ノッブと小さき小姓 (ゼロん)
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わしの小姓は癒し系

本能寺イベ終わってから書いてたけどもう夏やぁぁ!
みんなはマーリンガチャどうでした?
そうかぁ(喜) ……そうかぁ(悲)

ぐだぐだ戦国時代となります!
なるべく史実を参考にしましたが、実際に生きてたわけじゃないのでネ、そこらへんお手柔らかに……

主に、ノッブの発言から蘭丸くんが癒し系男の娘サーヴァントだろうと予想して書き上げました!

今作は主にそんな妄想を具現化したものになっております……!




 燃えゆく本能寺の中、一人。

 魔王はただそこに静かに佇んでいた。

 

 音を立て燃え、迫る熱気と炎の中。

 白装束の女は悲鳴もあげず────ただそこに在った。

 

 腹に突き立てるは脇差。傍らには紐で結ばれた青みがかった黒髪の束。

 

 しかし彼女のではない。

 

 刃を抜く直前、なにを思い浮かべたのか。

 彼女は目を瞑る。

 

 次に眼を開けた瞬間、彼女は刃を迷いなく腹に突き立てた。

 

 彼女が顔を歪ませたのは一瞬。

 すでにその女の足元は炎に焼かれていた。

 女は拒むことなく炎に身を預けた。

 

 ────織田信長は本能寺にて没す。

 それが運命であると、魔王は悟る。

 

 彼女の決断が揺らぐことはない。

 たとえその艶やかな黒髪が先から炎で燃えようと。

 

 たとえ指から先から腕へと炎が伝おうと。

 

 彼女は動じることはしなかった。

 

 ────戸の奥にてある男が斬られた時。

 

 その時。

 その時だけ、彼女の瞳は大きく揺らいだ。

 

 

「…………。是非も……なし、か」

 

 

 織田信長は、まず野望の始まりの日を思い出す。次に弟の信勝、秀吉。家臣たち。明智光秀。桶狭間。長篠。かつての宿敵たち。

 

 そして最期に、彼との始まりの日を思いに馳せた。

 

「思えばあやつによく見せてやった敦盛は…………わしの死の前兆じゃ、ったか……」

 

 のちに言う────死亡フラグである。

 

 

 ****

 

 

 始まりはいつの日か、鳥の鳴く朝方。

 

「────信長様。こちらが我が子、森蘭丸。その兄、森長可にございます」

 

 織田信長の重臣、森可成(もり よしなり)は自分の子供を紹介する。

 

「乱にございます」

 

「おぅ大殿。よろしくな」

 

 気遣いのきく蘭丸(らんまる)に対し、粗暴な長可(ながよし)

 青みがかった黒髪の大人しげなおかっぱ童。その愛らしさと身長の低さが相まってまるで人形のよう。

 それに対し長可の髪は性格を如実に表したかのような赤。髪型も荒々しい。同じ父の血を継いでいるとは思えぬほど対照的であった。

 

 当時、蘭丸は四歳。長可は十一歳であった。

 

「こ、これ長可!! 信長様になんという口を……!」

 

「別にいいじゃねぇか。殿様なんだしよ。間違ってねぇだろ」

 

「────くく」

 

 黄金に輝く木瓜紋をあしらった帽を被り、黒と紅を基調とした着物。どんと太刀を下ろし並々ならぬ王気を持ち、構える女性。

 彼女の名は────織田信長。

 

「わはははははっ! よいぞ、よいぞ! 気にいったわ可成! 若いわしの頃にそっくりじゃ! 許す! ゆめそのあり方を崩すでないぞ長可!」

 

「あんま撫でんなよ……」

 

「わはははは! ういやつよ。はは!」

 

「……申し訳ありませぬ。信長様……」

 

「まだ幼かろう是非もないことじゃ。わしもそうだったが多少の暴言ごときならば是非もないぞ! して……」

 

 信長はちらりと首を垂れる童を見る。

 

「この童。乱とか言ったか?」

 

「はい! 乱にございまする!」

 

 まだ歯の抜けたような話し方。それでも父である可成の教育が行き届いているのか、幼いながらもいっぱしの顔つきだった。

 

「……愛いな。うむ、実に愛い!」

 

「えと、信長様……?」

 

 信長は長い黒髪を振り勢いよく森可成に詰め寄る。

 

「────可成、この子わしにくれない!?」

 

