貞操観念逆転世界で勘違いから主人公を振った幼馴染みがヤンデレ過保護になってしまったっていう話。 (詞瀀)
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プロローグ

 いつも、いつもそうだった。後悔すると分かっていても止められなかった。どうも自分は、大切なものを曲げてまで生きていたいと、そう思えない人間のようだった。

 

 ーーーあぁ、体が冷たくなっていく。不思議なことに、体が溶けて道路のアスファルトと一体化していくような感じがして、ほんの少しだけ笑ってしまった。

 

 「ーーっえ、ほっ、ご、ほぅっ」

 

 笑ってしまったせいか、顔の筋肉を使った拍子に、咳と一緒に血を吐き出してしまう。

 

 「ーーーーーーーーー」

 

 周りで誰かが喋っているのが聞こえる。けれど、何を話しているのかがもう分からなくなってしまった。

 ーーー耳が遠くなるのを感じる。体の冷えがますます酷くなってきた。

 覚悟は、していたはずだった。

 けれど、あぁ。

 

 「さむ、い」

 

 ーーー本当に

 

 「さ、むいん、だ」

 

 ーーー誰か、だれか、だれか

 

 「ぼ、くを、み、て」

 

 ーーーもう

 

 「さびしいのは、やだよぅ…」

 

 あぁ、意識が消えていく。

 

 「ーーーーーーーー」

 

 最後に、誰かの声がまた聞こえた気がした。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 僕がこの世界に転生したのに気がついたのは、実は生まれてからかなりの時間が経ってからだった。とは言っても、前世とさして年が変わらぬ十四の時で、当時の僕はそれこそ、自分が転生したということに気づいてすらいなかった。

 それに、前世の僕がどうなってしまったのかは分からないけれど、あまり気にはしていなかった。だって、僕の今世での顔と前世の顔に変わりはほとんどなかったし、少しばかり華奢な体つきになっていたぐらいで生活に困ることも無かったからだ。

 

 前世との大きな違いなんて、男女の立場や価値観が逆転してたことぐらいだし。

 

 正直、今となっては転生って言うより急に価値観が変わってしまった世界に来たんだな、ぐらいの感覚でしかなかったんだ。

 

 ーーー冷たい雨の降る日だった。

 

 「あんたなんかと付き合うんじゃなかったっ!」

 

 やっと好きだった幼馴染みと付き合えた、と思ったら、いつ間にか僕は幼馴染みに嫌われていた。理由なんてわかんなくて、急に振られたんだ。

 だから、突然こんなことを言われた時はなんで?とか、別れたくないよぅ、とか縋り付いて、そしたら。

 馬鹿にしたような目で、冷たい目で見られて、思いっきり頬を張られたんだ。

 

 ーーー冷たい雨の降る日だった。

 

 それからしばらくして、どうも幼馴染みを好きだったクラスの男子と、彼のグループに属する男女十数人によって嵌められたようだっていうのが分かった。

 クラスメートの男子5人ぐらいのグループで買い物に誘われた時、()()()()会った女子と話をすることになった時があって、どうもその時の写真を撮られていたらしい。

 

 ーーー馬鹿らしい話だ。

 

 それからも何度かそういったことを繰り返し僕に行って、それを幼馴染みに話すことで僕への不信感を煽っていたらしい。

 でも、幼馴染みに何を聞かれても僕はそんなこと知らない訳で、そうやってどんどんと僕と不仲にさせた。

 

 決定的になったのは。

 

 幼馴染みが、僕を嵌めようとしていた男子と浮気をしたことらしい。

 

 心が決まったんだってさ。

 

 ねぇ。

 

 なにさ、それ。

 

 なんだよ、それーーー

 

 

 

 

 

 

 ーーー冷たい雨の降る日だった。

 

 幼馴染みが振られたらしい。

 

 言い合いになって、幼馴染みが車道に突き飛ばされていた。

 

 その場面を目撃してしまった僕は、駆け出していた。

 

 咄嗟だった。

 

 捨て去った傘。

 

 迫る車と驚いた幼馴染みの顔。

 

 煩く鳴るクラクション。

 

 轢かれそうだった幼馴染みを突き飛ばした。

 

 目の前に迫った車のライトが眩しくって。

 

 彼女の赤い傘が宙に高く舞っていた。

 

