動ではあったがずっと前から確かに存在し、世界中の人々を脅かしていたことを発表した。遊児にしてみれば、トリオン量を理由に標的が決まるのなら、自分とその周囲で失踪、行方不明あるいはトリオン兵を彷彿とさせるような怪談話が一切無かった以上、その説は眉唾モノとして扱っているのが現状だ。

 

「………他の隊の方にも出たみたいね」

 

民家の屋根にふわりと着地した玲の視線の先には、先程彼女達の目の前に出現したのと同じゲートの出現を示す黒い火花が散っている。

 

「うーん、やっぱりこっちに固まったのは偶然だったんですかね?」

 

『それはエンジニアさん達に任せるって話だったでしょ、茜』

 

結局その後、那須隊の前に現れたトリオン兵はどれも散発的で、言い換えれば普段の防衛任務通りとも言えた。つまり結果的に見ればレーダーの感度を上げる必要は無かった、とも言えるがそれはあくまで結果論。無駄になるかも知れなくても、有事に備える、それこそが重要であるということを三門市に住む人々ゆえに強く理解しているのだろう。

 

『定刻だ。各部隊は本部へ帰還しろ…南地区ではトリオン兵の大量発生もあったが混乱、損傷無く終えられたのは各員の日頃の努力が実を結んだと言えるだろう。ご苦労だった、引継ぎを終えたらゆっくり休め』

 

風間隊隊長、風間 蒼也の極めて実務的な、だが確かな労りを感じさせる言葉と共に、遊児は大きく息を吐く。

彼自身、そう意識していたわけでは無かったがやはり初めての実戦故に相応の緊張はあったのだろう。今更になって硬くなった体をほぐすように、トリオン体には効果が無くとも半ば緊張に対する反射的な行動として、遊児は両手を背中に回してぐいぐいと体を伸ばした。

 

「お疲れ様、三守君。戻りましょうか」

 

中盤の大量発生から共に前衛を務めていた玲の声を聞いて、遊児は自分がトリオン体だったことを思い出した。玲が声をかけなければ普段の放課後のように1人ぶらりと家に向かっていたかも知れない。

 

「お疲れ様です、隊長…トリオン体で疲れる事ってあるんですね」

 

「最初は誰でもそうよ。三守君は動きも良かったし直ぐに慣れるわ」

 

「そんなもんですか…そういえば防衛任務ってお給料出るんですよね?隊長は何に使うんです?」

 

「私はそうね…ちょっと良い桃缶とか、みんなで食べるお菓子とかかしら」

 

「意外…でもないか、遥姉さんもお菓子率すごいし」

 

「えぇ。女の子は甘いものが好きなのよ」

 

「おや、男の子だって甘いものは好きですよ」

 

どうでもいい話。いつでもできる話ではあるが、廃墟の中で少年少女が歩きながら、という前提があると中々歪な光景とも言えるだろう。さながら戦場から帰還する兵士の如く、2人はボーダー本部へと帰還した。

 

 

那須隊隊室。防衛任務を終えた那須隊の面々、そして遊児の5名は黙々と書類を書いていた。

今回の任務において起きたトリオン兵の大量発生。ボーダー本部から検証を要するイレギュラーなケースと判断されたため、当事者である彼、彼女等には防衛任務直後に詳しい報告が求められたのだ。残業中のサラリーマンはこんな気分なのだろうか、とこの部屋にいた誰もが一度は考えたことだろう。

 

「…一番近くにいたの俺ですし、後やっときますよ」

 

「おっマジ?助かるよ」

 

「ダメよ熊ちゃん。そもそも三守君自身、防衛任務は今日が初めてだったんだからこいうのも教えてあげるまでが私たちの役目でしょう」

 

「だよねぇ」

 

「ありがたいですけど隊長、俺の分は終わったんで」

 

その言葉通り全てに記載を終えた書類を揃えてテーブルに置いた遊児はいかにも暇ですよ、と言わんばかり手をヒラヒラとさせている。

 

「あら、もう?…じゃあ一応私がチェックするから、そうね…茜ちゃんを手伝って貰える?」

 

遊児の書類を手に取った玲は、茜の書類が見るからに他の者より残っていることに気付いて遊児を援軍に送ると、茜はガバリと顔を上げて玲と遊児をさながら救世主でも見たかのように満面の笑みを浮かべた。

 

「隊長!三守君!ありがとうございます…!」

 

「いいよ、暇だし。さっさとやっちゃおう…あ、コレ誤字」

 

今まさに書き終えたばかりの書類を突き返されて派手なリアクションを見せる茜と、それに友子と小夜子が釣られて笑い、そんな彼女達の様子を微笑ましく見守る、玲。恐らくこれが那須隊の日常なのだろうな、と遊児はぼんやりと考えながら、数枚の書類を茜に差し出した。

 

「日浦さん。こっちはサインだけでオーケー。残り2枚は本人の記載が必要だから書いといて」

 

「おぉ…速い…!この書類を裁く速さがあのスコーピオンの秘訣!?」

 

「多分関係ないね」

 

部隊に入るなら、こういうノリだと良いな、と柄にもなく人の仕事を手伝いながら遊児は思った。

近界民への復讐だとか、街の平和を守るとか、そう言うのは正直肩が凝る。人の邪魔をする気は無いが、人に邪魔をされたくもない。そこまで考えて、遊児は一瞬手を止めた。

 

「…らしくもない」

 

「チェックお願いします…。…?三守君、何か言った?」

 

「ふふ…なんでもない」

 

自嘲するような微笑みの意図はこの部屋にいた誰にも伝わらなかった。もしかしたら、幼馴染として彼をよく知る遥でさえ、その変化には気付かないかも知れない。

まさか自分が誰かと一緒にいることを想像するとは、彼自身も今日までそんな日が来るとは思ってもみなかったのだから。

 

「…三守君、書類仕事、好きなの?」

 

「そう見えます?」

 

「何か楽しそうだったから」

 

「才能があるのかもしれませんね。事務仕事も出来て迷子にもならない新人隊員です」

 

「そうだね。迷子にならない期待の新人だ」

 

小夜子に軽くスルーされてしまうが特に気にせず遊児は手元の書類に目を通す。

成程、自分は少なからず昂揚している、と遊児は自分の心情をそう判断しつつ、茜に確認を終えた書類を手渡した。

 

「日浦さん。また誤字」

 

「ぐえええええ!」

 

「っていうか茜がチェックされる側になってるじゃない…」

 

結局、全ての書類を書き終えたのはそれから1時間後の事だった。昨日までの遊児ならば間違いなく無駄な時間だと思っただろう。だが、今日のこの時間をそうだとは、今の彼は思えなかった。

これを良い変化と取るか、悪い変化と取るかは人それぞれだ。彼は己の事にのみ没頭するある種の集中力を少なからず失ったとも言えるし、人との繋がりを僅かにせよ、大切にするようになったとも言える。結局、この時の自分の心情がその後どのような結果に結び付くかなど、本人にも分からない。

それこそ、未来を見通せる者でなければ。

 

 

ボーダー本部、中央司令室前。

せめて荷物運びくらいは、と玲たちから預かった書類を提出し、帰宅しようとする遊児の背を、ある者が見つめていた。

 

「………こりゃまた、良い未来になったな…」

 

S級隊員、迅 悠一。未来を見通す男。

今、迅が見つめる少年、三守 遊児の未来を初めて見た時、彼は背筋が凍る気分だった。

 

その時迅が見た未来で、遊児は両手を血に染めていた。

崩壊した建物、煙、遠くからは悲鳴が聞こえた。

その辺りにでも落ちていたのだろう、どの家庭にでもありそうな三徳包丁を手に彼は何かを裂いていた。両手を血に染めて。

遊児に切り裂かれているモノ、それの姿は迅には見えなかったが人であろう、という不幸な確信が彼にはあった。遊児は誰かを切り裂いていた。

誰を切り裂いている?近界民か?それとも――――

そこまで未来を呼んだ迅は確かに聞いた。

 

「サイドエフェクト…別に脳味噌の作りは変わらないんだね、迅さん」

 

迅はその時、反射的に遊児から視線を外した。これ以上は読むべきでは無い。きっと読めば読む程この未来が確定に近付いていく。数多の未来を見通してきた故の直感であった。

自分では彼の未来を変える事が出来ない、けれど彼の未来は変えなければならない。彼が殺めているのが自分なのか、または別の誰かだったのかは分からないが、彼にそんな事をさせるわけにはいかない。

無論、その未来は当時の遊児が見せた数多の未来の1つだ。その中での可能性が高いだけで、変わる可能性も十分にある、むしろ迅の経験則から言えば変わる可能性の方が高いだろう。だが、普段迅が趣味と豪語する暗躍することでその未来を遠ざける事を考えれば考えるほど、その未来が近くなる感覚があったのだ。

その日から迅の心の隅には重しのような物をまた1つ背負ったような気分だった。挑まなければならない未来が1つ増えた。

 

