転校生は普通でありたい〜凡才の生存競争〜 (北海海助)
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第一話『阿部野守貴はジャンプを読みたい』

 ――――秀知院学園。

 かつて貴族や士族を教育する機関として創立され、二〇〇年の歴史を持つ由緒正しき名門校である。貴族制が廃止された現在でもなお、多くの富豪名家に生まれた令息令嬢を就学している。学園を卒業する者は皆、将来国を背負う人材である。それは授業の殆どが学力重視であるが故。ついて行けずに落ちていく者も少なくはない。そんな華やかな反面、厳しさも持つ学園に於ける生徒らを率いる者がいる。

 

 秀知院学園生徒会長、白銀御行。

 質実剛健、聡明英知、学園模試は不動の一位。

 全国模試でも数多の天才と互角以上に渡り合う猛者である。家柄ヒエラルキーにおいて底辺である外部入学生でありながら勉学一本で畏怖と敬意を集め、その模範的な立ち振舞いにより生徒会長に抜擢された。

 

 秀知院学園生徒会副会長、四宮かぐや。

 総資産二〇〇兆円、四大財閥の一つに数えられている四宮グループ。その本家本流である総帥の長女として生を受けた正真正銘の令嬢。

 勉学に限らず芸事、音楽、武芸の様々な分野でも華々しい功績を残した天才でもある。

 

 これはそんな天才二人による恋の物語。

 如何にして、どちらが先に相手に告白させるかを争う、己の信念と愛情を賭けた恋愛頭脳戦。

 ――では断じてない。

 

(……こ、こわそう)

 

 阿部野守貴(あべのもりたか)

 尋常一様、浮花浪蕊、何もかもが普通で平凡。

 容姿も勉学も有り得ないくらいど真ん中。彼の特徴を強いて言うならば、父親が週刊少年ジャンプにて連載中の人気漫画家であることと珍しい外部からの転入生であることの二つしかない。ちなみに父親が漫画家であるということは何となく周囲に伏せている。

 

 守貴は悠々と歩く天才二人の背中から放たれる神々しいオーラに目を回らせる。憧れの視線を向ける周囲の中で唯一恐怖の視線を向ける。

 もう一度言おう、これは恋愛頭脳戦ではない。

 彼、緒城守貴による平穏に生きる為の生存競争である。

 

 

 ◆

 

 

 ――孤立。

 それは人類が最も苦手とする状態である。人類が持つ最大の特技であるコミュニケーションを活かすことができず、生活するのにも様々な障壁を生む、まさに人類の天敵。古来より人類は孤独を避けて群体として活動し繁殖していった。そんな孤独という状態は教室という狭い空間内にも少なからず存在する。

 

「は――――――――…………あ」

 

 現在進行形で孤立状態にある阿部野守貴。彼は現在、秀知院学園の中庭にて独り寂しく物思いに耽っている最中であった。失敗した、という言葉が脳内を全力で駆け回る。無理もないだろう。何故なら秀知院学園という場所は少しばかり特殊だ。何がどう特殊であるのかというと、それは個々のグループが強すぎるという理由だ。

 

 転校初日、守貴に話しかけようとする生徒は誰一人としておらず、自ら話しかけようにもガチガチに形成されたグループを前にすると足を動かすことができなかった。「気安く話しかけたら凄く馴れ馴れしい奴って思われそう」という不安が脳裏を過るのだ。その原因も全ては秀知院学園が幼等部からの一貫校であるからだろう。つまり全生徒の殆どが幼馴染という関係なのだ。

 

(独りってこんなにつまらないんだな)

 

 そんな仲睦まじいグループの中に割って入ることなどできる筈もなかった。というかそんな度胸も自信も鼻から彼には無かった。前の学校では親しい友人も良い感じの仲である女子もいたのだが、突如として父親から下された転校というイベントに全てが崩壊した。

 

(あー悲しきかな。我がブルースプリング、直訳して青春、正しくはユース)

 

 ゆっくりと流れていく白い雲を眺めながら心中で独り呟く。なんだか果てしない大空を見ていると心の汚れた部分が洗い流されているかのようで気持ちが良かった。まぁ教室に独りでいるという状況が辛いことには変わりないんだけどね、と思う。

 

(なぁ教えてくれよジェイミー、俺はどうしたら良かったんだ)

 

 そんな守貴が片手に持っているのは週刊少年ジャンプ。幼い頃からの愛読書である。ジャンプを横にすると色彩豊かな表紙の隅に描かれている小さなイメージキャラクターのジャンプパイレーツがいつの間にか女の子に変化していた。通称ジェイミー、ジャンプパイレーツの妹という設定の比較的新しいイメージキャラクターだ。つぶらな瞳のジェイミーは何も答えない。所詮は絵、という事実を力強く打ち込まれる。そんなことは分かっていると心中で自問自答し、再び守貴は大きなため息を零した。