「いきなりどうなされました!?」

 

「よし、そうと決まれば今すぐにでもわしの側室にせよ!」

 

「蘭丸は息子にございまするがっ!?」

 

 可成は焦る。全くこの人は昔から人の話を聞かないんだからと。

 天から岩でも落ちてきたか信長はひどく驚愕した顔を浮かべる。

 

「うそぉ!? めっちゃ愛いすぎる! 生まれる性別を間違えておらぬか!? というか、なんでお主からこの子が生まれた!? ちっとも似ておらんのじゃが!?」

 

 可成を持ち上げるかと思いきや、さりげなく彼が傷つく言葉を連射法の如く発射する信長。というか侮辱だ。

 可成は若干涙目だ。

 

「殿、それは非道うございまする」

 

「うるさい、わしの決定じゃ! 今すぐに女子に産みなおせ! 子宮回帰じゃ!」

 

 無理難題を超えて摂理無視な要求を突きつける信長。それにひたすら困惑しツッコミ続ける森可成。

 

「殿も女子でしょうに!! というか無理です!」

 

「お主わしに逆らうのかぁ!?」

 

「信長さまがこの世の摂理に逆らっているのでは!?」

 

「道理逆らわずしてなにが天魔王か!」

 

 ぎゃあぎゃあと蘭丸を巡っての暴論、論争が繰り広げられる中、蘭丸は首を傾げる。

 

「のぶながさま?」

 

「ん? なんじゃ?」

 

「おっとうと喧嘩でございますか?」

 

 のんびりとした口調で蘭丸は信長にそう言った。

 

「い、いや喧嘩ではないんじゃが」

 

「乱は……おっとうとのぶなが様になかよくしてほしゅうございます」

 

 じわりと蘭丸の目に涙が浮かぶ。

 これ以上口喧嘩をしていると今にも泣きそうだ。

 信長と可成。双方は呆気にとられたように蘭丸の方を向く。

 

「蘭丸……」

 

「……ぷ、くく」

 

 二人は顔を合わせる。

 

「ふは、ふははははははっ! 聞いたか、可成。他ならぬ、ぬしのせがれの言うことじゃぞ。ほれ聞かぬか! ほれ!」

 

「……はは。いや、参りました。殿。息子の前でお騒がせいたしました」

 

「全くじゃ、お主が騒ぐから蘭丸が泣きそうではないか」

 

「いや、殿の無理難題のせいでしょう」

 

「……?」

 

 蘭丸は二人がなにを話しているのか。なぜ笑ってくれたのかはわからない。

 

「はははっ、まぁよい。しっかし男は男でも男の娘とは、いとおかし、じゃの」

 

 けれど、二人が笑っていられるなら、それでいいのだと。幼き森蘭丸は思い共に笑っていた。

 

「……変なやつだな、あいつら」

 

 もちろん、後の鬼武蔵と呼ばれる森家の総大将。森長可も弟の魅力と信長のなんとも言えぬ雰囲気にほくそ笑んでいた。

 

 そして蘭丸の類稀な雰囲気を察したのは兄の長可だけではなかった。

 

「────乱。そなた、なかなか不思議なやつよ! そなた、いつか大きくなったらわしの小姓とならんか?」

 

 信長はまだ小さい森蘭丸を抱き抱える。

 

「……? のぶなが様、小姓とは……?」

 

「ふはっ、愛いやつよ。小姓とはわしの身の回りのお世話をする者のことじゃ」

 

「おせわ……乱が、のぶなが様の?」

 

「おう、そうじゃ!」

 

 乱は少し考え込むと、ぱぁっと大輪の花ような笑みを浮かべる。

 

「────はい! 乱は大きくなったら、のぶ様の『こしょう』となります!」

 

「〜〜っ!」

 

 あまりの愛らしさに信長は悶絶する。

 

「よし! 決まりじゃな可成! ね? 飼って良いじゃろ? な? な?」

 

「ふ、信長様……蘭丸は犬ではありませぬぞ……」

 

 昔から変わらぬ信長の無邪気さに可成は笑みをこぼす。

 

「……なんだよオレを無視して蚊帳の外ってか」

 

 弟の蘭丸が構われているのが気に食わなかったのか、不満げな様子を見せる長可。

 

「ほほう、弟が羨ましいか長可! ほれ貴様も撫でてしんぜよう!」

 

