デート・ア・ライブ~二天龍を従えし者~ (眠らずの夜想曲)
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主人公設定

アンケートの集計を早めました。
もう確実にアレでしたしね……


名前

 

・神浄 刃 (かみじょう やいば)

 

種族

 

・神(創造神・破壊神)

 

容姿

 

・黒髪で肩にかかるくらい。後ろ髪は腰のあたりまである。後ろ髪はレティシアからもらった紐で まとめている。

 

能力

 

・創造

  万物を創造できる。無論能力も。

・破壊の刀剣(デストラクション・ブレイド)

  破壊神の力を解放した時限定。

  一刺しで半径6mのもの全てを”壊す”。壊れる概念があるものすべてを。例:生命力、心臓、  心など。

  10秒に一度『Destroy!』の音声と同時に効果範囲を6mずつ広げていく。

  対象を斬ると対象をマーキングして10秒ごとに全体の10%ずつ崩壊してい。く。わかりや  すくHPで例えてみる、。最初のHPが100だったとする。すると10秒たつにつれてHPが1  0ずつ減少するのだ。10秒たつと-10、さらに10秒で-10という具合に。最終的には、  対象を崩壊させ尽くす。この刀剣は太古の破壊神。この破壊神の力に刃自身の破壊神の力を合  わせて使う。

・ATフィールド

  創造で刃が創った能力。基本原作通り。

  ・モード『エンジェル(天使)』

    ATフィールドを攻撃重視にする。新劇場版エヴァンゲリオン破の最後でシンジが使ったよ    うに、変形、変質させて攻撃する。容姿は背中にATフィールドでできた3対6枚の翼がで    てくる。頭の上にはEVA初号機のような輪が出てくる。

  ・モード『ブレイカー(消滅)』

    ATフィールドでできた槍が出てくる。この槍で刺した対象の異能を消す。簡潔に言うと幻    想殺し(イマジンブレイカー)の槍版。容姿はあまり通常と変わらない。背中からATフィー    ルドのエネルギーが噴出されている。

  ・モード『ディザスター(天災)』

    サード・インパクトを意図的に起こせる。ただし、展開される赤い渦に吸い込まれていく    のは、刃が指定したもののみ。

・写輪眼

  原作と同じ。

・永遠の万華鏡写輪眼 

  原作の能力を全部使える。

・時間を操る程度の能力

  時間を自由に操れる。進めたり、止めたり、戻したりなど。

・境界を操る程度の能力

  境界を自由に操れる。

・空間を操る程度の能力

  空間を自由に操れる。空間を圧縮したり、消したり、創ったりできる。

・赤龍帝の龍刀(ブーステッド・ドラゴンプレイド)

  原作と同じ。覇龍も完全に使える。

・白龍皇の龍刀(ディバイン・ドラゴンブレイド)

  原作と同じ。覇龍も完全に使える。

・聖力

  無限。

・魔力 

  無限。

・霊力

  言わずもがな。無限。

・神力

  神の力。無限。

 

※上記の能力はすべて刃自身の能力と刃が創造神の力を使って創った能力です。なおこれからも能力は増えていく。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――――ネタバレ警告線―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

”問題児”の方のはまだ記されていないが、一度刃は能力をすべて失う。ただし、創造神と破壊神の力は魂に定着していたので、無事だった。そして、創造神として確立したので、さまざまな能力が使えるようになった。

 

 



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『神使』詳細

『吸血鬼』

 

レティシア・D・神浄

・基本原作通りの強さだが、『神使』になっている分基本スペックが大幅にアップしている。更に刃の本妻であることが影響し、神格化しているといっても過言ではない。ゆえに、他の『神使』とは強さの次元が違う。刃のことは『刃』と呼ぶ。

 

レミリア・S・神浄

・ツェペシュの末裔と名乗っている。妹のフランドールを刃に助けてもらう。そして、フランドールが『神使』になり、刃について行かないといけないと聞き、自身も『神使』に。刃のことは『兄さん』と呼ぶ。

 

フランドール・S・神浄

・刃が幻想郷に行き、紅魔館の地下で発見。狂気の制御のために『神使』に。『網使』には自分から志願した。刃のことは『おにーちゃん』と呼ぶ。

 

 

『龍(ドラゴン)』

 

紅(こう)

・『真なる赤龍神帝(アポカリュプス・ドラゴン)』グレートレッド。だが、『箱庭』で出会い、意気投合。名前が長くて呼びにくいと言う理由で紅(こう)という名前を付けられる。強さは原作同様、無茶苦茶強い。刃のことを『お兄ちゃん』と呼ぶ。

 

オーフィス

・赤龍帝ドライグの気を感じたとかで『箱庭』に来た。いつものドライグと違うのが気になったらしく、ついてくることになった。強さは原作同様無茶苦茶強い。刃のことは『刃』と呼ぶ。

 

ティアマット

・『業龍(カオス・カルマ・ドラゴン)』で五大龍王の一匹。刃と決闘をして負けたので刃の使い魔―――『神使』になった。刃のことは『刃』と呼ぶ。

 

 

『魔法(魔砲)』

 

神浄なのは

・元、高町なのは。魔法……魔砲少女。本来は『神使』にはならないはずだったが、ヴィヴィオが刃のことをパパ、なのはのことをママと呼んだので『神使』になった。仕方なくなったつもりだったが、刃との距離はだんだん近づいていき、今ではなってよかったと思っている。刃のことは『刃くん』と呼ぶ。

 

フェイト・T・神浄

・魔法少女。『リリカルなのは』の世界で一番初めに刃が出会う。そしてジュエルシードを集めているうちに親しくなる。刃のことは『お兄ちゃん』と呼ぶ。

 

アリシア・T・神浄

・プレシアと約束をして、刃が生き返らせる。ただし『神使』として。刃のことは『お兄ちゃん』と呼ぶ。

 

神浄ヴィヴィオ

・刃が弱っているところを拾う。そして目が覚めると刃のことをパパと呼んだので娘にした。変態科学者にさらわれた後、救出し、そのあと『神使』になりたいといいそれを刃が承諾。刃のことは『パパ』と呼ぶ。

 

神浄ほむら

・神様がヘマしたのを修正するために『まどか☆マギカ』の世界に刃が行ったときに出会う。まどかを魔法少女にさせなかったので役目は終わったといい、刃についていくことに。刃のことは『刃』と呼ぶ

 

霧雨魔理沙

・刃が幻想郷に行ったときに『神使』にした。本人曰く、『普通の魔法使い』ということだが、『神使』になった今では、必然的に『普通の魔法使い』ではすまない技量になる。苗字については、「神浄だと響きが悪いぜ!!」とのことで『霧雨』のまま。刃のことは『刃』と呼ぶ。

 

 

『精霊』

 

神浄ペスト

・元『黒死斑の魔王』。黒死病で命を落とした八千万人の死者の霊群の代表。ギフトネームは『黒死斑の御子(ブラック・パーチャー)』。

ハーメルンの魔道書から切り離されて神霊でなくなり、霊格が衰えたが、『神使』になったことによって今まで以上の力が発揮できるようになった。刃のことが大好き。刃のことは『お兄ちゃん』と呼ぶ。

 

 

『妖怪』

 

神浄ミツキ

・九尾の妖狐。魔王にやられたところを刃に助けられ、そのまま『神使』に。九尾の姿に戻ると大人の姿になり、口調も変わる。刃のことは普段は『お兄様』と呼び、九尾の姿になると『刃』と呼ぶ。

 

神浄黒歌

・悪魔に追われて瀕死のところを刃が救出。種族は猫又の猫魈。刃のことは『刃』と呼ぶ。

 

神浄白音

・黒歌の妹。刃は魔王城に乗り込み、救出。刃のことは『刃兄様』と呼ぶ。

 

 

『特殊』

神浄ルカ

・元、ルイオスの下僕。封印したあと、こっそり一人で封印を解き『神使』にした。刃のことは『お兄ちゃん』と呼ぶ。

 

 

『能力者』

 

神浄メル

・『箱庭』から仲間を探しに他の世界を周っているときに、『とある魔術の禁書目録』の世界でアレイスターに指令が出て、雑貨稼業(デパート) に行ったときに出会った。バロクソに扱われていて、雑貨稼業を殺してから救出。その後、刃と一緒に行くことを強く望んだので『神使』にした。

能力は元は『空気掌握』から『気体掌握』に変更。効果は半径100m以内の気体を自由に操れる。量を増やしたり減らしたり相手の周りだけ真空状態にすることもできる。刃のことはどの世でも一番好き。刃のことは『兄様』と呼ぶ。

 

神浄・M・御神

・元は打ち止め(ラストオーダー)。バグを修正した後、刃のことをお兄様としたいついてきた。能力は美琴と同等かそれ以上。刃のことは『お兄様』と呼ぶ。

 

 

『聖剣使い』

 

神浄イリナ

・『D×D』の世界でコカビエルにより『聖書に記されし神』の死を聞かされ絶望。その時、刃が手を差し伸べついていくことに。剣は『エクスカリバー』七種類の能力を自由に使える。刃のことは『刃くん』と呼ぶ。

 

神浄ゼノヴィア

・イリナと同様の理由で『神使』になる。剣は『デュランダル』。今では自由に振り回せるようになった。刃のことは『刃』と呼ぶ。

 

 

『巫女』

 

神浄朱乃

・元、リアスの眷属。刃が世界を転移するときに連れて行ってほしいと頼み、それを刃が承諾。刃のことは『刃』と呼ぶ。

 

博麗霊夢

・幻想郷に行ったときに『神使』にした。博麗神社の巫女であるため、基本は『神界』ではなく『幻想郷』にいる。刃のことは『刃』と呼ぶ。

 

 

『戦乙女』

 

神浄ロスヴァイセ

・オディーンのジジイに置いて行かれたところをGet☆待遇の良さから刃の元へ。だがその後、刃に助けてもらい刃に惚れる。そしてイイ感じに……刃のことは『刃』と呼ぶ。

 

 

以下、増加しだい加筆。

 



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プロローグ

―――神界。

 

 

毎度おなじみのこの世界。

何回も……と言っても、まだ数回だ。片手で数えられる。

ちなみに、ここに来ると俺は創造神の姿に戻る。

 

 

「久しぶりじゃのぅ」

「あぁ、今回は数百年ぶりか?」

「うむ、そうじゃのぅ。あの世界は人間が多いからのぅ」

 

 

『東京レイヴンズ』の世界は陰陽師が主だったからな。

基本、人間としか交流がなかった。

まぁクソジジイは人間じゃなかったけどな……

 

 

「また世界の創造か?」

「そうじゃ。今回も前回同様、どのような世界になるかはわからん」

「しょうがねぇよな……」

 

 

でも事前に知っている方がありがたい。

いろいろ対策とかしたいし。

といっても、大したものはできないが。

 

 

「よし、早速創造するぞ」

「今回は前回みたく一気に力を開放するんじゃないぞ」

「わかってる」

 

 

前回はえらい目に会ったからな。

爺さんは球体を渡してくる。

よし、では早速。

 

 

「このくらいか?」

「うむ、ちょうどいい、いい塩梅じゃ」

 

 

球体が黒だったのが空色に染まっていく。

そして一瞬だけ輝く。

 

俺の元には球体がなくなっていた。

 

 

「これでいいのか?」

「うむ、無事創造できたようじゃ」

 

 

はぁちょっと疲れたな。

 

 

「ルールは前回と同じじゃ、お主の創った世界には『神使』は連れていけないんじゃ。じゃが、月に一度。一人だけ呼び出せる。全員呼び出せるのは一年に一度だけじゃ」

「あぁ、覚えてる」

「そしてお主の肉体も創造した世界にすでに存在しておる。ちょうど高校生くらいじゃの」

 

 

……今のである程度世界が絞れるな。

 

 

「では、行ってくるのじゃ」

「あぁ……」

 

 

爺さんがやはり前回と同じくリモコンのスイッチを押す。

やはり足元に穴が開き、そこに落ちる。

これはもう慣れた。

さてさて、今回はどんな世界かな?

楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――???。

 

 

「うぐぅ!?」

 

 

な、何事だ!?

急に腹やら胸やら頭やらを踏みつけられるなんて……

ゆっくりと目を開ける。

そこには家族らしき赤い髪をした女の子―――中学生くらいの子が情熱的にサンバのリズムらしきものを刻んでいる。

 

なんでサンバ?

 

そう思った俺は何も悪くないと思う。

とりあえず分かったことがある。

ここはベットの上で、今日は四月十日の月曜日。

そこまで整理してから気づいたことがあった。

四月十日?

そこに引っかかる。

そしてもう一度女の子の顔を見る。

その顔には見覚えがあった。

その女の子の名は―――

 

五河 琴里

 

同時にこの世界がどういう世界かがわかる。

この世界は、「精霊とデートして、デレさせる」そして世界を救う話。

 

デート・ア・ライブ

 

この世界だ。

……いい加減重いな。

 

 

「琴里、もう起きてるよ」

「おぉ!?」

 

 

ようやく俺が起きていることに気づいたのだろう。

俺の腹の上に乗っけていた琴里が、中学校の制服を翻しながらこちらに顔を向ける。

二つにくくられた長い髪が揺れる。

そして丸っこくておおきな双眸が俺を捉える。

 

だが一つ言わせてくれ。

なぜ朝っぱらから人様を踏みつけていたのに、「しまった」とか「ばれた!!」みたいなあせりがない!!

どちらかと言うと、俺が起きたことを素直に喜んでいるように見える。

まぁいいけど、可愛いから。

 

ついでに言わせてもらうと俺の位置からだと見事にパンツが丸見えだ。

パンチラなんて目じゃないレベルだ。

眼福です。

 

 

「なんだ!?私の可愛いおにーちゃんよ!!」

 

 

琴里は足を退ける様子もなくそう言ってくる。

俺って可愛いの?

初耳だ。

いままで可愛いなんて言われたことがなかったからな。

 

 

「とりあえず、降りてくれ」

 

 

俺が言うと、琴里は大仰にうなずいてベットから飛び降りた。

俺の腹にボディーブローのような衝撃を残して。

だが俺には効かない。

鍛えてますから(笑)

 

 

「はぁ……元気だな。ほら、下に行こうか」

「うん♪」

 

 

トテテテと、小走りに俺の部屋を出て行った琴里。

そして俺は改めて時計も見る。

 

四月十日月曜日、午前五時三十九分。

 

早くない?

起すの、早くない?

そこまで考えて一気に記憶が俺になだれ込む。

どうやら今までこの肉体が経験したことを俺に教えてくれているらしい。

ありがたい。

 

ふむ、どうやら昨日から親父とお袋は仕事の関係で出張しているようだ。

しばらくは俺が家事をすると。

だから琴里に目覚ましを頼んでいた。

……だからといってこんな起こし方はないだろうに。

 

部屋を出た俺は壁に掛けられていた小さな鏡で顔を確認する。

するとそこには確かに五河士道の顔が―――なかった。

これは俺の顔?

あぁ……前回みたいに一気に力を開放しなかったから俺の顔になったのか?

ならこれはこれでいい。

こっちの顔のが俺って感じがするからな。

 

さて、この世界はどんなことが起きるんだか。

楽しみで仕方ないね。

まぁなんとなくは知ってるけど。

 

 




アンケートの結果は圧倒的な票数で3でした。


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第1章 十香デッドエンド
第1話~精霊の少女~


ストーリ、入ります。


「すまんな、すぐに朝食の準備をする」

 

 

しばらく自分の部屋にいて待たせたことに謝罪しながら台所に向かう。

なだれこんできた記憶によると、二人そろって大手のエレクトロニクス企業に勤めている両親は、たびたび家を空けていたようでその際の食事当番はいつも俺だったらしい。

 

朝食は簡単にベーコンエッグにトーストでいいか。

そう考え、冷蔵庫から卵とベーコンを取り出すのと同時に、背後のテレビの音声が聞こえてくる。

どうやら琴里がテレビの電源を入れたようだ。

 

琴里は毎朝、正座占いと血液型占いをハシゴするのが日課らしい。

とはいえ大体の占いコーナーは番組の最後が多い。

琴里は一通りチャンネルを変えた後、つまらなさそうにニュース番組を眺め始めた。

 

 

『―――今日未明、天宮市近郊の―――』

 

 

アナウンサーの声が聞こえてくる。

天宮市。

ここから結構近いらしい。

 

カウンターテーブルから身を乗り出すようにして、テレビの画面に視線を送る。

画面には、滅茶苦茶に破壊された街の様子が映し出されていた。

建造物や道理は崩落しており、瓦礫の山と化していた。

まるで隕石の衝突か空襲にでもあったのか?

そう疑いたくなるような惨状だった。

 

 

「空間震か……」

 

 

空間の地震と称される広域震動現象。

正直に言うと、俺も気を開放すれば日本を沈める程度の空間震は起こせる。

空間震の発生原因は不明、発生時も不明、被害規模が不確定の場有髪、震動、消失、その他諸々の現象の総称。

まるで『箱庭』の魔王みたいだ。

気まぐれに現れて、街を破壊していく。

魔王は生物もだけど。

 

東京都南部から神奈川県北部にかけての一帯が、まるで消しゴムでもかけたかのように、円状に焦土と化している。

そう、ちょうど今、俺たちが住んでいる地域だ。

 

 

「全然起きなくなっていたのにな……なんでまた増え始めたんだ……」

「どうしてだろうねー」

 

 

俺が言うと、琴里がテレビに視線をやったまま首を傾げる。

南関東大空災を最後に、空間震はしばらくの確認されたのを皮切りに、またちらほらと、その原因不明の現象が確認され始めたらしい。

 

しかも多くが日本でだ。

 

 

「なんか、ここら辺ってさ空間震多くないか?」

「……んー、そーだねー。ちょっと予定より早いかなー」

 

 

と、琴里がソファの手すりに上体を傾けながら言ってくる。

 

 

「早い、ね……」

「どうかした?おにーちゃん」

「んにゃ、なんでも」

 

 

そんなことよりもだ。

 

 

「琴里、チュッパチャプスは朝ご飯前に食べるものじゃないぞ。せめて朝ご飯を食べ終わってからにしろ」

「う……なんで見てないのにわかるのー?」

「お兄ちゃんだからだ」

 

 

お兄ちゃんに不可能はない。

俺はそれを『箱庭』でものすごく思い知らされた。

 

 

「そういえば今日は中学校も始業式だったよな?」

「そうだよー」

「じゃあ昼には帰ってくるってことか……琴里、昼ご飯のリクエストある?」

 

 

琴里は「んー」と思案するように頭を揺らしてから、しゃきッ、と姿勢を正す。

そして一言。

 

 

「デラックスキッズプレート!!」

 

 

近所のファミレスで出しているお子様ランチ!?

琴里って中学生だよな!?

中学生がお子様ランチってのは……いいのか?

 

 

「わかった、せっかくだから昼は外で食べようか」

「おー!!本当かー!!」

「おぅ。それじゃ、学校終わったらいつものファミレスで待ち合わせな」

 

 

俺が言うと、琴里は興奮した様子で手をブンブンと振る。

 

 

「絶対だぞ!!絶対約束だぞ!!地震が起きても火事が起きても空間震が起きてもファミレスがテロリストに占拠されても絶対だぞ!!」

「あぁ、占拠されたら俺がテロリストぐらいシメてやる」

「絶対だぞー!!」

「おうよ」

 

 

俺が言うと、琴里は「おー!!」と元気よく手を上げた。

今日は始業式だし、このくらいの贅沢はしてもいいだろ。

まぁ俺が作った方が絶対おいしいけど。

 

ふと、窓の外を見る。

空は何かいいことがありそうなくらい晴れ渡っていた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

俺が学校に着いたのは、午前八時十五分を回った頃だった。

廊下に張り出されたクラス表を適当に確認してから、これからお世話になる教室に入っていく。

 

 

「二年四組か……」

 

 

それにしても綺麗な学校だ。

内装にほとんど傷が見つからない。

それにまだ真新しい。

できたばかりなんだな。

 

何となく教室を見回してみる。

ホームルームまで少し時間があるにも関わらず、もう結構な人数が揃っていた。

 

同じクラスになれたのを喜び合う者。

一人机についてつまらなさそうにしている者。

反応は様々たったが、俺の知っている顔はいな―――くもなかった。

 

 

「―――五河刃」

 

 

後方から、抑揚のない声がかけられた。

 

 

「なんだ?」

 

 

俺は振り向きながら答える。

そこには細身の少女が一人立っていた。

肩に触れるか触れないかくらいの髪に、人形のような顔が特徴的な可愛い少女だ。

でもまったくと言っていいほど表情が見受けられない。

この少女の名は―――

 

鳶一 折紙

 

陸上自衛隊の対精霊部隊・ASTの隊員だ。

 

 

「すまんな、俺はおまえのことを覚えていなくてな。なんせ記憶力には自信がなくてな」

「そう」

 

 

それだけ言って窓際の席に歩いて行った。

そのまま椅子に座ると、机から分厚い技術書みたいなものを取り出し、読み始めた。

 

 

「とうッ!!」

「あ゛?」

「ごはぁ」

 

 

俺が折紙のことについて考えていると、男のむさくるしい男の声が聞こえてきた。

そのまま背中に平手を打ちこまれそうになったので、俺は腹に一撃をくれてやった。

 

 

「ぐ……な、何しやがる」

「うるせぇ……テメェが先に仕掛けてきたんだろ」

 

 

まったく……殺るなら殺られる覚悟を持てっての。

 

 

「そんなことより、元気そうだなセクシャルビースト五河」

 

 

俺の友人らしい殿町宏人は、同じクラスであったことを喜ぶよりも先に、ワックスで逆立てられた髪と筋肉質で暑苦しい身体を誇示するように、腕を組み軽く身をそらしながら言った。

 

 

「……うぜぇ」

「なんだとこの淫獣め。ちょっと見ない間に色気づきやがって。いつの間にどうやって鳶一と仲良くなりやがったんだ、えぇ?」

 

 

そう言って、殿町が俺の首に腕を回し、ニヤニヤしながら訊いてくる。

 

 

「俺にもわからん」

「はぁ?なんだよそれ……うらやましすぎんだろ!!」

 

 

さっきからうっとおしい。

まったく少女一人に大げさすぎる。

 

 

「あいつってそんなになのか?」

「あぁ……あいつはウチの高校が誇る超天才。聞いたこのないのか?」

「初めて聞いた……すごいのか?」

「すごいなんてモンじゃねぇよ。成績は常に学年主席、この前の模試に至っちゃ全国二位とかいう頭のおかしい数字だ。クラス順位は確実に一個下がることを覚悟しな」

 

 

模試……あぁなだれこんできた記憶にあったな。

順位は―――おぉ、安定の一位ね。

点数は―――オール満点。

 

……俺の肉体よ、貴様は何てことしてくれたんだ。

これじゃあヘタな点数取れないな。

 

 

「まぁ俺はその心配はなさそうだ」

「はぁ?何言ってんだおまえ。鳶一は模試で全国二位だぞ?おまえがどうにかできる相手じゃないぞ」

「じゃあ模試のトップは誰だったんだ?」

「おいおい……まさか」

「俺がトップだ」

 

 

殿町が黙り込む。

余程衝撃的だったんだろう。

そりゃそうだ、今までバカだと思っていた俺が模試で全国トップ。

これほどクるものはないだろう。

 

 

「ま、まぁその件については置いておこう。それだけじゃなく、体育の成績もダントツ、ついでに美人ときてやがる。去年の『恋人にしたい女子ランキング・ベスト13』でも第3位だぜ?見てなかったのか?」

「やってたことすら知らなかった。それにベスト13?何でそんな中途半端な数字なんだ?」

「主催者の女子が13位だったんだよ」

「あぁ、なるほど」

 

 

でも13位でもかなり上位じゃないか?

 

 

「ちなみに『恋人にしたい男子ランキング』はベスト358まで発表されたぞ」

「多っ!?下位についてはもはやワーストランキングだな。それも主催者決定なのか?」

「あぁ、まったく往生際が悪いよな」

「おまえは何位だったんだ?」

「358位だが」

「おまえが主催者か」

 

 

かわいそうに。

自ら傷口に塩、いや、ハバネロを塗るなんて。

痛み止めすら効かないぞきっと。

 

 

「選ばれた理由は、『愛が重そう』『毛深そう』『足の親指の爪の間が臭そう』でした」

「やっぱりワーストランキングですね、わかります」

「まぁぶっちゃけ下位ランクは一票も入らない奴らばっかだったからな。マイナスポイントの少なさで勝負だ」

「やめりゃいいのに……」

「そんな五河に朗報だ。おまえはぶっちぎりのトップだチクショウ!!」

「はっ」

「鼻で笑われた!?」

 

 

トップか……

なんか、いいな。

いかんいかん。

俺にはレティシアと言う本妻が。

 

 

「理由は『イケメン』『かっこいい』『何やっても様になってる』『調教してほしい』『無理やりヤられたい』などだ」

「……後半の二つ。確実に変態だ」

 

 

まぁ悪い気はしない。

 

 

「まぁとにかく、校内一の有名人っつても過言じゃないわけだ。五河くんの無知ぶりにさすがに殿町さんもびっくりです」

「上条さんかよ……」ボソ

 

 

俺は思わずつぶやいてしまった。

そして予冷が鳴る。

俺は自分の席を確認するために黒板を見に行く。

ふんふん、どうやら俺は窓側から数えて二列目の席らしい。

そしてこの席は折紙の隣だ。

 

折紙は予冷が鳴り終える前に本を閉じ、机にしまい込んだ。

そして視線を真っ直ぐ前に向け、定規ではかったかのような美しい姿勢を作る。

 

俺もとりあえず黒板を見ている。

それに合わせるようにして、教室の扉がガラガラと開けられる。

そしてそこから縁の細い眼鏡をかけた小柄な女性が現れ、教卓についた。

あたりから、小さくざわめきのようなものが聞こえてくる。

 

 

「タマちゃんだ……」

「あぁ、タマちゃんだ」

「マジで!?やったー」

 

 

おおむね、好意的なもののようだった。

 

 

「はい、皆さんおはよぉございます。これから一年、皆さんの担任をつとめさせていただきます、岡峰珠恵です」

 

 

のほほんとしてる。

それが俺の第一印象だ。

贔屓目に見ても生徒と同世代くらいにしか見えない童顔と小柄な体躯。

それにのんびりした性格ときた。

 

それにしても……

 

いづれぇ……

さっきから折紙がじーっ、と見てくる。

一体何だってんだ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「五河ー、どうせ暇なんだろ、飯いかねー?」

 

 

始業式を終え、帰り支度を整えた生徒たちが教室から出ていく中、鞄を肩がけにして殿町に声をかけられた。

まわりもちらほらそういう相談をしている集団がある。

 

 

「俺は用事があるからパスだ」

「なぬ?女か」

「妹だ」

「そうか……俺も一緒にいっていいか?」

「ダメだ」

「言うと思った。仕方ね、今日はあきらめるわ」

 

 

そう言って殿町は去っていった。

折角の妹とのひと時を邪魔されてたまるか。

そんな時だった。

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ

 

教室の窓ガラスをビリビリと揺らしながらクソうるさいサイレンが鳴り響く。

 

教室に残っていた生徒たちも、皆会話を止めて目を丸くしている。

すると、サイレンに次いで、聞き取りやすようにするためか、言葉を一拍ずつ区切るようにして、機械越しの音声が響いてくる。

 

 

『―――これは訓練では、ありません。これは訓練では、ありません。前震が、観測されました。空間震の、発生が、予想されます。近隣住民の皆さんは、速やかに、最寄りのシェルターに、避難してください。繰り返します―――』

 

 

瞬間、静まり返っていた生徒たちが、一斉に息を呑む音が聞こえた。

教室に残っていた生徒たちは、顔に緊張と不安こそ滲ませているものの、比較的落ち着いてはいた。

少なくとも、恐慌状態に陥ったりする生徒はいないようだ。

 

全員がシェルターに向かうのをしり目に、俺は下駄箱に向かう。

折紙もどこかに向かったようだ。

少なくともシェルターではない。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

ここは本当にファミレス付近なのか?

俺の視界に広がっていたのは、不気味な光景だった。

車の通らない道路、人影のない街並み。

街路にも、公園にも、コンビニにも、誰一人としての残っていない。

つい先ほどまで、誰かがそこにいたことを思わせる生活感を残したまま、人間の姿だけが街から消えている。

 

ドオォォォォォォォォォ!!

 

凄まじい爆音が俺の耳に入る。

そして衝撃派が俺を襲う。

だがこのくらいは余裕で立っていられる。

 

おぉ……

 

俺は素直に驚いた。

あの一瞬で街並みが無くなった。

そう、跡形も無くなったのだ。

街の風景が、浅いすり鉢状に削り取られていた。

そして、クレーターのようになった町の一角、中心。

 

そこに金属の塊のようなものが聳えている。

 

まるで王座のようだった。

その王座の肘掛けに足をかけるようにして、精霊の霊装のドレスを纏った少女が一人立っている。

その少女の名は―――

 

夜刀神 十香

 

になるはずだ。

この世界では何になるか分からない。

 

十香が来だるそうに首を回し、俺の方に顔を向けた。

そのままゆらりとした動作で、玉座の背もたれから生えた柄のようなものを握る。

そしてそれをゆっくりと引き抜く。

 

そう、そのものの名は―――

 

〈鏖殺公(サンダルフォン)〉

 

そしてその〈鏖殺公〉を俺の方にむかって横なぎにッ!?

俺は瞬時に朱蓮を出現させて受け止める。

 

 

「まったく……いきなり結構なごあいさつだな」

 

 

俺は十香に言う。

 

 

「―――おまえも……か」

 

 

酷く疲れたような声が聞こえる。

目の前には十香が立っている。

 

可愛い、いや、美しい?

どちらとも言える。

しかし霊装ってのは不思議なものだ。

透明なところもあればしっかりとしたところもある。

ドレスの形だが……動きにくそうではない。

スカートにいたっては光の膜でできている。

 

だがその手にある身の丈ほどありそうな巨大な剣のせいで―――凛々しくなる。

 

 

「キミの名は?」

「……名、か」

 

 

心地のいい調べの如き声音が空気を震わせる。

 

 

「―――そんなものは、ない」

 

 

これがペスト以外の精霊に話しかけた初めてのことだった。

 

 



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第2話~ラタトスクとの出会い~

「―――そんなものは、ない」

 

 

悲しげに十香は言った。

俺と十香の視線が初めて合う。

その目からはひどく憂鬱そうな―――まるで、今にも泣き出してしまいそうな表情だった。

そしてその表情のまま、カチャリという音を鳴らして剣を握りなおした。

 

 

「何をするつもりだ?」

「それはもちろん―――早めに殺しておこうかと」

「なんでだ?」

「なんで……?当然ではないか」

 

 

十香は物憂げな顔を作りながら続けた。

 

 

「―――だっておまえも、私を殺しに来たんだろう?」

「何言ってんだおまえ……」

「―――何?」

「俺はおまえを救いに来ただけだ」

 

 

そう言うと、十香は猜疑と困惑の入り交ったような目を向けてきた。

だが、十香はすぐに眉をひそめると、俺から視線を外し、空に顔を向けた。

俺も空に視線を移動させる。

そこにはASTの少女たちが数名飛んでいた。

 

俺は顔が割れるとまずいので狐の面をつける。

そして制服の上から暁のコートを創造して羽織る。

 

ASTの集団は手に持っていた武器から、俺と十香目がけてミサイルをいくつも発射してきた。

俺は十香とミサイルの間に神速で移動する。

 

 

「何をやっている!!そこをどけ!!」

 

 

十香が叫んでくるが俺は気にせず行動を開始する。

俺はただそこに立っているだけ。

だがミサイルは不可視の壁にぶつかり、こちらには被弾せずに爆発する。

 

 

「なっ!?」

 

 

後ろでは十香ば驚いている。

そんなことは気にしていられない。

すぐさま次の行動に出る。

 

 

「モード・天使(エンジェル)」

 

 

俺の背中からATフィールドでできた翼が三対六枚出現する。

頭上にはATフィールドでできた天使の輪みたいのが出現している。

その容姿を表現するなら―――

 

天使

 

これが一番近いだろう。

だから『モード・天使』だ。

 

俺の姿を見てASTの集団は驚愕を現した。

大方、新たな精霊の出現だとでも思っているのだろう。

 

 

「貴様は一体何なんだ?」

 

 

十香が警戒心を示しながら俺に尋ねる。

俺はいつも通り返すだけだ。

 

 

「ただ万能なだけの人外、神浄刃。今は五河刃。おまえを救いに来た者だ」

 

 

だがその返しに十香は首をかしげた。

 

 

「ジンガイとは何だ?」

 

 

俺はひざから崩れ落ちそうになった。

そこからか!!

そう突っ込みたくなった。

 

 

「人ではないということだ」

「おぉ、なるほど。ということは貴様も私と同じなのだな」

「まぁそんな感じだな」

 

 

本当は神様だけどね。

それにしてもさっきからミサイルがうっとおしい。

意味ないのにな……税金の無駄遣いだ。

 

 

「―――最大の拒絶」

 

 

俺と十香を囲むように立方体状で円の形をかたどったATフィールドが展開される。

数は―――数えるのが面倒だ。

とにかくたくさんだ。

それが立方体が外に回転する。

すると周りにいたASTが吹き飛んでいく。

相変らず便利な力だ。

 

 

「さて、ASTども。俺の邪魔をしたことを全力で後悔させてやろう」

 

 

俺は一振りの大剣を出現させる。

 

 

「―――アスカロン」

 

 

大剣の名を呟く。

 

アスカロン

 

形状は全長3.5m、総重量200kgの鋼の塊。

十六世紀末にとある作家が勝手に作った『聖剣の物語』に基づいて本物の魔術師が手掛けた霊装である。

『作中に登場する全長50フィートの悪竜が実在するものとして、その悪竜を切り殺すために必要な剣の理論値とは何か』を徹底的に計算し尽くして作り上げられた怪物兵器だ。

これは魔術師ではなく俺―――神様特製だ。

本物より破壊力、耐久力、切れ味などは格段にいい。

 

アスカロンに魔力を流し込む。

すると、刀身がプリズムのように様々な色に輝き始める。

いいねぇ……

かっこいいねぇ……

 

そしてアスカロンを横なぎに振るう。

それだけで剣圧が衝撃波となってASTに向かう。

ASTはそれをもろに喰らってさらに吹き飛ぶ。

 

 

「よし、これで静かに話ができるなッ!?」

 

 

俺はとっさにアスカロンで防ぐ。

まだ残っていたか……

だが襲ってきた少女の顔を見て納得する。

 

 

「―――鳶一折紙」

 

 

こいつだけは他のASTとは別格だったか。

だが関係な―――くはなかった。

十香が折紙と交戦を始めたのだ。

俺に脅威がないと考えてくれたのか?

ならこれは共闘の提案か?

それにしても戦い慣れているな二人とも。

とりあえずアスカロンを消し、もう一度状況を整理しようとした。

 

だがそんなことを考えていられるのも少しの間だけだった。

 

 

「やべっ!?」

 

 

十香と折紙の攻撃が交わった一点から、衝撃波が発せられた。

瓦礫の上に胡坐をかいて二人の戦いを見ていた俺は簡単に吹き飛ばされた。

 

しかも吹き飛ばされた場所が悪すぎる。

二人の間だ。

俺を挟んで、十香と折紙が鋭い視線を混じらせる。

 

一色触発

 

それが今の状況を表すのに一番当てはまる言葉だ。

何か小さなきっかけですぐに戦闘が再開されてしまいそうだ。

 

 

「はぁ……」

 

 

俺は思わずため息を吐いてしまった。

だがそのとき、俺のポケットに収まっているスマホから着信音が鳴り響く。

 

 

「―――!!」

「―――!!」

 

 

それが合図だった。

十香と折紙がほとんど同時に地を蹴り、俺の真ん中で激突する。

あとは分りますよね?

俺は胡坐をかいて座っている。

ということは―――

 

 

「のおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

 

 

吹き飛ばされます。

俺は宙を舞う。

そしてそのまま浮遊感が続く。

俺は思い出す。

 

確かこの上空にいは〈フラクシナス〉が待機しているんだっけか。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

俺の目の前には女が立っていた。

ものすごく眠そうだ。

 

 

「―――誰だ?」

 

 

俺はとりあえず言っておく。

俺自身は女の名前を知っているが、こうでもしておかないと「なんで知っている?」とかなりそうだからな。

 

女の全貌を見取る。

 

軍服らしき服を纏い、年齢は二十歳くらいだ。

髪は無造作に纏められていて、分厚い隈に飾られた目、そしてなぜか軍服のポケットに傷だらけのクマのぬいぐるみがいた。

 

 

「……ここで解析官をやっている、村雨令音だ」

 

 

そう女の名は―――

 

村雨令音

 

なんだかんだ言って大事なときに役に立ってくれるいい人だ。

 

 

「……ついてきたまえ。君に紹介したい人がいる。……気になることはいろいろあるだろうが、どうも私は説明下手でね。詳しい話はその人から聞くといい」

 

 

そう言って部屋の出入り口と思しき方向にむかって、ふらふらと歩いていく。

が、すぐに足をもつれさせると、ガン!!と音を立てて頭を壁に打ちつけた。

 

 

「おいおい……大丈夫か?」

「……むぅ」

 

 

倒れはしなかった。

令音は壁にもたれかかるようにしながらうめく。

 

 

「……あぁ、すまんね。最近少し寝不足なんだ」

「どれくらい寝ていないんだ?」

 

 

令音は少し考えるような仕草を見せる。

それだけ寝ていないということか。

そして指を三本立ててきた。

 

 

「三日?それとも三週間?そりゃ眠いだろう」

「……三十年、かな」

「あんたが本当に人間か疑わしくなってきたぞ」

 

 

三十年はありえないだろう……

さすがの俺でも死にかけるぞ。

まぁ死にはしないけど。

 

 

「……まぁ、最後に睡眠を取った日が思い出せないのは本当だ。どうも不眠症気味でね」

「そうか……」

「……と。あぁ、失礼、薬の時間だ」

 

 

すると令音は突然懐を探ると、錠剤の入ったピルケースを取り出した。

ピルケースを開けると、錠剤をラッパ飲み!?

おいおい……

さすがに死ぬんじゃないか?

 

 

「……こっちだ。ついてきたまえ」

 

 

令音が空になったピルケースを懐に戻してから、また危なっかしい足取りで歩き出す。

 

部屋の外は狭い廊下のような作りになっていた。

淡色で構成されたなんの面白味もない機械的な壁に床。

 

そしてしばらく歩き続ける。

 

 

「……ここだ」

 

 

通路の突き当り、横に小さな電子パネルが付いた扉の前で足を止め、令音が言った。

次の瞬間、電子パネルが軽快な音を鳴らし、滑らかに扉がスライドする。

 

 

「……さ、入りたまえ」

 

 

令音が中に入っていく。

俺もそのあとに続いた。

 

 

「ふぅん……なかなかじゃないか」

 

 

扉の向こうにある光景に俺は素直に感想を呟いた。

扉から、半楕円状の形に床が広がり、その中心に艦長席と思しき椅子があった。

さらにさ左右両側になだらかな階段が延びていた。

そこから下りた下段には無駄に複雑そうなコンソールを操作するクルーがいる。

全体的に薄暗くて、あちらこちらにあるモニターの光が存在感を主張しまくっている。

 

 

「……連れてきたよ」

 

 

令音がふらふらと頭を揺らしながら言う。

 

 

「ご苦労様です」

 

 

艦長席の横に立った長身の男が、執事のような調子で軽く礼をする。

 

 

「初めまして。私はここの副司令、神無月恭平と申します。以後お見知りおきを」

「ん、覚えておくよ」

 

 

こいつには要注意だ。

俺の可愛い琴里になにをするか分からないからな。

 

 

「司令、村雨解析官が戻りました」

 

 

神無月が声をかけると、こちらに背を向けていた艦長席が、低いうなりを挙げながらゆっくりと回転した。

 

 

「―――歓迎するわ。ようこそ〈ラタトスク〉へ」

 

 

『司令』と呼ばれるには可愛いすぎる声だ。

大きな黒いリボンで二つに括られた髪。

小柄な体。

丸っこくておおきな目。

そして口にくわえたチュッパチャップス。

 

 

「琴里か……」

 

 

普段とは様々なものが違ったが、そこにいたのは間違いなく俺の可愛い妹の琴里だった。

 

そのまま琴里は何もこっちの言葉には反応せずに説明を始めた。

 

 

「―――で、これが精霊って呼ばれる怪物で、こっちがAST。陸自の対精霊部隊よ。厄介なものに巻き込まれてくれたわね。私達が回収してなかったら、今頃二、三回ぐらい死んでは―――いないわね。さっきミサイル防いでたし。その力についてはあとで訊くわ。で、次に行くけど―――」

「まて、説明が無駄に長くてほとんど聞き流すだけだ。さっさと本題に入れ」

「聞き流すだけって……まずこっから理解してもらわないと説明のしようがないのよ」

「理解はすでにしてる。出なければこんなに落ち着いている訳がないだろ」

「どこで知ったのかは聞かせてくれないのかしら?」

 

 

俺はこの一言に考え込んだ。

なんて答えればいい?

転生者―――神だってことはまだ伏せておきたい。

適当にはぐらかすのは無理そうだ。

ならさっきの戦闘を見ていただろうからそれを利用させてもらう。

 

 

「さっきの戦闘見てただろ」

「えぇ……なんで刃があんなことができるのかがわからなかったけどね」

「あの力を手に入れた時に全て情報が流れ込んできた」

「な!?一体どこで手に入れたのよ!!」

 

 

急に食いついてきたな。

どこで手に入れたかね……

自分で創造したなんて言えない。

 

 

「気づいたら使えていたからな……情報については初めてあの大剣を使ったときに流れこんできた」

「本当でしょうね……まぁいいわ。あの大剣に名前とかあるのかしら?」

「あぁ……大剣の名前はアスカロンだ」

「「「「「アスカロン!?」」」」」

 

 

さすがにこの言葉には部屋にいる全員が驚いた。

 

 

「アスカロンって『聖剣の物語』の?」

「あぁそうだ。このアスカロンは『全長50フィートの悪竜が実在するものとして、その悪竜を切り殺すために必要な剣の理論値とは何か』というのを徹底的に計算し尽くして作り上げられた怪物兵器だ」

「確かに大きかったわね……大きさはどれくらいあるのかしら?」

「全長3.5m、総重量200kgの鋼の塊だ」

「3.5m!?それに200kgですって!?なんで刃がそんなもの持てるのよ!?」

 

 

確かによく考えてみると普通の人間が片腕はおろか、両腕でも振り回せる代物ではないな。

 

 

「使い手が使うと重さを感じなくなるんだ。だが使い手以外が手にすると重さを感じる」

「なるほどね……そういう仕組みになってるのね」

 

 

嘘です。

普通に重いですよ。

まぁ俺の身体スペックからしてみればペン程度の重さだけど。

 

 

「話を戻すわね。精霊の対処方法には二つあるの」

「ふぅん……」

「一つは、ASTのやり方。戦力をぶつけてこれを殲滅する方法。もう一つは、精霊と対話する方法。私たち〈ラタトスク〉ね。対話によって、精霊を殺さず空間震を解決するために結成された組織よ」

 

 

知ってたけどね。

 

 

「で、なんで俺にその説明をした?」

「この〈ラタトスク〉っていうのは、刃のために作られた組織だからなのよ」

「なんで俺のために?」

「んー、まぁ、刃は特別なのよ。さっきのアスカロンの件を含めなくても」

 

 

やっぱりキスして精霊の力をGet!!って展開ですか?

そのまま『神使』にするのもいいな。

まぁ本人が望んだらだけど。

 

 

「で、その対話ってのは?」

 

 

琴里は小さく笑みを浮かべた。

 

 

「それはね……精霊に―――恋をさせるの」

 

 

ふふんと得意げに、そう言った。

 

 

「わかった。それで?その理由は?」

「あら、意外にすんなり受け入れたわね。武力以外で空間震を解決しようとしたら、要は精霊を説得しなかやならないわけでしょ?」

「そうだな」

「そのためにはまず、精霊に世界を好きになってもらうのが手っ取り早いじゃない。世界がこんなに素晴らしいモノなんだー、ってわかれば、精霊だってむやみやたらに暴れたりしないでしょうし」

「そうだな」

「で、ほら、よく言うじゃない。恋をすると世界が美しく見えるって。―――と言うわけでデートして、精霊をデレさせなさい!!」

「OK全て理解した」

「「「「「マジで!?」」」」」

 

 

琴里はおろか、この部屋にいる全員が驚いた。

 

 

「―――よろしい。今までのデータから見て、精霊が現界するのは最短でも一週間後。早速明日から訓練よ」

「訓練?何の?」

「デートのに決まってるじゃない!!刃は今まで一度もデートしたことないでしょう?そんなことでは精霊の機嫌をそこねて、最悪日本沈没なんてことになったらたまったもんじゃないから」

「琴里……俺でもデートくらいしたことあるぞ」

「え……?」

 

 

琴里は口にくわえていたチュッパチャップスを落とした。

その顔からは驚愕の表情が見て取れた。

 

 

「や、刃……デ、デートしたことあるの?」

「あぁあるぞ」

「な、何回?」

「そうだな―――」

 

 

俺は指を折りながら数えていく。

すると両方の指を折り、開こうとした時だった。

 

 

「そ、そんなに!?てっきり一、二回かと思ったわよ!!」

 

 

琴里が叫ぶ。

俺はお構いなしに数え続ける。

色々な世界を周ってそして『神使』を増やしてその時に最低でも一回はデートするからな。

そのあとかならずそれがバレてすでに『神使』だった者からデートしようって言われるから……

それにレティシアとは『箱庭』でたくさんデートしたし……

 

 

「百回はくだらないと思う」

「「「「「百回!?」」」」

 

 

またまた全員が反応する。

そんなにすごいことか?

あぁそうか、ここにいる人は俺が何万年も生きていることを知らないんだったな。

でも百回ぐらいならバカップルはすると思うぞ?

本当に。

 

 

「そ、それなら大丈夫そうね……」

「まぁな。それにいろいろなタイプの女の子とデートしたし、どんなタイプの子でも大丈夫だ」

「「「「プ、プレーボーイ!?」」」」」

 

 

なんでそうなる。

全員愛してますよ。

あぁ……早く会いたいなぁ……

 

 

「い、いろいろなタイプって?」

 

 

琴里がおそるおそる訊いてきた。

 

 

「んー……聞きたい?」

「や、やめておくわ」

「うん、それがいいと思うよ」

 

 

正直多すぎてわからない。

微妙なのもあるし。

 

 

「というわけで訓練の話はなしで」

「「「「「異議なし!!」」」」」

 

 

ありがたい。

失敗するたびに俺の黒歴史が流れるなんてたまったもんじゃねぇ……

 



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第3話~精霊の少女との再会~

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――ッ!!」

 

 

教室でノートPCを開き、作曲しているときのことだった。

廊下の方から、女子生徒の悲鳴が聞こえてきた。

ノートPCを空間倉庫にしまい、廊下に向かう。

 

 

「なんだ?うるさいなぁ……」

 

 

廊下に出ると、数名の生徒が集まっていた。

そしてその中心には、白衣を着た女が一人うつ伏せで倒れていた。

 

 

「はぁ……何があった?」

「や、刃くん!?し、新任の先生らしいだけど……急に倒れて……っ!!」

 

 

呟くと、近くにいた女子生徒があたふたしながら、だが顔を若干赤くしながらそう返してきた。

その前になぜに俺の名前を知っていた?

あぁ……殿町のランキングのせいか。

 

俺は容姿をよく見る。

すると納得してしまった。

 

 

「令音……何してるんだ?」

「……心配はいらない。ただ転んでしまっただけだ」

 

 

そう言いながら、令音は廊下にべたりとつけていた顔面をゆらりと上げる。

やはりそこには令音の顔があった。

 

 

「何をしているんだ?こんなところで」

「……みてわからないかい?教員としてしばらくお世話になることにしたんだ。ちなみに教科は物理、二年四組の副担任も兼任する」

 

白衣の胸につけていたネームプレートを示しながら、令音が言ってくる。

ちなみに、その上に胸ポケットからは、傷だらけのクマさんが顔を覗いていた。

 

 

「そうか……ほら」

 

 

俺は令音に手を差し出す。

 

 

「……ん、悪いね」

「それはいい……歩きながら話しよう」

 

 

あたりに気を払いながら言う。

そのまま令音のペースに合わせてのたのたと歩く。

 

 

「えぇと、君は……や……」

「覚えてないのか……刃だ」

「……さて、ヤイバ」

「なんか違うような気がするんだけど……」

 

 

そんなことを言い合い、俺は切りのいいところで教室に戻った。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

教室に戻り自分の席に着くと、俺は再びノートPCを取り出す。

そして打ち込む。

ひたすら打ち込む。

歌詞、そして楽器の音。

曲を作っているのだ。

暇つぶしに試しに作ってネットにアップしたところ、意外に再生回数が伸びていき、今ではCDまで出し、たまにトップを取ることもある。歌っているのは俺だ。

最初はVOCALOIDを創って歌わせようかと思ったが、このあとに起こる『誘宵 美九』とのことを考えると、俺の声の方がいいと判断した。

顔はネット上には全く出回っていない。

ちなみに名前は『二天龍』だ。

俺にぴったりだろ?

一応二天龍を従えし者だし。

 

そしてこのことは学校の奴らも知らない。

 

順調に作曲をしているときだった。

 

ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――――――

 

空間震を伝える警報が鳴り響く。

俺はすぐにみんなに見えないように鞄の中に『空間を操る程度の能力』で空間倉庫を開き、そこにノートPCをしまう。

それと同時に俺のスマホが着信音を鳴り響かせる。

画面には『琴里』の二文字。

俺はすぐに出る。

 

 

「なんだ?」

『刃、空間震よ。一旦〈フラクシナス〉に移動するわ』

「やはり精霊か」

『えぇ。出現予測地点は―――来禅高校よ』

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

時刻は、十七時二十分。

避難を始める生徒の目を裂けながら、街の上空に浮遊している〈フラクシナス〉に移動した俺は、艦橋のスクリーンに表示されら様々な情報に視線を送る。

琴里と令音は、時折言葉を交わしながら意味ありげにうなずいていたが、正直俺には画面上の数値がなにを示しているか分からなかった。

というよりも興味がなかった。

 

 

「なるほど、ね」

 

 

艦長席に座りチュッパチャップスを舐めながら、クルーと言葉を交わらせていた琴里は、小さく唇の端を上げた。

 

 

「―――刃」

「なんだ?」

「早速働いてもらうわ。準備なさい」

「そんなものはとっくにできている」

 

 

俺がニヤリとすると、琴里もニヤリとしてきた。

 

 

「―――もう彼を実戦登用するのですか、司令」

 

 

艦長席の隣に立っていた神無月が、スクリーンに目をやりながら不意に声を発した。

吠えるなよ、この小僧が。

 

 

「相手は精霊。失敗はすなわち死を意味します。いくら恋愛経験がほうふげぇッ」

 

 

言葉の途中で神無月の鳩尾に琴里の拳がめり込む。

 

 

「私の判断にケチつけるなんて、偉くなったものね神無月。罰として今からいいと言うまで豚語で喋りなさい」

「ぶ、ブヒィ」

 

 

……神無月、きめぇ。

 

 

「刃、あなたかなりラッキーよ」

「どうした?」

 

 

琴里の視線を追うように、スクリーンに目を向ける。

 

やはり意味不明な数字が踊っていたが―――右側の地図に、さっきにはなかったアイコンがあった。

来禅高校に赤いアイコンが一つ、そしてその周囲に、小さな黄色いアイコンがいくつも表示されていたのである。

 

 

「赤いのが精霊、黄色いのがASTよ」

「何がラッキーなのかがまったくもってわからん」

「ASTを見て。さっきから動いていないでしょう?」

「そうだな」

「精霊が外に出てくるのを待っているのよ」

「あぁなるほど。戦闘がしにくいのか」

「そうよ。CR-ユニットは、狭い屋内での戦闘を目的として作られたものではないのよ。いくら随意領域(テリトリー)があるとはいっても、遮蔽物が多く、通路も狭い建造物の中ではでは確実に機動力が落ちるし、視界もさえぎられてしまうわ」

 

 

そう言いながら、琴里がパチンと指を鳴らす。

それに応じるように、スクリーンに表示されていた画像が、実際の高校の映像に変わる。

校庭やその周りの道路や校舎の一部が、この前ファミレスの近くでみたものと同じように削り取られていた。

 

 

「校庭に出現後、半壊した校舎に入りこんだみたいね。こんなラッキー滅多にないわよ。ASTのちょっかいなしで精霊とコンタクトが取れるんだから」

「なぁ、もし精霊が普通に外に現れてたら、どうやって俺を精霊と接触させるつもりだったんだ?」

「ASTが全滅するのを待つか、ドンパチしている中に放り込むか、ね」

「そうか……」

 

 

出来ればドンパチしている中に放り込まれた方が説得はしやすかったと思う。

そこで助ければ話のきっかけもできるし。

 

 

「ん、じゃあ早いところ行きましょうか。はい、これインカム。精霊の状況や緊急時の行動を伝えるから。精霊の説得は基本、刃にまかせるから」

「りょーかい」

 

 

渡されたインカムを右耳につける。

 

 

「よろしい。カメラも一緒に送るから、困ったときはサインをして、インカムを二回小突いてちょうだい」

「あいよー」

 

 

俺は制服の上着を近くのクルーに渡す。

そしてシャツの腕をまくる。

 

 

「さぁ、行こうか」

「グッドラック」

 

 

ビッと親指を立ててくる琴里に俺は軽く手を上げて返す。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

〈フラクシナス〉下部にやってきた。

ここに設けられている顕現装置(リアライザ)を用いた転送機は、直線状に遮蔽物さえなければ、一瞬で物質を転送、回収できるらしい。

科学技術でそれをできるんだからすごいと思う。

まぁ俺は普通に転移できるからいらないけど。

 

そして〈フラクシナス〉から薄暗い高校の裏手に転移する。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

校舎の裏手に転移したので、十香のいる教室まで移動をするしかないか。

視線を巡らせていると、ごっそり削られた校舎の壁があった。

 

 

『まぁ、ちょうどいいからそこから入っちゃいなさい』

 

 

右耳につけたインカムから琴里の声が聞こえてきた。

俺は返事をせず、校舎の中に入る。

あまりのんびりしていてASTに見つかったら保護されてしまうかもしれないな……

 

 

『さ、急ぎましょ。ナビするわ。精霊の反応はsこから階段を上がって三階、手前から四番目の教室よ』

「あいよー」

 

 

近くの階段を駆け上がっていく。そして十秒とかからず、指定された教室の前までたどり着く。

扉はあいておらず、中の様子は窺えなかった。

 

 

「そういえばここって二年四組……俺のクラスじゃねぇか」

『あら、そうなの。好都合じゃない。地の利までとは言わないけど、全く知らない場所よりよかったでしょ』

 

 

実際、場所なんてどうでもいい。

崖とか火山とか海中などの特殊なところじゃなければ。

 

教室の扉を開ける。

夕日で赤く染められた教室の様子が、網膜に映りこむ。

 

そして教室を見渡す。

すると、前から四番目、窓際から二列目―――ちょうど俺の机の上に、霊装のドレスを纏った十香が片膝を立てるようにして座っていた。

 

幻想的な輝きを放つ目を物憂げな半眼にし、ぼぅっと黒板を眺めている。

それに加えて半身を夕日に照らされた十香は、俺が見とれるのに十分な魅力があった。

だが、その完璧にも近いワンシーンは、すぐに崩れることとなった。

 

 

「―――ぬ?」

 

 

十香が俺の侵入に気付いたようだ。

目を完全に開いてこちらを見ている。

 

 

「―――よぉ」

 

 

俺が手を上げて話しかけた瞬間だった。

 

―――ひゅん、と。

 

十香が無造作に手を振るい、俺の頬かすめて黒い光線が通り抜けて行った。

一瞬のあと、教室の扉と、その後ろにある廊下の窓ガラスが盛大な音を立てて砕け散る。

 

 

「おぉ……」

 

 

突然のことだったので俺は素直に驚いた。

頬に手をやると、少し血が―――流れてるわけがなかった。

傷は一瞬で治癒したようだ。

 

 

『刃!!』

 

 

琴里の声が俺の鼓膜を痛いほどに震わせてくる。

 

十香は憂鬱をした表情を作りながら、腕を大きく振り上げていた。

手のひたらの上には、丸い光の塊が、黒い輝きを放っている。

そしてそれが放たれた。

俺は動かず、それを受ける。

 

キイィィィィィィィィン

 

それは光の塊は俺の前に展開されたATフィールドに防がれて、俺まで届かない。

 

 

「おいおい、随分なごあいさつだな」

 

 

十香に言う。

 

 

「おまえは、何者だ」

 

 

俺のことを覚えていないのか?

素直に言うか。

 

 

「俺は五河刃。おまえを救いにきた者だ」

 

 

それを聞いた十香はゆっくりとした足取りで俺の方に寄ってきた。

そしてしばしの間俺の顔を凝視してから「ぬ?」と眉を上げた。

 

 

「おまえ、前に一度会ったことがあるな……?」

「あぁ、今月の十日にな。街中で」

「おぉ」

 

 

十香は得心が言ったように小さく手を打つ。

 

 

「思い出したぞ。何やらおかしなことを言っていた奴だ」

 

 

そして十香は俺の前髪を掴み、顔を上向きにする。

 

痛ぇ……

地味に痛ぇ……

 

十香が俺の目を覗き込むように斜めにしながら視線を放ってくる。

 

 

「……確か、私を救うとか言っていたか?ふん―――見え透いた手を。言え、何が狙いだ。油断させておいて後ろから襲うつもりか?」

「そんなわけないだろう。救いたいのは本当だ。それに襲わねぇ……一つ言わせろ。人間はおまえを殺そうとする奴らばかりじゃねぇ」

 

 

俺の言葉に十香が目を丸くして、俺の髪から手を放す。

 

あー痛かった。

 

そしてしばしの間、もの問いたげな視線で俺の顔を見つめたあと、小さく唇を開いた。

 

 

「……そうなのか?」

「そうだよ」

「私が会った人間たちは、皆私は死ななければならないと言っていたぞ」

「そんなわけがあるか」

 

 

十香は何も答えず後ろに手を回す。

半眼を作って口を結び―――俺の言ったことがまだ信じ切れていないという顔を作る。

 

 

「……では訊くが。私を殺すつもりがないなら、おまえは一体何をしに現れたのだ?」

「おまえに会うためだ」

「……?」

 

 

十香がきょとんとした顔を作る。

 

 

「私に?一体何のために」

「おまえと話がしたかったんだ」

 

 

この返しに十香は意味が分からないといった様子で眉をひそめた。

 

 

「どういう意味だ?」

「そのままだよ。俺はおまえと話がしたくてな。内容はどうでもいい、あぁどうでもいいさ。無視したいなら無視しろ。だけどな、これだけは分って欲しい。俺は―――おまえを否定しない」

 

 

十香は眉を寄せると、俺から目を逸らす。

そしてしばしの間黙ったあと、小さく唇を開く。

 

 

「……ヤイバ。ヤイバといったな」

「そうだ」

「本当に、おまえは私を否定しないのか?」

「あぁ、本当だ」

「本当の本当か?」

「本当の本当だとも」

「本当の本当の本当か?」

「本当の本当の本当だ!!」

 

 

俺は間髪入れずに答える。

十香は髪をくしゃくしゃとかき、ずずっと鼻をすするかのような音を立ててから、顔の向きを戻してきた。

 

 

「―――ふん」

 

 

眉根を寄せ口をへの字に結んだままの表情で、腕を組む。

 

 

「誰がそんな言葉に騙されるかばーかばーか」

「ハハハ……でも俺は―――」

「……だがまぁ、あれだ」

 

 

十香は複雑そうな表情を作ったまま、続ける。

 

 

「どんな腹があるかは知らんが、まともに会話をしようという人間は初めてだからな。……この世界の情報を得るために少しだけ利用してやる」

 

 

そう言って、もう一度ふんと息を吐く。

 

 

「そうか」

「情報を得るためだからな。うむ、大事。情報超大事」

 

 

そう言いながらも―――ほんの少しだが、十香の表情が和らいだような気がする。

 

 

『―――上出来ね。正直舐めてたわ……そのまま続けて』

 

 

インカムから琴里の声が聞こえてきた。

 

十香が大股で教室の外周をゆっくりと周り始める。

 

 

「ただし不審な行動を取ってみろ。おまえの身体に風穴を開けてやるからな」

「はいはい……」

 

 

俺の返答を聞きながら、十香がゆっくりと教室に足音を響かせる。

 

 

「ヤイバ」

「なんだ?」

「―――早速訊くが。ここは一体何なんだ?初めて見る場所だ」

 

 

そう言って、歩きながら倒れていない机をペタペタを触り回る。

 

 

「俺と同年代の生徒たちが勉強する場所だな。その席に座ってな」

「なんと」

 

 

十香は驚いたように目を丸くした。

何にそんなに驚いたんだ?

 

 

「これに全ての人間が収まるのか?冗談抜かすな。四十近くはあるぞ」

「本当だ」

 

 

なるほど、そのことについて驚いていたのか。

十香が見たことがある人間はASTの数名だろうから、大した人数はいないだろう。

 

 

「なぁ―――」

 

 

俺は十香の名前を呼ぼうとして、声を詰まらせた。

まだ彼女は十香という名ではないからだ。

 

 

「ぬ?」

 

 

俺の様子に気づいたのだろう、十香が眉をひそめてくる。

そしてしばし考えを巡らせるように顎に手を置いたあと、

 

 

「……そうか、会話を交わす相手がいるなら、必要だな」

 

 

そううなずいて、

 

 

「ヤイバ。―――おまえは、私を何と呼びたい」

 

 

手近にあった机に寄りかかりながら、そんなことを言ってきた。

 

 

「私に名をつけろ」

「そうだな……」

 

 

俺は考えるふりをする。

そして決まりきっていた名を口にする。

 

 

「―――十香」

「ぬ?」

「どうだ?」

「まぁ、いい」

 

 

俺は内心、安心した。

ここで拒否されたら何て名前をつけようか考えていなかったからだ。

 

 

「それで―――トーカとは、どう書くのだ?」

「あぁ、それは―――」

 

 

俺は黒板の方に歩いていく。

そして、チョークを手に取り、『十香』と黒板に書く。

 

 

「ふむ」

 

 

十香が小さくうなってから、俺の真似をするように指先で黒板をなぞる。

十香の指が伝ったあとが綺麗に削り取られ、下手だがそこには確かに『十香』の二文字が記されていた。

 

しばしの間自分の書いた文字をじっと見つめ、小さくうなずいた。

 

 

「ヤイバ」

「どうした?」

「十香」

「ん?」

「十香。私の名だ。素敵だろう?」

「あぁ」

 

 

やべぇ……

可愛い……

 

 

「ヤイバ」

「十香」

 

 

俺がその名を呼ぶと、十香は満足そうに唇の端をニッと上げた。

これで惚れない男はゲイか特殊性癖以外いないだろう。

それほど可愛い笑顔だった。

 

その時だった。

 

突如、校舎に凄まじい爆音と震動が襲った。

 

 

「なんだ……?」

『刃、床に伏せなさい』

 

 

インカムから琴里の声が響いてくる。

だがその必要はない。

 

ガガガガガガガガガガガガガガ

 

とけたたましい音を立てて、教室の窓ガラスが一斉に割れ、ついでに向かいの壁にいくつもの銃痕が刻まれていく。

 

 

「何してくれてんだ?」

『そ、外からの攻撃みたいね。精霊をいぶり出すためじゃないかしら。―――あぁ、それとも校舎ごとぶっ潰して、精霊が隠れる場所をなくすつもりかも』

「あ゛?」

『い、今はウィザードの災害復興部隊がいるからね。すぐに治せるなら、一回ぐらい壊しちゃっても大丈夫ってことでしょ。―――にしても予想外ね。こんな強攻策に出てくるなんて』

 

 

俺は視線を十香に向ける。

十香が、俺に対していたときとはまるで違う表情をして、ボロボロになった窓の外に視線を放っていた。

もちろん、十香のには銃弾はおろか、窓ガラスの破片すら触れてはいない。

だけど、その顔は、ひどく痛ましく歪んでいた。

 

 

「―――十香ッ!!」

 

 

俺は叫ぶ。

 

 

「……っ」

 

 

ハッとした様子で、十香が視線を外から俺に移す。

未だにクソうるさい銃声は響いていたが、二年四組の教室への攻撃は一旦止んでいた。

十香が悲しげに目を伏せる。

 

 

「早く逃げろ、ヤイバ。私と一緒にいては、同胞に討たれることになるぞ」

「同胞?笑わせるな!!少なくとも俺が同胞と言えるのは……むやみやたらと攻撃してくる奴はいない」

「そうか……」

 

 

十香は一瞬驚いた顔を作る。

 

 

「ほら、早く話をしよう。この世界の情報が欲しいのだろ?」

 

 

俺は十香に近づき、座る。

それにつられて、十香も俺の向井に座り込んだ。

 

 

「なぁ、この面をつけてもいいか?」

「む、どうしてだ?」

「AST……奴らに俺の顔が知られると面倒なことになるからな。さっきの攻撃でこの教室が見えやすくなってるし」

「ふむ……なら仕方がない」

 

 

その言葉を聞き、俺は狐の面と暁のコートを羽織った。

 

十香は今まで誰にも聞けなかったようなことを俺に質問し、俺が答える。

ただそれだけの応酬で、十香は満足そうに笑った。

そしてしばらくすると琴里から連絡が入る。

 

 

『―――数値が安定してきたわ。もし可能だったら、刃からも質問をしてみてちょうだい。精霊の情報が欲しいわ』

 

 

ふむ、何を聞こうか。

俺のよく知る精霊はペストぐらいだ。

あぁ……ペストに会いたい。

 

 

「なぁ―――十香」

「なんだ」

「おまえはさ、結局どういう存在なんだ?」

「む?」

 

 

俺の質問に、十香が眉をひそめる。

 

 

「―――知らん」

「そうか……」

「―――どれくらい前だったか、私は急にそこに芽生えた。それだけだ。記憶は歪で曖昧。自分がどういう存在なのかなど、知りはしない」

「そうなのか……」

 

 

十香は俺の反応にふんと息を吐いて腕組みした。

 

 

「そういうものだ。突然この世に生まれ、その瞬間にはもう空にメカメカ団が舞っていた」

「あぁ……ASTのことか」

「うむ、あのびゅんびゅんうるさい人間たちのことだ」

 

 

ASTのことをメカメカ団って……

ますます可愛いじゃねぇか……

 

そしてインカムから、クイズに正解したときのような、軽快な電子音が鳴る。

 

 

『チャンスよ、刃』

「はぁ?」

『精霊の機嫌メーターが七十を超えたわ。一歩踏み込むなら今よ』

「OKまかせろ」

 

 

俺は十香の方に向きなおす。

 

 

「十香、今度デートをしよう」

「デェトとは一体なんだ」

「それはな―――」

 

 

その時だった。

右耳に少し大きな琴里の声が入ってきた。

 

 

『―――刃!!ASTが動いたわ!!』

「あ゛ぁ?」

 

 

瞬間―――いつの間にやら開放感に溢れていた教室の外から折紙が現れる。

 

 

「―――っ!!」

 

 

十香が一瞬のうちに表情を険しくし、そちらに手のひらを広げる。

それから一拍もあかぬうちに。手にした無骨な機械から光の刃を出現させた折紙が、十香に襲い掛かる―――前に俺が思いっきり蹴り飛ばす。

 

 

「む?」『はぁ!?』

 

 

十香はなかなかやるなといった表情だ。

琴里は驚愕しているのがわかる。

 

吹き飛んで行った折紙は壁をぶち抜き彼方へと消えて行った。

 

 

「これでよし」

『これでよし。じゃないわよ!!一体どんな体の構造なのよ!!AST蹴り飛ばすなんて普通の人間はできないわよ!!』

「俺、普通じゃないもん」

『……はぁ』

 

 

琴里はあきれたように溜息をこぼした。

 

俺はもう一度、十香の方を向く。

 

 

「十香、デートしよう。日にちは十香の好きな時でいい。俺に会いに来てくれ」

「うむ、わかったぞ」

「俺はASTがうっとおしいからもう帰る。さっきみたいに特攻されたら困るからな。十香もここから離れたがいいぞ。じゃあな」

「またな、ヤイバ」

 

 

そう言い残して俺はフラクシナスに転移した。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「刃!!あれはどういうことなの!?ASTを蹴り飛ばすなんて」

 

 

〈フラクシナス〉に転移をして、琴里と顔を会わせるといきなり問いてきた。

 

 

「ん?あぁ、そりゃそうだろ。アスカロンを片手で振り回せるんだぞ」

「なるほど……ってアスカロンは重さが感じなくなるって言ってたじゃない!!」

「あー……」

 

 

転移した瞬間に、琴里に滅多クソに質問されまくった。

 

 

「まぁあれだ、アスカロンの恩恵だ」

「そう……ならわかわるわ」

 

 

いいのか、それで。

すべてアスカロンのせいにして。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「やはり休みか……」

 

 

翌日になり、念のため高校まで来たが、今はその帰りだ。

高校前から延びる坂道を下っていた。

一応確認をしにきたが、やはり休校だった。

校門から覗いたが、瓦礫だらけだった。

 

 

「仕方ない……ゲーセンでも行くか」

 

 

しばらく足を運んでいなかったな……

家への帰路とは違う道に足を向ける。

だが―――数分と待たずに、俺は再び足を止めることになった。

道に、立ち入り禁止を示す看板が立っていたのだ。

 

まぁわからなくもない。

 

アスファルトの地面は滅茶苦茶に掘り返され、ブロック塀は崩れ、雑居ビルまで崩落している。

 

 

「あぁ……そういえばここだったな……」

 

 

この場所は初めて十香と出会った空間震現場の一角である。

まだ修理してないのか。

 

 

「……バ」

 

 

はぁ……飛び越えるか?

 

 

「……い、……バ」

 

 

でも誰かに見られているとな……

 

 

「おい、ヤイバ」

 

 

んー……面倒だな。

いっそのこと家に帰るか。

 

 

「……無視をするなっ!!」

「すまんすまん」

 

 

視界の奥―――通行止めのエリアの向こう側からそんな声が響いてきた。

思わず謝ってしまった。

 

瓦礫の山の上に、明らかに街中ににつかわないドレスを纏った少女が、ちょこんと屈みこんでいた。

 

 

「―――十香」

「ようやく気付いたか、ばーかばーか」

 

 

あいかわらず可愛い……

トン、と瓦礫の山を蹴ると、かろうじて原形を残しているアスファルトの上を辿って俺のほうに進んできた。

 

 

「とう」

 

 

通行の邪魔だったのか、立ち入り禁止の看板を蹴り倒し、俺の目の前に到着する。

 

 

「デートをしに来てくれたのか?」

「うむ、早くデェトをしよう!!」

 

 

翌日に来るなんて……

最高だな。

 



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第4話~精霊の少女との初デート~

「うむ、早くデェトをしよう!!」

 

 

そう言われたのはいいが……

 

 

「十香その服だと目立つから―――この服に着替えてくれ。ほら、この中で」

「む、そうか。なら仕方ないな」

 

 

そう言いながら、俺が創造した洋服を持って、創造した簡易更衣室の中に入っていく。

もちろん、周りに人がいないのは確認済みだ。

 

 

「どうだ、ヤイバ」

「おぉ!!すごく似合ってるぞ!!」

「そうか、ありがとう」

 

 

俺が十香に渡した服は赤のチェックのミニスカート、白のブラウス、赤のネクタイだ。白のブラウスは七分丈だ。そして極めつけは黒ニーソ!!

俺の目を引くのはミニスカートと黒ニーソの間から見える数センチのエリア。

 

絶対領域

 

最高!!

もう、涙が出そうだ。

 

 

「さぁ、デートに行こうか」

「うむ、デェトに行こう!!」

 

 

俺は十香に左手を差し出す。

 

 

「む、なんだ?」

「手をつなごう。デートだしな」

「そういうものなのか?」

「そういうものだ」

「ふーん……」

 

 

十香は俺の左手を取る。

久しぶりだな、手をつなぐのも。

もう腕を組んでばっかりだったからな。

 

 

「そうだ、十香。人間がたくさんいるけど攻撃するなよ」

 

 

視線を鋭くしていた十香に声をかける。

 

 

「む……あいつらは敵か?」

「敵じゃない。敵なのは……メカメカ団だ」

 

 

対話で解決しようとしている俺たちからしてみれば戦闘で解決しようとするASTは敵だからな。

 

 

「やはりそうか……」

「あぁ、まぁこの街中にはいないから安心しろ」

「わかった」

 

 

ゆっくり歩きながら話をする。

 

 

「そう言えば今日はどうやって来たんだ?前みたいに空間震がなかったが」

「いつもは勝手に、不定期に存在がこちらに引き寄せられる。まぁ強制的にたたき起こされているような感覚だ。それで今日は………………っ!!」

 

 

十香は頬をぴくりと動かすと、口をへの字に曲げて視線を斜め上にやる。

 

 

「ふん、し、知るか」

 

 

十香は頬をほんのり桜色に染めた。

あぁ……なるほど、自分から来たと。

 

 

「そうか、どこか行きたいはあるか?」

 

 

十香に訊くが、十香は別のことで頭がいっぱいだったらしい。

 

 

「……っ、な、なんだこの人間の数は。総力戦か!?」

 

 

先ほどまでとは桁違いの人と車の量に驚いたらしい。

十香が全方位に注意を払いながら忌々しげな声を発した。

ついでに両手の指合計十本

に、それぞれ小さな光球を出現させていた。

っておいおい。

 

 

「いやいや、違うぞ。さっきも言っただろ。メカメカ団以外は安全だ。ほら、やめろって」

「……本当か?」

「本当だ」

 

 

俺がそう言うと、十香は油断なくあたりを見回しながらも、とりあえず光球を消した。

と―――不意に、警戒に染まっていた十香の顔から力が抜ける。

 

 

「ん……?おいヤイバ。この香りはなんだ」

「……香りねぇ」

 

 

あぁ……この香ばしい香りか。

 

 

「多分あれじゃないか」

 

 

そう言って、右手にあったパン屋を指す。

 

 

「ほほう」

 

 

十香じゃ短く言うと、その方向をジッと見つめた。

 

 

「入ろうか」

「うむ、そうだな!!」

 

 

十香は元気よくそう言うと、大手を振ってパン屋の扉を開いた。

 

パン屋の品物をざっと見る。

なかなか種類が多かった。

十香はある一品で止まっていた。

 

きなこパン

 

確かに俺も好きだぞ、きなこパン。

 

 

「それが欲しいのか?」

「うむ!!」

「よし、おっちゃんきなこパンあるだけくれ」

「あいよー」

 

 

おっちゃんが紙袋にテンポよくつめていく。

それを受け取り、店から出ていく。

 

俺はきなこパンのサイズに合わせて紙袋を創造する。

そしてそこに一つとって入れる。

それを十香に渡す。

 

 

「ほら」

「すまんな」

 

 

十香はきなこパンを受け取り、すぐに食べ始める。

 

 

「おぉ!!うまいぞ!!」

「そうか、よかったな……あそこにベンチがあるからあそこに座って食べよう」

「うむ♪」

 

 

嬉しそうで何よりだ。

 

俺と十香はベンチに座り、きなこパンを食べる。

おぉ、おいしいな。

 

すべてを食べ終わると、再び歩き始めた。

 

 

「今度は何処に行きたい?」

「むー……あそこだ!!あそこからいい匂いが……」

 

 

十香が指さしたのは喫茶店だった。

どれだけ食べるんだ……

まるで腹ペコ王だな。

 

そして喫茶店に入った。

 

席に着くとすぐさま十香がメニューを取って訊いてきた。

 

 

「この本はなんだ?」

「それはメニューって言ってな。その中から食べたいものを選ぶんだ」

「おぉ……」

 

 

そして視線をしばしの間メニューに向ける。

それから口を開ける。

何だ?

一体何を選んだんだッ!!

 

 

「きなこパンは。きなこパンはないのか」

「……さすがにないな。最初のパン屋で食いまくったじゃねぇか」

「また食べたくなったのだ。一体なんだあの粉は……あの強烈な習慣性……あれが無闇に世に放たれれば大変なことになるぞ……人々は禁断症状に震え、きなこを求めて戦が起こるに違いない」

「さすがにねぇよ」

「むぅ、まぁいい。新たな味を開拓するとしよう」

「そうだな、それがいいと思うぞ」

 

 

そう言うと、十香は再びメニューに視線を戻した。

そして店員を呼びものすごい頼み方をした。

 

 

「ここからここまでくれ」

 

 

そう言ってメニューの端から端までを指さした。

簡単に言えば全部だ。

 

料理は運ばれたものから次々に十香の口に運ばれていく。

 

 

「うまい、うまいぞー!!」

「そ、そりゃよかった」

 

 

そして渡された伝票を見た。

け、桁が……二つ違うぞ。

二人で来た時で払う値段の桁ではない。

十万の桁にに行くとは……

 

俺は財布から福沢さんを何十人も財布から出して準備をする。

カードが使えないんだから仕方がないだろ。

 

 

「ほら、行くぞ十香」

「ん、もうか?」

 

 

もうって……

もう腹ペコ王なんて目じゃないんじゃないか?

 

 

「会計頼む」

 

 

そう言ってレジに立っていた店員に声をかけ―――

 

 

「なぜここにいる?」

 

 

そう言ってしまった。

なぜならそこに立っていた店員が、

 

 

「……はい、お預かりします」

 

 

令音だったからだ。

 

とりあえず、代金を渡す。

すると少し驚いた表情になるが、すぐにもどしてお釣りとレシートを渡してくる。

 

 

「……こちら、お釣りとレシートでございます」

 

 

俺はお釣りだけ財布にしまい、レシートをゴミ箱に捨てる。

そのときに「……あ」と聞こえたが無視をしておこう。

 

令音はレジの下の引き出しからカラフルな紙を一枚取り出すと、俺に手渡してきた。

 

 

「……こちら、商店街の福引き券となっております。この店から出て、右手道路沿いに行った場所に福引き所がありますので、よろしければご利用ください」

 

 

行けってことだな。

そうだろう?

場所を詳しく説明した上に後半をやけにはっきり言ってくる。

使うわけがない……と言いたい所だったが、そうもいかない。

 

 

「ヤイバ、なんだそれは」

 

 

なぜなら十香が、福引き券をものすごく興味深く見つめていたのだから。

 

 

「行ってみるか?」

「ヤイバは行きたいのか?」

「……行くか」

「では行くか」

 

 

十香は大股で元気よく店を出ていく。

はぁ……あんな笑顔向けられたら断れねぇ……

 

店を出てから道なりに進むと、赤いクロスを敷いた長机の上に、大きな抽選器(ガラポン)が置かれたスペースが見えてきた。

ハッピを羽織った男が、抽選器のところに一人、商品渡し口に一人おり、その後方に、商品と思しき自転車やら米やらが並べられていた。既に数名、人が並んでいる。

そしてその全員がフラクシナスで感じた気の持ち主だ。

大体最初のパン屋で福引き券がもらえなくて喫茶店でもらえるところからおかしい。

 

 

「おぉ!!」

 

 

だがそんなもの十香に関係あるわけがない。

俺が渡した福引き券を握りしめ、目を輝かせた。

 

 

「とりあえず、並ぼうか」

「ん」

 

 

十香がうなずき、列の最後尾につく。

前に並んだ客が抽選器を回すのを見ながら、首と目をぐるぐる動かしていた。

 

何この可愛い子……

 

すぐに十香の番がくる。

十香は前の客に倣って件を係員に手渡し、抽選器に手に掛けた。

 

 

「これを回せばいいのだな?」

 

 

そう言って、ぐるぐると抽選器を回す。

数秒後、抽選器から赤いハズレ玉が飛び出した。

 

 

「赤はポケットティ―――」

 

 

最後までは言えなかった。

鐘がガランガランと高らかに鳴ったからだ。

 

 

「大当たり!!」

「おぉ!!」

「なんでもありだな……」

 

 

だが俺はそんなことより、後ろに張ってあった賞品ボード『一位』のところに書いてある金色の玉を、赤いマジックペンで塗りつぶしているのを目撃した。

 

 

「おめでとうございます!!一位はなんと、ドリームランド完全無料ペアチケット!!」

「おぉ、なんだこれはヤイバ!!」

「……そんなところ聞いたことないぞ」

 

 

一体どこにそんなのがあったっけ?

聞いたことのない場所だ。

 

 

「裏に地図が書いてありますので、是非!!これからすぐにでも!!」

 

 

俺はチケットの裏を見る。

確かに地図が書いてあった。

すげぇ近いな……

 

 

「こんなところにテーマパークはないぞ……」

 

 

俺は頭をひねる。

何やら怪しいぞ……

 

 

「……行ってみたいか?十香」

「うむ!!」

 

 

十香はえらい乗り気だ。

とりあえず足を運んでみることにした。

 

場所は本当に近かった。

この福引き所から路地に入って数100m。

まだ両側には雑居ビルが並んでおり、とてもではないがテーマパークがあるようには思えない。

だが―――

 

 

「おぉ!!ヤイバ!!城があるぞ!!あそこに行くのか!?」

 

 

十香が今までになく興奮しながら、前方を指さす。

そんな馬鹿なと思いつつチケットの裏麺から視線を外して顔を前に向ける。

 

 

「……おいおい」

 

 

確かに小さいながらも、西洋風の城である。

看板にドリームランドともかいてある。

……ついでにその下に『ご休憩・二時間四○○○円~ ご宿泊・八○○○円~』という文字も書いてあった。

ラブホですか!?

この城、ラブホテルですか!?

えぇ!?

 

もったいねー……

技術力の無駄遣いだ。

 

 

「十香……ここはだめだ」

「ぬ?あそこではないのか?」

「あそこだがあそこはだめだ」

「でも入ってみたいぞ」

「いや……もう少し時間がたってからだな。そしたらいいぞ」

「むぅ……そうか」

 

 

残念そうに言う十香には悪いがさすがに初デートでラブホは厳しい。

 

 

「さぁ、行こうか」

「どこに行くのだ?」

「そうだな……公園なんてどうだ」

「む?コーエン?なんだそれは」

「ついてからのお楽しみだ」

「むぅ……そうか」

 

 

俺は十香の手を引きながら歩き出した。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

時刻は十八時。

天宮駅前のビル群に、オレンジ色の夕日が染み渡る。

そんな最高の絶景を一望できる高台の小さな公園を俺と十香が手をついて歩いていた。

 

この公園には俺と十香以外の人影は見受けられなかった。

 

 

「おぉ、絶景だな!!」

 

 

十香は先ほどから、落下防止用の柵から身を乗り出しながら、黄昏の天宮の街並みを眺めている。

 

 

「ヤイバ!!あれはどう変形するのだ!?」

 

 

十香が走る電車を指さし、目を輝かせながら言ってくる。

 

 

「残念ながら変形はしない」

「何、合体タイプか?」

「まぁ、連結はする」

「おぉ」

 

 

十香は妙に納得した調子でうなずくと、くるりと身体を回転させ、てすりに体重を預けながら向き直った。

夕焼けを背景に佇む十香はとても美しかった。

 

 

「―――それにしても」

 

 

十香が話題を変えるように、んー、と伸びをした。

しすて、にぃッ、と屈託のない笑みを浮かべてくる。

 

 

「いいものだな、デェトというのは。実にその、なんだ、楽しい」

「そうか……俺も楽しかった」

 

 

俺の顔は少し赤くなっているだろう。

なぜだろう、慣れているはずなんだけどな。

 

 

「どうした、顔が赤いぞヤイバ」

「……夕日だ」

 

 

俺は顔をそらす。

 

 

「そうか?」

 

 

すると十香が俺のもとに寄り、俺の顔を覗き込んできた。

 

 

「やはり赤いではないか。何かの疾患か?」

 

 

吐息の触れるくらいの距離で、十香が言う。

ははは、無知ってのはいいな。

 

 

「―――どうだ?おまえを殺そうとする奴なんていなかっただろう?」

「……ん、皆優しかった。正直に言えば、まだ信じられないくらいに」

「ふぅん……」

「あんなに多くもの人間が、私を拒絶しないなんて。私を否定しないなんて。―――あのメカメカ団……えぇと、なんといったか。エイ……?」

「ASTか?」

「そう、それだ。街の人間すべてが奴らの手の者で、私を欺こうとしていたと言われた方が真実味がある」

「おいおい……」

 

 

さすがに発想が飛躍しすぎだ……だが笑えなかった。

だって十香にはそれが普通だったから。

否定されるのが、続けるのが普通。

 

 

「それじゃあ俺もASTの手先ってことか?」

 

 

十香はぶんぶんと首を横に振って否定した。

 

 

「いや、ヤイバはあれだ。きっと親兄弟を人質に取られて、脅されているのだ」

「なんだそれ」

「……おまえが敵とか、そんなのは考えさせるな」

「俺は絶対に敵にはならないさ」

「そうか……」

 

 

十香は嬉しそうに笑う。

 

 

「―――でも本当に、今日はそれくらい、有意義な一日だった。世界がこんなにやさしいだなんて、こんあなに楽しいだなんて、こんなに綺麗だなんて……思いもしなかった」

「そうか……」

 

 

十香は眉を八の字に歪めて苦笑いを浮かべた。

 

 

「あいつら―――ASTとやらの考えも、少しだけわかったしな」

 

 

何がわかったんだ?

