ポンコツTSハイグレ聖天使アジョラさん (ちゅーに菌)
しおりを挟む

Ultema The Perfect Body!


本日2回目の初投稿です。

最近、BLEACHの小説が多くてウレシイ…ウレシイ…。でもいなり(ハリベル)が入ってないじゃん!(豹変)

ついでにBLEACHの設定だともっと虚が強くないといけないというか、クッソ強い虚がいたんじゃないかと思ったので、強くしました(冷やし中華始める並みの宣言)





 

 

 

 

 それは世界が三界に分かれる以前のお話です。

 

 

 その頃の時代には生と死に境がありませんでした。

 

 

 ただ、人間を含めた生命が種族として存在しており、過度な苦楽もなく、永遠に繰り返される毎日を当然として享受し、人々はゆるゆると腐るように平和を過ごしていたのです。

 

 

 それはきっと楽園や桃源郷と呼ぶに相応しく、確かに悲しみも苦痛も恐怖もない素晴らしい時代はそこにあったのでしょう。

 

 

 しかし、そんな平和な時代はある日を境に唐突に終わりを告げました。

 

 

 人間の中から"(ホロウ)"と呼ばれる化け物が生まれ始めたからです。

 

 

 虚は人間よりもずっとずっと強い力を持ち、どんな生き物よりも強く、そして何よりいつも腹ぺこでした。冷たくて話にもならず、愛着を覚えず、お腹がペコペコな化け物でした。

 

 

 人間は次々と現れた虚に食べられたり、虚に変えられて行き、人間が虚と化す悪循環によって、瞬く間に人間と虚の数は逆転してしまいそうになります。

 

 

 しかし、人間も食べられてばかりではありません。それを切っ掛けとするように救世主が誕生したのです。彼は後に"霊王(れいおう)"と呼ばれました。 

 

 

 霊王は後に人間・死神・滅却師(クインシー)完現術者(フルブリング)と呼ばれるようになる者たちの全ての能力を持ち合わせ、人間を護るため虚に立ちはだかったスーパーヒーローなのです。

 

 

 しかし、その頃には既に人間だけを喰らうのも飽きた虚は、虚同士でも喰らい合いを終えており、大虚(メノスグランデ)と呼ばれる幾百の虚が互いを喰らい続けて強大な力を持つ虚が生まれ、更に最下級大虚(ギリアン)中級大虚(アジューカス)最上級大虚(ヴァストローデ)と三つの階級に分けられる程に数と勢力を伸ばしていました。

 

 

 その上、最も始めに出現した虚の中でも、最上級大虚(ヴァストローデ)まで成長を遂げた1体が、他の最上級大虚を屈服させた上で統べ、その1体を含む"13体"の虚を頂点とする"ルカヴィ"という虚の軍勢までまとめ上げており、あまりにも絶望的な状況です。

 

 

 まさに霊王は勇者、ルカヴィは魔王軍。ですが最早、徒らに喰われるのを待つばかりの人間は霊王に期待していませんでした。

 

 

 しかし、霊王は人間の諦めとは裏腹にその力で次々と、ルカヴィを倒していきます。その快進撃は希望となると、瞬く間に霊王は名実共に人々のスーパーヒーローになり、彼を旗本に次々と戦う意欲を取り戻した人間が集い、人間は一丸となって虚と戦ったのです。霊王ほどではありませんが、巨悪に立ち向かう人間もまた決して弱くはなかったのです。

 

 

霊王や人間との戦闘の末、ルカヴィは随分とその数を減らしました。そしてついに、霊王の勢力とルカヴィの勢力の最後の戦いが起きました。霊王はこれまで幾度となく拳を交えたが決着がつかずにいた"ルカヴィの長"との激闘を始めました。

 

 

 霊王とルカヴィの長の最後の戦いは壮絶なもので、人間に長を除いた全てのルカヴィが倒された後も、二人は何日も日を跨いで戦い続け、互いに一歩も退かぬ攻防は、人間から見ればまるで神話の神々ような戦いに見えたことでしょう。

 

 

 そして、遂に――霊王の腕がルカヴィの長の胸を貫いたことで、人間と虚の戦いは終わりを告げました。

 

 

 ルカヴィの長は負け、消え逝く中で"汝モ……同ジニナルゾ……"とだけ霊王に吐き捨て、その邪悪な生涯に幕を下ろしたのです。

 

 

 こうして、霊王は最高のスーパーヒーローとして人々から褒め称えられ、世界は再び平和になりましたとさ。めでたし、めでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "虚圏(ウェコムンド)"

 

 それは一面が白と黒が埋め尽くしたようなモノクロの世界。欠けた月が常に妖しく輝き、常に夜の砂漠のような風景をどこまでも映すばかりで、およそ生命や萌芽という言葉が似つかわしくない程に寒々しい場所。

 

 この世界は現世を荒らす悪しき霊体であり、何らかの理由で堕ちた人間の魂の成れの果て――"(ホロウ)"達が住まう世界である。

 

 無論、そのような場所には基本的に虚以外に生物らしい生物すら見受けられず、出会ったものは全て虚と言っても差し支えないようなところだ。

 

「……………………」

 

 無論、それは人間のような容姿をした生物も同じ事。ウェコムンドの寂しい砂漠を歩いている――"ティア・ハリベル"という名の比較的珍しい女性虚もその例に同じ。

 

 ハリベルは頭部を目元から覗くエメラルドグリーンの瞳と褐色の肌に、金髪の頭髪以外を鮫のような意匠が施されたように見えるピッチリとしたボディスーツのような外殻を持つ虚であり、右腕が大剣と一体化している事も含めて、いっそ女性が何かのコスプレをしているようにすら見えなくもないが、歴とした虚である。

 

 と言うのも虚は最下級大虚(ギリアン)中級大虚(アジューカス)最上級大虚(ヴァストローデ)と進化を遂げるに連れて、人間に近い姿になっていく生態をしており、より人型に近い虚が強力な虚と言われており、実際にハリベルも並みの最上級大虚を退けられる程に高い実力を持つ部類に入る。

 

(あれは……!)

