雁夜おばさんと道化の騎士 (バイオレンスチビ)
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遅すぎた帰還
…死んだっていいと思った。その人のためだったら即座に自害できるだけの何かがあった。その人が幸福だったなら幸福な様を眺めることが許されるだけでもよかった。触れてくれなくても抱き締めてくれなくても満たされるような気がしていた。
だから、ここに帰ってこれた。本当は怖い。全身を舐め回されるような不快感と身体を内側から食べられる苦痛は今でも夢に見るほどだ。
でも、それが葵さんの幸福に繋がるのなら我慢できる。桜ちゃんのためなら耐えきれる。こんな私を助けてくれた。そばにいてくれた。私は、貴女のためなら死んだっていい。
「…私が、出ます。」
生きることは死ぬこと。なら、私は葵さんのために死にたい。陽だまりのような彼女に報いて死にたい。
「ほぉ、不良品が大きく出たな。」
怖い。怖い。人間じゃない。でも、でも私にもう失うものなんてないから。怖くない。怖くない。今、本当に怖いのは桜ちゃんのことだから。
「私が、とります。」
意見1つ言うことがこんなに恐ろしい。情けない。本当に情けない。クックッと笑う妖怪。
「じゃが、雁夜。お前はいささか遅すぎたようじゃぞ?」
「えっ?」
まさか、まさかまさかまさか…。
「桜はもう地下室じゃ。もう手遅れじゃよ。すでに悲鳴もあげなくなったわ。お主よりもよほど頑丈じゃ。」
…うそ、でしょ?
「嘘、嘘嘘嘘…。だって、まだ幼すぎる。」
「お主は虚弱だからなぁ。準備に手間取ったが桜は違う。こちらのが、よほど楽であったわ。」
私の、せい…?私が弱くて意気地無しで逃げてばかりだから?だから桜ちゃんが地下室送り…?
「…じゃあ、私が変わります!桜ちゃんの代わりに私が!」
「お主をいじったところで肝心の胎盤としての機能が失われているだろうに。」
…それは、そうだ。私の身体では無理だ。その機能は剥奪されて久しい。私のそれは目の前の妖怪に素材として消費されてしまったのだから。
「でも、聖杯を入手すれば…。」
「此度の聖杯は諦めておる。狙うのは次かその次だ。桜の子か孫の代じゃ。」
そんなの、酷い。酷すぎる。この人は、桜ちゃんの未来まで縛り付けようというのだ。
「そもそも、何をそんなに騒ぎ立てておる。まさか、桜を助けたいとでも?」
「…そう、だといったらどうしますか?」
震える声で返せば。妖怪は心底愉快そうに私を笑った。
「なるほどなるほど。死に急ぐか雁夜。つくづく、魔術師に向かぬ性質よのう。しかして、お主の身体じゃ勝てるものも勝てぬ。」
“1年だ。1年で聖杯戦争に向けての調整をしてやろう”
調整。地下室。虫。
「…よろしくお願いします。」
好評ならば、続きます。
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おばさん、頑張るよ。
「…桜ちゃん、一緒にお風呂でもどう?」
地下室送りに耐えるのは、誰かの存在が必要だと思う。私にとってそれは葵さんで。それは、まるで陽だまりのように暖かく、肉親のように優しくて…。
だから、私も葵さんのようにはなれずとも桜ちゃんの傘くらいにはなれたらいいな。
「いい。だってすぐ汚れちゃうから。」
「ダメだよ桜ちゃん。君は女の子なんだから。」
雨に濡れた私を有無を言わさず風呂に連れ込んだ葵さんの台詞。まさかこの私が言うとは思わなかった。
“ほら、転んだんでしょ?泥だらけ。ダメだよ。雁夜ちゃん。あなたは女の子なんだから。”
「はーい、目をつぶってくださーい。」
その日から一緒に風呂に入ってあげることにした。最近は、体の左半分がよく動かなくなった。その事を悟られないように気を付けながら洗ってあげるのだ。難しいけれど、私だって大人だ。そのくらいはできてしかるべきだ。
「じゃあ、雁夜さんはお母さんと一緒にお風呂入ったの?」
あぁ、田んぼに落ちた日は本気で泣いたよ。
「うん、泣きながらね。みっともないでしょう?でも、これが不思議なことに今となっては笑い話になるんだよね。」
「なんだか、そんな気がする。」
そうだよ。きっと大きくなって大人になれば、大抵のことは笑い話になる。こんな辛い思い出だって朧気な記憶、記録になり下がる。
「ねぇ、これも笑い話になるのかな?」
「…なるよ。きっとなる。」
ごめんなさい。嘘をつきました。
「きっと、きっとすぐに迎えが来るよ。凛ちゃんも葵さんも時臣さんも。それで悪い夢は覚める。きっとその頃には私も「来ないよ。」桜ちゃん?」
「お父さんに捨てられたって…。そんな人いなかったって思いなさいってお爺様がいってた。」
「そんなことないよ。あり得ない。きっと些細な行き違いがあったんだ。お父さんはそんなことしないよ。」
魔術は基本的に一子相伝。子供は二人。きっとここに答えがある。遠坂にだって考えがあったのだ。きっとそうだ。そうじゃなきゃいけない。
「じゃあ、こうしようか。全部終わったら葵さんのお母さんに叱ってもらおう?あの人は怒ると怖いからね。それで仲直りしてから皆で遠いところに旅行にいこう?」
私は仕事柄色々な場所に出向いたからね。
「うん。」
あぁ、ちくしょう。左腕が上手に動かない。
「きっと楽しいよ?葵さんは英語とか得意だし、お父さんは外国好きだしね。通訳なしでもきっとバリバリ話せちゃうよ。」
「雁夜さんは?」
…私?私かぁ。
「じゃあ、ガイド役に立候補しちゃおうかな!」
おばさん、頑張るよ。
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狂戦士の召喚
「…また、白くなってた。」
最初は気のせいだと思った。お母さんよりも年下で“おばさん”よりは“お姉さん”と呼ぶのが正しいような見た目だったのに。髪の毛が少しずつ白くなってきた。
「細くなってた。」
抱き締めたときの感触が変わってきた。歩き方も変になってきた。
気付かない振りをしよう。白髪に触れられた時、酷く悲しそうだったから。
「大丈夫?」
「平気平気よ。」
嘘だ。雁夜さんは嘘が下手。私、知ってる。あなたがトイレで戻していたことも。階段を上がってきただけなのに汗が滴り落ちていることも。
「…本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ。お爺様と一緒に今夜は大事な儀式があるの。それで緊張しちゃったんだ。」
そう、今日は地下室にいかなくていい日。でも、何の儀式を行うのだろう?
「…これ、持っていって。今日は雁夜さんの方が辛いと思うから。」
「いいの?ありがとう!ごめんね。今夜からお仕事でしばらく忙しくなっちゃうけど終わったら一緒に遊びにいこう。それまでに旅行先、考えておいてね!」
壁に身を任せながら歩いていく姿は、酷く小さく儚いものに見えた。
「バイバイ、雁夜さん。」
薄暗い地下室。虫の気配に怯えながらも階段を降りる。大丈夫。令呪は現れた。濁ってしまった左目と同様に包帯を巻いて桜ちゃんには隠した。転んで怪我をしたなんて嘘はきっとばれているだろうけど。
「おぉ、今度は逃げずに降りてきたか。」
「当たり前ですよ。それより、準備の方は?」
魔方陣が描かれた床。真ん中にあるのは錆び付いた剣?これが、噂に聞く聖遺物とやらだろうか。
「カッカッカッ…。よもや、お主を聖杯が選ぶとは思わなかったわ。大きな口を叩くのは結構じゃが、詠唱はできるのじゃろうな?」
「えぇ、きちんと頭にいれてきました。」
過去の英雄を使役して争う戦争。なるほど、言葉にするだけで狂っているのがわかる。
「ただなぁ、雁夜。お主は脆弱ゆえに調整を施したとて他のマスターには及ばん。」
「存じております。」
最近は、隠せないくらいに調子が悪い。魔術を使えば、左半身の血管が浮き出して酷いことになる。そうでなくたって麻痺の症状は悪化するばかりだ。
「じゃからな、お主にはバーサーカーを呼んでほしいと思う。」
「バーサーカー?」
狂戦士?何だってそんな物騒なものを?
「いかに良いサーヴァントを引き当てようとマスターの性能の是非によって無価値になり得る。しかして、バーサーカーならばパラメーターが向上するためにマスターの性能の不足を補うに足りるだろうて。」
「それで、どうすればいいので?」
…悔しいけれど現実だ。
「簡単なことじゃ、二節加えればよい。」
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頼りない狂戦士
「起きて、雁夜さん。」
いつのまにか気絶していたらしい。結局、サーヴァントは呼び出せたのだろうか。
「バーサーカーさんが待ってるよ。」
バーサーカーさん?…バーサーカー!?
「バーサーカー!?」
待ってるって何を?!そもそも、私が呼び出したのって本当にランスロットさん?
「はい、誰です?私を呼びましたか?」
そこにいたのは、黒々強い鎧を身に付けた強者…ではなく、派手な装いをした仮面の人物であった。
「桜ちゃん、この子は誰?」
背丈は小学生程度だろうか。私も人のことを言えたものじゃないが、線が細くて頼りない。狂戦士、バーサーカーと呼ぶにはあまりにも似合わない人物だ。
「呼んどいてそれは…。」
少なくとも、狂戦士は床に“の”の字を書いていじけるような子供じゃないはず。
「今度からは、私の顔を忘れないように枕元にたっていてやりましょうか?」
「やめて。」
枕元に立つ幽霊って古典的なホラーじゃないか。そもそも、仮面だから顔なんて見えないし。
「あ、そうそう。ひとつやりたいことがあるんですけど。お付き合いしてもらっていいですか?」
「何だよ。改まって。」
狂ってるという割りにはよくしゃべる。意思疎通すら困難と聞かされていたから拍子抜けだ。
「サーヴァント、バーサーカー。ここに召喚されました。ここに問いましょう。あなたが、私のマスターですか?」
言葉使いは丁寧に物腰は柔らかく。柔和な笑みを浮かべながら道化師は問いかける。
「あぁ、そうさ。私があなたのマスターだ。」
令呪を見せながら答える。そうすれば、どこか満足そうにうなずいて笑みを浮かべる狂戦士。
「よかったぁ、召喚されてみたら老人が笑っていて貴女は倒れているものですから、ビックリしたんですよ?」
なんだか、倒れた私の近くで右往左往する様子がすぐに想像できる。頼りないだの子供っぽいだのと好き勝手な印象を抱くが、召喚されたってことは生前は名のある英雄であり、人知を越えた力を発揮するのだろう。
「そういえば、お前はランスロットなのか?」
たぶん、違うのだろうな。ランスロットが道化師の格好をしていたなんて逸話はないし。円卓最強の騎士が小柄な少女な訳がない。
「いいえ、違います。しかして、何ら問題はありません。私とて、円卓の騎士。」
茶化すような口調で話す自称円卓の騎士。
「有名なの?」
ガウェインやパロミデス、パーシバル…。いや、それもなさそうだ。どのキャラクターも騎士であって道化師ではない。
「いいえ、ちっとも。このダゴネット、道化であり騎士でありますがマスターも知らぬのでしょう?」
…知らない。聞いたことのない名前だ。あとでアーサー王伝説の書籍を調べ直そう。
「ごめんね。知らない。」
「謝らないでください。マスター、知らなければ尋ねればよいのです。わからねば、調べればよいのです。私もマスターのことはよく知らない。ほら、お互い様でしょう?」
サーヴァントに狂化を施したはず。クラスとしては狂っているはず。
「ねぇ、バーサーカーさん。食事、冷めちゃうよ。」
「あ、そうだった。そうだった。せっかく作ったのにダメになるところでした。」
…作った!?私は英雄を召喚したのであって文字通りのサーヴァント(召し使い)を召喚した訳じゃないんですけど!?
「ささ、こちらへどうぞ。」
まぁ、桜ちゃんが楽しそうだからいいか。
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狂戦士、ダゴネット
(テレパシー、なんちゃって。)
(なにしてんですか。)
サーヴァントとマスターは声に出さなくても会話ができる。試してみたところ、しっかり伝わっているようだ。
(打ち合わせは、桜ちゃん抜きでやろう。)
(…えぇ、構いませんよ。)
料理の腕はかなり上らしい。ダゴネットという騎士がどんな人物なのかわからないけれど、先程の格好のいい挨拶も本人いわく、“一度、やってみたかった。”そんなことをいう。桜ちゃんの口についたケチャップを拭ってあげている辺り、武勇に優れた英雄というイメージじゃない。どちらかと言えば、誰かの庇護の下に置かれる大人しい人物って感じだ。
「ご飯粒、ついてるよ。」
「え、ありがとうございます。」
…なんだか、しまらない人物だなぁ。
「桜ちゃん、今日は先に寝てて。ちょっとマスターとお仕事のことで相談があるんだ。」
「うん、わかった。言うとおりにする。」
いい子ですね。そういいながら、頭を撫でる小柄な少女。その様子は、バーサーカーの持つ外見と相まって少しばかり年の離れた姉妹のようにも見える。
「それじゃあ、暫し待たれよー。」
「しばしまたれよー!」
ハイタッチを交わして部屋を出ていく桜ちゃん。ハイタッチしている姿なんて久方ぶりだ。
「…それで、話とは?」
桜ちゃんの後ろ姿を見送った後に振り返れば、私に問いかけながらもお皿を下げようとする姿。
「えっと、それは後ででいいから。」
別にサーヴァントに皿洗いをしてもらおうと呼び出したわけじゃないから。
「じゃあ、改めまして。何のご用でしょう。ご主人様。」
「ええっと、ほら。お互いのことをあまり知らないだろう?聞きたいことと言いたいことをお互い交換しておこうと思ってさ。」
召喚されるサーヴァントも聖杯に願いをもって呼び出される。バーサーカーに限ってないと思うけれど、呼び出されたサーヴァントが邪な願いを持たない存在とも限らない。そんな場合には令呪文を使わなきゃいけないこともある。それに己のサーヴァントの得意なこと苦手なこと。その辺をよく理解して戦った方がいいと思う。
「なるほど。それは、妙案です。」
バーサーカーは椅子に深く腰掛け直す。
「では、私から。私の名前はダゴネット。アーサー王に仕えた宮廷道化師にして円卓の騎士の一人であります。私は愚者にございますから、嘘が苦手でございます。くれぐれも後ろから刺したりはしないでください。」
「ありがとう。でも、大丈夫。私はあなたを騙したり裏切ったりはしないつもりだよ。」
ダゴネットのステータスは決して高くない。特筆することとしては、敏捷性が高いこと。狂化の値が低いこと。このくらいだろうか。
「あなたは、聖杯に何を願いますか?」
静かな声で問いかけるダゴネット。
「私は、桜ちゃんを遠坂さんの家に戻してあげたい。平穏な生活に戻してあげたい。でも、そのためにはどうしても聖杯が必要なんだ。お爺様に聖杯を差し出せば、きっと元通りにしてくれるって言われたから。だから、勝たなきゃいけない。どうか、手を貸してほしい。」
…腕を組んで静かにうなずくバーサーカー。
「わかりました。…これは、責任重大ですね。」
「バーサーカー、君はどうなんだ?」
あまり有名ではない英雄だ。しかし、あのアーサー王の臣下であったならば何かしらあるはずだ。
「今は、まだないですね。」
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打ち合わせ
「そんなのは、勝利してから考えます。」
計画性がないと笑えばいい。そう本人は笑っている。これを文面通りに受けとるべきなのか。現実主義なのだと納得すべきなのか。私にはわからない。
「じゃあ、宝具は?」
「宝具でありますか?えぇっと、これですね。」
衣装の袖から出たのは一本の剣。
「私が持ち得る唯一の本物です。聖剣【シャスティフォル】(懲愚の剣)。王様から賜ったものです。」
どこかで見覚えがあると思えば、さては爺さん。あんた騙されたんだな。聖遺物として用意されていた剣じゃないか。
「他に、宝具としては投影魔術を応用した変装なんかが当てはまるでしょうか。私は、ランスロットさんに化けて敵を撃退しましたから。」
「お、おう…。」
目の前で甲冑姿の大男に化けられると迫力がすごい。中身は小柄な少女であるはずなのに重厚な鉄の壁のような威圧感がある。
「ちなみに、こんなこともできます。」
目の前に私?
