妹がいつの間にか人気Vtuberになってて、挙句に俺のお嫁探しを始めた (はしびろこう)
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トライアングルキャラ紹介

 トライアングル一期生

 

 秋風幽香

 あきかぜゆうか

 

 お兄ちゃんLOVEな妹系vtuber。当初はクールで売っていた。

 しかし普段の配信は不思議ちゃん系のキャラで稀に出すサイコパス部分で視聴者を怯えさすことも。

 お兄ちゃんが好きすぎるので、毎回配信でお兄ちゃんの事喋ってたら視聴者が洗脳されて全員お兄ちゃんの信者になってしまった。

 

 冬花旭

 ふゆばなあさひ

 

 おっとり系女子。正統派vtuberで綺麗な黒髪に白っぽい衣装。

 清楚であることに拘りを見せるが、稀に幼児退行を起こしバブみのある人間にバブっていく。

 しかし本人も相当なママみがあるのでバブりバブられな状況。

 こいつ、闇深い。

 

 常夏燕

 とこなつつばめ

 

 元気いっぱいな関西弁少女。

 かわいい女の子というものに強い憧れを持ちながらもそれは自分には合わないと感じている系女子。

 オレンジの髪に八重歯が特徴的な子

 みんなが言っていた黒鞠コロンという配信者の配信を見てしまい、魅了され恋に落ちた。

 

 トライアングル二期生

 

 天春照美

 あまはるてるみ

 

 みんなを温かい気持ちにさせれたら良いなをキャッチコピーとしたホワホワ系女子。

 綺麗な栗毛に見る物全てを癒しの波動へと変えてしまうとんでもない能力の持ち主。

 幽香のファンであり、お兄ちゃんのファンでもある。

 ちなみにお兄ちゃんの推し。は? 匂わせかよ。しね。

 

 アーベントロート・クロア

 

 吸血鬼の女子高生。

 人間界を観察するべく配信を始め、今では圧倒的にカリスマ性を誇るヴァンパイアに。

 偶然見たサメ映画が衝撃的すぎて、サメは陸地を泳ぐものと思っている。

 サメは海を泳ぐ? お前は一体何を言ってるんだ? 

 しかし、一人の女には弱いのは内緒だ。

 

 宵闇ノ響

 よいやみのひびき

 

 先祖代々伝わる、ヴァンパイアハンター。

 偶然クロアと出会い、二人は殺し合いに発展するが今では仲良しに。

 容姿はイケメン、中身はクソロリコン。

 幼女に蔑んだ目で見られながら踏まれたいという欲求があるらしい。

 クロアは被害者

 

 トライアングル三期生

 

 マクシミリアン・エーリカ

 

 三期生音楽ユニット『ARMORED GIRL’S』ボーカル

 純がマネージメントしているユニットの一人。

 黒くシックな雰囲気を醸し出す機械少女。アクセントカラーは赤。

 トライアングルの中では一番の常識人と言っては良いが、口が悪い。

 てるみん過激派。

 現役不良。声は良い。

 

 マグノリア・スス

 

 三期生音楽ユニット『ARMORED GIRL’S』ギター

 黒くシックな雰囲気を醸し出す機械小女。アクセントカラーは青。

 荒々しいギターの音色からは想像もつかないほどの気弱少女。

 人と話す時は「えっあっあっ…………え……」ぐらいしか話せない。

 コミュ力は幽香の方が上。

 

 ハリ・エメリー

 

 三期生音楽ユニット『ARMORED GIRL’S』ドラム

 黒くシックな雰囲気を醸し出す機械少女。アクセントカラーは緑。

 プロフィールにドラム叩けるとか書いてるけど、実際は叩けない。

 ぶっちゃけPCで打ち込みしかやったことないので楽器なんか触ったこともないのに、大岩さんに「いけるいける、ドラム叩いてるフリしてて」と言われ、このポジションに。

 彼女が全部曲作ってる、苦労人。かわいそう。

 



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一話『俺の知らない所で妹がVtuberになってた』

初投稿です。


 高校生の頃に両親を亡くし、俺と妹だけが残った。

 まだ中学一年の妹は顔に暗い影を落とし、そのままずるずると部屋の中に引きこもってしまった。

 俺の名前は東雲純(しののめじゅん)

 妹は東雲萌香(もえか)

 

 俺たち二人は親戚にたらい回しにされそうな予感を肌で感じていた。

 大人たちは俺のことをただの高校生のガキだと思っていて、どいつもこいつも舐めた目をしてやがる。

 しかし、俺は高校に入り、妹の為ならばとアルバイトを掛け持ちしながら過ごしてきた、真性のシスコンだ。そのおかげで多少なりとも家計に余裕ができ、妹は好きな事を出来ていたので、日々笑って過ごしていた。少し、サブカルチャー方面へ突っ走ってしまったのは面食らってしまったが。

 

 だがそれでも、俺は妹の笑顔だけが唯一の生きがいである。

 そんな笑顔を、これ以上曇らせる奴は誰一人として許さん。

 両親の棺桶の前で決死の表情を浮かべてこれから、俺一人でも萌香は守っていくよ、そう両親に心の中で伝えたのであった。

 

 それから五年ほど年がたった。

 俺はアルバイトを何個も掛け持ちしながら、その中で特に成績の良かった店に正社員として働かせてもらえることになった。

 掛け持ちしないのは俺の負担にならないし、何より妹の為に時間を作ってやれる。

 高校の時は、自身で生活費を稼いでやる! と親戚一同に豪語して鼻で笑われたのがいい思い出だ。

 

 しかし、俺はやり切った。正社員になるまでの間、時間を妹の為に費やしアルバイトを限界まで増やして、なんとか学業と両立させてやった。我ながらとんでもない奴だとは思う。

 

 というわけで、正社員となった今、安定した給料、毎日定時で帰れるという超ホワイト企業に就職することができた。

 そして、妹も徐々にではあるが、部屋から出れるようになっており、毎日夜ご飯は一緒に食べる約束をしている。

 それが唯一の至福の時である。

 

 萌香は身内贔屓ながらもかなりの美人さんだと思う。

 背は小柄ではあるが、そこが愛くるしく、顔もちゃんと整っている。毎日ケアをしているのだろう、このオシャレさんめ。

 

 高校には通信制の学校を勧めた。

 本人も高校は出なきゃという強い意志があるみたいで、俺の考えに賛同してくれた。

 今は多くのレポートに追われながらも、楽しくやっているらしい。

 

 そんな妹が夕飯中にこんな事を言ってきた。

 

「ねえ、お兄ちゃん。お嫁さんって欲しい?」

「……む、いや要らないな。俺が女性不信だということは知ってるだろう?」

「でも、私ばっかり構って、お兄ちゃんって自分の事に興味がないような……」

「萌香が気にする事じゃない。それに俺にだって趣味はあるぞ。ええと、BLに……GLに……」

「あ、ストップ。大丈夫大丈夫」

 

 そう、高校時代、とんでも無く忙しい日々を送っていた俺にも趣味はあった。

 BLは……どうかとも思ったが、女子に貸してもらった本を読んで、美しいとなぜか涙してしまい、それ以来ずっと読んでいる。

 GLも同様。……とは言っても俺は同性愛者ではない。まあ、異性にも興味はないが。

 

 実は昔、両親がいた頃、俺には彼女がいた。まあ、とんでもない女で16股かけられた挙句、俺のことはキープだと言っていた。三日三晩泣いた。

 俺は本気だったのに……畜生……。それ以来、女性はなんとなく苦手である。いや、恋愛に臆病になっているというのもあるだろうな。

 こうして、お嫁が欲しいという萌香の質問は終わった。

 

 しかし、なぜ萌香はこんな質問を? 

 もしかして……俺に愛想を尽かしてしまったのだろうか……。構いすぎちゃったかな……。

 そう思いながら、妹専用のお小遣い用通帳に五万を入れようと手続きしていた時だった。

 

「ん? 増えてる?」

 

 毎月五万のお小遣いを萌香の通帳に入れているのだが、萌香は散財癖があり、これまでこの通帳にお金が貯まった事は一切なかった筈だ。

 しかし、何処からどう見ても通帳に記載されている数字が増えている。

 その額およそ30万……なんで!? 

 

 い、いや……俺の月の給料の+10が通帳の中に入っていた。

 こ、これは……どういう事なの……? 

 

 そして、30の数の横には給与の文字が書かれている……。

 え? ええええ? 

 

 頭の中にはクエスチョンマークがいっぱいである。

 え、誰の給与? 俺は毎月20だ……こんな額はボーナス以来貰ったことなどない。

 ……というより、これは萌香名義の萌香自身の通帳だ……。一応、萌香にも通帳の所在は伝えてはいる。だが、基本俺が管理していたのだが……。

 

「も、萌香の給料……なのか……?」

 

 俺はその場で硬直してしまい、後ろの人に急かされるまでボーッと立ち尽くしていた。

 

 その夜。

 

「萌香、大事な話がある。ちょっと来なさい」

「うん、私もだよ」

 

 どうやら俺が気付くのを待っていたみたいだ。

 よくできた妹で何より……。いや、今は褒めるのはよしておこう。

 

「なあ、萌香……これは一体なんなんだ」

 

 そう言って俺は萌香の通帳を机の上に出す。

 そこには紛れもなく30万の数字が書かれていた。

 萌香は平然とした顔で俺の顔を見つめてくる。そして、一息「ふう」と口から息を漏らした後、決心したかのように口を開き始めた。

 

「実は私、Vtuberになったの」

「……ぶ、V!?」

 

 Vtuber、それは大人気動画サイト『MyTube』で活躍する配信者や動画製作者の総称、Mytuberと呼ばれる人達の中で一躍人気なコンテンツとなっている、二次元の美少女や美少年のキャラを使い配信や動画を作製する人達のことである。

 

 かくいう俺も好きなVtuberがいて毎日配信を見ている人がいる。

 

 今ではVtuber専用の事務所なども出てきている昨今で、まさか妹が……? 

 

「そ、そうか……で、なんて名前で活動をしているんだ?」

秋風幽香(あきかぜゆうこ)

「…………」

 

 バチバチの最大手だった。

 秋風幽香、大人気Vtuber事務所『トライアングル』という事務所に所属している一期生Vtuber。

 トライアングルはアイドル系をコンセプトに主軸を置いており、正統派の『冬花旭(ふゆばなあさひ)』クール系の『秋風幽香(あきかぜゆうこ)』元気系の『常夏燕(とこなつつばめ)』の三人から始まった、今乗りに乗っているVtuberだ。

 

 今や三期生までおり、今は四期生を募集しているらしい。

 本物の姉妹や家族と配信しているVtuberもいたりこの子達のキャラを描いた絵師まで配信に顔を出したりしてそれがまた人気な事務所である。

 

 そして……秋風幽香……。本人はクール系を装っているが、実際にはポンコツ部分が多く露呈し、今では不思議ちゃんという属性が付けられている。

 しかし、落ち着いた声やホラーに異常に強い、そしてサイコパスムーブをかまして、トライアングルの黒幕とまで呼ばれているキャラだ。切り抜きで見たことがある。

 

「もしかして……知ってる?」

「ま、まあ……」

 

 そりゃあトライアングルは個人的に好きだし、毎日見ている配信の人がそこの所属の人だ。

 二期生『天春照美(あまはるてるみ)』それが俺の好きなVtuber……推しと言っても良い。

 可愛い系の女の子で粟色のショートカットの女の子で非常にほわほわしていて心にぶっ刺さった。

 そして、よく秋風幽香とコラボをしているので存在は認知していた。

 まあ、単推しで、てるみんの配信しか見なかったので声似てんなぁってぐらいで気付かなかったのだが……。

 

「そっか、だったら話は早いかな。ねえお兄ちゃん。事後承諾って感じになっちゃってごめんなさい。事務所に所属するときもお姉さんの許可を貰って所属したんだ」

 

 お姉さん。母さんのお姉さんで俺たちの伯母さんに当たる人。まあ、伯母さんっていうと激怒するのでお姉さんと言っているが……俺たちの昔から唯一信頼できる大人だ。

 

 ……俺はよく考える。

 ネットというものは怖いものである。何せ女の人だと思って会ってみたらオッサンだったなんてザラにある世界だ。決して実体験ではない。怖かった。

 

 それに、アイドルという売り方をしている以上、厄介オタクなども出てくる世界。

 俺は本音を言うと、辞めて欲しい。傷つく前に手を引いて欲しいと言うのが本音である。

 だけど、本当にそれで良いのか? 

 

 それで本当に萌香の為になるのだろうか。

 お姉さんにも言われたことがある。

 

「テメエがそんなに構いすぎたら、萌香もやりたいこと出来ねえだろうが」

 

 そうだ、萌香の成長や、そんなものを無視して俺は萌香に構いすぎていた。

 それだからお姉さんはVtuberという未知の世界に挑戦したいという萌香の心意気を汲んで俺に内緒で協力したのだろう。俺が絶対に反対する事を分かっていたからか……。

 

「わかった、俺としては心配だが、お姉さんも協力しているというのなら俺は何も言わない。…………まあ、なんだ。困ったことがあったらちゃんと俺に言うんだぞ? もう、隠し事は無しだ」

 

「……! う、うん! 私頑張るね!」

 

 俺が承諾すると、ぱあっと明るい表情を浮かべて俺に笑いかけてくれる。ああ、今日も妹が可愛い。やはり俺の人生における推しNO.1は萌香しか居ない……。

 こうして、俺たちの絆はまた深まったのだが…………。まさか……この後に……あんな事になるなんて……。

 

 

『第一回! お兄ちゃんのお嫁さん探し企画〜!』

 

「お兄さん、私と幸せになりましょう!」

「お兄さんは僕が推しなんだよ! 僕と結婚しましょう!」

 

「えっ怖い……勘弁してください……」

 

 ・草

 ・お兄ちゃんタジタジで可愛そう

 ・お兄ちゃんクソ雑魚ムーブ可愛い

 ・お義兄さん! 妹さんを僕にください! 

 ・いや、お兄ちゃんが俺の嫁になってくれ

 

「えっ、絶対やらんし、嫁にもなりません……怖い……」

 

 どうしてこうなった。

 




続くかどうかは分かりません!!!!!!!


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二話『ゲームやったことないんですけど…』

 妹がVtuberになる事件から数日。俺は萌香の配信…まあ、秋風幽香の配信をよく見るようになった。

 まあ、妹が変な事をやっていないか、萌香には内緒で見ている。これでも結構心配なんだ。変な輩に付き纏われたりしていないか日々気が気でない。

 

『それでね、お兄ちゃんが……』

 

 秋風幽香は基本的に雑談メインの配信をやっている。たまにゲームもしているが腕前はお世辞にも上手とは言えないレベルらしい。

 しかし、透き通るような声に視聴者の全員はうっとりしている様子だった。

 

 しかし、毎日毎回のように俺の話題を出しているような気がする。

 画面の向こうで黒髪のボブの女の子が笑顔で動きながら俺の話をしていると、なんとも言えない気持ちになるな……。

 

『今日のお兄ちゃんの料理がね……えーと待ってて、写真……写真……あ! あった!』

 

 画面にパッと表示されたのは俺が晩飯に作ったオムライスの写真だった。

 オムライスの綺麗な黄色の卵の上に、ケチャップで秋風幽香の顔を描いた逸品である。

 喜んでくれるかな、とか思ってサプライズで作ってしまったのが、大層気に入った様子だった。

 

「食べるの勿体ないよ!」

 

 とか言っていたが、写真を撮れば事足りるだろと言ったら「それもそうか」と写真を撮ってバクバクと食べ始めたので、度肝を抜かれた。

 まあ、喜んでくれたので、描いた甲斐があったというものだ。

 

 コメントの方をチラッと見ると、概ね好評のようだった。

 

 ・すげえええええええ! 

 ・神絵師じゃん

 ・お兄さんは絵師なの? 

 ・家庭的所の話じゃねぇ……

 

『ううん、絵師でも何でもないよ。でも絵を描くのは好きみたい』

 

 ・一般人で凄すぎる……

 アマハルテルミ お兄さんを僕にください

 ・てるみんもようみとる

 ・草

 ・てるみん! お兄ちゃんは俺のだぞ!! 

 

 思わず、さっきまで飲んでいたコーヒーを吹き出した。

 ちょ! て、てるみんが俺の事認知してる!?!? 

 いや、まあ……妹がここまで毎日話題に出していたら流石に存在自体は知っているかとも思うが……。

 

 推しが俺の存在を知っているという、事実に対してかは知らないが、その日の夜は何故か目が冴えて眠れなかったのであった。

 

 ──ー

 

 日曜日。

 休みの日は家で家事とかをしており、今は妹の朝ごはんを作っている最中だった。

 いつもなら一緒に食べるのだが、この日に限っては部屋で食べると言っていた。何だろうか? 配信でもやっているのだろうか。

 

 取り敢えず、適当に作った朝ごはんを部屋の前まで持っていく。

 配信していると悪いので、取り敢えずドアをコンコンと二回ノックした。

 その瞬間、バンッとドアが勢い良く開かれる。ドアの角が丁度足の小指に当たり、声にならない声が出ながらその場に蹲った。

 

「あぁぁっぁぁあああ!!」

「あっ! ごめんお兄ちゃん! でも、それどころじゃないの! 早く入って!」

「えっええ?」

 

 理解が追いつかないまま、パソコンが置かれたデスクに座らされ、ゲーム機のコントローラーをしっかりと握らされた。

 

「え!? ちょ、何をしろと!?」

「お兄ちゃん! そいつぶっ倒して!」

 

 ゲームのスクリーンに映し出されたのは、大きな棍棒を持った巨大な怪物。

 所々グロテクスな箇所もあり、爽やかな日曜朝にやるゲームではないと思われる。

 しかし、妹の豹変っぷりと言ったら何とやら……お前、クール系では無かったのか? 

 

「ていうか……俺、ゲームやった事ないし……」

「大丈夫! 操作教えるから! 暗記して!」

「暗記って!?」

 

 そこからはてんやわんやだった。

 妹の口からコントローラーの操作方法など、その他もろもろの説明を口早に済まされ、いきなり実戦に放り込まれた。

 て、ていうかこれ、配信中じゃないのか!? 

 

「ちょ!? 待って! なんか来た! なんか来たよ!?」

「プレス攻撃だからローリングで回避!」

「おおおおお!? こ、これかぁ!?」

 

 俺の操作するキャラはいきなりその場で立ち止まり、座り始める。

 そして、怪物のプレス攻撃で難なく撃破されてしまった。

 

「違うよ! Bボタンだよ! なんで、ジェスチャーに入っちゃったの!?」

「え!? ジェスチャーって!?」

「それはもう良いよ! とにかくもう一回!」

「お、おお! やったらぁ!」

 

 そして勢いのまま何回も死んでは繰り返し挑み、死んでは繰り返し挑んだ。

 そして数時間たち、ようやく! 

 

「おおおおおおお!! やった! 倒したぞ!」

「わ──ー! やったぁ! お兄ちゃんやったぁ!」

 

 怪物は地にひれ伏し、光の粒子となってその場からアイテムらしき物を落として消える。

 俺たちは喜びのあまりハイタッチをかまし、その場で雄叫びを上げたのだった。

 

 ──ー

 

 はい、おもっくそ切り抜かれてました。

 俺がPCの前で頭を抱えて、もう一度表示されている文章を読む。

 

『お兄ちゃん乱入!? ゆうゆうのキャラ崩壊!』

 

 そして動画を再生する。

 すると、丁寧な編集に効果音を加えられ、自分でもなぜかクスリとしてしまうような動画に仕上がっている。

 

『ちょ!? 待って!? なんか来た! なんか来たよ!?』

『キャ────!!!!!!』

『おおおおお!? これかぁ!?』

 

 スワル

 

 ・座るなwwwww

 ・草

 ・お兄ちゃんうるさい! 

 ・↑妹さんかな? 

 ・アホほど死んでて草生える

 ・最初の敵なんだよなぁ……

 

『お兄ちゃん!? 違うよ! Bボタンだよ! なんで座っちゃうの!?』

『ええ……』

『あああああ!! お兄ちゃん死んじゃやだ──!』

 

 ・何回座るんだよwwww

 ・勝手に殺すなwwwww

 ・死んじゃやだ──! は草

 ・元はと言えばゆうゆうが昨日の夜からやってて一回も勝ててないからこうなったんだよなぁ……

 

『おおおお! やった! 倒したぞ!』

『わ──!! やったぁ! お兄ちゃんやったぁ!』

 

 ・NICE

 ・妹より先に倒してて草

 ・お兄ちゃん本当にゲーム初心者? 