 

 そんなハリベルは、数百m程先の前方に居る何かに気付いてふと足が止まり、自身がその距離に近付くまで気が付かなかった事に驚きつつ思わずじっと見つめてしまう。

 

 それは浜辺から海を眺めながら佇むように、虚圏の砂の地平線を眺めながら何をするわけでもなく佇んでいる"3m程の骸骨に翼が生えた異形"であった。

 

 人型に限り無く近い上、人工的とも思えるほど凝った容姿から、最上級大虚か中級大虚であることはわかる。

 

 しかし、それにしては何故か一切の霊圧をハリベルは感じず、それこそウェコムンドに棲息している仮面の付いた小動物を見ている気さえ覚える程であり、アレが危険な存在であるとは露ほども思えない。それ故に彼女の視界に映ってからも暫くは、枯木か岩だろうと考えていたのだ。

 

 能力か、あるいは余ほどに卓越した霊圧の殺し方を体得しているとしかハリベルには思えず、恐らくは最上級大虚であると当たりを付ける。

 

(なんだアイツは……?)

 

 自身が警戒心を抱かなかった事をハリベルは警戒し、霊圧を抑えながら、足音を殺しつつその最上級大虚の背から30m程離れた位置に着地する。しかし、最上級大虚はまるで反応せず、気付いてないとしか思えない程、がら空きの背中をさらけ出していた。

 

 また、近くで見れば、その風貌がより鮮明にハリベルの目に映る。

 

 大きな人の骸骨だと思えば、人にしては妙な青い尻尾を持ち、スマートで華奢にさえ見えるボディラインは女性にも見えなくもないが、赤い小さな羽根が生えた王冠を被った王のような凝ったデザインの頭部と仮面はどちらかと言えば男性的に思えた。

 

 そして、その背から生える二対の赤い翼は鮮やかな深紅の色彩をしており、鮮血を固めて出来たようにさえ感じるそれは悪魔のようにも見えるだろう。

 

 

『コンバンハ……デイイノカ?』

 

「――――!?」

 

 

 その声は男のようにも女のようにも聞こえ、あるいはそのどちらでも無いようにさえ聞こえる奇妙なモノであった。

 

 余りにも無防備な最上級大虚にどうしたものかと考えていたハリベルは、突如として首を向けて向こうから声を掛けて来た事に驚き、図られたと思いつつ身を退いて距離を取り、最上級大虚へと右腕と一体化した剣を向ける。

 

 しかし、いつまで経っても最上級大虚は攻撃どころか、それ以上の動きをしようとはせず、首だけを向けたまま時間だけが過ぎ去った。

 

 そして、ふとした瞬間に最上級大虚はハリベルの方を相変わらず見つめながら、少し焦ったような様子でポツリと口を開く。

 

『イヤ、スマナイ。話ヲ……イヤ、話ニナリソウナ者ト口ヲ聞クノハ初メテデナ。何カ、汝ノ気ニ障ル事ヲ我ハシテシマッタダロウカ?』

 

「は……?」

 

 そして、神話の悪魔か堕天使のような酷く威圧的な容姿の最上級大虚から吐き出され、ウェコムンドに全く似つかわしくない、酷く常識的な言葉にハリベルは呆けた様子になり、右腕の大剣の位置が多少落ちた事からも彼女が相当動揺した事が伺えるであろう。

 

 最上級大虚はそんな彼女を気にする様子もなく、ハリベルの方に身体を向けると再び口を開いた。

 

『我ハコレマデニ11回、話ヲシヨウト会ッタ者ニ言ッタノダガ、全部言葉ヨリ先ニ攻撃シテキテナ。ドレダケ治安ガ悪イノカト途方ニクレテイタ所ダッタンダ……』

 

「あ……ああ……?」

 

 最上級大虚は溜め息を吐くと共に、困り果てた様子で首を振って見せる。その感情を込めた抑揚と仕草は、虚の世界であるこのウェコムンドで本気でそう言っているとしか思えなかったため、ハリベルは更に混乱する。

 

『ツカヌコトヲ聞クノダガ……』

 

 しかし、最上級大虚は渡りに船とばかりに言葉を止めず、小首を傾げるような仕草をすると、ハリベルに疑問符を投げ掛けた。

 

 

 

『ココハドコデ……我ハ何ダ……?』

 

「ええ……」

 

 

 

 そして、呟かれたその問いは、余りにも現実離れしており、例え現世であろうともほとんど聞かない珍妙な内容であった。本人だけが、とてつもなく真剣な様子なのがまた奇妙さを引き立てている。

 

『ムウ……ソレニシテモ何カトテモ大切ナ事ヲ沢山忘レテイルヨウナ……。ウーン……ナンダッタカナァ…………マッ、イッカ』

 

 すると最上級大虚はハリベルへにじり寄る――のではなく地面から数cmだけ浮遊すると、彼女に向かってゆっくり静かに飛んで行く。

 

『我ガ名ハ――"アジョラ・グレバドス"……。他ノ事ハ何モ思イ出セナイノダ……汝ヨ助ケテクレ……』

 

「おい、待て……寄ってくるな」

 

『汝ヨ、連レナイ事ヲ言ウナ。嫌ト言ワレテモ我ハ汝ニ着イテ行クゾ。優シソウナ非カナル者ヨ』

 

 こうして、虚らしくない虚であるハリベルは、その性質故か、よく分からない者を抱え込んでしまう事になったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――と、言うのがお父さんとお母さんの出会いの話だ。私の娘」

 

 

 現代の一般的な一軒家にあるリビングで、薄手のタートルネックの服で口元を隠し、ジーパンを履いている褐色の肌をした金髪の女性――ティア・ハリベルは真顔でそう呟いた。

 

 現在、ハリベルとテーブルを挟んで少女が対峙しており、開いた口が塞がらない様子でぷるぷると身を震わせている。

 

 また、その少女の容姿は銀髪で色白の肌をし、ハリベルにどことなく似た顔つきをしており、高校生程の年齢に見えた。

 

「………………え? 待ってお母さん……? (ホロウ)ってなに……? 虚圏(ウェコムンド)……?」

 

「実はこの体も駄菓子屋の店主から貰った義骸というモノで………………ああ、そこからか。アジョラに教えた頃を思い出す……」

 

「ちょ、ちょっとお母さん……! のろけ話はいいから私は――」

 

「ハリベル、我ノ朝ゴ飯ハアルカ?」

 

 そのまま、再び回想話でも始めそうな様子のハリベルを少女は止め、そのままハリベルを問い詰めようとすると、寝間着姿で目が覚める程に美人な銀髪の女性――アジョラ・グレバドスが、目を擦りつつリビングに入って来る。

 

 そして、その口から吐かれた言葉は鈴が鳴るような女性の声ではあるが、何故か外国人が覚えたての日本語を喋るようにカタコトであった。

 

 よく見るとアジョラの頭に髪と同じ色で小さな翼のようにも見える何かが生えており、それがピョコピョコと不思議な動きをしているため、ただの寝癖ではないことが見て取れるだろう。

 

「もう、お昼だぞ?」

 