「え、私に化けたの?」
顔色の悪い白髪頭の女がたっている。
「ちなみに、私は仕返しのために相手の全裸の姿に化けて森を走り回ったこともあります。」
「何さらっと恐ろしいことを!?」
初めてバーサーカーらしい狂ったエピソードが出てきた!なんて迷惑な仕返しだろうか。
「めちゃくちゃ叱られました。」
「…当たり前だよ。」
逆にどうして不服そうな顔をしてるんだ。何があったか知らないけど、ダメだよ。越えてはいけない線を飛び越えてるよ。
「だって発狂した全裸の男に湖に投げ込まれたんですよ?そのくらいしなくちゃ気がすみませんって。」
「なんて世紀末なやりとり…。」
円卓情勢は複雑怪奇だわ。そもそも、なぜ発狂して全裸?そして、仕返しが迷惑すぎる。
「あとは、逸話からでしょうが。【ナイトオブオーナー】(騎士は徒手にはならず)。おおよそ、騎士っぽくない戦い方ばかりでしたので。」
「…なんとなく察せられるよ。」
真っ正面から仕返ししない辺り、君の性格が出てるエピソードだったよ。
「貧乏性なもので手癖が悪いんです。あとは、人様に化けたり人様の武器を借用したり…。たぶん、その辺りのエピソードからだと思うんですけど。触れているものを低ランクの宝具にします。」
なるほど。
「いや、それってすごいんじゃないか!?」
つまるところ、ダゴネットは身の回りのものを宝具に変えられるわけで。実質、無限の宝具を持つといっても過言じゃないのでは?
「いえ、別に。本人みたく上手に使えるわけではないですし、下手に正面から挑むなんてことをすれば、たぶん速攻で押し負けて潰されてしまいます。」
なるほど。武器が扱えることと担い手として振るえるということには違いがあるらしい。
「結論として、私たちのチームが生き残るためには上手に立ち回ることです。正面から剣を振るうのではなく、闇夜に紛れて背後から刺す。どこかと同盟を組んで、最高のタイミングで横合いから殴り付ける。…うん、騎士のやることじゃないですけどね。」
この人、本当に騎士なのだろうか…。
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道化師と買い物
「マスター、素敵なお洋服を有難うございます。」
バーサーカーに子供の頃の服を着せてみた。実際のところ、彼女は他人に化けられるので別に洋服を与えなくてもいいらしいが、着せてみたかったのだ。
「桜ちゃんも誉めてくれました。それに主のお下がりは嬉しいものです。」
自分で買っておきながらタンスの肥やしになっていた可愛らしい服。
「ごめんよ、荷物持ちなんてやらせちゃって。」
せめて、人並みに動けたならよかったのだけど。これじゃあ、買い物だって一苦労だ。
「いえいえ、私もこの時代を知りたいので。」
“知っていることと、体験することは違うのです!”
…そう笑いながらくるくると回るダゴネット。
「そういえば、今日は何をお買い求めにいかれるので?」
「食料とレターセットかな。他にほしいものはある?」
まだペンを握れるうちに書きたいことを書き残しておきたい。もうすぐ死んでしまうのだから。立つ鳥跡を濁さず。雁は水鳥だ。白鳥には及ばず、カモよりは大きい。そんな水鳥。なら、雁夜である私は憂いを残すことがあっちゃいけない。
「では、お守りというものを。」
お守り?サーヴァントがお守り?
「いいよ、いいけどどうして?」
ダゴネットは円卓の騎士。普通、キリスト教やイギリスの宗教に信仰を持つのではないのか?
「験担ぎってやつです。あとは、桜ちゃんにお土産を。」
「なるほど。ここから近いとなると、柳洞寺かな?」
地元の名所として定番の寺院だ。それに桜ちゃんにお守りをプレゼントするのはいいかもしれない。お土産としても悪くないだろう。
幸いなことに魔術を使わなければ、血管は浮き出てこない。顔色の悪さと白髪は隠せないが、それでも半身ゾンビよりはずっといい。あんな姿を見られたら10人中9人が顔を背け、残りの一人が逃げ出すだろう。
「…ありがとうね。君のお陰で桜ちゃんが元気になった。」
「誰かを笑顔にするのが、道化の仕事なのです。えっと、だから当然のことなのです。」
あぁ、英雄だ。彼女はまさしく英雄だ。伝承の中では狂人だの愚者だの言われているけれど、少なくとも私と桜ちゃんにとっては彼女は英雄だと思う。
「へぇ、こっちの参道は階段じゃないのですね。」
「ちょっと遠回りになるけど、たぶん石段は無理だから。ごめんね。」
転んで不戦敗だけは避けたい。それに葵さんと初詣に来た思い出の場所を汚したくはなかった。
「ふふふ、エスコートしますよレディ。光栄に思ってくださいね。私がエスコートさせてもらえることなんて殆どなかったのですから。」
何だか、自慢になっているのかなっていないのかわからないことをいいながら手を差し出すダゴネット。
「ありがとう、騎士様。」
しかし、その姿は確かに騎士であった。
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騎士王の宮廷道化師
アイリスフィールがいった言葉で連想したのは1人の小柄な騎士のことだ。
『切嗣は少女であるあなたに重責を強いた当時の人々に怒っているの。』
サー・ダゴネット。私の宮廷道化師にして円卓の騎士。彼女は臆病で優しい性格であった。
<王さま、王さまでいるのが疲れたときには私を呼びつけてください>
どうしてか、料理が得意で照れ屋で放っておくと消えてしまいそうな雰囲気を持っていた。忠実な犬というよりは奔放な猫。
<王さま、騎士となれと言われましても。私には剣一本ございません。>
彼女の周囲には知らずのうちに笑顔が増えていった。彼女本人は抜けているところがあるし、臆病が過ぎるところもある。しかし、彼女に魅了された者は彼女のためにと動く。彼女は自分を愛した者のために動く。
<やっぱり、あなたのそばは居心地がいい。>
私は、彼女と二人きりになると必ず道化の仮面を剥ぎ取る。彼女は聡明であったが、子供のようでもあった。その仮面に隠された表情は内面を写し出す鏡のようですらあった。雪のように白い肌に絹のように艶やかな髪。
<お褒めいただき有難うございます。>
そんな彼女の十八番は魔術を用いた変装だった。取分け好んだのはサー・ランスロット。普段優秀な騎士である彼を茶化すのが楽しいらしい。ギネヴィアも彼女のことは大変気に入っていた。
<お前に、王の心はわからない。>
サー・トリスタンと言い争う声を聞いた。トリスタンの竪琴を聞いて楽しそうに踊る彼女の姿を知る人間からすれば、それはあまりにも異質なやり取りであった。
<ごめん、なさいっ…>
トリスタンが立ち去ってからすすり泣く声が聞こえた。声を圧し殺し、誰もいない場所で静かに泣いていた。
<なんだか、寂しいですね。>
円卓の騎士が聖杯探索に出た。ダゴネットは留守番を任されている。彼女は長旅に耐えられるだけの体力を持ち合わせていない。騎士としても強くない。それに何だか嫌な予感がして手元においておきたかったのだ。
<お休みなさい。王さま。>
最後の言葉はそれだけだった。その日、私が彼女を引き留めていたらどれだけよかっただろうか。
遠くから勢いよく振られた腕も。華麗な躍りを得意とした足も。美しい音色を奏でた細い指も。
もう、二度と見ることはできなかった。灰の山に突き刺さった剣が誰の灰であるかを語っていた。
翌日、湖の魔女のエレインがドアを叩いた。彼女は泣きながら言う。『私の娘はどこですか?』そして変わり果てたダゴネットを壺に納めて城を出た。
ギネヴィアは現実を受け入れられず、サー・ランスロットをダゴネットと誤認するようになった。
聖杯探索から戻らない騎士もいた。蛮族は毎日のように押し寄せる。ブリテンの滅びの足音が聞こえるようであった。
…もし、私以外の王であったならば彼女を守りきることができただろうか?
…あるいは、滅びを穏やかな終わりに変えることはできないだろうか。
そのための聖杯だ。万能の願望器。決して負けるわけにはいかない戦争がここにある。
「どうしたの、セイバー?」
アイリスフィールが問う。
「いえ、一人の騎士を思い出していたのです。」
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英雄は集う
「なおも姿を見せぬということは、この征服王の侮蔑を免れぬと知れっ!」
大声で叫ぶライダー。
その声に呼応するように。まるで最初からそこに存在したかのように。唐突にそいつの姿は現れた。そして、サーヴァントであることは確かだが様子がおかしい。
「Aaaaaaaaa!!!」
恐らくは、バーサーカーだろう。理性を失った暴れるだけしか取り柄のない燃費最悪のクラス。
「な、なぁ、ライダー。奴には誘いはかけないのか?」
「ありゃ、言葉が通じるかどうか怪しいからなぁ。」
…全く読めないのだ。ステータスを見ようとしても靄がかかったように読み取ることができない。
「雑種の分際でこの我の言葉を遮るか。道化。」
金色のサーヴァントの宝具がバーサーカーの方向へ向けられる。空中に現れた波紋から武器が見える。
「…あれが、あのサーヴァントの宝具。」
王の中の王を自称する金色は武器をバーサーカーめがけて射出した。
「…狂化してあるにしては、ずいぶんと芸達者なやつよのぅ。」
爆発に怯みながらもライダーの後ろから覗き見る。バーサーカーは変わらずに直立していた。あれだけの爆発。宝具を受けて無傷。
「いったい、何を…?」
「なんだ、坊主。わからなかったのか?あのサーヴァントは1つめに飛んできた剣による爆風を利用して前方へと吹き飛ぶことで2つめに飛んできた槍をやり過ごしたんだ。それに見事な着地であった。」
わざと吹き飛んだ?そんなの人間業じゃない。狂化されても失われることのない技術。あのサーヴァントが脅威であることは確かだ。
「え、あれってまさか…?」
指を折り曲げて誘っている。あのアーチャーを誘っているのだ。正気の沙汰ではない。狂人の所業だ。
「よかろう、それほどまでに我の財に惚れ込んだなら全身で味わうといいわ!」
空に浮かぶ波紋の数が増えていく。あれが、アーチャーの持つ宝具。圧倒的な物量。圧倒的な戦力。それを目にしてもバーサーカーは引かない。アサシンを一撃で葬った宝具。それも数えるのもバカらしいくらいの数が狂った騎士に向けられていた。
宝具。それは、英雄にとっての切り札であり誇り。簡単に晒すようなものではない。しかし、アーチャーは惜しみ無く叩きつけるつもりのようだ。あれだけの宝具を持つ英雄。そんなの聞いたこともない。
「Aaaaaaaa!」
人差し指でアーチャーを指差すバーサーカー。声は鎧に細工がしてあるのか聞こえてくるのは形容しがたい呻き声であり、人語として理解することもできない。
アーチャーが立ち去るのを黙って見送る。心臓は壊れるのではないかと思うほどに早鐘をうち、正直なところ座り込んでしまいたい。
『「し、死ぬかと思った…。」』
思わず、マスターと被ってしまった。
・指を折り曲げて:腕がまだくっついているか確認している。
・指差す:「なんか増えてる!?」
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暴走
黒々しい狂戦士がアーチャーの攻撃を凌ぎ、その去り際を見届けた。
「どうやら、次の獲物を探すらしいな。」
ライダーは言う。なるほど。先程、アーチャーが射出してきた武器が変色し、バーサーカーの手に収まっている。準備万端というわけだ。
「Aaaaa!?Aaaaa!!!」
私を見ている。やはり、弱っている私を先に叩こうなどと考えているのだろうか。そうだとしたら、騎士として許しがたい侮辱だ。片手の親指が動かない程度で遅れをとるはずがないだろう。
「…来るか、バーサーカーよ。」
その姿を認識することは困難だ。これは相手の宝具やスキルによるものだろう。自身の姿を隠すとは、生前にどんなことをした人物なのだろうか。
「Aaaaaaaaa!!!!」
吠えるように叫びながら高速で襲いかかるバーサーカー。しかし、その標的は私ではなくランサーであった。
「あえて手負いのセイバーを残して俺を殺そうと言うのか。」
「Aaaaa!!?Aaaa!!」
騎士と騎士の戦いに割り込んできた無粋者には苛立ちを覚える。今夜で二人目だ。
「どうした、どうした!?この程度の力量でこの俺を倒せるとでも思ったのか?」
二本の槍を避けながらも確実に押されていくバーサーカー。魔力を断つ効果を持った槍と癒えぬ傷をつける槍。バーサーカーは拾い物の剣を用いて身を守る。剣術のようで剣術でない。それは、どちらかといえば守勢の剣であり実用性に欠けた剣舞のようでさえあった。
「貰ったぁ!」
ランサーが二本の槍を同時に突きだす。バーサーカーの剣は朱槍によって弾き飛ばされ、手元に武器はない。
「…ぅああああっ!??」
鎧の背中が割れる。それは、セミの羽化のように。小さな人影が飛び出した。気の抜けるような悲鳴を上げながら転がるようにして距離をとる。
“破砕せよ!”
爆発。鎧ごとランサーを吹き飛ばす。
「…ダゴネット!」
爆風に煽られて私の足元まで転がってきたのは、ダゴネット。どうして彼女がバーサーカーなのか。その辺りは皆目見当がつかない。しかし、この姿は紛れもなく私の道化師であり騎士であるダゴネットである。
「王さま、王さまだ…。」
私の胸の中でダゴネットは嬉しそうに言う。なんだか、最初に抱いた怒りが嘘のようだ。今は、この再会を天に感謝したくさえなる。
「…うぇっ!?」
突然の爆発に坊主が変な声をあげた。令呪による転移か。ランサーは姿を消した。それにしても驚いた。あのままランサーに殺されるか思いきや、鎧を爆破して仕切り直しとは。
「やったのか!?」
坊主が大声で問いかける。耳が遠くなっているのだろう。ついでに見逃したらしい。
「いや、逃げられたな。」
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同盟
「ゲヘッ,ケホッ…。」
痛い。気持ち悪い。身体の中で虫が暴れている。
「ま、けるもんか…!」
吐き出した血液の中に泳ぐ糸のような虫。ボロボロと涙が溢れてくる。苦しい。辛い。寒い。なんだか、とても惨めに思えてきた。
「うっ…!」
胃袋の中身だけじゃなくて、内蔵を全部吐き出しそうになるような吐き気。
情けない。情けないにもほどがある。そもそも今回の目標は、こちらの力を各陣営に見せつけること。そして同盟相手とするに適した相手を見つけること。それなのに、私は物陰でのたうち回るばかり。
『マスター、ごめんなさい!本当に、ごめんなさい!』
念話が来た。まさか、初陣で令呪を使わされるとは。
“正気に戻れ、バーサーカー!”
