島田愛里寿の戦車道 (鹿尾菜)
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プロローグ

後悔はしていない。反省は少ししている。



「肩苦しくてごめんねえ。今紅茶出すからちょっと待ってて」

 

そう言いつつも生徒会長の紋章を腕につけた少女は干し芋をかじりながら他の子にお茶を出すように指示を出していた。

「大丈夫、堅苦しいのが慣れてるから」

表情も変えずに、生徒会室のソファに腰掛けた少女はじっと、じっくりと生徒会長の角谷杏を見つめていた。

そんな目線すらどこ吹く風と言わんばかりに、杏はいつもの調子でやんわりと本題に入った。そのタイミングで2人の間の机に紅茶が差し出された。

「それもそうか。じゃあ早速だけど本題に入るね。君に戦車道をやってほしいんだ」

それはある意味では驚きであり、だけれど目の前の少女は一切顔色を変えることなく首を傾げた。

「勧誘?設備は?戦車は?人員は?資金は?」

どう考えてもこの学園にそんなものはなかった。いや資金と人くらいはどうにかなりそうだけれど。

「これから揃える」

あっけらかんと言い放った杏に少女は少し不安を覚えた。

「……」

「……」

 

「本当に勧誘なの?何かの間違いじゃないの?」

「いやいや、まだ色々とこれからだけどちゃんと考えがあるんだって」

「用意もできてないのにいきなり戦車道の勧誘って……完成していない船の乗船チケットを渡すくらいなものだよ」

それはそれで船がちゃんと完成するからまだマシだろう。

入学早々こんなことに巻き込まれている彼女からしたらもう嫌で仕方がなかったのだ。折角できたであろう友人達との食事すらできていないのだ。

「まあまあ、とりあえずこっちの話を聞いてほしいんだ」

一瞬だけ杏の目線が鋭くなった。

「実はこの学園、廃校が決まって……撤回させるには戦車道の大会で優勝しろって言われて。それでちょうど君が入学してくれたからねえ。勧誘しにきたのさ」

その言葉に少女は目を見開いた。効果はあったようだ。

「……文科省の決断?」

 

「鋭いね。流石島田流の師範の娘」

 

「お世辞はいらない。それに言いたいことも大体分かった。ごねるにごねたから無理だろうと思って役人がそう言った。多分話をつけたのは局長さんでしょ」

数秒で冷静を取り戻した少女の頭脳は一気にフル回転。状況を細かく整理した。

「く、詳しいね」

流石にこれには杏も腰が引けた。なにせ相手は師範の娘。それも長らく日本戦車道を導いてきた流派の一つだ。

「学園艦の統廃合計画は前々からあったしプロリーグの誘致とかで運営資金の捻出を考えたら運用維持費がかかる学園艦を解体して後のランニングコストを削減したいって考えている……考えることはみんな同じ」

「やっぱそうなっちゃうよね。それで、出来そうかな?」

 

「ひとつ聞かせて。どうして私なの?」

 

「他にあてがないんだよ。人員をスカウトしようにも何処の学園も門前払いだし。知り合いだと後は君だけなんだよ」

プラウダ、黒森峰、コアラなどかけられそうなところは全て試したそうだ。無論取りつく島もなかったようだが。

それもそうだった。いきなり戦車道を始めたいから隊長あるいはチームの人が欲しいだなんて言って受け入れてくれるところなんてあるはずがないだろう。

「それって島田の娘だから?」

 

「愛里寿だから」

 

「……期限は?」

 

「今年の戦車道優勝が絶対条件」

ここが正念場だ。向こうもこちらの事情は十二分に理解している。杏は神にも祈る気持ちだった。正直ここでNoが出たらどんな手を使ってでも戦車道に引き摺り込むつもりだった。

「杏の頼みだし……良いよ」

島田愛里寿の表情が少しだけ柔らかくなった。いや元から答えは決まっていた。ただ、生徒会としてなのか杏個人としてなのかが気になり少し勿体ぶっていただけだ。最初の時点で誘いに乗っていてもおかしくはなかった。

程よく冷めた紅茶を飲みながら、島田愛里寿はうなずいた。

「……やっぱり砂糖欲しい。あとミルク」

味が気に入らなかったようだ。

「相変わらずだねえ」

 

「これ渋い」

 

「そう?……あー渋いね。ちょっと濃く出過ぎたかな」

愛里寿が珍しく苦虫を噛み締めたような顔をして、そんなにかと杏も口をつける。色はあまり大差ないように見えたものの、かなり渋かったらしい。杏も砂糖を少しだけ入れた。愛里寿は山のように入れている。

「それで本当に受けてくれるの?」

「廃校を撤廃しないと私も路頭に迷いそうだし……私にもやりたいことがある」

 

「やりたいこと?」

 

「そう……」

 

 

 

 

 

数時間前。

 

 

大洗の港にはフェリーが係留される埠頭の隣に、一際長い埠頭があった。そこは一種の専用埠頭であり、現在その埠頭の主がそこに停泊していた。

「これが学園艦…大きい」

全長7600m、最大全幅1000m、その巨体は、しかしその種の船の中では小柄な船であった。その船が乗り入れる埠頭に、白色の車がいた。どこにでもいる普通の車だった。

その車から降りてきた少女は、真新しい制服に身を包んでいた。今日からこの船…大洗女子学園艦に入学数絵ことになったからだ。なお一年からではなく二年生への編入となっている。

「そうね。でも良かったのかしら?大学に行く道だってあったのに」

「大丈夫だよお母さん。私はここで…一から戦車道を始めるんだから」

決意を改めて師範に、母親に伝えた。

「そう、なら頑張って。荷物は寮に届いているはずだから」

入学手続きが終わった時点で。必要な荷物は送り届けてあった。

「……わかった」

最低限の荷物が入った鞄を持って島田愛里寿は、船に向かって歩いて行った。その様子を少しばかり見ていた島田千代は、運転手に出していいわと声をかけた。

車を発進させた運転手は、後席にいる師範をルームミラーで見ながら疑問を口にした。

「奥様よかったのですか?いくらなんでもまだ……」

 

「本人の願いだから。それに、自分の娘がどこまで成長したのかをみてみたいし」

 

「十分成長していると思いますが」

そうかもしれないと千代は思ったものの、実際どれほどまで成長したのかを測るのは今の所できていなかった。練習試合や中学生の大会に少しばかり同席させてみたものの正規の大会の経験は多くない。

大会に出ることによって得られる経験は最も貴重なのものだ。練習よりもいろいろな事を教えてくれる。それを活かせるかは本人次第なところがあるけれども。

「甘いわね。あの子の限界を引き出すために、過酷な状況に放り込むのよ」

だからと言って戦車道が廃止されて20年も経つ学園で一から戦車道を始めるというのはもはや戦車道の腕前ではなく経営者の腕前が問われるのではないだろうかという思いを隠せない運転手であった。

「……もし師範に楯突くようなことがあったら」

 

「若いうちはそれくらいの勢いがあった方がいいのよ。それに娘を信じてあげることくらいさせてくれないかしら?」

 

「それもそうでしたね」

 

「後奥様っていうのやめて。貴女に言われるとむず痒いわ」

 

「左様ですか」

少しづつ小さくなっているとはいえ大きさが大きさで全く小さく見えない学園艦を背後に車は来た道を引き返して行った。

 

 

 

学園艦に初めて乗った島田愛里寿は、その足で学園へ向かっていた。だが、授業が始まる頃までには着いていれば良いと考え、船の上に建造されたその街並みを少しばかり観光していた。

ちなみに入学式も過ぎたこの時期に入学するのは単純に海外に愛里寿が言っていたためである。

何をしていたかと思えば海外でも戦車道である。

 

道端でに手をつきながら必死に歩こうとしている少女だった。おそらく高校生だろうが意外にも愛里寿と同じくらい。つまり人並み以下の身長だった。

まるで負傷しながらも目的地に情報を届けに行く兵士のような姿に流石に人見知りの愛里寿も声をかけた。

「……生きてる?」

 

「大丈夫……貧血なんだ」

貧血にしても限度があるだろう。流石にこのまま放っておくのも目覚めが悪い。

「……肩貸すよ」

 

「すまない」

 

「見ない顔だが……転校生か?」

そう言われてどう答えようか迷った愛里寿は黙って首を縦に振った。

「そうか…申し訳ない。今度借りを返す」

 

「気にしなくていい。えっと……」

 

「冷泉真子だ」

 

「島田愛里寿」

この調子ではとてもじゃないが授業開始までには間に合わなさそうだった。

まあ今更乗り掛かった船だと軽く思考を切り替え、ペースを早めながら歩くことにした。

 

結果として2人は門限ギリギリに到着した。最早負傷兵を後方へ退避させているかのような緊迫した雰囲気を放つ2人(主に島田)に流石に風紀委員長の園みどり子も困惑していた。

 

「遅刻ギリギリよ!まあ今回くらいは許すけど」

 

「すまない……もう無理だ」

 

「立って。立ち上がりなさい戦士でしょ」

ぐったりと門の前で倒れ込んでしまう冷泉に必死に手を引っ張ろうとする愛里寿。たかが登校にもかかわらず悲壮感漂う現場になっているその混沌に流石にツッコミを入れた。

「何やってるの⁇」

 

「ここからは自分で行く…君は先に行ってくれ」

 

「わかった……」

ゆったりと立ち上がった冷泉とアイコンタクトを交わした愛里寿は、唖然としている風紀委員長を素通りし、自らの教室に向かった。

「……転校生?」

「そうらしい」

「遅刻回数が3桁いってるからって転校生にまで迷惑かけないでよね」

「体質なんだから仕方がないだろ」

 

 

 

 

 

朝のうちに挨拶を済ませた愛里寿だったが、予想通り一限が終わる頃には机の周りを囲まれた。

人見知りの彼女にとっては無意味に人寄せパンダのような状態にされるのは嫌いではないが好きなものでしかなく、だけれどどうすることもできない状況に戸惑っていた。別に人から注目されるのは嫌いではない彼女だが、根掘り葉掘りいろんなことを聞かれたりテンションの高い状態を維持するのが苦手で疲れてしまうのだ。