「……!? おい!? 頭を撫でんじゃねぇよ!」

 

 信長は彼の反応に意地悪く反応し長可の頭を乱暴にわしわしと撫でる。

 

「だまらんか〜家来の息子はわしの家来。どう扱おうがわしの思うがままよぉ」

 

「なんだその覇気のねぇ喋り方……それに言ってることが暴君じゃねぇか……」

 

「神仏敵なし! 第六天魔王じゃからの〜是非もないわい! わはははは!」

 

 まだまだ天下統一の道は長い。

 桶狭間を超えてまだ間もない頃の話である。

 

 

 ****

 

 

 

 ────────それから一年後。

 

 

「信長様! 乱はあの時の約束を果たしに参りました!」

 

 森蘭丸────当時、まだ五歳。

 

「どうか身の回りのお世話をお願いします!」

 

「……えっ、いやちょっと待って早くない? ていうか、お願いしますって、わしに任せる気かよ」

 

 信長の目の前にふんす! と気合いいっぱいに現れた青い着物を着たおかっぱ童。

 彼女の目が点になり、来ている黒い袴がそよ風に揺れる。

 

「ふは! 乱、よもやわしに自分のことは自分でやれと申すか? ふははっ!」

 

「あっ……あっ! まちがえました! 乱が! 乱が信長様の身の周りのお世話をいたします!」

 

 あわわ、と魚のように口を動かす蘭丸に微笑む信長。

 

「……ふ、冗談じゃ冗談。揚げ足とって悪かったの。じゃが、もうわしには他に小姓がおってのぅ。悪いが、ぬしが小姓になるのはもう少し後じゃ」

 

「そんなっ!?」

 

 大きくショックを受けたのか蘭丸は涙目で訴える。

 

「おっとう……いえ、ちちうえから炊事洗濯お風呂、お肩揉み……ざ、雑用を教わりました! きっと、信長さまを満足させてみせます!」

 

「うわ、かなり気合入っとるの」

 

「乱は本気です。乱は首を縦に振るまでここを動きませぬ」

 

 蘭丸は頭を上げるや否やすぐに信長の足にしがみつく。

 

「そこまでか!? ていうか足を掴むな振り落とすぞ」

 

 試しに足を振ると、ぎゃー、と叫ぶ。

 しかしまぁなんとも強情なことに蘭丸は足を掴んだまま離れない。

 

「ええぃ、おぬし、何故にそこまでわしの小姓になりたがる!」

 

 子供ながらの浅知恵と言ったところか。信長としても、その答えは望むところであった。

 今の織田家は天下の今川義元を破り破竹の勢い。

 

 今、家督を継ぐ信長につけば今後は安泰と考えてでもいるのか。

 

 まぁ、あの可成のことだ。しっかりと息子は育てているはず。ならば、この蘭丸は父の名をより高めるために。

 

 そう思ったのも束の間、帰ってきたのは合理的な信長の想像もつかぬ領域だった。

 

 

「……? 人との約束は守らねばならぬのでは?」

 

「────────」

 

「う、嘘をついたら地獄で閻魔さまに舌を抜かれてしまいます! 信長さまが舌を抜かれるのは嫌にございます!」

 

 あまりの蘭丸のあざとさに信長は絶句した。

 この子、一年前に勢いで言った戯言を本気にしていた────

 

「可成の奴めしっかり育てすぎじゃの……」

 

 閻魔さまとか迷信じゃろう絶対。わしは信じないもんね。

 

「乱、よいか。わしは死んでも舌は抜かれぬのじゃ。舌を抜かれるは閻魔の方よ」

 

「な、なんと!」

 

「試しにお主のを抜いてしんぜようか」

 

 蘭丸はそれだけはご勘弁を、と口を両手で押さえる。

 うわ、かわいい。

 

「うそじゃ」

 

「う、嘘をついてはいけないのですよ!?」

 

「よい嘘ならついてもよいんじゃぞ?」

 

「の、信長さまのはよい嘘ではないです! 乱をからかうための嘘でしょう!?」

 

 蘭丸はぷりぷりと怒ってそっぽを向いてしまった。

 やっぱり可愛い。けど嫌われるのは嫌だなぁ。

 

「冗談じゃ、乱。そう怒るでない。ほら、フロイスが持ってきた金平糖、食べる?」

 

「あっ、食べ……! ら、乱を懐柔しようとしてもそうは生きませぬ。あ、謝るまでは許しませぬから」

 