これじゃあ、バーサーカーとして召喚した意味がない。狂気に捕らわれたバーサーカーを見ていたくない。そういう気持ちがなかったかと問われれば否定できないが、やっぱり無駄遣いをした気がする。
…私のバーサーカーは分かりやすいサーヴァントだ。彼女は自分の大切な人。すなわちアーサー王を傷つけられたことに怒り狂ったのだ。その辺りを十分に考えなかった私にも責任があるかもしれない。
でも、結果としては正解だったかもしれない。あのままなら確実にランサーに潰されていた。素人目に見ても実力の差は明らかだった。結果、絡め手を使って脱出。あの状況で理性を取り戻さなかったなら、今ごろ二人で死んでいただろう。ついでにランサー陣営にも令呪を消費させた。
「…大丈夫、こっちは生きてるよ。」
『ごめんなさい、本当に…。』
泣きそうな声で謝られる。というか、たぶん泣いてる。
「ねぇ、セイバーってアーサー王なんでしょ?同盟とか組めないかな?」
『え、あっはい…。ちょっと聞いてみますね。』
完全に同盟のこと忘れてたなダゴネット。そういうところだぞ。そういう抜けてるところが、残念なところだ。
「あ、あいつは誰だ?誰なんだライダー!」
バーサーカーが爆発して仮面の人物が現れた。でも、質量保存法則どこいった。どう考えても鎧の中身にしては小さすぎるだろう。
「だから、セイバーが言ったであろう。奴の名前はダゴネットだと。」
ライダーは言う。ただ、セイバーが騎士王だとするならばバーサーカーもまた人外魔境のようなアーサー王伝説に登場する人物だ。警戒しておくのに損はないだろう。
「何だか、電話を受ける子供みたいね。」
ペコペコ頭を下げたり、首を縦に横に振る。切嗣に電話をもらったイリヤを連想させられる。
「えっと、王さま。同盟を結びたいって。そういっています。」
黒々とした鎧を脱ぎ捨てた少女のように小柄な姿。まるで別人だ。
「同盟?同盟ですか。アイリスフィール、どうでしょうか。ダゴネットはいい騎士です。」
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それぞれの時間
「同盟か…。」
セイバーが左腕を呪われたことで陣営としては、大きな損失を被ったといえるだろう。
「アイリ、君から見てどう思った?」
「彼女、悪い人には見えなかったわ。それにセイバーを慕ってるようだった。」
生前のセイバーの配下であったサーヴァント。バーサーカーのダゴネット。ダゴネットは、武勇に優れた逸話を持たないサーヴァントだ。正直に言えば、正面から勝負するのには向かない。しかし、先程のように搦め手を用いることができるなら強くはないが性質が悪いサーヴァントになる。
「厄介なやつだ」
例えば、ランサーのマスターの婚約者に化けて寝首を掻かく。こんなことだってできる。
「彼女は、聡明で誠実な人間です。裏切るくらいなら自害するでしょう。」
間桐雁夜。警戒すべき相手だとは思っていなかった。だが、今回はバーサーカーを用いて性能に差があるはずのランサーを引き上げさせている。
「…だが、放っておいても片付きそうだ。」
間桐の急造品。正直、長持ちはしないと思う。マスターを人質にしてサーヴァントを働かせるか?先日の外出の様子から推察するに左半身の麻痺は進んでおり、帰りはタクシーを利用した。マスターの能力が劣るということは、サーヴァントにも影響が出る。つまり、全力を出しきることはできない。
「いいだろう。ただし、相手はセイバーのマスターを君だと思っている。」
「そうね。」
例え裏切ったとしても制圧するのは簡単だ。バーサーカーはセイバーには勝てない。マスターは半分死人みたいなものだ。こちらから切り捨てる時も簡単だ。
「これを利用しない手はない。」
相手のマスターの力を削ぎつつ、利用するんだ。
「はい、やっていきましょうかね。」
古い竪琴を持ってきたバーサーカー。埃を払いながら微調整。若干、色合いが変わったところを見るに楽器も宝具扱いらしい。
「すごい、置物のハープなのにいけるの?」
「本物を置物にしてたんですか!?もったいない。まったく、これだから金持ちは。」
年代物のハープは深みのある音を奏で始める。聞いたこともない曲だ。細く白い指先が弾くと魔法のように美しい音が出る。本物だ。本物の音がする。
「…すごいなぁ。」
仮面に隠した素顔は可憐な少女のようであったけれど、この姿を形容するならば伝説に登場する妖精といったところだろうか。
仮面を被るのはどうしてだろうか。私のように醜いわけでもないのに。家で被ると桜ちゃんに剥ぎ取られている訳だが。彼女は別に抵抗したりはしない。
しかし、召喚されてからの時間しか一緒にいないが、私にもわかることがある。彼女の心は少女なのだ。純粋であり優しくあろうとする子供のままなのだ。失敗すれば泣きそうな顔をし、悪いことをしたと感じれば謝る。成功すれば、得意気な顔をする。
「どうでしょう?」
ほら、得意気な顔でこちらを見るダゴネット。拍手するのは桜ちゃん。私は左手が動かないから口で誉めるしかないな。
「すごいね。流石はダゴネット。円卓一の道化師さん!」
そして、誉めると頬を染める。案外、照れ屋なのだ。
「あ、照れてる!」
桜ちゃんに指摘されると素早く仮面を装着。やや動揺した声で“照れてないですよ。”と言う。
外では子供の失踪事件や儀式殺人なんかが起こっている。実際、私たちも戦争に参加している。
しかし、そんな現実を忘れさせてくれるほどに彼女は魅力的な英雄であった。
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似た者同士
「マスターはマスター同士、サーヴァントはサーヴァント同士というわけですか…。」
確かに交渉の席にサーヴァントが同席するのは危険だ。交渉が決裂した時に武力衝突となれば、辺り一面が即座に地獄となるだろう。
「そうよ。でも、ほら。主従水入らずで話したいことだってあるでしょうし、私も同盟相手のことはよく知りたいもの。」
アイリさんは言う。
「それもそうですね。」
なんだか、きれいな人だと思う。漠然とした印象だが、その白い肌と赤い瞳。整った顔。どうにも人間離れした美しさだと思う。
「ねぇ、雁夜さん。あなたはどうして聖杯を望むの?」
「…幸せにしたい人がいるからです。救いたい人がいるからです。」
葵さんや桜ちゃん、凛ちゃんを幸福にするためなら私は何だってできる気がする。
「私も愛する人の望みを叶えてあげたいの。」
静かに微笑みながら言う表情に嘘はない。まぁ、あのセイバーのマスターだ。極悪非道で残虐無慈悲なんてことはないと思っていたが彼女も愛する人のために遠い異国から来たのだと思うと少し親近感がわいた。
「ふふふ、私たちって似た者同士ね。」
彼女は愛する夫のために死地へと踏み込んだという。なんて素晴らしい勇気だろう。殺したり殺されたりする世界とは無縁にありそうなこの人は、ただ一人の望みの成就のためだけに飛び込んだのだ。
「そうでしょうか?」
もしも、私が人並みに丈夫に生まれていれば胎盤として飼い殺しになっただろう。それならば、桜ちゃんは遠坂桜のままでいられた。葵さんも凛ちゃんも悲しい思いをしなくてすんだはずだ。
「そうよ。私、この戦争が終わったら死んでしまうの。」
「…え?」
この人は何を…?死んでしまう?この戦争が終わったら死んでしまうのか?そんなことを平然と口にした。
「でも、悲しくはないわ。愛する人の願いを叶えて死ぬのなら本望ってものよ。」
「…私も死ぬのです。」
一ヶ月も持たないだろう。最後は地下室で餌になって終わるのだろう。もう、左目は見えなくなって久しい。鏡を見るのは怖くてやめた。
何だってできるけど、死ぬのはやっぱり怖い。きっと楽には死ねないだろう。なにせ、文字通り身を蝕まれながら死んでいくのだ。胎盤となれなかった私。その役目を誰かに背負わせてしまった私。それが楽に死ねるなんて道理はないけれど私だって人間だ。怖いものは怖い。
「ほら、あなたと私は似ているわ。失礼だろうけど、調べてみたの。それで興味を持ったわ。貴女も私も愛する人とその子供のために戦ってる。」
「アイリさんは優しい人ですね。まるで魔術師じゃないみたいです。」
暖かな人だ。優しくて豊かな人なのだろう。汚しがたい白い布のような人だ。
「ふふふ、よく言われるわ。」
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策を練るは道化の主従
「…なるほど、これは大変なことです。」
巷を騒がせる犯罪者がマスターでキャスターも狂人となれば、惨劇へのシナリオが揃うわけだ。
「どうしようか。アイリさんたちも動くみたい。」
王さまの陣営と組んだのはいいが、令呪を消費した。私がアイリさんの命令を一度聞くようにと命令された。無論、相手陣営にも同様の条件を負わせている。
他にも
・遠坂時臣の殺害の禁止。
・関係者への攻撃の禁止。
こういったルールを双方に負わせたらしい。念話で相談されたから許可したけれど…。どうにも嫌な予感がする。しかし、終わってしまったことを蒸し返すのも建設的なものではない。
「しかし、私のような貧弱なサーヴァントにとって一画の令呪は一山の黄金のような価値を持ちます。」
残る令呪は1つだけ。ホテルが倒壊するほどの争いが繰り広げられている現在、手札が多いことに越したことはない。
「あちらからの情報だとセイバーをジャンヌダルクと勘違いして狙っているらしい。」
私の王さまを彼の聖人と勘違い…?狙うのは子供ばかり。性別も関係なく、ひたすら子供を害する。訳がわからない。1つわかるのは相手が正気ではないということ。…なら、試してみようかな。
「ダゴネット、セイバーに化けられる?」
「できますよ。ただ、サーヴァントに化けるとなると相手に警戒されるかもしれません。なるべく、警戒を解いて急襲したいところです。」
仕留めるなら一撃で。戦闘が目的ではない。非力な私が目指すのは一方的な殺しだ。
「そっか。そうだよね。」
相手が狂人だと何をしてくるかわからない。それは、とても恐ろしいこと。
「私も警戒網を広げてみるよ。」
…虫を頼るわけですか。まぁ、他に方法があるわけではありませんが。それでも無理だけは禁物です。相手はキャスター。直接対決ならわからないが、陣地の防衛に関しては一流のクラスだ。
「子供を狙うなんて許せない。それに万が一にも凛ちゃんや桜ちゃんの友達に何かあったりしたら…。」
なるほど。それは、考えが及ばなかった。確かに彼女たち姉妹の幸福を考えたならば交遊関係も大切な部分だ。マスターは善良だ。こんな家で育ったからか欠けている部分も見えるけれど、それは今後に期待するとしよう。
「…桜ちゃん。ちょっといい?」
どうせ騙すのなら完璧に騙そう。化けるにしても対象を具体的にイメージする必要がある。そうでないと、ずれが大きくなってしまう。
「どうしたの?」
こらこら、流れるように人様の仮面を勝手に剥がそうとするんじゃありません。…まぁ、いいけれど。
「1つ大技を出そうと思いましてね。」
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道化と狂人
「おぉ、ジャンヌよ!」
大声でしゃべるのはキャスター。どこぞの笛吹男のように子供達を引き連れて夜の町を練り歩く。
「私もそれ相応の準備をして参りました!」
この狂人の目指すところが私にはわからない。ジャンヌなる偉人が果たして狂人の所業を喜ぶのだろうか。おそらくは、キリスト教の聖女ジャンヌダルクを指しているのだろうが。
「このジル・ド・レェめが催す悪徳と背徳の宴を」
…狂人よ。あなたでは、誰かを喜ばすことはできませんよ。狂い方が根本的に間違っています。あなたはジャンヌなる者を愛していましたか?理解していましたか?蒙昧な記憶に頼って行き場のない感情で狂ってはいませんか?自らの抱いた妄想と他人からの妄言に惑わされていませんか?本当に愛を抱いて人を喜ばそうと狂いましたか。否、否、きっと否。あなたにあるのは自己満足。崇高な心も消え果てて空虚な隙間を叫んでいる。
あぁ、なんて悲しい人だろう。なんて哀れな愚者だろう。望まれぬ道化ほど悲しい生き物はいませんよ。
中空を見つめて妄言を撒き散らす狂人。
私は、その脇腹に刃を突き立てる。
「どうかご「えいっ!」…え゛?」
私が振るうは懲愚の剣。王より賜る聖なる剣。
「【シャスティフォル】!」
真名を解放。変装スキルが無効化されて魔力の渦が生まれる。それを肌で感じながら突き立てた刃を通じて敵の体内に魔力を叩き込んで内側から壊す。
規格外の魔力を叩きつけて相手の魔術回路を暴走させ、自滅に追い込むのだ。仮に魔力回路を持たなくても行き場を失った魔力が内側から身体を傷つけて対象を死に至らしめるだろう。
…なんだか、使い方を間違っている気がするが。
「あぁああぁぁぁ!!!」
血涙を流しながら陸に打ち上げられた魚のようにもがき苦しむ様は、私が1つの命を傷つけたことを攻め立てるようでもある。出力を考えないとマスターの命に関わるのだ。苦痛を与えたことには謝罪しよう。
「じゃ、んぬ…?」
でも、私は間違ってはいない。獣を仕留める時は獣に仕留められる覚悟を持たねばならない。剣を向けるということは、そういうことだ。あなたは私を私はあなたを殺そうとした。その結果がこれだ。狩人が獣に仕留められただけ。従順な子羊に化けた狼に気づけなかった狂人はここで終わる。
「ダゴネット!無事か?どこも怪我はしていないか?」
「あぁ、王さま。まったく遅いですよ。見ていたなら手伝ってくれればいいのに。」
私は努めて明るく返す。
「騎士王、そいつは…?」
あのランサーを出し抜けるとは…。知恵を絞った甲斐があったというものです。
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闇夜を駆ける騎士王陣営
水晶に映し出されるのは遠くの景色。所詮、遠見の魔術というやつだ。
「…ちょっと待ってください。アイリスフィール。」
さっき、キャスターに連れられている少女の一人が見覚えのある仮面を被っていた。一瞬であったが、認識するには十分であった。キャスターは気づいていないようだが、彼女が化けているようだ。
「…遠見の魔術に気づいている?」
でも、彼女はお世辞にも強いとはいえない。彼女も英雄の一人。騎士の一人だ。この表現は侮辱になるのかもしれないが、私は心配なのだ。
「すみません、アイリスフィール。」
妄言を叫ぶキャスター。怯えた様子で動けずにいる幼子たち。あれは、狂っている。いつ、その暴力が牙を剥くか予想ができない。
「いいわ、セイバー。あのキャスターを打倒しなさい。」
「感謝します。アイリスフィール。」
正義のために剣をとるのなら、あれは叩くべき悪。闇夜に紛れて悪をなす。あれは敵だ。私の騎士が剣をとった。ならば、彼女の王が剣をとらないことがあろうか。あってはならない。騎士王である私が彼女に任せきりでいいはずがないだろう。
遠くから聞こえる音。真名を解放したシャスティフォル。私が鸚鵡の騎士と呼ばれた頃に使っていた剣だ。
「ダゴネット!無事か?どこも怪我はしていないか?」
闇夜を全力で駆けてきた。彼女や幼子たちが心配であったから。しかし、やはり私は間違っていたらしい。ダゴネットは確かに強くないかもしれない。でも、彼女もまた英雄だ。そして私の騎士だ。
「あぁ、王さま。まったく遅いですよ。見ていたなら手伝ってくれればいいのに。」
そういいながら仮面のまま私を見る。少女に化けて潜入した貴女と違って、私は正面からキャスターの使い魔と交戦してたどり着いたのだから仕方ないだろう。
「騎士王、そいつは…?」
