氷華は戦姫の隣で咲き誇る (クロウド、)
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プロローグ
―――特異災害機動部二課。
私立リディアン学院の地下に本部を構えるこの場所では特異災害『ノイズ』に対抗するために常に戦っていた。ノイズには通常の兵器は通用せず、聖遺物の欠片を組み込んだシンフォギアシステムでのみ対応できる、
「司令ッ、ノイズの反応が次々と消滅していきます!この消滅パターンは……『死神』ですッ!!」
「現れたかッ!!」
ノイズの発生を確認していたオペレーターの言葉に全員が息を呑む。
―――『死神』。数年前からその存在が確認されている謎の剣士。レーダーに一切の反応を映さず、黒い着物を来てドクロの面をかぶり背負った刀でノイズたちを縦横無尽に切り裂く姿からつけられたコードネームだ。
二課としてはノイズを倒せる力について詳しく知りたく、できることなら協力体制を取りたい。しかし、『死神』はその正体を隠し二課との不干渉を貫いている。
「奏、翼」
「わかってるよ、旦那」
「今度こそ、『死神』をここにつれてきます」
司令である風鳴弦十郎の呼びかけに覚悟のこもった言葉で返す、青と赤の二人の女性。
アメノハバキリ装者、風鳴翼と、ガングニール装者、天羽奏。ボーカルユニット『ツヴァイウィング』としても名の知られているこの二人が二課に所属するシンフォギア装者である。
そして、ノイズが現れる現場で戦うこの二人は『死神』と何度も遭遇している。だが、そのたびに逃げられている。故に今度こそ連れてくると意気込んでいるのである。
(今日こそ、お前の素顔を見せてもらうよ『死神』)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
深夜、ノイズ警報によって人っ子一人いなくなった街中。黒い着物を纏い髑髏のような面を被り頭を布で隠した背の低い剣士が十字の鍔の刀でノイズを斬り裂き、その場を立ち去ろうとする。
「待て」
「今日こそはあたし達と来てもらうぜ、『死神』」
しかし、前方からかけられた言葉に黒い着物の少年―――『死神』は足を止める。そこにはシンフォギアをまとった奏と翼が立ちふさがっていた。
「断る。馴れ合うつもりはねぇ」
仮面のせいでくぐもっているだけでなく、どこか不気味な重圧のこもった声で答え刀を構える。
「奏、来るわよ」
二人はそれを見て、互いに戦闘の構えを取る。だが、
「来る?何を言ってる―――もう終わってるぜ」
「「ッ!!!?」」
『死神』は一瞬にして、奏の目の前に移動してその胸に手をおいていた。触れられる寸前まで二人は彼が近づいてきたことを感知することができなかった。
「ッ!?奏ッ!」
「『六杖光牢』」
瞬間、六つの光の帯が咄嗟に奏を突き飛ばした翼の体を捕らえる。
「動けないっ……!」
「翼ッ!」
「安心しろ、ただの拘束だ」
光の帯に捕らわれた翼の体はピクリとも動かせない。
「次はお前だ、天羽 奏」
「ッ!名前、知ってたんだな」
「自分を追い回す連中の顔と名前を知らないとでも」
「そりゃそうだ」
名前を覚えられていた、そのことに不思議な感動と幸福感を覚える奏。そんな場合ではないとわかっているが、何故かその感情を止めることはできない。しかし、残った理性で槍を握りしめる。そして、
「行くぞッ!」
言いながら、突撃槍を構えて少年に向けて突っ込んでくる奏。少年は刀でそれを受け止めると数度の鍔迫り合いが続く。
(やっぱり、届かない……!)
何度も打ち合ったからわかる、向こうが自分に合わせて剣速、打ち込みの力を合わせていることを。長年積み重ねられた戦士としての力が圧倒的にかけ離れすぎている。
(こいつ、こんな小さい体で……下手すれば中学生くらいだろ?どうやったら、一体その歳でどうしてこんな剣を繰り出せるんだ!?)
「―――ッ!!」
「くっ!」
『死神』が震脚によって力の込められた横薙ぎの一振りによって奏は弾き飛ばされ後ろに飛んで着地する。
力の差は火を見るより明らか、だが、同じ数少ないノイズを倒せるものとしてここで引き下がるわけには行かない。なんとしても彼の力を借りるために。なにより、未だに言えていないかつての大きな借りの礼を言うために。
「全力で行かせてもらうよ、一応言っとくけど死なないでくれよ」
そう言うと、彼女の口から歌が紡がれる。
その歌に呼応し、槍の先端が回転を始め彼女の頭上に竜巻が発生する。
―――LAST∞METEOR
槍とともに振り下ろされた竜巻が死神に襲いかかる。対して『死神』は己の刀を空中に手放すと柄を手の甲で弾く、すると、刀は空中で激しく回転して円を描く。
「破道の五十八―――『闐嵐』」
瞬間、円から奏の竜巻と互角の竜巻が放たれる。二つの竜巻はぶつかり合い、反発し合う。やがて、二つの竜巻はお互いの回転で互いに消滅し、辺り一帯を粉塵が覆う。
「なっ!?」
(なんて男だ、街への被害を最小限にするために奏と全く同じ威力の竜巻で相殺した……そんな芸当もできるのか!?)
ただでさえ、常識の通じない力を持ち、その力すらも完璧に使いこなし底が知れない。翼も奏もどうやってもこの男に叶うイメージが浮かばなかった。並の剣士ではないことはわかっていた、だが、この力は常軌を逸している……そう、二人にはまるで目の前位にいる少年が
―――粉塵が晴れ、奏は彼の姿を目視できると判断し再び槍を構える。だが、そこに彼の姿はない。しかし、その声はすぐ後ろから響いてきた。
「縛道の六十三―――」
「奏、後ろっ……!!」
「しま……!」
「―――『鎖条鎖縛』」
奏が振り返るよりも早く、背後から伸ばしていた拳を閉じると同時に奏の体を光の鎖が蛇のように絡みつきその体を拘束した。
「クソッ、解けない……!」
「……………。」
『死神』は奏への拘束が完璧なものであることを確認すると刀を背中の鞘に納め、踵を返し、二人に背を向ける。そして、そのままその場をあとにしようとする。
「待てっ、待ってくれッ!!」
「……………。」
奏の切実な叫びに『死神』の足が止まる。
「頼む、話だけでいい。あたし達と一緒に来てくれないか?」
「…………それはできねぇ」
「何故だっ!同じノイズを倒す者同士、足並みをそろえるべきだ!貴方が力を貸してくれればより多くの命が救える」
翼も追随して『死神』を呼び止めようとする。だが、『死神』の反応は決して芳しくない。死神は首だけ二人の方向に向き直ると、顔を覆う骸骨のような仮面をずらし白目が黒く混濁した翡翠色の瞳で二人を睨み。
「俺の護りたいものとテメェらが護りたいものは違うってことだ」
『死神』はそれだけ告げると、目にも止まらない速さでその場から姿を消した。
「「ッ!!」」
それから一拍おいて、二人の体を拘束していた帯と鎖が消えてなくなる。
『奏、翼、無事かっ!?』
「旦那」
「司令」
図ったようなタイミングでインカムから弦十郎の声が聞こえる。
「二人とも無事です、しかし、『死神』には……。」
『そうか……だが、ふたりとも無事で良かった』
「無事っていうか、完全に手加減された感じだけどなぁ……。」
(そういや、あのとき礼言っときゃよかったなぁ……。)
彼が足を止めたとき、以前の礼を行っておけばよかったと後悔する。
(まっ、ノイズと戦っていればまた会えるか。その時ゆっくり、口説くとするかぁ……。それにしても、あの目……。)
彼がさり際に見せた翡翠色の瞳。少なくとも、あれは子供の目ではなかった。
(アイツは一体何者なんだ……?)
その姿を少し離れたビルの上に移動した件の『死神』が見下ろしていた。彼が仮面に手を置くと仮面が光となって形を崩し、そのまま消えていく。
「懲りない奴らだ……。」
風が彼の頭を覆っていた布を翻し、その下から現れた銀髪が風にたなびく。
彼の名は、日番谷冬獅郎。
嘗て、こことは違う世界……尸魂界と呼ばれる場所で護廷十三隊、十番隊隊長だった男。今は人間であり……ノイズを狩る
何故虚化できるのかって?滅却師から卍解取り戻したときの名残とでも思ってください。
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この世界での冬獅郎
―――私立リディアン学院。遠方からも多くの入学希望者を持つ音楽に力を入れた特別な学校だ。
「ねぇ、アレ……。」
「凄い、イケメン……。」
その校門前にはちょっとした人だかりができていた。その中心には一人の小柄な少年が、おそらくは自分のバイクによりかかりながら携帯をいじっていた。何度か校門を見る素振りから誰かと待ち合わせをしているのは明白であったが、問題は彼の容姿にあった。
珍しい銀髪に吸い込まれそうな翠色の瞳。そして何よりもその顔立ち。身長こそ160cmに届くか届かないかと低いが、それでも魅力的に見える顔立ちをしていた。
「あっ、
やがて、校門から聞こえてきた明るい声で携帯の電源を切って顔を上げる。
「……人を呼び出しておいて待たせるな、それとシロちゃん呼ぶな。
不機嫌さを隠そうともしない表情と、口調で少年『日番谷冬獅郎』は駆け寄ってくる幼馴染でありこのリディアンの生徒である『立花響』を見る。幼い頃からそう呼ばれてきたが、未だに子供扱いのようなその呼び方は気に入らないからだ。
だが、幼馴染の呼び方に文句があるのは響もだった。
「もうっ、幼馴染なんだから名前で呼んでっていつもいってるじゃん。未来も言ってたよ『シロちゃん、そのへんドライ』だって」
「その小日向はどうした?」
冬獅郎はあたりを確認し、もうひとりの幼馴染の姿がないこと確認する。小学生の頃から基本いつでも一緒にいるので今日もいるものだと思っていた。
「未来はパスだって、シロちゃんのバイク二人乗りだし」
「ったく、CD買いに行くだけで呼び出しやがって……。」
冬獅郎は男であるため、リディアンの生徒ではない。都内のそこそこ学力の良い高校に通っている。響も最初はそちらを受験しようとしたが如何せん偏差値が足らず、彼女のあこがれである風鳴翼が通う、この私立リディアン学院に通うこととなった。
だが、それからも、響ともうひとりの幼馴染である『小日向未来』とは連絡やしばしば会うことはあった。今日は、『ツヴァイウィング』の特典付きCDを買いに行くために響が冬獅郎にバイクを出してほしいと頼まれ、学校帰りに学院に寄ったのだ。
「いいじゃん、せっかくバイクの免許を取ったんだから後ろに乗せてくれても」
「別にてめぇがCD買いに行くためにとったわけじゃねぇよ」
口ではそう言いながら、座席の下からヘルメットを取り出し響になげわたす。口ではこんな事言いながら、ちゃんと響の分のヘルメットを用意している―――ツンデレである。
冬獅郎は自分もヘルメットを被りバイクに跨りキーを差してエンジンを入れると、背中に重み、響が後ろに座ったを確認した。
「ほらほら、早く!CD売り切れちゃう!」
「うるせぇ、急かすな。てか、今どきCDかよ」
「初回特典のラインナップが違うんだよ」
「知るか」
急かす響にそう言うとバイクを走らせ響の行きつけのCDショップに向かう、傍から見れば、まるで恋愛青春ドラマのようなワンシーン。周りで見ていたリディアンの生徒たちは砂糖を吐きそうな思いだった。
(松本や斑目達がいたら、爆笑されてたな……。)
だが、冬獅郎はかつての自分の副官と、その人物と仲の良い武闘派死神達が今の自分を見たらどんな反応をするのかを想像しなんとも言えない表情になった。
『キャー!隊長に春がきたわよぉぉぉぉぉ!!』
『おめでとうございますぅっ!日番谷隊長っ!』
『てめぇら今日は宴会じゃあぁ!!』
(やるな、アイツラならやるな。絶対)
十番隊隊舎で、喚きまわる副隊長とそれに引きづられて来て笑みをこらえる十一番隊副隊長と参席の顔が容易に思い浮かぶ。
「……最近、親父さんから連絡はあったか?」
その腹の立つ光景を忘れようと頭を振り、響に何気なく問いかける。
「え?うん……バイトしながらの就活は大変だけど、なんとかやってるらしいよ」
「そうか」
「……ありがとね、シロちゃん。」
「……なんのことだ?」
「あのとき、お父さんを叱ってくれて」
「聞き飽きたぜ、その礼は」
二年前、とある事件に巻き込まれ生き残った響は世間や当時のクラスメイトにひどいバッシングを受けた。その影響で彼女の父は会社で不当な扱いを受け始め、響に手を上げるようになり挙句の果てに家族を捨てて家をさろうとした、だが、偶然その場に合わせた冬獅郎は―――その横っ面を殴り飛ばし五時間に渡って説教をした。
いい大人が中学生の少年に説教を喰らうというシュールな光景だったがそのあまりな言葉の正当性に父は反省。家に残ることを選んだ。今はバイトをしながら、新しい仕事を探している最中らしい。
「そっちこそ、一人暮らしには慣れた?」
「あぁ、ばあちゃんが残してくれた金のおかげで大学卒業までは暮らしていけそうだ」
「そっか……。」
日番谷冬獅郎、前世では死神。護廷十三隊、十番隊隊長だった男。若くして『神童』と言われた男。とある戦いで寿命を減らし若くしてその命を散らした。だが、彼は目覚めると死神も虚も存在しないこの世界に『死神』の力を持って転生した。
しかし、物心がついたときにはすでに両親はおらず、肉親は祖母だけだった。その祖母も一年前に他界し、今は一人暮らしだ。
故に、冬獅郎は響、この場にはいない小日向未来をどこか家族のように思っている節がある。
―――かつて、自分がまだ死神ではなかった頃。尸魂界、流魂街で祖母と暮らしていた家族のような少女とどこか重ねているのは自分でもわかった。
今の彼は護廷十三隊ではない、尸魂界を守るという使命がない今、前世から引き継いだ『死神』の力を家族を守るために使っている。
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死神と拳
「ふんふふ〜ん!」
「良かったな、CD買えて」
「うん!ありがとね、シロちゃん!!」
「あぁ」
CDショップの帰り道、無事に初回購入特典付きのCDを購入することができてご満悦の表情と結局、足にされただけで特に得るものがなかった冬獅郎だったが、響の笑顔を見ているとまぁ、いいかと思えてきた。このあたり、護廷十三隊にいた頃の冬獅郎ならありえない光景だろう。それだけ、この世界に、立花響に影響されたのだろう。
二人は今、リディアンの近くの学寮に響を送り届ける道の途中だ。響のルームメイトの未来が心配する前にとっとと帰ることになった。
―――だが、その道の途中。凄まじい警告音が辺り一帯に木霊した。
「シロちゃん、これって……!」
「嘘だろ……!?」
二人の表情は驚愕に染まる。ふたりとも、その音には聞き覚えがあった。
それはノイズの発生を知らせる警告音だ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「司令ッ、ノイズが出現しました」
「反応はっ!?」
「湾岸地帯……工業区画付近のようです」
冬獅郎と響がサイレンを聞いていのと同時刻、特異災害対策起動部二課の司令室でもノイズ発生を知らせるアラートが鳴り、その対策に追われていた。
「藤堯さん、『死神』は?」
「ノイズの消滅が確認されていないので、おそらくまだ現れていないようです」
「そっか……。」
「奏」
「わかってるよ、旦那。今はあたしがやることをやるさ」
「奏、私のバイクに乗って」
「おうっ!」
奏はオペレーターの藤堯朔也の言葉に一瞬残念な表情をするが、咎めるように弦十郎に呼ばれすぐに気持ちを切り替え翼とともに現場に向かう準備を始める。
―――剣と槍、そして、拳と『死神』の邂逅は近い。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「立花、こっちだ!」
「う、うんっ!」
冬獅郎と響は自分たちを追い回してくるカラフルな体のオタマジャクシのような丸っこいノイズと、人形の手が平たいノイズから逃げていた。既にバイクは乗り捨て、小回りがきく足で逃げていた。
途中、かろうじて人の形をして地面に倒れる灰の山をいくつか見かけた。ノイズに触れた人間は灰となって消える。その光景に苦虫を噛み潰したような顔をする冬獅郎と、悲しげな表情を浮かべる響。
(どうする、死神になれば間違いなく立花に見られる……。)
冬獅郎は死神の力を使うか迷っていた。冬獅郎は響を危険に巻き込みたくない、彼が二課に協力しようとしないのも、自分が彼らに力を貸すことで身近な存在である響や未来に危険が及ぶのを危惧しているからである。そして、響は優しい少女だ。自分がノイズ狩りなんて危険なことをやっているなんて知れば必ず心配する。
(黒崎、テメェなら迷いなく死神の力を使うんだろうな)
彼の脳裏によぎるのはオレンジ色の髪をした一人の青年。人間でありながら死神代行として戦い、現世を、尸魂界を、そこにいる仲間を護り抜いた男。彼が自分の恩師とも言える存在の息子だと知ったのはあの戦いのあとだった。
(俺と立花だけなら、なんとか逃げ切れる。周りに他の人間もいねぇようだし、このまま)
「おかぁさ〜ん、どこ〜!?」
その時だった、二人の視界に十歳にも満たないであろう少女が涙を流してそこに立ち尽くしていた。当然、ノイズの目標はその少女に向かう。
「危ないっ!!」
「立花っ!!」
響は冬獅郎の手を離し、女の子のもとへと駆け出す。そして、ノイズから少女を護るためにその体に覆いかぶさるように抱きしめる。響は襲いかかってくるノイズにギュッと目をつむる。
だが、ノイズの手が二人に届きそうになった瞬間―――二人はそのノイズの背後にいた。
「「え?」」
「無茶なことをしてくれるぜ、ったく」
「シロちゃん?」
気がつくと響は冬獅郎に抱き寄せられていた。そのことに気がつくと響の顔が一気に紅潮する。冬獅郎は死神の歩法、”瞬歩”を使い二人を担いで一瞬で離脱したのだ。人間の姿では力を抑えているので最速とは行かないがそれでも十分に速い、これくらいの芸当は可能だ。
「子供は俺が担ぐ、とにかく走るぞ」
「うっ、うん!」
響は冬獅郎の瞬歩に疑問を抱いたが、この状況なので逃げることに専念しようと冬獅郎の言葉にうなずく。
そのまま走る続けるが、やがて、三人は水路の前に追い込まれてしまう。
「シロちゃん……。」
「……立花、コイツを」
不安な声音で自分を呼ぶ響に冬獅郎は自分が抱きかかえていた少女を渡す。そして、響の肩に手をおいて、
「立花、お前泳げるよな?」
「え?」
響は質問の意味がわからず呆けてしまうが、次の瞬間ドンッと体を押され一瞬の浮遊感の後、水面に叩きつけられた。自分は少女ごと冬獅郎に水路に落とされたのだと、気づくのにそう時間はかからなかった。
「シロちゃんッ!!」
水面から顔を出し、幼馴染の名を呼ぶ。
「後で必ず追いつく!それまで、そいつの手を絶対に離すな!」
「シロちゃんッ!シロちゃぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」
響は水路の流れでどんどん離されながら、ノイズに囲まれた幼馴染の背中に必死に呼びかけるが冬獅郎は既に前しか見ていない。なぜなら、目の前のノイズを早く倒せば、それだけ早く、響と少女を追いかけることができるのだから。
霊圧を高めると、冬獅郎の姿が制服から黒い袴へと変わり背中に一本の刀が現れる。死神の戦闘装束、死覇装。そして、虚を斬るための刀、斬魄刀。冬獅郎は斬魄刀の白い柄を掴む。
「久しぶりに行くぜ」
『あぁ、出番がなくて退屈していた頃だ』
「しょうがねぇだろ、街中を氷漬けにするわけには行かねぇからな」
『ならば、今回はどうなのだ?』
「非常事態だ、目ぇ瞑れよ」
『ふっ、相変わらずあの娘に対して過保護だな』
「うるせぇぞ!テメェ、いつからそんな饒舌になりやがった!?」
柄を伝って頭の中に流れてくる声に軽口を叩きあう。どうやら、最近鬼道でばかり戦っていたせいで幾分へそを曲げているらしい。
―――斬魄刀とは使用する死神の霊力によって形成され、それはその死神の半身であり独自の意思を持っている。冬獅郎とこの刀は文字通り長い付き合いであり互いのことを認めあっている。死神として理想の関係だ。
「霜天に坐せ―――」
飛び上がり、刀を抜いてその力を開放するための解号とその名を叫ぶ。
「―――”氷輪丸”!!」
『キュオォォォォォォオォォ!!!』
刀を抜くと同時に振り落とされた刃から、氷の竜が生まれ咆哮しながらノイズたちに向かっていく。ノイズごと地面に叩きつけられた氷竜を中心に大地が凍りつきノイズたちもまとめて物言わぬ氷像へと変わる。
たった一振りでノイズの群れを一瞬にして全滅させた。
―――これが日番谷冬獅郎の斬魄刀。名を氷輪丸。尸魂界では氷雪系最強の斬魄刀と言われていた。
「立花を追わねぇとな」
霊圧で空中に足場を作り、水路の流れに沿って流された響の後を追う。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
立花響は走る、少女の手を引きながら。
(シロちゃんは必ず追いかけてきてくれる、だって、シロちゃんは強いもん!)