 やはり人をいじるのは面白いのう。蘭丸は感情豊かなだけに反応もいい。

 

 信長の生まれつきのいじめっ子気質な考え方である。

 けれど金平糖は蘭丸においしくいただかれた。なんともまぁ。

 

「わかったわかった。わしが悪かった。それと、閻魔がいるとしても戦の世じゃ。どの道わしは火あぶりじゃよ」

 

「はっ!?」

 

 いや、今気がつく? わし、仏像をぶった斬って城下に置くような殿だよ? ロクな死に方するわけないでしょ。

 

 信長はケラケラと笑う。

 

「……うやむやにされると言うことは、やはり乱は信長さまの小姓にはなれぬのでしょうか……」

 

「むっ……」

 

 ヤべェ、バレた。

 その顔反則じゃろ。けどあっさり了承しちゃったら他の奴がとやかく言いそうじゃし。けど森の親父にはずーっとお世話になってるし。

 むむむむむむむむ……。これだから殿様というものは。

 

 ────よし!! 

 

「わしに仕えるのはよい。じゃがのう。乱にはわしの小姓はまだ早い。しかし約束は約束じゃ。おぬしの言う通り守らねばならぬな……小姓『見習い』ならば席は空いておる。どうじゃ?」

 

 信長は持っていた扇を閉じる。

 

 まずはこやつを育てるところから始めなくては。

 実力が伴い、名実ともにわしの小姓にふさわしくなったら、他のやつもとやかくは言えぬじゃろう。

 

 なぜ私の子を小姓にとかよく言ってくる奴がおるが、わしから言わせれば見習いでもいいからしてほしい、と頭を下げぬほうが悪いのじゃから。

 その貪欲さよな、他の並の家臣に足りぬのは。

 あやつらいつもわしに声をかけられるの待ってるんじゃもん。

 

 そう考えるとサルはわしの理想の部下だったのかものう。

 

「────は、はい!」

 

「しっかりと学ぶが良い」

 

 まぁ……もっともな雇用理由はこやつの愛い顔がいつでも拝めるからなんじゃがの。あぁ、これ、内緒ネ。

 

 

 ****

 

 それから蘭丸は他の小姓、いわゆる使用人たちと共に働き始める。

 初めはうまくいかないことが多いものの、懸命で謙虚な姿勢で取り組むうち、徐々に慣れ、今では他の使用人のほうが教えを請うまでになった。

 

 そんな頃、

 

 ────信長軍、北畠家打破。

 

「────者共ぉ、凱旋じゃあ!」

 

『おぉーっ!!!!』

 

「はっはっはー!! 権中納言がなんぼのもんじゃぁい! はーっはっはっはー!!」

 

 長期の兵糧攻めと交渉に屈した北畠家。

 戦に無事勝ち、超ご機嫌な信長に可成は告げる。

 

「信長様、将軍殿は良くは……」

 

「わかっておるわい、可成。それより今は祝おうではないか! わっはっはっは!」

 

 

 ****

 

 

「しっかし我が許可なく北畠を落としたうえに伊勢海老とは舐めたものじゃのう、のーぶながぁ」

 

「……」

 

 京、二条城にて。

 

 信長は室町幕府十五代将軍、足利義昭と面談。

 

 せっかくの戦勝で超ご機嫌だったのに、お飾りだけの超無能を相手に、今は超不機嫌である。

 

「次は余に了承を得て動くように、よいな?」

 

「……心の隅にでも留めようかの」

 

「んん? 聞こえんぞぉ?」

 

「……っ。了解しました足利義昭どの」

 

 彼女の心の中では血管バキバキ。

 将軍との面談は無事終了。

 

 結果、

 

「あ────────ーっ、義昭、死ね────っ!! ウッゼ────ッッ!!! 死ね──っ!!」

 

「信長様、もう京は離れたとはいえ聞こえたらどうするのですか!」

 

「うるさいぞ可成! ええい、さっさと岐阜城へ戻りたいわ! 死に腐れ──っ!」

 

「どんだけ死ね死ね言うのですか!?」

 

「どうせ義昭もわしに対して言っとるだろうよ! 死ね──っ!」

 

 信長のストレス、マッハである。

 ちなみに二条城でも最近『信長うぜーっ、死ね──っ』と叫ぶ誰かの声が聞こえるらしい。

 