怪訝そうな顔でランサーは言う。ランサーはダゴネットの姿を知らないのだ。バーサーカーは黒い鎧を着用した不可思議な騎士である。そういう認識なのだろう。小柄な道化師を怪訝そうに見るのは仕方がないことだ。
「お初にお目にかかります。ディルムッド・オディナ様。私は円卓の騎士。その一人にございます。」
「お前、俺の名前を…!」
名乗った覚えもないのに知られている。しかし、相手を見た覚えがない。姿を知らない。これは確かに不気味であろう。
「しかし、わかったぞ。貴様の真名。その衣装で円卓の騎士を名乗るなら、貴様はアーサー王に仕えた道化師騎士【ダゴネット】だろう。」
「そうとも、私がダゴネット!私も有名になったものですね、王さま。」
ダゴネットは嬉しそうに名乗りをあげた。
「…っ!どうやら俺の主に危機が迫っているようだ。」
子供達を救出し、キャスターを討伐したことで生まれた柔らかい空気を凍らせたのはランサーの一言だった。
「子供達のことは任せましたよ。ダゴネット!」
私もまた帰路を急ぐ必要が出てきた。どうして私のマスターはサーヴァントを用いずに血を流すような戦いを好むのか。理解しがたいところだが、早く戻らねばなるまい。なんだか、嫌な予感もする。
「…は、はい!」
子供達に囲まれながら手を振る彼女。私は、振り返らずに手をあげて応える。
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公園にて待ち人あり
「雁夜ちゃん…?」
フードを深く被る人影。お洒落に疎い彼女がよく羽織っていたパーカー。
「葵さんなら、見つけてくれると信じてました。」
あぁ、聞き慣れた声だ。幼馴染みだもの聞き間違えるはずがない。
「凛を助けてくれたの?」
「うん。今度は間に合ってよかった。」
…おかしい。いつも駆け寄ってきた彼女が。遠慮がちにも後ろをついてきた彼女が。距離がある。
「ねぇ、雁夜ちゃん。」
嫌な予感がする。いや、でもそんなことはない。彼女は魔術が嫌いだ。だから逃げ出したんだ。そう、11年前にようやく解放されたんだから。
「葵さん?」
一歩、踏み出せばいい。そっと踏み出せば、彼女が私から逃げることはない。きっと、そこにいるはずだ。
「うっ…。」
不自然に転んで尻餅をつく姿。嫌な予感がする。
「…お願い、見ないで。見ないで、ごめんなさい。」
私は彼女の言葉を無視して、フードをめくった。
「…かり、やちゃん?」
顔を伏せる彼女。左半分は血管が浮き出し、一部が脈打っていた。包帯を巻かれた左腕は細く冷たくなっていた。左目は濁り、右目で泣いていた。
「もう一回、魔術師になったの。間桐の魔術だよ。私、マスターになったんだ。」
「もしかして、聖杯戦争…?」
夫が参加している魔術儀式だ。参加者ということは、夫と戦うということ。
「私ね、頑張るから。」
頑張らないで。嵐が来たら伏せて耐えるタイプの雁夜ちゃんが魔術師同士の抗争に打ち勝てるはずがない。
「桜ちゃんを助けるから。」
おまけに夫は雁夜ちゃんのことを嫌っている。“魔術から逃げた落伍者”そう呼んで嫌な顔をする。
「だからね、魔術師のお嫁さんになったからって幸せを諦めないでほしい。」
…ダメだ。きっと進ませてはいけない。
「雁夜ちゃん、時臣を殺して死ぬ気なの?」
幼馴染みで妹分である彼女と夫が殺し合うなんて…。そんな救いのない話があるわけないじゃない。
「大丈夫、私のサーヴァントは最強だから。それに、彼も殺さない。桜ちゃんが帰れなくなっちゃうし、誰もそんなの望んでないよ。」
「…さようなら、葵お姉様。」
もう遅いから車で送っていこうと提案したら断られた。懐かしい呼び名で私に別れを告げる彼女は夜の闇に溶けて消えていった。
“時臣さんと話がしたい”
言伝てを残して消えていく。足を引きずる音が遠ざかる。追いかけてはいけない気がした。追いかけねばならない気がした。
「あぁ、神様…。」
涙が止まらない。どうして、こんなことになってしまったんだろう。私はどうすればいいのだろう。どうすればよかったのだろう。
「お母様、泣いているの?」
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死人に口なし
「見ろ、私の手を。ここに令呪はない。」
ソラウがランサーのマスターになった。令呪を現在持っているのは彼女だ。魔術刻印が破壊され、魔術の行使ができなくなった為に仕方なく渡した。
「確認しよう…。」
魔術どころか、身体中がボロボロだ。ソラウはランサーのチャームによって心奪われてしまっている。だから私はここまで車椅子で移動してきた。一つの賭けを成功させるために。
一歩
…まだ早い。
二歩
…あと少し。
三歩
…激鉄を起こす。
四歩
ここでトリガーを引く!
「…あっけないものだな。」
監督役であった神父が地に伏せている。二度と起き上がることもないだろう。途中ですれ違ったのはバーサーカーの主従のみ。次に対決すれば、間違いなく倒すことができよう。バーサーカーは、円卓最弱の騎士。ランサーが好む騎士道とやらに基づく勝負となれば負ける道理がない。
「それにしても、この私が…」
こんなカラクリで騙し討ちをするほどに落ちぶれてしまうとは…。しかし、どんな手段を用いてでも私は聖杯を手中に納める必要がある。あの男、あの忌々しい魔術師殺しによって私は多くのものを失った。だが、まだ終わりではない。聖杯を手中に納めれば、すべてを取り戻して尚お釣りが来る。
…キャスターのマスターを仕留めた魔術師殺しに令呪が授与されたなら脅威だ。よってここで始末したのは間違えではないはずだ。
「…射殺だと?」
あの監督役を射殺?死体には一発の銃創のみ。私や弟子には彼を殺す動機はない。衛宮切嗣なら確実に仕留めるために手段を問わないだろう。魔術師殺しと呼ばれたプロなら少なくとも二発は撃ち込むだろう。しかし、銃を用いたならば魔術師というよりは魔術使いといった線が濃厚だろうか。…となると、彼女。間桐雁夜はどうだろうか?彼女はセイバー陣営と同盟を締結している。全くあり得ない話ではない。
「しかし、その上で私と話がある…?」
私もまた狙われているのだろうか。いや、しかし…。不意討ちならば危険だが、今の彼女と戦ったとしても結果は見えている。英雄王は強力なサーヴァントだ。並大抵のサーヴァントでは同じ土俵に立つことさえかなわない。いくら魔術の落伍者でも白痴ではなかろう。魔術師としても私と彼女では実力が違いすぎる。
「…常に余裕をもって優雅たれ。」
いずれにしても準備を怠ることなく出迎えてやれば問題ない。念入りな準備、周到な計画。これこそが優雅に物事を進めるポイントなのだ。運や勢いに任せて進むと必ずどこかで失敗する。常に余裕をもって優雅であるためには、影における努力を惜しんではいけないのだ。
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空駆けるは神威の車輪
「おや、こんなところで奇遇ですね。ライダー。」
酒樽を担いで戦車とは中々に不思議な光景ですが。このサーヴァントは堂々と自分の名前を明かしてくる辺り、常識にとらわれない人なのかもしれない。
「おう、道化師とそのマスターよ。」
声も大きい図体も大きい。一口に王といっても色々いるものなんですね。
「私たちは、これから王さまのところに見舞いにいくのです。なんでも、王さまのマスターとその友人が怪我をしたときいたので。」
「そうか、なるほど。それはいい。余もまたセイバーの居城に出向こうというところでな。徒歩では辛かろう。どうだ、乗っていかぬか?」
なるほど。私がマスターを担ぐよりも負担は少ない。マスターも私も楽ができる。それに他人の宝具に乗せてもらうなんてことも滅多にない貴重な体験だ。
「マスター、面白そうです。どうでしょう、ここはライダーの言葉に甘えてみるというのは?」
道化師にとって面白いってのは大事なことなのです。
「そうだね。うん、そうしようか。」
空を駆けるチャリオット。酒樽まで積んであるので少し狭くも感じるが、きっとライダーも荷物を積載して生身の人間も乗車してると思えば無茶な運転もできないでしょう。…できないよね?
「…つまり、ライダーは酒盛りをするために各陣営のサーヴァントを誘っているのか。」
相変わらず英雄というものはよく分からない。殺し殺される相手と酒を酌み交わすなど、やはり理解しがたい存在だ。英雄王もまた王として“聖杯問答”とやらに参加なされるようだ。
「ここは、1つ試してみるのもいいかもしれない。」
無傷のライダーの実力が不明なのが気がかりだ。ライダーのマスターは時計塔の生徒の一人。あの戦車【神威の車輪】のみが宝具とは思えない。世界を征服しかけた王。イスカンダルが1つの宝具しか所持していないとは限らない。むしろ、切り札となり得るものを隠し持っている可能性だってある。
セイバーはランサーの槍による呪いを残しており、剣士でありながら片腕しか使えない。つまるところ、かなり弱体化しているといえる。手負いのセイバーなら英雄王の敵ではない。
…ここで重要なのは、現時点でもっとも脅威となり得る相手の手札を知ることだ。
「綺礼、君のアサシンを利用してライダーの切り札を見極めたい。」
百の貌を持つハサン。群にして個、個にして群。その性質はとても便利である。これを利用しない手はない。
「7割でいい。すべてを投入するには惜しいからね。」
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聖杯問答にて道化は笑う
「どうした、何がおかしい。道化師よ貴様、何を笑っておる。」
ダゴネットは笑っていた。私を含めて三人の王の語らいを笑っていた。
「王さま、発言しても構いませんか?」
挙手して私に問いかける。ダゴネットを指して多くの者は言う。彼女は愚か者でどうしようもない騎士であると。しかし、彼女は子供のように無垢であり、聡明でもあるのだ。王への諫言もまた道化師の役目。仮面を被った彼女は王に意見する宮廷道化師としてここに立っているのだ。
「おい、道化。人形よ。早く語るといい。何がそれほど面白かったのか。我も道化の言葉が聞けぬほど狭量ではない。」
「…ダゴネット、どうしてあなたは笑うのですか?」
その問いかけに対しダゴネットは唐突に立ち上がって踊り出す。ヒラヒラした衣装。月明かりに照らされた仮面。鈴のような声で彼女は言う。
「だって、わかってしまったのですから。少なくとも、私が今回の聖杯戦争で召喚された騎士の中でもっとも賢いことが!」
「どういうことだ?」
征服王が問う。
「道とは、歩いたあとにできるもの。歩いた足跡こそが道。王の道もまた然り。征服王。貴方は数多の地を征服したけれど、雪山を砂漠のようには進めまい。」
異なる時代、異なる場所を生きた英雄ならば歩んだ道に違いがあるのは当然のこと。これは恐らく私がライダーを暴君と称して否定したことと、ライダーが私を王と認めないと発言したこと。その両方を皮肉っているのだ。
「だが、道化師よ。お前の主は過去を改編するといったぞ。お前や仲間たちが歩んだ道を消し飛ばそうというのだぞ?」
ダゴネットは首をかしげた。
「どこか、問題でも?」
そして彼女は酒杯でもってライダーの持ってきた酒をコクりと飲んだ。アーチャーに安酒と称された酒を敢えて口にした。おそらくは、無礼討ちを避けるための逃げ道。酔った道化を討ったとなれば、王としての器量を問われるからだ。
「私は王を愛していません。王さまという一人の人間を愛しています。我が身は道化なれど、立場を愛することのできる怪物ではないつもりです。愛する人の幸福を祈る私は罪の子でしょうか?」
膝をつき、祈るように手を合わせて問いを投げる。神の血を引く征服王を神に見立てて発言する一方で、声色は普段のそれと同じ。
「人形が雑種への愛を語るとはな。これもまた愉快なことよ。」
自らを法と称する王は心底愉快そうに笑った。
「なぁ、道化師よ。お前は自分の王をどう思っている。」
「…アーサー王は偉大なお方!獣を騎士に変え、人形を人間に変える。アーサー王は愚者たちの王、私の王は騎士王その人ただ一人。王の奏でる音楽の中でなら、私はいつまでも踊っていられましょう!」
彼女は目を背けたくなるほどに堂々と言い切った。
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群れる影と王の軍勢
「何だってアサシンばかりこんなに…?」
ライダーのマスターが言いたいことを代弁してくれた。黒い姿に白い仮面。庭に立つのは暗殺者たち。
「我らは群にして個。個にして群。」
…つまり、複数人いるのは仕様だということだろうか。暗殺教団の党首。伝説にまで昇華されたアサシン。山の翁。ハサン・サッバーハ。しかし、このタイミングで暗殺を生業としたサーヴァントが姿を現した。これは勝負に出るつもりなのかもしれない。
「宴は人数が多い方がいいだろう。どうだ、アサシンよ。この酒は貴様らの血と共にある。」
王とは誰よりも強欲で誰よりも豪笑し、誰よりも激怒する。人を極めた存在だと豪語した征服王は柄杓でもって真っ赤な酒を先頭の一人へと差し出した。
「もしかして、コイツらも誘うのかよ。」
「なんだ坊主、不服か?いいか、坊主。王の言葉とは万人に対し発するもの。わざわざ傾聴しに来たならば、そう邪険にすることもあるまいて。」
ライダーとライダーのマスターのやり取り。アサシンの集団を前にして焦る様子もなく話し合っている。これは、サーヴァントとマスターにおける信頼関係が築かれているからこそだろう。…その点では、少しばかり羨ましくも思える。
「…この酒は貴様らの血と共にあるといったな?それをわざわざ地にぶちまけたいというのならば。」
飛来した短剣が征服王の持つ柄杓の柄を半ばから断ち切り、酒は征服王の肩と地を濡らした。
「いいだろう、これが宴の最後の問いだ。」
砂塵が現れた。
「問おう、“王とは孤高なるか否か”」
征服王は問いかけた。
「無論、孤高こそが王だ。」
アーチャーは呆れたように口にした。自らを法であるとした王は並び立つ人間など不要であったことだろう。
「王となったなら孤高にならずにはいられない。」
私も答える。どうしてか、少しばかり細い声になった。しかし、そういうものだ。
「ダメだな。まったくもってダメだ。そんな貴様らには余が今から真の王の姿を見せてやらねばなるまいて!」
景色は姿を変えていく。城の中庭は果てのない砂漠へと変わっていく。
「心象風景の具現化!?」
足音。砂埃。
「そうとも。ここは、我らが駆けた大地。我らが目に焼き付けた土地。これを形にすることができるのは、これが我ら全員の心象であるからだ。」
多くの臣下を導いた征服王。
「こいつら、一人一人がサーヴァントだ!」
その臣下がここに集う。死してなお、王と共にあらんという勇者たちが立つ。
「これこそが、征服王イスカンダルたる余の持つ最強宝具。アイオニオン・ヘタイロイ【王の軍勢】なりぃ!」
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道化師の願い
「…ダゴネット。」
鎧を解いて後ろから抱き締める。小柄で線の細い彼女は抱き留めておかないと消えてしまいそうな気がするのだ。あの日、どうして彼女が死んだのか。誰が彼女を殺したのか。気の弱いところのある彼女に訪ねるのは悪手だ。下手をすれば、錯乱しかねない。彼女は力ある者ではない。
「貴女のマスターは幸せ者ですね。貴女を引き当てるなんて本当に幸福です。」
彼女は確かに騎士としては弱い。実力もないし、武勇に優れた逸話も残っていないだろう。
「そんなことはないですよ。」