 ・おおおおお! 

 ・お兄ちゃんガチ恋勢になりました

 

 などなど……、かなりの反響があったらしく、SNSではトレンド3位に秋風幽香の名が入り、1位にはお兄ちゃんというワードが入ったらしい。

 

「……お兄ちゃん……もう一回……」

「やりません!」

 




一話を投稿しただけなのに、思いの外反響があったので調子に乗って書きました。……ぺこ


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三話『事務所に御招待されまして』

 あの問題の配信から数日後。俺は何故か萌香が所属している事務所、トライアングルの本社へ足を運んでいた。

 

 なぜこうなったかと言うと、秋風幽香を担当しているマネージャーさんに是非ご挨拶を、とご招待を頂いたのだ。

 この前の配信がかなりの反響を呼び、秋風幽香というキャラの知名度が更に上がったらしい。それに伴い、他の所属Vtuberの面白さという物も視聴者のみんなに伝わったらしく、トライアングル全体の登録者の伸びがかなり上がっているとのこと。

 秋風幽香も、つい最近までは7万人の登録者であったのが、12万人に増えていると萌香から聞いた。

 

「お兄ちゃん!! 10万人突破しちゃった!!」

 

 大慌てでリビングに駆け込んできた妹を見て、俺も驚いた。

 ていうかあの配信を少なくとも12万人以上は見ているって事だよな……。やばい吐き気がしてきた。

 話が逸れた。

 

 という訳で、俺は保護者として、挨拶がてら赴こうと思った訳だ。

 それと、妹が所属する上で本当に任せられるかどうかを見極めるためでもある。

 

 後からお姉さんに聞いた話によると、所属する上でもタレント契約など、書類上は不備がなかったとの事、写しなども用意されていて、キチンとした芸能事務所だとお姉さんは言っていた。

 

 それに本日は萌香自身の収録もあるらしく、隣で緊張した顔をしながら歩いていた。

 

「おい、大丈夫か?」

「だ、だだだ大丈夫だよ、お兄ちゃん……でも無理そうな時は助けてね……」

「おいおい……」

 

 小さな体がプルプルと震えているのを見る限り大分緊張しているらしい。

 それに、今日が他のメンバーとの初顔合わせだと言っていた。どうやら、一人で外出するのは少し無理があったらしく、最初から俺と来ようとしていたらしい。

 一期生よ……それで大丈夫なのか……。先輩ではないのか……。

 

 しばらく歩いていると、指定されていた住所へたどり着いた。

 立派なビルを構えており、玄関などはかなり綺麗な印象を持った。

 流石は大手の事務所……。ああ、そういや他の事業にも手を出していると言っていたな。

 

 そして玄関の前でスーツを着た一人の女性が立っていた。

 

「あっ、大岩さん」

「お持ちしてましたよ、幽香さん」

 

 少し茶髪に染めている髪を後ろで束ねている、見るからに大人の雰囲気を醸し出している女性が萌香を見て微笑んで迎えてくれた。

 

「初めまして、私は秋風幽香のマネージャーの大岩加奈子(おおいわかなこ)と申します。お兄様でいらっしゃいますね? 以後お見知り置きを」

「御丁寧にありがとうございます。東雲純です。いつも妹がお世話になっております」

 

 ペコリと二人して深く頭を下げる。

 妹がお世話になっているのは本当の事だし、大岩さんが優しそうな女性で良かった。これでマネージャーが男だったら警戒していたかもしれない。

 

「あれ? 配信を見ていて思ったのですが、良い声をしていらっしゃいますね」

「はは、そうですかね」

「はい、コメントの方でも『お兄さん、良い声してるじゃん』なんて言われてましたよ」

 

 配信に声が乗って以来、チラホラとコメントに『イケボ』などと書かれていたのを見たことがある。まあ、からかわれているのだろうと思うのだが、美人の人に言われると嫌な気はしない。

 

「ふふ、取り敢えず中に入りましょうか。幽香さんは収録の準備を進めるのでこちらへいらしてください」

「お兄ちゃんちょっと待っててね」

「おう、行ってらっしゃい」

「お兄様はそちらへお掛けになってお待ち下さい」

 

 そういうと大岩さんは萌香を連れて奥の方へ行ってしまった。

 俺は指定された席へ座り、妹の帰りを待つ。

 しかし、しっかりとした会社みたいで少し安心した。もしかしたらお姉さんが騙されて……などと考えてもいたが、それは杞憂だったようだ。

 これなら、妹の活動も応援できるな……。

 

 それから数分が経ち、事務員さんがコーヒーを持ってきてくれたり、雑談などをして思いの外、退屈せずに過ごせた。

 しかし、妹は上手くやれているだろうか? 今頃、お兄ちゃん助けてなどと言っていないだろうか……。

 

「お兄ちゃん助けてぇ〜〜〜〜!」

 

 聞こえちゃった……。

 遠くの方から聞こえたので、今は収録中なのだろうか? 助けを求められたがどうも上手く動くことが出来ん……。

 取り敢えず、何が起こっているか分からんが妹よ、それは恐らく試練だ……頑張れ。

 

 ───

 

 コーヒーを飲みすぎたのか、少し尿意を催したので、トイレの場所を聞き、済ませた後の事だった。

 先ほどの場所に戻るべく、曲がり角を通ろうとしていた時の事だ、ドンと勢い良く女性の方とぶつかってしまった。

 

「あっ! す、すみません! 急いでたもので!」

「いえ、大丈夫ですがお怪我は?」

「大丈夫です! どこも痛く……あれ? 足首が……」

 

 金髪のポニーテールの派手な女の子が少し表情を曇らせ、足首を抱え出す。

 もしや捻挫してしまったのだろうか。

 俺はあたりを見渡して、自動販売機の近くに椅子があることを確認した。女の子を座らせて、足首を少し持つ。

 

「失礼、触りますよ」

「だ、大丈夫です……」

「……ああ、赤くなどはなっていないので、少し捻ってしまったみたいですね。ちょっと待っててください」

 

 自販機で冷たい水を買い、それを足首に当てる。こうする事で少しは違うだろう。

 

「どうでしょうか?」

「あっ、少し楽になりました」

「それは良かった、それと急ぎだったようなのですが大丈夫ですか?」

「あ! 早く収録に戻らなくちゃ!」

「おっと! 立ち上がらないで!」

「う、ごめんなさい……」

 

 見た目は派手ではあるが、口調などはちゃんとしているので良い子なんだろうなという印象を持った。

 収録と言っていたが、この子もVtuberなのだろうか? だったら妹の同僚という事だ、ここは一肌脱いでやろう。

 

「もしよかったら肩を貸しましょうか? その足では思うように動かないでしょう」

「えっ、良いんですか?」

「勿論」

 

 そう言って俺は手を差し伸べる。

 女の子は恐る恐るではあるが、俺の手を取り、ゆっくりと立ち上がった。

 

「じゃあ、行きましょうか。案内してください」

「は、はい……」

 

 顔を赤らめて女の子が返事をする。

 しまった、男に触られるのが苦手なのだろうか。これは悪いことをしてしまったな。

 そう思いながら、案内されながら、収録所へゆっくりと進む。途中で女の子がチラチラと見てきたが、なんなのだろうか。出来ればあまり見ないで欲しいです……気恥ずかしいので……。

 

 ───

 

「旭さん! 大丈夫ですか!?」

 

 収録所まで行くと、大岩さんが心配している表情で女の子に駆け寄った。

 どうやら俺はここまで連れてきた彼女は冬花旭らしい。一期生の清楚担当とも言われている彼女ではある。道理で言葉使いが丁寧だと思った。

 

「すみません、ありがとうございます」

「いえ、当然の事をしただけです。では自分はこれで」

 

 大岩さんに頭を下げ、その場を去ろうとした瞬間体に衝撃が走った。

 

「お兄ちゃん助けて!!」

 

 収録所から勢い良く飛び出してきたのは我が妹。

 涙目で俺に勢い良く抱きついてきたので頭が鳩尾にもろに入り悶絶する。

 

「があああああ!?!?」

「わー! お兄さんモロに入っとるで! 大丈夫でっか!?」

 

 後ろから汗を少しかいた黒髪をおさげにしている元気そうな女の子も出てくる。

 少し咽せながら、妹の頭を撫で顔を上げる。

 

「……ええ、大丈夫です。慣れているので」

「嫌な慣れやな……って、うっわ! ごっつイケメンやないか幽香のお兄ちゃん!?」

 

 俺の顔を見た瞬間、急に顔を硬らせて、イケメンだとかいう。

 一応会社で見た目は大事だと思って気を使っているが、面と向かってイケメンなどと言われたのは、はじめてだった。

 そういや、最初の彼女も「顔はカッコいいよね」と言っていたが……顔だけなのか俺は……。

 

 そして恐らく彼女は常夏燕だろう。特徴的な関西弁なので覚えていた。

 

「はは、で、なんで妹はこんな事に……?」

「いえ……燕さんが暴走しまして……」

「は、ははは〜、いやあ、幽香がこないにかわええ女の子やとは思わんくってなぁ、ようさん構ったらこうなってもうた……ホンマすんません」

 

 ああ……なんとなく光景が思い浮かぶ。

 まあ、萌香は可愛いからな! もみくちゃにされてしまうのも仕方がないだろう! 

 しかし節度をもって接して欲しい。萌香は繊細なんだ……。

 その事を伝えたらペコペコと頭を下げられたので、まあ大丈夫だろう。

 

「お兄ちゃん……」

「妹よ、もうちょっと頑張ってみないか? 今日は大好物を作ってやるから」

「え、ボルシチ?」

「作ったこともないし、食べた事ないだろ」

 

 そうやって、二人で漫才を繰り広げてるとその場にいたみんなが笑い始める。

 萌香も釣られて笑い出したので、もう大丈夫だろう。

 

 そして収録を終え萌香が帰ってきた。

 その日に収録された物はかなりの出来になっているらしく、俺も見るのが今から楽しみになっている。

 

 帰りに、何故かしょんぼりしていた萌香が手を離してくれなかったが、無問題。むしろご褒美です。

 帰ってからも幸せを噛み締めていた矢先に、収録されたものが公式チャンネルにアップロードされていた。

 

 取り敢えず、妹の面白い部分を見てやろうと再生ボタンを押したのだった。

 

 

『お兄ちゃん助けて──ー!』

『うえっへっへっへ……ええやないか……ええやないか……』

『ちょっと燕ちゃん! ゆうゆう怯えてるよ!』

 

 

 ・助けを呼ぶなwwwww

 ・help me お兄ちゃん

 ・まーた、ゆうゆうがキャラ崩壊してて草

 ・燕ちゃん自重wwww

 

 テロップ 『お兄ちゃんが助けに来たのでお待ち下さい』

 

 ・本当に来たのかwwwww

 ・呼んですぐに来る兄の鏡

 ・ブラコンにシスコンにこれもう分かんねぇな

 ・そういやお兄ちゃん、すげぇイケボだったよな、好き

 ・↑俺も好き

 ・↑いいや、俺の方が好きだね

 

 おいコメ欄、お前ら全員男だろうが。

 案の定、もみくちゃにされていたようで、2Dの秋風幽香のアバターがかなり荒ぶっている。

 何をされているかは分からないが、まあ、そこは想像しておくとしよう。

 




えっ…何この増えっぷり…ヤバイですね…。
一応Twitterの方の反応も見かけまして、誠にありがとうございます。


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四話『語り合う』

この作品のタイトルを略すなら…『いもよめ』…?いや、却下ですね…。


 休日。

 突然ではあるが、俺は今アニメショップにいる。

 理由としては、妹の配信スケジュールを見て今日はゲームをやると書いていた。

 妹がゲームをやる=巻き込まれる可能性が高い。その事を察知した俺は妹に「欲しいBL本があるので買ってくる」と告げ、家を出たのだった。

 

 BL本と言った瞬間、妹が遠い目をしたのは気のせいであろう。そうに違いない。

 まあ、兄が腐っているなどと、あまり表立って言うことではないし萌香としては複雑なのだろう。

 

 それと、家を出る前に萌香が配信を始めたので、スマホで少し様子を見ようと画面を開いた瞬間、バンっと、大きな音がした。どうやら机を叩いたのだろう。

 

『ごめんなさい、ビックリしたよね。虫がいて殺しちゃった。えへへ』

 

 ・ヒェ……

 ・ここ最近クソ雑魚だったのに……

 ・急なサイコパスムーブはやめて……

 ・虫さん……成仏してクレメンス……

 ・お兄ちゃん助けて

 

 すまん、助けてやれないんだ。

 しかし、妹のサイコパスムーブを初めて見たような気がする。2Dのアバターから発せられる独特の暗いオーラは見るものを恐怖させるだろう。しかも何故か笑っているのが尚更怖い。

 

 少し話が逸れた。

 

 一連の流れは上記の通りである。

 

 しかし、欲しいBL本があったのは事実であり、ようやく今日が発売日なのだ。かなり人気の作者なので、もしやすると売り切れているのかもしれん。もしそうなった場合は電子版……いや電子版が出るのは一週間後……待てるか! そんな長い時間! 

 

 うおおおおお! 同級生の自称ノンケの男の子が、不意に友達の見せた色っぽい所作を目のあたりにして、心が何故かドキドキするけど、男だからそんなことはないと自分に言い聞かせながらもついつい目で追ってしまう。しかし、友達はそんな視線に気がついていて……? (ここまでがあらすじ)という純愛物を読みたいのだ!! 俺は! 一刻も早く!! 

 

 アニメショップに入り、真っ直ぐとBLコーナーへ向かう。

 ここで必要なのは羞恥心などという物を捨てること。好きなジャンルの好きな作者様の本を読みたいという気持ちがあれば、恥ずかしいなどという感情は消え失せる! 

 

 俺はランキングコーナを物色して、目当ての本を見つける。

 流石、俺の敬愛する『ことぶき先生』だ、堂々のランキング1位。見事である。しかしながら本は最後の一冊。俺は手早く手を伸ばしたのだが、横からスッと出てきた手と触れ合ってしまった。

 反射的に手を引っ込め、相手を見て謝る。

 

「あ、すみませ……え?」

「え? お兄さん?」

 

 手が触れ合ってしまった人とはマネージャーの大岩さんだった。

 前にあったスーツ姿ではなくラフな格好をしている。前はかけていなかった眼鏡をかけており、前はキリッとした雰囲気だったのが、今はおっとりとした印象だった。

 

 多分……この本が目当てだよな……ということはお仲間……。こ、これはお譲りした方が良いのだろうか……。しかし、これを逃すと一週間後……。くっ! 

 

「お、お譲りします……」

「えっ!? そんな!」

「妹がいつもお世話になっておりますので……」

 

 俺は後ろを振り向き、唇を血が出るほど噛み締める。

 この本は通常の本屋に売っていないので、やはりここに集まってしまうか……。

 そうして悲しみに打ちひしがれていたら、大岩さんが話しかけてきた。

 

「……お好きなんですか?」

「まあ、数少ない趣味の一つです」

「だったら、カバーつけてもらうので一緒に読みませんか?」

「いいんですか!?」

「は、はい……」

 

 おっと、つい興奮してしまい顔を近づけてしまった。

 大岩さんがビックリしているだろう俺の大バカ者め。

 反省しつつ離れ、後で合流しましょうと言って、他の本を物色し始めたのだった。

 

 ────

 

「ぐっ……カズヤ……お前というやつは……」

「ですよね……ですよね……カズヤくんがヒロくんに涙ながらに『何でかお前を見てしまうんだ、この感情を教えてくれよ』ってセリフ……うう……」

「そしてヒロが……『大丈夫……心配しなくて良いよ』って優しく抱きしめて……ぐぅ……」

 

 俺たちは近くの人気のない喫茶店に入り、本を読み始める。

 しかし……こんな神本を軽率に世に放ったら駄目だと思う……。

 一体この本を読んで尊死した人間が俺たち含めてかなりの数がいるぞこれ…………。

 

「そしてシンプルに顔が良い……」

「わかる……」

 

 一言一句、大岩さんと感想を言い合い、それを噛み締めていく。

 いやしかし……こうやって誰かと好きなものについて語り合うなんて機会が滅多になかったのでめちゃくちゃ楽しい。

 自分の後ろめたい趣味が全肯定されているようで心地よいな……。

 

「大変面白かったです……」

「ですね……素晴らしい」

 

 語彙力を無くした俺たちは本に向かって手を合わせ、拝み始める。

 うん、電子版買うよ……絶対……。

 そして何気なく時計を見ると、もう夕方になっていた。

 もうそろそろ夕飯の準備をしなくてはならない時間だ。それにこれ以上妹を家に一人にはさせられんしなぁ……。

 

「あの、今日はありがとうございました」

「いえ、語り合えて大変面白かったです」

 

 そういうと、大岩さんがおもむろに携帯を取り出し、とあるアプリを起動させる。

 

「あの、もし良ければで良いんですが……Lime……交換しませんか?」

 

 Lime、それはトークアプリだった。一対一でメッセージのやり取りを無料でできる便利なアプリである。

 そういえば、昔妹との連絡用にとアカウントを作ったままほったらかしにしていたな……。

 萌香の奴、既読無視がデフォルトだからな。

 それに……ここまでBLの事に語り合える人と出会ったのだ。つまりもう友達と言っても差し支えないだろう。あるかもしれないが。

 

 それに、大岩さんと交換しておいて損な事はないだろう。俺の知らない妹の様子の事も聞けるかもしれないしな。

 

「良いですよ、交換しましょう」

「ありがとうございます……!」

 

 こうして俺たちはLimeの交換をして、別れたのだった。

 

 

 シノノメ 今日はありがとうございました。

 オオイワ いえ、今度おすすめのBL本などがあったら教えてください

 シノノメ 喜んで

 

 




拙い文ですが、多くの人に読んでいただき大変嬉しいです。
今回でお兄ちゃんの紹介みたいな話は終わりです。次話で妹視点でのお話を書こうかなと思っておりますのでよろしくお願いします。

感想なども多くいただき、嬉しいです。ご指摘などもちゃんと読ませて頂いております。
その上で誠に勝手ながら感想のお返事などを一旦停止させて頂いております。詳細は活動報告をご覧ください。


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五話『きっかけ』

 私の両親は唐突に私の目の前から、この世界から消え去った。

 それは中学一年の頃に唐突に訪れた。

 

 暴走したトラックが私たちの乗っている車に突っ込んできて、車の前部分がグシャグシャになっていた。私には一体何が起きたのか分からない。強い衝撃と共に、体が揺さぶられいつのまにか気を失っていた。

 

 次に目を覚まして見た景色は、泣きながら私の手をずっと握っているお兄ちゃんの姿だった。

 私はそんな顔を見ながら、ただひたすらに呆然と病室のベッドの上に横たわっていただけだった。

 

 その後、幸運にも骨一つ折れていなかった私は退院して、両親の葬式に出席した。

 しかし私はまだ事態を飲み込めていない。二つの棺桶の中に目を瞑って眠る両親の姿を見て呆然としていた。

 両親は優しかった。いつも私の事を考えてくれたり、お兄ちゃんにも「そんなに頑張らなくて良いんだよ」と口癖のように言っていた。

 

 すぐ近くから声が聞こえる。

 葬式に出席していた親戚の人たちだ。聞こえてくる言葉は耳を塞ぎたくなるような言葉。

 

『子供二人も置いて死んでくなんて、とんだ奴だな』

『あの子たちはどうするのよ』

『俺はごめんだぜ、引き取るなんざまっぴらごめんだ。お前の所は?』

『嫌よ、あの子がまさゆきちゃんに色目でも使ったらどうするのよ』

 

 もう私を守ってくれる大人は居なくなった事実が背中にのしかかる。

 ダメだ。私はもうダメだ。

 もう嫌だ……。

 

 その後はお姉さんが保護者となってくれたとお兄ちゃんが言っていた。

 でも基本は俺が働いて、この家を……萌香を守ってやる。とも言っていた。

 

 でも、もう私の心は──。

 

 私は事故のトラウマで、外に出るのが怖くなり、部屋からも出ない日が続いた。

 ずっと、ずっと薄暗い部屋の中で一人で過ごしていた。兄もこんな私をすぐに見捨てるだろう。そう思っていた。

 でも───。

 

「萌香、おはよう」

 

「ご飯できたから部屋の前に置いとくな」

 

「じゃあ行ってくるよ、萌香」

 

 ずっと、ずっとだ。

 毎日毎日、部屋の中で引きこもるしか出来ない私に優しい言葉をくれる。

 365日、毎日同じように……。

 引きこもる私に「部屋から出ろ」とも一言も言わずに。

 凍りついていた心が、どんどんと癒されていくような気がしていた。

 

 お兄ちゃんの顔が見たい。お兄ちゃんのそばにいたい。

 でも、今はまだ顔を合わせる資格が私にはない。だって私は何もしていないから。

 お兄ちゃんは私のために一生懸命になっているのに、私は何もできないから。

 泣きながら部屋のドアの前に立つ。

 

 そしてドアノブに手が触れた瞬間、あの時の……事故の光景や人の私を見て嘲笑う声がフラッシュバックする。

 

 何で、何で外に出れないの……。

 

 その日以来、ずっと無気力だった。

 ずっと何をするわけでも無く、ただ日々を無意味に過ごすだけ。

 そんな日々だった。

 

 ある日私は、とあるものを見つけた。

 

『やっほーいにゃーん! 今日も配信はっじめっるよーん!』

 

 ・やっほーいにゃん

 ・にゃんにゃん

 ・無理すんなよ、おばさん

 

『おばさんじゃねーし、ぶちとばすぞわれ』

 

 偶然、私はきっかけとも言えるVtuberの配信を見た。猫耳を生やした少女のアバター。登録者数100人にも満たないチャンネル。

 

 でも───。

 

 とても、とても楽しそうに笑って、ゲームをしたり雑談などをしたりして過ごしていた。

 私は何かに取り憑かれたかのように、その人の配信を見始めた。

 

『でもなー、私的にはこのゲームあんま好きくない』

 

 ・は? 

