聖櫻学園運命記 (文鳥丸)
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第一話 壊れた少年

幼い少年は運命に抗う事は出来ず、流される事しか出来なかった。


「もう止めろ! 過去に囚われたまま戦うなんてやめるんだ!」

 

 アスランの悲痛な叫び声が響き渡る。シン・アスカが乗るデスティニーガンダムはほとんどの兵装を失い、満身創痍の状態で佇むだけだった。

 しかし、それでもデスティニーガンダムの搭乗者シン・アスカは戦う事を諦めようとしなかった。

 

「そんな事をしても何も戻りはしない! お前が欲しかったのは本当にそんな力か⁉」

「ふざけるなよ……俺が戻りたいと思った場所や一緒にいたかった人を奪ったのが誰だと思ってやがる! 未来だと? 俺が作っていきたいって思った未来を殺したのが一体誰だと思っている⁉」

 

 シンの戦いの炎は消えてなかった。唯一残った兵装は手に持った大剣型の武器『アロンダイト』だけだったが、それを必死に動かし、まだ自分に戦闘意欲がある事をシンはアスランに見せると、立て続けに叫ぶ。

 

「それに! 失った過去を護るのは間違いで、今ある現実だけを守るのが正義なのか⁉ それを決めていいのはアンタじゃない! 俺自身だ!」

 

 何から何まで決めつけられてたまるかとばかりに、シンは叫ぶとアロンダイトを振りかざして、アスランが搭乗するインフィニットジャスティスガンダムに襲い掛かる。

 

「この馬鹿野郎!」

 

 だが既にSEEDの力を発動させたアスランの前でそれは蟷螂の斧であり、瞬く間にデスティニーガンダムの四肢は切断され、シンの悲痛な叫び声と共に撃墜されていく、だがアスランに勝利を喜ぶ余裕はなかった。

 シンをここまで追い込んでしまったのは自分自身なのだと罪悪感ばかりが胸を占めていたが、今のアスランにそんなセンチな感情に浸る暇などない。

 ギルバート・デュランダル議長が施行しようとしている『デスティニープラン』が実行されてしまえば、人々は完全に一部の強者によって全てを管理された自由の全くない世界が形成されてしまう。

 平和な世界のためにもデュランダルとレイ・ザ・バレルだけは止めなくてはいけない。その想いだけがアスランを動かしていた。

 

 

 ***

 

 

 月面に叩きつけられたシンは自分が負けた事を実感させられ、一分一秒を長く体感していた。

 何もかもがどうでもいいとばかりに無力感に苛まれ、その時シンの脳裏に過ったのは数々の苦い記憶。

 毎日のように殴られ、否定され、自分が守りたかった物は何一つ守れず、失ってばかりの毎日。

 もしラクス・クラインが全てを掌握するようになったら、どうなるのだろうかと考えると、シンは一瞬悪寒に襲われる。

 

「冗談じゃねぇぞ……」

 

 その時、再びシンの中で怒りの炎が燃え上がる。何もかも失ったからこそ、何もかもがどうでもよくなっていた。

 最早今のシンを突き動かすのは責任でも任務でもない。ただ怒りだけ。

 毎日のように否定ばかりする同僚、何かにつけて自分を殴り飛ばす上司、自分に優しくしてくれない環境。

 最早何も考える事は出来ない。何とかして愛機を動かそうと、シンはコクピットを乱雑に叩き続ける。

 

「オイ! 動け、動けよ! デスティニー!」

 

 まるで古いテレビを強引に動かすように何度も何度も叩き続ける。

 当然そんな事をしても精密機械であるモビルスーツが動く訳がない。だが今のシンにそんな事を考える余裕などなかった。

 拳から血が吹き出しても殴る事を止めない。そして何回か殴った時、シンの中で何かが切れた。

 

「いいから動けっつってんだろうが! このクソが!」

 

 完全に怒りに支配されたシンは自分の敗北を認めるのが嫌なのか、コクピットのパネルを叩き壊すと乱雑に中のケーブルを引きちぎって強引にでも動かそうとする。

 するとデスティニーガンダムは無茶な行動の前に誤作動を起こしたのか、ツインアイから血の涙のように見えるオイルを流しながら、あらぬ方向へと飛んでいく。

 普通ならばこの異常な状況にSOSを出すのだが、シンの中にあるのは怒りだけ。

 最早任務も信念もない。最もシンプルな感情に支配されて、シンは前を飛ぶインフィニットジャスティスに向けて飛んでいく。

 

 

 ***

 

 

 アスランはムウと合流するために宇宙の海を飛んでいたが、その時正体不明の熱源をレーダーに感知し、何事かと思い振り返るとそこにいた存在にアスランは驚愕してしまう。

 

「シン……」

「うわあああああああああああ!」

 

 武装も何もないスクラップ同然のモビルスーツにも関わらず、シンはインフィニットジャスティスに向かって体当たりを食らわす。

 だがそんな物が通じる訳もなく、アスランは腕を払って振り切ると、再びシンと向き合おうと通信を入れようとするが、電波ジャックを試みても、何故かデスティニーガンダムと通信が繋がらなかった。

 

「馬鹿な⁉ こんなボロボロの状態で戦おうって言うのか⁉」

 

 最早アスランの目の前にある存在はモビルスーツを呼べる代物ではない。

 いつ爆発してもおかしくない爆弾の中にシンは閉じ込められているようなもんだと、察したアスランは慌ててシンに投降するように命じる。

 

「もう止せ! 投降するんだ!」

「うるせええええええええええ!」

 

 シンの叫びはアスランには届かず、アスランの説得の言葉もシンには届かない。

 だがそれでもアスランは理解していた。シンは怒っている。今までで一番キレていると言う事を。

 

「どいつもこいつもうぜぇんだよ! テメェらなんかに俺の何が分かるって言うんだ⁉」

 

 怒りだけが今のシンを動かしていた。後の事など何一つ考えず、乱雑に操作パネルを殴り続けると、中のケーブルを引き抜き、無理矢理にでもデスティニーガンダムを動かす。

 そして自分の想いの丈を誰にぶつけるわけでもなく、叫び続ける。

 そうしてないと自分の心が壊れてしまうから。

 

「二言目には『ガキ』『ガキ』と否定ばかりしやがって! 毎日のように殴りやがって! 偉そうに上から目線で物を言って『大人になれ』と分かったような事ばかり言いやがってよ! 弱い者イジメはさぞ気分がいいだろうな⁉ そんなに説教オナニーが気持ちいいか⁉」

 

 まるで駄々っ子がぶつかるかのように突っ込んでいくデスティニーガンダムに対して、アスランは振り払うだけの最小限の動作しか出来なかった。

 止めようと思えば止められる。だが今のアスランにあるのは恐怖だけ。

 完全にシンは壊れている。怒られ過ぎてメンタルブレイクを起こしてしまったと判断したアスランは、何度も通信ボタンを連打し、シンにコンタクトを呼びかける。

 

「落ち着け! そんな事をしたら、またルナマリアに怒られて殴られるぞ! そんなの嫌だろ⁉」

「うぜぇ! うぜぇ! うぜぇ!」

 

 通信は届いていないはずなのだが、ルナマリアの名前を出した途端、シンの怒りの炎は更に燃え上がり、コクピットを殴る力がますます強まる。

 

「何が叱ってくれる人はありがたいだ! ただ単に自分が出来るから俺にも強要させているだけじゃねぇか! 俺はテメェの奴隷じゃねぇんだぞ!」

「落ち着けって!」

 

 相変わらず体当たりしか出来ないデスティニーを振り払うだけだが、アスランはその姿に狂気を感じ、更なる恐怖の感情に囚われてしまう。

 だがここで引く訳にはいかない。何とかして駆動部分のエンジンだけを貫こうとライフルを構えると、シンに最後通告をしようとする。

 

「シン、今からエンジンのみを貫くから俺が撃ったらすぐ脱出するんだ! 話はそれからいくらでも聞くから……」

「いいから殺させろ!」

 

 だがビームを発射するよりも前にデスティニーガンダムに限界が来る。何度も何度も駆動部分から黒煙が吹き出し、まるでデタラメな方向に飛ぶゴムボールのように飛んでいく。

 

「俺はやっと気付いた! 戦争のない世界⁉ 俺のように親がない子供達を増やさない⁉ そんなのどうだっていいんだよ!」

 

 どうせ自分は最後までアスランに勝てない。

 ならばせめて怨嗟を撒き散らして、最後まで戦おうとする。

 それがシンの最後の抵抗だった。

 

「俺はただ怒りや憎しみぶつけられりゃ、それだけで満足だ! テメェらは好きなだけ殺しあって、好きなだけ憎みあってろ! 俺は……俺はな……」

「シン!」

 

 アスランの叫びも空しく、デスティニーガンダムは彼の目の前で大破してしまう。

 火の海に飲まれる中、ボロボロのシンは最後まで怨嗟の叫びをアスランにぶつける。

 

「俺は家族の元へ行く! 絶望しろ! この人殺しが!」

 

 それが最後のシンの抵抗であり、最後の最後の最後まで怨嗟をなげかけ、シン・アスカは16歳の短い生涯を終えた。

 目の前で爆死した嘗ての後輩を見て、アスランの目からは自然と涙が零れ落ちる。

 

「何だよそれ……何でお前はいつもそうなんだよ? 何で話し合おうとしない? そんなに俺が嫌いかよ!」

 

 最後までシンを闇から救う事が出来なかった罪悪感から、アスランは涙ながらにコクピットパネルを弱弱しく叩くと、シンに対して感情をぶつける。

 

「この馬鹿野郎が!」

 

 どんなにやり直したいと願っても、もうそこに彼はいない。

 アスランはどうしようもなく悲しかった。最後まで永遠にシンは子供のままで終わってしまった事が。

 

 

 ***

 

 

 シンが目覚めた時、そこはまさしく天国と呼ぶに相応しい空間であった。

 雲の地面に暑くも寒くもない穏やかな気候。そこは誰もが夢見た天国だと判断したシンは、先程まで感じた痛みも苦しみも忘れ、本能的に一直線に走り出す。

 確信はなかったが予感があった。走り続けた先にはきっと自分が求めている物があると信じていたから。

 そして、その予感は見事に的中した。

 4つの人影はシンが一番求めていた人達なのだから。

「父さん、母さん、マユ、ステラ! 俺もこっちに来たよ……」

 

 家族やステラはきっと自分を温かく迎えてくれるだろうと思っていた。だが現実は違っていた。

 その場にいた全員がたださめざめと泣いていて、その胸に飛び込もうと思っていたシンはただただ困惑し、一同と距離を置いて話を進める。

 

「な、何で泣いてんだよ? 俺もこっちに来たんだぜ。嬉しくないのか?」

「そんな悲しい事言うなよシン。子供が死んで嬉しい親が居るか……」

 

 父親の言葉を皮切りに家族たちはシンに想いの丈をぶつける。

 

「怒られすぎて辛いの分からない事はない。でもこんな方法は選んじゃダメ。お母さん凄く悲しい」

「確かにお兄ちゃんはヒーローにはなれないかもしれない。お兄ちゃん優しすぎるから軍人には向いてないよ、でもマユこんなの嫌だよ!」

「ステラも凄く悲しい!」

 

 シンの母親、マユ、ステラも涙ながらにシンの行動は間違いだと主張する。

 普通ならばここで罪悪感に苛まれてしまうのだろう。だが今のシンに皆の心情を理解出来るだけの余裕はなく。再び感情をぶつけてしまう。

 

「何だよそれ……俺は家族にすら否定されなきゃいけないって言うのかよ⁉ 死んでも俺は否定されて、怒られてばかりなのかよ⁉」

「そうじゃない!」

 

 再び生きていた頃と同じように怒りと憎しみに支配されそうになってしまうシンを止めたのは、父親の一喝。

 叫び声に一瞬でもシンが冷静さを取り戻したのを見ると、父親は子供をあやすような口調で話し出す。

 

「いずれはお前も私たちと同じところに来る。だがそれがこんな形を選んだのが悲しいって話だ。シンだって、普通に女の子と恋愛したり、青春したりするところを私たちは見たかったんだよ……」

「女の子と恋愛だと……」

 

 一瞬は冷静さを取り戻したシンではあったが、父親の一言で再び嚇怒し、感情のままに叫ぶ。

 

「冗談じゃねぇ! 女なんてコリゴリだ! ただ口うるさく、暴力的で、面倒な事ばかり押し付けて、基本的に上から目線で人を見下し! 自尊心をグチャグチャにするだけの存在じゃねぇか!」

 

 シンの中にあったのはルナマリア・ホークとの思い出だった。

 楽しい思い出だってあったのだが、それを思い返す余裕など今のシンにはなかった。

 根本的なところで合致しない存在である事は他人の目から見れば分かる事だが、あの頃の二人は何でもいいから目的が欲しく、互いの傷を舐め合うように二人は恋人関係となった。

 だが今思い返せば、それは常に蛇行運転をする車のような物。

 それが唯一のシンの女性との思い出だと想うと、一同は悲しくなり、気が済むまでシンが叫んだのを終えると、母親はゆっくりと語り出す。

 

「何も全員が全員とは言わないでしょ。お母さんはお父さんと出会えて本当に幸せだったわよ」

「俺には無理だよ……」

 

 母親の説得の言葉に対して、シンは弱弱しく返す。

 自分だけが否定され、周りは皆ルナマリアの味方のため、すっかりうんざりしていた。

 シンは最早何も出来ないと判断していた。だからこそ嚇怒に身をゆだね、ほとんど自殺のような形を選んだ。

 その事実がどうしようもなく悲しく、マユとステラは語り出す。

 

「そんな事言わないで……マユもあの人嫌い! お兄ちゃんに怒ってばかりで!」

「それを笑う周りも周りだよ! シンは物凄い素敵な人なのに、シンの魅力を分かってくれない人ばかりで、シンの悪い所ばかり見て否定ばかりして……」

「じゃあどうしろって言うんだよ⁉」

 

 二人の説得の言葉も今のシンには届かなかった。

 もう全てを終わらせた。それでも自分は否定されなければと思うと、シンは怒りのままに叫ぶ。

 

「もうここには俺と皆しかいないんだぞ! 恋愛も青春も出来る訳ないだろ! 俺の一生はあれでよかったんだよ! だからこそ、俺はここで皆と幸せに暮らせられるんだからよ!」

「もう一回だけでいいから……」

 

 涙ながらに怒り狂うシンを止めたのは、母親の涙ながらの一言。

 母親の涙を前にシンは困惑し、言葉に耳を傾ける。

 

「どう言う事だよ?」

「私達はずっとシンをここから見ていた。悲しみと憎しみしかないあなたの人生が悲しくて悲しくてやりきれなくて……」

「そこで私達は大いなる意思に頼んだ」

「何を?」

 

 父親の言葉に対して間抜けな声をシンは上げると、マユとステラも一緒になって語る。

 

「もう一度だけ人生を楽しむ権利。つまりはここじゃない別の世界でもう一度人生をやり直すの」

「そこでもしかしたらシンは別の仕事をして、女の子を好きになって家族を形成するかもしれない。少しでもいいからステラ達はシンに笑ってほしいの」

「そんなの無理だ!」

 

 その時シンの脳裏に過ったのは数々の苦い思い出。

 否定して殴られた事しかない自分はどこに行っても何も出来ないとシンは判断した。

 だからこそシンは家族に助けを求めた。だがそこでも自分は見捨てられるかと思うのが怖く、シンは必死に叫ぶ。

 

「もう俺は笑う事も泣く事も出来ない! 皆の前でしか笑えられないよ! クソ弱い俺には何にも出来ないんだからさ……」

「それは向こうの世界に行ってからでも遅くないでしょ」

 

 もう決まった事だからとばかりに母親が言うと同時に、シンの体は半透明に透けていく。

 そこからいなくなるのが嫌なのかシンは家族に向かって必死に手を伸ばすが、そんなシンに対して家族とステラはシンに最後のエールを送る。

 

「あの世界は歪んでいるよ。でも私達は信じたいんだ。親バカと言われてもいい。私達の息子を」

「もう一度やって、それでダメだったら、もう何も言わないわ。ここでずっと私達と楽しく過ごしましょう。愛しているわシン」

「お兄ちゃん。マユお兄ちゃんの事信じているから」

「向こうの世界でも怒りんぼやめられなかったら、ステラがシンのお嫁さんになるから。だから、そんなに泣かないで、怒らないで、ステラ、シンの幸せ願っているから」

 

 父親、母親、マユ、ステラは最後までシンを見送り、最後までシンを元気づけようとした。

 

「gaaaa!」

 

 だがシンはそれらの想いに応える事が出来ず、ただただ駄々をこねるだけで、その場から消え、新たな世界へと転生していく。

 静寂だけが戻った中でマユは母親の胸に飛び込み大声で泣きわめき、ステラはその場でさめざめと泣き出し、そんな彼女を父親は優しく肩を抱いた。

 全員が信じていた。シンの明るい未来を。

 

 

 ***

 

 

 聖櫻学園の新任教師祐天寺弥生は、この日の業務を終え、夕焼けが町を染める中、愛車の真っ赤なスポーツカーに乗り、帰路に就こうとしていた。

 まだまだ新任教師の祐天寺に教師の仕事はとかく覚える事が多く激務であり、祐天寺はこの日も自分が思い描く目標と現実が合致できなかった事に弱弱しくため息を漏らす。

 

「こんな事じゃダメよね。もっとしゃんとしない……」

 

 物思いにふけようとした瞬間、突如轟音が鳴り響き、祐天寺は身を強張らせ、反射的にブレーキをかける。

 後続に車がないかと慌てて外へと飛び出すが、幸いにも今並木道を走っているのは祐天寺一人であり、彼女は胸を撫で下ろす。

 だがそれは目の前にある轟音の正体と思われる物体を見て、祐天寺は再び困惑してしまう。

 そこにあったのは焼け焦げたような大きな岩のような物。

 巨大な隕石が落下でもしたのかと思い、祐天寺はこう言う時どこに電話をすればいいのだろうかとパニックになっている自分を落ち着かせながら、鞄からスマートフォンを取り出し、取り合えず警察に電話をしようとする。

 

「隕石の処理なんて警察でやってくれるのかしら……え?」

 

 隕石だと思っていた物の前面がドアのように前倒しに開き、その中にいたのはパイロットスーツに身を包んだ年端もいかない少年だった。

 泣きながら気絶しているように見えたその少年を見て、祐天寺は驚愕するよりも先に体が動く。

 反射的に少年を後部座席に乗せると、この辺りで一番近く治療が受けられる場として、祐天寺が選んだのは自身が通う聖櫻学園の保健室を選んだ。

 

「頑張って生きるのよ!」

 

 祐天寺は安全運転を心掛けながらも、法の範囲内で出せる全力を出し、聖櫻学園へと向かっていた。

 絶対に目の前にある命を死なせはしない。

 彼女を動かしていたのは、その強い使命感だけだった。




よくストライクフリーダムとデスティニーが両手両足切り裂かれた状態でも戦っていたので、本作でもあの後も戦い続けると言った展開でこの様に転生した訳です。

最初に言っておきます。シンルナ派の人は本当に申し訳ありませんでした。ルナマリアはいい娘だとは思うんですが、シンとは合わないと私的な見解です。

そして次回から本格的にシンの聖櫻学園での生活が始まっていきますので、よろしくお願いします。


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第二話 これからの君へ

レールとは大人が用意してくれる物。


 目を覚ますとそこにあったのは見知らぬ天井だった。

 首だけで辺りを見回すと本格的な病院と言う訳ではなく、一施設の簡素な救護室らしき場所だとシンは即座に判断をする。

 あの時見た光景が夢かどうかは分からない。だが自分の当初の目的を果たす事が出来なかった事が分かると、緑色の患者衣に包まれた体を動かし、パイプベッドから上半身だけを起き上がらせ、一つため息をつく。

 

「目が覚めた?」

 

 声がする方向に振り向くと、そこには豊満な胸を惜しげもなく晒し、もう少しで大事な部分が見えそうなぐらいギリギリにまで短いタイトなスカートに身を包んだ金髪の美女が居た。

 白衣に身を包んでいる事から、彼女が自分の怪我の治療をしてくれたのだと思い、シンは死んだ表情のまま静かに首を縦に振って、お礼の意を示す。

 

「助けてくれて感謝します。自分はザフト軍、ミネルバ所属、プラント国防委員会直属の特務部隊FAITHのシン・アスカです」

「ハイ?」

 

 突拍子もない言葉が立て続けに出た事に医師と思われる女性は素っ頓狂な声を上げてしまう。

 だがシンの表情は真剣その物であり、冗談を言っているようにはとても思えない。

 まずは彼とコンタクトを取って、彼の人となりを理解しない事には何も始まらないと判断し、医師は自己紹介から始める事にする。

 

「そう。私は聖櫻学園の養護教諭をやっている。神崎ミコトよ、ここには同じ学校に勤めている祐天寺先生が運んでくれたのよ。ちょうど私も帰る所だったんだけど急患が来てね。まぁまぁ治療には骨が折れたわ」

「学校?」

 

 まだ詳しい事は何も分かっていないが、先程まで宇宙で戦争をしていた自分が学校に居る事が信じられず、今度はシンの方が素っ頓狂な声を上げてしまう。

 何が何やら全く理解が出来ず、お互いに警戒し合うようにシンと神崎はジッと見つめ合う。

 

「色々と聞かせてもらっても構いませんか?」

「ええ。お互いに情報交換をしあう必要が私達にはありそうね」

 

 祐天寺の話では彼は隕石の中から現れた少年だと聞いた。

 神崎はこの少年はただの子供ではないと判断し、これから話し合う事を一期一句丁寧に聞き届けようと、真摯に向き合う覚悟を決める。

 彼女の方に覚悟が決まったのを見届けると、シンはこれまで自分が体感した全てを語り出し、彼女と情報交換を行う。

 

 

 ***

 

 

 神崎の話ではここはシンの世界では既に合併吸収された国日本だと知り、現在はコズミックイラより遥か過去の時代、まだ人類は宇宙にも進出しておらず、コーディネーターもナチュラルもない時代だと言う事を理解する。

 そして神崎もシンの話を聞いて驚きの色を隠せなかった。

 目の前にいる普通の少年は遺伝子操作を受けて、人為的な進化を遂げた人間だと言う事を。

 そしてアニメでしか聞いた事がない『ガンダム』のパイロットだと言う事を。

 話を全て聞き、驚愕の表情を浮かべたまま固まる神崎を見て、シンの方から質問をする。

 

「随分あっさりとこんな突拍子もない話を信じるんですね。俺には異世界からし来た事を証明する物なんて何一つないって言うのにあるのはこの体だけだ」

 

 シンが言うように自分が乗ってきたと思われるデスティニーガンダムの残骸は、恐らく今頃警察が隕石として回収しているだろう。

 彼が毎回持ち歩いていた妹の携帯電話も、ステラの貝殻のペンダントも、もうそこにはない。

 シンが言うように彼は今、裸一貫の状態で何もない異世界に放り出されたような物。

 そんな与太話を真に受ける神崎が信じられずに皮肉交じりに話すが、彼女はそんなシンに対して真摯な対応で返す。

 

「実は異世界から来た存在はあなた一人じゃないのよ。過去私達は異世界から来た少女をこの学校の生徒として保護しているわ。ミス・モノクロームちゃんって言うんだけどね。彼女は今家の一年生よ」

「その子もコーディネーターだって言うんですか?」

「いえアンドロイドよ」

 

 自分を落ち着かせるために適当な作り話でもしているのでは。そう思ったシンは神崎の言葉を適当に受け流そうとするが、思いもよらなかった一言に目を見開いて神崎の方を見る。

 神崎の顔は真剣その物であり、とてもじゃないが嘘をついていない事は分かり、その話を詳しく聞こうとする。

 

「ミス・モノクロームちゃんは、異世界から来た単三電池一本と海苔弁当が大好きなアンドロイドで現在、六畳一間のオンボロアパートに暮らしながら、聖櫻学園に通う一年生よ。まぁ今はアイドル活動が主になっていて、こっちには月に一度通えるかどうかぐらいなんだけど……」

「そんなアホな話信じろって言うんですか⁉」

 

 あまりにぶっ飛び過ぎた設定に、反射的にシンは鋭い突っ込みを入れてしまう。

 こんな突っ込みを入れられても尚、神崎の表情は真剣その物であり、信じられない気持ちもあるが、理解しようとしているシンのため話を続ける。

 

「ええ。そう言われても仕方ないのは認めるけど事実よ。だから私はシン君の言う事も信じるわ」

 

 その真剣な表情を前にシンは何も言えなくなってしまい。これ以上の議論は無駄だと判断する。

 そして目の前に居る神崎は決して自分に取って不利益な存在ではないと判断すると、シンはこれからの事を話し出そうとする。

 

「それで俺はこれからどうすればいいんですか? 助けてもらった事に感謝はしますよ。でも戸籍すらない俺がどうやってこの世界で生きろって言うんです?」

「その事は私と一緒に話し合いましょう」

 

 保健室に神崎の物ではない声が響く。

 声の方向を二人が振り向くと、祐天寺がいそいそと保健室に入り込み、シンがもう大丈夫な様子を見ると安堵の表情を浮かべて、彼に向って手を差し出す。

 

「よかったわ。無事で、さぁ私と一緒に学園長の元へ向かいましょう」

「あなたは?」

「この人が君を助けてくれた祐天寺弥生先生よ。ちゃんとお礼を言うのよ」

 

 目の前に居るピンク髪のロングヘアーの女性が自分を助けてくれたのだと知ると、シンは静かに首を縦に振ってお礼の意を示す。

 その行動に対して祐天寺はニッコリと穏やかな笑みを浮かべると、シンの手を取ってベッドから起こそうとする。

 

「一人で立てる?」

「ええ。まぁ……」

 

 一応気持ちだけは受け取っておこうと、立ち上がるまでは祐天寺の手を借りようとシンは思っていたが、次の瞬間自分の手に凄まじい負荷がかかるのを感じ取る。

 このままでは自分の脳天は地面に激突してしまうと判断したシンは、空いている左手で祐天寺の肘を手に取ると、そのままの体勢で座ったまま飛び上がり、空中で一回転して地面に静かに着地をする。

 二人の間に一瞬何が起こったのか理解出来ず、神崎は茫然とした顔を浮かべてしまうが、祐天寺は変わらずに張り付けたような笑みのまま、ゆっくりと語り出す。

 

「ああ、ごめんなさいね。掴むとつい反射的に投げ飛ばそうとしてしまう癖が私あるから」

「いえ……」

「でもシン君凄いわ。今まで私の投げに反応出来て、それを切り返す事が出来たのなんてシン君ぐらいだもの」

 

 祐天寺はシンの高い身体能力を認め、彼の頭を優しく撫でる。

 だがシンはそんな彼女を呆れながら見ながら、彼女の後に続いて学園長室へ向かおうとしている最中、一つの思想だけが頭を占めていた。

 

(この人絶対元ヤンだ。それもかなり性質の悪い……)

 

 

 ***

 

 

 学園長室にたどり着くと、祐天寺は軽いノックをした後、ドアを開けて中に入り、シンもそれに続く。

 そこに居たのはロマンスグレーの髪を無造作にまとめ上げ、同色の髭を貯えた紳士がパイプを嗜みながら、肘掛椅子に座っている姿だった。

 

(またキャラクターが濃いな……)

「彼がシン・アスカ君かね?」

 

 シンが失礼な事を考えていると、学園長はパイプから白煙を吹き出しながら、祐天寺からシンの事を聞こうとする。

 祐天寺は同行していた神崎と一緒に、シンの事情を説明すると、学園長はシンを一瞥して、彼と話をしようと前に立つ。

 

「君年齢は?」

「16歳です」

「そうか。君は一番に戸籍の件を心配していたが、そこは私の方で何とかしよう。記憶喪失の振りでもして仮の戸籍を定着させてしまえばいい。その間身柄は家で預かろう」

「つまりこの学校に俺も通えって事ですか?」

「そう言う事だ。子供は学校に通って学ぶ物だ」

 

 今回もミス・モノクロームのようにすんなりと落ち着いたと思い、祐天寺と神崎は互いに見合って安堵の表情を浮かべた。

 しかし学園長は気付いていた。従順な振りをしているが、シンの瞳はどす黒い漆黒の意志で埋め尽くされている事に。

 学園長は二人を手で追いやり、部屋の端へと誘導させると、再びシンと向き合って話し合いを行う。

 

「シン・アスカ君。シン君と呼ばせても構わないかね」

「ハイ……」

「では言うよシン君。言葉だけの感謝の意は必要ないよ。君は今激しい憎悪に満ちている」

 

 思ってもみなかった言葉に祐天寺と神崎は言葉を失って茫然としてしまうが、シンはため息を一つつくと、何も言わずに死んだ魚のような目でジッと学園長を見つめるだけだった。

 

「だとしてもあなたには関係のない事です……」

「そうはいかない。私達の預かりになる以上、私は君を正しい方向へ導かなくてはいけない。何故そうなってしまったか理由だけでも教えてはもらえないか?」

 

 それは今までにない反応であった。

 シンがこう言う反抗的な態度を取って、彼に施されたのは今までずっと暴力と否定の言葉だけだったのだから。

 一瞬話そうかどうか迷いはしたのだが、この場でだんまりを決め込んでも何も解決しないと判断したシンは話せる範囲で自分の心情を伝える。

 

「ここには俺が求める物など何一つない。そしてそれはこれからも何も変わらない」

「未来は分からないだろう」

 

 ありきたりな言葉で説得を試みようとする学園長にシンの額に一瞬青筋が浮かぶ。

 それは何度も否定され続けたシンだから、反射的に拒絶の言葉を敵と全て認識してしまうのだろう。

 だがここでも自分は殴られて終わるだけだと判断したシンは自嘲気味に一言言う。

 

「それなら殴り飛ばして無理矢理にでも従わせればいいでしょう。大人が暴力振るうぐらいなんだ。それは正しい事なんでしょう?」

「ちょっと! それは流石に……」

 

 あまりにも自棄になっているシンを祐天寺は止めようとしたが、学園長は彼女の進行を手で制して止めると、パイプをテーブルの上に置いてある灰皿の上に置くと、再びシンと向き合って拳を握りこむ。

 

「よかろうただし一発だ。怪我人の君に本気を出す訳にはいかない。それにまず君からかかってきなさい。一方的に殴ったのではフェアではない。殴り合うからこそフェアになるのだ」

「了解……」

 

 どうせ負けるだろうと思っていたシンだが、そんな事はどうでもよかった。

 早く家族の元へ向かいたいと思っていたシンは何も考えずに学園長の顔面に叩きこもうと、拳を振り上げるが、その瞬間学園長のカウンターの左ボディが綺麗にシンの鳩尾に深くめり込む。

 その瞬間シンは吐瀉物を胃から吐き出しそうになってしまうが、元々何も食べていなかった事もあり、辛うじて胃液だけで済んだ。

 腹の痛みに悶絶しながら蹲るシンを見て、祐天寺と神崎はすぐに駆け寄って彼の安否を気に掛けるが、シンはそんな二人に目もくれず、再びパイプを楽しむ学園長を見上げながら一言言う。

 

「あなたの勝ちだ……」

 

 言葉では学園長の勝利を認めたシンではあるが、心の中は憎悪しかなかった。

 また自分はこうして暴力で屈服させられ、無理くりやりたくもない事を押し付けられてしまうのかと。

 諦める事さえ自分には許されないのかと負の感情だけが占める中、学園長が次に発したのはシンの予想の斜め上を行く発言だった。

 

「つまらん勝利だ……」

 

 今までこう言う状況になった時、シンが見てきたのは勝ち誇った顔しかなかった。

 だが今の学園長の顔は勝ったにも関わらず、まるで敗北したかのような沈んだ顔であり、学園長は悲しそうに自分の心情を吐露していく。

 

「心に迷いを持った相手に拳を振るった所で何も得る物はない。君は激情に身を任せて何もかもを忘れようとしているが、その実は激しく悩み迷っている」

「俺が迷っているだって……」

 

 思ってもみなかった言葉にシンは憎しみも忘れ、困惑の表情を浮かべてしまう。

 今まで自分が投げかけられてきた言葉は『ガキ』と『馬鹿』の二つしかなかったのだから。

 自分でも分からなかった自分の心情を言われると、シンは自分が何に悩んでいるのかと困惑するばかりであったが、その間に電話を終えて学園長は一言彼に告げる。

 

「分からないのなら考える事だな。その間勝負は貴様に預けておく、敗北者を名乗る事は許さんぞ」

 

 言い捨てると同時に新たな女性が学園長室へと入る。

 紫色の腰まで伸びたロングヘアーを靡かせる30代半ばと思われる女性は、シンに肩を貸すと彼を抱えたまま、その場を後にしようとする。

 

「あなたは?」

「私は今日から君の身元引受人になる。この聖櫻学園で教頭を務める。藤堂静子と言う。学園で預かるとなったが、それでも編入試験は受けてもらい、合格しなければ家への編入を認める訳にはいかないからな」

 