今日、迅が遊児の姿を見かけたのは本当にただの偶然で、その背が彼だと気付いた時には既に未来は見えてしまって、迅は少しばかり後悔した。それは一瞬だった。

 

今日、迅が遊児に見た未来。そこで彼はスコーピオンを両手に持ち、何者かと対峙しているようだった。今回も彼が見つめる相手は誰か見えなかったが、その未来で遊児はボーダー本部を背に戦っていた。

その周囲はやはり倒壊した建物の瓦礫で満ちていて、最善の未来では無いのかもしれない。けれどその時、迅は少なからず救われたのだ。

遊児本人に伝えれば不気味がられ、最悪不審者として通報されたであろうが。

自分が何もしなくても自分で未来を変えられる人がいる。それはある意味当たり前の事でで、だからこそ未来を見通せる迅は無意識の内に期待することを止めていた。

未来を見通せる自分が何とかしなければ、その想いは今でも彼の中にある。

それでも、未来を変える力は誰にでもある事を、この日、少しだけれど迅は思い出した。

 

「あぁ、大丈夫だ…未来はもう、動き出していた…」

 

遊児の背を見送って、迅もまた歩き出した。

そう、未来はもう動き出している。

自分自身に成せることを成そう。少しでも良い未来を選ぶために。

その足取りは、少しばかり軽くなったように見えた。

 




タイトルの割に迅さん要素が強くなってしまった。
どんな未来が見えても変えればいいからシリアスやりたい時は迅さんに最悪な未来を見せるに限る…。

その内ランク戦も書きたいのでその内どっかに入れたいんですが悩みますね…。基本原作沿いになるので玉狛第二はキツいし。


ランキング入っててビビりました…。ありがとうございます。
誤字報告もありがとうございます。チェックしたつもりでもこの様である。


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閑話 オリ主設定 (6終了時点)

名前:三守 遊児(ミモリ ユウジ)

年齢:14歳 9月14日生まれ

身長:173㎝

星座:おおかみ座

血液型:B型

好きなもの:読書、映画、自由時間、散歩、刺身、肉、お菓子

所属:ボーダー本部

階級:B級隊員

肩書:攻撃手

 

所持トリガー:

メイン> スコーピオン シールド FreeTrigger FreeTrigger

サブ> スコーピオン シールド FreeTrigger FreeTrigger

 

パラメーター

トリオン:33 攻撃:7 防御・援護:4 機動:6 技術:4 射程:5 指揮:1 特殊戦術:3

 

キャラ設定

品行方正に見えてその実自分の興味優先の隠れマイペース。遊びでやるチームスポーツは好きだけど、みんなで一緒に大会勝ち上ろう、みたいなノリは面倒くさい。

家はそこそこ裕福。大規模侵攻でも特にこれと言った被害は受けていない。

ボーダーへ入隊を希望した理由はボーダーと近界民への興味からで、特に近界民に敵意は無いが和平派というわけでもない。ザ・派閥無し自由派。

嵐山隊オペレーター、綾辻遥とは母親同士が学生代からの友人であっため,幼馴染というより姉弟のような関係。お互いを「遥姉さん」「遊君」と呼んでいる。

ちなみに絵のセンスは遥と同レベルなのだが、本人達は真面目に描いているので質が悪い。

ボーダー内でも美女として通っている遥と並べて絵になる程度には容姿が整っているが、祖父母に(何故か綾辻家の方からも)着せ替え人形のようにされたためあまり

基本的には年齢以上に落ち着いた様子を見せるが、迷子になったことを素直に認めなかったり、オリジナルの技を考えても他人には見せたがらなかったり子供っぽいところもある。

 

技?

モーメント

遊児のトリオン量に由来する長大なスコーピオン。

鍛錬次第である程度体得できるものを技術と言うのなら、これは技術とは言えないだろう。

高いトリオン量を持つ者が、ただ人より多くトリオンを消費してスコーピオンを使用しただけ。

一応、伸ばす速さや瞬時に消すなど、小技が必要な部分もある。

発動したまま振り回せば周囲数十メートルを薙ぎ払えるが、防衛任務では建物への被害が大きくなりすぎる他、ブレードの根元に本人がいるとバレてしまい、集中攻撃を浴びることを考慮し、一瞬だけ生えるブレードにしている。これは結果的に壁越し旋空弧月のような奇襲性を獲得するに至っている。

二重、三重と複数回発動、解除を繰り返すことで初撃を回避する相手や、複数の目標に対しても攻撃可能。ただし現時点では射程20メートルに設定した場合、最大で四重まで。

 

名前の由来

迅を除いた3人の主人公とその周辺人物から。

三守…「三」雲。三門市という地名にありそうな苗字をイメージ。

遊…「遊」真。また、自由人である遊児の気風を表す意味も込めて。

児…千佳の兄、麟「児」。遊、と繋げて名前としてありそうな感じになるように。あとはヤバそうな麟児とは違う底知れなさを書ければいいなぁ、と思って。

 

 

というわけで備忘録とまとめも兼ねた現時点の遊児くんです。

スコーピオンとシールドしかありませんが、とりあえずバッグワームは積んどけと言われてこの後セットすることにはなります。

パラメーターはまぁセンスある隊員なら得手不得手はあるでしょうがこんな感じかな、と。

ちなみに遊児くんの指揮のパラメーターは伸びません。




今後もある程度進んだり新しい技が出たりしたらこういう設定は間に挟もうかなと思っています。

こういう設定って都度投稿か、1つの枠を更新していくか、どっちが見やすいですかね?
個人的には前者の方が1つ1つ短く纏められて見やすそうな気がするのでそうする予定です。


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第7話 ランク戦①

B級ランク戦。

個人ではなく、チーム単位で行われる実戦を想定した戦闘訓練であり、実施期間は2月~4月、6月~8月、10月~12月の年3回行われる。各シーズン終了時には上位2つのチームにA級への挑戦権が与えられ、条件を満たすことでA級へ昇格となる。

チームはオペレーター1名と戦闘員1名~4名の最大5名。オペレーターの負担と戦力バランスを考慮し、多くのチームは戦闘員を3名用意する場合が多い。戦闘は同時に3もしくは4チームによって行われる。

一般の隊員には公にされていない“人型近界民”との戦闘、来るべき次の大規模侵攻に備えた訓練である。

遊児は友人2人との約束通り、その中継が行われる会場へと赴いていた。

巨大なスクリーンと何列か毎に設置された緩やかな段差とどの席からでもある程度モニターが確認できるその構造は見る人によっては大学の講堂にいるような印象を与えたかもしれない。中学生である遊児はこれといった感想を持たなかったが。

遊児はきょろりきょろりと周囲を見回すが試合開始30分前だというのに既に多くの席は埋まっている。自由参加かつ特に自分のポイントにも加算されるわけではない、学校で例えるなら休日に自習するようなものだと思っていた彼にとって、この会場の盛況ぶりは予想外であった。

 

「(せっかくなら見やすい真ん中がいいけど…)」

 

半端に空いている席があれば早めに詰めてもらおうか、と考えながらカツンカツンと進んでいると会場の中央あたり、周囲とは異なる機材の様な物が見える席でグイと腰を捻る男と目が合った。

 

「おっ。三守じゃん」

 

「どうも、米屋さん」

 

A級三輪隊の隊員、米屋陽介である。B級昇格前に出会って以来、個人戦ブースで顔を合わせると試合をする中になった。おかげで遊児の個人ポイントは伸び悩んでいるがそれを気にする両者ではなかった。

 

「お前こっちで見るのは初めてだな?」

 

「友達に誘われたんですよ。見に来てくれって」

 

友達、という言葉に反応したかは定かではないがそのタイミングで1人の女性が身を乗り出してくる。遊児にとっては幼馴染兼姉貴分、A級嵐山隊オペレーター、綾辻遥である。

 

「遊君、友達増えたの?」

 

「遥姉さんもいたんだ…日浦さんと巴君がね、ほら、同じ学校だから」

 

「成程ね、つーか三守、せっかくだしココ座れよ」

 

米屋が親指を差した席は遥を挟んで彼と反対側の席である。確かに空きのようだが、後方からチラリと見たように明らかに他の席とは異なる作りになっている。

 

「何か、他の席と違いません?」

 

「実況席だからな」

 

「実況席?」

 

「ちょっと前からね、ランク戦の時は実況することで解説をするようになったの。訓練生とか、部隊を組んでない隊員の人から見てもどんな戦いが行われているのか分かるようにね」

 

「俺、その部隊を組んでない隊員なんだけど」

 

自分はむしろ解説を聞く側だろうと思っている遊児を米屋はまぁまぁと半ば強引に席に座らせて彼の肩に手を回す。

 

「普段は基本、オペレーター1人と正隊員2人以上なんだけどさ、今日は俺しかいねーんだ。まぁ思った事言うだけで良いから物は試しってことでどうよ?」

 