唯一授業の時間だけが静かで落ち着けたものの、少しの合間は我慢するしかなかった。

 

だけれどお昼ご飯となると、やはり仲の良い生徒同士で皆食堂などに向かうためか自然と教室で愛里寿1人になっていた。一息つけるようで、少しばかり静かな教室が何か足りないような気がした。

「へいかーのじょ!」

 

「……私のこと?」

生憎教室には誰もいなかった。彼女を呼び止めたのは同じクラスの生徒だった。やや茶髪で活発そうな少女と、大和撫子が形をしたかのような子だった。

 

「そうそう、一緒にお昼どうかな?」

 

「……お弁当…ある」

まさかクラスの生徒全員が食堂でご飯を食べるなんて想定していなかった愛里寿はついそう言ってしまう。食堂でお弁当を食べるのも変だという思い込みから来るものだった。

「あちゃー。でも食道で一緒に食べない?」

 

「沙織さんそんな強引では困ってしまいますよ」

 

「別に……いいけど」

 

「え⁈いいの!」

 

「テンション高いと疲れるけど……」

別に誰かとご飯を食べるのが嫌いなわけではない。ただ慣れない環境で初日から友達を作ったり一緒にご飯を食べるのは難易度が高すぎたのだ。

「あははごめんねー。じゃあテンション下げてみるからさ」

そういってわかりやすく声のボリュームを下げた茶髪の少女に少なからず好感を覚えた。

「いいよ」

 

「やった」

友達作りの第一歩。そう考えていた。

 

「ところでそれってボコじゃなかったっけ?」

 

「知ってるの?」

 

「たまにコンビニで売っててさ。まあなんか可愛いんだけど見た目が包帯まみれでちょっとかわいそうに見えて」

愛里寿の目の色が変わった。

「ボコはね……」

いい友達ができた。既に彼女は2人を射程に納めようとしていた。

しかし3人の会話を中断させるように校内放送が島田愛里寿を呼んだ。

 

 

 

 

 

その二

生徒会との一回目のコンタクトを終えた愛里寿をなんだかんだ2人は生徒会室の前で待っていてくれて、3人は少し遅い昼食を取ることにした。

話が色々と弾んだついでにと一緒に帰らないかと大和撫子こと五十鈴 華と茶髪の少女、武部 沙織は誘ったものの生徒会に呼ばれていた為後日ということになった。

その日の放課後、彼女は生徒会室にいた。

 

「電気つけて」

意図的に薄暗くされた室内に対し不平を言う。

「あれえ?雰囲気つけたんだけどダメだった?」

 

「電気つけないと目に悪い」

仕方がないかと入口付近のスイッチを押して杏は部屋を明るくした。

どうやら部屋にはさらに2人いた。最初にここに入った時にも見かけた1人と、もう1人は初めて見る.

「紹介しておくよ副会長の小山柚子と広報を担当してる河嶋桃だ」

 

「よろしく」

 

「よろしくね」

目つきが少しだけ怖いメガネの人とスタイルがいい人が愛里寿の中で名前に紐付けされた。

「で、本題だが戦車道の大会で優勝を狙う場合どうしたら良いかな?」

 

「……正攻法で行くなら最低でも決勝戦までに戦車20両」

戦車道のルールはフラッグ戦であり、また投入できる最大車両数も決まっている。愛里寿の言う20両は決勝で投入される車両数である。

「そんなの無理だ。資金が持たない」

直ぐに河嶋が案を却下した。生徒会とはいえ使用可能な予算は毎年学園から支給される分しかない。一応廃校回避のため理事長から特別に予算編成が組まれているとはいえ戦車二十両を一気に集めるなんていうのは無理だった。

それに車両を揃えてもそれの維持費がかかる。決勝戦まで保てばいいと割り切ればやれなくもないがそれはあまり褒められたものではない。

「……難易度が上がった」

 

「そんなにかな?」

いまいち実力がピンとこない杏達。

「いつも決勝にいるような強豪校は正直強いよ。ううん、強いんじゃなくて化け物が多いかな」

 

「……そんなに?」

 

「まず史上初の大会十連覇を成し遂げた黒森峰の隊長と副隊長。多分副隊長の方が厄介。後的確な指示と数の暴力で決勝常連のサンダース。シモヘイヘでも取り憑かれてるんじゃないかって思える砲手がいる上にカリスマがある指導者がリーダーのプラウダ」

 

「聴けば聴くほど素人集団でしかない私達がどうにかできる相手じゃなくなってきました」

そもそもまだ募集すらしていない。

「だけどやるしかないよ桃ちゃん。じゃなきゃ廃校なんだから。この際資金は気にしなくていい。私がどうにかするから面倒だけど……」

 

「とりあえず戦車がないとどうしようも無い」

実際それをどうにかしようと彼女は考えてこの学校にきたのだからこの状況は既に想定していたものだった。資金についてもある程度はこちらで用意する段取りも付いていた。だけれど生徒会がやってくれるというのであればそちらに任せることにした。

「それなんだけどねえ…一応あてはあるんだ」

 

「あるの?」

 

「20年前に戦車道を止めた時の記録でね。どうも戦車二十数量のうち10両近くの売却履歴が無いんだ。その代わりにいくつも紛失届が出ていてね」

 

「そうなると車籍が抹消されてるか……」

戦車道に使用される戦車は全て特殊車両として国土交通省によって登録がなされている。(そのため一般道路を走行することが可能となっている)だが紛失や部品取りとして使用不能な状態を10年続けているとその車両の車籍は抹消される。

あまり事例はないがあり得ないというわけではない。

ただ悪用されて車両を密売される可能性もあるためかなり念入りに調査されるのが普通だ。

 

「現状分かっているのは車籍が残っていて書類上では休車扱いになってるのが倉庫に1両後はねえ……探すしかない」

休車扱い、それは部品取りなどで一時的に使用不能な状態になっている車両のことである。

「修理に手間とお金がかかりそう」

 

「そのあたりはこっちで考えるよ」

何せ20年も前の車両では例え問題なく動けても今の大会基準と合わないところもいくつか出てくる。それらの改修費用にどれだけかかるか。

「とりあえず明日どうにかするわ。人もその時に集まるだろうしさ」

 

「明日?まあいいけど……」

明日なにをしようというのか……予想をいくつか立てたものの、やはり予想の範疇でしかなく彼女は気になった。

 

 

それからもできるところから始めようと基本的な戦車の構造を教えたり戦術を教えたりしていると、唐突に、意表をついて角谷杏が口を開いた。

「それでさ、できたら隊長やってくれる?」

 

「私が?」

 

「多分戦車道一番知ってるの愛里寿ちゃんだけだろうし」

確かに最も合理的な判断だと愛里寿は思った。元から隊長かできれば副隊長をと考えていたから渡に船だ。

「……いいよ」

 

「ほんと⁈やった!」

 

 

 

 

 

細かいことは任せたと島田愛里寿が学校を出ていくのを、生徒会室の窓から見下ろしていた河嶋桃は、終始感じていた疑問をついに言葉にした。

 

「会長本当に大丈夫なんですか?」

それは外見的にも内面的にも彼女が幼いからだろう。

「大丈夫」

それを会長は一刀両断のように切り捨てた。

「ですが飛び級とはいえまだ中学生ですよ」

 

「平気平気、一度あの子の指揮する戦車を見ればわかるよ。素人の私だって凄いって思ったくらいだからさ」

 

「知ってるんですか?」

 

「去年だけどね。地方のイベントであの子が操縦してる戦車を見たことがあるんだ」

 

それは凄かったよ。と角谷杏は目を輝かせた。




愛里寿が家で普段乗っている戦車はBT-2



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第一話。戦車道始めました Aパート

愛里寿が目を覚ましたとき目覚ましはまだ午前4時を指す前だった。

少し早く起きすぎたと思い二度寝でもしようかと思い直したものの、彼女は二度寝の時の寝つきが極端に悪い。結局寝るのを諦めた彼女は携帯(一人暮らし用にと母である千代が持たせたもの)の着信を確認することにした。

 

「うわ……」

 

案の定というべきか千代からの着信がかなり溜まっていた。常識外なほど多いわけではないのだけれどそれでも2桁に乗っている。

だけれどその着信の中に、昨日メアドを交換した友達の名前が紛れ込んでいるのを見逃さなかった。

『夜遅くにごめんね。朝一緒に登校しない?学校に続く大通りにパン屋のお店があるんだけどどうかな?』

メールの内容はそのようなものだった。実際にはもっと絵文字などが多用されていていかにも女子高生感が出たものだったけれど、生憎実年齢的には中学1年と同じ歳でしかない上にこのような文章を送る友達もいなかった愛里寿にとっては見辛いことこの上なかった。

 

それでも拒む理由が特段見当たらなかった為、OKと一言返事を送信した。

 

 

 

 

準備を整えた愛里寿が待合せの場所に行くと、すでに二人は待っていた。

「あ、来た!おはよーあーちゃん!」

 

「おはようございます愛里寿さん」

 

「おはよう…あーちゃんって?」

 

「あだ名。一晩悩んでこれにした」

 

「……悪くない」

 

 

 

教室に着いてから一度は解散したものの、また少しすれば会えるだろうと思っていた愛里寿の耳に、生徒会から全校生徒の招集を伝える放送が入った。

昨日話したこともあるのでおそらく戦車道関連のことだろうと思い、全校生徒を体育館に集めて何を始めようとしているのか、愛里寿は人の波から外れて生徒会のところへ向かった。

待っていたかのように、角谷杏と小山柚子が体育館のステージの隅にいた。桃はどうやらステージ中央のようだ。

「何をするの?」

 

「人集め」

体育館の照明が落とされ、射影機が動き出した。

戦車道入門という筆文字が体育館の大型スクリーンに映し出された。

『戦車道。それは伝統的な文化であり…』

 

「戦車道連盟の宣伝用8ミリ。初めて見た……」

 

 

「あれえ?意外だね。家元はこう言うの流したりしないの?」

 