 藤堂の最もな主張にシンは何も言えなくなってしまい、これからの生活への激しい不安が襲う。

 自分の知識など過去の世界では何の役にも立たない。それどころか文字すら自分は読めるかどうかも定かではない。

 完全に意気消沈してしまうシンであったが、藤堂は構わずに話を進める。

 

「だが安心してほしい。まだ試験まで三か月ある。今は11月だから、2月の編入試験にまでは何とか間に合うようにしてみせる」

「よろしくお願いします……」

 

 言葉だけの生返事であったが、それでも藤堂は「ええ」と言ってシンの決意を受け入れた。

 腹は相変わらず痛いままであったが、シンは自分の感情に困惑するばかりであった。

 否定されたにもかかわらず激情に身を委ねない自分に。




と言う訳で、まずは神崎ミコト、祐天寺弥生、藤堂静子らと接触させました。
因みに祐天寺先生の実力はシンと同レベルです。
これを祐天寺先生が凄いと捉えるか、シンが大した事ないと捉えるかは。
皆様にお任せします。


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第三話 異世界転生者同士

類は友を呼ぶ。


 着の身着のままでシンは藤堂のマンションに居候する。

 患者衣のままでは何も出来ないと判断し、取り合えず今シンは聖櫻学園の男子用ジャージに身を包んでいて、シンは何も言わずに床に座ってガラスのテーブルの上に置かれた小学一年生が使うような文字を覚えるための本をジッと見つめていた。

 

「取り合えず君は文字を覚える事が最優先事項だ。これから高校生レベルにまで学力を持っていかないいけないからな。死ぬ気で付いてきてほしい。まずはこれで文字を覚える事から始めるんだ」

「ハイ……」

 

 相変わらずの気の抜けた生返事をすると、藤堂はこの日の遅めの夕食を作るためにキッチンへと向かう。

 何も言わずにシンはあいうえおを覚えるための幼児向けの本を手に取って、文字を覚えようとパラパラとめくる。

 

「こんなの見たって……え?」

 

 今から文字から覚えなきゃいけないのかと思っていたシンだが、次の瞬間文字が読める事に驚愕してしまう。

 ここに書いてある平仮名は全て読めると判断すると、シンはもしかしたらと思い次に無造作に置かれている新聞紙を手に取り読もうとする。

 

(どうなってやがる⁉ 国の事情とかはともかくとして、文字や意味は全て分かる……)

 

 異世界の文字が全て理解出来る事にシンは驚く事にも疲れ、新聞を読みむさぼる。

 そこで分かったのはこの時代の日本は戦争とは無縁の国だと言う事ばかり。

 新聞に載っているのは、政治家の賭博、人気タレントの不倫、スポーツ選手の故障、人気の漫画が何故人気なのかと、シンに取ってはどうでもいい内容ばかりだった。

 新聞を元あった場所に戻すと、シンは何かを探すように辺りをキョロキョロと見回す。

 すると目的の物はすぐに見つかった。

 聖櫻学園の教科書を見つけると、近くにあったメモ帳を手に取り、シンは問題を解き出す。

 今の自分の学力がどれ程の物か知りたかったから。

 

 

 ***

 

 

 まずは前菜のマグロのカルパッチョを作り上げると、藤堂は盛り付けも完璧な状態で目に見ても鮮やかな料理を持って、シンが居るリビングへと向かう。

 

「シン君。少し休憩だ、夕食を……」

 

 カルパッチョをテーブルに置くと同時に藤堂の目に留まったのはキチンと積まれたメモ帳の数々だった。

 メモを見ると教科書に書かれていた例文の答えが全て書かれていて、回答が全て正解していた事に藤堂は愕然となり、勉強をしているシンの肩を優しく叩くと、彼の注意を一旦自分に向けさせる。

 

「シン君は文字が読めるのか?」

 

 藤堂の問いかけに対してシンは静かに頷いて返す。

 シンが解いた問題の中には、日本史、現代文も含まれていたので、かなり難しい漢字も普通に使っている事から、現段階でもシンはかなりの高い学力を持っていると判断した。

 となると自分がやる事は一つだと判断し、藤堂は慌てて部屋の奥から大量の参考書を持ってくると、それをシンの前に置く。

 

「私は料理の続きをするから、可能な範囲で構わない。解けるだけ解いてほしい」

 

 言うと同時に参考書と一緒に用意されたノートを手に取って、シンは問題を解き出す。

 どれもアカデミー時代に教わった物ばかりであり、首席こそレイに取られた物の、次席までに上り詰めたシンに取っては簡単な物であり、立て板に水の要領で淡々とノートに正解を書き続けた。

 

 

 ***

 

 

 ノートに記された全問正解の回答に藤堂は愕然とするばかりであった。

 前にミス・モノクロームの面倒を見た事があったが、彼女の場合元がアンドロイドと言う事もあり、初めの内は何も分からない状態であったが、成長スピードが凄まじく、驚異的な速さで学校の勉強を理解出来たのだが、シンの場合は初めからだ。

 ここから現段階でもシンは平凡な大学生レベルの学力は持ち合わせていると判断し、自分は彼をどう導くかを考えていた。

 一方シンはシンで目の前にある料理の数々に驚愕していた。

 テーブルの上に並べられたのは、まるで高級レストランさながらのフレンチ料理のフルコースであり、個人が作った物とはとても思えない内容であり、ナイフとフォークを手に取ってはみたが、食べていいのかどうか困惑するばかりであった。

 シンが茫然としていると、そんな彼に気付いたのか、藤堂は一旦ノートを近くのソファーに置くと、シンと向かい合わせに座って手を合わせて「いただきます」を言う。

 

「済まなかったな。まずは食べてからにしよう」

 

 藤堂に促され、シンも同じように挨拶を済ませると、目の前の料理を食べ出す。

 料理の中には肉も入っていたのだが、シンは難なく食べる事が出来た。

 戦争で両親と妹を亡くしてから、肉の類は食べる事が出来なくなっていたシンなのだが、もう開き直ったのか、目の前にある美味しそうな料理に釣られたのか、藤堂を気遣っての事なのかは分からない。

 だがそう言う感情は抜きにしても、純粋に藤堂の料理は美味しかった。

 だからこそ、シンはここでハッキリさせておかなくてはいけないと思い、藤堂に意見を述べる。

 

「こう言うのはこれっきりで構いません。俺は居候の身の上ですから」

「何の話?」

「こんな豪勢な料理を食べる訳にはいかないんですよ。贅沢は堕落の元になってしまいます」

「その事なら一切気にする必要はないわ。これからも最低限の礼儀を守ってくれさえすれば、食事の提供はしよう」

「何で……」

「料理は私の唯一のストレス解消法だからよ」

 

 それだけ言うと問答を終わらせ、再び藤堂は目の前の料理を黙々と食べ進める。

 藤堂が望んでいる事なら、居候である自分が何も言う権利はないと判断し、同じように黙々とシンも料理を食べ続けた。

 その間は二人とも終始無言であったが、各々思考を激しく巡らせていた。

 これから先どうするべきかを。

 

 

 ***

 

 

 食事を終え、シンがせめてもと食事の後片付けを終えリビングへ戻ると、藤堂はここに座るよう指さす。

 何も言わずにシンはその場に腰を下ろすと、藤堂はこれからの件に付いて語り出す。

 

「さてまずシン君の学力についてだが合格です。君は現段階でも一般的な大学レベルの教養は持ち合わせているわ」

「このまま外に出ても問題は無いと言う事で問題ありませんか?」

 

 シンの問いかけに藤堂は静かに首を縦に振る。

 許しが出た事にシンも安堵の表情を浮かべた。

 これから先缶詰生活が続くのは、シンとしても息苦しいだけだからだ。

 一つ問題が片付くと、藤堂は次の問題を話していく。

 

「この成績なら家には十分編入は可能よ。ただ時期的には当初の予定通り、4月から君は聖櫻学園の二年生として編入してもらうわ」

「何故……」

「ここがシン君に取っては過去の世界でも、ある程度はモラトリアムも必要だからよ。丁度空きがあるから来年の頭からは寮に暮らしてもらう事にするわ」

 

 寮暮らしと聞き、シンの表情に影が落ちる。

 集団生活はトコトン自分には向かないと軍で判断したからだ。

 明らかに浮かない表情になったシンを見て、藤堂も心配になったのか、彼をフォローしようとそれまで何をすべきかを話していく。

 

「そうしょげるな。異世界で一人きりであなたも不安でしょう。戸籍に関してはこっちで何とかするし、入学金や学費も奨学金と言う形で処理しておく。君に今必要なのは愚痴を言い合えるような友達だ」

「友達?」

「そう、明日会わせたい人が居る。今日はもう休みなさい。服は明日こっちで用意しよう」

 

 それだけ言うと藤堂は自室に戻って、翌日分の作業を行う。

 これ以上の問答は無駄だと判断したシンは何も言わずに藤堂に宛がわれた客室へと向かい、用意された布団の上に横になった。

 藤堂は友達を用意してくれると言ったが、シンは完全に光を失った目で一言つぶやく。

 

「そんな物俺には作れない。結局俺は軍でも一人だったからな」

 

 レイやルナマリアにそう言う感情を持った事、無い事は無い。

 だが今のシンにそれを受け入れるだけの包容力はなかった。

 怒りだけがシンにはないのだから。

 

 

 ***

 

 

 翌日藤堂が用意してくれた。黒のジャケットに白のインナー、ジャケットに合わせたチノパンと灰色のランニングシューズに身を包んで、シンはメモを見ながら指定されたマンションの前に立っていた。

 そこの最上階に住む聖櫻学園一年生の『螺子川来夢』が藤堂が会わせたい人物だと言う。

 早速シンはエレベーターを使って指定された階に到着すると、インターフォンを押す。

 

「ハーイ」

 

 リラックスした調子で現れたのはピンク色の髪を上くくりのツインテールでまとめ、同色の大きな眼鏡が特徴的なパステル色の強い服を着た少女であった。

 話から彼女が螺子川来夢だと判断したシンは、淡々と話を進めていく。

 

「君が螺子川さんでいいのか?」

「オウ、私は聖櫻学園一年の螺子川来夢だ。藤堂教頭から話は聞いているよ。モノクロームちゃんも待っているから入ってくれ」

 

 家主に許可を貰うとシンは一礼し、螺子川の後に続く。

 リビングのドアを開けた瞬間、シンは驚愕してしまう。

 そこには大量のコードと難しそうな部品が散乱しており、コードの中央にはまるで人間の少女ような銀色のロングヘアーを下くくりのツインテールでまとめた物が、コードに繋がれた状態で椅子に座っていた。

 何事かと思っていたが、ここでシンは藤堂から与えられた情報を思い出し、それを螺子川にぶつける。

 

「もしかして彼女が『ミス・モノクローム』なのか⁉」

「いかにも。彼女はミス・モノクローム、私の数少ない親友さ。現在はメンテナンス中だがな」

「メンテナンスって……学生がやっていい事なのかよ⁉ パッと見彼女はモビルスーツ以上に精密機械な雰囲気を持っているぞ」

 シンの口から出た言葉に螺子川は目を光らせると、懐に忍ばせていたボイスレコーダーを取り出して、シンからは事情を聴こうとする。

 

「ほうほうモビルスーツと来たか、異世界からの転生者とは聞いたが、シン君はあれなのかな? ガンダムにでも乗っていたのかな?」

「何でそれを⁉」

 

 話しても分からないだろうと思って何も話さなかったシンだが、モビルスーツと言う言葉を聞き、即座にガンダムと言う言葉が出た事にシンは驚愕し、逆に螺子川から問いただそうとする。

 

「どう言う事だ⁉ この世界はコロニーもコーディネーターもナチュラルもないはずだぞ! 何でそれなのにガンダムって単語は分かるんだよ⁉」

「コーディネーター? ナチュラル? OK、お互いに一回落ち着こうか」

 

 今度は逆に螺子川の知らない単語が出てきて、お互いに冷静になろうと螺子川はシンに呼びかける。

 これにはシンも同意し、お互い冷静になって情報交換を行う事で納得をした。

 そしてシンが得た情報は一つ、この世界ではガンダムは人気のロボットアニメシリーズであり、現在でも多くのファンによって支持されていると言う物。

 だが自分が生きているコズミックイラと言う時間軸だけは存在していないと言う事が。

 この事を踏まえた上で、改めて螺子川はシンに対してインタビューを行おうとする。

 

「何にせよ、まさか本物のガンダムのパイロットに会えるなんて、中々出来ない経験だからな。シン君の事激しく興味を持ったよ。詳しくインタビューさせてもらいたいのだが……」

「こっちの方が先だ」

 

 シンは興奮気味で周りが見えなくなっている螺子川を窘めるように、目を閉じて静かに椅子に座るモノクロームを指さす。

 コズミックイラの世界でも、完全に自立可能なアンドロイドなど作られた事がない。

 彼女が自分に取ってどう言う存在になるのか、シンは理解したかった。

 

「藤堂先生から、ミス・モノクロームは必ず俺の理解者になれると聞いたんだが、彼女は一体何者なんだ?」

「それはだな……」

『システムオールグリーン 充電完了しました』

 

 話そうとした瞬間無機質な機械の音声が響き、一斉にコードがモノクロームから落ちていく。

 それと同時に銀のボディープレートに、白と黒のストライプのミニスカートに身を包んだ少女、ミス・モノクロームはまるで寝起きの人間のように、大きく伸びをして大あくびをすると、螺子川と一緒に居る初対面の男性を物珍しそうに見つめる。

 

「どちら様ですか?」

 

 その声は機械らしく無機質な物ではあるが、姿形はどう見ても人間。

 あまりしげしげと眺めるのも失礼だと思ったシンは、モノクロームに自身の事を伝える。

 

「俺は来年の4月から聖櫻学園にお世話になるシン・アスカだ。藤堂教頭から、ここに来るように頼まれたんだが、聞いてないのか?」

 

 シンの問いかけに対して、モノクロームは小さく首を縦に振ると、螺子川の方を向き、ジト目で彼女を睨みつける。

 

「螺子川さん。私管理はあなたに任せるって言いましたよね?」

「いや済まない。ついうっかりな。それよりも本当に凄いんだよ彼は……」

 

 連絡の不備をごまかそうと、螺子川はシンについて語り出す。

 まるで女友達同士のようなやり取りに呆れながらも、シンは落ち着くまで待とうとその場に腰を下ろし、黙って二人のやり取りを見ていた。

 

 

 ***

 

 

 二人のやり取りが落ち着いたのを見ると、シンとモノクロームは異世界から来た者同士で情報交換を行っていた。

 モノクロームは現在アンドロイドアイドルとして活動していて学校へはあまり来れず、元居た世界はかなりカオスな内容の世界だったらしく、説明を受けても正直シンはピンと来ない印象が強かったが、大してモノクロームの方はシンの世界に興味津々。

 

「まさか本当にガンダムの世界の住人に会えるとは思っていませんでした。と言ってもあなたのようなパイロットは私の世界にも、こっちの世界でも見ませんでしたが」

「俺から言わせれば、モノクロームの方が凄いって思うよ……」

 

 シンの目の前に居るモノクロームは腹が減ったのか、単三電池を丸呑みしてエネルギー補給を行っていた。

 他にも人間の食事でもエネルギー補給が可能なモノクロームの方が、シンの理解を遥かに超える存在だったからだ。

 だが驚いてばかりもいられない。シンは何故モノクロームがアイドル活動を始めたのか、その真意を聞き出そうとする。

 

「それで何でアイドルになろうと思ったんだ? モノクロームは俺よりも認知が大変だろう。アンドロイドなんてこの世界ではお前一人じゃないのか?」

「そこは問題ありません。私は商標登録されていますので、戸籍に関しての問題はクリアしています」

「いいのかそれ⁉」

 

 あまりにアバウトすぎるこちらの世界に対応にシンは激しい突っ込みを入れてしまう。

 こちらの事実が衝撃的過ぎたので、本来の目的を忘れそうになってしまうが、シンは慌てて何故モノクロームがアイドルを志したのかを聞こうとする。

 シンの世界ではアイドルはラクス・クライン以外認められておらず、正直な話アイドルに関していい思い出など何一つないのだから。

 

「アイドルに関しては私が前に進むためです。アンドロイドは人の役に立つため生まれてきました。そして私の容姿は男性受けが良いデザインに作られています。ならば私が前を目指すのは必須だと思います」

「そして私はモノクロームちゃんのサポート係だ。彼女は私と友達になってくれたからな」

 

 モノクロームの志その物は立派な物なのかもしれない。

 だが今のシンに彼女を受け入れられる度量はなかった。

 どうあっても自分は何も出来ない。何もやりたくない。全てに絶望したからこそ、シンは半ば自殺と言う形でコズミックイラの世界を後にしたのだから。

 モノクロームを直視する事が出来なくなったシンは何も言わずにその場を後にしようとする。

 

「もういいのですか?」

「ああ大体は分かった。上手く行くといいな、アイドル活動……」

 

 心にもない言葉だけのエールを送ると、その場に居るのが辛いのか。シンはそそくさとその場を後にしようとするが、螺子川がそんな彼を呼び止める。

 

「また君の世界のガンダムの話を聞かせてもらってもいいか?」

 

 目を輝かせながら螺子川は尋ねる。

 メカニックで発明家である螺子川に取って、シンの存在は興味津々であったが、そんな彼女に対しても、シンはつっけんどんな態度しか取れなかった。

 

「螺子川が興味ある話は出来そうにないよ。まぁ聞くのは勝手だけどな」

「じゃあメッセージツールの交換を……」

「携帯持ってない」

 

 それだけ言うと今度こそシンはその場を後にした。

 取り残された二人はその寂しそうな背中を見て、何とも言えない静寂に包まれていたが、モノクロームが一言つぶやく。

 

「何て悲しい目をした人なのでしょう……」

 

 

 ***

 

 

 シンは歩調からも怒りが伝わるかのように、ドシドシと不機嫌なオーラを全開にさせながら歩く。

 頑張っている奴を見ると腹が立つのだろう。もう自分には何も出来ないと判断したのだから。

 

「今だって生かされている状態だ。何の力もない、クソ雑魚の俺にはお似合いのクソ以下の人生だよ」

 

 自虐気味に一言つぶやく。

 完全に目的を見失ったシンはもうこう言う生き方しか出来ないと決めつけていた。

 そうでなければ自分の心を保てられないから。




と言う訳で、生徒としては初めて、螺子川来夢とミス・モノクロームを絡ませました。
ミス・モノクロームを異世界人にしたのは、彼女は他の分野からの参入と言う事なので。
ガールフレンドは結構クロスオーバーが多いので、今後もこう言う対応はしていきたいと思いました。


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第四話 シン壊れる

堕ちていくのもまた人生。


 年が変わり、季節は本格的な冬となった。

 シンはある程度自分の荷物が出来た事から、藤堂のマンションに居候から、聖櫻学園の寮へと引っ越していて、この日もシンはやる事がないかと言う理由で勉強に勤しむ。

 だがその表情は晴れやかな物ではなく、完全に目は死んでいた。

 ここの人達は決して自分の事を悪く言わない。

 シンが軍に所属していた頃は毎日のように否定され、からかわれ続け、そこから喧嘩になって袋叩きに合い、そして自分一人だけが責任を取らされて独房行きとなる。

 自分の事を何一つ知らないのだから当然なのは分かっている。だがそれでもシンは居心地の悪さを感じていた。

 それは将来に対する不安だ。

 まず一つは戸籍、この世界ではもうシン・アスカとして生きる事は出来ない。全くの別の名前を名乗らなくてはいけない事に腹立たしさを覚えた。

 次にこれからの生活費についてだ。奨学金と言う形を取ったが、これは言うならば借金生活のような物。

 ここに来るまでに奨学金の闇に付いては調べたつもりだ。この不況の日本で20年近く返しきれるかと聞かれれば正直微妙な所だ。

 元々後ろ向きでネガティブ思考が強いシンだったが、アスランに決定的な敗北を食らってから、その傾向はますます強くなった。

 ハッキリ言ってシンの今の立場は八方塞がりもいい所だ。

 外出制限もされている寮の暮らしは決して快適な物とは言えず、シンの中に過るのは数々の苦い思い出。

 何一つ誰一人救う事が出来ず、ただ辛く悲しいだけの日々をこれからも過ごさなくてはいけないかと思うと、その瞳には涙が浮かび出し、持っていたシャープペンシルを粉々に打ち砕いてしまう。

 

「もう今日は無理だ……」

 

 今日やっていたのはあくまで復習であり、改めて頭に定着させるための物。

 もう十分やっただろうと判断したシンは消灯時間には少し早いだろうと思ったが、床に就く事を選んだ。

 それ以外に自分が出来る事など何一つないから。

 

 

 ***

 

 

 だが夢の中でシンを襲ったのはいつもの悪夢。いやコズミックイラ時代よりも酷い悪夢であった。

 家族を失った光景に加え、アカデミーや軍での辛く悲しい思い出ばかりがフラッシュバックし、シンを苦しめる。

 過去だけじゃない。どうせこれから先の未来もろくな人生を歩めないとシンは決めつけてしまっていた。

 何もかもに絶望する。力のないシンが出来る事はそれだけだった。

 数々の苦い思い出の中で最後にシンガ見た光景。それは慰霊碑の前でキラ・ヤマトと握手をして分かり合うと言う内容の物。

 

「……ざけんな……」

 

 この瞬間見ている物が夢だと理解し、シンの中で嚇怒が沸き上がる。

 怒りだけが体を支配し、血液が沸騰する感覚に襲われると、体中に汗を浮かばせながら、安物の掛布団を足で吹き飛ばし、シンは飛び起きる。

 

「誰がテメェなんかと仲間になんてなるか!」

 

 目の前にあったのはパイプベッドと勉強机だけがある簡素な部屋だった。

 本来は二人用の部屋なのだが、寮を使うのは留学生か家が遠い所にある生徒のみであり、今は空き部屋の方が多い状態である。

 近々取り壊しも視野に入れているため、本来の寮よりは緩い規約となっている。

 それだけがシンに取って救いだった。今の怒鳴り声を聞けば、また喧嘩になるのは分かっている事だから。

 しかしそれでもシンの怒りは収まらない。水一杯飲むにしても食堂まで行かなければいけない。

 髪を乱雑にかきむしり、頭を何度も強く拳骨で殴っても、晴れやかな気持ちにはならない。

 こんな時周りはどう言うだろうと思うと、再び負のスパイラルに入ってしまう。

 『大人になれ』『過去の事にウジウジするな』『そんな人を増やさないために頑張らないと』そう言う言葉は逆にシンの神経を逆なでさせるだけであった。

 従わなければ鉄拳制裁が飛ぶ。会う人、会う人に否定しかされた事ないシンの心は最早限界にまで達していた。

 

「何でもいい……もう何でもいい……」

 

 シンは藤堂に買ってもらった紺色のパジャマを脱ぎ捨てると、前の住人が置きっぱなしにしていた真っ黒なジャージに手を伸ばして着る。

 フードを頭から被り自分とバレないようにすると、窓を開けてそこから飛び降りる。

 三階からそんな事をすれば普通は骨折物なのだが、訓練を受け、コーディネーターの身体能力を持ったシンに取ってこの程度は命綱なしでも脱出が可能な範囲。

 こうして夜の闇に紛れて監視の目を盗み、シンは夜の街へと繰り出す。

 自分が僅かでもすがれる物を見つけるため。

 

 

 ***

 

 

 夜の繁華街をあてもなくシンは歩く。

 調べてみた所、自分が居る場所は日本でも最大の歓楽街がある東京ではなく、神奈川の横浜だと言う事が分かった。

 しかし横浜も東京ほどではないにしろ、中々の繁華街であり、町は綺麗にネオンで煌びやかに光り輝いていた。

 しかし、シンにそれらを楽しむ余裕などない。

 無一文で放り出されたのに加え、シンの年齢では風俗もカジノも利用する事は出来ない。

 飲食店に入っても補導されるのがオチだろうと分かっていたので、ただ極力裏道を進んでいくしかシンには選択肢がなかった。

 フラフラとあてもなく歩き続け、完全に街灯も灯らない裏路地へと迷い込んだ時、シンは自分に対しての殺気を感じ取って振り向く。

 だがそこには誰も居なく、居るのは自分だけだと分かると再び歩を進めようと前を向く。

 

「気のせいか……」

 

 しかし次の瞬間明らかに自分を殴り飛ばそうとする風圧を感じ取って、シンは前を向いたままジャンプしてかわすと、ファイティングポーズを取って振り返る。

 だが振り返った瞬間、自分を襲おうとした輩を見て、シンは空いた口が塞がらなくなっていた。

 そこに居たのはラーメンのどんぶりを頭から被って、背中には暖簾を背負い、両手には麺を持った非常識を絵に描いたような男が居たのだから。

 しかしシンの心情を待ってくれず、ラーメン男は両手に持った麺を鞭のようにしならせて、シンの顔をしばく。

 刺さるような痛みが走った事で、呆れから一気に怒りがシンの脳内を支配し、これまで苛立っていた事も手伝い、拳を振るってラーメン男に殴りかかる。

 

「馬鹿にするのもいい加減にしろ!」

 

 それは誰に向けて言った言葉なのかは分からない。だが今のシンに取っては殴れれば何でもよかった。

 麺をかき分けて放つ渾身の右ストレートは綺麗にラーメン男にクリーンヒットし、男の体はのけぞる。だがその程度でシンの怒りは収まらない。そのまま怒りの言葉と共に立て続けにラーメン男を殴り続ける。

 

「確かに俺は何も出来ない負け犬だよ! だからと言ってなテメェみてぇなドクズにまで見下される筋合いはねぇんだよ!」

 

 後方に倒れこんだラーメン男の上に馬乗りになると、シンは立て続けに男の顔面にマウントパンチを放ち続ける。

 面白いようにクリーンヒットし続けるパンチがシンの感情を更に怒りへと導く。

 

「どいつもこいつもむかつくんだよ! 俺の事をいいように利用するだけのレイ! 分かったような事ばかり言って否定しかねぇルナ! 糞みたいな政治しかしねぇアスハ! うぜぇだけのアスラン! 自分の言葉が全て正しいと踏んでいるラクス・クライン! そして俺の家族を奪ったキラ・ヤマト! そして俺だけが悪者として扱われる世界! もううんざりだ!」

 

 軍ならばここで全員に馬乗りにされて強制終了させられ、独房行きがいつものコースだろう。

 だがここは誰も居ない路地裏、プロレスラーのような体格を持った相手にも喧嘩を挑んだが、返り討ちにあった事もあるシンは生まれて初めて圧倒すると言う経験に酔っていた。

 

「テメェみてぇなクズに俺の何が分かるってんだよ⁉ どいつもこいつも否定ばかりしやがってよ! ガキで何が悪い! バカで何が悪い! それが俺なんだよ! もう俺は一生死ぬまで俺でしかねぇんだよ!」

 

 完全に感情のタガが外れてしまったのか、怒りに身を任せて何度も何度も拳をシンは振り下ろす。

 そしてラーメン男が完全に戦意を喪失して動かなくなったと同時に起こった現象を見て、ようやくシンは落ち着きを取り戻した。

 

「何だこりゃ⁉」

 

 それまで伸し掛かっていたラーメン男の体は半透明になって消えると、まるで蒸発するかのように消えてなくなった。

 尻が地面に着地すると同時にシンは理解した。これをも人間に振るっていたら、どうなっていたかと。

 だが同時に危険な考えがシンの中を占めて、口元だけを歪ませた邪悪な笑みを浮かべると、シンはゆっくりと立ち上がる。

 

「あれが何かは分からねぇけどよ……あれぐらいならいくらでも殴れるし、別に犯罪でもねぇだろ……」

 

 最早完全に本来の目的を見失い、暴力の快楽を知ってしまったシンは次の獲物を求めて、フラフラと町をさまよう。

 シンは気付いていなかった。今倒したのは聖櫻学園の周辺のみに現れる問題となっている存在『悪男』であり、この悪男をどれだけ撃退する事が出来るかが、この世界においてのステータスだと言う事を。

 

 

 ***

 

 

 今までにないくらい晴れやかな気持ちで真冬の朝にも関わらず、シンは体中に浮かぶ汗を拭いて爽やかな笑みを浮かべていた。

 その後もシンは悪男を見つけては狩り続け、暴力の快楽に酔いしれていた。

 他人から見れば最低な行為であろう。だがシンの胸中は今までにないぐらい晴れやかな物であり、まるでスポーツで汗を流したかのような感覚に酔いしれる。

 

「これを目的にするのも悪くないかもしれないな」

 

 異世界の中で一つ目標が出来た事に喜びを覚えると、シンは朝の点呼の時間に間に合うように寮へと足早に戻る。

 この瞬間聖櫻学園のデータベースには一人新たにランキングに登録された人物が現れる。

 その名は『シン・アスカ』

 

 

 ***

 

 

 そして季節は桜が舞い散る春になった。

 桜並木をゆっくりと歩を進めるのは露骨に不機嫌そうな顔を浮かべた一人の少年。

 黒髪に赤い瞳を持ったワイルドな顔立ちの整った少年は、一見すれば男前の部類に入るのだが、その見る物全てが気に入らないと言った不機嫌そうな表情に全員が彼を遠ざけていた。

 学校指定の制服をきっちりと着込み、背中に学生鞄を背負った少年は無事に転入試験に合格し、ポケットから生徒手帳を取り出すと、自分が所属するクラスへと向かう。

 彼の名は聖櫻学園2-C所属、シン・アスカ。またの名を吉田新太(よしだあらた)




戸籍の問題から、シンには偽名を用意させました。
偽名に関しては苗字は監督の名前を少し変化させ、名前はそれに合うのを適当に選んだ感じです。
このゲームにおいてランキングの上位に行くのは大変な事ですが、それもシンなら何とかなるだろうと思い、このような処置を施しました。


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第五話 きのこのこ

進まないと少しずつでも


 生徒手帳に記された名前にシンは違和感を覚えていた。

 元々の名前を名乗れないのは分かっているが、商標登録されて元の名前を名乗る事が出来るモノクロームと比較してしまうと、これから自分は吉田新太と言う名前で生きていかなくては行けないと思い、また一つイライラが募っていく。

 

(まぁまたあれでも殴って憂さ晴らしすればいいか……)

 

 ここは前の世界とは違う。

 完全に闇に落ちたシンは一つ邪悪な笑みを浮かべると、職員室のドアの前をジッと見る。

 待っていたのは自分の担任となる月白陽子を待っているからだ。

 ようやく手続きが終わったのだろう。職員室のドアが開き、緑色の髪を上くくりにまとめ、眼鏡をかけた女性が姿を現す。

 

「待たせたな。行くぞ」

 

 厳格そうな雰囲気を持つ担任、月白陽子に声をかけられると、シンは一礼して彼女の後に続く。

 学園長は学校で学べばいいと言っていたが、シンの胸中は一つしかなかった。

 

(出来る事適当にやるだけだ……)

 

 子供の内から大人と同じように扱われたシンは、すっかり人を見下す悪い癖が付いてしまっていた。

 戦争を経験したシンからすれば、この国は箱庭のような物。

 この世界にも戦争は存在し、今でも人々は戦争に苦しんでいる。

 だがそんな物は今のシンには何の関心もない事実。今のシンの胸中を占めているのは一つだけなのだから。

 どれだけストレスなく、穏やかに面白おかしく生きていけれるかだ。

 

 

 ***

 

 

 2-Cの新しい仲間に皆興味津々であり、ワイルド系の美形のシンを見て、クラスメイトはザワザワと騒いでいた。

 月白は何も言わずに黒板にこの世界のシンの名前である『吉田新太』の名前を書くと、クラスメイト達に告げる。

 

「形式上こう言う名前になっているが、彼の本名はシン・アスカと言う。故に私もそのように呼ぶ事にするので、皆も気を付けてくれ」

 

 あまりに柔軟すぎる対応に、シンは唖然となってしまう。

 こんな事でいいのかと抗議の声を上げようとしたが、周りから一斉に送られる拍手の数々に、言うタイミングを完全に逃してしまい、シンはクラスメイトから質問攻めにあってしまう。

 

「ガンダムの世界から来たって本当?」

「やっぱりガンダムに乗っていたの?」

「今現在彼女は居る?」

 

 シンは自分が異世界転生者である事は一部の人間にしか話してないはずなのに、何故自分がコズミックイラの世界から転生している事を皆が知っているのか唖然となり、視線だけ月白の方に向け、詳細を聞こうとする。

 

「スマン。どこで仕入れたかは分からないが、口コミでいつの間にか広がってしまった」

 

 申し訳なさそうに言う月白を見て、これ以上の問答は無意味だと判断し、出来れば触れられたくない過去の苦い思い出に対し、シンは生返事を適当に行う事しか出来ず、月白に促されて自分の席に座る。

 その後は月白のサポートもあり、何とか平穏な時間を取り戻したが、シンはここで友達を作ろうと言う気もなければ、もう一度青春を取り戻そうと言う気もなかった。

 

(もう俺は普通に生きるなんて出来ないよ……俺が求めているのは今でも亡くした家族だ)

 