「そうね。この実況はあくまで有志での参加だから、勉強も兼ねて参加してみたら?席もあんまり空きが無いみたいだし」

 

「適当でいいなら、やってみようかな。…しかし、ここまで人が多いとは思わなかったよ」

 

ボーダーの任務の一環ではない、ということで気楽になったのか、実況席に深く腰を落とした遊児が会場の盛況ぶりに付いて語ると、米屋は苦笑いを浮かべた。

 

「普段B級中位戦ではここまで席埋まるわけじゃねーんだけどな」

 

「?なにか理由が?」

 

「那須隊だよ。タイプは違えど美人揃いで、隊長の那須は…何だっけ、トリオンの健康利用とかの番組でテレビにも出たことあるから人気たけーんだ。よく見てみろ、会場にいるの男ばっかだろ」

 

「確かに」

 

「あ、あはは…」

 

実際の所、このランク戦の実況を担当するのが嵐山隊オペレーターとしてボーダー内でもマドンナ的人気を持つ遥が務める事が分かった途端、更に来場者は増えたのだが米屋はそれについてはノーコメントとした。

 

「ま、理由はどうあれ見るだけでも得る物は多いからな…じゃ、そろそろ良い時間ですし始めます?」

 

「そうね。とりあえず遊君には私か米屋君から話を振る感じで進めるから、よろしくね」

 

「オーケー。米屋先輩もよろしくお願いします」

 

「おう、気楽に行こうぜ」

 

試合開始20分前、遥は小さく咳ばらいをしてマイクに向けて口を開く。

 

『皆さん、こんにちは。B級ランク戦昼の部を開始します。実況を担当するのは嵐山隊オペレーター、綾辻と』

 

『A級三輪隊、米屋だ』

 

『…』

 

『遊君、遊君…』

 

『あ、ここでか。…B級の三守です』

 

『はい!以上の3名でお送りいたします。それでは、この試合に参加する3チームを順にご紹介します』

 

遥が危機を操作すると正面のスクリーンに部隊名、所属隊員などの情報が表示される。

彼女が遊児のことを愛称で呼んだことに事情を知らぬ周囲はざわついているが残念ながら当事者たちがそれに気づくことは無く、米屋は軽く肩を竦めた。

 

『まずは暫定10位、諏訪隊です。米屋隊員、諏訪隊の特徴と言えば何でしょう?』

 

『そうだな…諏訪隊は隊長である諏訪さんと堤さんの銃手2人、攻撃手の笹森で構成されたチームだ。特徴としては諏訪さん、堤さんどっちも散弾銃型のトリガーを使ってて、普通の銃手に比べるとちょい射程は短いが、その分瞬間火力が高い。隊長の諏訪さんは大胆な作戦も採ることも少なくないし、ハマれば上位も食えるタイプの部隊だな』

 

『ありがとうございます。それでは続いては暫定12位、那須隊です。遊く…コホン。三守隊員から見た那須隊の印象はどうでしょう?』

 

話を振られた遊児は自分に振る内容か、と一瞬遥を訝し気に見つめたが軽く咳払いをして正面を向きなおす。

 

『防衛任務で一度ご一緒した程度なので詳しいことは分かりませんが、那須隊長の変化弾の印象が強いです。何となくですけど那須隊長を中心に据えて、熊谷隊員、日浦隊員は那須隊長が作った隙を突く、もしくは逆に那須隊長の攻撃に繋げるための陽動を行う、といったところでしょうか』

 

遊児の回答に米屋はヒュウと小さく口笛を吹く。彼としては那須隊の戦術がエースを中心としたシンプルなものであるとはいえ、一度行動を共にしただけでその基本戦術を見抜いて見せた遊児の観察力は予想以上の物だった。

 

『ありがとうございます。実際、那須隊の主な戦術は三守隊員が言った通り変化弾の使い手としてはボーダーでも指折りの実力者である那須隊長をエースとした運用が主ですね。

最後となりますが、今回ステージ選択権を持つ暫定14位、柿崎隊は柿崎隊長、照屋隊員という2名の万能手と銃手である巴隊員、3名が集まっての連携を得意としています。防衛任務での消耗率も極めて低く、粘り強い戦いが得意な部隊です』

 

『各部隊の紹介はざっとこんなもんだな。三守、お前としてはどこが有利だと思う?』

 

新人いびりですか、とマイクに入らない程度に小さく遊児は呟いた。

 

『…編成だけで見るなら、那須隊でしょう。他の部隊は狙撃手がいません。

長い射程を持つ側の優位性については有名どころだとクレシーの戦いや長篠の戦いが証明しています…まぁ、これらは厳密には地形や陣形の有効性等の要素も含めて勝ち取った結果ではありますが』

 

『く、クレ…?』

 

『成程、射程の優位を活かすことが出来れば那須隊は優位に戦闘を進められると』

 

米屋は何のことか分かっていない様子だが、遥は遊児の意図を、というより例に挙げた歴史上の戦いとその結末に即座に辿り着いき、大きく頷いた。

 

『ただ、地形という面で見れば今回マップを選べるのは柿崎隊です。

唯一狙撃手を有する那須隊への対策として狙撃手を活かしにくいマップを選ぶことも可能ですが…その点は那須隊も考えているはず。

加えて両部隊にとって暫定とは言え格上の諏訪隊がいるわけですから、狙撃手を活かしづらくしつつも諏訪隊の戦術を妨害できるようなマップにしたいですね…そんな都合の良いマップがあれば、ですが』

 

『あ、アレ…?これ、俺いる…?』

 

『おや…マップが選択されたようです。今回のマップは市街地A!』

 

『ふむ…米屋先輩、ここってどういうマップなんです?』

 

市街地、と言われてもどのようなマップかピンと来ない遊児から聞かれた米屋は水を得た魚のように反応した。

 

『お、おう!そうだな、市街地Aは所謂普通、可もなく不可もなくって感じのマップだ。特定のポジションが優位を取れたり、逆に不利になることもない。狙撃も普通に通るけど、ある程度狙撃地点に選べる場所は限られてくるな』

 

『…つまり柿崎隊としては、ある程度は日浦さんに自由に動ける余地を残し、出来れば諏訪隊を狙ってもらう。諏訪隊を上手く削った後か、自分達を狙ってくるならある程度決まっている狙撃地点に向けて一歩早く動き出して叩きたい、といったところでしょうか』

 

『…そうだと思います…ねぇ、お前マジでランク戦見るの初めて…?俺の出番少なくない…?』

 

『ここまでは駒に出来る動きを見ただけで、将棋とかチェスみたいなもんですから誰でもできますよ。

いざ始まったらどんな動きをするか、どんな動きが効果的か俺はさっぱりなんで、その時頼りにさせていただきます』

 

俺チェスとかわかんねーけど、と呟く米屋をスルーしつつ、試合開始のカウントダウンが開始されるのを確認し、遥が再び口を開いた。

 

『各部隊がどのように転送されるか、どのような動きをするか見物ですね…それではB級ランク戦、昼の部スタートです!』

 

 

 

 

時は遡ってランク戦開始前。那須隊隊室では試合前の最終確認が行われていた。

 

「今回のマップ選択権は柿崎隊…昨日のミーティングでも話した通り、私は市街地…AかBで来ると思う、その認識で進めて良いかな?」

 

「あの後一応ログを再確認しましたけど、柿崎隊はオーソドックスなマップを選ぶ傾向が強いです。柿崎隊としては狙撃手殺しの市街地Dが第一希望だけど諏訪隊の火力を考えると避けて隊長の言う通り市街地AかBと見て良いかと」

 

「問題は諏訪隊ね…たまにぶっ飛んだ事してくるし、スタアメーカーも地味に厄介よ。上手く逃げたつもりでドカン!てされたこともあるし」

 

「最近の傾向から、諏訪隊のエース対策は笹森君が攻撃を捨ててフルガード、諏訪さん、堤さんの盾になってそのままフルアタック2人の火力で押し切るってパターンが多いです。シンプルですけど実際やられると面倒なパターンですね。理想としては柿崎隊と戦っているところを横から持っていきたいですけど、隊長にマークしているのは柿崎隊もでしょうし」

 

そこまで話を進めているとそれまで口を閉ざしていた茜が彼女にしては控えめに手を挙げた。

 

「…あの、やってみたいことがあるんですけど」

 

続けた茜が口にした言葉に玲たちは大きく頷いて見せた。

 

「いいわね。やってみましょう」

 

 

 

 

同時刻、柿崎隊隊室。

 

「多分、諏訪隊も那須隊もマップは大よそ呼んできているはずだ。だが、お互いに手の内は知った相手、冷静に連携を意識して行こう」

 

柿崎隊隊長、柿崎国治。1年前までは嵐山隊に所属し、現在では自ら隊を率いる万能手は冷静であるように他ならぬ自分自身に言い聞かせるよう告げる。

 

「はい」

 

「了解です」

 