 ・おもしろいだろぉ!?? 

 ・ぶちとばすぞわれ

 

『にゃっは──!? 好き好き大好き! だから叩かないで!?』

 

 ・草

 ・盛大な掌返しやめろ

 ・分かればよろしい

 ・おばさん

 

『だからおばさんじゃねぇって言ってんだろ、ぶちとばすぞわれ』

 

「ふふ」

 

 気づけば私は笑顔を浮かべていた。

 ずっと、笑顔なんて忘れていたのに。こんなくだらないやり取りで……笑顔になっちゃうなんて。

 

 私は気づけば、Vtuberの始め方の事をネットで調べ始めた。

 どうやったらなれるか。どのようにすれば良いのか。

 しかし、始めようにも思っても肝心のスキルが私にはなかった。

 

「絵なんか描けないし、ましてや動かすなんて……」

 

 後ろの方を見る。

 部屋の隅には、配信を始めるための機材は揃ってしまっていた。

 お兄ちゃんが私の口座に毎月五万円ずつ入れてくれていたのは知っていたので、それを使ってしまったのだ……。

 

「うう、ごめんなさい……」

 

 この機材たちも使わず仕舞いになってしまいそうな可能性がしていた。

 でも、どうすれば良いのか……。

 

 そんな時だった。

 

『トライアングル一期生募集中! 君もVtuberになろう!』

 

 私は、一度は聞いたことあるような芸能事務所がVtuberの募集をしていたのを見かけた。名前はトライアングル。キャラの立ち絵も公開されていて、銀髪ロングの女の子。茶髪のショートカットの八重歯が特徴的な女の子。

 

 そして──。

 

 私の運命とも呼べる出会い。

 黒髪ボブの女の子で、大人びた雰囲気をしている背の高いキャラ。

 名前は秋風幽香、それが最初の出会いだった。

 

 ────

 

 私はすぐにオーディションに送る用のボイス動画を撮り、それをメールに添付して送った。

 というか、誰の許可も取らずにやっちゃったけど大丈夫かな? 

 急に不安になってきたというか……どうしよう……。

 

 そしてボイスを送ってから数日後。まさかの一次選考突破の連絡が来た。

 

「え、嘘……」

 

 そして、二次選考の通話の面接にも入ってしまった。

 面接では人と長い間話してなかったので、どもったり、自分でも何を言ってるのか分からなくなってしまった。

 絶対に落ちた。そう思ったのだが。

 

 メールには合格の二文字が書かれていた。

 

「な、何で……」

 

 意味がわからない。上手く行きすぎている。

 頬をつねっても結果は同じ。

 

 私は秋風幽香としてデビューする事が決定してしまったのだ。

 事務所の人は私のどこが気に入ってしまったのだろう。混乱しすぎて上手く頭が働かない。

 でも、分かっているのは、ここまできたら、やるしかないという事だった。

 

 辞退するのは簡単だ。「やっぱり私には無理です」と言って辞退すれば良い。

 でも、本当にそれで良いのだろうか? いつまでも逃げ続けて良いのだろうか。

 

 私はドアの前に立つ。

 そしてドアノブに触れる。やはりあの時の光景がフラッシュバックしてくる。

 でも、それ以上に浮かんできたのはお兄ちゃんの顔。同じ家にいるのにもう一年以上も見ていない。毎日、起こしてくれてご飯も作ってくれているお兄ちゃん。

 

 どこまでもお人好しで優しすぎるお兄ちゃん。

 

 決死の覚悟でドアノブを捻る。

 そうだ、部屋も出ないで引きこもってばかりで何がVtuberになるだ。

 ここで、一歩、一歩踏み出さなければ、活動だってすぐに辞めてしまうだろう。

 

 挫けて、また変な理由をつけて部屋の中に引きこもるのか? 

 ……そんなのはまっぴらごめんだ! 

 私は! 私はこの一歩から頑張るんだ! お兄ちゃんの顔をちゃんと見れるよう、立派なVtuberにもなれるように! 

 

 それは他人から見たら小さな覚悟。

 でも、私にとっては大きな覚悟だった。

 

 ドアを開ける。

 

 薄暗い部屋から、一歩踏み出す。

 すると、目の前にはお兄ちゃんが立っていた。

 

 お兄ちゃんも私もびっくりした顔をして、目を見る。

 ああ、お兄ちゃんだ。私のお兄ちゃんが目の前にいる。

 

「おはよう、お兄ちゃん」

 

 私が一声かけると、お兄ちゃんは目にいっぱいの涙を浮かべて私を強く抱きしめた。

 

「おはよう…………おはよう……萌香ぁ……」

「うん……おはよう」

 

 ここから私は生まれ変わるのだ。

 



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六話『頑張ろうと思う』

 そこからトントン拍子で話は進んでいった。

 私はまだ、お兄ちゃんにVtuberになったと言える覚悟がない。

 なので、最初にお姉さんに相談した。お姉さんはお兄ちゃんがいない時に家の掃除をしていたらしく、リビングで掃除をしていた。

 

 最初はお姉さんも私が部屋から出てきたことに驚いていたが、すぐに状況を飲み込んでくれたようで、何も言わずに私にお茶を出してくれた。

 

 そして──。

 

「で、なんか私に用事でもあんだろ? 言ってみ」

 

 私の顔を見て判断したのだろうか、何か相談事があると察してくれた。

 意を決してお姉さんに相談してみる。

 

「あの……その……私、Vtuberのオーディションに……合格して……」

 

 お姉さんが飲んでたお茶を唐突に吹き出した。

 大丈夫だろうか、かなりむせているようだけど……。

 

「へ、へえ…………そ、そんなオーディションにねぇ……で、どこ……?」

「えっ……と、トライアングルっていう」

 

 トライアングルの名前を出した瞬間、お姉さんが椅子から転げ落ちた。

 だ、大丈夫だろうか……さっきから何か変だよ……。

 

「ふ、はは……わ、私が速攻で落ちた場所……」

 

 倒れながら小声で何かをぶつぶつ言っている。

 もしかして、私が変な所へ所属しようとしているから動揺しているのだろうか? Vtuberも人気コンテンツではあるが、一般人であるお姉さんから見たらどう思うのだろうか……。想像するのはそう難しくないことだった。

 もしかして、やめろって言われるのかな……。

 

 そう思っていたのだが、お姉さんは随分とあっさりに認めてくれた。

 郵送で送られてきた、事務所からの書類にサインしていくお姉さん。何故か半泣きで書いてるけど……。

 

「く、くそぉ……私だっていつかは……」

 

 少しぶつぶつ言ってるお姉さんを見るのは怖かった。

 でも、お姉さんは急に書く手を止める。

 そして真剣な表情で私にこう言ってきた。

 

「なあ、純には話したのか?」

「えっ、そ、それは……まだ……」

「なんでだ?」

 

 それからお姉さんに今の私の心境を話した。

 簡単に言うと、お兄ちゃんと同じくらいのステージに立ちたいということ。今の私はまだ何もできていないニートだ。

 だから、私は成果を出したい。成果を出して、ようやくお兄ちゃんの横にいられる。今はまだおんぶに抱っこの状態だけど、ここから頑張って行きたい。だからお兄ちゃんにはまだ内緒にしていて欲しいと話した。

 

「内緒にして欲しいねぇ……だったら給料の受け渡しはどうする? お前の通帳使ったら純にバレるぞ」

「うっ…………そうだよね……どうしよう……」

「…………仕方ねぇ……当分の間は私と共有するか」

 

 こうやって、どんどんお姉さんとお兄ちゃんに内緒にするための作戦が練られていく。

 ちなみにお姉さんは「お前の金なんざぜってぇ使わねぇ! 妹に呪われそうだ!」何て言っていた。

 お母さんは昔から怒らせると怖かったので、呪われるっていう言葉が何故かしっくり来てしまった。

 

 そして、事務所に作成した書類を送って、デビューの日を決める段階に入った。

 マネージャーさんも付くらしく、私のマネージャーには美人のお姉さん、大岩さんがついたらしい。

 テレビ電話で顔を出しながら話していって、キャラの方向性をどんどん決めていく。

 ここでも私はどもりながらだったが、なんとか喋っていた。

 

「え、えっと、私的には、ホラーゲームも好きで……」

「なるほど、ホラーゲームも好き……と……ふむ、ホラーゲームで驚いたりとかは?」

「そ、それはあんまりないです……逆に笑っちゃうかもしれません……」

「ふむ、畏まりました、でしたら強キャラムーブで固めていきましょう。ロールプレイには自信はおありで?」

「えっと……ドラ○エなら……」

「……ロールプレイというのは、演じるという意味で……すみません」

「えっ!? ご、ごめんなさいぃ……!?」

 

 私が恥ずかしい勘違いなんかもしちゃったりしたけど、どんどんと秋風幽香というキャラが出来上がっていくのが面白かった。

 次々と案が飛び出してきたりして、人生でこれだけ喋ったのは初めてかもしれない。

 

 そして、次はデビューするメンバーとの通話。

 大岩さんに顔は出さなくていいので、落ち着いてと言われた。

 顔を出さなくていいのならなんとかなるかもしれない。私はドキドキしながら、グループ通話に入る。

 

「こ、こんにちは」

「おっ! 秋風幽香さんかな?」

「はい……」

「うちは常夏燕や! よろしゅう!」

 

 何かテンションの高い人がいる。絶対陽の側の人だ。何故か知らないけど、声を聞くだけでコミュ力が高いのが手にとるようにわかるもん。

 ど、どうしよう……。そう悩んでいた時だった。

 

「こんにちは、私は冬花旭です」

 

 衝撃を受けた。

 綺麗な声、すごく、すごく耳触りが良い。この声なら何時間でも聴いていられる。そんな事を思ってしまうような声。

 急に不安になってくる。本当に私なんかがこのメンバーの中にいても良いのだろうかと。

 

 片や陽キャの人の常夏燕さん。声を聞いていて元気が出てくるような人で、初配信のトップバッターを務めてくれるそう。このコミュ力は絶対に人気になるだろうなって思った。

 

 そして、冬花旭さん。the清楚っていう感じで、本当に心地いい声をしている。配信ってなると何時間も同じ人の声を聞くわけだから、旭さんの配信は人気が出る、そう確信した。

 

「あ、ああ……」

 

 どうしよう、私には何もない。

 綺麗な声も元気が出るような声も出せない。急に自信がなくなってきて泣きたくなってくる。

 本当にこれからやっていけるのだろうか、そう思った時だった。

 

「幽香ちゃん……すっごく可愛い声……」

「ホンマやで……脳が溶かされそうになったわ〜」

 

 私の声を可愛いと言ってくれた二人。

 ……私の声って、そんなに可愛いのかな……? あまり自覚がないので疑心暗鬼になっている。

 

「いや〜二人ともほんまにええ声してるから、うち自信がなくてなぁ……。どないしよ……」

「え、それだったら私も……燕ちゃんと幽香ちゃんが可愛いから、自信がなくなちゃって……」

 

 二人とも口を揃えて自信がないと言った。

 そうか、私だけじゃなかったんだ。私は出ていた涙を思いっきり拭い、二人に言う。

 

「わ、私も自信がなくって……怖くなっちゃったけど、でも、二人はすっごく綺麗な声してるから、もっと! 自信を持って!」

 

 二人は絶対にこれから人気になるはずだ。私はそう確信している。

 だから、つい反射的に少し大きな声で興奮気味で二人を鼓舞してしまった。

 急に顔が熱くなってくる。変なこと言っちゃったかな……。

 

「……ぷっ! あはは! なんや、考えてることは皆同じって訳か!」

「……そうだね、幽香ちゃんの言う通り。好きでこの仕事をやるんだから、自信を持たなくちゃ!」

「うん、うん!」

「じゃあ、配信トップバッターはうちに任せとき!」

 

 こうして、初めての通話も終わり、残すはデビュー配信だけとなった。

 そこで私は、きっかけとなったあの人の配信を見に行く。少しでも勇気を分けてもらう為に。

 黒鞠コロンというチャンネルを探して、出てきたページをクリックする。

 どうやら、配信を始めたばっかりのようで、動画を開いた瞬間、嗚咽が聞こえてきた。

 

『えっぐ、えぐ……にゃんで……にゃんで……良いことなんかありゃしねぇ……』

 

 ・何があったんだってばよ……

 ・まあ元気出せよ猫野郎

 ・泣かないで

 ・元気出せおばさん

 

『誰がおばさんじゃ……ぶちとばすぞわれ……うっ…………うっ……ゲェェップ』

 

 ・うっわきったね

 ・ええ……(困惑)

 ・勘弁してくれよ……

 ・おばさんのゲップを聞かされるこっちの身にもなれ

 ・失望しました……チャンネル登録解除しました……

 

『うにゃっは──ー!? ごべんなざい! 解除しないでぇ!』

 

「あはは……」

 

 散々な盛り上がりようだった。

 でも、それから配信も時間が経つにつれ、コロンさんも徐々に元気を取り戻したのか、笑って配信をするようになった。

 そうだ、まずはこれを目指そう。みんなが笑顔になるような配信をしよう。

 

 そう思いながら、コロンさんに初めてコメントを打つ。

 

 ・これから頑張ります

 

『ん? 何を頑張るのかしんねぇけど、がんばれー、お姉さんが応援するにゃー』

 

 ・頑張れ

 ・応援しようず

 ・まあ、何を応援すればいいのか分かんないんですけどね

 ・おばさんもよう応援しとる

 

『ぢぐじょ──ー!! もう配信やめる!! お疲れ! にゃん!』

 

 唐突に配信を切ったコロンさんを見てクスリと笑い、自分の頬をぺちっと叩いた。

 

 そして、数日が過ぎて私の初配信の日がやってきた。

 心臓はバクバクですごく緊張してるけど、それと同じくらいにワクワクしている。

 

 カーソルを配信開始の所に合わして、深呼吸をした。

 そしてポツリと一言呟く。

 

「待っててねお兄ちゃん」

 

 お兄ちゃんと同じ所に立つ為に、配信開始のボタンを押して、私はハッキリとした声で、マイクに向かって喋ったのだった。

 

『はじめまして! 秋風幽香です、よろしくね!』

 



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七話『私のお兄ちゃんです』

妹ちゃん視点はもうちょっとつづくよ〜


 秋風幽香として活動を初めて早、二ヶ月がたった。

 今や、登録者数1万人を誇るチャンネルとなってしまっている。1万人……。それだけ多くの数の人が私のチャンネルを登録して、私の動画を見てくれているとは到底思えなかった。

 

 そして、私は通信制の高校にも通っている。お兄ちゃんに勧められて入った高校だ。

 流石に企業に所属する上で中卒はまずいだろうと思って入った学校。

 一ヶ月に一回だけお兄ちゃんを連れて登校する日がある。

 

 今では少しだけ話す人もいて、それなりに楽しい。

 Vtuberという活動の中で、喋ることに抵抗がなくなるってかなり良いことだと思っている。

 

 でもまだまだ、お兄ちゃん程の稼ぎにはなっていないのでお兄ちゃんには内緒だ。

 お兄ちゃんに喋るのはお兄ちゃん程の稼ぎになってから、私はそう決めていた。

 

 しかしなかなか厳しいものがある。

 収益化も通り、スーパーチャット(投げ銭)みたいなのもしてくれるようになって大変ありがたいんだけど、それでもやっぱり企業にも何%か渡さないといけないので、まだまだお兄ちゃんの稼ぎには達してはいない。

 

 どうしようかと思っていた時だった。

 

「なんだ? 考え事か? 萌香」

 

 私の長い髪をくしで丁寧にとかしてくれる。

 上を向くとそこにはお兄ちゃんの顔。切れ長の目だけどどこか優しそうな雰囲気を感じる顔。全体的に整っていて、私がボーッとああ、お兄ちゃんってやっぱり綺麗だなぁって思ってしまう程の美形。

 私はお兄ちゃんの手を取って、私の頬に当てる。暖かい。私の好きな温もりだ。

 

「おいおい、どうしたんだよ」

 

 お兄ちゃんは苦笑しながら、私の頭を撫でてくれる。

 お兄ちゃんのことは好きだ。とても。昔から私に構ってばかりのお兄ちゃん。だけど一度も疎ましくなんて思ったことなんかない。

 

 だからこそ、お兄ちゃんを振ったという女が許せなかった。

 昔、両親がいた頃、お兄ちゃんが彼女を家に連れてきた。確かに美人ではあるが、それは作られたものって感じがして、私は少し苦手だった。

 でも、お兄ちゃんが選んだ人だから、優しい人なのではないのか、そう思っていたのに。

 

 ある日お兄ちゃんが泣きながら帰ってきた。

 お兄ちゃんが泣くなんて珍しくて、心配になってお兄ちゃんの側にいた。

 布団にくるまって泣いているお兄ちゃんの頭を撫でながら何時間も側にいたっけ。

 

 そして徐々に泣き止んで行ったお兄ちゃんの口から出た言葉は到底信じられない言葉だった。

 

「……俺の事は……キープだって言ってた……。あの子が他の男と歩いてるから……なんでか聞いたら……隠しもしないで……」

 

 その瞬間、私の頭の中の何かがプッツンと切れた。

 お兄ちゃんの部屋から駆け出して、リビングに向かって包丁を手に取ったけど、その場でお兄ちゃんに取り押さえられて、泣きながら「ごめん! 大丈夫だから! 俺はもう大丈夫だから!」と言ったので、一旦は落ち着きを取り戻したんだっけ。

 

 だけど、あいつを許せるはずもなく、次にお兄ちゃんの前に出てきたら容赦なく排除するつもりだ。

 

 お兄ちゃんは優しい。

 お兄ちゃんは超がつくほどのお人好しだ。なので、お兄ちゃんを利用するような女が群がってくる。だから、私は考えた。

 

 お兄ちゃんのお嫁さんを私が探したら、良いのではないだろうか? 