「ナラ、オ昼ゴ飯ヲ頼ム。汝ノ料理ハ大好キダ」

 

「はいはい、少し待っていろ」

 

「ワァイ」

 

 それだけ言うとアジョラはリビングにあるソファーに腰掛け、テレビの操作を始め、これまでに録画していたテレビ番組やアニメを真剣な様子で目を細めつつ吟味する。

 

 すると少女はわなわなと腕を震わせ、ビシリと擬音が付き添うな程に強く真っ直ぐアジョラに指を指した。

 

「――私は何でお父さんが変な喋り方で女性なのか知りたかっただけなんだけど!?」

 

「ンー?」

 

「…………? 可愛いだろ?」

 

「そうだけどそうじゃないの!?」

 

 ハリベルは何か問題なのかとでも言わんばかりに真顔のまま首を傾げる。

 

 その様子には一切の疑念や冗談が含まれていない事に気付いた少女は、何か一言でも言ってやろうとしたが、それよりも先にハリベルが口を開く。

 

「そもそも高校生になって今更、それを突っ込むのか……? てっきり、私は関心がないと思っていたぞ」

 

「そ、それはその……何かやんごとなき事情とか何かしらがあると思ってこれまで聞かないようにしてたのっ!!」

 

「変ナトコロデ律儀ダナァ……」

 

 少女はテーブルを音が出る程、バシバシと叩いて顔を真っ赤にしており、アジョラは申し訳けなさと困った感情が入り雑じるような何とも言えない表情をしていた。

 

 そんな二人の様子を見て、ハリベルは少しの間だけ目を瞑り、愛しいものを見た者が浮かべるような溜め息を漏らし、軽く肩を竦めて見せる。

 

「ふむ……そうかそうか。フフッ……ならどこから話すか――」

 

 そして、瞳を開いたハリベルはそう言いつつ何処か昔を懐かしむように表情を緩ませて、小さく微笑んで見せた。その様子は、いっそ天使か女神のようであり、虚であると言われても誰も信じないであろう。

 

 

 そして、思考のためか暫く間が開いた後、ハリベルはポツリポツリと静かに口を開き、再び昔話を語り始めた。

 

 

 

 

 







アルテマ
 かつて自らを"聖天使"と名乗り、世界を相手にした最上級大虚。世界がOSRに染まる前の世界で、全盛期の霊王とガチバトルしていた虚の親玉かつ最初の虚でもある。要するに霊王と正面から殺り合って拮抗するぐらいただ強かっただけ最上級大虚。強いて言えば、生も死もない時代にいた虚のため、死の概念が存在しない。
 人間だった頃、自身の核となっている者はアジュラ・グレバドスという男性であり、その頃の記憶や性格をそのまま引き継いでいるせいか、現在では虚にしては極めて温厚。アルテマだった頃の記憶は完全に失っているため、ただの聖人な虚と化している。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

偽りの聖者

 

 

 

 

 

 出会いの日から数週間後、このアジョラ・グレバドスという名の最上級大虚と接して、ハリベルはわかった事が幾つかあった。

 

 

 

『ハリベル? 剣デ叩クノハヨクハナイト思ウゾ。剣ガ折レタラドウスルンダ?』

 

「――――――くっ!」

 

 

 まず、無茶苦茶硬い。ハリベルが何れだけ引き剥がしたり、追い出そうと大剣を振るおうと傷ひとつ付かないレベルである。

 

 

『…………エッ? 虚ッテ人間ヲ食ベルノカ?』

 

「何を言っているのだお前は……」

 

 

 そして、常識がまるでない。ウェコムンドから余り出ないハリベルどころか、虚になり立ての人間だってもう少しマシなレベルである。

 

 

『■■■■■■■■■――――!!!』

 

『オオ、ハリベル。アノ威勢ノイイ奴ナラ話セソウダナ!』

 

「戻れ」

 

 

 トドメにやたらお人好しで人懐っこい。簡単に悪い者に騙されて、ホイホイと着いていってしまうとハリベルがちょっと心配になるレベルである。

 

 そして、最終的に一応は同種であり、虚らしからぬアジョラ・グレバトスという性別もよく分からない最上級大虚と、ハリベルは半ば無理矢理ながらに行動を共にすることになったのであった。

 

 まあ、虚のはみ出し者という点では、彼女自身も人の事を言えない事は自覚しており、なんだかんだ面倒見のいい性格のため、放っておけなかったと言うことは多分にあるだろう。また、無意識に寂しかったということもあるのかもしれない。

 

 そして、暫くアジョラと接しているうちにハリベルは多少の心配と共にある疑問を覚えた。

 

「お前……食事はしないのか?」

 

『ンー? 喰ワナケレバイケナイノカ?』

 

 それはアジョラがハリベルと共に行動している数日の間、一度も食事らしい食事をしていないどころか、彼女が見ている限り何かを口に入れた事すら無いと言うことである。

 

 通常の虚ならばとっくに飢えに襲われ、無差別に虚や魂魄を補食に走っていても何も可笑しくはない状態であろう。それにも関わらず、首を傾げてそんな言葉を返すアジョラは空腹どころか我慢しているような様子すら見受けられない。

 

『空腹トハナンダ……?』

 

 そして、会話の中でアジョラが呟いた疑問は記憶喪失だとしても余りにも衝撃的な内容であった。

 

 ただの魂魄は空腹を覚えないが、虚は本能に従って喰らうような存在のため、その食欲は渇望と言っても差し支えないだろう。最上級大虚にもなれば、それもかなり落ち着きはするが、それでも無くなると言うことは決してないのだ。

 

『…………虚トハソウ言ウモノナノカ。ナラ我ハ……イッタイ……』

 

 ハリベルから虚の食事や空腹についての事を聞いたアジョラは自身という不明な存在について自問自答を始める。その様子は虚というよりも僧侶か何かのようにさえ思えるかもしれない。

 

 するとアジョラは何か思い付いたように頭を上げ、ハリベルの方を向いた。

 

『ソウ言ウ汝ハ、ナゼ倒シタ虚を喰ワヌノダ?』

 

「…………それは――」

 

 アジョラから飛び出した言葉は、自身の事すら何もわからないにも関わらず、ハリベルを気遣うようなモノであった。

 

 それにハリベルもまたポツリと胸の内を溢し始める。それはアジョラがとても純粋で無垢な存在に思えるため、つい口を開いてしまっただけなのかもしれない。

 

 今までのハリベルは他の虚と(つる)む事は無く、最上級大虚になった理由の根本に彼女は無駄な犠牲を強いたくないという想いがある。そして、それは"犠牲によって得た力で強くなりたいとは思わない"という想いにもなり、倒した虚を喰らわない行動に繋がるのである。