しかし、彼女は優しく誠実で聡明だ。先の問答のような諫言。自分の主に賛同するばかりでなく、きちんと諫める発言ができる臣下は貴重な存在だ。彼女は臆病なところもあるが、彼女の持つ慎重さに感謝することもあるだろう。
「…いけませんよ、王さま。」
わかっている。私が願いを叶えるためには彼女を斬り捨てなければならない。
ライダーには否定された私の願い。私の願望は過去を改編すること。その願いのために彼女や多くの人々と共に歩んだ道を消し去る結果になろうとも。私は、やはり望まずにはいられない。あのような結末を迎えてどうして何も思わずにいられることか。彼女を含め多くの人々を思って願うことが悪であるとは思えない。
「王さまはきっと疲れているんです。少しくらい立ち止まってみても悪くないと思います。」
誰かのためを思う祈りが悪であっていいはずがない。正しくないはずがない。
「ダゴネット、あなたの願いは何ですか?」
「まだ決まっていません。いや、正確に言えば候補はあるのですが…。笑いませんか?」
正面から抱き直して仮面を剥ぎ取る。彼女は頬を赤らめながら問いに答える。
「私にとって大切な人々の未来が幸福で満ちることです。」
…なるほど。彼女はそういう人間だ。彼女は野望に溢れた英雄ではないし、清廉潔白で正義に燃える模範的な騎士でもない。
「でも、そのためには私にとって大切な人々が無事でなくてはなりません。そうなれば、一番の願いとしては“この聖杯戦争に参加した人々の願いの成就”がよいのでしょうか。
…とにかく、私は計画性がないので個別具体的な願いを考えるのが難しいのです。目の前の現実に精一杯ですし、まずは聖杯を手中に納めること。これを目標に今日まで戦ってきました。」
「相変わらずですね。ダゴネット。」
あの頃と少しも変わらない。彼女は自分の周囲にいる人を大切にする。(逆に言えば、関わりのない人には無関心なのだが。)そんな彼女らしい願いを少し微笑ましく思ってしまった。
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対峙
「葵、お茶をいれてくれるか?」
目の前の遠坂さんが言う。奥にいる葵さんの旦那さんだ。遠坂邸と呼ばれるだけあって立派な家。優雅にソファーに座り私と対面している男は“貴族”と形容するのがふさわしいような人。…正直、私は嫌われているようだと思う。私自身、彼に関しては複雑な思いを抱えているから人のことは言えた義理ではないけれど。
「…さて、ずいぶんと変わり果てた姿になったじゃないか。」
「間桐の魔術は身を蝕みますから。」
私の姿を見て考えろ。自分が娘を地獄に送り込んでしまったと気づけ。
「率直に聞きます。どうして間桐だったのですか?あの家は地獄です。未来なんてありません。」
「それは、君にとってそこまで重要なことかね?」
まさか、知らずに送り出したのか?いいや、知っているはずだ。知らないなんてことはあり得ない。
「それに君が未来がないだなんてよく言えるじゃないか。魔術の道から逃げた落伍者が。血の責任から逃げ、浅ましくも聖杯を求めて舞い戻った君は優雅ではない。それどころか、君は魔術師の恥だ。」
「それは、私が間桐の魔術を継承しなかったことを…?」
何も知らない癖に好き勝手なことを言わないでほしい。あれは魔術なんかじゃない。あれは外道だ。ただの外道だ。あそこで行われるのは、人の肉を食み生き永らえる妖怪の餌になるための儀式だ。
「そうだとも。そもそも君が逃げたことで間桐の魔術の後継者が不在になった。君の家から未来を奪ったのは君だ。もっとも、君のために桜は間桐の後継者として迎え入れられたのだから感謝もあるが。」
…感情を抑制しろ。下手に興奮すると不味いことになる。もしここで体内の虫が暴れ始めたら会話どころじゃなくなってしまう。
「君の父上から持ちかけられたのだよ。後継者がいなくなって困っていると。魔術は一子相伝。だから二子を持つ魔術師は苦悩する。葵は母胎として優秀すぎた。類い稀なる才を持った二人の娘。しかし、選べるのは一人のみ。残る一方は凡俗に落とさねばならない。しかし、間桐の後継者となれば別だ。それに廃れたとはいえ、名門である間桐。聖杯戦争のご三家の1つだ。娘やその子孫が根源に到達する可能性は飛躍的に上昇する。」
…酷く見下した目だ。この目が嫌いだったんだ。
それに私には理解できない。
当たり前の日常を魔術がないだけで“凡俗”とまで貶す。葵さんを母胎などと表現する。
これが魔術師という生き物なのだろうか。
「遠坂と間桐で姉妹で骨肉の争いをしろと…?」
だとするならば、それは人ではない。
「そうなれば、二人は幸福だ。どちらか一方は根源へ到達し、残る一方は名誉を得ることができる。」
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貴族と落伍者
「…待って、そこにいて。」
お茶を注いで下がろうとした葵さんを呼び止める。本当は、こんなことをしたくはないのだけれど。
「妙な真似をしない方がいい。君にとってここは敵地なのだから。」
言葉を無視してパーカーのチャックを下ろす。
「…勘違いしているようだけど、私は魔術師になったことはありません。」
冷静に。冷静になれ。私は、目の前に座る彼女のために死ぬんだ。
「雁夜ちゃん…?」
「私は、あなたが言うコンゲンとやらにも興味はありません。それに魔術の道を志したこともありません。」
そう、あの頃の私は間桐の胎盤として調整されていただけなのだ。あの拷問のような日々は今でも夢に見る。今でも身体に刻み込まれている。
「私のここ、空っぽなんですよ。」
飾り気のない無地のTシャツを捲りあげて、醜い傷跡が集中する腹部を見せる。私の身体では胎盤として強度が足りない。だから、妖怪は私の身体から引きずり出したのだ。この傷跡は一生消えることはないだろう。
「どういう、ことだ…?」
「私は、間桐の後継者を産み出す胎盤として育てられていました。でも、身体が弱いので子供を産むことは困難だと推測されて…。持っていかれました。私の中身。高笑いと共に私の中身は剥奪されました。」
あぁ、葵さんに見られている。以前よりも醜くなってしまった身体を。
「…自分の娘にここまでできる妖怪です。人を食べて生きる妖怪です。桜ちゃんは家族の助けを待っています。あの娘に必要なのは私なんかじゃない!髪色が変わった。目の色も変わってしまった。それでも、家族が助けに来るのを待ってるんだ。」
伝われ。伝わってくれ。どうしても伝わってほしい。
「間桐雁夜。君を落伍者などと侮辱したことは謝罪しよう。君は魔術を根本的に知らないようだからね。
…桜は、大事に扱われていないのか。これは、判断を間違ったかもしれないな。」
そう。重要なのは、遠坂の家に桜ちゃんが戻ること。そのプロセスにこだわりはない。どうせ、この聖杯戦争が終われば私も死んでしまう。ならば、戦後のことも考えておかねばならない。
「私は、そのために間桐に戻った。葵さんが大好きだから。助けになりたいから。聖杯を持ち帰れば、桜ちゃんを解放するって。そう言われた。あいつは、桜ちゃんも道具として見てる。彼女の未来を束縛するつもりなんだ。だから、頼みます。例え、私たちを殺したとしても根源を目指すにしても必ず桜ちゃんを助けてあげて。」
…恥も外聞もなく頭を下げる。魔術師なんてアイリさん以外は人でなしばっかりだ。私が知る魔術師は少なくとも鬼畜外道ばかりだ。でも、この人は葵さんの想い人であり桜ちゃんたちの父親でもある。好感は持てないし、彼の主義主張を認めることはできない。しかし、好きな人の幸せな家庭を破壊するほど私は壊れていないはずだ。
「わかった。」
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優しい人
「それじゃあ、いってくる。」
お守りと不思議な模様の刻まれた天然石。お土産は二人で選んだらしい。私も連れていってくれればいいのに。雁夜さんの首につけられたネックレス。私へのお土産と同じような模様がついている。
「いってらっしゃい。」
お爺様も雁夜さんの兄さんも私には興味がないみたいだ。地下室に送られなくなった。…けれど、私は知っている。隣で一緒に眠ってくれた雁夜さん。優しい雁夜さんが夜中に危ないことをしているのを。日に日に疲れていくのを。
「気を付けてね。」
私は手を振って送り出す。ダゴネットさんも優しい人だ。ちなみに“バーサーカー”というのは役職名らしい。外国語はまだよく分からない。
「待ってないで先に寝てていいからね。」
そんなことを言って二人は出ていく。先に寝る?この無駄に大きなベッドでたった一人きりで?そんなのは嫌だ。寂しいし、怖いし、それに眠ってしまったら二人とは二度と会えなくなるような気がする。
雁夜さんがお土産にくれた色とりどりの天然石を並べておはじきのようにして遊んだ。寝る前にダゴネットが読み聞かせてくれた絵本を一人で読んだ。お手伝いして三人で作ったご飯を大きなテーブルで食べた。
…お家の大きさは昔と変わらない。けれど、あっちには皆がいた。ここには、誰もいない。空っぽなんだ。雁夜さんとダゴネットが帰ってこなかったら…。私は、きっと寂しさで死んでしまう。
「早く帰ってこないかな…」
地下室送りにされたっていい。痛いことだって苦しいことだって我慢できる。だから私は何をされたっていいけれど、あの二人だけは無事に戻ってきてほしい。それだけ。それだけが1つの願い。
大きな振り子時計の針の音が響く。ダゴネットの奏でたハープ。後でゆっくり教えてもらおう。彼女ほどは上手にできないかもしれないけれど、私もやってみたいと思った。雁夜さんのカメラ。お古を1つもらった。普段お仕事で使うようなカッコいいやつではない。小さくてかわいいカメラ。まだ使ったことはないけれど、使い方は教えてもらった。シャッターを切ってフィルムを巻く雁夜さんは、とても格好よかった。
レコードを機械にセットすれば、ダゴネットと一緒に踊った曲が流れ出す。雁夜さんは古い曲だと笑った。ヒラヒラした衣装で踊るダゴネット。ピエロにしては決して派手ではない衣装。それでも私にはきれいに見えた。
ダゴネットは、恥ずかしがり屋で目を離せばピエロのお面を着けてしまう。でも、その目は前のお家で見たどんな宝石よりもきれいで…。隠してしまうのはもったいないと思ってしまう。
「お仕事が終わればいいのに…。」
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槍兵の脱落
「そうまでして聖杯が欲しいか…」
ランサーの持つ槍が胸部を貫いている。二槍を操る騎士は血涙を流しながら口を開く。
「そうまでして勝ちたいのか…」
必滅の槍を持つ左腕が持ち上がる。本人の意思を無視して持ち上がる。令呪。マスターの持つ切り札。サーヴァントに絶対的な命令を下す呪い。あるいは、奇跡を起こさせることもできるであろう強力な呪い。
<騎士道に誉れあれ!>
そう語りながら私と斬り結んだフィオナ騎士団の一番槍。輝く顔のディルムッドは、憎悪に歪んだ顔で私たちを睨み付ける。
「許さん、この俺のただ1つ抱いた願いさえ踏みにじり、騎士の誇りを辱しめる…」
車椅子に乗った金髪の男。絶望したような表情を浮かべながらも慈しむように女を抱き抱えている。その傍らに立つのは私のマスター。
「貴様らは何一つ恥じることはないのか!外道に走り、騎士を貶める亡者ども。許さん、断じて許さん…!」
二本の槍が胸を貫く。私ではなく、彼自身の手で以て。いかほどの屈辱だろうか。どれだけの絶望だろうか。自分の掲げた夢を誇りを自分の槍で壊されるのだ。
「聖杯に呪いあれ…!」
その無念。その絶望。突かれていない筈の私の胸が痛む。なぜ、どうして…。こうまでしてするのだろうか。
「その願望に災いあれ…!」
口より血を吹き出しながら
「いつか地獄の釜に落ちるとき」
その怒りを憎しみを吐き出しながら
「このディルムッドの怒りを思い出せ…!」
騎士は砂のように崩れていく。何ということだろう。誇り高き騎士が背後からの裏切りで絶命した。その尊厳を誇りを理想を最悪の形で裏切られながら死んでいった。
乾いた音がした。
銃声だ。人体が地を転がる鈍い音。無機質な車輪の音。
「貴方って人は…!」
殺したのだろう。嗅ぎなれてしまった血の臭いがする。ランサーを殺したのに。まだ殺し足りないというのだろうか。
微かに息のある金髪の男の口が動く。
「僕は、殺していない。」
…マスターの助手であるマイヤが銃を持ったまま近づいてくる。地面に広がる血液。致命傷だろう。これ以上の暴力は不要だ。
銃声
「マスター!」
私の声に振り返ることもない。彼はあれだけの憎悪の叫びを聞いて表情1つ変えていない。
「ちょっと、切嗣!」
アイリスフィールが叫ぶ。雪景色の中で幼い娘と遊んでいた彼と今の冷酷な殺人者としての彼。本当に同じ人物なのだろうか。
「お疲れさま、アイリ。これでランサーの陣営は全滅した。セイバーの呪いも解かれた。」
事実ではある。私の左手は自由になった。ランサーは脱落した。その手段を除けば目標は完全に達成されたとしていいだろう。
「そういうことじゃないわ。ちゃんとセイバーの声に答えて!」
…私には自分のマスターがわからない。
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愉悦と神父
「…愉悦だと?」
目の前の男は自分の主を退屈だと言い捨てた。魔力を供物として献上し、自らに仕えるから共にあるに過ぎないと。そして、私に興味を持ったという。
「そうだ、お前はそれを知らねばならない。」
英雄王、ギルガメッシュ。今回の聖杯戦争ではアーチャーとして召喚された。自らが唯一の王だと自称し、己を法であると述べる古代ウルクの王。
「それは、悪だ。神に仕える聖職者である私に愉悦…?そんな堕落に手を染めろというのか。」
私は“愉悦を知らない”と。愉悦とは、それは明らかに悪であろう。信仰に生きる身としては愉悦とは許しがたい悪行であり堕落である。
「愉悦とは、謂わば魂のカタチよ。故に愉悦は有無ではなく、知るか知れないかを問うべきものだ。綺礼、お前は魂の在り方が見えていない。愉悦を持ち合わせぬなどと抜かすのはそういうことだ。」
「何を…!」
私の私物である秘蔵のワインをグラスに注ぎ、優雅にそれを傾ける人類最古の王。
「そうだ、綺礼。お前に課した課題の件だ。そろそろ調査が終わったのではないか?」
アサシンに各陣営のマスターを調査させて私がアーチャーに報告する。そういう課題だ。それならば、伝え聞くよりも己の耳で暗殺者たちから聞けばいい。それをどうして回りくどいことを…。
「あぁ、報告するが。」
どうしてだろう。とても嫌な予感がした。楽園でリンゴを手にするような感覚。先に進んではいけない気がした。決して口にしてはいけない果実を口元に差し出されるような感覚。
「…気付いているか、綺礼。バーサーカーのマスター。たしかカリヤとか言ったか?奴のことに関してはずいぶんと詳細に語ったではないか。」
間桐雁夜。一年前に間桐の家に戻り、自分の幼馴染みである遠坂葵の娘を解放するために聖杯戦争に参加した。遠坂家の当主を嫌っている。遠坂の娘を救うという目的を持ちながら魔術師の天敵であるセイバー陣営と同盟関係にある人物だ。
「…事情の複雑なマスターだ。それなりの説明を要しただけだが。」
そう、彼女の経歴もまた普通ではない。複雑な事情のあるマスターである。説明が細かくなるのは当然のことではないか。
「違うな。お前はアサシンに調べさせたのだ。お前の無自覚な興味によってな。」
私が、彼女に興味を抱いた…?