その言葉に大きく頷くのは柿崎と同じく万能手であり、かつては新人王を争った俊英、照屋文香と銃手であり、当時ボーダー唯一の小学生と注目を浴びた虎太郎である。

 

「理想としては諏訪隊が那須隊に集中してくれることですけど、まぁ手堅くいきましょう」

 

オペレーターである宇井真登香が適度に緊張をほぐすように締める。

 

「今回は虎太郎の案にあった方法で行く…試験的要素も強いが、気を引き締めて行こう!」

 

 

 

 

諏訪隊隊室。

 

「んじゃ、基本的にはいつも通り行くぜ」

 

隊長である諏訪洸太郎はトレードマークとも言える煙草を咥えながら拳を掌に打ち付ける。暫定順位でこそ今回の相手より上だがそれが簡単にひっくり返ることをよく知る彼に油断は無い。

 

「はい、理想としてはまず日浦さんを落とすこと、ですね!」

 

隊唯一の攻撃手である笹森日佐人。部隊内では最年少であるが、唯一の前衛としての意気込みは既に確かなものとなっている。

 

「ザキさんはあんまり特殊なマップ選ぶ印象は無いけど、選択権がある分柿崎隊の動き出しは早いだろうし、スタート直後は警戒しよう」

 

穏やかな印象を人に与えつつも隊長である諏訪に負けず劣らずのギャンブラー気質を持つ堤大地は逸る笹森を軽く諫める。

 

「とりあえず1人1点!0点は罰ゲームだかんねー」

 

コロコロと口にキャンディを咥えるオペレーター、小佐野瑠衣は元ファッションモデルという異色の経歴の持ち主ながら、一見強面な諏訪達相手に怯むどころか尻を叩くように背中を押すマイペースな性格だ。

 

「那須相手には日佐人、お前が盾になって俺と堤で取る。勢い付けて上位入りすっぞ!」

 

隊の姿は三者三様なれど、より上へ、その想いだけは共通するものだった。

 

 

 

 

そして、時は戻りB級ランク戦、開始。

 

『ステージ、市街地A!天候…夜!』

 

会場に遥の声が響くと同時にそれを確認した隊員達が少なからずざわめいた。遥の隣にする米屋もその意図を探るように目を細めてスクリーンを見つめている。

 

『マップはまぁ、予想の範囲内だが夜、か』

 

『………』

 

一方の遊児は顎に手を当てて無言で思考を巡らせていた。

 

『各隊員の転送も完了しました…これは…』

 

遊児は遥の声で一瞬その思考を止め、スクリーンを見つめると、全体マップには各隊員の転送先がアイコンとして表示され、スクリーンを分割してそれぞれの動きだしを映していた。

 

『日浦の位置は大当たりだな。あの場所は複数の狙撃地点に対してほぼ等距離、ついでに一番近いのが熊だ』

 

米屋の言葉の通り、茜が転送された位置は市街地Aの中でも狙撃地点となり得る比較的高い建物が並ぶ地域に近く、何よりも他部隊から大きく離れていた。

 

『確かに。那須隊長はやや離れていますが、諏訪隊、柿崎隊の初動は普段通り合流からのようです…初動におけるアドバンテージがあるのは那須隊か!』

 

『…柿崎隊の狙いは何でしょう。暗さで視覚妨害するにしても開けた市街地では然程効果もないでしょうし、初動で奇襲という選択を採らなかった時点で、各部隊は視覚補助を完了しているでしょうし』

 

遊児の疑問は依然、このマップの天候設定に対してある。

彼の知識にある限り、ランク戦のマップ設定はかなり複雑な物に出来る。意表を突くためか、と考えたが柿崎隊の初動は合流。浮足立った相手を狙える時間はとうに過ぎていて、ならばわざわざ夜にした理由は何か。

その疑問は、このランク戦における最初の激突で明らかになる。

 

 



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第8話 ランク戦②

過去に何度かの同隊同士でのランク戦と同様に、この日もまず攻撃を仕掛けたのは那須隊隊長の那須 玲であった。

 

「変化弾」

 

変化弾の最大の特徴がその弾道設定による複雑な攻撃パターンの作成であり、既に玲が扱うソレはボーダー内でも多くの者が知る那須隊最大の武器であった。リアルタイムでの弾道設定もだが、“鳥籠”と呼ばれる完全包囲射撃の脅威は那須隊を一時とは言えB級8位まで押し上げた彼女の代名詞である。

バッグワームを起動し、自身の居場所を隠しながら発射地点が分かりにくくなるよう設定した変化弾での攻撃。やっていることは極めてシンプルだが、自分と相手の位置、移動速度からの予測攻撃地点の選択などを微調整するのはリアルタイムでの弾道制御が出来る玲ならではの攻撃だった。

変化弾の扱いに関してなら、ボーダー内でも指折りの存在。だからこそ、攻撃したその瞬間、彼女は柿崎隊がマップを夜に設定した意味を理解した。

 

「そういうことね…茜ちゃん。柿崎隊の狙いはトリオンの光で私と茜ちゃんの場所を割り当てやすくすることみたい」

 

『り、了解…』

 

「でも、予定通り行きましょう。小夜ちゃん、柿崎隊の動きに何かパターンがあったら知らせて。熊ちゃんは出来れば諏訪隊を柿崎隊の後ろに誘導して」

 

『了解です』

 

『分かったわ!』

 

「(…私達も諏訪隊も射撃が中心の部隊…確かにトリオン光で射撃地点を割り出す相手としては無駄は少ないけれど…あまり柿崎さんらしくない感じがする…)」

 

隊員に指示を出しつつ、玲は柿崎隊への違和感から、その動きの意図を見極めようとしていた。

一方でその攻防をやや遠方から確認しながら、諏訪と堤はやや孤立した位置からのスタートとなった笹森の合流を待っていた。

 

「成程ね、トリオンの光で那須の場所を割り出してんのか」

 

そう呟くと諏訪は銃を手に持ったまま、器用にタバコを咥えなおす。

 

「俺達はそこまで影響無いですけど、トリオン漏れとか目立つかもですね」

 

堤が言う通り、トリオン光による攻撃開始地点の割り出しは諏訪隊に対しては効果が薄い。諏訪、堤が使用するのは通常の銃型トリガーよりも射程を削り、威力と同時発射数に優れた散弾銃型であり、攻撃の際は基本的に相手を視界内に入っている。

 

『まーバッグワーム着て変化弾使われると正直場所分からんからねー。柿崎さん達のおかげで今回はオペ的には助かる』

 

「だな。理想的なのは那須と削り合ってる柿崎隊を食ってその勢いで手負いの那須も落としたいが…日佐人待ちだな」

 

『す、すいません!もう少しで合流します!』

 

「まぁコレばっかりは開始位置次第ですからね」

 

そのすぐ後、諏訪、堤が笹森の姿を視界に収めた次の瞬間だった。

夜の市街地の空に一筋の光が瞬くと同時に、笹森の片足が吹き飛んだ。

 

「!狙撃警戒!オサノ、位置確認!」

 

『了解。ゴメーンひさと。警戒遅れた』

 

「い、いえ…!まだ動けます!」

 

想定外の攻撃、しかし次の瞬間には体勢の立て直す。B級中位グループはその名の響き以上の実力、対応力を持つ実力者の集団であるというのは見る人が見れば感じることが出来る刹那の対応である。

 

「しかし珍しいですね。あの位置じゃ那須さんは勿論、多分熊谷さんのカバーも間に合わないです」

 

『あ、那須隊長が攻めっ気出してきたよ。柿崎隊も今の狙撃に意識逸らされたかな』

 

「チッ!やられたぜ…“味方のカバーの無い状態で日浦は撃たない”…ここ最近の傾向を逆手に取ったって訳だ」

 

「…どうします、日浦さんから落としますか?」

 

「いや、一番足の速い日佐人を削られたからな、追えるか怪しい。

あと、俺達が日浦に行ったら那須のヤツは柿崎隊に集中できちまう。ここは柿崎隊を使って那須を挟み撃ちにする」

 

膠着するかと思われた戦況は、茜の狙撃と共にその様相を一気に変化させていった。

その変化が一番大きかったのは当然、その攻撃を仕掛けた那須隊である。

 

「変化弾」

 

先程まではどちらかと言えば相手を近づけない、踏み込ませない、言うなれば守備的な攻撃を続けてきた玲は一気に攻勢に転じた。

放った変化弾は威力を最小限にし、速度と弾数を強化したものだ。

どんな強者であろうともトリオン体の耐久力自体に差は存在しない。トリオン体を破損させる最低限の威力さえあれば、例え赤子の攻撃であろうと達人を屠り得る。それ故の選択である。

 

『変化弾!弾道送ります』

 

その攻撃に対応するのは柿崎隊。オペレーターの真登香が素早くその情報を各隊員に送り出す。

 

「数が多い…全員、全方位フルガード!」

 