 

「は――――――…………あ?」

 

 そんな守貴に影が差した。

 守貴は急に暗くなった視界に眉を歪ませ顔を上げた。するとそこにいたのは端的に言うと二人組の女子。片方は丸眼鏡と黒髪が特徴の女子でもう片方は茶髪をおさげにした小柄の女子であった。小柄の女子の方は何やら眉間に皺を寄せて不満を露わにしている。

 

「えっと(えぇなに!? 俺なんかやった!?)」

「貴方、それが何か知ってて持ち込んでいるんですか……?」

 

 少し強めの口調で小柄の少女は言う。彼女の目線の先にあるのは今週号のジャンプ。彼女の怒りの矛先が何故、友情・努力・勝利に向けられているのかは一目で分かった。それは彼女たちが腕につけている腕章。よく見れば『風紀委員』と記されている。そのことに気づいた守貴は小さく声を零した。直後に小さく誤魔化すように苦笑いを浮かべた。

 

「あ……じゃ、ジャンプお好きなんですか?」

「なわけないでしょう! それは学校に持ち込み禁止です! 渡してください!」

(ボッシュート!? だがジャンプは渡せねぇ! どどどどうしようマジで!)

 

 守貴は有り得ないぐらい目を泳がせる。目の前にいる少女は自身の手をグイッと差し出した。その行動が「早くそれを渡せ」ということを強く表している。しかし守貴が持っているジャンプ。実は今朝購入したばかりでまだ半分しか読んでいない。

 

「むむ無理だ、すまないがコイツは今朝買ったばかりでまだ半分しか」

「言い訳は聞きません!」

「せめて読了くらいの慈悲は与えてくれてもいいんじゃない!?」

「与えません!」

 

 すると差し出されていた少女の手はジャンプへと伸び掴んだ。強引にでも没収したいらしい。凄まじい程の正義感と誠実さだ。その清錬すぎる姿勢に思わず引いてしまうが守貴も負けじとジャンプを力強く掴んで離さんとする。

 

「こばちゃん! この男の体を羽交い絞めに!」

「えぇ流石に無理だよ」

「ちょ! 羽交い絞めってナニ命令してんのキミ!?」

 

 心の中で現状に後悔する守貴。この両方から引っ張る姿勢は非常にマズイ。このままではジャンプの表紙が少なくともクシャクシャになってしまう、もしくは軽く破けてしまう。かと言って、このまま手を離してしまえば少女の体は勢い良く後ろへ転んでしまう。それは男として許せない。

 

「力強ッ!? 離せッ俺ァ友情・努力・勝利を見届けなきゃならんのだ!」

「そんなモノは学園生活で味わえばいいでしょう! もしくは自宅で読んでください!」

「それ無理ゲーだから! つかそこのキミも止めてよ!」

「観念して渡してください」

「ですよね! キミもそっちだよね!」

 

 丸眼鏡の少女は掌が気になるのかジッと見つめている。連れが必至こいてジャンプを没収しようとしているのにも関わらずこの冷静さ。これを見るに小柄少女の行動は頻繁に行われているのだろう。そんなことを考えている途中でも、今週号の表紙を飾ったルフィがどんどん皺くちゃになっていっている。そろそろ止めなければルフィは千切れてしまうだろう。

 

(どうする!? 降って湧いた不運に打ち勝つ方法は……!?)

 

 そして、不運はそこで止まることはなかった。

 小柄少女と守貴の間に何かが飛んできた。

 

「「「――――――ッ!!??」」」

 

 それは野球ボール。突如として飛んできた野球ボールは容赦なく二方向に負荷を掛けられているジャンプを殴打し、共に遥か彼方へと飛んで行った。

 

「「ええええええええええええッ!!??」」

 

 突然の出来事に守貴と小柄少女は叫ぶ。

 遥か彼方、というのは過言であった。ジャンプを連れた野球ボールは剛速球で外灯にぶつかり、重力に従ってパタリと地面に落下する。その瞬間を見逃さなかった守貴はすかさずベンチから立ち上がり落ちたジャンプの元へと走り出した。

 

「あ! こら待ちなさい!」

「ミコちゃーん? ……行ってしまった」

 

 

 ◆

 

 

 チュンチュン! という効果音が鼓膜を叩く。それはゲーム内のエネミーが爆発した音だ。そんな爆発を起こしているのは秀知院学園生徒会に所属する会計の石上優であった。ヘッドホンからダイレクトに響くゲームの効果音に少しばかり高揚する。そうしていつものようにゲームの達成感や楽しさに浸っていると足元に何かが当たるのを感じた。

 

(……ん?)

