エレちゃんとドラちゃん (ら・ま・ミュウ)
しおりを挟む

エレちゃんとドラちゃん

それは一人――否、一体の芋掘りロボット。彼の仕事に対する責任能力の低さから全てが始まった。

 

「……あら、何かしらこれは?」

 

冥界の女主人エレシュキガル。

古代メソポタミアの冥界にて神々に死者の魂を保護する冥界の管理を任された彼女は地上の……確か“パン”と呼ばれていた主食を模した鉄の塊を見つける。

 

しかし、そのパンは余程に硬く槍でつつくと硬質な金属を思わせる反響音がこだました。

 

「‐ユーザー認証‐エラー」

 

緑色の光が全身を照らし無気味な機械音に身構える。

 

「な、何なのだわ」

 

「‐二十二世紀との交信開始‐エラー

‐本機体は情報漏洩を防ぐ為、二十二世紀の情報を一部廃棄、A級秘密道具の使用をロック

バージョンを1989に固定、以後更新は不可能

‐対象の心の検出を開始‐レベル5(引きこもり)を検出、子守りロボット第五十七条により貴方を限定マスターに任命します‐

‐オフラインモードに入ります‐」

 

「えっ、えっ!何なのだわ怖いのだわ!!?」

 

パンが次々に訳のわからない事を口走り、若干涙目になるエレシュキガル。

 

「‐貴方の名前を入力してください‐」

 

「エ、エレシュキガルです」

 

「翻訳開始……ピピッ、マスター『エレシュキガル』認証完了」

 

プシューと音を発てて沈黙するパン。

……やっと終わったのだろうか。

肩を強ばらせて槍にしがみつく彼女は及び腰にパンに近づき、その瞬間二枚重ねになっていたパンの上部が弾けとんだ。

 

「こ、腰が抜けた」

 

尻餅をついて飛んでいったパンの半分と残ったパンを交互に見つめるエレシュキガルは、後者の中央にある赤い二頭身の人形に目がいった。

あまり大きくはないだろう子犬ほどのサイズだ。

まさか生きているなんて事はないだろう。生きていたとしたらこの私にわからない訳がない。

この神代色濃き時代において、まさか高性能ロボットなんて存在を夢にも思わない彼女は魂を感じられないアレを何となく……可愛いと思った。

 

「貰ってもいいわよね。冥界の物は私の物なんだから!」

 

さっきまでの怯えようは何だったのか、ふすんっと鼻を鳴らし赤い人形を手に取るエレシュキガル。

 

「うわー、きっとかなり技前の職人の手で作られたのね」

 

これ程精巧な人形となると現代の人間には不可能だ。

もしかしたら他の神が気を効かせた贈り物かもしない。

それならば、あの意味深な言語も納得がいく。エレシュキガルは自らの仕事を生まれて初めて誉められたような気がして少しだけ嬉しくなり、ぎゅっと人形を抱き締めた。

 

「――――どぉら?」

 

「うきゃぁぁぁぁあ!!!!!!?」

 

人形が目を開いて首を傾げる。

思わずエレシュキガルはその人形を真上に投げ飛ばし、諸説によるがミニドラの体重は12㎏。そんな物を真上に投げれば瞬く間に下降を始め、顔へのぶち当たりは免れない。

 

「ぷぎゃ!」

 

頭を揺られ意識が揺らぐ。

(どうしよう、まだ一杯仕事があるのに……)

 

「どらら?」

 

ヘンテコな生き物が此方を心配そうに見つめる様を見ながらエレシュキガルは気絶した。

 

 

 

 

 

 

 

「仕事っ……あえ?」

 

瞼を開けると冥界の空とは似ても似つかない青空に絶句するエレシュキガル。

散々と太陽が輝き、入道雲が気持ちの良い風に煽られる。

「植物!!?」

自らの寝ている地面の柔らかさに寝返りを打つと夢にまで見た草原があった。

一体どういう状況なのだ。私は無意識に地上に降りたのだろうか。なら、冥界の権能が未だ失われていない事実に混乱渦巻くエレシュキガルの視野にあの赤い人形がトコトコと横切る。

 

「どららら!」

 

赤い人形は小さな箱を操作して太陽を動かした。

それだけではなく、腹のポケットからどうみても入っていた大きさでない缶詰を取り出すと一部だけ冥界の名残を残していた枯れた大地に種を落とす。

「どらぁ!」

いつの間に出したのか緑色のジョーロから水を掛ける。すると種達はみるみるうちに成長していき――木になった。

 

「はえ?」

 

神の力は感じない物だからエレシュキガルが呆けるのも無理はない。

 

「どららら!!!」

 

「あっちょっと待って!」

 

頭に黄色いプロペラをつけて何処かを目指して飛んでいく赤い人形。咄嗟に声をかけるも聞こえた様子はなく、

エレシュキガルはその後を追うことをした。

 