立花響は知っている、日番谷冬獅郎が
本人は隠しているつもりだろうが、響は二年前からその事実を知っていた。
思い出されるのは二年前、《ツヴァイウィング》のライブに現れた大量のノイズたち、逃げ惑う人々、瓦礫となった会場、不思議なスーツを纏って戦うツヴァイウィングの二人、そして、黒い袴を来て白い仮面をつけ、氷の龍のような鎧を纏った幼馴染の姿。
(シロちゃん、私が気づいてないと思ってるんだよね。あんな変なお面をつけただけでわからないわけないのに)
伊達に長い付き合いをしてきたわけではない、あのとき自分を護ってくれたあの人物が彼であることを響は直感でわかっていた。
それからも、生き残った自分への世間のあたりは酷かった。だけど、響にはそれほど辛くはなかった、だって、自分には未来や彼がいた。いつだって、彼が助けてくれた、そばにいてくれた。
だから、彼はきっと来てくれる。だから、それまであの小さなヒーローの代わりに自分がこの子を守らなければ。水路でびしょびしょに濡れ、何度も転んでぼろぼろになった制服でひたすらに走る。
―――だが、現実は無常で……ついに二人はノイズたちに囲まれ追いやられていた。
「お姉ちゃん、私達死んじゃうの……?」
「ッ!!」
少女が涙をためた瞳で響きを見上げる。その体はガクガクと震える、まるで、あのときの再現だ。
『生きるのを諦めるな』
あのとき、重症を追った自分にツヴァイウィングの片翼、天羽奏がかけてくれた言葉。そのときに聞こえた歌、優しく力強いあの歌。あの言葉がなかったら、自分は……。
―――だから、今度は自分からこの子に言おう。
「生きるのを諦めないでッ!」
その時だった、響の胸に熱さとともに歌が聞こえてきた。響は胸に手を置き、その歌を口ずさむ。
「―――Balwisyall Nescell gungnir tron」
その歌、聖詠を口にした瞬間、胸の古傷から光が溢れその全身を包む。
「ガッ、アアァァァァアァァアァァァ!!」
凄まじい鼓動の高まりに四つん這いになり、獣のような声を上げる。
そして、目に見える変化が始まった。彼女の姿がレオタードのような姿になり、そして両腕、両足に機械的な装甲が装備され、頭にもアンテナのようなものが生えたヘッドギアが装備されいた。
「これって、あのとき奏さんが着てた……。」
その姿は、あのライブ会場で自分たちを護ってくれた天羽奏がまとっていたもの酷似していた。ならばもしかしたらと、響は近くにいたノイズに向かって拳を振るう。
「くらえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
振り抜かれたその拳がノイズにぶつかると一方的にノイズが打ち砕かれ、そのまま灰となって消えていく。
「やっぱり、これならノイズを倒せる……!」
「お姉ちゃん、かっこいい!!」
状況に希望を見出した響は向かってくるノイズを撃退しながら少女を護る。
(これなら戦える、だけど、それじゃ、この子が……!)
だが、ノイズを倒せるようになったとはいえ少女を護るためにどうしても前に出られない、このままではジリ貧だ。
「縛道の六十二―――”百歩欄干”!」
しかし、頭上から光の杭が雨のように降り注ぎノイズたちを貫いていく。体を貫かれたノイズたちは次々と灰となって消滅していく。
「え?」
その光景に唖然とする響だったが、次の光景に更に唖然とすることになる。死覇装を纏い、氷輪丸を構えた冬獅郎が空から降りてきたのだから。
「シロ、ちゃん……?」
幼馴染が二年前、自分を助けてくれたときと似た姿で現れ、呆けてしまう響。だが、次に冬獅郎が発した言葉で我に返る。
「立花、俺の後ろから離れるなよ」
冬獅郎は響を護るように前に立ち、氷輪丸を構える。大気が冬獅郎と氷輪丸の霊圧に反応して、気温が下がっていく。
「テメェはその子供を護ってろ、その間俺がテメェを護って戦ってやる」
その後ろ姿は紛れもない、あのライブ会場で自分を助けてくれたときの背中だった。
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剣と槍と『死神』と
「何だ、ありゃあ……。」
―――立花響の体に変化が起きた頃、響を探しながら立ちふさがるノイズを斬り裂いていた冬獅郎は、少し離れたところで輝く、光の柱を目の当たりにしていた。
「まさか、あそこにいるのか……?」
嫌な予感を感じ光の発生源に向けて、全力の瞬歩で駆け出す。
(急げ、急げ、急げ!!)
冬獅郎は全力で駆ける。また、あんな思いをしないために、二度とあの少女を傷つけさせないために……!!
(今更、死神の力がどうのなんて言ってられねぇ……!!)
彼は例え、響に見られても彼女を守る覚悟を決めた。
あの日、響が重症を追ったツヴァイウィングのライブでの事件、冬獅郎は病気の祖母の検査のために本来なら付き合うはずのライブについていってやれず、ライブ放送でノイズの発生を知り、まさに今のように全力で会場に向かった。だが、結果は間に合わず彼女はもうすぐ命を落としていた。
(この世界に来てまで
―――いつも間に合わなかった。助けられなかった。届かなかった。
死神とは本来、すべての魂に平等に接しなければならない。その点では、今の冬獅郎は隊長どころか、死神としても失格だ。だが、それでもいい。今の自分はただ、あの幼馴染の少女を護りたい。
やがて、空中を駆けていた冬獅郎の眼下に天羽奏が纏っているスーツとよく似たものを纏った、少女を確認した冬獅郎は、
「縛道の六十二―――”百歩欄干”」
一瞬の迷いもなく、ノイズ目掛けて鬼道を放っていた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
一方、奏と翼も響が発する光を現場の近くで確認していた。
『奏、翼。聞こえるか?』
「旦那、あの光は一体何だい?」
『こちらも反応を確認した、信じられないことだがあそこから感知されているのはアウフヴァッヘン波形だ!』
「なっ、では、あそこには聖遺物が!」
通信機から聞こえてくる源十郎の声に翼と奏は信じられないという表情で光を睨む。アウフヴァッヘン波形とはシンフォギアの核になっている聖遺物が起動した際に発生するエネルギー波形、すなわちあそこにはシンフォギアが存在するということ。自分たちしか持っていないはずのシンフォギアが。
『しかも、この反応は奏と同じガングニールだ!』
「はぁっ!!?」
源十郎の言葉に更に困惑する、奏。当然だ、ガングニールは現在、奏のもとにあるのだから。
『とにかく急いでほしい、その反応の正体を突き止めてほしい。さらに言えば、その近くのノイズの反応が次々と消滅している』
「ッ!司令、それはつまり……!!」
「あそこには『死神』もいるってことか……!!」
『あぁ!!』
「奏、飛ばすわよ!!」
「おうっ!!」
翼はバイクのスピードをさらに上げ、奏は振り落とされないようにその背中にしがみつく。やがて、ノイズが視認できる場所になり、二人は歌を口にする。
「Croitzal ronzell Gungnir zizzl―――」
「Imyuteus amenohabakiri tron―――」
橙と蒼の光が二人を掴み、響と同じようにその姿を変える。そして、バイクを降りた二人が見たのは氷を放つ刀を振るう銀髪の少年と、十歳くらいの少女を護るように拳を振るう高校生くらいの少女。
(あの娘、まさかあのときの……!?)
奏はその少女の顔立ちにかつて、自分のせいで大ゲガを追わせてしまった少女の面影を重ね、ことの顛末を悟り、奥歯を噛みしめる。だが、今は一刻もノイズを倒さなければと現れた槍を振るう。
翼も刀を振るい、気づけば三人の距離はかなり近くなっていた。そして、二人は気づいた。『死神』が―――冬獅郎がいつもつけている仮面をつけていないことに。
そして、その顔を見た二人は手を止めてしまう。その幼い身長には似合わない、凛々しい顔立ちで刃を振るう氷のような戦士の姿に一瞬見惚れてしまったのだ。
「破道の四―――”白雷”」
だが、彼が指先からはなった光線が自分たちの隣を通ったことで我に返り光線が放たれた背後を振り向くと、そこには体に穴の空いたノイズがおり、そのまま消滅していく。
「戦闘中になにしてる」
「ッ!!」
瞬歩で二人に近づいた冬獅郎はそれだけ口にしてそのまま次のノイズを斬りにいく。
「奏ッ!」
「わかってる!」
冬獅郎に注意された二人もそれぞれに武器を持ち、ノイズを倒していく。
だが、ノイズの数はなかなか減らず次々とおそいかかってくる。
「きりがない……!!」
その異常な多さに翼が苛立ったように、呟く。冬獅郎も同感だが、下手に氷輪丸の力を使って響達を巻き込むわけには行かないと力を抑えている。
(仕方ねぇ……。)
「おい、天羽、風鳴」
「なんだい?」
『死神』に始めて向こうから声をかけられ、一瞬驚くがすぐに落ち着いて奏が聞き返す。
「今からノイズを一掃するためにデカイ技を使う、あそこにいる二人が巻き込まれねぇようにあいつらを護って欲しい」
「「…………。」」
二人は『死神』が自分たちのことを頼ったことに驚き目を見開くが、冬獅郎はこう言って続ける。
「こんなことを頼みたくはねぇし、頼める義理もねぇのは承知してるつもりだ……だが、頼む」
二人はその言葉に冬獅郎が真剣に自分たちを頼っているのだと、理解した。そして、奏は笑みを浮かべて答えた。
「……いいよ、引き受けてやる。ただし、」
「?」
「あんたの名前、教えてよ」
その戦場ににつかわしくない相棒の言葉に翼は呆れながらも、奏らしいと彼女と似たような笑みを浮かべる。
「冬獅郎……日番谷冬獅郎だ」
「冬獅郎か……よっし、冬獅郎あの娘達のことは任せな!いこう、翼!」
「えぇ!」
満足した顔で響と少女のもとへ向かう奏と、それについていく翼の背中を見送り冬獅郎は自身の霊圧を高める。
「はああぁぁぁぁぁぁあぁぁ!!」
氷輪丸を振り上げ、その一撃を放つ。
「―――”霜天に坐せ”!!!!”氷輪丸”!!!」
氷の斬撃が竜となり、ノイズ達を凍らせながら蛇行しながら縦横無尽に駆け回る。そして、氷の竜が最後のノイズを喰らい尽くすと冬獅郎はゆっくりと氷輪丸を鞘に収めていく。そして、鯉口と鍔がぶつかり合うカチンという音が響くと同時にノイズを閉じ込めていた氷がノイズごとくだけ、あたりには氷の欠片が散るのみとなった。
「綺麗……。」
少女がふと漏らした言葉はその場にいる全員の言葉の代弁だった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「おかあさ〜ん!!」
「無事だったのね!良かった……!!」
ノイズを無事駆逐したのち、冬獅郎と響は自分たちが助けた少女があとからやってきた黒服の集団の一人につれてこられた女性に抱きつくのを少し離れたところで見ていた。どうやら、母親と無事に再会できたらしい。
そのあと、母親が黒服の男と二言三言話しあとどこかへ案内され去っていく。
「ありがとう、お姉ちゃん!それに、小さいお兄ちゃんも!」
そういって、少女は去っていった。
「小さい……。」
「シロちゃん、抑えて!」
禁句を言われ、眉間に青筋を作る冬獅郎を必死に響がなだめる。
二人は近くにあった木箱に移動し、腰掛ける。
「「…………。」」
しかし、お互いに何も言葉ははっしない。お互いがお互い、何を話したらいいのかわからないからである。
「あの、温かいもの、どうぞ」
その二人の静寂を破ったのは藍色の制服を来た一人の女性だった。その両手には紙コップが握られていてそこからは湯気が出ていた。
「あっ、ありがとうございます」
響はなんの疑いもなく、それを受け取り火傷しないようにちびちびと飲み始める。
「貴方も、どうぞ」
「悪いが、信用してない相手からの施しを受けるつもりはねぇ」
「シロちゃん、言い方!」
幼馴染の無遠慮な言い方に響は叱りつけるように言うが、冬獅郎は彼らを警戒しており響が元の姿に戻ったのに対し彼は未だに死覇装の姿のままだ。
「相変わらず、容赦ないな。冬獅郎は」
冬獅郎は顔をしかめながら、先程名前を名乗ったばかりだというのに無遠慮にファーストネームを呼ぶ人間を睨む。そう、奏だ。その隣には翼もいる。
「えと、ありがとうございました!実は奏さんたちに助けてもらったのは、二回目なんです!!」
「二回目、やっぱり二年前のあの娘か……。」
「二年前ってあのときの……。」
響はあこがれの人を目の当たりにし、木箱から飛び上がり礼の言葉を述べる。そして、奏は自分が思っていたことが確信に変わり、翼も奏と同じ結論に至る。
「うん、あんたのことも色々聞きたいけど。今は、」
奏は響からその隣に座る、冬獅郎に視線を移し。自分の顔を冬獅郎の目の前まで近づけて、まじまじと見つめる。文字通り、目と鼻の先にまで顔を近づけられても冬獅郎の目線は厳しいままだが、奏は嬉しさからか目が子供のように輝いているのがよくわかった。
「へぇ、これがあんたの素顔か……結構可愛い顔してんじゃん」
「…………。」
「かっ、奏さんっ、近すぎですッ!!」
しかし、顔を真っ赤にした響によって二人は引き剥がされる。さらに、響は冬獅郎の前に立ち奏を威嚇するように冬獅郎との間を手で遮る。まるで犬猫が対峙しているようにも見えた。
「ふ〜ん、なるほどねぇ」
奏はその響の反応で響が冬獅郎にどういう感情を抱いているのかを察した。というか、その場にいる全員はだいたい理解できた。
「立花、そろそろ帰るぞ。小日向が心配する」
「申し訳ありませんが、貴方方をこのまま返すわけには行きません」
冬獅郎は付き合ってられるか、響の手を引いてその場をさろうとするが、その道を黒服の集団に遮られる。その中でリーダー格のような男性が前に出て二人の前に立つ。
「貴方方には聞きたいことが色々ありますので、我々の本部にご同行願えますか?」
「断る、といったら?」
冬獅郎は氷輪丸の柄に手を置き、いつでも抜剣できるように準備をしながら黒服の集団目掛けて殺気を飛ばす。黒服たちは咄嗟に、胸元の拳銃を取り出すが―――引き金を引くよりも早く、銃身が真っ二つになってカラカラと地面に落ちる。
「「「「ッ!!!!?」」」」
「そんなもんじゃ、俺は殺せねぇぞ」
視線を上げると、そこには氷輪丸を抜身にした冬獅郎の姿があった。
「テメェらがそこをどかねぇならそれでもいい。俺が押し通るだけだ」
「待ってくれ」
「落ち着いてくれよ、冬獅郎」
冬獅郎が響の手を引いて黒服たちを突っ切ろうとしたとき、翼と奏が黒服たちの前に立ち冬獅郎に話しかける。
「前から言っているが、私達は貴方と足並みを揃えたいだけだ。さらに言えば、彼女が使ったあの力についてなら、こちらの技術者が調べてくれる」
「少しでもあたしたちを信頼してくれてるなら、ついてきてほしい」
「…………。」
翼と奏は先程の戦いから、冬獅郎が自分たちを頼ったのは多少なれど自分たちを信用しているのだと考え、そこに訴えかけることにした。冬獅郎は片手を氷輪丸から片手を離し、考える素振りを見せる。
「シロちゃん、ついていってみようよ」
「立花……。」
「私、知りたいんだ。私が使ったあの力のこととか、シロちゃんの力のこととか」
「お前、知ってたのか……ッ!?」
「うん、二年前から……シロちゃんが隠したがってるみたいだったから、聞かなかったけど」
「ッ……!」
一番隠していたかった相手に力のことをバレていたことを知り、冬獅郎は隠したつもりでいた自分が馬鹿らしくなってくる。そして、響の言葉が決め手となった。冬獅郎は氷輪丸を鞘に収めた。
「……いいだろう、ついていってやる」
冬獅郎の了承の言葉に黒服たちからホッと言う声が聞こえてくる。どうやら、一触即発の状況だけはなんとか回避することができたようだ。だが、冬獅郎の次の言葉に再び肝を冷やす。
「だが、覚えとけ。こいつに手荒な真似をしたら―――俺はテメェらを斬るぜ……!!」
「「「「「ッ!!!?」」」」」
確かな殺気を孕んだ、冬獅郎の低い言葉。体感温度が一気に下がり全員が身震いする。これがハッタリや虚勢のたぐいでないことはこの場の誰もが理解できた。
(これは手錠をかけたりしたら容赦なく斬られますね)
二課のエージェントの中で指折りの実力を持つ、緒川慎二は自分と冬獅郎の実力の差を肌で感じ、手錠での拘束を断念し、車に案内した。
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特異災害対策機動部二課
「で、なんでリディアンに来たんだ?」
冬獅郎たちは黒服たちの案内で職員が誰もいなくなった暗いリディアンの廊下を歩いていた。冬獅郎は死神なので夜目がきくが響はそうも行かないので前を歩いて先導する。
「もうすぐ分かるよ、さっ、ここだ」
奏の視線の先には、巨大な金属製の横扉があった。
「エレベーター?」
「……地下か」
「正解です」
その巨大な横扉がスライドし、中から飛び込んでくる光に響と冬獅郎は目を抑える。闇に慣れていた目には少しばかり刺激が強かったらしい。
黒服達と、冬獅郎、響、奏、翼がエレベーターに乗り込む。そして、緒川が持っていた端末を装飾のような部分にかざすと、何かの認証をしたようにピーンという音が響き、扉が閉まり更に壁際から金属製の取っ手のようなものが現れる。
「ちゃんと掴まってたほうがいいぞ、ふたりとも」
「はい?」
奏の注意に二人は疑問符を浮かべる。だが、その答えは、すぐに訪れた。
通常のエレベーターではありえない速度で急激に下降を始めたのである。響は驚いて悲鳴を上げたが、冬獅郎はというと、
「……………。」
まさに直立不動だった。この程度の衝撃、死神時代に嫌というほど体験している。
響もやがて、なれてきたのかガラス張りのエレベーターの外を眺めている。
「……ゴメンな、響。こんなところに付き合わせちまって」
「え?」
不意に奏から発せられた言葉に、響は目を見開く。
「冬獅郎はともかく、一般人のあんたを巻き込んじまって」
「俺はともかくってどういうことだ」
「『死神』をここにつれてくるのはノイズを倒す次にここでの最重要事項でしたので」
「まじかよ……。」
冬獅郎は自分がそこまでマークされていたことで密かな驚きを見せる。やがて、エレベーターは目的地についたのかその重厚な扉を開く。
「「「「ようこそ、人類最後の砦、特異災害対策機動部二課へ!!」」」」
扉が開くと赤毛の巨漢の男性が最前列に立っていて、その後ろには制服姿の男女がクラッカーやらドンドンパフパフとなるパーティグッズのラッパに、並べられたテーブルには豪華な食事の数々、さらには新装開店のような花飾りが並んでおり、なぜか目に墨入っていないダルマまである。なぜあるのか響は気になった。
そして、極めつけは垂れ幕に書かれた『熱烈歓迎!立花響様☆日番谷冬獅郎様☆』という文字。
それを見た冬獅郎は、体を百八十度回転させて自分が乗ってきたエレベーターの中に戻ろうとした。
「「待て待て待て!!」」
その肩を左右から奏と翼に掴まれ引き止められる。
「離せ、天羽、風鳴。俺はこんな茶番に付きあうためにテメェ等についてきたわけじゃねぇ」
「気持ちはわかる、気持ちはわかるが!もう少し抑えてくれ!」
話が始まる前からブチ切れる寸前という最悪な状態から、話し合いがスタートしようとしていた。
「ハハハ、どうやら我々の歓迎は気に入ってもらえなかったようだな」
「当たり前だ」
白いシルクハットを脱いだ巨漢の男―――風鳴弦十郎の苦笑しながらの言葉に冬獅郎はイライラした様子でそう答える。
(なるほど、全く隙がない。隣の彼女に危害を加えようとすれば一瞬のもとに斬り捨てられるだろう)
(こいつ、下手したら茶渡と互角レベルか?霊力を使わずに人間がこのレベルに至るとはな)
弦十郎と冬獅郎は互いにスキを見せず、お互いの力量を分析する。
「あの〜……。」
冬獅郎と弦十郎が睨み合っていると、響が遠慮気味に手を上げて話に入ってくる。
「おっと、済まない。自己紹介がまだだったな、俺は風鳴弦十郎。ここの責任者をしている」
「そして、私はできる女と評判の桜井了子よ」
弦十郎の隣で白衣の女性が名乗り、二人に向かってウィンクする。響は緊張した様子だが、冬獅郎は常に圧を発しており、不機嫌さを隠そうともしていない。
「君たちをここに呼んだのはほかでもない。協力を要請したいことがあるのだ」
「協力って……。」
「俺とお前の力についてだろう」
「あっ!」
冬獅郎の言葉で脳裏に自分の体に起きた異変を思い出す。ノイズを倒せる圧倒的ななにかの力、そして、隣で今も黒い袴姿で立つ幼馴染の少年の力。