柿崎の一声に虎太郎と文香は即座に反応し変化弾の嵐を受け止める。3人同時のフルガード。攻撃手段を全て捨てるという選択は、時間差で襲い掛かってきた次の変化弾をも受け止める結果に繋がった。

 

「ここまで数が多いと、全部は追いきれませんね…」

 

弧月を構え直しながら文香は周囲を警戒する。先の茜の狙撃に反応してしまい、彼女は左腕を、柿崎も虎太郎も僅かな傷ではあるがダメージを負っており、次の攻撃を防がんとするその警戒度は非常に高い。

 

「まさか日浦が単独で動くとはな。俺達みたいに今回はいつもと少し戦術を変えてるのかも知れん」

 

「俺達で落とすとなると那須隊長をどうにかしないといけませんから、諏訪隊に落として欲しいですけど…」

 

『その様子は無いね。最初から2人固まってたし撃たれたのは最後の1人…速さ的に笹森君かな。機動力が落ちた状態で狙撃手を追うのは避けるでしょうね』

 

真登香の言葉を聞きながら、柿崎は数秒、考え込むと口を開いた。

 

「多分、諏訪隊は俺達を使って那須を挟み撃ちにするだろう。まずはそれに乗る。虎太郎の案で夜にしたおかげで弾道は確認出来るし、落ち着いていこう」

 

3部隊がそれぞれの思惑で動く中、戦いは次の状況へと進もうとしていた。

 

 

『日浦隊員の狙撃が笹森隊員の足を撃ち、それと連動するように那須隊長の攻撃が勢いを増しました!お二人はどのように見ますか?』

 

ランク戦実況席。刻一刻と変わる戦場を見て遥は米屋、遊児に声をかける。米屋は楽し気に、遊児は表情にこそ変化は無いが、その瞳は爛々と輝き、何一つ見逃さないと言わんばかりにスクリーンを注視している。

 

『正直意外だったが、全体の流れを見る限り日浦が積極的に撃つのは作戦の内、だな』

 

『と、言いますと?』

 

『試合前にも言った通り、那須隊ってのは良くも悪くも隊長兼エースの那須がどう動くかだ。日浦も…今んとこ動きが無い熊…谷も単独で動くことは滅多に無い。だが、今回は違う。唯一の狙撃手っつーアドバンテージを積極的に活かして行こうってところだろう』

 

米屋の言葉に賛同するように首肯した遊児も口を開く。

 

『相手が笹森隊員というのも良いですね。見たところ諏訪隊で一番足が速いのは彼みたいですし』

 

『後は一瞬固まった柿崎隊を少なからず削れたのは後々効いてきそうだな…三守、柿崎隊があの時だけ攻撃を防ぎきれなかった理由、分かるか?』

 

試すように視線を遊児に向けながら米屋はニヤリと笑う。一方の遊児は先程から答えを口にしつつもその視線はスクリーンから片時も離れていなかった。

 

『釣られた…というか一瞬迷ったんでしょう。柿崎隊としても日浦さんは落としておきたい、そして万能手2人を抱える柿崎隊の機動力には恐らく多少強引な方法だけど那須隊長を振り切って日浦さんを追うという選択肢が存在する。

日浦さんと那須隊長。柿崎隊としては最優先で処理したい2つの要素がまとめて提示されたことで一瞬の隙が生まれた…どちらも選べてしまう能力がある故に生まれた隙と言うべきでしょうか』

 

『成程。ここまでは意表を突いた那須隊がやや優勢か。諏訪隊、柿崎隊がこの後どう動くかにも注目です!』

 

 

『すいません!落とせませんでした!』

 

一方で初撃を当てた茜は狙撃地点を移動しながら隊員達に謝罪していた。最初の狙撃で諏訪隊か柿崎隊の誰か、可能であれば機動力に優れる者を1人脱落させるのが今回茜が積極的に攻撃を仕掛けることを提案した上で選択された那須隊の作戦であった。

 

『気にしないで。笹森君の足を奪えた以上、諏訪隊の機動力はかなり落ちるし、私の方も柿崎隊を多少削れた。ベターな状況を続けて行きましょう』

 

玲は言葉にした通り実際この状況を悪くないと判断していた。諏訪隊は機動力に優れる攻撃手である笹森がそれを失ったことで取れる戦術に制限が生まれ、他2名の射程は玲のソレよりも下回る。柿崎隊には射線から位置を割り出されるが、1ヵ所に纏まった複数の相手への攻撃というシチュエーションは玲と変化弾が得意とするところである。故に、精神的余裕のある彼女は他の2部隊の選択肢を極めて正確に予見する。

 

『熊ちゃん、諏訪隊は多分、私を柿崎隊と挟もうとすると思うから、援護お願い』

 

『任せて』

 

『諏訪隊、バッグワーム切りました。多分笹森君はフルガード、諏訪さん、堤さんはフルアタックの密集陣形。移動ルート送ります』

 

小夜子が各員に送った諏訪隊の動きは、当然ながら狙撃の射線が通らないルートではあったが、それ以上に玲の後ろを突こうという意図があからさまに伝わる内容だった。それが意味するところはこの場合、一つであり、当然那須隊の面々も理解する。

 

『…成程。柿崎隊に同盟の提案ということね…』

 

『射程圏内にまで詰められるとキツイですね…熊先輩、仕掛けるのは諏訪隊にしますか?』

 

『そうね!笹森君の足は死んでるし、そっちの方が良さそう』

 

『お願いね、熊ちゃん。…茜ちゃん』

 

『はい!』

 

『ここから一気に乱戦になるわ。狙える相手から撃って大丈夫』

 

『そっちには行かせないから、撃ちまくりな、茜!』

 

『了解です!』

 

 

「隊長、諏訪隊が全員バッグワームを解きました…この動きは」

 

一方の柿崎隊では、玲の変化弾を凌ぎつつ諏訪隊の動向を確認した文香がその動きを見て眉をひそめる。

 

「…まずは一緒に那須を落とそう、ってことだな。こちらの狙いが看破されたようなもんだが有難い!」

 

「どうします?連携するフリして諏訪隊を攻めることも出来ますけど」

 

虎太郎の提案も悪くは無い、がと一言置いて柿崎は彼と目を合わせる。

 

「下手に突っつけば俺達が那須隊、諏訪隊同盟にやられる可能性がある…真登華!狙撃の射線警戒を頼む!虎太郎、文香は熊谷を警戒しつつ現状維持!」

 

「「『了解!』」」

 

「熊谷が諏訪隊を削ってくれるとありがたいが…こう間合いが狭くなってくるとどうなるか分からんな…!」

 

膠着状態に陥るかと思われた試合は、一発の狙撃から目まぐるしく戦況を変え、各部隊員もスクリーン越しにこの試合を見守る隊員達もその終わりは急速に近づいて来ていると予感していた。





初めてのランク戦描写となりますが想像以上に難産でした…。
人が…動かす人が多い…!
先人の投稿者様達すごいな…。

とりあえず今回の試合は次、もしくはその次までには終わる予定です。
先の展開の方に意識が向いてしまって目の前の話の筆が進まない状況に陥っていますが、早めに投稿出来るようにしたいと思います。


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第9話 ランク戦③

投稿空いてしまってすいません。
他の作品読みたい!>創作意欲になってしまって中々筆が乗りませんでした…。
アニメ2期も始まったしボチボチ投稿機会増やせるよう頑張ります。

雑につけてたタイトル更新だけは結構前にしました。


剣豪同士の戦いは長い読み合いと、その後の一瞬で勝敗が決すると言う。

その真偽は別として、競技としての剣道が有効な一打を相手より先に打ち込む競うという一面を持ってる以上、真実に近いとも考えられる。

トリオン体での戦闘にも当てはまるかは別として、少なくともこの戦場は読み合い、手の内の探り合いから決着に向けて大きく動き出していた。

 

戦闘の長期化は攻撃手・笹森の被弾によって隊全体としての機動力を低下させられた諏訪隊にとっては望ましくない状況であり、このタイミングで隊長の諏訪は一気に攻勢に出る判断を下した。

そのフォーメーションは銃手である諏訪と堤が前衛になり、攻撃手である笹森が後詰として2人に追従する形である。笹森を剣士としてではなく、背後のビル群のいずれかに潜んでいるであろう茜の狙撃に対する盾としてのみ運用しようという意図がそこにはあった。

 

『笹森は盾に専念か。やっぱ諏訪さんはこういう時の判断が早いわ』

 

実況席に座る米屋は諏訪を賞賛しつつも彼ならばやるだろうという一種の信頼もあり、その声色に驚愕の感情は含まれていない。

勇猛果敢。諏訪洸太郎という男の性質を表した選択と言えるだろう。

 

『ここで柿崎隊、各員がそれぞれバッグワームを起動、那須隊長への対応を変更するのが狙いか』

 

『住宅街での撃ち合いは那須が有利だからな。それに諏訪隊の動きはまず柿崎隊を潰そうって感じだし…わざわざバッグワームを解いて動いてる当たりその辺の威嚇も込めてんだろ。ザキさん的には一度仕切り直したいってところか』