 基本、将軍の愚痴を聞くのは光秀の仕事である。

 

 ****

 

 

『お帰りなさいませ、信長様!』

 

「……うむ」

 

 信長、岐阜城へ無事帰還。

 

「お帰りなさいませ、信長様! 今、鎧をお外ししますね」

 

「……うむ。頼むぞ、乱」

 

 蘭丸は道中の賊への備えとして着ていた鎧を脱がす。

 

「お顔が優れぬようですが……なにか、嫌なことでも?」

 

「ちょっとな……」

 

 蘭丸の笑顔は荒んだ信長に一時の癒しを与える。しかしそれでも義昭の自分に対する態度の苛立ちを相殺することはできなかった。

 

「……そうですか」

 

 眉間にシワを寄せる信長に対し、蘭丸は心配そうに顔を俯かせる。

 

 信長は黒い着物に袖を通し、身軽な格好へ。

 そのまま部屋へ向かい、あぐらをかく。

 

「おい、だれがわしに茶をよこさぬか」

 

「は、はい。ただいまお待ちを!」

 

 蘭丸は我一番と勇み、申し出る。

 周りの小姓たちはなぜか遠慮したそぶり。

 

 蘭丸が部屋を出てから間もなく彼は茶を運んできた。信長は蘭丸が持ってきた茶をぐっと飲み干す。

 

「────味が濃い!!」

 

 信長は怒り空になった茶碗を蘭丸に投げつける。茶碗は蘭丸の頭に当たり床に転がりおちる。蘭丸はすかさず茶碗をキャッチ。

 

「今のわしは薄い茶で清々しい気分になりたいんじゃ。わしの機嫌は貴様次第! おい、わかるか!? えぇ!?」

 

 ────あぁ、また始まった……。

 

 遠慮なく叩きつけられる理不尽な指摘。

 これが多くの場合、旧来信長の小姓が一番にお茶を入れた者に対する返礼と決まっている。

 

 まともな理解者の少ない信長は、すこぶる機嫌が悪い時が多い。家督を継ぎ、信勝も死に、敵も多い今、彼女の重荷は今も大きくなっている。隠密が忍び込んでいるかもしれないと言う心配から気楽に話せる相手も場所も少ない。

 

 家臣が結託して裏切る、聞こえる声でなにもわかってない無能家臣が自分のことを愚痴り始める、ほとんどの場合敵が強くて萎えそうになる、信長包囲網、保護されてるのに態度がデカい将軍の義昭がウザい、たまに森長可の説教がうるさい……エトセトラ、エトセトラ……。

 

 信長自身、基本気にしていないつもりだが、ストレスは知らずのうちに溜まるものである。

 

 故に、だれも積極的に信長のお茶をいれにいくことはしない。

 

 大抵、『なんだこの茶は!?』と、こっ酷く難癖をつけられて憂さ晴らしをされることが多いからである。

 

 小姓たちは今日はだれが最初に怒られるかを当番制で決め、信長の指摘を聞いて、二人目が要求通りの者を淹れる。

 

 小姓の多くは武家の息子。プライドが高い者も中にはいる。

 

 信長にストレスをぶつけられ、イラついた彼らは信長の前では血管の浮き出た顔を上げず、そのまま土下座してやり過ごすものが多い。

 

 そんな中────

 

「は、はい! ご指導、非常に勉強になります信長様!」

 

 蘭丸は顔を上げ納得した視線を送る。

 これには周りの小姓はもちろん、信長もびっくりであった。

 

「他になにか気になる点はありますでしょうか? なにせ乱は未熟者ゆえ! より指導を!」

 

「うっ……」

 

 さすがの信長も、だじだじである。

 

「う、うっ……うむ! で、であるか。……それに遅い。わしが喉が渇いたと思ったらその場に用意。それが基本じゃ」

 

 しまったやりすぎたと思ったのに。予想外に来た反応で動揺しまくりだ。信長は動揺を悟られるぬよう声色を低くする。

 

「はっ! 肝に命じます!」

 

「うむ。な、ならばよい」

 

 信長は他の小姓が新たに注いだ茶を飲み、ため息をつく。

 三段打ちじゃとか言ってもう二回湯飲みを蘭丸に投げつけられるかと冷や冷やしていたのだ。

 蘭丸や小姓たちを部屋から出した後、信長は岐阜城の茶室で一人ため息をつく。

 