「―――教えて下さい。アレは一体何なんですか?」
問いかけると、了子と弦十郎はアイコンタクトで頷きあい、口を開く。
「貴方の質問に答えるためにも、二つばかりお願いがあるの。最初の一つは今日のことを誰にも内緒。」
これに関しては当然と言えるだろう。見たところここは秘密機関、その内容を外部に持ち出すのはリスクが出るということだろう。さらに言えば、説明する術自体ない。
「もう一つは……。」
「……………。」
「取り敢えず脱いでもらいましょうか?」
「………え?」
妙に艶めかしくつぶやかれた言葉に響の頬を紅潮していく。そして、その隣の冬獅郎は、
「………(カチャ)」
今まさに氷輪丸を抜こうとしていた。それに気づいた奏が慌てて冬獅郎を背負じめにする。
「落ち着け、冬獅郎!」
「離せ、天羽!もう我慢の限界だ、その痴女たたっきってやる!」
「落ち着けって、ただの検査!ただの検査なんだって!!」
その後、癇癪を起こした冬獅郎をなだめるため数人のエージェントが冬獅郎にふっとばされ、尊い犠牲となった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
本当にただの検査が終わった響が司令室に戻ってくると、了子は視線を冬獅朗に向ける。
「さて、響ちゃんの検査が終わったところで、結果は明日またここに来てもらえばわかるわ。できれば冬獅朗くんにも検査を受けてもらいたいんだけど」
「何度も言わせんな、俺はテメェらを信用してねぇ。それに自分の力は自分で説明できる」
「できれば、その力について教えてもらえないか?」
弦十郎達は冬獅朗の力のことをどうしても知りたい。なにせ、シンフォギア以外で唯一ノイズを倒せる方法を持っている少年だ。もしその力が自分たちでも使えるものなら、知りたくないほうがおかしい。
「……………。」
ふと、響の方を見てみると響も覚悟を決めた表情でこちらを見ている。どんな、内容だろうと受け入れる覚悟があるのだろう。冬獅郎はふぅとため息を吐いて、言葉を放った。
「俺は、死神だ」
「「「「「…………。」」」」」
冬獅郎の口から出た言葉に全員がズッコケそうになる。
「いや、君が『死神』だってことは承知しているが」
「それはテメェらが勝手につけた通り名だろう。俺が言ってるのは正真正銘の意味の死神だ」
「―――それはつまり、君は本物の死神と言いたいのか?」
「そういったつもりだ」
冬獅郎は語りだした。こことは違う世界、魂を管理するバランサーの存在を。
―――死神。現世に存在している整と呼ばれる善なる魂を、尸魂界に魂葬し、虚と呼ばれる悪霊を斬り、その罪を浄化するのが主な仕事だ。死神たちは護廷十三隊と呼ばれる組織に所属しており、十三の隊によって現世と尸魂界の魂のバランスを支えている。
「―――だが、俺はとある戦いで寿命を縮め気づけば人間としてこの世界で新しい生を得ていた。それが今の俺だ。なんで、ノイズを霊力で倒せるのかはしらねぇがな」
「「「「「「……………。」」」」」」
冬獅郎の口から死神と尸魂界の基本的な情報を聞かされた二課のメンバーと響は驚愕で表情を固める。まさか、自分たちが『死神』と称していた相手がまさか本物の死神とは、思っても見なかった。
「死神、尸魂界、虚……俄には信じられないことばかりだが」
「別に信じてほしいとは思ってねぇ」
「いや、信じよう。君のあの卓越した力を見るとな、寧ろ腑に落ちる」
弦十郎の言葉に奏と翼、二課のエージェントたちが心のなかで同意する。今までの行動、人間には不可能な技の数々、元が人間ではないならそれも納得がいくということなのだろう。
「そうかよ。俺は話せることは全部話した、今日は帰らせてもらうぜ」
「待ってほしい、最後に一つだけ聞きたい」
「なんだ?」
「君は護廷十三隊でどれほどの実力を持っていたんだ?」
それはこの場にいる誰もが興味をいだいていた。アレだけの実力を持ち、なおかつ冷静に戦える実力者。冬獅郎が尸魂界に追いてどれほどの地位にいたのかは、響を含め皆気になるところであった。
「俺は―――数百年の間。護廷十三隊、十番隊隊長だった」
「ッ!?」
「十番隊……隊長……!!」
「数百年って……!?」
「死神は人間より長寿だ、おまけに俺はかなり若いときから隊長にされたからな」
冬獅郎の返答にその場の全員が息を呑む。『隊長』、それはつまり護廷十三隊に十三にしかいない最高指揮官の一人であり、尸魂界における最強戦力の一人。その一人に若くして数えられ、数百年もの間その立場を守り続けた。
「いくぞ、立花」
「うっ、うん……!!」
二課のメンバーはエレベーターに向かって歩いていく、小さな背中を眺めていた。彼が力を持つ理由、その一端を目の当たりにした瞬間だった。
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夜空の下で
「「……………。」」
冬獅郎と響はバイクに乗って冬獅郎の家に向かっていた。彼のバイクは二課の人間が既に回収していたらしく、そこに乗っていた響達の荷物も無事だった。弦十郎が響の名前を知っていたのは彼女の荷物から名前を割り出したからであった。
なぜ、冬獅郎だけでなく現在リディアンの学寮で未来とルームシェアをしている響が冬獅郎の家に向かっているのか、何故二人の表情が浮かないのか―――その理由は響の手に握られている冬獅郎のスマホの画面に映るメッセージにあった。
「ヤバイよね……?」
「………だろうな」
そのスマホのメッセージには小日向未来からのメッセージでこう書かれていた。
『貴方の家で待っています、響もちゃんと連れてきてね』
傍から見れば完全に病んでる恋人のメッセージだ。二人は知っている、このメッセージの意味は相当キレている合図だということに。
何故、未来が冬獅郎の家に上がれるのか、それは二年前の一件で響が道端で襲われたりしないように一時的に冬獅郎の家に響が生活していた時期があるからだ。そもそも冬獅郎がいる時点で、そこ以上に安全な場所などない。その響を心配して、未来も何度か泊まりに来ており、もともと広かった冬獅郎の家には未来と響の自室があるほどだ。
響達の両親もいっそ、寮ではなく冬獅郎の家に居候すればいいのではと提案したが、本人たちも乗り気だったが、そこは流石に男の抵抗というか、冬獅郎が断固拒否したがふたりとも鍵は持っているので自由に出入りできる。帰れば間違いなく、怒ると怖い幼馴染の説教が待っている。
「…………。」
だが、響の顔が暗いのはそれだけが理由ではない。二課で冬獅郎が語った自身の正体。数百年もの間、一つの世界を支えた死神。今まで身近に感じていた、幼馴染の存在がずっと遠いものに感じてしまった。
「立花」
「……なに?」
「お前が何を考えてんのかはだいたい察しが付く、長い付き合いだからな」
「……シロちゃんからしたら、一瞬じゃないの?数百年生きてるんでしょ?」
「……たしかに俺の前世は死神で長い時間を生きてきた。今までお前にそのことを隠して騙し続けてきた、そのことを否定するつもりはない。だけどな、」
冬獅郎は意を決したように響に自分の胸の内を吐き出す。
「お前らといられた時間は本当に楽しいと思えた、それこそ
「っ!………うん」
冬獅郎の口から発せれた本心に響は自分の考えを恥じる。自分たちのことを本当に大事に思っていくれている、彼のことをちゃんと見ていなかったと。その事に気づき、彼の腰に回していた腕の力を強めた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「相変わらず、大きいよね。シロちゃんのお家」
「でかすぎて落ち着かねぇよ」
二人の目の前にそびえ立つ、巨大な武家屋敷。ここが現在の冬獅郎の家、どうやら何代か前の彼の先祖がかなりの資産家でその名残としてこのやたらデカイ屋敷が残されているらしい。彼が天涯孤独のみになっても普通に生活できるのはそのお陰でもある。
冬獅郎が意を決して、横開きの戸を開くと、そこには玄関で仁王立ちする黒髪の少女小日向未来が冬獅郎を見下ろしていた。
「お帰り、シロちゃん、響。それで?こんな時間までなにしてたのかな〜?」
冬獅郎は久しぶりに、冷や汗をかいた気がした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ふ〜ん、ノイズから逃げたときに落としたかばんを探してて遅くなった、ねぇ?」
「う、うん……。」
居間に移動した冬獅郎と響は、未来に正座させられこんな時間まで何していたのかを問い詰められていた。流石に二課のことや、ノイズと戦ったことについて正直に話すわけには行かないのでバイクに乗っているときに打ち合わした内容を話していた。
「シロちゃん、ほんと?」
「あぁ」
「でも、なんで響はこんなドロドロなの?」
「逃げてる途中で俺とはぐれてな、そのときノイズから逃げるために水路に落ちたらしい」
一応、二人の言い分は筋が通っている。だが、まだ少し納得していない様子の未来、だが、やがて、はぁとため息を吐くとさっきまでの険しい表情ではなくどこか困ったような表情で二人を見る。
「二人が無事だったのは良かったけど、もう少し早く連絡してよ。こっちだって、心配するんだから」
「……すまねぇ」
「ごめんね、未来」
「ふぅ、それじゃお説教はお終い。今日はもう夜遅いし、私達泊まってもいいよねシロちゃん?」
「あぁ」
幼馴染とはいえ、年頃の少女を二人も泊めるあたり冬獅郎もなかなか……。
「それじゃ、響。取り敢えず、お風呂入ろ!」
「うん、もうベタベタで気持ち悪かったんだぁ〜」
そういって、ドタドタと風呂まで走っていく二人の幼馴染。年頃(肉体年齢)の少年をおいて、そんなことをするあたり、信頼されてると喜ぶべきか、貞操観念がしっかりしてないと叱るべきか。
「あっ、シロちゃん?」
「ん?」
廊下の戸から戻ってきた未来が顔を出す、念のために釘を差しに来たのかと冬獅郎は思ったが、
「覗いてもいいけど、責任とってね♪」
そういって、未来は走り去っていった。
「どんな、釘の差し方だ!?」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ふあぁ〜……。」
風呂に入り、冬獅郎と未来が作った夕食を食べた響は寝床についたのはいいものの先程までの興奮のせいか寝付けず、台所で水を貰いに行こうとしていた。
「あれ?」
その途中、居間の扉が開いているのに気づき中を覗いてみると居間と隣接した縁側に座って空に浮かぶ三日月を眺める冬獅郎の姿があった。冬獅郎は響の気配に気づき振り返る。
「眠れないのか、立花?」
「う、うん」
響はなんとなく、冬獅郎の隣に座る。すると、冬獅郎は何度か口ごもる仕草を見せるも、意を決したように口を開いた。
「……立花、お前。ノイズと戦う覚悟はあるか?」
「え?」
冬獅郎が突如発した言葉の意味がわからず、驚きの声を出す。冬獅郎は、響にもわかるようその言葉の意味を説明する。
「あいつら、特異災害対策機動部二課とかいったな、あいつらは多分、お前にノイズを倒せる力があるとわかればお前にノイズを倒すための協力を要請してくるはずだ。あいつらは強制はしないだろうが、その上の連中は何を言い出すかわからない」
「……よくそんなことわかるね」
「これでも尸魂界では隊長だったからな、そういう話は何度も耳にしたことがある」
「なるほど……。シロちゃんは、どうしたらいいと思う?」
「俺は―――お前のやりたいことを支えるつもりだ」
響は心優しい少女だ、そんなことを頼まれれば引き受けようとするのは目に見えていた。
「そもそも俺にはお前の行動を強制する権利なんてねぇしな、だけど、お前が戦うって言うなら俺は隣で戦うし、お前が戦いたくないって言うのなら、俺はお前をアイツラから護る」
冬獅郎はふぅと一度息を整えると、口にした。
「多分、二度と言わないからよく覚えておけ。お前が例えどんな選択をしたとしても―――俺はお前の味方だ」
冬獅郎は真っ直ぐな瞳で空を見上げながら、響にそう告げた。そのときの彼の横顔は、落ち着いた表情だったがその言葉は今まで彼が発したどの言葉よりも温かかった。
「うんっ……!」
その涙が出そうになるほど、温かい言葉に響が頷くと、冬獅郎は縁側から立ち上がる。
「そろそろ、寝るか。お前も明日は学校だろう」
「シロちゃんだってそうでしょ?」
「悪いが、俺の学校は明日開校記念日で休みだ」
「えぇっ、なにそれズルい!」
「ズルくはねぇだろ、お前らの学校だってそのうち開校記念日になるんだから」
そんな何気ない会話をしていると、月の光に照らされて二人の背後にゆらりと影が映る。背筋が凍るような感覚に二人が振り返ると、
「ふ〜た〜り〜と〜も〜、何してるのかな?」
「みっ、未来……!?」
「小日向!?」
そこには般若のような顔をした、未来が立っていた。その気迫には冬獅郎ですら、
未来は一度にっこり笑うと、
「さっさと寝なさい!!!」
「あ、ああ……。」
「はい……。」
二人を叱りつけるように怒鳴り、二人は完全に萎縮し、それぞれの寝床に戻った。
どうしよう、ハーレムのつもりが完全に響メインじゃねえか……いけない!これはいけないぞ!!
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DEATH&WING 1
―――午前五時。冬獅郎は庭の離れにある道場で木刀を振っていた。
姿は道着であり、かれこれ一時間以上も剣を振っている。
(まだだ、まだ、全盛期の俺には遠く及ばない……ッ!!)
冬獅郎は転生時、霊圧こそ全盛期のままだが肉体的な技術は全盛期には到底及ばないものだった。この数年で実力を取り戻したが、それは全盛期に比べれば五割に届くかどうかだ。
冬獅郎は長年の勘で、近いうちにより力が必要になるということを感じていた。
(今度こそ、護り抜かなきゃならねぇ……!!)
だからこそ、冬獅郎はこうして地道に戦いの勘を取り戻そうとしているのだ。これを記憶の整理がついてから毎日している。冬獅郎の卓越した斬術はこれが基盤となっている。
「……ふぅ」
やがて、今日の分のノルマを終えそろそろ起きてくるであろう幼なじみたちが起きないうちに一風呂浴びるために浴場に向かった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「それじゃ、行ってくるね。シロちゃん」
「あぁ」
響達の登校時間になり、今日が開校記念日で休みの冬獅郎は玄関先で二人を見送っていた。冬獅郎は二つの小さな小包を二人に渡す。
「ほら、弁当。忘れんなよ」
「ありがと、シロちゃん!」
冬獅郎はそれなりに料理ができる。なにせ、一人暮らしになる前から祖母に迷惑をかけなように家事全般はこなせるようにしていた。
「響、そろそろ行かないと遅刻しちゃうよ!」
「うん、今行くー!……それじゃ、シロちゃん後でね」
「ああ」
先に出ていた未来に呼ばれ、響は小声で冬獅郎にそういって外に駆け出していった。冬獅郎と響は、彼女の学校が終わったあと、昨日の二課の本部で合流することになっていた。
「「行ってきます!」」
「……あぁ、行ってらっしゃい」
二人を見送り、しばらく玄関に立ち尽くしていた冬獅郎だったが。二人の気配がかなり離れたのを確認し、玄関を出て家の曲がり角に視線を向ける。
「それで、いつまで隠れてるつもりだ。天羽奏」
「ははっ、バレてたか」
そこに隠れていたのはサングラスと帽子をかぶって素顔を隠した、ツヴァイウィングの片翼天羽奏が困ったような顔で立っていた。
「なんでここにいる?」
「帰り際に明日迎えに行くって伝えたろ?それで弦十郎の旦那に頼んであたしがその役目を任してもらったのさ」
「約束の時間までまだかなり時間があるはずだが?」
冬獅郎の言葉に奏は答えない。冬獅郎は困ったように頭をかくと、玄関に戻り。
「上がれ、
そういって、冬獅郎は奏を家に上げた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「茶だ」
「こりゃどうも、隣のこれは……甘納豆か?」
「嫌いなら食わないでいい、俺が食う」
冬獅郎は縁側に案内した奏の隣に盆に乗せて持ってきた茶と甘納豆が乗った小鉢を置く。
冬獅郎は尸魂界にいたときから甘納豆が大の好物である。故に、常に切らさないように心がけているのだ。奏は出された茶を一口すすると「……うまい」と小声で漏らし、自分の隣に腰掛けた冬獅郎に視線を向けてここに来た用件を告げる。
「冬獅郎、お前。響の力の原因に心当たりがあるんだろう?」
「……あのとき、アイツの胸に刺さったお前の槍の破片だろう」
「だよな……。」
二年前、響が大怪我を追った原因。ノイズとの戦いで砕けた奏の槍の欠片、響があの力を使えた原因は間違いなくそこにある。冬獅郎はその事をわかっていた。
「…………。」
奏は目を瞑って、冬獅郎の次の言葉を待っている。もしかしたら、軽蔑されるかもしれないと、自分の不注意で彼女に怪我をさせ、今まさに戦いに巻き込もうとしているのだから。だが、冬獅郎の口から出た言葉は奏にとって意外なものだった。
「―――お前達には一度礼を言おうと思っていた」
冬獅郎は縁側の縁から放り出していた足を正座に直し、綺麗に手をついて奏に頭を下げる。いきなり、頭を下げられた奏は一瞬わけがわからない表情になる。当然だ、自分が礼を言おうと思っていた矢先に自分がその相手から頭を下げられたのだから。
「おっ、おいっ!?」
「二年前、俺はアイツが傷ついた瞬間に側にいてやれなかった。もし、お前たちがいなかったら、俺は間に合わなかっただろう」
「…………言わないでくれよ、そもそもあたしがもっとしっかりしていたら響の怪我は」
「命には変えられない。それにアイツに聞いた、お前が死にかけたアイツに言ってくれた、『生きるのを諦めるな』という言葉、アレがなかったら俺は本当に間に合わなかっただろう。その言葉がアイツの魂をこの世界に繋げてくれた」
「俺が着くまで、立花を護ってくれて……ありがとう」
冬獅郎が今まで自分たちにしたことのない、混じり気なしの感謝の言葉。
(な、なんか照れるな……。)
まさか礼を言おうと思ってきた相手にこんなにストレートな感謝の言葉を述べられるとは思っていなかった奏はなんとも言えない表情を浮かべる。だが、自分にも言うべきことがあることを思い出し同じように正座で向き合う。
「―――こちらこそ、あのとき私を止めてくれてありがとう」
「?」
「あっ、そっか……わかるわけないよな。―――あたしさ、あのとき死ぬつもりだったんだ。ノイズを道連れに」
「…………。」
「あたしたちには『絶唱』っていう、捨て身の技があるんだけどさ。翼はともかく、あたしが使ったら間違いなく死ぬ代物だ。アタシはそれを使おうとした、だけど、あのとき冬獅郎が飛んできて。ノイズを倒してくれたお陰で私はそれを歌わずにすんだ」
「…………。」
冬獅郎は奏の言葉にただ耳を傾ける。その表情は氷のように落ち着いている。
「使おうとしたときはそうでもなかったけど、あの事件の後いつもは落ち着いてる翼がわんわん泣くの見てさ……『あぁ、使わなくてよかったな』って、思った。だから、あのときのアタシを止めてくれた冬獅郎にはずっと礼が言いたかったんだ」
奏は冬獅郎と同じように指を床につけて、綺麗に頭を下げる。それを受けた冬獅郎は、
「……お前の覚悟を否定するつもりはない、俺の先輩に当たる隊長も似たようなことをして死んだ奴がいる」
「…………。」
冬獅郎の口から漏れる『死』という言葉の重み。高々、二十年しか生きていない、自分と数百年生きてきた彼、
「だがな、これも俺の先輩の言葉だが―――『命を捨てて振るう刃に護れるものなどない』らしい」
「ッ……!?」
「―――見誤るなよ、天羽奏。人類を救う?そんなものは聞こえのいいただの建前だ―――大事なのは誰と一緒に生きたいがために戦うか、だ。少なくとも、今の俺はそうやって戦っている」
氷のような鋭い眼光で奏を睨みつけ、淡々と語る冬獅郎。
冬獅郎は知っている、仲間を護る。それだけのために戦い、自分等より遥か高みに至った男の存在を。彼の存在が、意思の強さの証明とも言えた。
「―――だがあくまでこれは俺の持論だ。気に入らなければ、年寄りの戯言とでも思え」
「……ぷっ、年寄りって……!確かにその通りだろうけどさ。」
再び縁側の縁に足を放り出した座り方に直った冬獅郎のジョーク交じりの言葉に、先程の緊迫した空気から一転、笑みを零した。