ASTの何を教えたんだ?

 

 

「私は……いつも現界するたびに、こんなにも素晴らしいものを壊していたんだな」

「でもそれはおまえの意思とは関係ない」

「……ん。現界も、その現象も、私にはどうにもならない」

「そうかもな……」

「だがこの世界の住人にしてみれば、破壊という結果は変わらない。ASTが私を殺そうとする道理が、ようやく……知れた。ヤイバ。やはり私は―――いない方がいいな」

 

 

十香が笑う。

だが昼間見せてくれた無邪気な笑みではない。

まるで自分の死期を悟った病人のような―――弱々しく、痛々しい笑顔だった。

 

 

「そんなことはない!!現に今日、空間震は起きていない!!」

「この方法は私にもあまりわかるものではない。それに不定期にこちらに固着するのは止められない。現界の数は減らないだろう」

「なら俺がどうにかしよう!!いや、どうにかしてみせる!!」

「そんなことが―――可能なはずは……」

「安心しろ!!俺はただ万能なだけな人外だ!!」

 

 

十香が唇をかんで黙り込む。

 

 

「で、でもあれだぞ。私は知らないことが多すぎるぞ?」

「俺が全部教えてやる!!」

「寝床や、食べるものだって必要になる」

「うちに来ればいい!!」

「予想外の事態が起こるかもしれない」

「言っただろ、俺は万能なだけの人外だ。そんなものいくらでも対処してやる!!」

 

 

十香は少しの間黙り込んでから、小さく唇を開く。

 

 

「……本当に、私は生きていてもいいのか?」

「あぁ!!」

「この世界にいてもいいのか?」

「もちろん!!」

「……そんなこと言ってくれるのはきっとヤイバだけだぞ。ASTはもちろん、他の人間たちだって、こんな危険な存在が、自分たちの生活空間にいたら嫌に決まっている」

「安心しろ!!他の奴がどれだけ否定しようと、俺は……俺だけは、お前を肯定するッ!!」

 

 

俺は叫ぶ。

そして十香に向かって手を差し出す。

十香の肩が、小さく震える。

 

 

「掴め、そして切り開け」

 

 

十香は顔をうつむかせ、数瞬の間思案するように沈黙したあと、ゆっくり顔を上げ、そろそろと手を伸ばしてきた。

 

 

「ヤイバ―――」

 

 

と。

だが俺と十香の手が触れ合う瞬間だ。

ゾクリと俺の勘が警告をしてきた。

 

 

「十香!!」

 

 

俺はとっさに十香を突き飛ばす。

細見の身体は突然の衝撃に耐えられず、漫画みたいにごろんと後ろに転がった。

 

 

「あーあ……」

 

 

俺は胸と腹の間に凄まじい衝を感じた。

ATフィールドはわざと展開しなかった。

ASTが監視しているの気づいたからだ。

それにどうせ俺は死ななから、攻撃を受けてもいいと思っていた。

だけどこれは……ぶっ飛びすぎだろ。

 

 

「な―――何をする!!」

 

 

砂まみれになった十香が、非難の声を上げてくるが、肺が消し飛んで声が出せない。

 

 

「―――ヤイバ?」

 

 

十香が呆然と言ってくる。

俺は右手を脇腹に持ってくる。

そこには手ごたえがなかった。

マジで腹が消し飛んだらしい。

 

 

「ヤイバ……?」

 

 

十香が呼んでくるが返事ができない。

 

 

 

「ヤ―――、イバ」

 

 

十香は俺の頭の隣に膝を折ると、俺の頬をつついた。

だが反応できない。

 

 

「ぅ、ぁ、あ、あ―――」

 

 

十香が状況を掴み始めたらしい。

そして叫んだ。

 

 

「―――〈神威霊装・十番(アドナイ・メレク)〉……ッ!!」

 

 

それはのどの奥から、絞り出したような叫びだった。

それを見た俺の感想は―――

 

美しい

 

この一言に限る。

瞬間、世界が啼いた。

周囲の景色がぐにゃりと歪み、十香の身体に絡み付いて、荘厳な霊装の形を取る。

そして光輝く膜がその内部やスカートを彩り―――災厄は、降臨した。

 

十香は地面に踵を突き立てる。

瞬間、そこから巨大な玉座が出現した。

トン、と地を蹴ると、玉座の肘掛に足をかけ、背もたれから剣を引き抜いた。

そして―――

 

 

「あぁ」

 

 

のどを震わせる。

 

 

「ああああああああああああああああ」

 

 

それはまるで天に響かせるようだった。

 

 

「ああああああああああああああああああああああああ―――――ッ!!」

 

 

そして言葉を紡ぐ。

 

 

「よくも」

 

 

十香が言う。

 

 

「よくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくもよくも」

 

 

そこまで聞くと、十香は俺の目の前からいなくなっていた。

それを確認して俺は腹に穴が開いたまま立ち上がる。

そしてシャツなど上に着ていたものを全て脱ぐ。

そして一言。

 

 

「―――始めるか」

 



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第5話~ミッション、コンプリート~

「司令……ッ!!」

「わかってるわよ。騒がないでちょうだい。発情期の猿じゃあるまいし」

 

 

私は口の中で飴を転がしながら、狼狽した様子の部下に言葉を返した。

〈フラクシナス〉艦橋。正面モニタには身体をごっそり削り取られて倒れ伏した刃と、精霊・十香の戦闘映像が表示されている。

部下の同様もわからなくはなかった。

状況は、圧倒的に、絶対的に、破滅的に、絶望的だった。

ようやく空間震警報が鳴り始めたのね……

住民の避難もほとんど終わっていない状態で、十香とASTの戦闘が始まってしまった。

人の住んでいない開発地ということが唯一の救いね。

 

でもそんな考えは一瞬で壊れたわ。

 

たったの一撃で広大な開発地は二分されて、中心に深淵を作った。

それよりも―――

 

 

「ま、ちょっと優雅さが足りないけど、騎士としては及第点かしらね。今のでお姫様がやられてたら目も当てられなかったわ」

 

 

私のことばにクルーたちが戦慄したような視線を向けてきた。

まぁ仕方ないわよね。

みんなは刃が死んだと思っているのだもの。

でもそんな中でも、令音と神無月は違った反応をしているわ。

 

令音は、平然とした様子で十香の戦闘をモニタリングし、データを採取している。

神無月は……気持ち悪いわね。

 

 

「とう」

「はうッ!?」

 

 

とりあえず、神無月の脛を蹴り飛ばした。

 

 

「いいから自分の作業を続けなさい、刃が、これで終わりなわけないでしょう?」

 

 

ここからが、刃の本当の仕事なんだから。

 

 

「し―――ッ、司令!!あ、あれは……」

 

 

と、艦橋下段の部下が、画面左側―――公園が映っているものを見ながら、驚愕に満ちた声を発してきた。

 

 

「―――え!?」

 

 

私も驚いた。

何よアレ……

私が想像していたのとは全然違うじゃない。

何で……

何で治らないのよ!!

それに腹に大穴開けたまま立ち上がるなんて……

 

ありえない

 

この一言が私の頭の中を埋め尽くした。

そして私はもう一度驚く。

 

 

「何で……炎が出ずに傷が癒えているの……?」

 

 

本当ならあの炎がでるはず。

なのに出ていない。

でも傷は癒えている。

 

わからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからないわからない。

 

 

『―――ん……これでよし』

 

 

画面の中で身体を確認している刃が写る。

 

艦橋内が、騒然となる。

 

 

「な……し、司令、これは―――」

「私も予想外よ……傷が癒えるのは予想していたけど、あの癒え方は私にもわからないわ」

 

 

画面に視線を戻。

するとそこには刃の姿はなかった。

 

 

「さぁ、琴里。ラウンド2といこうか?」

 

 

理由は簡単だった。

フラクシナスの中にいたからだった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「―――ん、これでよし」

 

 

俺は精霊の力を無理やりおさえ、自然治癒に任せた。

そして腹の穴が完全に癒える。

 

次はフラクシナスに行かないとな……

転移じゃなくて瞬間移動を使うか。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「さぁ、琴里。ラウンド2といこうか」

 

 

〈フラクシナス〉に転移し、琴里を真っ直ぐ見つめながら言う。

 

 

「それよりさっきのことについて説明してもらいたいのだけど」

「なんだそんなことか。俺は不老不死、ただそれだけのことだ」

「「「「「不老不死ィ!?」」」」」

 

 

やはり驚きますね、分かりきってます。

 

 

「そう、死なないんじゃなくて、死ねない。まぁ例外はあるけど」

「……だんだん刃のことがわからなくなってきたわ……」

「大丈夫だ、俺が知っていればそれでいい」

「そうね……そうかもね……とりあえず状況を整理しましょう」

「頼む」

「刃がASTの攻撃でやられて、キレたお姫様がASTを殺しにかかってるわ」

 

 

そう言ってちょいちょい、と斜め上―――艦橋の第スクリーンを指さす。

 

 

「おぉ!!超エキサイティング!!」

「バカ言ってる場合じゃないの!!」

 

 

怒られちゃったよ……

やっぱりASTでもあの程度じゃ精霊の相手にならないな。

 

 

「完全にキレてるわ。よっぽど刃が殺されたのが許せないのね」

 

 

そう言って、琴里が肩をすくめる。

 

 

「うーん……素直にうれしいねぇ」

「……ま、その話はあとにしましょ。今はもっと他にすることがあるんだから」

 

 

琴里が画面の十香に目を向けながら言う。

 

 

「他にねぇ……」

「えぇ。ウチとしても、精霊関係で人的被害が出るのは勘弁願いたいのよ」

「―――そうか」

「オーケイ、上出来よ騎士様。―――じゃあ行くわよ。お姫様を止めにね」

 

 

琴里はそう言って俺から視線を外すと、声を高らかに張り上げた。

 

 

「〈フラクシナス〉旋回!!戦闘ポイントに移動!!誤差は1m以内に納めなさい!!」

「「「「「了解!!」」」」」

 

 

操舵手と思しきクルーが、一斉に声を上げる。

次いで、重苦しい音と主に、微かに〈フラクシナス〉が震動した。

 

 

「それで琴里、具体的な方法は?」

「知らない?呪いのかかったお姫様を助ける方法なんて、一つしかないじゃない」

 

 

そう言って、すぼめた唇でキャンディにチュッ、とくちづけた。

 

 

「琴里……」

「何よ」

「深いほうがいいのか?」

「そ、そんなの知らないわよ!!」

 

 

琴里は顔を真っ赤にした。

可愛い奴め。

 

さぁ行こうか。

お姫様―――十香を救いに。

俺の戦争(デート)にな。

 

 

 

☆☆☆

 

 

俺は今、空から落ちています。

〈フラクシナス〉から落とされたのです。

どうやら向こうは俺が飛べることを知らないらしい。

よし、ここはこのまま落ちてみよう。

 

そして、十香の姿が見える。

今にもASTの隊員の首をはねとばしそうだった。

 

 

「十ぉぉぉ香ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――――――――――ッ!!」

 

 

俺は叫んだ。

一ついいだろうか?

 

まったく俺に身体にかかっているGと浮遊感が和らがない。

これってさ、完全に起動からずれたよな。

 

 

「―――」

 

 

十香が俺の声に気づいたのか、長大な剣を振りかぶったまま、顔を上にむけた。

頬と鼻の頭は真っ赤だった。

目はぐしゃぐしゃ。

みっともない―――俺はそうは思わない。

 

心配してくれた

 

そのことに感謝感激だ。

 

 

「ヤ―――イバ……?」

 

 

まだ状況を理解できていない様子で、十香が呟く。

だんだんと緩やかになっていく落下速度の中、俺はそんな十香の両肩に手をかける。

そして向き合う。

 

 

「十香……心配させたな」

「ヤイバ……ほ、本物、か?」

「あぁ、本物だ」

 

 

俺がそう言うと、十香は唇をふるふると震わせた。

 

 

「ヤイバ、ヤイバ、ヤイバ……っ!!」

「ハハハ、なん―――」

 

 

と、答えかけたところで、俺の視界の端に凄まじい光が満ちた。

十香が振りかぶったまま空中に静止させていた剣が、あたりを闇色に変えんばかりに真っ黒な輝きを放っている。

 

 

「どうしたんだ!?」

「ッ……!!しまった……!!力を―――」

 

 

十香が眉をひそめると同時に、刃から雷のように漏れ出、地面を穿っていった。

 

 

「なんだこれ!?」

「【最後の剣(ハルヴァンヘレヴ)】の制御を誤った……!!どこかに放出するしかない……!!」

「どこに放出する気だ!?」

「―――」

 

 

十香は無言で、地面の方を見た。

つられて目をやると、そこには今にも死にそうな折紙が横たわっていた。

 

 

「それは駄目だ」

「で、ではどうしろというのだ!!もう臨界状態なのだぞ!!」

 

 

そう言っている間にも、十香に握る剣はあたりに黒い雷をまき散らしていた。

 

 

「あるぞ、方法」

「なんだ!!一体どうするのだ!?」

「俺とキスをしろ!!」

「―――何!?」

 

 

十香が眉根を寄せてくる。

 

 

「キスとはなんだ!?」

「唇と唇を合わせ―――」

 

 

言葉の途中だった。

十香が何の躊躇いもなく、桜色の唇を、俺の唇に押しつけてきた。

 

懐かしい感触だなぁ……

十香に唇は柔らかくてしっとりしてて、さらに甘い匂いもした。

 

一拍おいて。

 

天に聳えていた十香の剣にヒビが入り、バラバラに霧散して空に解け消える。

次いで、十香が纏っていたドレスのインナーやスカートを構成する光の膜が、はじけるように消失した。

おぉ、眼福です。

 

 

「な―――」

 

 

十香が、狼狽に満ちた声を発する。

 

 

「ナイスボディ!!」

 

 

俺は思わず叫んでしまった。

だってそこにはパーフェクトともいえる肉体がががががが。

つーか、キスしたまましゃべったからもうそれはすんばらしいことになっている。

 

―――十香の身体から力が抜け、地面に向かって落ちていく。

 

俺は十香をお姫様だっこする。

ゆっくりと落下していく。

 

十香の霊装が光の粒子となり、その軌跡をのこしていた。

それは傍から見ればものすごく幻想的な光景だと思う。

そして地面に着地する。

 

 

「ぷは……っ!!」

 

 

まるで息継ぎでもするように、十香が唇を離した。

そして十香を座らせる。

 

 

「わりぃ」

 

 

一言謝った。

 

十香はその場に座ったまま、不思議そうな顔をして、唇に不備を触れさせていた。

 

 

「十香……」

「―――ッ!!」

 

 

俺の言いたいことがわかったらしい。

十香は慌てて胸元を隠す。

 

 

「すまん……」

「み、見るな、馬鹿者……ッ!!」

 

 

キスの意味も知らなかったのに、人並みには羞恥心はあるんだな。

十香は頬を染めながら睨んできた。

 

とりあえず俺は目を手で覆う。

 

 

「それでは駄目だ!!指の隙間から見ているだろ!!」

「えぇ……」

 

 

俺がどうしようか考えていると、数瞬の間のあと、身体の全面に温かい感触ががががが。

 

 

「……これで、見えまい」

「あぁ……でもこれくらいは羽織れ」

 

 

俺はタオルケットを創造して、そのまま十香にかける。

 

 

「……ヤイバ」

 

 

十香が消え入りそうな声を発してきた。

 

 

「なんだ?」

「また……、デェトに連れていってくれるか……?」

「当たり前だ。毎日連れて行ってやる」

 

 

俺は十香を抱きしめた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「………あ゛ー」

 

 

あの件から土日を挟んで、月曜日。

復興部隊の手によって完璧に復元された校舎には、もう相当数の生徒が集まっていた。

 

あのあと、施設で入念すぎるメディカルチェックを受けさせられた。

もういい加減施設ごとぶっ壊そうかと思った。

 

それに十香にも会っていない。

検査があるの一点張りだった。

 

あとは十香とキスしたときにいい塩梅の力が流れ込んできた。

だがこの力はまだ使うわけにはいかない。

 

考えていても仕方ない。

俺はノートPCを取り出し、作曲の続きを始める。

まわりが何やらざわついているが俺は気にしない。

ふむ、ここのリズムが何か引っかかるな……

こうすれば……うし。

 

ひと段落が付いたので伸びをした。

すると、折紙がこちらに歩いてきたのが目に入った。

 

 

「―――ごめんなさい。謝って済む問題ではないけれど」

 

 

あぁ……このまえ俺の腹を撃ちぬいたことか。

 

 

「別に気にしなくていいぞ。あの程度ならいくでもなんともでもなるからな」

「駄目、私の気が済まない」

「あー、面倒だな……気にしなくていいって言ってるだろ」

「でも―――」

 

 

その時だった。

ホームルームの開始と告げるチャイムが鳴った。

 

 

「はーい、皆さーん。ホームルーム始めますよぉー」

 

 

扉を開け、タマちゃんが教室に入ってきた。

ナイスタイミングタマちゃん!!

 

 

「はい、皆さん席に着きましたね?」

 

 

次いで思い出したかのように手を打ち、うんうんとうなずいた。

 

 

「そうそう、今日は出席を取る前にサプラーイズがあるの!!―――入ってきて!」

 

 

そう言って、教室の扉に向かって声をかける。

 

 

「ん」

 

 

それに応えるような声がした。

あれ?

この声は―――

 

 

「おっふ……」

「―――」

 

 

俺と折紙の驚愕とともに。

 

 

「―――今日から厄介になる、夜刀神十香だ。みんなよろしく頼む」

 

 

来禅高校の制服を着た十香が、ものすごくいい笑顔をしながら入ってきた。

見ているだけで身が痛くなるほどの美しさに、クラス中が騒然とする。

十香はそんな視線など意に介さず、チョークを取ると、下手くそな字で黒板『十香』とだけ書いた。そして満足げに「うむ」とうなずく。

 

 

「おっす、十香」

「ぬ?」

 

 

そう言うと、十香が視線を向けてきた。

不思議な輝きを放つ、幻想的な光彩。

 

 

「おぉ、ヤイバ!!会いたかったぞ!!」

 

 

そして大声で俺の名を呼び、ぴょんと飛び跳ねて俺の席の真横―――ちょうど、ついさっきまで折紙が立っていた位置までやってくる。

 

ざわざわ、ざわざわ。

あたりから、俺たちの関係を邪推する声が聞こえてくる。

 

 

「十香……許可がでたのか?」

「ん、検査とやらが終わってな。―――どうやら、私の身体から、力が九割以上消失してしまったらしい。まぁ―――とはいえ怪我の功名だ。私が存在しているだけでは、世界は啼かなくなったのだ。それでまぁ、おまえの妹がいろいろしてくれた」

「さすが俺の妹だ」

 

 

ナイスだ!!

琴里、ナイスだ!!

 

 

「さて、十香。席に着くのだ」

「じゃあ、夜刀神さんの席は―――」

 

 

タマちゃんが十香の席を探し始めるが、

 

 

「無用だ。―――退け」

 

 

十香は、俺の隣―――折紙の反対側に座っていた生徒に、鋭い眼光を放った。

 

 

「ひ、ひぃぃぃっ!!」

 

 

そのプレッシャーに気圧されて、座っていた女子生徒が椅子から転げ落ちる。

 

 

「ん、すまんな」

 

 

そう言って十香は悠然とそこに腰かける。

そして俺の方に視線を送ってくる。

だがその視線は俺ではなく、折紙にぶつかる。

 

 

「……………」

「……………」

 

 

怖ぇ……

まぁいいか。

これから十香と一緒に学校生活を送れるんだ。

このくらいは我慢しよう。

 

 

「……………」

「……………」

 

 

ちょっとキツいかな?

 



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第2章 四糸乃パペット
第1話~雨の少女~


―――来禅高校、教室。

 

 

「ヤイバ!!クッキィというのを作ったぞ!!」

 

 

腰まである夜色の髪をたなびかせ、水晶の如き瞳をキラキラと輝かせながら、冗談のように美しい十香が、興奮気味にそう言って、手にしていた容器を俺の目の前にずいっと突き出してくる。

 

 

「十香……ありがとう!!」

「うむ!!」

 

 

ものすごく可愛い笑みで、十香が言う。

 

 

「ヤイバ、これを見てくれ!!」

 

 

そこには、形が歪だったり、ところどころ焦げていたりはするものの、クッキーといえるものが入っていた。

俺と十香は同じクラスだが、なんでも、個々人の作業量が充実するように……とかなんとかという理由で、実験的に、調理実習を少人数に分けて行ったのだった。

つまり、今日は女子だけが調理実習だったということだ。

 

 

「おぉ……」

「うむ、皆に教えてもらいながら、私がこねたのだ!!食べてみてくれ!!」

 

 

そう言って、十香が満面の笑みを作る。

俺には、男子からの怨嗟に満ちた視線が注がれているが―――十香の手作りクッキー前にはそんなもの、無意味だ!!

 

フハハハハハ!!俺、勝ち組!!

 

 

「どうしたヤイバ。食べないのか?」

「あぁ、すまん。ぼーっとしてた。じゃ、いただきまーす」

 

 

俺は一つクッキーを口に運ぶ。

……決しておいしいとは言えないが、気持ちのこもった最高の手作りクッキーだった。

 

折紙が遠くからこっちを睨んでいるのは気にしないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――下校。

 

 

「あ゛ー……学校に行くのがダルい……」

 

 

正直に言えば学校に通わなくてもいいと思っている。

だって音楽活動だけでもうかなり稼げているし、金ならいくらでも創造できるし、学校で学ぶことなんてもうない。

二回目だぞ?

駒王学園に続き、二回目の高校だぞ?

しかも駒王学園はかなり頭がいい学校だったし……

ぶっちゃけ、来禅高校のテストなんて十分あればすべて解ける。

 

それは置いておこう……

 

不意に、顔を上にやる。

突然、ぽつん、と顔に冷たいものが垂れてきたような気がした。

 

 

「面倒だなぁ……」

 

 

雨かよ……

天気予報でも俺の勘でも今日は晴れだったんだが……

そして、まるでみはからったようなタイミングで、ぽつ、ぽつ、と、大粒の雫がアスファルトの道に染みを作り始めた。

俺は傘を創造し、すぐにさす。

そして歩みを少し早める。

 

T字路を右に曲がったところだった。

 

 

「女の子か……?」

 

 

前方には可愛らしい意匠の施された外套を身を包んだ、小柄な影。

顔は見えない。

理由は簡単だ。

ウサギの耳のような飾りの付いた大きなフードが、彼女の頭をすっぽりと覆い隠していたからだ。

 

そして更に目を引くのは、その左手だ。

いやにコミカルなウサギ形の人形が、そこに装着されていた。

そんな少女が、ひとけのなくなった道路で、楽しげにぴょんぴょんと跳ね回っていた。

 

 

「可愛い……」

 

 

久しぶりの幼女(ドストライク)だった。

 

―――ずるべったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!!

 

 

「えぇ……」

 

 

……幼女が、コケた。

顔面と腹を盛大に地面に打ち当て、あたりに水しぶきが散る。

ついでに彼女の左手からパペットがすっぽ抜け、前方に飛んでいく。

そして、うつぶせになったまま、動かなくなった。

 

 

「だ、大丈夫か!!」

 

 

俺は駆け寄り、その小さなすばらしい身体を抱きかかえるように仰向けにしてやる。

 

 

「おい、大丈夫か」

 

 

そのタイミングで俺は幼女の顔を見る。

歳は俺の妹の琴里と同じくらいか?

ふわふわの髪は海のような青。柔らかそうな唇は桜色。

まるでフランス人形のようなきれいな幼女だった。

そして予想はしていたが、これで確信を持てた。

幼女の名は―――

 

四糸乃

 

つーか、幼女って言ったけど琴里と同じくらいだしな……

ということは琴里も幼女に入るのか?

むーん……

これは永遠の課題になりそうだ。

 

 

「……!!」

 

 

と、そこで四糸乃が目を開いた。

長い睫に飾られた、サファイアのような瞳が露わになる。

 

 

「怪我はないか?」

 

 

俺がそう言うと、四糸乃は顔を真っ青に染めて目の焦点をぐらぐら揺らし、俺の手から逃れるようにぴょんと跳び上がった。

そして少し距離を取ってから、全身を小刻みにカタカタと震わせ、怖がるような視線を向けてくる。

 

 

「ごめん……」

「……!!こ、ない、で……ください……っ」

 

 

俺が四糸乃に近づこうと足を踏み出すと、怯えた様子でそう言った。

 

 

「いたく、しないで……ください……」

 

 

なぜだろう。

何かやましいことをしたようなこの気持ち。

 

とりあえず、地面に落ちていたパペットを拾い、四糸乃に見せる。

 

 

「ほら、これおまえのだろ」

「……!!」

 

 

すると四糸乃を目をおおきく見開き、俺の方に駆け寄ってこよう―――としたが、やはり足を止めた。

パペットは取り返したいが、俺に近づくのは怖いのか。

俺はゆっくりと近づいていく。

 

 

「……っ!!」

 

 

四糸乃がビクッと肩を揺らすが、俺がパペットを渡そうとしたことがわかったのか、ゆっくりとすり足え近づいてきた。

そして、俺の手からパペットを奪い取るなり、それを左手に装着した。

すると突然四糸乃が、パペットの口をパクパクと動かし始めた。

 

 

『やっはー、悪いねおにーさん。たーすかったよー』

 

 

おぉ、腹話術。

だが妙に甲高いな。

 

 

『―――ぅんでさー、起こしたときに、よしのんのいとんなトコ触ってくれちゃったみたいだけど、どーだったん?正直、どーだったん?』

「うーん……一言で言うなら、最高」

『しょーじきだねー。……まぁ、一応は助け起してくれたわけだし、特別にサービスしといてア・ゲ・ルんっ』

「さんきゅー」

 

 

パペット着けるとよくしゃべるな。

だが、そんな四糸乃も嫌いじゃないぜ。

 

 

『ぅんじゃね。ありがとさん』

 

 

パペットがそう言うと同時に、四糸乃が踵を返して走っていった。

 

 

「また転ぶなよー」

 

 

俺が声をかけても四糸乃は反応を示さない。

まぁいいけど。

さっさと家に帰ろう。

いい加減寒いし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――家。

 

 

「―――やっと帰ってきたのか琴里」

 

 

玄関ドアに鍵がかかっていない。

ということは琴里がいる。

まったく……〈フラクシナス〉にこもりっぱなしもいい加減にしてほしいな。

 

 

「―――ただいまー」

 

 

とりあえず、リビングにいるであろう琴里に言う。

リビングは素通りして、そのまま脱衣所に行く。

もう靴下がびちょびちょなんだよ。

 

そして俺は脱衣所の扉を開ける。

そこには、素晴らしいものが待ち受けていた。

 

 

「十……香……?」

 

 

脱衣所には、ここにはいるはずがない十香の姿があった。

背を覆い隠す長い闇色の髪に、水晶の如き瞳。

俺の中ではレティシアの次に美しいだろう。

だが、それは問題ではない。

問題だったのは、全裸だということだ。

まぁ見慣れてるけど、結構いいものだ。

 

手の平に収まるくらいのちょうどいい乳房に、きゅっと締まったウエスト、やわらかそうな臀部。

まさに、芸術!!

 

 

「……ッ!!」

 

 

そこでようやく、十香が肩をビクッと震わせ、顔をこちら向けてくる。

 

 

「な……ッ、や、ヤイバ!?」

「おっす。わりぃ、いるの気づかなくて」

「まぁ、ヤイバならいい……」

 

 

顔を赤らめて十香は言う。

マジで!?

いいんですか!?

あざっす!!

 

 

「とりあえず、俺は出ていくな」

「うむ、そうしてくれ」

 

 

そしてしばらくすると、扉が開けられた。

もちろん、十香は服を着ていた。

だが、いつも着ている制服ではない。

琴里が貸し出したのだろう、俺がいつも着ていた部屋着だった。

だが一回りサイズが大きいため、襟元からかすかに鎖骨が覗いていて、そりゃもうたまらない。

 

 

「どうしてここにいるんだ?」

 

 

俺がそう訊くと、十香は俺が何を言っているかわからないといった感じでくびを傾げた。

 

 

「何?妹から聞いてないのか?なにやら、ナントカ訓練だとかで、しばらくの間ここに厄介になれと言われたのだ」

「本当か!?よっしゃぁ!!」

 

 

十香と暮らせることを素直に喜んだ。

そして俺は確認のために琴里のいるリビングに向かう。

 

あ、その前に着替えねば。

いつもの服に着替える。

いつもの服とは、サルエルにタンクトップだ。色は両方とも黒。

 

 

「琴里、訓練とはどういうことだ?」

「んーとね」

 

 

琴里が、指で頬をぷにっ、と持ち上げた。

可愛いじゃねぇか。

 

 

「今日からしばらくの間、十香がうちに住むことになったのだ!!」

 

 

えっへんと胸をそらすようにしながら、無邪気な笑顔を作る。

 

 

「しばらくだと?なんで永遠じゃないんだ!!」

「……まぁ落ち着いてくれ、やいやい」

 

 

落ち着いていられるか!!

折角、十香と一緒に暮らせるのにしばらくだと?

ナメとんのかボケぇ!!

そして、やいやい、とは何事だ!!

なんか、ねぇ……

 

 

「やいやいじゃなくて刃だ」

「……あぁ、そうだった。訂正しよう。悪いね、ヤイバ」

「……はぁ」

 

 

わざとやってるとしか思えない。

だってヤイバって言っているんだぞ?

あとは刃に直すだけなのに……

 

 

「……理由は大きく分けて二つある」

 

 

俺は思考をやめて、耳を傾ける。

 

 

「……一つは―――十香のアフターケアのためさ」

「で?」

「……ヤイバ。君は先月、口づけによって十香の力を封印したね?」

「あぁ、そうだが」

「……まぁ、そこまではいいのだが、一つ問題があってね。……今、ヤイバと十香の間には、目に見えない経路のようなものが通っている状態なんだ」

 

 

なるほど、これで力が流れてきた訳がわかった。

 

 

「……簡単に言うと、十香の精神状態が不安定になると、君の身体に封印してある精霊の力が逆流してしまう恐れがあるということさ」

「あぁ、なんだそんなことか」

「……そんなことだと?」

 

 

まぁ、これもある程度予想していたからな。

ちょうどいい、十香に訊いてみるか。

 

 

「十香、少しいいか?」

 

 

十香はすぐにリビングに入ってきた。

 

 

「何事だ、ヤイバ」

「あのさ、十香……『神使』になる気はあるか?」

「シンシ?それ何だ?」

「んー、簡単に言えば、一生俺のそばにいられる状態になるってことだな」

「おぉ!!それはいいではないか!!なら、シンシとやらになるぞ!!」

 

 

決断が早いな……

まぁそれはいいことだ。

 

 

「本当にいいのか?」

「うむ!!」

「そうか……なら十香、キスしてくれ」

「うむ」

 

 

そう言って、十香は俺に近づいてくる。

そして、キスまであと一歩の所で―――

 

 

「ちょ、ちょっとまちなさい、刃!!」

「なんだよ……今いいところだったのに」

「そうだぞ、琴里。よし、では行くぞヤイバ」

「よし、きた」

「だからまちな―――」

 

 

まっていられないので、俺は十香とキスをする。

しばらくして、唇を放す。

そして、十香の左手の薬指に例の指輪をつける。

 

 

「よし、これでいいぞ」

「むぅ……何が変わったのだ?」

「んー?まず種族が、精霊から『神使』に変わった。そんで、十香、ちょっと〈神威霊装・十番〉出してみ」

「何を言っているのだヤイバ。私の力は九割封印されたと言っただろう」

「そうよ刃。十香の精霊の力は刃が封印したのよ」

「まぁまぁ、ほれ、やってみろ」

「ヤイバがそう言うならやってみよう。〈神威霊装・十番〉!!」

 

 

そう言うと、十香の服装が変わる。

俺の部屋着から十香の霊装、〈神威霊装・十番〉に変わったのだ。

 

 

「おぉ!!」

「な!?そんなバカなことあってたまるもんですか!!」

「……ほぉ」

 

 

十香は素直に喜んでいるのか?

琴里は現実を受け止めたくないのか、叫んでいた。

令音は驚いているのかわからない微妙な反応だ。

 

 

「よし、もういいぞ十香」

「うむ、確かに出せたぞ!!」

「どういうことか説明してくれるわよね?」

 

 

琴里がものすごく迫ってきた。

 

 

「まぁ簡単に言えば、十香が望んだ時だけ俺から力を引き出せるようにしただけだ。それで、俺も許可しないと十香は力が引き出せない」

「……もう、考えたくないわ」

 

 

 

琴里は思考を放棄したようだ。

 

 

「話を戻そうか。もう一つの理由は?」

「……精霊用の特設住居ができるまでの間、十香をこの家に住まわせることになったんだ」

「なるほど、理解した」

 

 

精霊用の住居ができたら俺もそっちに住もうかな。

 

 

「そう言えばさ、〈ラタトスク〉ってのは、一体なんだ?おまえが組織に入った理由は―――いいや。何となくわかるから」

「〈ラタトスク〉は、融資により結成された……まぁ、いうなれば一種の自然保護団体みたいなものよ。―――もちろん、その存在は公表されていないけれど」

「ふぅん……」

 

 

何か引っかかるな……

 

 

「そして。〈ラタトスク〉の結成の理由ににして、最大の目的、それは―――精霊を保護し、幸福な生活を送らせることよ。……ま、最高幹部連である円卓会議の中には、精霊の強大な力を得てどうこうしようとって助平心を持っている奴もいるみたいだけど」

「へぇ……そいつはよっぽど俺に殺されたいようだな」

「あ、あはははは……はぁ……」

 

 

そんな奴、見つけたらすぐに、きゅっとしてドカーンでぶち殺してやる。

 

 

「なぁ、空間震を防ぐことが目的じゃないのか?」

「ま、それももちろんあるのだけれど。それはあくまで副次的なものよ。そこだけ見るなら、私たちもASTも変わらないわ」

「そうか……で、司令官の件は―――いいや。興味ない」

「あ、そう……」

 

 

少しがっかりしたようにうなだれる琴里。

だが俺には関係な―――いわけないじゃないか!!

俺の可愛い妹だぞ!?

でも、これしか方法が……

まぁいいか。

 

 

「あのさ、刃」

 

 

琴里がぴょん、とソファから立ち上がった。

 

 

「お手洗いに行きたいのだけれど」

「行けば」

「さっき見たところ、電球が切れていたのよ。先に交換してくれないかしら」

「面倒だな……」

 

 

交換するの面倒だ。

よくあることですね。

でも、そんなことはこの能力ですぐに解決します。

『時間を操る程度の能力』で、この家の時間を建てたばかりのころまで戻す。

家具もなくなってしまうんじゃないか?

心配ない。

あくまでも建物自体の時間だけだからな。

そして、時間を固定。

はい、これで完成。

 

 

「琴里、もうOKだ」

「へ?」

 

 

琴里が何言ってんだこいつみたいな目で見てくる。

 

 

「時間を巻き戻したから。あと、その状態で固定したからもう電球が切れる心配はない」

「あ、あはははは……時間を巻き戻すのもアスカロンの恩恵なのかしら?」

「違うよ。でっもこればっかしはまだ言えないなぁ。琴里だって俺に隠し事してるみたいだし」

「う……」

 

 

ふはははは、お兄ちゃんに言い合いで勝とうなんて一万年は早い。

 

 

「刃。お風呂が沸いたみたいだから、先に入っちゃって」

「風呂か……よし。んじゃ、遠慮なく」

 

 

俺は脱衣所に向かう。

まぁ琴里が何かを仕掛けてくるのは確信した。

 

だが関係ない。

 

脱衣所で俺は服を全て脱いで洗濯機に入れる。

そして浴室に入る。

 

頭、身体、顔の順番に洗い、泡を流して湯船につかる。

 

 

「あ゛ー」

 

 

風呂最高……

疲れが取れるわぁ……

ちなみにうちの湯船はものすごく広い。

俺が改造したからな。

温泉なみだ。

 

 

『―――ふーん、ふふふふーん、ふふーん♪』

 

 

まったりしていた俺の耳に、くぐもった鼻歌が聞こえてくる。

この声は―――十香!!

まさか、自分から俺と一緒に入りに来たのか!?

ひゃっほーい♪

 

ガラガラガラっ、という音とともに、十香が入ってきた。

そして―――

 

 

「とうっ!!」

 

 

ざっぱーん!!と、ろくに湯船を確認しないまま、十香が勢いよく湯船に飛び込んできた。

 

 

「十香……飛び込むのはやめなさい」

「す、すまん……ってヤイバ!?な、なぜここにいる!?」

「知ってて来たんじゃないのか?」

「し、知ってたら入るわけないだろう!!」

 

 

がーん……

そ、そんなに嫌がらなくても。

でも真っ赤になってる十香、めちゃくそ可愛い。

 

 

「まぁこの際一緒に入るか?」

「な!?……ま、まぁ刃がどうしてもというならかまわないぞ?」

 

 

さらに顔を赤くしながら言う。

 

 

「入りたい、超入りたいです!!」

「な、なら仕方ないな」

 

 

こうして俺は十香と風呂に入ることに成功したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――翌日、朝。

 

 

「あぁ……眠ぃ……」

 

 

俺は小さなうめき声を発しながら、ベットの上で軽く背伸びをする。

目には窓から差し込む朝日が、耳には小鳥のさえずりが入り込んでくる。

 

 

「ん……もう朝かよ」

 

 

そして寝返りを打つ。

すると―――

 

 

「なんだこのすばらしい感触は」

 

 

頬に何やら柔らかいものが触れた。

その正体を探るため、のそのそと顔の辺りに手をやり、触れてみる。

 

 

「ん……っ」

 

 

なんとも可愛らしい声が聞こえてくる。

そちらに視界を巡らせると、そこには薄手のフリース生地。そして、天井にはあきらかに、俺の部屋とは違うタイプの電灯が見て取れる。

 

ここは俺の部屋ではない。

 

部屋の内装からすると……この部屋は十香の部屋ですな。

 

 

「……む?」

 

 

そこには十香の美しくて可愛い寝顔があった。

十香と俺の視線が合う。

数秒の間のあと。

 

 

「なんだ?一緒に寝たかったのか?」

 

 

と、大人の態度の十香。

あれぇ?

てっきり叫ばれるのかと思った。

 

 

「まぁそうだな」

「そうか、なら毎日一緒に寝ようではないか!!」

「おぉ!!それはいい!!そうしよう」

 

 

なぜだかわからないが、俺を十香の部屋に運んだ人、ありがとう!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――リビング。

 

 

「なんでそうなるのよ!!」

 

 

琴里がひとり叫んでいた。

 



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第2話~雨の少女はイタズラが好き?~

―――来禅高校、教室。

 

 

「おーう五河……て、ものすごくご機嫌だな」

 

 

朝、かなりるんるんしながら教室に入るなりかけられたのは、殿町の驚きの声だった。

まぁ、殿町以外の人が見てもそう思うだろ。

だって、普段と比べたらものすごくご機嫌だからね。

 

 

「あぁ、ちょっとな♪」

 

 

いやぁ、十香がまさか一緒に寝るのを許可してくれるなんてな。

最高だ。

 

 

「殿町、おまえ何見てんだ?」

 

 

殿町は、漫画雑誌巻末のグラビアページを深刻そうに眺めていた。

 

 

「あぁ、これか。―――そうだ、五河にも訊いておきたいんだが……」

「なんだ?」

 

 

俺が問い返すと、殿町は今までいたことのないような真剣な様子で続けてきた。

 

 

「ナースと巫女とメイド……どれがいいと思う?」

「……究極の選択だな」

「あぁ、そうなんだ。読者投票で次号のグラビアのコスチュームが決まるらしいんだが……悩むんだよなぁ」

 

 

あぁ、思い出すなぁ……

ナース服で治療をしてくれたレイナーレ。

ミニスカ+白ニーソのすさまじいコンボでいつもいてくれたミツキ。

そして、俺の本妻で『箱庭』ではメイドとして奉仕もしてくれたレティシア。

 

これは……ガチで悩む。

だが、俺は決めたぞぉぉぉぉぉ!!

 

 

「どれも素晴らしいと思う。だがな、俺はメイドを押す。特別な思い入れがあってな」

「―――まさかおまえがメイドが好きだったとはな!!悪いが俺たちの友情はここまでだ」

「そうか、あばよ」

 

 

俺はさっさと自分の席に着く。

 

 

「あっ、おい、どこ行くんだ五河」

「友情はここまでじゃなかったのか?」

「なんだよノリ悪すぎだろおーい。メイド好きとナース好きが手を取り合う。そんな世界があってもいいと思いませんかー」

 

 

どうやら殿町はナースが好きなようだな。

 

さて、ホームルームまではしばらく時間があるな。

どうしようか。

と言ってもあと十分くらいだ。

 

 

「おっす、十香」

「おはようだぞ、ヤイバ」

 

 

十香がやっと来た。

なんで俺の家に住んでいるのにこんなに遅かったんだ?

 

 

「どうした?ちょっと遅かったじゃねぇか」

「いやな、少し寄り道をしていてな」

「そか……」

 

 

なんだ、そうだったのか。

 

 

「あはようございまぁす」

 

 

お、タマちゃんが来た。

まぁ、遅刻しなかったからいいか。

今度は十香と一緒に登校したいな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――昼休み。

 

 

「ヤイバ!!昼餉だ!!」

 

 

俺の机に右からがっしゃーん!!と机がドッキングされた。

もちろん机の主は十香である。

 

 

「ほれ、これだ」

「おぉ、すまないな」

 

 

十香に弁当を渡す。

そして、俺の弁当も取り出し、ふたを開ける。

そして―――

 

 

「「いただきます」」

 

 

俺と十香がいただきますをして、食べ始める。

十香は「うまい」と、どんどん食べ進めてくれている。

作った本人としてはとてもうれしい。

その時だった。

 

ウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――

 

街中に、空間震を伝える警報が鳴り響いた。

 

 

「……皆、警報だ。すぐに地下シェルターに避難してくれ」

 

 

白衣を纏った眼鏡の物理教師―――令音が廊下の方に指を向ける。

 

 

「ぬ?ヤイバ、一体皆はどこへ行くのだ?」

「シェルターだ。学校の地下にある」

「シェルター?」

「あぁ。とりあえず説明はあとだ。俺たちも行くぞ、十香」

「ぬ、ぬぅ」

 

 

十香は、もう少しで食べ終わりそうな弁当に名残惜しそうな視線を残しながらも、俺の指示に従って立ち上がった。

 

だが、俺は途中までついていき、離脱する。

 

 

「令音、行くぞ」

「……あぁ」

 

 

短く返してくる令音。

見つかると面倒なので、さっさと移動する。

校舎の外に出ると、〈フラクシナス〉も拾われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――フラクシナス。

 

 

「―――あぁ、来たわね二人とも。もうすぐ精霊が出現するわ。令音は用意をお願い」

 

 

俺と令音が〈フラクシナス〉艦橋に着くなり、艦長席に座った琴里から、そんな言葉が飛んでくる。

 

 

「……あぁ」

 

 

令音が短くうなずき、白衣の裾を翻して、艦橋下段にあるコンソールの前に座りこむ。

 

突然、艦橋内にけたたましいサイレンの音が鳴り響いた。

 

 

「どうした?」

「非常に強い霊波を確認!!来ます!!」

 

 

男のクルーの叫び声が聞こえてくる。

琴里はそれを聞くと、パチンと指を鳴らした。

 

 

「オーケイ。メインモニタを、出現予測地点の映像に切り替えてちょうだい」

 

 

琴里指示を発すると、メインモニタに、街の映像が俯瞰で映し出された。

いくつもの店が建ち並ぶ大通りだ。

だが、当然のごとく人の姿はない。

そして、その映像の中心がぐわんっ、と撓む。

 

 

「おぉ……」

 

 

何もないはずの空間に、水面に石を投じた時のような波紋ができていた。

すごい……

始めてみたが、美しい。

そう思ってしまう俺は悪くないと思いたい。

そして、さらに空間の歪みがさらに大きくなる。

画面に小さな光が生まれたかと思った瞬間、爆音とともに、画面が真っ白になった。

 

数秒後、画面に映し出されていたのは穴だった。

 

いくつもの建物が並んでいた通りの一部が、すり鉢状に削り取られている。

その周りも、ハリケーンに襲われたかのようにめちゃくちゃになっている、

 

 

「〈ハーミット〉……四糸乃か」

 

 

画面を見て、そう呟く。

 

 

「あら、知っていたのね。それもアスカロンの恩恵かしら?」

 

 

少し、意地悪く言う琴里。

 

 

「そうだといいな」

「何よそれ……」

 

 

だから俺も意地悪く返す。

 

画面が四糸乃を拡大して映し出す。

 

 

「あ、昨日会ったわ。この子」

「何ですって?」

「学校から帰る途中にな、急に雨が降ってきてな。その時だな……時間帯は午後四時から五時までの間ぐらいだったと思う」

 

 

それを聞いた琴里は、艦橋下段のクルーに指示を飛ばしだす。

 

 

「昨日の一六○○時から一七○○時までの霊波数値を私の端末に送って。大至急!!」

 

 

そして、手元の画面に視線を落とし、苛立たしげに頭をがりがりとかく。

 

 

「……主だった数値の乱れは認められないわね。十香のときのケースと同じか……刃、なんで昨日のうちに言わなかったの?」

「面倒だったから」

 

 

そう言うのと同時に、〈フラクシナス〉艦橋に設えられていたスピーカーから、けたたましい音が轟いてきた。

 

 

「AST共か……」

「―――精霊が現れたんだもの。仕事を始めるのは私たちだけじゃあないでしょうね」

 

 

そりゃそうか。

画面に目をやると、四糸乃がいた場所に煙が渦巻いていた。

ミサイルでも撃ち込まれたか?

 

そして、その周囲にASTのアマ共が浮遊していた。

 

煙の中から、小さなシルエットがぴょん、と飛び出した。

四糸乃だぁぁぁぁぁぁ!!

ヒャッハー!!

 

四糸乃は左手のパペットを掲げるような恰好のまま宙に舞うと、周囲を固めるAST共たちの間を抜けるように身を捻り、空に踊った。

 

可愛いなぁ……

 

だが、ASTのクソ共はすぐにそれに反応すると、一斉に四糸乃を追跡した。

そしてそのまま、身体中に装着していた武器から、かなりの量の弾薬を発射する。

 

 

「クソアマ共が……」

 

 

俺の呟きは意味をなさず、AST共の放った無数のミサイルや弾丸は、無慈悲に四糸乃の身体に吸い込まれていった。

 

 

「琴里……もういい加減俺は出るぞ?」

「あ……」

 

 

忘れていたのかよ……

 

四糸乃は比較的出現回数が多いらしく、その行動パターンの統計と、令音の施行解析を組み合わせれば、おおよその進路に目算がつくんだと。

 

それから計算された場所は、商店街の先に聳える大型デパートだった。

琴里に〈フラクシナス〉から転移させると言われたが俺はそれを拒否し、自分の力で転移をした。

 

もちろん俺の右耳にはインカムがついており、琴里が指示をしてくる。

 

 

『―――刃。〈ハーミット〉の反応がフロア内に入ったわ』

「そうか……」

 

 

気合を入れ直す。

だが、その瞬間、

 

 

『―――君も、よしのんをいじめにきたのかなぁ……?』

 

 

頭上から声が響いてきた。

俺は、顔を上に向ける。

そこには、四糸乃が、重力に逆らうような逆さの状態で浮遊していた。

 

 

『駄目だよー。よしのんが優しいからってあんまりおイタしちゃ。……って、んん?』

 

 

と、四糸乃は逆さになっていた身体を空中でぐるんっ、と元に戻して、床に降り立った。

そして、パクパクとパペットの口を動かす。

 

 

『ぉおやぁ?誰かと思ったら、ラッキースケベのおにーさんじゃない』

 

 

俺の顔をまじまじと見て、パペットが器用にぽん、と手を打ってくる。

すごい技術だな……

 

 

「ん?あぁ、そういえばそんなこともあったな」

『やー、しかしラッキースケベのおにーさん。珍しいところで会うねー。ぁっはっは、おにーさんみたいなのは歓迎よー?どーもみんな、よしのんのこと嫌いみたいでさー。こっちに引っ張られて出てくると、すーぐチクチク攻撃してくるんだよねぇー』

 

 

そう言って、パペットがわははと笑って見せる。

 

 

「よしのん、ってのは?」

『あぁっ、なんてみすていくっ!!よしのんともあろう者が、自己紹介を忘れるだなんてっ!!よしのんのナ・マ・エ。可愛いっしょ?可愛いっしょ?』

「あぁ、すごく可愛いぞ」

 

 

よしのんはものすごくハイテンションだな。

 

 

『―――よしのん、ね。ふぅん、この精霊は十香と違って、名前の情報を持っているのね』

「……なぁ、そういうのいちいち言わなくてよくないか?はっきり言うとさ、集中できないから」

『ご、ごめん』

 

 

琴里があわてて謝ってきた。

あわてた琴里も可愛いな。

 

 

『ぅんで?おにーさんのお名前はなんてーの?』

「俺は刃。五河刃」

『刃くんねー。カッコいい名前じゃないの。ま、よしのんには勝てないけどねぇー』

「なぁ、よしのん」

『んー?何かな刃くん』

 

 

わくわくした様子で問い返してくる。

 

 

「時間があったらさ、デートしないか?」

『ほっほ~!!いいねー。見かけによらず大胆に誘ってくれるじゃーないの。うふん、もちろんオーケイよん。ていうか、ようやくまともに話せる人に出会えたんだし、よしのんからお願いしたいくらいだよー』

 

 

そう言って、カラカラと笑う。

 

 

「なぁ、よしのん。少しデパートの中を回らないか?」

『もちろんオッケーだよ』

 

 

こうして俺はよしのんとプチデートをすることにした。

俺とよしのんはゆっくりとデパートを周る。

しだいに会話の花が咲いていく。

 

 

『やっぱりお喋りするのはたーのしーいねー。どうもあの人たちは無粋でさー』

「あー、確かにな」

 

 

よしのんがパクパク口を開きながら言うのに、軽い調子で返す。

そんなことよりも、よしのんは雄弁に喋っているのに四糸乃の口はまったく開かないことがものすごく気になって堪らないんだけど。

すげぇ、技術。

 

 

『―――おぉ?』

「ん?」

 

 

不意に、よしのんがこちらを向く。

 

 

『すっごーい!!何かねありゃー!!』

 

 

よしのんが興奮気味に手をバタつかせると、その場からとてとてと走っていく。

もちろん走っているのは四糸乃の足だ。

 

よしのんが興味をもったのは、玩具売り場の一角に組み込まれていた、お子様用の小さなジャングルジムだった。

やたらカラフルな強化プラスチックのお城に、両足と右手だけで器用に上っていく。

そして頂点に到達すると、

 

 

『わーはは、どーよ刃くん。カッコいい?よしのんカッコいい?』

 

 

なんて、声を弾ませて訊いてきた。

 

 

「危ないぞー」

 

 

いくら子供用の室内用のジャングルジムだからって、ナメてはいけない。

てっぺんから落ちたら怪我をするだろう。

四糸乃が空を飛べるのはわかっているだが……どうしても『ずるべったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんッ!!』の件があるからな……

 

 

『んもうっ、カッコいいいかどうか訊いているのにぃ―――っと、わ、わわ……っ!?』

「チッ!!ったく言わんこっちゃねぇ」

 

 

バランスを崩し、ジャングルジムの上で踊るように手を振ってから、俺の胸にダイブしてきた。

 

 

「大丈夫か……?」

 

 

声を発してから違和感に気づく。

目の前には四糸乃の青い髪と、端整な造作の貌がある。

そして唇には柔らかい感触ががががが。

 

なるほど、四糸乃のキスをしていたわけですか。

 

ヒャッハー!!

役得、役得ゥ!!

 

 

『……わお。やるわね、刃』

 

 

インカムから琴里の声が聞こえてきた。

琴里でも予想外だったか。

 

 

『……………』

 

 

無言のまま、よしのんが身を起こす。

そして俺と四糸乃の唇が離れる。

 

だが、キスをしたが力は封印されていないようだった。

あれか?好感度か?

 

 

『あったたたぁー……ごめんごめん、刃くん。不注意だったよー』

 

 

よしのんは平然と声を発した。

起こってないんだな。

 

 

『―――刃、緊急事態よ。……それもたぶん、最強最悪の』

 

 

琴里の声が焦った様子で言ってくる。

 

 

「おっふ……」

 

 

後方から十香の気が感じ取れる。

どうやら今のを見られてしまったようだ。

 

俺は視線を後ろに向ける。

 

 

「―――ヤイバ」

 

 

十香の全身はびしょ濡れで、ついでに全力疾走してきたのか、荒く肩で息をしていた。

 

だが、それより注目すべき場所は目だった。

ハイライトが、ない。

 

 

「……今、何をしていた?」

「……事故によるキスです」

「―――あ、あれだけ心配させておいて……女とイチャコラしているとは何事かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

だんッ!!

 

十香が叫び、足を打ち付けた瞬間、其の位置を中心に床がベコンッ!!と陥没し、周囲に亀裂が入った。

 

おぉ……すげぇ。

 

 

「……ヤイバ。おまえの言っていた大事な用とは、この娘と会うことだったのか?」

「…………………」

 

 

なんて答えようか?

迷っていると、よしのんが声を出した。

 

 

『……いやぁー、はやぁー……そぉーいうことねぇ……』

 

 

今まで十香の登場にキョトンとしていたよしのんが、甲高い声を出した。

そして、その顔がいたずらっぽい笑顔になっている。

 

 

『おねーさん?えぇと―――』

「……十香だ」

 

 

よしのんい言われて憮然とした様子で十香が返す。

 

 

『十香ちゃん。君には悪いんだけどぉ、刃くんは君に飽きちゃたみたいなんだよねぇ』

「な……っ」

『いやさぁ、なんていうの?話を聞いていると、どうやら十香ちゃんとの約束すっぽかしてよしのんのとこにきちゃったみたいじゃない?これってもう決定的じゃない?』

「……っ」

 

 

十香が肩をぴくりと揺らし、今にも泣き出しそうな顔を作る。

仕方ねぇ……

 

 

「お、おまえ、何言って―――むぐっ!?」

 

 

俺は十香の口を俺の口でふさぐ。

十香は最初は抵抗していたが、次第に大人いしくなり受けれた。

そして、俺は言う。

 

 

「そんなわけないだろう。俺は十香のことが好きだからな」

「うぅ……な、ならいいんだ!!」

 

 

顔を赤くしながらも、はっきりとした口調で言ってきた。

 

ドオォォォォォォォン!!

 

爆音が鳴り響き、デパートの壁が吹き飛んだのを確認する。

どうやら、天使を顕現して離脱したようだ。

 

 

「とりあえず、行こうか十香」

「うむ!!」

 

 

俺は、十香と家に帰ることにした。

手をつないで、ゆっくりと歩いてな。

 



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第3話~最悪のタイミング~

―――五河家、俺の部屋。

 

 

十香と家に帰宅した俺は、ベット上に寝転んでいた。

 

十香の方はフォローが成功したけど、四糸乃の方がな……

せっかくいい感じだったんだけどな……

すさまじいタイミングで十香も現れたもんだ。

 

 

『―――刃。ちょっといい?確認しておきたいことがあるのだけれど』

「何だ?って大方、四糸乃の力が封印できなかったことについてだろ?」

『あら、よくわかったわね。刃、あなた、ちゃんとよしのんとキスしたのよね?』

「まず、そこから訂正しろ。よしのんはパペットの名前だ。精霊の名前は四糸乃だ」

『そうだったの?わかったわ。それで、四糸乃とキスしたのよね?』

「あぁ、したぞ」

 

 

確かにしたがが、まぁ事故のようなものだったけど。

役得です。

 

 

『―――刃も言っていたように、キスしたのに精霊の力がまったく封印されてないみたいなのよ』

「ふぅん……」

『ふぅんって。それだけ?他に何かないの?』

「だってわかってたし。キスした時に十香の時みたいに力が流れ込んでこなかったからな」

『な!?先にそれを言いなさいよ!!』

 

 

えぇ……

どんどん話を進めていったのは琴里じゃん。

 

 

『まぁいいわ。それがわかっただけでもかなりの収穫だわ』

「そうか……」

『それじゃね』

「あぁ」

 

 

はぁ……

もう寝ようかな。

色々ありすぎて疲れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――翌日。

 

 

「だぁ~……ねみぃ」

 

 

今何時だ?

スマホに電源を入れて画面で確認する。

 

八時三十九分

 

何かいつも三十九分に起きるな。

しかし何をしよう。

久しぶりにゲーセンにでも行くか?

そうれがいい、そうしよう。

 

クローゼットから適当に服を選び、着る。

そして洗面所で髪を整える。

 

そして家の外に出る。

琴里は寝ていたな……

鍵を閉めて行くか。

 

うわぁ……雨降ってるし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――街。

 

 

しばらく歩くと、見覚えのある後姿が目に入った。

ウサギのような耳がついた緑色のフードを見つけた。

ウサミミ、いいですね。

 

昨日の空間震によって破壊され、立ち入り禁止になっていたエリアの向こうに、四糸乃がいた。

俺は近くにあった塀に身を隠す。

そして、四糸乃の様子を見つめる。

 

まるでストーカー……

 

いやいや、俺はストーカーじゃない!!

 

それは置いておいて。

 

警報はまた鳴っていない。

十香と同じパターンだ。

そう言えば、前回も四糸乃がこっちに来たときは空間震は起こらなかったよな。

四糸乃はそういうタイプの精霊なんだな。

声でもかけてみるか……

 

 

「―――四糸乃」

 

 

俺の声に反応して、四糸乃がこちらに振り返る。

だが、顔を蒼白にして歯をカチカチと鳴らし、全身を小刻みに振るわせてた。

 

 

「……ひっ、ぃ……っ」

 

 

そして、今にも泣き出してしまいそうな顔を作り、右手をバッと高く掲げる。

おぉっと、これは天使を顕現されちまうな?

 

 

「大丈夫だ、何もしねぇよ」

 

 

俺はやさしく四糸乃を抱きしめる。

一瞬、ビクッとして攻撃をされそうになったが、恐る恐るといった調子で右手をもとの位置に戻し、俺の顔を見てきた。

目尻には、涙があった。

ちょっとビビりすぎじゃないか?

 

 

「そういえば、パペットはどうした?もしかして探しているのか?」

「……!!」

 

 

俺が言った瞬間、四糸乃がカッと目を見開いた。

そして、俺の頭をガッ掴み、問い詰めるように揺さぶってきた。

 

 

「……っ!!……っ!?」

「ちょ、まっ、やめなさいって」

 

 

そう言うと、四糸乃がハッとしたように俺の頭から手を離した。

 

 

「やっぱり探しているのか……」

 

 

四糸乃が、何度も力強くうなずく。

それから、不安そうな瞳を俺に向けてきた。

まるで、パペットの所在を問うように。

 

 

「ごめんな。俺もどこにあるかはまだわからないんだ」

 

 

そう言うと、四糸乃はこの世の終わりを告げられたかのような顔をして、その場ニヘナヘナとへたり込んだ。

そしてそのまま顔をうつむかせ、「ぅえ……っ、ぇ……っ」と嗚咽を漏らし始めた。

 

 

「大丈夫だ、俺が見つけてやる」

「……!!」

 

 

そう言うと、四糸乃の顔がものすごく晴れやかになった。

それを確認した俺は『答えを出す程度の能力』でパペットの在り処を探す。

 

Q.四糸乃パペットの在り処はどこ?

A.鳶一折紙の家にあります。

 

え……?

えぇ……!?

何でやねん!!

あれか?この前のデパートで何かあったのか?

そうなんだろ?てか、それしかねぇだろ!!

一応、いつどこでなくしたか聞いておこう。

 

 

「いつどこでなくしたんだ?」

「……き、のぅ……こわい……人たち、攻撃……され……気づいたら……、ぃなく、なっ……」

「そうか……」

 

 

やっぱり、AST共に襲われて、その時になくしたのか。

だから折紙の家にあると……

多分、折紙が拾ったんだろうな。

 

どうしようか?

このまま折紙の家に行ってもいいが、そうすると四糸乃と別れないといけなくなるな……

今はこのまま四糸乃と一緒に歩きながら探して、後で俺一人で折紙の家に行くか?

それがいいだろうな。

 

 

「それじゃ、行こうか四糸乃」

 

 

するとコクッとうなずき、歩き出そうとする。

俺は手を握ろうと手を差し出すと、

 

 

「……!?」

 

 

ビクッとふるえた。

瞬間、四糸乃の周囲の雨が突然、針のようになって俺の方に飛んできた。

もちろんそれは、ATフィールドによる自動防御で防げる。

 

 

「ごめんな、驚かせちまったか。手を握りたいだけだったんだけど……」

「……?」

 

 

四糸乃が、なんで?といった表情でこちらを見てくる。

だが、少しすると恐る恐るという感じで左手を差し出してきた。

俺は右手でそれと握る。

 

 

「あぁ、そうだ。これ」

 

 

ビニール傘を創造して、四糸乃に見せる。

 

 

「? ? ?」

「これはな、こうやって使うんだ」

 

 

不思議そうに首を傾げる四糸乃の手に握らせ、差してやる。

すると、雨粒が自分の身体に触れなくなったことに驚いたのか、四糸乃が目を丸くして頭上を見やった。

透明なビニール傘に当たって雨粒が弾け、きらきらと光りながら落ちていく。

 

 

「……!!……!!」

 

 

四糸乃が興奮気味に、俺とつないでいる方の手をブンブンと振る。

 

 

「気に入ったのか?ハハハ……」

 

 

ちなみにこの傘、かなりの大きさなので俺と四糸乃が一緒に入っても余裕だ。

 

そして、パペットを探し始めてから、だいたい二時間がたった。

俺は前髪をかきあげながら、隣でパペットを探す四糸乃の方を向いた。

何やら、やたらと可愛い音が響いたような気が……

四糸乃はまたも怯えるように肩を震わせたが―――少しは俺の声に慣れたのか、水の弾丸や針を放ってはこなかった。

 

 

「お腹がすいたのか?」

 

 

俺が問うと、四糸乃は顔を真っ赤にしてブンブンと首を横に振った。

しかし、そのタイミングでまたもお腹の音が鳴る。

 

 

「……………っ!!」

 

 

四糸乃はその場にうずくまると、フードを引っ張って顔を完全に隠してしまった。

 

精霊も、お腹はすく。

 

そう言えば、十香もかなりの量を食べていたな。

でも、あんなに食べてもあのスタイルとは……

すさまじいな、精霊!!

 

 

「四糸乃、少し休憩しようか」

 

 

そう言うと、四糸乃は首を横に振った。

だが、そこでまたお腹が鳴る。

 

 

「……!!」

「無理は良くないぞ。おまえが倒れたらよしのんが探せなくなるぞ」

 

 

四糸乃は少しの間、考えを巡らせるようにうなってから、躊躇いがちに首肯した。

 

場所は家でいいか。

ゆっくりとできるし。

それにちょうど十香は令音が連れだすって言ってたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――五河家。

 

 

 

四糸乃をリビングにあるソファに座らせて待たせる。

でも落ち着かない様子で周りをきょろきょろ見回している。

そんな姿も可愛いです。

 

さて、冷蔵庫の中にはなにがあるかな?

……食材が、ない!?

あー……十香がよくおいしいおいしいって食べてくれるから調子に乗って作りすぎたのか……

まさか食材がそこを尽きるとは……

 

だがそんなの関係ない!!

食材がなければ創造すればいいじゃない♪

だったらそのまま料理を創造すればいいか。

 

というわけで……

 

 

「はい四糸乃。虹の実のパフェだ」

 

 

虹の実を大胆に五個も使ったパフェでございます。

 

 

「さて、いただきます」

 

 

もちろん俺の分もありますよ。

 

俺が手を合わせてそう言うと、四糸乃もその仕草を真似るようにペコリと頭を下げた。

 

萌えぇぇぇぇぇぇぇ!!

もう四糸乃ためだったらなんでもしちゃうかも!!

 

四糸乃はスプーンを手に取り、虹の実パフェを一口、口に運んだ。

 

 

「……!!」

 

 

するとカッと目を見開いて、テーブルをぺしぺしと叩いた。

 

 

「お?」

 

 

だが、俺が目を向けると、恥ずかしそうに目を逸らしてしまった。

その後も、四糸乃は何かを伝えたいらしいが、言葉を発するのが恥ずかしい、みたいな顔を作ってから、ぐっ、と俺に親指を立ててきた。

 

 

「そうかそうか、じゃんじゃん食べていいからな。まだいくらでも作れるし。でも食べ過ぎるなよ?動けなくなったら大変だからな」

 

 

どうやら気に入ってもらえたらしい。

よほどお腹が減っていたらしく、四糸乃は小さな口を目一杯広げ、すぐにそれを平らげてしまった。

でも、おかわりを催促してこないあたり、結構お腹が膨れたのだろう。

 

 

「あぁ、そういえばさ、よしのんってさ、おまえにとってどんな存在なんだ?」

 

 

俺が何気なく訊くと、四糸乃は恐る恐るといった調子で、ただただしく唇を開いてきた。

 

 

「よしのん、は……友達……です。そして……ヒーロー。です」

「ヒーロー?」

 

 

俺は思わず訊きかえしてしまった。

四糸乃はうんうんとうなずいた。

 

 

「よしのんは……私の、理想……憧れの、自分……です。私、みたいに……弱くなくて、私……みたいに、うじうじしない……強くて、格好いい……」

「理想の自分か……でも俺は今の四糸乃が好きだな」

 

 

俺がそう言った瞬間、四糸乃は顔をボンっ!!と真っ赤に染めて、背を丸めながらフードを手繰って顔を覆い隠してしまった。

 

 

「どうした?」

 

 

俺が顔を覗き込むようにしながら声をかけると、四糸乃がフードを握っていた手を離し、そろそろと顔を上げた。

 

 

「……そ、んなこと、言われた……初め……った、から……」

「そうか……でも本当のことだからな」

 

 

そう言うとますます顔を赤くしてしまった。

俺は四糸乃に向き直る。

 

 

「あのさ、おまえはASTに襲われてもほとんど反撃しないよな。何か理由でもあるのか?」

 

 

すると、四糸乃は顔をうつむかせた。

霊装のすそを、ぎゅっと握るようにしてから、消え入りそうな声を出す。

 

 

「……わ、たしは……いたいのが、きらいです。こわいもの……きらいです。きっと、あの人たちも……いたいのや、こわいのは、いやだと……思います。だから、私、は……」

 

 

気を抜くと聞き逃してしまいそうな小さな、かすれるような声音だ。

おいおい、四糸乃……おまえはどれだけ強いんだ?

俺や十香とはベクトルのちがう強さだけど、それよりもすごいものを四糸乃はもっているようだ。

 

四糸乃が全身を小刻みに震えさせながら言葉を続ける。

 

 

「でも……私、は……弱くて、こわがり……だから。一人だと……だめ、です。いたくて……こわくて、どうしようも、なくなると……頭の中が、ぐちゃぐちゃに……なって……きっと、みんなに……ひどい、ことを、しちゃい、ます」

 

 

後半は涙声だった。

ずずっと洟を啜るようにしてから、さらに続けてくる。

 

 

「だ、から……よしのんは……私のヒーロー……なんです。よしのんは……私が、こわく、なっても……大丈夫って、言って……くれます。そした、ら……本当に、大丈夫に……なるんです。だから……だ、から……」

 

 

俺は四糸乃を優しく抱きしめた。

そして自分の膝の上に乗せて後ろから、また抱きしめる。

やさしく頭を撫でる。

 

 

「……っ、あ……っ、あの―――」

「大丈夫だ」

「―――っ、……?」

「俺がお前を守ってやる。救ってやる」

 

 

四糸乃表情は見えない。

でもじたばたしてないということはこのままでもいいということだろう。

 

 

「絶対によしのんを見つけ出す。そしておまえに渡す。それだけじゃない。もうよしのんに守ってもらわなくてもいいように、俺が、おまえに『いたいの』とか『こわいの』なんて絶対に近づかせねぇ。俺が、おまえのヒーローになってやる」

 

 

ガラでもない。

でも言う。

四糸乃は強い。

そして、優しい。

でも、その優しさは一切自分には向けられていない。

だったら、それを俺が与えてやる。

俺にできるのはその程度。

だって俺は―――

 

万能なだけの人外だから。

 

 

「……?……?」

 

 

四糸乃はしばしの間目を白黒させていたが、数十秒ののち、小さく唇を開いてきた。

 

 

「……あ、りがとう、ございま……す」

「あぁ」

 

 

四糸乃は素直にそう言ってくれた。

そして、声を発した際に、その可愛わしい唇に目がいった。

 

 

「……?刃、さん……?」

 

 

四糸乃が小首を傾げて俺の方を見てくる。

 

 

「あー……そう言えばこの前はすまなかった」

「え……?」

「いや、事故とはいえキスしちゃったからな」

 

 

俺はもちろんうれしいよ。

でも、女の子の四糸乃からしてみれば一大事のはずだ。

しかし、四糸乃は、キョトンした様子で目を丸くし、再び首を傾げた。

もしかして、キスの意味をしらない?

 

 

「……キスって、なんですか?」

「ん?あぁ、唇と唇を合わせる―――触れさせることかな」

 

 

俺が説明をすると、四糸乃はまたもよくわからないといった表情を作ると、俺の目の前に顔を突き出してきた。

 

 

「こう、いうの……です、か?」

「まぁ、そうだな」

 

 

少し顔を前に出せば、キスできる距離だ。

四糸乃は少しうなると、これまた小さな声で言った。

 

 

「……よく、覚えて、いません」

「……そうか」

 

 

そんな返答を聞いた俺は、少し安心したような、残念なような気持ちになった。

その瞬間だった。

 

 

「ヤイバ!!ただいまだぞ!!」

 

 

突然扉が開かれたかと思うと、朝方家を出たはずの十香が、リビングに入ってきた。

そして、今にもキスをしてしまいそうな距離でいる俺と四糸乃の姿を見るなり、ぴき、と身体を固まらせる。

 

 

「あ、十香。おかえり」

「……ひ……っ」

 

 

四糸乃は異常感じたらしく、小さな声を漏らした。

でも、それは仕方のない事だと思う。

だって、リビングの入口に静かに佇む十香からは、言葉にはしにくいプレッシャーが漏れ出している。

 

 

「………………」

 

 

十香は、無言のまま、穏やかぁーな笑みを作ると、そのままゆっくりとした足取りでリビングに入ってきた。

もちろん目にはハイライトが入っていない。

ビクッ、という感触が身体に伝わってきた。

どうやら四糸乃が身を震わせたらしい。

 

 

「十香、これはな―――」

 

 

最後まで言えなかった。

十香は俺たちの脇を通り過ぎると、リビングを抜けてキッチンに向かい、冷蔵庫や棚からありったけの食料と飲み物を持ち出し、そのまま廊下へ出て行ってしまった。

 

でも、冷蔵庫には何も入っていないぞ……

 

扉の先から、ダダダダダダっ、という足音が聞こえ―――それが二階に到達すると、今度はバァン!!と、乱雑に扉を閉めるような音が聞こえてきた。

……部屋に閉じこもってしまったらしい。

 

そして、膝からも重量感が消えているのに気が付く。

 

 

「四糸乃も帰っちまったか……」

 

 

それにしてもタイミング悪すぎだろ……

 



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第4話~よしのんの救出大作戦(笑)~

―――折紙のマンション。

 

 

なぜここに来たか?

答えはこうだ。

よしのんを受け取るためだ。

『答えを出す程度の能力』でよしのんの居場所を導き出した時、折紙の家にあると出たのだ。

やっかい極まりない。

この前の腹に穴を開けられたときのをまだ引きずっていたらと考えると……怖いな。

まぁ、それも含めて家に来てもいいと言ったのだろう。

 

琴里にはもちろん何も言ってない。

まぁ、バレている可能性もある。

だって、上空に〈フラクシナス〉があるんだぞ?

簡単に捕捉されちまう。

 

十香も心配だ。

あれからずっと部屋に引きこもっている。

学校にもちゃんと来ているが、会話を交わすことはない。

 

とりあえず、逝くか。

マンションの自動ドアをくぐり、エントランスに設えられている機械に、折紙の部屋番号を入力する。

すぐに折紙の声が聞こえてくる。

 

 

『だれ』

「俺だ、五河刃」

『入って』

 

 

返答がやけに早いが気にしない。

エントランス内側の自動ドアが開く。

それを確認して、俺はマンションに入る。

そして、エレベーターに乗って六階まで上がり、指定された部屋番号の前に到着した。

呼び鈴を鳴らす。

するとすぐさま―――いや、これは玄関で待ち構えてたな。

そんなタイミングで、扉が開けられた。

 

 

「折紙、悪い―――」

 

 

な。

とは続けられなかった。

折紙の服装が……

もちろん、ここは折紙の家だ。

折紙がどんな格好をしていようが構わない。

でもさ、さすがにそれは普段着じゃないだろう。

そう、俺が目にしたものは―――

 

メイド服

 

しかも、秋葉原とかでコスプレ用として売られているものではない。

黒のワンピースに、フリルの付いた純白のエプロン。頭には可愛らしいヘッドドレス。

完璧なメイドさんスタイルだ。

うんうん、グレイフィアやレイナーレを思い出す。

レイナーレもなんだかんだいって最終的には完璧なメイドになったしな。

 

でもさ、クラスの奴がメイド服を着ているのはちょっとクルものがある。

でもよくよく考えてみると、案外みんなメイド服程度なら着てくれてたな。

それ以上のものも。

 

 

「その格好は?」

「きらい?」

「いや、むしろたまんねぇ」

 

 

おっと、本音が飛び出てしまった。

 

 

「入って」

 

 

折紙は何も気にする素振りも見せず、俺を部屋の中へ招き入れる。

 

 

「邪魔しまーす」

 

 

後から入った俺が扉を閉める。

そして、靴を脱いで部屋に上がる。

……ジャミングかなんかしてんのか?

ものすごく変な感じがする。

ほら、俺って五感がものすごく鋭いからよくわかる。

他にもたくさん何か仕掛けてるな。

ここは要塞ですか?

 

 

「……なんだこの匂いは」

 

 

リビングに入った瞬間、ふわっと甘い香りがした。

コレは食べ物の匂いではない。

お香か?

 

 

「折紙、お香でもたいてるのか?」

「そう」

「ふぅん……」

 

 

怪しいな……

これ、媚薬じゃないか?

すごいギンギンになりかけてるし。

 

 

「座って」

「うぃ」

 

 

促されてがされて、リビング中央に置かれていた背の低いテーブルの前に座る。

俺が座ったのを見届けてから、折紙も腰に落ち着けた。

それも、俺のすぐ隣に。

 

 

「ん?」

 

 

普通は向かいに座るものだと思うのだが……

折紙は涼しげな表情だ。

 

 

「そういえば、折紙は一人暮らしなのか?」

 

 

この問いに折紙は小さく首肯をした。

 

 

「いつ頃からだ?」

 

 

こんなこと聞いても意味がないのに訊いてしまう。

折紙が捕足するように続ける。

 

 

「五年前に両親がしんでから、しばらく叔母と一緒に暮らしていたけれど、高校に入るときに、一人でここに移った」

「高校に入ってからね……」

 

 

折紙は俺の顔をジッと見据えて言ってくる。

そして、距離が近いんだよ!!

あれ?何ですか?このバカップルみたいな距離は。

俺たち別に付き合ってませんけど。

 

 

「待っていて」

 

 

そう言って、折紙は立ち上がる。

そしてそのまま足音もなく、キッチンの方に歩いていく。

どうやら、お茶の準備をしに行ったらしい。

そのすきに、俺は部屋を見渡す。

淡色で揃えられたシンプルな家具が、綺麗に配置された部屋だ。

女の子らしさはない。

それどころか、モデルハウスみたいだ。

そして、見たところパペットは見当たらない。

もの自体は少ないのだが、家の構造上収納スペースが多そうだ。

だからといってどういうわけではない。

能力で簡単に見つけられますから。

 

だが、問題なのはタイミングだ。

折紙がトイレに立った時にでも探すのが妥当だ。

いや、ここはいっそ俺がトイレに立つ振りをして探す方がいいのか?

 

折紙が戻ってきた。

トレイにはソーサーとティーカップを二つずつ、それに砂糖とミルクを載せて戻ってきた。

そして無言のまま、テーブルにそれらを配置していく。

 

 

「どうぞ」

 

 

そう言って、折紙が再びおれの隣に寄り添うように腰を下ろす。

……さっきより距離が近い。

 

 

「ありがと」

 

 

お香の匂いとは別に、ほのかに漂ってくる折紙のシャンプーの匂いが俺の鼻腔をくすぐる。

そして、カップを見る。

!?

なんだこれは……

ふと、折紙のカップを見る。

明らかに、違う。

 

折紙のお茶は、見るも鮮やかな、透き通った赤褐色の普通の紅茶だ。

だが俺のはどうだ?

カップの底が窺い知れないほどに淀んだ、どろのような液体だ。

何を混ぜた!?

何を混ぜたらこうなる!?

少し、匂いを嗅ぐ。

うぐぅ!?

これは……生物兵器なのか!?

なんだよ……なんだよこれ!!

 

 

「どうぞ」

「遠慮したいんだが」

「どうぞ」

「いや、でもな」

「どうぞ」

「……はぁ」

 

 

有無を言わせない。

それが折紙の作戦か。

 

 

「はぁ……」

 

 

もう一度溜息をこぼし、カップに口をつける。

 

 

「うぉぉぉぉぉ……」

 

 

なんだこれ?

味がわからない。

痛い、痛いぞおぉぉぉぉぉぉぉ!!

甘ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

苦ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!

 

……味を一つ一つ解析して行こう。

 

そう思った瞬間だった。

折紙にマウントポジションを取られたのだ。

妙に身体が火照ってるな……

もしかして……いや、もしかしなくてもアレは精力剤だな!!

 

クッソ!!ヤられた!!

いや、まだヤられてない!!

そんな俺をよそに、折紙は仰向けに倒れている俺の頭の横にてをつくと、腹の辺りにまたがる。

そしてそのまま覆いかぶさってくる。

 

 

「おい」

「なに」

「何やってんだ?」

「だめ?」

 

 

駄目ではないんだけどなー。

うれしいよ?うれしいけどさ、ほら、まだクラスメイトだし。

彼女じゃないし。

俺、結婚してるし。

 

 

「駄目だ」

「そう」

 

 

そう言うと、パちりと瞬きをした。

 

 

「では、交換条件」

「ん?」

「ここから退くかわりに私の要求を一つ、無条件で飲んでほしい」

「何言ってんだこいつ」

 

 

そんな馬鹿なことあってたまるか。

俺は折紙からマウントを奪い返す。

 

 

「何言ってんだおまえ。そんなの認めるわけねぇだろ」

「……ふふ」

 

 

な、何で笑ってんだこいつ。

 

 

「オソワレルー」

「片言で言ってんじゃねぇよ!!」

 

 

どうやら、俺がマウントを奪うこの状況を楽しんでいたらしい。

変態……なのか?

折紙の上から退く。

 

 

「まったく……馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ」

「馬鹿なことなんかじゃない」

 

 

そうですか。

そうなんですか。

 

 

「―――刃」

 

 

折紙に名前を呼ばれた。

そういえば、初めて名前で呼ばれたかも。

いつもフルネームで呼ばれてたし。

 

 

「なんだ?」

「待っていて」

 

 

なぜか突然そう言うと、踵を返す。

 

 

「どこに行くんだ?」

「シャワー」

 

 

折紙はちらっと俺の方に顔を向けて、それだけ言ってリビングをで出て行った。

 

 

「あ……これチャンスじゃね?」

 

 

折紙がシャワーを浴びているうちによしのんを探し出せる。

でも、なんでいきなりシャワーを浴びに行ったんだ?

普通は客がいるときの行動ではない。

何かありそうだな。

 

よし、よしのんを探すか。

『答えを出す程度の能力』で導き出せばいい。

 

Q.よしのんは折紙の部屋のどこにある?

A.寝室にあります。

 

……入ってもいいよね?

と言うわけで、寝室に突入!!

 

寝室は意外と狭かった。

六畳くらいのスペースに、ベットや洋服棚が並べられていた。

あと、一つ気になることがあった。

ベットがシングルではなく、ダブルなのだ。

そして、他の家具に比べて、このべとだけが妙に新しい。

昨日今日に包装を解いた新品のようだ。

 

もしかしてさ、あの、精力剤MIXドリンクを俺に飲ませた理由ってさ……

いや、まだ決まったわけではない。

ベットの枕元に移動する。

え……?

なぜに、枕が二つ?

しかも、そのカバーんいはポップな文字で『問題ない』って刺繍されてるし。

裏返してみよう。

『構わない』って刺繍が……

 

よし、気を取り直してよしのんを見つけよう。

部屋を見渡す。

 

見つけた。

部屋の脇に置かれた背の高い洋服ダンスの上にちょこんと、見覚えのあるシルエットが。

コミカルな意匠の施されたウサギ形のパペット、よしのんだ。

 

 

「はぁ……無駄に長い道のりだった」

 

 

やっと四糸乃に渡せる。

そう思って安心した時だった。

寝室の外から、ガチャ、という音が聞こえてくる。

この音は浴室の扉が開けられる音だろう。

折紙がシャワーを終えたのだろう。

 

急いでよしのんを掴みとり、空間倉庫に放り込む。

そして、足音を殺してリビングに戻る。

 

リビングの扉が開けられる。

俺が視線をそっちに移す。

そこで俺が目にしたものは―――

 

 

「なんでバスタオルしかつけてないんだよ……」

 

 

バスタオルを裸身にバスタオル巻いているだけの折紙がいた。

しかも、タオル地がしっとりと張り付いて、身体のラインを浮かび上がらせる。

ハッ!!まだまだだな。

レティシアの魅力とは天と地の差がある。

 

 

「おい」

「なに」

 

 

折紙は至極当然のごとくそう言うと、無言のまま、足音もなく俺の元に歩み寄ってきて、先ほどと同じように、息づかいどころか、体温まで感じられる位置で膝を折った。

そして、ぐっと身体を押し付けてくる。

 

 

「はぁ……」

「どうしたの」

「おまえさぁ……」

 

 

なんでこう無表情かな。

 

 

「あ、そうだ。おまえに訊きたいことがあったんだった」

「なに」

 

 

もちろん、そんなものは―――なくもなかった。

 

 

「なんで精霊が嫌いなんだ?」

「……………」

 

 

俺がその言葉を発した瞬間、折紙の雰囲気が変わった。

そして、俺がそんな話題を出したことをいぶかしむように、小さく小首を傾げる。

 

 

「なぜ」

 

 

俺の目をまっすぐ見ながら問うてきた。

そりゃそうだろう、何の脈絡もないのだから。

 

 

「だってさ、俺の腹に穴を開けた兵器を精霊に向かって撃とうとした―――いや、撃っただろ」

「精霊は現れるだけで世界を壊す。そこに『居る』だけで世界を殺す。あれは害悪。あれは災厄。生きとし生けるものの敵」

「でも俺は敵だと思っていない。いや、確信している」

「―――私は、忘れない」

 

 

表情も、声のトーンも何も変わっていないのになぜか少し威圧感が感じられる。

 

 

「五年前、私から両親を奪った精霊を」

「五年前ねぇ……」

 

 

折紙は小さくうなずいて続けていく。

 

 

「五年前、天宮市南甲町の住宅街で、大規模な火災が発生した。公式には伏せられているけれど、あの火災は―――精霊が起こしたもの。その身に、真っ赤な炎を纏った精霊。私は―――あの精霊に全てを奪われた。絶対に許さない。絶対に、許されない。精霊は全て、私が倒す。もう、私と同じ思いをする人は、作らせない」

 

 

静かな、しかし京子な意思を思わせる声だ。

 

 

「そして、無論それは―――夜刀神十香も例外ではない。彼女は今、精霊とは認められていない。でも、私は彼女の存在を許容できない」

「あ゛?」

「彼女から精霊の反応が消えたことは事実。しかし、原因が不明な以上、最悪の状況に備えるのは当然こと」

「そうか……」

 

 

俺は立ち上がった。

そして、リビングの扉を開ける。

 

 

「なら、俺とおまえは敵同士だ」

「……一つ、訊きたいことがある」

「なんだ」

「四月二十一日。私は作戦遂行中にあなたを見た」

「で?」

「あなたは、一体何者」

 

 

やっぱり突っ込まれたか。

まぁ、敵対することは決定したんだ。

言ってもいいだろう。

どうせ冗談としかとらえられないだろうし。

 

 

「神をも浄化する刃。神浄刃、ただ万能なだけの人外さ」

「万能なだけの人外」

 

 

折紙は首を傾げる。

 

 

「そうだ、まだ詳しくは知らなくてもいいだろう。あばよ」

 

 

折紙に言った、その時だった。

 

ウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――――

 

外から空間震を伝える警報が鳴り響いた。

 

来たか……

まってろよ、四糸乃。

すぐによしのんを届けてやる。

俺は折紙が部屋から出ていくのを見届けてから、顔に狐の面を付けて暁のコートを上から羽織る。

 

 




刃くん、折紙と敵対します。


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第5話~雨の少女、救出~

―――???。

 

 

ものすごい数のミサイルが空を覆っていた。

きっとASTが四糸乃に向けて撃ったものだろう。

ASTも学習しないな。

ミサイルが効果ないことは分っているんだから、他の装備で攻めればいいのに。

だからと言って、ASTを援護するわけではないが。

 

さて、準備も整ったわけだから……四糸乃を救いに行くか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――交戦地。

 

 

おぉ……

ド派手にかましてませすね、ASTの皆さん。

それであそこにいるのが四糸乃か。

 

滑らかで無機質なフォルム。

頭部にはウサギのような長い耳。

間違いないな……四糸乃の顕現させた天使〈氷結傀儡(ザドキエル)〉だ。

 

 

「―――四糸乃ぉぉぉぉぉぉぉッ!!」

「………!!」

 

 

猛スピードで迫ってきた人形の背に張り付いていた四糸乃が、ぴくりと反応を示した。

どうやら俺に気づいたらしい。

凍りついた地面をいおうするように 移動していた〈氷結傀儡〉が、俺の目の前に停止する。

そして、鈍重そうな人形が身をかがめたかと思うと、その背に張り付いていた四糸乃が、涙でグシャグシャになった顔を上げた。

 

 

「四糸乃……久しぶり」

「……刃さ、ん……?」

 

 

なぜに疑問形?

