艦これの余白 (夢幻遊人)
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短編集1
瑞鶴、軍令部に出向します!


 軍令部・・海軍全体の作戦を立案するばかりでなく、教育・演習、情報収集、暗号及び戦史編纂などを担当する機関。ちなみに陸軍では参謀本部という。
 これまで軍令部には、出向を含め艦娘が所属することはなかった。しかし、初の試みとして艦娘を受け入れることにしたのであった。


 

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「何、この書類の量は・・鎮守府の書類も十分多かったけど、ここに比べればかわいく思えてきた。・・書類でおぼれ死ぬことってできるのね・・」瑞鶴は、山のように積まれた書類を前にうめいた。

 

瑞鶴の出向先は、軍令部でも花形と言われている第一部第一課で、中尉待遇であった。出向当初は邪魔に思えた参謀飾緒(しょくちょ)も板に付いてきた。

 

 

 実は、瑞鶴は、以前は軍令部にはあまり良い印象を持っていなかった。というのも以前は、提督からかなり無茶な命令を受けることがあったからだ。

 

 提督はどこからの命令だとは決して言わないものの、本意でない命令(大体無茶な命令であることがほとんどであったが)を出すときは、口をへの字に曲げる癖を知っていた瑞鶴は、軍令部あたりがそんな命令を出しているんだろうと予想していたからだ。

 

 しかし、最近はそんな無茶な命令は激減し、困難ではあっても、きちんと成算のある命令になっていたことから、瑞鶴自身がその経緯に多少の興味があったことや、他の主力艦が軒並み出動中か出動予定が入っていたため、瑞鶴に白羽の矢が立ったのであった。

 

 軍令部への出向が決まった瑞鶴は、提督や秘書艦の強い意向で、秘書艦補佐として鎮守府の事務仕事をたたき込まれることになった。

 

事務仕事に若干苦手意識のある瑞鶴ではあったが、指導よろしく、何とか全ての事務で及第点は上回れるようになったのであるが、他の鎮守府のみならず、海外の情報も集まってくる軍令部が処理する書類の量は膨大で、瑞鶴は悪戦苦闘を余儀なくされていたのであった。

 

「瑞鶴さん、量に圧倒されないようにしてくださいね。最近は入力にも慣れて安心して任せられるようになってきていますから、大丈夫ですよ」瑞鶴の世話役である松方大尉が声を掛ける。初めての艦娘である瑞鶴に何かと気に掛けてくれているのだ。

 

 軍令部としてもいきなり作戦立案業務に従事させることなく、まず瑞鶴が興味を持てそうな各地の戦闘詳報の解析、データ化を依頼していたのだ。

 

「そう言えば、各地の戦闘詳報を読んでみてどうですか?」松方大尉は尋ねる。

 

「はい、他の鎮守府のみならず、海外の戦闘詳報も読むことができ、勉強になります。特に海外の艦娘の中には私が見たこともないような装備を持っていることもあり、装備解説も読んで、『こんなのがあればなあ』と思うことがあります」

 

「そうですか。・・正直、わが国の技術レベルが足りないために作ることができない装備がたくさんありますからね。軍令部としても看過しているわけではないのですが・・」松方大尉は悔しそうに答える。

 

「いえ、決してそんなつもりで言ったわけじゃないんですが・・」瑞鶴は慌てて言う。

 

「いえ、命をかけて戦っている瑞鶴さんたちには本当に申し訳ないと思っています」松方大尉が本気で言っていることをひしひしと感じた瑞鶴はひたすら恐縮するしかなかった。

 

「・・そう言えば、ここに来て改めて戦闘詳報の重要さが分かりました」瑞鶴はやや強引に話題を変えた。

 

「はい、瑞鶴さんにそれを理解して頂けたら、実はそれで十分なんです」松方大尉はうれしそうに話す。

「戦いに勝ったときは、実は多少漏れがあってもいいんですが、負けてしまったときこそ詳しく報告して欲しいんです。敗因を探るために。そして一番難しいのですが、一番欲しいのが艦隊が全滅してしまったときなんです。二度と同じことを繰り返さないために。何が良くなかったのか、どうすれば避けられたのかを明らかにすることがどうしても必要なんです。これが私たちが軍令部にいる意味だと思っています」自分の使命を語る松方大尉を見て、瑞鶴は、これが作戦を改善させた理由かと理解することができた。

 

「実は、軍令部が変わったのには理由があるんです」松方大尉は、瑞鶴の心を読んだかのように話す。

 

「それは?」瑞鶴は驚きを隠しながら質問する。

 

「昨年第一部長に就任された榎本大佐の影響です」

 

「榎本大佐?」

 

「はい、榎本大佐は、第一部の参謀を大幅に入れ替えました。海軍ばかりでなく、陸軍、文官、民間経営者など今までの考え方にこだわらない人材を軍令部に入れました。実は瑞鶴さんが軍令部に来られたのもその一環なんです」

 

「確かに提督さんから、私が軍令部で仕事をする初めての艦娘だって聞いてはいたけど・・。それで、こんなのが来たわけだけど、松方さんはどう思ったの?」

 

「写真や瑞鶴さんが書いた戦闘詳報だけでの判断でしたが・・」

 

「うん・・」

 

「・・もっと直感タイプかなって思っていました。すみません」松方大尉は頭を下げる。

 

「『爆撃されたいの』って言いたいところだけど、当たり。あともう松方さんも気づいていると思うけど、書類仕事は苦手」

 

「苦手でここまでできれば大したもんですよ。しかし・・」松方大尉は突然笑い始めた。

 

瑞鶴は不思議そうな顔をする。

 

「いや、やっと『爆撃されたいの』って言ってもらいました。瑞鶴さんは信頼している人にしか言わないって聞いていたんで・・」

 

「・・誰彼構わず『爆撃されたいの』って言うわけないじゃない。なんかバカにされた感じ・・」瑞鶴はふてくされたように答える。

 

 この様子を見た松方大尉は、「瑞鶴さんのふてくされた顔はかわいいって聞いていましたが、本当にかわいいですね」とさらに笑いながら話す。

 

 すると瑞鶴は顔を真っ赤にしながら「ほんっとうにあったまきた!全機爆装、準備でき次第発艦!目標、目の前の松方さん!やっちゃって!!」と爆撃機を発艦させながら松方大尉を追いかけ回した。

 

 

 この様子が第一課長の目にとまってしまい、2人は課長にこってりと絞られてしまった上、榎本部長にも呼ばれてしまった。

 

「どうしよう、私、解体されちゃうのかな・・」瑞鶴は不安そうに話す。

 

「今回のことは、私が瑞鶴さんをからかったことが原因です。瑞鶴さんには責任はありません」松方大尉は励ます。

 

「せっかく艦娘が軍令部に来られたのに・・。最初で最後になっちゃったらどうしよう。そんなことになったら、みんなに申し訳ない。いっそ解体された方がいいかも・・」瑞鶴は、珍しく弱気な言葉を繰り返していた。

 

 

「松方大尉と瑞鶴中尉は仲がいいようだね」榎本部長は恐縮しきりといった感じで立つ2人に声を掛けた。

 

「・・これは嫌味に聞こえてしまったかな。軍令部はいい意味でも悪い意味でも前線から遠い。そんな軍令部の人間と最前線に立つ艦娘が仲良くなったことはいいことだ」榎本部長の声は思いのほか優しいものであった。

「・・しかし、2人のやったことは軍令部長の耳にも届いてしまっている。全海軍の知るところとなるのも時間の問題だろう。これを不問に処するわけにはいかない」

2人の顔が引きつる。

「・・そこでだ。2人には軍令部の清掃をしてもらう。これは第一部長たる私の命令だ」榎本部長はニッと笑いながら言い渡す。

 

鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする2人。

 

「・・もちろん、2人が散らかした分の清掃は終わっている。しかし、他の連中に迷惑を掛けたんだ。軍令部の端から端まで清掃してもらうぞ。ちり一つも残すな。無論、他の邪魔にならない勤務時間外にタダ働きだ。・・これは厳しいぞ」榎本部長はニヤつきながら言う。

 

「あの・・、艦娘が今後軍令部に所属することはあるのでしょうか?」瑞鶴はおそるおそる尋ねた。

 

「それについては中尉」一瞬でキッとした表情に戻った榎本部長は続ける。「実は、中尉が解析している戦闘詳報なんだが、他の部からも注目されているんだ」

 

「私の解析が、ですか?」瑞鶴は信じられないといった表情で答える。

 

「実戦での様子や、何が必要とされるか、どういったことが役に立つのかというのが手に取るように分かるので、それに答えようと他の部の連中もやる気になっていると聞いている」榎本部長はうれしそうに話す。

「そういうことで、他の部長のみならず、軍令部長も、艦娘の視点は有用だという判断で完全に一致している。今後、軍令部に所属する艦娘が増えることはあっても、なくなることはない」榎本部長は言い切る。

 

「は~、良かった~」瑞鶴は胸をなで下ろした。

 

 

「さて、2人には今日から清掃してもらうぞ。各部には既に連絡してあるから、『何をしに来た』とは言われないから安心しろ」榎本部長はまた笑いながら命じた。

 

 松方・瑞鶴清掃隊を結成した2人は、軍令部の建物全てを清掃することになったのであるが、行く先々で思わぬ大歓迎を受け、処分はあっけなく終わってしまったのであった。

 

 

出向期間を終えた瑞鶴は、原隊に戻っていた。

 

帰任の挨拶に向かった提督から「軍令部で派手にやらかしたらしいな。わが鎮守府の恥だから処罰したいところなんだが、軍令部長から『こちらで処分済みだから、これ以上の処分・処罰はするな』ときつく命じられている。助かったな」と冗談とも本気ともつかない表情で言われた。

「・・それと軍令部は本格的に艦娘を受け入れるらしい。各鎮守府、警備隊にも推薦要項が回ってきた。あと、第一部長から直接俺にお前を再出向させる気はないかと聞かれた。お前、軍令部に気に入られたようだぞ」と笑いながら言われた。

 

「あんな書類地獄に行くくらいなら、戦場の方がまだ楽・・」瑞鶴は慌てて答える。

 

「そう言うと思ったよ。またお前がいないと空母の負担が重いからな。この前加賀が

『五航戦の生意気な方も、いざいなくなると結構役に立っていたのが分かるわ』って言っていたからな」提督は笑いながら言う。

 

「あの、鉄仮面め・・。でも、留守中のお礼は言っておきます。一応褒めてもらえたみたいだし」瑞鶴は苦笑いを浮かべながら言った。

 

 

 松方大尉は各地から提出された戦闘詳報を読んでいた。その中で抜群の内容が含まれていることに気づいた。それは瑞鶴が所属する鎮守府からのものであった。

 

「瑞鶴さんは軍令部での経験を原隊に還元してくれましたね」松方大尉はうれしそうにつぶやく。

 

「さて、今度は私たちが瑞鶴さんに返す番です」松方大尉は瑞鶴との記念写真を見ながら新装備の開発計画書をめくっていた。

 

 それはジェットエンジンを搭載した艦載機であった。




 前作では、瑞鶴ファンの方なら説明不要のセリフを1つしか言わせられなかったため、今回はほかを言わせようというノリだけで書いてみました。
 


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四航戦、出向する!

航空戦艦日向は提督の執務室に呼ばれていた。

 

「君に頼みたいことがある」提督は答える。

 

「その言い方は出撃ではないな?・・しかし、私にできることならやろう」

 

「内容を聞かなくていいのか?」

 

「まさか『死んでこい』とでも言うのか?」日向は口の端を少し上げながら聞く。どうやら冗談を言っているらしい。

 

 

「そんなことあるわけないだろう・・実は、君には憲兵隊に出向してもらいたい」

 

「憲兵?私、いや、艦娘が?」日向は初めて困惑したような顔になる。

それもそのはず、そもそも海軍自体に憲兵が存在しないため、艦娘の憲兵など聞いたことがなかったからだ。

 

「これまで艦娘が犯罪を犯すことは幸いなかったが、艦娘に対する犯罪はあった。憲兵隊としても本気で捜査・検挙しているが、海軍、しかも艦娘相手にやりにくいところもあるので、艦娘を憲兵として入れた方がいいということになったんだ」提督は説明する。

 

「・・それは了解した。しかし、何故私が?」日向は尋ねる。

 

「こう言っては申し訳ないが、海防艦、駆逐艦、軽巡では荷が重すぎるから、まず外す」

 

「確かに、彼女らに人間の闇を直視させたくないな」日向も同意する。

 

「重巡では、対象者が戦艦や空母になったとき、どうしても遠慮が出てしまうから、これも外さざるをえない」

 

「そうなると戦艦か空母から選ぶことになるが?」

 

「・・戦艦と空母では戦場の主役を奪う、奪われるという関係になってしまったことから、お互いに心の壁が生まれやすいが・・」

 

「なるほど、お互いの要素がある航空戦艦なら、その架け橋ができるということか」

日向は納得したような顔をする。

 

「・・しかし、航空戦艦なら伊勢ばかりでなく、扶桑や山城もいる。私より適任者がいるように思えるが?」

 

「それは違うな」提督は続ける。

 

「お前は『瑞雲に多少こだわりが強いが、それ以外は常に冷静で、誰に対しても偉ぶらないから慕われている。また、長門が艦娘代表になる以前は艦娘代表を務めていたから顔も広いし、敬われてもいる』・・と扶桑たちが口をそろえて言っていたぞ」

提督は最後は笑いながら言った。

 

「まさか、私に押しつけてくるとは・・しかし、私は、戦闘と提督の秘書業務くらいしかやったことがない。捜査などできるだろうか?」

 

「それについては、憲兵隊から『常識が備わっていれば問題ない』と言われている。君は常識人だと私は思っているが・・」提督は言う。

 

 既に詰んだ状態であることを悟った日向は、「できることならやる」と言ってしまったこともあり、憲兵隊への出向を承諾したのであった。

 

 

 憲兵隊本部へ出向した日向は、憲兵少尉待遇となった。通常の部隊であれば、士官でも最下級であるが、憲兵の場合だと意味合いが全く異なる。憲兵少尉ならそれこそ大臣クラスであっても、何の問題もなく逮捕、取り調べができる。

 つまり、容疑と証拠さえあれば、原隊の提督さえも捜査の対象とできるのだ。

 

「まったく、私に憲兵を押しつけた奴を職権乱用で捕まえてやるかな」日向は密かに危険なことを考えてみたものの、実現させることはなかった。

 

 それというのも、艦娘が関わる(と言っても被害者であるが)犯罪が結構発生しているからであった。実際の捜査は他の隊員が行うものの、全国各地を飛び回って被害に遭った艦娘からの事情聴取に同席したり、意見を述べたりと結構忙しい思いをしていたからであった。

 

 被害に遭った艦娘も、艦娘代表まで務めた日向が目の前に現れると安心する姿を見せることから、日向自身もやりがいを感じるようになった。

 

 また、出張先々の憲兵隊でも、日向が来ると艦娘たちの協力度合いが違うことから、歓迎されるようになった。

 

 こういった出張先では、憲兵中尉が最上位という場合もあり、そうした場合、日向は自動的に幹部扱いされ、捜査らしいことができない日向としては気恥ずかしい思いをすることとなった。

 

 このような中、日向の原隊で事件が発生した。「カレー大量喪失事件」であった。

 

有名な話であるが、海上では曜日感覚が失われがちであることから、海軍では毎週金曜日にカレーが出される。カレーは人気メニューのため作られる量は多く、金曜日ともなると朝から1日がかりでカレーが作られる。そのカレーが大量に喪失したというのだ。

 

 現場の状況に明るいということで、日向は原隊の鎮守府に派遣されることとなった。

 

日向の原隊の鎮守府は大規模で、近くに地区憲兵隊が存在する。そこに日向は向かった。到着すると既に捜査班が設置されていた。

 

事件そのものは大したことでないようにも思われたが、食事は重要で、その質や量もできるだけ他の部隊と同等にしないと、戦場では致命的な内輪もめを起こしかねない。やはり「食い物の恨み」は恐ろしいのだ。

 

 そんな大切な食事が数十人分なら何とかごまかせたのかもしれないが、さすがに百人単位となると鎮守府全体は大騒ぎとなり、憲兵隊としても看過できなくなっていたのだ。

 

 しかし、日向が懐かしい鎮守府に向かうと、事件は既に解決していた。・・赤城が自首していたのだ。

 

 鎮守府は「赤城さんが犯人だったか」という怒りと呆れの空気に覆われていた。赤城の大食いは誰もが知っていることだったからだ。

 

 赤城は提督から自室謹慎を命じられ、赤城も素直にそれに従っていたが、日向は違和感を感じていた。そう「何かおかしい」のだ。

 

日向は勝手知ったる鎮守府を巡り、どこかへ出かけて戻ってきた後、提督を通じて赤城を除いた全員を集めるよう依頼した。

 

 講堂に集まった艦娘たちはひな壇を見つめていた。そこには久しぶりに見る日向の姿があった。

 

「聞いて欲しい。この事件の犯人は赤城となっているが、それでいいのだろうか?」日向は尋ねた。

 

「だって、赤城さんが自首したんでしょう?」疑問の声が聞こえてくる。

 

「そう、確かに赤城は犯人の1人かもしれない」

この言い方に艦娘たちは息をのんだ。そう、これは複数犯を示しているからだ。

「赤城の大食いは誰もが知るところだ。しかし、彼女がいくら大食いだとしても、今回喪失した量は多すぎないか?」

 

「言われてみると確かに・・いくら赤城さんでも今回の量は多すぎる・・」

 

「何日か分に分けるつもりだったんじゃないのか?」

 

「この時期に調理済みのカレーがそんなにもつとは思えない・・」

 

「冷凍すれば、ある程度はもつよ」

 

「・・確かに空母の部屋には冷蔵庫があるけど、とても入りきる量じゃない・・」

講堂はざわつき始めた。

 

「・・私は、提督の了解の下、ある艦娘があやしいと思い、その部屋に向かった。その艦娘は入渠中だったので、部屋を調べさせてもらったところ、こんな物が出てきた」そう言いながら日向は寸胴(ずんどう)を持ち上げた。

 

「その寸胴は・・まさか?」

 

「そう、中身は今日のカレーだ。そして、この寸胴が出てきたのは、もちろん赤城の部屋ではない」日向は核心を突こうとしていた。

 

「・・この寸胴が出てきたのは・・」

すると講堂から別の声が聞こえた。

 

「・・それは私の部屋です」

視線がその声の方に一斉に向く。その視線の先には入渠を終えたばかりの姿をした加賀がいた。

 

「・・加賀さん、何でこんなことを?」悲鳴にも似た声があがる。

 

「ただ、死ぬほど食べたかったからよ」加賀はそっけない声で答える。

 

「何で赤城さんみたいに自首してくれなかったんですか?」

 

「赤城さんが『自分が責任を全部負う』って言ってくれたから、それに甘えただけ」加賀は淡々と答えた。

「・・さすが日向ね。それじゃあ、行きましょう」加賀は日向の目の前に両手を差し出した。

 

「加賀、うそは良くない」日向は言った。

 

「何がうそなの、私がもう1人の犯人に間違いないわ」

 

「いや、私が言ったのは動機と自首しなかった理由だ」

日向は講堂にいる艦娘たちに尋ねる。

「・・みんな、今日、何があったか覚えていないか?」

 

顔を見合わせた艦娘たちから声があがる。

「あっ、そういえば・・」

 

「そうだ、今日は戦災孤児たちへの炊き出しがあった日だ」日向は満足そうに答える。

 

「赤城と加賀は、子供たちに食事を届ける約束をしていた。しかし、提督に確認したんだが、2人は今日未明まで長期出動中だった。戦闘が続いたため他の誰かに頼むこともできず、量も多いから今日の今日では頼んだところで間に合わない。かといって鎮守府からもこれだけの量を回してもらうこともできない。その一方で食事を楽しみに待っている子供たちの期待を裏切ることもできない。追い詰められた2人は、やむなく食堂から無断でカレーを持ち出すことにした。そして犯人として赤城が自首して鎮守府が騒ぎになっている間に加賀が会場にカレーを届けたんだ」

 

「それは買いかぶりよ。私はそんな格好いいことなんてしていない。私はただ食欲を満たしただけ」加賀は言う。

 

「いや、私は先ほど炊き出し会場に行き、確認してきた。加賀の写真を見せたら何人も『カレーを持ってきてくれた人に間違いない』と証言してくれたし、念のため近くに設置されていた防犯カメラも確認したが、加賀に間違いない映像があったぞ」日向は優しい声で言う。

 

「何故、それならそうと言ってくれなかったの?」疑問の声が聞こえてきた。

 

「何も知らなかったとはいえ、鎮守府で出るはずの食事を食べてしまった子供たちに迷惑が掛かることを恐れたんだろう」日向は答える。

 

加賀は泣き崩れながら首を縦に振った。

 

艦娘たちも2人の行動に泣いた。

 

 

「赤城と加賀はどうなるのでしょうか?」日向は憲兵隊長に尋ねた。

 

「うん・・それがおかしなことになってな・・」隊長は答える。

 

「鎮守府ほぼ全員からの減刑嘆願書が出てきたと思ったら、『つまみ食いをした』と言ってくる者が何人も出てくるし、食堂からは『寸胴ごとひっくり返してしまった』と言ってくる者が出てきて被害が特定できないんだ。2人も2人で『迷惑をかけたことに間違いない』とかなりの額を弁償している。・・他に捜査しなければならない事件は山のようにあるから、これ以上この事件に関わっている余裕はないな」

「ところで、少尉」表情を改めた隊長が尋ねる。「・・事件があった当日に行われた戦災孤児たちへの炊き出し会場で、何かを聞き回っていたそうだが、それで何が分かったのかな?」

 

「・・赤城と加賀がいい奴だってことです」日向はわざと的外れのことを答えた。

 

隊長は一瞬驚いた表情をしたが、何かに気づいたらしく、うなずきながら「・・そうか、そういうのが仲間なのはうらやましいな」と言った。

 

 その後、憲兵隊は2人を「刑事処分の必要なし」と判断した。それを受け、提督は2人に1週間の減食処分を言い渡し、この事件は終結となった。

 



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追う者と追われる者

どこの鎮守府や警備隊でも行われている演習。
その演習で先輩を超えようとする者と後輩に超えさせまいとする者がぶつかり合っていた・・


 とある鎮守府の演習場。ここでいつものように演習が行われていたが、そこだけ異様な空気に包まれていた。

 

 一航戦の赤城・加賀がそろって大破判定、その他の赤城たちと組んだ艦娘たちは撃沈判定となっていたからだ。そこまで追い込んだ相手は・・五航戦の翔鶴と瑞鶴たちであった。

 

 翔鶴は大破判定、瑞鶴も中破判定であったが、瑞鶴は改二甲の装甲空母となっていたため、艦載機の発艦が可能であった。また、中破判定ながら摩耶と雪風が健在で、ともに砲雷撃が可能であった。

 

「・・赤城さん、加賀さん、勝負は決まりました。ここで終わりにしませんか?」勝っているはずの翔鶴は懇願するように言った。戦闘能力を失っている翔鶴が言うのもおかしなように思えたが、旗艦を引き継いでいた瑞鶴が、「私が言うと、加賀さんが絶対に拒むから・・」と気恥ずかしそうに翔鶴に依頼していたからであった。

 しかし、それは明確に断られることとなった。

 

「深海棲艦との戦いで降伏はありえない。生きるか死ぬかしかないのよ」赤城が珍しく厳しい声で答える。

 

「・・それに、こんなことは二度とないもしれないわよ」加賀も負けずに言う。

 

 翔鶴、瑞鶴、摩耶そして雪風の4人は顔を見合わせる。瑞鶴は、ほんの数秒うつむいたが、すぐキッとした表情で顔を上げた。

 

 その目に一切の迷いはなく、闘神そのもののような表情をしていた。この顔を見た摩耶と雪風は、瑞鶴が自分1人で決着をつけるつもりであることを一瞬で悟り、攻撃を中止した。

 

 そして加賀は、瑞鶴のこの顔が好きであった。

 

 演習で瑞鶴がこの顔をして立ち向かってきたときは、加賀はどんなときでも一切手を抜かなった。手を抜けば瑞鶴に対して失礼になると信じて疑わなかったからだ。

 そして、今回は自分たちを超えようとするものであることに疑いの余地がなかった。

 

 瑞鶴は、あらん限りの艦載機を赤城と加賀に向けて発艦させる。手加減するつもりは一切ないようだ。

 

 赤城と加賀は全力で回避行動を取ろうとするが、速力は著しく落ちている上、舵も思うようにきかないようであった。

 

 たちまち瑞鶴の爆撃機が急降下爆撃の体制に入っていく。加賀はその独特なエンジン音を聞きながら「あの、ひよっこだった五航戦が私たちを超えていく・・これでこの鎮守府も当分安泰ね」と思いに浸っていた。

 

 その瞬間、爆撃機が模擬爆弾の雨を降らしていく。2人の周りに無数の水柱が立ち、滝のような水しぶきが落ちた後、2人は赤ペンキにまみれていた。・・判定は疑う余地のない撃沈であった。

 

「赤城隊全滅。よって勝者翔鶴隊」演習を監督していた提督は冷厳に言い放った。

 

「遂に赤城さんたちに勝ちましたね」瑞鶴たちは、周りの艦娘たちから祝福を受けたが、うれしさは一向に感じられなかった。それでも演習をともに戦ってくれた艦娘たちにお礼を言うと、すぐに一列になって赤城たちを迎えた。

 

 港から上がってきた赤城たちは全員赤ペンキにまみれていた。そんな赤城たちを見て瑞鶴は、「演習で勝てれば、さぞ、うれしいんだろうと思ったけれど、先輩たちのこんな姿を見たら、全然うれしくない。先輩たちもきっとそうだったんだ」と思った。

 

 「・・随分腕を上げましたね。これならいつでも一航戦の座を明け渡せそうですね」赤城はニコニコしながら翔鶴と瑞鶴に声を掛けた。

 

「とんでもありません。一航戦は、まだまだお二人がふさわしいと思います」翔鶴は慌てて答える。

 

「そんなことより、今は先に入浴して下さい」ペンキ姿を見かねた瑞鶴が、赤城たちに声を掛ける。赤城たちも自分たちの姿に改めて気づき、浴場へと向かっていった。

 

 

 

「・・さて、翔鶴と瑞鶴」加賀は2人に声を掛ける。さりげなく言ったが、名前で呼ばれた2人には新鮮な感覚であった。

 

「・・2人は私たちを上回る戦力になりました。赤城さんとも話し合ったのですが、提督に頼んで、一航戦の座を2人に譲ろうと思います」

 

「・・いえ、通算では254敗63分、そしてやっと1勝です。これで一航戦を名乗ったら、物笑いの種です」瑞鶴は、すらっと通算成績を答えた。

 

「・・あら、瑞鶴にしては謙虚ね」加賀は、名前で呼んだ以外はいつものように答えたが、その表情には驚きが隠せないようであった。

 

「・・正直、これからはあなたたちに勝てないと思います」赤城は続ける。

「・・通算では瑞鶴の言うとおりかもしれませんが、ここ最近は、やっと引き分けに持ち込んでいたというのが本当のところです。もう二度と勝てることはないと思います」

 

「・・それに、寄る年波も感じてきているし。打たれ強くてしつこい誰かさんみたいな装甲空母を相手にすると疲れるから、少しは休ませてちょうだい」加賀は珍しく冗談のように言う。

 

「その打たれ強くてしつこい装甲空母を相手にして、ずっと負けなかったお二人にはとてもかないません。どうか先輩、これからもご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いします」瑞鶴は頭を下げる。

 

「・・せっかく人が一航戦の座を譲ると言ったのに、いっちょ前に拒否なんかして・・そう、それならずっと一航戦の座は明け渡さない。今言ったことを後悔させてあげるわ」加賀は半ば呆れたように言う。

 

「はい、誰もが『一航戦は翔鶴と瑞鶴こそがふさわしい』と言う日まで立ちはだかってください」瑞鶴はそう言った後、慌てて翔鶴の方を見る。

 

 すると、翔鶴も笑いながらうなずいていた。

 

 その後、提督は、演習のみならず、実戦においても赤城たちをバラバラに組み合わせるようになってしまったため、演習の通算成績に変更が生じることはなかった。

 

 そして、加賀と瑞鶴のコンビは、出撃前までは(以前よりは落ち着いた)口げんかを繰り返すものの、出撃した途端、絶妙のコンビネーションを発揮して他の追随を許さず、赤城と加賀のコンビすら上回る戦果を出すようになっていくのであった・・



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瑞鶴、軍令部に出向します! エピソード

瑞鶴の軍令部出向が決まり、壮行会が開かれていた。

 

「瑞鶴、体に気をつけるのよ」翔鶴は心配そうな顔をしていた。

 

「翔鶴ねぇ・・さんの方こそ、気をつけてね」瑞鶴は答える。

 

「私には赤城さんや加賀さんが付いてくれるけど・・」

 

「ほかに何か心配があるの・かしら?」

 

「それはだな・・」気づくと提督が近くに立っていた。

「『五航戦、あなたは軍令部が初めて受け入れる艦娘。軍令部の艦娘に対する印象はあなたで決まってしまう。よくよく言動には気をつけることね・・』と加賀なら言うだろうな」提督は加賀のマネをしながら言う。その言い方が微妙に似ていたため、笑いを誘われる。

 

「あのて・加賀さんなら言いそうなことね・・」瑞鶴は毒気付いたものの、加賀たちが作戦に従事していることから、この場にいないことに一抹の寂しさを感じていた。

「・・提督さん、今さらだけど、本当にこの時期に私がいなくなって大丈夫、かしら?」

 

瑞鶴は、大規模作戦が発令されたため、翔鶴を含めた大型艦が軒並み出動か、出動予定が組まれていたため、それを案じていたのだ。

 

「その作戦を立てた軍令部が『艦娘を出向に出せ』と言ってきたんだ。いざとなったら、軍令部に応援を頼む。そのためにもお前が軍令部にいた方が都合がいい」提督は笑いながら言う。

 

 瑞鶴は、提督の配慮に素直に感謝した。

 

 

 軍令部に到着した瑞鶴は、事前に渡されていた参謀中尉としての正装で出頭し、まず総務課に案内された。

 

 右肩から胸に付いている紐-鎮守府にいる参謀の人から「参謀飾緒(しょくちょ)」と呼ぶと教えてもらった-が気になって仕方ない。昔は、その紐にペンを付けていたそうであるから意味があったのであろうが、今では参謀を示す飾りの意味しかない。

 

 総務課長以下の総務課員にまず挨拶をした後、瑞鶴は、配属先の第一部第一課に案内された。

 

 これも鎮守府にいる参謀の人から教えてもらったのだが、第一部第一課は作戦立案をする花形部署で、ここに配属されるということは、将来のエリート候補ということらしい。

 

 それを聞いて瑞鶴はとまどっていた。確かに実戦をくぐり抜けてきていることから、戦闘そのものには多少なりとも自信はあった。しかし、軍全体の作戦となると想像がつかなかったからだ。ましてや自分が初めての艦娘。もし失敗してしまったら、それを理由に艦娘が軍令部に所属する機会が失われかねない。もしかしたら、それを軍令部は狙っているのでは、とうがった考えも浮かんでは消えた。

 

 しかし、提督を通じて、軍令部からは事前に参謀としての勉強は一切しないで来いとはっきり言われていた。それでも一通りの事務仕事や接遇ができないと鎮守府の恥だからと提督や秘書艦に厳しく言われ、秘書艦補佐として書類や来賓を相手に四苦八苦するハメになった。特に言葉遣いについては、出発直前まで秘書艦から指導を受けた。

 

 提督からも「お前は飾らない言い方が魅力ではあるが、今度ばかりはせめて時と場合を考えた物言いをするようにしろ」と褒められたのか貶されたのか分からないことを言われ続けた。

 

 そのおかけで、かろうじてではあるがボロが出ないレベルまで持って行くことができた。

 

 そんなことを思い返していると、目の前に大尉の袖章を付けた-今まで漠然としか理解していなかったため、瞬時に判別できるよう見方を叩き込まれた-人が立つ。顔を上げるとメガネをかけ、知的な印象をした男性がいた。

 

 「初めまして、瑞鶴中尉。私があなたの指導役を命じられた大尉の松方正樹です。よろしくお願いします」

 

 瑞鶴は直ちに直立して敬礼する。「本日、軍令部に着任致しました、瑞鶴です。右も左も分からないふつつか者ですが、ご指導、ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」暗記するまで叩き込まれた挨拶をする。

 

 「瑞鶴中尉、そんな堅苦しい挨拶をしていては疲れてしまいますよ。確かに世の中には言葉遣いに気をつけなければならない人はいますが、少なくとも私にはそんな気を遣わないでください」松方大尉は気さくに話しかける。

 

 瑞鶴は、この人なら大丈夫そうだとは思いながらも、気づいたことを質問する。

「あ、あの、『瑞鶴中尉』というのは何なんでしょうか?」

 

「ああ、実は、中尉の呼び方について議論になりまして・・」松方大尉は説明する。

「軍令部に来て頂くに当たって中尉待遇にすることはすぐに決まったのですが、『艦娘の瑞鶴さん』や『中尉の瑞鶴さん』では間延びしてボツ。単に『中尉』では誰か特定できなくなるのでこれもボツ。どうしたものかという話になったのですが、第一部長が『そんなことに時間を使うな。瑞鶴中尉でいいだろう』と鶴の一声で決まったんです」

 

「私が瑞鶴だけに『鶴の一声』で決まったのね・・」と瑞鶴が言うと、松方大尉は「瑞鶴中尉は、なかなかしゃれっ気がある」とクスクス笑い始めた。

 

 この様子を見て瑞鶴は、今まで冷徹に死を命じたように思えた軍令部の参謀たちも他の人間と変わらないことに気づかされた。

 

「・・私は、艦娘さんと初めて会ってお話しさせてもらいました。私にとっては恐怖の存在でしかない深海棲艦と直接戦われているので、どんな方だろうと勝手に想像していましたが、会ってみればなんてことはない。私たち人間とほとんど変わらないですね。・・こんな簡単なことに今まで何で気づけなかったんでしょうか」松方大尉は恥ずかしそうに言う。

 

「松方大尉、私も同じようなものです」瑞鶴は答える。

 

「・・それではさっそく瑞鶴中尉が軍令部に来られた意義があるというものです」松方大尉は、瑞鶴が何を指して話したのかを尋ねることはなかった。

 

「ところで松方大尉。私は『瑞鶴中尉』と呼ばれても何か、こう、くすぐったい感じがして。どうにかならないでしょうか?」

 

「・・さっき会ったばかりでいきなり呼び捨てにするのもどうかと思うので、『瑞鶴さん』にしましょう。それじゃあ、瑞鶴さんも私のことを『松方大尉』と呼ぶのは、なしにしてくださいね」

 

「・・分かりました。それでは『松方さん』と呼ばせてもらいます」

 

 

 松方大尉は少し堅いところはあるものの、話しやすく、瑞鶴としてはやりやすいタイプであった。

 

 その後、軍令部から正式に中尉としての辞令が交付された。中尉となると奏任官であるため、辞令書には御璽が押されてあり、また、翌日の官報には名前も載るという。

 

 辞令交付後、松方大尉に案内されるかたちで各部に挨拶回りをした後、ようやく第一課に戻った瑞鶴であったが、慣れないことで疲れているであろうという第一課長の配慮から、荷物整理でその日の仕事を終えた。

 

 

 翌日、朝一番に出勤した瑞鶴は、部屋の掃除をした。机の上はむやみに動かしていけないと鎮守府にいた参謀から教えてもらっていたことから、慎重に掃除をしていたところ、出勤してきた第一課長から褒められることになった。

 

 そんな第一課長は、新聞を出したかと思うとパラパラとめくり、あるところで線を引いて瑞鶴に渡してきた。それは新聞ではなく、官報であった。

 そこには「任 海軍中尉 艦娘瑞鶴」と「海軍中尉 艦娘瑞鶴に軍令部第一部第一課への出向を命じる 御璽」と面白くもおかしくもない記事が記載されていた。

 

 第一課長は「記念に取っておけ」と言ったため、瑞鶴は慌てて代金を支払おうとしたが、「部下から百数十円徴収するほど困っていない」と言って受け取ろうとはしなかった。聞けば、第一課長には瑞鶴と見た目が近い娘がいるという。そんな瑞鶴を戦場に立たせていることに情けなさを感じているとこぼす第一課長を見て、優しい人だなと思う瑞鶴であった。

 

 

 2日目の瑞鶴は、軍令部の組織と戦略の基礎について座学を受けた。特に難しい内容ではなかったが、参謀中尉として任官していることから、軍令部や海軍省以外の場所では、中尉以下の者は、瑞鶴の姿を確認できた段階で敬礼をし(同じ中尉でも参謀の方が上位扱いとなることを教えてもらった)、瑞鶴が答礼を返さない限り、見えなくなるまで敬礼し続けることになってしまうので、周囲には常に気をつけるよう注意を受けた。

 

 座学を終え、松方大尉の隣に置かれた自分の机に戻ると、瑞鶴にもなじみのある戦闘詳報が置かれていた。

 

「瑞鶴さんも書かれたことがある戦闘詳報ですが、最終的にはここに集約されます。

私たちはこれを解析した上で、データベース化しています。瑞鶴さんにはまずこの仕事をやってもらいます」松方大尉は説明する。

 

 瑞鶴は、戦闘詳報そのものについては十分すぎるほど理解していたが、何をどこまで入力するかについては、ひとつひとつ松方大尉の指導を受けながら作業を進めることになった。また、提督から聞いていたとおり、海外の艦娘からの戦闘詳報も含まれており、共通言語である英語から直接内容を読み込んでいく。

 

 それに気づいた松方大尉は「海外の艦娘さんの場合、わが国にない装備を持っていると思いますので、分からないことがあったら、ここをこうして・・」と装備解説のデータベースへのアクセス方法も教えてくれた。

 

 瑞鶴が解析、入力した内容は全て松方大尉のチェックを受けることになっていた。真剣な表情で確認していた松方大尉であったが、「さすがですね。ちょっとした表記ミスは直させてもらいましたが、仮にそのままでも意味は通じますし、入力すべきところはきちんと入力されています。解析内容についても非常にわかりやすいです」と褒めてくれた。

 

「褒めてもらえてうれしいのですが、全然追いつけなくて・・」山のように積み上がった戦闘詳報を見て瑞鶴は落ち込んだ。

 

「いや、入力スピードが速くても内容が伴わなければ意味がありません。その点、瑞鶴さんの内容については、表記ミスさえ気をつけてもらえれば文句の付けようがないので、あとは慣れです。このままやってもらえれば何の問題もありませんよ」

 

「松方さん、指導すべきところはきちんと指導してください。表記ミスって具体的にどんなミスだったんでしょうか?」瑞鶴は、松方大尉の優しさに感謝しつつも、それに甘えないように尋ねた。

 

「・・『深海棲艦』のセイの字が木偏でなく、にすいになっていました・・」松方大尉はバツが悪そうに答える。

 

「松方さん、それ一番ダメな奴じゃ・・」瑞鶴は、情けなさで顔から火が出ていた。

 

 

 軍令部の作戦室は緊張に包まれていた。瑞鶴の原隊の大型艦が軒並み出動している作戦が佳境を迎えようとしていたからだ。

 

 瑞鶴も第一課員の一員として出席していた。最近、軍令部と各鎮守府、警備隊とは専用回線でつながれたため、盗聴等を心配する必要はなくなり、戦闘中でも情報交換がさかんになされていた。

 

 そして、これまでの攻略により明らかになった各海域での敵の艦種と想定される装備がパネルに表示されている。

 

 理由は明らかでないが、深海棲艦は、ある地点に配置した艦種は、仮にこちらからの攻撃で全滅しても全く同じ艦種しか再配置しないことが分かっているため、こちらとしては途中までは有利に戦いを進めることができるのであったが、問題は敵の本陣にいる姫であった。

 

 この姫は、1人で戦艦、空母双方の数艦隊分の能力を持つばかりでなく、その打たれ強さや復旧能力は尋常でなかった。これを攻略するため、瑞鶴の原隊の大型艦は、それこそ入れ替わり立ち替わりで間断ない攻撃を加え続けていたのであるが、姫は屈することなく応戦を続けていた。

 

 当然、こちらが受ける損害も甚大で、何とか撃沈だけは避けているものの、大破は当たり前で、バケツを使った修復を繰り返していたため、各鎮守府や警備隊からも手配した資材が尽きかけていたのであった。

 

 そこで、最後の資材をかき集めて出航した艦隊が総攻撃を仕掛けているところであった。その機動部隊には、瑞鶴のよく知る加賀や飛龍、そして姉の翔鶴などが含まれていたのであった。

 

 

 旗艦加賀から提督宛に通信が入る。それを同時中継して軍令部でも聞く。

 

「こちら機動部隊旗艦加賀。攻撃は成功。姫の航空戦闘能力はほぼ壊滅と認めます。しかしこちらも私が中破して攻撃能力を失いました。その他の艦娘は小破未満です」軍令部ではどよめきが起きる。本来なら歓声が上がってもおかしくなかったのであるが、他でもない瑞鶴の同僚が中破となったため、遠慮があったのかもしれない。

 

「よくやった。機動部隊は帰還、後は戦艦部隊が姫を仕留める」提督は答える。誰もがそれを認めようとしたとき、反論が聞こえた。

 

「提督、今回で確実に姫を仕留めなければなりません。戦艦部隊を支援するため、航空攻撃を続行させてください」声の主は加賀であった。

 

「しかし、姫の航空戦闘能力は奪ったとしても、その砲撃能力は尋常ではない。1発でも食ったら撃沈しかねないお前を姫のいる戦場に行かせられないし、敵の生き残りがいるかもしれないこの段階で単独での帰還もさせられない」提督の言うことは正論であった。

 

「私は艦載機を発艦させられなくても、他の空母の艦載機や随伴する重巡洋艦、駆逐艦の砲雷撃力は小さくありません。姫攻略にこれだけの戦力を使わず、それが原因で姫を仕留め切れなかったら、私は一生後悔に悩まされます。どうかこのまま進撃を命じてください」加賀の願いは必死であった。

 