そのあと、しばらく甘納豆をつまみながら茶をすすったあとで奏が切り出す。
「そういや、冬獅郎。あんた、アタシの体になんかした?」
「どういう意味だ?」
「あたしは翼みたいになんのリスクもなしにあの力、『シンフォギア』を使えないんだ。LINKERって薬で無理やり使えるようにしてるから、その反動がひどいんだけど」
奏は自分の胸に触れながら冬獅郎に問いかける。
「あのライブの日からかな、『死神』と接触すると、妙に体調がいいし、LINKERの副作用も殆ど出ないんだ」
冬獅郎はしばらく顎に手を当て心当たりを探す。
「……おそらくだが、俺の霊圧に触れてお前の魂と肉体に変化が現れたんだろう」
「どういうこと?」
「霊圧が高い存在が近くにいると、人間にも稀に特殊な力を持つ事がある。俺も気をつけて霊圧は基本抑えているんだがな、あのときは俺も感情が逸って霊圧操作を誤った。影響が出たとすればそれだろう。アレが原因でお前は俺の霊圧に反応して、その劇薬とやらの毒性を中和する能力を得たんだろう」
冬獅郎の頭には、先の青年に影響を受け、特殊な力を得た彼の友人の姿が思い浮かんだ。
「へぇ〜、そいつはありがたいや。要するに冬獅郎のそばにいればアタシはほぼ翼と同じ状態で戦えるってわけだ」
奏がそう言うと、冬獅郎は縁側からおり死神の姿に変わる。
「ついでだ、もし俺がいなくてもその力が使えるよう。俺の霊力の一部をお前に渡しておこう」
「そんなことできんのか?」
冬獅郎は背負った、斬魄刀を抜いてその鋒を奏に向ける。いきなり刃を向けられ、驚く奏だったが、冬獅郎が説明を始める。
「この刀、死神たちの斬魄刀ってのはその死神の霊圧で形成されている。鋒を胸元に突きつけろ、本来なら腹に突き立てるんだが。量が量だ、そこまでする必要はない」
「わかった、胸元に向けりゃいいんだよな?」
奏は冬獅郎の言う通り氷輪丸の鋒を自身の胸元に突きつける。
「いくぜ」
「来いっ!」
冬獅郎が氷輪丸に霊圧を注ぐと、氷輪丸が淡い光を放ちそれが煙のように奏に流れていく。
「んっ……!んんぅ……。」
「おい……その声なんとかならねぇのか……。」
「しょっ、しょうがないだろっ……!なんかこれ、変な感じ……んっ!」
霊圧を注がれるという、不思議な感覚にやたら色っぽい声を上げる奏と、それを本気で困った表情をする冬獅郎。未来に見られたら―――冬獅郎の命はなかっただろう。
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My your protect
あっ、タイトルは適当です、なんかそれっぽくしたかったので。
「旦那ー、冬獅郎連れてきたよ」
「シロちゃん!!」
約束の時間となり、奏の案内で冬獅郎は再び二課の司令室にやってきていた。そこには既に翼と響がいた。今回冬獅郎は死覇装ではなく、人間の姿だ。
「なんで、奏さんと一緒にいるの?」
「こいつが俺を迎えに来たからだ」
「翼のバイクの後ろしか乗ったことなかったけど、冬獅郎が意外と運転上手いんだね」
「意外とってどういう意味だ?それはまさか身長からいってんのか?」
「…………。」
「目ぇそらしてんじゃねぇ!!」
「ごめん」
「謝んじゃねぇ!余計悲しくなるだろうが!!」
「―――シロちゃん」
冬獅郎が奏に詰め寄っていると、背後から強い力で肩を掴まれる。
「シロちゃん、奏さんをバイクに乗せたの?」
「あ、あぁ……。」
振り返り自分の方を掴む響の背後に冬獅郎は未来の姿を見た気がした。そして、響が言いたいのは自分の特等席を使われたことだけでない、冬獅郎と奏の身長差、その果てにあるものを言っているのである。もしも、霊圧を注いだときのことを知られたら間違いなくやられる、そう冬獅郎は本能的に思った。
「まぁまぁ、落ち着きなよ。響」
奏は冬獅郎から響を引き剥がし、その耳元で冬獅郎に聞こえないようにボソボソと呟くようになにかを響に耳打ちした、瞬間響の顔がゆでダコのように赤くなった。
「なにしてんだ、あいつら」
「日番谷さん、奏が迷惑をかけて申し訳ありません」
「別にテメェが謝ることじゃねぇよ」
話の内容が気になる冬獅郎だったが、話に割り込んではいけないと思いそうそうに離れていると翼が奏の非礼をわびた。彼女が敬語なのは彼が自分より優れた戦士であり、自分より遥かに修羅場を歩いたことのある存在だからだ。
「来てくれたか、その姿でいるということは少しは信頼してもらえたのかな冬獅郎君―――いや、日番谷殿と呼んだほうがいいかな」
今度は弦十郎が話しかけてくる、彼は昨日の話で冬獅郎が自分より年上だと知っている。故に相応の礼をするべきか迷っていた。
「必要ねぇ、俺はもう隊長じゃねぇんだからな。なにより、」
冬獅郎は鋭い視線で弦十郎を睨みつけながら重みのある言葉を放つ。
「ここの頭はテメェだろう、一番上にいるやつが俺みたいなやつにへりくだるんじゃねぇ」
「……流石に重みが違うな。わかった、君のことは冬獅郎君と呼ばせてもらう」
「好きにしろ」
「はいは〜い。いい感じにまとまったところで先日のメディカルチェックの「もう少し待ってくれ、了子くん」弦十郎くん?」
「―――冬獅郎君、話を始める前にもう一つ聞きたいことがある」
「…………。」
「君は何故、ノイズと戦っているんだ?」
昨日は彼が心を許していなかったがために聞くことができなかった、彼が戦う理由。一つは、わかりきっている立花響だ。彼女を護るために戦っている。だが、それだけなら彼女の周りにいるノイズだけを倒せばいいだけの話だ。他にもなにかの理由があると考えるべきだ。
冬獅郎は少し考える素振りを見せたあと、その言葉を口にした。
「―――死神としての最後の矜持ってところか」
「どういうことだい、冬獅郎?」
「俺は平等に魂に接することができない時点でもう死神としての資格はねぇ。だがな、そんな俺にもかつて隊長格だったことへの誇りがある。そして、俺は真央霊術院―――死神の学び舎でこう習った」
―――死神 皆 須らく 友と人間とを守り死すべし
「死神として人の命を守ることが正しい、それだけだ。俺なんかより、そいつの体のことだろうが」
顎で響をさしながら、冬獅郎は了子に話をただす。
「それじゃ、改めまして。初体験の負荷は若干残ってるものの、体に異常はほぼ見られませんでした〜」
了子は空中に映し出された響のバイタルデータの仮想ウィンドウを指差しながら結果を伝えた。
「ほぼ、ですか……」
「ん〜、そうね。あなた達が聞きたいのはこんなことじゃないわよね」
「回りくどい言い方はよせ」
そこから、了子はシンフォギアの説明に入った。奏と翼が取り出した二つのペンダントヘッド、あれが二人のまとうシンフォギアの核。この世界に現存している聖遺物の欠片を、了子の提唱した『櫻井理論』で残された僅かな力を増幅、開放することが可能となった。そのために必要なものが特定振幅の波動、すなわち『歌』なのである。
「なるほど、だから戦うたびになんか歌ってたのか」
「そう、歌の力で活性化した聖遺物を一度エネルギー還元して、鎧の形で再構成したものが奏ちゃんや翼ちゃん、そして響ちゃんが身に纏うアンチノイズプロテクター―――【シンフォギア】なの」
「そして、それを使いこなせる僅かな人間、それを我々は【適合者】とよんでいて。それが翼であり、奏であり、君なわけだ」
「は、はぁ・・・」
「よく解らんって。顔に書いてあるな」
「あはは……すみません、全然わからないです」
「こいつに理論を叩き込もうなんてコト自体間違いだ。こいつ成績そんなに良くねぇぞ」
「シロちゃん、酷いよ!」
「毎週、テメェに勉強教えさせられる俺の身にもなれ!!」
毎週の週末、成績がそんなに良くない響に勉強を教えさせられる冬獅郎。休みくらいゆっくりしたいのである。
「でも、私はその聖遺物というものを持ってないんですけど……」
響はシンフォギアの核となる聖遺物を持っていない、なのに何故その力を使えるのか。答えは、了子が映し出した響のレントゲン写真にある。そして、胸元心臓近くにある小さな鋭利な破片。
「これがなんなのか、君たちにはわかるはずだ」
「は、はい。二年前の怪我です」
「心臓付近に複雑に食い込んでいるため手術でも摘出不可な無数の破片……調査の結果、これらは奏ちゃんの纏っているガングニールの破片だということが判明したわ」
((やはり(やっぱり)か……))
二人は自分の中の仮説が正しかったことを確信した。そして、奏は響の前に立ち頭を下げる。
「か、奏さん!?」
「ごめん!本当にごめん!守れなかっただけじゃなく、こうして一生消えない傷を残しちまった!ゆるされないことだってのはわかってるだけど、謝らせてくれ!」
「そ、そんな……。」
「私からも謝らせてほしい」
「翼さんまで……!?」
「私達の使命は無辜の民を守ることだ。だというのに望まぬ力をもたらし、こうして厄介事に巻き込んでしまった。―――本当に申し訳ありませんでした。」
「違いますっ!!」
「「ッ!!」」
響は二人の謝罪を大声で否定する。
「私はお二人のお陰で生きてるんです、二人があのとき私を護ってくれたからこうして生きていられるんです!だから、お願いです、お二人共頭を上げてください。」
「「…………。」」
「立花響はこういう奴だ、だからとっとと頭を上げろ」
冬獅郎の言葉で、二人は頭を上げる。
「……ありがとう、響」
「立花、ありがとう」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
そうして、三人は互いに礼を言い合う。なんとも妙なものだが、悪いものではない。
「……回りくどい話はこの辺にしようぜ。本題に入れよ、俺達二人をここに呼んだ理由を」
「やはり、気づいていたか」
冬獅郎の言葉で弦十郎の表情が歪む。二人をここにつれてきた理由、即ちノイズを倒すための協力要請。自分達は昨日まで一般人だった少女を戦いに巻き込もうとしているのだ。
「言っとくがこいつは話の内容は了承済みだ。あとは、こいつ自身の答えだけだ」
「ッ!?驚いたな、君は彼女を大事に思ってるから、戦場に立たせようとはしないと思ったが」
「大事に思ってるからこそ、こいつの意思を尊重したい。それに―――俺の隣以上に安全なところがあるのか?」
冬獅郎は眼前の弦十郎を見ながら、なんの慢心でもなくそう告げた。二課の職員の中には『なるほど』と納得するものが大半だった。彼の言う通り、彼の隣以上に安全な場所などないだろう。それだけ、彼は強いということだ。
全員の視線が立花響に集中する、彼女は一度深呼吸をすると、答えを口にした。
「私は、奏さんや翼さんみたいに戦うことに実感なんてありません……それに、シロちゃんみたいに強くもないです。でも、私の力が誰かのためになるんだったら―――私はやります」
それは昨晩、夜空の下で冬獅郎が響に問うた覚悟の言葉。さらに、そこに響は「それに……」と付け足して冬獅郎を見る。冬獅郎も静かにその視線に向き合う。
「もう……護られるだけでいるのは、嫌なんです」
それは、響の心からの言葉。今まで、知らないところで自分はずっと護られてきた。今度は自分が彼を護れるようになりたい。それが響のもう一つの本音だった。
「うむ、響君の気持ちはよくわかった。……では、今度は冬獅郎君の答えを聞きたい」
弦十郎は響の肩に手を置きその覚悟を受け取ると、今度は彼女から壁に寄りかかって腕を組んでいる冬獅郎に視線を向けて響と同じ質問を投げかける。
「答える必要があるのか?こいつが戦うって言ってるんだ、だったら答えはわかりきってんだろ」
「我々に協力してくれるということでいいのか?」
「あぁ」
ぶっきらぼうではあるが、確かな了承の言葉。二課のメンバーたちが密かに、ガッツポーズを取る姿が見られる。当然だ、彼を味方に加えるのは二課のかねてからの目標の一つだった。
「だが、俺はあくまでノイズの敵で
「―――敵の敵は味方、そういう関係でいいということか?」
「その認識で構わねぇ、そっちの指示には答えてやる。」
「そうか……だが、それで構わない。君の力はそれだけで多くの命を救える」
弦十郎はそれだけで十分と頷くと満足げな笑みを浮かべた。それを見ていた冬獅郎の背後から奏が腕を回し、肩を組む。
「これからよろしくな、響、冬獅郎!」
「……昨日から思ってたが、馴れ馴れしいぞ、テメェ。少しは風鳴を見習いやがれ!」
「えっ、私ですか……!?」
「ったく、立花はともかく、いきなり名前で呼ぶわ、タメ口で話してくるわ……社会人としての自覚あんのかテメェ!?こんなナリでもテメェらの数十倍生きてんだぞ」
「あっ、それ私も思った。奏さんはちょっと、シロちゃんに近すぎると思います!」
「いいじゃん、別に減るもんじゃないんだからさ」
そうって、冬獅郎の背後から腕を回し抱き着く奏。お陰で冬獅郎の後頭部には柔らかいものが思いっきりあたっている。
「あぁっ!!?奏さん、何してるんですかっ!?」
「奏、それは流石に失礼じゃ……!?」
いつかの言い争いが再び勃発し、冬獅郎は心底めんどくさそうな顔でその機中にいた。
「青春ねぇ……。」
「了子さん、発言が完全に……。」
「なに?」
「なんでもないです」
余計なことを言おうとした藤堯だったが了子のドスの利いた声に押し黙った。
冬獅郎はその声で了子の方を向くと。
「一応言っとくが、あんただけは信用しねぇぞ」
「ええっ、なんで私だけ!?」
「テメェみたいな危ない女、信用できるかっ!!立花に変なことしたら叩っ斬るからな」
「……一応、あの人はあれで有能なんだけどな」
そんな話をしていたが、冬獅郎の表情が一変する。
「来やがったな……。」
冬獅郎がそう呟いたあとに二課のアラートが一斉に鳴り響く。
「―――ノイズだ」
感想、評価まっとりま〜す。
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The grando of death
『冬獅郎君、もうすぐノイズの発生場所に到着するぞ』
「あぁ、こっちでも見つけた。もうすぐ着く」
空中を走りながら耳につけたインカムから弦十郎に答え、冬獅郎は数m先にいるノイズを見ながら二課でのやり取りを思い出していた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ノイズの反応は二つある、しかも片方の数はいつもの倍以上ある」
「なっ!?」
弦十郎が告げた言葉に翼が声を漏らす。
「策としては、四人で多い方に向かって殲滅したあと、もう片方に向かうのがベストだが」
「―――いや、多い方には俺一人で行く」
「「「「「「ッ!!!!!!?」」」」」」
その言葉に冬獅郎以外の全員の顔に驚愕が浮かぶ。理由は二つ、一つは一人でノイズの群れを相手にしに行くと言ったこと、もう一つは、彼が響を連れずに一人で向かうといったこと。
「ノイズなら、百体だろうが、二百体いようが俺からしたら変わらねぇ。下手な犠牲を出す前に手分けするのが得策だと考えるべきだ。それに俺の瞬歩なら倒したあとにすぐ合流可能だ」
「なるほど、だが一人というのは……。」
「―――教えといてやるよ、死神ってのはそう簡単には死なないってことをな」
それは冬獅郎が二課に対して、自分の力を見せつけるために言った言葉にも聞こえた。
「立花、お前はそこの二人の戦いを見て戦い方を学んでこい」
「えっ?」
「お前の力はそこの二人と同じだ、だったら俺よりもその二人の戦い方を見るべきだ」
冬獅郎は響を見ると予想外の言葉を口にした。二課のメンバーも同じ思いだった、冬獅郎はてっきり響についていくつもりだと思ったからだ。
「安心しろ、お前の
「でも……。」
響は不安な表情で冬獅郎を見る、今まで一緒だった存在が今回はそばにいてくれない。そのことをの不安は皆推して知るべし。冬獅郎はバツの悪そうな表情をすると、響の額を指先で弾いた。
「いたっ!」
「辛気臭ぇ面してんじゃねぇ。お前はさっき俺になんて言った?」
「ッ!!?」
「俺に『護られるだけなのはもう嫌』なんだろう。だったら、いつまでも甘えんな……!」
今まで聞いたことのない冬獅郎の罵声。思ってもいなかった言葉に響は怯える。冬獅郎はそんな響を放って背中を向ける。
「―――いつか俺に認めさせてみろ、『俺が背中を任せてもいい』と思えるくらい強くなってな」
「うんっ!!」
そういって、響は力強くうなずいた。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『しかし驚いたな、君が響くんにあんな事を言うとは』
「―――戦場に立つ以上、あいつはもう餓鬼じゃいられねぇ。例え、あいつに嫌われようがあいつは力をつけなきゃならねぇ。それに、俺は若輩の身で隊長になった、部下にやっかみを受けることも偶にあった、嫌われるのには慣れてる」
(寧ろ、少し嫌われるくらいが丁度いいのかも知れねぇ……。)
空中を駆けながら冬獅郎は、通信機から聞こえてくる弦十郎の言葉に答える。人にはいつか巣立ちの日々が来る。いつまでも護られてばかりの雛鳥でいさせるわけには行かないのだ。なにより、下手に執着させて―――かつての幼馴染のようになられては困るからだ。
「しっかし、今日のは随分多いな」
ノイズを眼下に捉えた冬獅郎は、氷輪丸を抜きノイズたちに斬りかかる。
(本当に数が多い、昨日といい。最近のこの量は妙だな)
冬獅郎は氷輪丸でノイズを蹴散らしながら、目の前のその異常な数に違和感を覚える。
(あんなこと言っちまったが、立花達に合流しといたほうがいいか)
そんなことを思うあたり、冬獅郎はやはり過保護である。
「―――はぁ、あの野郎の得意技を使うのは心底嫌なんだがな。この数を蹴散らすにはこれが最善か」
思い浮かぶのはかつて幼馴染を尸魂界を裏切った、大罪人。冬獅郎が初めて心の底から殺したいと思った男の姿。これから使おうとしている鬼道は、その男がよく使った術なので嫌でも思い出す。
「破道の十二―――『伏火』」
冬獅郎の周りに霊圧が蜘蛛の巣のように張り巡らされ、冬獅郎に近づいていたノイズ達をすべて捉える。冬獅郎は締めに入るために霊圧を安定させるための詠唱を開始する。
「『滲み出す混濁の紋章 不遜なる狂気の器 湧き上がり・否定し 痺れ・瞬き 眠りを妨げる 爬行する鉄の王女 絶えず自壊する泥の人形 結合せよ 反発せよ 地に満ち 己の無力を知れ』」
詠唱を続けると、冬獅郎の指先に現れた黒い光が冬獅郎ごと周りのノイズを包み、その場所に巨大な黒い直方系の物体がそびえ立つ。
「破道の九十―――『黒棺』」
黒い棺の内側で凄まじい重力がノイズを飲み込み、そのまま砕け散っていく。棺が崩れたたとき、そこにいたのは冬獅郎一人だけだった。
冬獅郎は死神の戦い方の基本である、斬拳走鬼のうち体型に恵まれなかった為拳以外の戦い方を高いレベルで習得している。冬獅郎の氷輪丸は六番隊隊長、朽木白哉の斬魄刀『千本桜』のように刀の形状自体はそれほど変化しないため、斬術を修めるのは当然。瞬歩による高速移動も
隊長になったときの冬獅郎は若く、才能も鍛える時間も経験も、
―――現存する最強の死神、と。
「こちら日番谷、視認できるノイズは殲滅した。まだ残りの反応はあるか?」
『い、いえ、こちらでもノイズの殲滅を確認しました』
「そうか、後処理は任せた。今から立花達と合流する」
『わかりました』
インカムから流れてくる藤堯の言葉に冬獅郎が相槌を打つと、冬獅郎は再び足元を霊圧で硬め瞬歩で飛び去っていった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「まさか、ここまで圧倒的とはな……。」
冬獅郎が戦う様子を二課の司令室で見ていた弦十郎がふと漏らす。
「弦十郎君、彼と戦ったとして勝てる自信ある?」
「無理だな、文字通り瞬殺されるだろう」
了子の質問に弦十郎は即答する。弦十郎は二課のメンバーや国の重鎮から『霊長類最強の男』と言われている。二課のメンバーも密かにこの質問の答を知りたいと思っていた。その彼を保ってしても瞬殺されると言わしめる男。日番谷冬獅郎、
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「くっ……!?」
響はノイズを拳で砕きながら、少し離れたところで戦っている翼と奏の実力を見て自分の実力不足を痛感していた。
(わかってたけど、私は弱い……このままじゃ、奏さんと翼さんの足を引っ張る!)