あぁ、そうか。

狐の面をつけているから顔が見えないもんな。

狐の面をはずして顔を見せる。

 

 

「おう」

「………!!」

 

 

四糸乃が身を起こし、うんうんと首を縦に振る。

その際、四糸乃が〈氷結傀儡〉の背に開いた穴に差し込んでいた腕を抜く。

四糸乃の指にはそれぞれ指輪のようなものが輝いていた。

そこから〈氷結傀儡〉の内部に、細い糸のようなものが伸びていた。

もしかして、操り人形の容量で〈氷結傀儡〉を操っていたのか?

 

 

「おまえに渡したいものがある」

「……?」

 

 

四糸乃が、涙を袖で拭ってから、問うように首を傾げる。

 

 

「これだ―――」

 

 

俺が空間倉庫からよしのんを出そうとした時だった。

俺の背後から四糸乃目がけて光線のようなものが放たれた。

四糸乃の肩口と頬のあたりを掠めやがった!!

 

狐の面を付け直してから、ゆっくりと後ろに振り返る。

そこには、仰々しい装備に身を包んだ折紙が、巨大な訪問を掲げながら浮遊していた。

 

 

「折紙……!!」

 

 

しかもそれだけじゃない。

いつの間にか俺と四糸乃も周囲にAST共が集結していやがった。

 

 

『―――そこの狐も面をつけている人。危険です。そこの少女から離れなさい』

 

 

機械を通したような音声で、隊長と思しき女から事務的な台詞が発せられる。

 

 

「ぅ―――ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁ……ッ」

 

 

声の方向に視線を移す。

四糸乃が、AST共の姿を見て、ガタガタと身体を震わせている。

 

 

「ぁ、っぁああ、ぅあああああっぁぁぁぁぁぁぁ―――っ!!」

 

 

四糸乃が叫ぶ。

四糸乃は再び両腕を〈氷結傀儡〉に差し入れる。

そして、凄まじい冷気ををあたちにまき散らしながら、後方へと滑っていった。

四糸乃に操られた〈氷結傀儡〉は、ゴォォォォォォォォォォ―――――という音を立てながら、周りの空気を吸い込んでいった。

 

 

「おっと……寒ぃなぁ」

 

 

寒い。

ひたすら寒い。

そんなことはどうでもいい。

 

周囲に展開したAST共は、大気を吸い込み始めた〈氷結人形〉に、繰り返し攻撃を仕掛けるが、それらは全て周囲の雨には阻まれていた。

そして、四糸乃が〈氷結傀儡〉から、凄まじい冷気の奔流を放つ。

 

 

「あっぶ……」

 

 

もちろん、そんなものは俺には届くわけがない。

ATフィールドの自動防御で簡単に防げる。

これを見た四糸乃は、得体のしれないものを見たような顔を作り、すぐ〈氷結傀儡〉を操って、凄まじいスピードで逃げていった。

ASTどももスラスターを駆動させて、それを追っていく。

 

さて、俺も行動を起こしますか。

 

 

「影分身の術」

 

 

ボン、と音をたてて分身が一体出現する。

 

 

「それじゃ、AST共の足止めよろしくね」

「わかったぜ、俺」

 

 

そう言って、分身がAST共の方に向かった。

AST程度なら分身でも余裕だ。

 

俺はその間に別の行動に出る。

四糸乃の結界への侵入だ。

結界付近に着く。

うーん、どうしたものか。

突入でいいかな?

いいよね。

いいですよね?

そうだ、そうしよう。

 

俺は結界に向かって歩き始める。

何事もないかのように、普通に買い物に行くかのように歩く。

一歩、また一歩と踏み出していく。

結界に突入する。

ガガガガガガ、と何かが削れるような音が聞こえる。

ATフィールドと結界がぶつかり合っているのだろう。

そして、結界内への侵入に成功する。

 

 

「よ、し、のん……っ……」

 

 

結界内に入ると、四糸乃のこえが聞こえてきた。

涙にぬれた声で、友達の―――よしのんの名前を呼ぶ。

 

 

『は・あ・い』

「……………ッ!?」

 

 

四糸乃はビクッと肩を震わせると、バッと顔をあげて、あたりを見回し始める。

 

 

「―――!!」

 

 

そして、四糸乃は涙をぬぐって目を見開いた。

よしのんを見つけたようだ。

俺?

あぁ、今ステルス中です。

だから四糸乃からは見えませんよ。

 

 

「!! よしのん……っ!?」

 

 

四糸乃は叫ぶと、〈氷結傀儡〉の背から飛び降り、そちらにパタパタと走っていった。

可愛い……

もう、四糸乃、最高。

 

もうそろそろ、姿を現しても大丈夫だろう。

 

 

「―――四糸乃」

「……!?刃さ、ん……っ」

 

 

姿を現すと、一瞬驚いたような表情になるが、すぐにパァ、と笑顔に変わる。

そして、またパタパタと走って俺に抱き着いてくれた。

抱き着いてくれたお。

抱き着いて、くれたお。

もう、満足です。

四糸乃に頼まれたらもう、何でもやっちゃうよ。

 

 

「さて、四糸乃。約束通り、おまえを助けに来たぞ」

 

 

すると、四糸乃は目を丸くして、

 

 

「う、ぇ、ぇぇぇぇぇ……」

 

 

目に涙を溜め、泣き出してしまった。

 

 

「ど、どうした!?」

「来て、くれ……嬉し……て……っ」

 

 

そう言って、再び「うぇぇぇ……」と泣き出してしまう。

俺はやさしく四糸乃を抱きしめて、右手で頭を撫でる。

 

 

「ありが、とう……ござ、ます」

 

 

不意に、四糸乃が頭を下げてきた。

 

 

「ん?」

「……よしのんを、助けて、くれて」

「あぁ……次はおまえだ。四糸乃」

「え……?」

 

 

四糸乃が不思議そうにそう返してくる。

 

 

「おまえを助けるにはな、一つ、やらなければならないことがある」

「なん……ですか?」

「キスだ」

 

 

四糸乃が一瞬キョトンとした顔を作る。

そして―――

 

 

「ほぇ?」

 

 

思わず、そんな言葉を発してしまった。

四糸乃が、俺の唇にちゅっ、と口づけをぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!

瞬間、身体に精霊の力が流れ込んできた。

 

 

「―――四糸乃」

「……?」

 

 

四糸乃が、小さく首を傾げた。

 

 

「違い……ました、か……?」

「いや、違わない」

 

 

俺がそう言うと、四糸乃はこくりと首肯した。

 

 

「刃、さんの……言うことなら、信じます」

 

 

と、その瞬間―――四糸乃の後方に佇んでいた〈氷結傀儡〉や、纏っていたインナーが、光の粒になって空気に溶けて消えていく。

そして、俺と、四糸乃を囲っていた吹雪の結界も、急激に勢いをなくしてかき消さていった。

四糸の肩が、驚いたようにビクッと震える。

 

 

「……っ、し、刃さ……これ―――」

 

 

四糸乃は何が何だかわからないと言った様子で、目をぐるぐると回した。

そして半裸状態の身体を隠すように、身をかがめる。

あ、そう言えば霊装も消えるんだったな。

浴衣を創造して、四糸乃の前に出す。

 

 

「これ、着てくれ」

「すいま、せん……」

 

 

浴衣を受け取った四糸乃だったが、すぐに首を傾げる。

 

 

「こ、れ……どうや、着る……ですか?」

「あぁ……えぇと―――」

 

 

まぁ結局、着せてやりましたよ。

 

 

「ん……」

 

 

四糸乃が、眩しそうに目を細めた。

雲の切れ間から―――太陽の光が注いできている。

 

 

「暖か―――い……」

 

 

まるで初めて太陽を目にしたかのように、四糸乃が小さな驚嘆を発する。

本当に初めてかもな……四糸乃がこっちに来るときはいつも雨が降ったいたからな。

 

 

「き、れい……」

 

 

ぼうっと、呟くように、四糸乃が、天を見上げて言う。

俺もつられて顔を上にやる。

灰色の雨雲が掻き消えた先には―――見事な虹が、かかっていた。

 

そんな時、不意に不思議な浮遊感に包まれる。

この感覚は〈フラクシナス〉の転送装置だな。

さすがに見つかってるよな。

あぁ……何て言われるんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――交戦地。

 

 

「ほらほら、自慢の装備が台無しだぞォ!!」

「ぐっ!!」

 

 

おっす、オラ、分身。

ただ今ASTと遊んでいまーす。

それにしても弱いねぇ。

装備の性能は良いのだろうけど、使う奴がなぁ……

 

 

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

叫びながら特攻してくる者まで出てきた。

そんな風に突っ込んで来たら―――

 

 

「破ッ!!」

「うぐぅ!!」

 

 

簡単にカウンターを当てられる。

腹に拳をぶち込む。

ぶち込まれたASTの隊員はビルを貫通しながら吹き飛んでいく。

 

 

「何よ……これ……これじゃあ、精霊以上じゃない!!」

 

 

AST共のリーダーだと思われる人物が叫ぶ。

リーダーがそんなことでいいのかよ。

 

 

「あなたは一体何者なの……?」

 

 

リーダーが訊いてきた。

 

 

「何者って……人間だよ」

「人間?馬鹿を言わないで!!何の装備もしていない人間がどうしてASTにここまで―――」

 

 

そこから先は言わなかった。

否、言えなかったのだ。

四糸乃が張っていた結界が砕け散ったのだ。

おぉ、俺がどうやら成功したようだな。

それなら俺の足止めもここまでだ。

 

 

 

「じゃあねASTのお姉さん。また、会えたらいいね」

「ま、待ちなさい!!」

 

 

俺は、消える。

そのままの意味だ。

ボン、と音を立てて術が解ける。

そこには、分身(俺)という存在はいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――フラクシナス。

 

 

「で?言い訳から訊こうかしら」

「……おまえに連絡してもさ、意味なくね?」

 

 

ピキ、と琴里の額に青筋が立つ。

 

 

「それでも!!連絡ぐらいいしなさいよね……」

「わかった」

 

 

琴里の心配そうな顔を見てしまったら断れるわけがないだろう。

 

 

「―――ヤイバ!!」

 

 

俺の名前を呼ぶ声がした、と思ったらすぐに背中に重量感とすさまじく気持ちの良い感触が。

 

 

「十香……」

「無事だったか!!心配したんだぞ!!」

「怒ってないのか?」

「うむ!!どうやら私の勘違いだったようだからな。それに、そこの娘も精霊なのだろう?なら仕方のないことだ」

「そういうものなのか……」

 

 

十香の判断基準がわからない。

いや、マジでわからない。

 

 

「ひ……っ」

 

 

四糸乃が怯えたような声を上げて、俺の陰に隠れた。

どうやらまだ十香のことが苦手らしい。

 

 

「大丈夫だぞ四糸乃。こいつは十香。おまえと同じ存在だ」

 

 

俺がそう言うと、四糸乃は恐る恐る十香の顔に目をやる。

 

 

「十、香……さん」

「……ぬ」

 

 

十香は少し複雑そうな表情で四糸乃を見た後、「うむ」と小さくうなずいた。

そして、俺と四糸乃は検査のために移動を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――五河家。

 

 

「なんだよこれ……」

 

 

四糸乃の力を封印した日から二日。

検査を無理やり終わらせた俺は、ようやく家に帰ることができたのだが……その日、朝起きてみると、五河家の隣にマンションのようなものが聳えたっていた。

二日前までは空き地だったスペースに、突如として、ドン、と。

 

 

「何って……言ってなかったっけ?精霊用の特設住宅を造るって」

 

 

と、後ろから琴里が眠たげに目をこすりながら言ってきた。

 

 

「そういえば言っていたな……」

「えぇ。見た目は普通のマンションだけど、部地理的強度は通常の数百倍、顕現装置も働いているから、霊力耐性もバッチリよ。多少暴れても、外には異常が漏れないわ」

「ふぅん……」

 

 

さすが、と言ったほうがいいのか?

たった一日二日でここまで仕上げるとは……

あぁ。でも顕現装置を使えば簡単か。

 

 

「―――というわけで。明日から十香は隣の家で暮らしてもらうことになるわね。もう十香はには言ってあるわ。今頃荷造りしてるんじゃないかしら?」

「ノオォォォォォォォン!?」

 

 

クッ、やっぱりそうなのか!?

やっぱり十香と一緒に暮らせないのか!?

最近は琴里も帰ってこないし……

俺は……俺は一体どうすればいいんだ!?

 

そんなことを考えているときだった。

可愛らしいワンピースを纏い、頭に顔を覆い隠すようなキャスケットを被った少女が、飛び跳ねるように走ってきた。

 

 

「四糸乃!!」

 

 

身に纏っているものは霊装ではないがわかった。

なぜなら、左手にはウサギのパペット、よしのんを着けていたのだから。

 

 

『やっはー。刃くん』

 

 

よしのんがパクパクと口を動かしながら、甲高い声を響かせてくる。

 

 

『やー、やっと会えたねぇ。助けてもらったのにお礼が言えなくてごめんねー』

「んにゃ、別にかまわんよ」

『あ、そうだ。検査が終わったらまたデートしよーねー』

「おう、いいぞ」

『ふふ、うんじゃ、まーたね』

 

 

よしのんが小さな手を振る。

四糸乃がびくりと肩を揺らした。

すると、躊躇いがちに顔を俺の方に向けてきた。

 

 

「どうした?」

「―――あ、の……また……おうち、に遊びに、行っても……いい、ですか……?」

 

 

恐る恐るといった様子で俺の方に視線を送ってくる。

 

 

「当たり前だ。いつでもこい」

 

 

俺がそう答えると、四糸乃は顔を明るくしてから頭を下げ、パタパタと走っていった。

 

 

『ふふぅ、偉い偉い。頑張ったねー』

「……うんっ」

 

 

なんて会話をよしのんと交わしながら。

ぐふぅ……

可愛過ぎんだろ。

 

俺は家に戻り、階段を上って俺の部屋に入―――ろうとした時、廊下の奥に位置する客間の扉が微妙に開いていて、そこから十香が顔を半分ぐらい覗かせて俺の方を見ているのを見つけた。

 

 

「どうした?」

「……………」

 

 

そう言うと、十香が無言のまま扉の隙間から手を出し、ちょいちょい、と手招きをしてきた。

 

 

「来いってことか?」

「……………」

 

 

十香がこくりとうなずく。そして、そのまま部屋の中に引っ込んでいく。

俺は客間の前まで移動して、一応コンコン、とノックしてから扉を開ける。

十香は、部屋の左手側―――壁際に置かれた棚の前あたりに立っていた。それと向き合う形になるように、部屋の中程まで歩みを進める。

 

 

「どうした?」

 

 

俺が問うと、十香は唇を小さく唇を噛むようにしてから顔を上げてきた。

 

 

「……ん。琴里から聞いているかもしれないが、明日から、隣の家に住むことになった」

「あぁ」

「それで……ん、今のうちに、ヤイバと話しておきたいことがあるのだ」

「話?」

「……うむ」

 

 

十香が、何か言いだしづらそうに、目線を微妙に逸らす。

 

 

「昨日、琴里や令音にいろいろと、聞いた」

「いろいろ、ねぇ……」

 

 

いろいろってなんだ?いろいろって。

 

 

「ん……琴里たちは、私たち精霊を助けようとしてくれていて……ヤイバもそれに協力しているのだと」

 

 

十香は深呼吸をしてから、俺に向き直ってきた。

 

 

「話というのは、それに関してだ。―――ヤイバ、お願いだ。もし今後私や四糸乃のような精霊が現れたなら、きっと救ってやって欲しい」

「あぁ……もちろんだ。これから何体精霊が出てこようが、全員まとめて救ってやる」

 

 

そう言うと、十香は複雑そうな顔をして笑った。

 

 

「ん……恩に着る。あと……もう一つ、いいだろうか?」

「なんだ?」

「ん……」

 

 

よ、十香が何かモゴモゴ口を動かしながら、ふっと顔をうつむかせてしまった。

 

 

「どうした?」

 

 

俺の聴力ももってしても聞き取れない。

十香に近寄ろうと、足を踏み出した時だった。

急に顔を上げた十香に身体を寄せられ、息を詰まらせた。

十香は俺の首に腕を回すと、そのまま俺を近くにあったベットに押し倒した。

そして―――

 

 

「むぐぅ」

 

十香は俺にキスをしてきた。

押し倒されてからのキス?

これはもう、ヤるしかないのか!?

ヤるしかないのか!?

 

鼻腔をくすぐる女の子特有の甘い香り。

目前に迫った十香の貌。

身体全体ののしかかった心地のよい負荷。

そして、思わず抱きしめてしまった柔らかい肢体。

 

もう理性が……

 

 

「……今回は、これで手打ちにしてやる」

「むぅ……」

「……なぜだろうな。ただ唇を触れさせるだけの行為なのに……悪くない感じがする。不思議と―――ヤイバ以外の人間とは、したいと思わないのだ。……それと同じ……なのかどうかわからないが、ヤイバが……その、ビルとやらの中で四糸乃とキスをしていたときは、なんというか……いやな感じがした」

 

 

え……

それってもしかしてヤキモチ!?

ヤキモチですか!?

 

 

「……だから。その、なんだ。……もう、私以外t―――」

 

 

それ以上は言わせねぇよぉ!!

今度は俺から十香にキスをする。

そして一言。

 

 

「ハハハ、そうだな」

「うむ!!」

 

 

今度は、嬉しそうに十香がうなずいた。

 




四糸乃編、終了です。


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第3章 狂三キラー
第1話~時の少女~


―――五河家。

 

 

「ちょっと。何しているのよ、刃」

「む?」

 

 

リビングで不意にそんな声をかけられた。

そこには長い髪を黒いリボンで二つ結びにした制服姿の琴里が仁王立ちしていた。

しかも、司令官モードで。

丸っこい愛嬌のある双眸は不機嫌に歪められ、口にくわえられているチュッパチャプスの棒は、威嚇する動物の尻尾のようにピンと立てられていた。

 

 

「何って……十香と一緒に学校に行こうとしているんだが」

 

 

自分の格好を見下ろす。

高校の制服(夏服)を着て、右手には鞄、左手には弁当の入ったランチバックを握っている。

どこからどう見ても登校スタイルだろ。

 

 

「そ、そう……ならいいわ」

 

 

琴里は、すこし驚いた表情をしてから言った。

さてはこいつ、俺に「十香と一緒に登校しなさい」とでも言おうとしたんだな。

ハハハハハ、甘いぜ。

あんなに可愛い女の子にが近くにいるのに一緒に登校しないわけがないじゃないか。

 

確かに、ここのところ十香と一緒に登校はできなかった。

なぜなら、曲の製作に睡眠時間を削られてしまい、ホームルーム五分前まで家で寝てから、学校の屋上に転移して登校をしていたからだ。

いやぁ、一度始めたら止まらなくてね。

 

 

「それじゃ、そろそろ行くわ」

「ちょっと刃。忘れ物と」

 

 

と、行こうとした時だった。

琴里が声をかけてきた。

琴里に向き直ると、小さなインカムを左の手の平に載せ、腕を伸ばしてくる。

 

 

「これを装着しろと?」

「えぇ、ほら装着装着」

「……これ着けてるとさ、戦うとき邪魔なんだよね」

「なんで戦闘になることしか考えてないのよ!!もっと平和的に解決しようとは思わないわけ!?」

「だってさ、ASTは話の分かる連中じゃないから」

「あ……」

 

 

そう、ASTは話のわかる連中ではない。

精霊と聞いただけで人類の敵という認識だ。

結局話は通じない。

などうするか?

通じるまで話し合う?

否、力でねじ伏せるしかないだろう。

これは間違っているかもしれない。

でもさ、精霊と聞いただけで殺そうとする相手なら別にさ、イイんじゃないかなぁ。

 

 

「それでもよ!!まぁちょっとした訓練もかねてなんだけどね」

「訓練?」

「そう。十香に嫉妬させないように振る舞うことのね」

「はぁ……なるほどね」

「あいかわらず物わかりがいいわね」

 

 

確かにそうだ。

十香は嫉妬をしやすい。

四糸乃に初めて会ったときもそうだった。

勘違いだとわかるまえまではすごかった。

でもそこがまた可愛らしい。

だがな、

 

 

「それとこれとでは話が別だ。だからインカムはいらない」

「……はぁ、そこまで言うなら仕方ないわ。インカムはつけなくてもいい。そろそろ十香が家を出る時間でしょ。あと一つ。今日はちょっとしたゲストがいるんだった。まぁ挨拶程度になると思うけど、ちょっと話してあげてちょうだい」

「あいよ」

 

 

ゲストねぇ……

琴里はそれだけ言うと、階段をトントンと上がっていってしまった。

まぁ気にしても仕方がない。

扉を開けて、外に出る。

 

 

「うっ……」

 

 

眩しい。

もの凄くまぶしい。

今日は六月五日。

もう梅雨に入っているはずなのに、なぜかここ最近は天気に恵まれている。

多分、四糸乃が先月雨を降らせまくったせいだろう。

空も混乱してたりして(笑)

 

 

「お?」

 

 

五河家の真ん中に立っていた人影も目にして、思わず声を漏らしてしまった。

そこにいたのは、琴里と同じ年齢くらいの女の子だ。

薄手のワンピースを身に纏い、目元を覆い隠すかのように目深にしろの麦わら帽子をかぶっている。帽子のつばの舌からは海のように青い髪が覗き、更にその合間から、サファイアのような瞳がちらりと俺の方を見ていた。

そして、女の子の左手にはウサギのパペットが。

 

 

「四糸乃?」

 

 

四糸乃だった。

正直に言うと、分かりきっていた。

俺は門を開け放ち、四糸乃のもとまで足を進めた。

 

 

『やっはー、刃くん。ひっさしぶりだねー!!』

 

 

と、四糸乃の左手に装着されていたよしのんが、口をパクパクさせてくる。

 

 

「久しぶり、よしのん」

 

 

小さくうなずきながら、よしのんに返す。

 

 

「そうしたんだ今日は。もう検査とかは終わったのか?」

『んー、検査自体は結構前に終わったんだけどねー。ちょーっと練習していたのさ

ー』

 

 

よしのんが短い腕を楽しげに動かしながら言ってくる。

 

 

「練習?」

 

 

一体何も練習だ?

俺がそう言うと、よしのんが四糸乃の帽子のつばをくっ上げた。

 

 

「……っ」

 

 

四糸乃が、怯えるようにビクッと方を揺らす。

だがこくんと唾液を飲み込む仕草を見せた後、震える唇を開いた。

 

 

「お……っ、おはよう、ございます、刃さん……っ!!」

 

 

先月よりも少しだけはっきりとした声音で、四糸乃が言ってくる。

 

 

「おぉ!?あ、あぁ、おはよう」

 

 

まさかあの四糸乃がここまで滑らかにしゃべれるようになるとは。

いやはや、嬉しい限りですな。

 

俺が言うと、四糸乃は恥ずかしそうに防止のつばを下げ、しかし口元はもごもごと嬉しそうに動かした。

 

その時だった。

マンションの自動ドアが静かに開いた。

そして中から一人の少女が大きなあくびをこぼしながら歩いてくる。

 

眩しい陽光の中にくっきりと浮かび上がった長い闇色の髪に、美しい面。その貌に鎮座する双眸は水晶。

俺のクラスメートであり、精霊であり、『神使』の一人、十香である。

 

 

「……ッ!?」

 

 

だが、その出で立ちを見て、俺は息を詰まらせた。

今十香は、先週までのブレザーではなく、半袖のブラウスにリボンという夏服スタイルに身を包んでいたのである。

そう、ここまでなら何もおかしいことはない。

まぁ、いつもより身体のシルエットがはっきりしているので、あまり他の男には見せたくないが。

 

 

「ん……?ヤイバ!?」

 

 

十香はようやく俺の存在に気づいたらしく、目を見開いて声を上げてきた。

 

 

「どうしたのだ、朝に会うとはめずらしいではないか!!」

「あぁ、やっと用事が終わってな。十香と一緒に学校に行こうと思ってたんだ」

 

 

そう言うと、十香が薄く頬を染めながら顔をパァっと明るくした。

 

 

「そうか!!うむ、それは―――その、あれだ、いいと思うぞ!!」

 

 

十香が嬉しそうに深く首肯する。

そんなに嬉しいのか。

なら毎日でも一緒に登校したいものだ。

 

 

「あと、これ。今日の弁当」

「おぉ!!」

 

 

十香はそれを受け取ると、面々の笑みを作った。

 

 

「今日の、今日のおかずは何だ!?」

「えーっと、今日はアスパラのベーコン巻きと、メンチカツに卵焼き、それとマカロニサラダにプチトマトだ。あと、ご飯はチキンライスにしたぞ」

「なんと……!!」

 

 

俺がそう言うと、十香は戦慄したような表情を作り、何やら辺りの様子を窺うようにキョロキョロしながら、ランチバックを抱え込んだ。

 

 

「だ、大丈夫なのかヤイバ」

「何が?」

「アスパラのベーコン巻きとメンチカツを一緒に入れてしまうなどという贅沢な真似、皆に知られれば大変なことにならんか……?最悪、この弁当を巡って暴動に―――」

「なるわけないから」

「そ、そうか……ならいいのだが。さすがにご飯をチキンライスにするだなんて神をも恐れぬ所行……国際方に触れはしないだろうか」

 

 

一体どこでそんな言葉を覚えてきたのだろうか。十香が深刻そうな調子で言ってくる。

 

 

「いやいや、ありえないから」

「そうか……」

 

 

やっと納得してくれたようだ。

 

 

「ぬ?」

 

 

十香が不意に目を丸くし、俺の隣にいる四糸乃に顔を向けた。

どうやら今まで気づいていなかったらしい。

 

 

「おぉ、四糸乃ではないか。久しぶりだな!!」

 

 

屈託のない笑みを浮かべ、十香が話しかける。

どうやら、十香は四糸乃ことを悪くは思っていないようだ。

 

 

「……っ!!」

 

 

だが、四糸乃は肩を震わせて後ずさった。

 

 

『がんばれっ!!がんばれっ!!』

「っ、う、うん……」

 

 

よしのんにエールを送られて、ナントカ踏みとどまると、すぅぅ……と息を吸ってから足を踏みしめた。

 

 

「あ……っあめんぼ、あかいな、あいうえお……っ」

 

 

なぜに発声練習?

 

 

「……むぅ」

 

 

声をかけられた十香は困惑気味に眉をひそめると、俺に視線を向けてくる。

 

 

「これは……どういう意味だ?暗号か?」

「いやぁ……四糸乃?」

 

 

俺は苦笑いしながら問うと、よしのんがパタパタと手を振ってくる。

 

 

『あー、今のナシ!!連取の成果が出過ぎただけだからね!!リテイク!!もっかい!!』

 

 

そして四糸乃と二、三言葉を交わした。

四糸乃が小さくうなずき、再び十香の前に立った。

 

 

「お―――おは、よう……ござい、ます……」

 

 

俺のときよりも小さな声だ。

でもしっかりと、その言葉を口に出した。

 

 

「おぉ、あはようだ!!」

「……っ」

 

 

四糸乃はまたも身体が震わせたが、どうにかその場に踏むとどまる。

しばしの間、十香と四糸乃が向かい合いながら、無言が流れる。

 

 

「そういえば四糸乃、今日は麦わら帽子なんだな」

 

 

この前みたときはキャスケットを被っていた。

だが、今日は、涼しげな白の麦わら帽子を被っている。

 

 

「……っ、……は、はいっ」

 

 

四糸乃が一瞬、よしのんの陰に隠れようとして踏みとどまり、小さくうなずいてくる。

 

 

「今日は……暑いからって、その、令音さんが……それで……」

「なるほど、似合ってるぞ。可愛い可愛い」

「……………っ!!」

 

 

俺がそう言うと、四糸乃は顔をボンっ!!と顔を赤くしてうつむいてしまった。

可愛いなぁ……

 

 

「十香もそう思うだろ?」

「む?」

 

十香は話題を振られると思っていなかったらしく、少し驚いたような調子で俺にめを 向けてきた。

そして、四糸乃に視線を落して一言。

 

 

「ん。うむ、可愛いぞ、四糸乃」

「……っ!!あ……ありがとい、ございます……」

 

 

四糸乃は地面を向きながら礼を言った後、ふっと顔を上げて十香の方を見た。

 

 

「そ、その……と、十香さん、も……可愛い、です……」

「ぬ?な、なんだ……こそばゆいぞ」

 

 

そう言いながらも、悪い気はしないと言った様子で頬をかく。

十香ははずかしそうにわははと笑った後、ちらと俺に視線を向けてきた。

そして、頬がほんのりと染まっている。

 

 

「や、ヤイバも……そう思うか?」

「もちろんだ。ものすごく可愛いぞ」

「そ、そうか……」

 

 

そう答えると、さらに頬を染めた。

 

 

「よし、んじゃ、そろそろ学校に行くか」

「うむ、そうだな」

 

 

そう言って、四糸乃に向き直る。

 

 

「きょ……今日は、これで……失礼、します。いってらっしゃい……刃さん、十香さん」

「おう、また来いよ」

「ん……ではな」

 

 

俺と十香は軽く手を振る。

四糸乃はもう一度深くお辞儀をすると、とてとてと道の向こうに走っていった。

 

 

「さてと、行くか。十香」

「ん、そうだな」

 

 

俺は十香と一緒に歩き出す。

歩き出したのだが……

 

 

「なぁ十香。少しいいか?」

 

 

俺は十香の後ろ姿に違和感を感じたのだ。

十香の服装は、涼しげな夏服。

そうなると普通、背にはうっすらと下着―――要はブラジャーのラインが透けて見えてヒャッハー!!なはずだ。

はずなんだが……

 

 

「ぬ?どうかしたか」

「十香……おまえさ、着けてる?」

「何をだ?」

「ブラジャー」

 

 

はっきりとその単語を言う。

しかし十香は、不思議そうに小首を傾げた。

 

 

「ブラジャー?なんだ、それは」

「えぇ……!?」

 

 

その瞬間、俺は行動にでた。

十香をお姫様抱っこをして、マンションの中に入る。

 

 

「ど、どうしたのだ、ヤイバ」

「どうしたじゃない!!もしかして今までずっと着けてなかったのか!?」

「だ、だから何をだ!?」

 

 

嘘だろ!?

ブラジャーの存在を知らない!?

それはまずいだろ!!

 

俺は琴里に念話をつなぐ。

 

 

(おい琴里!!)

(うわっ!?な、何これお兄ちゃん!!)

(念話だ。それより十香がブラジャーを着けていないのだが)

(あらま、一応用意しておいたんだど……それより念話って何よ!?) 

 

 

用意はしてあると。

それなら十香の部屋にあるな。

 

 

(念話は念話だ。アスカロンのおかげだとでも思っとけ)

(はぁ、わかったわ。相変わらずチートだこと)

(そんなことはどうでもいい。どこにある)

(十香のタンスの一番上よ。ついでだから着け方も教えてあげてくれる?)

(当たり前だ)

(え?ちょ、ちょっと―――)

 

 

何かを言われる前に念話を切る。

 

 

「十香、おまえの部屋まで案内してくれ」

「ぬ……?あぁ、別に構わんが……」

 

 

未だ困惑気味の十香を抱えながら部屋に向かう。

部屋に入るまでにものすごく分厚い防壁を三枚ほど抜ける。

……このマンションは見てくれのわりには、生活空間はあまり広くないかもな。

 

 

「ここだ」

 

 

十香がそう言ったので十香を下す。

そして、十香が扉を開ける。

中は普通のマンションのような造りだ。

俺は扉を閉め、部屋に一緒に入る。

 

 

「よし、タンスの一番上に入ってるものを持ってきてくれ」

「ぬ……?わ、わかった」

 

 

十香は首を捻りながら、俺の指示通り、薄いピンクのブラジャーを無造作に鷲掴みにして持ってきた。

 

 

「これでいいのか?」

「あぁ、それを着けるんだ」

「着ける……?どこにだ?」

「それはな―――」

 

 

簡潔にブラジャーの用途と着用方法を伝える。

すると、十香は顔を真っ赤に染めた。

 

 

「な……ッ!!ななな何を言っているのだヤイバ!!」

「何をって、ねぇ……」

 

 

ブラジャーの着け方だけど。

 

 

「これを……胸に直接……?」

「そうだぞ」

「む……むぅ。……どうしても着けねば駄目か?」

「駄目だ。そうしないと―――」

 

 

俺はそう言いながら十香の胸元に視線を移す。

すると、その視線に気づいた十香も視線をずらす。

そして、顔が徐々に赤く染まっていく。

 

 

「な……ッ、何を考えているのだ!!」

 

 

そう叫んで、十香が胸元を両手で覆い隠す。

 

 

「だから着けてもらいたいんだ」

 

 

そう言うと、十香は「……むぅ」とうなりながら再度ブラジャーを見つめ、

 

 

「わ、わかった。やってみる……!!」

 

 

耳まで赤くしながらうなずくと、パタパタと寝室に戻っていく。

 

だが、数分後、寝室の奥から未だに赤いままの顔を出してきた。

 

 

「や、ヤイバ……ちょっといいだろうか」

 

 

そう言いながら、十香がよろよろと進み出てきた。

なぜか、一府度脱いだブラウスを前後逆にして袖を通してだけど。

 

 

「どうした?」

「こ、これはどう留めればいいのだ……?」

「あ……]

 

 

そりゃわかるわけないか。

だって初ブラジャーなんだから。

一人でホックをしめるのは難しいだろう。

 

 

「しゃーなし、留めてやるから後ろ向け」

「な……っ」

 

 

十香は目をまん丸に見開いたが、やがて頬を染めながら、

 

 

「や、やさしくたのむぞ」

 

 

と、言ってきたのだぁぁぁぁぁ!!

うおぉぉぉぉぉぉぉ!!

……ふぅ、落ち着け俺☆

よし、OKだ。

 

ボタンの留まっていないブラウスの隙間から、なまめかしい背中が覗く。

すごく綺麗だ。

 

 

「あ、あまり見るな……」

 

 

十香が恥ずかしそうに顔を背けながら、ブラウスが落ちないように。きゅっと自分の肩を掴む。

そうやって俺の理性を壊していくんだな十香よ……

 

 

「頑張る」

 

 

そして、ブラジャーのホックを留めた。

 

時間が迫っていたので、結局学校の屋上に転移することにした。

 

 

「十香、掴まれ」

「む?わ、わかった」

 

 

十香が俺に掴またのを確認して、転移をする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――来禅高校。

 

 

「うし、到着」

「む?おぉ!!ここは学校か?」

「そうだ。早く行こう、もう少しでホームルームが始まる」

「うむ、そうだな」

 

 

扉を開けて、教室に急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――教室。

 

 

扉を開けて教室に入ると、入り口の近くで黒板に落書きをしていた殿町が俺の方に目を向けてきた。

 

 

「あー?なんだよいつもよりちょっとだけはやいなと思ったら十香ちゃんと一緒かよ。うーわ、うーわ」

 

 

なんて、渋い顔で言いながら、レにしていたチョークで黒板に相合い傘を描く。

もちろん名前は『刃』と『十香』だった。

 

 

「ガキか?」

 

 

馬鹿じゃね?と思いながら席に着こうとすると、十香が困った様子で俺と殿町を交互に見ていた。

 

 

「む……むぅ、一緒に学校にくるのは 駄目であったのか……?知らなかったぞ……」

 

 

殿街が焦って落書きを消して、あたふたと手を振る。

 

 

「い、いやー、んなこたぁないのよ十香ちゃん?これは様式美みたいなもんというかー、リア充爆発しろ的なアレというかー」

 

 

殿町が説明すると、十香はキョトンと目を丸くした。

 

 

「リア充?なんだそれは」

「あー、五河みたいに女の子に不自由しないフャッキンナイスガイのことだよ」

 

 

ひ、否定できない。

現に、『神使』は全員女の子だし。

 

 

「むぅ、そうなのか。だが……困るぞ。ヤイバが爆発するのは、なんだ……とても悲しい。なんとかすることはできないだろうか……」

 

 

茶化している様子も、冗談に乗っていく様子もなく、真摯に十香が言う。

うれしいな。

そんなことを言ってもらえるなんて。

 

そのピュアな視線に殿町は、

 

 

「ち……ッ、ちくしょぉぉぉぉぉッ!!」

 

 

と叫んで廊下の方に走っていった。

 

 

「ど、どうしたのだ、殿町は」

「気にするな」

 

 

そう言って、俺は自分の席に着く。

左隣には折紙がいる。

まぁ特に会話はない。

この前敵同士になったから。

向こうはどう思っているか知らないが。

 

そして、チャイムが鳴る。

十香もすでに右隣の席に着いている。

 

周囲のクラスメートもたちも、次々に着席していく。

殿町?

なんかそろそろ教室の入口から帰ってきてたぞ。

 

ほどなくして、教室の扉が開き、眼鏡をかけた癖毛の小柄な女性が入ってきた。

どう見ても生徒にしか見えない教師、岡峰珠恵二十九歳。

通称タマちゃん。

 

 

「はい、みなさんおはよぉございます」

 

 

なんて、いつものごとくほわほわした挨拶を済ませると、タマちゃんは出席簿を開こうとし―――その手を止めた。

 

 

「あ、いけない。今日はみんなにお知らせがあるんでした」

 

 

そう言って、ざわめく教室に思わせぶりな自薦を向けてきた。

 

 

「ふふ、なんとねぇ、このクラスに、転校生が来るのです!!」

 

 

ビシッ、とポーズをつけてながらタマちゃんが叫ぶ。

すると、教室中から、「おおおおおおおおおおお!?」と地鳴りのような声が響いた。

うるせぇ……

 

でもなぜだ、この前十香が転校と言う設定でこの学校に来たときもこのクラスだった。

なのに、またこのクラス宛がわれるのはなぜだ?

別にこのクラスは他のクラスより人数が少ないわけではないのだが……

 

 

「さ、入ってきてー」

 

 

俺の思考は、タマちゃんの間延びした声によって中断される。

ゆっくりと扉が開き、転校生が教室に入ってくる。

瞬間、教室は水を打ったように静まり返った。

姿を現したのは少女だった。

この暑い中、冬服のブレザーをっちりと着込み、足には黒いタイツを履いている。

影のような、なんて形容がよく似合う、漆黒の髪。

長い前髪は顔の左半分を覆い隠しており、右目しか見とることはできなかった。

だが、それでも、その少女が十香に―――人外の美貌を備えた精霊に―――勝るも劣らない怪しい魅力を持っていることは容易にわかった。

 

だが、何かが頭の端に引っかかっている。

思い出せそうで思い出せない。

 

 

「さ、じゃあ自己紹介をお願いしますね」

「えぇ」

 

 

タマちゃんが促すと、少女は優美な仕草でうなずき、チョークを手に取る。

そして黒板に、美しい字で『時崎狂三(ときさきくるみ)』の名を記す。

 

 

「時崎狂三ともうしますわ」

 

 

そして、そのよく響く声で少女―――狂三はこう続ける

 

 

「わたくし、精霊ですのよ」

 

 

この一言で、俺は思い出した。

時に準ずる力を操る精霊―――

 

時崎 狂三

 

分身がたくさんいる。

だが見つけられないことはない。

 

これが、時の精霊とのファーストコンタクトだった。

 



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第2話~実妹?~

―――教室。

 

 

「わたくし、精霊ですのよ」

 

 

狂三はそれを言ったあと、一瞬俺のほうを見て微笑んだ。

 

 

「え……ええと……はい!!とっても個性的な自己紹介でしたね!!」

 

 

狂三がもう言葉がないことを察したんだろう、タマちゃんがパン!!と手を叩いて終了を示す。

 

 

「それじゃあ時崎さん、空いている席に座ってくれますか?」

「えぇ。でも、その前に一つお願いがあるですけど」

「ん?なんですか?」

 

 

タマちゃんが言うと、狂三が指を一本立ててあごに当てた。

 

 

「わたくし、転校してきたばかりでこの学校のことがよくわかりませんの。放課後に誰でもいい構いませんから、誰かに案内していただきたいのですけれど」

「あ、なるほど。そうですねぇ……じゃあクラス委員の―――」

 

 

だが、狂三は、タマちゃんの言葉の途中で前方に歩き出すと、俺の席の真ん前に来た。

なぜに?

 

 

「ねぇ―――お願いできませんこと?刃さん」

「なんで俺なんだ?」

「駄目ですの……?」

 

 

狂三がさも悲しそうな、断られたら泣いてしまいますわ、みたいな顔を作る。

 

 

「別にかまわない」

「じゃあ決まりですわね。よろしくお願いしますわ、刃さん」

 

 

狂三はニコリと微笑むと、ポカンとしたクラスメートの視線の中、軽やかな足取りで指定された席に歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――放課後。

 

 

黒板の上に設えられた時計は、もう三時を回っている。

俺の視界の中では、帰りのホームルームが進行されていた。

タマちゃんが教卓に出席簿を開いて、連絡事項を伝えている。

何の変哲もない光景、だが、一つだけ気になることが。

 

 

「……はぁ」

 

 

狂三が先生の隙をついて俺の方にちらりと視線を寄越し、小さく手を振ってくる。

まぁ俺は特に反応しないけど。

 

タマちゃんがパタンと出席簿を閉じる。

 

 

「連絡事項はこんなところですかね。―――あ、それと、最近この近辺で、失踪事件が頻発しているそうです。できるだけ複数人で、暗くなる前におうちに帰るように」

 

 

確実に狂三の仕業ですね。

そう言えば朝のニュースで聞いたような気がする。

 

起立の号令が響き、それに従って椅子から立つ。

そして、礼。

タマっちゃんは「はい、ではさようなら」と言って教室を出て行った。

周りから席を立つガタガタという音と、クラスメートの談笑が聞こえてくる。

 

下校時刻。

だが―――俺にはまだ仕事が残っているのだった。

 

ちょんちょん、とつつかれる。

 

 

「刃さん、刃さん」

「ん……」

 

 

どうやら狂三さんのお出ましらしい。

 

 

「狂三か……」

「名前で呼んでくれるのですわね」

 

 

俺がそう言うと、狂三は嬉しそうに微笑んでから言葉を続けてくれた。

 

 

「学校を案内してくだされるのでしょう?よろしくお願いしますわ」

「あいよ」

「さ!!早く参りましょう。ふふ、楽しみですわ」

 

 

狂三が足取りも軽やかに廊下に歩いて行った。

それに俺も続く。

 

 

「それで、どこから案内してくださいますの?」

 

 

教室を出てすぐのところに待ち構えていた狂三が、小さく首を傾げなから言ってくる。

 

 

「そうだな……食堂と購買でも見ておくか。何かと必要になるかもしれないし」

「えぇ、構いませんわ」

 

 

俺が言うと、狂三は可愛らしい微笑を浮かべながら小さく首肯した。

トン、トン、と上履きの底でステップを踏むようにしながら、俺の横に立つ。

 

 

「では、参りましょう」

「おう」

 

 

やたらと積極的だな。

まぁ俺を食うためだろうけど。

 

ここから一階の購買部に向かうとなると、西階段が一番だ。

ゆっくりとした歩調で廊下を歩いていく。

道中、下校中の生徒たちから、何やら意味深な視線が注がれた。

内容はこんな感じだった。

 

 

「わー、何あの子、かわいー。転校生?隣にいるのって四組の五河くんだよね、なんで?」

「あぁ、なんか直接案内役を指名されたんだってさ」

「え、五河って夜刀神さんのダンナじゃなかったん?」

「うそー、五河くんったお猿さーん」

 

 

ボロクソに言われていた。

なんか……くやしいな。

 

狂三の方を向く。

すると、狂三が、髪に隠れていない右目で、俺の方をジッと見つめてきた。

自然に目を合ってしまう。

その瞬間、狂三は心底嬉しそうにニコッ微笑んだ。

まるで俺に見てもらうのを待っていたとでも言わんばかりに。

 

 

「狂三、歩くときは前を見た方がいいぞ」

 

 

そう言うと、狂三は「まぁ!!」と目を開いた。

 

 

「気をつけますわ。わたくしを気遣ってくださるだなんて、刃さんは優しいですわね」

「そうか?」

「ご謙遜なさらないでくださいまし。刃さんの横顔に見とれてしまったわたくしが悪いのですわ」

 

 

なんだかなー。

悪い気はしないんだけどな。

本性を知っているとどうもな。

 

 

「そうだ狂三」

「えぇ、なんですの?」

「朝、『私は精霊だ』って言ってたよな。精霊とは一体何のことだ?」

 

 

俺が問うと、狂三は一瞬キョトンとし―――すぐに、ふふっ、と微笑んで見せた。

 

 

「―――うふふ、とぼけなくてもいいんですのよ、刃さん。あなたはちゃんと知っているのでしょう?精霊の、ことを」

「まぁ……つーか、なんで俺のこと知ってんだよ」

「ふふっ、それは―――秘密ですわ」

「へぇ……」

「でも、わたくしは刃さんに会うために、この学校に来ましたの。刃さんのことを知ってから、ずっと焦がれてしましたわ。刃さんのことを考えない日はないくらいに。だから―――今は、すごく幸せですわ」

 

 

そんなことを言って、狂三が頬を桜色に染めてくる。

なんだこれ。

すんげぇいい娘じゃないか。

でも騙されないかんな。

 

 

「さ、行こうか」

 

 

また歩み出す。

いよいよT字路にさしかかろうとした時だった。

狂三が俺の右手を握ってきたのだ。

右の手の平に、細くて柔らかくて少しひんやりとした指が絡みつき、きゅっと力を込めてきている。儚げで健気な圧力。

最高だった。

 

 

「なんだ?」

 

 

俺の手を握った狂三は、少し恥ずかしそうに目を伏せ、顔を背けていた。

 

 

「やっぱり……ご迷惑でして?」

「んにゃ、別に」

 

 

俺がそう言うと、狂三はホッと息を吐くように肩に入っていた力を抜いた。

 

 

「やっぱり刃さんは、優しいお方」

 

 

そう言って、照れくさそうに微笑んでくる。

 

 

「そうか?」

 

 

基準がわからない。

ただ手をつなぐのを了承しただけなのに、優しいって。

 

 

「―――ねぇ、刃さん」

「なんだ?」

「わたくし、刃さんにお願いがありますの……聞いてくださいまして?」

 

 

その時だった。

 

 

『お兄ちゃん、メールだよっ!!お兄ちゃん、メールだよっ!!』

 

 

最近変えた俺のメール着信時の音声、『お兄ちゃん、メールだよっ!!激アマ紅ボイスver.が鳴り響く。

すぐにスマホを取り出して、メールを見る。

 

 

『やっほー、お兄ちゃん。〈ラタトスク〉から見てたけどすごいね。好感度上がりまくりじゃない。その調子でがんばってね♡』

 

 

……なら何でこのタイミングでメールをしてきた?

なぜ?

Why?

スマホをしまい、また歩み出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――帰り道。

 

 

午後六時。

一通り学校内の施設の案内は終わった。

そして校門をくぐり、夕日に照らされた道を歩いていた。

もちろん、俺の手は自由になっている。

 

 

「まぁこんな所だ。わかったか?」

「えぇ、感謝いたしますわ」

「んにゃ」

「それでは刃さん、わたくしはここで失礼いたしますわ」

 

 

十字路に差し掛かったあたりで、狂三がぺこりを礼をして、そう言った。

 

 

「あいよ、じゃな」

 

 

俺は小さく手を振って見送った。

 

そしてしばらく歩く。

すると、前方から、ざっ、と、スニーカーの底でアスファルトの道をこするような音が聞こえてきた。

そちらに向く。

そこには、ポニーテールに泣き黒子が特徴的な、琴里と同年代くらいの女の子が驚愕に目を見開きながら立っていた。

 

パーカーにキュロットスカートというラフな格好。

白いスニーカーには血痕。

血痕?

しかも具合から見てまだ新しい。

 

そしてもう一度顔を見る。

あぁ、こいつは……こいつの名は―――

 

崇宮 真那

 

俺の妹、だっけか?

 

 

「に」

 

 

少女が、震える唇を動かした。

 

 

「に?」

 

 

俺は訊き返す。

しかし、少女は答えず、バッとその場からかけ出すと、俺の胸に飛び込んできた。

 

 

「むぅ」

 

 

そのまま身体に手を回し、感極まったようにぎゅぅぅ、と抱き着いてくる。

 

 

「―――兄様……ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――五河家。

 

 

「おぉ、ここが兄様の今のお家でいやがりますかっ!!」

 

 

五河家のまえにたどり着くなり、真那がポニーテールというのには少し短い髪をブンブンと振りながら、敬語になってんだかなていないんだかわからない言葉を弾ませた。

自称だが、俺の妹、崇宮真那。

路上で突然抱き着いた後、その場にへたり込み、目に涙を浮かべながら、自分がど

れだけ俺に会いたかったかを切々と語りだしたので、ここに連れてきたのだ。

 

 

「む、しかし驚いたぞ。ヤイバにもう一人妹がいるとは……」

 

 

と、十香は真那をまじまじと見つめながら言ってくる。

十香は俺が家に着いた瞬間、見計らったように家から出てきた。

 

 

「まぁな」

 

 

俺は適当に返す。

すると真那が、

 

 

「そうだ十香さんでしたね。単刀直入に訊きます。あなたは兄様とお付き合いしていやがられるのですか?」

 

 

と、十香に問う。

いきなり何訊いてんだこいつ。

 

 

「何言ってんだ?」

 

 

真那が十香に訝しげな目を向ける。

 

 

「……十香さん?兄様とデートなどしやがったことは?」

 

 

と、真那が俺の脇かわ顔を出し、十香に質問をする。

 

 

「おぉ、あるぞ!!」

「……………」

 

 

真那がじとーっとした目で俺を睨んでくる。

そして、真那が頬を染めながら、恐る恐るといった調子で、十香い再度室温をする。

 

 

「十香さん、もしかして、ちゅーも既に……?」

「ちゅー?」

「き、キスのことです」

「ん、したぞ?」

「……っ!!」

 

 

十香があっけらかんと答えると、真那がくわっと目を見開いた。

 

 

「ふ、不潔ですっ!!」

「落ち着け」

「まさか兄様がこんなジゴロになっていようとは……!!真那は悲しいです!!強制です!!矯正が必要です!!」

「ヤイバ、ジゴロとはなんだ?」

 

 

十香がまたも、興味津々といった様子で問いかけてくる。

このまま十香がここに居るのはマズイ。

面倒なことになりそうだ。

 

 

「十香、部屋に戻ってくれ。夕飯をハンバーグにするから」

「わっかたぞ!!」

 

 

俺がそう言うと、十香は目を輝かせて、手を振りながらかけて行った。

 

 

「ヤイバ!!上に目玉焼きもだぞ!!」

 

 

俺は手を振ってその背を見送る。

 

 

「……随分と女性のあしらい方に慣れていやがるようですね」

 

 

真那が半眼を作りながらそう言ってくる。

俺はそれを無視して、五河家の門をくぐる。

そして、玄関を開ける。

 

 

「―――おかえり、おにーちゃん」

 

 

玄関で待ち構えていたのは、私服の琴里だった。

無論、リボンはクロノまんまだった。

あと、なんか知らないけど『おにーちゃん』の部分に力を込めて言ってきた。

どうやら、〈フラクシナス〉で先回りして待機したんだろう。

 

 

「おう、ただいま」

 

 

何か言い知れないプレッシャーが俺を襲う。

今までさまざまな修羅場を経験した俺をここまで……

すさまじいぜ、妹の力は。

だが、これで決定した。

この場が修羅場になることが。

 

琴里はわざとらしく、俺の左隣の真那に視線やってから声を上げる。

 

 

「あら、そちらはどなた?」

 

 

少し威圧感がある声で言う。

迫力満載。

 

 

「ん?えーと―――」

 

 

俺が次の言葉を紡ごうとしたが、続けられなかった。

なぜなら、真那が口をはさんだからだ。

 

 

「お家の方でいらっしゃいやがりますか!?うちの兄様がお世話になっていやがります!!」

 

 

満面の笑みでそう言い、半場無理やり琴里の手を取ってわっしわっしと握手を交わす。

珍しく、琴里が辟易気味に汗を流した。

 

 

「兄様?刃が?」

「はい!!私、崇宮真那と申します!!兄様の妹です!!」

 

 

琴里は鼻から息を吐き出すと、真那の手を払って家の奥を指した。

 

 

「まぁ、とりあえず入って。詳しい話を聞かせてちょうだい」

「はい!!」

 

 

真那が元気よく返事をして、琴里の後についていった。

これからが本当の修羅場だ。

俺も二人のあとを追ってリビングに行く。

 

既に、テーブルにはお茶とお菓子が用意されていた。

そして、向かい合ったソファにはそれぞれ琴里と真那が腰掛けていた。

琴里にあごで示され、真那の隣に腰掛ける。

なんだか三者面談みたいだ。

 

 

「―――さて、と。じゃあ話を聞きたいんだけど」

「はい!!」

 

 

琴里の言葉に、真那が快活に返事をする。

 

 

「真那、っていったかしら。あなたは……自分が刃の妹だっていうのよね?」

「その通りです」

 

 

真那が深々とうなずく。

琴里はチュッパチャプスの棒をピンと立てながら、真那の反応をうかがうように言葉を続けた。

 

 

「私は五河琴里。―――私も、刃のなのだけれど」

「……?」

 

 

琴里の言葉に真那は一瞬首を傾げ、

 

 

「はっ……!!ということはまさか、姉様……!?」

「違うわっ!!」

「あ、これは失礼。―――ごめんね琴里。お姉ちゃんてっきり」

「妹でもないわよ!?」

 

 

琴里が、司令官モードでは珍しく大声を出す。

 

 

「いやはは、てっきり私の記憶にねー姉妹がいやがるのかと思いました」

「まったく……」

 

 

琴里が溜息混じりに頭をかく。

随分とペースを乱されているようだった。

 

 

「しかし……妹、ね」

 

 

琴里が、半眼を作って真那を睨め付ける。

あ、そうだ。

 

 

「おまえのおふくろって今は?」

 

 

もし俺の妹なら知って得いるはずだ。

ガキだった俺をすてた実の母、おふくろをな。

 

 

「さぁ」

 

 

真那は首を傾げると、あっけらかんとした調子でそう言った。

まさか真那も知らないとは……

もしかして真那も捨てられた?

 

すると、俺の表情から施行を推し量ったのか、真那が首を横に振ってくる。

 

 

「あ、ちげーますちげーます。そう言うことじゃなく―――」

 

 

真那は恥ずかしそうに苦笑すると、手元に置かれた紅茶を一口飲んでから言葉をつづけた。

 

 

「私―――実は昔の記憶がすばっとねーんです」

「……なんですって?」

 

 

その言葉に、不審そうな色を濃くしたのは琴里である。

軽く姿勢を直して、真那に向かい、再び唇を開く。

 

 

「昔のって、一体どれくらい?」

「そうですね、ここ二、三年のことは覚えてやがるんですか、それ以前はちょっと」

「二、三年って……じゃあなんで刃が自分の兄だなんてわかるのよ」

 

 

琴里が問うと、真那が胸元から銀色のロケットを取り出し、中に収められている、やたらと色あせた写真を見せてくる。

そこには、幼いころの俺と真那が写っていた。

 

 

「確かに……俺だな」

 

 

俺は驚きの声を上げた。

しかし、琴里は怪訝そうな顔を作る。

 

 

「ちょっと待ってよ。これ、刃が十歳くらいじゃない?その頃にはもううちに来てたはずでしょ?」

「……………」

 

 

そうらしい。

 

 

「そいなのですか?不思議なこともあるものですねぇ」

「不思議って……他人の空似なんしゃないの?確かに……かなり似ているけども」

「いえ、間違いねーです。兄様は兄様です」

「……なんでそう言い切れるのよ」

 

 

琴里が問うと、真那は自信満々に胸をドンと叩いた。

 

 

「そこはそれ、兄妹の絆で!!」

「……………」

 

 

琴里は話にならないといった様子で肩をすくめ、はふぅと息を吐き出した。

真那は感慨深げに目を伏せて言葉を続けた。

 

 

「いや、自分でも驚いていやがるのです。本当にびっくりしました。兄様を見た時、こう、ビビッときたのです」

「何それ、安い一目惚れじゃあるまいし」

「はっ、これは一目惚れでしたか。―――琴里さん、お兄さんを私にください」

「やるかッ!!」

 

 

反射的に叫ぶ琴里。

 

 

「とにかく、よ。そんな薄弱な理由で妹なだんて言われても困るわ。第一、刃はもううちの家族なの。それを今さら連れて行こうでだなんて―――」

「そんなつもりはねーですよ?」

「え?」

 

 

あっけらかんと答えた真那に、琴里が目を丸くする。

 

 

「兄様を家族として受け入れてくれやがったこの家の方々には、感謝の言葉もねーです。兄様が幸せに暮らしているのなら、それだけで真那は満足です」

 

 

そう言って、真那がテーブルを越えて、再び琴里の手を取る。

 

 

「む……」

 

 

琴里が、ばつが悪そうに口をへの字に結ぶ。

 

 

「えぇ。―――ぼんやりとした記憶ではありますが、兄様がどこかへ行ってしまったことだけは覚えています。確かに寂しかったですが、それ以上に、兄様がちゃんと元気でいるかどうかが不安でした。―――だから、今兄様がきちんと生活できていることがわかってとても嬉しいです。こんなに可愛らしい義妹もいやがるようですし」

 

 

そう言って、真那がにっと笑う。

琴里は頬を染め、以後こと悪そうに目をそらした。

 

 

「な、何よ、そんなこと言ったって―――」

「まぁ、もちろん」

 

 

と、琴里の言葉の途中で口を開く。

 

 

「実の妹には敵わねーですけども」

「……………」

 

 

瞬間、ぴきッ、と空気にヒビが入る湯女音が聞こえたような気がした。

 

 

「おいおい……」

 

 

俺は琴里を見る。

完全にキレてた。

 

 

「へぇ……そうかしら?」

「いや、そりゃそーでしょう。血に勝る縁はねーですから」

「でも、遠い親戚より近くの他人とも言うわよね」

 

 

琴里が言った瞬間、今度は終始にこやかだった真那のこめかみがぴくりと動いた。

そして一拍おいたあと、真那が琴里の手を離し、テーブルに手を突く。

 

 

「いやっはっは……でもまぁほら?やっぱり最後の最後は、血を分けた妹に落ち着きやがるというか。三つ子の魂百までって言いやがりますし」

「……ぐ。ふ、ふん。でもあれよね、義理であろうと、なんだかんだで一緒の時間を長く過ごしているのって大きいわよね」

「いやいや、でも結局他人ですし。その点実妹は血縁ですからね。血を分けてますからね!!まず妹指数の基準値が段違いですからね!!」

 

 

真那が高らかに叫ぶ。

妹指数。

わかります。

 

しかし、琴里は疑問を差し挟むふうもなく言葉を返す。

 

 

「血縁血縁って、他に言うことはないの?義理だろうが何だろうが、こっちは十年以上妹やってんのよ!!どっちが妹指数高いかだなんて明白でしょうが!!」

「笑止!!幼い頃に引き裂かれた兄妹が、時を越えて再開する!!感動的じゃねーですか!!真の絆の前には、時間など関係ねーのですよ!!」

「うっさい!!血縁がナンボのもんよ!!実妹じゃ結婚だってできないじゃない!!」

「「え……?」」

 

 

俺と真那の声がハモる。

結婚?

 

琴里はハッと目を見開くと、頬を真っ赤に染め、誤魔化すようにテーブルを叩いた。

 

 

「と、とにかくよ!!今の妹は私なの!!」

「何を!!実の妹の方がつえーに決まっていやがります!!」

「強いって何よ、関係ないじゃない!!」

「落ち着け」

 

 

俺が二人をなだめようとすると、琴里と真那が同時にバッ!!と俺に顔を向けてきた。

 

 

「刃、あなたは!!」

「実妹、義妹、どっち派でいやがるのですか!?」

「うーん……」

 

 

考え込む。

琴里と真那が、じーっと見つめてくる。

どちらを選んでもろくなことにはならないな。

そうだ、話を変えよう。

 

 

「真那、おまえ昔の記憶がないって言ったな」

「えぇ、そうですが」

「今どこに住んでいるんだ?家族と暮らしているってわけでもないんだろ?」

「あー……っと」

 

 

ここで初めて、ハキハキとした受け答えをしていた真那が口を濁した。

 

 

「ま、まぁ、ちょっと、いろいろありやがるんです」

「いろいろ、ねぇ……」

「えーと……ですね。こう特殊な全寮制の職場で働いているというか……」

「おまえもう働いているのか?琴里と同じくらいなのに?学校はどうした?」

 

 

琴里は秘匿組織の司令官をやっているんだが、ちゃんと学校にも行っている。

真那は気まずそうに目を泳がせた。

 

 

「そ、その……えーと……ま、またお邪魔しますっ!!」

「最後に一つ!!」

 

 

駆けだすとした真那が止まる。

そして真那も耳元で一言。

 

 

「DEMからは引け。さもないと身を滅ぼすぞ」

「な、なぜそれを兄様が」

「じゃあな」

 

 

俺は有無を言わさずに帰らせる。

 

俺は真那のティーカップを回収している琴里に声をかける。

 

 

「DNA検査のついでにさ」

「何よ?」

「DEMについて調べてくれ」

「な、なんで刃がDEMを知っているのよ!!」

「真那がそこの社員だ」

「だから、なんでそんなことを知っているのよ!!」

「真那の身体からは魔力処理の痕跡が感じ取れた。ASTではまずこんなことはしないなら残るは?」

「DEMねぇ……わかったわ。調べてみるわ」

「頼む」

 

 

秘密にASTが行っているという可能性がないとは言い切れない。

他の国でやっているのかもしれない。

だが、それはないだろう。

そしたら残るは、顕現装置を我が物にしているDEM以外は考えられない。

 

さて、どんな結果がでるかな?

 



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第3話~時の少女の正体~

―――来禅高校。

 

 

時計の針は八時三十分を示していて、朝のホームルームの開始時刻である。

辺りで談笑していたクラスメートたちがわらわらと席に着き始めていく。

だが、どこにも狂三の姿が見られない。

十香も同じことを思ったのだろう、キョロキョロと辺りを見回している。

 

 

「むぅ、狂三のやつ、転校二日目で遅刻とは」

 

 

十香がそう言うと、

 

 

「―――来ない」

 

 

俺の左隣から、そんな静かな声が響いた。

折紙が、視線だけを十香に向けて唇を開いている。

 

 

「ぬ?どういう意味だ?」

「そのままの意味。時崎狂三は、もう、学校に来ない」

「ハハハ、何言ってんだ。そんなに軟なわけがないだろ。狂三は」

 

 

俺の発言に折紙が反応する。

何かを言おうとするが、そのタイミングでガラッと教室の扉が開く。

そこから、出席簿を抱えるように持ったタマちゃんが入ってきた。

すぐさま、学級委員が、起立と礼の号令をかける。

 

 

「はい、皆さんおはよぉございます。じゃあ出席取りますね」

 

 

タマちゃんが出席簿と開き、生徒の名前を順に読み上げていく。

 

 

「時崎さーん」

 

 

そして、タマちゃんが、狂三の苗字を呼ぶ。

だが、返事はない。

当たり前だ、教室にまだ来ていないのだから。

 

 

「あれ、時崎さんお休みですか?もうっ、欠席するときはちゃんと連絡を入れてくださいって言っておいたのに」

 

 

タマちゃんが、ぷんすか!!と頬を膨らませながら、出席簿にペンを走らせるようとする。

だが、その瞬間。

 

 

「―――はい」

 

 

教室の後方から、良く通る声が響いた。

後ろを向く。

教室後部の扉を静かに開き、そこに立っていたのは、穏やか笑みを浮かべながら小さく手を挙げた狂三だった。

 

 

「もう、時崎さん。遅刻ですよ」

「申し訳ありませんわ。登校中に少し気分が悪くなってしまいましたの」

「え?だ、大丈夫ですか?保健室行きますか?」

「いえ、今はもう大丈夫ですわ。ご心配おかけしてすみません」

 

 

狂三はぺこりと頭を下げると、軽やかな足取りで自分の席に歩いて行った。

 

 

「ほらな、おまえらは狂三をわかちゃいねぇ。俺もそこまで詳しくないがな」

「……あなたは一体何者?なぜそこまで精霊に詳しい?」

「それはお答えしかねるな」

 

 

折紙は俺と少しだけ会話をしたあと、狂三を凝視した。

見てとれる表情は驚愕だった。

そして、しばらくすると狂三から視線を外した。

 

 

「―――はい、じゃあ連絡事項は以上です」

 

 

ほどなくして、タマちゃんはホームルームを終えて教室を出て行った。

そして、その瞬間だった。

スマホのバイブが着信を伝えてきた。

画面には『琴里』の二文字。

電話とは何事?

 

 

「もしもし、どうした?」

『嫌な事態になったわ。控えめに言って最悪よ』

 

 

琴里にしてはらしくないことを言っているな。

 

 

「なんだ、その程度か。なら大丈夫だ。で、何があった?」

『刃の感覚がわからないわ……困ったことになったの。まさかこんなことが現実に起こりうるだなんて』

 

 

勿体ぶりすぎだ。

さっさと言ってほしい。

 

 

「で、何があった?」

『えぇ、実は―――』

 

 

と、そこで俺の肩がつつかれた。

狂三が不思議そうな顔で首を傾げている。

 

 

「何をなさってますの、刃さん」

「ん?あぁ、電話だ。少し待っててくれ」

 

 

そう言うと、狂三は大仰な動作で驚きを表現したあと、ぺこりと頭を下げた。

 

 

「これは失礼しましたわ。お邪魔をするつもりはなかったのですけれど」

「あぁ、気にすんな」

 

 

狂三に言う。

そして、琴里との電話に戻る。

 

 

「んで、何があった?琴里」

『ちょっと待って刃。今誰と話していたの』

「狂三だけど?」

『刃、昼休みになったらすぐに物理準備室に向かって。見せたいものがあるわ』

「わかった」

 

 

琴里との通話と終了させる。

きっとあれだろ、狂三が真那に殺されたところでも見せられるのだろう。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

午後十二時二十分。

四限目の授業の終了を告げるチャイムが鳴る。

クラスメートたちは礼が済むと、先生が教室を去るよりも早く、昼食の準備を始めていた。

 

無論、十香も例外ではない。

待ってましたと言わんばかりに目をキラキラと輝かせ、机をドッキングさせてくる。

 

 

「ヤイバ!!昼餉にしよう!!」

 

 

そう言って、ランチバックから弁当箱を取り出す。

 

 

「すまない十香。今日は一緒に食えないから先に食っていてくれ。ちょっと先生に呼び出されてるんだ」

「むぅ……なら仕方ないな」

 

 

十香は納得してくれたようで、弁当を食べ始める。

俺はそれを確認して、物理準備室に行く。

 

物理準備室に入ろうと扉をノックすると、まるでその場で待ち構えてたかのように扉がガラッと開いた。

 

 

「―――遅い」

 

 

中学校の制服を着た琴里が、不満をさえずるように唇を突き出しながら顔を出した。

 

 

「んなわけねぇ……弁当も食わずに来たんだから」

「いいから、早く入りなさい。時間が惜しいわ」

 

 

琴里はそう言うと、あごをしゃくり、俺を部屋の中に入れる。

そして、物理準備室の奥へと進む。

部屋の最奥にある回転椅子には、令音が座っていた。

 

 

「……ん、来たね、ヤイバ」

 

 

もうすこしで刃になるんだけどな……

いい加減覚えろって。

まぁいいんだけど。

 

令音が隣の椅子を指して俺に座れとアイコンタクトを送ってくる。

その指示に従い、椅子に座る。

次いで、琴里が、俺を挟み込むように隣に腰を掛ける。

 

 

「んで、見せたいものとは?」

 

 

俺が問うと、琴里が机の上に置かれたディスプレイを示す。

それに合わせて、令音が机の上に置かれたマウスを操作すると、画面にとある映像が映し出される。

狭い路地裏に、狂三と、ポニーテールの女の子―――真那が向かい合って立っている。

 

 

「狂三と真那だな」

「えぇ、昨日の映像よ。―――周りをよく見て」

「ひゅ~、AST共じゃん」

 

 

俺は思わず口笛を吹いてしまった。

何の変哲もない住宅地の一角に、機械の鎧を着こんだASTがいたからだ。

しかもそこには、折紙の姿も見受けられた。

 

 

「えぇ。―――なぜか昨日、急にASTの反応が街中に現れたらしいの。クルーの一人が念のためカメラをとばしてみたらしいんだけど―――確認してみて驚いたわ」

 

 

琴里が足を組み替えながら首肯する。

 

 

「まったく……ASTはどうして激しいのがお好きかな……」

 

 

俺はそう言い、画面に視線を戻す。

真那の身体が淡く輝いた後、その全身に白い機械の鎧が出現した。

他のASTとは違う。

だが、あれはワイヤリングスーツだ。

そしてそれに応ずるように狂三が両手をバッと広げると、足下の影が狂三の身体を這い上がり、ドレスを形成していく。

 

頭部を覆うヘッドドレス。

胴部をきつく締め上げるコルセットに、装飾過多なフリルとレースで飾られたスカート。

それら全てが、深い闇を思わせるような黒と、血のように赤い光の膜で彩られていた。

そして、左右不均等に髪がくくられている。

まるで時計の長針と短針だな。

 

どうして霊装はどれも可愛いだ?

美しいと表現できるものもあるけど。

俺好みの服装ばかりだ。

 

狂三が、右手を頭上に掲げる。

すると、再び影が彼女の身体を這い上がり、右手に収束していく。

だが、そこで狂三の身体が宙に舞う。

 

どうやら、真那が両肩のユニットから光線を放ち、狂三の腹を撃ち抜いたようだ。

 

―――狂三が。身を震わせる。

 

だが、それは恐怖から来るものではないと分かった。

まるで、甲高い哄笑を挙げているようだ。

そして、数秒で方が付く。

 

狂三は反撃をしようとアクションを起こすが、それより早く真那の攻撃が狂三の身体に突き刺さる。

そのたびに、たいして広くない路地に、真っ赤な血が撒かれた

このシーンをフランが見ていたら、突撃して血を吸いに行っただろう。

狂気全開で。

 

そして、地面の上に仰向けに横たわり、完全に動かなくなった狂三の首に、真那が光の刃を突き立てる。

真那に攻撃を加える間さえなく、狂三の命は摘み取られた。

 

画面の中の真那は、一仕事終えたといった調子で首を回す。

すると、そのみに纏っていた装備が消えて、私服に戻る。

 

 

「見ての通り、昨日、時崎狂三はAST・崇宮真那に殺害された。重症とか、瀕死とかではない、完全に、完璧に、一分の疑いを抱く余地もなく、その存在を消し潰された」

「ククク……」

 

 

思わず笑みがこぼれた。

 

 

「一体どうしたのよ。まさか、今のを見て気でも狂ったんじゃないでしょうね?」

「そんなわけあるか。こりゃ、厄介な相手だ。何せ本体は死んでないんだからな」

「本体……?ま、まさか分身?」

「そうだ、しかもただの分身じゃねぇ。それと、分身というよりも再現体だな。しかもまだまだ数はいるとみる」

「なっ!?」

 

 

これには琴里も驚きのようだ。

だが、なぜ俺がそんなことを知っているかくを訊かなくなったってことはもう『アスカロン』の恩恵ですべてを片付けることにしたらしい。

 

 

「まぁ再現体はたいして力もないようだが、警戒はしておいた方がいい」

「確かにそうね……まぁ、何はともあれ狂三とデートして落としてもらうわよ。確か明日って刃の学校、開校記念日で休みだったわよね?今日中に、狂三をデートに誘いなさい。かなりぐいぐい来てるし、運が良ければこの一回で力を封印できるかもしれないわ」

「それが本体だったらいいな」

「うぐっ……それでもよ!!」きっと何もしないよりはマシなはずよ!!」

「そーだなー。ま、なるようになるさ」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

帰りのホームルームが終るのを確認した俺は、すぐに席と立ち、狂三の元に行く。

 

 

「狂三、少しいいか?」

 

 

そう言って、廊下のほうを指で示し、歩き出すと、狂三は大人しくあとをついてきた。

ひとけのない場所まで歩いてから、狂三に向き直る。

 

 

「刃さん。いかがいたしましたの?」

「突然で悪いんだが、明日暇?」

「えぇ、大丈夫ですけれど」

「よかったらデートしない?」

 

 

ど真ん中に直球をぶち込んでみた。

男なら、変化球ではなく、直球一本で戦え!!

 

狂三は顔をパァッと明るくした。

 

 

「本当ですの!?」

「あぁ、どうだ?」

「もちろん。光栄ですわ」

「よし、それじゃあ、明日の十時半に、天宮駅の改札前で待ち合わせな」

「えぇ、楽しみにしておりますわ!!」

 

 

狂三が満面の笑みで言ってくる。

くそっ、普通に可愛いじゃないか。

俺は「じゃあな」と軽く手を上げて教室に戻る。

 

 

「十香、帰ろうか」

「ぬ?う、うむ!!」

 

 

そして、昇降口に行き、靴を脱ぐ。

 

 

「あ、あああああああああああのだなヤイバ……!!」

 

 

昇降口に行くまでに珍しく何も喋らずにいた十香が、妙に落ち着かない様子で声をかけてきた。

 

 

「どうした?」

「っ、あ、ああ。その……だな」

 

 

そこで十香は鞄の中を探る仕草を見せたが、なぜかキョロキョロと辺りの様子を窺うと、顔を赤くしてうつむいてしまった。

 

 

「どうした?」

「な、なんでもない……!!早く家に戻るぞ!!」

 

 

十香は目を泳がせまくりながら叫ぶと、俺を先導するようにのしのしと歩いて行った。

そして、家に帰るまで十香はあまり顔を見せないようにしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――五河家。

 

 

「じゃあまたあとで。今日も夕飯はうちで食うだろ?」

 

 

十香を見送ろうとしていたんだが、一向にマンションに入る様子がない。

というよりも、五河家の方に足を向けていく。

 

 

「十香、着替えてこないのか?」

「い、いいから早く鍵を開けろ!!」

「わかったわかった」

 

 

どうせ夕飯の時にはうちにくるんだ、別に何も問題ではないな。

 

玄関の鍵を開ける。

そして靴を脱いで家に上がる。

リビングに直行して鞄をソファに置く。

と、そこでガチャリと音がする。

十香が玄関の鍵を閉め直したらしい。

そのまま、顔をうつむかせてリビングに入ってくる。

 

 

「別に鍵は閉めなくてもいいんだぞ。琴里も帰ってくるし」

「……………」

 

 

しかし、十香は答えず、その場に鞄を落とすと、その中に手を突っ込み、何やらチケットらしきものを二枚、取り出した。

 

 

「や、ヤイバ、もしよかったら……なのだが」

 

 

そしてそこで、何やら思い出したかのようにハッと顔を上げる。

 

 

「そ、そうだ、ちゃんとやらなくては……」

「何をちゃんとやるんだよ……」

 

 

俺が首を傾げていると、十香は何やら慌ただしくリビングの窓に走っていくと、厚手のカーテンをピシャッと閉めた。

 

 

「ちょっと待っていろ!!じゅ、準備をする!!」

 

 

一体何の?

 

今度は鞄からルーズリーフを一枚取り出し、テーブルの上に置いた。

そして、それを難しげな顔で見ながら腰元に手をやると、スカートの上部をくるくると巻き込んでいく。

これは、女子がスカートを一時的に短くする際の小技だ。

段々と、十香の健康的な太腿が露わになっていく。

 

次いで、十香は制服のリボンを緩めると、ブラウスのボタンを上から順にはずっしていく。

第二……第三……第四だと!?

ブラウスの隙間から十香の白い胸元が覗き、もうたまらん。

 

 

「や、ヤイバ!!」

 

 

十香は俺を呼ぶと、チケットを唇でくわえ、その場に四つん這いになって、いわゆる雌豹のポーズをとる。

ちなみに、顔は真っ赤っかだ。

 

 

「こ、これを……!!」

「ん?」

 

 

俺がそう言うと、十香は「だ、駄目か……っ!!」と悔しそうにチケットを口から取り出した。

いや、普通に渡せよ。

 

しかし、十香はテーブルの上のルーズリーフに再び目をやると、

 

 

「よ、よし……ッ!!」

 

 

気合を入れるように叫んで、チケットを拾い上げた。

そして今度はチケットを、開いた胸元に入れ―――「ん?」と首を傾げる。

どうやらうまく挟めなかったらしい。

少し前屈みになり、左手で両胸を寄せて谷間を作ってから、そこにチケットを挟み込んで俺に視線を向けてくる。

ちなみに俺も前屈みになりかけた。

 

 

「ヤイバ……そ、そのだな」

「なんだ?」

「あ、明日……デェトに行かないか……?」

「デートですか……?」

「う、うむ……!!」

 

 

十香が大仰にうなずき、胸元のチケットを示してくる。

受け取れということか?

そうなのか?

俺は、チケットを摘み取る。

 

 

「お、おぉ!!」

 

 

すると十香が顔をパァっと明るくし、姿勢を元に戻す。

と、次の瞬間十香はスカートを元に戻し胸元を隠して鞄を両手に取った。

 

 

「明日!!朝十時に駅のパチ公前で待ち合わせだ!!で、では着替えてくる」

 

 

それだけ言うと、十香は目にも止まらぬ速さでリビングを出ていく。

パタパタと廊下を走り、玄関の鍵を開けて外へ駆けていく。

 

もしかしてあれをやるためだけに制服のままうちに来たのか?

 

チケットを見ると、どうやら水族館のチケットらしい。

一体どこで手に入れたんだか……

 

ついでに、十香の置いていったルーズリーフを見てみる。

そこには、丸っこい文字で『十香ちゃん悩殺技集』と書かれていた。

下には順番が記されていた。

 

①雌豹のポーズ。

②おっぱいにチケット。

③上二つで駄目ならもう押し倒しちゃえ。

 

クソッ!!

もう少しで押し倒してもらえたのか!!

 

玄関から、ガチャリという音が聞こえてくる。

十香が戻ってきたのかと思ったが、違かった。

リビングに入ってきたのは、黒いリボンで髪を括った琴里だった。

 

 

「ただいま。って、ん……?」

 

 

薄暗い室内を不振がっている。

 

 

「昼間からカーテンなんて閉めて、一体どんないかがわしい行為に耽ってたの、刃」

「もう少しだったんだけどな……」

「何!?もしかしてあんた十香とヤりかけたの!?」

「何とも言えないな……」

「そ、そう……まぁなんでもいいけど、何持っているの?」

「ん?これか。十香にデートに誘われたんだ」

 

 

俺がそう言うと、琴里は簡単するように口笛を吹いた。

 

 

「へぇ。十香から誘ってきたの。いい傾向じゃない。一体いつ?」

「明日」

「明日?」

 

 

琴里が難しげに顔をしかめる。

 

 

「ちょっと、明日っていったら、狂三との約束があるじゃない」

「うん、そうだけど何か?」

「何か、って大丈夫なの?」

「あぁ、大丈夫じゃなかったら承諾しない」

「で、具体的にはどうするの?」

「これで行く。影分身の術」

 

 

印を結んで影分身の術を使う。

 

 

「な、何これおにーちゃん!!」

 

 

琴里が妹モードに戻った。

 

 

「影分身の術。忍術だ」

「忍術っておにーちゃん忍者だったの!?」

「んにゃ、ただ使えるだけ」

「そ、そう……はぁ、相変らず規格外のおにーちゃんだこと」

 

 

なんか司令官モードと妹モードが混じってる。

 

何はともあれ、これで明日のデートは大丈夫だ。

狂三の方には俺が行って、十香の方は分身でいいだろ。

 



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第4話~ダブルデート(笑)~

―――デート。

 

 

午前十時。

天宮駅東口改札前。

三十分前に来ている俺はスマホで投稿した新曲の再生回数やコメントを見ていた。

再生回数は百万を超えていて、コメントからもなかなか良好なことが見て取れた。

上々だ。

 

 

「あら、お早いのですわね、刃さん」

 

 

声がする方を向くと、そこには狂三いた。

狂三の服装は、高級そうなブラウスにロングスカートだった。

それらは全て黒で統一されている。

ちなみに俺は、破壊神になった時の服装だ。

黒のシャツに黒のチノパン、そして白の細ネクタイ

まぁ、一緒に歩いていても恥ずかしくはないだろう。

 

 

「あぁ、まあな。その服、似合ってるぞ」

「あら、ありがとうございます」

 

 

そう言ってニコっと笑う狂三。

 

 

「今日はお誘いいただきありがとうございっます。とてもうれしいですわ。―――それで、まずはどちらに行かれますの?」

「んー……そうだな」

 

 

デートというのは何回もしているが、相変らずどこに行ったらいいか迷うな。

 

 

「狂三、何か買いたいものないか?見たいものでもいいけど」

「そうですわね……」

 

 

少し考えるようなしぐさをした後、

 

 

「あの、下着を選んではいただけないでしょうか?」

「はい?」

 

 

狂三は今なんと?

 

 

「刃さんに下着を選んで欲しいですわ」

「……わかった」

 

 

やはり聞き間違いではなかった。

下着を選んでほしいだと?

もちろん喜んで!!

 

 

「さて、行こうか」

 

 

そう言って左手を差し出す。

 

 

「手を握ってくださるのですか?」

「あぁ、だってデートだろ」

「まぁ!!うれしいですわ!!」

 

 

狂三は俺の左手に指を絡ませてくる。

恋人つなぎだ。

 

駅のすぐ近くのビルの中に入っていく。

そして、エスカレーターを使い三階、ランジェリーショップへ。

たまにこの駅ビルは利用していたが、ここに入るのは初めてだった。

まぁ前の世界ではものすごく入りまくったけど。

 

入口から、やたらとセクシーな下着が並べられたエリアだ。

だが、朱乃やグレイフィア、レイナーレはもっとセクシーなのを着けていたな。

あぁ、いろいろあったな。いろいろ……

 

そして、無論、店員も客も、そこにいる全員が女性だ。

俺が店に入るなり、一瞬辺りから好奇の視線が注がれる。

狂三が隣にいなかったらただの変態だもんな。

 

 

「まぁ!!可愛らしいですわね!!刃さん、どちらがいいと思いまして?」

 

 

さっそくお気に入りを見つけた狂三が、上下セットの下着を二着示してきた。

どちらも、精緻なレースで飾られた可愛らしいデザインだ。

 

 

「うーん、俺はその二つより、こっちのシースルー素材の方が狂三には大人っぽくて似合うと思うぞ」

「刃さんはこれがよろしいんですの……?」

「ぶっちゃけると、そうだな」

 

 

俺がそう言うと、狂三は手にしていた下着を元の場所に戻し、躊躇いがちに俺の示したセクシーランジェリーを手に取った。

 

 

「無理しなくてもいいぞ」

「いえ、せっかく刃さんが選んでくださったのですもの。―――試着してみますわ。似合っているかどうか見てくださいまして……?」

「いいぞ」

 

 

俺がうなずくと、狂三は目の前にあった試着室に入り、カーテンを閉めた。

そうなると、自然と俺は店内に一人取り残される形になる。

周囲からの視線が一層強くなった。

そこで、ちょんと肩をつつかれた。

 

 

「ん?」

 

 

振り返ると、そこには少女が三人立っていた

確か、亜衣、麻衣、美衣のトリオだったな。

 

 

「やーやー五河くん。なんでこんなとこいんの?女装癖?」

「ていうか今日は十香ちゃんと水族館デートじゃないの?」

「え?まさかすっぽかしたの?死にたいの?」

 

 

亜衣、麻衣、美衣の順に次々口を開いてくる。

 

 

「ん?あぁ……」

 

 

俺が口を濁すと、三人が一斉に俺を睨んできた。

 

 

「え?ちょっとマジ?あり得ない。十香ちゃんのお誘い断るとか―――」

「そんなことはしないぞ。午後からだし」

 

 

俺がそう言うと、三人は疑わしげな眼差しを送ってくる。

 

 

「本当でしょうね?もし嘘だったら許さないんだかんね。私のお父さん、黒魔術結社の幹部なんだから。女の子に触れるたび寿命が一年縮む呪いとかかけてもらうわよ」

「そうよ。十香ちゃん泣かせたりしたらタダじゃ済まさないわ。私のお母さんってSMの女王様なんだから。なきながらありがとうございますって言うまで調教してもらうわよ」

「本気で骨も残らないと思いなさい。私の伯父さん、外国でヒットマンやってるんだから。この前誕生日にもらった『一人殺したらもう一人サービス券』使うわよ」

 

 

何なんだこいつら?