「見たことない。イベント会場で流れているのは視界の隅にあったかもしれなけど……」

それを人は覚えていないというのだ。

と言うより物心ついた頃から戦車に乗っている身にとってみればこのような宣伝用のものとは一切無縁なのだ。

「取り敢えず正攻法。特典もたくさんつけてとにかく人を集める」

体育館舞台袖で杏と愛里寿は上演の様子を見ていた。

映像を食い入るように見るもの。戦車の砲声に驚くもの、生徒たちの反応は様々だった。ただ、その表情に嫌なものは感じられない。

「上手くいくといいね」

 

「うまくいかなかったらその時はその時」

 

そう言う会長の目が鋭く光っていたのを愛里寿は見逃さなかった。

そっと距離を取ろうと後ずさる。

「怖がらせちゃってごめんなさい。会長いつもあんな感じだから」

そう言ったのは小山柚子だった。

「……怖い人嫌い」

 

「ちょっと傷つくなあそれは」

 

「まだ年齢的には中学生なんですから脅かしちゃダメですよ」

 

「はいはい、めんごめんご」

ふと杏が視線を会場に戻した。映像はもうすぐ終了するというところだった。生徒に向けての演説があるのだろう。行ってくると一言残して彼女は壇上に上がって行った。

 

 

 

 

 

 

 

「へー結構集まった方なのかな」

放課後になって倉庫に集まっていたのはわずかに18名。千人近い生徒数を持つ学校にしては数%でしかない。だけれどそれは生徒会の予想よりも多い方だった。

「まあ少しだけ私が交渉した人もいるけどねー」

 

「ふーん」

何にせよ人が集まってくれてほっとした愛里寿だった。

「あれ?なんであーちゃんそっちに?」

武部沙織が、なぜか生徒会の面々のところにいる愛里寿を見つける。

「あれ?友人?」

 

「うん。誘った」

戦車道を履修するか否かで休み時間に話し合いをした末に、沙織たち二人は戦車道を履修することになった。

「ではこれより戦車道の授業を始める」

まだまとまりのない全員の前に立ったの桃だった。目つきの悪さを会長に買われたらしい。

「えっと…会長その子って生徒会でしたっけ?」

真っ先に生徒会にそう聞いたのは意外にも黒髪を肩辺りまで伸ばした一年生だった。

黙って首を横に振る愛里寿。首を傾げる皆。

 

「彼女は戦車道経験者さ。それじゃ自己紹介してくれ」

そう言って杏は木製の台を勧める。

 

「……」

だけれど愛里寿は沈黙したままだった。

何を話そうか迷っているのかそれとも見るからに自分たちよりも幼いであろう彼女への奇異の視線に怯えているのか。異、そのどちらでもなく彼女の視線は倉庫の中をくまなく移動していた。まるで何かを探しているかのように。

「ところで戦車は……」

 

そう、彼女が探していたのは戦車だった。

台に上がれば周囲の視界も良くなるのでついでにと探したのだが、開放されている倉庫内には一台の戦車以外戦車と呼べる存在がいなかったのだ。自動車部が何か作業をしている隣のくかくにでも運ばれているのではと思ったもののそういうわけでもないようだ。

 

「それはこれから探しに行く」

 

「……」

 

「待て待て待てなんで無言で降りる」

急に倉庫の外に出ようとした愛里寿を慌てて河嶋が止めにかかる。

「戦車を探しに行く。話はそれから」

一連の流れにただ置いてけぼりを喰らう戦車道履修生を他所に愛里寿はその場で説得を受けた。

「一応一台だけあるよ」

 

「それってティーガーですか⁈パンターですか⁈」

茶髪でどこか犬っぽい感じがする女子生徒が生き生きと尋ねた。

「んとねー」

 

倉庫の奥に押し込まれていたのは箱が組み合わさったような外見を持ち、どこか戦車道の広報用の8ミリに移っていた戦車を拡大したかのような形状の車両だった。だけれどその車体は長年放置されていたことによる汚れと錆でボロボロになっていた。

 

「IV号戦車ですか」

「ボロボロなんだけど……」

「これはこれでわびさびがありますね」

「いやわびはともかく戦車が錆びてたらダメでしょ」

生徒たちの合間に動揺が広がった。

だけれど愛里寿だけはその戦車がまだ死んでいないのを理解した。少しばかり希望が湧きがった。

 

 

 

「で……戦車を探すと」

 

「そう」

あの後、戦車がまだどこかに隠されているはずだと言う生徒会の提案により、戦車道履修の最初の授業は戦車探しになった。

「なんか思ってたのと違う!」

そもそどうして戦車が隠されているのだという話になるのだけれど、それは結局昔戦車道をやっていた人達が隠したからに他ならない。

「まあまあ、落ち着いてください」

 

「なんで華はそんな落ち着いていられるわけ?」

 

「慌てても状況は良くなりませんし」

 

「正論」

 

そんな会話を他所に愛里寿は戦車を隠しそうな場所を考えていた。学園艦に乗ってまだ二日目だけれど、それでも地図と実際の地形を見れば隠せそうなところはおおよそ絞り込むことができる。おそらく監査なども探すはずだから生半可なところには隠さない。

もちろん監査ももう来ていないと判断されてわかりやすい場所に移動されている事も考えられるから完全に否定はしないけれどまとまってどこかに隠されているという事はなさそうだった。

だとすればオブジェクトとして飾ってある可能性、あるいは池や沼の中、森の中が妥当だろう。

「ねえ、何してるの?」

 

「どの子にあるか分かりそう?」

 

「普段人が入らない森とか……」

 

「あーだとしたら林があるね」

 

移動する愛里寿達を、一人の女子生徒が一定距離でついてきていた。

愛里寿は真っ先にそれに気がついたものの、自分から話すのが苦手だったこともありそのまま放っておくことにしてしまった。

その結果流石に気がついた武部が後ろからこっそりついてくる女子生徒をひっ捕らえた。

その顔はさっき集まっていた生徒の中にいた顔だった。

「ふぇあ‼︎怪しいものじゃないですよ!ただその……」

「あ、もしかして一緒に探したかった?いいよいいよ人では多いに越したことはないし」

 

「良いんですか!あ、普通ニ年秋山優花里と言います」

少し照れたように顔を赤くして少女はそう名乗った。

「私は武部沙織」

 

「五十鈴華と申します」

 

「……私は」

 

「存じ上げてます!島田愛里寿殿ですね!」

 

「え…うん」

愛里寿は察した。秋山優花里はおそらく自分と同類かあるいは戦車が大好きな人だということを。

ボコが好きならなおよしと思い早速握手を求める。

目を輝かせてどこかうっとりした表情で優花里は握手に応じた。

「まあ飛び級で入ってきたから有名だよね」

 

「いえ、そうではなくてですね」

 

「言わなくていい。私は島田流を背負ってここにきたわけじゃないから」

 

「え?あ…すみません…つい」

 

「気にしてない」

 

 

 

林と言っても学園艦に造られている人工的な林であるがゆえにそこまでの大きさはない。しかしいざ中に入ってみれば木々によって見通しは悪く、想像していたものより広いと愛里寿は感じた。

「林って言ったのは私だけどそう簡単に見つかるのかな?」

数分歩いてコンパスと地図を何度も見返し、太陽の位置も確認しながら迷わないように進んでいく。

 

「こっちから鉄と油の混ざった匂いがします」

華が林の中に入っていく。

太陽の方向とコンパスで現在位置を確かめながら愛里寿達もそれに続いた。

 

「華匂いでわかるの⁈」

 

「多少は……」

 

「すごいですね!」

 

「すごいっていうか花道やってるとそんなに匂いに敏感になるの⁈」

 

「私だけかもしれません」

少なくとも家族にそのような芸当ができる人は誰もいないようだった。やがて背の低い草や木に隠れるようにして、ダークグレーの車体が現れた。

それは何十年もの合間放置されていたにもかかわらず、汚れた車体は洗えば復活しそうな雰囲気を醸し出していた。

「38(t)……」

愛里寿が呟いた。

「さっきのより小さいしなんかビスでゴツゴツしてる」

 

「溶接を取り入れていませんからね。でも競技車両なので実際の接合は溶接、ビスは飾りです」

安全性に配慮した結果ですと秋山は戦車に近づいた。

「そうなんですか。なんだか可愛らしいですね」

 

「可愛いだけじゃなくてちゃんと実績もあるんです!ロンメル将軍の第七師団の主力を務め初期のドイツ電撃戦を支えた重要な戦車なんですから」

 

語っている時の秋山はどこか生き生きしていた。服が汚れるのも厭わずに無心に戦車に抱きついてる。

我に帰る頃には愛里寿は生徒会に戦車発見の電話をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「いやー結構見つかるもんだね」

他の生徒たちも次々に戦車を見つけることに成功し、日が傾いた頃にはかなりの数が発見、回収されていた。

自動車部の大型牽引車を使って倉庫の前まで運び込まれた戦車は、合計で4台。元からあったIV号戦車を含めると5台だ。

「三突と38(t)、M3リーに八九式……雑多」

並べられた戦車を見ながら愛里寿はつぶやいた。

 

 

「車両が揃ったところ悪いけど自己紹介お願いできるかな?」

再び杏が自己紹介を催促する。それに対して軽くうなづいて愛里寿は全員に向き直った。

「島田愛里寿。以上」

 

「それだけ?もっと自己紹介とかあるんじゃないの?」

流石に名前だけしか言わない自己紹介では会長も納得はしないらしい。普段めんどくさがりで最低限のことしかやりたがらない彼女だけれどその彼女すら焦った。

「…島田流師範の娘」

声も小さく、あまり人と話すのは得意そうではない。第一印象は例外なくそうなっただろう。

「島田流?」

流派だというのは理解できたものの、それがどれほどのものなのか。それを知っている秋山以外は皆首を傾げた。

「気にしないで。一応生徒会が戦車道経験者だからってことでここに立たされただけだから」

 