 

 石上は歩行を止めて足元へ視線を落とす。そこにあったのは土色に汚れた野球ボールと週刊少年ジャンプだった。それも今朝出たばかりの最新号である。徐に石上はゲームを一時停止し、ゆっくりと腰を落としてジャンプを手に取った。

 

(なんでジャンプ)

 

 その直後、ドドドッ! という音が響いた。突然の奇怪な音に石上は頭につけていたヘッドホンを外して周辺を見渡した。

 

「えぇッ!!??」

 

 視界に入り込んだ異常な光景。

 ソレは見たこともない男子生徒とソレを必死に追いかける宿敵とも呼べる伊井野ミコであった。そのあまりの光景に石上は大声で驚愕した。

 

「俺のジャンプ返せぇぇえええええ!!!」

「待ちなさい!! この暴徒!!」

「ちょ、ちょちょ!」

 

 石上はジャンプを抱えたまま戦慄する。彼の元まで走る二人の形相は凄まじい。鬼のような形相とはまさしくこのことを言うのだろう。石上は会計として活かしてきた脳内をフル稼働させ、この状況を打破するにはどうすればいいのか考える。とは言いつつも勉学に関してはほぼ中学生止まりの石上が捻りだした案はとてつもなく安直なモノであった。

 

「う、うわ、うわぁぁああああああ!!!!」

 

 それは投擲。

 原始的すぎる行動。

 

「ちょ、えええええええ!!」

 

 投げられたジャンプを追う為に守貴はギュイッと方向転換し、再び走り出した。さながら某頭文字みたいなドリフトであったと後に石上は語る。そんな石上の肩を息を切らす伊井野が力強く掴んだ。普段からは考えられない力強さと必死さに石上は少しばかり狼狽える。

 

「な、なんだよッ」

「あ、あんた、一生恨むからァ!!」

「はぁ!? ちょ、伊井野!?」

 

 そのままヘタリと尻餅をつく伊井野。息を切らして苦しそうに呼吸する伊井野と傍にいる石上。その二人の光景を見ていた周りは怪訝な表情を浮かべながらヒソヒソと何かを話し始める。ポキンと心臓の奥底から心が折れる音がした。

 

(あ、死んだ)

 

 

 ◆

 

 

「――――♪――――♪――――♪」

 

 愉快そうに鼻を鳴らす少女、藤原千花。

 何か良いことがあった訳でもなく鼻歌を口ずさんで歩くのは彼女の常だ。藤原は今日も今日とてこれから生徒会室まで向かい書記としての仕事を熟す、という名目のもと遊びに行こうとしていた。そんな彼女の特徴の一つとも言うべき桃色の頭部に突如、衝撃が走った。

 

「ギャッ!?」

 

 少女らしからぬ声を上げて倒れる。しばらくの間、謎の打撃を帯びた頭を両手で押さえて唸り声を零しながら地面で転がり悶える。痛みが引いていき、頭を押さえていた両手を解除し、涙目を浮かべながら上体をゆっくりと起こす。

 

「もーなんですか急に……!」

 

 周囲を見渡すと、すぐ傍に落ちていたのは漫画を嗜む者なら知らない者はいない超絶有名雑誌。その名も週刊少年ジャンプであった。どうやら、どこからともなく飛んできたジャンプが自身の頭を叩いたらしい。すると藤原は何かに気づいてジャンプを手に取る。

 

「っていうかこれ今朝の最新号じゃないですか! これはニセアイの最新話を確認しろという神様、いやジャンプパイレーツからの啓示! さっそく確認せねば!」

 

 ではさっそく、と藤原はジャンプを開いて一気にページを捲る。視界に入り込む再生紙に記されているのは少年一人と少女数人のラブコメであった。内容に集中しようとした瞬間にドドドッという奇怪な音が鼓膜に届いた。その音に藤原はジャンプから目を離して周囲を見渡す。

 

「むむむ、ん?」

「返せぇぇえええええええ!!!!」

「おわッ!!??」

 

 目に飛び込んだのは端的に言えばゾンビ、に見える秀知院学園の男子生徒であった。ゼハゼハと息を荒立てながら両手を前に構えてこちらへ向かっている。突然の襲来に藤原は慌てながら立ち上がり、ジャンプを手に取ったまま走り出した。

 

「俺のッ! 俺のォ!!」

「な、なんですか急にぃい!!」

 

 まるで猫に追われる鼠、もしくは鮫に追われる海亀である。とにかくその光景は強大な肉食獣が獲物である草食獣を追いかけ回すモノにしか見えなかった。

 

「ひいいいい! かぐやさん! 会長! この際石上くんでもいいです! 誰か助けてぇええ!」

「俺のジャンプッ!! ジャンプ!!」

(ジャンプ? も、もしかしてこれ狙ってッ)