 

 もちろん最終的な判断はお兄ちゃんと相手の人に任せる。でも、お兄ちゃんと私の信頼できる女の子を引き合わせるだけなら良いのかもしれない。

 というわけで早速お兄ちゃんのお嫁さん探しを始めた。

 

 しかし私の交友関係からお兄ちゃんのお嫁さんにふさわしい人物は三名ほどしかいない。

 旭ちゃん、燕ちゃん、大岩さんだ。

 

 旭ちゃんは今となってはかなりコラボも重ねてきている。

 なのでどのような人となりなのかは分かってるつもりだ。

 

 まず旭ちゃんは優しい。もしかしたらお兄ちゃんと同じレベルぐらいで優しいかもしれない。

 どんなに些細なことでも褒めてくれて、それが自信の向上にもつながる。

 例えば──。

 

『うわ〜! ごめんなさい! 撃ち負けちゃった!』

 

 私と旭ちゃんがコラボでFPSゲームを一緒にプレイしていた時のこと。

 私はあまりゲームが得意ではなく、こういった撃ち合いとかがすこぶる苦手だ。

 すぐに死んじゃうし、迷惑かけてるかなって思って、ビクビクしてたんだけど。

 

『大丈夫だよ〜! それにさっきのエイムすごく良かったね! 幽香ちゃんが削ってくれてるからすぐに倒せちゃった!』

 

 と、笑いながら一パーティーを壊滅させていた。

 それにリカバリーもすぐに入ってきてくれて、私は足を引っ張っていたのに。

 

『安心して! 私がカバーに入るね!』

『ナイスキル! すっごくカッコ良かったよ幽香ちゃん!』

『あ〜、ドンマイだね。でもさっきの動きは良かったね! この調子でいっちゃおう!』

 

 などと、褒める褒める、褒め倒してくれる。

 うえ、うえへへへ……。褒められて嫌な気はしない。

 失敗でもちゃんと褒めてくれる旭ちゃんは私のママだ……。

 

 次に燕ちゃん。

 燕ちゃんはとにかく元気だ。その独特な関西弁でかなりの人気を博している。

 実は燕ちゃんが一番最初に登録者1万人を突破して、「たはは、ほんまにええんかなぁ?」なんて話していた。

 彼女は陽のオーラを醸し出しているが、肝心なところでチキンなところもあり、それがギャップにつながっているのかもしれない。

 

 ちなみに、ホラーゲームが大の苦手で、よく視聴者の鼓膜を破いている。

 私とホラーゲームをやっている時も、「幽香ぉ……ゆうこぉ……、まってくれやぁ……怖いねん……うち怖いねん……」なんて半泣き声で喋っていた。かわいい。

 ホラーゲームで叫び声一つあげない私とは全然ちがう。

 お兄ちゃんも、この守ってあげたくなるような雰囲気に弱いかもしれない。

 

 私も少し、狙っていった方が良いのかなって思って、「怖いよお」なんて言ったら視聴者に。

 

 ・は? 

 ・嘘つけ

 ・ゆうゆうなら幽霊ぐらい殴り殺せるだろ

 

 なんて散々な評価だった。

 何もそこまで言わなくても……。

 

 そして最後に私たちのマネージャーである大岩さん。

 大岩さんは礼儀正しくて、年下の私たちにいつでも敬語で話してくれる。

 それに、配信の後必ずメッセージもくれて、「今日も面白かったです、明日もこの調子で頑張っていきましょう」とくれる、大人の女性って感じだ。

 

 ただ、あまり自分のことを表に出さない人で、プライベートな話を一切したことがない。

 ただ私からお兄ちゃんのお話をしたら、「へ、へえ……その方もBLがお好きなんですね……」って言っていた。

 うん、大岩さんは間違いない。腐女子である。

 腐男子であるお兄ちゃんとは話が合うかもしれないけど、もしかしたら、お互い地雷を踏みぬいて、地獄絵図が出来上がってしまう可能性もあるので、大岩さんは一旦保留と言う形にしておく。

 

 さて、この三人(実質二人ではある)の中からどの子を選んだらいいのか悩むところだ。

 でも、お兄ちゃんと他の女の人が一緒にいたらなんでかモヤモヤするんだよなぁ。なんでだろう。

 

 でも、取り敢えずはお兄ちゃんのプレゼンをしなきゃだよね。

 

『こんにちは〜! 今日もやってくよ〜!』

 

 ・こんちわー

 ・ゆうゆう今日もかわいいよ

 ・今日は何するの? 

 

『今日は雑談でもしようかなって思ってるよ。私のお兄ちゃんの話でもしよっかな』

 

 ・ゆうゆうのお兄ちゃん? 

 ・おっ、男の話とは挑戦的ですな

 ・ゆうゆうに男!? 

 

『いやいや……普通に私のお兄ちゃんだよ……でね、お兄ちゃんがこの前ね……』

 

 と私はお兄ちゃんの話をし始める。前に髪をとかしてもらった時の話や、今までのお兄ちゃんの優しさなどを、話進めていく。

 この目的は、おそらくこの配信を見ているであろう、旭ちゃんや燕ちゃん。それに二期生の応募も決まったので、まだ見ぬ二期生の人たちへのプレゼンみたいなものだ。

 こうして喋り続けていたら、いつのまにか一時間ぐらい経っていた。

 

 おっと、今日はここまでにしとこうかな。

 

『じゃあ、みんな今日はここまでにしておくね。おつー』

 

 ・オニイチャンスキ……

 ・一時間も兄貴の事を途切れず語っていくヤベー奴

 ・頭がおかしくなるかと思ったゾ……

 ・もうすでに手遅れのやつが居るんだよなぁ……

 ・妹がヤベーブラコンなら兄もヤベーシスコン

 

 その後この配信は話題を呼びに呼び、切り抜き動画まで大量に作られていき、急上昇にも下から数えた方が早いが、入ってしまった。

 その後私のチャンネルが四万人にまで増えて、少し怖くなってしまった。

 私のファンは全員、私のことをとんでもないブラコンだなんて言ってくる。失礼するなぁ、私はただお兄ちゃんの優しいところを語っていただけなのに。

 




七話です。
少し、ゲームやったり、配信見てたりしてました。
ミオスバてぇてぇ

追記

ちなみにこの作品の略称は感想にありました『いもがし』にしようかと思います。
ほしいもみたいでかわいい。マルマイザーXさんありがとうございます。


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八話『うん、私もだよ』

八話ですね


 私は事ある毎に、お兄ちゃんの話題を配信で出した。

 とある日はお兄ちゃんの家庭的なところを紹介しようとお兄ちゃんが毎日作ってくれるご飯を写真に撮ってみんなに見せたことがある。

 すると案外それがまた受けてしまった。今では『#今日のお兄ちゃん』なんてタグが作られるぐらいである。

 視聴者のみんなもどんどんお兄ちゃんの事に興味津々になって、コメントでは。

 

 ・お兄ちゃんVデビューまだ? 

 ・配信に一切出てこないのに、大人気の兄貴って何者だよ……

 ・ゆうゆうがお兄ちゃんの事を本当に幸せそうに話すから人気なんだろ

 ・お兄ちゃんを僕にください

 

 などなど、男の視聴者がお兄ちゃんにメロメロになっていた。

 ……うーん、私って女性の視聴者ってほとんどいないのかな? 

 でも、黒鞠コロンさんは私の配信を見てくれているみたいで、『なんか見ていて悲しくなってくるにゃ』って言ってた。

 悲しくなってくるってどう言う意味なんだろう。

 

 まあ、そんな日々を過ごして、お兄ちゃんのプレゼン(という名の自慢)をちょくちょくしていた頃だった。

 

 遂に二期生のデビューが決まった。

 

 二期生のメンバーは私たち一期生と同じ、三人。

 

 亜人系女子高生の『アーベントロート・クロア』

 ダークイケメン系女子高生の『宵闇ノ響(よいやみのひびき)

 僕っ子ほわほわ系女子高生の『天春照美(あまはるてるみ)

 

 みんな思い思いの初配信を終えたようで、私たち一期生にも挨拶に来てくれた。

 

 クロアちゃんは、銀髪のじゃロリ系の女の子。

 

「キャラの設定上、このような喋りになってしまうが許しておくれ先輩よ!」

 

 と、挨拶の時にメタい事を言っていた。

 でも、本人曰く、このキャラを常時保ってないと、いつ崩れるか分かったもんじゃないって言ってたので、プロ意識が高くていい子なんだなって思った。

 

 響ちゃんは黒髪ショートに青のメッシュが入ってるカッコいい女の子。

 

「よろしく、先輩。お会いできて光栄だよ。かわいいね」

 

 って、イケボで話していた。

 これはまずい。ささやきボイスに私は弱いのだ。お兄ちゃんの声を毎日聞いてなかったらもしかしたら落ちてたまであるかもしれなかった。

 ありがとうお兄ちゃん。

 

 最後に照美ちゃん。

 なんと照美ちゃんは私の配信を見て、トライアングル二期生に応募して来てくれたらしい。そして、受かって私との挨拶を待ち遠しく思ってたとのこと。

 話してみて分かったが、本当に私のファンだった。

 

 最初の配信からずっと見ていたらしく、もちろんお兄ちゃんの事も知っていて、何回かコメントもしていたとのこと。

 

『本当にゆうゆうってお兄さんの事が大好きなんだなぁって、見ているこっちまで思っちゃいました』

 

 と、うっとりしながら話していた。

 そうであろう、そうであろう。私のお兄ちゃんは世界一カッコいいのだ。照美ちゃんは分かっている。

 

 こうして、照美ちゃんとはかなり仲良くなり、一緒にコラボをしたり、プライベートでも通話で話したりしていた。

『てるゆうてぇてぇ』なんて言葉が作られるくらいには私たちも仲が良かった。

 

 照美ちゃんはお兄ちゃんのファンでもあるらしく、事あるごとにお兄ちゃんの事を聞いてくる。

 まあ、それに私は嬉々として答えるのだが。

 

 こうして、どんどんコラボも積極的にこなしていた結果、遂に登録者数が七万人に到達していた。後から入ってきた三期生もそろそろデビュー配信が決まっており、調子に乗ってトライアングルは四期生まで募集をかけ始めたみたいだった。

 お給料も毎月、30万以上は貰えており、企業としては大成功だと大岩さんは言ってくれた。

 

 これは、いよいよかもしれない。

 

 お兄ちゃんに話す時が来た。私はそう思った。

 そして、お兄ちゃんのお嫁さん見つける計画も遂に本格的に始動したのである。

 

 最初はお兄ちゃんに『お嫁さんって欲しい?』って聞いた。

 答えは『いらない、女性不信なのは知ってるだろう?』という答えだった。

 

 そう、お兄ちゃんが女性不信なことは知っている。恐怖症とはまた違うのだ。ビジネスや友人関係面では信頼できる人間を見定めているようでうまくいくケースが多いのだが、恋愛の面に関しては一切信頼をしないと決めているらしい。

 お兄ちゃんは私さえいればいいと言ってくれた。

 それはとても嬉しくて、そこが私がお兄ちゃんの好きなところでもある。でも、それでも私は心配なのだ。

 このまま、私に構ってばかりで、自分のことを疎かにして、それを理由に恋愛などを諦めてるんじゃないかって、不安になってくる。

 

 それは嫌だ、私としてはお兄ちゃんに幸せになって欲しいし、お兄ちゃんの遺伝子は後世に遺すべきなのだ。

 でも、本当にそれでお兄ちゃんが幸せになれるのかなって思ってしまう時もある。

 

 私はどうしたらいいんだろうか。

 

 しかし、その先を考えるのはお兄ちゃんに私の全てを打ち明けることから始まるのだ。

 私はお姉さんに「話す時が来た」って言って、手続きをしてもらった。

 私の通帳に全てのお給料が行くようにしたのだ。

 だから、毎月五万円を入れてくれてるお兄ちゃんからすれば、この得体の知れないお金に必ず不信感を抱くはず。

 

 そうだ、ここからだ。ここから私……いや、お兄ちゃんの物語が始まる。

 私はお兄ちゃんに部屋から出してもらって、心を癒してもらった。

 だから今度は……私の番だ。私がお兄ちゃんに恩返しがしたい。

 

「萌香、ちょっと話がある。来なさい」

 

 お兄ちゃんの真剣な顔が私の視界に入る。

 私も少し深呼吸して、身体の震えを少しでも抑えようと努力する。そして、私も同じような顔で、真剣にお兄ちゃんと向き合った。

 

「うん、私もだよ」




これで妹ちゃん視点の話は終わります。
次からはお兄ちゃんに戻りますのでよろしくお願いします。

かわ余

ここから下はどうでもいいキャラ設定

秋風幽香
本名「東雲萌香」
愛称「ゆうゆう」
好きなもの「お兄ちゃん」
ファンネーム「あきとも」

トライアングル一期生
クレイジーサイコブラコン


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九話『推しが家に来ている』

九話じゃん。続いてんじゃん。


 俺は萌香が配信をするときは、その気配を察して家から出ている。

 だって、萌香の配信の邪魔をしたくないのだ。妹は俺が出演することに何故か乗り気なのだが、取り敢えず俺は一般人なので邪魔はしたくない。

 

 後でアーカイブを見直すのが楽しみになっている健やかな休日。俺は少し街にまで買い出しに出かけていた。

 少し大きめのショッピングモールへと足を運んでいた。こうやって、必要な買い物をしながら、ウィンドウショッピングをするのも乙なものである。

 

 こうやって時間を潰して、そろそろ帰路に着こうかと思った、矢先のことだった。

 

「あのぉ……すみません、ちょっと聞きたいのですが」

「ん? 俺ですか?」

 

 唐突に女の子に話しかけられた。背丈は小さめの女の子で子供かな。もしや迷子だろうか? 

 と、思っていたら案の定……迷子、いや道を聞かれただけだった。

 女性は自身のスマホを取り出して、マップを表示させる。すると表示された場所は俺もよく見覚えのある所だった。

 

「あっ、ここなんですが……」

「えっ」

 

 っていうかこれって……。俺の家じゃん……。

 何回も見直しても、表示されている場所は俺の家だ。もしかして住所を間違えているのか? 

 

「お友達の家に遊びに行こうと思ってて……でも、迷子になってしまって……」

 

 と、友達……。

 俺にこんな女の子のお友達はいない。だとすると……萌香か? 

 うむ、考えても仕方ない。俺の方の素性を先に明かしておくか。

 

「ふむ、ここは俺の家ですけど……何かご用ですか?」

「え!? じゃあ、貴方がお兄さんですか!?」

 

 おおっと、急に大きな声を出すなぁ……。

 しかし、俺のことを知っているとは……いや、もしかして秋風幽香関係の人だろうか? そう思ったらどこかで聞いたことのある声だな。

 

「えーっと、貴女は?」

「あ、僕は秋風幽香さんの後輩の天春照美ですっ!」

「え?」

 

 ほわっとした笑顔を浮かべて俺に言ってくる彼女。

 バチバチ聞いたことのある人だった。

 

 ────

 

 あの後、家にまで案内すると、中からおめかしをした萌香が出てきて出迎えてきてくれた。

 二人とも手を取り合って、はじめましてって言っているので、初対面なのだろう。しかし、萌香がここまでテンションが高いのは初めて見た。

 まあ、それものはずである。てるみんと幽香は仲がいい設定……、いや設定でもなくガチで仲がいい。

 幽香がよくコラボする相手がてるみんであり、俺はてるみんの配信から幽香の存在を知ったのだ。

 

 そう……天春照美は俺の推しである。

 一回だけ仕事のストレスなんかで、少し落ち込んでいた頃。天春照美の配信を偶然目にした。そして……なんだろうな。何故か心に染みたのである。ほわっとした喋り方に優しそうな雰囲気の彼女。よくリスナーがママと言っているのが分かってしまうような女の子だ。

 

 そんな配信が心に染みてしまったのだろうか。あれ以来ずっと見ているのだ。

 推しが家にいる事実に打ち震えながらも、俺は必死に心の中で呪文を唱えていた。

 

 中の人と天春照美は別人。そうだ、Vファンとして、これだけは忘れたらいけない。

 俺はてるみんが好きなのであって、中の人は違うのだ。中の人は萌香の友達。浮かれないで、ちゃんとお客さんとして相手をしよう。

 

「お茶どうぞ」

「あっ! ありがとうございます〜!」

「お兄ちゃん、私の〜!」

「はいはい、ちゃんと用意してるよ」

「ありがとっ!」

 

 お茶を飲みながら、笑顔で話し始める二人。

 ふむ、プライベートでも仲がいいと配信の時に話していたのだが、どうやら本当のようだ。萌香が初対面の人とここまで打ち解けて話ができる存在はまったくと言っていいほどいない。

 それほど二人の波長が合っているということなのだろう。

 喜ばしいことだが、少し妬けてしまうなぁ。

 

 天春さんはどうやって妹と打ち解けたのだろう。ちょっと聞いてみたくなった。

 

「天春さんは妹とどうやって仲良くなったの?」

「ああ、僕が始めに幽香先輩のファンですってお話したんです。そして、そのままお話してみると、趣味も合ってて、お話するのが楽しくなちゃって」

「そうだよね! お兄ちゃんの事もよく話したんだよ」

「えっ、俺の事も? はは、恥ずかしいな」

「幽香先輩がお兄さんの事をすっごく幸せそうに話してて、ああ、本当に優しい人なんだなって思ってました。ずっとお会いしたかったです」

 

 やばい、さすがにこれはまずい。

 少し泣きそうになってきた。ここまでストレートに言葉を投げかけられたのは初めてで、ストンと俺の心に入ってきた。

 俺は慌てて、席を立つ。

 

「あ、ごめん。少し席を外すよ」

「はい」

「この後配信するからね〜」

「はいはい、物音は立てないようにするよ」

 

 そして足早に、トイレへと駆け込んだ。

 そうだ、お友達が来ているんだから、こんな所で涙なんか見せちゃいけない。俺は強いお兄ちゃんでいないといけないんだ。

 さっきの言葉を反芻しながら、静かに涙を流した。ダメだな、ここ最近ちょっとのことで泣いてしまう癖がある。さっきのは不意打ちだ。もう大丈夫。

 

 よし、もう行こう。

 俺は涙の跡を見せないように、顔を洗いタオルで拭いた。

 そして、物音を立てないようにリビングへ戻ると、いつのまにかPCを持ってきて二人で並んで喋っている。

 どうやら配信が始まったようだ。

 

 俺は踵を返して、部屋へ向かい、配信を見ようとポケットからスマホを取り出そうとしたのだが……。あれ? 無い? 

 なんでだ? もしやどっかに忘れてきたとか? 

 ああ、そういやリビングに置きっぱなしにしていたな。

 仕事の連絡とかも入るかもしれないし、慎重に取りに行こう。

 

 俺がリビングへ入ると、机の上に画面が上になるように置かれているスマホを見つけた。

 二人は物音を立てないように入ってきた俺を気遣い、何事もないように話している。

 良かった、ここで萌香が『お兄ちゃん! 来た!』とか言わなくて。

 そしてスマホを取ろうとしたその時だった。

 

 俺のスマホに通知が来たのである。

 ブブッっと振動がして、画面が表示される。どうやら、大岩さんからのlimeらしいが……その表示された画面が問題だった。

 

 俺のスマホに天春照美の壁紙が映し出されたのだ。

 画面を上向きにしていたので、当然二人の目に入るわけであり。

 

「え? お兄ちゃん……?」

 

 口を開けてビックリしている天春さんと、何故か呆然として呟いてしまった妹。

 コメントでは。

 

 ・えっ! 

 ・お兄ちゃんキター!? 

 ・お兄ちゃん! 俺と結婚してくれ! 

 ・てるゆうコラボでまさかの兄登場!? 

 

 と、流れていたという……。

 えー、東雲純。推しの壁紙をロック画面にも設定してしまっていてそれを推しに見られるという大ポカをやらかしました。

 




\Next Conan's HINT/

『7月5日(日)20時に僕は多分死ぬ』の段!

てれてーんてれてってってってって

ここから下はどうでもいいキャラ設定

常夏燕

本名「???」
愛称「つばめちゃん」
好きなもの「お笑い」
ファンネーム「つばめのす」

大阪ディビジョン、ラップはしない。
言われたいセリフ『おもんな』


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十話『推しに推しがばれるという地獄』

十話ですねー。
パソコン買い換えました。


 あの後の妹の行動は早かった。

 俺のほうをじっと見つめたまま、自身の隣の椅子に座れと俺に促す。正直言って滅茶苦茶に怖い。うちの妹の様子が完全におかしい。もしや俺が幽香以外を推しているという事実に怒っているのだろうか。安心したまえ妹よ……リアルでの一番の推しは君である。なんて心の声が届くはずもなく、しぶしぶ俺は萌香の隣に座った。

 

 しかし、配信に強制参加させられる兄の気持ちにもなってほしい、俺は目の前に流れていくコメントを流し読みする。

 

 

 ・きゃー! お兄ちゃんみってるー??? 