「自覚がなくとも、魂とは本能的に愉悦を求めるもの。そう、まるで血の臭いを辿る獣のようにな。そうした心の動きは無意識に抱く興味や関心として表面化する。つまり、綺礼よ。お前が見聞し理解した内容を我に語らせる行為には既に十分な意味がある。」
あの死にかけの女と道化師の陣営に興味を抱いたというのか。いったい、どうして…?
「さて、ここからは仮定の話だ。万が一の奇跡と数多の偶然が加わってバーサーカーの主従が勝利するシナリオを想定するといい。」
「それは…」
おそらくは、誰も救われない。救われることはないだろう。参加者の願いを踏みにじり血塗れの勝利と聖杯を手にしたとして彼女が直面するのは己の闇。自分の焦がれた存在のとなりにある人間への妬み。幸福を手に入れた人々への嫉妬。他者に劣ることを自覚させられる劣等感。そして、残された時間への絶望。
「そろそろ、いい加減に気づいてもいいのではないか?この問い掛けに関する本質的な意味に。」
「お前は、カリヤに対しての執着を見せた。普段の無駄のない思考に蓋をして延々とカリヤに関する意味のない妄想を行った。苦にならない徒労、無意味さの忘却。すなわち、これは『遊興』である。祝うといい、綺礼よ。お前はついに『娯楽』のなんたるかを理解したのだ。」
「娯楽…すなわち愉悦であると?」
…だが、間桐雁夜の生に『悦』と呼べるような要素は皆無だ。彼女は時間と共に苦痛を積み上げていくしかないのだから。いっそ、早々に落命した方が救われるかもしれない人物だ。
「綺礼、どうしてそう思い悩むのだ。なぜ愉悦を狭義にとらえる必要がある?」
アーチャーは溜め息混じりに言う。
「苦痛や嘆きを『愉悦』とすることに矛盾はないだろう。愉悦のあり方に型などありはしない。それがわからんから悩むのだ。お前は。」
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深窓の姫と騎士王
“騎士なんかに世界は救えない。”
乾いた顔で切嗣は言う。彼が目指すのは恒久的な世界平和だ。そのためならば如何なる犠牲をも厭わない。
“高尚な英雄サマは戦場に秩序と正義があるなんておっしゃる。そんなものは、まやかしだ。そこにあるのは、垣根なしの絶望だけ。”
私は、そんな彼の一部になれているだろうか。彼を完成させるための部品になれているだろうか。
名前を与えられた。生き方を教えてもらった。“私”を与えてくれた。
“この聖杯戦争における流血を人類最後の流血にする。”
その夢のために願望のために死んでいけるなら本望だ。それだけあれば。彼のためになるならば、私は人外の怪物とだって代行者とだって戦える。結果として死んでしまうとしても切り捨てられるとしても。…それだけで私の命に価値があったと誇ることができる。
だから、
「こちらが、鍵になります。」
今は任された役目を全うしよう。
「アイリスフィール、隠し事をするのはやめてほしい。私には、あなたを守るという任務がある。」
アイリスフィールの様子がおかしい。身支度に時間がかかるのは貴婦人には珍しくないことだ。しかし、『キリツグがくれた玩具の中では、一番のお気に入りなの!』そう言って楽しそうに運転を行っていた彼女。それが、今日は私にハンドルを握らせて助手席で舟を漕いでいた。さらにマスターの助手であるマイヤから屋敷の鍵を渡されたときも私に預からせた。
おまけに今度は私に魔方陣を描けと言う。
「なんのことかしら?」
明らかにおかしい。
「今日の貴女は物に触れることに対して酷く慎重になっている。」
彼女はホムンクルスで活動時間は10年にも満たない。よって彼女にとって出会うものは、その殆どが今までに出会ったことのない新しいものになりえるのだ。彼女が町を歩いたときも少女のように楽しんでいたはずだ。
「…そうね、隠したって仕方ないものね。」
彼女は儚く笑う。
「セイバー、手を出して。」
その白い指。その細い指は不思議なことに小さな道化師を思い出させる。
「私は、今から精一杯の力で手を握るわ。」
「…アイリスフィール?」
何の冗談だろうか。これで精一杯?いや、精一杯やっているようだ。しかし、わずか数日でここまで衰えるものなのだろうか?
「これが今の私。指先に引っ掻けることならできるんだけど…。着替えるのとかは、大変だったわ。」
なぜ冷静にいられるのだろうか。これは、明らかな異常だ。
「でも、これは私の構造的な問題。それに私はホムンクルス。いったでしょ?私は人間じゃないの。だから、病気になったり怪我をしたりしても病院にいったりはできないわ。」
多くのホムンクルスは人間よりはるかに優れた魔術の才能を持つが、基本的に脆くて儚い存在だ。
「そう、ですか…。」
彼女達は寿命を活動限界と呼ぶ。しかし、人間よりも短いそれを悲嘆することはない。
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流血に至るシナリオ
「…もとより、飛行機のチケットなど取ってはおりませんから」
我が師の背中に突き立てるのは、私を一人の魔術師として認める証という名目で渡されたアゾット剣。背後から胸を貫通させ、肉を抉るように抜く。セイバー陣営との同盟の条件として私の国外追放を受け入れたようだが、私が裏切るとは思わなかったのだろうか。
「ガハッ…!」
…流石は我が師。あれで即死しないとは。しかし、そう簡単に運命は変わらない。元より代行者として異端を討ち滅ぼしてきた身。それに脊椎ごと心臓を破壊された上で幅広な刀身が体内を蹂躙したのだ。もはや、死ぬのは時間の問題である。
「ご息女のことに関しては、ご心配なく。安心してお眠りください。」
開いていく瞳孔。血の気の抜けていく顔。戸惑いと絶望の入り混じった顔。ただ、これは目標の一歩に過ぎない。セイバー陣営との共闘によるライダーの撃破。遠坂時臣は、これについて打ち合わせるために間桐雁夜を呼び出した。私は、その裏で遠坂葵を呼び出した。
「さすが、一流の魔術師の作品なだけはある。」
首が落ちる。アゾット剣も作り手の殺害に使われるとは思わなかっただろう。
ここからが、シナリオの始まりだ。アーチャーには単独行動スキルがある。その気になれば、魔力供給なしでも暫くは現界し続けることができよう。ここで英雄王が行うのはセイバーを相手に遊ぶこと。
「ほぅ、これはこれは…。よもや、飼い犬に首を食いちぎられるとはな。」
愉快そうに笑う英雄王。
アサシンに命じてアインツベルンの聖杯を奪えば、その入れ物の夫である衛宮切嗣を呼び出すことも可能であろう。そうすれば、私は彼を私を知ることができる。
私の召喚したアサシンはライダーを相手に7割を消耗したが、未だに3割が残っている。計画に齟齬が生じた場合の修正役として教会にも一部のアサシンを残す。
「まったく、相手がセイバーでなければ我は動かなかったぞ?」
殺された父の遺志を読み取って移植した監督役のための予備令呪。ありがたく使わせてもらおう。
アサシンを残したのは、やはり正解だった。私はアサシンを通じて各陣営の動きを監視することができる。人数が減ったことは残念であったが、彼らは任務に忠実だ。余計な情を抱くこともなく、非常に扱いやすい。
そして彼らが用済みとなれば、令呪をもって自害させ英雄王のマスターとなる。
我が師の頭をあるべき場所へと戻す。残された令呪が消える前に剥ぎ取り、己の腕に移す。裏切りは原初の罪だ。しかし、私は己の胸の高まりを抑えることができなかった。
「しかし、お前にしては上出来だ。楽しみにしているぞ。」
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教会への道
公園の横の広い道路で彼女を待つ。彼女とはこの公園でよく待ち合わせをした。夜になるとこんなに静まり返るだなんて、知らなかった。しかし、遠くから足音がする。微かな話し声。間違いない、彼女の声だ。
「…ねぇ、雁夜ちゃん。一緒にいきましょう?」
雁夜ちゃんに声をかける。
雁夜ちゃんは車イスに乗せられていた。半身が麻痺しているために自分では移動できないのだろう。後ろの女性が彼女のことを介助している。
「葵さん?」
驚いたように顔をあげる。
「後ろの人があなたのパートナー?」
たしか、聖杯戦争は過去の英雄をサーヴァントとして使役して行う魔術儀式。
「はじめまして。私はダゴネットといいます。アーサー王の道化師であり彼の有名な円卓の騎士の一員でもありました。今回は、雁夜さんに召喚されてここに存在しております。」
うなずく彼女。そして後ろの小柄な女性は可愛らしい声で話し出す。どこかで見たような洋服。女の子らしいデザイン。…いつかの雁夜ちゃんのお古だろうか。
「ご丁寧にどうも…。私は、遠坂葵と申します。雁夜ちゃんとは、幼馴染みで仲良くさせてもらっています。」
小さく頭を下げる。決して強そうには見えない華奢な身体。それでも微かに感じられる人間でないような存在のオーラ。
「なんだか、可愛らしい人を召喚したのね。」
そういうと、ダゴネットは少し照れ臭そうに微笑んだ。
「実を言うとね、あなたたちを待っていたの。敵対している魔術師の拠点に近づくのは危険だって聞いたから通り道でね。予想通りの道を使ってくれてよかったわ。」
本当は、夫と一緒に教会で待つつもりだった。でも、雁夜ちゃんのことが心配だったから車で迎えに来たのだ。彼女の今の身体じゃ車なんかは使えない。歩くにしたって時間がかかる。放っておいたら今にも死んでしまいそうな、そんな顔をしている。
「ありがとう。実は、すごく緊張しててさ。葵さんがそばにいてくれるだけで百人力だよ。」
ドアを開けて乗車を促せば、ゆっくりと車イスから立ち上がり、ダゴネットさんに支えられながら座席に座る。
「大丈夫。彼だって酷いことはしないはずよ。それに教会は中立地帯だって教えてもらったでしょ?」
だからこそ、話し合いの場所に選ばれたのだ。相手を呼びつけるのではなく、敵対することもなく、あくまで対等の立場にある者として語り合うために。
「まったく…私だっているのに心配性なマスターですね。」
呆れたように後部座席のダゴネットは言う。それを聞いてフードを深く被ったまま雁夜ちゃんは苦笑する。
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幕は上がり道化が踊る
「あな、た…?」
葵さんの声がする。私は声も出せなかった。そこにあったのは、死体。現代社会で生きる上では遭遇することのないものだ。
肩から首が転がり落ち、あとを追うように胴体が生々しく崩れ落ちる。
「…あ、ああおいさん!」
声が震える。…寒い。ここは、寒い。背筋を冷たいナイフでなぞられるような感覚。肌が泡立つ。ここは、嫌な予感がする。
…笑い声。高らかなものではない。影に潜み他人を嘲笑する者のする嗤い声。
「危ないっ!」
虚空から飛来したモノがダゴネットによって弾かれる。弾かれて机に突き刺さったのは月明かりにすら反射しなそうなほどに黒々した短刀。
…イスカンダルの差し出した柄杓を破壊した物と同じだ。つまり、ここにいるのはアサシン。
「よくぞ避けたな道化師よ。」
「…刃物の扱いには慣れているもので。短刀はジャグリングするもの。人に向けて投げてはならないって教わりませんでした?」
安い挑発だ。
「生憎と我らの教義とは異なるようだ。」
虚空から現れた暗殺者は口を開く。…部屋のすみに天井に窓枠に。白い仮面が浮かび上がっては消えていく。手に手に武器を持ち、今にも私たちの首を落とそうと構えているのだ。
あまりの恐怖に現実感が追い付かない。空想ではないのか。空想であってくれないのか。
「えっ、本当ですか?…あとでパロミデスさんに聞いてみようかな。」
音を立てて背中に突き立つ短剣
「…何か、刺さったんですが。」
ゆっくりと引き抜くも、怪我をした様子はない。
危なかったぁ…。セイバーのマスターの旦那さんにもらった防刃チョッキがなかったら死んでたかもしれない。高位の宝具だったら貫通されていたかもしれない。正直なところ、ナイト オブ オーナーを発動してなかったら死んでたと思う。
「ちょっと、刺さったら危ないでしょ!」
…反応なし。
しかし、下手に避けるとマスターが危ない。葵さんもマスターも精神的に正常じゃない。こんな状態じゃ逃げるのも難しい。だからといって室内でチャンバラするわけにもいかない。それこそ危ないし、私は得意じゃない。
「来るなら来い!できるなら、来るな!」
考えろ。考えろ。このままだと確実に終わる。白旗をあげてマスターだけでも助けてもらう?いや、皆殺しにされるだけだろう。
何かヒントがあるはずだ。
“個にして群、群にして個”
相手は集団
“あれは、貴様の連れか?”
征服王の問い
“おのれ、よもや我の出る酒宴に刺客を差し向けるとは”
マスターを殺されたアーチャーの答え。
…考えろ、思考を止めるな。
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影の群れと道化の騎士
英雄王と共にワインを片手に見下ろす。私は、己の胸の高鳴りを確かに感じていた。
「逃げましょう、マスター!」
必死に叫びながら四方より襲い来るアサシンに削られていくバーサーカー。この密室では派手に動くことができない。下手に動けば己のマスターを傷つけることになりかねないからだ。
『だが、バーサーカーだけは残せ。』
英雄王につけられた注文はそれだけだ。
…どうすればいい?ランスロットさんならどうした?彼の場合は、瞬時に殲滅するだろう。それだけの力がある。ガウェインさんも一瞬で突破して建物ごと消し飛ばすだろう。ダメだ、参考にならない。できないことはないが、あまりにもリスクが高い。
“他人の武器や姿を借りることができる”ことと、“他人になれる”ことは違うことなのだ。
例えば、私がここでランスロットさんの姿を借りたとしても魔力で作られたアロンダイトの真名を解放することはできない。
侮られている。こちらを痛め付けようという意思が透けて見える。そんな気がする。
ここで、アサシンに化けて混乱を起こすか?
その程度で伝説にまで昇華された暗殺者の混乱を誘えるだろうか。
真っ先に狙いそうなマスターを狙わずにいる。生け捕りにするのが目的か?