 

 虚からすれば異端にも近く、優し過ぎるとも言えるその考えは大多数の虚からすれば理解すら出来ない事であろう。虚の分際で何をと、死神どころか虚にさえ嘲笑われるかもしれない。

 

『犠牲ニヨッテ得タ"力"デ強クナリタイトハ思ワナイ……カ。ウンウン、良イ思想ダ。優シクテ良イジャナイカ』

 

「止めろ……」

 

 しかし、胸の内を聞いたアジョラは興味深そうに自身の顎に手を当ててから、幾らか声を明るめに張り上げつつそんな称賛の言葉をハリベルに送った。

 

 そんな様子のアジョラにハリベルは今更ながら口が滑ってしまったと反省しつつ、羞恥に頬を少し染めてアジョラから顔を背ける。

 

『タダ、折角ナラバ"犠牲ヲ出サナイ世界ヲ作ル"……トマデハ言ワナイガ、セメテ安住ノ地ヲ作リ、ソレヲ守ル為ニ"力"ヲ付ケルグライノ向上心ハアッテモイイカモ知レナイナァ』

 

「守る力をつけろと言うのか……?」

 

 しかし、ハリベルの言葉は特に気にした様子はなく、アジョラは更に独白のような会話を続ける。とは言え、真摯に向けられたそれらの言葉を彼女は無下にすることもなかった。

 

『"力"ノナイ理想ハ戯レ言ニ同ジ。シカシ、理想ノナイ"力"ハゴッコ遊ビト変ワランヨ。汝ハキット王ニナリ、他ヲ導クダケノ理想ガアル。言イ換エレバ他ヲ汝ノ理想ニ染メル力ヲ汝ハ持ッテイルノダ』

 

「……………………」

 

 その言葉は陳腐ではあったが、記憶喪失にも関わらず酷く実感が籠っているような抑揚の中に悲哀を感じ、ハリベルは何とも言えない表情で閉口する。

 

 饒舌になったアジョラは記憶喪失がなくも、魂に刻まれた古い記憶と本能で語っているようにさえ思え、ハリベルには別人になったようにさえ思えたが、目の前の翼の生えた骸骨は紛れもなくアジョラ・グレバトスであろう。

 

「……だが、私にはお前が言うような大層な理想はない。買い被り過ぎだ……」

 

『ソンナコトハナイ。確カニ汝ノ理想ハ汝ノ中ニシカ無イノダロウ。シカシ、必ズ汝ハ己ヲ賭ケルニ足ル何カヲ見ツケルト断言シヨウ。例エバ守リタイ者、生キテイレバ直グニ1ツヤ2ツハ見ツカルモノダ。理想ニ大キサノ区別ハナイ』

 

 するとアジョラは顎に手を当てつつ少しだけ考え込むと、思い出したように軽く手を叩いて鳴らしてから暗い瞳孔を笑みに歪める。

 

『ソウダナ――今、我ガ守リタイモノハ、"ハリベル"ダケダヨ?』

 

「……………………そうか」

 

 告白のようにも思えるが、全く他意はない様子で放たれたその言葉にハリベルは小さく溜め息を吐いて顔を背けた。

 

 アジョラは悪意すらない無垢な子供のようでもあるため、扱いは難しくはないが、こう言った純粋な好意を受け止めるには、寒々しいウェコムンドで半生を過ごしているため、慣れていないハリベルにとって余りに酷であっただろう。とは言え、やはり嫌という訳ではないため、ただ何とも言えない居心地の悪さを感じるだけである。

 

『汝ノ考エハ結局ノトコロ、汝ガ"憐レミ"ヲ持ッテイルト言ウコトダ。ソウデナケレバ、我ハ汝ニ襲ワレテイタ事ダロウ。自分自身ヲ憐レミ、他者ヲモマタ憐レム……大多数ノ人間ダッテソウ易々ト出来ルモノデハナイ。ダカラコソ汝ハ、自身ヲ縛ルノダ。紛レモナイ汝ノ素晴ラシイトコロダヨ』

 

「だから止めろ……」

 

 何度も頷きながらとても感心した様子で尚もハリベルを讃えるアジョラ。ハリベルはそうは言うが、特に止めるために行動する様子もない。善意しかない虚の扱い方など、虚には難し過ぎるのだろう。

 

 確かに善意の塊のようなアジョラは虚から逸脱し過ぎているが、このような者と行動を共に出来るハリベルもまた虚としてはかなりの変わり者と言えるかもしれない。

 

『マア、ト言ウヨリモ汝ノ性格モアルダロウ。1人デイルノハ楽デ好キダガ、独リデイルノハ辛ク寂シイ。ソンナ矛盾シタ感情コソ汝ノ人間ラシサダ』

 

「…………人間らしさか。フッ……虚の私にはなんという皮肉だろうな」

 

 ハリベルが自嘲気味に薄笑いを浮かべていると、アジョラは仮面の付いた虚らしく感情を移さない黒い瞳孔を少し細める。

 

 強くなれば強くなる程、虚は人間性を再獲得していく。しかし、それに差はあれど基本的には退廃的で破壊的なモノが虚であり、ハリベルほど人間らしくなる虚はかなり稀な存在と言えるだろう。それが余ほどに彼女の核になった人間が聖人のように良くできた人間だったからなのか、ただの神の悪戯かは誰にもわからない。

 

『汝ハ虚トシテノ自身ノ事ヲ過剰ニ憐レンデイルヨウニモ我ニハ思エナクモナイ』

 

「別にそんなことはない……」

 

 ハリベルとしては虚の誇りと言うほどのモノはないが、別段に死神や人間を羨んでいるということもない。しかし、一抹の他人恋しさを自覚させられ、こうしてアジョラのような話のわかる者と話す事に安心感と充足感を覚えないと思えば嘘になる。彼女はそんな虚であった。

 

『虚ハ罪ナ生キ物ダトイウ事ハ我デモ明白ダト分カル。ダガ、ダカラトイッテ人間ガ罪デナイ事モマタ1度モナイノダ。ソンナ人間トソレカラ生マレタ虚ニ優劣ヲ付ケル事コソガ最モ烏滸ガマシイ行イダトハ思ワナイカ?』

 

「つまりは何が言いたい?」

 

『元ヨリ、人間ト虚ハ同ジモノ。ナラバヨリ好キニ――自由ニ生キルベキナノダ。ハリベル』

 

「私は自由でないと……?」

 