 

『臨機応変、と言えますけど現状柿崎隊は後手に回りっぱなしですね。他の隊のリズムを崩せるポイントがあれば優勢に…あ、熊谷先輩動きますね』

 

遊児の声に釣られて遥、米屋も友子の映るスクリーンへ視線を向ける。そこでは今まさに弧月を振り下ろさんとする友子の姿が写っていた。

 

「!うぉおおっと!?」

 

住宅街の十字路の一つ手前、通り道としては細いその道から、住居の間の壁を死角に振り下ろされた旋空弧月を先頭を進んでいた諏訪は右腕を犠牲にしつつも咄嗟に回避した。

 

「ちっ!」

 

友子は小さく舌打ちをすると共に壁を越えて住居の庭へと移動し、諏訪隊の射線から身を隠す。彼女としては完全に死角を突いたこの一撃で諏訪、もしくは堤を撃破しておきたいと考えていたし、バッグワームでレーダー上から姿を消し、試合開始後から今まで目立った動きを避けてきた彼女の一撃を片腕を犠牲にしたとはいえ回避した点を考慮すれば諏訪の場数、そして『相手が仕掛けてくるかも知れない』という直感に近い感覚を賞賛すべきだろう。

 

「おサノ、狙撃警戒!日佐人は近づきすぎんな!その足じゃ食われるぞ!」

 

諏訪は残った左手に持ったショットガンを構え、堤と共に友子の進行ルートに目星をつけて射撃を開始する。有効打にならなくとも、近くに隠れている事が分かっているのであれば彼等の愛用するショットガン型トリガーは敵のあぶり出しでも極めて有用な武器となる。実際、破壊された壁の向こう側で一瞬翻ったバッグワームを堤は見逃さなかった。

 

「見つけた!」

 

「だったら!」

 

最早この状況ではバッグワームに対した効果は無い、友子はバッグワームを解くと弧月を構え諏訪達に肉薄する。比較的射程が短めのショットガン型相手であり、片腕を失ったことによる諏訪の火力低下は突き進んでいく友子の集中シールドを割れきれずにいた。

 

「今日はえらく攻めっ気あるじゃねぇか!堤、いったん下が




ランク戦描写くっっっっそ難しいですね…。他の作者さんの描写とかどうやって考えてるんだろ…。

読み直した感じ戦場⇔実況の視点切り替えが多すぎると分かりにくい、というかすごく書くのが難しいので次回はその辺改善したいです。

あとアニメ1期見直しと2期視聴の結果、本編時間軸に早く入りてぇ、という気持ちになったので原作前の話はあと数話になる、予定です。


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第10話 忍田 瑠花①

いい刺激になった。

実況というイレギュラーこそあったが、茜、虎太郎に誘われて見ることになったランク戦はそのイレギュラーも含めて刺激のあるものだったと遊児は帰路につきながら感じていた。

残念ながら二人とも試合後のミーティングがあるということでそれについて話合う者は今この場にはいないが、故にこそ遊児は己の内でそれらを反芻する時間を十分以上に持つことが出来ていた。

 

(複数の敵に対する動き、武器の選択、間合いの取り方、処理の順序…スコーピオン使いはいなかったけれど、学ぶべき点は多々あった)

 

彼らの動きと自分がこれまでに経験してきた防衛任務、個人ランク戦を混ぜ合わせ、反芻し、客観視する。ただ歩きながらそれを繰り返し行い、成果として己に結実させるのは外からは見えない遊児の資質の一つであった。

 

「…手…足…指…膝…肘…」

 

「こんにちは」

 

ただこういったケースの場合、遊児は自分の目的地を忘れて明後日の方角に進んでいくし声をかけられてもまず反応しなくなる。目的地とは全く別方向に進むことを除けば音楽を聴きながら歩いている人と大差のない姿である。

 

「…壁…家…影…」

 

「こんにちは」

 

「…前進…回避…跳躍…」

 

「こ・ん・に・ち・は!」

 

「……………はい、こんにちは。どなたでしょうか」

 

故に今日も彼はいつの間にか自分の真横に歩を合わせる形で声をかけてきたその人物に全く気を向けていなかった。最も聞こえたところで見知らぬ人から声をかけられてもまず聞こえなかったふりをする癖が彼にはあった。遥と一緒に歩いていた時によく分からない雑誌か何かの街頭スナップなる物に巻き込まれたのだ。極めて面倒くさい、という感想しか抱かなかった遊児は彼視点で身元不明の不審者からの声掛けはまず第一に無視、という考えに至り、今日を過ごしている。

 

「初めまして。私は忍田瑠花。ボーダーでは事務関係の仕事をしているの。少し話せるかしら」

 

「忍田…本部長のご家族ですか」

 

「えぇ、親戚よ」

 

何となくだが高圧的な人物だ、と遊児は感じた。彼女がバッグから取り出した職員証には確かにその名が刻まれていたが遊児の中ではいまいち彼女と忍田の間に血縁関係があるようには見えなかったが、まぁ親戚程度ではあまり似ないほうが自然だろうと一人納得した。

 

「本部長の親戚の方がこんなところまで付いてくるほどのご用ですか?」

 

言って遊児は自分が今どこにいるのか分からないことに気付いたが、当然表情には出さなかった。視線だけ動かすとボーダー本部は見えるので最悪そこまで戻れば良いのだ。

 

「ボーダー始まって以来の、それも圧倒的なトリオン量を持つ人が出た、と聞いてね。個人的に気になったのよ。…そう、例えば近界民をどう思っているか、とかね」

 

「?…わざわざここまで来て聞くことがそれですか?」

 

遊児は忍田瑠花を名乗る女は少し異常なのではないかと疑い始めた。ボーダーの主な職務は近界民の迎撃、排除そして民間人の防衛だ。近界民が怖いとか、強いとか、弱いとか戦闘員が常に感じている何かを聞いてくるのは裏方の人間ならあり得るだろうが、近界民をどう思うか、という質問はそもそもボーダー関係者として答えは一つしか選べない性質のものだ。

 

「…いや、まぁ、普通に敵でしょ。ボーダーなんですから(なんだろコレ。抜き打ちの意識チェックとかかな)」

 

対して瑠花はその遊児の答えに大げさに首を横に振った。その様は気品を感じさせるものだったが、遊児としては無茶振りをしてきた相手がやたら偉そうにしているようにしか見えなかった。

 

「そうじゃないわ。貴方個人の意見を聞いているの。…あぁ、安心して。私が気になっているだけで誰かに言いふらすつもりは無いから。もちろん、本部長殿にもね」

 

「…正直、俺としては好きでも嫌いでもないです。四年前の大規模侵攻でも俺も家族も、その周りの人も特に被害受けたってわけじゃないんで。まぁ、大変な目に遭った人が大勢いるのは分かってますけど…実際、対岸の火事みたいな感覚ですよ。…ほんとに言いふらさないでくださいよ。本気で近界民嫌いな人にバレたらめんどいし」

 

「そう。じゃあどんな近界民が嫌い?」

 

「…攻めてくる連中」

 

「なら攻めてこない近界民は好き?」

 

「なんですその仮定。…まぁ、攻めてこない分には仲良くなれる可能性はあるんじゃないですかね。攻めてこない近界民がこっちに来るか分かりませんけど」

 

「成程。じゃあ最後にもう一つ。…貴方、何のためにボーダーに入ったの?別に悪い意味じゃ無いわ。さっきと同じように本音が聞きたいだけだから」

 

「楽しそうだからですよ。戦車でも歯が立たない化け物を簡単に倒せる力なんて、興味沸かないわけないでしょう。実際、今の所は楽しいし入ってよかったと思ってます」

 

「つまり、楽しくなくなったら辞める?」

 

「どうでしょう。ただ戦闘員は飽きたら裏方とかに行きたくなるかも知れませんね。トリガー開発とか面白そう」

 

「成程、成程…参考になったわ。ありがとう」

 

何がありがとうなのか、と遊児は思いながら、もしかしたら話しすぎたかもしれないと今になって後悔していた。本音を隠すなら徹底的にしないとこういう時に漏れてしまうのだと経験をもって学ぶことになってしまったのは彼としては不本意な結果である。

そんな中、一台の車が自分たちに向かって走ってくるのを、そして乗っているのは目の前の女の親戚らしい忍田であるのを遊児は視界に収めた。

 

「あ、本部長」

 

「あら」

 

二人の傍でやや雑に停車させながら忍田は助手席の窓から滑るように飛び出した。

遊児は思わず車と忍田を二度見したが忍田本人はいつも通り、否、やや焦っているようだった。

 

「ルカ!なぜこんなところに…三守くん!?キミも一体なぜ…」

 

「私は彼に聞きたいことがあって追いかけたのよ。…そうね、よく考えれば“仕事中”に抜け出すのはよくないことね。反省したわ」

 