 まるで全てが止まったかのような時間の中、目の前に浮かんだのは

 

 かつて僕に微笑みかけてくれた、彼女の暖かな笑顔だった。

 

 ーーー大好き、だったんだ。

 

 いや、或いは今もーーー

 

 僕って馬鹿だなぁって、そう思って笑ってしまった。

 

 そしてーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目が覚めたとき、僕は病院の一室にある白いベッドの中にいた。死んだ、と思っていたから、目が覚めたのはそれこそ凄く意外だった。両親に泣きながら縋り付かれて、不謹慎なことかもしれないけど、凄く嬉しかった。

 

 ーーーけど。

 

 大切に思われてるんだなって考えて、笑いそうになったけれど笑えなかった。泣きそうになったけど涙は出てこなかった。

 

 幼馴染みは僕の見舞いには来てくれなかったけれど、なんだかもうどうでも良くなっていた。

 

 頭を打ったせいか、表情や感情に何らかの損害が出たらしい。それを聞いた両親は泣いていて、困ったなぁって思いながら、無表情で両親を慰めていた。慰められた両親はさらに泣いていた。

 

 僕はどうも一年近く眠っていたようで、また高校一年生からスタートを切らなければならないらしい。

 

 両親には違う学校に行こうかって話をされたけれど、断っておいた。

なんだかもう、そういうのはどうでもよくなっていて、むしろ他の学校に行く手続きとかの方がよっぽど面倒くさかったし、何よりも両親にこれ以上迷惑をかけたくないなって思っていたから。

 

 

 

 

 遅咲きの桜が散る校門の前に僕は立っていた。心機一転、頑張ろうって考えても、何故か全くやる気が出なくて困ってしまう。

 ボーッと突っ立っている僕を、周囲が奇異の目で見てくる前にさっさと退散しようと歩き出す。

 

 あの人、元気にしているといいけどな。

 

 ほんの少しだけ、そんなことを考えながら。

 

 




 書きたかったのはこの次からなんだ。エタらないよう頑張るね。


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第一話

 学校が終わって放課後。眠気が出てくる時間帯に少し欠伸が出た。滲む視界に赤く染まっていく太陽の光が暖かくて、まるで全身が溶けてしまうようだ。

 

 ーーーあぁ、このまま溶けて無くなってしまえればいいのに。

 

 「今日どこ行く?」

 

 「サイゼじゃね?」

 

 「えーっ。今日は僕、ボーリング行きたいなーって思ってたんだけどー」

 

 「まじー? 穂高君そういうの行かないと思ってたわー」

 

 「えーっ。そんなことないよー」

 

 「ーーー」

 

 「ーーー? ーーーーー。ーーーーっ」

 

 周りの雑音が耳を通っていくのを感じる。騒音に意識を取られるのが嫌で、イヤホンを付けようと準備しながら、かつては自分もああやって騒いでいたな、とふと思う。

 

 ーーーだって、放課後には彼と一緒に居れたから。

 

 「っ!」

 

 頭に思い浮かんだ彼との幸せな記憶を思い出してしまい、咄嗟に首を振った。

 自分には彼との思い出に浸る資格などないのだ。汚れ切った私が彼のことを想うだけで彼が汚れてしまう。思い出の中で微笑んでくれる彼の柔らかな純白を穢したくなくて、必死に他のことに気を使おうとする。

 

 (イヤホン、イヤホンはどこ? 音楽を聴かないと…!)

 

 フラッシュバックする光景。彼の泣き顔に愉悦すら覚えていた自分を縊り殺してやりたくてたまらない。

 

 でも、彼が私にくれた命だから。せめて彼が救ってくれた価値が、ほんの一欠片でもあったのだと証明するために、毎日を生きていくのだ。生きていかなければならないのだ。

 

 そうで無ければ、私には呼吸することすらままならない。

 

 生きていくということが辛すぎて。

 

 ーーーあぁ、死んでしまいたい。いや、あの頃の自分に思いつく限りのありとあらゆる拷問を加えて殺してやりたい。

 

 そしたら少しは胸がすくだろう。

 

 「ーーー! ーーっ!」

 

 (今日は、彼のいる病院に行って、少しだけ()()()()()()()()()()()から、勉強する)

 

 少しでもいい人生を送る為に。価値のある自分になる為に。

 

 努力を積み重ねるのだ。

 

 彼の尊い人生の一欠片でも、この生に価値があったのだと思えるように。

 

 (ーーーいや、そんなわけないか。)

 

 思わず自嘲する。

 

 彼の人生のほんの一部でも、私に価値があるわけがないのだ。

 

 「ーーー! ーーーさん! 琴ノ嶺さんってば!」

 

 (ーーー私の名前?)