 前を向いて歩くなど出来ない。平穏無事に生きるなど出来ない。

 暴力の麻薬を知ってしまったシンは、自己分析と言うのも3ヶ月の間で出来るようになった。

 激情家の自分が誰かと共に歩く事など出来ない。考えてみればつくづく軍人には向かない性格だと理解するだけではなく、集団生活も全く行う事が出来ないだろう。

 そんな自分が幸福に生きていける訳がない。なまじ出来る人間だからあれこれと押し付けられ、煩わしいだけの責任なんて物を押し付けられてしまったのだから。

 そんなシンの話しかけるなオーラがヒシヒシとクラスメイトにも伝わったのだろう。

 その後は悪い意味での静寂が2-Cを包んでいた。

 

 

 ***

 

 

 2-Cに転入して1週間の時が流れた。

 この日も全ての授業が終わり下校のチャイム音が鳴り響く。

 だがシンは誰も居なくなった教室で相変わらずの不機嫌そうな顔を浮かべ、一人腕を組んで座るだけだった。

 こんな態度を取っているにも関わらず、学力も体力も一番である事から、シンは完全に孤立してしまっていた。

 話しかけづらいと言うのが一番の理由なのだろう。シン自身が積極的にならない限り、この状況は何も変わらない。

 シンに変わるつもりはないが、現状をよく思わない生徒が二人程、彼を遠目から見ていた。

 

「やっぱりこの状況よくないって思うよ。つぐみちゃん」

「そうだよね……」

 

 同じ2-Cのクラスメイトである櫻井明音と春宮つぐみは、いつまでたっても一人ぼっちのシンを心配し、自分達が彼に話しかける事でこの状況を打破しようとしていた。

 元々社交的な二人はクラスの中でも比較的中心人物的な存在であり、決してクラスの空気を良くしている訳ではないシンを何とかしようとしていた。

 二人ともガンダムの事は知っていたが、興味本位だけでシンに近づこうと言う訳ではない。

 あまりの物珍しさからクラスメイトの質問攻めがわずわらしいと思って、こんな状況になってしまったのかもしれない。

 しかし過ちは正す事が出来る。まずはちゃんと謝って、その上でキチンとシンを一人の人間として向き合って話し合おうと決め、明音とつぐみは彼の元へと向かおうとする。

 

「ちょーい!」

 

 その時突然、明るい声が響き渡り、頭を軽くはたかれたシンは後ろを振り向く。

 そこに居たのは薄紫色の腰まで伸びたロングヘアーを二つくくりのツインテールでまとめ、目付きの悪い小柄な少女が居た。

 少女はシンと視線が向き合うと、ニタニタと下卑た笑みを浮かべながら話し出す。

 

「やっとこっち向いたな。この陰キャめ。ハロー、シンさん。ご機嫌いかが~ ハッピー、うれぴー、よろぴくねー!」

「お前何?」

 

 ハイテンションな少女をシンは一喝し、行動を制する。

 ノリの悪いシンに対して、少女は大袈裟にずっこけながら、ジト目でシンを睨んで自分の事を話していく。

 

「んだよノリ悪いな。そんなんじゃ陰キャ認定されちまうぞ。これからの時代はコミュ力だろうがよ」

「だからお前何?」

「何? 編入して一週間も経っているのに、あたしみたいなキャラ強いの覚えてない訳? しゃーねーな。改めて自己紹介してやるよ。あたしゃ聖櫻学園2-C所属の姫島木乃子だよ。あんか文句あっか?」

 

 マシンガンのように一方的に話し続ける木乃子に圧倒されながらも、シンの調子は変わらない。相変わらずの不機嫌そうな表情を崩さないまま、木乃子の対応に当たる。

 

「で、お前俺に何の用だ?」

「そう言うつっけんどんな態度を格好いいと思っているなら、今の内に捨てておけ、シン評判悪いぞ。いっつもブスっとした顔を浮かべててよ。クラスで完全にぼっちになっているのに気付かないか?」

 

 木乃子は完全に孤立してしまっているシンを気遣って話しかけてくれたのだろう。

 だがそんな優しさに応えられる度量も余裕もシンにはなかった。

 そして自分が最も疑問に感じた事を一言告げる。

 

「まず日本語をちゃんと喋れ。お前が言っている事何一つ分からねぇよ」

「お前はやめろよ。ゲームしめじと呼んでくれ」

「それで満足なのか?」

 

 名前だけでかなり特徴的なのに、更に要求するあだ名が突飛すぎる事から、反射的にシンは突っ込む。

 ようやく会話のキャッチボールが出来る状態になったのを見ると、木乃子は自分の想いを語っていく。

 

「ネットスラングが多いのはヲタの宿命だ諦めろ。だからと言って脛蹴りの突っ込みはNGだぞ。暴力ヒロインは女だけの特権と言いたいが、あたしゃ嫌いだから安心してくれ」

「論点完全にずれているぞ。姫島は俺をどうしたいんだ?」

「おっと失敬。話を戻すぜ。いつまでぼっちを気取って悦に浸るのは止めろと言っているんだ。そろそろ、よーこちゃんに目付けられるぞ。本当よーこちゃんの説教は長いからな」

 

 木乃子と話したのは数分にも満たないが、シンは彼女の本質を理解してしまう。

 彼女はかなりの問題児だと言う事を。

 だが決してそれだけではないと理解すると、シンは体勢を変える事なく木乃子と向き合って話を進めていく。

 

「ようするに友達を作れって事か?」

「そう言う事だ。シンはコミュ障か何か?」

「まずコミュ障って何?」

 

 一方的に否定するのではなく、ちゃんと相手の話を理解する事から対話は始まる。

 木乃子はスマホでコミュ障の意味を教えると、シンは自分にも当てはまる部分があると納得し、冷たく振り払う。

 

「余計なお世話だ」

「余計なお世話でもしないとシンみたいのは、いつまで経ってもそのままだろうがよ。形だけでもいいからやっておけって、あたしがまずシンの友達になってやるからよ」

 

 思ってもみなかった言葉にシンは少しだけ木乃子に興味を持つようになる。

 ただ一方的に上から目線で説教をして否定するだけなら、これまで関わってきた連中と何も変わらないので、一蹴しようと思っていたのだが、木乃子は違うと判断して彼女の話をもう少しだけ聞こうとする。

 

「クラスの皆だって悪気があった訳じゃないんだ。ただモノクロームちゃんと同じで異世界転生者が物珍しすぎて、ついバカになっただけなんだからさ。皆根はいい子ばかりなんだ。クラスの中心人物になれとまでは言わないが、まずはあたしぐらいで手を打っておけって」

「分かったよ」

 

 会話に疲れたのか、木乃子の真意を理解したのかは分からないが、シンは頃合いだろうと判断して、席を立って鞄を持ってその場を後にしようとする。

 まだ明確な答えを聞いてない木乃子は彼の後を追おうとするが、シンは最後に一言言ってそれを制した。

 

「ただしそっちから俺に話しかけてくれ。俺の方からは何もしないよ。嫌になったら適当に手を引けばいい。まぁ……こんな俺に話しかけてくれたんだ。悪人じゃないって事ぐらいは分かるよ」

 

 それだけ言うと今度こそシンは帰路に就く。

 一人取り残された木乃子は舌打ちを一つして、最後に捨て台詞を吐いた。

 

「嫌な感じだね」

 

 だが決して悪意だけではないと言う事は口調の明るさから分かる。

 その様子を遠巻きに見ていた明音とつぐみは二人で顔を見合わせて、これからのシンの処遇を決めた。

 

「しばらくはキノコちゃんに任せてみようか」

「そうだね」

 

 最悪の場合は自分達が動けばいいと判断して、明音とつぐみは各々部活へと向かった。

 少しずつでもシンはこの世界に馴染んでいると信じて。




と言う訳で今回初めて生徒を本格的にシンと絡ませました。
まずは姫島木之子からです。意外とシンと相性はいいと思ったので。
螺子川、モノクロームはスポットキャラですので、ここから本格的にガールと絡ませたいと思っています。
感想、評価お待ちしています。


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第六話 それでも俺は止まらない

僅かな愛情や優しさは、怒りと憎しみの前に消えた。


 この日も窮屈な寮の生活にシンは激しい苛立ちを覚えていた。

 幸いにも新入生の中で寮を使う生徒はおらず、シンは相変わらずの一人暮らし状態ではあったが、それでも集団生活と言うだけでシンの苛立ちは募る一方。

 今日は木乃子が話しかけてくれた。それは嬉しかったのだが、どうしてもシンは過去にこだわってしまう人間。

 それが原因でほぼ自殺のような特攻まで決めてしまったのだから。

 気を紛らわせようと勉強をしていたが、それももう自分で限界に達するのが分かっていた。

 もう何本目か分からないが、また一つシャープペンシルを握り潰してスクラップにすると、窓を開けて再び夜の街へ繰り出そうとする。

 

『まずはあたしぐらいで手を打っておけって』

 

 いつもならば殴れる事に喜々としていたシンだったが、この日頭に過ったのは木乃子の言葉だった。

 自分を気遣ってくれたのは嬉しい。だがその気遣いに応えてやれるだけの度量は自分にはない。怒り狂っている間だけが唯一、惨めな自分を忘れられる瞬間なのだから。

 例え間違っていると分かっていても、感情がそれを許さず、理性よりも感情に負けてしまう。

 考えた所で辛いだけだ。どうせ何も変わらないのだから、なら何も考えなければいい。それがシンの出した結論だった。

 

 

 ***

 

 

 この日も様々な変態を片っ端から見つけては手当たり次第に無茶苦茶に殴り飛ばす。

 幸いにも悪男の方から向かってくるので、殴る相手には事欠かない状態であり、この日も怒声と罵声を思い付く限り浴びせ倒し、悪男を片っ端から消滅させていく。

 この瞬間だけは言いようもない幸福感に包まれていて、食事よりもオナニーよりも欲求が満たされる感覚にシンは酔いしれていた。

 自分のしている事が正義など微塵にも思わない。ただやりたいからやっているだけ。

 正義に燃えて戦争を止めようと戦っていた時よりも、今の方がずっと充実していると判断して、ただただシンは乾いた笑いを放つだけだった。

 

「悪く思わないでくれ姫島。俺はこう言う生き方しか出来ないんだよ」

 

 自分で言っいて何て痛い奴なんだと思っていたが、事実なのだから仕方ない。

 思い通りにいかなければ殴り飛ばして黙らせる。そう言う風にしか教えられてない自分が、他の生き方など出来る訳がない。

 これが自分の見つけた大人と言う形なのだと強引に話を終わらせると、朝日が昇り出したのを見て、シンは帰路に就く。

 その際思うのはまたあの窮屈な寮に戻らなくてはいけないのかと思うと、シンは再び憂鬱になってしまう。

 

「金が欲しい……」

 

 金がなくては何も始まらない。それは家族を失ったその時から分かっていた事。

 何もかもを亡くした自分がアカデミーに所属する事が出来たのは、常にトップを走り続けていて、学費を免除させられていたからこそ。

 だが今は違う。奨学金はいずれ返さなくてはいけないし、常にギリギリの状態で自分が自由になる金など一つもない。

 何もかもが管理された現状は軍に居た頃と何一つ変わってない。

 今を変えたいと言う想いが歪んだ形ではあったが芽生えていた。

 それを成長と言ってくれる人は、コズミックイラの世界にも、この世界にも居なかった。

 

 

 ***

 

 

 週が明けて月曜日、月白は学園長から渡された一つの資料を見て愕然となっていた。

 それは『たすけて! マイヒーロー』と言う悪男をどれだけ撃退したかと言うランキング表であり、そこでいきなりトップに現れた名前。

 

『一位 シン・アスカ』

 

 突然のニューヒーローの存在に一部では騒がれた。それはこのランキングは一朝一夕で載れる物ではないのだから。

 シンがこの世界に来て半年も経ってないのに、この結果を残した事に月白は膝から崩れ落ちそうになってしまうが、辛うじて堪えるとスマートフォンを取り出して、どうすればこんな事になってしまうのか計算を行う。

 すると毎日最低でも6時間以上は戦い、その全てに勝利しなくてはいけないと言う結果が出たのだから。

 

「信じられない。元気炭酸も用意されていないのに……」

 

 ランキングの上位と呼ばれる面々は所謂お助けアイテムを多用しているのが要因。

 それはお金と引き換えに手に入れられるドーピングのような物であり、故にマイヒーローの上位は事実上の長者番付のような扱いもされていて、女性陣からも注目を集めている。

 しかしシンは純粋な身体能力だけで頂点に立つ事が出来た。

 悪男は女性には倒す事が出来ないと言う妙なルールが存在している。

 故に祐天寺は参加出来ないが、もし彼女が悪男討伐に参加すればこれぐらいの結果は残せるだろうと月白は思ったのだが、そんな事はどうでもよかった。

 

「このままにしておく訳にはいかない……」

 

 自分の生徒が悪の道へ片足踏み込んでいると判断し、月白は学園長に自分の意見を伝えようとする。

 シンは最早物珍しさだけで見ている存在ではない、月白に取って大切な生徒なのだから。

 

 

 ***

 

 

 この日も終礼のチャイムが鳴り、生徒達は足早に帰路に就いたり、部活へ向かおうとしていた。

 そんな中でもシンは相変わらずのブスっとした顔を浮かべるばかりだったが、後ろから肩を叩かれて振り返る。

 

「またぼっちモードに入ってるぞ。しょうがないな~」

 

 未来の世界の猫型ロボットのような口調で木乃子はシンをおちょくるが、そんな彼女に対してシンの態度は変わらず、何も言わずにジッと木乃子を見つめるだけ。

 これじゃ何も変わらないと判断し、木乃子は強引にでもシンにこちらの世界に興味を持ってもらおうと、彼の腕を取って引っ張ろうとする。

 

「何の真似だ?」

「いいから家でゲームするぞ。ゲームの面白さをシンにも教えてやるよ」

「ついこの間面識を持った人間を自分の部屋に連れ込むのか? もう少し貞操観念を強く持った方がいいぞ」

「大丈夫だ。家にはママンも居るし、それぐらいしないとシンは色々とヤバいだろうよ」

「その通りだ。だがそれは今日じゃない」

 

 突然第三者の声が響いた事に、シンと木乃子は同時に声の方向を見る。

 そこに居たのは眼鏡を直して気合を入れ直した月白であり、木乃子は自分がまた何かしでかしたのではないかと思い、バツの悪そうな顔を浮かべるが、月白はシンの前に立つと親指でシンを誘導し、生徒指導室まで来るよう命じる。

 シンは何も言わずに彼女の後に続き、そんな二人を前に木乃子は唖然となっていたが、最後に一言月白に対して叫ぶ。

 

「あんまり怒っちゃダメだぞ! よーこちゃん!」

「分かっている。だけど陽子ちゃんは止めなさい」

 

 これが自分に出来る精一杯の行為だと思ったが、ここで帰るのが本当に正解なのかと木乃子は二の足を踏んでしまう。

 今の状態でゲームをやった所できっと集中など出来る訳がない。進む事も戻る事も出来ず、木乃子はただただ茫然と立ち尽くす事しか出来なかった。

 

 

 ***

 

 

 月白の後ろを歩いている途中、シンの中では怒りに満ち溢れていた。

 それは過去何度もルナマリアに怒られた記憶がフラッシュバックするばかりだらからだ。

 どうせ今回も人のやることなす事否定ばかりして、最後は殴り飛ばして黙らせるんだろう。

 そんな負の感情だけが今のシンを支配していて、月白に促され生徒指導室に入り、パイプ椅子に座ると次の月白の行動は予想外の物だった。

 

「コーヒーでいいか?」

 

 月白は二つのマグカップを取り出し、自分の分とシンの分のインスタントコーヒーを作ろうとしていた。

 一瞬呆気に取られていたシンではあるが、すぐ気の抜けた声で「ハイ」とだけ言うと、月白はコーヒーを二つ作り上げて一つをシンの前に置くと、ファミリー用のお得パックのお菓子を開けてトレイの上に放つ。

 

「お菓子食べるか?」

 

 これから煩わしいだけの説教が始まるのだと思っていたが、思っていた以上の好待遇に呆けながらもシンは一礼をしてお菓子を一つ食べて、コーヒーを一口飲む。

 インスタントの安物ではあるが、気を落ち着けるにはちょうどいい物であり、ある程度リラックスが出来たのを確認すると、月白は彼とテーブルを挟んで向かい合わせに座り、何故自分が呼び出したのかを話そうと、一枚の紙をシンの前に差し出す。

 それはおねがいマイヒーローのランキング表であり、突然一位になったシンの存在を指さすと、ここから本格的に話を進めていく。

 

「まずシンは何を倒しているのか分かっているのか?」

「いえ。ただ向こうが殴りかかるから、身に振る火の粉を払っただけです」

 

 確かに悪男は放っておけば男女問わず害をなす存在。

 だから駆除する事自体は間違っていないのだが、シンの場合は数が尋常ではなく多い。

 まずは悪男が何なのかを分からせる事から月白は始める事にした。

 

「なら教えるよ。君が今まで倒していたのは悪男と言って、この世界に害をなす存在だ」

「途中で消えてなくなりましたけど、あれ何なんですか? 人間じゃないですよね?」

 

 最もなシンの疑問に対して、月白はバツの悪そうな顔を浮かべて目を背けてしまう。

 悪男に関しては何も分かっていないからだ。

 分かる事はたった一つ放っておけば、女の子を襲い害をなす事。ある程度の戦闘力を持っていれば撃退出来る事。男性にしか撃退出来ないと言う事。その正体は何一つ今のところ分かっていない事、それら全てを月白は的確に伝えた。

 

「話を聞けば聞くほどファンタジー世界みたいな内容ですね」

「それを言われると何も言い返せないな……しかし今日シンを呼び出したのはそう言う事じゃないんだ」

 

 ここから本題であるシンの問題点に付いて月白は話し出す。

 悪男その物を駆除する事は悪い事ではない。

 だがシンの場合その数が異常に多すぎる事を問題視し、何故そこまで悪男に固執するのかを訪ねる。

 少し迷ったのだが、シンはその場の圧に負け、ゆっくりと語っていく。

 

「一言で言うなら憂さ晴らしです。金もない、自分の名前も名乗れない、奨学金なんて借金まで背負っている。そんな八方塞がりな状況でも殴っている間だけは忘れられますからね」

 

 シンの本音を聞き、月白は顔を覆って嘆く。

 確かに何もない異世界に体一つで転移したシンに同情の余地はある。

 だがモノクロームと違って目的も指名もないシンを何とかしようと、月白は説得に当たる。

 

「自分でも分かっているだろう? そんな事したって何も変わらないって事ぐらい」

「それは分かっていますよ。でも俺は止めるつもりはありません。寮生活は窮屈でしょうがないからですね」

「イジメにでもあっているのか?」

 

 月白の問いかけに対して、シンは小さく首を横に振ると、何故こんな事になったのかを語り出す。

 戦争で家族を失い、その後の人間関係にも何一つ恵まれず、最後はテロリストの暴力に屈し、ラクス・クラインの下で働くのが嫌で、アスランを相手に特攻をかまし、現在に至る事をシンは告げた。

 シンの環境に同情出来ない事はなかったが、シンの行動を一つ窘めようと月白は話し出す。

 

「だから集団生活をしていると軍の嫌な記憶がフラッシュバックし、こう言う行動に移るんだな?」

「イエス」

「シンの環境に同情しない事はない。だがこんな非生産的な行動は控えなさい。シンに必要なのは暴力ではない」

「だが金はどうする事も出来ないでしょう」

 

 学生の身分で金を稼ぐなどたかが知れている。それを理解しているシンはあっけらかんと言う。

 その何もかもを諦めたような口調のシンを見て、月白は何とかしなくてはいけないと言う使命感に駆られ、一つの提案をする。

 

「その件に関しては追々やっていく事にするよ。一つ提案があるんだがな」

「何です?」

「シンに必要なのは話をする人間だ。今日は月曜日だから毎週月曜日は私と話す時間を取ろう。話を聞く限り、カウンセリングが必要だからな」

「そんな物教師の一任で決められる物なんですか?」

「大丈夫約束をする。少なくとも殴るような真似だけはしないと」

 

 月白に関しては信じてもいいのではと思い、この日の話し合いはこれだけだと言うと、シンは解放される。

 何も言わずに鞄を持って、その場を後にしようとしたシンだが、ドアの前で立っていた小柄な少女を見て、興味はそっちに移る。

 

「待っていたのか? 帰ってくれてもよかったのに」

「そうはいかないだろうよ……」

 

 木乃子は待っていてくれたのを見て、シンは今日は彼女に付き合おうと、木乃子と並んで歩き出す。

 

「ゲームするんだろう? 教えてくれよ。俺やった事ないからさ」

「オウ! 任せておけ、シンにゲームの素晴らしさってのを教えてやるからよ」

 

 二人は並んで校門へと向かう。

 並んで歩くシンと木乃子を見て、月白は微笑ましい表情で見ていた。

 少しずつでもシンは進んでいるんのだと思っていたから。




まずカウンセラーとして月白先生を宛てました。


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第七話 SEEDの力に目覚めた時

いつだってタイミングが都合よく合うとは限らない。すれ違うのだって人生だ。


 結局話し合いの結果、悪男の駆除自体は悪い物ではないが、夜間の外出は決して褒められた物ではない。

 だからやるならバレないようにやってくれと言う暗黙の了解で話はまとまる。

 この日も軍の警備に比べればザルな寮の警備を掻い潜り、シンは夜の街へと繰り出す。

 少し前ならば殴る事に何の躊躇もなく、力任せに暴力の悦楽に溺れていただろう。

 だが自分を心配してくれる月白や木乃子の顔が頭を過ると、このままで本当にいいのかと自問自答を繰り返すようになってしまう。

 しかしそんなシンの心境とは裏腹に、この日も悪男達は一斉にシンへと襲い掛かる。

 自分に悪意ある暴力が向けられると、シンの表情は一変し、一気に邪悪に顔を歪ませ、拳を振り上げる。

 

――そうだよ。俺はこれでいいんだ! 俺には力があるんだ。俺は強いんだ!

 

 我儘を貫く事は強さ。

 木乃子がそんな事を言っていたのを頭の片隅に置きながら、シンは考える事を放棄し、暴力の悦楽に溺れる。

 殴り、蹴り飛ばし、目を貫き、肘鉄、膝、噛みつき、引っかき、踏み付け、壁に叩き付ける。

 思い付く限りの暴力を放つ悦楽にシンは溺れ、コズミックイラの世界では体感出来なかった誰にも縛られずに無双する感覚に酔っていた。

 どうせ自分に待っているのは悲劇的な結末しかない。

 戸籍も借り物、何の後ろ盾もない、そんな自分に何が出来ると言うのか。数々の苦い思い出の中で、元々ネガティブで人付き合いが苦手だったシンの思考は更に悪化してしまい、元の世界で否定され続けた怒りを悪男達にぶつけ続ける。

 

「ふざけんじゃねぇぞ!」

 

 この日は特に苛立っていたのか、その怒りは声となって出ていて、もう既に蹲って戦意を亡くしている悪男を立て続けに蹴り飛ばした。

 

「何なんだよあの女⁉ 口開けばガミガミ否定して、殴り飛ばしやがってよ! テメェなんか人の目気にして、上に媚びへつらうしか取り柄がねぇだけのクソ女じゃねぇか!」

 

 その怒りを向けたのは嘗ての同胞ルナマリアだった。

 勿論全てが全て嫌な思い出しかない訳じゃない。だが今のシンにそれを思い出せる余裕はなく、時と場合において暴力に走ってしまった事を理解するだけの度量は無かった。

 ただ否定された。ただ殴られただけしか、シンの中にはなく。ルナマリアへの怒りは増長の一途を辿るばかりであった。

 

「クソ妹が生きてたってだけで、ケロっと立ち直りやがってよ! 俺がいなけりゃ生きていけないって言ったのはどこのどいつだ⁉ やっぱりあの時殺しておけばよかったんだよ!」

 

 悪男が居なくなってもシンの怒りは収まらない。

 自分でもこんな事を言うのは間違っていると言う理性的な自分が居ない訳ではない。

 だが、そんな自分は怒り狂う自分にかき消され、シンは怒りの赴くままに悪男を殴ろうとするが、既にこの日の悪男は全て撃退していて、辺りは静寂が包むばかりであった。

 しかしそれで冷静さを取り戻せる程、シンは大人ではなかった。

 

――許せねぇ……絶対に許せねぇ……

 

 月白や木乃子の気遣いが嬉しくない訳ではない。

 だがその程度の気遣いは一時的に忘れる程度の蟷螂の斧でしかない。

 それぐらいシンのトラウマは強烈な物であり、自分に優しくしてくれなかった世界の怒りをぶつける場だけが、今のシンに必要な物であった。

 まだ悪男は居ないかと目を凝らしていると、黒髪を下くくりのツインテールでまとめた女性が、静々と歩いているのが目に留まる。

 

――殺してやる……

 

 何故かは分からないが、シンにはその女性がルナマリアとダブったらしく、彼女に気付かれないように後を追う。

 軍では尾行のスキルも、スニーキングミッションも担当した事がある。

 一般人一人の後を追う程度、シンには難なく出来る事。

 その際もシンの中に現れるのはルナマリアとの苦い思い出だった。

 彼女に怒られてしょげていると、笑って「もう怒ってないから」と言って黙らせようとする。

 そんな態度が今となっては、腹立たしいだけであり、歩調から怒りが漏れていく。

 

――俺の母親でもねぇくせによ……何が叱ってくれる人のありがたみだ……家族でもねぇくせによ!

 

 最早怒り狂う事だけがシンが唯一心を保てられる方法なのだろう。

 本当は何を求めているのかは分かる。だがそれは絶対に手に入らない物だ。

 自分を無条件で受け入れてくれる優しさ。それを持っているのは家族だけだ。

 だがもう家族は居ない。あるのはこの体一つ。

 二言目には『成長』と言う言葉を使うルナマリア、それはシンに期待しているからこその言葉だったのだろうが、シンはそう捉える事は出来なかった。

 見下されていると踏んだのだろう。シンの言う自分らしく生きると言う事は、自分のままで生きていける。何の悩みもない薔薇色の人生を送る事。

 それが今のシンの望みでしかない。だがその望みは永遠に叶う事はない。

 どうあっても自分がそれを手に入れる事は不可能だと分かっているのだから。

 ならばやりたい事だけをやって生きていけばいい、二年間我慢すればあの学園長からも解放されるのだから。

 

(人生なんてそんなもんだ。とことん自分のためだけに生きていける奴が一番幸せなんだよ……)

 

 政策が気に入らないと言う理由で、せっかく終わった戦争を再び起こし、テロリストの前に屈服したシンが心を保つため選んだ選択肢は、ひたすら自堕落に生きる事。

 プランは決まっている。適当に出来る事をやって、食べて寝るだけだと。

 この平和な世界ならそれが許される。使命も役目も責任も、今のシンに取っては幸福になるのに邪魔くさく、煩わしいだけだった。

 そうこうしている内に、ターゲットとなっている彼女の歩が止まる。

 少し離れた所から彼女を見ていると、そこはシャッターでしまった雑居ビルの前であり、3回ノックをした後、彼女は一言言う。

 

「大月は元気か?……シャトーブリアン、ブルーレアで」

 

 謎の言葉を発すると同時に、シャッターが開かれ、彼女はその中に入っていく。

 しばらくその様子を見ていると、彼女が中に入ると同時にすぐシャッターは閉まる。

 シンは確信した。これは裏世界への入り口なのだと。

 

「上等だ……」

 

 ただ一夜の退屈が紛れれば、それで構わない。

 シンは完全に自暴自棄になっていて、彼女の真似をしてシャッターを3回叩くと、すぐ門番らしき人物から質問が来る。

 

「ご用件は?」

 

 無機質な声から相当やりなれているのだろうとシンは感じた。

 改めて裏世界へ入り込むのだと、僅かながらの緊張と期待を胸にシンは先程聞いた言葉を繰り返す。

 

「大月は元気か?」

「ステーキを食べたいそうです」

「シャトーブリアン、ブルーレアで」

 

 合言葉を言うと僅かな沈黙の後、シャッターが開かれ、全身を黒のスーツでまとめた黒服がシンを招き入れる。

 

「ご注文を承りました。どうぞ召し上がれ」

 

 何も言わずにシンは招かれるがまま、その中へと入っていく。

 だがその際シンは気付いてしまった。黒服が自分に対して訝しげな顔を浮かべた事を。

 その理由は分かる。どうせ自分が子供だからなのだろう。

 どこへ行ってもガキ扱いされ、否定される事はシンに取っては日常茶飯事。

 それに慣れる事など決してなく、その怒りはこの先で待っている何かでぶつけようとシンは決めていた。

 快楽だけが自分に優しい。もうその道を止める事は出来なかった。

 

 

 ***

 

 

 雑居ビルの一室にあったのは非合法のカジノであった。

 日本ではまだ禁止されているカジノが堂々と遊べる事にシンは驚愕していたが、手持ちとなる金が僅かしかない事に気付く。

 残り4日分の昼食代1000円しか手元になく、このカジノの相場がいくらぐらいなのか気になって、黒板を見てみると、チップ一枚最低でも1000円からと言うルールが記されていた。

 それが分かるとシンは何も言わずに受付で1000円札を渡し、チップの引換を要求する。

 

「一枚頼む」

 

 シンの申し出に受付は一瞬困惑したが、要求通りチップを一枚手渡す。

 渡されたチップをコイン遊びで弄びながら、シンは何で遊ぼうかと考えていると、目に飛び込んできたのはルーレット。

 僅かな手持ちで一気に増やすにはこれしかないと判断したシンは客の一人になって、次に何が来るかを考える。

 制限時間がせまるたびに心臓が早鐘のように鳴るのが分かる。

 アドレナリンが体中を駆け巡り、今までにないぐらいの高揚感をシンは覚えていた。

 制限時間が残り10秒を切った時、未だに決められないシンだったが、何かが弾ける感覚を覚えた。

 

――え?