よく考えなくてもよくないことだろう、口にはしなかったが遊児も忍田も眉間に皺を寄せるだけで修めた。忍田はともかく、初対面の遊児も瑠花という少女に何を言っても言いくるめられそうに感じたからだ。

 

「俺は、そう、散歩です。散歩してたらこの人に話しかけられて」

 

「この人とは他人行儀ね。親しみを込めてルカさん、いえ、ルカ様と呼んでいいのよ」

 

何だこの女は。と遊児は心の中で瑠花という人物は“かなり面倒くさい人”と評価した。

 

「ルカ…少し口を閉じていてくれ…。とにかく、いくらトリガーがあるとはいえ警戒地域のど真ん中なんて早めに抜けるに越したことは無い。ルカ、お前は車に乗れ。三守くんも途中まで送ろう。遠慮しなくていい、迷惑料とでも思ってくれ」

 

「そういうことなら、お世話になります」

 

ルカ様は素晴らしい人だ。と遊児は心の中で思った。少なくとも今日、安全かつ確実に帰路に就けることが確定したからだ。

 

「さ、瑠花様。どうぞお乗りください」

 

遊児は恭しく助手席の扉を開けた。彼は自分の利になる人間に対してはその利相応に優しくなれるのだ。

 

「よろしい。さ、行きましょう?“叔父さん”?」

 

「はぁ…。三守くん、無理にルカの言う通りにする必要は無いぞ」

 

 

 

 

「どういうつもりだルカ。いくら“その体”とは言え、一人で出歩くのは不用心が過ぎるぞ」

 

遊児を途中まで送り届けた後、忍田は同乗者である瑠花に向けて口を開いた。

 

「言ったでしょう。聞きたいことがあったって」

 

「何を聞いた」

 

「秘密。男と女の秘密事よ。無理に暴こうとするのは野蛮が過ぎるわよ。…あぁ、安心して。私に関することは話してないから。本当に、私が彼に一方的に聞いただけよ。だからその眉間の皺をどうにかしなさいな」

 

「ただの興味だけで、お前が単身動くとは思えんがな」

 

「あら、貴方も彼のトリオン量は知っているでしょう?生身で黒トリガー使用者に匹敵する膨大なトリオン量よ。その持ち主がどんな人か、気になるのも不思議じゃないでしょう」

 

瑠花はそこまで言って、忍田がこんな答えで納得しないだろうと分かると一度小さく呼吸して再び口を開いた。

 

「迅 悠一が言ったのよ。私は彼に会った方が良い、とね」

 

「!…サイドエフェクト、か。迅は他に何か言っていたか」

 

「特に何も。そもそも今回の出会いは未来の数を多少は絞り込む程度のモノだそうよ。ただ、私以外が会っても絞り込みは出来ない、とも言っていたわ。…私が会う程度で改善に向かう未来なら、そうした方が良いと思ったのよ」

 

「成程な。そういうことなら今回は不問にしよう。…ただ、今後は一言連絡をくれ」

 

「そうね、気を付けるわ。…こうして動くのも久しぶりだったし、もしかしたら緊張していたかも知れないわね」

 

忍田は考える。

未来を視るサイドエフェクト、それを持つ迅が瑠花の単独行動を読み逃すはずがない。

つまり彼女を単独行動させてでも二人は会うべきだった。未来が少しでも良い方向に進むために。

 

「否…」

 

こんなことをしてまでも可能性を排除しなければならない不幸な、あるいは危険な未来が彼に見えたのだと忍田は判断した。同時に、迅が自ら口に出そうとしない限りは聞かない方がいいだろうということも。

 

「(悪い何かが起きる可能性があったのは三守くんか…?だとしたら何が起きる?)」

 

そこまで考えて忍田はハンドルを握りなおした。少なくとも、今自分が考えるべきではないからだ。

 

「(既に消えた未来の話だ。仮に必要があれば迅は必ず動く。それにしても、どんな未来を視たかは分からないが、視たくない未来が消えたのなら、迅も少しは気持ちが軽くなるだろう)」

 

それだけは確実だ、そうであって欲しいと忍田は願っている。

彼の知る限り、迅という男は可能性がある、というだけで見たくもない未来をずっと見続けなければならないのだから。




本編時間軸に向けての土台作りその1。顔のいいあの人です。
彼女のセリフを書いているときは私もお嬢様になっていましたわ。
そろそろ遊児くんのバトル回も書きたいですわね。


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第11話 未来へ

バトル描写…少ない…済まぬ。次回から原作時間軸になります


忍田瑠花と出会ってから数週間後、遊児は個人ランクポイントが八千の大台へ到達、つまりマスタークラスと呼ばれる一種の達人的な称号を手にしていた。

黒江を通じて交流を持つことになったA級隊員である米屋、緑川、そして彼らからまた別の攻撃手たちと暇さえあればランク戦をしていたため、遊児としてはようやく、という意識が強いがそんな彼と日々しのぎを削り合っていた攻撃手界隈の猛者たちは遊児の実力が大分前からマスタークラスと遜色の無い領域に達しているとは評価していた。

遊児がこれまでマスタークラスに到達できなかったのは単純に格上とのマッチアップの割合が極めて多いことに由来する。A級攻撃手として活躍する米屋、緑川以外にもA級一位太刀川隊隊長にして攻撃手ランキング総合一位の太刀川慶、先日攻撃手ランキング四位に到達した村上鋼、新進気鋭ながらB級上位を維持する香取隊隊長、香取葉子、そして根付室長への暴力行為でB級への降格とポイントの没収の処罰を受けた影浦隊隊長、影浦雅人といったベテラン、新鋭を問わず攻撃手界隈では強者とばかり戦っていたこともあり、ポイントの伸びが極めて悪かったのだ。

 

「モーメント・四重」

 

「っと!グラスホッパー!」

 

そしてマスタークラスに到達するまでに磨き上げられた遊児のスコーピオンが緑川に襲い掛かる。出会ってから何度も手合わせをした者同士、互いの動き、癖、あるいは立ち回りといった手の内は理解しあっている。

とは言え両名も他の多くの隊員と同じく常に己の技術を磨き、成長を続けようと努めているため過去のデータと今の目の前の相手の差異を正しく認識しなければ一瞬の内に敗北するだろう。無論、彼らはそれを十分に認識し、実践していた。

 

「ふっ!」

 

小柄さを活かしたグラスホッパーによる緑川の機動力は大柄な遊児のそれを上回る。加えて若くしてA級攻撃手として活躍するスコーピオンの冴えは複雑怪奇な剣術を成立させていた。一方で遊児はそのブレードを同じように手にしたブレードで受けるのではなく、緑川が狙う場所にブレードを生成することでそれを弾いていた。首が狙われたなら首に、腹が狙われたのなら腹に、手が狙われたなら手に、身構えることなく防御を成立させるその姿だけを見れば遊児に余裕があるように見えるかもしれないがそうではない。緑川の高速剣を一撃ごとに合わせて正確にブレードを生成しなければトリオン体の損傷を免れない以上、一瞬の判断力とそれを見極め続ける集中力が必要になる。

それでも、自分の攻撃を手足も動かさずに凌がれる、というのは攻撃を放つ側にとっては当然喜ばしい情報では無い。特に視覚情報は人間が取得する情報の八割以上を占めると言われるからには、そんな光景を目にし続けている緑川も無意識の内に攻撃にブレが生じ、表情にも少なからず焦燥の念が混じる。

 

「フリック」

 

そしてそれを見逃すほど遊児の集中力は低くない。短く呟いた次の瞬間には緑川の胸部、つまりはトリオン機関に近しい箇所、トリオン体の急所の一つからに小さく開いた穴から勢いよくトリオンが漏出していた。

 

「え?…は?」

 

『トリオン機関破損、緑川ベイルアウト。勝者、三守』

 

 

 

 

「うひーまた負けた。ユージ先輩どんどん攻撃多彩になっていくなぁ」

 

「初めの頃はポイントごっそり持っていかれたからね。その分の回収ってことで」

 

ランク戦を終えた緑川はいつの頃からか遊児のことを“先輩”と呼ぶようになっていた。キャリア的にはむしろ遊児が後輩なのだがそれについて緑川に聞くと「自分が認めた人の事は先輩って呼ぶようにしてる」とのことらしい。本人にそのつもりは無いのだろうが、これが緑川なりの処世術なのかも知れないと遊児は見ていた。

 

「最後のアレ何?なんか気付いたら斬られてたんだけど?」

 

「単純に薄くて細いブレードを指先から伸ばしただけ。刺す威力はスコーピオンと変わらないけど弾かれたりするとポッキリ折れるくらい脆いよ」

 