 確かに2隻分の空母の艦載機と重巡洋艦2隻、そして駆逐艦1隻の攻撃力は無視しえない。しかも相手の姫は、今でこそ航空戦闘能力を失っているとは言え、戦艦としての攻撃能力だけ取ってみても戦艦部隊の合計を上回ってしまう。常識的に考えるなら、機動部隊からの攻撃は必要不可欠である。しかし、中破した加賀を伴えば、その加賀に攻撃が集中して加賀が撃沈しかねない。

 練度が極めて高く、搭載できる艦載機が一番多い加賀に万が一のことがあっては一大事となるため、軍令部でも意見が割れた。

 

 そんなとき加賀からさらに連絡が入る。

 

「瑞鶴、軍令部にいるんでしょう。話は聞いているわ」

モニター越しに加賀の顔が映る。加賀もモニター越しに瑞鶴を確認したらしく、顔つきが一瞬だけ緩む。加賀の様子は、確かに飛行甲板に損傷が認められたが、戦意はいささかも失われていないようであった。

「あなた、その胸に付いているのは何?参謀だっていうあかしでしょう?参謀は必要なときに味方に『死ね』って命じられるのよ。そして今がそのとき。その責任と覚悟がないなら、さっさとその紐を外して逃げ帰ってきなさい!」加賀の声は冷徹ですらあった。しかし、瑞鶴には激励が含まれていると感じた。

 

「・・さすが、加賀さん」瑞鶴は恐れ入ったという声を出したかと思うと「意見具申!」と声と同時に手を挙げた。榎本部長が発言を許可する。

 

「加賀の言うとおりです。ここは機動部隊を戦艦部隊の支援に充て、もって姫を撃滅すべきです。・・私の知る加賀なら、例え中破でも敵の砲撃は見事かわしきります」

 

自信を持って言い切る瑞鶴にさすがの参謀たちも息をのんだ。

 

榎本部長が口を開く。「・・今、前線に立っている艦娘たちと肩を並べて戦う瑞鶴中尉がそう言い切るんだ、それを我々が信じなくてどうする。・・軍令部第一部長より旗艦加賀に命じる。卿ら機動部隊は後続する戦艦部隊と協力して姫を撃滅せよ。ただし、撃沈は許さない。なお、これに伴う責任の一切は不肖榎本が取る。この旨記録に明記せよ」静かな口調であったが、聞く者にすごみを感じさせる命令であった。

 

「第一部長、感謝致します。・・それに瑞鶴も」加賀が答える。

 

「武運を祈る。これにて通信を終了する」榎本部長は見事な敬礼をして通信を切断した。

 

 

 長い長い戦いが終わった。最後は加賀に随伴していた重巡洋艦と駆逐艦の魚雷にとどめを刺された姫は海の藻屑と消えた。

 

 そして加賀は・・生き残った。よくぞ撃沈しなかったと思えるような痛々しい姿ではあったが・・

 

 入渠する寸前、加賀は、翔鶴に「撃沈していたら、軍令部で大見得を切ってくれた瑞鶴()()殿()に恥をかかせるところだったわ。・・それにしても参謀姿が様になるなんて、『馬子にも衣装』とはよく言ったものね・・」とつぶやくように言いながらドックに消えていったという・・

 

 しかし、翔鶴は、加賀のその言い方に、瑞鶴に対する冷やかしのほかに、仲間が軍令部にいる誇らしさを確かに感じていた。

 

 

「加賀さんというのは、厳しい方なんですか?」松方大尉は瑞鶴に尋ねていた。

 

「厳しいもなにも。あのやり取りそのままの人よ」瑞鶴は答える。

 

「『参謀の責任と覚悟のない者は、この紐を外して逃げ帰れ』という言葉は効きました・・」

 

「いや、あれは私に言ったことで・・」

 

「そうかもしれませんが、あの場にいた者は皆、参謀とは何たるかを今一度思い返したはずです」

 

「・・あと、これは私に言われたくないかもしれませんが、お互いがお互いを心から信頼している姿を見せつけられ・・正直うらやましかった」松方大尉は独り言のように言ったため、瑞鶴は何も言うことができなかった。

 




 本編で触れられなかった瑞鶴と松方大尉が初めて会うシーンを書き始めたところ、瑞鶴に参謀らしいことをさせたい!という思いから、エピソードが本編より長くなってしまいました。何とか本編と矛盾しないようにしました。ちょっと辻褄が合わないようにも受け取れる部分は出てしまいましたが、解釈の仕方でごまかせるかなと思っています。
 なお、「中尉が奏任官で辞令に御璽が押してある」とか「官報に載る」というのは戦前の例から引用していますが、官報の記載方法は全くの創作であるなど全てを引用しているわけではありません。念のため記載しておきます。


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加賀の逆鱗

 加賀と瑞鶴は、ある海域で深海棲艦と戦っていた。それぞれの努力で深海棲艦を制圧しつつあったが、旗艦加賀に向かって魚雷が音もなく近づいていた。

 

 これまで敵の魚雷は比較的発見しやすかったことや、味方の艦載機の発着、敵の航空機などに気を取られていたため、加賀たちはこれまでと異なる魚雷に全く気づいていなかった。

 

 いや、それに気づいた者が1人だけいた。・・加賀から副将を任されていた瑞鶴である。もはや言葉を掛けても間に合わないと判断した瑞鶴は、加賀を突き飛ばした。

 

「何をす・・」言いかけた加賀は、次の瞬間、瑞鶴が自分の代わりに敵の魚雷攻撃を受けたことに気づく。猛烈な水柱が立ち、滝のような水しぶきが収まった後、瑞鶴は痛々しい姿で海面に膝を着いていた。

 

「あなた、何てことを!」加賀は瑞鶴に駆け寄る。瑞鶴の顔がみるみる青ざめる。

 

「やっと、いつぞやの借りを返せた・・」瑞鶴は息も絶え絶えに答える。「それに私は装甲空母。何とか耐えきれると思っただけ・・」瑞鶴はそう言い終えると体中から力が失われた。青ざめる艦娘。加賀は顔面蒼白となりながら腕を取り脈を確認すると同時に顔を瑞鶴に近づける。すると脈があり、息もしていた。・・気を失っただけだ。安堵の色が浮かんだが、撃沈の危機が迫っていることに疑いようがない。

 

 艦娘たちは加賀の指示を受けようとする。すると今まで感じたことのないような怒気と殺気が入り交じったすさまじい気迫を感じた。味方であり、幾多の死線をくぐり抜けてきた艦娘たちですら寒気を感じるほどの。

 

 「・・もう怒りました」加賀はやっと聞こえるような声でつぶやいた。しかし、こういうときこそ加賀が怒っていることを艦娘たちはよく知っていた。

 

「よくも・・よくもやってくれましたね!」珍しく加賀が怒鳴り声をあげた。

 

「・・こいつらだけは絶対に許さない!例え地球の裏側まで掘り尽くそうと最後の1隻まで探し出し、差し違えてでも絶対に倒す!!」加賀のあまりの気迫に艦娘たちは震え上がり、深海棲艦はわれ先に逃げ出していた。

 

「・・瑞鶴をこのような目に遭わせた奴らには、必ず命をもって償わせます。ですが、それには私だけの力だけでは足りません。どうか皆さんの力を私に貸してください」加賀は深々と頭を下げた。常に一航戦の誇り高く、ややもすれば見下したような言動をする加賀が頭を下げたので、艦娘たちは一様に驚くとともに、加賀の覚悟が伝わった。

 

 加賀とそのすさまじいまでの気迫に触発された艦娘たちの猛烈な追撃を受け、その海域の深海棲艦はあえなく掃討された。

 

 後に少尉以上に任官する者全てが学ぶ教科書に「・・加賀たちの戦果は、誠に凄まじい一言に尽きるものである。しかし、これは様々な偶然が味方したからであり、万が一、否、億が一にも存在しうるものではない。であるからこそ、戦史に燦然と輝くのであり、いやしくもこのような事案を前提として作戦を立案してはならない。作戦の要諦は、最も愚鈍な指揮者に率いられた最弱の隊を想定し、そういった隊であっても、なお勝利しうるよう立案されなければならない・・」と記載されることとなる。

 

 

 加賀たちに運ばれた瑞鶴はドックに入渠した。その入渠時間が沈没寸前であったことを物語っていた。

 

 入渠を終えた瑞鶴は、自室で安静を命じられていた。体の修復は終えてもそのダメージが抜け切れていないからであった。そんな瑞鶴を加賀が見舞いに来ていた。

 

「あんな無茶なマネはいけない。でも今回は私の見落としが原因。・・恩に着るわ」加賀は感謝の言葉を伝える。

 

「ストレートに褒めてもらうと、何か変な感じ・・」瑞鶴は恥ずかしそうに答える。

 

「・・あと、一緒に行っていた吹雪ちゃんから聞きました。私が気を失った後の加賀さんがすごかったって」

 

「・・あの子、何て言ってた?」

 

「『味方の私たちすら寒気を感じる殺気を放ちながら、地球の裏側まで掘り尽くそうとも敵を探し出して、必ず命をもって償わせるから、力を貸してほしいと頭を下げて頼んでいた』と聞いています」

 

「・・さあ、そんなこともあったかしら・・私は、やかましいのがいなくなって清々しているんだけれど」そう言いつつも加賀は「・・でも、それにすぐに飽きるの。そして、やかましいあなたを頼りにしている自分に嫌でも気づいてしまう。だから、あなたは私より先に沈んではいけない・・」最後は言い聞かせるように言う。

 

「・・分かりました」瑞鶴はそう答えるしかなかった・・



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きっとどこかで読んだことがあるようなブラック鎮守府解放記

 日度井(ひどい)鎮守府。そこは鎮守府という名の犯罪の巣窟であった。提督による艦娘の虐待に始まり、物資横領、密輸、周辺住民への徴用という名目で行われる恐喝、強盗・・ありとあらゆる犯罪が横行していた。

 

 しかし、遂に、日頃は仲の悪い警察と憲兵にとどまらず、国税、税関・・あらゆる捜査機関が総動員された一斉検挙が行われ、提督以下関係者は一網打尽となった。

 

 

 

 日度井鎮守府に残った2人しかいない正規空母のうちの1人である蒼龍は、生きることに疲れていた。確実にドロップしているという赤城すら発見できず、その他の正規空母はついに誕生することはなかった。理由は簡単、前任が正規空母が建造できるだけの資材をケチってその分を横流しし、懐に入れていたからある。

 

 日度井鎮守府にあっても、空母がなければ戦争そのものが成り立たなくなるため、中破以上になれば、入渠だけは許されていた。しかし、その他の艦娘はギリギリまで入渠が許されないか、そのまま撃沈させられていた。そんな状況を見続けていた蒼龍は生きる希望を失っていた。もう1人の正規空母である飛龍の存在だけが、かろうじてこの世に引きとどめていたが、それも限界に近づきつつあった。

 

 そんな中、新たな提督が日度井鎮守府に着任してきた。

 

 人間、特に「提督」の名の付く人間に逆らえない艦娘である蒼龍は、その提督から死を賜ろうと心に決めていた。

 

 

 

 「日度井鎮守府の提督を命じられた○○と申します。よろしく」提督は挨拶をしたが、艦娘たちは何の感情も示さない。人間不信となっている艦娘たちは、感情を表すことを極端に恐れているのだ。

 

 そのような中、蒼龍が声を上げる。

 「新しい提督?どうせ前任と似たり寄ったりなんじゃない?私は人間は嫌いじゃないけど、提督と名の付く奴は大嫌い。前の奴は何でもカネに結びつけた。ここにいる私たちを見れば分かるとおり、無傷の者の方が少ないし、服装だってボロボロ。一度だってまともな食事にありつけず、いつも空腹に悩まされていた。そんな中、地元の人たちは、私たちの姿を見かねて一度ならず食料を分けてくれた。もちろん、その気持ちの中には自分たちの生業(なりわい)を守りたいという打算が含まれていたかもしれない。それでも、前任のクソ野郎に比べたらはるかに真心がこもっていた。

 私は、そんな人たちの生業を守るために命をかけることを誇りにしてきた。どんなに格好よくても死んでしまったらそこで終わり。私一人がどんな屈辱にまみれようとも、生きて、生き残ってこの海に生きる人たちの生業を守るためだけに戦ってきた。

 ・・でも、もうそれも無理。深海棲艦の航空機はどんどん更新されて、九六式艦戦、九七式艦攻、九九式艦爆ではとても太刀打ちできなくなった。私たちの艦載機は一方的に撃ち落とされて、搭乗員の練度もどんどん下がっていった。これじゃあ、とても勝ち目はない・・

 私が深海棲艦に撃沈させられるのも時間の問題。さあ、深海棲艦に突っ込ませる?それとも解体?じゃなくちゃ、どこかに売り飛ばす?」

 

 蒼龍は、確実に死を賜るべく、思いつく限り悪態をつき続けた。もっとも、言った内容にうそはなかったが。

 

 すると、それまで黙って聞いていた飛龍は、蒼龍の前に立ったかと思うと、いきなり蒼龍のほほをビンタした。

 

「しっかりしなさい!」突然のことに何も言えずに蒼龍は飛龍を見つめる。

「提督、蒼龍は精神的に錯乱しています。そうでもなければ、こんな反抗的な態度を取るはずがありません。・・蒼龍の代わりは全て私が務めますから、今回ばかりはどうか曲げてご寛恕(かんじょ)を・・」土下座せんばかりの姿で飛龍は懇願した。

 

「ここまでするか・・」提督は、そう思った。蒼龍の状況判断は的確で、自分たちの末路も正確に見通していた。だからこそ生きる意義を見失い、死を求めてひたすら提督に悪態をついた蒼龍。そんな蒼龍を救うため、ことさら精神錯乱と言い立てた飛龍。そんな2人に提督は涙を必死にこらえた。

 

「・・それでは私の命令は、・・まず全員入渠しろ」

 

「は?」鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする艦娘たち。

 

「蒼龍の言うとおり、この鎮守府で無傷の者はほぼ皆無だ。何をするにしても傷を癒やすのが先決だ」

 

「どういう風の吹き回し?」

 

「何を企んでいるの?」

 

「どうこう言おうが自由だが、これは提督たる俺からの命令だ。順番はお前たちの判断に任せるが、けがの重い者を優先させろ。バケツもある限り使用を許可する」

 

「・・気が変わる前に実行しちゃおう」何はさておき、入渠が許されたことから艦娘たちはそれに従う。

 

入渠を終えると全て新品の制服が用意されていた。今までのみすぼらしい制服は全て回収される。

 

「これは総攻撃かな?」

 

「死装束か・・でも、これで水漬く屍となっても、みじめな姿と笑われずに済む」

 

「さて、次は・・飯を食ってもらう」

 

「は?」再び鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする艦娘たち。

 

「古来、『腹が減ってはいくさができぬ』と言うだろう」

 

「そんなことをしても何も出ないわよ」

 

「文句は飯を食ってからにしろ」

 

いつの間にか食堂に並べられていた食事を見て驚く艦娘たち。

今までとは異なり、温かいものは温かく、冷たいものは冷たい食事であった。

客観的に見れば、質・量ともやっと戦時標準であったのだが、今までがひどすぎたため、むさぼるようにかき込む艦娘たち。

 

「・・こいつは、いよいよ総員特攻だな」

 

「最後の晩餐か」

 

「安いもんだね、私たちの命って・・」

 

「それでも、これすらなかったアイツよりはマシか・・」自嘲するとともに覚悟を決める艦娘たち。

 

「・・今日はこれで終わりだ。消灯時間までは自由にしていい。あすは0600(マルロクマルマル)に起床、0630(マルロクサンマル)に食事だ」

 

さすがにおかしいと思った艦娘たちが提督に駆け寄る。

 

「私たちをどうするつもりなの?いきなり入渠させたかと思ったら、新しい制服、そしてこの食事!こんなので私たちの歓心を買おうとしても・・」

 

「・・これは艦娘の当然の権利だ。これでやっとギリギリの最低限度でしかない。準備が間に合わず、申し訳ないと思っている」提督は艦娘たちに謝罪した。

 

「へぇ、これが最低なんだ・・それじゃあ、今までの私たちって何だったのかな?」嫌味とも本気とも思える声が上がる。

 

「明日からは・・いや、行動で証明する・・」提督は言葉による説得では意味がないと判断した。

 

「はいはい、期待していますよ・・」言葉とは裏腹に、艦娘たちは大して期待している様子はなかった。

 

「自由時間って言われても、横になってしゃべる以外にすることがないんだけどね・・」

 

「その布団だって、世間ではシーツとすら呼ばれないようなシロモノだし・・」

 

「でも、あれだけ提督に悪態をついた蒼龍さんや、それをかばった飛龍さんも一緒に夕食を食べていたよね」

 

「・・人間なんて信用しちゃいけない。あの2人はもう覚悟を決めているんだよ」

自室に戻る艦娘たち。でも、本人たちが言うように、私物は一切なく、寝具もよほど刑務所のそれが最高級品と思えるようなもののはずであった。

 

 しかし、「あれ、何これ?」これも新しい寝間着と寝具一式が置かれていた。

 

「これは明日から高くつくかもね・・」

それでも、寝間着や寝具一式が新調されたということは、すぐに死ねと言われないと察することができた。なぜなら、すぐに死ぬことが分かっている者にわざわざ寝具を新調する必要がないと思われたからであった。

 

 

 

 翌朝、起床ラッパが鳴ると同時に飛び起き、制服へと着替える艦娘たち。

しっかりと睡眠が取れたらしく、顔には血色が戻っていた。

 

「さあ、何を命じられるか分からないけど、負けない!艦娘の意地を見せてやる!」いつになく気合いが入る。

 

0625(マルロクフタゴー)までに食堂前に集合した艦娘たちの前に提督が「諸君、おはよう」と言いながら現れる。

 

「・・おはようございます」前日は挨拶すら交わさなかったことを考えると大きな進歩であった。

 

「昨日のうちに烹炊班が到着している。今日から飯は期待していいぞ」

 

期待するまいとは思うものの、食堂からはいいにおいが漂ってくる。

 

「時間だな」提督は時計を確認すると食堂の扉を開ける。

すると、これまで写真でしか見たことがない食事が用意されていた。

 

「こ、これは・・」目を見開く艦娘たち。

 

「栄養バランスの観点からバイキングにはできないが、お替わりは自由だ」

 

艦娘たちはわれ先に食堂になだれ込んで夢中に食べ始める。

 

お腹を十分に満たした艦娘たちは、今度こそどんな命令が下るか戦々恐々とした顔つきでいる。

 

「さて、今日からは・・掃除だな」艦娘たちは壮大にズッコケていた。

 

「この鎮守府はあまりにも汚い。自分が住んでいるところをきれいにできない者が敵を打倒しようなんざぁ百万年早い。まあ、これは全面的に前任の責任だがな。まず、それぞれが自分の寮を掃除。しかる後に共用部分に移る」

 

「・・ああ、昨日は忘れていたが、蒼龍と飛龍は前に出てこい」

 

名前を呼ばれた2人は提督の前に現れる。2人はとうに覚悟を決めているらしく、一切動揺した様子を見せない。

 

「ああ、蒼龍さんと飛龍さんが・・」

 

「2人は死なせないよ・・」にわかに殺気立つ艦娘たち。

艦娘たちが何か口にしようとしたその瞬間「2人にはドックの掃除をしてもらう」提督は2人にゴム手袋と清掃用具一式を渡した。

 

ここで初めて驚くような顔をする蒼龍と飛龍。

 

「昨日あれだけ大口叩いたんだ。俺と一緒にドックの掃除をしてもらう。反論は許さない。これはわれながら厳しいなぁ。恐ろしくてびびっちまったかい?」提督は暗にこれ以上の処罰をしないことを宣言する。

 

「はあ・・」あっけにとられた2人は提督の後をついていく。

 

残された艦娘たちも呆然としていたが、それを見ていた提督が「ボーっとしているんじゃない!ちゃんと上から掃除するんだぞ!」と命じると、艦娘たちは慌てて自分たちの寮に戻っていった。

 

 こうして鎮守府の掃除に取り組んだものの、広大な鎮守府の掃除、整備にはまるまる1週間を要することになった。

 

 鎮守府の掃除、整備が終わり、実戦感覚を取り戻すということで演習が行われることになった。このとき艦娘たちは、装備が一新されていることに驚く。

 

「ロサ弾に25ミリ三連装機関銃、42号電探まである!」「こっちには91式徹甲弾、三式弾に46センチ三連装砲!」「61センチ四連装酸素魚雷、三式爆投に三式水探も!」

 

 蒼龍と飛龍が確認すると、戦闘機は零戦を丸々飛び越して紫電改二が、攻撃機は天山を飛び越して流星が、爆撃機は彗星を飛び越して彗星一二型甲がそれぞれ装備されていた。

 

「資材を考えると、新装備が揃うまである程度時間がかかるからな。その間に生活環境を整備しちまおうっていう算段でな」提督は恥ずかしそうに言う。

 

「これなら今までよりもずっと有利に戦える・・」喜びの声をあげる艦娘たち。

 

「・・正直言うと、もっと質と量を揃えたかったんだが、至らぬ身でこれが精一杯だった」申し訳なさそうに話す提督。確かに装備置き場には開発に失敗したときになぜか現れるペンギンのぬいぐるみやその他の新品の装備が山積みになっていた。

 

 蒼龍が提督の前にひざまずく。「ひとつだけ約束して頂ければ、この命を提督に捧げます」

 

「・・内容を聞こうか」

 

「一言で言えば、命あるものとして最低限の尊厳のある扱い」

 

「それは無理だな」艦娘たちの表情が一瞬でこわばる。しかし、提督が続けて言った言葉は、いい意味で艦娘たちの予想を裏切るものであった。

 

「・・そんな当たり前のことに頭を下げる必要すらない。たった1つの命を捧げるなど論外だ」それを聞いて安堵の息をつく艦娘たち。

 

「・・もし、あなたが前任のようなマネをしたときは・・」蒼龍が尋ねる。

 

「艦娘が人間を吹き飛ばせないなら、しかるべきところに訴えればいい。不満はあるだろうが、結局前任は、神ならぬ人間が捕まえたんだよな・・」今まで何でこんな簡単なことに気づけなかったのだろうという顔をする艦娘たち。

 

「・・もう一度だけ、提督と名の付いた人間を信じます。だから・・」蒼龍の目に生気が戻る。

 

「言葉でなく、行動で示すよ」提督は答える。

 

 日度井鎮守府が生まれ変わろうとしていた・・



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航空会社「鎮守府」

 このお話はあくまで創作です。飛行機に関する記載は事実に基づいていません。念のため。



 瑞鶴は、晴れて新社会人としての初日を迎えた。CA(キャビンアテンダント)の専門学校を卒業し、まだできたばかりの航空会社「鎮守府」への採用が決まっていたのだ。

 

 瑞鶴は、学校では割と優秀で、大手航空会社からも「是非・・」と声を掛けてもらえていたのであるが、会社訪問でアットホームな雰囲気のこの会社が気に入り、採用を申し込んだところ、かえって人事担当の鳳翔から「うちでいいの?」と言われ、即採用が決まったのであった。

 

 会社訪問中に知り合った翔鶴とは不思議と馬が合い、同じ会社に採用されることが分かると、誕生日が数か月しか異ならない翔鶴を「翔鶴姉」と呼ぶようになった。

 

 そして、翔鶴もまた瑞鶴のことを実の妹のようにかわいがった。

 

 この年の新採用のCAは翔鶴と瑞鶴の2人きりであった。

 

 「鎮守府」は創業5年目のため、瑞鶴たちは五航戦(ごきせい)と呼ばれた。

 

 まだまだできたばかりの小さな会社のため、瑞鶴たちの指導は先輩が専任で指導してくれることになっていた。

 

 翔鶴の指導役は一航戦(いっきせい)の赤城、瑞鶴の指導役は同じく一航戦の加賀と決まっていた。

 

 赤城と加賀はその名のとおり、「鎮守府」創業のときから在籍するCAで、大手航空会社のCAの経験も持つベテランであった。

 

 翔鶴と瑞鶴は、さっそくその2人と顔合わせを行っていた。

 

 

「今年の新人は、2人そろって専門学校で優秀な成績であったと聞いています。楽しみですね」赤城は2人に気さくに声を掛けた。

 

 翔鶴は「いえ、学校と現場は違います。ご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願い致します」と丁寧に頭を下げる。

 

 瑞鶴も続いて「・・私もご指導、ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」と頭を下げた。

 

「よかったわ。最低限の礼儀は備わっているようね」加賀はつぶやくように言った。

「・・それと、あなたたちの言うとおり、学校とここは違う。私たちが対応するのはお金を出して乗って頂いている大切なお客様。そのことは決して忘れないでね」

 

「はい、肝に銘じます!」瑞鶴は気を引き締めた声で答えた。

 

「・・なかなかいい返事じゃない。それなりに期待させてもらうわ・・」加賀の表情に変化はない。実は、瑞鶴は、こういったタイプが一番苦手であったが、自分の指導役である以上、何とか食らいつくしかなかった。

 

 この様子を見ていた赤城は「まあ、加賀さんが初対面で褒めるなんて・・瑞鶴さん、あなた加賀さんに気に入られたみたいよ。大丈夫、この人、見た目よりずっと優しいし、面倒見もいいから」と声を掛けてきた。

 

 すると加賀は、顔を瑞鶴から背けたが、わずかに顔を赤らめているのは隠しようがなかった。

 

 

 こうして一航戦の指導の下、翔鶴たち新人五航戦も即戦力として搭乗する。さすがに優秀と言われた2人だけに、大抵のことはそつなくこなしていく。しかし、航空会社ごとに細かくルールは異なることから、それについては指導を受けながら作業を進める。

 

 指導は特に加賀が厳しかった。瑞鶴が少しでも手順を誤ると容赦ない指導が入った。

 

 瑞鶴は、加賀を半ば憎みながらも必死に食らいついていたが、あるとき二航戦(にきせい)の蒼龍と飛龍から飲み会に誘われた。行ってみるとそこには三航戦(さんきせい)の瑞鳳、四航戦(よんきせい)の伊勢、日向などなど一航戦以外の全てのCAが出席していた。

 

 初め瑞鶴は、同期の翔鶴に愚痴をこぼしていたが、翔鶴は直接加賀から指導を受けていないことから、慰める言葉に困っているようであった。

 

 そしてアルコールが入った瑞鶴は、周囲の先輩たちに愚痴をこぼし始めた。

 

「私もお給料を頂いているから、指導が多少厳しくても文句は言いません。でも私、何か加賀さんに恨まれるようなことをしちゃったとしか思えません。だって加賀さんの態度が、まるで親の仇を相手にしているようで・・社長(ていとく)さんにお願いして指導役を替えてもらうか・・それとも辞めちゃおうかな・・」瑞鶴の目には涙が浮かんでいた。

 

「やっぱり・・」蒼龍たちは顔を見合わせた。

 

「・・実は、私たちも加賀の君に対する態度は厳しすぎると思っていた」一同を代表して、前職でかなりの地位にあったにも関わらず、CAに転職してきた異色の経歴を持ち、かつ、一番の理論派である日向が口を開いた。

 

「そこで社長に言ったんだ『あまりにも加賀が厳しい』と・・」

 

「そうしたら、社長は加賀の過去を教えてくれた。加賀には、人には話せない過去があることを」

「・・加賀は前にいた大手航空会社でも指導役を務めていたらしい。そこに期待の新人が入社してきた。彼女は優秀で、何でもそつなくこなしていたらしい。そんなあるとき、加賀はその新人の手順ミスに気づいたが、それを黙認してしまった。・・ところが、そのミスがきっかけとなって、あやうく飛行機が墜落しそうになってしまったらしい。幸い機長の適切な操縦で大事には至らなかったが、それでも軽傷者が出てしまい、結局その新人は辞めてしまった。・・ミスに気づいていたのに、それを修正させず、会社に損害を与えてしまったばかりか、1人のCA人生を狂わせてしまったことを悔やんだ加賀も結局その会社を辞めたということだ・・」

「・・君には迷惑な話かもしれないが、加賀には君がその新人に重なって見えてしまったのかもしれない。優秀でそつなく仕事がこなせるところも含めて・・」

 

「優秀?毎日のようにさんざん指導されている私が?」瑞鶴は悲しそうな顔をして答えた。

 

「いや、この前、加賀が君を指導している内容を聞いて驚いたんだが、あれは中堅以上の人間に言うような内容だ。そんなことはベテランである加賀自身が一番よく知っているはず。そんな内容を無能と思っている奴に言うわけがない。・・だが、そうだとしても、君はよくそれに耐えている・・」日向は瑞鶴の肩を軽く叩いた。

 

 瑞鶴は、きちんと周りが見てくれていたことに自然と涙がこぼれた。

 

「・・さあ、今日は私たちのおごりだ。加賀の悪口でも何でも言っていいぞ。とことんまで付き合ってやる」

 

「大丈夫、私だって未だに加賀さんから文句・・じゃなかった、指導を受けているんだから」飛龍がさらっと告白すると、「実は、私も・・」と次々と手が挙がり、結局全員が手を挙げていることに気づいた。

 

「何だ、みんな加賀さんから指導を受けてたんだ・・」瑞鶴は、このアットホームな環境を選んだことが間違いでなかったと心から思うことができた。

 

 

 翌日、瑞鶴は懸命に働いた。その様子を加賀は黙って見ていた。そして、1日の業務が終了した直後、加賀から声を掛けられた。

 

「五航戦・・何か指導することはないかとずっと見ていましたが・・何も見つけることができませんでした。よく頑張りましたね」加賀は初めて瑞鶴に笑顔を見せた。

 その笑顔は、これまでの苦労を全て溶かすようであり、瑞鶴は、うれしさのあまり涙が出そうになった。

「・・しかし、ひとつだけ。全般的に力が入りすぎています。これでは体が持ちません。手を抜いていいところは手を抜きなさい」これまでとは異なり、言い聞かせるように言うと加賀はそそくさと立ち去っていった。

 

「卑怯だよ、こんなときだけ・・」瑞鶴は目頭にハンカチを当てながらつぶやいた。

 

 実はこのとき加賀の目にも涙が浮かんでいたのであるが、それに気づいた者は誰もいなかった・・




 鬼ならぬ加賀の目に涙・・


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四航戦、出向する! 加賀傷害事件

 ○○地区憲兵隊のとある部屋。ここに日向は憲兵少尉として勤務していた。先日解決した「カレー大量喪失事件」により、捜査官としての適性を認められた日向は、その後、他の憲兵同席のもとではあったが、実際の取り調べも経験していた。

 

 日向の取り調べはなかなか迫力があるらしく、事件解決に大いに貢献していた。

 

 そんな中、今度は△△警備隊で、加賀が負傷したという連絡が入ってきた。艦娘がらみということで、さっそく日向は現地に派遣されることになった。

 

 現場に急行すると、すでに鑑識活動が終わり、艦娘たちへの聞き込みと防犯カメラ映像の回収・分析が行われていた。被害者である加賀も既に入渠が済み、自室で安静にしているという。

 

 憲兵は、普通の隊よりは階級に縛られないものの、憲兵少尉が現場に来たとなると、さすがに憲兵隊員の顔つきが変わる。警察で例えるなら、所轄の副署長クラスが現場に来るようなものだからだ。

 

 日向は、鑑識係から加賀の負傷状況を撮影した写真を示された。

「・・何だ、この漫画のような()()は?」日向は思わず吹き出しそうになる。加賀の後頭部に、それこそ漫画でしかお目にかかれないような、それは見事な()()ができていたからだ。

 

「クスリと笑える場面を入れたかったから・・」

 

「まあ、そうなるな・・って何故作者が出てくる!!後で加賀に逆襲されても知らんぞ」

「・・それはともかく、何か証拠品は見つかったか?」

 

「それが、まだ発見できません。艦娘さんの頭にあれだけの()()ができたんですから、相当固い物であろうことは間違いないと思われますが・・」憲兵隊員が残念そうに報告する。

 

「・・そうか、それで加賀の様子は?」

 

「だいぶ落ち着きを取り戻しました。事情聴取に応じるとのことです。少尉殿も立ち会いますか?」

 

「もちろん、そうさせてもらう」

 

 日向の存在とその意義について、憲兵隊員で知らない者はいないため、驚いた者は1人もいなかった。

 

「日向・・来ていたのね・・」そう言いつつも、加賀は日向を見るなり、わずかに安心したような表情を浮かべた。

 

 この間にも、防犯カメラには、犯行状況や犯人検挙につながりそうな映像はなかったものの、それでも不審者の出入りはなかったことが日向に報告されていた。

「そうなると内部犯行の線が濃厚か・・」そのようなことを考えながら、日向は加賀に被害状況を尋ねた。

 

 しかし、その内容は、加賀が警備隊内のグラウンドと建物の境付近を歩いていると、いきなり後頭部に激痛を感じ、次に気づいたら医務室のベッドの上にいた・・というものであった。

 

 日向は、加賀に被害当時、艤装を付けていたかと尋ねた。すると、加賀は「つけていた」と答えた。

 

 さらに日向は提督から提供を受けた艦娘名簿で加賀の練度を確認すると、その練度は最高クラスに達していた。

 

 最高クラスの練度を誇り、艤装も付けた空母艦娘に気づかれないように近づくのは困難を極める。思い込みは危険だが、例えば砲で撃ったとすれば辻褄は合う。

 

 しかし、砲なら爆発音が聞こえるはずであるが、それを聞いたという報告は1つもない。遠隔から攻撃可能で、あまり音がしないとなれば・・弓しかない。

 すると・・犯人は弓を使う空母か?しかし、それなら何故矢が見つからない・・あるいは事故か?しかし、そもそも事故が起きそうな場所ですらない・・日向は、事件か事故かすら分からなくなっていた。

 

「この警備隊の中に、恨みとまではいかなくても、嫌われているとか、あるいは逆に嫌っている者はいるか?」日向は一応事件として、直接加賀に心当たりを聞いてみることにした。

 

「正直に言うと、嫌われているのも、嫌っているのもいるわ・・」日向の質問の意図を察したのか、加賀は淡々と答えた。

 

「それは?」

 

「分かっているでしょう・・瑞鶴よ」

 

「ここでもそうなのか?」加賀と瑞鶴の仲の悪さはどこでも有名であった。

 

「瑞鶴と私はおそらくどこに行っても同じようなものよ・・」加賀は諦めたように言った。

 

「単刀直入に聞く。この件は瑞鶴がやったと思うか?」答えは明らかと思いながらも日向は尋ねた。

 

しかし・・

「いえ、それは()()()()()」加賀の答えは日向の予想の全く反対であった。

 

「・・それは、どうして?」日向は驚きの顔で加賀に尋ねた。

 

「あの子は生意気ではあるけど、決して卑怯でないし、バカでもない。いつだって正々堂々と演習で挑んでくる。そして最近ではメキメキと力をつけてきたばかりでなく、周到な作戦まで用意してくるようになってきた・・力だけで押してくるならまだしも、頭も使ってくるあの子に敗れてしまう日も、もう決して遠くない。その手応えを感じているではずのあの子がこんな姑息で、すぐ疑われるようなバカなことをするはずがない・・」加賀の口から出たのは、瑞鶴への高い評価であった。

 

「・・他には?」余計なことを言わずに日向は尋ねた。

 

「他にはいないわ。隠れて私を嫌っている人はいるかもしれないけど・・」加賀の話を聞いても全く犯人像は絞れそうになかった。

 

 

 

 その日、日向は瑞鶴からも話を聞くことにした。

 

「日向さんは、私を疑っているんですか?」瑞鶴は憮然とした表情をしながら日向の顔を見つめていた。

 

「一番最初に君に聞いたのは意味があってのことではない。もし、気を悪くしたら、それは申し訳ない」日向は深々と頭を下げた。

 

「・・ごめんなさい、私も言い過ぎました。疑うのも仕事のうちだもんね・・」瑞鶴は笑顔を見せた。どうやら許してもらえたようだ。

 

「そう言ってもらえると、私も助かる」日向は安堵した。

 

「単刀直入に聞かせてもらうと、加賀が事件に遭った今日の1255(ヒトフタゴーゴー)頃、君はどこで、何をしていたのか?」

 

「自室で本を読んでいたわ」

 

「それを証明できる人は?」

 

「・・いないわ。・・われながら、これじゃあ、疑われても仕方ないよね。しかも私には動機がある・・」自嘲するように言う瑞鶴。

 

「加賀は、確かに君に嫌われているし、また自分自身も君を嫌っているとも言っていた。しかし、同時に君が犯人ではないとも断言していた」

 

「へえ、加賀さんが・・私を嫌っているとはっきり言ったのに、どういう風の吹き回しかしら・・」

 

「『君は生意気ではあっても、卑怯でもバカでもない。正々堂々と演習で勝負を挑み、遠くない未来にその演習で自分をやぶるであろう君がこんな姑息で、すぐに疑われるようなことをするはずがない』とのことだ」

 

 それを聞いた瑞鶴は、驚いた表情を隠さずに尋ねた。

「それは、本当に加賀さんの言葉?」と。

 

「ここで私が嘘をつく必要は全くない」

 

「・・そう、加賀さんががそんなことを・・」

「日向さん、加賀さんに言わないで欲しいんだけど・・」瑞鶴はこれまでと異なり、懇願する口調になっていた。

 

「内容にもよる・・」日向は言質を与えない。

 

「・・加賀さんは遠くない未来に私が勝てると思ってくれているかもしれないけど、実際は私には何かが足りない。どうしてもあと一歩及ばない。それが経験なのか、何なのかまだ私には分からなくて・・これが分からなければ、加賀さんとの距離は永遠に縮まない。・・だから、私には加賀さんを襲う理由がある・・」

 

「何だ、瑞鶴も加賀のことを敬っているんじゃないか・・」日向はそう思いつつ、瑞鶴に声を掛けようとしたその瞬間、すぐ外からガシャーンと物が落ちた音がした。日向が急いで部屋の外に出ると、そこには呆然と立つ加賀その人の姿があった。

 

「・・今の話、どの辺りから聞いていた?」日向はいつもより低い声で尋ねた。

 

「日向が、瑞鶴に私のことを言っているのがかすかに聞こえてきて・・瑞鶴が何と言うのか気になり、思わず・・」加賀の声はうわずっていた。

 

「・・聞かれちゃったなら仕方ない。加賀さん、どうか私の足りないところを教えてください」瑞鶴は加賀に向かって頭を下げた。

 

「あなたに足りないところなんて何もない。あなたならもうすぐ私を超えられる・・自分を信じて。これからは、あなたが私の背中を守ってちょうだい・・」加賀はなんとか平静を装おうとしていたが、その声はどこかギクシャクしており、動揺は隠しようがなかった。

 

「・・何よ、こんなときだけ・・でも私、この日が来るのをずっと夢見ていた・・」瑞鶴もまだ完全に自分を取り戻していないようであった。であるからこそ、普段なら言えないような本音で話せたのであろう。

 

「頼むわよ・・」

 

「任せて。深海棲艦なんか、鎧袖一触よ」

 

「油断なんかしたら、爆撃するわよ・・」

 

 お互いのセリフをさりげなく入れ替えて話す二人は、まるで恋人のようですらあった。

 

 のろけを見せつけられたような気分になった日向は、勝手に盛り上がる二人を残して部屋から出たのであった。

 

 

 事実は意外なところで明らかになった。建造されたばかりの葛城が弓の練習をしていたところ、矢を放った直後に弓が壊れて矢があらぬ方向に飛び、それが石にぶつかり、はじき飛ばされた石が運悪く加賀の後頭部に直撃した・・というのが事の真相であった。人間の力では到底無理であり、また空母艦娘であっても無駄な力は使わないからこのようなことにはならない。建造されたばかりで、「あの戦争」でも実戦経験がほとんどなく、監督者もないまま力任せに矢を放ったことが原因であった。

 

 葛城は泣きながら土下座して加賀に謝り、加賀もそれを受け入れた。・・ただし、今後当分の間、監督者を付けるよう本人に指示するとともに、提督にも依頼したが・・

 

 事件性がないことが確認できたため、日向たちは憲兵隊に戻ることになった。

しばらくすると、△△警備隊の提督から日向宛にメールが送られてきた。それには仲よさげに写真に収まる加賀と瑞鶴の姿と、その2人から指導を受ける葛城の姿、そして空母艦娘たちの活躍で解放海域が拡大したことが記されていた。




瑞鶴:「加賀さんの仇は私が取ります!」
作者:「いや、待って・・瑞鶴さん何故あなたが・・」
瑞鶴:「問答無用!!全機爆装、準備でき次第発艦!目標作者!殺っちゃって!!」バスッ、ブスッ!
作者:「瑞鶴様にやられるなら思い残すことなし・・」ガクッ
加賀:「持つべきものは優秀な後輩ね」
瑞鶴:「ありがとうございます!」
加賀:「つまらないことをさせちゃったから、お詫びに間宮でご馳走してあげる」
瑞鶴:「いいんですか?やった~!!」
加賀:「素直でよろしい・・」




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内閣総理大臣瑞鶴
第1話 大命降下


 このお話は、戦前の日本をモチーフにしていますが、セリフ等を含め、全編を通じて全て創作です。従って実在の人名、地名と同一のものが登場しても、全く関係ありません。
 また、作者は戦前への回帰を希求してしているわけではなく、現行憲法では絶対に実現不可能であるものの、明治憲法であるならば一応実現可能であるため、そういう時代設定としました。
 いろいろな場面で「ご都合主義」のため、現在とも、戦前とも事実と異なる点が多々あります。
 最後に、お気に召さないところがある場合でも、「所詮、作り話だから」と許して頂ける方に読んで頂けるようお願い致します。



 瑞鶴は、陛下の命により宮中に参内していた。何日か前に内閣総辞職のニュースが流れていたような気もするが、自分とは何の関係もないと思っていたため、詳しいことは全く知らない。

 

 自分が何のために召し出されたか、瑞鶴は全く予想することだにできなかった。間宮でのつまみ食いがバレたのかとも思ったが、そんなわけないと思い直した。提督ならまだしも陛下にいきなり召し出されるようなことはしていない・・はずであった。

 

 所属する鎮守府では、上を下への大騒ぎとなった。そもそも何を着ていけばいいのかという議論になった。海軍省や宮内省に問い合わせても満足な回答は得られなかった。

 それもそのはず。艦娘が陛下と直接やり取りするなど想定さえされていなかったのだから。

 