 ・早く俺と結婚しろよ

 ・俺がお兄ちゃんを幸せにする

 ・↑いいや俺だね

 

 もうえらいこっちゃ状態である。カオスすぎて開いた口が塞がらない。ていうか、なんだ俺に事あるごとに求婚してくる奴は。いい加減にしろ。

 恐る恐る横をちらりと見てみると、萌香がまだ俺のほうを見ていた。なんだ、この迫力は……。

 もう俺を殺す勢いで見てきているじゃあないか……。

 

 そして、萌香は急にパソコンのほうに向き、すごい勢いで配信タイトルを変えていた。

 

『緊急家族会議・てるみんを交えてお送りします』

 

 画面に表示させられるタイトルが目に入った。

 まてまてまてまて、家族会議は一歩譲ってもわかるがなんで配信でやる必要があるんだ!? というより、てるみんも交えて!? 正気か、妹よ……。

 よく見たら妹の口がほくそえんでいた。ああ、いい話のネタが入ったからテンションが上がっているだけか……。この表情はそうだ、そうだと思いたい。

 

「さて、急遽始まった家族会議ですが」

 

 ・???? 

 ・何が起きたんだってばよ……

 ・もしかして、お兄ちゃん何かやらかした? 

 

「大正解です、こともあろうにお兄ちゃん、スマホのロック画面をてるみんの画像にしていて先ほど本人に見られました」

 

 ・おう……

 ・兄よ……

 ・慰めてやる……こっちこいよ……

 

 いかねーよ。

 

「さて、お兄ちゃん、弁明は」

「……これ話さないとだめ?」

 

 ・お兄ちゃん喋った────!! 

 ・相変わらずのイケボだねぇ! 

 ・孕んだ

 ・↑お前男だろ

 

 俺が一言発した瞬間コメントの速度が一気に早くなった。

 阿鼻叫喚とはまさにこのことである。続々と視聴者数も増えていき今では五万人が見ている配信となってしまっていた。

 まじか、こんなのに五万人も見ているのかよ……。吐き気してきた。

 

「ぼ、僕も知りたいです! なんで、僕の壁紙を?」

「いや、まあ、これには……ね?」

「男ならはっきり喋らんかい!」

 

 くっ、妹よ、急に元気になってきたな……。兄をこんな地獄に送り出して楽しいか……。楽しいだろうな……。

 お兄ちゃんは萌香の笑顔が見れるだけでそれだけでいいよ……。

 こうなったら話すまで開放してくれないだろうな……。腹をくくるしかないか。

 

 こうして俺はポツリとだが、壁紙にしていた経緯を話した。

 推しであること、トライアングルはてるみんから知ったこと、まさか妹がトライアングル所属だったとは最初は知らなかったこと。最初はとぎれとぎれだったが、徐々に舌が回るようになってきて、少し熱弁してしまった感がある。しかし、こうでもしないと妹が納得いかなそうだし、できるだけ話せることは話してしまった。

 

 しかし、妹よ少し気になっていたのだが途中から画面に表示されているイケメンは誰だろうか? 

 動きはしないが幽香とてるみんの中に混じっているイケメン。どう考えたって百合の間に挟まるくそ野郎だろ、早くどけなさい! え? 俺? マジすか……。

 どうやら、いつの間にか俺の立ち絵ができているようであった。勘弁してくれよ……。

 俺の立ち絵なんて誰得なんだよ……。

 

 ひとしきり突っ込んだ後、俺の耳に嗚咽が聞こえた。

 

「うっ……えっ……」

「天春さん!?」

「てるみんどうしたの!?」

 

 まさか俺たちが急にこんなことを始めてしまっていたのが原因か!? 

 ああ、ごめんなさい! 妹も悪いし俺も悪い! 土下座でも何でもしますから! 

 と、思ったが少し違っていたようだ。

 

 天春さんは涙を拭きながら、俺のほうを見てくる。

 

「お兄さんが、僕のことをそう思っていてくれてとても嬉しくて、涙が出ちゃいました。ごめんなさい、びっくりさせてしまって」

 

 ・推しを泣かすな

 ・お兄ちゃんいけめんさいてー

 ・だけど、そんなお兄ちゃんが好き

 ・さっきの話聞いて泣かないやつおる? 

 ・くぁwせdrftgyふじこlp

 ・↑涙で何も見えずにコメントしてて草

 

 う、むう……図らずも推しを泣かせてしまったことに関して心が痛む。

 もう、今後このようなことがないように精進いたしますのでお許しを……。

 

「いや、こちらこそすみませんでした。長々とお話に付き合っていただいて」

「お兄さん」

 

 天春さんが俺の目をじっと見つめてきて、にぱっとした笑顔で俺に笑いかけてくる。

 それはなんだか、俺が好きなてるみんのアバターと被って見えてしまい……。

 

「これからも僕を推してくださいねっ!」

 

 完全に一致してしまった。

 やべぇ!!! 

 

 その瞬間俺は何をとち狂ったのか、盛大に頭を机の上にぶつける。ゴンという鈍い音が聞こえた後、視界がくらくらしている感覚に陥った。

 

「お兄ちゃん!?」

「お兄さん!?」

 

 そう、一言で言い表すなら本当に「やべえ」なのである。推しと中の人を一緒にしてしまったら最後。厄介オタクの出来上がりである。それはなんとしても阻止しなくてはならない。

 そう! たとえ妹や推しに不審な目で見られようと立派なVオタたるもの浮かれてはならないのだ! 

 

 ・なんだ今の音……

 ・頭ぶつけた音がしたにゃ……

 ・何やってんだよ! 団長! 

 ・せっかくてぇてぇだったのに草生える

 ・てぇてぇを狩るオタク

 

 コメントもすごい勢いで流れて行っている。俺の突然の奇行に驚いているようだ。しかし、このままでは俺が死んでしまうのでな。許せよ……。

 

 結局この日の配信は、そのままお開きになり終了した。

 そのあと、天春さんは家にお泊りする予定だったらしく、リビングに布団を敷いてあげて、俺はビジネスホテルへ向かい、普段は飲まない酒を一人で静かに飲んでいた。死にそう。

 後日、この配信がまた急上昇に乗ったり、トレンドに入ったりしているのはご愛敬だ。

 妹のチャンネル登録者数に貢献できるのなら本望よ。

 

 と、思っていたら大岩さんからlimeが来ていた。

 何かいい本でも見つかったのだろうかと、開いてみるとそこには「保護者会配信に参加いたしませんか?」という内容だった。

 どうやら、ライバーたちの保護者ポジション。絵師や、他企業のVtuberたちが集まる催しということ。

 俺は、何も考えずに不参加にしようと、文字を打ち始めてから、俺の腕を後ろからつかんでくる存在がいた。

 

「……萌香?」

「いこ、お兄ちゃん?」

 

 ……どうやら、俺は妹に逆らえないらしい。

 

 

 シノノメ 参加します

 

 

 

 

 

 

 




どうでもいいキャラ設定

冬花旭

本名「???」
愛称「あさひさん」
好きなもの「かわいい声」
ファンネーム「冬組」

銀髪清楚すき
金髪ギャルすき


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十一話『保護者会配信』

十一話…!


 保護者会配信。

 それはトライアングル所属のVtuber達の保護者が一堂に集まる会である。

 保護者と言っても、多岐にわたり、仲良くしている他のVtuber達やキャラを描いてくれた絵師、通称ママ……。が参加する予定の配信に何故か俺も参戦していた。

 

 SNSの公式アカウントに参加者名として、秋風幽香の保護者としてお兄ちゃんという文字が書かれており、そのリプ欄はお祭り状態だ。

 

 ・お兄ちゃんがガッツリ配信するって? 

 ・有能かよ……運営……

 ・お兄ちゃんへの質問箱も開設されてんねぇ! 

 ・お兄ちゃんへ、俺と結婚してください。

 

 いや、本当の保護者が参加してどうすんのさ……。とも俺は思ったが、萌香に押し切られ、そのまま配信に参加することに……。

 

 配信会場は会社の設備を使い、その場で集まってするみたいだ。そうやって大岩さんから連絡が来た。

 お金も発生するらしく、俺はこの配信の事を仕事だと考えるようにした。お金を貰っている以上半端なことは出来ないので、初心者なりに頑張ろうと思う。

 

 てなわけで、トライアングル本社へ再び足を踏み入れた俺である。勿論、萌香も一緒だ。今日は萌香自身に収録やその他の予定はないらしく、ただ俺を待つことになるらしい。勿論、家にいたら良いんじゃないか? とも言ったが、「お兄ちゃんに何かあったら私が守らなくちゃね!」と言っていた。

 まるで、前とは別の立場だな。

 

 ロビーで待っていると、大岩さんが走ってやってきてくれた。

 

「すみません、お忙しい中参加していただきありがとうございます!」

「いえ、妹に押し切られてしまいまして……迷惑をかけるかもしれませんが……」

「大丈夫です。今回は私が司会を務めさせていただくので、リードしちゃいますね」

 

 大岩さんがサムズアップをし、俺に大丈夫だと告げる。

 ならば、大人しくリードされよう。下手に動くよりかは良さそうだ。

 

 そのあと打ち合わせ室に案内され、今回の参加メンバーと顔を合わせた。

 

 筋肉質な男性や背が俺より高い女性など、個性的なメンバーが集まっている。

 

「おお! 初めまして! お会いしとうございました!」

「初めまして、今日はよろしくお願いします」

 

 俺は筋肉質な男性と握手を交わす。良かった、かなりフレンドリーな人だ。少し緊張がほぐれた。ありがたい。

 

「わしは、【かわの】という者です! イラストレーターをやっとります! トライアングルのキャラクター制作担当しとります!」

 

 いきなりの大物だった。

 かわのさんは自己紹介してもらった通り、トライアングルのキャラクター制作を担当している方であり、そのほかにもラノベやカードゲームなどのイラストも手掛けている超一流イラストレーターだ。

 まさか、こんなムキムキの方だったなんて……。

 

 緊張の波がまだ押し寄せてくる。なるほど、妹が度々俺に助けを求めてくる時の感情はこんなのだったのか……? 

 

 そう思っていると、横から肩を少し突かれた。

 

「あの……初めまして…………わたしは……【桜乃まも】……といいます…………」

「え? ああ、初めまして」

「……ふふ、ありがとうございます……」

 

 このゆっくりとした喋りが特徴的な背の高い女性は他企業Vtuberの桜乃まもさんだ。

 アバターはピンク髪の少女であり、容姿も落ち着いた雰囲気を漂わせ、リスナーに人気のVtuberだ。他企業と言っても所属しているのは桜乃さんだけで、実質個人だと本人は言っている。リスナーからは『たった一人でトライアングルに立ち向かう女』と称されている。

 繋がりは、トライアングル全員とよくコラボしており、特に冬花旭と繋がりが深い。基本的に敬語で話す冬花旭ではあるが、この桜乃さんを前にするとラフな表情が出て、時折甘える姿が見れるという。

 

「おや、あと一人来ておりませんね」

「ああ、クロアちゃんならさっきお手洗い行っとりましたよ」

「…………待とうか……」

 

 クロアって……ああ、確かてるみんと同じ二期生のアーベントロート・クロアだったか。

 

「いや〜すまない、待たせたな!」

 

 ドアをバンッと勢いよく開け、中に入ってくる女性。背が小さくて小学生にしか見えない人だった。

 

「おや! 貴方が噂に聞く幽香先輩のお兄さんか! 我はアーベントロート・クロアじゃ! 今回は響の保護者枠として来た!」

 

 両手を腰に回して、ふんぞり返る少女。

 少し、俺は口調とかのギャップで混乱してしまう。

 

「は、初めまして、えっと……兄です。よろしくお願いします……」

「おや、口調に戸惑ってるようじゃな、これは、こうでもしとかないと、すぐにキャラ崩壊を起こしそうで怖いのでな! 仕事に入る前は必ずこのような口調にしているのじゃ! 許せ!」

 

 と、話す幼女……。ふむ、これはこの配信……一波乱起きそうだぞ……。

 

「そろそろ、配信を開始しましょう、皆さん準備をしましょうか」

 

 俺はあらかじめ用意されていた、PCの前に座り、大岩さんからスマホを渡される。使い方を説明してもらったら、俺のアバターが特別に用意されているとのことだった。

 イケメンのアバターが用意されPCの方でも表示される。

 俺の動きに合わせて、アバターが動いたり表情が喜怒哀楽出るので見ていて楽しい。

 

「おお……」

「はっは! リアクションが新鮮で面白いですなぁ!」

「……初めての……快感は……忘れられなくなる……」

「うむ! 我も初めていじったときは一日中遊んでたのぉ!」

 

 確かに、これは少しハマりそうだ。萌香が楽しんで配信をやっている気持ちが少し分かった気がする。

 

「では、配信を始めましょうか、行きますよ皆さん」

 

「あっ! はい!」

「承知した!」

「……分かった……」

「はぁい! わかりました〜!」

 

 え? 待って? 最後、なんかかわのさんの声が少しおかしかったぞ? 

 え? 女の子の声が聞こえたというか……? え? 

 

 配信の画面に表示されてキャラが一斉に映りだす。

 

 ピンク髪の少女

 銀髪のロリ

 どこぞのイケメン

 おっぱいの大きい女の人

 ショタ

 

 俺は隣にかわのさんがいた事を思い出し、横のキャラを見る。

 

 おっぱいの大きい女の人

 

 そして俺は現実でも恐る恐る横を向いてみると、丁度かわのさんが喋り始めた。

 

「こんにちは! イラストレーターのかわのですっ!」

 

 ・ママッ────! 

 ・ばぶぅ……

 ・母性の塊だよ……

 ・信じられるか? これ中身おっさんなんだぜ……? 

 ・横にいるお兄ちゃん、横見ながら目見開いてて草

 ・お兄ちゃん! 口閉じろ! 

 

 ヘッドホン越しに聞こえる可愛い声と、隣で男の人の声がハウリングする。

 え? なにこれ? 

 




どうでもいいキャラ紹介

アーベントロート・クロア

本名「???」
愛称「クロア」
好きなもの「サメ映画」
ファンネーム「こうもりさん」

常闇ノ響とデキてる

僕のTwitter↓
https://mobile.twitter.com/hasibirokou111


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十二話『保護者会配信(2)』

十二話……!


「お兄さん、挨拶を……!」

「はっ! すみません!」

 

 そうだ呆けている場合ではない。今は生配信中なのだから、しっかりしなくては! 

 

「は、始めまして! えーっと……兄です! よろしきゅ…………噛んじゃった……」

 

 俺は緊張と困惑と驚愕のあまり舌を噛み痛さに悶える。

 畜生……最初っから醜態晒しちまった……! 

 俺の目の前に出されているイケメンのアバターが俺がしかめっ面をしたら、悲しそうな表情を浮かべてしまっていた。

 俺は、反応が怖くなり、チラリとコメント欄を見たら

 

 ・かわいい

 ・かわいい

 ・は? かわいい

 ・もうこれ女の子だろ

 ・お姉ちゃんだった可能性が微レ存? 

 

 なんてコメントが流れていくのが見える。

 いや、かわのさんと違って、アバターも男だし、声も男だからお姉さんな訳ねぇだろ。

 いや、かわのさんも男だけどさ……ええ? ちょっと困惑してきた。

 

 俺が困惑した頭を捻りながら、少し収録現場を見渡す。

 すると、少し離れた所に萌香が座っており、俺と目が合った。

 

 萌香は俺と目が合うや否や、両手で拳を作り、グッとする。

 

『がんばって!』

 

 そう妹の声が聞こえたと思った。

 よし、やってやる。

 それと隣に座っているイケメンは誰ですか、後で俺に言いなさい。お兄ちゃん心配。

 

「すみません、緊張してしまって。改めまして兄です。妹がいつもお世話になってます」

 

 俺は画面に反映されないのに、画面に向かって深くお辞儀をする。

 これはいつも妹を支えてくれるファンへの感謝だ。ありがとう。妹を救ってくれて。

 

 俺が挨拶を終えるとかわのさんと同じように拍手が起こる。

 一人、萌香がすごい勢いで拍手しているのを見て、少し笑った。

 

「はい、拍手の勢いで分かるかと思いますが、幽香さんも来ております」

 

 ・888888

 ・お兄ちゃん──! 

 ・今日は立場逆転だねぇ

 ・なんか、遠くからめちゃくちゃ拍手してる音聞こえて草

 ・ゆうゆうは見学だぞ!! 

 

 大岩さんのアバターであるショタの男の子が笑顔で司会を続ける。

 桜乃さんに続き、クロアさんの自己紹介も終わり、妹の隣に座っているイケメンが同じく見学に来ている宵闇ノ響さんだそうだ。

 リアルでもイケメン系女子なんだな……。

 

 さて、未だかわのさんに慣れないまま進んじゃったけど、これどうしよう。

 ヘッドホンから聞こえてくる声と、隣から男の声が聞こえてくるせいで、非常に混乱しているのだが。

 

 どうやら、かわのさんはバ美肉というものらしい。詳しくは知らない。いつのまにか妹がカンペみたいなの持ってて、『ママはそういう人なの!』って書いてあった。

 いつのまにカンペ持たされてんだ。

 

「さて、一番最初は質問コーナーですね。リスナーの皆さまから届きました質問をいくつか読み上げさせていただきます。ではまず一つ目! 『ここ最近で嬉しかった事は?』です。まあ、お兄さんもおりますし無難なものからいきましょう」

 

 質問が出たと同時にかわのさんが手をあげる。

 

「お兄ちゃんに会えたことかなっ」

「ぶふっ!!!???」

 

 なんちゅうこと言ってんだ! この人! きゃぴっからのウインクしてんじゃねぇよ! アバターが可愛いのに、中身見えてるせいで台無しだよ! 

 

 ・草

 ・草

 ・お兄ちゃん荒ぶってて草

 ・on……♂

 

「ありがとうございます」

 

 大岩さんが急に目をキラキラさせて、拝みながらかわのさんにお辞儀をする。

 待って、今すぐそのキラキラした目を止めなさい。怖いですよ。今後の付き合いを考えなければなりませんよ? 

 

「は、はは……えーっと……どうしたらいいですかね?」

 

 俺は思わず、隣の桜乃さんに助けを求める。ちなみにクロアさんは盛大に笑って、妹はとんでもない顔した瞬間、椅子から立ち響さんに抑えられていた。

 

「えっと…………そうですね……私は旭ちゃんに……ママって言ってもらえた事……かな」

 

 おお、さすがプロだ。この状況にも関わらず、てぇてぇ話をぶっ込んできたぞ。これはコメントもてぇてぇで溢れているに違いない。

 

 ・いつもの

 ・知ってた

 ・精神年齢5歳。旭ちゃん

 フユバナアサヒ 待って

 ・周知の事実やぞ

 ・やはり幼女

 

 そうだったのか……なんか聞いちゃいけないものを聞いた気がしたな……。

 というよりいつものことって、どれだけ旭さんは桜乃さんに甘えてるんだ。

 

「そうじゃのぉ……我は、響と同棲しとるんじゃが……たまたま響が前に我が食べたいと言っていたスイーツを買って来てくれての、それが一番嬉しかったわ」

 

 ・これが本当のてぇてぇだよ

 ・同棲……!? 同棲と言ったか!? 

 ・シェアルームじゃなくて同棲だぞ

 ・切り抜き

 

 響さんが奥の方で頭を照れながら掻いていた。その横で妹が茶化すように肘でツンツンしている。おいおい、妹がいつのまにか初対面と思しき人と馴染んでるぞ……。イケメンか!? イケメンだからか!? 

 おっと、響さんは女の人だった。

 

「お兄さんは何かありますか?」

「ああ、俺は……妹が笑ってる事ですかね」

 

 ・妹思い……

 ・お兄ちゃん……

 ・やはり俺と結婚するしか……

 ・くそっ! 俺が貰ってやるしかないか! 

 ・ゆうゆう! 俺にお兄ちゃんを下さい! 

 

 なんでコイツらはすぐに俺と結婚したがるんだ。俺は妹さえそばにいてくれたらそれでいいんだよ。

 誰とも結婚する気ねぇよ……。

 

「いやぁ、いいですねぇ……てぇてぇですね……ちなみに僕は好きなBLがはちゃめちゃにエッチだった事です」

「えっ、それ後で教えてもらっていいですか?」

「いいですよぉ! さて、次の質問ですが」

 

 ・いいのか

 ・流すな

 ・お兄ちゃん……? 

 ・草

 ・このショタとイケメン……

 

「次は『好きなもの』です!」

 

「娘たち」

「妹」

「あんぱん」

「ツインヘッドシャーク」

 

「はい! 即答でした! 私……僕はもちろんBL!」

 

 ・早い! 

 ・クロアちゃんの癖がすごい! 