 

 ディーラーの手の動きが物凄いゆっくりに見えて、どこに落とそうとしているのか大体理解が出来た。

 これまでの傾向から、恐らくこの数字に落とすだろうと判断したシンは、一つの数字に自分の全財産をベットする。

 そして受付は終了して、ディーラーがボールを投げ入れると、全員が固唾を飲んで見守る中、数秒の時間は永遠に感じられ、そして決着はあっさりと付いた。

 そこはシンが狙った場所であり、一目賭けのシンは36倍となって、一気に3万5000円の儲けを得られて、会場は軽くどよめく。

 だがシンは光を失った目をしながら、手の震えが止まらないでいた。

 

「何だよこれ……」

 

 それはキラ・ヤマトやアスラン・ザラが持ち合わせていた特別な才能。

 この力を目当てにレイもシンに寄り添った。

 だがコズミックイラの世界でこの力は開花しなかった。あれ程までに欲していた力なのに、今となってはただただ空しいだけであり、シンはSEEDの力を発動させながら、悔しさに任せて叫ぶ。

 

「今更こんな力に目覚めて何になるって言うんだよ⁉」

 

 平和な世界においてSEEDの力など何の役にも立たない。

 本来は生命の危機に陥らなければ発動しないそれが何故発動したのかは分からない。

 だが仮説なら立てられる。心臓が早鐘のようになる事から、心臓が爆発するような感覚が原因で発動したのかもしれない。

 目には涙が浮かぶが、すぐに拭き取ると、シンはルーレットを後にした。

 もう自分には進む事しか出来ないのだから。それが間違った道だとしても。

 

 

 ***

 

 

 翌日急遽シンに呼ばれ、学園長は学園長室でパイプを楽しんでいた。

 この日の全てのカリキュラムが終わり、すぐシンは学園長室に現れると、一礼をした後、学生鞄から100万円でまとめられた札束を3つ机の前に置く。

 突然現れた高額な金を前にして、一瞬学園長は眉を顰めるが、すぐ冷静になって問いただそうとする。

 

「何だねこれは?」

「この学校に入るための、入学金及び二年間の学費です。お納め下さい」

 

 何も言わずに学園長は一枚一枚札束を数えていく。

 確かにシンが言うように、入学金及び二年間の学費がそこには用意されていた。

 シンのような子供が何故この様な大金を手に入れる事が出来たのかを、普通なら問い詰める所なのだが、学園長は即座に昨日まで無一文に近いシンがこれだけの金を手に入れた原因を理解する。

 

「賭博に手を染めたね……」

「分かりますか?」

「私を誰だと思っている」

「そんな汚い金は受け取れられないとでも言うんですか?」

 

 すぐに自分がこれだけの金を手に入れた原因を理解した学園長に驚きながらも、シンはふてぶてしい態度を崩さずに接する。

 安っぽい正義感はシンの神経を逆なでさせるだけであり、怒りを増長するためのエネルギーでしかない。

 その事を理由にまた暴れればいいとシンは思っていたが、学園長の反応は意外な物だった。

 

「いやどんな形であれ、金は金だ。君が家に居たいと言う現れなのだろう? 受け取ろう」

「随分と柔軟な発想なんですね」

「物の受け取り方次第だ。確かに賭博に手を染めた事は褒められるべき事ではない。しかし、それは君が生きる事に意義や目的を求めての事なのだろう? だから悪男狩りだけに準じていた。本当に力を誇示する事だけが目的なら、もっと手に負えない状況になっているさ。シンぐらいの年齢ならばな」

 

 子供を諭すように冷静に意見を淡々と述べる学園長を見て、シンは困った顔を浮かべてしまう。

 自分が正しいと思った行動を今まで褒めてもらった事が一度もシンはないからだ。

 今回もどうせそんなもんだろうと半ば諦めていたが、予想外の態度にシンは何も言えずになってしまうが、ここで黙っていたら負けだと判断して必死に言い返そうとする。

 

「意義や目的ですか? 気持ちは分からない事もないですけど、俺に取ってそれは幸福になるのに邪魔なだけの存在ですよ」

「やってみて叩き潰されたからか?」

 

 学園長の芯を食った質問に、シンの顔色に動揺の色が出る。

 だがそれを悟られたら終わりだと判断したシンは自棄気味に返す。

 

「そうです……俺には何も出来ないし、誰かの労働力扱いされるなんて真っ平御免だ……」

「ならば正式に応酬を出そう。大人同士のやり取りとはそう言う物だ。しかし応酬を出す以上、結果は出してもらうぞ。ビジネスとはそう言う物だ」

 

 それだけ言うと学園長は自分の財布から3万円を取り出すと、それをシンの前に置く。

 今のシンに取ってはカジノの儲けは全て学園長に手渡し、残りは財布の中にある2万円のみであり、十分な応酬だった。

 学園長が何を命じるかと待っていると、彼は一枚の写真をシンに手渡す。

 そこに映っていたのは紫色でボサボサなロングヘアーを靡かせ、手には相当使いこまれたノートPCを持った少女が居て、所々にパンクファッション風のアクセサリーを身に着け、問題児っぽい雰囲気を感じさせていた。

 

「彼女は東雲レイ君。君と同じで聖櫻学園2-C所属だが、引きこもり気味でな。必要最小限にしか出席せず、留年ギリギリにしか出ないんだ」

「引きこもりを引き出すってのが俺の任務ですか?」

「そう言う事だ。やり方は君に任せる。引き受けてくれるか?」

「いいんですか? そんな事に安直に言って? よくテレビとかであるでしょう。引きこもり相手の引き出し屋は、罵詈雑言を投げかけ、ひたすら殴り飛ばして体力面の強化と言う名のイジメに酔っているって。俺はそう言う行為で彼女を引きずり出すかもしれませんよ?」

 

 挑発するような物言いではあったが、同時に学園長は一つ感じていた。

 歪んだ形でも少しずつでもシンはこの世界に馴染もうとしている。

 歓喜の感情を殺し、一つパイプを楽しむと学園長は一言告げる。

 

「君を信じている」

「やるだけやってみます」

 

 それだけ言うとシンはレイの写真を取って、その場を後にする。

 シンが居なくなると学園長は再びパイプを楽しむのだが、その肘掛椅子の裏に盗聴器が仕掛けられている事を何人の人間が知っているだろう。

 

 

 ***

 

 

 まだ午後3時だと言うのに、締め切った薄暗い部屋で東雲レイは好物のペパロニピザを頬張りながら、盗聴器から聞こえてくる言葉に耳を傾ける。

 

『やるだけやってみます』

 

 シンの言葉を聞くと、ゴミだらけの部屋に空になったピザの箱を投げ飛ばし、新たなゴミを増やすと、レイは愛用のノートパソコンをいじり、一人ハッキング活動に勤しんでいた。

 町中の監視カメラからシンが悪男を相手に無双する姿をカメラ越しに見ていたレイは、シンが来ると分かると口元を邪悪に歪ませる。

 

「何か面白そうな事になってきたじゃん……」

 

 自分は今のライフスタイルを変えるつもりは全くない。

 だが度を越した退屈からの解放にはなるだろうと思い、何も言わずにレイは昼寝を楽しんだ。

 これから起こる事を期待しながら。




一話でも言いましたが、シンルナ派の人は本当に申し訳ありません。
シンはどうしても激情家でバカな子なので、自分の都合のいいようにしか考えられないから、リアルな話こうなるだろうと思ってしまいまして。

そして今回彼が付け狙った娘ですが、ルナマリアと中の人が同じと言う理由で、ニューダンガンロンパV3より、春川魔姫にゲスト出演してもらいました。

ひだまりスケッチ、ごちうさ、超電磁砲、まどマギとガールフレンドには結構クロスオーバーが多いので、こう言うのはこれからもちょこちょこ小ネタ程度にやっていこうと思います。

因みに裏カジノの設定および合言葉は、PS4用ゲーム、ジャッジアイズ死神の遺言より引用させてもらいました。

次回は東雲レイの話になります。次もよろしくお願いします。


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第八話 誕生! 聖櫻学園お助け部

物語の主人公は必然的にトラブルに巻き込まれてしまう。


 早速その足でシンが向かったのは東雲レイの名義で所有しているマンション。

 高校生が自分の名義でマンションを持っているとは、余程の大金持ちなのか、それとも余程甘やかされて育てられたのだろうと思いながら、シンはエレベーターに乗って、レイの居る部屋の階層へと向かう。

 部屋の前に到着するとインターホンを鳴らし、彼女が居るかどうか確認をする。

 しかし応答はない。だがこんな物は想定内だ。

 数回ノックをした後、シンはドア越しにレイへと呼びかける。

 

「東雲レイだろう? 何で俺が来たか分かるな?」

 

 それは実にシンプルな呼びかけであった。

 駆け引きと言うのが全く出来ないシンは真っ向勝負しか出来ない。

 故に今回も自分のスタイルを曲げずに勝負をしようとすると、ドアが少しだけ開き中に居たのは、灰色のスウェットの上下でまとめた少女だった。

 

「何?」

「聖櫻学園からお呼びがかかったシン・アスカだ。引きこもりの東雲に学校へ来いと任務を受けて来た」

「引きこもりじゃないよ。ちゃんと学費はボクが稼いだお金で納めている。言うならばボクはお客さんだ。いつ行こうがボクの勝手だろう?」

 

 屁理屈で応戦しようとするレイを前に、シンは一つ「ふむ」と納得したような声を上げる。

 問答はこれで終わりなのかとレイは呆気なさも感じていたが、シンは扉の奥から放たれる異臭を前に顔を反射的に顰める。

 

「ああ匂いが気になるんだね。すぐ閉めるから気にしないで……」

「話は後だ! まずは片付けから入る!」

 

 あまりの臭さに我慢出来なくなったのか、シンはレイに構わず体ごと捻じ込んで部屋に入ると、そのままドカドカと上がっていく。

 一瞬呆気に取られたレイだが、ただで部屋が片付くならと思い、シンが部屋に上がる事を許した。

 どうせすぐに根を上げるだろうと思っていたから。

 

 

 ***

 

 

 女子高生の部屋とは思えない汚部屋を前に、シンは完全に絶句していた。

 そのほとんどはカップ麺やピザの空き容器であり、もう二年近く一回も掃除などしてないだろうと判断し、シンは首だけレイの方を向くと、家主の注意事項を聞こうとする。

 

「捨てられて困る物とかはあるか?」

「無いね。仕事道具は全部ボクのスペースにまとめている」

 

 そう言ってレイが指さしたのは、敷布団のと毛布の周りに置かれた数台のノートPCの数々。

 使い込まれたそれを見て、かなり手練れのプログラマーだと判断したシンは、レイがただの引きこもりではないと判断し、これからの行動を彼女に告げる。

 

「東雲は何もしなくていいから。掃除だけさせてくれ。それにこんな日の明るい内から雨戸を閉め切るもんじゃない。雨戸だけ開けてくれれば、後は皆俺がやるからな」

「それは勝手だけど、家には掃除器具なんて一つもないよ」

「心配するな。必要経費として後で学園長に要求するさ」

 

 そう言うとシンは残りの金を確かめて、近くのホームセンターへと急ぐ。

 一人残されたレイは面倒くさそうに頭と腹をボリボリとかきながら、閉めっぱなしにしていた雨戸を大きく開く。

 久しぶりに感じる太陽の感触に目を顰めながらも、改めて見て部屋の酷い惨状を前に何とも言えない気持ちになるが、そんな感情はすぐに吹き飛び、敷布団の前に寝転がるとハッキング作業に勤しむ。

 この日の退屈を忘れるために。

 

 

 ***

 

 

 後方では何やらシンがあくせくと掃除を行っているようだが、レイは大型のヘッドホンを装着し、どこ吹く風でポテチを食べながらネットサーフィンを楽しんでいた。

 あんな混沌とした世界をどう浄化すると言うんだ。ならば諦めて開き直って生きるのが一番だとレイは判断したからだ。

 どれぐらいの時間が経ったのだろう。人気実況者の2時間半のゲーム配信を全て見終え、レイが感謝のコメントを撃つと同時に一息つこうと起き上がると、そこには別世界が広がっていた。

 

「部屋が片付いている……」

 

 ゴミまみれで足の踏み場もなかった部屋がクローゼットの床が見えるまでに片付いている事にレイは言葉を失う。

 それだけではない。部屋にしみ込んだゴミの匂いをかき消すように、アロマキャンドルや消臭剤も焚かれていて、辺りは花の爽やかな香りで包まれていた。

 掃除の主であるシンは掃除道具を一か所にまとめようとしていたが、レイに気付くとまとめた掃除道具を指さす。

 

「これらは新しく買った物だが、どこか置く場所はあるか?」

 

 そこにはモップにバケツ、タオルで作った雑巾、箒にちり取りと言った、今までのレイの家には無縁の代物ばかりであった。

 掃除をするためだけに自腹を切ってここまでやってくれたのかと、レイは内心で申し訳ない気持ちになったが、ここで折れては自分のライフスタイルの崩壊に繋がってしまう。

 なのであえてつっけんどんな態度で返す。

 

「適当にしまうから、そのまま置いてくれていいよ。次からはルンバでも買うからさ」

「それとこれはお前の仕事だ」

 

 そう言うと大量に袋にまとめられたゴミの数々をシンは指さす。

 あまりの量にレイも思わず吹き出してしまい、せっかくここまでお膳立てをしてもらったんだ。ここで変わらなきゃダメになってしまうと判断し、レイは首を静かに縦に振った。

 

「分かった。ここまで多いとゴミの日にも捨てられないから業者に頼むよ」

「そうか。その手があったか、なら今すぐ頼もう」

 

 残金を確認するとシンはレイに向かって手を差し出し、携帯を貸してくれと無言の合図を送る。

 

「スマホ持ってないの?」

 

 レイの問いかけに対してシンは何も言わずに首を縦に振る。

 彼の事情を知ると、レイは自分のスマホを投げて渡し、シンはネットで業者に連絡をすると、まだギリギリ間に合ったのか、今から来ると約束を取り付けた。

 二人が時計を見ると午後6時を回ろうとしていて、時間の感覚が滅茶苦茶になっているレイはあれからそれしか経ってないのかと驚き、シンに詳細を聞こうとする。

 

「たったの3時間であの惨状をこれだけに戻したって言うのかよ⁉」

「軍ではスピードが命だからな。俺はしょっちゅう罰当番として清掃作業はやらされていたよ」

「やっぱりシンはガンダム世界の住人なんだよな?」

 

 異世界転生者がまた一人現れた事は聞いている。

 だからこそレイは盗聴器を学園長室に付けて、彼の事を知ろうとしていた。

 レイの問いかけに対して、シンは首を小さく縦に振って返す。

 真実をこの目で実際に確かめると、レイの顔色は明るくなり、詳しい事を聞こうとする。

 

「じゃ、じゃあ色々聞いていいか? 何から……」

 

 すっかり興奮しているレイをシンは手を突き出して止めると、いい加減腹の虫が鳴っている事に気付き、後の事は業者に任せて外へ食べに行こうと提案を出す。

 シンの提案にレイも同意して、着替えようとリビングからプライベートルームへと飛び込む。

 その間シンは何も言わずに物珍しそうに、床に放り出されたままのスマホを手に取って見る。

 

「現代の携帯ってのは随分進化した物だな……」

 

 シンに取って携帯電話とは妹のマユが大事にしていたピンク色のガラケー。

 それは今ではすっかり時代遅れの代物だと分かると、この世界はロボット工学や遺伝子工学の代わりに、情報システムが発達したのだと理解した。

 だとすると単純に自分たちの過去の世界と決めつけるのは早いと判断し、この世界でどう生きていこうかと考えもしたのだが、それは怒り、憎しみ、そして悪男の存在で消えてなくなっていた。

 

「お待たせ」

 

 物思いに更けている間にレイの着替えは終わっていた。

 パンクファッションに身を包んだレイの姿を見て、着こなしている感は強く伝わってきて、シンは率直な感想を述べる。

 

「似合っているな。そう言う服は着こなすのが難しいんだが東雲には合っているよ」

「勝手に誉め言葉だと受け取っておくよ。ペパロニピザの美味い店知ってんだ。行くぞ」

 

 機嫌よさげに意気揚々と歩いていくレイの後にシンは続く。

 これから質問攻めに合うのだろうと思い、シンは予想を立ててどう返すかを考えていた。

 

 

 ***

 

 

 表通りから少し離れたイタリアンレストランの自慢のペパロニピザをたらふく食べると、レイは満足げに一息つく。

 シンも同じ物を食べてコーラをジョッキで飲むと、これからどうするかを話し合おうとしていた。

 話せる範囲の事は全て話したが、コズミックイラの世界はレイ達の知らないガンダムの世界であり、今一つピンと来ない様子であり、思っていた程の盛り上がりはなかった。

 ここまで行くとレイ達の世界のガンダムはどんな物かと言うのが気になり、シンはレイに尋ねる。

 

「で、そっちの世界のガンダムってのはどんなもんなんだ?」

「その辺りは姫島の方が詳しいから、そっちに聞いてくれ」

 

 説明が出来ない訳ではないが、面倒なのでシンは木乃子に丸投げする事を選んだ。

 腹が膨れて頭が思うように回らないレイは、何も言わずにボーっとしていたのだが、その様子を見てシンはこれからの事を語っていく。

 

「東雲」

「ん?」

「今は楽しいか?」

「さぁね。でも辛くはないってのは事実だね」

「つまり楽しいかは分からない。だが楽ではあるって事か?」

 

 どこか禅問答のようなやり取りをレイは適当に受け流して、シンの問いかけに対して首を縦に振る。

 その姿を見て、ある意味ではシンの理想の姿だと彼は勝手に判断し、これから何をすべきかを話し出す。

 

「それでこれからなんだが……」

「説教なら無駄だぞ。ボクはハッカー業でお金なら稼いでいる。留年しない程度には出席するから帰れ」

「そうじゃない。種銭は持っているか?」

 

 突然の申し出にレイは目を大きく見開いてシンを見つめる。

 金を持っていて、まだ若いレイに取って、詐欺会社に取っては格好のカモであり、甘い話を持ち込もうとしていた。

 だがそんな物は驚異的な頭脳を持ったレイに取って無駄な物であり、そう言う連中は立て続けに警察へと引き払っていた。

 一瞬今回もそう言う類なのかと思っていたが、シンの邪悪な笑みを見て、それとは違うと直感的に判断したレイは詳細を聞こうとする。

 

「ボクに何をさせたい?」

「そうじゃない。東雲の生き方は俺の理想だ。だから俺もお前と同じように生きる」

「姫島もそう言ってボクに擦り寄るよ。だがボクに扶養家族を養おうなんて考えはない。諦めるんだな」

「俺は俺でやっていくさ。金を稼ぐあてならある」

 

 シンは自信を持って答える。

 その姿を見て、彼はただ縋って甘えようと言う訳ではないと言う事が分かり、レイは詳しい事を聞こうとする。

 

「何をしようってんだ? 犯罪行為への加担はゴメンだぞ。ボクが言うのもおかしな話だけどな」

「グレーゾーンギリギリでやっているんだろ? まぁ俺もそんな所だ。だが金がなければ何も始まらない」

 

 最もな正論を前にレイは本格的に彼の話に乗ろうかと考える。

 レイとて彼の行動を完璧に把握している訳ではない。

 監視カメラで把握出来る程度にしか分からないのだから、自分の知らない新しい世界を見せてくれるのかと思い、レイは財布の中の金を確かめる。

 

「取り合えず3万円だな」

「十分だ。行くぞ」

 

 そう言うと今度はシンの方から先に店を出て、レイは支払いを終えて後に続く。

 普通ならばろくでもない行動と一蹴して逃げ出すのだが、レイはこれからシンと共にする行動を楽しみにしていた。

 退屈を凌げる新しい刺激を与えてくれるのかもしれないのだから。

 

 

 ***

 

 

 雑居ビルの一室のシャッター前で合言葉を言うと、シンとレイは中に通される。

 途中で制服はまずいと判断したシンは、リサイクルショップで安物のジャージを購入すると、制服をコインロッカーに預け、ここまで来た。

 中に広がる非合法のカジノを見て、レイは圧倒されてしまい、物珍しそうにキョロキョロと辺りを見回す。

 

「凄い……龍が如くみたいな世界だ……」

「キョロキョロするな。みっともない」

 

 二回目ではあるが既に手慣れた調子で、シンは自分の分とレイの分を合わせた種銭5万円全てをチップに変えて、ルーレットへと向かう。

 了承はしたのだが、最後にレイは念を押す。

 

「分かっていると思うが、失敗した場合必ず返してもらうからな!」

「分かった。分かった」

 

 血走った目で何度も念を押すレイを適当に受け流すと、シンはSEEDの力を発動させて、反射神経を鋭敏な物に変える。

 そしてディーラーの手元をよく見て、次に落ちるであろうポッドの位置を見極めると、5万円分のチップを全額ベットする。

 

「オイ!」

 

 シンが選んだのは番号の一点張り。当たれば36倍と大きく。金額に換算すれば、一気に5万円が180万円になる大博打である。

 既にベットは閉め切られていて、レイが何か激しく文句を言っているようだが、シンの耳には届いてなかった。

 結果が決まるまでの間ずっとレイは騒ぎ続けていたが、ボールがポッドに落ちると声を失う。

 

「当たってる……」

 

 こんな危険すぎる大博打に成功した事にレイは真っ白に燃え尽きる感覚に包まれる。

 もう立っている事も出来ず、その場でへたり込んでしまうが、シンは慣れた調子でディーラーからチップを貰うと、色を付けてレイの分の取り分を手渡す。

 

「色を付けておいた。これで東雲も楽しめられるだろう」

「30万はあるじゃないか⁉ 与え過ぎだ! お金をこんな使い方しちゃダメだ!」

 

 自分が与えた分は3万円にも関わらず、その10倍は手渡された事にレイは怒る。

 しかしシンは意に介さず、次もルーレットで一発当ててやろうと、SEEDの力を発動させたまま、全額ベットを試みようとする。

 

「オイ聞いてんのか⁉ 火遊びにしたって度が過ぎるぞ!」

「火遊び? 違うな。俺のこれは生業だ」

「何でそんなに生き急ぐんだよ⁉ ある程度なら保護されるだろうが!」

 

 まるで命の綱渡りのようなシンの行動に、この日初めてレイは怒りの感情をシンにぶつける。

 危機意識の足りないレイに対して、シンは自分が置かれた状況を改めて話し出す。

 戸籍も吉田新太と言う借り物、両親も居ない、後ろ盾もない、そんな状況で普通に生きていける程の人当たりの良さもスキルもない。ならばとシンは自分が出来る事をやるだけだと今に至った事を話す。

 

「その『出来る事』ってのが、死んだ目を浮かべてギャンブルに狂う事だって言うのかよ⁉」

「ギャンブルとは少し違うな。俺のは確実に当たる課金だ」

「何でそこまで……」

「命のやり取りを常に行っていた戦争に比べれば、この程度の修羅場なんて事はない……」

 

 吐き捨てるように言うシンを見て、レイは怒りを通り越して恐怖さえ感じていた。

 確かにシンは何かしらの特異な力を持っているのかもしれない。

 だがそれでもシンは壊れていて、誰かの支えが必要なのだと思い、再び150万円のチップを一点賭けしようとする彼の腕に力任せにしがみつく。

 

「ダメ……それがシンの全財産なんだろ? ボクの分のお金なら27万円返すから帰ろう……」

「この程度じゃ一年も生きられないよ。安定した人生を送るためには先立つ物がないとな」

「それはまた次の機会に考えよう」

「あいにくと俺は泣きつくから、行動に移すなんて甘っちょろい考えはないぜ。俺の知っている女の人ってのは皆強い人ばかりだからな。自分がやりたい事は全て自分の力だけで叶えた。人に頼ったりなんてしてない。子供に構っている暇なんてねぇんだよ」

 

 たまたま受付が閉め切ったので、シンは吐き捨てるようにレイへ告げる。

 シンはうんざりしていた。ただ求めるばかりの群衆に応えるだけの毎日に。

 それで自分へのフェードバックなど何もないのだからと、シンは完全に闇へと落ちてしまっていた。

 自分が言った事をそっくりそのまま言い返された事に、レイは俯きながらも一大決心をして、シンに想いを告げる。

 

「分かっている。だから代償は支払うよ」

「どんな代償支払ってくれるって言うんだ?」

「ここで止めてくれたら、ボク明日からちゃんと毎日学校に出るよ。それで少しでもシンの負担が減るなら頑張る」

 

 目を合わせるのが怖く、俯きながらもレイは一大決心をシンに告げた。

 引きこもりの彼女が外の世界へと飛び出す事がどれだけの勇気が必要かは分からない。

 だが一つ問題が解決したのを見ると、シンは軽く一息ついて、チップを持ってその場を後にする。

 

「取り合えず寮を出る程度の金は用意出来た。後はまた考えるよ」

 

 シンが分かってくれた事に対し、レイは暗い表情が一変し、パッと花が咲いたような笑みを浮かべる。

 換金を終えるとシンの後に続いてレイはカジノを出た。

 ここに来るのはもう最初で最後になるだろうと心に決めて。

 

 

 ***

 

 

 カジノから出てシンとレイは近くにあるジャズバーでノンアルコールカクテルを楽しんでいた。

 自分の奢りだからと言うシンだったが、レイは時計を頻りに気にして早く帰って明日の準備をしなくてはいけないと、シンに抗議をする。

 

「そう焦るなって。嫌になったら、またバックれればいいんだ」

「それはダメだよ! そんな事したらシンまたボクの所に来るんだろ⁉」

「それが仕事だからな。そうしないと生きていけれない」

 

 現実に体一つで異世界から来た人間なのだから、危ない話を渡らなければ仕方ないのは多少は理解出来ない事はない。

 だがそれでも今のシンはまるでロシアンルーレットを楽しむ狂人のように見えてしまい、レイはそれが不安で不安でしょうがなかった。

 だからこそ彼女にしては珍しく感情だけで接そうとする。

 

「きっと何か方法があるよ。だからそんなに自棄にならないで!」

「何かってのは? 悪いけどもう誰かに縛られて自由を奪われるのはゴメンだ。俺は俺で自堕落に面白おかしく生きていければ、それだけで満足だからな」

「少なくとも今回みたいな真似しなくては済む! 今日盗聴したんだけど学園長は何かしらの対策をしてくれると聞いたから……」

 

 言ってからレイは自分の失言にハッとした顔を浮かべてしまう。

 盗聴まで行っていた事がバレてしまい、レイは顔中に嫌な脂汗を浮かべながら、シンと目を合わせられなかったが、彼女が一生懸命な事だけは伝わり、この一件に関してはレイを信じると言う形で幕を閉じようと思い、勘定を済ませて出ていこうとする。

 

「盗聴器は俺の方で何とかする。だから東雲は学校にだけくればいい」

「うん」

「俺も同じ2-Cだからな。何かあったらまた俺を頼ればいい。今日一日接したが、今まであったタイプじゃないからな。意外と嫌いじゃないよ東雲みたいな奴」

 

 好意を持っていると遠回しに言われ、思わずレイの頬には朱の色が滲み出る。

 この想いに自分も応えなくてはいけない。そう思うとレイは自分に出来る事を精一杯伝えようとする。

 

「な……なぁ、ボクとシンはクラスメイトなんだ。それに姫島とも仲がいいんだろう?」

「まぁこんな俺に話しかけてくれるんだ。悪人じゃないって事ぐらいは分かるよ」

「ボクも姫島とは友達なんだ。だから何かあったらボク達に相談してほしい。解決出来るかどうかは別にしてな」

「悪いけど説教はゴメンだ。俺の周りに居る女性は強くて怖い人ばかりだったからな。ガキの俺にはプラスになる存在じゃないよ」

 

 それだけ言うとシンはその場から去ろうとする。しかし、ここで見送ったら、もうシンとの関係はそれまでになってしまうと判断したレイは思い付く限りの言葉を発する。

 

「ちゃんと部屋綺麗なままにしておくから! 姫島と一緒にゲームでもしよう!」

 

 レイの申し出に対して、シンは静かに「オウ」とだけ返すと、今度こそ夜の闇に消えた。

 後になって気付いた事だが、お金を返しそびれるのを忘れてしまい、レイの財布には30万円の大金が入っていた。

 

「これで何かシンのために出来るはずだ……」

 

 ただ返すだけでは生活費に消えるのがオチだと判断してレイは考えた。

 どうすればシンの心を闇から救えるかを。

 

 

 ***

 

 

 翌日2-Cの教室に登校したレイを見て、一部の生徒はざわついていたが、レイはそんな物どこ吹く風でノートPCをいじって、自分の世界に没頭していたが、背中に軽い衝撃が走ると、鬱陶しそうに振り返る。

 

「久しぶりだな。引きこもり!」

「姫島か……」

 

 ゲーム機を通じて木乃子と交流はあったレイだが、面と向かって顔を合わせるのは久しぶり。

 直に接するのはまた違うと判断して、無視しようかと思ったが、一つ気になった事があり、キーボードを叩く手を止め、そのまま木乃子と向き合う。

 

「なぁ何でお前シンに近付こうと思った?」

 

 真剣な顔で聞くレイに対して、これまでのおちゃらけた気分が一気に吹き飛ぶ木乃子。

 初めは単なる好奇心からだったが、今はそれだけじゃないと分かり、木乃子は自分の胸の内を整理して語り出す。

 

「まぁその……何となく一人ぼっちで寂しそうだったからってのが一番の理由かな」

「寂しいかどうかは別にして、シンは壊れているってボクは感じたよ。実際に体一つで異世界転生して全てが全て上手く行く訳ないってのは分かるだろう?」

「そんなの分かってるよ。スーパーウルトラ級のチート能力もないのに、どうしろって言うんだ? ハーレム組んでウハウハとはならないだろう」

「だからボク達で何とかするんだよ。それが関わった者の責任って奴だ」

 

 シンを放っておけないと言う想いから、どうすればいいかと木乃子とレイは話し合う。

 二人とも気付かなかったが、二人の中でシンは大切な友達になっていた。

 それがシンの本当の能力なのかもしれない。

 

 

 ***

 

 

 学園長室にやってきたシンはレイが設置した盗聴器を取ると、学園長に一つ頭を下げ、レイの代わりに詫びを入れた。

 

「本人はこれ一つだと言っていたので信じてあげてください」

「気付いていたよ。この程度の悪戯を許容出来ない程、私は大人げなくない」

 

 知っていた上であえて受け流していた事が分かると、シンは何も言わずに盗聴器を力任せに握り潰して燃えないゴミに捨てる。

 そして約束通りレイをちゃんと学校に連れてきた応酬として3万円を受け取るが、それだけでシンはそこから出ようとはしなかった。

 

「何だね?」

「盗聴器の事を知っているなら、分かっているでしょう。学園長は俺に何をさせようって言うんですか?」

 

 それなら話は早いと学園長は一枚の書類をシンに手渡す。

 それは新しい部活の申請書であり、聞きなれない名の部活名にシンは困惑をしてしまう。

 

「聖櫻学園お助け部? 何ですこれ?」

「君のために私が用意した部活だ。君が第一号の部員であり、部長だ」

「部活なんてやる暇俺には……」

「学生だから建前上この様にしただけだ。実際は君には学園内にしょっちゅう現れる悪男狩り、及び学園内での様々なトラブルの解決に周って欲しい。それによく見たまえ」

 

 学園長が指さした先を見ると、給与待遇の事が書いてあった。

 週休二日制に加え、祝日は休み、給料は基本給が12万円出る事が記されていた。

 学生なのに給料が貰える事にシンは異議を唱える。

 

「いいんですか? 学生の身分で給料なんてもらって」

「悪男狩りは本来は業者に頼む物なのだが、それをこの値段で抑えられるんだ。これは必要経費と言う奴だよ」

「つまりストレス解消の場、及び生活の保護はしてやるから、街中での乱闘は止めろと言う事ですか?」

「ハッキリ言えばそうだ。これは君は学徒であると同時に一人の戦士だ。戦う場をなくした戦士はただ朽ち果てるだけなどと言う物語は私は求めていないからな」

 

 言いように利用されていると取れない事はない。

 だが断る理由も特にないので、シンは了承のサインを書くと、部室である社会科準備室へと向かおうとする。

 

「顧問は祐天寺先生ですよね? 話はそこで付けますので」

 

 シンがお助け部に乗ってくれた事に一つ問題がクリアしたと、学園長はパイプに火を点け楽しむ。

 白煙を吹き出しながら、学園長は一人物思いに更けていた。

 これは単にシンの抑制のためではない。シンを成長させる糧になると信じていたから。




と言う訳で原作とは違う形でお助け部が誕生しました。
次回から本格的にシンとガール達の交流が多々出ると思います。


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第九話 図書室での出会い

それは昔を思い出させてくれる出会い。


 指定された教室に入ると、中には既に祐天寺が待っていて、ニッコリと笑ってシンを出迎えると、早速依頼が来ているとの事なので、シンは用意されたノートPCを立ち上げ、メールソフトを開くと、図書委員から依頼が来ていた。

 

『棚卸しを手伝ってもらいたいので、申し訳ありませんが出来ればお願いします』

 

 文面から大人しい人なのだろうと言う事が分かり、早速シンは図書室へと向かう。

 

「シン君」

 

 その際祐天寺に呼び止められ、まだ文面には記されてない、注意事項を述べる。

 

・活動は月、水、金のみ。基本的に悪男退治以外は受ける受けないは本人の意を尊重する。

・本来は3人以上存在しないと部としては認めないが、場合が場合なので出来れば用意してほしい程度の感覚。

・聖櫻学園は部活だけで全てを終える学校ではない。部活は青春の一巻、その事を忘れないでほしい。

 

「とまぁこんな具合に肩に力を入れ過ぎないでと言うのが本音ね」

「緩すぎやしませんかね……」

「家のモットーはたった一つ生徒達の自主性を尊重するだからね。じゃあお願いね」

 

 そう言うと祐天寺は手を振ってシンを見送った。

 祐天寺に見送られ、シンはどこか腑に落ちない様子で図書室へと向かう。

 これも仕事なのだと自分に言い聞かせながら。

 

 

 ***

 

 

 図書室に到着すると何故か受付には複数の男子生徒で埋め尽くされていた。

 何事かと思って受付へと向かうと、男子生徒達は一人の女子生徒に必死になってアプローチを送っていた。

 しきりに自分とデートをしようと言い続ける男子達を前に、水色の髪の毛を下くくりで二つのおさげにまとめた女子は困惑して何も言えないでいた。

 

「あ、あの本を借りないのなら、ご退室願いたいのですが……」

「その通りだ。逢引相手を求めるなら他を当たりな」

 

 オドオドとした調子で注意するしか出来ない女子生徒を助けようと、シンが間に割って入る。

 シンの威容な雰囲気を前に、先程まで女子生徒を口説こうとしていた男子生徒達は蜘蛛の子を散らすように去っていき、再び図書室には静寂が訪れていた。

 ネクタイの色から三年生だと判断したシンは、それ相応の対応を取る。

 

「あ、ありがとうございます……」

「ああ言う時、自分の手でどうにかならないのなら人を呼ぶなりにした方がいいですよ。それよりもこっちの話をしたいです。聖櫻学園お助け部のシン・アスカです。依頼人の図書委員の方ですか?」

「ハイ。私は聖櫻学園3-A所属、図書委員の村上文緒と申します。本日は立ち上がったばかりの部なのに急な申し出に応えてくれて本当にありがとうございます」

 

 文緒は立ち上がって深々と頭を下げた。

 この様子を見て相当人見知りが酷い性格なのだろうと感じたシンは、それ相応の態度で接しようとする。

 

「じゃあ早速仕事を教えてください。俺は何をすればいいんです?」

 

 仕事を片付けようとする。シンに対して文緒は自分では難しい高い棚の上にある本の入れ替えを求めた。

 言われるがままテキパキとシンは仕事を進めていき、予定よりもずっと早い時間で仕事は終了する。

 ホッと一息つくと、シンは他にやる事がないと分かると、その場を後にしようとするが、お茶と適当なお茶菓子を文緒から用意されると、行為は受け取ろうと湯飲みを手に取って、お茶を一杯飲む。

 

「馳走になりました。先輩それでは……」

「待ってください!」

 

 一礼して、その場を後にしようとするシンを文緒は止める。

 まだ仕事があるのかとシンは思ったが、文緒は柔和な笑みを崩さないままシンと接しようとする。

 