 

 

「まず始めに、この世界の魔術程度ならたいして力はない。本当の魔術はそんなに簡単に発動でき―――なくもないな。風水の配置とかで簡単に発動出来たわ。でもその知識がこの世界の人間にあるとは思えない。そしてSMの女王様のおふくろさんは俺が逆にひぃひぃ言わせてやる。最後に、ヒットマンごときに俺が殺せるとでも?俺を殺したければ最低でも核ぐらいはようしな。銃弾なんぞ俺の身体には傷一つつけられない」

「「「なっ!?」」」

 

 

論破してやったぜぇ。

三人は目を丸くした。

その時だった。

 

試着室のカーテンが開かれた。

 

 

「どうですかしら……?」

 

 

なんて、狂三が少し恥ずかしそうに足をすり合わせながら、高校生にあるまじき布面積の下着と、それに申し訳程度に覆われた白い肌をさらす。

 

 

「……ちょっと、五河くん?」

 

 

瞬間、周囲の温度が下がったような気がした。

が、関係ない。

 

 

「おぉ!!似合ってんじゃん。狂三の魅力が倍増してる」

「まぁ!!ありがとうございます!!これ買わせていただきますわ」

 

 

狂三はカーテンを閉め、着替える。

 

 

「ちょっと待てコラァァァァァッ!!なんで時崎さんがいるわけ!!」

「しかももうこんなエロ下着を選ぶ仲!?十香ちゃんとは遊びだったの!?」

「今私は、貴様を刺し殺すか撃ち殺すか迷っている!!」

 

 

うーん、これだとらちが明かない。

しょうがない、ここで三人にはご退場願おう。

『写輪眼』を開眼して三人と目を合わせる。

すると、三人の目からハイライトが消える。

幻術をかけたのだ。

 

三人はランジェリーショップを出ていく。

これで三人は俺の気がする方には近づかない。

 

 

「お待たせしましたわ」

 

 

カーテンを開けて、中から狂三が出てきた。

 

 

「いや、大丈夫だ。会計を済ませようか」

「はい!!」

 

 

すごく喜んでいるのか?

まぁ笑顔だから喜んでいるのだろう。

 

そしてレジで店員に値段を言われる。

 

 

「あ、俺が払うから。」

 

 

諭吉が三人もいなくなってしまった。

まぁそのくらいなら大丈夫だ。

 

 

「ありがとうございます!!一生大切にしますわ」

「ハハハ、喜んでもらえてうれしいよ」

 

 

喜んでるならそれでいいだろう。

 

 

「ところで、刃さん」

「ん?」

 

 

俺が訊きかえすと、狂三が無邪気な笑顔を浮かべながら言った。

 

 

「そろそろ、お腹が空きませんこと?」

「あぁ、そうだな。適当なところに入るか?」

「そうですわね」

 

 

そう言って、歩き出した。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

昼食を食べ終えた俺たちは、公園に来ていた。

そして、飲み物を買いに、すこし席をたっただけなんが……なぜ狂三がいなくなっている。

どこに行ったんだ?

狂三の気を探る。

見つけた……この位置は東出口付近だな。

行ってみるか。

 

さっき飲み物をかった自動販売機の脇を通って、狭い路地を走っていく。

そして、目的地に到着。

 

 

「おぉ……派手に散らかしたな」

 

 

そこには、赤がたくさんあった。

灰色の塀や地面の上に、夥しい量の赤がぶち撒けられている。

そして所々に、歪な形をした大きな塊が三つ、小島のように浮かんでいた。

それが表す事実は―――

 

人が死んでいる

 

それだけだった。

 

 

「すごいな……まさかこの世界でここまでの死体を見れるなんて、まったく……これだからおもしろい」

「―――あら?」

 

 

俺の声に反応したのか、誰かが声を発した。

赤い、赤い海の中央にいた。

 

 

「……刃さん。もう来てしまいましたの?」

 

 

赤と黒の霊装を纏った狂三が、俺の方を見ながら言ってくる。

左手にには、古式の短銃が握られていた。

 

そこで、もう一つの事柄に気づく。

路地裏の奥に、男が一人、全身をガタガタ震わせながらヘタリ込んでいた。

若い男だな。

腹部には地で同心円が三つ描かれている。

まるで的当てのようだ。

 

 

「ひ―――ッ、ひ―――ッ」

 

 

男は今にも死んでしまいそうな呼吸をしながら、俺に目を向けてきた。

 

 

「た……ッ、助け……く、れ……ッ!!なん……、こいつ……、化物……ッ!!」

「あらあら」

 

 

狂三は顔を男の方に戻すと、手に持っていた銃を向けた。

くすくす笑う。

いつものような可愛らしい微笑ではなく、不気味な笑い声だった。

いいねぇ、ゾクゾクする。

 

 

「何かを殺そうというのに、自分は殺される覚悟がないだなんて、おかしいと思いませんこと?命に銃口を向けるというのは、こういうことですのよ?」

「……、や、め……」

 

 

狂三の意見には大いに賛成だ。

殺される覚悟ない者に殺しはご法度だ。

 

息も絶え絶えといった調子で男が声を発すとした瞬間。

狂三が、躊躇も逡巡もなく引き金を引いた。

瞬間、銃口から影を固め鷹のような漆黒な銃弾が、これはまた真っ黒い軌跡を描きながら、男の腹に描かれていた的の中央に吸い込まれていった。

 

 

「ひぐ―――ッ」

 

 

男の身体がビクンと跳ねる。

それきり、男は何も声を発さなくなった。

 

 

「百点、ですわね」

 

 

短く息を吐き、銃をその場に落とす。するとそれは、狂三の影の中に消えて行った。

 

 

「お待たせしましたわ、刃さん。恥ずかしいところを見られてしまいましたわね」

 

 

狂三が俺の方に振り返ってくる。

 

 

「んにゃ、別に」

「うふふ、そォいうところが好きですわ」

 

 

後方から狂三の声が響いたと思うと、急に足を取られて、地面に身体を叩きつけられるようにして転げた。

あえて、抵抗はしない。

狂三の影から白い手が顔を出し、俺の足をがっしりと掴んでいる。

狂三はゆっくりと俺の面前まで迫ってくる。

ヤンデレですか?

 

 

「ふふ、捕まえましたわ」

 

 

そう言って、にっこりと笑い、傍らに膝を突いて、俺に覆いかぶさるように身を寄せてくる。

 

 

「―――あぁ、あぁ、失敗しましたわ。失敗しましたわ。もっと早く片を付けておくべきでしたわ。―――もう少し、刃さんとのデートを楽しみたかったのですけれど」

 

 

ぴと、と俺の両頬を包み込むように、狂三が手を這わせてくる。

狂三が俺に顔を近づけてくる。

でもそれはキスではない、首筋に噛みつこうとしているようだった。

 

これはいい加減抵抗するか。

 

 

「よっと」

「へ?」

 

 

魔力を一気に開放して拘束を吹き飛ばす。

そしてゆっくりと立ち上がる。

 

 

「まったく……すこしオイタが過ぎるぞ狂三」

「な、なんで……」

「ん?この程度で俺を拘束できると思っていたのか?甘ぇよ」

「クッ!!なら―――」

 

 

その瞬間、狂三の身体が後方へ吹き飛んだ。

コンクリートの塀に華奢な肢体が叩きつけられ、細かな日々が入った。

 

 

「―――無事ですか、兄様」

「真那か……」

 

 

そうやら真那の仕業らしい。

俺を守るように、ワイヤリングスーツを纏った真那が、背を向けながら立っていた。

肩には、盾のような羽のようなパーツが装着されていた。

昨日、俺が見た装備だった。

 

 

「間一髪……でもねーでしたが。大事はねーですか」

「おうよ」

 

 

軽く返事をする。

 

 

「あらあら……私と刃さんの逢瀬を邪魔するだなんて、マナー違反が過ぎませんこと?」

「うるせーです。人の兄様を狙いやがるだなんて、どんな了見ですか」

 

 

真那が言うと、狂三は驚いたように目を見開いた。

 

 

「真那さんと刃さんはご兄妹でいらっしゃいますの?」

「……ふん、貴様には関係ねーです」

 

 

真那は吐き出すように言うと、小さく首を回した。

その動作に合わせて、肩に装着されたパーツが前を向いて可変していき、先端部がまるで手のように五つに分かれる。

そして、左右合計十の先端部に青白い光が現れる。

 

 

「とっととくたばりいやがってください、〈ナイトメア〉」

 

 

の言葉と共に真那が指を鳴らすと、両肩のパーツから十条の光線が迸り、狂三に向かって伸びていく。

しかし、狂三は身をひねると、光線を華麗に躱していった。

 

 

「うふふ、危ないですわね」

「―――ち」

 

 

真那が鬱陶しげに舌打ちをし、指を微かに動かす。

すると、狂三に避けられた光線が急に進路を変え、再び狂三に向かっていった。

 

 

「ぎゅ……ッ」

 

 

これは避けきれなかったらしい。

両足と腹部を光線に貫かれ、狂いが奇妙な悲鳴を漏らし、その場に崩れた。

そこからはどくどく、と赤い血が広がっていく。

 

 

「手間かけさせれんじゃねーです。化物風情が」

 

 

真那は眉一つ動かさずに軽く右手を上げた。

すると手の平のように開いていたパーツが再び盾のような形に戻り、その先端から巨大な光の刃が出現する。

 

これは映像で見たものだ。

 

真那の剣が狂三に振り下ろされる。

じゅッ、と音がして、それきり狂三は何も言わなくなった。

 

 

「ふぅ」

 

 

真那が軽く右手を振る。

すると手に装着されていたパーツが肩に戻っていった。

 

 

「じゃあ、俺はここら辺で」

「はい、無事でなによりでやがります」

 

 

俺は真那とは特に会話せずにこの場を離れる。

いや、家に転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――五河家。

 

 

すぐにシャワーを浴びて、自室に入る。

一日でいろいろなことがあったな。

最後の―――真那が狂三を殺した時。

真那の眼を見たがひどかった。

心が擦り切れているのよな眼だった。

まぁそれはおいおいどうにかしよう。

 

狂三は……明日も学校に来るだろうし、その時に話そう。

今日のことは琴里も〈フラクシナス〉で見ていただろうから、琴里には説明しなくても大丈夫だろう。

 

さて、どうやってここから盛り返すかな。

 



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第5話~終わりの始まり?~

―――来禅高校、教室。

 

 

俺が教室に入ると、既に狂三が咳に着いているのが目に入る。

俺の姿を認めるなり穏やかな微笑をを作り、狂三がぺこりと頭を下げてくる。

 

 

「あら、刃さん。ごきげんよう」

「うっす」

 

 

その姿は、昨日と何ら変わりがなかった。

 

 

「昨日は楽しかったですわね。また是非誘ってくださいまし」

「そうだな。都合がつけばな」

 

 

それは俺とのデートのことなのか?

それとも、路地裏での出来事のことなのか?

そこをはっきりしてもらいたいぜ。

 

狂三は可愛らしい微笑を顔に張りつけたまま言葉を続けてきた。

 

 

「でも、少し驚きましたわ」

「なんで?」

 

 

そう訊き返すと、狂三は目を細めた。

 

 

「てっきり刃さんは、学校をおやすみになると思っておりましたので」

「ハハハ、何言ってんだ。あの程度で学校を休むとでも?」

「そうですわね。刃さんがちゃんと学校に登校してきてくれて、とても嬉しいですわ」                                                                       

 

屈託のない笑顔でそう言う。

俺は狂三の真ん中に足を進める。

 

 

「狂三、あまり人を殺してもらっては困る。だから俺はおまえを救い出すことにした」」

「価値観を押しつけないでいただけます?わたくし、甘っちょろい理想論は嫌いですの」

「そうか、でも関係ない。何がどうなろうと、たとえ世界が終焉を迎えようとも、絶対に救って見せよう」

 

 

すると、狂三が眉をひそめた。

だが、数瞬の間何かを考えるような仕草をした後、唇を開いてくる。

 

 

「―――ならあなたが言っていることが本当かどうか、確かめて差し上げますわ」

「ん?」

「今日の放課後、屋上に来てくださいまし」

 

 

それだけ言うと、狂三は俺から視線を外した。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

時刻は十六時三十分。

辺りからは、部活に向かう生徒たちの声が響いていた。

結局今日はあれきり、狂三と会話を交わしていない。

帰りのホームルームが終わった後も、狂三は俺の方に視線を送ることなく、すっと教室から出て行ったのだ。

 

狂三はもう屋上で待っているはずだ。

俺は階段に足を向ける。

その時だった。

 

辺りを異変が襲った。

具体的には何が起きたか分からないが、周囲がふっと暗くなったと思ったら、全身を倦怠感と虚脱感が襲った。

まるで空気が粘性を持ったかのように、重くドロッと手足に絡みつく。

 

周囲に残っていた生徒たちが、次々と苦しげなうめき声を発し、その場に崩れおれていく。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

すぐ近くに倒れ込んだ女子の肩を揺する。

だが、気を失っているせいで反応はなかった。

 

まずいな……

コレが狂三の起こしたことだとすると、力の源は霊力だ。

十香が危ないかもしれない。

 

教室に戻ると、十名ほど人が残っていた。

だが、全員気を失っているようだった。

 

 

「おぉ、ヤイバ……」

 

 

十香は軽く頭を押さえながらも、俺に声を返してきた。

力の大部分が封印されているとはいえ、やはり精霊だ。

人間より霊力に耐性はあるようだ。

 

 

「大丈夫か?」

「うむ……だが、どうも身体が重い……どういてのだ、これは……」

 

 

まるで高熱にうなされているようだった。

 

 

「十香、ここで休んでいろ。俺が何とかするから。だが、どうしても苦しくなったら念話で知らせてくれ」

「ネンワ?なんだそれは」

「頭の中で話すことだ」

 

 

そう言って、十香に念話をつなぐ。

 

 

(こんな感じだ)

「な、なんだこれは!?」

(頭の中に言葉を思い浮かべて、それを俺に伝えようとしてみろ)

(こ、こんな感じか?)

(あぁ、それでいい。じゃあ、俺は行ってくる)

 

 

最後に十香の頭を優しく撫でてから、廊下に出た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――屋上。

 

 

屋上への扉は、壊されていた。

ただし、鍵の部分だけだ。

銃で撃ったかのようにボロボロになっていた。

狂三の仕業だろう。

扉を開ける。

 

ドロリとした空気が一層強くなる。

だがこの程度、まったく意味をなさない。

中心に狂三はいた。

 

 

「―――ようこそ。お待ちしておりましたわ。刃さん」

 

 

狂三がフリルに飾られた霊装の裾をくっと摘み上げ、微かに足を縮めて見せた。

 

 

「まったく、面倒な結界を張ってくれたな」

 

 

狂三は笑みを濃くしながら言う。

 

 

「うふふ、素敵でしょう?これは〈時喰みの城〉。わたくしの影を踏んでいる方の『時間』を吸い上げる結界ですわ」

「なんだそりゃ」

 

 

俺がそう言うと、狂三はくすくす笑いながらゆっくりと歩み寄ってきた。

そして、優雅な仕草で髪をかき上げる。

左目が露わになる。

 

 

「おぉ……」

 

 

思わず声を出してしまった。

無機質な金色に、数字と針。

そう―――狂三の左目は時計そのものだった。

しかも、その時計の針が、くるくると逆方向に回転している。

 

 

「それは?」

「ふふ、これはわたくしの『時間』ですの。命―――寿命と言い換えても構いませんわ」

 

 

そう言いながら、狂三がその場でくるりとターンをする。

 

 

「わたくしの天使は、それはそれは素晴らしい力を持っているのですけれど……その代わりに、ひどく代償が大きいのですわ。一度力を使うたびに、膨大な私の『時間』を喰らっていきますの。だから―――時折こうして、そとから補充することにしておりますのよ」

「へぇ……」

 

 

狂三の言葉に俺は普通に返した。

簡単に言えば、結界の中で倒れている人間の残りの命を吸い上げているということだ。

 

 

「精霊と人間の関係性なんて、そんなものですのよ。皆さん、哀れで可愛い私の餌。それ以上でもそれ以下でもありませんわ」

 

 

俺を挑発するように眉をゆがめ、続ける。

 

 

「あぁ―――でも、でも刃さん。あなただけは別ですわ。あなただけは特別ですわ」

「だろうな」

「えぇ、えぇ。あなたは最高ですわ。あなたと一つになるために、わたくしはこんなところまで来たのですもの」

「一つになるねぇ……」

 

 

完全にヤンデレの発言である。

 

 

「そのままの意味ですわ。あなたは殺したりなんてしませんわ。それでは意味がありませんもの。―――私が、直接あなたを食べて差し上げるのですわ」

 

 

性的にですか?

なら、よろしくお願いされたいです。

物理的にはちょっと……

 

 

「それと、あなたを食べる前に、今朝方の発言を取り消していただかないとなりませんもの」

「今朝の?」

「えぇ、。―――わたくしを、救うだなんて世迷い言を」

 

 

狂三は視線を冷たくして俺を見る。

 

 

「―――ねぇ、刃さん。そんな理由で、こんなことするわたくしは恐ろしいでしょう?関係のない方々を巻き込むわたくしが憎いでしょう?救う、だなんて言葉をかける相手ではないことは明白でしょう?」

 

 

狂三が、役者のように大仰に手を振りながら続ける。

 

 

「だから、あの言葉を撤回してくださいまし。もう口にしないと約束してくださいまし。そうしたなら、この結界を解いて差し上げても構いませんわよ?もともとわたくしの目的は、刃さんただ一人なんですもの」

 

 

甘い……甘すぎるよ狂三。

 

 

「別におまえのことは恐ろしくない。恐れるに値しない。関係のない人を巻き込むなら好きにすれば?俺には関係ないし。だから別に憎くないし。あとさ、『結界を解いて差し上げても構いませんわよ?』だと?おまえさ……俺のことナメすぎだろ」

 

 

関係のない奴まで守れるほど俺は強くない。

いくら万能なだけな人外、神だとしても、すべてを守るのは不可能だ。

だから、俺は俺の大切な者さえ守れればそれでいい。

 

その時だった。

 

ウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――

 

空間震警報が辺りに鳴り響いた。

 

 

「きひ、きひひ、きひひひひひひひひひひひひひッ、ナメてなんかいませんわよォ。それと、今の状態で空間震が起こったらなら、結界内にいる方々は一体どうなりますでしょうねぇ」

「……………」

 

 

俺が校舎に結界を張るから、別になんともならない。

 

 

「―――さあさ、刃さん?いかがですの)わたくしが恐ろしいでしょう?わたくしが憎いでしょう?これでも同じことが言えまして?弱き肉が!!強き捕食者に!!」

「そうか」

「さぁ!!刃さん、どうしますの?あなたが言葉を撤回しなければ、何人もの人が死ぬことになるますわよ!?」

 

 

狂三が、俺から視線を逸らさないまま、高く上げた右手をくっと握って見せる。

瞬間、きぃぃぃぃぃ―――ん……というような音が、あたりに鳴り響いた。

まるで、空間が悲鳴を上げているかのようだった。

 

はぁ、仕方ない。

動くか。

 

『空間を操る程度の能力』で空間の歪みを直し、固定する。

 

 

「なっ!?」

 

 

狂三が驚きの声を口に出す。

 

 

「はぁ……本当は嫌だったんだけどな。この力を使うのは。なんせ派手だからさ」

 

 

大剣を取り出す。

琴里の意識では、万能の大剣と化しているだろう。

 

 

「―――アスカロン」

 

 

アスカロンを取り出し、魔力を込める。

刀身がプリズムのように様々な色に輝き始める。

 

 

「そんじゃま、殺ってやんよ」

 

 

アスカロンを横なぎに一振り。

狂三が吹き飛んでいく。

ただ、ここで違和感が生まれた。

一部分だけ弾かれたのだ。

そして、その原因を発見する。

 

 

「真那か」

「はい。―――滅茶苦茶してやがりますね」

 

 

ワイヤリングスーツを纏い、両手に巨大なレイザーブレイドを装着した真那が、ちらりと俺の方を見て言ってくる。

しかし、真那はすぐに光の刃を構え直し、狂三たちに鋭い視線を放つ。

 

 

「随分と派手なことをやってくれやがったようですね、〈ナイトメア〉」

「―――く、ひひ、ひひ、いつもながら、さすがですわね。わたくしの〈神威霊装・三番(エロヒム)〉をこうも簡単に切り裂かれるだなんて。それに刃さんのその大剣は一体何ですの?」

「ふん。悪-ですが、そんな霊装、私の前では無意味です。大人しく―――」

 

 

と、真那が言いかけたところで、狂三が大仰に手を広げ、その場でくるりと旋した。

 

 

「でぇ、もォ……わたくしだけは、殺させて差し上げるわけにはまいりませんわねぇ」

 

 

狂三はそう言うと、カッ、カッ、と、ステップを踏むように両足を地面に打ち付けた。

 

 

「さぁ、さぁ、おいでなさ―――〈刻々帝(ザフキエル)〉」

 

 

瞬間―――狂三の背後の影から、ゆっくりと、強大な時計が姿を現した。

狂三の身の丈の倍はありそうな、巨大な文字盤。

そして、その中央にある針は、それぞれ細緻な装飾の施された古式の歩兵銃と短銃だった。

 

 

「天使か……」

 

 

天使。

この世界では『形を持った奇跡』。

精霊が唯一にして絶対の力を誇る武器である。

だが、それがどうした。

 

 

「うふふ……」

 

 

狂三が笑う、巨大な文字盤から短針に当たる銃が外れ、狂三の手に収まった。

 

 

「〈刻々帝〉―――【四の弾(ダレッド)】」

 

 

狂三がそう唱えると、時計に刻まれた『Ⅳ』の数字から、じわりと影のようなものが漏れ―――一瞬のうちに、狂三の握る短銃の銃口に吸い込まれていった。

 

 

「な……」

 

 

真那の怪訝そうな声が、俺の耳に届いた。

狂三が、左手に握った短銃の銃口を、自分のあごに押し当てたのだ。

 

 

「一体何を―――」

 

 

真那の言葉の途中で、狂三はニヤリと笑うと、何も躊躇うことなく引き金を引いた。

ドン!!という音が辺りに響き、狂三の頭がぐわんと揺れる。

その瞬間、地面に転がっていた狂三の右手が狂三の元に飛んで行った。

そして、右手は狂三の右腕に触れると、まるで何事もなかったかのように綺麗に接着・復元された。

腕に纏った長手袋さえ完璧にだ。

時間の巻き戻しか。

 

 

「うふふ、良い子ですわ、〈刻々帝〉」

「……初めてみる手品ですね、それは。なるほど、素晴らしい回復能力です」

 

 

真那が忌々しげに言うと、狂三はくつくつt笑いながら首を振った。

 

 

「きひひ、ひひ、ちがいますわよう。時間を巻き戻しただけですわ」

「……何ですって?」

 

 

真那が眉を歪める。

しかし狂三は不敵に笑うだけでそれ以上答えず、右手を高く掲げた。

背後の時計〈刻々帝〉に残っていた長針―――歩兵銃がその手に収まる。

 

 

「―――あぁ、あぁ。真那さん、真那さん。今日ばかりは勝たせていただきますわよ」

 

 

言いながら、針の無い文字盤の前で、二丁の銃を構える。

まるで時間を示しているかのように。

 

 

「さぁ、さぁ。始めましょう。わたくしの天使の力を見せて差し上げますわ」

「―――ふん、上等です。またいつものように殺してやります」

 

 

真那が言うと、狂三はおかしくてたまらないといった様子で笑った。

てか、俺空気じゃね?

 

 

「きひ、ひひ、ひひひひひひひひひひッ、まァァァァァだわかりませんのぉ?あなたにわたくしを殺しきることは絶ェェェェェッ対にできませんわ」

 

 

 

それからも、狂三と真那は挑発をし合う。

そして、場が動き出す。

 

 

「〈刻々帝〉―――【一の弾(アレフ)】」

 

 

すると先ほどの文字盤の『Ⅰ』の部分から影が染み出し、狂三の握る短銃に吸い込まれていく。

そしてまたもその銃口を自分のあごに当て、引き金を引いた。

瞬間。

 

 

「よっと」

「「!?」」

 

 

その場から狂三の姿が掻き消えたように見え、真那の方に向かったのを確認。

一気に踏み込んで、神速で真那と狂三の間に割り込み、狂三の蹴りを受け止める。

 

 

「な、なぜですの!?なぜ私の姿が人間の刃さんが……」

 

 

狂三は珍しく驚愕の表情を顔に張りつけた。

 

 

「なぜ、ねぇ……それはおまえの移動速度が遅いからだよ。その程度の速さなら、もう慣れた」

 

 

狂三はまた霞のように消える。

次の瞬間には真那の後方に出現する。

その背に踵を振り落すが、

 

 

「だから、遅いっての」

「クッ!!」

 

 

その足を掴み、そのままぶん投げる。

 

 

「なぜですの!?なぜ時間を早めたわたくしの動きに対応できるのですの!?」

「確かに面白い能力かもしれないけどさ、所詮その程度だ。時間を操る程度なんだよ」

「あぁ、あぁ、そうですか。じゃあ―――」

 

 

再び、狂三は真那に向かう。

もちろん、高速移動でだ。

 

 

「〈刻々帝〉―――【七の弾(ザイン)】」

 

 

と、その途中、文字盤の『Ⅶ』から染みだした影が、狂三の歩兵銃に吸い込まれていった。

そして、即座にその銃口を真那に向けて放つ。

すると、真那が完全に停止した。

次に、俺に銃口を向け、撃つ。

もちろん、俺も停止した。

停止したが、

 

 

「だから、その程度じゃあ俺は止められないって」

「なっ!?」

 

 

自動で『時間を操る程度の能力』が発動。

時間停止が解かれ、真那に向かう狂三に一撃を入れる。

またも、狂三は面白いように吹っ飛んでいく。

その時だった。

 

 

「ヤイバ!!」

「―――刃」

 

 

俺を呼ぶ声が新たに二つ、屋上に現れた。

 

 

「十香に折紙か」

 

 

振り向き、名を呼ぶ。

狂三の結界内でなぜ動けるのか?

という疑問は抱かなかった。

二人の格好は、十香は霊装で折紙は話イヤリングスーツを、それぞれの実に纏っていたのだ。

 

 

「大丈夫か、ヤイバ!!」

「あぁ、もちろんだ。そうだ十香、『許可』しよう」

 

 

この一言で、十香の霊装が完全なものになる。

今までは、制服の下に少しだけ霊装のドレスがあった。

だが、『許可』した十香の姿は、初めて会った時の姿―――完全に力を取り戻し、完全な形の霊装をその身に纏っていた。

 

 

「鳶一一曹……十香さん。ご無事でしたか。しかし……十香さん。その姿は一体……」

 

 

真那が言うと、十香が怪訝そうな声を上げる。

 

 

「ヤイバの妹二号。おまえこそ、その格好は何だ?まるでAST―――」

 

 

真那と十香は互いに怪訝そうな視線を交わしたが、すぐに狂三の笑い声が響いて来て、言葉を中断した。

 

 

「あら、あら、あら。皆さんお揃いで」

 

 

狂三が言うと、十香と折紙がほぼ同時に口を開いた。

 

 

「狂三……!!いきなり逃げたかと思ったら、こんなところにいたか!!」

「あなたの行動は不可解。一体何の真似」

 

 

逃げた、ねぇ……

 

 

「狂三が邪魔をしに現れたのだが……先ほどの爆発のあと、どこかへ逃げていったのだ」

 

 

しかし十香の言葉に、折紙が胃を唱える。

 

 

「それはおかしい。時崎狂三は、私と交戦していた」

「何だと?」

 

 

十香は一瞬訝しげな顔をしたが―――すぐに首を振ると、狂三に視線を向け直した。

 

 

「……残念だ、狂三。だがおまえがヤイバに危害を加えようとする以上、容赦はしない」

「一部だけに同意する」

 

 

折紙もまた、狂三に向き直る。

狂三が、またも楽しげにくるりと身体を回転させた。

 

 

「うふふ、ふふ。あぁ、あぁ、怖いですわ。恐ろしいですわ。こんなにもか弱いわたくしを相手に、こんな多勢で襲いかかろうだなんて」

 

 

微塵もそんなことは思っていない様子で、くすくす、くすくす、と笑う。

 

 

「でも、わたくしも今日は本気ですの。―――ねぇ、そうでしょう?わたくしたち」

「ん?」

 

 

奇妙な物言いだ。

だが、次の瞬間。

 

 

「「「な……っ!?」」」

 

 

十香と折紙、真那の声が被った。

だが、それも納得できるものだった。

屋上を覆い尽くしていた狂三の影。

その中から、幾本もの白い手が一斉に顔を出したのだから。

しかも、それだけではない。

今までひじ程度までしか姿を現さなかった白い手が、徐々に徐々に、その根本を地面の上に表していった。

 

 

「おぉ……」

 

 

思わず、声を漏らしてしまった。

全員、『狂三』とは。

広い屋上を埋め尽くさんばかりに、何人も、何人も。

霊装を纏った狂三が、影の中から這い出てきた。

 

 

「くすくす」      「あら、あら」         「うふふ」

    「あらあらあら」        「驚きまして?」

「刃さん」  「さぁ、どうしますのォ?」

「あはははははッ」

   「いひひひ」      「美味しそうですわねぇ」     

         「さぁ、さぁ」      「遊びましょう?」

  「いかがでして?」       「ふふっ」

    「ひひひ」

「ふふふふふふふ」           「どうしましての?」

 

 

無数の狂三が、思い思いの笑いを、声を発する。

 

 

「こ、ッ、れは……ッ」

 

 

真那が声を発すると、銃を握った狂三が両手を広げながらくっとあごを上げた。

 

 

「うふふ、ふふ。いかがでして?美しいでしょう?これはわたくしの過去。わたくしの履歴。様々な時間軸のわたくしの姿たちですわ」

「へぇ……」

「うふふ―――とはいえあくまでこの『わたくしたち』は、わたくしの写し身、再現体に過ぎませんわ。わたくしほどの力は持っておりませんので、ご安心くださいまし」

 

 

ねェ、と狂三が続ける。

 

 

「真那さん、わかりまして?わたくしを殺しきれない理由が」

「―――っ……」

 

 

真那が、息を詰まらせる。

それは、十香も、折紙も同じだった。

 

 

「さぁ―――」

 

 

狂三が、くるりと回る。

 

 

「終わりに、いたしましょう」

「……ッ、舐めんじゃ―――ねーです……ッ!!」

 

 

叫んだのは、真那だった。

空を舞い、ユニットを可変させ―――

 

 

「結」

 

 

たときに俺が結界で真那を閉じ込める。

 

 

「な、何しやがるんですか兄様!!」

「悪い、おまえたちを守りながら戦う余裕はない。結」

 

 

そう言って、十香と折紙も結界にいれる。

 

 

「さぁて、始めようか。俺の戦争(デート)を」

 

 

狂三に向き直る。

 

どう調教するかな……

朱蓮と白はまだ出せない。

でも数が多すぎる。

 

 

「―――苦戦してるようね、刃」

 

 

空が、赤かった。

屋上の上。

俺や、狂三たちの頭上に、炎の塊が浮遊している。

 

そして、その炎の中に、一人の少女の姿があった。

和装のような格好をした女の子である。

風にたなびく袂は、半ばから炎と同化しているかのように揺らめき、腕に腰に絡みつく炎の帯は、まるで天女の羽衣のようだった。

 

そしてその東部には、無機質な角が二本、生えている。

その様は、お姫様のようであり―――鬼のようでもあった。

 

 

「琴里か……」

 

 

そう、俺の妹にして、〈ラタトスク〉司令官。

炎を纏った少女の姿は、琴里にしか見えなかった。

琴里が徐々に高度を下げ、俺の方にちらと視線を落としてくる。

 

 

「―――少しの間、返してもらうわよ、刃」

「何言ってんだ。駄目に決まっているだろう。それに苦戦してない。これからだったんだ」

「え……?」

 

 

琴里とのパスを通して琴里の霊力を奪い取る。

 

 

「な、何……これ?刃あんた一体何したのよ!!」

「ん?ただおまえに行った霊力を奪い返しただけだよ。―――それにお兄ちゃんは琴里が戦闘に参加することを許可していません!!」

「こんなときに何言ってるのよ!!」

「えぇい、うるさいぞ!!結」

「あ、コラ!!出しなさい!!」

 

 

琴里を結界の中に入れる。

 

さっきの霊力のやり取りで琴里の霊力が感じられるようになったな。

これならいけるぞ。

天使の顕現。

 

 

「待たせたな、狂三」

「えぇ、えぇ、待ちましたわ。でも、それもこれで終わりですわ」

 

 

狂三は楽しく堪らない、といった顔で俺を見る。

その顔がいつまで続くかな?

 

 

「俺に力を貸せ。〈神威霊装・五番(エロヒム・ギボール)〉!!」

 

 

俺の身体を霊装が包んでいく。

袖や裾が広がった紅い和装。

そして、頭の上には黒い角が二本生える。

琴里の霊装の色が紅で、角が黒版だな。

 

 

「れ、霊装!?本当に何者ですの!?」

 

 

狂三が狼狽する。

 

 

「驚くのはまだ早いぜェ……〈灼爛殲鬼(カマエル)〉!!」

 

 

続いて天使の顕現。

炎の戦斧だ。

 

 

「天使の顕現!?」

 

 

狂三が驚く。

そりゃそうだ。

いくら霊力を溜めこんでいるとはいえ、人間の俺が天使を顕現させたんだからな。

 

 

 

「あらためて宣言しようか。始めよう、俺たちの戦争(デート)を」

 




To be continued

『3章 狂三キラー』はこの回で終わりです。
次章の『4章 五河シスター』に続きます。


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第4章 五河シスター
第1話~妹の正体~


―――来禅高校、屋上。

 

 

「あらためて宣言しようか。始めよう、俺たちの戦争(デート)を」

 

 

狂三に挑発するように言う。

現在、狂三は驚愕の表情を顔に張りつけ、こちらの行動を窺っていた。

 

それにしてもこの天使、精神力を持ってかれる。

だがまぁ、あと二、三時間は余裕だろう。

 

 

「狂三……おまえは少しやりすぎだ。お仕置きしてやる」

 

 

狂三は俺の言葉が予想外だったのだろう、しばしキョトンと目を丸くしていたが、すぐに堪えきれないといった様子で哄笑をのどから漏らした。

 

 

「くひ、くひひひ、ひひひひひひひッ……面白い方ですわねぇ。お仕置き、ですの?あなたが?わたくしをォ?」

「あぁそうだ。お仕置きされたくなかったら、分身と天使を収めろ。そして大人しくしろ」

 

 

俺が言うと、狂三はさらに可笑しそうに嗤った。

周囲に立ち並んだ無数の狂三たちも、それに合わせるようにけたけたと身を捩じる。

 

 

「ひひひ、ひひ。随分と自分の力に自信がおありのようですけど、過信は身を滅ぼしますわよォ?わたくしの〈刻々帝〉は―――」

「御託はいいんだよクソビッチ!!さっさとかかってきやがれ」

 

 

俺はそう吐き捨てると、楽しげに笑っていた狂三の頬がぴくりと動いた。

屋上中に展開した無数の狂三が、一斉にぎろりと俺を睨んできた。

 

 

「上等ですわ。一瞬で食らい尽くして―――差し上げましてよォッ!!」

 

 

狂三が喉を震わせる。

瞬間、屋上を埋め尽くしていた狂三の分身が一斉に脚を縮め、俺にmぬかて跳躍してきた。

 

 

「やっとか……でも俺もそんないコイツを使える訳じゃない。だから一気に決めさせてもらうぞ」

 

 

戦斧を構えなおす。

 

 

「〈灼爛殲鬼〉―――【砲(メギド)】」

 

 

〈灼爛殲鬼〉の形状を変化させる。

 

 

「破ッ!!」

 

 

〈灼爛殲鬼〉から高熱線が放たれる。

その場でくるりと一回転する。

それだけで、まわりにいる狂三たちは高熱線に呑まれていく。

フハハハハ!!薙ぎ払えェ!!

 

 

「な!?」

 

 

さすがの狂三も予想外だったらしい。

だけど、

 

 

「あ゛ー……もう無理」

 

 

そう言って〈灼爛殲鬼〉と、霊装〈神威霊装・五番〉を霧散させる。

だがここで、予想外なことが一つあった。

 

 

「な、何?どうして勝手に?」

 

 

琴里が〈神威霊装・五番〉を纏っていたのだ。

だが、力は出せないようだ。

ただ纏っているだけ。

 

多分、初めて力を使ったのでストップが効かなくなって、霊装を解いた瞬間に力がそのまま全て琴里に流れてしまったのだろう。

でも、何ができるわけではないようだ。

霊力すっからかんなんだろう。

 

 

「くひ、くひひひ、ひひひひひひひッ……形勢逆転ですわねェ」

 

 

狂三は、ものすごく面白そうに嗤った。

 

 

「何言ってんだよ。これからだろ、面白いのは」

 

 

でもさすがに面倒になってきた。

これは『神使』呼んじゃいますか?

呼んじゃっていいんですか?

呼びましょう。

 

 

「―――狂三」

「何ですの?刃さん。まさか命乞いですか?」

「違う違う。あのさ、面白いものを見せてやるよ」

「面白いもの?何ですの?」

 

 

今回呼ぶのは精霊。

一番初めに妹になってくれた者だ。

 

 

「おいで……ペスト!!」

 

 

漆黒の魔法陣が展開される。

完全に姿が現れる。

 

 

「久しぶりだね、お兄ちゃん!!」

 

 

そう言って、ペストは俺に抱き着いてくる。

 

 

「あぁ、本当に久しぶりだ」

 

 

俺も抱き返す。

なんだか視線が痛いな。

 

 

「ちょっと刃!!その子誰よ!!」

 

 

琴里が吠える。

あぁそうか……俺のことを『お兄ちゃん』ってペストが呼んだからか。

確か真那の時もすごかったような……

 

 

「あぁ、俺の初めての妹、ペストだ」

「名前は分ってるのよ!!その子は何者?気配が……」

 

 

あぁ、そっちですか。

 

 

「わたくしも気になりますわねェ。一体何者ですの?」

「14世紀以降に大流行した黒死病の8000万人の死者の霊群、死の恩恵を黒い風に乗せて与える神霊であり、その力は『命あるものを殺す』という点において強大なものである。簡単に言えば、黒死病の神霊だ」

「「何ですって!?」」

 

 

琴里と狂三の声がハモった。

十香と真那、折紙は何が何だかわからないようだった。

 

 

「さて、ペスト。いきなりで悪いがお願いできるか?」

「うん、お兄ちゃんの為だったら何でもしちゃう」

 

 

そう言って、ペストは身に黒い霧のようなものを纏い始める。

黒死病の病原菌だ。

 

 

「殺っちゃうぞ☆」

 

 

ペストは可愛くそう言うと、黒い霧を狂三たちに向けて放つ。

確か初めて会ったときもこの霧を出してたよな。

うんうん、懐かしいな。

 

 

「ぐぅぅぅ……な、何ですのこの黒い霧は……」

 

 

黒い霧に触れた狂三が苦しみ始める。

通常は、ある程度潜伏するのだが、『神使』になったペストは潜伏期間をなくすことに成功したのだ。

最早、チートである。

 

 

「どうだ?苦しいか?でもまだまだだ。ここからやっと始まるんだぞ。俺たちの調教(デート)は」

「ひっ……」

 

 

狂三は怯えるように悲鳴を漏らした。

多分俺はものすごくイイ顔をしてたんだと思う。

 

 

「どうしたァ?あんなに大口叩いてたのにその程度か?ん?」

「くっ……わ、わたくしたち!!」

 

 

狂三は新たに影から分身を出現させた。

なぜ無駄だと理解できない。

ペストがもう一度、霧を放とうとする。

だが、それは俺が止める。

 

 

「いいの?お兄ちゃん」

「あぁ……ここからは俺がやる。そこで俺の勇士でも見ててくれ」

「うん♪お兄ちゃんのかっこいいとこ見てるよ」

 

 

うおぉぉぉぉぉ!!

今なら全精霊を相手にとれるぞ!!

 

 

「さて、狂三。ここからは俺が相手だ」

「や、刃さんが相手してくださるの?でもお相手しないわけにはいきませんわね」

 

 

少し戸惑いながらも、狂三は返してきた。

少し怯えてる?

いやいや、あの狂三だぞ?

狂うに三と書いて狂三だぞ。

そんなわけない。

……かもしれない。

 

『念』を発動。

『堅』を維持したまま、『発』を発動。

 

適当に太刀を創造して、構える。

 

 

「一度やってみたかったんだよねェ」

「何をですの?」

「ん?あぁ……七閃ってね」

 

 

瞬間、七度の衝撃が狂三たちを襲う。

狂三たちは消えはしないが、地面に倒れ伏した。

 

 

「次から次へと規格外ですわね……今度は一体何をなさったのですか?」

 

 

狂三が苦しそうに訊いてきた。

 

 

「普通は答えないんだけどな……まぁ聞いても対処できないだろうから教えてやる。今の技は七閃。『一瞬と呼ばれる時間に七度殺す』ことのできる技だ」

「な……!?」

 

 

今回は『発』で創った弦だったから身体がバラバラにならなかったが、本来この技は鋼糸で行う技だ。

鋼糸で行っていたら確実に殺していただろう。

なぜ鋼糸でやらなかったかって?

調教ができなくなるだろう。

 

 

「さぁ狂三。もっと俺を楽しませろよ」

「申し訳ありませんが、ここで終幕ですわ」

 

 

狂三は勝ち誇ったような顔で俺に告げた。

 

 

「意味が分から―――まさか!?」

「くひ、くひひひ、ひひひひひひひッ……またお会いしましょう。刃さん」

 

 

そう言うと、狂三は自らの頭を手に持っていた短銃で打ち抜き、絶命した。

恐らく、俺が七閃を繰り出して調子になっているときに、こっそり本体だけ逃げ出したのだろう。

やられた……

完全にペストにかっこいいところを見せようと調子に乗っていた俺が悪いな……

こんなんじゃ、ペストに笑われちまう。

 

 

「お兄ちゃん……」

「ペ、ペスト……?」

「ダメだよ?女の子だからって逃がしちゃ。本当にお兄ちゃんは女の子に甘いんだから。そんなだから『箱庭』で殺されちゃったんでしょ!!」

「言い返す言葉もございません……」

 

 

ペスト……

まだ覚えててくれたのか。

 

あ、そうだ。

結界解かないと。

 

 

「解」

 

 

結界を解く。

解いた瞬間だった。

 

 

「この馬鹿刃!!」

 

 

琴里にドロップキックをされた。

 

 

「なんで閉じ込めたのよ!!力が戻ったんだから―――」

「うるさい。おまえにはあまり戦ってほしくなかったんだ。ほら、さっさと帰るぞ」

「ちょ、ちょっと!!」

 

 

琴里の静止を無視して十香に歩み寄る。

 

 

「十香、無事か?」

「う、うむ。ヤイバのおかげでな」

「そうか、それは良かった」

「だが、まさかヤイバが霊装を纏ったり天使を顕現するとは思わなかったぞ」

「そうか?封印ができるんだ、使えても何も不思議ではないだろう」

「そういうものなのか?」

「そういうものだ」

 

 

適当に返して、琴里の方に行く。

 

 

「さぁ、帰ろうか」

「そうね……たーっぷり話を聞かせてもらうから」

「ハハハ……お手柔らかにな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――フラクシナス。

 

 

フラクシナスに拾われると、すぐに検査が始まった。

俺と十香は同じ部屋だったが、琴里は別の部屋だった。

ペストは大人しく俺の膝の上に座っている。

ちなみに、夜が開けそうだが、どうやら一日=二十四時間ということらしく、まだこっちにいられるらしい。

 

 

「はぁ……やっと終わったか……」

「やっと終わったね、お兄ちゃん」

 

 

ペストはにこにこしながら言う。

この顔を見れば疲れなんぞ一瞬でなくなるわ。

 

 

「十香、大丈夫か?」

「ふぁぁ……眠いぞ」

 

 

大きなあくびをしながら言う。

 

 

「もう寝てもいいんじゃないか?ほら、ちょうどベットもあるし」

「そうさせてもらおう。おやすみ」

「あぁ、おやすみ」

 

 

十香はベットに入って眠った。

 

 

「さて、令音。俺を琴里のいる部屋に連れていけ」

「……君ならそう言うと思っていたよ。ついてきたまえ」

 

 

そう言って、席を立つ。

 

扉を開け、廊下に出る。

しばらく進むと、ものすごく頑強そうな扉の前に着いた。

 

令音は扉の横に備えられた電子パネルの前に立つと、番号を入力してから手の平をかざした。

 

 

「……解析官・村雨令音」

 

 

そして名を言うと、パネルが小さな音を鳴らし、その大きなとびらが左右に分かれて開いて行った。

 

暗証番号に指紋認証……そして声紋認証。

かなり厳重だな。

 

 

「……さ、来たまえ」

 

 

令音が部屋に入っていく。

俺も続いて部屋に入る。

なんとも奇妙な部屋だ。

部屋の手前と奥がガラス製の壁で仕切られていて、それを境として内装がまったく異なっている。

 

俺たちのいる手前側が、様々な機械が所狭しと並べられた薄暗い実験室のような風情なのに対し、億は普通に人間が生活を行うマンションの一室のように調えられていた。

まるで、猛獣をとじこめ監視しておくための檻のような空間である。

 

そしてその部屋の奥。

ガラスを隔てた場所に、琴里の姿があった。

瀟洒な椅子に腰掛け、優雅に紅茶を飲んでいた。

霊装は纏っていない。

いつもの私服だ。

 

 

「よう琴里」

 

 

名を呼ぶが、琴里は答えなかった。

 

 

「……こちらの音声はあちらには届いてはいない。―――ヤイバ。ここからは君一人だ」

 

 

そう言って、令音が歩いていく。

ガラスの壁の一角に、扉のようになった場所があった。

そこに向かう。

令音が先ほどと同じように指紋、声紋認証をし、扉を開ける。

俺は部屋に入る。

その際、部屋を隔てるガラスの壁の異様な分厚さが視界の端に入り、思わず吹き出しそうになった。

厳重すぎだろ(笑)

 

 

「……ん?あら、刃じゃない」

「あぁ……」

 

 

椅子に座りながら答える。

琴里はシナモンスティックでミルクティをかき混ぜ、スティックをぱくりと口に放り込んだ。

 

 

「それもチュッパチャプスなのね」

「何よ。文句ある?」

「んにゃ、別に」

 

 

そう答えて一息つく。

 

 

「さて、本題に入ろうか」

「……そうね。わずは刃。あなたは何が知りたい?」

「そうだねぇ……おまえが精霊だってことは知ったし……特にないかな」

 

 

そう言うと、ぴくり、と琴里の肩が動いた。

 

 

「失礼ね。私は、人間よ。自分ではそのつもり。---でもきっとそうはいかないんでしょうね。観測装置の数値は今、私のことを精霊と判断しているから」

「全然意味がわからん」

 

 

一気に言葉を並べられても理解で知るわけがねぇ。

 

 

「私は、五河家に生まれた人間。それは間違いないわ。でも、今から五年前。---

私は精霊になった」

「なるほど」

「本当に理解してるの?でもまぁ、正確には、精霊の力を持った人間っていった方が適当かもしれない」

「ふぅん……でもまぁ、覚えてないんだろ。精霊になったときのこと」

「まぁね……」

 

 

渋い顔をして答える琴里。

 

 

「そうだろうな、だって記憶消されてるもん」

「何ですって!?確かにそれは予想していたけれど……その前になぜ刃がそんなことわかるのよ」

「ん?あぁ、なんか俺の脳に記憶の消去―――というよりも封印だな。その痕跡が見つかったからだ」

「……良くそんなことわかるわね。それもアスカロンの恩恵なのかしら?」

 

 

くすくす笑いながら俺に言う。

 

 

「違うよ。さすがにもうそれだけじゃ説明できないだろう?」

「そうね……来禅高校の屋上で使った技とかもね。アスカロンなんて出してないじゃない」

「ハハハ」

 

 

さて、なんて俺のことを説明しよう。

忍者、結界師、陰陽師、念能力者、創造神、破壊神、二天龍を従えし者。

肩書きならいくらでもある。

どれがいい?

創造神と破壊神はまだ伏せておきたい。

ならそれ以外だ。

 

忍者だと、忍術使ってないしな……

結界師だと、あぁ、結界使いましたな。

陰陽師、これは結構現実味があるな。

念能力者だと、特にないな。

 

よし、陰陽師でいこう。

結界師でもいいけど、それだと能力が限定され過ぎるからな。

それに、前の世界では結局陰陽師として生きたし。

 

 

「そんなにあの力の正体が知りたいか?」

「えぇ、ものすごく知りたいわ」

「そうか……少しだけなら教えてやる。それでもいいか?」

「えぇ」

 

 

少しだけって言ったけど、陰陽師の件だけなら少しだけだよね?

 

 

「俺はな、陰陽師をやってんだ」

「おんみょうじ……陰陽師!?陰陽師ってあの妖怪を退治する奴?」

「そうだねぇ、一応そうだね」

「なるほど……でもさ、あの斬撃とかって全然陰陽術を使ってるようには見えなかったんだけど……」

「そうかもな。でもな、霊力つって、陰陽術を使うときに必要な力を応用させてやったんだ。琴里が言っているのは七閃のことだろう?」

 

 

そう訊くと、琴里は顔を引き締めた。

 

 

「えぇそうよ。『一瞬と呼ばれる時間に七度殺す』ことのできる斬撃なんてデタラメすぎよ」

「あのな琴里。あれはさ、斬撃じゃないんだ」

「え……?」

 

 

ぽかん、と琴里の表情が固まる。

 

 

「あれはな、一瞬で抜刀・納刀して、その間に七つもの斬撃を繰り出す神速の居合……と見せかけて、実は刀を鞘内で僅かにずらす動作の影で操る七本の鋼糸で目標を切り裂くという、相手の意表をついて攻撃する技だ。まぁ今回は弦でやったから狂三はバラバラにならなかったんだけどな」

「な、何よそれ……斬撃じゃなかっとしてもデタラメじゃない」

「まぁな。それで? あとは何が知りたい?」

「そうねぇ……刃のことをお兄ちゃんって呼んだ小娘のことかしらねぇ」

 

 

琴里の眼にハイライトがなくなった。

 

 

「お、おぅ。おいで……ペスト」

 

 

漆黒の魔法陣が展開される。

そしてそこからぺスとが現れて、そのまま俺に抱き着いてきた。

 

 

「お兄ちゃん、今度はどうしたの?」

 

 

この一言で琴里の顔が引きつる。

でも、紹介しないとな。

 

 

「琴里、軽くなら屋上で説明したがこいつはペスト。俺の一番最初の妹だ。そして『神使』」

「へぇ……また『神使』ねぇ……」

「あぁ。こいつは『箱庭』で出会ったんだ。屋上で説明したように、14世紀以降に大流行した黒死病の8000万人の死者の霊群の代表。死の恩恵を黒い風に乗せて与える神霊であり、その力は『命あるものを殺す』という点において強大だ。そして―――もともとは人間だ」

「何ですって!?」

 

 

ペストは確か、元は人間で黒死病にかかったことで、地下に閉じ込められて死んだ。

 

 

「そうだよ。元は人間だった。黒死病にかかちゃってね……地下に閉じ込められて、そのまま死んじゃったんだよ」

「……そう。神霊ってことは精霊ではないのね」

「まぁ似たようなものじゃないか?」

「うん、精霊って認識でも間違いではないよ」

 

 

とりあえず、ペストについての説明はこれで終わりだな。

 

 

「それで、これからおまえにもどっちまった精霊の力はどうするんだ?」

「まぁ、再封印をするしかないでしょうね」

「再封印……まさか―――」

「簡単な話よ」

 

 

琴里はそう言うと、口からチュッパチャプスを抜き、ビッと俺に突き付けてきた。

 

 

「―――私をデレさせてちょうだい」

 

 

やっぱりか……

 

 

「わかったよ。おまえをデレさせて、再封印してやる」

 

 

そう思い、決意を固めた時だった。

けたたましい音が響いた。

どうやら琴里が、手にしていたカップをその場に落としたらしい。

陶製の白い器が割れ、中程まで残っていたミルクティーが床に弾ける。

 

 

「大丈夫か?」

 

 

俺がそう言うと、琴里は目を伏せ大きく息を吸いながら、首を横に振ってきた。

 

 

「……大丈夫よ。気にしないで」

 

 

とても大丈夫には見えない。

おそらく、精霊の力に精神を侵されているのだろう。

それに抗っているのだろう。

今はそっとしておいた方がいいか。

 

 

「わかった。じゃあな……頑張れよ、琴里。すぐに助けてやるから」

「う、うん」

 

 

最後は小声で、呟くように琴里だけに届くように言った。

琴里は頬を少し赤く染めながら返してくれた。

 

俺は入ってきた扉から部屋を出る。

そして、近くにいた令音に話しかける。

 

 

「あとどれくらいだ?」

「……二日後だ」

「ん?」

「……二日後。六月二十二日。君には琴里とデートをしてもらう」

「わかった。それがリミットなんだろう?」

「……そうだ。恐らくあと二日しか、琴里は自身の霊力に耐えられない」

 

 

霊力が強すぎるのも考え物か。

 

 

「そうか……」

「……段々と、発作の間隔が短くなっている。今は精神安定剤と鎮静剤で抑えている状態だが……多分、あと二日が限界だろう。その日を過ぎれば、琴里はもう、君の知っている琴里ではなくなってしまう可能性がある」

 

 

予想はしていた。

だが、ここまでとは……

〈灼爛殲鬼〉は余程貪欲なんだろう。

だが、

 

 

「なぜ今すぐにやらない?」

 

 

そこまで危険なら今すぐにやった方がいいはずだ。

令音は何やら考え込むようにあごに手をあてたのち、あきらめたようにため息を吐いた。

 

 

「……本当はそのほうがいいのだろうけれどね、それはできないんだ。言っただろう?今は薬で症状を抑えていると。状態が安定するまで待たなければならない。二つの条件が唯一合致するのがその日なのさ。明後日を逃せば、もうチャンスはない」

「そうか……」

 

 

〈灼爛殲鬼〉よ、面倒なことをしてくれたな。

 

 

「わかった。令音、今は琴里のことはまかせた」

「……まかされよう」

 

 

俺は五河家に転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――五河家。

 

 

シャワーを浴びて、自分の部屋に入る。

ベットにダイブして、これからのことについて考える。

もし、明後日のうちに再封印ができなかったら、最悪『神使』にして無理やり封印しよう。

 

しかし、琴里をデレさせるねぇ……

どうしようか?

 




精霊の霊力はキスでしか封印できません。
『神使』にすれば別です。
でも、『神使』にするときにキスしますよね……
好感度の問題でしょうね。


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第2話~作戦会議?一応やっとく?~

―――フラクシナス。

 

 

現在、俺は琴里をデレさせるのにはどうすればいいかの会議に出席している。

進行をしているには神無月だ。

 

 

「よく集まってくれました、諸君。緊急事態につき、司令に代わって私、神無月がこの場を仕切らせていただきます。―――刃くん、しばらくお付き合い頂けると幸いです」

「あぁ」

 

 

俺がうなずくと、神無月は満足げに首肯して言葉を続けた。

 

 

「では、早速本題に入りましょう。以前から司令の身体について知っていた者、今回の件で始めて知った者……様々いるでしょうが、どうか協力をお願いします。―――今日の議題は、二日後に迫った五河司令と刃くんのデートプラン作成です。各々持ち寄った情報を紹介しあい、司令が心から楽しいと思える一日を演出するのです」

 

 

そう言って、神無月が部屋に並んだクルーたちを見回し―――すぅっと大きく息を吸う。

 

 

「……ヤイバ。少し耳を塞いでおきたまえ」

「ん?」

 

 

令音がそんなことが言ってきた。

なんだ?

どうしてだ?

 

 

「―――さぁ諸君。親愛なる〈ラタトクス〉機関員諸君。我らが愛しい女神の一大事だ。日頃の御恩に報いるときだ。司令が!!五河琴里司令が!!我らの助けを必要としている!!それに応える気概はあるか!?」

「「「「「応ッ!!」」」」」

 

 

神無月がよく通る声で叫ぶと、円卓に着いていたクルーたちがそれに応えるように一斉に大声を上げた。

うるさい。

 

 

「司令に褒められたいか!?」

「「「「「応ッ!!」」」」」

「司令の笑顔が見たいか!?」

「「「「「応ッ!!」」」」」

「司令に四つん這いされたのち、ブーツの踵で尻を重点的に蹴られたいか!?」

「「「「「お……ぅ?」」」」」

 

 

さすがにそこまで変態(アブノーマル)ではないようだ。

 

 

「今こそ!!我らが愛を示すとき!!謳え、高きその御名を!!」

「「「「「KO・TO・RI!!KO・TO・RI!!LO・V・E・KO・TO・RI!!」」」」」

 

 

ブリーティングルームが熱狂に沈む。

なんだここは、まるでアイドルのライブ会場ではないか。

はっきり言おう。

この〈ラタトクス〉には同志(ロリコン)がたくさんいるのだと。

 

 

「よろしい!!では報告を開始せよ!!司令の希望、司令の願望、それら全てを成就させ、我らが司令をデレさせん!!」

「「「「「了解(ヤー)!!」」」」」

 

 

神無月の声に応え、クルーたちが手もとのコンソールを操作したり、持参した資料を繰ったりし始める。

 

髪に白髪の混じり始めた、痩身の男が発言をする。

 

 

「副指令!!私が!!」

「よろしい、発言を許可する!!」

「はっ!!何より基本はプレゼント!!好みがわかっている分、通常の精霊よりもポイントがわかりやすいと言えましょう!!司令の大好物といえば皆さんもご存じ、

チュッパチャプス!!これのオリジナルフレーバーを作成し司令に献上すれば―――

!!」

「NON!!短絡的に過ぎる!!我ら程度の知識で、司令のチュパ愛を超越できると思ったか!?心せよ!!相手の愛するものこそが、最も贈るに難きものであると!!」

「……っ!!も、申し訳ありませんッ!!」

「次!!」

「はっ!!」

 

 

神無月にの号令に合わせ、別のクルーが立った。

丸眼鏡が特徴的な、いかにも次元を超えてくれそうな人だ。

3次元から2次元にな。

 

 

「司令の中学校の友達、早乙女加奈ちゃんからの情報によりますと、どうやら司令は最近携帯のアプリのブタさん育成にはまっているらしく―――」

「何やってんだおまえ!!」

 

 

俺はつい叫んでしまった。

だが、もの凄くイイ顔でビッ!!と親指を立ててきた。

 

 

「ご心配なさるな。口止め料は十分支払っておりますし、〈ラタトクス〉のことがバレぬよう、ちゃんと『琴里ちゃんに付きまとう変態ストーカー』を演じておきました!!」

「なんだそりゃ!?」

「はァ……はァ……ね、ねぇ君ィ、さっきいっそに歩いていた子と友達なんだよね……?お、お小遣いあげるから、あの子のこと詳しく教えてくれないかなァ……?」

「なんで加奈はそんな明らかに変態な奴に友達の情報を売ったのかな……」

「なんでもご病気のお母様がいるらしく、どうしてもお金が必要だったとかで。さんざん悩んだ末の決断でござりました。未だ後悔に枕をぬらしているご様子です」

「今度……会いに行って謝ろう」

 

 

じゃないと加奈がかわいそうだろ。

 

次いで、中年の男が席を立つ。

 

 

「副指令、それでは私が」

「よろしい。期待していますよ」

「はっ。―――まずはこちらをご覧ください。五月二日の映像です」

 

 

と、男が手元のコンクールを操作する。

すると円卓の中央に設えられていたモニタに、艦橋の映像が映し出された。

艦長席に、琴里が腰かけている。

どうやら何か仕事を終えたところなのだろう。

琴里は「んん……っ」と伸びをすると、手を肩をさすりながら口を開いた。

 

 

『ふぅ……疲れた。たまには温泉でも言ってゆったりしたいわね』

「「「「「……っ!!」」」」」

 

 

その光景に、居並んだクルーたちが騒然となった。

 

 

「お、温泉……だと……」

「はっ。確かに司令は仰いました。―――そこでわたしが提案するのがこちらです」

 

 

言うと同時に、モニタの映像が古風な温泉宿のものに切り替わる。感溢れる休息を!!月見ヶ原温泉三泊四日コース!!源泉かけ流しの天然温泉が、司令の凝った肩と心を解きほぐしてくれることでしょう」

「な、なるほど……!!」

「しかも、それだけではありません。この温泉、時間制ですが―――混浴があるのです!!」

「「「「「な……ッ」」」」」

 

 

再び、クルーたちが旋律が走る。

男は鬼気迫る調子でバッと両手を広げた。

 

 

「調査の結果、司令が刃くんと最後にお風呂に入ったのは今からおよそ五年前!!」

「もうそんなに入っていないのか……」

 

 

男が熱っぽく語るように続ける。

 

 

「日頃は男女を意識しない兄妹間なれど、久方ぶりの入浴で刃くんは意外な妹の成長に気付き、司令もまた、兄の身体に不思議な感情を覚える……!!理性とは裏腹に高鳴る鼓動。不意に肌が触れ合うたびに意識しあう二人……!!無論、このシーンはカメラの数をいつもの倍にして記録します!!」

「「「「「お、おぉ……ッ」」」」」

 

 

クルーたちが色めきたつ。

女性機関員も何人かいるだが、なぜか一緒になって興奮気味に鼻息を荒くしていた。

そっちの方が目的なんじゃないか?

 

 

「―――そして迎えた最後の夜。楽しいひとときもやがて終わる。そんなとっき、司令は勇気を出してこう言うのです。『……ふん、今日くらいは一緒に寝てあげてもいいわよ』」

「「「「「……っ!!……っ!!」」」」」

 

 

クルーたちがもだえるように身を捩る。

 

 

「どちらからともなく手が触れ合い、いつしか重なる身体と身体。そしてついに触れる唇と唇ッ!!嗚呼っ、おめでとうございます!司令!!おめでとうございます……!!」

 

 

円卓に着いている、令音以外のクルーが全員感極まったように涙を浮かべている。

 

 

「刃くん……司令を頼みます……」

「お願いします、どうか彼女を幸せにしてあげてください」

「一ついいか?」

「何でしょう?」

 

 

涙を流しながら問い返してくる。

 

 

「三泊四日だとさ、確実に琴里のリミットを過ぎるだろ」

「「「「「……あ」」」」」

 

 

クルーたちがポカンと口を開け、顔を見合わせた。

 

 

「―――思い出したんだけどさ」

「……言ってみたまえ」

 

 

混乱しているクルーたちの代わりに、令音が反応してくれた。

 

 

「いつだったかは忘れたが……CMでやっているのを見て、栄部のオーシャンパークに連れてって、言ってたな。うん」

「……ん、そうか。ならそこでいいんじゃないかな?」

 

 

令音が軽い調子でうなずきながら言う。

 

 

「うし、じゃあ、決まりだな」

 

 

俺がそう言うと、神無月が難しげに眉を歪める。

 

 

「オーシャンパーク……ですか。まぁデートスポットとしては王道ではありますが、明確なプランも示さずに、はい決定というわけには……」

 

 

他のクルーも神無月と同意見らしかった。

皆、承諾しかねるといった様子で口をへの字に結んでいる。

 

 

「……オーシャンパークなら琴里の可愛い水着姿が見られるのだがね」

「「「「「………っ」」」」」

 

 

しかし令音の一言に、皆が息を詰まらせた。

結構簡単に決まりそうだな。

みんな欲望に忠実と言うわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――翌日。

 

 

六月二十一日、水曜日。

祝祭日でも振り替え休日でもないのだが、来禅高校は臨時休校となっていた。

しかも、その理由が学校にいる生徒と教師が全員倒れ、意識不明状態に陥ったとかで。

幸い症状の重い生徒はいなかったらしい。

今回の件から、高校はガス管等の徹底検査をするらしく、今週いっぱい臨時休校が決定された。

 

今日は、十香と四糸乃と合流して、水着を買う予定だ。

令音から資金は渡された。

 

 

「ヤイバ!!」

『やっはー!!おっまたせー』

 

 

五河家の隣に聳えたマンションから、そんな声が響いてきた。

どうやら十香と四糸乃が来たようだ。

視線をそちらに向けると、淡い色のキャミソールとスカートを纏った十香と、サスペンダースカート姿の四糸乃が立っていた。

 

 

「それじゃあ、行こうか」

「うむ!!」

『おっけーだよー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――水着ショップ。

 

 

「そういえばヤイバ。水着とは一体何なのだ?」

「水着ってのはな、見ずに入るときに着る服のことだ」

 

 

ショップに着くと、十香が目をキラキラさせながら訊いてきた。

まさか、水着の存在も知らないとは……

 

 

「水に……?それだけのためにわざわざ着替えるのか」

「そうだぞ。水に濡れたら服が濡れて気持ち悪いだろ」

「おぉ、なるほど!!ヤイバ、さてはおまえ天才だな?」

「別に俺が考えたわけではないが……」

 

 

それにしてもカラフルだ。

もう六月も後半だからな。

店側もちょうど売り時なんだろうな。

 

まず駆けだしたのは十香だった。

不思議そうに店内を見回し、首を傾げる。

 

 

「それで、ヤイバ。水着というのはどれのことなのだ?」

「そこらへんの全部だ」

「な、なんだと……?」

 

 

十香は目を剝いて両手をわななかせる。

恐る恐るワンピースタイプの水着を手に取って、眺めて、手触りを確かめるように生地を撫でてから、何かに気付いたようにハッと顔を上げてくる。

 

 

「なるほど、そうか。これの上に何かを着るのだな?」

「いや、それだけだぞ」

 

 

十香は戦慄に染まった顔を向けてくる。

 

 

「こ、これでは身体が隠しきれないぞ!!なぜこんなに面積が小さいのだ……!?」

「うーん……動きやすいからじゃないか?」

「ぬ、ぬぅ……確かにすかもしれんが、これではまるで鳶一折紙のナントカスーツではないか……さすがに少し恥ずかしいぞ」

「まぁ、どれか気に入ってのを試着してみろよ」

 

 

四糸乃は恥ずかしそうに首肯した。

それを見た十香も、頬を染めながら、「特別だぞ」と唇を動かした。

そしてぐっと拳を握り、四糸乃に向かってファイティングポーズを取った。

 

 

「よし……では勝負だ、四糸乃!!」

「え、えと……お手柔らかに、お願い……します」

 

 

あれ?

一体何の勝負をするんだ?

 

 

「勝負にあったら何かあるのか?」

「うむ。今日私と四糸乃とで、より刃をドキドキさせた方に、刃とデェトする権利をくれるらしいのだ」

「へぇ……」

 

 

令音の奴、何吹き込んでんだよ。

別にデートくらいいつでもするんだが。

 

 

「ところでヤイバ。ヤイバは一体どうやったらドキドキするのだ?走るのか?いっぱい走るのか?」

「それはドキドキするだろうが……」

 

 

でも少し走った程度じゃあドキドキしないぜ。

 

四糸乃の左手のよしのんがカラカラ笑い声を上げた。

 

 

『あーはは、違うよー。男の子をドキドキさせるっていったら、一つしかないじゃない』

「ぬ?ではどうするのだ?」

『んー、ま、四糸乃の敵に塩を送るってのは本意じゃないけどぉ?何もしらないコに勝ってもつまんないしねー。ほいほい十香ちゃん。ちょっとこっち来たんさい』

 

 

言って、よしのんが手招きをする。

そして十香が顔を寄せると、俺に聞こえないくらい小さな声で、何かひそひそと話している。

そして、

 

 

「な……ッ!?」

 

 

話が終わるのと同時に、十香の顔がボンッ!!と赤くなった。

 

 

『ま、どーせ四糸乃には勝てないと思うけど、せいぜいがーんばってねー』

 

 

よしのんが、四糸乃を引っ張って店の奥へ歩いていく。

十香は呆然とした様子でその背を見送っていた。

 

 

「おーい、十香、大丈夫か?」

「はふん!!」

 

 

俺が肩に触れると、十香が変な声を上げて身体を震わせた。

 

 

「十香?」

「ぬ……いや、すまん。なんでもないぞ。しかし……そうか、困ったな。ヤイバはああしないとドキドしてくれないのか……」

「一体何を聞いたんだよ……」

 

 

十香はそう言いながら、水着を持って更衣室に入っていった。

四糸乃の方を見ると、まだ水着を選んでいた。

どうやら、四糸乃はワンピースタイプを希望しているのだが、よしのんが熱烈に露出度の高いセクシーな水着を推しているようだった。

 

そんな様子を見ていると、十香の入った更衣室のカーテンが、バサッと開け放たれた。

 

 

「ヤイバ!!」

 

 

言って、ワンピースタイプの水着を着た十香が、少し恥ずかしそうにその肢体を晒す。

 

 

「おぉ……」

 

 

正直、侮っていた。

ワンピースタイプ?

はっ、ビキニのがいいに決まっている。

そう思っていた俺を殴り飛ばしたかった。

確かに、ビキニほどのセクシーさはないが、十香の無垢な美しさが強調され、もの凄く良かった。

 

 

「ど、どうだ、ヤイバ!!ドキドキしたか!?」

「あぁ……いつもとは違う良さがあるぞ」

「そ、そうか!!ヤイバがそう言ってくれるなら……うん、頑張るぞ!!」

 

 

言って、十香がうれしそうに微笑む。

 

 

「そうだ十香。これを着てみてくれ」

 

 

最初に見た時から目をつけていた水着を十香に渡す。

ビキニタイプだ。

色は黒。

漆黒といってもいいような純粋な黒一色。

十香の髪の色に合うと思ったのだ。

 

 

「わ、わかったぞ!!」

 

 

俺から水着を受け取り、再び更衣室に戻っていった。

 

しばらくすると、再び更衣室のカーテンが開け放たれる。

 

 

「こ、これでどうだ!!」

 

 

そこには、先ほどとは全く印象の異なった十香がいた。

俺が今し方手渡した、大胆ながらも大人っぽいデザインのビキニを身に纏い、頬を桜色に染めながら、おへそや太股を手で隠そうとし―――しかしそれはでは意味がないと手を退かし、を落ち着かない様子で繰り返す。

 

 

「す、すごすぎる……」

 

 

俺は女の子の水着を見慣れているつもりだった。

『ハイスクールD×D』の世界では、リアスや朱乃、黒歌がものすごくきわどい水着を着ていたからだ。

アレはもはや何も着ていないに等しかった……

そちらの方がドキドキするものだとばかり思っていた。

 

だが、その考えは今日を持って破棄しよう。

 

今の十香の水着は、明らかにリアスたちの水着よりも布面積は確実に多い。

だが、逆にそれが十香の魅力を引き立てていた。

リアスたちは、肌を晒すのに恥じらいがなかった。

だから、恥じらう、という行為が見れなかった。

 

だが、十香は違う。

肌を晒すことに慣れていない微妙な恥じらいがもう最高だった。

 

 

「ヤイバ、これ、これは似合うだろうか……?」

 

 

十香がもじもじと内またを摺り合わせながら訊いてくる。

 

 

「最高だ!!」

「そ、そうか!!」

 

 

十香はそう言って、更衣室に戻った。

服に着替えるためだろう。

そんな時だった。

 

 

「刃……さ―――ん……!!」

 

 

蚊の鳴くような声で四糸乃が俺のことを呼んだ。

 

 

「刃……さん……た、たす……けて……ください……っ」

 

 

声は三つ目の更衣室の中から聞こえてきた。

俺はそこまで行き、カーテンを開ける。

そこには、

 

 

「や、刃さん……」

 

 

服ははだけていて、半裸状態になった四糸乃が、ビキニタイプの水着に腕を通した状態で、胸元を押さえながら涙目になっていた。

その様は、四糸乃の小さな肢体と相まって、俺の魂(ロリスピリッツ)を刺激してきた。

たまらない……ッ!!

 

 

「か、片手だと……上手く、着られません……」

 

 

四糸乃が弱弱しく言ってくる。

もう……どうにでもなっちまえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――フラクシナス。

 

 

休憩スペースで長椅子に腰掛ける。

あぁ、疲れた。

 

あのあと、二人に水着をプレゼントし、昼食を摂ってから帰宅した。

その後、令音に呼び出されて再度プランの確認をした。

途中に、十香と四糸乃を呼んでの夕食を挟んだとはいえ、結構な時間がたった。

 

 

「お隣、よろしいですか?」

 

 

頭上から声をかけられた。

そこには手に紙コップを持った神無月がいた。

 

 

「あぁ」

 

 

俺がそう言うと、神無月はにこりと笑ってから腰掛けてきた。

 

 

「いかがですか、刃くん。明日への自信のほどは」

「まぁ、あると言えばある。ないと言えばない。再封印に関してはそこまで危機感を覚えていない」

「……といいますと?」

「再封印は確実に成功させる自信がある。だが、邪魔が入らないとは限らない。鳶一折紙。この前屋上にいたASTの隊員なんだが……どうやら〈イフリート〉に思い入れがあるようでな。そいつがどう行動するかによって、状況も変わると言える」

「鳶一折紙、ですか……こちらでも警戒しておきましょう」

「頼むよ……あと一つ」

「何です?」

 

 

神無月は不思議そうに首を傾げる。

 

 

「琴里が精霊になったとき―――五年前の映像に何か移っているはずだ。ノイズのようなナニかが。きっと、そいつが黒幕だ。そいつを探せ。そいつがこれからも人間を精霊に変えていくだろう」

「どういうことですか?」

 

 

真剣な顔で訊いてきた。

 

 

「それは俺もまだわからない。だが、これだけは言える。その映像に映っているであろうノイズは精霊だ」

 

 

俺はそれだけ言い残し、休憩スペースを離れた。

明日の琴里とのデート楽しみだな。

 



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第3話~妹とのデート~

―――デート当日。

 

 

六月二十二日、午前九時五十五分。

 

俺は昨日購入した水着とバスタオルなどを入れたエナメルバックを肩に掛けながら、天宮駅東口のパチ公前に立っている。

 

街の方から小さなシルエットが歩いてくる。

 

可愛らしいフリルに飾られた半袖のブラウスに、裾の短い焦茶色のオーバーオールという出で立ち、手には鞄を提げている。そして、その長い髪を二つに括るのは、使い込んだ黒い色のリボンだ。

二晩も顔を合わせていなかった……

我が愛しの妹だ。

 

 

「よう、琴里」

「ん、待たせたわね」

 

 

軽くあいさつすると、琴里が首肯しながら返してきた。

 

 

「―――可愛いな」

「ん、ありがとう」

 

 

少し頬を染めながら返してきた。

 

 

「それじゃあ、電車の時間もあることだし、行くか」

「えぇ、そうね。さぁ、私たちの戦争(デート)を始めましょう」

 

 

そう言って、俺の顔を見ながら不敵に微笑んでくる。

 

 

「そうだな」

 

 

俺はうなずく。

 

 

「うむ!!」

「は、はい……っ」

『やー、楽しみだねー』

 

 

ん?

なんか余分な声が三つ程続いたような気がしますな……

振り返る。

そこには、お出かけの準備を万端に整えた十香と四糸乃がいた。

 

 

「十香、四糸乃。なぜここにいる?」

「ぬ?」

 

 

十香が不思議そうに小首を傾げる。

 

 

「何を言っているのだ。これからオーシャンパークとやらに行くのではないのか?」

「そうだけど……」

 

 

すると、言葉を補うように四糸乃がたどたどしく声を上げてきた。

 

 

「その……令音さんに、言われて……来たんですけ、けど……お邪魔、でしたか……?」

 

 

俺は琴里の方を見る。

琴里は突然の十香たちの登場にも、先ほどと変わらぬ顔を、作って……おっふ。

 

 

「……………」

 

 

琴里から何とも言えない雰囲気を感じ取った。

 

 

「……へぇ、なかなか思い切ったことをするのねぇ、刃。今から楽しみだわ」

 

 

表情は変わっていない。

表情はね……

 

琴里はすたすたと歩みを進め、十香と四糸乃の方へ寄っていった。そしてぽん、と二人の肩を優しく叩く。

 

 

「よし、じゃあそろそろ行きましょうか。水着はちゃんと持ってきてる?」

 

 

琴里がそう言うと、俺の反応に表情を曇らせていた二人が、はあっと明るくした。

 

 

「おぉ!!もちろんだ!!」

「水着は、昨日……刃さんに、かって、もらいました……」

「へぇ、よかったじゃない。―――優しいのね、刃?」

 

 

そう言いながら、琴里が俺の方に視線を向けてくる。

怖い……

 

 

「さ、行きましょ行きましょ」

 

 

琴里は十香たちのを引き連れて改札の方に歩いて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――オーシャンパーク。

 

 

オーシャンパークは様々なプール施設や大型浴場、屋内アトラクションから成るウォーターエリアと、屋内遊園地がメインとなるアミューズメントエリアの二つから構成されている。

夏休みになれば、遠方からも沢山の家族連れやカップルなどが訪れる人気スポットだった。

 

だが、今はまだ六月半ばである。

屋内施設や遊園地は年中利用できるものの。看板エリアである屋外プールが解放されるのは来月からであるため、ピーク時よりも随分と客の入りは少なかった。

だが、混雑しているよりはデートに向いているからいいんだけど。

 

そんなことを考えながら、着替えを終えた俺は、更衣室から屋内プールに移動した。

やはり、女性陣は着替え中か。

それにしても広い。

 

ドーム状の天井に覆われたスペースの真ん中に、浅瀬のような形をした広大なプールが広がり、その後方に、岩山を模したウォータースライダーが聳えている。

 

 

「ヤイバ!!待たせたな!!」

 

 

声がした。

俺が振り返るとそこには、着替えを終えた十香と四糸乃、そして琴里が立っていた。

十香が漆黒に近い黒のビキニ、四糸乃が、腰部分にスカートのようなひらひらがついた、淡いピンクのワンピースタイプだ。

二人とも、昨日ほど水着を恥ずかしがっていなかった。

小走りになって、俺の方に近づいてくる。

 

 

「うっす」

 

 

軽く手を上げてそう返す。

 

十香が大声を上げる。

 

 

「おおぉ!!凄いなこれは!!建物の中に湖と山があるぞ!!」

 

 

それに次いで四糸乃が、珍しく興奮気味にふんふんと鼻息を荒くし、頬を紅潮させながら口を開く。

よしのんも、パタパタと手を動かしていた。

 

 

「み、水がいっぱいです……!!」

『はー!!テンション上がるねこりゃー!!』

「ヤイバ、あの湖には入ってもいいのか!?」

「もちろんだ。それがメインの楽しみ方だからな」

 

 

十香の問いに答えると、目をさらに燦然と光らせ、声を上げた。

 

 

「よし!!いくぞ四糸乃っ!!」

「は、はい……っ!!」

 

 

元気よく二人がプールに駆け出していく。

 

 

「元気ね、二人とも」

 

 

背後から声が聞こえてきた。

 

 

「琴里か?」

 

 

そう言いながら、ゆっくりを振り返る。

そこには、十香たちと同じように水着に着替えた琴里が、腕組みをして口にチュッパチャプスをくわえながら立っていた。

 

白いセパレートタイプの水着だ。

ブラ部分がホルダーネックチューブトップになっていて、色っぽい。

 

思わず見とれてしまう。

そう、四糸乃もドストライクだったが、それ以上に琴里はドストライクだったのだ。

 

 

「何よ、ジッと見て。生物学的には近親相姦にならないからって、妹に欲情するようになったら人として末期よ?」

「そんなこと言われても、琴里が可愛いのが悪いんだ」

「……っ」

 

 

そう返すと、琴里が目を見開いて、頬をほんのりと赤くした。

が、すぐに首を振ると、不敵な笑みを浮かべながら、口にくわえたチュッパチャプスの棒をピンを立ててくる。

 

 

「あら、ありがとう。―――令音か神無月あたりからほめるように指示が出たのかしら?」

「何を言ってるんだ。インカムなんてつけてないし、完全な本心だ」

 

 

すると、琴里は鼻を鳴らすと、意地が悪そうな笑みを浮かべてきた。

 

 

「へぇ、光栄ね。……で、具体的にはどこがどう可愛いと思ったのかしら?」

「そうだな……華奢で、美しくて、それを白い水着が引き立てている。そして一番はその膨らみかけの胸だ」

「な……ッ!?」

 

 

俺が言葉を発した瞬間、琴里は顔を赤く染めると、バッと両手で胸元を覆い隠した。

 

 

「な、何言ってるのよ……!!そんなこと考えてたの!?」

「そんなことだと!?琴里のことだぞ!!真剣に考えての結果だ!!」

「な……ッ!?」

 

 

琴里がまた顔を赤く染めた。

その時だった。

 

 

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――っ!?」

 

 

悲鳴がプールから響いてきた。

 

 

「なんだ?」

「刃、あれ!!」

 

 

琴里が、浅瀬のように形作られたプールの沖の方を指さす。

そこには、一部がスケートリンクのようになってしまったプールと、その上でわんわんと泣く四糸乃の姿があった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「なるほど、よしのんが流れるプールに流されて、慌ててしまったと」

 

 

プールに謎の氷(笑)が現れる事件が起こってからおよそ三十分。

琴里が持参していた電池式ドライヤーで、四糸乃の左に装着されたよしのんの身体を乾かしながら、俺は事情を聴いていた。

 

幸い大した騒ぎにはならなかった。

プールも先ほどまでの賑わいを取り戻している。

が、四糸乃がしょんぼりと肩を落としたままだった。

十香もまた、背を丸くしている。

 

 

「ご、ごめん……な、さい……」

「むぅ……面目ない。私がついていながら」

「なに、気にすることはない。大事にならなかったし」

 

 

二人に声をかけると、それに続けるように隣に立った琴里が言葉をこぼしてきた。

 

 

「そうよ。全部事態の想定を怠った刃の責任なんだから、気に病むことはないわ」

「……なんでだよ」

 

 

俺はドライヤーの温風を送りながら、よしのんの頭をわしわしとかく。

 

 

「そろそろ乾いたな。大丈夫か、よしのん」

 

 

俺が言うと、よしのんは犬のように全身をブルブルっと震わせると、手を胸元においてハァハァと息を荒くした。

 

 

『や、やー……壮絶な冒険をしてしまったねー。死ぬかと思ったよー』

「ごめんね……よしのん」

『あぁ、大丈夫大丈夫。また無事に会えたんだし、結果オーライよ四ー糸乃』

「うん……」

 

 

よしのんに頭を撫でられ。四糸乃がこくりとうなずく。

そんな様子を見て、琴里が肩をすくめた。

 

 

「……ま、勝手がわからないのも無理はないわ。―――確かあっちに浮き輪のレンタルしているカウンターがあったから借りて来ましょうか」

「うきわ?」

 

 

十香が不思議そうに首を傾げた。

その反応を見て、琴里は「あー」と人差し指を一本くるくると回しながら視線を上にやった。

 

 

「百聞は一見に如かずね。直接見た方が早いでしょ。行くわよ」

 

 

そう言って、琴里が歩き出す。そのあとについて、十香と四糸乃も立ち上がった。

 

 

「はぁ……」

 

 

俺はドライヤーを折り畳むと、三人を追って歩き始めた。

だが、その道中、琴里がすっと身を寄せてきた。

なんだ?

 

 

「……ん、あれ、さっきのだけど」

「さっきのとは?」

「……どこが可愛いか、ってやつ」

「あぁ」

 

 

すごく可愛い。

もう、可愛すぎる。

 

 

「本心だ。嘘、偽りはまったくない」

「……………」

 

 

俺がそう言うと、琴里はしばしの間無言になった。

 

軽蔑されているかもしれない。

だが本心なのだからしかたがないじゃないか。

きっと俺のことはロリコンだと思っているのだろう。

 

そのとうりだ。

 

まではどうにか抑えていたが、琴里の姿を見て、抑えが利かなくなったのだ。

もう、堪らない。

 

つーか、俺の年齢を考えると、ほとんどがロリコンと言われてもおかしくないよね。

 

 

「……ふーん。……そうなんだ」

 

 

なんて呟きながら、水着に覆われた慎まやかな最高の乳房を、手で軽く触ったりしている。

 

 

「琴里?」

「……っ」

 

 

俺が名前を呼ぶと琴里はビクッと肩を揺らし、俺の鳩尾に裏拳を叩き込んできた。

 

 

「ハハハ、照れてるのか?可愛いなまったく」

「か、かわ……かわ……」

 

 

今までの反応とは大きさが違う。

そこまでか。

あれか?

意識してなかったからか?