 

 この男もさっきから必死すぎである。

 もはやジャンプの亡者と化した守貴が何を狙っているのか気づいた藤原。彼女はそのまま助走をつけながらジャンプを持つ手を後ろに回して思いっきり投擲した。

 

「これが欲しいならあげますから追いかけないでぇ!!」

 

 ブォンと軽い音を鳴らしてジャンプはそのまま宙へ飛んでいく。ダークソウルさながらの亡者と成り果てた守貴はそのまま藤原を通り過ぎてジャンプを追いかけていった。

 

 

 ◆

 

 

 秀知院学園生徒会室。

 由緒正しき名門校に在籍する生徒たちを率いる生徒会が執務執行する神聖な場所である。そんな場所では現在、生徒会長の白銀御行と副会長である四宮かぐやがそれぞれ執務に勤しんでいた。そんな冷静な空間にて、今日も今日とて白銀とかぐやによる恋愛頭脳戦が繰り広げられていた。その最中、ふと白銀は座っている椅子をクルリと回し窓へ体を向けた。

 

「今日は暑いな。この暑さなら春もあと少しで終わりだ」

「そうですね、なんでも今年は異常気象に見舞われることが多いそうですよ」

「少し窓を開けるか」

 

 実のところ白銀は最近使っているシャンプーを変えた。そのシャンプーは汗の匂いを打ち消して良い香りを放つと男性の中で評判の代物である。あの石上でさえ使っている。というか石上から薦められて使い始めた。そこで思いついたのがフェロモン作戦。窓から吹く風に乗った爽やかな匂いを漂わせることによりかぐやとの雰囲気を良い感じにするという、徹夜五連続の末に辿り着いた馬鹿みたいな作戦である。

 

 

『誰か助けてぇええ!』

 

 

 聞き慣れた声の叫びが生徒会室に轟いた。間違いなく声は生徒会に所属する書記担当の藤原千花だろう。その声に当然、白銀とかぐやは驚く。

 

「なんでしょうか? 藤原さんの声、ですよね?」

「あ、あぁ間違いなブヘッ!!??」

 

 白銀の言葉は何かに遮られる。開けた窓から入り込んだ何かが白銀の顔面を容赦なく叩いたのだ。白銀と衝突した謎の物体は綺麗に執務机の上にドカッと落ちた。それに対して打撃を帯びた白銀はそのまま床に倒れ伏した。

 

「か、かいちょう!?」

「いづづ、いったいな、なにが」

 

 壊れかけの機械のようにギチギチと上体を起こす白銀。そんな彼にかぐやは急いで駆け寄る。そんな白銀からはいつもと違う爽やかな香りがしたが、そんなことを気にする余裕もなくかぐやは肩を支えた。同時にかぐやは執務机に落ちた物体を一瞥した。瞳に映り込んだのは少し分厚い雑誌。表紙には週刊少年ジャンプと記されている。

 

(漫画雑誌?)

「し、四宮、そのもう大丈夫だから」

「え? あ! は、はい!」

 

 目と鼻の先にいる白銀の困ったような顔にかぐやは思わず頬を赤く染まらせ距離を取った。白銀は顔を擦りながらゆっくりと立ち上がりジャンプを見る。

 

「な、なんでジャンプが外から」

「一体誰がこんなことを」

 

 困惑する白銀とかぐや。かぐやの場合は困惑というか憤りだ。依然変わらず困惑のあまり首振り人形と化した白銀を尻目にかぐやは一体どこの組織が起こした襲撃だろうかと考えていた。少なくとも不審な人物がいるとは侍女である早坂からは聞いていない。

 

(四宮グループが襲撃を見越せなかったの?)

 

 沈黙と硬直。生徒会室は一瞬にして静寂に包まれた。天才二人の頭脳は突然の出来事にエラー寸前。特に白銀に至っては外からジャンプという異例すぎる事態に対し既に視界は砂嵐。かぐやはかぐやで色々と考えすぎて現実離れし始めている。

 

 

『うぅぅぅううああぁぁああああ』

 

 

 窓から入り込む、奇妙な低い呻き声。

 声色からして男のモノだとすぐに分かる。突然の呻き声に二人はビクリと肩を揺らす。同じタイミングで二人は呻き声が入り込んだ傍の窓へと視線を向けた。そしてソレは姿を現した。ガッと勢い良く汚れた手が窓枠を掴んだ。

 

「うおおわあああああああああああ!!??」

「きゃぁああああああああああああ!!??」

 

 そのホラーさながらの光景に白銀とかぐやは二人揃って執務机から離れて生徒会室に設置されている二つのソファへと走る。ソファの背もたれに手を掛けて白銀は謎の手が伸びる窓を見つめた。それは白銀の背中に隠れるかぐやも同じであった。

 

(ななななんだアレェ!? ていうか四宮近くね!? ヤバい可愛い!)