「せっかく知り合えたのですから、少しお話しませんか?」

「そうしたいんですが、俺は携帯を持っていなくてですね。お助け部の活動は本部のPCからでないと確認が出来ないんですよ」

「本当に少しだけですから……」

 

 人見知りの文緒にしては珍しく食い下がるのを見て、シンはこのまま邪見にするのは何か違うと判断し、その場に腰かけ、文緒の話に付き合おうとする。

 

「まぁこれもお助け部の活動の一環です」

「ありがとうございます。まずは本当に先程は助かりました。改めてお礼を言わせて下さい」

 

 そう言うと文緒は改めて頭を下げるが、シンはそれを手で制して止める。

 

「分かりました。感謝しているのは十分に伝わりましたから、それで最後にして下さい。でもいつもあんな感じなんですか?」

「あそこまで酷いのは久しぶりなんですけど、今日は周りに誰も居なかったから、こんな事になってしまったんでしょう……」

 

 文緒は困ったように笑いながら語る。

 確かに文緒は高校三年生とは思えないスタイルの良さに対し、整った顔立ちに、大人しすぎる性格。

 男に取って都合のいい部分を全て詰め合わせたような姿は、アプローチをかけずにはいられないだろうと思い、この学校の男達は馬鹿ばかりだ。それがシンの出した率直な感想だった。

 

「そうですか……先程のような事態に陥ったら、誰かに助けを求めるのが一番だと思います」

「ハイ。ところでシンさんは本はお好きですか?」

 

 率直な質問に対してシンはどう返すか迷ってしまう。

 家族を失う前、シンは文緒と同じように大人しすぎるぐらいの性格であり、文緒に近い物があった。

 しかし家族を失ってから、すっかり攻撃的な激情家になってしまい、趣味もバイクでのツーリングになってしまっていた。

 だが、今同じ趣味を持てるとはとても思えない。

 ならばかつて好きだった事をもう一度やると言うのも一興だろうと思い、自分の中で考えがまとまると、シンは質問の答えを返す。

 

「好きだったと言った方がいいですね。先輩は何かお勧めの本はありますか? こっちの世界の本はまだ読んだ事がなくて」

 

 本が好きと言う答えを聞くと、文緒の顔はパッと花が咲いたように明るい物に変わり、何も言わずに勢いよく立ち上がると、自分が好きな本を片っ端から取っていく。

 その様子を見て彼女は本当に本が好きなんだと思い、シンは微笑ましい気持ちになってしまうが、その眼前に置かれた4、5冊の本を見ると、一つ気付いてしまう事がある。

 

「まだ貸し出しカード持ってないんですけど」

 

 初歩的なミスに気付かなかった文緒は自分を恥じ、本の事ですっかりテンションが上がった事を反省し、一礼するとシンの分の貸し出しカードの作成に映る。

 その際シンは気付いてしまった。文緒を狙う不埒な視線に、何も言わずに視線の方向をジッと睨みつけると、拳を大きく振り上げて、勢いよくテーブルに叩き付け、辺りに轟音を響かせた。

 

「出てこい! そこのネズミ!」

 

 突然辺りに響く、図書館にはふさわしくない轟音を前に、文緒はPCから席を外し、何事かとシンに詰め寄る。

 シンが指さした先に居たのは、突然の轟音に驚き、おどおどとそこから出ようとする人影が一つ。

 

「大方隠し撮りをしようとする変態でしょう。こう言う輩は一回ガツンと痛い目に合わせなくては分からない物です」

 

 シンは盗撮犯が居ると思って追い払ったのだが、文緒は人影の正体が恐らく分かっており、人影が完全に暗がりから出ると呆れたような顔を浮かべる。

 

「文緒ちゃ~ん。この人怖い~」

 

 盗撮犯は気持ち悪いデブオタだろうと思っていたシンだが、そこに現れたのは腰まで伸びた金髪のロングヘアーの美少女であり、首には本格的な一眼レフカメラを提げていて、ネクタイの色から恐らく、文緒と同年代だとシンは判断するが、女性が女性を盗撮するのかと疑問に感じてしまう。

 シンが困惑していると、女生徒は文緒の胸に飛び込んで泣き真似をしており、文緒は彼女の頭を撫でて慰めながら、彼女の紹介を始める。

 

「望月さん。盗撮は控えて下さいって、いつも言っているじゃないですか……」

「だって~文緒ちゃんは今日もめちゃんこ可愛いから、つい~」

「お知り合いですか?」

 

 シンの問いかけに文緒は呆れながらも首を縦に振る。

 

「私の方から彼女の紹介は行います。彼女は私の友達で3-A所属の望月エレナさんって言います」

「ハ~イ。望月エレナで~す。趣味は可愛い女の子の撮影で~す。可愛い女の子と知り合えたら、私に連絡よろしく~」

「そんなもんお助け部の依頼でも却下するわ!」

 

 先輩ではあるのだが、彼女を相手に礼節を重んじる必要はない。そう判断したシンは激しい突っ込みを入れる。

 その判断は間違ってなかったと次の瞬間即座に思い知らされる。

 

「や~ん。文緒ちゃん、この人怖~い」

「いやあああああああああああああ!」

 

 猫なで声を出しながら、慰められているのをいい事にエレナは文緒の豊満な胸に頬ずりを繰り返し、彼女の大きな胸を顔全体で堪能する。

 文緒が完全に固まって行動に移せないのを見ると、シンは即座にエレナを引き剥がす。

 

「や~ん。友達同士のスキンシップの邪魔しないで~」

「本当にアンタと先輩友達なのか⁉」

「そうです。度が過ぎて困った事も度々ありますけれど……」

 

 申し訳なさそうに文緒が言うのを見て、シンは掴んでいたエレナの首根っこを外すと、エレナは再び文緒に抱き着く。

 そんなエレナを呆れながらも、文緒は優しく頭を撫でていて、その様子を見たシンは最後に一言彼女に告げる。

 

「同性同士でもセクハラは適用されます。もし自分で何か出来ないのならば、お助け部、もしくは生徒会、風紀委員など頼れる場は多々あります。俺もその選択肢の一つです」

 

 そう言うとシンは今度こそ図書室を後にした。

 エレナを慰めながら、まだカードの制作と貸し出しが終わってない事を反省し、文緒はまたシンに会えるかと楽しみにしていた。

 今度はちゃんとお勧めの本を読んで、シンと穏やかな時間を過ごしたいと思っていたから。

 

 

 ***

 

 

 この日の依頼を終えると、シンは祐天寺に自身にスマホを持たせる事を提案する。

 情報伝達の速さは戦場でも重宝されている事を熱弁すると、シンの訴えは最もだと判断して、祐天寺は許可を出す。

 

「そうね。でもシン君は未成年だから、携帯を買うには私達の許可が必要なのよ。今度買いに行きましょう」

「ありがとうございます」

「それと明日はもう仕事入っているから」

 

 今日の分は終わったからと告げると、祐天寺は次の仕事を行うため、職員室へと向かう。

 PCからメールの確認をすると、留学生二人の日本の案内が次の仕事だと言う事が分かり、二人の名前を記録する。

 

『ユーリヤ・ヴャルコワ、クロエ・ルメール』




と言う訳で今回はガールフレンド(仮)で一番人気の村上文緒先輩と、その相棒の望月エレナを絡ませました。

次回は同じく人気キャラのクロエとその相棒のユーリヤとの絡みを書いていきます。

感想、評価お待ちしています。


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第十話 異世界転生者と留学者

異なる文化は刺激を与える。


 翌日の放課後、留学生二人がリクエストした場に連れていくため、シンは待ち合わせ場所で待機をしていたが、冷静になって考えてみると、この依頼を自分が受けるのはおかしいのではと思うようになる。

 

「異世界人によく分からない世界のガイドなんてさせていいのか?」

 

 明らかにミスキャストだろうとシンは思い、留学生達が来たら辞退しようと考えていると、明らかに日本人ではない髪の色の二人の少女がこちらに向かって近づいて来る。

 一人は小柄でまだ幼さが残る銀髪のロングヘアーの少女であり、もう片方は金髪のロングヘアーで高校三年生とは思えないモデル張りのスタイルの良さが目に留まる少女であった。

 二人がシンが座るベンチの前に立つと、各々自己紹介を始める。

 

「お助け部のシン・アスカさんですね? 初めまして私は一年のユーリヤ・ヴャルコワと申します」

「ワタシはクロエ・ルメールで~す」

 

 ユーリヤの方は流暢な日本語を話すのだが、クロエは片言でまるで漫画に出てくるような外国人の喋り方をしており、対照的な二人を見ながらシンは二人に向かって一礼をする。

 そしてこの件は辞退しようと、二人の説得にあたる。

 

「ハイ、二人とも初めまして。シン・アスカです。しかし二人とも日本語が上手だな」

「ありがとうございます。私は一人旅が趣味なので語学はそこで自然と身に付きました。特に日本は今まで旅した国の中でも一番素晴らしい国だって思います」

「ワタシはニッポンのアニメやゲームで言葉を覚えました~。ニッポンのアニメはどれもとて~も面白いデ~ス」

 

 両極端な二人に思わずシンは苦笑いを浮かべてしまう。

 あまりに二人のキャラクターが強すぎるので、本来の目的を忘れそうになってしまうが、ここで流される訳にはいかないと判断したシンは、自分の意を伝えようとする。

 

「それで今回のお助け部の依頼の件なんだが、俺じゃなくて他の誰かにお願いしてもらう訳にはいかないか? 俺だってこの世界はまだまだ知らない事の方が多いんだ。日本の事は日本人に聞くのが一番だ」

「シンさんが異世界人だと言うのは聞いてますけど、シンさんの世界に日本は存在しないんですか?」

「ああ合併吸収されて、日本と言う国で独立はしていない」

「じゃあシンさんは、何人なんですか? ワタシはフランス人、ユーリヤさんはロシア人で~す」

 

 ユーリヤとクロエに聞かれ、シンは自分の出身地を言ようかどうか言い淀んでしまう。

 決していい思い出がないオーブの名前を出したくないと言う想いが強く、シンは可能な限りお茶を濁した回答をする事を選ぶ。

 

「ここにはない南国の国だ。そこの小さな村の出身だよ」

「そうですか。ごめんなさい少し無神経過ぎました……」

 

 シンの事情を知ると、ユーリヤは深々と頭を下げて謝罪をする。

 突然の事にクロエは目を大きく見開いて驚き固まってしまうが、ユーリヤは自分の軽率な発言を反省して言葉にしていく。

 

「もうシンさんには帰る故郷がないのに、私達は好奇心だけで軽はずみな言動をしてしまって本当に申し訳ありませんでした」

「Oh、そうですね……ワタシからもあやまります。ゴメンなさいです」

 

 クロエもユーリヤに続いて頭を下げる。

 二人の真摯な様子を見て、罪悪感を覚えたのか、手を出してシンは二人の謝罪を制した。

 

「構わないよ。それで話を戻すが、やはり俺が日本の案内をするのは間違っていると思うぞ。もっと適任者が他に居ると思うんだがな……」

「Ohそうしたいんですが、乙女さん今日は外せない用事があって、ニッチモサッチもどうにもいかないんデス」

「乙女さんってどちらさんですか?」

「クロエさんが所属している部の部長で、栢嶋乙女さんって言います。日本文化研究会の部長なんですが、今日はどうしても外せない用事があるから、お助け部に依頼を出したんです」

 

 クロエは予定がおじゃんになるのではと思い、あたふたした様子で現状を伝え、ユーリヤが詳しい補足情報を伝える。

 学年で言うならクロエは三年生、ユーリヤは一年生にも関わらず、完全に立場が逆転しているのを見て、シンはこのまま放っておく方が危険だと判断し、頭をかきながらやるだけの事はやってみようと心に決め行動に移す。

 

「分かった。なぁ……一年の君、ユーリヤって呼んでもいいか?」

「ハイ勿論です」

「ありがとう。ヴャルコワってファミリーネームが呼びづらすぎてな。まぁやるだけやってみるけど、あまり期待はしないでくれよ。この世界は半年前に来たばかりだからな」

「なら一緒に探索をしましょう。それが旅の醍醐味です」

「醍醐味なんて随分と難しい日本語を知っているな。エラいなユーリヤは」

 

 素直で幼いユーリヤを見て微笑ましい気持ちになり、率直な感想をシンは述べる。

 褒められた事で照れたのか、ユーリヤは顔を軽く朱に染めて謙遜をしだす。

 

「そ、そんな事ないですよ。シンさんだって凄いですよ、異世界人なのに日本語もお上手だし、その制服だって凄い似合っていますし」

「ありがとうな。でもやっぱり二人の方が凄いよ。俺の世界じゃ公用語は皆英語になっていたからな。少なくともこう言う異国交流と言うのはあまりなかったな」

「それは凄いですね。皆で手を取り合って人類が一つになった世界なんですか?」

 

 無邪気に尋ねるユーリヤに対して、シンの顔色が一瞬暗い物に変わろうとしてしまう。

 自分達の世界も結局はこっちの世界と根本的な事は変わらない。

 人種差別は別の方向で生まれてしまったからだ。だがこれは自分が蒔いた種だと判断し、不機嫌な様子を悟られないよう、シンは平静を装って返す。

 

「かもしれないな。正確にはこれからの話だけどな」

「そうだとしても本当に凄い事ですよ……」

「ヘイ!」

 

 シンにしか分からない皮肉を込めて返すと、突然不機嫌な大声が響き渡る。

 見るとクロエがこちらを不満そうに睨みつけていて、何事かと思い、シンはユーリヤを後ろにやって、彼女の応対にあたる。

 

「どうかしましたかルメール先輩?」

「さっきからユーリヤさんとおしゃべりばかりズルいです! ワタシもクロエと呼び捨てでお願いします!」

「さすがにそう言う訳には……」

「ワタシがいいんですからいいんです! シンさん大人っぽいですし、ワタシの好きなアニメのキャラクターにも似てます!」

 

 そう言って、クロエが取り出したのは一枚のクリアファイル。

 そこに映っていたのはファイナルファンタジー7の人気キャラクター『ザックス・フェア』であり、そんなに似ているのかとシンやユーリヤと議論になってしまうが、彼女は曖昧な返事をする事しか出来なかった。

 一瞬『大人っぽい』と言うワードを聞き、何かの当てつけかとも思ったが、頬を膨らまして怒りを露にするクロエを見て、これ以上の問答は無意味だと判断したシンは、自分の方から折れる事を選んだ。

 

「分かったよ。クロエがそれを望むんなら、それで構わない。それでどこに行けばいいんだ?」

 

 ユーリヤと同じようにフレンドリーに接してくれた事が嬉しく、クロエは先程までの不機嫌な表情が一気に吹き飛んで、パッと花が咲いたような笑みを浮かべると、クリアファイルの中にある資料をシンに見せる。

 それは日本画家の展覧会のチラシであり、二人はそこに強い興味を持ち連れて行ってほしいとねだったのである。

 

(これぐらいならユーリヤがいれば二人でも大丈夫だと思うんだがな……)

 

 これだけ日本語が堪能なら自分の説明がなくても十分に満喫する事は出来るだろう。

 それ以前に日本画家などシンには全く興味のない分野であったのだが、またここでクロエにぐずられても面倒だと判断したシンは、ユーリヤからスマホを借りると、ここまでの行き先を即座に調べ、向かおうとする。

 

「二人とも行くぞ」

「ハイ」

「りょうかいデ~ス」

 

 両極端な二人に振り回されながらも、シンは目的地へと向かう。

 これは仕事なのだからと割り切りながら。

 

 

 ***

 

 

 ユーリヤとクロエは日本文化である日本画に興味津々で食い入るように見ていたが、シンに取っては何がいいのかさっぱり分からず、熱量の違いに困惑するばかりであった。

 話した回数は多くないが、ここはユーリヤに任せておけば大丈夫だろうと思い、シンは少し離れた所から二人の後を見つつ、自分も日本画を見ようとする。

 しかし今の自分に芸術を理解出来る心の余裕など持てない。

 何となくではあるが独特のタッチは見ていて楽しい物があると思っていたが、二人程夢中にはなれない。

 居心地の悪さを感じていたシンだが、一枚の絵を見ると興味を持って、ジッと見つめる。

 それは古来魔除けに使われる幽霊画であり、妙な迫力を持ったその作品にシンは心を惹かれるが、すぐにこの状況がおかしい事に気付く。

 

(俺は死んでこっちの世界に来たからな。そんな人間が幽霊画を見てもな……)

「シンさんもこの絵気に入ったんですか?」

 

 自分の状況を妙だと思っていると、ユーリヤが話しかける。

 クロエの姿が見えないので、彼女がどこに行ったのか尋ねると、もうすぐこの幽霊画の作者である。若き天才画家、喜多川祐介が来ると知って準備があるといい、その場を離れたと言う。

 

「まぁな。芸術って奴は良く分からないが、この絵には引き込まれる魅力ってのを感じた」

「それが芸術って言う物です。どんな物でも、その人の情熱が入り込んだ物と言うのは、自然と作品にも宿る物なんですから」

 

 最もな言い分にシンは「そうだな」と答えると、会場がどよめき、大きな拍手に包まれる。

 特設ステージを見ると、紺色の髪を持った少年、若き天才画家喜多川祐介が会場に上がっていて、今回の幽霊画の制作秘話を語っていく。

 インタビュアーの質問に真摯に答える雄介を見て、真面目な人なのだろうと遠巻きから見ていた二人も感じていて、ここで客席からの質問コーナーに変わると、二人の目は点になって唖然となってしまう。

 

「クロエ――!」

 

 会場には何故か死装束に身を包んだクロエが居て、会場の目を一際引いていた。

 司会者も面白半分で彼女をステージに上げると、クロエはメモ帳を片手に一同が思っていなかった素っ頓狂な質問を行う。

 

「アナタはどうしてユーレイになったのですか?」

「え――……」

 

 そこに居た誰もが思ってもみなかった質問に対して、祐介は何も言う事が出来ずに困惑する事しか出来なかった。

 シンはユーリヤをその場に残すと、慌ててステージへと上がり、クロエの手を取って、その場を後にしようとする。

 

「す、すいませんが、どちら様ですか?」

「保護者だ!」

 

 表現的には間違っていないだろうと思い、シンは司会者の静止を振り切って、その場を後にした。

 まるで嵐のようなクロエに対して、ステージは茫然となっていたが、いつまでもこのままと言う訳にはいかない。

 気を取り直して再び質問コーナーに戻って、会場は元の空気を取り戻していた。

 

 

 ***

 

 

 適当なバックステージに三人は集まると、シンはまずクロエに何故こんな事をしたのか問いただそうとする。

 今回の日本画展の目玉はあの幽霊画であり、いわくつきの幽霊屋敷の幽霊を追い払った事で有名であり、好奇心旺盛なクロエは何故幽霊を撃退するのかを雄介に聞こうとしていた。

 やろうとしている事は間違いではない。しかしやり方が間違っている事を告げると、シンは次に何故死装束を着ているのかを聞く。

 

「郷に入っては郷に従えってことわざがニッポンにはあります。だから幽霊の格好してワタシも聞いてみました~」

「その恰好はどこで手に入れた?」

「乙女さんに用意してもらいました。怒ってますか?」

 

 シンとユーリヤの顔色を見て、クロエは恐る恐る尋ねる。

 彼女の問いに対してシンは呆れながらも返す。

 

「と言うよりは呆れているってのが本音だ。ユーリヤも同じ」

「そうですよ。天真爛漫なのはクロエさんの良い所だと思いますけど、過ぎたるは猶及ばざるが如しです!」

「それはどう言う日本語ですか?」

 

 『天真爛漫』や『過ぎたるは猶及ばざるが如し』と言う難しい日本語の意味をユーリヤから聞こうとする。

 相変わらず好奇心旺盛なクロエだったが、人によってはその態度に怒る人も居るかもしれないが、シンは違っていて、屈んで彼女に視線を合わせると諭すように話す。

 

「本当にクロエは日本が好きなんだな」

「Hi!」

「だからこそ今回みたいな行動は控えるんだ。じゃないとクロエは日本に居る事が出来なくなっちゃうぞ」

「それは困ります!」

 

 すぐに顔色がコロコロ変わるクロエを見て、ユーリヤも怒る事を忘れて、クスクスと笑い出し、シンも同じように穏やかな笑みを浮かべた。

 そしてこれからどうするべきかを三人で話していく。

 

「何でも素直に聞くのはいい事だと思うが、今回みたいなコスプレは控えような。俺もユーリヤも同じように勉強するから、皆で日本を知ろう」

「シンさんの言う通りですよ。私達迷惑な外国人観光客にならないためにも学ばないとです」

「ハイです!」

 

 元気よく答えると、二人はシンと連絡先の交換を求めるが、彼がまだ携帯を持っていない事を告げると、二人は残念そうな顔を浮かべてしまう。

 

「だったらまたお助け部に依頼してもいいですか? 私達の保護者になってくれるって」

 

 少しからかうようにユーリヤは言う。

 反射的に出た言葉をいじられてシンは少しバツが悪そうな顔を浮かべるが、ここは最後にビシッと決めようと返す。

 

「ああ。それが仕事だからな」

「仕事だけデスか?」

 

 クロエは自分を助けてくれたシンが気に入ったらしく、屈んだままジッと上目遣いでシンを見つめる。

 その姿にどこか妹を連想するシンは彼女の頭を優しく撫でると、一言言う。

 

「まぁそれは携帯を持ってからだ」

 

 これから先仕事だけの付き合いにならないかどうかと言う可能性だけを残し、今度こそシンはその場から去っていく。

 自分にはもう怒りしかないと思っていたが、シンは久しぶりに感じる穏やかで優しい感情を心地よいと思っていた。

 螺子川やモノクロームの時も自分の怒りを抑える事は出来なかった。だが今は違う。少しだけ憎悪を忘れる事が出来たから。




と言う訳で今回は人気キャラクターのクロエ・ルメールに出てもらいました。
そしてお遊びとしてペルソナ5の喜多川祐介にも出てもらいました。
私的な見解ですが、やはりシンにはこう言うちょっと足りない娘の方があっていると思います。書いていて楽しかったです。


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第十一話 暴力だけしか知らない君へ

大人は子供を正しい方向に導くためにある。


 この日もいつも通りに学校へ通い、シンは移動教室のため理科室へと向かう。

 その前にトイレへと向かおうとすると、大きい方だったのでどこもたまたま満杯だった。仕方ないと思いながらもシンは理科室とは違う階層へと向かい、事を済ませようとした。

 そして時間に余裕を持って事を済ませて、理科室に向かおうとした瞬間、非日常な光景が彼の前に広がる。

 

「大丈夫ですか?」

 

 最初に声をかけて安否を確かめるが、返事はなかった。

 薄緑色のロングヘアーの少女はくの字に倒れ込んだまま、ピクリとも動かなく。明らかに気を失っているのは分かっていた。

 スカートの色から上級生なのは分かっていて、このまま放っておく訳にはいかないと判断したシンは、彼女を背中におぶさると保健室へ向かおうとする。

 

――戦争はヒーローごっこじゃない!

 

 その際思い出した苦い記憶は反りの合わない上官に平手打ちを食らった記憶。

 あの時も自分には誰一人味方はおらず、自分の行動を批判する者ばかり。

 今回も彼女を保健室に送れば、自分は確実に次の時間の授業は遅刻をするだろう。

 だがそんな事は関係ない。怒られたらまた悪男を相手にストレス解消をすればいい。

 あの時とは違う。決して自分は力のない子供ではないと判断し、シンは小柄な先輩をおぶったまま保健室へと向かう。

 二時間目に行こうが、五時間目に行こうが遅刻は遅刻だ。

 ならばと出来る限り先輩に負担をかけないように、シンは保健室へと向かった。

 

 

 ***

 

 

 神崎の適切な処置によって、今小柄な先輩は保健室のベッドの中で気持ちよさそうに寝息を立てていた。

 取り合えずの安否が確認出来たのを見ると同時にチャイムが鳴り、シンは後の事は神崎に任せて、自分は理科室へと向かおうとする。

 

「あ、待って」

 

 神崎に呼び止められて、シンは歩みを止め、彼女の話に耳を傾ける。

 今保健室で寝息を立てている少女は、3-B所属の正岡真衣。病弱な彼女はかつては入退院を繰り返すほどの生活をしていたが、高校に進学しても予断を許さない状態であり、保健室の常連となっていた。

 クラスメイト達も気にはかけているのだが、今回はたまたま体育で急いでいた事もあり、このような事態になってしまう事も少なくはない。

 なのでシンにはとても感謝をしていると、神崎は自分なりにシンがした事を褒め称えて認めた。

 

「理科室の担任からは私の方から伝えておくわ。シン君は人助けをしたから何も悪くないって」

「あざっす」

 

 短く言うとシンは今度こそ授業へと向かう。

 それと同時に真衣は目を覚まし、その背中を見つめていた。

 自分とは違い大きく頼りがいのある背中を。

 

 

 ***

 

 

 神崎の伝達が上手く行ったのか、シンの遅刻は咎められずに済み、この日の授業も無事に終わり、昼休みに入り、シンは一人で昼食を取ろうとしたのだが、そこに木乃子とレイが割って入り、近くの空いている椅子を持ってくると、三人は並んで食事を取る。

 

「何だ?」

「何だはないだろう。お前放っておいたら、いつまでも一人ぼっちだろうが」

「陽子ちゃんにうるさく言われるから、適当にコミュ力は育てろって言っただろ。昼飯イベントは好感度アップに的確だからな。こう言う小さな積み重ねが大事なんだぞ」

 

 そう言うとレイは菓子パンの袋を開け食べ出し、木乃子は母親が作ってくれた夕食の残り物が詰められた弁当を食べ出す。

 シンが用意したのは自分で作った弁当であり、適当なありあわせで作ったにも関わらず、上手そうな作りの弁当に二人は目を輝かせて弁当を覗く。

 

「何だ?」

「シンって一人暮らしだよな? それお前が作ったのか?」

 

 まるで市販の弁当のような作りのレベルの料理を見てレイは驚愕しており、シンは彼女の問いかけに対して静かに頷く。

 見ているだけで食欲をそそられる料理を見て、木乃子は食い入るように見て、まだ手を付けていない自分の弁当と交換しようとシンに持ちかける。

 

「なぁ交換しないか? マジで美味そうなんだけど、あたしのと交換しようぜ! こう言う小さな積み重ねがフラグの第一歩に近付くんだからな」

「その弁当作ったのは誰だ?」

「当然ママンだ!」

 

 決して威張って言えた事ではない事を木乃子は堂々と言う。

 予想通りの答えであったが、改めて真相を知ると、シンは小さく首を横に振って拒否の意を示す。

 

「だったらダメだ。その弁当は姫島のためにお母さんが作った物なんだろう? 俺が食べる訳にはいかない」

「そんな固い事言わないで……」

「なぁ姫島」

 

 食い下がろうとする木乃子を止めたのは、トーンが一段階下がったシンの真剣な口調。

 思わずレイも菓子パンを食べる手を止め、彼の話に耳を傾けてしまう。

 

「食事を作ってくれる人が居るのはありがたい事なんだぞ。俺はもう作ってくれる人がいないから、軍で自炊のスキルを叩きこまれたに過ぎない。それを俺が食べる訳にはいかない」

 

 ただの料理上手だと思っていたが、予想以上に重たい答えが返って来た事に、レイも木乃子も言葉を完全に失ってしまう。

 

「あのすみません……」

 

 今度こそシンが食事を始めようとした瞬間、聞きなれない声が後ろから響く。

 三人同時に振り返った先に居たのは、先程シンが助けた少女正岡真衣が恥ずかしそうにおずおずと立っていて、シンの様子を伺っていた。

 シンは一旦二人を待たせると、真衣の元へと向かい、彼女の要件を聞こうとする。

 

「確か午前中の……」

「ハイ、その節はお世話になりました。改めて自己紹介させて下さい。私は3-B所属の正岡真衣と申します」

「いえいえとんでもない」

 

 誠実に接する真衣に対して、シンも誠実に接し返す。

 真衣はお礼も兼ねて昼食を一緒に食べようかと誘おうとしたのだが、先約が既に二人入っているのを見て、自分は邪魔だと判断したのか、そのままおずおずと去ろうとするが、シンは二人の方を向くと、自分の分の弁当を取って、真衣の前に立つ。

 

「あの二人とはいつでも食べられますし、今日は正岡先輩に付き合いますよ」

「いいんですか? 何か申し訳ありません」

「とんでもない」

 

 決して人付き合いが上手そうではない真衣を見て、シンは今日の時間を彼女に割く事を決め、そそくさと適当な場所に向かった二人を見て、取り残された二人はまた一つ反省をする事となってしまった。

 シンの抱えている傷は予想以上に大きく、彼は自分達が思っている以上に壊れた存在だと言うのを。

 

 

 ***

 

 

 裏庭にあるベンチで適当に二人は腰かけ、各々の弁当を食べ進める。

 真衣は自分よりもずっと大きく逞しいシンに興味津々であり、何とかお礼も兼ねてアプローチをしたいと思っていたが、どうしていいか分からず、ただただ黙々と弁当を食べる事しか出来なかった。

 そんな彼女を見て、シンは作った一枚の名刺を彼女に手渡す。

 何だろうと思い、真衣が名刺を見ると、そこにはこう書かれていた。

 

『お助け部部長 シン・アスカ』

 

 名刺を受け取って自分の存在を改めて認識したのを見ると、シンは忘れていた自己紹介を始める。

 

「改めて自己紹介をします。俺はシン・アスカ、まぁ形式上吉田新太って名前になっていますが、そう呼んでもらえると嬉しいです」

「分かりました。シンさんって呼んでいいですか?」

「構いませんよ。また何かあったらこの名刺に記されたアドレスに連絡を下さい。学園の治安維持と言う名目の悪男の撃退が主な活動ですが、依頼さえあればこの学校の生徒の依頼なら、お助け部は可能な限り引き受けます。また助けが必要な時はこちらのPCアドレスに連絡を下さい」

 

 そう言うと自分の伝えたい事は全て伝えたと思い、そして頃合いだと判断したのだろう。シンは次の授業のため教室に戻ろうとするが、最後に控えめな声で呼び止められる真衣の声に反応して、首だけ振り返る。

 

「あのPCだけですか?」

「近々スマホを買えると思うので、その時にまた連絡をします」

「依頼以外で話はダメですか?」

 

 自分にアプローチをかけようとしている真衣を見て、シンは少し考えた後、自分の見解を告げる。

 

「それはまたスマホを持ってから話しましょう」

 

 先送りにする事でこの問題を解決する事をシンは選ぶ。

 真衣は頬を軽く朱に染め、今までにない感情に心をときめかせていたのだが、シンの胸中は決して穏やかな物ではなかった。

 

(冗談じゃない。俺は異常者なんだ。あんな優しそうな女の人を巻き込むわけにはいかない……)

 

 シンは決して自分のやっている事が100%の正義ではない事は分かっている。

 だがそれでも悪男の撃退には大義名分があり、役に立っているのは事実。

 ならばとそれを利用して、過去のトラウマをぶつける相手を欲し、夜な夜な悪男を狩る毎日。

 それを止める事は出来ない。この世界で楽しい思い出が出来ても、それはそれ。これはこれで割り切ってしまうのだから。

 そんな二人のすれ違う様子を遠くから見ていたのは祐天寺であり、前々から考えた行動を実行に移そうか考えがまとまっていた。

 

 

 ***

 

 

 学園長室で学園長と月白はおねがいマイヒーローのデータを見て、頭を悩ませていた。

 あれからシンは安アパートに引っ越し、寮暮らし及び生活保護受給者から卒業したのだが、それでも夜中の悪男狩りは少しペースが落ちた程度であり、相変わらず続けられていた。

 この案件に関して一度月白は問いただしていた。

 この学校に何か不満でもあるのか? イジメでも受けているなら相談に乗って欲しいと、月白は真摯にシンと向き合ったのだが、次に彼が返した言葉にゾっとする物を感じた。

 

「そんな事はありません。ここの人達は皆良くしてくれています。それには感謝していますよ。でも、それはそれ、これはこれって奴です。純粋に殴るのが好きなだけなんですよ俺は。まぁ趣味みたいなもんですよ。趣味の最低限のラインとして人に迷惑はかけないってのは守るつもりですので」

 

 真摯にし、そして誠実に軽く笑いながら返すシンを見て、その日月白は何も言う事が出来なかった。

 シンは本気で暴力を楽しんでいる。このまま社会に出すのはあまりにも危険だと判断した月白は、学園長に助けを求め、現在に至っている。

 学園長はパイプを楽しみながらも、苦々しげな表情を浮かべていた。

 

「こう言うある意味メンタルが完成してしまっている輩は厄介だぞ。歪んでようが腐ってようが大人は大人だからな」

「今まで戦争で抑圧されてばかりだから、恐らくは解放されて手に負えない状況になってしまったのかと、何とか私の方でももう少し踏み入ってみますので……」

「待って下さい!」

 

 その間に割って入ったのは祐天寺だった。

 突然の乱入者に二人は驚くが、彼女はそんな事構わずに学園長の前に立ち、自分の意見を述べる。

 

「シン君のカウンセリングの役目、私にやらせて下さい! シン君は昔の私なんです!」

「何を突然……」

「お願いします! 手を上げるような事は絶対にしません。そうすれば私を解雇処分にしてくれて構いませんから!」

 