『鏡デ1度見セテヤリタイ。我ト他愛モナイ会話デタマニ笑ウ汝ハ、トテモトテモ優シイ表情ヲシテイルゾ。ソチラノ方ガズットイイ』

 

 やはり口説くようにそう問い掛けるアジョラ。しかし、ハリベルも次第に慣れてきたのか、それに対しての返答はなかった。

 

『ヒトツ……思イ出シタ事ガアルンダ』

 

 するとアジョラはそう言いつつ少しだけ屈んで、片腕をハリベルの胸の前に来るように近づけると共に掌を見えるように向ける。

 

 

「――――――――ッ!!!?」

 

 

 その次の瞬間、ハリベルは生まれてから一度も感じた事がない程に途方もなく莫大で、さながら豪雨や激流のように感じる霊圧をその身に浴びせ掛けられる異様な体験をし、思わず膝を突きそうになる。

 

 だが、ハリベルが膝を突く前にそれは収まり、眼前のアジョラの手の中で"濃水色で壺あるいは瓶のような形をした宝玉"のようなものがいつの間にか浮いていた。

 

「なんだそれは……!」

 

 ハリベルが唖然とした様子で眺めるその宝玉は、彼女に向けられていた霊圧が収まっただけであり、依然として彼女が決して足元にすら及ばず、見上げようとも全容すらわからない程に莫大な霊圧を宿している。

 

 また、宝石は脈打つように規則的な淡い輝きを見せており、無機物にそのような霊圧が込められていると言うよりは、この宝玉自体がまるで生きているようにさえハリベルには思えた。

 

『我ハコノ"聖石(ゾディアックストーン)"ヲ他者ヘ与エル事ガ出来ル。ソシテ、聖石(ゾディアックストーン)ノ"力"ハ持ツモノニヨッテ形ヲ変エ、清イ心ヲ持ッタ者ニハ奇跡ヲ、悪シキ心ヲ持ッタ者ニハ"契約"ヲモタラス』

 

 契約という意味はまるでわからないが、前半の奇跡と言うものを万能の願望器だとすると、決して良くはない効果を使用者にもたらすという事をハリベルは暗に理解した。

 

 そして、それはこれだけ莫大で異様な霊圧の塊が込められたモノではない何かを、さも当たり前のように何処からともなく取り出して見せた、霊圧の一切感じないアジョラという虚の異様さにようやく気づく。

 

『コノ聖石(ゾディアックストーン)ノ名ハ"アクエリアス"……アルイハ"ファムフリート"。今ハソレシカ覚エテイナイガ……コレハ紛レモナク犠牲ニヨッテ"力"ヲ得ルノデハナイ。賭ケルノハ己ノ生キタ人生ト、ソレニ付随シテ培ワレタ魂ノミダ』

 

 そう言ってアジョラは掌をハリベルの方に傾け、聖石アクエリアスを彼女の目の前まで近づけた。あくまでも彼女の意思をアジョラは尊重する気らしい。

 

『仮ニ虚ダトイウ事ガ悪ナノナラバ、決シテ奇跡ハ起キヌハズ。我ハ奇跡ヲ持タヌハズダ』

 

「…………随分、遠回しな激励だな。本当にそれがお前の力なのか?」

 

『ソウダナ……半分ハソウデアルヨウデ、モウ半分ハ違ウヨウナ……ナンダカ我モヨクワカラン』

 

「よく分からないモノを渡して来たのかお前は……」

 

『マア、()()()()()()ダトイウ事ハ確カダナ』

 

「……………………」

 

 既にハリベルはアジョラ・グレバドスという名の最上級大虚が、自身の知る虚とは根底から大きくズレた何かだということには気づいている。

 

 そして、これまで少しの間、行動を共にしたからこそアジョラは善意で今こうして自身の力を分け与えようとしていることにも思い当たった。

 

『平和ナ事ガ何ヨリナノダガ、コノ世界ニソレヲ求メルノハ酷トイウ事グライハ覚エタゾ。ダカラ、欲シイナラバ手ヲ伸バストイイ。ソレダケデイイ』

 

「私は……――」

 

 ハリベルは目の前で浮く、ゾディアックストーンへと手を伸ばし――。

 

 

 

 

 

 ――自身の仮面が割れる音を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フフフーン♪」

 

 羽っぽい癖っ毛の生えた銀髪の女性――アジョラ・グレバドスはテーブルの上でコーンポタージュ味のうまい棒一本と、メロンソーダ粉末を溶かした緑色の水が入ったコップを持っていた。

 

「フフフフーン♪ フンフンフッフフーン♪」

 

 次にコップをテーブルに置くとうまい棒を開けて咥える。そして、メロンソーダ粉末を溶かしたものにストローのように突き立てるとそのまま勢い良く啜った。

 

 

「――――ウブ!? ゲホッ!? ゴフッ!? ブホッ!?」

 

 

「……………………お父さんあんなのだよお母さん」

 

「そこがまたいいんだ」

 

「ええ……」

 

 暫く咳き込みむせた末、アジョラは目の端に少し涙を溜めながらバシバシと机を叩き、恨みがましく何処かを睨み付ける。

 

「ウ、ウマイッテ言ッテタノニ……アノ"下駄帽子"……!」

 

「浦原さんが言ったことを鵜呑みにしてるんだけど……?」

 

「純粋で可愛いだろう?」

 

「ええ……」

 

 

 

 






聖石アクエリアス
 アルテマが体内に持つゾディアックストーンのひとつ。ひとつ譲渡したため、同様の性質のものが後、11つ存在する。かつて前の世界で霊王を始めとした人間と戦い抜いた虚――ルカヴィたちそのものの成れの果てであり、超高密度の霊圧が圧縮された物体でありながら同時に生きている。これはファムフリートという名の最上級大虚のもの。
 能力としては、使用した場合に力を持つ者によって形を変えるようで、清い心を持った者には奇跡を、悪しき心を持った者にはルカヴィとの契約を呼び寄せる。







感想や評価をくださるとこの作者は喜びます(ダイレクト乞食)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

あじょらさんニヤリ


3話目の初投稿です。

信条としていただいた感想は次話投稿後に前話の感想を全て返信しさせていただきます。

※こんだけ粉微塵になっているのでアニメ版のハリベルと従属官との出会いの順番とか経緯とかは忘れてください(アニメ版の設定を使わないとは言ってない)



 

 

 

 

 アジョラ・グレバドスから聖石アクエリアスを受け取ってから数年後。虚の体感としては大した事はない日数だが、主従でも隷属でもない関係で最上級大虚同士がそれだけの期間をつるんでいるのは非常に珍しい例であった。

 