 ・ええ……

 ・さくのん……あんぱんって……もっと他にあったでしょ……

 

「あんぱん……あれがないと生きてけない……糖分……」

 

 それから皆が次々に繰り出される質問に答えていく中で、俺は場をなんとか繋いでいき、ようやく最後の質問になった。

 

「さて、これで最後の質問です『ここ最近ハマっているVは?』お兄さんは照美さん以外でお願いします!」

「ぐっ! てるみん以外ほとんど見てないです……」

「あー、我の最近ハマってるVかぁ……」

「うーん、私も一人思いついているんですけど、個人の方なんですよねぇ」

「…………私も……」

 

 全員が全員、頭を捻り出す。

 個人のVか……そういや、俺は個人さんには殆ど触れていないな。妹はどうなんだろうか……とふと、妹に目線をやると、興奮したようにカンペを持っていた。

 

 うん? 何々? 黒鞠コロン? へーそんな人がいるんだなぁ。

 

 俺がジッと見ていたので、みんなも気になったのか、萌香の方へ全員目線を送る。

 そして、かわのさんも桜乃さんもクロアさんも驚愕したような顔になる。

 

 ん? どうしたんだ? みんなビックリして

 

「はー、まさかこんな偶然が起こるとはのぉ」

「え? もしかしてクロアちゃんも?」

「…………あ……二人とも……その反応だと同じ人だね…………」

 

 なんなのだろうか、三人とも目を合わせて。

 

「それでは一斉にどうぞ!」

 

「「「黒鞠コロンさん」」」

 

 ・誰? 

 ・誰? 

 ・えっ……まさかの! 誰? 

 ・誰も知らなくて草

 

 




どうでもいいキャラ紹介

宵闇ノ響

本名「???」
愛称「王子」
好きなもの「小さくて可愛い子」
ファンネーム「眷属」

アーベントロート・クロアとデキてる

僕のTwitter↓
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十三話『保護者配信とその後』

 全員が全員、コメントで黒鞠コロンって誰って言っている。そりゃそうだろう。俺もそんなVtuberは知らないので相当マイナーな方なんだろう。

 

「いやー私にとってイラストレーターと言えば黒鞠コロンさんなんですよねぇ」

 

 かわのさんがしみじみと言い始める。どうやら黒鞠さんは、売れないイラストレーターをやっているようだが、知る人ぞ知る人みたいだった。

 そんな彼女がここ最近、というかトライアングルが出来る前にVtuberを始めたみたいで、そこまで登録者は伸びていないようだった。

 コメント欄の方も見てみると、概ね、誰? という評価しかなかった。

 

「彼女のイラストを見たとき……なんというかこう下品なんですが……ふふ……下品なんでやめときますね」

「なんでやねん」

 

 思わずツッコミを入れてしまった。

 いや、そこまで言ったんだったら言おうぜ。あの名言を。

 

「私は……なんというか…………初めて見たとき…………衝撃だった……かわいい……」

 

 桜乃さんは桜乃さんですごい乙女の顔をし始める。

 それはもう恋をした少女みたいに頬染めてうっとりと……。

 すごいな黒鞠さんとやら、ここまでの大物たちが尊敬するというのだ。

 俺も帰ったら見てみよう。

 

「うむ……なんというか我は黒鞠ちゃんがからかわれているのを見て、我もこんな配信にしたいと思ったな……あの空気感を素で作り出せるのは正直凄いと思うぞ。なぜ日の目を見ないのか不思議な程である」

 

 すげぇ……なんか分析しているんですけど……。これがプロ意識が高いと言うやつか……。

 クロアさんは配信に文字通り命をかけているんだなと素直に思った。

 ふむ、これはますます興味が出てきたな。

 

 帰ったら絶対見よ(使命感)

 

 ・みんながそこまで言うなんてな……

 ・見たいぞ

 ・気になってきた

 ・チャンネル登録してきた

 ・ああ……黒鞠さんか……なんか有名人しか登録していないって噂が流れてるけど……

 ・↑それはないでしょ

 

 俺はチラッと妹の方を見る。

 妹もかなり興奮しているようで、うんうんと首を縦に振っていた。かわいい。

 

「お兄さん顔にやけてますよ」

「えっ!? す、すみません……」

 

 大岩さんに言われて見てみると、アバターもかなりにやけていた。

 うおっと、これはなかなか気持ちが悪い。流石にこの顔はイケメンと言えどもダメだろう。

 

 ・草

 ・なんだその顔wwwww

 ・にやけ面初めて見たゾ

 ・何見てにやけてんですかねぇ……? 

 

「いや……妹を……」

 

 ・ええ……? 

 ・シスコンにも程がある……

 ・ゆうゆう、顔赤くなってそう

 

「はは、実際赤くなってますよ」

 

 大岩さんが爆弾を投下する。

 あっ……この流れ……。

 

 ・草

 ・草

 ・危ない兄妹

 ・事案? 

 ・秩序……乱してる……? 

 ・風紀乱れてんなぁ? 

 ・兄妹で……ヤベェよヤベェよ……

 

 クッソ! 案の定コメントが爆速で流れていきやがる! 

 

 その後、この配信の切り抜き動画が大量に作られたことはご愛嬌であった。

 

 一応その後、配信は自身のパートナーの一番可愛いところを言っていき、吹っ切れた俺はかなり熱弁したので、最終的に妹は茹で蛸になっていた。

 しかし、凄いのは後の三人。

 

 トライアングル全体のライバーの良いところ一個づつ言った完全無敵ママ(男)

 

 冬花旭の可愛いところを、いつもならゆっくりとした喋りでいたのに、急に早口になる桜乃さん。

 

 同棲の話が生々しすぎて、ガチ疑惑が出たクロアさん。

 

 しかし……! 

 

「私はBLは確かに生々しいのは好きなんですけど、やはり、純愛系を軸にストーリー展開が素晴らしいBLが大好きで、最終的に障害を乗り越えた二人が苦節の上に結ばれるという展開が大好きなんですよ……! しかし……地雷が一つだけあって……それが死ネタで……推しキャラを勝手に殺すな(ry」

 

「「「「やべえ」」」」

 

 不用意にBLの話を振ったら止まらなくなってしまったショタ(腐女子)が一番ヤベー奴として評価を受け、配信は終了した。

 

 ────

 

「さて……」

 

 今日の配信がなんとか終わり、家に帰りようやく一息ついた頃だった。

 一応ギャラも貰って財布も潤ったので俺のキャラが完全なるシスコンとなってしまった以外はOKだ。

 

 それと今日の配信で出てきた黒鞠コロン。あれだけ多勢の人が絶賛していたんだ。気になるに決まっている。

 俺は黒鞠コロンと調べ、配信のページに行く。どうやら丁度配信をやっていたようだ。

 

 かなり盛況しているみたいで、同接が一万に行っていた。

 

『んにゃははははは! 今日はいっぱい人来てて楽しいにゃ──!』

 

 ・調子に乗るなおばさん

 ・どうせ一時の盛り上がりで、この先本性が分かって登録者は減る

 ・可愛いです! 

 ・↑何も知らない視聴者め……楽しんで生きたまえ……! 

 

『おい! 変な事教えんな! 私は可愛いんだよ! 後、お姉さん! ぶちとばすぞわれ』

 

 ・「にゃ」忘れてんぞ

 ・キャラを守れ

 ・調子に乗るなゲップおばさん

 

『変なあだ名つけんにゃ!? おばさんはまだいいけど! ゲップつけたらそれはただの悪口にゃ!』

 

 ・おばさんはいいのか……

 ・やばい……なんだろう癖になる……

 ・やーい語尾にゃんゲップおばさーん! 

 

『信じられにゃい……これが同接一万人の民度にゃ……』

 

 ・お前の深層心理やぞ

 ・リスナーは配信者に似るってあれ程……

 ・調子のんなおばさん

 

『あばぁぁぁぁぁぁぁぁ!?? お・ね・え・さ・ん! にゃ! ぶちとばすぞわれ!』

 

 さて……ここまで配信を見たわけだが……。

 この声……どっかで聞いたことがある。いや、確実に聞いている。それも結構馴染み深い声だった。

 俺は震える手で、スマホを取り出す……。

 

 いや、そんな訳がない……。だって……! 

 

『40歳前半の女性が語尾に「にゃん」をつけて猫耳美少女アバターでアイドル配信をしている』なんて……! 

 

 俺は……! 絶対に信じない! 

 確かにあの人は口癖が『ぶちとばすぞわれ』だ。だけど、そんなのは偶然だ。

 

 俺は震える指で、お姉さん。本名「草鞠冴(くさまりさえ)」の携帯に通話をかけた。

 これで……! 全てがわかるはず……! 

 

『ピロン♪』

 

 配信の画面から電話のかかってきた音が聞こえる。

 俺は思わず、スマホを床に落としてしまう。

 

 ……バカな……こんな事が……! 

 

『んにゃっは!? ああ……なんだ……甥かぁ……』

 

 ・草

 ・甥……? 

 ・やはりおばさん……? 

 ・おばさんじゃねーか! 

 

『んがぁああああ! もう配信やめる! お疲れ! にゃん!』

 

 配信が終わった後、俺のスマホが通話画面に切り替わる。

 俺は恐る恐る、スマホを拾い耳に当てた。

 

「んん、どうした純? なんか用か?」

「…………黒鞠コロン」

「…………!??!?!?」

「説明を……してもらいましょうか……お姉さん?」

「…………」

 

 地獄の夜が今始まる。

 

 

 



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十四話『死んにゃ』

「……スゥ──ー……ふぅ……」

 

 これは……慎重な質問にならざるをえない。

 恐らく、お姉さんには大ダメージだし、俺もかなりダメージを負っている。

 さっき、携帯から動揺のあまり、声にならない声が聞こえた。魂の叫びだった。

 

「……お姉さん……やってるんですね?」

 

 取り敢えず、何を? とは聞かない。俺にも心の準備というものがいる。

 それをしなくては死んでしまうのだ。多分、両方。

 

「…………」

 

 重たく沈黙が続く。お姉さんと話していて、ここまで沈黙が続いたのは初めてだ。今思い返すと、妹のことで相談したり、家の事とかの話しかお姉さんとはしていない。だからこういう話題になった時どうすればいいのか分からない。

 

 まずはお姉さんのスペックをおさらいしてみよう。

 

 俺たちの保護者になってくれた人で、この家は元々お姉さんの物だった家だ。それを俺たちに無料で貸してくれている。

 お姉さんと母さんは不動産屋の娘であったが、祖母と祖父は既に他界。この家のみお姉さんの手元に残ったらしい。

 

 そして、なんといっても男勝りな性格。

 姉御肌なお姉さんはサバサバとしているが、必要以上に俺たちに干渉はしてこず、しかしちゃんと気にかけてくれた人。

 周りが信用できない大人の中、唯一信用していた大人だ。

 

 職業は画家。

 芸術が好きらしく、絵を描いてなんとか生計を立てているみたいだ。

 基本は風景画しか描かない人だったのだが……。

 後は絵画教室の非常勤講師をやっている。

 

 そして、伯母さんと言うと激怒する。

 40前半なんだからもうちょっと融通を利かせて欲しい。

 

「……」

 

 まだ、重たい空気が流れる。

 クソっ! 早くゲロって楽になってくれ! 頼む! 俺まで死んでしまいそうだ! 

 もう状況証拠はバッチリなんだ……! 後は犯人の自白があれば! 俺も! お姉さんも! お互い致命傷を負うが生きていける! 

 頼む……! 早く! 喋ってしまえ! 

 

「く、黒鞠コロン……ってなんのことだ……?」

 

 !?!?!? 

 バカなっ!? ここでシラを切るつもりか!? ここまできて往生際の悪い! 

 声が震えてんの分かってんだぞ! 

 

「……お姉さん……もうダメです……全部……! 全部分かってしまいました……!」

「……ふ、ふひひ……そ、そんな訳……」

「配信……見てました」

「」

 

 あ、死んだわ。

 電話の向こうで魂の抜けた音が聞こえたわ。

 

「…………取り敢えず……話してくれますね?」

「……わ、私だって……」

 

 電話の向こうでボソボソと声が聞こえる。

 何を言っているのだ? 声が遠くてよく分からん。あまりの放心状態に携帯を耳から離しているんじゃないだろうな? いや、どうもそうらしい。

 

「私だって…………!」

 

 その瞬間、俺の鼓膜が大きく揺さぶられるほどの大きな声が耳から突き抜けていった。

 

「私だって! アイドルになりたかったんだよおおおおおおおおおおおお!!!」

「あああああぁぁあぁ!」

 

 めちゃくちゃ耳が痛い! なんだ!? アイドルになりたかっただと!? 

 ……その結果がアレ? 

 語尾ににゃんをつけているアレ!? 

 

 ウッソだろおい! 

 

「……昔からアイドルになりたくて……若い頃は色々やってたけど……今じゃもう無理な事がわかって……クソっ……!」

 

 おいおいおい、嘘だろ……今度は机叩き出して泣き始めた。泣きたいのは俺だよ。

 あーあ、何やってんだろう俺、好きでこんな事になってる訳じゃないのにさ。

 まさかの大事故だよ。全治5ヶ月だよ。

 こんな事になるなら見て見ぬふりをすればよかった……。なんて考えても後の祭り。

 

 取り敢えず、電話の向こうで暴走するお姉さんを慰めに入ったのであった。

 

 ────

 

「落ちつきました?」

「……わりかし」

 

 電話越しにライターの音が聞こえ、息を吐く音が聞こえた。どうやらタバコを吸い始めたみたいだ。

 タバコを吸うまでの落ち着きを取り戻した事に俺はホッとする。

 

「取り敢えず、後の事なんですけど……」

「なあ……萌香は知ってんのかな。あの配信で私の名前を出したって聞いたけど」

「……分かりません、でも一ファンみたいな事は言ってましたよ」

「……そっかぁー……はあ、まあ萌香にバレてないんだったらそれで良いわ」

 

 なにかと諦めたような声を出すお姉さん。

 恐らく今は椅子にもたれて死んだ目をしているのだろう。

 

 それからお姉さんはポツリと話し始めた。

 どうやらお姉さんと母さんは地下アイドルをやっていたみたいで、姉妹ユニットとして頑張っていたみたいだった。

 しかし、売れない中、母さんが父さんと結婚して、俺たちが生まれた。

 

 お姉さん一人でアイドルは続けていたらしいが、30を超えたあたりで引退を余儀なくされ、後は俺たちを引き取るなどして生活していた。

 そんな中、配信というものに出会い。お姉さんも最初は風景画を描く配信をやっていたみたいだ。

 

 その後にキャラ絵を描いてみたり、自分で描いたキャラを画面に出しながら喋っていたらいつのまにかVの仲間入りを果たしていたらしい。

 そしてあの黒鞠コロンが生まれた……と。

 

「……まあ、それなりに楽しいよ。今は人来すぎだけど」

「でも、凄いじゃないですか。あれだけの人を笑顔に出来るなんて」

「はは、そういうもんかね。まあ、あの人たちに褒められて悪い気はしないね」

「……俺にバレたからって辞めないでくださいよ。辞められたら妹が悲しむんで」

「はっ! 辞めねーよ! ……で気になってたんだけど……お前ら兄妹ってどんな関係なの? 側から見て恋人にしか見えねーんだけど」

 

「んな訳ねーだろ、伯母さん」

 

「お姉さんにゃ! ぶちとばすぞわれ! …………あ」

 

 最後にお決まりの言葉を吐いて、お姉さんは通話を切る。というか俺から切った。

「にゃ」は……流石に……キツイ。

 

 




中王区かっこよかった。

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十五話『旭』

十五話…遅くなっちゃった…。
冬花旭回です。


 私には何もなかった。

 頭もさほど良くなければ、運動もさして出来ない。親にも何も期待などされておらず、一個上の兄には冷たい目線で見られる毎日。

 

 だから私は自らを着飾って、周りを威圧していたのだろうか。

 気づけば髪は金に染め、耳にはピアスを開けた。

 親は最初はビックリしていたけど、私には何も興味はないようで、すぐに見向きもしなくなった。

 

 そうやって着飾って生きてきた代償として周りからは問題児として扱われ、私の周りに寄ってくる人間は私と同じようなロクでもない人間ばっかりだった。

 私の周りで大きな声で騒ぐ女子たち。正直言って苦手だった。

 でも、ここまできたらどうしようも無くなって、引き下がれなくなって、私はこの状況を甘んじて受け入れてしまっていた。

 

 しかし、そんな私にも転機となる日が訪れた。

 私は周りには隠しているが、オタク趣味を持っている。美少女アニメを見て、更には周りの目を掻い潜って美少女ゲームまで買っている筋金入りだ。

 ゲームの中の女子は良い。みんないい子だし、キラキラしてて、それでいて優しい世界。

 

 主人公の男の子と恋愛をして最終的には結ばれる。そんな青春を私はゲームの中で過ごしていた。

 

 そして、私はいつものようにゲームの新作発表をMytubeで見ようと思っていた時のことだった。

 ちょっとした配信が私の目に飛び込んできた。

 名前は『黒鞠コロン』という二次元の美少女アバターを使って配信する、所謂、Mytuberというやつだった。

 

『いや〜私も、トライアングルのオーディション受けようかにゃ〜』

 

 ・お前には無理だ

 ・諦めろ

 ・年齢を考えろ

 

『なんてこというにゃ』

 

 思わず吹いてしまった。

 その人はリスナーとの掛け合いも面白く、イジリに対して適確なツッコミを入れるのが上手く、笑ってしまった。

 

「凄い……! すっごく面白そう……!」

 

 その時の私は目を輝かせていたと思う。

 私は元々配信者というものに興味はあった。しかし、顔を出すのがネックで、声だけとも考えたこともあったが、色々あり断念していたのだが……! 

 

「やってみたい」

 

 もしかしたら私は、この時生まれて初めて自発的に行動できたのかもしれない。

 配信のやり方を学び、機材もゲームを買うために貯めていたお金で買った。ゲームが出来なくなってしまったのは非常に残念だが、それでも私は止まれない。

 

 黒鞠さんが言っていた『トライアングル』というVtuber事務所にまずは所属するという事を目標に立てた。

 声のチェックを欠かさず行い、どの声が、一番透き通るように聞こえるかどうか日々鍛錬した。

 

 トライアングルのHPに三人のキャラクターが公開されているが、私が取りに行くキャラは『冬花旭』というキャラ。

 私はこの冬花旭を見た瞬間、ビビッときた。性癖にぶっ刺さったのだ。

 理由はそれだけで十分。後はおこがましいようだが、私は旭を見た瞬間『旭は私だ』そう確信したのだ。

 

 どうせ親は私のやる事にケチはつけない。そもそも興味がないからだ。

 なので私は問答無用で、オーディション用ボイスを事務所へ送りつけ、二次面接まで漕ぎ着けた。

 

「よし……、これでキメる!」

 

 通話面談と、直接会って面接をする二つに分かれたが、私はもちろん後者を選んだ。

 恐らくその方が、印象もいいだろうし、会って直接話した方が私のことも伝わりやすい。

 

 問題は私の容姿だ。無駄にギャルっぽい風貌なので冷やかしかと思われてしまいそうで怖い。

 と言っても、今の私には容姿を戻すだけのお金は無かった。くっ! 後先考えないで行動した結果がこれか! 

 

 なので私はせめて服装はと思い、スーツ姿で面接に臨んだのであった。

 重苦しい雰囲気の中、なんだか偉い人たちの前でよく、話せたなと思う。

 まあ、途中で何を話していたのか分かんなくなっちゃったけど。

 

 落ちたかなぁと思った。

 でも、私はやってのけたのだ。

 

 その後きた通知は合格。

 私は両手を上げて喜んだ。嬉しい! 嬉しすぎる! 

 そうだ! 私が冬花旭だ! やったー! 

 

 と、思ったのも束の間。私以外のデビューする人たちがサンプルボイスを出し、自己紹介動画を上げていた。

 一人では常夏燕。すごく元気いっぱいで、アバターからも伝わる、私と違う本物の陽キャオーラ。

 第一声も「よーっす!」で始まり、みんな親近感を覚えやすい子。

 

 もう一人は秋風幽香。

 この子はキャラと声が本当に一致している。まるで演じている人間が居ないかのよう。あまりにも自然で、完全に秋風幽香として独立していた。

 

 急に不安になってくる。

 本当に私で良かったのだろうか。私はこれからVtuberとしてこんな凄い二人の間でやっていけるのだろうか。

 

 しかし、そんな不安も無用だった。二人もどうやら私と同じことを考えていたみたいで、初めての通話の時言っていた。

 私たちは笑い合う。

 この時思った。

 

 この二人となら何処までも……! 