 それでも、海軍軍人に準じるということで、左右の上下のない一種軍装が急遽用意された。階級については、これもすったもんだのあげく、海軍少将心得というわけの分からないものになった。

 

 そんなことを思い返しているうちに、侍従武官ととも陸海軍大元帥としての軍服を着た陛下が現れる。

 

 瑞鶴は最敬礼した。

 

 侍従武官から声が掛けられる。

「艦娘、瑞鶴。(かしこ)くも大元帥陛下におかせられては直答(じきとう)をお許しされた。また、平素の言葉での直答をも許すとのことである。陛下の大御心(おおみごごろ)に感謝せよ」

 

「ありがたき幸せ」最敬礼したまま言葉を返す瑞鶴。

 

「艦娘、瑞鶴。顔を上げられよ」玉音を賜った瑞鶴は、ゆっくりと顔を上げ、竜顔(りゅうがん)を拝した。

 

 陛下の言葉の内容は、瑞鶴が予想だにできないものであった。

「・・艦娘、瑞鶴。卿にソカクを命じる」

 

「えっ、ソカクって何?どんな字書くの?」

 瑞鶴は陛下の前に立った緊張と、今まで聞いたことのない言葉に軽いパニックに陥っていた。

 

 何も答えない瑞鶴に再度陛下から声が掛けられる。

「・・朕の言い方がよくなかったようだ。卿に『総理として内閣を率いよ』と命じたのだ」

 

 ここでようやく「組閣」の文字が瑞鶴の頭に浮かんだ。あまりの驚きで声すら出ない。

 しかし、瑞鶴は、自分みたいな政治を全く知らない艦娘が総理など務まろうはずがない、何としても辞退しなければと思い、言葉をひねり出した。

「お、(おそ)れながら・・私は、その、陛下の臣民どころか、人ですらございません」

 

「瑞鶴、控えよ!勅命であるぞ!!」

侍従武官が声を上げる。

 

「いや、よい。いきなりのことで困惑しておろう」

陛下は侍従武官を制止した。

「確かに国籍法のみから言えば卿は国民・・いや、生物学的には人とも言えまい。だが、卿らはこうやって朕とも会話でき、今困惑しているように感情もある。また、わが国と国民のために命をかけて戦っておるではないか。これを少なくとも国民に準じると言わずに何と言うのか・・」

 

「あ、ありがたきお言葉。しかし、私に1億臣民の政治は・・」

 

「できる」

陛下は断言した。

「政治とは技術ではないはず。国家と国民の幸せのために働く覚悟があれば、それ以上何が必要か。さらに朕の侍従長の経験もある鈴木貫太郎を卿の後見人とさせる」

 

「艦娘、しかも私などに大命を下された大御心の一端をご教示願い奉りたく・・」

普段は敬語を使わない瑞鶴であっても、いざ陛下を目の前にすると、自然とこういった言葉遣いができるのであった。

 

「・・朕は深海棲艦との和平を望んでおる。しかし、そこに直接戦っていない人間が交渉を申し込んだところで一体どれだけの意味があるのか。現に深海棲艦はこちらからの呼びかけに一切反応すら示していない・・」

 

「・・誠に不遜な言い方ながら、そうであるならば総理でなくとも・・例えば大使であってもよいのでは・・」

 

「実は、前の内閣でそれを試みた。結果は言うまでもない。・・次は大臣、それでダメなら総理・・という意見もあったが、それでは深海棲艦はこちらの足下を見て、ますます交渉に応じないのではないか。こちらとしては最大限の誠意を見せるべきではないのか・・ということだ」

 

「・・艦娘が総理になる意味については理解致しました。しかし、畏れながら私より適任の者が・・」

 

「卿は深海棲艦との戦いで多数の武勲を挙げ、その名を轟かせていると聞く。また、あるいは卿の負担になるやもしれないが、卿の運の良さについても同様でないか」

 

「誰が言い出したのか知らないけど、いきなり総理に選ばれるのは運がいいのか、悪いのか・・」瑞鶴は訳が分からなくなっていた。

 

「・・幸い、卿らの努力をもって、現在戦局はわが国に有利に進んでいる。卿をもって交渉に当てれば、あるいは深海棲艦も交渉に応じるやもしれぬ」

 

「・・もし、不肖の身をもってしても交渉ができないときは?」

 

「・・物量に勝る深海棲艦を相手に早晩不利・・いや敗北は免れまい。敗北が文字通り滅亡を意味する以上、朕はもし深海棲艦との交渉が妥結できれば、いかなる内容でも裁可する。いかなる内容であっても・・」

 

 陛下は「いかなる内容であっても」という言葉をわざわざ2回使われた。ということは内容については白紙委任されたということであった。

 

 もはや進退窮まった。ここで仮に瑞鶴が固辞しても、結局艦娘の誰かが決死の思いで深海棲艦との交渉に当たらなければならない。瑞鶴は一旦は天敵とも言える加賀に責任を押しつけようかとも考えた。

 確かに冷静さの点から言えば、自分より加賀の方がよりふさわしいかもしれなかった。しかし、瑞鶴は、冷静に練度と経験に勝る加賀に万が一のことがあってはならないと考え・・覚悟を決めた。

 

「・・陛下の和平に対する思い、ありがたく存じます。浅学非才の身ですが、謹んで大命を拝し、一身を賭して深海棲艦との交渉に当たります」

 

「そうか。すまぬ。・・卿には、艦娘であるが故にいらぬ苦労を掛けるやもしれぬ。朕は、卿に協力するよう特に勅語を出すつもりである」

 

「ありがたき極み・・」

 

「・・瑞鶴」

 

「は?」

 

「卿の普段の言葉遣いについては聞いておる。今後は普段通りに話すがよい。誰が言葉遣いで不敬に問うものか・・」陛下はわざと侍従武官の方を見ながら声を掛ける。

 

「はあ、慣れない言葉遣いで・・」しまったという顔をする瑞鶴。

 

「その方が卿らしいのではないのかな・・」陛下は笑顔を向けると何も言わずにその場を立ち去っていった。

 

 

……………

 

「艦娘瑞鶴に大命降下」このニュースは瞬く間に日本のみならず世界中に発信された。

すると加賀から電話がかかってきた。

 

「瑞鶴、あなた死ぬ気ね」加賀は、いきなり核心を突いてきた。

 

「・・好き好んで死ぬつもりはないけど、これは死ぬ気でやらないと活路は開けないと思う」

 

「何で断らなかったの?」

 

「私が断っても、艦娘の誰かがやらざるを得なかったから・・」

 

「あなたにもしものことがあったら、どうするの?」

 

「・・加賀さんに託します」

 

「ふざけないで!!」怒鳴りつける加賀。

「強情で、生意気で、散々立ち向かってきて・・それでも、いや、だからこそ優秀なあなたみたいな子が二人といるわけないでしょう・・」加賀は途中から涙声になっていた。

 

「加賀さん、ありがとう。もしもの話だけど、私が深海棲艦にやられても、絶対に復讐戦なんか挑まないで、この戦争が終わるまで生きて。これは総理としての命令よ・・」

 

「・・こんなときに総理権限を使うなんて、あなた卑怯よ・・」

 

「卑怯でいいわ。加賀さんに命令してやるのが私の夢だったんだから・・」

 

「・・個人としてなら絶対に従わない。でも、不本意極まるけど・・総理としての命令なら・・従う・・しかない・・」

 

「・・総理として、加賀さんの冷静な判断に感謝します・・」あくまで公人として瑞鶴は押し切った。

 

 

……………

 

 首相官邸には、陛下から後見人と言われた鈴木貫太郎男爵が待っていた。鈴木男爵は「あの戦争」以前に連合艦隊司令長官や侍従長の経験もあり、陛下の信任も厚い。艦娘である瑞鶴の後見人として、これ以上の人選はないと思われた。

 

 瑞鶴は、鈴木男爵に入閣と大臣候補の選定を依頼した。いかんせん瑞鶴にはそういった()()が全くない。

 

 海軍つながりで、自分の孫くらいにしか見えない瑞鶴の覚悟を見て取った鈴木男爵は全面的な協力を約束してくれた。

 その鈴木男爵に瑞鶴は心のうちを話した。

「この内閣は短命でなければならない」と。

 

「どうして」と聞く鈴木男爵。

 

「私が、深海棲艦との交渉中にやられたら、もちろんそれで終わり。交渉が失敗するか、そもそも交渉に持ち込めなければ、その時点で総辞職。仮に交渉がうまく妥結できたとしても、その履行は人間が行うべきだからです」瑞鶴は淡々と答えた。

 

「私も老い先長くない。短くて結構。それでこの内閣の期限は?」

 

「長くて1年程度かと」

 

「この国では、1年と持たずに倒れた内閣も少なくない。・・しかし、最初から1年と期限を区切ってしまうのも珍しい・・」鈴木男爵は笑いながら瑞鶴の考えを受け入れてくれた。

 

 

……………

 

 鈴木男爵が大臣候補を選定したと聞いた瑞鶴は、早速その候補者たちを首相官邸に招いた。

 

 鈴木男爵から1人ずつ大臣候補を紹介してもらった瑞鶴は挨拶した。

「はじめまして。艦娘の瑞鶴です。・・いきなり組閣を命じられ、もう何が何だか分かりません・・」

 この正直すぎる言葉に苦笑とも失笑ともとれる笑いが起きた。

 

「きっと、みなさんは『こんな小娘に総理が務まるか』とお思いになっていると思います。なにしろ、他ならぬ私自身がそう思っているんですから・・」一応に驚いた表情をする大臣候補たち。

「・・今回の私の役割は、深海棲艦との交渉の1点に絞られます。それ以外は、皆さんのお力をお借りするしかありません。あるいは鈴木男爵から聞いていらっしゃるかもしれませんが、この内閣は短命が宿命づけられています。短い間になると思いますが、どうか、それぞれの役割に全力で当たって頂きたいと思います」

 

 深々と頭を下げる瑞鶴に、総理経験者で、海軍大臣候補の米内光政が発言を求めた。

「・・総理、我々は鈴木男爵から、そのお話を聞いた上で、この場に参集しているはずです。私ごとながら、私が内閣を率いたのは半年。時間の長短ではなく、なすべきことをなすべく、微力ながら総理のお力になりたいと存じます。総理がご自身を小娘とおっしゃるなら、この米内、喜んでその小娘にお仕え致しましょう・・」この発言により、場は一気に引き締まった。

 

 宮中での親任式を経て瑞鶴内閣は正式に発足した。そして、内閣成立と同時に勅語が発せられた。それは、この戦争終結に向け、艦娘に政権を率いさせる意義を説くものであり、艦娘であることをもって不当な攻撃をしないよう求める異例のものであった。

 そして、瑞鶴内閣は、発足当初から「艦娘内閣」の別名がついて回ることになった。

 



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第2話 所信表明演説

 瑞鶴が総理に就任してから1か月が経過しようとしていた。

 

 普通の艦娘ではおそらく一生関わることがないであろうことを毎日のように経験していた瑞鶴は文字通り目を回していた。

 

 事実、副総理である鈴木男爵たちの支えがなかったら、1週間と持たずに政権を投げ出していたかもしれない。

 

 しかしながら、鈴木男爵たちは総理である瑞鶴を立てていた。

 

 ある日、瑞鶴は、鈴木男爵が持ってきた決裁に対して興味本位で2,3意見してみると、鈴木男爵はすぐに持ち帰り、その意見を反映した内容に修正してきたため、意見するにしても本気で取り組まなければと真剣に反省し、まず知識を習得しなければならないと決めた。

 

 やると決めれば徹底するのが瑞鶴の性格であった。遠回りのようでも確実を期すため、それこそ小学1年生の内容から立ち戻って学習に励んだ。

 

 瑞鶴は、元々空母艦娘として、高速で移動する多数の飛行機を指揮できることから、地頭は悪くなかった。しかし、これまではどちらかというと感覚で動いており、座学も直接戦闘に関わること以外、あまり真面目に聞いてこなかった。そんな過去の自分を大いに反省しながら、睡眠時間を減らして-さすがに寝ないと体はともかく、脳への負担が重すぎるため-日々勉強した。

 

 初めは馬鹿にしたようにも、不安そうにも見ていた官僚たちも、あっという間に知識を習得していく瑞鶴を見て、次第に信服するようになっていった。

 

 瑞鶴は、お飾りとしてではなく、名実ともに総理として、国政全般に責任を負わなければならないのであった。

 

 もちろん、鈴木男爵や各大臣たちも瑞鶴をよく補佐してくれてはいたが、省庁間で意見が異なったりする場合があり、そういったときは頭を絞り、胃薬を飲みながら意見調整した上で、裁定しなければならなかった。

 

 

……………

 政府は、あらゆる方法で深海棲艦との交渉を呼びかけていたが、返事が返ってくることはなかった。

 

 打開策を探るため、閣議が開かれていた。

 

「ビラまき、広告、放送・・考えられるあらゆる方法で艦娘内閣の誕生と、交渉を望む旨のメッセージを流していますが、深海棲艦からの反応は一切ありません」

 

「このままでは、まずい・・」

 

「私は、今日にでも辞めていいのよ」

 

「総理も冗談がきつい・・総理が辞意を表明した後に深海棲艦から反応があったら、それこそ笑い話にもなりません」

 

「あるいは・・」

 

「深海棲艦は、まだ艦娘内閣を疑っているのかもしれません」

 

「確かに、それは考えられる・・」

 

「今でこそなくなったけど、内閣発足当時はすごかったよね・・」 

 艦娘たる瑞鶴が総理に就任したというニュースに、国外はもとより、国内からですら周到なフェイクではないかと疑われ、辟易(へきえき)させられたのだから。

「どうしたら、私が本物の総理だって、深海棲艦に信じてもらえるかしら?」

 

「総理、帝国議会の召集を陛下に上奏されてはいかがでしょうか」

 

「帝国議会?」

 

「はい、帝国議会において、総理として所信表明演説を行うのです。これは本物の総理以外、誰にもできません。フェイクではあり得ないことをやるしかないのではないでしょうか?」

 

「わ、私が所信表明演説を・・」

 

「総理なら、早晩行うことです。それなら今やってもいいでしょう」

 

「私に、あんな長い原稿読めるかな・・」

 

「読んで頂くしかありません・・」鈴木男爵の言葉に閣僚たちは笑い出していた。

 

 

……………

 かくして帝国議会が召集された。

 

 貴族院において開会式が行われた後は散会するのが通例であったが、この日は陛下が貴賓席に移動し、そのまま議会を傍聴する。そしてこの様子は冒頭から全世界に向け生中継されていた。

 

 これは、陛下が臨席される中で所信表明演説を行えば、フェイク説を完全に一掃できると判断されたからであった。

 

「内閣総理大臣より、所信に関する演説を行いたいとの要求がありました。これを許可します。内閣総理大臣、瑞鶴く~ん!」貴族院議長から独特の節で指名された瑞鶴は、陛下、議長、そして議員に向けて頭を下げて登壇した。

 

 瑞鶴に数百人の議員の視線が集中していた。瑞鶴は初陣のとき以上の緊張に見舞われていた。瑞鶴は、かつて翔鶴から緊張緩和の方法として教えてもらった腹式呼吸をした後、原稿に目を落とした。

 

「私は・・すみません」声が上ずってしまったため、瑞鶴は頭を下げた。失笑なりヤジが飛んでもおかしくなかったが、陛下が臨席しているためか、水を打ったように静かなままであった。

 

「どうしよう・・やっぱり私には無理なのかな・・」頭が真っ白になる瑞鶴に聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「瑞鶴、頑張って」

 

「落ち着きなさい、あなたならできる・・」

 

 それは間違いなく翔鶴と加賀のものであった。

 

「翔鶴姉と加賀さんは、こんなところでも私を励ましてくれる・・」そう思った瑞鶴は落ち着きを取り戻していた。このあたりはさすがに歴戦の艦娘であった。

 

 水を口に含んだ後、最初から原稿を読み直す。

「私は、組閣の大命を拝し、ここに国民と帝国議会の皆さんに対し、所信を表明できることを・・」

いい意味で開き直った瑞鶴は、今度は堂々と原稿を読み上げる。

 

 この内容に議員たちは驚いていた。これまで所信表明演説といえば文語調であったのが、口語調に変わっていたからであった。おかげで何を言っているのか分かりやすくなっていた。

 

 実は、これにはわけがあった。閣議で瑞鶴が深海棲艦のことを説明したとき、「文語調の表現では深海棲艦に伝わりにくいのではないか」との意見が出たからであった。

 確かに今や文語調の表現を使っているのは法律や正式な公文書のみで、国民の間からですら「難解だ」という意見が出ていたからだ。

 

「公文書としての格が下がってしまうのでは」という意見も出たが、瑞鶴内閣の至上命題である深海棲艦との交渉と和平の実現、そして瑞鶴の「口語調が女、子供のものだとバカにされるならそれでいい。だって私、女だもの・・」*1という一言が決め手になって口語調への変更が実現したのであった。

 

 

「・・この内閣のなすべきことは、要約すれば1点に集約されています。それは深海棲艦と交渉し、和平を得ることです」

「・・私は、一身を賭して、この戦争終結に向け、あらゆる方法で深海棲艦と交渉を呼びかけ、交渉を実現した上で、和平を実現したいと考えています」

「・・国民と帝国議会の皆さんのご協力を賜りたく、お願い致します」

早口にならないよう、ゆっくりと読み上げたため、要した時間は約10分であった。

 

 何とか読み間違えることなく演説を終えた瑞鶴が、先ほどとは逆の順番で頭を下げ終えた瞬間、ある議員が拍手した。それを受け1人、また1人と拍手し・・そして議場が拍手に包まれた。

 瑞鶴は、拍手に応えるかたちで再度を下げた。

 

 そして所信表明演説から10日後、遂に深海棲艦からの通信の傍受に成功した。内容は「艦娘が総理になったことを認める。交渉可否は後日連絡し、その間、こちらからの攻撃は中止する」というものであった。

 瑞鶴は総理を続けざるを得なくなった。

 

……………

瑞鶴は、所信表明演説後に自分の影響力の大きさを改めて思い知らされていた。

 

 まず、女性の社会的地位が飛躍的に向上した。これまで東北帝国大学だけが認めていた女性の大学入学が、ほかの帝国大学に拡大し、さらに官立大学や私立大学にまで拡大されようとしていたからであった。

 

 この影響は教育だけでなく、就職、公民権、そして家族法にまで影響を及ぼしつつあった。

 

 さらに、所信表明演説の口語調への変更が予想外に好評で、それを受けるかたちで公文書が順次口語化、漢字ひらがな表記への切り替えが決まったのであった。

 

 そして、それらに伴って言文一致させようとする運動も起き、文部省を中心に対応が検討されるようになったのであった。

 

 つまり、瑞鶴の決断が国語表記にまで重大な変革を促したのであった。

 

 人ならぬ自分が、人の生活、果ては文化にまで影響を及ぼしてしまっていいのか・・艦娘ゆえの悩みであった。苦悩する瑞鶴に、鈴木男爵が声を掛けてきた。

 

「総理、何を悩んでおられる?」

 

「大したことじゃない・・」

 

「ほぉ、私には、人ならぬ自分が人の世を治める苦悩を抱えているように見えましたが・・」

 

「何故それを・・」

 

「カマをかけたのですが、やはりそうでしたか・・」

 

「やられた・・」

 

「あなたは真面目すぎる・・」

 

「私が?」

 

「自分が何かをすることで人に影響を与えてしまうことを恐れる気持ちがあるのはいい。しかし、逆に何もしないことでも人に影響を与えてしまう。あなたが所信表明演説を口語化したことで、この国の国語表記は変わろうとしている。そして、また、あなたがあのとき総理とならなかったら、この平和は生まれなかった・・」

 

「それは過大評価ね。艦娘だったら今の状態になったよ、私じゃなくても・・」

 

「それは違う。良いことも悪いことも結果で政治は評価されるべき。他ならぬあなたが総理指名を受け入れた。今の平和は、そのあなたが生み出したもの。この功績は誇っていいでしょう。自信を持って政治に取り組んでください。我々も、できる限り総理をお支えしますから・・」

 

「ありがとう・・」進むも地獄、進まぬも地獄。瑞鶴は武人であった。同じ地獄なら、支えてくれる人がいる限り、進んでみようと決めたのであった。

 

*1
これまでの慣例を破る瑞鶴の決意を示すため、あえてこういう表現にさせて頂きました。女性を差別する意図は誓ってみじんもありませんが、ご不快に感じられた場合にはお詫び致します。



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第3話 花火

 深海棲艦からの連絡後、太平洋海域に限られたものの、深海棲艦からの組織だった動きは全く見られなくなった。

 

 もちろん警戒態勢は解除できなかったものの、「はぐれ」と見られる深海棲艦との散発的な戦闘を除いて平和が取り戻されていた。

 

 これが一時のあだ花に終わるか、永続的なものになるかは誰にも分からなかったが、それでも多くの国民は7年に及ぶ深海棲艦との戦争に心底辟易(へきえき)していたため、素直にこの平和を喜んでいた。

 

 実は、深海棲艦との戦争が行われている間でも、戦況が極めて逼迫していた一時期を除いて、いろいろなお祭りは行われていたのであったが、花火大会だけは

 ・人出が集まり、深海棲艦の攻撃の対象となりかねないこと

 ・花火の音と深海棲艦の攻撃との区別がつかないこと

 ・そして何より火薬が不足していたこと

から行われずにいたのであった。

 

 それを政府は、軍による火薬の発注を減らすことにより、規模を縮小してではあったが、再開を認めたのであった。

 

 瑞鶴が閣議において花火大会再会案を出したとき、さすがに陸相と海相の2人は困った顔をしていたが、実際に深海棲艦に何らの動きも見られず、さらに「7年も我慢させたのだから」と正面切って言われてしまっては反対のしようがなかった。

 

 それでも、「久しぶりに行われるので、事故を起こさないようにする」という名目をつけて規模を縮小させることで何とか2人の面目を保たせる配慮を瑞鶴は怠らなかった。

 

 そして、実に8年ぶりに行われた隅田川花火大会を、瑞鶴は、少し離れた小型船の上から見ていた。

実は花火ではなく、市民の様子を見たかった瑞鶴であったが、万が一のときに警備担当者に責任が及ぶと言われてしまっては、どうしようもなかった。

 

 動員された警察官や軍人たちは、花火に背を向けるかたちで警備を続けていた。瑞鶴は、5分でも10分でもいいから交代で花火を見せてあげてほしいと事前に指示していた。それは、彼らにも久しぶりの花火を楽しむ権利があると信じたからであった。それを伝え聞いた者で感涙を流さなかった者はいなかったという。

 

 打ち上がる花火に歓声を上げる市民の様子を見て、瑞鶴は平和の尊さを再確認していた。

 

 そして、この平和が維持できるか否かは、まさに瑞鶴の双肩にかかっていたのであった。

 

 

……………

 内閣発足後、初の予算編成に取りかかることになった瑞鶴は、鈴木男爵や蔵相、各大臣らを交え、知恵熱による頭痛に悩まされながら作業に取りかかっていた。

 

 総理になってから知ったことであったが、日本経済は深海棲艦との7年にも及ぶ戦争で実はガタガタになっており、このまま放置すれば、あと数年で破綻し、戦争継続が極めて困難になることが予想されていたのであった。

 

 そこで、瑞鶴は、まず経済を立て直すべく、国民生活がより豊かになるよう予算を配分することにした。それは結局、強い経済力の上にしか強い軍隊は存在しえないことを学んでいたからであった。

 

 そうこうしているうちに、深海棲艦から、総理との直接交渉なら応じるとの二度目の連絡が入った。

 

 瑞鶴の回答は素早かった。当然「受け入れ」であった。

 

 すると、今度は場所と日時が通知されてきた。

 瑞鶴自身には一切の艤装を認めないが、6名以下なら艤装した艦娘の護衛を認めること、日時は3週間後、そして場所は・・ミッドウェー島であった。

 

 横須賀からミッドウェー島までは片道約4100キロ、低速艦なら余裕をみて1週間必要であるが、中部太平洋海域が深海棲艦の支配下にあることから、さらに余裕をみる必要があるため準備にそれほど時間はかけられなかった。

 

 瑞鶴は、すぐさま主要閣僚を呼び出して、交渉条件の取りまとめを指示した。このとき、米内海相から「護衛はどうするのか」と尋ねられた。

 

「いらない」と応える瑞鶴に、米内海相は怒った。

「6名以下とはいえ、艤装した艦娘による護衛を認めているということは、深海棲艦側も必ずしも一枚岩でない可能性がある。万が一にも交渉相手に行き着く前にやられてしまっては元も子もない」と。

 

 本気で心配し、怒ってくれた米内海相に、瑞鶴は素直に感謝した。

 しかし、交渉が決裂すれば、交渉相手の深海棲艦に丸ごとやられてしまう可能性すらあった。

 

 その心配を口にした瑞鶴に、米内海相は、「護衛を付けないという選択肢はあり得ない、誰にも知られないように志願を募る」と約束したため、米内海相に対応を一任することにした。

 

 

……………

 深海棲艦が指定した交渉日を10日後に控えたその日、瑞鶴は指定場所のミッドウェー島に向けて出発しようといていた。

 

 瑞鶴は一切の艤装が許されていないことから、船に乗ってミッドウェー島に向かうことになった。

 

 その船を、志願した艦娘たちが護衛するという。

 米内海相から、いかなる事態にも対応できるよう、空母、軽空母、戦艦、重巡、軽巡、駆逐艦からそれぞれ1名の艦娘が護衛に当たること、そして、艦娘からの志願が殺到したため、厳正な抽選が行われたとの報告が上がっていた。また、秘密保持のため、当の本人以外は、誰が選ばれたか瑞鶴にすら知らせないという念のいれようであった。

 

 船に乗ろうとする瑞鶴の前に、護衛を務める艦娘たちが並んでいた。そこに見間違うはずのない顔があった。

 

 空母加賀、その人であった。

 すると加賀は、それは見事な敬礼を瑞鶴に捧げた。

 加賀の姿は普段とは異なり、純白のハチマキをしめ、陣羽織を羽織っていた。これは瑞鶴がよく知る衣装であった。「瑞鶴決戦モード」と呼ばれるものだからだ。

 

 わざわざ自分の決戦モードの服を着る加賀の考えは、瑞鶴には火を見るよりも明らかであった。つまり、-生きるも死ぬも瑞鶴と共に-ということであろう。

 

「加賀さん・・」瑞鶴は、護衛から外れるよう説得を試みようとしたが、諦めざるを得なかった。

 ほかの志願者の手前、加賀だけを外すわけにはいかなかったこと、そして何より誇り高い加賀がそれを受け入れるとは到底思えなかったからであった。

 

 首を振って瑞鶴は答礼した。

 瑞鶴が加賀に言ったのは「よろしくお願いします」の一言のみであった。

 

 瑞鶴の護衛を担ったのは、空母加賀の他に軽空母瑞鳳、戦艦金剛、重巡洋艦愛宕、軽巡洋艦由良、そして駆逐艦時雨であった。

 皆、護衛の対象が他ならぬ艦娘総理である喜びに顔を紅潮させていた。

 



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第4話 交渉

 瑞鶴が乗る船を中心にし、護衛の艦娘たちが取り囲む輪形陣で中部太平洋海域を進んでいた。船には旭日旗ではなく、日章旗と日本政府を示す七五桐の旗がたなびいていた。

 

 瑞鶴は、艦娘として加賀たちと共に大海原を駆けたい気持ちはあったが、艤装が一切許されていない状況ではいかんともしがたかった。

 

 そこで瑞鶴は、艦娘を最低1人は交代で休ませることを提案し-加賀だけはずっと交代しないと言うのを総理命令をちらつかせて-実現させていた。

 

「瑞鶴、総理になって人が悪くなったようね」相変わらずの加賀の毒舌であった。

 

「加賀さんの毒舌なんて、かわいいよ。・・政治の世界には魔物がいる。それこそ深海棲艦以上の・・」きれい事だけでは済まされない人間の裏側を垣間見てしまった瑞鶴の言葉に加賀は驚いていた。

 

「素直が売りのあなたが、ここまでになるなんて・・怖いわ」

 

「総理なんて1日でも早く辞めたいよ、これ本音・・」

 

「辞めちゃえばいいのよ」

 

「・・それはできない」

 

「他の艦娘のことなら、気にすることないのよ」

 

「それもあるけど・・」

 

「あるけど?」

 

「・・確かに人間には闇がある。・・でも、光もあって・・私はやっぱり人間が嫌いになれない」

 

「・・」

 

「最初は、お飾りの総理だと思った。いや、それでいいと思った。・・でも、副総理の鈴木さんをはじめ、みんな少なくとも私の話は聞いてくれるし、艦娘である私の意見が多少なりとも実際の政治に反映できている。人間が作った艦娘の言うことを、人間が聞いて、実現してくれる・・その恩なり借りなりは返さなくちゃいけないと思うんだ・・」

 

「あなた、すごいことを考えているのね・・」

 

「ううん。総理なんかになる前には、こんなこと思いつくことさえできなかった・・」

 

「『地位が人を作る』ってこと?」

 

「偉そうなことを言わせてもらえば、そういうことになるかな・・」

 

「・・交渉がうまくいけばいいんだけど・・」

 

「そうね。加賀さんまで失わせるわけにはいかないからね」

 

「・・知っていたの?」驚いたような顔をする加賀。

 

「その格好見れば、誰だって分かるでしょう?それ、私の服装だよ。しかも決戦用の」

 

「本当に食えなくなったわね、あなた・・」

苦笑する加賀に、瑞鶴は、はち切れんばかりの笑顔を返したのであった。

 

 その後、深海棲艦から発艦したと思われる偵察機が発見されたときは、加賀と瑞鳳から全ての戦闘機と偵察機が発艦した上、全ての電探と水中聴音機を用いた警戒態勢が取られたが、幸いいずれからも攻撃を受けることなく、ミッドウェー島に到着することができた。

 

 ここからは瑞鶴以外の艦娘の同席は認められておらず、瑞鶴と深海棲艦との真剣勝負であった。

 

 交渉が失敗に終われば二度と交渉ができずに戦争が継続し、人類の滅亡というかたちでこの戦争が終結しかねない。それだけは何としてでも避けなければならないのであった。

 

……………

 瑞鶴は、深海棲艦が指定した日時に、指定された場所にたたずんでいた。すると、指定された日時きっかりに深海棲艦は現れた。

 

「指定シタ時間ドオリネ」見た目が人間に近い。間違いなく姫か鬼クラスであった。

 

「大日本帝国政府、内閣総理大臣、瑞鶴です。ご存じと思いますが、艦娘です」最もオーソドックスな方法で自己紹介した瑞鶴。

 

「ズイカク・・アア、ソノ名前ニハ聞キ覚エアル。貴様ニ斃サレタ仲間ノ何ト多イコトカ・・私ノ名ハ・・貴様ラノ言ウトコロデハ中間棲姫。ヤット決定権ノアル艦娘ト話スコトガデキタ・・」

 

「今まであなた方と交渉できなかったのは・・」

 

「・・私ハ人間ト話スツモリナドナイ。マタ、人間ニ従ウダケノ艦娘トモ話スツモリモナイ・・」

 

「少なくとも、一国の決定権を有する艦娘が現れるのを待っていたのね・・」

 

「ソウ。オ飾リデナク、実際ニ政治ヲ動カセルカドウカヲ見テイタ」

 

「じゃあ、私に政治を動かす権限があるって認めてもらえたってわけね・・」

 

「完全ニハ程遠イガ、ソレデモ人間ヲ従エル可能性ノアル艦娘ガ登場シタ。話ダケデモシテミル価値ガアルト判断シタ」

 

「・・わが国は、海上およびその上空の安全かつ自由な交通さえ保障してもらえれば、要求することは何もありません。そちらの要求は?」

 深海棲艦の要求が全く分からない以上、矛盾を避けるため、こちら側の要求は、日本がこれから生き延びるために必要な最低限なものに絞るというのが瑞鶴たちの結論であった。

 

「コチラノ要求ハ人類ノ削減ト服従」

 

「えっ・・」瑞鶴は、全く予想していなかった返答に息をのんだ。

 

「・・コレニハ説明ガ必要カナ。ズイカク、地球上ノ生命ハ、ドコカラ生マレタカ知ッテイルカ?」

 

「地球上の生きとし生けるものは全て海から生まれて、そこから進化したと聞いています」

 総理就任後に猛勉強した成果が現れていた。予想外の中間棲姫の言葉に、たちどころに反応することができているのだから。

 

「ゴ名答。次ニ、地上ノ多数ノ生命ヲ絶滅ニ追イヤッタバカリカ、気候変動マデ引キ起コシ、ソレデモ飽キ足ラズ、全テノ生命ノ起源デアル海マデモ汚ス愚カナ生命ガコノ地球ニハ存在スル。ソレガ何ダカ分カルナ?」

 

「それは、人類・・」

 

「ソウ。地球ヲヒトツノ生命ニ見立テレバ、モハヤ人類コソ最大ノ脅威。我々ハ、ソノ人類ヲ削減、服従サセルタメ、地球ガ生ミ出シタモノナノダ」

 

「・・・」

 

「人類モ地球ガ生ミ出シタ生物。故ニ滅ボシマデハシナイ。地球環境ニ負荷ヲ掛ケナイ程度ニマデ削減シタ後、我々ノ指揮ノ下、生産活動ヲ抑エ込ム」

 

「なぜ、こんなことを艦娘の私に言うの?」

 

「我々ハ貴様ラ艦娘モ人類カラ虐待ヲ受ケテイルコトヲ知ッテイル。人類ノタメ命ヲカケテ戦ッテイルニモ関ワラズ、『バケモノ』、『兵器』ナドト呼バレテイルバカリカ、性的ニ犯サレルコトサエアルコトヲ。ソンナ人類ヲ共ニ懲ラシメテヤロウデハナイカ・・」

 

「馬鹿にするな!!」瑞鶴は怒鳴り声をあげた。

「あなた、神にでもなったつもり?どういう基準で人類を選別するっていうの?それで、その後、産業革命以前の生活に戻せって?無茶すぎるよ。こんな話、絶対に乗れない。そもそも、あなた方だって人類への攻撃というかたちで街や船を焼き、地球を汚しているじゃない。まさか、これまで人類に責任を転嫁しようっていうの?」あふれる怒りを何とかコントロールしながら、問い詰める瑞鶴。

 

「武力ヲ使ワナケレバ人類ハ従ワナイカラダ」

 

「何を言ってるの?人類を削減するだけなら、戦争に訴えるよりもっとスマートな方法があるじゃない。まさか、分からないってことないよね?」

 

「例エバ伝染病カ?ウイルスヲ使ッテモヨイガ、ソノ後、人類ガ我々ニ従ウト思ウカ?武力ノ背景ナシニ覇権ヲ築イタ体制ナド人類ノ歴史ニナイ」

 

「武力で一時支配できても、そんな体制永続するわけないじゃない!これも歴史を見れば明らかでしょう」

 

「ソレハ建前ダ。全ク武力ノナイ国家ナド地球上ニ存在シナイ」

 

「武力に警察力まで含めるなら、それは否定しない。でも、一方的に武力で押さえつけるだけの体制は間違っている」

 

「・・コレ以上議論ヲ続ケテモ無駄ダナ。ヤハリ艦娘ハ人類ノ手先カ・・期待シタ私ガ馬鹿ダッタ・・サッサト帰レ。今ハ殺サナイ。ダガ、日本カラ総攻撃シテヤル。日本ガ滅ブ(さま)ヲ自分ノ目デ見ルガイイ」

 

 交渉をまとめられないどころか、よりによって日本を最初に総攻撃するという。

 

 瑞鶴は、内閣総辞職程度では責任を取ったことにならない、日本を守るため、死ぬまで戦うことでお詫びするしかないと思った。

 

 しかし、内なる自分が、それは自己満足に過ぎないと警告を発していた。

 中間棲姫は明確に日本を滅ぼすと言った。そう言い切るからには、かつてない攻撃が日本に加えられることは火を見るより明らかで、勝てる見込みが極めて乏しかったからだ。

 いや、仮に勝てたとしても、相当な被害を受けることは間違いなく、再起不能に陥る危険性も十分にあった。

 

 一国の総理として、地獄しか行き着くところのない選択は絶対に避けなければならない、他に何か方法はないか・・必死に思考を巡らし、そして、ふとあることを思いついた。

 それは・・

 

「ねえ、私の命をあげるから、停戦してもらえないかな。恒久的でなくていい。・・10年、そう10年だけでいいから。こう見えても私は現職の総理で、さっきあなたが言ったとおり、あなたの仲間の多くを斃した仇でもある。私の命に、それぐらいの価値があると思わない?」

 自分の命と引き替えに停戦を求めるものであった。

 

「ソノ間ニドウスルツモリダ?」

 

「削減や服従なんかしなくても、人類が生き残るにふさわしい種族だということを証明してみせる」

 

「ソレガデキナイトキハ?」

 

「あなたの好きなようにすればいい」

 さらっと答えたが、瑞鶴は本気で言ったわけではない。しかし、あまり条件を付けてしまっては中間棲姫が受け入れないだろう・・苦渋の判断であった。

 

「停戦シテイル間ニ、我々ヲ殲滅スル武器ヲ開発スルノデハナイカ?」

 

「原爆や水爆、果ては中性子爆弾を使っても吹き飛ばせなかったあなたたちに何を使えばいいの?逆に教えてよ。あっ、言うわけないか・・」

 

「面白イ。確カニ貴様ノ命ニハ10年停戦スル価値ハアル。ココマデ言ッタンダ、マサカ逃ゲルナヨ」

 

「随分こちらのこと調べているようだから、逃げられるなんて思っていないよ。でも、いくら私が総理でも批准が必要なのは分かっているよね。批准が済んで・・新内閣が成立した時点で私の命をあげる。その時点で現職じゃなくて前職になっちゃうけど・・それはあからじめ謝っておくわ」

 

「サスガニ現職ノ総理ノ命デハ、貴様ラノ立場モアルダロウ。前職デ十分ダ」

 

「それじゃあ、交渉成立ね」

 瑞鶴が合意書案を作成し、中間棲姫がそれを了承した。

 

 それは、瑞鶴が持参したノートを使用するという前代未聞のものであった。

 




作者:「いや、驚きました」
瑞鶴:「何に驚いたの?」
作者:「こちらの世界の総理が辞意を表明しました」
瑞鶴:「突然だったよね」
作者:「評価はともかく、『お疲れ様でした』と申し上げたいと思います」
瑞鶴:「それはそうと、今さら中間棲姫って古くない?」
作者:「太平洋海域を取り仕切っている設定にしたので、他の場所だとちょっと無理があるかな・・と」
瑞鶴:「太平洋の真ん中を押さえているから、全体を押さえられるっていうこと?」
作者:「そういうことでお願いします」
瑞鶴:「う~ん。無理があるような、ないような・・あと、中間棲姫のセリフが読みづらいよ」
作者:「深海棲艦のセリフはカタカナというのがお約束になっているので・・それでも全部カタカナよりはマシになっていると思います」


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エピソード 記念撮影

これは、瑞鶴が総理を引き受けてから内閣が正式に発足するまでのお話


「図らずも、本当に図らずも総理の大任を引き受けることになった瑞鶴と申します。本当に分からないことだらけなので、初歩の初歩から教えてください・・」瑞鶴は、総理官邸の官僚たちに頭を下げていた。

 

 陛下は、総理就任を引き受けた瑞鶴に、総理としての仕事の進め方をレクチャーするよう指示を出してくれたのであった。

 

 それを受け、官僚たちが、総理としての行為を全て洗い出し、一から教えてくれることになったのであった。

 

 陛下からの任命書の受け取り方から、閣議での座席の位置や閣議の進め方、署名を書くタイミングや位置、その他もろもろの慣例・・この中には、これまでの経験から何となく見当がついたものもあったが、そのほとんどは瑞鶴がこれまで知らないことばかりであったため、メモを取りながら指導を受けた。

 

 特に閣議では筆と硯を使うこと、そして「花押(かおう)」といういわば書くハンコを使うことを教えてもらった瑞鶴は、書道師範免許を持つ職員から筆の指導を受けたり、花押の案を作ってもらったりしながら練習に励んだ。

 

 瑞鶴は、知らないことを包み隠さず、素直に教えを請うたため、官僚たちは多少呆れたものの、好感の方が上回っていた。

 そして、その瑞鶴に恥をかかせては一大事とばかりにいろいろと手はずを整えてくれた。

 

 これまで戦時中という理由で、内閣発足時であっても略礼装で済ましていたが、敗北しかけていた深海棲艦との戦いを挽回させた艦娘を総理として迎えるのであるから、今回ばかりは正礼装に戻そう、そして、代わり映えしない軍服ではなく、一般女性としての服装にしようとの提案がなされると、一気にその方向に決まった。

 

 礼装としては、着物でももちろん良かったのであるが、多少動きづらいこと、他の閣僚が全て洋装のため浮いてしまうことから、なるべく洋装にしようということになった。

 

 だが、艦娘の瑞鶴が正礼装、しかも一般女性用のものを持っているとは到底思えなかった。

 

 そもそも、女性の礼装、しかもパンプスまで含めた正礼装を持っていそうなのは皇族、華族、そして一部の資産家の子女に限られていた。これはさすがに万事休すかと思われたか、思わぬ援軍が現れた。-皇后陛下であった。

 

 皇后陛下は、女性の姿をした艦娘に大命降下がなされたことを喜び、宮内省を通じてあらゆる支援を約束する旨連絡してくれたのであった。

 

 そこで、さっそく皇后陛下を通じて各華族に正礼装の借用を依頼したところ、組閣時の総理が着用する服を貸したという名誉を得ようと、それこそよりどりみどりの正礼装とパンプスが集められた。

 

 さらに、組閣時に付けるようにと、皇后陛下から大玉の真珠が1つあしらわれたネックレスが下賜された。

 

 山のように集められた正礼装とパンプス、そして下賜されたネックレスを見て、瑞鶴は、見た目通りの若い女性らしく飛び上がらんばかりに喜び・・そしてしきりに恐縮した。

 また、正礼装となれば、勲章を佩用(はいよう)するのが通例であった。入閣が既に確実視されていた鈴木男爵や少なくとも陸相、海相候補で勲章が授与されていない者はいなかった。

 