「それじゃあ一言お願い」

「それじゃあ改めて…戦車は楽しく面白く。以上……」

「それだけ?」

「うん、面白くなかったら続かない」

結局下校時間が近づいていたため、その日はそれで解散となった。

 

 

 

 

 

次の日に早速朝から集まった愛里寿館がまず最初にするのは戦車の修理と修繕だった。

見つかった戦車のうち38(t)やM3は劣化した部品や破損した電装品、オイルの交換をしカーボンを張り替えればすぐにでも動かす事が可能だったが、八九式とIV号は履帯が紛失して部品発注が必要な上に八九式に至っては装甲の一部が割れていた。

さらに沼地に沈んでいた三突に関してはエンジンとクラッチをオーバーホールでバラす必要がありとてもじゃ無いが1日では終わりそうもなかった。

「でも修理するにしてもこんな汚れてたら……」

中もまずいのではと秋山はつぶやいた。

愛里寿が試しにとIV号戦車に乗り、キューポラから中を覗いてみる。

「バラす前に水抜きして錆落とししないと……」

「取り敢えずエンジンとか機械的修理は自動車部に依頼しておいたし……洗車だね」

杏の提言で各員が見つけた戦車の洗車とメンテナンスをすることになった。

若干数名が水着に着替えていたものの亜里寿達は勿論、多くの生徒は体操着で洗車を開始していた。

 

 

 

ある程度汚れを洗い流し、車内の錆び取りが終わった各戦車は自動車部の整備場に運び込まれて分解されていた。

天井に設けられた大型クレーンで車体が吊り上げられ、シャーシとエンジンなどのコアがあらわになる。元々戦車道で使用されていた設備らしく戦車の重たい装甲も難なく持ち上げていく。

「ごめんねー苦労かけちゃって」

角谷杏は島田愛里寿と共に自動車部に差し入れを持ってきていた。半分は賄賂のようなものに近いかもしれないが。

「いいってことよ。久しぶりに弄りがいのある子達がきてくれたんだし」

 

ナカジマが杏達と話している最中にもシャーシからエンジンが取り外され作業台に移動させていた。

「お、キャブ制御のエンジンだ」

「最近は古い車もレストアとかじゃ電子制御に変えているからねー」

各戦車の様子を見ていたスズキは、頭の中で大まかなスケジュールを立てた。

「とりあえずそこの二台は見た感じ今日中にどうにか出来るかな。そっちの子は…部品が揃ってからだね」

遠目ではエンジンブロックはオイルが変質して黒く塊のようにこびりついているように見えた。

「旋盤の用意できたから寸法測ればいつでもいけるよ」

何がどういけるというのか。まさか戦車の部品を自作しようとでもいうのだろうか。

「部品…今日中には揃う」

黙って話を聞いていた愛里寿が、そっと呟いた。

「本当⁈」

 

「そろそろ来る」

 

「あーたしかにそろそろだったね。それじゃあ受け取りに行きますか」

外が騒がしくなった。それは生徒の声だけでなく、ローターが空気を下に突き出すようなあの独特な音も混ざった雑音だった。

「あ、きたんじゃね?」

 

「そうかも」

 

 

 

 

それはヘリコプターにしては異様な構造をしていた。

普通のヘリからキャビン部分をなくし、テールとコクピット、その両者をエンジンがつないでいるような構造だった。ポッカリと開けられた胴体中央部分には貨物コンテナが装着されておりまるでヘリというよりかは港でコンテナを積み下ろしているクレーンのようなものだった。

そんな異様な構造のヘリコプターはコンテナを倉庫近くに下ろし始めた。

「おお!S-64スカイクレーン‼︎」

秋山が一人興奮するなか、コンテナを下ろし終えたヘリはどこかへ飛び去っていった。

愛里寿がコンテナに近寄り、厳重にロックされていた留め具を外していく。中身は戦車の部品だった。

「いやあ戦車って整備部品だけであんなにするんだね。修理に必要な最低部品だけで予算ギリギリだよ」

生徒たちの後ろから杏がぼやいた。

「……大丈夫なの?」

 

「学園長から特別編成の予算とってきてるからまあなんとでも?」

最悪どっかから分捕ってくればいいと言う物騒な呟きを愛里寿は聞こえないふりをした。

「よし!ツチヤ、フォークリフト持ってきて!コンテナごと運び入れるよ。ホシノは誘導準備!」

 

「そんじゃよろしくー」

 

後を全て自動車部に任せて、生徒会長角谷杏は本当に帰った。他の生徒も出来ることが無いかと考えたものの、機械の修理なんてやったことはないので何もできず、唯一例外なのは愛里寿と麻子だけだったもののその二人も下校時刻が近づくと、さすがに帰ることにした。

その翌日修理が終わった戦車が、ガレージの前に並べられていた。

どうやら徹夜で修理を施したらしい。

「すごい…1日で」

 

「基本設計は全部おなじだから意外と簡単だったよ」

簡単だったよで済んでいるにしてはかなり手際が良いだろう。

「……戦車整備にスカウトしたくなってきた」

 

「あー気持ちは嬉しいけど私らは私らで色々やりたいからさ」

 

「残念……」

 

「それじゃあ早速…割り当てられた戦車を動かそうか」

 

 

 

 

 

エンジンの音が倉庫の中に響き渡る。ディーゼルエンジンやガソリンエンジンのサウンドが反響して増幅されていく。

ゆっくりと動き出した戦車は、ぎこちない動きで倉庫を出たところで停車した。その数四台。

 

一台だけ来ないことを不思議がっていた愛里寿のところに、ホシノがやってきた。

「戦車のエンジン始動って教えられるかな?」

問題が起こっていたのは一年生達だけで動かすことになっていたM3戦車だった。

どうやらエンジンをかける方法が分からないらしい。

「一昔前のものとか種類によってはエンジンをかけるときにクランクを使って始動するけどここにあるのはIV号以外全部キーを回せば動かせる」

IV号戦車はレストア車であるためキーではなくイグニッションボタンを押して軽くアクセルを踏み込みながらエンジンを始動させる。それに対してレプリカやレストア車でも一部共通部品に変えられているものでは戦車は防犯上の理由から国交省の指導の元、安易にエンジンをかけられないようキーを差し込んで回すイグニッションスタートとなっている。

 

「戦車道に使われる戦車は大きく分けて実物をレストアしたものと部品を一から作り直して組み上げたレプリカがあります。主にレプリカの方がキーで簡単にエンジンをかけることができるんです。もちろん例外もありますけど」

 

「…ん、でもそのキーがこの戦車にはない」

他の戦車はのほどの場合キー自体が戦車に残っていたり沼地に沈めてあった三号突撃砲などはスペアのキーが学校に残されていた戦車道関連資料の中から見つかっていた。

しかしこのM3に関しては今のところ鍵穴はあるもののその鍵がない状態だった。

「どうするんですか?このままじゃエンジンかけられないですよね」

 

「大丈夫、裏技がある」

 

「「裏技?」」

 

「はいクランク」

 

「まさか……」

秋山だけがそれに気がついた。実は各戦車には通常の操作で動かない場合に備えて非常用にクランクが入っている。ふた昔前ほどでは一般的な自動車にも緊急時のエンジン始動用として用意されていたものだ。

 

 

「まずイグニッションの下にあるスイッチをオフに入れて。ギアはニュートラルに。サイドブレーキをかけておいて」

操縦席のハッチから中に座っていた阪口桂利奈に指示を出していく。

「これでいいのかな?」

 

「クランクを入れるところは戦車の後方、車体下あたり。持ち方があるし下手すると骨折したりするから……防具をしっかり身につけて」

テキパキと防具を着込み、愛里寿が車体の後ろに設けられた穴にクランクを差し込み、用意をしていく。

だけれど彼女一人の力ではクランクはピクリとも、うんともすんとも言わなかった。

「「……」」

結局一番体力があるバレー部の近藤がクランクを回す事になった。最初は重そうに回していた近藤もやがてオイルポンプがエンジンオイルを流し始めるとクランクの抵抗力も減ってきたのか軽く回し始めた。

運転席で座って待っていた阪口桂利奈の側に愛里寿が移動し、操作補助を始めた。

クランクによってオイルが循環する音がだんだんと早くなっていく。

「もう十分。一旦クランクを下にして止めて」

 

「わかった!」

戦車に乗ったまま声をかけて再び操縦席の操作に戻る。

 

「えっと……」

 

「ここの点火時期を調整。クランクで始動する時は遅角に入れて。この車両なら後はアクセルペダルを踏み込んで」

「こう?」

恐る恐るアクセルペダルを踏み込む阪口。

「そう……それでマニホールドに燃料が送られるからそのままで待機」

 

再び後ろにいる近藤のところに愛里寿が戻る。

 

「一気に上にクランクを引き上げて」

 

「わかった。せーの‼︎」

勢いよくクランクが一番上まで持ち上げられた。

しばらくしてエンジンが自力で動こうとする身震いのような音が聞こえ、そして一瞬の間を置いてM3が咆哮を挙げた。

「かかった‼︎」

ようやくエンジンがかかったことに阪口は興奮していた。

「これで大丈夫……後は点火時期を元に戻して」

 

「ありがとう!」

 

 

最初は用も終わったのでIV号戦車に戻ろうとした愛里寿だったものの、すぐに一年生たちに囲まれてしまった。学年としては上なものの、年齢が自分たちより下ということで親しみやすいと考えたのだろう。

「でもエンジンの手動始動なんてよくわかりましたね」

リーダー的存在である澤梓が愛里寿に尋ねた。

「おすすめではない。できれば補助セルモーターで始動する方が安全」

 

「でもこの戦車の動画だともっとたくさん回してるよ?」

携帯で動画を再生しながら今度は、大野あやが入れ替わるように彼女に聞いた。のその問いには秋山が答えた。

「本当はM3だと航空機用エンジンを搭載しているので航空機と同じプロセスでエンジンを作動させるのですが…戦車道ではエンジンは競技用のものに換装されていますからね」

 

その後も少しばかり話をしたものの、愛里寿が戦車の動かし方を教えると言い、その場はお開きになった。

 

 