 実際、虚の王であり、虚圏の神を語っているとある最上級大虚は配下こそ軍勢のように有しているが、他の最上級大虚は全く従えられていない。

 

 そして、ハリベルとアジョラはと言えば現在――。

 

 

『ハリベル、コノ"ゼンマイ"ハ食ベ頃ダゾ。コッチノ"タケノコ"モ中々ダ。"タラノ芽"モイイ感ジダナ』

 

「草食動物かお前は……」

 

 

 尸魂界(ソウル・ソサエティ)の奥山に食べ物や薪を取りに来ていた。

 

 この世界は虚のいるウェコムンドだけではなく、魂魄のバランサーであり虚とは真逆の存在である死神のいるソウル・ソサエティ、そして虚でも死神でもなくどちらかに傾く可能性のある人間のいる現世の三界で成り立っていた。

 

 そんな虚にとっては敵の住む世界の奥山にて、どこで拾ってきたのかアジョラは農夫が被るような編笠を被っており、それが全く馴染んでおらず異彩を放っているが、本人は至って真面目かつ楽しげである。

 

 また、仕留めたウサギを腰に付けた鞘から抜いた幅広で短い剣で解体しつつ、何とも言えない表情でアジョラと会話をしているハリベルの容姿は聖石アクエリアスを受け取る前とで明らかに変容していた。

 

 それというのもハリベルの姿は、鮫をイメージさせる薄い鎧を纏った右手が大剣の女性虚から、下顎が虚の仮面に覆われている事を除くと簡素な着物を着た町娘にしか見えない姿をしていたのである。

 

 実際、ハリベルは下顎の仮面と子宮部分に空いた虚の孔と幅広で短い剣身をした剣を持つこと等を除けば完全に女性の姿をしており、彼女を見ることが出来る者でも第一に虚だとは思われないであろう。

 

(あれからそこそこ経ったな……)

 

 ハリベルはふと、自身に起こった進化とも言える変化を思い返す。

 

 それは聖石アクエリアスに触れた直後、彼女の中で虚と死神の境界が消え去り、虚にも関わらず、死神の力を得た事で結果的に仮面や全身のパーツが砕け散ったのである。

 

 これを"破面"と呼び、ハリベルも破面もどきならば希にウェコムンドでも見掛ける事があったが、ここまで完全に破面しているモノを見るのは、自身の身に起きたコレが初めての事であった。

 

 そして、それによる霊圧を含む実力の上昇も著しい。例えば、最上級大虚ならば大人が子供を相手にするように軽く退けられ、それ以外ならば霊圧をぶつけるだけで尻尾を巻いて帰るようなレベルである。

 

 今までの生き方が何だったのかと思うほど、相手にしたあらゆる虚を殺す必要すらない程に圧倒的な力を手にし、ハリベルとしては嬉しさ半分と複雑さ半分と言った絶妙な気持ちであった。

 

 また、このように食べ物を取りに来ているのは、趣味や道楽を兼ねてではなく、ハリベルは破面化したことで、魂魄を喰らわずとも死神と同じようなモノを食べれば生きていける身体に変化していたため、そうして生きているのである。ウェコムンドには奇妙で小振りな仮面付きの虫や小動物しか居ないのだ。

 

 そんな最中、ハリベルは何かに気付いたのか顔を上げ、明後日の方向を見つめる。

 

「こんなものか……帰るぞ」

 

アイ(あい)

 

 遥か遠くに、ハリベルの霊圧を探知したためか、かなり高い霊圧を持つ死神らがこちらへと急行して来るのを探知したハリベルは、ウェコムンドへと帰るために黒腔(ガルガンダ)を開きつつ、アジョラの採った山菜やキノコ類や、自身の獲った魚や獣肉類を持って行くのであった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 ハリベルとアジョラは、ウェコムンドで拠点にしている岩山の中をくり貫いて作った居住スペースに戻っていた。

 

 ここでは現在、ハリベルとアジョラ以外に2体の女性大虚が住んでおり、奇妙な生活が繰り広げられている。

 

『見ロ、"アパッチ"。コノ"ゼンマイ"ハデッカイゾ。"ステッキ"ミタイダナ。エイエイ』

 

「止めろバカ! オラッ!」

 

『ゼンマイッ!?』

 

 アジョラが眼前に大きなゼンマイをちらつかせていたため、鹿のような容姿の女性の中級大虚――エミルー・アパッチは、そのゼンマイをポッキリとへし折った。

 

 また、その隣には同じく女性で蛇のような姿をした中級大虚――シィアン・スンスン及び、ライオンのような容姿の女性の中級大虚――フランチェスカ・ミラ・ローズの2名は何とも言えない様子でそのやり取りを眺めている。

 

『スンスン……"アパッチ"ガイジメル……』

 

「あらあら、可哀想なアジョラさん……。あんな如何にも肉しかお食べなさらなそうな方々に野菜を向けることが間違いだったのですわ」

 

『ア、ソッカァ……』

 

「ああん……? やんのかスンスン!? アジョラも納得してんじゃ――って肉向けてくんな!?」

 

「あァ? なーんでこっちにも飛び火するんだよスンスン!?」

 

 ちなみにハリベルは様付けで、アジョラは基本的に呼び捨てである。最上級大虚にも関わらず、霊圧が一切感じられない上に、基本的に天然でモノを知らず優し過ぎるアジョラは、彼女らにとって自身たちと大差ない位置付け(ヒエラルキー)らしい。

 

(いいなぁ……)

 

 もっともハリベルとしては慕われずに、あんな風に軽い友人のような接し方をされたいというのが本音なのだが、それを口に出せる程、彼女は口が上手くは無く、どちらかと言えば感情を表に出すのが苦手であった。

 

 ハリベルからすれば、アジョラはコミュニケーション能力と、明るさの化身のような存在であり、羨望の(まと)である。まあ、それを向けられる本人は全く自覚してやっていないことはハリベルも承知なのだが。

 

(私の意志か……)

 

 かつて、アジョラはハリベルに守りたいものぐらいは直ぐに見つかると言っていたが、ハリベルは既にスンスンとミラ・ローズという仲間が見つかり、また"女性虚を保護する"と言った意志を持った目的によって行動するようになっており、アジョラの言っていた事は真実になったという事だろう。

 

 ちなみに何故、女性虚を保護するかと言えば、単純に女性虚は男性虚に狙われる傾向にあるためである。理由としては、虚は基本的に本能の赴くままに行動しており、別に本能とは食欲だけを指すのではないと言ったところだ。

 

「アジョラ、少しいいか?」

 

『ンー? イイヨー』

 