 祐天寺は何が何でも引かないと言う姿勢を見せ、学園長に懇願をしており、月白は彼女の圧に押されて何も言えないでいた。

 しかし感情だけで行動を認めてしまうのは大人の世界では御法度。

 何故そこまでシンにこだわるかを学園長は祐天寺から聞こうとする。

 

「学園長にも私が生徒として在籍時にはご迷惑をおかけしましたよね?」

 

 祐天寺の問いかけに対し、学園長は静かに首を縦に振る。

 月白も祐天寺の過去は知っている。昔は手に負えない不良少女であり、その時代の大体の暴力沙汰は皆彼女が関わっていると言われていて、学園内に派閥も作っているぐらいであり、当時彼女の担任だった藤堂ぐらいしか、彼女と向き合っている者は居なかったと言われている。

 

「まぁ君との勝負に対して、私は何度も返り討ちにしたがな」

 

 そんな祐天寺を子供をあしらうように返す学園長も相当な物だと思い、青ざめつつも月白は呆れた顔を浮かべていた。

 しかしそれと今回の件が何の関係があるのかを学園長は祐天寺に聞く。

 

「シン君は苦しんでいるんです! 暴力しか拠り所がないから、それに縋る事しか出来ない! でも私はシン君が優しい部分もちゃんと持ち合わせている事だって知っています! だからこそ、シン君には私と同じ道を歩んで欲しくないんです!」

「つまり同族だからアイツに擦り寄って話し合えるのでは。祐天寺先生はそうお考えなのですか?」

「その通りです。月白先生はこれまで通り、私は私で違う方向からシン君の心を開かせようと思っています」

 

 その目は真剣その物であり、新任の祐天寺にカウンセリングと言う難しい仕事を任せてもいいかと思ったが、自主性を重んじるのが聖櫻学園のモットー。

 学園長はパイプから白煙を勢いよく吹き出すと、一言彼女に告げる。

 

「火曜日は空いてますか?」

「ハイ……」

「火曜日はあなたの担当です。未来ある若者を導いてあげなさい」

 

 学園長からOKを貰うと、祐天寺は元気に「ハイ!」と返事をして、その場を後にした。

 彼女は今でこそ更生しているが、それでもカウンセリングは全くの別問題なので月白に不安はあったのだが、学園長は一言告げる。

 

「私達が一方的に導くなど傲慢もいい所だろう。私達も共に成長するんだ。だからこそ学校と言う場は面白いのだから」

 

 理想論ではある。だが、そこまで上手く行くには並大抵の努力では務まらない。

 これからも中々に頭を悩ませる問題だろうと思い、月白は一人心の中で決心をした。もっと頑張ろうと。

 

 

 ***

 

 

 火曜日の放課後、シンは祐天寺に呼び出され、社会科準備室に行た。

 シンが居る事が分かると、祐天寺はニッコリと微笑みながら、彼に話しかける。

 

「正岡さんに対しての行動は素晴らしかったわ」

「見ていたんですか?」

 

 問いかけに対して、祐天寺は首を静かに縦に振りながら、小さくシンに向かって拍手を送る。

 そしてそんな優しい部分も持ち合わせているシンだからこそ、このまま悪男狩りだけで終わらせる訳にはいかないと、これからの事を話していく。

 

「月白先生から聞いたわ。シン君は純粋に殴る事に喜びを感じているのだと」

「その事を断罪しますか?」

「いいえ。シン君の行為は害虫駆除のような物でしょ? 仏教でも人に害をなす生き物を殺す事は認められてはいるわ。でもね……」

 

 そう言うと祐天寺の顔から笑みが消えた。

 脅す時は笑いながらも黒い影が残ってしまうのが彼女の特徴ではあったのだが、今の彼女は顔こそ真剣なのだが、決して怒っていると言う訳ではない。

 まるで自分自身と向き合うかのように真摯な顔を浮かべながら、祐天寺は話を進めていく。

 

「それだけだとやがて暴力無しでは生きて生けられなくなるわ。まずは私から話すわ……」

 

 そう言うと祐天寺は高校時代のヤンチャな毎日を語っていく。

 本人はその日々を反省しているように思えたが、シンは全く別の感情を抱いていた。

 

(そうじゃない。俺はただいじけているだけだ。今の祐天寺先生は十分幸福ですよ。でも俺のような幸福もある。理解してくれとは言わないけど、放っておいてくれ)

 

 心の内を直接話そうとはしなかった。そうした所で上から目線での教育と言う名の煩わしい行為が待っているだけなのだから。

 孤独と言う名の自由を満喫する。

 それだけがシンが今を保ってられる唯一の手段なのだから。




今回は祐天寺先生と病弱先輩の正岡真衣さんと絡ませました。


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第十二話 君は花の娘

その出会いは必然か運命か。


 日曜日の河川敷。土手でシンは何も言わず横になって足を汲んで一人寝転んでいた。

 本当は先日も悪男狩りに勤しもうとしたのだが、それを止めたのはレイと木乃子。

 レイは回収し忘れた金から最新のゲーム機と適当なパーティー用のソフトを買って、シンに送り、昨日は明け方近くまで、レイと木乃子にゲームに付き合わされる羽目になていた。

 二人が自分を気遣ってくれる事は分かっている。だが、その想いに応えられるだけの度量は自分には持ち合わせてはいない。

 結局自分には暴力に身を委ねるのが一番気持ちいいと判断して、これからのプランを自分なりに考えていく。

 

――まぁ少しすれば落ち着くだろう。姫島や東雲も社会に出れば俺に構う暇もないだろう。

 

 どうせ学生時代の付き合いなんて顔を合わせなくなれば、その時点で途切れるだろと判断し、シンは卒業した後は適当に大学に行って、それ相応のスキルを身に着け、適当に出来る事だけをやって、ひたすら自堕落に過ごし、家族の元へ帰る日を待とうと決めていた。

 社会に出て何も出来ないと言う程無能ではない。それぐらいの自己分析は自分でも出来る。

 自分の中で勝手に結論を出すと、シンは眠気に身を委ね、そのまま夢の世界へと旅立とうとしていた。

 

「やめてくださ~い」

 

 それを遮ったのはのんびりとした間の抜けた声。

 だが声色から助けを求めていると言う事は分かり、何事かと思って体を起こして声の方向を見ると、花柄のワンピースに身を包み、腰まで伸びたふわふわのロングヘアーを靡かせながら、とてとてと出来ないなりに精一杯走る少女が目に留まった。

 走りすぎで深々と被った麦わら帽子が取れそうになっていたが、少女はそんな事構わずに、後ろからわざとスピードを落として追い掛け回す小太りの不良から逃げていく。

 不良は一目のない場所だと判断したのか、ここで本来のスピードに戻して、少女の前に立つと、手に持っていたポテトチップスの袋から、ポテチを取り出しながら食べると、少女に詰め寄る。

 

「なぁいいんじゃんかよ。かわい子ちゃん。俺と楽しく遊ぼう~よ」

「いやです~」

 

 少女は不良の申し出を断っているのだが、不良はそんな事構わずに少女へ詰め寄ると、下卑た笑みを浮かべながら、顔だけ少女の顔に近付け、引き続きちょっかいをかける。

 

「『いやです~』だって、かわいいね~。チューしちゃおうかしら?」

「やめてくださ~い!」

「そこまでだ」

 

 少女と不良の間にシンが割って入る。

 突然の乱入者に不良は露骨に不快そうな顔を浮かべて、シンの肩を突き飛ばすと、どくように警告をする。

 

「男はいらねぇんだよ! 俺は今このかわい子ちゃんと話してんだ。すっこんでろ!」

 

 不良の行動に対して、少女は麦わら帽子を深々と被って完全に怯え切っていた。

 シンは不良の行動を全く意に介さず、冷静にジッとその姿を見て戦力分析を行う。

 

(ただの人間か。悪男だったらよかったのにな)

 

 リーゼントにライダースジャケットにジーンズ。三角のサングラスをかけた時代錯誤な格好をしているが、今シンの眼前に居るのはただの人間。

 そう判断したシンは引き続き何か文句を言っている不良に向かって蹴りを放つ。

 殴られると判断した不良は身を縮こませるが、シンの放った蹴りの行方は彼が持っていたポテチの袋であり、それだけを弾き飛ばすと、シンは空中に飛んだポテチを受け止めて、交渉に入る。

 

「どうする? これ以上は止めておいた方が無難な選択だぜ」

 

 シンの最後通告に不良は冷や汗を垂らす。

 自分とシンの実力差は明白だと判断したのか、不良は聞くにも値しない罵詈雑言を投げ続けながら、その場を後にした。

 手持ち無沙汰になったシンは奪ったポテチを食べ出すが、後ろで呆けている少女に気付くと、彼女にも袋を差し出す。

 

「食べる?」

 

 申し出に対して、少女は首がちぎれるぐらいの勢いで横に振って、拒否の意を示す。

 何にせよ厄介事は片付いた。興が覚めたシンは、適当に散歩でもしようと、少女の方にも目をくれず、一人歩き出す。

 

「ありがとうございます。お兄さん。わたしは……」

「別にいいよ。次からはああ言う輩から逃げる時は大通りに出て、大声で助けを求めるんだな」

 

 自己紹介をしようとする少女を無視して、シンはダラダラと目的のない散歩を行う。

 一人取り残された少女は一瞬呆けはしたのだが、すぐに自分の目的地を思い出すと、そこへと向かっていく。

 

 

 ***

 

 

 人込みが気になって何となくシンが訪れたのは、新規開園の植物園だった。

 オープン記念と言う事でこの日は無料だと言う事を聞くと、やる事もないので、シンはこの日はそこで時間を潰す事を選んで中へと入る。

 中には色とりどりの花が咲いていて、散歩をするには持って来いの空間であり、シンは何度も何度も見て回って、目の保養に勤しむ。

 それは実に穏やかでのんびりとした時間であった。

 軍に居た頃はこんな時間など自分にはなく、例え世界がラクス・クラインの手に落ちたとしても、自分は毎日のように雑務に追われ続けるのだろうと思うと、大きくあくびをして一言心の中で悪態をつく。

 

――ざまぁみやがれ。とことん自分のために生きる。それが幸福ってもんだ。

 

 自分の中の幸福論、それは誰にも気を遣わずに、ひたすら自分のためだけに行動する事。

 それが分かったシンは、前の世界では幸福にはまずなれないだろうと自己分析を行う。

 軍と言う場所はそう言う生き方がまず出来ない物だと言う事は分かっている。

 大人になっていく以上、大なり小なり責任と言う物が発生し、様々な煩わしい物が自分を縛るだろう。

 ならば出来る事は一つだ。可能な限り、責任や義務なんて物を少なくすればいい。

 自分の人生プランが確立したのを見ると、シンはそのまま物思いに更けながら歩く。

 

(何も変わらりゃしないか。この世界にも戦争はあるが、俺じゃどうにも出来ない。好きなだけ憎みあって否定しあってろ。もう俺には何の関係もない話だ。ただ適当に食べて寝るだけだ。責任や義務なんて幸福になる上で邪魔くさいし、煩わしいだけなんだからよ……)

「探したぞ」

 

 聞き覚えのないドスの聞いた低い男の声が背後から突如聞こえる。

 シンが振り返った先に居たのは、趣味の悪い和柄のスカジャンを着た不良であり、その後ろには先程追い払ったリーゼントが居た。

 

「あ、兄貴コイツだよ! やっちゃってくれよ!」

 

 どうやら兄貴分を連れてリベンジマッチに挑もうとしたらしい、シンは周りを見渡すと、まっすぐ兄貴の目を見て交渉を行う。

 

「ここじゃ迷惑がかかる。場所を変えるぞ」

「その前に聞きたい事がある」

「何だ?」

「こいつが言っていた事は本当か?」

 

 不良にしては理知的な話し合いが出来る方だと思い、シンは兄貴の質問に答えていく。

 リーゼントが少女にちょっかいを出して、自分はそれを出来るだけ平和的な方法で追い払っただけだと。

 弟分の言っていた事と合致したのを見ると、兄貴はリーゼントの方を向く。

 

「このバカ!」

 

 兄貴はリーゼントの頭を思い切り拳骨で殴って、辺りに鈍い音を響かせた。

 思ってもみなかった行動にシンは呆けていたが、兄貴は構わずに怯えるリーゼントの胸倉を掴むと、そのまま説教に入る。

 

「何テメェカタギに迷惑かけてんだ? しつこいナンパは御法度だって言ったよな⁉」

「ご、ゴメンよ。兄貴、あんまりかわいかったから、つい……」

「うるせぇ!」

 

 拳を振り上げ、兄貴は制裁の一撃をリーゼントの顔面に叩きこもうとする。

 

「ダメです~!」

 

 その時突然先程聞いた間の抜けた声が、シンの耳に届く。

 声の方向を見ると、先程の麦わら帽子の少女が警備員を連れて、とてとてと一同の元へと向かっていた。

 警備員の姿を見ると、兄貴は掴んでいた手を放し、何故この様な状況になったのかを丁寧に説明する。

 リーゼントの話だけでは何も分からない。その少女か助けた少年からも話を聞かないと、弟分を説教は出来ないから、彼を探していただけだと伝えると、警備員はやろうとしている事に対して、時と場所を選びなさいと説教を行う。

 最もな言い分に対して、兄貴はリーゼントの頭を掴むと、二人並んで頭を下げた。

 一方のシンは未だに辛そうに息を切らしている少女を見て、何でここに居るのかを訪ねた。

 

「わたしもここの植物園に来ようと思ってたんです。そこでお兄さんの姿を見かけて、喧嘩しようとしてたから止めようとしたんです~」

「そうか……それはわざわざ済まなかったな」

「そうだな。お嬢さんにも迷惑をかけた」

 

 説教が終わって解放された兄貴は財布から千円札を一枚取り出すと、少女の手に握らせる。

 少女はお金を返そうとするが、兄貴は手を突き出してそれを制した。

 

「迷惑かけた詫び賃だ。それでそこの兄さんと飯でも食いな」

 

 そう言うと兄貴はリーゼントの首に手を回しながら、その場を後にした。

 警備員はシンにも軽い注意を促して、持ち場へと戻り、残された二人はどうしていいか分からなかったが、シンはすっかり興が覚めたと判断して、帰って寝る事を選び、その場から去ろうとする。

 

「あの……」

「それは君が貰った金だろう。好きに使えばいい」

「まだちゃんとお礼言ってないです。それに自己紹介もしてません~」

「もう会う事もないだろう。達者でな」

 

 偶然の出会いを強引に偶然で終わらせようとする。

 仮にあの少女と何か進展があったとしても、それを実行し続けるだけの甲斐性など自分にはない。

 人との繋がりなど、自分に取ってはマイナスにしか作用しないと判断し、シンは少女からも逃げる事を選んだ。

 それに一番の理由は少女の見た目。

 金色の髪に、人を疑う事を知らない純粋無垢なその姿は、嘗て自分が愛した少女を思い起こさせてしまうからだ。

 

(大した共通点もないのに、少しだけアイツに似てたかもしれないな。あの娘……)

 

 だからこそ関わり合いになりたくないと、シンは逃げた。

 また失うのが怖いからだ。

 

 

 ***

 

 

 翌日も普通に登校したシンは、この日もムスッとした顔で一人歩く。

 

「おいっす。相変わらず暗いなこの陰キャ」

 

 背中を叩かれ、振り返った先には木乃子が居て、これもいつも通りのやり取りなので、シンは小さく「オウ」とだけ返して、二人は並んで教室へと向かう。

 すると自分達の元へ一人の小柄な少女が詰め寄ってくる。

 腰まで伸びた長い黒髪を靡かせ、ボタンの髪飾りが特徴的な日本人形のような少女は、シン達の姿を見ると、一言聞く。

 

「姫島達か。済まないが春湖の姿見なかったか?」

「どうした五十鈴っち? また東雲にちょっかいかけられたのか?」

 

 彼女は2-A所属の不知火五十鈴であり、その小柄な容姿から、彼女はよくレイにからかわれていて、その事に対して烈火の如く怒るのは最早お馴染みの光景になっていた。

 今回もそうだろうと木乃子は思っていたが、五十鈴は首を横に振って否定をする。

 

「そうじゃない。春湖がこっちに向かって走ったんだが、ちょっと見失ってしまってな……」

「春湖って誰の事だ?」

「あ、いました~」

 

 春湖が誰なのかをシンが五十鈴に聞こうとすると、どこかで聞き覚えのある間の抜けた声が響く。

 声の方向を見ると、シンは唖然とした顔を浮かべていて、五十鈴は少女に擦り寄って彼女の無事に安堵の表情を浮かべる。

 

「ダメじゃないか春湖! 勝手に走っちゃ」

「ごめんなさい五十鈴ちゃん。そのお兄さん追いかけたんだけど、途中でちょうちょうさん見かけて、そっち行っちゃった~」

「またかよ⁉」

「そのお説教は後で聞くから。お兄さん改めて自己紹介します~」

 

 五十鈴の説教を適当な所で切り上げると、少女は未だに唖然となっているシンの前に立ち、自己紹介を始める。

 

「わたし、聖櫻学園1-C園芸部所属の夢前春湖って言います~。お兄さんはネクタイの色から先輩さんですよね~? お名前何て言うんですか~?」

 

 あの時だけの付き合いだと思っていた少女がまさか同じ学校に通っていたとは思わず、シンは茫然としながらも自分の名前を告げる。

 この状況を見て木乃子は含み笑いを浮かべながら、心の中で呟く。

 

――ケケケ、またフラグ立ててやんの。




今回は自分的にはクロエと同じぐらい合うのではと思っている夢前春湖を登場させました。
この娘はガールフレンド(仮)の中では一番ステラに近い娘ですからね。


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第十三話 君を求める

例え身勝手な感情でも愛情は愛情。


 春湖と知り合ってから、シンは一つため息をついて窓の外を見ていた。

 自分から逃げたにもかかわらず追いかけてくる彼女を見て、何かの呪いなのかと思いながらも、これから彼女とどう接しようかを考える。

 春湖はとても優しい娘だ。それは初対面の時からずっと思っていた事。

 だからこそリーゼントを相手に暴力行為に及ばず、なるべく穏便な解決法を選んだのだから。

 そんな娘を相手に何も出来なかった。いや害しか及ばない自分が接そうなどおこがましいもいい所。

 元々コミュ力が高い方ではなかったが、自殺を選んでから、シンのコミュ障はますます悪化していた。

 だがそんな自分を許して受け入れてもらいたいなどとは思わない。

 そんな物は何も出来ない人間の妄言なのだから。一人で生きていく程度のスキルは持ち合わせている。

 しかし脳裏に思い浮かぶのは、ステラとの僅かにあった楽しい記憶の数々。

 春湖は春湖だろうと、何度も自分に言い聞かせても、どうしてもステラの顔が脳裏に思い浮かんでしまう事にシンはいい加減嫌気がさしていた。

 勢いよく自分の脳天に目掛けて拳を振り下ろす。

 しかし痛みはシンに冷静さを与えてはくれない。火に油を注ぐような物。

 ここが誰も居ない放課後の教室で助かった。

 いつも誘ってくる木乃子とレイも、この日はシンの心情を察したのか、何も言わずに帰ってくれた。

 いつまでも過去のトラウマにばかり囚われている自分が嫌になる。

 だがそう言う生き方しか出来ず、それが自分の選んだ生き方なんだろうと、意地だけ張って生きる。

 それがシンの選んだ人生なのだから。これまで捨ててしまえば自分の存在意義はどこにもなくなり、キラ・ヤマトやアスラン・ザラと同じ人形に成り下がってしまう。

 

――もういい。帰って泥のように寝よう……

 

 何もする気が起きず、シンはひたすら惰眠を貪る事を選んで、帰ろうとした時、ふと目に飛び込んだのはジャージ姿で肥料を運ぶ春湖の姿。

 小柄な彼女が5kgの肥料を運ぶのは大変だろうと思い、シンは考えるよりも先に体が動いた。

 必ずしも心と体が合致するとは限らないのだから。

 

 

 ***

 

 

 花壇に肥料を運び終えると、春湖は残りの半分の肥料を抱えて一生懸命に歩を進めていく。

 視界を確保しながら安全に歩を進めていくので、力の強くない春湖に取っては厳しい物ではあるが、それでも一生懸命に運ぼうとしていると、突然肥料が宙を浮き、何事かと思うと、シンが代わりに運んでくれたのが見えた。

 

「これはどこに置けばいいんだ?」

 

 突然の事に春湖は驚きもしたが、すぐに気を取り直して「あっちです」とだけ言って花壇の方向を指さす。

 シンは何も言わずに春湖の歩調に合わせて、肩に肥料を担ぎながら歩くが、あまりに彼女の歩調がゆっくり過ぎるので、手持ち無沙汰になったシンは春湖に話しかける。

 

「台車とかは使わないのか?」

「あるんですけど~。他の部員さん達がもっと大きな花壇の手入れに使っていて、わたしの所にまで回らなかったんです~」

 

 相変わらずの間の抜けたトーンの声に、シンは苦笑いを浮かべてしまう。

 だが決して気分が悪い物ではない。シンはそのまま春湖とコミュニケーションを取ろうと、引き続き話を続けていく。

 

「そう言えばお礼を言うのを忘れてました~。シンさん本当にありがとうございます~」

「どういたしましてだ。春湖はこんな事もやっているのか?」

「ハイ~わたし園芸部ですから~」

「そうか。春湖は偉いな」

「そんな事ないです~。シンさんの方がずっとエライです~。昨日知り合ったばかりのわたしと仲良くしてくれて、今だって手伝ってもらっていますし~」

 

 そうこう話している間に花壇へと到着し、シンは肥料を近くに置くと去ろうとしたが、そこからいなくなる事に居心地の悪さを感じたのか、作業をする春湖の隣にしゃがんでその様子を見る。

 

「少し話してもいいか?」

「大丈夫ですよ~」

 

 突然乱入したシンを春湖は快く受け入れてくれた。

 そんな春湖に感謝しながら、シンは決して人との付き合いが上手そうではない春湖に変わって、話を振ろうとする。

 

「春湖はどんな花が好きなんだ?」

「お花さんなら何でも好きですよ~。お花さんはすごいんです~。真冬の寒い時期でもきれいなお花さんを咲かせるんですから~。わたしはその手伝いを少しでも出来ればってがんばってます~」

「なら将来は樹木医か植物学者だな」

「スゴイです~!」

 

 何気なく発したシンの一言に反応し、春湖はオーバー気味のリアクションを取って、シンを褒め称えた。

 何の事か分からずシンが困惑をしていると、春湖は自分語りを行う。

 

「わたしのお父さん植物学者さんなんです~。シンさんに話してないのによくわかりましたね~。シンさん本当にスゴイです~」

「よせやい。褒められる事なんか何もしてないよ。ただ適当な軽口が当たっただけだ」

「それでもシンさん察しがよくてわたしスゴイって思います~。わたし、そう言うの苦手ですから~」

 

 確かに春湖の喋り方は人によっては苛立ち、彼女自身も相手に合わせるタイプの人間ではない事から、コミュ力が低くなってしまうのは必然だろう。

 だがそんな彼女を良しとして見てくれる人だって居る。

 シンは自分はそんな一人になろうと思い、春湖の作業の手伝いをしながら、一枚の名刺を彼女に手渡す。

 

「お助け部部長シン・アスカ。何ですこれ~?」

「俺が所属している部活さ。活動内容は主に学園の治安維持と、生徒たちの悩み相談から、作業の補助まで俺が出来る範囲なら何でも行う部だ」

「スゴイです~。ボランティアみたいな物ですか~?」

「そう取ってくれて構わない。困った事があったら、いつでもお助け部を頼ってくれ。近々携帯も手に入るからな。緊急の場合はそっちで頼む」

 

 そう言うと適当な頃合いだと判断して、シンは後は春湖に任せて去っていく。

 シンが居なくなるまで春湖は彼の背中に向かって、何度も手を振って見送り続けた。

 そんな春湖の優しさが嬉しいと同時に、シンは強い喪失感を覚えた。

 その優しさを自分は味わい続ける事は出来ない。そこまで強くも優しくも甲斐性もないのだから。

 

 

 ***

 

 

 一度闇に落ちた人間はそこから這い上がるのは難しい。

 今シンはまさにその真っ只中であった。春湖と離れてしまうと、この夜過去のトラウマはいつも以上に酷い物になってしまい、何もかもが腹立たしく、怒りをぶつけるために、この日も悪男を相手にマウントポジションを取り、馬乗りになって何度も何度も拳を叩き込んでいた。

 

「うぜぇ! うぜぇ! 超うぜぇ! 何なんだよアイツ等! 他人なんてどうなろうが俺の知った事か⁉ 俺は俺だ! 型にはめて威張ってんじゃねぇよクズが! 死ね!」

 

 最後に拳を振り下ろすと同時に悪男は消えてなくなった。

 肩で荒い息を繰り返しながら、立ち上がると次の獲物を求めて、シンはフラフラと歩き出す。

 なまじ穏やかな時間を昼間感じたからこそ、それを失った瞬間、更に過去のトラウマは悪化し、嫌な事ばかりを思い出してしまう。

 早くから大人の世界に飛び込んで、まだ未熟な内から責任や義務、役目と言った物を押し付けられたシンは、すっかり大人の世界に絶望してしまい、自分は永遠に大人になどなれないと決めつけてしまっていた。

 そんな自分を正当化するために、シンはブツブツと呟く。

 

「俺は求めすぎたんだよ……俺はこれで幸せだからそれでいいんだよ。好きな事だけやって、面倒な事はやらないで、ギャーギャーうるさい奴はぶん殴ればいい。俺には許してくれる家族なんていないんだからな……」

 

 そう言っている間に、新たな悪男が見つかり、悪男が身構えるよりも先にシンは殴りかかる。

 こうして自分の力を誇示している間だけが、惨めな自分を忘れる事が出来る。

 シンは完全に暴力と言う名の麻薬に染まってしまい、こんな自分の行動を信念とはき違えた依存症と化してしまっていた。

 

 

 ***

 

 

 翌日殴り続けた余韻が抜け切れず、どこかいつもよりも間抜けな顔でシンは歩を進めていた。

 木乃子とレイに申し訳程度の挨拶を校門前で済ませると、シンはフラフラと覚束ない足取りで、靴箱へと向かい上履きに履き替えようとする。

 

(まこと)……」

 

 突然の声にシンが振り向いた先に居たのは、黒髪のロングヘアーの少女であり、顔立ちから理知的な感じを思わせ、しっかりした雰囲気を醸し出していた。

 彼女はシンの姿を見ると鞄を落として驚いていて、何事かと思い、シンは彼女の元へと向かい、鞄を持って突き出す。

 

「落としたぞ」

 

 声をかけても少女は無反応であり呆けたままだった。

 何事かと思いながらもシンは手に鞄を掴ませると、彼女に向かって話しかける。

 

「どうした? 俺の顔に何か付いているか?」

 

 シンに呼びかけられ、少女はハッとした顔を浮かべて、慌てて鞄を掴むと、まっすぐシンを見つめる。

 

「えっと……ゴメンね。真じゃないよね?」

「真? 誰の事を言っている? 俺はシン・アスカだ。まぁ戸籍上は吉田新太って名前になっているがな」

「え⁉」

 

 シンの名前を聞いた途端、少女は愕然とした顔を浮かべて再び固まってしまう。

 何事かと思い、まだ時間もあるだろうと判断したシンは、彼女と話し込もうと決めた。

 

「誰と勘違いしているか知らないが、人違いだぞ」

「分かっているよ……」

「じゃあな」

「待って!」

 

 物分かりがいい方の彼女を見て、早めに事を切り上げようと思ったシンだが、後ろを向いた瞬間大声が響き渡り、何事かと思い振り返ると、彼女は震えながらシンと向き合い続けていた。

 

「私は2-Aの上条るいよ。よければちょっと話をしたいんだけど……」

 

 オドオドとした調子で話していくるいに対し、シンは名刺を手渡す。

 お助け部の存在を知ったるいは、物珍しそうにシンを見つめる。

 

「依頼としてなら受けるよ。お助け部と言うのはそう言う部活だからな」

「分かった! それでいいから……」

「ならアドレスに連絡をくれ。放課後から活動開始だからよろしく」

 

 そう言うとシンは自分の教室へと向かう。

 その背中が見えなくなるまで、ジッとるいは見送っていた。

 失った物を取り戻すかのように。




次回は人気キャラクターの上条るいとの話になります。
彼女は幼馴染キャラですので、私なりに色々設定をいじりました。
それは次回のお楽しみと言う事で。


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第十四話 飛鳥真

その人を求めるのはその人を想っているから。


 放課後るいに呼び出されたのは、校舎内にある適当なベンチ。

 シンが向かうと既にるいは座っており、自然とシンも隣に座る。

 

「お助け部の依頼で来たぜ。分かっていると思うが、改めて自己紹介させてもらう。お助け部部長のシン・アスカだ」

「うん、ありがとう。私は上条るい、2-Aで弓道部所属よ。朝はゴメンね突然」

 

 そう言ってるいは頭を下げた。

 人違いではあるのだが、朝の声のトーンから、真と呼ばれる人物が彼女に取って大切な人物であっただろうと言う事は分かり、デリケートな問題なので、シンは言葉を選んで接っそうとする。

 

「俺はここに編入してから、結構経つが、その間上条は俺と接さなかったのか? まぁクラスが違うから当然か」

 

 直接真と言う人物を聞こうとはせず、まずこれまで自分との接触がなかったかどうかをシンはるいに聞く。

 もっともな疑問に対して、るいは答えを返す。

 

「私進級してすぐインフルエンザにかかっちゃって。今日初めて学校に来たのよ」

「それでか」

「でもシンの噂は聞いてたよ。モノクロームちゃんに次ぐ異世界転生者だって」

 

 それだったら尚更朝のリアクションはおかしい。シンが感じた率直な感想だ。

 ガンダムの世界からやってきた異世界転生者だと言う事を知っているのなら、そっちに興味が行くはず。

 しかし、今朝のるいの反応は自分ではなく、別の誰かを見ていたのは明らか。

 るいもそう思っているだろうと感じ、シンは引き続き探り探りで少しずつ確信に触れようとする。

 

「それで実際会った感想は?」

「私達と変わりないんだって思ったかな。ガンダムにはそこまで明るくないけど、何か特殊な能力を持っているって聞いたから」

「ある事にはあるが。この平穏な世界では一切必要のないもんだ。まぁ遺伝子操作を受けて、普通の人間よりはスタートラインが緩く作られているけどな」

 

 『遺伝子操作』と聞いて、るいは困惑した顔を浮かべてしまう。

 ここが踏み込む瞬間だと判断したシンは、コーディネーターについての説明に入る。

 人為的に進化した人類が現れたからこそ、自分達の世界は戦争が起こったのだと伝えると、るいは複雑そうな顔を浮かべて固まってしまい、そこからシンはフォローに入る。

 

「上条達は永遠に知らなくていい事だ」

「そうね。ゴメンね。シンに取って踏み入れられたくない領域の話なのに……」

「俺が勝手に話した事だ気にする事はない」

 

 打ち解けようと話をしたのだが、逆に距離を作ってしまった事にシンは頭を抱えてしまう。

 二人の間に気まずい空気が流れていると、それを打破したのはるいであった。

 

「じゃあそろそろ依頼の件話すね。何で私がシンとコンタクトを取りたかったかを」

「悪い……」

 

 女の方から気を使わせてしまった事にシンは激しい罪悪感を覚えて謝罪する。

 るいは首を小さく横に振ると、自分の事だからと話を進めていく。

 るいがシンに見せたのは自分のスマホであり、そこには幼いるいと穏やかに笑う同い年ぐらいの少年が居た。

 目が垂れていて、終始穏やかに笑ってはいるのだが、顔だけを見れば子供の頃のシンに見えなくもない、その姿に彼は誰なのかをシンは尋ねる。

 

「彼は飛鳥真(あすかまこと)。私の大切な幼馴染だった人」

 

 『だった』と言う言葉から、もう彼はそこには居ない事を察し、シンはそれ以上聞くのを止める。

 しかし、そこまで自分に似ているのかとシンは聞く。

 

「うん、そっくり。真が大人になったら、シンみたいな感じになると思う」

 

 そう言うとるいはマジマジとシンの顔を見つめる。

 一方のシンはスマホを見ながら、そんなに自分にそっくりなのかと疑問に感じていた。

 黒い髪と赤い瞳ぐらいしか共通点はないだろうと思っていたが、るいはそんなシンに構わず引き続き話を続けていく。

 

「初めてシンの姿を見た時、真が生き返ったかと本気で思ったのよ。でも、まさか噂の異世界転生者だったなんて……」

「偶然ってのは怖いもんだな」

「真の事詳しく聞かないの?」

 

 迷惑をかけたと言う自覚があるのか、るいは真の事を尋ねなくていいのかとシンに問う。

 彼女のオドオドとした辛そうな顔を見て、シンは何も言わずに自分の意見を語る。

 

「話したくないならそれでいい」

「ゴメン……」

「俺も似たようなもんさ」

 