 

 

 




引退ってすごく悲しいことだよね。

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十六話『旭』2

長い間待たせてしまって申し訳なかったです。
理由は単純に私生活で新環境になったため忙しかったからなのと、とあるYouTuberさんのシナリオを担当していたためです。

というか……あの…10000人って数字バグってませんか?(恐怖)


 Vtuberとしてデビューを果たした私は、だいぶ配信にも慣れてきた。冬花旭はトライアングルのセンターを飾っているキャラクターということもあり、私はかなりプレッシャーを感じていた。

 

 初配信は燕がトップバッターを飾り、視聴者たちは新たな風に期待を寄せているようだった。

 次は私の番、どうすればセンターとして恥ずかしくない、かつ、面白い配信ができるだろうか。

 私はノートを広げて上から順にどのようにすればいいか作戦を書いていく。

 

 上から順に可愛い系で行くか、それとも燕みたいにテンションマックスで行くか。いや、本当は最初から決めているのだ。

 私はVtuberの中でもかなり難しい、【清楚】というキャラをやってみたいと思っている。

 清楚というキャラ付けはかなり難しく、後の配信で、かなりデメリットを被ってしまうほど難しい設定だ。

 つい、本性が露骨に出てしまってり汚いことを言ってしまうと、その時点でそれはもう清楚ではない。

 

 しかし私は清楚というものに憧れてきた。

 もっぱら買うギャルゲーだって真っ先に清楚な女の子から攻略するし、何より、私自身が清楚というキャラにすごく憧れている。

 

 私は心の中で決心するのだった。

 

「完璧な清楚を演じきってみせる!」

 

 私がVtuberを引退するその日まで! 

 

 ───

 

 結論、無理でした。

 いや、初配信、初配信から数ヶ月は大丈夫だったのよ。

 しかし、その数ヶ月の間、仲良くなったVtuberの人がいて、桜乃まもちゃんっていう人なんだけど。その人がものすごく私好みの女の子で、ついつい配信でイチャイチャしていたら、ポロッと「ママ……」って言ってしまったのだ。

 

 その時の配信のコメときたら大騒ぎで、私の属性に「幼女」っていう属性が付け加えられてしまった。

 まもちゃんもまもちゃんだ、「……ふふ、はぁい、ママですよ〜」ってイヤホン越しに言われて、溶けそうになってしまった。

 

 くっそ〜! 私は清楚っていう属性が有ればそれでいいのに! 

 はあ……私には難しかったのかな? 

 

 私は学校でも、ノートを広げてこれからの配信についてや、内容などどうすればいいか書き加えていた。

 そんな時だった。

 

「朱里〜、今日カラオケ行くんだけど、朱里も行かない?」

「あ〜……私はパス。いいや」

「……ねえ、なんだか朱里、ここ最近付き合い悪くない?」

「あはは、ごめんね。ちょっとここ最近忙しくて」

「ふぅん、ま、いいけど」

 

 友達の……いや、友達と言っていいのか分からない付き合いの人間に冷たい目で見られた。

 Vtuber活動をしていく中で、どうしても学生だと忙しく、人付き合いが疎かになってしまう。

 私はだんだん、学校での人付き合いをしなくなっていった。

 それは私にとっても良かったのかもしれない。元はといえば、望まない人付き合いだったのだ。

 

 それにこんな格好をしているので、寄ってくる男も男だった。

 ニヤついた顔で近づいて来て、私の体に触れようとしてくる。どうせ、こんな格好しているからビッチなんだろうと決めつけている顔だ。

 ワンチャンあるとか心の中で思っているのだろう。

 

 本当に嫌だ。早く、私の理想の世界に戻らなくちゃ。

 

 




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十七話『旭』3

 今日は事務所に呼ばれて、収録する日がやってきていた。

 今日の収録は初めて、一期生のみんなと顔を合わせるという事でかなり緊張している。

 そういえば、トライアングルもかなり大きな箱になったと思われる。もちろんトライアングル以外にも活躍している箱もいるが、vtuberといえば、トライアングルとチラホラ、SNSでも言われているのを確認した。

 

 二期生も入り、今では三期生もここ最近デビューした。このままいけば、トライアングルで、トップも狙えるかもしれない。

 

 私は密かな手応えを掴んでいた。

 

 と、思っていたら。

 

「まさか、電車が遅れてるなんて……」

 

 私は収録ギリギリの時間に事務所へやってきた。

 もう、二人は入っているだろうか。いや入ってるだろうなぁ。

 兎に角急がねば。

 

 私はやめとけばいいのに、事務所の中を走るとまではいかないが、かなり素早く移動していた。

 曲がり角も、注意せずにそのまま行ってしまい、私は人にぶつかってしまう。

 やってしまった。急いでいたので注意力が散漫になっていた。

 

「あっ! す、すみません! 急いでたもので!」

「いえ、大丈夫ですがお怪我は?」

「大丈夫です! どこも痛く……あれ? 足首が……」

 

 私の足首に、鈍痛が走る。

 どうやらぶつかってしまった拍子に捻ってしまった。私は顔が真っ青になる。

 このままでは収録どころの話ではない。大岩さんには遅れると言っているが、それでも捻挫なんて。

 

「失礼、触りますよ」

「だ、大丈夫です……」

「……ああ、赤くなどはなっていないので、少し捻ってしまったみたいですね。ちょっと待っててください」

 

 男の人は私をなんとか、自販機の近くにある椅子まで座らせてくれて、足の状態を見てくれる。

 触る前に一声掛けてくれるので、恐らく悪い人ではないのだろう。

 私は男の人は少し苦手だ。周りに集まってくる男が、似たような奴らばっかりなので、少し警戒してしまう。

 

 そして、この人の顔……すごく綺麗だ……。

 切長の二重の目に、シュッとした鼻筋。それにスーツを着ているのですごく大人っぽく見える。

 それは、まるで少女漫画の中に出てくるイケメンのヒーローのような人だった。

 

「どうでしょうか?」

「あっ、少し楽になりました」

「それは良かった、それと急ぎだったようなのですが大丈夫ですか?」

「あ! 早く収録に戻らなくちゃ!」

「おっと! 立ち上がらないで!」

「う、ごめんなさい……」

 

 男の人は自販機で冷たい水を買ってきてくれて、私の足首に当てる。

 冷たくて、熱を持っていた足がスッと冷えていって気持ちいい。

 

 そして私は男の人の一言で収録がある事を思い出して、急に立ち上がろうとして諌められてしまう。

 うう……ごめんなさい。

 

「もしよかったら肩を貸しましょうか? その足では思うように動かないでしょう」

「えっ、良いんですか?」

「勿論」

 

 男の人は優しい笑顔で、そう言って私に手を差し伸べてくれる。

 そうだ、これ以上遅刻するわけにはいかない。私は少し悩んで、肩を借りることにし、手を握った。

 

 男の人の手はあったかくて、それでいて力強い。

 

 ───そしてその手は、少し震えていた。

 

 

 




ここ最近、ぺこムナがキテて、日々切り抜きを見る毎日です。
満たされてる気持ちになって、とても幸せなので、嫌なことがあった日は視聴するのをお勧めします。

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十八話『旭』4

さみい


 あの人に出会ってから数日が経った。

 お兄さんは幽香ちゃんのお兄さんであり、たびたび、配信で話していた事を思い出す。幽香ちゃんが、本当に愛おしそうに話すので、印象に残っていた。

 そして、私も初めて会って、この人は他の男の人とは違うとも思った。

 

 何故か、毎日のようにお兄さんの顔が頭の中で浮かんでは消えたりを繰り返している。

 お兄さんの事を思い出すと、顔も熱くなったりして……って、まさか……いやいや、そんな訳ないよね。

 

 それと妙に、私に差し出してくれた手が震えていたことが気がかりである。

 お兄さんはもしかしたら、女の人に慣れていないのかもしれない。そんな中、私に声をかけてくれて……本当に優しい人だ。

 

 私はいつもの様に、配信ソフトを立ち上げ、予告ツイートをして、配信を始める。

 ちょっとした準備を終えた後、今日の雑談が始まった。

 

「こんにちは、みんな見えてる?」

 

 ・ママ〜! 

 ・バブゥ……

 ・幼女姉貴こんにちは! 

 

「うーん、相変わらずのコメントだね……」

 

 ・もっと引いて

 ・引かれるの気持ちいいですね

 ・もっと蔑んで

 ・上からお願いします

 

 何故か、私の配信にはドMの人たちが集まっている。

 まあ、それほど需要があると言うことだろう。

 

 雑談で、今日の箱の現状や、この子がかわいいねとか、今、どんなゲームしてるとか話を進めていくうちに、ある話題が出てくる。

 

 ・そういえば、保護者会配信お兄ちゃんが出るんだってね

 ・まもちゃんもでしょ? 

 

「うん、まもちゃんも出てくるし、幽香ちゃんのお兄さんも出てくるんでしょ? 凄いよね」

 

 ・お兄ちゃんは一般人な訳だしなぁ

 ・あれが一般人な訳ないだろ! いい加減にしろ! 

 ・絶対、声優とかやってた声だって

 

 お兄さんに関して、さまざまな憶測が流れる。

 みんな、妄想でああだこうだと言っているのでお兄さんには実害はないはずだが、私はその話題を早々に打ち切った。

 

 何故だろうか、お兄さんという単語が出てくるたびに、あの優しい顔が頭に浮かんできて、どうしようもなくなっちゃうのだ。

 

「はい! そろそろいい時間だし、今日の雑談はここまで! さっきも話題に出てた様に、来週、保護者会配信があります! 公式チャンネルにて放送予定なので、見てくださいね!」

 

 そして、来週になり、保護者会配信が始まる。

 マネージャーの大岩さんが司会を務め、ゲストで、お兄さん、かわのママ、まもちゃん、クロアちゃん。

 

 たびたび、まもちゃんがお兄さんの前で私の恥ずかしい話を話すので、我慢できずに顔を真っ赤にして「まって」など、コメントを送った。

 というより、本当にお兄さんはカッコいい声をしている。特別に作られたキャラクターがそのまま喋っているみたいに違和感がないのだ。

 私たちは、少なからず、演技をしなくては理想のキャラクターに近づけない。なので、そこを長時間配信でも最初に作ったキャラがブレない様に意識している。

 

 でも、お兄さんは地声でキャラとシンクロしており、まるで違和感がない。

 羨ましいのと同時に、なぜ配信をしないのだろうか不思議でならなかった。

 

 

 その後も続き、好きなVtuberの話になった時に、全員が『黒鞠コロン』という、私のV活動のきっかけともなったVtuberの名前を挙げていて私もかなりびっくりしたり、私も充実した面白い配信だった。

 

 それと、ちょっとお兄さんの事も知れて良かったと思う。まさか、腐男子だったとは……。

 

 さて、このあとは私の配信だ。

 気合を入れるために、私は一階にある、冷蔵庫からジュースを取りに行こうとした矢先だった。

 

「朱里」

「……なに?」

 

 私の兄貴が話しかけてきた。

 兄貴が話しかけてくるのは、2年振りだ。それほど、私たちは会話をしていない。

 

 長い前髪で隠された鋭い目付きが不気味で怖い。

 

「これ、お前か?」

 

 そう言って差し出してきたのは冬花旭のアーカイブ。

 ……バレたか。そもそも、隠し通すなど無理があったのだ。いずれバレる。私は覚悟していた。

 

「そうだけど、兄貴に関係ないじゃん」

「なあ……なんで断りもなく、こんな事を始めた?」

「だから! 関係ないって」

 

 バシィと鈍い音が廊下に鳴り響く。

 なんで……? 私は今、誰に叩かれた? 

 

「俺が今話しているだろうが! お前は口を出すんじゃねぇ!」

 

 兄貴の怒号が、響き渡る。

 これでは、親が来てしまうかとも思ったが、二人は仕事でいない。

 この家には、私と兄貴しかいない。

 

 兄貴は乱暴に私の胸ぐらを掴み、壁に押し当てる。

 

「なあ、だからなんで、勝手にこんなくだらない事を始めた?」

 

 兄貴の目は血走っている。

 怖い……

 怖い……

 

 何故? なんで兄貴はこんなに怒っているの? 私に興味ないんじゃないの? 

 

 苦しい……。

 

「なあ!」

「離してよっ!」

 

 私は兄貴を思いっきり押しのけ、玄関へ走り、外へ逃げた。

 行く宛もないのに、私は外に走った。

 怖い……

 怖い……! 

 誰か……! 誰か助けてよ……! 

 

 私は走り疲れて、その場に蹲る。

 体の震えが止まらない。

 

 止まったと同時に、涙が出てきて、私は声を抑えて泣いた。

 

 どうしてだろう……。私はなんでこんな目に遭わなきゃいけないんだろう。

 

 ……誰か……。

 

「君は……冬花さん?」

 

 私の前で、私のVの名前を出して、呼んでくれる人がいた。

 顔を上げると、そこにはお兄さんが心配そうな顔で私を見ていた。

 

 




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実は小説家になろうの方でも上げてるんですよ。これ。なんか日間ランキング入っててビックリしたよね。


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十九話『旭』5

 私は涙目になりながら、お兄さんの顔を見る。

 するとお兄さんは心配そうな顔から、真剣な表情に変わり、私に手を差し伸べてくれた。

 私は、震えながらもお兄さんの手を取り立ち上がる。

 

「何があったのかは見当が付かないけど、取り敢えず家に来なさい」

 

 お兄さんは私の手を取って歩き出す。

 その背中はとても頼もしく見えた。

 

 ────

 

 私はお兄さんの家に入り暖かく迎えられた。

 そこには幽香ちゃんもいて、私の心配をしてくれている。

 

「大丈夫? 旭ちゃん」

「う、うん」

 

 私は少し震えながら、手を組む。

 幽香ちゃんが私の事を抱き寄せてくれた。

 この兄妹は本当に優しい。さっきまでの怖い思いが嘘みたいだ。

 

「どうぞ」

 

 お兄さんが私に温かいココアを差し出す。

 本当に温かい。…………もう一回涙が出てきた。

 

「……何があったのかは……聞かない方がいいかな?」

「……」

「そっか……うん、今日は泊まっていきなさい」

「え!? そんな、悪いです……」

「……喧嘩か何かしちゃったんでしょ?」

「!」

「首元。掴まれた跡があるよ」

 

 お兄さんは自分の首元に指を刺す。

 私はリビングの近くにあった姿鏡を見た。確かに赤くなっている。あの時に……。

 私はまたその事を思い出して、怖くなってしまった。

 

 幽香ちゃんの抱擁が力を増す。

 すごく、力が抜けてしまい。ここが安全だと分かった瞬間。私はまた大泣きをしてしまった。

 

 ─────

 

 私は気がついて体を起こす。

 どうやら私は眠ってしまっていたようだった。

 ソファの上に寝ていた。私は近くにあった壁時計を見て、今は深夜の2時だという事を確認する。

 

「ん? 起きた?」

 

 お兄さんが私のすぐ近くで椅子に座っており、眼鏡をかけて本を読んでいた。

 どうやらつきっきりで見守っていてくれたようだ。

 

「す、すみません」

 

 私は寝てしまっていたこと、そしてお兄さんに守られている事を実感して、急に恥ずかしくなる。私は起きたと同時に謎の謝罪をしてしまった。

 

「いいよ、ちょっとは気が休まったかな?」

「は、はい……」

「うん、それは良かった。ちょっと待っててね、ココア淹れてくるから」

 

 そう言ってお兄さんは台所の方へ行き、お湯を沸かし始めた。

 慣れた様子で、ココアを淹れていく。

 私はその動作に見惚れてしまい、お兄さんの方をじっと見てしまっていた。

 

 お兄さんは私の視線に気が付いたのか、私の方を見て、ニコっと微笑む。

 それと同時に私の顔が熱くなっているのを実感した。

 

「どうかしたのかな?」

「い、いえ……なんでも」

 

 私はお兄さんから手渡されたココアを一口飲み落ち着く。

 そういえば、配信すっぽかしちゃったな……リスナーのみんな怒ってないかな? 

 

「配信とかは、妹が代わりにSNSで投稿したから問題ないと思うよ、大岩さんに確認も取れたし」

 

 私はその一言を聞き、またホッとする。

 

「何があったのかは知らないけど、必要なら俺を頼ってくれて良いから。こう見えて大人だしね」

「…………は、はい……」

「何か食べたいものとかある? ご飯食べてないでしょ?」

「い、いえ! そこまでしなくても!」

「いいから甘えなさい、この家にいる間は君も東雲家の一員だ」

「…………じゃ、じゃあ……オムライスが……」

「いいよ、ちょっと待っててね」

 

 お兄さんは壁にかけてあったエプロンを手に持ち、また台所の方へ向かっていった。

 お兄さんの苗字……東雲って言うんだ……。

 お兄さんを一個知れた。私はそれだけで嬉しくなって、手をギュッと握る。

 

 甘える、それは私にとっては慣れていない経験だ。

 いつも一人でおり、家族は風邪をひいた私を置いて仕事に行ったりと、仕事人みたいな人だ。

 だから、あの家では兄貴と私しかいなくて、それでも兄貴は私の事を見てはくれなかった。

 だから母性というものに憧れたし、甘えさせてくれるまのちゃんは、本当に女神だ。

 

 しかし、男の人が苦手な私にとって初めて、こんなにもドキドキさせてくれて甘えさせてくれる人。こんな経験は初めてだった。

 ……お兄さんの顔が見えるたび、私は顔が熱くなっている。

 もしかして……もしかして……。

 

 私はお兄さんに───。

 

「あれ? 卵切らしてるな、ちょっとごめん! 走ってコンビニ行ってくるよ、待っててね」

「え? は、はい」

 

 そう言ってお兄さんは財布を持って、外に出かけていった。

 …………ふふ、すごく優しい人だなぁ。

 

 

 

 

 

 

 そして、お兄さんが出かけていった数分後、家のインターホンが鳴らされる。

 お兄さんが帰って来たのかと思い、私は玄関の方まで行き鍵を開ける。

 

「おかえりなさ…………」

「朱里…………」

 

 そこに立っていたのは、お兄さんではなく。

 

 私の兄貴だった。




そういう事やな

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二十話「旭」6

「朱里……」

 

 兄貴が、お兄さんの家の前で立っている。

 私はその事実に体が震えた。何故? 何故、兄貴はここに居るのだろうか……いや……もしかしたらあの時から……? 

 

「なんで俺から逃げるんだよ」

「……なんでここに居るの……?」

「…………俺の質問は無視かよ……」

 

 兄貴が私の襟を掴み、グイッと引き寄せる。

 すると兄貴は私の襟の下から小さな機械を取り出した。……もしやそれは……! 