その焦りによるものか、彼女の動きは鈍い上に集中できていない。そんなとき彼女の背後から一体の人形のノイズがその手を伸ばす。
「響っ!」
「立花っ!」
「あっ……!」
衝撃が来ると思った瞬間、彼女の腕に何かが巻き付く。それは先端に三日月のような飾りのついた鎖、響はそれに反応するよりも早く、鎖に引っ張られる。
「えっ……!?」
「ったく、戦闘中にぼさっとすんな」
「シロちゃん……。」
強い力で鎖に引っ張られ、気づくと響は冬獅郎の腕の中にいた。響の腕に巻き付いた鎖は冬獅郎の氷輪丸の柄尻についた鎖だ。
「冬獅郎ッ!?」
「日番谷さんっ!?」
冬獅郎のあまりに早い合流に奏と翼は驚く。ここに彼がいるということは既に彼が向かった場所のノイズは倒しきっているということだからだ。だが、声をかけるよりも早く冬獅郎の背後に先程のノイズがまた手を伸ばす。
「―――邪魔だ」
冬獅郎がつぶやき、剣を振った瞬間ノイズの体はずたずたに斬り裂かれ崩れ落ちる。
(剣が殆ど見えなかった……!?)
同じ剣を振るうものとして翼は冬獅郎の斬術に目を奪われた。だが、それも一瞬、すぐに思考を切り替えノイズの殲滅に戻る。
―――冬獅郎が合流した四人がノイズを殲滅するのにそう時間はかからなかった。
「すみませんっ!!私、結局何もできなくて……。」
戦闘終了後、二課のメンバーが後処理をしている背後で響が開口一番出てきたのは自身の無力に対する謝罪の言葉、危うく二人に迷惑をかけることになったことに心から申し訳無さそうに頭を下げる。
「いいって、響。最初から強いやつなんているわけないんだからさ」
「そのとおりよ、だけど、戦闘中に集中を切らすのは絶対にしてはいけない。死に直結するわよ」
「うっ」
慰めながらも自身の駄目だったことを指摘する翼に、響は寧ろ更にげんなりする。
「ほら、冬獅郎もなんか言ってやれよ」
「―――護廷十三隊の中には虚との戦いで心に深い傷を作った奴が四番隊という治療を専門とした隊に入ることが珍しくなかった」
「「「?」」」
いきなり護廷十三隊のことはなされわけのわからないという表情をする三人。
「だが、その恐怖を乗り越えて前に立てるやつはたいてい強くなる。―――誇れよ立花。お前は戦場に立てるだけ十分強い。」
「シロちゃん……。」
やはり、冬獅郎の言葉は重みが違う。
「響、あんた旦那に鍛えてもらったら?」
「旦那って、弦十郎さんですか?」
「そっ、あの人尋常じゃないくらい強いからさ。いや、冬獅郎も強いけど、響の戦い方って旦那のほうが似てるからさ。私から話してみよっか?」
「是非お願いします!!」
奏からの提案に響は食いつく。冬獅郎も弦十郎が強いことは察していたのでそのほうがいいかと止めようとはしなかった。
「―――日番谷さん」
「どうした、風鳴?」
奏と響が話しているのを見ていると、翼が真剣な表情で話しかけてきた。何事かと思い、翼の方を向くと、彼女はまっすぐと自分を見据え、こういった。
「私に―――剣を教えてはくれないでしょうか?」
「なに?」
『死神図鑑!』
「どうも〜、このコーナーは作者さんの気まぐれでつくられた死神についての基礎的な知識をレクチャーするコーナーや。ん?僕が誰かて?そんなん気にせんでもええで、わかるひとにはわかるやろうから」
「さて、今日レクチャーするのは斬魄刀についてや」
「真央霊術院にはいった子らは皆『浅打』いう無銘の斬魄刀を与えられるんや。院生はその浅打と寝食をともにすることで自身の魂の精髄をその刀に写し取ってその死神の斬魄刀になるって仕組みや。まぁ要するに自分の分身みたいなもんやな」
「その形は多種多様、日番谷くんみたいに氷とか炎が出せる鬼道系に、槍やら鎌やらに変わるのもあるで。僕のなんて伸び縮みするし」
「さて、今日はこのへんで、ほな、さいなら〜」
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DEATH&WING Ⅱ
「防御への対処が遅いぞっ!!もっと相手の動きをよく見ろ!!」
「はいっ!!」
冬獅郎の自宅の道場で翼と冬獅郎の二人が互いの木刀で攻防を繰り返していた。冬獅郎は戦いながら、翼の動きを指摘している。翼はそれを受けて少しずつ自分の剣を修正していく。事実、再び放たれた冬獅郎の横薙ぎの一線を翼は即座に反応して防御する。
その冬獅郎の背後で一つの影が木刀を振り下ろす。
「っ!」
だが、その剣は頭上に剣を構えた冬獅郎によって防御される。その剣を振り落とされた人物、天羽奏は更に力を入れて振り抜こうとするが彼はびくとも動かない。
「打ち込みはいい、だが、一撃にこだわり過ぎだ。そこから繋げなきゃ意味がねぇぞッ!」
「わかってるってッ!」
奏は受け止められていた剣を握り直し、今度は突きで冬獅郎を狙うが冬獅郎は身を屈めて回避し、木刀を斬り飛ばす。
「はぁっ!」
「…………。」
今度は翼が斬りかかってくる、連撃を叩き込みなんとか一本取ろうとする。
(胴にすき在りっ……!)
冬獅郎と翼は身長差があり冬獅郎はどうしても剣を高くに構えている。そこから生まれる胴体へのすきを見つけ、そこへ一刀を叩き込もうとする。
(とった!!)
「ッ!?」
冬獅郎は翼の木刀を剣を握っていない左手で受け止め、木刀を握った右手で翼の首筋に木刀を添わせる。これが真剣での斬り合いなら間違いなく翼の首はつながっていなかった。
「安心して剣速を落とすな、確実に斬ってから安心しろ」
「っ!はいっ!!」
「それと、すきを見つけたからと言って馬鹿正直にそこに突っ込むな。相手との実力差をわかってるならなおさらだ、そこに謀りがないかをまず疑え」
「……はいっ!」
そう、今冬獅郎が見せたすきはそれを教えるためにあえて作ったものだった。若い戦士ほど、勝機と見れば疑いなしにそこへの攻撃をする。それが敵の罠だった場合を失念し。
「……一旦休憩だ」
「はい(あぁ)」
息が上がり始めた二人を見て、冬獅郎は一旦休憩に入ることにした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ぷはぁっ!生き返る〜」
「奏、はしたないわよ」
冬獅郎がもってきた水を一気に飲み干しまるで年寄りのようなことを言う奏を隣で同じように水を飲む翼がたしなめる。
「仕方ないじゃん、冬獅郎との打ち込みかなり体力使うし」
「それは同感だけど、もう少し節度を持ってよ」
まるで母親のように奏にいう、翼。そこへ、道場の外で端末を弄っていた冬獅郎が中に戻ってくる。
「響、なんだって?」
「『こっちはなんとかやってるから、そっちも頑張って』だと」
「そっか、響も頑張ってるんだな」
「あぁ」
冬獅郎がさっき連絡した相手、弦十郎のもとで修行している響からの言葉に奏が自分も負けられないと気合を入れ直す。今日は休日、冬獅郎は翼から頼まれていた剣術の修行に付き合っていた。なぜか、奏もついてきたが修行は概ね順調である。
最初は二課の訓練室でやるべきかと思ったが、響がその案を却下したのである。本人曰く、冬獅郎が近くにいると甘えてしまうため別々の場所で訓練がしたいらしい。それを聞いて、冬獅郎は響も成長しているのだと、安心した。
―――本音を言うと、最近響の様子がおかしいという未来の鬼コールへの不安もあったが。
「それにしても、風鳴の剣術は大したもんだな」
「ありがとうございます、
「
冬獅郎は翼たちと同じように床に座りながら、最近変わった翼からの呼び方に冬獅郎は顔をしかめた。響も弦十郎のことを師匠と呼び始めたが、自分はどうしてもその呼び方が慣れない。尸魂界にいた頃は、弟子などとった試しがなかったからだろうか。
「当然だよ、翼の家は代々護国のために戦ってきた防人の家柄だからな」
「へぇ」
奏の言う通り、翼の家は国家を影から支える一族だ。故に幼い頃から厳しい修練を積んでいた。そのことは冬獅郎も翼から直接聞いた。だが、冬獅郎が使う斬術と剣術は違う。ノイズを斬るならおそらく斬術のほうが向いているだろう。
「防人、か。聞いてみると、それと死神のあり方はよく似ている」
「えぇ。私も師匠の話を聞いてそう思いました」
かたや、国を護るための刃。
かたや、現世と尸魂界の魂のバランスを護る”調整者”。
どちらも、何かを護るために己の命を差し出した存在だ。だからこそ、翼は冬獅郎のことをこころのどこかで尊敬もしていた。
だが、冬獅郎は顔つきを変えて口を開いた。
「―――だが、それは”死神”の在り方と似ているだけで俺とは似ても似つかない」
「?どういう意味だい」
冬獅郎がふと漏らした言葉に奏と翼は、疑問符を浮かべる。
「―――死神が戦うときの鉄則はこの修業を始める前に教えたな?」
「えっと、確か―――」
「『戦いに美学を求めるな、死に美徳を求めるな、己一人の命と思うな。護るべきものを護りたければ、斬るべき敵は背中から斬れ』、でしたね」
うろ覚えだった、奏だったが翼は一言一句覚えていたらしくつらつらと内容を述べていく。
「そう、それは死神の戦い方の鉄則であり己の感情に動かされず、責任だけで敵を倒すための戒めでもある。一般隊士の中でもこれは基本中の基本、隊長格ともなれば一切の感情を捨て、責任だけで刃を振るうもんだ」
「?」
「憎しみだけで刃を振るうのはただの薄汚れた暴力だ、俺たち隊長格はそれを戦いとは呼ばねぇ」
「…………」
その言葉は、奏の胸に刺さった。奏のシンフォギア奏者としてのルーツ、それは自身の家族を皆殺しにした、ノイズへの復讐心、憎悪によるものだからだ。だからこそ、冬獅郎の口から次に出るのは憎しみに何ら意味はないと言った、正論だと思っていた。だが、
「俺は一度、憎しみだけで刃を振るった、暴力で刃を振るって殺したい男がいた。いや、今でも殺したい男がいる」
「「ッ!!?」」
そういった冬獅郎の瞳の奥に見えたのはマグマのように煮えたぎった、確かな憎悪の感情だった。彼の中にある意外な感情に二人は息を呑んだ。
「アイツさえ斬れれば俺は隊長の座を失っても構わなかった。いや、刺し違えになってもよかった」
「…………。」
「―――そう、俺は隊長の器どころか、死神の器でもねぇってことだよ」
そう言って、天井を眺める冬獅郎。そこに見えるのは後悔、そして、懺悔。彼は、自分の憎しみに囚われ、危うく本当に大事なものを失いかけた。あのときから隊長であろうと、努力してきた。だが、冬獅郎本人は自分が隊長など相応しくないのだとそう思い続けていた。
「風鳴翼、天羽奏。ノイズに対する憎しみを捨てろなんて、綺麗事は言わねぇよ。数百年生きた俺でも、未だに憎しみが心に巣食ってる、憎しみは死ぬ瞬間、いや、死んだとしても絶対に消えやしねぇ」
「……………。」
自身の胸に手を当て、静かな口調で諭すように二人に話す冬獅郎。
「だが、戦いで憎しみを抱くな、刃に憎しみを乗せるな。
―――憎しみは視界を狭め、怒りは思考を妨げる。そんな戦い方をしていたらお前達はいつか大事なものを失う。お前らがその力を得た意味を常に感じろ」
「力を得た……」
「意味……」
「そうだ、お前らは俺のようにはなるな。『人の命を護るための刃』で在り続けろ。―――それくらいしか、俺が『力』以外でお前らに伝えられることがないからな」
そういって、木刀を持ち直して立ち上がる冬獅郎。
「再開するぞ」
そう言って道場の中央に移動した冬獅郎の背中は翼と奏の視点からは、小さくも大きくも見えた。
「今日は死神図鑑はお休みや〜」
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Durandal
すんません、なんか話の内容ごっちゃになりそうなんですギアに能力つけるのはなしにしようと思います。
『それで、響ったらまた一人で帰っちゃって。バイトだって言ってたけど、本当に何してるのかな』
冬獅郎は二課に向かう途中の入った、未来からのコールを受けていた。二課の仕事のせいで響が友人たちと遊べていないことに気づいていた。勿論、未来とも。
「俺も最近、バイト始めたからな……立花が最近どこにいるかは俺にもわからねぇ」
『そっか……。』
冬獅郎も二課のことを話すわけには行かない、だからバイトということで誤魔化している。未来もいくらなんでもなんの理由もなく留守の冬獅郎の家には入ってこないだろうからだ。
『休みの日も朝早くからどこか行っちゃうし……私になにか隠してるんじゃないかって』
「―――小日向、これだけは言っとくぞ」
『?』
「本当に秘密があるとして、あの立花がなんの理由もなくお前に秘密を作ると思うか?」
『ッ……!』
電話の向こうで未来が息を呑む音が聞こえる。立花響がどういう少女かは日番谷冬獅郎と、小日向未来が誰よりも知っている。だからこそ、彼女がなんの理由もなく自分に隠し事するなんてありえないとすぐに結論づけた。
「信じて待ってやれ、アイツが自分の口から話してくれるまで」
『………そうだね、わかった。響が自分から言ってくれるのを待ってみる』
(最低だな、俺は……。)
その理由を知っているというのに、信頼している相手を言葉で騙しているのだから。
「それじゃあ、俺もそろそろバイトの時間だから」
『うん、またね。―――シロちゃん』
「ん?」
『シロちゃんもいつか秘密を話してね♪』
歌うような声音で未来がそういった次の瞬間、ブツッという音とともに通話が切れた。若干、震えた手でスマホを握る冬獅郎。その瞳は動揺しながら、通話終了画面を眺める。
「まさか、な……。」
心の平静を保つために自分の考えすぎであろうと思うことにした。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
冬獅郎たちは二課の本部で最近急増したノイズの発生率についてのブリーフィングを行っていた。響と冬獅郎がここに所属して既に一ヶ月、情報を整理するタイミングも必要とのことだった。しかし、響にその内容はちんぷんかんぷん、冬獅郎も特殊な用語以外は話の内容で大体察している、という感じだ。
「ノイズ被害が国連での議題に上がったのは今から十三年前だけど、発生報告自体はもっと昔からあったわ」
「以前にも話した思うが、『神隠し』や『妖怪』、都市伝説の類は、ノイズ由来の、ものが多いと我々は考えている」
「質問いいか?」
冬獅郎が小さく手を上げて、発言する。
「なにかしら、冬獅郎君?」
「俺がノイズと戦ってる中で気づいたんだが、あいつらは意思がない。いや、知能がないと言っていい。だが、この街への集中率は異常じゃねぇか?」
「流石だ、冬獅郎君。我々もそのことについては考えていた。今の所ノイズとは意思疎通は不可能、今までの戦いから言って奴らには知能に相当する部分がまるでない。そして、これだ」
弦十郎の言葉で大きな液晶画面のグラフィックに視線が集中する。そこにはこの街の地図が映っており、そこに無数に打たれたノイズの発生を示す赤い斑点。
「ノイズの発生件数自体は決して多くないの。響ちゃんは授業でやったかしら?」
「え?あ、はい。確か、通り魔に襲われる確率よりも低いって」
「そーそー。よく勉強してるわね」
「い、いやぁ。レポートで今調べているところなもので……。」
そういって、あははと苦笑いを浮かべる響。だが、流石に彼女もこのノイズの異常な発生率について疑問をいだいたらしい。
「ここ数年のノイズの量は明らかに異常……そこに何らかの作為が働いていると考えるべきでしょうね」
「要するに、この異常発生には裏で手を引いてるやつがいるってことか?」
「補足すると、ノイズの出現中心点はここ、リディアン音楽院の近辺。つまりこの真上です。これが敵の狙いがこの地下にある……『サクリストD』であることの証左となります」
ソファンの座ってコーヒーを飲んでいた翼が冬獅郎と響が聞き慣れない単語を口にする。
「さくりすとD?」
「なんだそりゃあ?」
「ここより最深部、『アビス』と呼ばれる場所に保管され、日本政府の管理下にて我々が研究している、完全聖遺物…『デュランダル』のことよ」
「か、完全聖遺物?」
「……ニュアンスからして立花たちが使ってるのが欠片とするなら、つまりは形を保った聖遺物ってところか」
「そのと〜りっ!」
冬獅郎の言葉に了子は振り返ると、モニターを操作して別の画面を映し出す。そこには古ぼけた剣が映し出されており、どこから取り出したのか教鞭を振るって説明する了子。
「翼ちゃんたちが使ってるそれとは違って、欠片のみではなく、ほぼ完璧な状態で保存された聖遺物のことよ」
「完全聖遺物の出力は欠片のそれとは比べ物にならないほどに強力なんだ。加えて、天羽々斬やガングニールのように、歌でシンフォギアとして再構築する必要もない。一度起動に成功さえすれば、誰にでも比較的簡単に扱えるという研究結果も出ているんだ」
オペレーターの藤堯が補足する。
「じゃ、じゃあそのデュランダルを……。」
「誰かが欲しくなって狙ったとしても、無理はないわね」
了子の言葉に響の顔色が悪くなる。当然だ、あのノイズが災害ではないとするなら、あれは人間が人為的に行い人を消しているということなのだから。
ふと、隣の冬獅郎を見ると彼も奥歯を噛み締めていた。このやり方はまるで、彼が憎悪を抱く男がやった手だ。影から人間を利用し、不要となればすぐに斬り捨てる。彼が最も嫌うやり方だからだ。
「あれから二年、今の翼と奏の歌であればあるいは…。」
「そもそも、起動実験に必要な許可って政府から降りるんですか?」
「それ以前の話だよ。安保を盾に、アメリカが再三デュランダルの引き渡しを要求しているらしいじゃないか。下手を打ったら国際問題、実験どころの話じゃないよ」
「まさかこの事件…アメリカが糸を引いているなんてことは…。」
「調査部からの報告によると、ここ数ヶ月、本部メインコンピューターは数万回に及ぶハッキングを受けた痕跡がある。無論、出どころは不明だ。安易に米国の仕業とはいいきれんさ」
そこからは弦十郎や了子達による話が進んだ、響は全くわからない様子だった。いや、わかりたくないという顔をしていた。人が人の命を奪うことを、どんな理由であれ理解などしたくはないだろう。
「風鳴司令」
だが、そこへ緒川の声が響きその思考は中断させられた。
「ん?ああ、そうか。そろそろか」
弦十郎は腕時計を見る、冬獅郎もなんの気なしに時計を見るとかなりの時間が経過していた。
「今晩は、アルバムの打ち合わせがあるんです」
「打ち合わせ?」
「はい、表では、アーティスト風鳴翼と最近ではツヴァイウィングのマネージャーを兼任しているんです」
そういってメガネを掛けた緒川から冬獅郎と響は緒川から名刺を受け取った。
「それでは失礼します」
「行ってくるよ、旦那。あと、冬獅郎」
「なんだよ?」
「興味あるなら。アルバム出たら買ってくれよ」
「悪いがねぇ」
「そっか……緒川さん、見本出来たら冬獅郎に渡しといて」
「わかりました」
「人の話を聞けっ!!」
そんな茶番をしていると、奏は響の前に立ち、その頭を撫でる。
「あっ……!」
「あんまり考えすぎんなよ」
その行動で今の言動は響の内心を悟って、その場を和ませようとしたものだとわかった。
緒川は二人を連れてそのまま重厚な扉の奥に去っていった。
「一応、訊いておくがここは安全なんだろうな?」
「大丈夫よ。なんてったってここはテレビや雑誌で超有名な考古学者、桜井了子が設計した人類守護の砦よ。異端・最先端のテクノロジーが、外敵なんて寄せ付けないんだから」
「よ、よろしくおねがいします」
響は素直に頭を下げていたが、冬獅郎は相変わらず胡散臭いものを見る目をしていた。
「どうして私達も……ノイズだけじゃなくて、人間同士で争ったりして……。」
どうして世界から、争いとかがなくならないんでしょうね……。」
「…………。」
響の言葉に冬獅郎は口を真一文字に噤んだ。冬獅郎は戦争というものを経験した身だから、わかる。侵略と戦争には大きな違いがある。冬獅郎が危惧しているのはこれが侵略ではなく戦争である場合だ。
「それはきっと……人類が呪われているからじゃないかしら?」
そういって、了子は響の耳を甘噛した。
「ひ、ぴゃあぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!!」
響は驚きソファから転がり落ち、床に倒れ込んだ。響はいきなりの了子の行動に戸惑い心臓がバクバクと高鳴るのを感じる。顔は真っ赤になり、体がこわばっている。その犯人である了子はふふふふふと怪しい笑みを浮かべている。
「あら、おぼこいわねえ。冬獅郎くんのものになっちゃう前に私のものにしちゃおうかしら?」
「りょ、了子くんっ……!!」
「なに、弦十郎……くん?」
弦十郎の切羽詰まった言葉に振り返ると、そこには能面のような表情をした冬獅郎が立っていた。
「『千手の涯・届かざる闇の御手・映らざる天の射手・光を落とす道・火種を煽る風・集いて惑うな・我が指を見よ』……」
「ちょっ、それどう考えてもやばい鬼道の詠唱じゃないっ!!」
冬獅郎は二課への協力の一つとして鬼道についての知識も提供していた。そこから、割り出されるこの圧と冬獅郎の表情から行って、まず間違いなくやばい鬼道だ。
「藤堯、止めるぞッ!!」
「俺に死ねとッ!?」
その後、弦十郎と藤堯による必死の静止によって、なんとか冬獅郎の鬼道が放たれることは阻止できた。
「死神図鑑!」
???「今日は鬼道についてのお勉強や、ついでにゲストに来てもらったで」
響「はじめましてっ!立花響です……って、ここどこですか!?貴方誰ですか!?」
???「まぁまぁ、落ち着いてな。ここでは、死神の知識を教えコーナーや」
響「死神って……シロちゃんのこともですか?」
???「そや、今日は彼が使ってた術についてやな」
響「術って、あの光の杭とか指から出たビームとかですか?」
???「そそ、鬼道ってのは霊圧操作が達者やないとうまく使えないんや。それは一から九十九になるにつれて難しくなるんや。大半は詠唱とかで霊圧を安定させるんや、九十番台を詠唱破棄できる子は文字通り欠片ほどしかいないんや。まっ、それができる日番谷君は間違いなく天才やね」
響「へぇ、シロちゃんってやっぱり凄いんだ。あれ、そういえば番号の前に破道とか縛道とかいってたような……。」
???「おっ、ええところに気づいたやん。破道ってのは文字通り攻撃用の鬼道、縛動は防御だけでなく、拘束、伝令にも使えるんや。他にも回道ゆうて治療用の鬼道もあるんや。ちなみに日番谷くんもこれは習得してるで、あの場で君の応急処置したんもそれやな」
響「そうだったんだ……ん?なんでそんな事知ってるんですか?というか、本当に貴方誰ですか?」
???「ほな、今日はこの辺でバイバ〜イ」
響「ホントに誰なんだろう」
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獣
「ッ!!」
冬獅郎はいつものようにノイズを斬り裂いていた。だが、その剣戟はどこかいつものようなキレを失っているように見えた。
『主よ、刃が鈍っているぞ』
「………わかってる」
氷輪丸からの忠告を受けるが、それでも刃がいつものようなキレを戻すことはなかった。全てのノイズを切り裂くと冬獅郎は空を見上げる。じきに流れる、流れ星。自分たちと見るはずだった一人の少女と、この日を楽しみにしていた少女を思い出すと胸が締め付けられる思いだった。
今日は冬獅郎と、響と未来。三人で流れ星を見る約束だった。だが、度重なるノイズの発生でそれは叶わなくなった。未来に行けないということを伝える電話をしたときの響の顔が彼の胸の平静を揺るがす。
『大丈夫、へいき、へっちゃらだよ』
(あんな顔してどこが平気なんだ、馬鹿がッ!)