 突然の事にハッとした顔を浮かべ、るいはシンの顔を見る。

 話を聞く準備が出来たのを見ると、シンは何故自分が軍に所属するようになったのかを話し出す。

 戦争でろくに民間人の救出も終わってないまま、急に市街地で戦闘を行い、その戦闘に巻き込まれて、自分以外の家族は皆死んでしまい、復讐と生活のため軍に所属した事を伝えた。

 

「まぁ死んでしまったけどな」

「ゴメン……シンの辛い過去思い出させちゃって……」

「謝りすぎだよ。俺が勝手に話した事だ」

 

 これ以上話したところで、るいの心の傷を抉るだけと判断したシンは、その場から去ろうとするが、彼女に袖を引かれ、またベンチに座る事になる。

 

「シンだけ辛い話してもらったのに、私だけって訳にはいかないよ」

「そんな事したって上条が辛いだけだろう。今回の目的は分かった。俺をその幼馴染と勘違いしたんだろう? 分かったから」

「それ認めちゃったら私が凄い嫌な女じゃない!」

 

 ここで初めて強く感情が出たるいを見て、心の傷を語るのは自分のためではない。るい自身の心を保つために必要な事なのだとシンは察する。

 ならばと何も言わずにシンは彼女が話すのを待つ。

 僅かな沈黙の後、るいはポツポツと飛鳥真の物語を語っていく。

 真とるいは家が隣同士の幼馴染。しかし真は幼い頃から病弱であり、薬を服用し続けなければ、まともに呼吸も出来ない難病にかかっていて、幼い頃は万年鼻水を垂らしている子供であった。

 

「事情を知らない子供達は真をよくからかっていたの。だから私は必然的に真を守る立場になった」

 

 その場合、真はるいに依存してしまうパターンもあるだろう。

 だが真は強く優しい子だった。この場合の自分の役目と言うのも理解しており、少しでも早く病気を治して、るいと同じ歩幅で歩く、それを真の目標としていて、るいもそんな彼を献身的に支えた。

 

「薬の影響でどうしても眠気が酷くてね。毎朝真を起こすのは私の役目になってたの。真の両親は真を治すために、共働きだったから」

「薬ってのは思考を奪うからな」

 

 決して薬にはいい思い出のないシンは流すように言う。

 その際シンの脳裏に思い浮かんだのは、救えなかった初恋の女の子だが、今はるいの話を聞く事が最優先事項だと察し、るいの話を待つ。

 まだ小学生の周囲はそんな二人をからかい、退屈を凌ぐ材料にしていたが、それにもるいは負けずに抵抗し続け、真の治療の手伝いを少しでも出来ればと支え続けていた。

 

「真の病気は根本的な治療法がないから、減薬療法で少しずつ体を慣らすしか方法がないの。辛いんだけど、真はいつも支えてくれる私のためって頑張って、少しずつ少しずつ薬を減らしていったの」

 

 だが真は急いで大人になりすぎようとしていた。

 その日も普通に下校をして真を見送ると、るいは塾へと通い、家でも勉強をして一日を終え、真は真で減薬を試みて眠りについたのだが、薬を減らす量を間違えてしまった。

 鼻水で喉が詰まってしまい、寝ている間に呼吸困難を起こしてしまい、誰にも知られず看取られず、真はあっさりと帰らぬ人となってしまったのだ。

 触れられたくないトラウマを語ったのか、るいの体は細かく震えていて、シンは彼女の心が落ち着くまで、その場にとどまる事を選ぶ。

 嫌な空気が二人を覆ったが、シンはそれでもその場から逃げるような真似をしなかった。

 

 

 ***

 

 

 何分かすると、るいも落ち着きを取り戻したのか、シンに力なく微笑む。

 決して嫌い合って別れた訳ではない。子供の頃に身近な人間の死を経験した辛さはよく分かる。

 るいは自分と同じ傷を持った人間だと分かると、シンは最後に一言言って、その場を去ろうとする。

 

「また何かあったら。いつでもお助け部を頼ってくれ。話を聞くぐらい何回でもやってやる」

「じゃあ!」

 

 ならばとるいはシンに提案をする。

 毎週木曜日は弓道部が休みの日なので、その日は自分に割り当ててほしいと言う懇願だった。

 申し出に対して、シンは一言「分かった」とだけ伝えると、最後の確認を取る。

 

「上条の方で何か都合が悪くなったら、またメールを送ってくれ。近々携帯が手に入ると思うからな」

「分かった。でも最後に一つだけ言わせて」

「何だ?」

「『上条』は止めてよ! るいって呼んで!」

 

 自分の一番大切な人と同じ顔を持ったシンに、他人行儀扱いされるのが嫌でるいは感情を強く出す。

 そんな彼女の姿を見て一つの罪悪感がシンを襲うが、ここは彼女に乗ってやろうと一言告げる。

 

「分かったよるい。だけどなこっちからも言わせてくれ」

「何?」

「少しでも俺に嫌悪感を覚えれば、躊躇する事なく俺との繋がりを切るんだ。俺の中身を知れば知る程、大切な思い出が汚される可能性だってあるんだからな」

 

 話を聞く限り、飛鳥真は自分とは真逆の人物像だ。

 強く優しい心を持ち、他人を思いやれる事の出来る理想的な人物と言える。

 そんな人間の代わりに自分は相応しくないと思ったシンは、警告のようにるいに告げると、今度こそその場を後にする。

 一人取り残されたるいはその悲しそうな背中を見て、こんな事はシンにも真にも失礼だと分かっているが、思わず一言つぶやく。

 

「真……」

 

 誰かに傷を打ち明けたい。その相手がまさか異世界転生者だとは思わなかった。

 シンはああ言ったが、るいは自分のためだけではない。シンのためにも話し合おうと決めていた。

 そうしなければ自分が生きていけないから。




幼馴染キャラのるいを絡ませるにはこうするしかないと思い、このような処置を取りました。
いかがでしょうか? 評価、感想お待ちしています。


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第十五話 シン・アスカさん。あなたは人を殺しましたか?

それは平和を謳歌している人間だから、与えられる物。


 この日もシンは悪男を相手に無双して、自身の嫌な記憶から逃れようとしていた。

 これからの事を考えると不安でしょうがない。露口を凌ぐ程度の金しか稼げられない自分が不安から逃れるには暴力と言う名の麻薬に縋るしか若いシンには方法がなかった。

 こうしてキレている間だけは何もかも忘れる事が出来る。無双出来ると言うのは前の世界では味わえられなかった感覚のため、頭の中をドーパミンが犇めくのに酔う。

 

――そうだよ。仲良しこよしは俺には似合わない。俺には力があるんだ。もう誰も俺を止める事なんて出来ない……

 

 まだ若いシンに支え合って生きる尊さを分かれと言うのは難しい話。

 軍も本来はそうやって弱い人間同士寄り添って生きる物なのだが、それを伝えてくれる人は軍には居なかった。

 ただ怒られた。怒鳴られた。否定された。殴られた。それだけしかシンの頭の中にはなく、それをガキの一言で片付ける周りもシンに取って敵でしかなかった。

 言われるがまま、言われるだけの行動を取るだけの人形には絶対にならない。

 ならば群衆達のようにひたすら平和を貪り食い、自堕落に生き続けるだけだ。

 頑張っているのは自分だけ、他の連中などただ自堕落に生きているだけのカス。

 辛すぎる現実を受け止められなかったシンは、ひたすら孤独に生きるしか手段がなかったのだ。

 シンが求めている物はどうあっても手に入れられないのだから。

 

 

 ***

 

 

 だが街中で悪男の駆除を行っても、お助け部の仕事がなくならない訳ではない。

 学園内の秩序を保つ事も立派な仕事なので、時折変態みたいに突如現れる悪男を撃退するのはシンの役目。

 今日も体育の時間に乱入してきた悪男に渾身の右ストレートを放って、無に返すと何も言わずにシンは自分の授業へと戻ろうとする。

 

「あ、ありがとう……」

 

 悪男は主に女生徒を相手に猥褻な行為に勤しむので、助けられた女生徒は素直にシンへお礼を言う。

 それに対してシンは軽く会釈をして「いえ」とだけ言って返し、今度こそ自分の授業へと戻っていく。

 その背中が見えなくなるまでジッと目で追いかけていたのは、2-Dの七海四季であり、マンガ研究会に所属する彼女は思わず反射的につぶやく。

 

「カッコいい……」

 

 人見知りが激しく、人付き合いが苦手なので、直接かかわる事は出来ない。

 しかし夢想家の彼女はシンにヒーローを追い求めてしまう。

 何故なら彼は自分にない物を全て持っているからだ。

 

 

 ***

 

 

 昼休みの時間はまだ十分に残っている。だがシンは早々と食事を終えると、見回りと称して学園内を散歩していた。

 今日は珍しく学園内に悪男が現れたので、まだ殴り足りないと感じたのだろう。木乃子とレイには適当な言い訳をして、その場を離れるとまるで獰猛な狼のような目で獲物を求めたが、それらしい存在は見つかりそうにない。

 ため息を一つ吐くと、残りは夜にやればいいと思って、昼寝でもしようとしたのだが、そんな彼の隣を駆け抜ける少女が居た。

 反射的に目で追った少女は、聖櫻学園のマドンナと言われる有名人であり、2-B、新体操部所属の椎名心実であった。木乃子から彼女の話は聞いており、その時の事をシンは思い返す。

 

――彼女は椎名心実だ。まぁあたしとは生きる世界の違う存在だよ。才色兼備の優等生だ。嫉妬から酷い事すんじゃねぇぞ。

 

 木乃子はからかうように言って、シンも同じように軽いトーンで「するかバカ」とだけ言って、この話を終わらせた。

 嫉妬をすると言うよりは興味を持てれない存在と言うのが、心実に関してシンが思った率直な感想。

 その姿はルナマリアを彷彿とさせる物であり、自分が関わった所で得られる物はないと判断したからだ。

 そんな彼女が明らかに慌てた様子で走り去ったのは少し妙に感じたが、すぐ自分には関係ない事と割り切ろうとすると、買ってもらったばかりのスマホをポケットから出すと、シンはそれを弄びながら、近くのベンチへと向かう。

 残りの時間はスマホの操作に慣れようとしたからだ。

 

 

 ***

 

 

 通信手段はガラケーが主流のシンの世界において、スマホの存在は驚く物であった。

 簡単にネットにも繋げられると言うのが画期的であり、シンの世界ではネットを繋ぐのはデスクトップPCが主流となっているので、目から鱗が落ちる。

 この世界は情報システムに特化した形で進化を遂げたのだろうと思い、自分が持っているスマホで何が出来るのかをシンは自分なりに紐解く。

 

「ん?」

 

 その時再び慌てて走る心実の姿が目に飛び込む。

 もう昼休みの残り時間は10分を切っているのに、真面目な彼女にしては似つかわしくない行動を変に思ったのか。その背中に向かって一言呼びかける。

 

「オイ」

 

 無粋な呼びかけにも心実は反応してくれて、彼女は少し困った顔を浮かべながら、シンの応対に当たる。

 

「すみません。アスカさん、今忙しいので手短にお願いしてもらえるとありがたいのですが……」

「何があった? さっきからせせこましく動き回っているが」

 

 シンの疑問に対して、心実は胸ポケットに大事そうにしまった一枚の写真を取り出して見せる。

 それは幼いクロエが家族と一緒に取った写真であり、これをクロエが落としたので彼女を追いかけているのだが、好奇心旺盛なクロエは昼食が終わるや否や、あちこちに飛び回っているので、中々捕まらない事を告げた。

 

「分かった」

 

 真相が分かると、シンはスマホからクロエの番号を呼び出して通話を行う。

 数コールもしない内にクロエとは繋がる。

 

「Ohシンさんどうしましたか?」

「クロエお座り!」

 

 いきなりの大声に反射的に心実も体を強張らせてしまい、クロエは近くにあったベンチに座って、シンの指示を待つ。

 

「お前家族の写真落として、椎名が探そうとしていたぞ」

 

 シンに言われてクロエは財布を取り出して見ると、確かに自分が大切にしている家族の写真がなくなった事に驚愕してしまう。

 すぐにシンは写真を取ってメールを送ると『これで間違いないか?』と簡素なメールを送ると、すぐにクロエは「そうです!」とテンション高い声で返す。

 飛んだり跳ねたりの彼女を一つの場所にとどめておくのは難しいと判断したシンは、今どこに居るのかと聞くと、この近くである事が分かったため「そこでジッとしていろ」と言うと、クロエとの通話を終えて、未だに茫然となっている心実を親指で誘導する。

 

「飯はもう済ませたのか?」

「いえ。ルメールさんを追いかけるのに夢中で」

「なら俺の方からクロエを連れてくるから、椎名はそこで食事を取るんだ。それも立派な仕事だからな」

 

 そう言うとシンは足早にクロエの元へと走り去る。

 まるで嵐のようなシンに茫然となりながらも、心実はこの日遅めの昼食を取る事にした。

 いつも通りの弁当なのだが、この日は妙に美味しく感じられ、残りの休み時間をゆっくり食事にあてようとした思った瞬間、自分の元へやってきたのは、クロエを引き連れて全力疾走をするシンの姿。

 あれから1分も経ってないのに、すぐ戻ってきたシンとそれについてこれるクロエに驚きながらも、シンはクロエと一緒に頭を下げて謝罪の意を示す。

 

「な⁉ いきなり、何ですか⁉」

 

 突然の事に心実は目を白黒とさせて驚くが、シンは真剣な顔を浮かべたまま心実に謝罪をする。

 

「いやクロエの不注意で椎名の休み時間を無駄にさせてしまったからな。クロエはお礼を言いたいらしいから、謝罪は俺の方でするって話だ。クロエも気を付けるらしいから、ここは許してはもらえないだろうか?」

「心実さん。ゴメンなさいです。そしてありがとうございます。この写真ワタシにとって、とても大事な物デス。見つけてくれて本当にメルシーボクーね」

 

 思わず母国の言葉が出るぐらい感謝をしているクロエに対して、椎名は「いえいえ」と謙遜しながら返すが、シンは心配そうにクロエを見ていた。

 

「いいかクロエ、嬉しいからってキスしたらダメだからな。日本人は慎み深い人が多いんだから」

「それシンさんに教えてもらってわかりました。シンさんの世界でもフレンドリーキスはないのですか?」

「ああないな。言わなかったか?」

 

 シンは何気なく言ったのだが、クロエは「聞いてません!」と少し怒った調子で返す。

 そんな彼女を適当に宥めつつ、シンはクロエと並んで去ろうとする。

 

「じゃあ俺はコイツを送り届けないといけないから。椎名はそこでゆっくりしててくれ」

「次の移動教室までワタシ、シンさんとデートですね」

「乗りかかった船だ。まぁ最後まで面倒見てやる」

 

 聞いた事のない日本語を聞きクロエは即座に「それはどう言う意味ですか?」と尋ねる。

 着くまでの間シンは日本語の意味を教えながら歩いていた。

 仲睦まじい二人の様子を見て、心実はクスクスと小さく笑い、色々と悪い噂も出ている彼がちゃんと学園生活を謳歌している事が嬉しく、心が温かになる感覚になった。

 苦労したが、この日の昼休みは楽しい物になった。心実は心からそう思っていた。

 

 

 ***

 

 

 この日新体操部が休みのため、心実は担任の橘の手伝いを好意から行い、彼女が渡す資料を代わりに学園長室へ届ける事にした。

 学園長室の前に立ちノックをしようとしたが、ドアが少し開いている事に気付き、まずは閉めてからノックをしようと部屋の隙間を覗いた瞬間、神妙な面持ちを浮かべた月白と学園長が心実の目に飛び込む。

 

「やはり減らないですね……」

「そんなすぐにカウンセリングの効果は出ないよ。発想を逆転させるんだ月白君、我々にはまだ二年も時間が残っているとな」

 

 相変わらず『たすけてマイヒーロー』の一位を独占しているシンを前に、月白は顔を覆って嘆く。

 そんな彼女を学園長は励ましていたが、心実は激しいショックを受けてその場に立ち尽くしていた。

 

――そんなあの噂本当だったって言うの⁉

 

 心実は学園内に蔓延る悪い噂にいい感情を持っていなかったが、それが事実だと言う事に激しいショックを受けていた。

 その噂はシン・アスカは突如現れたにも関わらず、夜な夜な悪男狩りのボランティアに勤しむスーパーヒーローだと言う事を。

 故にシンを羨望の眼差しで見つめる生徒も少なくないが、心実は全く逆の感情を抱いていた。それが事実ならシンの事が心配で仕方ない。

 この世界に現れて半年も経っていない、何の後ろ盾もないシンが、たすけてマイヒーローの一位をいきなりかっさらうなど、余程の無茶をしなければ出来る訳がない。

 何か悩みでもあるのかと思っていたが、先程クロエの前で優しい顔を浮かべられる彼が強いPTSDを持っているなど、とても信じられない。

 様々な思いが交錯し、思考がまとまらずによろけてしまうと、心実はノックもなしに、学園長室へと入ってしまう。

 

「椎名……」

 

 突然の来訪者に月白は苦い顔を浮かべてしまう。

 あまり聞かれたくない話を一般の生徒に聞かれてしまったからだ。

 まず最初にノックもなしに入った事を心実は素直に詫び、頭を深々と下げる。

 

「申し訳ありません。盗み聞きをするつもりはなかったのですが」

「やはり聞いてたんだな?」

 

 月白の問いかけに対して、心実は素直に「ごめんなさい」と言って謝る。

 あまり知られたくない情報であったが、おねがいマイヒーローのランキング提示は一般開放されているため、察しの良い人間なら分かるはずだ。突然のニューヒーロー、シン・アスカは選ばれたエースなどではない。どこか壊れた存在だと言う事を。

 心実の不安そうな表情を見れば、それは即座に理解出来る。観念して今進めているカウンセリングの内容を月白は心実に伝える。

 

「私や祐天寺先生もやってはいるんだが、効果は今の所出ていない。だがもう少しだけ時間をくれ。必ず私達がシン君を正しい道に導くから」

「でしたら……」

 

 心実は今日シンと接して、ずっと頭の中にあった案を今こそ実行する時だと思い、自分の案を月白に伝える。

 

「そのカウンセリングの役目、私にもやらせて下さい! 水曜日は新体操部は休みですから、私の方でお助け部の依頼として出しておきますので」

 

 彼女の目は真剣その物であり、安っぽい正義感や役目に浸る優越感だけで発言していない事は分かる。

 故に月白は一方的に否定するのではなく、まず心実の意見を聞こうとする。

 

「アスカさんに会ったのは今日が初めてですけど、彼は決して暴力だけに酔うような人間ではありません。私で何か力になれるならなってあげたいです!」

「言葉で言う程簡単な事ではないぞ」

「覚悟は出来ています!」

 

 心実の態度に飲まれそうになりながらも、気持ちだけで決めるのではなく、まず学園長に指示を求めようとする。

 

「ではこうしよう。椎名君、私の方からお願いしてもらって構わないか?」

「ハイ」

「シン君と友達になってあげてほしい」

 

 学園長が提示した意見は、シンと心実を友達にする事。

 少しずつではあるが、シンにも友達は出来つつある。だがそれでもまだ足りないと判断した学園長は、難しく考えずに新しい価値観に触れてほしいと、心実に頼んだ。

 それならばと月白も納得し、先程までの強張った表情が消え、心実に優しく微笑みかけて頼む。

 

「私からも担任としてお願いするわ。シン君と友達になってあげてちょうだい」

「ハイ! 私シンさんと友達になります!」

 

 難しく考えずにまずは友になる事を選び、心実は資料をデスクの上に置くと、早速携帯を取り出し、お助け部へ依頼を送る。

 本人が拒絶しても、自然と人が集まってくる様子を見て、月白と学園長は向かい合ってこれまでの悲観的な考えを撤廃する。

 

「結構どうにかなるかもしれませんね。シン君には才能があるんですから」

「ああ。どれだけ拒絶しても手を差し伸べてくれる人が近くに現れると言う才能がな」

 

 それは時としてマイナスにもなりえる才能だが、今回は大いに役立ったと思う。

 人によって付けられた傷は、人の手でしか癒せられないのだから。

 

 

 ***

 

 

 シンは心実に呼び出され、近くのベンチに腰かけていた。

 数分もせずに心実はシンの前に現れ、彼女は自然と彼の隣に座る。

 

「まず昼は本当にありがとうございました。シンさん」

「そのお礼を言うためだけにお助け部に依頼を出したのか?」

 

 そんな訳ない事は分かっていたが、シンはあえて探りを入れる。

 当然それだけが目的ではなく、心実は小さく首を横に振って否定の意を示す。

 

「いえ私も何かあなたの力になれればと思い、こうして依頼を出しました」

「何の話だ?」

「シン・アスカさん。私はあなたの事が心配です」

「だから何の話をしている?」

「たすけてマイヒーローで突然一位になったのは異常ですよ」

 

 心実の真剣な顔を見て、シンはバツの悪そうな顔を浮かべてしまう。

 だからこう言う優等生タイプは苦手なのだ。自分には何の関係もないのに個人的な愉悦に浸りたいだけで、正論の暴力をかざすのだから。

 だがもう否定されて怒られてばかりのあの頃ではない。

 ルナマリアに怒られた時は泣き寝入りして、彼女の顔色をうかがうしか生きるすべがなかったが、心実の説教は適当に受け流して、その怒りは悪男にぶつければいい。

 そう思って彼女の説教を受け入れる準備を始めたが、次の瞬間に発した心実の言葉はシンの予想外の物であった。

 

「もっとご自分を大切にして下さい。シンさんは優しい人だってのは、短い時間ですけど知っています。そうじゃなければクロエさんが、あんなに懐く訳ないんですから」

 

 それは否定の言葉でも罵声の言葉でも、暴力による制止でもなかった。

 まるで子供をあやすかのような物言いにシンは一瞬困惑しながらも、彼女はルナマリアとは違うと判断し、次の言葉を待つ。

 

「正直私はガンダムには明るくありません。でも戦争を経験した人間が激しいPTSDを抱えて苦しんでいる。それは理解したいとは思っています」

「必要ない。椎名は俺とは別のクラスだろう。それに俺は人を殺して血に染まっている。そんな人間に安直に力になりたいなんて言うもんじゃない。椎名が傷つくだけだ」

 

 善意から入った結果、壊れて二度と使い物にならなくなってしまう。

 自分がそうだから心実にもこれ以上踏み入ってもらいたくなかった。

 また煩わしい言葉だけが飛び交うだろうとシンは諦めていたが、心実は立ち上がって彼と向き合い真剣な顔で尋ねる。

 

「シン・アスカさん。あなたは人を殺しましたか?」

 

 心実の目には光を失って、恐怖さえ感じられる物だった。

 だがそれはそれだけ真剣な物なのだと言う決意の表れでもある。

 それを察したシンはまっすぐ彼女の目を見つめながら返す。

 

「イエス」

 

 シンは心実の問いに対して短く返す。

 その事自体に関しては何の罪悪感もない。そんなセンチな感情は通り越してしまったのだから。

 しかし次の瞬間、心実は何も言わずに腕を大きく広げて、シンを何も言わずに抱きしめた。

 

「かわいそうな。シンさん……」

 

 女の温かさと柔らかさを感じながらも、シンは困惑する訳でも、さめざめと泣く訳でもなく、逆に泣いてしまった心実の気が済むまで、抱きしめられるしかなかった。

 そして遠い目を浮かべながら、自虐的につぶやく。

 

「悪いな椎名。俺のために泣いてくれても、俺には何も返す事は出来ない。もうその件に付いて泣く事は俺には許されないんだからな」

 

 それが軍人として生きる定めなのだろう。だからこそ安っぽい不殺を語るキラ・ヤマトやアスラン・ザラが許せなかったのだ。

 例え動けなくなったとしても、他の兵士が同じとは限らない。

 エースの自分を落とせば間違いなく勲章が貰えるだろう。つまり、あのままジッとしていても自分は誰かに落とされていた可能性が非常に高い。

 怒りが胸の中からこみ上げてくるのを感じたが、今は泣く心実を受け止めるのが先決だと感じ、シンは何も言わずに胸を貸した。

 

 

 ***

 

 

 ひとしきり泣き終えると、心実も落ち着きを取り戻したが、その瞬間心実の顔は真っ赤に染まってしまい、シンの隣でバツの悪そうな顔を浮かべている。

 自分がシンの力になるはずだったのに、逆にシンに慰められるとは思っていなかったからだ。

 このままでは何のためにシンの時間を割いたのか分からない。

 出来る事を精一杯やろうと、心実はまず初めに携帯を取り出して、彼と友達になる事から始めようとする。

 

「今日クロエさんのやり取りを見て、仲良くなれたらいいなって思いました。ですのでまず番号の交換からいいですか?」

「じゃあ俺の方からも一つ条件を出してもいいか?」

「ハイ何ですか?」

「ユーリヤと友達になってくれないか? あいつは椎名に憧れていたからな。確かお前新体操部だろう?」

 

 ユーリヤについて心実はそこまで明るくなかったが、バレエ部の期待の新人だと言う事は知っている。

 バレエと新体操と言う近しい物があるのを知ると、心実は「喜んで」と返答をするが、念には念を入れて先にユーリヤの方に確認を取ってから、番号の交換を行おうとする。

 

「オウ俺だシン。ユーリヤ、この間椎名とコンタクトを取りたいって言っていただろ。今隣に居るから変わるな」

 

 そう言うとシンはスマホを心実に手渡す。

 心実と話したユーリヤは柄にもなくテンションが上がっていて、憧れの存在と友達になれる事が嬉しく、今度一緒にレッスンを受けてもらえないかと聞き、心実はそれを喜んで承諾し、二人の間で番号とアドレスの交換が行われる。

 今日だけで新しく友達が二人出来た事に心実は喜び、同時にシンの事がまた一つ分かった事が嬉しかった。

 

「やはりシンさんは優しい人です。ユーリヤさんの事を気遣えられる人なんですから」

「あの二人の面倒を見るのはお助け部の仕事だからな」

「それでもここまでは普通はやりませんよ。これからよろしくお願いします。シンさん。水曜日は話をしましょう」

「依頼なら受けるよ」

 

 そう言って強引に話を終わらせると、シンはその場を去っていく。

 久しぶりに女の温かさ、柔らかさを感じたが、それで心変わりをする程、シンの心の傷は浅い物ではなかった。

 

――まぁその内愛想を尽かすだろう。




と言う訳で今回は椎名心実をメインにした話です。
これはアニメ版ガールフレンド(仮)の第一話のリメイクみたいなもんです。


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第十六話 戻る事は逃げる事ではない

進み続けるだけが勇気ではない。


 それなりに大きなモデル事務所があった。

 会議室の片隅で栗色の長い髪で、前髪を編み込んだ髪形が特徴的な長身の少女は、疲れた顔で一枚の書類を提出していた。

 彼女の名は見吉奈央。高校生でありながらモデル活動も行っていたのだが、自分の実力に限界を感じ、休職届を出す。

 これまで自分を支えてくれたマネージャーにそれを手渡すと、これからの方針を話していく。

 

「じゃあこれまでのようにコンスタントな活動は控え、これからは読者モデル程度の仕事は行うって話でいいんだね?」

「ハイ……」

 

 優しく諭すように言うマネージャーに対して、奈央は申し訳なさそうに返す。

 高校生とモデルの両立は思っていた以上に厳しい。友人はジャンルこそ違うが、それを両立している。

 その友人にも相談したのだが「奈央が考えて決めた事だから」と言って、彼女を侮蔑するような事は一言も言わなかった。

 マネージャーは彼女の決心が固い事を知ると、休職届を受け取り、一言告げる。

 

「まぁ奈央は高校二年生だ。今の内に学業に専念するのも一つの生き方だと私は思うよ」

「本当にすみませんでした……」

「いいんだ。君と過ごせた時間は楽しかったよ」

 

 そう言ってマネージャーは次の仕事現場へと向かい、会議室には奈央が一人取り残された。

 自分の限界を感じ、来る日も来る日も色んな物にがんじがらめな毎日に嫌気がさしていた。

 だが奈央の心に開放感はなかった。むしろ喪失感の方が圧倒的に大きかった。

 しかし、そんな物を感じて何になると言うのだろう。それを埋めるだけの根性も、才能も、信念も自分にはないのだから。

 ただ失った事だけが辛く、奈央はその場でテーブルに突っ伏し、さめざめと泣き出す。

 自分は結局何がしたかったんだと嘆きながら。

 

 

 ***

 

 

 この日の夜もシンは自分の中の怒りや憎しみを抑える事が出来ず、悪男を殴り飛ばしてイライラを抑えようとしていた。

 殴る相手なら事欠かないのだが、何のリアクションもなく消えていく悪男がシンは気に入らず、既に戦意を失った悪男相手に馬乗りになって怒りをぶつけ続ける。

 

「何とか言ったらどうなんだよ⁉」

 

 自暴自棄になって何度も何度も拳を悪男に振り下ろす。シンがそれを止めるのは、悪男の姿が煙と共に消えてなくなるまで。

 静寂がシンにせめてもの落ち着きを取り戻させるが、それもすぐに怒りがかき消す。

 自分には何も出来ない。キラ・ヤマトやラクス・クラインと共に新しい平和な世界など作る気になれない。出来る事とやりたい事のギャップに苦しめられ、ただただ力任せに怒りをぶつける事だけが、シンに取って至福のひと時だった。

 そしてこの日も朝日が昇り始め、ようやくシンの蛮行は終わりを告げる。

 

「ざまぁみやがれ。何が平和な社会だ。俺はこれからも怒り続けるぞ。怒らせるお前らが悪いんだ……」

 

 もうどうする事も出来ない。せめて一人でいさせてくれ。

 否定するだけなら関わろうとするな。それだけがシンの胸中を占めており、僅かながらの睡眠時間を求めて、シンは家へと帰る。

 何もない。それが唯一のシンの癒しなのだから。

 

 

 ***

 

 

 二時間弱の睡眠時間でも、過度なストレスから不眠症となっているシンに取っては十分すぎる時間。この日も不機嫌な顔を浮かべながら、ブスっとた顔で歩いていると、後ろから背中を叩く二つの感触に気付く。

 

「オイッス」

 

 こんな自分に話しかけるのは木乃子とレイぐらいしかいないのは分かっていて、シンは短く「オウ」とだけ返すと、二人を気にする事なく歩き出そうとするが、そんなシンに対して二人は色々と話し出す。

 シンは適当に受け流しながら話していると、おずおずと控えめな気配に気付き、一旦二人をどかせると気配の方向を向く。

 

「あ、あの……シン君、おはよう……」

「ああ、おはよう」

 

 二人の時とは違い、無愛想ながらもキチンと挨拶を返す。

 ピンク色の髪の毛を後ろでひとまとめのお下げでまとめた少女は、シンとの挨拶を終えると恥ずかしそうに頬を朱に染めながら、自分のクラスへと急ぐ。

 突然何だろうとレイは訝しげな顔を浮かべていたが、木乃子は手帳を懐から取り出すと、今走り去った少女の情報を開示していく。

 彼女の名は2―D帰宅部の花房優輝、引っ込み思案で大人しすぎる性格から、クラスでも埋没した存在となっている。

 そんな娘がシンとどう接点を持ったのか気になり、レイはシンに尋ねた。

 

「不良に絡まれている所を助けただけだ」

「どんなダイナマイトパンチが飛んだんだ?」

「そうする前に不良の方から俺の顔を見た途端、平謝りして逃げていったよ。祐天寺先生が認めた一番の舎弟とか勝手な噂が広まってな」

 

 うんざりした調子でシンは返す。

 引っ込み思案な彼女なら、別に拒絶する必要もないだろうと思い、放っておく事をシンは選び、そのまま昇降口で上履きに履き替えようとした時、再びレイでも木乃子でもない声が響く。

 

「おはよ~」

 

 けだるそうな声が響き、シンが振り返った先に居たのは奈央。

 彼女は相変わらず大あくびをしながら、けだるそうに頭をかいていて、木乃子は友達である奈央の事を紹介しようと、彼女の前に立ち、奈央の紹介を行う。

 

「そう言えばシンは初めてだったな。彼女は見吉奈央。高校生ながらにモデルを務めているんだ」

「正確には元だけどね。今はちょっと休業中~」

 

 相変わらずけだるそうに話す奈央だったが、シンの姿を見ると目が大きくパッと開き、これまでのグータラな態度が嘘のようにテキパキと動き出し、一足先に教室へと向かう。

 取り残された三人は突然何が起こったのかと思うが、原因であろうシンをレイは責めた。

 

「シン、お前何か見吉に悪さしたのか?」

「そんな訳ないだろう。彼女とは今日初対面だ」

 

 原因が今一つ分からない事に二人は困惑しながら話を進めていたが、木乃子だけは相変わらず意地の悪い笑みを浮かべながら、一言心の中でつぶやく。

 

――クックク、またフラグ立ててやんの。

 

 

 ***

 

 

 その後も奈央はまともにシンと顔を合わせようとせず、そのままお昼休みに入った。

 奈央は木乃子とレイに誘われて、昼食を一緒に済ませようかと言われたが、どうせならとシンも呼ぼうとする。

 