 

 思わず自分の名前が聞こえた方に目をやると、比喩抜きに、本当に眼の前に男の子の顔があって思わずのけぞった。

 

 「…えっと、私?」

 

 「そうだよーっ! 琴ノ嶺さんったら、幾ら呼びかけても気付いてくれないんだもん! 無視されてるのかと思っちゃった」

 

 …誰だろう、この子。

 

 「…そう。ごめん、気づかなかった。それで、何か用でもあるの?」

 

 そう言えば、目の前の男の子が少し顔を赤らめて見つめてくる。

 

 「ーーーはぁ。琴ノ嶺さんってクールだねぇ」

 

 …は?

 

 (さっきからなんなんだろう。早く彼の所に行きたいんだけど。)

 

 

 「……そう。それはどうも。で、用件は?」

 

 「ーーーっ、えっと、さ。その、これからみんなでボーリングしたりしにいくんだけど、琴ノ嶺さんも一緒にどうかなーって思って。…どうかな? みんな、琴ノ嶺さんが来てくれたら嬉しいんと思うんだ。も、もちろん僕も、その……嬉しい、かなーって」

 

 「ごめん、いい。用事があるから。誘ってくれてありがとね」

 

 どうでもいい話に時間を取られたくない。けれど、それは対応をおざなりにしていいというわけではないのだ。

 最低限、相手を気遣った言葉遣いをしなければ無闇に敵を作る羽目になる。

 

 ーーーそれで去年は最悪な目にあったのだから。

 

 (……っ!)

 

 それを思い出してしまい、思わず顔を少し歪める。

 

 (嫌なことを思い出した。最悪。早く彼の所に行ってーーー)

 

 ……行って、どうするというのだろう。

 いや、今、私はどうするつもりだった?

 

 ーーーまさか、救われたいなどと思ってはいなかっただろうか?

 

 (最悪、最悪、最悪。ほんとに許し難い。なんでこんなに私は卑しいんだろう)

 

 「ーーーあ、あのっ! ご、ごめんね。急に誘ったりして。でも、別にそんな気にしなくていいんだよ?」

 

 ……?

 

 話している途中だったのを忘れていた。しかし、相手が何を言っているのかが理解できない。

 

 顔を更に赤らめて、少し嬉しそうにしながら男の子が話しかけてくる。

 

「えへへ、ごめんね、本当に気に病まないで? また誘うからさっ! そうだ、連絡先交換しない? こんなことないように、先に連絡とか取れるしさ!」

 

 ーーーは?

 

 (気に病まないでって、何? しかも連絡先って……嫌に決まってるじゃん)

 

 私は、彼以外の男と関わるのは必要最低限にすると決めているのだ。たとえ、この行動がどれだけ遅かろうと。

 もう、意味なんて無かったとしても。

 

 ーーーそれでも、私は。

 

 「ごめん。本当に急いでるから」

 

 「ーーーえっ? あっ」 

 

 さっさと教室を出ていく。教室に残っている同級生たちの好機の視線が鬱陶しい。

 

 

 「まって、琴ノ」

 

 それでもなお話しかけてくる男の子の声を遮るように、まるで急いでいて気づかなかったとでも言わんばかりに教室のドアを閉めた。

 

 廊下を駆け足で移動しながら、バッグの中から取り出し損なったイヤホンを取り出す。携帯に繋げて音楽をかけ、そのまま二年教室のある二階の階段を滑るように下る。

 途中で肩のぶつかった生徒に軽く頭を下げて、急いで学校をでる。

 

 (一刻も早く、貴方の顔を見たいんです。)

 

 ただ、それだけで幸せなんです。貴方と同じ空気を吸えると、もう死んでもいいって思えるぐらいなんです。

 

 ーーーああ、けれど、それは私の幸せで。

 