―――わかってる、戦士が自分の時間に呆けている暇などないのだと。それは響にも言えることだ。だが、結局彼女の日常を壊してしまった。そんな今の状況で彼は本当に彼女を護れているといえるのだろうか?
じきに流れるであろう、流れ星を思いながら冬獅郎は夜空を見上げる。だが、彼は背後からの殺気を感じ咄嗟に瞬歩でその場から移動して回避する。冬獅郎がさっきまでいたとこを長い何かが空振る。
「へぇ、今のを避けるのか」
「誰だ、お前は」
振り返ると、そこには銀色の鎧を纏いバイザーで顔を隠した声音と胸部からいって、少女がそこに立っていた。その手には鎖、いや鞭のようなものが握られていた。冬獅郎を攻撃した刃はあの鞭によるものだろう。少女は冬獅郎の言葉には答えず、その口元には歪んだ笑みが浮かんでいた。そのことがさらにに冬獅郎を苛立たせる。
「……俺は今気が立ってんだ、三度目は言わねぇぞ。テメェは誰だ?」
氷輪丸の鋒を向けながら、冬獅郎は威嚇として少女に圧を飛ばす。
「はっ、随分余裕だな死神さんよ。だけど、アンタの相手はあたしじゃない」
そう言うと、少女は背中に背負っていた一本の錫杖のようなものを取り出す。そして、その先端が発光し冬獅郎の周りに無数のノイズが現れる。
「なにっ!?」
ノイズを召喚した、そのことに驚き現れた背の高い、ダチョウのようなくちばしを持つノイズが口からはなった液体の回避に一瞬遅れる。
(粘液?)
液体の掛けられた腕を見ると、そこには粘着性のある液体がべっとりと付着していた。おそらくはこの液体を使って拘束するのがあのノイズの戦い方なのだろう。
「あたしがここに来た理由はアンタの足止めだ。本命は融合症例なんでねッ!」
「ッ!?待ちやがれ!!」
「おっと、アンタの相手はそっちだぜ!!」
飛び上がり、その場を立ち去ろうとする少女を追いかけようとするが背後から四体のダチョウノイズが粘液を放ってくる。冬獅郎は瞬歩でダチョウノイズから距離を取る。今度は反応が間に合い、攻撃を回避できる。
「ホラッ、追加だ!!そいつらと遊んでろッ!!」
更に錫杖から、無数の光が飛んできて冬獅郎の周りを見慣れた人形、オタマジャクシ型、先程から粘液を飛ばす、ダチョウ型、さらにはブドウのような頭を持つノイズまで現れ、冬獅郎を完全に包囲する。その間に、少女の姿は既に見えなくなっている。
「……『氷輪丸』」
斬魄刀の名を呼び、腕についた液体を凍らせて砕く。飛び去っていった少女は融合症例を捕まえる、そう言っていた。融合症例……その言葉を聞いた瞬間、冬獅郎の脳裏に浮かんだのは今もこことは違う場所で戦う幼馴染の少女。
「狙いは立花か……!」
彼女の胸に刺さったガングニールの破片は彼女の体に深く根付いている。融合症例という言葉も酷く納得がいく。その考えに至ったとき、冬獅郎の背後のダチョウノイズが再び粘液を放つ。
「しつけぇよっ!!」
冬獅郎は再びダチョウノイズが放った粘液を氷輪丸で凍結させ、そのまま本体も凍らせる。急いで司令室や、響に連絡しようとインカムに通信を入れようとするが、ノイズがかかって妙な音しか流れない。
(ジャミングか……。)
「舐められたもんだな、この程度で俺の足止めになると思われてるとは」
冬獅郎は眼前に佇むノイズ達を見ながら、氷輪丸を正面に構える。その全身から冷気のような霊圧を発生させ、彼の足元を中心に次々に大地が凍り始める。確かに数の差は圧倒的、九十番台の鬼道を使ったとしても倒しきれない数だ。いや、そもそもあのダチョウのようなノイズのせいで詠唱ができるとは思えない。
「本当は……まだ遣う気はなかったんだがな」
急がなくてはいけない。ならば、これを遣うしかないと冬獅郎は判断する。昂ぶっていた霊圧を安定させると、冬獅郎は自身の顔の前に手をかざし、次の瞬間に彼の顔は髑髏のような面で覆われていた。
『ガアァァァァァァァ!!!』
月夜に
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「歌うなっ!翼ッ!!」
場面は変わり冬獅郎がノイズたちと戦っているとき、響の元に向かった鎧の少女―――完全聖遺物『ネフシュタンの鎧』をまとう少女から響を護ろうと合流した翼と奏が、その少女と戦っているとき。
ダチョウのようなノイズに拘束された響を護りながら戦う奏と翼だったが、完全聖遺物の前に劣勢を強いられていた。だが、翼が影縫いと言う技でネフシュタンの鎧の少女を拘束し、諸刃の剣『絶唱』をまさに使おうとしたときだった。
足に怪我を追った奏は必死に翼を止めようとするが、彼女の決心は既に揺らがない。
「歌うつもりか、絶唱を?」
ネフシュタンの鎧の少女は翼の攻撃を察し、動けない体を後ろに反らせる。
「翼さんっ!!」
響も必死に呼び止めようとするが、もはや彼女は覚悟を決めている。
(ごめんなさい、師匠。貴方の教え、護ることはできそうにありません。だから、せめて貴方が護ろうとした子を今度こそ護らせてください)
心のなかで自分の命を無碍にするなと教えてくれた冬獅郎に詫びを入れ、翼はその歌を口ずさみ始める。
(どうしよう、どうしよう……!このままじゃ翼さんが……!?)
響はなんとかノイズの拘束から逃れようとするがビクともしない。
「そうだっ、アームドギアッ!!」
未だに自分が顕現させることができないシンフォギアのメイン装備、『アームドギア』。今こそ、その力を顕現させるときだと、必死に自分のシンフォギアに呼びかける。
「出てこいっ!出てこいっ、アームドギア!!」
しかし、どんなに呼びかけても彼女の体に変化は訪れない。
(なんで、なんで出てきてくれないのッ……!)
響がそうしてもがいてる間も、翼は歌を続けもはや終盤だ。
「……助け……て」
その時、響の脳裏に浮かんだのはいつも自分を護ってくれた幼馴染。ネフシュタンの鎧の少女は彼は来ないと言っていたが、もはや、彼に縋るしかできることがなかった。
「助けてよぉ……シロちゃぁん……。」
涙で顔をグシャグシャにして、ただ彼に助けを求めることしかできなかった。
―――しかし、その声は確かに届いた。
「「「「「ッ!!!?」」」」」
空から何かが大地におりてきた。その衝撃であたりに粉塵が舞い、あたりを包む。翼もその衝撃で絶唱を中断してしまう。そして、その一瞬の間に奏もろとも担がれ、少女から離れたところに降ろされる。次の瞬間には、響を拘束していたノイズが凍りつき、響の体も開放される。
急に開放され倒れるようにした彼女の体を何者かが支える。
「待たせて、すまない」
その声が聞こえたと同時に粉塵が晴れ、そこには黒い死覇装に身を包んだ見慣れた銀髪の少年が立っていた。
「俺の幼馴染と弟子が随分世話になったようだな」
彼は、自身の背後にいる鎧の少女に向き直ると全身から吹雪のような霊圧を発しながら、口を開いた。
「無事に帰れると思うなよ、小娘」
感想、評価、お待ちしています。
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Things transmitted from the blade
「シロ、ちゃん……。」
「……待ってろ、すぐに終わらせる」
倒れ込んだ、響を奏と翼の近くに寝かせ冬獅郎は立ち上がる。
「冬獅郎」
「師匠」
「安心しろ、俺はまだ冷静だ」
心配するように、声をかける奏と翼だったが冬獅郎は二人の言いたいことを悟り、そう告げた。
(不思議だ、さっきの言葉からして師匠はどう考えてもあの少女に怒りを感じてるはずだ)
(なのに、今の冬獅郎からはそんなものが全然感じない)
冬獅郎は氷輪丸を肩に担ぎながら少女の前に立つ。
「てめぇ、なんでここにいる?」
「俺がここにいる、それだけで答えは見えてんだろ?」
(こいつ、あの数のノイズをこの短時間で倒してきたってのか?)
少女はそのことに驚きを感じるが、すぐに余裕の笑みを取り戻す。
「今更てめぇ一人が来たからってなんだってんだ!?そこに転がってる三人がかりでも相手にならなかったアタシに一人で勝つつもりかよ!?」
「俺が風鳴を止めなきゃ吹き飛んでたやつがよく言うぜ」
「てめぇ……さっきから何小馬鹿にしてんだッ!ガキがっ!!」
痺れを切らしたのか少女は刃のついた鞭で冬獅郎を狙う、冬獅郎は氷輪丸を振りしなる刃の連撃をさばき続ける。
(なんだ、こいつの刃……なにか、妙だ)
冬獅郎はその刃と氷輪丸が交わるたびに感じる妙な妙な感覚に疑問をいだいていた。まるで、何かが刃を通して
(この鎧の能力か?斬魄刀と同じように特殊な能力があるのか?)
「ホラホラどうした!デカイ口叩いてこの程度かよ!」
「…………。」
冬獅郎がその違和感の正体を探るために刃を受け続けるのを見て、防戦一方と見たのか少女は挑発を飛ばす。そこから冬獅郎は攻勢に動く。
「ッ!」
「何っ!?」
鞭を空中に斬り飛ばし、少女への道を一気に切り開く。そこを瞬歩で一気に接近し、鎧の肩部分に氷輪丸を振り下ろす。だが、ガキンという金属同士がぶつかり合うと音と、火花が散るが彼女の鎧には傷一つつかない。そのことに驚くも冬獅郎は戻ってきた鞭の刃を瞬歩で回避する。
「大した硬度だ、氷輪丸で傷がつかないとはな」
「あたりめぇだっ!このネフシュタンの鎧は完全聖遺物!欠片ですらねぇ、てめぇの刀で斬れるわけねぇだろうが」
「……なるほど、それがお前の自信の源か。なら、」
冬獅郎は自分の顔の前に手を構える。
(なんだ、あの構え!?)
「その鎧を壊せば、その戦意も折れるのか?」
冬獅郎が手を振り下ろすと、その顔に白い仮面があらわれる。
「「「「ッ……!!?」」」」
その仮面を見た瞬間、その場にいた全員の背筋が凍った。響達三人には見慣れた仮面、冬獅郎が二課に正体をばらさない際につけていた仮面だ、だが、今までのつけていただけの仮面ではない。
本能的に危険を感じた少女は、鞭を仮面の死神に伸ばす。だが、彼は全く動こうとせずそのまま鞭は近くの地面をえぐり、粉塵が彼の姿を隠す。
「「「シロちゃん(冬獅郎)(師匠)!」」」
「………はっ!!そんな仮面をつけたからなんだっ!!?そんなもんで埋まる力の差『おい』……!?」
『お喋りに夢中で背後が留守だぞ』
背後から聞こえた底冷えのする声に振り返ると、そこには氷輪丸を肩に担いだ仮面の死神が無傷の状態で立っていた。少女は振り向きざまに鞭をしならせ攻撃しようとするが、それよりも早く、氷輪丸が振るわれる。
「ぐっうぅぅうぅぅぅぅうぅ!!!」
その一振りに少女は粉塵を撒き散らしながら吹き飛ばされていく。粉塵が晴れた先で息を切らした少女が立っていた。だが、ネフシュタンの鎧にはところどころヒビが入っている。
「はぁ……はぁ……。」
『本当に大した鎧のようだな。虚化した氷輪丸の”剣圧”を受けて原型をとどめてるとは』
「ッ!!?」
(剣圧?こいつ、剣圧だけでネフシュタンの鎧にひびを入れたのか?)
『だが、今度は確実に―――砕く』
仮面の奥から、彼の翡翠色の瞳が鋭い光を帯びて少女を睨む。
「ッ……!?……ふざ……な」
『?』
「ふざけるなっ!!お前みたいなメチャクチャな力を持つ奴がいるから争いがなくならないんだっ!!だから、アタシはッ!!」
「ッ!?」
圧倒的な力の差を見せつけられたバイザーの奥の少女の瞳に宿っていたのは『怒り』だった。いや、もはや憎悪と言ってもいいかも知れない。ほとばしる激情に冬獅郎のその少女の背後にかつての自分の影を見た気がした。
「消えちまえよッ!!」
彼女は激昂とともに鞭を冬獅郎に伸ばす、だが、冬獅郎はその攻撃に回避の動作すら見せず、鞭を一刀両断に斬り捨てた。
「っく!だったら、こいつでどうだ!!」
「あれはっ!!」
「避けろっ、冬獅郎!!それはヤバイッ!!」
『…………。』
「避けられるわけねぇだろうがっ!避ければお荷物共が、大変なことになるんだからなっ!!」
斬られた鞭の先端に黒い雷を放つ白濁した光を放つ光球が生み出される。それは翼や奏を戦闘不能にするきっかけを作った破壊の結晶、アレを喰らえば流石にまずいと奏が声を上げるが、だが、鎧の少女の言う通り冬獅郎が立っている軌道上には響達がいる。避けるわけには行かない。
冬獅郎はおもむろに右手を自分の前に差し出すと、そこに赤黒い光の玉が現れる。
「「「「ッ!!!?」」」」
その球体から感じる、圧と本能的に感じる恐怖は少女が生み出した光球の更に上を行った。
『―――加減はしてやる』
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁ!!!!」
―――NIRVANA GEDONN
冬獅郎のそのつぶやきに更に苛立った少女はその一撃を放つ。光球が地面をえぐりながら冬獅郎目掛けて迫ってくる。冬獅郎はただ一言、その技の名を口にする。
『―――
「なっ……。」
赤い閃光が光球ごと、ネフシュタンの少女を飲み込んだ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「はぁっ……!!はぁっ……!!」
虚閃を喰らった少女はもはや立つのもやっとの状態だった。鎧も半分以上が消し飛び、バイザーもひび割れ一部が砕けている。冬獅郎が加減をしていなければ間違いなく少女の体は原型を保っていなかっただろう。
冬獅郎は氷輪丸の鋒を少女に向ける。このまま氷輪丸の能力で凍結させてしまえば、彼女はもう逃げることができなくなり、勝負は決する。だが、
―――なんでだ?
冬獅郎は刃を彼女と刃を合わせるうちに己の心が抱いた疑問に直面する。彼女は敵だ、響や翼、奏を傷つけ人類の敵であるノイズを呼び出す、まぎれもない自分の敵だ。
(押しているのはどう考えても俺だ。このまま行けば確実に俺の勝ちだ。なのに、なんで……)
―――なんで、こいつと刃を合わせるたびに、胸がえぐられるように痛むんだ。
「「「「ッ!!?」」」」
冬獅郎は氷輪丸の鋒をおろし、虚の仮面を取る。その光景に翼たちは勿論、鎧の少女も表情に動揺が現れる。
「おとなしく投降しろ、そうすればこれ以上危害は加えない」
「舐めて……んのか?」
「もうわかっただろう、お前じゃ俺には勝てねぇ。だから、もう止せ」
「ッ!!それを舐めてるっつってんだよ!!」
背中の杖に手をかけて再び振り上げようとした少女だったが、杖を掴んだ手を振り下ろそうとした瞬間、瞬歩によって接近した冬獅郎に腕を掴まれる。
「止せって言っているのが聞こえねぇのかっ……!」
「ッ!!」
少女は、自分の手を掴む冬獅郎の手を振りほどこうと冬獅郎の顔を向いた。そこで、彼女は彼の目を見た。その目は自分を嘲る目でも、勝ち誇った勝利者の目でもなかった。その目はまるで、
(なんっ……だよ、その目は……。)
―――その目はまるで自分の中の何かを見透かされ、理解されたような、そんな目をしていた。
しばしの睨み合いの後、少女の杖を握る手から力が一瞬抜けた瞬間、彼の背後からドサリと何かが倒れる音が続いて聞こえた。
「おいっ、翼!?響!?」
「―――しまった!」
冬獅郎は掴んでいた少女の手を話し、倒れた二人の側に膝をつく。二人は苦しそうに荒い息を繰り返している。
(虚の霊圧を近くで放出しすぎた……!俺の霊圧に当てられて、魂が崩れかかってる!)