次回
多分一週間後くらい


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第一話。戦車道始めました Bパート

「えっとこうでしたっけ?」

「わぁ、待って!ここで動かしちゃ駄目ですよ!」

「待って!止まれ!」

「わああああ!」

 

「主砲旋回!あ、逆だった!」

「反対にレシーブ撃っちゃダメでしょ!」

「でもこれ後ろにも機銃付いてますよ?キャプテン」

「なるほど!前後両方に攻撃できるな!」

 

「撃てっ!」

「桃ちゃんあれを外す?」

「桃ちゃん言うな!」

 

「止まっちゃいました」

「クラッチを踏んでギアを変えるの」

「こうですか?」

「うわわ!バックしてる!バックしてるうう‼︎」

 

 

グランドを縦横無尽に戦車が駆け回り、時々暴走し、一通り戦車の動かし方を覚えた皆が次の日に集まったのは学園の駐車場だった。

 

「なんでここに集めたんですか会長?」

真っ先に行くとしたら戦車を止めてある赤煉の倉庫だと思っていただけに武部の疑問は全員を代表したものだった。理由を知っている愛里寿は静かに見守っている。

「特別コーチを呼んだんだよ」

時計を見ながら少し不安そうな表情をした愛里寿が会長の背中を突いた。

「……予定の時間は?」

「9時だね」

「今何時?」

「8時58分56秒」

「……教官はいないね」

既に約束の時間まで1分となっている。しかし一向に姿は見えない。流石に生徒たちの合間に不安が広がってきた。

ちょうどその時であった。燃料が延焼し吹き飛ばされる際に発生する音エネルギーが周囲に撒き散らされていく。

それを人は轟音と呼び、またジェット機が飛んでいると認識する。だけれど機体は音の割に見えない。それも仕方がないことであった。その機体は通常の機体では考えられないほどの低空を這うように飛んできたからだ。まるでエイが海底を舐めるように泳ぐかのように両翼を広げ、機体後方のハッチを開けて学園に向かい突き進む。

最新鋭輸送機C-2輸送機のハッチから送り出されたのは空挺降下用荷物パレッドに乗せられた10式戦車だった。

 

そのまま駐車場に飛び込むように下された10式は時速140キロ以上の速度でタッチダウンし、パレットが火花を散らしながら後方のドラックシュートによって急減速。それでも勢いを殺しきれずにアスファルトに傷を作りながら赤いフェラーリに突っ込んだ。

 

「あれって学園長のじゃ……」

一旦は停車した10式戦車は方向を転換するため後方に下りながら、履帯で横転したフェラーリF40を踏み潰し、生徒たちの方に向かっていった。廃車が確定してしまった瞬間であった。

停車した戦車の自動ハッチが解放され、黒髪の女性が上半身を出した。

「みんな、こんにちわ」

呆気にとられている全員の中で愛里寿と杏だけが冷静だった。

「……」

愛里寿は車については詳しくなかった。素人のそれであった。だが、破壊されたそれが高級車であるというのはなんと無く理解した。故に降りてきたその女性に近寄るなり耳元に、一言吹き込んだ。

終始笑顔だった戦車長の顔が真っ青になっていく。それに追い討ちをかけるように杏が何か話をし始めた。

「何したの?」

再び生徒たちの中に戻ってきた愛里寿に武部がそっと耳打ちする。

「……なんでもない」

実際何でもないことである。ただしそれはかなり効くものだった。

「ほんとごめんなさい!」

 

「あーえっと」

かっこいいところを見せようとして空挺降下を行ったようだが、場所を選ぶべきだっただろう。結局彼女は悪知恵を働かせた杏と、愛里寿に頭が上がらなくなってしまった。

 

少し時間をおいて場を仕切り直したところで自己紹介となった。

「特別講師の戦車教導隊、蝶野亜美一尉だ」

 

「戦車道は初めての方が多いと聞いてますが一緒に頑張りましょう」

1人だけ騙されたとふてくされている武部。かっこいいと目を輝かせる一年生達と反応は様々だ。

「戦車教導隊って自衛隊の…」

「そうです!富士にある教導団戦車教導隊といえば戦車戦のエキスパートですよ!」

なぜか意気投合するエルヴィンと優花里。

 

「ところでそこの島田…」

「愛里寿」

「愛里寿ちゃんってもしかして島田流師範のとこの娘さん?」

「そう」

「やっぱり!どこかで会ったことあると思ってたのよ」

 

「……もしかして半年以内に会ってた?」

愛里寿にしてみれば戦車道の世界でデビューしたのはつい最近であり、それ以前ではイベントなどにすら出席していなかったのだから顔を知っているということはつい最近会ったことになる。

「島田流って有名なんですか?」

「ええ、戦車道の流派では一二を争う流派よ」

「それは大袈裟」

だが実際のところ高校という枠に囚われない状態で見れば影響力は島田流と西住流で一二を争っているのは確かだ。幸か不幸か二つの流派は影響力を最も重視しているところが少しずれているためあまり衝突がないだけだ。

 

「教官!本日はどのような練習をするのでしょうか!」

優花里が待ちきれなくなり手を上げた。

「そうね、今日は本格戦闘の練習をしてみましょうか」

 

「いきなりですか⁈」

亜美教官の言葉に生徒達にどよめきが走った。

「大丈夫よ何事も実践実践」

 

「戦車なんてどーっと動かしてバーっと撃てばいいんだから」

 

「大雑把すぎる……」

 

結局、ゾロゾロと倉庫に向かって行った。

背かかされる形でそれぞれがグループになって割り当てられた車両に乗っていく中、Ⅳ号を担当になった4人は少し迷っていた。

「そういえば私達…役割決めていなかったわね」

「戦車の各担当を交代でやってはいますけどそれだけでしたね」

その時に大体全員の適性を愛里寿は確認していたもののそれに関しては口出しはしなかった。適性とやりたいことというのは案外違うことが多いからだ。楽しくやるに関しては適性よりもやりたいことの方が重要になる。

 

「今決めちゃおうか!あ、そうそう愛里寿ちゃんはどこの役職やりたいとかある?」

「特にない」

「それじゃあジャンケンで決めようか」

最短で決めることが可能な方法というのは限られていて、それはかなり簡単なものとなった。

「決まったね!」

公正なジャンケンの結果、砲手が秋山優花里、装填手が愛里寿、操縦五十鈴華、車長武部 沙織となった。本来は島田愛里寿が車長を勤めたかったのだがジャンケンで決まっては仕方がない。一応どの役であろうと全てをそつなくこなせるのでどこにいたも変わらないのだけれど。

「よーし!……えっとこう言う時って掛け声とかあるんだっけ?」

 

「パンツァーフォー」

装填手のハッチから顔を出した愛里寿が小さな声でそういった。

「うん⁇」

 

「戦車前進って意味ですよ」

補足するように秋山優花里が反対側の砲手ハッチから身を乗り出した。

「そうなんだ。じゃあ…パンツァーフォー!」

「いやっほお!やっぱ最高だぜい!」

「またパンツァーハイになってる……」

「ぁ…すいません」

多少の変速ショックが残る加速で、IV号戦車は動き出した。

 

無事に走り始めた戦車は、操縦回数2回目にあたる五十鈴 華の操縦によりフラフラしながらも指定されたスタート地点にたどり着くことができた。

他の戦車が木にぶつかったり道を間違えかけているところから考えてもまあ良い線行っているのではないかと愛里寿は思った。

 

それぞれが指定されたポイントに移動し、準備完了の報告を上げていく。全車両が揃ったところで亜美は試合開始に合図を出した。

 

試合が始まったものの、Ⅳ号はすぐに誰かと接敵するといったことはなく、武部沙織はとりあえず移動しようと戦車を移動させた。

島田愛里寿は自然とハッチを開けて車長のバックアップに回る。ついでにと接敵予想地点を書いた地図を渡す。

「これいつ製作したの?」

 

「さっき…大体の位置はなんとなくだけど地図を見たら大体この辺りで落ち合う」

高低差の表記がある本格的な地図だった。なるほど真ん中の盆地を囲うように各車のスタート地点が振り分けられている。あの教官も主戦場をここと設定しているのだろう。

「そこって…谷間?」

 

「そう。慣れていないと自然と谷間になるところに集まりたがる。特にまだみんな慣れていないからエンストの可能性やうまくやらないと登れないような坂は登らない。そう言うとき人は無意識に下の方に向かいやすくなる。途中で遭遇戦があるかもしれないけれど、最終的に全車が集まるのはこの地点」

各戦車の位置からしてもその場所はちょうど中央にあたる位置で最も谷間になったところだった。

「じゃあそこを撃ち下ろすとか?」

 

「無理。あそこは辺は38(t)を探しているときに通ったけど周囲の地形からして撃ち下ろしには向かない。無理に車体を乗り出せばいけるかもしれないけど下手するとずり落ちる」

そんな危ないところを初心者にやらせるのは安全第一の観点からも間違っていると愛里寿は指摘した。

「うーんこう言う地形は俯角が取りやすい野戦砲とかの方が有利なんですよね」

秋山優花里も地図を覗き込んで呟く。

「そうなるとどうするの?」

 

「……Ⅳ号なら三突とM3の主砲以外は中距離ならなんとかなる。ここはあえて飛び込んでみよう」

近距離に持ち込まれると厄介ではあるがその距離であればこちらの主砲だって相当あたりどころが悪くない限りは相手を撃破することは可能だと愛里寿は思っていた。

「車長の指示が大事…頑張って」

 

「OK!じゃあいっちょやりますか!」

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発、それは背後からのものだった。

放たれた砲弾はIV号の右側至近に着弾。薄く小さな穴を地面に作っていた。

それは八九式中戦車に搭載された九〇式五糎七戦車砲による攻撃だった。

 

「わわわ⁈どうしよう!」

 

「落ち着いて。走っていれば当てるのは難しい」

 