 貴方の幸せでは、決してないのだ。

 

 (貴方には笑っていて欲しい。辛いことなんて感じず、毎日を幸福に生きていて欲しい。苦しさも、憤りも、何もなく。ただ、幸福に、かつての様に、微笑んで欲しいんだ。)

 

 ーーー私にそれが出来るとは思わないけど。

 

 ーーー私に、そんな権利があるとは思えないけど。

 

 でも、その為ならなんだってするよ。

 

 なんだってーーー。

 

 (だから、あぁ。どうか、神様。私がどうなってもいいから、彼を目覚めさせてください。)

 

 彼の眠る病院に向かって、必死に走りながらそう願った。

 

 毎日、毎日、そう願っていた。

 

 そしてーーー。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 「ーーーおはよう、父さん、母さん」

 

 彼の病室に入る前に、丁寧に身なりを整えながら病院の廊下を歩き、深呼吸をする。そして彼の眠る病院のドアに手を掛けようとした瞬間に、そんな声が聞こえた。

 

 ーーーあまりの衝撃に体が固まった。

 

 それからしばらくドアの前で動けずにいた。貴方が目覚めてくれたという思いでいっぱいいっぱいだった。

 

 ーーーけれど、ドアを開けることはしなかった。いや、できなかった。

 

 彼に嫌がられるのが怖かった、というの勿論ある。でも、何よりも恐れたのは、私みたいな穢れた心の持ち主と一緒にいたら、貴方が汚れてしまうような気がしたからだった。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 とぼとぼと帰り道を歩きながら、彼のことばかりを考えていた。嬉しさと苦しさとで胸が張り裂けそうだった。

 

 そんなことを彼に感じること自体が罪深く思えてしまって、もうどうしようもなかった。

 

 ーーーあぁ、それでも私はーーー。

 

 ようやく固まった決意と共に自宅の玄関を開ける。

 

 ーーー大好きなんです。愛しているんです。

 

 でも、それが報われて欲しいとは思わない。思えない。願ってはならないのだ。

 

 ただ、貴方が幸せでいてくれるなら、それでーーー。

 

 この身を捧げる。全てを貴方に。

 

 知って欲しいわけではない。分かってもらいたいわけではない。

 

 この想いが報われることはないだろう。それでいい。それがいい。

 

 私なんてどうでもいい。あぁ、だから、どうか貴方が幸せでありますようにーーー。

 

 




 貞操逆転世界ですよ?


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第二話

 更新遅れてごめんなさい。でも受験期なんですゆるしてくださいなんでもしry

 この世界において、女性は現実世界の男性のような立ち位置です。故に、非処女は私達にとっての非童貞と同じく、処女は童貞ぐらい価値がないです。
 逆に、男性はヤリチンとかだと不潔がられたり、嫌がられます。
 そういった価値観だろうと非処女は無理、という方はブラウザバックを強く推奨いたします。


 桜の舞う中、僕たち新入生、というか僕は新一年生なんだれど、体育館へと進んでいく。この学校は校舎と体育館がかなり離れていて、校舎と体育館を結ぶ通路に薄い屋根があるだけだから、舞う桜が顔に当たって鬱陶しい。

 

 そういえば、去年の雨天時とかも風が吹いていると、横殴りの雨でびしょ濡れになって、二人で文句を言ってたな。

 

 思わず、クスッと少しだけ思い出し笑いをしながら歩いていると、隣の人にガン見されているのに気がついた。

 

 僕たちは入場用に男女二列でずらーっと並んでいるので、当然だけど隣の人は女の子だ。

 

 去年のこともあって誰か他人と喋るのが少し怖くなってしまったせいで、喋りかけることも出来ない。

 

 「あ、あのー」

 

 「はい?」

 

 おずおずと掛けられる声。

 

 ボーッとしていたせいで少し声が硬くなったことを自覚する。

 

 「え、えーっとー、その……」

 

 ……?