(ななななんなのアレェ!? ていうか思わず会長の服掴んじゃった!)

 

 窓から伸びる手は増えていく一方。そしてついに全貌が明らかになる。止めどなく低い呻き声を発しながら現れる見たこともない男子生徒。体はボロボロで秀知院学園特有の黒い制服には土埃が大量に付着していた。男子生徒は悶えながら生徒会室へと入り込む。

 

「え、誰ッ!?」

 

 それが白銀が唯一できる反応であった。

 窓から入り込む男子生徒は依然変わらず呻きながらゴロンと床に倒れる。そのまま男子生徒はゆっくりと机を掴みながら立ち上がった。

 

「お、おれのジャンプぅぅう。…………うぐ」

 

 そんな男子生徒が手に取ったのは窓から投げ込まれたボ汚れたジャンプ。男子生徒は手に取ったジャンプを抱きかかえたまま、再びバタリと倒れたのだった。

 

「「え?」」

 

 目まぐるしく変わる展開に白銀とかぐやの思考は停止したままだ。白銀とかぐやは一旦、互いの目を合わせてコクリと頷く。そして二人は恐る恐る男子生徒が倒れる執務机へと向かう。執務机の裏をソッと見てみると男子生徒はジャンプを赤子のようにギュッと抱きしめながら気絶していた。

 

「「だ、だれ……?」」

 

 最後まで息ピッタリの白銀とかぐやであった。

 ちなみに今回の騒動は一瞬にして学園中に広まったのであった。

 

 今回の生存競争、失敗。

 理由、今朝購入したジャンプはボロボロ。

 また学園を走り回った上に生徒会室にて気絶。





名前:阿部野守貴
誕生日:五月二〇日
血液型:A
家族構成:父・母
身体的特徴:普通
所属:秀知院学園高等部二年C組
部活動:無所属
好きなこと:漫画を読む、茶番劇







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第二話『阿倍野守貴は払拭したい』

3期が始まり、そういや執筆中のままだったなと思い立って続きを書きました。
更に続きがあるかどうかはやる気次第です。


 ザラザラとした再生紙の質感がダイレクトに指へと伝わる。視線の先に映るのは現実では中々お目にかかれない奇抜すぎる格好をした少年少女たちが光へ向かって歩く姿であった。ページの右上を「俺たちの戦いはこれからだ!」という台詞が大部分を占めている。下には小さな文字で「ご愛読ありがとうございました。○○先生の次回作にご期待ください」と記されていた。言うまでもなく最終回。しかしこの作品、実の所、物語スタートからまだ一五週間しか経過していない。俗に言う『打ち切り』という現象だ。読者からの支持率を得ることができなくった作品は掲載順が後ろへ飛ばされていき、最終的に強制終了となってしまう。それは誰にでも起こりうる現象で、超絶人気作家がふとした瞬間に二作目で打ち切りの烙印を押されることもある。彼らは売れなくなったお笑い芸人と同じように一発屋と呼ばれていく。

 

(やっぱ打ち切りになったか)

 

 そんな打ち切り漫画が慈悲も無く終了していく瞬間を目の当たりにした守貴はソッとジャンプを閉じて棚へと戻した。守貴は今現在、近所のコンビニへと赴いていた。彼の所持金は一〇〇にも満たない。なのにも関わらずコンビニへ赴いている理由はただ一つ、ジャンプを読む為である。

 

(はは、打ち切りね。俺の学園生活もやがては打ち切りみたいに終了するんだろうなぁ)

 

 心中で呟く。

 秀知院学園の高等部を暴れながら走り回り、ついには生徒会室に侵入して多大な迷惑を掛けた日から一週間が経過しようとしていた。騒動については職員室でこっぴどく叱られ、一瞬にして噂が拡散した教室ではクラスメイトから変な目で見られた。それにより今までの状況が更に悪化してしまうという事象に見舞われていた守貴はメンタルクライシスのあまりジャンプを見ることさえ満足に出来なかったのだ。

 辛い時間は日が経過していくごとに薄れていき、今日になって初めて守貴は今週の最新号に目を通すことができた。そんな本日は土曜日、一週間の終わりである。

 

(はぁ、明日が終わればまた地獄の日々)

 

 その事実は憂鬱でしかない。守貴は棚にジャンプを戻した直後、少しだけ店内を徘徊し、ズボンのポケットに両手を突っ込んで不貞腐れたようにコンビニから出ようとした。守貴が店から出ようとした瞬間、同時に入店の音が店内へと流れた。そんな気にする必要のない事に守貴は当然、何の興味も示すことはなく、店から出て行こうとする。――その時だ。