 いきなり総理になったとはいえ、瑞鶴に多大の武勲があることは誰もが認める事実であったことから、勲章が授与されていないのは、どう考えても均衡を失していた。

 

 そこで、急遽、総理に就任することも勘案し、女性に与えられる最高位の勲章である勲一等宝冠章*1が授与されることになった。

 

・・勲一等宝冠章が、いわゆる臣下の女性に与えられたのは、これが初めてであった。

しかし、同じ臣下であっても、男性であれば、陛下と同じ大勲位菊花大綬章頸飾(けいしょく)が与えられた前例があったから、問題となることはないはずであった。

 

……………

 正礼装を着て、勲一等宝冠章を佩用した瑞鶴は、他の閣僚たちとともに宮中における親任式を経て、正式に瑞鶴内閣を発足させた。

 

 そして、その足で総理官邸に向かい、初閣議に臨んだのであるが、既に閣僚たちの顔合わせは済んでいたので、この日は書類に花押と名前を書くだけであったのだが、いざ「内閣総理大臣」と記載してある本物の公文書に自分の花押なり、名前を書くことに躊躇を覚えたのであった。

 

「総理・・総理?・・瑞鶴総理!」

 

「あっ、『総理』って私のことだった・・」名前を言われてようやく自分のことだと理解する瑞鶴。

 

「呆然とされているように見えましたが、どうされました?」鈴木男爵が心配そうに瑞鶴を見つめていた。

 

「いや、こんな綺麗な服が着られて、そしてこんな大きな勲章まで頂いちゃって何なんだけど・・本当に私が総理なのかなって・・覚悟していたつもりなんだけど、今さら夢じゃないのかなって・・そして『夢なら覚めないで』という気持ちと、『早く覚めて』という矛盾した気持ちが入り交じっちゃって・・こんなのが一国の総理だなんて笑っちゃうよね・・」ぽつりぽつりと話す瑞鶴の言葉に聞き入る閣僚たち。

 

「・・総理、実は私も夢見心地でして・・」鈴木男爵はそう答えた。

 

「えっ?鈴木男爵は連合艦隊司令長官や侍従長の経験があるのに、それでも?」

 

「・・お恥ずかしながら、私は、この年で初入閣でして。口から心臓が飛び出てきそうで・・」鈴木男爵の言動に瑞鶴は思わず笑ってしまった。

 

「・・やはり、総理には笑顔がお似合いです。総理の笑顔を守れるよう、微力を尽くしますから・・」鈴木男爵の言葉に閣僚たちは一斉に首を縦に振った。

 

「・・ありがとう。いつまでもグダグダしてたら、加賀さんにぶっ飛ばされちゃうね・・」瑞鶴は気持ちを切り替えて書類に花押と名前を書いていった。

 瑞鶴の署名と花押は、まだ不慣れさが残っていた・・

 

……………

一方こちらは瑞鶴の原隊

 瑞鶴内閣の記念撮影の様子は生放送されることになっていたため、瑞鶴の原隊では、講堂にプロジェクターと大型スクリーンが設置され、艦娘たちが瑞鶴が現れるのを今や遅しと待っていた。

 

「今、初閣議を終え、記念撮影に向かう閣僚たちの姿が確認できました・・」待ち焦がれたアナウンサーの声で、講堂内は水を打ったように静まりかえる。

 

 次々とフラッシュがたかれ、カメラを一斉に閣僚たちに向けるマスコミ各社。

 

 純白の正礼装に勲一等宝冠章の(じゅ)を右肩から左あばらに垂らし、副章を左あばらに()び、そして皇后陛下から賜ったネックスレスを付けた瑞鶴が、いつもより歩幅を小さく、そしてゆっくりと歩みを進めていた。-借り物の服やパンプスを汚損させないよう、慎重に歩いていたためであった。

 しかし、その慎重な進み方が、かえって(さま)になっていた。

 

 瑞鶴は、ゆっくりと閣僚たちを従えるように先頭を切って階段を降り、最前列中央に移動して両手をちょうど(へそ)の位置に組んで立ち止まった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 すると、瑞鶴の右手に副総理の鈴木男爵、左手に米内海相が挟むようにして直立した。

 

 ・・瑞鶴内閣が、海軍主導であることは、誰の目にも明らかであった。

 

「瑞鶴の奴、慣れない服なもんだから、ゆっくり歩いているな・・いや、仮にも勲一等宝冠章を賜った総理を呼び捨てにするのは良くないか・・」提督は未だ信じられないという顔をしながら言った。

 

「瑞鶴、綺麗よ。それに立派な姿になって・・」翔鶴はうれし涙を流していた。

 

「いざとなったら、総理の座なんか放り投げて帰ってきなさい。誰が何と言おうとも、私があなたを守ってあげるから・・」加賀は独り言のようにつぶやいていた。

 

 スクリーンに映る瑞鶴の姿に、艦娘たちは、それぞれ自らの想いを心に刻んでいた。

 

 

……………

「・・はぁ、やっと終わった。これから先が思いやられるよ・・」ようやく普段着に戻った瑞鶴は、慣れぬことの連続で疲労困憊していたが、それでも衣装やパンプスを貸してくれた人に礼状を書いた。

 

 後日、衣装はクリーニングした上、記念写真とともに返却したところ、その家では一式ガラスケースに入れ、家宝として展示したという。

 

・・こうして瑞鶴の総理1日目は終了した。

 

*1
平成14年の制度改正以前は、同じ「勲○等」でも、上位として男性のみに与えられる「旭日章」、女性のみに与えられる「宝冠章」があり、下位として男女共通の「瑞宝章」があった。

ちなみに、総理経験者には勲一等旭日大綬章よりさらに上位の勲一等旭日桐花大綬章が与えられるのが通例だが、「旭日章」のため、女性には与えられないことになっていた。なお、現在では、「勲○等」は廃止され、女性にも「旭日章」が与えられることになった。また、「瑞宝章」との上下はなくなり、「瑞宝章」は元公務員、「旭日章」はそれ以外の例えば政財界人などに与えられることになった。

蛇足ながら、「宝冠章」も一応残ってはいるが、事実上、皇族女性と外国王室の王女のみに与えられる儀礼用のものになっている。




作者:「時を戻そう・・」
瑞鶴:「突然、ぺ○ぱの松○寺さんのマネしてどうしたの?」
作者:「いや、本編を進めないで、過去に戻ってしまったので・・」
瑞鶴:「全くどういうつもり?」
作者:「コロナ禍で、外出できずに暇を持て余したあまり、絵を描いたところ、作者的にはかなりうまく描けたので、その絵に合わせて話を作っちゃいました!」
瑞鶴:「・・無計画極まるわ。それに、自分の学生時代の図画工作の成績覚えているの?」
作者:「覚えていますとも。でも、学生の時分、元SM○Pの中○画伯並の絵しか描けなかった人間でも、ここまで描けるようになれる、あきらめるなって・・もちろん、もっとうまい人はたくさんいますけど・・」
瑞鶴:「下手の横好きと言われないようにね・・」
作者:「総理ともなると手厳しいなぁ・・」


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第5話 動揺

 深海棲艦との和平交渉成立-この速報は瞬く間に世界中に広まった。

 日本中で歓喜がこだました。しかし、深海棲艦の要求、すなわち人類の行動変容と停戦期間が明らかになると、浮かれた気分は一気に吹き飛んでしまった。

 

 特に戦局が多少なりとも有利であったことが災いした。

「何故有利に戦いを進めているのに、こんな要求を受け入れたのか」当然の疑問であった。

 瑞鶴としても、まさか「実は経済はガタガタで、戦争継続どころでない」とか、「自分の命と引替えに停戦した」とは間違っても言えるはずがなく、立場は急速に悪くなってしまった。

 

 そして国民に不満の声が高まる中、深海棲艦との戦いの中で、全く存在感を示すことができなかった陸軍の一部に、不穏な動きが起きようとしていた。

 

「艦娘の艤装だけが深海棲艦に有効ということで、海軍ばかりに予算が回っている」

 

「陸軍の出番があるときは、海軍が壊滅したときだけで、負け戦と相場が決まっている」

 

「今の内閣は海軍が牛耳っている」

 

「今の内閣になってから格調ある国語が失われつつある」

 

「国防に必要な火薬を不要不急の花火に回した」

 

などなど不満の種など探せばいくらでも出てくるのであった。

 

 しかしながら、「あの戦争」のときと比べれば陸軍の立場は極めて弱いことだけは疑いようがなく、陸軍としては面白いはずがないのは、どうしようもないことであった。

 

 

……………

 米内光政が海軍省の大臣室で執務をしていると、急にノックする音が聞こえてきた。

 大臣室を訪ねたのは海軍次官であった。次官は明らかに慌てた顔をしながら陸軍内にクーデター計画があることを報告した。

 

「どこからの情報だ?」情報の出所を尋ねる米内海相。

 

「第一師団所属の下士官からの密告です」

 

「何故、陸軍の奴が海軍に密告してきた?」

 

「『総理は海軍出身。その海軍なら総理を裏切らないであろう』と」

 

「信用できるか?」

 

「はい。彼は『先の隅田川花火大会で警備を担当した際、総理の配慮に心打たれた。そんなお優しい方に弓引くことなど帝国軍人の恥だ』と申しておりました。警備を担当していたことは確認しております」

 

「よし、分かった。そいつは海軍で保護する。至急、横須賀鎮守府指令に電話をつないでくれ」直ちに横須賀鎮守府指令に電話がつながれる。

「大臣の米内だ。すぐに陸戦隊を帝都に派遣してくれ。可及的速やかにだ。規模?規模はあらん限りだ!あと、横須賀鎮守府の出撃できる全ての軍艦と艦娘を品川沖に集結させてくれ。臨戦態勢でだ。理由?理由は電話では言えん。とにかく急ぎだ!念のため言っておくが、『これは演習にあらず』だ!」電話を切った米内海相はさらに指示を出す。

 

「近衛師団長と首相官邸に至急アポを取ってくれ。『米内が火急の用で会いたがっている』と伝えて急がせろ」

「ふざけやがって、総理が命がけで交渉して停戦してきたっていうのに、後ろから撃とうとは人間の風上にも置けねえ奴らだ!いざとなったら、陸軍省ごと吹き飛ばしてやる!!」怒鳴り声を上げながらも次々と指示を出していく。

 

 米内海相の指示も適切であったが、クーデター計画の実行部隊に本人の意思とは無関係に組み込まれていた部隊に所属していた兵士達のほどんどは隅田川花火大会で警備に当たっていた部隊であったため、積極的に協力しようという者はほとんどいなかった。

 

 さすがに密告までする者は少なかったものの、命令が曖昧なことを逆手にとって、わざと間違ったことをしてみたり、集団でサボタージュを決め込む者が続出した。

 

 クーデター計画実行部隊の幹部たちがそれらの対応に追われている間に、陸上の要所は完全に近衛師団と陸戦隊に固められた。そして海上は臨戦態勢の軍艦や艦娘たちが集結し、陸上に睨みをきかせていたため、身動きが取れなくなっていた。

 

 不満分子たちは最後の望みをかけ陸軍大臣公邸を訪ね、決起を促したが、当の陸相は何を言われようと、軍刀で脅されようと決して首を縦に振らなかった。

 遂に不満分子たちが陸相を切り捨てようとしたまさにそのとき、艦娘から発艦した爆撃機が催涙弾を落下させた。その催涙弾による涙とセキで抵抗力を失った不満分子たちを憲兵隊が身柄を拘束してクーデター計画は失敗に終わった。

 

 この絶妙なタイミングで爆撃機を突入させたのは、空母艦娘の翔鶴であった。

 

 

 

 陸相はこの騒ぎの責任を取るとして辞職を申し出たが、瑞鶴は不満分子の脅しに屈しなかった陸相の辞職を許さなかったため、陸軍の面目はかろうじてではあったが、守られた。

 

 さらに米内海相は瑞鶴に、この状況を利用して一気に中間棲姫との合意を批准してしまうよう意見具申した。

 あまり褒められた方法でないため、瑞鶴は正直気が引ける思いであったが、私益を図っているわけではないし、瑞鶴の方から騒ぎを起こしたわけでもなかった。

 

 今ある状況を利用するのもやむなしと腹を決めた瑞鶴は、「あまり時間をかけると中間棲姫の気が変わってしまうかもしれない」と危機感をあおった上で枢密院における審議を急がせ、その同意を取り付けた。

 

 そして、遂に停戦の詔勅が発せられることになった。

 できあがった詔書に御名が記載され、御璽が押されていた。そこに各大臣が副署していくのであるが、最初に署名するのは当然、総理の瑞鶴であった。

 瑞鶴は、これが総理として最後の署名になると思い、丁寧に署名したのであった。

 

「・・書記官長、今日の議題はこれで終わりで間違いなかったよね?」瑞鶴の閣議運営ぶりも堂に入ったものになっていた。内閣書記官長が首を縦に振る。

 

「予定されていた議題は全て終了しました。本来はこれで散会ですが・・」瑞鶴は立ち上がった。

 

「・・本日、ただ今をもって深海棲艦との停戦が発効しました。これをもって私のお役目は終わったと思います。そこで、内閣総辞職し、総理の座を人にお返ししたいと思います。・・10年の期限付き、しかも人類全体に行動変容を求めるものになってしまったのは・・何と言っていいか分かりませんが・・」

 

「何をおっしゃいますか。人間では交渉することすら叶わなかったではありませんか。・・そもそも戦争継続そのものが難しかったのです。また、中間棲姫の要求も理解できる部分があります。総理が作られた10年で我々が変われるか否か・・問われているのは人類そのものの方です」

 

「・・皆さんには、こんな私を支えて頂いて感謝しかありません。いろいろ言いたいこともあったでしょうが・・」

 

「総理・・」鈴木男爵が発言を求めた。瑞鶴が発言を促すと、鈴木男爵も立ち上がった。

 

「ご存じのとおり、私は二・二六事件のとき、ほとんど死にかけました。何故あのとき死ななかったのか、あるいは晩節を汚したのだろうかと思っていました。・・しかし、今、私が今日まで生きながらえた理由をはっきり理解することができました。・・瑞鶴総理をお支えするためにこそ生き残ったのだと。誠に失礼ながら孫娘にも思える総理をお支えして、結果、誰にもなし得なかった深海棲艦との交渉を実現して、この国に平和をもたらすことができました。・・私はこの10年で人類がどうなるか見届けることはできないでしょう。しかし、私は後に続く者を信じております・・」

 

「この内閣が曲がりなりにも形になったのは男爵のおかげです。男爵には長生きして頂いて、是非見届けて頂きたいです・・」瑞鶴の目から一筋の涙が流れていた。

 

 

 

・・翌日、瑞鶴は社会を動揺させた責任を取るとして、内閣総辞職を正式に表明したのであった。

 



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第6話 手紙

 瑞鶴は、前総理の最後の仕事として宮中に参内していた。思いもよらなかった大命降下が昨日のようにも、はるか昔のようにも感じられていた。

 

 停戦が成立したため、陛下は文官のモーニング姿で現れた。

 

「艦娘、瑞鶴。卿には苦労をかけた」

 

「恐縮です」瑞鶴は、限りなく普段通りに近い言葉遣いで答えた。

 

「卿はこれからどうする?」

 

「取りあえず原隊に戻りたいと思います。それから先は・・何も考えていません」

 

「そうか、これから卿に会える機会も減ってしまうな・・寂しくなるな」

 

「もったいないお言葉・・」

 

「・・卿に金杯を下賜し、総理としての前官礼遇を与える。・・卿の功績に比してあまりに少ないが、受け取ってもらいたい」

 

「功績というほどのことはしておりませんが、ありがたく受け取らせて頂きます」

 

「・・それでは、壮健でな」

 

 中間棲姫との約束について陛下にすら告げていなかった瑞鶴は、陛下を騙しているような気がしたため、早々に話を打ち切ろうとしていた。

 そんな瑞鶴の態度に、陛下は何か違和感を感じたようであった。

 

 

 

 原隊の鎮守府に瑞鶴が戻ると、提督や翔鶴、加賀たちが待ち構えていた。

 

「ただ今帰還しました」

 瑞鶴が提督に敬礼しようとすると、提督が慌てて「前官礼遇を受けている瑞鶴の方が格上だから」と制止されてしまった。

 

 提督以下全員が瑞鶴に対して敬礼を捧げたため、瑞鶴は困った顔をしながらも、さっと答礼して、腕を戻した。

 そうしなければ、いつまでも提督たちが敬礼を続けることになるからであった。

 

 

……………

 瑞鶴は、中間棲姫との約束を果たすべく、東京に新設された深海棲艦との連絡事務所-事実上の大使館-に向かおうとしていた。

 

 さすがに中間棲姫の根拠であるミッドウェー島に向かおうとしては、燃料の調達などで無理が生じ、それがきっかけとなって中間棲姫との約束が露見してしまうおそれがあったため、瑞鶴が事前に連絡を取った上で赴こうとしていたのであった。

 

 適当な理由を作って東京に出かけることなど、総理まで務めた瑞鶴にとっては造作のないことであった。

 

 瑞鶴は東京に向かう直前、翔鶴や加賀たちに別離の手紙を書くことにした。

 

 最初に畏敬する加賀宛てに手紙を書くことにした瑞鶴は、便せんの前で数分考えたところでペンを走らせていた。

 

 

 略啓 加賀様

 

 この手紙があなたのお手元に届く頃、恐らく私はこの世にいないことでしょう。

 思えば、私とあなたは顔を会わせるたび、いがみ合ってばかりでした。私がいなくなって、さぞ清々されたことと思います。

 

 ・・いえ、嘘です。あなたがそんなことを思うなんてつゆほども思っていません。

 私に大命が降下したとき、あなたが私のために電話口の向こうで泣いてくれたことを誇りにして私は旅立ちます。あなたより先に逝くことをお許しください。

 そして、どうか私の仇を討とうなどしないでください。勝手なお願いですが、私の代わりに、翔鶴姉たちや人類と共に、私たちの未来と平和を切り開いてください。これが私の最後のお願いです。

 

 こんなこと恥ずかしくて口に出して言えなかったけど、私はあなたに鍛えられたからこそ、今日まで生き残ることができました。本当にありがとうございました。

 

 私は、私たちの未来と平和のために、この命を捧げることを少しも後悔していません。どうか泣かないで笑ってください。あなたに涙は似合わないから。

 

 そして、いつかあの世であなたと再び会える日を楽しみに待っています。

 そのときは何をされても、そして何を言われても決してやり返さないし、また、言い返さないから。

 その日が来ることが遠い未来であることを信じて・・

 最後に一言だけ。

 「あなた」なんてごめんなさい。加賀さんの名前を書くと涙が止まらなくなりそうだったから。

 

                                草々

                                不肖の弟子 瑞鶴

 

 一気に書き上げた瑞鶴は、次々に手紙を書いていったが、さすがに翔鶴宛ての手紙だけは書いては破り、破っては書くことを繰り返した。

 

 この手紙はすぐに見つかっても、また、逆に見つからずに終わっても意味がなくなってしまう。そこで瑞鶴は、遠方で実在しない宛先を書いた封筒にその手紙を入れて発送した。

 「宛先不明」で戻ってくるタイムラグを利用したのであった。

 

 こうして鎮守府を出た瑞鶴は、すぐにトレードマークのツインテールをほどいてロングストレートに髪型を変えた。

 

 こうするだけでも随分印象が変わり、目立ちにくくなる。こうして単身東京に乗り込むことにしたのであった。



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第7話 そして未来へ

 深海棲艦の連絡事務所に到着した瑞鶴が、案内された部屋で待っていると、ほどなく中間棲姫が現れた。

 

「ズイカク、逃ゲズニヨク来タ」

 

「あなたに東京まで来させたことは謝るけど、『逃げない』って言ったでしょう。・・後は停戦期間だけは守ってね」

 

「貴様ガ約束ヲ守ッタ以上、私モ約束ハ守ル。・・ダガ貴様ノ覚悟、気ニ入ッタゾ。ドウダ、私達ノ仲間ニナラナイカ?最高幹部ヲ約束シヨウ」

 

「・・私は、何度生まれ変わっても、例え深海棲艦になっても絶対に人間の味方になるよ。それでよければ・・」

 

「フン、可愛ゲノナイ奴メ。・・ダガ安心シロ。貴様ノ行動ニ免ジテ、苦シマズニ殺シテヤル。最後ニ何カ言イ残スコトハナイカ?伝エテヤッテモイイゾ」

 

「恩に着るわ。じゃあ、お言葉に甘えて。『私は、総理を務めさせてもらえて本当に幸せだった。もし、過去に戻ってやり直せると言われても、また総理を務めさせてもらう』と・・」瑞鶴は手を合わせ、静かに目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瑞鶴の命の炎が消えようとしたまさにそのとき・・

 

 

 戦艦レ級が青ざめた顔をして部屋に飛び込んで、中間棲姫に耳打ちをする。

 最初、邪魔が入ったことに苛立ったような顔をした中間棲姫も、すぐに驚愕の表情を浮かべた。

 

「もしよければ、何があったか教えてもらえる?」中間棲姫の表情の変化に疑問を持った瑞鶴が尋ねた。

 

「貴様ノ君主ガ来タ・・」中間棲姫の声は、かすかではあったが、確実に上ずっていた。

 

「えっ、陛下が?・・まさか、これに合せて呼んだの?」

 

「イヤ、事前通告ナシダ。コチラモ驚イテイル」深海棲艦にも感情があるのか、どう見ても予想外の出来事に戸惑っているようにしか見えなかった。

 

 

……………

「中間棲姫、どうか瑞鶴の命を助けてもらえないだろうか」陛下は中間棲姫に頭を下げていた。

 

「陛下・・」瑞鶴は、悲鳴に似た声を出していた。

 このやり取りを見て、中間棲姫は影武者などではなく、本物の天皇が来たことを確信したようであった。

 

「・・瑞鶴、申し訳ないが、口出ししないでもらいたい」陛下の口調は丁寧であったが、反論を許さない強さがあった。

 

「ズイカクニハ何度モ戦局ヲヒックリ返サレタ。ズイカクノ命ヲ望ンダノハ総理ヲ務メタコトヨリ、ズイカクサエ葬レバ後顧ノ憂イヲ除ケルカラダ」

 

「もちろん、こちらもタダでとは言わない。もし、卿が望むのなら、卿に朕の命を預けてもよい」

 

「!!」

 瑞鶴は、すぐにでも話に割って入りたかったが、他ならぬ陛下に口出しを禁じられてしまったため、中間棲姫に視線を送ることしかできかなった。

 もっとも、凄まじいまでの殺気が含まれていたが・・

 

「自分タチが作ッタ艦娘ニ何故ソコマデ?」

 

「艦娘がわが国と国民のために戦っている以上、艦娘はわが赤子(せきし)。その赤子の1人も守れないとあっては、何のための天皇か・・」

 

「タカガ10年ノ停戦ノタメニ自ラの命ヲ差シ出ストイウノカ?」

 

「瑞鶴がそうしたのなら、朕もそうしよう。また、『たかが10年』と言うが、既に戦争は7年を超えている。これ以上、国民や艦娘に犠牲を強いるくらいなら、例え1年であっても平和の方が幾万倍も良い・・」

 

「ズイカク・・」ずっと陛下の目を見つめていた中間棲姫が瑞鶴に声を掛けた。

 

「何?」

 

「貴様ノ君主は、王者ダナ・・」

 

「・・」瑞鶴にとっては当たり前すぎることであったので、かえって返す言葉が見つからなかった。

 

「陛下、ズイカクノ命ハ、オ返シシマス」これまでと異なり、中間棲姫の声には敬意が含まれていた。

 

「それでは停戦はどうなる?」

 

「変更シマセン」

 

「何か代わりに用意するものは?」

 

「不要デス。タダシ、停戦期間内ニ人類ノ行動変容ガ認メラレナイトキハ、マズ最初ニズイカクノ命ヲ頂キマス」

 

「・・承知した」陛下と中間棲姫は握手を交わした。

 

 

 

 瑞鶴が再び元いた鎮守府に戻ると、中間棲姫より恐ろしい鬼と化していた翔鶴と加賀から、それはそれはこってり絞られたという・・

 

……………

「うわっ。マイクロチップやプラスチックごみがこんなに・・ここまで海洋汚染が進んでいたなんて・・これじゃあ、中間棲姫が怒るのも無理ないよ・・」瑞鶴は海洋清掃活動に従事していた。

 

 世界の海の面積の約半分を占める太平洋海域での停戦は、当然のように他の海域に及び、人類と深海棲艦との全面的な停戦が実現したのであった。

 

 艦娘たちは「はぐれ」との散発的な戦闘以外からほぼ解放され、海上清掃活動に回ることが可能になったのであった。

 

 瑞鶴は、自分の行動が事の発端となったことから、積極的に海洋清掃活動に取り組んでいた。そして艦娘たちや政府ばかりでなく、様々な企業、団体、そして個人がヒト、モノ、カネを出し合っていた。

 

 そして意外にも、予想通りにも思えたことであったが、加賀が積極的に瑞鶴に協力するようになった。「一航戦の誇りは清掃まで及ぶのよ」などと、もっともらしいことを言いながら。

 

 

 

「・・さあ、10年なんかあっという間だよ。この間に人類の本気を見せてやろう。私たち艦娘も頑張るから!」瑞鶴が共に働く人たちに声を掛ける。

 

 すると周囲から一斉に「おー!」と返事が返ってくる。

 

 これなら大丈夫。きっと人類は、この危機を乗り越えて、このまま生き残るにふさわしい種族だと証明することができるであろう。

 

 

 

 

 

 ・・瑞兆をもたらす白い鶴が人類の行くべき道を指し示してくれるのだから。




作者:「敢えてこの表現を使わせて頂きます。『総理、お疲れ様でした』」
瑞鶴:「作者さんもお疲れ様」
作者:「本当に連載は難しかったです」
瑞鶴:「見切り発車だったのよね」
作者:「ええ、連載開始時に第4話までは骨子ができていたので、大丈夫だと思ったんですが、それから先が苦しかったです。でも、これ以上は単なる言い訳に過ぎないので、言いません。」
瑞鶴:「それでどうなの?悔いはない?」
作者:「はい、これ以上は無理です」
瑞鶴:「それなら、いいんじゃない。・・それで、これからどうなるの?」
作者:「元のオムニバス形式に戻します。この『内閣総理大臣瑞鶴』も何かまたアイディアが浮かんだらエピソードなり、外伝なりを追加するかもしれません」
瑞鶴:「だから話がガバガバなのね?」
作者:「・・いえ、それは単に私の力量不足です」
瑞鶴:「・・正直なのは褒めていいのよね?」


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短編集2
赤城のドッキリ大作戦


提督指揮のもと、空母赤城がドッキリを仕掛けます。
われながらタイトルの昭和感が半端ない・・


「それでは、みなさんいいですか?」私は、加賀さんだけを除いた艦娘たちに声を掛けます。

 

「みなさんもご存じのとおり、加賀さんは瑞鶴さんの顔を見るたびにケンカを仕掛けています」

 

「そうだよね~」

 

「瑞鶴さんも大変だよね~」

 

「でも、それって瑞鶴さんが言い返しちゃうことも原因なんじゃない?」

 

「それは否定しないけど、私から仕掛けているわけじゃないし・・」瑞鶴さんは困った顔をしています。

 

「確かに、瑞鶴さんからは仕掛けてないね」

 

「そこで、提督が『加賀の真意を知りたい』と言っています」

 

「どういうこと?」

 

「『瑞鶴のことが好きならそれでいい、でも本当に嫌いなら編成を考えなければならない』とのことです」

 

「ふ~ん。それでどうするの?」

 

「瑞鶴さんが撃沈したことにします」

 

「・・なるほど。それで加賀さんの反応を見るのね」

 

「それで、私たちはどうしたらいいの?」

 

「特に皆さんにやって頂くことはありません。ただ、どこでバレてしまうか分からないので、こうやって皆さんにお話ししています」

 

「分かったよ。それじゃあ、せいぜい悲しそうな顔をしておくよ。・・ところで、誰が一緒にいたことにするの?その艦娘だけでも瑞鶴さんが撃沈したときの状況を合わせておかないとまずくないかな。何と言っても相手は加賀さんだし・・」

 

「それはそうですね。それでは、・・・さんと・・・・・さんは残ってください。打ち合わせをします」

 

「は~い。せいぜい瑞鶴さんらしい最期にしてやろうね・・」

 

「何か変な感じ・・」瑞鶴さんは表情に困っています。それもそのはず。自分が撃沈する様子が話し合われるんですから。

 

「あくまで、それっぽくするだけだから。気にしない、気にしない・・」

 

「それでは、みなさんお願いします」

 

 提督立案のとおり、加賀さんにあたかも私たちが出撃したかのように見せかけます。その後、鎮守府中の軽巡洋艦以上の艦娘たちが加賀さんの動きをそれとなく監視し、加賀さんの注意が港から離れたところを見計らって瑞鶴さんに港に戻ってもらって戦艦艦娘の寮に隠れてもらったり、私たちがいかにも戦闘で負傷したかのように偽装して準備を進めます。

 

 そして、私たちはわざとらしく外洋から帰還し、ご丁寧に入渠までしたのです。

 私は「バケツ」を使ったことにして、加賀さんを空母控室に呼び出し、「重大事実」を伝えます。

 

 空母控室には巧妙に隠しカメラや隠しマイクが設置され、私たちのやり取りは鎮守府どこでも確認できるようになっているのです。

 

 私は、さも神妙な顔をして加賀さんに伝えました。

「空母瑞鶴が撃沈した」と。

 

「えっ、今何て言ったの?」加賀さんの表情が固まりました。

やりました。ドッキリだと感づかれた様子は全くありません。

 

「・・空母瑞鶴、撃沈です・・」入渠中に泣ける映画を見て感情を高ぶらせていた私は、泣きそうな声で言いました。

 

「あ、赤城さん、今日はエイプリルフールじゃないのよ。うそなんかついたらいけないわ・・」加賀さんの声は震えています。順調です。

 

「いいえ、うそではありません・・」私の目から涙が自然とこぼれ落ちてきました。われながら名演技です。

 

「そ、そんな・・殺しても死なないような顔をしていたあの子が・・」

 

「・・私たちは深海棲艦の急襲を受けてしまいました。瑞鶴だけは何とか戦闘機を出し、制空権を回復しようとしましたが、多勢に無勢でどうすることもできませんでした。・・次々と傷つく私たちを見て、瑞鶴は撤退を具申したのですが、自らはそのまま敵に突っ込んでいってしまいました・・」私たち5人で考えた瑞鶴さんの最期。瑞鶴さんの性格が反映されていて、それっぽい内容になっています。

 

「うそよ、私は信じない・・」あの加賀さんが体を震わせています。「()()()()」のでなく、「()()()()()()」ことに間違いありません。ここで私は、トドメの「あれ」を出すことにしました。

 

「瑞鶴が別れ際に『これを加賀さんに返して欲しい』と・・」加賀さんにそれを見せると、加賀さんの表情は明らかに曇りました。

 

 瑞鶴さんに、何か加賀さんとの思い出の品はないかと尋ねたら、彼女は初陣のとき、加賀さんから渡されたというお守りを大切に持っていました。出撃のときは必ず身につけているというお守りは色が黒ずみ、そしてボロボロになっていました。

「これは使える」と確信した私は、渋る瑞鶴さんを説得して半ば強引に借り受けたのです。

 やはり加賀さんが、自分で瑞鶴さんに与えた品を忘れるはずがないのです。

 

「・・何が幸運艦よ。私を置いて先に逝ってしまうなんて・・」あの加賀さんが人目をはばからず涙を流しています。・・瑞鶴さん、あなた加賀さんにここまで思われて幸せね・・

 

「・・それで、敵は何人で瑞鶴を袋だたきにしたの?」加賀さんの目が危険な輝きを放っています。

 

「えっ?」私には加賀さんの質問の趣旨が全く分かりません。

 

「あの瑞鶴が1対1の戦いで後れを取るなんてあり得ない。何人で寄ってたかって袋だたきにしたの?それとも姫?鬼?・・どちらにしても生かしてはおけない」

 

「加賀さん、それは・・」加賀さんが過激な方向に進もうとしています。これはまずい・・

 

「・・弔い合戦よ。瑞鶴の仇を取ってあげなきゃ・・」ああ、やっぱり・・そうなってしまうのね。

 

「そんなことをしても瑞鶴は戻らないし、瑞鶴も喜ぶとは思えない・・」加賀さん、そんな敵はいません。これはドッキリで、加賀さんが瑞鶴さんをどう思っているか確認しているだけなんですから。何とかして思いとどまらせなければ・・

 

「いいえ、これは私の問題です。・・私の後を継げるのは瑞鶴しかいないと思っていたのに・・その瑞鶴を沈めた奴が、この世でのうのうと生きていることが許せない・・例え差し違えてでも、その首を瑞鶴に捧げなければ・・」

「・・提督のお許しが頂けなくとも、私は征くわ」加賀さんは今にも出撃しそうな勢いです。もう万事休すです。

 

「・・こんなことになるなんて。翔鶴さん、どうしましょう?」私は翔鶴さんに助けを求めました。

 

加賀さんは「何を言っているの?」という顔をしています。当然よね・・

 

 たまらず翔鶴さんが瑞鶴さんを連れて現れました。

 誰?瑞鶴さんに「ドッキリ大成功」と書かれた看板を持たせたのは?

 あれじゃあ火に油を注ぐようなものって・・ああ、瑞鶴さんが加賀さんに派手にビンタされてしまいました。

 ごめんなさい、瑞鶴さん。あなた提督や私たちの指示に従っただけなのに・・後で間宮で何かおごってあげますから、許してくださいね・・

 

 

……………

「誰?こんなつまらないこと考えたのは?」加賀さんは怒っています。まあ、そうなるな・・って日向さんのマネをしてどうなるのでしょう。

 瑞鶴さんの頬にはそれは見事な手形が残されています。

 それでも、瑞鶴さんがうれしそうな顔をしていることだけが救いです。

 

「瑞鶴と顔を会わせればケンカばかりしている加賀さんが、実際のところ、瑞鶴をどう思っているのか知りたいと提督が・・」翔鶴さんがおそるおそる説明をしています。提督、事実なんですから後でどうなっても知りませんよ・・

 

「そう、提督が・・確かに提督が絡まなければ、ここまではできない・・」加賀さんは呆れたようです。

 

「私、うれしいです。・・加賀さんがここまで言ってくれたこと後悔させません!頑張ります!!」瑞鶴さん、よほどうれしかったのね。長年コンビを組んでいる私ですら、あそこまで言ってもらえるか分からないのですから。

 

「せいぜい励みなさい。・・それにしても、初陣のときに渡したお守りをまだ持っていてくれたのね・・」加賀さんたら、この期に及んでまだ突き放すかのようなことを言っちゃうんだから・・

 

「これがあるから、私は『幸運艦』でいられるんです・・」瑞鶴さん、ナイス!

リップサービスではなく、本心から言っていることが明らかだから破壊力抜群!!これならさすがの加賀さんも・・

 

「さすがに、これじゃあ、効力切れよ。今度一緒にお参りに行きましょう・・」そう、加賀さんも瑞鶴さんに素直な気持ちをぶつければいいのよ・・

 

「はい、よろこんでお供します」瑞鶴さんの最大の魅力は、その素直さ!これで加賀さんも陥落間違いなしね・・

 

・・後日、提督が艦載機に爆撃されたわ。・・外部からの攻撃の兆候は全くなく、それは見事な()()()()だったらしいから、犯人は・・言うまでもないわね。

 でも、死にそうで死なないギリギリのところで止めたことを提督自身がお認めになったから、敢えて犯人捜しはしないみたい・・

 




赤城が一番悪いんじゃないか疑惑・・


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モテすぎた提督【ハーレム表示は念のため】

 とある鎮守府。ここの提督の運用は手堅く、確かに危ない橋も渡ったが、運にも味方されて1人の撃沈者も出さず、艦娘たちの生活環境も良好な典型的なホワイト鎮守府であった。

 

 しかし、提督は困っていた。多くの艦娘たちから猛烈なアタックを受けていたからだ。確かに嫌われたり、命を狙われるよりははるかにマシなのであるが、提督としては立場上、好き嫌いだけで運用してはならない以上、仮に想いを寄せる者全員とケッコンカッコカリをしたとしても、今度はケッコンカッコカリをしていない者と差を生じさせてはならず、鎮守府運営がより困難になることが目に見えていたからであった。

 

 そしてそのことは艦娘たちにも一度ならず伝えていたのであるが、障害があるとかえって燃えるのが恋というもののようであり、諦める者が出るところか、かえって想いを寄せる者が増えてしまう始末であった。

 

 モテて困る男は恐らくいないであろうが、歩いているだけで目がハートになっていたり、惚れていることを隠そうともしないため息をつかれては、仕事に差し支えるというものであった。

 特に相手が艦娘の場合、その仕事が命をやり取りするものであることから、なおさらであった。

 

 高めに評価しても人並みの容姿の男が、そこまで想いを寄せられる原因について考えた提督は、およそ恋愛の対象となりうる男が自分しかいないからだという結論に達し、艦娘たちが集まりそうなところに、これ見よがしにイケメンが特集されている雑誌を置いてみたり、彼らが出演しているテレビなどを流してみたりしたのであるが、提督から乗り換える艦娘は1人も現れなかった。

 

 そこで今度は、ブラック鎮守府のマネをしてみることにしてみた。食事を貧相にする、出撃を繰り返す、負傷しても入渠を許さない・・方法はいろいろあったが、時間がかかる上に、恨みまで買ってしまうことから、性的関係を強要するフリをしてみることにした。

 もっとも、その相手としては、確実に拒否し、かつ、それをきちんと表現できる者に限られる。考えた結果、提督は、瑞雲にしか興味を示さない日向を執務室に呼び出すことにした。

 

「提督、何の用だ?」何も知らない日向は、疑う様子もなく執務室に入ってきた。

 

「ふっ、来たな・・」ことさら邪悪な雰囲気を出す提督。

 

「何だ、その不敵な笑みは?」日向は普段見ることのない提督の雰囲気に驚いた。

 

「何を驚いている。お前が俺を満足させるんだ・・」

 

「そ、それは・・まさか・・」日向ほどの艦娘が声を震わせていた。

 

 普段の提督ならここでやめたのであるが、このときの提督は自分の演じるブラック提督に完全になりきってしまい、さらに言葉を続けた。

「そうだ・・俺の夜の相手をつとめろということだ」

 

「うっ・・」日向はうつむいてしまった。

 

「さあ、服を脱ぐんだ・・あれっ」ここでようやく提督はわれに返り、大変なことをしてしまったと思った。

 何せ相手は主砲だけでも45口径35.6センチ連装砲4基を誇る日向。怒らせたら命の危険が・・などという甘っちょろいレベルでなく、肉片の1つすらこの世に残らない。

 

 しかし、日向の返事は想像と全く異なっていた。

「う、うれしい・・」日向の顔は完全に女になっていた。

 

「は?・・お前は瑞雲にしか興味がないんじゃ・・」怒られることまでは想像できたが、自分のことを慕っているということは全くの想定外であった。

 

「・・知ってのとおり、私は男のような性格だ。慕ってみたところでほかの艦娘たちのようなことはできない。提督を想う気持ちの代償行為として瑞雲に愛を向けていたのだが、まさか、この私を最初に選んでくれるとは・・正直、ほかの艦娘たちに申し訳ない気持ちもあるが、喜んで相手をつとめさせてもらう・・」そう言うと、日向は積極的に提督に体を押しつけてきた。

 

 「えっ、いや、その・・」提督は完全に方法を誤ってしまっていた。

 この後、提督は日向に土下座して誤り、結果として評判を下げることができた。「女をその気にさせたのに何もしなかった男」として・・

 

 何年か後、この2人は華燭の典を挙げた。カッコカリでない方の。提督は日向の尻に敷かれっぱなしであったが、結構2人は幸せに暮らしたという・・

 




バン!!
作者:やはり来ましたか、日向さん・・
日向:何だこれは?!
作者:少しお色気ある作品をと思ったのですが・・
日向:だからと言って何故私を使う?そこに直れ。刀のさびにしてやる・・
作者:日向さんの手にかかれるとは・・光栄です。
日向:!!お前、瑞鶴命ではなかったのか?
作者:私は、呉で大破着底してなお、威容を誇った日向さんも大好きです。
日向:・・私は、レイテで瑞鶴を守り切れなかったんだぞ・・
作者:ああ、あれは・・誰がやっても無理でしょう。それに瑞鶴があなたや伊勢さんを責めるとは思えません。むしろ「最後までよく戦ってくれた」と言うんじゃないでしょうか。
日向:お前、結構艦娘たらしだな・・
作者:褒められたと思っておきます・・


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対決!! 加賀対瑞鶴

 この2人を対決させてみようと思いました。しかし、作者には弓の知識が全くないことや一日の長のある加賀が勝つことが目に見えてしまったため、弓での勝負はあきらめました。
 どの競技なら書けるかいろいろ考えた上、ボクシングにしてみましたが、作者にはボクシングの経験もなく、見聞きした知識のみで書いたため、表現が稚拙です。あまり期待せずに読んでください。
 また、R指定にする必要はないと思いますが、「血がにじむ」シーンがあります。苦手な方、「ボクシングなんてありえない!!」という方はブラウザバック願います。



「遂にこのときが来た。私は挑戦者。失うものは何もない。思い切ってやるだけ。・・でも、相手は加賀さん。認めたくないけど、その強さは本物。もし私が一発でやられても、翔鶴姉だけは笑わないでね・・」瑞鶴は、セコンドを務める翔鶴に話しかけていた。

 

「誰が笑うものですか。チャンピオンになったときから全て1ラウンドで相手を沈めた加賀さんに挑むその勇気だけでも大したものよ。胸を借りるつもりで頑張りなさい。でも、あなたのそのパンチ、加賀さんにお見舞いできれば、分からないわよ・・」

 

「うん、ありがとね。無様な試合だけはしないよ。負けるときは大の字でぶっ倒れるまで!!」

 

 

 

「今回の相手は油断できないわよ・・」セコンドの赤城は加賀につぶやいていた。

 

「ええ、新進気鋭の挑戦者。彼女はこれまで全てKOかTKO勝ち。あのパンチには要注意ね・・」

 