 

 

 

 

 

「どららら、どららら、どらららぁ♪」

 

「ここは魂達の安置所よね」

 

気配を忍ばせるエレシュキガルは楽しそうに鼻歌を歌いながら、粘土版よりも白く薄っぺらい、紙と呼ばれる物にお絵描きをする赤い人形を観察していた。

 

その光景は見ているだけで酷く和んだが、書いた絵の出来映えに嬉しそうに小躍りする赤い人形に警戒心を募らせ……る事は難しかった。

どうみてもあの子が害ある存在に見えないのだから疑えと言われても無理がある。

 

「どらら!」

「(あ、またポケットから何かだした)」

 

ミニドラは『フリーサイズぬいぐるみカメラ』と呼ばれる秘密道具を取り出してお絵描きで仕上げた犬や猫など、中にはネズミなんて物もあったが可愛くデホルメされた着ぐるみ人形を大量に作り出す。

 

エレシュキガルは今さら何か作り出した程度で驚くような事はなかったがあんなにあるなら一つぐらい貰っても……と、指を咥えて物欲しそうにしていた。

 

ミニドラはポケットから青い手袋を取り出すと魂の籠められた檻に黄色い輪っかを当てて、なんと魂を手掴みに放逐したではないか。

 

「ちょっと待ちなさい!」

 

これにはエレシュキガルも黙ってはいられず飛び出すが、ミニドラはエレシュキガルをちらりとみて、一瞬にかっと笑い着ぐるみの一つを押し付けた。

 

「あ、ありがとう」

 

それを満更でもなさそうに手に取ったエレシュキガル。

ミニドラは掴んだ魂をその着ぐるみに収める。

 

冷たい檻の中とは違い、魂達はお日様の光をめいっぱい浴びた着ぐるみの中でとても心地よさそうにしている。

 

「もしかして、私の手伝いをしてくれてたの?」

「どーら♪」

 

ミニドラは嬉しそうに肯定を表し、エレシュキガルもつられてクスリと笑う。

 

「いいわ。貴方悪い存在には見えないし、何より一緒にいると楽しそうなんですもの。女神エレシュキガルの名において貴方が冥界にいるのを赦します」

「どーら?」

「名前は……ええっと、ドラちゃんでいいかしら?」

「どら♪」

「じゃあドラちゃん。冥界をこんな素敵な場所に変えてくれてありがとう。貴方の帰るべき場所へ送ってあげるからね」

 

エレシュキガルはドラちゃんを抱き上げて地上付近まで目指す。

 

「どら!どらら!」

 

それに怒ったようにミニドラは暴れ腕の中から飛び出した。

 

「どうしたの?こんな場所、私ぐらいしか会話の出来る相手はいないのよ。貴方はスッゴい力を持っているようだけど、二人っきりなんて悲しいわ。だから貴方は……」

 

そこから先は声に出来ない。

こんな何もない場所にドラちゃんを押し止める事がどれだけ残酷な事か理解しているからこそ、地上へ送ろうとしていたのにエレシュキガルは思いの外、一人きりっという状況に堪えていたらしい。

……また一人、また一人きりになる。

それだけの事がたまらなく悲しくて切なかった。

 

「どら!どうどらら!」

「そ、そう。もう少し居たいのね。だったら帰りたくなったら教えて」

 

本当はこんな事は間違っている。

会って間もない現状で胸が張り裂けるほど辛いのにもっと一緒にいるなんて……

 

ミニドラの反抗に甘えエレシュキガルは冥界の滞在を許してしまった。

 

 

 

これは私が決して忘れる事が出来ない大好きな親友ドラちゃんと冒険、絆、そして悲しい別れを綴った物語だ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

ビーチバレー

「……本当にここが冥界なのよね?」

 

波のざわめきと潮の香り。雄大な海と白い砂浜。真っ白なパラソルの下で日焼け止めクリームのチューブを持って首を傾げるエレシュキガルは自らの数倍ある浮き輪を抱えコロコロと笑いながら砂まみれになるドラちゃんを尻目に現実味もなくそう呟いた。

 

「どらどら~♪」

 

この間にも人は死に、そして魂は冥界へと堕ちている。されど、エレシュキガルやその代役になれるミニドラがこのような場所で遊び呆けていられるのはミニドラが四次元ポケットから呼び出した『コピーロボット』と『増えるミラー』の恩恵を受けているからに他ならない。

 

「何千年も働き詰めだったから、いきなり休みを貰っても実感が湧かないのだわ」

 

人工の太陽の光を見上げ瞳を細めるエレシュキガル。

 

どのみちこの暖かな大地で魂達が凍える事はないだろう。

エレシュキガルを模したコピーロボット達には悪いが、死者の魂は回収する間もなく消滅……安らぎを得て成仏していくのを彼女は感じていた。

(冷たい檻の中で消えるよりも、ずっと早い)