相手は、主に鎖や短刀の投擲で私を釘付けにしている。接近してきたのを捉えようと剣を振るっても私の腕では当てられない。それどころか、防具の隙間を狙われる始末。
「そこっ!」
だから、どうにかする。セイバーのマスターの旦那さんに頂いた銃で解決しよう。銃剣をつけた機関短銃を使えば、それなりに使えるはずだ。
徐々に退いて私を殿にして大急ぎで逃げ出せば、二人は助かるかもしれない。聖杯よりも命が大事だ。桜ちゃんだってマスターの帰りを待っているんだ。死んでしまったら終わりだ。そこで終わりだ。それだけはあってはいけない。
攻撃する瞬間だけは、どんなに訓練した騎士でも獣でも隙ができる。それは暗殺者とて変わらないだろう。気配遮断のスキルも攻撃する瞬間だけは無効化されるようだ。しかし、全員が同じような格好をしているために数えにくくてしかたがない。
夜が開けるまで耐えきるべきか?いや、それは色々と現実的ではない。そこまで悠長な連中ではないだろう。
仮にも円卓の騎士の一人にある者が銃を使うとは…。機関短銃を破壊されれば、袖口から自動拳銃。それも壊れれば、袖から再び新しいものを出す。
…力なき存在の足掻く様もまた魅力がある。
撃たれるのを無視して大柄なアサシンが飛びかかる。
アサシンは痛みに強い。ハサンの語源は“ハシシ(大麻)を吸う者”である。つまり、彼らは薬物によって痛みや恐怖を克服していたのだ。
バーサーカーは銃剣を突き出して心臓を貫く。
近距離から叩き込まれた弾丸と銃剣は確かに一体のアサシンを殺した。
…自己の一部を殺されたことに動揺されることもなく、殺されたアサシンの背中に潜んでいた小柄なアサシンが躍り出る。
今さら慌てても遅い。避けるにも迎撃するにも近すぎる距離。
死角を利用して放たれた一撃は“蹴り”。バーサーカーはゴム毬のように吹き飛ばされ、残る二人と共にドアに激突する。
美しい衣装をズタズタに切り裂かれ、各所から赤い血液を滴らせるバーサーカー。
私の魔術によってドアが開かないことに気づき、騒ぐ己のマスターと放心状態の遠坂婦人を横目で確認しながらも彼女は不敵に笑った。
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英雄の王と道化の騎士
「風よ…」
魔力を練り上げる。本人になれなくても模倣程度ならば可能だろう。イメージするのは、鸚鵡の騎士。つまりは、この剣を使っていた頃の王さま。
“風王鉄槌”
これは、王さまの宝具として成立しているけれど魔術の一種である。風で鞘を作るのは大変だが、相手に叩きつけるという点に限れば技術的な壁は低くなる。
「【風王鉄槌】!」
渦巻く風を押し出すイメージで叩きつける。部屋の隅まで飛ばされたために可能になった技だ。部屋の中に隠れ潜む暗殺者たちも室内での範囲攻撃は予測していないだろう。していないといいな。していたら困るな。
荒れ狂う風は嵐のように部屋を蹂躙した。品のある柱時計も美しい彫刻も火の消えた燭台も皆等しく瓦礫の山と化した。…もう、いないだろうか。
「…ほら、たってください!」
ただ、背中を向けるのは躊躇われる。彼らは騎士ではない。どこからでも殺しにかかるだろう。暗殺者というのはそういうものだ。きっと彼らには彼らなりのプライドがあり、騎士のそれとは異なるのだ。
「開かない!」
…まだ開かないか。
どうしてもここから出したくないらしい。
「…退いてください。」
シャスティフォルを用いれば大体の術式は強引に破壊できる。これ以上の無茶は危険だ。主にマスターの身体が持たないという点で。顔面蒼白で不自然な呼吸。さらには隆起した血管からは血液が流れ出ている。魔力の供給も不安定になりつつある。
「どこへ向かおうというのか、雑種。」
…聞きたくない声がした。どこまでも不遜であり、しかしそれが当然のように許されてしまう声。
「そりゃあ、家に帰るんですよ。」
マスターを家に送り届け、葵さんは交番にでも預けようか。私は王さまのところへ走ります。
「おい、道化師よ。お前は、セイバーの人形だろう?人形風情が随分と大きな口を叩くではないか。」
「…よい騎士とは、神を恐れ王を敬うもの。しかして、私は道化師でもあります。道化師が王を恐れて何としましょう。」
さて、どうしてマスターを失ったサーヴァントがここに?それに機嫌も悪くなさそうだ。機嫌が悪かったら道化師だろうと何だろうと消し炭に変えるだろう。
「ほぅ、その割には、膝が笑っているようだが?」
「緊張すると笑ってしまう膝なのでしょう。人間、追い詰められると笑ったり泣いたり忙しいものです。」
動けない。その威圧感、存在感は並大抵のものではない。動いたとたんに殺されるような。そんな感覚。
「人形が人間を語るか。」
「人形…。私は、確かにホムンクルスではありますが人形ではないつもりです。」
…私は、王の姉のエレインに産み出されたホムンクルスだ。それでも、私には心があるし感情がある。思い悩むことだってあったし、自分の心臓を抉り出したくなるような後悔だってある。この苦痛も思い出も感情も私だけのもの。
「私は、人間です。」
王さまが教えてくれた。王さまに与えられた。
「そうか、そうか。あの小娘の好きそうなものよ。…気に入った。お前に選ばせてやろう。騎士としてセイバーとの婚儀を黙って見守るか。セイバーの嫁入り道具として物言わぬ人形となるか。」
…随分と好き勝手に言うじゃないか。
「王さまは、過剰な装飾を嫌います。黄金趣味など持ち合わせていないでしょう。王さまは、妻であるギネヴィア様を愛しています。…あぁ、それと私の王さまが負けることはありません。」
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セイギノミカタ
「…舞弥!」
酷い怪我だ。狙ったように急所を壊されている。こんな芸当ができるのは、アサシンだけだ。残りのサーヴァントの数を聞いたときにアイリが悩んだのは、おそらくアサシンが残っていたからだ。大多数を消耗しても全滅はしていなかったということだろう。
「あぁ、切嗣。泣かないで…。」
しかし、後遺症こそ残れども即座に死に至る傷ではない。どういうことだろうか。…挑発か。戦力を確実に削ぎつつ、こちらの感情を揺さぶろうなどと考えているのだろうか。
「舞弥、それ以上しゃべるな。身体に響く。」
僕がライダーのマスターを始末する間にセイバーをアイリの護衛につかせたのは、失策だったか。いや、今さら悩んだところで前へは進めない。
「…セイバー、状況を報告しろ。」
もう後戻りはできないのだ。もう、アイリとの別れは済ませてある。はじめからわかっていたことだ。そして、二人で決めたことだ。故に後悔などないし、あってはならない。
「すみません、マスター。不覚をとりました。」
まさか、アーチャーを囮としてアサシンにアイリスフィールを奪われるとは。
「相手は、アサシンとアーチャーでした。私がアーチャーに釘付けにされているうちにアサシンに出し抜かれました。申し訳ない。」
それにアーチャーはダゴネットを捕らえたようだ。彼女から奪い取ったと見られる剣。それは、本物だった。私が渡した剣。見間違えるはずもなかった。
「同盟相手であるダゴネットとそのマスターも教会にとらわれているようです。…恐らくは、アイリスフィールもそこに。」
アサシンとの交戦によって負傷したマイヤに涙したマスター。彼も人間なのだ。だから、自分の妻が奪われたことに何も抱かないはずがない。その叱責は受け入れるべきだ。受け入れなければならない。
「…そうか。」
マスターの言葉はそれだけだった。
「お久しぶりです。」
ダゴネットは、生き残ったアサシンによる不意打ちで昏倒し、鎖で縛り上げられてしまった。正直、アーチャーに目を奪われているところを襲撃したアサシンには卑怯だと罵りながら石でも投げたくなる。
「カリヤもここにいたのね。大丈夫?」
神父によって担ぎ込まれたのはアイリさん。ここは、いつから捕虜の収容所になったんだろうか。本当にどうしようもない。
「すこぶる調子が悪いですが、生きています。アイリさんこそ大丈夫ですか?」
割と乱暴に扱われていましたけど。
「平気よ。私は、皆が思うほど脆くないもの。」
それでも、どうしてか弱々しい印象を受ける。どうにも生命力に欠けるというか、何というか。
「私、もうそろそろ死んでしまうの。」
そうですね。私と同じで聖杯戦争が終わったら死んでしまうんですよね。なんだか、実感がわかない。
「少し、話し相手になってほしいわ。」
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幼き待ち人
「…まだ。」
まだ帰ってこない。夜が来て朝となった。作りおきされた食事を一人で食べた。
優しく髪を整えてくれた。口についたソースを微笑みながら拭き取ってくれた。雁夜さんもダゴネットもいない。この家は空っぽだ。まるでお化け屋敷だ。いや、お化け屋敷よりも怖いもので一杯だ。
「あぁ、そうか…。」
お化け屋敷は皆で一緒に入った。ここには、私が一人。雁夜さんのお兄さんも私には興味がないようだ。お爺様は怖くて近寄りたくない。
「…さみしいなぁ。」
探しても探しても広くて薄暗い家には電話がない。誰かの声が聞きたい。独りでいるのは嫌。雁夜さんはケータイ持ってなかったし、持っていたとしても番号も知らない。一応、お家の番号は覚えている。きっと、お母さんが電話に出る。お父さんは機械が苦手なのよって言いながら普段より少し高い声で“もしもし、遠坂です”。
「会いたいな。」
格好よくて少し機械が苦手なお父さん。しっかり者で頼りになるお姉ちゃん。かわいくて優しいお母さん。…私がいなくなっても元気にしてるかな。でも、もうすぐ帰れる。雁夜さんのお仕事が終われば帰れるって雁夜さんが約束してくれた。
「きっと、あと少し…。」
きっと、ダゴネットと二人で大慌てで仕事を終わらせようとしているんだ。
「あれと、それ…!」
雪景色の中でキリツグを待つ。クルミの芽を探す練習をして、キリツグのズルがあったって次は負けないようにするんだ。
ただ、一人はやっぱり寂しい。見つけたってお母様は誉めてくれない。一緒に遊んでくれたキリツグもいない。いけないことをしても叱ってくれない。
怖い夢を見た。
イリヤの中に大きな塊が7つも入ってきて、世界が終わってしまう夢。なんだか、現実感がないようで絶対に訪れる未来を教えているような不気味な夢。
泣きながら飛び起きても誰にも言えない。
「早く帰ってきてー!」
窓を開けて叫んでみる。どうしてか、怖くなった。お留守番するのは初めてだけど怖くなった。どこか遠いところで怪我をしているんじゃないか、飛行機が壊れちゃったんじゃないか。不安になる。お母様は長くなるらしいけど、キリツグは先に帰ってくる。
キリツグが教えてくれたヤマビコは、山に住んでいて聞こえた言葉を真似して大声で叫ぶ不思議なヨーカイ。ヤマビコはキリツグのところまで声を届けてくれるだろうか。
お土産とか要らない。ただ、早く帰ってきてほしい。イタズラだって我慢するし、お勉強だって頑張る。
…ここは、少し冷えるの。
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彼女の夢
夢を見た。尊く美しい夢を見た。それは、彼女の夢。
王を孤独にしないための人形。
はじまりは、王の姉が産み出した人形だった。この頃は空っぽの中身のない人形だった。
しかし、湖の魔女で王の姉であるエレインは彼女を愛した。共に過ごすうちに情が生まれたのだろう。
彼女は親により多くを教えられ、教養のある宮廷道化師の一人として宮仕えを始めた。
宮廷道化師
人ならざる存在【ホムンクルス】。これまで閉じた世界にあった彼女は戸惑いながらも前へ進んだ。
まだまだ中身の足りない彼女であったが、生まれ持った汚れを知らない純粋さをもって王の心を掴んだ。
円卓の騎士
彼女は多くを学習し身に付けた上で、王の傍にいる。一身に寵愛を受ける姿に多くの者が嫉妬した。彼女を深く知らない人を彼女も知らない。そもそも、そういう他人からの視線に関心がない。
宮廷道化師とは、愚者であるがゆえに王と対等に話し合える存在。王は悩んだすえに彼女を円卓の騎士にした。彼女の持つ聡明さと民衆からも好かれる人柄。その身に抱く純粋な忠誠心。
その地位を与えるのに不足はなかった。
シャスティフォル
彼女に与えられたのは、【懲愚の剣】。かつて王の手で振るわれた剣だ。きらびやかな舞台で王より手渡された剣を彼女は水浴びの時でさえ手放さなかった。
騎士たちの冒険や出陣に同行し、様々な体験をした。宮廷の中では見えなかったものを見た。たくさんの人に愛された。
そうやって彼女は出会いと別れを繰り返しながら動乱の時代を駆け抜けていった。
富にも名声にも興味はなく、ただひたすらに受けた愛に報いようと必死になって。時に傷ついて時に傷つけて。空虚な人形はいつの間にか中身のつまった人間になり、道化師は騎士になった。
王さま
それでも、滅びの足跡は迫り来る。王の笑顔は日に日に曇り、円卓の団結にもヒビが入る始末。彼女の小さな体躯では、とても追い付けないほどに目覚ましく移り行く世界に己の非力を呪う。
周囲を見れば、誰も彼もが優れた人ばかり。溢れる涙を道化師の仮面に隠して狂い始めた旋律に身を任せて踊った。
終幕
縺れる脚。肩が上下し、息が切れる。旋律は狂い、頭が割れるようだった。
その終わりは唐突に訪れた。自室に戻り、涙を拭くために対魔力の術式を埋め込んだ仮面を外したところを燃やし尽くされたのだ。
彼女は願う。
私を大切にしてくれた人を笑顔にしたい。その愛に報いたい。富とか名声とかに興味はない。
それだけで、彼女は満足なのだ。
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斯くて舞台は整った
「…泣いているのですか?」
ダゴネットが心配そうに尋ねてくる。鎖に縛り上げられたままでも私を気遣ってくれる。
「あなたの夢を見ていたの。」
一人の騎士の夢を見た。動乱の時代を駆け抜けた少女の夢を見た。
「そうでしたか。」
「とても、美しかった。」
すべてを見たわけではない。それでも、わかることがある。彼女は誰かを笑顔にする道化師であり、幸せを守ろうとする騎士であった。そして、紛れもなく英雄だった。
「ありがとうございます。」
奪われていた剣は持ち主の腰に収まっている。これから死地へと入るのに不思議なくらいに落ち着いている。
「ねぇ、ダゴネット。」
何て言葉を掛けたらいいのだろう。
「なんです?」
…彼女は勝つ。彼女は常勝の王の伝説を彩る円卓の騎士の一人。私の騎士が彼女が負けるなんてことはない。私は、彼女と共に歩んできた。なら、私が信じなかったら誰が彼女を信じるのだろう。
「…サー・ダゴネット。勝ちなさい。あなたの王と共に勝ちなさい。」
「我が身は騎士なれば、主が命に応えましょう。」
縛られたまま、左右に揺れながら彼女は騎士のように宣言する。堂々と恐れを知らない愚者のように宣言する。
残るサーヴァントは3騎。私は、アーチャーとダゴネットを斬り捨てる。自分の理想と正義を信じて彼女を殺すのだ。今さら、後戻りなどできない。100を生かすために10を切り捨ててきた。
契約をした時から覚悟は決めていた。最初にアーチャーを倒そう。ダゴネットと協力して打ち倒そう。
そして同盟が失効してから堂々と戦おう。
騎士らしく名に恥じぬよう精一杯ぶつかろう。お互い、望まない衝突だ。思うところもある。それでも、仕方がない。今はマスターの剣。私も彼女もマスターに仕える騎士だ。
そして、もう一度やり直そう。聖杯の力で王国は救済され、彼女の笑顔も戻る。もう二度と、血塗れの丘を築かないために。あの惨劇を永遠に回避するために。
「遅かったな、セイバー。」
黄金の鎧。不敵な笑みを浮かべる王。アーチャーは言う。万人を見下し裁定するような目。
「愛いやつめ。自分の人形を取り返しに来たか小娘。」
「戯れ言は大概にしろ、アーチャー。」
私は王。騎士たちの王だ。ブリテンを預かり、正義と理想をもって剣を引き抜いた王。
「そう怒るな。我はお前が気に入ったぞ。」
「何を…!」
鎖を手繰るような音。金属音とともに聞こえるのは聞き慣れた少女の声。
「騎士は、暴君より貴婦人を助けるものであろう?」
空中の波紋より飛び出したのは小柄な騎士。
「そら、どこからでもかかってくるといい。」
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舞い踊る騎士
「…遠からんものは音に聞け、近くばよって目にも見よ!我が名はダゴネット。円卓の末席につく者なり!」
声色は勇ましく、表情は真剣そのもの。ただ、舞台に上がる道化師のようにお辞儀をする。
…あとで騎士としての正しい作法を教え直した方がいいかもしれない。
「ブリテン王、アーサー・ペンドラゴン。推して参る!」
「いいだろう、実に愉快だ。」
笑いながらアーチャーは言う。虚空から2振りの剣を抜き放ち、獰猛な笑みを浮かべた。
空に浮かび上がる波紋。無数の宝具が覗く門。しかし、無数の剣を用いても究極の1には勝るまい。ならば、私はその1を振るう担い手として立とう。
それに私は彼女を彼女は私を知っている。共に戦った日々は昨日のように思い出せる。
「…来ますよ!」
降り注ぐのは雨粒ではない。剣、槍に斧…。一つ一つが宝具であり、神秘を帯びた武器だ。
「なんて、でたらめな!」
まるで戦争という暴力を具現化するような能力。
「良いことを教えてやろう、この我の蔵には総ての原典が納められている。時間を稼いだところで財が尽きることはない。失望させてくれるなよ、騎士ども。」
全ての原典を納めた蔵…。その鍵を握る人物となれば、アーチャーの真名はギルガメッシュ。すべてを見た人と伝えられる古代ウルクの王。
「ダゴネット、風を踏んで走れるか!?」
「いけますよ!」
彼は王。剣を振るう剣士ではない。斧を扱う戦士ではない。彼は王。玉座にあって人々を統べる者。ならば、彼は担い手ではない。
「【風王鉄槌】」
風が彼女を包み込み、アーチャー目掛けて押し出す。風は彼女を傷つけるものを許さない。刃を弾き、巻き込み、吹き飛ばす。刃の雨を裂いて一直線に進む。
「…行きます!」
加減する必要はない。全力で叩きつけよう。王さまの風に身を任せて肉薄する。
「【懲愚の剣】シャスティフォル!」
真名を解放。鎧を穿つのは自信がないので、狙うのは首。急所であり、基本的に落とされれば死ぬ部分だ。
衝撃
…仕損じた!?