強すぎる霊圧はときに、魂に影響を及ぼすだけでなく魂を崩しかねない。冬獅郎が滅多に力を開放しないのはこれも理由の一つだった。元々、尸魂界には現世に赴く際副隊長以上の隊士は力を五分の一にまで制限される。冬獅郎は普段、それくらいの力で戦っているのだ。
奏は冬獅朗の霊圧の一部を受けているので影響が薄くてすんだのだろう。
冬獅郎は二人の胸元に手をかざし、自身の回道でなんとか魂を正常の状態へと、調整する。処置が終わると、二人の呼吸が安定し、危機は脱した。
「冬獅郎、二人は?」
「問題ない、だが……。」
冬獅郎は鎧の少女がいた場所に視線を向ける。しかし、既に少女の姿は影も形もなかった。
「逃げた、か」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ネフシュタンの鎧の少女の撃退に成功し、回道で三人の傷の処置をしていると、弦十郎達が到着し戦闘の後処理を始めた。奏と未だに気絶している二人は既に車乗せられたあとだった。
「冬獅朗君」
「…………。」
戦闘の影響でできた折れた木の幹に座り空を眺めていた冬獅朗に弦十郎が声をかける。
「何故、そんな顔をしているんだ?」
「…………。」
冬獅郎の表情はとても戦いに勝ったものがする顔ではなかった。それは弦十郎だけでなく、この場にいる誰の目から見てもそう見えたことだろう。
「確かにネフシュタンの鎧の確保には失敗したが、響君達は無事だ。君の鬼道で傷もほぼ完治していると言っていい。翼も絶唱を使わずにすんだ。君は響君だけじゃなく、翼や奏も護り抜いた。
君がそんな顔をする道理はないはずだ」
「…………こっちが聞きてぇ」
冬獅郎は弦十郎の顔を見ずに答え、そのまま響達の載せられた車に乗り込んだ。
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不変
―――一人の死神の夢を見た。
生まれながらにして強い霊圧を持ち、若くして護廷十三隊十番隊隊長に任命された死神の少年の夢だ。彼には、護りたいものがあった。しかし、護りきれなかった。やがて、それを傷つけた相手との決戦の時が来た。
『俺はここに戦いに来たんじゃねぇ……暴力でてめぇを叩っ斬りに来たんだ!!』
『…刃に乗っているのが憎しみなら、お前も隊長の器じゃない。…そう言いてえんだろう。
そうだ、俺はテメェを斬れさえすればこの戦いで隊長の座を失っても構わねぇ!』
それは自分が知っている少年とは全く違う顔をしていた。いつも、仏頂面だが優しく自分を見守ってくれた少年とは違う。憎しみに彩られた表情だった。
『シロ……ちゃん……?どう……して……?』
―――罠にはまり自分が護りたかった相手を自らの剣でその胸を貫いたときの彼の表情を、私は永遠に忘れることはできないだろう。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「目、覚めたか?」
「シロ、ちゃん?」
響が目を覚ますと冬獅郎の顔とその背景に見慣れた天井が見えた。
「ここは……?」
「俺の家の客間の一つだ。何があったか、思い出せるか?」
「……ッ!あの女の子は!?」
少し思い出す仕草を見せたあと響は勢いよく体を起こす。
「いきなり体を起こすな……逃げられたよ。お前らが気絶してる間に」
「どうして……。」
「俺の霊圧に当てられたんだ、まさかあそこまで影響が出るとは思わなかった……すまねぇ」
そう言って冬獅郎は頭を下げ、更に説明を続ける。
「櫻井がメディカルチェックの結果は問題ないと言っていたが、異端技術とやらを持ってしても魂に関しては専門外だからな、専門家である俺の近くで様子を見るってことでうちに送ってもらった。あの鎧やあの女については後日話してくれるらしい小日向には、バイトで疲れて家で寝ちまったと連絡しておいた。明日の朝、迎えに来るはずだ」
「そっか……。」
響は冬獅郎の説明を聞くと顔を俯かせた。そして、その口から出た言葉はとても弱々しかった。
「ゴメンね……。」
「……何がだよ」
「足を引っ張って……。」
「ッ!立花、お前……。」
冬獅郎が響の顔を見ると、彼女は、泣いていた。
「結局、何も変わってなかった……!」
彼女が掴んでいる布団にしわができる。それだけ強く手を握りしめているということだ。
「何もできなかった……!奏さんにも翼さんにも、シロちゃんにも護られるだけしかできなかった。寧ろ、足を引っ張って……!」
涙を流しながら、自分の無力を嘆く響。冬獅郎は彼女の顔に自分の顔を近づける。
「………………」
「……シロちゃん?」
ゴンッ!
「イタイっ!?」
響の額めがけて頭突きをかました。
「自惚れんな。アイツを逃したのは俺が虚化へのお前らの影響を知らなかったことと、俺の甘さが原因だ。だから、いつまでもうじうじすんな、みっともねぇ」
冬獅郎の頭突きを喰らい、涙目で額を抑える響。冬獅郎はその響の様子を見下ろしながら腕を組んで呆れたように言葉を投げかけた。そして、響の隣に腰を下ろし、言葉を続ける。
「お前は、強くなってるよ」
「え?」
「少し見りゃわかる。この一月でお前は十分強くなった。お前のことだから、どうせ相手が人間だったからどうすればいいのかわからなくなった、そんなところだろう?」
「う、うん……。」
立花響はノイズから人間を護るためにシンフォギアを纏った、だからこそ、目の前に……自分と同じ人間が立ちはだかったことで、自分はなんのために戦っているのか、一瞬わからなくなってしまった。そのせいでノイズ達に捕まり、翼や奏の足を引っ張った。
「お人好しなお前のことだ。もし、あの鎧を着てた女とわかり合いたいなんて思ってるんなら―――」
「…………。」
響は冬獅郎が次に出す言葉を聞きたくはなかった。冬獅郎は長い時間を生きてるだけあって、現実主義者だ。そんな夢物語は諦めろ、そう言われるような気がしていた。それを幼馴染の口から聞きたくなくて顔をうつむかせる。
「―――お前は、変わんな」
「え……?」
「何があってもその意志を曲げるな、誰に否定されようがなんだろうが貫け」
自分が考えていたものとは全く違う、冬獅郎の答えにうつむかせていた顔を上げ、冬獅郎の顔を見る。
「……俺は知ってる、たった一人の人間の不変が尸魂界の千年間の不変を変えたことを。奴は、自分を殺そうとした相手だろうと、自分の家族や仲間の記憶を操作し、絆を無茶苦茶にしたやつだろうと仲間と認めた。その意思に触れて尸魂界は変わった」
「…………。」
「一人の人間に一つの世界が変えられた。なのに、一人の人間が一人の人間を変えられねぇわけがねぇだろう。だから、お前は変わんな。お前の不変がいつか奴の不変を変える日が来るかも知れない。もし一人で足りないってんなら、俺が力を貸してやる」
「どうして?」
響の口から漏れ出た言葉に冬獅郎は疲れたようにため息を吐いて、響の頭を小突く。
「アタッ……。」
「二度と言わねぇから忘れんなって言ったはずだぜ。」
冬獅郎は立ち上がり、響に背中を見せて襖の前に立ち、いつか、月夜の下で口にした言葉を口にする。
「俺はどんな事があってもてめぇの味方だってな」
「うんっ……!」
響は目尻に涙を浮かべた笑みを浮かべて冬獅郎の言葉に頷いた。
「で?てめぇらはいつまで人の話に聞き耳立ててん、だっ!?」
「わっ!」
「あっ!」
冬獅郎は襖を一気に開くとそこから二つの影が転がり込んでくる。
「奏さんっ!翼さんっ!どうしてここに……?」
「違うんだ立花!私は奏に無理矢理!」
「何いってんのさ、翼だって途中から興味津々だったくせに」
「奏ぇッ!!」
転がり込んできた二つの蒼と赤の影、奏と翼の姿に響は驚きとともに疑問符を浮かべた。冬獅郎は痛そうな頭を抑えながら響に説明する。
「コイツラも俺の霊圧を受けたからな、一応俺が様子を見ろっておっさんに頼まれたんだよ。お前と風鳴にも天羽と同じように俺の霊圧を分けておいた。もう、霊圧に当てられるってことはねぇはずだ。一応、一晩くらいは様子見ってことで泊まらせてる。俺としては帰ってほしいんだが」
「つれねぇこというなよぉ、響泊めてんのにあたし達だけのけものなんて」
「こいつは半分住んでるようなもんだ、今更だぜ」
「じゃあ、あたしたちも住むか?ねぇ、翼?」
「そんなわけにはいかないでしょうっ!」
奏と翼が言い争いをしている中で冬獅郎は付き合ってられないという表情で、襖の外に出ようとする。
「今から飯持ってくるからとっとと食って、とっとと寝ろ。あと、風鳴と天羽はできるだけ早く帰れ。小日向に見つかると面倒だ」
冬獅郎は客間の襖をピシャリと閉じると、そのまま台所に向かっていった。
「「「………………。」」」
冬獅郎がいなくなった客間から微妙な雰囲気が流れ出している。三人とも何故か口を開けず、ただじーっとしている。
「………立花」
「ひゃ、ひゃいっ!!」
いきなり翼に名前を言われて変な声で返事をしてしまう響。その様子に張り詰めていた空気が一瞬緩む。
「……私は貴方を戦士としては認めていなかった、いえ、まだ認めていない」
「えっ…?」
響はその言葉にショックを受けた、憧れの人にストレートにそう言われて。
「私達はそれぞれ理由と意志を持って戦っている、自ら力を得ることを選んだ。それは、師匠も同じだ。だけど、貴方の力望まぬもの……今までは奏や師匠が強く言わないので何も言わなかった。そして、先刻のネフシュタンの鎧を纏った者。あのとき貴方は彼女を倒すことに対して躊躇った」
翼は鋭い目つきで響きを見て、その言葉を告げる。
「貴方は日常に帰るべきだ」
「っ……!」
翼の言うことは的を射ている、確かに心優しいからこそ響は戦士に向いていない。敵が人であれば、倒すことに躊躇いを持ってしまう。
「……さっきまではそう思っていた」
「えっ?」
「さっきの師匠の話を聞いて少し考えを改めることにした。立花、力をつけなさい」
「力を?」
「そう、自分の意志を貫ける力をつけなさい。そうでなければ、誰かの不変を変えるなんてできるわけがない。そして、私の中の不変を崩してみなさい」
これは翼なりの激励の言葉、確かに響は戦士には向かないかもしれない。だけど、それでも戦うことを選び、信念を貫こうとしている。自分は先輩として、その道を断念させるのではなく、応援しようと決めたのだ。
「………はいっ!!」
「翼も先輩らしいこと言えるようになったんだな〜」
翼の激励に奏はまるで妹を見る姉のような目で翼を見ていた。だが、次の瞬間にはその目には強い意志がこもった。
「……あたしたちも力をつけないとな」
「……ええ」
「?」
二人の言葉に疑問符を浮かべる響。二人は頷くと、響に尋ねる。
「響、あんたさっき変な夢を見なかった?」
「ッ……!?」
奏の質問に響は驚愕を顕にする。確かに彼女は先程妙な夢を見た、そう、冬獅郎の夢だ。
「あたしもさっき少し寝ちゃったんだけど、驚いたよ。翼も同じ夢を見たって言ってたし」
「それって……!!」
「考えられるとすれば師匠の霊力を譲渡されたことで記憶までも流れ込んできてしまった。霊力が魂の力だとすれば、それもありえない話ではない」
「………このこと、シロちゃんには?」
「……言えるわけないよ」
「……ですよね」
響は理解した、冬獅郎が自分を護るのはあの少女と自分を何処かで重ねているからなのだと。それを思うと胸が痛んだ。
「冬獅郎にあんな顔させないために頑張らないとな」
「……はい」
「ええ」
三人は固く決意をした。
感想、評価お待ちしていますっ。
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新たな力
「ネフシュタンの鎧、か……。」
「そう、あのライブ会場から奪われた完全聖遺物第四号、それが彼女が纏っていたものの正体だ」
「「…………。」」
弦十郎の説明に冬獅郎と響は押し黙る。あの二年前のライブ会場の惨劇、ライブと並行して行われた聖遺物起動実験、その際に失われた鎧だという。
「要するにアイツの後ろにあの惨劇を起こした奴がいるってわけか」
「後ろ?彼女本人ではなくて、ですか?」
「あんなガキにこんなだいそれた事ができるわけあるか、まず間違いなく裏に誰かがいると見るべきだ。そうだろう?」
冬獅郎の問いかけに同意するように押し黙る大人たち。
(どこのどいつかは知らねぇがあの事件の落とし前はつけてもらわねぇとな……。)
冬獅郎は深く拳を握り、その相手への怒りを強める。
「で?あの女の動向は?」
「不明だ、そして、例のノイズを発生させていた杖についても」
「……そうか」
冬獅郎は響にあんなこと言った身だがあの少女とは、どこかで自分が相手をしなければいけないような気がしていた。
「それで、今度はこっちから聞きたいんだけど……。」
「なんだ、検査なら受けねぇぞ」
「あらあら、まだ信用されてないのね。それもあるけど、あのときつけてた仮面は何なの?」
「仮面?ああ、これか?」
「「「「ッ………!!!?」」」」
そう言った冬獅郎の右手に白い霊子が固まり、一つの仮面に変わる。冬獅郎が今まで被ってきた仮面だ。その恐ろしさを知っているオペレーターが一歩後ずさる。
「安心しろよ、これは形を作ってるだけでただの仮面だ」
「―――その力を虚化と言っていたな、虚とは確か悪霊のことだったと記憶しているが」
「あぁ、そうだ。霊体は虚になると胸に孔が空き、顔に仮面が現れる。こいつはその仮面だよ。そして、虚化というのは―――一つの魂魄に虚の魂魄を流し込みその上で魂魄間の境界を破壊することで対象をより高次の魂魄へと昇華させるという試みだ。……立花、お前頭から煙吹いてるぞ」
「ごめん、全くわからない……。」
全く理解できず思考回路がショートして頭から煙を吐き出している響を今回ばかりは仕方ないと冬獅郎は説明を補足する。
「簡単に言えば、死神に虚の力を上乗せする行為だ、本来ならな」
「どういうことだ?」
「その技術は制御不能、虚の魂魄を混在すると理性を失い文字通り怪物になる。そして、最終的には―――」
冬獅郎は手に持っていた仮面を地面に落とし、その仮面は落ちるとともに砕け、霊子となって消滅する。
「二つの魂の境界が崩れ―――意思に関係せず自滅する」
『ッ………!!?』
「だが、俺は特殊な方法でそれを取得したお陰で制御を可能にした」
「特殊な方法って?」
「色々あったんだよ、力を奪われたり、変なモヒカンに殺されかけたり、ゾンビにされたり、マッドな科学者に薬の実験台にされたり、そのあと下駄帽子の怪しい男に実験台にされたり」
「凄く気になるんだけどッ!?」
「やめろっ!思い出したくもない!!」
本気で絶叫を上げる冬獅郎。実験台にされたときのことを思い出し、顔を青くする。あのときのことは思い出したくもないのだ。
「俺の話は終わりだ。とっとと今後の動きについて話そうぜ」
「う、うむ、そうだな」
弦十郎も冬獅郎の話には興味があったようだが、本人が触れてほしくなさそうだったのでそれ以上は追求しなかった。
「我々がすることは今までと変わらない。だが、問題はあの少女だ。相手は完全聖遺物。こちらには冬獅郎君がいるとはいえ……。」
弦十郎の言葉に二課に重い空気が流れる。前回のように、冬獅郎が常に彼女が現れる場所に備えてるかわからない。次はもしかしたら間に合わない可能性だってあるのだ。
「問題ありません、司令」
「そうだよ、今度は負けない。冬獅郎、修行のレベルもうちっと上げてくれよ。実践でもいいよ、寧ろそっちのほうがあたしには向いてると思うし」
「わっ、私も今度は遅れを取らないよう力をつけます!」
その重い空気を振り払うように装者たちはそれぞれ意気込む。しかし、肝心の冬獅郎は重い表情のまま腕を組んでいる。
「冬獅郎?」
「師匠、どうかしましたか?」
「―――一つだけ」
「「?」」
「一つだけ、こいつらの力を数倍から、数十倍に引き上げる事ができるかも知れない手っ取り早い方法がある。」
『『『『―――ッ!!!!?』』』』
冬獅郎の言葉に、その場にいた全員の顔に驚愕が浮かぶ。なにせ、人類守護の要である装者の力を一気に数十倍に引き上げることができると宣言したのだから。
「冬獅朗君っ!!それは本当かッ!!?」
「…………。」
「どうなんだよ、冬獅郎!まさか冗談でしたなんて言わないよな?」
「―――本音を言えば、俺はお前らにその力を教えたくはねぇ」
弦十郎と奏からの追求に冬獅郎は渋々ながら口を開いた。その表情は迷いと思わず口にしてしまった言葉への後悔の色が色濃く映っていた。
「どうしてですか?」
「……曰く付きだからだよ、その力に目覚めた人間の多くはその能力が原因で人生を狂わせてる。ただでさえ、人の常識を超えた力だ。そんな力を教えたくないと思うことになんの不思議がある?」
緒川からの質問に冬獅郎は顔を背けて答える。そう、今から冬獅郎が教えようとしているその力は目覚めさせた多くのものを不幸にしてきた力だ。故に、幼馴染や弟子に教えたくないと思うことになんの不思議もない。
「教えて下さい、師匠。その力について」
「元々、シンフォギアなんてものを持ってるんだし、常識を超えた力なんて今更だよ」
だが、奏と翼はそんなこと関係ないという表情をしていた。響の方を見てみるとこちらも似たような表情をしている。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………わかったよ」
((((凄く、大きなため息………。))))
冬獅郎は大きなため息を吐いたあと、指を二つ立ててその場にいるものに見せる。
「俺達の世界には俺達死神と同じように霊圧を武器として戦う人間が大きく分けて二種類存在する
一つは滅却師、これは血筋によるものが強く説明が長くなるから今回は省くぜ。
そして、もう一つが
「ふる、ぶりんぐ?」
「そう、”物質”に宿る”魂”を使役し、自らを強化、また様々な特殊能力を行使する力だ。」
「生物以外にも魂は存在するんですか?」
「ああ、この世のありとあらゆるものには魂が存在する。無論、生物に比べればその質量は小さい。
たまに感じたことがないか?いつも自分が使っているもののほうが普段の自分より高い能力を出せることがあるって思ったことは?」
例えば、楽器。全く同じものでも、自分が長年使ってきたもののほうがより美しい演奏ができる場合がある。。他にも調理器具や筆記用具、全く同じものでも自分が長年使ってきたもののほうが自分の限界より強い力が出せたりすることが偶にある。
「あ〜、あるある」
「それはそいつがその物質に宿る魂を理解した証拠だ。この
「シロちゃんの瞬歩みたいだね」
「あれは空中の霊子を霊圧で固めてんだよ。
次に、その能力を発現させる人間には一つの共通点が存在する」
「共通点?」
「―――虚の霊圧の影響を受けていること。ここまで言えば、わかるだろう?」
冬獅郎の言葉に全員は理解した。確かに、彼女たち三人はその条件を満たしている。三人は虚の力が混ざった冬獅郎の霊圧の一部を譲渡されているのだ。
「続けるぞ。能力を発現させるためにはその媒体となる物質が必要になってくる。持ち主にとって愛着が深く、常に身につけているもの」
「「「ッ!!!?」」」
冬獅郎の言葉に翼と奏は自身の胸元にあるギアペンダントを、響は自分の胸の古傷に触れる。そう、その条件に合致するものは一つしかない。
「そうかっ!聖遺物の欠片の魂を使役するのか!!」
「その通りだ」
冬獅郎が完現術を装者にあっていると考えたわけ、それはその媒体となるものがはっきりしているからだ。愛着があるものは他にもあるかも知れないが、戦うための媒体など聖遺物の欠片しかないだろう。
「お前らはその
冬獅郎の説明に、二課のメンバーたちはゴクリと生唾を飲む。それほどまでに冬獅郎の話す完現術による効果の絶大さに驚き、希望を見出している。
「お前らが
「確かに冬獅郎君の言うとおりならシンフォギアを更に強くすることができるわね……。」
冬獅郎の仮説にシンフォギアの開発者である了子も頷く。そして、説明を終えた冬獅郎は最後の忠告に入る。
「だが、こいつは俺にも使えない力だ。俺の力は虚や人間よりも死神の力に偏ってるからな。だが、純粋な人間であり虚の性質を持つ俺の霊圧を与えられたお前らなら、できるかも知れない。しかし、この力は目覚めさせたら封じることができない。さっきもいったが、力に目覚めた奴らの中には力の使い方を間違い人生そのものを狂わせたやつだっている。その上でもう一度聞くぜ?」
冬獅郎の真剣な瞳に三人は息を呑む。
「それでも―――」
「無論ッ!」
「当然ッ!」
「勿論ッ!」
「……………。」
冬獅郎の質問はそれぞれまちまちの了承の言葉で遮られた。冬獅郎の目は文字通り点になった。だが、すぐに『こいつら馬鹿か』という顔になる。そして、そのあと『そういえばこいつらこういう奴だった』という顔になった。