「はぁ………………なんでワシ、イラついとったんじゃろう……あ、そっか義昭か…………死ね…………はぁ……」

 

 もうどうでもよいわ、とため息をつく。

 

 他の小姓と違って怒らず、『信長様』と主人のために真摯で大人な対応をする蘭丸。

 

 それに対して自分勝手な理由で憤りを家臣にぶつけ、無理難題を憂さ晴らしに押し付ける信長。

 

「……あぁ、ワシのうつけめ。これでは義昭と変わらんではないか……くそっ……」

 

 そんな彼を見て、信長は自分がまるで駄々をこねる子供のようだと恥じ始めた。

 

「……乱にはひどいことを言ったの」

 

 あ……あやつ可成にチクったりしないよね。怒られたらどうしよう、いつもどおりにやっただけと言って通るかな。

 

 いや絶対怒られる。普段穏やかだけど一旦キレると親父よりも怖いんじゃ、あやつ。

 

 なんとかしてなだめる方法はないか、なるべく可成の神経を逆撫でしないような言葉を考えなくては、と将軍義昭よりもはるかに思案を巡らせていた。

 

 彼女の怒らせたらあかん優先順位は、

 

 常に可成>>>>親父>>>超えられぬ壁>義昭だった。

 

 ついに考えるのに疲れると信長は茶室で横になる。

 

「……もういいや。行き当たりばったり。素直にお叱りを受け入れるとしよう」

 

 目蓋を徐々に重くし、うとうとと。

 可成が意外と怒ってなかったことを期待しつつ、彼女はそのまま深い眠りに落ちていった。

 

 

 

 ****

 

 

 

「……ん」

 

 ────ご飯の匂い。

 

「目が覚めましたか?」

 

「……乱。……? これは」

 

 寝る前はしなかったはずの居心地の良さに戸惑う信長。目の前のおかっぱ童は笑顔を浮かべて答える。

 

「お布団をお敷きしました! 畳の上ではお身体が痛むかと思って」

 

「……」

 

 信長は身を起こす。

 先ほどまでのことがあった故、信長は蘭丸の顔から目を背ける。

 

「お、おぬし! まっさか森の親父にチクったりせんかったじゃろうネ!?」

 

 起きて真っ先に気にしたのはそこだった。

 可成のげんこつは親父のよりも痛いのだ。

 

「────チクっちゃいました」

 

「そーよねーわしはおぬし殿様だもんね──……えぇぇぇぇ!?」

 

 そらしていた目線を戻し、蘭丸の胸ぐらを掴む。

 

「ら、乱! おぬしなんということを────!」

 

「信長さまが疲れていらっしゃるって。だから台所を貸してほしいと」

 

 な、なんだ…………。

 

「はぁ…………」

 

 信長は胸を撫で下ろし、蘭丸から手を離した後に腰を抜かす。

 蘭丸の側には握り飯が三つ置かれていた。

 

「夕餉を食べずに寝ていらしたので……僭越ながら握り飯をご用意させていただきました」

 

「……なに? 夕食になったら呼ぶように言ったはずじゃろ」

 

「お呼びしましたが要らんと申していましたよ?」

 

 えっ、そんなはずはと信長は外を見る。

 辺りは暗くなり夜になっていた。

 

「……ウソ!? ワシ寝ぼけてたん!? ていうかもう陽が落ちとる!」

 

「過ぎた時間を悔やんでもしかたありませんよ。ささ、乱が手ずから念を込めて握った握り飯、お食べください!」

 

 乱が腕によりを込めて作りました! と腕を広げて見せる。

 

「……はぁ。是非もないのう」

 

 いただくとするか。

 信長は一つ真ん中の握り飯をつまむと、それを口に放り込む。

 

「……む。毒が入っているかと思いきやこの味……鯛か」

 

 家臣をぶち切らせただけで主君だろうと下克上される世の中だ。忍びに毒を盛られ殺されることも多々あるなか、毒味もなく食べるなど軽率だったか。

 

 ────まぁ、そなたなら殺されてもよいな、とは思うておったが。

 

 蘭丸はあせあせと両手を横に振る。

 

「毒などとんでもない! ただの塩飯ではつまらぬと思い……飯の中には骨を抜いた鯛の味噌漬けを入れました!」

 