「ぜ、前進!」

車長の慌て方と重なるように戦車も慌ただしく発進。その直後背後に着弾。次弾からかなり良いところに修正していると愛里寿は感心した。

これなら訓練次第では日本代表の選抜までは行けそうだと考えていた。

「うわわ!」

再び着弾。だがさっきより距離は遠い。双方ともに走っている状態だから仕方がないのだろう。

「落ち着いて。八九式の火力ならこの距離は撃破できない。それに動いている目標に当てるのは難しい」

 

「そう?」

 

だけれど相手は一両だけとは限らないのだった。一瞬愛里寿が険しい顔をした。

「もう一台いる」

天性の勘とでも言うのか、その姿を見るまえに愛里寿は気がついた。

「嘘⁈」

武部が叫んだ瞬間、砲塔の左横を八九式とは明らかに違う砲弾がすり抜け、背後の木を破壊した。

「っ!前からも!」

 

Ⅳ号の車体が森の合間を抜けて未舗装の砂利道に飛び出す。

武部は相手の車両をその時初めて確認した。

Ⅳ号の砲塔を取っ払い、車体をひと回り小さくしたようなシルエットのそれは突撃砲と呼ばれる部類の戦闘車両。

その砲身が再びこちらに向けられていた。

 

 

この二台が共闘を始めたのは実を言うと数分ほど前だった。Ⅳ号に攻撃を加えた直後の騒動は、無線をオープンにしたままの八九式伝いに三突に伝わっていた。それを聞いていたエルヴィンとカサエルはまずは熟練者であり最も脅威と捉えるべきである愛里寿が乗るⅣ号を協力して叩くべきだと考えた。

「日ソ中立条約か?」

「小田原城の戦いぜよ」

「リトアニア不可侵条約では?」

「「「それだ‼︎」」」

 

「まずはⅣ号からだ。秘密協定は締結済み」

車長用観測レンズを除きながら様子を見ていたエルヴィンは前進して距離を詰めるよう指示を出した。

「賽は投げられたか」

三突が動き出し、一気に距離が詰まる。

 

「やばいやばい!右に行って!」

 

「よく聞こえません!」

 

「右斜め前‼︎」

力一杯華の肩を蹴り飛ばした。

そのまま戦車は道を降るようにして加速していく。

「あー!挟み撃ち失敗!」

「大丈夫!このまま追いかけるよ!もう一回スパイク!」

八九式も負けじと加速する。どちらも同じ中戦車ながら、エンジン性能ではⅣ号の方が若干優っていた。だがそのポテンシャルが十分に発揮されるのはしっかりと技術を学んでモノにしてからだ。

 

Ⅳ号が突っ走る道のその先には浅い土手があった。大した高さはないものの、現在ここにいる戦車が乗り越えるには少々難しい程度のものだ。その土手の近くには木がなぎ倒されスロープのようになった跡があった。

「位置的に三突がやったもだね」

確かにこれなら直接この土手を降りるよりかは安全だ。特に三突の場合下手に土手を降りようとすると砲身が地面に刺さりかねない。

 

「沙織さん、華さん」

 

「なに?」

だけど愛里寿の声は沙織にしか届かなかった。

「そこのスロープ登って、って伝えて」

 

「スロープ…あれね!。華!左のスロープっぽい木!」

再び蹴られる華。加減がうまくいかず相変わらず痛い蹴り方だった。

肩を壊さないといいけどと愛里寿は心配になった。花道の家の人だというのは聞いている。となれば手に関するところを怪我するのはかなりまずいのだ。

 

だが華の荒っぽい操縦で、戦車は速度を緩めずスロープに半ば体当たりのように飛び乗った。車体は大きく跳ね上がり、まるでジェットコースターのように後ろに大きく傾く。履帯が若干空回りをしながら強引に押し上げていく。

重量に耐えきれず太い木が折れるがその頃にはもうⅣ号は坂を上り終えていた。

「これで少しは時間稼ぎができる」

 

草木の合間を縫うように激しく揺さぶられながら突っ切ると、目の前に開けた土地が現れた。森の中にある草原のようなところだった。

 

 

「この先って確か……」

 

「例のポイントですね」

 

周囲への注意が散漫になってしまっている武部の補助で愛里寿もハッチから身を乗り出し周囲を確認していた。

「…⁈」

その愛里寿が、進路上に寝ている人影を発見した。とっさに停車措置を取る。

だが操縦二日目の人に素早く停車を指示してもすぐに止められるはずもなく、ましてや車長位置ではなく装填手ハッチから身を乗り出しているため足で指示することもできず、そのまま人影に戦車は突っ込んでいった。

だが戦車に轢かれるという最悪のシナリオはなく、とっさの判断で戦車に飛び乗り、滑って転んだ少女がそこにはいた。

「…なんだこれ?」

 

「この前の……戦友?」

愛里寿と少女の目があった。お互いに何かを感じ取ったのか無言でうなずく。

「あー!麻子!」

 

「沙織か。眠りを邪魔しないで欲しかったんだが」

 

「今は授業中でしょ!」

その直後後方の地面を砲弾がえぐり、爆風が車体を揺さぶった。もう追いついてきたかと愛里寿が後ろを確認する。どうやら三突が狙撃で撃ったようだ。

「そんなことより乗って。車外は危険」

 

だけれど車内は車内で麻子にとっては地獄でしかなかったようだ。篭る熱気と振動。そしてそうしても発生する密閉された車内による酸素不足。

「うー……酸素が薄い」

「麻子は低血圧だからね」

幼なじみだという沙織は苦笑していた。

「大丈夫ですか?」

優花里に懐抱される形で麻子はグロッキーになっていた。

「酸素ボンベ持ってくるべきだった?」

そう言ったのは愛里寿だった。

「あるのか?」

「ない」

「無いのか……」

あったら真っ先に愛里寿が使っているだろう。彼女も意外なことに酸素の薄いところや閉鎖空間は好きでは無い。

家元での練習も作戦指揮に専念する時は車外に出て行っているほどだ。

何度か戦車道連盟にもオプションで良いので付けて欲しいと嘆願書を出したことはあるが審議中と言う一言で済まされてしまっている。

多分審議通過はないだろうと半分諦めている。

 

 

 

ついに橋に出てしまった。他の車両はまだいないようだった。

ここで待ち構えるのは危険と判断し、また車長の沙織も恐怖心からか早く逃げようと橋を渡る事にした。だが古い吊り橋は戦車を通すにはかなり狭いものだった。足場もあまりない。戦車が急停車。直後砲弾斜め横をすり抜けていった。あのまま走っていれば命中してはだろうと思うと少しばかりゾッとする沙織達をよそに愛里寿は戦車の外に飛び出した。

「……私が誘導する」

 

「外は危ないって言ったじゃん!」

「そうですよ!また砲撃がきますよ!」

 

「少しの合間なら大丈夫」

次弾が飛んでくるまでには時間がある。そう判断した愛里寿だった。

愛里寿の誘導に従ってⅣ号はゆっくりと吊り橋に入った。

だが誘導指示を出しても戦車をうまくコントロールできなければ、意味がなかった。

左にずれた戦車の履帯が、吊り橋のワイヤーを切断、橋自体が大きく揺らいだ。全体が大きく揺れ、Ⅳ号が落ちそうになる。

まずいと愛里寿が思った時には、既に立て直しができない状態になっていた。

だが戦車は結果として川に落ちたりはしなかった。後方から飛んできた75ミリ砲弾が車体後部ラジエーター区画に命中。爆発の衝撃でⅣ号は再び橋の上に戻ることができた。幸いにも撃破判定は出ていない。

あたりどころがよく砲弾は左ラジエーターを破壊するだけにとどまったものの、衝撃で華が気絶してしまったのだ。

「みんな大丈夫?」

 

「あ、華!」

 

「操縦手失神!移動不能です!」

すぐに気絶した華を車内に引き込む。優花里と沙織が隣にある無線手の座席に華を移した。

すぐに戻ってきた愛里寿が容体を確認する。

「気絶してるだけ。外傷はない」

「良かった」

 

「私が運転……」

愛里寿が操縦席に移ろうとした直後、Ⅳ号は唸りを上げて車体を橋に戻した。

操縦席には華に変わって麻子がすっぽり収まっていた。

 

「あんた操縦できたの⁈」

 

「今覚えた」

「覚えた⁈」

なるほど彼女の目の前には戦車のマニュアルが開かれていた。いやそれだけで操縦できるあたり物凄い適応力だが。

「さすが学年主席!」

愛里寿もこれには驚いていた。

後方から八九式の機銃がⅣ号の車体を叩く音がした。

すぐに、前進したⅣ号のすぐ後ろに三突と八九式の砲弾が落下。吊り橋にかけてあった鉄板が吹き飛んだ。だがⅣ号にダメージはない。

だが進行方向前方にも別の戦車が現れた。

それは会長達が乗る38(t)型とその後ろからついでについて行こうという魂胆で自然と共闘することになったM3中戦車だった。だが橋の上では逃げ場がないと悟った愛里寿は、ハッチから身を乗り出して周囲を確認、最善策を打つことにした方

「……一旦橋を渡って草むらに飛び込む。そこから反転して先にM3と38(t)を叩く」

 

「わかった」

だがそれには38(t)あるいはM3の至近攻撃を回避する必要があった。そしてその瞬間はすぐそこに迫っていた。

「ふふふ、ここがお前らの死に場所だ!」

真っ先に発砲したのは38(t)だった。とっさに車体を傾けて対処したものの、38(t)の砲弾はⅣ号のはるか後ろを通り抜けて行った。わざわざ停車して狙いを絞ったはずなのだがどうしたことだろうか。

「えー……桃ちゃんここで外す?」

照準に捕らえていたはずなのにと河嶋桃は呟いた。

 

「……どこ狙ってるんだろう?」

M3は38(t)と射線がかぶってしまっているため攻撃不可能。ここで先に38(t)を叩いておくべきかと愛里寿は考えたものの、背後から狙いを定めようとしている三突と八九式からの視線がチクチク首元を指していたためやめることにした。

直後背後の鉄板が吹き飛び、衝撃で車体がまえに吹き飛ばされた。やはりあそこで止まっていたら攻撃されていただろう。

そのままⅣ号は木々の合間をすり抜けて草むらに飛び込んだ。

「……合図で左に回って。秋山さんいつでも撃てるように準備はしていて」

 

こちらを追いかけようと砲塔を回して追尾している二台の真横に、Ⅳ号が飛び出した。すぐ真横に飛び出してきたことで38(t)とM3の副砲は狙いが狂う。

「停車」

履帯の回転が止まり車体がまえに仰反るように慣性の法則によって傾く。

あらかじめ回してあった砲塔と僅かな調整で、照準はM3を捕らえた。

 

「射て」

 

75ミリ砲弾が爆音と衝撃波を伴い砲身から飛び出した。

それは吸い込まれるように真っ直ぐ旋回中のM3の車体側面に命中。貫通判定を与えた。

 

ーーーーM3行動不能!