 

そんなことを考えていると、、三人はすでに浮き輪やビーチボートが並んだカウンターの前におり、貸しだしの手続きをしていた。

そして、レンタルの手続きが完了したようだ。

だが、琴里たちに三人の男が近づいていくのを確認した。

 

脱色された髪に小麦色の肌。

見るからに遊び人、という感じだった。

男たちはにこやかに手を振りながら、琴里たちに声をかけた。

 

 

「こんにちはー、ねぇねぇ、君たちどこか―――」

 

 

最後まで言わせるわけないだろう。

 

 

「くたばりな。俺の琴里に手を出す野郎はゆるさん」

 

 

そう言って、三人に御札を張る。

エナジードレインの効果がある。

まぁ一週間は気絶しているだろう。

 

 

「ど、どうしたのだこの男たちは。突然倒れたぞ」

 

 

十香が言う。

 

 

「ねぇ……何したの?刃」

 

 

琴里が訝しげにこっちを見てきた。

 

 

「ん?あぁ、ちょっとおしおきをな。まぁ一週間は気絶したままだろう」

「……この三人は〈ラタトスク〉のクルーなんだけど」

「え?マジか……まぁ、琴里に手を出そうとしたからな。これくらいの報いは受けてもらわねば」

 

 

琴里とひそひそと話す。

そう言えば、十香と四糸乃がいないな。

辺りを見渡す。

すると、先ほどかりた浮き輪を装着し、プールにぷかぷかと浮いた二人の姿を見つけた。

 

 

「おぉ、凄いぞ!!見てくれヤイバ!!沈まないぞ!!」

「……!!……!!」

 

 

十香が楽しそうに声を上げ、四糸乃もまた、興奮気味にうなずいている。

なんだかんだいって、二人ともプールをを楽しんでいるようだ。

 

 

「琴里、ウォータースライダーでも滑らないか?」

 

 

ウォータースライダーを指さす。

琴里は俺の指の先をしばらく眺めていたが、ふぅと行きを吐くと身体の向きを変えた。

 

 

「ベタな気はするけど……まぁ、妥当なところからね。いいわ、いきましょう」

 

 

冷たいな……

 

俺と琴里の様子に気付いたのか、プールでぷかぷか浮いていた十香と四糸乃が、こちらに視線を寄越してきた。

 

 

「ヤイバ、琴里。どこかに行くのか?」

「あぁ、ウォータースライダーでも滑ってこようかとな」

「うぉ-たーすらいだー」

 

 

十香が目を丸くしながら首を傾げる。

俺はウォータースライダーを指さす。

 

 

「あれのことだ」

「おぉ……!!人が流れてくるぞ!!」

 

 

十香は目を輝かせると、浮き輪を腹部に填めたままプールから上がってきた。

 

 

「私も、私も行きたいぞ!!」

「……………」

 

 

少し考える。

だがやはり駄目だ!!

 

 

「ごめんな十香。今回は勘弁してくれ」

「むぅ……」

 

 

あからさまに悲しそうな表情になる。

俺は十香にだけ聞こえるように言う。

 

 

「今度二人で来た時に滑ろう」

「うむ!!ならいいぞ!!」

 

 

一変して、パァと表情が明るくなる。

 

 

「それじゃ行こうか」

「そうね」

 

 

少し嬉しそうな声音だった。

 

階段を上り終え、岩山の頂上にたどり着く。

スライダーの滑り口に係員がおり、客を順に水の流れに載せていった。

幸い並んでいる人数は少なかった。

すぐに俺たちの順番が回っていた。

 

 

「よし、一緒に滑るぞ」

「え―――っ」」

 

 

俺の提案に、琴里は一瞬目を見開いたが……すぐに咳払いをして目を逸らした。

 

 

「い、いいわよ。ちっちゃな子じゃあるまいし」

「折角だからさ」

「ぐ……いいって言ってるでしょ!!」

 

 

琴里が再び腕組みをし、つん!!と顔を背ける。

なら、強硬策だ。

 

 

「よっと」

「ふぇ!?」

 

 

琴里を抱き上げる。

そして、そのまま滑り口に向かい、俺の足の間に琴里を座らせる。

 

 

「ちょ、ちょっと!!」

「えーい、やかましい!!」

 

 

更に抱き着く力を強くして抑え込む。

すると、琴里も行動に出た。

俺の方に向きを変えて、気にしがみつくコアラのような感じだ。

 

そして、滑り始める。

 

思いっきりスタートダッシュをかます。

人外パワーを使い、速度を出す。

 

 

「おぉぉぉぉぉぉぉ!?」

「……!!……!!」

 

 

意外にスピードがついた。

いや、つきすぎてしまった。

 

コースアウトすれすれの軌道を描く。

そして、もっとも鋭角のカーブに差し掛かった時だった。

勢いがつきすぎてしまったせいで、俺たちはコースを外れ、ぽーん、と宙に投げ出された。

 

 

「おっふ……」

「……っ」

 

 

俺の全身を包む浮遊感が消えるのを感じ、そのまま直下のプールに落下した。

 

凄まじい水しぶきが上がり、プールに波を起こす。

 

水面から顔を出して、立ちあが―――重くない?

何か、重くない?

とりあえず、立ち上がってみると、鯨飲が判明した。

 

 

「ぇ……っ、ぇ……っ」

 

 

小さな嗚咽のようなものを漏らし、小刻みに肩を揺らしながら、琴里が最初の状態のまま、俺の身体にしっかりとしがみつていた。

よく見ると、その髪を二つに括っていたリボンが解けていしまっていた。

 

 

「大丈夫か?」

「お、おにーちゃぁ……」

 

 

琴里が鼻の詰まったような声で言いながら俺の顔を見上げてくる。

な、泣いてる?

めっちゃ可愛いんだけど。

 

 

「リボン……リボンとって……!!」

「はいよ」

 

 

左右に首を振り辺りを見る。

すると、水面に解けた黒のリボンが二つ浮いているのを見つけた

それを回収して、琴里に手渡す。

琴里は、リボンを握ってその場に沈んだ。

 

そしてぶくぶく……と泡を発してから数秒後。

 

 

「……まったく、無茶をするわね」

 

 

再び水上に現れた琴里は、司令官モードに戻っていた。

ただ、鼻と目がちょっとだけ赤かった。

 

 

「……………」

「……何よ」

 

 

琴里が、半眼で見返してくる。

そういえば気になることがある。

 

 

「琴里、なんで今日は黒いリボンなんだ?」

「何よ、これじゃあ不服なの?」

「んにゃ、別に」

 

 

別に気にしてはいない。

気にしてはいないが、やはり気にはなる。

結局どっちなんだろ。

 

琴里は少しあごを引きながら続けてきた。

 

 

「……駄目なの。白の私は、弱い私だから。黒の、強い私じゃないと、今は、駄目なの」

「そうか……」

 

 

俺は簡単に返す。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

時刻は二時十分を周った。

俺たちは、オーシャンパークにあるフードコートで、遅めの昼食を摂っていた。

俺、十香、四糸乃、琴里の四人が着いた白いプラスチック製のテーブルの上に、クラブハウスサンドの並べられた大皿と飲み物の入った紙コップが置かれている。

 

 

「うむ、美味しいなヤイバ!!」

 

 

十香がもっしゃもっしゃとごうかいにサンドイッチを咀嚼して、満面の笑みを浮かべる。

なんとも美味しそうに食べるな。

対して四糸乃は、小さな口で少しずつサンドイッチを齧り、こくんとうなずいた。

 

 

「美味しい……です」

「そりゃよかった」

 

 

しかし……琴里がなぁ。

俺の真向かいに座り、つまらなさそうに手と足を組んでいる。

先ほどからまったくサンドイッチに手を付けていない。

 

琴里がまたも飲み物に口を付け、それに咽せたかのように数度咳き込んだ。

 

 

「ッ、けほっ、けほっ……」

「大丈夫か!?」

「……えぇ、少し気管に入っただけよ」

 

 

言うと、琴里は足を崩し、席を立った。

本当に大丈夫なのか?

発作が出たんじゃないのか?

怪しい……

琴里が少し離れたのを確認して、『絶』で気配を消す。

 

 

「少し待ってろ。俺もトイレに行ってくる」

「うむ」

「はい」

 

 

十香と四糸乃に言い、尾行をする。

 

そして、琴里が止まるのを確認した。

場所は……自動販売機の裏だ。

そこはポケットのような空間だった。

何も、なかった。

そこに、二人の人間がいた。

 

琴里と令音だった。

令音は黒い鞄から何かを取り出していた。

琴里は―――壁にもたれかかって、苦しそうに息をしていた。

 

その場から琴里の元に向かいそうになる。

だが、耐える。

 

 

「……大丈夫かい、琴里」

「えぇ……なんとかね。でも、危なかったわ。―――お願い」

 

 

琴里が片腕を令音に差し出す。

しかし令音は、躊躇うように唇を噛んだ。

 

 

「……今朝の辞典でもう既に、通常の五十倍もの両を投与しているんだ。これ以上は命の関わる恐れがある」

「ふふ……精霊化した今の私なら、薬物程度で死にはしないわよ」

 

 

令音が渋面を作る。

しかし琴里は、荒い呼吸の合間を縫うように口を開いた。

 

 

「……お願い。刃との……おにーちゃんとのデートなの」

 

 

それを聞いた俺は、その場から離れ―――ようとしたがとどまった。

そうか……そんな風に思っていてくれたのか。

 

 

「―――ね、お願い。もしかしたら、これが最後かもしれないの。もし失敗したなら、今日で、私は私でなくなる。―――その前に、おにーちゃんとのデートを、最後まで」

 

 

令音はしばしの間逡巡のようなものを見せたが……小さく息を吐くのと同時に、傍らに置いていた鞄の口を開け、中から、注射器を取り出した。

 

 

「……ありがとう。恩に着るわ」

「いや。しかし、これが最後だよ」

 

 

言いながら、令音が琴里の左腕を取り、注射針を刺す。

すると数瞬あと、琴里が大きく吐いた。

段々と呼吸が落ち着いていくのがわかった。

顔色も良くなった。

それを確認した俺は、その場から離れた。

 

あーあ……

あんなの見せられたら、ねぇ。

最高の一日にしてやるしかねぇじゃねぇか。

 



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第4話~精一杯~

―――アミューズエリア。

 

 

あの後、琴里と合流した俺は、琴里に着替えてアミューズエリアに来るように言った。

せっかく、アトラクションもあるのにもったいないからな。

それに、最初で最後のデートになるかもしれないしな。

 

お、向こうから琴里が来たようだ。

 

 

「よし、琴里。フリーフォールに乗るぞ」

「はぁ……わかったわよ」

 

 

いやいや……かもしれないが、同意してくれた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「なかなかだったな。琴里、次は何に乗る?」

 

 

巨大フリーフォールを堪能した俺は、琴里の手を引いたまま歩き出す。

 

 

「ちょ……ちょっと待ちなさいよ」

 

 

髪が乱れに乱れた琴里が声を挙げながら足を踏ん張る。

 

 

「なんだ?どうかしたか?」

「どうかしたかじゃないわよ……っ!!ちゃんと説明しなさい、説明を!!」

 

 

まったく何興奮してるんだが。

まぁ着替えを終えて出てきた琴里を有無を言わさずに絶叫マシンに乗せたらこうもなるか。

 

 

「説明?さっきしなかったっけ。せっかくアトラクションもあるんだ、楽しまなきゃ損だろう」

「た、確かにそうね……」

 

 

どうやら納得してくれたようだ。

琴里のことだから合理性とかも考えたんだろうけど。

 

 

「まぁそんなことより、次はあれに乗るか」

「そうなこと!?そんなことで片付けられるかっ!!」

 

 

ぐちぐちやっていてもしょうがないので、手を引いて連れて行く。

次はジェットコースターだぜ。

 

その次はゴーカート。

 

次から次へと乗り物になっていく。

 

 

「はふぅ……っ」

 

 

そんな息を吐いて、琴里がベンチの上に身体を投げだした。

確かに疲れただろうな。

なんせ、アミューズエリアのアトラクションを制覇しそうな勢いだもんな。

とにかく遊んで遊んで遊びまくった。

 

 

「あー……正直舐めてた。結構楽しいわ」

「ふん、子供なんだから。高校卒業までにはおしめが取れるといいわね」

「スプラッシュコースターではしゃでいたのは誰だっけ?」

「な、なんですって!?」

 

 

琴里は不満げに声を上げたが、すぐにはぁ、と息を吐いて姿勢を元にもどした。

 

 

「ふん……いいわ、疲れたし。それに……まぁ、つまらなくはなかったし」

「そりゃよかった」

 

 

うーん、楽しんでもらってよかった。

 

 

「しかし……遊園地なんて来たのはいつ以来だ?」

「五年前よ」

「ほぇ?」

 

 

即座に琴里が答えたので、素っ頓狂な声が出てしまった。

琴里は一瞬ハッとした声を作ったが、もう遅い。

言ってしまったものはしょうがないといった調子で、言葉を続けてきた。

 

 

「家族みんなで遊園地に行ったのは、五年前が最後。それからは一度も行ってないわ」

「五年前ねぇ……」

 

 

さすがに疑いたくなる。

五年間一度も遊園地に来ていない。

さすがにおかしくないか?

一度くらい来てもいいだろうに。

確か両親は二人そろって大手のエレクトロニクス企業に勤めている。

気になるな……

もしかしてDEM社じゃないだろうな……

 

あと気になるのがもう一つ。

本当に琴里の意思で折紙の両親を殺したのかだ。

俺の予想ではまずありえない。

精霊の力が制御不能になったのだろう。

だが、聞かないと真実は分らない。

 

 

「―――琴里」

「え、あの、その……もしかして」

「琴里」

「ふぁ、ふぁい……っ!!」

 

 

もう一度名前を呼ぶと、間の抜けた声を返してきた。

 

 

「や、刃……?その、せ、せめてもう少し、ひとけのない場所に行かない?」

「なんで?」

「な、なんでって……」

 

 

琴里が、辺りを見回すように首を動かす。

確かに周りには数名の人が確認できるが、話が聞こえるような距離ではない。

そこまで気にすることではないと思うのだが。

 

 

「ここでいいだろう」

「っ……!!」

 

 

琴里がさらに赤い顔をさらに赤くして、声にならない叫びを上げた。

 

 

「あのな、琴里」

「……!!な、なに……?」

「訊きたいことがあるんだけど」

「き、キスしたいとかそんなはっきり……て、え?」

「む?」

 

 

俺と琴里はキョトンと目を見合わせる。

 

 

「今なんと?」

「う、うるさい!!気にするなっ!!何よ!!訊きたいことって。早く言いなさいよ!!」

「お、おぅ……」

 

 

なんだっていうんだ……

なんてね。

わはは、おもしろい反応だ。

 

 

「あのさ、琴里。五年前―――」

 

 

言いかけた瞬間だった。

周りの音が遠くなる。

これは……ASTの随意領域か?

 

次いで、上方から琴里のいる場所に、ミサイルが落ちてきた。

させねぇよ。

『万華鏡写輪眼』を開眼する。

 

 

「―――天照」

 

 

随意領域を黒炎で燃やし破る。

そして琴里の前に立つ。

後ろから何か聞こえるがこの際は無視だ。

そして、

 

 

「―――須佐能乎」

 

 

琴里ごと包み、完全にミサイルを無力化する。

そして、後ろに振り返る。

 

 

「無事か?琴里」

「おかげさまでね……その眼、それに何なのこれ?」

 

 

須佐能乎を見上げて、不思議そうな声を出す琴里。

その身には、霊装を纏っていた。

 

もうこの眼についても説明しておくか。

 

 

「この眼は『万華鏡写輪眼』。魔眼とでも思っとけ。この俺たちを守っているのは須佐能乎。『万華鏡写輪眼』の能力の一つだ」

「そう……わかったわ」

 

 

頭に手を当てながら返事をしてきた。

 

さて、こんなふざけたことをしてくれたのは誰かな?

まぁだいたい予想はつくけど。

 

 

「―――刃。ここは危険。離れていて」

「ハッ!!誰にモノ言ってんだ折紙ィ!!」

 

 

ワイヤリングスーツにCR-ユニットを身に纏った折紙が襲撃者だ。

だが、装備は若干―――いや、かなりゴツゴツしていた。

身体を包み込むような形をしている、巨大なユニットだ。

背にはいくつものミサイルポッドやコンテナらしきパーツがずらりと備え付けられている。

そこから伸びた両腕パーツからは、長大な光の刃を顕現させた大型レイザーブレイドが、そしてその外側には戦艦の主砲のような巨大な砲門が二門ある。

 

まるで武器庫のようだ。

 

 

「「「「「う―――わぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁッ!?」」」」」

 

 

一拍おいてやっと、しゅういの 客が異常事態に気付いたらしい。

危機察知能力が低すぎだろ。

 

 

「折紙ィ、おまえ今何したかわかってんのかァ?」

 

 

少しキレ気味に問う。

 

 

「―――五河琴里を殺そうとした」

「ククク……アッハハハハハァ!!」

「ちょっと、刃……?」

 

 

琴里が心配そうに俺に声をかけてくる。

俺からしてみれば琴里の容体の方が心配なんだが。

 

 

「ちょっと待ってろ。さくっと折紙潰してからキスしに来るから」

「ちょ、き、キスって!?」

 

 

琴里にそう言い、折紙と向き直る。

 

 

「さて、そういうわけだから。ちょっと力出すけどいいよね?答えは聞いてないけどォ」

 

 

須佐能乎を解き、そのまま『万華鏡写輪眼』も解く。

 

 

「さぁ、朱蓮!!久しぶりの出番だぞ!!」

『お?やっとかい!!まってたぜ!!』

 

 

朱蓮が俺の呼びかけに反応する。

 

 

「―――禁手」

 

『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!』

 

 

久しぶりだ。

この世界に来ては初めての禁手だ。

 

 

「『赤龍帝の龍刀』の禁手だ。手加減は難しい。精々死ぬなよ」

 

 

さぁ、楽しい楽しい調教(デート)の始まりだ。

 




すいません今回は短めです。
次回はものすごく長くなる予定です。
といっても、一万文字以内ですが。


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第5話~妹との・・・~

今回から、書き方を変更します。
徐々に全て直していきます。
内容に変化はないので、気にしなくても大丈夫です。


この世界で初めて禁手した俺は、久しぶりの鎧の感触を確かめいていた。

鎧なのにまったく重さが感じない。

動きやすい。

防御力もある。

よし、今まで通りだ。

 

 

「初手だ、くらえ」

 

『BoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoostBoost』

 

 

朱蓮を振りぬき、斬撃を飛ばす。

連続で三回だ。

それに倍化した力を付与して、斬撃の速度と大きさを底上げする。

 

 

「うぐぅ!?」

 

 

もちろん、折紙の装備程度では防げるわけがない。

折紙は三回すべての斬撃をもろにくらった。

だが、せめてもの抵抗なのか、ミサイルで弾幕を張ってきた。

 

 

「ククク、この程度の弾幕ならまだチルノの弾幕のがマシだぞ」

 

 

右手を掲げ、魔力を一気に放出して弾幕を全て起爆させる。

もちろん、俺は一撃もくらっていない。

 

 

「あっれェ?あんなにいきがってたのにどォしたんだァ?」

「ごほっ……私はあなたと戦うためにここに来たわけではない。五河琴里―――精霊・〈イフリート〉を殺しに来ただけ。だから、邪魔しないで」

「ふざけるのもいい加減にしてくれないか?目の前で我が愛しの妹、琴里を殺そうとしている奴を見逃すほど俺はやさしくないぞ」

 

 

妹が殺されそうになっているのに何もしないお兄ちゃんはいないだろう。

そうだろう?

 

 

「―――指向性随意領域・展開!!座標固定(二二三・四三九・三六)……ッ!!」

 

 

折紙が文言を唱えた。

すると、俺の周囲に球状の結界が形作られた。

 

 

「へぇ……」

 

 

折紙がミサイルを放った。

それはすべて俺に向かってくる。

結界をすり抜け、そして俺に当たる―――と思った?

だが、爆炎と爆風は結界内で暴れまくっていた。

あっつ……い。

一切爆風が漏れないで結界内で暴れまくるのはちょっとキツいな。

 

 

「はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ」

 

 

よほど脳を酷使しているのだろう、折紙は顔にびっしり汗を浮かべ、肩を揺らしながら呼吸をする。

それと同時に俺の周りに張られていた結界が空気に溶け、中に蟠っていた煙が捕捉たなびいて消えた。

 

 

「ハッハー!!まったく、息苦しいんだからさっさと解いてほしかったぜ」

「う、嘘」

 

 

珍しく折紙が驚いている。

だが、俺が服をパタパタ叩いているのを確認すると、特攻してきた。

 

 

「〈クリーヴリーフ〉―――解除・展開!!」

 

 

折紙が叫ぶと同時、レイザーブレイドの刃が本体から射出され、光の帯となって俺の身体に絡み付いた。

 

 

「なんだこれ?」

「指向随意領域―――展開!!」

 

 

折紙が再びその文言を唱えると、また俺の周囲に球状の結界が生成される。

 

今度もミサイルだろう。

だが、その予想は外れた。

 

折紙が身をよじると、ウェポンコンテナの両端に備えられていた巨大な砲門を俺に向け―――

 

 

「討伐せよ―――〈ブラスターク〉!!」

 

 

俺、討伐されちゃうの(笑)?

 

その声と同時に、至近距離から、魔力光の奔流が放たれた。

 

 

「おっと」

 

 

青白い光だ。

現代の兵器にしてはかなりの威力だろう。

だが、神器と比べるとどうも見劣りする。

 

朱蓮を軽く振り回し、光線を全て霧散させる。

 

 

「な―――」

 

 

折紙が驚愕に顔を歪める。

 

 

「そんな風に驚いていていいのか?」

「え―――」

 

 

折紙の背後に移動し、声をかける。

折紙はレイザーブレイドを構え、斬りかかろうとする。

だがもう遅い。

 

 

「吹き飛びな!!」

 

 

純粋な脚力だけだが、本気で蹴り飛ばす。

 

 

「がっ!!」

 

 

地面を何回かバウンドしながら、面白いように吹き飛んで行った。

しかし、あんなゴツい装備してるのにたいしたことがなさすぎる。

あれか?

脳のキャパシティが足りませんよーってか?

まさか身体を魔力処理して使うのが前提なのか?

どちらにしろ、ろくでもない装備だ。

 

 

「折紙ィ、どうしたんださっきまでの威勢は。その程度か、その程度で俺の可愛い妹を殺そうとしたのか。ん?なんだ、死んじまったのか?」

 

 

視線を折紙が吹き飛んで行った方から、琴里に移す。

 

 

「うし、さくっとキスするぞ」

「さくっと、てなによ!!」

「まぁまぁ―――」

 

 

琴里を守っていた結界を解いた瞬間だった。

 

 

「え―――」

 

 

俺の背後から光線が放たれ、そのまま琴里に当たる。

折紙はまだ生きてたか……

気絶すらしてなかったんだ。

 

 

「やっと隙ができた。五年前、今から五年前。天宮市南甲町に住んでいた私の両親は、炎の精霊―――あなたの手で殺された。あなたは、私の目の前で、二人を灼いた……ッ!!忘れるものか。絶対に、忘れるものか。だから殺す……私が殺す。あなたを殺す!!〈イフリート〉ッ!!」

 

 

裂帛の気合とともに、琴里の身体が吹き飛ばされる。

 

わけがないだろう。

 

琴里は今の話を聞いて、力が抜けきっていた。

さすがの精霊モードでも、くらったら痛いだろう。

だったら、くらうまえに、俺が反撃すればいいじゃない。

 

 

「させるわけないだろ」

「う―――」

 

 

今度は殴る。

純粋な腕力だけで、殴り飛ばす。

またもや、面白いように吹き飛んでいく。

 

 

「はぁ……何言ってんだか。炎の精霊が琴里だけなわけがないだろうに」

「え……?」

 

 

琴里が反応した。

顔を上げ、俺を見上げている。

目には涙が少しだけ見て取れた。

 

 

「そりゃそうだろ。炎の精霊なんてありふれているぞ。まぁ琴里はその中でもかなり特殊だろうけど。再生能力があるところから見ると、俺は不死鳥(フェニックス)じゃないかって疑ったぞ」

「不死鳥……?そんなわけないないよ。それに空想の生物はこの世にいるわけがないし」

 

 

琴里の言葉使いが乱れてるな。

よほど気にしているのだろう。

 

 

「精霊も空想の生物じゃないのか?」

「あ―――」

「だろ?だからな、この世界にはいるかもしれない。精霊以外の空想の生物が。まぁ可能性の話だ」

 

 

琴里は下にうつむいて考え込んだ。

 

 

「今度は、外さない。―――指向性随意領域・展開!!」

 

 

復活したのか、折紙が再び結界を発動させた。

対象を守るためではなく、閉じ込め、致命的な攻撃を加えるための殺意の檻。

だがまぁ、この程度ならどうにでもなる。

 

 

「随意領域凝縮……〈ホワイト・リコリス〉、臨界駆動……!!」

 

 

折紙が巨砲を俺たちに向ける。

だが、チャージに数秒かかるようだ。

今のうちに済ませるか。

 

 

「―――琴里」

「え―――」

 

 

琴里の顔を両手で俺の顔に向ける。

 

 

「キス、いいか?」

「ふぇ!?い、今!?」

「そうだ、今だ」

「ちょ、ちょっと待って!!こ、心の準備が―――」

 

 

そこから先は聞かない。

琴里の唇の俺の唇を合わせる。

その瞬間、琴里から何かが流れ込んできた。

精霊の力だろう。

そして、それと同時に記憶が流れ込んでくる。

これは……五年前の記憶か。

とりあえず、今はいいだろう。

 

 

「好きだぞ、琴里」

「うん、おにーちゃん」

 

 

琴里は頬を染めながらうなずいて返してくれた。

 

折紙に視線を移す。

 

 

「さて、琴里はこれで人間に戻ったぞ折紙―――」

 

 

一度そこで切り、甲種言霊を使い、発言する。

 

 

「『攻撃をやめろ』、そして―――『跪け』」

「ぐ―――」

 

 

〈ホワイト・リコリス〉にチャージされていた光がすべて霧散する。

そして、折紙がその場に跪いた。

 

 

「一つ、面白いことを教えてやろう。琴里は元々は人間だ。精霊によって精霊にされた。それがちょうど五年前だ」

「それがなに?」

 

 

抑揚のない声で訊き返してくる。

 

 

「それでな、琴里が精霊の力を手に入れて、封印するまでは―――近くには俺ともう一人いなかったんだよ」

「そんなわけ―――」

「ないはずないだろ。火災の中に誰が好んで入る?あとな、そのもう一人は―――精霊だよ。琴里だまして精霊にした者。そうだよ、琴里を苦しめた忌々しい精霊がな!!」

「そんな言葉を……信じろというの?」

「信じる信じないはおまえの自由だが……どうなっても知らないぞ?」

「……っ」

 

 

殺気を乗せながら言う。

 

そして、その瞬間だった。

折紙が顔を苦悶の表情に歪めた。

そして、光の刃にノイズが走り、背負っていたウェポンコンテナや砲門が、重さを取り戻したように地面に落ちようとしている。

 

甲種言霊のせいで無理やり折紙が背負っている状態だな。

 

 

「く……活動……限界?そんな。こんなところで―――」

 

 

折紙はもがく。

もがいてもがいてもがき続ける。

 

だが、そんなもの甲種言霊で縛り上げたのだから意味をなさない。

 

 

「折紙、あと一つ。あまり力を求め過ぎるな。身を滅ぼすぞ。人の身で使っていい力は限られている。それを超えると―――人ではなくなるぞ」

「う……」

 

 

俺の言葉を最後まで聞き、折紙は気絶した。

甲種言霊を解き、折紙を寝かせる。

後はしらん。

 

 

「さぁ、帰ろうか。琴里」

「うん、おにーちゃん」

 

 

黒いリボンのままだが、俺のことをお兄ちゃんと呼んでくれた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「令音、琴里の様子は?」

 

 

〈フラクシナス〉の医務室から艦橋に戻ってきた令音に声をかけると、令音は小さく首肯をしてきた。

 

 

「……あぁ、心配ないよ。すぐに目覚めるだろう」

「そうか……」

 

 

俺は安堵の域を吐き出す。

あのあとすぐ、〈フラクシナス〉に転移した。

すぐに、令音が琴里を医務室に連れて行ったのだが、どうやら異常はないらしい。

 

 

「あぁ、それと、折紙はどうなるんだ?」

 

 

結局、あのあとすぐに他のAST隊員が飛んできて、折紙を拘束、回収していった。

折紙、ザマァ(笑)

 

 

「……ん、まぁ、あれだけのことをしでかしたんだ。いのちまで取られはしないだろうが……退役させられ、二度と顕現装置を触れることができなるかもしれないな」

「だといいのだがな」

「……どういうことだい?」

「いやなに、DEMのお偉いさんが目をつけないかなと。なんせ、〈ホワイト・リコリス〉を魔力処理せずにあそこまで扱ったんだ。お偉いさんが目をつけて、スカウトしないかな、と」

「……あり得ない話ではないね」

 

 

令音は物わかりがいいな。

 

 

「んじゃ、俺はそろそろ帰る。十香と四糸乃も腹を空かせてるだろうし」

 

 

十香と四糸乃は五河家で待機してもらっていた。

どうせ夕飯は俺が作るからな。

 

 

「……ん、そうだね。彼女らも琴里の心配をしているだろうし、安心させてやりたまえ」

 

 

令音も依存ないといった調子でゆっくりと首を縦に振った。

 

 

「琴里のこと、頼むぞ」

「……あぁ、任せておいてくれ。―――と、そうだ、ヤイバ」

 

 

俺が艦橋を出ようとしたところで、令音が背に声をかけてきた。

そのまま、深く頭を下げてきた。

何事?

 

 

「……すまなかった」

「一体何のことだ?」

 

 

またくわからない。

今日は琴里とデートできてものすごく楽しかったのだが。

 

 

「……今日のけんに関しては、完全に私の判断ミスだ。要らぬ気を回し、結果君たちを危険に晒してしまった。……本当にすまない」

 

 

一体何の判断をミスしたんだ?

あ、もしかして……

 

 

「十香と四糸乃を連れていかせたことか?」

 

 

俺がそう言うと、令音はふっと顔を上げて首を横に振った。

 

 

「……確かにそれもある。―――が、私が致命的に読み違えたのは、もっと前のことだ」

「え?」

 

 

予想外だ。

 

 

「それじゃあ、一体に何をミスしたんだ?」

 

 

怪訝そうに訊く。

すると、令音はゆっくりとした足取りで自分の席に腰掛け、慣れた手つきで手元のコンソールを操作し始めた。

 

 

「……本当なら、そもそも狂のデート自体をするべきではなかったんだ。一昨日―――キスしてしまった方が、安全に琴里の力を封印することができた。……ただ、あまりにも琴里が今日のデートを楽しみにしていたものだから、言いだすことができなかったんだ。……本当に、すまない」

「いやいや、俺も琴里とデートしたかったし。それに好感度もあるんじゃないか?」

 

 

令音や琴里がキスによって精霊の力を封印するには、一定以上の好感度が必要だと言っていた。

 

と、そこでモニタに、奇妙な画面が表示された。

見覚えのある画面だ。

確か、精霊の好感度を時間ごとに表した折れ線グラフだ。

 

だが、すごいことに気づいた。

画面の 一番上の枠に沿うように、真っ直ぐに伸びていたのだ。

 

 

「うれしいな」

「……琴里の、君に対する好感度の推移さ」

 

 

言って、令音が椅子の向きを俺の方に変えながら、モニタを示してくる。

 

 

「……琴里のモニタリングを初めてから二日間。その間、好感度数値はまったく変化していなかったんだ。最初からマックス状態で……一度もね」

「ははは、うれしい限りだ」

 

 

令音が、こくんとうなずく。

 

 

「……最後に言っていたじゃないか。ヤイバが「好きだぞ、琴里」と言ったのに対して、「うん、おにーちゃん」とね」

「うれしいぜ、まったく」

 

 

俺がうんうん、とうなずいているときだった。

 

 

「う……ッ、うがあああああああああああああああああああああッ!!」

 

 

こうしたところで、背後から何者かに蹴りを入れられた。

そしてそのまま慣性に従ったところ、令音の胸元に顔からダイブした。

 

 

「……ん?」

 

 

令音が視線を下に落とし、不思議そうに言ってくる。

 

 

「おっと、なかなかで。お邪魔したな」

「……ん、また来たまえ」

 

 

また言っていいんですか!?

ぜひお願いしたいですね。

 

後方に振り向く。

すると、そこには病衣の上に軍服のジャケットを羽織った琴里が、顔を真っ赤にしながら立っていた。

 

 

「おぅ、目が覚めたか」

「そんなのいいから今のを忘れなさい!!そんな数値ミスに決まっているんだから!!」

「……そんなことはないぞ。装置にも問題はなかったし、私の「『ラ・プュセル』限定のミルクシュークリーム十個!!」…すまないヤイバ、計器の故障だったかもしれない」

 

 

琴里が叫ぶと、令音は一瞬で前言を翻して俺の方に目を向けてきた。

変わり身早いな。

 

 

「そんなことより、身体は大丈夫か?まだ寝てた方がいいんじゃないか?」

「ふん、そんな暇はないわ。すぐに資料を作成しないと」

「資料か……でもそんなことより、琴里の体調のが心配だぞ」

「それでもよ」

 

 

琴里はキッと視線を鋭くすると、ジャケットの内ポケットからチュッパチャプスを取り出し、口に放り込んだ。

そしてその棒をピンを立てながら続けた。

 

 

「ようやく―――思い出したんだもの。五年前、私に精霊の力を与えた存在のことを。明日また目覚めた時、再び記憶が消されてる可能性がゼロでない以上、私と刃の頭の中意外に記録しておく必要があるわ」

「そか、頑張れよ。だが、あまり無理はするなよ」

「善処するわ」

 

 

琴里はひらひらと手を振って艦長席に歩いていくと、そこのコンソールから小さな記録媒体を取り出し、入ってきた扉の方に足を向けた。

だが、その途中で歩みが止まった。

 

そして、首を少しだけ―――俺の位置からでは表情がギリギリ窺えないくらいまで回すと、小さな声を発してきた。

 

 

「ねぇ、刃。……私の霊力を封印した後に言ったこと……本当?」

 

 

ちょっとイジってやるか。

 

 

「いや、嘘だ」

「そう、よね。ごめんなさい、変なこと聞いたわね」

 

 

少し、いや、かなりがっかりしたように肩を落とした。

 

 

「愛してるぞ、琴里」

「にゃっ!?」

 

 

変な声を出して、肩を震わせ、落ち着かない様子で指をわきわきと動かす。

 

 

「え、あ、そ、その……わ、私―――」

「もちろん、女としてもだが」

「きゅぅ……」

「お、おい。琴里?」

 

 

琴里がそのばに崩れ落ちそうになるのを抱きかかえて防ぐ。

 

 

「気絶してる……はぁ、やれやれだぜ」

 

 

琴里って、意外に初心?

 




今回で4章は終了です。


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第5章 八舞テンペスト
第1話~嵐の双子~


「ふぁぁぁ……なんだ?終わったのか……」

 

 

チャイムの音が聞こえて、目が覚めた俺は辺りを見回した。

今は期末試験の最中だった。

初めの十分で全て回答し終えた俺は、時間いっぱい寝ていた。

 

 

「はいはーい、ダレてちゃ駄目ですよぉ。うしろから答案を集めてくださーい」

 

 

パン、パンとてを叩き、教卓の前に立っているタマちゃんが声をあげる。

 

クラスメートたちはゾンビのような挙動で身を起こすと、順にテストを前の席へ送っていった。

 

いつもよりクラスメートのゾンビ率が高かったような気がした。

だが、それも当然と言えるだろう。

 

ただでさえ範囲が広い期末考査なのに、この学校の生徒だちは、つい数日前まで、集団で病院送りになっていたのだから。

 

先月末、来禅高校にいた生徒・教師が皆意識不明に陥るという事件があった。

 

徹底的なガス管や建材、あとはガスを発する異物等の件さの末、休校は解除されたが……無慈悲なことに、期末試験の日程は一日も動かなっかたのだ。

ここの教師は鬼か。

 

 

「ははは」

 

 

プリントの束に答案を載せて前に送る際に、右隣の席に座った少女の姿が目に入った。

机にびたー、と突っ伏している。

 

 

「おいおい、大丈夫か?十香」

「う、うむ……」

 

 

俺が話をかけると、十香がゆらりと、顔を上げた。

 

 

「どうだったんだ?」

「む……むぅ、まぁまぁだ」

 

 

十香が疲れた果てた顔で、ひらひらと手を振ってくる。

今までは答案用紙に落書きをしていただけだった。

もちろん、点数は令音がチョチョイのチョイとね。

だが、俺にテストに意味を聞いてから、自分で頑張ってみると勉強を始めたのだ。

えらいなぁ……

絶対に俺だったらそんなことはしない。

 

 

「はい、ではこれで、一学期末テストは全教科終了です。皆さんお疲れ様でした」

 

 

タマちゃんが声を上げる。

教室中から歓声と放念の息が漏れた。

俺も変な体勢で寝ていたから首と肩が痛い。

 

 

「でも、今日はまだ決めることが残ってますから、帰っちゃだめですよぉ?」

 

 

タマちゃんは念を押すように言うと、答案の束を整えて、教室から出て行った。

そして、それと合わせるように、カッサカサになった十香がゆらゆらち椅子から立ち上がった。

 

 

「ヤイバ……少し、水を飲んでくる」

「大丈夫かよ……」

「うむ……心配するな。少し疲れただけだ」

 

 

十香はふらふらしながら教室を横切り、扉を開けて廊下へと出て行った。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「はいはーい、皆さん席に着いてくださぁい。ホームルームを始めますよぉ」

 

 

ふと思ったんだが、ここまでふわふわな教師も滅多にいないのではないだろうか?

 

 

「さ、孵りのホームルームを始めまぁす。でも、その前に決めておかないといけないことがあるんですよねぇ」

「はーい、何を決めるんですかー?」

 

 

殿町が手を高く挙げて、質問を投げた。

タマちゃんは小さくうなずいてから小さく声を続けた。

 

 

「修学旅行の部屋割りと、飛行機の席順ですよぉ」

「うわぁ……」

 

 

確か、七月の半ば―――夏休み直前のクソ暑い時期に、クソ暑い沖縄への沖縄旅行に行くのだ。

時期考えようぜ……

熱中症で何人かノックアウトするぞ。

 

クラスメートの三分の一が「あー……そういえば」とうなずいていた。

忘れてたな、うん。

 

 

「うふふ、みんな忘れんぼさんですねぇ。さ、じゃ早いところ―――っと、そうだ」

 

 

タマちゃんが、何かを思い出したように眉を跳ね上げ、主席簿に挟んであったプリントを取り出した。

 

 

「その前に。―――今回の修学旅行、行先が変更になりました」

「「「「「―――え?」」」」」

 

 

クラス中の声が、見事に重なった。

修学旅行まであと半月程度しかないのに、そんな土壇場で行先が変更になるだなんてありえないからな。

 

 

「んん……まぁそうなりますよねぇ」

「えぇと、それで、どこに変更になったんですか?」

 

 

また殿町が質問を投げる。

確かに気になるだろう。

何しろ元の目的地は沖縄だからな。

通常の人間なら変更なんて聞かされたら発狂モノだろう。

 

青い海、白い砂浜、さーたーあんだぎーとちんすこうをかじりながらサンゴ礁とめんそーれな旅行のメッカなのだ。

この日のために水着を新調した女子だって少なくないはずだ。

これでもし海なしの県に変更にでもなったら、冗談抜きに暴動が起きるだろう。

 

そんな不穏な空気を肌で感じ取ったのか、タマちゃんがすこし上擦った声で続けた。

 

 

「だ、大丈夫ですよぉ。変更後の場所も、とっても素敵なところですから」

「だから、結局どこになったんですか?」

「えぇと……或美島です」

 

 

クラスの半分以上は知らないだろう。

実際、「あるびとー……」といなるような声を上げて、もう半分が首を傾げていた。

 

 

「或美島っていうと……確か伊豆の方だっけ?」

「なんだよ近場になってんじゃん。グレードダウンかよ」

「いや、そうとも言えないぞ。観光地としちゃ悪くない」

「はいはい!!静かにしてくださぁい」

 

 

騒がしくなったクラスを静めるように、タマちゃんがパンパンと手を叩いた。

 

クラスの面々は「まぁとりあえず海が無くならなかっただけでもよしとするか……」という総意の下、大人しくタマちゃんの指示に従った。

 

どれだけ海に行きたいんだよ……

 

 

「細かい部分の説明は改訂版のしおりができてから行いますので、とにかく今は部屋割りをきめちゃいましょぉ。好きな人同士で四、五人くらいの班を作ってくださぁい」

 

 

タマちゃんが指示を出すと、皆は一瞬周囲の様子を窺うように視線を巡らせてから、ガタガタと席を立ち、中の良いグループを作っていった。

 

俺の方にも、殿町が歩いてくる。

 

 

「おう五河、部屋組も―――」

「ヤイバ!!」

 

 

だが殿町の声は、右方からの叫びにかき消された。

十香が、目を輝かせて机から身を乗り出している。

 

 

「その部屋割りとやら、一緒に組むぞ!!」

「むぅん……」

 

 

俺が腕を組んで首を傾げると、十香は不思議そうに首を傾げた。

 

 

「ぬ?どうかしたのか?」

「いや、そうしたいのはやまやまなんだが、それはできそうにないな」

「なぜだ?五人一組なのだろう?ならば問題ないではないか」

「だ、駄目ですよ夜刀神さん。男子と女子は別々に組んでくださぁい!!」

 

 

会話が聞こえていたのだろう。、教卓からタマちゃんが叫んできた。

 

 

「むぅ……なぜだ?ヤイバと一緒がいいのだが」

「しょうがないさ、ルールみたいなもんだし」

 

 

タマちゃんは顔を真っ赤に染めてごにょごにょと口ごもった。

一体ナニを創造しているのだろう。

 

 

「あんま先生を困らせるなよ。とにかく、部屋は男女別じゃないといけない」

「ぬ……そうか」

 

 

十香は残念そうに肩を落とした。

が、すぐにバッと顔を上げる。

 

 

「そうだ!!」

「男装してもだめだぞ」

「ぬぅ……」

 

 

もう一度肩を落として、大人しくなった。

まったく……

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

七月十七日、月曜日。

飛行機に揺られることおよそ三時間。

俺たち来禅高校二年生一行は、太平洋に浮かぶ島に到着していた。

 

 

「お、おぉ……!!」

 

 

空港から出た十香が目をまん丸に見開いて両手をプルプルと震わせる。

それも仕方ないか。

何しろ今、彼女の視界には、首を動かさなければ把握しきれないほどの絶景が広がっていたのだから。

 

道路と砂浜の向こうに、大海が広がり、天と地を分けるように水平線が伸びている。

空は快晴で、太陽が燦々と降り注ぎ、海を美しいグラデーションに彩っていた。

 

 

「こ、これが……海か!!」

 

 

十香が叫んで、その大きさを測るかのように、両手をバッと広げた。

可愛いな。

 

それにしても体が痛い。

態勢がきつかったからな。

それに集合時間が早かったせいで、眠い。

 

十香は興奮気味に手をブンブンを振っているし。

 

 

「ぬ……?」

 

 

はしゃいでいた十香が、妙な声をだして辺りをキョロキョロと見回しだした。

気配だ……

 

 

「―――十香」

「……何か誰かに見られている気がしてな」

「あぁ……」

 

 

そう俺が相槌を打った瞬間だった。

カシャリという音がして、俺と十香をフラッシュの光が包んだ。

 

とっさに俺は光源であるカメラを掴み、そのまま握りつぶす。

 

カメラの持ち主を見る。

女……

ただの女じゃないな。

こいつの筋肉の付き方は殺しに特化した付き方だ。

 

淡い金髪に、東洋人をは違うはっきりとした目鼻。

それに白い肌。

 

 

「悪いな。内の家訓でな、不意に何かをされたら全て潰せと言われていてな」

「ハ、ハハハ、なら仕方ないですね。失敬。クロストラベルから派遣されてまいりました随行カメラマンのエレン・メイザースと申します。今日より三日間、皆さんの旅行記録を付けさせていただきます。―――先ほどは申し訳ありませんでした。カカメラの方は気になさらずに」

「そうだな……そうさせてもらおう」

 

 

自ら正体をバラしやがった。

DEM第二執行部部長にして、世界最強の魔術師。

その名は―――

 

エレン・ミラ・メイザース

 

ミドルネームのミラが抜けただけだからすぐにわかった。

こいつの動きには要注意だな。

 

 

「お邪魔しました。では」

 

 

エレンは一度ぺこりとお辞儀をして、皆の方に歩いていった。

 

 

「十香……」

「む、なんだ?」

「あいつのは気をつけろ」

「何かあるのか?」

「あいつはASTよりやっかいなDEMのとこの奴だ。あいつは精霊を単体で殺せる力がある。まぁ『神使』化した十香が精霊の力を全開にすれば楽勝だろうが……できるだけ相手にするな。いいな?」

「う、うむ。ヤイバがそう言うならそうしよう」

 

 

素直でよかった……

ここで戦ってみたいとかなったら面倒だからな。

 

 

「まだ視線が残ってるな……」

「やはりそうか……」

 

 

一体何なんだ?

 

そういえば周りに誰もいないんだが……

 

 

「置いてかれたのか……?はぁ……急ぐぞ十香」

 

 

話し込んでいたせいですっかり置いてかれてしまった。

 

 

「うむ、そうだな」

「確かこっちだ」

 

 

頭に叩き込んだ地図を思い出しながら、分かれ道を左に進む。最初に向かう資料館はこっちだった。

 

 

「ぬ……?」

 

 

横にいる十香が怪訝そうな声を出す。

空を見上げていた。

 

 

「何だ―――」

 

 

そこから先は言葉が出なかった。

十香につられて空を見たのだが……

あれほど綺麗に晴れ渡っていた空に、灰色の雲が渦巻き始めていたのだ。

 

そして段々と、ものすごい速さで、あたりの様子が様変わりしていく。

快晴が暗雲に。

凪は烈風に。

穏やかな水面は荒れ狂う大波に。

 

一分もかからない出来事だ。

 

台風ですか……?

もの凄い暴風だ。

 

 

「結」

 

 

結界で俺と十香を守る。

 

それにしてもどうしようか?

資料館に行くか?

無理だ。

こんな状態で行ったら俺何者?

みたいな感じになる。

 

……あれ?

 

荒れ狂う空の中心に二つの人影が見えた。

あ、精霊の仕業ですか。

ならさっさと、さくっと解決しなければ。

 

と、思ったその矢先にだ。

上空で幾度なく激突を繰り返していた二つの影が、一際大きな衝撃波を伴ってぶつかりあう。

そして、互いに弾き飛ばされるように地面に落下した。

 

ちょうど、俺と十香をはさんで右と左に。

 

 

「うわぁ……」

 

 

最悪でもないか。

でもさ、なんか嵐の中心に入ってしまったみたいだ。

なんだか台風の目みたいだ。

 

 

「く、くくくくく……」

 

 

右手から、長い髪を結い上げた少女が、不敵に笑いながら歩み出てきた。

歳は十香たちと変わらないだろう。

 

橙色の髪に、水銀色の瞳。

整った造作の面は、しかし今嘲笑めいた笑みの形に歪められている。

装いは暗色の外套を纏い、身体を各所を、ベルトのようなもので絞めつけている。

おまけに右手右足と首に錠が施され、そこから先の引き千切られた鎖が伸びているときた。

 

咎人かマゾヒストみたいだな。

 

 

「―――やるではないか、夕弦。さすがわ我が半身と言っておこう。この我と二十五勝二十五敗四十九分けで戦績を分けているだけのことはある。だが―――それも今日で終いだ」

 

 

なんか中二臭い言葉づかいだ。

 

今度はそれに応ずるように、左側から人華げが進み出てくる。

 

 

「反論。この百戦目を制するのは、耶倶矢ではなく夕弦です」

 

 

こちらは、長い髪を三つ編みに括った少女だ。

耶倶矢とうり二つの顔だ。

表情はどこか気怠そうな半眼に彩られている。

 

夕弦もデザインは異なるが、耶倶矢と似たような拘束服を身に纏っていた。

錠の位置は、首に左手左足と、夕弦の反対側になっている。

 

 

「ふ、ほざきおるわ。いい加減、真なる八舞に相応しき精霊は我と認めたらどうだ?」

「否定。生き残るのは夕弦です。耶倶矢に八舞の名は相応しくありません」

「ふ……無駄なあがきよ。我が未来視の魔眼にはとうに見えておるのだ。次の一撃で、我が―――」

 

 

などと、ものすごーく、訳のわからないことを話していた。

 

しばらくすると、場が動いた。

 

 

「漆黒に沈め!!はぁぁッ!!」

「突進。えいやー」

 

 

もの凄く気合の入った声と、気の抜けた声とともに、全く同時に地を蹴った。

この時を待っていたぞ!!

 

 

「はい、そこまでー。『跪け』」

「な―――」

「驚愕」

 

 

甲種言霊で夕弦と耶倶矢を跪つかせる。

 

 

「何、これ……えぇと、そう―――」

「『黙れ』」

「ひぐぅ!?」

 

 

耶倶矢が長くなりそうだから黙らせる。

 

 

「質問。貴方は何者ですか?」

 

 

夕弦が俺に訊いてきた。

 

 

「ん?ただ万能なだけの人外、神浄刃。今は五河刃だよ。よろしくね」

 

 

夕弦は何を言っているかわからないといった様子だ。

 

 

「おまえら少し周りのことも考えろ」

「む、むぐぅ、むぅ……」

「疑問。何故ですか?」

 

 

何故って……

ねぇ?

 

 

「つか、だいたい何かもめてんだったらもっと平和的に解決しろよ」

 

 

そう言い、甲種言霊を解く。

すると、それを確認できたのか二人がすぐに立ち上がった。

 

 

「い、いきなりなにするんだし!!」

「同意。もうすこしレディに対しての対応を考えるべきでは?」

 

 

こいつら何馬鹿なこと言っているんだ?

 

 

「だいたいお前らが暴れてたのが悪いんだろ?」

「ぐぅ……」

「……………」

 

 

反論できませんか。

 

少し二人が考え込む。

すると、耶倶矢が何かを思いついたようで、イイ顔をしながら口を開いた。

 

 

「くく……よい方法を思いついたぞ、夕弦よ。我と貴様は様々な勝負をしてきた。それこそ、もう思い当たる種目がなくなるくらいにな」

 

 

歌劇でも演ずるように大仰な身振りをしながら耶倶矢が続ける。

 

 

「だが……一つ、まだ勝敗を決していないものがあると思わぬか?」

「疑問。勝敗を決していないもの、とは?」

 

 

夕弦が首を傾げると、耶倶矢がくくく、と含み笑いをを漏らし、俺を一瞥する。

うわぁ……

面倒事の予感。

 



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第2話~大浴場?・・・大欲情~

無事に資料館に着いた。

無事と言えるかはわからないが……

 

だが、一つ問題ができた。

 

 

「どうだ刃。夕弦などより我の方が魅力的であろ?我を選んだならば、我の身体の好きな場所に契約の口づけをさせてやるぞ?」

「誘惑。夕弦を選んでください。いいことをしてあげます。もうすんごいです。耶倶矢なんて目じゃありません」

 

 

左右それぞれに、夕弦と耶倶矢が来禅高校の制服を着て、俺の身体に触れながら誘惑してくるんです。

 

あの後、魅力に関しての勝敗が決まってない、と言いだして、俺がその判断材料になったわけだ。

そう決めたあとも、ぐちぐち揉めていたが、俺と十香は晴れ渡った空をみて和んでいた。

 

そして、今一番キツイのが、クラスメートからの視線だ。

 

 

「い、五河くん?その左右の女の子たちはどちら様?見たことないけど……」

「え?現地の子ナンパしてコスプレイ?五河くん女子の制服持ち歩いてんの?」

「いいバイト考え付いたぞ五河。『一分一〇〇〇円で殴り放題』って看板掲げて学校中を練り歩くんだ。きっとすぐに家が建つ」

 

 

最初の一人はいいだろう。

二人目からぶん殴ってやろうか。

 

霊装のままではまずいから、俺が女子用の制服を創造して、それを着させただけだ。

何?サイズ?

俺をなめるな。

そのくらいは余裕だ。

 

 

「はぁ……うるさいぞ、おまえら。この二人は転入生だ。ほら、令音が説明してくれるぞ」

 

 

そう言いながら令音を指さす。

クラスメートが指の先に目をやる。

 

 

「……あぁ、待っていたよ。転入生の八舞耶倶矢に八舞夕弦……だね」

 

 

ゆらゆらと頭をゆらしているが大丈夫なのか?

 

 

「……本来なら休み明けに転入してくるはずだったのだが……是非修学旅行に参加したいというものでね、現地で合流する手はずになっていたんだ。先ほど空港に到着したと連絡があったので、彼らに迎えに行ってもらっていたのさ」

 

 

そんな令音の言葉に、その隣に立っていたタマちゃんがキョトンと目を丸くした。

 

 

「え?て、転入生?村雨先生、私そんなの聞いていないんですけど……」

「……急な話でしたから、きっと連絡が間にあわなかったのでしょう」

「は、はぁ……」

 

 

それでいいのかタマちゃんよ……

簡単に納得しすぎでしょ。

 

 

「……転入生の二人とヤイバは少し話があるから来たまえ」

「わかった。行くぞ二人とも……つか、あまりくっつくな、歩きにくい」

 

 

さっきからべたべたくっついてきたうっとおしい。

そういうのはもう十分経験したからいいんだ。

いいんだよ……

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

令音に案内されて資料館奥の事務室に来た。

 

ソファがあるので座る。

その座る動作をするときも夕弦と耶倶矢がくっついている。

 

そして、俺に囁き始めた

 

 

「さぁ刃。貴様はただ、我を選べばよい。この八舞耶倶矢に忠誠を誓い、その身、ここまで捧げると言えばそれでよいのだ」

「否定。耶倶矢を選んでも何も良いことはありません。是非夕弦に清き一票を」

 

 

どうやら令音なんて眼中にないようだ。

二人とも俺の耳元に息を吹きかける。

 

 

「……厄介なことになったようだね」

「まったくだ……」

 

 

本当に厄介だ。

 

 

「くく……むしろ役得であろう?貴様如きの人間が、僅かな間とはいえこの我の寵愛を受けられるのだ。幸福に噎び泣きこそすれ、嘆く必要などあるまい」

「懐疑。夕弦ならまだしも、耶倶矢に言い寄られて喜ぶ男性がいるのでしょうか」

「ふ、ふん……いくら斯様な挑発をしようと無駄だぞ。全ては決闘の決着を見れば明らかになる。さぁ刃よ、言うがよい。私と夕弦、どちらが女として魅力的だ?」

「質問。夕弦とへなちょこ耶倶矢。どちらが可愛いですか」

 

 

二人のボディタッチが激しくなる。

夕弦なんて胸を押し当ててくる。

役得役得ぅ!!

 

 

「待て、なんだその微妙に貶した感じは!!」

「無視。べちょ耶倶矢より夕弦の方が」

「何悪化させてんの!?」

 

 

言い合いながら、迫ってくる。

 

 

「一ついいか?さっきから決闘と言っているが……なんで戦っているんだ?」

 

 

俺が問うと、耶倶矢が大仰にあごを上にやった。

 

 

「言っていなかったか。―――我らは、もともと八舞という一人の精霊だったのだ」

「首肯。ですが、幾度かの現界のときか、八舞は二つに分かれてしまったのです」

「へぇ……」

 

 

納得。

双子みたいにそっくりだしな。

言っちゃ悪いが、クローンと言われても……いや、胸のサイズが違うからないな。

 

でも分裂か……

融合じゃないんだな。

 

 

「なんでそんなことになったんだ?」

「それを知るのは天に座する運命の女神よ。ふん、性悪な彼の女神は随分と退屈と倦怠に苛まれているようだ。時折、道理も条理も通らぬデタラメな賽の目を好むことがある」

「何言ってんだこいつ」

「要約。よくわからない、と耶倶矢は言っています」

「なるほど」

「情緒がないぞ」

 

 

夕弦の説明のが簡潔で分かりやすくていい。

 

 

「そして二つに分かれた我らは、互いの顔を見るなり、その身に、血に刻まれた運命と氏名に気づいたのだ。そう―――真なる精霊・八舞は、この世に一人の実であると!!」

「説明。二つに分かれた夕弦たちですが、やがて一つに戻ることがわかったのです」

「わかったとは?」

「捕捉。『知っていた』という方が正しいでしょうか。夕弦たちは、存在が分かれた瞬間から、自分たちの身体がどうなるかを理解していたの出す」

 

 

夕弦が頭を指してから、続ける。

 

 

「解説。しかしもう、本来の八舞の人格は失われてしまっています。つまりその際、八舞の主人格となれるのはどちらか片方のみなのです」

「あぁ、なるほど。それで決闘ね」

 

 

納得がいった。

でもなぜ二人で生きていこうとは考えないのかが不思議だ。

使命を破り、生きていこうとは思わなかったのか?

 

 

「はぁ……わかった。善処しよう」

 

 

それだけ言って、令音の方に視線を向ける。

だが、令音はこちらに気づいていないようだ。

椅子に腰かけ小型端末をいじっている。

表情は難しげだ。

 

 

「……やはり、駄目か」

「どうした?」

 

 

俺が訊くと、令音は小さくうなずいてから顔を向けてきた。

 

 

「……あぁ、〈フラクシナス〉との通信が途絶えているんだ」

「ジャミングだ。引率カメラマンのエレンだったけか?あいつはDEMのところの奴だ」

「……何だって?」

「カメラマンのエレンはDEMの社員。しかも世界最強の魔術師だ。CR-ユニットは〈ペンドラゴン〉だったけかな?」

「……そうか。何故知っている、という疑問は置いておこう。通信は望めないね」

「あぁ……すべて盗聴されている可能性がある」

 

 

やっかいだ。

DEMはやっかいすぎ。

 

令音は携帯端末を閉じ、椅子から立ち上がる。

そして、俺に迫る耶倶矢と夕弦をジッ見つめて、静かに唇を動かした。

 

 

「……耶倶矢と夕弦、と言ったね。君たちは、己が真の精霊・八舞となるため、ヤイバを取り合って勝負をしている、……間違いないね?」

 

 

令音がそう言うと、耶倶矢と夕弦が目を令音に向けた。

 

 

「あぁ、その通りだ。見物は構わぬが、邪魔立てをしようというのなら容赦はせぬぞ?」

「質問。あなたは?」

「……学校の先生さ」

 

 

誤魔化したな、令音め。

そして、くるりと踵を返した。

 

 

「……刃、君は適当に暇をつぶしていたまえ。―――耶倶矢、夕弦。君たちに少し話がある。ついてきてくれ」

「くく……何を言うかと思えば。何故この我が、人間風情の言葉に従わなければならぬのだ」

「拒否。夕弦は刃と一緒にいます」

 

 

二人とも頑固だな……

しかし、令音はそれも予想の内というように肩をすくめると、思わせぶりに言った。

 

 

「……ヤイバは見かけより難物だ。話を聞いておいては損はないと思うけれどね」

「何……?」

「……彼の反応を見れば一目瞭然だろう?私の目から見ても、君たちは非常に可愛らしく、魅力的な少女だ。だというのに彼は、未だどちらも選ぼうとしない」

「「……………」」

 

 

耶倶矢と夕弦が、目を丸くして顔を見合わせる。

 

なびかないのは俺が結婚していて、その嫁がレティシアという最高の女性だからだ。

 

 

「……どうするかね?私としては、どちらか片方でも構わないのだが」

 

 

言って、事務室の扉を開けて出て行った。

耶倶矢と夕弦は再び顔を見合わせると、名残惜しそうに俺から手を離して、令音の後について行った。

 

結局いくのか……

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

現在の時刻は十八時五十分。

日も落ち、日中の蒸し暑さは少しは改善された。

昼間の騒がしさもなくなった。

 

旅館に移動した後は、部屋に荷物を運びこんで、夕食を済ませて自由時間を満喫していた。

 

俺以外は。

 

 

「はぁ……面倒すぎる」

 

 

俺が今向かっているのは令音の部屋だ。

今後の方針を話し合うらしい。

資料館を出るときに言われた。

 

だが、T字路に差し掛かったところで足を止める。

左右に分かれた通路の両側から頭がちょこんと飛び出、俺にジーッと視線を送ってきたのである。

 

 

「何してんだ?耶倶矢、夕弦」

 

 

俺が言うと、二人が通路の奥から歩み出てきた。

 

 

「くく……我が気配に気づくとはやりおるわ。流石と言っておこうか」

「指摘。隠れ方がお粗末だっただけでは」

「どっちもお粗末すぎだ」

「「……………」」

 

 

二人とも黙ってしまった。

本当のことを言っただけなのに。

 

 

「それで?何してんだ」

 

 

俺が問うと、二人は一瞬目を合わせてから視線を俺に戻してきた。

 

 

「ふ……教えてやろう。来るがいい」

「確保。どうぞこちらへ」

 

 

全く同時にそれぞれ俺の両腕を引っ張ってくる。

 

ほどなくして、とある場所にたどり着いた。

二つの隣あった入口に青と赤の暖簾がかけられている。

それぞれに多いな字で『男』『女』と書かれている。

この旅館の名物の露天風呂の入口だ。

 

 

「……まさか」

 

 

耶倶矢が大仰にうなずいてきた。

どうやら俺の呟きが聞こえたようだ。

 

 

「くく……貴様の身体は常闇の穢れを蓄積し過ぎた。その身を上かすることを許す」

「……まて」

「通訳。お風呂に入って汗を流してください、と言っています」

「入浴時間はまだ先のはずだ。それに俺は令音に呼ばれているのだが」

 

 

そう言って、踵を返そうとするが、両腕をさらにがっしと掴まれた。

 

 

「何だよ……」

「貴様に選択権があると思うてか?四の五言わずにその穢れを祓うがよい」

「請願。お願いします。入浴の準備はこちらで整えておきました」

 

 

い、いつの間に……

浴衣まで!?

 

 

 

「じゃあ入るかな」

「くく……解ればよいのだ」

「賞賛。刃の決断に敬意を表します」

 

 

確実に入ってくるな、この二人。

だがまぁ、汗を流したかったしよしとしよう。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「なかなかだな……」

 

 

岩で形作られた巨大な浴槽に、微かに褐色がかった湯が満たされ、濃密な湯気を立ち上がらせている。

そして、浴槽のすぐ先には海が広がり、静かな細波の音を響かせていた。

 

俺以外は誰もいないから静かに入れていいな。

 

さっさと頭を身体を洗い、湯船につかる。

 

 

「あ゛ぁぁぁ……」

 

 

最高だ……

やはり温泉は最高だ。

特に露天風呂はな。

思い出すな……イッセーが覗こうとして塀を壊した瞬間にミツキが狐火で燃やしてたな……

あぁ、ミツキに会いたい。

なにより、レティシアに会いたい……

 

そんなことを考えているときだった。

 

ガラリと音が鳴る。

浴場の引き戸が開けられた音だ。

視線をそちらに向ける。

 

 

「やはり来たか……」

 

 

そこには耶倶矢と夕弦が、身体にバスタオル一枚を巻きつけた状態で立っていた。

 

 

「ここ……男湯だぞ?」

 

 

そんなの関係ないとばかりに、二人はそのまま湯船に足を浸し、俺の隣まで歩いてきた。

 

薄いバスタオルが湯気で肌に張り付き、二人の死体のシルエットがくっきりと浮かび上がっている。

 

なんか全裸よりエロい?

 

俺がじーっと見つめているのがわかったらしく、耶倶矢が頬を初めながら腕組みをした。

 

 

「く、くくく……ど、どうだ。流石の貴様も我が色香の前にひれ伏さざるを得まい」

 

 

その言葉に、対面するような格好で立っていた夕弦がフスー、と息を漏らした。

 

 

「嘲笑。色香(笑)。耶倶矢にそんなものがそなわっていたとは初耳です」

「……ふん、すぐに吠え面をかかせてくれるわ。そこな刃我が魅力の虜にしてな!!」

「応戦。望むところです」

 

 

そう言って、二人はそのままゆっくりと足を折り、俺を挟むように湯船に入っていた。

 

 

「おい、バスタオルをはずせ。マナー違反だ」

「ふぇ!?は、外すの……?は、恥ずかしい」

「羞恥。恥ずかしいです」

 

 

あれだけべたべたしておいて何をいまさら……

 

 

「それが嫌なら入るな。今まで俺と一緒に入った女は誰一人、バスタオルなんてつけていなかったぞ」

「「……………」」

 

 

すると、二人とも顔を見合わせて、一度うなづくとバスタオルをとって、湯船に入った。

 

 

「くく……覚悟するがいいぞ刃。もう我無しでは満足できぬ身体にしてくれよう」

「否定。刃には夕弦の肉体のとりこになってもらいます」

「な、何を……!!」

 

 

二人とも顔を真っ赤にしながら言ってもな……

それに……

何もしてこないし。

てか、羞恥心で動けないんじゃないか?

 

すこしイタズラしてやるか……

 

二人の肩を抱き寄せる。

 

 

「「な―――」」

 

 

それだけで二人ともクラクラし始めた。

初心すぎだろ!!

そして、

 

 

「「きゅぅ……」」

「えぇ……」

 

 

そのまま二人は気絶してしまった。

二人を抱き上げて、出て行こうとした時だった。

 

 

「とりゃー!!」

 

 

元気のいい声と共に、新たな入浴客が湯船に飛び込んできた。

この声は……十香だな。

 

 

「ん?」

 

 

あ、十香が俺にきづいた。

 

 

「な、なんでここにいるのだ!?」

「いや、ここ男湯じゃない?」

「何を言っている!!ちゃんとみんなに教わったとおり、赤いほうに入ってきたぞ!!」

「……はぁ」

 

 

さっさと出なければ……

だが……

 

 

「やー、広いじゃなーい!!海すぐそこじゃーん!!」

 

 

……まずい!!

 

 

「クソッたれ!!じゃあな、十香!!」

「あ、ヤイバ―――」

 

 

俺は、二人ごと令音の気を辿って瞬間移動した。

 



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第3話~役得ではないよな~

「……この場合はどういう反応をしたらいいのかね」

 

 

令音の部屋に瞬間移動した俺はちょっとした危機に陥っていた。

当然、令音の気を辿って瞬間移動をしたわけだ。

もちろん、自室にいてくれたおかげで騒ぎにはならなかった。

だが、瞬間移動した際、俺は何も身に纏っていなかったのだ。

だから俺は真っ裸だ。

もちろん、例のアレももろに出ちゃっている訳です。

 

 

「すまん、今着る」

 

 

浴衣を創造して着る。

もちろん、パンツもはきましたよ。

 

これで、一安心。

 

着替えをしている間に令音はお茶を入れていてくれた。

そのお茶をすすって一言。

 

 

「突然すまなかった。助かったぜ……」

「……いや。災難だったようだね」

 

 

そう言って、令音が小さく肩をすくめた。

 

それにしても眼福だ。

令音は備え付けの浴衣を着ている。

帯の締め方がぞんざいなのだろう、動くたびに胸元がちらちらを覗いている。

 

 

「〈フラクシナス〉との通信は回復したのか?」

「……いや、駄目だ」

「そうか……」

 

 

ということは、上空にDEMの奴らがいると考えていいな。

しかもステレスを効かせたまま。

 

 

「耶倶矢と夕弦は?」

 

 

令音が小さく首肯して、テーブルの上に置かれた小型のノートパソコンを操作し始める。

画面に、望遠で撮影された、風の中に踊る二つの人影の姿と、細かな数値や文字列が表示される。

 

 

「……実は、彼女らは我々の間ではちょっとした有名人でね。風の中で二人組の精霊を見たと聞いた瞬間から、なんとなく目星はついていたんだ」

「なるほどね。あぁ、彼女たちについても説明はいいや」

「……どうしてだい?」

「ん、なんとなくね」

 

 

なんとなく、聞いても無駄だと思った。

なんとなく。

なんとなくだけど。

 

 

「今回の封印は難しそうだな。たぶん一人一人別々にキスしても封印できないだろうからな。二人同時にキスするなんて経験は今まで一度も―――なくなかったな……」

「……ヤイバ、君は一体何を経験したんだい?」

「……それについてはノーコメントで」

 

 

テスタロッサ姉妹は凄まじかった。

初めてだったよ……

二人同時にキスされたのは。

 

 

「……今日の昼間、話をした際に、彼女らと一つ取り決めを交わしたのだ。修学旅行最終日―――つまり明後日の朝までに、君に必ずどちらかが魅力的かを選択させると」

「明後日か……」

「……あぁ。二日後に必ず成果を得られるとあれば、彼女らもそう簡単に意趣で返したりはしないだろう?少なくとも、一日の猶予を稼ぐことができる。我々にとっては何より貴重な―――デートの時間を」

「つまり明日一日で、耶倶矢と夕弦をデレさせろと

「……いや、少し違う」

 

 

何が違うのだろうか?

デレさせないと封印ができないのに。

 

 

「……今回、私は、君をデレさせる」

「……………はぁ?」

「……だから君は、その上で二人をデレさせてくれ」

 

 

何を言っているのだこいつは。

なぜ俺をデレさせる必要があるのだ。

まったくもって意味が解らない。

 

思考を巡らせていると、令音が静かに続けた。

 

 

「……私は耶倶矢と夕弦にインカムを渡し、ヤイバ、君を攻略する手助けを行うつもりです。君は私が指示した彼女らの行動に対し、色好い反応を示してくれればいい。―――私のサポートが信頼できるものである、と、彼女らに思わせるようにね」

「あぁ……なるほど」

 

 

それで、ふたり同時にキスさせると。

苦肉の策すぎるだろ。

無理やりにもほどがあるが……

 

 

「やってみようか」

「……すまない。助かるよ」

 

 

令音がふっと視線を俺から外し、軽く頭を下げた。

それにしても、

 

 

「眠ぃ……」

「……ならここで寝ていくかい?」

「そりゃいい。男共と同じ部屋にいたら質問されまくって眠れそうにないからな」

 

 

ここはお言葉に甘えよう。

そそくさと押入れから布団を出して、セッティング。

そしてすぐに布団に入り、横になる。

が、すぐに寝れるわけもない。

 

気になることが一つ。

 

令音がいない。

先ほどまでこの部屋にいたのだが……

俺が布団を出してるときにどこかに行ったのだろう。

 

それから何分経っただろうか?

なかなか眠れずに、何度も寝返りをうっていると、部屋の外に気配が二つ。

二つ?

しかも、かなり似ている。

あぁ、なるほど。

八舞姉妹ですか。

 

だから令音は出て行ったのか。

 

 

「くく……邪魔するぞ」

「失礼。上がらせていただきます」

 

 

扉を開けたと思ったら、すぐにそう言ってきた。

 

二人はスリッパを脱ぎ、部屋に上がってくると、俺を挟むように左右に正座した。

そして、ジッと俺の顔を見下ろしてきた。

 

 

「……どうした?」

 

 

俺が言うと、耶倶矢と夕弦はふっと顔を上げて視線を交わらせた。

 

 

「くく……夕弦よ。先に言っておくが、我を今までの八舞耶倶矢と思うていては怪我をするぞ。我は優秀なる眷属を得、新たなる我へと生まれ変わったのだ」

「溜息。また耶倶矢のハッタリが始まりました」

 

 

耶倶矢の言葉に、夕弦がやれやれと肩をすくめた。

あからさまな挑発だな。

でもそれに耶倶矢は乗らなかった。

口元を歪めて不敵な笑みを漏らすのみだった。

夕弦も、そんな耶倶矢の余裕を感じ取ったらしい。

微かに目を細めた。

 

 

「驚嘆。どうやらあながち嘘でもないようですね。―――ですが、それは夕弦も同じです。夕弦は素晴らしい師を得ました。今の夕弦に敵はありません」

「ほぅ……?面白い。では尋常に勝負!!」

 

 

そう言って、耶倶矢は再び俺に視線を落としてきた。

そして、軽く頬を染めてから、意を決するように頬を張り、そのままいそいそと俺の入っている布団に入りこもうとした。

 

 

「……何がしたいんだ?」

「くく……我が添い寝してやる。喜べ」

 

 

案外まともだった。

まともすぎて反応ができない。

 

 

「そして刃、御主聞くよるとこによると、おなごと同衾するのが大好き出そうではないか」

「なんだそれ……」

 

 

何処情報だよ……

 

 

「違うのか?我が眷属は、ある朝起きたら御主がいつの間にか布団にいたと……」

「……あぁなるほど」

 

 

眷属とは十香のことか。

そして十香に聞いたと。

 

 

「だから?」

「わ、私じゃ……駄目?」

 

 

おいおい……

涙目で上目遣いはずるいだろ……

 

 

「Welcome」

「くく……ごくろう」

 

 

無駄にいい発音で言っちまった。

 

しかし、忘れていたことがあった。

ここには耶倶矢意外にももう一人いたのだ。

 

夕弦が、ゆったりとっした動作で一歩近づいてきた。

そして、バサッと布団を剥ぎ取ってくる。

 

 

「何をするんだ夕弦」

「っ!!そうだぞ貴様、我の添い寝の邪魔をするとは卑怯なり!!」

 

 

やっと眠れると思ったのに……

夕弦はそしてさして気にも留めていない様子で、ひくひくと小さく鼻を動かしてきた。

 

 

「確認。発汗が見られます」

「そりゃあ、暑いしな」

 

 

耶倶矢が布団に入ったからな。

そのせいでさらに暑くなった。

 

 

「指摘。汗は放っておくと気化熱で体温を奪います。すぐに拭わねばなりません」

「そうかもしれないな」

 

 

でもまだいいだろう。

そう考えているときだった。

 

夕弦が突然俺の浴衣の合わせを掴んで、ガバッと胸元をはだけさせた。

タオルかなにかで拭くのだろう。

そう思っていた。

だが、外れた。

 

夕弦は俺に覆いかぶさり、舌をのばして俺の胸元をぺろぺろと舐めてきた。

舐めてきたね。

 

え……?

 

柔らくて温かいな……

だがしかし、止めなければ。

俺の理性が壊れる前に。

 

 

「やめなさい」

「な、なななななにしてんのよ夕弦ぅぅッ!!」

 

 

俺に合わせて耶倶矢が叫び、夕弦の頭をがっしと掴んで俺から引き剝がす。

すると夕弦はぺろりと唇を舐めてから、不思議そうな顔を作った。

 

 

「疑問。なぜ止めるのですか?」

「なッ、なぜってあんた、一体何してんのよ!?」

「汗をぬぐうにはこの方法が一番と、師に教わりました」

 

 

なぜだろう。

たった一人だけ該当しそうな人物が脳裏に浮かんだ。

 

とりあえず、浴衣を直して奪われた布団を被りなおす。

だが、そのまま眠ることを許す二人ではなかった。

 

それを待っていましたとばかりに、耶倶矢が四つん這いになりながら、布団をまくり上げてきた。

 

 

「くく……どうやら刃は我の添い寝の方がいいようだな」

「否定。添い寝テクでも夕弦は耶倶矢を凌駕します」

 

 

もう、いい加減寝させてほしい。

 

 

「もういい加減寝させてくれ……眠くて堪らない」

 

 

この一言でまた二人が言い争う。

もう放っておこう。

そう思い、俺は瞼を閉じた。

 



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第4話~決意~

日が明けて、修学旅行二日目。

俺は、或美島北端に位置する赤流海岸にきている。

ここには、観光客らしき人影は一人も見当たらない。

それもそうか。

これから耶倶矢と夕弦をホレさせなければならないのだ。

クラスメートが邪魔になる可能性にある。

だから令音が昨日のうちに手配したとかなんとか。

 

それにしても暑い。

マジで暑い。

 

こんな中遊ぶなんて……

若いっていいねぇ。

 

 

「くく……こんなところに隠れていたか」

「発見。見つけました、刃」

 

 

この特徴的な語調。

もうわかりきっているが、確認のために声のしてきた方に振り向く。

 

やはりそこには耶倶矢と夕弦が立っていた。

耶倶矢は白のレースに飾られた黒のビキニだ。

夕弦は逆に、白地に黒いレースのついたビキニだった。

 

似合ってる。

 

これが俺の素直な感想だ。

うん、いいねぇ……

 

 

「二人とも似合ってるぞ。綺麗だし、可愛いぞ」

 

 

二人の水着を褒めると、耶倶矢が驚いたように顔を赤くして目を見開き、夕弦がキョトンとして自分の装いを見下ろしている。

だがすぐにハッとした様子で、耶倶矢が腕組みをする。

 

 

「く、くくく……そ、そうであろうそうであろう。だが勘違いするなよ。この程度の衣服では、我の魅力の前に霞んでしまうわ」

「謝辞。ありがとうございます。とてもうれしいです」

 

 

耶倶矢も夕弦みたいい素直になってくれればいいのに。

ふと、ふたりの挙動に不審な点を見つけた。

 

耳に手を当てている。

よく見ると、二人の耳にはインカムがあった。

 

 

「くく……なるほど、承知した」

「了承。理解しました」

 

 

二人ともインカムに気を取られすぎだろ。

俺じゃなかったらここで話しかけてるぞ。

 

しばらくして、耶倶矢と夕弦がインカムから手を離し、俺に向き直った。

 

 

「刃よ。常闇に身を置く我が身には、この天よりの光(ゾンネンシャイン)は少々堪える。我が身に、聖光を阻む瘴気の加護を施すことを許すぞ」

「何言ってるかまったくわからん」

「請願。日焼け止めというのを塗ってください」

「なるほど」

 

 

耶倶矢はもう少し簡単に話貰いたい。

普通のしゃべり方の方が好きなんだけどな。

 

 

「ふ……では頼んだぞ。我の背中は貴様に任せる」

 

 

耶倶矢よ、それは戦場での言葉ではないのか?

そんなことを言いながら日焼け止めを渡してきた。

次いで、夕弦も同じように言ってくる。

 

 

「依頼。お願いします」

 

 

二人はキッと視線を交らせると、パラソルの陰にうつ伏せに寝そべった。

そしてトップスのホックを外し、その白い背中を見せてきた。

 

 

「くく……それで刃、訊くまでもないことかもしれぬが、無論我から先に塗るのだろう?」

「質問。刃はどちらから日焼け止めを施すのですか?」

「むぅん……」

 

 

これは……

どうすればいい?

どちらから先に塗ればいい?

 

そんなことを考えていると、二人が何やらもみ合っていた。

寝そべったまま視線を交わらせたと思ったら、不意に耶倶矢が夕弦に組み付き、身体をゴロンとひっくり返す要領で夕弦の上に乗った。

そして両手両足で夕弦の身体が動かないように抑え込みながら、声を上げてきた。

 

 

「刃、今だ。我に瘴気の加護を!!」

「油断。く……」

 

 

耶倶矢が勝ち誇ったように唇の端を上げる。

夕弦は苦悶の声を漏らした。

 

水着のトップスを外した状態でそんな体勢になっているものだから、ねぇ?

耶倶矢と夕弦の胸が互いの身体にぎゅうと押しつぶされて、もうたまりません。

 

 

「早くせんか!!」

「お、おう」

 

 

俺はその場に膝を突き、手にローションを適量取ってから、耶倶矢の背中に触れた。

瞬間だった。

 

 

「っ、ふぁ……っ」

 

 

今までにない甘い声を出しながら、耶倶矢が全身をビクッと震わせた。

 

 

「あ、悪い。温めるの忘れてた」

「だ、大丈夫だ。早く……しろ……」

「はいはい」

 

 

だが俺が手を動かすたびに、「あ……っ」とか「んん……っ」だのと、やたと官能的な声を響かせるのは控えてもらいたかった。

理性がね。

 

耶倶矢に抑えつけられていた夕弦も、耶倶矢のそんな反応を見て「おぉ……」と感嘆のようなものを発していた。

だが、夕弦はすぐにハッとした様子で眉を動かすと、耶倶矢の一瞬の隙を突いて、ぐるりと体を回転させる。

 

 

「反撃。隙ありです」

「ぐ……っ」

 

 

そして今度は夕弦が仰向けの耶倶矢を押さえつけるような格好になった。

そのまま俺に目を向けてきた。

マウントポジションを取られてしまった耶倶矢は、夕弦に抵抗する余裕もないようだ。

はぁはぁと息を荒くしていた。

 

 

「請願。刃、早く。夕弦にも……ください」

「……はいよ」

 

 

どうしてもアッチの方にしか聞こえない。

だってさ、妙に扇情的なポーズしてからのあの台詞だぜ?

もうねぇ?

何も言えねぇ。

そして、意を決して夕弦の背にローションを塗る。

 

 

「痙、攣。う……ぁ、っ」

 

 

夕弦が小刻みに洟から息を吐きながら、押し殺したような声を発してきた。

背筋に添うように手を動かす。

すると、遂に耐え切れなくなったのか、身体をビクンと跳ねさせた。

 

 

「大丈夫か?」

「驚……嘆、とても、上手です……刃」

「ず、ずるい!!次は私!!」

 

 

ようやく呼吸を整えたらしい耶倶矢が身体を起こし、位置を逆転させた。

仕方ないので、今度は耶倶矢に塗る。

だが、またも嬌声を上げて身を震えさせ始めた。

 

 

「反、撃……そうはさせません」

 

 

今度は夕弦が体を捻り、耶倶矢の背中をレジャーシートにつける。

過剰に塗りつけられたローションがシートに流れる。

 

 

「このっ、何をする……」

 

 

だが耶倶矢も今度はやられっぱなしではなかった。

すぐさま夕弦の手を取り、マウントポジションを取り返す。

何回かそんなことを続けていたが、ローションで滑ったのだろうか、二人はそれぞれがシートに腹這いになって睨み合うような格好になった。

 

いいこと思いついたぜ。

 

ローションを両手につけて、並んでうつ伏せになった二人の背を同時に指を這わせる。

 

 

「「―――ぅ、あ、あぁぁぁっ!!」」

 

 

二人は同時に大声を上げて、ぐったりとその場に手足を投げ出し、肩で息をし始めた。

 

 

「ははは、大丈夫か?」

 

 

俺が二人に問うと、二人は虚ろな目を合わせた。

 

 

「……無自覚で、これとか……」

「戦慄……神の指です……とんだ狼です」

 

 

わざとだけどな。

 

そこでまあ令音から通信が入ったらしい。

二人同時にインカムを押さえると、呼吸を整えてから小さくうなずき始めた。

 

 

「ふ、ふむ、次は……ウイカ割り……刃に目隠しをさせて……?」

「確……認。ぐるぐる回してふらふらにしたのち、進行方向上に待機して……?」

 

 

目隠しは全く意味をなさないぞ。

空間把握能力にたけた俺は、視界を潰されても動き回れるようになったからな。

 

何だ?

耶倶矢と夕弦とは別なんだが、この聞き覚えのある声は……

 

 

「―――ヤイバ!!」

「十香?」

 

 

やはり十香だった。

凄まじい波しぶきを立てながら、十香が起きから泳いできていた。

フォームは滅茶苦茶なんだが、恐ろしく速い。

しかもその後ろには折紙もいる。

折紙は美しいクロールだった。

 

十香と折紙は海岸に到着すると、小走りになって俺たちの方にやってきた。

ちなみに、十香の装いは先月俺が買ったやつだ。

折紙のは知らない。

そのまえになぜ折紙がここにいるのかもわからない。

 

 

「ヤイバ、こんなところにいたか!!探したぞ!!」

「刃。なぜあなたと八舞姉妹が一緒にいるの?」

 

 

十香が元気よく、折紙が訝しげに言ってきた。

 

 

「あぁ、水面を走っていたらちょうどいいところに島があってな」

 

 

するとそこで、どうにか呼吸を整え、水着のトップスを付け直した耶倶矢と夕弦が声を発してくる。

 

 

「ほう?十香ではないか。くく……主の元に参じるとは愛い奴よ。褒めて遣わす」

「驚嘆。マスター折紙、なぜこんなところに」

 

 

まぁこのマッチングは不思議ではなかった。

なんとなくわかってたから驚かないけど。

呼び方については何も聞かないことにしよう。

 

 

「おぉ、耶倶矢もいたのか。何をしていたのだ?」

「くく……今から、闇と深緑に染まりし外殻を打ち砕き、紅き血と臓物を吐き出させる悪魔の遊戯を執り行おうとしていたところよ」

「な、なんだそれは。恐ろしそうだぞ」

「解説。耶倶矢はスイカ割りをしようと―――」

「……ちょっと待ってくれるかな」

 

 

と、夕弦の言葉の途中で、背後から眠たげな声が聞こえてきた。

声のする方を見ると、そこには水着の上にパーカーを羽織った令音がいた。

やはりフラフラしている。

 

 

「令音か……」

 

 

なぜここにいるのだろうか?