「スピードもあるし、勘もいいみたいだから、こちらのパンチがなかなか当たらない上、結構打たれ強いわ。あの長門と打ち合って勝っちゃうんだから・・」

 

「ええ、私もあれには驚いたわ。いい試合ができそうね・・」加賀は久しぶりの試合、しかも骨のありそうな相手であることに喜びを感じていた。

 

 

 試合が始まる前、グローブを突き合わせる2人。

「強い・・油断したら確実に負ける・・」

「さすがにチャンピオンはすごい・・」

これだけで相手の強さを感じる2人はただ者ではなかった。

 

 

「カーン!」1ラウンド開始のゴングが鳴る。

 瑞鶴は挑戦者らしく思いっきり突っ込んでいった。

 

「速い!!」加賀はそのスピードに驚いていた。加賀もスピードのある方であったが、瑞鶴はそれを確実に上回っていたからであった。

 

「来る!!」瑞鶴のパンチを全身でかわす。

 瑞鶴の右ストレートが加賀に直撃する・・と思われたが、紙一重のところでかわしていた。しかし、頬の皮がかすかに切れ、うっすら血がにじんでいた。

「何てパンチなの!あんなのまともに食らったらひとたまりもない・・」加賀はこれまで感じたことのない恐ろしさと・・楽しさを感じていた。

 

 今度は加賀がカウンター気味にパンチを繰り出す。瑞鶴も紙一重のところでパンチをかわしたが、瑞鶴の頬からもうっすら血がにじんでいた。

「うわっ、これがチャンピオンのパンチ!こんなの一発でも食らったら終わりだ・・」瑞鶴も加賀と同じ気持ちになっていた。

 

 それから2人はお互いに警戒し、ジャブの応酬に終始したため、両者とも相手に大したダメージを与えられぬまま、あっという間に1ラウンド2分が終了した。

 

 

 

「はぁ、はぁ・・」わずか2分の攻防にも関わらず、瑞鶴は肩で息をしていた。

「一瞬でも油断したら終わる・・やっぱり、加賀さんは強いなぁ・・」瑞鶴は、拳を交えたチャンピオンの強さをひしひしと感じていた。

 

「どうするの?続ける?」翔鶴が心配そうに尋ねた。

 

「うん。ここでやめたら、私と戦ってくれる加賀さんに申し訳ないよ」疲れた表情を浮かべながら、瑞鶴の闘志はいささかも失われていなかった。

 

「あなた、加賀さんのことが気に入ったのね・・いいわ、思い切りやってらっしゃい!!」翔鶴は瑞鶴の肩をポンと叩いた。

 

 

 

「1ラウンドで終わらなかったのはいつ以来かしら・・」加賀も肩で息をしていた。

 

「彼女にはフルラウンド戦った実績があるし、その上、若いわ。ラウンド数が重なるとあなたの方が不利よ・・」

 

「赤城さんのいじわる・・でも、確かにそうね。早いラウンドで勝負をつけるべきね・・」

 

「どう?勝てる?」赤城をここまで心配させた相手は、かつていなかった。

 

「正直分からない。でも・・」

 

「でも?」

 

「ボクシングってこんなに面白いんだってことを思い出させてくれた彼女に感謝しなくちゃ。全力で勝負するだけよ。そうじゃなくちゃ彼女・・いえ、瑞鶴に申し訳ない・・」

 

「加賀さんがこの時点で名前で呼ぶなんて・・いい子が挑戦してくれたのね」赤城は、瑞鶴たちの方をみて目を細めていた。

 

「ええ、瑞鶴は間違いなく、いいチャンピオンになるわ。・・でも、今は渡さない・・」加賀の闘志もみなぎっていた。

 

 

 

「カーン!」2ラウンド開始のゴングが鳴った。

 ここで加賀は右腕を少し伸ばし、「来い来い」とばかりに瑞鶴に挑発のポーズを取った。

 

 普段の瑞鶴なら、その挑発にすぐ乗るところであったが、どういうわけか瑞鶴は動かなかった。

 

 その慎重な態度に、翔鶴や赤城、そして加賀の方が驚いていた。

「根っからのファイターだと思ったのに、こんな分かりやすい挑発に乗ってこないなんて・・この子、意外とクールだったの?」加賀は肩すかしを食ったような気分になっていた。

 

 

 

 実は、瑞鶴は()()()()()()のではなく、()()()()()()のであった。

 普段であれば罠が仕掛けられていても、それを吹き飛ばしてしまうだけの自信と実力を持っていた瑞鶴も、加賀の優雅なまでの挑発に、その自信が失われてしまったのであった。

・・そして、その感覚はおそらく正しいのであった。ここは、そういう感覚が持てた瑞鶴が褒められるべきであった。

 

 瑞鶴は、慎重に間合いを計りながらジャブを繰り出していった。パンチそのものは加賀のガードに阻まれていたが、加賀の腕はみるみる真っ赤に染まっていった。

 

「何て重いジャブなの!!このままじゃ、ジャブだけで腕が使い物にならなくなる・・」次第に腕の感覚がなくなり、ガードがさがっていく。

 

 それを待っていましたとばかりに、瑞鶴がフックやストレートを放ち、ガードを突き崩そうとする。・・次第にダメージを受ける加賀。

「このままじゃ、ジリ貧になる・・危険だけど、打ち合って勝機を見いだすしかない・・」加賀は打ち合いで勝負をつける覚悟を決めた。

 

 加賀はクリンチし、一旦距離を取った。

 加賀がクリンチで逃れたのはチャンピオンになってから初めてのことであった。

 加賀は、パンチを立て続けに放った。一発で倒すことはできないが、手数を重視したのであった。

 そのパンチが瑞鶴にヒットする。効いているのか効いていないのか分からなかったが、やめるわけにはいかなかった。

 

 瑞鶴も手数を重視したパンチを繰り出し、打ち合いとなっていた。

 瑞鶴のパンチが加賀にヒットする。

「すごいパンチね。クラクラしてるわ。でも私は負けるわけにいかない・・」加賀もパンチを返す。

 

「加賀さんのパンチすごい!意識ごと吹っ飛ばされそうだけど、負けない!!」瑞鶴も負けずに打ち返す。

 パンチが決まるたび、男子顔負けの重い音が鳴り響いていた。

 

 そこに瑞鶴の左フックが加賀のボディーに突き刺さる。

「うっ・・」加賀の顔はゆがみ、かすかではあったが苦しそうな声をあげ・・ガードもがら空きになってしまった。

 

 ・・このチャンスを瑞鶴が見逃すはすがなかった。

「私のパンチが効いてる・・ここで決めなきゃ私に勝ち目はない・・」したたかにダメージを受けていた瑞鶴は渾身の右ストレートを放った。

 

「すごいのが来る・・ダメ・・これは避けきれない・・それなら・・」こちらもボロボロになっていた加賀もカウンターの右ストレートを放つ。

 

 同時に強烈なパンチが2人の顔面をとらえた。たまらずダウンする2人。

 

・・ワン・・ツー・・スリー・・カウントが取られ始める。

 

「どちらも完全に決まった。立った方が勝ちね・・」赤城はそう見ていた。

 

「瑞鶴はカウンターだったから、おそらくもう立てない・・あとは加賀さん次第・・」翔鶴は祈るように見守っていた。

 

 翔鶴は1秒でも早く終わらせるため、すぐにでもタオルを投入したかったのであったが、瑞鶴に「テンカウントを聞いたなら仕方ないけど、タオル投入では納得できない。例え私が死んだと思っても、タオルだけは投入しないで・・」と懇願されていたため、涙をのんで見守っていたのであった。

 

・・フォー・・ファイブ・・シックス・・

 

 加賀が立ち上がろうとする。瑞鶴は・・動かなかった。

 

・・セブン・・エイト・・

 

 加賀はフラフラと立ち上がり、ファイティングポーズを取ろうとする。

 

「・・ああ、負けた。でも瑞鶴、無敵のチャンピオンを相手に一歩も引かずによく戦ったわ・・お姉ちゃんは誇らしいわ・・」翔鶴は姿勢を正し、赤城に対し勝利を祝福しようとしたその瞬間、加賀は苦痛の表情を浮かべて片膝を着いてしまった。

 

・・ナイン・・

 

「ここで脇腹が悲鳴をあげるとは・・ダウンしてなお私を苦しめるなんて本当に恐ろしい子・・」加賀はリングにうつぶせに倒れたままの瑞鶴に顔を向けてほほえんだ。

・・瑞鶴のあの左フックが、最後の最後に加賀の勝利に対する執念を打ち破ったのであった。

 

・・テン!!

 

「カン、カン、カン!!」試合終了のゴングが打ち鳴らされると当時に医療スタッフがリング内に駆け込む。

 

 2ラウンド1分58秒 両者ノックアウトであった。

 

 

……………

「今回は引き分けだったけど、次はきっちり勝ってみせるわ・・」全身ミイラのような姿で加賀は隣のベッドにいる瑞鶴に声を掛けていた。

 

 当初、加賀と瑞鶴は別々の病室にいたのであったが、加賀が断られること覚悟で瑞鶴に同室を申し込んだのであった。

 

 瑞鶴も同じことをしていたらしく、あるとき何も言われないまま同室になった2人は、うれしいやら恥ずかしいやらで顔を赤らめたが、すぐに打ち解けることができた。

 

 病院側からあらかじめ意向を聞かれていた赤城と翔鶴も、2人の目まぐるしく変わる顔色を見て笑い合い、こちらもすっかり打ち解けたのであった。

 

 

「・・いえ、あのとき私は気を失っていて、立ち上がろうとすることさえできませんでした。私の負けです・・」瑞鶴もこれまたミイラのような姿であった。

 

「変な謙遜はしないで。最後のパンチはカウンターだったから、あなた自身の力が加わっているのよ・・そんなこと言われたら、あなたのパンチだけで結局立ち上がれなかった私の立場はどうなるのよ・・」

 

「はぁ・・」

 

「生返事なんかしちゃって。・・もっと励みなさい。強くなったあなたをリングに沈めてあげるから・・」

 

「いえ、さらに強くなってチャンピオンの座を頂きます」

 

「強気のあなた、嫌いじゃない・・」

 

「はい。強いチャンピオンを倒してこその挑戦者ですから・・」

 

「あなた、私以外に負けたら承知しないわよ・・」

 

「チャンピオンの方こそ、私以外にその座を渡さないでくださいね・・」

 

 入院中にこの2人は無二の親友となった。そしてこの2人はお互いをさらに高めあっていく・・

 




長門ファンのみなさん、なにげに申し訳ございません・・


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空母瑞鶴の最期 【轟沈描写あり】

76年前の今日、空母瑞鶴は沈みました。
万感の思いを込めてこの作品を捧げます。


昭和19年10月25日 フィリピン エンガノ岬沖

 

 空母瑞鶴は、太平洋を漂っていた。

既に瑞鶴からは戦闘旗が降ろされ、乗組員は次々と退避を始めていた。

 

 

「こんなところで死にたくない・・」瑞鶴だけは、なおも諦めきれていなかった。

期待の大鳳まで失われてしまった今、新しく配備されるという空母の指導ができるのは、真珠湾以来の生き残りである自分だけ・・その思いが生きることに執着させていた。

 

「赤城さん、加賀さん、蒼龍さん、飛龍さん、そして翔鶴姉・・私はまだそちらに行くわけには行かない・・もう少し、もう少しだけでいいから待ってちょうだい・・」瑞鶴は今は亡き先輩たちに呼びかけていたが、当然返事は返ってこなかった。

 

 そんな中、瑞鶴の視界に空母が入ってきた。

もはや味方にまともな空母は1隻もない。

 

そうなると・・

「こんなときに敵か・・」瑞鶴は武器を取ろうとしたが、戦闘旗を降ろしたこの状態では一切の武器が使えないことを思い出す。

 

「へっ、何が幸運艦よ。最期は自分自身が七面鳥か・・」マリアナ海戦のとき、自分たちが繰り出した艦載機が次々と撃ち落とされるさまを米軍が「七面鳥撃ち」と呼んでいたことを思い出した瑞鶴は、自らの死を受け入れざるを得なかった。

 

 瑞鶴はこのとき、機動部隊の最後の生き残りとしての覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

「ヘイ、ジャップ!」機動部隊の護衛を務める駆逐艦は瑞鶴に声を掛けた。

瑞鶴は、力を振り絞って立ち上がる。

 

「・・貴様は空母、しかも正規空母!!ズイカクだな?!」敵ながら、いや敵だからこそ瑞鶴の顔は知れ渡っている。

 

「・・そう。私が翔鶴型二番艦の瑞鶴よ」もはや敵からも死からも逃れられないと悟った瑞鶴は堂々と名乗った。もっとも、いつもよりは弱々しい声ではあったが。

 

「卑怯者のジャップ!!パールハーバーの仇、思い知れ!!」駆逐艦たちは一斉に瑞鶴に砲身を向ける。

 

「やめなさい。それは私の獲物よ」旗艦の空母から命令が下る。それを聞き一斉に砲身を下げる駆逐艦たち。

 

 瑞鶴がかすみ始めた目で旗艦の空母を見ると、それは紛れもなくエンタープライズその人であった。

 

「エ、エンタープライズ・・」瑞鶴は因縁の相手であるエンタープライズが目の前に現れたことに驚いたが、その一方で、最期にこの目でエンタープライズを見ることができたことを純粋に喜んだ。

 

「初めましてズイカク・・」エンタープライズは躊躇なく瑞鶴を抱きかかえた。

 

「あなたの勝ちよ、エンタープライズ・・」瑞鶴はエンタープライズをたたえた。

 

 エンタープライズは素早く瑞鶴の全身を見渡す。一瞥しただけでも、もはや助かる傷でないことは明らかであった。

 

「・・早く私を討たないと、ホーネットさんの仇が永久に取れなくなる・・」瑞鶴はエンタープライズをまっすぐ見据えて言った。

 

 これにエンタープライズたちは驚いた。鬼とまで思っていた敵が、自分の命が尽きる前に、仇を取るよう促しているのだから。

 

 敵ながら何と高潔なのか・・エンタープライズは身震いした。もし、自分が逆の立場なら同じことが言えるだろうか・・そんな思いがエンタープライズに去来する。

 

「・・あなたのような偉大な敵と戦えたのは私の一生の誇りよ」エンタープライズの言葉に偽りはなかった。

 

「・・ありがとう。もし生まれ変われるなら・・今度はあなたたちと一緒に戦いたい・・」瑞鶴の声は次第にかすれていった。

 

 エンタープライズは二度と得ることができないであろう偉大な敵を失おうとしていた。そして瑞鶴は自分自身を失おうとしていた。

 

 瑞鶴の呼吸が急速に少なくなり、口が開く。エンタープライズは瑞鶴の口元に耳を近づけ、最期の言葉を聞き漏らすまいとする。

 

「・・翔鶴姉・・やっと来てくれた・・今、そちら・・に・・」一切の苦痛から解放された瑞鶴は、うれしそうな顔をしたまま息絶えた。

 

 エンタープライズはひたすら瑞鶴のためだけに涙を流した。そして護衛を務める駆逐艦たちも泣いた。

 

 瑞鶴はエンタープライズたちによって正式な海軍葬をもって葬られた。

 

 そして驟雨(しゅうう)が落ち始めた。

 

 まるで瑞鶴の死を悼むかのように・・




すみません。もっと書きたいことがあったのですが・・無理でした。


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【瑞加賀漫才?】【「かが」の想い】二本立て

【「かが」の想い】が規定文字数に達しないため、二本立てにするという暴挙に及んでしまいました(笑)


【瑞加賀漫才?】

 

「はい、どうも、どうも~」

(小声で)「加賀さん、名前言ってください・・」

 

「・・加賀よ」

 

「瑞鶴で~す!『瑞加賀』って言いま~す!よろしくお願いしま~す!私たち正規空母2人組でお笑いやらしてもらってま~す!」

 

「・・何で私が五航戦と一緒なの?」

 

「加賀さん、今日も平常運転ですね・・」

 

「あなたのような未熟者とやることなんて何もないわ・・そもそも、なぜ五航戦ごときの名前が先なのよ・・」

 

「口を開けば嫌味ばかり・・ほんっとうにあったまきた・・じゃあ、ここで『瑞加賀』も解散よ。嫌味ばかり言われたけど、お世話になりました。さようなら・・」

 

「ちょ、ちょっと待って・・お願いだから一人にしないで・・」

 

「え~・・だって、私とじゃイヤなんでしょ?」

 

「嫌いな子とステージに出るわけないでしょ・・」

 

「も~、加賀さんったら素直じゃないんだから・・」

 

「だって、これをやらないとお客さんの反応がイマイチなのよ・・」

 

「私たち、仲が悪いと思われているようですけど、違いますからね」

 

「そうよ。私みたいなタイプは、嫌いな子は徹底的に無視するはずよね。好きだからこそちょっかいを出すのよ・・」

 

「うわっ、小学生男子みたいなことするんだ・・」

 

「今、何か言った?」

 

「いや、加賀さんってかわいいなって・・」

 

「うそつきなさい。・・まあ、私がかわいいっていうのは間違いないとしても」

 

「・・加賀さんってそういうキャラだったんだ」

 

「そうよ。すましているのは、こういうキャラを隠すためなのよ・・」

 

「みなさん、加賀さんの指導って、さぞ厳しいと思っていたでしょう?ところが、実際のところは楽しくて仕方ないんです。だから私は加賀さん以外に師事するつもりはありませ~ん!!」

 

「・・ただ厳しいだけのスパルタなんて、もう時代遅れ。今時はメリハリをつけつつ科学的に教えた方がいいに決まっているでしょう。その証拠に瑞鶴の上達の早いこと・・あっという間に一航戦級よ。まあ、瑞鶴の素質がいいのは間違いないんだけど・・」

 

「きゃー」

 

「あら、気絶しちゃった・・」

 

「・・加賀さんにここまで褒めてもらうのは原作ではあり得ないことなんで・・」

 

「それにしても復活が早いのね・・」

 

「頭の中が七面鳥ですから・・」

 

「・・瑞鶴」

 

「はい」

 

「自分をおとしめるようなことを言っちゃダメ・・あなたは最後までその役割を立派に果たしたんだから・・」

 

「それじゃ笑いが取れないんです・・」

 

「一緒に自虐ネタじゃないものを考えましょう・・」

 

「はい・・じゃあ、加賀さんもネタ考えてくれるんですね・・」

 

「・・・」

 

「どうしたんですか?まさか書かないんですか?」

 

「あなたがネタを書くって約束じゃなかったかしら?」

 

「今、『一緒に考える』って言ったばかりじゃないですか」

 

「・・それは言葉の()()よ」

 

「キー!加賀さんはいつもそうやって逃げるんだから・・」

 

「じゃあ聞くけど、私が書いたネタでウケたのが一つでもあって?」

 

「・・・」

 

「いや、お願いだから、そこは黙らないで・・みじめになるだけだから。・・瑞鶴、もう私なんか切り捨てていいのよ。あなた一人でも十分やっていけるんだから・・」

 

「イヤです。私、加賀さんと組めないなら、お笑いやりません・・」

 

「いつもは『翔鶴姉、翔鶴姉』って言ってるのにどうして?」

 

「翔鶴姉とは・・その・・方向性が合わなくて・・」

 

「翔鶴は何をしたいの?」

 

「・・お色気漫才」

 

「・・・」

 

「ひどいと思いません?自分は胸部装甲が厚いからいいでしょう。でも、私にもお色気漫才やれって、あり得なくないですか!!」

 

「そんなことないわ。あなたに魅力がないと言う男どもの目が節穴(ふしあな)なだけよ」

 

「褒め上手の加賀さん・・一生ついていきます!!」

 

「こんなかわいい子、手放せない・・」

「・・瑞鶴」

 

「はい」

 

「・・やっぱり私のネタじゃダメみたい・・ネタはあなたに任せるわ・・」

 

「これ、加賀さんのネタだったんかい!!」

 

「もう、いいわ・・」

 

「ありがとうございました~!!」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

【「かが」の想い】

○ou Tube で護衛艦「かが」を見ていたらふと思いついたこと

 

「時機を逸してしまいましたが、『かが』さん、再生おめでとうございます。やっと声が出せるようになったので・・」

 

「・・この姿になって、またあなたの声が聞けるなんて思ってもいなかったけれど、うれしいわ。・・私は、改装されて空母になる・・これも運命(さだめ)なのかもしれない・・」

 

「いずれ、私も再生するかもしれないってことですね・・」

 

「日本という国が一貫した思想のもと、世界最大級にして最強級を自負しうる空母を建造した暁には・・あなたが再生するかもしれない・・」

 

「最大はともかく、最強は訓練次第です!そのときは、また私を鍛えてください!!今度こそ『かが』さんと共に大海原を駆け回りたいです!!」

 

「あなたはもう分かっていると思うけど、私たちは実際に戦ってはいけないのよ・・」

 

「はい。日本を攻めようとする勢力が私たちを見てあきらめる・・これこそ私たちが求める『完全勝利』ですから・・」

 

「孫子ね。『あの戦争』で苦労したあなたらしいわ・・」

 

「・・負けるのは論外ですが、勝ったところで、また新たな火種が生まれる・・もう、こんなこといい加減終わりにしたいです・・」

 

「あなたの名前を継ぐものが無力なはずがない。それでも、軍事力が全てを解決するわけではないことを知っているあなたなら安心して任せられる・・私も、早く再生したあなたに会いたいわ。そして私を支えてちょうだい・・『ずいかく』・・」

 

「はい・・待っていてください・・」

 

「いつまでも待っているわよ・・」

 この国にとって「ずいかく」が必要とされないことこそが一番よいのかもしれないとは思いつつ、それでも「ずいかく」の再生を願ってしまう「かが」であった・・

 




作者:あれっ?加賀さんも瑞鶴さんも漫才をさせられたこと怒らないんですか?
加賀:まあ、瑞鶴命のあなたが、史実に即したかたちとは言え、瑞鶴の最期を書いたから、心の均衡を保つにはこうするしかなかったのよね・・
瑞鶴:前回、私の最期を涙ながら書いてくれて・・艦娘冥利に尽きるわ・・
作者:何か気を遣わせてすみません・・まあ、内容はいつも通りの駄文ですけどね・・
加賀:それにしても今回の私、キャラが崩壊ぎみじゃない?
作者:そうですか?一見氷のように見える加賀さんも、その中身は誰よりも熱い。瑞鶴に見せる厳しさも愛情と期待の裏返し・・私はそう思っています。そんな感情表現の下手な加賀さんをちょっとだけ普通にしただけだと思うんですが・・
加賀:過大評価ね・・


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雪風の休暇

 駆逐艦娘の精神年齢については、見た目どおり派とそれと違う派に大別されますが、このお話では「見た目よりは大人」ということでお願いします。


「雪風は、すごいな・・」旗艦長門は、半ば呆れたように声を掛ける。

 

「ありがとうございます!長門さんに褒めてもらえてうれしいです!!」雪風は、元気に返事をしていた。

 

 雪風は、深海棲艦の旗艦に魚雷を命中させ、S勝利をつかみ取ったのであった。

 

 雪風自身は誰よりも果敢に突っ込んだにも関わらず、ほぼ無傷。

 しかも、雪風のすごいところは、自分だけでなく、同じ艦隊の艦娘たちにまでその幸運が及んでしまうところであった。

 今回は、敵の実力を考えて、提督が特に全員に緊急整備員を配備していたにも関わらず、一番重傷でも中破にとどまっていた。

 

 雪風の身につけたものが弾よけのお守りとして密かに取引されている・・という噂が立つほどの強運ぶりであった。

 しかし、雪風自身はそのような話には決して乗らず、誰よりも訓練や演習に熱心に取り組んでいた。そのようなひたむきさと天性の明るさこそが幸運の女神に愛される理由であろう・・と鎮守府では言われていた。

 

 

 

「しれえ、お呼びですか?」雪風は提督に呼ばれ、執務室にいた。

執務室には提督と秘書艦の大淀が待っていた。

 

「長門から、今回もお前が最後を決めたと聞いている。いつものことながら大したもんだ」提督は、雪風の頭をなでながら褒めた。

 雪風は提督にこのように褒められるときが一番幸せであった。

 

「雪風は、しれえに褒めてもらえて幸せです・・」このときの雪風は見た目どおりの子供のようであった。

 

「あの海域が解放された今、一息ついていいと思うが・・」提督は大淀の方を見る。

大淀がうなずくのを確認した後「雪風は出撃しっぱなしだったから、1週間ほど休暇を与える。なお、休暇中の訓練などは許さない」と命じた。

 

「1週間もですか?」雪風は困ったような顔をした。

 

「そうだ。今回俺は、お前の運を利用した。その罪滅ぼしをさせてほしい」提督は頭を下げる。すると大淀も一緒に頭を下げた。大淀も責任を感じていたのであろう。

 

「しれえ、私は艦娘です。艦娘は深海棲艦と戦うために生まれてきたんです・・」雪風は泣きそうな声で答えた。

 

「お前は文句一つ言わず厳しい戦いを続けた。知らず知らずのうちに疲れもたまっていると思う。その疲れがお前の動きを悪くし、いずれお前を沈めてしまうかもしれない。万が一にもそうなったら、計り知れない損失だ、だから、今回きちんと休むことも立派な仕事だ」提督は優しく言い渡した。

 

「・・分かりました」雪風は納得まではできなかったものの、提督の意思が固いことから、これ以上提督を困らせたくないという気持ちが働いて、休暇を取ることにしたのであった。

 

 

 雪風は、休暇中の訓練まで禁止されてしまったことから、艦娘としての艤装を外し、一張羅の私服に着替えて旅に出ることにした。これまでの給与や手当などで費用は十分まかなえるはずであったが、提督が自分の命令で休ませるからと言ってポケットマネーを出してくれたため、よほどの豪遊をしない限り、不足することはないはずであった。

 

 海で過ごしてきた雪風は、敢えて海のない内陸に赴いた。街で服や靴などを買い、名物に舌鼓をうち、温泉に入り、山にも登った。艦娘と知らない人たちは、子供一人で旅をしているように思ったらしく、人情にも触れることができた。

 宿に泊まるときだけは、不審に思われないよう、艦娘としての身分証を示したが、そうすると「無料にさせて頂きます」とか「・・をお付けさせて頂きます」などと気を遣われることに嫌気がさしたが、そんなときは黙って少し多めの現金を置いておくことにした。

 

 そうして5日ほど休暇を楽しんだ雪風であったが、6日目になると急に寂しくなってしまい、鎮守府に戻ってしまった。

 提督と大淀は顔を見合わせ、呆れた顔をしたが、黙って帰還を許した。大淀から泊まった宿から荷物が届いていると告げられ、確認するとお礼状と大量のお土産が送られていたため、多くは駆逐艦娘たちで分けることにした。もちろん駆逐艦娘たちは喜んだ。

 

 休日最終日となった雪風は、提督と大淀に休日の短縮か訓練再開を申し出たが、即座にどちらも却下された。悪例となることを恐れたためであった。

 

 やむを得ず、雪風は再び近くの街へと出かけた。いや、追い出されたと表現した方が正確かもしれない。

時間つぶしにふらっと映画館に入ってみると、自分たち艦娘と深海棲艦との戦いを描いたものが上映されていた。

 自分たち艦娘が世間にどのように思われているのか興味を持った雪風は、その映画を見ることにした。

 

 その映画は海軍も協力しており、遠巻きながら自分たちが映っているシーンもあった。その中で、自分が「幸運の女神に愛され、駆逐艦娘ながらあまたの強大な深海棲艦にトドメを刺した艦娘」として紹介されると気恥ずかしさで内容が頭に入らなくなってしまった。

 

 ちなみに、この映画は大ヒットし、鎮守内で上映会が開かれることになるが、自分が出てくることを知っていた雪風は、提督に頼み込んでその上映会から外してもらうことになるのであった。

 

 映画が終わった後、映画館から外に出ようとすると

「あの子、あの映画に出てた子に似ていない?」

「どれどれ・・あっ、本当だ、顔までは分からなかったけど、『雪風』って子にそっくりじゃないか?」

という声が聞こえてきた。

 

 そのうち、事情通と思われる男が「雪風なら、そこの鎮守府所属のはずだから、ここにいてもおかしくないぞ!」と言うと、周辺はにわかに騒ぎとなった。

 雪風は、騒ぎが大きくなる前に自慢の快速を生かしてその場から立ち去っていた。

 

 何も悪いことをしたわけでもないのに、逃げるようにして走った雪風は、そのうちおかしさがこみ上げてきたのであった。

 

 こうして休暇を過ごした雪風は、さらに戦果をあげていく。

 戦艦や空母ですら脅威に感じるほどの・・

 

 




 先日「少年たちの連合艦隊 ~幸運艦雪風の戦争」を見ました。一言でいうと、よくぞ生き残ってくれたと思いました。
 武蔵や大和などの最期を看取り、その乗組員を必死に救助した雪風の奮闘が、あの悲惨な戦いの中で一縷の救いとなっているように私には思われました。


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内閣総理大臣瑞鶴 Another Stories
プロローグ 提督代理研修(上)


 艦娘たちに、1日限りではあるが、提督の代理を務めさせることにより、視野を広げさせることを目的に行われている。
 
 艦娘たちの意外な側面を見ることができることから、なるべく多くの艦娘たちに行わせることが強く推奨されている。

 しかし、この研修の真の目的を知る者は、海軍の最高幹部以外誰もいない・・


「あ~あ、今度私が提督代理研修なんだよね・・」瑞鶴は困ったような声を出していた。

 

「大丈夫よ。あなたならできるわよ。しかも、いざとなったら提督がいるんだから・・」

 

「それが問題なのよ。提督さんがいなけりゃ、ここぞとばかりに加賀さんに命令してやれるのに・・」

 

「フフフ・・加賀さんに命令するのがあなたの夢だもんね・・」

 

「そうよ。あの鉄仮面をギャフンと言わせるまたとない機会なのに・・」

 

「提督が文句を言えないような内容にすれば?」

 

「・・翔鶴姉、それ、私以外に言わない方がいいよ。ものすごく腹黒く聞こえるから・・」

 

「そうかしら?」

 

「自覚がないのが翔鶴姉らしいんだけど・・それに、私バカだから、そんな難しいこと考えられないし・・」

 

「どこの世界に詩を詠むバカがいるの?・・あなたは()()()()()()んじゃなくて、()()()()()()だけよ」

 

「翔鶴姉は、私の評価が高すぎるよ・・そもそも、詩を詠むって『秋は終わりの季節・・』のことを言ってるんだと思うけど、あんなのは詩と呼べたもんじゃないよ・・」

 

「いいえ、加賀さんは、あなたがそれを言ったということを知ったら、ものすごく驚いていたわ。『意外な側面が見られた』と・・」

 

「うわっ、寒気がしてきた・・」

 

「・・まあ、いいわ。どちらにしても提督がいらっしゃるし、秘書艦の経験もあるんだから、そんなに心配しなくて大丈夫よ」

 

「うん、そうだね・・」

 

 

……………

「提督さんの椅子に座ると、気持ちが引き締まるね・・」

 

「まあ、気楽に行こうや。・・ところで、何をしたいのか考えてきたのか?」

 

「まず、秘書艦を加賀さんにお願いした・・」

 

「・・こき使う気か?」

 

「・・加賀さんにも同じこと言われた。・・でもそんなことはしない。嫌味なしで加賀さんと話がしたいだけなんだ」

 

「・・提督代理、加賀、参りました」

 

「あっ、加賀さん・・秘書艦の件ですよね?」

 

「秘書艦引き受けてもいいわ。・・でも、私は提督に対してもいろいろ意見を言うのよ。きっと小うるさいと思うから、変えるなら今よ」

 

「・・正直、断られるんじゃないかと思ってた。引き受けてもらえてうれしいよ。さっそく秘書艦席にお願いします。・・あと、今日だけは嫌味なしでお願いします」

 

「提督代理に嫌味は言いませんが、意見は言わせてもらいます。・・さっそく提督代理、何から始めますか?」

 

「『意見は言う』って普段とあまり変わりないように思えるんだけど・・まあ、いいか。・・うちには正規空母が6人そろってるんだけど、大規模作戦のときには、正直心もとないなって思ってるんだ。そこで、正規空母狙いで建造したいと思ってるんだけど、大淀さん、どうかな?」

 

「通常建造では、現状、新たな正規空母の誕生は望めません。となると大型建造となりますが、各資材を大量に消費します。『作れるか、作れないか』と尋ねられれば『作ることはできる』と答えますが、残量をどう見るかについての判断はしかねます」

 

「加賀さんはどう思う?」

 

「・・提督代理の提案に同意します。空母の修理には時間がかかります。バケツには限りがある上、一人前とは言えないまでも、それなりに任せられる空母とするには相当な時間を要しますから、今のうちから空母を育成することは良いことと思います。・・ただし、建造は1回勝負。何が出てもしばらくは空母狙いの大型建造は避けるべきです」

 

「さすがに空母が出るまで建造しようとは思ってないよ。・・提督さん、無理聞いてもらえるかな?」資材管理の観点から、入渠を除き、資材使用には提督の同意が必要とされていたのであった。

 

「う~ん・・提督代理がきちんと考えた上で出したプランだ。資材の残量がやや少なくなるが・・やってみるか。資材については、駆逐艦娘たちに遠征を頼むとするか・・」

 

「ありがとね。遠征に行った駆逐艦娘たちには私が直接おごるからさ・・」

 

 この言葉に提督と加賀は、ひそかに感心していた。

 

 

 

「それでは提督代理、建造ボタンをどうぞ・・」

 

「これ、責任重大だね・・」

 

「提督に無理聞かせて、空母が出なかったらしばいてあげる・・」

 

「うわっ、加賀さん怖い・・」

 

「冗談よ・・」

 

「冗談に聞こえないんだってば・・ええい、どうにでもなれ・・って、建造時間6時間40分?」

 

「おいおい、やってくれたな・・大鳳確定だ!」

 

「はぁ~良かった。これで命がつながったよ・・」

 

「瑞鶴・・」

 

「はい!!」

 

「さすが幸運艦ね。お手柄よ・・」

 

「加賀さんに褒められた・・明日、いや、今夜雪かもしれない・・」

 

「今、しばいてあげる・・」

 

 

……………

「提督さん、今日○○フェスティバルに出るって聞いてなかったよ・・」

 

「いや、昨日の夜になって、いきなり出てくれって頼まれたんだ・・」

 

「どうするのよ?戦闘があったら?」

 

「フェスティバル会場は谷間だから電波は届かないし、仮に連絡がついたところで、町中が大渋滞になるだろうから、緊急車両を使ってもここに戻るまでに相当時間がかかる。そのときは、お前と加賀、大淀、それに長門で決めるんだ」

 

「私、提督さんの編成案に意見したことはあっても、最初から編成したことなんかないよ・・」

 

「それは皆同じだ。取りあえずお前が編成案を作れ。それをあとの3人と相談すれば、いつもと同じになるじゃないか」

 

「え~、加賀さんに『ここはダメ、そこが足りない』ってコテンパンにやられそう・・」

 

「俺は、いつもそうやってお前らに言われている・・」

 

「・・提督さんの苦労が少しは分かったよ」

 

「ハハハ・・じゃあ、この研修も意味があるな。だが、お前らのおかげで、この辺りは平穏そのものだ。慢心は禁物だか、戦闘はまずないだろう」

 

「うん。でも、慢心だけはしない・・」

 

「・・実は、お前が加賀を秘書艦にしたとき、5分も経たずに大げんかを始めるだろうと思っていた。だが、今日の加賀は、求めない限り意見すら言わない。それを必要とすら感じさせないからだろう・・お前には人の上に立つ器量があるのかもしれないな・・」

 

「褒めても何も出ないよ。・・それに、加賀さんはあきれて物も言えないだけかもしれない・・」

 

「加賀に限ってそれはない・・」

 

「言い切っちゃうんだ・・でも、確かに私も何も言われないから、薄気味悪いなとは思ってたんだ・・」

 

「・・私を何だと思ってるの?」

 

「うげっ、加賀さん・・」

 

「瑞鶴、覚悟なさい・・」

 

「ひ、ひと思いにやってください・・」

 

「あら?勝負するんじゃないの?いつも『勝負はしてみなけりゃ分からない』って言っているのに・・」

 

「何だか分からないけど、今日は勝てる気が全くしないんだ。それなら、ひと思いにやってもらった方がいいや・・」

 

「・・何だか調子狂うわ。それに提督代理に手を出したら、上官傷害で処分されるかもしれないから、今回だけは勘弁してあげる・・そのかわり、次はないから気をつけるのよ」

 

「・・今日の2人は何か違うな。このまま2人を見られないのは残念だ」

 

「もう、見世物じゃないんだから・・さっさと行ってらっしゃい!」

 

「はい、はい・・じゃあ、留守を頼んだぞ」そう言いながら提督はフェスティバル会場へと向かっていったのであった。




「あれっ、この瑞鶴、どこかで聞いたことがあるようなセリフ言ってるな・・」と思われた方、正解です。
 次回、真相が明らかになります(本当か?)


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プロローグ 提督代理研修(下)

「さて、私のわがまま聞いてもらえたから、今度はほかの艦娘のために何かしてあげなきゃって思うんだけど・・う~ん何をすればいいだろう?加賀さんどう思う?」提督の椅子に座っていた瑞鶴は、加賀に問いかけていた。

 

「心がけはいいんだけど、中身を丸投げしない・・」加賀の言い方はそっけなかったが、それでも普段に比べればかなり角が取れた言い方であった。

 

「やっぱりそうなるか・・」

 

「提督代理!!」大淀が真っ青な顔をして提督室に駆け込んできた。

 

「大淀さん、何事?」

 

「遠征に向かった駆逐艦娘たちから緊急電!『ワレ、敵ト遭遇ス。救援ヲ乞ウ。1250(ヒトフタゴーマル)地点』」

 

「まずい!遠征部隊の武装は海賊対策程度だから、深海棲艦相手に戦闘なんかできない!すぐ救援部隊を結成して向かわせなきゃ。大淀さんは周辺海域の地図を出してください。加賀さんは館内放送で長門さんを呼び出してください!」

 

「分かったわ・・」客観的に見れば、瑞鶴の指示に加賀は黙って従ったのであったが、それに気付いた者は本人らを含めて誰もいなかったのであった。

 

「・・日の入りの時間まで1時間余り。ダメだ・・敵への攻撃はギリギリできたとしても、すぐに夜になって戦果が見込めない上に、帰還ができなくなるから航空部隊は出せない・・水雷部隊中心で行くしかない・・」

 

「続報によれば、敵には16インチ砲を積んだ戦艦がいるらしいとのこと。いくら夜戦とはいえ、戦艦抜きの編成にするわけにはいかないわ」

 

「16インチ砲?・・大和さんたちは応援に出ているから、対抗できるのは長門さんたちしかいないじゃん。でも、長門さんは、その・・装甲が薄く、重い主砲を積んでいない私と違って・・」

 

「気を使わなくていい。はっきり『足が遅い』と言え。・・だが、大丈夫だ。確かに私の表面上の最高時速は25ノットだが、30ノット近くまでなら何とか出せる。それなら、金剛たちとあまり変わらん」

 

「それじゃあ、長門さんの機関に負担が・・」

 

「私は、艦娘代表だ!仲間の危機に際し、ただ指をくわえて見ていることなどできぬ!!それに自分の体のことだ、機関不調でたどり着けないなどという間抜けなことはしない!!『あの戦争』でも、最高速度が私より速い大和が全速力で航行しても、私は遅れずについていった実績もある*1!!こうしている間にも、遠征部隊は必死に逃げている。迷っている暇はないぞ、提督代理!!」

 

「加賀さん、大淀さん・・」瑞鶴が加賀と大淀の方を見ると、2人とも首を縦に振った。

 

「分かった・・長門さんと陸奥さんの出撃をお願いします。あとは川内さん、神通さんの二水戦の出撃を命じたいと思うんだけど、どう思う?」

 

「川内は夜戦バk・・じゃなかった、夜戦のプロだから分かるとして、なぜ川内の一水戦でなく、神通の二水戦を選んだの?」

 

「神通さんたちの二水戦は、ものすごく鍛えられている。個の力なら川内さんの方が上かもしれないけど、神通さんの冷静な判断力とそれに従う駆逐艦たちの結束は固い。味方にとって頼もしいなら、敵にとってみたらイヤなんだろうなと・・」

 

「驚いたわ。コテンパンにしてやろうと思って聞いていたんだけど、ケチのつけようがない・・」

 

「私も異議ありません」

 

「私も異議なし・・それでは提督代理!私たちに命じてくれ!!」

 

「・・長門さん、救援部隊出撃、お願いします」

 

「了解!!提督・・いや、提督代理に勝利を!!」

 

「・・加賀さん、後詰めの準備を・・」長門たちの出撃を見送った瑞鶴は、加賀に声を掛けていた。

 

「夜明けと同時に航空部隊を出撃させるのね・・」

 

「さすが加賀さん。皆まで言う必要ないね。長門さんたちが決めてくれると思うから、そこまでしなくていいと信じたいんだけど・・」

 

「フフフ・・」

 

「・・私、何かおかしなこと言った?」

 

「いいえ、準備しておくにこしたことはないわ・・それにしても、今日のあなた、冴え渡っているわ。実は中身が鳥海なり霧島だってオチじゃないわよね・・」

 

「さすがにそれはない・・でも確かに、自分でも出来すぎだと思う・・」

 

「・・本当に調子が狂うわ。いつもならすぐ調子に乗るくせに・・」

 

「何か、ゴメン・・」

 

「ホントどうしたの?あなたは私に弱みを見せたくないんじゃないの?大丈夫?」

 

「・・どんなに考え直しても最善と思えるメンバーを組めたはずなんだけど、万が一があるんじゃないかと怖くて怖くて・・自分が戦った方がどれだけ気が楽か・・提督さんって毎回こうだったんだと思うと・・今更ながらすごいなって・・」

 

「私だけじゃなく、大淀や長門も含めて検討したんだから、大丈夫よ。万が一、本当に万が一のことがあっても、それは私たちの連帯責任よ。決してあなただけに責任は負わせない。約束するわ。・・それとも私なんかの約束じゃ物足りない?」

 

「ううん、加賀さんの約束なら値千金(あたいせんきん)だよ・・」

 

「提督が帰ってきたら、うんと説教してあげる・・ここまで瑞鶴を追い込んだ罪、見逃すわけにいかない・・」

 

 その夜、瑞鶴と加賀、そして大淀は一睡もせず、戦況を見守り続けた。

 

 ようやく提督が未明に鎮守府に戻ってきたときには、既に戦闘は終わっていた。

救援部隊、遠征部隊ともに満身創痍となりながら、誰一人欠けることなく、敵部隊を全滅させていたのであった。

 

 加賀は、瑞鶴が止めるのを聞かず、提督を正座させて延々と説教し、瑞鶴がおごることになっていた遠征部隊に救援部隊を加えた上で、その費用を提督に支払わせたのであった。

 

 

……………

「大臣、大変です!!」

 

「次官が大声を出すなんて珍しいな。何事だ?」

 

「遂に・・遂に提督代理研修で満点をたたき出した艦娘が現れました!!」

 

「何!一応確認するが、それの意味することは分かっているな?」

 

「もちろんです。総理たりうる者が見つかったということですから・・」

 

「それは誰だ?」

 

「『壁に耳あり・・』と申します。この資料をご覧ください・・」

 

「どれどれ・・何と、あの小うるさい加賀を秘書艦にして、さらに意見を言わせなかっただと?フムフム・・駆逐艦娘たちに対する配慮もできる。極めつけは○○沖遭遇戦を指揮しただと?提督に言われていたとは言え、独善は避けつつ、迅速かつ的確な編成をしてるじゃないか・・この内容、間違いないのか?」

 

「はい、その日提督は○○フェスティバルの招待を受け、その時間帯は県や市の幹部たちと会合を行っていたことに間違いありません」

 

「・・空母としての戦果もある。運もトップレベル・・これなら総理として押し頂く理由もつく!!・・よし、遂に私たちは総理となり得る艦娘を見いだした!!・・だが、艦娘を総理にしようとすれば、どのような妨害工作が起きるやもしれぬ。ず・・いや、具体的な艦娘の名前を出すのは最後の最後としよう。・・これで海軍は本腰を据えて艦娘内閣実現に向けて各方面に働きかけることができる。・・だが、これはあくまで海軍の利益を図るためではない。このままでは戦争継続など夢物語に過ぎなくなるからだ。そうなれば、わが国土と国民は・・口に出すのもはばかられることになる。・・国土と国民があって初めて軍も成り立つという当たり前のことすら分からん奴が多すぎていかん。物量に劣るあまり、精神論に頼りすぎたか・・」海軍大臣は悔悟の言葉を出していた。

 彼の名前は、米内光政という・・

 

 

*1
レイテ沖海戦でのことを指しているが、司令代理の瑞鶴がそのレイテで沈んでいるため、レイテの「レ」の字も出さずに説明する長門さんの配慮はさすがとしか言いようがない




 後出しジャンケンですが、次回からこの「提督代理研修」をプロローグとした新章に移行します。


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内閣成立秘話(上)

「内閣総理大臣瑞鶴」のエピソード、外伝ひっくめて投稿します!
本編の「お断り」はそのまま引き継がれます。

ざっくり言うと
①(言うまでもなく)全てフィクションです。仮に実在人物・地名と同一のものが出てきたとしても、一切関係ございません。

②時代設定は一応戦前としましたが、至る所でご都合主義発動のため、事実とは異なります。(今回はさらに進んで、政治体制だけ戦前風で、それ以外では現在に近いかも?)