ピン、と手で銃を型取るように人差し指だけを立たせながら遊児は説明した。無論、口には出していないが彼は同じことをトリオン体全身から行える。

遊児は速度と視認性の低さに特化したこの技をフリック、と名付けた。彼自身が言った通り、この技では打ち合いは難しい、不意打ち用の技である。

トリオン体の任意の箇所から発生させられるスコーピオンの性質はそのままだが、この技は緑川のようにブレードを手で持っている最中、同じ手から突如視認困難な別のブレードが伸びてくるという状況がある、ということを知られた後にこそ効いてくる。

遊児は自分が信じる最強の攻撃法の一つに“知っていても警戒する以外対処法が無いもの”を挙げる。

トリオン体のどこからでも攻撃できる攻撃手としての地位を確立しつつある遊児は、己の武器に“見えない剣”を追加し、自らその手の内を晒すことで警戒を強制させ、前述の“最強の攻撃”を成立させようとしているのだ。

つまり、彼は今後も緑川からポイントを奪ってやろうという算段であった。実際、ボーダー入隊当初から緑川に奪われたポイントはまだまだ回収しきれていないのも大きな要因であった。

 

「ところでさユージ先輩、まだフリーなんでしょ?どっかの隊入らないの?」

 

そんな話をしている中、緑川は部隊の話を切り出した。遊児が彼と交流を持つようになってから数回、時折この手の話題になる。

 

「仲良い人はもう皆どっかの隊に入ってるし、同じフリーで組みたい人もいないからなぁ。言い方悪いけど知り合いもいないB級下位チームからスカウトされたって入る気起きないし。かといってもう部隊組んでる人のとこに入るのもなんか気を使うし」

 

そして遊児の回答は概ね決まっている。現状維持である。彼としても別に緑川に悪気があって聞いてきているわけではないと分かっているのでその声色も平常通りであった。

 

「そっかー。でもマスターランク前後でフリーでいると何か言われない?主に城戸さん派のマジメな人とか」

 

「別に、俺は所謂忍田さん派だし、防衛任務も結構多めに入れてるからその辺考慮されてるのかもね。常に部隊で防衛任務受けるわけじゃないし、ボーダーの責務ってやつ?それこなす分には別に部隊が必須とは言えないでしょ」

 

彼らが“城戸さん派”“忍田さん派”と言った通り、ボーダーにも他の多くの組織と同じように派閥が存在している。

まずはボーダー総司令、城戸の掲げる“近界民の徹底排除を第一とする”派閥。大規模侵攻で自身や周囲の人の命や財産を傷つけられた者は多く、ボーダー内における最大派閥である。

続いて忍田本部長の掲げる“街の防衛を第一とする”派閥。近界民は当然撃退するが、何よりも街とそこに住む人々の平和を守ることを至上としている。嵐山隊を筆頭に城戸派に次ぐ勢力である。遊児のように近界民に特別な敵意は無い隊員も事実上、この派閥に近しい存在である。

そして最後に玉狛第一支部、彼らはボーダーでありながら“友好関係を結べる近界民とは手を取り合おう”という考えを持つ派閥であり、緑川の尊敬するS級隊員、迅悠一も所属する支部である。当然、考え方が水と油である城戸派、中でも家族や友人の命を奪われた者を始め、玉狛の隊員個人に対する感情は別として、支部として掲げるその考えには否定的な者が多い。

 

「ま、その時が来たら入るさ。どこかに入るか、自分で作るかは分からないけどね」

 

「なんとなくだけどユージ先輩は自分では部隊作らないと思うなぁ。俺のサイドエフェクトがそう言ってるってね!」

 

「迅さんじゃないけど、俺も自分で言っててそんな気はしてる。俺のサイドエフェクトがそう言ってる」

 

「サイドエフェクトで思い出したけどユージ先輩は無いの?めちゃくちゃトリオン多いでしょ?」

 

「無い、らしい。トリオン多い=サイドエフェクトってわけでもないみたいだしね。もしかしたら無意識に使ってるか、条件を満たしてないと発揮されないタイプなのかもって担当の先生は言ってたけど、影浦先輩みたいに良いことばかりでも無いからなぁ。正直、無い方が嬉しいかも」

 

サイドエフェクト、つまり副作用を意味する通り、それは必ずしも保有者を幸せにするものではない。未来視を持つ迅は時として想像もしたくないであろう凄惨な未来を視ることを強いられ、感情受信体質を持つ影浦は己に向けられる感情を否応なしに痛感させられ、強化睡眠学習能力を持つ村上は万事において先人の生み出した成果をほんの僅かな時間で体得することに対する罪悪感を抱えている。持たざる者には真の意味で一生理解できない副作用が己に伸し掛からないのであれば、それはそれで良いと考えるのは遊児だけではないだろう。

 

「ま、俺は楽しければそれでいいや」

 

「そーいうとこユージ先輩らしいや。ところで話は変わるけどユージ先輩、広報系の仕事するウワサあるけどホント?」

 

「え?なにそれ聞いてない」

 

唐突な新情報に遊児は困惑する。もし先ほどのランク戦中言われていればであればベイルアウトしたのは遊児になっていただろう。

 

「なんか根付さんが言ってたみたいだよ。『三守くんには今から嵐山隊、に続く広報担当として新しいボーダーの顔にしたい』とか何とか。先輩、根付さんと接点あったっけ?」

 

「接点って…嵐山隊の人には世話になってるから、書類運びの手伝いとかしててその時少しは話したくらいだけど」

 

「あー。ソレじゃない?ほら、ボーダーって濃い人多いし、ユージ先輩年上から可愛がられるタイプみたいだし、ぱっと見優等生オーラすごいし」

 

「ぱっと見優等生とはなんだ。実際文武両道品行方正の優等生だぞ俺は。学校の先生からの受けも良くなるように振舞っている」

 

「うわー。腹黒優等生だ」

 

「何を言う。振りでも何でも結果として出ている分、そうでない奴よりマシだろう。それに優等生やるのは何かと便利だぞ。多少やらかしても『君も年相応なところがあるんだなぁ』程度で済む」

 

それに年上受けが良いのはむしろお前だろう、と続けようとしたが根付は嵐山に対する信頼が非常に厚いという。もしかしたら自分がそう見せているように所謂優等生的なタイプの若者を好むのかもしれない、と遊児は思った。

実際の所は広報部長としてメンタルが疲弊した根付が会議中やや焦点が合わない目をしながら口にした案であった。しかし、未成年それも来年は受験を控えた学生にそれをするのは市民からのボーダーへの印象という点から見ても避けるべき、と否決されたのだが。

なお、根付は現在も嵐山隊の活動のサポートという名目でどうにか遊児を表に出せないか画策しているらしい。

 

「きっと根付さんも疲れてるんだろう。中学生引っ張り出して何するんだよ」

 

「でも嵐山さん俺たちと同じくらいの年でテレビ出てたよ」

 

「そういえばそうだった」

 

「あんな感じの事しろーって言われたら俺は無理」

 

「俺も無理だな」

 

「いやー、ユージ先輩はなんだかんだこなしそう。腹黒優等生だし」

 

「腹黒言うな」

 

そんな話をしながら、遊児はこういう平和な日々がしばらくは続くのだろうと思っていた。

大規模侵攻の後組織されたボーダーの存在により、トリオン兵の脅威はかつてに比べれは極めて低くなり、組織としてもゆるやかに、それでも確実に成長を続けている。

遊児としては刺激的な変化が無いこの現状に不満が無いと言えば嘘になるが、誰かに不幸を強いる変化が起きることは望まない、彼は自分がその程度には良識を持ち合わせていると信じている。

それでも、自分も、他の多くの人も知らないだけで新しい脅威、変化は近づいてきているのかも知れないとも、同時に考えていることも遊児は自覚している。

嘗てと同じか、嘗て以上か、それとも嘗てとは全く性質の異なる物か、あるいはその全てか。

また大勢が傷つくかもしれない。それでも、その可能性に思いを馳せているとき、彼は自分が少なからず高揚してしまうのを抑えきれない。

誰かが不幸になるかも知れない変化が起きる可能性に思いを馳せて、その時自分が何を感じるか想像するのが楽しくて仕方が無いのだ。

 

「ユージ先輩、めっちゃ嬉しそうだけどなんかあった?」

 

「いや、ただ」

 

成程、確かに自分は腹黒かも知れない。と遊児は先の緑川の言葉を肯定した。

 

「ただ?」

 

「ここに居ると、飽きることがなさそうだなーって、ね」

 

そして2013年12月、世界は遊児の望むと望まざるとに関わらず大きな変化の第一歩が今、訪れようとしていた。

 




ついでのように出す新技。

当初は遊児くんと絡む人たち一人一人の回を書こうかと思ってたんですが、話のテンポ悪くなりそうだなと思って原作前編は今回で締めることにしました。
他の人たちとの出会いとかはその内回想みたいな形で挟めればと思います。

根付さんはただでさえ未成年も使ってるのにオマケに軍隊っぽい組織の広報ということで凄く苦労してそうだなーと思ってます。
正気の人間は1/1嵐山人形なんて作らない…遊児広報回はネタ枠で書くかも知れません。


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