 お主が入れなくてもどっかの刺客に入れられるちゅーねん。……まぁ蘭丸ならそんなヘマはしないだろう。意外と隙のない奴じゃから。

 隙がありすぎて無いものと錯覚するほどというべきか。

 

 信長は彼に賛辞の言葉を送る。

 

「冗談じゃ。……美味。……美味じゃ」

 

「よかったぁ。他もお召し上がりください。乱が丹精込めて作りました!」

 

 ほっと胸を撫で下ろし、花のように笑みを咲かせる。

 

 コロコロと表情の変わる彼は見ていて飽きない。それが演技ではなく彼の素であるので尚更である。

 

 しかし鯛……たい、か。

 

「めでたい……のう」

 

「はい! この森蘭丸。のぶ様の戦勝祝い、北畠とのお戦の話は聞き及んでおります!」

 

 目を輝かせ、興奮した様子を見せる。

 

「お疲れ様でした、のぶ様! 勝利の和睦、乱は非常に喜ばしく思います!」

 

 ……まいったなぁ。

 

 信長は鼻息を立てる。

 彼の笑みの前では嫌なことなど明日の方向へと吹き飛んでしまう。

 

 思えば最近は忙しくてゆっくりする間もなかった。今は珍しい心休まる時。

 信長は差し出された夕食をよく味わって食べる。

 

 左のは塩の伊勢海老、右はすっぽんの甘だれ漬けが飯の中に入っていた。

 

「む……っ、うまい……このタレはどうしたのじゃ?」

 

「酒にお味噌、砂糖を少々……甘い辛いタレを作ろうと試行錯誤してみましたら出来ました」

 

「……そうか」

 

 あぁ、美味しい。

 本当に美味しい。これが気持ちのこもる料理というものか……

 

 ***

 

 

 信長は堰き止めていた分、蘭丸に愚痴りまくった。

 

「義昭がな。もうウザいんじゃ。とにかく態度がデカいんじゃ!」

 

「なるほど。そもそも将軍様を保護したのは信長様ですよね?」

 

「そーうなんじゃよ! なーにが余の許可無くして────じゃ! わしがいなかったらただのお飾りの癖に、お前の許可なんぞ知らんわぁ、って話! 北畠も山猿ごときに明け渡す城などないわってなかなか首を縦に振らぬし! 誰が山猿じゃ誰が!」

 

「それはまた。北畠もずいぶんと頑固者だったんですね。それはそれとしてお猿さんも可愛いもんですよ? 温泉に浸かる山猿さんもひどく愛らしいと思います」

 

「……むぅ。褒め言葉と受けとっておくとしよう」

 

 長く長く。溜まりに溜まった不満をぶつけ、もうこれ以上はないと、吐き出し尽くした後。

 

「今度、温泉に山猿を見に行くのも一興か」

 

「いいですねー。乱も是非お供したいです」

 

「なぜじゃろうな。お主が言うとカッツーのような邪さは感じぬのう」

 

 喉が渇いたのを見計ってか、蘭丸はさりげなくお茶を渡す。

 

「……これは」

 

「再度、挑戦です。乱も……諦めは悪いですから」

 

 信長は蘭丸の入れたお茶をゆっくりと味わう。

 

「……今度は、いかがでしょうか」

 

 信長は目を瞑る。

 

 

「────────美味じゃ!!」

 

 

 食った後は疲れて寝た。

 起きたら……皿は夢幻のように消えていた。

 

 伊勢海老は伊勢。鯛は戦勝の縁起。

 すっぽんは……。

 

「……そういえばすっぽんって……亀じゃの」

 

 噂では義昭が元号を変えようとしていると聞くが……その元号は亀の字を入れる予定とか。

 絶対に認めんが。

 

 で、それを食った……なるほど。

 

 義昭なんて食っちまえ気にしなくてよいと! 

 めでたい勝利だし、元気出して! 

 

 ──とでも言いたかったのかのう。

 

 全部値の良い食材じゃったし。

 なにか深い意味があったのじゃろう。

 

「ようぅし! 今日もがんばるとするかの!」

 

 ま、それはそうとして今日もまた頑張らなくては! 

 

 

 ***





やべ、誤字脱字心配だわ……漢字多いとたまに打ち間違えるんだよな……コエハースとか聖杯きたんとか読んだけど、「これノッブちゃうわ!」とかあったらゴメンネ。

史実と合算した結果です。

それはそうと────感想待ってるぜ!


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