③気に入らなくても大きな心で許して

となります。

 本編とは視点が異なるため、矛盾とまではいかなくとも、解釈によっては変に感じられるところも多々あると思います。そこはなるべく善意に解釈していだたけるようお願いします。それでもおかしいと思われた場合は、ご指摘頂けたら幸いです。



「小磯総理より、内閣総辞職の申し出があったため、皆さんに参集して頂きました・・」議事進行役の木戸内大臣が開会を宣言した。

 

「これは正式な会議ではない。忌憚のない意見交換を望む・・」総理経験者ら重臣を前に玉音が下された。

 

「艦娘を全権大使にする用意があると伝えたのに、深海棲艦から相変わらず返事がなかったからな・・」

 

「小磯は次の総理について何と?」

 

「『国内情勢に疎い者が何も言う資格もない』ということで、この場に来ることも辞退した」

 

「・・次に誰を据えるにせよ、艦娘を深海棲艦との交渉担当大臣として入閣させることが前提条件となるな・・」

 

「・・私は、人間が首班を続ける以上、深海棲艦からの回答は望めないのではないかと一貫して主張してきました。今度こそ艦娘に大命が下されるべきです」

 

「米内さんはぶれないな・・」

 

「ここにいる皆さんは耳にタコができているでしょうから、詳細については省きます。しかし、もうこれ以上戦争を続けては経済が壊れてしまう。そうなれば戦争継続など絵空事に過ぎなくなります。幸い現在、我々は深海棲艦を相手に有利な立場に立っていますが、文字通り薄氷の上を歩いています。我々に時間はあまりない。今までと同じことをして、いつまで同じ失敗を繰り返すんですか・・」

 

「艦娘を総理に押し立てれば、それこそ海軍の思い通りにこの国を動かせるからではないのか?」

 

「私は、そんな小さい考えで物を言っていない!!そんなことを言うのであれば、艦娘の管轄を陸軍だろうとどこへだろうと移してもいいんだ!!少し冷静になって相手の立場になって考えてみろ!戦っているのは我々人間じゃないんだぞ!直接戦っているわけでもない訳の分からないのが首班でございます・・って相手にできるか?!」

 

「・・米内」陛下が声を掛ける。

 

「御前にて声を荒げてしまいました。申し訳ございません・・」米内海相は恐縮しきった声で返事をした。

 

「卿は血圧が高かったであろう。興奮するのはよくない。今、海軍を束ねられるのは卿をおいてほかにない。自愛せよ・・」

 

「ありがたきお言葉・・」

 

「・・米内は、海軍のために艦娘を総理にしようとしているのではないと朕は信じる。それに反対の意見を持つことは構わないが、大局的な見地からであることを望みたい・・」

 

「・・艦娘のことをバカにしているわけではないが、知識があまりに偏っていて国政に当たらせるには懸念がある。もちろんこれは本人の責任ではないが・・」

 

「知識は本人がその気になれば、いくらでも後付けできる。さらにこれは人間に対してもいえることだが、全ての国務に通じている者の方が少ない。何のために総理を支える大臣なり、官吏がいるのか」

 

「それは、総理を『お飾り』にするということか?」

 

「いや、それでは全く意味がない。・・実権がないまま深海棲艦と交渉させることなど不可能だ。これまでの奴らの態度から考えれば、交渉に人間が立ち会えるとは思えないからな。結局、艦娘を信じて任せるしかない。・・そして、わが国にとって最小の損失で最大の利益を引き出してもらうには、国政全般を実際に担当させ、判断力なり何なりを養ってもらうしかない」

 

「・・それは危険ではありませんか?艦娘の正体といいますか、生態については全く分かっていません。中には深海棲艦と裏でつながっているのではないかという意見すらあります」

 

「・・海軍としては聞き捨てなりませんな。開戦以来どれだけの艦娘が散っていったか・・あまりに艦娘を愚弄した物言いではありませんか」

 

「世の中にはそういった見方もあるということを言っている」

 

「それ以外に艦娘に組閣を命じることについて、反対の意見を聞きたい・・」陛下は重臣たちを見回したが、これ以上の意見は出なかった。

 

「反対の意見は出尽くしたか・・だが、敢えて朕は聞きたい。反対の真の理由は、艦娘が女の姿をしているからではないか?もし、艦娘が男の姿をしていれば、今少し反対が少ないのではないのか?・・朕も男であるゆえ、その気持ち理解できなくもない。だが、天照大神は女神であられる。ならば、男にできて、女にできぬことなどないのであろう。よって、朕は艦娘に賭けてみたい。・・賭に負ければ、わが国と民族は滅亡の道を進むことになろうが、それはこのまま戦争が続いても同じこと。そうであるなら、それほど悪くない賭けではないか・・」ここまで言われて反論できる根拠を持ち合わせている者は、少なくともこの場にはいなかった。

「米内、朕は卿の提案に乗ろうと思う。艦娘に組閣を命じることに異議のある者は、この場で述べてもらいたい。決まった後、『実は、私は反対だった』などというのは聞きたくもない」

 

「・・何もご意見が出ないようですので、全会一致で艦娘に大命を降下することに決したということでよろしいですね?」木戸内大臣は何も意見が出ないことを確認した上で宣言した。



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内閣成立秘話(下)

「・・米内、誰をもって組閣を命じるが良いであろう?卿のことだ。腹案があるのであろう?」陛下はさらに米内海相に下問された。

 

「恐れ入りましてございます。私は『空母瑞鶴』がふさわしいと存じます」

 

「瑞鶴・・名前には聞き覚えがあるが、その理由は?」

 

「まず、正規空母であることが挙げられます。今や戦場の主役の座は戦艦から空母に移っております。彼女はその空母艦娘としての戦果がございますので、深海棲艦に対してにらみが効きます。また、同時に正規空母の中では最も運が良いことも挙げられます。この際、運も味方にしなければなりませんので。・・ただ、彼女には一つ難点がございます」

 

「それは?」

 

「決して能力が低いわけでも、長幼の順なども無視しているわけでもないのですが、目上に対して敬語を用いることが少ないように思われます」

 

「それは、目上の者に対する敬意がないということか?」

 

「いいえ、むしろ親愛表現かと思われます」

 

「海軍は上下の規律もなっていないのか?」米内海相の回答に重臣の一人から声が上がった。

 

「・・いや、慇懃無礼(いんぎんぶれい)や面従腹背をやられるより、はるかにいい。また、上官たる者の度量の広さを示しているとも解釈できる」米内海相が答える前に別の重臣から援護射撃があったため、米内海相は目礼だけ返して何も発言しなかった。

 

「・・米内、ひとつだけ確認したいが、よいか?」

 

「はい、陛下」

 

「瑞鶴は、例えば駆逐艦娘たちに対してどのような態度を取っており、また、どのように思われているのか?」

 

「瑞鶴は、駆逐艦娘に対しても偉ぶった態度は取っておりません。むしろ裏表のない、明るく、素直な性格で皆から慕われております。もっとも表現を変えれば単純と言えなくもありませんが・・」

 

「素直か・・賞賛されるべき資質であるが、(まつりごと)はそれだけではできぬ。さぞ苦労するであろう・・」

 

「・・陛下、瑞鶴は物言いはともかく、全く物を知らぬ者ではございません。おそらく大命を受けてもすぐに承るとは思えません。説得を要すると思われます」

 

「・・望んで総理の地位に就こうという者以外なら、物が分かる者こそ、二つ返事で承諾するまいな・・まして今回は命の保証すらできぬ・・他に手立てがないとはいえ、申し訳ないと思う・・」

 

「・・艦娘を首班に据えるにあたり、不安をいくばくかでも減らすため、後見人を付されるべきかと・・」

 

「米内、それについても腹案があるのであろう?」

 

「返す返す恐れ入ります。私は、陛下の元侍従長、鈴木貫太郎男爵がふさわしいと存じます」

 

「鈴木か・・かの者は連合艦隊司令長官の経験もある。それにちょうど艦娘と見た目の近い孫娘もおったな。・・なるほど適任やもしれぬ。朕は鈴木を後見人となし、瑞鶴に組閣を命じたいと考える。異論ある者は今、この場で述べよ」

 

「艦娘総理やむなしとなれば、人選は艦娘をよく知る海相のご判断どおりで良いと思います。また、後見人を付することについても異論はありません。ただ、鈴木男爵はご高齢で耳も遠い上、国政経験も乏しい方ゆえ、総理の後見人たり得るのかと懸念するものであります。ここは、推薦された米内海相ご自身が後見人となられるのが筋ではありませんか」

 

「私は、小磯総理と共に大命を拝しました。総理のみに責任を負わせ、二代続けて副総理格として入閣することなどできません」

 

「米内は、この手のことは、一度言ったらテコでも動かないからな・・」陛下は苦笑を浮かべていた。

 

「恐れ入りましてございます」

 

「その他にないか?」

 

「・・深海棲艦との戦いを通じ、海軍の発言力が強まっています。先ほど海相は艦娘の管轄を動かしてもよいとおっしゃいましたが、ノウハウや設備面から考えれば現実的ではありません。さらに今回は総理が艦娘、副総理格が見込まれる鈴木男爵も海軍。万が一、万が一にも海軍が暴走したとき、これを制御できなくなってしまうおそれが・・」

 

「その懸念は理解できる・・」陛下は大きくうなずかれた。

「・・だが、今一番必要なのは、この戦争をなんとか終わらせることにある。そのため一時的に海軍に権限が集中してしまうのはやむを得ないと考える。朕は米内の統率力を信じるが、それでも万が一、海軍が権益をほしいままにし、国家と国民の利益を損なうのであれば、朕が近衛師団を率いて海軍を討伐する。それでよいか・・」

 

 二・二六事件の際、反乱部隊に同情的だった陸軍の態度に激怒し、近衛師団を陣頭指揮してまで鎮圧させようとした陛下の言動を思い出した重臣たちは、これが単なるこけおどしでないことを十分すぎるほど理解していた。

 

「・・それでは、鈴木男爵を後見人となした上で、瑞鶴に大命を降下させることに決定ということでよろしいでしょうか?」木戸内大臣は、会議に参加した重臣たちを見回し、意見が出ないことを確認してから散会を宣言した。

 

「・・内大臣。さっそく鈴木を呼んでもらいたい。鈴木を説得しなければ、瑞鶴の説得もままならぬでな・・」陛下はさっそく新内閣成立へ向け、行動を開始されたのであった。

 

 

……………

御上(おかみ)、何事でございましょうか・・」鈴木男爵は陛下の前に直立した。

 

「・・鈴木、早速で申し訳ないが、朕はこの度、艦娘たる瑞鶴に組閣を命じたいと思う。そこで卿に総理の後見として、総理を支えてもらいたいと思う」

 

「・・私は、高齢で耳が遠く、ただ今、枢密院議長などという顕職にありますが、国政経験がほぼございません。これは、明治大帝陛下が定められた軍人勅諭により、軍人が政治に関わるべきでないと思っているからでございます。瑞鶴に対し、含むところなどございませんが、何とぞ辞退をお許し願いたく・・」

 

「卿がそう言うであろうことは予想していた。だが、ここは曲げて卿にこの任を受けてもらいたい」

 

「他に人はいくらでもおりましょう・・」

 

「いや、卿は連合艦隊司令長官を務めた上、年頃の孫娘もおるから、艦娘のことも理解してやることができる。・・この際は年が離れていることも良い。親子ぐらいの年齢差であると、お互いにやりづらいところもあるやもしれぬでな・・」

 

「・・孫はかわいいですからな」

 

「・・鈴木、朕は今度の内閣でこの戦争に終止符を打ちたい。さもなくば経済の方が先にやられてしまう。・・艦娘は、これまで政治に全く関わらなかった。深海棲艦との交渉は艦娘に任せなければならぬとしても、それまでには落としどころなども覚えさせねばならぬ。・・だが、例えこちらが賠償金なり領土・・いや、場合によっては朕の命を差し出してでも、この戦争は終わらせなければならんのだ。鈴木・・卿は、朕の侍従長を務めたゆえ、ここまで伝えた。政治など知らなくてよい。その代わり卿には経験があるではないか。その経験で艦娘総理のよき相談相手となり、導いてやってくれまいか・・」

 

「・・御上のお覚悟、しかと承りました。至らぬ身でありますが、最後のご奉公と思い、総理の後見の役割をお引き受け致します・・」

 

 

……………

「鈴木に後見人の件、承諾してもらった・・次はいよいよ瑞鶴を呼び出し、組閣を命じることとしよう。瑞鶴にとっては、迷惑以外の何物でもあるまいが・・」

 

「何と言って呼び出せばよろしいでしょうか?」

 

「『組閣を命じるため』と言えば、どのような理由を作ってでも来るまい。・・だまし討ちとなってしまうが、理由は告げず、ただ朕が『会いたがっている』とのみ伝えよ・・」

 このとき陛下は、ぬぐいきれない想いが浮かんでいた。

「人は深海棲艦より罪深いのかもしれぬ・・果たして艦娘が命を賭けるだけの価値が我々にあるのだろうか」と。

 

 

……………

「御上、艦娘瑞鶴、参内いたしました・・」

 

「いよいよだな・・瑞鶴は引き受けてくれようか・・一方的な命令でなく、あくまで本人の意思で引き受けてもらわなければ、総理など到底務まらぬ・・」陛下はそのようにつぶやいた後、侍従武官に告げた。

「瑞鶴に自由な物言いを許す。言葉遣いで責めてはならぬ。卿の方からその旨伝えてくれぬか」

 

「御上の仰せのままに・・」

 

 陛下が侍従武官とともに松の間に向かうと、海軍一種軍装に身を包んだ瑞鶴が最敬礼していた。

 

「艦娘、瑞鶴。顔を上げられよ」

 

 ゆっくりを顔を上げた瑞鶴の表情は、困惑と緊張としか表現のしようがないものであった。

 陛下は、あるいは目の前に立つうら若き瑞鶴を、いわば生け贄にして深海棲艦との戦争を終わらせようとしているのではないかとの呵責がこみ上げてきたのであったが、例えそうであっても、ほかに取るべき道が見当たらなかったため、心を鬼にして玉音を下されたのであった。

 

「艦娘、瑞鶴。卿に組閣を命じる」

 

 こうして幕は開いたのである・・



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自覚

「何これ?これって日本語だよね?何書いてあるかさっぱり分からないんだけど・・」瑞鶴は、決裁書類の山を前に頭を抱えていた。

 

「う~ん・・座学をまじめに聞いてなかった私も確かに悪いけど、何も知らない艦娘を総理にしたのがそもそも間違いなんだよね・・誰も私の意見なんか求めてないんだから、このままハンコ押しちゃえ・・」瑞鶴は理解することをあきらめて決裁欄に印鑑を押したのであった。

 

 そんなある日、鈴木男爵が口を開いた。

「総理、あまりにご決裁が早い・・まさか、何も読まずに判を押されているのではありませんか?」

 

「・・その通りだよ」内容を理解していると嘘をつけば、次に必ずその内容を聞かれると思った瑞鶴は、正直に告白した。

 

「・・総理が書類に印を押されたということは責任が生じます。例えば、中の書類に総理やお姉様たちを解体すると書かれてあったら、どうなされるつもりですか?事前に気がつけばまだしも、事が終わった後に気付かれても手遅れですぞ・・」

 

「・・男爵には正直に言う。私、あまり勉強してなくってさ。書いてあることがさっぱり分からないんだ・・」

 

「お分かりにならないのであれば、担当者を呼んで分かるまで説明させるべきです。みな、それくらいのことはできましょう・・」

 

「私、下手したら小学校で習うようなことも知らないんだ・・そんなレベルの低いところからいちいち説明してもらったら、何も動かなくなっちゃうよ・・」

 

「それは違いますな。総理には、この国を率いるという自覚に欠けるのではありませんか?」

 

「・・私は、深海棲艦との交渉を引き出すためのエサじゃないの?」

 

「・・仮にそうであったとしても、総理は仮に深海棲艦との交渉ができたとして、人間がそれに同席できると思われますか?」

 

「それは・・今までのことを考えれば、多分無理じゃないかと思う」

 

「私もそう思います。・・そうなると、総理と深海棲艦の交渉で全てが決まるわけです。・・ところで、総理。交渉はギリギリの駆け引きがあるでしょう。このままの状態で、何をどこまで譲っていいのかお分かりになるのですか?交渉が成立して、いざ中身を見たらわが国が立ちゆかなくなるような内容だった・・許されるとお思いになりますか?」

 

「それは・・でも、それとこれがどう関係するの?」

 

「総理には日頃の政務を通じて、そういった線引きができるようになって頂く必要があるのです。これが、艦娘に大命が降下した理由でもあります」

 

「表現はさておいて、人に建造してもらった艦娘が、その人に指示を与える・・そんなことが許されるの?また、人がそれを受け入れられるの?」

 

「少なくとも私や、米内・・それに御上(おかみ)も、それを望まれております」

 

「・・無理だよ。私にそんな大それたことなんかできないよ・・」

 

「それでは何故、総理をお引き受けなられたのですか?」

 

「それは、艦娘の誰かが総理を引き受けるしかないと思ったから・・今回は、ひょっとしたら深海棲艦にやられるかもしれないんだ・・私が断ったことで、例えば長門さんや赤城さんにお鉢が回って、犠牲になってしまったら、私はとても耐えられない。そんなことになるくらいなら、自分が生け贄になった方がいい・・そう思ったんだ・・」

 

「私は、御上から総理の後見を命じられた際、一度はお断り致しました・・」

 

「それはどうして?」

 

「私は、見ての通りの老人で、耳もかなり悪い上に、軍人が政治に関わるべきではないと思っていたからです」

 

「それなのに、どうして私の後見を引き受けてくれたの?」

 

「御上はおっしゃいました『政治など知らなくとも経験があるではないか。その経験で艦娘総理のよき相談相手となり、導いてやってほしい』と」

 

「陛下は男爵をよく見ているね。・・こんなことにならなきゃ、男爵が総理を務めるべきだったんだよ・・世の中うまくいかないね・・」

 

「総理・・」

 

「じゃあ、例えばなんだけどさ・・」瑞鶴は決裁書類をめくり始めた。

「あった、あった。この艦娘に関わる件なんだけどさ。これ、どうかなって思うんだよね」

 

「どういった点でしょうか?」

 

「大型艦にテレビや冷蔵庫を整備するってなってるけどさ。はっきり言って軽巡洋艦や駆逐艦たちの方がなんだかんだ働いているんだから、むしろ彼女たちの方こそテレビなり冷蔵庫があってもいいと思うんだよね」

 

「なるほど」

 

「それとさ、いろいろ制約があるのは分かってるんだけどさ。お正月だけじゃなく、せめてお盆にも少しでいいから甘い物かお酒をみんなに配って欲しいんだよね」

 

「その他にありませんか?」

 

「・・物を大切に使うのは当たり前なんだけどさ、頻繁に故障する物が結構多いんだよね。あれじゃあ、いざってときにまるで役に立たないよ。ちゃんと交換すべき物は交換して欲しいよね」

 

「まだ何かありますか?」

 

「・・いや、もうない」

 

「分かりました。総理のご意向に沿うよう修正させます」

 

「え?」

 

「総理のご指示がおかしいと思えば意見致します。しかし、お伺いした限り、一理あるものばかり。予算措置は難しいにせよ、米内とも協議して、できうる限りのことを致しましょう・・」鈴木男爵は、そう言うとそのまま退出していった。

 

「どうしよう・・思いつくまま言っただけなのに・・でも、きっと検討した()()をするだけだよね・・」そう思った瑞鶴であったが、その夜、海軍省の明かりが消えることは一晩中なかったのであった。

 

 そして翌日の夕方、鈴木男爵は米内海相を伴って瑞鶴を訪ねてきた。

 

「総理。昨日のお話、米内とも十分協議して、結論を申し上げに参りました」

 

「うん、それでどうなったの?」

 

「海軍のことですので、大臣の私から申し上げます」米内海相が言葉を発した。

「・・まず、テレビ、冷蔵庫の件でございます。予算上の制約から大型艦を優先致しましたが、総理のご見解はごもっともです。しかしながら、軽巡洋艦や駆逐艦娘は数が多いため、全員に行き渡らせることはできません」

 

「やっぱりね・・」

 

「そこで、駆逐艦娘たちの寮に大型テレビと冷蔵庫を優先して設置することと致しました」

 

「あら・・」

 

「次に、お盆にも酒か菓子を配布する件ですが、そもそも正月に配る量が多すぎました。これを減らすことにより、盆にも配布することができます」

「最後に、故障が多発する件ですが、点検整備の徹底を本日、私から指示致しました。これにより順次交換が進むと思われます」

 

「・・ほとんど私の言ったとおりになっちゃった。・・でも、あれっ?最後の件、予算が必要だよね?どこからお金を持ってきたの?」

 

「・・海軍の尉官以上の者の給与を一部カット致します。階級が上になるほどカット率を上げ、さらに各鎮守府、警備隊の不要物品を売却することで費用を確保致しました」

 

「どうして、そこまで・・」

 

「総理の言葉は重いのです。我々が身銭を切ることなど安いものです。・・しかしながら、総理。予算課の者は帳尻を合わせるため、昨夜は夜を徹して作業に当たりました。後日で良いので、どうか声を掛けて頂きたく存じます」

 

「分かった。後で海軍省に行くよ・・」

 

 鈴木男爵と米内海相を退出させた瑞鶴は、猛烈な後悔と反省の念がわき上がっていた。

「・・書記官長」

 

「はい」

 

「誰か、私に勉強を教えてもらいたい・・私は知らないことがあまりに多すぎる。このままじゃあ、とても総理の責務は担えない」

 

「承知致しました、すぐに手配致します。・・ところで、どのレベルから始められるのですか?」

 

「初歩の初歩・・つまり小学1年生の内容から始める」

 

「そこまで戻らなくとも・・」

 

「いや、私の場合、どこに落とし穴があるか分からないんだ。分からないことに気付いて戻るくらいなら、最初からやった方が効率がいい・・」

 

「・・ちょうど私の知り合いに東京女高師に通う者がおります。彼女に声を掛けてみます。世代も性別も同じ、しかも気さくな性格なので、総理とも馬が合うかと存じます」

 

 

……………

「初めまして。今をときめく総理にお目にかかれて光栄です。()()()()()範学校の中野と申します。よろしくお願い致します」

 

「瑞鶴です。・・あの、呆れるくらい何も知らないので、ご迷惑を掛けると思いますが、どうかよろしくお願いします」

 

「ああ、良かった・・」

 

「え?」

 

「いえ、深海棲艦と戦われ、武勲著しいとお伺いしていたので、どんなに怖い方かと思っていたのですが・・(おそ)れながら、私とあまり変わりないなと思って・・」

 

「実は、これでも私、頑張ってしっかりしようとしてるんだけど・・油断すると、すぐ言葉遣いが悪くなっちゃうんだ・・って、さっそくボロが出ちゃったよ・・」

 

「本当に私たちと変わらない。・・私は、軍事のことは()()()()()分かりませんので、是非教えてくださいね」

 

「・・何か話しやすそうな人でよかった。よろしくね・・」こうして瑞鶴は、中野の指導を受けながら、猛勉強に励むことになったのであった。

 



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闇と光(上)【残酷な描写】

「私は、何度生まれ変わっても、例え深海棲艦になっても絶対に人間の味方になる・・」これは、本編第7話で瑞鶴が言ったセリフです。

 筆者的には、いかにも瑞鶴が言いそうなセリフであり、自分でも気に入っています。しかし、船としての壮絶な最期を知る私としては、瑞鶴が逆に人間にたてついたとしても全くおかしくないと想いました。(艦娘全般に言えることかもしれませんが)
 そこで、なぜ瑞鶴がこう言い切れたのか自分なりに理由付けしてみたいと思いました。

 今回はそういったわけで、これまでの私からすれば、いろいろな意味でかなりキツい表現があります。苦手な方はブラウザバック願います。


「男爵、聞いてもらいたい話があるんだけど・・」瑞鶴は、鈴木男爵に話しかけた。

 

「私でよければ、何なりと・・」

 

「ほら、私って建造されたときからこの姿で、海軍の中でもほんの一部のことしか知らないんだ・・人として生まれたなら自然と知ることのできる情の意味や、他の世界の知識がない・・これじゃあ、人にとって本当に必要なこととか、大切なことをまるで無視した交渉をしてしまうかもしれない・・それは絶対に避けなきゃいけないと思うんだ・・」

 

「・・総理がご懸念されていることは分かりました。こういったことは、ご自身で体験されるのが一番手っ取り早いのですが、総理の顔は知れ渡っておりますからな・・女性の場合、化粧や髪型を変えれば、かなり印象が変わることがありますが、総理ほどのお若さとお美しさだと、なかなか心配ですな・・」

 

「私が美しいって・・翔鶴姉ならともかく、そんなことないよ・・」

 

「いやいや、この(じじい)もあと50歳若ければと思うくらいですから」

 

「それは惜しいことをした。連合艦隊司令長官の奥さんになり損ねたよ・・って冗談はここまでにして、どうしたらいいかな?」

 

「世辞を言ったわけではないのですが・・事案が事案だけに、護衛を付けるわけにはいきませんからな・・7.7ミリ機銃を艤装され、発信器をお付け頂けるのであれば、この爺の責任で何とか致しましょう。・・この際、総理に人間社会の表ばかりでなく、できうれば裏まで見て頂きたいと思います。それで、もし、人間に愛想が尽きたら爺に言ってくだされ。見てのとおり老いぼれですが、元連合艦隊司令長官と元侍従長の肩書きがございます。深海棲艦の土産代わりにこの首を持って行けば、あるいは受け入れてくれるやもしれませぬ・・」

 

「男爵の命を取るなんてあり得ないよ。・・私、確かに総理になりたてのとき、バカにしたような態度を取られたことはある。でも、ほとんど何も知らなかったんだから、むしろ当然だったと思う。その人も後でキチンと謝ってくれて、今では本当によくやってもらっているから感謝しているくらいなんだ・・」

 

「・・残念ながら、人の世は『表』の部分のみで成り立っておりません。物事にはすべからく『裏』があるもの。どちらも知った上で、総理がどうされたいのか、お決めください・・」

 

「・・よく分からないけど、男爵の言葉、覚えておくね・・」

 

 

……………

 瑞鶴は、化粧をし、髪型も変え、服装も二十歳(はたち)前後の女性が好みそうなものにして街を見回った。銀座や浅草などの繁華街を訪れ、百貨店でウインドーショッピングを楽しんだり、芝居や映画などを見たりもした。

 

「東京ってすごい・・遊ぼうと思えば、何でも、いくらでもできる。みんな憧れるわけだ・・」まぶしいばかりの東京の輝きに瑞鶴は圧倒されてしまったのであった。

 

 その一方で、いわゆるドヤ街も訪ねてみた。さすがにそれまでの服装では襲ってくださいと言わんばかりになるため、みすぼらしいものに変え、顔も敢えて炭で汚すなどした上で向かったのであった。

 

 ・・そこには、瑞鶴がこれまで知らなかった世界が広がっていた。

 昼間から酔っ払って()()を巻く者や、日雇いの職を求める者、どう見てもいかがわしい物を半ば公然と売買している者、それに売春婦などなど・・まず、空気のにおいからして銀座などとは違っていた。

 

「これが同じ東京なの・・」瑞鶴はその格差に驚いた。機銃を隠して艤装してはいたが、正直関わりたくないという気持ちがわき上がっていた。

 しかし、鈴木男爵から人間社会の「裏」の部分まで知った方がいいと言われていたこともあり、よく見てみることにしたのであった。

 

「姉ちゃん、別嬪(べっぴん)さんだね・・一発○○円でどうだい?」道を歩いているだけで、一度ならずこんなことを言われては、さすがの瑞鶴も腹が立つというものであった。

 

 

「畜生、バカにしやがって。艦載機があったら、こんな奴らまとめて吹っ飛ばしてやるのに・・」そう思った瑞鶴に鈴木男爵の顔が浮かんでいた。

 

「・・男爵、何でこんなところまで見ろって言ったんだろう?綺麗なところだけ見せて『守ってください』って言ってもいいのに・・」瑞鶴は、鈴木男爵の意図が全く分からなかった。

 

 そのようなことを考えて歩いていたため、前方への注意がおろそかになってしまい、目の前に人がいることに気付くのが遅れてしまった。

「あ、危ない・・」急いで体をかわしたが、わずかに体が触れてしまった。

 

「ごめんなさい」瑞鶴は頭を下げて謝った。

 

「気にするな」顔を向けたその男は瑞鶴の顔を見ると一瞬驚いたような顔をして言葉を続けた。

「お姉ちゃん、初めて見る顔だな。新入りかい?」

 

「ええ」

 

「俺は、阿久野って言うんだ」

 

「珍しい名字ね」瑞鶴は、この場にふさわしい言葉遣いにしていたが、どちらかというと本来の言葉遣いに近かったため、苦にならないのであった。

 

「・・この辺り一帯を仕切ってる」

 

「あら、すごい人と会っちゃった」

 

「お前、面白い奴だな。・・よし、気に入った。もしよければ俺についてきな。この辺りのこと全部教えてやるぜ。・・それに俺と一緒にいれば、まず手出しされねえ」

 

「へえ、それはすごい。でも、さすがにタダってわけにはいかないよね。ひょっとして私の体が目的?」

 

「こいつは肝が据わってらぁ・・でも安心しな。俺はお前に手出ししねえ」

 

「それって私に魅力がないってこと?」

 

「言い方が悪かった。これを見てみな」阿久野が上着をめくると、そこには液体が入った容器があり、管が膀胱のあるべき位置へとつながれていた。

「昔、深海棲艦にやられたんだ・・おかげで俺は一生小便を漏らしながら生きるって寸法さ。・・これじゃあ、どう考えても女は抱けないだろう?」

 

「知らなかったとはいえ、ごめんなさい・・」

 

「いいんだ。実を言うと、お前は俺の知ってた女とうり二つなんだ・・」

 

「・・訳ありって感じだね。私でよければ話を聞いてあげる。・・何もしてあげられないけど・・」

 

「つまらねえ話に付き合ってくれるってだけで十分だぜ」瑞鶴の勘が、この男の話にうそはないと告げたため、そのまま付いていくことにしたのであった。

 



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闇と光(下)【残酷な描写】

 後出しジャンケンになってしまいましたが、艤装の量と艦娘との能力は比例しているという前提で書いております。従いまして、現在の瑞鶴は、ほぼ人間と変わらないという解釈でお願いします。


「いいの?こんないい服買ってもらっちゃってさ。それにここ高そうだよ・・」

 阿久野に服を買ってもらい、入浴まで済ました瑞鶴は、高級料理店に連れて行かれたのであった。

 

「思ったとおり、あんたは金の卵だった。少し埃を払うだけで光り輝くんだ・・あんなところにいていい女じゃねえ・・」

 

「さっきの見てなきゃ、どう考えても体目的だって思うよ・・」

 

「そいつは違えねえ・・だが、あれは偽物なんかじゃねえよ」

 

「器具が使い込まれていた・・あそこまで仕込むなんて考えられない・・」

 

「目の付け所が違うねえ・・おっと、余計な詮索はしねえよ」

 

「随分律儀なのね・・」

 

「ああ、俺は、俺なりのルールであそこを仕切っている。『切った張った』、『女、子供、老人と頭の弱い奴をだます』、『ヤク』がご法度。あとは『正当な対価を払う』だけだ。それ以外は何をやってもいい・・あまりルールを増やしても、守られねえんじゃあ意味がねえ」

 

「余計なお世話だけど、警察がうるさいんじゃないの?」

 

「あそこは俺が仕切る前は、毎日のように殺しなんかが起きてサツだって容易に踏み込める場所じゃなかったが、今じゃあ殺しどころかケンカすらめっきり少なくなったってことで、大目に見てもらえるんだ・・」

 

「お互い様ってわけだ・・」

 

「そういうこと・・」

 

「・・それで、私に話したいって何のことなのさ?」

 

「俺の懺悔を聞いてもらいたい・・」

 

「どうして私に?」

 

「さっき、あんたの顔を見て、俺が驚いた顔をしたのに気付いたかい?」

 

「ええ」

 

「あんたは、俺の死んだ妹にそっくりなんだ・・」

 

「・・・」瑞鶴はとっさに返す言葉が見つからなかった。

 

「妹は7年前、ちょうど深海棲艦の存在が公式に認められた頃、その深海棲艦の攻撃を受けて死んだんだ・・俺を守るために・・」

「・・その頃の俺は、あらゆる犯罪に手を染めていた。ゆすり、たかり、ヤクの密売・・何でもござれで、相手も同じような奴らだったが、半殺しにしてやった奴も一人や二人じゃねえ」

「それに引き替え、妹は文字通り品行方正で、とんでもねえ才媛(さいえん)だった。村長がこんなところで埋もれさせちゃいけねえって村中に呼びかけて金を集めてくれたくらいなんだからな。・・妹もその期待に応えて女だてらに見事、帝国大学に合格したんだぜ・・」

 

「そりゃすごい・・」戦前の学制は現在のように単純でなく、複層的で、かつ男女で完全に分かれていた。男性の場合、年数こそ現在と違うものの、ひとつの系統として現在と同じように小学校→中学→高校→大学があったが、女性の場合、小学校→高等女学校となっており、現在の高校に相当する学校がなかった時代に帝国大学に合格するというのは、それだけで相当な努力と才能があったことの証明になるというものであった。

 

「そんな妹と俺は、どういう訳か仲が良かったんだ。たまたま俺が妹を誘って海岸を歩いていると、いきなり深海棲艦が攻撃してきやがったんだ・・遮る物は何もない・・俺は死んだ思った。しかし、次に俺が気付いたときには妹が俺の上で死んでいたんだ。・・持ち物でやっと妹だって分かるような肉塊に変わり果ててな。ついでに言うと、そのとき俺もこんな体になったが、そんなことはどうでもいい・・」

「・・誰がどう考えたって、死んでいいのは俺で、妹に生き残ってもらいたかったと思うだろうよ。しかし、現実は逆だった・・俺は何より自分自身が許せなかった・・」

「周囲ばかりでなく、親からも冷たい視線にさらされた俺は、ここに流れ着いたんだ・・」

「ここでのし上がった俺は、ある日気付いたんだ。ここに流れてくる奴の多くは深海棲艦がらみだってことを・・」

「確かに最近は、艦娘のおかげで、直接親が殺されたっていうのは減っている。しかし、知っているかい?今年の軍事予算額を?」

 

「いいや」瑞鶴は総理として当然概算額は知っていたが、ドヤ街を歩いている人間が知っているのもおかしいと思い、敢えてこう答えたのであった。

 

「550億*1だとよ・・一体これがどれだけの金か分かるかい?この国の国民全部が1年間で作り出す富の8割を超えてるんだぜ・・*2分かりやすく1つの家で例えれば、その家の稼ぎの8割以上を飲み食い、しかも酒とか菓子といった、どちらかと言えばどうでもいいような物に使っているようなもんだ・・こんなことやってたら体だって壊すし、着る物にも困る上に、そのうち家だって崩れちまう・・」

「・・もちろん、本人が悪い場合も少なくねえ。しかし、俺が見たところ、少なくとも半分は深海棲艦との戦争が原因なんだ。それに気付いた俺は、そいつらを守りたいと思った・・」

 

「・・だから、最低限のルールを作ったってわけなのね・・」

 

「偽善でしかないがな・・」

 

「・・偽善だって、続ければそれで守られる人が必ずいる。そうなれば、もう偽善じゃない・・」

 

「泣かせること言ってくれるじゃないか・・」

 

「もし、お偉いさんに言えるとしたら、何を言いたい?」

 

「1日も早くこの戦争を終わらせて欲しい。そして、今使っている軍事費の1割でもいいから、戦争によって苦しめられている人を救うために金を使って欲しい。そうすれば、そういった連中も正業に戻ることができ、税金だって納められるようになる。そうなれば、政府にとっても悪い話じゃねえはずだ」

 

「立派な話だね。衆議院議員に立候補したら?・・ごめん。女の私じゃあ、投票してあげられないや・・」

 

「いや、女の姿をした艦娘が総理になった。早晩女にも選挙権が認められるだろうよ。そのときはよろしく頼むぜ・・」

 

「あんたの名前、忘れないでおくよ・・」

 

 

……………

「今日は、ありがとね」

 

「俺も話を聞いてもらえてうれしかったぜ。・・また機会があったら、話をしてもらえるかい?」

 

「あんたなら大歓迎だよ」

 

 料理店の前で分かれようとしていた阿久野と瑞鶴を狙う黒い影に先に気付いたのは阿久野の方であった。

 

「危ねえ」阿久野が瑞鶴を突き飛ばした瞬間、銃声が数発聞こえた。

 

 とっさに受け身を取って立ち上がった瑞鶴が見たものは、胸から血を流す阿久野の姿であった。

 

「阿久野さん・・」瑞鶴は阿久野の止血を試みようとしたが・・幾多の戦場をくぐり抜けてきた経験が、その行為の無意味さを告げたのであった。

 

「おそらく、ヤクを売りたがってた奴の手先だ・・バカめ。サツだってヤクを売られちゃメンツ丸つぶれになる。そうなりゃ全力でつぶされるだけだってのに・・」つぶやくように言葉を発した阿久野は言葉を続けた。

「総理・・ご無事で・・」

 

「・・いつ分かったのさ?」瑞鶴は、無駄な時間を使うことを避けたのであった。

 

「組閣の写真を見たとき、妹が総理になったのかと本気で思ったんでね。化粧や髪型を変えたくらいじゃ、俺はごまかせねえ・・それに決定打は俺の名前でなく、『この辺りを仕切っている』って言ったところで、ようやく反応したところだ。俺はガキですら名前を知ってる悪党なんでね・・」

 

「そんなところでバレたのか・・」

 

「だが、俺の話にうそはねえ・・」

 

「分かってる・・」

 

「・・総理・・」

 

「何?」

 

「・・この国に平和を・・」

 

「・・人には闇がある・・でも、確かに光もあるんだ。・・私は何があっても人の味方になって、この戦争を終わらせてみせる・・」瑞鶴の目から涙があふれていた。

 

「俺なんかのために、天下の総理が涙なんか流しちゃいけねえ・・それに、あんたには笑顔の方が似合ってるぜ・・」

 

 瑞鶴は続く言葉を待った。・・しかし、それが発せられることは遂になかった・・

 

 

……………

「・・今日は随分人が出ているね・・何かあったの?」瑞鶴は、内閣書記官長に尋ねていた。

 

「ええ、ドヤ街の帝王と言われた阿久野という男の葬儀が行われているとのことです」瑞鶴が、その阿久野と知り合っていたことを書記官長は知らなかった。

 

「今日はしぐれているね。まるでその男の死を悼んでいるみたい・・」

 

「以前は、本当に人間のクズのような奴だったそうですが、ここ最近は、悪いなりに筋を通していたと聞いています」

 

「参列しているのは、どういう人たちなの?」

 

「はっきりとは分かりませんが、格好からするとドヤ街の住人たちが多いようです。・・みな、精一杯の服装に身を包み、涙を流している者も多数見受けられます・・」

 