 

 なんだろうか。

 

 少し首を傾げて彼女を見つめる。

 

 「っ!? あ、あーと、ですね! その、髪が綺麗だなーっと思って…。地毛っ!…でしょうか?」

 

 手振り身振りでわちゃわちゃとする彼女。語尾がどんどん小さくなっていく。

 

 けど、ちょっと面白いなー、と思う。小動物っぽくて可愛いし。

 

 「うん、地毛」

 

 事故で真っ白になってしまった髪。確かに気にはなるんだろうけど、地毛? って…。

 

 やっぱり変わってるなー、と思う。

 

 「 っ! で、ですよねー! 私も、言った後に地毛じゃないなら校則違反じゃんって思ってたのでっ。…変なこと聞いてごめんなさい」

 

 そう言って少ししょんぼりするように体を縮こめる彼女が益々小動物っぽく見えて笑ってしまった。

 

 「大丈夫。気にしてないよ」

 

 笑うと言っても、前みたいに全力で笑顔っ!というわけじゃなくって、口角が少しだけ上がる感じだけど。

 

 それでも伝わったのか、しょんぼりとしていた彼女が一瞬動きを止めて、ボケーっとしたあと、またわちゃわちゃとしながらお礼を言う。

 

 悪くもないのにお礼を言う彼女がまたおかしくって、変な人だなー、と改めて思った。

 

 「あ、あのっ。私、犬塚小春って言います。あなたは…」

 

 ーーー子犬みたい。

 

 「僕? 僕は雨宮優希って言います。よろしくね」

 

 でも、相手の名前を聞くなんて意外と豪胆。大型犬とか?

 

 「はいっ! よ、よろしくっ!お願いします」

 

 ーーーなんて、ね。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 入学式中、隣の席だった子犬さんに喋り掛けられて、それに答えようとしたところで子犬さんが教師から

 

 「後で職員室な」

 

 とお誘いの言葉を頂いていたこと以外特にハプニングもなく、入学式終わりに呼ばれた先生の元へと向かう。

 

 子犬さん?

 顔を青くした後俯いてプルプルしてた。

 

 全員がそれぞれの先生の元へと集まると、今度は先生の引率に従って

教室に行って自己紹介。

 

 教壇に立った先生が一年の時の現国の担任だったので、こっそりと手を振る。

 

 顔を赤くした先生。

 

 ーーーどうしたんだろう。

 

 「っん、ぅん。では、自己紹介を始める。まずは私から。この一年4組を担当することになった、相田という。これから一年よろしく。担当する教科は現代文、そして古典だ。じゃあ、出席番号順に雨宮から自己紹介よろしく」

 

 あ、逃げた。自己紹介も早口だったし…。

 

 ーーーまぁ、どうでもいいか。

 

 「雨宮優希と言います。皆さんよろしくお願いします」

 

 少し騒つくクラス。なんでだろう…。

 

 あぁ、そっか。

 

 「地毛です」

 

 「ーーっふ!」

 

 吹き出した声の方に顔を向ける。僕に釣られてか、クラスのみんなも注目する中、プルプルと俯いて机に突っ伏していたのはーーー

 

 「へっ!?」

 

 ーーー子犬さん…。

 

 顔を上げた瞬間にびっくりして、声をあげている彼女を見て、少し心が楽になるのを感じた。

 

 新学期、どうなるかと思っていたけどなんとかなりそう、かな。

 

 ほっとした。

 

 ーーーありがとね、子犬さん。

 

 またわちゃわちゃとしだした子犬さんを見ながら、そう思った。

 



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第三話

 入学式が終わり、教科書も配られて今日は解散ということになった。あ、なった、というか元々そういう予定だったんだけどね。

 

 午前で学校が終わり、教室もガヤガヤとして少し騒がしい。周りの人たちを見てみると、もう仲良くなって友達とご飯に行く約束をしている人や、いかにもオタクっぽい眼鏡を女の子がチラチラこっちをみていたりと人それぞれで面白い。

 こっちを見ている女の子に手を振ってみる。

 

 「…!?」

 

 一瞬ビクッとしたあと、赤くなって俯いてしまった彼女。ちょっとだけ可愛らしい。

 

 「近くにーーが、できてさぁ、一緒にーーー」

 

 「ーーーあ、LINE交換しーー」

 

 「ーぇ、ねぇ、ーーーやさんってーーはーーーーーらしいーー」

 

 「ほーー?でもきれーーひとだーー!」

 

 「あーーやさん誘わない?」

 

 「あー、いーー!」

 

 「隣のクラーー、ーわいいこ多いってー」

 

 「ーーーー」

 