 

「車体左旋回30度。次の目標38(t)」

 

次弾が装填されるより先に38(t)が撃ったものの、それはあらぬ方向へ飛んでいき、車体を擦ることすらなかった。

「えーまた外す?」

「……撃て」

容赦なしに38(t)を攻撃するⅣ号。38(t)のグレーの正面装甲に貫通判定が入り白旗が上がる。

 

ーーーー38(t)行動不能!

 

「ふふふ、そこだ!」

立て続けに二台を葬ったことと、Ⅳ号が微妙に移動したおかげで照準を合わせることができた三突が狙いを定めた。この距離なら素人でも当てようと思えば当てられる距離だ。

「車体を右に旋回。傾けて」

 

麻子が車体を回すのと三突が発砲するのはほぼ同時だった。そして砲弾はタイミングよく旋回を始めたⅣ号の車体側面に当たり、貫通判定を与えずに弾いた。狙ってできるような芸当ではない。

「嘘⁈」

 

「停止。距離67m、上げ角2度。照準絞って……撃て」

 

放たれた砲弾は後退しようと動き出した三突の操縦手正面装甲に命中。垂直になっていたところに命中し撃破した。

ーーーー三号突撃砲行動不能!

「やっば!私たちだけ⁈」

 

「慌てないで!根性だよ!」

 

八九式が機銃と同時に主砲弾を放つ。

それは急に進路を変えたⅣ号の真横を通り抜けていった。

素早くⅣ号が停車。照準を合わせる。

意外なことに次弾が八九式より飛んできたものの、焦っていたのか照準が浅く手前に着弾し土埃を上げるだけだった。惜しいと愛里寿は思ったものの、この距離ではたとえ命中しても八九式の砲弾ではⅣ号の装甲は撃破できない。

「撃て」

無慈悲な愛里寿の声が響いた。

 



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第二話 練習します Aパート

試合で撃破された各車両は、自走不可能なものを除いて全車両倉庫に回収されていた。

それを見つめながら、島田愛里寿は一番手前に置かれたⅣ号戦車の車体に刻まれた傷をそっと撫でた。

使い慣れていない戦車だったと言うこともあるが傷をつけてしまうのは彼女の矜持が納得をいかせなかった。

やはり、できれば傷をつけずに戦いたいものらしい。

「島田殿!やっぱりこちらでしたか」

そんな愛里寿を呼び止める声が背後からした。振り向けば、そこには先に出て行ったとばかり思っていた秋山がいた。

「あ……秋山」

 

「これからお風呂に行くのですが一緒にどうですか?」

 

「他の人も?」

 

「もちろん一緒ですよ」

 

「……」

少し悩んだ末に愛里寿は首を縦に振った。

この数日で秋山も愛里寿のことはある程度わかってきていた。黙って首を振る動作だけで返答としては十分だった。

「それじゃあいきましょう。皆さんは先に行っていますので」

 

 

 

 

 

「せっかく髪が整ってるんだからちゃんと洗おうよ」

三十分後には髪をガサツに洗っていた冷泉と共に並んで髪のケアをされていた。2人揃って猫のように暴れていたが結局逃げられないと悟ったのか現時点ではなすがままになっていた。

「沙織は私の母親か何かか?」

 

「……」

 

「愛里寿もそうだけど髪は洗っただけじゃなくてちゃんとケアしなきゃだめよ。特に麻子は長いのに髪質がデリケートなんだから」

 

「母親ですね」

 

「彼女というよりオカンですね」

先に湯船に浸かっていた2人が同時に同じ感想をこぼした。

「そこ‼︎聞こえているわよ!」

 

 

 

「「……」」

完全に世話焼き状態になってしまった武部になす術もなく2人そろって蹂躙されていった。

 

「ふーそれにしてもすっごいドキドキした。告白されるよりも凄かったかも」

一通り2人を洗い終わった武部は、ようやくと言った感じで疲れを癒すために湯に入った。

「告白されたことないですよね」

 

「例えよ例え」

そんな例えがあるのかと愛里寿は世界の広さにただ感心していた。途中本気にしちゃダメと五十鈴に止められる。

「あんな近くで主砲を撃ったら癖になっちゃいますよね」

 

「んーでも車長はやっぱり愛里寿ちゃんね」

 

「私?」

 

「今日の試合愛里寿が的確に指示出してたじゃん」

嫌味のようにも聞き取れてしまうそれは、しかし武部の裏表ない笑みで愛里寿を安心させた。

 

「そうですね。私達あまり戦車に詳しくありませんし」

 

「島田殿が車長なら心強いです!」

五十鈴と秋山も武部の案に賛成の意を唱えた。反対意見があるとすれば先ほどから黙って隣の湯船に浸かっている冷泉だけだろうが彼女は彼女で誰がどの役をやっても良いと思っているようだった。

「……麻子」

 

「私はそれでいいと思うぞ」

半分投げやりな回答だった。ただ、数時間で彼女の性格を理解していた愛里寿はそれに不快感は起こらなかった。むしろ冷泉の反応くらいが心地よいとさえ思えていた。

「わかった。車長やる……」

「あれ⁈麻子戦車道履修するの?」

そういえばまだ他の人には言っていなかったことに愛里寿は気づいた。試合終了後各戦車が回収されている最中愛里寿が冷泉を誘い、それに二つ返事で彼女が乗った。それを伝えていなかったのだ。

「気が変わった…さっき履修届を出してきたところだ」

 

「ふーん珍しいじゃん」

 

「戦車を動かすのも悪くなさそうだからな」

後砲撃に痺れたらしい。だけれどそれは愛里寿の予想でしかない。

「それじゃあこれからみんなで買い物行こうよ。戦車の中ちょっと殺風景すぎるし椅子も硬いからクッション買いたい」

 

「良いですね。では花でも置いてみましょうか」

 

「でしたら私もご一緒します。島田殿はどうですか?」

 

「……え、うん」

誰かと遊びに行くということがほとんどなかった愛里寿にとっては初めてのことであり急なことでもあり、頭が理解するのに少しばかりフリーズを要した。

 

 

 

 

 

 

 

一日開けた次の日。各戦車は倉庫の前に引き出されていた。

この日愛里寿は珍しく遅めに登校していた。前日年齢と世間一般を照らしわせた結果かなり遅い時間まで、武部紗織の部屋で愛里寿自身と比較してテンションが高い彼女達に半分振り回された結果寝過ごしていたのである。

それでも冷泉のように低血圧で動けないと言うわけではない分操縦士とは違いなんとか遅刻はしなくて済んだようだ。

 

「……」

流石に遅刻はしていないからか門に立つ風紀委員も何も言っては来なかった。いや、おはようくらいは言われただろうが愛里寿は軽く頭を下げただけだった。

それが気に入らないのか風紀委員が一瞬目を細めていた。少しばかり背筋が寒くなった愛里寿は小走りにその場を離れた。

 

「あれが会長の言ってた隊長?愛想悪いわね」

 

「愛想悪いのではなくて人見知りでは……」

 

「なるほどね。まあ飛び級してきているし世代もずれてる……ちょっとかわいそうに思えてきた」

実際には世間的な趣味が戦車道以外あまりない(あってもボコでは世間一般的なものとは言い難い)のが原因の一旦であった上に本人もそれを直そうとはしないのであったが園みどり子は知る余地もなかった。

 

 

 

 

「……ナニコレ」

 

 

 

そこに並んでいたのはさまざまな色に塗られた戦車だった。

真っ先に目を引いたのはM3中戦車だった。

「……ピンク」

いつのまにか隣に来ていた秋山もマジマジとカラフルに塗り替えられた戦車を見ていた。

「サハラなどで実績のある砂漠迷彩でしょうか?」

確かに砂漠迷彩にはピンク色というのも存在する。M3 に施されていたかは不明だけれどあり得ないわけではないのだ。だが塗り立てとは言っても迷彩としてはかなり異様だった。そもそも砂漠迷彩のピンクよりかなり艶が出ている。というより彩度が高かった。

「みんなで相談してピンクに決めたんですけど」

「ピンクってこれしかなかったから」

車長の澤梓と操縦手の阪口桂利奈が片付け中の塗料缶を愛里寿達に見せた。

中身が空になった塗料缶には砂漠迷彩を再現するための戦車専用塗料の文字が踊っていた。

 

 

「なので自動車部にお願いして光沢のコートを吹いてもらったんです」

その上でさらに研磨をして艶出しを行ったのだろう。鏡面仕上げとはいかないまでもかなりピカピカだ。

「だから車みたいにピカピカだったんですね」

そこまでしてしまうと迷彩色であっても隠蔽性は皆無であったが阪口の言葉で愛里寿は更に衝撃を受けることになった。

「ピカピカといえばあっちもだね」

 

「……キンキラキン」

愛里寿は唖然としていた。ここまで大胆な塗装をした戦車を戦車道では見たことがなかったからだ。一応タンクラリーなどのレース競技においてはカラフルな塗装の戦車は普通であるが愛里寿はタンクラリーはあまり知らなかった。いやタンクラリーでもこのような色はないだろう。

 

「どうよ」

38(t)はまごうことなき金色で輝いていた。黄色系の迷彩かと思いきやこれである。こちらはしっかりと鏡面仕上げをされていて輝いていた。

「成金」

 

「黄金列車ならず黄金戦車……浪漫はありますね」

 