 ハリベルがアジョラに声を掛けると、いつの間にか残りの三人はギャーギャーと喚きながらアジョラを放置しつつ口喧嘩を始めたが、既にいつもの事なので、ハリベルはそのままアジョラを連れて表に出た。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

「なあ、アジョラ。アパッチたちのような者は今後も集まって来ると思うか?」

 

 ハリベルは最初にアジョラにそう問う。それは女性虚と言うよりも、アジョラのように平和を愛す虚や、ハリベルのように犠牲を出したくないとまでは言わないが、喰らい合いや殺し合いに主眼を置かずに平穏を望む虚全体を対象にしているように思えた。

 

『ソウダナ、流石ニアノ穴蔵ニ5人以上デ住ムノハ物理的ニキツイナァ……』

 

「……それもあるが、そういう意味ではない」

 

『フム……』

 

 それだけ言えば察しの良し悪しにムラのあるアジョラでも理解しただろう。アジョラは手で自身の顎をなぞって少し考え込む。

 

 ハリベルはアジョラの予言のような言葉通りに自身の意思を強めたが、アパッチらを発見したのもまた、今のハリベルでもまだ比べ物にならない程に霊圧の感知範囲が広い

アジョラが、偶々個別で発見したからである。

 

 そういう意味では、ハリベルはまだ全てを自身の力で何を成したと言うわけでもないが、他者と共にこのような何気無い日常を過ごせる事こそ彼女の本懐であり、既に彼女にとって何よりも得難いモノになっていたのだ。

 

 そして、アジョラは顎に当てていた手をハリベルに向けると指を2本立てた。

 

『コノ世ニハ2種類ノ者ガイル。救ワレタ者ト、救ワレルベキ者ダ』

 

「………………救えない者だらけだろう?」

 

 アジョラには悪いとハリベルは思ってはいるが、そう答えざるをえない程に彼女はウェコムンドという世界を生き過ぎていた。

 

 最上級大虚になるまでに喰らった大虚は、ハリベルにとって救いようもないような連中であり、またこれまでにその剣で葬って来た連中も彼女にとっては生かす価値もないと考えたからこそ一刀の元に斬り捨てたのだ。

 

 しかし、アジョラは首を横に振るう。

 

『真ニ救エヌ者ナドコノ世ニハ居ハシナイサ。アマネク全テノ者ハ何カシラノ救イヲ求メテイル。アルイハ、救イヲ求メル事ヲ諦メタ者――』

 

 そこでアジョラは言葉を止め、二人が出て来た岩山にある穴蔵を見つめてから再び口を開いた。

 

『ソシテ、救ワレル事ヲ知ラヌ者ダ。アノ3人モソウダッタダロウ? "ハリベル"ニ会ウマデアノ3人ハ、タダノ虚ダッタ。紛レモナク彼女ラヲ変エタノハ汝ダ"ハリベル"』

 

『…………だっ、だとしても彼女らのように素直な者だとは限らないだろう……?』

 

 相変わらずの直球の賛美にハリベルは少し顔を赤くしつつもそこだけは譲れないのかそう返す。それに対し、アジョラは歓迎するように手を広げて見せた。

 

『ダカラコソ我ハ話スノダ。ドンナ者デモ、救エル何カガソコニアルノダ』

 

「お前は本当に極端だな……」

 

『マア、無論我程トハ言ワンガ、話モセズニ相手ノ何ヲ理解出来ヨウカ? 話サズニ決メツケル事ヨリ愚カデ独リ善ガリナ事モ無カロウ。セメテ、ソレグライシテモ"バチ"ハ当タラナイト我ハ思ウ』

 

「…………はぁ、お前には口で勝てる気がしない」

 

 溜め息と共に吐かれたハリベルの溜め息を聞き、アジョラは心底面白そうにクツクツと笑う。論は述べるが、強要はしていないため、宗教家のようなアジョラと全く性格の異なるにも関わらず、ハリベルは不思議と嫌悪感を抱かないのであろう。

 

 また、そもそも宗教家とはアジョラのような者を指すのかも知れないともハリベルは考えていた。それにアジョラは、歯の浮くような理想を語れるだけの実力があり、理想に自らを殉じている。説得力だけは不思議とあるのだ。

 

「とすると……やはり目先の問題は"バラガン"か」

 

『……………………』

 

 大帝バラガン。ハリベルが溢した呟きに出て来た最上級大虚の名であり、自らをウェコムンドの王あるいは神と語る者である。

 

 権力欲と支配欲にまみれ、ウェコムンド全土を自身の勢力で纏めようとする覇道を掲げる最上級大虚であり、他の大虚等を見付ければ手当たり次第に自身の勢力に引き入れようとするため、ハリベルが一人の頃に放浪を続けていた最大の理由でもあった。

 

 ハリベルを含む他の有力な最上級大虚ともなれば、バラガンと交戦しないで済ませるか、交戦しても生き残るだけの能力はあるため、大多数の最上級大虚は彼を避けて生きているのである。そのため、バラガンに下る最上級大虚は少なく、それが彼をより躍起にさせるという悪循環が発生してもいた。

 

 とは言え、昔の彼女からすれば途方もない力を手にした今のハリベルには最早関係のないこと。それこそ火の粉を払うように簡単に殺せてしまう事だろう。逆にバラガンを殺さなかった場合、ハリベルの細やかな理想を叶えるには余りにも巨大な障害と言える。

 

「ところでアジョラ?」

 

『ンー?』

 

「アイツらを聖石で私のようにすることは本当にできないんだな?」

 

 話を変えるついでにハリベルはそんな事をアジョラに聞く。

 

 それは前にもハリベルがアジョラに聞いた事であり、ハリベルのひとつの細やかな夢としては、あの3人が今のハリベルのように魂魄を食わずにいれるようになり、5人で食卓を囲みたいというものである。また、人間に近くなったアパッチ、ミラ・ローズ、スンスンを見てみたいという純粋な想いも裏にはなくもない。

 

『残念ダガ……聖石ニ取リ込マレルノガ"オチ"ダロウ。確カニ聖石ハ万人ニ使用ハ出来ルガ、汝ガ思ウ程素敵デ素直ナ代物デハナイ。余程ノ確証ガ無ケレバ使ワナイニ越シタコトハナイヨ』

 

 つまり、ハリベルにアジョラが聖石を渡したのは、その余程の確証が得られる程に特殊な事だったのだろう。アジョラは自分の事のように残念げに首を振る。

 

『ソレニ我ガ身ニアル聖石ハ後、11ツダ。我トシテモ残念ダガ、数ヲ用意出来ル代物デモナイ』

 