 

「あああああああああッ!?」

「――――?」

 

 やけに大袈裟な声が目の前で響いた。一瞬だけビクリと肩を揺らして守貴は声が響きだした目の前に視線を向けた。そこにいたのは金髪碧眼の少年。紛うことなき秀知院学園生徒会の生徒会長、白銀御行。しかも何故か泥塗れの作業着に身を包んでいた。

 

「おわぁあああああああッ!?」

「うわぁあああああああッ!?」

 

 その事実に守貴は叫ぶ。驚愕の叫びに呼応するかの如く、白銀もビクリと肩を揺らし、守貴に続いて勢い良く叫んだ。あまりにも突然すぎる邂逅。二人の叫び声に店内にいる人間も驚き、更には外で白銀にスマホを買わせる為に尾行していた四宮かぐや直属の使用人たちも驚いた。

 

(せせせ生徒会長白銀御行ィ!? ここで会うのは気まずいって!?)

(ここここいつ! この間のネジが飛んでる転校生!? なんでここに!?)

 

 お互いに警戒心を一気に高める。そんな二人の脳裏には初めて邂逅した絶望的な記憶がグルグルと駆け巡っていた。次第に守貴と白銀からオーラのような何かが溢れ出し、景色をグニャリと歪めていた。ついでに周囲からゴゴゴという効果音が鳴り始める。それは二人が強者であることを確かに証明していた。景色の歪まり様には週刊少年チャンピオンを彷彿とさせている。

 

(ど、どうするゥ!? 挨拶しとくべきか?)

(これは生徒会長として挨拶しとくべきか?)

 

 お互いに警戒心を高めすぎて次の行動に移せなくなる。コンビニの出入口付近にて大の高校生二人は硬直しているという場面は他の利用客からすれば非常に珍妙なモノで迷惑極まりないモノであった。そんな沈黙の空間を先に破ったのは、守貴であった。

 

「ひ、ひさしぶりぃ……!」

「(な、なんか凄く睨まれてる気が)お、おう」

 

 視線だけで殺してしまいそうな勢いで無意識ながらに凄む守貴。彼の言葉と苦笑いに白銀も同じく苦笑を浮かべながら依然変わらず警戒して返す。

 

(久しぶりってなんだよ。あー絶対今の言葉間違えた。ほら会長さん困ってんじゃん。何してんだよ俺ェ、今更コミュ障発動して何になんだってんだ! このままだと本当に俺の学園生活は打ち切りコース! それだけは回避しなければならない。ならば! 俺の取るべき行動は一つ! こいつを、学園一の権力者であろうこいつを! 何とか俺の友達に!)

 

 途中から殺気めいた何かが守貴に気づいた白銀はサッと少しだけ後退る。そんなことに守貴は気づく訳もなく、ジリジリと距離を詰めていった。

 

(え何!? なんでこっちに寄ってくんの!? 俺なんかした!?)

 

 悪漢にしか見えない守貴に迫られた白銀は困惑の表情で恐怖した。恐怖する白銀の気も知らずに守貴はぎこちなく手を差し伸べながらニヤリと笑みを浮かべて、更に距離を縮めていく。

 

「い、いやー元気だった? あはは」

「――――ッ!?」

 

 『そのまま生気絞り取ったろうかァ!!』という幻聴が頭蓋の内に響いた白銀。即座にコンビニから退散するべく体の向きを綺麗に逆転させて床を勢いよく蹴り飛ばして走り出す。自動ドアが開くのを一旦待って外へと飛び出した。

 

(あの目! あの目は四宮が時々する何か企んでる目と同じだ! あの転校生なんかヤバいこと考えてるに違いない! というか怖い!)

 

 今すぐバイト先に戻ろう。

 そう思った矢先。

 

「待てやぁああああああああ!!」

「うぁああああああああああああああああ!! なんで追ってくんの!?」

 

 白銀御行、一七歳。

 彼の特殊能力、変人奇人を呼び寄せる。

 夏も間近、彼は無意識に能力を発動していた。

 ――――いつもみたいに。

 

 

 ◆

 

 

 走り出して二時間が経過。

 早坂愛を含めた白銀御行にスマホを買わせ隊は二人の鬼ごっこについて行けず、体力を使い果たし次々にバタリと倒れていく。そんな状況など未だに街を走り回る白銀御行と阿部野守貴は知る由などなく、息切れを起こしながらバキバキに乳酸が溜まった両足を動かしていた。

 

「あひ、ひはひ、ん、ぜぇッ!?」

「ふくはっ、あ、うん、はぁッ!?」

 

 両者共にゼェゼェと荒い息を零しながら走る。そこで白銀と守貴は角を曲がり、土管が幾つか放置された空き地へと入り込み地へと勢い良く倒れた。思いがけない過激な運動から解放された二人は思う存分に呼吸をして酸素を必死に肺へと送り込む。ドクドクという心臓の鼓動がダイレクトに鼓膜へと響き、激しい血流を直に感じ取った。

 

「ん、はぁはぁ、あーもう」

「も、もうってそれ、ん、こっちの、台詞」

 

 守貴の言葉に白銀は息切れしながらも呆れ口調で返した。微かに瞳に映る広大な青空。その雲の多さは春の終わりを感じさせる。ヒュウッと風が吹いた所で二人はゆっくりと上体を起こした。

 

(なんで俺のこと追いかけてきたの?)