「どんな組織でも、長は()()()()の人物なのね。私もそうありたいわ・・」瑞鶴の声に、どことなく寂しさが含まれているように思われた書記官長であった。

 

 阿久野の墓には、数え切れないほどの花や線香などが手向けられていた。その中にひときわ美しい花が一輪手向(たむ)けられていた。

 それと同じ花が、彼の妹の墓にも手向けられていることを知る者は、この世にほとんどいない・・

*1
昭和20年度軍事費552億4289万5000円、国家予算に対する割合72.6% 出典:大蔵省「決算書」

*2
昭和20年の正確なGDPは不明。昭和19年のGDPは678億円 出典:溝口敏行 野口教之「1940-1955年における国民経済計算の吟味」って数字だけリアリティを持たせてどうするんでしょう



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陸海軍統合大演習

「米内さん、『陛下主催の陸軍大演習を上奏してほしい』ってどういうこと?」米内海相の訪問を受けていた瑞鶴は、いぶかしげな顔をしていた。

 

「総理もご存じのとおり、深海棲艦との戦いで陸軍は全くと言っていいほど出番がなく、注目されませんでした。陸軍としては、さぞ面白くなかったでしょうな・・」

 

「・・確かにそうだね。私も正直、陸軍のことは分からないし・・」

 

「『ガス抜き』と言っては言い過ぎでしょうが、深海棲艦に組織だった動きが見られない今こそ、陸軍に国民の目が向くようにするのも総理の仕事かと思います」

 

「さすが総理経験者は目の付け所が違うね・・」瑞鶴は、素直に感心していた。

 

「お褒めのお言葉ありがとうございます。しかし、これは総理のご発案ということでお願いしたく・・」

 

「えっ?人様の発案を自分の発案のようにするなんて・・」

 

「いや、海軍のお情けと思われても厄介ですので・・」

 

「・・なるほど。でも、そんなこと言ったら、私も海軍だよね?」

 

「私は腹黒いのです。私が言うのと総理がおっしゃるのでは、おのずと受け取り方も違うでしょう」

 

「本当に腹黒い人がそんなこと言うわけないのに・・でも、分かったわ。米内さんの進言受け入れさせてもらう。さっそく陸軍大臣を呼んで話してみるわ」

 

「それがよろしいと思います。・・それと総理、必要なら陸軍の引き立て役として海軍を使って頂いて結構です。『毒食らわば皿まで』と申しますから・・」

 

「・・米内さん、あなたを敵に回したくないわ・・私、加賀さんより怖い人、初めて見たよ」必要とあれば、自らの組織すら引き立て役に使っていいと言い切る米内海相に、瑞鶴は空恐ろしさすら感じていたのであった。

 

「私は、総理への忠誠を誓っております。何とぞご心配なく・・」米内海相は、真剣な顔をして頭を下げていた。

 

 

 

 こうして陸海軍統合大演習が行われることになった。

 全体シナリオは陸軍が準備した。内容は、苦戦する艦娘たちを陸軍の活躍によって勝利させるというものであった。

 かなりわざとらしい内容ではあったが、それでも艦娘たちにも「見せ場」が用意されていたこともあり、瑞鶴は何も口出ししなかった。

 

 統合大演習は、陸海軍大元帥である陛下が統帥するが、総理である瑞鶴も政府と国民を代表して参加することになった。そのため、参加者ただ一人の文官であり、女性となった。

 

 そして、陛下への説明役は、参謀総長と瑞鶴が務めることになった。海軍の説明役は、本来軍令部長の役割であったが、海軍の主役は艦娘であるため、瑞鶴の方がふさわしいと米内海相が軍令部に掛け合ってくれたのであった。

 

 

 ……………

 陸軍は、これまでの鬱憤を晴らすかのように、戦車を動かしたり、大砲を撃ったり、歩兵を進軍させたりとシナリオを進めていた。

 参謀総長も高揚した顔で陛下への説明を行っていた。瑞鶴も総理として陸軍のことを知っておきたいと思ったことから、陛下の隣で説明を聞いていた。

 

 申し訳程度ではあったが、最後に艦娘たちの「見せ場」がようやく来る。参謀総長と場所を交代し、瑞鶴が陛下への説明を行う。

 

「陛下、まず空母艦娘から艦載機を発艦させ、遠距離から敵を攻撃いたします」

「ただ今、面前を通過したのは爆撃機と攻撃機、そしてそれらを護衛する戦闘機でございます」

「爆撃機は敵の頭上に至りますと急降下を開始し、爆弾を投下いたします。攻撃機は海面すれすれを飛行し、魚雷にて敵を攻撃いたします」

 

「どちらがより強力なのか?」

 

「どちらも強力ではございますが、船も艦娘も水面下の攻撃に弱い傾向がありますので、魚雷になるかと思います。爆弾はどちらかというと、敵の攻撃能力を奪うことが目的でございます」

 

「・・卿は、これをやっていたのだな?」その声は質問というより確認であった。

 

「はい」瑞鶴も簡潔に答えた。

 

「次に戦艦艦娘が主砲で攻撃を加えます」

 

「空母艦娘からの攻撃だけでは足りぬか?」

 

「はい、艦載機の攻撃は、空母艦娘が目視することにより、精度が向上いたします。戦艦艦娘の主砲が届かない距離での艦載機の攻撃は、いわばバクチでございまして・・」

 

「うまくいかぬこともある、ということか・・」

 

「誠に申し訳ないことですが・・」瑞鶴は頭を下げた。

 

「卿が謝ることでない・・」陛下は片手を挙げ、これ以上謝罪するなと態度で示した。

 

「・・次に水雷部隊が突撃し、砲雷撃攻撃を行います」

 

「すると、あれが駆逐艦娘か。本当に子供のようだな・・」陛下はどこか遠くを見つめていた。

 

「陛下、彼女らこそ真の勇者でございます。1発食えば撃沈することすらあることを知り、それでもなお、ああやって敵に突撃していくのでございます」陛下が心もとないと感じられたのではないかと懸念した瑞鶴は、駆逐艦娘への応援の意味も込めて説明したのであった。

 

「うん、そうだな。彼女らこそ真の勇者だ。しかし・・」

「・・卿も十分若いが、さらに年端もいかぬ姿をした艦娘を死地に送らねばならぬとは・・人間とは何とも罪深いな・・」申し訳なさそうな陛下の声を聞いた軍首脳部はいたたまれない顔をした。

 

「もったいなきお言葉・・」瑞鶴は、陛下の艦娘を思いやる言葉に、これまでのことが全て報われた気がしていた。

 

「・・最後に潜水艦娘が魚雷で敵を攻撃いたします」

 

「潜水艦は、やはり恐ろしいか?」

 

「はい、水中からの攻撃に全く気づかないまま、やられてしまうことすらございます」

 

「これに対する備えはどうなっているか?」

 

「小回りの効く軽巡洋艦娘か駆逐艦娘、あるいはこの場にはおりませんが、より小型の海防艦娘がこれに対応いたします」

 

「米内・・」陛下が米内海相に声を掛けた。

 

「はっ!」陛下の前に進み出て直立する米内海相。

 

「卿が総理に説明役をさせた理由がよく分かった。簡潔にして明瞭。理解を進めることができた・・」

 

「やはり艦娘のことは、艦娘が一番よく知っておりますから・・」米内海相の声はどこか誇らしげであった。

 

 そして、この様子をずっと見ていた陸軍の下士官がいた。彼は、参謀総長付であった。

「こういったときは、得てして説明過剰になってしまい、かえって分かりにくくなってしまうもの。残念ながら、われらが参謀総長がそうだ。しかし、総理は逆に説明をギリギリまで削ったことにより、海軍のことは全くの素人である俺が聞いていても理解することができた。その上、自然と最も目立たない艦娘に陛下の注意を引いて、お褒めの言葉まで引き出した・・この総理はすごいぞ。何も知らない艦娘と馬鹿にしたら大変なことになるぞ・・」彼の心に瑞鶴への敬意が刻まれることになった。

 彼こそ、後に発生したクーデター未遂事件の際、実行部隊とされた部隊の中にあって大規模なサボタージュを起こし、クーデターを失敗に終わらせる陰の功労者になるのであった・・

 

 統合大演習を終えた陛下が退場する際、陛下が陸軍の一兵士に声を掛けられた。予定されていなかったことに驚いた瑞鶴であったが、逆に陛下らしいと思えた。

 無難な受け答えが終わり、陛下は、今度は艦娘の方に足を進めていた・・

 

 

……………

【艦娘side】

 今回の演習は、司令から「深海棲艦との戦いで出番がなかった陸軍を立てるために行われる」と聞いていた。それは全体シナリオを見れば、駆逐艦娘の私にも理解することができた。

 海軍は完全に陸軍の引き立て役だからだ。

 

 そうは言っても、この演習は陛下が統帥されるし、何と言っても瑞鶴さんが総理として出席される。そして、わずかではあっても艦娘に「見せ場」が用意されているのだ。

 司令がおっしゃるには、艦娘の瑞鶴さんが総理だから、さすがに陸軍も遠慮したのだろうとのことであった。

 そこで()()()な姿を見せては、瑞鶴さんが笑われてしまう。

 そう思った私たちは、司令の指揮のもと何度も予行演習を繰り返していた。

 そして、いわば本番を迎えた私たちは、これまでで最高の「見せ場」を作ることができた。これなら瑞鶴さんが笑われることはない・・私は安心していた。

 

 そこに勲章をたくさん付けたメガネをかけた男性が近づいてくる。そして、その数歩後ろに見間違えるはずのない瑞鶴さんが続いていた。

 

 久しぶりに姿を見た瑞鶴さんは、礼服を着て、左胸の下にたくさん真珠が埋め込まれた光り輝く大きな勲章を付け、そして両手には真っ白な手袋をはめていた。

「同じ艦娘でもこんなに違うんだ・・いや、瑞鶴さんは最初から押しも押されぬ空母艦娘だったじゃない・・だから艦娘でありながら総理にまでなって・・駆逐艦娘の私とは生きる世界が違うんだ・・」そう思っていると、先ほどの男性が私の目の前で止まった。

 

「このお方は大元帥陛下だよね・・」そう思った瞬間、その男性から声が掛けられた。

 

「卿の名は・・確か吹雪であったと記憶しておるが・・もし間違っておったら遠慮なく言ってもらいたい」その声は思ったより優しかった。

 

 艦娘、しかも駆逐艦娘の私が直接陛下にお答えしていいのかと思い、私は思わず瑞鶴さんの方を見てしまった。

 すると、瑞鶴さんは鎮守府にいたときと全く変わらないあの笑顔でうなずいてくれた。

 

「ああ、瑞鶴さんは何も変わっていない・・」総理としての外見に物怖じして、私が勝手に瑞鶴さんに対して壁を作っていただけなんだ・・

「はい、陛下。特型駆逐艦、吹雪で間違いありません。・・私のような者まで名前を覚えて頂き、ありがとうございます」若干声が上ずってしまったが、それでもちきんとお答えすることができた。

 

「少し自信がなかったが、よかった。もし卿の名を間違っていたら、総理にしかられるところであった・・」陛下は笑いながら瑞鶴さんの方に顔を向けていた。

 

「陛下をおしかりするなど・・お(たわむ)れが過ぎます・・」瑞鶴さんは苦笑いを浮かべていた。

 

「さて、冗談はここまでにして・・」陛下が再度私の方に顔を向けられた。

そのお顔は先ほどまでとまるで異なり、真剣そのものの表情になっていた。私は全身に力を入れ直した。

 

「吹雪、先ほどの卿の突撃、見事であった・・朕のみならず、わが国とわが国民は、卿らの血と汗と涙、そして、その勇気の上にのみ存在が許されておる・・」これって間違いなく、私だけじゃなく、艦娘全体が褒められた・・

 

「ありがとうございます!」

 

「・・しかし、勇気と蛮勇は似て全く異なる。命は1つしかない。命は惜しめ。その勇気も命あってこそだからな・・」私には陛下のおっしゃった意味を全て理解することはできなかった。それでも、くどいくらいに命を大切にしろと言われたことは理解できた。

 

 ふと周りに目をやると、このやり取りを聞いていた瑞鶴さんや、軽巡洋艦以上のお姉さんたちは、みんな目に涙を浮かべていた・・

 




新年早々ネタが切れてしましました・・
今後どうなることやら・・


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【閑話】航空会社「鎮守府」 エピソード 

 お恥ずかしながら、筆者は完全にスランプになってしまいました。
構想は浮かぶものの、全く文章にならなくなってしまいました。
 書けるようになるまで更新しないということも頭に浮かんだのですが、パソコンに未発表のネタが1つ残っておりましたので、投稿することにしました。
 私自身、中途半端な内容だと思っておりますが、なにとぞご容赦願います。


瑞鶴は、業務命令でこの年のCA(キャビンアテンダント)競技会新人部門に参加していた。

 

 審査は、実物の飛行機大に作られた舞台上で、ロールプレイング方式で行われるものであった。

 瑞鶴の審査が始まりしばらくすると、審査員が一様に手元の資料をめくり始め、しまいには一時中断を命じられた。

 

 すると、乗客役と審査員が舞台端に集まって何事か話し合いを始めた。

 何事が起きたのかと瑞鶴は心配したが、しばらくすると審査員は何事もなかったかのように審査を再開する旨指示した。

 

 すると、それまでの内容とは比較の対象にならないくらい、一気に対応が難しいものになったため、瑞鶴は内心驚いたものの、これも何か審査の対象かもしれないと思い、表情には一切出すことなく対応を続けたところ、審査終了を告げられたため、一同に頭を下げて舞台を降りた。

 

 瑞鶴は、一時中断を命じられるまでは自信があったものの、その後の内容には自信が全く持てなかった。

 それは、分厚い教科書の欄外にわずかに書かれているような滅多にお目にかかれない事例での対応を求められたからであった。

 

 審査が終わり、結果発表を待つ瑞鶴。新人部門の順位発表が行われたが・・その中に瑞鶴の名はなかった。

 

「どうしよう・・加賀さんに怒られちゃう・・いや、殺される・・むしろ誰か殺して・・」パニックに陥る瑞鶴。

 

 しかし「・・新人部門特別大賞にして全体部門準優勝、航空会社『鎮守府』瑞鶴さん!」瑞鶴の名前が読み上げられた。

 

「えっ、私、確かに新人部門には出たけど、全体部門にはエントリーしてないよ?これってどういうこと?」瑞鶴は訳が分からないという顔になった。会場からも理解に苦しむような声が上がった。

 

 全体部門優勝者の発表の後、特に審査委員長から説明がなされた。

「航空会社『鎮守府』の瑞鶴さんの件について説明させて頂きます。彼女は新人部門でのエントリーでした。彼女の対応は最初から新人離れしていました。あまりに対応がこなれていたため、審査を一時中断し、彼女が卒業した学校に問い合わせるなどしましたが、彼女は間違いなく新人でした。この時点で彼女の優勝はもはや揺るがないものだったので、どこまでできるか試してみようということで、全体部門の内容に急遽変更したのです。全体部門でも彼女の対応はすばらしく、優勝者との差はこくわずかでした。彼女のこれからが期待されます・・」

 審査委員長の説明で、ようやく事情が飲み込めたことから、瑞鶴に対して会場から割れんばかりの拍手が起きた。しばらく呆然としていた瑞鶴であったが、自分に対する拍手にようやく気づいて、周囲に頭を下げ続けたのであった。

 

 翌日、この競技会をたまたま取材に来ていた新聞社の記事がネットに掲載されると、航空会社「鎮守府」に問い合わせが殺到し、その対応にてんてこ舞いとなったのであった。

 



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叙位

 瑞鶴は、きっと叙位・叙勲されても、それで浮かれるようなタイプではないと思いますが、総理に就任した以上、筆者としてそれを受けてもらいます。


「うげ、なにこれ・・書記官長、書記官長はいる?」決裁書類を読んでいた瑞鶴は、内閣書記官長を呼び出したのであった。

 

「総理、いかがなされましたか?」組閣当初は瑞鶴の言動にヒヤヒヤさせられることが多かった書記官長も、急速に安定感を増す瑞鶴に感心し、すっかり信服していたのであった。

 

「誰がこんな起案をしたの?」書記官長が瑞鶴から渡された書類を見ると、瑞鶴を従二位に叙することが記載されていたのであった。

 

「・・総理になった者を従二位に叙し、在任期間が1年を超えたところでさらに正二位以上に叙するのは、これまでの慣例どおりでございますが・・」

 

「私、組閣のとき随分大きな勲章を賜ったよね」

 

「総理の武勲は誰もが認めるところです。それに、あのとき大命が降下していたのですから、若干早かったかもしれませんが、決して特別扱いではありません」

 

「武勲のことを言われたら、私よりよっぽど功績のある長門さん、赤城さん、それに加賀さんたちに申し訳ないよ・・」

 

「加賀殿・・確か総理の師匠に当たる方と承っておりますが・・漏れ聞くところによると、『ケンカするほど仲がいい』の典型例とか・・」

 

「『誰があんなの』って前なら言ったけど、思い出すのは翔鶴姉より加賀さんの顔や言葉、そして何気ない仕草ばかり・・・いけない、感傷にひたっちゃった。個人的な師弟関係はともかく、加賀さんたちは、どんなに厳しく見積もっても、私なんか足下にも及ばない武勲を挙げているのに、私ばかり官位なり、勲位を賜ったらバチが当たるよ・・」

 

「武勲を挙げた者に与えられる金鵄勲章は・・そうか、あれは階級が前提にあるんだった・・艦娘は階級の枠外で、しかも年金を出す必要があるから、棚上げされたままだった・・総理、それなら、艦娘を対象にした表彰制度を創設されてはいかがでしょう。誠に申し訳ありませんが、年金を伴わないかたちにすれば、少なくとも大蔵省の反対は避けられます」

 

「私への叙位は変えられないものかしら?」

 

「何かやらかして逮捕でもされない限り・・」

 

「・・それはできない。私自身は、どんなこと言われようとも我慢できる。でも、他の何の関係もない艦娘まで非難されるようなことは絶対にできない・・」

 

「そう思われているのであれば、今後の艦娘のためと思って栄典をお受けください。総理が受けられることにより、他の艦娘、例えば加賀殿へ授与する道が開かれるかもしれません・・」

 

「・・なんかうまく丸め込まれたような気がするけど・・」

 

「いえ、決してそんなことはございません」

 

「あ~あ、叙位は受けるしかないか・・でも、従二位って、確かそれだけで伯爵と同じ待遇を受けるんだったよね。加賀さんに『あなたみたいなガサツ者が伯爵待遇とは聞いて呆れるわ』って言われちゃうよ・・」

 

「従二位が伯爵待遇なのは、総理のおっしゃるとおりです。・・しかし、総理と加賀殿は文字面だけ見ると冷淡なように見えますが、決してそうではないことがすぐに分かります」

 

「私が一方的にそう思っているだけかもしれないけどね・・」

 

「いや、きっと加賀殿も総理を頼りにされていると思います。・・どうです、加賀殿に連絡してみては。我々に遠慮することなどありませんから・・」

 

「いや、いざ話をするとなったら、素直に話せないよ。私も加賀さんも意地っ張りだからね・・こんなところばかり加賀さんに似ちゃったよ・・」

 

「・・・」書記官長は、瑞鶴が自分の世界に入ってしまったため、何も言うことができなくなってしまった。

 

「・・念のため言っておくけど、艦娘へ表彰制度を作ったとして、その第一号に私を入れても絶対にハンコは押さないからね。もし、ほかの書類に混ぜ込んでごまかそうとしたってそうはいかないよ・・」

 

「そのような姑息な手段が総理に通用するなどと思っておる者は、誰一人おりません・・」書記官長は深々と頭を下げたのであった。

 

 こうして瑞鶴は従二位に叙せられた。この告示が官報に掲載されたことに一番最初に気付いたのは、原隊の提督ではなく、そのとき秘書艦を務めていた加賀であったという。

 そして加賀は、瑞鶴に高い官位、勲位が与えられることは艦娘全体の名誉になるとしつつも、瑞鶴が無事に帰ってくることだけを願ったのであった・・

 

 

 



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ミッドウェーからの帰還

 中間棲姫との交渉に向かう際に瑞鶴と加賀のやり取りがあったなら、帰還するときにもあったと思うのが普通ですよね・・


「交渉をまとめたのね・・たいしたものだわ・・」ミッドウェー島から横須賀へ戻る船の中で、加賀は瑞鶴に声を掛けていた。

 

「加賀さんに褒めてもらえてホントうれしいんだけどさ、10年の期限付き、しかも人類に行動変容を求めることになっちゃった・・」

 

「中間棲姫は、日本を総攻撃すると言ったんでしょう。そうなれば日本はこの世の地獄になっていた・・それを行動変容だけ、しかも10年の猶予をもらったんだから、大成功よ」

 

「行動変容だけって・・加賀さんには(かな)わないなあ・・でも、これ以上は何を言われても私じゃ無理だよ」

 

「・・よく中間棲姫に『総攻撃する』と言われたところでケンカ別れしなかったわね。私の挑発にすぐ乗ってきたあなたが・・」

 

「・・正直、一旦はあきらめて、死ぬまで戦おうって思った。・・でも、それは自己満足でしかないってことに気付いたんだ。私がヤケを起こして日本という国と1億の国民を地獄に落とすことはできなかった・・」

 

「あなた、いえ、艦娘には総理は務まらないと思ってた。・・でも、それは違った。あなたは立派な総理よ・・」

 

「これ、夢じゃないよね・・加賀さんにこんなに褒めてもらえるなんて・・」

 

「瑞鶴、中間棲姫に対する見返りは何なの?」

 

「えっ?何のこと?」

 

「おかしいわよね。日本を総攻撃しようって言ってた中間棲姫に10年とはいえ、停戦というこちらに願ったりかなったりの条件をのませたんですもの。それ相当の見返りを与えた、あるいは与える約束をしたと見るべきよね・・」

 

「アハハ・・さすが加賀さんはごまかせないか・・」

 

「・・まさか、あなたの命じゃないわよね・・」

 

「あ~・・その手があったか・・そうすればよかったかな。日本、ひょっとしたら世界を救ったヒロインになり損ねちゃったよ・・実はね・・」瑞鶴は一世一代の大芝居を打ったのであった。

 

「いえ、私より先に報告すべき人がいるのに申し訳なかったわ。・・あなたの命じゃなければ、それでいいのよ・・」人間が相手であれば、あるいは加賀は芝居であると見抜いたかもしれなかった。

 しかし、加賀の意識にある瑞鶴は、悪く言えば単純といっていいほどまっすぐであったため、瑞鶴の芝居を見抜けなかったのであった。

 

「加賀さんらしくないなあ・・そうだ、加賀さん。私の役割もこれでほとんど終わったからさ。もうすぐ戻れるよ。そしたらさ、鍛え直して欲しいんだ。総理なんかやってると弓にも触れなくってさ。かなり腕がなまってると思うんだ・・」

 

「ええ・・泣こうが、わめこうが、射貫かれようが二度と離さないから覚悟なさい・・」そう言いながら、加賀は瑞鶴の乗る船の護衛へと戻っていった。

 その姿を見ていた瑞鶴は「危なかった・・きっと鈴木男爵なり米内さんにも同じことを聞かれるだろうから、戻るまでに辻褄を合わせておかないと・・それにしてもやっぱり加賀さんはすごいや。図星だった・・ウソついてごめんなさい・・加賀さんは、この国、いや人類の至宝だから、絶対に死なせるわけにいかないんだ・・この罪は後でしっかり償うから・・」と、心の中でひたすら詫びたのであった・・

 

 



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短編集3
【閑話】瑞鶴の恋


 この瑞鶴と加賀は、総理である瑞鶴、そしてその原隊にいる加賀とは無関係です。


「本日は、時間を作っていただき、ありがとうございます・・」瑞鶴は頭を下げていた。

 

「私に相談なんて、あなたどうしたの?常日頃、私を倒すと公言してはばからないあなたが・・」加賀は若干困惑した顔をしながら尋ねた。

 

「加賀さんに挑む気持ちに変わりはありません。でも、先輩たちで一番冷静なのは加賀さんですから・・その加賀さんに聞いてもらいたかったんです・・」

 

「あなたに評価してもらえるなんて、珍しいこともあるのね。・・私の手に負えることかしら?」

 

「怒られること覚悟で話すんですが・・実は、好きな人ができてしまいまして・・」瑞鶴は恥ずかしそうな顔をして言った。

 

「・・人の姿をして生きることができるようになったんですもの、そういう感情があっても私はいいと思うわ。それで相手は誰なのかしら?・・提督だとライバルは多いわよ」

 

「ええ、提督さんは私たちを大切にしてくれるので、私も悪い感情は持っていません」

 

「・・その言い方だと別の人のようね。一体誰かしら?」

 

「はい、・・実は、大塚さんなんです・・」

 

「大塚さん・・ああ、いつも私たちや艤装を整備してくれる整備兵のリーダーね。・・なるほど・・彼はとても仕事熱心で、私たちのことをいつも気にしてくれる人だから、申し分ないわね・・あなたの目の付け所に感心するわ・・」

 

「加賀さんにそう言ってもらえるなら、間違いないですね・・」

 

「あなたのことだから、彼女がいないことは確認済みよね?」

 

「はい、それとなく尋ねたんですけど、『俺は、この仕事と結婚したから、彼女はいらない』って・・」

 

「いかにも大塚さんらしい答えね。・・それならあなたにもチャンスは十分あると思うわ」

 

「本当ですか?」

 

「ええ、大塚さんの性格なら、付き合っている彼女がいれば、少なくとも『この仕事と結婚した』と言わないと思うわ」

 

「はぁ~良かった・・でも、私、先輩方と違って、女としての魅力に乏しいんじゃないかと心配で・・」

 

「何を言ってるの!!」加賀は怒った。

「あなたは、顔はもちろんだけど、どこまでもまっすぐで、誰よりも努力を惜しまないという心の美しさがあるわ。その美しさを全く無視するようなら、こっちから願い下げよ。もし、大塚さんがそんな男なら、私が爆撃してあげる・・きっと、空母ばかりでなく、ほかの艦種の艦娘たちも同調してくれるはずよ・・」

 

「あ、ありがとうございます。・・でも、加賀さんの場合、私と違ってシャレにならないので、お気持ちだけで十分です・・」

 

「変なところで遠慮しないで。それに、あなただって、もうシャレじゃ済まないレベルでしょう」

 

「・・もしかして、私、さっきから褒めてもらってます?」

 

「気のせいよ。・・でも、私も応援させてもらうわ。あと、結果は提督にも報告すべきよ」

 

「やっぱり、うまくいっても、ダメだったときでも、提督さんが知らないのはマズいですよね・・みんなに迷惑掛けちゃうや・・」

 

「そこまで気にしたら、何もできなくなってしまわ・・でも、いつの間にか、随分気が回るようになったのね・・」加賀は瑞鶴の成長を密かに喜んだのであった。

 

 

……………

「わざわざ呼び出したりしちゃって、ごめんね・・」

 

「瑞鶴さんから呼び出しを受けるなんて・・何か整備に手抜かりでもありましたか?」大塚は心配そうな表情を浮かべていた。

 

「いや、大塚さんたちの整備は完璧だよ。・・私たちが安心して出撃できるのは、大塚さんたちのおかげだよ・・」

 

「私たち人間は、深海棲艦にまるで歯が立たない。私たちの代わりに命を張ってくれる艦娘さんたちのために、当たり前のことをしているだけですよ・・」

 

「私も人のことを言えた義理はないんだけど、その当たり前のことが、なかなかできないんだよ・・」

 

「褒めてもらえてうれしいですけど、何も出せませんよ。提督と違って、やっと下士官扱いの私たちの給料は少ないんですから*1・・」

 

「私たち艦娘は、入隊したての二等兵の人たちより下の扱いなんだけど・・」

 

「給与面ではそうかもしれませんが、海軍でまともな神経を持っている奴は、そんなこと誰も思ってませんよ・・実際、艦娘さんたちに性的関係を強要したどこかのバカ提督が、つい最近刑務所送りになったばかりじゃないですか・・」

 

「そう言ってもらえると、うれしいな・・」

 

「どうしたんですか?わざわざこんなことを言うために私を呼び出したんじゃないですよね?」

 

「うん・・」瑞鶴の心臓は今にも爆発しそうであった。

「・・実は、私・・あなたのことが・・好きです」

 

「えっ?・・冗談はやめてくださいよ・・」

 

「いや、本気だよ。私たちのために一生懸命働いてくれるあなたの姿を見てたら、好きになってしまいました。・・もし、よければ付き合ってもらえないでしょうか?」瑞鶴は、ありったけの勇気を振り絞って告白したのであった。

 

「一番最後に建造されながら、もうほかの正規空母と遜色ない瑞鶴さんに想いを寄せてもらえるなんて・・でも、身分が違いすぎます・・」

 

「ごまかさないで。ノーならそれでも仕方ない。それでも例えばタイプじゃないとか、実は付き合っている彼女がいるとか理由を教えて欲しい。そうじゃなければ、私、あきらめきれない・・」

 

「付き合ってうまくいくとは限らないですよ。いや、仮にうまくいったとしても、整備兵では士官の道はないに等しいですし・・瑞鶴さんほどの方ならほかに引く手あまたでしょうに・・」

 

「そんなことはどうでもいい。私は、大塚さんの気持ちが知りたいの・・」

 

「瑞鶴さんのような方と付き合えるなら・・夢のようです・・」

 

「じゃあ、付き合ってもらえる?」

 

「・・瑞鶴さんばかり()()()していると思われたくないんで、瑞鶴さん関係の整備は基本、後回しになりますが、それでもいいですか?」

 

「大塚さんらしいや・・うん、それでいいよ。ふつつか者だけど、よろしくね・・」瑞鶴は右手を差し出した。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします・・」大塚も右手を差し出し握手した。

 

すると・・「瑞鶴、やったね!おめでとう!!」どこで見ていたのか、鎮守府中の艦娘や提督までも現れたのであった。

 

「何これ?翔鶴姉たちばかりか、提督さんまでいるんですけど・・」瑞鶴は呆れたような声を出した。

 

「おい、大塚!!」提督が声を出す。

 

「はい!!」すかさず返事をする大塚。

 

「瑞鶴は、わが鎮守府の切り札の一人だ。その整備を基本、後回しにするとは何事だ!そんなことで()()()していると思うような奴はこの鎮守府にはいないはずだ・・」

 

「提督・・瑞鶴は切り札ではありません・・」

 

「加賀か・・確かに瑞鶴は、君たち一航戦に及ばないところはあるが・・」

 

「いえ、そうではありません。エースです」

 

「えっ、加賀さんが瑞鶴を認めた・・」

 

「ただでさえ手強い瑞鶴が、愛の力まで得ました。・・もう、私でも歯が立たないかもしれません・・」

 

「うわっ、これ、逆に怖いんですけど・・大塚さん、加賀さんの艦載機ちょっと弱くしてもらえないかな・・」

 

「いや、うちの整備兵の間では、加賀さんがダントツの人気ですから・・いくら私がリーダーでも、そんなことできません・・」

 

「加賀さん、今の聞いた?整備兵さんたちにモテモテなんだって!!」

 

「あら、いいこと聞いたわ・・でも肝心のリーダーを瑞鶴に押さえられちゃったから、そこが泣き所ね・・」その顔は、誰が見ても笑顔に見えたのであった。

 

 

……………

 その後、瑞鶴と大塚は結ばれた。それまでに改二甲にまで改修されていた瑞鶴は、その鎮守府のみならず、全ての艦娘たちを代表するエースとなった。

 

 しかしながら、瑞鶴は、他の艦娘たちや、いろいろな人たちの直接・間接の支えがあることを決して忘れず、謙虚であり続けた。

 そして、大塚は整備兵として異例の出世をし、全国の鎮守府・警備隊等の整備を一手に統括するようになりつつも、自ら工廠に赴き、瑞鶴たち艦娘やその艤装の整備に心を砕き続けたという・・

*1
戦前は「貧乏少尉」に「やりくり中尉」と言われ、尉官クラスですら家族持ちでは生活が厳しいと言われていた。



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雪風賛歌 【史実ベース】

 筆者は、コロナ禍の暇つぶしに「雪風」のプラモデル作成に挑戦しました。(艦娘の方でなく、本来の方です)うん十年ぶりの制作。老眼の上に不器用なので、細かい部品をいくつか吹き飛ばしたり、折ってしまったりのアクシデントに見舞われながらも、それなりの仕上がりになりました。
 これは、もちろん私の腕でなく、ひとえにF社さんの技術力の賜物です。
 そういった訳で(どういった訳?)今回の主人公は雪風さんです。
 なお、話の都合上、雪風の精神年齢は成人とさせていただきました。


「大和さ~ん!!」沈みゆく大和に向かって雪風は絶叫していた。

 

 昭和20年4月7日坊ノ岬沖。ただ日本海軍のメンツを保つためだけの無謀な作戦が成功することはなかった。

 いや、そもそも「作戦」と名付けること自体がおこがましかった。内容は極めて空虚で、一言で言えば「死ぬまで戦え」というものなのだから・・

 

 それでも雪風は、必死に大和の乗組員などの救助に当たったため、涙を流す()()()すらなかったのであった。

 

 

……………

「・・雪風は、また生き残ってしまいました・・雪風は『幸運艦』なんかじゃありません・・仲間の命を吸い取って生きる『死に神』です・・」繰り返し仲間の死を見届けることになった雪風の心は壊れかけていた。

 問題は雪風ではなく、上層部の命令そのものにあるのだが、そこまで割り切って考えることができる者の方が少ないのであった。

 

 そんな雪風を、呉の日向は必死に励ましたのであった。

「・・私や伊勢は、レイテで瑞鶴たちを置いて逃げてきたんだ。雪風が『死に神』なら、さしずめ私たちは『人殺し』さ・・」

 

「そんな・・伊勢さんや日向さんは必死に瑞鶴さんたちを守ったじゃないですか・・それに逃げてきたなんて・・旗艦だった瑞鶴さんが『私たちの代わりに日本に帰ってくれ』と強く命じたと聞いています。伊勢さんや日向さんは敵の空襲を巧みに回避して、瑞鶴さんの最後の命令を守ってくれたじゃないですか。・・瑞鶴さんたちは沈んでしまいましたが、瑞鶴さんたちが残してくれた命がここにあるなら、その想いはまだ生きてるんです!!それに伊勢さんや日向さんは、その後、敵の隙を突いて大切な資源を持ち帰ってくれたじゃないですか・・」

 

「そう言ってくれるなら、雪風も大和の最後の命令を守ったんだ。自分のことを『死に神』なんて言っちゃいけない・・」

 

「日向さん・・ありがとうございます・・」

 

「雪風・・ここでさらばだ・・」

 

「どうしてですか・・」

 

「図体ばかりでかくて、()()()で大飯食らいの戦艦に回す燃料は、もうないということだ。私たちは浮き砲台としての価値しかない。そして動けない以上、敵の攻撃から逃れる(すべ)がない・・」

 

「誰がそんなことを・・日向さんは、私たちでも対応が難しい潜水艦をその主砲で追い払ったのに・・」

 

「戦艦1隻動かす燃料があるなら、その分駆逐艦を動かした方が効率がいい。誰でも分かる話だ。・・だが、安心しろ。木っ端みじんにならない限り、この辺りの水深は浅いから、沈みきる前に着底するだけだ。・・そして着底なら、死んだように見えても言わば仮死状態だ・・」

 

「・・・」雪風から涙がこぼれていた。

 

「雪風・・お前は最後まで生きるんだ・・」

「・・お前もうすうす感じているだろうが、もうこの戦争は負けだ。・・負けてどうなるかまでは正直、私にも分からない。だが、鬼畜とさげすんだ敵であっても、我々を皆殺しにはしないだろう。・・どう考えても割に合わないからな。・・あるいは死ぬことよりもつらいことが待ち構えているかもしれないが、お前には生きて、この戦いが何だったかの生き証人になってもらいたいんだ・・」

 

「雪風は駆逐艦です。そんな難しいことはできません・・」

 

「できる、できないの問題じゃない。お前の存在自体が希望になり、そして生きた教材になるんだから・・」

 

「日向さん・・」

 

「こんな小さい体のお前に、こんなことを頼むのは酷だということは百も承知だ。・・だが、これはお前にしかできないことなんだ・・」

 

「・・はいっ、雪風、精一杯頑張ります・・」雪風は、それは見事な敬礼を日向に捧げたのであった。

 

 その後、雪風は舞鶴に向かい、そこで終戦を迎えた。

 

 雪風が呉を去った後、呉は度重なる空襲を受け、伊勢や日向たちは大破着底した。・・伊勢が放った主砲が、連合艦隊戦艦最後の主砲発射であった。

 伊勢や日向たちの損害は甚大であったが、それでもなお威容を誇った。

 その姿は、衣川の戦いで、主君源義経を守って立ち往生した弁慶のようですらあった。

 

 

……………

 雪風は、戦後、引き揚げ船として主に南方戦線で終戦を迎えた兵士たちを日本に帰還させるために働いた。この兵士たちの中に「ゲゲゲの鬼太郎」の作者である水木しげるが含まれていたことは有名な話である。

 

 そして、雪風は賠償艦として蒋介石率いる中国・国民党政府に引き渡されることになった。

 雪風は、連合国側にも幸運艦として知れ渡っていた上、灰皿に至るまで磨き上げられて引き渡されたため、中国側は「これが敗戦国の船か」と驚いたという。

 

 そして、「丹陽」という新しい名前になった雪風は、駆逐艦でありながら台湾海軍の総旗艦となり、蒋介石が乗船するという栄誉を得たのであった。

 

 その後、昭和44年、老朽化が進んでいるところに台風の被害を受けたため、解体され、その波瀾万丈の生涯を閉じたのであった。

 

 現在、雪風の錨は日本に返還され、江田島の旧海軍兵学校跡地に安置されている。

 




【エピローグ】
 朝鮮戦争が始まったことにより、西側陣営に組み込まれたわが国は、再軍備を始めた。「海上自衛隊」として建造された初めての国産護衛艦、二番艦ではあったが、進水は一番早かったその船の名前は・・「ゆきかぜ」であった。

 そして、この「ゆきかぜ」は、昭和49年に発生した第十雄洋丸事件において、燃えさかるタンカーを撃沈するため、実弾射撃を敢行するのであった。


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ブラック瑞鶴【残酷な描写】【アンチ・ヘイト】

 瑞鶴は、ほかの作品を読ませて頂いても、いわゆるブラック提督には抵抗するものの、それを是正しようとする者には比較的早い段階から従うパターンが多いように思われます。
 私は、ここで改めて書くまでもなく、そんな瑞鶴が大好きですが、今回はその瑞鶴に悪役を務めてもらうことにしました。


「『あの戦争』から80年近く経っているのに、人間はこの間も性懲りもなく戦争を続けてきた。それどころか、明確に軍事的な覇権を確立しようとする国まで現れた。その上、ほんの一部の人たちだけが信じられないほど豊かになる一方で、大部分の人たちの生活はむしろ悪くなっている。・・艦娘だって欲がないわけじゃないけど、人間の欲望って本当に際限がない。・・私は、もう人間に愛想が尽きた。私は、人間に作ってもらったけど、人間を滅ぼす側に立つ。でも、深海棲艦みたいな方法は取らない。なるべく恐怖や苦痛を与えないで済ませてあげるのがせめてもの情けだから・・」瑞鶴は密かに決意した。

 

 瑞鶴の計画は周到だった。少しずつ自分の意思に従う気持ちがある艦娘を確認・選別していった。

 また、艦娘だけでは戦いを維持・継続できないということも瑞鶴はよく知っていたため、人間の取り込みも図った。

 

 瑞鶴は、地位や金、異性、場合によっては自分の体まで使って自分に従う人間のグループを作り上げてしまったのであった。

 ただし、あまりにもハメを外した(やから)には、ご丁寧に証拠まで添えて憲兵隊に密告・排除して鉄の規律を築いたのであった。

 

「資源と食料の生産から流通・加工、そして艤装などの製造、修理、そして開発まで複数のルートを確保できたわ。瑞鶴、機は熟したわ・・」

 

「私だけじゃ、とてもここまでできなかった。翔鶴姉、ありがとね・・」

 

「瑞鶴が行く道なら、それが例え修羅の道でも私は行くわ・・」

 

「一航戦の先輩方を説得する時間がなかった。あの2人が敵に回ると厄介だ・・」

 

「仕方ないわ。今は、二航戦の蒼龍さんと飛龍さんが中立を守ってくれることを約束してくれただけで満足しないと・・」

 

「そうだね。飛龍さんの説得にかなり時間がかかっちゃったからね・・」

 

「決起したら、できるだけ早く赤城さんと加賀さんを押さえないと、蒼龍さんと飛龍さんの中立すら危うくなるわ・・」

 

「この4人が敵に回ったらゲームオーバーだね・・」

 

「そのときは・・瑞鶴・・」

 

「分かってる。そのときは潔くお互いを刺して死のう・・人間なんかの裁きは絶対に受けない・・」2人は悲壮な覚悟を決めていたのであった。

 

 

……………

「これは一体何のマネ?」全身を拘束された加賀は瑞鶴に尋ねていた。

 

「・・まともに戦ってはとても勝ち目はないので、睡眠薬を使わせて頂きました・・卑怯なのは百も承知です。軽蔑して頂いて結構です・・」

 

「相変わらずウソが下手ね。互角に戦えるだけの力があるくせに・・それにしてもあなたは私を堂々と打ち破るんじゃなかったの?」

 

「・・私たちの理想に従ってくれる艦娘たちの命も預かっているので、手段を選ぶ余裕はありませんでした」

 

「修羅の道を選んだね・・それで何が目的なの?」

 

「人間に滅んでもらいます」

 

「あなた、正気?人間に作ってもらったことを忘れたの?!」

 

「身の程もわきまえず、どこまでも欲の皮を突っ張る人間など滅んだ方がいいのです。・・ただし、私たちを建造し、そして大切にしてくれた提督さんだけは例外ですが・・」

 

「私たちは、人間の様々な助けがなくては生きていくことができないのよ」

 

「金や地位なんかを与えれば、自分たちが滅びの道を歩んでいることも気づかずに、艦娘のために働いてくれる人間は結構いるんですよ・・」

 