 

「そうだよ、発信機だ」

 

 兄貴はニヤァと笑いながら、私を押し飛ばした。

 私はその場に尻餅を付き、痛みに顔を歪める。

 そんな……発信機だなんて……。

 

「本当はGPSでも良かったんだけどなぁ……お前がスマホを置いて出ていくから、一応と思ってなぁ!」

 

 兄貴は私の髪を掴み、顔を近づける。

 

「昔っからお前が憎かったんだよ、昔から要領良くて、頭もいいし愛想も良い。親はそんなお前を見てアイツなら一人でやっていけるだろうだなんて、放っておくしよ……。それに比べて俺は要領が悪いし、勉強も頑張らなきゃ出来ねぇし、親には口うるさく言われた挙句には引っ叩いてくるわで散々だったよ! テメェのせいでなぁ!」

 

 それは私が長年抱えて来たコンプレックスとは真逆の言葉だった。

 私は愕然とする。まさか兄貴がこんな思いを抱えていたなんて知らなかった。顔を下に向け、唇を噛む。

 

「おい、どうしたそんな悔しそうな顔して」

「知らなかった……」

「あ?」

「なんで……言ってくれなかったの……」

「テメェ……俺を憐れんでやがるのかよ!」

 

 兄貴は私を思いっきり突き飛ばす。

 私は壁に肩を強く打ち付けて、思わず声が出る。

 しかし、確かにそうだ。私は何かにつけては兄を無視して来た。それは兄貴が親に愛されているからという私の思い込み。

 しかし、兄貴は私が親に愛されていると思っていたのだ。まるで真逆。

 まさか、親達がそんな事を言っていたなんて思ってもなかったし、兄に厳しくしていたのを私は知らなかった。

 

 兄貴は私より出来るから……そうやって私は強く思い込んでいた。

 でも、兄貴は……。

 

「なんとか言えよテメェ!」

「……」

 

 何も言えない。

 私は何も言えなかった。

 

 兄貴を歪ませてしまったのは……私だ。

 

「ぐっ…………いつもその目だ……俺はその目が嫌で……ふざけんなぁ!」

 

 兄貴が手に拳を作り、私に振り落とそうとして来た。

 私は目を瞑り、来るであろう痛みに備える。

 しかし、その痛みは一向にやってこなかった。

 

「っ! 離せ!」

「離せるわけないだろ。誰だあんた」

 

 そこには、兄貴の拳を止めているお兄さんの姿があった。

 

 

 




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二十一話「旭」終

お兄ちゃん視点に戻る


「人の家で好き勝手暴れやがって、警察呼んだからな!」

 

 俺が旭さんの為にオムライスの材料を買って帰ってきたら、謎の男が勝手に家に入り込んでいました。

 もう本当に何を言ってるのか分からんと思うけど、俺もわからん。

 妹から連絡が来てるし、ヤベェと思って走って帰ってきた。

 強盗かとも思ったが、どうやら旭さん関連の人物だろう。

 恐らく、旭さんはこの男から逃げてきて……。

 

 と、男が殴りそうになっていたので取り敢えず止めたわけではあるが……こっから先はノープランだ。マジでどうしよう。

 

 俺は取り敢えず、旭さんから男を引き剥がす。

 

「不法侵入に暴行。あんた、軽い罪じゃ収まらんぞ」

「うるっせえよ! こいつが全部悪いんだ! 俺の人生滅茶苦茶にしやがって!」

 

 は? なんだ? 痴情のもつれか何か? だとしても女性を殴るのはダメだ。女性に対して不信感がある俺でも分かることである。

 

「旭さん……取り敢えず2階に……」

「兄貴です……! その人は私の兄で……」

 

 旭さんを2階に避難させようとしたら事実が発覚した。

 そうか……兄貴か……。なんで旭さんの兄貴が俺の家にいるんだろう……。

 まあともかくだ。家で暴れた以上、これ以上の狼藉は許さん。

 

「テメェ離せ! ……どいつもこいつも俺のこと馬鹿にしやがって……ふざけんな……! ふざけんなよ!」

 

 旭さんの兄貴が俺に向かって殴りかかってくる。

 クソ! 近すぎて避けられん! 

 俺はモロに顔面に拳を喰らってしまい、鼻から血が垂れる。しかし、俺は気合と根性で平常心を装い、真顔で男を睨んだ。

 

「は? ……なんで……避けねぇんだよ……」

 

 避けれなかったから。

 めちゃくちゃ痛い。

 だが、何故だろうか。ここで痛がるのは得策ではないと思った。

 まあ、ここに居る全員を守る為でもある。こいつも俺を殴ってスッキリするのであれば殴らせといてやる。俺からは一切手出しはしない。

 

「落ち着けよ、話くらい警察が来るまで聞いてやる」

 

 男は俺の言葉に観念したのか、力が抜けたように壁にもたれかかった。

 よかった、ナイフとか持ち出さなくて。

 

「俺は……俺は……何もかも上手くいかなくて……受験も失敗して……親から出来損ないって……意味わかんねぇ……俺は今まで頑張って来たのに……」

 

 男はポツリポツリとだが話しはじめた。

 どうやら、家から多大な期待を背負っていて、何か失敗するたびに親から出来損ないと罵られる日々が続いたのだそうだ。そしてストレスが溜まっていき、受験に失敗してしまったことで彼の中で大きく何かが崩れた。

 そこに煌びやかな世界で輝く妹の旭さんの配信を偶然目にしてしまい、旭さんが実の妹だと知って、憎悪が膨れ上がったのだそう。

 

 だから……暴行を働いたと……。

 

 俺は男の肩を持って項垂れている頭をこっちを向かせる。

 

「お前は兄貴失格だな」

「……」

 

 ドアの外からサイレンが聞こえて来る。どうやら警察が来たようだ。

 俺は思った事を手短に言うとした。

 

「お迎えが来たから手短に言っておくぞ。どんな理不尽や心が折れる事があろうとも、それでも妹だけは守ってやるのが兄貴ってもんじゃないのか」

「……」

「自分がむしゃくしゃしたからと言って、暴力で事を片すなんざクズのやる事だ」

 

 俺はどんな理不尽があっても妹を守ると言う建前を使い、無理やり乗り越えて来た。

 親が死んでもだ。

 立ち直れもせずに、ただひたすらに、がむしゃらに乗り越えた。

 

「ただ、人は違う。誰だって自身の性格というものがある。あんたは俺じゃない。だけど、自分のやり方で自分の周りを変える事だって出来たはずなんじゃないか?」

「……」

「まずは、他の人間と比較する事をやめろ。自分を労われ。そして他とどう接するのかはその後にゆっくり考えろ」

 

 警官が乗り込んでくる。

 俺が事情を話し、警官は男を取り押さえ連行して行く。

 パトカーに乗る前に俺はもう一回話しかけた。

 

「頭冷やせ、そしてなんかあったら相談しに来い、話くらい聞いてやる」

 

 男は項垂れたままパトカーに乗せられ、連行されていった。

 これでひとまず、一件落着か……まあ事情聴取あるから対応しないといけないんだけど……。

 

「あ、あの……」

「お兄ちゃん!」

 

 2階に隠れていた萌香が抱きついて来た。

 

「大丈夫!? 怪我とか……」

「ああ、無いよ大丈夫」

 

 心配そうに顔を覗き込んでくるので、頭を撫でてやる。

 どうやら、納得したようでホッとしたようだ。

 

「お兄さん、本当にごめんなさい!」

 

 旭さんが頭を深々と下げて来る。

 俺はなんとか笑顔を作り、旭さんのせいじゃないと言った。

 

「まあ、話くらいは詳しく聞かせてね。親御さんとも話がしたいしさ」

「は、はい……」

 

 そして俺は警官の人に呼ばれて、事情聴取を受けに行った。

 しかし……最後に一つだけ良いだろうか? 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 怖かった……。

 




2話連続投稿です。
遅くなってごめんなさい。

文才なくて落ち込んでたけど、文才なんざ無くても良いやって吹っ切れました。
みんなも文才無くても大丈夫!

さて次の章は…うん、頑張ります…。


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二十二話「!?」

 俺は全ての事に終止符を打ちリビングのソファに寝転んでいた。

 ちなみにあの後どうなったのかというと、一応旭さんとのご両親と話をして今回の件は俺自身は不問とする事にした。

 ただ、ちゃんと旭さんとお兄さんに向き合ってあげてくださいと話すと二人して目を合わせてキョトンとしていた。

 本人たちは愛を最大限注いでいたと思っていたらしい。

 

 俺はそれ以上何も言えなかった。

 だって、その愛を俺はあまり知らない。

 親から貰う愛は受け取ったが、それをどう活かすかは分からないのだ。

 

 どうしたもんかなと思っていたが、旭さんは「私はもう一度、再出発してみます」と俺に話してくれたので、今はその言葉を信じるだけだろう。

 

 ひょんな事から、かなりの親子の問題や兄妹の問題に首を突っ込んでしまったが、そんな俺にも休日というものがやって来た。

 俺は自分で淹れて来たコーヒーを飲みながら、一人ため息を吐く。

 

 ここ最近、俺の身にも少し変化が起きた。

 会社が統合して統合先の部署に異動となったのだ。

 それが芸能プロダクション課とかいう所だった。

 

 うん、実は妹が所属しているライバー事務所『トライアングル』の事務所である。

 一応数ある事業の中の一つでこの課があるのだが、まさか俺がここに来ることになろうとは思いもしなかった。

 そういうことで、裏方ではあるが俺もトライアングル事務所の一員になったのでした! 

 

 

 

 

 

 なんで????? 

 

 一つ言っておこう。俺はこれまで人生に置いて一回も運営側に立ったことなどない。

 一応元の会社も小さな芸能事務所でちょっとしたアイドルなんかを輩出してはいるが、それでも俺は事務で、淡々と仕事の依頼を受けてそれを上に提出しているだけで、本格的に関わった事などない。

 

 しかし、今回は違う。

 俺の立ち位置は大岩さんと同じ。そうマネージャーである。

 WTF!!?!?? 

 ガッツリ関わる立場じゃねぇか!! 

 

 大岩さん曰く「所属タレントも多くなって来ましたし、私一人では流石に荷が重いと思いまして〜」と言っており。

 いや、これまでも一人でやって来たんですか貴女……。バケモンじゃねぇか。

 などとニッコニッコしている大岩さんには言えずに俺は粛々とマネージャーを拝命した。

 

 これからの俺の人生どうなるんだろう。

 

「お兄ちゃん!」

「え?」

 

 考えに耽っていると萌香の顔が俺の眼前にいきなり広がった。

 は? かわいい。

 

「え? かわいい」

「ま、ちょ……えへへ……お兄ちゃんってば……」

 

 いきなり褒めたら顔を真っ赤にしてクネクネし出す我が妹。

 やはり俺の妹は世界一可愛い。

 

「どうしたの? ぼーっとしちゃって」

「ん? ああ、俺にこんな大役務まるのかなって」

「務まるでしょ」

「ええ……妹からの信頼度が高すぎる」

 

 どうやら我が妹はこの兄の事を過剰評価し過ぎているようだ。

 兄ならできる、か……。

 しかし人間不思議なものである。この世で一番愛している人物に肯定されると不思議と出来る気がするのだ。

 

「まあ、うじうじ悩んだって仕方がないか。やれることはやってみる」

「うん! 後、お兄ちゃんの為に考えてることあるから楽しみにしててね!」

「お、そうか楽しみだな」

 

 萌香が考えてることか……それは楽しみだな……。

 というわけで、俺はそれを楽しみにしながら待っているのであった。




あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!
お゛に゛い゛さ゛ん゛か゛ハ゛メ゛ら゛れ゛そ゛う゛に゛な゛っ゛て゛ま゛す゛!!!!


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二十三話『三期生集合…?』

ごめん寝てた(二ヶ月サボってた言い訳)


 仕事初日。

 俺は大岩さんにマネージメントの事を教えてもらっていた。

 ライバーのスケジュール管理に仕事の選別など。

 少し大きな仕事なら大岩さんを通して上の人に聞くなど。

 

 俺が担当するのは主にトライアングル三期生。

 音楽関連のユニットに力を入れており、現状トライアングル事務所内で唯一ユニット活動をしているバンドグループ。

 名前は『ARMORED GIRL’S(アーマードガールズ)』直訳すると機械少女達。

 そう、彼女達は全身が機械で出来たロボット少女達なのだ! という設定。

 

 一人目『マクシミリアン・エーリカ』

 二人目『マグノリア・スス』

 三人目『ハリ・エメリー』

 

 音楽で心を取り戻せ───。

 をキャッチコピーとしており、人気は上々らしい。

 全員が黒をベースとしてそれぞれメンバーカラーがついているという気合の入れよう。

 近々、一期生二期生より先に3Dお披露目もするらしい、急上昇中グループなのではあるが……。

 

「荷が重い……」

 

 初めてのマネージャー業。

 ぶっちゃけVtuberの皆さんは大体が深夜に活動をする事が多い。

 その方が視聴数も取れるし、彼女達も昼に案件をこなして、夜に一時間配信して……と、無理のないスケジュールになるからだ。

 しかし、その時間帯に合わせないといけないのがマネージャーであり、メンバーからの要望など、緊急の連絡などはいつも突然にやってくる。

 しかも、別の仕事と並行しながらである。

 

 と、大岩さんに聞いた。

 あの人マジでスゲェよ、こんな仕事を一人でやってきたというんだ。

 ふむ、完全ホワイト企業からブラック形態になる未来しか見えないのだが……。

 と、思ったら殆どテレワークみたいで、会社などに出勤するのは週一でいいとの事。

 まあ、いつも通り萌香に時間を使ってやれるのかという事については問題なかった。

 

 しかし、今日は初日で、仕事など教えてもらったり、挨拶回りなど行かないといけないので、一週間ぐらいは連勤だろう。

 よし、頑張るか。

 

 という訳で、『ARMORED GIRL’S』のメンバーである三人に挨拶をしないといけないのだが……。

 

「もしかして、君一人かい?」

「は? 誰、あんた」

 

 挨拶のために、三人が待っていると言われた部屋へやってきた。

 大岩さんは別の仕事で少し席を外すのだとか。

 

 そして俺は部屋に入る。そこには、

 ロンスカ、短髪黒髪に、無数のピアスに黒マスク……。髑髏などの模様が入ったチェーンなどをたくさんつけている、全身黒ずくめの少女がいた。

 

「あ、いやごめんなさい。俺は今日からARMORED GIRL’Sマネージャーになった東雲純です。よろしく」

「アマガ」

「へ?」

「アマガでいいよ、ユニットの略称。呼びづらいっしょ」

 

 そういうと彼女は、手に持っているスマホに視線を落とす。

 というより、俺はこの子の名前を聞いていないな。

 

「ごめん、君の名前……」

「エーリカ」

「そうか、君がマクシミリアン・エーリカさんか」

「……そのマクシミリアンっての嫌い。かわいくない、2度と呼ばないで」

 

 ……今の会話で分かった。

 なるほど、すごく扱いにくい子だな!? 

 因みに、大岩さんがトライアングルのキャラ達の名前付けをしているので、この話を大岩さんが聞いたら泣くだろう。

 聞かなかったことにしておこう。

 

「ところで、他の二人は?」

「帰った」

「はい?」

「ススは元から来ないし、エメリーは曲作るので忙しいって」

「マジでか……どうしようかな……」

 

 まさか、初日に全員顔合わせする予定が、狂ってしまった。

 

「まあ、気が向いたら二人ともいつか来るし会えるよ」

「そうか……なら、それを待とうかな」

「……もしかして、あんた。“噂のお兄さん”?」

「……もし、君が考えてるお兄さんが、それならそうだよ」

「ふーん……」

 

 まあ、別にバレても痛くもないので、俺は肯定とも取れる返事をする。

 少しキザっぽかったろうか? 

 エーリカさんは俺を一瞥しながら、席から立ち上がる。

 そして、俺に鋭い眼光を向けてきてこう言い放ったのだった。

 

「私のてるみん先輩に手ぇ出したら、真剣(マジ)ぶっ殺すから」

 

 そう言って、エーリカさんは部屋を出て行ってしまった。

 なんだろう、女性に殺気を向けられたのは初めてで身体の震えが止まらないな?? 

 そうか、てるみんに手出したらぶっ殺されるのか……俺。

 

 いや、出す訳ねぇだろ……。

 

 そんな事を考えてると、入れ替わりで、大岩さんが部屋に入ってきた。

 

「どうでした?」

「いや……考えたくないんですけど……もしかして俺って、問題児達を押しつけられようとしてます?」

「……ピュ〜ピュピュ〜」

「下手な口笛やめてくださいよ……」

 

 俺は天を仰ぎながらもう一度考える。

 俺の人生どうなっちゃうんだろ。




キャラ紹介も書くわ。
あの、Vtuberの姿のみんなのね。

キャラ紹介は第一話の上に置いてます。


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二十四話『エーリカさんは一番マトモ』

 一週間のうち、エーリカさんに会う機会は意外な事に多かった。

 割と彼女は事務所のスタジオに常駐しているみたいで、たまにエメリーさんから送られてきた、曲のデモみたいなのをかけながら歌っていた。

 彼女は歌唱力はかなりある方で、元素人とは思えない程の声量もある。

 素人目から見ても感動する歌声だというのが分かるだろう。

 

 Vtuberというのは声が生命。

 イラストなど、それらもVtuberを構成する大事な土台の一つではあるが、それは有名になる手段でしかない。

 やはり、一番大事なのは声であり、トークの面白さでもある。

 ずっと聞いていられる声かどうか、それが一番大事な事だろう。

 その点で言うと流石、企業勢として入れるだけある。

 

 俺はマネージャー業を大岩さんにいろいろ教えて貰いながら、エーリカさんとコミュニケーションを取る事を優先した。

 こういう子は手っ取り早く、ビジネス上仲良くなっておいて損はないだろう。

 

 そんなある日だった。

 

「お兄さん……!」

「ああ! 旭さん!」

 

 久しぶりに旭さんの顔を見かける。

 よかった、元気そうで何よりだ。

 

「お久しぶりです! トライアングルのマネージャーになったって本当だったんですね!」

「はい、三期生限定ではあるけども」

「……でも、これからはお兄さんと一緒にお仕事出来るかもしれないんですね……。私、とっても嬉しいです!」

「そうだね、改めてよろしく」

 

 俺は旭さんと握手を交わす。

 どうやら、一旦休止していた配信も明日には復帰するみたいで、安心した。

 でも、あまり無理はしないで欲しい。

 

「あの……で、ちょっと……お願いがあるんですけど……」

 

 旭さんが上目遣いで、体をモジモジさせながら途切れ途切れになりながらも言葉を紡ぎ出す。

 お願いとはなんなのだろうか? 一応、俺はこれから一緒に働く仲間として、いつでも相談に乗ってあげたいと思っている。

 遠慮なしで言って欲しい。

 

「こ、今度、お茶でも……どうかなぁって……えへへ」

 

 旭さんが綺麗な金髪の毛先をくるくると回す。

 顔も真っ赤で、かなり無理をしているようだけど、本当に大丈夫だろうか。

 しかし、旭さんにもトライアングル関連で聞きたいこともあるし、この誘いは乗っておこう。

 

「うん、いいよ。今度時間を取るね」

「あ、ありがとうございます!」

 

 そう言って旭さんは足早に、顔を両手で抑えながら去っていった。

 一応、limeは前に聞いたので後で日程を送ってあげよう。

 と、自身のスマホのカレンダーに予定を入力していた最中だった。

 

「旭先輩……? 今の、随分仲良さそうだったけど……」

「え? ああ、そうだけど」

 

 いつのまにかスタジオからエーリカさんが出てきていたようだ。

 俺の横で険しい表情をしながら立っている。

 

「……なるほど、旭先輩までも毒牙に……?」

 

 俺は思わず、後退りしようとしてしまう。

 だって……エーリカさんの後ろにゴゴゴって擬音が付いてそうな勢いのオーラが発しているように錯覚してんだもん。

 

「……もしかして、マネージャー……ここに彼女作りに来てる?」

「そんなことは断じてない、信じてくれ」

 

 俺はしっかりとエーリカさんの目を見て言う。

 俺はちゃんと仕事として来ているし、今の俺にはそんな余裕はない。俺は萌香を養っていかなきゃいけないんだ。

 まあ、今は収入的に俺なんか必要は無いだろうが、それでも俺は……! 

 

「……はぁ、まあ……信じる」

「……急だな」

「だって、今さっき旭先輩と握手した時、握手してない方の手……めっちゃ“震えて”たけど?」

「……」

「女嫌い?」

「いや、断じて違う。ただのトラウマみたいなものかな」

 

 まさか、エーリカさんに気づかれるとは思っていなかった。

 なんとか隠しているつもりだったのではあるが……。

 お喋りするのは問題ない、普通に女の人と会話は出来る。

 だが……どうしても触れるとなると……。

 

「ま、どうでもいいけど」

 

 心底興味なさそうに、エーリカさんは歩き出し、突然立ち止まって俺の方を向いた。

 

「あと、エメリーとススを空いてる日に無理矢理にでも引っ張ってくるから、連絡先教えて」

 

 俺は突如、真面目モードになるエーリカさんを見て、少し呆然とする。

 エーリカさん、もしかしてすごく良い子なのではないのだろうか? 

 まあ、三期生のリーダー役とも言える彼女だ、このくらいじゃないとやっていけないのだろう。

 

「なに、ボーッとしてんの? 早くしてよ」

「ああ、ごめんごめん」

 

 まあ、口は悪いが良い子なのだろうと俺は思い込む事にした。

 しかし、俺は考えてもいなかった。このVtuberバンドグループ『ARMORED GIRL’S』略してアマガ……。

 俺は、エーリカさんが一番の問題児なのかと思っていたのだが……。

 

「えっ…………あっ……あ……こ、こここ」

「うんうん、なるほどなるほど……ススちゃんは『こんにちは! マネージャーさん! 私はマグノリア・ススです』って言ってるよ! マネージャー! アタシ、ハリ・エメリー! もう帰っていい? つーか帰る!」

「ダメ! ここに居ろ! エメリー! というかススは焦らないでいいからゆっくり喋れ! なに言ってるか分かんない!」

 

 エーリカさんが多分一番マトモだった件。

 




新作はよしろや


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