手に伝わった感触は剣を打ち合わせた時のもの。防御されたらしい。
「ふむ、道化にしては上出来だ。」
並みの剣ならシャスティフォルから流し込まれる魔力で砕けるところ。それが弾かれるとは…。
「そら、今度は我からいくぞ!」
二刀流だなんて、器用な真似を…!対応しづらくて苦手なんですよ。
私の剣は剣舞の延長。見映えがよくても実用性に欠ける。
…流れるように剣を打ち出し、回転する。
本当なら邪道な剣だ。相手から目を離す動きが生まれることを前提に振るうのだから。
しかし、振り向いてわかったことがある。王さまは、宝具を使うつもりだ。
星に鍛えられた聖剣が確かな光を放っていた。
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道化の主従
「なるほど、道化師らしく小賢しい奇術だ。」
【約束された勝利の剣】エクスカリバーを受けて無事とは…。流石は原初の王。
「剣を受けた反動で跳び、そこをセイバーの宝具で狙うとは。」
黄金の鎧には傷が入り、左手に握られていた剣は半ばより折れていた。
「だが、セイバー。己の臣下を巻き込むまいと手加減をしたな?その程度の攻撃で我に勝てるとでも思ったのか?」
右手に握られている剣はどこかで見たことのある形をしている。
「メロダック【原罪】。お前の持つ剣の原典だ。生半可な攻撃では打ち破ることはかなわぬぞ。」
なんて厄介なサーヴァント…。しかし、逆に言えば王さまが本気で振るえば打ち破ることもできる。原初の王。しかし、彼は担い手ではないのだから性能を十分に引き出せない。
「ならば、剣戟を以て打ち破るまで!」
そう、それでいい。私は、それを援護しよう。
「ならば、剣劇で以て打ち破るまで!」
王さまに化ける。相手には王さまが二人に増えたように見えるだろう。対城宝具【エクスカリバー】を解放させるには“タメ”が必要になる。
「まさか、己の主に化けるとはなぁ。」
心底愉快そうに笑うアーチャー。笑っていられるのも今の内だ。シャスティフォルは元々が王さまの剣。つまり、私でも王さまでも宝具として使えてしまうわけだ。
「「いくぞ、アーチャー!」」
魔力放出を上手く制御して立体的に攻撃を仕掛ける。長期戦になるほどにリスクは増す。
「うっ…!」
末端から冷えるような感覚。肌は泡立ち、息がつまる。死にたくはない。それでも、私が選んだ道だ。ここで死んだら終わる。しかし、それは望ましいものじゃない。文章の途中でペンを投げ捨てるようなこと。
「どう、して…?」
桜ちゃんにあげた石が1つだけパーカーのポケットに入っていた。バーサーカーが寺で模様を刻み込んだ天然石。手製のお守りだって笑った。
…おいしそう。
ひとつ、ひとつだけ。力が。力がある。食べ頃の果実のよう。おなかがすいた。
頭が痛む。割れるように痛む。
アイリさんは死んでしまった。満足そうに死んでいった。
<ありがとう、カリヤ。あなたとあえてよかったわ>
セイバーのマスターが本当は旦那さんだったこと。自分の娘のこと。きっといつか旦那さんが自分の娘を日本に連れて来るから一緒に遊んであげてほしいこと。
…私の余命は一月もない。それでも、私は彼女の白い手を握りながら最後を見届けた。
「まける、もんか…」
地を這いずるムシケラのようだとしても。見苦しく、醜い怪物になったとしても私は、絶対に諦めたりしない。
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終幕はすぐそこに
「あれが、聖杯…。」
言峰綺礼に打ち勝つことができたのは、アイリから渡された騎士王の鞘【アヴァロン】のおかげだ。そして、聖杯を壊そうとしている僕はとんでもない人でなしだ。
「この世すべての悪。」
あんなものでは、世界平和など叶いはしない。すべての願いをねじ曲げて呪いに変えることしかできやしない。今の僕にできるのは、惨劇を産み出す前にこの聖杯を壊し尽くすことだけだ。幸いにも、令呪は3画揃っている。仮にセイバーに抵抗されたとしても複数の令呪に抗うことはできないだろう。
「…衛宮切嗣が令呪をもって命ずる」
セイバーは、バーサーカーと共にアーチャーと戦っている。聖杯は今にも溢れそうだ。ここに誰か一人でも脱落したならば、間違いなく聖杯は完成し呪いを撒き散らす災厄となるだろう。それこそ、人類を絶滅するような呪いが世界に放たれることになる。
「…マスター?」
傷だらけになったセイバーが転移してきた。剣を振り上げた状態で来たのは戦闘中であったためだろう。
「令呪をもって命ずる。セイバー、聖杯を…」
アイリを失った。アイリは杯になった。その聖杯を僕は今から壊すのだ。
「破壊しろ。」
ステータスとして高い対魔力を持つセイバー。予測はしていた。1画程度なら耐えられてしまう。残る1画も温存する理由はない。この聖杯戦争はここで終わりだ。
「重ねて命ずる。」
悲鳴を上げながら必死になって逆らうセイバーに向かって言い放つ。
「セイバー、宝具をもって聖杯を」
これで正しいはずだ。
「破壊しろ」
空気が震えた
「…マスター!」
言葉にするのも躊躇われるような災厄が来る。泥となり河となり人馬を問わず呪い潰すような厄災が来る。夜の町を昼のように変える呪詛と怨嗟の混合物。
「逃げますよ!」
あんなものに触れてはならない。いったい、どこの誰がこんなことをしているのか。
「令呪、使ってください!」
斬りかかろうとしたところで、王さまが消えた。おそらくは、令呪による転移。王さまのマスターと王さまが無事ならいいけど…。
「…た、助けて!」
今は我が身とマスターが優先だ。気づけば、アーチャーの姿もない。逃げるなら私も連れていってほしかった。
<月は満ちた>
…幸い、今夜は満月だ。彼女を呼び出すのには都合がいい。バックアップされて魔力も十分だ。
<天を仰げ。今宵、星揃う時来る。>
星の動きにエネルギーを借りて彼女を召喚する。
トリスタンが紹介してくれた私の友達。フランス出身の頼れる味方。
コウモリの翼に鷲の足。額に光る宝石は第三の目。
『来たれ、有翼の貴婦人よ!』
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夢の欠片
「…やはり、こうなったか。」
前回の聖杯戦争において召喚されたアンリマユ。この世すべての悪。これが聖杯を汚染しているために此度は諦めておったが、中々に愉快なものを見せてもらった。
「聖杯の欠片。」
これが得られたことも大きい。上手くいけば、次回の聖杯戦争の時に“マキリの杯”として機能しうる。手元に出所不明の聖杯を持つとなれば、戦いは有利に進められるだろう。
不老不死。身体を虫に置き換えることで500年の時を過ごすことができた。しかし、それは不死ではない。聖杯を求めるのは、不死身となるため。500年も待ったのだ。次の聖杯戦争が開かれるのは周期通りになれば60年後。その程度、待てないはずがないだろう。
サーヴァントの作成したルーンストーンを飲み込んだことで魔力を補っているようだが…。星の裏側から幻想種を召喚などすれば、長くは持つまい。もっとも、あの状況では空の他に逃げ場などなかったが。
「…さて、最後の仕上げにかかるとしよう。」
「あぁ、マスター。」
燃える町。泣き叫ぶ声。呪詛はすべてを焼き潰す。人の善悪を問わず、貴賤も厭わず命のすべてを呪い尽くす。あれは、悪。筆舌しがたい悪性のナニか。
…魔力の大量消費で気絶したマスターは幸福かもしれない。
「…ほぉ、雁夜。サーヴァントまで残しているとは。お前にしては上出来だ。」
「お前…!」
マスターの父だという人間。否、かつて人間であった存在。
「そう睨むな。此度の聖杯戦争、実に愉しませてもらったゆえ。褒美こそ取らせど、危害は加えんよ。」
“良い魔術師ほど人でなし”
かつて、母に教わった言葉だ。魔術師と人間では価値観が違うために色々と気を付けた方がいいのだ。
「…それは?」
「聖杯の欠片じゃ。欠片とはいえ、聖杯を手中に納めた。これで次回の聖杯戦争に期待が持てる。」
『有翼の貴婦人』は再び世界の裏側へ還っていった。この世に繋ぎ止めるのは、令呪や天体魔術を用いても容易なことではないから。
「じゃが、勝利を確実にするには足りない。」
「…何が言いたい?」
実体化する魔力すら枯渇してきた。手短に話を終わらせないと。
「このままだと雁夜は魔力を絞り尽くされて死ぬ。お前も消えることになるだろう。桜は解放されぬし、ワシにとってもメリットがない。だが、ここで提案だ。ここで、お主が受肉したならば聖杯の欠片を雁夜に埋め込む。さすれば、桜を解放する。将来的に聖杯が手に入るのだから遠坂の娘など要らぬ。欠片とはいえ聖杯。人一人の命を紡ぐことなど容易いことよ。そして、次の聖杯戦争までにじっくりと治療する。さすれば、雁夜は人として死ねるし、誰も損はしない。」
…信じてもよいのだろうか。しかし、私には蘇生などという魔術は使えないし、今ここでマスターを助けられる手段もない。
「…その言葉、二言はないな?」
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春咲く花
「…ありがとう、凛。」
また会える日が来るなんて思わなかった。暗い地下室の中で死んでしまうと思っていた。今でも夢に見ることはあるけれど、二度とあの地獄へは戻らなくていい。
「桜も一緒に押そうよ!」
お母さんは教会で大怪我をして下半身が麻痺。命こそ助かったものの、車椅子生活になってしまった。神父さんは申し訳なさそうに謝っていた。
「あ、雁夜ちゃん。」
雁夜さんも今は車イス。それでも、徐々に回復しているらしい。白くなってしまった髪の毛は戻らないみたいだけど、お母さんに誉められると嬉しそうに笑っていた。
「ダゴネットもいるみたい!」
本当なら外国に戻るはずだったダゴネット。雁夜さんが心配だから残ることにしたらしい。
「ちょっと、段差があるから気を付けてね。」
雁夜さんにもらったカメラを首から下げて色々なところに出掛けよう。お母さんやお姉ちゃん、雁夜さんと一緒に何処か遠くまで行きたいな。
今は無理だけど身体の調子が戻ったら、皆で楽しいことをたくさんしよう。
例えば、ダゴネットの故郷であるイギリスで湖を眺めながら、美味しいものをたくさん食べるの。
<星を見上げるパイ>とか名前からして素敵なパイ。名前しか知らないけれど、きっと美味しいはず。雁夜さんはなぜか遠い目をしていたけれど、どんなパイなのだろう。
「おーい、おーい!」
手を振って呼び掛ける。二人で仲良く何を話しているんだろう。気づいて!私も仲間に入れて!
「あら、気づいたみたいね。」
雁夜さんが少し遠慮がちにダゴネットは全力で手を振り返してくれる。ダゴネットは仮面をはずして雁夜さんのお下がりを着ている。
「すごい、すごいわ、桜!」
満開の桜。どんなに凄惨な出来事があろうと、人間の些細な都合には関係なく、桜は咲き誇る。
「桜、頭に花びらが…」
風が吹いて桜吹雪になり、桜は色々な表情を見せる。あぁ、まるで冷たい冬が終わったことを喜んでいるみたい。
シャッターを切る音がする。
雁夜さんの大きなカメラ。幸せを切り取って形にする魔法の道具。
傍らで三脚を組み立てているのはシンジ君。雁夜さんのお兄さんの子供。だから、雁夜さんからすると甥に当たるとか。
「ほら、できたよ。見たか、僕の腕前を。」
予備のカメラをセットして得意気な顔をしている。
「それじゃあ、線が引いてあるところにならんで。」
まだお父さんは帰ってこないけれど、まだお姉ちゃんと一緒には暮らせないけど。今は禅城の家にいるけれど。電車に乗れば、すぐに会える距離にいる。お父さんも仕事が終われば帰ってくる。
…私がいて、皆がいる。
それだけで、私は幸せなのだ。
「はい、チーズ!」
【雁夜おばさんと道化の騎士】は、ここで終わりになります。
感想や評価をくださった読者の皆様、お付き合いいただいた方々に深く感謝しております。
ありがとうございました。
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