耶倶矢と夕弦にインカムで指示を出しているはずなんだが。

 

耶倶矢と夕弦も同じ疑問を抱いたのだろう、不思議そうに令音を見つめ、耳に着けたインカムに手を触れている。

 

 

「……悪いが、スイカを用意するのを忘れてしまってね。―――その代わり、せkっかう人数が増えたんだ。あちらにコートを設営してある。ビーチバレーでもどうかな?」

 

 

そう言って、浜辺の奥の方を指してくる。

耶倶矢と夕弦は最初は怪訝そうだったが、すぐに方針変更を読み取ったらしい。

 

何時の間にコートを……

 

 

「ふん、まぁ良かろう。何しようと我が頂点に立つことは決まっているからな」

「承諾。構いません。どうせ勝つのは夕弦です」

 

 

二人はそう言って目を合わせる。

そして別に何があるわけでもないのに、同時に走っていった。

 

 

「おぉ!!」

 

 

十香もそれに触発されたのか、駆け出して行ってしまった。

折紙は未だに納得のいっていないようだ。

だが、これ以上の説明がないことを察したのか、浜辺を歩きだした。

 

それを追うように、俺と令音も歩き出した。

 

 

「なんで急に出てきたんだ令音」

「……あぁ。十香と折紙が現れるというイレギュラーが起こってしまったからね。プランBに移行させてもらったよ。〈ラタトクス〉の機関員を使えるなら何とかなったかもしないが……私一人ではさすがに限界がある」

「プランB?」

「……あぁ、一緒のチームでともに戦うことによって、彼女らと君との結果。仲間意識を高めようとという作戦だ」

「へぇ……」

 

 

大人しくあの二人がチームを組むとは思えない……

まぁそこは、令音が何かを考えているだろう。

 

そうこうしているうちに、俺たちは浜辺に設営されたビーチバレーコートにたどり着いた。

 

令音が身をかがめて、ポールに立て掛けられていた筒のようなものを手に取った。

 

 

「……さ、ではチーム分けをしよう。三人一組だ。くじを引いてくれたまえ」

「む?」

 

 

十香から順に筒の口を向けられて、中に入っていた棒を引いていく。

 

なるほど、これに令音が何か仕掛けをして俺と耶倶矢と夕弦を同じチームにするんだな。

 

 

「……さ、ヤイバもだ」

「おう」

 

 

残っているのは二本。

どちらを引いてもチーム分けには関係ないので適当に引く。

 

くじの先には普通であれば、数字なり、記号なりが描かれているのだろう。

だが、俺の引いた棒の先には、やたら劇画調で描かれた男の顔があった。

 

 

「……では、グレゴォル、ジャクソン、スペンサーを引いてひとはこちら、アレクサンドル、エイブラハム、アンソニーを引いた人は向こうのコートに行ってくれたまえ」

「令音、これはどちらなのだ?」

「これは?」

 

 

十香と折紙が困ったように令音にくじを見せていた。

 

 

「……あぁ、これはグレゴォルふぁね、こちらはスペンサーだ」

 

 

次いで耶倶矢と夕弦が、同じように令音にくじを見せた。

 

 

「……君たちはアレクサンドルとエイブラハムだね。向こうへ回ってくれ」

 

 

多分、すべて今つけたのだろう。

男の顔の違いがまったく俺には分らないのだから。

 

Aチーム:俺、耶倶矢、夕弦

Bチーム:十香、折紙、令音

 

見事に分かれたと。

だが、耶倶矢、夕弦、十香、折紙の六人中四人が不満というチーム編成だ。

もちろんその四人はチームの編成のし直しを申し出たが、令音の「勝ったチームにはヤイバの誰にもしあれたくない秘密を教えよう」という一言でおさえられた。

 

俺の誰にも知られたくない秘密。

 

特には―――あった。

結婚していることだ。

これが知られたら、琴里に何て言われるかわからない。

だがこの世界の人間が知っている訳がない。

 

 

「よし!!ではいくぞっ!!」

 

 

十香が元気良く声を上げ、向こうのコートの端からサーブを放った。

が、

 

 

「はぁ!?」

 

 

ボヒュッ!!という音とともにボールがネットを易々と突き破った。

そしてボールはそのまま弾丸のように俺の方に向かってきた。

 

このままだとボールに当たるので、右手を前に出してボールを掴みとる。

 

 

「令音!!今のは何点だ!?」

「……0点だ」

「むぅ、技術点は追加されないのか……」

「……恐らくだが、君は何か別の競技と勘違いをしている」

 

 

令音の言う通りだと思う。

 

そんな十香の一撃を見てか、耶倶矢が低い笑い声を上げた。

 

 

「くく……やるではないか。どうやら我も本気を―――」

「絶対に出すな」

 

 

こんな球ばかりやり取りしていたら、砂浜がボコボコになってしまう。

 

 

「ふん、つまらん。まぁいい、次は我々のサーブだな?」

 

 

そう言って、耶倶矢は俺が掴んでいるボールをに手を伸ばす。

俺は抵抗せずに渡す。

そして存外綺麗なフォームで、相手側のコートにボールを放った。

 

 

「おぉ、来たぞ!!」

「邪魔しないで」

 

 

十香の動きを声で制して、折紙がボールをレシーブした。

するとその後方に立っていた令音が、綺麗なトスを上げる。

そして令音の胸も上下に揺れる!!

 

 

「警告。危険です」

「あ―――」

 

 

すっかり令音の胸の動きに目を奪われてしまった。

 

夕弦に言われて、目線を上げる。

そこには、ネットを超える勢いでジャンプをした十香がいた。

 

 

「はぁッ!!」

 

 

結構な気合とともに、十香がボールを手の平に叩きつけた。

そこから放たれた弾丸のような一撃は俺の頭に向かって飛んできた。

今からでは綺麗に上がらないので、首を横に逸らして避ける。

 

 

「くッ、ボーっとしているな、刃!!」

「同意。邪魔です」

 

 

後方から耶倶矢夕弦の声が聞こえてきた。

どうやらボールを拾うために滑り込んできたらしい。

 

だが、二人同時に同じ位置に滑り込んだらどうなるか?

 

答えは簡単。

 

 

「くあっ!!な、何をしてるのだ夕弦!!」

「反論。こちらの台詞です。邪魔をしないでください」

 

 

この通り、ぶつかります。

もちろんボールはコート内でバウンドして、コロコロと砂の上を転がっていた。

 

痛そうだな。

 

 

「……よし十香、今のは一点だ」

「おぉ!!本当か!!」

 

 

向こうのコートは賑やかだな。

十香と令音はハイタッチをしていたが、折紙は無視していた。

だが、令音に無理やり参加させられていた。

 

耶倶矢と夕弦はそんなの関係ないとばかりに言い合いを続ける。

 

 

「今のはどう考えても我の領分ぞ。出過ぎた真似をするでない!!」

「反論。うすのろな耶倶矢では間に会わないかと思いました」

「な、あんだと貴様っ!!」

「応戦。なんですか」

 

 

二人が言い合っていると、向こうのコートでは令音が、十香と折紙に何やら耳打ちをしているようだった。

 

 

「―――ほぅ、そういうものなのか」

「……約束のもは必ずもらう」

 

 

なんて言いながら、十香と折紙がふんぞり返るように耶倶矢と夕弦を見下ろしている。

 

 

「ふっ、なんだ、耶倶矢と夕弦も大したことがないな!!」

「期待はずれ。この程度で私に挑もうだなんて身の程知らず」

「「……!!」」

 

 

こんな見え透いた挑発に、耶倶矢と夕弦は反応した。

 

そこで令音がまたもひそひそで十香と折紙に耳打ちする。

 

 

「耶倶矢は弱虫で夕弦はへたっぴなのだ!!二人揃ってへっぽこぴーだな!!」

「この×××。×××を×××してればいい。敗者にはそれがお似合いサノバビッチ」

 

 

やたらと幼稚な悪口と、やたらと淡々とした罵りが、向こうのコートから聞こえてきた。

 

 

「「……………」」

 

 

二人のあおりに、耶倶矢と夕弦は静かに目を細くした。

 

 

「……ねぇ夕弦」

「返答。なんでしょう」

「……やっちゃう」

「同調。やっちゃいます」

 

 

二人が、ちらと視線を交らせ合う。

 

次のサーバーの折紙は至極落ち着いた様子でボールを手に取り、コートの済にボールを放った。

 

 

「夕弦!!」

「応答。分かっています」

 

 

夕弦がすんのところで滑り込んで、完璧といっても過言ではないサーブをレシーブした。

そしてそのボールを耶倶矢が打ち上げ、相手のコートに返す。

 

相手のチームは迫り来たボールを折紙が打ち上げる。

 

 

「村雨教諭」

「……あぁ、わかっている」

 

 

次いで、令音がそのボールを軽やかにトスする。

先ほどと同じパターンだ。

またも十香が高く飛び上がっていた。

 

 

「おおッ!!」

 

 

叫んで、上空から鋭いアタックを放ってきた。

 

 

 

「刃、止めろ!!」

 

 

耶倶矢の声が響いた。

やってやりますか。

 

手を組み、腕をまっすぐ伸ばす。

そしてボールに合わせて、腕ではなく腰を落とし調節する。

手に当たったボールは綺麗に真ん中に上がる。

 

 

「耶倶矢!!夕弦!!」

「了承。耶倶矢」

「おうとも!!

 

 

俺の声に反応してくれたのか、夕弦がその場に片膝を突いて、両手を組み合わせて手の平を上に向ける。

そして走ってきた耶倶矢がそこに片足を乗せるのと同時、夕弦が耶倶矢を軽々と空に放り上げる。

 

 

「な……!!」

「……っ!!」

 

 

十香と折紙の声が敵コートから聞こえてきた。

 

 

「耶倶矢!!さらに上に上げろ!!」

「わかった!!」

 

 

空高く舞い上がっている耶倶矢がさらに高くボールを上げる。

 

空を飛ぶのはマズイが、走るのはいいだろう。

空気を足場に空を走る。

駆け上がる。

 

やがてボールに到着した俺は、思い切り上半身を逸らす。

そして、

 

 

「破ッ!!」

 

 

気合を入れながら、思い切り逸らした上半身を折り曲げながら腕を振りぬき、ボールに手の平を打ち付ける。

もちろん、誰一人いないところを狙う。

 

その一撃は真っ直ぐ、空気を摩擦を起こして赤く染まりながらコートに突き刺さった。

 

もちろん、コートにはかなり深いクレーターができた。

ボールが俺の手に当たった瞬間に割れなくてよかった。

 

 

「ハッハー!!見たかゴラァ!!」

「よっし!!同点!!見たかこらぁぁッ!!」

 

 

俺が叫び、耶倶矢がグッとガッツポーズをを取った。

そのまま耶倶矢は夕弦とハイタッチをしていた。

二人はくるくる回りながら互いを褒め合っていた。

だがやがて、ハッとした様子で喧嘩をし始めた。

 

こいつら本当はすごく仲がいいだろ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

みんなにはトイレに行くと嘘をつき、休憩をするために、浜辺に設営されたトイレの脇にあるベンチに座っていた。

なぜトイレの脇にあるのかは知らない。

まぁ特に不快なことはないから大丈夫だが。

 

それにしても疲れた。

戦いをは別の疲れだ。

 

これだけ楽しくスポーツをしたのはいつぶりだろうか。

ここ百年はやっていない。

 

そこで思考が途絶える。

近づいてくる気配を感じたから。

気配のする方を向くと、そこには耶倶矢がいた。

 

 

「耶倶矢か。どうしてこんなところにいるんだ?みんなのところで待っているはずじゃないのか?」

「くく……颶風の加護を持つ我に、あの程度の隔てりは意味をなさん」

「俺は理由を訊いたんだがな」

 

 

まったくかすりもしていないじゃないか。

 

 

「う、うっせ!!」

 

 

顔を真っ赤にしながら反論してくる。

 

 

「口調が乱れてるぞ」

「くく……我が芝居に謀られたな。我が手の平で踊る貴様はたいそう滑稽であったぞ」

「……………」

「……何よその目は」

 

 

俺が生暖かい目で見ていると、耶倶矢がぶー、と唇を尖らせた。

 

 

「無理して口調を変えなくていいんじゃないか?」

「無理せてないし!!これが普通だし!!」

「戻ってるぞ」

「は……っ!!」

 

 

耶倶矢は愕然とした顔を作ったかと思うと、はぁと息を吐き、小声で呟いてきた。

 

 

「……だって、あれじゃん。私、精霊だし。こう、超凄いじゃん?だったらやっぱりそれなりの威厳というとかさ、そういうのが必要なわけじゃん?」

「そうか?」

 

 

俺の知りえる中では、威厳があると言えたのは『D×D』の世界の魔王や四大熾天使(セラフ)ぐらいしか思い当たらない。

その他は、どこか抜けているところあった。

 

 

「耶倶矢がいいならそれでいいが。それで用件とは?」

 

 

耶倶矢は「あぁ」と首肯してから続けてきた。

 

 

「なんかめんどくさいからこのまま続けちゃうけどさ、今私と夕弦は、あんたを巡ってバトルしてるわけじゃん?それで、明日にはその決着もつく」

「そうだな」

 

 

ここで耶倶矢は「私を選んでくれ」と普通は言うだろう。

だが、

 

 

「―――刃。あんた明日―――夕弦を選んでよ」

 

 

そう言ってきたのだ。

 

 

「悩むポイントなくない?だって夕弦、超可愛いじゃん。ちょっと愛想はないかもしんないけどさ、従順だし、胸も大きいし、もう男の妄想が形になったような超絶萌えキャラじゃん?しかも、多分あいつを選べば、いろいろサービスしてくれんじゃないの?選ばない手はないでしょ。だから―――」

「ちょっとまて」

 

 

そこまで聞いた俺は、一度耶倶矢の話を止める。

 

 

「負けた方は勝った方に取り込まれて、消えてなくなるのにか?」

 

 

俺がそう返すと、耶倶矢は頭をかきながら困ったように笑った。

 

 

「んー……そりゃ私だって消えたかないけどさ。でも、それ以上に―――私は、夕弦に生きて欲しいの。もっともっといろんなものを見て、思いっきり感じて欲しいの」

「へぇ……」

 

 

いろいろと考えているんだな。

相手の―――夕弦のことを。

 

 

「っていうか、あんたさえ乱入してかなきゃあのとき全部済んでたんだからね。あそこで派手に激突して、私が『やーらーれーたー』ってダウンして終わりだったのに」

 

 

耶倶矢がビッ、俺に指を突き付けながら言ってきた。

 

 

「じゃあなんで俺を惚れさせた方が勝ちなんてルールにしたんだ?」

「あぁ、あれ?そりゃ、夕弦の方が可愛いからに決まっているじゃない。この勝負なら、まず間違いなく夕弦が勝てるでしょ?」

「そうか?別に―――」

 

 

俺の言葉を続けさせないように、耶倶矢が俺の唇に人指す指を突き立ててきた。

 

 

「別に刃の意見は求めてないし。あんたはただ明日、夕弦の方が可愛いですちゅっちゅっ、ラブリー夕弦たんハァハァって言えばいいのよ。……でないと、この島ごとあんたの友達全員吹きと飛ばしてやるんだから」

 

 

言葉の途中で耶倶矢が目を細くし、声を低くした。

俺を脅しているのか?

 

この俺を?

 

面白い。

実に面白い。

 

耶倶矢がくるりと身体の向きを変えて、やたらと格好良いポーズを取った。

 

 

「くく……ではさらばだ人間よ。此度交わせしは血の盟約ぞ。違えれば其の身の髄まで煉獄の炎に灼かれると知れ!!」

 

 

そう言い残して、耶倶矢が去っていった。

 

ははは、これは面白くなってきたぞ。

これで夕弦を選ばなかったらどうなるのだろうか?

戦闘になる?

それもまた良しだ。

 

いつまでもここに居ると不振がられてしまうな。

ベンチから立ち上がり、十香たちの元に戻ろうとした時だった。

 

 

「制止。刃、止まってください」

「はい?」

 

 

背後から声をかけられた。

この声は夕弦だ。

後ろを向くと、やはりそこには夕弦が立っていた。

 

 

「どうかしたか?」

 

 

そう訊くと、夕弦はふっと耶倶矢の消えて行った方に顔を向けて、静かに開いた。

 

 

「質問。―――耶倶矢と何を話していたのですか?」

「あー……」

 

 

俺が濁していると、夕弦が小さく肩をすくめながら息を吐いてきた。

 

 

「撤回。いえ、やはりいいです。大体の予想はついています」

「そうか」

「肯定。大方―――明日の選定の際、自分を選ぶように言ってきたのでしょう?」

「ははは―――」

 

 

俺が言葉を続けようとすると、夕弦が手を広げて制止してきた。

 

 

「質問。それは構わないのですが、その際耶倶矢は何かをしましたか?」

「何か?」

「例題。たとえば刃に抱き着き首筋に舌を這わせたり、胸に刃の顔を挟んだり、刃の水着に手を突っ込んで股間をまさぐったりしましたか、と訊きます」

「しないね」

 

 

俺は淡々と答える。

当たり前だろ。

夕弦がやれやれと首を振る。

 

 

「落胆。耶倶矢はそこが駄目です。詰めが甘いです。耶倶矢がきちんと誘惑すれば、刃なんて発情期の猿くらい簡単に落とせるというのに」

「いや、それはねぇよ」

 

 

でも何だこの言い回し。

これではまるで―――

 

 

「請願。夕弦は刃にお願いがあります」

 

 

と、俺の施行を中断させるように夕弦が声を発した。

 

 

「何だ?」

 

 

このフレーズは先ほども聞いたような気がする。

 

夕弦は気負うこともなく言葉を続けた。

 

 

「請願。刃、この勝負、是非耶倶矢を選んでください」

 

 

やっぱりそうですか……

やはりそうなのか。

 

 

「要求。お願いします。明日、絶対耶倶矢を選んでください。約束です」

「なんで?」

「説明。耶倶矢の方が遥かに優れているからです。悩む余地はありません。刃も、耶倶矢の可愛らしさはよく知っているはずです。多少強がりなところはありますが。一途ですし、面倒見はいいですし、触れれば折れそうな華奢な肢体をぎゅっと抱きしめた時の快感はもう天国としか形容できません。きっと耶倶矢を選べばいろいろやらせてくれるはずです。是非、耶倶矢を」

「耶倶矢が勝ったら夕弦は消えるのだろう?」

 

 

俺の問いに、夕弦は目を伏せてうなずいた。

 

 

「耶倶矢こそ、真の八舞に相応しい精霊です。刃だってこの一日でよくわかったでしょう?耶倶矢はとても魅力的です。選ばない道理はないはずです」

「おまえらは競っていただろうに。なぜそんなことを言う」

「解説。耶倶矢はああ見えて恥ずかしがり屋です。焚き付けてあげないと、自分からああいったアピールはできません」

「はぁ……」

 

 

俺が溜息を吐くと、夕弦は俺の耳元で囁くように言った。

 

 

「念押。明日、耶倶矢を選ぶと言ってください。さもなくば、刃の友人たちに不幸が訪れることになります」

 

 

脅しまでそっくりだ。

それだけ言い残して、夕弦は俺の元を去っていった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

夕食をさっさと食べ終えた俺は、旅館の廊下をのろのろと歩いていた。

 

耶倶矢も夕弦も、相手が生き残るのを良しとしている。

 

この事実は、どちらよりも先に俺が知ったことだ。

共に思いあっている。

すごいことだ。

 

 

「おい、ヤイバ」

 

 

耳元で大声を発せられた。

振り向くと、そこには浴衣姿の十香がいた。

 

 

「まったく、ようやく気付いたかヤイバ」

 

 

ぷくー、と頬を膨らませている。

可愛いじゃないか。

 

十香はジッと俺の顔を見つめてきた。

 

 

「どうした?」

「いや」

 

 

十香はふzつと視線を逸らすと、小さく唇の端を上げ、俺の手をきゅつとにぎってきた。

 

 

「ヤイバ、よかったら、少し外へ行かないか?」

「ん?」

「夜の海をな―――見てみたいのだ」

 

 

そう言いながら俺の手を引いてきた。

 

 

「まずくないか?そろそろ先生の見回りに来るだろうし」

 

 

すると、十香は唇を突き出すようにしながら、ほぅと気を吐いた。

 

 

「……すまん、刃。少し嘘を吐いた」

「なんだ?」

「その……なんだ、せっかく修学旅行に来たのに、なんだか……あまり話せていないだろう?だから―――ヤイバと、二人でお話しがしたかったのだ」

「!?」

「駄目……だろうか」

 

 

そんな上目遣いで見ないでくれ!!

そんなの反則だ。

そんなことされたら、

 

 

「もちろんいいぞ」

 

 

駄目といえるわけがない。

 

すると、十香は満面の笑みを浮かべながら俺を引っ張って言った。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

夜の浜辺には人影はなかった。

当たり前だろう。

 

俺と十香は、ゆっくりと海岸沿いの防波堤付近を歩く。

何気にない会話をしながらな。

 

 

「―――でな、昨日の夜は亜衣、麻衣、美衣たちと枕投げをしたのだ」

「そんなことしていたのか……」

 

 

枕投げ……

そんな他愛もないことはここ数千年はやっていない。

まぁ枕投げなんかしていたら怪我人は絶対に出るだろう

 

不意に十香が振り返ってきた。

 

 

「それで―――ヤイバ。一体、何があったのだ?」

 

 

するどい。

いつもはあんなに子供らしいのい……

勘、て奴なのかな。

 

まぁ十香になら言ってもいいか。

 

 

「耶倶矢にな夕弦を選べと言われた」

「何……?そんな馬鹿な、それでは耶倶矢がは―――」

 

 

言いかけたが、十香は小さく首を振った。

 

 

「いや……しかし、そうか。私も、私が死なねばヤイバが死んでしまうと言われたらなら……そうするかもしれない」

 

 

純粋にうれしいな。

そんな風に言ってもらえるのは。

 

 

「でな、夕弦には耶倶矢を選んでくれと言われた」

「なんと……それでは耶倶矢と夕移るは―――」

「そうだ。互いに相手を生かしたがっている。たとえ自らが消えてなくなろうがな

 

 

十香はむぅ、とうなって黙り込んだ。

そして数十秒、十香は神妙な面持ちで考え込むように眉をひそめた。

 

 

「なぁ……ヤイバ。私は思うのだが―――」

 

 

その瞬間だった。

前方から地面を踏みしめるような音が聞こえてきた。

そこには耶倶矢が立ってた。

 

 

「なんでここにいる」

「今の……何?」

 

 

俺の問いに答えず、耶倶矢は静かに―――しかし激しい憤怒に染まった声音でを発してきた。

 

 

「夕弦が……私を?は……?意味わかんない。何言ってんの?」

 

 

独り言を呟いているようだった。

耶倶矢は歯を噛みしめ、拳を握っている。

それに合わせるようにして、周囲に冷たい風が渦巻いていく。

 

だが、それだけではなかった。

 

夕弦まで来てしまった。

 

耶倶矢と同じように顔を俯かせている。

 

 

「復唱―――要求。耶倶矢が……夕弦を選べと?そう言ったのですか?」

 

 

一息入れて、耶倶矢と夕弦が叫んだ。

 

 

「「ふざけるな……ッ!!」」

 

 

瞬間、二人が怒号に近い声で叫ぶのと同時に二人あら凄まじい風圧が発せられる。

 

 

「結」

 

 

風圧から俺と十香を守るように結界を張る。

 

凄まじい風の反流が耶倶矢と夕弦の身体にまとわりついた。

二人の身に着けていた衣服を光の粒子に変えていく。

 

霊装が―――全身を締め付ける拘束衣にが出現し、首と手足を錠を掛けられた。

 

それだけではない。

 

耶倶矢の右肩に無機質な翼が現れた。

そこを起点とするように、右腕に金属のような光沢をもった手甲が構築され、最後にその手に、身の丈を超える巨大な槍が現れる。

 

 

「〈颶風騎士(ラファエル〉―――【穿つ者(エル・レエム)】!!」

 

 

それと全く同時に、夕弦の肩にも無機質な翼が生えた。

そして左腕を鎧が覆っていき、その手の中に、先端に菱形の刃が着いた紐のようなものが握られている。

まるでダウンジングで使うペンデュダムのようだ。

 

 

「呼応。〈颶風騎士〉―――【縛める者(エル・ナハシュ)】」

 

 

耶倶矢が槍を構え、夕弦がペンデュラムの先端に着いた刃を宙に受けべる。

 

二人は天使を顕現させた。

これから喧嘩が始まるのか。

精霊の喧嘩が。

 

二人は互いを睨みつけ合う。

そして忌々しげに口を開く。

 

 

「……ふざけたことしてくれんじゃないの、夕弦。私を選べですって?」

「反論。耶倶矢こそ、なんのつもりですか。夕弦はそんなこと、頼んだ覚えはありません」

 

 

その言葉と同時に、風の勢いが増していく。

そのまま二人は言い合い続ける。

やがて、一つの結論に至った。

 

決闘。

 

その決着方法も特殊だった。

 

 

「「―――倒れた方が、勝ち」」

 

 

結局これから起きることはただ一つ。

どちらかが倒れるまで止むことのない闘争だ。

 




今回はものすごく長くなってしまいました。
申し訳ないです。


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第5話~二人同時~

さて、困ったことに目の前では八舞姉妹が喧嘩をしているのだが。

それ自体は困ったことではない。

 

なら何に困っているか?

 

八舞姉妹がぶつかり合ったことでできる暴風にだ。

俺は何ともないのだが、十香が吹き飛ばされてしまう。

それに周りの細い木々は、吹き飛ばされてしまっている。

万が一、十香に当たったら大変だ。

 

暴風のせいで聞こえないが、八舞姉妹は何か言い合いながら闘っているようだ

かろうじて口が開いたり閉じたりしているのを確認できる。

まぁ呼吸をしているだけの可能性かもしれないが。

 

どうしようか……?

 

十香を結界に閉じ込めて行くのはいいが、万が一結界が壊されたらたまったものではない。

結界を何重もかけているのもいいかもしれない。

強度に限度はあるがそう簡単には破られないはずだ。

 

十香には例の防御術式を組み込んだ指輪とネックレスを渡してある。

この二つがあれば攻撃からは身を守れる。

 

なら大丈夫じゃないか?

 

エレンの襲撃からも身を守れるだろうし。

最悪、精霊の力を十香に戻してもいい。

 

よし、行こうか。

 

 

「十「ヤイバ!!気を付けろ!!何かがいるぞ!!」…はい?」

 

 

十香が俺の言葉にかぶせて言ってきた。

 

周囲を見回す。

そこには、俺と十香を囲うように、十体ほどの人影があった。

 

まったく気づかなかった。

 

考え込んでいたせいなのか、それともDEMのステレスがすごいのか。

多分、考え込んでいたせいだろう。

俺の悪い癖だ。

マルチタスクがあまり上手くない。

 

人影を改めて視認する。

人間ではないな。

フルフェイスヘルメットのように頭部に細身のボディが連なっていて、人間とは逆向きの関節をした脚部が地面を踏みしめている。

それらを構成しているのは、金属だ。

鏡面みたいに磨き上げられている。

身体の各所には、CR-ユニットみたいなパーツも見受けられる。

 

アンバランスだな。

 

これが俺の感想だ。

猫背気味だし、正直言うと、醜いな。

 

 

「なんだこの醜い物体は」

 

 

思わず口にも出してしまった。

 

 

「DD-007〈バンダースナッチ〉……といっても、わからないでしょうか?」

 

 

俺の呟きに反応するように、人形の陰から一人の少女が出てきた。

 

エレン・ミラ・メイザース

 

DEM第二執行部部長にして、世界最強の魔術師。

そして、この修学旅行の随行カメラマン(笑)である。

 

 

「よう、世界最強の魔術師」

「ぬ、おまえは……」

 

 

俺と十香がほぼ同時に声を発すると、エレンが大仰に首肯する。

 

 

「ようやくひとけのないところに来てくれましたね、十香さん。一人余計な方がいらっしゃるようですが―――まぁ、それくらいはよしとしましょう」

 

 

そう言って俺の方を一瞥して、興味な下げに鼻を鳴らした。

俺の言葉は無視しているようだ。

 

 

「しかし、驚きました。まさかあの二人が精霊だったとは。―――しかも、優先目標である〈ベルセルク〉ときたもものです。積もり積もった不運の代償としてはお釣りがきますね」

「で、世界最強の魔術師が何のようだ?」

「ほう……!!」

 

 

エレンが初めて俺に興味を示した。

どうやら俺の声がやっと届いたようだ。

 

エレンが手を掲げる。

すると、それに合わせるようにして、〈バンダースナッチ〉が一斉に姿勢を低くして、俺と十香に向かって飛びかかってきた。

 

だがそんな単調な攻撃が通るわけがない。

 

 

「十香、ここで大人しくしてくれ」

「う、うむ」

 

 

少し戸惑いながらも、しっかりと返事をしてくれた。

 

 

「―――アスカロン」

 

 

結界から出て、結界の上に立つ。

 

アスカロンに魔力を込める。

すると、刀身がプリズムのように様々な色に輝き始める。

相変らずかっこいい。

 

 

「破ッ!!」

 

 

右足を軸にして一回転する。

魔力によってできた斬撃が、飛びかかってきた〈バンダースナッチ〉を切り刻む。

刻むといっても、二分割にだが。

 

 

「ヤイバ!!」

 

 

十香が声を上げる。

それと同時に、結界が内部から解かれた。

十香は俺に向かって何かを振るった。

すると、後ろから爆発音が聞こえてきた。

振り向く。

 

そこには、〈バンダースナッチ〉の残骸があった。

 

改めて十香を見る。

霊装を纏っていた。

俺が許可したわけではないのにだ。

そういえば、少しだけは気持ちの変動で漏れ出すんだったな。

すっかり忘れていた。

 

 

「大丈夫か!!ヤイバ!!」

「あ、あぁ……」

 

 

しかしまずいことになった。

エレンの前で霊装を纏ってしまうとは。

 

 

「―――〈プリンセス〉。やはり本物でしたか」

 

 

ほら、このとおりだ。

 

エレンは十香に向かって手を差し伸べるように伸ばしてきた。

 

 

「十香さん。私とともに来てはくださいませんか。最高の待遇をお約束します」

「―――ほざけっ!!」

 

 

十香は裂帛の気合とともにそう叫び、エレンに向かって〈鏖殺公〉の決崎を向けた。

俺もそれに合わせて、アスカロンを向ける。

 

 

「さぁエレン・ミラ・メイザース。世界最強の魔術師よ。お手並み拝見と行こうか」

 

 

ニヤリと笑いながら言う。

 

すると、エレンは両手を悠然に上げる。

それと同時に身体が淡い輝きに包まれ、一瞬でワイヤリングスーツとCR-ユニットが着想された。

 

 

「―――〈バンダースナッチ〉隊、しばらく手をださないでください。音に聞こえた〈プリンセス〉がどれほどのものか、少し試させていただきます。―――ついでに身の程を知らない人間にも」

 

 

そう言って、右手で背に備えた剣を抜き、その刀身に光の刃を出現させた。

そして俺と十香を誘うように、くい、と左手を曲げて見せた。

 

こいつ、俺をバカにしているのか?

俺に喧嘩を売っているのか?

 

さっきも十香を俺の目の前で誘っていた。

こいつは、一度殺り合うしかないな。

 

 

「十香、おまえはそのまま待機していてくれ」

「な!?刃!!私だってすこ……し……は―――わ、わかった」

 

 

俺の顔をみて察したのだろう。

怒りが見て取れたのだろう。

すこし焦ったように答えてくれた。

 

 

「さぁ、エレン。世界最強の魔術師の力を見せてくれ!!」

 

 

俺はアスカロンに魔力をさらに流し込み、強化もとい狂化する。

 

 

「……何をやっているのですか?そちらがこないなら、こちらからいきます!!」

 

 

本来ならあり得ない行為だ。

相手が何をしているかもわからないのに、特攻するなど。

だが力を溜めている可能性もあるから、すべてを否定するわけにもいかないが。

 

残念ながら、俺は力を溜めるのと同時に待ち伏せをしていた。

これが表すのは、すなわちエレンの敗北。

 

 

「自分からきたら駄目だよ」

 

 

特攻してきたエレンにアスカロンを振るう。

エレンは剣でアスカロンを受け止めようとする。

が、そんな剣でアスカロンが止められるわけがない。

 

 

「な―――」

 

 

剣が砕け、そのままアスカロンはエレンの腹を切り裂く。

深くはない。

精々、1cm程度だろう、手に伝わってきた感触から推測するとだが。

 

 

「……予想外ですね。まさかただの人間であるあなたに私が斬られるとは。それにあなたの使用している剣。とても興味深いですね。ただに人間がそんなに巨大な剣を振るえるとは思えませんが」

 

 

よく喋るな。

1cm程度をはいえ、斬り裂いたのだ。

少しは痛みがあるはずだ。

いや、少しで済むのかはわからないが。

 

 

「これは〈ペンドラゴン〉を装備してきて正解でしたね」

 

 

ペンドラゴン……

 

懐かしい名を聞いた。

アーサー・ペンドラゴンにルフェイ・ペンドラゴン。

そして、アルトリア・ペンドラゴン。

 

そんなことはどうでもいいか。

 

 

「―――いきます」

 

 

エレンが俺にかなりの速さで近づいてきた。

そして、巨大なレイザーブレイドを俺に向かって振り下ろしてきた。

無論、そんな攻撃は簡単にパリィできる。

それと同時に、今の身体能力の本気で腹に蹴りを放つ。

 

 

「ぐっ―――」

 

 

詰まったような声を上げ、野球のゴロのように何度も地面をバウンドしながら吹き飛んでいく。

そのまま帰ってこない来ないところを見ると、気絶したのだろう。

まぁいくらワイヤリングスーツにCR-ユニットを装着されているからといって、俺の本気の蹴りに耐えられるはずがないか。

 

十香の方を向く。

どうやら戦闘の余波は受けていないようで、無事が確認できた。

 

 

「行くぞ十香」

「うむ!!」

 

 

十香を呼び、暴風が吹き荒れている方へ向かった。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「耶倶矢に夕弦!!」

 

 

木々が放射線状になぎ倒された森の上空に、激突を繰り返す耶倶矢ちと夕弦を確認した。

早く二人を止めないと、いつエレンが目を覚まして乱入してくるかわからない。

 

決着をつけさせるわけにもいかない。

決着が着いてしまったら、耶倶矢か夕弦のどちらかが消滅してしまう。

 

とりあえず、話しかけてみるか。

 

 

「やめろおまえら!!二人とも残れるんだぞ!!」

 

 

反応がない。

二人を覆うようにして渦巻いている風の壁が、外からの音を遮断しているのだろう。

 

風の壁を斬り裂くか。

 

これが一番いいだろう。

 

 

「十香、離れてくれ」

「な、何をするのだ?」

「あの風の渦を斬り裂く」

 

 

そう答えると、十香は驚いた顔をするが、すぐに顔を険しくして、

 

 

「無茶してはいけないぞ!!」

 

 

と、言ってくれた。

やさしいな……

 

十香の頭を優しくなでる。

 

 

「大丈夫だ。安心しろ」

「う、うむ。頑張ってくれ、ヤイバ!!」

 

 

少し頬を赤く染めながら、エールを送ってくれた。

これで俺のテンションはMAXを軽く越える。

 

早速、行動に出るか。

 

 

「―――アスカロン」

 

 

手に握っている剣の名を呟き、気合を入れる。

魔力を注ぎ、アスカロンを構える。

刀身がプリズムのように様々な色に輝き始める。

 

下方から上方へ一閃。

 

アスカロンから放たれた斬撃は、上空にに吹き荒れていた風の渦を容易く斬り裂いた。

そして、耶倶矢と夕弦の間を通るようにして空へと抜けていく。

渦を巻いていた雲が真っ二つに分かれ、今まで隠れていた月が姿を現す。

 

すると辺りに吹いていた風が嘘のようにぴたりと止み、狼狽に満ちた声が聞こえてきた。

 

 

「な―――」

「焦躁。これは……」

 

 

互いに槍とペンデュラムを向け合ってた耶倶矢と夕弦が目を丸くして、今の斬撃の出所を探っているのか、下方に目を向けてきた。

そして二人が俺の姿を確認すると、途端に眉をひそめた。

 

こいつら会った時のこと忘れているのか?

 

忘れていたとしても、失礼じゃないか。

俺の顔確認したら眉をひそめるなんて。

 

 

「刃……!?今の、もしかしてあんたが……?」

「驚愕。まさか。凄まじい威力でした」

 

 

俺はアスカロンを肩に担ぎ、口を開く。

 

 

「耶倶矢、夕弦。戦いをやめてくれないか?」

 

 

耶倶矢と夕弦に問う。

だが二人は不機嫌そうに顔を歪めた。

 

 

「……あんた、聞いてなかったの?私と夕弦は、どちらかがどちらかを取り込まないと存在できなくなっちゃうの」

「同調。その通りです。邪魔をしないでください。今このわからず屋に、耶倶矢がどれだけすぐれた精霊か教え込んでいるのです」

「っ、まだ言うか……!!私なんかが生き残ったって仕方ないって言ってるでしょ!?なんでわかんないのよ!!夕弦!!あんたが生きるべきなの!!」

「否定。そうは思いません。耶倶矢の方が生きるべきです」

「あんたは……!!」

「激昂。耶倶矢こそ―――」

「いい加減にしろ!!」

 

 

耶倶矢と夕弦の会話に割り込む。

叫んで、割り込む。

 

 

「そうだよ……決めてやる。俺が決めてやるよ。―――どちらが真の八舞に相応しい精霊かを。生き残るべきは誰なのかをな!!」

「「……っ!!」」

 

 

俺の言葉に耶倶矢と夕弦が驚愕に目を見開く。

だがすぐに視線を鋭くして俺を睨みつけてきた。

何も言ってこない。

言葉を聞くつもりはあるようだ。

 

さて、判定をしようか。

俺が決めた、俺にしかできないであろう決断を。

 

 

「俺は二人を―――耶倶矢と夕弦の両方を選ぶ!!」

 

 

俺の声が辺りに響く。

 

耶倶矢と夕弦が数秒の間俺をジッと見つめたあと……どちらからも大きなため息が聞こえてきた。

 

 

「……何それ。ふざけてんの?」

「軽蔑。小学生以下の回答です。決断力のない男性はみっともないです」

 

 

そう、呆れた声を発してきた。

 

 

「みっともないか……ははは。でもな、二人ともそれぞれ違ったところがあるんだ。選べるわけがない」

「な……っ」

「……………」

 

 

耶倶矢は頬を赤く染めた。

夕弦は半眼を作っている。

 

 

「それぞれって……知った風の口を利かないでよ!!あんたなんかに何が―――」

「わかるよ。俺はおまえらより先に知ったことがある。一つだけだけどな」

「……質問。それは?」

 

 

俺は一度息を吐く。

そして、吸い込み、吐き出すように声を出す。

 

 

「互いが、互いのことを思い合っているということだ。耶倶矢は夕弦のことを夕弦自身よりもずっと強く思っている。夕弦は、耶倶矢のことを耶倶矢よりもずっと大切にしている。そういうことだ」

「―――っ、それは」

「……………」

 

 

耶倶矢と夕弦は言葉を失ったように黙り込んだ。

俺は構わず続ける。

 

 

「さて、この結果は俺が決めたことだ。俺が責任もって実行しよう。まぁ二人には精霊の力を失ってもらうしかないのだが」

「「……ッ!?」」

 

 

俺の言葉に耶倶矢夕弦は目を丸くする。

 

 

「は……?何ですって?」

「要求。今、なんと」

 

 

一息ついて、続けようとした時だ。

十香の心配そうな顔が視界に入る。

 

軽く手を振って、心配ないことをアピールする。

 

 

「精霊の力を失う代わりに、おまえたち二人には生き残ってもらう」

「何を……言ってるの?そんなこと、可能なはずがないじゃない」

「疑念。そうです。そんな方法、聞いたことがありません」

 

 

耶倶矢と夕弦が、疑わしげな目を向けてくる。

確かに信じろと言う方が無理かもしれない。

今回の話は特にな。

通常では精霊の力を封印する方法はないからな。

 

 

「俺を信じろ。絶対に成功する。失敗したら俺の命をくれてやる。だから―――信じろ。それだけでいい」

「……何を。あんんたはただの人間じゃない。そんな―――」

「あぁ言い忘れてたな―――」

 

 

言葉を発しながら、ATフィールドをモード・天使で展開する。

 

 

「俺は万能なだけの人外だ。おまえら二人をまとめて救うぐらい―――簡単だぜ?」

「っ……」

「思案。……………」

 

 

ATフィールドを解除する。

 

耶倶矢と夕弦は言葉を失い、目を見合わせた。

急な事態に混乱しているようだ。

 

 

「だからやめろ。もう闘うな」

 

 

一言発し、俺は目をつむる。

さて、ここからどう転ぶのか。

しだいによっては、な。

 

 

「……………」

「……………」

 

 

上空では、耶倶矢と夕弦が見つめ合っている。

そして、耶倶矢が先に、静かに唇を開いた。

 

そこからしばらく二人の会話が続いた。

確かめ合うように、ゆっくり話し合っていた。

楽しそうに笑っていた。

今までに見せなかった、心からの笑顔だ。

 

そして、耶倶矢の目から大粒の涙がこぼれ落ちる。

嗚咽とともに。

次いで、夕弦の頬にも涙が一筋伝った。

 

二人が視線を合わせ、同時に唇を動かす。

 

だが、二人ののどから発せられた声は、互いに届かなかった。

 

なぜか?

 

それよりも遥かに巨大な駆動音が、耶倶矢と夕弦のさらに上空から轟いたからだ。

 

 

「何……?」

「注視。あれは―――」

 

 

耶倶矢と夕弦が空を仰ぎ見る。

俺もつられて上空を見る。

 

そこには、後部から煙を噴いた、巨大な黒い戦艦が浮遊していた。

 

いいところだったのだがな……

せっかく、二人が互いのことを知れて、いい感じになっていたのにな……

 

 

「ゆるさねぇ……」

「「「ひっ―――」」」

 

 

十香、耶倶矢、夕弦の短い悲鳴が聞こえた。

 

戦艦から先ほどの〈バンダースナッチ〉に似た何かが落ちてきた。

武器持ちだ。

先ほどから右手に携えた筒のようなものから光線を発射している。

 

それが耶倶矢と夕弦に当たりかける。

ギリギリのところでかわせたようだ。

 

 

「結」

 

 

十香、耶倶矢、夕弦を結界で保護する。

 

 

「顕現せよ、《破壊の刀剣(デストラクション・ブレイド)》―――」

 

今までは破壊神の姿にならなけれいけなかったが、もうその必要はなかった。

さらに、

 

 

「形状変化・槍(ランス)」

 

 

加えて形状変化までできるようになった。

最早これでは、《破壊の刀剣》ではなく、《破壊の武具(デストラクション・ウェポン)》だ。

この際だから名前も変えよう。

 

さて、殲滅を始めよう。

 

 

「オラァ!!」

 

 

槍をクルクルと回しながら、落ちてきた敵を殲滅していく。

 

接近してきた一体を吹き飛ばしてすぐに、槍を地面に突き刺す。

 

 

『Destroy!』

 

 

破壊を知らせる音声が辺りに響き渡る。

準備は整った。

あとは時が経つのを待つだけだ。

 

まずは俺を起点した半径6mが浸食される。

 

 

『Destroy!』

 

 

二度目の音声が鳴り響いた。

これで半径12m浸食された。

俺を起点とした半径12mには、何一つ形が残っているものはない。

 

地面だけではない。

空も、空間も破壊された。

 

そして、しばらくした後。

煙を出した戦艦はおろか、落ちてきた敵も、島も、空気も、水分も。

 

全てが破壊されつくされた。

 

残っていたのは、俺、十香、耶倶矢、夕弦だけだった。

 

ここで一つ気づいたことがあった。

結構重要なことだ。

 

〈フラクシナス〉大丈夫かな?

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

あのあと、十香、耶倶矢、夕弦を護っていた結界を解き、ゆっくり歩きながら旅館に戻っていた。

三人とも怪我はなかったようだ。

 

旅館まであと少しのところで、耶倶矢に話しかけられた。

 

 

「そうだ。刃よ、早く我らの力を封印してみせよ」

「同意。まだ時間はありますが、早い方がいいです」

「あー……悪い、また明日頼む。今日は少し力を出し過ぎたから疲れていてな。今にもぶっ倒れそうなんだ」

 

 

もちろんこれは嘘である。

だが、十香の目の前で耶倶矢と夕弦と同時にキスなんてできるはずがない。

 

 

「ふん……嘘ではないだろうな?もしこの颶風の御子に虚言など吐いたなら、その骨さえ残らぬと思え」

「私刑。ぼこぼこです」

「嘘じゃねぇよ」

「「……………」」

 

 

耶倶矢と夕弦は俺を疑わしそうな目で見てきた。

そして小さく息を吐いた。

 

 

「くく……まぁいいだろう。信じてやる。ところで十香よ」

「む?なんだ?」

「要請。少しの間、刃を貸してはいただけませんか?」

 

 

耶倶矢の言葉を継ぐように、夕弦が言う。

十香は不思議そうに首を傾げる。

 

 

「別に構わんが……何故だ?」

「い、いいから、少しの間だけ、ここで待っているがいい」

 

 

耶倶矢はそう言うと、俺の手を取って、森の脇へと誘導していった。

途中で夕弦も俺の手を取ってきた。

 

 

「で、どうしたんだ?」

 

 

移動が終わったので、訊いてみる。

 

 

「……刃。まぁ、なんというか、ありがあとうね。いろいろと」

「多謝。刃のおかげで、耶倶矢と争わずに済みました」

「別に、おまえらが互いに理解し合っただけだ」

 

 

俺の言葉を聞いたあと、耶倶矢と夕弦は目を合わせて、決心したようにうなずきあった。

 

 

「だから、まぁ、つまんないもんだけど、お礼に思って」

「請願。目を閉じでください」

「わ、わかった」

 

 

多少狼狽しながらも、大人しく指示に従って目を閉じる。

すると、

 

 

「……!?」

 

 

右と、左。

唇の右と左から同時に柔らかい感触が生まれた。

これは数万年前に経験した、テスタロッサ姉妹の同時キスに似ている。

 

目を開ける。

 

目の前には、耶倶矢と夕弦が、同時に俺の唇にそれぞれの唇をつけていたのが確認できた。

 

 

「ははは、参ったな」

「お、お礼の代わりなんだからね。私と夕弦なんで超絶美少女二人分のファーストキスよ?喜び舞い踊るならまだしも、その反応ってどうよ」

「謝罪。ご迷惑でしたか」

 

 

耶倶矢が顔を赤くして腕を組んだ。

夕弦は、すまなそうに顔をうつむかせた。

 

が、その状態も長くは続かない。

 

 

「な……」

「驚愕。これは―――」

 

 

耶倶矢と夕弦から狼狽した声が発せられた。

それも無理ないだろう。

なぜなら、二人が見に纏っていた霊装が光の粒子となって消えていったのだから。

 

 

「う、きゃぁぁぁッ!?」

「狼狽。えっちです」

 

 

耶倶矢と夕弦が胸元を覆い隠す。

そしてその場にうずくまる。

 

俺はすぐにタオルケットを創造して二人の肩にかける。

 

 

「落ち着け。さっきのキスで霊力が封印されただけだ」

 

 

耶倶矢と夕弦はタオルケットにくるまりながらも、俺の話をしっかりと聞いてきた。

 

 

「ヤイバ?何やら光っていたが、何かあったのか?」

「ん、十香か。いや、二人の霊力を封印しただけだ」

「そうか!!ならもう安心だな!!」

 

 

どうやら納得してくれたようだ。

良かった。

ちょっとチョロすぎるような気もするが。

 

こうして、修学旅行は幕を閉じた。

 

 

 




5章、終章!!

みなさん、お久しぶりです。
結構な間投稿できなくてすいませんでした。
リアルが忙しくなったのと同時に、体調を崩してしまいました。

これからはこのようなことがないように、できれば一日一話、無理なら二、三日に一話ずつ投稿していこうと思います。

とある編ですが……もう少しお持ちください。
なんとなくの構成ができてきたので、もう少しで投稿できそうです。
今週末には投稿します。

では、また次話で。


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第6章 美九リリィ
第1話~歌姫~


夏休みが明けて、九月八日。

未だに夏の暑さが抜けきらなくて困りきっている午後のことだ。

来禅高校の体育館は今、異様な雰囲気に包まれていた。

 

 

『今からちょうど一年前……我らは多くのことを学ぶこととなった』

 

 

檀上に立って、拳を握りながらマイク越しに声を絞り出しているのは、クラスメートの山吹亜衣だ。

ちなみにその両脇には亜衣とセットでいつも一緒にいる葉桜麻衣と藤袴美衣が親衛隊かボディーガードみたいに、『休め』の姿勢で立っている。

ついでに左右に来禅高校の校旗まで立てかけてある。

 

亜衣はの異様な力の入り具合はも相まって、まるでこれから開戦を宣言する一国の元首のように見える。

 

 

『苦汁の味を、敗北の屈辱を……這い蹲らされた地の冷たさを』

 

 

拳を震わせながら憎々しげに言っていた亜衣が、バッと顔を上げた。

 

 

『さぁ諸君。見るも哀れな敗残兵諸君。私は君たちに問いたい。我らは苦汁を舐めたままなのか?這い蹲ったままなのか?敗北に沈んだままなのか……!?』

 

 

ダン!!と亜衣が拳を演台に叩きつけた。

マイクのハウリング音が辺り響き渡った。

 

うるさい。

拳も痛そうだ。

 

 

『否!!否だ!!貴奴らは重大な失敗を犯した!!それは我らに復讐の牙を研ぐ時間を与えてしまったことである!!悲願成就の時は来た!!来禅に栄えあれ!!来禅に誉れあれ!!我らが渾身の一撃を以て、気奴らののどを噛み千切らんッ!!』

「「「「「おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」」」」」

 

 

亜衣が拳を振り上げるのと同時に、それに呼応するように、体育館にひしめいていた生徒たちが一斉に声を上げた。

 

正直に言うと、無駄にうるさい。

 

テンションが上がっているとはいえ、騒ぎ過ぎだ。

もう高校生だぞ?

もう少しで大人の仲間入りだ。

 

 

「ヤイバ、亜衣は一体何を言っているのだ?どこかと戦争でも始めるのか……?」

 

 

と、右方から怪訝そうな声が聞こえてきた。

目をやると、俺の隣に立っていた十香が視線を向けてきていた。

 

夏服、最高だな。

 

おっと、脱線した。

表情は困惑の色に染まっていた。

まぁ何も事情を知らない者が今の演説を目にしても、何だこれ?、みたいになるのは必然だ。

 

 

「今月にな、天央祭があるんだ」

「天央祭?なんだそれは」

「簡単に言えば、クソでかい文化祭だ」

 

 

俺の言葉に、十香は目をキラキラと輝かせた。

 

 

「文化祭……おぉ、テレビで見たことがあるぞ。学校に食べ物やが並ぶ夢のような祭だ」

「おいおい……」

「おぉ……そうか、文化祭をやるのか!!それはあれだ、うん、いいと思うぞ!!」

 

 

言ってとてもうれしそうな表情を浮かべたが、すぐに首をひねった。

忙しい奴だ。

 

 

「ぬ……?それで、なぜその文化祭をやるのに、このような決起集会が必要なのだ?」

「あー……天央祭ってのはな、天宮市内の高校十校が合同でやる文化祭なんだ」

「十校で……合同?」

 

 

十香が目を丸くした。

俺はうなずく。

 

 

「まぁ当時は学校数も生徒数も少なかったらしいからな。一緒にやって盛り上げようってことだったらしい。それが、住民数が増えた今でも続いているんだ」

 

 

厄介極まりない。

この学校は結構生徒数の多い方だと思っている。

なのに、これ以上増えたら―――面倒事が増える。

 

その一つが、これだ。

 

 

『今年こそ!!今年こそは、我が来禅が王者の栄冠を手にするのだ!!』

 

 

檀上の亜衣が高らかに叫ぶ。

 

そう、これが面倒事だ。

天央祭は、模擬店部門、展示部門、ステージ部門などの優秀校を投票により決める。

最優秀賞に選ばれた学校は、以後一年王者に君臨することになるだけという、俺的にはどうでもいいことなのだ。

 

王者に君臨したからなんだ?

何がある?

自慢できる?

馬鹿言うな、王者になったぐらいで自慢してどうする。

 

と、俺が十香に説明をしていると、背後から何やら声が聞こえてきた。

 

 

「くく……なるほどな。亜衣たちが奮起している理由がようやく知れたわ」

「納得。そういうことであれば負ける訳にはいきません」

 

 

見やると、そこにはいつの間にか瓜二つの少女―――耶倶矢と夕弦の八舞姉妹が建っていた。

 

うむ、相変らず可愛い。

 

 

「耶倶矢に夕弦、なんでここにいるんだ?」

 

 

この二人は俺と十香とは同じクラスではないのだ。

耶倶矢と夕弦は二人で一緒にいれば十分精神状態が安定するらしい。

だから隣のクラスへの編入となったのだ。

 

無論今は集会の最中だ。

クラスごとに分かれて整列しているはずなので、八舞姉妹も列を隔てて三組の方にいるはずだ。

 

まぁ理由はすぐにわかった。

興奮状態の生徒たちは来禅コールを繰り返していて、クラスごとの列など意味をなしていなかった。

 

 

「ふ、とはいえまぁ、我ら八舞姉妹がいる異様、来禅の勝ちは揺らぐまいて」

「同意。夕弦と耶倶矢のコンビは最強です。どんな相手がこようと無敵です」

「くく、そういうことだ。何しろ夕弦ときたら何をしても完璧にこなしてしまうからな」

「肯定。しかも夕弦以上にパーフェクトな耶倶矢もいるのです。負ける道理がありません」

「いゃふふ……このー、なんだー、むず痒いぞ夕弦ー。つんつん」

「微笑。耶倶矢こそ。つんつん」

 

 

なんて、楽しそうにに微笑みながらお互いの二の腕をつつき合っている。

この光景を生で見れることを、俺は誇りに思います。

 

もう百合百合な展開を目の前で見せつけてくれている。

最高だ。

 

二人の世界を作り始めた八舞姉妹から視線を十香に視線を戻す。

 

十香は何やら無地傾げにうめいたあと、ふぅむとうなずいた。

 

 

「なるほど……つまり食べ物屋もたくさんあるということだな?」

「もうそこから離れようか」

 

 

十香はどれだけ食べることが好きなんだ。

でもどれだけ食べてもぜんぜん太らないよな。

 

 

「そうか、ふむ、そうか……ふふ、楽しみだなヤイバ。一体何屋があるのだ?」

「あー……それはだな―――」

「説明しよう!!」

 

 

俺が応えるよりも早く、今度は前方から声が響いてきた。

見ると、そこには殿町が特撮ヒーローのようなポーズをとりながら立っていた。

 

馬鹿だ。

馬鹿がここにいる。

 

それから、殿町が十香に名前を呼ばせるなどの無意味なことをさせてから説明した。

まぁ内容はまったく知らない。

余計なことを十香に吹き込んでいないのを祈ろう。

万が一吹き込んでいたら―――潰すか。

 

 

「―――今年の龍胆寺にはもう一つ、きな臭い噂がある」

 

 

殿町から聞こえてきたこの一言で俺は思い出す。

あぁ、そう言えば今回の精霊は―――

 

誘宵 美九

 

だったな。

 

竜胆寺女学院の生徒で、さらに男性を寄せ付けないアイドルとして天宮市内に在住・活動している。

話しかけるだけで好感度がゴキブリ以下に下落していくほどの極度の男嫌いで、かわいい女性が大好きないわゆる百合っ子。

しかし他人の絆というものに関心がなく、お気に入りの女子が死んでもまた新しいお気に入りを探せばいいと公言している、少しぶっ飛んでいる女の子だ。

 

しかし、

 

 

「―――美九たんだよ美九たん。五河も知ってるよな?」

 

 

そのタイミングで急に話を振られても何のことを話しているか分からないぞ、殿町。

まぁどうにかわかるけど。

 

 

「一応はな。ミステリアスアイドルとか言われているんだろ?それより俺は創破のほうが好きだ」

 

 

何気なく創破の名を出してみる。

これで知名度がわかる。

これで天央祭で美九と真正面から闘えるかが少しだけ決まる。

 

 

「あー……俺も好きだぜ、創破。顔は一切表に出てきてない歌い手だろ?作詞作曲もすべて自分でやっていて、なおかつPVまで自分ですべて作ってるって。マルチクリエーターすぎだぜ。美九たんを押さえて今までかなりの回数ランキングで一位を取ってるしな」

 

 

どうやらかなり知れ渡っているようだ。

よしよし、これでどうにか美九に対抗できそうだ。

 

 

「なぁヤイバ」

 

 

十香に声を掛けられた。

俺は殿町から十香に視線を移す。

 

 

「なんだ?」

「天央祭当日は一緒に食べに行こう!!」

 

 

十香が満面の笑みを浮かべながら、右手の小指をピンと立ててきた。

 

 

「ん?」

「令音に教えてもらったのだ!!指切りというらしい」

「なるほど」

 

 

俺も右手の小指をピンと立てて、十香の小指を組む。

 

 

「「指切りげんまん、うそついたら針千本飲ーます」」

 

 

無事に十香と指切りをすました。

 

そして同時に気づいたことが一つ。

辺りがやたらと静かなのだ。

何があった?

 

 

『いや、っていってももう大体の仕事は終わっているのよ?ホントホント。会議のとき座っててくれるだけでいいからさ!!マジもう超アットホームな委員会だから!!スキルアップに繋がるから』

 

 

今の言葉から推測してみよう。

多分、役員が何等かのアクシデントによって退場。

よって、代わりに役員を補充したい。

ってところだろう。

 

勧誘の仕方がブラック企業みたいだ。

周りを見回すと、誰一人亜衣と目を合わせようとしない。

そりゃそうだ。

絶対に役員なんてやりたいわけがない。

 

大体の仕事が終わっている。

 

ということはまだ少しは仕事が残っているということだ。

だったらなおさらやりたくないだろう。

 

俺はどう転んでもやらないので、十香の髪を久しぶりに撫でる。

今このタイミングですることではないが、無性にしたくなってしまったのだ。

 

 

「む?どうしたのだ」

「いや、綺麗だなって」

「そ、そうか」

 

 

十香が顔を赤く染めた。

可愛い。

 

 

「議長!!」

 

 

殿町が急に声を出した。

 

 

『はい、殿町くん』

「天央祭の実行委員に、五河刃くんを推薦しますッ!!」

「あ゛ぁ?」

 

 

何言ってんだコイツ?

でも待てよ、ここで実行委員になっておけばある程度流れが読める。

これは逆にいいんじゃないか?

よし、やってやるか。

 

 

「いいぜ、俺がやってやるよ」

『ホント!?ありがとー!!二年四組五河刃くんを、天央祭実行委員に任命しまッす!!』

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」」」」」

 

 

まったく、調子のいい奴らだぜ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

すっかり日も落ちた十九時三十分。

俺は薄暗い道をゆっくりと歩いていた。

 

 

「あ゛ー……やっぱりやらなければよかったか?」

 

 

あの後、仕事の引き継ぎをしたのだがこれがまた面倒だった。

ブースの設営の決まり事から始まり、よさんの配分に各種伝達事項その他諸々の情報を次々を詰め込まれた。

途中で面倒になったので、一度に一気に説明してもらった。

十人程度からなら本気だせば脳内で処理できるからな。

 

 

「あれ……?」

 

 

街灯に照らされた道の上に、小さな人影が見受けられた。

 

つばの広い麦わら帽子を被り、淡い色のワンピースを纏った小柄な少女だ。

左手にはウサギのパペット―――あぁ四糸乃か。

どうやら塀に張られているポスターを見ているようだ。

興味深げに、大きな目をさらに大きく見開いている。

 

 

「―――四糸乃」

「……!!」

 

 

名を呼ぶと、四糸乃が肩を揺らして俺の方に視線を向けてきた。

 

 

「あ……刃、さん」

『おー。見ぃーつーけたー』

 

 

四糸乃が小さな声を発し、次いでよしのんが甲高い声を上げる。

 

 

「どうしたんだ?」

「あ、あの……私、刃さんのおうちに、お邪魔してたんです、けど……刃さんの帰りが遅くて、琴里さんが心配してから……それで……」

 

 

様子を見に来てくれたのか……

うれしすぎるだろ。

 

 

「そうか、ありがとうな」

 

 

そう言い、四糸ノの頭を撫でる。

 

 

「あ……こ、これって……一体……」

 

 

四糸乃は頬を染めた後、右手の人差し指をポスターの方に向けた。

 

 

「あぁ天央祭だよ」

 

 

四糸乃にそのまま天央祭のおおまかなことを話す。

すると、四糸乃が何やら興味深そうにうなった。

 

 

「そんなのが……あるんですか……」

『はー、楽しそうだねー』

「よかったら四糸乃とよしのんもこいよ」

 

 

俺がそう言うと、四糸乃が驚いたように目を丸くした。

 

 

「い、いいん……ですか……?」

「あたりまえだ。うちの学校でもいろいろ出し物するしな。遊んで行ってくれよ」

『あっらー、よかったねー、四ー糸乃』

「う、うん……!!」

 

 

よしのんがぷにぷにと四糸乃の頬をつつく。

四糸乃は嬉しそうに首肯した。

 

俺も四糸乃の頬をぷにぷにしたい……

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

家に着いた俺は靴を脱いでいた。

すると、バターン!!とリビングの扉が開け放たれ、そこから妹の琴里が飛び出してきた。

そして、

 

 

「遅ぉぉぉいッ!!」

 

 

そう叫び、俺の鳩尾に見事な跳び蹴りを放ってくる。

 

 

「……………」

「……………」

 

 

互いに顔を見合わせる。

先に口を開いたのは俺だ。

 

 

「足、大丈夫か?」

「……痛ったぁぁぁいッ!!」

 

 

琴里は俺の鳩尾に蹴りを放った方の足を手で押さえて飛び跳ねている。

そりゃそうだろう。

俺の身体に何の強化なしで自分の身体で攻撃をしたら攻撃をした自らの身が痛むに決まっている。

 

 

「で?どうしたいきなり」

「……それはこっちの台詞よ。なんでこんなに遅いのかしら?一本の電話もなしに」

 

 

八時前か……

さすがに遅かったか?

確かに妹を一人で家に置いておくには少しな。

 

 

「悪い。文化祭実行委員になったからな」

「実行委員……」

 

 

琴里は俺の言葉を聞くと、なぜか、ほぅと息を吐いた。

 

 

「体調が悪くなったりだとか、そういうことはないのね?」

「あぁ……」

「なによりで。―――それより、四糸乃を迎えによぶなんてどういう了見よ。もう日も落ちてるってのに」

 

 

俺が頼んだわけではなにのだがな……

だがまぁ、俺のせいで四糸乃が来てしまったのだから、

 

 

「悪い。今後は気を付ける」

「あ……そ、その、琴里さん、刃さんは……」

「いいから」

 

 

俺を擁護しようとしてくれた四糸乃を制止した琴里。

怖いぜ。

 

琴里はそんな様子を見て、一層不機嫌そうに顔を歪めた。

フン、とはなを 鳴らしてリビングの方に歩いて行った。

その後ろ姿が見えなくなってから、四糸乃が申し訳なさそうに頭を下げてきた。

 

 

「すいません……私のせいで……」

「気にするな」

 

 

それにしても今日の琴里はツンツンしてたな。

まぁそれも可愛いのだが。

 

とりあえず、荷物を持ってリビングへ歩いていく

それに四糸乃も続いてくる。

 

そこで、リビングの扉が微かに開いていることに気づく。

そしてその隙間から、ジトッとした目つきで視線を放つ琴里がいた。

 

 

「どうかしたか?琴里」

 

 

琴里に問う。

すると、扉の奥からお腹の音が聞こえてきた。

 

 

「……………」

 

 

琴里が頬を赤く染めていた。

くくく、ますます可愛いな。

 

 

「何が食べたい?」

「……ハンバーグ」

「あいよ。少し時間かかるからな」

「……ん」

 

 

俺は台所に移動する。

そして夕飯―――夜飯の準備を始めた。

 

 

「……ねぇ、刃。何かあった?」

「別に何も。あぁ、霊力のことなら安心してもいいぞ。別に支障はない。むしろいい塩梅の力だ」

「そ、そう……」

 

 

俺の一言に琴里の顔が引きつった。

 

 

「……でも、本当に気を付けて。いろいろと厄介な状況になってきたし」

「そうだな……〈ファントム〉もそうだがそれ以上にDEMだ。あいつらは―――いや、いい」

「なんであんたがそんなに知っているのかは聞かないでおくわ。―――それより何よ。最後のやつ」

「いや、まだ話すわけにはいかない。まぁすぐにはなせるようになるさ」

 

 

世界の反転なんて簡単に言えるわけがない。

 

 

「DEMには気を付けろってころでいいだろ」

「そうね。連中には倫理観がないから真那は―――」

「どうした?」

 

 

途中で言葉を止めた琴里。

これは真那がまずい状況なんだな。

 

 

「あぁそうだ。コレを真那に投与してみてくれ」

 

 

そう言いながら、琴里に見えないように空間倉庫を開き、《フェニックスの涙”極”》を手渡す。

 

 

「何よこれ?」

「万能薬。怪我ならどんな状況でも治せる。腕が無くなったら生えてくるし」

「ちょっと!!それってどういう―――」

 

 

琴里がすこし叫びながら詰め寄ってくる。

そのタイミングでだった。

 

ウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――――――――――――

 

空間震警報がない響いた。

 

 

「―――琴里」

「えぇ、準備しなさい刃」

 

 

琴里はレッグホルスターのごとくスカートの中に装着していたキャンディーホルダーからチュッパチャプスを一本取り出し、一瞬で包装を解いて口に放り込んだ。

すごい……

あの包装はなかなか解けないのに。

 

さて、一仕事しますか。

まぁ美九は百合だからまず相手にされないだろうけど。

最初はね。

 



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第2話~女装で~

俺は今、天宮市の西部に位置する立浪駅前の広場にいる。

だが今現在この場所には、人の姿は全く見受けられない。

 

それもそうか。

相変らずの空間震跡である。

駅前広場は大部分が失われており、柵の一部が残っているだけだった。

 

霊力を探る。

 

どうやら南方へ移動しているようだ。

しばらく走る。

辺りを見回すと、ゴミ―――もとい、アイドルを応援するときに使うようなうちわなどが捨てられていた。

まるで、ここでついさっきまでライブが行われていたみたいだ。

 

そして俺は、ここで一つ気づく。

 

 

「歌……だと?」

 

前方―――天宮アリーナの方から聞こえてきているようだ。

壁に阻まれているせいで、よく聞こえはしないが確かに歌だ。

 

空間震警報が鳴り、観客も皆避難していなくなってしまったというのに、なぜ歌い続けるのだろうか。

 

俺は大きな扉を押し開ける。

アリーナの中に足を踏み入れる。

そのままステージが一望できる位置まで移動する。

 

なんだ……?

 

俺は見とれてしまったのかもしれない。

暗い会場の中、櫓のようにせり上がった舞台だけが、下方から幾つものスポットライトに照らされて光に溢れていた。

 

そして、その真ん中に。

 

光の粒子で縫製されたような煌びやかな衣を纏った少女が立ち、会場中に声を響かせていた。

俺の頬に何かが伝った感触がした。

 

 

「まるで歌姫(ディーヴァ)だ……」

 

 

思わずつぶやいてしまった。

 

歩みを止めていた足をふたたび動かす。

そしてやらかしてしまった。

 

会場内にカーン、という乾いた音が鳴り響く。

 

 

「あー……」

 

 

やってしまった。

まずいかも……

歌も止まってしまった。

 

 

「―――あらー?」

 

 

今まで響かせていた歌声とはまた違う間延びしたような声音だ。

俺は美九に視線を戻す。

美九は会場を見回すように視線を巡らせてから、言葉を継いできた。

 

 

「お客さんがいたんですかぁ。誰もいないと思ってましたよー」

 

 

優しげな、のんびりした声だ。

頬を伝うものはまだ止まらない。

理由はわからない。

 

 

「ふぉこにいるんですかー?私も一人で少し退屈していたところなんですよぉ。もしよければ少しお名話しませんか?」

 

 

ここで出ていくしかないのだろうが、男だとわかった瞬間に手のらを返されそうだ。

 

だが俺は行くしかない。

舞台に上がるために歩みを進める。

 

そして、

 

 

「あぁ、わざわざ上がってきてくれたんですかぁ?こんばんは。私は―――」

 

 

にこやかな笑みを胃壁ながら身体を回転させた美九は、俺の姿を確認したのと同時に、ぴたりと言葉と身体の動きを止めた。

 

しばらく無言のまま時が進んだ。

 

先に行動を起こしたのは美九だった。

ギギ……と錆びた機械のように首を回したかと思うと、すぅ……っと身体を反らしながら大きく息を吸い始めた。

そして息を吸い終えると、ギロリと俺を睨みつけてきた。

次の瞬間だった。

 

 

「わッ!!」

 

 

凄まじい大声を発した。

 

それと同時に衝撃波が俺を襲ってきた。

だがそんなもの、大したものではない。

 

 

「……何がしたいんだ?」

 

 

少し睨みを聞かせながら言う。

 

美九は少し驚いた様子を見せたがすぐに戻り、そのまま俺のすぐ前まで来た。

そして女神のように穏やかな微笑みを浮かべた。

のだが、

 

 

「え、なんで無傷だなんですかぁ?なんで落ちてないんですかぁ?なんで死んでないんですかぁ?可及的速やかにこのステージからこの世界からこの確立時空から消え去ってくださいよぉ」

「まず始めに言わせてもらおう。―――あの程度の攻撃で俺が傷つくとでも?そして俺は死ねない。最後に俺がこの世界から消えた瞬間、この世界は崩壊しつくして、この世界にいるすべてのものは破壊され尽くされるが。それでもこの世界から消えろと?」

「………………」

 

 

半分ぐらい本当だ。

 

さすがにここまで綺麗に返されるとは思っていなかったらしい。

フリーズしていやがる。

 

 

「何喋りかけてるんですかァ?やめてくださいよ気持ち悪いですねぇ。声を発さないでくださいよぉ。唾液を飛ばさないでください。息をしないでください。アナタがいるだけで周囲の大気が汚染されているのがわからないんですかぁ?わからないんですよねぇ?」

 

 

悪い……さすがにキレてもいいよな?

 

どう論破してやろうかと、真剣に考えているときだった。

アリーナの天井が一瞬ベコッとうねったかと思うと、凄まじい炸裂音を伴って爆発した。

天井に設えられていた証明装置が、バラバラと崩落する。

 

 

「あ゛ぁ?」

「あらー?」

 

 

改めて天井を見る―――が、そこには天井と呼べるものはなかった。

俺の視界に映っているのは、月明かりと雲に彩られた夜空だ。

もちろんそれだけではなかった。

闇にまぎれるように、機械の鎧を纏った人影を確認した。

 

 

「このタイミングで来るか……?」

 

 

イライラしているこのタイミングで来られると困る。

なぜなら、

 

 

「手加減、しないからな」

 

 

右手を天に掲げて、そこに魔力を集める。

それを薄く、円状に、回転させる。

さらに炎を纏わせる。

これで完成だ……

 

 

「まぁくらっとけ」

 

 

それをASTの中央に投げる。

ソレはその場で停止する。

AST共は警戒する。

が、そんなものは意味がない。

 

 

「暴炎しな」

 

 

この一言で、ソレが一気に大きくなる。

周りにいたASTを全てとはいかないが、八割がた戦闘不能にしたか。

もういいか。

あとは美九がお持ち帰りとかするだろうし。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「クソ眠ィ……」

 

 

左側には十香が腕を組んでいる。

肩に頬ずりしながら歩みを進めていた。

 

九月九日。

精霊〈ディーヴァ〉―――美九との相がううから一晩が経過した。

 

あのあと〈フラクシナス〉では、不可解な好感度低下についての会議が行われた。

どうせ明日は学校が休みだからと、俺も深夜にまで及んだ。

だが途中でいい加減眠くなったので、「そいつ、完全に百合だろ」と、俺の一言で会議は終わりを告げた。

 

そして今朝になって急に亜衣から電話があり、「今日は天央祭の各校合同会議があるからよーろしーくねー!!」と告げられた。

せめて昨日のうちに連絡しろよ。

 

 

「ふふん♪」

 

 

左隣の十香は嬉しそうに目を細めながら、頬を肩にすりすりし、鼻歌まで歌っている。

まぁまんざらでもない。

 

ちなみにだ、合同会議会場に向かっているのは俺と十香のみだ。

実行委員である亜衣、麻衣、美衣の姿はない。

なんでも三人は一日目のステージ部門でバンド演奏をする予定らしく、その練習で来れないらしい。

だがそれは無駄になるな。

ドンマイ。

 

そして、「大丈夫大丈夫、ちゃんと代役立てといたからー」と言われて待ち合わせ場所に行ったところ、そこには十香がいた。

まぁむしろ俺的にはよかったのか。

 

しばらく歩いたところで、ようやく合同会議の会場の学校が見えてきた。

 

やはり無駄に豪華だった。

赤煉瓦で構築された荘厳な校門から、鉄製の飾り格子が左右に広がろ、その合間から青々と茂った生垣が覗かせている。

さらにそこから、赤煉瓦で敷き詰められた道が一直線に伸びている。

 

これ、いくらかかったのだろうか?

 

私立竜胆寺女学院。

それが会議の会場の学校だ。

名前の通りに、女子高だ。

 

 

「おぉ……凄いなヤイバ。これも学校なのか?」

「あぁ、本当に無駄に豪華だ」

 

 

そう言い、また歩みを進める。

十香は辺りをキョロキョロと見回している。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

守衛に生徒手帳を見せ、敷地に入った。

来賓用の昇降口から校舎内に入り、事務今日で入校許可証を受け取り廊下を歩いて目的の会場に向かう。

 

入るまでの工程が長すぎる。

面倒だ。

 

 

「ここか……第二会議室」

 

 

流石に十香に腕を抱きかかえられたままではまずいので、十香に離れてもらった。

 

扉を開ける。

部屋の中にはすでに様々な制服の生徒たちが何人もいた。

 

まだ会議の開始まで時間があるのだろう、長机が四角く組まれ、高校の名前が書かれたプレートが立てられてはいるが、席に着かずに談笑している生徒も多い。

 

まぁもちろん俺に顔見知りがいるわけがない。

なぜか周りの女子が俺のことをチラチラ見てくるのは気のせいだと思いたい。

 

それからすぐに、コンコン、と会議室の扉がノックされた。

部屋にいた各校の生徒たちが一斉に顔を上げた。

 

まるで操られているかのように。

 

扉の向こうから、優しげな声が聞こえてきた。

 

 

『失礼しまぁす』

 

 

そんな一言が聞こえてから、ゆっくりと扉が開いていく。

静々と入ってきたのは、濃紺のセーラー服に身を包んだ少女たちの一団だった。

 

そして、まるで大名行列でもでも迎える民衆のように、二列に並んで頭を垂れていく。

俺はもちろんそんなことはせず、席について十香と一緒に紅茶を呑んでいた。

もちろん、ここに来てから淹れた。

空間倉庫からバレないようにだしただけだ。

 

完全に操られているだろ。

こんなことは普通ならあり得ない。

 

もちろん、その頭を垂れられている中心の人物は美九である。

 

 

「―――こんにちはー。よくきてくれましたねー、皆さん」

 

 

こんなあいさつをしているときも、俺と十香は紅茶を飲んでいる。

頭を垂れる理由がないだろ。

 

 

「竜胆寺女学院、天央祭実行委員長、誘宵美九ですぅ」

 

 

☆☆☆

 

 

〈フラクシナス〉隊員たちが今度こそ一つの結論にたどり着いた。

俺が断言したのに、まだ悩んでいたようだ。

 

誘宵美九は百合っ子である。

 

やっとこの結論に至った。

遅すぎだぞ。

もっと早くに気づくべきだ。

 

これから美九をデレさせるの必要なものはなんだ?

 

議題はこれに変わった。

だがそれも過ぐに終わった。

 

俺が女装すればいいという結論で。

 

神無月が両サイドに、両手に様々な化粧道具を投擲道具のごとく挟み込んだたしか……〈藁人形(ネイルノッカー)〉椎崎と、数種類のウィッグを手にした保護観察処分(ディープラブ)〉箕輪が現れた。

どうつもこいつも変態だ。

 

 

「なんだそれ……」

 

 

神無月が二人を引き連れながらジリジリと距離を詰めてくる。

 

 

「大丈夫、怖くありませんよ。最初は少し足下がスース―するかもしれませんが、なに、そのうち快感に変わります。先輩が言うのですから間違いありません」

 

 

言って、ニィ、と唇を歪めた。

 

 

「琴里……」

 

 

一応、琴里の反応を確かめる。

 

 

「グットラック。―――おねーちゃん」

「はぁ……」

 

 

その答えを聞いた瞬間、溜息を吐き、すぐに変化の術を使って容姿を変える。

煙に辺りが包まれた。

 

しばらくし、煙が霧散する。

 

 

「だ、誰……?」

 

 

一番初めに反応したのは琴里だ。

目を丸くし、驚愕の表情を顔に張りつけている。

というより、唖然としているみたいだった。

 

 

「おね―――おにーちゃん、なの?」

 

 

声音が震えている。

余程驚いたらしい。

 

 

「まぁ、そういう反応になるか。ふふっ、これでいこうかな」

 

 

少し本人に似せて話してみる。

 

 

「な、なんで金髪になってるの……?それに身長も縮んでるし……」

 

 

金髪。

そう、金髪だ。

金髪といったらあの人―――吸血鬼しかいないだろ。

俺の最愛の人。

俺の奥様。

俺の嫁の―――

 

レティシア・D・神浄

 

だ。

大人の姿のな。

 

 

「ふふ、これでいいだろう?琴里」

「う、うん……」

 

 

琴里も首を傾げながらも了承してくれた。

 

 

「さ、あとはこの刃を美九を気に入ってくれるかどうかだけれど……刃、次に彼女と会えるのはいつ」

「確か次の月曜から、放課後に設営準備が始まる。だからその時には多分な」

「そ。ふむ……あんまり猶予はないけど仕方ないわね」

 

 

琴里はバッと身を翻し、

 

 

「月曜の放課後から本格的な攻略に入るわ!!」

 

 

そう高らかに宣言した。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

終業のチャイムの音が俺の鼓膜を震わせる。

そう、これは面倒事開始の合図なのだ。

 

今日は九月十一日、月曜日。

 

これから一般の生徒たちは各校で天央祭の準備に入る。

実行委員は、会場である天宮スクエアに赴いてエリアの確認をしないといけないのだ。

 

椅子から立ち上がり、教室から出て校舎の奥へと歩いていく。

そして校舎の最奥に位置する男子トイレに入り、個室に入り鍵をかける。

 

変化の術を使い、レティシアに変化する。

もちろん服装は来禅高校の制服だ。

そして絶対に装備が必要なのは、黒ニーソだ。

暑い?

それがどうした。

黒ニーソは絶対に必要だ。

 

 

「さて、いこうかな」

 

 

言葉遣いも女口調でな。

 

出るときに万が一誰かがいたらまずいので女子トイレ転移する。

もちろん、誰もいないか気配でわかるからバレる心配はない。

 

女子トイレから出ると、昇降口へと向かった。

そこには既に亜衣、麻衣、美衣の三人が揃っていて、何くれと無いおしゃべりをしている。

 

一度息を整えるために胸に手を当てながら深呼吸をする。

その時にすばらしい感触が手に……

ここまで再現できるとは、さすが俺だ。

感触も本物とまったくといっていいほど同じだ。

 

 

「少し、いいか?」

「ん?」

「え?」

「ほ?」

 

 

それぞれ別の言葉を発しながら三人が振り向き、俺のことをまじまじと見てきた。

 

 

「どーしたの?何か用?」

「背ぇ高っ、モデルさんみたーい。ていうか、モデルさん?」

「綺麗な金髪だねー」

 

 

やはり気づいていないらしい。

というより、気づいたら何者だよ。

 

 

「山吹さん、葉桜さん、藤袴さんで合っているか?天央祭実行委員の」

「なぬ、おぬし、どこでその情報を!?」

「まさか敵国の間者か!?」

「何が狙いだ!!」

 

 

と、変なポーズを取りながら言ってきた。

まぁ本気ではないようだ。

 

 

「刃兄さんからの伝言を預かっていてな。今日の実行委員は休ませてほしいと」

「なんだとゴルァ!!」

「あのヤロウ逃げやがった!!」

「火を持て!!魔女が出たぞ!!」

「「「その前に、刃兄さんだと!?」」」

 

 

やはりそこに食いついたか。

反射で言ってしまった。

 

 

「うん?あぁ、刃兄さんとはいとこ同士でな。子供のころによく遊んでもらっていたのだ」

「「「な、なるほど……」

 

 

チョロいな……

 

 

「それで、刃兄さんから代わりに行くように言われてな。問題ないか?」

「え?」

 

 

亜衣が、キョトンと目を丸くした。

 

 

「んー、そりゃ私たちは構わない……っていうあむしろ助かるくらいだけど……」

「ま、五河くんのいとこみたいだし、問題ないでしょ」

 

 

どうやら作戦は成功のようだ。

 

 

「よろしくね。えーっと……」

「レティシアだ。レティシア=ドラクレア」

「もしかして外国の方?」

「ん、まぁそういうことになるかな」

 

 

そう言うことにしておこう。

そうしないとこの金髪と名前は殆どの確立でないだろうからな。

 

 

「よろしくね、レティシアさん」

「いっぱい働いてもらうかんねー」

「こちらこそ、よろしく頼む」

 

 

それから、十香と合流して移動を開始した。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

天央祭の会場となる天宮スクエアは、天宮市のちょうど中心あたりに位置する大型コンベンションセンターだ。

まぁその中でさらにいろいろなものに分けられるのだが。

 

美九を探すために、こっそりと《絶》を使いながら抜け出した。

霊力を探ると、どうやら位置的には一号館の竜胆時のブースか……

また厄介な―――あぁ今はレティシアの容姿だから問題はさほどないか。

 

みんなに見つからないように、一気に一号館に向かって走る。

まぁ走っている姿は通常の人間では確認できない速さだがな。

 

美九は簡単に見つかった。

一号館の奥の方に紺色のセーラー服に身を包んだ少女の集団がおり、その中心に美九が立っていたのだ。

 

どうにかして、まわりの生徒から美九を引き離せないか考えていた時だった。

 

美九が突如、集団から離れたのだ。

 

運がいいのか悪いのかわからないな……

俺に気づいてわざと離れたのか、それとも普通になのか。

 

とりあえず美九の背中を追う。

 

数分ほどあとをつけたが、美九破最寄りのトイレを素通りして一号館を出ると、スクエアの中央に位置するエントランスステージに向かっていった。

そしてそのまま観客席を抜けると『関係者以外立ち入り禁止』と書かれたロープをくぐって、ステージ裏の方へ行ってしまった。

 

仕方ないので、俺も後に続く。

 

壁を一枚隔てただけで、辺りの景色が驚くほど様変わりする。

華やかで煌びやかなステージとは対照的に、なんとも雑多な空間である。

 

その道を歩いていき、ステージに続いていると思しき扉まで辿り着く。

 

 

「む……」

 

 

ステージの中央に美九が立ち、会場を一望していたのだ。

アイドル特有のオーラなのか知らないが、妙な威圧感が身を襲った。

まったく苦しくはない。

 

このままここに居ても仕方がないので、ステージへと歩み寄っていく。

だが足音で俺の存在に気づいたのか、美九がくるりと振り向いてきた。

 

 

「あらー?」

 

 

驚いた様子で目を見開き、美九が観察するように全身を睨め付けてくる。

まるで値踏みをしているようだ。

 

 

「あなたは……?」

「私はレティシア=ドラクレアだ」

「レティシア=ドラクレア、さんですかぁ。もしかして外国の方ですかぁ?」

「まぁそうだな」

 

 

どうやらここまでは特に失敗はしていないようだ。

さて、ここからが正念場だ。

 

 

「ここは立ち入り禁止のはずだが?」

「ふふ、そうですねー。ごめんなさい、ちょっといけないことしちゃいました」

 

 

なんて言いながら、いたずらっぽい笑みを浮かべた。

まぁ可愛かった。

 

 

「でも、そうなるとあなたもいけない子ですねー」

「ん?ふふ、そうだな」

「ふふ、そうですねー」

 

 

そう言いながら、ゆったりとした歩調で俺の方に近づいてきた。

そして互いの息づかいが聞き取れるくらいの位置までやってきくると、「しーっ」と俺の前に指を一本立ててきた。

 

 

「二人だけの秘密にしましょう?いけない子同士の約束ですよぉ」

「あぁ、そうだな」

 

 

ニコリと笑いながら答える。

 

しかしまぁ、対象の性別が違うだけでここまで対応が変わるとは……

これで俺が男とバレたときが怖いな。

 

 

「あなた―――その制服、来禅さんですかー?」

「あぁ、そうだが」

「んー……一昨日の会議に来てましたっけー?」

「いや、転入後の手続きで忙しくてな。天央祭のことを聞いてから、わざわざ無理を言って実行委員にしてもらったのだ」

「あぁ、そうだったんですかー」

 

 

信じたよ。

この娘、信じたよ。

まぁそっちの方が都合がいいのだがな。

 

 

「では、改めましてー。竜胆寺女学院の誘宵美九です。よろしくお願いしますねー。一緒に天央祭を成功させましょぉ」

「あぁ、よろしく頼む」

 

 

右手を差出し、美九と握手を交わす。

そして俺は本題に入る。

 

 

「美九はこんなところで何をしていたんだ?」

 

 

問うと、美九は握手を解き、くるりと身体を回して観客席の方を剝いた。

 

 

「―――私ね、ステージが好きなんですよー」

「ステージがか?」

「はいー。みんなが私の歌を必要としてくれる。そんな空間が、たまらなく愛しいんですよー。だから、移動中にこの場所を見た時、つい立ってみたくなっちゃったんです」

「そう、なのか……」

 

 

俺が言うと、美九はまたも可笑しそうに笑う。

 

 

「レティシアさんは珍しい方ですねー」

「ん?どうしてだ」

「―――もしかして、私の名前、聞いたことないんです?」

「すまない、最近までほとんど娯楽と縁がない生活をしていたものでな」

「そうなんですかー」

 

 

間違いなく、美九のことを言っているのだろう。

正体不明のアイドル・誘宵美九のことを。

 

 

「さ、そろそろ戻りましょー?」

 

 

そしてくるちと首を回し、俺に視線wの送ってきた。

 

 

「そうだな。誰かに見つかったら厄介かもしれないからな」

「いえー、それは別に構わないんですけどねー」

「む?」

 

 

わざと首を傾げる。

美九が再び指を一本立てて「しーっ」と鼻先の前に立てた。

 

 

「せっかくの、二人だけの秘密じゃないですかぁ」

「ふふ、そうだな」

 

 

そのあとは無事、誰に見つかることもなくステージ裏から脱出し、十香たちの元に戻ることができた。

 

その道中で美九がやたらとスキンシップをしてきたがな。

 



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第3話~初めての自宅訪問~

翌日の放課後。

俺は、美九の下校を待っていた。

場所は竜胆寺女学院の校門の前だ。

もちろん、容姿はレティシアだ。

 

チャイムが聞こえてきた。

普通なら聞こえないが、まぁ俺は普通ではないからな。

 

今回の一番の問題は、美九との接触の理由がなかったのだ。

だが運よく見つけてしまったのだ。

美九がハンカチを落としたと。

そのハンカチは俺が密かに拾っていたと。

 

これで接触する理由はできた。

なら問題はない。

 

辺りが少しだけ騒がしくなった。

どうやら美九のお出ましのようだ。

例の大名行列もできていた。

 

俺は美九の前に歩み寄る。

それに気づいたのか、女子の一団が足を止めて、俺に視線を送ってきた。

 

 

「……?何かご用ですか?」

 

 

先頭を歩いていた女子が、不審そうに首を傾げて問いてきた。

 

 

「あぁ、昨日天宮スクエアで誘宵美九に―――」

「あぁ、もしかしてお姉様のファンの方?」

 

 

美九の名を出した瞬間、女子はやれやれといった様子で肩をすくめた。

なんだこいつ。

勘違いもいいところだ。

 

 

「お姉様ねぇ……」

「いけませんよ。気持ちはわからなくもないですけれど、お姉様は今プライベートなんですから。あなたもファンならわかってくださいますよね?」

「はぁ……話を聞きたまえ。私はハンカチを―――」

 

 

俺が接触理由を離そうとすると、女子生徒の背後から驚いたような声が聞こえてきた。

 

 

「あらー?レティシアさん?」

 

 

見やると、美九が目を丸くしながら口に手を当てていた。

軽く手を上げて返す。

途端、俺の前に立ちはだかっていた女子が慌てた様子で目をキョロキョロさせ始めた。

 

 

「おっ、お姉様のお知り合いでしたか。こ、これはとんだ失礼を……」

「いや、気にしなくてもいいぞ」

 

 

女子が俺にペコペコとお辞儀をしてくる。

なんかそこまでされると少しな。

 

美九が進み出てきた。

 

 

「どうしたんですかー?今日は合同会議はありませんよー?」

「あぁ、これをな」

 

 

ポケットから綺麗に畳まれたレースのハンカチを取り出す。

すると美九は「まぁ」と目を見開いて俺の顔を見てきた。

 

 

「これは……私のですぅ。拾ってくれたんですかぁ?」

「まぁな。たまたまだ」

「ありがとうございますぅ。でも少し残念ですねー」

「む?」

 

 

俺の手からハンカチを受け取りながら美九が発した言葉に思わず疑問の声を発してしまった。

 

 

「どうしてだ?」

 

 

俺が問うと、美九はいたずらっぽい笑みを浮かべながら続けてきた。

 

 

「レティシアさんが私をお茶にでも誘ってくれるのかと、少しだけ期待しちゃいましたよー」

「ふふ、そうだな。ではこれから一緒にお茶でもどうだ?」

 

 

俺が言うと、美九は今までで一番可愛い笑顔を作った。

 

 

「もちろん、よろこんでー」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

竜胆寺女学園から歩いて五分とかからない場所に、美九の家はあった。

 

かなり綺麗だとだけ言っておこう。

高校生が一人暮らしするような家ではないな。

 

 

「……………」

 

 

そのまま応接室に通され、俺はソファに座っていた。

一応形式上、俺がお茶に誘ったはずなのだが、美九に誘われるがまま自宅に邪魔してしまった。

 

これはそのままヤられてしまうパターンではないのか……?