 「ーーーー!ーーーーー?」

 

 「ーー」

 

 

  ………

 

 

 

 

 

 「ーー! ーぇ、ーーーや! ーーーーん?」

 

 周りの人たちの声を聞いて楽しんでいると、ふと後ろから声が聞こえてきた。

 

 「雨宮さん!」

 

 後ろを振り向こうとすると、その直前に僕の肩を持って強引に後ろを向かせてくる。

 少しびっくりしながら相手をみると、驚いた、というか変な様子で僕の方を見ながら硬直している、茶髪っぽい明るめの髪色をした、セミロングのいかにも明るそうな美人さんがいた。

 

 ーーー誰だろう、この人…

 

 そう思った直後に、このクラスにいるんだから新しい同級生に決まってるということに気がついてちょっと反省。

 

 ーーーいきなりのことで動揺してたのかな?

 

 そんなことを考えつつ、彼女の名前を思い出す。

 たしか、名前は…

 

 「…えっと、坂崎さん? 坂崎美晴さん、かな?」

 

 行動が怖かったから、少し下から上目遣いに話しかける。

 

 「ーーーぇっ! あっ、いや、あの、そう! 坂崎! 坂崎美晴って言います! 優希君、だよね? よろしくね」

 

 慌てたように手を顔の前でわちゃわちゃと振りながら喋る美晴さんにホッと一安心。

 ホント、急に肩を掴むからどんな人かと思った…。

 

 「うん、よろしくお願いします。それで、僕に何か用?」

 

 ーーーあれ? でもいきなり下の名前を君付けで呼ぶなんて凄いな。慣れてるのかな?

 

 「うん、よろしくお願いしますー。それでさ、今からみんなでカラオケ行かないって話になってるんだけど、優希君もどう? 一緒にいかない?」

 

 「んー、僕はいいかなぁ。歌下手だし」

 

 イケメンな感じで誘ってくる美晴さんに、慣れてそうだしグイグイ来るなぁ、と思いつつ断りの返事を入れる。

 そもそも今日は病院なのだ。僕の歌が下手なのは純然たる事実ではあるが、それとは関係なしに行けない理由がある。

 

 昨年と同じ学校だし、噂が広がったりもしているだろうから別に隠している訳ではないけれど、自分で吹聴するのもなんか変な感じだから病院のことは伏せておく。

 

 「えー、いーじゃん! 優希君が歌下手ならむしろイイしね。クラスのみんなも誘うつもりだしさー、一緒に行かない?」

 

 えぇ? イイってどう言うことだろう。しかもクラスのみんなも来るのかぁ。

 じゃあ行かなかったら高校デビュー失敗したぼっちみたいになっちゃうかな?

 

 ーーーまあでも、別にいっか。

 

 「うん、誘ってくれてありがとね。でも、ごめんね? また今度誘ってよ。この後用事あるから帰るね。じゃあ、また明日、坂崎さん」

 

 「ーーえっ? あ、いや、うん、また明日…」

 

 坂崎さんに軽く手を振って、荷物をまとめて席を立つとこっちをじっと見つめる二つの瞳が…。

 

 「じゃあね、小春さん」

 

 二つの瞳の持ち主、子犬さんにも軽く手を振るとびっくりしたような顔をした後、嬉しそうに笑ってブンブンと手を振ってくる。

 

 「はいっ、また明日、雨宮さん!」

 

 ーーーほんとに子犬みたい。

 

 ちょっとほっこりした気持ちになりながら教室のドアを開けて靴箱に向かう。

 

 ーーと、目の前を同じクラスのオタクっぽい感じの女の子が歩いている。

 

 ーーー話しかけよっかな? いや、まぁいっかな。

 

 そんなことを思いつつも病院へと向かいながら、ずっと僕の前を歩いている彼女に少し驚く。

 

 

 もしかしたらこの人も病院かな? なんて妄想しつつも病院へと歩いていく。

 

 

 ーーーいや、ほんとにいつまで一緒の道なんだろう?