(なんで俺、ここまで追いかけたの?)

 

 ズーンという効果音と共に青紫色の空気感が漂う。困惑と後悔。この二つが白銀と守貴に齎すのはズバリ言うと『凄まじい気まずさ』であった。

 

(いやなに気まずい感じ出してんの俺! ここまで追いかけて退く訳にはいかん! まずはえーとここまで追いかけてきた訳、というかこの間のこと謝ろう。うん、その方が良さそうだな)

 

 あれだけ暴れてまだ謝っていなかったのか。

 守貴は視線を白銀へ向ける。向けられた視線に白銀は再び警戒心を高める。そんな白銀に向けて守貴は声を出さずにソッと手を前に構えて落ち着いて制止するようにアピールした。

 

「まず謝る、すまない」

「――――、……あぁ」

 

 出てきた謝罪の言葉。その言葉を聞いた瞬間に白銀の困惑に染まっていた表情はスンと抜け落ちて、いつもの凛々しい顔立ちへと変わった。真剣に聞いているのだろう。

 

「今日、追いかけ回したことは本当にすまないと思ってる。その……作業着見る限りなんかしてたんだろうけど、それを遮ってまですることじゃなかったと、……今になって気づいた」

「――――」

 

 目を合わせづらいのか、守貴は視線を逸らしながら言葉を伝える。そんな守貴の言葉に白銀は最後まで耳を傾けて真剣に聞く。彼の性格の良さを直に感じ取れた。

 

「正直焦ってた」

「言いたいことはそれだけか」

「……いや、まだある」

 

 少し強めの口調に守貴は遅れて言う。

 

「この間の騒動、高等部走り回ってキミらに迷惑を掛けたアレ。そのこともすまないと思っている。本当はもっと早く伝えに行くべきだった。ちょっと気まずさが抜けなくて」

「もういい」

 

 今度は白銀は制止するように手を構えた。

 その行動に守貴は話を止める。

 一呼吸間が空き、そして白銀は口を開いた。

 大きめの溜息と共に。

 

「どうしてこう、うちの生徒には不器用なヤツが多いのか」

「……え?」

「謝るならもっとスマートなやり方があっただろう。まぁそれも今となっては無意味な言葉だ。なんにせよ勇気を出して謝罪してきたことは、少なくとも嬉しく思う」

 

 要約すると『許す』ということだろう。そのことに気がついた守貴はゆっくりと目を見開いて、逸らしていた視線を白銀に合わせる。ハッとさせられた。なぜこんなにも壮大な勘違いをしていたのだろうか、と。白銀御行という人物を『人々の頂点に立つ権利を持つ者』として神々しく見ていた自分に少しだけ恥ずかしい気持ちが出てくる。確かに白銀御行は秀知院学園に通う生徒たちの頂点に立つ者だ。そこに間違いなどありはしない。けれど根本的な彼はそんな聖人君子のような神々しさを持つ者ではなかった。

 

(なんだ、ただの良い奴じゃんか)

 

 そう、白銀御行は『良い奴』である。それが勘違いに勘違いを重ねて白銀御行を恐れていた自身に突きつけられた真実であった。その事実に気づいた守貴は少し頬が緩む。その様子に白銀は怪訝な表情を浮かべて声を掛けた。

 

「――――? どうした」

「いや、俺ぁ勘違いしてたんだ、会長のこと」

「勘違い?」

 

 守貴の発言に白銀は首を傾げる。

 聞き返してきた白銀に守貴は「あぁ」と静かに頷いた。

 

「正直、俺は会長たちはただ偉いだけの連中だと思ってたんだ」

「お、おぉ(中々の偏見だな)」

「今君と話して、その勘違いは一瞬で消えたよ」

「そ、そうか、それは良かった(もしかして生徒会って実はあんまり印象良くないのか?)」

 

 自身が所属する組織が周囲にどう思われてるか不安になってきた白銀。新たな課題ができたと悩み始める白銀の気持ちなど一切知らずに守貴は緩んだ頬をキッチリと締めて真剣な面持ちでブルーな空気漂う白銀に視線を向けた。