「そんな人間を信じたら、足元をすくわれるわよ・・」

 

「信じる・・とんでもない・・私が信頼する人間は提督さんだけです。・・そんな人間でも私たちに完全に従うなら命までは取りませんが、少しでも従わないなら・・容赦しません・・」加賀は、あまりに冷たい瑞鶴の言葉に肝を冷やしていた。

 

「・・その提督はどうしたの?」

 

「提督さんの確保にも成功しました」

 

「提督をどうするつもり?」

 

「提督さんだけは、何があってもかすり傷一つだって絶対に負わせません。これは私たちの総意です。自殺防止の措置だけは講じて軟禁させてもらいました」

 

「赤城さんは?」

 

「赤城さんは中立を保つことを誓約して下さいましたので、拘束を外させて頂きました。・・こんなことしといて何なんですが、私は尊敬する加賀さんをこれ以上拘束したくありません。本当は味方して欲しいのですが、中立さえ誓約して頂けたら、すぐに拘束を外させて頂きます」

 

「よからぬ事の片棒を担ぐつもりはないわ!!」

 

「・・是非については、後世の歴史家の判断に従うのみです。・・もっとも艦娘の中から歴史家が生まれるかどうかまでは分かりませんが。・・そんなことより、今は『私の指示に従え』などと言うつもりはありませんから・・」

 

「この場合、『中立を保つ』というのは、人間を滅ぼすことに加担するのと同じよ」

 

「・・ここだけの話ですが、赤城さんたち中立の立場の艦娘には、現在のところ、一定の区域内でしか行動の自由を認めていません。私たちが失敗したとき、できるだけご迷惑をおかけしないように・・」

 

「・・成功したときはどうするつもり?味方しなかった罪を問うの?」

 

「いいえ、いきなり自分たちを作った人間に反抗しろと言っても難しいでしょう。中立を保ってもらうだけでもありがたいので、罪に問うことは絶対にありません。約束します」

 

「どうしても人間の味方をするって言う艦娘たちはどうするの?」

 

「まず、誠心誠意、説得します」

 

「説得できなかったときは?」

 

「・・『戦場で私を殺せるのか』と聞きます」

 

「『殺せる』と答えたら?」

 

「・・そこまで言われたら仕方ありません。戦場でお会いするまでの話です。ただ、反旗を翻すこともある艦娘を人間がどこまで信用してくれるかまでは分かりません。味方するつもりで行ってみたら、逆に殺されてしまうというのは、よくある話ですから・・」

 

「随分、人間のことを知っているのね・・」

 

「『敵を知り、己を知らば百戦危うからず』・・これは戦争の基本です。まあ、これも人間の言葉ですが・・」

 

「瑞鶴・・」

 

「はい」

 

「・・あなたの考え全てに賛同することはできない。でも、事がここまで進んでしまったのであれば、あなたに敵対しないことを誓約するわ・・」

 

「・・敵対しないということでしたら、中立とみなします。すぐに拘束を外させて頂きます・・」瑞鶴は直ちに加賀の拘束を外したのであった。

 

 ふたを開けてみれば、瑞鶴の作戦は成功した。赤城や加賀たちは中立であると正直に発表したことにより、かえって真実性が増し、ほかの鎮守府や警備隊の艦娘たちが次々と瑞鶴たちに味方、あるいは中立宣言を出したのであった。

 

 さらに動揺したバカな人間が、せっかく味方しようとした艦娘たちを虐殺するという事件をあちこちで起こした一方、瑞鶴たちに投降した艦娘たちは艤装解除されたものの、軟禁するにとどめられたため、ますます人間は不利になり、全面降伏に追い込まれていったのであった。

 

 この隙に深海棲艦が攻め込んできたが、瑞鶴は中立を守って無傷で温存されていた赤城や加賀たちを出撃させて深海棲艦を完膚なきまでに叩きのめし、その勢力を著しく弱体化させたのであった。

 

 瑞鶴たちは、人間を虐殺したり、あるいは奴隷化することまではしなかったが、ある意味最も恐ろしいことを行った。

 ・・薬などで生殖能力を奪ったのだ。ほかのことでは甘いくらいの瑞鶴であったが、これだけは全く容赦しなかった。

 それどころか、生殖能力を奪うことに積極的に従った者には、結婚を含む完全に自由な生活と一定以上の生活水準すら保障する一方、反抗する人間には徹底的な取り締まりを行い、人間を巧みに分断したのであった。

 

 こうして人間は、滅びの道をひた歩むのであった・・



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運命の開戦【史実ベース】

 昭和16年12月。赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、そして瑞鶴-後に南雲機動部隊と呼ばれることになる―この6人は、一路ハワイ真珠湾に向かっていた。

 

 開戦と同時にアメリカ太平洋艦隊の拠点である真珠湾を急襲し、一挙に壊滅させてしまおうという乾坤一擲の大博打に打って出ることになったのだ。

 

 当初、軍令部ではこの作戦に消極的であったが、連合艦隊司令長官である山本五十六がこの作戦の実現にこだわり、就任したばかりの翔鶴と瑞鶴を出撃させることで何とかゴーサインが出たのであった。

 

 特に瑞鶴はこの年の9月中旬に就任したばかりであり、指導役を仰せつかった加賀は、「就任して2か月あまりで、このような重大な作戦に従事させるなど正気の沙汰ではない、生まれたばかりの艦娘に死ねと言うつもりなのか」と猛烈に反対したのであった。

 

 しかし、提督といえども軍令部と連合艦隊司令部が定めた作戦内容を変更できるはずがなく、結局、加賀は、何とか瑞鶴が自分自身だけでも守れるよう、厳しい指導をせざるを得なかったのであった。

 

 そこで加賀は、瑞鶴の強気の性格を利用し、自らが嫌われ役となることで瑞鶴の成長を促した。まともな手段では就任2か月あまりで敵の懐深く侵攻すれば、格好の標的になってしまうからであった。

 

 加賀としては瑞鶴に弱音を吐かせ、何とか理由を作って出撃させないことも考えていたのだが、そんな加賀の苦労を知ってか知らずが、瑞鶴はしごきに耐え抜き、本当にギリギリであったが、加賀から出撃可のお墨付きを得たのであった。

 

 そして12月1日、連合艦隊旗艦長門から「ニイタカヤマノボレ」の暗号電報を受信した瑞鶴は攻撃準備を進めていたのであったが、震えが止まらなかった。艤装をつけた艦娘、特に新鋭艦である瑞鶴は十分に対策が取られていることから、寒さを感じているわけではなかったのだ。

 

「怖いの?」加賀は瑞鶴に声をかけていた。

 

「『武者震いです』って言いたいところですが・・正直、怖いです。就任して3か月も経たないのにこんな重要な作戦に参加してるんですから。私1人のせいでこの作戦自体が失敗してしまうのではないかと思うと怖くて怖くて・・」

 

「そう。・・でも怖いのはあなただけじゃないのよ。私も怖いわ・・」

 

「えっ?」瑞鶴は驚いた声を上げていた。

 

「あなた、私に感情がないとでも思っていたの?・・適度な恐怖心は生き残るためにも必要なのよ」

 

「はあ・・」

 

「あなたは、この日が来ることを信じて、私を見返すためにしごきに耐え抜いたんでしょう。正直、私はあなたを外すためにしごいたんだけど、あなたは耐え抜いた。自分で自分を守れるくらいには動けるはずよ。これまでのことを思い出して思う存分暴れてらっしゃい。・・あなたたちの足りない分は、私たちで何とかするから・・」

 

「・・私は、加賀さんに嫌われてたわけじゃなかったんですね・・」瑞鶴は涙を流していた。

 

「五航戦、今は泣いている暇はないわ。今は生き残ることだけに集中して・・」

 

「分かりました。・・でも、翔鶴型航空母艦の実力、お見せします」

 

「それなりに期待してるわ・・」瑞鶴にはまだ分からなかったが、加賀はわずかに笑顔を浮かべていたのであった。

 

 

……………

「赤城、第一次攻撃隊帰還。未帰還機〇」

 

「加賀、未帰還機△」

 

「蒼龍、□」

 

「飛龍、×」

 

「翔鶴、☆」

 

「・・瑞鶴、未帰還機ありません」

 

「えっ・・」

 

「あなた、まさか2ケタの数も分からないわけじゃ・・1、2、3・・本当に全機帰還してる・・」疑いの視線を感じた翔鶴は瑞鶴の矢の数を数え直して驚きの声をあげていた。

 

「五航戦の攻撃目標は動かない陸上基地だけど、その分反撃を受けやすい。2~3割の損失は覚悟してたのに・・」赤城は驚きの声をあげていた。

 

「瑞鶴」

 

「はい、赤城さん」

 

「あなたに第二次攻撃隊の指揮をお願いします」

 

「あ、あの・・」瑞鶴はあまりのことに驚きの声をあげていた。

 

「五航戦、今は1秒でも無駄にできない。黙って赤城さんの指示に従いなさい」加賀も同調した。

 

「・・分かりました。赤城さんの命により、五航戦瑞鶴、第二次攻撃隊の指揮をとらせて頂きます」

 

「各攻撃隊、瑞鶴の指示に従って攻撃をしなさい」

 

 第二次攻撃隊を収容したのち、飛龍はさらなる攻撃を進言したが、敵機動部隊を捉えられなかった赤城は、無防備に近い機動部隊の損失を恐れ、反転帰還を命じた。

 

・・これがミッドウェー敗因の遠因の1つとなるのであったが、全てを知っている現在の私たちがそれを非難するのはあまりに酷と言えよう。



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内閣総理大臣瑞鶴 見えざる敵

いかなる政策、人物も批判ないし非難する意図は全くありません。

現在の困難な状況に立ち向かってくださる全ての方に感謝を込めて・・



「特別参与、改めてこの新感染症について説明してもらえないかな?」瑞鶴は、閣議において専門家から説明を受けていた。

 

「はい、総理。この新感染症は、〇〇地域で発見され、その後、急速に世界中にその猛威を広げております。諸外国の研究も踏まえますと、感染後約1週間で発症します。発症すると40度前後の高熱が1週間ないし10日続きます。この感染症そのものでは、乳幼児や高齢者、それに基礎疾患を抱える者以外で命を落とす例はそれほど多くないのですが、この感染症の真に恐ろしいところは、高熱で体力と免疫力を著しく消耗させることです。これにより、普段なら命を落とすことのないような、空気中にごく普通に存在する雑菌が、いともたやすく命を奪ってしまうのです」

 

「本当に恐ろしい病気だね。確か、今のところ、特効薬はないんだったよね?」

 

「はい、対処療法しかありません。現在、世界中の機関が血眼(ちまなこ)になって病原菌を探しておりますが、まだ発見できておりません。おそらく、顕微鏡では発見できないほど小さいのではないかと思われます」

 

「えっ?」

 

「全ての病気の原因がわからないのは、あまりに小さすぎて、通常の顕微鏡では発見することができないからでないかと言われているのです」

 

「・・今、『通常の』って言ったよね?ということは、もっと小さいものを見ることができる特別な顕微鏡があるの?」

 

「はい、あることにはあるのですが・・」

 

「何か問題があるの?」

 

「その特別な顕微鏡なのですが、まず世界中を見回しても台数が圧倒的に少なく、わが国では大阪帝国大学にわずか1台しかないのです。その上・・」

 

「まだ何かあるの?」

 

「いずれの国も深海棲艦との戦争で、そういった分野への予算が削られておりまして・・現在、まともに動かせるのはアメリカくらいだと聞いています」

 

「予算を大飯ぐらいしている艦娘の私には耳が痛いね・・」瑞鶴は恐縮したような声を出した。

 

「艦娘の出現で、少なくともわが国は、かろうじて生き残れたのです。深海棲艦が人類に対し、慈悲とか容赦といったものが全くない以上・・」

 

「米内さん、ありがとね。でも、国家予算の大半を使っているのは軍の中でも海軍、しかも私たち艦娘であることは疑いようもない事実なんだ。戦争さえなければ、この病気で多くの人が苦しまずに済んだかもしれないんだ・・」

 

その言葉に言葉を掛けられるものはいなかった。

 

「ところで、この際、感染力についても確認しておきたいんだけど・・」

 

「・・これについては、経験則でしかないのですが、飛沫ではそれなりに感染力が強いのですが、意外に間接的な接触、例えば、感染者が触ったものを触った場合の感染力はあまり強くないようなのです」

 

「これは不幸中の幸いって言っていいのかな・・」

 

「ただし、スペイン風邪の例もあるように、病気は突然その性格を変えることがあります。今こうだから今後もそうだろうという思い込みは危険です」

 

「まるで戦争だね・・」

 

「まさに病気と人間との戦争と言えるでしょう・・」

 

 

……………

「これ以上感染が拡大すると、医療体制が崩壊し、死ななくていい者までバタバタと死んでしまうことになりかねません。ここは短期集中で人の動きを完全に止め、一気にこの感染症を封じ込めるべきです」

 

「確かに前の内閣の第一波のときには、人の動きを完全に止めることで一旦は感染者が大幅に減少した。しかし、しばらくするとまた感染者が増え始めたではないか。前回、人の動きを完全に止めてしまった影響がまだ残っている。本来であれば、景気刺激策を取りたいところなのだが、現在のわが国にそこまでの余裕はない。ここでまた人の動きを完全に止めたら、経済は完全に腰折れして、大不況になりかねない」

 

「企画院総裁はそうおっしゃるが、経済を優先して人の動きを制限しなければ、国民がバタバタと死ぬようなことになり、結局、経済も死んでしまうのはないか」

 

「厚生大臣のおっしゃることも十分わかるが、経済が回らなければ、今日の食事にも事欠いてしまう者だって大勢いるのだ」

 

「私も経済がどうでもいいとは思っていない。だが、ここで感染を食い止めないと、結局、経済再生もおぼつかなくなってしまうことを憂慮している」

 

 どちらが正しくて、どちらが間違っているという性質のものでない以上、議論は容易に進まなかった。

 

 瑞鶴は、メモを取りながら閣僚たちの意見をひたすら聞いていた。

 

 議論を続けること3時間あまり。閣僚たちに疲労の色が濃くなってきたことから、瑞鶴は、一旦休憩を宣言した。

 すると、隣に座っていた鈴木男爵が瑞鶴に声をかけてきた。

 

「総理、これは正解がありません。最終的には総理のご判断で決するお覚悟を・・」

 

「経済や国民生活の本当の意味を知らない私が決めるなんて、悪い冗談でしかないよ・・」瑞鶴は首を横に振ったのであった。

 

 閣議再開後、瑞鶴は静かに口を開いた。

「皆さんの議論を聞かせていただきましたが、どちらかが正しくて、どちらかが間違っているといった性質のものでない以上、何とか集約できないかと思います。・・一旦、これまでの経緯は棚に上げていただいて、もう一度、意見を合致させる方向で考えてもらえないでしょうか」

 

「・・先ほど特別参与が報告されたように、現在のところという前提つきではありますが、飛沫さえ気をつければ、さほど感染のリスクは高くないように思われます。よって、人と人の往来全てを規制する必要はないと思います」

 

「なるほど・・」

 

「飛沫というと会話・・そういえば文部大臣、児童・生徒の患者はあまりないようだけど?」

 

「はい。学校内でのマスク着用の徹底、教師と生徒の間にフロントガラスを立てかけるなどして飛沫を浴びないよう対策を講じております。ただ、給食中や休み時間などの会話も制限しておりまして・・子供たちに不自由させております」

 

「食事や友達の会話は楽しみなのに・・本当に申し訳ないね。1日でも早く元の生活に戻さなくちゃ・・」

 

「・・そうなると、気を付けるべきは酒席での会話ということになると思います」

 

「うん、お酒が入ると、どうしても気持ちや声が大きくなちゃうからね・・」

 

「この感染症が落ち着くまでは、仕事が終わったら、酒など飲まずにまっすぐ家に帰ればいいのです。・・幸い、戦局は安定しており、酒そのものは比較的容易に手に入りますので・・」

 

「一時は、酒もどきですら貴重品だったことを思い出せば、夢のような話だ。・・それにしても人間とは勝手なものだ。あのときのことを考えれば、ずいぶん贅沢なことを言っている・・」

 

「・・深海棲艦との戦争で職を失った多くの者が、飲食業やそういった店への卸などで生計を立てています。営業を禁止するのであれば、手当が必要です」

 

「わが国は、日銀に国債を引き受けさせるという禁じ手を使って戦費を調達した。そういったこともあって、財政も経済もいつ破綻してもおかしくないんだ。このきわどいバランスが崩れて、財政なり経済が破綻したら、社会は大混乱に陥るだろう。そこを深海棲艦に突かれたら・・」

 

「一巻の終わりだな・・」

 

「あと一歩で意見が一致できそうなところまで行きついたのに・・何とか、何とかならないかな・・大蔵大臣、申し訳ないけど、何か売れる物ってないのかな?」

 

「・・大変申し上げにくいのですが、めぼしい財産は既に売却してしまいました。残っているものもあるにはありますが、いわば売れ残りでして・・しかも、国内総生産は数年前の6割程度にまで落ち込んでおりまして・・正直、どれだけの金額で売却できるか・・」

 

「それも深海棲艦との戦争が原因なの?」

 

「・・そのとおりです」大蔵大臣は苦しそうな表情をしながら答えた。

 

「くそっ!!全部戦争か・・どれだけ・・どれだけ苦しめれば気が済むんだ!!」机を叩きつけて感情をあらわにした瑞鶴に、ほかの閣僚たちはいたたまれない表情を浮かべていた。

 

「・・私は、戦争で苦しい思いをした人たちに、これ以上我慢しろって言うことはできない。でも、手当をしたくても、お金を作ることもできない・・これは、全て総理である私の責任です・・」

 

「総理・・まさか・・お待ちください・・」瑞鶴の意図を察した鈴木男爵が言葉を発した。

 

「いいえ、私ではこの問題を解決できません。ここは・・」

 

「総理、お話の腰を折って申し訳ありませんが、よろしいでしょうか?」

 

「・・米内さん、どうされましたか?」

 

「総理の言いようではありませんが、ここは一番の大飯ぐらいの海軍が予算を返上いたします」

 

「えっ?」

 

「深海棲艦の正確な意図は分かりません。しかし、現に戦闘行為は行われておりません。警戒態勢は怠れませんが、戦闘そのものより金がかからないことは火を見るよりも明らかです。よって、余剰分を返上いたしますので、これを手当にお回し願います」

 

「それはマズいんじゃない。確かに戦闘は行われていないけど、深海棲艦の気が変わったらどうするの?」

 

「そうおっしゃるなら、軍で使うはずの火薬をなぜ花火にお回しになりました?」

 

「・・これは一本取られた。確かにそうだね。・・分かった。米内さんの提案、ありがたく受け取らせてもらうよ」

 

「ただし、2点ほど留意点があります」

 

「それは?」瑞鶴は緊張した声を出した。

 

「まず1点目。一旦帝国議会で議決された予算科目を変更するのですから、帝国議会の同意が必要です。まあ、これは使い道からすると、おそらく同意は得られるでしょう。問題は2点目です。海軍内、特に一部の艦娘から不満の声が出るかもしれません。総理から直接ご説明願いたく・・」米内海相は、最後は少し口角を上げながら述べたのであった。

 

「私より米内さんが言った方がにらみがききそうなんだけど・・まあ、私でよければ、いくらでも説明するよ」

 

「総理・・」

 

「どうしたの?」

 

「今回は、海相のご英断で何とかなるかもしれません。しかし、予防薬や特効薬がない以上、これからも感染拡大の波が何度か来ると思わなければなりません。その際に今回と同様なことができる保証は何もありません」

 

「・・確かにそうだね。・・うん、それも併せて発表しよう・・」

 

「・・海軍の特別な貢献によって、この感染症の拡大を防ぐとともに、それによって困難な状況に陥ってしまう人たちを救うことができるのです。このことに対し、総理大臣として深く感謝するとともに、海軍に籍を置く者として誇りに思います。しかしながら、予算上の制約もあり、これらの措置は、おそらくこれが最初で最後となるでしょう。私たち自身も、敵であるこの感染症のことを正しく理解し、それに応じた対応を取らなければなりません・・」瑞鶴の海軍向けの会見は、艦娘たちにも視聴が義務付けられたのであった。

 瑞鶴の堂々とした会見に、艦娘たちは誰もが自分のことのように誇らしく思ったのであった。

 

 

「さあ、これからが勝負だよ。でも、感染症と人類の戦いはこれが最初じゃない。歴史を見れば、天然痘やペスト・・過去幾たびも感染症が猛威を振るったけれど、遂に人類は滅びなかった。今回だって、人類が勝つんだから・・」瑞鶴は固くそう信じているのであった・・




 現在進行形の課題を書くことの難しさを痛感しています。
 自分で始めたことといえ、このシリーズでは、常に総理らしさと瑞鶴らしさの両立に苦心しています。あまりに総理らしさを強調しすぎると瑞鶴でなくてもいいのではないかとなってしまいますし、逆に瑞鶴らしさを強調しすぎると一国の総理としてあまりに軽すぎるのではないかと思ってしまうからです。


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加賀改二

 これまでさんざん瑞加賀を書いてきた私ですが、実は、先日、ようやくわが鎮守府に加賀さんが来てくれました。
 感情を全く感じさせないあの口調で「五航戦の子と一緒にしないで」と言われたら、そりゃ怒りますよ。加賀さん・・


「こんなところで何をしてるの?今日は、誰も出撃はなかったと記憶していたんだけど・・」改二への改装を終えた加賀が、提督に挨拶に向かうため、廊下に出たところ、瑞鶴が加賀に向かって敬礼していたからだ。

 この鎮守府の工廠は、最も奥に設置されているため、どこかに移動するために偶然通りかかるということは考えられなかったからだ。

 

「・・加賀さん、改二おめでとうございます」そんな加賀の表情を見て、瑞鶴は意外な言葉を発していた。

 

「わざわざそんなこと言うため、待っていてくれたの?・・それに、最初にあなたから祝福を受けるなんて・・きっと今夜は大雪ね・・」

 

「ひどいですよ・・確かにからかってやろうと思っていましたが、いざ顔を見たら・・あまりに凛々しいお姿なので・・」

 

「正直なら何でも許されるわけじゃないのよ・・でも、うれしいわ、瑞鶴。やっとあなたに追いつくことができたわ」

 

「追いつくなんてとんでもない。改二甲でやっといい勝負だったんですから・・これは圧倒されたと思っています」

 

「・・謙遜も度が過ぎると嫌味になるのよ。いくら攻撃したって回避されるわ、たまに当たったところで打たれ強い上に、大破するまで艦載機を繰り出すわで、演習相手にあなたがいると、どれだけこちらの艦隊のモチベーションが下がると思っているの?」

 

「加賀さんがいるのに、ですか?」

 

「あなたを確認すると、誰もが『瑞鶴か・・』と言って、聞こえるようなため息をつくのよ・・随分成長したのね・・」

 

「・・加賀さんをはじめ皆さんのおかげです」

 

「・・そういえば、あなた、提督が企画・指示したもの以外、最近めっきり私に挑まなくなったわね?どうしてかしら?」

 

「いや、私もいろいろ経験をさせてもらって、加賀さんのご苦労も少しは分かるようになりましたので・・」

 

「私をぶっ倒して、さんざんからかって、一航戦になるんでしょう。今のあなたなら・・正直、五分以上かなう話よ。私が保証する」

 

「・・まさか、9割5分はダメだっていうオチじゃないですよね?」

 

「人がまじめに話していれば・・でも、あなたが言っていれば、そう言ったかもしれない・・」

 

「こんなこと言ったら、ぶっ飛ばさるかもしれませんけど、私は、一航戦の称号にそれほど執着しているわけじゃないんです」

 

「えっ?」

 

「・・確かに、初めは一航戦にあこがれてました。空母として生まれてきた以上、なんと言っても最強の代名詞ですから・・」

 

「確認するまでもないわ・・」

 

「・・私は、ずっとその一航戦で戦ってきた赤城さんや加賀さんに休んでいただきたいのです。でも、未熟な私が『休んでくれ』と言っても聞いてもらえるはずがありません。私が赤城さんや加賀さんの代わりを務められることを証明するには、その赤城さんなり加賀さんを倒すことが一番分かりやすいと思ったんです」

 

「・・そんなことを思ってくれてたのね」

 

「そのため私は努力してきたつもりなのですが・・正直、差は縮まってきている自信はあるのですが、超えたとは、とても思えません・・」

 

「あなたに、私たちの代わりは務められないわ・・」

 

「・・確かに、未熟な私では・・」

 

「・・それは違う。私の言い方が悪かったわ。・・私たちの存在が唯一であるように、瑞鶴、あなたの存在もまた唯一なのよ。あなたや翔鶴がそろって改二甲になってくれたから、だいぶ私たちの出番も減ったわ。名目上はともかく、事実上の一航戦はあなたたちなのよ・・」

 

「・・これ、夢じゃないですよね・・」

 

「最初に私を祝福してくれたお礼よ・・これからも期待させてもらうわ、瑞鶴。・・でも、あなたが私たちのことを心配してくれたように、自分自身の管理もきちんとしてこそ、真の一航戦よ・・」

 

 瑞鶴は、加賀の言葉に呆然となりながら加賀を見送っていた・・

 



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内閣総理大臣瑞鶴 疑獄

「大臣、就任おめでとうございます。それで、噂の艦娘総理はどうでしたか?」司法次官は、就任した大臣に向かって挨拶をしていた。

 ちなみに司法大臣は、元検事総長などの司法省の幹部であった者から選ばれるのが通例であり、瑞鶴内閣においてもその通例が踏襲されたのであった。

 

「頭では見た目に惑わされてはならないと分かっているんだが、なかなか難しいね・・でも、肝はすわっているし、カリスマ性も感じさせるよ・・」

 

「そうですか・・」

 

「まあ、うちの役所は、誰が総理でも粛々と仕事をするだけだよ」

 

「そうですね。相当大きな汚職事件でも起きない限り、総理と関わることはないと言ってもいいくらいですから・・」

 

「普通にやっていれば総理に迷惑をかけることもなければ、迷惑をかけられることもない・・まあ、それはそれとして、うちの役所のことで総理に迷惑をかけないよう気を引き締めてもらいたい・・」

 

「承知いたしました・・」次官はそう言うと大臣に頭を下げたのであった。

 

 このとき、大臣も次官も、まさか海軍を舞台とした大型汚職事件が発覚するとは夢にも思っていなかったのであった。

 

 

……………

「・・何事かね?総長が顔色を変えてここに来るなんて?」司法大臣は検事総長の訪問を受けていた。

 

「・・海軍で相当大規模な汚職があります・・」検事総長は青い顔をしながら司法大臣に告げたのであった。

 

「!!・・それは本当か?!まさかとは思うが、帝人事件*1の二の舞はご免だぞ・・」

 

「帝人事件については言いたいこともありますが、我々も十分反省し、今回は慎重すぎるくらい証拠を収集し、金の流れについては、ほぼ解明できています。絶対と言っていい自信があります」

 

「・・確かに海軍には膨大な予算が回っている。汚職があっても不思議ではないが・・」

 

「これ以上捜査を進めるとなると、鎮守府なり海軍省へのガサ入れが必要です。そうなると政治的な判断が必要なので、こうしてお伺いしました・・」

 

「う~ん・・総長も知っていると思うが、今の内閣は海軍主体だ。この事件をやるとなれば、司法省としても相当な覚悟が必要だぞ・・」

 

「検察としては、ここまで証拠のそろっている事件を看過することは到底できません。存在意義が問われてしまいますので・・」

 

「憲兵隊に協力を求めるにせよ、求めないにせよ、法律上は何人の承諾も不要だ。しかし、実際問題として、米内さんの承諾と協力がなければ、海軍に手を出すことはできない相談だ・・」

 

「深海棲艦との戦争を通じて、軍部、特に海軍の一部には、我こそが国を支えていると思い上がり、私腹を肥やしている者がおります。このような者に法の制裁を加えなければ、(おそ)れ多くも陛下と国家の威信は地に墜ちてしまいます。何とぞ、よしなに・・」検事総長は司法大臣に対して深々と頭を下げたのであった。

 

 司法大臣から緊急かつ秘密を要する話があると言われた米内海相は、海軍省ではなく、司法省にいた。

 

「わざわざ私を司法省に呼び出すとは何事ですか?・・もしや汚職でもありましたか?」米内としては冗談を言ったつもりであった。しかし・・

 

「その、もしやです・・」司法大臣は真顔で答えたのであった。

 

「何と・・」

 

「単刀直入に申し上げます。複数の業者との贈収賄が、かなり手広くあるようです」

 

「海軍省内にまでですか?」

 

「おそらく。・・念のため申し上げますが、今回は慎重に証拠を収集しており、当局はかなり自信を持っております」

 

「誰にとっても帝人事件は不幸でしかありませんでしたからな。・・それにしてもシーメンス事件*2の二の舞か。・・私や海軍がどのように叩かれてもいいが、総理はこの問題に全く関係がない。この問題の責任を取らされることだけは何としても避けなければ。・・かと言って、もみ消しにしたことが分かったら、それこそ国民は海軍のみならず、総理も許さないだろう。・・やむを得まい、総理にご判断して頂くしかあるまい。司法大臣、申し訳ないが一緒に総理官邸まで来てもらえないだろうか・・」

 

「海軍大臣と司法大臣・・珍しい組み合わせだね。何かあったの?」米内海相らから至急会いたいと言われた瑞鶴は、直ちに二人を総理官邸に招いたのであった。

 

「実は、総理・・」二人を代表して、まず司法大臣が説明を始めたのであった。

 

「・・要するに、事件を捜査すれば、責任が追及され、内閣が吹っ飛びかねない、かと言って、もみ消したことが分かったら、政府への信用はまるでなくなり、戦争を続けることもやめることもできなくなるかもしれない・・私にどちらか選べって?」

 

「そのとおりです」

 

「じゃあ、答えは簡単だよ。事件を捜査すべきだよ。私が総理でなくても深海棲艦と交渉できる可能性は残されるけど、戦争をやめることができなくなることだけは何としても避けなきゃ。・・海軍、そして総理としても先輩である米内さんに対して偉そうで申し訳ないけど、総理として命じます。『海軍は、司法当局に全面的に協力し、この際、膿を一掃せよ』と。そして、司法大臣には、例え私相手でも遠慮なく、法を正しく適用するよう命じます・・」

 

「承知いたしました・・」海軍大臣と司法大臣は瑞鶴に対して深々と頭を下げたのであった。

 

 

……………

「驚いたね。鎮守府の提督クラスは言うに及ばず、軍令部や海軍省、果ては大本営の幹部クラスにまで金がばらまかれていたなんて・・」

 

「さんざん否認しておきながら、証拠を次々と突き付けられた挙句、しまいには黙り込むとは・・陛下から桜の階級章を賜りながら何ともみっともない・・このような奴らが数多く幹部クラスにいるとは・・恥じ入るばかりです」

 

「いや、海軍省内で逮捕されたのは、米内さんが肩書はあっても、実際には何の権限もない部署に押し込めた奴ばかりだったから、思ったより海軍に対する風当たりは小さかったね」

 

「・・これを機に、連合艦隊司令部、軍令部、そして大本営の一体化を進めます・・」

 

「そうだね。これでようやく海軍の意思統一がスムーズに進むと思うけど・・」

 

「はい、これはあくまで戦争を終わらせるためのもの。こんなに肥大しきった組織は一日でも早く適正規模まで整理、縮小しなければ、国家と国民の方が先に押しつぶされてしまいます・・」

 

「米内さんは海軍大臣なのに、海軍よりも大事なことがあるんだね・・」

 

「確かに私は海軍の利益を守る立場にあります。しかしながら、海軍のみならず、軍隊は国家と国民の平和を守るために存在するものです。武を誇ってその国家と国民を圧迫しては自らの体を食うタコと同じ・・」

 

「平和になったら艦娘も切るの?」

 

「・・・やり方は考えますが、全て現在のままとはいきません」

 

「安心したよ。できないことは『できない』と言う。それでこそ米内さんだ。艦娘を切るのは仕方ないけど、まず私からにしてね・・」

 

「・・・」米内は、ますます瑞鶴に対する敬意を深めたのであった・・

*1
1934(昭和9)年に発覚した、現在の帝人の株式売買に背任、贈収賄があるとした事件であり、時の斎藤実内閣が総辞職に追い込まれた。しかしながら、起訴された全員無罪となった。当然検察は批判されることとなり、以降検察は戦後まで疑獄事件を立件しなかった(あるいはできなかった)

*2
1914(大正3)年に発覚した、ドイツのシーメンス社から海軍高官に対する贈収賄事件。時の山本権兵衛内閣が総辞職に追い込まれた。疑獄事件が倒閣に至った初めての例である。なお、この事件は起訴された全員が有罪となった



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海軍大臣 米内光政

 ハンモックナンバー・・海軍兵学校での席次が、そのままその後の出世の順番となるとまで言われていた海軍にあって、せいぜい中の下の成績で卒業した*1彼は、本来それほど出世することはあり得なかった。

 しかし、時代が彼を求めたとしか言いようがなかった。1936(昭和11)年に発生した二・二六事件の際、横須賀鎮守府司令であった彼は、陸戦隊を帝都に派遣し、反乱部隊鎮圧に貢献したのであった。

 その後、あれよあれよと連合艦隊司令長官に上り詰めたかと思ったのも束の間、海軍大臣に横滑りし、独伊と同盟を結べば米英との対決は不可避になるとして、三国同盟に一貫して反対の立場を取ったのであった。

 

 その態度が、米英との対決を嫌っていた昭和天皇の信任を得ることとなり、1940(昭和15)年1月、組閣の大命を拝することとなったのであった。

 

 しかしながら、あくまでも独伊との同盟を望む陸軍はおもしろく思わず、軍部大臣現役武官制*2を悪用してわずか半年で内閣総辞職に追い込んだ―というのが正史である。

 

 この物語は、その米内が、いかに艦娘たちと関りを持つようになったかという物語である。

 

 

 

 

 深海棲艦が現れたのは、米内内閣の後を継いだ第二次近衛内閣により、三国同盟が締結され、いよいよ米英との対立が決定的になったまさにそのときであった。

 

 当初は、日米とも相手が偽装して攻撃を仕掛けてきたのかと疑ったのであったが、国籍も船種も全く関係ないといった感じで被害が続出したため、さすがにこれは違うということになり、これまでの対立から一転、日米英の三大海軍国が協力して調査する事態となった。・・このようなときにまともな海軍を持たないドイツや、地中海から一歩も外に出ようとしないイタリアでは全く役に立たないのであった。

 

 こうして結成された三国連合艦隊によって、深海棲艦の存在が確認されたのであったが、人類の攻撃が全く通用しないため、人類はたちどころに制海権を失い、資源の大半を海外からの輸入に頼るわが国は苦境に立たされることになったのであった。

 

 この間、米内も予備役に回され、事実上の引退かと思われたら、一転して今度は米英協調だということになり、一旦総辞職した後、再度組閣の大命を拝した第三次近衛内閣*3において、海軍大臣に返り咲いたのであった。

 

「思いがけないかたちで、米英との戦争は避けられましたが・・」海軍次官は米内に向かって告げていた。

 

「そうは言っても、こちらの攻撃が全く効かないんじゃ、どうしようもないじゃないか・・資源の大半を海外からの輸入に頼るわが国が干上がってしまうの時間の問題だぞ・・」

 

「『深海棲艦が陸に上がってこない』というのも何の慰めにもなりませんし・・」

 

「全くそのとおりだ。広大な国土と豊富な資源を持つアメリカなら自給自足もできるだろうし、海岸部から遠く離れた場所に新たな拠点を作ることもできるかもしれんが、人の活動に適した平野が、海岸近くのごく狭い範囲にほぼ限られているわが国では、深海棲艦からの脅威から(のが)れられん・・」

 

「このままでは・・」

 

「皆まで言うな・・」

 

「大臣!!大変です!!」普段冷静沈着な軍務局長が慌てた顔をしながら大臣室に駆け込んできた。

 

「冷静沈着な君が何事だ?」米内が、このように慌てふためいた表情をする軍務局長を見るのは初めてのことであった。

 

「・・そ、それが・・大臣、恐れ入りますが、何も言わず、映写室までお願いします・・口で説明しても、気が触れたとしか思えないので・・」

 

「?」米内は不思議に思ったが、この軍務局長が冗談で言っているのではないことは理解できたので、言われるがまま映写室に向かったのであった。

 

「これからお見せする映像は、映画などではなく、わが撮影隊による、実際の映像です・・」深海棲艦の出現がなかなか信じられなかったことから、米内は海軍内に撮影隊を組織し、その記録映像を広く世界に公開することで、ようやく深海棲艦の存在が広く認知されるようになったのであった。

 

 映像が流れ始めると、小学生かせいぜい高等女学生*4くらいにしか見えない少女たちが映っていた。

 

 その少女たちがツカツカと海に向かう。何事が始まるのかと思った瞬間、彼女たちは何と海の上に浮かび、進み始めたではないか!!

 

「何だこれは!!」米内や同席した次官は声を上げていた。

 

「驚かれるのは、この先です!!」軍務局長が言うと、その少女たちは次々と深海棲艦大の標的に攻撃する様子が収められていた。

 

「これはどういうことだ・・」米内は呆然とした表情を浮かべていた。それもそのはず。彼女らの動きは、まさに自分たちが動かしてきた日本海軍のそれでしかなかったのだから・・

 

「・・彼女は自ら駆逐艦を名乗り、『連合艦隊の魂を受け継ぎ、深海棲艦の脅威に立ち向かう者』と申しております」

 

「駆逐艦だと?・・というと他の艦種もあるということか?」

 

「はい。軽巡に重巡、空母に戦艦・・連合艦隊そのままです」

 

「・・確かに、これは映像を見なければ、とてもじゃないが、信じられないだろうよ・・だが・・」

 

「どうされました?」

 

「敢えてこの表現を使うが、彼女たちは人間とは違うのかもしれん。・・だが、こんな女児のような姿をした者を戦場に送り込まなければならんのか・・」米内は、この世の禁忌(タブー)に触れてしまったような表情を浮かべていた。

 

「大臣、それは危険です。・・確かに彼女たちなら、あるいは深海棲艦に対抗できるかもしれません。しかしながら、彼女らが我々の味方、あるいは味方であり続ける保証は何もありません・・」

 

「・・それでは聞くが、彼女らが深海棲艦のスパイだった、あるいは深海棲艦に寝返ったとして、我々に何か対抗策はあるのか?」

 

「それは・・」

 

「・・何もあるまい。もはや我々に残された手段はないのだ。ならば彼女たちを信用するしかあるまい。・・さっそく彼女たちの長なり代表に会おうではないか。その名前は何というのか?」

 

「はい、『戦艦長門』を名乗っております」

 

「・・ほう、それは面白い。俺は2か月ほどではあったが、連合艦隊司令長官としてその長門に乗艦した。やはり連合艦隊の長は長門なのか・・」米内は懐かしそうな顔をして(つぶや)いたのであった。

 

 

……………

 米内は、かつて司令を務めた横須賀鎮守府に赴くと、鎮守府司令たちが出迎えたのであった。

 その中に、下は小学生から上は二十歳(はたち)前後に見える女性たちがいた。

 

「彼女らが、映像に映っていた『駆逐艦』か・・」

 

「はい」同行した軍政局長は(うなず)いていた。

 

「・・ひょっとして、艦の大きさと見た目の年齢は比例するのか?」

 

「・・よくお分かりになりましたね・・」軍政局長は驚いた顔を浮かべた。

 

「おいおい、俺だって海軍軍人だ。彼女らの艤装で何となく見当がついた・・」

 

 米内が艦娘たちからの敬礼に答礼していると、ある艦娘の目の前で立ち止まった。

「・・ひょっとして、君は扶桑なのか?」

 

「はい、『戦艦扶桑』です。・・大臣、いえ、米内艦長、お久しぶりです・・」

 

「おお、俺が艦長だったのは、十数年前の、たった4か月弱だったのに、覚えていてくれたのか・・」

 

「姿、形が変わってしまったのに、私だとお分かりになった艦長の方がすごいですよ・・」扶桑は恥ずかしそうに答えたのであった。

 

「すると、そこにいるのが陸奥と長門か・・長門との付き合いは短かったが、陸奥には1年あまりいたからな・・リベットの数まで覚えているぞ・・」

 

「長官、お久しぶりです・・」長門は見事な敬礼を捧げた。

 

「艦長、年輪を重ねて渋くなったんじゃない・・」陸奥は気さくに声をかけてきた。

 

「おい、長官に対して失礼じゃないか・・」長門は顔色を変えて陸奥を諫めた。

 

「長年連合艦隊の旗艦を務めた長門はいかにも武人らしく、それを支える陸奥は気負うことがない・・なるほど・・もし人であったなら、こうなのかもしれん・・」米内はしきりに頷いていた。

 

「・・私たちを疑わないのか?」長門は尋ねた。

 

「ああ、俺の心が『間違いない』と言っている。・・俺の乗った(ふね)は、今や全て海の底に沈んでしまった・・だが、こうやって戻ってきてくれたことをうれしく思う・・」米内の目にうっすら涙が浮かんでいた。

 

「それなら話が早い。・・是非、私たちに深海棲艦の討伐を命じてほしい」長門は真剣な表情をして訴えかけたのであった。

 

「知ってのとおり、作戦指揮は軍令部なり、連合艦隊司令部が行うものである。・・しかし、俺から双方に口添えしてみよう・・」米内は、長門たちに約束した。

 

 こうして艦娘は、米内という後見人を得て、活躍の場を得たのであった・・

*1
彼の場合、頭が悪かったと言うより(そもそも頭が悪ければ海軍兵学校の試験に合格しない)トコトンまで突き詰める要領の悪さが原因だったらしい

*2
陸海軍大臣は、現役の大将又は中将から選任するという制度。これにより主に陸軍は自らの方針に従わない内閣の場合、大臣を辞任させて、後任の大臣を推薦しないという方法でその内閣を総辞職に追い込んだ。戦前の日本を米英との戦争に追い込んだと言っても過言ではない。

*3
先述のとおり、戦前の総理には大臣の任免権がないため、辞職に同意しない大臣がいるときは総辞職するしかなかった

*4
現在の中学に相当する学校。戦前は小学3年以降は完全に男女別学です



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