 



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第四話

 

 「ねぇ、同じクラスの倉敷さんだよね?」

 

 ずっと同じ道で気になったのも相まって、自分から話しかけてみる。

 

 「…そうだけど、急になに?」

 

 少しぶっきらぼうに返す彼女。声はハスキー気味だけど、落ち着いて響いてる感じがして心地いい。外見は長い髪はあまり手入れもされていないのか、枝毛が多くボサボサしている。どちらかといえば大柄な体格なのに猫背気味で歩いているせいで余り大きくは見えないけど、それでも僕よりは十分に大きいから僕からは見上げるような形で話すことになる。

 こっちをちらりと見ただけで足を止めずに進む彼女の隣に、僕は少し駆け足気味で近寄って並ぶようにして歩く。

 

 「よかった、僕のこと同じクラスだって知ってくれてるんだね。話しかけて知らない人扱いされたらどうしようかと思って不安になっちゃった」

 

 「そう」

 

 「うん、そう。倉敷さんって声かっこいいね。」

 

 「は?どういう文脈?」

 

 ーーーやっちゃった。

 

 知らない人と喋るのが久しぶりで、実は今日一日中テンションが上がっている僕は、もともと話し上手でないこともあってあんまり上手くコミュニケーションが取れていない。クラスの人と喋ってる時はなんとか取り繕えてたけど、ここにきて失敗したみたいだった。

 

 「えへへ、急にごめんね。倉敷さんの声が聞いててすごく良かったからつい…」

 

 「…あっそ。まぁ別にいいけど…」

 

 話しながら倉敷さんの横顔を見つめていると、すごく不思議な気持ちになる。

 

 ーーーなんでかな?

 

 「うん、それでさ、倉敷さんとはずっと一緒の道だったからつい声かけちゃって。倉敷さんは家がこっちの道なの?」

 

 「いや、私はこっちに用があるだけで別に家がこの方面な訳じゃない」

 

 「そうなんだ。実は僕もこっちに用があってさ。せっかくだから途中まで一緒に行かない?」

 

 「…いいけど。あんたさ、もしかして用事って病院?」

 

 ーーーえ?

 

 「ーーーえ?」

 

 「ああ、いや、こっち方面にある用事なんてそれぐらいしか思いつかなくってさ。…ごめん、変なこと言うつもりなかった」

 

 ーーーあぁ、そっか。

 

 少し慌てた様子で取り繕う彼女。その時やっと顔をこちらに向けて話す彼女の目を見て、僕はなんでこんな不思議な気持ちになったかが分かった。

 

 ーーーちぐはぐなんだ、この人。

 

 綺麗な声に、ボサボサの髪。顔立ちは良くみるとびっくりするくらいに整っているのに、なんでか余り印象に残らない。

 そして何よりも、透き通るようなヘーゼル色なのに暗く澱んだ感じの瞳が色々な感情で揺れている。

 

 不思議な人だな、と思う。そして、最初の冷たい印象とは裏腹に、僕に気を遣って外見の特徴とかに触れないように謝ろうとしてくれる、とても優しい人だとも。

 

 「あぁ、ううん、こっちこそごめんね。まさかドンピシャで当てられるとは思ってなかったから少し驚いただけだよ。でもすごいね、倉敷さん。探偵みたい」

 

 言いながら、倉敷さんの顔を見上げるのをやめて並んで歩く。

 

 「いや、探偵みたいって。感想がなんか…まぁいいや。にしてもあんたも病院か」

 

 「もっ、てことは倉敷さんも病院なんだ?」

 

 「…あぁ、まあな」

 

 「…そっか」

 

 「…聞かないんだな」

 

 「…何を?」

 

 「…いや、別に」

 

 「そっか」

 

 「あぁ」

 

 それから無言で2人で歩く時間はなんとなく心地よくて、僕はふと、僕が新しい高校生活を送ることを心から理解できた気がした。

 

 ビルの隙間風に巻き上げられた桜の花が目の前を散っていく。

 

 「ーーよーし、心機一転頑張りますかっ」

 

 そう言って手を組んで伸びをした僕に、倉敷さんが少し呆れたような感じだった。

 

 「急になんだよ」

 

 そう言いながらも少し微笑んだ彼女を見て、仲が進展したのを感じた僕は、なぜかこれからの高校生活がなんとかなりそうな気がした。

 

 「ううん、べつに。倉敷さん、これからよろしくね」

 

 面食らったような表情をした倉敷さんは、

 

 「ーーあぁ、よろしく」

 

 そう言ったのだった。

 

 



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