「いやーちょっとお願いして車用の塗料使っちゃった」

その上鏡面仕上げまでしているようだった。リベットなどの出っ張りすら艶を出しているのだから一周回って感心してしまった。

「愛里寿ちゃん?」

 

「成金ヤクザ」

成金ヤクザでも精々金色の服までだろう。

「だよね……」

愛里寿の呟きに小山は苦笑いしていた。

「愛里寿ちゃんも戦車弄るんでしょー?」

干し芋を齧っていた角谷杏が毒舌評価をする愛里寿に人のこと言えないと言った。

聞けば、先に到着した武部達が色々とデコレーションをしはじめているようだった。だが昨日の買い物の時に飾るのは車内だけと決めていたため外装までは手を加えてはいなかった。

「内装……」

 

「あーなるほど」

 

「隠蔽性……無いと困る」

 

他にも幟を立てた赤と白の新撰組カラーに塗ら登りが立てられた三号突撃砲と側面に白いペンキでバレー部復活と書かれた九八式とかなり個性が出ていた。

「なんかアジ電っぽい」

八九式を見ながら漏らした呟きを車長の磯辺典子は逃さない。

「スローガンだよ。それより愛里寿ちゃんなんでそれ知ってるの?」

 

「さっき國鉄の団体交渉…テレビでやってた」

偶然朝のニュースでやっていた映像と八九式が重なったのだろう。

「そういえばそんな時期だったね」

 

「でもここ十数年アジ電は見たことないけど」

 

 

 

 

「ル・マン24耐 タンクラリー部門で昨年優勝した新選組号を再現してみたぜよ」

 

「まあ実車はCV-33って言うやつだけど」

 

「おお!確か最初にスピンしたけど中盤で持ち直したやつですね!」

エルヴィンと呼ばれていた隊長と秋山が意気投合。三突の横でオタトークが始まった。

 

「……新撰組って赤いんだ」

愛里寿の興味はそこだった。

「ダンダラは浅葱色のイメージが強いけど旗は赤だから」

 

「ちなみに実際の新撰組はダンダラより黒装束で目立たないようにしている時の方が多かったらしいぜよ」

 

「……コスプレ」

最もチーム含めて個性が暴走している三突のメンバー相手でも愛里寿は相変わらずだった。コミュニケーション能力が低い故に態度を変えるということができないだけではあるが……

 

とにかく車両が揃っているなら良いかと愛里寿も不満を言うことはなく、程なくして練習が始まった。

 

それらの多くが島田流の訓練を愛里寿がアレンジしたものだった。

基本的な隊列行動と周囲確認。さまざまな悪路を走行する練習など足回りを中心としたものだった。戦術の前にまずはまともに走り回避して撃つ事を覚えさせるのだ。

まだ射撃場の整備が終わっていないこともありその日は走り回るだけで終わってしまった。

 

 

 

 

本格的な射撃訓練が行われたのは次の日の昼過ぎであった。

 

「それで、どれくらいの距離を狙えばいいんだ?」

急ごしらえの射撃場に停車された三突とⅣ号。

「三突は待ち伏せがメインだから最低でも1000m…」

そもそも色合いが全く待ち伏せをする気がないように見えるがそれを突っ込むのは野暮だと愛里寿は判断した。それに三突の想定交戦距離を考えれば多少目立つ色でも問題は低い。

「それってどれくらい?」

 

ゆっくりと戦車を走らせる愛里寿。そしてきっちり1キロの地点で停車したⅣ号戦車。

「ん……」

インカム越しに小さく合図をした。

 

「まじか…」

小さな点のようにしか見えなくなったⅣ号を見てカエサルは頬が引きつった。

下手をすると山手線の駅間よりも長いのだ。軍オタ度に関しては秋山に次ぐ知識を持つエルヴィンでも1キロ先の目標を狙撃するのがどのようなものなのかまではわからなかった。

「撃っていい」

 

「えっと、じゃあ……」

三突が少しだけ車体を旋回させて砲をⅣ号に合わせていく。

 

 

「外れた‼︎」

 

「当たるまで……何度でも……」

インカムで三突にそう言った愛里寿に無選手席に座っていた武部がまさかと声をかけた。

「あのー…あたるまでってことは」

 

「砲弾の雨に晒されたときのための訓練。常に平常心」

無表情でそう言い切った。

鬼だ。その上三突の砲撃はⅣ号の正面装甲をも易々貫通する。訓練時はゴム製の模擬弾を使うものの、それでも当たれば衝撃が車内に伝わる。揺さぶられたり衝撃音だけでも慣れていなければ辛いものなのだ。

 

似たような状況は少し離れたところでも発生していた。

M3中戦車が38(t)と八九式の的にされていたのだった。

混線する無線が時々一年生の悲鳴を拾うが愛里寿はそれを無視した。その数秒後三突からいくつもの砲弾が降り注いだ。至近弾が車体を揺さぶり、巻き上がった土が車体にかぶさる。

「……撃ち返して良いですか?」

照準器をのぞき込みながら、五十鈴が呟いた。

「良いよ。演習用ゴム弾装填」

 

「装填よし!単射!」

 

装填を行なってから照準を絞るまで多少時間がかかる。

正面装甲に地面を跳ねた三突の砲弾が擦り装甲板にゴムの色をつけながら後ろに流れた。

 

「撃ち方初め」

五十鈴が引き金を引き、飛び出した砲弾は三突の側面をかするようにして後方へ飛んでいった。

「外しました」

 

「装填、次。狙いは良い…後は練習あるのみ」

 

その後互いに6発程の至近弾を与えたのちに、ようやく三突の砲弾が正面に直撃した。

「特殊カーボンがあるとはいえやはり衝撃は最高ですね!」

「撃たれて喜んでいるのはゆかりんだけよ」

「ボロボロになりながら戦う戦車ってかっこいいじゃないですか!ルビコンの虎とか」

「秋山……古いな」

「子供の時に一度読んだことがありますがその時点でかなりボロボロの漫画だった記憶があります」

「鋼の墓標とかおすすめですよ」

会話に入ることができずキューポラから上半身を出す愛里寿だった。

 

射撃が終わり、少ししてⅣ号の隣に三突がやってきた。

Ⅳ号の攻撃は車体上部に命中したらしく赤い塗料に黒い砲弾の跡があった。

「1000先を狙うだけでも大変だな」

そう感想を漏らしたエルヴィンだったが、愛里寿はそこに爆弾発言を落とした。

「大会に出るなら2000」

 

「二倍⁈」

流石のエルヴィンも驚いた。砲手の左衛門佐も頬が引きつっていた。

「まあ、当てるのは難しい。だから待ち伏せ状態で2000。停車3秒後の射撃は1500」

 

「お、おう……」

要点だけを伝えて愛里寿はふと思い出した。

「シュートリヒ計算……」

 

「シュートリヒ?ああ、あの三角形のやつか」

 

「さっきやってた?」

 

「いや、まだちょっと慣れてなくて感覚で合わせてた」

それでも目標との相対距離はあらかじめ分かっている。それでも照準器側で調整しなければ当たるものも当たらないのだ。

「……散布は悪くなかった。相対距離さえ正確に出せてたら3射で当てられる」

 

 

 

 

夕焼けとなった空があたりを赤く染め上げようとしている。

練習が終わり、一息ついた皆は戦車を倉庫に移動させようとしていた。Ⅳ号も例外ではなかったが、愛里寿は何かを考えているらしく、キューポラから頭を出したまま移動指示を出さなかった。

「……」

 

「麻子、麻子、ちょっといい?」

何を思いついたのか愛里寿は操縦席の方に向かった。空いたキューポラから外に出ようとしていた武部が何をしようとしているのかと興味を持つ。

 

「どうした?」

 

 

「操縦変わって欲しい……」

良い悪いの返答は無かったが、冷泉は手招きをして合図した。

「ん……」

中央を走るドライブシャフトとトランスミッションを跨いで隣の無線士席に冷泉が移り、空いたところに愛里寿が収まる。

 

 

先ほどまで動かしていたから十分エンジンは暖まっている。

クラッチをつなぎながらアクセルを踏み込みⅣ号を加速させた。開け放たれたハッチから吹き込んだ風が愛里寿の髪を後ろに流していく。急発進で車体前方が少しばかり浮き上がり、沈み込んだサスペンションが車体を揺らすように車体を水平に保とうとする。

 

「愛里寿ちゃん‼︎ぉっと!」

丁度車長席にいた武部が突然の発車に驚く。そんな彼女を他所に訓練用に設けられた段差を飛び跳ねるように勢いよくⅣ号は駆け抜けていく。コーナーをいくつか高速でパスし、穴を飛び越えていく。

「戦車操縦できたのでありますか!」

 

「半年ぶり」

操縦は半年ほどやっていなかったものも腕が落ちている訳ではないようだ。

滑らかなクラッチ操作でショックも無くギアが繋ぎかえられていく。

速度の乗ったⅣ号の車体が振り回されるコマのように回転し、車体が真後ろを向く。

 

大きく車体が揺れて傾き、ようやく停車した。

Ⅳ号は戦車壕に潜り込みようにして止められていた。

砲身の先は丁度練習用の的に向けられていた。

「……滑りやすいけど悪くない」

 

「すごいであります」

 

「……操縦楽しい」

再びアクセルを踏み込み、Ⅳ号は後ろ向きのまま戦車豪から飛び出した。

武部の悲鳴が練習場にこだましていく。

急減速と急旋回の繰り返しでコースを散々暴れたのちにⅣ号は倉庫に入っていった。心なしか愛里寿の肌は艶々としていた。対照的に武部などはぐったりと顔を青くしていた。

 

「すごい……戦車ってあんな動きできるんだ」

 

一部始終を遠巻きながら見ていた生徒会チームやM3中戦車に乗る一年生達は、戻ってきたⅣ号から降りてきた愛里寿を取り囲むように移動し始めていた。特に阪口桂利奈は今にも飛びかからんとする有様だった。

 

「……?」

 

しばらくの合間彼女は皆に操縦方法を細かく教えることになった。

 



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