 

「実はきみ、……すまんなんて呼べばいい?」

「なにその疑問、普通に白銀でいい」

「おう白銀、実は折り入って頼みがあるんだが。別に聞いてくれるだけでいいんだ。聞いた上で断ってくれても全然構わない」

「な、なんだ藪から棒に。まぁ内容にもよるが、聞いてやるから話してくれ。阿部野」

 

 白銀の良い奴っぷりが溢れ出る。

 感激するよりも守貴は少し困惑した。 

 

「――――え、白銀。俺の名前知ってんの?」

 

 単純な疑問であった。

 話したいこと、それ以前に守貴は白銀があまり面識のないにも関わらず、そして何よりも、まだまともに自己紹介をしていないのに白銀はアッサリと自身の名前を口にした。その巨大な違和感に守貴の困惑は時間が経過していくにつれて大きくなっていく。

 守貴の質問に白銀はキッパリと答えた。

 

「当たり前だ、俺は生徒会長だからな。たとえ来たばかりの転校生だろうと、我が校に在籍する生徒の名前は全員把握している(柏木の彼氏とかはちょっとビミョいけど)」

「お、おう(すげーな、流石は天才)」

 

 そこまでいくとドン引きの域である。

 若干頬を引きつらせた守貴は思う、こんな人この世界に一人しかいなんだろうなと。そんな守貴の思いとは別に現在、四宮邸ではかぐやがとてつもなく大きなくしゃみに見舞われていた。話を元に戻す為に、守貴は適当に頷いて、再び口を開いた。

 

「話を戻す、その聞いて欲しいことっていうのはさ、簡単に言うと人間関係についてなんです」

「――――!?」

 

 白銀御行、そこで心が折れかける。

 何故ならば先日、白銀の下に柏木さんの彼氏という非常に厄介極まりない人物が人間関係について相談をしにきたばかりなのである。全生徒から期待されている白銀、故に常に一〇〇で対応している。だからこそ白銀は口を大にして言えるのだ。相談は勉学の次に辛い、と。

 

(恋愛か? だとしたらもうお腹一杯だ! 昨日の相談どんだけ苦労したと思ってんだ!)

「そのさ俺、最近転校してきたばかりでさ、友人ができなくて困ってるんだ」

 

 恥ずかし気に出された言葉。

 その言葉に白銀は目を見開く。

 

「なんつーか秀知院学園って幼等部からの一貫校だろ? そのせいかさ、クラスの皆は既に個々のグループを作ってて、なんかガードみたいの硬くて中々、輪に入れずにいるんだ」

(ちょ――――わかるぅ!!)

 

 白銀御行、折れかけてた心が復活。

 それもそのはず、以前まで白銀も守貴と同じ口であった。

 白銀も実は高等部からの秀知院生、当初は生徒会に誘われるまで友人の一人もできなかった。理由は守貴と同じ、幼等部からの一貫校である秀知院学園では生徒たち一人一人の繋がりが濃く深い。それ故に俗に言う混院と呼ばれる白銀や守貴などの生徒は中々人間関係に恵まれない、ということが多々ある。

 

「それでこの間の騒ぎ、もう友達ができる前から変人のレッテルが定着し始めてる。そう思うとさ、俺ってこのまま独りぼっちで学園生活を送っていくのかなって」

「それに関してはマジで自業自得だと思うが、まぁ混院の生徒なら誰もが持つ悩みだな」

「こんいん? なに結婚?」

「違う違う、混院。混じるに秀知院の院で混院だ。まぁ生徒だけが使うスラングのようなモノだが。俺や阿部野のような幼等部や小等部からではなく途中から入学してきた生徒をそう呼ぶんだ」

「ふーん、白銀も高等部からなんだ」

 

 白銀の説明に守貴はスンナリと納得する。

 そんな守貴の肩に、白銀は少し強めに手を置いた。

 

「俺も最初は苦労した。けど事態は変わるものだ。いずれお前にも友達と呼べるヤツができるさ」

「…………白銀、おまえ」

 

 爽やかな空気感に包まれる周囲。その中心に座り込む二人は、まるで先程まで激戦を繰り広げていた戦友のようなムードになっていた。

 

「ありがとな白銀。あんた、めちゃくちゃいいこと言うじゃねーの。正直言って見くびってたよ俺は。ビビってたこともあったけど」

「お、おう(失礼だな、こいつ)」

 

 サラッと出てくる本心に、白銀は苦笑を浮かべる。それとは逆に、守貴は涙を流しながら、白銀の肩に手を置いた。

 

「なら早速で、悪いんだけどさ」

「ん?」

「明後日から俺の友達作り手伝ってくんね?」

「……………え」

 

 守貴、友達作り編に続く。



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