ドラちゃんに悪意がないのは分かっているが、貴方の力があれば私だって……少しだけ嫉妬する自分がいた。

 

「どらら?」

 

ふと顔を上げるとミニドラがビニールボールを掲げて此方を見ている。

 

「……ドラちゃん」

 

「どらら」

 

「私、遊んだ事がないの。だから教えてくれない?」

 

「どららっ!」

 

するとミニドラはポケットに両手を入れて正方形型のカメラ『着せ替えカメラ』を取り出した。ついでに紙とクレヨンも引っ張り出し、それらをエレシュキガルに押し付ける。

そして口に紅色に染めて腰に手を当てくねくねと踊り出した。

 

「もしかして貴方をモデルに絵を描いて欲しいの?」

 

「ど、どららら…!」

 

二十二世紀において子育てロボットのモデル品として製造されたミニドラには言語機能は搭載されていない。

「近いが、違う」のだというジェスチャーを必死におくるミニドラは手をワタワタとさせて残像が残る程のスピードで首を左右に振った。

 

「……違うのね?」

 

「どらっ!」

 

どうやら意図は伝わったらしい。ミニドラに搭載された人工知能は子供にロボットと人間の心の壁を取り払うべく人ぽい行動を無意識にとってしまう事があった。

汗を拭う仕草をするミニドラに「ドラちゃんは汗をかかない筈なのに……つまり暑いから帰ろうって意味ね!」

指を弾くエレシュキガル。

 

「どららっ!」

 

違う!何でそうなった!!?と頭を抱えるミニドラ。

 

 

 

 

「これに描いた服の絵を入れると本物になるのね、凄いわドラちゃん!!!」

 

紆余曲折へて、赤いワンピースと麦わら帽子を被るエレシュキガルを見上げる事となったミニドラは燃え尽きたプロボクサーのように真っ白になっていた。

 

「どらら……」

 

力なく立ち上がったミニドラは椅子にしていたビニールボールを――途端に素早い動作でエレシュキガルに投げる。

 

「わっ!」

 

条件反射で手を前に出したエレシュキガルの手の平にビニールボールは反発して上に打ち上がり、飛び上がったミニドラがそれを叩く。

 

「どららっ!」

 

「成る程……そういう事なら負ける訳にはいかないのだわ!」

 

「どらっ!」

「そいや!」「どららららぁ!」「うえぇいっ!」

「どらぁ!」「はぁ!」「ど、どらら!」「危な…えいっ!」

 

即興にしては随分と長く続くラリーの中で、ミニドラは思う。

多少はやるようだが所詮は素人、知識面で有利な自分が負ける訳がないと。

 

そしてエレシュキガルは、

(つまり、ボールを落とした方が敗けって事ね。いいわぁ、ドラちゃんには驚かられてばかりだけど、冥界の女主人としての威厳を見せつけてあげる!)

 

線引きや明確なルールすらないビーチバレー。リーチの長いエレシュキガルがやや優勢か、要領を掴んできた彼女はサーブを連続して繰り返し、ミニドラの顔に焦りが見え始める。

 

馬鹿な……ついさっきまでビーチバレーのビすら知らない相手に僕が圧されているというのか!!?

――従来の子育てロボットに比べそれほど高性能なAiが搭載されているわけではないので、実際にそう思考しているわけではないが、そう思わせるほど鬼気迫る顔をして危なげなく打ち返したミニドラは、自身をすっぽりと覆ってしまう影に致命的な失態を悟った。

 

「楽しかったけど、こんなやる気のないイシュタルみたいなスピードで打ち上げるなんて油断したわねドラちゃん!」

 

右腕を振りかぶるエレシュキガルだ。

 

「どら!?」

 

「これで終わりよ!」

 

「ど、どらぁぁぁぁ!!!!!!」

 

ビーチボールは後ろへ飛んで一か八か手を伸ばして飛び込んだミニドラ――――砂煙が舞う。

 

 

 

「どららららら♪」

 

「あはははは♪」

 

遊びが終われば二人して声高々に笑い寝そべった砂の温かさに気持ち良さそうに息を吐く。

 

「あー、楽しかった」

 

「どらら♪」

 

「もう一回したいの?」

 

「どらら!」

 

勝つまでやるぞ!と鼻を膨らませるミニドラにエレシュキガルは柔らかい笑みを作り、赤い夕焼けを見る。

 

「上と同じように朝があって昼があって夜が来る。当たり前だけど、不思議な事よね」

 

「ど、どら♪」

 

何かを察したミニドラは彼女の横に腰かけて同じように夕焼けを眺める。

 

「……綺麗」

 

古に高度に発達した科学は魔術と見分けがつかないという。

二十二世紀の技術は果たして魔術と同等か魔法すら越えてしまったのか。

瞳を輝かせる彼女をミニドラはただ優しく見守った。



目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。