「冬獅郎君、百面相してないでなにか言ってくれ」
「あっ、ああすまねぇ……わかったよ。仕方ねえ、俺が教えられる範囲で教えてやる。
だが、立花。お前はこれを習得するにはまだ早い」
「ど、どうして!?」
自分だけ名指しで修行への参加を認められずその理由を問いかける。
「お前は自分の力の本質を理解してねぇ。なぜ、
「冬獅郎君、君は響君がアームドギアを顕現させられない理由がわかるのか?」
「断定じゃねぇよ、可能性の話だ。だが、その可能性は極めて高いだろう。それに自分で気づかなきゃ、完現術は使えねぇ」
「そんなぁ……」
(まぁ、時間の問題だろうがな)
落ち込む響を見ながら、冬獅郎は昨日の彼女との会話を思い出し、すぐにその力の本質に気づくと思っていた。冬獅郎は彼女のことをよく知っているが故にその力の本質を理解していた。おそらく、未来が同じ場所にいたらすぐに気づいたいただろう。
「おっさん、しばらくトレーニングルーム借りるぜ。うちの道場で完現術使われて、ふっとばされたらたまんねぇからな」
「了解した、響君は今まで通り基礎から鍛えていこう」
「はい、師匠……。」
ここに、シンフォギアのさらなる強化のための方針が決定した。
はい、ごめんなさい。三人はフルブリンガーになります。ですが特殊な能力はありません。三人の能力はシンフォギアと同じ、『歌を力に変えるもの』にして、シンフォギアの下からまとう感じ、いわゆる死神の力を取り戻した一護になってもらうつもりです。時間制限をつけるつもりです。
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誇りを鎧に、歌を力に
「さぁ、早速始めるぞ」
「いきなりだなッ!」
あの話し合いが終わり、冬獅郎は早速奏と翼をトレーニングルームにつれてきてその扱い方を教えることにした。この力は覚えるには多少の時間が必要になるのわかっていた、だからこそ、少しでも早く始めるのが得策だった。
「でも、”魂”を使役とは具体的にどうするのですか?」
翼の当然の質問に、奏も隣で頷く。霊圧を感じたことすらなかった二人にはわからない話だった。
「”誇り”だ」
「「誇り?」」
「そうだ、お前達がシンフォギアの力で戦う中で感じた、誇り。それを思い浮かべろ」
冬獅郎の言葉で二人はギアペンダントを握りしめ、瞳を閉じて言われたとおり、誇りを思い浮かべる。そこへ、冬獅郎が更に細かいアドバイスを送る。
「お前達の魂に今までのノイズとの戦いが刻まれているように、お前達が纏ってきた
(瀞霊廷通信の
九番隊副隊長が編集長を務めている、瀞霊廷での様々な情報を載せた雑誌。そこに乗せられていた
一応、隊長として
そして、そんなかつての自分への感謝を終えるとギアペンダントを握りしめ自分の誇りを探る二人に視線を向ける。
(私達が……。)
(シンフォギアで戦うことで感じた、誇り)
二人の中に様々な記憶が行き交う。今まで戦ってきた記憶、数え切れない程シンフォギアを纏い、歌い、戦ってきた記憶。その根底にあるもの、誇り。
(誰かを勇気づけ、救うことができる―――)
(防人として、誰かを護ることができる―――)
((歌))
二人がその結論に至った瞬間、ギアペンダントから薄緑色の発光が現れる。
「これはっ!」
(出たな……。)
―――
やがて、ギアペンダントから放たれていた完現光の色が奏が赤、翼が蒼に変わり彼女たちの体を覆っていく。やがて、その形は彼女たちの見覚えのあるものに近い形となって固定される。
「これは……。」
「シンフォギア……。」
二人の体を包んだ光はゆらゆらと光りながら、鎧のように彼女たちの体に張り付いている。そう、その形は確かにシンフォギアに近い形をしていた。二人の手に握られている武器も剣と槍とアームドギアと同じ形状だった。
「お前らが戦うのに最もふさわしい姿がそれだと、聖遺物が判断したってことだろう」
「なるほど」
「魂を使役する感覚は今のでなんとなくわかったか?」
「あぁ」
「はい」
「なら、あとは実践だけだな」
冬獅郎の背中に氷輪丸が現れ、それを抜く。
「人間の姿でも斬魄刀出せるのか」
「あぁ、それとここからの修行は命を賭けてもらうぜ。俺も霊圧の戦い方を教える以上、半端なことを教えるわけには行かねぇからな」
「「ッ!!?」」
二人は、冬獅郎の周りに殺気を伴った霊圧を感じた。はっきりと実態をつかめたような感覚ではないが、モヤのようななにかがあることが冬獅郎の霊圧を譲渡されたことで感じられるようになったのだろう。
だが二人は臆することなく、刃を構える。
「命がけなんていつものことだろ。あたしたちは命を救い、自分たちも生きるために戦ってるんだから、命くらい賭けなきゃ釣り合わないだろ」
「そう、なによりこんなところで怖気づいていて後輩の立花に合わせる顔がない」
「……言うようになったじゃねぇか」
冬獅郎は氷輪丸を構え、二人を見る。
「来いっ!」
「行くよっ!」
冬獅郎が叫ぶと、奏が地面を踏みしめる。そして、次の瞬間には冬獅郎の背後で槍を構えていた。
(やるな、既に俺が教えた例を実践している……。)
トレーニングルームの床のコンクリートを
「力に浮かれて、正面から来なかったことは褒めてやるぜ」
「そう教えたのは冬獅郎だろっ!!」
「あぁ、だが、こうも教えたはずだぜッ!」
「ガッ!」
回し蹴りを腹部に喰らい、肺の中の空気が逆流する。
「二撃目に繋げなきゃ、意味がねぇって」
「ならばっ!」
「ッ!!」
「二撃目は私の役目ですっ!」
正面から突っ込んできた翼の刀を氷輪丸で受け止めようと足を地につけようとするが、足が動かない。視線を向けると、腹部にめり込んだ足を掴んでいる奏の姿があった。
「チッ!」
冬獅郎は舌打ちをすると、翼の剣に向き直る。そして刃の側面を右手でそらし、斬魄刀の柄で腹部に一撃を見舞う。
「グッ!」
「翼ッ!」
「人の心配ばっかしてんじゃねぇ」
冬獅郎は奏が掴んでいる足を振り抜き、空中で動きを止めた翼目掛けて蹴り飛ばした。二人は数回地面を鞠のように跳ねると、そのまま地面に倒れ伏す。冬獅郎は二人の
「やはり、最初の発現はそんなもんか」
「どういう、意味だよ……?」
腹部を抑えながら立ち上がる、奏と翼。冬獅郎は諭すような口調で二人に説明する。
「なぜ、その鎧が形を保ててねぇかわかるか?それはお前らの
「「ッ!!?」」
冬獅郎は自身の斬魄刀、氷輪丸を二人に見せるように持つ。
「俺の斬魄刀を見ろ、こいつも俺の霊圧で形成されている、この刀を俺の霊圧を圧縮し硬度を保っている。だが、お前らのそれはまだ煙のように形が保ててない。だから、打撃を受けただけでいとも簡単に崩れる。そんなんじゃ、シンフォギアとの併用なんて不可能だ」
冬獅郎の言うように二人の完現術は未完成だ。そんな形すら伴わない状態で並装したとしても、
(場数から言って最初は発現まではできると踏んでいたが、やはりここから先は時間をかけるしかねぇのかも知れねぇな)
そう、冬獅郎が考えていると彼の耳によく聞き慣れた旋律が聞こえてきた。
「―――――――。」
(歌……?)
視線を転じると、二人が歌を口ずさんでるのが見えた。
「なんのつもりだ?お前達が今纏ってんのは
「……師匠は言いましたね」
「?」
「私達の
「だったら、
「!?」
冬獅郎が自分たちの言いたいことに気づいたように驚くと、二人の口元に笑みが浮かぶと、それと同時に二人の姿が視界からかき消える。そして、彼の頭上に二つの影が現れる。
冬獅郎は氷輪丸を頭上に構え、振り下ろされた二人の武器を受け止める。
(さっきよりも速いッ……その上、重いッ!!)
その重い一撃に冬獅郎の体がトレーニングルームの足場にめりこむ。
「奏ッ!!」
「おうっ!」
着地した二人は翼は足元を奏は頭上を、それぞれの高さの違う横薙ぎを放つ。身を屈めても空中に逃げても攻撃が当たるように。だが、冬獅郎は、地面に氷輪丸を付きたて足元を狙っていた翼の剣を強引に押し止める。そのまま翼を蹴り飛ばして、地面から氷輪丸を抜いて奏の突きをそらす。しかし、攻撃をかわされた奏の口には未だに笑みが浮かんでいる。
「かかったね……!」
「ッ!?」
瞬間、彼女の槍の先端が回転を始め、竜巻となり至近距離から冬獅郎を吹き飛ばした。竜巻は冬獅郎を巻き込んで、壁に叩きつけられる。突風と舞い上がった瓦礫の破片でできた粉塵が冬獅郎の姿を遮る、そして、やがてそれが晴れると冬獅郎の姿が見えてくる。
「まさか、ふっとばされるとは思ってなかった。ここ数年、受け身の特訓はしてなかったせいかもな」
「素直に驚いたって言えよ、冬獅郎」
死覇装ではないため、ぼろぼろになってしまった私服の埃を払うと冬獅郎は二人を見る。まるで、いたずらが成功した子供のような表情をした二人、奏はともかく、翼まで似たような顔をしていたのを見て新鮮な気分になる冬獅郎。
「―――なるほどな、お前達の能力はただシンフォギアの形を真似てるわけじゃない。歌そのものがお前達の能力を強化するための材料というわけか」
「そう、あたし達の
「シンフォギアを纏う私達にとってもっと最もふさわしい能力」
「ったく、随分都合のいい能力に目覚めやがって」
口では皮肉を言いながらも冬獅郎は内心でホッとしていた。この能力なら、万が一にも人生を狂わせる心配がないからだ。
「さっきの攻撃も完現術の能力を把握するための小手調べか」
「そういうこと」
「師匠相手に失礼かと思いましたが、それも油断を誘うためとご容赦を」
「いや、それも十分戦略だ。恥じることはねぇ。しかし、そうか……。」
冬獅郎は自分の中に今までなかった感情が生まれたのを感じていた。それは今まで弟子などとっていなかった彼が感じることのない感覚。自分の弟子が自分の予想を超えてくることへの喜び。
(黒崎、もしかしたらこいつらはお前よりこの力に適正があるかもしれねぇぞ)
「もう少し、上げていくか……!」
「上等だ」
「こちらもまだまだいけます」
三人の間の空気が張り詰めるなか、
ビリリッ!!
トレーニングルームにタイマーのような音が鳴り響く。
『冬獅郎さん、お二人の完現術の発現から三十分経過しました』
「チッ……!もう三十分経ったのかよ。―――了解だ、タイマーを切ってくれ」
『はい』
冬獅郎は舌打ちをしながら、トレーニングルームの外で完現術の記録を頼んでいた緒川の声に答えると、二人に向き直る。
「今日はここまでだ」
「はぁ!?なんでだよ、せっかく乗ってきたのに……!!」
「馬鹿野郎。お前らは生身の体で魂の力を使役してんだ。その肉体への負担は自分で思っている以上にデカイ。さらに言えば、お前ら自身はまだ霊圧を感じられてないから分からないだろうが、既にお前らの霊力はないに等しい。だから、今日はもうお開きだ」
「ちえぇ……。」
奏が突っかかろうとしたが、冬獅郎の正論に押し黙る。
「一日、三十分。それがこの力の特訓をする目安だ。そこから徐々に伸ばしていく」
「「……………。」」
明らかに不安そうな顔をする二人だったが、次の冬獅郎の言葉でそれも吹き飛ぶ。
「安心しろよ、このペースなら数日でお前らは力を使いこなせるようになる。並装できるようになるのも時間の問題だろう」
「本当ですか!?」
「あぁ」
冬獅郎のその言葉でようやく二人は納得したようだ。
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「奏さん、翼さん凄かったです!」
「ありがとう、立花」
「サンキュー、響」
トレーニングルームから出てきた奏と翼に称賛の声を送る、響。それを尻目に冬獅郎は弦十郎の視線を向ける。
「おっさん、あの二人から発せられた霊圧。計器に記録できたか?」
「あぁ、なんとかな。未知のエネルギーだったが、ギアペンダントを通じて、なんとか記録できた」
「そうか、じゃあ桜井に頼んでそれを遮断する装置とか作らせられるか?できるだけ小型の」
冬獅郎も了子の性格はともかくその腕は認めていた、数年間、二課の技術を支えてきた人間だ。その実績は確かだ。
「本人に伝えればいいんじゃないか?」
「苦手なんだよ、アイツ」
冬獅郎は了子の”目”が嫌いだった、瞳の奥でなにか値踏みするような―――冬獅郎が一番嫌いな男を連想させるその目が。
「俺は疲れたから帰るぜ、あと頼む」
「ま〜ってよ、冬獅郎!」
帰ろうと、歩き始めようとしたが背後から奏に肩を組まれ足を止める。そして、冬獅郎は忌々しそうに奏を睨みつける。
「なんだよ?」
「時間も丁度いいし、飯でも食い行こうよ」
「はぁ……!?」
「あっ、私美味しいお好み焼きさん知ってます!」
何いってんだこいつ、という目を向けるがそれを口にするよりも早く、響が次の言葉を放った。
「よし、そこ行こう!翼も行くよな?」
「えぇ、そうね」
「じゃあ、汗流してくるから待っててくれよ〜」
翼を連れ立ってシャワールームに走っていく、奏の背中を冬獅郎はなんとも言えない表情で眺めていた。
「死神図鑑!」
???「どうも〜、今日は日番谷君が虚化できたことについてのこの作品での設定を話しや。え?メタイ?僕もそう思うわ」
???「さて熱心な読者は日番谷君が滅却師に卍解を奪われたことは知っとるやろ?その卍解を取り戻す際、浦腹喜助が作った卍解を一瞬だけ虚化させる薬侵影薬の影響がなぜか日番谷君の氷輪丸にだけ残っちゃたんやね〜……。」
???「つまり氷輪丸は斬魄刀でありながら、虚の性質を持ち合わせる刀になってしまったってわけや。おや?なんや、こんな感じの斬魄刀持っとる子がもう一人いた気がするな〜?」
???「もしかしたら、彼の得意技使えるようになっとるかもね〜。ほな、そういうわけでさよなら〜」
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日常とその裏側で
とある昼下がり、リディアンの敷地内で響と未来はクラスメイトで特に中の良い、三人組と昼食をとっていた。
「ねぇねぇ、響」
「ん?なに?」
「最近彼氏とはどうなの?」
「ブッ!ゲホッゲホッ!」
「大丈夫、響!?」
仲のいい同級生三人組の一人。ツインテールの少女―――板場弓美の言葉に響は食べていた弁当が妙なところに詰まったらしく、咳き込む。心配した未来が彼女の背中を擦る。
「あ、ありがとう、未来。それで板場さん、か、彼氏って誰のこと。」
未来のお陰で落ち着いたのか、響は弓美に聞き返す。
「誰って、結構前にビッキーを迎えに来てた銀髪の男の子よ」
「立花さんをバイクの後ろに載せてた、男性です」
弓美の代わりに答えたのは響の隣座っていた三人組のリーダー格のような存在の少女―――安藤創世と金髪の少女―――寺島詩織だ。彼女の言葉で二人が言っているのは冬獅郎であることを響と未来は悟った。
「あっ、あぁ……シロちゃんのことかぁ……。三人とも見てたんだ」
「「「シロちゃん?」」」
三人組は響が口にした愛称を復唱する。
「日番谷冬獅郎、私と響の幼馴染だよ」
「あぁ、冬獅郎だからシロちゃんなんだ」
「そうそう、見た目も白っぽいし」
「思っていたより可愛らしい愛称なんですね」
未来が冬獅郎との関係について話し、響があだ名の由来を話す。詩織は以前校門で見かけた冬獅郎の姿から想像がつかなかった愛称に少しの驚きを感じる。
「まぁ、本人はそんなに好きじゃないみたいなんだけどね。三人でいるときとかは別に指摘しないけど、人前で言うと絶対『シロちゃんって呼ぶな』っていうし」
「そうそう、言われる言われる」
「そっか、幼馴染で彼氏かぁ……前聞いた時彼氏なんていないって言ってたくせにしっかりイケメンの彼氏がいるんじゃん!」
「か、彼氏じゃないって!」
弓美の指摘に顔を真っ赤にした響が即座に否定する。
「え?じゃあ、ただの幼馴染なの?」
「それだけの関係にはとても見えませんでしたが」
「うっ、うぅ……!」
創世と詩織の指摘に響はうめき声にも似たような声を上げ顔を真っ赤にしたまま俯いてしまう。その反応で三人は響が彼をどう思ってるのかがわかった。
「なるほど」
「つまり」
「片思いってわけね」
「うわぁぁぁぁぁあぁぁぁ!!未来ぅ、皆がいじめるぅ!」
容赦なくズバリ指摘され、未来に泣きつく。未来はまんざらでもない顔でよしよしと響の頭を撫でる。その様子を三人は思春期の娘を見るような目で見ている。
「片思いかぁ……なんかアニメみたいだね」
「告白はなさらないんですか?」
やはり女子高生、同級生の恋バナなどという面白うそうなネタに食いつかないはずがない。
「うぅ、できないよ。だってシロちゃん私のことそういうふうに見てないもん」
「そうなんだよねぇ、シロちゃんお硬いもんね」
響の言葉に未来が同意する冬獅郎の二人への接し方は男女間の愛ではない、だからといって友人同士での友愛というレベルのものでもない、彼が二人に向けているのは家族愛だ。故に冬獅郎は二人をそういった目で見たことは一度もないのである。
「あれ?その口ぶり、ひょっとしてヒナ……。」
「―――うん、響に近い感情を向けてるのは間違いないよ。だけど、三人仲良くできるなら私は別に今のままでもいいかなぁって」
未来の言葉に絶句する三人、何という年不相応な余裕。そして、この美少女幼馴染二人を侍らせる少年、日番谷冬獅郎、いったいどんなプレイボーイなんだと興味が湧いた。
―――本人のあずかり知らないところで冬獅郎に妙な評価が付けられた瞬間であった。
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場面は変わり、リディアン地下のトレーニングルーム。
「二分間ジャストか……まぁ、まだ体力が足りてないから仕方がないか」
冬獅郎はストップウォッチを片手に眼下で四つん這いになって玉のような汗を流す二人の弟子を見る。シンフォギアを纏っている二人は息絶え絶えで立つこともやっとの様子だ。
最初の特訓から数週間、完現術も安定し形を保てるようになりようやくシンフォギアと完現術の連装ができるようになった。確かに連装は凄まじい力のブーストになったが如何せん体力を使いすぎるようだ。
「はぁ……はぁ……。これっ、無茶苦茶体力使うな……。」
「使いどきを……考えなければ、いけませんね……。」
二人の言葉を聞きながら冬獅郎は斬れた死覇装の裾を見る。
(大した成長速度だ、既に俺の霊圧の二割は超えてる)
冬獅郎は最初の訓練で私服をボロボロにされてから死覇装で組手をしていた。死覇装は斬魄刀と同じく冬獅郎の霊圧で作られているため彼が回復すれば自然と死覇装ももとに戻るからだ。だが、死覇装の姿になるということは基本スペックが死神の状態になるということ、その上で彼の袖に切れ込みをつけた二人は確実に、かつ凄まじいスピードで成長している。
この成長速度は今までノイズと戦ってきたことによる戦士としての経験によるものか、それとも、本能か、才能か、執念か、どれにしても大したものだと冬獅郎は感心していた。だが、完現術が完全なものになるまでその言葉は自身の胸のうちにとっておくことにした。
「―――今日はここまでだな、ノイズが出ても任務に差し支えのないように回道で可能な限り体力は回復してやる。」
「頼む……」
「お願いします……」
冬獅郎は二人の近くに座り、二人の体に手をかざして霊圧の回復に努める。霊圧が回復することで回復した内部霊圧と、術者による外部霊圧で肉体の回復の速度を早めるのである。
「なぁ、冬獅郎。今のあたし達って護廷十三隊でどれくらいの強さかな?」
体力が回復し、少し気だるい感覚は残るが話せる余裕ができた奏が未だ治癒中の冬獅郎にふとした疑問を訪ねた。
「―――完現術込みで大体、八席から六席ってところだろうな」
「まだそんなもんなのかよ〜。てっきり副隊長くらいはいけると思ったんだけどな〜」
「馬鹿が、一つの隊だけに一体何人の隊士がいると思ってんだ。そのなかで席官ましてや副隊長になれるのはほんの一部だ、そんな簡単に副隊長になれたら護廷の二字を背負えねぇんだよ」
「うぐっ……」
奏の身の程知らずな言葉に冬獅郎は厳しい叱責を飛ばす。回道での治療も終わり、立ち上がって二人を見下ろす。
「人類守護なんて大層な言葉を背負いたきゃとっとと強くなるしかねぇ」
「「ッ!!」」
「わかったら、次回からは完現術の持続時間を長くするために体力づくり本格的に始めるぞ。それとわざわざ連装しなくても、加速と空中に足場くらいは作れるようにしとけ」
「「はい(あぁ)ッ!!」」
二人は覚悟を新たに気合の入った返事をした。
『冬獅朗君、奏、翼!』
「うん?」
「「司令(旦那)?」」
突如トレーニングルームに響いた弦十郎の声に冬獅朗達は顔を上げる。
『緊急事態だ、ブリーフィングを始めるので集まってくれッ!』
その切羽詰まった声に三人は顔を見合わせ司令室へと向かった。
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