まぁその前に俺が抜け出せ―――るのか?

わからないな……

 

そんなことを考えていると、お茶の準備を終えた美九が戻ってきた。

トレイには見るからに効果そうなティーカップがあった。

美九は、そのティーカップに紅茶を注いでいく。

 

 

「すまないな、誘ったのはこちらだというのに」

「いえいえー。いい茶葉が手に入ったので是非と思って。それに、レティシアさんと一緒にティータイムが過ごせるだけで、私はうれしいですよー」

「ふふ、私もうれしいぞ」

 

 

俺は考えた。

このままレティシアのまま封印するのはいいだろう。

だが、もし俺が元の姿に戻ったらどうなるのか?

まぁ分身を創造して、そいつをレティシアの容姿にしておけばいいのだが……

 

俺はそれが嫌だ。

 

たとえ偽物とわかっていても、レティシアがもう一人いるのは少しな。

後々考えていけばいいか。

 

美九は紅茶を入れ終わると、俺の向いの椅子に座り、紅茶を一口飲んだ。

俺もそれに便乗し、「いただきます」と言い、カップに口を突ける。

 

 

「ほぉ……」

 

 

すごく……おいしいです……

 

美九も俺の反応に大満足したらしい。

くすくすと笑ってもう一口紅茶を啜る。

 

そこからは、何気ないことを会話し続けた。

俺のことはほとんど話していないような気がする。

まぁ話すにはかなり時間が足りない。

 

今回の会話は、おそらく数時間後には思い出せなくなるような類だ。

 

だが、美九はそれに相づちを逐一打っていてくれていたため、なぜか妙に盛り上がった。

 

そのせいで、気づいたときにはもう、二十時を回っていた。

随分と話し込んでしまったようだ。

 

 

「―――あら、もうこんな時間ですかー」

「すまないな、話し込んでしまって」

 

 

俺は帰り支度を進める。

 

 

「いいえ、とても楽しかったですよー」

 

 

言って、ジッと俺の目を見つめてくる。

何か怖い。

美九は目を外すことなく、しばしの間俺を凝視し続けると、

 

 

「うん、やっぱり、いいです。今までにいなかったタイプですー」

 

 

と、何やら納得したようにうなずいた。

 

 

「レティシアさん、私、あなたが気に入っちゃいましたぁ。明日から竜胆寺に通ってください」

「……………はい?」

 

 

美九は何を言っているんだ。

 

 

「竜胆寺にか?」

「はい。転校してくださいー」

「むぅ……」

 

 

これは冗談を言っている訳ではないな。

どう反応すればいいのか……

 

美九は俺の返事がないのを思案と手振りを交えながら言葉を続けてきた。

 

 

「もちろん、お金や学力の問題なら心配しなくても大丈夫ですよー。私がお願いしておきますからねぇ。あ、住所寸法を教えてくれますか―?今日中に制服を送らせます」

「少し落ち着いてくれ。そんなに簡単に決められるものではないのだ」

 

 

俺が言うと、美九は唇の端を上げがら席を立ち、俺の隣に腰掛けてきた。

そして優しく俺の手を握ると、すっと左耳に口元を寄せてくる。

 

 

【―――おねがい】

 

 

そんな、甘えるような小さな声を発してきた。

 

 

「……へぇ?」

 

 

まるで言霊のようだった。

言葉が体内に侵入し、脳を直接揺さぶるかのような錯覚。

 

 

「そう言われてもな」

「ふぇ?」

 

 

俺が応えると、美九は大層意外そうに目を丸くした。

そしてしばしの間考え込むように口を噤み、俺をまじまじと見つめてきた。

 

 

「レティシアさんー?」

「なんだ?」

【―――服を、脱いでください】

 

 

また、先ほどと同じように言霊のような『声』だった。

 

 

「さすがにそれは……」

 

 

そう、ここで仮に服を脱いだとしよう。

そのままベットに連れて行かれ、おいしくいただかれてしまう。

レティシアの姿のままでだ。

それだけはいけない。

レティシアをいただくのは俺だけだ。

誰にもやらん!!

 

俺の様子を見てか、美九が得心がいったように姿勢を正す。

 

 

「やっぱり、言うことを聞いてくれないんですねー」

「すまないな、だが―――」

 

 

俺の言葉を最後まで聞かずに、美九が声を発してくる。

 

 

「あなた、もしかして―――精霊さんです?」

 

 

おっと……

やはり疑われてしまったか。

 

どう返しましょうか。

変なことは言えない。

言葉を間違えば、ここまで積み上げたものがすべて駄目になってしまう。

 

 

「どうしたのだ、いきなり。精霊、だったか?それは空想上の生物ではないのか?」

「あはは、いいですよー、無理にとぼけなくても。私の『おねがい』を聞いてくれないだなんて、普通の人であるはずがないんですからー」

 

 

最初から詰んでいたようだ。

 

美九は、先ほどと何も変わらない笑みを浮かべた。

 

 

「いえ、むしろ、精霊さんだったらうれしいですねぇ。私、自分以外の精霊さんに会ってみたかったんですよぉ。何人かいるんですよねぇ?」

「む……」

「ねぇ、レティシアさん。あなたは一体何者なんですかぁ?もしかして本当に精霊さん?それともあの魔術師とかって人たちのお仲間です?」

 

 

そして小さく息を吐いてからあとを続けてくる。

 

 

「私とあなたが知り合ったのは単なる偶然?それとも何か目的があるんです?」

 

 

仕方ない。

嘘を混ぜながら話すか。

 

 

「美九。私は精霊ではない。吸血鬼だ」

 

 

俺がそう言うと、美九は目を見開いた。

瞳は微かに揺れている。

 

 

「ざ、残念ですねー。レティシアさんにそんな嘘を―――」

「嘘ではないぞ。―――ほら」

 

 

そう言い、背中からは闇でできた翼を、右手には影でできた鎌を構える。

 

 

「ほ、本当なんですねー」

 

 

その一言を聞いた俺は、翼と鎌を霧散させる。

 

 

「それと、精霊の力も封印できる」

 

 

この言葉に、美九は先ほどより大きく反応した。

 

そこから美九は霊力の封印に関して訊いてきた。

何人分霊力を封印したのか、などだ。

明らかに、封印した霊力に興味がいっているようだ。

いや、違う。

霊力を封印された精霊の方に興味がいっているようだ。

まぁ百合っ子なのでしかたがないのだろう。

そのまま自分の元に引き入れるつもりだろう。

 

だが、そんなことは絶対に俺がさせない。

むしろ、俺が美九を……

 

封印方法の説明をしようとした時には、必要ないと言って断られてしまった。

 

 

「―――あなたの話は信じはします。でも、霊力の封印はしてもらはなくて結構ですよー」

 

 

だ、そうだ。

これは困った。

なんてことはない。

最悪、無理にでも霊力を奪い取ればいい。

 

 

「だってぇ、そうでしょう?私は霊力を有している今の状態でも、十分に満足した生活を送れているんですものー。あえて力を差し出す理由はないはずです。あなたとあこれからもいいお友達でいたいと思いますけど、それとこれとは話が別ですよー」

 

 

やはりそうか。

まぁ俺もそう返すだろう。

 

だがこちらにも手はある。

手札はこちらの方が多いだろう。

 

 

「四日前、立浪駅前で空間震を起こしただろう?それは美九が力を制御でき邸内証拠だ」

 

 

俺がそう言うと、美九は驚いたような顔を作った。

 

 

「あらー?よくそんなこと知っていますねー」

「吸血鬼をナメてもらっては困る」

 

 

美九は眉を歪めたが、追及してくる様子はなかった。

 

力の暴走の可能性がある。

 

これを理由に封印を進めたが、どうやらこの前の空間震は故意に起こしたらしい。

理由を聞いて、俺は少し怒った。

 

 

「私、天宮アリーナで歌ったことがなかったんですよー。それで、急に歌いたくなっちゃったんです。だから、えいやーっ、と」

 

 

美九が、可愛らしい仕草で微笑みながら言ったのだ。

 

それは俺をさらに怒らせるのには十分なものだった。

だが、それは表には出さない。

それからもふざけた理由をどんどん並べてきた。

 

 

「私のことが大好きですしー、私の為に死ねるなら本望じゃないですか―?」

 

「みんな、私のことが大好きなんですよー」

 

「私の言うことは何でも聞いてくれるんですー」

 

 

ふざけるな。

 

俺の心にはその一言で一杯だった。

 

 

「なぁ美九」

「なんですかぁ?」

「一つ、勝負をしないか?」

「勝負ですかぁ?」

 

 

美九は意外にも乗り気だ。

 

 

「今度の天央祭一日目で来禅が最優秀賞を取ったら、美九の霊力を封印させてくれないか?もし来禅が負けたら、精霊のみんなはもちろん、私もおまえの元へ行こう。どうだ?」

「いいですねぇ、賛成ですぅ。―――でもいいんですかぁ?」

 

 

美九はにっこりと微笑んだ。

 

 

「―――確か一日目のステージは、音楽関係の出し物がメインですしねぇ」

「しまった―――と、言うと思ったのか?」

「ふぇ?」

 

 

美九が腑抜けたような、不意を突かれたような声を上げた。

それはそうだ、なぜなら俺の顔には絶望ではなく、挑戦的な笑みでもなく、圧倒的な勝者の表情が張り付いているのだから。

 

 

「どうせステージには美九が自らでるのだろう?」

「は、はいぃ。そうですけどー」

「ならこちらは私が自らステージに立とう。ただし、メインは私ではないがな。まぁ楽しみにしていてくれ」

 

 

それだけ言い残し、俺は美九の家をあとにした。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

美九の家を出るとすぐに、〈フラクシナス〉に強制転移させられてしまった。

 

転移が完了すると、琴里からの説教の嵐だった。

 

なぜステージで真っ向勝負するのだ!!

 

と、言われた。

まぁこちらには秘策があるといった。

そしてステージでは何をやるのかと訊かれてしまった。

 

 

「確かバンド演奏だ」

「バンド、ね。……あんた大丈夫なの?」

 

 

琴里がジト目で言ってきた。

俺はそにニヤリと笑って返す。

 

空間倉庫を開き、ベースを取り出す。

 

そしてチューニングをすぐに済ませ、アンプを繋ぐ。

演奏を開始する。

少しだけだが弾いてみせる。

まぁサビの部分だ。

 

演奏を聴いた琴里の反応は、

 

 

「う、うそぉ……」

 

 

と、目を丸くして驚いているようだ。

そしてすぐにハッ、として何かに気づく。

 

 

「も、もしかして―――お兄ちゃんが創破なの……?」

「あぁ、俺が創破だ」

「や、やっぱり……ベースオンリーの動画で見たけど、今使っているベースと同じだったもん」

 

 

そう、俺は完成している曲の他に、ギター、ベース、キーボードと別々に動画を上げていたのだ。

もちろん、演奏しているところを移している。

 

 

「まぁ対抗できるだろ?」

「で、でも他のメンバーはどうするの?」

「まぁそれは精霊たちに頼んでもいいし、最悪俺が分身する」

「「「「「な、なるほど」」」」」

 

 

こんどは〈フラクシナス〉のクルーたちも反応した。

どうやら俺が創破だということを聞いてフリーズしていたようだ。

 



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第4話~恋は戦争~

美九との勝負の約束から一晩が過ぎた、九月十三日の放課後。

 

これからバンド演奏の許可を取るために四階に位置する音楽室へ向かうところだ。

だがその前に、

 

 

「影分身の術―――変化」

 

 

影分身を作り、すぐにレティシアに変化させる。

そうしないと、俺とレティシアの両方がバンドとして出れなくなってしまうからだ。

 

さて、行きますか。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

音楽室の前に着いた。

情報によると、ここで亜衣、麻衣、美衣たちがバンドの練習をしているらしい。

 

いままで練習していたのに、急に譲ってくれなんて言ったら普通は断られるだろう。

だが、こちらには手がある。

 

そんなことを考えてると、背後から肩をガッと掴まれる。

 

 

「ようやく見つけたぞ、ヤイバ。一体どこに行っていたのだ?それにその女は誰だ?」

「十香か……少し準備をな。あとこいつは俺の―――」

 

 

そこまでで止める。

 

時間があまりないのに気づき、俺はさっさと音楽室の扉を開け―――ようとしたが、勢いよく向こうから開け放たれた。

 

 

「何よ、じゃああんたたちで勝手にやりゃいいじゃない!!」

「そうよ、私たちには関係ないわ!!」

 

 

どうしたのだろうか?

女子が二人、怒りながらそのまま音楽室を出ていき、のしのしと階段を下りて行った。

 

音楽室の方からは、会話が聞えてきた。

 

 

「けッ、ペーケヤロィ、やる気のない奴ァこっちから願い下げだってんでぃ!!」

「もう、亜衣ったら……どうするのよ、もう私たち三人しかいなくなっちゃったじゃない」

「楽器はともかく、ボーカル不在は深刻ね。―――と、ん?」

 

 

美衣が、俺たちの姿を目にして眉を上げる。

次の瞬間には、その情報は亜衣、麻衣にも伝わり、

 

 

「確保ォ!!」

 

 

叫んで、三人が俺たちに襲い掛かってきた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「なーるほど……私たちの知らないところでそんなことになっていたとはねぇ」

 

 

亜衣がうなるように言った。

今音楽室にいるのは、俺、十香、亜衣、麻衣、美衣の五人のみだ。

 

俺は、ステージでバンド演奏をさせてほしいと言い、重要なことは隠しながら、美九と勝負をすることになったと説明をした。

 

 

「よっしゃ、私らも鬼じゃない。レティシアちゃんの貞操のためにも一肌脱ごうじゃない!!」

 

 

ちなみに、レティシアが美九に貞操を狙われていることをポロッ、と呟いてしまったのだ。

 

亜衣がダン、と胸を叩く。

 

 

「まーたそんなこと言って。人数足りなくて困ってたのはこっちなのに」

「めぁいいじゃないの。追加要員三人!!これでなんとかなりそうね」

「え?」

 

 

それは違う。

 

 

「十香は俺とレティシアの付き添いのはずだが」

「そうなの?そのわりには……」

 

 

麻衣が俺の後ろを指さす。

そこには、すでに楽器を選び始めている十香がいた。

 

おいおい、十香は楽器弾けるのか?

 

 

「実行委員の方は安心してくれ。知り合いが代わりに出てくれている」

「そうなの?んーじゃいっか」

 

 

軽いな……

 

 

「それで……早速練習に入りたいんだけど、五河くんは何か楽器できるの?」

 

 

と、亜衣がふっと俺に視線を向けてきた。

 

 

「私がベース、麻衣がキーボード、うんでもって美衣がドラムスやってるんだけど」

「そうか。まぁ基本的にはギター、ベース、キーボード、ドラムスなどすべてできるが……俺にはボーカルをやらせてはもらえないだろうか?」

「「「え……?」」」

 

 

俺の言葉に、亜衣、麻衣、美衣の三人が驚き―――というよりもとまどいに近いような声を上げた。

 

 

「い、五河くんボーカルできるの?」

「まぁな」

「ならお願いしてもいいかな?」

「任せろ」

 

 

どうやら俺のボーカルは決定したようだ。

 

 

「じゃあレティシアちゃんと十香ちゃんはどうする?」

「私はギターをやろう。分担的にもそれがいいだろう」

「いいねーいいねーギター少女」

「かーっこいい!!やっちゃてよーやっちゃてよー」

 

 

どうやらこれも決定されたようだ。

だが問題は十香だ。

やれる楽器がない。

なので、亜衣がタンバリンを渡していた。

やたらと盛り上げていたがな。

 

と、亜衣、麻衣、美衣がぐるんと首を回し、俺とレティシアに視線を移してきた。

 

 

「―――っと、まぁ大体の担当楽器は決まったとして」

「ギターの用意もないだろうし、本格的な練習は明日からになると思うんだけど……」

「あぁ、それは問題ない」

 

 

音楽室を出ていき、あらかじめ持ってきていたギターケースを持って再び音楽室に戻る。

 

 

「ほら、持ってきているからな」

「おー!!やる気まんまんじゃん!!」

「よっしゃー!!早速練習しよ」

 

 

演奏する曲はあの曲がいいのだが……

まぁ提案してみるか。

 

 

「あのさ、演奏する曲なんだけどな、これでいいか?」

「「「どれどれー?」」」

 

 

亜衣、麻衣、美衣が同時に曲名を書いたメモを見る。

 

 

「こ、これって……」

「全部……」

「創破の曲じゃない?」

 

 

どうやらこの三人でも創破のことは知ってるようだ。

よかった。

 

 

「これ……難しくない?」

「うん……すごく難しそう」

「でもできたらかっこいいよね」

「「「そのまえに、五河くんが歌えるの?」」」

 

 

最後は三人そろって問われてしまった。

そこまで信用できないか。

 

 

「それでは歌って見せようか?」

「おーおー、実力拝見だー」

「お手並み拝見でしょ」

「まぁ聞かせてもらうよ」

 

 

俺はキーボードの元に行き、そのまま感触を確かめる。

ふむ、なかなか使いやすい。

 

 

「それでは―――『calc.』」

 

 

曲を歌い終わり、みんなを見やるとフリーズしていた。

 

 

「おい、どうした?」

「「「「はっ!?」」」」

 

 

どうやら俺が声をかけたことによって解けたらしい。

 

 

「もしかして……」

「まさか五河くんが……?」

「創破……なの?」

 

 

亜衣、麻衣、美衣が戸惑いながら問いかけてきた。

流石にわかるか。

 

 

「そうだよ。五河刃は創破でもあるよ」

「「「サ、サインくださいっ!!」」」

「え……?」

 

 

話を聞いたところ、どうやら三人は創破のファンだったらしい。

もちろん、その場でそれぞれの楽器にサインをしたりなどした。

 

 

「よし!!創破の正体もわかってサインももらったことだし、練習始めよっか!!」

 

 

亜衣の温度とともに、十香を含む皆が一斉に「おー!!」と拳を振り上げた。

 

 

「あぁ、創破の正体は当日まで秘密だからな」

「「「もちろん!!」」」

 

 

どうやら亜衣、麻衣、美衣も秘密にして驚かせたいようだ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

『―――これより、第二十五回、天宮市孤島学校合同文化祭、天央祭を開催いたします!!』

 

 

天井付近に設えられたスピーカーから実行委員長の宣言が響くと同時、各展示会場が拍手と歓声に包まれた。

 

九月二十三日、土曜日。

天宮市の高校生が待ちに待ったであろう、天央祭の始まりである。

 

様々な模擬店が展開されているなか、我らが来禅高校はというと、

 

 

「おぉ!!ひらひらだな!!」

 

 

フリルのいっぱいついたエプロンの裾をつまんでひらひらさせながら笑う十香や、

 

 

「や、刃かっこいい……」

「驚嘆。かっこいいです、刃」

 

 

俺の姿を見て、ほめてくれている十香と同じ装いの耶倶矢と夕弦などが見受けられた。

 

メイドカフェ☆RAIZEN

 

それがうちの模擬店の名前だ。

名前の通り、メイド喫茶だ。

 

だが俺はメイド服を着ていない。

最初は着る方向で進んでいたが、執事服の方がいいと言ったところ、なんなく通ってしまったのだ。

 

 

「ホントによく似合ってるよねー」

「うんうん。もう本物の執事かと思っちゃうよねー」

「仕草もやけに板についてるしねー」

 

 

亜衣、麻衣、美衣が言う。

褒めてもらえるのは嬉しいが、早く接客しないと詰まってしまう。

なぜか女性客が多いな。

まぁそれはそれでいい。

 

 

「さて、お嬢様方を迎えに行くか」

「「「か、かっこいー」」」

 

 

なにがそんなにかっこいいのかまったくわからない。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「大盛況だな」

 

 

周囲の店と比べるまでもなく、ものすごい客の入りだった。

大半が俺を指名してきた女性客だが。

 

 

「……なかなか調子がいいみたいじゃないか、ヤイバ」

 

 

会場からしばらく経った頃だった。

前方から令音の声が聞こえてきたのだ。

 

 

「まぁな、令音も来てくれたの―――」

 

 

令音の方に振り向いたが、そこで視界に麦わら帽子をかぶった女の子が映る。

 

 

「あ、あの……」

 

 

四糸乃が頬を染め、うれしそうに笑っていた。

 

 

「四糸乃も来てくれたのか。服、似合っているぞ」

「……あ、ありがとう、ございます」

 

 

そのあとは、しばらく令音、四糸乃と一応よしのんと談笑した。

執事服のことなどを主に話のネタにされた。

 

談笑が終わると、二人は店の中に入っていった。

 

それとほぼ同時だった。

 

人混みが左右に割れ、その中心から、モーセのごとく制服姿の少女が一人、悠然と歩いてきた。

その周囲には彼女と同じ濃紺のセーラー服に身を包んだ女子高生の一団が見受けられた。

テレビカメラを抱えた撮影クルーまでもが彼女の姿を追っている。

もうあいつしかいない。

 

誘宵 美九

 

ゆったりとした足取りのままメイドカフェの方に近づいてきた。

 

 

「……何かご用でしょうか。お嬢様」

「話しかけないでくださいー」

 

 

相変らず男が嫌いなようだ。

だが、すぐに言葉を続けてきた。

 

 

「レティシアさんはいますかー?」

「はい。中で接客をしております」

 

 

それを聞き、美九は店の中に入っていった。

その際、

 

 

【―――邪魔です。どこかへ行ってください】

 

 

と、ついてきた集団に言い放っていた。

 

しばらくすると、レティシアが美九と共に店から出てきた。

念話によると、どうやら二人で天央祭を周るようだ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

時刻は十二時。

ステージ裏の控え室には、各校の代表が続々と集結し始めていた。

控え室というよりも、ホールだな。

 

俺も仕事を他のメンバーに引き継ぎ、控室に来たんだが……

だがここに集まったのは俺とレティシアと十香だけで、いつまでたっても亜衣、麻衣、美衣が来ないのだ。

 

集合時間を二十分も過ぎているのだ。

さすがにおかしい。

 

電話をしても一向に繋がらない。

 

 

「むぅ……皆はいったいどうしたのだ?」

 

 

十香が首を傾げながら訊いてくる。

だが俺は何も返せない。

 

仕方がないのでもう一度だけ電話を掛ける。

数秒のコール音のあと、電話口から亜衣の声が聞こえてきた。

 

 

『もしもーし……五河くん?』

「どこにいるんだ?早く来てくれ。残りの二人はどこにいるんだ?」

『あー、麻衣と美衣?それならー』

『こーこーにー』

『いるーよー』

 

 

電話口の向こうから、麻衣と美衣の声が聞こえてきた。

 

 

『悪いんだけどさー、私たちステージ出るのやめとくわ』

『美九お姉様が、やめろっていうんだもーん』

「そうか、ならいい」

 

 

すぐに電話をきる。

美九……

もう手加減しねェぞ。

 

すぐに他の集団から離れて、人数を補給するために影分身の術をつかう。

三人抜けたから三人作る。

 

それぞれ、朱乃、黒歌、ティアマットに変化させる。

服装も来禅高校の制服から変更しよう。

 

俺は白のスーツで黒シャツに白ネクタイ。

その他の女の子は赤いジャケットに赤いチェックのミニスカート。黒シャツに赤いネクタイだ。極めつけは―――黒ニーソだ。

 

これで準備は万端だ。

 

今は美九がステージでライブをしている。

観客に紛れ込ませている分身からの情報だと、途中で霊装を纏ったらしい。

まぁそれは大した問題ではない。

仮に、霊力で観客が俺たちのライブでブーイングしてきたとしても、すぐに霊力を霧散させればいいのだから。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

『―――次は、都立来禅高校勇士による、バンド演奏です』

 

 

俺たちの番が来た。

 

 

「さぁ、行こうか!!」

「うむ!!」

 

 

俺の声にかえしてくれるのは十香だけだ。

分身に返されてもしょうないからな。

 

薄暗い舞台袖からスポットライトの当たったステージに出る。

暗い会場の中、唯一光に溢れたステージ。

埋め尽くされた観客席。

注がれる視線。

 

どれも初めての経験かもしれないな。

 

俺はステージ中央のマイクスタンドの前に立つと、左右後方に視線をやる。

右方に十香。

左方にレティシア。

後方に朱乃、黒歌、ティア。

全員が所定の位置に着き、俺の視線に返すようにうなずいてくる。

 

 

『どうも、こんにちは。今日は記念すべき創破の初ライブに来てくださったことを、感謝しよう』

 

 

俺のあいさつに、会場がざわつく。

中には、ブーイングをしてくるやつもいた。

まぁそれだけ創破は知れ渡っていて、人気なのだろう。

 

 

『まぁいきなり何を言っているんだ。と、皆は思うだろう。だがしかし、俺が創破なのは事実だし、―――これからわかることだ』

 

 

この一言で、会場が静かになる。

 

 

『さて、一曲目からいきなり盛り上がっていこうか。一曲目、「ディストピア・ジパング」』

 

 

瞬間、ドラムスの演奏が始まった。

 

一曲目を終えると、そのまま二曲目、三曲目と順調に進んでいった。

 

 

『今日は創破の初ライブに来てくれてありがとうッ!!また会える日を楽しみにしているぞ!!』

「「「「「ヤーーーーーーー!!」」」」」

 

 

最後の曲を終え、終了のあいさつをした。

途中から、俺が本物の創破と分かったようでノリノリでライブを盛り上げてきてくれた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

天宮スクエアセントラルステージには、一日目の出演者たちが勢ぞろいしていた。

皆緊張した面持ちで息を呑みながら、司会者の声を待っている。

 

すでにステージ部門の二位と三位は発表されている。

残りは一位のみだ。

 

だが俺はにこやかに笑っている。

対して美九はと言うと、悔しそうにこちらを睨んできていた。

もうこれでわかるだろう。

結果は、

 

 

『そして、ステージ部門第一位の栄冠を手にしたのは!!』

 

 

穴うすが響き渡り、同時に、カッ!!と俺にスポットライトが集約された。

 

 

『まさかのダークホース!!来禅高校ッ!!』

「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお――――――ッ!!」」」」」

 

 

大歓声会場の空気を激しく振動させた。

そう、勝者は我らが来禅高校だ。

 

美九がふらふらしながら近づいてきた。

 

だがその間にもアナウンスは響き渡る。

そして、最後の、本当の勝者が決まった。

 

 

『―――と、いうわけで!!天央祭一日目の総合一位は、来禅高校に決定いたしましたぁぁぁぁッ!!』

 

 

やはり来禅高校の勝利は揺るがなかった。

 

美九は俺のすぐそばまで来ていた。

俺と言うよりも、レティシアの。

 

ここでネタばらしをかねて、レティシアたち分身をこっそりと消す。

 

 

「あ、あれ?レ、レティシアさーん。どこですかぁ?」

「レティシアならもういないよ」

「なんですかぁ?話しかけないで「だいたい俺の女に手を出すんじゃねぇよ」…え?」

 

 

美九は完全に止まった。

固まってしまった。

 

 

「な、レティシアさんがあなたの女……?嘘を言わないでください!!」

「仮にそうだったとしても、俺たちが勝ったのだから、レティシアは俺の元にとどまることになるがな」

 

 

この一言で、美九は俯く。

そして何かを呟き始める。

 

 

「うそだ……そんなのうそだ!!わ、私が本当は勝ったんだもん!!あなたが……あなたが絶対になにかしたに決まってる!!」

 

 

往生際が悪いな。

いい加減負けを認めてほしい。

 

 

「お前の敗因は仲間を信じなかったことだ。なんでもかんでも一人でやろうとした。俺はそのせいで何度も大切な者を失いかけた」

「……な、かま」

 

 

美九が忌々しげにつぶやく。

 

 

「へたしたら、ステージでは勝っていても総合で負けていたかもしれない。だが仲間がしっかりと店を回してくれていたから総合優勝もできた」

「な、何よ……それ。ふざけないでください……仲間……?ははっ、人間風情が、そんな役に立つはずないじゃないですか……」

「でも人間風情に負けた。それにな、人間だって第三宇宙速度で動き回ったり、ベクトルを操作したり、奇跡を人為的におこしたり、―――しまいには神の奇跡でさえ右手一つで打ち消したりできるんだ」

「………ます」

「ん?」

 

 

美九が何かを呟いた。

 

 

「仲間?絆……?教えてあげます。そんなもの、私の前では無意味だって……ッ!!」

 

 

すると美九は、俯かせていた顔をバツと上げ、両手を大きく広げた。

 

 

「―――〈破軍歌姫(ガブリエル)〉!!」

 

 

美九が会場全域に響き渡るような絶叫を上げたかと思うと、次の瞬間、美九の足元の空間に放射状の波紋が広がっていった。

美九の声に呼応するように、その波紋の中心部kら、何か巨大な金属塊ようなものがステージにせりあがってくる。

 

まるで巨大なパイプオルガンのようだった。

 

観客もそれに気づきどよめきを始めた。

その間にも美九は行動を起こす。

 

美九の周りを囲うように曲線を描いたそれには細やかな線が幾つも走っており、ピアノかオルガンの鍵盤のようになっていた。

 

天使だ。

 

美九は天使を顕現をしたのだ。

それが意味するのは、

 

 

「歌え、詠え、謳え―――〈破軍歌姫〉ッ!!」

 

 

演劇の開演だ。

 

今宵の演目は『殺ツリ人形(あやつりにんぎょう)』。

 

 

―――ヴォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ―――――――――――ッ!!

 

 

瞬間、美九の後方にそびえたっていた巨大な天使が、凄まじい音を発し始めた。

 

 

 



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第5話~歌姫の暴走

規則的に連なった銀色の円筒の中を音が幾重にも反響し、周囲にまき散らされる。

会場の空気がビリビリと震え、身体中に震動が伝わってきた。

 

 

「うるさいな……」

 

 

だがそれだけではない。

霊力が乗っていて、美九の『お願い』に似ていた。

数十秒がたち、ようやく〈破軍歌姫〉の音が小さくなってきた。

 

おかしい……

周りから音が聞こえない。

俺の耳が壊れたわけではない。

 

なら何故だ?

 

答えはすぐにわかった。

会場に未だにいた何千人もの観客が一人の例外もなく、皆一様に直立姿勢をとり無表情のまま身じろ一つせず、ステージの上に視線を送ってきたのである。

 

 

「はぁ……美九、面倒なことをしてくれたな」

「ふ……ふふ……ふ、仲間……でしたよねぇ?美しいですねぇ、素晴らしいですねぇ」

 

 

美九は壊れた人形のようにカラカラと笑った。

 

 

「―――こんなに、壊れやすいなんて」

 

 

言って、美九は再び光の鍵盤を弾くと、その音に呼応するように、観客たちがザッと休めの姿勢をとった。

 

 

「ふふ、うふふ、これで、あなたのお仲間さんは、ぜぇーんぶ私のものですよぉ?ねぇ刃さん、あなたの言う絆とやらは、私の指先一つでどうにもなってしまうんですねぇ」

「くくく……」

「何がおかしいんですかぁ?」

 

 

俺は思わず笑ってしまった。

仲間か……

俺が仲間と思った者は、こんな簡単に操られるわけがない。

 

美九はすぐに楽しげに微笑み、鍵盤を指で叩いた。

すると、ステージ上にいた出演者たちがザザッと俺の背後に回り、俺の両腕を拘束しようとしようとしてきた。

もちろん拘束されるわけがないが。

 

原初神の力を受け継いだことによってあらたに覚醒した力、《絶対命令権》を使う。

これは言葉に神力を乗せ、問答無用に、言葉の通りに行動させる。

故に、回避方法などなく、解除方法などなく、無効化などできず、一切の抵抗を許さない。

 

 

「おい……人間風情が許可なく俺の身体に触れるな。『跪け』」

 

 

ザザッ、と会場にいたすべての人間が一斉に跪いた。

なかなか気分がいいな。

 

 

「くくく……初めてだったがうまくいったな。どうだ?おまえが従えていた者を逆に従えさせられる気分は?」

「むぅ……だけどまだこっちには精霊さんがいます!!精霊さんたち、お願いします!!」

「はい?」

 

 

美九がそう言った瞬間だった。

四糸乃、耶倶矢、夕弦が一斉に俺に攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

 

「お……お姉様は、私が……守り、ます」

 

 

霊装を限定解除した四糸乃が言い、

 

 

「くく……愚かな。我らが姉上様に楯突こうとは、総身に知恵が回りかねているおると見える」

「肯定。短慮かつ無謀な行動です。お姉様には指一本触れさせません」

 

 

八舞姉妹が軽やかに空を舞い、美九の像空に制止した。

二人とも限定解除した霊装―――拘束具を纏い、耶倶矢は巨大な槍を、夕弦はペンデュラムのような武器をそれぞれ携えていた。

 

 

「はぁ……本当に面倒なことになった」

 

 

《絶対命令権》もまだ調節が終わっていないせいなのか、簡単に支配させかえされてしまった。

それともまだ身体に残っていた僅かな霊力が作用したのか?

 

 

「ふ……ふふ、あははは……っ!!なぁに、これ」

 

 

と、美九の笑い声が聞こえてくる。

 

 

「人が悪いじゃないですかぁ、刃さん。会場に精霊がこんなにいるなんて!!しかもみんな私好みの子たちばかり!!あぁ……いいです、最高です!!」

 

 

言って、可笑しくて仕方ないといた様子で身を捩っている。

 

 

「さぁ……もともと用はないんです。さっさと始末して、精霊さんたちと遊ぶことにします。―――さぁ、やっちゃてください!!」

 

 

美九が光の鍵盤を一層強くたたく。

すると、四糸乃と八舞姉妹が、俺に敵意に満ちた眼差しを向けてきた。

しかもだ、十香まで限定解除した霊装を纏って進み出てきた。

 

四糸乃が俺に向かって冷気を放ってくる。

俺はそれを防ごうと行動を―――起こす必要はないようだ。

 

 

「ヤイバ、一体何が起こっているのだ……?」

 

 

どうやら十香が防いでくれたようだ。

 

だがなぜ十香は操られていない?

 

その理由もすぐにわかった。

十香の耳にイヤホンが着いていたのだ。

どうやらこれで霊力の侵入を防いだのだろう。

いや、乱したというのが正しいのかもしれない。

 

 

「美九がみんなを操っている」

 

 

俺の言葉に、十香はステージの美九を見下ろした。

 

だがすぐに中断した。

美九が〈破軍歌姫〉の音色を変えて攻撃をするように命令したせいだ。

面倒だから〈フラクシナス〉に連絡を……

いや、無駄か。

多分琴里たちも操られているだろう。

 

はぁ……面倒だ。

 

 

「まぁいい機会だ。すこしお灸をそえるついでに、俺の力がどこまで精霊に通用するか試してみるか」

 

 

ニタァ、と笑う。

隣で十香が少し青い顔をしていたが気にしない。

 

新たな武具でも試そうか。

今回試すのは《グングニール》シリーズだ。

 

神槍グングニール

 

魔槍グングニール

 

滅槍グングニール

 

と、様々な種類と能力がある。

 

なぜ一つに纏めなかたのだ?

 

と思うだろう。

理由は一つ一つバラバラにしたほうが力が強力だからだ。

そしてバラバラにすることによって、神である俺でなくとも使用が可能となるのだ。

纏めると力が大きくなり過ぎで、俺以外の奴が一切使用できなくなってしまったのだ。

 

 

「さぁ、開演だ!!《神槍グングニール》」

 

 

黄金に輝く《神槍グングニール》を右手に持ち、それをそのまま投げる。

ただ投げただけなのだが、槍の周りが歪み始めた。

そのまま周りの空間を歪めながら四糸乃に向かっていく。

 

 

「ひっ……」

 

 

短く叫んだ四糸乃は、氷の防壁を何重にも重ねて槍の一撃を防いだ。

うーむ、まだまだ調節が必要か。

それとももう少し神力を注いだ方がよかったか?

 

次いってみるか。

 

 

「魔に染め上げろ、《魔槍グングニール》」

 

 

漆黒に淀んでいる《魔槍グングニール》を右手に持ち、先ほどと同じように投げる。

空間を歪めるのではなく、闇を纏いながら、一筋の漆黒を描きながら飛んでいく。

今回は耶倶矢に向かって飛んで行った。

 

 

「かかか……小賢しいぞ!!」

 

 

そう叫びながら、竜巻で槍の軌道を変えた。

槍はそのまま地面にささ―――え……?

槍が刺さったと思われる場所には、そこが見えないほど深い穴が開いていた。

さらにその穴からは、闇が少し漏れ出していた。

威力はなかなかだが、外部からの影響を受けやすいか……

 

ここまでで一つ思ったことがある。

 

両方とも外部からの影響を良く受けるということだ。

まぁそれは簡単に改良できるだろう。

 

次、行こうか。

 

 

「滅せよ、《滅槍グングニール》」

 

 

紅く染まっている《滅槍グングニール》を右手に持ち、先ほどより力を込めて投げる。

槍の周りには何も変化がない。

いや、変化はある。

何もなくなっているのだ。

今回は夕弦に向かって投げた。

 

 

「落胆。何度も同じ手とは」

 

 

そんなことを言いながらやはり竜巻―――台風といってもいいような風量を起こして、槍にぶつける。

これで槍が弾き飛ばされるとでも思ったのだろう。

だが今回は槍の能力上それはない!!

 

 

「驚愕。ありえません……ッ!!」

 

 

槍が立つ向きに触れた瞬間、竜巻を消したのだ。

そう、滅したのだ。

これが《滅槍グングニール》の能力。

ありとあらゆるものを触れた瞬間に滅する。

 

夕弦はギリギリで身を捻り、槍の攻撃をかわしたようだ。

 

《滅槍グングニール》はなかなかいいな。

改良しなくても、このままでも使える。

 

 

「さて、そろそろお遊びもここまでだ―――行くぞ朱蓮」

『久しぶりだな!!もう少し出番をくれよ!!』

「すまない。最近は歯ごたえのある相手がいなくてな」

『それでもだよ!!』

 

 

朱蓮は少しイラついているようだ。

もう少し使用頻度を上げるのを検討しよう。

だが俺の力だけでも精霊は余裕で倒せるのだ。

ここに朱蓮のブーストがかかったら……はじけ飛ぶんじゃないか?

 

朱蓮―――《赤龍帝の龍刀》は十秒ごとに自身の能力を二倍にする。

 

凄い能力だ。

元々のステータスがバグな俺が倍化されたらどうなる?

一度の倍化で、ものすごいことになる。

 

 

『Boost』

 

 

そうこう考えているうちにもう十秒だ。

 

 

「いくぞ」

 

 

一瞬で美九の背後に回る。

 

 

「え―――」

 

 

美九がゆっくりと俺の方を向く。

そのまま一撃をかまそうとしたがそこで俺の動きは止まり、美九の前に立つ。

そしてそのまま、

 

 

「誰だ」

「なかなかやりますね」

 

 

乱入者の一撃を防ぐ。

 

 

「だ、誰ですかぁ?」

 

 

美九も遅れながら反応した。

やはり反応出来ていなかったか。

あのままだった真っ二つだったな。

そして、

 

 

「おまえか―――最強の魔術師」

「……………」

 

 

俺の言葉に反応しないな……

 

エレンは俺から距離を取った。

 

 

「ベイリーたちは結局失敗しましたか。……まぁいいでしょう、想定内です」

 

 

目を細めながら、エレンが静かな口調で言った。

 

こいつは何が狙いでこの場に来た?

何か理由があるはずだ。

そうしなければ最強の魔術師であるこいつはこんなところまで足を運ぶわけがない。

 

そうだ、余程のことだ。

あり得ないことがあれば来る。

 

まさか俺を狙っているのか?

 

それはありえる。

なんせ霊力をこの身に封印できるのだから。

 

まずいな……

エレンとの戦闘はかなり余波が出るはずだ。

 

 

「―――目標、夜刀神十香に、五河刃……の反応がある女生徒を発見。これより捕獲に移ります」

 

 

今、なんて言った?

 

十香を捕獲?

何を馬鹿なことを。

 

そんなことを考えているうちに、一瞬でエレンが十香の元に移動した。

 

 

「させねぇ!!」

 

 

俺も遅れながらに十香の元に移動―――できなかった。

目の前に百を超えるDEMの手先であろう女たちがいるからだ。

 

こいつらを始末していたらエレンは十香を連れ去ってしまうだろう。

 

ここで俺は考える。

ここで無理に十香を取り返すために動くべきなのかと。

十香は《神使》だ。

だから死ぬことはない。

狂ってしまうことはあるかもしれないが、死なない。

死なないから助けないというわけではないが。

 

欲を言えば助けたい。

助けたいが―――ここで手札をさらすわけにはいかない。

俺の手札はほぼ無限に近いが、新しいものほど練度が少なく扱いにくい。

《グングニール》シリーズがいい例だ。

 

だから、俺は、今は、助けに、いけない。

だがこれだけは十香に伝える。

 

 

「十香!!絶対に助けに行くからな!!」

 

 

俺はエレンに連れられて、空中にいる十香に向かって叫ぶ。

 

 

「うむ!!待ってるぞ、ヤイバ!!」

 

 

十香は笑いながらそれに応えてくれた。

それと同時に、エレンと十香の姿が完全にこの場から消え去った。

 

安心反面、すまないと思う面もある。

だがまぁ、これからやることはただ一つだ。

 

 

「ATフィールド展開、モード《天災(ディザスター)》!!」

 

 

叫んだ瞬間、背中から紅色の翼が出現する。

そして空は紅い渦が出現する。

 

 

「指定、DEMの魔術師共!!」

 

 

瞬間、俺の眼前にいた魔術師共が、宙に浮く。

そしてそのまま紅い渦に吸い込まれていく。

 

 

「なによこれ……」

「やだ……やだぁ……たすけてぇ!!」

「いやぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 

辺りには魔術師の叫び声が響いている。

だが関係ない。

先に仕掛けてきたのはおまえたちだ。

 

そして全ての魔術師を吸い込んだのか、紅い渦が閉じる。

それと同時に俺の背中に出現していた紅い翼も霧散する。

 

 

「はぁ……あーあ……」

 

 

見捨てちまったな……

 

だがここで嘆いても仕方がない。

さっさと準備をしてDEMに仕掛けなければ。

 

ふと、辺りを見回す。

 

そこには、美九に操られた観客がいた。

全員俺の方を向いている。

 

ここにいてはまずいか。

 

俺は人の気配がしないビルの屋上を目指して転移をする。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

さて、これからどうするべきか。

すぐに攻撃を仕掛けるもよし。

それとも、DEMのビルごと消しとばすもよし。

 

なんだ?

 

今どこからか、笑い声が聞こえたような……

 

―――くすくす

 

まただ、また聞えてきた。

 

辺りを見回す。

だが人影は見当たらない。

なら残るは―――影だ。

 

影の中から一人の少女が這い出てくる。

 

血のような紅と闇のような黒で構成されたドレス。

左右不均等に結われた黒髪。

右目に浮かんだ時計の文字盤と、一秒ごとに規則的に時を刻む針。

 

そして端整な貌は、愉悦と嘲笑とも取れる生々しい笑い顔に彩られていた。

 

 

「うふふ、随分と悩んでいらっしゃいますねの」

「狂三か……」

 

 

やはり狂三だった。

 

影、という点である程度予想していた。

最悪の精霊と言われた者が俺の前に姿を現した。

何のようだろうか?

 

狂三は怪しく笑った。

そして、静かに唇を開いてきた。

 

 

「お困りの様子ではありませんの。―――ねぇ、刃さん。少し、お話ししませんこと?」

 




To be continued

次章に続きます。


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第7章 美九トゥルース
第1話~反撃の準備


「お困りの様子ではありませんの。―――ねぇ、刃さん。少し、お話しをしませんこと?」

 

 

ビルの屋上でか?

場所を考えてほしいな。

 

 

「狂三か……」

 

 

狂三は俺の言葉に、ぴくりと眉を揺らしてから肩をすくめてきた。

 

 

「あら、ちがいましたかしら。―――四糸乃さんと八舞姉妹を精霊に奪われ、十香さんをDEM社に拐かされ……為す術もなく途方に暮れているように見えたのですけれど」

「おまえの目は節穴か」

「あら、違いましたの?」

 

 

少し驚きながらも、狂三はすぐに返してきた。

 

まったく、確かに状況はそうだとしてもある程度までは意図的にだ

それにDEMといっても所詮はCR-ユニットを使わなければただの人間の集まりのはずだ。

そんな奴らに俺が遅れるとでも?

あり得ない。

全く持ってありえない。

 

 

「全然違うね。むしろ予想通りに事が進み過ぎて、唖然としていたのだ。それにDEM程度なら俺一人でも―――いや、俺の妹一人でも片付く」

 

 

俺の言葉に、狂三は目を見開いた。

今度こそ本気で驚いたらしい。

 

 

「あら、刃さんは妹がいらしたの?」

 

 

そこか……

そこが気になるか。

なぜそこに意識が。

 

 

「まぁ義妹だがな。みんないい娘だよ。一番初めに妹になったペストはな―――」

「まぁそれは置いといてですわ」

「……………」

 

 

なんだよ、そっちから聞いてきた癖に。

もっと言わせろ、語らせろ。

 

 

「それで?俺に何の用だ」

「あら、わたくしは刃さんのお力になろうと―――」

「あ、結構です。お帰りください」

「……………」

 

 

反論できないのかい。

それともこう返されるとは予想していなかったのか?

ありえないな。

なぜなら俺は狂三と闘ったんだぞ。

 

 

「お、お話をしませんこと?」

 

 

動揺してるな。

メンタルが豆腐なのか?

それもあり得ない話だ。

 

 

「何の話だ?」

「これからのお話ですわ」

「これから?」

 

 

狂三はトントンとリズミカルに靴底で床を叩き、俺の方に近寄ってきた。

そして耳元に唇を寄せ―――囁くように言ってきた。

 

 

「ねぇ、刃さん。十香さんを助けたくはありませんこと?」

「別に俺一人で助けられるけど?」

「……………」

 

 

また黙ってしまった。

いい加減にしてもらいたい。

そうやって黙るなら口を開かないでもらいたい。

 

 

「そ、それはどうですかしらね」

 

 

動揺してるな。

分かりやすすぎる。

 

DEMに特攻するときは創造神の姿で行こうと考えている。

 

なぜ創造神の姿で行く必要があるか?

 

と、思うだろう。

答えは簡単だ。

 

世界が反転した場合に瞬時に対策するためだ。

 

まぁ反転するかわからないがな。

保険だ保険。

それに創造の練度も上がるしな。

DEMにマークされる確率も格段に上がる。

まぁそれはそれでいいか。

 

なら今、創造神の姿を見せてもいいだろう。

 

辺りを閃光が包む。

一瞬だったが、確かな閃光だった。

 

 

「な、なんですの。その姿は……」

「神の姿だ……俺の元の姿だ」

「神……ですって?刃さんは神様なんですの?冗談はよしてくださいな」

 

 

創造神の姿になったのだがどうやら信じてもらえていないようだ。

まったく、強情だ。

 

 

「精霊が存在するんだぞ?神がいない理由はないだろう」

「……本当に神様ですの?」

「あぁ……ついでに言えば、俺はこの世界を創造した神だ」

「へ―――」

 

 

狂三が固まった。

 

そのうちに俺は人間の姿になる。

 

いちいちフリーズするのはやめてもらいたい。

話が全然進まない。

 

 

「で?何しにきたんだ」

「だから十香さん救出の手伝いを―――」

「いらないと言っているだろう」

「手伝いを―――」

「いらない」

「手伝わさしてください」

「最初からそう言え」

 

 

狂三が頭を下げてきたので、手伝わさせてやることにした。

そこまで手伝いたいとは、俺のことがそんなに好きなのか(笑)

 

 

「十香の居場所は分っている。あとは美九の弱点―――もとい弱みだが……」

「そうですわね。何万という人間と、精霊三人までその軍門に従えて。……間違いありませんわね?」

「あぁ、だが問題はそこではない」

「なぜですの?」

 

 

狂三は何を馬鹿なことを言っているんだといった様子で俺に視線をぶつけてくる。

先ほど理由を見せたはずなだんだがな。

 

 

「すでに霊力の封印してあるあの三人は問題ない。だが美九は違う。封印しないといけないからな」

 

 

そう、これから俺は十香をDEMから救出するだけではなく、美九の霊力を封印しなければならないのだ。

十香の救出より、美九の霊力の封印の方が大変だ。

 

好感度の問題がある。

 

 

「先に美九の問題を片付けよう」

「それについては同意ですわ。彼女は着々と支配領域を広げていますわ。このままでは、十香さんを助けに行くのを邪魔される可能性すらありましてよ。刃さんが彼女に捕まっては―――ありえませんでしたわね」

「そうだな。『声』は俺たちには効かないしな。まぁ狂三に任せてもいいが―――殺すなよ?」

「わかってますわよ。―――こんなわたくしでさえ救おうとした酔狂なお方ですもの」

 

 

言って、狂三がまた笑みを浮かべた。

いままでとは違う笑みだ。

 

 

「さて、どうしようかな。美九と二人きりになってもどうすればいいかまだ分からなからな……」

「刃さん。何か彼女の持ち物が手に入りませんこと?」

「なぜだ?」

「わたくしの予想が正しければ、彼女の泣き所を押さえられるかも押さえられるかもしれませんわ」

「それもそうか……」

 

 

美九の家の場所は分っている。

これはもう行くしかないだろ。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「ここ……ですの?」

「間違いない」

 

 

時刻は二十一時。

良い子はもう寝る時間だ。

 

現在俺と、狂三は美九の家の前にいる。

中に誰もいないからだろう、窓に明かりはなく、シンとしずまりかえっている。

 

美九に関してのヒントは他の精霊よりも集めやすい。

理由は、この世界に居続けているからだ。

こちらの世界で学校に通っている上に、歌手としても活動している。

簡単に言えば、他の精霊よりこの世界に自分の痕跡を数多く残しているのだ。

 

 

「さ、では早速調べましょう」

 

 

そう言い、狂三は右手をすっと持ち上げる。

するとその動作に合わせて影から古式の短銃が飛び出し、狂三の手に収まった。

そして躊躇いなく引き金を引き、けたたましい音を立てて門の鍵を吹き飛ばす。

 

 

「おいおい、そんなことしなくてもデコピンで壊せるだろうが」

「そんなことできるのは刃さんぐらいですわ」

「いや、俺の奥さんもできるな」

 

 

レティシアもなんだかんだ言って、バグまではいかなくてもチートと呼べるだけの身体スペックはある。

空中を走れるし、拳を振るえば空気との摩擦で音が鳴る。

 

 

「刃さん、結婚してらしたの?」

「あぁ……かれこれ数万年だ」

「……さぁ、参りましょう」

 

 

どうやら思考を放棄したようだ。

 

足早に狂三は家の中に入っていった。

俺もそれに続いて家の中に入る。

 

入るとすぐに電気をつける。

シャンデリア型の電灯に柔らかい明かりが灯る。

 

やはり美九の家だ。

 

靴を脱ぎ、家に上がる。

 

 

「さ、どこを調べますの?」

「そうだな……」

 

 

美九の家に来たものの、当てがあるわけではなかった。

あまり時間を割いてもいられない。

 

 

「応接室には大したものはなかったと思う。何かあるなら寝室だろう」

「そうですの。では参りましょう」

「あぁ」

 

 

そう答え、狂三を従えて階段を上っていく。

 

美九の寝室は簡単に見つかった。

二階に上がって廊下をまっすぐ行ったところに『BEDROOM』のプレートが下がった扉があった。

 

扉のノブを回す。

 

広さは二十畳ほどだ。

部屋の奥に天蓋付きのキングサイズベットが置かれ、壁に沿うように木製のクロゼットや戸棚が置かれていた。

そしてベットの正面に八十インチはありそうな巨大なテレビが備えられていた。

ホテルみたいだ。

 

中に入り、戸棚を順に開けていく。

中を探る。

そこにはアクセサリーや可愛らしい小物が並んでいた。

狂三のご所望は『美九の私物』だったが、こういうのでいいのか?

 

 

「刃さん、刃さん。見てくださいまし」

 

 

背後から狂三が声をかけてきた。

 

 

「どうかしたか?」

「えぇ、凄いものがありましたわ」

 

 

言って、クロゼットの引き出しを指してくる。

 

そちらに移動して狂三の指さす方向に目をやる。

そこには、

 

 

「おぉ……」

 

 

思わず簡単の声が漏れた。

 

何しろそこには、可愛らしいブラジャーやショーツなどの下着類が、ぎっしり詰め込まれていたのである。

 

 

ほら、見てくださいまし。凄いサイズですわよ。私の顔が入ってしまいそうですわ」

 

 

言って、狂三が淡い色のブラを一枚摘み上げ、両手で広げて見せてきた。

なかなかの大きさだった。

 

 

「朱乃やリアスと同じくらいの大きさだな」

「……一体何人の女性と関係があるんですの?」

「二十はくだらない。あと、その二人は悪魔だ」

「……一体どんな経験をなさったんですの?」

「神仏や魔王、神獣や魔獣、天使や悪魔と殺し合いをしていたな」

「……さぁ早く探しましょう」

 

 

どうやら理解の範疇を越えたらしい。

精霊しか知らなかったのだから仕方ないか。

 

と、狂三がこちらに歩いてきた。

だが狂三は床に敷かれていた分厚い絨毯に躓き、不意にバランスを崩して前方に倒れ込んできた。

 

 

「―――あら」

「お?」

 

 

ちょうどのしかかられるような格好になり、俺もその場に転げる。

しかも後方にあった戸棚も巻き込んで。

 

後頭部と背中を強打する。

俺は大丈夫だが、戸棚が心配だ。

 

 

「大丈夫か?狂三」

「えぇ。問題ありませんわ。刃さんが助けてくださいましたし」

 

 

言って、俺の胸に体を預けるようにうつ伏せで倒れ込んだ狂三が妖艶に笑い、ぐぐっと体重をかけてきた。

狂三の華奢で、しかし柔らかい身体が押し付けられ、役得だった。

 

 

「どうした狂三」

「あら、刃さん」

 

 

と、狂三が不意に眉を上げ、俺の顔をジッと見つめてくる。

 

 

「お怪我をなさっていますわ」

「え?あぁ、これか」

 

 

頬に手を触れると、血が付着した。

倒れ込んだ時に何かでひっかいたのだろう。

 

 

「まぁ問題ないだろう。唾でもつけておけば」

「ふぅん……そうですの」

「いいから、早く退いてくれないか?」

 

 

俺が起き上がろうとするが、なぜか狂三がさらに力を入れて、それを阻んできた。

 

 

「……おい」

「少し、じっとしてくださいまし」

 

 

狂三が足を広げ、俺の身体に馬乗りになるような格好になったかと思うと、俺の肩を両手で押さえつけ、ゆっくりと顔を近づけてきた。

 

 

「どうした?」

 

 

俺のの問いに、狂三はふふっと微笑んだ。

小さな吐息が耳と尾行をくすぐり、俺の理性を削っていく。

 

狂三はゆっくりとそのやわらかそうな唇を広げ、そこから濡れた舌先をのぞかせてきた。

そしてそのまま俺の頬の傷に、ぺろりと舌を這わせてくる。

 

 

「何してんだ?」

「うふふ、だって、唾をつけておけば治るのでしょう?」

「言葉のあやだ馬鹿者め。こんな傷、自然治癒する」

 

 

俺がそう言っても、狂三は小さく微笑み、もう一度頬を舐めてから顔を離した。

狂三の舌先と俺の頬の間に唾液のキラキラと光る。

 

やばい、理性、が……

 

狂三が笑いながら、俺の上からどいた。

よし、安定した。

 

後方を見やると、やはり棚の扉が盛大にへこんでいた。

《時間を操る程度の能力》でへこむ前の状態に巻き戻す。

 

と、そこで四角い缶を見つけた。

先ほどまで見つからなかったところから考えると、棚の上にあったのだろう。

 

クッキーなどが入っているような、お菓子の入れ物だ。

なぜそんなものがあるのだろうか。

 

 

「おいおい……」

 

 

勘を開けてみて、俺は思わず声を漏らしてしまった。

 

その中には、CDが入っているようなプラスチックケースが数枚入っていた。

そのすべてに美九の姿が印刷されていた。

美九がリリースしたCDらしい。

 

だが、曲名の下に記されている名前が、美九のものではなかった。

 

宵待 月乃

 

確かにそう記されていた。

美九には芸名はない。

だから違う。

 

美九は女性ファン限定のシークレットライブにしか姿を現せない謎のアイドルのはずだ。

こんなに堂々とCDジャケットを飾っているはずがない。

 

俺はCDをケースから取り出し、近くにあったオーディオコンポで再生させる。

すると、アップテンポのかわいらしい曲とともに、美九の声が流れ始めた。

 

 

「あらあら、可愛らしい曲ですわね」

 

 

言って、狂三が指先で小さくリズムを取る。

 

俺は違和感を覚えた。

 

生歌とCDという違いはあるが、この美九の声は、今の美九の声のように妖しい魅力はない。

だがその代わりに、その歌には一生懸命なひたむきさに溢れていた。

そして聴く者を元気づけてくれるような不思議な魅力があった。

 

再び缶に視線を戻し、中に入っていたCDジャケットを見ていく。

すると、最奥に写真を発見した。

 

綺麗な写真立てに、一枚の写真が飾られていた。

 

俺はそれも見つめていた。

若干の違和感を覚えながら。

 

 

「面白そうなものがありましたわね。少し、お借りしますわ」

 

 

狂三は写真と残っていたCDを一枚重ねて片手で持つと、空いている方の手をバッと掲げる。

すると、狂三の影から古式の短銃が飛び出してきて、狂三の手に収まった。

 

 

「〈刻々帝〉―――【一〇の弾】」

 

 

次いで狂三が言うと、影の一部に『Ⅹ』の紋様が輝き、そこから影が漏れ出すように滲んで、短銃の銃口に吸い込まれた。

 

そうしてkら狂三は、写真とCDを側頭部に触れさせ、それに向かって短銃を構えた。

まるで銃弾を、写真とCDですせ豪としているかのようだ。

そのまま躊躇いなく短銃の引き金を引いた。

銃弾はもちろん写真とCDを貫通し、狂三の頭に突き刺さる。

 

 

「なるほど―――そいういことでしたの。断片的ですけれど、彼女に覚えていた違和感の正体がわかりましたわ」

「あぁ……」

「あぁ、刃さんも何かしたんですの?」

 

 

狂三は俺が見栄を張っていると思っているのだろうか、笑っている。

俺が見栄を張るわけがないだろう。

 

 

「まぁな」

 

 

適当に返す。

本当は、《答えを出す程度の能力》で美九の過去に着いて調べただけだ。

最初からそうすればよかった。

 

そんなことを考えているときだった。

 

窓ガラスが微かに揺れたかと思うと、すぐに外からすさまじい音が流れてきた。

 

だがそれは警報ではなかった。

音楽だ。

パイプオルガンで奏でたような荘厳な音と、聴く者を虜にするであろう美声によって紡がれた歌が街に響き始めた。

これは美九の仕業だ。

それにしても―――

 

うるさい。

 

流石にうるさい。

こんな大音量で流されては、名曲も形無しだ。

 

 

「あらあら、随分と派手にやってくれますわね」

 

 

狂三が可笑しそうに、しかしどこか気にさわるといった様子であごに指を当てる。

 

 

「―――狂三」

「は、はい!!」

 

 

狂三が驚きながらも、返事を返してきた。

どうしたのだろうか?

 

 

「行くぞ。あの歌姫を迎えにな」

「よ、喜んで!!」

 

 

狂三はそう言うと、スカートのすそを摘み上げた。

 



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第2話~対話~

俺は今、天宮市の中心に位置する大型コンペンションセンター・天宮スクエアの近くまで戻ってきていた。

 

今は美九の居城だけだな。

 

天宮スクエアから近いビルの屋上から地上を覗き見る。

さすがに美九の感知能力では見つけられないだろう。

 

 

「狂三、行くぞ」

「それはいいのですが、どうやって参るのです?」

「簡単だ―――ATフィールド展開、モード天使」

 

 

背中からATフィールドでできた翼が出現し、頭上には天使の輪のようなものが出現する。

 

 

「ちょっと失礼」

「な、きゃっ!!」

 

 

狂三をお姫様抱っこする。

こうしないと途中で狂三だけどこかに吹き飛んでしまうかもしれないからな。

 

 

「―――最大の拒絶」

 

 

ATフィールどがキューブ状に数個展開され、円が展開される。

そして、それらは俺達の方に周り―――俺達を吹き飛ばした。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「ヒャッハー!!汚物は消毒だァ!!」

「や、刃さん?」

 

 

腕の中にいる狂三が若干焦りながら声をかけてきた。

 

 

「どうした?」

「いえ、いつもと感じがちがうなと思しまして」

「あぁすまない」

 

 

狂三を地面に下ろしながら言う。

 

さて、敵の居城のど真ん中で叫んだんだ。

向こうからの反応があるはずだ。

 

 

『―――わざわざ私のお城に戻ってくるなんて、随分と余裕があるんですねー。五河刃……ッ』

 

 

ほらな。

 

正直に言えば、余裕しかない。

 

 

『一体何のつもりかは知りませんけどぉ、こうなった以上はもう逃げられませんよー?さ、皆さん、捕まえちゃってください。少しくらいなら痛めつけてもいいですけどぉ、できるだけ丁重に扱ってくださいねぇ。―――でないと、私がやる分が減っちゃいますしぃ』

 

 

何言ってんだこの小娘は。

というか、美九信者がうるさすぎる。

 

 

「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお―――――ッ!!」」」」」

 

 

とか言いながら、俺と狂三の方に走り寄ってきた。

女は良いけど、男は嫌だ。

 

 

「うるさいぞ、『跪け』」

 

 

《絶対命令権》を使い、走り寄ってきた人間全員を跪かせる。

 

 

「狂三、〈時食みの城〉を使え」

「―――きひ、ひひひッ。いいですわね、いいんですわね?」

 

 

そう言いながらも、すでに使っているじゃないか。

 

狂三はニィと唇の端を歪め、俺に顔を向けてくる。

金色の文字盤が描かれた左目の上を、時計の針が高速で逆回転していた。

いい感じに時間を吸収しているな。

 

俺は跳躍をして美九の元―――ステージ上に行く。

 

美九はパイプオルガンのような形をした巨大な天使を背に、煌めく霊装を纏っている。

その両脇には、メイド服の上に霊装を限定解除させ顕現させ、各々の天使を携えた四糸乃と八舞姉妹の姿が見られた。

 

 

「よぅ。久ぶりだな、美九」

 

 

俺が呼びかけると、美九破大きくため息を吐く。

 

 

「何ですかぁ、その声。毛皮らしい音声で、私や、私の精霊さんたちの鼓膜を汚さないでくれませんかー?本当に不快な人ですねぇ。無価値を通り越して害悪ですねぇ。たとえその身が粉となって地に還っても、新たな生命を育むことなく地に永遠に消えない呪いを振りまくレベルの醜悪さですねぇ。ちょっと黙ってくれませんか歩く汚物さぁん」

「貴様こそ何様のつもりだ?天使の力を借りている精霊の分際で―――」

 

 

ここで一度言葉を切る。

 

辺りが一瞬だけ閃光に覆われる。

そして俺は創造神の姿になる。

 

 

「―――神にそのような暴言を吐くとは」

「神……様……?」

 

 

美九は目を白黒させた。

驚いているのだろう。

姿が一瞬で変わったのもそうだが、精霊にはわからない底知れない力を感知したのだろう。

 

 

「神様だからなんなんですかぁ?〈破軍歌姫〉―――【行進曲(マーチ)】!!」

 

 

虚空に光り輝く鍵盤が出現する。

そしてその両手の指を、激しく鍵盤に走らせている。

すると会場中に、身が古い立ち力が漲るような、勇ましい曲が響き渡った。

 

瞬間、ぐったちとしていた観客席の少女たちが、まるで人形遣いに糸を引かれるように、急にその場に立ち上がった。

 

 

「驚きましたわね。ただの人間が私の陰を踏みながら動けるだなんて」

「うふふふっ、どうですかぁ、凄いでしょう?私の〈破軍歌姫〉後からは、人を心酔させるだけじゃあないんですよぉ?」

 

 

美九が勝ち誇ったように笑い、さらに演奏を激しくする。

 

 

「さぁ―――もう捕まえろだなんてゆうちょうなことは言いません。私の可愛い女の子たち。私の目の前でその男を殺しちゃってくださぁいっ!!」

 

 

俺を殺すね……

みんな殺す殺す言っても俺は殺せない。

神だから。

 

 

「狂三、頼んだ」

「きひひ、わァかりましたわ。おまかせください」

 

 

狂三が唇を三日月型に歪めたかと思うと、影が、会場全域を真っ黒に塗りつぶした。

 

天宮スクエア・セントラルステージ。

美九の音によって支配されたその領域のあらゆる場所から、突如として幾人もの狂三が現れ、観客席の少女たちの手を、足を、身体を拘束していった。

 

 

 

「殺したら駄目だぞ?」

「わかってますわよ。殺しはしません」

 

 

どうやらそこはしっかりしていたらしい。

 

 

「な、何なんですかこれはっ!!一体何が……!!」

 

 

驚いているな。

それもそうか。

会場の床や壁や座席から狂三が生えているのだから。

しかもくすくす笑っている……

 

まぁこれで美九陣営を押さえきれるほどは甘くなかった。

 

 

「〈颶風騎士〉―――【穿つ者】!!」

「呼応。〈颶風騎士〉―――【縛める者】」

 

 

そんな声が上空から響いたと思うと同時、轟音とともに突風が襲いかかってきた。

だがもちろん、わざわざくらうわけがない。

 

 

「結」

 

 

結界を張り、突風を防ぐ。

 

八舞姉妹の能力は案外侮れない。

要は、対処が面倒なのだ。

いちいち結界を張るだなんて……

 

 

「また性懲りもなく来おったか!!く、面妖な手を使いおって!!姉上様に危害を加えようとする者は、たとえ誰であろうと容赦せぬ!!煉獄に抱かれたくなくば疾く去ね!!」

「警告。これが最後通牒です。今すぐ消えてください。これ以上刃向うようであれば、刃さん、本気であなたを排除せねばなりません」

 

 

八舞姉妹が、空中に静止しながら馬鹿なことを言ってきた。

本気、ねぇ……

 

 

「お、お姉様には……指一本触れさせません……!!」

 

 

ステージ上では〈氷結傀儡〉の背に張り付いた四糸乃が霊気の結界を張っていた。くそぅ……四糸乃には手が―――だせなくもないな。

 

これまでの動作を見てか、顔を強ばらせていた美九が再び顔に余裕を取り戻し始める。

 

 

「ふ、ふふ……そうですよぉ。私には今、可愛い可愛い精霊さんたちが三人も付いているんです……!!負けるはずがありません!!」

「くくく……」

 

 

俺は思わず笑みがこぼれた。

だがそれは狂三たちも同じだった。

 

 

「きひひ、ひひ」          「ひひひひひ」

   「あぁ、あぁ」 「確かに精霊さんを」

「相手にするのに」                「天使なしでは」

   「少しばかり」      「分が悪いかもしれませんわねぇ」

 

 

狂三は悠然と片手を挙げ、謳うようにその名を叫んだ。

 

 

「―――さぁ、さぁ、おいでなさい〈刻々帝〉。不遜でその身の程知らない精霊さんに、少しお灸を据えて差し上げましょう」

 

 

瞬間。ステージの入口を遮るように、地面から金色の時計が姿を現す。

 

それにしても俺の出番が少ないな……

このままでは狂三にいいところを全てもっていかれそうだ。

 

 

「さぁ、刃さん。準備はよろしいのですの?」

「ん?あぁ」

 

 

一瞬、何のことか全くわからなかったが、すぐに思い出した。

 

狂三は、ウインクしながら短銃の銃身にちゅっと口づけをした。

 

 

「〈刻々帝〉―――【一の弾】」

 

 

狂三が言うと同時、時計の文字盤の『Ⅰ』の部分から影が滲み出して、狂三の持つ短銃の銃口に吸い込まれていく。

それと同時に、会場内に銃を握った新たな狂三たちが姿を現し、上空の八舞姉妹に影の銃弾を何発も放ち始めた。

 

狂三は、【一の弾】を込めた銃を、俺の近くにいる狂三に向けた。

 

 

「では、任せましたわよ、『わたくし』」

「えぇ、承りましたわ、『わたくし』」

 

 

言葉を交わしたのち、漆黒の銃弾が俺の近くにいた狂三の眉間に突き刺さった。

 

 

「え―――」

 

 

狂三が俺を抱えて美九のいるステージの方へ疾走した。

なぜ俺を抱える必要があった……

 

途中で八舞姉妹に邪魔されそうになったが、【一の弾】で時間を速めた狂三の速度に追いつくわけもなかった。

 

すぐにステージ上に辿り着く。

 

 

「……!!」

『わっ!!わわっ!!』

 

 

ステージに控えていた四糸乃と〈氷結傀儡〉も、突然の事態に慌てていた。

だがそんなものは関係ない。

 

ステージ上に、美九を守るように氷で壁がつくられていくが、

 

 

「しゃらくせー!!」

 

 

と、第三宇宙速度で動き回る問題児の真似をしながら氷の壁を拳で砕く。

 

俺がそんなことをしているうちに、

 

 

「あはァ」

 

 

狂三は美九の足元に漆黒の影を広げ―――そこから狂三の分身が飛び出してきて、背後から美九の口を塞いだ。

 

 

「む、むぐぅ!?」

 

 

美九が目を白黒させ、拘束から逃れようと手足をジタバタと動かしているが……

 

だがそんなもは無駄だ。

 

影からさらに狂三たちが這い出、美九の手足を絡め取ってそのまま、ゆっくりと美九を影の中に引きずり込んでいく。

 

 

「うぐーっ!!むんんんんんんんんん―――――っ!?」

 

 

必死に抵抗しても、何人もの狂三が纏わりついているのだ、美九一人ではとても抗えないだろう。

 

と、そんなことを考えているうちに、俺も影に引きずり込まれていく。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「ここは……あぁ、狂三の影の中だったな」

「あぁっ、何なんですかもうーっ!!ここはどこですかー」

 

 

背後から、聞き覚えのある声が響いてきた。

 

 

「―――美九」

「……むっ」

 

 

美九もまた、俺の姿を確認したようだ。

一瞬驚いたように目を丸くしてから、すぐに忌々しげな顔を作り、大声を発想としてか大きく身体を反らした。

 

が、その動作は寸前で止められる。

辺りに溢れていた影が美九に絡み付いたのだ。

 

 

「ひ……っ!?」

 

 

美九が身を竦ませる。

すると、くぐもった声が聞こえてきた。

 

 

『きひひ、おいたはいけませんわよ、美九さん』

 

 

そしてそれと同時に、小さいが、何人もの笑い声が辺りか響いてきた。

 

 

『―――さぁ、、一つ目の約束は果たしましたわ。あとは刃さん、あなたにお任せします。とはいえ、あまり時間はありません。お急ぎになってくださいまし』

 

 

狂三は手伝わせてやっていることを忘れているらしい。

困ったものだ。

 

 

「美九」

「……ふん」

 

 

さすが自分が今置かれた状況を理解したらしい。

俺に攻撃を仕掛けてこなかった。

が、俺の言葉に耳を傾ける気もないらしい。

 

 

「とりあえずこれだけは聞いといてくれ。十香―――俺がステージに立った時にタンバリンを叩いていた奴だ。まぁ気づいているだろうが、十香は四糸乃たちと同じ精霊だ。それで、美九も見たはずだ。十香がDEMの魔術師にさらわれたのを」

「……っ」

 

 

若干反応した。

それは精霊というところになのか、それともさらわれたというところなのはかは、わからない。

 

 

「俺は今から十香を助けに行く」

「………はぁ?」

 

 

美九うが首から上だけ振り向かせ、久しぶりに声を発した。

まぁ不機嫌そうだが。

 

 

「助けに……?なんでそんなことするんですかぁ?」

「十香が大切だからだ。それと―――」

「それと?それとなんですかぁ?」

 

 

美九がさっさと言え、みたいな視線を向けてきた。

 

 

「―――絶対に助けに行くと、約束したからだ」

「約……束……?」

 

 

美九はすぐに笑いだし、そして俺に言った。

 

 

 

「どうせ性欲処理の相手がいなくなったことを嘆いているんせすよねぇ。でも、死んだら元も子もないんじゃないですかぁ?命あっての物種っていうでしょうにー」

 

 

はぁ……

こいつはひたすら人の話を聞かないな。

 

俺は左手の薬指をさしながら言った。

 

 

「俺はもう結婚している。あと、俺は死ねない。死なないんじゃない、死ねないのだ」

「結婚……してたんですかぁ?」

「あぁ、おまえが気に入ったレティシアは俺の嫁だ。もうかれこれ数万年の付き合いだ」

「……数万年?あなた一体何者なんですかぁ?」

 

 

はぁ、と一息ついてから美九に向き直る。

そして一言。

 

 

「前にも言ったような気がするが―――この世界を創造した神であり、原初の神の力を受け継いだ者だ。神をも浄化する刃、神浄刃だ」

「そういえば言っていましたねー。神様だって」

 

 

美九も思い出したと言わんばかりにうんうんうなっている。

 

 

「俺はどんな手段を使っても十香を助け出す。そしてまたここに来ようと思う。今度は一人で来ると約束しよう。だからな、これ以上被害を広げないで大人しく待っていてくれ」

「……あぁ?」

 

 

美九が、嫌悪感に歪んだ表情のまま、不機嫌そうな声をこぼした。

 

 

「そんな言葉を信じろっていうんですかぁ?仮に本当だったとしても、いくら神様でもあの量の魔術師相手では十香さんまで辿り着けないんじゃないですかぁ?」

「馬鹿にしているのか?あの程度なら十秒もあったら塵すら残さずに消しとばせる。―――それに今回は妹に力を借りようと思っている」

「妹さんですか!?」

「おぉう?」

 

 

妹にやたらと食いついてきた。

こいつはかなりの百合っ子だな。

 

あ、そうだ。

 

 

「そういえば美九。まだ約束を守ってもらっていなかったな」

「約束……?―――はっ!?」

「思い出したようだな。総合だけではなく、ステージ部門まで最優秀賞を取ったんだ。霊力を封印させてもらうぞ?」

「い、嫌ですっ!!わ、私の霊力を封印するだなんてこと……絶対、絶ぇぇぇぇぇっ対許しませんからぁっ!!」

 

 

ここまでは予想通り。

ここからが本番だ。

 

 

「なら仕方ないな。取引しようじゃないか。お前の霊力封印を撤回して、別の者に変更してやってもいい」

「別のもの……?」

「あぁそうだ。十香を助けにいくのを手伝ってくれ」

「……………へ?」

 

 

何を要求されるか不安がっていた顔が、一気に唖然とした表情に変わった。

 

 

「そ、それが条件だっていうんですかぁ?」

「そうだ。まぁ俺と妹だけでも可能なんだがな。それだとここら一帯を平地に変えてしまうかもしれないからな」

「平地に……で、でもぉ……あなたの目的は私の霊力を封印することだったんでしょう?なんでそこまでするんですかぁ?」

「十香が大切だからだ」

「……っ」

 

 

俺が簡潔に琴えると、美九が顔を歪めた。

俺の言葉が信じられないとでもいうようにだ。

 

 

「ふん……っ!!お断りですぅ!!だいいち、なんで私がそんなことしてあげなくちゃならないんですかぁっ!!」

「おい……」

「もう嫌です!!あなたの話なんて聞きたくありません!!全部嘘です!!裏があるんです!!人間みたいな利己的な生き物が、誰かをそんな大切にするはずがないんです!!」

「なぜ人間をそんなに拒絶する?おまえだって―――」

 

 

と、このタイミングでタイムリミットが来てしまったようだ。

 

深い黒一色で塗りつぶされていた影の世界に、一条の光が差し込んできた。

 

 

『―――ご歓談中悪いのですけれど……そろそろタイムリミットですわ』

「はぁ……」

「きゃっ!?」

 

 

地上に出た俺は、すぐに狂三を探し―――発見した。

すぐに抱き上げ、この場を離脱する。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「はぁ……まぁ第一段階は完了だ」

 

 

とりあえず、またビルの屋上まで跳んだ。

転移ってやつだ。

 

 

「なぜ美九さんを仲間に引き入れようとしたんですの?ねェ、刃さん?わたくし一人の助力では不安と仰りたいんですの?」

「そういうわけではない。というよりも、お前が手伝わせてくださいと言ったんだろ。不安ではない。だがバックアップがいなくてな。ちょうどいいと思っていたんだ。あとは―――いいや」

「むぅ、気になりますわ」

 

 

狂三が腕に抱き着いて来て、胸を腕に当ててくる。

 

 

「あとは―――おいで、フラン」

 

 

紅色の魔法陣が展開される。

そこから、フランが出てくるんだが……

 

 

「久しぶりだね!!おにーちゃん!!」

 

 

と、言いながらだいしゅきホールドをしてきた。

あぁ、この感触。

堪らない。

 

 

「さて、大体のことは分るだろう?フラン」

「うん♪DEMとかいうクソ会社から新しい家族の十香ちゃんを助けにいくんだよね?」

「そうだ」

 

 

よしよし、とフランの頭を撫でる。

 

 

「刃さん、そちらは?」

「あぁ、俺の義妹。フランドール・S・神浄だ。吸血鬼だ」

「吸血鬼……?」

「そう。だから戦闘能力はかなりのものだから安心しろ」

 

 

これで準備は整った。

十香を救出しに行こう。

 

 

「さぁ二人とも。姫を助けに行こうか」

「えぇ」

「うん♪」

 



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第3話~実行~

特攻宣言をしてから数分。

月とまばらな星の下、俺、フラン、狂三は目の前に聳えたビル群を睨みつけていた。

 

 

「ここだ。ここ十香がいる」

 

 

フランに言いながら、辺りに視線を巡らす。

 

今俺たちがいるのは、天宮市とお方に位置する鏡山市のオフィス街の一角だ。

上空には、俺たちが立っている通りから先に、特に大きなビルが固まっていることが見て取れた。

 

 

「気付かれまして?」

 

 

フランを撫でて和んでいた俺に、狂三が話しかけてきた。

 

 

「ここから先一帯は、DEMの関連施設ばかりですわ。見えるビル群は、全て系列会社や事務所、研究施設などですわ」

「あぁ……どこも真っ黒だ」

 

 

色ではない。

色ではないからな。

 

 

「あそこが第一社屋か……」

「えぇ、その中ののどこにいるかまでは、残念ながら探れませんでしたけれど」

「それについてはいい。向こうに特攻して、暴れながら探すから」

「そ、そうですか」

 

 

そう答えて、狂三は兵を背にするようにくるりとターンをし、俺に顔を向けてきた。

 

 

「目的のビルに到着次第、敷地内に狂三の分身を呼んで、俺の分身を他の施設を襲撃してくれ。異論は?」

「ありませんわ」

「フランは外でDEMの人間と思いっきり遊んでいいからな」

 

 

俺はイイ笑顔でフラン言う。

 

 

「ホント!?やった♪ありがとうおにーちゃん!!」

「おっふ……」

「あらあら、人気ですわね、刃さん」

 

 

フランがだいしゅきホールドしてきた。

それを見て狂三は笑っている。

 

 

「まったく……それでは―――行こうか」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

DEMの敷地内に直接転移して、転移しきった瞬間だった。

妙な感触―――魔術師の随意領域に入ったときの感触に似ている。

  

ということは……

 

 

―――ウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――

 

 

辺りから甲高い音が鳴り響いた。

 

空間震警報に似ている、というよりもそのものかもしれない。

多分、DEMは目撃者を極力減らして大暴れしようとしているのだろう。

 

俺達侵入者相手に。

 

 

「刃さん、上を見てくださいまし」

 

 

狂三は言って、上空を指さした。

 

すでに上空からは光の奔流が―――

 

 

「危ないな……」

 

 

すかさず、《重力を操る程度の能力》でブラックホールをつくって俺達に向かって来た光を吸収させる。

 

襲撃者の方を見る。

そこには複数の〈バンダースナッチ〉が浮遊していた。

軽くホラーである。

 

 

「狂三、頼んだ」

「承りましたわ、『わたくしたち』!!」

 

 

狂三がそう叫ぶと、瞬時に狂三の足下から影が広がった。

そしてその中から一〇〇人近い狂三が現れた。

そして次の瞬間には浮遊した〈バンダースナッチ〉目がけて跳躍した。

 

 

「「「「「きひ、ひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひッ!!」」」」」

 

 

うむ、少しばかり気持ちが悪いな。

だって、同じ顔が「きひひ」叫びながら特攻するとか……

 

狂三だけに負担はかけられない。

 

 

「多重影分身の術」

 

 

ボボボン、と俺の前に数千身体の分身が出現する。

 

 

「行け、俺達!!十香を助け出すための糧となれ!!」

「「「「「応よ!!」」」」」

 

 

そう返し、分身たちは一斉に浮遊している〈バンダースナッチ〉に特攻をかましながら、周りのビルなども破壊し始めた。

 

 

「狂三、このままだと面倒事が増えそうだ。一気に防衛ラインを抜ける―――ほら」

 

 

そう言い、狂三に手を差し出す。

 

 

「あらあら、エスコートしてくださるんですの?」

「そうだ。だから早くしろ」

 

 

そして狂三が俺の手を握ったのを確認し、一気に地面を踏み抜く。

もちろん地面にはクレーターができた。

狂三を見ると、少し顔を歪ませていた。

かかったGが凄まじかったのだろう。

 

しばらくして、防衛線を抜けた俺は足をを踏み出し勢いを止める。

 

 

「よし、時間が惜しい。早く行こうか」

「えぇ。第一社屋はこちらで―――」

 

 

と、狂三が人差し指で前方を指し示そうとした瞬間だった。

 

 

「おっと」

 

 

狂三を目がけて攻撃が飛んできたので、手を魔力でコーティングし、手刀で全て叩き落とす。

 

 

「あ、ありがとうございます」

 

 

狂三は唖然としながらも、礼を言ってくれた。

 

まったく……急な攻撃だったから叩き落とすことしかできなかったではないか。

少しなまってっしまったか?