「…………おい、それは聞いてないぞ」

 

 つまりアジョラは自身の力を分割し、渡したものだとハリベルは解釈した。自己犠牲と言うべきか、アジョラならばそれぐらい普通にやりそうなことだと容易に考えられたのだ。

 しかし、それについてハリベルがアジョラを問い質しても、アジョラはのらりくらりと言葉で避けるばかりでまるで暖簾に腕押しである。

 

 流石にアジョラが磨り減るのを見るのはハリベルとしても寝覚めが悪いため、ハリベルは今後聖石の動向を確認しておこうと決意するのだった。

 

「まあいい……。一応、言っておくが……敵地――バラガンのところに行くような真似はするんじゃないぞ?」

 

『ハハハハハ! 流石ノ我モ()ニ等会イニ行カンサ!』

 

「そうだな……。お前もそこまでのことは流石に……な」

 

 ハリベルとしてもアジョラがそこまで愚かな事をするとは思ってはいないため、一応釘を刺しておいた。まあ、これまでもハリベルの言い付けで、アジョラはバラガンの配下の者が来れば、相手はハリベルに回すようにしている。また、アジョラが対応する場合にも死なない程度にデコピンで弾き飛ばす事で対処している。

 

 そして、何よりもアジョラは嘘を吐かない事も信条にしているらしいので、これでアジョラは危険なことに首を突っ込んでは行かないだろうとハリベルは安堵する。

 

 

 元々、自身のエゴのため、バラガンを殺すのならば己一人でいい。アジョラを血腥(ちなまぐさ)い諍いに巻き込むのはそれこそ本末転倒だと、ハリベルは仮に行うのならば自分一人で全ての片を付ける事に決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"()()のバラガンとやらに話をつけてくる"

 

 

 翌日。眠りから覚めたハリベルが目にした岩壁にはたったその一文だけが刻まれていた。

 

 アパッチらのとても気まずそうな視線が非常に印象に感じつつ、ハリベルは全身をぷるぷると震わせながら慟哭する。

 

 

 

「アジョラァァアァァァアアァァァ!!!?」

 

 

 

 後にアパッチ、ミラ・ローズ、スンスンは語る。

 

 あんなにぶちギレたハリベル様を見たのは、後にも先にも初めてだった――と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 虚夜宮(ラス・ノーチェス)。ウェコムンドにある超巨大な建造物であり、その大きさは無機的な外観によって距離感が狂わされる程にとてつもなく大きい。また、夜空そのものを屋根とする造りをしており、ウェコムンドの中では珍しく美しいものでもあった。

 

 そんなラス・ノーチェスは現在、最上級大虚の大帝バラガンの居城になっており、広間にある王座にバラガン――黒い法衣のような服を纏った骸骨というある意味これ以上ないほど虚らしい姿をした最上級大虚が肘掛けに頬杖を付いている。

 

 そのがらんどうの眼孔は急な来訪者を見下ろしていた。

 

 

『拝謁、痛ミ入ル』

 

「ほう……」

 

 

 血のように赤い翼をした異形の骸骨のような最上級大虚――アジョラ・グレバドスは恭しく頭を下げ、バラガンに礼を尽くしていた。明らかにウェコムンドでは全く見ないレベルに折り目正しい礼節を持つアジョラは、それだけでもバラガンの御眼鏡に叶う。彼の側近も表情こそいつも通りだが、目を丸くしているように見えた。

 

 まあ、最上級大虚同士の格付けや縄張り争い等、どうあがいてもいがみ合いからの殺し合いにしか発展しないため、人間等とは比べ物にならないほど生きているバラガンから見ても、このような奇遇は数えるほどもないのであろう。

 

 加えて、こうして自身の前に来たこの最上級大虚は、どれほどバラガンが勧誘しても決して首を横に振らないティア・ハリベルの片割れである。

 

 最近になり出現した者ではあるが、その実力は確かであり、バラガンの配下を指一本で戦闘不能にし、幾度となく生きたまま追い返している事からも確かであろう。また、一切霊圧を体外に漏らしておらず、まるでなんの力もない人間のようにさえ感じてしまう事から、その余りにも卓越した技量か霊圧にまつわる能力を持っている事も伺えた。

 

「面を上げよ。霊圧も抑えんでいい」

 

『………………? 抑エル?』

 

 何故か小さな疑問符を浮かべるアジョラ。それにバラガンも会話が噛み合わない違和感を覚えたが、既にバラガンの中で、アジョラの株はかなり上昇しているため、礼節のひとつか、易々と他者に能力を露呈させないためと勝手に解釈する。

 

『汝ガ"虚圏ノ王、アルイハ神"。"バラガン・ルイゼンバーン"デ違イナイカ?』

 

「如何にも、我こそは大帝。バラガン・ルイゼンバーンである」

 

 アジョラの質問にバラガンは名乗りを上げる。バラガンは自身がウェコムンドの王であり、神であると信じて憚らないが、それ故に礼節を持って相対すれば、それなりに寛容である。王者の余裕という奴であろう。そのため、アジョラが敬語ではなくとも特に思うところはない。

 

 もしくはただでさえ、我が強過ぎる最上級大虚たちが、他の最上級大虚に敬語を用いるなどあり得ないと最初から諦めているため、減点対象になっていないとも言える。

 

『アア……ソウダ。ウン、コレダ。コウイウ、対応ガ普通ダヨナァ……』

 

 すると何故かアジョラは酷く感心した様子で、うんうんと何度も頷いている。王や神を敬うのは当然の事のため、バラガンは特に思うことはなく、己の軍団に引き込む言葉を投げ掛ける前に、彼は相手の要件を促した。

 

 無論、これまでが全て演技であり、突然襲い掛かって来る事も想定しているため、その点についてもバラガンに余念はない。そうでなければ王を名乗る実力者は務まらぬと言ったところであろう。

 

 するとアジョラは"失礼"と一言謝ると、再び恭しく頭を下げてから歓迎するように両腕を広げつつその口を開く。

 

 

 

『デハ……我ハ汝ト話シニ来タ。サア、隣人ヨ、友ヨ。話シ合オウ。我々ノ明日ヲ見ツメヨウデハナイカ』

 

 

 

 そう一言言うとアジョラは、一切の武力を放棄しながらその場に座り込むと、暗い眼孔を歪めて笑みを浮かべ、バラガンを射ぬく。

 

 その熱を持つ仄暗い眼光と、アジョラ・グレバドスという存在の違和感に気づき始めたバラガンは、酷く視線の温度を下げつつ口を開いた。

 

 

 

 

 








目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。