「ねぇシンくんも一緒に……」

「シン」

 

 シンを誘おうとした時、ドアの方から別の声が聞こえる。

 奈央がドアの方を見ると、るいが二人分の弁当を持って立っていて、誘われたシンは彼女の元へと向かう。

 

「料理の練習したくてお弁当作ったの。手伝ってくれる?」

「分かった。だがこう言うのはこれっきりにしてくれ。俺は自炊程度なら出来るからな」

 

 そう言うとシンは自分が作った弁当箱を開いて中を見せる。

 色とりどりのおかずが詰め込まれた見てるだけで食欲をそそられそうな一品に、るいは彼が自分以上の家事スキルを持っていると判断して、頭を抱えて落ち込んでしまう。

 食べるかどうか聞かれたので、メインである唐揚げを一つ食べると、今まで食べた唐揚げの中で一番美味しいと思ってしまい、自分のスキルのなさに項垂れてしまう。

 そんな露骨に落ち込んでいる彼女を見て、シンはるいが自分のために用意してくれた弁当を手に取ると、自分が作った弁当を三人の前に置く。

 

「悪いけど今日はるいに付き合う事にした。それはお前たちで食べていいから」

「マジか⁉ よっしゃ今日はラッキーデーだ! シンの飯は美味いからな。なぁ東雲⁉」

「ああそうだな。遠慮なくもらうぞ」

 木乃子とレイの食事はこの日もカップ麺と菓子パンだけだったので、二人は唐揚げを取り合いながら、シンの弁当を貪る。

  一人輪の中に入れない奈央は呆けていたが、奈央の存在に気付くと、二人は唐揚げを譲る。

 

「悪かったな。見吉の事忘れてた」

「私はいいよ……」

「そう言うなって一口食べてみろ。本当に美味しいから」

 

 木乃子とレイに促され、奈央は恐る恐る唐揚げを食べると、二人が言うように今まで食べた唐揚げの中で美味しく感じ、この日の昼食が楽しい物となっていた。

 一しきり食べ終えると、木乃子は意地の悪い笑みを浮かべながら、先程尋ねたるいの話をしだす。

 

「しかしシンの奴、スーパーウルトラ級のチートスキルもないくせして、順調にハーレムを形成してやがるな」

「そんなに女友達多いのか? ボク達以外に話を聞いてくれる奴なんてアイツに居るのか?」

 

 レイはそんな事はないだろうと思っていたが、木乃子は手帳を取り出すと、今現在シンと繋がりのある女子生徒の情報を語っていく。

 

「まぁ担任のよーこちゃんや、目を付けられている祐天寺先生は別として、分かっているだけでも、B組の椎名、A組の上条、更に三年では村上の人、クロエちん、ああ今日でD組の花房も追加だな」

 

 今判明しているだけでも、多くの女生徒と親しい付き合いを持っているシンの現状を聞き、奈央の頭は真っ白になってしまう。

 完全にフリーズした奈央に構わず、レイはだからと言ってモテると言うのは違うだろうと、否定をしていく。

 

「あんな性格だから目の届く範囲に置かないと問題起こすってだけだろ? 椎名も上条もボクと違って優等生だからな。村上先輩だってそうだ」

「ならクロエちんはどう説明する? 花房みたいなコミュ障までシンに近付こうとしているのは?」

「すがる対象が欲しいだけだろ。この間見たけど、アイツ、クロエが相手だと呆れながらも、クロエのアホな行動を諭して訂正し、彼女のフォローに回っているからな」

 

 その事を一回レイはからかったのだが、それに対してもシンは「仕事だからやっているだけだ」とつっけんどんな態度で返す。

 二人はケタケタと下品に笑いながら、シンをからかっていたが、奈央の胸中は決して穏やかな物ではなかった。

 今でも食事をわざわざ用意してくれる娘が居るだけではなく、クロエのような有名人まで彼を慕っていて、その上話を聞く限り決して人付き合いが上手ではない娘まで、シンにコンタクトを取っている。

 これはもう行動に移すしかないと判断した奈央は、真剣な顔で木乃子に尋ねる。

 

「シンくんとコンタクト取る方法知ってる?」

 

 鬼気迫る様子で聞く奈央に多少圧倒されながらも、木乃子はシンが渡してくれたお助け部の名刺を彼女に渡す。

 携帯のアドレスも記されているので、早速奈央はお助け部に依頼を出した。

 

『放課後音楽室で待っています』

 

 

 ***

 

 

 夕暮れが校舎を覆う中、シンは呼び出されていた音楽室で奈央の到着を待っていた。

 奈央は真剣な顔で入ってきて、早速用事があるならと奈央に要件を聞こうとする。

 

「悪いけど次からはちゃんと要件も書いてくれ。こっちにも準備があるからな」

 

 もっともなダメ出しをするシンだが、奈央はそんな事構わずに何度も小さく深呼吸をして、自分を落ち着かせようとしていた。

 彼女の気持ちが落ち着くのを待とうと思ったシンは、何も言わずに奈央の次の行動を待つ。

 

「あ、あの……」

「大丈夫だから落ち着いて」

 

 未だに気持ちだけが前に出ている状態の奈央を手で制すると、奈央は再び深呼吸を繰り返す。

 今度こそ落ち着きを取り戻せたのか、奈央は今回の依頼内容を話していく。

 

「今日は突然呼び出してごめんなさい。私見吉奈央って言います」

「ああ姫島から聞いたよ」

「こんな事いきなり言うのおかしいかもですけど……」

 

 一世一代の初体験のイベントを前に、奈央の心臓は早鐘のように鳴り響く。

 細胞の一つ一つに新鮮な空気を取り込んで落ち着かせながら、奈央は自分の率直な気持ちをシンにぶつける。

 

「あの……私シンくんの事好きです! 一目惚れしました! 私と付き合って下さい!」

「ダメだ」

 

 精一杯の勇気を振り絞った告白をあっさりと却下された事で、奈央の意識は一気に遠い所へ持っていかれそうになってしまう。

 だがここで失恋のショックに身を任せて、気絶して逃げるのは違うだろうと判断し、奈央はのけぞりそうになった体を必死で起こして、何故告白を断ったのか聞こうとする。

 

「もう好きな人居るの? 付き合っている人居るの?」

「そうじゃない。俺はもう人を愛するなんて事は出来ないんだ」

「何で⁉」

 

 あまりに自暴自棄になっているシンを見て、奈央はつい声を荒げてしまう。

 興奮気味の奈央をシンは手で制しながら、自分の事情を話していく。

 

「俺がガンダムの世界から来た異世界人だって言うのは姫島から聞いたか?」

「うん。木乃子ちゃんから、そう言う人が居るって話は聞いたよ。でもまさかシン君みたいなのとは思わなかったから」

「こんなガキが戦場に出てるなんて思わなかったか?」

「そうじゃないよ! シンくん、ワイルド系で物凄い私のタイプだったから……」

 

 単純に顔がタイプだったと言う邪な意見が表立った事に奈央は顔を赤らめて恥ずかしがる。

 だがそれでもシンの態度は変わらない。奈央の心情に構わず、何故自分が人を愛せられないかを語っていく。

 戦争で家族を全て亡くし、14歳で軍の養成学校に入学した事、嘗て戦場で敵の兵士を愛してしまった事、そんな彼女を自分の力では守れずに敵の本部へと引き渡し、その結果彼女は生体ユニットと化して軍人として落とすしかなかった事、そして拠り所を見つけて、同僚の女兵士に泣きつき、傷の舐め合いのような恋愛と呼ぶにはおこがましい行為に走った事、全てを伝えた。

 あまりに悲惨すぎるシンの経歴を聞き、奈央は一気に顔色が真っ青になってしまうが、そんな彼女に構わず、シンはもう自分は誰も愛する事が出来ないと諭すように言う。

 

「彼女には悪い事をしたと思っているよ。こんな弱く情けない男の自己満足に無理くり突き合わせてしまってな」

「そんな! そんな事は……」

「それに俺が求めているのは今でも喪った嘗ての家族だ。新しい温もりや、新しい家族ではない。そんな状態の人間と付き合った所で見吉が傷つくだけだ」

 

 自分なりに出した答えを奈央に伝えると、シンは鞄を持って出ていこうとするが、奈央は黙ってジッとシンを見ているばかりで、その場から逃がす事を許さなかった。

 彼女の気が済むまで相手をしてやろうと思ったシンは、彼女が何を言いたいのかを聞き出そうとする。

 大方説教だろうと思い、シンは近くにあった椅子に腰かけて聞く準備をしたが、次の瞬間奈央の言葉はシンの予想外の物であった。

 

「その気持ち分かるよ……やろうとしたんだけど出来なくて上手くいかなかったんだよね」

 

 自分に寄せる発言に、シンは驚きの顔を隠せず、シンが辛い過去を話してくれたのだから、今度は自分の番だとばかりに、奈央はここまでの自分の話をしていく。

 幼い頃から背が高く目鼻立ちがくっきりとしている奈央は、小学生の頃から浮いた存在で、友達も中々出来ず、一人でグータラと寝ているだけの子であった。

 そんな彼女が少しでも変わるきっかけになればと思い、奈央の母親はモデル活動をしてみないかと奈央に問いかける。

 するとそこで奈央の才能は開花した。普段のグータラ振りが嘘のようにテキパキと行動し、カメラマンの要望に応えて多くの素晴らしい作品を残してきた。

 

「そんな調子で私は小学校、中学校のほとんどをモデル活動に費やしたの。おかげでその頃の友達なんて一人も居なかったよ」

「モデル同士の交流は?」

「モデル同士って言うのはお互いライバルなんだよ。特にその世代って言うのは大人の付き合いって言うのも出来ない感情的になりやすい年代だから、女の子同士でも取っ組み合いの喧嘩なんて、珍しくもなんともなかったよ」

 

 そんな光景を嫌だと思いつつも、奈央は求められるがままモデル活動に勤しんでいた。

 だが高校生になってから、急激にレベルアップした世界の違いに、奈央は絶句してしまう。

 

「小中ぐらいまでは成長期もあるから、多少は甘い目で見られたんだけどね。高校生ぐらいになると一気に大人と同じように扱われて、罵声や怒号もこれまでの比じゃなかったの」

「しかし見吉の話を聞いている限り、それが嫌でモデル活動を休職したって訳じゃないみたいだけどな」

「うん。それも私は必要な物だと思って、精一杯努力をしたの。でもね、ある日ふと思ったの」

 

 高校生ぐらいになると、ジュニアモデルから一気に本格的なステージへと立つ輩も少なくなく、これまで以上にバチバチな関係になっており、元々のんびり屋でマイペースの奈央に取っては、そこの居場所は恐ろしく悪い物だと感じた。

 そこで奈央は一つの不安に襲われてしまう。自分は一生このままこの窮屈な世界で一生を終えるのかと。

 女の子らしく恋もせず、家庭を築く事もなく、ただ群衆が求めるだけの人形に成り下がってしまうのかと思うと、たまらなく怖くなってきて、事務所と相談した結果一年の後半から少しずつ仕事量を減らしていき、現在は休職状態にしてもらった事を伝えた。

 改めて自分の現状を振り返ると、奈央は感情を抑える事が出来なくなり、目からはポロポロと涙がこぼれていく。

 

「ゴメンね。結局私辛い現実から逃げる口実に、シンくんを利用しているだけだったみたい……シンくんに言われて分かった。私スゴイ嫌な女の子だって……もう関わらないから……」

 

 そう言って、その場から走って逃げ去ろうとする奈央の腕を反射的にシンは掴む。

 振り解こうとする奈央だったが、シンは何も言わずに持っていたハンカチをポケットから取り出して、彼女に手渡す。

 

「シンくん?」

「それはくれてやる。まずは顔を拭け、話はそれからだ」

 

 言われるがままハンカチで涙を拭くと、目が真っ赤に晴れた酷い顔ながらも、奈央はシンと向き合う。

 これ以上辛い目に合うのは出来れば避けたい事案ではあるが、シンは奈央から手を離すと彼女の事情を汲み取って言葉を選んでいく。

 

「見吉は逃げていると言うがそれは違う。俺は見吉の行動は凄い勇気が必要な物だって思う」

「何でよ⁉ 私はモデルの世界から逃げ出した弱虫だよ! 陽菜ちゃんや部長さんは私なんかと違って、自分の世界で輝いてるって言うのに!」

 

 奈央が言うのは、ヘアアレンジを得意としている新垣陽菜と、既にプロのデザイナーとして活躍している手芸部部長の時谷小瑠璃の事であり、夢を諦めた奈央に取っては彼女達がとても眩しく見えた。

 しかし二人はモデルを休職してからも、今までと変わらずに奈央に接してくれていたが、その優しさが奈央には辛かった。自分に二人の友達で居る資格はあるのかと。

 感情を爆発させる奈央に対して、シンは先程の自分の話を交えながら話を進めていく。

 

「なら俺はどうだ? 俺は間違いなく負け犬だよ。戦争を二度と起こさないために必要な事、それは隣人を許す事が第一歩と言われている。だが俺にはそれは不可能だろう。こんな俺はいつまでも過去の事にグジグジ囚われたクソ野郎だろう?」

「そんな訳ないじゃん! シンくんはどうしても許せないんでしょ⁉ だったら別の道を探すのは当たり前の事だよ! 皆が皆手を取り合うなんて出来る訳ないんだからさ!」

「モデルの世界だって同じだろう。付いてこれないなら自ら退くのは勇気だ。新しい道を探すって言うのはこれまで通って来た道を進み続けるより、ずっと難しい事だからな」

 

 再びシンの辛い過去に触れてしまった事に、奈央はハッとした顔を浮かべてしまう。

 また自分はシンを傷付けてしまった。そんな罪悪感に奈央が苦しんでいるのを見て、シンはこの一件に関して決着を付けようとする。

 

「ありがとうな。わざわざ話したくない辛い過去を話させてしまって、俺を元気づけるために話してくれたんだろう?」

「逆! 私の事を元気づけるために、シンくん、辛い過去話してくれたんでしょう⁉」

「まぁそれは言い合いになってしまうから、そこまでにしておこう。それでこの一件だがな……」

 

 すっかり先送りになってしまった事案だが、これから正式にフラれると思うと、奈央の気分は重い物へと変わっていく。

 だがシンの言葉は彼女の予想外の物だった。

 

「俺は人を愛する事なんて出来ない。でも見吉とは友達にはなれると思うんだよ。辛い記憶を忘れたい、別にいいじゃないかそれでも、友達でよければ見吉とは付き合ってやるよ」

 

 そう言って手を差し出すシンに奈央は希望を持った。まだ可能性は0ではない事に。

 考えてみればいきなり出会って付き合ってくれなんて言う非常識な女にここまで付き合ってくれたのだ。

 シンの内面を知り、彼の事をますます好きになった奈央は、勢いよく抱き着いて、シンに好意をアピールする。

 

「うん! これからよろしくねダーリン!」

「ダーリンって……友達だって言っただろ! 見吉!」

「や~だ! 奈央って呼んで!」

 

 まるで猫のように頬ずりを繰り返して甘える奈央に困り果てながらも、何とか離れてもらおうと、シンは顎の下を撫でて、奈央と距離を取る。

 

「分かったよ奈央。まぁこれからよろしくな」

「うん! 私絶対今より素敵な人になってダーリンの事メロメロにさせちゃうんだから!」

 

 新たな目標が奈央の中で見つかり、奈央はシンに撫でられる事を心地よく思い「もっと撫でて」と言って甘える。

 そんな彼女に困りながらも、シンは一つ考えがまとまっていた。

 

(まぁこんな物は一時的な現実逃避だ。すぐに俺の元なんて離れるだろう)

 

 

 ***

 

 

 翌日、木乃子とレイは昨日あれから奈央とどうなったのかをシンに聞く。

 シンは決して不誠実な行動は取っていないとだけ言うが、はぐらかされた感がある二人は深く追求しようとする。

 

「おはよ~ダーリン~」

 

 突然後ろから奈央の声が響き、何事かと二人は思ったが、シンは背中に向かって抱き着いて来る奈央をそのまま受け止めると、一言「おはよう」とだけ言って構わずに歩こうとするが、奈央は甘えるように頬ずりをして、シンとスキンシップを求める。

 

「ダーリン眠いから教室までおんぶして~」

「馬鹿な事言ってないで歩きなさい」

 

 そう言ってシンは奈央の頭と顎の下を同時に撫でて、シンに撫でられると奈央は「ふみゅ~」と気持ちよさそうな声を出してシンの腕に自分の腕を絡ませて並んで歩く。

 奈央から「想いは届いた」と言うメールを二人は受け取っていて、それがどう言う事なのかシンに聞こうとしたのだが、その様子は付き合っているカップルには見えず、木乃子とレイは率直な感想を述べる。

 

「大型犬を可愛がる飼い主にしか見えん……」

 

 二人はこう言う愛情のかけ方もありなのかと疑問に思ったが、奈央はシンと一緒に歩ける事を心から喜んでいた。

 どんな形であれ、流される事なく、自分だけの力で一つ夢をかなえたのだから。




今回はグータラモデルの見吉奈央をシンと絡めました。
原作ではバリバリにモデルとして活動していますが、私の所ではこうしました。


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第十七話 後輩達が出来た日

その背中を追わせる日が少年に訪れた。


この日も一日が終わり、お助け部の仕事がないシンは足早に帰宅していた。

 帰った所で何かある訳でもないが、ダラダラとしていた所で何か変化がある訳でもない。

 お気に入りの場所である河川敷を歩いていると、一人の女子生徒を相手に集団の女ヤンキー達が取り囲んでいた。

 

(今時あんな光景あるのか……)

 

 この世界についてまだ日は浅いが、ヤンキー同士のやり取りなど、もう何年も前の事案であると言う事ぐらいは分かる。

 物珍しそうに遠目から見ていると、集団を相手にメンチを切っている少女はスカートが長く改造されてはいるが、聖櫻学園の生徒だと言う事が分かり、スカートの色からまだ一年生である事が分かると、シンは土手から降りて仲裁に入る。

 

「竜ヶ崎……10人も居るのに1人で挑もうとはいい度胸してんな⁉」

「前々からお前らは気に入らなかったんだよ。こいよ、アタシの拳で頭冷やさせてやるからよ! ん⁉」

 

 一触即発になっている間に割って入った存在に、竜ヶ崎と呼ばれた少女は難色を示す。

 制服から自分と同じ聖櫻学園なのは分かるが、この場では何の役にも立たないだろうと思い、退却を示すように発言をしていく。

 

「なぁアンタ、正義感だけでの介入は止めた方がいいぞ。正論だけで物が通じる相手じゃない」

「分かっているよ」

 

 竜ヶ崎の警告を軽く流し、シンは黒の特攻服でまとめたレディースのリーダーと思われる少女を相手にコンタクトを取る。

 

「何があったか知らないけど、見逃してくれないかな? この娘家の生徒なんだわ」

「関係ねぇだろうがどけ!」

 

 突然の乱入者を総長は快く思っておらず、胸を小突いでシンをどかそうとする。

 シンはその腕に自分の腕を絡ませると、総長の次の行動を待つ。

 

「何の真似だ?」

「俺が気に入らないなら、俺を殴り飛ばして投げ飛ばせばいい。俺の知っている女の人は皆強い人ばかりだからな。俺は何度も殴られ続けたよ」

「上等だオラ!」

 

 挑発するようなシンの物言いに激怒した総長は、そのまま力任せにシンを投げ飛ばそうとするが、その瞬間シンは両膝を曲げて、相手の力を利用すると逆に投げ飛ばす。

 だが総長の頭が地面に着地する寸前で、シンは彼女の頭を掴んで優しく地面に寝かせると、手を放す。

 この瞬間総長は理解した。彼と自分達の戦力差は火を見るよりも明らかだと言う事を。

 

「何者だ?」

「聖櫻学園2-Cシン・アスカ」

 

 シンが自己紹介をすると、レディース達は一斉に青ざめてしまう。

 彼はここ最近巷を賑わせている突然現れたマイヒーローなのだから。曰く伝説の超ヤンキー祐天寺弥生が唯一認めた舎弟。曰く一晩で悪男達の屍の山を築き上げた悪魔のような男。

 都市伝説だとばかり思っていた存在が現実の物だと分かると、レディース達は一斉に土下座をして、シンに許しを請う。

 

「すいませんでした!」

「いいからもう行け」

 

 相手をするのが面倒なのか追い払う仕草をしながらシンが言うと、レディース達は蜘蛛の子散らすように去っていく。

 騒動が収まったのを見ると、自分の巻き込まれ体質にため息をつきながら、シンは帰ろうとする。

 

「あ、あの!」

 

 呼び止められたのは竜ヶ崎と呼ばれた少女。

 少女は先程までと違い尊敬の眼差しでシンを見ていて、シンに向かって頭を勢いよく下げると、自己紹介を始める。

 

「先輩、聖櫻の二年って言いましたよね?」

「ああ。噂の異世界転生者のシン・アスカだ。戸籍上は吉田新太だがな」

「自分一年の竜ヶ崎珠里椏って言います。先輩の強さに惚れました舎弟にして下さいッス!」

 

 そう言うと珠里椏は深々と頭を下げてシンに懇願をする。

 申し出に対してシンは困った顔を浮かべてしまう。

 素直で礼儀正しいのは好感が持てるのだが、出来る限り人とは関わり合いになりたくないのが、シンの本音。

 だがこんなゴリゴリのヤンキーをこのまま放っておくのも目覚めの悪さをシンは感じ、何か良い方法はないかと思っていると、突如シンの中で名案が思い浮かぶ。

 

「ならちょっと手伝ってほしい事があるんだがいいか?」

「ハイッス! 何すか⁉」

 

 シンはそう言うと名刺を一枚取り出して、珠里椏に手渡す。

 『お助け部』と聞きなれない内容の部活に困惑しながらも、珠里椏は詳細をシンに聞こうとする。

 

「それは新規に設立された学園の治安維持とボランティアが主な活動の部活だ。だが現在部員は部長の俺一人だ。部員が欲しいと思っていた所だ。頼めるか?」

「モチロンッス! 先輩これからよろしくお願いします!」

 

 こうして一人部員が出来、また一つシンは前進した。

 その様子を見つめる一人の女生徒の存在を、シンも珠里椏も気付かなかった。

 

 

 ***

 

 

 翌日の放課後、シンは早速珠里椏が待つ部室へと向かおうとするが、その際、自分に向けられる殺気に気付き、適当に開けた場所に誘導すると、シンは歩みを止めて呼びかける。

 

「この辺りでいいだろう。居るのは分かっている出てこい!」

「お見事!」

 

 草むらから出てきたのは首に軍事用ゴーグルを下げ、黒みがかった茶髪をポニーテールでまとめた少女。

 少女はシンの姿を見ると勢いよく敬礼をして、シンに敬意を示す。

 

「自分は2-A、歴史研究会所属の岩本樹と申します。ここ最近ガンダムの世界より転生した異世界転生者のシン・アスカ殿とお見受けする」

「だったらどうしたって言うんだ?」

「まずはその実力確かめさせてもらう!」

 そう言うや否や刃の部分がゴムになった摸擬戦用のコンバットナイフを片手に樹は突っ込んでいく。

 最初に攻撃する事が明確で、直線的な樹の攻撃はいとも簡単にかわす事が出来、シンは皮一枚でナイフの攻撃をかわすと、手を逆さに取って樹の手からナイフを落として、腕を決めて動きを制する。

 

「降参なら俺の手を三回叩け!」

 

 嘗て自分がアカデミーで教官にされた事をやり返すと、樹は苦しそうな顔を浮かべながらシンの手を叩いて降参の意を示す。

 もう彼女に戦意がないのを見ると、シンは決めていた手を放し、改めて樹と向き合う。

 

「それで何?」

「まずは先程の無礼お許しください。教官殿」

 

 そう言うと樹はその場で正座をして綺麗な土下座を行う。

 何が何だか分からないシンは、強引に樹の土下座を解除させると、彼女と話をしようとする。

 

「だから何なの?」

「これは自分の気持ちであります。あなたがガンダム世界の住人と言う事は聞いていましたが、自分が近付くべき人物かどうか勝手に自分の中で判断させてもらいました。教官殿、愚かな自分にどうぞ罰を与えてください」

「俺に何で近付いたか話せ。それが罰だ」

 

 樹と自分の間の温度差に困惑し、何故自分にコンタクトを取ろうとしたのかシンは聞こうとする。

 元々軍事オタクであった樹は、ガンダム世界から来たシンに興味津々であったが、彼の人となりが気になり、自分が近付くべき人間なのかを判断しようと調査していた。

 ここ最近自分なりに調査をした結果、彼は強く優しい心を持った人物だと判断し、樹はシンに近付こうと勝手に決心をしたと全て伝えた。

 

「お願いします教官殿! 自分はあなたの元で学びたいんです。自分に指導をして下さい!」

 

 そう言って深々と頭を下げる樹に対して、シンは呆れながらもどうするべきか迷ってしまう。

 彼女を見ると嘗て戦争を止めるんだと意気揚々と正義に燃えていた自分を思い出してしまうからだ。

 だが結果は現実の前に屈服して、やさぐれてグータラな毎日を過ごすばかり。

 そんな人間が彼女に何を教えてやれるのだろうと思ったが、すぐに自分に幻滅するだろうと思い、シンは樹に一枚の名刺を手渡す。

 

「部活の兼業は可能か?」

「話し合いで何とかなる範囲です」

「なら岩本の都合がいい時で構わない。時々お助け部を手伝ってくれ」

「許可してくれるのですね⁉ これからよろしくお願いします! 教官殿!」

 

 喜びを露にして深々と頭を下げる樹を見て、シンは複雑な顔を浮かべてしまう。

 彼女に軍人として教えてやれる事など自分には何一つないからだ。

 ならばと出来る事は夢を壊さないように幻想を抱かせたままにするしかない。

 好意を利用するような行動に罪悪感を感じつつも、樹と並んで珠里椏が待つ部室へと向かおうとした瞬間。樹はシンの背中を守るように立ち、コンバットナイフを構える。

 

「教官殿敵襲であります!」

「甘い!」

 

 樹は背後から襲ってくると思っていたが、実際の敵は木の上に潜んでおり、模造刀のクナイを片手に緑色の髪をショートヘアでまとめた少女はシンに向かって飛びかかるが、シンは冷静に少女を受け止めると、手首を掴んで締め上げてクナイを落とすと、少女を樹の隣に立たせる。

 

「気付いていたのですか? 流石は教官殿であります」

「それよりコイツ誰? 知り合い?」

「それについてはそれがしが答えよう」

 

 少女はシンの前で綺麗な正座をすると自己紹介を始める。

 

「それがしは前田彩賀と申す。そこに居る岩本樹と同じクラス、同じ部活であり、お館様と相応しい人物と見て、それがしもお館様の助力になれればと思い、近付いた所存であります!」

 

 そう言うと樹に引けを取らない、綺麗な土下座を彩賀は行う。

 またキャラクターが強い奴に好かれてしまったとシンは呆れながらも、半分予想は出来ていたが、彩賀の目的を聞き出そうとする。

 

「つまり前田もお助け部に入りたいのか?」

「ハイ! お館様! それがしをお傍に置く事を許して下さい!」

「教官殿。自分からもお願いします! 前田は友達なんです!」

 

 彩賀は再び土下座をして、樹もその場で頭を下げてシンに懇願をする。

 こう言う輩は変にこじらせると後々面倒になると判断したシンは、彩賀に立つよう命じると、親指で付いて来るよう命じた。

 

「二人ともあくまでメインは歴史研究会、お助け部に来るのは手が空いた時だ。それが出来なければ追い出すからな」

「勿論です!」

「ありがとうございます。お館様、この前田彩賀、全力で励ませてもらいます!」

 

 樹はシンの右隣、彩賀はシンの左隣に並んで、三人は並んで歩こうとしたが「横に並ぶのはマナー違反だ」とシンに突っ込まれ、二人は各々シンの後ろに回る。

 何もしていないのにドンドン人が集まってしまう。

 それは一つの才能なのだが、シンに取っては困惑するばかりの材でしかなかった。

 彼は人の温もりなど求めていないのだから。

 

 

 ***

 

 

 シンを含めて四人の部員が出来、お助け部は正式に部活として認められた。

 しかしシンは複雑な気分であった。内二人は兼業であり、どうせすぐに辞めるだろうと思っていたからだ。

 まさかこんな事になるなんて思わず、困惑するばかりであったのだが、それでも仕事はしなくては生きていけない。

 色々と物思いに更けながら、部室のドアを開くと、見慣れない顔が目に飛び込む。

 

「わぁ! ゴメンなさい! 部屋が空いていたからお邪魔してました!」

 

 茶髪の外はねなショートヘアーの少女は椅子に座っていて、緊張しているのかシンに座りながら謝罪をする。

 礼儀の部分ではなってないのだが、そんな事をどうこう言う程シンはうるさくはない。まずは少女の目的を聞き出そうとする。

 

「何の用? 入部希望?」

「違います! 珠里椏ちゃんを待っていたんですけど、今日はすれ違いになっちゃったみたいで……」

「竜ヶ崎の友達か? そうかアイツに君みたいな可愛い友達が居るとはな」

 

 自分と同じで学校内で浮いていると思っていた竜ヶ崎が、学校内でちゃんと友達が出来た事が嬉しく、シンは柔らかな笑みを浮かべて喜ぶ。

 一方『可愛い』と言われた少女は、照れくさそうに笑って、嬉しそうにしていた。

 

「そんな事ないですよ~。先輩はお上手ですね~」

「お世辞は苦手な方なんだ。俺は思った事しか口にしないからいつも怒られてばかりだ」

 

 社交辞令をお互いに行うと、シンは少女にコーヒーを出す。

 少女は礼儀正しく「ありがとうございます」とお辞儀をすると、一口飲んで心にゆとりを与え、シンもコーヒーを飲むと、少女とコンタクトを取る。

 

「取り合えず自己紹介をするな。俺はシン・アスカ、ガンダム世界からの異世界転生者だ」

「ハイ、先輩は有名人ですから」

「それはそれは」

「私は1-Aの柊真琴です。これからよろしくお願いしますね。先輩」

 

 元気一杯の真琴はシンに取って好感が持てる人物であった。

 珠里椏のような浮いた存在と友達でいてくれるのだから、ちゃんとその人の内面を見て判断してくれるのだろうと思い、珠里椏が来るまでの間、シンと真琴は他愛のない話を続けていた。

 シンと話して、彼が思ったよりも普通の人だと感じた真琴は、率直な感想を述べる。

 

「でもあれですね。先輩はもっと怖い人だと思ったけど、珠里椏ちゃんと一緒で話したら全然普通の人なんですね」

「軍の中では規律を用いるよ。それを一般人にまで向けるのは軍人失格だろう」

「ですよね~。先輩は甘い物とか好きですか~?」

「別に嫌いじゃないよ。甘党って訳じゃないけど、普通に食べるよ」

「そうですか~私はお菓子が大好きでつい食べ過ぎちゃうんですよね~」

 

 真琴は照れ笑いを浮かべながら恥ずかしそうに言う。

 デリケートな部分に対してシンは愛想笑いを浮かべるだけで返すと、ドアが開き、金髪の少女が部室に入る。

 

「先輩遅れてスイマセンッス……真琴?」

「もう! 珠里椏ちゃん。こっち来るなら来るって言ってよ! 今日は芽衣ちゃんと新作クレープ食べる約束でしょ!」

 

 約束をすっぽかそうとする珠里椏に対して、真琴は頬を膨らまして睨み、怒りの感情を露にする。

 彼女には真琴とは別に森園芽衣と言う娘とも友達であり、三人は良く一緒に行動を共にしていた。

 自分の勘違いから真琴に手間をかけさせた事に、珠里椏は素直に「悪い」とだけ謝罪をするが、今優先すべきはお助け部だと思い、話を進める。

 

「悪い! 今度埋め合わせはするから、今はお助け部の活動を」

「竜ヶ崎俺からの依頼だ。今日は柊とその友達と一緒にクレープを食べてこい」

「え? それって……」

「お前もお助け部の一員だろう? なら部活動に勤しまないか。終わったら、そのまま直帰していいから。もう一人の娘を待たせるな」

 

 シンの粋な計らいで、珠里椏はその日は解放された。

 珠里椏は一言「スンマセン」とだけ言うと、真琴と並んで部室を後にしようとするが、最後に去り際シンは彼女の耳元で軽くささやく。

 

「いい友達を持ったな」

 

 祝福の言葉に珠里椏の中で暖かな物が広がっていき、静かに「ハイ」とだけ返すと、二人は芽衣が待つ教室へと向かっていた。

 その様子を見て暖かな物を感じたのは珠里椏だけではない。

 彼の言葉を聞いた真琴も心の中に暖かな物を感じていた。

 

(優しい先輩……好きかもしれない……)

 

 元々少女漫画のような恋愛に憧れていた真琴は、その相手をシンに求めた。

 二人は歩きながらシンに付いて話し合っていて、真琴は珠里椏からシンの詳しい情報を聞こうとした。

 自分が恋物語の主人公になるために。




今回のメインとなるヒロインは肉食系後輩の柊真琴ですね。
この娘もシンとは相性が良さそうなので。


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