 

 

「やれやれ―――ようやく見つけましたよ」

 

 

声のした方を向く。

 

そこには、青と黒でカラーリングされた、見覚えのないCR-ユニットを装着していた真那を確認した。

 

一つに括られた髪に、気の強そうな双眸。

そして、左目の下の泣き黒子。

 

普通に可愛いぞ。

 

突然この戦場に出てきたのにいは少し驚いたが、まぁ納得だ。

 

 

「兄様……!!どいてください、そいつ殺せない」

「いやいや、いいから。今は協力してるから」

 

 

少しヤンデレっている真那に戸惑いを覚える。

あまりヤンデレの相手はしたことがないからな。

 

 

「それより、怪我は?」

「全力全快でやがりますよっ!!」

 

 

どこの魔砲少女だ。

 

 

「今お前はどういう立場なんだ?DEMの手先なのか?」

「いいえ。細けー話はあとでしますが、私、DEMを辞めまして」

「そうか。ならいいんだ」

 

 

俺は真那から視線を狂三に移す。

 

 

「狂三、手筈通りに頼んだぞ」

「きひ、ひひひ。わァかりましたわ」

 

 

そう言って、狂三は影に沈んでいった。

 

 

「兄様……?」

「ん?あぁすまない。どうした?」

 

 

真那に呼ばれて視線を真那に戻す。

 

真那は俺に向かって何かを差し出した。

何かとは―――インカムのようだ。

ふむ、ここから察するに、〈フラクシナス〉の機能は回復したようだ。

 

 

「インカムか」

「えぇ。どうぞ。回線は繋がっています」

 

 

真那からインカムを受け取り、右耳に装着する。

相変らず、慣れない感触だ。

といっても余りつけていないが。

 

 

『……刃、聞こえる?』

「聞こえているぞ。ようやく戻ったか」

 

 

琴里だ。

 

 

『えぇ、まぁ、なんとかね』

「それは何よりで。さっさと誘導してくれ」

『わかったわ』

 

 

意外に聞き分けがいいな。

信頼されているのか?

それは嬉しいが。

 

 

『さぁ―――私たちの戦争(デート)を始めましょう』

 

 

琴里がインカムを通して俺に言ってくる。

そうだな、始めようか。

 

 

「始めようか、戦争を」

 

 

そう、文字通りの、デートではなく、戦争を。

 

辺りを閃光が包み込む。

時間にして一瞬。

 

俺は創造神の姿になる。

 

 

「待ってろ、十香」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

第一社屋に転移した俺は、十香の気配を探りながら移動をしている。

二階、三階、四階、五階と階段を駆け上がる。

そしてしばらく階段を上った時だった。

 

廊下の先に二人の男女の姿を確認した。

しかも二人ともワイヤリングスーツを装着済みだ。

屋内だからだろうか、手にしていたのはハンドガンらしきものと、小ぶりなレイザーエッジのみだった。

だがまぎれもなく魔術師だ。

 

 

「侵入者!?」

「おい貴様、何者だ!!一体どこから―――」

「あばよ」

 

 

そう言い放ち、魔力の塊を放って二人を吹き飛ばす。

そして二人を吹き飛ばすのと同時に新たな魔術師が邪魔をしてきた。

 

その時だった。

 

 

「ふん、いい気味ですねー」

 

 

窓が砕け、そこから煌びやかな霊装を纏った美九が現れた。

そして廊下に降り立つのと同時にタン、タンと静かにステップを踏んだ。

 

 

「〈破軍歌姫〉―――【独奏】!!」

 

 

するとそこから銀色の細長い円筒が現れた。

巨大なパイプオルガンの一部だろう。

そしてその銀筒の先端部が、美九の方に向かって折れ曲がる。

まるでライブなどで使うマイクスタンドみたいだ。

 

 

「―――――――――――――――っ!!」

 

 

美九がそれに向かって、美声を響かせる。

それは円筒の内側を通って幾重にも反響し、周囲にあまねなく広がった。

次の瞬間には、美九の歌を聞いた魔術師たちが皆一斉に武装を解除して壁際に整列した。

 

 

「―――美九」

 

 

俺が呼ぶと、美九は不機嫌そうにフンと視線を逸らした。

 

 

「気軽に呼ばないでもらえますぅ?あなたののどから発せられた声で舌で発音された音で呼ばれると、それだけで私の可愛い名前に拭いようのない穢れが蓄積するんですよぉ」

 

 

相変らずの毒舌だ。

 

窓の外を見やると、美九をこの階まで運んできたのだろう、天使を顕現させた四糸乃と八舞姉妹の姿が見受けられた。

 

 

「お姉様……私たちはどうしましょうか」

 

 

巨大なウサギの人形の背にしがみついた四糸乃が言う。

すると美九が四糸乃と八舞姉妹に指示を出した。

どうやら全員、外で敵の撃墜らしい。

 

 

「美九、約束を守りに来てくれたのか?」

「……っ」

 

 

俺の言葉に、美九が不快そうに顔を歪めた。

 

 

「勘違いしないでもらえますぅ?私、どこかの不愉快な自殺志望者が勝手にぺらぺら垂れ流していた妄言にも満たない聞き苦しい奇声なんて、これっっっっっっっっっっっぽちも気にしてませんしぃ。ここに来たのは、もう一人の精霊さんを私のコレクションに加えようと思ったからですしー」

 

 

ツンデレなのか?

 

言うことだけ言って、美九は俺を一瞥してからツカツカと廊下を歩いて行った。

俺もそれに合わせるように、美九の後ろからついていく。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「―――それで、十香さんはどこにいるんですかぁ?こんな広い建物を無闇に歩き回っても時間の無駄ですよー」

「一八階の隔離エリアだ。このIDを使えば入れるらしい」

 

 

そう言いながら、DEMの魔術師から奪ったIDを見せる。

 

と、この瞬間にも魔術師が攻撃を仕掛けてきた。

 

 

「うっとおしいぞ!!」

 

 

そう言い放ち、神力で弾幕を張って魔術師を吹き飛ばしていく。

 

 

「嗚呼、嗚呼、嗚呼―――もうやめだ」

「あらー?あきらめちゃうんですかー?」

 

 

美九がイイ顔をしながら、なおかつ挑発的に、そして落胆したような声音で言ってきた。

 

 

「違う。こんな遠回りはやめる」

「遠回り?何をいっているんですかー?この方法しかないからこんなことをしていたんでしょぉ?」

 

 

違うぜ、違うぜ美九。

今までは周りに気を配ってまったく力を使わないで捜していた。

だがもうやめだ。

こんなことをしていても十香が苦しむ時間が増えるだけだ。

 

 

「力を加減して十香が苦しむ時間が延びるくらいなら―――俺は今からでも本気で行く。なんせ、十香は俺のことを信じてくれているからな」

「そんなわけないじゃないですかー。十香さんだってもう、あきらめてますよー」

「……なぜお前は信じるという心を知らない?いや、否定するのだ?」

「信じても裏切られるだけなんですー。―――頼ったら騙される。託したら、見限られる。みんな、みんなそうなんです!!」

 

 

美九は何かを思い出すように、絞り出すようにして声を上げた。

 

 

「だから、私は男が大っ嫌いなんですよ!!下劣で、汚くて、醜くて―――見ているだけで吐き気してます!!」

 

 

さらに吐き出すように続ける。

 

 

「女の子だってそうです!私の言うことを聞く、可愛い子がいればあとは必要ありません!!他の人間なんてみんな、みんな死んじゃえばいいんです!!」

 

 

やはりアレを引きずっているらしい。

いや、引きずるなという方が無理であろう。

根本的に人間が嫌いになっている。

 

 

「それは違うであろう。確かにお前の境遇は気の毒だと思う。プロデューサーや記事を書いた記者は殺してやりたいほど頭にくる。手の平を返したファンには地獄を見せたい。でもな、だからといって他の人間たとまで一緒くたに嫌うことはないんじゃないか?」

「何を……!!黙ってください!!男なんてみんな同じなんです!!」

「そもそも本当に歌を聴いてくれる人は一人もいなかったのか?スキャンダルに惑わされず、お前の歌を楽しみにしていた人だっていたはずだ!!」

「そ、そんな人―――!!」

 

 

と、その瞬間、廊下の前方から幾人もの足音が響いてきた。

すぐに小銃を構えた魔術師たちが、幾人も姿を現した。

 

 

「いたぞ!!侵入者だ!!」

「気を付けろ!!片方は精霊だ!!」

 

 

うっとおしい。

今いいところだったのに……

なぜ、こうタイミングが悪いのだ。

 

魔術師たちは一斉に弾丸を放ってくるが、美九の発した声の壁ですべて弾き飛ばされた。

 

 

「美九―――お前は自分の中で恐ろしい人間の幻想を作り上げている。お前のその『声』でみんな言うことを聞いてくれるから、それが膨れ上がって―――余計に本当の人間と話すのが怖くなっているのだ!!」

 

 

俺がそう言い放つと、美九は「はぁ!?」と信じられないような声を発した。

 

 

「怖い……!?言うことに欠いて、私が、人間を恐れているっていうんですか!?ていうか今は戦闘中でしょう!!何を余計な―――ァァァァァァァァッ!!」

 

 

美九の言葉の途中でまたも魔術師たちの放った弾丸が迫ってきた。

美九は声を張り上げ、再び声の壁を作ってそれを防いだ。

 

 

「人間を拒絶していても、心のどこかでは、しっかりと話をしたいと思っていたんじゃないか?」

「何を適当な……!!あなたなんかに何がわかるんっていうんですか!!」

 

 

美九が声を上げ、俺は神力で弾幕を張る。

俺たちは言い合いながら、時折出てくる魔術師を得散らしながら、廊下を進んでいく。

 

 

「わかるさ。だからこそおまえは自分の『声』で操れなかった人間―――吸血鬼だが、レティシアが欲しかったんじゃないか?」

「……ッ!!」

 

 

美九が息を詰まらせ、表情を歪めた。

 

 

「そ、そんなこと―――」

「ならなぜ『声』を手に入れたお前は『宵待月乃』ではなく、新しい芸名でもなく、『誘宵美九』という本名を使ってデビューをした?お前は知ってもらいたかったのだろう?―――自分はここにいると!!認めてもらいたかったのだろう!?他でもない―――人間にな」

 

 

美九破うぐぐ……と顔を赤く染めると、廊下を全身しながらヒステリックな声を上げた。

 

 

「う、る、さぁぁぁぁぁぁぁぁいッ!!黙れ黙れ黙れぇぇぇっ!!知った風な口を利いてぇ!!バカー!!アホー!!間抜けぇぇぇっ!!」

 

 

幼児退行した……?

でも可愛いと思うよ?うん。

 

だがその声に霊力を乗せたのはまずいだろう。

前方にいた魔術師が吹き飛んで行ったぞ。

 

 

 

「図星か?」

「図星じゃねぇですもん!!違いますもん!!あなたがバカなだけですし!!バーカ!!バーカ!!バーカ!!!」

「やはりお前の霊力は封印してやる」

 

 

俺がそう言うと、美九がビクッと肩を震わせた。

 

 

「そんなこと……させないんんですからっ!!この『声』を封印されたら、私は、また―――」

 

 

美九が歯を噛み締めるようにしてから、言葉を継いできた。

 

 

「あなたは……また、なれっていうんですか!?歌のない私に……無価値な私に……ッ!!」

「そんなわけがない!!」

 

 

弾幕を濃くしながら叫ぶ。

 

 

「俺は本当の声でお前に歌ってもらいたいだけだ」

 

 

そう、一度でいいから何の力もこもっていない美九自身の歌が聴いてみたいのだ。

CDではなく、本人の口から発せられた、生の声で!!

 

だが美九は忌々しげに顔を歪めた。

 

 

「知った風な口を利かないでください……!!この『声』があれば、私は最高のアイドルでいられるんです!!この『声』を失った私の歌なんて、一体誰が聴いてくれるっていうんでうすかぁっ!!」

「俺がいるッ!!」

 

 

俺が叫ぶと、美九が目を見開き、全身を微かに震わせる。

 

 

「な、何を……適当なことを!!私の歌なんて聴いたこともないくせに!!」

「一曲だけだが聴いた。ひたむきで、一生懸命で、格好が良かった!!今の歌にはない、いいものがそこにはあった!!誰も聴いてくれないか……それあありえない。俺は少なくとも、例え死にかけていたとしても、お前のファンであることを誓おうッ!!」

「な……」

「霊力?『声』?ハッ!!それがどうした。そんなものが無くなったからといってお前が無価値になるはずがない!!」

「……っ!!」

 

 

美九は今にも泣いてしまいそうだった。

だが顔をブンブンと振って、

 

 

「そんな……言葉―――信じないんですからぁっ!!そう言っていたファンは、みんな私のことを信じてくれなかった!!私がつらいとき……誰も手を差し伸べてくれなかった!!」

「例えそうだとしてもだ!!その時は俺が絶対に手を差し伸べよう!!」

「都合のいいことを……!!じゃあなんですか。私がもし十香さんと同じようにピンチになったら、あなた、命を懸けて助けてくれるとでもいうんですかぁ!?」

 

 

美九は俺を睨みつけながら叫んできた。

 

 

「たとえ四肢がもぎ取られようと助けに行くッ!!」

「………!!」

 

 

俺の返答に、美九が一瞬足を止めた。

だがすぐに顔を不愉快そうに歪めた。

俺の後を追ってきた。

 

 

「信じませんッ!!どうせ嘘です……!!嘘に決まっています!!」

「はぁ……いい加減―――」

 

 

このタイミングで魔術師か……

 

階段を上って次の階に突立つした俺達の前に、一人の魔術師が現れた。

かなりの重装備だ。

だが関係ない。

 

 

「止まれぇい!!さんz「失せろ!!」…」

 

 

《境界を操る程度の能力》で、死界と現世の境界をいじり、繋げ、そこに魔術師を落とす。

 

 

「大体ですね、なんで私があなたに助けられなきゃいけないんですかぁ!!身の程を知ってくださいよねぇ!!」

「お前が言ったんだろうが!!」

「ふーん!!そんなの知りませんよーだ!!」

 

 

美九がつーんと顔を背けた。

俺は溜息をつきながら、辺りを見回す。

 

今までの階層とは明らかに違う、頑丈そうな壁が連なり、窓が一つもなかった。

まるで隔離施設のようだ。

 

ここだ。

ここに十香がいる。

 

長く続いている壁の先に扉を見つけた。

 

IDを使い、扉を開ける。

 

美九も後をついてくる。

隔壁の内部には、〈フラクシナス〉の隔離エリアによく似た構造になっていた。

広くほの暗い研究区画の中に、強化ガラスで囲われた空間が設えられていた。

そしてその中には―――

 

十香の姿があった。

 

椅子に手足を拘束され、顔をうつむかせていた。

 

俺は強化ガラスを壊すために、手刀を構える。

と、その時だった。

 

 

「―――やぁ、待っていたよ。〈プリンセス〉の友人……でいいのかな?」

 

 

男―――ウェスコットが静かな声を響かせ、椅子から立ち上がる。

そしてゆっくりとした動作で俺達の方に振り向いてきた。

 

 

「な―――失礼。お初にお目にかかるね。DEMインダストリー社のアイザック・ウェスコットだ」

 

 

言って、その鋭い双眸を細めてきた。

 

 

「よく来てくれたね。〈ディーヴァ」に―――」

 

 

と、ウェスコットが美九に視線をやり、次いで俺に目を向けた瞬間、言葉を止めた。

一瞬呆けたような顔を作ったのち、訝しげに眉をひそめてくる。

 

 

「君は……何者だ?まさか……いや、そんなはずは……」

 

 

ウェスコットが何やら思案するように、口元に手を当てた。

 

素直に答えてやろう。

何者かは半分くらいだが。

 

俺は《人類最終死剣(ラスト・エンブリオ)》の切っ先をウェスコットに向けながら言い放つ。

 

 

「初めまして。神をも浄化する刃、神浄刃だ。―――見ての通りの神様だよ。そして―――十香を助けに来た」

 




《人類最終死剣(ラスト・エンブリオ)》については次回説明します。
まぁ、バグ武器ですね。


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第4話~〈王国〉の反転~

「初めまして。神をも浄化する刃、神浄刃だ。―――見ての通りの神様だ。そして―――十香を助けに来た」

 

 

俺は《人類最終死剣(ラスト・エンブリオ)》の切っ先をウェスコットに向けながら言い放つ。

 

瞬間、ウェスコットはその目を大きく見開いた。

だがそれは、《人類最終死剣》の切っ先向けられたことに戦慄したわけだはなさそうだ。

しばしの間呆けたように俺の顔をまじまじと見つめ―――

 

 

「イツカ―――ヤイバ。君が」

 

 

やがて、くつくつとのどを鳴らし始めた。

 

 

「……くく、精霊の力を扱えるのは聞いていたが、まさか神だったとは……。だが、なるほど、そういうことか。くく、はは、はははははははははは!!」

 

 

気持ちが悪い。

この一言に限る。

さっさと殺してやろうかと思う。

 

 

「滑稽じゃあないか。結局―――全てはあの女の手のひらの上だったというわけだ。―――多少の誤差はあろうとも」

 

 

この返答に、俺の隣に控えた美九が、気味悪そうに声を発した。

 

 

「……なんですかぁ、この人。どこかおかしいんじゃありません?あぁあ、だから男は嫌なんですよー」

「いや、あいつが特殊なだけだから」

 

 

まったく、あんなのと一緒にしてもらいたくないね。

 

 

「お前が気持ち悪いのはどうでもいい。それより―――十香を開放してくれ」

 

 

威圧しながら言い放つと、ウェスコットは愉快そうに肩を揺らした。

 

 

「もしもその言葉に従わなかったら、どうなるのかな?」

「殺す」

 

 

殺気を少し乗せながら言い放つ。

ウェスコットは頬に汗を滴らせた。

 

 

「そうか。―――私はエレンのように強くはないんだ。精霊一人と、神を同時に相手にするなんて、恐ろしくてできないさ」

 

 

そう言って、ウェコットが手近にあったコンソールを捜査した。

 

すると、部屋中に響いていた小さな駆動音のようなものが小さくなり、辺りがふっと明るくなった。

次いで、十香の手足を拘束していた錠がガチャリと音を立てて外れた。

 

 

「―――十香」

 

 

どうやらガラスの内側にも声が通っているらしい。

椅子に座っていた十香が、ふっと顔を上げた。

 

 

『ヤイ……バ……?』

 

 

そして身を起こし、微睡みを振り払うように目を擦ってから、十香が俺の方に目を向けてきた。

 

 

『ヤイバ!!』

 

 

ようやく気づいたか。

 

十香は身体中に張られた電極をぶちぶちと剥がしながら、俺の方に走ってきた。

そして強化ガラスに両手のひらとおでこを押し付けながら、今にも泣きそうな顔を作った。

 

 

『ヤイバ……ヤイバ、ヤイバっ!!』

「すまないな。少しばかり遅くなってしまった」

 

 

俺の言葉に、十香がブンブンと首を振った。

 

どうやら身体に異常はないらしい。

今の仕草からの判断だがな。

 

だが悠長にもしていられない。

さっさと十香を出さなければ。

 

 

「おい、開けろ」

「そんな立派な得物を持っているんだ。自分で切り裂いてみてはどうかな?」

 

 

ウェスコットが肩をすくめながら言ってきた。

 

馬鹿かこいつは。

そんなことをしたら、強化ガラスはおろか、そのままビルの壁を突き破り、挙句の果てには街が無くなるぞ。

 

俺が強化ガラスをどう破壊しようか考えていると、ウェスコットが悠然とした笑みを浮かべながら、

 

 

「あぁ―――そうそう、一つ言い忘れていたが。イツカヤイバ」

 

 

そしてそのまま、小さく唇を開いた。

 

 

「―――そこに立っていると、危ないよ」

『や、ヤイバ!!後ろだ』

 

 

ウェスコットの言葉と共に、十香が叫んだ。

そして、ぞぶ、という奇妙な音とともに、俺の胸元に違和感を感じた。

 

 

「お?」

 

 

すっかり油断してしまっていた。

俺の悪い癖だ。

まったく、今までこのせいで何回も危ない橋を渡ったというのに。

学習しないな、俺は。

 

胸元に視線を落とす。

ふむ、どうやらレイザーブレイドが突き刺さったようだ。

 

背後に視線を向けると、白金のCR-ユニットを纏った魔術師、

 

 

「―――エレン」

「―――アイクに向けられる剣は、すべて私が折ります」

 

 

普通の人間だったら致命傷を負わせることをしたとは思えない調子で言い放ったなこいつ。

 

 

『ヤイバ!!ヤイバぁぁぁぁぁッ!!』

 

 

ガンガンと震動が響く。

十香がガラスの壁を何度も叩いるせいだ。

 

 

「おや……君が傷を負うとは珍しいじゃあないか」

「油断しました。―――恐らく、上空に〈ラタトクス〉の空中艦がいます」

「ほぉう……?」

 

 

琴里に手出したら、一瞬で破壊しつくしてやるからな。

 

 

「なにか禍々しい剣を手にしていたので、攻撃しましたが、よろしかったでしょうか」

「あぁ―――。構わないさ。むしろこちらの方が、都合がよさそうだ」

「ハァ?馬鹿だろうお前ら。何油断しているんだ」

「「な!?」」

 

 

ウェスコットとエレンが驚いたような声を発する。

 

胸に突き刺さっているレイザーブレイドを右手で掴み、引き抜く。

そこから膨大な量の血がが噴き出す。

だがそれもすぐに収まった。

 

 

「……さすが神と言った方がいいのかな?」

「この程度は普通だ」

 

 

適当に返し、一瞬で十香の元に移動する。

 

 

「や、ヤイバ!?き、傷はないのか!?無事か!?」

「あぁ、大丈夫だ。ほら―――」

 

 

そしてガラスを手刀で切り裂き、十香をガラスの中から出す。

 

 

「―――ヤイバ!!」

「おっと」

 

 

出た瞬間に十香が俺に抱き着いてくる。

優しく頭を撫で、床に下ろす。

 

 

だがそれと同時に俺は崩れ落ちる。

 

 

「や、ヤイバ?どうしたのだ?」

「ははは、まずい。一回落ち―――」

 

 

どうやら傷が完全にふさがりきっていなかったのと、血が一気に無くなったのがまずかったかな。

 

ここで俺の意識は一度途切れた。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「ヤイバ……ヤイバ……ヤイバ……!!」

 

 

私はヤイバの身体をゆすりながら言う。

自分を見失いように意識を強く持ちながらだ。

 

刃には回復能力があるから大丈夫だ。

大丈夫なはずだ……!!

そうだ、すぐに起き上がり私を抱きしめて優しく頭を撫でてくれる……

 

 

「さぁ、精霊。〈プリンセス〉。ヤトガミトオカ。ようやく役者が揃った。―――これから君の大切なイツカヤイバを殺そうと思う」

「なんだと!!」

「止めるならご自由に。私はそれを邪魔しない。君の持ちうる全てを使って、エレンの刃を止めてみたまえ。霊装を、天使を―――そしてそれでもありぬなら、その先にすら手を伸ばして」

「何を……言っている……」

 

 

私にはあの男が何を言っているかがわからなかった。

その先?

その先をは何だ?

 

 

「じきにわかるさ。―――エレン」

 

 

あの男が手をかざすと、メカメカ団に似ている女が、ゆっくりと近寄ってきた。

 

二人は何かを話しているようだがそれどころではない!!

早く何かしなければヤイバが殺されてしまう!!

〈鏖殺公〉、頼む……!!

私に……ヤイバを守れるだけの力を貸してくれッ!!

 

 

「〈鏖殺公〉!!」

 

 

その名を叫ぶと、私の身体―――制服の周りに〈神威霊装・十番〉が顕現した。

よし、これでヤイバを守れる!!

そう思って、女をの方に向き直る。

向き直ったのだが……

 

 

「どこに行ったのだ……」

 

 

女の姿が見当たらない。

周りを見てみると、ヤイバに剣を刺している女が……!!

 

 

「やめろぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 

叫びながら女に〈鏖殺公〉を叩きつける。

だが女は簡単に剣で弾いてしまった。

さらに私の腹を蹴りを放ってきた。

 

 

「ぐふぅ……」

 

 

思わず、変な声を発してしまった。

 

私はすぐに立ち上がり、ヤイバの方に目を向ける。

そこには、何度も、何度も……

 

何度も何度も何度も剣で刺していた……

 

 

「やめろ!!やめろ!!やめてくれ……ッ!!もう―――ヤイバだけは……!!私はどうなっても構わない!!なんだってする!!だから……だから、ヤイバを私から奪わないでくれ……っ!!」

 

 

私は叫んだ。

願うように、頼みこむように。

 

だがあの女は聞く耳を持たなかった。

腕に力が入ったのがわかった。

 

このままでは、足りない。

力が足りない。

 

―――天使では―――足りない。

 

 

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

 

頭の中がぐちゃぐちゃになった。

 

もう天使ではなくてもいい。

ヤイバを救えるなら!!

ヤイバを救ってくれるのなら、どんなものでも構わない!!

 

女の持っている剣が、ヤイバの首に向かって振り下ろされた。

 

 

「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――-ッ!!」

 

 

その瞬間だった。

意識がふっと途切れるのと同時に、右手に、天使以外の何かを握る感触を覚えた。

いや―――

 

握られていたかもしれない。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

なんだ……?

この嫌な感じ……

まるで、まるでなじみがの分身が死んだときみたいだ。

 

意識が強制的に覚醒させられたような感覚の中、俺は考える。

 

その時だった。

ウェスコットの声が聞こえてきた。

 

 

「〈王国〉が、反転した。さぁ、控えろ人類」

 

 

ウェスコットが両手を広げた。

 

 

「―――魔王の、凱旋だ」

 

 

それを聞いた瞬間、俺の身体にも変化が訪れていたのに気づく。

 

白くないのだ。

黒いのだ。

漆黒といっていいほど黒に染まったものを纏っていた。

 

そう、創造神の姿から破壊神の姿に変わっていたのだ。

 

世界が反転した影響なのか?

だが―――気分は悪くない。

 

ゆらりと立ち上がる。

 

 

「おや、まだ生きていたのかい?姿が変わったようだけど」

 

 

ウェスコットがくつくつと笑いながら言ってくる。

 

俺は感情を込めずに言い放つ。

 

 

「先ほど貴様が言ったことを忘れたのか?反転した、『控えろ』人類。と」

「「な―――」」

 

 

《絶対命令権》が発動し、ウェスコットとエレンが跪いた。

跪いたというよりも、床に縫い付けられるようにしゃがみこんでいる。

エレンは何とかして抜け出そうとしているが、無駄だ。

 

そのはずだ……

 

辺りを見回すと、十香のその身を黒い光の粒子が覆い尽くしていった。

一体何が―――そうだ、反転したんだったんだったな。

 

十香のシルエットを塗りつぶした禍々しい黒光が、放射状に晴れて行った。

同時に十香の全貌が見とれるようになる。

 

 

「へぇ……」

 

 

今までの霊装を装備した十香と違った感じだ。

だが―――悪くはない。

と、そんなことを考えている隙はなかったな。

 

十香が口を開けた。

 

 

「―――なんだ、ここは」

 

 

やはりこれも反転の影響なのか、様子がおかしい。

 

十香は美九を指さし、

 

 

「貴様。答えろ。ここはどこだ?」

 

 

と、美九に問いた。

 

 

「えっ?えぇと、DEMインダストリーの日本支社……じゃないんですかー?」

「聞き覚えのない場所だな。―――それで、私はなぜこんなところにいるのだ?」

「いや、そこの魔術師さんにさらわれてきたからじゃ……」

 

 

美九が困惑した様子で、床に縫い付けられているウェスコットとエレンの方を向いた。

そしてその視線を追うように、十香もまたそちらに目をやった。

 

するとウェスコットが、凄絶な笑みを浮かべる。

 

 

「素晴らしい。こうも見事な反転体を見たのは初めてだ。―――見ろエレ「『黙れ』誰が発言を許可した」…」

 

 

《絶対命令権》を使い、ウェスコットを黙らせる。

 

 

 

「―――〈暴虐公(ナヘマー)〉」

 

 

十香が冷徹な声で言い放ち、〈暴虐公〉をこちらに向かって振るってきた。

もちろん、そのまま何もしないわけがない。

 

腰に携えていた《破壊の刀剣》で斬撃を弾く―――というより、破壊する。

 

余波が美九の方にも言っていたようなので、一瞬で移動してすべて破壊する。

 

 

 

「無事か?美九」

「え、えぇ……、っ、ていうか、別に私あなたに助けられなくても大丈夫でしたからねー!!そっちが勝手にやっただけですからねー!!」

 

 

美九は不本意極まりないといった顔をして目を背けた。

 

面倒だな……

ウェスコットとエレンは適当に大陸に飛ばすか。

 

《境界を操る程度の能力》でスキマを開き、そこに二人を放り込む。

後は知らない。

生きるも死ぬも知らない。

 

 

「あとは……貴様らか」

 

 

十香が言って、冷たい目でこちらを見てきた。

どうやら今の一連のことを見ていたらしい。

 

 

「……ちょっと、あなたの知り合いじゃないんですかー?ていうかあの子、助けにくる必要もないくらい激強じゃないですかぁ。一体何がどうなっているんですー?」

 

 

美九が小声で問いてきた。

 

 

「ウェスコットが言っていただろう。―――反転したと。おかげで俺もこのありさまだ」

「……まぁいいです。それ以前に、あなた胸貫かれましたよねぇ?なんで生きてるんですー?」

「神だから」

 

 

その時だった。

 

十香が〈暴虐公〉を振るって、斬撃を飛ばしてきた。

 

 

「ああああああああああああああああああッ!!」

 

 

俺が反応する前に、美九が対処してくれたようだ。

 

 

「すまない」

「勘違いしないでくださいよー。言ったでしょう?私は『好き』とか『大切』とか『死んでも』って言葉を軽々しく使って、簡単に翻すような男が一番大っ嫌いなんですー」

「む?」

「あなた、言いましたよねー?命を懸けても十香さんを助けるって。なら、最後まで責任持ってください。私を……失望させないでください。私は……それを見るためにここまで来たんですから」

「そうだな」

 

 

俺が美九の方を向くと、美九はうなずてきた。

 

 

「さぁ十香。お遊びはここまでだ。―――一瞬で、と言いたいところだが、少しお灸を添えようか」

 

 

美九の方を向く。

 

 

「美九、十香の動き、止められるか?」

 

 

美九は無言になった。

だが、その場でくるりと身体を回転させ、タップダンスのように、カッ、カッ、と地面に靴底を打ち付けた。

 

 

「〈破軍歌姫〉―――【輪舞曲(ロンド)】」

 

 

すると、美九を囲うように、地面から何本もの銀筒が出現し、その先端をマイクのように美九の方に向けた。

 

それだけではない。

半分ぐらいパイプオルガンの金属管が現れ、十香に向けてその先端を可変させた。

 

 

「……いいですよー。特別です。十香さんのために短針ここまで乗り込んだ、果てしなく馬鹿で愚直なあなたに、一度だけチャンスをあげます」

「ほぅ」

「防御の声を全方位から十香さんにぶつけます彼女相手では難病持つか分かりませんが、少しの間動きを止められるはずです。その間に、どうにかしてくださいねー」

「まかせろ」

「では、いきますよ―――」

 

 

美九が身をそらしながら息を大きく吸い、

 

 

「―――――――――――――――ッ!!」

 

 

耳の奥に響くような高音だ。

〈破軍歌姫〉の銀筒は美九の声を幾重にも反響させ、目に見えない手で締め付けるように十香を拘束した。

十香の両腕が不自然に歪み、ロープで締め付けられるかのようにぐぐっと身体に密着した。

 

 

「む―――なんだ、これは」

 

 

十香が不快そうに顔を歪めた。

拘束を剥がそうと腕に力を入れた。

そのたびに、美九の声が苦しそうに上擦る。

 

この一瞬を大切にするため、一気に十香に近づく。

 

 

「ふん……」

 

 

俺に気づいたのか、十香は床を蹴り、散弾のように床材が飛んできた。

それらを全て手刀で弾きながらさらに近づいていく。

 

と、十香が、ち、と苛立たしげに舌打ちをした。

 

 

「―――鬱陶しいぞ」

 

 

言って大きく息を吸い、身体を軽く前掲させ、おとの 高速を引き千切るようにめりめりと両腕を開いていった。

 

 

「―――――――――――!?」

 

 

美九の声が段々とかすれていき―――そして。

 

 

「―――――」

 

 

美九は絶望に目を見開いていた。

どんどん力の増す十香に抵抗するために、拘束の強度を上げていっていたのだろう。

だがそこで、不意に声が出なくなってしまった。

 

 

「―――、―――」

 

 

読唇術を使う。

 

なんで。

 

そう言おうとしていたらしい。

だがひゅうひゅうと息が漏れるのみだった。

 

 

「ふん」

 

 

十香が鬱陶しげに声を発した。

 

美九の声が途切れるのと同時に、周囲に立っていた〈破軍歌姫〉の銀筒がガシャンと音を立てて倒れ、十香を拘束するおとの 壁が完全に消え去った。

 

美九は霊力を使い過ぎたのだろう。

だがまずい……

これでは美九は十香の攻撃を防ぐ術を失ってしまったことになる。

 

 

「ふん、小賢しい真似を」

 

 

十香が鼻を鳴らし、〈暴虐公〉を振り上げる。

その先にある者は―――

 

美九だ。

 

 

「私の身を縛ろうとは。身の程を知れ」

 

 

言って、十香は剣を振り下ろした。

 

 

 

「―――」

 

 

美九は悲鳴を上げようとしたのだろう。

だが声は出ない。

美九は力啼く笑い、その攻撃を避けようとせず、その場にへたり込んだ。

多分避けるような力が残っていなかったのだろう。

 

だが、ここで美九を死なせるわけがない。

 

 

「ォォォオオオオオ!!」

 

 

雄たけびを上げながら、俺は美九の前に一瞬で移動する。

そして―――

 

 

 

 

 

《人類最終死剣(ラスト・エンブリオ)》

 

名称からある程度は想像できるだろう。

そう、人類最終試練(ラスト・エンブリオ)を武具に具現化させたものだ。

 

人類最終試練、それは―――

 

最古の魔王の総称であり、人類を根絶させかねない試練が顕現したものである。

代表的な物は、閉鎖世界(ディストピア)、絶対悪(アジ=ダカーハ)、退廃の風(エンド・エンプティネス)、永久機関(コッペリア)などがいる。

 

簡単に言えば、人類にとっての最悪で最凶なものだ。

 

その人類最終試練が剣となって具現化したのだ。

最早、ただの人間では対処できないであろう。

 

 



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第5話~歌姫、デレる~

「私の身を縛ろうとは。身の程を知れ」

 

 

十香さんが、私に向かって黒い剣を振るってきた。

悲鳴を上げようとしても、声が出ません。

ふふ、もう、どうしようもありませんね。

私はその場にへたり込みました。

まぁ避ける力を残っていないんですけどね。

 

きっとすぐにあの黒い剣で私は殺されてしまうんでしょうね。

いくら霊装が解けていないといっても、あの禍々しい一撃には耐えられそうにありませんね。

 

仕方のないことです。

 

もともと私には、歌しかなかったんですから。

他に、何も持っていなかったんです。

 

だから、歌を、声を、音を失った今の私には何の価値もありません。

 

『歌』がなければ、もう誰も私を愛してくれないんです。

『声』がなければ、もう誰も私を守ってくれないんです。

『音』がなければ、もう誰も私を信じてくれないんです。

 

そんなことは、ずっと、ずっとまえからわかりきっていることなんですけどね。

 

はぁ……なぜこんなところに来てしまったんでしょうか。

魔術師がたくさんいるこんなところに来たのがまちがいだったんでしょう。

 

せっかく念願の精霊さんを三人も手に入れたのに。

最高の時間を楽しめていたのに。

なぜ私はこんなところに来てしまったのだろう。

 

そうだ。五河刃のせいだ。

 

自分の命を捨てることになっても十香さんを助けるだなんて、私の一番嫌いな戯言を吐いたあの男を見に来たのだ。

 

五河刃がDEMインダストリー日本支社に現れたと聞いたときは驚きました。

まさか本当に、自らの身を危険に晒してまで十香さんを助けに行くとは思いませんでした。

 

実を言えば……

 

一度でいいから見たかったんです。

人間に、男という生物に失望しきったから。

本当に心から、誰かを愛している人間をというものを。

 

結果、五河刃は最後まであきらめませんでした。

 

自分の大切な人を取り戻すために、胸を剣で貫かれえも、死に掛けながらも、歩みを決して止めませんでした。

 

もし。

 

もしですよ?

もしも、こんな男にもっと早くに出会えていたなら……

十香さんに向ける愛情のほんの一部分だけでも、私に向けてくれていたら。

 

私はきっと、もっと違う道を歩んで行けたんでしょうね。

 

声にならない声を出して、目をふっと伏せて、覚悟を決めました。

 

だけど―――

 

 

「ォォォオオオオオ!!」

 

 

雄たけびのような五河刃の声が響いてくるのと同時に、前から凄まじい音がしました。

そして私は閉じていた目をハッと見開きました。

 

そこには―――真っ黒な翼を目いっぱいに広げた五河刃がいました。

私を守ってくれた……?

 

嘘じゃなかった!!

五河刃はちゃんと私を守ってくれた!!

 

 

「無事か?」

 

 

彼は短く訊いてきた。

 

 

「ぁにを、やっぇ―――」

 

 

まだ私はうまく声がでなくて中途半端になってしまいました。

でも、どうやら伝わったらしく、

 

 

「約束しただろう?―――守るってな」

「ぇ……?」

 

 

彼も覚えていたらしい。

 

(―――じゃあなんですか、私がもし十香さんと同じようにピンチになったら、あなた、命を懸けて助けてくれるとでもいうんですかぁ!?)

(たとえ四肢がもぎ取られようと助けに行くッ!!)

 

 

確かに、彼はそう答えていた。

 

私は口元に手を当てて、小刻みに震えてしまった。

目からは、涙が……

 

 

「ぁ、ぁ……」

 

 

やはり彼は守ってくれた。

守ってくれた!!

 

『声』のない、無価値になってしまったたはずの私を。

 

守ってくれた。

あんな、小さな約束だけど!!

 

小さく嗚咽しながら、無意識のうちに彼に手を伸ばしてしまった。

 

彼の手に、指が触れる。

指先を触れるだけで吐き気が襲ってくるほど嫌いだった男の身体なのに。

彼に触れても何の不快感も湧いてこなかった。

 

きっと私は―――

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

美九の前に一瞬で移動した俺は、《破壊の刀剣》で斬撃を破壊する。

そして《破壊の刀剣》を腰にある鞘に戻し、

 

 

「無事か?」

 

 

短く、簡潔に美九に訊く。

 

 

「ぁにを、やっぇ―――」

 

 

まだうまく声が出せないのだろう、だが何を言いたいのかは分かった。

俺はそれに当たり前のように答える。

 

 

 

「約束しただろう?―――守るってな」

「ぇ……?」

 

 

何を言っているんだ、みたいな顔で美九が声を出した。

まったく、美九が俺に約束みたいなのをさせたのに。

 

と、ここで異常に気づく。

 

たった今斬撃を放った十香が、左手で額を押さえ、くるしげにうめいていた。

 

 

「う、ぅ……ヤイバ……ヤイバ……」

 

 

俺の名前を呼んだ……?

だが記憶が戻ったわけではなさそうだ。

 

それなら……

 

《人類最終死剣(ラスト・エンブリオ)》を取り出す。

 

《人類最終死剣》

 

名称からある程度は想像できるだろう。

そう、人類最終試練(ラスト・エンブリオ)を武具に具現化させたものだ。

 

人類最終試練、それは―――

 

最古の魔王の総称であり、人類を根絶させかねない試練が顕現したものである。

代表的な物は、閉鎖世界(ディストピア)、絶対悪(アジ=ダカーハ)、退廃の風(エンド・エンプティネス)、永久機関(コッペリア)などがいる。

 

簡単に言えば、人類にとっての最悪で最凶なものだ。

 

その人類最終試練が剣となって具現化したのだ。

最早、ただの人間では対処できないであろう。

 

だが、反転した〈王国〉が反転して出現した精霊(?)ならどうか?

 

わからない……

ほとんど予想ができない。

 

と、そこで、

 

 

「う、あ、ああああああああああッ!!」

 

 

十香が叫び、右手に握った〈暴虐公〉を地面に突き立て、その刃に向かって自分の左腕を振るった。

 

 

「あぐ……っ!!」

 

 

俺の反撃の余波で霊装がはげ落ちていた左手に、大きな傷が生まれ、盛大に血が流れ落ちた。

そこでようやく、十香は落ち着きを取り戻したようだ。

 

いや、違うな。

なぜなら、十香が俺を血走った眼で見ているからだ。

そしてそのまま、自らの血に濡れた〈暴虐公〉を引き抜き、

 

 

「面妖な手を……!!私を惑わすか、人間!!」

 

 

言って、十香は床を蹴って再び空へ舞いあがり、巨大な剣を天高く振り上げた。

 

 

「よかろう―――ならば一撃にて塵も残さず粉砕してくれる」

 

 

すると虚空に波紋が現れ、そこから、十香の身の丈の倍はありそうな巨大な玉座が姿を現した。

 

そしてそのまま玉座が空中でバラバラに分解し、十香の掲げた剣にまとわりついていく。

 

玉座の破片と同化するたびに、黒い粒子をまき散らしながら、巨大な剣は、さらに長大な、禍々しい姿へと変貌を遂げていった。

 

そして、最後の破片が剣に同化する。

その切っ先が、月を裂くように天を突く。

 

 

「―――わが【終焉の剣(ペイヴァーシュヘレヴ)】で……ッ!!」

 

 

十香の吼えるような宣言とともに。

〈暴虐公〉は、真の姿を現した。

 

ならこちらもそれに応えるのみ!!

 

 

「《人類最終死剣》―――【永遠の氷河(エターナルブリザード)】」

 

 

氷河期

 

氷河期(ひょうがき、ice age)とは、地球の気候が長期にわたって寒冷化する期間で、極地の氷床や山地の氷河群が拡大する時代である。

氷河時代(ひょうがじだい)、氷期(ひょうき)とも呼ばれる。

 

そう、人類はおろか、ありとあらゆる生物が生存できる状態ではない。

 

《人類最終死剣》を【永遠の氷河(エターナルブリザード)】の状態に変質させたことにより、辺りの気温が一気に下がる。

 

吐く息は一瞬で凍る。

ありとあらゆるものが凍り始めていく。

 

このままだと美九まで巻き添えを食うので、

 

 

「結」

「え―――」

 

 

結界で美九を守る。

あぁ、それとどうやら美九の声は元に戻ったらしい。

 

 

「人間……ッ!!貴様何をした!!」

「いちいち喚くな、魔王。我は神だぞ?魔王ごときが―――なれなれしいッ!!」

 

 

瞬間、俺の剣と十香の剣がぶつかりあう。

互いに弾かれ―――るわけがないだろ。

 

 

「うぐぅ!!」

 

 

十香は後方に吹き飛ばされるものの、一瞬で体制を整えた。

さすが、なのか。

 

俺はすぐに剣を振るう。

それと同時に、もの凄い冷気が斬撃となって十香へ飛んでいく。

 

 

「小癪な!!」

 

 

それを十香は弾き返そうとしたのだが、剣ごと凍ってしまった。

足も、床と共に凍っている。

 

だが十香はあきらめない。

霊力(?)の質を上げ、凍結を無理やり解除したらいい。

 

 

「―――十香」

「……ッ!!」

 

 

十香の名を呼ぶと、怯えるように肩を揺らした。

だがそれを振り払うようにかぶりを振ると、絶叫じみた声を上げて巨大な剣を振り下ろした。

 

 

「〈暴虐公〉―――【終焉の剣】!!」

「《人類最終死剣》―――【永遠の氷河】!!」

 

 

十香の剣が空間ごと闇に染め上げにかかる。

だがそれごと俺の剣は凍りつかせていく。

 

そのまま、今度こそ十香を凍らせ、ビルも凍らせていく。

やがてビルは、完全に凍りついた。

 

 

「さて、十香。いい加減―――戻っておいで」

 

 

十香の元に一瞬で移動し、そして上半身だけ凍結を解く。

目を開けないところから推測するに、気絶でもしたのだろう。

だが関係ない。

俺は十香にキスをする。

 

何かが流れ込んでくるのを感じた。

 

今までにあった霊力ではなく、違うものまで流れ込んできたような気がする。

 

と、キスが終わったタイミングで十香は目を覚ました。

 

 

「―――ヤイバ」

 

 

今度は確かに、ヤイバ。

そう言ってくれた。

 

 

「そうだ。俺だよ」

「ヤイバ!!」

 

 

十香が抱き着いてくる。

俺はそれを受け止め、やさしく髪を撫でる。

 

 

「おにーちゃん、また女の子を誑かせたの?」

 

 

フランめ、いいところで。

なんてタイミングで帰ってきた。

 

まぁそのまま一緒にフランも撫でたがな。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

『五河刃さま

 天央祭三日目、午後二時五〇分に、セントラルステージの楽屋に来てください。

 ふたりっきりでしたいお話しがあります。来なかったら怒っちゃいますからね!!

                                   あなたの美九より』

 

 

ふむ、どうやら美九がデレたようだ。

キスマークまでついているとは。

この手紙が俺の元に届けられたのは、DEM社での一件があった日の夕刻のことだ。

 

九月二五日、月曜日。

 

天央祭開催三日目にして、DEMインダストリー日本支社での攻防戦から一日が経った日である。

 

〈フラクシナス〉で身体検査をさせられそうになり、逃げだした俺は、天央祭会場である天宮スクエアにやってきている。

 

一日目に比べると、日とは格段に少ないな。

まぁそれもそのはずだ。

天央祭三日目は一日目と違い、参加校の一〇校の生徒だけが文化祭を楽しむ、いわば後夜祭みたいなものだった。

 

そんなことよりもだ。

 

せっかくフランを呼んだのに、全然触れあえなかった!!

一ヶ月に一日しか呼び出せないのに……

ちくしょう……

 

まぁフランのおかげで魔術師が侵入してこなかったんだけど。

 

さて、そろそろ美九のライブが終わるころだ。

楽屋に向かいますか。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

美九の控室の前に来た俺は、扉をコンコン、と叩く。

 

 

『はい、どうぞー』

 

 

中から美九の声が聞こえてくる。

俺はそれを確認し、扉を押し開ける。

 

控室の中には、美九が一人、椅子に座っているだけだった。

それもそうか。

 

 

「来てくれたんですね、だーりんっ!!」

 

 

美九は弾んだ声でそう言い、椅子から飛び上がり、俺に抱き着いてきた。

 

 

「あれだけライブ頑張ってたのに元気だな」

「うふふ、だーりんが来てくれたんですから。あたりまえですー」

 

 

言って、さらに身を寄せてきた。

ふむ、美九の胸はなかなかだ。

いや、最高といっても過言ではないな。

 

この前の一件から美九の精神状態は非常に良好らしい。

というよりも、最高らしい。

 

うーむ、美九の性格というか価値観は子供と同じなのか?

 

嫌い嫌いと思っていたものが、一つのきっかけで大好きに変わる。

そのスイッチがDEMの一件だったのだろう。

 

 

「それで?話とはなんだ」

「あぁ、そうでしたー」

 

 

美九は思い出したように小さくうなずいた。

そして何でもない動作で俺に目を向けて、そのまま爪先立ちをして、俺にちゅっと口づけを……

 

えー……

 

美九はがっしりと俺の身体を抱いたまま、唇を離そうとしなかった。

 

 

「んむぅ」

「……んっ」

 

 

そうしているうちに、俺の身体に霊力が流れ込んできた。

それと同時に、美九が纏っていた霊装が、光の粒子になって空気に溶けて消えた。

 

 

「わ……きゃっ!!」

 

 

それに気づいたのか、美九はやっと俺から唇を放した。

長くて、深かった……です。

 

 

「なんて早技……だ、だーりんたらえっちさんですぅー……」

「否定はできないな」

「そ、そうですかぁ。―――まぁ四糸乃ちゃんたちに訊いて、全部、知ってましたけどー」

 

 

言って、美九は俺に寄り添ったまま微笑んだ。

 

ふむ、どうやら封印後のことは琴里たちから説明されたのだろう。

ということは、自分の霊力が封印されることを知っていたのだろう。

その上で、俺にキスをしてきたのだ。

 

 

「美九……」

 

 

あれほど『声』を失うことを恐れていた美九が……

 

美九は小さく唇を開いた。

 

 

「あのとき……あなたが、約束してくれましたから」

「あぁ、そうだったな―――」

「はいー……もし私が―――」

「「今の『声』をなくして、ほかの みんなにそっぽ向かれても、刃さん(俺)だけはファンでいてくれる(いてやる)って。」」

「あれは―――本当ですよね?」

 

 

美九が少しだけ心配そうな顔をして言ってきた。

もう答えは決まりきっている。

 

 

「当たり前だ」

 

 

そう言い返し、美九を抱きしめる。

 

 

「ふふ、だーりんはえっちさんですねぇ」

「ははは、……否定はできないな」

 

 

そして、この後予想外のことが起きた。

 

控室の扉が開け放たれ、そこから龍胆寺女学院の制服を着た女子が入ってきてたのだ。

 

 

「美九さん!!アンコールが凄すぎて、次に進めません!!もう一曲―――ってえ……」

 

 

あ……

これアカンやつや。

 

絵面的には、裸のトップアイドルを抱きしめている、男……

 

まぁ当然……

 

 

「だ、誰かっ!!誰かぁぁぁぁぁッ!!」

「あーあ……」

 

 

叫びながら出て行った。

 

これをポカンとした様子で見ていた美九破、やがてくすくすと笑いだした。

 

 

「あはは、早く逃げた方がいいんじゃないです?このままだと捕まっちゃいますよー?」

「大丈夫だ」

 

 

大丈夫な……はずだ。

 

 

「……でも、今の子、アンコールって言いましたよね」

「あぁそうだとも」

「じゃあ……いかないと。衣装は……そうですね、メイドカフェさんにでも頼み込んで貸してもらいます。―――見ててくれますか?だーりん」

 

 

美九が言ってくる。

目には不安と、それを超える、強い意志の光が宿っていた。

 

 

「もちろんだ―――衣装はこれで頼みたいがな」

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

『はーい、皆さん。また会いましたねー』

 

 

ミニスカ和装の美九の登場に、再び大歓声が巻き起こる。

 

ちなみに俺はステージ脇で控えている。

 

 

『アンコール、ありがとうございますー。でも駄目ですよー、運営の人を困らせちゃ』

 

 

美九が少し怒ったように言うと、会場中から「ごめーん」と声が響く。

 

 

『でも、うれしいですよー。―――なので、今日は特別に、私の大事な歌を歌おうと思います』

 

 

言って、美九がパチンと指を鳴らす。

 

その瞬間、俺はステージに走っていき、肩から下げたキーボードを弾き始める。

ステージにはアップテンポの曲が流れ始める。

 

もいろん、会場は沸いたのだが、同時にどよめきのような声も聞こえてきた。

 

それもそうだ。

この曲は、『宵待月乃』の曲なのだから。

 

 

『―――――――――――――――――――――!!』

 

 

昔失声症を患わった美九が、ステージで歌うはずだった曲。

ながらく歌っていないのに、軽やかに歌っている。

 

もうその声に、人を惑わす霊力は乗っていない。

観客たちも、いつもの美九の『声』との違いに、微かながら戸惑っているようだ。

 

だが、曲が進むにつれ、それはなくなり―――一昨日のライブに負けないくらい熱狂していった。

 

それこそ、アンコール前の局に負けないくらいに。

 

やがて曲が終わり、ステージが大きな拍手と大歓声に包まれる。

 

 

『……っ』

 

 

歓声に溢れる会場を見たせいか、美九がマイクを握りながら、ぽろぽろと涙を流した。

 

 

『皆さん……ありがとう、ございまひゅ……っ」

 

 

客席からざわめきと、美九を元気づける声がいくつも響き渡った。

だがな……

 

 

「ありがとう……ございます、だーりん……大好き……っ!!」

 

 

それは言ったらアカンやろ!!

 



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第8章 七罪サーチ
第1話~一〇月の魔女~


「うふふー。ねぇ、だーりん。もっとこっちに来てもいいんですよぉ?ほぉらぁ」

「そうか?ならお言葉に甘えて―――よっと」

「きゃっ!!もぅ、だーりんったらぁ」

 

 

誘惑もどきをしてきたのでそれに軽く乗っかる。

具体的には美九を俺の膝の上に座らせる。

感触がたまらない……

 

 

「うふふ♪あ、そうだ。この前美味しいイタリアンのお店を見つけたんですよぉ。今晩って何か予定ありますかぁ?よかったら一緒に行きましょうよぉ」

「ごめんな。十香達の晩御飯をつくらないといけないから無理だ」

「なぁんだー、じゃあ十香ちゃんたちも一緒に行きましょうよー。私はそこまで狭量な女じゃありませんよー?もちろん私の奢りですから安心してくださいねぇ」

「可愛い女の子とご飯食べさせてもらえるのに奢ってもらうわけにはいかない。―――ってそうじゃないから」

 

 

無邪気に笑いながら俺にぐいぐい身体を押しつけてきても無駄だからな。

誘惑されないからな。

しかしまぁ、リアスや朱乃に負けないほどの乳だなぁ……

と、ここで視線に気づいた。

 

 

「……………」

 

 

視線の主は向かいに座っている琴里だ。

この琴里―――妹は、司令官モードの時はかなりのツンデレなのだが、妹モードになった瞬間からものすごく甘えて来てくれて、俺のロリ魂(ロリコン)をあおってくるのだ。

手を出さない俺の精神力を褒めてもらいたい。

 

俺達がいるのは、空中艦〈フラクシナス〉の一室だ。

薄暗くて、中央に俺達が座っている椅子が置かれていて、その周りを囲うように長机が並べられている。

あまり気分のいいものではない。

だがまぁ、美九は全く気にしていないようだ。

 

 

「……そろそろいいかしら、美九」

「え?そろそろって、何がですかぁ?」

 

 

美九は悪意の無い顔でそう言うと、琴里はギリッと奥歯を噛みしめて机を叩いた。

 

 

「だ・か・ら!!事情聴取だって言ってるでしょ!!あなたが『だーりんと一緒じゃなきゃ嫌ですぅー』とか言うから特別に同席を許してあげたんじゃない!!」

「あぁ、そういえばそうでしたねー」

 

 

あははと笑って琴里に向き直る。

だが腕は俺の身体に絡んだままだ。

 

そこから琴里による質問攻めが始まる。

 

美九の能力、天使、そして―――人間だった美九を精霊にした存在のこと。

美九を精霊にした存在のことをソレと呼ぶことにしよう。

美九はソレのことの話をするとき、苦しげな表情に変わった。

呼吸も速くなっているような気もした。

そういえば美九が精霊になったのは、人間に失望し、世界に絶望しきっていた頃だったはずだ。

たぶんその頃のことを自分の口から言うのをためらったのだろう。

 

 

「話したくないのなら話さなくてもいいぞ?」

「……いえ、大丈夫ですよー」

 

 

美九は首を横に振って否定をした。

 

 

「私にはだーりんがいます。その過去も全部含めて、前に進むって決めたんですから」

「そうか……」

 

 

美九のメンタルは俺の想像以上に成長したらしい。

 

そこから美九による説明が始まった。

今から数ヶ月前、ファンのみんなに裏切られて、心因性の失声症で声を失ったこと。

そして生きる希望をなくした美九の前に『神様』が現れた。

 

 

『ねぇ、力が欲しくない?世界を変えられるくらいの、大きな力が欲しくはなぁい?』

 

 

そう『神様』に言われたらしい。

それは首を縦に振ってしまうだろうな。

俺もきっと縦にふってしまっていただろう。

その『神様』はキラキラ光る紫色の宝石みたいなものを差し出したらしい。

その宝石が美九の身体に溶け込むように入って―――次の瞬間には精霊になっていた。

美九曰く、その『神様』の姿はノイズみたいに認識できなかったらしい。

存在そのものにモザイクがかかっているという表現が一番当てはまると。

 

次に琴里が質問したのは、衝動についてだ。

琴里は精霊化すると破壊衝動に呑まれていってしまう。

それと同じことが美九にもあるのではないか?

そう思ったらしいが、全くないらしい。

精霊の力によって影響は違うのだろう。

 

まぁその質問が終わった瞬間に、琴里がイイ顔をしていて、それから更なる質問―――検査の内容はあえて言わないでおこう。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

結局美九が解放されたのは、夕方になってからだった。

俺の転移で五河家の前に転移してきた美九が、へろへろとよろめくように俺にもたれかかってきた。

それを腕で支える。

 

 

「大丈夫か?」

「つ、疲れましたぁ……」

 

 

美九は大きなため息を吐いた。

それだけ疲れたのだろう。

 

 

「……なんかもう、今日はまっすぐおうちに帰ってお布団にダイブしたい気分なんですー……だーりん、ごめんなさいなんですけど、例のお店はまた今度でもいいですかぁ?」

「あぁ、しょうがないさ。無理に行って美九に倒れられたら困るからな」

 

 

そう言うと、美九は胸元で手を組んで、ぱぁぁっ、と顔を明るくした。

 

 

「んー、もうっ、だーりんってば本当に優しいんですからぁっ」

 

 

そしてその姿勢のまま、さらにぎゅっと体を押しつけてきた。

そのおかげで美九のふくよかな身体の感触が伝わってきてたまらない。

だがこんなところをパパラッチに見つかったらスキャンダルだ。

俺がいる限りそれは絶対にさせないけどな。

 

 

「じゃあ、今日はそろそろ失礼しますー。また会えるのを楽しみにしてますね、だーりん」

「おぅ、またな」

「はいー。じゃあ……」

 

 

美九が俺の首に両手を巻き付け、「んー」と唇を突き出してきた。

うむ、これはさよならのちゅーというやつだな。

ならば望むところだッ!!

 

 

「むぐぅ……んん……ぷはっ……ありがとうございましたぁ」

 

 

美九は満足したのか、ブンブン腕を振りながら歩いて行った。

なかなか役得だったな。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

一〇月一五日、日曜日。

街の装飾がハロウィンムードに染まりきった。

ハロウィンに関係あるものを見るとジャックを思い出す。

『箱庭』ではなにかと世話になった。

おもにうちのコミュニティーが。

 

今俺は、十香と一緒に夕食の買い物をしに商店街へ来ていた。

 

 

「おぉ……ヤイバ、あれはなんだ?」

 

 

そう言いながら、十かは雑貨屋の軒先に飾ってあるバカデカいカボチャのお化けもどきを指さす。

 

 

「あれはジャック・オー・ランタンだ。カボチャをくり抜いて作るんだ。だけどあれは本物のカボチャじゃなくて、プラスチックだな」

「カボチャ?あのお化けはオレンジ色だぞ?カボチャは緑ではないのか?」

「日本のは緑色なのが多いけど、外国にはあれみたいにオレンジ色のカボチャがあるんだ」

「なんと……あんなに大きいと、煮物に天ぷらとスープにしてもまだ余りそうだな」

 

 

十香よ……何も全て食べなくてもいいのではないか?

というよりも、あのサイズだと絶対においしくないだろ。

 

十香にカボチャを買って、そぼろ煮やコロッケにしようと提案すると、喜んでうなずいてくれな。

特にコロッケの方に。

そして十香が八百屋の方を指さして、歩幅を大きくして歩いて行った。

が、そこで十香は道の脇から出てきた人影にぶつかって、その場に尻餅を突いた。

 

 

「はぁ……ヤレヤレだぜ」

 

 

思わずそう呟いてしまった俺は悪くないだろう。

十香に手を貸そうと差し出した時、ふとぶつかった相手が目に入る。

俺はソイツが目に入った瞬間、驚愕に目を見開く。

 

なぜか?

 

それはソイツが〈ラタトスク〉の重鎮だったからだ。

創始者だったからだ。

ウッドマンだったからだ。

琴里が通信しているときに盗み見て、確かに「ウッドマン卿」と言っていたので間違いはない。

ウッドマンの近くにいる側近らしき女はエレンにものすごく似ている。

多分姉妹だろう。

 

と、そんなことを考えていると―――

 

―――ウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ―――――――

 

空間震警報が辺りに鳴り響いた。

精霊のお出ましだ。

 

 

「おっさん、オネエサン。ここは危険だからさっさと避難したほうがいいぞ?」

「あぁ、そうするとしよう。君は?」

「俺?俺は精霊さんと遊んでくるよ」

 

 

最高にイイ顔で言ったやる。

まったくウッドマンも人が悪いぜ。

俺のことは知っているのに、俺には自分のことを一切説明しない。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

今回の空間震はなかなかの規模だった。

約直径一キロが綺麗に整地されかのように円状に削り取られていた。

だがそれよりも気になるものがあった。

空間震によって消失してしまった土地の外縁南側。

そこに異様な建造物が建ち並んでいた。

 

空中の半ばで途切れたジェットコースターのレールや、馬の首がなくなったメリーゴーラウンド。

ヒビ割れたコヒーカップに、半壊状態になったミラーハウス。

どれも錆び付き苔生していて、さっきの空間震の影響ではない事だけはわかる。

 

俺が転移してきたのは、天宮市の外れに位置する遊園地の跡地だ。

いかにも幽霊などがでそうな場所だ。

 

霊力を探ると、空間震発生ポイントから西に移動していた。

そのうちASTも来てしまうだろう。

なのでさっさと見つけなければ。

 

俺は廃墟を走る。

走って走って走りまくって―――廃墟が崩れた。

巻き込まれないように跳ぶ。

どうにか廃墟の下敷きにはならなかったが……これは後で直しておかなければ。

 

廃墟が崩れ去って気づいたことがあった。

一定の地点から廃墟と化していた遊園地が、ディフォルメされたゴシック建築や、十字の墓標が並ぶホラーなゾーンになった。

 

あー……またまた面倒な予感がする。

重力を操って宙にプカプカ浮いていると、

 

 

「あらぁん?」

 

 

上方から声を掛けられた。

顔を上げると、目の前に聳えていた教会の屋根の上に人影を見つけた。

オレンジ色の夕日を背にしながら、十字架の上に一人の女の子が腰を掛けていた。

 

彼女はつばの広い、先端の折れた円錐の帽子―――いわゆる魔女を思わせる帽子をかぶっていた。

 

 

「うふふ、珍しいわね、こちらに引っ張られたときに、AST以外の人間に会うだなんて」

 

 

女の子がくすくすと笑って、ぴょんと十字架から飛び降りた。

そしてそのままふわふわと空中を漂いながら、俺の目の前に降り立った。

 

夕焼けのような橙色と、夜空のような黒で構成された霊装を纏った長身の女の子だ。

歳は二〇を少し過ぎたくらい―――なのか?

本当にそうなのか?

違うような気がして堪らない。

女の子からする気配はロリなのではないか?

もう一度言おう……ロリではないのか!!

 

それはいとど置いておこう。

 

すらりと伸びた手足に豊満な胸。

うむ、完璧なプロポーションだ。

 

 

「ふぅん……?」

 

 

女の子が俺を見つめて―――顔を近づけてくる。

そして女の子は片手を伸ばして、くい、と俺の顎をも持ち上げてきた。

 

 

「へぇ……なかなかカッコイイじゃない。どうしたの、僕?確か私が限界するときって、こっちの世界には警報が鳴っているんじゃあなかったっけ?」

「まぁな。でもまぁどこに俺がいようと俺の自由だし」

 

 

そう答えると、女の子が目をカッと見開いた。

そしてほんのりと頬をそめながら、ニッと唇の端を上げた。

これは面倒事の予感だ。

 

 

「ふぅん……そうなの。お名前は?」

「五河刃だ」

「刃くんね。うふふ、男らしい名前」

「そういうオネエサンは?」

 

 

女の子はふふっっと可愛らしく微笑んだ。

 

 

「私は七罪。まぁ―――あなたたちには〈ウィッチ〉と呼ばれているみたいだけど。

「七罪か……覚えたぜ」

「そうだ。ふふふ、今度人に会ったら聞いておこうと思ってたんだ」

 

 

その場でくるりと回って見せたかと思うと、踵でカッ、と軽快な音を立てながらポーズを取って、再び俺に視線を向けてきた。

 

 

「ねぇ、刃くん。お姉さん、聞きたいことがあるんだけど、一つ質問してもいいかなぁ?」

「いいけど」

 

 

そう答えると、七罪は片手で色っぽく自分の唇を撫でながら微笑んできた。

 

 

「刃くん、私のこと……綺麗だと思う?」

「まぁ綺麗だな。目は切れ長だし、鼻筋はスッと通っているし、スラッと背は高いし、スタイルもいい。それで、髪もつやつやしていて綺麗だ」

「そう!!わかってる!!刃くんわかってる!!」

 

 

七罪が叫んだかと思うと、俺にがっしりとハグをしてきた。

豊満な胸が身体に押し付けられて役得だ。

七罪は上機嫌そうに鼻歌を歌っている。

鼻歌を歌っているところ悪いが、評価には続きがある。

 

 

「だがまぁ……個人的にはもう少し身体が小さくていて、胸はぺったんこか膨らみかけ、そして寸胴ボディが好ましいな」

「え……?」

 

 

七罪の目が見開かれた。

驚愕―――からなのだろうか?

希望を見つけた―――そんな目のような気がして堪らない。

 

と、そこでASTがご到着してしまったようだ。

 

 

「はぁ……うっとおしいクソアマ共が。―――朱蓮、白。久しぶりに遊んでこい」

『待ってました!!』

『ご配慮、感謝します』

 

 

神器から解放された二天龍は、嬉々としてASTの集団に向かっていった。

『Boost』と『Divide』と言う音声を鳴り響かせながら。

これはAST全滅してしまうか……?

まぁ関係ないけど。

 

二天龍が飛び立つ際に、辺りに砂埃が巻き起こった。

そしてそのせいで、

 

 

「ふぇ……ふぇ、ふえっくしょん!!」

 

 

その砂埃に鼻がくすぐられたせいなのか、七罪が大きなくしゃみをした。

その際、前方―――七罪が光を放った。

砂煙が晴れると、そこには七罪が憎々しげに俺の方を睨みつけていた。

 

 

「……見たわね?」

 

 

七罪は俺に鋭い眼光を送り込みながら、今までのものとは違う、低い声でうめくように言ってきた。

うーむ、特に何をみたわけではないのだがな。

 

 

「特に何も見てないけど?ていうか見えてないけど。砂煙のせいで」

「嘘!!今、私の―――私、の……!!」

 

 

七罪は、言葉も途中でギリッと奥歯を噛み締めると、手にした箒に跨り、そのまま宙に浮いた。

魔女を絵にかいたような光景だ。

 

 

「見られた以上、ただで済ますわけにはいかない……!!覚えてなさい。あんんたの人生、おしまいにしてやるんだから……!!」

「………俺の人としての生は数万年前に終わりを告げたよ」

「はぁ?」

 

 

ビッと指を突きつけ言ってきたので、本当のことを言って返してやった。

だが意味が解らないと言った様子で首を傾げた。

そのまま七罪は結構なスピードで空の彼方に消えていった。

 

そして、このタイミングで二天龍が帰ってきた。

 

 

『久しぶりにいい運動になったぜ!!』

『そうですね。たまにはこういうのもいいんですね』

 

 

二天龍の機嫌が少し良くなってくれてよかった。

だがまぁ―――面倒事の予感はどうやら的中してしまったようだ。




活動報告にて、アンケート『お好きなのをどうぞ』実施中です。


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第2話~一二の写真~

「だりぃ、ねみぃ、帰りてぇ……」

 

 

ぼやきながら来禅高校の廊下を歩いていく。

既に四時間目終了のチャイムが鳴ったのか、辺りには弁当を持って移動する女子や、購買にダッシュする、哀れな男子などが見受けられる。

 

 

「もう昼休みかよ……こんなんだったら今日は来なくてもよかったか?」

 

 

昨日は〈フラクシナス〉で緊急会議が開かれて、それに俺も出席させられたのだ。

本当なら深夜に終わるはずだったのだが、七罪の能力、意図が掴めなかったことと、去り際に余計なことをぬかしたからだ。

 

いつの間にか自分の教室の前まで来ていた。

はぁ、と溜息を吐いてから扉を開ける。

 

 

「「「「「―――――ッ!!」」」」」

 

 

教室に入った瞬間、みんなが一斉に俺に視線を向けてきた。

一体何があった?

 

 

「なんだ?なんかあったのか?」

 

 

俺がそう呟くのと同時に、教室の端に集まっていたと思われる亜衣、麻衣、美衣が目をギラつかせながら素早い身のこなしで俺の方に迫ってきた。

 

 

「よくもおめおめと戻ってこれたな五河刃ァァァ!!」

「自分が何したかわかってるんでしょうね!!」

「痛覚を持って生まれたことを後悔させてくれるッ!!」

 

 

そんなことを言いながら俺を取り囲み、「ぐるるるるる……」と狼のようにのどを鳴らしている。

俺が一体何をしたと?

 

 

「で、何?俺に何の用?今さ、すごく眠くて機嫌悪いンだけどォ」

 

 

少し威圧しながら言い放ったのにもかかわらず、三人は更に語気を強めながら俺に迫ってきた。

 

 

「シラを切ろうったってそうはいかないんだからね!!」

「そうよ!!証人はたくさんいるんだから!!」

「この桜吹雪、忘れたとは言わせねぇぜ!!」

 

 

そんなこと言われても知らないものは知らない。

だって今の今まで〈フラクシナス〉で会議をしていたんだから。

 

その後、十香が止めに来てくれたのかと思ったら、今度は「なぜいきなりあんなことをしたのだ?」と、頬を赤く染めながら言ってきた。

それから察するに、少しエロいことだったのだろう。

だが全く身に覚えがない。

その事実を伝えると、十香は「見損なったぞ!!」と言いだした。

そんなことを言われても知らないもの知らない。

何をしたのか詳しく聞こうとしても、どもるだけだ。

結局、俺がここで何をしたのかが分からない。

 

 

「結局何もわからずじまいか……」

 

 

そう呟きながら教室を出ていく。

その際、三人にギャーギャー文句を言われたが、「知らんがな」の一言で全てを片付けた。

だって本当に知らないんだもん。

 

教室を出た俺は、適当に学校を徘徊することにした。

そのうち、俺をこんな目に会わせた張本人の情報が手に入るだろうと信じて。

案外それは早くやってきた。

 

 

「耶倶矢に夕弦か」

 

 

そう呟いてから気づいたが、二人の服装はなぜか来禅高校の制服ではなく、スクール水着という破壊力抜群の服装をしていた。

え、何ですか?

ご褒美ですか?

 

 

「……うん?」

「発見。刃です」

 

 

二人は俺に気づいたように、同時に眉をぴくりと動かした。

 

そしてすぐさま視線を鋭くして、二人同時にバッ!!と威嚇するかのように手を広げてきた。

 

 

「ようやく見つけたぞ刃……!未だ逃げず校舎内にとどまっておったか!!ふん、その度胸だけは褒めてやろう!!」

「警戒。もう油断はしません。この落とし前はきっちりとつけてもらいます」

「何の話?」

 

 

俺が訊き返すと、二人は怪訝そうに眉をひそめた。

 

 

「おのれ刃、惚けるつもりか!!いいから先刻奪い去った我のパンツを返すがいい!!」

「憤慨。『俺、実は透けブラフェチなんだ』と、夕弦に水をかけたのはどこのだれですか」

「いや、俺は透けブラより黒ニーソからチラっとみえる太股のプニッとしてるとこの方が好きだぞ」

「「…………………」」

 

 

ワイシャツだと結構ブラは透けるし。

そんなありふれたものより、絶対領域のおこぼれを見れた方がいいに決まっているだろ。

 

その後は、耶倶矢がハンムラビ法典よろしく「刃!!お主パンツを脱がす!!」などと言った。

それに夕弦も乗り、「全身霧吹きでしっとりさせてあげます」とか言いながらジリジリと距離を詰めてきた。

 

離脱しようと後ろを振り返ると、そこにはタマちゃんがいた。

 

 

「五河くん……!!」

 

 

俺のクラスの担任の先生だが……

これはまた嫌な予感しかしない。

タマちゃんはのっしのっしと俺の方に歩いて来て、そのままガッと俺のシャツの袖を掴んだ。

 

 

「ど、どうしたんだ?」

 

 

少し戸惑いながら訊いてみる。

するとタマちゃんは今にも泣き出しそうな顔を作って、訴えかけるように声を発してきた。

 

 

「あ、あんなことをしておいて、何を言ってるんですかぁ……!!も、もう私、お嫁にいけません……、ちゃんと責任を取ってもらいますからね!!」

「えぇ……?」

 

 

ぶっ飛びすぎだろ。

何だよタマちゃん、俺に何をされたんだ?

ナニされたのか?

 

次いで、殿町が廊下の曲がり角から現れ―――俺の姿を見た瞬間に「ひッ」と悲鳴を上げたので、面倒なことになる前に物理的に今日の記憶を消した。

いやぁ、ジャーマンスープレックスってさ、意外に疲れるね。

 

と、ここで異様な気配に気づく。

異様―――と言うよりも七罪の気配だ。

その気配は廊下の先から感じ取れた。

窓から光が差し込むT字路に、俺とそっくりな者がいた。

 

ソイツは俺の方を一瞥するなり、ニッと唇の端を歪めて小さく手を振りながら、廊下を歩いて行った。

あいつ……俺をおちょくっていやがるのか?

 

俺がソイツを追おうとした瞬間、八舞姉妹に左右を固められ身動きが取れなく―――なるわけないだろ。

精霊の力もほとんど残っていないただの人間に後れを取るほど俺の身体スペックは悪くない。

八舞姉妹を引きづりながらソイツを探しに歩く。

その際、八舞姉妹がギャーギャー騒いだが、「もう一人の俺がいた。ソイツがきっと真犯人だ」と言うと、静かになって自らの足で歩み始めた。

 

途中で八舞姉妹を振り切り、ソイツの気配を追って進むと、やがて屋上に着いた。

自ら逃げ道のない場所に―――って、精霊だから飛べるんだっけか?

またこれは逃げられるパターンですね、わかります。

 

 

「よう、意外と早かったな」

 

 

背後から声が聞こえてきた。

搭屋の上にソイツはいた。

俺とまったく同じ顔をした少年もどきが悠然と腰を掛けていた。

 

 

「七罪、悪ふざけはいい加減やめてくれないか?」

「―――ッ!?や、刃くん……私だって気づいてくれたの……?」

「まぁな。いくら俺の容姿でも、気配やその者特有の気配、生命エネルギー、仕草などは真似できないからな」

 

 

もちろん俺は真似できますよ。

だって、神様だし。

 

それからこんなことをした理由を聞いた。

前に会ったときの去り際に言った、「見られた以上、タダで済ますわけにはいかない……!!覚えてなさい。あんたの人生、おしまいにしてやるんだから……!!」と、言うのを実行していたらしい。

だが今回のだけでは済まされないらしい。

 

嫌がらせ程度では終わらせない。

 

それが七罪の言い分だ。

俺は何もしてないのにな……

ただASTを二天龍に撃退させて、その後ろでボーッしていただけなんだけどな。

それに俺の人としての生―――すなわち人生は終わりを告げている。

それも数万年前に。

今のこの生は、神としての生だから神生か?

まぁそんなことはどうでもいいか。

 

俺は「秘密を知らない」と言っても、全く聞き入れない。

七罪はその後俺の顔で、

 

 

「同じ人間が二人もいるなんて、おかしいわよねぇ?一人にしないと、駄目よねぇ?」

「あはは……何言ってんだコイツ」

 

 

屁理屈すぎるだろ。

七罪はもう少し他人の話を聞いたほうが自分の為になると思うんだ。

 

 

「今日から私が、刃くんになってあげる。今日から私が、刃くんを演じてあげる。何も心配いらないわ。私の観察眼は完璧よ。あなたの周りの人との関係。いろいろ調べさせてもらったわ。さっきみたいなお遊びはもうしない。あなたがいなくなっても、きっと誰も気づかない。あなたがいなくなっても、世界は変わらず動き続けるわ」

 

 

歌劇でも演ずるように身振りを突けながら、七罪が続ける。

 

 

「―――ふふ、安心して?別に刃くんを殺しはしないわ。ただ、私の邪魔ができないように、こことは違う場所に行ってもらうだけよ」

「あー……それはマズイな。そんなことされたら―――この世界が崩壊してしまう」

「え……?」

 

 

七罪が「何を言っているんだコイツ」みたいな目で見てきた。

ここからは俺のターンだ。

 

 

「この世界は俺を中心に回っている。ありとあらゆる―――万物が俺の手によって制御されている。そういえば俺の代わりをすると言っていたな?それは不可能だ」

「ど、どうして!?」

「いや、まず俺の嫁に殺されるだろ。吸血鬼で、素敵に無敵―――までとはいかないが、かなりの実力者だ。まぁこの世界ぐらいなら数時間で破壊しつくすだろうな。それに加えて龍神、神霊、精霊、妖怪、神話の生物に戦乙女。様々な俺の大切な者たちが俺を探して、消えた理由がお前だと分かった瞬間―――お前を殺すだろうな」

「―――ッ!?」

 

 

正直に言おう。

自分で言っていてかなり恥ずかしい。

まぁ行ってしまったのだから仕方がない。

だって事実だし。

レティシアはまだ七罪を殺すだけで済むかもしれないけど、紅やオーフィスはこの世界ごと消しとばしそうだ。

 

と、そこでバタン!!と勢いよく屋上に至る扉が開かれ、そこから十香と折紙が顔を出した。

大方、俺のあとか気配で追っていたらたどり着いたのだろう。

 

 

「この、貴様は別のところに行くがいい!!ヤイバは私が見つけだすのだ!!」

「それはこちらの台詞。あなたなどに任せておけない。早く教室に戻るべき」

 

 

うむ、俺の予想は見事に外れたようだ。

やみくもに探していただけらしい。

 

二人は俺達を発見したのか、同時にピタッと身体を動きを止めて、信じられないものをみたような顔をして目を丸くした。

 

 

「や、ヤイバが……二人?」

「……どういうこと?」

 

 

いや、それはこっちの台詞だから折紙。

十香は俺を探している理由はわかるけど、折紙、お前の理由はは全く見当がつかない。

どうでもいいけど。

 

ふたりは怪訝そうに眉をひそめながら言い、俺と七罪の顔を交互に見てきた。

同じ顔なのだから仕方がないと思うが、なんか気恥ずかしい。

 

 

「十香、折紙。分かると思うが、そこにいる俺は俺では―――」

「こいつは偽物なんだ!!俺に化けて、みんなに悪戯したのはこいつだったんだよ!!」

 

 

俺の言葉を遮るように七罪が大きな声をだした。

先ほどの七罪の声ではなく、俺の声でだ。

 

 

「あー……面倒だな。いいや、帰ろう。十香、家に帰るぞ」

「十香!!騙されるなよ!!俺が本物だ!!」

 

 

七罪が間髪入れずに声を上げた。

面倒だ、この際だからはっきりとさせてもらおうか、二人に。

 

 

「二人とも、偽物だと思う方に指さしてくれ」

 

 

それを聞いた二人は、一斉に七罪が化けた俺を指さした。

なんだ、分かっていたんじゃないか。

 

 

「な……!?」

 

 

七罪の顔が驚愕に染まる。

それもそのはず、なんの迷いもなく真贋を見定められるとは思っていなかったのだろうから。

 

 

「な、何言っているんだ、二人とも。俺は―――」

 

 

七罪が往生際悪く言葉を続けるが、二人は考えを変えるつもりはないのか、ふるふると首を振り、二人で俺の方に寄ってきた。

 

そこでようやく七罪は観念してくれたようだ。

憎々しげな視線で俺、十香、折紙を睨みつけてきた。

 

 

「……なんで、わかったんだ?変身は完璧だったはず。あてずっぽうだとしても五分と五分。なんでそんなに自信を持って俺を指させたんだ?」

 

 

その後、二人が理由を答えてくれたんだが……

少し怖かった。

 

十香の理由は、本物と並び立つと何か匂いが違うような気がしたかららしい。

それに加えて、俺が封印していた十香の霊力を当てにしたらしい。

折紙は……片方が本物なら簡単らしい。

どうやら七罪の化けた俺は、俺自身より瞬きが〇・〇五秒速くて、身体の重心が俺自身より〇・二度ほど左に傾いているんだと。

 

怖いわぁ……

 

十香の理由はまだ納得できるけど、折紙の理由は怖すぎる。

俺と折紙は別に恋人ではない。

精々友達がいいところだ。

それなのに俺のクセをそこまで知っているとなると……

おぉう……

 

 

「な、何なの……何なのよ、この子たち!!どうかしてるわ……!!」

 

そのことに関しては激しく同意しよう。

 

七罪はその後、魔女の姿―――精霊の姿に戻り、ヒステリックに喚き散らしながら天空に消えていった。

 

七罪のことを二人にしつこく訊かれたのは言うまでもない。

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

「だりぃ、ねみぃ、何もしたくねぇ……」

 

 

そうぼやきながらソファの手すりに足を投げ出しながら横になる。

 

一〇月二一日、土曜日。

七罪が俺に化けて学校に現れてから五日がたった。

 

だが、あれ以来一度も七罪は俺の前に姿を現していない。

空間震も起きていないし、〈フラクシナス〉の観測装置に引っかかった形跡もない。

そのおかげで俺は特に働かなくて済んでいなくていいのだが。

 

だがいい機会だ。

さっさと曲でも作ってしまおう。

今度、創破と美九のコラボが決まったので、俺が曲を作詞作曲することになったのだ。

まぁまだまだ先のことだけどな。

 

ディスプレイ変わりの眼鏡を装着し、空中投影型のキーボードを展開する。

流石に学校では使えないが、自宅でなら問題ないだろう。

 

そんなこんなでポチポチ打ち込んでいると、腹の辺りに、ぎゅむ!!と、何かがのしかかってくるのを感じた。

視線を落とすと、そこには琴里が澄まし顔で腰掛けていた。

 

 

「何だ琴里。構ってほしいのか?」

 

 

少しニヤニヤしながら言うと、琴里は加えていたチュッパチャップスの棒ピコピコ動かしながら、顔を少し赤く染めて、俺の方に視線を寄越してきた。

 

 

「ち、違うわよ!!あんまり精気がなかったから、珍しい人皮製のソファかと思ったの!!」

「いや、それはありえないだろ」

 

 

常識的に考えて、日本の民家にそんなものがあるわけがない。

……ないよね?

 

琴里はグッと反動をつけるようにおれの 腹に体重をかけてからその場に立ち上がった。

だが琴里の軽い体重がのしかかった程度どうにかなる俺ではない。

 

 

「……相変らずデタラメな身体スペックね」

 

 

そう呟きながら、改めて俺に視線を寄越してきた。

 

 

「あの精霊―――七罪が何を考えているのかはわからないけど、このまま何をフェードアウトってことはないでしょう。きっと何らかの方法で刃に接触してくるはずよ。―――そして、こちらからコンタクトを取る手段がない以上、私たちはそのタイミングで確実に七罪の好感度を上げなければならない。そこんとこちゃんとわかってるんでしょうね?」

「まぁな……」

「本当かしら?」

 

 

俺の返答にヤレヤレといった調子で肩をすくめた。

まぁ琴里の言うことはもっともだよな。

相手の好感度を上げて、その相手の精霊の力をキスによって封印しなければならない。

 

一回一回の出会いを大切にしなければならない。

無理やり精霊のいる空間に転移してもいいんだけど、世界への被害がどのくらいになるのかが見当つかないのでやめておきたい。

うっかり超巨大空間震とか起こして、地球が更地になってしまいましたとかシャレにならない。

 

でもなぁ……

七罪は俺のことを目の敵にしてるからな……

問題は七罪の「本当の姿を見た」、徒か言っていたけど……

正直に言うと、光が強すぎて全く見えなかった。

いや、影くらいは見えたよ。

あの人影は―――幼女のものだ。

 

その後、琴里から俺宛てのラブレターを渡された。

差出人は七罪。

特に手紙には何も仕掛けされていないようなので、開けさせてもらった。

中には、写真が入っていた。

それも複数枚。

 

一枚目には琴里が写っていた。

白いリボンで髪を括り、中学校の制服に身を包んだ姿だ。

だが目線は会っておらず、距離も遠い。

琴里の反応からして、間違いなく盗撮写真のようだ。

 

もちろん写真はこの一枚だけではない。

合計で一二枚入っており、その全てに俺が仲良くさせてもらっている人物が映っていた。

 

十香、琴里、四糸乃、耶倶矢、夕弦、美九。

ここまでは納得だ。

だが、折紙、亜衣、麻衣、美衣、タマちゃん、―――そしてまさかの殿町。

なぜに殿町!?

えぇ!?

俺もビックリだよ!!

 

全ての写真が盗撮されたものだった。

 

 

「入っていたのは写真だけ?他には?」

 

 

琴里に言われるがままに封筒を探ると、中にもう一枚、カードのようなものが入っていた。

それを取り出し、テーブルの上に置く。

そこにはこう記されていた。

 

 

『この中に、私がいる。

 誰が私か、当てられる?

 誰も、いなくなる前に。

            七罪』

 



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